fc2ブログ

プロフィール

ぬくぬく先生 

Author:ぬくぬく先生 
開設当時は、1980年代吹奏楽コンクールの花輪・秋田南・就実・仁賀保・屋代等の素晴らしい演奏を後世に少しでも伝える事が出来ればいいなと思ってこのブログを始めたのですけど、いつのまにか「東方Project」がメインになってしまいました・・・
最近は「艦これ」も大好きです!!
吹奏楽も東方も自分が感じた事を少しでも後世の方に受け継がれるべきものが残せればいいかな・・と思っています。
ちなみに、「大好きプリキュア四天王」は、ドリーム・メロディ・ハッピー・ラブリーです。
ドリームとメロディは自分の中では既に殿堂入り状態ですけど、
現在はラブリー大好き!!のラブリー一辺倒です!!
リアル社会では、建築関係のクレーム&アフター責任者を専従し、毎日毎日クレーム対応に当たる日々です。
裏の顔は東方と吹奏楽とクラシック音楽一辺倒です・・・
特に特に大好きな作品は・・・プリキュア5とスイートとハピネスチャージです!!
ちなみに、奥様は・・・ミルキィローズとセーラームーン好きの管理人以上のおこちゃまです・・・
東方で大好きなキャラは、とにかく大好きキャラがてんこ盛りで、全員大好き!という感じなのですけど、特に、さとり様・ゆかりん(紫様)・早苗さん・こいしちゃん・アリスはお気に入りです!!
吹奏楽では・・ネリベルの「二つの交響的断章」と「アンティフォナーレ」、スパークの「ドラゴンの年」、リードの「オセロ」と第二組曲「ラティーノ・メキシカーナ」、パーシケッティーの「仮面舞踏会」、C・スミスの「ダンス・フォラトゥーラ」などが死ぬほど好きで、クラシック音楽では、ウォルトンの交響曲第1番と矢代秋雄の交響曲、プロコフィエフの交響曲第5番、アーノルドの交響曲第2番、第4番、ショスタコの交響曲第7番「レニングラード」、マーラーの交響曲第3番「夏の朝の夢」、ハンソンの交響曲第2番「ロマンティック」、ストラヴィンスキーの「火の鳥」、ベルクの「ヴァイオリン協奏曲」、ラフマニノフの「交響的舞曲」などが大好きです!!
クラシック音楽を吹奏楽にアレンジし、そのコンクールヴァージョンの演奏としては・・・
1982年の就実高校の「幻想舞曲集」と
1987年の習志野高校の「ダフニスとクロエ」第二組曲の演奏、そして、
1987年の雄新中の「エルザの大聖堂への厳かな行列」が
まさに私の「原点」です。
最後に・・・
私の吹奏楽との関わりの真の意味での「原点」は・・・
1979年の市立川口高校の神がかり名演としか言いようがない
「二つの交響的断章」に尽きると思います!!


アクセスランキング

[ジャンルランキング]
日記
93位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
会社員・OL
16位
アクセスランキングを見る>>

最新記事


最新コメント


最新トラックバック


月別アーカイブ


カテゴリ


カレンダー

02 | 2024/03 | 04
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -

検索フォーム


「tutti」というワードを耳にすると、アニメ「響け! ユーフォニアム」好きの皆様でしたら、
「あー、それは第一期のEDの曲だよね~」と言われるのかもしれないですけど、音楽用語的には
演奏している全ての奏者が同時に演奏する事であり、換言すると「総奏」であり、ソロの対義語ともいえそうです。

ソロ楽器でもって美しいメロディーラインを奏でるのも相当うっとりとさせられるものがありますけど、
中には、複数の同一楽器が同一メロディーを同じオクターブ(音域の高さ)で合せて奏でる場合があり、
これは音楽用語的には「ユニゾン」と呼ばれたりもします。

ユニゾンとは何かと言うと、音の高さが全く同一またはオクターブが一つ上かはたまた一つ下の音を複数の楽器で
演奏された状態の事を示します。
管弦楽団のヴァイオリンパートが全員で同一メロディ・同一の高さで揃えて演奏される事は、オーケストラの要とも
いえるのだと思います。
曲がソロ楽器の完全ソロで開始される場合も多々ありますけど、中には
例えばシューベルトの交響曲第8番(9番)「ザ・グレイト」のホルンやチャイコフスキーの交響曲第5番のクラリネットのように
ソロではなくて二本の管楽器による同一メロディ・同一の音域の高さでもって・・、つまり前述のユニゾンの状態から
ひそやかに開始される事例もあったりします。
それでは単独ソロで開始される場合と、二本の楽器によるユニゾンでの開始とではどのような違いがあるのでしょうか・・?
勿論人によって感じ方の違いは多少はあるかもしれないですけど、一本のソロ楽器として感じる響き方よりも
2本のユニゾンで吹いた方が響きがより幅広く深く感じられますし、演奏効果が高くなるようにも感じられます。
そしてなんとなくですけどソロよりもユニゾン状態で吹いた方が表現の自由度に制約が課される一方で、
例えばチャイコフスキーの交響曲第5番の冒頭の二本のクラリネットのメロディーは、そのメロディー自体が
交響曲全体を貫く循環主題ともなっているほど重要なモチーフにもなっていますので、そうしたモチーフの印象度が
ソロよりもユニゾンの方がはるかに強く感じられるという効果もありそうだと感じたりもします。

マーラーの交響曲はなんとなくイメージ的には複雑怪奇とか病んだ精神状態で書かれた錯綜・錯乱した曲というものが
あるのかもしれないですけど、実はマーラーの交響曲は臨時記号や極度な不協和音というものは意外と少なくて、
メロディーラインも複数の旋律を重なり合わせる感じではなくて、一つの旋律をシンプルに構成しているという事が
ほとんどなのかもしれないです。
そのせいなのか、マーラーの交響曲は初期作品においては結構ユニゾンを効果的に使用した楽曲もかなり多く、その最も
有名で音響効果が高い事例としては、交響曲第3番「夏の朝の夢」~第一楽章冒頭の8人のホルン奏者による
堂々としたユニゾンによる開始のインパクトはかなり強烈なものがありそうです。
冒頭でホルン奏者全員がややベルアップ気味に全員で同じ旋律を堂々と吹き鳴らす場あのユニゾンは、曲の開始早々
ノックアウトを食らったような強烈なインパクトは秘めていると思います。
第一楽章だけで35分程度もかかり、フィナーレの第六楽章も30分程度の演奏時間を要し、
曲全体の演奏時間も軽く100分を超えますけど、全体的には、朝=夜 人間界=自然界 現実=夢
現実=過去の記憶 生=死という相反するテーマを全て一つにまとめ上げたというか、
過去の記憶と現在の印象の全てを巻き込み直進していく巨大な「マーチ」という考え方も出来るのかもしれません。
人間が元々有している相反する矛盾する要素を「音楽」として反映させる意図があるんじゃないのかな・・とも感じたりもします。

マーラーの交響曲におけるユニゾンと言うと、3番の8本のホルンに比べると地味かもしれないですけど、
交響曲第4番「大いなる喜びへの讃歌」~第一楽章の6分前後に登場する4本のフルートによる超高音域の繊細な
ユニゾンも大変印象的です。
4人のフルート奏者が高音域でpp~fまでディミニエンドを繰り返すまるで妖精のダンスみたいなニュアンスは、多分あれは
フルートソロだけでは表現しにくいと思いますし、あれは4本のユニゾンであるからこそ可能なニュアンスなのかもしれないです。

ユニゾンというと冒頭でも記したとおり、チャイコフスキーの交響曲第5番~第一楽章冒頭の2本のクラリネットによるユニゾンも
大変印象的ではありますが、同じくチャイコフスキーの幻想序曲「ロメオとジュリエット」の9分~10分目前後に延々と
展開される各2本ずつのフルートとオーボエの計4本による「愛のテーマ」のユニゾンもとても感傷的で胸にじーんと響きます。
同一楽器のユニゾンよりもはるかに難易度が上がるのが異なる楽器でのユニゾンなのですけど、そうした異なる楽器での
ユニゾンにおいて「実は最も音のニュアンス・音域・音量の微妙な調整が難しい」とされるのがオーボエとフルートでも
ありますので、あの長大なユニゾンの箇所に差し掛かると奏者もそうですけど指揮者もかなり大変なのだと思います。
しかもあのフルートとオーボエのユニゾンの最後には、なんとクラリネット2本までがそのユニゾンに加わり、計6本の
管楽器によって延々と感傷的で甘美なユニゾンが展開されますので、聴き応えは十分だと思います。

チャイコフスキーの幻想序曲「ロメオとジュリエット」は「序曲」というタイトルが付いているのですけど、
印象としては「交響詩」みたいな雰囲気も濃厚です。
演奏時間が20分程度ですし、曲としてはかなり長いという印象もあります。
この20分の曲の中に、荘厳なコラール・愛のテーマ・諍い・人間の死・甘美さ・せつなさ・激しさなど
とにかく色々な要素が「これでもかっ!」とばかりに盛り込まれていて、聴いていて飽きる事はありません。
20分の曲の中に「出会い→喧騒→愛の逃避行→死」のストーリーがギュギュッ・・と詰め込まれていて、
目を閉じてこの曲を聴いているとシェークスピアのあの誇り高き戯曲の様々な名場面が浮かんでくるような感じすらあります。
特に素晴らしいのが冒頭のクラリネットをメインとする荘厳なコラールと中間部の「愛のテーマ」だと思います。
そしてその愛のテーマに上記のオーボエ・フルート・クラリネット、計6本の管楽器によるユニゾンが高らかにしっとりと
鳴り響いていきます。
その中間部の愛のテーマの盛り上がりの最後にはしっりとしたコールアングレのソロで締めてくれるのも素晴らしいです。
曲のラスト30秒前当たりのティンパニのロールをバックに金管を中心としたコラール風なエンディングも
哀しい死ではなくて「天国で二人は幸せに結ばれる・・」といった一つの「救い」が示唆されているようにも
感じられとっても素敵だと思います。
それと個人的な印象ですけど、前半や後半の展開部で登場するシンバルの凄まじい連打に次ぐ連打のあの迫力は
圧倒されるものもあったりします。

この幻想序曲なのですけど、シェイクスピアの原作から主に3つのテーマに絞って書かれています。

1.ローレンス修道士を表す宗教的で荘厳な序奏部
2.モンタギュー家とキュピレット家の争いを描写する第一主題
3.バルコニーのシーンに代表されるロメオとジュリエットの愛の場面を美しくまた悲しく歌う第二主題

前述の通り、1の冒頭場面のクラリネットをメインとする木管のコラールは神々しいですし、
2の激しさ・・特にシンバルの連打は大変印象的ですし、3の「愛のテーマ」の美しさ・ロマンティックは
この世のものとは思えない美しさがあると思います。

専門的な事を一言書くと、標題音楽でありながらソナタ形式を取っていて、
構成面でもひきしまった作品になっている点は「すごいな・・」と感心してしまいます。

この曲をCDで聴く場合、私が特に特にお勧めしたいのは、バーンスタイン指揮/ニューヨークフィルの演奏です!
この演奏はすごい・・すごすぎると思います。
(特に冒頭のクラリネットの音色はこの世のものとは思えないです・・中間部も大変美しいですし、聴き方によっては
退廃的なものすら感じさせています)

40785ba7-s_convert_20180724125422.jpg

「響け! ユーフォニアム」第一期と第二期のトランペットパートから、香織先輩・優子・麗奈

tuttiの楽曲というとやはり大音量のメロディーという印象もあったりしますし、それがフルに発揮された楽曲というと
レスピーギの交響詩「ローマの松」~Ⅳ.アッピア街道の松がとても印象的ですけど、
あのアッピア街道でのトランペットセクションによるtuttiの響きはとても壮麗ですし、聴いていてもとてつもないスカッとした
爽快さがあると思います。

一般的に西洋のクラシック音楽で使用されるトランペットの音色が示唆している事は、華やかさ・名声・絢爛豪華・喧噪・
称賛・楽しさといった要素の他に、圧政・威圧・宣言・戦い・恐怖という人間を屈服させてしまう要素もある一方で、
実は「死の宣告」を通達させる楽器でもあり、その多様性にはすごいものがあると思います。
ちなみに聖書等における最後の審判を告げる天使の楽器はトランペットでもあったりします。

そうした死の宣告・象徴または最後の審判の象徴としてのトランペットをイメージさせるようなフレーズが、
交響曲第一楽章の冒頭で、しかもその箇所は一切の伴奏無しのトランペットのソロだけによるフレーズで開始されているのが
マーラーの交響曲第5番です。
(マーラーの5番というと第四楽章・アダージェットはとてつもなく有名ですし「カラヤン・アダージョ」でもお馴染みの一曲です)
マーラーの交響曲第5番第一楽章冒頭は不吉で禍々しい葬送行進曲風の完全ソロのトランペットによる陰鬱なファンファーレ
から開始されるのですけど、この交響曲第5番はマーラーにとって20世紀に初めて作曲した交響曲でもありますし、
作曲した時期は20歳程度年下のアルマという美女と新婚間もない頃と重なるのですけど、そんな全体におめでたい時期の
シンフォニーの冒頭を不吉なトランペットの葬送行進曲風ファンファーレで開始させてしまうマーラーの頭は、
やっばりどこかヘンなのかもしれないです・・
(マーラーの交響曲第5番自体は、ベートーヴェンの運命のように、苦悩→歓喜、暗→明という構造が一目瞭然で分かりやすい
という事もあり、第四楽章のアダージェットの大人気という事もあり、マーラーの残した交響曲の中でも屈指の大人気交響曲
でもあったりします)
ちなみにマーラーの交響曲第5番第一楽章冒頭の不吉で禍々しい葬送行進曲風の完全ソロのトランペットのメロディーは
前作の交響曲第4番「大いなる喜びの讃歌」の第一楽章の中にも突如出現しています。
4番は全体に大変メルヘンチックで明るい交響曲なのに、そうした天使と子供をモチーフにしたかのような幻想的で優しい
曲想の中に突然そうした不吉なメロディーを乱入させてしまうマーラーの頭はやっぱりヘンだと思いますけど、
同時にスイートプリキュアのテーマのごとく「幸せと不幸は二つで一つ・・」みたいな事を示唆しているのかもしれないです。
上記で交響曲第4番「大いなる喜びの讃歌」が出てきたので関連して言うと、マーラーが残した交響曲の中に
交響曲第3番「夏の朝の夢」という全6楽章構成の100分を超える超・超大作があるのですけど、
(第一楽章だけで演奏時間が38分前後もかかってしまいます!)
その交響曲第3番「夏の朝の夢」は元々の構想段階では全7楽章構成を予定していたらしいのですけど、あまりにも長大過ぎる
という事で第七楽章を自作の交響曲第4番終楽章に移行させたという経緯もあり、そのため、
交響曲第4番「大いなる喜びの讃歌」第四楽章においては、交響曲第3番「夏の朝の夢」の調性が残存していたり、
同じく3番の残存メロディーが出てくるなど、曲の垣根を越えたものがあるのも大変面白いですし、
それだからこそ交響曲第5番第一楽章冒頭の不吉なトランペットによる葬送行進曲は、既に前作の4番で既に登場
している事を考えると、マーラーの頭の中では「自作のシンフォニーなのだから、曲同士の垣根をたまには超えてもいいじゃん」といった想いがあるのかもしれないです。

ちなみにですけど、1973年録音のカラヤン指揮/ベルリンフィルの演奏において、交響曲第5番第一楽章冒頭の
トランペットソロは、23歳にしてベルリンフィルトランペットの主席に抜擢されたマルティン・クレッツァーが担当していますけど、
カラヤンにとっては一つの冒険であったのかもしれないですけど、もしかしたら・・?
ベテラン奏者による手慣れた雰囲気よりも少年の面影をまだ残した若い奏者の柔らかい唇から生ずる若々しい感覚が
欲しかった・・みたいな事もあるのかもしれないです。
同様の話としては、マーラーの交響曲第4番「大いなる喜びの讃歌」~終楽章で出てくるソプラノソロは通常は
女性のソプラノが起用されますが、バーンスタインの指揮ではソプラノではなくてボーイソプラノが起用されているのは
大変ユニークな試みですけど、同時に意図としては、
「大人が歌う雰囲気よりは無邪気さ・若い感覚が欲しかった・・」という感じなのかもしれないです。
ちなみに生の演奏会では、マーラーの交響曲第4番「大いなる喜びの讃歌」~終楽章で出てくるソプラノソロは、
30~50代のおばさま・・(汗・・)ソプラノ歌手が妙に力んで歌われる事が多々あるのですけど、
あの部分に関してはそうしたBBAのお姉さまたちではなくて(汗・・)、純真さ・若さが漲っている美少女のソプラノ歌手が
担当された方が曲のイメージに合っているのかもしれないです。

さてさて、管弦楽の世界でトランペットが相当目立つ曲とかソロ的に使用されていたり、華麗なファンファーレとして
使用されている楽曲としてどんな曲が挙げられるのでしょうか・・?

少しばかり挙げさせて頂きますと・・

A.コープランド / エル・サロン・メヒコ

この曲の醍醐味というか聴きどころは序盤のトランペットのとてつもなく長いソロだと思います。
(しかも2回も繰り返されます)
技術的にもかなり大変で、プロでも奏者はかなり緊張すると思います。
全日本吹奏楽コンクールでこの曲を自由曲に選ぶチームもかなりありまして、
1985年の出雲高校のように、ソロが壊滅状態の場合もありますし、、95年の愛工大名電のように完璧に決まる場合もあります。
それとこの曲は指揮者泣かせのウルトラ変拍子ですし、クラリネット・ファゴットにも重要なソロがあったもします。

A.コープランド / 戸外のための序曲

この曲の序盤のトランペットソロはかなり長いけど、ゆったりとしたのびのびとした雰囲気がすてきです。

O.レスピーギ / 交響詩ローマ三部作の中でも特にローマの松とローマの祭り

特にローマの祭りの主顕祭のトランペットの喧噪は圧巻です!
ローマの祭りの冒頭のチルチェンセスのトランペットの音の掛け合いはまさに華麗なる音の絵巻ですね~
それとレスピーギというとバレエ組曲「シバの女王ベルキス」の狂騒の踊りの場面では、中間部において舞台袖から
ステージからは見えないように演奏されるトランペットのひそやかなソロも素晴らしいですし、ラストのバンダによる
アイーダトランペットを使用したファンファーレも圧巻の大迫力です!

G.マーラー / 交響曲第3番「夏の朝の夢」~第三楽章

厳密にいうとトランペットではなくてコルネットに近い「ポストホルン」が担当しているのですけど、この楽章の
交響曲としては相当異例な長いソロは陶酔感たっぷりのファンタジーに溢れています。
生の演奏会では、舞台裏から奏でられる事が多いです。
(東京芸術劇場での演奏会ではパイプオルガンの位置から朗々と奏でられていました)

ムソルグスキー(ラヴェル編曲) / 組曲「展覧会の絵」~プロムナード

冒頭のトランペットから開始されるメロディーは多分一度は耳にされたことがある音楽です。

ルロイ・アンダーソン / トランペット吹きの休日 トランペット吹きの子守り歌

トランペット吹きの休日は、原題は「ビューグル吹きの休日」です。
ビューグルとは、小型でバルブを持たないナチュラル・ホルンの一種で。いわゆる軍隊ラッパです、
実際の演奏ではトランペットが用いられる事が普通です。

スッペ / 喜歌劇「軽騎兵」序曲

冒頭のトランペットによるファンファーレが特に有名ですね~

G.ヴェルディ / 歌劇「アイーダ」~大行進曲

アイーダトランペットと呼ばれる特殊仕様のトランペットをバンダとして使用し、大変な演奏効果を挙げています。
吹奏楽コンクールにおいては、1990年の淀川工業の特別演奏でのバンダが大変印象的です。

D.ショスタコーヴィッチ / 祝典序曲

冒頭のトランペットによるファンファーレは爽快感いっぱいです~♪

A.ハチャトゥーリアン / 交響曲第3番「シンフォニーポエム」

冒頭のトランペットを中心とする大ファンファーレの大迫力は圧巻です!
吹奏楽コンクールでこの曲を初演した花輪高校の超名演はもはや伝説と化していると思います。

オネゲル / 交響曲第2番

陰鬱な全三楽章構成で、弦楽器のみで演奏されます。

というか・・この曲については二日前の記事でも散々書いているので今回は割愛します。

C.アイヴズ / 答えのない質問

楽器の構成が、弦楽四重+フルート4本+トランペットという大変シンプルな構成で、
弦楽四重奏は終始、一定の弱奏をするだけで、フルートやトランペットにはほとんど絡んできませんし、
弦楽はトランペットやフルートをほぼ完璧に無視して自分達の世界に入り込んでいる印象すらあります。
こうした弦楽をバックに「トランペット」が浮かび上がる形で一人朗々とメロディーを吹く曲の構造はとてつもなくユニークですね。
この曲のトランペットの音って、勇壮とか華麗みたいな印象は全く無く
人間のの内面をせつなげそうにと語り上げる内省的な感じがするのが大変面白いなと思います。

この曲の意図する事ってなんなのかな・・?
「人が存在する事の意義とは何でしょう・・・?」みたいな大変難しい「問い」に対してその「問い」をトランペットが計7回行っていて
それに対する「回答」という形で4人のフルート奏者が提示しているというのが曲の構造なのですけど、
実際に曲を聴くとすぐに分かるのですけど、フルートの回答は、全然回答になっていないというか、
最終的には支離滅裂なメロディーとなっていつのまにか立ち消えになってしまい
結局トランペットからの「問い」には誰も答えられず不調・という結果で終ってしまい、
その間、弦楽四重奏はずっと一定の和音を鳴らし続けているだけで
トランペットとフルートの「高尚な対話」には全く絡まず、延々と自分達の役割にだけ専念しているという曲なのです。

そして吹奏楽におけるトランペットは、花形的役割を担っていて、どの曲も相当程度目立っているのですけど、
その中でも特に特に超人的テクニックで聴く者を唖然・・とさせてしまう曲がクロード・スミスの「ダンス・フォラトゥーラ」だと
思います。
「フェスティヴァル・ヴァリエーション」がホルン殺しの名曲とすると、「ダンス・フォラトゥーラ」はトランペット殺しの曲だと
思いますし、ソロトランペットのハイトーンは決まった際はとてつもなく爽快ですね~♪

トランペットというと「華やかさ」という印象も強いですけど、オネゲルの交響曲第2番のような厳粛な響きのトランペットの響きを
耳にすると「こういうある意味癒しのような側面もあるのだ・・」みたいな新しい魅力を発見したりもします。
余談ですけど、2022年春アニメの「ヒーラーガール」においては随所でトランペットによるゆったりとしたユニゾンの響きによる
コラール的なBGMが使用され大変効果がありましたけど、
あの雰囲気はまさにヒーリングの雰囲気に合っていたと思います。

hibike-yu-huloniamu-reina_convert_20180613165611_convert_20180620162540.png

吹奏楽オリジナル作品でもそうしたユニゾンを多用した楽曲は無数にありますけど、私的にはなぜかしりませんけど、
バーンズの交響曲第2番~第二楽章・中断された変奏曲における清楚なクラリネットのユニゾンとそれに続く
トランペットの(はもりがあるので厳密にはユニゾンではありませんけど)神々しいコラールのような響きが大変
印象的であったりもします。
(スパークの「ドラゴンの年」~Ⅱ.間奏曲の荘厳なユニゾンもすてきです・・)

バーンズの交響曲第2番~第二楽章・中断された変奏曲の出だしはオーボエのソロから開始され、それが
クラリネットからアルトサックスへと引き継がれます。
静かな部分が終わると、少し賑やかな部分が変奏されていきますが、それが一旦静まると
クラリネットのユニゾンをメインとする木管合奏による静粛なバッハみたいなコラールというか聖歌が奏でられます。
そして木管コラールがトランペットのユニゾンをメインとする金管コラールにバトンタッチされていきます。
とにかくこのユニゾンのコラールが美しくて何度聴いてもうっとりとさせられます。
この木管と金管によるコラールが終わると、 再びどんちゃん騒ぎが再開されますが、最後は冒頭のオーボエソロが再現され、
静かに閉じられます。

トランペットというと明るさ・華やかさ・喧噪を象徴する楽器でもあるのですけど、こうやってたまに静粛で神々しい祈りのような
コラール的なトランペットのユニゾンを耳にすると、普段がああいう響きだけに余計にしんみりとした情感を
楽しめそうです。

ここから先はdream fantasy2
アミグリさんが過去に描かれた絵の転載&ご紹介コーナーです。

上記でトランペットのユニゾンについても触れさせて頂きましたので、ここはアニメ「響け! ユーフォニアム」のトランペット奏者
であり孤高で気高い高坂麗奈を取り上げない訳にはいかないです!
アミグリさんが描かれたこの高坂麗奈は当ブログでも何度も何度も転載の掲載をさせて頂いていますけど、
大好きなキャラを尊敬している絵師様に描いて頂いたお気に入りの絵は、何度でも転載&ご紹介をさせて
頂きたいと思っていますし、それくらいお気に入りの麗奈です~♪

上記の絵は、アミグリさんが2018年6月に描かれた「響け! ユーフォニアム」の1年生トランペット奏者の高坂麗奈です!

麗奈はトランペット奏者なのですけど、あの凛とした雰囲気はもしも麗奈が金管楽器ではなくて木管楽器を選んだ場合は
オーボエが最もお似合いといえるのかもしれないです。

そしてこの高坂麗奈は、2018年7月に当ブログが迎えた「吹奏楽カテゴリ通算1000記事到達」を記念して
アミグリさんに事前にリクエストをして描いて頂いた記念碑的な作品でもあります!
ちなみに描かれた時期は2018年6月です!

アミグリさんの描かれた麗奈は、アニメ版の特に第一期で見せていたちょっと孤高で気高いオーラとプライドの高い麗奈という
要素を少し弱めて、第二期で見せていた麗奈本来のかわいらしさを感じさせているのだと思います。

北宇治高校の冬服の茶系統のセーラー服のかわいらしさに黒髪ロングの素晴らしさにつぶらでどこか訴えかけるような
瞳の吸い込まれ具合に微笑みの上品さなど
完成度の高さにはただただ脱帽するしかないと思いますし、
「この麗奈を描くのに一体どれだけご苦労をされたのだろう・・」と改めてアミグリさんには感謝の言葉しか出てこないです。
麗奈のこの流れるような黒髪ロングの美しさやキラキラ感も本当に充実していると思います。
笑顔もすてきですし、背景の音符やトランペットも「麗奈はミューズ=音楽の女神様みたい・・」といった雰囲気を
伝えているように思えてならないですね~!

上記のアミグリさんが描かれたノースリープの高坂麗奈の権利は、
全て上記作品の絵師様であられるアミグリさんに帰するものであり、当ブログにおける転載とご紹介は事前に全て
アミグリさんからご了解を頂いたものであり、アミグリさんからのご厚意で転載をさせて頂いておりますので、
無断お持ち帰りや無断コピーは絶対NGですので くれぐれも宜しくお願い申し上げます。

アミグリさん、本当にいつもすてきなイラストの転載を快諾して頂きありがとうございます!!

皆様の中で「こんなにも気高く美しい高坂麗奈を描かれる方のブログってどんなもんなのだろう? 」などと興味がある方は、
是非是非アミグリさんのブログdream fantasy2を ご覧になって頂きたいと思いますし、 宜しければ、当ブログだけではなくて、
是非アミグリさんの本家本元のブログdream fantasy2に一度お越しして頂けると アミグリさんのブログをご紹介させて頂いている私もとってもとっても嬉しいです!

アミグリさんが定期的に作品を投稿され続けている →アミグリさんのpixiv にも是非一度足を運んで頂ければ幸いです!

アミグリさんのpixiv

高坂麗奈のトランペットには独特の影と華麗さが秘められていますけど、ゆったりとしたコラール的なユニゾンを
他のトランペットパートの人たちとうまく合せながら奏でるのもとてもすてきだと思いますね~♪
関連記事
スポンサーサイト



コメント

tuttiというと・・

tuttiの管弦楽曲というと自分としては、管弦楽史上最大かつ最強の大音量局ではないかともいわれる「ローマの松」~アッピア街道の松を思い出します。
もちろんローマの祭りの主顕祭の方が華やかさ・楽曲の複雑さ・音量としては上回っているのかもしれないですけど、アッピア街道の松の冒頭の静かな熱演そしてラスト近くのバンダを交えたあの大迫力は何度聴いても
爽快ですし、スカッとさせられそうです。

アッピア街道の松

たがふ 様

吹奏楽的にはローマの祭りが大音量曲なのかもしれないですけど、管弦楽的に考えると
pppの弱奏とffffの大音量のダイナミックスレンジの幅がとてつもなく広いローマの松の方がより
音楽的には深く感じたりもします。

特にそれが顕著なのがppで開始されるアッピア街道の松なのかもしれないです。

コメントの投稿



管理者にだけ表示を許可する

 | BLOG TOP |