J.シベリウスの交響詩「フィンランディア」は、本当に素晴らしい不滅の名曲だと思います!
この曲、過去において何度も生の演奏会で聴く機会に恵まれましたけど、何度聴いても、その都度ジ――ンと胸に
来るものがありますし、そのあたりはフィンランドの「第二の国歌」と呼ばれる由縁でもありますし、
作曲当時の、フィンランドに対するロシアの圧政に対する反骨心・反発力が曲の至る所から感じることが出来ます。
19世紀末において、当時の小国フィンランドが当時の大国であるロシアから真の独立を勝ち取ろうと
ロシアに色々な面で刃向っていた事には共感するものがありますし、日本人の判官びいきなのかもしれないです。
日本ではあまり知られていない事ですが、第二次世界大戦直前に、ドイツとソ連の協定により、
ソビエトはフィンランドを併合しても構わないという事になってしまい、スターリン率いるソ連は雪崩を打って
フィンランドに侵攻を図ります。
そして当時のフィンランドは、そうしたソ連軍の侵攻にすさまじい抵抗を示し、結果的には国家併合という事態は
回避する一定の成果は挙げています。
フィンランドという国家自体は別にナチス政権みたいな全体主義国家ではないけど、結果的に枢軸国側寄りの立場として
ソフィン戦争・冬戦争というソ連の侵略に対する国家的防御としての戦争を遂行せざるを得なくなってしまい、
戦後はソ連から賠償金を請求されてしまうという歴史的事実をご存知の日本人って多分ほとんどいないと思います。
(驚くべきことに国力をあげて短期間でこの賠償金を支払い完了させています・・・)
シベリウスが交響詩「フィンランディア」を作曲していた頃は、大国・ロシアの圧政に苦しみ
第二次世界大戦中は、ソ連からのドサクサ紛れの侵略と戦後の賠償責任に苦しみ、
要はフィンランドという国は、欧州とロシア(ソ連)の二つの巨大勢力の間に埋もれる小国の悲哀みたいな立ち位置の国家と
言えるのかもしれません。
だけどそうした小国はこのフィンランドもそうですけど、実にある意味したたかです!
否! 小国の知恵としてそうならざるを得なかったのだと思いますが、その小国は現代においては
「世界の一つのモデル国家」みたいな様相すら呈していると感じられます。
今現在では北欧の教育大国にして、IT大国としての地位は既に確立されていると思われますし、
有名な携帯電話メーカーノキアやオープンソースOSであるLinuxの故郷であり、
「フィンランド式」とかいう教育メソッドにおいては、教育産業からも注目を集めていたりもします。
ムーミンの故郷であることを知っている方も多いでしょうし、
サンタクロースへの手紙の届け先であると認識している人もいるかも知れません。
地理的にはそれほど広くは無いし人口も対して多くは無い小国なのですけど
「小さいけどキラリと輝く国家」の一つだと思われます。
1984年に当時の日本の首相・中曽根康弘氏は「フィンランド化」という表現を用い、
「日本が防衛努力を怠ると、フィンランドの様にソ連の属国になる」という事を言いたかったようですけど、
中曽根氏にとってみれば、フィンランドの過去の歴史とか、フィンランドの人民がいかに「血の汗」を流して
ソ連との戦いを凌ぎ、ソ連からの独立を果たしているという認識は薄かったと言えるのかもしれないですね・・
話がそれてしまいました・・・
シベリウスの交響詩「フィンランディア」のメロディーラインはシンプルながらも人の心を打つものが確実にあると思います。
特に中間部のあのメロディーは、何回聴いても胸にジーンとくるものがあります。
上記で書いた通り、フィンランドという国家自体が周辺の大国からの圧力に苦しみ続けたという歴史がありますので、
巨大な組織や国にも負けないで、自分たちの主張を伝え、それを貫き通す「心意気」みたいなものを感じさせてくれます。
シベリウスが作曲活動を開始した19世紀終盤の祖国フィンランドは
当時の強国で隣国でもあるロシアから様々な干渉&威圧を受け、その圧政に苦しんでいました。
当時の小国フィンランドが当時の大国であるロシアから真の独立を勝ち取ろうと
ロシアに色々な面で刃向っていた事に対する
一つの精神的な支えにもなっていた曲と言えることもできると思います。
交響詩「フィンランディア」の原曲は純粋な管弦楽曲で、楽譜の上では合唱は含まれておりません。
この交響詩「フィンランディア」に合唱が入った演奏と言うと
私の場合、オーマンディ指揮のフィラデルフィア管弦楽団を思い出してしまいます。
高校生ぐらいの時に、オーマンデイ指揮/フィラデルフィア管弦楽団による「名曲全集」というレコードが家の中にあり、
そのレコードには、例えば・・・
〇ケテルビー/ペルシャの市場にて
〇ブラームス/ハンガリー舞曲第5番
〇グリーグ/ペールギュント組曲より、朝
〇スケーターズワルツ
〇剣の舞
といった通俗名曲が数多く収録されていて、
そのレコードのB面の最後に収録されていた曲がシベリウスの交響詩「フィンランディア」だったのでした。
そのフィンランディアの演奏には、中間部とラストに壮大な合唱がオプションとして追加されていて、
合唱の効果には目を見張るものがあり、とてつもなく感動を呼び込んでいたと思います。
当時、この演奏がとても気に入り何度も何度も聴いていたのですが、
オーマンディ指揮以外のこの曲も聴いてみたいと思い、他の指揮者の演奏も幾つか聴いてみたのですが、
勿論、これらの演奏には合唱は入っていませんでした。
当時はあまりクラシック音楽の事はよく分からなかったし今現在のように詳しくは無かったものでして、
一番最初に耳にした合唱版のフィンランディアがシベリウスの原曲と思い込んでしまっていて、
合唱が無いフィンランディアには違和感を感じていたのかもしれないです。
今現在のように合唱が入らない普通の交響詩「フィンランディア」に耳が慣れてしまうと
合唱版を聴くと逆に違和感を感じてしまうのは皮肉な話なのかもしれないです。
私が高校一年の時、当時の音楽の教科書に、「フィンランディア」というタイトルで中間部のメロディーから構成された
歌が掲載されていて、その歌の歌詞というものが教科書に載っていました。
あの歌詞はどこから持ってきたのか正直よくわかりませんし、
オーマンディー等が用いていた合唱版としての歌詞を単純に邦訳したのか、それともオリジナルの歌詞として
付けたのかは今となっては分かりません。
だけど、あの歌詞はなかなか味わいがあるもので、今でもあの歌詞はよく覚えています。
その歌詞は、正確じゃないかもしれないですけど、記憶をたどると・・
オーロラ光る彼方の ましろき山を目指し
おおしく進む若者 その頬赤くはゆ
険しき道の彼方に 望みと幸は満つ
北風すさぶこうやに 緑の森を求め
たくまし進む若者 そのむね広くはり
はてなき道の彼方に 望みと幸は満つ
といったものだと思いますが、この歌詞の世界とフィンランディアの世界が時代と国を超えて融合しているようにも
感じられたりもします。
合唱が入る交響詩「フィンランディア」は一度だけ生の演奏会で聴いたことがあります。
1996年の創立40周年を記念した日本フィルの「特別コンサート」でしたけど、この演奏会のラストで、
この合唱付きのフィンランディアが演奏され、大変強い感銘を受けたのが今でも忘れられません。
この特別コンサートは、
広上淳一・藤岡幸夫・沼尻竜典・小林研一郎・渡辺康雄といった代々の日本フィルの指揮者が次から次へと登場し、
ソリストも中村紘子など当時の有名ソリストが数多くの著名人が客演し
かなり豪華な内容だったと思います。
それにしてもあの記念コンサートのラストの合唱付きのフィンランディアはとても素晴らしかったですし、感銘性は高かったです!
あの演奏はまさに「私は誰にも屈しない!」という決然さが伝わり、素晴らしかったと思います!

最後にこれは思いっきり余談になってしまいますが、
全日本吹奏楽コンクールは、今現在はそうした制度は廃止になっているのですが、かつては
全国大会で5年連続金賞を受賞すると、6年目には全国大会で「特別演奏」という20分間自由に演奏が出来るという
大変な栄誉が与えられていたものですけど、
1981年の全国大会・高校の部では、玉川学園がその栄誉ある特別演奏をお披露目していました。
だけど、この玉川学園は、なぜか20分の持ち時間のうち、実に半分以上を部員たちによる「合唱」をお披露目し、
吹奏楽曲として演奏した曲は、シベリウスの交響詩「フィンランディア」だけだったのです!
私はこの玉川学園の普門館での特別演奏は生で聴いていないので、この時の玉川学園の「フィンランディア」が
合唱なしだったのか、それとも前半で合唱をされていたのと同様にフィンランディアの中間部とラストで
合唱を入れたのかどうかは今でもわかりません・・
もしもこの点についてご存知の方がいらっしゃいましたならば、是非教えて頂ければ幸いです!
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