藤掛廣幸 / 吹奏楽のための協奏的序曲(1976年度全日本吹奏楽コンクール課題曲B) → 当時から難曲として名高い課題曲の一つでしたけど、ラストのホルンの高音はホルン殺しと言えるのかもしれないですね・・・

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私自身がまだそれほど「クラシック音楽」の概念とか諸作品を知らない頃としては、
イメージとしては「協奏曲」と言うと、ヴァイオリン・ピアノ等のソロ楽器とバックの管弦楽団との
掛け合いみたいなものを想像しており、
例えば、バルトーク/管弦楽のための協奏曲 三善晃/管弦楽のための協奏曲などのような
タイトルに「協奏」というワードが入っているにも関わらずソロ楽器がオーケストラを伴奏にして曲を展開していかないことに
違和感を感じ「これはタイトルに反する曲じゃん・・」と一人でブツクサ言っていたものです・・(汗)
要はあの「協奏」とは別にソロ楽器対全体という意味ではなくて
管楽器・弦楽器・打楽器等がオーケストラと対話をすると言うのか、各楽器を独奏楽器のように扱いつつ
全合奏とパートアンサンブルを巧みに交錯させる曲みたいなもので、
この辺りは厳格な定義というものは特にある訳ではないという事は当時はまだ全然知らなかったという事なのだと思います。
クラシック音楽の場合、こうした事例はよくある事で、例えば、R.シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」は
タイトルは交響詩となっていますけどこれはどう聴いても交響曲という形式にしか聴こえないようにも感じられますし、
同じくR.シュトラウスのアルプス交響曲は、古典的な交響曲の形式から言うと
「これは交響曲という形式は何もなされていないし、どう聴いても長大な交響詩じゃん・・」という風に聴こえますし、
またまたR.シュトラウスネタなんですけど「家庭交響曲」は、
「交響曲の中に子育てのシーンとか夫婦喧嘩の場面を盛り込むなっちゅーに! これは誰がどう聴いても交響詩じゃん!」と
私なんかは感じてしまいますし、
他の事例としては、ラロの「スペイン交響曲」は、誰がどう聴いても生の演奏光景を見てもヴァイオリン協奏曲にしか
思えない曲もありますし、同様な事例としてベルリオーズの交響曲「イタリアのハロルド」が挙げられると思います。
またそれでは、連作交響詩と交響組曲は一体どこが違うの・・?とか
マーラーの交響曲「大地の歌」が交響曲と呼ばれるのにどうしてマーラーの「少年の魔法の角笛」は歌曲集とか
管弦楽伴奏付歌曲としか呼ばれないの?とか
サン・サーンスの交響曲第3番「オルガン付」はオルガン協奏曲とどうして呼ばないの・・?などなど細かく言うと
たくさん出てくると思います。
他には・・・
メシアンの「トゥーランガリア交響曲」もその辺が少し曖昧かもしれませんよね。
この交響曲自体大変長いです第10楽章まであるし、おまけに曲自体大変難解で結局何が言いたいのか私も
正直いまだによく分かりませんし(汗・・)
何よりもピアノをソロ楽器として用いる他に「オンド・マルトノ」という特殊楽器とのダブル協奏曲という解釈もできるのかなと
思ったりもします。

要は、早し話それは「作曲者の気分次第」という事であり、作曲者が自ら「この曲は交響曲である!」と自筆譜に書き込めば
たとえその曲が協奏曲とか交響詩みたいな形式で書かれていたとしても、それは音楽史上は交響曲となってしまいますから、
やはり作曲家の先生の権威はなかなか大したものがあるのだと思います・・(汗・・)

あ・・なんだか冒頭から話がそれてしまいましたね・・(汗・・)

1976年の全日本吹奏楽コンクール・課題曲B/吹奏楽のための協奏的序曲もタイトルに「協奏的」と記されていますので、
タイトルだけを見てしまうとソロ楽器と全体の掛け合いを意識した曲なのかな・・?とも感じさせてくれるのですけど、
確かにオーボエ・フルート等のソロ楽器の場面も出てきますけど、それほどソロ楽器と全体の掛け合いというイメージも
ないように感じられます。
曲のおおまかな構成として、ファンファーレ風の序奏→主部→緩徐部分→コーダから成り立っていると
思うのですけど、その主部の展開に関しては、
各パートが順番に同じフレーズをソロ的に演奏していくという、いわゆるフーガ形式を取っているので
そうした感じが「協奏的」というタイトルにピッタリなのかな・・とも思ったりもします。
あくまで私の感覚ですけどこの「吹奏楽のための協奏的序曲」のフーガ形式による管楽器による同じフレーズの反復というのは
バルトークの「管弦楽のための協奏曲」~Ⅱ.対の遊びの感覚に大変近いようなものがあるような感じもします。
バルトークの「対の遊び」は
ファゴット・クラリネット・フルート・オーボエ・トランペットの各楽器が2本ずつ対となって繊細なメロディーラインを
吹き、それが全体と鮮やかな「対比」を示しているような感じがありますし、
音の薄い部分又はソロ対トゥッティ(全奏)の対比が「協奏的」という感じに近いと言えるのかもしれないですね。

この課題曲、当時から言われていましたけど技術的には大変難しいものがあると思います。
各パートもそうですし奏者一人一人の確かな技術が求められますし
一つでも崩壊パートが出てしまうと曲全体が破綻・・という可能性も秘めた大変難しい曲だと思います。
作曲者の藤掛廣幸氏ですけど、この課題曲の公募入選以降
1983年の課題曲B/白鳳狂詩曲、1991年の課題曲C/ロックンマーチとこれまでに計3作品が課題曲として
演奏されていますけど
1976年の課題曲B/吹奏楽のための協奏的序曲が一番難易度が高いようにも感じられます。
そういえば「白鳳狂詩曲」もピッコロのソロからそれにクラリネットが加わり、やがて全体での主題提示という曲想に
なっていくのですけど、言われてみるとそうした協奏的な雰囲気もあったように思えます。

このかなりの難曲の課題曲に結構多くのチームが挑んでいましたけど、レコード・カスタムテープ・You tubeで聴いた限りでは、
大半のチームは演奏崩壊という印象もありました。
当時の中学校の部でもこの課題曲に挑んだチームが幾つかありましたけど、相当苦戦した痕跡が窺われますね。
当時の名門・豊島第十中学校もこの課題曲に挑み、後日のBJ評でもかなり高い評価を受けてはいるようですけど、
あくまで私が感じた限りでは、前半はよかったけど部分的にかなり不安定な箇所が見受けられましたし
ラストのホルンはかろうじて外しはしなかったものの息も絶え絶えという感じだったと思います。

この課題曲ですけど、とにかく冒頭からかっこうよかったですよね!!
この曲、ラスト近くもホルンが雄叫びをあげて大活躍をするのですけど、出だしも
ホルンのユニゾンから開始され、あの勇壮な感じは中世の十字軍とか騎士団みたいな雰囲気もあり、とにかく素敵でした!!
そして展開部なのですけど
ピッコロから開始され、クラリネット→サックスへとメロディーラインが展開されていくのですけど
この曲、高校の部室にもスコアが残されていたので一度クラリネットのパート譜を見ましたけど、やはりかなりの難曲でした!
正直に言うと私の下手くそなテクニックでは演奏不可能という感じもありましたし、
とにかくリズム感を掴むのが難しいし周りと合わせるタイミングの取り方が難しいという印象を当時持ったものでした。
よくこの課題曲はホルンパートが大変難関という話を耳にしますけど、実際は全てのパートが大変だったと思います。
中でもクラリネットパートの指使いの難しさはとにかく半端無いものがあるとしか言いようがないと思います。
中間部はアルトサックスの美しいソロが大変魅力的ですね・・!!
そしてこのうっとりするような中間部が終わりコーダに入り、終結部に入ると
指揮者・全奏者、そして・・特にホルンパートにとっては緊張の瞬間が待ち受けます!
そう! あのホルンの勇壮な雄叫びが待ち構えているのですけど、
あの部分は決まると大変爽快ですけど外すととてつもなく印象が悪くなると思いますし、あの部分をホルンが外した演奏は
何度も聴いたことがありますけど、「かっこわる~い! みっともなーい!」という感想になりがちですね・・
全国大会でもあのホルンの雄叫びを外すチームはかなりありましたし、
そして曲のエンディングは金管楽器はとにかく大変だったと思います。
この課題曲の終結部は本当に息も絶え絶えで討死寸前というなんかある意味切迫感も多くの演奏から感じたものです。

この吹奏楽のための協奏的序曲はビシッ!と決まると本当に爽快ですよね!!

さてさて、この課題曲の名演ってどこなんでしょう・・?

正直「これで決まり!!」という決め手に欠く感じがありますけど
私が知っている限りにおいては秋田南高校の演奏が一番素晴らしいと思いますし、この曲の名演はやはり
秋田南高校なのだと思います。
秋田南は、前述のホルンの部分も含めて、ほぼノーミスに近い演奏ですし、
なによりもあの躍動感とダイナミックさが本当に素晴らしいと思います。
1976年の秋田南と言うと、あの「ペトルーシュカ」の不滅の名演の印象が大変強いのですけど、
実は課題曲も大変素晴らしい演奏を聴かせてくれていたのでした。

この年、1976年の高校の部ですけど、とにかく今では信じられないほど審査結果は大変激辛というのか
大変厳しい結果になってしまいました!
高校の部の出場チームは20チームなのですけど、金賞はわずか3チーム、そして銀賞も金と同じく3チーム、
そしてなんと残りの14チームは全て銅賞と言うすさまじい激辛審査結果となってしまいました!!
この年の銅賞チームの中には、
天理・浜松工業・嘉穂・名古屋電気・尼崎東・前橋商業・富山商業なとのような素晴らしい実績を残してくれた
チームが軒並み銅賞という結果でしたからね。
銅賞チームの名誉のためにあえて書いておきますけど、銅賞だからと言って全然ひどい演奏はしていません。
浜松工業・名古屋電気・前橋商業あたりは他の年ならばもしかして金賞という評価もありえたと思いますし、
それ以外の銅賞でも、函館中部の「メキシコの祭り」とか逗子開成の「ロデオ」は大変個性的な快演であり、
私は結構好きな演奏です。

当時のBJでは、銚子商業の課題曲B/協奏的序曲と自由曲の「寄港地」が大変高い評価を受けているのですけど
私が聴いた限りでは、「凡演に近いし、寄港地のオーボエソロも並以下じゃん・・」という感想になってしまいます。

やはりこの年の高校の部では秋田南が課題曲も自由曲も頭一つ飛び抜けていたと思います。

昔から、コンクールの審査結果というものは、別に絶対的な「価値基準」はないんだなという事を
改めて痛感させられたような大会だったようにも今更ながらに感じられますね。
そして「私」にとっての感想は「私が感じた事」が、艦これの白露お姉ちゃんではないですけど「いっちば~ん!」なのだと
思いますね!!
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