エアコンの無い生活にはもう戻れない・・?

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先日の記事の中で
「社内のエアコンがあまりにも効き過ぎ寒くて敵わなくて鼻咬んでばかりいたら、鼻血が出ることが多くて、
社内では真冬並に鼻ばかり咬んでいる」みたいな事を書きましたけど、
私達の生活においては当たり前の話なのかもしれないですけど、「エアコン」は私たちの生活には絶対的に必要不可欠なもの
と間違いなく言えるのだと思います。
昨日の記事でも書いた通り、夏場にエアコン掛け過ぎるとクーラー病みたいな感じで体調崩しがちという事で
自粛気味でもあるのですけど、
真夏に仕事から帰宅し、家の中が柔らかく冷えていると「ありがたいよね~」と感じますし、私が大の苦手な寒い冬場においては
既にエアコンは絶対的に必要な家電であるのは間違いなく断言できると思います。

現在社会においては、エアコンがある生活というのがもはや「普通」となっているのですが、
考えてみれば、これは贅沢な話なのかもしれないですね~
思い起こしてみると私自身が東北の田舎から初めて上京したのが18歳で、当時住んでいた大宮のボロアパートには
当然エアコンと言う贅沢品はなく、 夏の暑い日は窓を開けたり、扇風機を廻し
冬の寒い日はこたつをつけたり、布団の中にもぐったりと
特に「エアコン」なんて意識はしなかったし、必要性も感じなかったものでした。
それはキャンパスが大宮から都内の水道橋に変わり、アパートを中野に変えても状況は同じでした。
「自分はビンボーなのだから、エアコンなんて贅沢品、贅沢は敵だ~!」みたいな感じで
「エアコンが無い室内」というのがむしろ当時としては普通の感覚だったのかもしれないです。

社会人になって、いっちば~ん! 最初に住んでいた会社の寮は千葉県船橋市内の寮でしたけど、
一応一部上場の金融機関の寮なのに、エアコンも無いし、冬は集中式スチーームで暖房があるものの
毎晩毎晩22:00以降になると強制的に電源が遮断されるというものでしたので、実際はあってないようなものでした・・(泣)
冬場に狭い室内とはいえ、こたつ・電気ストーブ等は持ち込み禁止と言う事もあり、暖房装置がな~んにも無い無いというのは
結構堪えるものが当時はあり、ヘンな意味で「社会人と言うものはこんなにも厳しいものなのだと・・」とすら感じていました。

考えてみると、当時の実家にもエアコンはありませんでしたので、
私は何と23歳頃までは、家にエアコンがある生活というものを知りませんでしたし、経験した事もありませんでした。
実家は東北の寒冷地ですので、冬場は当時はエアコンというよりは石油ストーブをガンガン炊くという感じでしたし、
東北の夏は確かに昼間は暑いけど、夕方以降は肌寒いくらいでしたから、考えてみると当時はエアコンなくても何にも
困らなかったと思います・・

そうした生活が一変したのが、1989年の夏でした。
突然船橋の寮を取り壊すという話になり、全員寮を追い出され、代わりに
会社から指定されたワンルームマンションに個別に引っ越しを強制される事となりました。
当時はバブル絶頂の時代だから、家賃と光熱費は全額会社負担と言う今では考えられない恵まれた条件でした。
そういう事情で、千葉県市川市南行徳の福栄という所のワンルームに強制的に引っ越しをしたのですが、
ここで生涯初めてエアコンがある生活に巡り合ったのです。
エアコンを使用してみて、
「いやー、夏は涼しいし、冬は部屋中ポカポカしている、素晴らしい!!」という感想以外の何物でも無く
その快適さに驚いたものでした。
南行徳は、特段何か目立ったものがあるかというと、そんなものは全くない
普通の街でしたが、生活するには便利な所でした。
ただ一つ閉口したのは、海が近いというせいもあるのですが、湿気が多く
部屋の換気をこまめにしておかないと、すぐ部屋中カビだらけになってしまうという事でした。

人間一度贅沢に慣れてしまうと、もうダメですよね。
そこから以前の生活に戻すと言っても中々出来る事ではありません。
この南行徳時代に「エアコンのある生活」を知って以降は、
エアコンがない家に住んだことはありませんし、それはもう無理だと思います。

やはり人間は一度快適な生活を覚えてしまうと、その快適さ以前の生活に戻るというのは難しいのかもしれませんし、
それが出来ないのが「人間としての性」なのかもしれませんよね・・
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