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プロフィール

ぬくぬく先生 

Author:ぬくぬく先生 
開設当時は、1980年代吹奏楽コンクールの花輪・秋田南・就実・仁賀保・屋代等の素晴らしい演奏を後世に少しでも伝える事が出来ればいいなと思ってこのブログを始めたのですけど、いつのまにか「東方Project」がメインになってしまいました・・・
最近は「艦これ」も大好きです!!
吹奏楽も東方も自分が感じた事を少しでも後世の方に受け継がれるべきものが残せればいいかな・・と思っています。
ちなみに、「大好きプリキュア四天王」は、ドリーム・メロディ・ハッピー・ラブリーです。
ドリームとメロディは自分の中では既に殿堂入り状態ですけど、
現在はラブリー大好き!!のラブリー一辺倒です!!
リアル社会では、建築関係のクレーム&アフター責任者を専従し、毎日毎日クレーム対応に当たる日々です。
裏の顔は東方と吹奏楽とクラシック音楽一辺倒です・・・
特に特に大好きな作品は・・・プリキュア5とスイートとハピネスチャージです!!
ちなみに、奥様は・・・ミルキィローズとセーラームーン好きの管理人以上のおこちゃまです・・・
東方で大好きなキャラは、とにかく大好きキャラがてんこ盛りで、全員大好き!という感じなのですけど、特に、さとり様・ゆかりん(紫様)・早苗さん・こいしちゃん・アリスはお気に入りです!!
吹奏楽では・・ネリベルの「二つの交響的断章」と「アンティフォナーレ」、スパークの「ドラゴンの年」、リードの「オセロ」と第二組曲「ラティーノ・メキシカーナ」、パーシケッティーの「仮面舞踏会」、C・スミスの「ダンス・フォラトゥーラ」などが死ぬほど好きで、クラシック音楽では、ウォルトンの交響曲第1番と矢代秋雄の交響曲、プロコフィエフの交響曲第5番、アーノルドの交響曲第2番、第4番、ショスタコの交響曲第7番「レニングラード」、マーラーの交響曲第3番「夏の朝の夢」、ハンソンの交響曲第2番「ロマンティック」、ストラヴィンスキーの「火の鳥」、ベルクの「ヴァイオリン協奏曲」、ラフマニノフの「交響的舞曲」などが大好きです!!
クラシック音楽を吹奏楽にアレンジし、そのコンクールヴァージョンの演奏としては・・・
1982年の就実高校の「幻想舞曲集」と
1987年の習志野高校の「ダフニスとクロエ」第二組曲の演奏、そして、
1987年の雄新中の「エルザの大聖堂への厳かな行列」が
まさに私の「原点」です。
最後に・・・
私の吹奏楽との関わりの真の意味での「原点」は・・・
1979年の市立川口高校の神がかり名演としか言いようがない
「二つの交響的断章」に尽きると思います!!


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本日3月3日は、桃の節句という事で「ひな祭りの日」です!

そして東方において3月3日は言うまでもなく「鍵山雛の日」ですっ!

東方の世界おいて、ドール=お人形さんに関連するキャラの皆様というと、
元はお人形さんだったけど人間に棄てられた人形が人間達への恨みで妖怪化してしまったメディスン・メランコリーと
元人間、そして今現在は人形遣いの魔法使いとも言えるアリス・マーガトロイド、
そして・・・厄払いで払われた厄や流し雛の風習で流された雛人形を川下で回収し「厄」を集めている 鍵山雛の
3人が該当すると思われますし、この3人は「すてきな三大東方人形娘」と言えそうですね。

最近のひな人形は本当に絢爛豪華になりましたね!

そうした家庭内に飾られている雛人形は私自身もお客様の家でよく見かけることはありますけど、
やはり何度見ても「綺麗だなぁ・・」とか「可愛いなぁ・・」と思ってしまいます。
ああいう雛人形を見てしまうと、一年中飾っておきたいね・・とも感じてしまうのですけど、
昔から「雛祭りの日が終わった後も雛人形を片付けずにいるとその家の娘の結婚が遅れる」みたいな話は
結構耳にしますけど、 あれは昭和初期に作られた俗説みたいですね。
旧暦の場合、梅雨が間近であるため、早く片付けないと人形や絹製の細工物に虫喰いやカビが生えるから、
というのがその理由だとも言われているそうです。

だけど東方Projectの鍵山雛に言わせると
「一つの家に長年同じひな人形を置き続けると、その家の厄をその人形に集まってしまい、ひな人形自体が厄そのものに
なってしまいその家に厄難が降りかかる」可能性が高いとの事です。
日本には伝統的にどんなモノであっても神は宿るという「付喪神」みたいな教えがあると思うのですけど、
モノはモノでもいわゆる「人形」・・・人間の形を模倣した作品というものには、人間の怨念とか積年の思いとか
そうしたマイナスの感情みたいなものも呼び込んでしまい、それが引いてはその家自体に不幸を招き寄せて
しまう可能性もあるとの事です。
確かにお人形さん・ドールはとっても可愛いのですけど、
飽きたからと言って放置したり捨てたりすると、メディスンじゃないけど、人間を恨む妖怪化する可能性もあるし、
あんまり一つの家に長期間置き続けるのもあんまり具合が宜しくないという事で
こうした人の形を模倣したものは、扱いが難しいという面もあるのかもしれないですね。
それを防止する策というのがいわゆる「お祓い」だと思いますので、
これからもそのお人形さん・ドールをずっと飾っておきたいと思われる方は、(私も含めて)
時に近くの神社でお祓いをしたり、
「もう使わない・・飾らない・・」という場合は、きちんとドールの皆様に「これまでありがとう・・」と感謝をしながら
きちんと「人形供養」はされておいた方が宜しいのかもしれないですね。

雛人形とか桃の節句という日本の伝統行事は見ているだけで「華」を感じるものがあり、女の子を持つ親にとっては
こうした桃の節句とかひな祭りというのは「わが娘の一世一代の大イベント!」などととても楽しいものであるのは
間違いではないと思うのですけど、同時に人によっては
「雛人形のあのお人形さんはどこか不気味なものをなんとなく感じてしまう」という方もいらっしゃるのではないのかなとも
思ったりもします。
実はそれも一理ありまして、
雛人形の本来の趣旨とは、雛人形を自分の体にこすり付け、己のけがれ・不名誉・不純さといった穢を人形になすりつけ、
それを川などに流す事により自分の体に付いた穢を祓う事が本来のルーツと言われる方もいらっしゃいますし、
「雛人形」の「雛」とは、「雛形」を略したもので、これには「小さい」という意味があり、
「雛人形」とは「人間を小さくした物」 、つまり「自分の穢を自分と同じ形をした別の物に移す」というのが
本来の趣旨と言えるのかもしれないです。

そうした意味においては東方の鍵山雛は、上記で述べたような「身代わり」とか「自分の穢を人形という代物に移す」という事を
見守っている神様のような御方であると言えるのだと思います。
鍵山雛は、自分の周りに厄を集めて、同時に人間に厄が戻らないようにしている 厄神様であり、
厄払いで払われた厄や、流し雛の風習で流されたひな人形を川下で回収し、厄を集めて、その集めた厄を
自分の力として使用しているというのが公式での設定となっています。
そして流されてきたひな人形を回収してばかりなので、雛の身の回りはひな人形で溢れかえっているそうで、
やむなく、幻想郷の人里にて無人ひな人形販売所を設置して、一種のひな人形リサイクルをしているというのは
なんだか微笑ましいものがあったりもしますね。
メディスンと異なり、雛自身は決して「人間を不幸のどん底に叩き落してやろう」という悪意は毛頭なく、
むしろ、人の身代わりとなって「厄災」を引き受けてあげましょうという感じの御方です。
だけど人にとっては一見すると・・・厄を集めて引き受ける→厄介な疫病神みたいな誤解もあるのかも
しれないですよね。
人間に対する一種の「身代わり」としてひな人形に蓄積された「厄難」を引き受けてあげましょうという
ある意味大変優しい厄神様と言えるのがこの鍵山雛と言えるのだと思いますけど、
雛にとってはこのひな人形から発される厄難を集めないと雛自身が能力を発揮できないという事でもありますので、
その辺りが霊夢・魔理沙から「えんがちょ!」と言われてしまう原因なのかもしれないですね。
「ひな人形」というと、最近の豪華絢爛な節句に象徴される通り、「派手!」とか「行事」という感じもするのですが、
鍵山雛によると、 本来ひな人形とは「厄を溜めて河に流す」のが主目的との事で、
本来の趣旨からするとひな人形自体は厄払いを目的とした使い捨てにしなければならないという事で、
豪華なひな人形自体は人々に流されることなくその代々に渡って自宅内にて厄をため続けることになるという懸念も
あるとの事で、その点を雛としては大変危惧しているとの事です。
その辺りについて鍵山雛は東方求聞口授の中では
「貧乏人はもったいないとか理由を付けて子孫代々まで長持ちするような丈夫で頑丈なひな人形を作ってしまいがちだけど、
それは大変ナンセンスな話であり愚かな話」と評しています。
ひな人形を長期間飾っておくと、その家の娘の婚期が遅れるという俗説は、この鍵山雛の話から考えると
「なるほど・・それは確かに一つの根拠があるのかも・・」という感じになりそうですね。
こうやって雛について語っていると冒頭で申し上げた「東方三大お人形娘」の間にはちょっと見解の差は色々と
出てきそうな感じもあるのだと思います。
鍵山雛は、ドールやお人形、特にひな人形は、長期間保存はよくないし、ある時期で人形を棄てる事も必要という考えですし、
メディスンはその捨てられた事に恨みを覚え妖怪化した存在なのですけど、
両者には確かに違いはあるのですが、そうした意味においてもやはり「万一棄てる際のお祓い」は大切だという事なのかも
しれないですね!

アリスは雛とメディスンの中間的立場なのかもしれないです。
人形の厄神様として雛を尊敬しながらも、人間に棄てられた経緯のあるメディスンには妹のように可愛がってあげ、
そしてメディスンに何か危機が迫った場合にはその身を張ってメディスンを守り抜くみたいな役割を担っているのかも
しれないです。
東方儚月抄の紅魔館パーティーにおいて、アリスとメディスンは隣同士仲良く談笑しているのに対して、
その二人を遠くから見つめている様な雰囲気の雛がいたりもして、その辺りの描写はなかなか意味深なものがあったと
言えるのかもしれないです。

そうそう・・鍵山雛ってよく「えんがちょ!」と言われて忌み嫌われているみたいな二次創作もあったりするようですけど、
あれは「東方風神録」の魔理沙と雛の会話でそうした話がいつの間にか一人歩きするように感じも
あるんじゃないのかな・・?
ちなみにあのシーンを再現してみると・・・

雛:まぁいつだって良いんだけど……。私は迷い込んだ人間を追い返しているの。
霊夢:迷い込んではいないわよ。私は山へ行きたいんだから。
雛:人間が山に入ってどうするのよ。危ないわよ?
霊夢:邪魔をするなら敵と見なすわよ。
雛:私は人間の味方。人間の厄を受けて、神々に渡しているの。なんなら、貴方の厄災も全て引き受けましょうか?
霊夢:妖怪は私の敵。あんたは妖怪。
雛:あっ、そう!

あ・・これは霊夢と雛のバトルの様子の再現でしたけど、「妖怪は私の敵、だからあんたは私の敵」という霊夢の
二段階の論理はいかにも妖怪退治のスペシャリストの霊夢らしい話でもあったと思います。

魔理沙:こうやって闘いながら進むと山は遠いんだな。山に辿り着く前に円周率を暗唱出来そうだ。
雛:あらあらまだ居たの?
魔理沙:産医師異国に向こう……御社に蟲さんざん。
雛:何の呪文よ。
魔理沙:誰だ? 見ない顔だな。
雛:さっきも会ったけど。私はここで厄を集めているの。
魔理沙:それはえんがちょだな。
雛:えんがちょの向こう側に私が居るから、人間は平和に暮らせるのよ。山は人間の立ち入る所じゃない。
魔理沙:これから盛大に盛り上がってくる所だぜ。邪魔するな。
雛:あらゆる厄災が降りかかるわよ。人間を守る為にも行かせるものか!

鍵山雛が妖怪の山に侵入しようとする霊夢や魔理沙を攻撃したのは、危険な山に立ち入らせないためであり、
厄が霊夢と魔理沙に及ばないように配慮した結果というのは、実は霊夢と魔理沙にはこの時点では
知る由もなかったのかもしれないですね。
上記の霊夢との会話で、「人間の厄を受けて神々に渡しているの」という発言があるのですけど、
この「神々」が何の神様なのかは今の所は不明ですし、公式でもその後特にフォローはありません。
自然に考えると、この話は「東方風神録」という事で早苗さん・神奈子・諏訪子の三人の外界からの移住をしてきた神様と
考えるのが妥当なのかもしれないですけど、言うまでもなく早苗さん達は疫病神ではありませんので、
もしかしたら、鍵山雛の更に上位の疫病神とか付喪神が存在している可能性はあるのかもしれないですね。

鍵山雛というと、霊夢を思い起こさせるあのフリルの付いた髪の赤リボンとか
赤のやはりフリル付のあのちょっと特殊なドレスがとっても見栄えがあって可愛いですよね!
雛のかなり特殊な頭部におけるフリル付きの暗い赤色のリボンを結んだヘッドドレスとか
ゴスロリ風ドレスは、俗にいう「フリル地獄」そのものであり、
東方絵師の皆様にとって鍵山雛とは、お空・秦こころ・永江衣玖などと共に「屈指の東方絵師泣かせ」
として知られるキャラでもあります。

さてさて、そうした東方絵師様泣かせの代表的存在の鍵山雛は、アミグリさんは何度か既に描かれているのですけど、
下記においてアミグリさんが描かれた鍵山雛を2作品ほど転載&ご紹介をさせて頂きたいと思います。
そして今回のアミグリさんが描かれた雛は、どちらも淡い色彩の雛を選定させて頂きました!
(なんとなくですけど、淡い桃色の方が桃の節句には合っているのかな・・?と感じたからです)
















さてさて、ここから先は既に恒例になっているのかもしれないのですけど、当ブログがいつも大変お世話になっている
アミグリさんの素敵なイラストのご紹介コーナーです、

上記の鍵山雛はアミグリさんが2012年5月に描かれた作品です。

上記の雛は「淡い時代のアミグリさんの代表的作品の一つ」とも言え、その幻想的な雰囲気が素晴らしいと思います。
幻想的なのですけど、とてつもなく精緻!とも言えると思います!!

雛と言うと上記で書いた通り「フリル地獄」という事で東方では屈指の絵師泣かせのキャラでもあるのですけど、
そうした厄介な雛を厄神様みたいな人に不幸をもたらす存在ではなくて
人間の身代わりとして厄を集めている雛の「優しさ」みたいなものがこの作品からすてきに伝わってきていると思います。

それにしてもこの雛のフリルの細かさは半端無いものがあります!

これを手描きでもデジタル描きでも正攻法で描いてみようと考えるだけで大抵の絵師様は気が滅入ってしまいそうですよね・・

だけどアミグリさんはそうしたやっかい極まりない雛もこの作品一度きりではなくて、その後何回かに分けて
雛を描き続けられているのですけど、そうした積極的なチャレンジは本当に尊いものがありますし、これは中々人には
真似する事が出来ないと思います。

淡いピンクと緑がこの雛のイラストの主な色彩になっているのですけど、基本的にはこの二色だけでこんなにも充実した
色彩感を出せるなんてやっぱりアミグリさんは「素晴らしい絵師様」なのだと思います。
雛のドレスに「厄」という文字が刺繍されているのは、やはり鍵山雛は厄神様でもあるという事なのですよね・・








blog-hinachan.jpg









続きまして2014年3月3日の「3月3日はひな祭りの雛の日!」というイベントの際に
アミグリさんが描かれた鍵山雛です。

上記の雛から約2年の歳月が流れた後の雛ですけど、
雛のフリルの厄介さを着実に消化された上で、更に2012年の頃よりも雛の内面性に一歩踏み込んだような作品が
ここにはありまして、
いかにも「少女の多感さ」を暗示するような恥じらい・照れ・戸惑いといった「感情」をより強く全面に
出されたような感じもあり、その点が雛の「心の内面」にも踏み込んでいるような印象を与えてくれているような
印象も感じたりもします。

そしてこの雛はどことなく「きょとん・・」とされていて、「あらあらどうしましょ・・?」とか
「さっき川下で回収してきた雛人形、どこに置いてきたんだっけ・・? あれむやみに人間が触ったりするとその人間に
厄難が降りかかるのよねぇ・・」とちょっと天然さんっぽいような雛が描かれている様な感じもあったりします。

ちなみにですけど、アミグリさんはこの2年後の2016年のクリスマスの際に上記の雛をベースに
クリスマスヴァージョンのさらに華が感じられる鍵山雛も立派に描かれています。

上記のアミグリさんが描かれた鍵山雛のイラストはその権利は全て雛の絵師様であるアミグリさんに
帰するものであり、当ブログにおける転載とご紹介は事前に全てアミグリさんからご了解を頂いたものであり、
アミグリさんからのご厚意で転載をさせて頂いておりますので、
無断お持ち帰りや無断コピーは絶対NGですので くれぐれも宜しくお願い申し上げます。

アミグリさん、いつも転載とご紹介のお願いを快諾して頂ける事にいつも感謝しております! ありがとうございます!

3月5日は巫女の日、3月7日は早苗さんの日、3月10日はさとり様の日、
そして3月17日はアミグリさんのブログ dream fantasy
開設10周年記念!
そしてそして・・3月24日はアミグリさんのお誕生日です!

これは・・このブログの管理人も3月だけは特に特に頑張りたいものですねっ!!

そして当ブログにおいても間もなくですけど実は「東方カテゴリ記事」が通算400記事に到達します!

到達時には、実は既にアミグリさんにとあるキャラのリクエストをさせて頂いておりまして、
そのすてきなキャラのイラストと共にその通算400記事到達も節目記事として掲載をさせて頂きたいと思います。
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1984年と言うと、私が初めて大学の吹奏楽団に入団し、
無事にコンクールメンバーのオーディションを通過し、初めて大学の部として吹奏楽コンクールに
臨んだ年でもあります。
この年の課題曲はB / 土俗的舞曲で、自由曲はベルリオーズ作曲、幻想交響曲終楽章/ワルプルギスの夜の夢でした
(このオーディションの経緯は過去記事「響け! ユーフォニアム」関連記事で色々と書いています)

この年、1984年の吹奏楽コンクールの課題曲は、かなり粒が揃っていて内容的に大変充実していたと思います。

四つも課題曲が出されると一つぐらい不人気作品がある傾向にあるのですけど、こんなにも充実しているのは
大変珍しいようにも感じられます。
(1986年も1990年の課題曲は84年同様とてつもなく充実していたとも思います!)

Aの「変容-断章」は、現代的なメカニックな響きの中にも「和」の雰囲気を漂わせていましたし
Bの「土俗的舞曲」は、うちの学校のコンクール課題曲でもありましたし、
結果的にこの曲は後日、作曲者自身によって
「オーケストラのための民舞組曲」の第一楽章として管弦楽化もされていましたし、
Cの「シンフォニエッタ」は、急-緩-急の三楽章からなるミニシンフォニーのような大変中身が濃い優れた作品でしたし、
Dのマーチ「オーバス・ワン」も短い曲ながらも大変親しみやすく、平易な技術で書かれている割には
「充実感」さえ感じさせる堂々とした響きというのが大変印象的でした。
冒頭のトランペットによる「ゆったりとしたテンポから開始されるファンファーレ的部分」とその後に展開されるマーチの
部分を明白に分離されている事は大変興味深いものはあります。

改めてですけど、1984の課題曲C/シンフォニエッタは本当に課題曲らしい課題曲だと思います!

典型的なコンクール音楽という批判も当時は耳にはしたものですけど、
単純明快な「急-緩-急」のシンプルな構成の構造的美しさが大変見事だったと思います。
前半のアルトサックスのソロもすてきでしたし、
アルトサックスとユーフォニアムのユニゾンも聴いていてあのスピード感にはゾクゾクさせられるものがありました。
中間部のオーボエの夢見るようなソロに乗っかる形で展開されるユーフォニアムとのアンサンブルも
大変味わい深いものがありました。
ラストのホルンの雄叫びも素晴らしかったです!

「シンフォニエッタ」とは「小交響曲」という意味ですけど
この単純明快なこの課題曲Cは「シンフォニエッタ」というタイトルに相応しい
古典的形式と現代的格好よさをミックス出来た素晴らしい課題曲だと私は感じています。
「シンフォニエッタ」というと、管弦楽曲ではヤナーチェクの作品が有名ですけど
吹奏楽では、最近よく福島弘和のシンフォニエッタ第二番「祈りの鐘」がコンクール等で演奏されていましたね。

この課題曲ですけど、中間部から再度アレグロに展開される際、クラリネットの指の動きが結構難しく、
最初にこの曲をスコアで見た際は、「この部分の運指やばいな」と真っ先に感じたものです。
この年の全国大会の高校の部で、演奏終了後の講評で、ある審査員が
「課題曲Cでアレグロに移った際の木管セクションにやや難がある演奏が多かったのは大変残念」と
言っていたような記憶があるのですけど、これは私の記憶違いかな・・・??
逆にいうと、この時代は、まだそうした単純な技術的な事にツッコミが出来る時代だったのかもしれないです。
最近の吹奏楽コンクールはすさまじくレベルが高いですので、シンフォニエッタのこの程度の技術的難易度で
もたつく演奏チームは、まず全国大会に出場できることは皆無だと思われます。

この課題曲C / シンフォニエッタで特に印象に残る演奏団体として、
淀川工業・青森山田・神戸高校・愛工大名電・葛飾吹奏楽団・雄新中学校・前橋第四中学校・大曲吹奏楽団などが
挙げられますし、特に淀川工業の骨太の演奏は聴いていて惚れ惚れとしたものです!

三上次郎の吹奏楽作品はあまり演奏されることもないのかもしれないですけど、

○吹奏楽のための「幻想の舞」

○吹奏楽のためのノスタルジア

の二曲は、大変素晴らしい曲だと思いますし、特に「幻想の舞」は「影の吹奏楽オリジナル名曲」だと思います。
都大会予選会で一度東海ウィンドオーケストラの「幻想の舞」を聴いたのですけど、
中間部で徐々に盛り上がっていく感じとラストの寂寥感のコントラストが大変素晴らしく
最後の和音は意表を付いてffで終わるのも印象的でした。
「幻想の舞」は武蔵野音大のCDにも収録されたことがあるけど現在は廃盤になっているのが大変もったいないです。

上記のコンクール課題曲/シンフォニエッタは、4分程度にぐぐっと凝縮された「小さな交響曲」とも言えると思うのですけど、
そうした小さな交響曲=ミニシンフォニーを後年、吹奏楽コンクールとして作曲された先生が原博でした。

原博は、ある意味「異端的」なクラシック音楽作曲家としても知られ、
現代のほとんどのクラシック音楽作曲家が難解極まる「現代音楽」路線に向けて走る中、
原博は、ハイドン・モーツアルトのような「古典主義」の音楽に回帰するという主義の下
古典的な作曲家たちの作風を「模倣」ではなくて「継承する」という路線を取り、
現代においても古典的な作風の曲を色々と発表していました。
原博は、後年、吹奏楽コンクール課題曲として「吹奏楽のためのミニシンフォニー 変ホ長調」という作品を
作曲していましたが、確かにこの作品からは作曲者のそうした意図は十分に伝わってきます。

余談ですけど、原博は、確かフォンテックから発売されていたと思いますけど管弦楽としての「交響曲」も残しています。
四楽章の交響曲形式で演奏時間50分と演奏時間は長めですけど、
とても現代の作品とは思えないほど「ハッピー」感溢れるかわいらしくてわかりやすくてチャーミングな曲だと思います。
楽章の中には、何と古典派みたいな「メヌエット」もあったりします!

原博というと、1988年にも課題曲C/マーチ「スタウト・アンド・シンプル」を作曲もされています。

だけどこの課題曲全然人気が無くて、高校・一般の部ではなんと! 演奏団体ゼロです・・・(泣・・)
中学で2団体、大学と職場の部で各々1団体ずつで
全国大会ではわずか4チームしか演奏されない人気薄の課題曲でした。
(でも1978年の課題曲B/カントよりはましですね・・だってカントは、全国大会では全部門を通じて
演奏したチームはゼロでしたから・・・)

この「スタウト・アンド・シンプル」は文字通り、同じようなメロディーが延々と繰り返されるような感じの曲なのですけど、
技術的に簡単ではないし、どのように解釈するか大変難しい曲だと思います。
この年に課題曲にマーチを選ぶチームは、表現がしやすいDの方を選びやすい傾向にあったと思いますけど、
「マーチの名手」と呼ばれる阪急百貨店ですら、この課題曲Cは、
何となくですけど珍しくリズムがぎくしゃくし、普段の阪急らしい「正統派感」は希薄なようにも感じたものでした。

でも何か「噛めば噛むほど味がでるような」スルメイカみたいなこの曲、私は大好きでした!
何でかな・・??
全体に繰り返しが多いから「しつこい」という感じもしなくはないのですけど、
そのしつこさがやみつきになるという感じもしますし、
曲のメロディーラインが何か「ハッピー」な感じがするのもいいと思いますし、繰り返しが多いと言う事は曲のタイトル通り
シンプルである事の裏返しと言えるのかもしれないですね。

ちなみにこの課題曲の全部門を通じて最高の名演は谷山中学校だと思いますし、この谷山中の自由曲が
ミヨーのフランス組曲というのもとてつもなく渋くて、私としてはコンクール評価の銀賞以上の評価をしたいチームだと
思います!



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