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プロフィール

ぬくぬく先生 

Author:ぬくぬく先生 
開設当時は、1980年代吹奏楽コンクールの花輪・秋田南・就実・仁賀保・屋代等の素晴らしい演奏を後世に少しでも伝える事が出来ればいいなと思ってこのブログを始めたのですけど、いつのまにか「東方Project」がメインになってしまいました・・・
最近は「艦これ」も大好きです!!
吹奏楽も東方も自分が感じた事を少しでも後世の方に受け継がれるべきものが残せればいいかな・・と思っています。
ちなみに、「大好きプリキュア四天王」は、ドリーム・メロディ・ハッピー・ラブリーです。
ドリームとメロディは自分の中では既に殿堂入り状態ですけど、
現在はラブリー大好き!!のラブリー一辺倒です!!
リアル社会では、建築関係のクレーム&アフター責任者を専従し、毎日毎日クレーム対応に当たる日々です。
裏の顔は東方と吹奏楽とクラシック音楽一辺倒です・・・
特に特に大好きな作品は・・・プリキュア5とスイートとハピネスチャージです!!
ちなみに、奥様は・・・ミルキィローズとセーラームーン好きの管理人以上のおこちゃまです・・・
東方で大好きなキャラは、とにかく大好きキャラがてんこ盛りで、全員大好き!という感じなのですけど、特に、さとり様・ゆかりん(紫様)・早苗さん・こいしちゃん・アリスはお気に入りです!!
吹奏楽では・・ネリベルの「二つの交響的断章」と「アンティフォナーレ」、スパークの「ドラゴンの年」、リードの「オセロ」と第二組曲「ラティーノ・メキシカーナ」、パーシケッティーの「仮面舞踏会」、C・スミスの「ダンス・フォラトゥーラ」などが死ぬほど好きで、クラシック音楽では、ウォルトンの交響曲第1番と矢代秋雄の交響曲、プロコフィエフの交響曲第5番、アーノルドの交響曲第2番、第4番、ショスタコの交響曲第7番「レニングラード」、マーラーの交響曲第3番「夏の朝の夢」、ハンソンの交響曲第2番「ロマンティック」、ストラヴィンスキーの「火の鳥」、ベルクの「ヴァイオリン協奏曲」、ラフマニノフの「交響的舞曲」などが大好きです!!
クラシック音楽を吹奏楽にアレンジし、そのコンクールヴァージョンの演奏としては・・・
1982年の就実高校の「幻想舞曲集」と
1987年の習志野高校の「ダフニスとクロエ」第二組曲の演奏、そして、
1987年の雄新中の「エルザの大聖堂への厳かな行列」が
まさに私の「原点」です。
最後に・・・
私の吹奏楽との関わりの真の意味での「原点」は・・・
1979年の市立川口高校の神がかり名演としか言いようがない
「二つの交響的断章」に尽きると思います!!


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「バリ好いとーよ♥」 というセリフは漫画「博多弁の女の子はかわいいと思いませんか?」でもすっかりお馴染みと
なっているセリフのひとつですし、博多弁をしゃべるかわいい女の子からこんな風に言われたら
とっても嬉しいものがありそうですね~! (笑)
そしてこういう女の子と博多のおいしいとんこつラーメンを一緒に食べに行き
「あなたもとんこつラーメンもバリ好いとーよ♥」 となんて言われたら至福のひと時なのかもしれないですね~

「ラーメン大好き 小泉さん」の中では、とんこつラーメンも何度か登場していました!

最近では「とんこつラーメン」のカップヌードルも随分と進化し美味しくなったと思います。
20世紀頃にも既にそうしたカップヌードルとしてのとんこつラーメンもかなりの数が商品化されていたと思うのですけど、
その中には大澤悠の「白いスープで濁ってるのはとんこつ・・」という認識程度で作られたと思えるような激マズの
とんこつカップ麺もあったように思えるのですけど(汗・・)
博多の本場そのもののイメージに近そうな本格的なとんこつカップ麺もありますし、九州にお住いの皆様にとっては
「こんなマイルドなとんこつスープはとんこつラーメンじゃない!」とお感じになるようなあっさり系のとんこつラーメンも
ありますし、とにかくその進化は現在進行形で日々変化を重ね続けている事は素晴らしいと思いますし、
開発者等関係者の皆様の日々の努力には敬意を表させて頂きたいと思います。

以前なのですけど、自宅近くに「スープ革命」というとんこつラーメンのお店があり、一度「果たして何がスープ革命なのだろう?
どのような味がするものか・・?」と興味津々で食べに行ったのですけど、
結果は大変残念なものがありました・・
というのも、確かにとんこつスープの味はドロッとした濃厚なとんこつな味で、そこに鶏ガラやさまざまな野菜と果物のエキスや
貝の味覚などもじんわりと伝わってきていて、スープだけを飲んだら「とてもおいしい」と感じたものでした。
しかしいかんせん、スープと麺のバランスが大変悪くて、立派なスープに対して麺がとてつもなく貧相で、いかにも
業務用スーパーで大量に売られている平打ち麺を購入しそのまま使用しましたという感じであり、
結果的においしくて濃厚で深みがあるスープに対して貧相な麺にしょぼい具材と言う事で、とてつもなくバランスの悪さを感じ、
これが結果的に「残念なラーメン」と感じた大きな要因となっていたと思います。
確かにスープ革命という看板名においては「看板に偽りなし」という事だったと思うのですけど、改めてラーメンと言うものは
スープと麺と具材のバランスで構成されていて、スープだけが突出して美味しくても麺がそのスープにそぐわない麺だと
ラーメンという一つの完成した料理においては、食べたものにとっては不満足な結果しか生じないものだと
改めて認識させられたものでした。

上記にて、とんこつラーメンのカップ麺も相当進化し美味しくなったと記させて頂きましたけど、具体的にどのあたりが
進化したのかと言うと、麺のもちもち感やスープのおいしさ、具材のチャーシューの充実した肉感などたくさんあると思いますが、
特に凄い・・と感じさせるのは上記の「麺とスープのバランス感」なのだと思います。
本記事において、マルちゃん正麺の「濃厚とろ豚骨」のカップ麺をレビューさせて頂きますけど、マルちゃん正麺は元々、
麺がまるで生麺のようにモチモチ感があり、麺の美味しさには定評があると思いますし、既に一定以上の評価は得ている
一つのブランドと言えると思います。
そうした大変おいしい麺であっても、この美味しい麺とのバランスがあまり合わないようスープだと期待外れになっていまうと
思いますし、「もう一度購入してみたいカップ麺」にはならないと思います。
だけど、このマルちゃん正麺の「濃厚とろ豚骨」のスープと麺のバランスは最高だと思います!
元々が美味しい麺にこれまたおいしいスープが見事に絡んできますので、麺とスープのバランス感が見事に図られていると
思いますし、結果的に麺とスープがほぼ完璧に融合しているようにも感じられます。

一般的にとんこつラーメンは、本場の博多や久留米だとバリカタとかハリガネとも呼ばれるゆで時間が1分程度の
麺が硬いラーメンという印象もありますし、例えば、明星のチャルメラ・とんこつ味だと待ち時間が2分程度となっているけど、
私の印象では1分~1分半の待ち時間の少し硬めの麺の方がむしろ美味しく感じられるという事もあると思います。
マルちゃん正麺シリーズはどの味も、熱湯を注いでからの待ち時間は5分となっているのですけど、
本場のとんこつラーメン好きの皆様の観点では「そんなに待ち時間が長いと麺の硬さが実現できんばい!」と
言われるのかもしれないですけど、マルちゃん正麺シリーズの麺は、元々が生麺のような食感を追求したラーメンでも
ありますので、マルちゃん正麺の「濃厚とろ豚骨」に関しては、バリカタのような麺の硬さは求められない方がいいのかも
しれないです。
実食してみるとわかるのですけど、決して硬い麺ではないのですけど、あの独特の生麺の食感のような麺でも
あのおいしいスープと見事に融合していると思いますし、上記で記した麺とスープのバランス感も申し分ないと感じますし、
これはこれで立派なとんこつラーメンではないのかな・・?と感じたりもします。





マルちゃん正麺と言えば、即席麺業界の革命を起こしたと言っても過言ではない程の大ヒット商品だと思います。

この商品は発売当時は袋麺としての発売で、当時CMで役所広司さんが美味しそうに宣伝されていたのが大変印象的で、
私も物は試しと思って食べてみたのですけど、あの衝撃は凄まじかったですね~!
インスタント麺なのにまるで生麺みたいな食感の麺が出来るんだ~!と当時はびっくりしたものですし、
「こんな美味しいインスタント麺は食べた事が無い!」と心から実感したものでした。

そして数年後に袋麺としてだけではなくてカップ麺としてもこのマルちゃん正麺が発売されましたけど、
より手軽に食べられるようになっただけでなく、スープと麺の素晴らしい絡みが申し分なかったせいもありますし、
とにかくめちゃくちゃ美味しい!としか評価のしようが無い美味しいカップ麺が降臨したものだ~!と当時感じていたものでした。

カップ麺の領域をとっくに超越した商品だと思いますし、生麺ではないけど生麺のような感じをきちんとカップ麺の乾燥麺で
再現できているのは驚愕です!

マルちゃん正麺の「濃厚とろ豚骨」は以前は西日本方面限定発売でしたけど、最近では東日本でも販売圏が拡大され、
関東でもあの味を味わえるようになったのはとてもありがたいことだと感じます。


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粉末スープ、液体スープ、具材はチャーシュー、きくらげ、ねぎが入っています。

チャーシューは相応の厚さもありのすけど、個人的にはマルちゃん正麺シリーズの醤油味に入っているチャーシューの方が
本場感や肉の充実さは感じられます。
とんこつ味でも醤油味のチャーシューを使った方がいいようにも感じられたりもします。


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全体的にはマイルドな豚骨スープで、本場の豚骨ラーメンの豚肉の強烈臭はほとんどないです。

濃厚とろ豚骨となっているのですけど、決してドロドロしているスープではなくて、適度にとろみがついているという印象です。

濃厚と記されていますけど、普通の豚骨ラーメンよりは少しだけ味が濃いという味だと思います。

メーカーの説明では、
「自家製の豚骨だしを使用し、ガーリックなどの香辛料でバランスを調えたコクのある豚骨スープ」との事で
スープとしてのバランス感も優れていますし、濃厚こってりという味ではなくて、むしろ「すっきり」という後味が感じられます。

旨味しっかりで、豚骨スープらしい甘みもほのかに感じられとても美味しいです!
脂ぎった感じもさほどなくこのスープは万人受けすると感じられますし、特に東日本の方がウケが良いようにも
感じられたりもします。
そしてやはり麺とスープのバランスが見事に図られているという側面もとても大きいと感じられます。

これは是非もう一度食べてみたいとんこつラーメンであるのは間違いないと思います。


うまか


話は変わりますがカップ麺のとんこつラーメンで私の中で大変印象的な商品が明星食品の「うまかめん」でした!

当時のカップラーメンの主流は圧倒的に醤油とみそで、塩ラーメンすらが珍しい時代でしたので、
そうした中、こうしたとんこつラーメンというのは当時としてはかなり珍しいという感覚もあり、
その目新しさとか、当時は「とんこつラーメン」を出すお店も当時住んでいた東北地方には少なかったという事情もあり、
目新しいしあまり食べた事がない味みたいな感覚で1980年の発売時から大好きな味でした!

一般的に「とんこつラーメン」というと、匂いが少し強烈とか
個性やアクが強いラーメンという印象もあったりするのですけど、この「うまかめん」は、とにかく味がマイルドで、
とんこつラーメンなのに、その「さっぱりとした感じ」が私は大好きでした!

この明星食品のうまかめんは、1980年に発売され、しっかりとした食感で歯切れが良い細麺に、
こってりなのにスッキリとした豚骨スープが売りだったと思います。
昭和を思い出す懐かしいすっきり豚骨ラーメンだと思います。
現在のとんこつラーメンの主流は「こってり」だと思うのですけど、このうまかめんのマイルドさとかすっきりとした味というのは、
本場の方から見ると「反則じゃん・・」みたいなものかもしれないですけど、私はこうした味も大好きです。
かやくは、焦げめを付けた豚バラ肉のやきぶた、玉子・なると・小ネギが入っていますけど、このやきぶたも
なかなかだと思います!

だけど惜しまれる事にこの「うまかめん」は1980年代の終わりには姿を消し、
感覚としては「いつの間にか店頭から消えていた・・」みたいな感じだったと思います。

しかし、嬉しい事に、2008年4月21日にその「復刻版」が期間限定商品として発売されていたのは、とっても嬉しかったです!

あの時なのですけど、私は嬉しさのあまり、2ケースばかり大人買いをしてしまったほどでした!! (笑)

久しぶりに食べた際は「なつかしい~!! そうそう、この味、この味!!」と感じ、
まとめ買いはしたものの、もったいなくて中々食べることが出来なかった・・という記憶がありますね。

それ以降は復刻版としても発売されてはいないのですけど、機会があれば是非また一時的に復活して欲しい
商品の一つだと思います!



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上記でとんこつラーメンのすてきなカップ麺としてのレビューをさせて頂きましたけど、「ラーメン大好き 小泉さん」第7話にても
このとんこつラーメンの事は小泉さんによって熱く語られています!

第7話は大澤悠が美沙・潤と共に夏休み初日と言う事で「どっかに遊びに行こう」と言う事で浅草まで遊びに来たのですけど、
悠は事前に(当然ながら)小泉さんに対して「一緒に遊びにいこっ・・」とお誘いします・・(笑)

悠 : とりあえず明日どこかで遊ばない?
小泉さん : お断りします。明日は旅行に行くので
悠 : えっ、どこに?
小泉さん : 日本全国です

この流れは「ラーメン大好き小泉さん」のすてきなお約束ですね~
ストーカーの如く(?)毎回毎回悠は小泉さんに「小泉さ~ん! ラーメン食べにいこっ!」とお誘いして毎度の如く
「お断りします・・」と冷たくあしらわれるのは、このアニメ作品の中では小泉さんのラーメン完食時におけるあの恍惚の表情の
あの「ふは――」と同様に大いなる見どころの一つだと思います~!

小泉さんはこの第7話にて日本全国ラーメン食べ歩き旅行と言われていましたけど、それは早い話が
悠たちが遊びに来ていた都内の浅草にラーメンを食べにくると言う事なのですが、
浅草こそが日本のラーメンの一つの原点とも言えるそうでして、この浅草を起点として全国でさまざまなラーメンが
生まれていったそうです。
そして浅草にはそうした理由で全国各地のさまざまなご当地ラーメンの店舗が勢揃いしているそうでして、
小泉さんの「日本全国ラーメン食べ歩き旅行」というのは、浅草で全国各地のラーメンを食べまくるという事だったのです。

大澤悠が美沙や潤と別れて一人になった時にここに現れたのがあの小泉さんだったのでした~!

なんだかんだいってこの二人はどこかで繋がっているのかもしれないですね・・

そして悠は小泉さんとバッタリ偶然出会ったのをいい事に、小泉さんに一緒にラーメンを食べ歩きに行く事を
懇願します。

小泉さんはここで悠にすてきなラーメンうんちくを披露します。

小泉さん : 
諸説いろいろありますが今から百年以上前に浅草で創業した庶民的な中国料理店・来々軒が提供した醤油味のラーメン
それがチャーシュー、メンマが乗った日本のラーメンの原型だとされています。
この店の店主は浅草生まれの浅草育ちでラーメン発祥の地、浅草に想いを馳せて昔ながらの懐かしい味を
作り続けているのです

悠 : そうなんだ…だから懐かしい味がしたんだね。それにしても、私服の小泉さん初めて見たよ

小泉さん : それでは私はこれで

悠 : あ…小泉さーーん!私も連れてってー!

小泉さんは悠の「私服の小泉さん初めて見た」というセリフに何やら「やばい・・」と察知し悠から離れようとするのですけど、
悠は逃しませんでしたね~!
そしてここに二人の浅草での「日本全国ラーメン食べ歩きの旅」が実現する事になるのです!

小泉さんのラーメンに対する思いの深さと言うのか、小泉さんにとって浅草とは「ラーメンの聖地」と言えるのだと思いますし、
浅草でラーメンを食する事が小泉さんにとって至福のひと時であり、
同時に浅草でラーメンを食べる=日本全国各地のラーメンを食べるという事なのだと思います。

ここ浅草は…すべての始まりの地、なのです
この店の店主は浅草生まれの浅草育ち
ラーメン発祥の地、浅草に想いを馳せて昔ながらの懐かしい味を作り続けているのです
東京は下町で生まれた醤油ラーメンがさまざまな形に進化して全国に広がり、
ここ…浅草を巡るだけでも日本中のいろいろなラーメンと出会う事が出来るのです

この小泉さんの言葉にこそ「小泉さんのすてきなラーメン愛」が凝縮されているのだと思います。

悠 : そっか…!小泉さんはホントに旅行してたんだね
小泉さん : 最初にそう言ったじゃないですか
悠 : そっかあ…私、小泉さんと一緒に旅行してるんだ

浅草から広まったラーメンが…九州で豚骨になり、こうしてまた――

東京に帰ってきたんだ…

こうやってラーメンの事をしみじみと語る悠と小泉さんはこの時だけはすてきな夫婦みたいなものもありました。

小泉さんは本当にラーメンの事を語る時は幸せそうに語っていますよね・・
普段のあの無愛想さがまるでウソみたいです・・

後半において、小泉さんはとんこつラーメンについて大変熱く語りだします!

小泉さん : 一言に…博多ラーメンと言ってもさまざまです。
        この店は豚骨発祥の地、久留米の味を受け継いだコクのあるスープとストレートの細麺が特徴です。

小泉さん : そしてこちらは佐賀の有名店、精養軒の味を継承する伝説の佐賀ラーメンです。
        数ヶ月熟成させた濃厚な豚骨スープとふっくら柔らかい麺が特徴です。

悠 : 麺がふっくらしてる…豚骨ラーメンにもいろいろあるんだねー

「人生いろいろ、会社もいろいろ、ラーメンもいろいろ、そして豚骨ラーメンもいろいろと言う事なのだと思います。

そう言えば、小泉さんは基本的には学校の制服でラーメンを食する事が多いのですけど、こういう私服の小泉さんも
とってもかわいいですね~!
小泉さんは、基本的にはヘンな美少女なのですけど、何もしゃべらずラーメンを食べなければ普通の美少女なのかも
しれないですけど、小泉さんからラーメンを取ってしまうと、小泉さんらしい個性が完璧に消えてしまいそうですね・・

やっぱり小泉さんはラーメン大好きのヘンな美少女としての小泉さんのままでいてほしいですね~(笑)
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兼田敏の吹奏楽作品と言うと、やはり最も知名度と演奏頻度が高いのは「シンフォニックバンドのためのパッサカリア」なのだと
思います。
(大変古い話ですけど、1981年の支部大会で演奏された曲目の中で全部門を通して最も演奏された曲目が
パッサカリアであったりもします)
兼田敏の作品で演奏される頻度と言うと吹奏楽コンクールでもコンサートでも圧倒的にパッサカリアなのだと感じますし、
他にもバラード・序曲・エレジー・交響的瞬間・交響曲などの優れた作品も多々あるのだとは思いますが、
やはり代表作と言うとパッサカリアという事になってしまうのだと思います。
兼田敏は吹奏楽コンクールの課題曲も幾つか作品を残していて、私の世代よりも一回り上の世代の皆様ですと
1967年の課題曲の「ディヴェルティメント」を思い出されるのかもしれないですし、
私の年代ですと1986年の課題曲B「嗚呼!」を思い出されるのだと思います。
(私自身は大学の吹奏楽団で嗚呼!を演奏しましたけど、あの課題曲はあの焦燥感と重たさが私にとってはちょっと嫌でして、
この課題曲を吹くのだったら、変容・序曲・テイクオフを演奏してみたかったです! 汗・・)
ちなみに私の世代においては、兼田敏というとパッサカリアと嗚呼!以外では、
日本民謡組曲「わらべ唄」~Ⅰ.あんたがたどこさ Ⅱ.子守歌 Ⅲ.山寺のお尚さん を思い出される方も
多いような気もします。

それにしても兼田敏の死はあまりにも早過ぎたと思います!
享年67歳だったと思いますが、まだまだこれからが円熟期という感じでしたし、これからも日本の吹奏楽の発展のためには
絶対に欠かすことは出来ない貴重な人材と誰しもが思っていた御方でしたので、その早過ぎる死には心より
お悔やみを申し上げたいと思いますし、故人のご冥福を祈るばかりです。
盟友の保科洋が、現在、吹奏楽コンクールでは大人気となっている「復興」を作曲され保科洋自身が再ブレイクを
果たしているような感じでもありますので、「波の見える風景」の真島氏共々「惜しい方を亡くしたものだ・・」と
無念に感じるばかりです。

兼田敏の吹奏楽作品についてそのタイトルの表記なのですけど、
ある時は、「吹奏楽のための」と表記され、ある時は「シンフォニックバンドのための」と表記され、
そしてまたある時はウィンドオーケストラのための」と微妙に変化しています。
これは兼田敏の吹奏楽について年を重ねるごとになにか意識の変化みたいなものがあったという事なのかもしれないですし、
晩年の作品の「ウィンドオーケストラのための五つのシンフォニックイメージス」というまるでウェーベルンみたいな作品を
耳にすると、「兼田敏はパッサカリアや序曲で見せたような吹奏楽に対する一つの方向性とは別になにか
他に考えがあったのかもしれないし、なにかやり残した感じがあるのではないのか・・?」といった事をついつい詮索
してみたくもなってしまいます。

兼田敏の作品って全体的には例えばバラード・エレジー・交響的瞬間・嗚呼!に代表されるように大変内省的な印象が強く、
心の風景とかその人の心の中の本音を恥じらいを込めてひそやかにあぶりだしていくといった奥ゆかし」みたいな
作風という印象が私の中であったりもします。
そうした意味において、パッサカリアは珍しくエネルギーを外に向けて思いっきり発散させているようにも感じられますし、
シンフォニックバンドのための序曲や交響的音頭や日本民謡組曲は「日本人でないとなかなかわからないわびさびの世界」を
表現しているように感じたりもしています。

「吹奏楽のための交響的音頭」はある意味異色な曲なのかもしれないです。

交響的音頭は、人によっては日本版ボレロと言われることもあります。

「ボレロ」はラヴェル作曲の大変メジャーな曲で、曲の開始から小太鼓が一定のリズムを最後まで叩き、
メロディーは終始変わらないものの、楽器を変えることで曲に変化を付けて延々15分程度繰り返していくという曲です。
(ラスト3分前あたりから小太鼓がもう一台追加され計二台で叩き、
 ラスト1分前辺りでティンパニが変調した所でメロディーラインに初めて変化をつけるという構成も素晴らしいです!)
「交響的音頭」はボレロと同じように終始打楽器が一定のリズムを叩き、
(ボレロのように小太鼓だけというのではなくて、ティンパニ・小太鼓・大太鼓・シンバルという
 打楽器セクションとしてリズムを終始刻む事がボレロとの大きな相違点と言えると思います)
そのリズムに乗っかる形で、様々な管楽器の組合せが、同じような素朴なメロディーを延々と8分近くつないでいくという
ある意味単調でモノトーンのかたまりみたいな曲です。
一定のリズムを繰り返し反復という意味においてのみボレロとこの交響的音頭の類似性はあるのですけど、
ボレロはそれでも楽器とサウンドの変化という側面が感じられるのに対して、兼田敏の交響的音頭は
ひたすら素朴に執拗に同じようなメロディーを延々と語り継いでいきます。
この曲のリズムの要であるチューバの「ボン・ボン」という素朴な後打ちもそうした印象を一層引き立てていると思います。

この曲誰もが感じると思うのですけど 、一言で言うと、非常に泥臭い曲と言えると思います。
悪く言うと、「何の突っ込みもボケもなく淡々と鄙びた旋律を打楽器の一定のリズムに乗っけた何のオチもない曲」とも言えます。
この鄙びた感覚、素朴な村祭りの行列みたいな感覚は、西洋の感覚では理解しにくいものがあるかもしれませんし、
日本人だから「何となく気持ちで理解できる」みたいな感覚の曲と言えるのかもしれないです。

この「交響的音頭」は技術的にヘタなチームが何の工夫も無く気持ちを込めないで演奏されると、とてつもなく退屈で
冗長に聴こえるのですけど、うまいチームが演奏し日本人のわびさびの感情を込めて演奏されると
とてつもなくツボにはまってしまう曲と言えると思います。
泥臭い日本的な吹奏楽作品というと、例えば渡辺浦人の交響組曲「野人」とか小山清茂の太神楽や木挽歌など色々と
あるとは思うのですけど、この交響的音頭の泥臭さを超える邦人作品は
多分これから先も出てこないような予感すらあります、
この曲自体に洗練のせの字もないというのも大変面白いですし、
この曲がパッサカリアの兼田敏と同じ作曲者というのもすてきな多様性と言えるのかもしれないです。

だけどこの曲自体が有している泥臭さと単調さは、吹奏楽コンクールではウケが悪いと思われます。
練習過程において、多分ですけど指揮者もその単調さにイライラするのかもしれないですし、奏者もこの曲の素朴な情感に
心の底から共感できる事も少ないのかもしれないです。

吹奏楽コンクールにおいて、全国大会で演奏されたのは1984年の金津中学校の一団体のみに留まっています。
1984年の金津中の演奏は私も普門館で生演奏を聴いていましたけど、ちょっと残念な演奏で結果も当然の銅賞でした。
金津中は、他の兼田敏の作品(パッサカリア・序曲)とかチャンスの「朝鮮民謡の主題による変奏曲」は
情感たっぷりの見事な演奏を聴かせてくれているのに、この年の不調はやっぱり曲自体の単調さにあるのかもしれないです。

小太鼓がある一定のリズムを刻み、これに管楽器・弦楽器が絡んでいき盛り上がっていくという
「ボレロ」の手法を用いた曲としては、交響的音頭以外においても古今東西で散見されたりもしています。
その具体的事例として、

〇橋本國彦/交響曲第1番第二楽章

〇アーノルド/組曲「第六の幸福をもたらす宿」~Ⅲ.ハッピーエンディング

〇ショスタコーヴィッチ / 交響曲第7番「レニングラード」~第一楽章

〇ヨハン・デ・メイ / 交響曲第1番「指輪物語」~Ⅴ.ホビットたち

などか挙げられるのかもしれないです。

この中でも特に優れた作品として挙げたいのはショスタコーヴィッチ / 交響曲第7番「レニングラード」~第一楽章です。
レニングラードも小太鼓が終始一定のリズムを叩く中で、オーボエ・ファゴット・フルート・クラリネット等の管楽器のソロを
交えながら徐々に高潮していくスタイルを取っていて、
第一楽章のこボレロの部分が終わった後のドラのゴワワーーーンというとてつもない響きや
金管セクションの咆哮など全体的に凄まじい迫力があると思います。
ラストは、小太鼓のボレロのような繰り返しのリズムが弱奏で刻まれる中、
ミュートを付けたトランペットの幾分寂しそうな感じというのか、
「まだまだ戦争は続いている」といった暗示のような感じで静かに閉じられるというのが
ショスタコーヴィッチとしてのリアルティー表現と言えるのかもしれないですね。

ボレロの場合、優雅に静かにゆったりと徐々に徐々に盛り上がっていくのですけど、
交響曲第7番「レニングラード」の場合、かなり早い段階から金管セクションが咆哮し、
小太鼓もいつの間にか、2台目、そして3台目と加わっていき、
そしてテンポもどんどんヒートアップしていき、最後は破綻するかのように全音で爆発していき
このボレロの部分は終焉を迎えます。
ラヴェルのボレロの場合は最後の最後で、それまで保っていた形式美を崩壊させるといった
ラヴェルの悪趣味みたいなものを感じさせてくれます。
(ラヴェルの最後の最後での形式美の崩壊という楽曲として、左手のためのピアノ協奏曲や舞踏詩「ラ・ヴァルス」も大変
印象的であったりもします)
ショスタコーヴィッチの場合はそうした悪趣味というよりは、戦時中でないと書けないみたいなリアルティーの方が強いと
感じられそうですね~。

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