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ぬくぬく先生 

Author:ぬくぬく先生 
開設当時は、1980年代吹奏楽コンクールの花輪・秋田南・就実・仁賀保・屋代等の素晴らしい演奏を後世に少しでも伝える事が出来ればいいなと思ってこのブログを始めたのですけど、いつのまにか「東方Project」がメインになってしまいました・・・
最近は「艦これ」も大好きです!!
吹奏楽も東方も自分が感じた事を少しでも後世の方に受け継がれるべきものが残せればいいかな・・と思っています。
ちなみに、「大好きプリキュア四天王」は、ドリーム・メロディ・ハッピー・ラブリーです。
ドリームとメロディは自分の中では既に殿堂入り状態ですけど、
現在はラブリー大好き!!のラブリー一辺倒です!!
リアル社会では、建築関係のクレーム&アフター責任者を専従し、毎日毎日クレーム対応に当たる日々です。
裏の顔は東方と吹奏楽とクラシック音楽一辺倒です・・・
特に特に大好きな作品は・・・プリキュア5とスイートとハピネスチャージです!!
ちなみに、奥様は・・・ミルキィローズとセーラームーン好きの管理人以上のおこちゃまです・・・
東方で大好きなキャラは、とにかく大好きキャラがてんこ盛りで、全員大好き!という感じなのですけど、特に、さとり様・ゆかりん(紫様)・早苗さん・こいしちゃん・アリスはお気に入りです!!
吹奏楽では・・ネリベルの「二つの交響的断章」と「アンティフォナーレ」、スパークの「ドラゴンの年」、リードの「オセロ」と第二組曲「ラティーノ・メキシカーナ」、パーシケッティーの「仮面舞踏会」、C・スミスの「ダンス・フォラトゥーラ」などが死ぬほど好きで、クラシック音楽では、ウォルトンの交響曲第1番と矢代秋雄の交響曲、プロコフィエフの交響曲第5番、アーノルドの交響曲第2番、第4番、ショスタコの交響曲第7番「レニングラード」、マーラーの交響曲第3番「夏の朝の夢」、ハンソンの交響曲第2番「ロマンティック」、ストラヴィンスキーの「火の鳥」、ベルクの「ヴァイオリン協奏曲」、ラフマニノフの「交響的舞曲」などが大好きです!!
クラシック音楽を吹奏楽にアレンジし、そのコンクールヴァージョンの演奏としては・・・
1982年の就実高校の「幻想舞曲集」と
1987年の習志野高校の「ダフニスとクロエ」第二組曲の演奏、そして、
1987年の雄新中の「エルザの大聖堂への厳かな行列」が
まさに私の「原点」です。
最後に・・・
私の吹奏楽との関わりの真の意味での「原点」は・・・
1979年の市立川口高校の神がかり名演としか言いようがない
「二つの交響的断章」に尽きると思います!!


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P・デュカス作曲の交響詩「魔法使いの弟子」の正式タイトルは、ゲーテによる交響的スケルツォ「魔法使いの弟子」という事で
スケルツォのタイトルに相応しくとても自由で生き生きとした楽曲であり標題を巧みに音楽を通じて表現していると思います。
この楽曲はファゴットがソロ楽器として大活躍を果たしていますけど、ファゴットと同じくらい鍵盤打楽器の一つである
グロッケンシュピールも大活躍をしていて、音楽の色彩的効果を更に豊かにしていると感じられます。
冒頭画像の「ららマジ」の神代結菜は、担当楽器としてグロッケンシュピールを奏でていますけど、
プロの管弦楽団の定期演奏会や吹奏楽コンクールの演奏においても、デュカスの魔法使いの弟子はよく演奏されていますが、
その時もファゴット同様にグロッケンシュピール奏者の機敏な動きを見るたびに感動をしてしまいます。

グロッケンシュピールは一般的なイメージでは鉄琴だと思いますし、一種の鍵盤打楽器なのですけど、
音楽史的にはチェレスタのように形の鉄琴を箱に収めたような鍵盤型グロッケンシュピールというタイプも存在したりもします。
吹奏楽コンクールにおける魔法使いの弟子は、ほとんどの場合鉄琴でもってあの部分は演奏されていますけど、
稀にチェレスタが使用されることもあるようです。

交響詩「魔法使いの弟子」の作曲家のポール・デュカスは、かなりの寡作家です。
本来は相当数の作品を作曲していると推察されるのですけど、デュカス本人がかなりの完璧主義者であり、
最終的に納得いかない作品は生前全て破棄したという経緯もあり、現在デュカス本人の作品として残っているのは
わずか13作品程度と言われているそうです。
魔法使いの弟子以外に残されている作品として、交響曲ハ長調と
バレエ音楽「ラ・ペリ」(ペリのファンファーレとしても親しまれています)ぐらいしかないのかもしれないですけど、
魔法使いの弟子一曲だけで後世に名前を残した作曲家とも言えると思います。
デュカスはむしろ作曲家というよりはパリ音楽院の教授という側面が強く、作曲家の先生として業績を残したと言えるのかも
しれないです。
マーラーが亡くなる寸前にパリで開催された演奏会の際にマーラーの交響曲第2番「復活」が演奏された際、
デュカスは、ドビュッシー・ピエルネといった当時のフランスの有名な作曲家と共に第一楽章終了と同時に憤然と席を立って
帰ってしまったというエピソードを残しています。
伝統的なフランス音楽の大御所としては、「マーラーごときの音楽で音楽の都・パリを汚されてたまるものか!」という
なにかアピールをされたかったのかもしれないです。

「魔法使いの弟子」は、その音楽を聴くだけでストーリーが頭に中に自然と浮かびますから、デュカスの描写力と想像力には
感服するものがあります。
スケルツォという正式タイトルからは少しくだけた感じの曲想と思われがちですし、全体を通して大変分かりやすくて
親しみやすいメロディーラインの連続なのですけど、曲想そのものは古典的形式美の楽曲構成がなされていて、
どちらかとうと堅固な楽曲構成という印象があります。
ドビュッシーに影響された全音音階の多用など伝統的な要素とモダンな要素が見事に融合していて、
古典的な形式美と19世紀末~20世紀初頭のドビュッシー・ラヴェルに代表される印象主義という新しい音楽が
大変バランスよく調和されていると感じられます。
魔法使いの弟子はそうした意味ではラヴェルの作品の先駆的作品みたいなものという評価も成立するのかもしれないです。

「魔法使いの弟子」の簡単なストーリーなのですけど、ある所に魔法使いの先生とポンコツなお弟子さんがいたのですけど、
魔法使いの先生が外出した際に弟子が留守番をすることになるのですが、
未熟な弟子は魔法を使ってほうきに水汲みをさせて、「自分ってやればできるじゃん!すごーい!」と調子こいたものの、
弟子は実は魔法の解き方を知らなかったため、水瓶がいっぱいになってもほうきの水汲みを止めさせる事ができず、
部屋が水浸しになってしまいます。
「これはやばい・・溺れて死ぬのかも・・」と感じた時に魔法使いの先生が戻ってきて
呪文を解いてもらってようやくほうきが元に戻るという内容でもあります。

このストーリーが意外と世に知られている背景としてディズニー映画「ファンタジア」の存在があるのかもしれないです。
「ファンタジア」は、オーケストラによるクラシック音楽をバックとしたアニメーションによる8編の物語集なのですけど、
ディズニー長編アニメーション第3作であり、史上初のステレオ音声作品であったりもします。
上映時間は当時の公開版で120分を超える当時としては異例の超大作と言えますし、
11人の監督、120人以上のアニメーター、103人編成のオーケストラなど、投入されたスタッフはのべ1000人、
描き上げられた原画100万枚、録音テープの長さ42万フィート、制作期間3年と前例のないスケールでの製作となっています。
一部を除いて、台詞は一切用いられていないのも特徴です。
このファンタジアで取り上げられたクラシック音楽は、春の祭典・ベートーヴェンの田園・くるみ割り人形・時の踊り・はげ山の一夜
など計8作品ですが、その中でもっとも有名なのがデュカスの「魔法使いの弟子」とも言えると思います。
というのも ミッキーマウスが「魔法使いの弟子」役を演技したことにより、ファンタジアの知名度と評価は決定的なものになったと
いえるのかもしれないです。
ちなみに「ファンタジア」全ての音楽演奏は、レオポルド・ストコフスキー指揮・フィラデルフィア管弦楽団が担当しています。
ファンタジアの中の魔法使いの弟子の部分においては、原曲のイメージ通り話が進み。
ミッキーマウスが魔法をかけてバケツに水をくませたまではよかったものの魔法の止め方が分からず、
部屋に水が溢れおぼれそうになったところを師匠が駆けつけ命拾いをしたというストーリーが巧みに表現されています。

魔法使いの弟子は、冒頭で触れたとおり、ある二つの楽器を非常に効果的に使っています。
一つはファゴットなのですけど、ファゴットは曲によっては重厚で悲惨な雰囲気をもたらす効果があるかと思えば
(例としてチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」第一楽章冒頭が挙げられます)、その一方で曲によっては茶目っ気と
ユーモアと皮肉たっぷりに表現出来ますし(例としてショスタコーヴィッチの交響曲第9番~第五楽章が挙げられます)
はたまたチャイコフスキーのバレエ音楽「くるみ割り人形」のように異国情緒をもたらす効果もあります。
「魔法使いの弟子」の場合は、明らかに茶目っ気たっぷりという感じして、弟子が調子こいている様子が生き生きと
ファゴットの少しとぼけた雰囲気によって表現されていると思います。
そしてもう一つの楽器は、グロッケンです。
グロッケンとは要は鉄琴なのですけど、この曲はかなりの部分で鉄琴を効果的に用い、
普段はあまり目立たないグロッケン奏者に活躍の場を与えます。
同時に、この曲はグロッケン奏者泣かせというか、かなりのテクニックを非常に要し、かなり難しいテクニックを要求しています。

交響詩「魔法使いの弟子」は全体的には、楽しさと魔法と言うミステリアスさを両方醸し出している曲といえると思います。
同時に指揮者の構成美・演出力も求められますので、軽い通俗曲と考えてなめてかかると大変痛い目に遭う曲と言えるのだと
思われます。

吹奏楽コンクールにおいては、1970年代から最近に至るまでコンスタントに全国大会で自由曲として選ばれています。

吹奏楽コンクールでの魔法使いの弟子の決定的名演と言うと二つほど挙げたいと思います。
ひとつは1986年の足立第十四中学校の演奏で、もう一つは残念ながら関東大会でダメ金になってしまい全国大会に
進めなかったものの1993年の常総学院の演奏は名演というレヴェルを軽く超越したものであり、あの演奏は
私も当時在住していた山梨から川崎の産業会館まで駆けつけ聴かさせて頂きましたけど、いまだに
「どうして常総学院はダメ金なの~? 市立柏のあのスカスカ演奏を代表にするのならば余程常総の方が代表に
相応しいじゃん!」と当時は審査結果を聞いてぶーたれたものです・・
1986年の足立十四中の演奏は、伸び伸びと吹いているせいか、音楽が実に自然にすんなりと耳に入ってくる感じでした。
伸び伸びしているのだけど決してふわっとした演奏ではなくて、音楽の切れやシャープな感じや躍動感が見事に決まっていて、
物語としての音楽的速度はかなり速かったようにも記憶しています。

常総学院も足立第十四中もファゴットもグロッケンも大変見事な演奏を聴かせてくれていたと思います。

違いとして、足立十四中のグロッケンは鍵盤打楽器としてのグロッケンで、その形状は冒頭画像のららマジの神代結菜が
使用しているスタンド付のグロッケンです。
私の記憶では、常総学院のグロッケンシュピールは鍵盤打楽器としてではなくて、チェレスタに近い形状の
鍵盤型グロッケンシュピールを用いていたと思います。
(前年のアルプス交響曲でも使用していた楽器と同じなのかもしれないです)

鍵盤打楽器としてのグロッケンは、1980年代以降はどのチームも台というかスタンド付のグロッケンを使用していましたけど、
中学~高校時代の私の記憶では、貧乏公立校の多くはグロッケンを使用する際にはスタンド付という高い楽器ではなくて
教室で使うような机とか安っぽい折り畳みのスチール製パイプ椅子を2台設置して、その上に鍵盤鉄琴を置いて、
撥で叩くというスタイルが多かったような印象もあります。

余談ですけど鉄琴(グロッケンシュピール)が大変効果的に使用されるクラシック音楽の楽曲として、魔法使いの弟子以外では
シベリウスの交響曲第4番~第四楽章を挙げたいです。
シベリウスの交響曲第4番は大変わかりにくい渋すぎる難渋な曲で、第一~第三楽章のあの難解な雰囲気は
私も実はいまだにさっぱり理解できません・・
だけど第四楽章に入ると、突然グロッケンシュピールが登場してきて、天国的な美しい音色を奏でていて、
それまでの音楽があまりにも難解すぎたため、第四楽章に入ると唐突に「地獄から天国にやってきた」みたいな感覚を
感じたりもしますね。


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ららマジで、グロッケンシュピール(鉄琴)を担当している高校3年生の女の子は、神代結菜お姉さまです~♪
神代結菜は器楽部創立メンバーの一人でもあります。

余裕たっぷりの柔らかな物腰、豊満なスタイルと、まさしくお姉さまといったタイプのすてきなJKさんですけど、
その醸し出される大人の魅力は、主人公のプレイヤーすらも惑わせてしまう魅力なのだと思います。
だけど昔から優雅ですてきなお姉さまだったという訳ではなくて、実は昔は孤独にさい悩まされ、心も荒んで荒れていた時期も
あったとの事で、その意味では酸いも甘いもわかるすてきなお姉さまという事なのだと思います。

誰にでも分け隔てなく優しく接しますけど、以前の孤独の反動からなのか好意を抱いた相手には
少々暴走気味な愛情表現を見せることもあるそうでして、
マイペースすぎるあまり、時に理由なく学校をサボるという悪癖もあるそうです。

以外にも実は器楽部の部内でトップクラスの怪力の持ち主であったりもしまして、林檎を片手で握り潰せる七瀬沙希を
圧倒するほどの怪力でもあるそうです。
コントラファゴット担当の七瀬沙希については、昨日の記事で取り上げさせて頂いております・・


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「魔法使いの弟子」のグロッケンシュピール奏者は大変なテクニックと離れ業を求められるのですけど、
神代結菜お姉さまが奏でられるとまさに神業の如くの壮絶テクニックをお披露目されるのかもしれないです。

私個人としては、是非ぜひ神代結菜お姉さまにネリベルの「二つの交響的断章」の冒頭における
チャイム・シロフォーン・グロッケンの3人による執拗な反復の美技を拝見させて頂きたいものです!

そして神代結菜お姉さまは、演奏中の姿もすてきですけど私服もまたまたとても魅力的な御方だと思いますね~♪
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私自身、中学校の吹奏楽部に入部し初めて吹奏楽コンクールに臨んだ年というのは1978年なのですけど、
1978年の課題曲は76年に続いて二回目のマーチと書下ろし作品が混在した4曲の中から選曲するというスタイルなのですが、
改めて振り返ってみると、私自身が吹奏楽部への門を叩いた頃って課題曲のスタイルすらもまだ確立されていない時代でも
あったのですね~
吹奏楽コンクールの課題曲の変遷の歴史を簡単に見ていくと、
1970年代後半から1992年までは書下ろしオリジナル作品とマーチの混合、
1993年から2000年代初期の頃は、奇数年がマーチの年で偶数年が幾分長めの書下ろしオリジナル作品の年と
マーチとオリジナル書下ろしの曲を分離させ、
そして最近は、中学の部限定とか小編成用とか色々と興味深い工夫もある中、
基本的には1970年代後半~90年代初めの頃ののような書下ろし作品とマーチの混合というパターンに
戻ったような感じなのだと思います。

本記事は岩井先生の素晴らしきポップス系課題曲「メイン・ストリートで」の記事なのですけど、
岩井直溥先生のポップス系課題曲と言うと、河辺公一の「高度な技術への指標」と東海林修の「ディスコ・キッド」と合わせて
ポップス系の吹奏楽コンクール課題曲を語る上で100%その存在を抜きにして語る事は出来ないほど
吹奏楽コンクール課題曲の上ではとてつもない貢献度とあまりにも素晴らしい名作課題曲の数々を残されたと
言えるのだと思います。
1976年のポップス描写曲「メイン・ストリートで」は、
1972年「シンコペーテッド・マーチ”明日に向かって”」、1975年「ポップスオーバーチュア”未来への展開”」に続く
岩井先生作曲によるポップス系課題曲なのですけど、ここから後に
1978年「ポップス変奏曲”かぞえうた”」、1989年「ポップス・マーチ”すてきな日々”」と続いていく事を考えると、
「メインストリートで」は、岩井先生のポップス系課題曲の原点にして一つの大きな頂点と言えるのだと思います。
大変残念なことに吹奏楽連盟は、89年の「すてきな日々」を最後に
2013年に至るまでポップス系課題曲を復活する事が無かったのは私としては「大きな損失」と言えるのかもしれないです。
確かにオリジナル書下ろし作品もマーチも大切なのですけど、
吹奏楽をもっと心の底から楽しんで演奏するという観点からポップス系課題曲を取り上げていれば、
もう少し今現在のような技術一辺倒の吹奏楽コンクールから多少の変化はあったのかもしれないです。
2013年に一度ポップス系課題曲が復活したけど、それは1972年~78年のような長期的なウェーブに至っていないのは、
日本における「ポップス系がどちらかというと軽視されている」という潮流の表れなのかもしれないです。

冒頭からいきなり話がそれました・・

1976年の課題曲は下記の四曲です。

A / 即興曲

B / 吹奏楽のための協奏的序曲

C / カンティレーナ

D / ポップス描写曲「メイン・ストリートで」

こうやって振り返ってみると76年の課題曲は名曲揃いですね!
そして演奏技術的にはどの課題曲も決して易しくは無く、特にBの協奏的序曲の難しさは、最近のコンクール課題曲の
難しさに匹敵するようなものさえあると思います。
(特にラスト近くのホルンのあの勇壮な高音の雄叫びはかなりの難易度があると思います)
課題曲Aの「即興曲」の作曲者の後藤洋さんは作曲当時は秋田県の高校生という事で、当時はかなり話題になって
いたと思いますし、高校生がこんな渋くて表現するのが大変難しい曲を書けてしまう事自体
凄い事なのだと思います。
後藤洋さんの課題曲というと私自身が高校3年の時に実際に演奏した「カドリーユ」の方が私的には大変馴染みが
あるのですけど、即興曲の表現の難しさは正直今現在の視点でも「よくわからない・・」という感覚はあるように思えます。
後藤洋さんというと最近の若い世代の皆様ですと、激辛評論家というイメージもあるのかもしれないですけど、
私にとってはカドリーユという大変かわいらしくてエレガントで粋な曲の作曲家で、
例えば組曲「動物の謝肉祭」・歌劇「トゥーランドット」等のすてきなアレンジャーという印象の方が強いですね。
課題曲C/カンティレーナの作曲者の保科洋先生は、1976年当時既にカプリス・カタストロフィー・交響的断章等で
大御所作曲家というイメージすらあったのに、あれから40年以上近くの歳月が流れているのに、
いまだに現役で作曲・指揮・教職活動をされている事には本当に頭が下がる思いで一杯ですし、保科先生の盟友の
兼田敏がとうの昔にご逝去されている事を思うと、保科先生にはまだまだ現役で頑張って頂きたいです!
そして保科先生の最近のあの素晴らしき名作「復興」もこの先もずっとずっと演奏され続けて欲しい気持ちで一杯です!
カンティレーナは、当時の保科先生と言うと陰気で暗い雰囲気な曲が多いというイメージの中、
この課題曲はまるで「カドリーユ」みたいにかわいく粋でチャーミングな曲であり、
私自身このカンティレーナとカタストロフィーが同じ作曲家の曲とは今でも信じられないです・・
そしてカンティレーナは全国大会でかなりのチームが演奏していましたけど、そのほとんどがちょっと力んでしまって
本来は軽い雰囲気の曲なのにまるで大歌劇のグランドマーチでも聴いているかのような雰囲気の演奏が多かったのは
ちょっともったいなかったです。

さてさてそうした名曲揃いの1976年の全日本吹奏楽コンクールの課題曲の中でも、
課題曲Dのポップス描写曲「メイン・ストリートで」はポップス系課題曲という歴史的意義においても、曲の楽しさ・親しみやすさ
という意味においてもこの課題曲が世に登場してから既に42年の歳月が経過していますけど、その普遍的価値は
色褪せる事も無く光り続けていると思います。

このポップス描写曲「メイン・ストリートで」は、とある街のメインストリートの一日の様子を表した曲であるそうでして、
夜明け〜朝〜昼〜夜という場面展開が4分程度の曲の中に潜んでいたりもします。
一般的にポップス系課題曲というのは、高度な技術への指標やすてきな日々に代表される通り、
冒頭からどっか~ん!とエネルギー炸裂という印象があるのですけど、この「メイン・ストリートで」の冒頭は
そうしたどっか~ん!という感じではなくて、むしろ落ち着いた雰囲気で爽快な気分のままゆったりと展開されている
印象があるのは、この曲に元々朝・昼・晩という場面展開があるからであり、冒頭が朝の街の風景をイメージ
しているからなのだと思います。
ちなみにこの曲の原曲の編成にはエレキベースやドラムセットが入っていたりもします。
最近の吹奏楽連盟の規定では、エレキベースは使用禁止となっていますので、ポップス系の曲にはドラムセットとベースは
不可欠と考えていた直井先生にとって、もしも先生がご存命だったとしたら吹連に文句と抗議を
されていたのかもしれないですね~!
「メイン・ストリート」は上記で書いた通り冒頭はゆっくりとした、落ち着いたテンポでメロディーが歌われ、
その次にドラムセットなどが加わったゆっくりとしたポップスになり、
そしてここからテンポが加速し速いポップスとして展開されていきます。
クラクションの音をトランペットで表現するなどメイン・ストリートの様子を音で表した表現もあったりします。
陽が落ちると静かになり人気がいなくなった大通りを色っぽく表してクライマックスを迎え、
最後はヴィヴラートを利かせながらしっとりと曲が閉じられていきます。

そうそうこの課題曲のタイトルの「メインストリート」とは、
岩井先生が作曲当時住んでいた中野駅近くにあるブロードウェイ商店街との事ですけど、
岩井先生のインタビュー記事を読んでみると、実際はブロードウェイ商店街というよりはその手前に位置している
中野駅北口の「サンモール商店街」をイメージしているらしいです。
ちなみにですけど、サンモール商店街は、昔は「中野美観商店街」(「北口美観商店街」とも)という名称だったそうです。

実はなのですけど、私自身1985~87年の3年間は中野周辺に住んでいて、当然ながらサンモール商店街や
中野ブロードウェイは当時は頻繁に通行・利用していたものです。
ブロードウェイは、今でこそ「おたくの聖地」とか「まんだらけ」でかなり有名になっていますが、
私が当時中野に住んでいた頃は、まんだらけは、明屋(はるや)という大きな書店とゲーム店に挟まれた小さな店舗という
印象でした。
当時は、ゲーム店や雑貨店とか古銭とかの店などがある階の一つの店に過ぎないという
印象しかありませんでしたが、まさかあそこまで大きく発展するとは夢にも思いませんでした。
まんだらけは現在はマザーズ上場企業ですからね!
本店が入っている中野ブロードウェイ内のまんだらけは、
ビル内の大半がまんだらけ関連のお店というのも凄いですし、あれはいつ見ても壮観ですね!
1987年当時には少なくてもブロードウェイ内には1店舗しかなかった頃のまんだらけを知っている私にとっては、
「時代も変化したね・・」と感じずにはいられないですし、
私以上に驚いているのは岩井先生なのかもしれないです!
jまんだらけは中野ブロードウェイを日本屈指のおたくビルへと変貌させるきっかけを作ったと言っても
過言ではないのかもしれないですね!

ポップス描写曲「メイン・ストリートで」は1976年の全国大会においては計21チームが演奏をしています。
結果的に中学・高校・大学においては金賞チームはゼロで、正直言ってスクール部門においては
「これは素晴らしい演奏!」と感じる演奏は少なかったように思えますし、この当時も今現在も
スクールバンドの指導者も奏者たちも「ポップスを演奏するにあたっての基本的な注意事項」等知らない人が
ほとんどであったという事なのかもしれないです。
特に高校の部においてはそうした傾向がありましたけど、あたかもクラシック音楽のアレンジ版を演奏するかのように
ちょっと硬質な響きで堅苦しい演奏をしているような雰囲気もあったと思います。
中学の部においては「あ、この演奏いいかも~」と唯一感じさせてくれたのは四国代表の富田中ぐらいだったと思います。
(富田中の自由曲の交響的詩曲「地底」もあのおどろおどろしさは素晴らしかったです!)
ポップス描写曲「メイン・ストリートで」は一般と職場の部で3チームが金賞していますけど、こうしたポップス系の課題曲を
正しく理解して正しいポップスとしての奏法で楽しくのびのびと演奏できるのは、やはり一般・職場といった
大人の部門でないと中々適切に表現できないという事なのかもしれないです。
金賞チームの中で、よく吹奏楽評論家の皆様から高い評価を得ているのはブリジストン久留米だと思うのですけど、
私的にはあの演奏はちょっと堅苦しくて、確かに技術的には最高峰なのかもしれないですけど、
もう少し吹っ切れた感じで思い切った表現をしてほしかったようにも思えますし、もう少し弾ける感じは欲しかったようにも
感じられます。
そうした意味においては、やはりこの課題曲の全部門を通して最大の名演は誰が何と言っても牟田先生率いる
瑞穂青少年吹奏楽団なのだと思います。
あの演奏は今現在の視点で聴いてもプロ顔負けの演奏だと思いますし、とにかく奏者一人一人が実にのびのびと楽しんで
吹いている雰囲気が隅々に感じられ、まるでミュージカルを聴いている様な気分にすらなれると思います。
そしてこの年の瑞穂は自由曲のリードの「ジュビラント序曲」も本当に素晴らしい演奏を聴かせてくれていたと思います!

瑞穂のジュビラント序曲は 5分10秒で完奏し一気に畳み掛けるスピード感溢れる素晴らしい名演だと思いますし、
とにかくソロクラリネットが本当にめちゃくちゃ上手いと思います。
この曲は作曲者のリードが東京佼成を指揮して自作自演の演奏もCDとして残していますが、
テンポが意外とゆっくりで演奏時間は6分半程度です。
瑞穂みたいな「若々しい」感じではなくて「大人としての演奏」を聴かせてくれています。

あの年の瑞穂は課題曲で大人の演奏をのびのびと伝えてくれていて、自由曲でやんちゃな少年みたいな演奏を
おおらかに聴かせてくれていて、最近の吹奏楽コンクールでは多分味わえないような自然な高揚感を聴かせてくれているのは
本当に素晴らしいと思いますし、ああいうチームが今後出現する事はもうないのかな・・?と
感じてしまう事もあったりもしますね。


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ポップス描写曲「メイン・ストリートで」の本来の原曲においては、本格的なドラムセットの他に、楽譜の上では
指定楽器の一つとして「エレキベース」もちゃんとあったりもします。
上記で触れたとおり、現在の吹奏楽連盟のコンクール既定ではエレキベース・エレキギターの使用は禁止となっている
のですけど、例えばメリッロのアメリカの騎士とかラムのイーゴル・ファンタジーにおいてエレキベースはかなり効果的に
使用されていますので、エレキベースが使用できないこれらの曲を吹奏楽コンクールにおいては、
本来の響きを味わえないのは少し勿体ない感じもありそうです。

「ららマジ」においてこのエレキベースを担当している女の子は楓智美という高校1年生の女の子です!

楓智美は義理人情に厚いやんちゃな性格で、後輩の面倒見も良い情熱的なJKさんでもあります。


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楓智美は器楽部員で構成されたバンド「フロウライン」ではベースを担当していて、器楽部・吹奏楽部としての
大規模編成での合奏ももちろんすてきですけど、けいおん!やバンドリ!を彷彿とさせるガールズバンドでベースを担当
しているというのもとても素晴らしいです~♪

バンドリを見ていると、ドラムやギター・キーボードといった楽器はむさくるしい男どもが演奏するよりは、ららマジ等の
美少女の皆様やJKさんの方が断然見映えがしていると思いますね~

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