本記事は過去記事をかなり大幅に加筆修正した再構成記事です。
手抜き記事?なのかもしれないですけど、お正月ぐらいはのんびりしたいですし、たまにはこうした楽しても
バチは当たらないですよね~(汗・・)
お正月という事もありますので、たまには少し取り留めもない話でもさせて頂き、お茶を濁したいと思います。
当ブログ管理人のHNは「ぬくぬく先生」とさせて頂いておりますが、
このセンスの無い名前の由来についてお正月記事ということで番外編みたいなエピソード編として少しばかり
語らさせて頂ければ幸いです・・
今から十数年前(?)に、当時在籍していた金融機関の独身寮に30過ぎでも居座り続けていた時に
よく当時の上司とか同僚などから「30過ぎたんだから、さっさと寮出ろよ!」とか
「そうやって独身寮でぬくぬくしているから、いつまでたっても結婚できないじゃん!」とか
「いい年こいて独身寮でぬくぬくしていないで、さっさと寮出ろよ!」とか 嫌味の一言も当時よく言われていたものです。
当時の金融機関は、リストラの嵐が吹きまくり、行員の首を切る事と片道切符の関連会社への
出向が横行し、おまけにほとんど新卒採用をしておりませんでしたので、 行員数は減少の一途で、寮も比較的ガラガラでした。
本当は三十を超えていたら入寮出来ない規則であるのですけど、空室が目立っているなら仕方がないと言う事で
暗黙状態的にずるずると居座っておりました・・(汗・・)
だけど独身の男が三十を超えて寮に入るのは、ある意味反則ですよね・・・
寮費はバカみたいに安いし、寮に戻れば夕食はきちんと用意されているし、
乾燥機付き洗濯機は無料で使用できるし、お風呂は入りたい放題でもありました。
なによりも光熱費がゼロというのは大変大きかったと思います。
当時私自身の感覚として「結婚し家庭を持とう」という気持ちはほぼ皆無でしたし、
こんな環境にぬくぬく暮らしていると、結婚という気持ちは毛頭なかったですよね(汗・・)
結果論ですが、この金融機関が2001年に破綻し消滅して以降はいうまでもなく全員強制的に寮退去となりましたけど、
その後まもなくしてとあるご縁で結婚する事になってしまったのは、やはり環境というものは大きいという事だと思いますし、
独身男女を結婚させるには、その人を寮又は自宅から追い出すことがいっちば~ん!の薬なのかもしれないです。
周囲から見ると確かに「あいつ、ぬくぬくしやがってーー!」みたいなやっかみもあったとは思うのですけど
その「ぬくぬく」という言い方がなんかツボに入ってしまい、
その後この「ぬくぬく」という自称はその後結構頻繁に使うようになり、それが今現在も続いているという感じでもあります。
「先生」いうと代議士とか県会議会の議員とか学校の先生とか世間的には「エライ先生」みたいなイメージも
あるかとは思うのですけど、
私自身の見解としては、(勿論世の中には素敵で本当に尊敬に値する立派な先生が数多くいらっしゃる事を前提としますが)
こういう先生の中には、普段「先生、先生」と言われることで天狗のようになってしまい
上から目線で偉ぶったような態度を取られる方もかなり多いみたいな印象もあったりします。
そんな訳で、私自身が他人を「先生、先生」と呼ぶ場合はどちらかというと「小馬鹿にしている」みたいな感じが
私の中にはあり、
私自身が「そうした上から目線で偉ぶったような人間にならないようにしよう!」みたいな自戒(?)の意味を込めて
先生といった呼称をHNの中に取り入れ、
結果としてこうしたなんかヘンなHNでもある「ぬくぬく先生」みたいなものになってしまいました。
先生、先生と日常的に言われ続ける事で天狗になってしまう俗物的な御方に対するアンチナーゼとも
言えるのかもしれないです。
私の大学のゼミの指導教官も、大学教授という事で確かに立派な先生でもあり、その体系的理論の素晴らしさには
目を見張るものがあったのは間違いないのですけど、
この先生、私生活は結構俗物で、スケベでドケチで金の亡者みたいな雰囲気もあり、
私がゼミよりも吹奏楽団の方に力点を置いている事が気に食わないみたいで、
何かと言うと「君は大学の意義をどう考えているのかね・・」みたいな私にとってはある意味「筋違いの事」をよく
上から目線的に言われていたのは、ある意味印象的でしたし、
ここからも先生いうとなんか私自身が「こうはなりたくないね・・」みたいな小馬鹿にする要素が あったのかもしれないです。
それと一番大きかったのは、昔から私と考え方も嗜好も水と油の私が大の苦手な実兄が学校の先生をしていたことも
あるのかもしれないです。
1997年頃に、足立区北千住に住んでいた時に、 人事部から電話が入り、「〇月〇日の〇時に来るように」と通達がありました。
人事部から電話ではなくて 直接来いと言うのは何かあまり良くない話というパターンが多いですし、
以前甲府に飛ばされた時も直接人事部から辞令を貰ったパターンでしたし、 またまた甲府に再度追放されるのかな・・・・
それとも関連会社に出向させられちゃうのかな・・・・
はたまた先日提出した始末書の書き方がまずかったかな・・・
(注:金融機関においては、ちょっとした事でもすぐに始末書とか顛末書とか経緯報告書の提出を
求められます・・・)
色々と思い当る事はあったのですけど、顔を出してみると意外な展開になっていました。
「あーー、君、間もなく規定により寮を出る年になるよね。 寮を退寮すると家賃・光熱費・食費とか色々お金がかかるよね。
そこで提案なんだけど、今度西川口寮の寮長と副寮長が揃って退任する事になり
その後任が中々決まらない・・・
そこで、○○支店の○○と一緒にペアになって、寮長と副寮長を現在の仕事と兼任でいいからやってくれない・・・??
そしたら少なくとも35歳までは寮に居座ってもいいよ」
なんという巧みな誘惑の言葉でしょう!
やむなく(?)受ける事にしました・・(私はじゃんけんで勝ったので副寮長という立ち位置でした・・)
寮長・副寮長といっても大した仕事はありません。
せいぜい毎月一回の寮会の司会とか毎週一回の各部屋の点検見廻りとか毎週一回の浴室の清掃手伝いとか
そんなものです。
報酬は0円ですけど、アパート住まいするよりは全然安上がりだったのはとてつもなく魅力的でした!
(平日の朝食夕食付で電気等の光熱費は0円で、洗濯とお風呂は使いたい放題で、毎月の寮費は
オプションで依頼できるワイシャツやスーツのクリーニング代も込々で毎月20000~22000円ぐらいだったと思います
考えてみると、あの頃の私が生涯で最も趣味にお金をつぎ込むことができた時代というのも当たり前の話ですよね・・汗・・!)
この「西川口寮」というのは実はすごい場所に位置していたものでした。
他県の方ですと全然ピンとこないと思いますけど、埼玉県在住の方はお分かりになりますよね・・(汗・・!)
そう! 西川口と言えば、埼玉県最大の風俗街なのでした!
都内で言うと、新宿区歌舞伎町・吉原・川崎・千葉市本町あたりに相当するところでもありました。
そして当時は「西川口ルール」というものも存在していて、歌舞伎町に比べてサービス料は2~3割程度安いのに、
サービスは濃厚というのが西川口ルールの魅力でもありました。
当時のその寮の建物全体としては、当時は1~2階が金融機関の支店、3階から9階が寮という構成でした。
そして支店兼寮のすぐ隣は、その手の風俗ビルであり、そこから先はズラリとそうした風俗店のお店が軒を連ねておりました。
現在は風営法が大変厳しくなり、いわゆる「呼び込みのお兄ちゃん」という存在はほぼ皆無となっていますが
当時は、やりたい放題でした!
その支店兼寮と言うのは、西川口駅から徒歩30秒くらいなのですけど、 夜、仕事から戻ってきて、駅から寮を30秒歩くだけで
呼び込みの兄ちゃん3~4人には
「どう社長・・・いい娘いるよ・・・、サービスするからさあ」みたいにまず間違いなく声を掛けられる街でした(汗・・)
寮長・副寮長といっても半分は「雑用係」みたいな側面があり、
毎週日曜日には、寮の三階部分に溜まっていた燃えるごみ・空き缶・ペットボトルを
一階のゴミ集積所まで持っていくという作業があったのですけど、
このゴミ集積所の前は、なぜか知りませんけど
毎回毎回風俗嬢、ま、夜の妖しいお姉さんたちのタバコを吸う休憩場にもなっていて、
いかにも妖しい夜のお姉さんたちがいて中々見た目にも楽しかったですね・・・・
何度かゴミを運んでいる内に、そのお姉さんたちと結構話しかけられもして、色々とその手の業界の話とか
一ヶ月でいくら稼いでいるのかとか 大体何歳ぐらいまでが限界なのかとか
とにかく当時は色々とかなり興味深い話をする事が出来たのは、今にして思うと大変貴重な経験でした!
結論から書くと別に希望すれば何歳でも働く事は出るけど、必然的に35を過ぎると指名が激減し若い頃よりは
稼げなくなってしまい、流れの中で引退となるケースが多いとの事でした。
そして現役の頃に稼ぐだけ稼いでおいて、引退後はためておいた資金を元手に自分で商売を始めるパターンが
大変多いとの事でもありました。
あの夜の妖しいお姉さんたちはある意味官能的で別の意味で大変美しかったのは今でも大変印象的でしたね!
何というのかな?
妖しい夜の蝶みたいなイメージがある皆様でした!
そういう妖しいお姉さん達と色々と話をする事が出来ただけでも何かとても楽しかったです。
私の感覚で言うと、そうした「妖しい夜の蝶」と言うと、
東方キャラに例えると、やっぱりゆかりん=八雲紫様な~んて書いてしまうと、ゆかりんからスキマ送りの刑に処せられて
この先永遠に闇に葬られそうなのですけど、
ゆかりんのあの大人っぽく妖艶な雰囲気は、時にやっぱり「夜の妖しい蝶」のようにも感じてしまいますよね~(汗・・)


以前も書いた事があるのですけど、東方の公式書籍の漫画の中で描かれているゆかりんとしては、
「東方三月精」で描かれている威厳と存在感に満ち溢れているゆかりん=八雲紫様がとてつもなく大好きです!
やはり何度読み返してみても
「霊夢、あなたには勉強とお仕置きが必要なようね・・」と霊夢に巫女としての自覚を促す場面のゆかりんの存在感は
素晴らしかったです!
ゆかりんは「スキマ妖怪」という事で、幻想郷と私達が日々暮らしているこの「外界」を自由自在に出入りできる
東方では極めて貴重な存在と言えるのですけど、
もしもですけど、ゆかりんが外界において自分の姓と被る神社が寂れている光景を目の当たりにされると
果たしてゆかりんの心境としてはどんな感じになるのでしょうか・・?
「こうした大切な神社すら誰にもお詣りをされず寂れてしまう・・・・
外界は既に夜も妖怪も誰も恐れはしない・・・
観光地という事でもない限り、誰も神社になど目もくれない・・・という事なのだろうか・・・」
「東方三月精」におけるゆかりん=八雲紫様のこの言葉はかなり重たいものがあると思います。
外界から完全分離をしなければ「妖怪」の存在すら許されなくなった状況・・・
「妖怪たちへの畏敬」、人間達が「妖怪の存在」を認めて敬っているという事の証でも
あるのですけど、「誰も妖怪を恐れない」という事は同時にゆかりんをはじめとする妖怪・神・妖精・鬼・吸血鬼・天狗等の
非日常的存在を科学等の合理的思考が一蹴し完全否定される事で
自分達自身の存在意義が根幹から問われている非常事態とも言えますからね。
だからこそ、ゆかりん達は一大決心をし、幻想郷を外界から完全遮断し、ゆかりん達妖怪勢力が人間からの畏敬無しでも
存在できるように企画立案、そして有言実行したのです!
やっぱりゆかりん=八雲紫様は、多少胡散臭くても幻想郷最大のヒロインの一人と間違いなく言えそうですね!
そして本年度の当ブログはこれまで通り、否! それ以上にゆかりんの事は熱く語らさせて頂きたいと思います。
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やはり会社の寮って基本的に安くてお得で居心地良いですもんねぇ。
埼玉の西川口のことは知りませんでしたがなんだかすごそうですね。
でもちょっとおもしろそう^^
西川口にゆかりんが居たらホイホイついて行きますよ!