廣瀬量平 / 祝典序曲(吹奏楽のための祝典音楽) → このおおらかな大人の雰囲気の音楽はとっても魅力的です!

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「祝典序曲」というタイトルというと、やっぱりいっちば~ん!有名なのは、ブラームスの「大学祝典序曲」ではないのかなと
思ったりもします。
この曲は何度聴いてもどことなく気難しくて幾分とっつきにくいブラームスの曲とは思えないほど
洒落っ気に富む楽しい曲だと思えます。
何となくですけどスッペやオッフェンバックの序曲と言っても何か通用しそうな雰囲気があるようにも感じられます。
ブラームスって気難しい先生というイメージがありがちなのですけど、意外とこの御方はお茶目な面があったり純愛を貫く
といった要素もあったりしますし、ビゼーの歌劇「カルメン」が大好きで上演の度に見に行っていたりとか
ある時女性ファンより扇子へのサインを求められた際に、扇子にヨハン・シュトラウスの「美しき青きドナウ」のメロディーを
書いた上で「残念ながらブラームスの作に非ず・・」と記したり、少なくとも頑固一徹だけの作曲家では無かったようにも
感じられますね。
ブラームスは作曲パターンから言うと、楽しい曲を作曲している最中になぜか陰気で暗い曲を同時に
作曲するクセみたいなものもあるようでして、
この「大学祝典序曲」を作曲している最中に、「悲劇的序曲」という陰鬱な曲を後世の私達に残してくれたりもしています。
「祝典序曲」というとブラームス以外では
グラズノフ・イベール、チャイコフスキーの祝典序曲「1812年」なども大変印象的ですけど、
クラシック音楽・吹奏楽を通じていっちば~ん! 演奏頻度が高くて大人気の曲と言うと、誰が何と言っても
ショスタコーヴィッチの「祝典序曲」作品96ではないかと思います。

さてさて、それでは吹奏楽の邦人作品として祝典序曲というタイトルでいっちば~ん!印象的な曲というとどんな曲が
挙げられるでしょうか・・?

その答えとして私が強く推したい曲が廣瀬量平の祝典序曲(吹奏楽のための祝典音楽)に尽きると思います!

廣瀬量平の吹奏楽のための祝典音楽自体は残念ながら吹奏楽コンクールや演奏会等でも最近は全く耳にしなくなりましたね。
この曲、私的には吹奏楽作品の「隠れた名曲」の一つと思っていますので
この曲がもう少し世間に広まって欲しいと切に願っています。

廣瀬量平の名前なのですけど、長い間、「広瀬」と「廣瀬」の両方が表記され混同されていましたけど、
最終的には「廣瀬」という事で統一見解が図られたみたいですね。
(廣瀬量平の音楽事務所の公式HPにて廣瀬というのが正しい表記と正式に表明があったとの事です)
廣瀬量平が作曲した「はこだて讃歌」は、函館市のゴミ収集車が流すメロディーとして使われ、
大型外航船が函館に入港する際にもこの曲が流されているそうです。
また生前のエピソードとして、大学時代の廣瀬量平の下宿上階には新婚の遠藤周作夫妻が住んでいたそうです!
遠藤習作が酔っぱらって帰宅が遅くなると奥様は寝てしまって扉を開けて貰えない事が多々あり、その都度遠藤習作が
小石を窓に投げ廣瀬量平を起こして扉を開けてもらっていた逸話も残されているとの事です。

廣瀬量平の吹奏楽のための祝典音楽なのですけど、この曲が初演された当時は「吹奏楽のための祝典序曲」という表記
だったような気もします。
この曲が全国大会で初めて演奏されたのは、1982年の駒澤大学の5年連続金賞の特別演奏だったと思いますが、
その際の表記は吹奏楽のための祝典序曲というタイトルだったと思いますし、実際そのようにBJやレコードにおいても
表記されていたと思います。
その2年後に、駒澤高校が全国大会でこの曲を自由曲として演奏した際もプログラムの表示には、
単に「祝典序曲」として掲載されていました。
そして、1980年代後半に、フェネル指揮/東京佼成のCDにこの曲が収録されて以降は
「吹奏楽のための祝典音楽」といつの間にかタイトルが変更されていたようにも思えます。
廣瀬量平は既に2008年に逝去されていますし、この辺りの事情を分かっている方はさすがにもういないのかもしれないですね。

この曲は、元々は管弦楽曲として作曲されていた経緯があり、1972年の札幌冬季オリンピックを記念して作曲され、
初演当時は「管弦楽のための祝典序曲」というタイトルでした。
吹奏楽と同様にこの曲も祝典序曲からいつの間にか「管弦楽のための祝典音楽」というようにタイトルが変更されています。
どういう経緯で吹奏楽作品に編曲され、タイトルもいつの間に変わっていったかは私も正直よく分からないのですけど、
駒澤大学吹奏楽部の指揮者、上埜先生がそこには多少絡んでいるかもしれませんね・・・
この曲を吹奏楽に編曲したのも上埜先生ですし、同じ駒澤つながりで、系列の駒澤高校に勧めたのかもしれませんね・・・

祝典序曲(吹奏楽のための祝典音楽)は、一言で言うと「大人の曲」だと思いますし、
全体を貫くおおらかな雰囲気としっとりとした歌い廻しは一つの大きな高みに達している様な感じすらあると思います。
出だしのトランペットのファンファーレが実に爽やかですし気持ちが良いですし、展開部も決して騒々しくないし、
全体として「大人の余裕」を感じさせる音楽だと思います。
そして随所にオーボエの大変しっとのとした美しいソロもそうしたおおらかさに花を添えていると感じられます。
祝典序曲というタイトルはありますけど、過剰な音量も派手に演出も強引な展開も無いですし、
荒々しいffも少ないし、打楽器もそれほど多用していないのだけど、
全体的には「華やかさ」も十分に感じさせてくれますし同時に「爽やかさ・清涼感」も感じさせてくれます。
全体としては大人の上品な曲という感じですね。

1984年の全国大会・高校の部で駒澤高校がこの曲の審査対象としての全国大会初演を果たしましたが、
その後残念ながら一団体もこの曲が自由曲として演奏されたことはありません。
1984年当時、私も聴衆の一人として、この駒澤高校の演奏を聴きましたが、やはり「上品さ・爽やかさ」は記憶に残っています。
駒澤高校のあの演奏は一言で言うと理性的な演奏であり、金管・打楽器がガンガン鳴らす事も無く
終始リラックスした雰囲気を保ち、「大人の演奏」をしてくれていたのはとても良かったと思います。
花輪・野庭のように「生命感溢れるガンガン鳴らす演奏」も大好きですし、それも一つの立派な表現だと思いますが、
こうしたコンクールでも駒澤のように「冷静さ・理性的な雰囲気」をキープした大人の表現も全然大ありだと思います。
コンクールというものは、こうした色々な学校の多様性のある演奏を一日で一杯聴くことが出来るというのが
私にとっては最大の魅力ですね。
駒澤高校の演奏で良かった点の一つにオーボエのソロの見事さもあったと思います。
曲全体のテンポ設定がゆったりとしているせいもあり、全体的にせかせかしている印象が全く無く好印象だったと思います。
吹奏楽コンクールというと、タイムオーバー失格を恐れて
テンポ設定が速めというパターンが多い中、こうしたゆったり感は大変貴重だと思います。

結果としてこの年は銀賞だったのですけど、私個人としては十分金賞に値する演奏だったと思います。
そして駒澤高校が真の意味で覚醒していったのは21世紀に入って以降でしたので、ある意味典型的な遅咲きのチームだったと
言えるのかもしれないですね。

最後に・・

この曲は原曲の管弦楽曲として最近下野竜一が都響のプロムナードコンサートのオープニングとして指揮されていましたけど、
さすがに下野さんは吹奏楽にも管弦楽にもどちらにもよく分かっていらっしゃるなぁ~と
嬉しく感じたものでした!


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