櫛田胅之扶 / 吹奏楽のための序曲「飛鳥」 → 古代の日本の情緒が漂ってくる誇り高き名曲だと思います!

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すぐ上の記事が「京都アニメーション」と言う事で、京都奈良に関連する吹奏楽作品について
取り上げさせて頂きたいと思います・・

櫛田胅之扶は私が高校生の頃ですと、「数学の先生」とか「石の庭・飛鳥・斑鳩の空等で吹奏楽界にもブレイクしてきた・・」
といった印象があったのですけど、既に80歳を超えられているのですね~
逆に言うとそれだけ私も順当に加齢してきたという事なのでしょうけど(汗・・)
櫛田胅之扶は80歳を超えられても新しい挑戦をされ続けていて、最近では
ジャズ楽曲を吹奏楽用に編曲した作品にも意欲的に取り組まれるなど、その精力さには敬意を表させて頂きたいと思います。

櫛田胅之扶というと最初に出てくるイメージは「伝統的な和のイメージ」ですね~!
邦楽の家に生まれ育ったという環境も大きいと思われますが、
作風は伝統的な邦楽を基調にした日本的あるいは民族主義的な路線を追及し続けていると感じられます。

櫛田胅之扶の作品は若い頃の作品も最近の作品もとにかく「古代の美しき日本の姿」を徹底的に追及しているようにも
思えます。
櫛田さんの音楽の作品はほとんどが吹奏楽作品といっても過言でもないのですけど、
1981年の「東北地方の民謡によるコラージュ」と94年の「雲のコラージュ」という吹奏楽コンクール課題曲以外では、

〇吹奏楽のための序曲「飛天」

〇吹奏楽のための序曲「火の伝説」

〇斑鳩の空

〇秋の平安京

〇嵯峨野

〇雅風断章

〇元禄

といった作品を思い出しますけど、タイトルからして「日本・・というか古都のイメージを大切にしている」という
のが見事に伝わっていると思います。
そして櫛田さんの曲の中でいっちば~ん!私にとって馴染み深くてインパクトが強い作品というと
吹奏楽のための序曲「飛鳥」だと思います!

1969年に作曲された「飛鳥」は、現在の奈良県高市郡明日香村周辺にあたる飛鳥地方の6世紀後半から7世紀にかけて
繁栄した栄華を吹奏楽作品として立派に表現したオリジナル作品と言えると思います。
吹奏楽コンクール全国大会での初演は、後述しますけど1980年の粟野中学校です。
飛鳥は、1994年に府立淀川工業高等学校吹奏楽部のグリーン・コンサートのために改訂されています。
原典版と改訂版の違いなのですけど、改訂版にはハープが追加され、
金管及びサクソフォーンが部分的に加筆されているのが目立つ違いなのだと思います。
吹奏楽オリジナル作品の原典版に対する改訂版は、これはあくまで私自身の感じ方なのかもしれないですけど、
風紋・波の見える風景などに象徴されるように「原典版の方が全然いいじゃん!」という印象があるのですけど、櫛田さんの飛鳥に
関しては「原典版も改訂版もどちらもいいかも・・」と感じさせてくれていると思います。

吹奏楽のための序曲「飛鳥」は前述の通り1969年に作曲され、JBAの作曲賞に入賞しています。

櫛田さんの解説によると、

「ゆるやかに流れる飛鳥川のほとりで、かつては壮麗さを誇ったであろう宮殿や寺院が荒廃している姿を見たとき、
何ともいいがたい感情の高まりを覚えました。
この曲を書くことにより、私自身の心のよりどころを知ろうと思いました」との事ですけど。
確かにこの曲からは飛鳥時代の朝廷の雰囲気がそこはかとなく滲み出ているように感じられます。
曲の冒頭はフルートソロから開始されるのですけど、そこにいきなりシロフォーンの鋭い響きが入り、トロンボーンの
幽玄なグリッサンドが入ってくるなど前半部分だけで既に気分は奈良時代なのだと思います!
そしてこの曲の最大の聴かせどころでもあり、奏者にとっては最大の鬼門というのがラスト寸前のホルンによる
とてつもない高音の雄叫びだと思います。
あの雄叫びの部分をコンクールやコンサートで外してしまった事故を何度か聴いたことがありますけど、あの部分を外されると
「終わりよければすべてよし」ではなくて「終わり悪ければ全て悪し・・」みたいな印象を与えてしまうと言う事の
典型例なのかもしれないですね・・(汗・・)

吹奏楽のための序曲「飛鳥」の演奏の代表的なCDというと、1980年録音の秋山和慶指揮/東京佼成ウインド・オーケストラが
名高いですけど、演奏はいかにも秋山さんらしい真面目で端正な響きだと思います。
「飛鳥」はこれはあくまで私自身の感想なのですけど、前述のラスト近くのホルンの雄叫びの壮絶さは素晴らしいのですが、
閉じられ方がティンパニのトレモロのデクレッシェンドと言う事で、なんか「ヘンな終わらせ方」とか「貧弱な閉じられた方」という
不満も実はあったりもします。
秋山和慶指揮の演奏も閉じられ方がなんか唐突に閉じられるみたいな感じもあり、「やっぱりこの終わらせ方は違和感がある」
という感じでもありましたが、そうした私の不満を全て解消させてくれたのが上記でも記した改訂版なのだと感じます。
改訂版の編成にハープが加わったことで、
一番最後における原典版のティンパニのみのデクレッシェンドでは唐突でヘンな感じだったのに、
ここにティンパニだけではなくてハープのグリッサンドが加わった事で随分と印象が違ってくるようにも感じられ、
少なくても原典版で感じた「違和感」は全て解消されているようにも私的には感じたりもします。
原典版ではホルンの雄叫びから先の全奏者による連続的な打音は、徐々にテンポがアップされていくのですけど、
改訂版では、テンポアップをするもしないも指揮者の裁量に任せられているというのも
面白い変更点だとも思えます。

吹奏楽のための序曲「飛鳥」は、曲自体はそれほど「派手」とか「ため息が出そうなほど鮮やかさ」がある曲では
無いと思います。どちらかというと「地味」な曲とすら感じてしまいます。
そうした地味と言う印象の「飛鳥」を根本からひっくり返したようなイメージの演奏というと・・
そう! 言うまでもなく1980年の粟野中学校の演奏だと思います。
本来地味な曲のはずの「飛鳥」をとにかく打楽器の強弱のコントラストをあそこまで極端に付けて更に、
テンポ設定を時に大胆に遅くしたり、テンポルバートを掛ける事で曲の雰囲気というか印象は、
随分と変わってしまうと言う事を改めて立証した演奏とも言えると思います。 
1980年の粟野中の「飛鳥」はどちらかというと曲の内容そのものよりも、
演奏解釈と言うのか過度とも思える強弱と明暗のコントラストを鮮やかにつけたその表現方法が吹奏楽コンクールとしては
高く評価されたという事なのかもしれませんよね。
1980年当時、中学3年生だった私自身が、後日学校が購入した「日本の吹奏楽」という粟野中の演奏が
収録されたLPレコードを聴いた際は「本当に彼らは自分達と同じ中学生なのか・・・あまりにも自分達とは格が違い過ぎる・・」と
当時は本当に自己嫌悪に陥ったものですし、とにかく粟野中の生徒達はすごいとしか言いようがないと思いますし、
こんなにも音楽一つだけで、こんなにも聴く者に「何か」を伝える事が出来るのだ!と感じ取ったのは紛れも無い事実です。
だけど今現在の視点で聴いてしまうと、粟野中学校の演奏は、演奏効果重視で、金管セクションの音量過剰と
打楽器セクション・・特にドラの鳴らし過ぎは「ちょっと情緒に欠けるのかも・・」と感じさせるものはあると思います。

飛鳥の演奏というと粟野中学以外では1981年の青森県信用組合の飛鳥も大変印象的ですね。
こちらの飛鳥は大人のしっとりとした風情のある飛鳥だと思いますし、こちらの方が古代日本の情緒が漂い、
飛鳥としては正攻法のアプローチと言えるのだと思います。
粟野中の場合は、ドラをとにかく打ち鳴らし積極果敢に「攻める」飛鳥という印象なのですが、
青森県信用組合の方は、しっとりと落ち着いて聴かせる「大人の」飛鳥という印象でした。

「飛鳥」というとコンクールでも比較的お馴染みの曲なのかもしれませんが、
今の所、粟野中と青森県信用組合を超える演奏は聴いた事がありません。
技術的にはそれ程難しくはないと思うのですが、
あの情緒を吹奏楽で表現するのは意外と難しいのかもしれませんし、ほとんどの演奏は
打楽器だけで情緒を出そうとするから、何か乱暴な感じだけが印象として残ってしまうので表現的な難しさは
間違いなくあるのだと思います。
青森県信用組合は、82年~83年も同じ櫛田さんの曲を自由曲として全国大会に出ていますが、
「飛鳥」を超える演奏は再現できませんでしたね・・・
82年の福島で開催された東北大会も聴いたのですが、この年の自由曲「飛天」は同じく
尺八を効果的に使用した曲ですが、何か「二匹目のどじょう」を狙ったのが見え見えでしたし、
尺八という特殊楽器に頼りっきりという感じの演奏でしたので81年ほどの感銘性はありませんでした。
83年の「斑鳩の空」も以下同文という印象です。

櫛田さんの飛鳥以外で好きな曲は、私としては「火の伝説」だと思います。
飛鳥がどちらかというと「勢いのある曲」なのに対して、
「火の伝説」は、日本のほのかに暗い情緒を静かに粘り強く歌い上げた感じがします。
この曲は言葉にするのは大変難しいのですけど、多分「日本人」にしか分からない感覚なのだと思います。
遠い祖先から脈々と受け継がれてきた「地」の匂いがするような曲で、おそらく外国人の吹奏楽団がこの曲を吹いても、
「言語明瞭意味不明」みたいな演奏になるような気がします・・・

吹奏楽のための序曲「火の伝説」は中々「これぞ火の伝説の本質!!」みたいに完全に納得できる演奏に
お目にかかれませんね・・・
この曲は、1982年に錦城学園が、1997年に伊丹北が全国大会の自由曲に選んではいますけど
どちらも今一つというか今二つだと思います。
錦城高校のあの独特の「音の粘り」というか「日本人らしいわび・さび」の世界はかなり本質に迫っていたとは思います。
錦城のあのもっさりとした響き、妙に粘りっこい音は
「日本人として忘れていた何か」を思い起こさせてくれる演奏なのかもしれないですね。
アニメ「響け! ユーフォニアム」の舞台は京都府なのですけど、
京都の学校が火の伝説のようなああいう「日本人の心の原点」みたいな曲を現代のシャープな感覚で吹いたら
意外と面白いのかもと思ったりもします。
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