プロフィール

ぬくぬく先生 

Author:ぬくぬく先生 
開設当時は、1980年代吹奏楽コンクールの花輪・秋田南・就実・仁賀保・屋代等の素晴らしい演奏を後世に少しでも伝える事が出来ればいいなと思ってこのブログを始めたのですけど、いつのまにか「プリキュア」がメインになってしまいました・・・
最近は「東方Project」も大好きです!!
吹奏楽もプリキュアも何か自分が感じた事を少しでも後世の方に受け継がれるべきものが残せればいいかな・・と思っています。
ちなみに、「大好きプリキュア四天王」は、ドリーム・メロディ・ハッピー・ラブリーです。
ドリームとメロディは自分の中では既に殿堂入り状態ですけど、
現在は・・・・ラブリー大好き!!のラブリー一辺倒です!!
リアル社会では、建築関係のクレーム&アフター責任者を専従し、毎日毎日クレーム対応に当たる日々です・・・
裏の顔は・・・プリキュアと吹奏楽とクラシック音楽一辺倒です・・・
特に特に大好きな作品は・・・プリキュア5とスイートとハピネスチャージです!!
ちなみに、奥様は・・・ミルキィローズとセーラームーン好きの管理人以上のおこちゃまです・・・
東方で大好きなキャラは・・・とにかく大好きキャラがてんこ盛りで、全員大好き!という感じなのですけど、特に特に・・・さとり様・ゆかりん(紫様)・早苗さんはお気に入りです!!
吹奏楽では・・ネリベルの「二つの交響的断章」と「アンティフォナーレ」、スパークの「ドラゴンの年」、リードの「オセロ」と第二組曲「ラティーノ・メキシカーナ」、パーシケッティーの「仮面舞踏会」、C・スミスの「ダンス・フォラトゥーラ」などが死ぬほど好きで、クラシック音楽では、ウォルトンの交響曲第1番と矢代秋雄の交響曲、プロコフィエフの交響曲第5番、アーノルドの交響曲第2番、第4番、ショスタコの交響曲第7番「レニングラード」、マーラーの交響曲第3番「夏の朝の夢」、ハンソンの交響曲第2番「ロマンティック」、ストラヴィンスキーの「火の鳥」、ベルクの「ヴァイオリン協奏曲」、ラフマニノフの「交響的舞曲」などが大好きです!!
クラシック音楽を吹奏楽にアレンジし、そのコンクールヴァージョンの演奏としては・・・
1982年の就実高校の「幻想舞曲集」と
1987年の習志野高校の「ダフニスとクロエ」第二組曲の演奏、そして、
1987年の雄新中の「エルザの大聖堂への厳かな行列」が
まさに私の「原点」です。
最後に・・・
私の吹奏楽との関わりの真の意味での「原点」は・・・
1979年の市立川口高校の神がかり名演としか言いようがない
「二つの交響的断章」に尽きると思います!!


アクセスランキング

[ジャンルランキング]
日記
74位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
会社員・OL
14位
アクセスランキングを見る>>

最新記事


最新コメント


最新トラックバック


月別アーカイブ


カテゴリ


カレンダー

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

検索フォーム


天気予報


-天気予報コム- -FC2-

チルノ時計


人間の「寿命」って生まれた時からあらかじめ定められているものでしょうか・・?
最初から決まっていてそれを絶対に変更できないとするならば、それを人は運命とか天命とか言うのかもしれないですよね。
豊かな才能と有望な将来を嘱望されていたにも関わらず10代とか20代で、病気や事故等によって
短すぎる生涯を閉じた方だって相当多いと思いますし、
逆に「憎まれっ子、世にはばかる」じゃないですけど「あんな金に汚い奴はさっさとくたばればいいのに!」と周囲で散々恨みを
かわれている奴がとてつもなくご長寿で、とんでもない長期間の間他人に不快な思いをさせ続けているなんて事例も
ありそうですし、こうした「寿命」というものが本当に最初から決まっているとすらならば
ある意味私達人間というものは理不尽な中で生きているのかもしれないですよね・・・
だけど人間と言うものは「寿命」があるからこそ、
「生きている間は精一杯生きよう!」とか「自分がこの世に生きていた証を何か残したい・・!」とか
「絶えず何かを精一杯自分なりに表現して生きてみよう!」みたいな前向きな気持ちになれるのかもしれないですし、
そうした事が音楽・小説・絵などといった素晴らしき芸術作品を後世に残せていると言えるのかもしれないですね。
もしもなのですけど、人間の寿命が永遠に不滅だとしたら、多分人と言うものはそんなにあくせくして働くとは思えませんし、
そうした後世に残る芸術作品を必死になって創造するという行為はしないのかもしれないです。
というのも、無限にある時間だからこそ「今、慌ててそれをしなくても・・」という意識が強くなってしまって、
結局はとてつもない長寿を得たとしてものんべんだらりとした日々を過ごすという事にももしかしたらなるのかも
しれないですね。
だからそういう意味では、「限られた時間しかない・・」という寿命を有する普通の人間達が美しく生きよう!とか
限られた時間の中で自分には何が出来るのか・・という事を真剣に考えるのかもしれないですね。

大変古いネタではあるのですけど、昭和の頃の野球漫画の「巨人の星」にて主人公の星飛雄馬の初恋、そして悲恋の話が
ありましたが、そのお相手は白衣の天使の看護士の美奈さんでした!
美奈さんは女子高生の頃に自身が「余命あとわずかなガンに発症している事」を知ってしまう事になるのですけど、美奈さんは
「残された限りある時間を僻地で困っている人達の医療活動に充てたい」と考え、
自分の寿命の事よりも「自分の限られた時間をどのように美しく過ごすのか・・」という事を考えられていた素晴らしい御方
なのだと思います。
この話のエピソードとして、美奈さんと同じような境遇の人でも人によっては
ガン告知を受け自分の余命を知る事でその後の生活が思いっきり自堕落になってしまったり自暴自棄になってしまい、
他人に迷惑をかけるどころかかえって自分自身の余命さえむしろ縮めてしまったみたいな話も紹介されていましたけど、
美奈さんみたいな強い方はむしろ少ない方なのだと思いますし、
自分の寿命を知った事で自堕落に陥ってしまうのは確かに「人として弱い」と言えるのかもしれないですけど、
それを責める資格は誰にもないのだと思います。
なぜなら私も含めていざとなったら人間というものは案外と「儚く脆くて弱いもの・・」なのだと思います。

7月の当ブログの記事に星新一の「はい」という作品において、寿命すらも人工知能とも言えるスーパーコンピューターによって
管理されるようになった未来の人類に対する警鐘のようなものも鳴らされていましたけど、
概して言える事は、人間と言うものは「自らの寿命」に関しては関知しない方がむしろ幸せなのではないのかな・・?と
感じたりもします。
それがヘンに出来ちゃうとかえって自分で自分の生涯をおかしな方向にする事も十分考えられますし、むしろ成り行きというか
自然に任せておいた方が幸せという事も言えるんじゃないのかな・・?とも思ったりもします。
中国を初めて統一国家として成立させた秦の始皇帝ですらも自らの寿命を不老不死にするために世界各地に
蓬莱の薬を手に入れさせようと使者を派遣させるものの、そうした事で得られたヘンな薬によってかえって自らの死期を
早めてしまったみたいな説もあるようですし、とにかく私達普通の人間というものは、たとえ理不尽なものがあったとしても
自分の死とか自らの「天命」というものは受け入れないといけないという事なのかもしれないですね。

あ・・・なんだか思いっきり前振りが長くなってしまいましたけど(滝汗・・)
それでは幻想郷の皆様方は「寿命」についてはどのように思われているのでしょうか・・?
うーーむ、その答えは「答えようがない・・」という感じなのかもしれないです。
なぜなら幻想郷に住んでいるのは主に妖怪さんたちであって、元々寿命なんて在ってないような御方ばかりですからね・・(笑)
例えばですけど、俗に「東方五大老」と言われる皆様・・永琳・ゆかりん・ゆゆ様・聖白蓮・八坂神奈子について考えた時には、
永琳は既に不老不死の薬と言うべき蓬莱の薬を飲んでいるから寿命の対象外ですし、ゆかりんに「寿命」自体
ありそうもないですし(汗・・・)、ゆゆ様は既に亡霊ですし、白蓮さんは一度高齢のよぼよぼ婆さんになった後に
若返った御方ですし、八坂神奈子に至っては存在が「神様」そのものですので、寿命自体にもともと縁が無いという感じでも
あります。
他の妖怪さんも大体似たり寄ったりで、幻想郷の妖怪さんたちとかご長寿キャラの皆様方におかれましては、
そもそも論として「寿命何てしったこっちゃない!」というレヴェルの話なのかもしれないです・・(笑)
だけどそうした幻想郷の妖怪たちも永琳・輝夜・妹紅といった既に蓬莱の薬を飲み干して不老不死になっている皆様たち
以外にはいつかは「死」を迎えられるというのは間違いではないと思います。
人間達よりもはるかに寿命が長いというのは間違いではないのですけど、いつの日にか、地獄の使者たちが
「お迎え」としてやってくるのは間違いないと思われます。
(あのゆかりんですら、地獄の閻魔様の四季映姫様が幻想郷にやってくるのを見つけるとさーーっとどこかに雲隠れしちゃう
というのもゆかりん自身にもいつか死がやってくるのが分かっているというのを示唆した話なのかも
しれないですね・・・
ゆかりんにもしもある日突然小野塚小町みたいなお迎えの使者がやってきたとしても、ゆかりんは
「ま、仕方ないわね・・それも私の天命」とあっさりと受け入れてしまうのかもしれないですね・・笑・・)

私なんかも普段仕事で80~90歳くらいのご高齢の皆様とお話をさせて頂く機会はかなり多く、
概して皆様がよく使われる表現の一つとして「間もなくお迎えがくるから・・」というのがあるのですけど、
この場合のお迎えとは言うまでも無く「死神」なのだと思います。
東方の世界における「死神」というと真っ先に思い浮かぶのは言うまでも無く・・そう! こまっちゃん! 小野塚小町ですよね!
だけどその小野塚小町の口から「東方茨歌仙」の中で意外な言葉が飛び出てました。
それが何かと言うと
「人間達がよく口にするお迎えに死神がわざわざ出向くというのは実は真っ赤なウソ・・・実は人間の寿命というものは
天命という事で元々決まっている事だから、別に自分達死神があえてわざわざ命を召し取りに行く事はしない。
自分達死神が命を狩りにいく対象と言うものはもっと強い力を持った者たち」という事でした。
そしてそれを掘り下げていくと、小野塚小町のような死神の種族が本気で命を狩りに参上し死闘を繰り広げているその相手とは
天人と仙人と言えるのかもしれないですね。
そして東方の世界において、天人に該当するキャラが天子であり、仙人に該当するキャラが華扇・神子・霍青娥と
言えるのだと思います。
今回の記事は当初は一つにまとめる予定でしたけど、管理人の私が例によってグタグタと前振りがやたらと長いため(汗・・)
二回に渡って記事にさせて頂き、今回のその①は「天人」に相当する天子ちゃんについて触れさせて頂き、
その②において「仙人」に相当する華扇、そして霍青娥(にゃんにゃん)について触れさせて頂きたいと思います。

東方における「天人」の定義なのですけど、
天人とは俗世間と完全に別れ輪廻転生のサイクルからも外れ、基本的には修行を重ねた仙人が最終的に
不老不死の力を得て生きたまま天界に辿り着いた人間というパターンと死後成仏して天界に行くというパターンの
2種類がありますけど、仙人が天人になる条件としては欲を捨てる事・・そして「私は生きたい!」という生存欲も捨てることで
ありますので、確かに普通の欲の塊の人間が仙人から天人になるのは至難の業と言えるのかも
しれないですね。
天人は妖怪の山のさらに上空に位置する天界と呼ばれる雲の上に住み、
悟りを開いたり高い業績によって神霊化した人々が本来なるものであり、
それは「神」と呼んでも差し障りのない存在なのだと思います。
天人は不老長寿で、空を飛ぶなどの神通力が使え、快楽に満ち、苦しみを感じず、
日々を遊んで暮らしているとされています。
天人は不死ではなく死ねば一般人同様、生前の行いから閻魔が裁くというのも一つのポイントと言えるのだと思います。
(だからこそ後述しますけど、閻魔様の部下たちの死神は数百年に一度の割合で定期的に天人の命を狙いに
行く訳なのです!)

天人の平均寿命は数百歳~千歳程度とも言われています。
それではどうして天人の寿命が長いのかと言うと、
その理由は体が頑丈とか病気をしないという事ではなくて、百年~数百年に一度の割合で「お迎え」という事で
その命を狩り取りに来る死神をバトルの末に追っ払っているからなのです!
死神に負ければその時点で天人と言えども死を迎える事になってしまい、この世とはおさらばをしなければ
ならなくなってしまいます。
だから天人にとってはそれは必至の戦いなのだと思います。
一方、小野塚小町みたいな死神にとっても
「いつまでも一人の元・人間が生き続けられるのは死神にとってもいつまでたっても自分たちの仕事が片付かない」という
事でもありますし、いつまでも負け続けて命を取れずにすごすごと退散し続けていては死神の面子もあるでしょうから
決して好ましい事でもありませんし、閻魔様という上司からのプレッシャー(?)もあるかと思われますので、
死神たちにとってもそれは必死の戦いのはずです。
死神の撃退は天子に限らず天人全般が行っている事であり、その結果として死神は天人を嫌っているし
天人は死神を恐れているという事になるのだと思います。

そうした天人の一族の天子ちゃん・・比那名居天子なのですけど、彼女については当ブログの9/10の記事で実は
既にある程度書かせて頂いておりますので細かいことは割愛をいたしますが、
天子ちゃんが天人になれたのは、天子ちゃんが無我の境地に達したとか人としての欲を棄てたとか功徳を積んだとか
全然そう言う訳では無くて、単なる身内の七光りというのか身内のコネがあってのもので、
棚からぼた餅方式で偶然に偶然が重なってたまたま運よく天人になったに過ぎない存在であるため、
周囲から天人としての資格を具えていないとされて「不良天人」、「天人くずれ」などと呼ばれていたりもします。

天子ちゃんの性格は、まさにお嬢様育ちで自分勝手でもの凄く我が儘です!

自分の能力に絶対の自信を持っていて、自分以外の全ての存在を見下しているため、
少しでも思い通りにならない事があると激昂したりする等、短路的で大人気ない性格で
幻想郷の「困ったちゃん」もしくは「幻想郷屈指の迷惑住人」と言えるのかもしれないですね・・(汗・・!)
地上に降りた際には、人間等に対して難しい言葉で偉そうに忠言したりするのですけど、
その忠言は、「お前が言うな!」と言いたくなるものばかりというのが天子ちゃんらしい話ですね・・(苦笑・・)
天子が早苗さんに対して放った一言・・・「能を誇れば巧を喪うだろう。お前は神である前に人間である事を自覚せよ!!」
というのは、まさに「お前が言うな――!!」の世界でしたね・・・・(苦笑・・)

天子ちゃんにとっては天界の生活は退屈極まりないものだったようでして、
その退屈しのぎとして行ったのが、そう!  「東方緋想天」の異変だったのです!
地上の異変の解決屋(霊夢)の事を知り、自分も異変を起こせば霊夢が乗り込んできて、
退屈をしのげるのではないかと考え、天界の宝「緋想の剣」を持ち出して異変を起こしたというのが
その東方緋想天という異変の真意です。
「自分を満足させなければ大地震を起こす!」とまたまた勝手な事を言い、霊夢を脅し、戦闘を強要し、
博麗神社を地震で倒壊させるなどの暴挙を繰り返した挙句の果てに、
異変を通して密かに博麗神社に比那名居一族との縁を結びつけようとしたため、ゆかりんの怒りを買ってしまい、
最終的には、ゆかりんから完膚なきまでに叩きのめされボコボコにされています。
(自業自得ですね・・)

東方の世界では鍵山雛以上に「フリル地獄」と東方絵師様から恐れられている永江衣玖は、
龍の世界と人間の世界の間に棲む「竜宮の使い」と呼ばれる妖怪であり、本来の役割は万一地震が発生しそうになったら
そうした情報をいち早く幻想郷の人里に伝達しに行くという事であり、別に天子ちゃんのメイドでも部下でも
何でもないのですけど、成り行き上仕方なく天子ちゃんの普段の生活の管理・監視・お世話を押し付けられている
ある意味気の毒な御方でもあるのですけど、永江衣玖は天子ちゃんの事は一応は
比那名居一族のお嬢様ということで「総領娘様」と呼んでいたりもしています。
だけどあまりにも普段の天子ちゃんの迷惑の掛けっぷりが半端なく、何かあるとその後始末とか天子に代っての謝罪を
押し付けられる永江衣玖もさすがに我慢の限界なのか、
あのゆかりん=八雲紫様に対して
「総領娘様にお灸を据えるおつもりでしたら是非やって下さい」とまさかの(?)依頼をしちゃうのもむしろ「そんなの当たり前!」
みたいな空気が 「東方緋想天」の異変の際にはあったように思えますね・・(笑)

紫  : 私はある天人を探しているの。比那名居 天子 
衣玖 : 総領娘様ですか?どのような用件でしょう?
紫  : ちょっと亡き者にしようと・・
衣玖 : あらあら、それはまた物騒な
紫 : さあ、何処にいる?
衣玖 : そうですねぇ、総領娘様なら今は地上に降りていると思います
紫  : あれ?霊夢が言っている事と食い違っているわね
衣玖  : ここだけの話、自由すぎてあのお方には手を焼いているのですよ。天人の間でも・・
紫 : 本当は隠しているんでしょ?
衣玖  : 本当に居ないと思いますが……
紫 : さあ居場所を教えなさい!
衣玖 : いえ、本当に居ないのです
紫  : ふむ、時間と体力の無駄だったみたいね
衣玖  : もし総領娘様にお灸を据えるおつもりでしたら是非やって下さいまし。あ、勿論私が言ったって事は内緒ですよ?
紫 : さっき言ったでしょ?お灸を据えるんじゃなくて亡き者にするの!

うーーむ、霊夢の博麗神社を倒壊させられ博麗神社の尊厳を傷つけられたゆかりんの怒りは相当なものが
ありましたよね!!
それにしても衣玖の「天子にお灸を据えてあげて!」とゆかりんに懇願したのも、衣玖にしてもそれまでの我慢の限界を
通り越していたのかも・・という感じなのかもしれないですね・・

だけどこうした天子ちゃんも天人である事には変わりがありませんので、 死神から常に命を狙われていますし、
天子自身がそうした死神たちを撃破しているからこそ、ここまで天人として生き続けているという事情もあったりします。
うーーむ、私達人間にとってはある意味ちょっと「不条理なのかも・・」と感じちゃう話なのかもしれないですし、
人間たちが限られた寿命の中精一杯美しく生きようとしている中、身内の七光りだけで思いがけずに「なんちゃって天人」(?)に
なってしまい、天人として自由気ままに生きている天子ちゃんを見てしまうと
人間にとっては何か割り切れないものもあるのかもしれないのですけど、そうした事を含めて、
幻想郷に限らず人間の社会というものはどこかしら不条理なものがあるという事を示唆している話なのかも
しれないですよね。

天子ちゃんというとどうしても迷惑天人とか唯一ゆかりんをマジ切れされたキャラというイメージが大変強いのですが、
天子ちゃんとしてはそんな難しい理屈とか命の不条理さという意識は微塵もなく、良く言うと「天真爛漫」という感じも
確かにありますし、わがまま娘なんだけど少なくとも根っからの悪人ではありませんので、
東方の世界では天子ちゃんのあまりの可愛らしさと無邪気さに起因する形で「天子ちゃん、マジ天使!」という言葉もありますし、
天子ちゃんのこれまでの所業の悪さ(?)は
「あれれ・・確かに昔はそんな事もあったよね・・」という事にしておきましょうね!

さてさて、そんな天子ちゃんなのですけど、とにかく見た目は「可愛い!」とか「この子は天使なのかっ!」と思わず口に
出てしまいそうなほどの愛らしさに溢れていて、私のあくまで個人的好みなのですけど
「東方で屈指の美少女キャラというとアリス・マーガトロイドなんだけど、その次にくるのはもしかして天子なのかも・・!?」とすら
感じております。
あの外見的可愛らしさと性格がちょっと(汗・・)あんまり宜しくない所とかはた迷惑振りのあの凄まじいギャップが
天子ちゃんの大きな魅力なのかもしれないですね。

下記においてdream fantasyのアミグリさんが
過去描かれた天子ちゃんのイラストを是非皆様に見て頂きたいと思いますし、
一番古い天子ちゃんのイラストが2009年という事もあるのですけど、初期作品から2013年頃の作品まで
当ブログにて一挙に転載をさせて頂く事によって、アミグリさんという東方絵師様の「軌跡」を「天子ちゃん」という素材を
テーマにする形で皆様にご覧頂きたいと思います。

それでは下記にちょっとした「アミグリさんが描かれた天子ちゃん祭り」を開催させて頂きたいと思います!





tennko_convert_20090622173440.png



上記の天子ちゃんはアミグリさんが2009年6月に描かれた作品です。

アミグリさんの作品としてはかなり初期の作品でもありますので、そうした意味では大変貴重な作品だと思います。
そして上記の天子ちゃんはデジタルではなくてアミグリさんの手描き作品、そう・・!
dream fantasy内では少し珍しいアナログ作品で
あったりもします!

それにしてもこの天子ちゃんのやすらぎにみちた微笑みに癒されますよね・・!

この優しさに溢れたやすらぎの笑顔は見ている人たちをうっとりとさせるものはあると思いますし、こうしたやすらぎの
天子ちゃんを見てしまうと、
「え・・・ゆかりんの怒りを買って一度フルボコにされた過去があるって・・? そうねぇ・・昔やんちゃだった頃に
そんな事があったのかもね・・くすっ・・」みたいな感じになりそうですね!

ここにいるのは上記でグタグタと書いたあの東方屈指の迷惑住人ではなくて、安らぎと微笑みに溢れた
素敵な美少女なのだと思います。

後でこっそり(?)聞いたのですけど、アミグリさんご自身もこの初期作品のアナログ天子ちゃんを大変気に入っているとの
事ですけど、それよくわかりますよね~!
こうした自然なやすらぎの表情は意外とデジタルよりもアナログの方がぬくもりをうまく伝えられる事が
出来るのかもしれないですね!
そして同時にこの作品は3年後に訪れる「アミグリさんの淡い儚い色彩時代」を先取りしている先駆的作品という事も
言えるんじゃないのかな・・?とも感じたりもしますね!





tensinohane_convert_20100118160007.png





続きましてアミグリさんが2010年1月に描かれた天子ちゃんです!

描かれた時期が2010年という事もあり、アミグリさんが「淡い色彩の時代」に突入する以前の作品という事も
あるのかもしれないですけど、全体的に力強さ・躍動感を感じさせてくれていると思います。
見方によっては、ちょっと悩んだ振りしているけど「実は今私、悪だくみの真っ最中よ・・」みたいな雰囲気も
あるんじゃないのかな・・?と私的には感じたりもします。

仙果という桃の果実をもぐもぐ食べている天子ちゃんがとっても可愛いです。

仙果という桃の果実は天人たちの主食であり、パワーの源でもあり不老不死の源でもありますけど、
これってもしかして・・・? 「蓬莱の薬」の一つの成分なのかもしれないですね!
永琳様は輝夜のために蓬莱の薬を調合しましたけど、この薬の材料として使ったのが仙果という事なのかも
しれないですね。
そう言えば「東方儚月抄」において月面にやたらと桃の果実が実っていましたけど、もしかして、あれは仙果なのかな・・?
だとすると永琳様が蓬莱の薬を調合するのにこの仙果を使用したという私の脳内妄想もあながち
間違っていないのかも・・・??





tennsichann_convert_20121012164529.png





続きまして、上記の天子ちゃん・・比那名居天子はアミグリさんが2012年10月に描かれた作品です。
アミグリさんが2009年に初めてブログ内でUPした天子ちゃんからの「素晴らしき進化」を2012年時点で
既に私たちに素敵に提示させる形になっていますけど、
初期の頃の天子ちゃんも2012年の天子ちゃんもどちらもそれぞれ魅力と味わいが感じられ、とても素晴らしいと思います。

とにかく文句の付けようがない精緻で完璧で、とにかくめちゃくちゃ可愛いとしかいいようがありませんですし、
とてつもなく繊細な仕上がりの天子ちゃんだと思います。
この天子ちゃんを描かれたのは2012年でアミグリさんの「淡い作風時代」のものなのですけど、
2009年のアナログ作品に始まったアミグリさんの天子ちゃんイラストがこの時点でここまで高い次元にまで到達したという
この軌跡には何か感動を禁じ得ませんし、やはりここにも一人の絵師様としての「成長物語」があったと言えるのだとも
思えます!

そうそう、天子ちゃんの帽子の桃なのですけど、これって東方ファンの間ではよく「バーミヤンみたい・・」とか
言われていますよね・・・(笑)
天子の帽子に付いている桃の実は仙果と呼ばれ、神仙に霊力や不老長寿を与える実とされており、
天人の主食でもあるそうです。
この仙果には体を鍛える効果もあるらしく、食べるだけで身体能力が上がるとも言われています。





rktnk_convert_20130824112001.png




さてさて・・今回のアミグリさんが描かれた「ちょっとした天子ちゃん祭り」のフィナーレを飾って頂く作品は、
アミグリさんが2013年8月に描かれた天子ちゃんです。

2012年10月の天子ちゃんと比較してみると、色彩感が少し濃くなったというのか色彩のメリハリが一段と
強調されているようにも感じられ、全体的には、「色彩くっきり感」がより強く表現されているようにも感じられます。
それを具体的に強く感じさせる箇所は髪の毛なのかもしれないです!
髪の濃淡の変化は2012年と13年を比べると一目瞭然なのかもしれないです!
2012年の方は可愛くて無邪気な感じを演出し、この2013年の方は 可愛らしさにプラスして
「憂い」の雰囲気が出ているようにも感じられたりもします。
うーーむ、天子ちゃんも一度ゆかりんによってフルボコにされて痛い目に遭った事で
「世の中は必ずしも自分の思い通りにいくとは限らない」という事を学習されて
少しは「人の痛み」というものを分かってきた・・みたいな天子ちゃんの心の変化を示唆した作品とも言えるのかも
しれないですね。

もちろん2009年のアナログ作品もあの優しい雰囲気は大変素晴らしいのですけど、そこから年々「進化と変化」を
積み重ねてきて最終的に2013年のこの高みにまで上り詰めてきたという事が言えるのだと思います!

それほどまでにこの天子ちゃんのイラストは素晴らしいものがあると思います!!

もしもですけど、アミグリさんが今現在の作風で「キラキラ天子ちゃん」を描かれたらどんな感じになるのでしょう・・?
それはとてつもなく興味津々なのですけど、描く描かないを決められるのはあくまでアミグリさんご自身ですので、
私としては「天子ちゃんもいいけどこいしちゃんもいいよね・・」みたいな感じで
その辺りは成り行き任せみたいな事にさせて頂ければ幸いです・・・(笑)

上記にて転載をさせて頂きましたアミグリさんが描かれた天子ちゃんのイラストは、
その権利は全てアミグリさんに帰するものでありますので、
無断お持ち帰りや無断コピーは絶対NGですので、 くれぐれも宜しくお願い申し上げます。
私といたしましては、一人でも多くの皆様に dream fantasy のアミグリさんが描かれる素晴らしいイラストを見て欲しい!という気持ちで一杯です!
どうかアミグリさんの dream fantasy という
素敵なブログを宜しくお願いいたします!

アミグリさん、いつも当ブログへのアミグリさんの作品を転載させて頂く事を快諾して頂きありがとうございます!

次週の土日も今週の土日と同じような構成、すなわち、土曜の天人・仙人特集、日曜の咲夜さん語りという事になると
思いますので、どうか宜しくお願いいたします!

それでは明日の咲夜さん語り も宜しくお願いします!
冒頭のアミグリさん名作プレイバック集には、東方屈指のあの大食いキャラ(?)も登場予定です!
関連記事
スポンサーサイト

コメント

寿命ですか~。うーん、人は亡くなった後、恐らくは何もない状態に「戻る」んだと思うんですよね。でもそれは怖い言葉でいうと、「無」ということになるんですよね。正直、あまり考えたくない話題であります。私的に、この世界に生まれた生物のもっとも幸福な点は、「自分が自分であることを認識できる」そして、それによって得られる「自由」であると思っています。
そう考えると、なるべく長く生きていることにこしたことはないと思われるんですよね~。
さすがに死神とバトルして、ってのはなんだか怖いですが、長く生きることができるのはうらやましいですよね。裏を返せばなんのことはない。それだけ長く「イベントの写真が撮れるから」ってことだけなんですが^^;

苦しみもなくて楽しいだけな天人の暮らしってどんな心地なのでしょう。聞くとなんだか幸せそうな感じですけど、常に満たされた状態の人々が作る生活には新しい刺激が無くて欲を持った者には退屈っていうのもたしかにありそうですね。普通に煩悩だらけの人間からしたらとてもたどり着けない領域なのでしょうけれど不死でもない長寿というのはちょっと憧れますね。撃退されては上から怒られてそうな死神さんサイドとしてはたまったものではないのかもしれませんが…w

アミグリさんの描かれた天子がどれも可愛いです!特に最初のアナログイラストのにっこり笑顔がなんとも優しそうで癒されますね…。淡い色が出す温かみもあってかわがまま娘っぷりとは違う威厳のようなものも感じられる気がします。

天子ちゃんは退屈・・

八咫烏(全力稼働中) 様


最近、北朝鮮の核搭載ミサイルとか何かと物騒な話題がにぎわせていますけど、
そうしたものがいつ私達の身近な平和な日常を破壊させる可能性も決してゼロではないと思いますし、
むしろ一瞬に「死」を迎える可能性だってあります。
(それは交通事故とか通り魔でも同じなのですけどね・・)

そうした中、死の瞬間に「後悔するものがあまりなかった・・」と感じることができるように
一日一日を大切に生きていくという事が必要になってくるのかもしれないですし、
そうした意味では天子のようなあまりにも退屈で長生きの日々というのもどこか空虚なものを
感じてしまうのかもしれないですね・・

天人

schwert 様


確かに・・・

長生き=楽しいという図式が必ずしも成立する訳ではなくて、
退屈の中でもどこかに「のんびりとした楽しさ」を見出していければいいのでしょうけど、
人間と言うものは、万一天人になったとしても常にどこかで刺激を追い求めてしまう生物なのかもしれないですし、
その点が他の霊長類とは異なるものなのかもしれないですね。
だからといって博麗神社を崩壊させられた霊夢や天子に負け続けている死神にとってはたまったもんでは
ないのかもしれないですけど・・・

またまたアミグリさんの描かれたイラストをお褒め頂きありがとうございます!

一番最初のアナログのあの「微笑み」はとても癒されますよね!
あの作品はアミグリさんご自身もお気に入りの作品との事です!

コメントの投稿



管理者にだけ表示を許可する

件のトラックバック

トラックバックURL
http://jubilant1984.blog.fc2.com/tb.php/3819-756c5da8
この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)

 | BLOG TOP |