本日、7月26日は「幽霊の日」です。
どうして7/26が幽霊の日なのかというと、
1825(文政8)年の7月26日は、江戸の中村座で四世鶴屋南北作「東海道四谷怪談」が初演された日でもあったのでした。
四谷怪談は、夫民谷伊右衛門に毒殺された四谷左門の娘お岩の復讐話で、
江戸の町に実際に起こった事件をモデルにしているお話で、これは日本の怪談としては大変ポピュラーな話でも
ありますので、その初演の日にちなんで、この「幽霊の日」が設定されたのが由来でもあったりします。
「東方Project」の幻想郷内には、さまざまな種族の妖怪、妖怪に類した御方たちが一杯いっぱい棲みついていて、
妖怪・妖精・妖獣・鬼・天狗・河童・神・仙人・閻魔様・死神・月界の住人・吸血鬼・魔法使いなどその種類は多岐に渡ります。
大雑把に表現してしまうと、人間以外の異なる存在は全て妖怪と言ってもいいのかなとも思います。
上記で羅列した中に亡霊・幽霊はあえて外しましたけど、
現世においては「幽霊はなんだかこわい・・」といった恐怖・畏敬の対象でもありそうな存在であるのに対して
常識というものに囚われてはいけない幻想郷にあっては、幽霊・亡霊は日常茶飯事的に出没するものであり、
実際種族が幽霊である妖夢は普通に人里に買い物に恒常的に来ていますし、騒霊のプリズムリバー三姉妹は普通に
ライブ活動を日常的に展開しています。
幻想郷においては例えば人里の人間達が幽霊に遭遇したとしても、外界の私たちの反応とは異なり
「またいつもの幽霊か・・」という反応になりそうですし、人間達が妖夢を見かけたとしても
外界で生きている人間達が幽霊を見た時の恐怖・不気味さという反応とは全く異なり
「またあの白玉楼のかわいい幽霊ちゃんはおつかいで冥界から来ていていつも大変だよね~」というむしろ同情の目で
見られているのかもしれないです。
それに妖夢は確かに頼りなくて未熟な半分幽霊なのですけど、あの見た目のかわいらしさと不器用で生真面目な性格も
みんなから愛されているといえそうです。
その愛されキャラとか生真面目さとかいつも一生懸命不器用ながらも頑張っているという妖夢の生き様こそが
ここ1~2年ほどの東方人気投票における妖夢が霊夢を抑えて1位となった一つの要因なのかもしれないです。
改めてなのですけど、幻想郷における幽霊と亡霊はどこに違いがあるものなのでしょうか・・?
外界における一般的な感覚では、幽霊も亡霊も同じというのか、亡霊も幽霊も大体同じようなものじゃん・・という感覚に
近いものがありそうです。
なんとなくですけど感覚としては幽霊も亡霊もこの世のモノではなくてあの世の住人という感じであるけど、両者の違いは
今一つよくわからない・・という印象なのだと思います。
幻想郷にあっては、実はこの両者は全然違っていたりもします。
幻想郷における亡霊の代表的存在はいうまでもなくゆゆ様なのですけど、ゆゆ様はとても冥界の住人とは思えなくて、
生前同様の姿を保ち触れる事も話す事も、そしてなんと食べることも生前同様に出来ます。
(というか・・ゆゆ様は幻想郷屈指の大食いキャラというのもさすが常識に囚われてはいけない幻想郷らしい話だと思います)
ゆゆ様は千年近くも冥界の白玉楼にて亡霊のまま住み続け、四季映姫様等閻魔さまからの命令を受けて、
冥界での幽霊管理を一任されています。
亡霊なのですけど足はありますけど、亡霊らしい周辺の霊魂(人魂? 幽体?)とか額の三角巾を見ると
「あ、やっぱりゆゆ様は冥界の人なんだ・・・」と思ってしまいます。
そもそも論になってしまいますけど、幻想郷内においては、幽霊と亡霊は別の存在なのです。
幽霊とは人間だけでなく生物・無生物あらゆるものに宿っている「気」の塊であり、
特定の形を持っている訳でもなければ、誰かの前に姿を現して何かを喋ったり襲ったりする事はないし、
そもそもがそうした事は元々できない存在なのです。
気の存在であるということは妖精もそうした気というか自然現象そのものの具象化でもありますので、幻想郷において
幽霊と妖精は実は意外と近い存在関係にあるのかもしれないです。
幽霊は肉体を持たず、姿は不定で空気のようなものであり、何処でも通り抜ける事ができて、形もその意思により
自在に変化するのが大きな特徴とも言えそうです。
「うらめしやぁー」とか言って恨みつらみをもってあらわれるのはあれはあくまで亡霊というのが幻想郷内での常識なそうです。
関係ないのですけど、東方星蓮船にて早苗さんの前に出没した多々良小傘が「うらめしやぁ・・」とか言っていましたけど、
厳密に言うとあれは小傘の表現ミスという感じですね・・・
というのも小傘は妖怪であり、幽霊・亡霊の類ではありません。
そんな小傘に対して「はいはい、表は蕎麦屋」と切り返してしまう早苗さんはやはりとても面白い娘だと思ったりもします。
妖精は自然の具現と言えますし、幽霊は気の具現と言えるのだと思います。
よく「気は持ちよう」とか「病は気から」とか言われますけど、案外それは理にかなっているのかもしれないです。
幽霊自体は、一つ一つは決して恐怖の存在ではないのですけど、一つの場所に複数もの幽霊が集結し、
気分が落ち込んでいる者とか死を覚悟している者がうっかり幽霊たちに囲まれてしまうと、幽霊という気の存在によって
人間自体が死に誘われてしまう可能性もあるとのことです、
要は自分自身というものをしっかりと自覚さえしていれば、幽霊からのある種の悪戯は防止できるのかもしれないです。
幻想郷においては幽霊は基本的に漂って冥界へ招かれるだけの存在でありますので
決して人間にまとわりついて呪い殺すとか決してそういう厄介な存在ではないのです。
その点、人間に対してイタズラはするけど妖怪みたいに人を食ってしまうまでの悪行はしない妖精と幽霊は
基本的な立ち位置は同じなのかもしれないです。
一方、幻想郷における亡霊は、一言でいうと純粋な人間の精神なそうです。
亡霊は人間が死んで幽霊になったモノの中で、未練など生への執着が余りにも強い者がなるそうです。
人間が一度新で死んだ幽霊になったとしても、自分が死んだことに事に気づいていないとか、はたまた死を認めたくないとか
自らの死を受け入れられないモノが、「自分はまだ生きている」というような意識が強すぎると、
成仏できずに亡霊となる事があったりします。
亡霊は、前述のゆゆ様のように、幽霊とは違い、生きていた頃の姿をとり触れる事も話す事もでき、体温も低くなく、
傍目には生きている人間との区別はつきにくいです。
亡霊は一旦亡霊になってしまうと、目的を成就するか自分の肉体が供養されるまで成仏する事はなく、
三途の川を渡らず、現生や冥界の間を彷徨っていることが多いと思われますが、亡霊も永遠という事ではなくて
自らの供養が終わり無事に成仏を果たすこともありますし、
いずれは幽霊に戻り閻魔の裁判を受け、地獄なり天界なりに行くか転生するかいずれかの道を選択する必要はあります。
(以前の記事でも書いたことがありますけど、関ケ原の戦いで戦死した武士たちの霊が21世紀以降はみられなくなった
というのは、そうした武士たちの霊が成仏されたかはたまた閻魔様の裁判を受けるために三途の川を超えたという
解釈もできそうです)
ちなみにゆゆ様はそうした選択の除外者という極めて珍しい立ち位置を取っていて、西行妖の封印の力という外部の力によって
亡霊になっているため、封印を解かない限り幽霊に戻る事が無く、その能力により四季映姫様より冥界に永住する事を
許されているため、ゆゆ様が地獄へ落ちたり天界に進む事は永遠にないそうです。


余談ですけど、2021年のマイベストアニメ作品でもある「見える子ちゃん」において、この世ならざる者たちが見えるようになった
普通の女子高生・四谷みこが見えているモノとは果たしてあれは亡霊なのでしょうか、はたまた幽霊なのでしょうか・・?
みこが見えている化け物はたとえばみこ自身の父親とかアニメでもあったように呆けたお婆さんの亡くなった旦那などの
ように生前そのままの姿をしている事もありましたけど、あれは亡霊といえそうです。
ただ、みこが見えているモノはこの世のモノとは明らかに違う化け物みたいな姿が多く、
人間に対して憑りついたり悪意を込めた行為をしている事もありますけど、どちらかというと悪戯的なものも感じたりも
しますし、上記でふれたとおり幽霊はその形状も自在に変化する事が出来るという意味では幽霊に近いようにも
感じたりもします。
そうした意味ではみこが見えているモノとは化け物の形状に変容した幽霊というのが正解なのかもしれないです。
もしもですけど、何かの間違いでみこが幻想郷入りをした場合、みこは普段とは異なり幻想郷で見えているモノとは
いうまでもなく誰もかれもが美少女のような妖怪・幽霊・妖精・妖獣たちでありますので、
「幻想郷のほうがヘンなモノが見えないからいいのかも~」と感じるのかもしれないです。

ここから先は
dream fantasy2 の
アミグリさんが過去に描かれた絵の転載&ご紹介コーナーです。
本記事は東方の幽霊と亡霊の違いという事でもありましたので、いうまでもなく今回は亡霊を代表してゆゆ様を、
そして幽霊を代表して妖夢を転載&ご紹介させて頂きたいと思います。
まずはアミグリさんが昨年・・、2021年10月に描かれた幻想的でとても美しくて繊細なゆゆ様です。
それにしてもなんという美しくて幻想的なゆゆ様なのでしょうか!
見た瞬間にその儚いような美しさに見とれてしまいましたけど、ゆゆ様は亡霊ということで「儚い」ことは
当然なのかもしれないのですが、アミグリさんの美しくて繊細なタッチにより、そうした幻想的な儚さが
マシマシになったといえそうです。
ゆゆ様はおそらくは既に1000年以上亡霊として存在されていますけど、そうしたお年を全く感じさせないまるで少女のような
雰囲気はさすが常識に囚われてはいけない幻想郷の亡霊だと思いますし、
アミグリさんのすてきなゆゆ様愛がそこにはあるのかもしれないです。
少し頼りない妖夢を「あらあら・・いけない子ね・・」と遠くからいとしむような慈愛のようなものも
伝わってきそうです!
こんなにも美しくて儚い亡霊でしたら是非ぜひお目にかかりたいものです!

続きまして、アミグリさんが2020年4月に描かれたアミグリさんにとっては少し珍しいアナログ作品で描かれた
アナログ描きの妖夢です。
この妖夢はとてもやすらぎと優しさに溢れているように感じられます。
最近の作風に比べてまるで2012~13年頃の淡い色彩時代にタイムスリップしたような感じでもありますけど、その淡い雰囲気
こそが儚い=幽霊というイメージにぴったりといえるのかもしれないです。
妖夢の背後の人魂もひんやりとした感じがむしろ夏らしさも感じてしまいそうです。

続きまして、アミグリさんが今年・・、2022年3月に描かれた妖夢です。
この妖夢はとてもかわいくて、少しきょとん・・としたような 表情もとても魅力的ですけど、
同時にこれまで描かれてきた妖夢よりも 少しばかりおとなびた雰囲気も感じられ、
それが最近の作風のおとなっぽさにも繋がっているのかもしれないです。
アミグリさんの絵も昨年から今年にかけてフランちゃん・こいしちゃん、アリス、ゆかりん、ナズーリンなど
これまで描かれてきた作風に少しばかりおとなっぽい雰囲気というものも加味されてきたように感じられ、
そうしたこれまでの路線にこだわらない自由自在な変化と進化が積極果敢に意欲的に伝わってきているようにも
感じられそうです。
この妖夢は物思いに耽っているとか瞑想しているという訳ではなくて なんとなくただボケっ・・としているようにもみえそうですし、 「今晩のゆゆ様の夕ご飯のおかずはどうしようかな・・?」と考えているようにも見えたりもします。
ピンクトーンの背景がとても美しくて妖夢のかわいらしさを更に引き立てていますし、
座り込んで片手を頬に当てているホーズもとても微笑ましいです。
そしてこの妖夢の表情は見ている人の脳内妄想でさまざまな憶測が呼べそう・・という感じもしますし、脳内妄想の
し甲斐があるすてきな妖夢といえそうです。
こういうすてきな妖夢を見ると「本当に妖夢って半分幽霊なのかな・・?」とすら感じてしまいそうです。

続きましてアミグリさんが2013年2月に描かれた美少女・妖夢です。
この妖夢はファンタジー感が漂い同時にとっても可愛いと思いますし正統派の可愛い妖夢なのだとも思います!
ふんわりとしていて優しい雰囲気に包まれとっても可憐な妖夢だと思います!
私にとってはまさにアミグリさんが描かれたこの妖夢こそが「This is 妖夢」の一つだとすら思えます。
この妖夢を見て「私は妖夢の事が好きではない・・」なーんて言う人なんて多分いないんじゃないのかな・・・とも
思えてしまうぐらいの本当に可憐でかわいくて素晴らしい妖夢だと思います。
そしてやっぱりこうした美しいゆゆ様やかわいい妖夢を見てしまうと、東方の幽霊や亡霊は外界の「うらめしやー」の世界とは
少しばかり異なっているようにも感じますし、それこそが「常識に囚われてはいけない幻想郷の世界」
なのだと改めて感じてしまいそうです。
スポンサーサイト