川崎優 / 吹奏楽のためのわらべ唄 → 今ではすっかり忘れ去られた邦人作品ですけど、素朴さとネリベルみたいな雰囲気が妙に融合した影の名曲なのかもしれないです・・

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「吹奏楽コンクール」においては、課題曲と自由曲を合わせて12分間以内と制限時間があるから仕方がないのですけど、
曲のカットというのは、日常茶飯事の光景のようですね。
例えば、R.シュトラウスの交響詩「ティル・オイレンシュピゲールの愉快ないたずら」は
原曲は16分程度ですけど、コンクールの自由曲として演奏するには7~8分程度にカットする
必要があります。
原曲では5~6個程度いたずらをし、最後は絞首刑になってしまうのですが、
コンクールのカット版ではも一つか二ついたずらをしただけで、すぐに絞首刑になってしまう印象があり、
幾らなんでもティルが可哀想・・・なんて印象すら持ってしまいます。
同様にR.シュトラウスの「アルプス交響曲」も原曲は50分程度の非常に長い曲なのですけど、
これを8分程度のコンクール用カットヴァージョンになってしまうと、
あっという間に夜が明け、頂上に着いたと思ったら雷雨が鳴り響き、そのまま下山と言う
富士山の弾丸ツアーも真っ青の強行登山ツアーみたいな印象になってしまいます。

吹奏楽コンクールの世界では、そうした「曲のカット」というのは当たり前の話ですけど
カットというのはそれは自由曲において見られる話であり、
吹奏楽連盟による書き下ろしとも言える「課題曲」においてはそうしたカットと言うのは基本的にはあり得ない話ですし、
万一課題曲をカットして演奏する事は、即ちそれは「規定違反」という事になり、
例えば、1994年の駒沢大学がせっかく久しぶりに掴んだ全国大会代表の座も
課題曲Ⅰ/ベリーを摘んだらダンスにしようの演奏に実はカットがあった事が露見し、結局は
全国大会出場を辞退せざるを得なくなったという事件も過去にはあったほどでした。
(駒澤のあの年の自由曲は芥川也寸志の「交響管弦楽のための音楽」という大変貴重なものでしたから、本当は
是非全国大会でもあの素晴らしい演奏はお披露目してほしかったものです・・! 泣・・)

実は大変古い話で恐縮なのですけど、1969年の中学部門の課題曲の
川崎優作曲の吹奏楽のための小品「ふるさとの情景」という課題曲なのですけど、
実はこの課題曲は、本来は静寂にしっとりと弱奏で閉じられる曲なのですが、曲の全てを演奏すると
かなり長い曲になってしまうとの理由で当時の吹奏楽連盟の意向というか「指示」により、
小節番号179番でもって課題曲としては曲が終了という事になっています。
つまり・・吹奏楽連盟の指示により、本来作曲された曲の一部分をバッサリとカットして演奏されているのですよね。
本来は静かに閉じられるのが原曲なのですけど、「祭り」が盛り上がった場面で派手に閉じられてしまいます。
小節番号180番以降はバッサリとカットされているみたいですね。
作曲者の意向ではなくて吹奏楽連盟の意向により、本来作曲された形とは異なる趣旨で
曲自体がカットされてコンクールヴァージョンとして演奏されるというのは
長いコンクールの歴史の中でもかなり「レアなケース」と言えるのかもしれないですよね。

ちなみにですけど・・・・

BJ(バンドジャーナル)の1970年1月号の記事に出ているのですけど
この吹奏楽のための小品「ふるさとの情景」について
当時の中学の部の二大巨匠・・・・兵庫県の今津中学校の得津先生と東京都の豊島十中の酒井先生の
解釈記事が掲載されていて、二人の偉大なる先生の「違い」が明確に伝わってきて、とても興味深いものがあります。
酒井先生はまさに東京の「ええかっこうしい」みたいな大変洗練されたスマートな文章なのですけど
得津先生は、まさに関西の・・「下品でどこが悪いねん!」みたいな文章のノリが得津先生らしい文章でしたね・・・(笑)

一例を記すと・・・

バリトン(ユーフォニアム)よ・・、なんじゃその音は・・・25万も出したベッソン買うたとこやないか!
ベッソンの社長がお前のその音聴いたら、男泣きやで!

4拍目をもっと大事にせんとお前らの不自然な面みたくなるで! クレッシェンドはアツチェレと同じか、このバカモン!!

小節番号75からいよいよお祭りが始まるぞ! どうせお前らのしょぼい腕ではクラリネットはうまく吹けんじゃろから
ウッドブロックに任せてあとはテキトーにごまかしてしまえや・・・

トロンボーンのグリッサンドは、リズムなんか考えないで、気分一発で吹きや!!

この辺りはいかにも得津先生らしいお言葉のオンパレードですよね・・(笑)

川崎優先生は、今現在まだご存命です。
90歳は悠に過ぎておられると思いますし、最近はもうすっかりそのお名前を耳にすることはなくなりましたけど、
実はこの先生は「大阪万博」の公式マーチの作曲者でもあります。

川崎優先生が作曲された曲のなかで一つ印象的な吹奏楽作品があります。

それが何かと言うと吹奏楽のためのわらべ唄なのです。

この川崎優の吹奏楽のためのわらべ唄は、現役奏者の方は勿論の事、オールドファンの方にこの曲の事を聞いても
恐らくは・・・・
「わらべ唄・・なにそれ?? 聞いたことがない・・!?」みたいな反応になってしまうと思います。
そのくらいウルトラマイナーな知る人ぞ知る曲になってしまうのかもしれませんけど、
私自身は、この吹奏楽のためのわらべ唄は結構好きだったりもします。
曲自体、素朴さとどことなくネリベルっぽいメカニックさも感じられ、古き良き時代と現代の無機質な感じの音楽が
見事に融合した不思議な音楽の世界がそこにはあるのだと思います、
この曲の音源は、私自身は1973年の明見中学以外は聴いたことがないのですけど、それだけにこの曲を
全国大会の自由曲として演奏した明見中の演奏価値は極めて高いと思います。
演奏自体も、全国大会・銀賞という評価ではあるのですけど
「これだけ心のこもった素晴らしい演奏を聴かせて貰えれば、別に賞なんか関係ない・・」とさえ思ってしまいます。

川崎優がが1967年に渡米し、C.ウイリアムス・パーシケティー・ネリベル等に師事した際に
コロンボ出版社の委嘱でこの吹奏楽のためのわらべ唄を作曲し、1969年にアメリカで出版されています。
そのせいか、この曲は、打楽器の使い方がネリベルの「フェスティーヴォ」みたいに
かなり鍵盤打楽器を巧みに効果的に使用しているみたいな印象もあったりします。
曲は、フィンガーシンバルとスモールトライアングルの繊細な響きで始まり、
アルトサックスのもの哀しい子守り歌(江戸子守り歌)へと展開し、
次第にテンポが早くなっていき、「ずいずいずっころばし」のメロディーで曲のクライマックスを迎え、
再びサックスの子守歌が再現され、静かに曲を閉じるという感じです。

この曲と演奏に関しては、1973年のBJに平野先生のインタビュー記事が掲載されていてこれがとても興味深いです。
例えば、ある人から「曲のタイトルを見ただけで審査員は0点を付けるからこの曲を選ぶのは止めなさい」と忠告されたとか
川崎優にアドバイスを求めた所、
「参考になれば・・・」とアメリカの大学の吹奏楽団の吹奏楽のためのわらべ唄を聴かされたものの
確かに演奏は上手いのだけど「日本人の心としての歌」がまるで伝わってこない事に驚いた・・・
だから、自分達は、この曲に「日本人の魂」を吹き込もうと演奏した等
色々なるほどね・・・と思う話が出てきます。

実際、明見中の吹奏楽のためのわらべ唄の演奏を聴くと
ネリベルの影響みたいなモダンな雰囲気と打楽器の効果的使用、そして歌心の三つが
かなりハイレヴェルにミックスされた演奏だと思いますし
この曲、そしてこの演奏が「知る人ぞ知る」みたいな扱いになっているのはなんか勿体ない感じもあったりもします。

現代の高度な邦人オリジナル作品から見てしまうと、確かに、
「日本の民謡そのまんまじゃん! 特に何の捻りもないじゃん」みたいな印象を持たれてしまいがちかもしれませんけど、
たまには、こうした「素朴な世界」もいいものだと思います。
吹奏楽のためのわらべ唄と課題曲としての「ふるさとの情景」はまさに川崎ワールドと言えるのかもしれないですよね。
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