NHK・ラジオ第1放送で毎週日曜日の早朝 8:05 - 8:55に放送されている「音楽の泉」という番組は
とてつもない長寿番組だと思います。
この番組はクラシック音楽の専門番組なのですけど、NHKラジオのクラシック番組は基本的にFMで放送される中、
音楽の泉は数少ないAM放送です。
この番組の放送が開始されたのは、なんと・・! 1949年という戦後間もない頃でした!
番組初期は生放送で、SP盤時代は、1曲がレコードの2面以上にわたることがあり、
2台の再生機を用意して曲を聴きながらディレクターが生で繋いだというエピソードも残されているそうです。
ちなみにですけど、番組テーマ(オープニング 及び エンドテーマ)曲は、
シューベルト作曲の「楽興の時第3番ヘ短調」なのですけど、多分ですけどこのシューベルトのこの曲は
ほとんどの方が一度は耳にされたことはあるだろうと推察される大変知名度の高いメロディです。
さてさて、最近でもないのですけど、先月の月末に早朝、朝も早くから顧客廻りのため社用車に乗ってさいたま市内を
移動中に普段聞いているTBSラジオの番組があまりにも下らなかったため、
なんか無意識のうちにラジオのチャンネルを廻していたら、偶然なのですけどNHK第一放送に入っていて、
上記の「音楽の泉」が放送されていました。
うーーむ、音楽の泉を聞くのもなんか久しぶりという感じでしたが、その時に掛かっていた曲が
カラヤン指揮・ベルリンフィル演奏のチャイコフスキー/交響曲第4番が流れていました。
チャイコフスキーの交響曲と言うと、一般的な感覚で言うと、交響曲第6番「悲愴」が一番有名でしょうし、
5番と同じくらい演奏頻度も高いと思います。
私自身、もしも「チャイコフスキーの交響曲で一番好きなの曲は?」と聞かれたら
相当悩むと思います。
後味の悪い第四楽章と「ええじぇないか!」の集団発狂みたいな感じの第三楽章が大変印象的な悲愴、
5番の大団円 4番の華麗さとメランコリー 1番「冬の日の幻想」の素朴さなど
どれもこれも素晴らしいものばかりで、捨てがたいのですが、
私としてはやっぱり交響曲第5番を選んでしまうのかな・・?
だけど交響曲第4番も大変捨てがたいものが多いですし、魅力は尽きない交響曲の一つだと思います。
チャイコフスキーにとっても、この交響曲第4番は、人生の転機の頃に作曲されたものでもありますし、
本人にとっても思い入れはあるような感じもします。
チャイコフスキーの交響曲は、1~3番とマンフレッド交響曲あたりまでは、
正直そんなに際立った個性もあまり感じられませんし、事実演奏会で取り上げられる頻度も決して高くはないです。
だけど交響曲4番を契機に飛躍的に交響曲としての完成度が高くなり、CDに収録される頻度や演奏会で実際に
演奏される回数も1~3番に比べると急激にUPします。
実は、この交響曲第4番の直前に、チャイコフスキーは「人生最大の危機」を迎えています。
押しかけ女房的な女性に、半ば強引に結婚を承諾したものの、
新婚生活は半年程度で破綻し、チャイコフスキーはイタリアに逃避旅行をする羽目になってしまいます。
その時期は自伝によると自殺も一時考えたほど思いつめたらしいのですが、
イタリアの南国の太陽サンサンぶりに心が落ち着きを取り戻したかどうかは分かりませんが、
結果的に何とか立ち直って、再びロシアに戻りどうにかこうにか再び作曲活動が出来るようになるまで回復したのでした。
チャイコフスキーの交響曲4番というのは、
第一楽章~第二楽章の陰気さと第四楽章のフィナーレのバカ陽気の対称性があまりにも顕著
過ぎるので、よく批判のタネにされていますけど、
これって意外と単純な事で、
もしかしたら、第一~第二楽章を作曲していた頃は、ロシアにいる頃の話で
妻との離婚を巡って陰鬱な気分の頃のものかもしれません。
そしてイタリア旅行中に、妻から解放されて、同時に南国の陽気な気候に心もウキウキとなり、
第四楽章の感情爆発の壮麗なフィナーレをルンルン気分で作曲していたのかもしれないですね・・(笑)
この辺りは、あくまで推察ですので、正しい事実はよく分かりませんけど、
意外と正解じゃないのかな・・?というものが曲の隅々から感じられたりもします。
この交響曲第4番が作曲されている頃に、
メック夫人と言う、チャイコフスキーの人生に大きく関わる金持ち未亡人が登場してきます。
メック夫人は、「年金」という形で、チャイコフスキーに毎年定期的な莫大的な金銭援助をする事で、
チャイコフスキーは、特に仕事にあくせくしないで、自分が書きたい音楽だけを作曲できる環境に
置かれることになります。
チャイコフスキーが生きている頃は、ロシア5人組が活躍している時代とほぼリンクしているのですけど、
例えばボロディンは化学者として、リムスキーは音楽学校の先生として、それぞれに職業を持ち、
その合間に作曲活動をしていた環境とは大きく異なるものがあります。
ロシア5人組がどちらかというと、泥臭い曲を残しているのに、
チャイコフスキーは、むしろフランス音楽を彷彿とさせるような洗練された作品が多いのは、
こうした音楽を作曲する環境の違いだったのかもしれませんよね。
(もちろんチャイコフスキーが作曲した曲の中には、いかにも「ロシア」という感じの曲が多いのもこれまた事実です)
面白い事に、チャイコフスキーは、メック夫人と生涯一度も会う事は無く、
二人の間には膨大な往復書簡が残されているだけです・・・
(一説には、メック夫人がチャイコフスキーの男色疑惑について調査をし、その結果、アレ・・な判定だったため
年金を打ち切ったみたいな事を言う人もいますけど、実際はどうなんでしょうね・・?)
メック夫人とチャイコフスキーの往復書簡の手紙の中で、チャイコフスキーは交響曲第4番について
かなり細かく書いています。
チャイコフスキーの手紙では、この第一楽章については、
「運命と言うものは・・・幸福の実現を妨害させる冷酷な力であり、人々が幸せになれないように嫉妬深く
見つめている・・・私達は、運命と妥協し嘆き悲しむ事しか出来ない・・」と記しています。
ば第二楽章のメランコリー漂う雰囲気については、
「仕事、人生に疲れ、夜、本を読んでいてもついウトウトし、いつの間にか本を滑り落としてしまうような感覚」と表現したり
第四楽章については、
「言葉の終わるところから音楽が始まる」とか色々と意味深な事を書いています。
この「言葉の終わるところから音楽が始まる」とはどういう意味なのかな・・?
色々と解釈は出来ると思うのですけど、私の受け取り方としては、最後は理屈や論理じゃなくて「感覚」なんだ!という
事じゃないのかな・・?とも思ったりもします。
この言葉に前の文章にはどんな事が掛れているのかと言うと、
「あなた自身の中で、どんな喜びも見いだせないというのなら、進んで人の輪の中に入っていきなさい・・
人々の喜びの輪の中に入って、そして自分も喜びなさい・・・」
と記されています。
要は、どちらかというと人嫌いの傾向が無くも無かったチャイコフスキーをもってしても
「所詮、人は一人では生きていけない」という事を示唆してると言えるのかもしれないですね。
交響曲第4番は、「循環主題」の形式を取っていて、
第一楽章冒頭のホルンとファゴットのファンファーレは、第四楽章でも再現されています。
(循環主題と言うと次の作品の交響曲第5番の方がかなり顕著ですけど、この4番でも既にこの形式が用いられています)
第二楽章は、何といってもオーボエのメランコラリックなソロが秀逸です。
第三楽章のピッチカートは、奇抜さを感じてしまいます。なんとなくアラビアっぽい雰囲気も感じられますし、
「音楽のアラベスク」みたいな雰囲気もあるのだと思います。
圧巻は第四楽章で、「怒涛」としか言いようの無い激しい感情と喜びの感情が
爆発しています。
第四楽章で、シンバル・大太鼓・トライアングルの打楽器が入りますが、
特にラスト近くにおけるシンバルの怒涛の連打は、聴いていて視覚的にも迫力満点です。
(あのシンバル連打は、同じくチャイコフスキーの幻想序曲「ロメオとジュリエット」の中間部における
怒涛のシンバル連打を彷彿とさせてくれます)
この交響曲第4番を最初に耳にしたきっかけは、やはり毎度のことですが私の場合、吹奏楽コンクールでして、
吹奏楽コンクールにおいては、よくチャイコフスキーの交響曲4番はフィナーレの第四楽章が自由曲として
演奏される事が多いです。
この第四楽章だけを聴いてしまうと、つい「チャイコの4番は、どんちゃん騒ぎの喧騒なシンフォニーなのか・・・」と
誤解をされがちですので、もしも第四楽章を吹奏楽版で聴いてこの曲について興味を持たれたら、
是非是非原曲を全曲盤で聴いて頂きたいです!
ちなみにですけど、このチャイコフスキーの交響曲第4番第四楽章の吹奏楽コンクールにおいては、
オールドファンの皆様でしたら、福岡電波工業とか響南中学校と言われるのかもしれないですけど、
私としては、1978年の浜松工業とか85年の銅賞なんですけど伊予高校もお勧めしたい演奏です。
(最近では福岡工業大学の演奏も大変印象的です)
上記で記したとおり、この交響曲は第四楽章で唐突に爆発炎上します。
まるで炎のような快進撃が展開され、そこには「生きる喜び」とか「希望」に満ち溢れています。
チャイコフスキーの手紙では、この楽章については前述のとおり、
「あなた自身の中で、どんな喜びも見いだせないというのなら、進んで人の輪の中に入っていきなさい・・
人々の喜びの輪の中に入って、そして自分も喜びなさい・・・」
「言葉の終わるところから、音楽は始まっていく」
と記しているのですけど、この言葉を目にするとなんか思い出してしまうのは、
2011年に放映されていた「スイートプリキュア」であったと思います。

前述のチャイコフスキーの言葉は、「スイートプリキュア」が一年間掛けて提示したテーマだとも思えます。
つまり・・・・
音符がないなら創り出せばいい。
不幸のメロディの後に幸福のメロディを歌えばそれでいい・・・
不幸と幸せは二つで一つ・・・・
不幸だけを嘆いても意味が無いし、
幸せだけを求めてもいつの日か報いを受けてしまう・・・・
不幸に遭遇したら、いつの日にか再度「幸せ」が訪れるようにやりなおせばいい・・・・
そんな事なのだと思います。
チャイコフスキーの手紙のあの言葉と言うものは、
プリキュアに限らず、「人と人との関わり」においては何か共通するような気がします。
結局・・・
人間が抱える「ストレス」・「悩み」のほとんどは人間関係・対人関係なのかもしれません・・・・
「言った言わない・・・」
「あの時、自分はこういう意図でいったつもりなのに、相手には全く真逆に伝わっていた・・・」
「あの人は陰で自分の事を悪く言っている・・・」
「あの人は裏の顔と表の顔が違い過ぎる・・・」
「あの人を信じていたのに・・・・自分は騙された・・・」
ま、色々とあると思うのです。原因も様々な背景があるのでしょう・・・
しかし・・・
結局こうした人と人の間のトラブル・すれ違い・ストレスと言うものを解決する事は・・・・
やはり直接、「その人と向き合っていくしかない」という事だと思いますし、
人間と言うものは・・・・
時に面倒くさい事もあるけど、やはり人と関わっていかざるを得ない・・・
人と人の間のすれ違いの解決方法結は・・・・
その人に真正面からぶつかっていく事しかないようなないような気もします・・・・
それがチャイコフスキーが述べていた「人の輪の中に入っていく」という事なのかも
しれません・・・・
あ・・ここはクラシック音楽カテゴリでしたので、最後のプリキュアの話は少し蛇足だったかな・・・? (汗・・)
クラシック音楽でも吹奏楽でもなぜかプリキュアや東方に絡ませて展開するのは当ブログの
一つの特徴と言えるのかもしれないですね・・・(笑)
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