吉田公彦 の「吹奏楽のためのカプリチオ」は全日本吹奏楽コンクール1982年の課題曲Aで、
公募作品からの採用で、作曲者は当時早稲田大学の管弦楽団に所属されていたそうです。
この課題曲作曲家の情報は極めて少なく、多分ですけどこの課題曲以外に公での作品は極めて少ないのかもしれないですし、
後述しますけど、当時は「コンクール史上最大の駄作」という酷評が大半でしたので、作曲者としても嫌気が差されたのかも
しれないです。
最近の吹奏楽コンクール課題曲は、マーチの年と描き下ろし作品の年という区分を取りやめて以降急速に難曲化したという
印象がありますし、地区予選・県大会辺りで聴いても正直難しすぎてあまり印象に残らないという楽曲も大変多いような
気もしますし、何よりも曲の構造がひところに比べて数段複雑化しているうえに音色の構成がより洗練さを求められる楽曲が
大変多いような感じもあり、自分が現役奏者だった頃とは既に隔世の感という印象が極めて強いです。
そうした中で、先日青森県の弘前第三中学校の1982年の課題曲、吹奏楽のためのカプリチオを久しぶりに聴いてみたら
「あれ・・? 意外と面白いしわかりやすい曲だね~」と感じたものでした。
私自身、この課題曲に関しては1982年当時高校生だった当時の私の感覚で言わさせて頂くと「駄作」とか「くだらない曲」としか
当時は思わなかったですし、実際多くの方は「公募作品とは思えない内容の薄い駄作」とこきおろされていて、
当時の私の感覚と吹奏楽界一般の感覚は、この課題曲に関してはイコールだったのかもしれないです。
ではどうして「内容がうすい」と感じるのかというと、曲としては極めて単純な作品で最大でも4声部までしかなく、
メロディーに対する裏メロや副声部のメロディーすらあまりなく、ほぼ全員がメロディーラインを担当しているという
あまりのシンプルさが挙げられるのかもしれないです。
1982年の課題曲B / 序奏とアレグロのあまりにも難解な楽曲の構造と不協和音の炸裂に比べて課題曲Aのこの曲の
単純明白すぎる構成があまりにも目立っていたので、そうしたちょっと気の毒な評価に繋がっていたのかもしれないです。
上記で触れた通り最近の吹奏楽コンクールの課題曲の構造の難しさに辟易させられている状態で、
吹奏楽のためのカプリチオを改めて聴くと、そのあまりの単純さにむしろ新鮮さを感じてしまい、
最近の課題曲のメインメロディ・裏メロ・サブメロディー、リズム処理に副声部の裏メロとか音色の複雑怪奇な構成等に
耳が慣れてしまった状態で吹奏楽のためのカプリチオを聴いてみると
「この課題曲には裏メロすら存在していなくて、低音セクションを除くとほぼ全員がメロディーラインを担当しているじゃん!」と
感じてしまいますし、そうした単純で音声部がうすく書かれている楽曲の構成自体が当時としては
「作品がうすっぺらい」と酷評されていた要因にもなっているように今更ながら感じたものでした。
楽曲の構成がほぼメロディーラインのみである吹奏楽作品を奏者と指揮者が力んで演奏してしまうと、曲が意外と
厚ぼったく聴こえてしまい印象としては厚化粧のようにも聴こえてしまいます。
そのあたりが課題曲としては鳴らしやすくもあるのですけど、同時にこの課題曲は微妙に技術的に難しい面があり、
その一つがホルンのとんでもないハイトーンであり、二つ目がメインメロディーを奏でるクラリネットの指使いが大変面倒で
あったためかなりもたついてしまい、それが結果的に曲がついついぎくしゃくしてしまう事でもあり、
決して技術的に難解な曲ではないのに、実際の吹奏楽コンクールで演奏される場合は結構崩壊した演奏が多かったのも
むしろ当然なのかもしれないです。
全体的に曲としての面白みにはやや欠けますが、ノスタルジックな雰囲気はあるのかもしれないです。
1982年度の課題曲は長い吹奏楽コンクールの歴史の中でも課題曲不毛の年でもあり、課題曲B/序奏とアレグロ以外の
評判は今も昔も芳しくないものはありそうです。
音楽評論家の故・上野晃先生はかつてこの年の東北大会の審査員を務めていた時にBJ評にて
Dのサンライズマーチは並の普及品、Cのアイヌの輪舞を安っぽいと酷評されていましたけど、Aのカプリチオについては
「どうして公募作品にも関わらずこんな内容が無いうすべったい曲が採用されたのか全く理解できない」と
超ウルトラ激辛の酷評をれていましたけど、それは分かるような気もします。
だけど上記で書いた通り、2020年の感覚で今更ながら「吹奏楽のためのカプリチオ」を聴いてみると、その単純明快な
構造自体にむしろ曲の面白さを感じたりもします。
過去記事において、私自身もこの曲はこきおろしていましたけど、この変化はもしかしたら私自身の感じ方の劣化なのかも
しれないですけど、そうした年相応の感じ方の変化と言うのも決して悪い事ではないのかもしれないです。
「吹奏楽のためのカプリチオ」は私が高校2年の吹奏楽コンクールの課題曲でした。
以前も書いた通り、私の高校は当時は音楽の専門家の先生がいないため、毎年毎年部員の中から指揮者を選出し、
自分達で解釈し自分達で一から音楽づくりをし全て「手作り」でコンクールに臨んでいました。
必然的に課題曲も、部員全員の意見を聴いたうえで多数決で選曲していました。
個人的には、是非とも課題曲B/序奏とアレグロを演奏したかったのですけど
あまりにも無機質&変拍子&大変な難解なテクニックという事で「演奏不能」という結論に達し
自由曲が無謀にもショスタコーヴイッチを選んだという事情もあり、なるべく負担にならない課題曲をという指揮者からの
要望もあり、課題曲は最も無難なのC/アイヌの輪舞に落ち着きました。
課題曲A/吹奏楽のためのカプリチオは、私自身、何度か吹いた事はありますけど、
クラリネットパートを代表して意見を言わせて頂くと、こんな吹きにくい曲は無いという事でもあります。
クラリネットの主要メロディーは、シドーシドラレードシドラシソラソラーラソラシラーという感じのものでして、
字で表記するとクラリネット奏者以外には伝わりにくいのですけど、指使い的には
クラリネットの中音域の「ラ」は左手の人差し指のキー一本のみであるのに対して、中音域の「シ」は
両手の指を全て使う指使いという事で、こうしたラとシを交互に音符に書かれても正直大迷惑という感じでもありました。
替え指を駆使したり、新しい替え指を新たに発掘しないで、譜面通りにまともに吹いてしまうと、
多分相当もたつく演奏になるパタンーが多いと思います。
県大会や東北大会あたりでも、このクラリネットの指使いのやっかいさがそのまま音の不安定感と全体のリズムのぎくしゃく感に
繋がっている演奏もかなり散見されていたと思います。
そしてこの課題曲でやっかいなのは、上記で既に記したとおりホルンの高音域なのだと思います。
当時のBJの質問コーナーにおいてもプロの奏者の方すらも「これは少しやっかい」と言われていましたし、
内容もそれほど深くは無いし、技術的にはそんなに難しい曲ではないのだけど、一部のパートにとっては技術的やっかいさが
あるという労あって実りが極めて少ない曲と言えるのかもしれないです。
この課題曲にどうして「カプリチオ」=気まぐれというタイトルが付いているかと言うと、
オーボエのゆったりとしたソロで開始され、ゆったりとした序奏から突如、ティンパニの一撃から
アレグロに展開していくその音楽的自由さが由来との事です。
ハイドンが交響曲第94番「驚愕」第二楽章において、深い眠りにおちそうな聴衆を叩き起こすみたいな意図が
あったかどうかは定かではありませんけど、
第二楽章の静かな繰り返しの部分で、ティンパニの一撃と全楽器のffで聴衆を「夢の世界」から叩き起こした的な意図が
意外と「吹奏楽のためのカプリチオ」の意図にあるのかもしれないです。
それにしても、この課題曲Aは人気が無かったですね。
全国大会でもこの課題曲を選択したのは9チームに留まり、そのうち5チームが結果的に銅賞と言うのも
あの課題曲の不毛振りを象徴している感じがします。
この課題曲Aを選択して、全国大会で唯一金賞を受賞したのが弘前第三中です。
曲自体の内容の薄さがあまり伝わってこないほど、大変高い技術でまとめあげ、前述のクラリネットやホルンの問題も
難無くこなしていたという感じがあります。
この課題曲Aにおいて、隠れた名演というのが実は一つだけありまして、それは間々田中学校なのだと思います。
ものすごいダーダー吹きというかすさまじいレガート奏法なのですけど、
とてつもなく美しいサウンドにあのベタベタ奏法が意外と合っていて、私は結構この間々田の課題曲Aは好きだったりもします。

ららマジにおけるクラリネット奏者は綾瀬凛という後輩からは怖がられている少し気難しくて、自分にも他人にも厳しい
雰囲気があるJKさんです。
キリッ・・!としていて後輩に対して厳しく接する雰囲気の綾瀬凜お姉さまの上記のようなちょっと怒ったような表情も
とてもかわいらしいものがありますけど、
同じパートに自分に厳しすぎる子がいたりするとちょっとつらいものがありそうですけど、ららマジの綾瀬凜みたいな
JKさんだったら、私は喜んで同じパート内で頑張らさせて頂きたいものです~♪
現役奏者時代の10年間のうち9年間をクラリネットを担当し、たくさんのクラリネット奏者たちに接してきた私の経験では、
クラリネットを吹く女の子の不器用さ・頭の固さというものはもしかしたら全世界共通なのかも・・?といったら綾瀬凜に
怒られてしまいそうです・・
(そう言えば、とあるブログの管理人さんも元・クラリネット奏者でしたけど、あの融通の利かない頑迷さはクラリネット奏者
気質そのものだったと今にして思うと感じてしまいそうです・・)
綾瀬凛お姉さまだったら、吹奏楽のためのカプリチオにおけるクラリネットパートの妙にへんてこで難しい指使いの裏技も
後輩たちにいつも厳しく、そして時に優しく教えてくれるのかもしれないですね。
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しかし「上野晃先生」はバンドジャーナル支部大会特集号でしたけど、東北大会の講評でとりわけ課題曲にかなり酷評してたのは覚えています…。
特にこの「吹奏楽のためのカプリチオ」でしたね。。。どのような酷評かは既に管理人さんが書いてますが、作曲者吉田さんもおそらく読んでいたと思いますが、曲も作曲者も全否定みたいな感じで、中学生ながらにも「いくらなんでも思ってることをストレートに書きすぎだろう…」と思いましたね…。
山王中なんかも「このバンドに注文したいのは表現力である」的なこと書かれて…。当時の顧問の羽川先生がもし読んでたら、自分の音楽性を否定された感じでショックだったろうと思いました。
この曲、当時は正直あまり好きになれず、後にこの曲を課題曲で演奏した経験のある方の話では「ホルンが大変だった…」「演奏しててイヤな曲だった…」という人が多かったです。
でも、自分もここ数年は「今聴くと個性を感じる曲」「曲の品の良さは感じられる」と思うことが多くなりました。
年月時間の経過もありますが、色々な課題曲がどんどん採用されていくうちに、この曲に対する評価・思い入れも変化が出てきたかもしれませんね。