「 以前に比べると心霊写真のネタが少なくなっているのはデジカメの普及が大きいのかもしれないですね・・」のコメント一覧

八咫烏(全力稼働中)さん

私は信じたくても信じられない派も人間なのですよね。
あれば良いとは思いますが、それがあるとしたら、あまりにも納得のいかないことが多い様に思えてならないのです。おそらくは亡くなったら、もう意識そのものが消えるので、無になるのだと思っています。それが怖いという人もいますが、怖いもなにもないのですよね。エピクロスが、死はわれわれにとって何ものでもない。といっていたのが事実なのだと思います。
その一方で、私は心霊写真が好きなのですよ。本物を探し求めています。それどころか、実際にどう考えても心霊体験としか言いようのないものを経験しています。それでもなお信じないないので、打つ手なし、と神様からお手上げされているかもしれません^^;

URL 編集

tsukasael696ⅹ埼忍居士ⅹさん

ずっとキャラ写をしてますが
写真に何かが写り込んだことがありません
幽霊もドン引きしているのかな、と思います。
フィギュアと一緒に写りたくない、とか。

URL 編集

schwertさん

心霊ネタが大好きで子供の頃から夏のお楽しみのだったのに最近はテレビで心霊写真特集をやってくれなくて悲しいです。霊の存在とか目に見えない世界とかワクワクしますし、本気で信じて怖がりながら楽しみたいのですけどなかなかそうはさせてくれないものですね…。
最近では写真に代わって動画共有サイトに投稿された擁護不能のニセ心霊動画がテレビで騒がれるようになったり、技術の進歩は楽しみをもたらすばかりではないのかなぁと考えてしまいます。

建築というと土地の神様に関する不思議なお話とかが紹介されてたりしますねぇ。もしかしたらぬくぬく先生様が見た写真というのもそういう存在だったり…?

URL 編集

ぬくぬく先生 さん

死後の世界・・?

八咫烏(全力稼働中) 様


無神論者の死生観として「死はそれでおしまい・・死んでしまったらその後に展開されるものは何も無い」という
事なのでしょうけど、それでしたら過去の人類たちが宗教にすがって
「死は怖くない」とか「死後の世界の懲罰に対する恐怖を克服しようとしていた」という人間の歴史が
否定されるような感じもありますので、何かしらのそうしたものはあるのかもしれないですし、最終的には、
生前のある程度の善行をもって輪廻転生みたいな次のステージへの旅立ちが担保されると言う事になるのかも
しれないです。

その辺りは信じるも自由だし否定するのも自由だし、それは死んでみないとわからない・・という感じなのかも
しれないですね・・

URL 編集

ぬくぬく先生 さん

ドール撮影

tsukasael696ⅹ埼忍居士ⅹ 様


東方の世界観では、ドール・フィギュア等の人の形を模したものにはもともと「魂」みたいなものが内在しているという
事でもありますので、そうした意味においては、フィギュアやドール撮影をされる場合には、撮影周辺の霊の皆様も
「あのドール・フィギュアにはもともと魂が入っているから邪魔をしてはならない・・」みたいな暗黙の了解
みたいなものがあるのかもしれないですね・・

万一そうしたフィギュア・ドールが不要になった場合はちゃんと供養をして感謝する事が、そうした悪霊たちが
写真に入り込まない上で大切な事なのかもしれないですね。

URL 編集

ぬくぬく先生 さん

防犯カメラ

schwert 様


心霊写真はデジタルでは映り込みにくいというのは一つの定説なのかもしれないですけど、動画とも言うべき
防犯カメラ・監視カメラでは、時折「これってどうみてもこの世のものではないものが入り込んでいるでしょ・・」というのは
警備会社等においては実はよくある話というのは耳にした事はあります。

ガセネタとかやらせは困ったものですし、それは死者の皆様や霊を冒涜する話でもあるかとは思うのですけど、
先日の当社での何か「入り込んでいる写真」に関しては、
社内に一人霊感が強い人がいて、その人が言うには「土地の地縛霊ではなくてその家屋の先祖の気配がする」とかなんとか
言っていましたので、
先祖の方が子孫たちを温かく見守ってくれているという感じなのかもしれないですね・・

URL 編集

冬音さん

こんばんは。

開拓期の北海道の道路・鉄道を見ていくと、路線建設時のタコ部屋労働という言葉は大体の路線の歴史で見受けられます。
そうした事象に対しての供養碑もまた、歴史の中、笹藪の中に埋もれながら存在しています。
それを辿るのもまた、鉄道旅の一種かもしれません。

人形には魂が籠る。 これはとても不思議です。
自分も(大抵)魂を入れながら撮っているので妙に疲れます。
しかしながら、しばらく放置していると抜けて空っぽになっている感覚があります。 
これは人形を所有していないとわかりづらい感覚ではあります。

URL 編集

ぬくぬく先生 さん

人の形を模したもの

冬音 様


北海道に限らず全国には歴史を語る上ではさまざまな過去の悲劇が繰り返し起きていたと思いますが、
そうした辛い過去を忘れることなく、過去という暗闇に埋没させずに
語り継いでいく事がそうした辛い過去の犠牲者の皆様に対する最大の供養と言えると思いますし、
生きている私たちが既に彼岸の彼方の皆様にできる最大の供養というのは「時々思い出してあげる事」なのだと
思います。

それはドール・フィギュアでも同じ事は言えるのかもしれないですね。

東方の人形に対する世界観は「人の形を模したものは人と同じ魂が宿る事であり、そうした人の魂が入った人形と
人間又は妖怪に違いは無い」という事でもありますので、
ドール・フィギュアに対しては語りかけるとか大切にしてあげるという事は購入者の責務といえるのかも
しれないですね。

URL 編集