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ぬくぬく先生 

Author:ぬくぬく先生 
開設当時は、1980年代吹奏楽コンクールの花輪・秋田南・就実・仁賀保・屋代等の素晴らしい演奏を後世に少しでも伝える事が出来ればいいなと思ってこのブログを始めたのですけど、いつのまにか「東方Project」がメインになってしまいました・・・
最近は「艦これ」も大好きです!!
吹奏楽も東方も自分が感じた事を少しでも後世の方に受け継がれるべきものが残せればいいかな・・と思っています。
ちなみに、「大好きプリキュア四天王」は、ドリーム・メロディ・ハッピー・ラブリーです。
ドリームとメロディは自分の中では既に殿堂入り状態ですけど、
現在はラブリー大好き!!のラブリー一辺倒です!!
リアル社会では、建築関係のクレーム&アフター責任者を専従し、毎日毎日クレーム対応に当たる日々です。
裏の顔は東方と吹奏楽とクラシック音楽一辺倒です・・・
特に特に大好きな作品は・・・プリキュア5とスイートとハピネスチャージです!!
ちなみに、奥様は・・・ミルキィローズとセーラームーン好きの管理人以上のおこちゃまです・・・
東方で大好きなキャラは、とにかく大好きキャラがてんこ盛りで、全員大好き!という感じなのですけど、特に、さとり様・ゆかりん(紫様)・早苗さん・こいしちゃん・アリスはお気に入りです!!
吹奏楽では・・ネリベルの「二つの交響的断章」と「アンティフォナーレ」、スパークの「ドラゴンの年」、リードの「オセロ」と第二組曲「ラティーノ・メキシカーナ」、パーシケッティーの「仮面舞踏会」、C・スミスの「ダンス・フォラトゥーラ」などが死ぬほど好きで、クラシック音楽では、ウォルトンの交響曲第1番と矢代秋雄の交響曲、プロコフィエフの交響曲第5番、アーノルドの交響曲第2番、第4番、ショスタコの交響曲第7番「レニングラード」、マーラーの交響曲第3番「夏の朝の夢」、ハンソンの交響曲第2番「ロマンティック」、ストラヴィンスキーの「火の鳥」、ベルクの「ヴァイオリン協奏曲」、ラフマニノフの「交響的舞曲」などが大好きです!!
クラシック音楽を吹奏楽にアレンジし、そのコンクールヴァージョンの演奏としては・・・
1982年の就実高校の「幻想舞曲集」と
1987年の習志野高校の「ダフニスとクロエ」第二組曲の演奏、そして、
1987年の雄新中の「エルザの大聖堂への厳かな行列」が
まさに私の「原点」です。
最後に・・・
私の吹奏楽との関わりの真の意味での「原点」は・・・
1979年の市立川口高校の神がかり名演としか言いようがない
「二つの交響的断章」に尽きると思います!!


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大栗裕の「吹奏楽のための神話~天の岩屋戸の物語による」は「大阪俗謡による幻想曲」・「仮面幻想」と並んで大栗裕の
代表的作品として既に定着していると思いますし、特に吹奏楽のための神話~天の岩屋戸の物語によるについては、
1975年の富田中学校による全国大会初演以降、2019年のコンクールに至るまで既に全国大会では39回も自由曲として
演奏されていて、邦人オリジナル作品としては早い時期から吹奏楽コンクール自由曲としては定番曲の一つとして
認知されていたのだと思います。
大阪俗謡による幻想曲も全国大会では既に25回演奏されていますけど、そのうちの10回は淀川工業(淀川工科)による
演奏であり、神話のように多くのチームによる演奏という訳ではないことに違いがありそうです。
というか、一つのチームが同一指揮者で同じ自由曲で10回も全国で演奏しているというその是非について誰も何も
言わないというのは、その指揮者が全日本吹奏楽連盟のトップも務めているということで、忖度が働いているのかも
しれないですけど、私個人としてはその指揮者がここ15年ほどは自由曲はダフニスとクロエ第二組曲と大阪俗謡による幻想曲
しか演奏していない事実に関しては結構疑問を感じていたりもします。

大栗裕の「神話」は二つの版の神話が存在しています。

一つは1973年作曲の吹奏楽版であり、もう一つは1977年に吹奏楽版を管弦楽曲化した管弦楽版であり、
前者のタイトルは「吹奏楽のための神話」であり、後者のタイトルは「管弦楽のための神話」であり、
共に「天の岩屋戸の物語による」という副題を有しています。
管弦楽曲を吹奏楽にアレンジした事例はそれこそ山のように存在していますけど、純粋な吹奏楽オリジナル作品を後日
作曲者の手によって管弦楽曲化された事例は意外と少なく、代表的作品として伊藤康英の「ぐるりよざ」と
フーサの「プラハのための音楽1968」ぐらいがある程度です。
それだけ大栗裕の「神話」は魅力が尽きない曲の証といえそうです。
大栗裕というと「大阪俗謡による幻想曲」も大変名高い名曲ですけど、この曲にも実は吹奏楽版と管弦楽版があります。
俗謡の場合は管弦楽作品のほうが早くて、1955年に作曲・初演が行われていて、翌年に朝比奈隆大先生が
ベルリンフィルに招聘された際に演奏された曲の一つがこの大阪俗謡による幻想曲であったりもします。
ちなみにですけど大阪フィルの創立50周年を記念したレコードの中に朝比奈さんがチューリッヒでのライヴ演奏の俗謡も
あるらしいのですけど、このレコードを色々と神田界隈の古レコード店で探し回ったこともありましたけど、結局発見することは
できませんでした。
神話や俗謡を外国の方が聴いたとしたらどういう感想を抱かれるのかは興味津々です。
不思議な感覚とか打楽器の扱いがユニークとかおぞましいとか土俗的とか「コテコテの大阪喜劇やねん・・」などなど
色々な感想がでるのかもしれないですけど、
そうした地域に根差した土着的な作風が大栗裕が一部で「東洋のバルトーク」とか「難波のバルトーク」とも呼ばれる
所以なのかもしれないです。

私自身、大栗裕=吹奏楽というイメージも強いですし、バーレスクや小狂詩曲といった名課題曲の作曲者という印象も
ありますけど、実際は管弦楽の作品も多数残されています。
(大栗裕はプロのホルン奏者でもあり、N響・東京フィル・大阪フィルにも在籍されていました)
2000年初頭に、ナクソスレーベルより管弦楽の分野の大栗裕作品集が発売され、大栗裕を知る上では
貴重な音源となっています。
(いうまでもなく管弦楽版の俗謡や神話も収録されています)

話が冒頭からそれてしまいました・・大栗裕の作品で、吹奏楽のための神話~天の岩屋度の物語によるという
素晴らしい作品があるのですが、この曲は本当に古事記の世界をイマジネーション豊かに忠実に表現している
素晴らしい名曲ですし、後世にもずっと受け継がれていって欲しい名曲ですし、吹奏楽コンクールでもこの先もずっと
自由曲として演奏され続けて欲しい曲の一つでもあります。
ただこの曲は大変な難曲としても知られ、特に神々の熱狂的な踊りの場面のとてつもなく不規則な変拍子の炸裂は
奏者も指揮者もそのリズムの扱いは大変だと思いますし、少しでも油断して全体の流れに乗り損ねて奏者が脱落してしまうと、
再度その流れに乗る事は至難の業のように感じたりもします。
この神話のフルスコアは大学の吹奏楽団に所蔵されていたので見たことはありますけど、クラリネットの高音域のあの
不協和音と変拍子の連続は見た瞬間に「とてもじゃないけど自分のポンコツな腕では吹く事はできそうもない・・」と
感じたものでした。
実際私が高校を卒業した年の母校の後輩たちが定期演奏会で演奏した曲の一つが神話と同じ作曲家の大栗裕の
「大阪俗謡による幻想曲」でしたけど、最初から最後までリズムのノリが悪い上に全体の流れも滞り、ここに打楽器パートの
致命的なミスも重なり崩壊した演奏を本番でも聴く事になってしまいましたけど、神話も俗謡もとにかく変拍子のリズムの
取り方の難しさには定評があったようにも感じたものでした。

吹奏楽のための神話は古事記・日本書紀にも登場する古代神話のアマテラスの天の岩戸隠れ伝説を音楽として
かなり忠実に再現した作品ともいえ、アーノルドの序曲ピータールーのように黙って目を閉じて音楽を聴いていると
「この部分はあの場面を想定したモノ」というのが感覚として頭にすんなりとはいってくる作品とも言えます。

吹奏楽のための神話の元ネタのアマテラスの天の岩戸隠れ伝説の概要をざっくりと大雑把に書くと、
太陽を司る女神・アマテラスは、弟でもあるスサノオの乱暴狼藉に困り果て、ある日あまりの無礼な振る舞いについに
ブチ切れてしまい岩戸の中に隠れて戸を閉めて引き籠られてしまいました。
だけどアマテラスが姿を隠す事は同時に太陽が翳り全世界にはいつまで経っても朝が到来せず世界は暗黒の闇に
包まれてしまいます。
困った神々たちは一計を案じ、音楽芸能の神であり踊りの達人でもあられる女神・アマノウズメを招聘し、
岩戸の前で大宴会並びにアマノウズメによる華麗なるダンス大会を開催させ、この時に少しばかり調子に乗った?
アマノウズメは身につけていた衣装を一枚ずつ脱いでいき終いには全裸に近いような姿で熱狂的な踊りを披露され、
それを見ていた多くの神々は大興奮の上熱狂的に騒ぎ出します。
そうした熱狂的な声援を岩戸の中で聴いていたアマテラスは「何事だろう・・」と密かに耳を傾けはじめ、
やがてアマテラスが岩戸の戸に手を掛け隙間から外を覗き始めた瞬間を逃さず、ここぞとばかりに
怪力の神様・アメノタジカラオがアマテラスを掴みとり強引に力技でアマノテラスを外の世界に連れ戻す事に成功し、
ここに世界に朝日と光が戻り、闇に包まれた世界はようやく終わりを迎えたというものです。

そしてこの「吹奏楽のための神話」はそうした古代伝承の物語を見事に音楽として忠実に再現しています。

アマテラスが岩戸の中にこもっている所を再度地上に出てきてもらうために、
アマノウズメが踊り狂って乱痴気騒ぎを起こしている踊りのシーンのリズムの複雑さと高揚感は
目を見張るインスプレーションがありますし、あの踊りの場面の開始を付けるニワトリの甲高い鳴き声はミュートをつけた
トランペットによって巧みに表現されていますし、アマノウズメによるエキサイトで少しエロっぽいダンスシーンと
それを熱狂的に見惚れて宴会を行っている神々の狂乱状態のシーンは二人の奏者によるボンゴとコンガによる打楽器で
エキサイトに描写されていますし、岩戸からそうした熱狂的な声を耳にして
「何が起きているのだろう・・」と岩戸の隙間から顔を出した場面はクラリネットとフルートのソロで見事に再現されていますし、
岩戸の隙間から顔を出した事で光がサ――ッと立ち込めるシーンはクラリネットの不気味だけで幻想的なデュエットで
見事に表現されています。
そして圧巻なのはアマテラスが岩戸の隙間から顔をのぞかした瞬間に
怪力の神様・アメノタジカラオがアマテラスを掴みとり強引に力技でアマノテラスを外の世界に連れ戻す事に成功した場面は
ドラのすさまじいロールとゴワワーーン!!というシーンで再現され、ここから曲はとてつもない不協和音と興奮のるつぼと
化していき一気呵成に曲が閉じられていきます。
全体としては原曲は12分程度の曲ですけど、曲のタイトルに交響詩とか交響的物語としてもいいほど、音楽だけで
天の岩戸伝説のストーリーが容易に頭の中に再現されているそのわかりやすさと
わかりやすさのなかにもとてつもなく甲高い不協和音や複雑極まりない変拍子の炸裂など
音楽という領域すらも軽く超越してしまう大栗裕のその豊かな感性には脱帽せざるを得ないですし、1975年の
富田中による全国大会初演から今日に至るまで吹奏楽コンクール自由曲の定番中の定番の一曲になっているのも
当然なのだと思います。
全体的には、ドロドロした非常におぞましい雰囲気なのですが、日本人でないと分らない表現も多々あり
日本人のココロといった作品なのかもしれません。
原曲は吹奏楽版も管弦楽版も12分程度の曲ですけど、原曲を聴いてみると普段コンクールのカット版に耳が慣れている
せいもあり正直「少し冗長すぎてくどいかな・・」と感じなくもないのですし、
一般的にアレンジモノを吹奏楽コンクールverとしてカットしての演奏は正直あまりいい印象は無いのですけど、
神話に関してはコンクール用カットverのほうがむしろ物語をググッと凝縮して濃密さが増したような感じもありますので、
吹奏楽のための神話は私的には原曲版よりもコンクール用カットverのほうがしっくりくるという感じの曲であったりもしますし、
むしろ音楽的緊張も高いような印象もあります。

原曲のあのおどろおどろしさは、あの長さでないと十分表現されないかもしれないし、
どちらが良いかは正直困ってしまいますね・・・

吹奏楽のための神話~天の岩屋戸物語によるの全国大会初演は中学生であったというのも驚きですけど、
その1975年の富田中の演奏は新鮮で斬新で中学生の領域をはるか彼方超越した素晴らしい名演だと思いますし、
あの不協和音のはもりの美しさと変拍子のリズム感は素晴らしいです。
富田中はその後76年に名取吾郎の吹奏楽のための交響的詩曲「地底」を、そして77年には池上敏の「瞑と舞」という
3年連続しておどろおどろしい邦人作品を自由曲に選ぶという当時としてのあの大胆な選曲とその積極的な表現は
称賛に値すると思います。
(富田中は1978年にはミヤスコフスキーの吹奏楽作品でもある交響曲第19番第一楽章を、79年には渡辺浦人の
交響組曲「野人」を自由曲に選んでいたものの四国大会ダメ金で全国に進めなかったのは少し勿体無かったです・・
あ・・、でも1978年の四国代表は鈴木清先生指揮による菊間中の「展覧会の絵」という知る人ぞ知る隠れた名演も
ありますのでそれは何とも言えない話であったりもします)

吹奏楽のための神話~天の岩屋戸物語によるの全国大会の名演は富田中以外にもいろいろ出ていますけど、
私的には1985年の尼崎吹奏楽団、1988年の淀川工業、1989年の東海大学第四高校の演奏が群を抜いていると
思いますし、特に淀川工業と尼崎吹奏楽団の超絶的技術とソロの巧さと全体のストーリーの構成の巧さは
申し分ないです。
東海大学第四の演奏も特にクラリネットのソロが光っていると思います。
これ以外では1987年の市立川口の演奏も大変個性的で魅力的で、特に踊りの部分の後の静粛な場面での
ドラとサスペンダーシンバルによる静かな熱演の部分は一聴に値するものがあると思います。

21世紀以降はこの曲の全国大会での名演はあまり出ていないので、できれば今現在の奏者の新鮮な解釈での
斬新な名演が今後出てくることを大いに期待したいと思います。





ここから先はdream fantasy2
アミグリさんが描かれた美しい絵の転載&ご紹介コーナーです。

上記の吹奏楽のための神話~天の岩屋戸物語による は、いうならばアマテラスが岩戸に隠れてしまったため
いつまでたっても朝がやってこないで地上は暗い闇に覆われてしまったというバックボーンがありますけど、
東方の世界でもそれに近い異変が起きた事もあります。
それが幻想郷に朝がいつまでたってもやってこず長時間夜が明けないばかりか月の進行が止まった状態が続き、
その時の月の進行が満月という事もあり、満月の月光がずっと幻想郷を照らし続け、
満月の月の光は幻想郷内の妖怪の波長に悪い影響を及ぼす危険性があるということで、霊夢たちに緊張が走り
夜が明けないという異変を解決するために事態を重く見たゆかりんや霊夢たちが
「幻想の結界チーム(霊夢・紫)」「禁呪の詠唱チーム(魔理沙・アリス)」、
「夢幻の紅魔チーム(咲夜・レミリア)」、「冥界の住人チーム(妖夢・幽々子)の4チームを結成し、
それぞれが各々の方法で時を止め、夜明けまでには解決しようと意気込もうとしたのが「東方永夜抄」の異変でもありました。
最終的に永夜返しの大技によって夜明けがやってこない異変は収束するのですけど、
もしもこの時この異変の根幹的原因でもある永遠亭の月の民たちが永遠亭の中に立てこもってしまっていたとしたら、
霊夢やゆかりんたちは果たしてどんな解決策を考えたのかについては脳内妄想のし甲斐があるといえそうです。

この東方永夜抄の異変の黒幕は永琳・輝夜といった月の民たちが暮らす永遠亭のメンバーたちでもありますけど、
もしもこの永遠亭メンバーたちがあたかもアマテラスが岩戸にお隠れになっていたように永遠亭の中に
籠っていたとしたら果たして霊夢やゆかりん達はどのように対処したのでしょうか・・?
ゆかりんと永琳は犬猿の仲というのは既に定説ですし、ゆかりんとしても「この機会に一気に永遠亭メンバーたちを
叩きのめす千載一遇のチャンス」と考えたのかもしれないですけど、このまま放置し続け幻想郷の妖怪たちが
満月の月光を浴び続け狂気さがマシマシになっていくのも宜しくないと考え、もしかしたら・・?
上記の「吹奏楽のための神話」の世界観のように、永遠亭の中に立てこもった永琳と輝夜を引きずり出すために
幻想郷内の妖怪どもを集めて永遠亭前で飲めや食えや歌えや踊れの大宴会を開催し、永琳たちが興味をもって少しでも
永遠亭から顔をだした瞬間に外にひきずり出し異変を解決するという手段ももしかしたらありなのかもしれないです。
この場合、踊りや歌の伴奏として登場するキャラはプリズムリバー三姉妹・ミスティア・ローレライ、幽谷響子・堀川雷鼓・
九十九姉妹なのだと思います。
そして古事記や吹奏楽のための神話でお馴染みの音楽芸能の神であり踊りの達人でもあられる女神・アマノウズメに
東方において相当しそうなキャラというともちろん、神と人を繋ぐ神聖な巫女でもある霊夢もそうなのかもしれないですけど、
巫女の奉納の舞はどちらかというとスローで神聖という印象もありますので、
エロティックでエキサイトなダンスというとやっぱり東方屈指の美形エロメイドともいわれる咲夜さんの方が似つかわしいのかも
しれないです。
咲夜さんのあのメイド衣装に白エプロン・ミニスカで激しいダンスなんかされてしまうと、幻想郷の妖怪や人里の男たち
視線は咲夜さんに釘付けになりそうですし、永琳・輝夜・うどんげちゃんがあの妖艶な踊りを一目見ただけで
ついついふらふらっと外に出てきそうな気もしますね~♪

というか・・私もアマノウズメを彷彿とさせる咲夜さんのエロダンスはぜひぜひ見てみたいものです~♪

そんな訳でdream fantasy2
アミグリさんが描かれた咲夜さんです。
上記の咲夜さんはアミグリさんが2016年6月に描かれた作品です。

この咲夜さんは初夏の雰囲気をすてきにイメージされた作品だと思いますし、背景の水滴も夏らしさをすてきに
演出していると思います。

掲載当時のアミグリさんのコメントとしては
「今年の2月に描いた咲夜さん(注.ゲスト寄稿の咲夜さんの事です・・)と雰囲気を変えてみました。
最初いつもの目で描いてたんですが、少し釣り目にしたらしっくりきました。」との事なのですけど、
なるほど・・!
確かに少し釣り目にしただけで咲夜さんの印象もかなり異なって感じるものですね!
この咲夜さんは、ちょびっとだけやんちゃっぽく見えてとっても可愛いです。
ゲスト寄稿のあの素晴らしき咲夜さんは「魔法少女」らしい雰囲気でナイフ投げが凛々しく大変かっこうよく感じたものでしたが、
この咲夜さんは、普通の人間っぽい感じもありますし、
わがままお嬢様のレミリア様の言動に振り回されながらも健気に頑張っているという雰囲気も伝わっているような感じが
ありますし、そうした感じが「爽やかさ・健気さ・頑張っている感じ」を醸し出しているように感じられそうです。

咲夜さんがピースしているのもとってもかわいいです~♪

こうした咲夜さんを拝見させて頂くと「咲夜さんもその辺を歩いている外界の普通のJKさんとほとんど変わりがないのかも
しれないです。
咲夜さんの正体は案外普通の人間だったりして・・!?と感じさせる王道的・かわいらしさが
溢れていると思いますけど、同時に上記の私の脳内妄想のように神々の前でエロティックな濃厚なダンスを
このメイド衣装で踊られている御姿をぜひ見てみたいものです~♪

吹奏楽のための神話のアマノウズメの踊りも素晴らしいですけど、それ以上にメイド姿で華麗で激しいダンスをされている
咲夜さんも最高のものがあると思います!
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コメント

吹奏楽のための神話

自分が高1の時の自由曲だったのですが、同じ年の淀工の課題曲と自由曲の選曲が丸かぶりしたあげく、支部大会に丸谷先生が審査員として招かれていた、という事がありまして。
課題曲、神話についても結構なダメ出しを頂きましたが(笑)、全国大会の淀工の演奏聞いたら、そりゃ色々言いたくなるよねって思ったものでした。
そんな事があった為か、淀工一番の演奏は?と言った話題になると、自分は躊躇なく1988年の神話っていってます。


他にも・・

神話はとてもイマジネーション豊かな曲で、おっしゃる通りこの箇所は神話のあの場面というように聴き手にわかりやすく音楽物語的に聴かせてくれていることは名作吹奏楽オリジナル作品に恥じないと思います。

尼崎吹・淀川工業以外では86年と93年の札幌白石も素晴らしい名演だと思います。
オーソドックスな中にも豊かなイマジネーションも見事に
発揮されていたと思います。

88年の淀工の全国での演奏を普門館で聴いていました・・

GILLES27 様

私自身、実は88年の淀工の全国での演奏を普門館で聴いていましたが、課題曲の「カーニバルのマーチ」は
とにかくメロディーラインが前のめりに走りすぎてリズムとあまりかみ合わずビートが相当ずれている印象が
ありましたけど、自由曲の神話になると一転して素晴らしい演奏となり、驚いた記憶があります。

打楽器のリズムがドンピシャに決まっていてソロも完璧で文句なしの金賞だったと思います。

淀川工科もあれだけの技術を有しているのですから、そろそろダフクロと俗謡以外の自由曲も聴いてみたいところでは
あります・・

神話

たがふ 様


おっしゃる通り「吹奏楽のための神話」ほど聴き手のイマジネーションをかきたてる曲はないと思いますし、
そうしたことが全国初演から45年以上経過しても色あせることなくコンクールで演奏され続ける理由なのかも
しれないです。

札幌白石・・86年も93年も普門館で生演奏を聴いていましたけど、確かに淀工・尼崎吹・東海大学第四ほどの
技術と完成度は弱いのかもしれないですけど、
多少のミスはあっても音楽としてのライヴ感は伝わり、審査結果としてはギリギリ食い込んだ感じかもしれないけど
金賞につながったという感じなのかもしれないです。

富田中

 富田中学校の演奏は、75~78年までの四国大会での演奏は全部生で聴いています。

 75年はまだ小学生でしたが、小学校の吹奏楽部の顧問の先生(鈴木先生の大学時代の先輩らしいです)と一緒に聴きに行きました。

76~78年は同じ四国大会に私も出場しておりましたので当然聴いていますが、さすがは当時の「四国の雄」ともいえる富田中。素晴らしい演奏でした。
まぁ、78年はあの「鬼の鈴木」こと鈴木先生率いる菊間中が背中がゾクゾクするような見事な演奏をやってくれましたので、74年の拓南中以来の愛媛県からの四国代表の座を勝ち取ってくれました。

79年の拓南中は顧問が吉田先生から松本先生に替わり、松本先生は前任の港南中から3年連続J.Bチャンスの曲となりましたが、口の悪い同級生などは「ありゃ吉田の遺産だ。」などと言っていたことが思い出されます。

 ここのところ四国代表は全国大会では残念な結果が多いのですが、鈴木・吉田両先生時代のような復活を望みます。

四国代表

なっち提督 様


確か1980年あたりのバンドピープルの記事の中で「(1980年時点において)中学の部で全国への最多出場は
富田中と今津中であり両校は中学の部の両雄である」と記されていたと思いますが、そのくらい当時の富田中の名前は
全国的に有名だったと思います。
その流れを引き継いだのはいうまでもなく雄新中だと思いますけど、四国支部もそうした素晴らしい伝統を受け継ぐ
新しい学校の台頭にも期待したいです。

1983年に港南中を全国金に導いた吉田先生指揮のサムソンとデリラ~バッカナールの演奏はとても素晴らしいものが
あったと思います。

富田中は1980年にも指揮者の先生は違いますけど「神話」で全国出場を決めましたけど、レコードで聴く限りは
75年の演奏に比べて都会的な洗練さは増していましたけど、展開が少し淡泊だったのが銀賞の要因
だったのかもしれないです。

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