田中賢 / 南の空のトーテムポールⅡ リラ → 改訂前の「南の空のトーテムポール」との違いは実はそれほどなくて、一番大きな違いがハープの有無だけなのかもしれません・・(笑)

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最近、吹奏楽コンクールでもコンサートでも田中賢の名前を聴く機会が全然減ってきたように感じられます。
1988年のヤマハ浜松の「メトセラⅡ」の初演以降、1990年代前半においては 田中賢と言えば邦人作品の中では
人気No.1という時期もありましたけど、
何か最近は飽きられたせいもあるのかとんとご無沙汰という感じもあったりします。

田中賢というと、やはり

〇メトセラⅡ

〇南の空のトーテムポール

〇紅炎の鳥

以上の三曲が人気三部作と言えるのかもしれないですね。

ヤマハ浜松は吹奏楽コンクールコンクールにおいては、田中賢の上記の作品以外ではエオリア・始原Ⅰ~大地の踊り
といった曲も演奏していますけど、正直あまり印象に残る曲でもないですし、メトセラに比べるとどうしても
曲のインパクトや新鮮さ・派手さと言う意味では数段見劣りするようにも感じられます。

個人的な見解としては、メトセラや紅炎の鳥は、確かに初めて聴く時のインパクトは
凄まじいものは間違いなくあると思うのですけど、打楽器等の特殊楽器の外面的効果に頼り過ぎて
内面からの感性とか内面からの感動には少々欠けるような気もします。
でもメトセラⅡを一番最初に大宮ソニックの全国大会で聴いた時の感銘度は絶対に忘れる事ができないものがありますし、
メトセラⅡの演奏終了後の会場が割れんばかりのあの凄まじい拍手と声援とプラボーコールは
当時としては想像を絶するものがあったと思います。

これはあくまで私の個人的な感想ですけど、田中賢の作品で音楽的にも視聴覚的にもインパクトがあり内容的に
優れた作品というと1986年の全国大会で初演された「南の空のトーテムポール」とその改訂版で
1991年に演奏された「南の空のトーテムポールⅡ リラ」なのではないかと思ってしまいます。
「南の空のトーテムポール」は構成的にも感覚的にも効果的にも大変優れた曲だと思います。

田中賢の名前が一躍有名になったのは、「メトセラⅡ」の二年前の同じくヤマハ浜松で初演された
「南の空のトーテムポール」なのかもしれません。
この曲は非常に分かり易くて大好きですし、曲のタイトルが全てを物語っているような気さえします。
いかにも「南国の暖かい雰囲気」をそのまんま音楽にしたような感じすらあります。
とてもおおらかで楽天的で「ほんわりとぬくぬくと温かい・・・・そういったイメージが私の中にはありますね。

「トーテムポール」という一見得体のしれないもの・・・・
それを崇拝する人間達・・・
その光景を温かく見つめる南国の豊かな自然と森の生き物たち・・・・
そうした得体のしれない神・人・自然の調和、そして最終的には人間賛美を意図したような曲にも感じられます。

この曲は大体8分程度の演奏時間なのですけど、下記の三つの部分から構成されています。

Ⅰ.夜明けと早朝のトーテムポールの踊り

Ⅱ.儀式

Ⅲ.光の中のトーテムポール


出だしが比較的ゆったりと始まって徐々に盛り上がっていき、
途中のクラリネットセクションによるソロ的な高音の響きが、神秘的なミステリアスな儀式を巧みに演出していると思います。
打楽器アンサンブルから管楽器の掛け合い辺りで最高潮に達し興奮と熱狂のうちに終了する感じなのですが、
そこには「南国の空」という音楽的イメージがストレートに伝わってきて、そのシンプルさが抜群に素晴らしいと思います。

「エオリア」とか「始原Ⅰ~大地の踊り」は、申し訳ないのですけど何を言いたいのかあまりよくわからないという
雰囲気はあるのだと思うのですが、
「南の空のトーテムポール」・「華」は、構造がシンプルな分 、ストレートに面白さが伝わってくるようにも感じられます。

この曲がコンクールで初演されたのは1986年なのですけど、その5年後にヤマハ浜松は、
「南の空のトーテムポールⅡ~リラ」という曲を自由曲に選びます。
実は、1991年の東海大会は、愛知県常滑市で開催されたのですが、当時はまだ20代で体力も有り余っていたせいなのか
当時甲府に住んでいたにも関わらず、車で駆けつけ、このヤマハ浜松の演奏を生で聴く機会に恵まれました。
あの東海大会の演奏は正直驚きました!
だって、86年の「南の空のトーテムポール」にハープが入ったぐらいで、特に目立つ変化がなかったからです。
あの時は思わず
「この曲のどこがⅡなんじゃー!、南の空のトーテムポールと全然変わらないじゃん!」と感じたものですけど、
ハープを一台加えただけで 全体が更に「天国的な色彩感」・「優しさ」みたいな意図は何か不思議と伝わってきたものです。

東海大会の会場も、ヤマハ浜松は確か最後から二番目のプログラムでしたけど、
ヤマハの演奏終了と同時に聴衆も半分以上席を立ったのには当時本当に驚いたものです。
(気持ちは分ります・・・・)
一番最後の出演順のトヨタ自動車が何か少し気の毒にも感じたものです・・(汗)
だって自分達の演奏順になる直前に会場内の聴衆がぞろぞろと席を立って帰り支度を始めたら
演奏者としてはあんまりいい気持ちはしないでしょうね・・
ま・・トヨタの自由曲のリムスキー・コルサコフの序曲「ロシアの復活祭」は選曲ミスに近く明らかに凡演でしたから、
それは仕方が無かったですし、いかに聴衆のお目当てが「ヤマハ浜松」である事を 立証するようなエピソードだと思います。

1989年に「メトセラⅡ」で全国大会金賞に輝いた新潟県の三条市吹奏楽団は、翌年は自由曲に
南の空のトーテムポールを選曲していましたが、
県大会の前段階の支部予選大会でスカ金に終わり、実は県大会にすら進めなかったという事実は
あまり知られていないですけど、これは余計な話の領域なのかもしれないですね・・(汗)

最後に・・

「南の空のトーテムボールⅡ リラ」は「南の空のトーテムポール」の一つの改訂版と言えるのかもしれないですけど、
保科洋の古祀・愁映・風紋、真島俊夫の波の見える風景にはいずれも原典版と改訂版が存在していますが、
私はいずれも改訂版が実は好きではなくて元の原典版の方が好きと言えるのですけど、
田中賢の作品に関しては、メトセラも南の空のトーテムポールは原典版もその改訂版としてのⅡもどちらも好きというのは
私にとってはちょっと珍しいと言えるのかもしれないです。
メトセラⅡはいかにもコンクールカット版という感じもあり、後半の打楽器のみのアンサンブルの展開から
いかにも竹をつないだような展開になっていき、少し強引過ぎたみたいな雰囲気も多少はあるかもしれないですけど、
1990年代の「吹楽」という邦人作品企画において、ヤマハ浜松がサントリーホールで演奏した「メトセラ」という
「メトセラⅡ」のいわばカットなしヴァージョンを初めて耳にした際は
「なるほどっ! この曲の本来の響きはこんな感じで、これだと後半の展開が更に説得力が増してくる!」と
感じたものですし、改めて吹奏楽コンクールの演奏時間制約とか曲のカットの是非や功罪について感じるものは
多々あったようにも思えます。
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