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ぬくぬく先生 

Author:ぬくぬく先生 
開設当時は、1980年代吹奏楽コンクールの花輪・秋田南・就実・仁賀保・屋代等の素晴らしい演奏を後世に少しでも伝える事が出来ればいいなと思ってこのブログを始めたのですけど、いつのまにか「東方Project」がメインになってしまいました・・・
最近は「艦これ」も大好きです!!
吹奏楽も東方も自分が感じた事を少しでも後世の方に受け継がれるべきものが残せればいいかな・・と思っています。
ちなみに、「大好きプリキュア四天王」は、ドリーム・メロディ・ハッピー・ラブリーです。
ドリームとメロディは自分の中では既に殿堂入り状態ですけど、
現在はラブリー大好き!!のラブリー一辺倒です!!
リアル社会では、建築関係のクレーム&アフター責任者を専従し、毎日毎日クレーム対応に当たる日々です。
裏の顔は東方と吹奏楽とクラシック音楽一辺倒です・・・
特に特に大好きな作品は・・・プリキュア5とスイートとハピネスチャージです!!
ちなみに、奥様は・・・ミルキィローズとセーラームーン好きの管理人以上のおこちゃまです・・・
東方で大好きなキャラは、とにかく大好きキャラがてんこ盛りで、全員大好き!という感じなのですけど、特に、さとり様・ゆかりん(紫様)・早苗さん・こいしちゃん・アリスはお気に入りです!!
吹奏楽では・・ネリベルの「二つの交響的断章」と「アンティフォナーレ」、スパークの「ドラゴンの年」、リードの「オセロ」と第二組曲「ラティーノ・メキシカーナ」、パーシケッティーの「仮面舞踏会」、C・スミスの「ダンス・フォラトゥーラ」などが死ぬほど好きで、クラシック音楽では、ウォルトンの交響曲第1番と矢代秋雄の交響曲、プロコフィエフの交響曲第5番、アーノルドの交響曲第2番、第4番、ショスタコの交響曲第7番「レニングラード」、マーラーの交響曲第3番「夏の朝の夢」、ハンソンの交響曲第2番「ロマンティック」、ストラヴィンスキーの「火の鳥」、ベルクの「ヴァイオリン協奏曲」、ラフマニノフの「交響的舞曲」などが大好きです!!
クラシック音楽を吹奏楽にアレンジし、そのコンクールヴァージョンの演奏としては・・・
1982年の就実高校の「幻想舞曲集」と
1987年の習志野高校の「ダフニスとクロエ」第二組曲の演奏、そして、
1987年の雄新中の「エルザの大聖堂への厳かな行列」が
まさに私の「原点」です。
最後に・・・
私の吹奏楽との関わりの真の意味での「原点」は・・・
1979年の市立川口高校の神がかり名演としか言いようがない
「二つの交響的断章」に尽きると思います!!


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チルノ時計







今回も冒頭からいきなりアミグリさんが描かれたイラストから開始をさせて頂きたいと思います。

今回も「名作アーカイブス」という事で、アミグリさんが過去に描かれた素晴らしいイラストの「名作プレイバック集」
という事で過去の名作イラストを改めて冒頭にご紹介をさせて頂きたいと思います。
やっぱり素晴らしいイラストは、たとえ過去に既に掲載済であっても、時を変え掲載する場所を変え、
色々な人たちにもっともっとたくさん見て頂きたいものですねっ! (笑)

上記の作品は、アミグリさんが2016年⑨月⑨日の「チルノの日」に描かれたチルノです!

チルノを一躍有名にした作品の一つが「チルノのパーフェクトさんすう教室」だとも思えるのですけど、今年はこの作品が
なんと! ⑨周年を迎えていたのですね!

チルノは本当に愛されキャラだと思います。

東方でもかなりの古参キャラなのにあの「おバカさんネタ」で
ここまで人気を保っているというのはすごい事なのだと思いますし、それだけ東方ファンの皆様からの愛されているのだと
思います。
東方ファンの皆様たちは口ではチルノというと「あー、あのバカね・・」というかもしれないですけど、
逆にそれだけみんなから愛されていて需要が高いキャラと言えるのだと思いますし、
「チルノのパーフェクトさんすう教室」がこれだけ長い間人気楽曲というのもやはりここにもチルノの「愛されキャラ」ぶりが
示唆されているのだと思います。

アミグリさんの昨年、2016年のチルノの日のチルノのイラストは とっても明るくて元気一杯のチルノだと思います!
目がとっても生き生きしているのが大変印象的です!
この生き生きとした躍動感は、「チルノ愛されキャラ」振りを見事にイラスト作品としても反映されていると感じられます。

チルノの羽は、ゲームの制作者とか絵師の皆様の考え方によって羽の枚数は4~10枚とかなりばらつきが
あるのがなんか面白いと思いますし、「決まっていない」というのがある意味東方のおおらかさなのだとも思いますし、
このストライクゾーンの広さとか見ている人の脳内妄想だけで100人いれば100通りの「自分だけの東方」が
出来てしまうその「妄想のし甲斐がある」と言うのが東方作品の魅力の一つとも言えるのかもしれないですね。
チルノの羽に関しては、アミグリさんは6枚で描かれることが多いように思えるのですけど、
6枚と言うのがなんとなく一番しっくりくるような感じもありますし左右のバランスが最もとれているみたいな感じも
ありそうですね。

とにかくこの昨年のチルノの日のチルノはとっても可愛いと思います!

だけど・・・このチルノを超越しそうなチルノをアミグリさんご自身が今年のチルノの日にまたまた素敵に描かれていました!!

そのチルノは本記事の最後に「アンコール」という形で皆様に是非ご覧頂きたいと思います!

あ! いけない・・! 今はチルノ語りではなくて十六夜咲夜さん語りでしたね・・! (滝汗・・!)

前振りがまたまた例によって長くなってしまいました・・(汗・・!)
ここから先は本記事の「咲夜さん語り」をその⑧としてスタートさせて頂きたいと思います。

咲夜さんは言うまでもなく紅魔館の優秀なメイド長です。

紅魔館には大勢の妖精メイドが雇われているのですけど、妖精メイドは実は一年365日全て
「メイド募集中!」みたいな人材募集をかけていますが、実際に応募に来た妖精に対しての面接とか採否決定とか
慣れるまでの間の教育・指導を行っているのは咲夜さんなのだと思います。
というと、咲夜さんは紅魔館全体の「人事権」を握っているのはレミリア様ではなくて、実は咲夜さんなのかも
しれないですね!
(レミリア様は、そうしたメイドの雇用とか教育等の面倒くさい事は絶対にやらなさそうですね・・笑)

そして咲夜さんの「人事権」というのは案外、妖精メイド以外の採用以外にも及ぶのだと思います。

紅魔館の地下の大図書館には「動かない大図書館」とも言われている知識人でもある魔法使いのパチュリーさんが
既にいるのですけど、パチュリーさんは咲夜さんが紅魔館にメイド長としてお仕えする以前に既に紅魔館内に
居候として住みついていた可能性が濃厚なのですけど、そうした居候とかフランちゃんの家庭教師とか
何か新しい役職を担った新しいキャラの紅魔館への就職(?)の採否を決定する権限を持っているのは、
もしかしてレミリア様ではなくて、咲夜さんなのかもしれないです。
それを示唆していたのは、東方永夜抄の中での、「フランちゃんの家庭教師候補としての慧音先生」を巡る
レミリア様と咲夜さんの会話だったのかもしれないです。

「東方永夜抄」において

慧音:判らんのか? そもそも、人間は居なかった事にした。
    今、ここの里の歴史は全て私が保護している。
レミリア:咲夜。この人、妹の家庭教師に良いんじゃない? 郷土歴史学の先生って感じで。
咲夜:うちにはもう知識人は要りませんわ……。

という場面がありましたけど、これはとっても興味深いですね!
レミリア様の妹のフランちゃんは、大変惜しまれる事にこの永夜抄においても未登場なのですけど、
レミリア様が妹のフランちゃんの事も実は気にかけて心配している・・みたいな事が示唆されるシーンでも
ありましたけど、メイド長の咲夜さんとしては、
「私の仕事が増えるからパチュリー以外の居候がこれ以上増えるのは迷惑千万!」みたいな気持ちも垣間見えて
とっても面白いです!
同時にレミレア様に対して、やんわりと(?)咲夜さんの人事権を発動して
「慧音先生の不採用決定」を発令させているようにも感じられたものでした。
そして咲夜さんとしてはパチュリーさんは確かに「知識の豊富さ」・「学問としての知識」はあるのかもしれないけど、
それは実践としてはほとんど役に立たない頭でっかちのものだから、
うちの紅魔館には大して必要とされないから、これ以上ややこしい頭でっかちな知識人は勘弁して~!
これ以上私の仕事を増やさないで!みたいな事を想われていたのかもしれないですね・・(笑)

そうそう、紅魔館にはもう一人重要なキャラがいたりもします。

小悪魔ちゃんじゃないですよ・・! (笑)

そう!  紅魔館の門番の美鈴です!

美鈴は実はかなりの腕利きの武闘家でもあり、カメカメ波みたいな波動も放つことが出来ます!
よく誤解されるのですけど美鈴の「気を使う程度の能力」とはゴマすりをしてレミリア様や咲夜さんに対しておべっかを使う
という事ではなくて、そうした波動を飛ばすことが出来るという意味です・・(笑)
一般的に門番と言うと、交代交代の勤務だと思うのですけど、紅魔館の門番は美鈴一人だけですので、
もしかして、美鈴は24時間勤務という事で、咲夜さん以上のブラック企業の待遇条件なのかもしれないです・・
だけど美鈴も咲夜さんや妖精メイド同様に衣食住は完全保証ですし、居心地としてはかなりいいのかもしれないですね。
ゲームや二次創作の上ではよく、紅魔館に侵入してきた霊夢や魔理沙が、居眠りをしている美鈴を横を素通りしていく
みたいな描写もあったりしたものですけど、ま・・・24時間勤務じゃ美鈴もお疲れなのかもしれないですね。
そう言えば「東方儚月抄」において、レミリア様と咲夜さんが月に向かってロケットに乗っていて長期不在の隙を狙って
永琳と輝夜が紅魔館のパチュリーさんを訪れ真意を質す際に紅魔館を不法侵入した際に
パチュリーさんは「あれ・・? うちの門番は・・?」と聞いていましたけど、あれは美鈴は永琳によって撃退させられて
しまったのかもしれないです! うーーむ、なんて不憫な美鈴!!
だけどあの時のレミリア様と咲夜さんの長期間不在の間の紅魔館は「鬼のいぬ間に洗濯・・」じゃないけど、
留守番役のパチュリーさんとか美鈴はのびのびとしていたのかもしれないです! (笑)

美鈴はいつどういう経緯で幻想郷にやってきて紅魔館という悪魔の館の門番をする事になったのか公式では
確か語られていなかったと思うのですけど、美鈴は元々は中華娘でもありますので、
もしかして邪仙のにゃんにゃんと仲がいいのかもしれないですね。
美鈴が紅魔館に来た頃って、咲夜さんっていたのかな・・?
その辺りは公式でも記されていないのですけど、レミリア様の「東方永夜抄」における永琳との会話の中で
咲夜さんに対して「あんたが一番若い」と言われていましたのでも多分ですけど、咲夜さんが何らかの事情で紅魔館入りを
果たされた時には既に美鈴は紅魔館にいたのだと思われます。
多分ですけど、咲夜さんが面接の結果、美鈴を採用したという事ではなさそうですね・・
ゲームや公式漫画の中では、美鈴は咲夜さんに対しては敬語を使用しているのですけど、咲夜さんは美鈴に対しては
完全にタメ口です。
うーーむ、これは何を意味しているのかと言うと、勤務年数と実年齢は咲夜さんは美鈴よりも下という事なのかもしれないけど、
紅魔館の職位としては咲夜さんの方が格上という事を示唆しているのかもしれないですね。

咲夜さんが紅魔館にお仕えするメンバーの中で、美鈴よりも年下で勤続年数が短いという事は何を意味するのかと言うと、
「それじゃー、咲夜さんが紅魔館のメイド長に就任するまでは一体誰が紅魔館を取り仕切り、レミリア様のわがままに
お付き合いしていたのか!?」という疑問が必然的に生ずるという事なのだと思います。

うーーむ、この問いの答えは必然的に「それは美鈴じゃないの・・? 咲夜さんのメイド長の前任者って実は美鈴じゃないの・・?」と
いう事になるのかもしれないですよね。
だって、パチュリーさんはそうした厄介で面倒な「メイド長」みたいな仕事を引き受けるとは到底思えませんし、
あの多忙極まるあの仕事をこなせるとは到底思えないですからね・・
こうやって考えてみると、現在紅魔館の門番を居眠りしながらのんびりと過ごしている美鈴は
「今の方が実は幸せ・・」と感じているのかもしれないのだと思います。






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さてさて・・ここからは既に恒例になっているのかもしれないのですけど、
当ブログが本当にいつも大変お世話になっている dream fantasy の管理人様のアミグリさんが過去に描かれたイラストのご紹介コーナーです!
今回ご紹介させて頂く作品は、言うまでもなく十六夜咲夜さんですっ! (笑)

上記のとってもかわいい咲夜さんは、2011年4月にアミグリさんが描かれた「バニー咲夜さん」です!

アミグリさんが描かれた咲夜さんには「さっきゅん」とタイトルが付けられたとってもゆるくて可愛いデフォルメされた
咲夜さんがいたりもするのですけど、
このバニー咲夜さんもぎゅぎゅっと抱きしめたいくらいと~っても可愛いです!
でもどうして(私も含めて・・汗・・)世の男性諸氏というものは「バニーガール」に魅かれちゃうのでしょうかね・・? (笑)
やはりあのうさ耳が可愛いという事もありますし、レオタード+タイツというお色気要素とのギャップに
思わず「きゅん・・!」となってしまうのかもしれないですね。
咲夜さんは言うまでもなくメイドさんなのですけど、メイド服という衣装自体がとってもきゅん!と胸にくるものが強いのに、
こうしたバニーさんの衣装をされると、まさに胸が「どっきんどっきん」状態になってしまいそうですよね!
そのくらいアミグリさんが描かれた「さっきゅん」は可愛いと思います!

この作品を掲載当時のアミグリさんのコメントとして
「いつもの頭身で描こうと思ったけど、デフォルメというかチビキャラっぽくなりましたね…
見方によってはロリっぽい咲夜さんかな?」と記されていましたけど、
いやいやこのロリっぽさが素敵だと思います!!
アミグリさんの作品は、こういうゆるい作風もかっこよく凛々しい感じも、当ブログの5周年記念イラストとして描いて頂いた
あの名作「キラキラ咲夜さん」みたいなとにかくめちゃくちゃ可愛いとしか言いようがない輝きのある咲夜さんも素晴らしいけど、
どの咲夜さんにも「アミグリさんらしい個性」に溢れていて、どの咲夜さんを見ても「キラリ!と光る何か」は
間違いなく見ている人たちに伝わっていると思います。

咲夜さんのこのうさ耳は、今年初めに大絶賛放映されていたあの「けものフレンズ」を
先取りしていたようにすら感じられますね! (笑)
あのサーバルちゃんの可愛らしさは破壊的な可愛らしさに満ち溢れていたと思います。
だけどそれと同じくらいこのバニー咲夜さんもとっても可愛いと思います!

うさ耳以外でも ピンクのエプロン・ハートマーク・黒タイツなど とつてもなく超可愛いですし、
このロリっぽい雰囲気が何度見ても素敵ですね!
そして黒タイツも可愛いのだけど同時に「ちょっと色っぽい」と感じさせるのは、それが咲夜さんの魅力とも言えそうですね!





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さてさて、今年の⑨月⑨日ということでチルノの日なのですけど、冒頭でご紹介をさせて頂きました2016年のチルノの日に
描かれたチルノに勝るとも劣らない素晴らしいチルノをアミグリさんは描かれていました!
今年の4月に描かれた「あたいったら最強ね!」のあのえっへん!チルノもとっても可愛くて大変印象的なんですけど、
今年のチルノの日のこのチルノもとても素晴らしい見事なチルノであり、
アミグリさんにお願いをさせて頂き、当ブログでもあのチルノを転載&ご紹介させて頂き、この「咲夜さん語り記事」の
アンコールという形でお披露目をさせて頂きたいと思います!

チルノというとチルノの代表的楽曲のタイトルではありませんけど「おてんば娘」という言葉がこれほど幻想郷内で
お似合いなキャラはいないような気もするのですけど、
アミグリさんが昨年9月に描かれたチルノはそうしたおてんば娘というイメージがぴったりとくるのですけど、
今年の9月のチルノの日の上記のチルノは、そうしたじゃじゃ馬のようなやんちゃなおてんばさんというよりは、
むしろ「妖精らしい可愛らしさ」をより強くイメージさせているようにも感じられたものでした。
どちらかというと現代のJC・JKみたいな現代的な可愛らしさみたいな雰囲気も宿しているように感じられ、
アミグリさんの真骨頂発揮!の素晴らしい作品だと思います。

チルノのこの笑顔がとても眩しいと思いますし、
いつもの青のワンピースもこんなにキラキラ感が加味されるだけで
普段描かれるチルノとはちょっと異なり、より華やかさが伝わってきているようにも感じられます!
そして今回のチルノは普段以上に髪の青リボンをより強調され、このリボンにも思い切りキラキラを飛ばされているのは、
よりチルノの「きらきら可愛らしさ」をUPしているようにも感じたものでした!

よくチルノっておバカさんとか⑨とか言われちゃう傾向はあるのですけど、アミグリさんが描かれるチルノは
全般的にそうした「おバカさん」みたいな要素をやや薄められていて、その分、賢明さとは言いませんけど(汗・・)
ひたむきな感じとかなんか一生懸命チルノなりに頑張っている感じとかまっすぐな感じをより強く表現されている事は、
ここにもアミグリさんの素敵な「チルノ愛」が窺えると言えるのかもしれないです。

チルノが手にしているのは、雪の結晶? お菓子・・? それとも魔理沙から分けて貰ったキノコから作った魔法のアイテム・・?
その辺りも色々と妄想のし甲斐がある作品と言えるのかもしれないですね。

上記にて転載をさせて頂きましたアミグリさんが描かれたチルノ&咲夜さんのイラストは、
その権利は全てアミグリさんに帰するものでありますので、
無断お持ち帰りや無断コピーは絶対NGですので、 くれぐれも宜しくお願い申し上げます。

アミグリさん、いつも当ブログへの転載を快諾して頂きありがとうございます!

咲夜さん語りは、本来はその⑧で一旦お開きにしようかなぁと思っていたのですけど、
今回アミグリさんが描かれた東方の素敵な⑨ちゃんのチルノのイラストがとても素敵だったこともあり、
次回咲夜さん語りをすれば、「咲夜さん その⑨」という事にもなりますので(笑)
「咲夜さん語り その⑨」まで続けさせて頂きたいと思いますので、どうか宜しくお願いいたします。
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この一つ後の記事が「十六夜咲夜さん」という事で、満月が出る毎月15日が十五夜で、翌日が十六夜という事で
「月」に関係する事であります。
月と言うと「月光」という事で、本記事においては「月光」に関連した音楽を少しだけ取り上げさせて頂きたいと思います。

世間一般的には、「月光」というとベートーヴェンのピアノ曲とか鬼束ちひろの曲が圧倒的に知名度が高いかもしれません。
鬼塚ちひろの月光と言うと、仲間由紀恵の出世作の「トリック」のEDという事で、トリックを当時第一話から見ていた私としては
この曲を聴くたびに「なんかなつかしい・・」と感じてしまいますね!
だけど、私としては、「月光」と言うと、B.ブリテンの歌劇「ピーター・グライムズ」の間奏曲としての「月光」が
大変印象的です。
そしてこのブリテンの「月光」は、歌劇の中の間奏曲から構成された「四つの海の間奏曲」という組曲の第三曲という
事でもあります。

なんで、こんな唐突に「月光」について書いたかと言うと、
仕事からの帰り道、何気なく夜空を見てみると、月が輝いていたのですけど
その月光が何か不気味でした!黄色というよりは何かオレンジ色っぽいと言うのか、
鮮血をイメージさせるようなとてつもなく不気味な色彩でした。
「なんか少し怖い・・これから数日間の間に事件や天災が起きないといいのだけど・・」と感じていたら
その数日後に北朝鮮による北海道を飛び越えるミサイル発射とか第六回目の核実験が強行されていましたので、
あながち「予感」だけでは済まない「何か」を感じ取ったのかもしれないですね。
大変古い話なのですけど、かつて新潟地方を襲った新潟大地震の際に、とある子供が
「前日に何気なく月を眺めていたら、とんでもなく真っ赤な鮮血みたいな月で、しかもその月が真っ二つに突然割れて、
これはなにかとんでもない事が起きるのかも・・?」と口走っていた事もあったらしいのですけど、
結果としてそれが予知されたという事になったのだと思います。

人間には、もしかして「二面性」みたいな所もあり、表の顔=昼間の顔=太陽というのと
裏の顔=夜の顔=月という二つの側面があるのかもしれません。
基本的には、人と言うものは、太陽の光をさんさんと受け止めて健康的に力強く前向きに生きていく生命体なのでしょう。
しかし、それはあくまで建前の話であり、
建前あれば本音があるように、表向きがあれば裏向きもあり、
人間と言うものは、決して「太陽」のように健全に正気だけで生きてはいけない面もあるのかな・・・と思いますし、
人間の裏側=心の深層には、後ろ向き・不健全・退廃的なものは多分誰しもが持っていると思います。
健康的で表向きな側面を示唆するのが太陽とすると
人の不健康で後ろ向きで狂気な面を暗示するのは、やはり「月」なのかな・・と思います。
だからこそ、あんな真夜中でただでさえ「狂気」を示唆する「月光」だというのに、それが更に「血」みたいに
不気味に赤く輝くというのは、何かやはり怖いというか「見たくないものを見てしまった・・・」みたいな感じですね。

クラシック音楽でも「月」に関連する曲は色々とあると思いますけど
そうした人の狂気の側面をえぐったのがシェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」だと思います。
あれも怖いですよね・・・・
昼間、人を楽しく笑わせるピエロが月の光を浴びる中で、
殺人・流血・死刑みたいな猟奇的幻想を抱き、次第に狂っていくさまを5人の器楽奏者と女声コーラスで
描いていますけど・・・
あの音楽はまさに「人の裏側」そのまんまの世界じゃないのかな・・?とも思ったりもします。

そうしたシェーンベルクみたいな狂った世界ではないのですが、
ブリテンの歌劇「ピーター・グラスムズ」~四つの海の間奏曲 Ⅲ.月光もある意味怖いと感じます。
確かに美しい音楽なのですけど、何かとてつもない「孤独感」とか「憂鬱」とか「疎外感」とか「魂の孤独」を
感じてしまいます。
部分的に登場しているシロフォーンの硬質な響きが、更にそうした感情を引き立たせているようにも感じられます。

改めてですけどこの歌劇「ピーター・グライムズ」について簡単に書いてみると、

20世紀に作曲された歌劇としてはかなり成功した部類の歌劇の一つだと思いますし、
上演回数も相当高いです!
今現在でもイギリスを中心に世界各国の歌劇場のメインレパートリーを獲得していると思います。
日本では、歌劇としての上演はあんまりないですけど、N響とか読響とか「演奏会形式」という事で歌劇をピックアップしたものを
定期演奏会等で演奏されている事も実は多々あったりします。

この歌劇の原案が「町の自治」という戯曲なのですけど、この戯曲は案外と現代日本にも通ずる問題を
色々とはらんでいて、考えさせられるべき内容を多種多様に含んでいると思います。

主人公ピーター・グライムズは、無愛想で不器用な性格ながらも漁師として日々の生活を
彼なりに真面目に厳格に生きていこうとしています。
しかし、近所付合いが下手で他人と妥協しない性格の故、近隣から「ヘンな奴」と敬遠されがちで
欧米では「安息の日」として勤労が認められない日曜日にも、船を出し漁をした事で
ますます近隣からは「浮いた」状態となり、俗にいう「シカト」状態だったのだと思います。
ピーター・グライムズとしては、本当は近隣の人たちとうまくやっていきたいのだけど、ピーター自身の武骨で
不器用な生き様がそうした事を出来ない状況に追い込んでしまい、
近隣の人たちも「ヘンな奴・・!」とますますコミュニケーション自体が成立しない状態が続いていくことになります。
日本風に言うと「村八分」状態だったと思いますし、学校における「クラス内からの全員からのシカト」なのだと思われます。
そんな中、弟子として使っていた子供の船内での死亡事故をきっかけにますます孤独状態が深まり、
裁判所から「今後子供を雇う事は認められない」という判決が出たにもかかわらず
こっそりと子供を雇い、日曜日にも無理やり漁に出させていました。
そうした中で再度事件が起きます。
又もや徒弟の子供が海に転落し死亡してしまいます。

近所の人達は、
「ピーター・グライムズが子供を殺した。あいつは殺人鬼だ」
「あんな奴、自分達の街に住む事自体気にいらない。今すぐ出ていけ」
「あんな奴、いなくなればいいのだ、死ね」
「この街にあんなヘンな奴はいらない」
「あいつはこの町に住むには相応しくない」
等々の罵詈雑言が浴びせかけられたかどうかは、物語なのでよく分りませんが、
そうした雰囲気はあったのでしょう。
結果的に、ピーター・グライムズは、そうした町の「空気感」に追い詰められてしまったというのもあると思いますし、
海の男として責任を取る形で自分の船と共に海の底に沈んでしまいます。
そして、町には、ピーターという異分子がいなくなり、いつもの日常の日々が続いた・・・

そうした感じのストーリーだったと思います。

でも戦後間もないイギリスの中にも、丁度現在日本が抱える問題と同じような事を既に
予想していた人がいるとは何か驚きです。

自分達とは少し考え方・意見・風貌が違うからといって、そうした異分子を排斥したり
シカトしたり、いじめの対象にする事は、何か古今東西変わりがない問題と言うか、
同じような病巣というものは、いつの時代にもあるものだとも思ったりもします。
ピーター=グライムズの場合、本人が真面目な分、その不器用さが、不器用に生きている様が
本当に痛々しく感じますし、
自分達と同化しない他者を排斥する社会、思いやりがない冷たい社会を既に作曲者のブリテンは
戦後間もないこ頃に空気感として既に何か「予感」させられるものがあったのでしょうね。

ピーター・グライムズには、エレンと言う未亡人をひそかに恋し、
「エレンとの楽しい日々を過ごすためにも稼がないと・・・」という気持ちがありましたが、お金を稼ぎたいためが故に、
日曜日に漁をせざるを得ないという事情もありました。
だけど近隣の人たちは、最初から「あいつはヘンな奴だ・・」という事でピーターの話を聞く気など更々ありませんし、
不器用なピーターもそうした近隣との溝を埋める手立てというものは何も見いだせていなかったのだと
思います。
それが結果的に、近隣との摩擦⇒孤独を深めるという側面もあったのだと思います。

全体的に、社会的孤立・孤独・社会との絶縁・異分子を排斥する社会といった
テーマを抉り出している結構シビアな歌劇だと思います。

ブリテン自身の手で、この歌劇から「四つの海の間奏曲」という組曲も作られていますが、
これも歌劇の内容を示唆するようなメロディーのオンパレードで
結構聴いていて「痛い」とか「グサッとくる」感じもかなりします。

この組曲は下記の四曲から構成されています。

Ⅰ.夜明け 
 
  バルト海を彷彿とさせる荒涼とした雰囲気と雲に覆われた暗さがよく出ています。

Ⅱ.日曜日の朝 
 
  クラリネットで「カモメ」の鳴き声がうまく表現されています。 途中に入ってくるチャイムの音が実に清楚に響きます。

Ⅲ.月光 

  大変美しい音楽ですけど、前述のように救いようのない「孤独」・「疎外感」が痛いほど伝わってきます。

Ⅳ.あらし 

  荒れる海とピーター・グライムズの救われない感じさがよく出ています。

ⅠとⅣに激しい描写もありますし、いたたまれないほどの「寂寥感」がにじみ出ていますけど
やはり、Ⅲの「月光」が心に沁みます。
前述の通り、月光とはある意味人の裏側も暗示していますので
「人の孤独・疎外感」というものは、生きている限りは永遠に続くという事を示唆しているのかもしれません。

やはり改めて考えると、「現代の孤独な社会」・「自分達と異なる異分子を容赦なく排除する
「一つの閉鎖的社会」・「自分達と同化しない人間を異分子扱いとする風潮」などについて
戦後間もない作曲時期にも関わらず、既に現代のこうした病巣を予知して、
こうした歌劇をもしかしたら作曲したとしたら
それはすごい事なのかもしれませんよね。

この歌劇ですが、いじめ・ネット中傷・格差社会・個性を尊重しない社会という問題を
告発する作品として、何かもう少し現代風にアレンジして、映像化できれば
もっと面白い側面をアピールできるようにも感じたりもします。

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