「 G.シャルパンティエ / 組曲「イタリアの印象」 → ついでに1981年の弘前南高校の東北大会と全国大会の演奏についても触れさせて頂きたいと思います。」のコメント一覧

とりあえずホラ吹きさん

ようやく

 毎日のブログ更新のパワー、只々恐れ入ります。自分もこのブログを読むのが習慣と化しています。同時に昔の吹奏楽体験が走馬灯のように思い巡らされていており、吹奏楽経験も人生に於いて重要だったのだな、また今後の後半生に生かさねばと、感じる次第です。

 ウォルトンの交響曲第1番、やっとCDを入手して聴きました。そして検索して花輪高校の実況も聴き、貴殿の「のめり込み」にも少しは認識出来るものが、感じられました。金管の華やかさと絶妙のタイミングでのゲネラルパウゼ(全休)は、ただ単に鳴りっぱなしの曲よりもインパクトがありました。また英国の近代曲が近頃意外とトレンドとなっているのも、どことなく聴き易さを覚える曲想からとも思え、さらにその派生も、米国の作曲家にも及んでいるようにも感じられもしました。

 マーラーの7番、第5楽章での変貌ぶりは、大半の方が面食らうようで、急にハリウッド映画の音楽まがいの登場で辟易とする人も。尤もこの第5楽章の主題は、第1楽章での主題を短調から長調に変え、さらに反行形に変形させたもので構成されているとか。こんな手の込んだ仕組みまで認識して聴く人はあまりいないでしょうが、吹奏楽でもこの部分をコンクールで演奏した高校があったようです。凄い学校、今後も出てくるのでしょうね。

 弘前南高校の「ペレアスとメリザンド」、これも実演を普門館で聴いていて、音が遠かったのですが非常に良いサウンドで音楽が流れていた記憶が微かに想い浮かんできました。フォーレ、美しいサウンドの作品が多く、でも少々郷愁も感じられ、ドイツ系の作品群とは真逆。でもそんな真逆なシェーンベルクの「ペレアスとメリザンド」も結構好きだったりする自分、結構分裂症かも。いやはや、ちと気をつけないと・・・。

 吹奏楽談義、まだまだ楽しみにしていますよ!

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ぬくぬく先生 さん

ありがとうございます!

とりあえずホラ吹き 様


ありがとうございます!

当ブログの吹奏楽・クラシック音楽カテゴリをまともに見ていただける方なんているのかな・・?と日々感じるほど、
このカテゴリに関しての反応・反響は極めて低くて、私自身も一時期このカテゴリを放置していたこともありましたけど、
そう仰って頂けて大変光栄に感じますしありがたいと思います。
私自身、専門的に音楽を学んだこともなく、あくまで素人が過去の記憶をベースに気ままに語っているだけではありますが、
そのように言われるととても励みになりますので大変うれしいです。

花輪高校のウォルトンの1番はたぶん音源はレコードだと思うのですけど、あのレコードの音質は極めて悪いもので、
当日の会場の雰囲気を必ずしも反映されているとはいい難い面が多々ありますけど、
トランペットソロ以降の展開は圧巻だと思います。全休はたぶんカットの都合で結果的にそうなったようにも聴こえますけど、
小林先生らしい演出だと思います。
小林先生の花輪高校最後の普門館は、ブリスというイギリス人の作曲家のバレエ音楽「チェックメイト」でしたけど、
先生にとってはイギリス音楽もロシアマイナーシンフォニーと同様になにか大切なものがあったのかもしれないですね。

マーラーの7番は第三楽章の幽霊の走り抜けみたいな不気味さと第四楽章の温和なセレナーデ風な感じからの終楽章の
展開があまりにも強引で急変のため、ほとんどの方は「あれれ・・」となってしまうのかもしれないですね。
だけどあの錯綜ぶり・分裂症みたいな雰囲気はマーラーそのものだと思いますし、
マーラーも「たまにはこんなあっけらかんな音楽もいいのかも・・」と感じていたのかもしれないですね。

弘前南の特別演奏の「ぺりアスとメリザント」を吹奏楽の響きだけであんなにも音楽的に内省的に聴かせることが
できるなんて驚異的だと思います。
二曲目で「熊蜂の飛行」を演奏したと思いますけど、クラリネットの指の運指は驚愕でした~!

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