プロフィール

ぬくぬく先生 

Author:ぬくぬく先生 
開設当時は、1980年代吹奏楽コンクールの花輪・秋田南・就実・仁賀保・屋代等の素晴らしい演奏を後世に少しでも伝える事が出来ればいいなと思ってこのブログを始めたのですけど、いつのまにか「プリキュア」がメインになってしまいました・・・
最近は「東方Project」も大好きです!!
吹奏楽もプリキュアも何か自分が感じた事を少しでも後世の方に受け継がれるべきものが残せればいいかな・・と思っています。
ちなみに、「大好きプリキュア四天王」は、ドリーム・メロディ・ハッピー・ラブリーです。
ドリームとメロディは自分の中では既に殿堂入り状態ですけど、
現在は・・・・ラブリー大好き!!のラブリー一辺倒です!!
リアル社会では、建築関係のクレーム&アフター責任者を専従し、毎日毎日クレーム対応に当たる日々です・・・
裏の顔は・・・プリキュアと吹奏楽とクラシック音楽一辺倒です・・・
特に特に大好きな作品は・・・プリキュア5とスイートとハピネスチャージです!!
ちなみに、奥様は・・・ミルキィローズとセーラームーン好きの管理人以上のおこちゃまです・・・
東方で大好きなキャラは・・・とにかく大好きキャラがてんこ盛りで、全員大好き!という感じなのですけど、特に特に・・・さとり様・ゆかりん(紫様)・早苗さんはお気に入りです!!
吹奏楽では・・ネリベルの「二つの交響的断章」と「アンティフォナーレ」、スパークの「ドラゴンの年」、リードの「オセロ」と第二組曲「ラティーノ・メキシカーナ」、パーシケッティーの「仮面舞踏会」、C・スミスの「ダンス・フォラトゥーラ」などが死ぬほど好きで、クラシック音楽では、ウォルトンの交響曲第1番と矢代秋雄の交響曲、プロコフィエフの交響曲第5番、アーノルドの交響曲第2番、第4番、ショスタコの交響曲第7番「レニングラード」、マーラーの交響曲第3番「夏の朝の夢」、ハンソンの交響曲第2番「ロマンティック」、ストラヴィンスキーの「火の鳥」、ベルクの「ヴァイオリン協奏曲」、ラフマニノフの「交響的舞曲」などが大好きです!!
クラシック音楽を吹奏楽にアレンジし、そのコンクールヴァージョンの演奏としては・・・
1982年の就実高校の「幻想舞曲集」と
1987年の習志野高校の「ダフニスとクロエ」第二組曲の演奏、そして、
1987年の雄新中の「エルザの大聖堂への厳かな行列」が
まさに私の「原点」です。
最後に・・・
私の吹奏楽との関わりの真の意味での「原点」は・・・
1979年の市立川口高校の神がかり名演としか言いようがない
「二つの交響的断章」に尽きると思います!!


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前回の予告編だけを見た限りでは
「夏休み最後の週だし、この回もお遊び回なのかな・・?」と思っていたのですけど、
そうですね・・・これはあくまで私個人の感じ方なのかもしれないのですけど
「意外とシリアスモードだったなぁ・・」という感じです。
なぜそのように感じたのかと言うと、二つほど理由があるのかと思うのですが、
一つは、ま、これが一番大きな理由でもあるのですけど、これは既に前々回の花火大会で既に示唆されてはいるのですけど、、
リコちゃんと共に「補習メイト」としてポンコツ補習メンバーだった、ジュン・ケイ・エミリの3人は
既に落第スレスレの劣等生という感じではなくて、各々が自分の「夢」、しかもこの「夢」というのも
例えば・・・前作、姫プリのはるかが盛んに言っていた「私、プリンセスになりたい」みたいな抽象的な夢ではなくて、
「ナシマホウ界に留学して、向こうのファッションや文化を勉強して、アーティストとしての腕を磨きたい!」とか
「メモを取る事が好きになって、それを活用した仕事をしてみたい」とか
「魔法界一のヘアメイクさんになれたらいいなぁっ・・・」とか
それぞれが「魔法学校卒業後の具体的な自分の夢」を既に持っていて、その夢の実現に向けて
それぞれが努力を既に始めていて、「夢の具現化」というのは、実は意外ともう既に目の前に来ている・・
実は・・ああ見えて、あの補習メイトたちは意外と優秀で現実的で
「自分の将来の夢」を発見しただけではなくて、既にその夢の実現のために具体的な行動を起こしている事が
判明していた点なのかもしれないですね。

プリキュアの醍醐味の一つって、最初は勉強もスポーツも何もかもダメダメのポンコツな女の子が
何か知らないけどいきなりプリキュアになつてしまって、敵幹部との戦いの中で、「自分のやりたい事=自分の夢」を
発見し、その夢の実現のために頑張ってそして羽ばたいていく物語とも言えるのですけど、
そういう観点から言うと、
今回のリコちゃんの
「一生懸命頑張って立派な魔法つかいになって、でもそれから何をやりたいのか…」という
「私の夢は何なのか・・」とか「私は将来どうすればいいのだろう・・」とか「私は何をやりたいのか自分でもよく分かっていない」
みたいなある意味一つの悩みというのは、
実は歴代プリキュアたちにとっては、それは立派な一つの「夢に向けての過程」なのだと思いますし、
歴代プリキュアたちがそれぞれの立場において悩んできた歴史でもあります。
例えば、歴代青キュアの中でも、最優秀誉れ高いあの六花ですら、
「私は母親が医者だから、自分も医者になると勝手に決めつけていた・・だけど、それって本当に私自身の夢なの・・?」と
思い悩んでいた時期だってありましたし、
プリキュア5のあの「知性の青き泉」と誉れ高いかれんさんですら、「将来の私の夢は医者」と方向性が出るまでにおいては、
「私ね・・私には実は将来目標がまだ決まっていないし、まだ夢を持っていないの・・」
「うららやこまちのように既に自分の夢を持っていて、その夢の実現のために頑張っている姿は本当に尊いものがある。
だけど、のぞみ・りんのようにまだ自分のやりたい事が決まっていなくても、
毎日を一生懸命過ごしながら、自分のやりたい事を探して見つけていくその姿勢もまた尊い」と言っていた時期も
ありました。
だから、そういう意味においては、リコちゃんの「私はこれからどうすればいいのか・・」と悩んじゃう光景は
歴代プリキュアにとってはまさに「王道の歩み」なのであり、
「別に心配する必要もないんじゃないのかな・・・リコちゃん、頑張って!」と思わず応援しまいたくなる程でした!
そうですね・・・・
最近の比較的軽いノリが続いていた「魔法つかい」でしたから、たまーにはある程度のこうした「シリアスな将来の話」
なんかをさり気なく盛り込むのもなかなか素敵な演出と感心したものでもあります。

余談ですけど、歴代プリキュアの中でも屈指の「ポンコツシリーズ」として名高い私がとにかく大好きでたまらない
「スマイルプリキュア」なのですけど、
あれだけポンコツ、ポンコツと言われながらも、意外とメンバー自身の「将来の夢」というものは明確に描かれている中で、
5人のメンバーで唯一ポンコツで無い「れいかさん=キュアビューティ」のみが結局最後まで
「自分の将来の夢」を明確化出来ていなかったのは、なんかある意味面白い話だなぁ・・とは思います。
ハピネスの場合、そうですね・・私の願いはただ一つ!
めぐみは無事に誠司と結ばれて、めぐみなりの「ハピネス」を是非是非実現して欲しいと思いますし、めぐみなら
それが出来ると思います!
ゆうゆうは・・・是非是非おおもり弁当ののれん分けをしてもらって、ファントムと共に、子だくさん&商売繁盛を
実現化して欲しいなぁ・・と思います!

あ、そうそう・・前述の二つ目ですけど、それは、はーちゃんに関する事です。

今回、はーちゃんは、またまたいい仕事をしてくれて、みらいとリコちゃんを白鳥の衣装にさせた上で
思いっきり吹っ飛ばしてしまい、
その際に・・・
「私は勉強しないで、なんであんなに見た人がびっくりするような魔法を使えるのかな…?
私、やっぱり皆と違うのかな…」とかなり意味深な事を言っています。
そして、プリキュアとしての戦闘中にもラプーから「あぁ、お前だ。お前の力だけは何か違うものを感じるな」と
やはり意味深な事を言われています。

うーーむ、これが意味する事って何なのだろう・・?

はーちゃんが普通の魔法つかいじゃないとしたら、それじゃ、はーちゃんの「存在」って何なのでしょうか・・・?

その辺りも今後が大変興味深いですね。







改めてですけど・・・魔法学校の補習組の成長もなかなか素晴らしいものがありますよね!

とてもとても初登場時のあのどうしようもない「ポンコツ振り」とはエライ進化がありました。

補修組は、3人ともそれぞれが「自分の夢」を持っていて、
それも魔法関係じゃなく、現実で通用しそうな夢というのが実に素敵だと思います。
今作のプリキュアは確かに「魔法」というタイトルから分かる通り、「魔法」というファンタジーさは持っていながらも
後期EDの歌詞じゃないですけど
「勉強もスポーツも自分の力で!」という歌詞に象徴されるように、必ずしも「魔法」に頼り切っている訳ではなくて
「最後に信用できるのは自分自身の努力」という事に主眼を置いているのが逆にとってもプリキュアらしいなぁ・・と
思いました。
そうですね・・・・それはこのアニメを見ている小さいお子さん達にも、
「立派な魔法使い」とか「立派なプリンセス」とかじゃなく、
「しっかり現実的な夢を持ちましょうね! そしてそれを他力本願ではなくて自力で出来る限りは頑張りましょうね!」という事を
示唆しているのかな・・とも思いました。

それにしても・・・

はーちゃんは、少し髪を変化させただけで随分とイメージが変わるものですね!

ストレートヘアのはーちゃんもいいけど、こういうヘアのはーちゃんもとっても素敵です!!



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このシーンが今回の一番のお気に入りシーンでした!!

みらいとリコちゃんの「白鳥」もとっても可愛かったですけど、はーちゃんによって吹っ飛ばされて
落下していく二人がまさに、ポンコツ可愛い!という感じでした!

というか・・・一応「白鳥」なのですけど、二人とも空は飛べないのですね・・・(笑)

そんな二人をちゃんと救出してしまうリズ先生は、やっぱり優秀ポジションですね!




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上記の繰り返しになってしまいますけど、
リコちゃんの「それじゃ、私のやりたい事ってなーに・・?」と自問自答するリコちゃんがそこにいたものでした。
ちなみにですけど、そのリコちゃん自身の「迷い」は今回の話では
吹っ切れて解決・・・という感じではないようです・・・・
帰りの電車の中でのリコちゃんの何か「憂いを感じさせる表情」はなにかまだまだひと波乱もふた波乱もありそうな展開を
示唆していると思います。

そうした中でも、リズ先生はやっぱりエライ!!

「あなたにとっての立派な魔法つかいって、どんな人なのかしら?」
「小さい頃から、お姉ちゃんはずっと私の憧れだった。今は魔法学校の先生を目指してるなんて本当にすごいなって」
「それはね、リコがいたからよ。リコはいつも私と一緒に魔法の練習をしてたわよね」
「あの頃からずっと思ってた。もっと たくさんの子たちにも魔法を教えてあげられたらいいなって・・」
「リコもみらいさんも焦らず、自分の好きな事を探してみればいいんじゃないかしら?」

うーーむ、まさにリズ先生は、「悩めるリコちゃんの人生相談の良き先生!」ですね!

まさに・・・理想的なお姉さんですね!!

ハピネスのいおなのお姉さんのまりあさんも素敵でしたけど、リズ姉さんも負けない位素敵ですね!!



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さてさて・・・今回でついに敵側の新たなる2名が登場していましたけど
今回はラプーの戦いの見学だけでした・・・

あれれ・・・・そうなると、そもそも論になってしまいますけど、ドクロクシーって結局何だったのでしょうか・・・?

なんかその辺りは今一つよくわからないですね・・・

「なんだよ、ようやくお目ざめか?シャーキンス・ベニーギョ」という事でその二人の名前も公開されていましたけど、
ラプーは「あの御方」とも言っていましたので、
ラプーを含めたこの三人の他に「真の黒幕」がいるという事なのでしょうか・・・?

そしてラプーが言っていた「魔法」とは異なる「無法」って一体何・・?

そしてその「無法」って・・・まさか・・・はーちゃん絡み・・・・??

なんか9月以降の展開は「風雲急を告ぐ」みたいな展開にもなりそうですね。
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リードの「エル・カミーノ・レアル」は、全国大会ではもう25年以上も演奏されてはいないのですけど、
県大会・支部大会では忘れることなく継続して演奏され続けている事はなんだかとっても嬉しいものがありますし、
改めてではありますけど「こういう素敵な吹奏楽オリジナル名曲というのは、やっぱりその価値をわかっている方には
ちゃんとわかって頂けて、後世にこうやって受け継がれているもんだなぁ・・・」と
思ったりもします。
時代は変わっても、ジェイガーとかリードとかマクベスとかカーターとかコーディルとか
カーナウとかオリヴァドーティなどのような素敵な吹奏楽オリジナル作品を残された皆様のお名前とその作品は、
いつまでも後世に受け継がれて欲しいものです。

リードの「エル・カミーノ・レアル」は感覚的には
吹奏楽のための第二組曲「ラティーノ・メキシカーナ」の姉妹作みたいな
ラテン系ノリノリの、まさに「ラテンの血が騒ぐ!」みたいな曲だと思います。
特に冒頭のガツンというインパクトある出だしは、それだけでノックアウトされそうですね・・(笑)
この曲は、まさに典型的なA-B-Aの三部構成の曲でして、
大変な勢いと迫力がある前半のAの部分と、スローでしっとりとした抒情的な歌の部分で構成されるBと
まさにラストの追込み!という感じのAの三つの部分で構成されていますけど、
とにかくあっという間の9分間という感じで、聴いていて飽きるという事だけは絶対にないと自信を持って
お勧めしたい曲でもあります。
この話は既に過去記事で散々語っていますので、今回は割愛をいたしますが、高校時代に
リードの第二組曲を定期演奏会で演奏した際に、とにかくこの組曲が大好きで大好きでたまらなかった私としては、
この「エル・カミーノ・レアル」のあのノリの良さは、その第二組曲の「延長戦」みたいな感じもあり、
一番最初にこの曲を聴いた時から既にこの曲の虜になっていたような感じすらあります。
カスタネット・タンバリンといったリズム系打楽器がいい働きをする前半の躍動感も
素晴らしいけど、
「スペインの民族舞曲のホタのファンタンゴをイメージしたようなしっとりと歌い上げる中間部にも
うっとりさせられます。
そしてラストはクライマックスに向けて一気に追い込みをかけ華麗に曲は閉じられます。

演奏時間も8分30秒~9分程度ですので、課題曲が短めのマーチを選べば、余計なカットをしなくても
全曲ノーカットでいけそうな気もします。
ま・・大抵のコンクール演奏の場合、Aの部分が終了し、Bの部分に入る直前のオーボエソロをカットしちゃうパターンが
多かったですね・・・
だけどなぁ・・あのオーボエの完全なソロ部分は、まさにオーボエ奏者にとっては腕の見せ所でもありますし、
あの少しだるそうな雰囲気とっても美しいのですけどね・・

この曲が日本中で演奏されたのは1986年~1990年あたりだったと思いますが、
1986年の全国大会でもNTT中国とか富山ウインドが自由曲として演奏していました。
1990年の関東大会で野庭高校が自由曲として演奏し、
私もこの演奏は聴いていました。
そうですね・・あくまで率直に感想を書くと、春の猟犬・アルメパートⅠ・ハムレット・オセロの時のような
新鮮さ・音楽としての感動・躍動感はほぼ皆無で、おとなしめ系の何か去勢されたような演奏で、
当時手しては「全然野庭らしくないじゃん・・」ガッカリした記憶があります。
結果もダメ金でした・・・(ま、正直当然の結果だと思いますし、私の評価としては銀と銅の中間だとすら感じました・・)
数年後に「ブラバン・キッズ・ラプソディー」という野庭高校吹奏楽部と中澤先生に
焦点を当てた本を読んでみると、
この関東大会の前日に色々と事件・ドラマはあったのですね・・・
やはり高校生くらいだと、あれくらいの事件でも心理的に影響はあったのかな・・・
ちなみに事件といっても、
トランペット奏者が自由曲で使用する掛け持ち用のコルネットを学校に置き忘れ、
部長もその奏者も中澤先生に中々報告できずにいて、
ついに練習中にそれが発覚し、中澤先生が大激怒したというものですが、
当時は既に中澤先生は大御所だったから、生徒も中々悪い報告はしにくいという
雰囲気はあったのかもしれませんなよね。
あ、でもそういう事って会社の中でも結構あったりしますよね・・・

残念ながら、吹奏楽コンクールでは中々「エル・カミーノ・レアル」の「これぞ名演!!」という決定的名演には
いまだにお目にかかっていません。
強いて言うと、都大会本選の「B組特別演奏」という形ではあるのですが、1986年の共立第二女子と
87年の富士見が丘女子の演奏は、とにかくとてつもない躍動感とスピード感と切れに溢れていて
素晴らしかったです!
確か、両チームとも前述のオーボエソロもカットなしで演奏していたのもポイント高いです!

「エル・カミーノ・レアル」の生演奏で一番印象に残っているのは、
1989年の川口市民会館で開催された市立川口高校の演奏です!
あ、当時はまだ川口駅西口の「リリア」なんて立派なホールはなく、
市立川口みたいな名門チームでも、市役所わきの薄汚れたあんなホールで
演奏していたはなにか意外な感じもありましたけど、それだけ印象的です。
出たしも強烈でしたし、演奏もノリノリで、
この年全国で聴いた「仮面幻想」のどことなく不安定で、よそいきの演奏をしていた光景とは明らかに異なるものであり、
むしろ普段の市立川口らしい雰囲気が出ていたと思います。
あの演奏会で使用されていたグランドハープですけど、中間部のしっとりとした雰囲気づくりにも
大変大きく貢献していたようにも感じられます。
地元のホームグランドで実にのびのびとした演奏をしていた!という感じでした!!

最後に・・・この曲は吹奏楽作品なのですけど、実は、管弦楽にもアレンジされ、実際に日本で世界初演が
果たされています。
指揮者のロバート・ライカーが管弦楽に編曲し、なんと・・! 2005年に開催されたキッコロ&モリゾーでお馴染みの
「愛・地球博」のイベントの一環としてお披露目されています。
2005年7月20日に愛知万博エキスポホールにて、
ライカーが音楽監督を務めるインド国立フィルハーモニックにより初演されています。
更に余計な事を書くと、
作編曲家の中原達彦による管弦楽編曲版は、2009年12月18日に
ザ・シンフォニーホールにおいて下野竜也指揮の大阪フィルハーモニー交響楽団によって演奏されています。
中原氏は、アーノルドの交響曲第2番とか歌劇「ヘンゼルとグレーテル」の吹奏楽アレンジが
とっても印象的です。

管弦楽版の「エル・カミーノ・レアル」は聴いた事がないですので興味津々です!
夏のスポーツと言うと、今年に関してはオリンピックだったのかもしれないですけど、
やはり「甲子園の高校野球」ですよね!
今はそういう訳では無いと思うのですけど、私が高校生時代に、実際に甲子園予選大会にて
自分の母校を吹奏楽部員として必死で応援をしていた時の夏の必需品は「かちわり」でしたし、
実際あの当時はテレビの画面を通しても頻繁に「かちわり」が登場していましたよね!

「かちわり」は、純氷などの大きな氷を小さく割って飲料用途など利用しやすくしたものなのですけど、
「飲む」というよりは「熱くなった頭を冷やす・・」みたいな効果の方を
求めていたような感じもあります。

一般的には、厚めのビニール袋に氷を詰めて、ストローを挿し、袋の口を輪ゴムで止めて
売られていたような記憶があります。

「かちわり」というネーミングもそうですけど、どちらかというと関東よりは関西での人気が高かったようにも
思えます。
関東や東北では、野球場で確かに「かちわり」は売られてはいましたけど、甲子園ほど
大々的に売られてはいなかったような気もします。

阪神甲子園球場においては、高校野球でのみの販売で、
プロ野球阪神タイガースの試合当日は通常は販売されていないというのもなんか意外な感じもあったりします。

現在では凍らせたペットボトル入り清涼飲料水の台頭などに加えて、
阪神甲子園球場ではペットボトルの持ち込みが認められていることもあるのかは不明ですけど、
「かちわり」自体の売り上げは全盛期の1/3程度しか売れてないようですね・・・

ま・・今どきの若い子があんなビニール袋に入った氷を飲んだり、頭を冷やすのに使用する事自体、
「え・・なんかださい・・」と感じるのかもしれないですよね・・(笑)



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これはお盆休み明けの頃の話で、埼玉の最高気温が38度近くまで達した時の話なのですけど、
以前も書いた通り、社有車は外の気温が35℃以上に達すると、
車内のエアコンがほとんど効かなくなるという傾向があります。

だけど、外の気温が35℃を超えて車内のエアコンが効かないと、ある意味・・大変やばい状況でもあります・・・

とにかく結構な汗だく状態になってしまいますし、
私なんか体の線が極細で太ってはいないのですけど、とにかくワイシャツが汗まみれ・・という
感じになってしまいます。

それを見越してなのですけど、そうした場合は、会社を出る際に、
自分で手作りみたいな(?)「かちわり」を作る事もあったりします。
ちょっと薄めの普通のビニール袋を三枚程度重ねて、この中に、冷凍庫で製氷してある氷を詰めて、
輪ゴムで止めるという大変シンプルなものなのですけど、
これってクソ暑い車内で、頭の上にこのビニールのかちわりを乗せると
とっても冷たくて気持ちがいいです!

だけど・・氷としての状態を保てるのはせいぜい2~3時間程度で、それを過ぎると
ビニールの中に入っているただの「冷水」になってしまいます。

そうした中、氷が半分程度にまで溶けた状態の時に、あまりにも車内が暑かったため、
このかちわりを何回か頭にこすりつけて涼んでいたら、ビニール自体が元々うすいため、
なんと・・!
溶けて少しとがった氷がビニール袋を破ってしまい、
結果として私は運転席で「冷水」を頭からかぶる羽目になってしまいました・・・(笑)

これって冬だったら大変やぱかったけど、酷暑だったからよかったですね!

水を頭からかぶってもむしろ「冷たくて気持ちいい!」という感触でしたし、ワイシャツ自体も簡単に乾いてしまうし、

むしろ全然OK!!という感じでした!!



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真夏の「水やり」は気持ちがいいもんですし、涼むのが実にいいですね!

私の場合は、思いがけず「かちわり」で涼みましたけど、
スマイルプリキュアのみゆきの庭の水やりもとっても気持ちがよさそうでした!

みゆきは・・・ああやって喋らないで、水やりをしてすれば
なんだか「いいところのお嬢様・・」みたいな雰囲気もありましたね!!
日本人ってやっぱり「お米」が似合っているのかな・・・?

確かにひと頃よりは随分と消費量も減ってきたし、パン類・麺類に押されがちでもあるのですけど、
一日に一回は、お弁当でもいいしおにぎりでも構わないのですが、こういう「白米」を食べないと、
なんかご飯食べた気がしないという感覚がもしかするといまだに強いと言えるのかもしれないですよね。

特に特に・・「ご飯」そのものというか「ご飯粒」そのもの自体が美味しいと、
別におかずなんていらないんじゃないのかな・・?とも思ったりもしますね。
おいしいご飯があれば、漬物一皿だけでも軽く1~2杯はいけちゃうのかも・・・・??

これに明太子とかしば漬けとか、生卵に醤油を少したらしたものとか味付け海苔とか
さんまの塩焼きがあれば
別におかずなんていらなーーいという感じにもなるのですよね。

ホント、こんな白いご飯に漬物なんてシンプルなものを美味しく食していると
「あー、日本人でよかったなー」なんてしみじみ感じてしまいますよね・・・(笑)

「おにぎり」も本当に美味しいですよね!
これを生み出した先人の方はある意味天才だと思います。
そう・・西洋の「サンドイッチ」と同じような発想ですね。
ごはんというお米粒の中に「具」というある意味「おかず」を挟み込んでしまいますから、
これはこれで立派な「定食」と無理すれば言えるのかもしれないですよね。

こんな事書いてしまうと、またまた実年齢がバレバレになってしまいそうなのですけど、
私が高校生辺りの頃って実はまだ日本においてはそれほど「コンビニ」が普及していない感じで、
あの頃は、お弁当やおにぎりをこうしたコンビニで「買ってまだ食べるもんじゃないしね・・」みたいな感覚も
多少はあったような気さえします。
だけどそれが今では、コンビニというと・・「おにぎり」が「コンビニの顔」とか代表的商品みたいな感じさえ
しますもんね!
だって・・・
最近のコンビニのおにき゜りって本当に美味しいと思います。
勿論、、具自体の中身の豊富なヴァリエーションとかその具の美味しさとか
本当に「すごいな・・」と感じますね!
そして同時に「ごはん」そのものがとっても美味しいと思います!
これはあくまで個人的な好みなのですけど、セブンイレブンとファミリマートとサンクスのおにぎりは
本当に美味しいと思います。
特に特に・・・ファミリーマートの「ツナ」は、具も美味しいしご飯とのバランスが大変優れていると思いますし、
何よりもご飯のあの「ふっくら感」が実にいいなぁ――――」と思いますね。

よく安売りスーパーとか激安ディスカウントでは、一個50円前後のおにぎりが売られている事も
よくあるのですが、
やはりコンビニおにぎりとの「違いは歴然としているような感じがします。
コンビニおにぎりは、上記の通り、具がたっぷりで美味しく、何よりもご飯自体のあの「ふっくら感」が
安物おにぎりとは全然違うなぁ・・と思ってしまいます。
安売りスーパーの一個50円おにぎりは、確かにその「安さ」はたまらない魅力ではあるのですけど、
具が貧相とか、具自体があんまり美味しくないとか、ご飯は確かにギューギューッと握られていて、
ご飯としての「密度」というかボリュームは感じるのですけど、
逆に「ふっくら感」があんまりなく、食べてみても、正直・・「お米の塊」を淡々と食べているような感覚しかなく、
やっぱり・・「コンビニおにぎりとはちょっと違うんだよな・・」と感じてしまいますね。

ちなみにですけど、自分自身が握ったおにき゜りは、どちらかというと上記の安物スーパーの密度が詰まったおにぎり
みたくなってしまい、
自分で言うのもなんですけど・・
「そんなにおいしくはないね・・」という感じになってしまいますね・・・(苦笑・・)






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そうですね・・・

前述の「コンビニおにぎり」も勿論かなりのハイレヴェルでとっても美味しいのですけど、
やっぱり、ハピネスチャージプリキュアのゆうゆうが握ってくれた「おにぎり」には
勝てないのかも・・・??

だって・・・一見日本の庶民みたいな感じさえするのに、その正体はプリキュアであり、
実は、外国人でブルースカイ王国のお姫様でもある、あのポンコツ姫=ヒメルダ=ひめですら、
ゆうゆうが作ってくれたおにぎりは、
見ていて「ホント、こいつ、食って食って食いまくっているなぁ・・」と感じさせるほど
バクバク食らっていましたよね・・(笑・・)
本編内でも「ファントムが同じ建物内にいる事を考えただけでご飯がのどを通らない・・」みたいな事を言って
いたと思うのですけど、
それでも、ああやっておにぎりは本当に美味しそうにバクバク食べていましたね・・

なんかひめのあのペースは・・東方のゆゆ様が妖夢が手渡すおにぎりを次から次へと無限大に
食べまくっている様子と被るものがありそうですね・・
そういえば、「魔法つかい」のはーちゃんも、とにかく食って食って食いまくるまさかの「大食い・腹ペコキャラ」へと
いつの間にか進化していましたね・・(笑)
最近、うちのブログでは「デート・ア・ライブ」の事をネタにしなくなっていますよね・・・

ま、2013年にアニメ化第一期が、そして翌年の2014年にアニメ化第二期が放映され、
昨年の2015年には待望の映画化も実現し劇場公開版が上映されていました。
そう言えば、昨年8月頃の当ブログの記事では、結構この「デート・ア・ライブ」の映画の感想記事みたいな事も
相当熱く語っていたみたいですね・・・

だけど、私の「デート・ア・ライブ」熱は全然冷めていないのです!

ま、確かに、アニメ放映も終了し映画化も実現しましたし、現時点で大きなイベントは無いのですけど、
実は、原作は既に第13巻まで達していて、
第12~13巻辺りでかなり大きい進展がみられて、原作では結構大変な事になっています。
では、どう大変な事になっているか、ここで語ってしまうと「ネタバレ」という反則行為になりますし、
なによりも・・・
「デート・ア・ライブ」の事をご存知ない方に、具体的にどのような事になっているか事細かく書いてしまうと、
それこそ大変な事になってしまいますので、
ここでは控えたいと思います。

2013年春先のこのブログでも散々書いているのですけど、私がこの「デート・ア・ライブ」という小説・アニメが
死ぬほど好きだというのには理由がありまして、
それはこの中のメインヒロインの一人の精霊・時崎狂三(ときさきくるみと呼びます。間違ってもきょうぞうではありませんので)が
とにかく死ぬほど大好き!!というのが最大の理由です。
そしてまたまたこの狂三の精霊に霊装した時のあのゴスロリ風衣装がとにかく大好き!!なのです!!

そしてこの時崎狂三のフィギュアに関しては、2014年にグリフォンから発売されていて、
2014年当時「この狂三のフィギュアだけは絶対に欲しい!」と思っていたので、2014年に思い切ってこれを購入し、
そのレビュー記事なんかもこのブログで散々書いてはいたのですけど、
なんと・・・・!
「デート・ア・ライブ」は、現在原作も大変な事になっていますけど、
2015年になんと・・・!
アルファマックス社から2014年のグリフォン版の完成度・精緻度をはるかに超越する素晴らしい仕上がりの
時崎狂三のフィギュアが発売されていました!!

うーーむ、正直・・・この2015年版のアルファマックス社の時崎狂三のフィギュアを見た際は、
「え――――っ、まじかよ・・・これなら2014年のグリフォン買わないで、もう一年待てばよかった!!」と
思いっきり後悔してしまう程の「完成度の高さ」がそこにはありました!!

しかも・・・・!!

このアルファマックスの方は「完全限定生産」で元々極めて少ない個数しか生産販売されていない上、
現在では当然、市場には全く流通していません!
そして、たまにアマゾン等で見かけても一体30000円以上の値が付いていますので、
ちょっと・・・当分手が出ないですね・・・・(泣・・)



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簡単にではありますが、2015年発売のアルファマックス版の時崎狂三のフィギュアの概要を記しますと・・・

商品名 : 時崎狂三

作品名 : デ-ト・ア・ライブⅡ

サイズ  : 1/7スケール 全高:約23cm

形態   : PVC製塗装済み完成品  オンラインショップ限定鍍金塗装仕様台座

価格   : 11800円(税別)

発売日 : 2015年11月予定

発売元 : アルファマックス


とにかく・・・この完成度は凄まじく高いと思いますし、実に精密だと思います!!

まさしく、精霊・時崎狂三が、華麗な神威霊装の姿で登場!という感じですね!

美しく流れるツインテールと翻るゴスロリ風のドレスもとにかく「優美!!」に尽きると思います!!




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さてさて、時崎狂三なのですけど、
アニメ本編だけを見てしまうと、とち狂った人・・・毒蛾みたいな方・・みたいな印象を持たれがちで、
なぜならアニメ本編上では
狂三の真の目的・・・つまり・・・
狂三が所有する特殊能力の一つ、「時間を遡行する【一二の弾】」を使って30年前の過去へ行き、
ユーラシア大空災を引き起こした最初の精霊を抹殺することによって、
今までの歴史を改変し、現在の世界に存在している全ての精霊を「無かったこと」にする事は
あまり語られていません。
(ま・・・この辺りは原作のライトノベルを読まないと分からないです・・)
ではなぜ狂三は執拗に士道を追い求めるのか・・・なぜ士道を食い散らかそうと欲するのか・・・
それは士道の「キスによって精霊の霊力を吸収・封印し、
その霊力を自分のものとして行使することが出来る・・」などのような特殊能力を狂三自身の中に取り込むことによって
狂三の能力を向上させ、真の目的を達成させるための道具にしようとした事なのです。
それでは・・・狂三の能力とは・・・
なんで狂三は、何度も何度も殺されて死亡しているのに、すぐ蘇る事ができるのか・・・??
それについては、簡単に記すと狂三は「時間の流れを操る能力」という凄まじい特殊能力を有しています。
その「時間操作」という能力を可能にしているのは、狂三自身の背後に存在してる「刻々帝(ザフキエル」という
文字通り・・・巨大な時計です・・
刻々帝の長針と短針はそれぞれが古式の歩兵銃と短銃であり、
これに刻々帝の能力を込めて弾として発射します。
効果は時計の数字によって違い、自らの時間を加速させ、超高速移動を可能とする【一の弾(アレフ)】、
時間の進み方を遅くする【二の弾(ベート)】、時間を巻き戻して傷などを復元させる【四の弾(ダレット)】、
相手の時間を止める【七の弾(ザイン)】、
自身の過去の再現体を出現させる【八の弾(ヘット)】、
異なる時間軸にいる人間と意識を繋ぐことができる【九の弾(テット)】、
撃ち抜いた対象の過去の記憶を伝える【一〇の弾(ユッド)】、
時間遡行ができる【一二の弾(ユッド・ベート)】などがあります。

アニメ版を見ていると、狂三は、常に短銃で自身の頭をぶち抜き、自らを殺した次の瞬間に
新しい自分自身が登場しているみたいな印象がありますけど、
実際は・・・場面ごとに・・・必要な力を十二の弾から選択し、自身の頭にぶち込み
時間軸を遅くしたり、相手の時間を止めたり、
またまた過去の自分の「分身体」を呼び出したりと・・・ま・・、ホントある意味自由自在な戦いが
可能になります。
殺害されているのは全て刻々帝の【八の弾】で生み出された分身体であり、
分身体は狂三本体の影に無限にストックできるため、
狂三が何度殺害されても何度も蘇っているのはそのためなのです・・・・
だけどそうした能力は膨大なエネルギーを使用するために、多くの人間からエネルギーを吸収する必要があり、
狂三が何万人もの人間を殺害してるは、ここに理由があります。

興奮した際の「きひひひひ・・」という高笑いと「「ザァァァァァフキェェェェェル」というやたら語尾を伸ばす
あのトチ狂った様子はとにかくとてつもなく魅力的です!!




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今回の記事は、あくまでメインはアルファマックス版の時崎狂三のフィギュアなのですけど、
フィギュアの「精霊」としての狂三もとてつもなく妖しく魅力的なのですけど、実は、精霊に霊装する前の
人間体としての狂三もとてつもなく魅力的なのです。
人間体としての狂三は、第一期の第7話のみだと思われますので、これはこれでとっても貴重なシーンだと
思います。

と言うか・・・・

時崎狂三という「精霊」が普通の高校生の振りをして高校に転入してくるストーリー自体が既にぶっ飛びもの・・・
(ま、このアニメ自体、かつて1.5億人の人類が瞬間的に死傷する大災害となった「空間震」という災いを
引き起こすとされる精霊に対して・・・・
この精霊を武力でもって制圧するのではなくて
精霊とデートしてデレさせて、その能力を封じ込め・・・!!というぶっ飛び設定の、何でもありのアニメですからね・・)

だけど・・・

あの時崎狂三の転校時の初登場シーンは本当に・・・とてつもないインパクトがありました・・・

確かに外見は・・・・正統派の美人さんで、口調も「・・ですわ」が特徴的な上品な言葉遣い・・・
顔の左半分を隠す長い黒髪が一つの特徴でもあるのですけど、
ではなんで左半分を隠しているかと言うと・・・・
ま・・その・・・狂三の左目は・・・「時計」ですからね・・

しかも・・・主人公・士道に対する挨拶代りの第一声が・・・
「私・・・精霊ですのよ・・・」ですからね・・・

リアルタイムで最初にこのシーンを見た時は・・「なんて痛い子・・」・「でも・・・なんて驚異的に可愛いんだ・・!!」と
感じたものですけど
その後の狂三のトチ狂ったシーン炸裂とか
識別名・ナイトメアとしての精霊体としてのあの「毒蛾」にも似たようなあの衣装・・
興奮してくると「きひひ・・」と高笑いをしていく様子を目の当たりにして
そうですね・・・・
最初の頃の印象とトチ狂った精霊体としての狂三のすさまじいギャップに思いがけず
ハートキャッチされてしまい、
それが今現在にまで至っているという感じがあります。

第7話は・・・とにかく・・・時崎狂三の時崎狂三による時崎狂三のための回と言っても全然過言ではないと
思うのですけど
その中でも特に印象的なのは・・
ま・・・多分、誰もがそう感じると思うのですけど
あのスカートをまくしあげていくシーンですね!!

主人公の士道は、妹が指令を務めるラタトスク機関によって、常にインカムを装備させられ、
その指示を仰いだ上での行動というのが基本パターンなのですけど、
狂三に最初に何を質問するのかというテーマに対して
①朝言っていた事は本当なのか?
②狂三は前はどの学校にいたんだ?
③狂三は今日はどんなパンツを穿いているんだ?
という三つのパターンを用意し、ラタトスク機関内での協議の結果、まずは②で様子を探ろうという結論に達し
それを士道にインカムで指示を出す際に
間違って・・・妹の五河 琴里がこの時に限って・・・・③の指示を出してしまい・・・
士道は・・・本当に・・・
狂三に対して、③を質問してしまいます・・・

その際・・・狂三は・・・
平然とクールな顔で・・・
「そんなに・・私のパンツ見たいのですか・・」とぶっ飛び発言をした挙句・・・
スカートをスリスリと上にまくりあげようとしていったのです・・・

ま・・・あのシーン・・原作ではバッチリ見えてしまうのですけど
アニメでは・・・
ま・・確かに深夜アニメなのですけど、あまりにもエロ濃厚なので・・・
見えそうで見えない・・・という所で終ったのが・・・
今にして思うと残念です・・・!! (苦笑・・)



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それにしてもこのアルファマックス版の時崎狂三は、やはり凄いな・・と改めて感心してしまいますね!

ツインテール・ゴスロリ風ドレス・ガーター・両手に持った歩兵銃と短銃・左目が金色の時計の文字盤とか
黒髪とかヘッドドレスとか
とにかく・・も――なんでもあり!!という感じなんですけど、
そうしたあまりにも妖しく危険な時崎狂三を見事に三次元表現していると思います!!

そうですね・・・・原作はまだ当面続きそうなのですけど、この狂三をメインキャラに据えたアニメ第三期は
あってもいいのかも・・??
17.愛知工業大学名電高校


D/吹奏楽のための詩曲「アトモスフェア」(名取吾朗)


この年、1991年の名電を語る前に、その前年~3年前辺りの事を先に記させて頂くと・・・

名電は、1984年~87年まで全国大会4年連続金賞を達成し、
1988年に金賞を受賞すれば「5年連続金賞」という吹奏楽コンクールでは大変な栄誉と翌年の特別演奏を
与えられるという大変プレッシャーが掛る年でしたけど、
結果的に1988年の演奏は、正直、あんまり芳しい演奏ではなかったですね。
当時、普門館の会場で生で聴いていても、
「え・・・、これがあの名電・・・??」と目を覆いたくなるような不出来な演奏になってしまい、
結果として銀賞に留まり、5年連続金賞を達成する事は出来ませんでした・・・・
88年の表彰式は私も生で目撃していましたけど、銀賞と言う結果がアナウンスされた時の名電の代表者3名の方の
落込む様は・・何となくではありますけど客席にも伝わってくるかのような雰囲気はあったものでした・・・

そして、翌年の1989年のコンクールなのですけど、松井先生としても、
「まさかこの年に自分たちが普通にコンクールに参加しているなんて・・」みたいな不本意な気持ちは
もしかしたらお餅だったのかもしれません。
奏者にとっても前年度の「悔い」をなんかそのまんまそっくり引きずっているような印象すら感じたものでした。
前年度のショックの後遺症みたいなものが実際にあったかどうかなんていうのは、部外者の私には知る由もない話
ではあるのですけど、あの年の名電の自由曲の「神話」を聴いた限りでは、正直・・・・評価に困る演奏です。
一言で言うと、名電にしては「粗雑」で感銘性が希薄な印象です。
神話の世界と名電カラーが合っていないというか、音楽がすごくちぐはぐな感じなのです。
例年ならば、瞬発力が漲る打楽器セクションも、何か切れ味に欠け、なんかモサッとした演奏でした。
結果的に前年の演奏よりももっと印象は悪くなり、
 「もしかして名電、1976年のリエンチ以来の銅賞・・・??」とすら思ったほどでした。

でもさすが名電ですね・・・・

翌年の1990年はきっちりと立て直してきました!

自由曲は、1988年の時と同じ矢代秋雄の交響曲・・・・
もしかして、松井先生は余程、88年の演奏に「悔い」があったのかもしれないという事ですね・・・
同じ自由曲で2年後に「リベンジ」を果たしたかったという意図がもしかしたらあったのかもしれません。

課題曲A/ランドスケイブがこれまた素晴らしい演奏でした・・・・!!
この課題曲Aは埼玉栄・常総学院など多くの名演がありますけど、
この名電の演奏も大変鮮烈でした!!
この課題曲は、前半のホルンとトロンボーンの「リズムの刻みの掛け合い」が結構難しいものがあり
それが微妙にズレてしまう演奏も結構多かったのですけど、名電はそれがほぼ完璧に決まっていましたし
中間部の「鳥のさえずり」みたいなフルートソロも実にひそやかでしたし、
後半のアレグロの再現部におけるホルンの刻みが実にうまい!!
そしてそれに乗っかる形での木管の高音が実に美しくブレンドされて響いていました。
課題曲Aとしては、この日、トップクラスの演奏だったと思います。

圧巻は自由曲でしたね・・・・

アレンジは88年と同じ天野正道版を使用しているのに
88年の演奏と全く印象は異なります!
88年の方は、ヘンな所でユーフォを被せたり少しチグハグな印象もあったのですけど、
この年はそうした印象がほとんど無い・・・
88年の方は、「何か妙にヘンな厚化粧・・・50過ぎて急に色気づいたおばさんの厚化粧みたいな音楽・・」とも
感じたのですけど、
90年の演奏は大変洗練されスッキリした印象を与えてくれています。

この年は特に各奏者の技術が大変光っていました。

特に・・・・

前半の、ファゴットとピッコロのデュエットの部分は・・・、もう素晴らしすぎて背中がゾクゾクしたものです!!
あれはこの年の「技術賞」または「デュエット賞」をあげたい気持ちですね。
中盤以降のファゴットは、これまた「神がかり」的な見事な演奏を聴かせてくれていました。
あのファゴット奏者の優秀さは・・・とてつもないものがありましたね。

88年の方はとにかく金管がバリバリに鳴らし打楽器もガンガン叩きまくっていましたけど
90年の演奏はそれがかなりセーブされた演奏になっていて
金管・木管・打楽器のバランスが大変よく整理されていましたし、
何よりも「音のブレンド」をきちんと考慮されていたのが良かったと思います。

ラスト近くの金管のコラールも実に力強くかつ清らかでとても良かったですね。

だけどこの演奏、評価としては「銀賞」になってしまい、
リアルタイムで成績発表を聞いた際は「え・・・・、まさか・・」と思わず絶句してしまいました・・・・
あの演奏が銀賞で終るなんて、何か割り切れないものがありましたし
一応表面的には、88年と90年の演奏が「同じ銀賞」というのも何か腑に落ちないものがありました。
そのくらい、同じ自由曲で共に評価としては銀賞という結果になっているのですけど、
88年と90年の演奏には雲泥の差があると思います。

さてさて・・・そうした中での1991年の名電の演奏でしたけど、
一つ驚いたのは、毎年の傾向として「課題曲は難易度の高い曲を選ぶ傾向が強い」という名電の一つの方向
だと思いますし、事実、序奏とアレグロ・白鳳狂詩曲・深層の祭り等毎年難易度の高い課題曲に果敢に挑んでいる
パターンが多いのですけど、
名電がまさか「マーチ」を選ぶとは予想外でした!
これは・・・・花輪高校が87年に課題曲E/マーチ ハロー! サンシャインを選んでいたのと同じくらいの
「意外性」がありました。
名電のマーチは、予想通りというのか・・・やはり・・・「そよ風」というイメージではなくて
「モンスーン」とか「熱帯低気圧」みたいな大変威勢のいいマーチでした!
もうちょっと楽に吹いてくれるともっとよかったのかもしれないですね。

自由曲の「アトモスフェア」ですけど、これは1986年にも一度自由曲として演奏していますので、
いわば二回目の出し物です。
二回目という事で指揮者の松井先生にも「手慣れた感じ」があり、
演奏自体は全く問題なく終わったという感じです。
「アトモスフェア」というと、やはり市立川口が85年と90年の二度に渡って自由曲に選び、それぞれ
素晴らしい演奏を聴かせてくれていますが、
名電と市立川口の演奏上の違いってどこにあるのかな・・・みたいな事を最近ふと感じたものでした。
それに関しては、正直両校共に大きな違いはないと思います。
(どちらも実力校ですからね・・・)
ただ感覚的には、市立川口は特殊楽器を多用している事情もあるのですけど、
曲のタイトル「アトモスフェア」=「雰囲気」という事で、どことなくミステリアスな雰囲気を醸し出しているような
印象があります。
それと市立川口はソロ楽器が抜群に上手いと思います。
名電の方は、ミステリアスな雰囲気というよりは、やはり名電らしいというのか、
「圧倒的な威圧感」でもって曲全体の雰囲気を制圧しているような雰囲気が感じられたりもします。

似ているようでもあるのですけど、よーく聴いてみると、それぞれの学校の「個性」が
演奏にもよく表れているような気もしますね。
レミリア様ってとっても可愛くて素敵なんだけど、どことなく不思議な感じもしますよね・・!
古今東西、アニメでも漫画でも「吸血鬼」と言うと怖いとかホラーとか畏敬みたいな印象が強いと思うのですけど、
こんなに可愛くて魅力的な吸血鬼のおぜうさまだったら、
「少しぐらいなら血を吸われてもいいのかな・・」とも思ってしまいますね・・・(笑)

東方Projectの世界って実は結構「姉妹」もいたりします。
一番有名なのが、このレミリア様と妹のフランちゃんのスカーレット姉妹と古明地さとり様とこいしちゃんの古明地姉妹で
ある事は言うまでもない事だと思います。
他に姉妹と言うと、九十九姉妹・プリズムリバー三姉妹・秋姉妹・綿月姉妹なのだと思いますけど、
面白いもので、これはあくまで私個人の好みなのですが、
東方の姉妹の中では、レミリア様・さとり様・ルナサ・静葉と「お姉さん」の方が、どちらかと言うとより魅力を
感じるのかなというのがあったりもしますね。
ま・・・、「古明地姉妹」については、さとり様もこいしちゃんもどっちも同じくらい大好き!というのがあったりもします・・(笑)
綿月姉妹については・・・お姉さんの豊姫の方ではなくて、妹で、もしかしたら・・・東方で最強の無双振りを
発揮しているとも思える依姫の方が圧倒的に大好きです!
(ま・・依姫はポニーテールですしね・・笑・・うーーん、豊姫は・・・形式的といえども、あの紫様・・! ゆかりんに
土下座をさせた・・というのが、なーんかいまだに引っかかっているのですよね・・・)
そうそう、東方人気投票においては、スカーレット姉妹が属する「紅魔館」の中から毎年のように3人も
ベスト10にランクインを続けているのは、本当に凄い事だと思いますし、
まさにレミリア様と妹のフランちゃんの人気は「恐るべしっ!」という感じですね。
ま、もっとも・・・レミリア様にとって、今一つ引っかかっている事は、レミリア様自身の順位が
妹のフランちゃんに負け続けているばかりでなく、紅魔館のメイドの十六夜咲夜にも連敗続きという
事なのかもしれないですよね・・・

そうそう・・・レミリア様の妹のフランちゃんって、レミリア様に比べたら歴然としてるのですけど、
とにかく登場頻度が極端に少ないですよね・・
セリフなどを伴って登場した作品は「東方紅魔郷」と「東方文花帖」のみなのですけど、それでも・・・
東方人気投票では毎年確実にお姉さまのレミリア様よりも上位のランキングに居続けているというのも
ある意味凄い話ですよね。
あれ、なんでZUN神主様は、こうまでしてフランちゃんを徹底的に隠してしまうのかな・・?
なんか今のままだと「究極の箱入り娘」という感じになってしまいそうな予感も・・?
それとも・・・ZUN神主様の意向としては、
「もしも今後、東方の人気に翳りが見えてきてグッズ販売等に落ち込みが見られるようならば、その時のテコ入れの
切り札としてフランドール=スカーレットを登場させよう!」みたいなものがもしかしたら
あるのかもしれないですよね。
レミリア様は、現況500歳、フランちゃんは495歳という設定なのですけど、
いやいや・・・とてもとてもお二人とも5世紀近くも生きているとは思えないほどの「ロリ可愛らしさ」ですよね!
レミリア様なんて場合によっては「幼女」にしか見えない時も多々ありますからね・・(笑・・)

その②でも既に触れた事ではあるのですが、「紅魔館」自体も実は西洋の外界から建物ごとそっくり丸ごと
幻想郷に移住をしてきたという設定なんですけど、
ではなんでレミリア様たちは、吸血鬼=ドラキュラというと「ヨーロッパのとある古城」というイメージが定着してあるのにも
関わらず、「幻想郷」というある意味、日本の妖怪がうじゃうじゃといてある意味大変「おどろおどろしい所」に
移住を果たしたのかその「メリット」って一体何なのかな・・?とふと考える事もあったりします。
勿論、そのペストアンサーというのは「Yahoo! 知恵袋」のベストアンサー式に言うと、
「吸血鬼等の妖怪の勢力が、外界の科学技術の進歩という事で、そうした妖怪等の迷信が入り込む余地が
少なくなり、このままでは自分たちの存在意義が無くなり、消滅してしまう危険性があり、
外界から妖怪勢力を結集した幻想郷にある意味避難せざるを得なかった・・」という事になるのでしょうけど、
私の脳内妄想としては・・
「それもそうなんだけど、もしかしたらフランちゃんの精神状態という問題もあったのかな・・?」とも
思ったりもしています。
外界というのは、技術が飛躍的に進化し情報が溢れかえっている世界でもあるのですけど、
そういう環境下が、元々の精神状態が危ういフランちゃんにとっては決していい話である訳では無くて、
日々荒んでいくフランちゃんの精神状態を危惧したお姉さまのレミリア様が
思い切って建物ごとの幻想郷への移住を決断したという事になるのかもしれないですよね。
実際・・・東方の初期の頃の「東方紅魔郷」におけるフランちゃんの設定は、
発狂気味とか気がふれているという感じだったのですけど、
「東方文花帖」あたりになると、「情緒不安定」という描写にいつの間にか変容されていて、
何となくですけど・・
「あれれ・・・フランちゃんも幻想郷という新しい環境に移住をしてきたおかけで、精神面も安定化し、
徐々に落ち着いた感じになっているのかな・・」とも感じたものでした。
フランちゃんはよく「気が狂っている」とか「まともな会話が出来ない」とか言われたりもするのですけど、
否! それは明らかに違いますね!
それは、東方文花帖におけるフランちゃんと射命丸文のインタビューを見れば、一目瞭然だと思います!
ま、あややに対してのあの「ぎゅーーっとして・・」紅魔館に向けて落ちてきた隕石を破壊しちゃった・・と言うのは
フランちゃんのとてつもない能力を示唆していると言えますよね! 

東方公式漫画は現在のところ四つほど出ておりますけど、レミリア様は全ての漫画にご登場されているのに、
フランちゃんはセリフ有の登場は残念ながら一度もありません・・・(泣・・)
「東方鈴奈庵」においては、姉妹二人でチュパカブラを見ているシーンがあったりもしますけど、
とにかくあのシーンはとっても貴重なシーンだと思います。
それと・・儚月抄の漫画版の紅魔館パーティーの際に、輝夜の隣にいたのは多分ですけど・・・
あれ・・フランちゃんだと思います。
それにしても公式漫画版のレミリア様ってどのレミリア様もとっても素敵に描かれていますよね!
東方鈴奈庵はいかにも10歳程度の「幼女」という感じもするのですけど、同時に子供なんだけど「妖しさ」も
感じさせてくれるとっても素敵な描き方をされていると思います。
特に、チュパカブラを巡る霊夢との対話のレミリア様には、本当にゾクゾクとさせるものが伝わってきます。
対照的に鈴奈庵での十六夜咲夜は、長身でスレンダーな美人さんですよね!
儚月抄のレミリア様は、どことなくやんちゃな感じですよね・・(笑) 儚月抄のレミリア様は、やっぱり・・・・
ゆかりんに「いいように操られる程度の能力」という感じに相応しいような描き方をされているようにも
思えます・・・(笑)
公式漫画版で、個人的に一番「レミリア様らしいなぁ・・」みたいな描かれ方は「東方三月精」だと思います!
あのレミリア様は、まさに素敵な吸血鬼だと思います!
可愛いしどことなくミステリアスさも伝わるし、あれはとっても大好きです!
これは余談ですけど、霊夢はどの公式漫画版においても、あの「赤の大きなリボン」というトレードマークおよび巫女服という
大きな特徴があるせいか、どの霊夢にも「一定の共通的雰囲気」はあると感じられます。
魔理沙に関しては、これらの公式漫画版においては、かなりの描き方の「違い」が如実に出ていると思います。
正直・・・一番最初に「鈴奈庵」の魔理沙を見た時は、驚きました・・!
だってあの魔理沙は・・・・外界でゲームセンターにたむろしてそうないかにも現代風のちょっとヤンキーな魔理沙だと
思います・・(笑)
最近はあの魔理沙にも慣れてきて「うん、こういう魔理沙も全然ありじゃん!」と思いますね!
ちなみにですけど・・・
「魔理沙」と言うと、東方で一番最初に見た魔理沙の画像は、またまた個人名を出してしまい大変恐縮なのですけど、
当ブログがいつも大変お世話になっている「dream fantasy」の管理人のアミグリさんが描かれたイラストであり、
私の中では、「魔理沙」というと、やっぱりいまだにアミグリさんが描かれた魔理沙になってしまうのですよね!
アミグリさんが描かれた魔理沙は、まさに魔理沙そのものだと感じます!

参考までに、アミグリさんが描かれた魔理沙のイラストの一例をご覧になりたい方は
こちらから・・・  →  魔理沙

もう一つ魔理沙!! →  キラキラ魔理沙!


なんか今回は話がそれまくりですね・・・(笑)

改めてですけど・・・レミリア様は本当にとっても可愛いですね!

前述の通り、レミリア様は500歳前後のご年齢なのですけど、外見はかなり幼く10歳前後なのかな・・?
口調は大人びている事が多いのですけど、外見はまさに「おこちゃま」そのものですからね・・(笑・・)
ま・・それを言ってしまうと、因幡てゐなんかある意味究極の「東方のロリ婆ちゃんうさぎ」という事になってしまうのかな・・??
レミリア様は、行動原理は外見同様、まさにおこちゃまそのもの!
だけどそこがいいのですよね!

レミリア様の東方ゲーム初登場は、「東方紅魔郷」なのですけど、
東方紅魔郷の異変である「紅霧異変」の原因を作り出した張本人がこのレミリア様です!
その異変とは何かと言うと、
要は昼間の日光が大の苦手で、昼間は活動を自粛せざるを得ず、夜しか遊べない事に不満を覚えた
レミリア様が、「私が生み出すことが出来る紅い霧を幻想郷に張り出してしまえば、
日光も幻想郷内に届かず、昼間でも真夜中みたいな闇に包まれ、昼間でも遊ぶことが出来るじゃん!」という事を思いつき、
幻想郷中に妖気に満ちた紅い霧を蔓延させ、この霧は外界にもその勢力を伸ばす寸前であった
という事なのですけど、
まさに・・!!
レミリア様の「おこちゃまらしい行動原理」を象徴させるようなお話ですよね!
結局、この異変は霊夢たちによって解決され、レミリア様はやっつけられてしまったのですけど、
そうですね・・・・
レミリア様は、別にこんな異変を起こさなくても、結構公式漫画においては、
博麗神社とか普通にお出かけされていますけどね・・・
(ま、勿論・・・日傘を差してあげる咲夜さんが常に横にいますけどね・・・)

さてさて・・・この、「東方紅魔郷」なのですけど、
紅魔郷6面初登場時におけるレミリア様の、紅い月をバックにしたステージ演出と魅力的なセリフは
とっても印象的でした!

この紅魔郷とレミリア様の弱点等については、今語ってしまうと、とてもとても収拾が付かなくなってしまいますので、
それについては次回の「レミリア様 その④」以降で語らさせて頂きたいと思います。

最後に・・・

その「東方紅魔郷」なのですけど、この一面ボスが、このプログでも既に何度も登場している
あのルーミアなのです!
ルーミアというと「そーなのかー」というあのセリフが大変有名なのですけど、
実はこのセリフが初登場したのが、この「東方紅魔郷」なのです!
ちなみにですけど、あややとのインタビューにおいては、ルーミアは「へー、そーなのかー」となっています。

霊夢:人は暗いところでは物が良く見えないのよ。
ルーミア:あら? 夜しか活動しない人も見たことある気がするわ。
霊夢:それは取って食べたりしてもいいのよ。
ルーミア:そーなのかー。

→こらこら、霊夢・・・異変解決の巫女さんが、妖怪の「人間食い」を容認しちゃだめでしょ・・とツッコミは入れたいですね・・(笑)

そうそう、ルーミアというと、手を左右に広げるあのポーズも有名ですね!
そしてあのポーズもこの「東方紅魔郷」にて魔理沙とのバトルで登場しています。

魔理沙:で、何でそんな手広げてるのさ。
ルーミア:「聖者は十字架に磔られました」っていってるように見える?
魔理沙:「人類は十進法を採用しました』」って見えるな。

→このあたりの魔理沙のツッコミもなかなかですね!





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さてさて・・ここからは既に恒例になっているのかもしれないのですけど、当ブログが本当にいつも大変お世話になっている
アミグリ様の素敵なイラストのご紹介です!!

上記のとっても素敵なイラストは、
当ブログのとっても大切なブロとも様のお一人で、本当にいつも大変お世話になっている
「dream fantasy」の管理人様のアミグリさんが今年の3月に描かれたルーミアです!!

ルーミアは「宵闇の妖怪」という事で「闇を操る程度能力」を持つという設定なのですけど、
周囲を闇で球状に包み込むことで昼間でも夜と同じ暗さにするというのが最大の特徴で、
要は・・・ルーミアの周辺にいる人達全てを一瞬で真っ暗闇に放り投げる事が出来るみたいなチカラです。
でもこれって結構厄介・・・・
あたりは何にも見えないし、
「あ・・・誰かいた・・」と思ってもそれが味方なのか敵なのかさっぱり分からないし
視界ゼロの状態に強制的にさせられてしまう・・という感じですね。
この闇に乗じて襲われるとひとたまりもなく、逃げ道すら見えなくなるそうですので、もしも・・・
妖怪同士連携して徒党を組まれて襲撃されたら・・・相当恐ろしいものはありそうですね・・・

だけど・・・・

ルーミアの場合、基本的に単独行動だし、
本当に・・・・「人を食うのか・・」みたいな幼い可愛い雰囲気ですし、
何よりも・・・
周囲を闇で包んでしまうのだけど
当の本人が・・・
本人も視界を奪われてしまう欠点があるのが少し抜けている所でもあります・・・
あたりは真っ暗闇なのですけど、ルーミア自身も実は・・・この闇の中では本人も何も見えていないとの事です・・
自分で闇を発動しておいて
実は・・・ルーミア自身も全く闇の中の自分の位置を把握できていませんし、
同時に、闇の外の様子も全く見えていないそうです。
だから・・・
あちこちで木にぶつかっている姿が目撃されているとの事です。
そして基本的には・・
あんまり人も襲わず、昼も夜もあてもなくふよふよと空を飛んでいるだけの事が多いとの事です。

ま・・・そういうちよっとおバカさんみたいな所とか可愛い容姿とかなんかが
人気の理由なのだと思います。

アミグリさんはこの「ルーミア」もかなり得意とされていて、過去においていくつものとっても可愛くて素敵な
ルーミアのイラストをUPされています。
アミグリさんが描かれるルーミアは、どちらかというと「可愛らしさ」をイメージさせたものが多いと
思うのですけど、
このルーミアはいかにも「闇の妖怪」みたいな雰囲気ですよね!
背景が少しおどろおどろしいのもかなり効果的だと思います。
ま、確かに「闇の妖怪」らしいのですけど、やっぱりアミグリさんが描かれるルーミアは、ルーミアらしいというのか
「可愛らしいルーミア」そのものだと思います!

アミグリさん! 本当にいつも素敵なイラストの転載をご了解して頂きありがとうございます!!
A.リードの吹奏楽のための組曲「ハムレットへの音楽」は、リードの曲の中でも、
アルメニアンダンス・オセロ・エルサレム讃歌・第二組曲などと共に
決して忘れてはいけない永久に後世に受け継いでいきたい素晴らしい吹奏楽オリジナル名曲の一つだと
思います。
だけど、実際はこんな素晴らしいオリジナル名曲が吹奏楽コンクール・全国大会では1993年以降一度も
演奏されていない事は少し寂しいものもあったりしますね・・・

A.リードの組曲「ハムレットへの音楽」は、言うまでもなく
シェークスピアの戯曲にインスピレーションを受けたリードが、特に印象的な四つの場面を
四楽章形式の組曲としてまとめ、1970年代前半に発表しています。
確か私の記憶では、この曲の吹奏楽コンクールの全国大会初演は、谷口先生時代の天理が行い、
演奏会での全曲初演は阪急百貨店だったと思います。

この吹奏楽のための組曲「ハムレットへの音楽」は下記の四つの楽章から構成されています。

Ⅰ..プロローグ:エルシノア城とクローディアス王の宮中

Ⅱ.ハムレットとオフィーリア

Ⅲ.役者たちの入場

Ⅳ.エピローグ.:ハムレットの死

全体的にはⅠの完成度が非常に高く、劇的要素が一番感じられます。
そのせいか、コンクールでこの組曲が自由曲として演奏される場合は、このⅠの部分をメインに
構成されることが大変多いです。
出だしのズドドォォォ――――ン!!とまるで雷が落ちたみたいの雰囲気が素晴らしいですよね!
なんかいかにも「これから悲劇が起きるぞ・・」みたいなオーラに溢れていると思います。
前半のおどろおどろしい部分と後半の戴冠式をイメージさせる華やかな雰囲気の対比が実に素晴らしいと
思います。
またこのⅠの前半部分では、ヴィウラフォーンがかなり効果的に使用されていて、あの残響音は
耳に焼き付いてしまいそうですね・・
Ⅱは非常に美しい音楽で全体的に「優しく美しく・・」みたいな雰囲気なのですけど、やはり「悲劇性」は早くも
感じさせます。
また、Ⅱは、作曲当時では大変珍しかった「ハープ」が効果的に使用され、全体に色彩感をもたらしてくれています。
Ⅲは短いけど大変役と動的な音楽です。
もしかして・・この組曲でアレグロ的な展開を聴かせてくれるのはこのⅢの部分だけなのかな・・?
ⅠとⅡとⅣは、ほぼアダージョみたいな感じですからね・・・
Ⅰの後半は・・確かにアレグロっぽいけど決して「快速」という感じではありませんからね・・
Ⅳは内面的な音楽という感じです。
そして、Ⅰの前半のメロディが次々と奏され「死」を印象づけ、バスドラムもⅠ同様にロールされていくのですけど、
やがてこのロールも止まってしまいます・・
最後には皆が倒れ全てが時を止めたような空気で終わります。
うーーん、Ⅳに関しては、正直・・「陰鬱」という雰囲気で満ち溢れていますよね。

意外な感じもしますけど、この組曲に関しては、いまだに全曲盤に「これが名演!」という決定的名盤が
出現していないような気がしてなりません。
リードの自作自演の東京佼成のCDもありますけど、正直・・・あまり良い出来ではありません。
音楽が非常に間延びし、緊張感に欠ける感じがします。
録音も正直あんまりよくないのも気になります・・・

一方、カット版という形になるのですけど、「吹奏楽コンクール」においては、この曲の名演は
色々ありますね!
この組曲は、天理高校が1974年と79年に全国大会で初演と再演した際のカットヴァージョンが
圧倒的に有名です。
Ⅰのゆったりとした前半から開始し、Ⅲを間にはさみ、
再度Ⅰの後半部分を組み合わせるという結構強引なカットなのですけど、
これが実に的を得たカットというか、
音楽的緊張感を巧みに維持した構成となっています。
全曲版は、下手な演奏チームがやってしまうと、ⅡとⅣがだれてしまう傾向にあるのですけど、
このコンクールカット版は、7分程度という適度な短さのためか、
大変な「劇的要素」に満ち溢れていて、私自身は、どちらかというと、このコンクール用カットヴァージョンの方が好きです!
勿論、カットといういかにも日本のコンクール方式に対しては当然賛否両論あるのは
十分理解はしていますが・・・

この曲は、全国大会において素晴らしい名演が色々と生まれています。

私的には以下の5チームが印象に残っています。

〇1979年/天理高校

 正統派の素晴らしい演奏
 金管楽器の引き締まった音はまさに絶品
 特にⅢのトランペットのファンファーレとⅣの後半の迫力は素晴らしいですね!

〇1984年/野庭高校

 音楽的感動の高い演奏
 実にスケールが大きく、ロマンチックで奏者の自発性がうまく出ている感じ
 多分ですけど、野庭のこの演奏の「表現力」を超えるチームは出てこないと思います!

〇1982年/乗泉寺吹奏楽団

 時任氏ではなくて円田氏の時代の演奏
 演奏時代は可もなく不可もない凡演に近いのですけど、
 Ⅱを最初に始め、ⅢをはさまないでⅠをノーカットで演奏
 「タイムオーバー」が心配されたけど、ギリギリセーフ
 カットが珍しい構成なので妙に印象的です。

〇1988年/市立川口

 導入部のトランペットのミスがホント、痛い演奏・・・
 Ⅰの前半もゆったりとたっぷりと抒情的に歌い上げ、アルトサックスの歌いまわしも絶品
 ラストもコンサートチャイムではなくて、「無言の変革」で使用した鐘を二台も駆使し
 派手にカンコーン鳴らしていたのが印象的です。

〇1993年/大曲吹奏楽団

 異常にテンポが遅い演奏・・・
 音楽は完全にゆるんでいるが、音楽的緊張感は維持し、
 緊張とゆるみがミックスしたユニークな演奏
 指揮者の小塚節が炸裂・・・

他には支部大会でダメ金のため全国大会には進めなかったのですけど、1988年の信国先生が
指揮された1992年の関東大会での川口ブラスサソイェティーも大変素晴らしい演奏だと思います。
88年の市立川口はトランペットのミスがかなり印象を悪くしたのですけど、そのリベンジと言うせいもあったのか、
トランペットをはじめ、ほぼノーミスで乗り切る事が出来ていて、
全体の劇的雰囲気も申し分なかったですし、全体的には「正攻法」のハムレットでした!
市立川口みたいな鐘(カリヨン)は使用しなかったものの、とてつもなくバカでかい巨大コンサートチャイムを
使用していて、確かこのチャイム奏者は、二段の台の上に乗っかってこの楽器を鳴らしていたような
記憶があります。
市立川口ほどⅠの前半は執拗に歌い込んでいなかったのは少し意外でした・・

こうした素晴らしい名曲ですので、まさに「温故知新」じゃないけど、たまには昔のオリジナル曲を演奏されて、
今現在のオリジナル曲との違いを考察されてみるのも悪くは無いのかも・・?
そうですね・・
出来ればこの曲の更なる「名演」も聴いてみたいものですね!!
まずは今までの簡単な復習から・・・・

ゆゆ様は「幽霊」ではなくて「亡霊」です。
亡霊は、生前同様の姿をし、触れる事も話す事も生前同様に出来ます。
千年近くも冥界の「白玉楼」にて亡霊のまま住み続け、閻魔様=四季映姫様からの命令を受けて、
冥界での幽霊管理を一任されています。
亡霊なのですけどちゃんと「足」はありますけど、亡霊らしい周辺の霊魂(人魂? 幽体?)とか額の三角巾を見ると
「あ、やっぱりゆゆ様は冥界の人なんだ・・・」と思ってしまいますね。

東方の世界は基本的には「弾幕シューティングゲーム」なのですけど、
これはあくまで個人的な感想なのですが、東方キャラの中で、もしかして・・・一番優雅で美しい弾幕を放たれるのが
もしかして、このゆゆ様ではないのかな・・・とも思ったりもしています。
そのくらい、ゆゆ様の放つ弾幕は、儚くもありとてつもなく美しいです!

最近でもないですけど、「東方神霊廟」では、まさかまさかの1面ボスとして登場していました!!
というか・・・
あんな無茶苦茶強い御方がまさかの1面にいきなり登場と言う事で、あれは相当なインパクトがあったと思いますね!!


その⑦までのゆゆ様語りにおいて、ゆゆ様の聡明さ・切れ者ぶり、そして何よりもあのゆかりんとの
驚異的なあの「あ・うんの呼吸」について語らさせて頂き、ゆゆ様の活躍ぶりをご紹介させて頂いたのですけど、
実は・・・・・
ゆゆ様を語るうえで絶対に外せないワードがありまして、それが何かというと、
ゆゆ様はとてつもない「大食いキャラ」だということです!!
なぜかゆゆ様には「大食い」という噂が以前から絶えず、
一度は、ミスチーを焼き鳥の食材として狙っていましたからね・・・(笑)
しかも、その「大食い」というのがついに公式でも認定され、
東方心綺楼で背景に出演した際、観戦しながら物凄いペースで無限におにぎりを食べ続けるというモーションで登場し、
まさにあれは「すさまじい大食漢」ぶりを遺憾なく発揮されていたのがとっても印象的です。

ゆゆ様は、そうですね・・・普段はとっても飄々とされている御方で、
あの射命丸文ですら、インタビュー中にゆゆ様の真意をほとんど理解できなかった程ですからね・・・
だけどその射命丸文とのインタビュー中もそうでしたし、異変解決にあたってのバトルの最中でも、
会話の中でなぜか「食べ物」に結び付けて語る傾向が大変強いですよね!
その辺りが大食い・腹ペコキャラという設定に結びついているのかもしれませんけど、
公式漫画でもお団子とかよく食べていましたからね・・・・(笑)
そのあややとのインタビュー記事の中でも・・・

ゆゆ様:失礼ねぇ・・誰が古いのよ・・
あやや:誰もあなたのこととは言っていませんが・・
ゆゆ様:私だってぴっちぴっちの亡霊なのよ・・
あやや:話を戻しますが、なぜ桜の花をまいたのですか? 私は真実が知りたいのです!
ゆゆ様:真実は一番面白いもの、面白いものは人によって違うから、真実も違って見えてしまうのよね・・・
     例えば、このお饅頭も・・・
あやや:おっと・・・またまた話をごまかされるところでした・・

この辺りは・・あややの生真面目さとゆゆ様の飄々とした感じとかその食べ物への結び付けを
遺憾なく発揮していますよね・・・(笑)

そうそう、異変解決においては、ゆゆ様の「食べ物絡み」のセリフが結構炸裂していたのは、
東方「永夜抄 」におけるゆゆ様と妖夢の自機の組み合わせなのかもしれないですよね。

一例を記すと・・・・

ミスチー:ああもう、人間でも人間だった奴でもいいや。これから、楽しい妖怪祭りが始まるよ。
ゆゆ様:さぁ妖夢、先を急ぎましょうか。
 妖夢:え? えぇ、そうですね。そうですけど。
    それにはまず、目の前の鳥を落とさないと。
ゆゆ様:雀は小骨が多くて嫌いなの
      ちょっと待って。小骨が……。
 妖夢:さっき、嫌いって言ってたじゃないですか。
ゆゆ様:妖夢、好き嫌いは良くないわ。


あれれ・・・ミスチーは本当にゆゆ様によって「焼き鳥」として食されてしまったのでしょうか・・?
そういえば二次創作においては、ミスチーはゆゆ様からマジに「食材」としてつけ狙われている一コマなんてのも
結構ありましたよね・・・(笑)

ゆゆ様:素敵でお腹いっぱいな夜の観光旅行。
 慧音:なんだか物凄く怪しい奴等だな。ただでさえ幽霊は怪しいのに。
ゆゆ様:さぁ、次は龍料理ね。楽しみだわ。妖夢。
 妖夢:幽々子さま、目的地は分かっているって言ってましたよね? なんか不安になってきましたよ。
ゆゆ様:でも、龍は鱗が多そうね。

あの・・・・ゆゆ様・・・慧音先生は、獣でもなく人と獣のハーフで、ましてや、「龍」ではありませんので・・・
まさか・・・ゆゆ様は龍すら食べようとしているのでしょうか・・・??

うどんげ:ふふふ。月の事ばっかに気を取られて……。
      既に私の罠に嵌っている事に気が付いていないのかしら?
 妖夢:!?
うどんげ:貴方の方向は狂い始めている。もう真っ直ぐ飛んでいられない!
 妖夢:そういえば、幽々子さま、なんであいつが鳥なんですか? 兎じゃぁ……。
 ゆゆ様:兎は、皮をはいで食べると、鳥になるの。覚えておきなさい。
うどんげ:嘘を教えるな。っつか、無視するな!
      私の目を見ても、まだ正気で居られると思うなよ!

うーーむ、この辺りはゆゆ様の飄々とした感じがよく出ていますよね・・・(笑)
そういえば、「東方文花帖」にて、うどんげちゃんは霊夢に対して、神社のイベントでの兎鍋に強硬に抗議し、
その結果、兎鍋と鳥邊ほ半分ずつ出し合うという殊にしていたようですけど、
ゆゆ様に掛かってしまうと、兎も鳥も大して変わりがないようですね・・・

ゆゆ様:仕様が無いわね。妖夢、狂わないようにこれだけは覚えておくのよ。
 永琳:ああ、人じゃなくて亡霊ね。それじゃ腐らないか・・・・
ゆゆ様:腐りかけが一番美味しいの。

うーーむ、あの永琳様に対しても「食べ物」を結び付けちゃうのですよね・・・
やっぱり、ゆゆ様は素晴らしいですよね!!




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さてさて・・ここからは既に恒例になっているのかもしれないのですけど、当ブログが本当にいつも大変お世話になっている
アミグリ様の素敵なイラストのご紹介です!!

上記の夏らしい衣装でふわっ・・とした感じのとっても素敵な妖夢を描かれたのは、
当ブログのとっても大切なブロとも様のお一人で、本当にいつも大変お世話になっている
「dream fantasy」の管理人様のアミグリさんです!!

ちなみにですけど、この素敵なイラストは2014年8月にアミグリさんが描かれたものです。

この妖夢ですけど、とにかく一言で言うと、実にふんわりとしていて優しい雰囲気に包まれ
そしてとっても可憐な妖夢だと思います!
アミグリさんって実は「妖夢」は過去にいろんな素敵な妖夢を描かれていて、まさに
アミグリさんの十八番の一つだと思いますけど、その中でも特に目を引く素敵な一枚だと思います!

この妖夢を見て「私は妖夢の事が好きではない・・」なーんて言う人なんて多分いないんじゃないのかな・・・とも
思えてしまうぐらいの本当に可憐で可愛い妖夢だと思います!

アミグリさん、本当にいつも素敵なイラストの転載を快諾して頂きありがとうございます!!

上記のこの素敵なイラストはアミグリさんからのご厚意で転載をさせて頂いておりますので、
無断お持ち帰りや無断コピーは絶対NGですので
くれぐれも宜しくお願い申し上げます。
16.東海大学第四高校


A/楽劇「サロメ」~七つのヴェールの踊り(R.シュトラウス)


この年に関しては、高岡商業もそうでしたけど、
「えーー、なんでこんなに素晴らしい演奏を聴かせてくれているのにこの演奏が銀賞なの・・・?」みたいな
演奏も結構多かったような気もします。
高岡商業以外では、今回取り上げるこの東海大学第四とか新屋・花輪・関東第一あたりも
金賞受賞チームとほとんど差が無いまさに「紙一重」の大変レヴェルが高い演奏を聴かせてくれてたと
思います。
この年の傾向は、以前も書きましたけど、関西代表のチームが極めて珍しい事に全般的に低調と言う
事情もあったのですけど、全体的には「東高西低」みたいな傾向があり、
更に・・・・
午前中のチームよりは午後に運送した方のチームの方に名演が集中していたような印象もあります。
今現在の全国大会のシステムは、午前と午後の入替制度になっていますけど、
この年は、まだそうしたくだらないシステムは導入前です。
もしもですけど、この年にそうした入替制度が既に実現されていて、午前中だけの演奏を聴いて帰ってしまった人は
「この年はレヴェルが低い・・」みたいな印象をもしかしたら持たれてしまう可能性もありましたね・・・

課題曲A/斜影の遺跡は、私自身がこの課題曲、正直あんまり好きじゃないというか、
「大嫌い」という部類に入ってしまうため、そういう私自身が論評する事自体あまり好ましい事ではないと
思うのですけど、
全部門を通して、東海大学第四の課題曲Aの演奏はトップクラスに入ると思うくらい大変完成度の高い
見事な演奏だったと思います。
この課題曲は、このチーム以外では、常総学院・埼玉栄・土気中・市立柏・出雲第一中学校・中間東中・神奈川大学の
演奏が大変印象が強いです。
足立第十四中学校も人数不足+習得技術の低さという難点は一杯あるのですけど
この曲の「意図」らしきものは見事に聴く者に伝えていたとは思います・・・

そうそう・・・東海大学第四の自由曲は「サロメ」であるため、この頃は「サロメ」は今現在と違って
録音NGでしたので、
CDとしての収録は課題曲が収録されています。
東海大学第四の課題曲は、生で聴いていてもそのように感じていたのですけど、
翌日の中学の部の土気中の課題曲Aに近いような演奏というのか、
とにかくダイナミックスレンジの巾が広いというのか音楽が自由自在というのか
強弱のコントロールが抜群と言うのか
とにかくこんな訳のわからん大変難易度の高い課題曲を聴衆に「難しい・・」みたいな事を全く感じさせないで
圧倒的な威圧感でもって聴衆を飲み込んでしまったみたいな雰囲気すらあったと思います。
打楽器のトムトムの音質感の良さとか金管セクションのヒステリックな響きなんだけど、全然破裂音のように
聴こえさせない点の技術の高さは、まさに高校生の領域を超越しているとすら
思ってしまいます。

自由曲の「サロメ」は、上記で書いた通り、この頃はまだ録音不可の時代ですので、
今回ここに記す感想はあくまで25年前の一回聴いた時の感想と言う事になってしまいますので、
今回はあくまで手短に主観だけを記したいと思います。
一言で言うと、本当に「上手い!!」、というか・・まさにこの一言に尽きると思います。
前年の1990年に浜松商業が演奏した「サロメ」は、どちらかというと「柔らかく振ったようなサロメ」という印象があり、
どちらかというと「妖艶」というよりは「若き少女の踊り」みたいな爽やかな印象を与えてくれました。
91年の東海大学第四の「サロメ」は浜商とは対照的に「キッチリカッチリに硬質に攻めてきたサロメ」という印象があり、
「しっとり」というよりは「どだ、まいったかぁー!」みたいに
曲の至る所に細かい仕掛け(テンポの揺らし、一つの楽器の意図的な強調、テンポルバートなど・・)を用意し、
「守り」というよりは「攻め」の姿勢を重視したような印象も私としては受けたものです。
後半以降の追い込みも大変お見事!!
後半はどんどん追い込んで曲を閉じ、印象としては「一気呵成な閉じ方」みたいなものも感じたのですけど、
これ・・・・評価としては銀賞で終っています・・・

うーーん、高岡商業と言いこの東海大学第四と言い、この2チームの銀賞はいまだに
納得がいかないものがありますよね・・・
ま、吹奏楽コンクールは水物だから仕方がないのかもしれないですけど、やはりいまだに納得は
いかない銀賞の一つです。

最後に・・・ちなみにですけど、「サロメ」は、1983年までは普通にレコード収録されていたのですけど、
実況録音として収録がOKになったのは、1999年以降の話でした。
84年から1998年までの間に多くの「サロメ」の名演が生まれていたのですけど、
この間は本当に録音自体されていなかったのかな・・・・?
もしも・・・実は「こっそり隠れ録音」がされていたとするならば、
1984年の神戸高校とか89年の常総学院の演奏は是非是非聴いてみたいものがあります!

連日まだまだ暑いですよね!
まだまだ残暑と蒸し暑さは続きそうなのですけど、あとしばらくの辛抱ですよね!
あと一か月この暑さを我慢すると、季節はいつの間にか「秋」に向かうでしょうし、
秋が来るとまたまた寒い季節がやってきて
なんかこうやって一年はあっと言う間に過ぎていくのでしょうね。

こういう「夏の暑さ」なのですけど、
さすがに「クールジャパン!」のご先祖さま達は、
「気分だけでも涼しくしないとやってられない!」みたいな気持があったかどうかは定かではありませんけど、
見ただけで・・・その音を聞いただけで多少は「冷涼感」を演出してしまう粋な小道具をはるか昔から
作り上げていた「昔の知恵」は、
「さすがだな・・!」と感じるものがあったもしますね。

その一つが風鈴とかビードロなのかな・・・?

風鈴のあの「ちりんちりん・・」という音とかビードロの涼しそうなのだけどなんか儚いあの音は
確かに瞬間的に「暑さ」を忘れさせてくれる素敵なアイテムだと思います。
他には・・・ブタの置物みたいな蚊取り線香の置物とかすだとか縁側とかラムネとか冷たい麦茶とか
うちわとか扇子なんかも、
やはり夏の暑さを瞬間的に忘れさせてくれる素敵な夏の小道具というのか「夏の風物詩」
みたいなものですよね!

あーーー! なんか日本人に生まれてきてよかったぁーー!!なーんていう風にも
感じたりもしちゃいますね・・・(笑)

ちなみにですけど、「風鈴」の音色は本来は「魔除け」との事で、
「ビードロ」の音色も一年の厄を払うものという事です。



ビードロ



「ビードロ」なんて若い世代の皆様にとってはもしかして「死語の世界」になっているのかな・・・?

最近あまり見かけなくなったような気も・・・・?

私が子供の頃は、どの家にも風鈴やビードロとか万華鏡のおもちゃなんかはあったような気も
するのだけどなぁ・・・??

この「ビードロ」ですけど、
首の細いフラスコのような形をしていて、底が薄くなっていて、
長い管状の首の部分を口にくわえて息を出し入れすると気圧差とガラスの弾力によって
底がへこんだり出っ張ったりして、あの涼しい音を出しています。
基本的にはおもちゃなのですけど、旧正月などで厄払いの願いをこめて吹くこともあるとの事です。



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さてさて・・、最近のうちのブログの東方語りにおいては、
ゆかりんとゆゆ様の「東方儚月抄」にのみ的を絞った観点からこのお二人の英知とか策略振りとか聡明さについて
色々と語らさせて頂いたのですけど、
あの記事だけをご覧になってしまうと、
「一体どれだけこの八雲紫という古くからいる妖怪は策略のかたまりなのか・・」とか
「幻想郷を誰よりも愛し、そして誰よりも幻想郷内のパワーバランスの維持にために日々獅子奮迅されている
幻想郷最大のヒロイン」とか
「その本心は・・・・式神の藍すらも分からず、とにかく飄々とした神出鬼没まお方で
何を考えているのかさっぱりわからない・・・」
みたいな印象をお持ちになってしまうのかな・・・とも思います。

ま、ゆかりんへの印象はそれで概ね間違いではないのですけど、
天子をフルボコにした時のあのゆかりんの怒りに満ちた表情は、まさに・・・「幻想郷の最大の守護神! 女神様!!」
みたいな大変な迫力は感じたものです。
ま・・・時折なのですけど、
「東方地霊殿」における霊夢へのサポート振りとか「東方三月精」でたまーに垣間見せるあの笑顔なんかを
見てしまうと、
「ゆかりん! 可愛い!!」とか
「ゆかりんが可愛過ぎて生きていくのが辛い・・」みたいに感じてしまうので
やっぱりゆかりんの魅力は素晴らしいですよね!!

さてさて、先ほどもちらっとその名前が出てきましたけど、東方の公式漫画版の一つである「東方三月精」は、
2005年3月から松倉ねむ先生の作画により連載がスタートしたのですけど、
松倉先生の体調不調により休載し、その後2006年より現在の比良坂真琴先生に作画がバチンタッチされ、
現在にまで至っています。
最近の三月精はクラウンピースが絡むことが大変多くなり、実質的には「四月精」みたいな感じに
なっていますけど、このクラウンピース(通称、クラピー)がめちゃくちゃ可愛いので、
そうですね・・・
私としては、是非是非この4匹の妖精さん達で守矢神社にまで遠征に出掛け、早苗さんにいたずらしまくり
神奈子からお仕置きを食らう展開も期待したい感じではあります・・・(笑)

さてさて、東方には公式書籍として射命丸文をメインとした「東方文化帖」があるのですけど、
子の中のアンソロジー漫画の一つとして前述の比良坂先生による「東方幻想曲」というショート漫画が
掲載されていますけど、
東方文化帖の初版発行は2005年8月ですので、比良坂先生がコンプエースで三月精の連載を松倉先生から
引き継いだ年の一年前というところです。
つまり、東方文化帖が世に出た頃には、まだ比良坂先生による「三月精」は存在していないのですよね!
文化帖の「東方幻想郷」に登場してくるキャラは霊夢とゆかりんだけなのですけど、
この二人の作画・タッチは、まさに現在の「三月精」のあの作風と全く同じです。
だから、比良坂先生にとっての「東方三月精」の原点というべき作品が、この「東方幻想曲」なのだと
思います。

この「東方幻想曲」に登場してくるゆかりんは、ま・・確かに現在の「三月精」に登場してくるゆかりんとほぼ同じなのですけど、
幻想曲のゆかりんには、東方儚月抄等で見られた紫様のあの圧倒的存在感とか威厳とか策略家みたいな
雰囲気はあんまり感じられません。
そう、どちらかというと霊夢を静かに優しく見守るような母親というのか保護者みたいな雰囲気の方が強いですし、
とっても可愛らしく感じられます!




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霊夢が風鈴を出してきて、その涼しい音に風情を感じていた時に、
まさに「スキマ妖怪」に相応しく唐突に博麗神社の境内の縁側に唐突に現れ、
「風鈴とは風の流れを感じるもの・・・これぞまそに風流」と涼しげに言うゆかりんに対して
霊夢の「本来、風鈴の音は魔除けなのに、あんたが逆に寄ってきたら意味ないじゃん」とツッコミが入り
「そりゃ、そうだ・・」というゆかりんがとっても可愛いです!

あのゆかりんは、後年天子をフルボコにしたゆかりんと同一人物とは全く思えないですし、
「東方儚月抄」において永琳様を唯一のターゲットにしたあの一連の策略振りとは
全く無縁の御方に見えてしまうから面白いものです・・・(笑)




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風鈴を探している際に「ビードロ」も見つけた霊夢なのですけど、
「ビードロの音色は一年の厄を払うもの」・「風鈴にビードロとはまさに縁」というゆかりんがとっても風流です。
ま・・・ゆかりんは「妖怪」ですので、
本来は風鈴・ビードロによってお祓いをされるべき存在なのですけど、
ま・・・ゆかりんがあまりにも可愛いのでその辺りは「そんなこと知らなかった・・・」という事にしておきましょう・・(笑・・)

「ビードロの音色を聞かせてちょうだい」というゆかりんとビードロを吹く霊夢と
それをうっとりとした表情で聞くゆかりんは、
本当にまさに・・・幻想郷の素敵すぎるダブルヒロイン!!という感じでした!!



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霊夢の
「風鈴もビードロも風の流れる音も虫の鳴き声も・・・全てが一体となって音楽を奏でていく」とか
「ねえ、紫・・・・、いつかこの音色そえも全て幻想のものになってしまうのかしら・・」という表情は・・・・
ま、少なくとも、いつもの力技でやんちゃな巫女さんの霊夢ではないですね・・・

こういう霊夢もたまには素敵です!!

ラストの「暑さしのぎに冷酒はいかが?」というゆかりんもとっても素敵でした!!

そうですね・・たまにはこうした幻想的な霊夢とゆかりんもいいものですね!!

「東方儚月抄」において、私の脳内妄想では、
射命丸文の「地上では打ち首獄門ですが・・」とか「そろそろ新しい巫女を探さないといけないという事なのか・・」
という言葉に示唆される通り、
神様たちを憑依させる事も出来る霊夢は、綿月姉妹にとっては一番の危険分子でもありますし、
魔理沙・レミリア様・咲夜は帰還させても構わないけど、霊夢だけは「将来の災いの芽」を摘んでおくとか
はたまた地上の紫様への「警告」を含めて
霊夢ただ一人だけ、月界で「処刑」される可能性もあったと考えます。

そういう場合・・・・
地上のゆかりんの選択肢として

1.霊夢奪還のため、月界を再度本気で襲撃する

2.「博麗神社の巫女の代りはいくらでもいる」という事であえて放置し、霊夢の処刑を静かに見守る

3.輝夜を誘拐し、永琳様との交渉を開始し、永琳様から綿月姉妹へ「手紙」を書かせる

という事が想定されると思うのですけど、
ここで私自身が予想した選択肢は、実は・・・2なのです・・
3は永琳様に「借り」を作ってしまい、本来のゆかりんの目的とは大いに逸脱してしまうし、
1は結果的に幻想郷内の「パワーバランスを崩壊させかねない・・」
そこでやむをえず・・・ゆかりんとしては、極めて不本意ながら・・心の中では号泣しながら2の選択肢を
選ばざるを得ないのかな・・ともふと妄想したりもします。

だけど・・・・

比良坂先生の「幻想曲」を見てしまうと、

「そりゃ・・・さすがにありえないよな・・・」とも思ってしまいますし、素敵で可愛いゆかりんが
そこにいたものでした!!
15.明石北高校


B/世俗カンタータ「カルミナ・プラーナ」より(C.オルフ)


この年は少し珍しい結果になりましたね・・
関東代表の4チームは全て金賞であるのに対して関西代表の3チームは全て銀賞・・・
もちろん、吹奏楽コンクールの結果だけが全てじゃないのですけど、関西のチームが全国大会に出場して
金賞がゼロというのは極めて珍しい現象ですので、その点はとても強く印象に残っています。
淀工はプログラム1番+休み明けという事で今一つノリが悪い演奏で、洛南は確かにパワー炸裂なのだけど
演奏にドライヴ感と切れが悪い感じでやはりノリが今一つという感じでしたし、
明石北は、全体的に少し淡白すぎたかな・・と思ったものでした。
というか・・・この年の関東代表は埼玉栄・柏などとにかく圧倒的な名演が続出し、レヴェルの高さを見せつけ
まさに「ここに関東あり!」みたいなものを見せつけた年でもありました。

日本ワールドレコード社が当時発売していた「関西の吹奏楽91」がありましたので
この年「関西大会ダメ金」で全国に進めなかったチームの演奏、天理と兵庫の演奏を聴いてみると、
天理は、明石北と全く同じ自由曲の「カルミナ・プラーナ」を演奏していましたけど、
天理の「カルミナ・プラーナ」は、カットが大変ユニークなのが興味深かったです。
天理は、原曲の冒頭部分から開始し、そしてラストもその冒頭を再現する形で曲を閉じ、
音楽としての「構成美」というものは強く伝わってきました。
但し、90年のショスタコの5番で感じたような「サウンドの弱さ」がこの年もそのまんま弱点として継承されていて
曲の意図は分かるけど音楽としての骨格の弱さというかひ弱さが気になったものでした。
兵庫はこの年、ホルストの組曲「惑星」~Ⅳ.木星を演奏していましたけど、
正直・・・・「え・・なんで兵庫はこの年代表に選出されなかったんだろう・・」みたいな感じでしたね。
俗にいう「松井節」が炸裂し、音楽のスケールも申し分のない迫力のある演奏だったと思いますけど、
是非あの木星は、普門館で高らかに鳴らして欲しかったですね!

あ・・・今、松井先生という名前が出てきましたけど、
兵庫高校の松井先生は、兵庫に赴任される前に指導をされていたのがこの明石北高校だったのです。
明石北高校というと・・・
私のようにオールド吹奏楽ファンの皆様ですと、真っ先に1983年の「ダッタン人の踊り」を思い出される人も
多いと思います。
あの年の課題曲C/カドリーユは、とにかくとてつもなく個性的な演奏で、
音楽はとっても軽快で流れが大変良好なのですけど、トロンボーンの部分的なダーダー吹きなど
カドリーユの演奏としては習志野と並んでこの年のトップクラスの演奏でした。
そして自由曲の「ダッタン人の踊り」は、これぞまさしく歴史的名演!!
演奏のどこにも「弱み」がありませんし、オーボエ・コールアングレ・クラリネット等のソロもほぼ完璧で、
何よりもあのしっとりとした「情緒」は、本当に聴く者に「感涙」を与えさせてしまうほどの
とにかく「感動性」に溢れた素晴らしい名演だったと思います。
とにかく・・・1983年の松井先生指揮での明石北の演奏は素晴らしかったと思います!!
ちなみにですけど・・・
私自身の高校1年の定期演奏会で演奏した曲の一つがこの「ダッタン人の踊り」でして、
とにかくこの曲は技術的に大変難しかったですし、まさに「クラリネット奏者泣かせ」の曲だったと思います。
とにかく指揮者から連日怒られまくり、
打楽器は「お前らはどっかの応援団か!」とかトランペットは「その高音の破裂音何とかしろ!」とか
低音セクションは「音楽の土台がそうやって不安定だから全体が不安定になるんだ」とか
クラリネットは・・・
「論外!!」ととにかくバッサリ斬られまくりでした・・・
クラリネットの上級生なんか、結構遅い時間帯でも体育館とか教室で必死の形相で練習しまくっていた光景は
今でも忘れられないですね・・
とにかくそうした大変な難曲をあそこまで音楽的に深く掘り下げて、クリアな音色で聴衆を魅了した
1983年の明石北の松井先生と全奏者の皆様には
深く深く・・敬意を表したいと思います。
あんな難しい曲をどうすればあんなサラッ・・と吹きこなせるのか・・・とにかく「お見事!」の一言に尽きる名演でした!

そして・・・・!!

明石北高校というと、絶対に忘れてはいけないことが一つあります!!

それが何かと言うと、女性奏者の制服が、まるで「宝塚」を彷彿とさせるような
とっても可愛い水色のワンピースの制服!! とにかく個性的なユニフォームで、あれは・・・
まさに・・・
「天女」みたいなステージユニフォームだと思います!
本当にあの水色の制服は可愛くて素敵ですよね!

確か聞いた話では、あれは夏用制服で、秋に開催された普門館の全国大会のステージでは
女性奏者は普通のブレザー制服で演奏されていたと記憶しています。

1991年と1997年にも明石北は全国大会に出場しているのですけど、
残念ながら、女性奏者のステージユニフォームは、1983年の水色のあの天女みたいなユニフォームでなかったのは
少し惜しまれます・・・・(笑)
ま・・・全国大会は既に「秋」の季節だから、夏用制服のあの水色の天女みたいな制服でステージに立つことは
元々多分ありえない話だと思うのですけど、一度ぐらいは
是非生で見てみたかったような気もします。

私が1984年に都内の大学に進学し、そこの吹奏楽団に入団した際に関西出身の女の子がいましたので
当然ながら・・・・(?)
この「明石北」の制服について聞いてみたのですけど、
「え・・・明石北の女子生徒の制服は普通のブレザーやねん・・・、あれはちゃうで・・・
あれはあくまで夏限定やわ・・・」とか言っていましたので、
多分そうなのでしょう・・
松井先生指揮での明石北の普門館再登場も当時とてつもなく期待していたのですけど、
松井先生はその後兵庫高校に異動されましたので、
あの天女みたいな水色の制服も松井先生指揮での演奏もお目にかかる事はありませんでした・・

ちなみにですけど・・・・

明石北高校のその水色ワンピースのステージユニフォームは、「バンドピープル」のバックナンバーに
何度か登場していますけど、
やっぱりあれは、今改めて見ても斬新なデザインですね!!
最近の高校生・・特に女子高生の皆様の制服って本当に可愛くて素敵なものばかりが多いですよね!
いわゆる「デザイン系制服」みたいなものを指定制服とする学校も随分と増えてきたと思うのですけど、
私が高校~大学の学生さんだった頃って、こうした「デザイン系制服」自体がまだまだ珍しい時代でもありましたので、
こうした明石北みたいなデザイン系みたいな可愛い制服自体が大変貴重だったと言えると思います。
バンドジャーナル・バンドピープルといった吹奏楽月刊雑誌の毎年11~1月号の「吹奏楽コンクール特集記事」において、
出場チームの写真が掲載される事もかなりあり、
私が田舎の県立男子高校の時に、既にこうした吹奏楽雑誌にて「明石北高校」のあの天女さんみたいな制服は
既に掲載されていて、
よく男子部員と共に・・・
「あーあ・・・こんな可愛い制服の女子高生と同じステージで演奏したいよなぁ・・」とか
「それにしてもこの制服可愛いよな・・」
「あんな可愛い制服の女の子と××したいよなぁ・・」
とか色々と健全orよからぬ妄想ネタで盛り上がっていたものです・・・(笑)



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ちなみにですけど、上記画像は、1988年11月号の「バンドピープルの掲載写真です。

そうですね・・今現在の感覚・視点で見てみると・・・
「別に大したことないじゃん・・」と思われる方が多いのかもしれないですけど、とにかく・・・
私が現役奏者の頃は、珍しかったですし、とっても貴重だったのです!!

あ・・・・すいません・・・・今は、1991年の明石北高校の話でしたね・・・(笑)

そうですね・・・・一言でいうと「無難すぎる演奏」で、
あんまり強烈な個性とか主張を感じさせないで、サクサクと曲が進んで行って
いつのまにか終曲を迎えていた・・という感じでした。
関西代表にしては珍しく「アク」がうすいなぁ・・と普門館で聴いていても感じたものでした。
少しマイルド過ぎたのかな・・?

あ・・だけど、この年から6年後の「アルプス交響曲」の演奏はとても素晴らしかったです!
この曲は、ほとんどの場合、原曲通り静粛に閉じられることが多いのですけど
この年の明石北の演奏は、原曲で言うと、嵐→頂上にての盛大に盛り上がる部分で曲を閉じていましたので、
このあたりも大変印象的でした。
先日、何気なくうちの奥様から聞かれました。
「あなたにとって、腕時計とはどんな存在なの?」と・・・
考えてみると、腕時計なんてもう何年もしていないから、
「今は必要ない存在・・・別にあっても無くてもどうでもいいもの」と答えたら、
半分不気味な笑顔を浮かべて、
「ふーーーーん、あ、そうなの・・・」と不機嫌そうになり、
ひきつった笑顔をしていました。

後で聞いてみると、
何かのバラエティー番組で「男女の心理分析」みたいなものを扱ったらしく、
その中の一つの設問が
「腕時計はどんな存在なのか」というものであったらしく、
番組的には、腕時計=妻を象徴しているとの事で、
腕時計をどんな風に扱っているか、どのように考えているかで
夫が妻をどのように見ているのかが分かるみたいな
オチだったらしいのです・・・

でもそれって、「ちよっと待った・・・!!」みたいな感じだと思いません??

別にのろける訳じゃないけど、私自身はうちの奥様の事を「必要のない存在」なんて思ったことはありませんし、
何か妙な「こじつけ」みたいな気がします・・・
ま・・・たまには、というか最近結構そうしたパターンは多いけど、
あんまりわがままばかり言うもんで「コイツ、まじにうぜーー!」とは感じていますけどね・・・(苦笑・・)
そうですね・・うちの場合は、私自身も彼女も「一人でも生きていける・・」みたいなタイプではあるのですけどね・・

ま、なんにせよ、バラエティー番組のせいでなんか妙なとばったりを食らったもんです・・・

ふと考えてみると、
私が腕時計をはめなくなったのは、
携帯電話を持つようになって以降、つまり1996年ぐらいからなのだと思います。
だって、携帯があれば時刻なんてすぐわかるし、
アラーム機能・計算機機能・ストップウォッチ機能・カレンダー機能は普通に携帯に
付いていますからね。
だから特段腕時計を付ける必要なんてなんて思うのです。

それも何か小さなことですが、時代の変化の一つなのかもしれませんよね。

私自身初めて腕時計を持ったのは、高校入学の時でした。
腕時計を付けることで、何となく少しだけ大人っぽくなったような気がしたのも多少はあるのかもしれませんね・・・
当時は、腕時計が何か大人の象徴みたいなところもあったのかもしれませんけどね。
というか、現在は100円ショップに行けば、普通に100円で腕時計が
購入できてしまう時代です。
何かその意味では、「腕時計」自体に大人のシンボル感が喪失しているのかもしれませんよね。
高校の頃は、私自身は私服の県立男子高校で、周囲に女の子がいませんでしたので、
当時の大半の生徒は、夏場は、ジーンズにスニーカー、Tシャツ、そしてカシオのデジタル腕時計というのが
何か当たり前という感じでしたけど、
社会人になってみると、
営業系の仕事ばかりやっていたせいか。
腕時計をはめているとスーツの袖が切れてしまいそうになったり、夏場に半袖シャツで歩いていると
腕時計部分のみ日焼けしないで真っ白なので、
日焼けしている部分との差が歴然というのも
何か嫌・・というのも
あったのかもしれませんよね。

だけど話を戻しますと、少なくとも私にとっては
「腕時計と妻の存在意義」というものに因果関係はないんじゃないの・・・?という感じですね・・
カレーライス、本当に大好きです!

だけど私が好きなのは、専門店等で出されるような本格的なカレーではなくて、
ボンカレーとか立ち食いそば店のカレーとか定食屋のカレーとか、庶民的なカレーの方なのかも
しれません・・
最寄駅の駅前に、昼間は700円、夜は1000円の価格で「一時間以内食べ放題」みたいなお店もあるのですけど、
たまーにこういうお店でご飯を食べる事もあります。
こうしたお店はとにかくメニューが豊富というのが実にいいですね!
なんか選ぶだけですごーく楽しくもなったりもします・・・(笑)
しかも・・・! ソフトドリンクの「ドリンクバー」付というのが実にいいですね!

この店のどこが気に入っているかと言うと、そうですね・・・「手作りカレー」がお目当てといっても過言ではないとも思います。
一言で言うと、「すごーく懐かしい味」がするのです。
特に何かこだわりとか特殊なスパイス・具材を使用している訳ではなく、
本当に「普通のカレー」です。
全体にドローッとしたどこにでもありそうなカレーなのですけど、
何かなつかしいのです。

そこで、「はっ・・・!」と気が付いたのですけど、
この味は、高校時代に食べた学食のカレーと似ているような気がしてならないのです。
それが「なつかしさ」の要因なのかもしれません。

私、高校は仙台の県立の男子高校だったのですけど、
周りに女の子がいない事もありましたし、育ち盛りが多いせいか、
自分も含めて皆お腹が減っているのか、
大半の生徒たちは、3時間目、早い人は2時間目で早弁をしていました。
昼の休憩時間は、
弁当を既に食べに終わった生徒たちは、学食へなだれ込み
カレーとかそばとか食べていました。
思い起こしてみると、自分が一番学食に行った時期って高校一年の頃なんですよね。
当たり前の話ですが、中学にはこんな学食なんかなかったし、第一早弁なんて出来る雰囲気
じゃなかった・・・
(もっとも中学は給食ですけど・・・)
だから高校に入学して、こうした早弁とか学食なんて、
すごーく新鮮な感覚で
「すごーーい、自分って高校生している!!」なんて気持ちもあったのかもしれませんよね。

もっとも学食なんて、正直決して美味しくはなかったと思います。
そばはのびているし、
定食のおかずは、質より量という感じですし・・・
でもそんな中、「カレー」だけはやたら美味しく感じたものでした。
具もそれほど入っていなくて、全体的に濃い味付けのドローーッとしたカレーだったのですけど、
それが上記の食べ放題の店のカレーライスとなんか似ているような気がしてなりませんでした。

あれ、なんで「似ている」と感じるのかな・・?

やっぱりなんかいかにも大鍋で煮込みました!みたいなドローーッとした感があるせいなのかな・・?

とにかく「懐かしい味」という思いで一杯でした!


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高校時代の学食には、パンとか牛乳も売っていました。
当時「グロリアパン」といって、一個60円と安いのだけど、表面に砂糖をまぶしているだけ、
だけでとてつもなくBigサイズなんてのもありましたけど、
さすがに今は売ってないですよね・・・
というか、あのパンは地元ブランドだったのかな・・・

私の高校は、運動部が結構強くて、当時、軟式テニス・弓道・フェンシングなどはインターハイの常連校で、
ラグビー部も一度だけ花園に出場したことがあります。
野球部も私が3年の時には、なんと決勝戦まで駒を進めていました!
(決勝戦にて、9-0のスコアでボロ負け・・・)
そのため、野球部とか色々な運動部の人達が学食でよく食べていましたけど、
運動部は、先輩後輩の礼儀作法がうるさく、
学食で、下級生が上級生に会うと、必ず立ち上がって「ちゃす!」と挨拶していましたので、
学食の席の至る所で、年がら年中「ちゃす」、「ちゃす」、「ちゃす」の大声ばかり響いていたのは
何かなつかしい「音の風景」です。

ま、もっとも私が所属していた吹奏楽部も礼儀作法はけっこうやかましく、
2~3年になると、学食で一回ご飯を食べるごとに、大抵3~4回は後輩たちと遭遇し
「ちゃす」なんて声を掛けられていましたけど、部室内ならいいとして、クラスメイトの目の前で
ああやって毎回「ちゃす!」なんて挨拶されると、会話は途切れるわ、なんか浮いてしまうわで
たまーにですけど、「うざいな・・」なーんて思う事もあったものでした・・・
ま・・・放課後の部室では・・・・
「あ、お前、先日学食で会ったのに挨拶しなかったな! このやろー!」みたいな感じになりがちですけど・・・(苦笑・・)
うーーんと・・・・正直「評価」は思いっきり分かれそうな回でもありますし、
「プリキュアたちが変身したのに全然戦わない」とか
「なに、この番外編的な感じは・・・」とか
「関西方面の毎年恒例のお休み回に配慮した、特段全体のストーリーに影響を及ばさないお遊び回だから
仕方がないか・・」みたいな感想をお持ちになる方も多いのではないのかな・・・とも思うのですけど、
私としては、「これはこれでアリでいいんじゃないのかな・・?」という感じですね。

というのも、これは以前既に語った事でもあるのですけど、
2012年のスマイル以降、13年のドキドキ・14年のハピネスチャージ、そして昨年の姫プリと
そうですね・・・・プリキュアシリーズとしては、ここ数年テーマが高尚とかテーマが少し難解とか
ストーリーが少しゴチャゴチャしているみたいな感じも決して無いわけではなくて、
その辺りがここ数年の視聴率とグッズ販売にも影響を与えているような感じもありますので、
「よーーし、今年の魔法つかいはスマイルの頃の路線に少し戻して、見ている人達が
文句なく楽しめる内容にしよう!」という路線になっているような気もいたします。
そうした路線下においては、今回のような第29話の番外編的みたいなお話は、むしろうってつけという
感じもありますので、
私としては「これは全然OK!」という感じでもありますね。
このブログを古くからご覧になっている方の視点では、
「あれれ・・最近のあのポコツ管理人は、ハピネスの頃のようなあのとてつもなくボリュームのある熱の入った
プリキュア記事を書いていないじゃん・・」みたいな事を思われる人も、もしかしたらいるのかもしれないのですけど、
それは違うのです・・・・
あくまで今作の「魔法つかいプリキュア」が比較的「娯楽作品」という事にウェイトを置いているため、
「娯楽作品」に対して「今までのようなシリアス感想記事もヘンじゃない・・・」という事で
わざとシリアスに書いていないだけなのです・・・
(ま、その分と言っては何なのですけど、そのプリキュアカテゴリで有り余ったエネルギーを
東方カテゴリにて炸裂させている・・・みたいな感じがあるのかもしれないですよね・・・笑・・)
ま・・とにかく今年のプリキュアは、ここ3年ほどのプリキュアと少し路線が異なるライト級という事もありますし、
私自身も「スマイルプリキュア」がとっても大好きな事でわかる通り、こうした娯楽作品としてのプリキュアも大好きですので、
今年に関しては、あまり難しい小理屈をこねるのではなくて、
とにかく・・・見た感じそのものを楽しく感想を簡潔に書いてみたいと思っています。
(もちろん・・・ドキドキやハピネスみたいなああいうシリアス路線の作品も大好きですよ!!)







今回の話の中では、唯一本編として「動き」が多少はあったのが、
ことはちゃんが校長先生から命じられて、「エメラルド」についてお勉強をさせられている程度だけ
だったのかな・・?
ことはちゃんの鉢巻がとっても可愛いし、なんかあれは「バンダ」みたいでした。
その鉢巻の文字は、なぜか・・・魔法界の言葉ではなくて日本語で「必勝」というのも
なんか笑ってしまいました。



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今回の私の一番のお気に入りシーンは、魔法使い・リコちゃんがねずみのみらいを「お姫様抱っこ」
しているシーンでした!
あのシーン、とっても可愛いです!
私も是非是非・・・! あんな可愛いみらいをお姫様抱っこしたものです!!
ちなみにですけど・・・・
私自身は、色々と事情がありまして・・・実は結婚式も披露宴もパーティーも指輪も
何も無いない状態での「新婚さん」状態ではあったのですけど、
箱根温泉旅行でのベコニア園来園時に「レンタル衣装付のウェディング写真お撮りします!」というイベントを
たまたまやっていて、
「ま・・・式もあげなかったから・・・写真だけでも撮ろうか・・」という事になり、ここでウェディング写真を撮る事に
なったのですけど、カメラマンから
「はい、ご主人! ここで彼女をお姫様抱っこして!」といきなり無茶振りをされて、
しぶしぶ「お姫様だっこ」したのですけど・・・・
あれは・・・・結構大変なものです・・・
うちの奥様はかなり体重は少ない方なのですけど、「お姫様抱っこ」というのは、持ち上げる方は
かなり腰に来ますね・・・(苦笑・・)




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あ――――、前作の姫プリに続いて今年もあの「プリキュア音頭」が登場しましたね!

前作においては盆踊りで使用されていましたけど
(東せいらさんの粋な太鼓叩きが印象的です!)
今作においては、まさか・・・シンデレラの「舞踏」として使用されていました!
しかも・・・まさかまさかの・・バッティーさんやヤモーたち復活幹部が揃っているというのに・・・
プリキュアたちもちゃんと変身しているというのに・・・
今回は「戦闘」を全くしないで「踊り対決」というのもとっても楽しかったですね!
プリキュアの姿になっているのに戦わないというのは極めてレアなケース・・・
あ・・・そう言えば、初代【MH】においては、シャイニールミナスなんて、変身したはいいけど
ほとんど戦わないで逃げ惑うばかり・・・なんてのも何度かはありましたね。

そう言えば・・・舞踏会の場にさりげなくジュンたち補習組もいましたね・・(笑)


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それにしても「シンデレラ」は歴代プリキュアにとってはまさに「鉄板ネタ」ですよね!

歴代シリーズの本編においては、今回のモフデレラを含めて3回シンデレラがネタとして使われました。

一番最初は、プリキュア5、二回目がスマイル、そして今回が3回目という事になるのですけど、
スマイルの場合の王子はなんと・・・れいかさん!でした!
そして今回の王子役は校長先生なんだけど、肝心のシンデレラはクマのぬいぐるみ・・・(笑)

考えてみると、王子とシンデレラの役が「若き男女」という事でもっとも正統派だったのが、
王子がココでシンデレラがのぞみという「プリキュア5」でしたね!
やっぱり・・・のぞココはある意味プリキュア史上最大のカップリングとも言えますよね!
そうですね・・ヘンな話ではあるのですけど、ハピネスのめぐみがブルーと結ばれる事は、誰がなんといっても
「絶対反対!!」としか言いようがないのですけど(苦笑・・・)
のぞみとココだったら・・・
「ま・・・・しょうがないね・・・」「もしも、ココがパルミエ王国での王位をナッツに譲ってココがのぞみの世界に
ずっと滞在するというのならば、のぞみとココは認めてあげていもいい・・」と
なんか妄想してしまうのですよね・・・
ブルーはダメでココは可というのも・・・うーーむ、これはココの「人徳」というものなのかもしれないですね・・・(笑)

最後に・・・・

話はなぜか「吹奏楽コンクール」になってしまうのですけど、
今回ネタになった「シンデレラ」は、プロコフィエフのバレエ音楽の作品としては、
吹奏楽コンクールの自由曲ではすっかりお馴染みの曲であり、2015年現在既に全国大会で計12回も演奏されています。
出雲一中・大社中などのような素敵な演奏も多いのですけど、
私としては、1993年の兵庫高校の演奏に魅かれるものが大ですね!
兵庫高校の演奏は、全体的にリリカルでまさに「魔法使い」に相応しいファンタジー溢れる演奏を聴かせてくれていて、
ラストの「真夜中」における12時の時計の秒針の描写を原曲の「ウッドブロック」ではなくて、
「スネアドラム」を使い、結果として大変骨太のラストシーンを聴かせてくれています。
兵庫のあの演奏は、前半の抒情的な雰囲気と後半の壮大なファンタジーの対比がまさに「ドンピシャ!」で
とっても素晴らしかったです!
あのファンタジーは、まさに・・今回の「魔法つかいプリキュアの壮大なお遊び感覚に近いと言えるのかも
しれないですね。
そして更に余談ですけど、その後明石南高校も兵庫高校と全く同じ編曲者の楽譜を使用して
全国大会に臨んだのですけど、
明石南の方は、前半の歌い方がよく言えば丁寧、悪く言うと流れが悪く、
俗にいう「流れる水は腐らない」と真逆の方向性に向かったような演奏になっていました。
(前半の音程不調も惜しまれましたけどね・・)
同じ編曲者の楽譜を使用し、同じような・カットと演奏個所を演じながらも、音楽の方向性が全然違うというのも、
これは・・・プリキュアとか東方に限らず
「多様性の素晴らしさ」を示唆するものなのかもしれないですね。

さてさて・・・次回のお話は、プリキュア恒例の「夏休みの宿題が終わらなーい編」・・・・

4年前のポンコツ先輩たちは5人中4名が「補習」を食らっていましたけど、果たして
今回、みらいはどうなってしまうのでしょうか・・・?
そして・・・・
みらいはナシマホウ界の学校の宿題もちゃんと終わらせているのでしょうか・・・??
ベルリオーズの序曲「ローマの謝肉祭」という管弦楽曲なのですけど、
この曲ほど「クラシック音楽初心者」に向いている曲は無いんじゃないのかな・・・とも思ったりもします。
そうですね・・・・例えば、ハチャトゥーリアン/バレエ音楽「ガイーヌ」~剣の舞とか
ムソルグスキーの交響詩「はげ山の一夜」とかボロディンの歌劇「イーゴリ公」~ダッタン人の踊りとか
ホルストの組曲「惑星」~Ⅳ.木星とかラヴェルのボレロとか
レスピーギの交響詩「ローマの松」~Ⅳ.アッピア街道の松とか
グローフェの組曲「グランドキャニオン」~山道を行く・豪雨などの曲と並んで
クラシック音楽の「夏休み親と子供のファミリーコンサート」の一曲として是非加えて欲しい曲の一つだとも
思います。

この曲、曲自体7分半程度と時間的にも飽きが来ない適度な長さですし、
冒頭の喧騒、そして前半のコールアングレの長大なソロで聴衆をうっとりとさせ、
中盤から後半にかけての楽しさ・激しさで盛り上げて、ラストも一気呵成に閉じるという感じで、
この曲を初めて聴くという方にもまさにお勧めしたい曲でもあります。
一言で言うと・・・いかにもイタリアの血気盛んな「舞曲」という感じの曲といっても差し支えは無いと思います。

「序曲」というと一般的には「歌劇」の前振りというのか、
そうですね・・お笑いの世界で例えると、メインの出演者が登場するまでの「前座担当」が場の空気を盛り上げておく・・
そうしたいわば「前祝い」みたいなものです。
この曲のタイトルが「ローマの謝肉祭」となっていますので、
「ふーーん、それじゃ、正式には歌劇"ローマの謝肉祭"序曲って言うんだ・・」みたいに勘違いをされる方も
いるかと思いますので、少し補足しておきますと・・・・
ベルリオーズには、作曲に大変な情熱と心血を注いだ歌劇「ベンヴェヌート・チェッリーニ」というオペラが
あるのですけど、これが興行的には大失敗!
莫大な借金を背負い込み、せっかく作曲した曲も演奏される当てもなく、まさに「トホホ・・」みたいな
感じに陥っていたのでした。
だけど歌劇「ベンヴェヌート・チェッリーニ」自体には大変愛着があり、
「この歌劇をこのまま忘れられた曲として埋もれさせるにはなんか勿体無いものがある・・」として
この歌劇の主要な旋律を引用して単独の管弦楽曲へと編集するアイディアを思いつき、
その成果がまさにこの序曲「ローマの謝肉祭」なのです。

だから・・・

この作品は、単独の演奏会用序曲であり、「ローマの謝肉祭」という歌劇は存在しませんし、
ましてや、歌劇「ローマの謝肉祭」序曲という曲は存在しません・・・

オーケストラの演奏会レパートリーとしては日本においても完全に定着した曲でもあり、
この序曲は恐らくですけど、かなりの頻度で演奏会に取り上げられています。
プログラムの一曲目としてはまさに「うってつけ」と言える一曲と言えるのだと思います。
やはりこの曲の最大の聴きどころは、前半のかなり長大なコールアングレのソロですね!
あの部分は、聴くだけでなんかうっとりさせられるような趣きがあると思います。
それとこの序曲のポイントは・・・・そうですね・・・私的には「2台のタンバリン」だと思います。

前述のコールアングレのソロが集結し、曲が騒々しくなってくると、
この2台のタンバリンと一つのトライアングルがトリオとなって華やかな響きを演出しています。
そうですね・・この2台のタンバリンとトライアングルの「シャカシャカ・・・」というリズム感は、まさに
三つの打楽器が見事に融合しているようにも聴こえたりもします。
何かあの部分は、いかにもこれから「祭りがはじまるぞー」みたいな雰囲気もあり、
私は結構好きですね。

タンバリンの奏法・叩き方は、基本的には・・・
①皮の部分を叩く

②全体を左右に揺すって振る

③皮の周囲の鈴の部分をこすってのロール奏法

の三つがありますけど、「ローマの謝肉祭」は基本的には①の奏法がメインです。

さてさて・・この「ローマの謝肉祭」以外で「タンバリン」が大活躍する管弦楽の曲って他に何があるのかな・・・??

ざっと思いつく限りでは・・・

〇ラヴェル/バレエ組曲「ダフニスとクロエ」第二組曲~Ⅲ.全員の踊り

〇レスピーギ/交響詩「ローマの祭り」~Ⅳ.主顕祭

〇ドヴォルザーク/序曲「謝肉祭」

〇チャイコフスキー/「くるみ割り人形」よりトレパーク

〇ホルスト/組曲「惑星」~Ⅳ.木星

〇リムスキー・コルサコフ/スペイン奇想曲

あたりかな・・・

そうそう、タンバリンというと、
ストラヴィンスキーがバレエ音楽「ペトルーシュカ」第四場の場面にて
ペトルーシュカがムーア人との喧嘩に負け、死の瞬間を象徴させる音として
タンバリンを使用しているのが中々ユニークです。
ストラヴィンスキーの指示は、
「タンバリンを両手で持って、床面に平行になるようにタンバリンを落としなさい・・」という
事なそうです。
この落下音が、ペトルーシュカという人形の首がもげる音と符合するとのことです。
勿論、ステージの床の材質とかコンサートホールの残響によって、高さの調整とか色々検討すべきことは
多いでしょうし、奏者は大変ですね・・・
実際にこの場面を演奏会と言うライヴで見てみると、あの瞬間は、まさに「ガシャッ!!」という壊れたような音が
かなり不気味に響きます・・・・

話をベルリオーズの「ローマの謝肉祭」に戻しますと、同じ打楽器を2台同時に鳴らすという曲も
意外と珍しいのかもしれませんね。
他には・・・レスピーギの交響詩「ローマの松」のアッピア街道の松では、クライマックス部分では
トライアングルが2台同時に鳴らされていたのが印象的です。
ベルリオーズで一番有名な曲と言うと、誰が何と言っても「幻想交響曲」なのですけど、
そうだ、この曲も・・・
第五楽章「ワルプルギスの夜の夢」においては、ティンパニ奏者2名 大太鼓奏者2名、そしてラストの最後の和音のみ
登場するシンバルも2人で鳴らしていましたね。
ちなみに・・・・第四楽章「断頭台への行進」も小太鼓は2名でのロール奏法で鳴らしていたのが
大変印象的です。

宮川武氏は、フィギュア原型師なのですけど、その宮川氏の個人ブランドとも言える
フィギュアサークルでは最大手の「T's system.」が制作した東方フィギュアも本当に素晴らしい作品が
多いですよね!
これまで、グリフォン・キューズQ等の東方フィギュアをこのブログでもご紹介をさせて頂いておりましたが、
宮川氏の「T's system.」の特徴は、そうですね・・・・
私の感じ方なのかもしれないですけど、なんとなく「アニメ調」というのか、いかにも「美少女」というのか
お菓子系のちょっとふわふわ美少女フィギュアという印象があり、
とにかく「可愛い!!」という雰囲気だと思います。
また、「服のしわ」を大変丁寧にフィギュアとして再現されていて、その辺りも「芸が細かいなぁ・・」と
本当に感心させられますね!



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こちらは、1/6サイズのアリス・マーガトロイドです!

宮川氏のコメントでは
「人形使いなので、なんか親近感がわいてとても、好きなキャラです。人形で動きを出してみました」と
記されています。

アリスは人形遣いなのですけど、その当人がまさに「お人形さん」という感じで
まさにお人形さんみたいなフィギュアだと思います!
とにかくとっても可愛らしいですよね!
付属の「上海人形」もやはりとってもかわいいです。
服のしわがやはりとっても精緻に再現されていると思います。



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こちらは、1/6サイズの射命丸文、あややです!

宮川氏のコメントでは
「スピード感を出したかったのですが、フィギュアとしては不安定な感じもします。
実験的な感じでした。でもキャストなら平気みたいで、ちゃんと浮遊感もスピード感も出た気がしました」と
評されているのですけど、
いやいや、そんなことはないと思いますけどね・・・
全然不安定感は無いと思いますし、あややの「天狗」らしいスピード感もかわいらしさも
両方ともにきちんと丁寧に表現されていると思います。

団扇・あややの取材用メモ帳・カラスなど小物品も素敵ですよね!

白のワイシャツも黒と白のスカート、そのスカートのフリルなんかもあややらしい可愛らしさに
溢れていますよね!

なんとなくですけど・・このあややは、いつもの(?)ガセネタしか半分インチキ臭い(?)新聞記者という感じではなくて
ちゃんとしたまともな(?)マスコミ関係者みたいな雰囲気が漂っているようにも
感じたりもします・・・・(笑)




霊夢・t



続きましては「霊夢」です!!

まさに「東方Project」の最大のヒロイン、幻想郷の「素敵な楽園の巫女」です!!

サイズは1/6です。

宮川氏のコメントでは、
「魔理沙とついになるようにポーズも色も合わせてみました。並べるとかわいい感じです」と
なっていますけど、
そうですよね!
まさに霊夢と魔理沙は幻想郷の「二大ヒロイン」であり、「東方Projectの主役の二人」なのだと思います。

それにしてもこの霊夢のフィギュアはめちゃくちゃ可愛くて
まさに「楽園の素敵な巫女」という二つ名に恥じないまさに「完璧な仕上がり」だと思います!!



魔理沙・t



最後に、魔理沙・・・

1/6サイズの霧雨 魔理沙です。

宮川氏のコメントでは、
「ゲームのイメージとはちょっと違う感じかもしれませんが、すごく素直なかわいい感じにしてみました。
やっぱり魔法少女はかわいくと思って」と
なっていますけど、いやいや、これはまさにゲームの世界の魔理沙そのものだと思いますし、
公式漫画では「東方三月精」のイメージに近いようなとってもかわいらしくて
いかにも「素敵な魔法使い・・・魔法少女」みたいな雰囲気だと思います!

やっぱり霊夢と魔理沙の二人が上下に揃っているのを見ると
「やっぱりこの二人が東方の世界を支えているんだなぁ・・・」と改めて実感をしてしまいます!
二人揃うととっても見栄えがしますよね!



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さてさて・・ここからは既に恒例になっているのかもしれないのですけど、当ブログが本当にいつも大変お世話になっている
アミグリ様の素敵なイラストのご紹介です!!

前述の宮川氏のコメントではありませんが、
やはり東方の世界においては、霊夢と魔理沙のいわゆる「れいまり」は絶対的なダブルヒロインだと思います!
(おいおい、先日まではゆかりんを最大のヒロインとか言っていたくせに・・・苦笑・・)
やっぱり霊夢と魔理沙が二人揃っていると見栄えがしますし、華やかですよね!
上記のその「れいまり」の二人を描かれたのは、
当ブログのとっても大切なブロとも様のお一人で、本当にいつも大変お世話になっている
「dream fantasy」の管理人様のアミグリさんです!!

ちなみにですけど、この素敵な「れいまり」は2010年10月にアミグリさんが描かれたもので、
アミグリさんのかなり初期の頃の作品と言えると思います。

そしてこれは比較的珍しいとも思えるのですけど、完全手書きのアナログの一枚です。

こうした手書きというナチュラルな感じと「れいまり」の素敵なカップリングの愛称は抜群だと思います!
まさに「楽園の素敵な二人の巫女と魔法使い」という感じで、
この二人の仲の良さが素朴にしみじみと伝わってくる素敵な一枚だと思いますし、
やはりこのアナログ感は貴重だと思います。

アミグリさん、本当にいつも素敵なイラストの転載を快諾して頂きありがとうございます!!

上記のこの素敵なイラストはアミグリさんからのご厚意で転載をさせて頂いておりますので、
無断お持ち帰りや無断コピーは絶対NGですので
くれぐれも宜しくお願い申し上げます。

最後に・・・アミグリさんが同じくアナログで「色鉛筆」で色塗りをされた2011年6月に描かれた
「れいまり」のイラストもとっても可愛いです!

この「れいまり」をご覧になりたい方はこちらから!! → アミグリさん/れいまり
スパークというと最近の現役奏者の皆様にとっては「宇宙の音楽」が一番馴染みがあるのかな・・?
「宇宙の音楽」は技術的には大変難しいけど、演奏効果は高いしスケールは大きいし、素晴らしい名曲だと
思いますし、これだけ全国大会で多くのチームが自由曲として演奏しているのも
よく分かりますね!

だけど・・・・私みたいなオールド吹奏楽ファンですと、スパークというと、
スパークの日本での出世作というか、この曲でもって日本での知名度がググッ!とあがることになった
「ドラゴンの年」が大変印象的です。
否! 私にとってはスパークと言うと「ドラゴンの年」なんですよね!

スパークの「ドラゴンの年」は、吹奏楽オリジナル曲として極めて完成度の高い作品であり、
内容も深く、演奏効果も迫力も十分で大好きな曲の一つです。
私個人の趣味ですけど、「私が大好きな吹奏楽オリジナル曲ベスト10」には
間違いなくベスト10にランクインされる曲の一つです。

この曲が日本で広まりだしたのは1988年の頃で、
この年は、星野監督率いる中日ドラゴンズがセントラルリーグを制覇しましたけど、
当然ながら、そんな事とこの曲には何の因果関係もありません・・・
(1988年の日本シリーズでは、中日は西武に1勝4敗で完膚なきまでに叩きのめされていましたけどね・・・
ちなみに・・・あの伝説の近鉄VSロッテの10.19が行われた年でもあります!
近鉄が連勝すれば近鉄のパ・リーグ優勝が決定し、近鉄が1つでも敗れるか引き分けるかで西武の優勝が
決定するという状況のもと、近鉄が第2試合で引き分けて、西武のリーグ優勝となったあの激闘は
すごかったです・・・・)

なんか冒頭から話がそれてしまいました・・・(苦笑・・)

この曲の作曲者、スパークはイギリスの方ですけど、
この「ドラゴンの年」を聴くと
「あー、やはりホルストとエルガーを生んだ国の人らしい作品だな・・・」と感じますね!!
イギリスでは、金管楽器のみで編成された楽団を「ブラスバンド」と呼び
ブラスバンドに木管楽器と打楽器を加えた編成を「ミリタリーバンド」と呼ぶそうです。
この点、金管+木管+打楽器のいわゆる「吹奏楽」を「ウインドアンサンブル」と呼ぶアメリカとは
多少の違いがあるみたいです。
ホルストのあの有名な「吹奏楽のための第一組曲」もそう言えば
原題は「ミリタリーバンドのための第一組曲」という表記でしたね。

「ドラゴンの年」は元々は、「ブラスバンド」のために作曲された曲であり、
後に吹奏楽作品用としてアレンジしたものが
今日の日本でもしばしば演奏される「ドラゴンの年」なのです。
この曲は三つの楽章から構成されます。

Ⅰ.トッカータ

Ⅱ.間奏曲

Ⅲ.フィナーレ

Ⅰの出だしからして非常にインパクトがある作品です。
小太鼓と金管楽器のダダダダダダダダという鋭い響きから開始され、
大太鼓のズドンという一撃が極めて印象的ですし、
出だしの10秒を聴いただけでノックアウトされそうです。
ラストは静かに閉じられるのも何か意表を突かれます。
Ⅱの「間奏曲」は全体の白眉です。
Ⅱの出だしのコールアングレの長大なソロは、本当に美しくしみじみとした高貴なものが
感じ取れます。
こういう王道的な音楽を聴くと、
「あー、やはりエルガーの威風堂々としたイギリスの王道的旋律は現代にも
受け継がれているんだなー」と思わず感じてしまいます。
Ⅱの中間部は、ゆっくりとじわじわと徐々に徐々にクライマックスに向けて
メロディーが歌われ続け、この高みに達するまでの臨場感と感動は
本当に半端ないものがあります。
マジで、Ⅱの中間部を聴くと、いつも感動で何か泣けてしまいそうというか
胸にジーンとくるものがあります。
この感動的な高まりの後、
ヴィヴラフォーンによるモヤモヤとした場面転換がなされ、最後は再びコールアングレのソロが
展開されていきます。
そしてⅡが終わると同時に
Ⅲのフィナーレが開始されるのですけど、
このⅢの快速感がまた素晴らしいのです!!!
圧倒的な躍動感とスピード感についついメロメロになってしまいます。
中間部で、チャイム・鍵盤楽器による息抜きの箇所があったりするのも少し意表をつかれます・・・
そしてラストは圧倒的な高揚感でエキサイトに華麗に閉じられます。

この曲、残念ながらコンクールやコンサートの生演奏でいまだに一度も
心から納得できる演奏にお目にかかれていません。
一度武蔵野音楽大学の定期演奏会でこの曲を聴いたことがあるのですが、
音大生たちの手抜き演奏というか、ハートが全くこもっていない演奏にガッカリしたものです。
全国大会でも、北教大・習志野ウインド・名取交響が2015年時点で演奏しているのですけど、
私個人としては「どれも少し決め手に欠けるな・・」という印象です。

この曲にはCDで二つ名演があります。
一つがフェネル指揮/東京佼成
二つ目が本場ものというか、イギリスのロイヤル・エア・フォースバンド
特に後者のⅡのテンポを極度に落とし、テンポルバート気味に演奏した部分は
本当に泣けてきます・・・

金管楽器が極めて優秀な吹奏楽団で、この曲の生演奏を聴いて
Ⅱでうっとりと感動し、Ⅲのスピード感に巡り会って
失神してみたいですね・・・
お盆休みというと、とにかくいい事はこのくそ暑い中、仕事なんかしないで家でのんびりと
オリンピックとか高校野球などを見られる事ですね!
それともう一つ・・・
普段は日曜は出勤という勤務形態なのですけど、お盆休みの間は、
日曜日は公休という事で、録画じゃなくてリアルタイムで現役のプリキュアを見れた事は本当によかったです!
こういう事は年に1~2回あるかないかですので、私にとっても大変貴重とも言えると思います。
そして・・・・東京MXやテレビ埼玉のプリキュアの再放送枠も見ることが出来たのも良かった点の一つですね!
ま・・・「ハピネスチャージ」は特番のため放映休止になっていましたけど・・・(泣・・)

さてさて、そんな中、8/11のテレビ埼玉の「ドキドキプリキュア」は第16話でして、
このお話は、ある意味レジーナの「わがまま炸裂!」という回でもありますけど、
六花の「ごめんで済んだらプリキュアはいらない」という名言とか
六花がレジーナから「あんたに聞いていない!」と口に絆創膏を貼られたり、
はたまた・・・マナの「敵とは友達になれないのか・・」という大変貴重な問題提起があったり、
ラストシーンのレジーナの「本当の友達って・・なんだ・・」みたいなシーンもありましたし、
またまた・・・まこぴーが問答無用で通学中なのに唐突にプリキュアに変身して、マナたちをドン引きさせてしまったとか
とにかく見所が大変多い回でもありましたので、
「なんかたまにはドキドキの事も書いてみたくなっちゃうな・・」とふと思ったものでして、
ま、確かに2013年の「プリキュアカテゴリ」にてこのドキドキ第16話の事は既に記事にしてはいるのですけど
もう一度ごく簡単に現在の視点からこの第16話についても
書かせて頂きたいと思います。

それにしても初期の頃のレジーナは、まさに「自己中」を絵に描いたような娘でしたね!

「自己中」というのは、人間誰しもが持っている本能的なものであり、誰しもが
「自分が一番可愛い」
「世の中は自分を中心に回っている」
「自分の思い通りに物事が動けば、全てがうまくいく」
なんていう風には思っているはずだと思うのです。
それは、歴代プリキュア達も事情は違えこそ、同じだと思うのです。
要は程度の問題だと思うのです。
他人に迷惑とか災いをもたらしてまで、己の自己満足を達成させたいなのか、それとも
他人に迷惑や不快な思いをさせる位なら、自分はここは他人に譲るとか妥協するべきなのか、
それを決めるのは一人一人の自由な判断に委ねられるべきだと思うのです。

そうなると、一体「自己中」と「自己中ではない」の境界はどこにあるのか、
自分達はどのように線引きをすれば良いのか・・・
正直それに対する「回答」なんてないと思います。
ホント、要はさじ加減なのだと思います。
「自己中」とはすなわち「自己愛」と言い換えても良いとさえ思います。
自分達一人一人が生きている限り、その人の人生の主役はその人自身なのですから、
結局は自分が一番可愛いという事になると思うのです。
反面、人間には「良心」・「自制心」というものもあり、
どこかで自分自身をコントロールしなくてはいけない局面もあります。
いつまでも自分中心で考えるべきではなく、他人と向き合い、他人と妥協しあい、最終的に
自己の欲するものを全てとはいかなくても、幾つか適度に手に入れば上々の仕上がり・・・
要は、くどいようですが、バランスというか
その人その人の心の良心に基づくさじ加減だと思うのです。

レジーナの場合、上記の事が頭に入っているかと言うと、必ずしもそこまで
成熟はしていないというか、子供の「これ欲しい、あれ欲しい、これは嫌、あれはいや」の
単純な自己欲求の領域だと思うのです。
どちらかというと、プリキュア5の映画の「ダークドリーム」に近いような存在だと思うのです。
(極悪性がないゆえにのぞみは、ダークドリームに手を差し伸べたとも言えるのかな・・とも思います。)







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マナに興味を持ったレジーナがマナに接近してきた!みたいなお話なのですけど、
これ・・・実は結構色々と厄介な問題を孕んでいるのですよね・・
まこぴーの視点で言うと、言うまでも無くレジーナは「敵」という存在であり、
まこぴーの故国であるトランプ王国滅亡の原因を作った「キングジコチュー」の娘がレジーナという事でもありますので、
まこぴーがレジーナを「絶対に許さない!」と怒りの表情を露わにしているのはこれは当たり前の話だと
思われます。
ま・・・それにしても・・・民間人の通行が多い朝の時間帯に公道でいきなり問答無用でキュアソードに変身しちゃう
まこぴーは、ある意味・・やっぱりポンコツなのかな・・・?
ま・・・気持ちはよく分かりますけどね・・・
「真琴、ひとまず変身を解くびぃー」と諭すダビィはやっぱり優秀妖精ですよね!
怒りのまこぴーに対してレジーナは、どこふく風・・という感じで
「そんなの知らないもん」とか「だって、それはパパがやった事で私には関係ないもん!」とか言うのですけど、
実はこれはレジーナの方が正しいのかもしれないですよね。
だって・・・・
「親の罪は子供の罪」という事ではないと思いますし、
「親が仕出かした罪は、未来永劫子孫たちが贖罪をし続けないといけない・・・」という事では
ないはずだと思いますし、
「罪」という観点では、親の罪と親がそんな事をしているとは全く知らなかったその子の罪というものに
因果関係は全く無いものだと思われます。
その点は、まさに「被害者」そのものでもあるまこぴーとの「大きな温度差」があるのだと思います。
まこぴーにとってはこの時点では既にトランプ王国は滅亡しているのですから、
その「怒りの矛先」は、一応は・・・王国滅亡とは関係が無いはずのレジーナに向かわざるを
得ないのですね・・・
まこぴーにも同情するけどレジーナの言い分もごもっとも・・という事でその辺りからなんか・・・ごちゃごちゃしそうな
様相を呈していましたよね。
そしてもう一つ・・・
この時点では「4人体制のプリキュア」ですけど、
まこぴーとマナ・六花・ありすの3人の間にもなにか「微妙な温度差」があったんじゃないのかな・・とも
思います。
勿論、この3人が幼馴染という背景もあるのですけど、
まこぴーは、被害者でもあり同時に当事者でもあります。対してマナたちは当事者ではあるけど
被害者ではなくてあくまで「傍観者」という立ち位置なのだと思います。
その辺りが、マナに対するレジーナの「友達になって・・」という申し出をあっさりとマナが受けてしまう事への
まこぴーがマナに対して感じてしまう「違和感」にも繋がっているのかな・・とも感じます。
マナがもしもまこぴー同様故国を破壊された被害者であるとすると、多分ですけど・・
レジーナの申し出に耳を傾ける訳は無いと思うのですけど、
マナはこの時点ではレジーナに対しては、そうした「被害者意識」はありませんので、
考えてみると、この第16話というのは、プリキュア内の「温度差」に対しても容赦なくメスを入れている・・みたいな
雰囲気もありましたよね。

そうした中でも・・・

マナの「レジーナはちょっと違う気がすると思う・・・あの子はなんか憎めないし・・・あの笑顔が・・」と言う
のですけど、
ま・・・一般的な感覚ですと
「レジーナは形式的にはとにかく敵方のラスボスの娘であるし、何を企んでいるのだか
分からないのだからむやみに相手にしない方がいい」とか
「まこぴーの気持ちを考えると、あまり関わらない方がいいのかも・・」
みたいな事をマナに「忠告」するのが普通なのかな・・とも思います。
だけど、そこはプリキュア! やっぱりひと味もふた味も違うのですよね!
マナのそうしたレジーナに対する「思い」というものを「それは違う!」と鼻から完全否定するのではなくて、
「マナは昔から直感に鋭い・・」とか
「マナの第一印象は昔からよく当たっている」と
マナを信じきってしまう方向に傾く六花とありすの「マナを信じるチカラ」というものは尊いものがあるし、
やはりそこには「幼馴染パワー」というものは大きいと思いますし、マナたちとは別に幼馴染ではないまこぴーとの
温度差が生ずる結果にもなるのかな・・と思いました。
ま・・・最終的にはまこぴーもマナに対して
「私はレジーナを絶対に許す事はできない」と本音をマナにぶつけた上で、
マナたちとの「友情」も引き続き継続していきたいと願うまこぴーも、確かに第16話の時点では
これが限界なのかもしれないですけど、
これはこれで立派なものがあると思います。
この後、色々な経緯と紆余屈折はありましたけど、まこぴー自身にもかなりの変化が芽生え、
そしてそれは・・・・!!
そう! あの第40話のまこぴー新曲発表会という歴代プリキュアでも屈指の誉れ高いあの神回へと
繋がっていくのです!!

ま・・私としては・・この第16話は、六花の「ごめんで済んだらプリキュアはいらない!」のあの不滅の名言を
聞けただけでも大満足です!! (笑・・)



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2013年にこのタイトルを目にした際は、
「あれれ・・このタイトルはやばい・・・第10話に続いてまたまた六花の焼きもち炸裂回!?」と感じたものですけど、
ま・・この時点では六花は既に「嫉妬」という黒い感情は少しは乗り越えていましたので・・・

だけどレジーナが色々とマナを振り回している様子に六花が明らかに「面白くない・・」みたいな表情を
随所で見せていたのは大変印象的でした!

まこぴーに対して、マナの気持ちを代弁した上で
さりげなくですけど・・「マナを信じてあげて・・」とまこぴーを諭すような感じの六花とありすは
まさに「大人」の対応だったと思います。



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過去にも、敵からプリキュア側に寝返った者たちも存在します。
満と薫、イース、エレンなのですが、彼女たちの場合、
プリキュアを倒すために、まずはプリキュア達を知るために近づいて行ったら、いつの間にやら
プリキュア達の暖かい心に共感し始め、
同時に自分達が行っていた事、行おうとしていた事に対する後悔の念から
プリキュアに変容したり、プリキュアと共に行動し最終決戦に一緒に向かったりもします。
いわば彼女達は、自分達の過去の悪行に対する罪滅ぼし的要素というのか、改心の象徴として
プリキュア側の立ち位置に変化していったのです。

だけど、レジーナの場合、そうした改心とか罪滅ぼし的要素はほぼ皆無・・・

それではレジーナとプリキュアを結びつけるものとは一体何なのか・・・
真琴とレジーナという相反するものに対して、マナは一体どのような折り合いをつけるのか・・・

その辺りがエース登場までのドキドキの一つのテーマだったようにも思えます。

この第16話のなかで一つ難しいテーマが出てきたのも大変印象的でした。

それが「あなたは敵を許すことが出来るのか・・」・「あなたは敵と友達になる事は出来るのか・・・」という
大変厄介で難しいテーマだったとも思えます。

話は全然関係ないのですけど、
フランスのルイ13世(太陽王)を支えた名枢機卿のリシュリュー公は、世を去る前に
僧侶から
「あなたは汝の敵を許すことが出来るのか・・・」という問いに
「私には国家の敵以外に敵はいなかった」との言葉を残しています。
さてさて、そうした歴史上の偉人の言葉をプリキュアに当てはめるとどういう事になるのか・・・?
ドキドキではなくて一つ後の「ハピネスチャージ」での話になるのですけど、
いおなにとっての「敵」とは「自分の愛する家族に重大な危害を与えたもの、同時にその原因を作ったもの」だと
思われます。いおな自身は元々優しい性格の持ち主・・・
しかし、リシュリュー公と同様、自分の敵=自分の家族を奪ったものとその原因を作ったもの以外には
敵は存在しないと思われます。
その意味では、ひめを恨み許さない気持ちは非常によく分かりますし、
その言い分は全く正しいし、
「絶対に許さない」という気持ちを抱くのは極めて自然と思われます。

これはある意味極端な例なのかもしれませんけど、
犯罪被害者の家族が「加害者」を絶対に許さない、そして厳罰を求める事と
構図は同じなのかもしれません。

こうした場合のいおながひめに対して出来る事は

①完全な無視 ②永遠に恨みを抱き続ける ③「寛容」の精神で許容する

ぐらいしかありませんけど、
③の「寛容」なんてよほどの「聖人君子」でないと出来ない相談ですし、
それをいおなに求めるのは元々無理な話・・・

ま、それでも「歴代プリキュア」の伝統的な考え方においては。
ひめに対しては「贖罪」、いおなに対しては「寛容の心」をお互いに持ちなさい・・・
そしてお互いがお互いを認め合って一緒に頑張りましょう・・・という感じなのですけど
そうはならない展開なのがハピネスの極めて難しいところ・・・

フォーチュンにとっての「敵」とは、
幻影帝国であると同時に、この原因をつくりだした「ひめ」でもあるのですよね。
しかもこのひめが自分と同じ「プリキュア」である事も
フォーチュンにとっては堪え難い事だったのかもしれないですよね。

ま・・、いおなとひめの確執は、とあるシーンにて完全に「和解」への道を辿っていくのですけど、
考えてみると、ハピネスの場合は、前半がいおなとひめの確執、後半がめぐみの問題と、
ま――、プリキュアでは珍しいくらい「問題」が起きまくりのシリーズでしたよね・・
やはりそうした中において、そうした「問題」にほぼ無縁の存在であった「ゆうゆうの意義」はハピネスでは
大きかったといるのかもしれないですよね。

ドキドキにおいては、
レジーナ対まこぴーの立ち位置のように間接的な被害者と加害者という関係ではなくて、ハピネスの場合、
利害関係がまともにぶつかりあった当事者同士の話であり、
余計に解決を難しくしていたとも言えるのかもしれないですよね。

さてさて・・・・

ドキドキの場合の「敵」とは何なのか・・

マナ達は敵を許す事は出来るのか・・・・

というテーマなのですけど、

マナの場合、「自分達の夢を壊す破壊者以外に敵はいなかった・・・」と言えるのかもしれません。
逆にマナ達の夢とか日常を壊さない程度であるならば、
マナは基本的にはどんな事でも尊重し、相手を認めた上で相手と一対一で差で真剣に話し合うという御方でも
ありましたので、
やはり「マナは大物!!」と断言しない訳にはいかない本当にスケールと器の大きい素晴らしいキャラでしたね!!

それを支える六花もありすも素晴らしかったです!!



14.埼玉栄高校


A/・・・・・・そして、どこにも山の姿はない(シュワントナー)


長い吹奏楽コンクールの歴史の中においては、本当に素晴らしき「稀有な名演」みたいな演奏に出くわすことがあり、
私自身も過去の吹奏楽コンクールにおいてそうしたまさに「歴史的名演」に相応しい演奏を聴く機会に
恵まれた事もあり、
そうですね・・・・具体的には・・・
天理の「セント・アンソニー・ヴァリエーション」とか愛工大名電の「プラハのための音楽1968」とか
仁賀保の矢代秋雄/交響曲とか
東北大会ダメ金という結果ですけど、花輪のウォルトンの1番とか大曲の交響三章とか
精華女子の「ダンス・フォラトゥーラ」とか
まさに「神に感謝!!」という言葉しか思い浮かばない素晴らしい演奏に遭遇すると本当に本当に嬉しい気持ちに
なったりもします。

そうしたまさに「神がかり」的な歴史的名演の一つが1991年の埼玉栄高校のあの
シュワントナーの「・・・・そして、どこにも山の姿は無い」の驚異的名演なのだと思います!!

この曲、長い間日本の吹奏楽では演奏される事が皆無で、吹奏楽マニアの間では「幻の名曲」みたいに
言われていた時期もあったとの事です。
この曲なのですけど、作曲自体は1977年で、翌年にはイーストマン・ウインド・アンサンブルによる初演&世界初録音も
行われていて、確か・・・私の記憶では、1982年頃に当時日曜日の朝に放送されていた「ブラスのひびき」という
吹奏楽番組の中で取り上げられていたと思います。
だけど・・・
当時高校生だった私が最初にこの曲を聞いた印象は・・・・
「何を言いたいのかさっぱり分からん・・」という感じだったと思います。
この辺りは自分自身、大変興味深いですね・・・
同じく難解な吹奏楽オリジナル作品でも、
ネリベルの「アンティフォナーレ」とかフーサの「プラハのための音楽1968」は理解できても
このシュワントナーの曲は、まるで理解できなかったのですよね・・・
ネリベルの場合は、曲の「叫び」、フーサの場合は曲からのメッセージ性でやはり「何か」は伝わったと
思うのですけど
シュワントナーの場合、あまりにも曲自体が漠然とした抽象的なものであるので、
やはり・・・当時の私には理解できなかったのでしょうね・・・・
そして、この曲ですけど、
1990年にハンスバーガー指揮/イーストマン・ウインド・アンサンブルが来日した際、大阪公演で
この曲を演奏し、
その演奏はライヴ録音としてCD化もされ、
私自身もそのCDは購入したのですけど、やはり・・・シュワントナーのこの曲はさっぱり分かりませんでした・・・

だけど・・・・この曲の真価を初めて認識出来たのが、そう! この年、1991年の埼玉栄のあの歴史的名演なのだと
思います。
この埼玉栄の演奏で、初めて、
「あ・・・この曲はこういう意図があったんだ・・・」みたいな事を感覚として理解したものでした!
やはり・・・
FM放送とかCDでは中々伝わりにくいのかな・・・
特にこの曲は後述の通り、特殊楽器を数多く要しますので、そうした特殊楽器の音色をライヴ感覚で聴くことにより
初めてこの曲の意図が何となく分かったのではないかと思っています。
だけど・・・
実際、埼玉栄のあの演奏は・・・普門館の聴衆を完璧に呑み込みノックアウトさせてくれましたね・・・
あの曲を初めて聴いた人は、多分全聴衆の9割くらいだと予想しますけど
埼玉栄の演奏が静かに閉じられても誰も拍手をしないのが・・・何よりも驚きましたね・・・
ま、勿論・・・初めて聴く曲ゆえにその「閉じられ方」が分かっていない人ばかりなので
「本当に演奏終ったのかな・・・・ここで拍手をしても本当にいいのかな・・」と迷った聴衆がほとんどだったようにも
感じられました・・・
あの日・・・私も普門館の会場にいましたけど、
確かにほとんどの聴衆は・・・・完璧に埼玉栄の演奏にノックアウトされ、
「一体・・・いまのはなんだったんだ・・」みたいにポカ――――ンとした顔がほとんどであったのが
今となっては大変印象的です。
ま・・・・フライング拍手が結果的に起きてしまったのは、緊張感が断絶され、少しと言うかかなりもったいない感じは
したものです。

この曲なのですけど、
キャロル・アドラーという女流詩人が書いた「アリオーソ」という詩の一節から霊感を受けて
その詩の雰囲気をベースにして作曲されたとの事です。

その詩の一節とは・・・

アリオーソ、鐘

セピア色

月の光

午後の太陽は西に白ける

そしてどこにも山の姿はない

響きがもどってくる

音と無音の鐘

うーーん・・・・正直・・・私には・・・ちんぷんかんぷんです・・・(苦笑・・)

この「・・・・そして、どこにも山の姿はない」ですけど、
楽器編成が既にヘン・・・いや・・かなり特殊です・・・
フルート6 オーボエ4 クラリネットはわずか2本のみ(→普通の吹奏楽作品では絶対にありえない・・・)
ファゴット 4 ホルンとトランペットとトロンボーンは各4  チューバとコントラバスは各1
ピアノ 1  そして・・・打楽器はティンパニ奏者を入れて6人
ま・・・最大の特徴は、打楽器はティンパニ以外の奏者5人で合計46の打楽器を使用する事で
その中には、シロフォーン・グロッケン・ヴィヴラフォーン・マリンバ・チャイム・鈴・
ウォーターゴング(小型のドラを水槽に浸したり引き上げたりすることで音色の変化を意図・・・)
巨大タムタム(ドラ)・シンバル多数・3台の大太鼓なども含まれます。
また、ヴィヴラフォーンの鍵盤の淵とかドラの淵をコントラバスの弓でこすって不思議な共鳴音を発したり、
ハミング等の声や口笛まで入り、
本当に・・・「奇妙で不思議な音楽の空間」が生まれる事になってしまいます・・・・

この曲の冒頭は、打楽器の強打から開始されるのですけど
その後・・・・いきなり・・・
不思議で神秘的な響きがこだまします・・・

1991年の普門館で最初に埼玉栄のあの演奏を聴いた時・・・・
「え・・・なに、このヘンな音は・・・一体どんな楽器を使用しているのだ・・」と多分・・誰しもが感じたと
思うのですけど、
その答えは・・・
「グラス・ハープ」という楽器でした・・・・


この「グラス・ハープ」ですけど、
グラスの縁を指でこすって音を発することで楽器として使用するものでして、
口径・腰径の異なる複数のグラスを大きさ順に並べて、基本的には、
水で濡らした指先をガラスの縁に触れさせる摩擦によって、共鳴するガラスからの音で音楽を奏するという
特殊楽器です。

シュワントナーの曲の場合、7つの水が入ったグラスを用意し(水量・グラスの大きさにより、あらかじめ七つの音に
調音する必要があるとの事・・)
そのグラスを4人のオーボエ奏者がふちをなでる事でわおーーーんという不思議な共鳴音を出していきます。

埼玉栄の演奏では、オーボエ奏者が作曲者のスコア上の指示通り、このグラス・ハープと兼任したか
どうかは・・・残念ながら記憶にありません・・・・

それとこの曲は、部分的に小節と拍が意図的に書かれていない所もあり、これは・・・スコア上の指示では
「秒」で指定がされています。
うーーーん、一体何て指揮者泣かせの曲でしょうね・・・

でも・・・途中の声と言うかハミングは不思議な効果がありましたね。
ピアノの使い方も実に巧みだと思います。
途中でホルンによるすさまじい雄叫びが聴こえてきますけど
あれは・・・意図としては「山の偉容」を示唆しているのかな・・・・??

ま・・・とにかく感覚的で技術的にも大変難しく、これまで全国大会でもわずか3チームしかこの曲を
自由曲に選んでいませんけど
それはよく分かりますね・・・

だけど・・・あの不思議な感覚をCDではなくて、もう一度ライヴ感覚として聴きたいものですね・・・

とにかく「素晴らしい!」としか言いようがないまさに「歴史的名演」に恥じない素晴らしい演奏だと思います。
幻想郷には様々な種族が棲みついています。
人間も含めて、妖怪・妖獣・人獣・幽霊・亡霊・鬼・地底人・月民人・魔法使いなどとにかく多岐に
渡っていますが、これは、科学技術が進化し「妖怪等」の存在を「非科学的・非現実的」と完全否定されつつある
外界では妖怪等のパワーが著しく弱まっている事に危惧を感じたゆかりん等が
外界と幻想郷に「結界」という一種のバリアを張り、外界と幻想郷を完全に遮断し、
外界の妖怪勢力を全て「幻想郷」に集結させ、この幻想郷の中で生きていく事で妖怪勢力の「存在」を保っている
というのが「東方Project」の大雑把な世界観です。
それは別に日本国内に留まらず、世界各国の妖怪なんかもこの幻想郷に移動をしているようですけど、
本来は西洋の妖怪である「吸血鬼」も同じみたいで、
吸血鬼一派のいわゆる「紅魔館」グループ=レミリア様・フランちゃん・十六夜咲夜・美鈴・パチュリー・小悪魔・メイド妖精などは、
外界から「紅魔館」という建物ごと幻想郷内に移住をしてきたのでした。

紅魔館は、妖怪の山の麓の霧の湖にある島の畔に移動してきたのですけど、
早苗さん・神奈子・諏訪子の「守矢神社」は、神社と湖ごと外界からそっくり移動をしてきた事に比べると
少しパワーが弱いのかな・・とも思ったりもするのですけど、
ま・・守矢神社組はあくまで「神」ですので・・・(笑)
紅魔館グループはあくまで、「吸血鬼」という妖怪という事ですので、そうした違いがあるのかもしれないですよね。
あ・・・考えてみると、この紅魔館とプリズムリバー三姉妹が拠点としている廃洋館は
同じ霧の湖の麓同士という事で、もしかしたらご近所さん同士なのかもはれないですよね・・・(笑)
だけどプリズムリバー三姉妹に演奏依頼が主に舞い込んでくるのは、ゆゆ様の「白玉楼」という冥界の方ばかりようですので、
もしかして・・・・
レミリアお嬢様は、お堅い音楽はお嫌いなのかも・・・??

レミリア様は、トランシルヴァニアのワラキア公国ドラキュラの末裔を名乗ったりしているようですけど、
ま・・・実際の所はそうした血縁関係は無いというのがほぼ定説みたいですね。
吸血鬼ゆえに確かに日光には元々弱く、外出する際には「日傘」が必須アイテムになるのですけど、
元々のパワーと「人間の地を吸う」という怖さは、幻想郷内でもかなり突出しているようにも思えます。
昼間はおとなしく寝ていて、夜になると活発化し、時に人間を襲い血を吸いまくるという感じなのですけど、
その①でも書いた通り、レミリア様は元々が少食ですので、せっかく襲った人間も血自体はわずかしか吸わず、
吸い方が雑なため服に血を散乱させてしまうみたいですね・・
ま・・襲われて血を吸われた方としてはたまったもんじゃないでしょうけど・・
ちなみにですけど・・・
阿求ちゃんの「東方求聞史紀」の中では
「驚異的な身体能力と魔力を誇り、樹齢千年を超える大木を片手で掴んで持ち上げ、
 瞬きする間に人間の里を駆け抜け、一声掛けるだけで大量の悪魔を召還し、自らを大量の蝙蝠に分解し、
さらには霧状にまで細かくし何処にでも入り込み、頭以外が吹き飛ぶ怪我を負っても一晩で元通りになる」
と記述されていますけど、
阿求ちゃん・・・それはいくらなんでも「レミリア様の過大評価しすぎでしょ・・」と言いたくもなってしほうほどの
「インフレ感」があるのですけど、
(ま、実際・・・妖怪側の方から阿求ちゃんに圧力をかけて、自分の事はこん風に書いて欲しいみたいに
言ってくる御方もいるみたいですよね・・・
あれれ・・・? 毒舌で有名な阿求ちゃんにしては、ゆかりん・レミリア様・永琳様の記述に、毒が入っていないのは
何でなのかな・・・・?? 笑・・)
ま・・・確かに、小説版の儚月抄では、焼けた右手を即座に魔力によって瞬間的に治癒され、
失った右手を一瞬で復活させていましたからね・・・・

「幻想郷内で最強はもしかして・・・レミリア様じゃないのか・・・?」という説が
今でも結構ファンの間ではあったりもしているようですけど
確かに、それだけ見てみると、「それも一理あるのかも・・?」とも感じる事もあったりはしますね。

そうそう・・・・レミリア様の能力として名高いのが「運命を操る程度の能力」というのですけど、
これって・・・少し抽象的すぎるのかも・・・?
そうですね、この分かりにくさは早苗さんの「奇跡をおこす程度の能力」に近いものがあるのかもしれないですよね。

レミリア様のこの能力が明確且つ具体的に使用された事は、実は公式でもほとんどないのですよね・・・
だからいまでにその詳細については「謎」だらけ・・という感じですね。
これは昨日の記事でも既に語ってはいるのですけど、
あややが主役の東方の公式書籍「東方文花帖」のアンソロジー漫画の中の病先生の「宿敵以上天敵未満」という作品に
おいて、咲夜が妖夢に対して放った亜空間のスペルカードに妖夢が閉じ込められるのを阻止するために
ゆゆ様が逆に咲夜を亜空間の中に閉じ込めてしまうのですけど、
そうした咲夜を救出したのがレミリア様の「運命を操る程度の能力」だったという訳なのですが、
公式等でレミリア様のこの能力が確認できるのは、現時点ではこのアンソロジー漫画だけですね。
うーーん、それじゃ、元々「運命を操る程度の能力」って何なのかな・・・?
文字通りに解釈するならば、どんな敵と対峙しても「自分が勝つ」と言う運命に変えてしまう完全無敵の能力とも言えますけど、
レミリア様は、結構頻繁にバトルでは負けていらっしゃいますし、
「東方紅魔郷」では幻想郷内の紅い霧という異変解決のために動いた霊夢と対峙し叩きのめされていますし、
何よりも・・・・
「東方儚月抄」においては、あんまりいいところもなく、綿月姉妹の依姫によって完膚なきまでに
叩きのめされていますからね・・
そうですね・・・これは既に最近の記事でも書いた通り、儚月抄においては、レミリア様とか霊夢等の主人公クラスの
あの「月侵攻」というのか月旅行は、ゆかりんの「二重囮作戦」の一つに過ぎませんでしたし、
あれはレミリア様たちは、ゆかりんの咬ませ犬状態で、ゆかりんにいいように利用されてしまった・・みたいな
印象が大変強いですね・・・
(本当に、ゆかりんは性格が悪いんだから・・・笑・・・)
そうですね・・・・
儚月抄に関しては、漫画版も小説版もそうですけど、
レミリア様は運命を操る程度どころか、ゆかりんによってすっかり「操られた存在」になっていましたよね・・・・
なんかあれは・・・
運命を操る程度ではなくて、
ゆかりんによってレミリア様の運命が操られてしまった・・・みたいな結果になってしまいましたね・・
ま、あれは・・レミリア様本人の「一度は月に行ってみたい」というわがままが思わぬ形で実現してしまいましたので、
結果オーライという事になりますけど、一応は「運命を操った・・」という事になるのかな・・??

そうですね・・・レミリア様のこの能力は、
意図して操っているか、それとも周りにいるだけで運命が変わるのかは今のところ不明という感じですね・・(笑)
だってご本人がこのとてつもない能力を自ら封印しているのか単に「面倒くさい・・」という事で使用していないのか
はたまた・・・実はそんな能力は元々無いのか
正直・・・「神のみぞ知る」みたいな感じなのかもしれないですよね。
昔から、「気は持ちよう」とか占いの世界では「当たるも八卦、当たらぬも八卦」という言葉がある通り、
誰かのそうした「当人の運命を変えかせる力」というよりも
その本人自身の「自分はこのようになりたい!」とか「自分の未来は自分が切り開く!」みたいな強い意志の方が
なんとなくですけど、運命を変えられそうな気もしますよね。
歴代プリキュアにおける「叶えたい夢は強く願えば必ずかなう!」というのもそうしたものなのでしょうね。
そうですね・・・レミリア様の能力と言うのは、
別に誰かの運命を劇的に変更させるとか、貧乏人が突如金持ちになったりとか
やらかしてしまった「過去の自分の失敗」を無かった事にするとかそういうもんじゃなくて
例えば・・・・
レミリア様の「あなたならきっと出来る!」みたいな悪魔の無茶振りみたいな「ささやき」で
本人をその気にさせてしまう程度の能力なのかもしれないですよね。
その代表例がもしかして・・・紅魔館の完璧なメイド長にして現役の人間でもある十六夜咲夜なのかも
しれないですよね・・・

レミリア様の周りにいるだけで数奇な運命を辿ったような気がする・・・とか
レミリア様に一声掛けられただけで、何か生活に変化が起きたような気がするとか
そうですね・・・野球で例えてみると、
長嶋監督とか王監督とか星野監督とかカリスマ監督みたいな御方に声を掛けられ
「おー、お前、今後期待しているぞ!」みたいに何か一声掛けられただけでその声を掛けられた選手が
発奮してなにか結果を残すみたいな事って結構よくある話なのかなとは思うのですけど、
それと同じような事が、一応は、紅魔館の「カリスマ」とも言われているレミリア様の周辺でも
起っているというのが、なんか・・・結果的に「運命を操る程度の能力」という事じゃないのかな・・・??
「運命」みたいに実体のない不確定要素というせいもあるかとは思うのですけど、
この能力自体は自力では行使できないとも思いますね。
何よりも・・・相手の「自分はこうなりたい!」という「強い意志」が無いとレミリア様の能力を持ってしても如何とし難い
というのが実態じゃないのかな・・・とふと考えたりもします。

紅魔館の中では、レミリア様以外でも例えば咲夜の「時間を止めちゃう能力」とかフランちゃんの
「あらゆるものを破壊しちゃう能力」とか、正直・・・レミリア様をはるか超越しちゃいそうな御方は色々といるのですけど、
結局はみんなレミリア様に従ってしまう・・・
レミリア様の「能力」というのは、そうした館内の様々なメンバーの個性を見極め、その個性をいかに高く発揮させるように
レミリア様なりに配慮し気を遣い、
たまーにそうした「励まし」とか「お褒め」みたいな魔法の言葉を使う事で
相手をその気にさせてしまうみたいな事なのかもしれないですし、
色々と多彩な才能を持つメンバーの力を最大限活用しながら、何か新しい「企画」を考えていくという役割を担っている
と言えるのかもしれないですよね。

ま、どっちにしても・・・ 「運命を操る程度の能力」とは良く言ったものですね・・・・(笑)

レミリア様の「運命を操る程度の能力」とは、実は、「未来予知 」ではないのか・・・という事を
示唆していたのが「東方文花帖」なのかなと思ったりもします。
あややの「文々。新聞」の中において
「巨大隕石が幻想郷の上空というか、紅魔館の真上に落下してきたけど、レミリア様の妹のフランちゃんが
きゅっとしてドカーンみたいな感じでその巨大隕石を空中で爆破させてしまい、
幸いな事に紅魔館を含めて幻想郷に特に被害は生じなかった」という記事がこの書籍の中で
取り上げられていましたけど、
レミリア様の御言葉によると、
「あの隕石ははじめから紅魔館の真上に落下する事が予定されていて、妹がそれを破壊する事も
あらかじめ決められていた」との事らしいです・・・
ま、これに関しては、フランちゃんによると・・・・
「隕石落下と破壊が予定されていた・・・? そんなのある訳ないじゃん・・・
あいつはなんでもかんでも最初から判っていた振りをするの。運命が分かるとか何とか言って・・」
との事ですけど、
そうですね・・・それ以前に、フランちゃんがレミリア様を「あいつ」呼ばわりしている事の方に
なんか興味がそそられますね・・・(笑)

そうですね・・・

結局レミリア様の能力って何なのでしょうか・・・?

結論は・・・・「よく分からない・・・」という事で落ち着きそうですね・・・(笑)

ま、その「よく分からない」という得体の無さがレミリア様の一つの「カリスマ」なのかもしれないですよね。







さてさて・・ここからは既に恒例になっているのかもしれないのですけど、当ブログが本当にいつも大変お世話になっている
アミグリ様の素敵なイラストのご紹介です!!

上記の「ハロウィンレミリア様」を描かれたのは、
当ブログのとっても大切なブロとも様のお一人で、本当にいつも大変お世話になっている
「dream fantasy」の管理人様のアミグリさんです!!

ちなみにですけど、この素敵なイラストは2013年10月にアミグリさんが描かれたものです。

レミリア様の衣装は通常はうすいピンクまたは白という感じが多いのですけど、
アミグリさんのこのレミリア様は、黒を基調としていて、ZUN帽も黒ですので、
吸血鬼とか悪魔みたいな雰囲気も醸し出しているかとは思います。
ま・・レミリア様はお嬢様ですし、とっても可愛いですので、そんな悪魔なんてお言葉はあまり相応しく
ないかもしれないのですけど、
こういう「黒いレミリア様」も悪くはないですよね!
あ・・・、この時のテーマは「ハロウィン」ですので、レミリア様も「黒い悪魔」という格好にわざとフォームチェンジを
されたという事なのかもしれないですよね・・・(笑)
レミリア様は、十六夜咲夜が淹れた紅茶を日常的に飲んでいるみたいなイメージもあるのですけど、
さてさて・・このイラストの「紅茶」は、
普通の紅茶なのか、それとも咲夜らしい「薬膳茶」なのかは・・・・
神のみぞ知るという感じなのかもですね・・・(笑)

アミグリさん、いつも本当にありがとうございます!

さてさて・・・アミグリさんの「十八番イラスト」の一つは、レミリア様の妹で、上記でもちらっと出てきた
フランちゃんなのですけど、
最後に、アミグリさんが描かれたフランちゃんも一つだけご紹介をさせて頂きたいと思います。

描かれたのが2011年5月とかなり以前に描かれた作品なのですけど、
このフランちゃんは、文句なしに可愛いと思います!
とてもとても・・・・その正体が吸血鬼で、特技は「どんなものでも破壊しちゃうこと」はこのイラストからは
想像できないかもしれないですけど、
そのギャップがフランちゃんの魅力でもありますので、そうしたギャップをとっても素敵に表現
されていると思います。

このフランちゃんをご覧になりたい方はこちらから・・・!! → フランちゃん、うふふ


→レミリア様 その③に続きます・・・
13.高岡商業


D/シンフォニエッタ~Ⅲ.フィナーレ(L.ヤナーチェク)


長い間「吹奏楽コンクール」を聴き続けていますと、
何度か「え・・なんでこの素晴らしい演奏が金賞という評価を得られないの・・?」とか
「こんな素晴らしい演奏を聴かせてくれたのに、どうして銀賞または銅賞という評価になってしまうの・・?」
「審査員の耳とセンスを疑ってしまう」みたいな事も何度かあります。
私自身が一番最初に全国大会を聴いたのは1984年の高校の部だったのですけど、この年の実際の評価と
私が感じた自分なりの採点結果にかなりの乖離が見られたのは、
このブログの1984年の感想記事で散々ブーたれていたと思いますが、
そうですね・・・・
この年以降は、自分なりに勉強をしたという事もありましたし、
何となくですけど、吹奏楽コンクールの演奏と審査結果の傾向みたいなものも何となくわかってきましたので、
そんなに極端な乖離という事は起きていなかったと思います。

ただそうした中にも、例えばですけど・・・

「1985年の花輪のガジべコフの2番の銅賞は絶対納得いかない! あれは絶対審査員の耳がどうかしている」とか

「1987年の雄新中のエルザの銀賞は絶対にあり得ない! あんなまさに歴史的名演のエルザが金賞取れないなんて
やっぱり審査員の見識を疑ってしまう・・」とか

「1992年の兵庫のロメオとジュリエットと新屋のガイーヌの銀賞は絶対におかしい!!
あの演奏が銀賞で金賞じゃないなんて、じゃーも一体どうすれば金賞という評価に届くのかその根拠を
教えてほしい」とか

とにかくまーー色々とありましたね。

そんな中、「絶対にこの銀賞と言う評価は納得いかないし、あの演奏は金賞という評価意外ありえない!」と
感じさせてくれた演奏の一つが
まさにこの年の高岡商業の「シンフォニエッタ」だと思います。

高岡商業ですけど、1989年の「ローマの祭り」以降1992年の4年間の演奏は、
全体的に名演が続出している素晴らしい土合=高商サウンドの中でも特に秀でている素晴らしい
充実していた時期だと思います。
高岡商業というと、個人的にはどうしてもあの1983年の「ローマの祭り」という聴く者全てに圧倒的な存在感とパワーを
見せつけたあの伝説的な演奏がとにかく印象的なのですけど、
85年と86年のドビュッシーで別の高商サウンドを聴かせてくれたあの「ひそやかさ」も素晴らしいと思いますし、
ローマの祭り・展覧会の絵などのようにとにかく豪快に鳴らしてくれた演奏も
「まさにこれぞ高岡商業!」と思ってしまいますし、
92年のベルキスや90年のペトルーシュカのように「豪快さと知的さ」が見事に両立していた演奏も素敵だと
思います。

そうした中、この年1991年の演奏なのですけど、
一言でいうと・・
演奏に全くスキがない、大変緻密な演奏と言えると思います。
「シンフォニエッタ」というとどうしても過去の関西学院とか富山商業のように
「華麗なる音の絵巻なんだけど明らかに音量過剰」みたいな傾向になりがちですし、
この曲は金管主体で、トランペットの高音域が大変きつくて音程がぶら下がってしまう傾向に
なりがちの演奏になってしまいますけど、
この年の高岡商業は、その点はまさに技術的に「ほぼ完璧!」の域に達していると思います。
1981年の富山商業は確かに豪快で素晴らしい鳴りなのですけど、「高音域のピッチの高すぎとか金管の破裂音のきつさ」が
どうしても耳についてしまい、気になってしまうのですけど、
この年の高岡商業には、そうした技術的な不安が全くないというのはまさに驚異的だと思います。
原曲では「バンダ」が加わるフィナーレにおける高岡商業は、
本当に一言で言いきってしまうと「美しいけど実に逞しく鳴っている」みたいな相反する矛盾する事を
まさに完璧に両立していると思います。
特にあのフィナーレにおけるティンバニ奏者は、普門館の会場から見てみても
まさに「格好いい!! なんて粋な奏者!!」と感じましたし、
ティンバニ奏者の打点がまさにピシッ!!と決まっていますので、聴いていて実に気持ちいいです!
まさにあれは「快感」です!
対照的に第三楽章の演奏は、フィナーレとは反対に「ひそやかさ」を絵に描いたような雰囲気です。
結果的にⅢの「静」とフィナーレの「動」の対比が極めて鮮やかで
このチームの演奏を更に良好のものにしていると思います。

課題曲もどうしても他のチームがこのマーチを演奏すると「そよ風」ではなくて「台風」みたいな感じに
なってしまいがちなのですけど、
その点のコントロールもお見事でした!!

改めてですけど・・・・・この演奏を一体どうやって採点すると「銀賞」という結果になってしまうのでしょうか・・・?

私自身のこの年の高校の部のジャッジとしては、
もしもグループ表彰ではなくて昔の順位制だったとしたら、

1位 埼玉栄

2位 高岡商業

3位 浜松商業または札幌白石

なのではないのかな・・と思います。

高岡商業のこの演奏なのですけど、CDやカスタムテープで何度も何度も聴き直し、
最近も改めてこの演奏を聴いてみたのですけど、
「え・・、なんでこの素晴らしい名演がこんなに評価低いの・・・? ま、別に金賞だけが全てじゃないし
審査は水物なんだけど、
形の上では、この演奏は伊予高校よりも評価が低いなんて絶対にありえない!!」という思いは
全く変わりがないですね・・

改めてですけど・・・
「東方儚月抄」におけるゆかりんの活躍ぶりも大変お見事でしたし、ゆかりんのあの一連の行動は
全て「永琳様に対する未来永劫のプレッシャー」という意図も確かに大変分かりにくいものではあるのですけど、
ま、それは「その意図が分かる人だけわかればいいのかな・・・?」とも感じています。
だけど・・・
それ以上に素晴らしかったのは誰が何と言っても・・・
あ・・・・レミリア様じゃないですよ・・・
レミリア様はあの作品の中では「運命を操る能力」発揮どころか、ゆかりんによっていいように操られる感じに
なっていましたよね・・・
そうそう、素晴らしいというかまさにMVPに相応しいのが誰がなんといってもゆゆ様だと思います!

ゆかりんの意図をまさしく「あ・うんの呼吸」で読み取り、それをさらっと妖夢を煙に巻きながらも
やり遂げてしまうゆゆ様は本当にお見事でした!
東方の他のゲームでもゆゆ様の勘の鋭さ・聡明さは光っていますよね!

考えてみると・・・・

「東方儚月抄」においては、ゆゆ様は一か月近くも「白玉楼」を離れていた事になります。

つまりこの間は、冥界における「幽霊管理」は何もされていません・・・・
元々冥界における幽霊管理という仕事は、地獄の閻魔様・四季映姫様より委託を受けたものでありますので、
四季映姫様にとっては、この一か月間の放置は中々頭が痛かったのかもしれないてすよね・・・(笑)
あれれ・・・四季映姫様には結構「頭痛のタネ」があるのかもしれないですよね。
ま、ゆゆ様の一か月程度の冥界放置はいいとして、
旧・地獄における怨霊管理を委託されたさとり様は、地霊殿にてほぼ引きこもり状態で、実質的な管理者は
お燐ちゃんですからね・・・
そして何よりも四季映姫様の直属の部下の小野塚小町は例によって仕事をサボりまくりで、
求聞口授の挿絵においては、三途の川の舟をムラサによって沈められそうになるみたいな事も
やらかしてくれていますから、
ま、そうですね・・・・当分四季映姫様の「憂鬱」は続くのかも・・・・??

そういえば、「東方文花帖」の例の文々。新聞においても
「最近は冥界と現世の結界が緩んでいるせいか、以前ほどこの二つの世界の行き来がし易くなっている。
そのためにお彼岸等の際には、自分がかつて暮らしていた現世に遊びに行きたくてうずうずしている
幽霊たちが大挙して幻想郷を訪れ、幻想郷内に幽霊が溢れかえっている」みたいな記事が掲載されていましたが、
あの記事の中では、妖夢が一人孤軍奮闘して幽霊たちを冥界に連れ戻しに励んでいましたけど、
何やらキリがないみたいですね・・・
そっか・・・ゆゆ様と妖夢が一か月以上も冥界を離れてしまうと、その間に冥界の幽霊たちは
まさにやりたい放題の鬼の居ぬ間の洗濯状態になってしまい、
四季映姫様の「頭痛のタネ」は増えるばかりだったのかもしれないですよね。

そうそう・・・その文花帖にて興味深い記述があり、その中で明らかにされた事は・・・

なんと・・・!!

妖夢はほぼ「ただ働き」だったのですね!! (笑・・・)

妖夢は、日々・・・白玉楼の警備・ゆゆ様への剣の指南・冥界の幽霊管理・幻想郷に遊びに行ったまま戻ってこない
幽霊の連れ戻し・ゆゆ様のお食事の準備などなど仕事はかなり多岐に渡っていますよね・・・
紅魔館の優秀なメイド長の十六夜咲夜も、ま・・・確かに似た感じで大変な量の仕事をほぼ一人でこなしているのですけど、
咲夜の場合は「時間を止めちゃう能力」により仕事がマジでテンパってきたら時間を少しだけ止めちゃって、
仕事の遅れを取り戻す事は可能と思われますし、
紅魔館自体には、一応は、大量の妖精メイドもいますから
妖夢みたいに一人で何から何までやるという感じではないのかも・・・?
あ・・・そう言えば白玉楼にも、あの広大なお屋敷の掃除担当みたいな使用人はいましたね・・・
だけど、妖夢のキャパは既にオーバーしているのかも・・・?
それに相手は・・・・飄々として何を考えているのか分からないゆゆ様ですし、
後述しますけど、ゆゆ様にはかなり以前から「腹ペコキャラ→大食いキャラ」という設定もあり、
一説には白玉楼のエンゲル係数は7割を超え、その原因のほぼ100%はゆゆ様という感じですからね・・・(笑)
なんか・・・
妖夢の一日は「ゆゆ様のお食事づくり」だけで終わってしまいそうな気も・・??

だけどそんな頑張る妖夢のお給料は・・・ほぼゼロである事が判明したのが、上記の東方文花帖における
射命丸文の妖夢に対するインタビュー記事で明らかになったのでした・・・
ま・・妖夢は元々「住み込み」みたいなものですし、
先祖代々西行寺家にお仕えする身という事を考えると、妖夢自体に「え・・お給料、なにそれ・・!?」みたいな
発想なのかもしれないですよね・・・・(笑)
あややに対しては、
「だけど三時のおやつは毎回出して貰えるし、病気になった際は三日ほどお休みを貰っていますし・・」と
言ってはいますが、その際のあややの「シクシク・・・」という反応が面白いです。

そこで気になるのが十六夜咲夜なのですけど、
咲夜は果たしてレミリアお嬢様からお給料何てもらえているのかな・・?
ちなみにですけど、紅魔館の大量妖精メイドのお給料はゼロですけど、代わりにおやつ・紅茶・食事は支給され、
たぶんほぼ全員住み込みですので、一応は衣食住は保証されているのかも・・?
そしてこの妖精メイドの採用にあたっての人事権は咲夜がほぼ握っているようです・・・
そうですね・・・・妖夢同様、咲夜もほぼ「ゼロ」という感じなのかな・・・??

あ・・・・そう言えば、妖夢と十六夜咲夜は何かと「共通点」も多そうですね。

気まぐれな主に振り回されるという境遇、刃物使い、銀髪、自機経験者などの共通点があるかと思いますが、
一番の共通項は「苦労人ポジション」という所なのかもしれません。
違いは、妖夢はかなり生真面目であるのに、咲夜は、ボケもツッコミも出来るし、時に手抜きも出来ちゃうという
辺りなのかな・・・?
東方茨歌仙第16話では仲睦まじく会話をしている光景が印象的ですし、
東方三月精や東方儚月抄では咲夜が妖夢をからかい、それに妖夢が応じるなど、
こちらでも仲の良い様子が描かれているのが素敵だと思います。

そういえば、妖夢は二刀流、咲夜はナイフ投げという事で共に「刃物」という凶器を使用していましたね・・・
そうそう、この二人は共に刃物使いという事で、二人の決闘みたいな二次創作も
たまに見ることがあります。

その中の一つが文花帖のアンソロジー漫画の病先生の「宿敵以上天敵未満」だったと思います。








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この漫画の中でなぜか・・・? スペルカードゲームに興ずるというか、ある意味ガチバトルをしている
妖夢と十六夜咲夜なんですけど、妖夢は刀を使用するため接近戦で無いと勝機が無いのですけど
咲夜の場合は、ナイフ投げという事で遠距離からでもぶんぶんナイフを投げられますので
元々、咲夜の方が有利なのかも・・・?
咲夜が「チェックメイト!」という事で、妖夢に対して「ここに閉じ込められると永久に亜空間を彷徨い続ける」という
亜空間のスペルカードを放ち、妖夢これで一巻の終わり・・!?という際になぜかスペルが突如暴走し、
咲夜を逆に亜空間に飲み込んでしまいます。
ま・・・これは・・妖夢が閉じ込められるのを阻止するために ゆゆ様が逆に咲夜を
亜空間の中に閉じ込めてしまったという事なのですけど、
妖夢としてはこれが今一つ面白くないみたいで、白玉楼で少しむくれてしまいます・・・・
それを見ていたゆゆ様は「まったく・・・・やれやれ」という感じなのですけど、この時に、レミリア様から
手紙が届けられ、そこに記されていた「空気読め バカゆーれい」という言葉に激高するゆゆ様が
とっても可愛かったのが印象的でした!
ああいうゆゆ様ってあんまりお目にかかった事がないものですので、これは貴重なゆゆ様だと思いますし、
「ばかゆーれい」というワードに反応しちゃうゆゆ様が素敵です!!

ま、最終的には、咲夜自身もレミリア様の「運命操作能力」によって窮地を脱してはいるのですけどね・・・・




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さてさて・・ここからは既に恒例になっているのかもしれないのですけど、当ブログが本当にいつも大変お世話になっている
アミグリ様の素敵なイラストのご紹介です!!

上記の十六夜咲夜様と妖夢の二人のとっても素敵なイラストを描かれたのは、
当ブログのとっても大切なブロとも様のお一人で、本当にいつも大変お世話になっている
「dream fantasy」の管理人様のアミグリさんです!!
上が2012年3月に描かれた十六夜咲夜で、その下は2013年11月に描かれたゆゆ様の従者の妖夢です。
咲夜の方は、ナイフをぶんぶんぶん投げるみたいなイメージではなくて
「時間を操る程度の能力」というのか、いかにも時の行者というのか「タイムトラベルプリンセス」みたいな
どこか「ひそやかさ」が漂う咲夜だと思います。
妖夢はとっても可愛いですよね!! なんかすこし・・「きょとん・・」としたちょっとあとげない雰囲気の妖夢が
とっても可愛いです!!
妖夢にこんな風に見つめられたら・・・・なんか照れちゃいそうですね・・・・(笑)

アミグリさん、本当にいつも素敵なイラストの転載を快諾して頂きありがとうございます!!

上記のこの素敵なイラストはアミグリさんからのご厚意で転載をさせて頂いておりますので、
無断お持ち帰りや無断コピーは絶対NGですので
何卒宜しくお願いいたします。

最後に・・・・これは既に一度転載をさせて頂いているのですけど、最近アミグリさんが描かれた
少しだけ吊り目の咲夜もとっても素敵です!
この咲夜をご覧になりたい方はこちらから! → 咲夜さん
12.下松高校


D/バレエ音楽「ロメオとジュリエット」~モンターギュ家とキャブレット家・タイボルトの死・ジュリエットの墓の前で号泣するロメオ
(S.プロコフィエフ)


この下松高校ですけど、最近の現役世代の皆様ですと「え・・・なにその学校・・・聞いた事がない・・」みたいな感じ
なのかもしれませんけど、
1980年代後半~90年代前半に連続して全国大会に出場していた中国支部の常連校の一つでした。
最近は、この学校の名前を耳にする事は全く無いのですけど、
いつの日にか「かつての名門復活」が果たせるといいですね・・・

この学校を初めて耳にしたのは、1985年の普門館で、下松が全国初出場を果たした年でした。
その時の率直な私の印象なのですけど、そうですね・・・
「サウンドが貧弱・ひ弱な音楽作り・個性も特に感じない極めて印象がうすい演奏・アピールポイントが脆弱」
そうした感想でした。
自由曲が「幻想交響曲~終楽章」という極めて劇的要素を持ち演奏効果が高い曲のはずなのですけど、
それでも音楽の骨格が極めて貧弱という印象で
正直、初出場の際はマイナスみたいな印象しか持っていなかったです。
だけど二回目の出場の際は、結果として銅賞という評価なのですけど、私個人の感想としては
「とてつもない飛躍! 技術は一旦置いておいても、その豊かな感性とその表現力は素晴らしいし、
特に最後の音の伸ばしで閉じられる部分のサウンドは、カラヤン指揮/ベルリンフィルが演奏したこの曲に
勝るとも劣らない素晴らしいものがある!」
みたいにとにかく素晴らしい演奏だったと思います。
確かに、細かい木管の動きとか金管の破裂音とか
ハープをマリンバ+ヴィヴラフォーンで代用した為、その部分がなんとなく違和感を感じてしまうなどの難点も
あるのですけど、それを上回るスケールの大きさと劇的な表現力には本当に感心させられたものでした。
そして下松高校から聴こえてくるサウンドは極めて「温かい」というか人間的な香りが漂います。
下松の指揮者の中井先生の経歴とかは正直全然わからないのですけど、
そこから聴こえてくる音楽は・・・
いかにも普通の県立高校の先生と生徒が一生懸命「手作りの音楽」をして、その努力の結果として普門館に
たどり着いたみたいな雰囲気が漂いましたし、
その音楽も「厳しい中にも温かさが滲みでているような優しい音楽」みたいな香りが漂っていたと思います。
そうですね・・・・
私は1986年のこのチームのこの音楽を生で聴いて、
「このチームは将来絶対大化けする!!」と確信し、自分の吹奏楽仲間に対してもそうした「予言」(?)みたいな事は
色々と言っていたと思います。

翌年1987年のリードの「アルメニアンダンスパートⅠ」は、明確な個性とかこれまでのこの曲の過去名演を
超越するような斬新さは正直皆無でしたけど、演奏自体はとにかく温かいものがありました。
更に翌年の88年の「セント・アンソニー・ヴァリーエーション」は、通算4回目の普門館という事もあり、
慣れと自信もあったと思うのですけど、この時は初出場みたいな「ひ弱」という印象はほぼ皆無で
大変堂々とした立派な演奏を聴かせてくれていて、
全国大会4回目の出場で初めて銅賞以外の賞を受賞したのですけど、この年の普門館での成績発表の際、
「下松高等学校、銀賞」というアナウンスが流れた瞬間に、多分下松の奏者の皆様だと思うのですけど
嬉しそうな「きゃーー!!」という歓喜の声があがっていたのは大変印象的でした!
ま・・・翌年、1989年の「プラハ」で銀賞というアナウンスの際は、さすがにシーーン・・・としていましたけどね・・
この年の課題曲B/wish はとっても素敵な演奏でしたし、自由曲のプラハのかなり斬新なカットが
とっても印象的でした!

さてさて・・・そうした中迎えた、1991年の演奏なのですけど、
85年の初出場以来の中井先生の努力の「果実」がやっと花咲いた・・・!!みたいな素晴らしい演奏を
聴かせてくれていたと思います。
一言でいうと・・・地味な演奏です。
88年の豪快なスピード感、89年のひそやかさみたいな「吹奏楽オリジナル作品を自由自在に扱った」という
自由さは正直あんまり感じなかったのですけど、
その代わりに、ファンタジー感・せつなさ・動と静の対比の鮮やかさみたいな「クラシカルな雰囲気」は
十分に伝わっていたと思います。
課題曲のマーチは無難な演奏で可もなく不可もないという感じですけど、
ともすると「そよ風のマーチ」が「台風のマーチ」みたいにどんちゃん騒ぎみたいな演奏になりがちなこの曲を
タイトルに相応しい感じに適度に爽やかに適度に鳴らす感じのあの「バランス感」がとてもよかったと
思います。
この課題曲Dできちんと「節度さ」を保ってバランス感を適度に保っていたチームって意外と少なく、
下松以外では、浜松商業・高岡商業くらいしか思い浮かばないのかも・・?
自由曲は、冒頭から中盤のダイナミックスさと劇的な雰囲気と後半以降の「しっとりとしたファンタジー感」の
対比がとにかく素晴らしかったと思います。
そうですね・・・・演奏自体は比較的おとなしめ・・・
もっと鳴らしてもいいんじゃないのかな・・?と感じさせる場面も無くはなかったと思いますけど、
その「節度を保つ」という事は中々出来るようで出来ないものですので、そうした中井先生のコントロールも
賞賛に値するものがあったようにも感じられます。
「タイボルトの死」も90年の東海大学第四の木管、特にクラリネットのあの「超絶技巧」に比べると、確かに
少しどんくさい面も無いとは言えないのですけど、
そうした鈍い感じが逆に「高校生らしい素朴さ・ナチュラルさ」を演出していたようにも感じられます。
下松のこのカットは、1987年の天理のカットと類似しているのですけど、
天理の場合はどちらかというと「タイボルトの死」をメインに構成し、「ジュリエットの墓の前・・・・」はなんかとってつけたような
感じもあり、それが少し「曲の構成としての中半端さ」みたいなものも感じたものですが、
下松の演奏は確かにカットしては天理とそれ程大きな違いは無かったにしても、
音楽的な満足度としては下松の方がはるかに大きく、
この「ジュリエットの墓の前で号泣するロメオ」をとにかくしんみりとしっとり聴かせてくれ、
演奏の中核をこのラストの「ジュリエットの墓の前の・・・」に据えていたような感じすらあります。
天理の場合、正直・・「えっ・・・」みたいな閉じ方でしたけど、
下松の場合、このしんみととした内省的な閉じ方が逆に「下松らしい・・」みたいな味わいがあり、
私としては、少なくても87年の天理よりは「高評価」です!

結果的に下松は、この年、念願の「初金賞」に輝きましたけど、
同じ「初金賞」でもとにかくやんちゃに鳴らしまくった伊予とは全く正反対のアプローチでしたが、
音楽の内容的に極めて深いものを感じさせる
とても価値のある意味のある「金賞」だつたと思いますし、
成績発表の際に下松が金賞とアナウンスがあった際は、とっても嬉しかったのは今でもよく覚えています!!

地味ながら大変印象に残る素敵な演奏でした!!
いや―――、やっぱり「ブログの交流」って本当に素晴らしいものがありますよね!

なんか改めてそうした事を実感する素敵な「サプライズ」がありました!

何かと言うと・・・

当ブログのブロとも様のお一人のBaby pink amy 様より
とっても素敵な「イラスト」を描いて頂けました!
しかも・・・!!
私がとにかくも―――大好きでたまらない「プリキュア」関連です!!

このイラストを描いて頂いたのは、「DANDYBEAR」というとっても素敵で可愛い女の子が満載のブログを
管理運営されているBaby pink amy 様なのですけど、
Baby pink amy 様は、天使と悪魔・可愛い女の子・ゴスロリ・絶対領域・可愛いフリル・レース・ロリータファッション等の
お言葉がこれほどまで似合う御方はいないじゃん!と思わせるほど、
ご本人様のそのとってもみずみずしい感性とかファッションセンスとか
「ゴスロリ風の可愛い女の子を描かせたら、こんなに素敵に描けちゃう人あんまりいないじゃん!」と
思わせるほどの個性的で独創的なイラストの作風を既に確立化されている
とっても素敵な御方です!!
本当にマジで「ゴスロリ風の可愛い女の子」をここまで素敵に描けちゃう御方は、
私・・・あんまり見た事ないです!!

では、なぜ私がBaby pink amy 様と交流を持てるようになったかと言うと、これが「ブログ」の一つの醍醐味と
言えるのかもしれないのですけど、
「辺境の地に住む主婦のお絵かきブログ」というこれまた素敵なブログを管理運営されているrainbowcube0503様との
やはりとっても素敵な交流の中から、偶然派生したとも言えると思います。
いやー、改めてですけど、rainbowcube0503様、そして、Baby pink amy 様
本当にいつもありがとうございます!
そしてこれからも宜しくお願いいたします!

さてさて・・そうした中、Baby pink amy 様より、先日、本当に素晴らしい「サプライズ」を
頂く事が出来ました!

それが下記のとっても素敵な二人のプリキュア・・・キュアラブリーとキュアミューズの二人のプリキュアの
イラストなのでした!!



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いや―――、最初にこのイラストを見た時は本当にびっくりしましたよね!

だって・・・

あの独創的なゴスロリ風の女の子を得意とされるBaby pink amy 様が、まさか・・! 「プリキュア」を
描かれるとは!
そして何よりも・・・
Baby pink amy 様にとって「プリキュア」は初描きなのですよ!!

これでこんなにまで可愛くてちょっとゴスロリ風のプリキュアを描いて頂けるなんて
まさに私は「幸せ者」ですよね!
まさに・・天に昇るような気持ちになったものです!

そしてまたまた私にとって大変嬉しかったのが、このブログのやはり大切なブロとも様のお一人で
「五月雨日記」<仮の宿>の管理人でもあられる風月時雨様とも
Baby pink amy 様が色々と交流を既に果たされていた事でしたね!
なんかこうした事を見ていると
「人と人とはどっかで繋がる事もあるもんだ・・」とか
「つい最近まで全然知らなかった者同士でこうした素敵な交流を持ててしまうブログというものには
やはり捨てがたい魅力があるもんだ・・」と
本当にしみじみと感じたものでした・・

風月時雨さんは、プリキュアの中ではスイートプリキュアの「キュアミューズ」がお気に入りのキャラの一人で、
実際、五月雨日記のプロフィール画像もミューズです。
そして不肖・・・この私の総勢44人のプリキュアの中で、一番大好きなプリキュアは
ハピネスチャージプリキュアの「キュアラブリー」です。
ま・・・ちなみにうちのブログのプロフィール画像も当然ラブリーですけどね・・・!! (笑・・)

さてさて・・・そうした中、風月時雨さんのお気に入りのミューズと私の一番のお気に入りのラブリーの
二人のプリキュアをこんなにも可愛く描いて頂けて
まさに本当に感謝感激雨あられ!!という感じです!!

これは私の完璧な脳内妄想なのですけど・・・

このミューズとラブリーの「二人のプリキュア」のとっても素敵なイラストを見てしまうと、

なんか・・・・

風月時雨さんと不肖、この私がまさに「ふたりはプリキュア」しちゃっているような感覚があったりもしますね!
なんかこんな事書いてしまうと風月時雨さんからお叱りを受けそうなのですけど、
ま、ここは・・・私の「脳内妄想」にしばし、お付き合い下さい・・・(笑)

ま・・・もしも本当に、風月時雨さんと「ふたりはプリキュア」できちゃったら・・・・
「その時、私は、命を落としても構わないと思った・・・」
(By 「響け! ユーフォニアム」第8話より・・・)

ちなみにですけど、キュアミューズは、メイジャーランドのプリンセス・・・正真正銘のお姫様で、
プリキュア史上初の「小学生プリキュア」なんですが、
とにかくめちゃくちゃ可愛くて頭脳明晰で聡明な御方なんですけど、
一方キュアラブリーはと言うと・・・・
ま―――、やんちゃで無鉄砲で、目からビームを放つは、ロケットパンチを繰り出したり、
とにかくやりたい放題で、
しかも・・・学校の成績は学年最下位で、感性はまさに「鈍感の極み」で
プリキュア5ののぞみ大先輩クラスの「史上稀にみるポンコツプリキュア」と言われています・・・

ま・・・まさに風月時雨さんとこのポンコツ管理人を象徴する設定ですよね・・・(笑)

Baby pink amy 様! 本当に今回は素敵なイラストをありがとうございました!!

是非これからも宜しくお願いいたします!!

最後に・・・・

Baby pink amy 様のこのふたりのプリキュアの記事をご覧になりたい方は是非こちらから!
→ ぷりきゅあなふたりを描いてみた

そして・・・
Baby pink amy 様が描かれた「魔法少女まどか☆マギカ」のさやかを
ご覧になりたい方は、是非こちらから!!
まどマギをゆけ!そのいち❤

更に・・・・・素敵なオリジナル絵を一枚・・・
→ 絵が描けたよ!はっぴーらっぴー❤

是非是非皆様! Baby pink amy 様のブログへ今すぐGO!!
11.中村学園女子高校


B/喜歌劇「ボッカチオ」序曲(スッペ)


 1988年以降、中村学園から松澤先生が別の学校(福岡第一)に移られて、後任として石坂先生が
 赴任されて以降は、大変申し訳ない言い方になってしまうのですけど、
 何かすっかり中村女子の持ち味が無くなってしまったような感じがありました・・・・
 何かどういう方向性を目指しているのか、
 どういうサウンドづくりを目指しているのかといった基本路線で迷っている感じが感じられ、
 何か全体的に「中途半端」なものを感じてしまいます。
 1989年の「カルメン組曲」も前年の「詩人と農夫」もそうした傾向にあったのですけど、
 「分かり易く明るく楽しいクラシック音楽を聴き易い方向で伝える」というのは何となくは伝わってくるのですけど、
 前任者の松澤先生との違いはどこにあるのか・・・
 どういう点を受け継ぎ、どういう点で自分達の新しい方向を目指していくのかという点が
 今一つ、サウンドとして、音楽として伝わってこなくて
 結果的に大変聴いていて「もどかしさ」を感じたものでした・・・・

 課題曲も自由曲も両曲を通じて言えるのですけど
 サウンドが少し濁り気味・・・・
 そして課題曲は元々が「大変鳴るように作曲されている」という事情もあるのですけど、
 ちょっと後半が音量的に「少し煩いな・・」と感じさせたのは残念な感じもありました。
 中間部なんかもうちょっと「しっとりくる雰囲気」は欲しかったですね。
 全体的には「南国のおっとりとした雰囲気」は部分的に聴かれるのですけど、そうしたおっとりとした雰囲気が
 持続せず、時折「奏者の若さ」が炸裂していたような印象もありました。
 自由曲は大変珍しい曲で吹奏楽コンクールでもそうですけど、プロの管弦楽団の演奏会でも
 滅多に演奏されないどちらかというと「珍曲」だと思われます。
 (ジョン=ウィリアムズ指揮のボストンポップスのCDに過去収録されていたような気がします・・・)
 楽しい雰囲気は伝わってくるけど、何かもっさりしている感じ・・・・
 悪く言うと、サウンドがすっきりせず幾分重たい印象・・・・
 「楽しさ」は伝わってくるものの、なんか「もっさり」という感じもありましたし、
 松澤先生時代の「木管のダーダー吹きみたいなリズムが甘め」の演奏のマイナス部分が
 ここにきて顔を出してきたような感じもあり、
 特に後半からエンディング近くの部分的な音程不良とサウンドの濁りも重なり、
 そうですね・・
 コンクールとしては石坂先生としては「少し不本意な演奏」だったと言えるかもしれないですよね。

 「銅賞だろう・・・」と予想していたら、結果も当然ながら銅賞でした。

 そして中村学園は、2015年現在、この演奏を最後に全国大会からはずっと遠さがっています。
 いつの日にかかつての「名門復活」を期待したいものですね!

 
 さてさて・・・

 これは1991年の私自身感じた事なのですけど、
 全般的に1991年は、90年と92年の充実した演奏の中にあっては全体的に少し低調な大会・・みたいな印象も
 ありました。
 そしてどちらかというとその「低調さ」は午前中の出場チームの中に感じられ、
 この年は、プログラム中盤以降の埼玉栄とか高岡商業とか札幌白石とか浜松商業とか下松等の演奏が
 もしも無かったとしたらなんか「歴史的低調の年」として記憶されていたような感じもあります。

 というか・・・

 それは後日記事にしますけど、それだけ埼玉栄のシュワントナーの「・・・そしてどこにも山の姿はない」の
 歴史的名演が特にこの年は群を抜いていたという事なのかもしれないですよね。
 それとこの年は関西代表のチームが全て銀賞で金を逃すというある意味「珍事」もあったのも
 なんか印象的でした。


先日なのですけど、8月9日の「博麗霊夢の日」という東方記念日として大盛り上がり日も
あったかとは思うのですけど、実は8/9の丁度一か月後の「⑨月⑨日はチルノの日」という
記念日もあったりします!
というか、毎年この「⑨月⑨日は東方ファンの皆様にとっても
「ああ・・・あのおバカさんの日ね・・くすっ・・」みたいな感じになるのかなぁ・・・とも思ったりもしますね。

いいですねぇ――!! 東方にもお空とかミスチーとかサニーミルクとかあんまり頭がよさそうではないキャラも
結構いるのですけど、公式では特に「おバカ認定」はしていないのですよね・・・
だけど唯一チルノだけは公式ではっきりと「バカ」という認定をしてるのが、まさにチルノそのものなのだと思います。
ちなみにですけど、チルノってよく「⑨」という表記をされることが多々あるのですけど、
これは何かと言うと、東方の公式ゲームの一つの「東方花映塚」の公式における仕様説明書の
登場キャラ紹介の中で、公式ではっきりと、⑨チルノ→バカと
書かれてしまっていることが理由です・・・(苦笑・・)

ま・・・チルノ本人にしてみると
「あたいはおバカじゃないもん!!」という感じなのでしようけど、この「あたい」っていう第一人称からして
「おバカ」みたいな香りがプンプン漂うのはいかにもチルノらしいですよね・・・(笑)
チルノ以外でも、小野塚小町・クラウンピース・お燐も「あたい」みたいな言い方をしているのですけど、
それぞれ少なくとも「おバカ」という雰囲気は皆無ですからね・・・(笑)

東方Projectというと・・・ま・・・そりゃ絶対的エースというのか屈指の人気キャラというと
言うまでも無く、霊夢・魔理沙・・・
そしてそれに次ぐのが十六夜咲夜・妖夢・古明地姉妹にスカーレット姉妹・アリスなどだと思うのですけど
チルノだって負けていないと思います。
チルノって東方の中でも最古参に近いキャラでもありますけど、その人気の高さは揺るぎがないものが
あると思います。
二次創作の分野においては、もしかして・・・主人公・霊夢すら超越してしまいそうな人気の高さもありそうですね!!
ま・・・そのほとんどが「⑨」とか「おバカキャラ」という絡みなのですけどね・・・・(笑)

いやいや、いーーんです!!

も―――、チルノは「おバカ」という事でいいのです!!

やっぱりチルノは「おバカ」だからこそのチルノなのですから、
チルノだけは絶対に賢くなってほしくないですし、このまんま未来永劫ずーーーっと「おバカさん」のままで
いて欲しいです!!
だけど、チルノは東方でも屈指の「愛されキャラ」だと思います!!

あんだけ色々な人から「おバカ」だの「⑨」だの言われ続けていても、
こんだけ人気が高いというのもよく分かる気がします。

チルノで有名な台詞と言うと・・・・

やっぱり「あたいったら最強ね!」が印象的ですよね・・・
あれは・・・
「東方花映塚」でのマッチモードにおけるチルノ対チルノの対戦時に、勝利したチルノが言う一言なのですけど、
東方の妖精と言うと「弱い雑魚キャラ」というイメージを完全に払拭したようなセリフですし、
何よりも・・・
あのおバカさんのチルノが発したものだからこそのインパクトがあったのかもしれないですよね。



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最近のうちのブログの東方フィギュア紹介記事において、チルノについては、
キューズQとアクアマリンのそれぞれとっても可愛いチルノのフィギュアをご紹介させて頂きましたが、
グッドスマイルカンパニーの「ねんどろいど版 チルノ」もとっても可愛い仕上がりだと思います!!

しかもご丁寧な事に・・・

このグッドスマイルカンパニーの「東方シリーズ」のねんどろいど第⑨弾としてチョイスされたのが
このチルノなのです!(笑・・・)
いや――、グッドスマイルの社員の皆様は、よく分かっていらっしゃいますよね!!
その「粋さ」がとっても素敵だと思います!!

さてさて、このねんどろいど第⑨弾としてのチルノなのですけど
いかにも「湖の上の氷の妖精」に相応しい雰囲気ですね!
青を基調とした衣装や透き通った氷の羽はもちろん、自信に満ち溢れた笑顔まで、
その再現度は本当に素晴らしいものがあると思います。
きりっとした「怒り顔」や返り討ちにあった時の「泣き顔」の表情ほか、
無駄に偉そうな姿を再現できる腰当て腕パーツに、いたずら好きなチルノに欠かせない「蛙の氷漬け」、
「氷の剣」というアイテムが具備されている点も「芸が細かいなぁ・・」と感心させられるものがあります!

ちなみにですけど、このチルノのフィギュアの概要を改めて下記に記させて頂きますと・・・

商品名 : ねんどろいど チルノ

メーカー: グッドスマイルカンパニー

カテゴリー : ねんどろいど

価格 : 2,857円 +税

発売時期 : 2011年8月

仕様 : ABS&PVC 塗装済み可動フィギュア・ノンスケール・専用台座付属

全高:約10cm

現在はもちろん販売されていませんので、これは商品としては入手が困難なのかもしれないですよね・・・




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この使用品には、オプションでイタズラで凍らせた氷漬けのカエルが付属していますけど、
両腕を差し替えて再現する事が出来ます。

チルノの「おバカエピソード」って・・・ま――、そりゃ一杯ありますけど、
代表的なものが「カエルの凍らせ遊び」なのかな・・・?
蛙を瞬間で凍らせては水につけ生き返らせて遊んでいて、3回に1回は失敗して蛙は砕け散るという感じ
なのですけど、
あ・・・そうそう、チルノの特性というものは、「冷気を操る能力」と言う事で、小さいものなら瞬間で凍り付けさせる事は
可能です。
そんな訳でチルノの周辺はいつも寒いという事なのですけど、
例えば「東方三月精」を見た限りでも、チルノの周辺にいてもサニーミルクたちは別に寒がる様子も無いて゜すし、
霊夢や魔理沙なんかも別に寒がっている描写は無かったような気もします。
ま、あの能力は、チルノが「寒くなれ!」と念じた時に発するという事にしておきましょう・・・(笑)
だけどね・・・チルノ・・あのね・・・・
そうやってカエルをいじめちゃっていると・・・・
カエルと蛇が一種の土着神みたいな感じで、カエルが大のお気に入りの神様・諏訪子より
いずれお仕置きを食らっちゃうかも・・・?
また・・・諏訪子が祀られている守矢神社の巫女さんで、諏訪子の遠い子孫とも言われている早苗さんより
「カエルをいじめちゃうなんてひどーーい!!」とやはり・・・妖怪ではなくて妖精退治の対象になってしまうのかも・・・?




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背中には氷の羽。

細やかな造形に加え薄くクリアブルーのグラデーションが

かかっていて非常にきれいです。



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自信満々のニヤリ顔と泣き顔のギャップが素敵ですよねぇーー!!

ニヤリ顔はやはりあの「あたいったら最強ね!」を彷彿とさせてくれますし、
泣き顔は、フランちゃんや魔理沙から「あ、バカ発見!」とか言われて追っかけ回されている時とか
二次創作ですけど「パカルテット」の一員として慧音先生の寺子屋に通い、テストで10回連続
100点満点で⑨点を取り続け、慧音先生からお小言&頭突きというお仕置きを食らっている際の表情を
なんだか連想させたくもなってしまいます・・・(笑)


氷の剣、アイシクルソードが付属していますけど、剣というほどしっかりしたものではなくて、
ツララなみたいなイメージが似合いそうですね!
東方で刀というとやっぱり・・・「妖夢」が一番しっくりきます!!



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そうそう・・・チルノというと、
原型師「宮川武」の個人ブランド「T`s system」から発売されたチルノもあるようなのですけど、
これに関しては、個人ブランドという琴で情報が少なく、
あまりここで書くような内容ではないのですけど、
なんとなくですけど、「少し成長し大人になったチルノ・・」みたいな雰囲気もあり、これはこれで悪くは
ないと思います!!



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さてさて、ここからは恒例のアミグリさんのイラストのご紹介コーナーなのですけど、
既にうちのプログにおいて今年の4月に一度転載をさせて頂いているのですけど、
アミグリさんのご了解の下、再度上記のとってもとっても可愛い「チルノ」を再転載させて頂きたいと
思います。
上記のチルノは、とにかく当ブログがいつも大変お世話になっている「dream fantasy」の管理人のアミグリさんが
2014年7月に描かれたものです。

このチルノ、本当にめちゃくちゃ可愛いですね!!

まさに「氷の妖精」という雰囲気に包まれていて、少なくてもこの素敵なイラストからは
おバカとか⑨という言葉は無用!!という感じになりそうですね!! (笑・・)

チルノのひそやかさ・大人っぽい感じがとても素敵に表現されていると思います。

前述のフィギュアで言うと、ねんどろいとではなくてT`s systemの方に近いのかな・・とも思える
何となくですけど「少女の恥じらい」みたいなものも感じさせる
少しだけ背伸びをしたとても素敵なチルノだと思います!!

アミグリさん、いつも本当にありがとうございます!!

そうそう、確認ですけど、当ブログでのアミグリさんのイラスト使用は、あくまでアミグリさんのご厚意によるものですので、
無断でのコピーやお持ち帰りはご遠慮下さいね・・・

チルノというと・・・「氷の妖精」という事でやはり「青」がとってもよく似合うと思います。

そしてもう一枚・・・


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もーーー、このチルノはいかにもチルノらしい一枚だと思います!! これはアミグリさんが2012年9月に描かれたものです、

「あたいったら最強ね!」という少し強がりな部分とチルノらしい可愛らしさが本当に巧みに
融合されていると思います!
私・・・このチルノも大好きなんですよ!!

本当にチルノは「愛されキャラ」の可愛い妖精だと思います!


最後に・・・・

アミグリさんが⑨月⑨日に描かれたチルノの中で印象的なのは・・・

⑨月⑨日

このチルノもとっても可愛いですね!


アミグリさん!! これからも素敵なチルノを描き続けて下さいね!!
最近の吹奏楽コンクールとか演奏会では、ロバート・ジェイガーの曲を聴くことはむしろ珍しい部類に
入ってきたような気さえします。
私が中学から高校時代の1970年代後半から80年代前半は、
ジェイガーは、リードと並んで吹奏楽界の二大巨匠という風格さえあった事を考えると
まさに「諸行無常の世界」ですよね・・・
逆に言うと、今現在大流行している「邦人吹奏楽オリジナル曲」が20~30年後に引き続き演奏されているかと言うと、
その答えは誰にも分からないというのと同じ事だと思います。
つまり・・・歌謡曲でも吹奏楽コンクールでも「流行」というものに「無限」という言葉はあんまり相応しくないのかも
しれないですよね。
先ほど、二大巨匠なんて言葉を使ってしまいましたけど、1980年代初めの「吹奏楽オリジナル作曲家三羽烏」というと、
リード・ジェイガー・マクベスというのが一つの正解でもありましたので、
昨今の邦人作品・スパークの「宇宙の音楽」、バーンズの交響曲第3番、クロード・スミスの一連の作品群といった
今現在の吹奏楽オリジナル作品の流行の視点から見てみると、
まさに「隔世」の感はありますね・・・

だけど・・・そうした中でも、温故知新・・・古きを訪ねて新しきを知るじゃないけど、
1970年代~80年代に流行し、今ではすっかり「忘却の彼方」の作品の中にも、本当に素晴らしい価値のある作品だって
一杯ある訳ですから、
たまには、そうしたかつて流行した吹奏楽オリジナル作品でも耳にされて、
今現在の指導とか解釈とか、何か「新しい発見」だってもしかしたらあるかもしれないですから、
そうした古い作品も、たまには聴いて貰ったり、演奏して頂けると
私のようなオールド吹奏楽ファンからすると、とっても嬉しいものがあったりもします。

ロバート・ジェイガーもそういう作曲家の一人・・・、つまり、絶対に忘れてはいけない作曲家の一人だと
思います!

ジェイガーと言うと、「ヒロイック・サガ」が1991年の全国大会で演奏されて以降、
実に20年近くもこのジェイガーの作品は全国大会で演奏されていませんでしたけど、、
2011年に高知大学が「シンフォニア・ノビリッシマ」を演奏していたのは、なんか・・・一部のファンの皆様にとっては
「久しぶりのビッグニュース」という事になるのかもしれないですよね・・(笑)
このシンフォニア・ノビリッシマが全国大会で演奏されるのは、
1977年の天理中以来でしたから、実に34年振りということになります!!

そうですね・・・ジェイガーの曲の中で好きなものをあげろと言われると、

〇吹奏楽のための交響曲

〇第二組曲

〇第三組曲

〇ダイヤモンドヴァリエーション

をあげたいのですが、やはりジェイガーの代表作は誰が何と言っても「シンフォニア・ノビリッシマ」なのでしょうね。

この曲は、ジェイガー夫妻の結婚を祝した曲で、いわば婚約時代から新婚にかけての
初々しいイメージを表現したものなのですが、
曲を聴くとすぐ分る通り、「まさにその通り!!」という非常に初々しくハッピーで気品のある曲だと
思います。
昔、富山商業がこの曲を全国大会で演奏した時、タイトルはなぜか
「吹奏楽のための高貴なる楽章」というものでしたが、翌年以降は、「シンフォニア・ノビリッシマ」と
表記されるようになります。
ちなみに、ジェイガーの名前も、1970年代初め頃までは
「ジャガー」と表記されていたこともあります。

昔の「バンドジャーナル」のバックナンバーを見てみると、
ジェイガーへの単独インタビュー記事も特集として組まれていたこともありました。
その記事の中で、
「よく日本の吹奏楽コンクールで、イェーガーとかジャガーとかジェイガーとか色々な表記が
されているけど、本当に正しいのはどれ?」みたいな質問をご本人にしているのは、中々楽しいものがありましたね・・(笑)
記事では、恩師の教授も「ジャガー」と呼んでいたので、ジェイガー本人も一時期本気で改名を検討されていたというのも
何か興味深いものがあります。

さてさて・・・この「シンフォニア・ノビリッシマ」なのですけど、本当に美しくて高貴な曲だと思います。
特に中間部の、なんだろう・・・なんか「日本の演歌」っぽいノリのあのたっぷりとしたお涙頂戴的な
歌い廻しは、まさに・・・
あれは・・・都はるみの「あんこ椿は恋の花」のこぶしの世界そのものだと思います・・・(笑)
そうなんですよね・・・・
私達日本人って・・・吹奏楽オリジナル作品で言うと、ミッチェルの「海の歌」と「大草原の歌」とか
バーンズの「アパラチアン序曲」とかスパークの「ドラゴンの年」~Ⅱ.間奏曲みたいな
中間部でググッ・・ときそうな感情たっぷりの詠い廻しに弱いのかもしれませんよね・・・(笑)
だけど、ああいうある意味安直というのかあまりにも分かり易くて親しみやすいメロディーラインの曲自体が
最近では意外と聴けそうで聴けないだけに、
やはりこの曲の有する意味と価値は高いものがあるのだと思います。

吹奏楽コンクールにおける「シンフォニア・ノビリッシマ」の名演というと、正直思いつきません。
嘉穂高校・阪急・三木中・天理中など確かに色々なチームが取り上げているのですけど、
意外と納得できる演奏にお目にかかれていません。
「これぞ名演!!」という決め手にどれも欠くみたいな印象です。
強いて言うと、1974年の瑞穂青少年吹奏楽団が一つの「お手本」なのかな・・・
でもこの演奏、荒っぽいの限度を通り越して「粗雑」と言えるのかもしれません・・・
だけど、不思議と気持ちは伝わってくる演奏です。
この年の課題曲B「高度な技術への指標」が抜群に良かっただけに、自由曲のこちらは
少しというか相当不満が残ります・・・
中間部のうっとりとさせられるオーボエのソロの部分をトランペットが代役し、
しかも突然オクターブを下げている箇所が出てきて相当違和感は感じます。
また、この年の瑞穂のオーボエは、相当ひどい出来でして、あの音程不良ぶりとか、
はちゃめちゃなテクニックなんかは、「あれ・・・もしかしてウケを狙ってわざとやっているのか・・・」と
思わせるぐらい、相当ひどい演奏なのですけど、同時に思わず「くすっ・・」となってしまうほどの
なんかほのぼのとした笑ってしまう感はあったりもします・・・・

実は、瑞穂青少年は、この2年前の都大会でもこの「シンフォニア・ノビリッシマ」を演奏しています。
そしてこの時は、74年と全く異なり、かなり洗練された演奏を展開し、
少なくとも74年のような荒っぽさはそれ程感じません。
一体この落差は何なのでしょうか・・・
面白い事に、1972年は、瑞穂は間違いなく都大会に出場し、
課題曲に「シンフォニックファンファーレ」を、自由曲にこの「シンフォニア・ノビリッシマ」を間違いなく
演奏しているのですけど
(トラヤで収録されていたこの年の都大会のカスタムテープは私自身も間違いなく聴いた事があります!)
なぜか・・・都大会の記録とか吹奏楽コンクールデータベースから削除されています・・・
あれ、なんでなんだろう・・・?

さてさて・・・・ジェイガーと言うと、私的には、吹奏楽のための交響曲とか第三組曲も大好きなのですけど、
出来れば、どこかうまいチームが「ダイヤモンドヴァリエーション」を演奏してくらないものかなと思っています。
ああいう渋くて、いかにも「通好みの曲」を大人の魅力で音楽的に聴いてみたい気もしますね。
なんか「前半戦」の総集編みたいな印象でした・・・(笑)

これはあくまでも私の予想なのですけど、来週の番外編的ギャグ回を経て、ことはちゃんの転校生活を描いた後の
9月以降に、3人の「新たな試練」みたいなものが色々と起りそうな気がしてきますし、
その頃にラプーが言う所の「あの御方」の正体みたいなものもうっすらと判明していくのかも
しれないですよね。

あと少しの間は、みらいたちも魔法界での「夏休み」を目一杯楽しんで欲しいものですよね!

それと・・・

今回のプリキュアは、これは関東方面の方には関係が無い話ですけど、関西在住の方には
ある意味毎年深刻な(?)問題・・・・(笑)
そう! 関西方面の今回のプリキュアは、高校野球絡みでお休みで、確か・・・平日放送に振替を
されるのですよね・・・
そのせいか定かではありませんが、毎年この時期のプリキュアは、関西が一回お休みの時には
「物語の根幹にかかわるお話を関西以外にだけ進展させるのは・・・さすがにあかん・・」という事で
大抵の場合、ストーリーの根幹に影響しないような番外編みたいな形の「ギャグ回」みたいなものを放映するのですよね。
だけど、これは関西在住の皆様にも配慮したという事で、これは全然OKな話であり、
むしろ「大歓迎!」という感じですよね!

次回は、なぜか知りませんけど、またまたモフルンが主役の「シンデレラ」なのかな・・・?
これはもしかして映画の「伏線」でもあるのかな・・・?
校長先生も多分ですけど「王子役」として登場されるのかもしれませんけど、
なぜか・・・既に浄化され元の姿に戻ったはずのバッディさんたち三幹部も意地悪な義姉・継母という設定で
再登場を果たすようですね!
まさか・・・そのまんま、本編でも復活を果たすという事にはならないのかな・・??
先日のうちのブログの記事で「プリキュアショーでのもガメッツが限定復活」と記したのですけど、
まさかアニメ本編でもあの三幹部が「復活」するとは予想もしていなかったので、これはまさに「嬉しい誤算」
かもしれないですよね。

次回のお話は「シンデレラ」を題材にするようですけど、
それにしても歴代プリキュアは、「シンデレラ」と「ロメオとジュリエット」が好きですよね・・・(笑)
「ロメオとジュリエット」は初代【無印】のなぎさが演じ、姫プリでははるかが演じていました。
「シンデレラ」は、プリキュア5でのぞみが演じ、スマイルではみゆきが演じていました。
そしてスマイルにおいては、映画の中でも登場していましたね!
スマイルでの悪い義姉たちは三幹部が演じていましたけど、プリキュア5ではなぜか・・・こまちとかれんさんが
演じていたのがなんか面白かったです・・・(笑)

さてさて・・・どんな「シンデレラ」になるのか今から楽しみですね・・・!

さてさて・・・今回の第28話ですけど、とにかくメンバー全員の「成長」が目に見える形ではっきりと明確に提示されていて
特にあの魔法学校の「補習メンバー」の大きな成長には惚れ惚れとさせられるものがありました。
初登場の頃の「え・・・なにこのポンコツメンバーは・・・・お前ら、全員落第してしまえ―」みたいな印象すらあったのに、
今はまるで違いますね・・・
なんか初登場の頃とは別人みたいです。
だけど、そうした「成長」を心から喜びたい気持ちで一杯ですね!
何よりも・・・・あの「あたいっ子」のチルノじゃない・・・ジュンが、図書館で日々勉強しているとか
どの本がどの場所にあるのか大体わかるだなんて・・・・
全く初登場の時と比べるとまさに・・・「ぶっちゃけ、ありえなーーい!」という感じなのかもしれないですよね・・(笑)
忘れ物女王のケイが忘れ物をしないための工夫を自分なりに編み出していたり、
初期の頃はホウキにすら乗れなかったエミリが今では普通に魔法の絨毯で空を平気で
飛んでいましたからね!

なんかみんないつの間にか成長していたなぁーーみたいな印象ですね!

おっと・・・

補習組ばかりじゃないですよ!

もちろん、主役組のみらい・リコちゃん・ことはの「成長」も丁寧に描かれていたと思います。

ま・・・リボンの件で相変わらず負け惜しみを言うリコちゃんは「相変わらずだなぁ・・」と思うのですけど、
そうですね・・・
リコちゃんのああいう所は、最終回でも絶対に失って欲しくないなぁ・・とも思っています!

みらいは相変わらずですね!
プリキュア5ののぞみ大先輩じゃないけど、とにかく何かあれば考えるよりもまず先に行動し
体が勝手に動いちゃう感じなのですけど、
とにかくみらいのこういう「積極的前向きさ」は忘れずにキープしてものですね!

ことはちゃんは・・・そうですね・・ まだ「これから・・」という感じなのでしょうけど、
ナシマホウ界に転校するまでの間に
「人前で普通に魔法を使う」というヘンな癖をまずは修正する必要があるのかな・・・(笑)

そして何よりも今回は・・・
みらいの「信じているから・・・リコもきっと私と同じ事を思っているって・・・!」という言葉に尽きると
思います!
この言葉には・・・既に揺るぎがないものになっている「二人の信頼感」が詰まっていると思いますし、
実際に今回の話の中でも、サファイアとしての戦いの最中にラプーによってミラクルとマジカルの二人の手を
拘束する手枷がはめられていましたけど、
そんなもん・・・最早「夫婦同前」の二人には、何の意味も無いアイテムでしたよね!

まさに今回のお話は、補習組を含めてプリキュアサイドのいいところばっかり目立っていたような
感じすらありました!
こういう「分かりやすさ」って実にいいもんですよね!!







美味しそうに食べるはーちゃんがとっても可愛いです!

うーーん、この子はもしかして・・・なおちゃん・なぎさ・響・ゆうゆうあたりの腹ペコ大食いキャラに
弟子入りした方がいいかもしれないですよね・・・(笑)



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リコちゃんのリボンもとってもよく似合っていましたよね!!


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ミラクルの「顔面キャッチ」はまさに・・・伝統的ピンクプリキュアの「お家芸」ですよね!!

個人的な話なのですけど、ピンク系の「顔面キャッチ」で一番印象的なのは、
つぼみが第一話でシフレとコフレとの初めての出会いの際のあの顔面キャッチなのでした! (笑・・)
あの時のヘロヘロ状態になっているつぼみがとっても可愛かったですし、
唐突に妖精二人がつぼみの服の下に潜り込み、つぼみがいつの間にか巨乳化していたのが大変
面白かったです!

お互いを信じきっている二人には「手枷」なんて何の意味も無い・・・

なぜなら二人は「夫婦」なのだから・・・という感じの今回のサファイアモードでの戦いでした!!
アメリカの20世紀の作曲家の「ウィリアム=シューマン」を知っている人って
それ程いないのかもしれませんよね。
シューマンと言うと、どうしてもあの楽聖 ロベルト=シューマンを連想される方が多いと思いますけど
ロベルトとウィリアムでは時代も国も全然違います。
ちなみに・・・・
ロベルト=シューマンの場合の最後のnは二文字、ウィリアム=シューマンの場合のnは一文字という
違いもあったりします・・・
吹奏楽経験者の皆様でしたら、中には、チェスター序曲とかジョージワシントンブリッジ・サーカス序曲などで
名前程度なら聞いたことがあるのかな・・・・という人は多少はいるのかな・・・?とも思います。
大変古い話ですけど、吹奏楽コンクールがまだ「順位制」であった頃、天理高校も自由曲にこのシューマンの
組曲「ニュース映画」を取り上げています。
この「ニュース映画」という曲もバカバカしいほど(?)わかり易い内容で、
まさに・・・「商業主義国家アメリカ」とか「胡散臭いインチキ国家アメリカ」みたいな安っぽい香りが
ぷんぷんと漂い、これはこれで大変な音楽的価値がある「裏の名曲」ではないのか・・と私なんかは
思っています。
この「ニュース映画」ですけど、1988年にミヨーの「フランス組曲」というあまりにも渋い曲で全国大会出場を
果たした鹿児島県の谷山中学校が翌年の89年に選んだのがこの「ニュース映画」で、
「お・・、久しぶりにシューマンの曲が普門館で聴けるのかも・・」と思ったのですけど、残念ながら
九州大会で散ってしまい、その夢は叶いませんでした・・・

というか、最近の吹奏楽コンクールにおいては、ウィリアム・シューマン自体、正直、
とんと聞かない名前になってしまいましたね・・・
実際、県大会の小編成部門でもウィリアム=シューマンの曲自体ほとんどというか全く演奏されていないようで、
吹奏楽コンクールにおいてはもすっかりと「忘れられた作曲家」の一人になったと言えるのかも
しれないです・・・・(泣・・)

ウィリアム=シューマンなのですけど、
なんと、あの「ショスタコーヴィイッチの証言」の中にもその名が登場します。
最初にあのくだりを読んだ時は・・・正直ぶったまげました・・・・
ま、あの証言という本も・・・・すさまじく長いのてすよね・・・・
私・・・いまだにあの本を完読出来ていません・・・・(苦笑・・)
大変興味深い部分とどうでもいい部分が混在し、全体としては大変散漫な印象です。
この本の中で、ではどういう箇所でシューマンの名前が出てきたかと言うと、これが結構とんでもない話であり、
ソ連の作曲家の一人が・・・なんと!!
「どうせウィリアム=シューマンなんてアメリカの作曲家はソ連内では誰も知らないし、こいつの曲を自分がソ連内で
自分が作った曲として発表してもどうせバレないだろう・・・・」
というかなりあきれた内容だったと記憶しています。

ウィリアム=シューマンは、交響曲だけでも10曲も残した、ある意味シンフォニストです。
(第一番と第一交響曲を改作した第二番は、後に撤回・破棄されましたので実質的に残した交響曲は計8つです。)
個人的には、二楽章構成ながらも実に分り易い作風でクライマックスまで
エキサィティングに展開する交響曲第三番と
(この3番は、亡くなる数年前のバーンスタインのライブ録音が発売されています・・)
最後の交響曲の第10番「アメリカのミューズ」が非常に気に入っています。

ウィリアム=シューマンの作品を聴いてみると、
本当にこの人は、「母国のアメリカを愛していたんだなぁ・・・」と感じずにはいられません。
交響曲第10番「アメリカのミューズ」
ニューイングランド三部作(第一曲は、「輝かしきアメリカ」)
アメリカ祝典序曲
アメリカの主題による変奏曲(原曲はアイヴズのオルガン曲・・・・だけどシューマンのアレンジ版の方が有名・・)
などに代表されるように、アメリカと名が付いた作品だけでもこれだけあります。
ウィリアム=シューマンの曲は、部分的には難解なんですけど、暗いとか陰鬱という作風の曲は
ほぼ皆無だと思います。
そして大抵、エンディング近くは、トランペットによる超高音域によるけたたましい響きと共に
怒涛のように一気にあおって終わらせるという感じの曲が
多いのが特徴なのかもしれません。
そして全体的に胡散臭いというのかなんかインチキ臭い感じがいかにも「アメリカ!!」という感じが漂っていて、
私はそうした胡散臭い安っぽい感じがとっても大好きです!
そうてすね・・・方向性としては、コープランドの路線に近いものがありそうですね。

「自分はいつの日にか成功する!と信じ続けていれば、いつかその夢は必ず叶う!」みたいな胡散臭いアメリカらしさが
クラシック音楽の中にも十分発揮している曲と言えるのかもしれません。

さてさて・・・ウィリアム=シューマンは、何曲か吹奏楽作品も残しています。
純粋な意味でシューマンの吹奏楽オリジナル作品というと「ジョージ・ワシントン・ブリッジ」が一番馴染みがあるのかなとも
思うのですけど、
自分が作曲した管弦楽曲を自ら吹奏楽作品としてアレンジした作品も幾つかあり、
この中で最も馴染みが深く、日本の吹奏楽コンクールでも人気&演奏実績がある曲というのが、

「ニューイングランド三部作」という曲なのだと思います。

この曲は下記の三曲で構成されています。

Ⅰ.輝きあれ! アメリカ

Ⅱ.イエス、涙を流す時

Ⅲ.チェスター

Ⅰは、出だしの弱奏のティンパニーソロが格好いいです! 金管セクションの輝きが素晴らしいです。
Ⅱのやはり冒頭のテナードラムが実に渋いです・・・
Ⅲは、冒頭の木管で展開されるコラールがとっても美しくて清楚なものを感じさせてくれます。木管の後に続けて
展開される金管のコラールもなんかとっても厳粛で神聖な雰囲気に満ち溢れていると思います。
管弦楽版では、Ⅲのチェスターは3分程度の曲なのですけど
作曲者による吹奏楽版では、なぜか倍以上の7分程度の長さにまで拡大されています。
そして、このⅢの部分を独立させて
「チェスター序曲」として演奏される事もあり、実際に吹奏楽コンクール全国大会においては、
1979年の出雲吹奏楽団とか1984年の松下電工がこの曲を自由曲として演奏をしています。
出雲吹奏楽団は、こうしたシンプルな曲であっても大変丁寧な演奏をされていて、全国大会で見事に金賞を
受賞しているのですけど、
そうですね・・・この時代は、こうした技術的な難易度が低い曲でも全国大会に出場できるような時代で
あったんだなぁ・・となんか今現在の視点からあの演奏を聴くと、
そのように感じる事もあったりもします。
やはり、時代と言うものは、確実に「変化」を続けているものなんですね!

ちなみにですけど、この「ニューイングランド三部作」の管弦楽の原曲は、
アンドレ・コステラネッツによる委嘱を受け、1956年に作曲され、初演ではないものの、
同年の11月3日には、なんとあの泣く子も黙る名門オーケストラのニューヨーク・フィルハーモニックでも
演奏されていたのでした!!
コステラネッツの要望は、「アメリカ風の背景による、標題的な性格を持つ」「明るく、聴衆にすばやくアピールする」
というものでしたけど、この二点に関しては、ほぼ満点に近い感じで曲を仕上げているようにも
感じられます。
そうそう・・第3曲の「チェスター」のあのコラールは、実はシューマン自身の作曲ではなくて、
ビリングスという方の聖歌を題材にしたものです。
一つの「引用」と言えるのかもしれないですね。

前述の通り、第3曲の「チェスター」は、原曲の管弦楽版は3分程度の大変短い曲で
冒頭のコラールも短めで、その後の展開部も、大変さくさくと進展していくみたいな印象もあるのですけど、
シューマン自身が編曲した吹奏楽アレンジ版においては、
なぜかシューマンは、原曲には無い個所を相当追加し、メロディーラインにも変化を加え、
結果的に6分半~7分程度の原曲のほぼ倍近い長さで再構成をしているのですけど、
そうですね・・・・
これは多分ですけど、誰が聴いても吹奏楽版の方が説得力があると思います。
もしかして、シューマン自身も原曲のチェスターにおけるさくさく進行しすぎたあっけない展開が納得いっていなかったのかも
しれないです。
自分が納得いくように曲を再構成・加筆していったら、いつの間にか自分の元の原曲すらもかるーーく凌駕してしまったと
いえるのかもしれないですよね。

この「チェスター序曲」ですけど、技術的には大変平易に書かれているのですけど、前半のコラールを含めて
とにかくわかり易く書かれていて、
確かに安っぽい感じはあるのですけど、
全体的には人の心にすーーーっと入り込むような「安心感」も漂う曲でもありますので、
コンクール自由曲というよりは、普段の「練習曲」の一つとしてこの曲を題材にされるのも決して時代遅れではないと
思いますし、
こうした名曲は、やはり誰かには聴いてもらいたいですし、
曲自体「吹奏楽オリジナル作品の名曲」の一つとして永遠に受け継がれていってほしいものですね。
「艦これ」は、私自身もゲームとして遊ぶことはよくあるのですけど、
それについてはこのブログではほとんど書いた事がないと思います。
だって・・・そりゃそうですよ・・・
私なんてまさに典型的な「ダメ提督」でありまして、毎回結構な確率で「戦術的敗北」というメッセージが
出てきてしまい、ゲームオーバーというパターンばかりです・・・(苦笑・・)

だけど「艦これ」自体は大好きですよ! ま、艦これというゲームそのものよりも
ゲーム内に登場する「艦これ娘」というキャラの方にばかり魅かれてしまうという感じですね。

艦これは、とにかく魅力的で可愛いキャラの娘がそれこそてんこ盛り状態なのですけど、
私のその中でも特にお気に入りキャラは、吹雪・金剛・時雨・夕張・明石・川内などです!
その中でも本命は、明石・金剛・川内、そしてそして大本命というか
艦これで私が一番大好きなキャラは「吹雪」です!!

以前から「吹雪のフィギュア欲しいなぁ・・、だけど東方と艦これのフィギュアって中々中古おもちゃ店に
置いていないし何よりも価格が高いんだよなぁ・・」と思っていましたし、
吹雪は以前から何度か見かけることはあったものの、
UFOキャッチャー等のアミューズメント景品であるにも関わらず価格が1600~1800円と結構な価格がするため
見送ってきていました。
以前も書いたと思いますが、こうしたフィギュアの世界ですと、「箱無し」という状態は「訳あり商品」という扱いを
されるようで、そうした場合価格も随分と安くなる傾向にあります。
先日なのですけど、とある中古おもちゃ店にて、この「吹雪」が箱無し状態という事で
価格がなんと・・・! 399円で売りに出されていて、見た感じ状態も悪くなかったので、
ついつい買ってしまいました!
あ――、だけどよかったです!
艦これ娘は、今までに伊勢と明石を持っていましたけど、ようやく大本命の「吹雪」を格安で
手に入れることが出来ました!!








この吹雪のフィギュアの概要を下記に記させて頂きますと・・・

メーカー:セガ
商品名:「艦隊これくしょん SPMフィギュア 吹雪」
発売日:2015年10月28日
箱:縦25cm 横14cm 奥行き12.5cm
全長(台座+本体):23.5cm
重量(台座+本体):193g

ちなみにですけど、このフィギュアの吹雪はアニメヴァージョンとなっています。

今回は箱無しですけど、元々の「箱」のデザインの吹雪は、とっても可愛らしく笑っている表情がとっても
印象的なのですけど、
このSPM版の吹雪には「笑顔」は全く無いのが大変印象的です!

正義感に満ちた表情で「みんなは私が守るんだから!」みたいな「キリッ!」とした強気な表情をしているのは、
実はアニメ版でもほとんどなかったようにも記憶しています。



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黒髪のセミショートにセーラー服という素朴な出で立ちがとっても印象的です!!

艦これ娘の中には、とてつもなく絢爛豪華な方もいらっしゃいますし、とてつもない重厚的な装備をお持ちの方も
かなりいるのですけど、吹雪のこのシンプルさは逆に新鮮に感じたりもします。
吹雪というと、生真面目さ・初々しさ・可愛らしさ・ひたむきさという言葉がとってもお似合いのキャラだと思います。

改めてですけど、艦これ娘の吹雪の簡単な概要を記させて頂きますと・・・

吹雪とは、「艦隊これくしょん」に登場する吹雪型駆逐艦1番艦の艦娘の一人です。
「艦これ」というゲームを新規開始するにあたって最初に選ぶことのできる艦娘の内の一人でもあります。
ちなみにですけど、私自身が「艦これ」を始めた際に一番最初にチョイスしたのが、この吹雪でもありましたので、
その辺りが私自身も吹雪への思い入れが強い理由の一つになっているのかなとも
感じたりもします。
公式ページのイラスト中央に配置されたり、公式4コマ「吹雪、がんばります!」やアニメでは主役を務めるなど、
『艦これ』における看板娘のような扱いを受けていると言っても決して差し支えは
無いと思います。

ま・・・あの「健気さ」とか「成長の過程」というのは、やっぱり主人公に相応しいですよね!!



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いや―――、やっぱりセーラー服にへそだしというのはある意味「王道」ですよね!!

本当にめちゃくちゃ素敵です!!

金剛や明石みたいな「お姉様、すてきぃーー!!」という感じではないのですけど
どちらかというと「頑張っている妹を応援したい!」みたいな感じだと思います。

だけど、このおへそっ! とっても可愛いですね!
厳しい表情に対して可愛いおへそというギャップに萌えたりもします・・・・(笑)

力強く握りしめた拳も素敵ですね!

また目立たないのですけど、後ろ髪を束ねるピンクのヘアゴムもとっても可愛いです!



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さてさて・・ここからは既に恒例になっているのかもしれないのですけど、当ブログが本当にいつも大変お世話になっている
アミグリ様の素敵なイラストのご紹介です!!

上記のとっても可愛いイラストは、
当ブログのとっても大切なブロとも様のお一人で、本当にいつも大変お世話になっている
「dream fantasy」の管理人様のアミグリさんが2015年8月に描かれた艦これ娘の「吹雪」です!

ちなみにですけど、アミグリさんが艦これを始められたのが2014年8月で
最初にチョイスした艦娘は、実は吹雪との事です!
いや――、なんかこういう偶然は嬉しいですね・・と言いたい所ですけど、
実際は、アミグリさんよりもかなり遅れて艦これをスタートして、吹雪の選択は
アミグリさんのモノマネをした・・・というのが正解なのかも・・・という感じですね・・・(笑)
ま・・・私のダメ提督ぶりは昔も今も相変わらず・・という感じですね・・・・

それと・・・・アミグリさんが最初に建造した艦娘は、「多摩ちゃん」でした!!

それにしてもアミグリさんが描かれる「吹雪」はとっても可愛くて、まるで「妹」みたいな雰囲気そのものですね!
健気で素直な感じがこの一枚に遺憾なく発揮されている感じがします!
「私・・・これからも頑張る!!」みたいなオーラがとってもよく出ていると思いますね!

まさに「青春そのもの」みたいなとっても爽やかなイラストで、背景のキラキラした雰囲気との相性も
最高だと思います。

アミグリさん、いつも本当にありがとうございます!!

アミグリさんというと「東方」というイメージがあるのかもしれないですけど、
この艦これにも素敵な過去の作品は多いですよ!

2015年4月に描かれた「春雨ちゃん」もとっても可愛いです! → アミグリさん/春雨ちゃん

そして・・・2015年7月に描かれた「瑞鳳ちゃん」も素敵です!
瑞鳳のこのポニーテールと鉢巻は私も大好きです!
そして瑞鳳というとやはりなんといっても・・
「お昼です!提督、お弁当広げましょ♪私の作った玉子焼き、食べるぅ?」 だと思いますけど、
それをイメージさせるアミグリさんの瑞鳳は素晴らしいです!
この瑞鳳をご覧になりたい方はこちらから!! → 「私のつくった玉子焼き、食べるぅ?」

そして・・昨年11月に描かれた「多摩ちゃん」の温かい雰囲気は、まるで子猫ちゃんみたいな可愛らしさです!

アミグリさん/多摩ちゃん

是非是非このリンクからでも、アミグリさんの素晴らしき艦これの世界も楽しんで頂ければ幸いです!!
7.市立柏高校


A/バレエ音楽「ガイーヌ」より(A.ハチャトゥーリアン)


この年、1991年の全国大会・高校の部は、課題曲が正直今一つ自分の好みで無い事ととか
結構久し振りな事でしたけど、自分が実際に普門館で聴いた生演奏による自分自身による採点と
実際の審査結果に結構違いが出てしまったとか
レヴェルが凄まじいほど高い関東に対して、この年だけはなぜか例年のようなあの素晴らしいレヴェルの高さを
誇っていた関西代表のチームが例年のような高水準の演奏をそんなには聴かせてくれず
どちらかというと意外にも凡演で終わってしまっていた事とか
ま・・これは後で述べますけど、高岡商業がほぼ完璧の素晴らしい演奏を聴かせてくれていたのに
なぜかあの演奏が銀賞に留まってしまっていた事とか
とにかく・・・まさに「歴史的名演」といっても過言ではない埼玉栄のあのお見事すぎるシュワントナーとか
結構いろんな意味で印象&記憶には残る大会であったような気もします。

上記で述べた通り、とにかくこの年の関東代表の4チームによる演奏はどこも本当に素晴らしかったです!

逆に関西代表の3チームは、「あれれ・・一体どうしちゃったの・・・?」みたいな演奏でしたので
正直とてつもなく意外に感じたものでした。
というかこの年の関西代表は、天理と松井先生指揮での兵庫高校が関西大会で残念ながら消えてしまっていたので
プログラムに両校の名前が無い時点で、
なんか少しガッカリしていた・・・みたいな記憶がありますね・・・・
ちなみに兵庫高校は、吉永先生時代も素晴らしかったですけど、松井先生指揮がバトンタッチされて以降も
あのとてつもなく濃厚で個性とアクが強い演奏はご健在で、
松井先生指揮での兵庫高校の演奏は、関西代表チームにおいては洛南と同じくらい毎年毎年大注目のチームでした!
淀川工業は、休み明け&プログラム1番が祟って本来の調子が発揮されないまま終わってしまった様な感じがあり、
明石南は・・・うーーん・・・ごめんなさい・・関西代表にしてはちょっとインパクト&印象が希薄でしたし、
この年の洛南は、男子校らしい特性というのか洛南らしい持ち味が裏目に出てしまった様な演奏だったと
思います。

だけど、とにかくこの年の関東代表の4チーム、市立柏・習志野・埼玉栄・常総学院はどのチームも
本当に素晴らしい演奏を聴かせてくれていて、
特に特に・・・・埼玉栄と市立柏は本当に「あれぞ名演!」を絵に描いたような演奏を聴かせてくれていたと
思います。

この年の課題曲A/斜影の遺跡は何を言いたいのかよく分からないのにとにかく不協和音と難解な曲想に
まみれた大変な難曲なのですけど、
高校の部においては、特に埼玉栄・市立柏が素晴らしい演奏を聴かせてくれていたと思います。
銀賞なんですけど東海大学第四高校も「え・・・この演奏のどこが銀賞なの・・・・?」みたいに感じてしまう
大変密度の高い演奏を聴かせてくれていたと思いますし、
銅賞という結果ではありますけど都立永山の課題曲Aも、聴く者に「何か」を伝えることが出来ていた演奏
だと思います。

市立柏の斜影の遺跡は、一言で言うととにかく精密な演奏だったと思います。
指揮者の石田先生はテレビでも何度も登場していますのでご存知の方も多いと思いますが、
とにかく熱いハートのお持ちの大変指導力に優れた先生なのですけど、
そうした熱いハートを胸に秘めつつ大変理性的でコントロールされた演奏を聴かせてくれていて、
そうですね・・・・
市立柏の「斜影の遺跡」は、まるで「設計図面」みたいに一部の隙も無い演奏だったと思います。
冒頭の打楽器の弱音のコントロールも素晴らしかったですし、
金管セクションも全体的にはかなり鳴らしているのですけど、全体の中で鳴る部分と抑制される部分の対比が
かなり鮮やかに表現していましたので、
金管がかなり鳴らしている部分でも「やかましい」とは全く感じませんでした。

自由曲の「ガイーヌ」ですけど、確か、序奏→アイシェのモノローグ→収穫祭という順に曲を構成されていて、
鳴る部分→しっとりと聴かせる部分→壮大に鳴る部分の三部構成になっていて、
動・静・動というコントラストがはっきりと描かれていて、聴いているだけでまさに石田先生ワールドに
ひきずりこまれるような感じの素晴らしい演奏だったと思います。
「ガイーヌ」というと、私が現役奏者時代は、ほとんどの演奏は、

1.アイシェの目覚めと踊り・レスギンカ

2.子守歌・レスギンカ

というパターンが多く、たまーに演奏するチームによっては「バラの少女の踊り」を加える事もあるという
感じでしたけど、
この流れを完全に変えてしまったのは、
1990年の中央大学によるガイーヌの塩素だったと思います。
中央大学は、レスギンカではなくて、「収穫祭」という大変華やかで演奏効果が十分狙える箇所を
新たに発掘したその功績は大変大きいものがあると思いますし、
90年の中央大学の演奏以降はレスギンカではなくて「収穫祭」でもってこの組曲を閉じるというのが
むしろ定番にすらなったような感じがあります。
あ・・・ちなみにですけど、厳密に言うと、「収穫祭」を全国大会で最初にお披露目したのは、90年の中央大学ではなくて
実は・・・1988年の関東一高なんですけどね・・・・
ただ関東一高はあまりにも地味な演奏のため、誰にも注目されていなかったのは
なんか気の毒でしたね・・・

市立柏の「収穫祭」もホルンの雄叫びも素晴らしかったし、そのホルンの二度目の雄叫びの再現の部分も
とにかくノリと勢いが伝わり、
聴いていてとにかく「心地よい!!」という気持ちを普門館の会場の隅々にまで伝える事が
出来ていたと思います。

とにかく文句のつけようがない圧巻の金賞だったと思います。
本日、当ブログ「受け継がれるべきもの」につきましては、
皆様からの日頃のご愛顧のおかげで無事に「ブログ開設4周年」を迎える事が出来ました。
そして、いよいよ・・・この拙いブログではありましたけど、なんとか5年目に入る事が出来ました!!

皆様から日々頂く温かいコメントや拍手、そして皆様からの日々のご閲覧等、
当ブログを日頃より応援して頂き温かい目で見て頂けている事に改めてですけど感謝を申し上げたいと思います。

そして・・・

いつも本当にありがとうございます!!

当ブログはこんなポンコツ管理人が運営をさせて頂く拙いブログではあるのですけど、
なんとか5年目以降も・・・そして6年目も7年目も
まだまだ引き続き頑張っていきたいと思いますので、
どうか、皆様におかれましては、今後も温かい目で引き続き応援を頂けるととっても嬉しいです!!

どうぞ今後とも宜しくお願いいたします!!

ちなみにですけど、8月15日の開設という意味は実は全く無いです・・・(笑)

実は色々な人から「終戦記念日との絡みなの・・?」と聞かれることはあるのですけど、
2012年の会社の夏休み最終日がたまたま8月15日であったので
「ブログを開設するなら夏休みの間になんとか・・」と当時考えていたもので、夏休み最終日に
やっと開設できたから、
たまたまこの日が開設記念日になったのでした。

以前から何度か書いている通り、元々このブログを開設した一番の理由と言うものは、実は・・、
既に30年以上前の吹奏楽コンクールの「自分にとっては一生忘れる事が出来ない素晴らしい演奏」を
何か「記録」として残していきたいという思いで始めたものでした。
過去のそうした素晴らしい演奏、特に花輪高校や大曲高校のように支部大会止まりで全国大会に進めなかった
チームのあまりにも素晴らしい演奏を、「忘却の彼方」というように歴史の中に埋没させたくなかったみたいな
気持ちも強かったと思います。

一例をあげると、その具体的な演奏とは・・・

〇1982年・東北大会/花輪高校 ウォルトン 交響曲第一番変ロ短調終楽章

〇1982年・全国大会/仁賀保高校 矢代秋雄 交響曲第四楽章

〇1982年・全国大会/就実高校 トゥリーナ 幻想舞曲集

〇1981年・東北大会/大曲高校 三善晃 交響三章第二楽章

〇1982年・全国大会/屋代高校 松村禎三 交響曲第三楽章

〇1994年・全国大会/関東第一高校 ロースト カンタベリーコラール

〇1990年・都大会/都立永山高校 フーサ プラハのための音楽1968

〇1987年・全国大会/雄新中学校 ワーグナー エルザの大聖堂への厳かな行列

あたりが代表的なものだったと思います。

そして同時に・・・

「自分が生きてきた証しを何か残せないだろうか・・・」
「自分が日々感じていること、過去思っていたことを後世に少しでも伝えられないか・・」
「結果的に、自分が日々思っていた事などを伝える事で、他人・世の中の人達に少しでも
 何かを伝えることが出来れば、それだけで嬉しい」

そうした思いがありましたし、どちらかというとあの頃は、
「うちのブログは吹奏楽を中心とする音楽系ブログなのかな・・」と感じていたのですけど、
吹奏楽関係で言いたい事を書いてしまったら
「ま・・このまんま放置でも構わないのだけど、それじゃなんか勿体ない・・・
それだったら、自分が大好きなプリキュアの事も書いてみるか・・・」と思うようになり、
結果的に、その後うちのブログは「プリキュアと吹奏楽」という二大柱のブログになってしまいました・・・(笑)
ま、私としては・・・
吹奏楽が好きという自分自身の感性とプリキュアが好きという感性は全く同じものであり、
それは、アニソンもクラシック音楽も吹奏楽も何ら「一つの音楽という表現形態に変わりはない」という事だと
思っています。

開設して半年程度は、正直一日訪問して頂けた方は2~3人程度・・・
というか、初期の頃は、「他人に見られている」という意識は全くなく
「自分自身の記録」のために書いていると意識しかありませんでした。
実際、初めて「コメント」を頂いたのは、開設してから八か月あたりでしたね・・・
それが現在では、一日平均700人程度の皆様に見て頂けるようになり
ほぼ毎日のように「コメント」を頂けるようにもなり、
これも本当に皆様のおかげと感謝しています。

2014年に放映されていた「ハピネスチャージプリキュア」では冒頭に「10周年おめでとうメッセージ」を
歴代プリキュア達が述べていますけど、
何とか自分自身も「10周年」を目指して今後ともマイペースで
「何か」を伝えていければいいなと考えております。



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そうそう、皆様の素敵なブログを色々と拝見させて頂く中で、色々と素晴らしい記事やイラストに
巡り合う事が出来ましたけど、
特に影響を受けたのは「東方project」の世界でしたね。
先ほど「二本柱」みたいな言い方をしましたけど、
最近のうちのブログは、「東方project」の事も書かせて頂く機会が大分増えてきて、
実際のところは、吹奏楽・プリキュア・東方という「三大柱」という感じも濃厚です。
個人名を出してしまい恐縮ではあるのですけど、私が東方の世界に迷い込むきっかけを作って頂けたのは、
当ブログがいつも大変お世話になっている「dream fantasy」の管理人のアミグリ様であるのは
100%間違いではないのですけど、
アミグリさんが同じFC2ブログ内でああした素敵な東方等のイラストを掲載されていなかったら、
私は多分ですけど、いまだに「東方」の世界の事は何も知らないで一生を終えていたかもしれないです。

アミグリさんには「感謝!」と「ありがとう」という言葉しかないのですけど、
ブログというものは、一方的な情報発信だけではなくて、
こうやって色々な人から「何か」を得るという事も大きいものだ・・と気が付いた瞬間でもありました。
そして最近では、本当に色々な皆様方とこうやって「素敵な交流」も楽しまさせて頂けております。
やはりブログというものは、「一方的な情報発信」という事ではなくて、
お互いに切磋琢磨というのか影響を良い方向でお互いに受け合うとか「交流」とか
本当にブログを開設する以前では気がつきもしなかったことにこうやって日々「気づき」があるというのは、
本当に素晴らしい事であると痛感させられたというのが
まさにこの「4年間の軌跡」であると思います。

最後に・・・繰り返しになりますが、まだまだ未熟で発展途上のブログではあるのですが、
今後とも宜しくお願いいたします。

どうぞこれからも宜しくお願いいたします。
皆様方におかれましては、いつも当ブログ「受け継がれるべきもの」の訪問&閲覧をして頂き
本当にありがとうございます。
一つ後の記事に記載させて頂いた通り、おかげさまで、本日当ブログも無事に4周年を迎える事が出来ました!
改めて御礼のご挨拶をさせて頂きたいと思います。
本当にいつもありがとうございます。

また、皆様からの拍手や温かいコメントは、本当に本当に・・・管理人にとって更新の「励み」にもなっていますし
「更新するチカラ」にもなっておりますので
本当に・・・・改めて皆様への感謝の気持ちと敬意を表させて頂きたいと思います。

当ブログのリンクを貼って頂いているブログを最近になって色々とお見かけするのですけど
これは本当にありがたい事ですし
大歓迎です!!

改めて「はっ・・」と思った事があるのですけど、
実は・・・
当ブログは開設当初からずっとリンクフリーですので、もしも、このブログをお気に召して頂けた方は
どうぞ自由にリンクを貼って頂いてOKです!!
リンクを貼るに当たって、別に事前に声掛けして頂くとか事前承認が必要とか
そういうややこしい事は一切求めておりませんので、どうぞ気軽にリンクを貼って頂けると
嬉しいです!!

ブロともに関してですが、基本的にはありがたいお話ではあるのですが、
初めて当ブログをご覧になった方のいきなりの申請とか
訪問とかコメント等今まで特に接点がない方が唐突にいきなり申請を言われましても
それは基本的にはお断りをさせて頂いております。
出来れば何度かコメントのやり取りをさせて頂き、ある程度お互いのフィーリングが分かりあえた時点で
その時に改めて申請をして頂けると大変助かります。
そうした場合は、アダルト系・迷惑系・ビジネス系・アフィリエイト系・出会い系等でない限りは
ほぼご了解をさせて頂いております。

以上、業務連絡となりますが、何卒ご理解頂けると幸いです。
その⑤の続きです・・・

その⑤のタイトルは「ゆゆ様」となっているのに、ゆゆ様の事はほとんど触れないで終わってしまい、
ゆゆ様が「月界から盗み出してきた月界の古酒」の意義については、
ほぼスルーしてしまったので、今回はこの辺りについてごくごく簡単に書いてみたいと思います。
(というか、その⑤のあのとてつもない長文はちょっと反則でした・・あれはまるで、
「わかる人だけ分かればいいじゃん・・」みたいな感じだったのかな・・と少し反省するフリはしています・・・苦笑・・)

その⑤でも書いた通り、
八雲紫様は、二重囮作戦という大変まどろっこしい事を実行して、
最終的にゆゆ様にさせていた事が
「月界の綿月姉妹のお屋敷から何か大切なものを盗んでくる」という事だったのです。
つまり・・・二重囮作戦とは全く別のその盗み出し作戦こそがゆかりんが「最終目的」だったと言えるのです。
そしてその盗み出し作戦が意図する事とは、
永琳様に対して「未来永劫の不安感を与え続ける事」に他ならないのです。

そしてその「盗み出し」を実践したのが、ゆゆ様だったのです!

「東方儚月抄」においては、人によっては
「そんなまどろっこしい二重囮作戦なんてしなくても最初からゆゆ様一人だけを月界に派遣し、
ゆゆ様特有のあのステルス特性をフルに活用させて、スキを見て綿月姉妹のお屋敷から何かお宝を
盗ませても、結果としては同じじゃないの・・?
別に霊夢たちをロケットに乗せてまで月に行かせる必要もないじゃん・・」みたいに言われる方も
かなり多いとは思います。
確かに、「ご説ごもっとも・・・」という感じなのですけど、
その⑤でも散々書いた通り、紫様の最大の目的は、
第一次月面戦争のリベンジとか綿月姉妹に一泡吹かせるとか月世界のお宝を盗み出す事ではないのです。
紫様のターゲットは唯一人、永琳様だけなのです!
その永琳様に対して「未来永劫の不安感を与え続ける事」としてゆかりんが意図した事とは、
霊夢たち幻想郷の主要メンバーという第一の矢を放ち、ゆかりんと藍という第二の矢を放ち、
さすがに「もうこれ以上の持ち駒・・策は無いだろう・・」と思わせておいて、
誰かにひっそりとこっそりと月世界の何か「お宝」を盗ませることで
永琳様に対して「え・・・・私が想定した第一の矢と第二の矢を超越する第三の矢って一体何なの・・?
あの困った古い妖怪は、そんな私が事前に考えていた事もはるかに超越しちゃう事も
出来てしまうんだ・・・
それって一体何なの・・・?
うーーん、わからないからなんか不気味で怖い・・・
やっぱりあいつ・・あの困った古い妖怪だけはあなどれない・・」と言う
目に見えない「不安感」を植え付けさせることなのです!!

そうした紫様の意図を、例の紅魔館パーティー以前よりもはるか前に既に看破し、
ゆかりんから特段事前に「あれやって、こうやって」と打ち合わせや指示を一切受けていなくても
紫様の意図通りの事をやってのけたゆゆ様の存在感は「さすが!」という感じだと思います。
「東方儚月抄」の黒幕兼影の主人公は八雲紫なのですけど、それを更に背後から支えた立役者こそが
ゆゆ様なのだと思います。

月界の民というのは地上の世界、つまりは幻想郷の住民も含めて地上の民にこびりついている「穢れ」というものを
大変嫌い、この「穢れ」に対しては大変敏感に反応します。
だから、霊夢たちの乗ったロケットがとある場所に不時着してもその穢れの反応を探る事で
すぐに居場所が特定されるのだと思われます。
だけど・・・・
ゆゆ様は(幽霊ではなくて)亡霊なのです!
ゆゆ様は言うまでも無く「今現在生きている者」ではなくて既に「死者」なのです。
死者ゆえに「この世というか地上の穢れ」とは全くの無縁の存在という稀有な存在でもあるのです。
ゆかりんとしては、「永琳様に対する警告活動」としてのこの第二次月面戦争を構想する段階から、
当然ながらこのゆゆ様の存在には注目していたはずなのです。
そしてゆかりんの真意をいち早く見抜き、
「紫の今回の計画を遂行するにあたって私が出来る事・・・、否! 私にしか出来ない事は何か」という事を
いち早く気が付き、それを実行に移し、ほぼ満点に近い成果を挙げたゆゆ様は、
まさにこの物語のMVPと言えるのかもしれません。
そのくらい見事な働きぶりでした!
ま・・・その分なのですけど、ゆゆ様から事前に紫様の真意とかゆゆ様が意図されている事を
ほとんど何も聞かされないまま、
そして時にはゆゆ様から「妖夢が余計な事を言わないように早く帰っちゃった!」みたいな事も言われてしまう
妖夢はなんか一人「貧乏くじ」を引かされたみたいで少し気の毒でした・・・
否! それは違うかな・・・?
この物語において、貧乏くじを引かされたのは、紫様・ゆゆ様以外のほぼ全ての主要キャラなのだと
思います・・・・(笑)
中でも一番の貧乏くじを引かされたのは、レミリア様なのかな・・・?

そうしたゆゆ様の活躍ぶりについては、小説版においてはかなり適切な表現で記されていて、
これは私自身も「なるほど!」と感じさせるものでした。
その部分を下記に抜粋させて頂くと・・・

「亡霊には生死が無い。その事が、穢れのない月の都と相性が良かった。
幽々子は月の都にひと月ほど滞在し、誰にも怪しまれることなく行動していたのだ。
そして堂々とお酒を盗み出すと、次の満月の時に紫に再び月面と地上の通路を空けて貰い、
地上に降りてきたのだ。
月の都に亡霊の姿など、誰が想像しただろう。
だが、秘密裏に行動するのにこれ程便利な組み合わせもなかった。
亡霊は元々浄土に住む者である。つまりは生死に関わる穢れが少なく、
その結果そこに居たという痕跡を残さずに行動出来たのだ。 」


そうですね・・・要は、次の満月の間の一か月近く月界に滞在しても、ゆゆ様は元々が「亡霊」であるために、
「生きているという事で穢れの塊りみたいな存在の人間」とは明らかに異質なもので、
穢れがないために一か月近く月界に滞在し、あっちへふらふら、こっちへふらふらしていても
月界の住民の誰一人からも怪しまれる事も無く、まるで「ゆゆ様=空気」みたいな感じで接しています。
ゆゆさま自身、月界で玉兎たちの会話にさりげなく入り込み、玉兎たちから、結構貴重な情報を
聞き出しています。
(ま、そんな大切なお話をぺらぺらと喋ってしまう玉兎たちの)に対する普段の教育も甘いというのか、
月界には普段から自分達の生活を脅かす「敵」という存在がほぼ皆無だから、元々警戒心が薄いとも
言えるのかもしれないですよね)
それとこれはゆゆ様だからこそできた事なのかもしれません。
妖夢がそんな事を聞こうとしても、妖夢のあの生真面目さがなんか警察の職務質問みたくなってしまい
逆に玉兎たちに警戒心を植え付けてしまい、情報を聞き出すどころか逆に怪しまれてしまい
綿月姉妹に「なんか月にヘンな人たちがいる」みたいな情報をリークされていた可能性もあるのかな・・と思います。
ゆゆ様は存在自体が亡霊だし、掴みどころがない御方ですし、とにかく外見的にも雰囲気的にも
「ふわっ・・ふわっ・・」とした優しい印象を与えていると思いますので、
やはりゆかりんがゆゆ様を選んだのは大正解だとも感じますよね!

もしもなのですけど、ゆゆ様が何らかの事情でゆかりんが立てた作戦に参加できなくなった場合、
ゆゆ様の代役として最も相応しいのは「こいしちゃん」ではないのかな・・?とも考えりもします。
こいしちゃんは、「無の存在」で、やはり、あっちへふらふらこっちへふらふらと放浪の生活をしていても
他人からは一切その存在が気付かれないという事ですので、
意外とゆゆ様と同程度の事はできるのかも・・?
ま・・問題はこいしちゃんの「穢れ」の程度という事なのかもしれません。

それと・・・「東方儚月抄」にはどうしても無茶な設定と言うのも幾つかあるものなのですけど、
その内の一つが、ゆゆ様のそばには常に「妖夢」がいたという事なのかもしれません。
妖夢は「半人半霊」と言う事で半分幽霊半分人間と言う事なので、当然ながら「半分程度は穢れ」は
持っていたはずだと思うのです。
月界の住民は、ゆゆ様はスルー出来たとしても妖夢をスルーする事自体、なんかちょっと無茶振り設定
みたいな感じもします。
それと・・・・無事に幻想郷に戻って来た際のあややとのインタビューで、霊夢は
「どっかで見た事ある・・」みたいな言い方で、ゆゆ様が月界にいた事を示唆していましたけど、
こらこら、霊夢・・・
「あなたがもしも月界でゆゆ様をちらっとでも目撃したら、ゆゆ様を分からない訳無いでしょ・・・」
とツッコみたい気持ちもあったりもします・・・(笑)

月界でゆゆさまがこっそりと盗み出してきた「月のお宝」とは、「月の古酒」なのですけど、
いや―――、これもゆゆ様の大ファインプレーとも言えると思います!
紫様が意図した「永琳様に対する警告・プレッシャー」という観点だけかに見てみると、
確かに「刀とか珠とかもっと高級なもの盗んで来いよ・・」みたいなツッコミが入るのはよく分かるのですけど
「古酒」という比較的・・・どうでもいいというのか、
無くなっても「ま・・いいか・・」みたいな「黙認」の範囲内で終わらせられそうなものをゆゆ様が盗んできたことに
大変な価値があるのだと思います。
紫様の意図としては「月の民を怒らせないように・・」という意図は当然あったと思いますが、そうした中でも
「誰かが忍び込んで盗んで行ったと確実に綿月姉妹に分からせること」と
「盗まれても綿月姉妹の逆鱗に触れない程度のものに留めておく」というある意味大変難しい「泥棒する品の見定め」
だったと思うのですけど、
結果として、綿月姉妹をぎゃふんと言わせて、
「泥棒の犯人捜しとか盗まれた物の奪還」をするほどまでのお宝ではないモノを見事に盗みあげてきて
最終的にそれを永琳様に対する「プレッシャーの道具」としてゆかりんが使っていましたので、
やはりあのゆゆ様の「チョイスの眼の確かさ」は本当に優れていたと思います。

もしもという仮定の話ですけど、もしもゆゆ様が「魔理沙的みたいなとてつもない大泥棒」をやってのけ、
綿月姉妹が「ぎゃふん」程度ではなくて
「こんな貴重なお宝を盗み出す犯人はあいつ・・・地上の幻想郷のあの困った古い妖怪」という認識を持ってしまい、
お宝奪還のために、綿月姉妹を中核とする月の民自体の「地上への侵攻」みたいな
可能性すら実はあったとも言えると思うのですけど、それでも「ぎゃふん・・」程度で収まる「お宝」に留めた
ゆゆ様の「眼力」と「考察力」には本当に惚れ惚れとするものがあります!!

いや――――、ゆかりんも素晴らしいけど、それ以上に、ゆゆ様!! あなたは本当に素晴らしいです!!

小説版のラストの永琳様を宴席に誘った紫様との二人きりのあの宴席シーンは
まさに圧巻ですね!!

あの圧巻のシーンを少しだけ下記に抜粋させて頂きますと・・・・

「普段の労を労うお酒でも、と思いまして」
永琳の頭の回転は速い。だが回転の速さは時として弱点にもなる。永琳は理解できない物に対しては、
わざとらしい余裕を見せてしまう。動揺を見せたくないのだ。
しかし賢い者が考えのない余裕を見せたとき、その時が一番の弱点である。
それは賢い者ならみんな知っていることだ。
「あら、有り難う」と言ってお酒を受け取った。
「失礼ね。毒なんて入ってないわ」これはどうやら紫のギャグらしい。
「? 多少の毒は薬ですわ」
そういって、永琳はお酒を呑んだ。
そして彼女は固まった。

──永琳は再びお酒を呑んだ。間違いない。このお酒はただの労を労う為に用意されたお酒ではない。
くだを巻いたサラリーマンが、誰も理解できない言葉を吐きながらの安い焼酎なんかではない。
月の都で千年以上もかけて熟成した超超古酒である。
そう、永琳が月の都に居た頃から寝かせていたお酒なのだ。
「こ、このお酒は……?」
永琳は明らかに動揺した。考えのない余裕を見せた瞬間、つまり弱点を狙われてしまったからだ。
永琳がこのお酒を忘れることはない。穢れの多い地上では味が変わってしまい作り出せない純粋さ、
そして何年も寝かせたであろう奥深さ。
「貴方も故郷を離れて千何百年か。そろそろ望郷の念に駆られる頃だろうと思いまして、
 月の都をイメージしたお酒の席を用意致しました」
紫はにやりと笑った。その笑顔は永琳の心の奥深くに刻まれ、忘れることの出来ない不気味さをもたらした。
死ぬことのない者へ与える、生きることを意味する悩み。正体の分からないものへの恐怖。
それが八雲紫の考えた第二次月面戦争の正体だった。

いや―――、これはもうこの小説版のクライマックスですね!

正直、私の下手な解説なんて全く不要です!

上記の二人の会話が「全て」を物語っていると思います。

永琳様の視点から見てみると・・・

「こいつ・・・一体なんなんだ・・」・「こいつ・・・とてつもなく不気味・・、本音としては今すぐに斬殺するか毒殺してやりたい・・!」とか
「こいつが意図している事って・・」といった
永琳様の「目に見えない不安」に対して容赦なく抉り出していくみたいな「不気味さ」が
ありますよね・・・
いや―――、永琳様なとってはこれは本当に「美味しくないお酒」だったと思いますし、
ゆかりんにとってはまさに「勝利の美酒」とも言えるのかもしれないですよね。



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さてさて・・ここからは既に恒例になっているのかもしれないのですけど、当ブログが本当にいつも大変お世話になっている
アミグリ様の素敵なイラストのご紹介です!!

上記の紫様と藍の二人のとっても素敵なイラストを描かれたのは、
当ブログのとっても大切なブロとも様のお一人で、本当にいつも大変お世話になっている
「dream fantasy」の管理人様のアミグリさんです!!
上が2012年8月に描かれた八雲紫様、ゆかりんで、その下はゆかりんの式神で、2011年7月に描かれた藍、らんしゃまです。

最近のうちのブログで書かせて頂いたゆかりんの「文章」だけのイメージでは、
もしかして・・
「ゆかりんは大変な策略家なのでは・・?」とか「紫様は怖い御方・・」とか「ゆかりんは不気味な最強妖怪なのでは・・?」
みたいに感じられる方も多いのかなとも思ったりもします。
そうしたイメージに従えば、アミグリさんが過去に描かれた紫様のイラストの中にも
そうした「大人っぽい感じのゆかりん」とか「セクシーさを幾分強調したゆかりん」といったイラストも幾つかあり、
紫様のイメージに従えばむしろそうしたイラストを転載させて頂いた方がむしろ本来の趣旨に添えるのかな・・とも
感じたのですけど、
なんかそれですとあまりにもゆかりんが「賢人なんだけどちよっと怖い・・」みたいなイメージを皆様に残しがちで、
「それもどうなのかな・・? ゆかりんは確かにそういうイメージもあるのだけど、
可愛すぎて生きるのが辛い・・みたいな側面も確実にある御方!!」という私の「ゆかりん大好き!!」みたいなイメージも
お伝えさせて頂きたいと思い、
ここはアミグリさんが描かれたゆかりんの中でも、大人っぽい感じではなくて
「少女らしい恥じらい」みたいな可愛らしいイメージも感じさせるイラストを掲載させて頂きたいと思い、
こうした少女っぽい雰囲気の可愛いゆかりんのイラストを転載させて頂きました!

とにかく、このゆかりんは可愛いです!! めちゃくちゃ可愛いです!!

とてもとてもこのイラストを見た限りでは、上記の「美しき策略家」の紫様とは結びつかないのですけど、
ま・・・東方は早苗さんじゃないけど
常識に囚われてはいけない世界ですので・・・・(笑)

ゆかりんの下のイラストは八雲藍、らんしゃまですっ!!

九つの尻尾がふわふわとした感じで、そしてイラスト自体もとても「柔らかく」描かれていて
上記のゆかりんの「少女っぽい雰囲気」に大変マッチしているようにも感じられます。
最近の記事の中で、藍のフィギュアの事も取り上げさせて頂いたのですけど、
そうですね・・・アミグリさんが2011年7月に描かれたこの藍は、この柔和な雰囲気・優しい雰囲気は
グリフォン版ではなくて、グッドスマイルカンパニー版の方をイメージさせてくれると
思います。

アミグリさん、本当にいつも素敵なイラストの転載を快諾して頂きありがとうございます!!

上記のこの素敵なイラストはアミグリさんからのご厚意で転載をさせて頂いておりますので、
無断お持ち帰りや無断コピーは絶対NGですので
何卒宜しくお願いいたします。

最後に・・・・

下記にリンク貼りさせて頂きましたゆかりんは「セクシーゆかりん」で、少しおとなっぽい雰囲気のゆかりんです!

セクシーゆかりん
9.仙台向山高校


D/世俗カンタータ「カルミナ・プラーナ」より(C.オルフ)


この仙台市内の学校は、私が高校時代に共に宮城県大会にて「東北大会出場枠」を巡って
共に競い合った学校の一つで、私としてもなんかとっても懐かしい学校でもあります。
この高校は1980年代初めに荒井富雄先生という大変優秀で指導力がある先生を吹奏楽部顧問として赴任以降は
残念ながら、私の在籍したポンコツ高校との「実力差」はどんどんつくばかりで
いつの間にか「置いてけぼり」を食らったような感じがあります。
そしてこの学校は年々技術&音楽の表現力がとてつもなくレヴェルUPしていき、
東北大会B部門金賞常連校→東北大会A部門金賞常連校へとどんどん「進化」を重ねていき、
なんとあの花輪・秋田南すらも凌駕するほどの実力をメキメキと付けていき、
そして・・・
ついに1988年に念願の「全国大会初出場」を果たす事になったのでした。

そうですね・・・

本音をズバリと書いてしまうと、1988年の普門館の全国大会のプログラム2番の向山の演奏を
聴いた時は、正直・・・大変複雑なものがありました。
同じ県内の学校の全国大会出場という事で「郷土愛」としては確かに嬉しいものはあるのですけど、
心の底では・・
「1980年は地区予選で姿を消し県大会にすら出場できなかったあの高校が、ここまで進化と発展を遂げるとは・・・!
なんか自分たちはすっかり置き去りにされたような気分・・・
向山は美しい蝶へと進化を重ねたのに
自分たちは相変わらず蛾のまんま・・・それどころかいまだに毛虫のまんま・・
なんか・・ちょっと惨めだな・・・
なんか向山が羨ましいな・・眩しいな・・」みたいな
どちらかというと「妬ましい・・・・」みたいな焼きもちとか嫉妬みたいな気持ちの方が強かったですね・・・
あ・・なんか「妬ましい」なんて書くと
「お前は東方Projectの水橋パルスィか・・・!?」みたいなツッコミが入りそうですね・・・・(苦笑・・)

1991年の向山高校の10年前というと1981年・・・
この年の宮城県大会はなぜかいつもの宮城県民会館ではなくて、とてつもなく遠い「石巻」がコンクール会場となっていて
ほとんどの県大会出場校は前日から石巻に泊まっていたような記憶があります。
1981年の向山の自由曲は確か・・・チャイコフスキーの交響曲第5番終楽章という現在ではまずどの学校も
絶対にやりそうもない曲でしたね。
ちなみに1979年の向山はわずか30名の人数でホルストの組曲「惑星」~Ⅳ.木星という無茶振り自由曲を演奏し、
ほぼ破綻した演奏を聴かせてくれていました・・・
だけどやっぱりスクールバンドは「指導者」でほぼ全てが決まってしまうと言っても過言ではないのかも・・・?
向山も荒井富雄先生という稀有な実力者が赴任されて以降は、まさに・・「ビフォーアフター」じゃないけど
本当に劇的に進化を重ねていきましたからね!
それにくらべて私が在籍したポンコツ高校は・・・(苦笑・・)
だって・・だって・・・うちの高校がOB悲願の「東北大会初出場」を成し遂げたのは
私が卒業して28年後の話しというのも・・・ま・・なんかポンコツすぎるお話ですね。
だけどあの時は、卒業生としては本当に嬉しかったものです!
ま・・・結果は東北大会銅賞でしたけど、悲願が実現できただけでも嬉しかったです!!

あ・・・なんか話が思いっきりそれてしまいましたね・・・(苦笑・・)

向山の初出場の1988年のR.シュトラウスの「ティル・・・・」と89年のサロメは本当に見事な演奏でしたね!
正直あの演奏は・・・
ま・・本音を書くと、私の内面は嫉妬心メラメラのまさに水橋パルスィ状態ではあったのですけど(苦笑・・)
結果として銀賞と言う評価ではあったのですが、
金賞と評価されても全然遜色ない、まさに「全国トップクラスの演奏が出来る学校」へと素晴らしい進化を
遂げられていたと思います。
特に89年のロサロメはほぼ完璧な演奏&表現だったと思います。
90年の「ダフニスとクロエ」は、そうですね・・・
向山は多分ですけど、ブートゥリー編曲版を他校がやっているように手を加えることもなく
そのまんまのアレンジ版を素直に楽譜通り演奏した事が時に裏目に出てしまい、特にⅠの夜明けの部分の
木管の細かい動きに難点と生臭さが出てしまい、勿体ない印象はありました。
そうした中での1991年は4年連続出場の年で、まさに「東北の雄」みたいな様相というのか貫禄すらも感じさせ
「さてさて・・今年はどんな素晴らしい演奏を聴かせてくれるのか・・・」と期待していたところ・・・
まさかまさかの粗削りで雑な演奏になってしまい、
「音が大きい」という印象で終わってしまったのは大変勿体なくもあり、残念に感じたものでした。
それまでの88~90年が比較的、繊細とか美的限界みたいな「芸の細かさ」を感じさせていたのですけど、
やはり「カルミナ・プラーナ」という曲は
高校生にとってはちょっと「躍動感」というかエネルギーがありすぎる曲だったのかな・・・?
曲の持つそうしたエネルギー・パワーに奏者が何か憑りつかれるというのか飲み込まれるみたいな雰囲気があり、
終始「音が執拗にうるさく鳴っている」とか「生臭い・・」みたいな印象だけで終わってしまったのは
なんか勿体ない感じがありました。

結果としてこの年は銅賞という事になってしまい
(またまた、向山に関しては焼きもち妬きの私は、「けっ! ざまーみろ!」とは少しは思ったのかな・・・苦笑・・)
荒井先生も翌年以降は向山を離れてしまいましたので、
向山は一時的に停滞期を迎える事になってしまいます・・・
先日8/6~7に開催された埼玉県川口市の「第38回たたら祭り」については、
このお祭りのイベントの一環として開催されていた「魔法つかいプリキュアショー」の記事で
既に書かせて頂いてはおりますけど、
(というか・・昨日もこのたたら祭りとプリキュアショーは記事にしていましたよね・・・うーーむ、
この暑さで夏バテ気味のせいなのか、このポンコツ管理人もよっぼと書くネタが無いのかも・・・??)
このお祭りについて少しでも多くの皆様に知って頂きたいという気持ちから
再度このお祭りの概要について記させて頂きますと・・・・

「川口市」というと古くは「鋳物の街」として全国的にも知られ
吉永小百合の映画、「キューポラのある街」の舞台ともなったところです。
「たたら」というとそうした「鋳物」と関連があるのですけど、
それでは「たたら」と言うと何かと言うと・・・

もともとは製鉄の時に風を送る「ふいご」を意味し、由来を広く遡って考えれば、古代朝鮮語の解釈で
「もっと加熱する、強く加熱する」・ダッタン語(モンゴル・トルコ系)の「猛火」とも取られるようです。

また、「たたらを踏む」とは、足でばたばた踏みつける事で、「地蹈鞴(じたたら)」が「地団駄(じたんだ)」に転じたのです。
「地団駄」には「足摺」という意味もあります。「たたらを踏む」作業はかなりの労働力を必要とします。
その辛さを紛らわすために、「たたら節(歌)」を歌い始めたといわれています。

また、アニメ映画「もののけ姫」にも「たたらを踏む」シーンがあったりもします。







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この「たたら祭り」は昼間もかなり盛大で、数多くの屋台等が出品されますし、各種イベントも盛りだくさんです!
ちなみに会場は、元SMAPの森且行が在籍している「川口オートレース場」で、
祭りの「メイン」というか「最大の見どころ」は
このオートレース場から直接打ち上げられる迫力満点の「花火大会」であり、
オートレース場の真下から見上げる花火は
本当に迫力満点であり
毎回見るたびに「感動」してしまいます・・・・!!

川口駅の目の前に「リリア」という音楽ホールがあり、そこに隣接するタワーからも
この花火がよく見えますけど
少し遠くから見ていても、その壮観さは伝わってきます。

私自身は、パチンコ・競馬・競輪等のギャンブルは一切やらないもので、普段からこうした
オートレース場みたいな公式ギャンブル場に来る事自体ないのですけど、
こうやってたまにくるから、こうした施設の独特な雰囲気はよく伝わってくるものですね。
お祭りのために土日の二日間を一種の「賭博場」という場所を提供してくれるその太っ腹は「さすが・・!」とも
思ったりもしますね、

このたたら祭りは、私も2011年以降はほぼ毎年のように見てきておりますけど、
ま・・・私の場合、祭りのお目当ては、毎年このお祭りの一つのイベントとして開催されている
「プリキュアショー」を見に来る事なんですけどね・・・(苦笑・・)




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さてさて、ここから先は東方Projectのとっても可愛いお化け一つ目番傘妖怪とも言える「多々良小傘」と
前述の「たたら祭り」の関連記事です。

多々良小傘は、元々は人間達が放置した「置き忘れ傘」が妖怪化したもので、本人自体に悪気は全く無い
人間達を唐傘で持って脅かすのが大好きという
「いたずら妖怪」でもあります。
だけど・・・人間達がもー唐傘見ても慣れっこになってしまいあんまり驚かなくなってしまい今一つ張り合いがない・・・
そんな理由で東方神霊廟あたりからは、白蓮さんの命蓮寺の墓場にいる事が多くなり、
お墓参りに来た人間達を性懲りもなく驚かす・・・といういたずらも繰り広げていきます。
「一つ目で一本足」というと「一本だたら」という大変凶悪で粗暴な古典的な妖怪を彷彿しがちなのですけど、
(一本だたらは山ではぐれた人間を襲い、これを殺して食べたりします・・・)
多々良小傘は、あくまで人間を驚かすという「いたずら」のみが目的ですので、悪意は全く無く
危険度は限りなく低い妖怪です。

だけど、小傘はもしかしたら段々と何か「心境の変化」みたいなものが沸き起こったのかも
しれないですよね・・・
そうですね・・・・
「このまま人を脅かすだけじゃなんかつまらない・・・」
「逆に何か人間の役に立つことは出来ないものか・・・?」みたいな考えに少しずつ変化が生じたのかも
しれないですよね。

そしてその一つの表れが、「ベビーシッター」なのでした。

射命丸文から
「あなたはなんでそんなベビーシッターなんか始めたの・・?」というインタビューに応え、
「傘として使ってもらえないのなら、自分から役に立つ道具になりたいの。
私は人を驚かすくらいしかできないけど……人間が何を欲しているか予想して、
道具の方から人間に合わせていきたいの。それが新しい付喪神の姿だと思っているわ」
みたいに大変健気で前向きで素晴らしい事を言ってくれています!!

そうした中、「東方茨歌仙」にて、この小傘についてとある素晴らしき設定が登場し、
ここから多々良小傘の人気&存在感は一気にググッ・・と上がる事になります!
それが何かと言うと・・・多々良小傘は実は「鍛冶が得意」という事でした。

小傘は鍛冶業で生計を立てているらしく、針供養の日を針を売る絶好の機会と見ているようで、
その針供養の日に意気揚々と博麗神社を訪れ、霊夢に対して「針の新調はいかがですか?」とか
「この針でもって妖怪退治の立派なアイテムにもなりますよ・・・!」みたいな営業攻勢をかけ、
「乗るしかないでしょ!この大波に!」と意気込んだものの、襲撃と勘違いした霊夢に容赦なくボコボコにされた挙句、
数日かけて針を新調したら、今度は品質検査と称した試し撃ちでまたも悲惨な目に遭ってしまいます・・・(苦笑・・)

だけど、鍛冶については本当に素晴らしい腕前を有しているみたいで、
小傘本人が「人間の鍛冶屋よりも数段上の針を拵えますよ。マ・ジ・で・・・!!」と豪語するだけの事はあって
その技術と仕上がりは一目見た霊夢と魔理沙を感嘆させる域に達するほどのレヴェルでした。
あ・・・そっか・・・
「多々良小傘」の「たたら」というのは、「鍛冶」にもかなり深い関係があるのですよね!
それに・・・元々多々良小傘の一つ目・一本足の唐傘の元ネタとは言うまでも無く前述の「一本だたら」という妖怪で、
この妖怪は鍛冶の神「天目一箇神」の零落した姿とも言われています。
この「たたら祭り」の「たたら」という言葉も
「たたら吹き」と呼ばれる日本古来の製鋼法に由来しているとの事です。

こうやって見てみると、多々良小傘の名前の「たたら」と「鍛冶」には元々深い関係があり、
多々良小傘と鍛冶と言うか元々は鋳物の街でもあった川口市はどこかでつなか゜りがあり、
そういった意味では、意外と多々良小傘と埼玉県川口市在住の私の間では
何かしらの「接点」があるのかもしれませんね・・・・(笑)
たたら祭りの会場内では「たったらたたら、たったらたたら!」ちてうフレーズが繰り返し流される「たたら音頭」が
BGMとして流れていましたけど、
そうですね・・・なんかあの「たったらたたら、たったらたたら」と言われてしまうと
私としてはどうしても「多々良小傘」ばかりを連想してしまうのですよね・・・(笑)

あ・・・そうそう、多々良小傘は前述の通り、白蓮さんの命蓮寺のお墓にいる事が多いせいか、
なぜか命蓮寺の準・出家要員とみなされているようなのですけど、
本人は「私は出家や修業に興味が無い」と否定していましたね・・・
「東方求聞口授」において、魔理沙・神子あたりから白蓮さんに対して
「命蓮寺ではどんな修行を妖怪たちにさせているの・・?」とかなりツッコミが入っていまして、
それに対して白蓮さんは、「無畏施」という恐怖の無い生活を施す事とか
「持戒」という殺生をしない・酒を飲まない・暴れない・盗みをしないことなどを例として挙げていますけど、
それに対して魔理沙・神子・神奈子から
「命蓮寺の妖怪たちが獣肉をカッ食らって酒飲んでいた」とか
「一輪が宴会をしていた」とか
「ムラサが小野塚小町の三途の川の舟に水を入れて沈めようとしていた」とか
更には・・・
「多々良小傘が人里で、頭蓋骨を使って傘回しをしていて、投げ銭を貰って金稼ぎをしていた」みたいなチクリを入れられ
白蓮さんは・・・
「みんな・・私の知らない所で一体何を・・」とボー然とさせていたのが大変印象的でした!
(その流れの中で響子とミスチーのゲリラライブの件も発覚してしまいます・・・)

そっか・・・小傘は、単なる人騒がせな妖怪から、ヘビーシッターとか傘回しの大道芸人とか
そして今現在の「鍛冶職人」と
色々な多様性を秘め、自分の幻想郷内での居場所を模索し続けていると言えるのかもしれないですよね。

そんな多様性と可愛らしさを秘めた多々良小傘と私の地元の埼玉県川口市の「たたら祭り」が
多少は繋がっているかと思うと
なんだか少しだけ嬉しくもなったりするものですね・・・(笑)

さてさて・・・上記の水色キャラのイラストは誰かと言うと、それがこの「多々良小傘」なのです!

そしてこの夏に相応しい爽やかなイラストを描かれたのは
当ブログではすっかりおなじみの「dream fantasy」の管理人のアミグリさんです!!
全体的にこの水色の色彩感が「夏らしい爽やかな感じ」を演出していてもとっても素敵ですよね!
そして多々良小傘が手にしている傘のお化けも一本足とかベローとだした舌とか一つ目とか
いかにも「お化け屋敷」という感じが漂い、ここも「夏」らしい雰囲気ですよね!

そうそう・・アミグリさんの「dream fantasy」というブログは、実は大変歴史があり、
その開設は2008年3月です!
間もなくうちのブログも「開設4周年」を迎える訳ですけど、アミグリさんのブログに比べりゃ、
「そんなのまだまだ甘いわね・・」となんかツッコミが入りそうです・・・(笑)
しかもアミグリさんのブログって長期間の休みとか中断というのはあんまり無くて、
これだけ長期間休まれる事なく定期的にこのように極めてクオリティーの高い作品を発表され続けている事は
本当に素晴らしい事ですし、頭が下がる思いで一杯です!

こうした「持続性」とか「継続的な作品の発表」というのは、まさにアミグリさんの「矜持」なのだと思います!

そしてこの多々良小傘を描かれたのは、2009年12月という比較的古い時期の作品なのですけど、
今現在のアミグリさんの作品も素晴らしいけど
この時代の作品も素晴らしいと思ってしまいますし、そして同時に「確かな進化」というものも
間違いななく感じさせてくれていると思います!!

アミグリさん、いつも本当にありがとうございます!

アミグリさんの作品の当ブログへのイラスト転載はアミグリさんのご厚意でご了解を頂いているものですので、
無断コピーや無断お持ち帰りはNGでお願いしますね!

最後に・・・・アミグリさんが2012年12月に描かれた「猫耳こがさ」もとっても可愛いですよ!
ペロッと出した舌とかオッドアイがとても印象的です。
背景の傘のお化けも可愛いです。

この猫耳の多々良小傘をご覧になりたい方はこちらから! → 猫耳こがさ
8.都立永山高校


A/バレエ音楽「火の鳥」~魔王カスチェイの凶悪な踊り・終曲(I.ストラヴィンスキー)


都立永山高校は、吹奏楽コンクールにおいてある意味記念碑的な学校でもあると思います。

東京都代表のチームというと、1970年代の初めに都立板橋高校が出場して以降、
玉川学園高等部・関東一高等の私立学校がほぼ都大会代表の座を独占し、都立の学校は
20年近くも全国大会に出場できないという時代が続いていたと思います。
都立高校にとってはそうした幾分停滞していた流れを打破したのが、この都立永谷高校、
そしてこの都立永山を指導されていた馬場先生が永山を異動後に赴任された都立片倉高校なのだと
思います。

都立永山の全国大会初出場の1990年のフーサの「プラハのための音楽1968」は本当にメッセージ性に富んだ
とにかく熱いあつい素晴らしい演奏だったと思いますし、
あの演奏は都大会でも全国大会でも聴衆に間違いなく「何か」を伝えていたと思います。

さてさて・・・そうした初出場の翌年は、概してこけてしまうパターンも結構あるのですけど
都立永山はそうした事も無く、
初出場の翌年の都大会も、まさに気合が入り奏者全員からの全身全霊の気迫が凄まじく漲った演奏を見事に
聴かせてくれていて、初出場の翌年も無事に全国大会への切符を掴む事となります。
私も1991年の都大会の都立永山の演奏は聴いていましたけど
「こりゃ、今年の都立永山は昨年以上にすごいな・・なにこの気迫溢れる演奏!
案外1980年以来の東京支部としての全国大会金賞が実現出来ちゃうのかも・・」と思ていたものです。

だけど・・・

現実はそう甘くはない・・という事だったのかもしれないですよね。

全国大会の演奏は、そうですね・・・・一言でいうと都大会に比べると「少し精度に欠けるな・・」という
感じの演奏でした。
課題曲もちょっと技術的な詰めが甘いというのか、意外と細かい部分の動きが不鮮明で、
確かに音はよく鳴っているのですけど、何を言いたいのかよく分からない感じにもなっていて、
自由曲の「火の鳥」もやはり音はよく鳴っていて
時に終曲は気持ちいい程豪快に音は出ていたのですが、
木管楽器の細かい動きが部分的に不鮮明で、部分的に「不安定な印象」を与えていたようにも思えます。

都大会ではあんなに気合が入っていたのに、全国大会ではなにか奏者の気分が乗らないまま
本番の演奏が終わってしまい、
奏者としては「あれれ・・なんか普段の練習での成果が発揮されないまま本番があっけなく終わってしまった・・」みたいな
ちょっと不本意な感じがあったようにも感じられます。

これは完璧に余談なのですけど、
実は偶然なのですけど、午前中の演奏が終わって休憩中の普門館のロビーにて
(当時は、入替えみたいなシステムがなくよかったですねぇーー!!)
馬場先生が誰かと会話されているのをちらっ・・と耳にしました。
確か私の耳に間違いが無ければ、あの時馬場先生は、
「いやーー、学校の行事が重なってしまい、本番直前だというのにすっかり練習不足になってしまいました・・」と
何やら申し訳なさそうに口にされていたのが大変印象に残っています。

やはり、音楽というのはうまくいくときもありますし、中々うまくいかない時もありますし、
まさに「音楽とは生き物だ」という事を立証されていたと思います。
確かに都大会に比べると少し「乗らない感じ」というのは、学校行事に追われる中での
スクールバンドの運営の難しさを示唆しているのかもしれませんよね。

だけど・・・・

そうした中でも馬場先生は91年の演奏を一つの教訓にされていたのかもしれません。

それはその後の馬場先生の都立永山と都立片倉でのご活躍を見ると分かるような気もしますね。
最近の記事の「ケーブルネット」で書いた通り、うちの周辺には、埼玉県内でも屈指の大規模さを誇る
巨大UR団地があったりもします。
うちの周辺は用途地域的には、第一種住居専用地域、建ぺい率60%・容積率200%という制約が
ほとんどなのかなと思います。
場所によっては「10m以上の高さの建物が建てられない」といった高さ制約が課せられているエリアも
あるかとは思われます。
そんな中、じゃー、どうしてそうした地域の中で14~17階建の中高層が建築可能なの・・?と思われるのかも
しれないのですけど、
これって実は、少し専門的な話になってしまいますが、「中高層建築」に当たって、「総合設計」という
高さと容積率の緩和が適用されたためと思われます。
実際、今でも「総合設計による公開空地」みたいな看板が随所に立っていましたね。
「総合設計」とは何かと言うと、簡単に言ってしまうと、特例として高さと容積率の緩和を容認する代わりに
敷地内全体に、この中高層の建物の周辺の近隣住民がいつでも自由に通行できる歩道を確保し、
樹木を一定間隔で植え、公園等の近隣住民誰もが利用できる設備を設置するというものです。

私自身も自宅から最寄り駅に行く際は、この巨大URの公開空地という歩道を通行していますけど、
確かにここを通った方が全然近道です。
あ、ちなみにですけど、このURが建築された当時は、住民のほとんどは日本人だったようですけど、
最近は統計によると外国籍の方の居住が5割を超えたみたいです。
中国・インドのご出身の人たちが大変多く、UR内の公園で繰り出される言葉は、あの早口の怒ったような中国語
ばかりが目立っていますね・・(笑)
この敷地内にはスーパーもあるのですけど、スーパーの店員さんも多分ですけど半分以上は中国の方だと
思います。
そしてこのスーパーのお客さんには、インドの方が大変多くて、多分ですけど・・・
香辛料の種類の多さは近隣でも随一だと思われます。

さてさて、前述の通り、このURの敷地内にはとにかく凄まじいほどの大木が「これでもかっ!」というくらい
植えられています。
秋の落葉の際は、結構素敵な光景にもなったりもしています。
夏場ですと、とにかくセミというか、ミンミンゼミの「ミーンミンミンミン」というあの鳴き声が
毎年毎年とにかく煩いほど響き渡っています。
というか、真夜中でも鳴きまくっていますけど、セミって夜行性でしたっけ・・・??
とにかく元気一杯!という感じですね!
そしてこのセミの鳴き声が収まってくる9月になると・・
「あれれ・・なんか季節は秋に向かっているのかも・・?」と感じてしまいますね。

先日なのですけど、UR内の中国人親子の方が・・なんと・・・! まるで名人芸の如く、素手でセミを捕まえて
何匹かレジのビニール袋に入れていましたけど、
あれって・・・観賞用ですよね・・・
まさか・・・食べるって事はさすがに・・・ないですよね・・・(笑・・)



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さてさて・・・歴代プリキュアにおいては、様々な怪物も登場していましたけど、
その中において異色と言うのか「え・・・なにこのしょぼい怪物は・・・!!」なんていうのもたまにはいたものです。

その一つが昨年放映されていた姫プリの第26話においてシャットが出した「セミ」の怪物でした!

シャットも「セミ」をゼツボーグ化するなんて・・なんてみみっちい話・・・・

このしょぼさは・・・・

スマイルのマジョリーナが時折出したちびっこいひまわり等のアカンベエを彷彿とさせてくれますね・・・

セミのゼツボーグとパフの戦いは・・・・ま・・・確かに白金さんの言葉通り
はた目には、セミと犬一匹の戯れにしか見えませんよね・・・(苦笑・・)

上記で「セミ」の事を書いていたら、なぜか知りませんけどこの姫プリの第26話の事を
思い出してしまいました・・・(笑)
シャットも第26話の頃は「憧れのトワイライト様を失ってしまった・・」という喪失感による傷心旅行の真っ只中・・
シャットのこうした「喪失感」というマイナスの感情が、
セミも巨大化したゼツボーグにならないで、そのまんまのセミの大きさという
しょぼさに繋がったと言えるのかもしれないですよね・・・・(笑)



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そうそう・・・この第26話と言うと、幾つか大変印象深いシーンもありましたね。

階段の手すりをさーーーっと滑り落ちていったあのシーンは、本当に素晴らしいものがありました!!
そうですね・・・・
あのシーンだけで、既にお腹一杯状態・・・
あとのシーン以外を全てカットでも全然構わない・・
なんかそんな感じでした。

ま・・トワとしても、夏休み中の寮内と言う誰一人いない環境だからこそ、たまには・・・羽目を外したかったのでしょうね・・・・
だけど、その気持ちはなんかよく分かりますよね・・・
そうですね・・・・日本のことわざ風に言うと・・・「鬼の居ぬ間の洗濯・・・」という感じなのかもしれませんよね。

そして更に!!
あのトワイライト様、じゃなかった・・・トワ様が夏風邪をこじらせて寝込んでしまったり
熱でうなされたり、氷で頭を冷やしたり
コンコンとセキをしていたりと、
とにかく・・・トワの可愛らしいお姿を楽しませて頂き「大満足!!」という感じでした・・・!!

歴代プリキュアでも、
なぎさ・ラブ・めぐみあたりが熱を出して寝込んだシーンがありましたけど、
何か・・・・トワが熱を出して寝込んでいる時のような「はかなさ」が全く無いのは・・・
ま・・・いかにも元気&おバカが売りのピンク系らしい話ではありますけど、
こうやって、トワ様が夏風邪で熱を出して寝込んでいるシーンだけで、何か思わず・・・・
「守ってあげたい・・・!!」と思わせてしまうのは、まさにトワの人徳なのかもしれませんよね・・・
ま・・それはある意味世の「スケベ男性視聴者」の共通の認識なのかもしれませんよね・・・・(笑)


その①の続きです・・・

8/6(土)の埼玉県川口市のもしかして市としては最大のお祭りの一つとも言える「たたら祭り」の
二日間のお祭りの中で、ある意味「オープニングイベント」とも言える
「魔法つかいプリキュアショー」の事もほんの少しばかり続きを書かさせて頂きたいと思います。

その前に・・・これはその①でも少し触れたのですけど
「たたら祭り」の「たたら」というと・・・
そうなんですよ! 最近のうちのブログでも結構この名前は出てくるのですけど「多々良小傘」とも関係があるのですよね!
「多々良小傘」の「たたら」というのは、「鍛冶」にもかなり深い関係があります。
小傘の一つ目・一本足の唐傘とは、元々は「一本だたら」という妖怪で、
この妖怪は鍛冶の神「天目一箇神」の零落した姿とも言われています。
「たたら祭り」の「たたら」という言葉も
「たたら吹き」と呼ばれる日本古来の製鋼法に由来しているとの事です。
おっと・・・・意外と多々良小傘と埼玉県川口市在住の私の間では「接点」があるのかもしれませんね・・・・(笑)
ちなみに川口市はかつては「鋳物の街」とも呼ばれ、
吉永小百合主演の映画「キューポラのある街」で舞台になった街でもあります!!








改めてですけど、キュアフェリーチェって「緑キュア」なんですけど、
ミントやマーチのようにそれほど「グリーン」が強調されていないせいか、なんか見方によっては
「水色キュア」にも感じたりもします(笑・・)
今回のショーでは、ミラクルがゲストキャラとの美鈴との絡みが多いせいか、
マジカルとフェリーチェが上記画像のように二人でくっついているシーンが結構多かったようにも
感じられます。

そうですね・・・見方によってはポンコツ先輩と優秀な後輩ちゃんみたいな組合せなのかも・・・(笑)



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ファッションデザイナー志望のゲストキャラの美鈴ですけど、
美鈴がデザイン&製作したドレスを着てくれるモデルを探していて、ミラクルに目を付けたのはいいけど、
服自体はとっても可愛いのに、いかんせんサイズが少し小さすぎて、ミラクルたちプリキュアでは
モデルが務まりそうもない・・・
それで落ち込む美鈴にめを付けたのがガメッツで
ガメッツは美鈴が製作したドレスを例によって魔法の怪物化させてしまい大暴れさせてしまうという
まさにアニメ本編通りのお話が展開されていきます。

ドレスのヨクバールなんですけど、なんかあれはどうみても・・・「怪しいコスプレの人・・」みたいな雰囲気でしたね・・(笑)

だけど意外にも(?)このドレス・ヨクバールはあまりにも弱すぎ・・・!!

本当に・・・本当にあまりにもあっけなくやられてしまい、
その矛先は、結果的にガメッツに向けられてしまい、フェリーチェの「お披露目」という事もあり、
ガメッツもミラクルとマジカルの必殺技をまともにくらいボコボコにされた挙句、
トドメをフェリーチェによって浴びせられてしまい、
例によって「オボエテーロ」の捨て台詞を残して去ってしまいまいましたけど、
あれれ・・せっかく(プリキュアショー限定で?)復活できたのに
「なんかあっけねぇーー!!」という感じでした・・・(笑)



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戦闘シーンのミラクル&マジカルは、ダイヤ→ルビーへとフォームチェンジをしていましたけど、
アニメ本編でも、こうした一つの戦闘でのフォームチェンジなんて見た事ないだけに、
ショーといえどもなかなか貴重なものがありそうですね!

そして・・・必殺技発動とEDのダンスお披露目の際は、再度、ルビー→ダイヤへと戻ります。

今回のショーのミラクルの「蹴り」は素晴らしかったです!!

足がぴーーんとよく上がっていて、まさにあれは・・・「ふつくしい・・」という感じでした!!

マジカルはやはりガーターが少しエロいですね・・・・(笑)



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エンディングのダンスも三人揃うとやっぱり可愛いですね!

あ・・・フェリーチェはなんと・・・! センターでしたね!!

このお盆休みの間に、イトーヨーカドーとかでも「魔法つかいプリキュアショー」があるみたいですので、
その際は、
8/6みたいな野外ではなくて
エアコンがよく効いた涼しい室内で、出来ればまたまた見てみたいなぁ!と思います!!
改めてですけど「浦和の調ちゃん」(うらわのうさぎちゃん)というのは、
テレビ埼玉で2015年4月~6月に放送された埼玉県ローカルショートアニメなのですけど、
現在は第2期制作に向けて準備が進められているという話は
最近のうちのブログでもそうした話は情報としてお伝えはさせて頂いるのですが、
果たして、その後第二期制作の話はどこまで進展しているのでしょうか??
公式からもテレビ埼玉からも特にそうした話が出てきていませんし、
実際に公式から「二期目の放映開始決定!!」という正式決定のニュースはまだ入ってきておりません。

二期目が本当に実現したら、とにかくめちゃくちゃうれしいですのですけど、
果たして実際の所はどうなんでしょうか・・・??






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さてさて・・・昨年放映されていた第6話の中で、「埼玉ニンジャラーメン」という妙なものが
登場していましたよね!!

リアルタイム放映当時に最初にあのシーンを見た際は・・・・
「え・・・・・、埼玉にこんなご当地商品ってあったっけ・・・・??」と思ってしまいましたし
埼玉県以外の方がこのアニメを仮にご覧になったとしても
「なんで埼玉と忍者が結びつくんだ・・・・?? 伊賀なら分かるけどなんで埼玉なの・・・・?」と
思ってしまうのかもしれませんね。
ちなみに・・・・この「さいたまニンジャラーメン」は言うまでも無く架空のもので、実在はしません・・・・
くれぐれもコンビニ等で探さないようにご注意を・・・・(苦笑・・・)
ま、第3話で登場した「うまい、うますぎる」の「十万石まんじゅう」とか
第5話で登場した「ゼリーフライ」などのように実在化した名産品ではありませんので・・・・・・・(苦笑・・)
というか・・・・
ここでなーんで、あえて「実在化していない商品」を持ってくるのかな・・・・??
正直意味不明ですけど、
ま・・・・多分・・・・・
「浦和には名だたる名物・名産品が無い・・・・」というのをパロディー化したという事なのかな・・・・??

さてさて・・・上記は架空のカップヌードルの話なのですけど、
昨年の9月には、この「さいたまニンジャラーメン」が本当に商品化されていた時期もありました!!
しかも商品化されていたのは、地元の埼玉ではなくて東京都内というのもなんか意外性に溢れていて
とっても面白いものを感じていた者でした。
まさに、「浦和の調ちゃん」が埼玉を飛び越え、阿佐ヶ谷にまで侵略(??)していたという感じでした!
阿佐ヶ谷の「コラボカフェ」というのも何か楽しそうですね!!
このコラボカフェ内の一つのメニューが、アニメ本編でも登場していた別所子鹿の「さいたまニンジャラーメン」
だったのでした!!



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最近のうちのブログの記事の中でも
「まだまだ浦和の調ちゃんの快進撃は止まらない!」みたいな事を書かせて頂き、アイフォンケースとか掛け軸とか
和菓子等の浦和の調ちゃんとのコラボの事も取り上げさせて頂きましたけど、
第二期の話は依然として正式に決まらなくても、
番組自体の放映が終わって1年以上経過しているのに、関連グッズが色々と出ているのは、
地元民としては大変嬉しい話ではありますね!

その一つが、「公式設定資料集」の発売だと思います。

「コミックマーケット90」にて「浦和の調ちゃん」ブースの出展も決定し、
第1期の公式設定資料集の他、限定コラボグッズなどが昨年に続いて今年も販売されるようですね!

この第1期公式設定資料集は、全180Pのかなりのボリュームのようですね!

しかも・・・・この高砂調は、なんかアニメ本編と少し雰囲気が違っていて、少しだけ大人っぽくて
とっても可愛いですね!!


にんじゃ



最後に・・・・

上記でアニメ本編で出てきた「埼玉ニンジャラーメン」というカップヌードルの事を書いたのですけど、
浦和の調ちゃんとのコラボ企画ではないようですが、
浦和駅周辺にある大人気のラーメン店・つけめんTETSUにて
「期間限定塩ラーメン NINJA・BLACK」というラーメンも登場しているようです!

最初にこの店舗の前を通りかかり、「NINJA」とか「真っ黒」みたいな文字も見えたりする
この「期間限定塩ラーメン NINJA・BLACK」というポスターを見た時は正直驚きました!
とってもおいしそうですし、いかにも黒忍者を彷彿とさせる塩味なのになぜか黒っぽい感じのラーメンが
とても気になったものでした!
このラーメンは残念ながらまだ食べた事はないのですけど、期間限定商品ですので、
販売終了前に一度食べてみたいものですね!!

つけめんTETSUを始め、東京、神奈川、埼玉、茨城で全27店舗を展開する人気ラーメングループ、㈱YUNARI は、
2016年7月1日から2016年8月31日の2か月限定の夏限定商品を発売するとのことです。
この夏限定商品は、グループ内全店舗の店長が参加し、新しい夏限定メニューを争う夏の選手権にて優勝した商品が
この「期間限定塩ラーメン NINJA・BLACK」との事ですので、
なんか嫌でも期待が高まりそうな味ですね!!

麺は、縮れた平打ち麺で、
さっぱりとした塩ラーメンに、黒という色彩とパンチ力という2つの意外な要素を持ち込んできたのは、
さすが優勝商品みたいな感じですよね!!

6.伊予高校


B/バレエ音楽「バリの喜び」(オッフェンバック=ロザンタール編)


四国大会のイメージと言うと、
1984年以前までは、観音寺第一高校と高松第一高校が代表枠1~2を争ってしのぎを削っていたみたいな
イメージがあります。
そうしたある意味マンネリ状況を打破したのが、伊予高校と土佐女子だと思います。
(土佐女子高校は森本先生が勇退以降は、全国大会にはすっかりご無沙汰していますね・・・少し寂しい感じはあります・・)
伊予高校は、2015年度も全国大会出場を果たしていますし、確か通算22回目の全国大会出場という
ある意味四国支部の「雄」でもあると思います。
だけどこの学校は、ある意味凄いなぁ・・と感じる点があります。
いや、別に嫌味で書いている訳ではないのですけど、過去に全国に22回の出場で、
金が1回 銀が3回、そして銅賞が18回というのも、ある意味「快挙」なのかな・・・とも思っています。
この学校は、上甲先生時代の時から現在の長谷川先生に至るまで、学校としての「個性」はかなり強いと
思っています。
あの「熱さ」・「音楽的熱気」というのは、多分・・一つの「伝統」・「お家芸」と言えるのかもしれません。
それを全くぶれることなく、
常に「精一杯絶えず何かを伝えようとする姿勢」は、むしろ高く評価されるべき事だと思いますし、
むしろ、それが「コンクール」の本来的姿ではないのかな・・とさえ思っています。
その位、この学校は、確かに客観的視点で捉えると、技術面では一歩も二歩も劣る面はあるのかもしれませんけど、
「何かを伝えようとする姿勢」は本当に胸を打たれるものがあります。
ま・・・確かに、数年前に自由曲として演奏したマーラー/交響曲第5番は・・・ちと痛い選曲でしたけど
「苦い青春の思い出」という意図は伝わってきましたし、
何て言うのかな・・・・あのスペインとか南九州みたいな「南国さ」溢れる牧歌的な明るさは、
一般的なマーラーの世界とは少しずれてはいるのですけど、
マーラーが「望んでも望みようがなかった世界観」を大変ユニークに表現されていて、
これはこれで解釈として十分成立するような気がします。

伊予高校の当時の指揮者の上甲先生は熱い先生だったようですね。
この先生がBJで一時執筆されていた「頑張る先生の記録」という一年間の連載記事を読んでみると
その「熱さ」・「情熱」は痛いほど伝わってきますね。
確かに、上甲先生時代の伊予高校は、
例えば1986年の「ローマの祭り」とか1991年の「バリの喜び」とか1993年の「イタリア奇想曲」などのように
「絶えず何かを精一杯表現する」という気持ちは演奏から本当に曲のすみずみにまで伝わっていたと思います。
言い方が少し悪いのかもしれないですけど、
技術的に少し見劣りする部分があって、時にそれがとてつもない「空回り」みたいな事も
あったりするのですけど、とにかくこの学校の持ち味でもある「絶えず何かを精一杯表現する」という
とてつもない前向きで前進する気持ちは本当に素晴らしいものがあったと思います。
空回りというと、89年のガイーヌとか90年のコッペリアとか高橋先生時代のサロメとかイタリアの印象~ナポリあたりが
その典型的な演奏だったようにも思ったりもします。
誠に申し訳ないのですけど、コッペリアとかサロメあたりは、
少なくても普門館の「全国大会」に出場できるレベルではないのかなとふと感じる事もありましたし、
当時「四国」代表の枠は既に2チームでしたけど、
毎回毎回銅賞ばかり取り続ける四国に2つも代表枠を設けるくらいなら
四国の枠を一つ削って、その分を関東や関西に振り分ければいいのに・・・とさえ思った事もあります。

さてさて・・・・1991年の「バリの喜び」は結果的に言うと、2015年8月現在、伊予高校の唯一の
全国大会金賞という評価になっていますけど、
そうですね・・・別にケチをつける気持ちは毛頭ないのですけど、
91年の演奏が金賞なら、86年と93年の演奏にも金賞を与えるべきじゃんとか
全く逆に言うと、93年の演奏が銅賞と言う評価ならば、91年も銅賞でないと整合性取れないじゃん・・とも
思ってしまいますね。

前述の通り、伊予高校は、この年に念願の初金賞を受賞したのですけど、
その演奏と評価は正直評価は分かれると思います。
ある人は「やり過ぎ・・・表現過剰、追い込み過ぎで煽り過ぎ」というマイナス評価をされる方も
いると思いますし
ある人は「あの熱い気持ちは素晴らしい! 高校生らしい素直でとってものびのびとした演奏」と
プラス評価をされる人もいると思います。
結果として1991年は金賞に輝いたのですけど、
91年と93年の両方の演奏を聴いた私の客観的な感想としては、
「どちらもほぼ同じような傾向の演奏で、プラスもマイナスもどちらの要素も持っている演奏」という
感じでした。
結果的に91年は金賞、93年は銅賞という事になりましたけど、
吹奏楽コンクールの場合、毎年毎年審査員が変わり
少なくとも明確な「審査基準」が定まっていないから、同じような傾向の演奏でも、
こうやって年によって、審査員の好みによって「評価」は変わるのかな・・・とも感じたものです。

91年も93年もその「積極性」は素晴らしいの一言なのですけどね・・・

やはり「音楽」というものに「絶対的な価値基準」は存在しない、人によって感想・捉え方・解釈は
異なるという事を何か立証したような演奏だったと思います。
「毎年変わる審査員による評価の判定基準の一貫性とは何か?」というテーマは、こうしたコンクールの場においては
「永遠の課題」なのかなともふと思ったものでした。

91年の伊予高校の演奏についての感想ですけど
課題曲については、後半は明らかに鳴らし過ぎだと思います。
やっぱここでも伝統の「絶えず何かを精一杯表現しようとする姿勢」が時に裏目に・・時に空回りしたような
感じも確かにあるのですけど、
そうした細かい事を抜きにしたとにかくやんちゃで楽しい素直でのびのびとした演奏とも言えると
思います。
ま・・・確かに楽しいのですけど、もう少し音量面のコントロールとかパートバランスに細かい配慮は
欲しかったと思います。
うーーん、やっぱりこういう演奏の評価は分かれてしまいますね・・・
自由曲は、前半からワルツあたりまではこのチームの「おおらかさ」が大変プラスに作用し素晴らしい演奏を
聴かせてくれていたと思います。
だけど・・・
ラストの「カンカン」はちょっと煽り過ぎというか、あれはいくらなんでもやり過ぎ・・・!!
楽しい事は楽しく聴けるのですけど、とてつもなく「疲れてしまった・・」みたいな感じの演奏なのかも
しれませんよね。

結果的に(私としては)まさかの金賞になりましたけど、四国支部のチームが金賞取るなんて
滅多にないだけにここは素直に「おめでとう!」と言ってあげたい気持ちです。
ちなみにですけど私の採点では文句なしの銅賞という感じでしたから、やっぱり人の感じ方というは
千差万別なのかもしれないですよね。
月曜のうちのブログ記事は「魔法つかいプリキュアショー」の記事で、
その中において、
「今年のプリキュアの敵幹部の人材不足は本当に深刻・・・、だって、ショーでのプリキュア達の
バトルのお相手が既に死亡(浄化)それたはずのガメッツがプリキュアショーの時だけ
限定復活・・・??」みたいな事を書いたのですけど、
今回の第27話において、最近の敵幹部の人材不足がやっと解消できそうな目途が立ちましたね・・・・(笑)

あー、よかった、よかった・・・これで最終決戦までの道筋が見えてきたと思ったのですけど、
その新しい敵が何だか強そうな予感もあったりもします。
ま、当面は、なんか魔神みたいなラブ―がそのお相手という事になるのでしょうけど、
そのラプーから何か知りませんけど、色々と新情報らしきものが飛び出してきましたね。

「だってさもうすぐ来るからね。あのお方…デウスマストが!」

「光栄にも この世界は偉大なるデウスマストの目にとまったのさ。
…で、お迎えするにあたってこの地上から、邪魔者をお掃除しとくってのがオレらの仕事なわけ・・」

これってよく分析してみると・・・・
1.ラプーの上には更にラスボスみたいな「あの御方=デウスマスト」が存在している事

2.ラプーはは「オレら」って言っていましたので、もしかしたら、ラプー以外の「追加敵幹部」が登場してくる
 可能性もある

そういうことなのだと思います。

追加敵幹部というと、そうですね・・・・個人的にはフレッシュのノーザが大変印象的でしたね!
ノーザの狡猾さは大変残忍なものがありました!
長いプリキュアの歴史においてもなかなかああしたずるさと冷たさを全面に出し
ポンコツ要素をほとんど出さない敵幹部は珍しいだけに、その存在感は光っていたと思います。

とにかく最近の魔法つかいにおける敵幹部の「人材難」ぶりには少し閉口気味でしたし、
ヤモーの戦いぶりなんかはまさに「地味」そのもの・・・(苦笑・・)
それだけに新しい敵幹部とかプリキュア達の「戦う動機」とか新しい要素もこれから色々と出て来そうでも
ありますので、
逆に「楽しみがふえた、これってわくわくもんだぁー!!」という展開になりそうですね。

あ・・・それと今回は久しぶりに校長先生の活躍の場が与えられていましたよね!

どうも最近のプリキュアの男の大人ポジションは、ジョー岡田といいブルーといい
なんか胡散臭い御方たちばかりでしたけど、
前作のカナタ王子でその「失われた大人の信頼感」を大分回復させ、今回の校長先生でもって
ほぼ完全に信頼感を回復したと思います。
やれやれ・・本当にどっかの青い神様はどこまでも罪な御方でしたよね・・・(苦笑・・)
あの御方は神様なんですけど、東方Projectの地獄の閻魔様でもあられる四季映姫様のテーマ曲/断罪! ヤマザナドゥを
ブルーに聴かせてやりたい気持ちになったりもするであります・・・(苦笑・・)

冒頭の校長先生とリコちゃんパパの

「闇の魔法の使い手…そして、例の封印されていた邪悪な存在…状況から見て、それらは別々の存在」

「やはり災いの訪れはこれから・・」という会話は
まさに上記の「新しい敵幹部の暗躍」を示唆する内容でもありましたけど、
そうですね・・・・
私としては、リコちゃんパパが使っていた「ショルダーフォン」がとてつもなく懐かしかったです!
あれって・・・・
固定電話から携帯電話への時代の過程の中で一時的に登場していた事がありましたね・・・
ま、今現在はまさに「骨董品」そのものですけど、
もしかして魔法界では、最新の技術の限界がショルダーフォンなのかもしれないですね・・・

そして、プリキュアたちとラプー+ドンヨクバールとの戦いにおいて、プリキュアたちが結構やばい状況に陥った際にも
校長先生は「わしも出来る事をせねばな!」とバリアを張ってプリキュアたちを防御するなど
見事な働きを見せていましたけど、
本編の中でも「果たして力を使い果たしたわしにできる事とは・・」と「自分の役割」についても模索していましたが、
ああした事もまさに校長先生の「自問自答」としての答えだったのですね!
いやいや、その辺りは大変尊いものがありますし、歴代年長者キャラの中でも頼りになる存在だなぁ・・・と
改めて感じたものでした!
更に余計な事を書いてしまうと・・・・あのシーンの際にまたまた力を使い果たし、再度ご高齢化され
またまた「薬膳茶」のお世話になるのかな・・と思っていましたけど、
なんとか若さをキープする事が出来てよかったと思います。

ラスト近くの校長先生の
「エメラルド…。まだ秘めた力がありそうじゃ。精一杯、努めねば。わしにできる事を・・」とか
「また生徒に教えられたな・・」
と言うのは、校長先生の「キャパの広さ」を感じさせる言葉でもあり、その点も素敵でしたね!







さてさて、「魔法つかいプリキュア」も夏休み編と言う事で、8月の間は「魔法学校編」が2~3月の補習授業に続いて
展開されていくのですね。
ことはちゃんの魔法学校の制服がとっても可愛かったのが印象的でしたけど、
ジュンたちからは「ことは=あの小さかった妖精」というのが今一つピンときていない様子と言うのも
なんか「そりゃそうなのかも・・」という感じなのかもしれないですね。
少し納得いかないようすのはーちゃんもとっても可愛いです。

あ・・・なんか久しぶりにリコちゃんのポンコツ振りが見られて安心しました!! (笑・・)

「この子達がどうしても魔法界で夏休みを過ごしたいって言うもので…」とエラソーに校長先生にいった所、
ことはの魔法によってリコちゃいのトランクの中が開封されてしまい、
実は、リコが一番遊ぶ気満々だった・・・みたいな話が露呈されていたのはとっても楽しかったです。

みらいとはーちゃんの「今、夏祭りって言いました!?」というダブルのはもりは素敵でした!

というか前回の話じゃないけど、母と娘はこうまで似てくるものなのですね・・・(笑)




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夏祭りが「はーー楽しみぃ!」といってはしゃぐことはちゃんはマジで天使!!

この無邪気さが実に可愛いですよね!!

それと・・・学食の食べ放題でもみんなよく食べていましたよね・・・・(笑)

はーちゃんは意外と「腹ペコキャラ」というのは既に「けってーい!」という感じなのかもしれないですけど、
今回の話では、とにかくみらいも食べまくっていましたね!
あれはまさに「食べる肉食系プリキュア」なのだと思います!



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「冷凍みかんに使う、ピーカンみかんの育ちが悪い、晴天続きなのにおかしな話」というのは、
まさに既に「デウスマスト」が既に暗躍しているという事を暗示している話なのかもしれないですよね。
おっと・・・ここで「キュアサニーを呼べばええんとちゃう・・・!?」みたいな話は
抜きにして下さいね・・・・(笑)

校長先生とみらいの木の下での会話が今回の話で一番印象に残りました!

「私、決めたんです! ずーっとずーっと皆と一緒にいるって!!」

「悲しいお別れは、もうしたくないんです!」

「皆でたくさんたくさん笑顔でいようって…
それで思いっきり楽しもうって魔法界に来たんです!!」

「何があってもどんな事があっても、私、皆と一緒にいるって決めたんです!
だから大丈夫です!」

このあたりはみらいの強さでもありますし、
同時に、本編の中でもリコとの別れとかはーちゃんとのお別れとか色々と「出会いと別れ」があった中で、
みらいとしての「決意」というのか
スマイルのみゆきじゃないけど
「とにかく可能な限りは、みんなが一緒にいられる限りはみんな笑顔でウルトラハッピー」を
目指していこう!!という「意志表明」なのだと思います。
そしてその意志表明を示唆していたのが、今回の戦闘シーンにおけるミラクルのあの凛々しさなのだと思います!
過程の中で「別れ」を経験したからだからこそのみらいの「みんなと一緒でないと・・!」という決意なのかな・・とも
感じましたし、
それを悟った校長先生も立派なのだと思います。

確かに・・・スマイルの最終回とかオールスターDX3じゃないけど、
人には必ず「出会いと別れ」はあるのですけど、
「縁」がある限りは、そうした「現在の楽しさ・幸福」を守っていこう!!という事なのではないかと思いますし、
それが意外と・・「魔法つかいプリキュア」の一つの本質なのかな・・とも思っています。
ま、最終的には多分ですけど・・・
「人が生きていく上では魔法だけが全てじゃないし万能じゃない!」という方向性に
もっていくような予感もあったりもします。



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8/6の「プリキュアショー」におけるミラクルの凛々しさと強さと蹴りの凄まじさは
本当に素晴らしかったのですけど、
今回、第27話のミラクルのある意味「漢っぷり」は素晴らしいものがありました!

「あなたが何者だろうと関係ない。皆で一緒にいるって決めたから!!」

「皆で一緒にいる為なら、できる事はなんでもやるの!」

そういうミラクルの言葉は
「「私達の素敵な日々、そして今後も続いていくすてきなみらいを脅かす存在は
絶対に許さない!」
という事を提示しているのだと思いますし、
「この日常のささやかな幸せを守る」というのがスマイルやハピネスで提示されていた一つの「テーマ」でもありましたので、
うーーむ、まさにこの辺りはみらい=ミラクルの「進化」・「成長」を確実に
感じさせるものでした!

それと・・・ミラクルのあの凛々しい後姿こそは、まさに・・・「ヒロインは後ろ姿が全てを物語っている!!」
と言う事なのだと思います!!
5.習志野高校


C/交響曲~第四楽章(矢代秋雄)


プログラム1番の淀川工業と全く同じように、習志野高校は1985年~89年にかけて5年連続金賞を受賞し
1990年は「特別演奏のお披露目&名誉あるお休み」という特典が与えられ、
1991年はいわゆる「お休み明け」のコンクールという事になると思います。
そうですね・・淀川工業は結果としてお休み明け時には、プログラム1番という事もあったと思いますが
どことなく「心ここに非ず・・」みたいな雰囲気も多少はあったのかな・・とも感じます。
だけどプログラム5番という比較的早い時間帯での出場ではあったのですけど、習志野高校は
いつもながらの素晴らしい音色とサウンドを聴かせてくれて、演奏も大変素晴らしい音楽を聴かせてくれていて、
結果的に大満足の演奏を休み明けにも関わらず私たちにお披露目してくれた事は
本当にお見事だと思います。

課題曲C/ロックンマーチは、高校の部唯一の演奏でしたし他校との比較が出来ないものでしたし、
何よりも、正直に書くと、私、この課題曲あんまり好きじゃないというかほぼ「嫌い」という感じなので
ここではコメントは控えさせて頂きたいと思います。
というか、あのぎくしゃくしたような雰囲気の一体どこが「ロック」なのかな・・??とついつい感じてしまいます。
習志野の演奏は、音自体がいつもながら大変洗練され美しいものでしたし、
音楽が大変整理されていますので、
他校の演奏だとなんか妙にギクシャク・カチコチ感じられがちなリズムも習志野が演奏すると
大変スムーズに聴こえていたのは素晴らしかったと思います。
ラストの小太鼓による「強烈な叩きつけの一音での閉じ方」も大変お見事でした!

自由曲の矢代秋雄/交響曲も、1983年に続いて二回目の演奏でしたけど、大変手馴れていて
文句の付けようがない演奏だったと思います。
これはあくまで私個人の見解なのですけど、矢代秋雄の交響曲の吹奏楽コンクールにおける演奏の中では、
1982年の仁賀保高校を超越する演奏は恐らく今後も存在しないだろう・・・と思っています。
そのくらい仁賀保の「スピード感溢れる怒涛の後半部分と前半のひそやかさの対比」はほぼ完璧に
近いものがあったと思います。
矢代秋雄の交響曲~第四楽章なのですけど、吹奏楽コンクールにおいては
とにかくやたらと前半部分のホルンの雄叫びが強調される傾向にあると思うのですが、
あれって・・・私も何度かプロの管弦楽団による原曲を聴いたことがありますけど
あのホルンの部分はそんなに吹奏楽コンクールほど吠えないみたいな印象があります。
この交響曲を吹奏楽コンクールで全国大会で初演したのは1979年の秋田南高校なのですけど、
秋田南にしたって前半のあのホルンは、そんなにシャウとしていないと思います。
1982年の仁賀保も勿論秋田南よりははるかに強調してはいるのですけど、
感覚としては「秋田南の解釈に近い」と言えると思います。
そうですね・・・
あの交響曲の前半部分の原曲におけるホルンに近いのは、意外かもしれませんが
1981年の田柄中学校なのではないのかなとも思っています。
あのホルンを吹奏楽コンクールで初めてあんなにも強調したというのか「雄叫び」に近い感覚で吠えたのは
1983年の習志野高校だと思います。
最初にあの演奏を聴いた時はまさに「目から点・・・」だったと思います。
だって・・・・まさに「地響き」みたいな感じで、うぉぉぉーーーーーーんと叫ぶかのような雰囲気だったと思います。
多分ですけど83年の習志野のあのホルンの雄叫びは、その後のあの交響曲の演奏にあたっては
結構他校に与えた影響は大きいと思いますし、
83年以降、ああしたホルンの雄叫びを強調した演奏が増えてきたかのようにも感じられます。

1991年の習志野もまさに83年の習志野をそのまんま「継承」したかのような演奏で
まさに「名演の再現」だったと思います。
しかも、83年の演奏は確かに上手いし音色も大変洗練されているのですけど
部分的に木管、特にクラリネットの細かい動きに少し難点が感じられ、一部にもたつきが感じられたりもします。
だけど1991年の演奏は、そうした問題をほぼ完璧にクリアし、
結果的に「どこにも弱みがないほぼ完璧な演奏」になっていたと思います。

後半からラスト近くの金管コラールも大変「清潔」というか「清純」みたいな響きが伝わり、
なんかあの部分だけを聴いてしまうと
この不協和音と変拍子にまみれた難解な交響曲が「厳格な宗教音楽」のようにも聴こえます。

習志野の矢代秋雄の交響曲は、同年サントリーホールで開催された「吹奏楽の邦人作品に特化した吹楽」という
企画でも演奏されていましたけど、
吹奏楽コンクールは時間の制約上、部分的にカットがあるのはやむを得ないのですけど
この吹楽という企画演奏会でもコンクール同様にカットヴァージョンで演奏していましたが、
正直あれは・・・・
コンクールではなくて「演奏会」なのだから一つの楽章ぐらいはせめて「ノーカット」で演奏した欲しかった
気持ちはあります。

習志野というと「洗練されたフランス音楽」が得意みたいなイメージが大変強いのですけど
三善晃とか矢代秋雄等の「邦人作品」も大変素晴らしいものが
あったと思います。
最近のうちのブログの東方語りなのですけど、
すいません・・・・文量的に長すぎですね・・(苦笑・・)
このブログの東方記事は、どちらかというと紹介記事ではなくて「私の脳内妄想記事」という感じが強いと
思っているのですけど、
そうですね・・・最近の早苗さんとか永琳様とかゆゆ様とかゆかりんの記事に関しては、
「自分のこの思い、脳内で発生した妄想をブログ記事という形で誰かに伝えたい!!」みたいな思いが
強すぎたのかもしれないですね。
絶えず何かを精一杯伝えよう! 伝えたい!!という気持ちが時に裏目にというか過剰に出てしまい、
その結果が「明らかに文量過剰」になってしまったのかな・・・・と
少しばかり反省・・・・というか反省するフリをしております・・

ま、そんな訳で今回のレミリア様 その①の記事だけはごく簡単なショート記事にさせて頂きたいと思います。

最近のうちのブログの東方語りでは、白蓮さん・早苗さん・ゆゆ様については、
一つのキャラだけで8~11回程度も記事として掲載をさせて頂きました。
特に早苗さんとゆゆ様に関しては、とにかく「書くことが一杯あり過ぎて書く事自体がとってもハッピーで嬉しい!」
みたいなノリノリの気持ちで書かさせて頂きました。

「紅魔館」メンバーの中ではパチュリーさんに続け二人目の語りとなるのですけど、
今回から「レミリア・スカーレット」、通称、レミリアお嬢様の事も語り始めさせて頂きたいと思うのですけど、
このレミリア様もとにかく書くネタが満載と言うのか
ネタ的には困らないキャラですし、
多分ですけど、記事として書くことがたまらなくハッピーな気持ちにさせてくれるキャラでもありますので、
私自身も楽しみながらこのレミリア様については、比較的長期間になるかとは思いますが
書かさせて頂きたいと思います。

レミリア様は、紅魔館の主で、500年以上の歳月を生きてきた吸血鬼の少女です。
そしてレミリア様には「フランちゃん」という東方でも屈指の人気キャラの妹がいます。
そうそう・・・東方人気投票においては、この紅魔館メンバーの中に3人もランクインしているのですけど、
主のレミリア様を差し置いて、メイドの十六夜咲夜と妹のフランちゃんが上位にランクし続けているのも
なんか面白い話ですよね!
というか、この3人はこれだけ長期間ランクインし続けているのは「さすが!」という感じですし、
この3人の魅力が尽きない事を立証していると思います。
しかも、フランちゃんというのは東方でも屈指の「箱入り娘」で、公式ゲーム・漫画・書籍であんだけ登場している頻度が
少ないのに、姉のレミリア様よりも常に上位にランクし続けているのもある意味すごい話ですよね。

レミリア様は、 吸血鬼としては極めて少食で、人間から多量の血が吸えないとの事で、
吸い切れない血液をこぼして服を真っ赤に染めるため「スカーレットデビル(紅い悪魔)」と呼ばれています。
西洋の吸血鬼というと「ドラキュラ」じゃないけど
なんかとてつもなく「怖い」とか「恐怖のどん底」というイメージが強いのですけど、
レミリア様の場合、見かけが大変幼くてかわいらしい雰囲気を有していますので、その元ネタの「伝説としての吸血鬼」との
ギャップが楽しいものがあります!

レミリア様は、500歳、フランちゃんは495歳という設定なのですけど、
永琳様・ゆかりん・因幡てゐ・ゆゆ様と言った幻想郷内のとてつもなくご長寿の妖怪・妖獣・幽霊・月界の住民から
見てみると
「え・・・500歳・・!? まだまだおこちゃまね・・」という感じでしか見られないのかもしれないですよね。
そう言えば・・・1000歳と言われているあややよりも全然年下なんですよね・・・(笑)

ま、今回は短めで終わらさせて頂きますので、この続きはその②以降で、
楽しく語らさせて頂きたいと思います。







さてさて、今回も「dream fantasy」のアミグリさんの素敵なイラストのご紹介をさせて頂きたいのですけど、
アミグリさんが描かれる東方キャラのイラストはかなり多岐に渡っていて、
「東方キャラはこんだけ魅力的で人気キャラが数多くいて、描かれる方の描き分け等のご苦労を考えると
大変なものがあるよな・・」と思う事はよくあるのですけど、
アミグリさんの場合、その「描き分け」が大変丁寧で細かい仕事をされていて、
見ているだけでその点だけでも大変好感が持てますし、「すごいなぁ・・」と感心させられてしまいます。
アミグリさんが描かれる東方キャラなのですけど、
何となくですけど、霊夢・魔理沙・フランちゃん・こいしちゃん・妖夢がその中でも特にアミグリさんの十八番なのかな・・?とも
思ったりもします。
そしてその中でも特に群を抜いた存在なのがフランちゃんなのかな・・と思います。
アミグリさんが描かれたイラストはどれも本当に素晴らしいものばかりなのですけど、その中でも特に特に・・
フランちゃんとこいしちゃんの作品は、「神降臨!」とか「最高傑作」みたいな言葉が陳腐に感じてしまうほどの
まさしく「アミグリさんの全てのプライドが結集した作品」と言えると思います。

さてさて・・・上記のイラストは、そのフランちゃんのお姉さまで
上記で語らさせて頂きましたレミリア・スカーレットお嬢様です!

ちなみにこちらのレミリア様のイラストは、アミグリさんが2013年4月に描かれたものです。

これは文句なしに可愛い!!

レミリア様は、吸血鬼とかスカーレットデビルとかカリスマ性というイメージも大変強いのですけど、
私としては「強烈なカリスマ」としてのレミリア様よりは
こうした可愛い雰囲気のレミリアお嬢様の方がなんかよりしっくりとくるような感じもあります。

レミリア様と言うと、背中のあの翼というのか「悪魔羽」が大変印象的で大きな特徴なのですけど、
何となくですけど、「こうもり」っぽくも見えたりもしますよね(笑・・)
実際、ゆゆ様からは一度「前から思ってたんだけど・・貴方ってコウモリ傘みたいね。」とも言われていますけどね・・・(笑)

だけどアミグリさんが描かれるレミリア様の羽は「蝙蝠の羽」ではなくて悪魔の翼みたいな雰囲気を
大変巧く引き出していると思いますし、
同時にとっても可愛らしく描かれていますよね!

アミグリさん、いつも本当にありがとうございます!!

最後に・・・

アミグリさんが過去に描かれた「フランちゃん」の素敵なイラストが掲載されている
アミグリさんの「dream fantasy」の記事のリンク貼りをさせて頂きたいと思います。

→ フランちゃん(*´▽`*)

→ フランドール

多分ですけど、レミリア様の記事は長期化する事間違いなしですので、
アミグリさんが描かれたフランちゃんのイラストも随時ご紹介をさせて頂きたいと思います。
2.佐賀商業高校


B/バレエ音楽「ペトルーシュカ」より(I.ストラヴィンスキー)


1991年の全国大会・高校の部を実際に生で聴いた方から別に直接聞いたとかそういう訳ではないのですし、
これはあくまでも当時の私自身の記憶と感覚ではあるのですが、
プログラム1番のある意味大御所というのかカリスマ的存在の「淀川工業」の注目の朝一番&休み明けの演奏が
終わってしまうと、
なんとなくですけど・・・
それまでどことなく普門館全体に感じられた「ピーーンと張りつめた緊張感みたいな空気」が
なんか消散してしまったというのか緊張感が少し薄れてしまったというのか、
まだプログラム2番だというのに、なんかリラックスした空気に変わっていったような印象もあります。

結果論になるのですけど、プログラム2番~4番の佐賀商業・基町・武生東は、確かに頑張ってはいたのですけど
ちょっと全体の水準としては「すこーし落ちるのかな・・」という感じの演奏で、結果としても銅賞と言う事もあり、
朝一番のビッグネームの演奏が終わると、
なんかとてつもなく「眠たくなってしまった・・」みたいな記憶が残っています。
もちろん、佐賀商業の木管セクションの細かい動きの難しさとか基町の「寄港地」のオーボエの高校生離れした上手さとか
覚えてはいるのですけど、
なんとなくその辺りの記憶が曖昧・・・そんな感じはあったと思います。

そしてそうした会場全体に漂っていた「停滞感」というのか「眠気」を完璧に吹っ飛ばしてくれたのが
プログラム5番の習志野高校の目の覚めるような素晴らしい演奏だったようにも思えます。

さてさて、佐賀商業の演奏ですけど、
課題曲B/コーラルブルーはちょっと演奏がオーバーヒートしてしまって、
確かに「熱さ」とか「届け! 私達のこの想い!!」というのは十分すぎるほど伝わってきたのですけど、
ちょっと重たい演奏・・・
このコーラルブルーという課題曲は元々が「大変鳴る曲」でもあると思いますので、指揮者は意図的に
奏者をコントロールしないとなかなかこの音楽を的確に表現する事は難しいと言えるのかも
しれません。
演奏は音量的にも感情的にも熱めの演奏なんだけど、木管がうすめ、金管が優勢という感じで
少しバランスが悪かったのも勿体無い感じはありました。

自由曲の「ペトルーシュカ」ですけど、確かこの演奏は小長谷宗一氏のアレンジだったかな・・・?
90年の高岡商業とか92年の西宮吹奏楽団も確かこの小長谷氏のアレンジ版を使用していたせいもありますが、
確か、私の記憶では、
第一場・謝肉祭の市場と第四場・夕べの謝肉祭の市場から構成していたと思います。
全体のメインは、「ロシアの踊り」と第四場の「仮装をした人達」だったと思います。
演奏ですけど、一言で言うと、木管の細かい動きに、消化不良の箇所が結構散見され、
そのあたりが少し「粗削り」みたいな印象につながっていたようにも感じられます。
木管が少し浮ついているから、全体的にも少し不安定でサウンド的にも、楽器の生の音が直接耳にこだまするような
「生臭い」感じがあったのも少しマイナスかな・・とも思ったりもします。
全体のサウンドの流れとかスピード感は決して悪くはなく、課題曲同様、「若さと勢い」は十分伝わっていただけに
少し惜しい感じはあります。
1976年の秋田南は、ラストはトランペットのソロで締めくくりましたけど、
かなり賑やかな部分で終らせていたような記憶があります。
原曲で言うと、仮装をした人たち~喧嘩の場面で曲を終わらせていたと思います。
(私の記憶違いでしたら、申し訳ありません・・・・)
「ペトルーシュカ」には色々と版があるみたいで、曲の閉じ方も版によって違いはあります。
個人的には、ラストがトランペットのソロで終わる版の方がしっくりくる感じは
あるのですが、
版によっては、どんちゃん騒ぎで終わらせるものもありますし、
指揮者の解釈によって、随分と印象も変わるような感じもしますね。
小長谷氏のアレンジは、第四場をどんちゃん騒ぎ的に終わらせた版を採用したと思われるのですけど、
それが76年の秋田南との曲の閉じ方の違いになったと言えるのかもしれないですよね。

そうそう・・・この年というか多分今もそうですけど、「ペトルーシュカ」はアレンジ版としての吹奏楽の演奏は
可能なのですけど、
著作権の絡みで録音は不可となっていましたので、
佐賀商業も90年の高岡商業とか92年の西宮吹奏楽団も「ペトルーシュカ」の演奏はCDとして収録されていません。

その意味ではまさに「幻の演奏」と言えるのかもしれないですよね。

1976年の秋田南高校のあの伝説の名演のペトルーシュカがいまだにCDとして復刻されないのは
たぶんこの著作権の絡みなのでしようね。
うちのブログではやたらと埼玉県ローカルアニメ「浦和の調ちゃん」の事ばかり書いているのですけど、
それを書いているポンコツ管理人は、あくまでも、
さいたま市民ではなくて、さいたま市南区に隣接している「川口市」の住民です・・・(笑)
川口市の場合、毎年「たたら祭り」というかなり盛大に開催されるお祭りが毎年催され
今年も8/6~7の二日間盛大に開催されていました。
このお祭りの目玉は何といっても川口オートレース場から打ち上げられる花火ですけど、
これは本当に美しいですし、大変迫力があります。
だって・・観客席から見てみると本当に真上で花火がドカンドカンと盛大に花を咲かせてくれていますから!!

「川口市」というと古くは「鋳物の街」として全国的にも知られ
吉永小百合の映画、「キューポラのある街」の舞台ともなったところです。
「たたら」というとそうした「鋳物」と関連がありますけど、
それでは「たたら」と言うと何かと言うと・・・

もともとは製鉄の時に風を送る「ふいご」を意味し、由来を広く遡って考えれば、古代朝鮮語の解釈で
「もっと加熱する、強く加熱する」・ダッタン語(モンゴル・トルコ系)の「猛火」とも取られるようです。

また、「たたらを踏む」とは、足でばたばた踏みつける事。「地蹈鞴(じたたら)」が「地団駄(じたんだ)」に転じたのです。
「地団駄」には「足摺」という意味もあります。「たたらを踏む」作業はかなりの労働力を必要とします。
その辛さを紛らわすために、「たたら節(歌)」を歌い始めたといわれています。

また、アニメ映画「もののけ姫」にも「たたらを踏む」シーンがあります。

最近、東方Projectのキャラの一人の「多々良小傘」について書くことがありましたけど、
多々良=たたらという事で
この「たたら」にも大きく関係するようですね。実際多々良小傘は「鍛冶の名人」という設定でもありますからね!

ローカルネタですが、
ケーブルネット埼玉では、上記の花火大会とかたたら祭りはリアルタイムで中継されることもあります。
確かいまから9年前の事だと思いますが、
うちの奥様とたたら祭りを見に行き、
丁度ケーブルネット埼玉主催の「賞品付のクイズ大会」出場者の募集をしていましたので
出てみる事にしました。
ま、ケーブルネット埼玉なんて見ている人はほぼ皆無・・・という非常にローカル局で
見ていた人はまずいないと思いますが、
一応リアルタイムで、このクイズ大会は中継されていました。
(だから・・・一応は限りなくローカル曲ですけど夫婦でテレビ出演を果たしたことになります・・苦笑・・)
いざ自分達の出番になると、
それまでは歴史とか芸能関係といった簡単な問題ばかり出題されていたのに
自分達の出番のクイズは
「さてさて、スタッフの〇〇さんが右手に隠し持っているものは次の三つの内
どれでしょう・・・??」みたいな身内ネタが第一問で来てしまい、
あえなく第一問で敗退・・・・という「トホホ・・・」な結果になってしまいました・・・・
しかも・・・
こんなローカル番組何て誰も見ている訳ないよね・・・と思っていたら・・・・
近隣の方から後日・・・・
「あれれ・・、先日は第一問で敗退して残念だったね・・」とまさかのツッコミが入り
あの時は・・・・全く言葉が出てこなかったです・・・(苦笑・・・)

前置きが長くなってしまいましたが、
この「たたら祭り」のイベントの一つとして「魔法つかいプリキュアショー」が
開催されていました。
毎年このお祭りでは「プリキュアショー」が開催されていて、時期的に「追加戦士」がお披露目された時期とも
重なります。
2013年はエース、2014年はフォーチュン、そして昨年はトワイライト様・・・じゃないスカーレットが
それぞれお披露目をされていました。
今年の関心事は何かと言うと、もちろん、フェリーチェは登場してくれるのかなぁ・・と言う事ですけど、
同時に果たして「敵幹部」はどうするのだろう・・・
流れからするとヤモーなのかな・・・と予想していましたけど、果たして誰が登場したのでしょうか・・??

それにしても・・・・8/6の埼玉は異常に暑かったです!!

この魔法つかいプリキュアショーが始まったのは午前10時だったのですけど、
多分、この時間帯で既に気温は33℃くらいには上昇していて
炎天下の下、見ているだけで「汗だく」状態です・・・
プリキュアを被っている中の女の子たちも・・・多分・・・・相当暑かったと思いますけど
そんな事を全く感じさせないその元気溌剌な活発で躍動感ある動きには、本当にいつも頭が下がる思いですね・・・
ま・・・そういう私自身も、当日は仕事のはずなのに、プリキュア見たさに
仕事を(例によって?)抜け出し、ネクタイ着用のまんまプリキュアショーを汗だくで見ていましたので、
人の事は全く言える立場ではないです・・・(笑)







さてさて、今回の魔法つかいプリキュアショーの一つの関心事は、
フェリーチェもそうなのですけど、
現況、7/31の放映でヤモーすら消滅した敵幹部において、現況、敵幹部が見当たらない状況の中、
一体誰が敵幹部役として登場するのかな・・と思い、その点は興味津々でした。
「まさか・・・バッティーさんの続投なのかな・・それとも意表を付いてヤモーかな・・」と思っていたら、
まさかまさかの・・アニメ本編ではプリキュア達に浄化・消滅し、本来のカメの姿に戻っていたはずのガメッツでした!

なんか会場内も・・「え・・まさか・・!!」みたいな意外感に包まれていたような気もします・・・(笑)

プリキュアショーでのガメッツは結構お茶目さんで、
プリキュア達に追い掛け回され息が上がりまくり、中々「魔法入りました!」と言った怪物を呼び出せませんでしたし、
ゲストのファッションデザイナー志望の美鈴ちゃんに
「あなた、可愛い! このカメの甲羅が素敵!!」とクルクル回転させられていたりもしていて
結構楽しかったです。

そうそう・・今回大変興味深かったのは、司会者のお姉さんもなぜか・・(?)戦闘に協力していて、
モフルンを抱えながら
観客たちに「応援」要請をしていました・・・(笑)


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今回の目玉はやっぱり誰が何と言っても「キュアフェリーチェ」のお披露目ですね!!

改めて感じたのですけど、最近のプリキュアショーの「被り物」は本当に完成度が高くて
アニメでの雰囲気を被り物としてもほぼ完璧に再現していると思いますし、
違和感は全くありませんでした!

とにかくこの被り物としてのフェリーチェもめちゃくちゃ可愛くて、目の前でフェリーチェがドタバタと動き回っている様子は
見ていて惚れ惚れとするものがありますね!
一応は「緑キュア」という位置づけなのですけど、
アニメ本編以上に「フェリーチェは白キュア・・・? または水色キュア・・?」みたいにも感じたものでした。

とにかくとっても可愛いです!


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ちなみに戦闘シーンにおいては、ミラクルとマジカルは前回のプリキュアショー同様に
ダイヤ→ルビー→ダイヤと二度も「お着替え」をお披露目してくれていて、こちらもとっても
楽しいものがありました!

ミラクル・マジカル・フェリーチェ・ガメッツ・ヨクバールの乱戦状態は、かなり迫力がありましたし、
特にミラクルの「蹴り」は結構強烈なものがありました。
あれ、中の人もまともに食らったら相当痛いのかも・・・・?

エンディングのダンスも後期EDがお披露目されていて、こちらもとっても素敵でした!!

→その②に続く・・・
我が家はずっと「ケーブルネット」を利用しています。
これはもう昭和の頃の話らしいのですけど、
我が家から半径300m圏内に、埼玉県でもかなり大規模な「UR高層団地計画」が持ちあがり、
要は、高さ14~16階建の高層賃貸住宅が合計30棟近くも建築されるというかなり巨大開発だったのですが、
その際に近隣住民との計画についての説明会開催時に、「高層物件建築による電波障害」に対する懸念が
相当強かったとの事です。
その際に、建築の条件として、UR側が無償で一定地域内にケーブルを引くという事で折り合いが付いたようで、
その結果として、
我が家は、テレビ・電話・ネットは全て「ケーブルネットのパックセット」契約になっています。

ネットのプロバイダは、初期の頃は、埼玉ケーブルだったのですけど、この3年近くで
埼玉ケーブル→JCNと一方的に変更されたのですけど、
今年の8月1日をもってまたまた、JCN→J-comにプロバイダが変更になってしまいました。
以前のJCNの際は、メールアドレスの変更とかアカウントの変更設定は求められなかったのですけど、
今回のJ-comは、なぜかしりませんけど、
全利用先に対して、メールアドレスの変更とアカウントの変更を求めてきて、
「7/31までは従来のメールアドレス使用可能だが、それ以降は使用不可」と通達を出してきています。

うーーん、なんか「面倒くせぇ・・・」という感じですね・・・・

この案内は、実は昨年の6月に既に届いていて、
20ページ近い「インターネット環境設定通知書」みたいな厚めの冊子も入っていて、
要は、この分厚い冊子を熟読した上で、各自で設定変更を宜しく・・!!みたいなものなのかもしれません。

そうですね・・・・
ま、確かに「いつかは設定変更しなくちゃいけないな・・」と思ってはいても、
なんか細かい文字でびっしりと書かれた設定通知書なんて、なーんか今一つ読む気が
失せてしまうのですよね・・・・
気持ちとしては、ハピネスチャージの敵幹部・ナマケルダの言葉じゃないけど
「そんな面倒な設定通知書にいちいち目を通すのは面倒くさいで゛すぞっ!!」という感じですね・・・(苦笑・・)
うちの奥様なんて、昨年の6月末には既に完了していましたので、
彼女から言わせると・・・「バッカじゃないの・・・!?」という感じらしいですね・・・(苦笑・・)

結果的に使用期限の7月末を超えても、なんか面倒くさくて、この手続きはしていませんでした・・・
そうですね・・・
気持ちとしては
「ま・・別にメールはそんなに頻繁に使用しているもんじゃないし、最近頻繁に来る外国語の迷惑メールが
結果として届かなくなるから、別に手続しなくてもいいじゃん・・・」
みたいな感覚でしたけど、
ま・・さすがにメールの環境設定を放置していると
例えば、ブログの諸々の連絡等も見過ごしてしまう事にもなりかねませんし、
色々と不都合な事も出てきましたので、
先日、やっと設定手続きを完了させ、新しいメールアドレスやアカウントの取得も図る事が出来ました!

それにしてもこうしたマニュアルというのか説明書は、どうしてこうも面倒に細かく書いてしまうのでしょうかね・・?
だけど・・・はっきり言ってしまうと、設定の手続き自体はとっても簡単です!
環境設定通知書に基づいて進めていくと、なんかとてつもなく面倒な事をしている印象があるのですけど、
要は、アウトルックの電子メール設定変更を4つほどの項目を入れるだけで完了してしまうほど
手続きとしては難しいものではないはずだと思うのです。
ま・・1年近く「面倒くさい」と放置していた自分が言うのもなんですし、
ハピネスチャージのファントムがブルーに対して発した言葉じゃないけど、
まさに・・・「(そんな・・難しくないだなんて)お前が言うなー!」の世界になってしまいますね・・・

あの環境設定通知書ですけど、あんな分厚くて分かりにくい書き方をしなくても、
なんか1ページぐらいのコンパクトな感じにまとめてしまう事も全然可能だとも思うのですけど、
やはり「万人・万能向け」用のああした説明書というものは、
単純に書こうとするあまり、かえって伝え方がややこしくなってしまうみたいな典型的な事例と
言えるのかもしれないですね。
前回のゆゆ様 その④の続き、そして金曜日の永琳様記事の補足でもあります。

そして今回は「東方儚月抄」にのみ的を絞り、八雲紫の「真意」について少しばかり考えてみたいと
思います。

この作品は漫画版・小説版の両方読まないと正直あまりよく分からないと言えるのかもしれません。
東方の公式本って、漫画・書籍も正直そんなに難しくは無い、むしろサクサクと読めてしまうみたいな印象も
あるのですけど、
この「東方儚月抄」に関してだけは、少しばかり難易度が高いとも言えると思います。
出来ればの話ですけど、漫画版である程度の概要を把握された上で改めてこの小説版を読まれた方が
作品全体の「意図」が読み通せるような気がします。
最初にいきなりこの小説版を読まれても、そうですね・・・正直あんまりよく分からないのではないのかなとも
思ったりもします。
小説版は、章によって語り手が異なるというのか「視点」をあえて変えている手法を取っていますので、
東方初心者の方には正直・・・不向きかと思われますので
その点は何卒ご理解頂けると幸いです。

漫画版を読んでみると、色々と不明点というのかすっきりとしない点が多々あるのかとは思います。
その一つが「ゆかりん=紫様の思惑」というのか「紫様の真意」だと思います。
ゆかりんがあの豊姫への屈辱的な土下座と謝罪、そして藍と共に両手を縛られるというまさに屈辱!!
そんな事まであえてして、ゆかりんが「求めたもの・欲したもの」って一体何なのでしょうか・・?
漫画版では、その点は「綿月姉妹をぎゃふんと言わせる」という一泡吹かせるみたいな事だけで説明をしているのですけど、
それだけだとなんか意図があまりにも脆弱すぎる気がするのです。
あの誇り高き紫様が・・・あのプライドが高くて「自分こそが幻想郷を守り愛している最大の功労者」と考えている
紫様が第一次月面戦争に対して一矢を報いて実質的に月世界のリーダーでもある綿月姉妹をぎゃふんと言わせるだけで
あの屈辱を我慢できるものなのでしょうか・・・?
否!! 我慢できる訳がないのです!! だって・・・あのゆかりんですよ! あの紫様が
瞬間的な「ぎゃふん!」だけで満足できる訳ないでしょ・・・という事をどうしても考えざるを得ないのです。

紫様の思惑としては、
表面的には、第一次月面戦争での敗北という「屈辱」を何とか果たしたい・・と言う事でしょうし、
退屈で困っていたレミリア様が
「どうせ月世界に行ったって敗北するのは分かっているし、とてもとても今の幻想郷の力では
あの月世界の奴らに勝てる訳がない・・」というのは最初から承知の上で
退屈しのぎに「一緒に再度月世界を侵攻してみないか」というゆかりんの申し出
に表面上乗っかったと言えるのかとは思えます。

紫様の「昔の屈辱を果たす」とか「リベンジ」というのは、別に紫様の真意でも何でもないとそれは断言できると
思います。

本当の「真意」は別の所にあるとは誰もが考える事だと思います。

ゆかりんがあの二重囮作戦をしてまで・・・
そして(わざと・・表面的に・・・)「土下座して謝罪」という事まであえてやって紫様が意図した事って
一体何なのかな・・・・
表面的には、二重の囮を使って綿月姉妹を釘づけにしている間にゆゆ様に月世界の何かお宝を盗ませることで、
月世界の人たちに「とてつもない不安感と薄気味の悪さ」を与えることで
第一月面戦争の敗北の雪辱を果たしたというのは・・・ちょっと違うような気もしますし、
ゆかりんがその程度の「成果」で満足できるとは到底思えません・・・・

だからこそ、ゆかりんの意図は・・真意は何なのだろう・・・というのが何か引っかかったりもします。

小説版の最終話とかゆかりんと藍との会話などから判断すると、
やっぱり・・・
あの永琳様の存在が紫にとっては大きいのかな・・とも思います。
(紫はそれを「住民税」みたいな言い方で話していたのが大変印象的です)
紫の本音というのはあくまで「幻想郷内の秩序を維持する事」です。
そして換言するとそれは、「幻想郷内のパワーバランスを維持する事」だと思います。
ゆかりんにとって、例えば・・・神奈子と諏訪子と早苗さんのように外界からやって来た者であっても
結果として幻想郷内の信仰が増えて、神と妖怪の存在意義が高まるというのであれば、
それは全然OKなのだと思います。
また聖白蓮のように「神も仏も人も妖怪も皆平等」と考える御方は、ゆかりんにとっては
「こんなありがたい御方はいない」みたいに感じているのかもしれません。
つまり、神奈子も早苗さんも白蓮さんも別に「人間側」だけの立ち位置に立っているとはいえないのです。
幻想郷における最大の罪とは何かと言うと、「東方鈴奈庵」で示唆されたとおり、
「人間が妖怪化する事」なのです。
幻想郷は、外界との間に結界を張る事で外界から完全に遮断された世界であり、
その世界に妖怪たちが棲みつき、「妖怪は時に人を襲い、人間は妖怪を敬い恐れるもの」という暗黙のルールの下、
共に共存共栄していくというものであり、
どちらかの勢力が過度に大きくなる事は絶対にNGなのです。
紫様にとって一番恐れる事態は何かと言うと、「何らかの要因」により、人間が過度に力を付けたり、
場合によっては人間が妖怪化する事により、人間化した妖怪が既存の妖怪勢力を凌駕する事なのだと
思います。
つまり、紫さまが一番願っている事は、幻想郷内のパワーバランスを現況通り維持し、
人間が過度に力を持たないようにすることなのだと思います。
だからこそ、紫様は、幻想郷内の人里に「座敷童」というスパイを放ち、人間たちの動向を日々監視し、
時には、式神の藍を使って幻想郷内の結界のチェックや人間たちの動向確認を
させているのです。
細かいツッコミですけど、幻想郷内には「上白沢慧音」という「人獣」、つまり半分妖怪化した人間も
確かに存在しているのですけど、
慧音の目的はあくまで「幻想郷内の歴史を伝えること」にあり、人間の勢力拡大という事には興味が無い様子ですので
ゆかりんとしては「ま・・慧音は関係ないわね・・」という事なのかもしれません。

だけど・・・・
永琳様・優曇華・輝夜のように「月世界」からやってきて、
幻想郷内の「迷いの竹林」の中に「永遠亭」を築いて、そこを拠点としてやっている事と言うと・・・
妖怪寄りの立場・行動というよりは、
例えば、人間に対して薬を調合し、病気の処方・治療までするなどどちらかと言うと人間よりの行動を
取っています。
それに対して紫としては・・・・
「薬の調合程度なら別にかまわないけど、あまりにも人間寄り過ぎると、幻想郷内で
人間の勢力・パワーが増大してしまう危険性がある」
「そうした幻想郷内での人と妖怪のバランスを逸脱する行為はいかがなものか・・・」
「今のうちに・・・何か手を打っておかないと・・・・」
「そうだ・・・! 何か警告みたいなものを事前に発するのも悪くは無いのかも・・・・」
「永琳一派は月世界出身であるから、月に関わる騒動を起こして、永琳に、今後あまりにも目立つ行動を
取り過ぎると、今度はこんなもんじゃ済まさないよ・・みたいな予告を事前にするのも悪くは無いのかも・・」
「永琳は月の使者を全員殺して、この世界に残っている経緯もあり、月に対しては何かしらの
うしろめたさは感じているはず・・・
その月に関する事で、私・・・八雲紫が関わっているという事を永琳に見せつけておけば・・・
永琳もきっと何かは察するはず・・・」
「永琳は不老不死・・・これからずっと未来永劫生き続けるのだから、今回の二重の囮は見破ったとしても
今後も誰かが月世界に対してちょっかいは掛け続ける事は可能という不気味さを永琳の長い余生の間に
植え続けさせることは、もしかしたから必要なのかも・・・」

そんな事をゆかりんとしては意図したのかもしれないですよね。

8/5(金)の記事にて、私のあくまで脳内妄想として
「永琳は、未来永劫生きていかなくてはいけないという宿命を背負っているため、
輝夜を守る命題の他に、何かをしていないと生きている気がしないという純粋な気持ちから
新薬開発に取り組み、そのために人体実験的な臨床データを日々集めている」
みたいな事を書いたのですけど、
永琳はあくまで主目的は輝夜を守る事、副目的は新薬開発という事で、そこには別に
「幻想郷内におけるパワーバランスを崩す」とか「幻想郷のある意味・主でもある八雲紫とやり合う」
みたいな意図は全く無いとすら思えます。
だけどゆかりんにとっては、
永琳の「人間に新薬を提供する」とか「置き薬配備」という行為自体が
「これは可能性的に、人間の寿命を無限大に伸ばしたり、人間が元々秘めていた能力を無限大に
発揮させたり、
はたまた・・・妖怪すらも上回る力を人間が持ってしまうのではないのか」という永琳に対する「一つの疑いの目」を
持ってしまう事に繋がってしまったのではないのかなと思います。

永琳様は元々月から来た種族です。

そして永琳が元々住んでいた月世界は、幻想郷の全妖怪を結集したとしても勝てそうもないとてつもない
戦力差があるところなのです。

紫様としては、

「確かに永琳は月の使者を全員ぶち殺し、月世界に帰りたくとも帰れない立ち位置」

「だけど、月世界の現リーダーの綿月姉妹は今現在も永琳を慕って尊敬しているから、
永琳が月世界の住民たちと和解を図る可能性だってある」

「恐ろしいのは、永琳と月世界の住民が結託して、幻想郷の人間を巻き込んで、
幻想郷内のパワーバランスを著しく損ねてしまう事、
それだけは絶対に避けたい・・・」

「そうだ、それだったら、今のうちに永琳に対して月世界に関する事で何らかのプレッシャー、何か目に見えない不安を
今のうちに与えておく必要があるのではないか」

もしかしたらそうした事を考えていたのかもしれません。

永琳様としては、
「私は幻想郷という静かな場所で輝夜と共にひっそりと目立たぬように今後も・・否! 永遠に暮らしていきたい」と
願っていたのかもしれないですけど、
「永琳の将来の危険性」を今のうちに摘んでおこうと紫は意図したと言えるのかもしれないです。

小説版の「東方儚月抄」の最重要と思える部分を下記に抜粋させて頂きたいと思いますが、
それを読んで頂いても、紫様の意図はある程度は把握することが出来るのかなと思います。

「新しく住人となった月の民は、妖怪ではなく人間であることを選んだの。つまり、
永遠亭のあの者達は人間を選んだのよ」

「あの者達は妖怪のルール下には入らず、人間の社会に入ろうとしているじゃない?
薬を売って歩き病人が居れば診察する。それは人間の世界での営為であり、妖怪の社会のそれとは異なる」

「確かに、我々妖怪とはちょっと馴染めてないですね。里の人間にとっては変わった妖怪だと
 捉えられている様ですが…」

「しかし、幻想郷の人間の義務を果たしていない」

「人間の義務…ですか。そう言われてみればそんな気もしますね。あの者達は妖怪を恐れないし、
 それどころか人間の力を強めパワーバランスを崩しかねない。ですがそれと月侵略計画と何の繋がりが…」

「さっき言ったでしょう? 私は住民税が欲しいと。
 人間の力を強めると言っても、怪我や病気を治したり、人間の護衛につく程度なら何て事もない。
 それよりは、納税の義務を果たして貰わないと、社会には参加できていない」

そうなんですよ!! ここ!! まさに小説のこの部分が「最重要部分」だと思います!!

ゆかりんは「住民税」みたいな表現を取っていますけど、
これは換言すると・・・・
「あなた達、永琳一派は幻想郷に逃げ込んできて、ここでひっそりと暮らしている。
それ自体は私は何とも思っていない。
そのまんまひっそりと永遠に生き続けていけばいい。そんな事は私のしったことではない。
だけど、幻想郷で暮らしている以上は、幻想郷のルール、つまり、人間に対して過度に肩入れせずに、
人と妖怪のパワーバランスを絶対的に守れ!!」という事なのだと思います。
つまりは「郷に入れば郷に従え!  幻想郷で永久に暮らす決意をしたというならば
幻想郷のルールに従え!」という事なのだと思います。

それにしてもゆかりんはある意味性格がお悪いのかも・・・(笑)

だって、「永琳に対する警告とプレッシャーを与える」という唯一つの目的に対して、
霊夢・魔理沙・レミリア様・十六夜咲夜という東方のまさに「トップスター」たちを見事に「咬ませ犬」にして
時間稼ぎの役割にしてしまうのですからね・・・
結果的に全員無事に戻ってくることは出来ましたけど、あややが示唆する通り、
神降臨を実践できる霊夢だけを月世界にて「処刑」することだってやろうと思えばできたはずなのです。
そういう危険性をあの月侵攻は秘めていたはずなのです。
月へのロケット製作と月旅行、そして綿月依姫とのあの戦いを全て霊夢たちにやらせておいて、
結局、霊夢たちは綿月依姫に完敗で、この「東方儚月抄」に関しては、本当にいいところがあんまり無かったですからね・・・・
ま、レミリア様にとってはいい退屈しのぎが出来たし、
咲夜にとっても「おぜうさまが楽しめたんだからいいんじゃないの・・?」みたいな感覚しかないのかもしれないですよね。
霊夢にとっては「住吉さん」という神降臨の技術を取得できただけでも御の字という感じなのかも
しれないですよね。

ゆかりんとゆゆ様は、漫画版においては、底巻のラストのあの宴席シーン以外は実は一度たりとも
会っていないのですよ!!
何も事前打ち合わせをしていないどころか、作戦会議も協議どころか、手紙とか、文面での指示書とか
とにかく・・・一言すら「言葉」を交わしていないのに、
まさに・・以心伝心というのか「あ・うんの呼吸」でお互いがお互いの意図するところをわかって
ぶっつけ本番で行動し、
結果的にそれが「成功」しちゃう点は、本当にあれは「すごいな・・」と思ってしまいます。
ゆかりんも素晴らしいけど、それ以上にゆゆ様が素晴らしいのだと思います!
妖夢が自分の判断で紅魔館のロケット製作の監視を続けていたのも、ゆゆ様にとってはお見通し済!
そしてロケット製作に行き詰まりを見せていた紅魔館側に対して、妖夢をメッセンジャーにして
ロケットの推進力のヒントを与えてしまう点も
ゆゆ様の「推察力」というのかその「予測性」に対しては、本当に「お見事!!」の一言に尽きるのだと思います。

上記にて「永琳の将来の危険性」を今のうちに摘んでおこうと紫は意図したと書かせて頂いたのですけど、
そのために紫様が永琳様に対して発した警告と言うのかプレッシャーというのは、
果たしてどういう事が一番効果があるのでしょうか?
永琳様が一番嫌がる事は「輝夜に対する攻撃」だと思うのですが、中でも一番大きそうなのが、
「月世界側からの干渉」なのではないのかなと思います。
紫様としては、
「自分たちはいつでもどんな時でも未来永劫、月世界に対してちょっかいを掛ける事は出来る」
「そうしたちょっかいを月世界側が嫌がって、月世界が結集して幻想郷に対して総攻撃をかける事だって
ありうる・・」
「幻想郷に対する総攻撃として当然・・・輝夜を再度月界に連れ戻し、そこで改めて輝夜に処分を科すことだって
ありうるはず・・・」
「そういう事があなた、永琳が一番嫌がる事じゃないの・・・?」みたいな事を紫様は意図したのかも
しれません。
「自分たちはいつだって月世界に行って色々と余計な事を仕出かすことが出来る」という事、
そして・・・
「今回の一件を見て分かる通り、あなたが見破った二重囮作戦をすり抜けて、第三の刺客が
綿月姉妹のお屋敷に忍び込むことだって、私たちはいつでも出来る!
今回は酒泥棒で勘弁してあげたけど、次回はこんなもんじゃ済まさないわよ!!」
そういった事を
永琳様にわからせる方法というのが、
漫画版でも小説版でも提示されていた「綿月姉妹のお屋敷からなにか大切なお宝を盗んでくる」という事なのだと
思います。
そしてゆかりんは、二重囮作戦という大変まどろっこしい事を実行して、
最終的にゆゆ様にさせていた事が
その「綿月姉妹のお屋敷から何か大切なものを盗んでくる」という事だったのです。
つまり・・・二重囮作戦とは全く別のその盗み出し作戦こそがゆかりんが「最終目的」だったと言えるのです。

そしてその「盗み出し」を実践したのが、ゆゆ様だったのです!

改めてですけど、ゆゆ様は別にゆかりんから
「綿月姉妹のお屋敷に忍び込んでこういうものを盗んできて!」みたいな指示は事前に全く受けていません。
それでもゆゆ様は、言葉は何も交わさなくても
ゆかりんの「意図」を全て見通し、ゆかりんが希望する事をほぼ100%実践して、無事に幻想郷に
戻ってくるのです!
いや―――、やっぱり、ゆゆ様は素晴らしいです!!

まさにゆかりんとゆゆ様の「あ・うんの呼吸」の素晴らしさであり、あの以心伝心振りは
若い(?)霊夢と魔理沙の「れいまりチーム」には絶対に望めないことだと思えます!!

漫画版においては、そのゆゆ様が盗み出してきた「お酒」は、紅魔館のプールにて霊夢たちに振る舞って
いましたけど、
小説版はこの辺りはもっとシビアです。
というか小説版の方が圧倒的に面白いし、紫様の「永琳への悪意」がむき出しとなって表れます。

その辺りをこの⑤で語っておきたいのですけど、それをやってしまうと
只でさえ今現在も凄まじい長文となっているのに、更に凄まじすぎるほどの(?)超・長文記事になってしまいますので、
この続きは、ゆゆ様 その⑥で語らさせて頂きたいと思います。
小説版の最終章の紫様と永琳様の二人だけの「宴席シーン」はとにかく、ゾクゾクとさせられたもので、
あれぞまさに「精神的な一触即発」の世界でした!!

最後に・・・・

永琳様が幻想郷内で「新薬開発」を引き続き色々とやっているようですけど、
私の脳内妄想では、その目的は「ゆかりん毒殺の薬を調合する」という事なのですけど、
確かに「そりゃそうなのかも・・・」という感じになるかもしれないですよね・・・









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さてさて・・ここからは既に恒例になっているのかもしれないのですけど、当ブログが本当にいつも大変お世話になっている
アミグリ様の素敵なイラストのご紹介です!!

上記のゆゆ様と妖夢の二人のとっても素敵なイラストを描かれたのは、
当ブログのとっても大切なブロとも様のお一人で、本当にいつも大変お世話になっている
「dream fantasy」の管理人様のアミグリさんです!!
上が西行寺幽々子様、ゆゆ様で、その下はゆゆ様の従者の妖夢です。

ゆゆ様のこの「ひそやかな雰囲気」、とっても大好きです!
西行妖の桜の下で果たしてゆゆ様は何を思われているのでしょうか・・・?
なんかそういう事をついつい妄想させてしまうとっても涼しいイラストだと思います。
桜の雰囲気がとっても幻想的だと思いますし、人魂がいかにもゆゆ様は実は「冥界の御方」というか亡霊という事を
表していると思います。
ゆゆ様が考えている事ってなんだろう・・・・?
多分ですけど・・・
「今日の夕ご飯はなにかな・・」という事じゃないのかな・・・(笑)

妖夢のこのイラストは実は既に一度このブログでもご紹介をさせて頂いているのですけど、
この妖夢の雰囲気がなにか「強い意志」を感じさせ
「ゆゆ様は私が御守りする!」という強いオーラに満ち溢れていて、
この妖夢のイラストが実は私自身もとっても大好きなものですので、
アミグリさまにお願いして、再転載をご了解して頂けました!
妖夢は、十六夜咲夜みたいに「完璧な従者」という訳では必ずしもなくて、
少し抜けていたり、少し生真面目すぎて柔軟性に欠ける面もあったりするのですけど、
逆にそういうところが妖夢らしいというのか、
その一直線さが実に素敵だと思います!

アミグリさん、本当にいつも素敵なイラストの転載を快諾して頂きありがとうございます!!

上記のこの素敵なイラストはアミグリさんからのご厚意で転載をさせて頂いておりますので、
無断お持ち帰りや無断コピーは絶対NGですので
何卒宜しくお願いいたします。

昨日8月6日は実は「妖夢の日」でもありました。
アミグリさんはこの「妖夢の日」にも素敵な妖夢のイラストを描かれています。

この「8月6日は妖夢の日」のイラストをご覧になりたい方は、こちらから!! → 8月6日は妖夢の日

またまた8月5日頃は「永琳の日」でもあったのですけど、
アミグリさんは、この「永琳の日」にもとてもしっとりと大人の情感の永琳を描かれています。

この「8月5日頃は永琳の日」のイラストをご覧になりたい方は、是非こちらから! → 8月5日頃は、永琳の日
最近のうちのブログの吹奏楽カテゴリにおいては、
ホルストの第一組曲とかヴォーン=ウィリアムズのイギリス民謡組曲とか
はたまたリードのパンチネルロとかなぜか知りませんけど、「古きを訪ねて新しきを知る」みたいな
古典的な吹奏楽オリジナル作品を取り上げさせて頂いたのですけど、
当然ながら、こうした優れた内容の吹奏楽オリジナル曲いうのは、別に欧米の作曲家だけが全てという事は
絶対にありません。
邦人作品にだって優れた内容のオリジナル曲は一杯ありますし、
今現在の吹奏楽コンクールにおける「邦人作品の隆盛」というものは、別に最近始まった事ではなくて
実は1970年代から既に脈々と受け継がれてきていて、その一つのピークがここ数年の邦人作品ラッシュという事
なのだと思います。

そして、その1970年代に作曲・初演された邦人作品を代表する曲の一つが
兼田敏の「シンフォニックバンドのためのパッサカリア」という大変優れた作品なのだと私は思います。

このパッサカリアなのですけど、
音楽之友社の創立30周年を記念して委嘱され、1971年の9月から10月にかけて作曲されました。
初演は1972年5月30日に、東京音楽大学シンフォニック・ウィンド・アンサンブルによって行われていますけど、
その年、1972年の吹奏楽コンクール・全国大会にて、浜松工業が自由曲として取り上げ見事にこの曲でもって
金賞を受賞しています。
そしてこの曲なのですけど、浜松工業の全国初演から2015年時点において、全国大会で13回も
演奏されています。
これは、正直・・・「邦人作品」としては異例とも言える人気の高さですし、この曲が忘れられずに演奏され続けている事は
本当に凄い事だと思いますし、
この曲の「普遍的な価値」を立証していると思います。
ま、もっとも・・・・2004年の福岡工業大学のあの素晴らしい演奏以降、全国大会では10年以上自由曲として
演奏されていないのは「ちょっとさびしいな・・」と思う事はあったりもします。

改めてですけど、この「パッサカリア」は「構成美」に優れていると思います!
冒頭に十二半音階の音を全て用いた10小節の主題がチューバ等の低音楽器によって提示され、
古典的な「パッサカリア」の形式により18の変奏がその後に展開されていくのですけど、
その展開がとってもわかり易いというのが実に秀逸だと思います。
演奏時間も6分半~7分程度と適度に短いのもポイントが高いと思いますし、飽きさせない一つの要因になっているのかな・・
とも思ったりもします。
冒頭で提示された主題は、終始反復されるのですけど、
第4変奏で急速にテンポを上げたかと思えば(この部分のホルンがとてもかっこういいです!!)
第12変奏は軽快なワルツになるなど、テンポや曲調を変えながら、多彩な変奏を展開させていきます。
ラストの力強い終わらせ方も大変エキサイトさせてくれます!!

そうですね・・・この曲の魅力を一言で述べると、
「構成美に優れていると同時に音楽的にも非常に分り易く、且つサウンド的な迫力も十分という
邦人作品としてはまさに・・・奇跡的な作品」という事なのだと思います。

この曲は全国大会でも支部大会でも色々なチームが演奏し、名演を残しています。

全国大会の演奏では1978年の石田中学校の演奏がとっても素晴らしいと思いますし、まさに
名曲の名演だと思います。
石田中の演奏は、サウンドが絹のように柔らかくとても洗練されているのですけど、同時に
力強さも備わっていて、同時に迫力という点でも十分に及第点に達していると思います。

最近の演奏では、福岡工業大学の演奏もまさに「温故知新」を絵に描いたような素晴らしい演奏だったと
思います。

兼田敏の「シンフォニックバンドのためのパッサカリア」は一度すごい事をやってくれています!

何かと言うと、1981年の吹奏楽コンクールにおいて、全国大会・支部大会で演奏されたオリジナル・邦人・クラシックアレンジ
全ジャンルの中で一番演奏された曲が、実はこの兼田敏の「パッサカリア」だったのです!
いや、これはすごい事だと思います。
なぜかというと、当時・・・・1970年代後半から80年代の吹奏楽コンクールにおける邦人作品の扱いなんて・・・
正直思いっきり低くて、
自由曲に「邦人作品」を選んだだけで「珍しい!!」と言われてしまう時代でもありましたから、
これはまさに「快挙」と言えたのかもしれませんよね。
そうですね・・・・これはここ数年の「邦人オリジナル作品の大人気」を一つの先駆けと言えるのかも
しれませんよね。
少なくとも、私が現役奏者だった頃って、邦人オリジナル作品と言うと、
せいぜい・・・兼田敏・保科洋・小山清茂・大栗裕ぐらいしかいなかったですからね・・・

兼田敏の他の作品では、

〇シンフォニックバンドのためのバラードⅡ

〇哀歌

〇交響的瞬間

という作品もあるのですが、印象としては「渋い」というか「内省的」な感じが強いですね。

そうした中で、「シンフォニックバンドのための交響的音頭」という大変日本的で
泥臭い曲もあったりするのですけど、これがまた実にユニークで面白い曲なのです!
ラヴェルの「ボレロ」のように、終始打楽器が一定のリズムを叩き続け、それにさまざまな管楽器が
メロディーを乗っけていくという大変シンプルな曲なのですけど、
これがとてつもなくどんくさくて、鄙びていて、まさに・・・日本情緒たっぷりの曲です。
下手なチームがやると間違いなく演奏がだれてしまいます・・・
それを証明したのが、1984年の金津中学校だとも思えるのですけど、
演奏の不出来は一旦置いておいて、あのどんくさい曲の鄙びた魅力だけは何となくではありましたけど、
それなりに伝えていたとは思います。

これは、知る人ぞ知る曲という扱いになってしまうかもしれませんが、
「シンフォニックバンドのためのファイブイメージ」という曲も実はあったりもします・・・
これは一見とっつきにくい曲というか、何かベルクの無調音楽のように
メロディーの残骸が散らばった表情のない曲なのですが、「心証」を音符として表現したかったのかな・・・・
とも思いますが、正直今一つその意図はよくわかりません・・・
謎みたいな曲です。
確か1988年に静岡大学が自由曲として演奏していました。
その演奏をトラヤのカスタムテープで聴いた事があるのですが、それでも「良く分らん・・・」
というのが率直な感想です。

最後に・・・これは思いっきり私の思い出話になってしまうのですけど、
私自身は極めて残念なことにこの「シンフォニックバンドのためのパッサカリア」は演奏した事は
ありません・・・(泣・・)
というか・・・・一度ぐらいは絶対に吹いてみたかった曲の一つですね。
だけどこの「パッサカリア」は一度・・・演奏できるチャンスは実はあったのでした・・・・

私が高校2年の時の定期演奏会のファーストステージ(吹奏楽オリジナル作品のみを演奏するステージ)において、
この兼田敏のパッサカリアが演奏曲の一つの候補になっていたのでした。

ファーストステージは吹奏楽オリジナル セカンドステージがポップス サードステージが
クラシックアレンジという構成で、サードステージの曲目は簡単に決まったものの、
ファーストステージの曲目の決定は本当に難産を極めました。
当初の話し合いでは、部員全員の投票で上位三曲をファーストステージの曲目にするという
段取りではあったのですけど・・・・
いざ実際の投票では・・・

第1位 海のうた(ミッチェル)
第2位 吹奏楽のための第二組曲(リード)
第3位 吹奏楽のための第三組曲(ジエィガー)
という投票結果でした。

この結果は、実は私自身が投票した曲とピタリと一致するもので、「あらら・・こりゃすごい・・・」と
自分自身でも驚いたものですが、その後、理屈っぽい先輩たちから
「同一ステージで組曲を二つ演奏するとは、これ如何に」という異論が相次ぎ
色々と話し合いの結果、第3位のジェイガー/第三組曲と第4位から第8位までの曲を再度投票して
決めようという事となりました。
その結果出てきたのが、部員誰もが予想外の曲・・・そう! それこそが、まさに・・・・!!
兼田敏「シンフォニックバンドのためのパッサカリア」だったのでした!!

だけど、上位1位のパッサカリアと第2位のリード/ジュビラント序曲の差がわずか一票差であり
再度喧々諤々の討論の末、パッサカリアとジュビラントを決選投票にかけ、多い方を文句なく
選出するという事で落ち着き、その結果、ジュビラント序曲が選ばれたのでした・・・

当時その決選投票で私自身が入れたのはジュビラント序曲でしたけど、
そうですね・・・・
今現在の感覚ならば、絶対にパッサカリアに一票入れたと思います!!


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