FC2ブログ

プロフィール

ぬくぬく先生 

Author:ぬくぬく先生 
開設当時は、1980年代吹奏楽コンクールの花輪・秋田南・就実・仁賀保・屋代等の素晴らしい演奏を後世に少しでも伝える事が出来ればいいなと思ってこのブログを始めたのですけど、いつのまにか「東方Project」がメインになってしまいました・・・
最近は「艦これ」も大好きです!!
吹奏楽も東方も自分が感じた事を少しでも後世の方に受け継がれるべきものが残せればいいかな・・と思っています。
ちなみに、「大好きプリキュア四天王」は、ドリーム・メロディ・ハッピー・ラブリーです。
ドリームとメロディは自分の中では既に殿堂入り状態ですけど、
現在はラブリー大好き!!のラブリー一辺倒です!!
リアル社会では、建築関係のクレーム&アフター責任者を専従し、毎日毎日クレーム対応に当たる日々です。
裏の顔は東方と吹奏楽とクラシック音楽一辺倒です・・・
特に特に大好きな作品は・・・プリキュア5とスイートとハピネスチャージです!!
ちなみに、奥様は・・・ミルキィローズとセーラームーン好きの管理人以上のおこちゃまです・・・
東方で大好きなキャラは、とにかく大好きキャラがてんこ盛りで、全員大好き!という感じなのですけど、特に、さとり様・ゆかりん(紫様)・早苗さん・こいしちゃん・アリスはお気に入りです!!
吹奏楽では・・ネリベルの「二つの交響的断章」と「アンティフォナーレ」、スパークの「ドラゴンの年」、リードの「オセロ」と第二組曲「ラティーノ・メキシカーナ」、パーシケッティーの「仮面舞踏会」、C・スミスの「ダンス・フォラトゥーラ」などが死ぬほど好きで、クラシック音楽では、ウォルトンの交響曲第1番と矢代秋雄の交響曲、プロコフィエフの交響曲第5番、アーノルドの交響曲第2番、第4番、ショスタコの交響曲第7番「レニングラード」、マーラーの交響曲第3番「夏の朝の夢」、ハンソンの交響曲第2番「ロマンティック」、ストラヴィンスキーの「火の鳥」、ベルクの「ヴァイオリン協奏曲」、ラフマニノフの「交響的舞曲」などが大好きです!!
クラシック音楽を吹奏楽にアレンジし、そのコンクールヴァージョンの演奏としては・・・
1982年の就実高校の「幻想舞曲集」と
1987年の習志野高校の「ダフニスとクロエ」第二組曲の演奏、そして、
1987年の雄新中の「エルザの大聖堂への厳かな行列」が
まさに私の「原点」です。
最後に・・・
私の吹奏楽との関わりの真の意味での「原点」は・・・
1979年の市立川口高校の神がかり名演としか言いようがない
「二つの交響的断章」に尽きると思います!!


アクセスランキング

[ジャンルランキング]
日記
30位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
会社員・OL
3位
アクセスランキングを見る>>

最新記事


最新コメント


最新トラックバック


月別アーカイブ


カテゴリ


カレンダー

11 | 2019/12 | 01
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

検索フォーム


チルノ時計


吹奏楽経験者ならばお馴染みの金管楽器である「ユーフォニアム」なのですけど、
世間一般の認知度はと言うと、ユーフォ奏者の方には申し訳ないのですけど、思ったよりは低いのかもしれませんよね。
吹奏楽自体も必ずしもメジャーな音楽形態とは言い切れない面もあるのは私も否定はしませんけど、
日本が世界に誇る大指揮者の一人、佐渡裕氏が、テレビや演奏会等で吹奏楽団を指揮・紹介されたりと
私が現役奏者時代に比べると、
大分世間的な認知度・評価も高まっているので、それはそれでとても嬉しいものがあります。

「ユーフォニアム」というと私が中学~大学の吹奏楽部に所属していた1970年代末~80年後半にかけては
新入部員の楽器振り分けの際は、とにかく不人気楽器の一つでありまして、
フルート・アルトサックス・トランペット・トロンボーン等の人気楽器には希望者が殺到し、
ユーフォニアム・打楽器等の不人気楽器は、誰も希望者が現れないなんていう光景は決して珍しくはなかったと思います。
特にその中でもユーフォニアムの不人気ぶりは惨憺たるものが当時はあったように思えます。
ちなみに私は高校時代は男子高校でしたけど、男子高校におけるクラリネット奏者の絶対的奏者不足と凄まじい不人気ぶりも
惨憺たるものがあったと思います。
高校の時は、トランペット5  トロンボーン3  ホルン6みたいな堂々たる分厚く充実した金管セクションに対して、
クラリネットパートは私を含めて毎年毎年・・4~5人程度の少数精鋭部隊となりがちで、
本来ですと上記の充実した金管セクションに見合うクラリネットの人数は最低でも10本程度は欲しいのですけど、
毎年毎年クラリネット経験者や希望者は皆無に等しく、とにかくクラリネット奏者を集めるのには本当に苦労させられた
ものでした。
私自身も本音を書くと、高校入学以降は「アルトサックスを吹きたい」と思っていたのですけど、
入部の事前練習見学会にて、「君、中学の頃の担当楽器は・・?」と質問されて「クラリネット」と事実を答えてしまったら
廻りの先輩たちの目の色が急に輝きだし
「そっか――、それじゃー君は三年間は問答無用でクラリネット担当ね!」となってしまい、
泣く泣く(?)高校時代もクラリネットを吹く事になったものでした。
だけど男子校のクラリネットに勝るとも劣らないくらい、とにか「ユーフォニアムの不人気ぶりはひどかったですね・・

そうした状況を一変させた一つの大きな要因が、2015~16年に放映されていたアニメ「響け! ユーフォニアム」
だったと思います。
あのアニメであの不人気楽器「ユーフォニアム」に光を当てた事で、最近の新入部員入部の際に
ユーフォニアムが一転して「人気楽器」になったという話はかなり耳にしていますし、ネット等でも随分と話題に
なっていましたけど、
やはりこうしたアニメの影響と言うのは大きいものがあると言えると思います。
それだけあの京アニ放火事件にて、未来ある若きアニメーターの皆様の尊い命が無数に失われた事は、
大変哀しい事ですし、あの犯人の自己勝手さには憎んでも憎み切れないほどの想いで一杯ですし、
本当に残念な想いで一杯です。
亡くなった方への哀悼を改めてここに表させて頂きたいと思います。




アニメ「響け! ユーフォニアム」は京都の北宇治高校という架空の学校を舞台にしていますけど
日本が誇る世界の大指揮者の佐渡氏も、無名の若かりし日には、京都のとある女子高の吹奏楽部を指揮・指導されていて
吹奏楽コンクールにてネリベルの「二つの交響的断章」で臨み、大変な熱演をしたものの
結果的に、コンクールとしては「銅賞」という評価を受けてしまい、
その「悔しさ」とか「聴く人によって音楽的な受け止め方は異なる」というものは若かりし日の佐渡氏に色々な意味で
影響を与えたとの事です。
佐渡氏は1986年に組曲「ハーリ・ヤーノシュ」でもって当時はまだ無名の存在であった龍谷大学を全国大会に導かれています。
後日、佐渡氏がシエナを振られて「二つの交響的断章」を指揮されその大熱演が大好評だった際に
「この演奏はあの時の京都の女子高を指揮した時のネリベルの感覚と全く同じ!
やっぱりあの時の自分は決して間違っていなかったんだ!」と確信されたとの事ですけど、その気持ちはとてもよく分かります!
吹奏楽コンクールというものは審査員の好き嫌いとかあくまで主観的な好みと言う要素も強いですので、
その時の吹奏楽コンクールの評価が必ずしも絶対的な評価ではないと私自身も改めて感じております。
ちなみにですけど、同じく日本が世界に誇る指揮者の下野竜也氏も若かりし日には、九州のJSB吹奏楽団を指揮・指導され
「天使ミカエルの嘆き」でもって全国大会に出場を果たされています。

さてさて、吹奏楽における「ユーフォニアム」は中音域を支え、メロディーラインも担当できるし裏メロも担当できるし、
器用貧乏という印象もあったりしますけど
(アニメ「響け! ユーフォニアム」においてはユーフォは低音楽器と言われていますけど、それは間違いですからね~
ユーフォニアムは中音楽器という立ち位置です!)
ユーフォニアムという楽器は、管弦楽団の世界では極めてマイナーな楽器です。
というか、この楽器は管弦楽で使用される事自体、極めて珍しいと言わざるを得ないですし、
使用されている実例としてせいぜい、

〇R.シュトラウス/ 交響詩「ドン・キホーテ」

〇ホルスト/ 組曲「惑星」~Ⅰ.火星

〇ムソルグスキー(ラヴェル編曲)/組曲「展覧会の絵」~ビードロ

などがある程度です。このユーフォニアムが交響曲の冒頭でいきなり朗々としたソロを吹き上げる事例として
マーラーの交響曲第7番「夜の歌」があるのですけど、
この交響曲については後述をさせて頂きたいと思います。

「ユーフォニアムという楽器なのですけど、私が現役奏者の頃は、ユーフォと省略されて呼ばれる事の方が多かったし、
ユーフォニウムと呼ばれる事の方が多かった気がーもするのですけど、
正式には、アニメのタイトルではないですけどユーフォニアムというのが正式名称です。

こんな事書くと、ユーフォ奏者の方からブーイングを浴びそうなのですけど、
吹奏楽の中でも、ユーフォニアムは比較的地味な立ち位置という印象もありますし、正直中途半端で微妙という感じもあります。
音色自体、トロンボーンと大変よく似ているし
(確か、ユーフォとトロンボーンのマウスピースはほぼ同じだったと思います)
中音域という意味では、ホルンとアルトサックスと被ってしまうし、低音はチューバにその役割を譲らざるを得ないし、
確かにリズムと後打ちもメロディーラインも裏メロも何でも担当できる「吹奏楽の便利屋さん」みたいな
側面もあるのですけど、それが「器用貧乏」みたいな印象も与えてしまうようにも思えます。

シュミットの「ディオニソスの祭り」とかホルストの「吹奏楽のための第二組曲」とか
2000年吹奏楽コンクール課題曲Ⅰ/道祖神の詩のように、ユーフォニアムという楽器が
素晴らしいソロを聴かせてくれる曲も数多く存在しています。
最近では、樽屋氏「の民衆を導く自由の女神」のユーフォニアムのソロは惚れ惚れするほど素晴らしいものがあると思います!
私が過去の吹奏楽コンクールで感銘を受けたユーフォの使用例としては、
1987年の福岡工大付属の課題曲E/マーチ「ハロー! サンシャイン」の中間部のユーフォの裏メロの素晴らしさとか
1988年の札幌市民の「タンホイザー」の2分近いユーフォの朗々とした素晴らしい歌い廻しとか
同じく札幌市民の1992年の「カルミナ=プラーナ」の圧倒的存在感とか
実に素晴らしかったですね!

私自身も高校時代の頃は、よくユーフォ奏者と喧嘩しては、
「ふんっ、こんなマイナーな楽器で別にいてもいなくてもどうでもいい楽器」とか
「ユーフォニウムかアルミニウムか何か知らないけど、こんな中途半端であってもなくてもいいポンコツ金管楽器」と
口走っては、ユーフォ奏者と見苦しいユーフォニアムとクラリネットの不人気楽器同士の足の引っ張り合いを
やらかしていたものでした・・(汗・・!)

このユーフォニアムですけど、世界各国的には、ユーフォニアムの類似系楽器も色々とあるようですね。
その一例が、バリトンとかテノールホルンなのだと思います。
確かに見た目は、ユーフォニアムによく似ていますね。
ちなみに、このテノールホルンは、マーラーの交響曲第7番「夜の歌」第一楽章冒頭で朗々とソロを吹いていますけど、
あの音はまさしくユーフォニアム以外の何者でも無いです。
ちなみに、日本の大作曲家、柴田南雄大先生は、その「グスタフ・マーラー」という著作の中で
この楽器について
「容易にプカプカと音が出てしまう楽器、上品さと深みに欠ける」みたいな事を述べられていました。





上記にてユーフォニアムと絡めてマーラーの交響曲第7番「夜の歌」の話が出てきましたので、
そのマーラーの交響曲について簡単に触れてみたいと思います。

一昔前まで吹奏楽部でのユーフォニアムの不人気ぶりは惨憺たるものがありましたけど、
マーラーの交響曲第7番「夜の歌」というと、一般的にはマーラーの交響曲の中では一番の失敗作とか
一番人気がない曲という評価がほぼ定着しているのかもしれないです。
私個人としても、「確かにそりゃそうだ・・・」という感想です。
だけどCDの録音枚数は、交響曲第8番「一千人の交響曲」を上回っているとの事です。
これは、7番は純交響曲なのに対して、8番は合唱・ソリストの経費を考えると中々容易に新しい録音が
できにくいという事情もあるかとは思います。

マーラーの交響曲7番は、これまで2回ほど生の演奏を聴く機会に恵まれました。
初めはインパル指揮の都響の定期演奏会で、
2度目は井上道義指揮の新日本フィルのマーラーチクルスの一環として 聴きました。
印象は、一言でいうと
「何を言いたいのか全然わからない謎の交響曲」という印象が強いです。
全体的に第一~第四楽章が「夜の闇」が支配する不気味な感覚なのに対して、第五楽章は一転して明るくカラフルな
昼の明るさが支配する音楽という事で、四楽章からフィナーレの第五楽章へ展開する際の唐突のどんちゃん騒ぎという
場面場面の変化の激しさに感覚がついていっていないのかもしれません。
第四楽章まで展開させた不気味な闇の感覚をどうせなら最後まで貫いてほしかったようにも 思えますし、
第五楽章があまりにもあっけらかーーんのバカ騒ぎですので、唐突過ぎる違和感が拭えない感じは、
生の演奏会で聴いてもCDで聴いても同じなのかもしれないです。
だけど、そうした突然の脈絡の無さとか唐突な感情の爆発がマーラーの持ち味でもありますので、
その意味では最もマーラーらしい交響曲と言えるのかもしれないですね。

この交響曲で印象的な場面が四つほどあります。

1.第一楽章の冒頭

 管弦楽曲では滅多に使用されない「ユーフォニアム」(又はバリトン又はテノールホルン)という楽器を
 冒頭から大胆なソロ楽器として使用しています。
 マーラーの楽譜では、テノールホルンと記されていますが、要はこの楽器はチューバを一回り小さくした
 吹奏楽でいう所のユーフォニアムなのです。
 ホルンではきつい高音をこの楽器は簡単にプカプカ吹けてしまう所が安っぽいという印象を与えるのかもしれないです。
 この交響曲においては、ユーフォニアムの出番はこの第一楽章冒頭のみで、残りは全てお休みです。
 生演奏で見た際も、ステージのユーフォ奏者も第一楽章冒頭以外はヒマそうに手持ちぶたさにされていました。

2.第三楽章

 この楽章は目をつぶって聴いていると幽霊の走り抜けみたいに聴こえなくもありません。
 相当グロテスクで不気味な楽章です。
 チューバの不気味で大胆な低音の使用やティンパニの二度の和音の叩きつけが極めて印象的です。
 とにかく全体的には悪趣味極まりない音楽です。

3.第四楽章

 一番安らぎのある楽章です。
 特徴は何といっても管弦楽の世界では滅多に取り入れられることの少ないギターとマンドリンを二本
 同時に使用している点です。
 ホルン以外の金管楽器は全て休みですので、10分程度のこの楽章の間に
 体力を取り戻しておくという作曲者の配慮なのかもしれません。
 マンドリンが非常に効果的に使用され、全体としては「 セレナーデ」 のようにも聴こえます。

5.第五楽章

 どんちゃん騒ぎの始まりですが、冒頭からいきなりクラリネット・オーボエ・フルートの木管楽器は
 全員楽器を高く持ち上げて吹くというベルアップという奏法が譜面にしっかりと指示されていますので
 奏者はかなり大変です。
 金管楽器のベルアップはたまにありますが、木管楽器でベルアップを指示している事例は極めて珍しいと思います。

全体的には昼と夜との対比 とか、人の心の「聖なる部分」と「俗なるもの」の対比をマーラーとしては表現したかったのかも
しれないです。
だけど、第四楽章までの夜の闇のイメージからフィナーレへの展開が雑というか唐突過ぎる点が
この交響曲を支離滅裂にしている原因なのかもしれないです。

ラスト近くのチャイムの乱打は、いかにも昼の眩しすぎる光景みたいなものもイメージさせてくれるのですけど、
第五楽章だけをもってそれまでの楽章の「夜のイメージ」を覆すのは 少し無理があったのかもしれないです。

この交響曲にはなんともいえない不思議な感覚があります。
特に第五楽章は、明らかに躁状態でもあるし分裂症みたいな感じもあるしひっちゃかめっちゃかのカオス状態です。
別にマーラーも例えば3番とか6番みたいな「明らかな狙っている事」みたいな事を特段意図しなくても
たまには、自分の交響曲の中には、こうやって何も難しい事を意図するとか意味深な表現ではなくても、
純粋に音の豪快さだけで聴衆を圧倒させてもいいんじゃないか?と考えた末に生まれたのが
この交響曲第7番「夜の歌」であったと解釈するのもありなのかもしれないです。

吹奏楽ではお馴染みの中音域の楽器のユーフォニアムの音が管弦楽ではどのように聴こえるのかという事を
知りたい方にとっては、こんなにうってつけの曲はないのかもしれないです。


012_convert_20190609171154.jpg

011_convert_20190609171057.jpg


上記のマーラーの交響曲第7番「夜の歌」にて、唐突な場面転換は意表を突かれると記しましたけど、
ここから先の当記事も唐突に場面転換をさせて頂き、ここから下記は「東方Project」の音楽担当とも言える
プリズムリバー三姉妹と堀川雷鼓に触れさせて頂きたいと思います。

音楽というものはある意味「感情の芸術」と言えるのかもしれないです。
上記のマーラーの交響曲第7番「夜の歌」が1~4楽章のミステリアスな印象から唐突に第五楽章の喧騒極まりない音楽に
展開するのも一つの感情の爆発と言えそうですし、そうした人の心に内在する感情の変化を表現されたものなのかも
しれないです。

私自身、中学から大学の10年間の吹奏楽生活の中で数多くのコンクール・演奏会などを経験してきましたけど、
音楽というものは野球とかサッカーみたいな「予想外のまさか」というのは比較的起きにくく、
本番のステージでもどちらかというと普段の練習の成果はストレートに反映されやすいような感じもあると思います。
だけどそれはあくまで「譜面に書かれている音符を正確に音として演奏する」という意味であり、
コンクールや演奏会で「今日はうまくいった・・」とか「今回は全然ダメだった・・」みたいな事が起こりがちなのは、
やはりそこには「人間としての感情」というものが根底にありそうな気もします。
本番直前まで「頑張ろう!」という意識が全体的には大変強かったのに、なぜか本番のステージでは
気合が空回りする事は別に珍しい話でもなんでもないと思いますし、
「今日は気分がなんかのっている」とか「今回はちょっと気分が今一つのらない」というのはよくある話なのだと思います。
そして更にそこに絡んでくるのは指揮者や奏者の感情と言うのか気持ちなのかもしれないです。
アマチュアでもプロに限らず吹奏楽団や管弦楽団においても例えば指揮者と演奏者の間の気持ちが離反した場合など
聴いていても「上手いけど何かちょっと噛み合わないね・・」と感ずることも実は多々あったりもすると思いますし、
指揮者が普段の練習の時からやたらと上から目線であーしろこーしろと厳しい指示を繰り返し、
奏者たちは「いやいや、自分たちはこのように吹きたい・・」みたいな気持ちがあったとしてもそれをすべて無視し、
あくまで自分の考えや音楽上の解釈をごり押しして押し付けた場合、奏者にとってはやはり「なんだか面白くないよね・・」とか
「あんな指揮者の言うとおりの音楽なんかできるかっ!」みたいな感じで、奏者と指揮者の間にどこか見えない壁みたいなものが
あったりする事も実はよくある話であり、そうした演奏はなんとなくですけど「どこか醒めている演奏」に
聴こえたりもするものだと感じます。
そうした意味においては音楽とは人と人とのハーモニーという事なのかもしれないです。
吹奏楽団も管弦楽団もその本質は人と人とのつながりという面もありますし、そうした人間関係の難しさもあると思いますし、
同じパート内でも
「あいつ、大嫌い・・!」とか
「こいつとはどうも感性が合わない・・」ということだって間違いなくあると思います。
そうした人と人を音楽としてつなぎ合わせてハーモニーを形成していくのが指揮者の一番の役割なのかもしれないですし、
よく耳にする話ですけど、吹奏楽コンクールにおいて指揮者が
「演奏中、なんだか自然にみんなが自分のところに近づいてい来るような感覚があり、皆が一つにまとまろうと感じた時の
コンクールとしての評価は金賞ということが多く、逆に指揮している最中に皆がどんどん自分から遠ざかっていくような
感覚になったときは銅賞という結果になりやすかった」と言われていたりもするのも
音楽とはなんだかんだ言っても「人と人との感情がぶつかるもので、そこから奏でられる音楽というのは、
そうした違う感情のぶつかり合いとしてのハーモニー」ということなのかもしれないですね。

そしてそうした「ちょっと噛みあわないね・・」という音楽上のズレは東方の音楽娘ともいえるプリズムリバー三姉妹間でも
起きていた事は大変興味深いものがあったりもします。

その話が提示されていたのは2017年に東方公式書籍として発売されていた「東方文果真報」なのですけど、
この東方文果真報という文ちゃんが文々。新聞以外に発刊している一種のガセネタ(?)週刊誌において、
とある記事に「プリズムリバー三姉妹で構成されるプリズムリバー楽団解散!」という記事が掲載されていて、
その写真はこの三姉妹が深々とファンに対して「申し訳ない」と頭を下げているものでしたので、私も最初にあれを
詠んだ時は正直「え・・まさか・・!?」という想いで一杯でした。
上記の話ではないですけど、音楽はある意味感情から成り立っているものですし、奏者間の意見や考えや音楽観に
あまりにもズレが起きると音楽が音楽として機能しなくなる側面も多々ありますし、
鬱の音楽の長女のルナサと躁の音楽の二女のメルランの間にもしかして「埋まりそうもない音楽上の溝」がついに
三女のリリカの調整ですらも対応できないほどの確執になってしまったのかな・・?と懸念したものでしたけど、
音楽面では三姉妹の間の音楽観のズレがもしかしたら回復不可能な状態にまで深まっていたのかもしれないです。

そしてそこに登場したのが「東方輝夜城」でもお馴染みの堀川雷鼓という和太鼓の付喪神のお姉さまだったのでした!
(上記画像で左端のメルランの隣にいるお姉さまが堀川雷鼓です!)

結果的にプリズムリバー楽団解散の発表の三日後に、この三姉妹に新メンバーとして堀川雷鼓を追加メンバーとして発表し
ホリズムリバー楽団という4人で構成される楽団が幻想郷に誕生したのでした!
堀川雷鼓という新しい血を入れることで、更に音楽上の進化を遂げようという意図がそこにはあったのだと言えるのかも
しれないです。
義理とは言え姉妹関係ですので、普段は言いたくても言えない事を堀川雷鼓お姉さまという第三者をリーダーに
据えることによって第三者としての中立公平な観点から三姉妹が奏でる音楽に色々とアドバイスをする事も可能なのだと
思いますし、従来までのルナサ=弦楽器・メルラン=金管楽器・リリカ=鍵盤楽器に加えて、掘川雷鼓のパワフルで情熱的な
パーカッションを加えることでこれまでの方向性とは異なる新しい音楽としての方向性を更に高めていけるという事で、
プリズムリバー三姉妹にとっても新しい居場所を見つけられた堀川雷鼓にとっても
ウインウインの関係が構築出来て、この合流話はとてつもないプラスが両者の間にはあったものと思われます。

堀川雷鼓は元々は和太鼓の付喪神であるのですけど、「東方輝針城」の異変において、
鬼の魔力(打ち出の小槌)の影響により和太鼓等の楽器に魔力が宿り凶暴な感情も芽生え始めるだけでなく、
この魔力によって楽器やその奏者の自我が魔力に乗っ取られる事を強く懸念し、和太鼓と奏者を一旦切り離して考え、
幻想郷ではなくて外界の楽器・・ここでは吹奏楽とか管弦楽ではお馴染みの楽器であるバスドラム(大太鼓)を入手し、
和太鼓と魔力の源である太鼓奏者を切り捨て、その異変による魔力の支配から逃れることに成功し、そうした事を
九十九姉妹等他の楽器の付喪神たちにも教え、魔力からの楽器への支配を排除し、楽器としての「個」の自我の確立に
成功します。
そして異変の解決後、掘川雷鼓は、今後の自身の音楽活動とか生きる道について色々と熟慮した中で
ついに一つの方向性と可能性に辿り着き、それこそがプリズムリバー三姉妹への合流という道なのでした!

正邪もろくでもない黒幕でありましたけど、幻想郷の音楽事情の上ではとてつもない貢献を結果的に
果たしてくれたと言えるのかもしれないですね~!




39859709_p0_master1200.jpg


ここから先は既に恒例になっているのかもしれないですけど、
dream fantasy の管理人様のアミグリさんの
素敵なイラストのご紹介コーナーです!

本記事は音楽関連でしたので、今回はアミグリさんが描かれた東方音楽娘の代表格とも言える
プリズムリバー3姉妹とその3姉妹の次女でもありトランペット奏者でもあるメルランをご紹介させて頂きたいと思います。
(上の3姉妹のイラストは、右からルナサ、真ん中にリリカ、左にメルランです)

プリズムリバー3姉妹は実は生きている人間ではなくて幽霊と言うのか「騒霊」ともいわれるポルターガイストみたいな
位置付けです。
ちなみに3姉妹といってもこの3人には血縁関係はありません。
長女のルナサが弦楽器担当、侍女のメルランが管楽器担当、そして三女のリリカが鍵盤楽器担当という事で
これはこれでもう立派な弦+管+打の「ミニオーケストラ」として成立していると思います。
三姉妹一人一人が複数の楽器を同時に鳴らせる訳ですから、指揮者無しの管弦楽団として
十分機能的に成立していると思います。
長女のルナサが奏でる楽器は「ヴァイオリン」なのですけど、このヴァイオリンを通して
弦楽器全般の音をたった一人で奏でているという事なのだと思います。
ルナサは、「長女」というイメージ通り、落ち着いた感じで「鬱」の音楽を担当しています。
明るい感じのメルラン、少し暗い感じのルナサ、そして二人の姉の音を中和させるのリリカという事で、
この楽団はかなりバランスが取れているのだと思います。
ルナサは、楽団内の事務方・外部折衝窓口担当というマネージャーの役割も担い、同時に
楽団内においては、リーダーとして選曲とか曲順とかライヴ中の全体の音楽へ注意を払ったりと
オーケストラでいう所の「コンサートマスター」みたいな役割も担っていると言えるのかもしれませんね。

上記のメルラン・プリズムリバーはアミグリさんがpixivにて2013年11月に描かれた作品です。

次女のメルランのこの明るく元気な雰囲気がとても溌剌と伝わっていて担当楽器のトランペットの華やかさと同じように
その華麗さが見事に伝わっていると思います!
この青のウエーブの髪もとてもふんわり可愛いものが伝わってきていると思います。
ルナサのいかにも長女らしい真面目な雰囲気とはちょっと雰囲気が異なっていて、自由さ・明るさ・溌剌さが
とてもよく表現されていると思います。
メルランのこの笑顔もとってもかわいいですね~!

上記のアミグリさんが描かれたプリズムリバー3姉妹と二女のメルランは、
その権利は全てこのプリズムリバー3姉妹を描かれたアミグリさんに帰するものであり、
当ブログにおける転載とご紹介は事前に全てアミグリさんからご了解を頂いたものであり、
アミグリさんからのご厚意で転載をさせて頂いておりますので、
無断お持ち帰りや無断コピーは絶対NGですので くれぐれも宜しくお願い申し上げます。

アミグリさん、本当にいつも素敵なイラストの転載を快諾して頂きありがとうございます!!

皆様の中で「こんなにかわいいメルランを描かれる方のブログってどんなもんなのだろう? 」などと興味がある方は、
是非是非アミグリさんのブログ dream fantasy  を
ご覧になって頂きたいと思いますし、 宜しければ、当ブログだけではなくて、
是非アミグリさんの本家本元のブログ dream fantasy  に一度お越しして頂けると アミグリさんのブログをご紹介させて頂いている私もとってもとっても嬉しいです!

アミグリさんが定期的に作品を投稿され続けている →アミグリさんのpixiv にも是非一度足を運んで頂ければ幸いです!

アミグリさんのpixiv

それでは本記事を最後までご覧頂きありがとうございました!
スポンサーサイト






ホルンという金管楽器は歴史的にはかなり早い段階から登場していて、モーツアルトの頃には既にホルン協奏曲が
作曲されていましたし、トランペット・トロンボーンと共にオーケストラの中では早い段階から定着が果たされていた楽器です。
ホルンはカタツムリのような形状に巻かれた円錐状の管と、3つから5つのロータリー式のバルブを持つのが基本構造で、
他の金管楽器よりも多くの倍音を出すことができる特徴もあり、
金管楽器であるものの、その音色のやわらかさから金管楽器のみならず木管楽器ともよく調和する楽器としても
馴染みがあり、木管五重奏曲なのにホルンが入っている室内楽曲もあったりします。
プロの管弦楽団の演奏会や吹奏楽コンクール等でのホルン奏者の手の動きを見ると一目瞭然なのですが、
手をベルの内部に突っ込むという独特の演奏法を用いることで、ベル内に反響する共鳴の度合いを微調整することが可能
でもあったりします。そしてベル内の手の動きの微調整で豊かな音の変化を生むことができたりもします。

但し、ホルンと言う楽器の難しさは生半可なものではないと思います。

例えば吹奏楽部における新入部員の楽器振り分けの際に、例えばトロンボーンやユーフォニアムやサックスに
配属された初心者の皆様は多分ですけど初日でも音ぐらいはある程度容易に出せると思うのですけど、音自体が中々
出せなくて最初から大苦戦を強いられる楽器の代表格は、金管だとホルン、そして木管だとクラリネットと実感したりもします。

2007年のギネスブックで世界で一番難しい金管楽器であるとして認定されたほど、ホルンは金管楽器の中では
大変デリケートで扱いが大変難しく、特に高音域で音を外すというのかプルンとひっくりかえる事が大変多くて、
吹奏楽の中でも、クラリネット・トランペットと共に指揮者から怒られてばかりで目の敵にされやすい傾向があったりもします。
勇壮な曲調から甘美でロマンティックなメロディーもこなせ、その表現力の幅広さはかなり広いのですけど、
とにかく音が決まりにくい楽器と言えます。
プロの管弦楽団でも、指揮者はホルンのソロに差し掛かると、そのきっかけの瞬間だけチラリと目配りして後は目を
そらす傾向にあるそうです。指揮者が睨んだり視線があったりすると、余計に音を外すことが多々あるそうです。

管弦楽曲の中でホルンの目立つソロで印象的な曲をいくつか挙げてみると・・

〇R.シュトラウス / 交響詩「ティル・オイレンシュピゲールの愉快ないたずら」  アルプス交響曲 

アルプス交響曲のホルンはとにかく勇壮な響きでかっこいいです~♪
特に嵐や頂上の部分のホルンの強奏はほれぼれとさせられる爽快さがあります。そして場面によっては
複数奏者による舞台裏からのホルンの響きが演出されることもあり、これは音の遠近感という意味で大変効果的です。

〇P.チャイコフスキー / 交響曲第5番第二楽章

〇D.ショスタコーヴィッチ / 交響曲第5番第四楽章  交響曲第10番第三楽章

交響曲第10番第三楽章においては、曲が盛り上がってくると、ホルンのファンファーレみたいなメロディーの断片が
それまでのメロディーラインを遮るという感じがします。
そのホルンによる音楽の流れの遮断こそがショスタコーヴィッチ自身のドイツ式の綴りのイニシャルから取ったDSCH音型という
四つの音型パターンであり、 第三楽章の中で、かなり乱暴で粗野な強奏の部分が登場し、「とてつもなく盛り上がってきた」と
聴衆に思わせておいて 、次の瞬間に前述のDSCH音型がその流れを断ち切り、それが何度か繰り返されると
聴いている方としても「またかよ・・」みたいな妙な脱力感を感じてしまいますし、
唐突に背後の人間から膝かっくんを食らった様な感覚にすらなってしまいます。

〇I.ストラヴィンスキー / バレエ組曲「火の鳥」~終曲

魔王カスチェイの凶悪な踊りの激しさと子守歌の美しさが終わった後ホルンソロによるあのメロディーが流れると
どことなくホッ・・とさせられるものがありますし、物語の大団円を示唆しているようにも感じられますし、
魔法の世界から現実の世界に帰還したような感覚を味わったりもします。

〇M.ウェーバー / 歌劇「魔弾の射手」序曲

〇G.マーラー / 交響曲第1番「巨人」第二・第四楽章  交響曲第5番第三楽章

マーラーの巨人の第四楽章は、楽譜上での指示ではエンディング部分のホルン奏者は全員起立してベルアップ奏法を
要求され、あのスタンディングとベルアップのホルンは視覚的にもサウンド的にも大きな効果を上げていると思います。

だけど、ホルン奏者にとっては心底おそろしい・・とプレッシャーを感じる曲の一つはR.シュトラウスの
交響詩「ティル・オイレンシュピゲールのゆかいないたずら」だと感じます。

ティル・オイレンシュピーゲルというのは、14世紀頃のドイツに実在したとも言われるし単なる架空の人物とも
言われる事もあるし、要は、その正体については定かでない伝説の奇人なのですけど、
その生涯の数奇な伝説を音楽の物語として交響詩という形で単一楽章として18分前後の曲として発表したのが
このR.シュトラウスの交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」という曲なのです。
R.シュトラウスの交響詩の中では屈指の人気を誇り、「ドン・ファン」・「ツァラトゥストラかく語りき」と並んで
大変演奏頻度も高い曲だと思いますし、
今現在も日本各地のオーケストラのレパートリーとして完全に定着している曲の一つだと思います。
吹奏楽コンクールのアレンジものとしても昔から大変人気が高く、今現在もよく自由曲として選ばれる事の多い曲の一つです。

この曲の最大の聴かせどころでもあり最難関の部分は、曲開始早々のホルン奏者によるソロだと思います。
以前、NHK交響楽団のホルン奏者へのインタビューの中で、
「今まで吹いた曲の中で一番プレッシャーが掛った曲は?」という質問と
「今まで吹いた曲の中で技術的に大変しんどくて難しかった曲は・・?」という質問に対して、
R.シュトラウスのティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずらを挙げていたのは当然だと思いますし、
奏者にとっても大変な曲だと思います。

交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」の冒頭の温和で柔らかい感じは、
「これからおとぎ話が始まりますよ」みたいなプロローグみたいな感じがして実に素晴らしいと思います。
この交響詩が作曲された頃に、それまでの手締め式ではなくてペダルを足で踏む事で音程をコントロールする
ペダルティンパニが発明され世に出ていますけど、
そうしたペダルティンパニを最初に効果的に使用した曲の一つとして
この交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずらを」や同じくR.シュトラウスの歌劇「エレクトラ」・「バラの騎士」を
指摘する見解が多いようです。

ティル・オイレンシュピーゲが行ったいたずらを具体的に挙げてみると・・

1.市場で牛馬を解き放ち、市場を大混乱に陥れる。

2.空飛ぶ靴でトンズラを図る

3.お坊さんの姿に化けてテキトーでいい加減な説法をして廻る。

4.美女を口説くがあっさりと振られる・・

5.学者たちにテキトー論争を吹っかけ、学者たちを煙に巻きそのまま逃走・・・

それほど社会に大きな迷惑は掛けてはいないのかもしれないですけど、そうやって各地をいたずら放浪して
散々悪態ついたところで逮捕され、裁判に掛けられ絞首刑の判決が下り、そのまま息絶えるというストーリーを
大変巧みな構成力&楽器配分で表現したのがこの交響詩と言えると思います。
絞首刑シーンにおけるクラリネットの高音の絶叫音というのは、絞首台でのティルの悲鳴を示唆しているそうです。
曲のラストでは、冒頭のあの親しみやすく温和なメロディーが再現されていて、
「ティル・オイレンシュピゲールは確かに死んだけど、ティルのイタズラ魂は今でも生きている」とか
「ティルは永遠に不滅ですよ、みなさんの心の中に伝説として今後も生き続けていく」みたいな事を暗示しているようにも
感じられたりもします。

この曲は昔から吹奏楽コンクールにおいても人気が高い曲の一つですけど、この曲をコンクールで演奏すると、
時間制約の関係上、どうしても大胆にカットせざるを得なくなり、聴き方によっては、
ティルはまだ2つか3つしかイタズラをしていないのに処刑されてしまった・・みたいな印象もあったりもします。
だけど吹奏楽コンクールでのホルン奏者は冒頭ソロはたいていの場合外す事なく堂々と吹いていますので、「凄すぎる・・」と
感激させられてしまいそうです。

ホルンが大活躍をしたりホルンに目立つソロがある吹奏楽オリジナル曲ですと、
W.スミスの海の男たちの歌や真島さんの富士山〜北斎の版画に触発されてとか
チェザリーニのアルプスの詩、伊藤康英の交響詩「ぐるりよざ」、ホルジンガーの春になって王たちが戦いに出向くに及んで、
などたくさんありますし、そうしたホルンが大活躍する吹奏楽オリジナル作品の中でも、群を抜いて難解で
「ホルン殺しの名曲」として名高いのがクロード・スミスの「フェスティヴァル・ヴァリエーション」に尽きると思います!
同じくスミスの「ルイ・ブルジョワの讃美歌の主題による変奏曲」のホルンはラストのとんでもない高音を含めて
相当大変だと思いますし、またまたスミスですけど「ダンス・フォラトゥーラ」はトランペット殺しの名曲だと思います。

この「フェスティヴァル・ヴァリエーション」について一応専門的に少しだけ書いてみると、
アメリカ空軍ワシントンバンドと当時の隊長アーナルド・D・ゲイブリエル大佐の委嘱で作曲され、
1982年2月10日、ゲイブリエル大佐指揮のワシントンバンドで初演され、大反響を起こし、
翌年に日本でもヤマハ浜松が自由曲として演奏し、一気に日本でもブレイクしました。
とにかくこの曲の難易度は高く、あまりにも有名な冒頭のホルンの超難関の高音とか
コーダにおけるホルンのウルトラ高音域は、アマチュアでは演奏困難とも思えます。
これは当時のワシントンバンドの首席ホルン奏者が大学時代のスミスのライバルであったことから、
わざと難しく書いたという有名なエピソードが残されています。

この曲を一言で書くと・・・

「労多くして実りが少ない曲」と言えるかもしれないです。
勿論上手なチームがノーミスで吹きこなせば、元々の曲自体があまりにも素晴らしいので
すさまじい名曲に聴こえ大変な感動を生むのですけど、並以下のチームが無謀にもこの曲に挑んでしまうと
私の母校のように外しまくり玉砕するケースを コンクール・コンサートで何度耳にしたか分かりませんし、
それほど大変な難曲ですし、ホルンセクションは気の毒なくらい難易度の高い技が要求されていると思います。
「ダンス・フォラトゥーラ」は華麗なるトランペット殺しの曲と言えるのに対して、この「フェスティヴァル・ヴァリエーション」は
とてつもないホルン殺しの曲と言えると思います。
大学時代、同期のホルン奏者がこの曲のホルンのパート譜を見た瞬間に「自分には絶対に吹けない・・」とぼやいていたのは
大変印象的でもありました。
この曲はともすると「ホルンの難しさ」がやたらと強調されがちですけど、全てのパートが大変難しいとも間違いなく
言えると思います。
そして例えば中間部のゆったりとした部分のホルン、チューバ・ファゴット・ユーフォニアムのソロも奏者にとっては
腕の見せ所ではありますけど大変なプレッシャーを感じる箇所だと思います。
この曲の構成は、序奏-展開部-二度にわたって同じメロディーが繰り返される中間部-展開部の再現と華麗なる終結部から
なっていると思いますけど、中間部がほぼ同質メロディーが二度にわたって繰り返されるのも大変面白いものが
あると思いますし、あの部分はとにかく「感情」が高ぶりがちになりがちで、どうやって先走る奏者の感情を抑えるかというのも
指揮者の腕の見せ所の一つだったようにも感じられます。
ヤマハ浜松や天理は、中間部を最初の方の比較的おとなしめの部分のみを演奏していましたけど、
1997年の愛工大名電は中間部をほぼノーカットで演奏し、二回目の中間部の盛り上がりでは壮大なクライマックスを
作り上げ熱狂的な雰囲気を中間部でも作り上げていたのは大変印象的ではありました。
精華女子はそのあたりはもっと精緻な構成を取っていて、上手いし圧倒的な技術もあるけど「冷静さ」も保っていたのは
「さすが~!」という感じでもありました。
そしてこの曲の最後の最後のトロンボーンセクションによる壮絶なグリッサンドもこの曲の聴きどころの一つだと思います!

1984年の全国大会の高校の部のプログラム一番であの超名門校の天理高校がこの曲を自由曲として臨み、
課題曲の「変容-断章」を見事に決めていたのに、自由曲の「フェスティヴァル・ヴァリエーション」の冒頭は少し外し気味でも
ありましたので、当時は「あの天理をもってしても完璧には決まらない難曲なんだなぁ・・」と改めて実感させられたものでも
ありました。
天理の展開部でのアルトサックスセクションのリズムの刻みの音色の洗練さと美しさと完璧なリズム感には
生で聴いていた瞬間から感動しまくりでしたし、
(ピッコロとファゴットによるデュエットも素晴らしいし、それを支えるアルトサックスのリズムの刻みの美しさと小気味よさは
鳥肌が立つ想いで一杯でした・・)
中間部のチューバ・ファゴットのソロも完璧に決まっていましたし、
ラストのホルンはパーフェクトに決まっていてその追込みも圧巻だったと思いますし、堂々たる金賞に輝いていたと
思います。
そして21世紀に入ってからは既に皆様ご存じの通り、福岡県の精華女子高校による歴史的超名演が
2008年と2013年の2回に渡ってお披露目されていて、天理やヤマハ浜松なんて正直目じゃない圧倒的な超絶技術が
ほぼノーミスで完璧に決まっていたのは「吹奏楽コンクールの進化は止まらないし凄いものがあるね~」♪と
実感したものでした。
私が高校の頃にこの曲は日本でも演奏され始めるようになっていて、当時はその技術的難解さから
演奏の苦労とか個々の奏者の苦労は絶えない・・と感じさせるものは多々あったと思うのですけど、
精華女子とかたとえば2012年の東海大学高輪台高校のように今現在の優秀な奏者の皆様たちはこんな難曲であっても
やすやすとこなして難曲を消化してしまっていますから、私のような元・ポンコツ奏者の視点から見てみると
現在の奏者の皆様の技術的進化には脱帽せざるを得ないですし、その圧倒的技術には敬意を表せさて頂くしかないです!

最後に・・ この「フェスティヴァル・ヴァリエーション」の過去の演奏では、一度面白い事がありました。
当時私も普門館の客席にいて「えっ・・!?」と思ったのですけど
1997年の愛工大名電の演奏時に、中間部をほぼノーカットで演奏しバスクラのソロをはさんで
後半展開部に一気に飛ぶという豪快なカットを聴かせてくれましたが
この中間部があまりにも感動的に高らかに鳴り響き、 聴衆の中でかなりの人が
「あ、これで演奏終了したか・・」と勘違いし、何を思ったか、その中間部の高まりが鳴り収まった瞬間に
フライングの拍手をしてしまったのです! しかも少数ではなくてかなりの人数でした!
(CDにはその様子がしっかりと収録されています・・・)
「この素晴らしい曲を知らない人も結構多いんだ」と当時思ったものですけど
おかげで、バスクラの弱奏のソロがまったくかき消されてしまい、バスクラ奏者が気の毒に感じたものでした。
名電の奏者も驚いたかどうかは分かりませんが、後半の展開部のトランペットがヘロヘロ状態になったのは惜しまれます。
冒頭とラストのコーダのホルンはほぼ完璧に決まり 、トロンボーンのラストの強烈なグリッサンドも見事に決まり
演奏終了後は凄まじいブラボーコールを受けていました。

それにしてもああしたフライング拍手というものはちょっと残念ではありますよね・・


_convert_20191124020512.jpg


ららマジでのホルン奏者は3年生の三嶋蒼です。
文化部所属の天才科学者と言う設定でいつも何かの実験をしており、帽子の中には新しいアィディアと実験器具で溢れていて、
戦闘時は巨大な分銅などを敵にぶつけて攻撃するそうです。

帽子の中に限らずポケットやかばんやリュックサックの中にもさまさまな実験器具が入っていそうですし、なんだか東方の
河童のにとりの帽子・ポケット・リュックサックの中には道具で溢れかえっているのと似ていそうな感じでもありそうです。

三嶋蒼という理系奏者によるスミスの「フェスティヴァル・ヴァリエーション」のホルン殺しのソロと高音をどのように
処理されるのか・・というのもなんだか興味津々ですね~♪

 | BLOG TOP |