兼田敏 / シンフォニックバンドのためのパッサカリア → 邦人の吹奏楽オリジナル作品の草分け的存在の曲で、その素晴らしさは今現在でも色褪せるものは全く無いと思います!

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当ブログの吹奏楽カテゴリにおいては、
ホルストの第一組曲とかヴォーン=ウィリアムズのイギリス民謡組曲とかグレンジャーのリンカンシャーの花束とか
C.ウィリアムズの交響組曲とか リードのパンチネルロなどたまにですけど「古きを訪ねて新しきを知る」みたいな
古典的な吹奏楽オリジナル作品を取り上げさせて頂くことも多々あるのですけど、
当然ながら、こうした優れた内容の吹奏楽オリジナル曲は別に欧米の作曲家だけが全てという事は絶対にありません。
邦人作品にだって優れた内容のオリジナル曲は一杯ありますし、
今現在の吹奏楽コンクールにおける「邦人作品の隆盛」というものは、別に最近始まった事ではなくて
実は1970年代から既に脈々と受け継がれてきていて、その一つのピークがここ数年の邦人作品ラッシュという事
なのだと思います。
そしてその邦人作品の一つの頂点は私的には保科洋の「復興」なのだと思います。

そして、その1970年代に作曲・初演された邦人作品を代表する曲の一つが
兼田敏の「シンフォニックバンドのためのパッサカリア」という大変優れた作品なのだと私は思います。

このパッサカリアなのですけど、
音楽之友社の創立30周年を記念して委嘱され、1971年の9月から10月にかけて作曲されました。
初演は1972年5月30日に、東京音楽大学シンフォニック・ウィンド・アンサンブルによって行われていますけど、
その年、1972年の吹奏楽コンクール・全国大会にて、浜松工業が自由曲として取り上げ見事にこの曲でもって
金賞を受賞しています。
そしてこの曲なのですけど、浜松工業の全国初演から2017年末時点において全国大会で13回も演奏されています。
邦人作品としては異例とも言える人気の高さですし、この曲が忘れられずに演奏され続けている事は
本当に凄い事だと思いますし、
この曲の「普遍的な価値」を立証していると思います。
まもっとも2004年の福岡工業大学のあの素晴らしい演奏以降、全国大会では10年以上自由曲として
演奏されていないのは「ちょっとさびしいな・・」と思う事はあったりもします。
だけど支部大会でアマチュア吹奏楽団の演奏会等で引き続きこの素晴らしき邦人オリジナル作品が今現在も
演奏され続けている事は本当に素晴らしい事なのだと思いますし、
曲自体に「何か」を有している曲は初演から何年経過しても忘れ去られる事なく演奏され続ける事をすてきに立証している
のだと思います。
(この曲が2017年末時点で支部大会で通算145回も自由曲として選ばれている事も賞賛に値するものがあると思います)

シンフォニックバンドのためのパッサカリアは構成美に優れていると思います!
冒頭に十二半音階の音を全て用いた10小節の主題がチューバ等の低音楽器によって提示され、
古典的な「パッサカリア」の形式により18の変奏がその後に展開されていくのですけど、
その展開がとってもわかり易いというのが実に秀逸だと思います。
演奏時間も6分半~7分程度と適度に短いのもポイントが高いと思いますし、飽きさせない一つの要因になっている
とも思ったりもします。
冒頭で提示された主題は、終始反復されるのですけど、
第4変奏で急速にテンポを上げたかと思えば(この部分のホルンがとてもかっこいいです!!)
第12変奏は軽快なワルツになるなど、テンポや曲調を変えながら、多彩な変奏を展開させていきます。
ラストの力強い終わらせ方も大変エキサイトさせてくれます!!

この曲の魅力を一言で述べると、
構成美に優れていると同時に音楽的にも非常に分り易く、且つサウンド的な迫力も十分という事で
邦人作品としてはわかりやすさと音楽的魅力の両面を十分に両立させた草分け的存在の曲だと思いますし、
そしてその魅力は作曲から50年近く経過した今現在でも全く色褪せている事は無い事でも立証されていると思います。

この曲は全国大会でも支部大会でも色々なチームが演奏し名演を残しています。

全国大会の演奏では1978年の石田中学校の演奏がとっても素晴らしいと思いますし名曲の名演だと思います。
石田中の演奏は、サウンドが絹のように柔らかくとても洗練されているのですけど、同時に
力強さも備わっていて、同時に迫力という点でも十分に及第点に達していると思います。
最近の演奏では、福岡工業大学の演奏も「温故知新」を絵に描いたような素晴らしい演奏だったと思います。
それとこの曲をあのヤマハ浜松も1976年の全国大会で自由曲として選んでいる点も特筆されるべきものがあると思います。
(76年のヤマハ浜松の課題曲はカンティレーナなのですけど、ヤマハみたいな大御所チームが演奏すると、
ああした可憐な曲もグランドマーチ風に聴こえてしまうのは大変面白いものがあるように思えます・・笑)

兼田敏の「シンフォニックバンドのためのパッサカリア」は一度すごい事をやってくれています!

何かと言うと、1981年の吹奏楽コンクールにおいて、全国大会・支部大会で演奏されたオリジナル・邦人・クラシックアレンジ
全ジャンルの中で一番演奏された曲が、実はこの兼田敏の「パッサカリア」だったのです!
いや、これはすごい事だと思います。
なぜかというと、当時、1970年代後半から80年代の吹奏楽コンクールにおける邦人作品の扱いは正直思いっきり低くて、
自由曲に「邦人作品」を選んだだけで「珍しい!!」と言われてしまう時代でもありましたから、
これはまさに「快挙」と言えたのかもしれませんよね。
ここ数年の「邦人オリジナル作品の大人気」を一つの先駆けと言える曲だと思います。
私が現役奏者だった頃って、邦人オリジナル作品と言うと、兼田敏・保科洋・小山清茂・大栗裕あたりしか思い浮かばなかった
ですからね・・
邦人作品が吹奏楽コンクールで注目され始めるきっかけとなったのが田中賢のメトセラⅡ・南の空のトーテムポール・紅炎の鳥
なのだと思いますし、その意味では田中賢の吹奏楽における貢献は高く評価されて然るべきなのだと思います!

吹奏楽コンクールの人気自由曲には廃り流行というものは当然あるものですし、
今現在ならば、ローマの祭り・ダフニスとクロエ、サロメ、ウインドオーケストラのためのマインドスケープ、中国の不思議な役人、
歌劇「トスカ」、宇宙の音楽、吹奏楽のための交響曲「ワインダーク・シー」などが人気なのかもしれないですけど、
1981年という一年間限定ですけど当時最も自由曲として演奏された曲がパッサカリアというのもちょいと意外な感じも
ありますし、やはり「時代は着実に変ったよね~」と感じさせるエピソードなのだと思います。
もっとも1981年あたりは、ローマの祭りを取り上げるチーム自体少なかったしですし、
(ローマの祭りがブレイクしたのは82年の弘前第三中と83年の高岡商業の貢献が極めて大きいと思います!)
「ダフニスとクロエ」第二組曲とかスペイン狂詩曲は、アレンジの問題でコンクールで演奏する事自体難しい時代であった
というのも吹奏楽コンクールの歴史を示唆する話なのだと思います。
1981年の四国大会で「ダフニスとクロエ」を選曲した観音寺一高が著作権の問題で全国出場を辞退する羽目となり、
千葉県大会を「スペイン狂詩曲」で勝ち抜いた市川交響吹奏楽団が、自由曲変更を吹連から指示され
関東大会では急遽自由曲を「寄港地」に変更し、それでも関東大会で金賞を取れてしまう時代であったというのも
今ではありえない話なのかもしれないですね・・

最後に、これは思いっきり私自身のの思い出話になってしまうのですけど(汗・・)
私自身は極めて残念なことにこの「シンフォニックバンドのためのパッサカリア」は演奏した事はありません・・・(泣)
一度ぐらいは絶対に吹いてみたかった曲の一つでもありました。
だけどこの「パッサカリア」は一度演奏できるチャンスは実はあったのでした。

私が高校2年の時の定期演奏会のファーストステージ(吹奏楽オリジナル作品のみを演奏するステージ)において、
この兼田敏のパッサカリアが演奏曲の一つの候補になっていたのでした。

ファーストステージは吹奏楽オリジナル セカンドステージがポップス サードステージが
クラシックアレンジという構成で、サードステージの曲目は簡単に決まったものの、
ファーストステージの曲目の決定は難産を極めました。
当初の話し合いでは、部員全員の投票で上位三曲をファーストステージの曲目にするという段取りではあったのですけど、
実際の投票においては、

第1位 海のうた(ミッチェル)
第2位 吹奏楽のための第二組曲(リード)
第3位 吹奏楽のための第三組曲(ジエィガー)
という投票結果でした。

この結果は、実は私自身が投票した曲とピタリと一致するもので、「こりゃすごい・・!」と
自分自身でも驚いたものですが、その後、理屈っぽい先輩たちから
「同一ステージで組曲を二つ演奏するのはおかしくないか・・?」という異論が相次ぎ
色々と話し合いの結果、第3位のジェイガー/第三組曲と第4位から第8位までの曲を再度投票して
決めようという事となりました。
その結果出てきたのが、部員誰もが予想外の曲、兼田敏「シンフォニックバンドのためのパッサカリア」だったのでした!!
だけど、上位1位のパッサカリアと第2位のリード/ジュビラント序曲の差がわずか一票差であり
再度喧々諤々の討論の末、パッサカリアとジュビラントを決選投票にかけ、多い方を文句なく
選出するという事で落ち着き、その結果、ジュビラント序曲が選ばれたのでした。

当時その決選投票で私自身が入れたのはジュビラント序曲でしたけど、
今現在の感覚ならば、絶対にパッサカリアに一票入れたと思います!!  (笑)
だけど結果的にこの「ジュビラント序曲」のクラリネットファーストパートを任せられたことが一つのきっかけとなり
私自身がクラリネットという楽器に対して「もっと真剣に向き合って練習しないとダメだ・・」と自覚する原因を作ってくれた
曲でもありますので、これはこれで結果オーライなのかもしれないです。
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