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プロフィール

ぬくぬく先生 

Author:ぬくぬく先生 
開設当時は、1980年代吹奏楽コンクールの花輪・秋田南・就実・仁賀保・屋代等の素晴らしい演奏を後世に少しでも伝える事が出来ればいいなと思ってこのブログを始めたのですけど、いつのまにか「東方Project」がメインになってしまいました・・・
最近は「艦これ」も大好きです!!
吹奏楽も東方も自分が感じた事を少しでも後世の方に受け継がれるべきものが残せればいいかな・・と思っています。
ちなみに、「大好きプリキュア四天王」は、ドリーム・メロディ・ハッピー・ラブリーです。
ドリームとメロディは自分の中では既に殿堂入り状態ですけど、
現在はラブリー大好き!!のラブリー一辺倒です!!
リアル社会では、建築関係のクレーム&アフター責任者を専従し、毎日毎日クレーム対応に当たる日々です。
裏の顔は東方と吹奏楽とクラシック音楽一辺倒です・・・
特に特に大好きな作品は・・・プリキュア5とスイートとハピネスチャージです!!
ちなみに、奥様は・・・ミルキィローズとセーラームーン好きの管理人以上のおこちゃまです・・・
東方で大好きなキャラは、とにかく大好きキャラがてんこ盛りで、全員大好き!という感じなのですけど、特に、さとり様・ゆかりん(紫様)・早苗さん・こいしちゃん・アリスはお気に入りです!!
吹奏楽では・・ネリベルの「二つの交響的断章」と「アンティフォナーレ」、スパークの「ドラゴンの年」、リードの「オセロ」と第二組曲「ラティーノ・メキシカーナ」、パーシケッティーの「仮面舞踏会」、C・スミスの「ダンス・フォラトゥーラ」などが死ぬほど好きで、クラシック音楽では、ウォルトンの交響曲第1番と矢代秋雄の交響曲、プロコフィエフの交響曲第5番、アーノルドの交響曲第2番、第4番、ショスタコの交響曲第7番「レニングラード」、マーラーの交響曲第3番「夏の朝の夢」、ハンソンの交響曲第2番「ロマンティック」、ストラヴィンスキーの「火の鳥」、ベルクの「ヴァイオリン協奏曲」、ラフマニノフの「交響的舞曲」などが大好きです!!
クラシック音楽を吹奏楽にアレンジし、そのコンクールヴァージョンの演奏としては・・・
1982年の就実高校の「幻想舞曲集」と
1987年の習志野高校の「ダフニスとクロエ」第二組曲の演奏、そして、
1987年の雄新中の「エルザの大聖堂への厳かな行列」が
まさに私の「原点」です。
最後に・・・
私の吹奏楽との関わりの真の意味での「原点」は・・・
1979年の市立川口高校の神がかり名演としか言いようがない
「二つの交響的断章」に尽きると思います!!


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その①~④では、どちらかと言うと永琳様との絡みとか月世界から逃げ出してきた逃亡者としての
うどんげちゃんの事ばかりクローズアップしていたと思いますので、
今回は少し視点を変えて、うどんげちゃんの「能力」について少しばかり語らさせて頂きたいと思います。

これは以前も書いた事があるのですけど、私の場合、この素晴らしき「東方Project」の世界については、
ゲームや公式漫画ではなくて、東方公式書籍の「東方求聞史紀シリーズ」と「東方文花帖」と「東方儚月抄」から
入っていったという事情もあるのですけど、
うどんげちゃんの能力と言うと、阿求ちゃんの描写にある通り「狂気を操る程度の能力」とばかり
思っていた時期がありました。
ちなみにですけど・・うどんげちゃんの能力は決して「愚痴る程度の能力」ではありませんので・・・・(笑)
うどんげちゃんの「愚痴」というと、やはり三月精におけるうどんげちゃんと光の三妖精の初めての出会いにおける
あのシーンとか
(あの場面のうどんげちゃんの太もも晒しまくりの空中回転シーンは、最早伝説と化していますよね!! )
かなりシリアスな内容の「東方儚月抄」シリーズの中で唯一のギャグとも言える四コマ漫画の「月のイナバと地上の因幡」
における永琳様の無茶振りとお仕置き、それに対するうどんげちゃんのクドクドした愚痴のオンパレードとか
その愚痴を陰でこっそりと聞いた因幡てゐの永琳様へのチクリがとっても印象的です!
三月精と月のイナバと地上の因幡でもってうどんげちゃんの「愚痴キャラ」というのが定着したのかも・・?
ちなみにですけど他の作品では、うどんげちゃんはそんなに愚痴るキャラではないのですけどね・・・(笑)
月のイナバと地上の因幡なのですけど、あれはとてつもなく内容がシリアスな「東方儚月シリーズ」の中では、
番外編というのかゆるいエピソードと思って下さいね・・・(笑)
だってあの四コマギャグ漫画では、なぜか「月世界」の住民である綿月姉妹がひょいひょいと幻想郷の永遠亭を
訪れてきていますし、
何よりも・・・東方儚月抄においては、東方では主人公クラスの霊夢・魔理沙・咲夜・レミリア様を撃破し、
とてつもない無双振りを遺憾なく発揮され、
もしかして「東方の最強キャラは綿月依姫なのか・・・!?」と称賛されていたあの綿月依姫ですらも
あのしょーもねー四コマギャグ漫画の中では、因幡てゐが仕掛けた「落とし穴」に簡単に落ちてしまい、てゐに
一本取られてしまうのですけど、
あのシーンを見てしまうと、
「え・・・もしかして東方最強キャラはてゐだったのか・・・!?」とか
(落とし穴に叩きこまれた依姫に対しては)「おまえは、三月精において、光の三妖精が仕掛けた落とし穴にに叩きこまれて
しまった魔理沙と同じなのかっ!?」と
ツッコみたい気持ちもあったりもするものです・・・(笑)
ちなみにですけど、綿月姉妹からのうどんげちゃん評としては「センスはあるけど性格に難がある・・」との事でした!

それにしてもあの四コマでのうどんげちゃんは愚痴愚痴愚痴の連続で、いつもぼやいてばかりでしたね・・・(笑)

さてさて、そうしたうどんげちゃんの能力は上記どちらっと記したとおり「狂気を操る程度の能力」とばかり
私自身も思っていた時期もあり、この「人を狂わす能力」というのは、
ミスティア・ローレライやクラウンピースと共通している能力なのかな・・とも思っていました。
東方永夜抄とか花映塚におけるうどんげちゃんのキャラ紹介としては、
「月の兎であるうどんげの赤い瞳には、満月と同じ狂気が宿り、覗き込んだものを狂気に落とす」と記されていて、
そのゲーム解説によると、「うどんげの赤い瞳をじっと見つめると感情の波長を乱され、振幅が極端に短くなるため
短気を通り越し狂気に至るようだ」と記されています。
うーーむ、こうやって改めてうどんげちゃんの力を見てみると、可愛いウサギとか愚痴っぽいというイメージではなくて
むしろ「おっかない・・」みたいな御方でもあるのですよね・・・!

だけど・・・うどんげちゃんの真の能力とは実はそれだけではなかったのです!!

それは、「物の波長を操る能力」というものであり、
上記の「狂気を操る程度の能力「はこの一部に過ぎず、本来の用途は幅が広いと言えるのだと思います。
光や音の波長を操り幻覚や幻聴を引き起こす事や、位相をずらすことで相手と全く干渉しなくなる事も可能という
まさにとてつもない能力だと思われます。
光の三妖精やミスティア・ローレライの能力を無効化したり、月と交信できたりと、その応用範囲は広いものがあります。
緋想天においては、光を収束してレーザーを打ち出したり、完全に見えなくなったり逆に分身したりと
その戦闘能力の高さには目を見張るものがありますし、
さすが月の世界の元の上司の綿月姉妹が高く評価していただけの事はあると思います!

そうそう、そのうどんげちゃんの「物の波長を操る能力」を応用し、相手の波長を読み取ってそのキャラの性格分析を
するという面白い試みをしていたのが「東方花映塚」だと思います。
波長が長ければ暢気、短ければ短気といったように大まかな性格を私達に提示してくれていましたので、
あれは大変興味深いものがあったと思います。

その一例を下記に記してみますと・・・・


霊夢 → (非常に)長い・短い

霊夢は「短気」のようにも見えるのですけど、のんびりとした面と荒っぽい面の二つの側面ょ有しているものと
思われます。

魔理沙 → 比較的普通

魔理沙は霊夢の的確なサポート役でもありますので、こうした「中庸さ」はいかにも魔理沙らしいと思います。

十六夜咲夜 → 少し長い

咲夜さんが「少し気が長い」とは少し意外な感じもあるのですけど、
あの濃厚なキャラばかりの紅魔館の完璧なメイド長でもある咲夜さんですから、紅魔館で執事みたいな役割を担っている以上、
そうした「冷静さ」が求められている証しと言えるのかもしれないですね。


妖夢 → 比較的長め

なんか「のんきそう・・」みたいなイメージがありますし、ゆゆ様からのあの日々の禅問答みたいな煙にまかれる会話を
していると嫌でも波長は長くなりそうですよね・・・(笑)

チルノ → 短い

これはよく分かりますね・・・チルノは意外と 気性が激しい感じもありますし、おバカさんゆえの無鉄砲さが
ありますからね・・・(笑・・)

ミスティア・ローレライ → かなり短い

あ・・・なんかこれは少し意外なのかも・・・? ミスチーというと「鳥頭」とか「何考えているのかよく分からない・・」という
雰囲気もあるだけに、もっとのんきなのかと思っていましたけど、
実際はかなりの短気だったのですね!

因幡てゐ → 飛びぬけて短い

これは・・・極めて妥当だと思います!!

射命丸文 → 安定している

これはいかにもあややらしい波長ですね!
あややのコミュニケーション能力の高さと誰にでも合わせられる気質 を示唆していると思います!

風見幽香 → 桁違いに長い

正直、これが一番意外なのかも・・・!? あの東方屈指のドSキャラのいじめっこの幽香が気が長いとは極めて意外なのかも・・
だけど・・・幽香は、元々が「花の妖精」という説もありますので、「花」とはまさにそんなものなのかもしれないですね。

小野塚小町 → かなり長い

こまっちゃんは「江戸っ子気質」みたいなものを有しているから、べらんめえっ!の短気かと思っていたら、
やっぱりあのサボり癖とかのんきさとかを見るとこの評価は妥当なのかもしれないですね。

四季映姫・ヤマザナドゥ → 位相がずれている

そうですね・・決して干渉しないから人を裁く事が出来ると言えるのかもしれないですね。

ちなみにですけど、今だったらうどんげちゃんに一番その波長を見て欲しいのは、華扇とヘカーティア様ですね!!

さてさて・・・先ほどうどんげちゃんの能力の一つとして「狂気を操る程度の能力」と記しましたけど、
そうした能力が被るキャラの一人が、前述の通り、地獄の妖精でヘカーティア様の忠実なる部下の
クラウンピースなのです。
このクラウンピースとうどんげちゃんは、「東方紺珠伝」にてバトルを展開し、その会話にはかなり興味深いものが
あったりもします。

うどんげ:都の外に妖精の大群……? これがサグメ様の言っていた侵略者?
    いや、確かに妖精は穢れの象徴だけど、あいつ等に侵略する知能は無いと思う。
    それに月の民だって妖精程度の穢れは怖くないし……って疑問はそこじゃないわ。
    そもそもなんで月面に妖精がいるのか、ってとこよね。
クラウンピース:それはねぇ。地上から連れて来られたのもいるけど、月面にも元々いたのよ、妖精は。
うどんげ:妖精の親玉ね。確かに他の妖精とはひと味違うようだけど……こんな奴に月の民が手を焼くなんて……。
クラウンピース:あたいを誰だと思っているの。あたいは地獄の妖精クラウンピース。
         月の民は友人様の敵。友人様の敵はご主人様の敵。ご主人様の敵はあたいの敵だ! 容赦しないぞ。
うどんげ:腑に落ちない処も在るけど……私も容赦しないよ!
クラウンピース:純化した妖精のエネルギーは鬼神を越えるって言われたもん。
         月の民の嫌う生死の穢れをたっぷり喰らって、初めての死で地獄に堕ちるがいい!

クラウンピース:はあはあはあ。
うどんげ:この圧倒的な力……普通の妖精ではない!?
クラウンピース:な、なんで……?
         生命の象徴である我々妖精族がここを支配している限り、月の民は手も足も出せないって聞いたのに。
うどんげ:ねえねえ、その話、誰に聞いたの?
クラウンピース:ご主人様の友人様よ。妖精達の力を純化してくれたのも、そのお方。
うどんげ:純化? それって一体……。
クラウンピース:あたいにも良く判らないけど、凄いことらしいよ。
うどんげ:ふーん、そいつが妖精達を騙して何かをしているのか。
    確かにここの妖精達は穢れまくっている。いや、穢れその物といってもいいレベルだわ。
    確かにこのレベルで攻められると、都は榛穢化するかもしれないわね……。
クラウンピース:あのー、あんた、いや貴方様には何で私の穢れが平気だったのでしょう。
うどんげ:私はもう……、地上の兎だからね。一度穢れてしまえば、もう戻る事は不可能でしょう。
    でもこれで間違い無いわ。お師匠様は月の都を救うために私を遣ったんだわ。
    ただ、敵は月の民のクリティカルな弱点を熟知し、それを活かす能力を持っている。何者なのかしら……。
    お師匠様もサグメ様も知っている筈なのに教えてくれないからなぁ。
    何にしてもここまで来たら最後までお師匠様の期待に添うのみよ!


クラウンピースは、元々はヘカーティア様の部下で、ヘカーティア様の友人の純狐の能力で覚醒し、
鬼神を超える力を身に着つけた地獄の妖精なのですけど、
クラウンピース自体は、「穢れ」の象徴として描かれ、
うどんげちゃんは元々は「月の民」で、月の民は本来は「穢れ無き民」であるはずなんですけど、
その①~③で記したとおり、うどんげちゃんは月から地上に逃げてきて、今現在は
永琳様と共に「この地上で生きる!」という覚悟を決めていますので、クラウンピースと同様な「穢れ」を
既に有しているというのがこのバトルで提示されているのが大変興味深いと思います。
うどんげちゃんの「私はもう……、地上の兎だからね。一度穢れてしまえば、もう戻る事は不可能でしょう」という
セリフが全てを物語っていると思いますし、そこにはうどんげちゃんの「覚悟」があるものと思われます!!




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さてさて・・ここからは既に恒例になっているのかもしれないのですけど、当ブログが本当にいつも大変お世話になっている
アミグリさんの素敵なイラストのご紹介コーナーです!!

上記のとっても可愛いイラストは、
当ブログのとっても大切なブロとも様のお一人で、本当にいつも大変お世話になっている
「dream fantasy」の管理人様のアミグリさんが2015年11月に描かれた「クラウンピース」です!!

前述の通り、クラウンピースはヘカーティア様の部下で、その正体は地獄の妖精です。
純狐の力によってパワーアップを果たした訳なのですけど、
クラウンピース自体は「妖精」ではあるのですが、単なる妖精ではなくて、
幻想郷内のチルノとか大妖精とか光の三妖精みたいな「可愛いポンコツちゃん」とは明らかに一線を画しており、
月の民が嫌う「生命の象徴=穢れ」を有した妖精でもあります。
東方紺珠伝以降は、ヘカーティア様の指示で地獄を離れ
なぜか・・・・??博麗神社の下の地下空間に居を構えているのですけど、博麗神社というと・・・、そう! そこには既に
あの光の三妖精たちが棲みついています!
そうなると光の三妖精とこのクラウンピースの出会いは、そりゃもー、必然となってしまいますよね。
そして、「東方三月精」は第四部として今年の初めから隔月ですけど、連載が再開されています。
クラウンピースは自分の事を「あたい」と呼んでいる以外は普通の女の子みたいな喋り方をしていましたけど、
なぜか三月精においては・・・だぜぇ!!みたいなボーイシュな口調が増えてきて
たまにですけど・・・「おまえは魔理沙かっ・・!?」とツッコミを入れたくもなってしまいます(笑・・)

アミグリさんが描かれるクラウンピースは、一般的なクラウンピースのイメージ・・・
例えば・・・アメリカン・星条旗・狂ったピエロといった「気が狂った」とか「狂気」とか「大はしゃぎ」とか「欧米かぶれ」
といった感じではなくて、アミグリさんのイラストからは 、そうですね・・・どちらかというと「可愛い妖精ちゃん」みたいな
イメージの方をより強く感じさせてくれていると思えます。
そうした狂気よりもむしろ、可愛らしさとか 長い金髪とか星条旗を彷彿とさせるこの衣装等の 「チャーミングさ」の方が
より強く感じられ とっても可愛いな・・と感じさせてくれていると思います。
このカラータイツがとってもアメリカンで素敵ですよね!
(ちなみに・・・カラータイツは右側が星、左側がストライプという設定になっています)

上記のとっても可愛いクラウンピースのイラストはアミグリさんからのご厚意で転載をさせて頂いておりますので、
無断お持ち帰りや無断コピーは絶対NGですので くれぐれも宜しくお願い申し上げます。

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6.富山商業


A/管弦楽のための三つの交響的素描「海」~Ⅲ.風と海との対話(C.ドビュッシー)


7.観音寺第一高校


A/管弦楽のための三つの交響的素描「海」~Ⅲ.風と海との対話(C.ドビュッシー)


この年のプログラム6番と7番の演奏は、全く同じ課題曲と自由曲が続けて演奏されるという事で
こうした場合は往々にして後の演奏順のチームにどこなくプレッシャーが掛かってしまい演奏崩壊という事例も
しばしばあったりもします。
練習過程の間では自分たちの演奏にそれなりの自信があったはずだとは思うのですけど、自分たちの一つ前の出演順の
演奏のチームが自分たちと全く同じ課題曲と自由曲を選んでしまうと、「隣の芝生はよくみえる」という訳では
ないとは思うのですけど、奏者自身が自分たちの演奏と一つ前の演奏をなんとなく「比較」をしてしまい、
「え・・自分達よりもうまいじゃん・・」みたいな感じでヘンに委縮してしまうような演奏になってしまう事も
あったりもします。
1983年の高校の部は、そうした事例の典型的事例であったと思いますし、観音寺第一の皆様には大変申し訳ない
言い方になってしまうのですけど、レヴェルの高い富山商業の演奏を見せ付けられた観音寺第一は
少しと言うかかなり気の毒だったような感じがあります。
せめて観音寺第一の後に富山商業が演奏する出演順だったら、当日の出来も少しは変わったかもしれないですね。

富山商業の「海」は大変完成度が高い演奏だったと思います。

富山商業と言うと、例えば78年の火の鳥とか81年のシンフォニエッタ、前年のロメオとジュリエットに象徴される通り
どちらかというと金管を主体によく音が鳴っていて大音量の魅力が大変魅力的という「パワー系」の演奏のような
印象がありましたが、この年はそうした「バリバリに音を鳴らす」という傾向が比較的感じられず、
内省的にしっとりとした演奏という印象があり、それ以前までの富山商業のイメージを根底からひっくり返すような
演奏だったと思いますし、それだけ逆になんかインパクトがありました。
富山商業の「海」は、これはあくまで私の感じ方の問題なのかもしれないのですけど、
「日本海の冷たい海の荒涼とした雰囲気・・」みたいな場面が脳裏に浮かぶような演奏だったと思います。
どちらかというと「しっとりとした」感じで、
従来の富山商業はどちらかというと「ドライ」みたいな感じもあったものの、この年に関しては「ウェット」みたいな印象が
あったりもします。
いかにも荒波が岸壁に叩きつけられているみたいな「寂寥感」といった雰囲気すらあったようにも思えます。
そしてこの年は富山商業にしては大変珍しく金管を意図的に抑制し、全体のコントロールが大変的確に図られて
いたようにも感じられたものでした。
この年の富山商業は結果的に金賞を受賞し、3年連続金賞となったのですけど、
十分に納得できる文句なしの金賞だったと思います。
ちなみにですけど、富山商業は翌年の1984年は、またまた「いつも通りの」(?)富山商業になってしまい、
組曲「ハーリ・ヤーノシュ」をまたまた男気溢れる極めて音量過剰の豪快な演奏を聴かせてくれていましたので、
83年に抑制された鬱憤(?)を84年にぶつけてしまったような印象もありますね・・・(笑)

それとこれは後述しますけど、富山商業の「海」は駒澤大学の上埜先生のアレンジによるもので、
富山商業のライバル校の高岡商業も1986年の自由曲の「海」も上埜先生のアレンジによるものです。
だけど同じアレンジャーでも、富山商業と高岡商業の演奏は、私個人としては、方向性が全然異なっているようにも
感じられ、その点は大変興味深いものがあったりもします。
富山商業は上記の通り、荒涼とした内省的な海であったのに対して、高岡商業は大変メカニックで機能的な海で、
編曲が同じであっても指揮者の解釈の違いによって全然変わってくるもんだなぁ・・と感じたものです。
ちなみに高岡商業は、グロッケンの共鳴効果を利用したキ――ンという金属的な効果音を巧みに利用していましたけど、
富山商業の場合は、そうした演出は行わず、むしろ正攻法の内省的な演奏をしていたと思えます。

観音寺第一の「海」は、そうですね・・、大変申し訳ない言い方になってしまいますけど、
聴いていてあまり伝わるものが感じられない淡泊な演奏だったと思います。
その原因はどこにあるのかというと、サウンドの透明感なのだと思えます。
どちらかというとサウンドがかなり「もっさり・・」としており、そうした少し泥臭いサウンドが、「海」という大変繊細な音楽との
相性が今一つよくなかったのかな・・とも思えます。

どちらにしても同じ課題曲と自由曲が続くというのは、後の出演順のチームには、少し不利なのかな・・とも思えますし、
その意味では観音寺第一は少し気の毒た゜ったようにも思えます。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ここから先は少し余談です。

上記の話の中で、同じ自由曲で全く同じアレンジャーでも指揮者の解釈によってはその表現もかなり違ったものになる
みたいな事を書いたのですけど、
それを踏まえた上で、同じ自由曲でアレンジャーがそれぞれ異なる場合は、演奏やその表現がどのように変わるのかという
かなり面白いテーマを吹奏楽コンクールの場で提示してくれた事例もありました。
その一つが1986年の高校の部における「海の競演」なのかな・・とも思ったものです。
1986年の高校の部は計3チームがドビュッシーの「海」を自由曲として選曲し、3チームとも編曲者が異なるという
とても興味深い「海の競演」を聴かせてくれました。
ちなみに3チームとも、課題曲が全て異なるというのも何か面白かったです


○高岡商業【上埜孝編曲】

 いかにも高性能・高機能といった感じのサウンドでした。傾向としては大変音楽が「メカニック的」とも言えると思います。
 同じ曲でも「ひそやかさ」を強く感じさせた内面的な海の習志野とはかなり目指している方向の違いを
 感じたのも事実です。

 「海」の中間部で一旦静寂となってオーボエが美しい旋律を奏でているバックで、打楽器奏者の何人かが、
 手にコントラバスの弓を持ち、グロッケンの横部をこするように上下になぞり
 弦楽器の高音部分をこうした方法で代用していた「荒業」にも当時度胆を抜かれたものです・・・
 何か共鳴管をコーンと鳴らすと隣の共鳴管がウワーーンという音を立てるような
 感覚の音でした。
 試みとしては面白い表現でしたけど、
 何となくですけど「人工的・作為的」についつい聴こえてしまい、意図はわかるけど、不自然でやりすぎ・・みたいな
 印象も感じたものでした。


○習志野【八田奏一編曲】

 3団体の中では、一番しっくりくる素晴らしい演奏でした。
 サウンドに気品があり、前半を相当抑えて演奏していて、後半にいくほど
 高ぶった気持ちをうまく柔軟に表現していましたし、音楽が自由自在という感じでした。
 生で聴くと一見冴えない演奏にも聴こえてしまうかもしれませんが、その真価は
 CDで聴くとよく分かると思います。

 当日の会場内で、私の座っていた席の丁度後ろ側にいた人が、演奏終了後に
 「うーーん、何か冴えない演奏・・・」とか呟いていましたけど
 自分の演奏終了後の感想は、
 「なんて張りつめた演奏、なんてひそやかな演奏、そして何と感動的な演奏」といった
 「冴えに冴えた演奏」という印象を受けましたので
 同じ演奏を聴いても、人によってやはり「感じ方」は異なるものなのですね。
 ま、それが「人間の多様な感性」でありますし、そうしたものは、一人一人が尊重する必要が
 あるのかな・・とも思います。


○神戸【藤田玄播編曲】

 サウンドが重厚でした。
 音楽としては「フランス系の響き」というよりは「ドイツ的な響き」という感じがしたものです。
 分厚い響きでしたので、繊細な表現の「海」には部分的に合わなかったのかな・・とも感じるのですけど、
 全体のがっちりとした骨太の響きは逆に言うと「武骨な海」という雰囲気もあり、
 「スケールの大きさ」という観点では、この三校の中では群を抜いていたと思います。


番外編として、1993年の関西大会の洛南高校を推したいと思います。
洛南は、この年は関西大会ダメ金で全国大会には行けなかったのですが、演奏は非常にユニークで、
第二楽章と第三楽章を取り上げていて、
カットは痛々しいけど、何を言いたいのかとか、曲のニュアンスは充分伝わってきました。
第二楽章に、ソプラノサックスをソロとして使用していたのは、意外に合っていてとても面白い表現だと感じたものです。

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