C.T.スミス / フェスティヴァル・ヴァリエーション → とにかくかっこいい! めちゃくちゃかっこいい吹奏楽オリジナル曲の普遍的圧倒的名曲の一つです!

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C.T.スミスの「フェスティヴァル・ヴァリエーション」は、数ある吹奏楽オリジナル曲の中でも
一際輝く不滅の名曲だと思います。
もしも「あなたが大好きな吹奏楽オリジナル作品をあげなさい」と質問されたら
私の中では確実にベスト10に入ると思います。
(三つだけ挙げろと言われたら、ネリベルの「二つの交響的断章」とリードの「オセロ」とスパークの「ドラゴンの年」だと思いますし
あと三つだけ追加してと言われたら、パーシケッティーの「吹奏楽のための仮面舞踏会」とリードの第二組曲と
スミスの「ダンス・フォラトゥーラ」になるんじゃないのかな・・? )

そしてスミスの「フェスティヴァル・ヴァリエーション」は大変な難曲中の難曲としても知られていますけど、同時に
現役奏者時代に「一度は挑戦して吹いてみたかった曲の一つ」というのは間違いないと思います。
後述しますけど、私が高校を卒業した翌年の定期演奏会で後輩たちが無謀にもこの曲に果敢に挑戦し、
見事に玉砕をしていまいましたが(汗・・)
「また身分不相応の無謀な曲に挑戦してアホだな・・」と感じたものですけど、心の底では「うらやましい・・」と感じていたのは
疑いようもない心の本音だったと思います。

この「フェスティヴァル・ヴァリエーション」について一応専門的に少しだけ書いてみると、

アメリカ空軍ワシントンバンドと当時の隊長アーナルド・D・ゲイブリエル大佐の委嘱で作曲され、
1982年2月10日、ゲイブリエル大佐指揮のワシントンバンドで初演され、大反響を起こし、
翌年に日本でもヤマハ浜松が自由曲として演奏し、一気に日本でもブレイクしました。
とにかくこの曲の難易度は高く、あまりにも有名な冒頭のホルンの超難関の高音とか
コーダにおけるホルンのウルトラ高音域は、アマチュアでは演奏困難とも思えます。
これは当時のワシントンバンドの首席ホルン奏者が大学時代のスミスのライバルであったことから、
わざと難しく書いたという有名なエピソードが残されています。

この曲を一言で書くと・・・

「労多くして実りが少ない曲」と言えるかもしれません・・・
勿論上手なチームがノーミスで吹きこなせば、元々の曲自体があまりにも素晴らしいので
「すさまじい名曲」に聴こえ大変な感動を生むのですけど、並以下のチームが無謀にもこの曲に挑んでしまうと
私の母校のように外しまくり玉砕するケースを コンクール・コンサートで何度耳にしたか分かりませんし、
それほど大変な「難曲」ですし、ホルンセクションは気の毒なくらい難易度の高い技が要求されていると思います。
「ダンス・フォラトゥーラ」は華麗なるトランペット殺しの曲と言えるのに対して、この「フェスティヴァル・ヴァリエーション」は
とてつもないホルン殺しの曲と言えると思います。
大学時代、同期のホルン奏者がこの曲のホルンのパート譜を見た瞬間に「自分には絶対に吹けない・・」とぼやいていたのは
大変印象的でもありました。
この曲はともすると「ホルンの難しさ」がやたらと強調されがちですけど、全てのパートが大変難しいとも間違いなく
言えると思います。
そして例えば中間部のゆったりとした部分のチューバ・ファゴット・ユーフォニアムのソロも奏者にとっては
腕の見せ所ではありますけど大変なプレッシャーを感じる箇所だと思います。
この曲の構成は、序奏-展開部-二度にわたって同じメロディーが繰り返される中間部-展開部の再現と華麗なる終結部から
なっていると思いますけど、中間部がほぼ同質メロディーが二度にわたって繰り返されるのも大変面白いものが
あると思いますし、あの部分はとにかく「感情」が高ぶりがちになりがちで、どうやって先走る奏者の感情を抑えるかというのも
指揮者の腕の見せ所の一つだったようにも感じられます。
ヤマハ浜松や天理は、中間部を最初の方の比較的おとなしめの部分のみを演奏していましたけど、
1997年の愛工大名電はあの中間部をほぼノーカットで演奏し、二回目の中間部の盛り上がりでは壮大なクライマックスを
作り上げ熱狂的な雰囲気を中間部でも作り上げていたのは大変印象的ではありました。
精華女子はそのあたりはもっと精緻な構成を取っていて、上手いし圧倒的な技術もあるけど「冷静さ」も保っていたのは
「さすが~!」という感じでもありました。
そしてこの曲の最後の最後のトロンボーンセクションによる壮絶なグリッサンドもこの曲の聴きどころの一つだと思います!

1984年の全国大会の高校の部のプログラム一番であの超名門校の天理高校がこの曲を自由曲として臨み、
課題曲の「変容-断章」を見事に決めていたのに、自由曲の「フェスティヴァル・ヴァリエーション」の冒頭はちょいと外し気味でも
ありましたので、当時は「あの天理をもってしても完璧には決まらない難曲なんだなぁ・・」と改めて実感させられたものでも
ありました。
だけど天理の展開部でのアルトサックスセクションのリズムの刻みの音色の洗練さと美しさと完璧なリズム感には
生で聴いていた瞬間から感動しまくりでしたし、中間部のチューバ・ファゴットのソロも完璧に決まっていましたし、
ラストのホルンはパーフェクトに決まっていてその追込みも圧巻だったと思いますし、堂々たる金賞に輝いていたと
思います。
そして21世紀に入ってからは既に皆様ご存じの通り、福岡県の精華女子高校による歴史的超名演が
2008年と2013年の2回に渡ってお披露目されていて、天理やヤマハ浜松なんて正直目じゃない圧倒的な超絶技術が
ほぼノーミスで完璧に決まっていたのは「吹奏楽コンクールの進化は止まらないし凄いものがあるね~」と
実感したものでした。
私が高校の頃にこの曲は日本でも演奏され始めるようになっていて、当時はその技術的難解さから
演奏の苦労とか個々の奏者の苦労は絶えない・・と感じさせるものは多々あったと思うのですけど、
精華女子とかたとえば2012年の東海大学高輪台高校のように今現在の優秀な奏者の皆様たちはこんな難曲であっても
やすやすとこなして難曲を消化してしまっていますから、私のような元・ポンコツ奏者の視点から見てみると
現在の奏者の皆様の技術的進化には脱帽せざるを得ないですし、その圧倒的技術には敬意を表せさて頂くしかないです!

この曲は吹奏楽コンクール全国大会においては、1983年に宮城県民会館で開催された第31回全国大会で
ヤマハ浜松が初演し 、その素晴らしい名演に感化された翌年以降色々なチームがこの曲に挑んだものです。
ちなみに1983年、大学の部で神奈川大学もこの曲を自由曲として選んでいるのですけど
この演奏についてはほとんど誰も語っていませんね・・・ (私も聴いた事はありません・・・)
この年の神奈川大学は小澤先生の指揮ではないし、銀賞だから、あまり注目されなかったのかも しれませんよね。
この当時私は宮城というと地元でもありましたので本音を言うと、
「せっかく地元開催なんだから、何が何でもこの年の全国大会の大学・職場・一般の部は絶対に聴きに行きたかった」
というのはありましたけど、あいにく当時は受験生・・・
ましてや当時の私は、9月まで県大会に出場し受験勉強なんて本当に全くしていませんでしたし
非常に立場がやばい上に、
その日の全国大会は日曜だったのですけど、あいにくうちの高校の「統一模擬試験」の日と重なり、
その模擬試験の結果を重視して、志望校を決定するという事になっていたため
さすがにこれをサボる度胸は私には無かったです・・(汗)
だけど、チューバ奏者の三年生の部員は、「腹痛」とかテキトーな理由を付けてその模擬試験をさぼり
全国大会を聴きに行き(後日バレて、何か顧問に怒られていたみたいですけど・・・)
そいつが、翌日得意げに
「いやーーー、近畿大学の「大阪俗謡による幻想曲」とヤマハの「フェスティヴァルヴァリエーション」は
素晴らしかった!! あれを聴けて自分は幸せ! もう来年の受験落ちても全然後悔しない・・
あれ、君達はこの素晴らしい演奏聴いていないの・・・残念だねーー」とかなんとか自慢げに嫌味たっぷりに吹聴
していましたので、 当時は内心では「こんちくしょー」と思ったものです・・・
ま、後日談ですけど、そのチューバ奏者は見事に第一志望をすべり翌年浪人していましたので
全部員心の中で「ざまーみろ・・・」状態でしたけどね・・・ (汗)

だけどこの近畿大学とヤマハ浜松の怒涛の名演を当時の2年生部員も聴いていて
「これはすごい! 何とか自分らも演奏してみようじゃないか!!」と何を血迷ったか 、この2曲を翌年の定期演奏会で取り上げ、
見事に本番では外しまくり「玉砕」していました・・・ (汗)
「フェスティヴァルヴァリエーション」のホルンセクションは本番はまったくいいところがなく、ほぼ全て外しまくり、
この時は既に卒業しOBとなっていた私達に「あーあ、やっちゃったぁ・・だから実力相応の曲を選ぶべきと
あの時いったじゃないか・・」と思っていたものです・・

とにかくこの曲はそれほどホルンセクションは難しいのです!!

この曲は過去の全国大会では2017年現在計10回自由曲として演奏されていますけど、
「意外と演奏されていないんだなぁ・・」と感じたものですけど、
余程腕に自信がないと指揮者にとってもとても選曲出来ないし、
本番の特にホルン奏者のプレッシャーは大変なものがあると思います。
だって曲の冒頭からあんなハイトーンで開始されますからね・・・
最近も精華女子とか東海大学高輪台が素晴らしい演奏を聴かせてくれ、
「こんな30年以上前の吹奏楽作品も、こうやって現在にまで受け継がれて素晴らしい演奏を聴かせてくれた事」に
何かとても深い感銘を受けたものです。

最後に・・
この「フェスティヴァル・ヴァリエーション」の過去の演奏では、一度面白い事がありましたね。
上記でその校名は既に出ていますけど、当時私も普門館の客席にいて「えっ・・」と思ったのですけど
1997年の愛工大名電の演奏時に、中間部をほぼノーカットで演奏しバスクラのソロをはさんで
後半展開部に一気に飛ぶという豪快なカットを聴かせてくれましたが
この中間部があまりにも感動的に高らかに鳴り響き、 聴衆の中でかなりの人が
「あ、これで演奏終了したか・・」と勘違いし、何を思ったか、その中間部の高まりが鳴り収まった瞬間に
フライングの拍手をしてしまったのです! しかも少数ではなくてかなりの人数でした!
(CDにはその様子がしっかりと収録されています・・・)
「あれ、この素晴らしい曲を知らない人も結構多いんだ」と当時思ったものですけど
おかげで、バスクラの弱奏のソロがまったくかき消されてしまい、バスクラ奏者が気の毒に感じたものでした。
名電のプレイヤーも驚いたかどうかは分かりませんが、後半の展開部のトランペットが
ヘロヘロ状態になったのは少し惜しまれます。
だけど冒頭とラストのコーダのホルンはほぼ完璧に決まり 、トロンボーンのラストの強烈なグリッサンドも見事に決まり
演奏終了後は凄まじいブラボーコールを受けていました。

だけどああいうフライング拍手というものはちょっと残念ではありますよね・・
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