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プロフィール

ぬくぬく先生 

Author:ぬくぬく先生 
開設当時は、1980年代吹奏楽コンクールの花輪・秋田南・就実・仁賀保・屋代等の素晴らしい演奏を後世に少しでも伝える事が出来ればいいなと思ってこのブログを始めたのですけど、いつのまにか「東方Project」がメインになってしまいました・・・
最近は「艦これ」も大好きです!!
吹奏楽も東方も自分が感じた事を少しでも後世の方に受け継がれるべきものが残せればいいかな・・と思っています。
ちなみに、「大好きプリキュア四天王」は、ドリーム・メロディ・ハッピー・ラブリーです。
ドリームとメロディは自分の中では既に殿堂入り状態ですけど、
現在はラブリー大好き!!のラブリー一辺倒です!!
リアル社会では、建築関係のクレーム&アフター責任者を専従し、毎日毎日クレーム対応に当たる日々です。
裏の顔は東方と吹奏楽とクラシック音楽一辺倒です・・・
特に特に大好きな作品は・・・プリキュア5とスイートとハピネスチャージです!!
ちなみに、奥様は・・・ミルキィローズとセーラームーン好きの管理人以上のおこちゃまです・・・
東方で大好きなキャラは、とにかく大好きキャラがてんこ盛りで、全員大好き!という感じなのですけど、特に、さとり様・ゆかりん(紫様)・早苗さん・こいしちゃん・アリスはお気に入りです!!
吹奏楽では・・ネリベルの「二つの交響的断章」と「アンティフォナーレ」、スパークの「ドラゴンの年」、リードの「オセロ」と第二組曲「ラティーノ・メキシカーナ」、パーシケッティーの「仮面舞踏会」、C・スミスの「ダンス・フォラトゥーラ」などが死ぬほど好きで、クラシック音楽では、ウォルトンの交響曲第1番と矢代秋雄の交響曲、プロコフィエフの交響曲第5番、アーノルドの交響曲第2番、第4番、ショスタコの交響曲第7番「レニングラード」、マーラーの交響曲第3番「夏の朝の夢」、ハンソンの交響曲第2番「ロマンティック」、ストラヴィンスキーの「火の鳥」、ベルクの「ヴァイオリン協奏曲」、ラフマニノフの「交響的舞曲」などが大好きです!!
クラシック音楽を吹奏楽にアレンジし、そのコンクールヴァージョンの演奏としては・・・
1982年の就実高校の「幻想舞曲集」と
1987年の習志野高校の「ダフニスとクロエ」第二組曲の演奏、そして、
1987年の雄新中の「エルザの大聖堂への厳かな行列」が
まさに私の「原点」です。
最後に・・・
私の吹奏楽との関わりの真の意味での「原点」は・・・
1979年の市立川口高校の神がかり名演としか言いようがない
「二つの交響的断章」に尽きると思います!!


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暑い、暑い・・と思っていたら、季節はいつのまにか9月下旬という事で残暑の時期にも入りましたけど、
季節が夏から秋に向かっているのかもしれないな・・と感じた瞬間は、
水田の稲の色が今までの青っぽい感じから幾分黄色というのか、黄金色みたいに色が変化しているのを
見た瞬間なのかなとも思ったりもします。

暑い、暑いと言っていても、水田一つとっても着実に季節は秋に向かっています。

日本の素晴らしい所の一つとして、そうした「四季の美しさ」を日本人全体が心の中に美意識として有している事と
四季の美しさを楽しむ粋な心という事もあるかとは思いますし、
日本と言う国はつい最近までどちらかというと四季がはっきりとした美しい季節感を持つ国という雰囲気も
あったのかとは思うのですけど、ここ数年は「ここは熱帯亜熱帯気候のエリアなの~!?」と思わず愚痴りたくなる程の
異様な夏の酷暑が続いたり、はたまたまるで熱帯雨林のスコールみたいなゲリラ豪雨の突発的被害が多発するような
災害多発地帯になりつつあるようにも感じたりもします。
近未来の日本はどんどん四季が無い国になっていきそうな予感すら漂っています。
極端に暑くて長い夏と極端に寒くて長い冬という二つの季節が一年の大半を占め、その狭間に申し訳なさそうに
極端に短い春と秋がちょこっとあるだけの季節感をあまり感じさせない国になりそうな気もしますし、
日本の伝統文化の俳句というのも、もしかしたら季節感が無いと言う事で廃れていく可能性すらあるのかもしれないです。

こんなにも異常気象が続いているという事は、これは単に限られたエリアだけの問題ではなくて
地球規模での「異変」がもしかしたら既に私たちの知らない所で進行中という事なのかもしれないですし、
もしかしたら・・? 人類に対するカタストロフィーはすぐそこまで来ているのかもしれないです・・・
日本で言うと、22世紀のうちには・・または21世紀の中盤以降では、「四季」という概念が崩壊し、
極端に暑い夏と極端に寒い冬の狭間にほんの少しだけ春・秋っぽい雰囲気が垣間見えるだけ~という事になるのかも
しれないですね・・

私たちも日本の美しい四季というものは、今のうちにじっくりと噛み締めておく必要があるのかもしれないです・・

今現在は、まだ四季らしきものは残っておりますし、残っている限りは四季の変化というものを楽しまさせて頂きたいものです。

日本人にとってもっともしっとりとした風情・情緒を感じる季節と言うのは「秋」なのかもしれないです。
春の桜ももちろんとても素晴らしいのですけど、特に山の紅葉とか田んぼが黄金色に染まる光景とか十五夜のお月様とか
秋のしっとり感というのはまた格別なものがありそうです。

クラシック音楽・吹奏楽オリジナル作品で「四季」をモチーフにした作品で最も有名なのはいうまでもなく
ヴィヴァルディの合奏協奏曲集「四季」~春だと思うのですけど、あの曲は冒頭の春の出だしのフレーズだけはやたらと
有名ですけど、それ以外の夏・秋・冬を聴いた事がある人は意外と少ないのかもしれないです。
吹奏楽オリジナル作品ですと、ハーンズの「秋のひとり言」とか保科洋の「愁映」とか
1998年全日本吹奏楽コンクール課題曲Ⅱの「稲穂の波」などが大変印象的です。
(稲穂の波は私自身が現役引退後の課題曲ですけど、カタロニアの栄光・ベリーを摘んだらダンスにしよう・五月の風などと
合せて吹いてみたかった課題曲の一つでもあります!)

クラシック音楽の中で「四季」をモチーフとする作品の中に、日本ではあまり馴染みがない作曲家と作品ではありますけど、
グラズノフというロシアの作曲家にバレエ音楽「四季」という作品もあったりします。
日本での知名度は今一つなのかもしれないですけど、吹奏楽経験者の皆様ですと、グラズノフのバレエ音楽「四季」というと
バンクロフトアレンジによる第四場・秋が思い浮かばれるのかもしれないです。
グラズノフの作品としては四季以外では、

〇ヴァイオリン協奏曲

〇交響詩「ステンカ・ラージン」

〇組曲「バレエの情景」

〇バレエ音楽「中世より」

〇バレエ音楽「ライモンダ」

などが比較的知られているかもしれませんけど、世間一般的には「誰・・?」という感じなのかもしれないです。
(個人的には交響曲第5番は知る人ぞ知る隠れた名曲といえるのかもしれないです)
グラズノフというと、個人的には小品なのですけど、コンサートワルツ第1番という可愛らしい曲を強く推したいです。
この曲は、1980年代中盤のNHK・FMの朝八時からのクラシック番組のテーマ音楽としても使用されていました。
交響曲第5番以外では「祝典序曲」も隠れた名作といえそうです。

グラズノフは、ロシア5人組+チャイコフスキーとショスタコーヴィッチ・プロコフィエフ・ストラヴィンスキーの世代の
丁度中間に位置し、事実、グラズノフは、音楽院の院長時代にショスタコーヴイッチを直接指導していました。
(ショスタコーヴィッチの「証言」を読むと、その頃の話がかなり赤裸々に語られています。ショスタコーヴィッチ的には
グラズノフというと時代遅れの酔っぱらいのオヤジ・・みたいなイメージがあったようにも感じられますし、
結構小ばかにしているシーンも多々ありましたけど、全体的には愛すべきバカ師匠という雰囲気もありそうです)
グラズノフの作風は、特段これといった特徴がないというか、目立つ個性も無い代わりに
誰からも愛される資格もありそうという印象です。
人によっては「ロシアのメンデルスゾーン」と呼ぶ人もいるそうです。
確かにショスタコーヴィッチのような毒もプロコフィエフみたいな不協和音もストラヴィンスキーのような明確な個性も
ありませんし、どちらかというとチャイコフスキーの路線そのまま時代遅れ的に継承したという印象もありますけど、
作品自体はわかりやすくて親しみやすい曲を後世に色々と残しています。
ちなみにですけど、ラフマニノフが若かりし日に鬱病を発症し精神疾患に追い込まれた大きな背景として、
ラフマニノフの交響曲第1番の初演の指揮を担当したのがグラズノフで、ラフマニノフの作品を何一つ理解しないで
全くやる気のないまま指揮をとり、その結果初演は惨憺たる大失敗に終わり、それがラフマニノフのその後のノイローゼの
大きな要因にもなってしまいます。
意外ですが、グラズノフはロシア革命後は革命政権を嫌ったせいのか、ロシアを離れパリに亡命しパリで生涯を閉じています。
パリで死亡した際の音楽界の反応は「そんな人、まだ生きていたんだ・・」みたいな空気だったそうです。

グラズノフのバレエ音楽「四季」ですが、私的には最初に第四場・秋を吹奏楽アレンジ版で聴き、
そのロマンティックと華やかさにすっかり魅了されてしまったのですが、
改めて全曲を聴くと、全四場とも全て同じ「テーマ」で曲が構成されていますので、どの部分を聴いても同じように
聴こえてしまいますし、何となく金太郎飴みたいな印象もあります。
このバレエ音楽の四つの季節の中では一番盛り上がるのは第四場・秋だと思います。
日本人の感覚ですと、冒頭で触れたように、秋=しっとりとした雰囲気という抒情性を感じますし、
四季の中で音楽的に最も盛り上がるのは「祭り」でお馴染みの夏と言う感覚もあるのかもしれないですけど、
そのあたりは日本人とロシア人の感覚の違いと言うものも感じたりもします。
第四場、つまり最終場面に該当する季節は、日本人にとっては夏なのかもしれないですけど、
夏が短いロシアの人にとっては、「収穫の秋」こそが一番盛り上がる季節といえるのだと思います。
ちなみにグラズノフのバレエ音楽「四季」は第一場の冬から開始され、第二場の春、そして第三場の夏を経て、
収穫祭の秋として最も盛り上がる第四場・秋として華やかに盛大に閉じられます、
第四場・秋は三つの場面から構成されていますが、
最初の出だしがいかにも収穫祭のうきうきとした感じがよく出ていて楽しいです。
中間部は、しっとりと歌い上げているし、ラストは冒頭の再現部分で華麗に盛り上がっていきます。

グラズノフの最も有名なバレエは、これまた吹奏楽コンクールでは大変お馴染みの「ライモンダ」であり、
ライモンダはチャイコフスキーの「眠りの森の美女」の様式を発展させた作品と言われているのに対して、
グラズノフの四季は、2プロットレス・バレエという物語らしい筋書きを持たない一種の抽象バレエの先駆とも言われています。
ロシアの自然そのものを音楽で表したような表情豊かなメロディーラインの連続で、
前述の通り 一年の四季が、春、夏、秋と進み、冬で終わるのに対して、グラズノフの四季は、
冬から始まり、春、夏と進み、最後は秋で終わります。
寒風吹きすさぶ雪景色で開始され、雪どけ。春の訪れのうきうき感を描き、暗から明へと移る舞台効果を高め、
最後の場の秋の収穫祭のパッカナール「酒神の踊り」で賑やかに締めくくるというのが主な内容です。

私自身、この曲の生演奏は一度しかありません。
ロジェストヴェンスキー指揮の読響でしたけど、生で聴くと意外とこの曲は地味にも聴こえて、
指揮者としても「どこに盛り上がりの頂点を構成しようか」意外と判断に迷う曲なのかもしれないです。
CDは、ネーメ・ヤルヴィ指揮/スコットランド国立管弦楽団の演奏が一番気に入っています。
ちなみにですけど、現在NHK交響楽団の首席指揮者のパーヴォ・ヤルヴィの父親が、このネーメ・ヤルヴィです。
四季の演奏としてはスヴェトラーノフ指揮の演奏も素晴らしいです。

吹奏楽アレンジ版としてもグラズノフの四季はこれまで何度も全国大会で演奏されていますけど、実はいまだにこの曲の
決定的名演は出ていないです。
1980年の山王中は巧いけど演奏自体は大変地味です。
(本番中に間違えてサスペンダーシンバルを倒してしまい、レコードにもドンガラガッシャーンという凄い音を立てています・・)
81年の阪急は金賞だけど演奏自体は大変控えめで盛り上がりをあまり感じないです。
そうした中で数少ない名演が1982年の逗子開成高校で、自発的で溌剌とした躍動感が素晴らしいです。
前年の「海のうた」はいかにも指揮者から「このように吹け」と言われたからしぶしぶその通り吹くという消極さが目立って
いましたけど、その一年後にはあんなにも自発性あふれる生き生きとした演奏になっていたのは素晴らしいです。
そしてこの演奏の評価が銀賞と言うのは、この時代は既に並大抵の演奏では金賞と言う評価は得られないという時代に
入っていた事を示唆しているのだと思います。
1988年の那覇高校も全体的には大変単調で地味すぎる演奏なのですけど、中間部の音は硬いけど部分的に光る
抒情性は素晴らしいですし、ラストの追い込みの盛り上がりもよかったです。
(ハープを使用していないため、その代用楽器としてマリンバを使用していましたけど、マリンバのアルベッジオがあまりにも
違和感あり過ぎて、曲のロマンを少し喪失させてしまっていました・・
同じような事例としては1972年のブリジストン久留米の「エルザの大聖堂への厳かな行列」にも言え、マリンバがうざいです・・)


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ここから下記はdream fantasy2
アミグリさんが描かれた美しい絵の転載&ご紹介コーナーです。

上記で四季とか「秋」という話しが出ましたけど、東方での「東方四季娘」というと、春がリリーホワイト、夏が風見幽香、
冬がレティさんで、そして秋はいうまでもなく秋姉妹のお二人だと思います。

幻想郷における東方四季娘として「秋」を司られるのは人間・妖怪・妖精ではなくて神様姉妹です。

それが秋穣子と秋静葉の姉妹の秋を司られる神様です。
(神様と言っても強い神様ではないもので、東方風神録の異変では霊夢によっていともかんたんに退治されてしまいます・・)

上記の秋姉妹は妹の方の秋穣子です!

この秋穣子はアミグリさんが2011年9月という秋の時期に描かれた作品で、アミグリさんの作品としてはかなりの初期作品
という位置づけになると思います。
そしてこの秋穣子は当ブログでは実は初転載の作品でもあったりします。

アミグリさんの描かれた妹の穣子もとってもかわいいです!

ぶどうが乗っかったZUN帽もすてきですけど、穣子のかわいい笑顔にとっても癒されます~♪

東方って案外姉妹キャラが多いですね。
スカーレット姉妹・古明地姉妹・綿月姉妹・九十九姉妹にそして秋姉妹に依神姉妹・・
なんとなくですけど妹の方がより強く可愛らしさ・無邪気さ・自由さが感じられ、
東方の姉妹キャラは全体的には「妹の方がより人気度が高い」といえるのかもしれないです。


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上記にて秋姉妹のうち、妹の秋穣子を取り上げさせて頂きましたので、ここではお姉さまの秋静葉を
お披露目させて頂きたいと思います。
上記の作品は、アミグリさんが2014年10月に描かれた秋静葉です。

それにしてもアミグリさんが描かれた公式立ち絵をベースにされたショートカットの秋静葉はとても美しいです!

アミグリさんが描かれる静葉は、スカート全体がフリルっぽくなっているのは素晴らしいアレンジだと思います。
全体の雰囲気的には秋の香りが一枚の絵から素敵に漂っていると思いますし、
そこには「愁映」みたいな雰囲気というのか、紅葉した落ち葉がひらひらと舞ってきて、その落ち葉の上を人が
しゃりしゃりと音を立てながら歩いていくといった風景を連想させる素晴らしい秋静葉だと思います。

アミグリさんが描かれた秋静葉の透明感というのかこの「ひそやかさ」が私はとっても大好きです!!
そして何よりも、まるで鍵山雛みたいな「フリル地獄」に陥りかねないこの秋静葉を、「フリルを描く大変さ」を
見ている人達に気付かせないように自然に楽に仕上げられたアミグリさんの絵師様としての腕に
改めて惚れ惚れとさせられるものがあると思います~♪
それにしても雛以上に恐ろしく手が込んだフリルですよね・・!! 素晴らしいです!!

上記のアミグリさんが描かれた秋姉妹の権利は、
全て上記作品の絵師様であられるアミグリさんに帰するものであり、当ブログにおける転載とご紹介は事前に全て
アミグリさんからご了解を頂いたものであり、アミグリさんからのご厚意で転載をさせて頂いておりますので、
無断お持ち帰りや無断コピーは絶対NGですので くれぐれも宜しくお願い申し上げます。

アミグリさん、本当にいつもすてきなイラストの転載を快諾して頂きありがとうございます!!

皆様の中で「こんなにも美しい秋姉妹を描かれる方のブログってどんなもんなのだろう? 」などと興味がある方は、
是非是非アミグリさんのブログdream fantasy2を ご覧になって頂きたいと思いますし、 宜しければ、当ブログだけではなくて、
是非アミグリさんの本家本元のブログdream fantasy2に一度お越しして頂けると アミグリさんのブログをご紹介させて頂いている私もとってもとっても嬉しいです!

アミグリさんが定期的に作品を投稿され続けている →アミグリさんのpixiv にも是非一度足を運んで頂ければ幸いです!

アミグリさんのpixiv

こんなしっとりとしたすてきな秋の季節は、世界的気候変動の中でも残り続けて欲しいものです。
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本記事の一つ後の記事がグラズノフのバレエ音楽「四季」~秋に関する記事でもありますので、ここはテーマを「秋」に
統一する意味で、秋をモチーフとした吹奏楽オリジナル作品の中では、私的には保科洋の「愁映」と並んで最も印象的な
作品でもあり、1998年の吹奏楽コンクールのすてきな課題曲でもありました福島弘和の「稲穂の波」について
少しばかり触れさせて頂きたいと思います。

日本の国土の美しさの一つとして四季がはっきりしていた事が挙げられたとも
思うのですけど、何となくですけど今年がそうした日本の美しい四季が崩壊し、
極端に寒い冬と極端に暑い夏の二季しかない国に変容するはじまりとして記憶されるのかもしれないですし、
四季の崩壊という観点では「明確な四季が見られる終わりの始まり・・」と言えるのかもしれないです。
そして今年に関しては四季を愛する心の余裕を喪失しかねない新型コロナウイルスの感染蔓延という事もありましたし、
秋を探して小さな一人旅とか秋のおいしい食材を求めての小旅行というのもなかなかできにくいなんだか例年になく
寂しい秋になりかねないのかもしれないですけど、そうした時は自分が住んでいるエリアの中で「それぞれの自分だけの秋」
といものを探してみるのも秋の楽しみ方なのかもしれないです。


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季節が秋に向かっているのかもしれないな・・と感じた瞬間は、
水田の稲の色が今までの青っぽい感じから幾分黄色というのか、黄金色みたいに色が変化しているのを
見た瞬間なのかなとも思ったりもします。

暑い、暑いと言っていても、水田一つとっても着実に季節は秋に向かっています。

そんな事をふと思ってたら、頭の中を不意にある一つの曲が駆け巡ってきました。

それが何かと言うと、1998年全日本吹奏楽コンクール課題曲Ⅱ/稲穂の波でした。

吹奏楽コンクールの課題曲の変遷の歴史を簡単に見ていくと、
1970年代後半から1992年までは書下ろしオリジナル作品とマーチの混合、
1993年から2000年代初期の頃は、奇数年がマーチの年で偶数年が幾分長めの書下ろしオリジナル作品の年と分離させ、
そして最近は、中学の部限定とか小編成用とか色々と興味深い工夫もある中、
基本的には昔のような書下ろし作品とマーチの混合というパターンに戻ったような感じもあります。
(全体的には試行錯誤の末、結局は元の鞘におさまったという感じですね・・)
1998年は、偶数年でしたから、オリジナル書下ろし作品の年でしたけど、
まだこの年は、1994年の例えば、饗応夫人とか雲のコラージュのように課題曲だけで6~7分程度の
長い課題曲という余韻がまだ幾分残っているような感じもあり、
4曲ともいずれも演奏時間は4~5分程度の曲でした。
この年は何となくですけど、Ⅰの童夢とⅡの稲穂の波に人気が集中していたような印象もあるのですけど
私は、何と言ってもこの課題曲Ⅱ/稲穂の波が大好きでしたね!!
この曲はもイメージがしやすいというのか、黙って目を閉じてこの曲を聴いていると自然に
目の前に広大な田んぼが広がっていて、「秋の収穫」を目前に控えた頃の黄金色に輝く一面の田んぼというのか、
そうした何か「日本人の心のふるさと」みたいな情景が 勝手に入り込んできたりもしていたものでした。
風でさーーーっと黄金色の穂がゆらゆらと揺れ動くみたいなイメージが私の中にはあったものです。
とっても分かりやすい曲で、難しいメロディーも変拍子も特になく、不協和音も無く
頭の中にすーーーっとメロディーラインが入り込んでくるとっても優しい曲だったと思います。
この曲、何度も支部大会・全国大会で耳にしたのですけど
どのチームも曲のイメージがしやすいせいか、課題曲にありがちな「無味乾燥な演奏」というのは
比較的少なかったようにも思えます。
稲穂の波の演奏で私がいっちば~ん!に好感を感じる演奏は秋田県の新屋高校の演奏だったと思います。
(二番目は神奈川大学の正攻法の演奏だと思います。この課題曲でいっちば~ん!個性的な演奏をしたのは、
間違いなくあの吉永陽一先生指揮の西宮高校なのだと思います!)
そして結果的に新屋高校は念願の全国大会初金賞を受賞すると同時に、1984年の花輪高校以来途絶えていた
高校の部における東北代表のチームが久しぶりに金賞を受賞するという快挙も見せてくれていたものでした。
私自身、いっちば~ん!最初に聴いた全国大会・高校の部が1984年だったのですけど、意識としては、まさかその年の
花輪高校以降14年間も高校の部の東北代表のチームが金賞ゼロを続けるなんて全く夢にも想像していなかった
ものでした・・(泣)
1998年の新屋高校の自由曲は矢代秋雄の交響曲~第四楽章でしたけど、指揮者の高野先生にとっても
1982年に仁賀保高校を指揮して同校を全国大会初出場・初金賞の快挙をもたらした時の自由曲も矢代秋雄の交響曲
でしたので、高野先生としても感慨深いものがあったと言えるのかもしれないですね。
(私自身の個人的感想ですけど、82年の仁賀保と98年の新屋は82年の方が感銘度・音のスピード感と切れ味と霊感は
はるかに勝っていたように感じられます・・)

「稲穂の波」の作曲者の福島弘和は、最近では、「ラッキードラゴン〜第五福竜丸の記憶」とか
シンフォニエッタ第2番「祈りの鐘」で吹奏楽コンクールでもお馴染みの方なのですけど
私としては、祈りの鐘もかなり大好きな曲なのですけど
「稲穂の波」と2000年課題曲Ⅰ/道祖神の詩の方に強く魅かれるものがあるように感じられます。
福島弘和は日本の「古き良き情緒」をイメージさせる曲の方が、私にとってはよりしっくりくるような気もあります。

「稲穂の波」ですけど、 出だしはゆったりと開始され木管楽器のたっぷりとした歌に最初から心打たれるものがあります。
金管がコラール風に瞬間的に盛り上がった後からの中間部はアレグロ的に展開され、
キビキビと進行していく雰囲気が何となくですけど私的には「風」をイメージしたりもします。
中間部の速い部分は、ホルンの雄叫びみたいな感じとタンバリンがシャリシャリ鳴っている部分が結構気に入っています。
中間部のラスト近くで一旦テンポを少し落とし、コラール風に展開していく部分は、この課題曲の最大の聴かせどころと
言えると思うのですけど、
ああいう感覚は、多分ですけど、日本人の「伝統的美意識・わびさびの世界」の琴線に触れる部分のようにも感じられますし、
日本人にしかわからない音楽なのかな・・?とも思ったりもします。
静かに閉じられるラストも実に秀逸だと思います!!

これはなんていうのかな・・? 「郷愁」の世界なのかもしれませんね。

この曲の雰囲気からは黄金色の稲も感じますし、赤とんぼといったイメージも伝わってきているようにも感じられます。

赤とんぼというと、既に彼岸の彼方の義父が生前によくその娘(つまりうちの奥様の事です・・)に
「うちの窓によく赤とんぼが飛んでくるのを目にするけど、なんだかあの赤とんぼを見ていると、
(その当時は既に逝去していた)うちの妻の事を思い出してしまい、あの赤とんぼに生まれ変わった妻が
自分に対して早くあなたもこっちの彼岸の世界にやってきなさいよと自分に囁いているような気がしてとてもせつない」と
とてもモノ哀しそうな眼をして話していたみたいな事を思い出してしまいます。

「稲穂の波」は聴き方によってはそうしたこの世とあの世を繋ぐような不思議な魅力を持った曲と言えるのかも
しれないという事なのかもしれないです。

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