季節はすっかりリリー・ホワイトの「春ですよ―」をとっくに飛び越えて春から初夏に入ろうとしています。
そうした季節は山においては、そろそろ山菜等の旬の時期が過ぎようとしています。
春が終わろうとする時期の中で、春の終わりを惜しむかのように山の山菜等の「山の珍味」に舌鼓を打つのも
悪くは無いのかもしれないですね。
和食の世界では、春は苦味の季節とも言われているようですね。
「春は苦味を盛れ」とも言われ、苦みのある食材が冬の間に体にため込んだ老廃物をキレイにする働きがあると
考えられてもいるようですけど、
そうした苦みを味わせてくれる春の食材の代表といえば山菜だとも思えます。
そうした山菜の代名詞といえばフキノトウとかタラの芽だとも思うのですけど、
個人的にはフキノトウは煮物という印象があり、正直食材としてはそんなに印象に残るものではないし、
そんな「絶対に食べたい!」と思わせるように美味しさは必ずしもないんじゃないの・・?とも
思っています。
だけど、「タラの芽」は別格だと思います。
これは本当に美味しい! マジで美味しいです! 多くの人が既に言っている事なのですけど、
タラの芽の天ぷらは本当に美味しいと思いますし「春の珍味」にこれほど相応しい自然素材はないんじゃないのかな・・?とも
思ったりもします。
改めてですけど・・タラの芽はウコギ科のタラノキの新芽の部分の事で、
香りがよく、天ぷらにするとほんのりとした甘みと、ほっくりと芋にも似た食感になる山菜の王様と言っても決して
過言ではないのだと思います。

このタラの芽の天ぷらなのですけど、タラの芽には小さい「とげ」があったりもします。
だけどこのとげは熱を通すとそのまま食べることが出来ますので、天ぷらにするなら「とげぬき」をする必要はないのです。
そしてあのどけとげも天ぷら等熱を通すことによって柔らかくなってしまい、
食べる際には、トゲの食感とか痛み等は全く感じることなく食べることが出来るのは大変ありがたいものがありますよね!
天ぷらの場合、下処理・あく抜きはしなくても大丈夫なのですけど、
虫が紛れ込んでいることがあるので数分水に浸して虫がいないかどうかの確認はしておいても宜しいのかなとも
思います。
お浸しや和え物などで食べる場合は、
お湯で2~3分茹でて、氷水に浸してアクを取るという下処理は絶対に必要です。
だけど天ぷらの場合、そうした面倒な下処理が不要と言うのはやっぱり楽ですし、それでいてとてつもなく美味である
というのはまさに「山菜の王様」に相応しいものもありそうですね・・・(笑)
以前、確かハンバーグ・鶏のから揚げ記事で書いたと思うのですけど、
私自身も多少は料理らしきことは出来ると自負しているのですけど、「天ぷら」は苦手ですね・・・
なかなかお店で食べられるようなあの衣のサクサク感が出来ていませんね・・
お店で食べる天ぷらを食す度に「あー、やっぱりプロは違うよなぁ・・」としみじみ感じてもしまいます。
さてさて、そうした中、家庭でも出来る「シンプルで美味しいタラの芽の天ぷら作りのレシピ」なのですけど、
まとめてみると下記のような感じになるかな・・とも思います。
1.小麦粉・水・お酒を冷蔵庫でしっかり冷やします。
2.水・お酒・氷を入れ混ぜ合わせ、そこに小麦粉を入れて混ぜます。
3.油を175~180度に熱していきます。
4.たらの芽を2で作り上げた衣につけて、根元からたらの芽を揚げていきます。
5.根元を10秒ぐらい揚げたら上の部分も揚げて行きます。
6.こんがり揚がったら出来上がりです!
そうですね・・・多分ですけど私の場合、温度調節が下手くそなんだと思います。
うーーむ、やっぱりタラの芽の天ぷらに限らず天ぷらと言う料理は、お店で調理されたものには
所詮は敵わない・・という感じなのかもしれないですね・・(汗・・!)

さてさて、東方の世界でも「東方三月精」の中でタラの芽の天ぷらが登場していましたね!
「東方三月精」において、霊夢はゆかりんからタラの芽を差し入れて貰っているのですけど、
その際にゆかりんは霊夢に対して
「幻想郷は現在雪に覆われて大変寒いが、結界の先の外界では、暖冬で雪一つ無い状態・・
現在のこの寒さでは収穫できないタラの芽が外界では収穫できるという意味を
霊夢・・・あなたの頭できちんと考えなさい」と諭していましたけど、
うーーむ、やはりこういうシーンを見てしまうと、ゆかりん=八雲紫様は、まさに霊夢の幻想郷における保護者みたいな
立ち位置の御方ですよね!
貧乏な(?)博麗神社と霊夢のために美味しくて貴重な食材を差し入れしなか゜らも、同時に
「幻想郷の存在意義」について霊夢に改めて自覚を促すゆかりんは、さすが!としか言いようがないと思いますし、
こういうゆかりんは本当に私は大好きです!!
そう言えば、ゆかりんは、儚月抄冒頭シーンでも霊夢に対して稽古を付けてあげ「神の降霊」という技を取得させていましたし、
三月精の別のシーンでも、博麗神社の大木を「神木」として祀りながらもいつもの怠け癖と飽きっぽさで、祀っていた事自体を
忘れて放置していた際に、霊夢に対して
「神様というものは、放置されるとどんどん忘れられた存在になります」と諭した上で
「霊夢・・・あなたにはお勉強とお仕置きが必要なようね・・」と釘を刺すゆかりんは、やっぱり幻想郷内での
霊夢の「素敵な保護者」と言えるのかもしれないですよね。
うーーむ、私は是非是非ゆかりんからお勉強を教えて頂きたいです! (ゆかりんのお仕置きはやばそうだから、パス! ・・汗・・!!)
それでは、ゆかりんが霊夢に対して示唆していた事とは何なのでしょう・・・?
それは、霊夢に対して「もっと幻想郷のシステムと博麗神社の存在意義をきちんと勉強しちゃんと認識して!」という
事なのでしょうけど、
幻想郷内で暮らす人間たちはともかくとして、妖怪・妖精・幽霊・天狗・吸血鬼・天狗・宇宙人・妖獣などは全て
もはや「外界」で存在する意義など無いしその必要性も無い。
そうした者たちが暮らせる場所は「幻想郷」以外存在ないし、
そうした「外界」と「幻想郷」は、確かにうすい結界一枚という壁一枚で遮られているのに過ぎないのだけど、
この二つの世界は既に「別世界」である事をちゃんと理解してね!
そういう事を霊夢に「タラの芽」で示唆していたのだと思います。
結界一つ越えた向こうの世界は暖冬でもはや季節感も存在しないし、ましてや神様も妖怪も人々の心の中には
既に棲みついていない世界なのであり、
幻想郷の巫女として生きるからにはちゃんとこの基本的ルールは最低限認識しておきなさいという事を霊夢に
教えていたという事になるのだと思います。
「東方三月精」において、サニーミルクたち光の三妖精が、今まで暮らしていた魔法の森を離れて
霊夢の博麗神社内の大木に移住をした時の話のエピソードとして、
あのゆかりんの独白(モノログ)がありましたけど、あのお言葉は、大変意味深なものがあったと思います。
「こうした大切な神社すら誰にもお詣りをされず寂れてしまう・・・・
外界は既に夜も妖怪も誰も恐れはしない・・・
観光地という事でもない限り、誰も神社になど目もくれない・・・という事なのだろうか・・・」
うーーーん、この言葉はかなり重たいものがありそうですね・・・
外界から完全分離をしなければ「妖怪」の存在すら許されなくなった状況・・・
「妖怪たちへの畏敬」、ま、これってすなわち・・・人間達が「妖怪の存在」を認めて敬っているという事の証でも
ありますからね・・・
それにしても、ゆかりんから差し入れて貰ったタラの芽を霊夢は意外にも(?)ちゃんと見事に調理して
天ぷらとして完成し魔理沙にも振る舞っていましたけど、
うーーむ、私も是非是非霊夢が作った「タラの芽の天ぷら」を食べてみたいものです! (笑・・)
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自分は刺身天ぷらや玉ねぎ天が好きです
タラ天 店でたべました おいしいです
やはりおいしいとこだとおいしいですね(何を言っているんだ)