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プロフィール

ぬくぬく先生 

Author:ぬくぬく先生 
開設当時は、1980年代吹奏楽コンクールの花輪・秋田南・就実・仁賀保・屋代等の素晴らしい演奏を後世に少しでも伝える事が出来ればいいなと思ってこのブログを始めたのですけど、いつのまにか「東方Project」がメインになってしまいました・・・
最近は「艦これ」も大好きです!!
吹奏楽も東方も自分が感じた事を少しでも後世の方に受け継がれるべきものが残せればいいかな・・と思っています。
ちなみに、「大好きプリキュア四天王」は、ドリーム・メロディ・ハッピー・ラブリーです。
ドリームとメロディは自分の中では既に殿堂入り状態ですけど、
現在はラブリー大好き!!のラブリー一辺倒です!!
リアル社会では、建築関係のクレーム&アフター責任者を専従し、毎日毎日クレーム対応に当たる日々です。
裏の顔は東方と吹奏楽とクラシック音楽一辺倒です・・・
特に特に大好きな作品は・・・プリキュア5とスイートとハピネスチャージです!!
ちなみに、奥様は・・・ミルキィローズとセーラームーン好きの管理人以上のおこちゃまです・・・
東方で大好きなキャラは、とにかく大好きキャラがてんこ盛りで、全員大好き!という感じなのですけど、特に、さとり様・ゆかりん(紫様)・早苗さん・こいしちゃん・アリスはお気に入りです!!
吹奏楽では・・ネリベルの「二つの交響的断章」と「アンティフォナーレ」、スパークの「ドラゴンの年」、リードの「オセロ」と第二組曲「ラティーノ・メキシカーナ」、パーシケッティーの「仮面舞踏会」、C・スミスの「ダンス・フォラトゥーラ」などが死ぬほど好きで、クラシック音楽では、ウォルトンの交響曲第1番と矢代秋雄の交響曲、プロコフィエフの交響曲第5番、アーノルドの交響曲第2番、第4番、ショスタコの交響曲第7番「レニングラード」、マーラーの交響曲第3番「夏の朝の夢」、ハンソンの交響曲第2番「ロマンティック」、ストラヴィンスキーの「火の鳥」、ベルクの「ヴァイオリン協奏曲」、ラフマニノフの「交響的舞曲」などが大好きです!!
クラシック音楽を吹奏楽にアレンジし、そのコンクールヴァージョンの演奏としては・・・
1982年の就実高校の「幻想舞曲集」と
1987年の習志野高校の「ダフニスとクロエ」第二組曲の演奏、そして、
1987年の雄新中の「エルザの大聖堂への厳かな行列」が
まさに私の「原点」です。
最後に・・・
私の吹奏楽との関わりの真の意味での「原点」は・・・
1979年の市立川口高校の神がかり名演としか言いようがない
「二つの交響的断章」に尽きると思います!!


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「東方Project」に登場してくるキャラクターというのは、ごく大雑把に分類すると
人間と人間以外の「妖怪」という事になると思います。
この妖怪に含まれるのは、妖怪・妖獣・獣人・幽霊・亡霊・吸血鬼・妖精・魔法使い・鬼・天狗・河童・
仙人・神・道士・閻魔などなのかなと思います。
(厳密に分類するともと多岐に渡るのですけどここでは省略します)
そして東方に登場する「人間」というのは意外と少なくて、
霊夢・魔理沙・妹紅・十六夜咲夜・早苗さん・小鈴・宇佐見蓮子あたりぐらいしかいないのかな・・・?
ちなみに・・・・東方でセリフがある唯一の男性キャラの霖之助は、人妖という人と妖怪のハーフです。
そうですね・・・
今は違いますけど、昔は、「もしかして、霊夢は霖之助とゆかりんの間の子供なのか・・・??」と妄想
していた時期もあります・・・・(苦笑・・)
妖夢は、幽霊と人のハーフです。
妹紅は、人間なのですけど、蓬莱の薬という不老不死の薬を飲んだ時点で既に人じゃないのかも・・・・?
永琳様は、「月の民」なのですけど、設定の上では「実は地上出身」となっているものの、
妹紅と同様蓬莱の薬を飲んでいる上に、そのとてつもないご長寿とか「何か」を知っているような雰囲気は、
明らかに人とは言い難いものもおありの方ですよね。

さてさて・・そうした東方の数少ない「人間」の種族の一人が、このブログでは結構頻繁に登場している、
阿求ちゃん(通称、あっきゅん)ことも稗田阿求です。

阿求ちゃんに対する見方って東方ファンの間ではどんな感じなんだろう・・・?
私の中では「才女」とか「公正中立な見方をできる子」みたいに結構高めの評価ではあるのですけど、
やはり・・・・求聞史紀とか求聞口授におけるあの「毒舌」という印象がかなり強いのかも・・・?
ま・・・さすがに妖精とか聖白蓮とかナズーリンに対する辛口というのかなんか悪意すら感じてしまうような(?)
まさに「超激辛」の毒舌を吐きまくっていましたからね・・・
あれはちょっといくらなんでも言い過ぎなのかな・・・??
それと・・・阿求ちゃんの著作・編纂の「幻想郷縁起」について、ゆかりんから
「ここはこのように書き直して方がいいんじゃない・・」みたいに言われたりすると加筆修正したりもする
何て言うのかな・・・「え・・それってペンは剣より強しに反するんじゃないの・・・? 阿求ちゃんも権力者には
所詮は逆らえない・・」という事なのかなと思わせてしまった事は、うーーん、マイナス評価に
繋がっているような印象もありました。

阿求ちゃんの正体なのですけど、「幻想郷縁起」という幻想郷内の歴史書の初代編集者である阿一の
第9代目としての生まれ変わりです。
テーマを「幻想郷」一つに絞り、それに関する歴史・考察などを初代から9代目の阿求ちゃんに至るまで一貫して
携わるといういわば究極の「輪廻転生」を繰り返しています。
早い話が、初代阿一=阿求ちゃんと換言しても差し支えは無いとすら思います。
もっとも「生まれ変わり」と言っても前世はおろか初代の記憶は、阿求ちゃんにはそれほど強くは残っていない・・
「うっすらと残っている程度」なのだと思われます。
「完全な形での記憶の継承」ではないのですよ・・・
初代から8代目の間には、男としての経験もありますし女性としての経験もあるというのがなんか面白いと思います。
先ほど阿一=阿求と記しましたけど、やっぱりそうした意味においては、
9代目の阿求ちゃんは、やっぱり阿求ちゃんそのものであり、今現在を生きる阿求ちゃんなのだと思いますし、
今現在の阿求ちゃんというのは他に替え難いものがあるのだと思います。
そしてそれこそが、毒舌も可愛らしさもはかなさも有している今現在の阿求ちゃんなのだと思います。

阿求ちゃんは、幻想郷の妖怪についてまとめた書物「幻想郷縁起」を編纂するため、
千年以上前から転生を繰り返しているのですけど、
幻想郷内の妖怪に対する人間としての傾向と対策に関する書物を出すことで、
人間が普段から注意すべき事とか決して立ち入ってはいけない危険エリアの告知とか
万が一その妖怪に遭遇した場合にどのように対処すればよいのかとか
ま・・・妖怪に対する「マニュアル本」みたいなものと言えるのかもしれないですね。

だけど・・・

そうした妖怪に対する「マニュアル本」というのは、幻想郷内にゆかりんを中心として「大結界」が張られて以降、
妖怪と人間の融合がこれだけ進んてくると、決して必要な本とは言えなくなってきたとも言えるのかなと思います。
別に妖怪たちは、結界を張る前は、自分達の存在を誇示するために人間を襲い食らってきたのですけど、
結界によって外界と幻想郷が完全分離し、幻想郷の世界においては、
自分たちの存在意義を誇示するために人間たちを無意味に襲う必要も全く無いのです。
同時に、人間たちも過度に妖怪を恐れる必要がなくなってきたのです。
今の幻想郷においては妖怪たちは普通に人里に買い物等に来ていますし、それに対する人間たちの反応も
ごく日常風景の一つに既になっています。
9代目でもある阿求ちゃんは、幻想郷に大結界が張られて以降初めて生まれ変わった存在です。
多分・・・阿求ちゃん自身も色々と迷っていて実は阿求ちゃん自身も試行錯誤を繰り返しているのかも
しれないですよね。

「別に私があえて妖怪のマニュアル本を書いて人間に注意を喚起しなくても、
今現在の幻想郷は、人と妖怪は既に溶け合った関係で共存共栄し、お互いの存在意義を認め合い、
パワーバランスを図っている」
「別に私がこんなマニュアル本書かなくたっていいじゃん・・」
「え・・・それじゃ、私が9代目として生まれ変わって意味って一体何なの・・・?」
「それじゃ、これから私はどうしたらいいの・・・??」
みたいな迷いと疑問が芽生えてきていると言えるのかもしれないですよね。

今後の阿求ちゃんの役割というのは、この「幻想郷縁起」に関しては、妖怪に対する傾向と対策という実用書ではなくて
過去に幻想郷にはこんな話かありました・・・みたいな「読み物」・「物語」としての作者としての側面が
求められていくのかもしれないですし、
どちらかというと「どうすれば読者を楽しませることが出来るのか・・」みたいな事が
求められていくのかもしれないですよね。

だから・・・

今現在の阿求ちゃんは実は・・・迷っている段階・・・

もしかしたら・・・寿命が大変短い阿求ちゃんにとっては現在の第9代目阿求として「寿命」がある限りは
こうした「問い」はもしかしたら・・・
第10代目以降に持ち越し・・という事になるのかもしれないですよね。

初代阿一から8代目までの考え方としては、

「妖怪は定期的に人間の手によって退治されるべきもの」

「人は妖怪を恐れるもの」

というのが大前提だったと思います。そしてそうした考え方は、9代目の阿求ちゃんに受け継がれています。

しかしこうやってゆかりんの大英断の「大結界」以降の幻想郷は、前述の通り、あくまでパワーバランスを保ちながら
妖怪と人間の共存共栄が当たり前の世界になっていて、
以前のように人は妖怪をそれほどは恐れなくなってきたという感じの世界になっています。
そうですね・・・
現在の阿求ちゃんにとってはそうした今現在の幻想郷の雰囲気は、まさに
初代から8代目まで脈々と受け継がれてきた稗田家としての「DNA」を否定されてしまいかねないものが
あったりもします。
阿求ちゃんとしては・・
「先祖代々受け継がれてきたものとか守ってきたものを私の代になって完全否定なんかされるなんて冗談じゃない!!
それを認め完全に受け入れたとしたら、私・・・阿求・・・そして先祖代々受け継がれてきたこの遺伝子の存在価値は
一体どうなってしまうの!?」
みたいな意識もあるのかもしれません。
冒頭で、阿求ちゃん=毒舌、特に聖白蓮に対する毒舌はちょっと度を越しているというのは、
もしかしたらこの辺りに原因がありそうで、
白蓮さんの「神も仏も人も妖怪も皆同じ!!」という「絶対平等主義」というのは、
稗田家のDNAを脈々と受け継いできた阿求ちゃんにとってはまさに相反する考え方であり、
「とてもこれは容認も看過も出来ない・・、誰も言わないというのなら、この私が・・・!!」みたいな感じで
ああした毒舌を吐きまくったと言えるのかもしれませんよね。
つまり阿求ちゃんの「毒舌」というのは、今現在の阿求ちゃんがそうしているのではなくて、
先祖代々受け継がれてきた阿求ちゃんのDNAがそうさせているいると換言してもいいのかな・・・と思っています。

だけど・・・聡明な阿求ちゃんにとっては、今現在の幻想郷というのを素直に受け入れる必要があり、
環境が昔と変わったのだから、それに応じて自分も変化をしないといけないし、
その「幻想郷縁起」も変化をさせないといけないと既に理解していると思われます。
だからこそ・・・
白蓮さんの命蓮寺の縁日には普通に出かけていますし、
「幻想郷縁起」についても、自分一人の考えではなくて、例えば、ゆかりん等から
「ここはこう書いた方がいいんじゃないの・・?」みたいなアドバイスを受ければ、それを受け入れているのだと
思います。
冒頭部分で、「それはゆかりんに屈した事ではないのか」みたいな事もちらっと書いたのですけど、
そうですね・・・それは屈服ではなくて、妖怪側の意見もちゃんと聞くという阿求ちゃんの「公正中立」の
表れなのではないのかなとも思っています。



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別に「よいしょ・・」とか宣伝とかそういうのではなくて、
私、世に大勢いらっしゃる「東方絵師」と言われている方の中では、
やっぱり「drean fantasy」の管理人のアミグリ様が描かれる東方のイラストがとにかく群を抜いて大好きなんですよね!!
本当にアミグリさんが描かれる東方イラストは
私にとってはまさにNo.1なのだと思います。

イラストではなくて公式漫画なのですけど、東方の公式漫画の中では、
やっぱり「東方鈴奈庵」の春河もえ先生の絵のタッチがとっても大好きです。
あのもえ先生が描かれる霊夢・十六夜咲夜・レミリアおぜうさまなどは本当に素晴らしいですよね!!
そうそう・・・もえ先生は、東方心綺楼の各キャラの立ち絵もご担当されていましたけど、
あの中では、特にこいしちゃんがめちゃくちゃ可愛かったです!!

この春河もえ先生の「東方鈴奈庵」のメインキャラは本居小鈴なのですけど、小鈴に大きく絡む
準レギュラーと言えるのが、この阿求ちゃんなのです。
だけど、このもえ先生の手に掛ってしまうと、あの毒舌の阿求ちゃんがとってもはかない美少女になってしまい、
あの阿求ちゃんの可愛らしさは、まさに霊夢クラスの破壊的な可愛らしさがありました!!

そうそう・・・阿求ちゃんなのですが、先ほど「生まれ変わり」と記しましたけど、
転生が不完全なのか、転生による過剰な知性が負担となるのかは不明なのですけど、
2代目~8代目までのどの転生体も、30年前後しか生きられません。
つまり「短命」なのです。
要は・・・阿求ちゃんの寿命は現実の時間経過に合わせて刻一刻と迫っていると言えるのです。

「幻想郷」の世界においては、妖怪はほとんどの場合、すさまじい長寿です。
あやや(射命丸文)とか女子高生みたいなはたてにしたって既に1000年近くも生きていますし、
ゆかりん・神奈子あたりは数千年生きている感じですし、
はたまたゆゆ様のように存在自体が既に「亡霊」という御方もいますし、
永琳様のように不老不死の御方もいます。
そういう世界にあって、こうした阿求ちゃんみたいな「短命」というのは極めて異例とも言えますし、
それが阿求ちゃんの「毒舌」以外のもう一つの魅力・・・「はかなさ」にも繋がっているのかな・・とも思えます。

前述のもえ先生の「東方鈴奈庵」の中でも阿求ちゃんは小鈴に対して、
「いつも通りなら後十年も生きられるかってところ・・・」とさびしそうに・・・せつなそうに語っていたのは
大変印象的でした!!
うん、あれはいつもの(?)毒舌キャラの阿求ちゃんではないですね。
なんかあのシーンの阿求ちゃんは「死に対する受容」とか「諦観」とか「しかたがない・・それが私の宿命・・・」みたいに
淡々とした感じもありましたけど、
どことなく「哀しさ」が漂っていたと感じられます。
2代目~8代目までこんだけ転生を繰り返しているせいもあると思うのですけど、
阿求ちゃんに「死=こわい」みたい意識は他の人よりはうすいと思われます。

だけど・・・・

前述の通り、幻想郷の世界は8代目の頃よりは随分と変化が生じています。
つまり・・・人と妖怪の間の「壁」が少なくなりつつあり、人と妖怪の交流が結界を張る前に比べると
飛躍的に増えています。
それは阿求ちゃんにとっても例外ではなく、
例えば・・・最近ネタにさせて頂きましたけど紅魔館パーティーに参加したりとか
既に色々な妖怪たちと「交流」を持ち始めています。
阿求ちゃんにとっては「死」よりも、一旦自分が死ぬ事でこうした妖怪たちとの「交流」が断絶されてしまう事を
残念がっている・・・
なんかそんな感じもありそうですね。

でも・・・

阿求ちゃん、安心して!!

妖怪さんたちはとてつもない長寿の御方ばかりですので、
阿求ちゃんが一度死んでも閻魔様=四季映姫様の下での下働きを無事に務め、10代目として輪廻転生している時でも
今現在の幻想郷の妖怪さん達は、多分ほぼ全員生きていると思いますので・・・(笑)

妖怪の知り合いが増えたことからで、次の転生でも知り合いがもう既に存在している・・・
そんな感じなのかもしれないですよね。
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来週の平日休みの際に「健康診断」が予定されています。
これって昨年の記事でも愚痴りましたけど、一般的な会社ですと、勤務中の合間に実施というのが普通なのかなと
思うのですけど、うちの会社の場合は、該当者が「お休み」の際に指定された病院に行き、
健康診断を受けるというスタイルになっています。
この健康診断は、かなり大きな病院で毎回多くの受診者たちでごったがえしていますので
朝9時開始でも終わるのが大抵12時前後になってしまうのですよね。
つまり・・・せっかくの休みなのに健康診断で半日が潰れてしまうという事になってしまいます・・・(泣・・)

昨年の健康診断なのですけど、「血圧少し高め・・要経過観察」という点が引っかかってしまいましたけど、
これって少し反論の余地がありそうな気がします。
家で計測すると大体正常~やや高めぐらいになるのですけど、
いざ病院のああした検査室で測定をされてしまうと、どーもなんかヘンに緊張して身構えてしまうのですよね・・・(苦笑・・)
そのせいなのか毎回毎回、普段の計測よりも10~20前後も上がってしまい、
検査結果に引っかかってしまうのですよね・・・
病院の検査だと血圧が上がってしまうという話はよくある話で実際にそうした症状の名前もあるらしいのですけど、
なんか妙に納得いかないものがあったりします。
なんでああいう場だと少し身構えてしまってリラックスできないのかな・・・?
というか・・・各検査項目の待ち時間が長すぎて、待っている間に少しイラッ・・・としてしまうのも
もしかしたら一因なのかも・・・??
そうですね・・・20代~30代前半の頃って、私、どちらかというと「低血圧」の傾向でして、
朝なんかは寝起きが大変悪くて、こうした健康診断で血圧が引っかかるという事はまずなかったのですけどね・・・






ハピネスのこの第31話ですけど、リアルタイムで見ていた際は、
「もしかしてゆうゆうの恋話とか過去のトラウマが明らかになるのかも・・・?」とか
「第30話がアンラブリーだから、この回はまさかまさかのアンハニー回・・・??」みたいに相当期待していたのですけど、
ま・・・結果は・・・皆様ご存じの通り、「ゆうゆうが昔飼っていた犬との思い出話」というオチになってしまい、
当時は思いっきりずっこけてしまいましたけど、
ま、ゆうゆうにもしも「失恋話」とか「恋のトラウマ」がもしもあったとすると、それはもしかして「誠司」絡み
なのかな・・・みたいな脳内妄想もあったりもします。

ここからは私の脳内妄想の領域ですけど、
ゆうゆうが過去に好きだった人とは「誠司」ではないのかな・・・?と思っています。
鈍感なめぐみは、最終決戦直前までは「誠司」の事を全く意識していなくて単なる幼馴染という意識しか
持っていなかったのかもしれないですけど、
心の深層としてめぐみ自身は、「誠司の事は私はもしかしたら好きなのかもしれない」みたいな意識が
既に芽生えていたと言えるのかもしれません。
そして・・・・聡明なゆうゆうはそれに気が付いているはず・・・だと思うのです。
そして誠司自身もめぐみの事が好きだというのは、ゆうゆう自身もこの時点では既に
とっくに気が付いていたはずだと思うのです。
だからこそ、ゆうゆうは誰にも分からないようにさっと身を引いたような感じもします。

前作「ドキドキ」でマナとまこぴーの事を焼きもちを妬いて悩む六花に対して
「そうした焼きもちは誰にでもある事、自分にもそうやって誰かを独占したい気持ちはある」と
諭したありすがいましたけど、
感覚としては、その時のありすとゆうゆうは近いものがあるような気がします。
そうですね・・・ありすもゆうゆうも
「大切な人を失いたくないために、本当は大好きなのに、
好きな人を好きでいるために、あえて少し遠い位置から見守っている・・・・」
みたいな大人の感覚があるようにも思えます。

ま・・・・それはいいとして、かわるんるんで看護師さんに変身したゆうゆうはまさに「白衣の天使」!!

そうですね・・・・!! こういう素敵な天使さまに健康診断で血圧測定をしてもらったら
リラックスして普段の家で測定するような数値が出るのかも・・・?
だけど・・・やっぱりついつい「嬉しさ」のあまり妙にテンションが上がって、血圧が200近くまで一気に上昇する
可能性すらありますよね!!

あーあ、やっぱりゆうゆうは「天使」ですよね!!


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そんな中、ではゆうゆうのその「安定さ・万能さ」はどこから来ているかというと
やはり「自己に対しての自信感」なのかな・・・・

その辺りを象徴していたのが、
ブルーに対して攻撃を仕掛けようとするファントムに対して
プリキュアに変身せずに人間体のまま、ファントムと会話し諭していたゆうゆうの存在だと思います。
あのシーンを改めて見ると、
何だか「プリキュア5」で
不老不死を手に入れてもなお悩み続けるデスパライアに対して
意図的にプリキュアの変身を解除し、人間体としてデスパライアと「対話」しようとしたのぞみの
姿を彷彿とさせるものがあります。

やはりこのシーンからみてもゆうゆうは「メンタル面の強さ・」「自信」、そういったプラス思考の側面が強かったなと
思いますね。

それにしてもこのファントム、羨ましすぎますね!!

私も怪我してこうやってゆうゆうに額で熱を測って貰ったり、優しくおかゆを食べさせてほしいなぁーーー!!(苦笑・・・)
髪をあげておでこをさらしたゆうゆうは、とっても可愛かったですっ!!



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最後に・・・・

東方Projectの永遠亭の凄腕薬師の永琳様ですけど、
本来は「薬剤師」という事で薬の調合を得意としている御方なのですが、
幻想郷で暮らすようになって以降は、薬師という事も勿論そうなのですけど、治療行為や診察も永遠亭内で行ったり、
時には往診みたいな事もやっています。
幻想郷内にはそうした医師という存在は極めて貴重なだけに、永琳様の役割と意義は
ますます大きくなっていきそうな感じもしますし、
永琳様一人ではとてもとても人手が足りなそうな場合は、お弟子さんのうどんげちゃんなんかも
お手伝いとかをするのでしょうね。

そうですね・・・

もしも私が仮に幻想郷に迷い込み病気で倒れた場合は、(愚痴っぽい?)うどんげちゃんではなくて
しっとりとした大人の風情の永琳様に是非是非診察をして頂きたいものです!!
でも前述のゆうゆうと同様に、もしも血圧測定なんか永琳様にやって頂いたとしたら・・・
やっぱり嬉しさのあまり血圧が250を超えそうな気も・・・・?


今更みたいな話ですけど、「100円ショップ」ってとっても助かりますし有難い存在ですよね。
外国人観光客の間でも「価格が安いのに良質」とか「とにかく素晴らしく豊かな品揃え」みたいな
高評価を貰っているのも、よく分かる気はします。
以前、私自身も勤務中になぜかベルトが突然切れてしまい、
「ううー、かっこ悪い・・・だけどベルトを締めていないとなんかズボンがずり落ちそうな感覚が・・・」と思い、
「まさか、こんな100均でベルトはさすがに売っていないよね・・・」と思ったのですけど、
ちゃんと売られていました!!
ああ、よかったーー!!
ラッキーでした・・・
というか、ベルトも決して安っぽい感じては無くて結構しっかりしていて、
これで価格が100円+税・・・
というか、安過ぎる・・・と改めて感じたものでした・・・
店内をよく眺めてみると、
ネクタイ・老眼鏡・靴下・Tシャツ・目覚まし時計・植木鉢・ヘッドホン・なども100円で売られていました。

昨日の記事の中でも
100円ショップで、「魔法つかいプリキュア関連グッズ」がこんなに売られているという記事を掲載しましたけど
ここでも色々なものがありましたね・・・
特に「定規・消しゴム・メモ帳・鉛筆・鉛筆削り・シールの6点セット」はお買い得なのかな・・とも感じたものでした。

だけど、昨日も書いた通り、手提げの紙袋・壁掛け収納はまだ売られていなかったですね。

ダイソーでは取り扱いはないのですけど、キャンドゥ―に行くと、プリキュアのふりかけとかわかめスープみたいな
食品関係もあったりもします。

さてさて・・・そうやって「魔法つかい」のグッズが続々と店内に置かれているのですけど、
そんな中にひっそりと・・・・目立たぬように「ハピネスチャージプリキュア」のメモ帳がまだ置かれていて
これを発見した際は、思わず・・「おおっーーー!!」となってしまいました!!

ハピネスのグッズ・・・まだこうやっていまだに売られていたのはなんかとっても嬉しかったです!!







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さてさて・・・上記はハピネスのメモ帳です。

一番最初のページにおまけのシールが付いています。

ラブリーの場合、フォームは通常版とチェリーフラメンコのみです。

そうですね・・・・最近の「魔法つかい」に目が慣れてしまうと、
「なんだ・・・・ロリホップを含めると三つしかないのか・・・」と思ってしまうのですけど、
それでも2014の放映時には「今度のプリキュアは凄い! だってこんなにフォームチェンジが出来るなんて・・!!」と
まさに感動したものですけど、
世の中、上には上があるという事ですね・・(笑)

これはメモ帳としてもとっても楽しく使えそうですね・・・・
(間違いなく使用する訳ないですけど・・・苦笑・・・)

書記の頃の商品化だと思われますので、いおな=フォーチュンがいないのはとっても残念です。

でもやっぱりラブリーはとってもとっても可愛いですね!!



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こちらはノートみたいなメモ帳です。

やっぱり、いおな=フォーチュンはいませんね・・・・(泣・・・)



このブログでは何かと言うとラブリーの事は「ポンコツ、ポンコツ・・・」と連発していましたけど、
私にとってプリキュアにおける最大の褒め言葉は「ポンコツ」みたいな感じもありますし、
歴代プリキュアにおいて、のぞみと響を別格扱いとすると、私が最大限の高い評価をして且つとてつもなく大好き!!というのは
間違いなくこの「キュアラブリー」だと思います。
まさに・・「ラブリー大好き! ラブリー愛しているよっ!!」なのです!!!

プリキュアの一つの魅力は、
少しダメダメだけど一生懸命頑張る女の子が、自分の夢を見つけて羽ばたいていく・・・という事に
あると思うのですけど、初期の段階でポンコツな子ほど、その「羽ばたきの度合い」が大きくなるから
特にハピネスの物語はそうした意味では、何か歴代シリーズの中でも感銘度というか
思い入れが強かったようにも思えます。

ラブリーの場合、メンタル面に色々問題ありとかよく言われるのですけど、その弱さの根源と言うのは
「自分は本当は誰の役にも立っていないのではないか・・・」という潜在的不安に尽きると思いますし、
それにつけ込んだのが
あまりにも「名作」の誉れ高い「アンラブリー回」だったと思いますけど、
そのラブリー自身も後半に進むにつれて、
「自分に何が出来るのか・・・・」
「自分と言う存在は何なのか・・・」
「自分はどうすればよいのか・・・」という問いかけに真摯に向き合い
そうした「ピンク系の主人公らしからぬメンタル面の弱さ」をラブリーなりに克服していった点は
ホント、見ていても思わず応援したくなってしまいましたね・・・・

ま、元々ラブリー自体は慈愛に溢れた素晴らしいプリキュアなのですけど
後半に行くほど、悩み傷つきながらも羽ばたく様子が丁寧に描かれていて
私にとってはとてつもなく高感度の高いシリーズになっていたと思います。
確かによくこのハピネスは、「歴代シリーズの中では低い評価」とか「残念なシリーズ」みたいな声もちらほらと
聞こえてくるのは事実なんですけど、
それはあくまで他人が下している評価に過ぎません!!
否!! 私にとっては、そんな他人の評価なんてどうでもいい!!
とにかく「私がハピネス、特にラブリーが大好きと言っているのだから、別にそれでいいじゃん!!」という
感じなんですよね!!
特に映画「人形の国のバレリーナ」におけるラブリーは、そうしたメンタル面の弱さを容赦なく抉られながらも
素晴らしい飛躍を見せつけていたと思いますし、まさにあの映画は、
間違いなく私にとっては歴代最高の不滅のNo.1的名作だと思っています。

そうそう・・・

ハピネスの場合、「ポンコツ」というとどうしても「キュアプリンセス」が出てくるのですけど、
実は・・・・
ハピネスで一番成長の度合いが大きかったのは、ひめだと思います。

だって・・・・

序盤の頃のポンコツというか
「一人ハートキャッチ状態」(つぼみの人見知り・臆病・内気とえりかの他人の痛みが分からない図々しさを
両方兼ね揃える・・・)のひめを見てみると
最近のひめの成長ぶりは凄すぎる・・・・
もしかしたら・・・・
歴代プリキュアの中でも、成長度合いの大きさはトップクラスではないのかな・・・・


ゆうゆうは・・・・

うーーん、初めから優秀すぎる・・・・

というか・・・、多分歴代黄色系プリキュアでは、あらゆる面で最強・・・・
しかもメンタル面も大人・・・・
すごい・・・、この子はすごすぎる・・・・

いおなは・・・・

初登場時では一体この子はどうなるものか・・・・と大変危惧したものですけど、
とにかくひめとの確執が解消され
ハピネスの一員になって以降は、長所ばかり目につきましたけど、
意外とお姉ちゃんっ子とかケチンボウキャラとか
面白い側面は一杯ありましたね・・・・
多分・・・、歴代紫系プリキュアとしては、私の一番のお気に入りです・・・・
フォームチェンジの「あんみつこまち」はまさに感涙ものでした・・・・(笑)

「プリキュアシリーズ」は歴代どのシリーズも甲乙付け難いほど素晴らしい作品が多く、
どのシリーズを見ても、いつもいつも何か「人として大切な事」とか「生きる力」みたいな事を与えて頂けることが
多く、別にハピネスの物語だけがそうした「幸福感」を与えてくれるという訳ではないのですけど
やはりタイトルに「ハピネス」というものが付いているせいも多少はあるとは思いますけど、
「人として幸せってなーに?」とか
「人の幸せはどこにあるの?」みたいな問題提起もきちんと行い、
それに対してもきちんと誠実に応えていた点は高く評価されるべき作品だと思います。

そして何よりも・・・あのめぐみ=ラブリーの「ポニーテール」は私にとっては
とてつもなく高ポイントでした!! (笑・・)

1977年と言うと、私は小学校6年生
(こんな事を書いてしまうと実年齢がバレバレですよね・・・苦笑・・)
この話は以前も書いたと思うのですけど、当時の私が通っていた小学校は、中学校と隣接していて
中学校の吹奏楽部の練習風景とか
校庭でのマーチング練習風景なんかを見ていて、漠然と・・・
「中学校に入ったら、今のようなガラクタ編成部隊の管楽器クラブだはなくて、ああいうちゃんとした
吹奏楽部に入って、
ああいう素敵な演奏が出来ればいいな・・・
ああやって上手に楽器を吹ければいいな・・」と「憧れ」みたいな感情を有していたものでした。
ま・・・それが「幻想」と分かり、「現実はそんなに甘いもんじゃない・・」と気が付くのは
実際に入部して以降の話でしたけどね・・・(苦笑・・)

さてさて・・・

1977年の秋頃の話だと記憶しているのですけど、
丁度日曜日のとある日に、その中学での文化祭が催されていて、
「来年以降はこの学校に入るから、どんな雰囲気なのか一度様子を見てみよう・・」と思って
その文化祭に行ったのですけど、
その際に「体育館で吹奏楽部によるコンサートを開催しまーす」みたいな放送が流れてきて、
「お・・、これはチャンス!!」と思って体育館に入ってその吹奏楽部のコンサートを耳にしたものでした。
ま・・・多分ですけど、今現在の耳で聴いたとしたら
「ひどい演奏だな・・こりゃダメだ・・」と間違いなく感じると思いますし、
当時は右も左も何もわからない状態ですし、どんな演奏を聴いたとしても「うまい、うまい・・」としか
感じない感性だったと思うのですけど、
その当時は・・・やたらとステージに立つ中学生が眩しく感じたものでした・・・

その時、演奏した曲目は・・・

多分なのですけど、
1977年の吹奏楽コンクールの課題曲C/ディスコ・キッドも入っていたと思います。
この「ディスコ・キッド」については前回の記事にて記しましたので詳細は割愛させて頂きますが、
とにかく課題曲とは思えないとっても楽しくてノリがいい曲です。
当然この文化祭の演奏が、初めて「ディスコ・キッド」に触れた機会だと思うのですけど、
やはりこの曲はとっても楽しいし、初めて耳にした曲なんですけどとっても印象に残った曲の一つでした。
これ以外で演奏した曲って「ピンクレディメドレー」以外は全然記憶に無いのですけど、
この「ピンクレディメドレー」もとっても楽しい構成でした。
1977年の秋だから、UFOとかサウスポーとかモンスターといった曲はありませんでしたけど、
渚のシンドバット・ウォンテッド・カルメン77・SOSなんかがメドレーとして演奏されていたのがとっても
印象的でした!!
このメドレーが演奏された時だけは、体育館内の小さい子供なんかもノリノリそうな雰囲気で
手拍子をしたり、小躍りしたり、ピンクレディの振り付けらしき事を一生懸命していたのは
なんか今でも妙に脳裏に焼き付いています。

そうそう・・今思い出した・・確かあの時演奏していた曲の一つが「太陽にほえろ!」のテーマ曲でした!!
あの曲を聴くだけで何となくですけど、刑事たちが一生懸命走っているシーンがやっぱり
思い浮かんでしまいますね・・・・(笑)
ちなみにですけど、この3年後の文化祭で自分たち自身が演奏した曲が、
「西部警察」のテーマとか田原俊彦メドレーというのも、なんかやっぱり「時代」を感じさせてくれますよね・・・(笑)

うーーん、こういう曲ってやっぱり誰からも愛されちゃう曲なのかもしれないですよね・・・(笑)

あー―、なんか書いているだけで懐かしくなってしまいますよね・・・(笑)
「幻想郷」は、妖怪と人間の間のバランスが保たれるように、ゆかりん=八雲紫等が常に
細心の注意と警戒を怠らないようにしている世界でもあります。
妖怪側のパワーだけが著しく増大して、人間を襲ったり食らったりして人間の数と力を弱めてしまうのは、
「人からの畏敬」がその存在の根拠となっている妖怪にとっては大きなマイナスであり、
逆に自らの首を絞める結果にもなりがちです。
(マミゾウなんかは、妖怪になったばかりの新参者妖怪の中で人間に深刻な危害を加える場合は「教育」と称して
成敗していますけどね・・・)
逆に外界のように「神様よりも科学と情報を信仰する世界」・「夜も妖怪も何も恐れない世界」みたいに
人間のパワーが著しく増大しすぎると、
妖怪・神様の存在意義が薄くなりひいては「消滅」という危険性すら秘めています。

要は、「幻想郷」は確かに常識が通用しない世界なのですけど、一つの暗黙のルールとして
確かに「妖怪は人を襲うし、人は妖怪を恐れる」という大前提をベースにして
妖怪も人間も「お互いの領分を犯さないようにしましょう・・」とか「どちらか一方のみが強大になって、もう一方を
侵食するのはNGですよ・・」みたいなものもあるように思えます。
そして幻想郷内最大のタブーは「人間が妖怪化する事」です。
そうならないように常に警戒をしているのが霊夢の一つの役割でもあったりもしますし、
霊夢は「妖怪退治」という事で、あまりにも人間に対して悪事を働く妖怪を退治することで幻想郷内の人間より
謝礼というかお布施を貰い、それを神社運営の資金としている経緯もあったりもします。

さてさて・・・改めての話になるのですけど、聖白蓮の「人も妖怪も皆絶対的に平等」とか「妖怪の救済」という考えは、
こうした幻想郷内の前提とかルールに矛盾しないのかな・・・とも思ったりもします。
だけど、聖白蓮さんの考えというのは、あくまでもその対象は、
「弱くて虐げられている妖怪」の事であり、強大な力を有する妖怪とかむやみやたらと人を襲って人を食べてしまうような
極悪妖怪は、そうした教えの対象外になっています。
つまり白蓮さんの考えというのは、「全ての妖怪を救済範囲にはしていない」という事なのです。
そして換言すると白蓮自身はそうした幻想郷のルールをよく認識していますし、その上で、幻想郷内の
ルールや秩序を変更しようという気は全く無いという事なのだと思います。
だからこそ、幻想郷内のルールとか人と妖怪のバランスを最重点に考えているゆかりんにとっては
「ま・・これぐらいはいいのかも・・・霊夢の神社も閑散としているし、神社とは違うのだけど
こうしたお寺で幻想郷内の人間たちの信仰を集める事はむしろ必要な事」という認識に立っていると
言えるのかなとも思います。
余談ですけど、阿求ちゃんが主催した「東方求聞口授」おいて座談会形式で呼ばれたのは、
八坂神奈子・聖白蓮・豊聡耳神子の三人の宗教家だったのですけど、
そうですね・・・私としては是非是非、八雲紫(ゆかりん)様と永琳様をも是非是非呼んで欲しかったと
思いますし、この5人のメンバーの「本音」を語って欲しかったな・・と思いますね。
(特に紫様と永琳様!!)

上記のような幻想郷のルール・バランスという意味においては、
もしかして早苗さん・神奈子・諏訪子の「守矢神社」組においても色々と苦慮した面があるのかな・・とも
思ったりもしています。

それがあの「東方風神録」の背景になっているような感じもあります。

神奈子の指示に従って、早苗さんは霊夢のいる博麗神社に乗り込み、
「博麗神社の譲渡または営業停止を要求」という直談判に打って出ます。
何となくですけど、あの時の早苗さんは、神奈子と諏訪子の二人の神々の「操り人形」というのか
神奈子がそうしなさいと言ったからそれに従うみたいな雰囲気も無くは無かったと思います。
早苗さんがはっちゃけ始めたのは、自機に抜擢された「東方星蓮船」以降あたりからなのかな・・?
でも最近の早苗さんのあの感じは実に素晴らしいものがありますよね!!

さてさて・・それではどうして神奈子が博麗神社の乗っ取りを企んだのかというと、早い話が
「人間からも信仰を集める」という事にあるのだと思います。
その③で散々書いた通り、早苗さんたちは「神々の消滅の危機を避け、外界を捨ててまで新しい未来を
幻想郷内で得る」ために湖と神社の建物ごとそっくり外界から移ってきたのですけど、
「山の神」とも言える八坂神奈子に相応しい山らしい「山」が幻想郷内には、妖怪の山以外に見当たらなかっため、
やむなくこの「妖怪の山」の山頂に湖と神社ごと拠点を構える事になります。
最初は妖怪の山に居住している天狗たちに大変強く警戒をされたのですけど、話し合いにより折り合いが付き、
早苗さんたち守矢神社組は、「妖怪の山の神様」として祀られ始める事になります。
その結果として、天狗をはじめとする妖怪の山の妖怪たちは、神奈子たちを「神様」として祀り
神奈子たちは信仰を得られていき、幻想郷へ移転した目的は無事に達成出来ました。
そして逆に神奈子たちは、山の妖怪たちに「大いなる神徳」を与えるようになります。
しかし・・・・
その「神徳」の結果、妖怪の山に住む強大な勢力の妖怪(天狗や河童など)が強くなり過ぎてしまい、
結果的に幻想郷のパワーバランスを崩す可能性が生ずることになってしまいます。
そして、この「幻想郷内のバランス」というものこそが、ゆかりん=八雲紫様が一番細心の注意を払っていて
常に用心しているものに他ならないのです。
ま・・・・・神奈子自身も分かっていたのでしょうね・・・
「幻想郷には独自のルールとシステムが存在している」
「そして・・・・郷に入ったら郷のルールに従え・・・」という事を・・・・
幻想郷のバランスを取る為には、山だけでなく麓からも信仰を得る必要が不可欠となったのです。
麓の主な住人は人間と妖怪であり、そこで信仰を得るためには、
霊夢のいる博麗神社の存在がとてつもなく邪魔で、
それだったら「博麗神社を乗っ取ってしまおう・・・、そうね・・・それだったら、早苗! まずあなたが
私の使いとして霊夢と直談判してきなさい」と命令し、
その命令に素直に従ったのが早苗さんであり、それこそが「東方神風録」の始まりだったのです!!

だけど、その③で書いた通りその企ては霊夢に叩きのめされる事で頓挫し、乗っ取り計画は断念と言う事に
なってしまいます。
そして・・・・
そうした事情があるためと思われるのですけど、
最近の記事・・・「東方鈴奈庵での早苗さん」で散々書いた通り、
ある意味資本主義社会の申し子である早苗さんが、外界の資本主義らしい方法で
幻想郷内での守矢神社のPR活動並びに布教活動を開始したという事に結びついていくのです。
そうですね・・・・
ま、勿論、霊夢はとっても可愛いしとてつもなく魅力的なキャラなのですけど、
早苗さんがあんな可愛らしい笑顔で幻想郷の人たちに誠意をもって丁寧に接していれば、
幻想郷の人たちの「信仰心」を集める事ももはや時間の問題、霊夢の博麗神社はどんどん寂れていく・・・
みたいな展開もあるのかなと思ったりもします。
(ま・・多分そうはならないと思いますけど・・・)
とにかく、早苗さんたちの「守矢神社」が幻想郷内での信仰が得られるようになり、且つ同時に
ゆかりんの言う「幻想郷内でのパワーバランス」を保つためには、
山ではなくて麓の人里内にて信仰を得られる必要があります。
そして「守矢神社」は、湖の神様でもありますので、湖の近くに建立されないと意味がありません。
現況の妖怪の山の頂には、外界からそっくり移動してきた「湖」が、ある事にはあるのですけど、
前述の通り、妖怪の山ゆえに妖怪がうじゃうじゃいますので、とてもとても人のお詣りは期待できません。
早苗さんも守矢神社の布教活動とか啓蒙活動に余念がないのですけど、
神奈子は神奈子として、色々とあの手この手を考えていて、それが後に「山の産業革命」の一環としての
あの地霊殿騒動に繋がってしまい、
ま・・結果的に・・・「もーー、神奈子は本当にはた迷惑な神なんだから・・・」みたいな感じにも
なってしまいましたよね・・・(苦笑・・)
ま、神奈子には神奈子なりに「守矢神社のPR活動」を模索している結果という事なんでしょうね。
そうした中の一環が「東方茨歌仙」の第一巻に表れていましたよね!
話は唐突に「山の麓の川縁で地滑り」という天災から開始されますが、ま・・そもそもが「雨もなく地滑りが起こった事」
自体が最初から「どーもなにかあるね・・」という雰囲気が満載でしたね。
そして、地滑りで土砂が川をせき止め、結果的にダム湖が出来てしまいます。
そこにもっともらしく神奈子が登場し、「天然のダムは決壊する恐れがある・・」と浮かない顔を見せています。
そして神奈子は「山の麓の新しいダム計画」を提案します。
実際に神奈子は、土砂は取り除かれ天然ダム湖を撤去してしまいます。
守矢神社主導による新たなダム建造計画が持ち上がる事に、華扇は計画に胡散臭いものを感じていくのですけど、
ま・・それってやっぱり・・・
「まさにその通り!!」という展開になっていきましたね!
「守矢一派は湖の神。山の上では思いのほか信仰が集まらない。
山の麓に拠点を作るためにダム湖を作ろうとしているのではないか・・・・
そして、最初からダムを作るつもりで地滑りを起こしたのではないか・・・」と華扇は推測し、
結果的にその推測は大正解という事になるのでした。
ダムの施工は妖怪の山の河童が担当するのですけど、河童は元々大規模工事が苦手なうえ、
設計図と違う物を造ったり遊んでばかりで協調性がなく、
結果としてダム工事は中止と言う方向になってしまいました・・・・

だけど・・・上記のエピソードから窺える通り、神奈子としても「山の麓で信仰を集める事」に
余念がなく、ま・・多分ですけど、今後も色々とあの手この手を使って色々な事を画策していくのでしようね。
ま、霊夢にとってはそれはまさしく「異変」という事に他ならないのでしょうけど・・・・(笑)

そしてそうした神奈子の画策に巻き込まれながらも、そうした二人の神様を崇めつつも、
自分なりの「布教活動に努める早苗さんは早苗さんで
素晴らしいと思います!!








さてさて・・ここからは既に恒例になっているのかもしれないのですけど、当ブログが本当にいつも大変お世話になっている
アミグリ様の素敵なイラストのご紹介です!!

上記のとっても可愛いイラストは、
当ブログのとっても大切なブロとも様のお一人で、本当にいつも大変お世話になっている
「dream fantasy」の管理人様のアミグリさんが描かれた「水着早苗さん」ですっ!!

いやーーーー!! これは素晴らしい!!

これから夏本番を前にしてのいかにも夏らしいとっても素敵なイラストですし、
何よりも・・・
海が無い幻想郷においては、「水着」自体拝めることはまずないだけに、とにかく貴重な一枚だと思いますし、
も―――――!! 私にとっては・・・否! 東方大好きの男性諸氏にとっては
本当に喜びのあまり思わずこ踊りしたくなってしまうようなとっても「おいしい一枚」だと思います!!
いや―――!! 公式では多分あり得ない「水着早苗さん」を拝めるなんて・・・!!
まさに気分は「ウルトラハッピー!!」ですねっ!!

これは・・・湖で水遊びをする早苗さんなんでしょうね・・・(笑)

それとも・・・・外界の女子高生時代の「海」での早苗さんなのかな・・・・??

とにかくとっても可愛いです!!

アミグリさん、本当にいつもありがとうございます!!
そして一日も早く体調が回復されることを埼玉の地よりご祈念申し上げたいと思います。
以前の記事で、プリキュア関連グッズは意外とダイソー・キャンドゥ等の「100円ショップ」が狙い目!
みたいな記事を書いた事があるのですけど、
今作の「魔法つかいプリキュア」も、比較的最近まではポケットティッシュ・ぬり絵帳・ノート以外は
こうしたお店では置かれてはいなかったのですけど、
ここにきて続々と商品が置かれるようになってきていて、なんかありがたいものはあったりもします・・・

ま・・・いい年こいて、こうした100円ショップで「プリキュアグッズ」だけを購入するのも
ま・・・ちょっと・・アレな話でもありますので(苦笑・・)
カレー・歯ブラシ等本当に日常品として使用するものと合せる形で購入してしまう、ま・・小心者の私であります・・・(苦笑・・)

今回見た限りでは、文房具6点セット・はさみ・ピクチャーパズル・ステッカー・ノートなど色々と
登場していましたね。
やっぱり今作のプリキュアは「可愛らしさ」がとても魅力的ですので、このように店内に多数の商品が置かれる
100円ショップ内の中では「オアシス」みたいな感じもありますよね!
ハピネスの頃までは置かれていた比較的大きめの手提げ袋が無かったのは、ちょっと残念です・・・






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今回は取り急ぎ、「魔法つかい」に関してはペンケースとシールの二点のみを購入

ペンケースですけど、表面は、ダイヤ→ルビー→サファイア→トパーズの4つのフォームチェンジが
デザインされていて、やっぱりとっても見栄えがします。
裏面は、ダイヤスタイルなのですけど、ホウキを手にしているミラクルがとても可愛いし、
いかにも「魔法使い」みたいな雰囲気ですよね!

これで一つ100円とは「結構安いし、実はお買い得!」と思ってしまいますね。

これは昨年の話ですけど、セブンイレブンの「物語シリーズ×ハローキティ―のコラボ企画」において、
キティーちゃんのグッズを手にした戦場ヶ原ひたぎのペンケースも、そうしたコラボ企画の中で
商品化されていましたけど、
確かあれは、550円ぐらいしたかな・・・

そうやって比べてしまうと、やっぱり100円ショップの企業努力はすごいものがありますね!!



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こちらは「シール」ですけど、逆に「これで100円? うーーん、二枚100円なら分かるけど・・」という
感じもしなくはないのですけど、
前述のペンケースがお買い得でしたので、全体的には極めて妥当ですよね。

ルビースタイルの二人と魔法のつえを手にしたリコちゃんがやはりとっても可愛いと思います。


さてさて・・・・

今回は「魔法つかいプリキュア」のグッズだったのですけど、
同じダイソー内の店内に、(私にとっては)とっても嬉しいものがまだ「在庫」として残っていました!!

それについては・・・そうですね・・次の機会にしておきましょう・・・(笑)→案外明日だったりして・・・??

東方の世界の二人の巫女さんの霊夢と早苗さんですけど、
霊夢の方は終始マイペースキャラという感じなのですけど、早苗さんはそのキャラは段々と変りつつあるようにも
感じられますね。
初登場の頃は、早苗さんのあのおしとやかな感じとか柔らかい感じとか穏やかな感じとか聡明な感じ等は
「まさに霊夢の対極に位置する存在」みたいに言われている時期もあったのかと思います。
だけど・・・
早苗さん自身が段々と「常識が一切通用しない幻想郷のある意味非常識な世界」に段々と慣れていった・・・というのか
溶け込んでいったせいなのか、
早苗さん自身がどんどんと「はっちゃけた感じのキャラ」になりつつあるのはとっても面白いですよね!

霊夢と早苗さんの違いの一端については、最近の記事の「東方鈴奈庵の早苗さん」で結構熱の入った妙な記事を
散々書かさせて頂きましたが
(あれは自分で言うのも何ですけど、実は結構な気合入りまくりの記事でした!
あの記事、もしかしたら今年の自分のお気に入りNo.1になるのかも・・・?
ちなみに昨年の自分のNo.1記事は、「響け! ユーフォニアム」第12話感想記事でした・・・
あの記事を改めてご覧になりたい方は是非是非こちらから・・・・!! → 「東方鈴奈庵の早苗さん」)
環境面についてはどんな違いがあるのかな・・・とも改めて感じたものでした。
早苗さんは、守矢神社内には、神奈子と諏訪子という二人の神々と共に暮らしています。
そうですね・・・・いわば強烈な保護者が常に早苗さんをサポートしているような感じです。
何となくですけど・・・神奈子は「親バカ」というのか「早苗さん、可愛い!!」みたいな過保護みたいな雰囲気も
ありそうな気も・・・・??
ま・・・守矢神社自体、妖怪の山の上に建立されていて、普段ここを参拝するのは当然ながら人は皆無・・・
大半は妖怪たちばかり(特に天狗と河童なのかな・・・??)という感じで、
早苗さんとしては、「なんかエライ所にきちゃった・・」みたいな感じなのかも・・・??
そうしたせいなのか、公式においても人里に降りてきて布教活動をしたり、霊夢の博麗神社に遊びに行ったり
はたまた霊夢に「もっと信仰を集めなさい・・・」とダメだしをしているのも
何となく分かる気はしますよね。
早苗さんとしては、偉大なる二人の神が自分の身近にいて尚且つ稽古をつけてくれたり、
「こうすればもっと守矢の信仰が得られるんじゃないの・・」みたいな貴重なアドバイスを貰ったりするなど
何かしらの「安心感」は持っているような気もしますね。

一方霊夢の方ですけど、考えてみると霊夢って実は「一人暮らし」みたいなものですよね・・・(笑)
食事のシーンなんかも一人きりで食べているシーンもありましたけど
(霊夢のお食事は、ご飯・味噌汁・さんま等のおかず一品・漬物といったえらく質素なのが大変印象的です・・・)
早苗さんの場合は、ま・・・常に二人の神がそばにいるみたいな何か「安心感」はあるのかも
しれないですよね。
霊夢の場合は、常に誰かの「訪問者」がいるという感じですよね。
ま、ほとんどの場合は相方とも言える魔理沙ですけど、それがゆかりんの場合もありますし、
レミリア・咲夜・妖夢・あやや・光の三妖精・萃香・秦こころにこいしちゃんとか、マミゾウとか、
まーとにかく「誰かかっかはひっきりなしにやって来る」みたいな感じもありますよね。
早苗さんの場合の保護者は神奈子と諏訪子という神であるのに対して、
霊夢の場合は、ゆかりんという「妖怪」であるのがとっても面白いですよね。
「東方儚月抄」上巻における導入場面は、確か・・・・そのゆかりんが霊夢に対して稽古を付けてあげていて
「そんなんじゃ、うちの式神にも遠く及ばないわよ・・」とかなんとか叱咤激励されていましたけど、
うーーむ、妖怪退治を生業にしている巫女が、その妖怪に対して稽古をつけて貰うというそのアバウトが
実に「常識に囚われてはいけない幻想郷」らしい話であり、こういう所がやっぱり東方は魅力的ですよね!!
東方の素敵な所って一杯あるのですけど、
やはりこういう多種多様な価値観とか考え方を、あたかも底なし沼のようになんでもかんでも一切を「受忍」してしまうような
おおらかさがとっても魅力的だと思いますし、
いかにも「日本=八百万の神々の国」というものを象徴したようなバックボーンであり、
素敵な所だと思います。



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改めてなのですけど・・・

「東方鈴奈庵」における早苗さんはとっても可愛く描かれていましたよね!!
霊夢はなんとなくですけど・・・都会も田舎もどちらも似合いそうみたいな雰囲気もあるように思えますし、
何となくですけど「土着の巫女さん」というか土の香りっぽい感じも無くは無いのかな・・とも思うのですけど、
この中での早苗さんは、いかにも「垢抜けた・・・」とか「スマートで洗練されている」みたいな感じで、
「あ、やっぱり最近まで外界の女子高生だった子はなんか違うな・・・」とも感じさせるものでしたし、
早苗さんというと、丁寧語とか敬語で話すみたいな印象もあった中、こちらの作品の早苗さんは、霊夢に対して
ため口をポンポンと叩いていたのがとっても印象的で
あの喋り方はなんかいかにも現代っ子みたいな感じでとっても微笑ましく感じたものでした。
蛇という「神の使い」に対しての敬い方・扱い方を民衆に説いてるシーンの早苗さんですけど
(守矢神社というのぼりを立てて、みかん箱らしきものの上に乗って民衆に啓蒙活動をしている早苗さんが
とても可愛かったのが印象的です!!)
早苗さんは、「蛇は過剰に恐れるべき存在ではないが敬う必要はある。決して乱暴に扱ったり殺すことはよくない」と説き、
「分社を建てましょう! そしてそこにお供え物をすれば、蛇はそれを食べて人里まで下りてくることは減るはず」と提案し、
要は蛇を神の使いとしてきちんと崇めておけば、決して襲われることは無いはず」と説くのですけど
いやーー、こういう「丁寧さ」なんかは霊夢には望みたくても望みようがない美点でもありますし、
いかにも早苗さんらしい「説話」みたいな感じでした。

あ・・・改めてこのシーンを見て、ふと感じた事があったのですけど、
こうした布教活動をする上では、勿論、「民衆への説話」という本筋の内容は極めて大切なのですが、
人里の民にまずは「あれ・・・この人はこれから何をしようとしているのかな・・?」みたいな話のきっかけづくり、
すなわち・・・お笑いとかバラエティー番組とかコンサートなんかではよく見られる光景なのですけど
「前座」というものも必要なのではないのかな・・とも思ったりもします。
公式の設定の上では、早苗さんは「奇跡を起こす程度の能力」をほんのちょびっと使う形での「手品」みたいなものを
最初に布教活動の前にお披露目しているみたいですけど、
幻想郷内の人里に対する「人集め」というのか、興味を持つきっかけづくりとして
役だっているのかもしれないですよね。

だけど・・・・

私としては、なんか早苗さんに是非是非リクエストさせて頂きたい事があったりもします・・・(笑)

何かと言うと、七色の人形使いのアリスに、早苗さんの布教活動の「前座」として
アリスのお得意の「人形劇」をお披露目して、人々達を「これはすごい・・・!!」と興味を引き付け
そして雰囲気的に盛り上がったところで、早苗さんが満を持して登場し、
あの聡明で誠実そうな笑顔とあの丁寧な言葉遣いで民衆に語りかけていけば、
幻想郷の人里の人々の「ハート」をつかむなんてちょろい、ちょろい・・・!!みたいな感じさえしますよね(笑)

早苗さんとアリスは公式においてはそんなに多くは接点は無いようですね。

二人が一緒に登場したのは東方地霊殿と東方非想天則の2作のみで、
地霊殿ではアリスはサポーターとしての出演のため、実質は非想天則のみと言えると思います。
だけど、この二人は意外と共通点が多いかも・・という感じですね。
共に幻想郷の外の出身者であり、神様が保護者として何かとサポートしていて、現代っ子(都会派)と呼ばれている点は
大いに似ていると思います。

「東方非想天則」にて早苗さんはアリスの事を、
「凄い数の人形ですね 職人には憧れます」
「大きな人形とか作ったり出来ないのですか?
 いや、見てみたいだけですが……等身大の巨大ロボ」
みたいに言っていますし、
アリス自身も早苗さんの事を「霊夢とは大違いね やっぱり巫女は神様とワンセットだよね」 と明らかに
一目置いていますし、
そうですね・・・・是非是非公式でもこの「早苗さんとアリス」、サナアリのカップリングが増えてくれれると
嬉しいな・・とも思ったりもしますね。
そうそう、先ほどの早苗さんの前座としてのアリスの人形劇ですけど、
さすがにあの人形の中に、「メディスン=メランコリー」は登場する訳ないですよね・・・
メディスンは元々は「お人形さん」だったのですけど、人間から捨てられてその恨みで妖怪と化した経緯が
あるのですけど、
人形使いとしてのアリスと元・人形としてのメディスンのカップリングも大変興味があったりもします。
ちなみにですけど、「東方儚月抄」の紅魔館パーティーにおいて、アリスの横にいたのはメディスンでした!!

公式でもそうですけど二次創作でもありそうで意外とあんまりみられないのが「ゆかさな」、つまり紫と早苗さんの
カップリングなのですけど、
この組合せ、是非見てみたいですね!! とっても興味があります!!
だけど、ゆかりんにとっては「早苗は、既に二人神が付いているのだから私が別にちょっかい出さなくても・・」
という感じてしょうし、
ま・・ゆかりんにとっては「巫女さん」というと、そりゃ「霊夢」以外ありえないでしょ・・みたいな感じかもしれないですよね。



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上記でちらっと書いた通り、アリスは早苗さんを評して「やっぱり巫女は神様とワンセットだよね」とか
言っていましたけど、
この言葉は実に興味深いものがあります。
早苗さんには、神奈子と諏訪子という二人の神様とペアというのかトリプルというセットになる事で
より強大な力を発動し、その意味では「三者三様」ではなくて「三位一体」というのが
守矢神社の大きな特徴なのだと思います。

それに対して霊夢はと言うと・・・
なんと! 霊夢自身、自分の神社にどんな神様が祀られているのかすら知らない・・・という、ま、その・・・・
ある意味究極の「不勉強・無関心」振りを露呈しているのですけど、
阿求ちゃんに言わせると「巫女としては危機感に欠ける性格」は、まさに霊夢そのものであり、
幻想郷内に「早苗さん」といういかにも巫女さんらしい巫女さんが登場したのだから、
霊夢は、「も―――、ずっとそのまんまの霊夢でいて!!」と叫びたい気持ちで一杯です!!
霊夢と言うと、「単純で裏表が無い。喜怒哀楽が激しく、人間・妖怪を問わず惹き付ける不思議な雰囲気の持ち主」
というのがよく言われているキャラ設定なのですけど、
「人も妖怪も神も仏も全て同じ!」と言い切る聖白蓮の絶対平等主義みたいな博愛精神とは
全く全然別の意味で、人も妖怪も分け隔てなく接するという印象があったりします。
霊夢は博麗神社としての巫女さんと妖怪退治の二本立てでもって生業としているのですけど、
神社の境内にはとにかく妖怪がうじゃうじゃといるものですので、参拝客はほぼ皆無状態・・・
その為、お賽銭収入にはほとんど期待できない事もあり「妖怪退治」の謝礼でもって生計と神社運営を
成り立たせているのかなとも思います。
神社の信仰の減少と神社周辺の妖怪の増加が頭痛のタネと言えるのかもしれないですけど、
当の本人はその辺りは大変お気楽に考えていて、「信仰が減る事の意味」をあんまり考えていないというのが
逆に霊夢らしい話なのかなとも思ったりもします。
霊夢自身は、「別に信仰が減ってもうちの神社としては、妖怪退治を生業にしているから
それはあんまり関係ないかな・・信仰が減る事は妖怪が増えるという事でもあるから、妖怪退治を生計に立てている
私としては逆にありがたい話・・」みたいな事をかつては言っていましたし、
前述の発言に関して「神社にとって信仰が得られないのは致命的」と指摘されて
「そうねぇ・・・お賽銭が入らなくなるもんねぇ・・」と「お賽銭のための信仰」が霊夢にとっての宗教観であるみたいな事を
いみじくも自ら暴露する事になっていましたけど、
東方風神録で「早苗さん」という新しい巫女さんが登場した事で、
霊夢自体も少しは・・・「信仰心」について多少は考えたり、工夫をする事にもなりましたので、
やはりそうした意味でも、早苗さんという新しいヒロインの登場は、大変意義が大きいのかな・・とも感じたものでした。

でも霊夢はとにかくめちゃくちゃ可愛いですよね―――!!

袖が無く、肩・腋の露出した赤い巫女服と後頭部に結ばれた大きな赤いリボンが
霊夢のまさにトレードマークなのですけど、
全体的にヒラヒラと舞うような雰囲気のフォームがとにかく反則的に可愛いです!!

あ・・・だけど今回は、全体的には、霊夢の事よりは、またまた早苗さんの事ばっかり語ってしまいましたね・・・(笑)
しかも早苗さんは、明日、日曜日にどうせまた色々と熱く語ると思われるのですけどね・・・(苦笑・・)

でも、いーーんです!!

霊夢が私の中では「東方の絶対的なエース」である事は揺るぎようがありませんし、
とにかく霊夢はめちゃくちゃ可愛い!!
「霊夢が可愛すぎて生きているのがつらい・・」みたいな世界であるのは間違いはありませんから!!

さてさて・・・上記のとっても可愛い「霊夢」のイラストは、
当ブログのとっても大切なブロとも様のお一人で、本当にいつも大変お世話になっている
「dream fantasy」の管理人様のアミグリさんが2014年8月に描かれた
「8月9日は博麗霊夢の日」にちなんでの霊夢のとっても可愛すぎる素晴らしい一枚です!!

この霊夢って本当にいかにも「女の子っ!!」というオーラに満ち溢れていて
可愛いというよりは・・・
「美しい」という言葉がぴったりでして、
まさに美的限界に達しているような雰囲気すらあると思います。
本当にこの霊夢は「まさに夢見る美少女」だと思います!!

アミグリさんのブログの「dream fantasy」のプロフィール画像は、まさに霊夢ですし、
アミグリさんは、過去に何度も素晴らしい霊夢を描かれていて、ああした霊夢を拝見させて頂くと、
まさにアミグリさんの「霊夢愛」がひしひしと伝わってきますし、
霊夢に対する「思い入れ」とか「愛」は本当によーーく伝わってきます!!

アミグリさんは、先週は体調を崩され気味だったと聞いていますけど、どうか無理をなさらないで
是非是非お大事にしてください!!
そして・・・
体調が回復されたら、是非是非こうした「美的限界を超えた霊夢」なと゜のような素敵なイラストを
どうか無理のない範囲で描いて頂けることを
切に切に・・・願っています!!
全日本吹奏楽コンクールの課題曲がA~Dまでの四曲で、その内1~2曲がマーチという
スタイルが確立したのは、1978年以降からで、この年、1977年はは変則スタイルとなっています。
(中学→ドリアンラプソディー 高校以上→バーレスク 共通→ディスコ・キッド Dは確か小編成用でしたね・・)

大編成の部の課題曲が三つなのですが、この年の課題曲はどれも実によく出来ていると
思います。
ドリアンラプソディーは、不思議な感覚の曲です。妙な哀愁感もありますし、
おちゃらけな部分もあります。
自分の高校の定期演奏会で、自分が卒業した3年後になぜかこの曲を演奏していましたが、
改めて聴いても「不思議」としかいいようがない曲です。
この課題曲は、三木中学校が抜群に良いと思います。自由曲の「天地創造」と合わせて
かなりの名演だと思います。
どうしてもこの年の中学の部の名演というと、今津(運命の力)を想像してしまいますが、
この学校もなかなかのものです。
何より音楽が実に自由なのが素晴らしいと思います。

バーレスクは、同じ作曲家の「仮面幻想」を想起させる曲です。
これは、正直日本人にしかわからないリズムと感性の曲だと思います。
3分半程度のホント、短い課題曲なのですが、中身は濃い曲です。
全体的におどろおどろしい部分がいかにも邦人らしい曲なのですが、
これが「吹奏楽のための神話」の世界を彷彿させるものであり、
おぞましいのだけど、舞踏の感覚も感じられる素晴らしい曲だと思います。
自分自身も、現役の時はこういう課題曲と巡り合いたかったです・・・
この曲の名演は色々あります。
個人的には秋田南高校を推したいのですが(どうしても自由曲の「春の祭典」の
印象が強いのですけどね・・・)
新鮮な感覚という観点では、弘前南を推したいと思います。
この学校は、この年が全国初出場なのですが、それを全く感じさせない
生き生きとした演奏です。
自由曲の「エル・サロン・メヒコ」も今聴くと結構荒っぽい演奏ですけど、
演奏が実に初々しい感覚に溢れています。
聴いていて、とても楽しいと思います。
弘前南は、結果的に初出場のこの年で初金賞を受賞し、5年間金賞を取り続け、
特別演奏を披露しています。
ま、これは以前の記事でも語っていますけど、
また、当初は女性指揮者が3年間振っていましたが、4年目のドリーから
男性指揮者に交代となりましたが、
五年連続金賞の中で指揮者が交代した事例はレアなケースだと思います。
(他には、天理高校と1984~88年の神奈川大くらいかな・・・)

ディスコ・キッドはいま改めて聴くと、本当に奇跡のような自由曲ですよね。

これを選んだ当時の吹連の勇気と見識の高さに敬意を表したいと思います。

前半で、「ディスコ!!」と声をあげているチームとあげていないチームがありますが、
譜面上では、このかけ声は「オプション」だったのでしょうかね・・・?
中には亜細亜大学のように、更に意味不明の叫び声が入っているケースも
ありますが・・・
この曲の名演は、何と言っても瑞穂青少年吹奏楽団だと思います。
(オーボエが非力な所が実に惜しい・・)
他には金津中学校も爽やかな好演を聴かせてくれています。

私が中学校の吹奏楽部に入部したのは1978年・・・・
この年の課題曲は圧倒的にA/ジュビラーテに集中し、自分の学校も課題曲にこのAを選んでいました。
だけど当時の自分もそうでしたけど、
おっかない顧問の指揮者の先生のタクトでは、
課題曲のジュビラーテを吹く時も、自由曲のチャイコフスキーの「スラブ行進曲」を吹く時も
何か全員、つまらなそうな顔でいやいや吹いていたような印象もあります・・・・
(というか、年中指揮者に「下手くそ!」等罵倒され続けていましたからね・・・苦笑・・)
だけど、時折息抜きを兼ねて
78年の課題曲C/ポップス変奏曲「かぞえうた」とか
当時大流行していた映画「スターウォーズ」~メインテーマとか
1977年の課題曲C/ディスコ・キッドを吹く時は
何か全員ノリノリでそれは楽しく吹いていましたね・・・・
ほーんと、あんな気持ちで課題曲も自由曲も楽しい気持ちで演奏出来れば
もっと良かったのですけどね・・・・

1977年課題曲C/ディスコ・キッドは、私が中学に入学する一年前の課題曲でしたので
この課題曲でコンクールに臨んだことはないのですけど
上記のような練習の息抜きとか文化祭等でたびたびこの課題曲を演奏する事が出来た経験は
今にして思うとなかなか貴重なものがあると思います。

ま、確かに長い吹奏楽コンクールの歴史において
「ポップス系」の課題曲は数多く出ました。

例えば・・・

○シンコペーテッドマーチ「明日に向かって」

○ポップスオーヴァーチュアー「未来への展開」

○ポップス描写曲「メインストリートで」

○ポップス変奏曲「かぞえうた」

○シンフォニックポップスへの指標

○行進曲「オーバー・ザ・ギャラクシー」

○ムービング・オン

○ポップスマーチ「すてきな日々」

などがあるかな・・・・

だけどコンクール課題曲がもろに「ポップス」そのものというと
1974年の「高度な技術への指標」と1977年の「ディスコ・キッド」の二曲しか存在しないような
気もします。
特に「ディスコ・キッド」が本当に吹奏楽コンクールの課題曲であったなんて
今でも信じられないほど、それは楽しい楽しい曲だと思います。
時代的に映画「サタデー・ナイト・フィ―バー」の時期とほぼ同じころだと思いますが
当時の「ディスコミュージック」そのまんまのノリの曲だと思います。

この課題曲は公募作品ではなくて
実は、当時日本のポップス作曲編曲の大御所の東海林修に委嘱された作品なのですけど
それにしてもよくあのお堅い吹連が演奏許可したものですね・・・・
意外と当時の吹連の役員さんは頭が柔軟なのかも・・・・??
ちなみに東海林修氏は、NHKの「ステージ101」のアレンジャー兼音楽監修でも有名なお方です・・・

この課題曲、冒頭が難しかったですね・・・

いきなりエスクラとピッコロの絡みから開始され、
全体にドラムセットが大活躍し、ハイハットシンバルの鋭いリズムが炸裂しています。
そしてエスクラとピッコロの絡みが終わりリズムが高まってくると
全員で「ディスコ!!」と掛け声を掛けるのが非常にユニークです。
このあと楽しいメロディーラインが展開されていくのですけど
一旦静まりクラリネットのかなり大変なソロが展開されていきます。
そこから先は曲のラストまで、ダンスミュージックが炸裂していきます・・・

だけどくどうようですけど、この曲、ホントに課題曲なのかな・・・と思う時もありますね・・・
それほど楽しくノリノリな曲なのです。

吹奏楽コンクール全国大会でこの課題曲Cを演奏して素晴らしい演奏を残してくれたチームは
色々ありますけど、
やはり一番のベスト演奏は、前述の通り瑞穂青少年吹奏楽団かな・・・
これはまさに「王道中の王道」の演奏で、正統派のポップスを真正面から正攻法で
演奏しています。
但し「ディスコ!」の掛け声はありません・・・
ブリジストンタイヤ久留米は瑞穂と同様に正統派の演奏ですけど、
イメージとしては大変「大人の演奏」というか「節度ある真面目な演奏」というのか
「クラシカルな演奏」を聴かせてくれます。
「ディスコ!」の掛け声も入ってはいますけど、少し照れがあるのか(?)あまりよく響いていません・・・
やんちゃな演奏例の代表は駒澤大学かな・・・
自由曲のストラヴィンスキーの「春の祭典」での技術的な難しさの鬱憤を晴らすかのように
課題曲では色々とやりたい放題やってくれています・・・
(でも少し粗い・・・・)

コンクール演奏での一番ノリがよい演奏は亜細亜大学かも・・・・
残念ながら、この年の亜細亜は自由曲のラヴェルの「ラ・ヴァルス」をかなり執拗に表現したせいか
タイムオーバーになってしまい審査対象外という事で
当時も現在も全然話題にすらならないのですけど
この演奏は正直凄すぎる・・・・
だってノリはいいし、楽しいし、切れ味抜群だし、リズム感はいいしドラムスは完璧だし、
例の「ディスコ!!」の掛け声もこのチームを上回る声量は多分無いと思います・・・
だけどこの演奏で一つ謎があります・・・
クラリネットのソロが終わった後に、男性の声で「オーオーオー」みたいな奇声と言うか掛け声みたいな声が
しっかり収録されていますけど
あれはいったい何なのでしょうか・・・・??
アドリブ・・・・??
単なるウケ狙い・・・??
それとも本当に感極まった声・・・・??

今となっては知る由もありませんけどね・・・・

とにかく・・・こんな楽しい課題曲が21世紀のコンクールでも再登場してくれると嬉しいですね!!
我ながら「またか・・」という感じもするのですけど、
とにかくグリフォン企画・制作の東方フィギュアの世界も本当に素晴らしいものがありますので、
これで三回目ですけど、この素晴らしい世界を少しばかり取り上げさせて頂きたいと思います。

何となくなのですけど、東方×ドールの世界は「洗練された美しさの世界」という感じがあり
擬人化された人形みたいな感じもするのですけど、
(改めてですけど、Dollfie Dream×東方ProjectのDD化企画は本当に素晴らしいですよね!!)
東方×フィギュアの世界は、どちらかというと本来のキャラに近いというか、
力強さ・迫力・実写的みたいな雰囲気もあると思います。
ま・・、確かにどちらの世界もとにかく「素晴らしい!!」としか言いようがないですけどね。
だけど・・・・
お財布のひも的にはやっぱり・・・「フィギュア」の方がまだ少しは近いのかな・・・・とも思ったりもします。
(それでも一体7000~9000円という価格帯ですけどね・・・)
現在は、発売は終了しているのですけど、是非是非新しいシリーズの企画とかそれが無理ならば
昔の商品の再発売も実現して欲しいものですね!!

あ・・・・ちなみにですけど、下記で取り上げさせて頂く東方フィギュアは、ほとんどが2012年に発売または予約受付開始を
したものでして、
当然ながら、現在では販売とか予約はしておりませんので、あしからず・・・・
(アマゾンとかヤフオクでは、ドールと違って今でも頻繁に見かけますね)




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さてさて・・今回のトップバッターは八坂神奈子です!!
(最近の当ブログの東方記事は早苗さんばっかりですので、神奈子はその際によーく出てくる名前ですね・・!!)

スケールは1/8  サイズ約24.5㎝ 価格は発売当時の税込で8820円でした。

「山坂と湖の権化」の呼び名に相応しいとにかく威厳の感じられる素晴らしい圧巻の仕上がりですね!!

東方の高身長フィギュアと言うと、お空とか小野塚小町が大変印象的でしたけど、
この神奈子も相当身長が高く、かなりの「尊厳」がとにかくも――、伝わってきますよね!!
とにかくまさに「圧巻のボリューム」だと思います!!
そのボリュームを生み出すのは、背面の注連縄なのですけど、茅の輪のように円形を描くそれは、神奈子の
帯留めの役割も果たしているようです。
袖口を締める藁紐には、鈴が配置されており、神奈子が動くたびに
シャランと涼やかな音を響かせることが想像できますけど、こういう細かい事もフィギュアでもきちんと細かく
表現出来ている事は「すごい芸が細かいな・・」と改めて実感させられます。

本当にまさに・・・偉大なる母神という雰囲気ですね!!

早苗さんの幻想郷内での親代りにまさに相応しい御方だと思います!!




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さてさて・・・上記のお二人はあややと同種族の「天狗」です。

まず、姫海棠はたてです!!
はたての名前は「ほたて」ではありませんので・・・・(苦笑・・)
これって私自身もいまだによーく「はたて」を「ほたて」っていう風に打ち間違えてしまうのですよね・・・
うーん、はたてちゃん・・ごめんなさい・・という感じです・・・

はたてのフィギュアですけど、
スケールは1/8  サイズ約18㎝ 価格は発売当時の税込で7560円でした。
そうですね・・・やはり神奈子と比べると「ちびっこい・・」という感じですね・・・(笑)
うーーーん、このツインテールとふわっとしたスカートがとにかくとっても可愛くてキュートです!!
見た目はいかにも最近の「女子高生」という感じですね。
早苗さんもよく女子高生っぽいとか言われますけど、そうですね・・・印象としては、このはたての方がより「今時の・・」
みたいな感じが強いですね。
「~だわー」「~ねー」「~なのよねー」などとギャルっぽいやや間延びした口調が大変印象的ですし、
時には・・・
「キモーい!」なんていう発言もしていますけど、うーーむ、はたては本当に元々天狗なのかな・・・?
なんかあの「キモ――い!」はまさに外界の女子高生そのまんまという感じすらありますよね・・・(笑)
上司である大天狗に対してもお祭りなどで無礼講となると頭をド突きに行ったりするなどの無鉄砲さも
はたての魅力ですよね!!
そうそう・・・手に持っているのは、どうみても今時の携帯というかガラケーですよね・・・
設定の上では、そのガラケーみたいなもので写真撮影を行っています。
とにかく、はたてのフィギュアはあのガラケーみたいなカメラとミニスカートとツインテールがとってもとっても
見事に再現されていると思います!!

対照的にちょっと渋い雰囲気なのが同じく天狗の犬走椛です。
椛は天狗と言っても、あやや・はたての鴉天狗とは異なる白狼天狗という天狗の中では下っ端に位置しています。
だけどこの御方は・・・・設定の上ではなぜか・・あややと不仲なそうです・・・
なんでかな・・・?
暴走がちな文に対して生真面目な苦労人タイプの椛は「性格の不一致」という感じなのかな・・・?
そうですね・・
私の解釈としては「昔は不仲だったけど、今はね・・」みたいな説を採用したいと思います。
この椛のフィギュアですけど、
スケールは1/8  サイズ約18.5㎝ 価格は発売当時の税込で7560円でした。

椛というと特徴的なのがなんといってもあの「灰色髪の短髪と犬耳っぽい髪型」ですね。
あれ、耳なのか髪型なのか、いまだに定説がないような感じもするのですけど、逆に東方のキャラとしては
こうした銀髪ショートというのも比較的珍しいので貴重だと思います。
フィギュアの出来栄えもなんか渋い・・というか「凛としたもの」が伝わってきそうです。




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こちらは「水橋パルスィ」です。多分ですけど、このブログでこの名前が登場するのは
初めてなのかも・・・?
このフィギュアのキャッチコピーは「地殻の下の嫉妬心」と言う事ですけど、
「妬ましい・・・」の言葉に象徴される通り、パルスィは、「嫉妬心を操る程度の能力」を有していて
自身より他者が幸せ・優れていると思えば嫉妬し、逆に相手に嫉妬する部分が無ければ不幸自慢をしてくるという
結構厄介な性格の御方なのかも・・・?
守護神的な役割を担い(地上と地下の番人という役割を担っています・・)多分ですけど、元々は優しい性格の人では
ないのかなとも思えますし、
もしかしてご本人は、結構な「寂しがり屋さん」なのかもしれないですよね・・・
地霊殿騒動の際、霊夢がゆかりんと一緒に仲良く通過しようととたんに焼きもちを妬いて襲い掛かり
魔理沙一人の場合は「ここにくるんじゃない・・」と優しく諭していましたからね・・・

パルスィのフィギュアですけど、
スケールは1/8  サイズ約18㎝ 価格は発売当時の税込で9030円でした。
フィギュアの印象としては、そんなやきもち焼きさんには見えないというのか、なんか「優しさ」が
伝わってくるような柔和な雰囲気が漂っていると思います。
パチュリーさんは、パルスィの事を「嫉妬深いペルシャ人」と呼んでいましたし、
アリスを彷彿とさせるこの金髪は確かに「西洋人」みたいな雰囲気もあるのですけど、
パルスィの元ネタは、日本の「宇治の橋姫」伝説でありますから、
そうですね・・・なんとなくですけど西洋と和の融合みたいな雰囲気もありますね。
ちなみにですけど・・・
服の裾やスカートの縁には、橋姫伝説の舞台である宇治橋みたいな橋の形をした模様や装飾が施されているのが
とっても印象的です。



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さてさて・・・こちらはナズーリンです。

ナズーリンは、このブログにおいては聖白蓮さん語りの際に結構頻繁にこの名前が
登場していましたね。

このフィギュアは、スケールは1/8  サイズ約16㎝ 価格は発売当時の税込で7350円でした。

やはり神奈子と比べると「ちびっこで可愛い!」みたいな雰囲気がありますよね。

ま・・元ネタがネズミですので、そういうちびっこいみたいな印象は当たり前なのかな・・みたいにも
思いますね。
阿求ちゃんからは結構ボロクソに言われていましたけど、
私はナズーリンほど人間に近い妖怪はいないと思いますし、実はかなりいい人だと思いますし、
かなり大好きなキャラですね!!
ま・・ネズミだし、元々が可愛いという感じですよね。

尻尾があって、その尻尾の先に子ネズミたちの入ったバスケットを吊るしています。
先のほうが切り抜かれた奇妙なセミロングスカートを着用しているのが少しエロっぽくて実に素晴らしいと思います!
耳がいかにもネズミという感じでこれもとってもいい味を出していると思います。




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そしてラストは・・・・今回は永琳様です!!

このフィギュアは、スケールは1/8  サイズ約18.6㎝ 価格は発売当時の税込で7140円でした。

このグリフォンフィギュアですけど、永琳様の特徴をとっても巧みに再現していますよね!
銀髪・三つ編み・赤と青の上下で配色が異なるツートンカラーの衣装・ナース帽・真ん中で分けた前髪など
まさにこれぞ永琳様!!という完成度を誇っていると思います。

永琳様独特のあの「しっとりとした大人の風情」もやっぱり大変情感豊かに再現していると思います。

永琳様は、凄腕薬師なのですけど、
そう言えば、当ブログのブロとも様の「五月雨日記」<仮の宿>の管理人の風月時雨様も
リアル社会では薬剤師・・・
なんか永琳様と風月時雨さんは、共に薬師でともにしっとりとした風情をお持ちとか何かと色々と素敵な
共通点も多々ありそうですね!!
我が家は、昔風に表現すると「うさぎ小屋」みたいな小さい小さい家ですし、
駐車スペースを取るのが精いっぱいのため、庭なんてものは最初から存在していません。
だから今風に言うと外構は「オープン外構」という事で門塀なんてものは最初からありません。
そのためもあるのですけど、「機能門柱」と言いまして、
黒い柱の中に、郵便ポスト・表札・モニター付インターホン・門灯がセットされています。

その郵便ポストというのは「アメリカンポスト」なのですけど、
アメリカンポストというのは、一言で言うと、かまぼこ型の郵便受けを細長い支柱の上に取り付ける形式のポストの事です。
ま・・・築14年目という事もありまして、そのアメリカンポストの留め具が破損してしまい、
蓋が閉まらなくなってしまい、下記の画像の通り、ずっと開きっぱなしの状態になってしまって
なんか不用心みたいな状態になってしまいました・・・






このアメリカンポストの留め具は「キャッチ」と呼ばれているのですけど、
長年使用していると経年劣化等により留め具が機能しなくなるというのか、凸凹部分がポロっと取れてしまい、
蓋が閉じられなくなってしまうのですよね・・・
だけどこれって結構よくある話みたいですし、経年劣化じゃ仕方ないのですよね。



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だけど・・・

この「キャッチ」をホームセンターで探したところ、このキャッチの部品自体置いていないのですよね・・・(泣・・)

こういうのを工務店とかリフォーム専門業者に依頼しちゃうと大抵の場合は、多分ですけど
「あ、それ今部品が廃番になっていて取り寄せできないから、機能門柱ごと交換しないと
ダメですよね・・」みたく膨らませられてしまうパターンになるような気がします。
そうですね・・・この機能門柱の交換ですけど、ま・・私も普段そういった種の仕事をしているもんで
大体は分かるのですけど、
機能門柱そのものの卸の原価が10万前後、コンクリを一度剥がしてまた再度埋め込みしないといけないので
そうした設置費用が人件費を含めて2万ぐらい、古い機能門柱の処分費が5000円程度
利益を乗っけて17万前後くらいなのかな・・と想定します。

だけどね・・・キャッチが壊れた程度で新たに機能門柱設置して、費用が17万というのは・・・
ちょっとね・・・
さすがにそんな無駄銭はないし、とてもとても勿体ないという感じがします。

だけど、さすがにポストの開けっ放しは困っちゃう・・・・

さてさて・・どうしたもんか・・と思っていました。



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結果論になってしまいますが、
うちの現場監督にこの我が家のアメリカンポストの型番を伝えたところ、
「それはだね・・・この型番のキャッチは廃番になっているけど三協アルミの××という型番で代用できるよ・・」と
教えて頂き、今回はそれを取り寄せることにしました・・

あー、めでたし、めでたし・・と言いたい所なのですけど、
めったに発注されない部品のお取り寄せのため、結構時間は掛かるとの事で、
当面の間・・・ポストの表面に輪ゴムを粘着テープで固定し、ポストの蓋の取っ手の部分にこの輪ゴムを掛ける事で
当面の急場をしのぐことにしました。

だけどこれって上記画像の通り、見た目が極めてよくないというか見栄えが最悪ですよね・・・・(苦笑・・・)

なんかこれじゃ、いかにも「私はケチンボウです!!」みたいな事を近隣さんに周知しているような気も・・・・??



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最後に・・・

話は全然違うのですけど、この機能門柱の下にプランターが幾つかあって
毎年いちごを植えているプランターがあります。
5月中旬あたりから、今年は結構豊作でいちごを無事に収穫できましたけど、
多分ですけど・・・
これが最後の残りのいちごになりそうです・・・

なんか摘んでしまうのがもったいない気がしますね・・・(笑)
公式漫画本なのですけど、「東方儚月抄」の中巻にて、
東方では極めて珍しいというのか「異例」とも言うべきなのか、
東方キャラ全員集合とも言えるようなシーンがワンシーンですけど登場し、
「あ・・・あのキャラがここにいる!」とか
「二次創作とか憶測で言われているようなあのキャラとあのキャラが二人で会話している!」とか
「なんであの二人の組合せなの・・・? なんか意外・・」などのように
東方をよく分かっている方の視点から見ると、とてつもなく興味深いシーンだったと思います。
東方のゲーム・漫画・書籍でこんなにも複数のキャラがこんなに一堂に会した場面なんて、多分ですけど
後にも先にも無かったような気も・・・?

ま、それだけ希少価値が極めて高いシーンのような気もしますね。

最近お気に入りの早苗さんが中々分かりづらくて発見するのが大変だったとか
なんでリリーホワイトとリリーブラックが同時に存在しているの・・!? それってありえなーい!!とか
(公式において、ZUN神主大先生が、リリーブラックとはリリーホワイトが四季映姫様のコスプレをしたものと
明言されていましたから、あれは明らかに作画ミスなのかも・・・??)
確かこの漫画は、地霊殿騒動の前の頃の話だから、当然ながら、さとり様とかこいしちゃんとか聖白蓮とかムラサなんかは
まだ登場していないからこの場面には出てこないとか
とにかく色々と興味深いものがてんこ盛りという感じですね!!



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この場面は、「月面に到達できるロケットが完成したーー!!」という事でのお披露目と命名を兼ねた
記念パーティー、通称、「紅魔館パーティー」と呼ばれる場面のワンシーンなのですけど、
この漫画が刊行された際の東方Projectとしてのキャラがほぼ全員集合という感じでしたね!!
こういう「全員集合」というのは後にも先にも、二次創作は別にすると多分ないんじゃないかな・・とも思われますので
やっぱり貴重ですよね。
ま・・・今現在だったら、地霊殿メンバーとか命蓮寺メンバーとかザクメとか純狐とかクラウンピースとか
はたてとか椛とか九十九姉妹とか
この時よりも更に登場キャラは増えていますので、とても収拾がつかないのかも・・・??

でも本当によくこんだけ大勢のキャラを描き切りましたよね!!
あれはまさに漫画家泣かせの一枚だと思います。

この一枚の中に登場していないのは・・・誰なんだろう・・・八雲紫様は・・・そりゃ・・話の「黒幕」ですから
この中には登場していません。
それと会場は紅魔館ですので、当然なんですけど、紅魔館の守衛と言うのか・・・門番の美鈴は
お仕事がありますので未登場です(笑・・)
このシーンの数ページ前にはいたのだけど、このパーティーの場面になぜか登場していないのは
慧音ですね・・・・パーティーがお嫌いと言う事で挨拶だけ済ませて帰ってしまったのかな・・・?

さてさて・・・

このワンシーンに登場していたのは、

霊夢・魔理沙・幽々子・妖夢→だけど漫画では後姿の頭しか出ていません・・・えーーー、主人公なのに・・・・(泣・・)

プリズムリバー三姉妹→楽器は持っていませんね・・・

光の三妖精→妖精なので低身長設定のはずなんですけど、なんか随分と大きく感じられるのかも・・・??

藍と橙→式神のみの参加・・・・紫様がいればもっとよかったのですけどね・・・(笑)

永琳様と萃香→実力者同士なんだけど、ほとんど接点が無い二人だけに大変興味深い組合せですね・・・・
(一体二人で何の話をしているのでしょう・・・もしかして単なる酒虫の話だっりして・・・?)

レティホワイトロックとチルノ
→レティのかつての「あんなのと一緒にされては困るわ・・」発言以降、実は不仲と言われていただけに
 この組合せはなんかとっても嬉しいですね!!
 寒気と冷気の同属性という組合せが実現されていました!

早苗さんと静葉
→早苗さんと秋姉妹のお姉さんの組合せですね。
 最初にこのシーンを見た時、正直これが早苗さんとは気が付かなかったです・・・
 カエルの髪飾りでようやく判明・・・

ミスティア・ローレライとリリーブラック→だからぁ・・・リリーブラックとリリーホワイトは同一人物なんだってば・・・(苦笑・・)

あややとリリーホワイト→そうなると、上記のリリーブラックは一体誰なんだでしょうか・・・??

四季映姫様と小野塚小町
→わざわざ彼岸からの参加、お疲れ様です!という感じですね・・・
 そうですね・・・映姫様には是非一度レミリアおぜうさまにお説教をしてあげて欲しいものですね・・・(笑)

ルーミアとリグル→パカルテット同士と言う事で、なんか「いかにも・・!」みたいな組合せですね!

諏訪子とにとり→なんか楽しそう・・・だけど一体どっち向いているんだ・・・??

神奈子→なんかひとりぼっちで寂しそう・・・こらこら、早苗さん! ちゃんと神様のお相手もしてあげないと・・・

風見幽香→普段の「弱い者いじめ」がたたってか(?)誰からも話しかけられずひとりぼっち・・・うーーん、自業自得・・??

阿求ちゃん→妖精メイドと談笑中・・・そっか・・この時はまだ小鈴は未登場でしたね・・・

十六夜咲夜→いかにも完璧なメイド長という感じですね!!

アリスとメディスン・メランコリー→東方屈指の「可愛いお人形さんキャラ」の組合せが実現!!

うどんげとてゐ→てゐは・・・耳をぴーんと張ってうどんげがお師匠様の悪口を愚痴っていないか聞き耳立てているのかも・・?

妹紅→「ひとり酒」という感じですね・・・

そして多分ですけど・・・切れているので未確認ですけど、輝夜とフランちゃんがいると思います。

そして司会者は・・・・レミリア様でした!!

さてさて・・・この「東方儚月抄」なのですけど、最近の記事の中で
この作品は漫画版・小説版の両方読まないと正直あまりよく分からない・・・
漫画版の謎事項を小説版で補完しているみたいに書いたのですけど、それでも今一つよく分からない点が
あったりもします。
その一つが「ゆかりん=紫様の思惑」というのか「紫様の真意」なんですよね・・・・
そうですね・・・・
これについては、残念ながら今現在も自分の中では「適切な回答」が出来ておりませんし、
少し判断に迷っている面が多々あったりします。
この作品については、自分の頭の中でもう一度整理・再構成をした上で、是非近いうちに改めて語ってみたいと
思っています。
紫様の思惑としては、
表面的には、第一次月面戦争での敗北という「屈辱」を何とか果たしたい・・と言う事でしょうし、
退屈で困っていたレミリア様が
「どうせ月世界に行ったって敗北するのは分かっているし、とてもとても今の幻想郷の力では
あの月世界の奴らに勝てる訳がない・・」というのは最初から承知の上で
退屈しのぎにゆかりんの申し出に表面上乗っかったという事なんでしようね。
だけど・・・・
そんなゆかりんの「屈辱を果たす」とか「復讐」というのは、別にゆかりんの真意でも何でもありません。

本当の「真意」は別の所にあるとは誰もが考える事だと思います。

ゆかりんがあの二重囮作戦をしてまで・・・
そして(わざと・・表面的に・・・)「土下座して謝罪」という事まであえてやって紫様が意図した事って
一体何なのかな・・・・
表面的には、二重の囮を使って綿月姉妹を釘づけにしている間にゆゆ様に月世界の美酒を盗ませる事で
月世界の人たちに「とてつもない不安感と薄気味の悪さ」を与えることで
第一月面戦争の敗北の雪辱を果たしたというのは・・・ちょっと違うような気もしますし、
ゆかりんがその程度の「成果」で満足できるとは到底思えません・・・・

だからこそ、ゆかりんの意図は・・真意は何なのだろう・・・というのが何か引っかかったりもします。

小説版の最終話とかゆかりんと藍との会話などから判断すると、
やっぱり・・・
あの永琳様の存在が紫にとっては大きいのかな・・とも思います。
(紫はそれを「住民税」みたいな言い方で話していたのが大変印象的です)
紫の本音というのはあくまで「幻想郷内の秩序を維持する事」です。
そして換言するとそれは、「幻想郷内のパワーバランスを維持する事」だと思います。
ゆかりんにとって、例えば・・・神奈子と諏訪子と早苗さんのように外界からやって来た者であっても
結果として幻想郷内の信仰が増えて、神と妖怪の存在意義が高まるというのであれば、
それは全然OKなのだと思います。
だけど・・・・
永琳様・優曇華・輝夜のように外界というか「月世界」からやってきて、
幻想郷内に永遠亭を築いて、やっている事と言うと・・・
妖怪寄りの立場・行動というよりは、
例えば、人間に対して薬を調合し、病気の処方・治療までするなどどちらかと言うと人間よりの行動を
取っています。
それに対して紫としては・・・・
「薬の調合程度なら別にかまわないけど、あまりにも人間寄り過ぎると、幻想郷内で
人間の勢力・パワーが増大してしまう危険性がある」
「そうした幻想郷内での人と妖怪のバランスを逸脱する行為はいかがなものか・・・」
「今のうちに・・・何か手を打っておかないと・・・・」
「そうだ・・・! 何か警告みたいなものを事前に発するのも悪くは無いのかも・・・・」
「永琳一派は月世界出身であるから、月に関わる騒動を起こして、永琳に、今後あまりにも目立つ行動を
取り過ぎると、今度はこんなもんじゃ済まさないよ・・みたいな予告を事前にするのも悪くは無いのかも・・」
「永琳は月の使者を全員殺して、この世界に残っている経緯もあり、月に対しては何かしらの
うしろめたさは感じているはず・・・
その月に関する事で、自分が関わっているという事を永琳に見せつけておけば・・・
永琳もきっと何かは察するはず・・・」
「永琳は不老不死・・・これからずっと未来永劫生き続けるのだから、二重の囮を見破っても
まだだれかが月世界の大切なお宝を盗み出せる事は可能という不気味さを永琳の長い余生の間に
植え続けさせることは、もしかしたから必要なのかも・・・」

そんな事をゆかりんとしては意図したのかもしれないですよね。

それに・・・第一次戦争での敗北に対して今回は、少しでも「ぎゃふん」と言わせるもの・・すなわち「不気味さ」を
月世界側にも与えることは一応は・・・出来ていましたので
ゆかりんとしては、確かに不本意な面はあったかもしれないけど
「ま・・こんなものね・・」という感じなのかもしれないですよね・・・・

なんか今年に入ってこのブログでは
「京浜東北線は、週に1~2回程度は朝と帰りの時間帝に致命的な遅延を発生させている。
これには結構迷惑させられて、本当に困っている・・」みたいな事をやたらと書いている気がします。
そうなんですよね・・・
帰りの時間帯の遅延は、まー、いいとして
朝の通勤時間帯にああやって何度も何度も「電車遅延」を発生させられてしまうと、本当にマジで
困ってしまいます・・・(苦笑・・)
だって・・・会社がある最寄りの駅は、「京浜東北線」しかありませんので、この京浜東北線が止まるイコール
全社員の足が止まるという事を意味してしまうのですよね。
一度、南浦和から武蔵野線で武蔵浦和にまで行き、そこで埼京線に乗り換え、北与野駅から歩いていった事が
ありましたけど、
とにかく無茶苦茶「遠回り」という感じでしたし、北与野から歩くととんでもない距離になってしまうという事が
よーく分かった瞬間でもありました・・・(苦笑)
そうですね・・・・
京浜東北線に遅延が多いのは何となくわかるのですよ・・・
こうした各駅停車の電車が(平日の昼間は「快速」というのもありますけど・・)埼玉県~東京都~神奈川県と
三つの都と県をまたいでいる電車というのは、もしかして全国的には珍しいのかな・・?
とにかく大宮~大船まで正味二時間程度も掛かってしまうとてつもない長距離の電車がああやって一本の線路で
結ばれていますので、この長距離内でなにか一つでも事件・事故が発生してしまうと、
連鎖反応的に全線で止まらざるを得ないという事になってしまいがちなのですよね。
これって前も書いたことがあるのですけど、更に不幸な事に京浜東北線は、山手線とか高崎線などと
部分的に隣接線路で走っている箇所も多く、こうした路線で例えば山手線内で事故が起きてしまうと、
事故処理中の作業員の安全確保のために隣接する京浜東北線も止めざるを得ないという事に
なってしまうのですよね。

とにかく「京浜東北線」はあまりにも長距離を一本の線で繋いでいるという事に何か「悲劇」の原因が
あるような気もしますね。
ま・・こうした事故というのは防ぎようがない感じもありますし、
この種の事故が発生した場合は、ひたすら「復旧」を待つしかない・・・という感じですね。
昔ですと、こうした事故の復旧は最低一時間程度はかかっていたような気もするのですけど、
なんかここ最近はこうした「遅延」があまりにも多いせいか、復旧はやたらと早くなったような感じもありますね・・・
人身事故ですら早い場合ですと40分程度で復旧することも多々ありますからね・・・

自分が在籍する会社は、土日祝日等の「休み」はなく、基本的には、お盆と年末年始以外は
ほぼ無休の会社です。
だから社員の休みのシフトはバラバラです。
私なんかは土日出勤で、基本は火曜休み+他の曜日に月間2回程度シフトというパターンなのですけど、
そのため、全社員が勢ぞろいする曜日というのは、一週間の中で水木金の三日間だけです。
だけど・・・・
先週なんかは、この水木金の朝の時間帯で全て電車遅延が発生し、
結果的に朝礼時間になっても半数も社員が出勤できず、朝礼ができなかった・・という事態に
なってしまいました・・・
ま・・私としては朝礼が無い方が助かるのですけど・・・・・(やたら無駄に長いから・・・苦笑・・)







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さてさて・・

昨年4~6月にテレビ埼玉で放映されていた埼玉県ローカルショートアニメ「浦和の調ちゃん」の
第11話にて電車内の通学の光景が出ていましたけど、
以前書いた通り、主人公の高砂調(たかさご うさぎ)は、浦和在住なので、調の高校に通学するためには、
京浜東北線・浦和駅→南浦和で武蔵野線に乗り換え、武蔵浦和駅で乗り換えのため下車
→武蔵浦和駅で埼京線に乗り換え北戸田駅で下車という
結構面倒な乗り換えをしないといけないのですけど、
こんなに頻繁に京浜東北線が遅延ばかりしていると、なんか遅刻の常習犯になってしまいそうですね・・・(苦笑・・)

「浦和の調ちゃん」第11話の北浦和駅へのたい焼き屋への買食い回において、
結局このアニメではわずか2回の登場しか無かった三室美園ですけど、
この人のキャラ設定は、どんな簡単な道順でもとにかく迷子になってしまうという
とんでもないポンコツ設定でして、
最初の登場の際も、目の前の職員室に行くのですら迷ってしまうというとんでもない荒業もお披露目していたのが
とっても印象的でした。
三室美園なんですけど、家はどこなのかな・・・?
もしも埼玉スタジアムがある「浦和美園周辺」だと仮定すると、
埼玉高速鉄道に乗り、浦和美園駅から東川口駅まで行き、そこで地上の武蔵野線に乗り換え、
武蔵浦和まで行き、そこで埼京線に乗り換え、北戸田まで行くという感じになると・・・・
うーーむ・・・この人は、もしかして一日中迷い続けて学校に到着するのはそれこそ深夜になりそうですね・・・(笑)
はたまた「三室」周辺と仮定すると、三室は周辺に駅が無いから、
バスで北浦和駅まで行き、後は調ちゃんと同じ経路という事になりますけど、バスを利用する分
またまた「迷子」になる要素が増えそうな感じですね・・・

あーー、でもこの「浦和の調ちゃん」なつかしいな・・・・

出来れば・・・・こんなローカル色豊かなアニメというのは地元民にとってはやっぱり嬉しいものがありますので、
出来れば・・・第二期の制作開始みたいな嬉しい誤算のニュースでも飛び込んでくりゃ
まさにハッピー!!という感じですね!!
(たぶん、無理かもしれないですけど・・・)
今回の魔法つかいプリキュアですけど、
要は・・・魔法界のリコちゃんの補習仲間がフランソワと共にナシマホウ界に遊びに来てとっても楽しかったです!!
みたいな感じの内容で、ま、特に感想とかも無いのですけど、
いやいや、そうじゃなかったですね・・・
色々と随所に「え・・」とか「おいおい・・」みたいなツッコミ所が満載なのは、
いかにも「魔法つかいプリキュア」らしい展開なのかなとも思ったものです。

というか・・・まさかこんな早い段階で敵幹部が消滅してしまいとは・・・!!
え・・・スパルダはもう殉職なんですか・・・??
前作の姫プリにおいても今回のスパルダよりも早い段階でクローズが浄化(殉職)していましたけど、
ま、結果的にクローズは物語の中盤以降完全復活を果たしていましたからね・・・
果たしてスパルダに復活はあるのかな・・?
(多分無いと思うけど・・・)
初代とかSSとかプリキュア5の頃は、こうした「敵幹部の殉職」というのは日常茶飯事の光景でしたし、
敵幹部の復活というのは、SS以外では無かったですよね。
(SSの場合は、一旦敵幹部5人を全員を撃破しながらも、ゴーヤーンの策によって全員まさかの復活を
一旦は果たしていましたね。ま・・・結果的にその後すぐ再度倒されてしまいますけど・・)
そうですね・・・・
私としては、スパルダに変る「新しい敵幹部の登場」に期待したいです。
出来れば・・・レジーナとかトワイライト様みたいな魅力的な女の子の敵幹部がいいです!!
(男の敵幹部はいらねぇーーー!! 苦笑・・・)
しかも、レジーナとかトワイライト様のようにプリキュアサイドにチェンジするのではなくて、出来れば最終決戦まで
敵幹部としてプリキュア達を大いに苦しめ、最後の最後で改心し、生き残るというパターンなら
も―――、大歓迎という感じです!!

それと・・・・何気なく今回の話でとんでもない設定が登場していましたね!!
え・・・
実は、既にナシマホウ界には、魔法界出身の人達が既に色々とご活躍をされているのですね・・・(笑)
ファーストフードのあの店員さんの女の子も実は元々は魔法界出身との事だそうですが、
うーーむ、それを知らないのは我々・・・ナシマホウ界の住人達だけなのかな・・・?
我々は・・・もしかして既に侵略されつつあるのかな・・・・(苦笑・・・)
というか、こういう設定の場合、なんか最終決戦以降のラストシーンの描き方がとっても無理がない感じで
エンディングを迎えられそうな気がしますね。
なんか自然な流れで魔法界とナシマホウ界という「二つの世界」の異世界交流が実現出来そうな感じですし、
戦いが終わっても、なんか日常的にこの二つの世界の往復と交流が果たせるという事で
初期の頃のプリキュア恒例の「涙のお別れ」なんてのはもはや無用とすらなってきそうですよね。







補習組がやって来たという事で、リコちゃんもその三人から現在の魔法学校での様子なんかも嫌でも
耳に入ってしまいます。

「2年生は大変だよ…色んな魔法を覚えないといけなくて」というケイの発言とか
「先週なんて、上級者向けのほうきに乗ったの…」というエミリーの発言とか、
ま・・・リコちゃんとしては、
「え・・・私がいない所でみんなは着実に色々な新しい事を学んでいて確実に進化をしている・・・
私はこんなナシマホウ界にいていいの・・??」
みたいな不安感とか焦燥感とか劣等感なんかもちらっとは感じていたのかもしれませんね。
だけど、こういう時って必ず歴代プリキュアには「大人ポジション」の人がいて、
そうした不安感なんかを優しく諭していくのですけど、今回はフランソワがそうした役割を担っていました。
プリキュアの場合、こうした大人のおかまちゃんに、例えばカオルちゃんとかいい人は間違いなくいましたよね!!
フランソワは、リコに対して
「私もこっちにいた時はちょっぴり不安だったわ。魔法界の皆より遅れを取ってるんじゃないかって」とか
「でもね、こっちでは魔法学校では教わらない色んなことが勉強できてよ」というのは
今のリコちゃには本当に適切で正しいアドバイスだったと思います。

ま・・・・リコちゃんの補習組に対しての
「カーナビなんてどうせ知らないでしょ・・・私は知っているわよっ!!」みたいなドヤ顔はとても素敵でした!!



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今回のショッピングモールの舞台と言うか、モデル地は・・なんかどうみても「イオン」みたいな雰囲気ですよね・・・(苦笑・・)

ま、うちの近くにもこうしたイオン系のショッピングモールがなんと三つもあったりもしますので
なんか画像を見た際には
「これってどうみてもイオンじゃん・・」と思ってしまいました・・・
ま・・イオンは、最近もそうでしたけど「プリキュアショー」でいつも大変お世話になっていますからね・・・(笑)

さてさて・・・

みんなで「プリクラ」で記念写真というと、なんかフレッシュを思い出しますね!!
あの時は、せつながなんか一人暗い雰囲気だったのは・・・ま・・・あれはまだイース時代の話ですから
仕方が無いのかも・・・
だけど、病気の女の子のお見舞いの際には、なんと・・・!!
プリキュアの姿としてプリクラで写真撮影をしていたのはなんとも微笑ましいものがありました。

今回のプリクラは、補習組も含めてみーんなとっても可愛かったですけど、
特にみらいと勝木さんがとっても可愛かったですね!!
だけど・・・・
そのプリクラの中になんか不気味なものが・・・・??
そう・・・それは、はーちゃんがうっかり写りこんでしまったのですけど、
事情を知らない人が見たら、まさしくあれは「心霊写真」以外の何者でもないですね・・・・(苦笑・・)

本当にも―――、はーちゃんはお茶目なんだからぁ・・・(笑)



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しかし・・・今回の話もはーちゃんは可愛さ満点ですし、
何となくですけど、今後の「魔法つかいプリキュア」の大事なキーパーソンである事を示唆するような感じですし、
ますますはーちゃんに目が離せそうもないですね。
既に色々な所(商品展開の絡み)でネタバレとして「キュアフェリーチェ」の情報が出ていますけど、
ま、多分ですけどほぼ間違いなくはーちゃんがそうなっていくのでしょう。

だけど・・・

ミルク・セイレーンという妖精系立ち位置の方がプリキュアになった事例はあるのですけど、
はーちゃんみたいないかにも小さくて可愛らしい赤ちゃん妖精みたいな人がプリキュアになった事例はありません。
なんとなくですけど、はーちゃんのああいう可愛らしいほのぼのとした雰囲気が
ミラクル・マジカルが展開しているような敵幹部との激しいバトルには今一つ違うな・・・という感じもありますし、
はーちゃんがああいう戦闘をする事に少し違和感みたいなものも感じたりもします。
ま・・・別にはーちゃんが戦っても全然構わないのですけど・・・
前回の話もそうでしたけど今回の話においても、はーちゃんは「プリキュア達を防御する」みたいな
「守り」の役割に特化した方がかえっていいのかな・・・とも思ったりもしますね。

そう・・・!!

そんな「防御専門」とか書いていると、プリキュアに精通している人ならばピンとくるかもしれないのですけど、
実際にそういう役割を持っていた人が一人いましたね!
あ・・・キュアミントじゃないですよ・・・
あの御方は・・・「ミント砲」という凄まじい最終破壊兵器も使える御方でしたから・・・・(笑・・)
それは言うまでも無く、初代【MH】の「シャイニールミナス」なのですけど、
ルミナスは一年間の戦いの間、ついに・・・・本当に一度もブラックやホワイトのようにパンチ・キックみたいな
戦闘はしませんでしたし、
基本的には・・・逃げる事とバリアを張ったり、二人のプリキュアに力を与えて「サポート」をするだけという
歴代プリキュアにとってはまさに「稀有な存在と役割」を担った人でした。
ルミナスは、回によっては変身して名乗りを上げただけであとは何にもしない・・という回すらあったほどですから・・
だけど、「防御」に関してはほぼ完璧みたいな印象が強く、
ちなみにですけどアニメ本編や映画においては、ルミナスのバリアが破られた事は今までで一度もありません。
(ミントのバリアが日常茶飯事的に破られていたのとは大違いです・・・)
そういう意味では、はーちゃんはもしかして・・・そういったルミナスみたいに、戦う事は基本的にはしないけど、
「防御とサポートは私にお任せあれ!!」みたいな役割を今後持っていくのかもしれないですよね。

これは以前とあるブログの「プリキュアコラム」で拝見させて頂き「なるほど・・」と感じた話なのですけど、
その人の説によると・・・・
初代【無印版】においては、ボルンが「石の番人」から光の園の力を授けられ、
ブラックとホワイトの二人に「これを受け取るポポ!!」みたいな感じで毎回毎回力を授けていましたけど、
ボルン自身は戦闘に参加した事は当然ながらありません。
そしてその一年後、ボルンがやっていた事とほぼ同じ事をシャイニールミナスがやっていた・・
だから・・・ボルンとシャイニールミナスの意義と役割はボルンとほぼ同じ
そのような事を言われていましたけど、それを読んでみて確かに「なるほどね・・・」と感じたものでした。
その理屈に従うと、もしかして・・・・
魔法つかいのはーちゃんがもしもプリキュアになった場合に求められる事は、
ボルン=シャイニールミナスがプリキュア達に対してサポートしていた事と大体同じになるのではないのかな・・とも
思ったりもしますね。



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しかし・・・・

今作は毎回毎回、勝木かなちゃんにプリキュアとか魔法界関係者とか目撃されまくりですね・・・・(笑)

なんか印象としては・・・・

「はい、これが勝木さんの今週の目撃ノルマ!!」みたいな展開になりつつあますね。
最初の予想では、勝木さんは、前作のゆいちゃんポジションなのかな・・とも思ったのですけど、
なんか違うような気も・・・・??
毎週毎週こうした魔法使いたちを目撃している内に「はい、一年が経過しちゃいましたぁーー!!」みたいな
感じで終りそうな気も・・・?
なんか既に勝木さんが魔法使いを目撃して、みらいとリコがそれをテキトーに誤魔化して
ますます怪しまれるというのが既に今作の「お約束」になっているような気も・・・・??
22.基町高校


A/カレリヤ組曲~Ⅲ.行進曲風に(J.シベリウス)


基町高校の事は、このブログでも何度か「基町トーン」というとっても可憐で親しみやすいサウンドの事を
書かせて頂きましたけど、
この年の演奏もまさに「基町トーン」そのものの演奏だと思います。
この「基町トーン」は音色もサウンドも音楽の構成等全てが「あたたかい」と思いますね。
聴いていて大変耳に心地よいし、自然と音楽がすんなりと入ってくる感じがあります。

一つもったいないな・・・・と感じることは、
1979年の高松第一高校と全く同じ感想になってしまうのですけど、
課題曲のジュビラーテが大体4分程度の演奏時間で、自由曲の「カレリヤ組曲」のマーチは大体3分半~4分程度の
曲で、課題曲と自由曲を合わせて正味8分程度の演奏時間なので、
なんか印象としては、「あっという間に演奏が終わってしまった・・・」という感じですね。
これだけあたたかくて耳に心地よい演奏を聴かせてくれたのですから、
「もう少しこの基町トーンを聴きたかったな・・」みたいに感じさせてくれちゃいます。
そうですね、Ⅲの行進曲風にの他にⅠの間奏曲を入れても良かったような気もします。
ⅠとⅢの組合せでも大体7分程度の曲ですから、少なくともタイムオーバーにはならないはずだと
思うのですけどね・・・・(笑)

課題曲はとっても誠実で丁寧に練り込まれた感じで、
自由曲は、前述のとおり、軽やかであたたかい手作り音楽という感じです。
全体に「力み」があんまり無いから、
すんなりと耳に入ってくるというのか、リラックスした雰囲気のままで楽に聴かせてくれるというのは
「吹奏楽コンクール」で実現させるのは意外と難しいという事もありますので、
その意味では本当に「楽しさ」という感情を自然に表現出来ていたのだな・・・と感じさせてくれますね。

さてさて・・・この基町高校でこの1978年の高校の部の語りは完了するのですけど、
次回は以降は・・・
更に一年遡って1977年の高校の部を順次語らさせて頂きたいと思います。
東方の幻想郷内に存在している二つの神社の二人の巫女さんでもある霊夢と早苗さんって本当に面白いですよね!!
本当にこの二人の巫女さんは大好きですっ!!
というか・・・この二人の巫女さんの「対照性」にあまりにも相違点があり過ぎるため、
見ていてとっても興味深いものがあります。
霊夢は(ま・・もしかしてゆかりんが外界から浚ってきたのかもしれないですけど)生まれも育ちも幻想郷で
いわば土着の巫女さんです。
だから、元々の認識自体が
「別に私が何もしなくたって里の人たちは勝手にお詣りしてくるし、勝手にお賽銭を放り込んでくれる・・・」
みたいな認識なのかもしれないですよね。
ま、元々そこにいた人ですから、「別に工夫とか努力とかしなくたっていいじゃん・・・
それに私は別にお賽銭収入が乏しくても、得意の異変解決とか妖怪退治の謝礼でこの神社の生計ぐらいは
なんとかやっていける・・」
みたいな認識が強いのかもしれません。

それに対して早苗さんは、幻想郷内では「新参者」であり、
ま・・確かに「守矢神社」は妖怪の山の頂に建立されていて、元々が人里の人たちは
「え・・・そんな神社ってあったっけ・・? 」みたいな認識を持たれているのかもしれません。
だからこそ、早苗さんにとっては、まずは・・・ある意味「宣伝」というのか「PR」をしなくてはいけなかったのですよね。
つまり・・・
「ここ、幻想郷は、博麗神社だけではありませんよ――! 私が風祝を務める守矢神社だってありますよ――!!!」みたいな事を
まずは幻想郷の人たちに認識してもらう事が第一歩と考えたのかもしれないですよね。
そして、早苗さん自身は、多分ですけど、つい最近まで外界にいた人ですので
外界の資本主義のなんたるかをよく分かっている御方・・・・
すなわち・・・
「それでは幻想郷において守矢神社を知って貰うにはどうすればよいのか・・」
「どうすれば霊夢の博麗神社との違いを出せることが出来るのか」
「守矢神社を知って貰うにはどのような工夫をすればよいのか、自分に今できるサービスとは何なのか・・」
「幻想郷内の人達に満足と喜びを味わって貰えるようなサービスで、今私達が出来る事は果たして何なのか」
みたいな事をよく分かっていらっしゃるという感じがありますよね。
つまり「痒いところに手が届くサービス」というアピールポイントを早苗さんなりによく分かっていて、
資本主義をよく分かっている人の立場からの守矢神社の宣伝方法をよく分かっているという感じがありますよね。

そうした点が幻想郷内のルールとかしきたりしか知らない霊夢との違いなのかもしれないですよね。

霊夢はいわば、昔のソ連の共産主義みたいに、
「別に私が努力なんかしなくたって向こうが勝手に動いてくれるじゃん・・」みたいな発想であるのに対して
早苗さんは「何かお困りごとがあればまずは私たちに相談してみてください、何かお役にたちますよ・・」
みたいに考えて、それがあわよくば・・
幻想郷内の人たちに
「そっか・・・何か異変とか妖怪関係で困ったことがあればあの早苗さんという巫女さんにまずは相談すればいいんだ・・」
みたいな事を刷り込ませ、
結果として博麗神社を淘汰できればいいのかな・・・みたいな資本主義原理を
幻想郷にも応用しようとしているのかもしれないですよね。

実は既に以前の記事で「東方鈴奈庵」第4巻における霊夢と早苗さんのそうした「違い」について
ちらっと書いたのですけど、
霊夢は別に何も宣伝活動とかしなくてもいいじゃんみたいな現状維持路線・・・
それに対して早苗さんは、
「まずは幻想郷内ではそれほど知られていない守矢神社の存在をみんなに知って貰おう」
「身近な困りごとに対して、こうした方がいいですよ・・みたいなアドバイスをしてあげる事から始めて、
幻想郷内には博麗神社とは違うこんな親切な神社もありますよ・・
何かあったら是非是非声をかけてくださーーい!!」
みたいな積極的PR路線を採用しているというのが二人の一つの違いと言えるのかもしれないですよね。




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あー――、だけどこの「東方鈴奈庵」の早苗さんですけど、とにかくめちやくちゃ可愛いですよね!!
なにこの垢抜けたスマートな感じ!!
「東方鈴奈庵」に登場してくるキャラは、正直・・・みんなどの娘もみんな「美少女」という感じで
とてつもなく可愛い描かれ方がされています。
マミゾウはこの鈴奈庵の中では結構頻繁に登場し、何となく準レギュラーみたいな感じもするのですけど、
「・・・・なんじゃ」とか「なんじゃろ」みたいにちょっと古めかしい言葉遣いをしているのが面白いですね。
なんかああいうマミゾウを見てしまうと「おまえは、魔法つかいプリキュアの校長先生なのかっ!?」みたいなツッコミを
入れたくもなってしまいますね・・・(笑)
あのマミゾウですら「可愛いお姉さん」みたいな感じで描かれているのが楽しいです。
その中でも特に、霊夢なんかは「まさにあなたこそ東方の美少女No.1!!」みたいなオーラに満ち溢れていますし、
十六夜咲夜のあの「大人っぽい長身のスラッ・・とした感じ」もまさに絶品ですっ!!
阿求ちゃんなんかもとてもとてもあの「求聞史紀」における毒舌キャラとは思えない、とてつもない美少女振りが
遺憾なく発揮されていますし、
寿命とか「あと何年生きられるか・・」みたいな話の際に時折見せる阿求ちゃんのあの憂いの表情とか
本当に素晴らしいですよね。
そして特に際立っているのが「魔理沙」の描き方だと思います。
あの魔理沙の描き方は、他の公式漫画で描かれる魔理沙とはかなり違った描かれ方がなされていて、
とてつもなく「個性的」だと感じます。
ああいう魔理沙もとっても魅力的ですね!!

本当にこの「東方鈴奈庵」の作者の春河もえ先生のキャラの美少女ぶりとか可愛らしさは、
際立っていますよね!!
あのタッチ、本当に素晴らしいと思います。
「三月精」も全体的にとっても可愛く描かれているのですけど、三月精はいかにも「アニメ」っぽい雰囲気が漂いますけど、
「鈴奈庵」は、いかにも「原画の美しさ」みたいなものを感じさせてくれます。

早苗さんの「東方鈴奈庵」としての初登場は意外に遅く、第四巻からの登場となります。

公式漫画としてではなくてゲームの早苗さんの初登場と言える「東方風神録」の際は
なんか・・高圧的というか上から目線というか
少しばかり「気負い」が強すぎるような感じもありましたね・・・

早苗 「ここの山は私と私の神様が頂くわ。
    そして貴方の神社を頂けば――幻想郷の信仰心は、全て私達の物……」
霊夢 「そんな事したら、幻想郷におわす八百万の神が黙ってはいないわよ」
早苗 「これは幻想郷の為でもあるのですよ。
    今の信仰心が失われた状態が続けば、幻想郷は力を失います。奇跡を起こす力を失うのです」
霊夢 「冗談じゃない。信仰心くらい、私の力で何とか戻すわよ!」

ま・・・神奈子や早苗さんの意図としては、
まずは幻想郷内において自分たちの「神社」を「唯一の神社」として人間・妖怪たちに認識してもらうためには、
霊夢の博麗神社を乗っ取って廃する必要があると考えたのでしょね。
「博麗神社を手に入れれば幻想郷を支配できる』」いう、幻想郷の本質を突いているようでそうでもないような
危うい考えを当初は持っていたのだと思われます。

だけど、結局その乗っ取りは失敗に終わり、霊夢によって守矢神社勢力は退治をされてしまいます。
でもそうやって退治をされても、「幻想郷内に別に神社が二つあってもいいじゃん・・」みたいな大らかさ+寛容が
あるのは実に素晴らしい事ですよね!
ま、これが外界の世界だったら、「敗北したのだからここを出ていけ!!」みたいな感じになるのかもしれないですけど、
そうならない所が幻想郷の「常識に囚われない世界」という感じなのですよね。
そして早苗さん自身も、敗北後も霊夢を恨む事は一切なく、
上から目線とか高圧的とかなにか「自分はこうしないといけない」みたいな強迫観念みたいなものは
綺麗さっぱりなくなり、
元々早苗さんが有していた「柔らかさ・素直さ」が戻ったという事になるのかもしれないですよね。
霊夢も霊夢で、「なんだ、こいつ新参者のくせに生意気!!」みたいな感情は持たず、どちらかというと
「守矢神社が出来てしまうと、只でさえ少ないお賽銭収入が守矢に取られてしまう・・」みたいな現世利益の事しか考えず、
早苗さんの事は単に「商売敵」としか見ていない事はとっても面白いですよね。

早苗さんの初登場時の「でもね、そんな事するわけないじゃない」と霊夢に対して柔らかく話しかける
早苗さんはとっても可愛かったです!!
私の中では「東方の絶対的なエースは霊夢!!」と言うのは最初から揺るぎがない一つの信念なのですけど、
なんかこういう早苗さんを見てしまうと、
「いやいや、霊夢以外にも東方にはエース候補は一杯いるのかも・・??」と思ってしまいますよね。
話としては、霊夢が早苗さんに対して
「最近、幻想郷内で蛇の被害が色々と出ている。蛇を祀っているあんたの神社が何か陰で糸を引いているんじゃないの」
みたいな因縁と言うか難癖をつけているようにも感じられるのですけど、
ま・・それは明らかに霊夢の思い違いでして、
早苗さんの言うとおり、蛇を祀っている神社が蛇を使って幻想郷内の人々を困らせてしまったら、
守矢神社は人々から「信頼」を失ってしまい、信仰の対象から外れてしまいますからね。
ましてや守矢神社は新参者で、「最初が肝心・・最初に悪い印象を与えてしまうと、それを取り戻すのは至難の業、
いい話は中々伝わらないけど、悪い話はぱーーっと広まってしまう」という事ですからね。
それは早苗さんの方に一理があると思いますし、霊夢の方が少し被害妄想という感じなのかな・・?
だけどそうした事を後に引きずらないのが霊夢の美点ですよね。



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さてさて、前述の通り、「資本主義経済のなんたるか」をある程度は分かっていらっしゃるような
外界出身で聡明な早苗さんにとっては、幻想郷で「何をすべきなのか」という事は
さすがによくわかっていらっしゃる!!という印象が大変強いですね。

幻想郷で里の人々が「蛇の被害で困っている」という話を聞き込めば、

1.蛇と言うのは神の使い、または神様そのものですのでむやみやたらと殺生は出来ない。

2.だけど、実際問題、蛇が人里に忍び込み食べ物を食い散らかしたり最悪の場合、人に危害を
  加えてしまうのもまた事実・・

そうした相反する難しい「一つの問題」に対して、早苗さんは、
蛇の「神の資質」をきちんと認めたうえで、
「それならば、人里と山里の境周辺にいくつか、私の神社の分社を建てましょう。
そしてその分社にお供え物をするのです。
お供え物をする事で、蛇自身に、この分社にやって来れば食べ物にありつく事が出来るから人里まで
おりてくる必要がなくなる」という事を具体的な解決方法をきちんと提示をした上で、
優しく丁寧に誠実に里の人々にわかり易く説いている点は「さすが、早苗さんは違う!!」と思ってしまいますね。
ま・・・霊夢だったら・・・・
「も―――、面倒くさいなぁ・・・蛇が人里におりてきたらその都度退治すりゃそれでいいじゃん!!」みたいな事を
ついつい悪気は無くても言ってしまうのでしょうね・・・
早苗さんが「素晴らしいな・・」と感じる点は幾つかあるのですけど、

1.蛇も人もそれぞれの立場と意義をきちんと認めている

2.その上で「蛇」の威厳もきちんと説き、人々に蛇を普段から恐れて敬う事の大切さもきちんと説き
  人々がむやみやたらと蛇を殺生しないように教えている。

3.そうした上で、「私の神社の分社を・・・」みたいに霊夢の博麗神社ではなくて、早苗さんの守矢神社を
  しっかりとアピールしている。

そういった点は「やっぱり違うね・・」と改めて思ってしまいますね。

早苗さんは、今回はまずは「蛇との関わり」という小さいテーマから始めようとしています。

まずは損得抜きで小さい事から始めていき、段々と大きい仕事を取っていく・・それはまさに「資本主義の手法」
なんじゃないのかな・・・とも思います。
よく美容院とか接骨院とかマッサージ店とかクリーニング店などが
「初回お試しキャンペーン」とか何とか言って、一番最初のサービスは規定の料金の半額など
とにかくお安い価格で当該サービス内容をまずは見て貰った上で、
「もしも宜しければ正式に会員登録をしてみませんか?」というのとなんか理屈はよく似ているのかな・・とも
思ったりもしますね。
あ・・・・それは私が在籍している会社でも似たようなことはやっているのかも・・・??
最初に便利屋部門の「垣根剪定・網戸張替」などをとてつもない安い料金で受けて、
まずは「正式に会員登録」という事から始めて、何度か依頼や相談なんかを受けている内に
「外装・内装・設備・新築・建替えなんかもうちらはやっていますよ、何かあればまずは私たちに声をかけてくださいね」と
顧客に対しての「家に関することはなんでもあの会社に相談すりゃいいんだ・・」みたいな意識の植え付けをし、
数年後の「大きな仕事」獲得という餌付けというのか下準備を早い段階からしていくという感じですからね。
ま・・・これこそがまさに「資本主義の手法」そのものですよね・・・・その是非は別として・・・・

それと同様な事をもしかしたら早苗さんは、もしかしたら既に意識しているのかも・・・?

まずは幻想郷内の人たちに小さい事から始める「啓蒙活動」から始めていき、
段々と幻想郷内の人里の人たちに対して、営業活動を掛けていっているのかもしれないですよね。
例えば・・

〇幻想郷には霊夢の博麗神社だけではなくて、私が巫女(風祝)をしている守矢神社だってありますよー!!

〇何か神仏・妖怪絡みで何か困ったことが起きれば、まずは守矢神社に声をかけてくださいね!!

〇え・・・? 守矢神社は妖怪の山の頂に建立されているから、あんな所にまで相談に行けないって・・?
  大丈夫ですよ!
こうやって定期的に(例えば毎週水曜日の午前10蒔と土曜日の午後1蒔とか・・)
  ここに来ていますから、何かあればぜひ一声かけてくださいね!

〇そうそう・・・・まずは皆様の家の敷地内に小さい鳥小屋みたいなもので構いませんので、
  私の守矢神社の分社を建てて、そこで日々お詣りをされてみてはいかがですか?
  私の神社には二社・・つまり神様が二人もいまして、力もお強いですし、きっとご利益はあるはずですよ。

〇お子さんの七五三とか節句とか地鎮祭とか季節のお祭りとかお祓いとか先祖供養とか
  身近な行事の際には是非一声掛けて下さいね。
 はたまた妖怪なんかが出没してなんか悪さをした場合は、そうした妖怪退治なんかも出来ちゃいますよ!

そんな感じで、まずはみかん箱みたいなものに乗っかっての小さい啓蒙活動から始めていき、
守矢神社の分社を建てる事から始めていき、
小さい事から初めて幻想郷の人たちから「信頼」を得る事で、段々と大きな仕事が廻ってくるようになり、
そして最終的には・・・もしかして、意外と意外と・・・
人たちから寄付金とかお布施を一杯いっぱい集めて、
妖怪の山とは別に幻想郷の人里近くに「守矢神社」にもう一つの人間用の本殿を建立する事が
出来るのかもしれないですよね・・・・

最初は損得抜きに小さい事から始めて大きな仕事を獲得していき、お客様(幻想郷内の人里)に
博麗神社との違いを巧みにPRしながら守矢神社としての良いサービスを提供し、
最後は競争相手(この場合は博麗神社)に打ち勝ち、その競争相手を淘汰する事で大きくなっていくという
まさに「資本主義の理屈」を早苗さんは
幻想郷でも実施しているという事になるのかもしれないですよね。

その意味では早苗さんは、まさに資本主義の申し子と言えるのかな・・・??



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一方、霊夢はやっぱり霊夢なのかな・・・??

早苗さんのそうした啓蒙活動なんかを見ていても
「あ・・・そういう布教活動もあるんだ・・」と思わないで、
「人々の不安を煽って御守りとかを売りつけるのは宗教家の常套手段」と思ってしまうのは、
いかにも発想が短絡的な霊夢らしい話ですよね・・・(笑)
ま・・・そういう霊夢自身だって、大木を神木として祀って「客寄せ」をしようとしたり
グッズ販売をしようとしていましたから、
ま・・・霊夢だってその意味ではまさに「宗教家」そのものですよね・・・・(笑)

早苗さんが前述の通り、長期戦略に基づいて、まずは人々の「信頼」を勝ち得て
分社を建てたり人用の本殿建立なんかをもしかしたら目論むみたいな長い目で物事を見ているのに対して、
霊夢はやっぱり霊夢でして、
「分社を建てて人々からお供え物をさせて、それをくすねてしまおうとしているんでしょ・・」と早苗さんに
食って掛かっているのは、やっぱり霊夢らしい発想ですよね。
いや―――、私、霊夢のこういう計算とか戦略とかを何も持たないその場しのぎ発想なんかは
本当に大好きですし、
やっぱり霊夢は霊夢なんだな・・・こういう所、本当に大好きだなぁ――!と思ってしまいますね・・・(笑)

そして早苗さんから
「そんな乞食みたいなみみっちい事を目的にする訳ないじゃん!!」とタメ口を叩かれていましたけど、
いや――――、ああいう先輩巫女さんに対して
思いっきりダメだしをして、尚且つタメ口を叩いてしまう早苗さんは本当に素敵ですよね!!

早苗さんは基本的にはどんな人でも、丁寧語・敬語を使用し、とっても礼儀正しいみたいな雰囲気を持っているのですけど、
さすがにこの時の霊夢のせこい発想にあきれちやったのかな・・・??
あの「する訳ないじゃん!!」のタメ口はとにかくとっても面白かったです!!

東方鈴奈庵のこの回のお話は、蛇被害だけではなくて妖怪と思われる無銭飲食被害の話も同時に
出ていましたが、
あれは結局マミゾウが一人で解決していましたけど、
早苗さんの「蛇に対する啓蒙活動の効果が表れて、無銭飲食被害もなくなったってさー!」みたいな
またまた霊夢に対するタメ口も面白かったです!
ま・・あれは早苗さんの思い違いだったようですけどね・・・(笑)

早苗さんに関しては・・・・その④ その⑤でも色々と語ってみたいと思います。

→まずは、早苗さん その④に続きます・・・
21.中村学園


C/祝典序曲(D.ショスタコーヴィッチ)


今現在ですと、精華女子高校に代表されるように、安城学園・光が丘女子・玉名女子等数々の素晴らしい
「女子高チーム」が本当に素晴らしいまさに「名演」の数々を生み出していますし、
ま・・・・自分自身の母校がかつては男子校時代は慢性的な部員不足・クラリネット奏者不足に泣かされ続けていたのが、
学校統廃合によって男女共学となって以降は、ほとんど「女子高チーム」みたいな
編成になってしまった事に象徴される通り、
現在の吹奏楽コンクールの中学・高校の部に関しては・・・
多分ですけど、部員の80~85%は女の子ですので、
実質的には・・・
どのチームもほとんど「女子高」みたいなものだと思います。

だけどそれが1970年代~80年代初期の頃ですと・・・
  
そうですね・・・今現在の視点で見てしまうと全くありえない事なのだと思うのですけど
とにかく・・当時は「女子高チーム」自体が大変珍しい存在だったのかな・・・と思います。
そういう意味では・・・
精華女子とか安城学園等の先駆け的存在と言うのかその「パイオニア」としての役割を
1979年代後半~80年代前半にかけて一心に担った中村学園と就実高校の二つの学校の歴史的意義は
大変なものがあると思います。
ま・・・このブログでは、就実高校の「ル・シッド」とか「幻想舞曲集」の歴史的怒涛の名演に関しては、
かなり過去記事で語らさせて頂いております。

多分ですけど・・・

日本の吹奏楽コンクール・全国大会において「女の子だけのチーム」が一番最初に出場したのは
1978年の中村学園なのではないのかなと思われる方もいらっしゃるとは思うのですけど、
実は、1960年代に既に、中国地方代表の職場の部の「林兼産業女子吹奏楽団」というチームが
何度か全国大会出場を果たし、
歌劇「ローエングリン」~エルザの大聖堂への厳かな行列においては、確か、職場の部で第三位を
受賞していたと思います。
他に林兼産業女子吹奏楽団は、交響詩「フィンランディア」の凄まじい爆演などもお披露目していました・・・
だけど、これは凄い事ですよね!!
まさに・・・中村学園・就実を超える「真のパイオニア」なのかもしれないですよね。

中村学園は伝統的に、「分かりやすい親しみやすいクラシック音楽の編曲もの」を自由曲にする事が多く、
特に・・1984年~87年のバレエ音楽シリーズはとても素晴らし内容でした!!
(86年の「バリの喜び」は、中村学園を代表する名演だと思います!!)
初期の頃は、シャブリエの狂詩曲「スペイン」とかR.コルサコフの「スペイン奇想曲」みたいに
スペインものの曲を選ぶ傾向もあり、
その点は・・・
やはり女子高チームの就実がスペインものをかなり得意にしていた事は、
なんか・・・意外な共通点があるのかな・・とも思ったりもします。
中村学園はどちらかというと外見的な派手さ、就実は内省的な感じでして、
目指す方向性は対照的だったようにも感じたりもします。

中村学園の全国大会初出場は1978年のショスタコーヴィッチの「祝典序曲」なのですけど、
これ・・・今現在の視点で聴いてみると・・・
うーーん、申し訳ないのですけど「ちょっとな・・・」と感じる点も多々あったりします。
なんか「勢い」と「パワー」だけで金賞をかっさらっていったような気もしないではないのですけど、
一つ特筆すべきことは、課題曲C/ポップス変奏曲「かぞえうた」の冒頭を聴くとよーーく分かるのですけど
彼女たちがしっかりと「腹式呼吸」を徹底しているのがよーーく聞き取れます。
出だしのゆったりとした部分において、金管奏者ほぼ全員、フレーズの間で「すぅーーーーーっ」と大きく息を
吸い込んでいる音がはっきりと・・・収録されています。
課題曲Cですけど、とにかくサウンドがベタベタしているのが大変気になります。
東海大学第四高校の同じく課題曲Cの感想と被ってしまうのですけど、「もう少し洒落っ気とか遊び心が
欲しいな・・・」とも感じますね。
こうしたポップス系の課題曲とは今一つ相性が合わないのかなとも感じました。
自由曲の「祝典序曲」は、やっぱりなんかリズムがベタベタしているな・・と感じる点もあります。
冒頭のトランペットのファンファーレは、厳密に言うと少し「とちり」もあったのですけど、なんかそれは逆に
「高校生らしいな・・」とも感じてしまう微笑ましいものもあったりします。
ちなみに中村学園は1983年にチャイコフスキーの「イタリア奇想曲」を自由曲に選んでいるのですけど、
この曲も冒頭はトランペットのファンファーレから開始されますが、この時も78年同様にちょっと「とちり」が
あったのはやっぱりなんか微笑ましいものもあったりはします。
中村学園の「祝典序曲」ですけど、やっぱり木管はべらぼうに上手いですね!
特に後半にかけて冒頭のファンファーレの再現に向けて燃え立つように進んでいく演奏は、まさに
「快進撃!!」という言葉がとってもよく似合っているようにも感じたものでした。

それと・・・演奏終了後には・・・
「ブラボー!!」ではなくて、なぜか知らないのですけど
「やったね!! 日本一」という掛け声が思いっきり普門館の会場をこだましているのが
なんか・・・とっても微笑ましいです・・・(笑)
これはレコードにもしっかりと収録されています。
プリキュアカテゴリなんですけど、なぜか話はいきなり「東方Project」の妖怪・風見幽香から始まります。
風見幽香は、幻想郷を一年中何処かしら花が咲いているところへと放浪している妖怪という事で、
「花を操る程度の能力」を有しています。
なんかこれだけ見ると、「花を愛している優しい妖怪さんじゃないの・・・?」みたいに誤解をされてしまう方も
多いのではないのかなと思うのですけど、実態は・・・
幻想郷内でも最強クラスの妖怪の一人で、「危険度は極高・人間友好度は最悪」という評価を阿求ちゃんから
受けています。
そして・・・性格は・・ドSで結構ないじめっ子・・・というのは既に定説になっているのかも・・・??
「東方花映塚」においても、幽香はあの四季映姫様に対してなんと・・・・!!
「誰が一番強いのか白黒はっきりつけてやる!」と喧嘩を売っていますし、
(チルノの「あたいったら最強ねっ!」の無鉄砲さとは明らかに違います・・マジでこの御方は怖いしめちゃくちゃ桁外れに強い・・)
四季映姫様からも
「そう、あなたは少し長く生きすぎた・・・・」とか
「貴方は少しおかしくなっているのかもしれない」とまで言われる始末ですからね・・・
ま、設定の上では、「弱いものいじめ」が大好きで、人間や妖精どころか幽霊や妖怪にまで
片っ端から虐めるのが日課との事なので、やっぱり幻想郷でも屈指のドSキャラと言えるのかもしれないですよね・・・
(対照的にドМキャラはうどんげちゃん辺りなのかな・・??)
なんか・・・メディスンとか多々良小傘あたりなんか幽香の格好の「いじめ相手」になったりして・・・・??
あ、そう言えば・・・当ブログのブロともも風月時雨様の最新記事の「メディスン・メランコリー」はとっても可愛いですね!
メディスンは妖怪で「妖精」ではないのだけど、ああした可愛いイラストを見てしまうと、
「メディスンも妖精でいいのかも・・」とも思ってしまいますね・・・(笑)

だけど・・・

そんな幽香なんですけど、実は・・・元々は「妖精」だったのではないのか・・・みたいな話も一部であるようですね・・・・
ま・・今現在のあの幽香のドSぶりとおっかなさを見てしまうと
「ほんとかいな・・・? いくらなんでもあの幽香が元は可愛いかわいい妖精ちゃんの訳はないでしょ・・・」と思う方が
大半なのではないかと感じます。
要は・・・「花を操る」とか「花を愛している」とか「花が咲いているところをあちこち放浪している」という
キャラ設定が「花をこよなく愛する者に悪い人は本来はいないんじゃないの・・・?」みたいな想像が
そうした「幽香妖精説」の根底になっているのかなとも思われます。
そして、チルノとかルナチャイルドのように「実は既に妖怪化しているとか妖怪への道を辿っている・・」みたいな話も
そうした説を補強するものになっているのかなとも思われます。

そうですね・・・・「常識的な事が通用しないのが幻想郷」という世界観においては、
本来可愛いかわいい妖精ちゃんが、「妖怪」になるという話も決してありえないという事ではないかもしれないですよね。






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ま・・・上記の幽香の話はさておいて、
妖精というのはやっぱり本来は「可愛い」というのが王道ですよね!!
そうした可愛い妖精というと、やっぱり筆頭に来るのは、あの「春ですよ――!!」でお馴染みのリリーホワイトなのかも
しれないのですけど、
「妖精大戦争」で主人公を務めたチルノとかそのチルノのお相手を務め、このブログではなぜか頻繁に登場する
サニーミルク・ルナチャイルド・スターサファイアの「光の三妖精」も
やっぱり「妖精」に相応しい可愛らしさは十分に持っていましたよね。

そしてやっぱり特に特に、チルノとかサニーミルクは、「氷の妖精」と「日の妖精」というわかり易い対照性も
あるのですけど、まさに「これぞ妖精!!」みたいな雰囲気を持っていると思います。

そしてやっぱり妖精らしい特徴というと背中に生えているあの「羽」だと思います。

やっぱりああいう羽というのは、なんかふわふわとした感じがよく出ているというのか、いかにも
空をフラフラと飛んでいるというアイテムで、
やっぱり「妖精らしいなぁ・・」と感じさせる大きな特徴ですよね。
ま・・・ミスチーみたいに羽じゃない翼を持っている妖怪さんもいますけどね・・・(笑)

前述の「妖精大戦争」ですけど、これって東方のゲームにおいては結構異色な作品みたいな気もしますね・・・(笑)
だって、あのチルノが主人公という事で
自機はチルノのみというまさに「チルノによるチルノのためのチルノによるゲーム」とも言えると思いますね。
チルノって言うと「あたいったら最強ね!」のセリフが大変有名ですけど、あれって
いかにもこの「妖精大戦争」での発言みたいに聞こえてしまいますけど、実際は「東方花映塚」での発言です。
この妖精大戦争は、東方三月精の中でも前半部分が描かれていましたけど、ま・・・いかにもポンコツ妖精ちゃんらしい話の
オンパレードであり、
棲家のかまくらを光の三妖精に破壊され宣戦布告をしたものの、本人自身が春になるまで宣戦布告をした事自体を
ころっと忘れてしまうというのがなんか「いかにも・・」みたいな話ですよね・・・(苦笑・・)
三月精の中の描写では、
「この大戦争は、後日、幻想郷内の人々・妖怪にとって物笑いのネタになった」と書かれていますけど、
「まさにその通り!」みたいな感じですよね・・・(苦笑・・)

ま・・やっぱりなんだかんだいって「羽」が背中についている「妖精」は本当に可愛いですよね!!


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さてさて・・・現役の「魔法つかいプリキュア」には、前述の「妖精ちゃん」みたいなキャラが登場します。
それが「はーちゃん」なのですけど、
あ・・はーちゃんは、妖精みたいなキャラではなくて、れっきとした魔法界で生まれた妖精でしたよね・・・!
だけどああやって背中についている「羽」がいかにも妖精みたいですし、
見た感じでは、前述の東方のチルノとか光の三妖精とほとんど変わりがないいかにも妖精ちゃんみたいな
雰囲気がよーーく出ていますよね!
歴代プリキュアでああした羽がついた妖精系みたいな立ち位置のキャラって一杯いそうで意外と少なかったな・・
みたいな気がします。
プリキュアの妖精・精霊の中で「羽」が付いていて空を飛べた人って・・・
うーーんと誰かいたっけ・・・?
何か別に羽がなくたって普通に空を飛べちゃう人たちばかりだったような印象もありますね・・・
ま・・・プリキュアの妖精って、ココ・ナッツ・タルト・キャンディ・ハミィみたいなどちらかというと「役立たず妖精さん」
みたいな感じの人が多かったような気も・・・?

ドキドキの「アイちゃん」は・・・ま・・・・妖精ではなくてアン女王の一つの分身みたいな人でしたけど、
アイちゃんは背中に羽が生えていて普通に空を飛んでいましたけど、
あんまり「妖精」という感じはしなかったのかも・・・?
そうですね・・・どちらかというとやっぱり普通の赤ん坊みたいな感じでしたし、
全体的にはちょっと古いけど、Dr.スランプ! アラレちゃんの「がっちゃん」みたいな雰囲気でしたね・・・
そういった意味では、はーちゃんはまさに妖精という雰囲気ですね!!

はーちゃんは背中に「羽」が付いていて自由に空を飛べる雰囲気がまさに「妖精」そのものだと
思うのですけど、
そうそう、前述の話ですけど、歴代プリキュアにおける妖精みたいなポジションの方達の中で
背中に羽が生えて自由に空を飛べる「妖精」みたいな人って
確か・・・・いましたよね!!

そう!  少し古いですけど、初代プリキュア【MH】の12のハーティエルの一人、シークンもまさに
そんな雰囲気でしたね。
まシークンに限らず、あの計12のハーティエルはみんなそんな妖精っぽい雰囲気の人達でしたね。

12のハーティエルとは、光のクイーンの「意志」が12に分かれて顕現した存在なのですけど、
シークンはその中の一人です。
他のハーティエルたちが、なざきたちに発見されてすぐチェアレクトに戻ったのに対し、
シークンは最後までチェアレクトの中には戻らず、
残りのハーティエルを探していたため、ポルンやルルンと一緒にひかりの身近なパートナーの1人として活躍していましたね。
印象としては、初代【MH】の一年間を通しての準レギュラーを掴んでいたという立ち位置だったと思います。
シークンのあの雰囲気はまさに「妖精」なのですけど、
どちらかというと簡略化された妖精と言う感じで、逆に言うとはーちゃんは、妖精のデザインとしては
「随分と進化したもんだ・・」と感じたものです。

そうそう・・・・12のハーティエルの中に一人面白い人がいました。

インテリジェンという見た目はいかにも「知性の塊」みたいな感じもしましたし、かなり聡明な印象がありました。

インテリジェンは、MHの第16話で登場しましたけど、
当初から勉強熱心で理知的なほのかを気に入っている一方、
なぎさに対しては、「なに、このおバカさんは・・」みたいな感じで、明らかにほのかとの対応が違っていたのが
とても面白かったです。
ほのかに「あなたのお名前は・・」と聞く一方で、なざきが割り込んできて「私の名前は・・」と言おうとした際の
冷たい眼差しで「あなたには聞いていません」みたいな感じが楽しかったです。
インテリジェンは、他のハーティエルと比べて、そういう好き嫌いがあるみたいな感じがあり、
なんか妙に人間臭い感じがしていたのがなんか印象的でした。
ま、最終的にはなぎさの勇気だけは認めているような感じでしたね・・・(笑)

さてさて、今後のはーちゃんの成長も今後の「魔法つかいプリキュア」の楽しみの一つになりそうですね!!
19.淀川工業高校


A/交響組曲「寄港地」~Ⅱ.チュニス~ネフタ  Ⅲ.ヴァレンシア(I.イベール)


このブログでも何度か・・・
なんでここ20年近く、丸谷先生は、大阪俗謡による幻想曲・スペイン狂詩曲・ダフニスとクロエ第二組曲の
三曲しか自由曲にしないのかな・・・?
これだけ光り輝く実績がある学校だけに何か勿体ないな・・・とも毎年毎年感じてしまいますね。

そうですね・・出来れば、丸谷先生には、勇退前に一度くらいは「新しい曲」にチャレンジして頂きたいなと感じているのは、
多分私一人だけではないと思います。

淀川工業(現・淀川工科)の過去の自由曲の傾向として、
上記の3曲以外でも、「これはいい!!」と相性の良さを感じた曲は、コンクールで複数回演奏するというのは
淀川工科の「お家芸」と言えるのかもしれません。

例えば・・・

エル・サロン・メヒコ → 3回

交響組曲「寄港地」 → 2回

トッカータとフーガ二短調 → 2回

吹奏楽のための神話 → 2回

歌劇「シチリア島の夕べの祈り」序曲 → 3回

そんな感じです。

一度だけしか演奏していない自由曲と言うのは、リシルド序曲・ハンガリー狂詩曲第二番・
運命の力・アルメニアンダンスパートⅠ・教会のステンドグラスだけですね。

さてさて・・・今現在の淀川工科はまさに「吹奏楽界の横綱」という雰囲気で、
なんか出場しただけである程度名演は約束されたようなもので、既に「金賞」の当確が出ているような感じすら
あるのですけど、
この年・・・1978年は今とは何か様相が違っていましたね。
前年の77年の「運命の力」は・・なんと・・まさかの銅賞を受賞しています。
この年の「寄港地」も銀賞に留まっています。
79年の「シチリア島の夕べの祈り」も銀賞に留まっています。
だけど・・・私個人の感じ方なのかもしれないですけど、客観的に聴いてみても、そんな低い評価に留まるような
演奏は決してしていないと思います。
むしろ、今現在の「マンネリ化」とは全く真逆の「新鮮さ」すら感じてしまいます。
77年の「運命の力」なんて、正直これが銅賞とはちょっと信じられないです。
当時のBJの講評では、
「淀川工業にとって運が悪かったのは、この演奏の前日の中学の部にて、兵庫の今津中学校による
まさに歴史的名演とも言える同じ自由曲が演奏されていて、
翌日の高校の部の淀川工業の印象が希薄なものになってしまった」みたいな事が書かれていたと記憶していますけど、
そうですね・・・
私の感覚としては、「そんな前日の中学の部なんて淀川工業には関係ないじゃん・・・
高校の部には高校の部として評価・講評して欲しかったな・・」とも感じますね。
演奏自体、今津中に見劣りするような演奏とは私は思っていません。
むしろ・・・79年のシチリア島もそうでしたけど「みずみずしい」とか「気取りある演奏」みたいに感じたりもします。

淀川工業は、この当時は・・・
何となくですけど少し「不遇」の時代というのか、幾分不当に低い評価をされていたのかな・・・みたいな感じる事も
あったりします。

上記の複数回演奏の自由曲ですけど、
エル・サロン・メヒコ、トッカータとフーガ、神話・シチリア島の演奏は、金賞を受賞している演奏もありますけど、
「寄港地」に関しては、78年も2回目の1984年も銀賞に留まり、
多分ですけど・・・
淀川工業が複数回以上自由曲に選んだ曲目としては唯一金賞を受賞していない曲になると思います。
ま・・これは既に1984年の記事で散々書いているのですけど、
84年の淀川工業の銀賞は、まさに「意外すぎる!! ありえない!!」の一言に尽きると思いますし、
成績発表の際の会場からのブーイングは、まさに凄まじいものがありました・・・
これは私の勝手な妄想なのですけど、
1988年に4年連続金賞を達成し、1989年に「5年連続金賞」の王手がかかった際に、丸谷先生としては
もしかして・・・自由曲の候補の一つとして「寄港地」が挙がったのかも・・とふと思ったのですが、
1988年の土佐女子の「寄港地」のあの素晴らしい演奏が銀賞に留まった事もあり、
「土佐女子のあの仕上がりで銀賞とは・・いやいや、やっぱり寄港地はあかん・・・
やっぱり淀工は大阪俗謡で固くいったほうがええやろ・・」と考えたのかもしれませんよね・・・

この年の淀川工業の演奏ですけど、
そうですね・・・
「なんでこの仕上がりで銀賞に留まったのかな・・?」という印象ですね。
課題曲Aも実にスタンダードな仕上がりでしたし、トランペットのソロとかミュートの使い方とか
やっぱり「うまいな・・・」と言う感じですし、
寄港地のオーボエも、べらぼうにうまいという感じではないですけど、無難にまとめ、
全体のノリも大変良好という感じで、
エキゾチックな雰囲気も十分伝わり、申し分のない演奏だったと思います。
なんか惜しい銀賞の一つでしたね・・・

ま・・・こうしたちょっと不遇な時代があるからこそ、現在のまさに「横綱」としての淀川工科が
あるのかもしれませんよね。  
東方の舞台となっている「幻想郷」は本当に不思議な世界・・・・

幻想郷と実は隣接していながらも「外界」の住人にとっては既に妖怪とか神が存在している世界というのは
既に「過去の遠い幻」のような存在でしかないのかもしれません。
なぜなら外界の人間にとっては既に夜とか妖怪とかはたまた神からも・・
別に恐れられる存在ではないし、別にそれらが必要なくたってそれで構わないじゃん・・・みたいなある意味大変合理的な
考え方が支配的になっているのかもしれません・・・・

外界に住む人間にとってはそれはそれでいいのかもしれません。

だけど・・・・本来そうした人間の裏側に棲みついて本来は人間と共存共栄していく必要があった妖怪や神々にとっては
そうした状況は大変憂慮すべき事態だったのです。
そう・・・彼らにとって一番恐れるべき事は・・・・
自分たちの「存在」自体が人々の認識から消えていき、それがひいては妖怪・神々全体の「消失の危機」という事に
繋がる可能性か高かったのです。
そうした状況に対して、「これはマズイ・・・・自分たちにとって大変な危機が訪れる前に何とか手を打ってしまおう!」と
思い立った中心人物こそが・・・・そう! 幻想郷最大のヒロインとも言えるのかもしれないあのゆかりん=八雲紫様
なのです!!
ゆかりんとしては、
「それならばいっその事、夜も妖怪も恐れる事がなくなった外界の人間たちなんてもうどうでもいいじゃん・・
我々は我々だけで外界から切り離した形で存在していこうではないか!!」という強い決意をしたのではないかと
思います。

だけど・・・

同じような事が外界の神々でもあったという事ではないのかな・・と思います。

神奈子と諏訪子の二人の神々も多分ですけど、紫様とほぼ同じような事に悩み、色々と考え抜き、
そしてある一つの「重大な決意」をしたと思われます。
東方三月精において、光の三妖精たちが博麗神社に引っ越しをした際の回の紫様の独白・・・・
「こんな大切な神社ですら人々から忘れられてしまう・・・観光地で無い限り、神社はもう人々から
必要とされないという事なのか・・」
そういった事を神奈子と諏訪子は本気で憂慮し熟慮を重ねた結果というのが、
そう・・・あの「東方風神録」の異変なのであり、
すなわち・・
「守矢神社」は、元々は幻想郷の外に立地していた外界の神社だったのですけど、
「外界の人たちから信仰が得られなくなった」という理由のため、何と・・!!神社ならびに神社近くの湖ごと
幻想郷に引っ越しをしてきたという経緯があります。
その際に二人の神々と一緒についてきたのが現人神とも言うべき早苗さんだったのですけど、
元々は・・おそらくは外界の女子高生と思われる早苗さんがどういう経緯と動機があって
生まれ育った人間界を離れ・・親元を離れ・・・人間界における「全て」を完全に捨てて、この「幻想郷」にやってきたのか
と言う点はとにかくとてつもない妄想のし甲斐がありますね。
早苗さんが全てを捨てて幻想郷にやってきたという事は、早苗さんとしての「決然とした思い」というのか「毅然とした決意」が
あったのだと思うのですけど、
どちらかというと、「現代っ子」気質である意味霊夢よりもドライな性格も有している早苗さんが
幻想郷に移住してくるメリットは何なのだろう・・・
早苗さんをここまで・・人間社会の放棄→人間社会からのある意味逃避・・→そして新しい世界への出発を決意させたものって
一体何なのだろう・・・と考えると、
とてつもなく早苗さん自身に興味を感じてしまいますね!!

神奈子と諏訪子の二人の神にとっては、外界から幻想郷にやってくるのには切実とした理由がありました。
すなわち・・人でも妖怪でもなんでもいいから誰かから「信仰」を得られないと
自分たちの存在自体が危うくなるというか・・・消滅の危機にあったという事なのです。
東方三月精において、紫様が霊夢に対して「せっかく祀った神様も、信仰が失われると神様と言えども
消えてなくなってしまう」と警告した言葉は、まさに神奈子と諏訪子の神々だって
決して例外ではないのです!!
だからこそ・・・神奈子と諏訪子は大変な危機意識があったのです。
だからこそ、湖や建物ごとそっくり幻想郷に移動をせざるを得なかったのです。

早苗さんが幻想郷に移住してきた動機は何だったのだろう・・・?

共に妖怪の山で暮らすあやや(射命丸文)が早苗さんの事をきちんと認めて一定の評価をしている事から
窺えるように、早苗さんは元々が大変聡明な人なのだと思いますし、
外界の女子高生の時から、それは多分ですけど変りは無かったのかもしれません。
だけど・・・
何か元々「心にポッカリと穴が開いたような感覚」を何かしら持っていたのかもしれません。
それが不安なのか孤独感なのか社会に対する怒りなのか虚無感なのか、そりゃ・・・正直よく分かりません・・
そうですね・・・
もしかしたら・・・
「私はもしかしたら誰からも必要とされない無意味無価値な人間ではないのか・・」
「そんな私はこれからどうすればいいのかよく分からない・・」みたいな事を
表面的には明るい女子高生活を過ごしながらも、
内面としては「不安感・喪失感」として感じていたのかもしれません。
そうした不安感を解消するために、多分ですけど・・・神奈子と諏訪子が祀られていたと思われる長野県の諏訪湖近くの
神社で毎日毎日お詣りをしながらも自問自答していたのかもしれません。
そしてそうした早苗さんに目を付けたのが・・・神奈子と諏訪子という事だったのかもしれないですよね・・・
神奈子と諏訪子の意図としては・・・
「我々は神々という事で崇められて敬られるべき存在・・・外界から幻想郷に移転するのはいいのだが、
外界の神社には、巫女という神と人を繋ぐべき役割が必要不可欠なのだし、この巫女さんというのが
神社にとってはある意味大切な宣伝部長みたいな役割を担っているのかもしれない。
さてさて・・・そうした巫女さんはどうすればいいのだろう・・・
確かに今現在ここにも巫女はいるのだけど、彼女も高齢だし、家族だっているし、そんな簡単に異世界に行くことを
同意するとは到底思えない。
それだったら、いっその事、幻想郷に移転後、幻想郷内で巫女に適した女の子をスカウトするか・・・」
みたいに考えていたのかもしれません。

そうした中で、外界で「自らの存在意義」について悩み日々自問自答のお詣りをしていた早苗さんに
着目したのかもしれないですよね。
しかも・・・・・
早苗さん自身は、実は、幻想郷に移転した今現在においてもいまだに知らないのですけど、諏訪子は
「実は・・・ホントすごい偶然だったんだけど、あの毎日参拝してくる女子高生はどうやら私の遠い子孫らしいのだけど・・・」
というとんでもない事実を知り、
それを伝え聞いた神奈子も「それはまさしく渡りに舟!! これは、我々と一緒に幻想郷に移転してくれる巫女候補は
早苗しかいない!!」という結論に達したのかもしれません。
そしてそこから・・・神奈子と諏訪子による早苗さんに対する説得工作がじわじわと始まったいったのかも
しれないですよね。
例えば・・・・
早苗さんのベッドの枕元にいきなり現れて・・・
「あなたが今現在抱えている悩みってなんなの・・・? よかったら一度私たちの話を聞いてみない?」
「実は私たちはあなたの街というか、諏訪湖を支配する神々なんだけど、
よかったら一度あの神社にお詣りしてみない・・?」から始まり、
神社内でまずは二人の神々が早苗さんの「この世の悩み」についてじっくりと耳を傾け、
早苗さんの話をまずはとことん聞く事からはじめて、
「うーーん、それじゃ、あなたは結局はどうしたいの・・・?」みたいな展開になっていき、
早苗さんから
「私は誰かの役に立つ事をしてみたい! 私は誰かに役に立ちたい! 」みたいな本音を巧みに引き出し、
それがひいては・・・
「そうね・・それだったら、まずは神社の巫女としての修業を始めてみない・・・?」みたいな展開に持っていき、
早苗さんが「巫女」としての修業を積みながら、
早苗さん自身が自らの「神職」そして・・・「現人神」としての自身の資質について目覚めていったというのかもしれないですよね。
そして、早苗さんは、神奈子と諏訪子の二人の神から色々な指導を受けながら「巫女として・・・現人神としての修業」を
重ねていき、その結果・・様々な能力を身につけ、最終的には、神奈子と諏訪子の二人の神々との合体技なのですけど、
「奇跡を起こす力」も身につけていったのかもしれないですよね。
そして・・・
早苗さんとしては、情報の速さと機械ばかりが重視され、神々の存在と役割が否定される「現世」への疑問というのも
芽生え、同時にもしかして・・・
「この私の能力は、常識的で合理的な考えしか通用しない現世では封印されたも同然・・・
こういった私の力をどこで発揮すればいいのだろう・・」みたいな事ももしかしたら漠然と考えていたのかも
しれないですよね。

※確認ですけど、上記も下記もこれは私の完全なる「脳内妄想」ですので・・・・(笑)

そしてとある日の事・・・

神奈子と諏訪子から「幻想郷への移転」の事を聞かされ、

「異世界へ移転という事は、現世界には二度と帰ってこれない事を意味する・・・・
これって・・・私の家族や身内、友達、学校の先生や仲間たち・・全てを棄てて
新しい世界で文字通り新しい一歩を踏み出すという事・・」

「私に神奈子と諏訪子が言うとおり、そういった特殊な血を受け継ぎ、元々がそういった特殊な運命を
受け入れざるを得ない宿命を持っていたのかもしれない・・・」

「確かに現世には未練がある・・ここは長野の諏訪なんだけど、本当は・・都内の大学に進学し、
諏訪とは違う都内の空気も一度は吸ってみたかった・・
だけど・・・
それも一つの選択肢なのだけど、幻想郷での風祝も私の大切な選択肢・・
どちらも両方選ぶという事が不可能な中、私はどちらを選べばいいのだろう・・・
否! 私は今どちらを選びたいのか!!」

「私は・・・全てを一度棄てても、自分のこの生まれつきの宿命を大切にしたい!!
なぜなら・・・・
幻想郷という世界は、現世の常識に囚われてはいけない世界なのだから!!」

「そして・・・・現世での常識が一切通用しない幻想郷の世界で、私のこの奇跡を起こす力を
試してみたい!!
現世では非常識な事が常識として通用する幻想郷の世界で、私は新しい自分を発見したい!!」

みたいな事をもしかしたら・・・・・決意したのかもしれませんよね・・・・

そして同時に・・・

神奈子と諏訪子から
「なーに、大丈夫よ! 早苗ならちゃんとやっていける!! それに・・・
幻想郷の博麗神社には霊夢という仕事をしないことで有名な巫女がいるから、ここを乗っ取ってしまえば
幻想郷内で私たちが博麗神社に取って代わって人々や妖怪から信仰を得られるはず!!」と
たぶらかされてしまい(?)
それが・・あの「東方風神録」という異変の始まりだったと言えるのかもしれないですよね。

ま・・・結果論になってしまうのですけど、
神奈子と諏訪子・早苗さんは、博麗神社の乗っ取りを図ろうと企てたものの、霊夢の前に敗北し、
退治をされてしまいます。
だけど・・・
「妖怪の山」への移転自体は無事に完了し、天狗や河童等との話し合いを経て、
妖怪の山としての「神様」として迎えて貰う事には成功し、
この異変の結果は、ま・・人里の人ではないけど妖怪たちから信仰の対象になる事で、信仰は得られ、
現世において危惧されたような「神様としての消失」は避けられましたので、
ま・・・・結果オーライという事になるのかもしれないですよね。
そして早苗さん自体も、神奈子から指導を受ける形で、「妖怪退治」とかも開始し
「幻想郷内では常識に囚われてはいけない」という事を改めて実感し、同時に・・・・
神奈子と諏訪子の指示かどうかは定かではありませんけど、幻想郷内の人里の中の人間に対する
守矢神社のPRや布教活動も始めていきましたし、
神奈子からも「これが出来るようになったらそろそろ一人で妖怪退治や異変解決に行ってもよい」みたいな事を
言われたりもしているようですので、
これはもしかして・・・早苗さんの二人の神々からの「独り立ちの日」も近いと言えるのかもしれませんよね。








このブログの東方語りにおいて、2~4月の「聖白蓮」の際に、
実はこの神奈子と諏訪子の二人の神の名前は結構頻繁に出ていましたよね。
地霊殿騒動→お空の暴走→ムラサ等の出所→聖白蓮の復活と命蓮寺グループの形成などにおいて、
ま、確かに表だってその名前は出てきませんけど、
そうした騒動・異変の元々の原因を作りだしたのは、他ならぬ神奈子と諏訪子でしたので、
あの頃は結構「ハタ迷惑な神々・・・」みたいに書いていましたし、
「また守矢がなにかしでかしたのかっ!!」みたいな感じだったのですけど、
ま、それに関しては・・・・
外界から幻想郷に引っ越しをして間もない頃でしたし、外界の技術の進歩を分かっている神奈子と諏訪子にとっては
幻想郷の古い体質とか技術の遅れを
ま・・・二人の神なりに心配していた・・・・という事にしておきましょう・・・(笑)
というか、今は「早苗さん」の記事ですので、この神奈子と諏訪子について語ってしまうと、
とてもとても終わらなくなってしまいますので、早苗さんとこの二人の神々については、
その④以降で改めて語ってみたいと思います。

一つだけ少し・・・

神奈子と諏訪子の背景なのですけど、はるか昔に、神奈子が諏訪子の国を侵略し、
諏訪子は当時としては最先端の武器でもある「鉄」を使って防戦したもののあえなく敗北・・・
結果的に諏訪子の国は神奈子によって乗っ取られてしまい、
それ以降、諏訪子の象徴でもある「カエル」を神奈子の象徴でもある「蛇」が丸呑みし食べてしまうというお祭りまで
開催されてしまいます。
ま、それだけを見てしまうと、この二人の仲は犬猿の仲同然になっても仕方が無いですし、
神奈子は諏訪子から相当の「恨み」を買われていても仕方が無い話だと思われます。
確かに、今現在も「喧嘩仲間」みたいに感じにもなっているのですけど、
決して「不仲」という事ではありませんし、どちらかというとお互いにウインウインの持ちつ持たれつの関係が
構築されています。
一見表向きの神様として神奈子が祀られ、実際の神様は諏訪子という感じにもなっているのですけど
こうした「権力の二重構造」というのは、
実は・・・白蓮さんの命蓮寺における、表向きの信仰の対象は毘沙門天、すなわちその代理の寅丸星なのですけど
実際のここでの代表者は言うまでもなく白蓮さんですので、
ここにも「権力の二重構造」みたいな感じになっています。
ま・・こうした権力の二重構造というのは、上皇と天皇・江戸の将軍と京都の天皇とか
幕府内の隠居した後の元将軍と現将軍とか
はたまた現代でも・・・・古い話ですけど、例えば・・・1980年代の中曽根政権における田中角栄さんの影響とか
90年代の海部~宮沢政権における小沢一郎の影響とか
今に始まった話ではないし、こういった感じが幻想郷内でも実は発生していたというのも
何となくですけど興味深いものはあったりもしますね。

さてさて・・ここからは既に恒例になっているのかもしれないのですけど、当ブログが本当にいつも大変お世話になっている
アミグリ様の素敵なイラストのご紹介です!!

上記のとっても可愛いイラストは、
当ブログのとっても大切なブロとも様のお一人で、本当にいつも大変お世話になっている
「dream fantasy」の管理人様のアミグリさんが2010年2月に描かれた「神奈子と諏訪子」です!!

神奈子も可愛いけど、この諏訪子のロリ可愛さは素晴らしいと思います!!

まさにこの諏訪子は「東方幼女の鑑」だと思います!!

あ・・・でも神奈子と諏訪子は日本書紀以前から既に存在している神々ですし、
諏訪子の子孫の一人が早苗さんという事を考えると、あれれ・・・?? 諏訪子って実は人妻だったのの・・??みたいな
妄想もあり得るのですけど、
とにかく諏訪子のロリ可愛らしさは、てゐに匹敵するものがありそうですね。

東方絵師様の傾向として、神奈子を描かれる場合、威厳とか偉容みたいなオーラを発せられるみたいなパターンが
ありますけど、やはりアミグリさんの手に掛かると
「親しみやすい可愛らしさ」に変容しますので、やっぱり「すごいな・・・」と思いますね!!

そうそう・・・

アミグリさんというと、先日の「5月14日はこいしちゃんの日」にちなんで、以前アミグリさんにリクエスト
させて頂いた「こいしちゃん」のとっても素敵なイラストを描いて頂けました!!
このこいしちゃんが、珍しくトレードマークの一つの「帽子」を被っていない状態で描かれていて、
これがとっても可愛くて素敵です!!
あのこいしちゃんは是非是非皆様にもご覧になって頂きたいと思います!!

そのこいしちゃんをご覧になりたい方は是非是非こちらから!! → アミグリさん・5月14日はこいしちゃんの日

それと・・・

なんか自分のブログの宣伝にもなってしまいますけど、
私が5月15日に記事にさせて頂きました「5月14日はこいしちゃんの日」の記事に
アミグリさんの過去の素敵なこいしちゃんのイラストを掲載させて頂いておりますので
もしも宜しければ是非是非こちらの過去記事もご覧頂けるととっても嬉しいです!!

→ こいしちゃん祭り!!


尚、繰り返しになりますが、上記の素敵なイラストはアミグリさんからのご厚意で転載をさせて頂いておりますので、
無断お持ち帰り等はご遠慮くださいね・・・・

さてさて・・・次回の東方語りは・・・

「東方鈴奈庵」の早苗さん、紅魔館パーティー、 早苗さん その④などを予定しております
20.秋田南高校


A/管弦楽のための協奏曲(三善晃)


これはあくまでも私自身の個人的主観なのですけど、
この年・・・1978年の高校の部の評価において、もしも1970年以前の「順位制度」による表彰だったとすると
この年の高校の部の文句なしの圧倒的な一位はこの「秋田南高校」だと思います。
というか、この演奏なのですけど、2016年時点での「現在の感覚・視点」で聴いても
そうした感想・評価は揺るぎがないものがあるとすら感じてしまいますし、むしろ今現在のコンクールにおいても
十分通用する素晴らしくハイレヴェルな演奏だと思います。
この演奏は、私は残念ながらレコードとレジェンダリーシリーズのCDと課題曲も収録されたカスタムテープでしか
聴いたことが無いのですけど、
もしも・・・「タイムマシーン」があったとして過去に遡って「昔の名演」を生演奏で聴けるという事が出来るとしたら
この年の秋田南とか1977年の秋田南の「春の祭典」、同じく秋田南の1980年の三善晃/交響三章は
絶対に聴いてみたい演奏の一つですね!!
出来れば・・・1979年の市立川口の「二つの交響的断章」とか1980年の花輪の「鐘」なんかも
是非聴いてみたいものですね!

さてさて・・秋田南なのですけど、前年と前々年においては、
「ペトルーシュカ」と「春の祭典」というストラヴィンスキーバレエ音楽路線を、とにかく「まさにこれぞ歴史的名演!!」
みたいな圧倒的な存在感を私たちに提示してくれたのですが、
この年、1978年からは路線変更を行い、この年から1982年までは「邦人路線」を
ストラヴィンスキー以上の素晴らしい感覚で研ぎ澄まされた演奏を後世の私たちに「あまりらも素晴らしい名演」として
残してくれていっています。
いわばこの年は、そうした秋田南の「偉大な邦人作品シリーズ」の始まりの年という
記念すべき年でもありました。

さてこの年の秋田南の演奏なのですけど、パターンとしては前年の1977年の構成と似ている感じがあります。

端正で正統派の雰囲気が漂う課題曲に対してあまりにも大胆不敵な自由曲・・・

そうした課題曲と自由曲の構成において共通性があるのかなとも感じたりもします。

課題曲Aのジュビラーテですけど、
この課題曲の全部門を通して最高の演奏は関西学院大学なのかな・・とも感じる事もあるのですが、
高校の部においては、やっぱり秋田南が一番だな・・とも感じてしまいます。
というかこの秋田南の課題曲ですけど、聴いていて「安心感」が全然違う!!みたいなオーラがあると思います。
聴いていて「不安感」という要素は全く皆無ですし、
流れてくる音楽も大変耳触りがよくて心地よいです。
特に中間部の歌い方なんかは本当に巧みですよね。
一言で言うと「安定感が他校とは全然違う」という感じですし、まさに正攻法で押す横綱相撲を見ているような
感じでした。
一方自由曲は課題曲で見せつけた「端正な仕上がり」とか「正攻法」みたいな感じではなくて
むしろ積極的に「冒険」している感じが漂います。
ホルンの高音域とかクラリネットの細かい動きとかトランペットの鋭い切れ味とか
技術的にはとにかくめちゃくちゃ高い水準を求められる曲なのに、
そうした「難しさ」は微塵も感じさせないで、確実に指揮者の高橋紘一先生から求められている音を
確実にいい仕事でこなしているという雰囲気が手に取るように伝わってくるのですけど、
三善晃の「交響三章」の世界を更にぐぐっと凝縮させたこの「研ぎ澄まされた世界」を
とにかく見事に表現しきっていると思います。
こんなプロでも手に余る難解なこの曲をアマチュアの高校生が・・・しかも・・・吹奏楽というアレンジ版という
変化球を駆使して
ここまで立派な音楽的表現が出来ている事自体がまさに「奇跡」だと私は今でも確信しています!!

とにかく「凄い・・・」としか言いようが無いですよ・・・・
「吹奏楽なんて所詮は・・・・」と言う方には是非是非一度聴いて欲しい演奏ではあります。
あの演奏を聴くと、本当に「吹奏楽の無限の可能性」を本当に心の底から感じてしまいますけど
あんな難曲中の難曲を普通の高校生がさらっと・・・いとも簡単に吹いてしまうなんて・・・・
とにかく凄いものがありますし、
彼らの演奏の表現力・音楽的緊張感は・・・・とにかくすさまじいものがあります。

これは・・・・まさしく「伝説の名演」ですね・・・・

この曲は三つの部分から構成されているのですけど
Ⅰのめまぐるしい変化にきちんと各管楽器が対応できている事とか
Ⅱの木管の艶っぽい響きが素晴らしいですし、
Ⅲのホルンの「荒ぶる調べ」が大変印象的です。

演奏終了後に、多分OBなのかな・・・・「ブラボー」という声援がこの時代しては珍しく入っていますけど
なんかあれはやらせとかそういうのではなくて
むしろ感極まった自然体としての唸り声・・・みたいにも聞こえてしまうほど
とにかく見事な演奏でした!!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


せっかくですので、この三善晃の「管弦楽のための協奏曲」という大変マイナーなんですけど、
このまま歴史に埋もれてしまうにはもったいない曲でもありますので、
この機会に、この曲の「過去記事」を少し加筆修正したものを
掲載させて頂きたいと思います。

一番最初にこの「管弦楽のための協奏曲」というタイトルを耳にした際は、何か微妙な違和感を
感じたものです。
というのも普通の感覚として「協奏曲」と言うと、個の楽器と全体の管弦楽団の音楽の対話というイメージが
あるのですけど、
「管弦楽のための協奏曲」というと、それでは「全体対全体の対話」、つまり混沌・・・みたいなものを
ついつい連想してしまいます。
この「管弦楽のための協奏曲」というタイトルは、20世紀に入って以降色々な作曲家がこのタイトルで
作品を残していますけど
多分・・・・私が知る限りでは最初にこのタイトルの作品を作曲した方って・・・・ヒンデミットなのかな・・・・?
このタイトルで圧倒的に有名なのは、
そう・・・・言うまでも無くバルトークの作品なのですけど、
他にはどんな作曲家がこのタイトルで作品を残しているかと言うと・・・
コダーイ・シチェドリン・セッションズくらいしか聴いたことがないですね・・
ま、多分探せば他にも色々とあると思うのですけどね・・・
バルトークの「管弦楽のための協奏曲」の第二楽章:対の遊びを聴くと
このタイトルの意味が何となく分かるような気がします。
ファゴット・クラリネット・フルート・オーボエ・トランペットの各楽器が2本ずつ対となって繊細なメロディーラインを
吹き、それが全体と鮮やかな「対比」を示しているような感じがありますし、
音の薄い部分又はソロ対トゥッティ(全奏)の対比を何か意図しているような曲のタイトルなのかな・・・とも
思ったりもします。
あ、関係ないですけど
アニメ「響け! ユーフォニアム」のED曲は「Tutti」(トゥッティ)でしたね・・・・

さてさて・・・・

三善晃が1964年に作曲した「管弦楽のための協奏曲」なのですけど、
私自身はこの曲が演奏会で実際に演奏されたのは聴いたことがありませんし、
過去においてこの曲が収録されたCDは、岩城宏之指揮/N響くらいしか知りません・・・
かなりマイナーな曲ではありますし、演奏時間も8~9分程度の比較的短い曲なのですけど
あんなに「音楽的緊張感」をぎゅーーーーっと凝縮した邦人作品って意外と少ないかも・・・とも
思っています。
曲は・・・・一言で言うと捉え所が無い曲なのですけど、
音楽的密度というのかとにかく「緊張感」が半端なく強い曲ですので、聴いているだけで何か胃が
ギリギリ痛くなってくる感じもするのですけど、
例えばシュトックハウゼンとかノーノみたいなバリバリ意味不明の現代音楽とは全然違うというのか
確かに音楽は難解なのですけど
そのメロディーラインがすんなりと脳に入ってくる不思議さは伝わってきます。
何て言うのかな・・・・
「慣用句とか古典的言い回しが多く言葉遣いは難しいのだけど言っている内容はすごく分かり易い趣旨の事を
言っている人・・・」みたいな感覚があったりします。
壮快で鋭いリズムと冷酷さから詩的な情緒が漂う密度の濃い曲なんですけど、
「訳の分からん難しさ」を音そのもので楽しんでいる内にあっという間に8分が過ぎてしまった・・・・
なんかそんなような印象があったりもします。

この曲は続けて演奏されますけど
下記の三つの部分から構成されています。

Ⅰ.確保と二つの展開

Ⅱ.複合三部

Ⅲ.変奏と復帰

Ⅰは、とにかく・・・・「めまく゜るしい変化」が最大の魅力です。特に出だしの音楽的緊張感は
すさまじいものがあります。
全体的に音量のコントラストに圧倒される感じがあります。
Ⅱは一転して抒情的な感じも漂い、不気味な曲想が展開されていきます。
あの雰囲気は・・・・まさに「四谷怪談」の世界ですね・・・
ラスト近くの大太鼓三連発の不気味な響きが印象的ですけど
なんかあの部分は・・・・
矢代秋雄/ピアノ協奏曲の第二楽章の「幽霊の雰囲気」を彷彿とさせるものがあります。
Ⅲは一転して再度激しい音楽が回帰されますけど
ラスト近くのホルンの雄叫びがとにかく凄まじい・・・・です・・・
そしてこのホルンの雄叫びをバックに曲は一気呵成に閉じられますけど
とにかく聴くだけで「圧倒されまくりの曲」・・・・としか言いようが無いほどとにかく緊張感の強い作品だと
思います。

そう・・・・一言で表現すると「精密な設計図」を音楽にしたようなもの・・・・と言えるのかもしれません。

この曲は、前述の通り残念ながらオケの生演奏で聴いたことは一度もありません。
本当に是非是非この曲は生演奏で聴いてみたいですね。

そうした意味では、上記の1978年の秋田南高校のあの演奏は、本当に貴重なもの・・・・
まさに・・・歴史的な名演でしたね!!
その①でも既に散々書いたのですけど、アリスって可愛いというよりはまさに「フランス人形みたいな美形キャラ」
ですよね!!
東方には本当に可愛いかわいいキャラがてんこ盛りなのですけど、やはりあの美的限界の域にすら達している
あの可愛らしさは東方でも特に際立っていると思います。
ま・・・毒舌にかけては定評のある(?)あの阿求ちゃんですら、アリスのことを評して
「操っている人形以上に人形らしい容姿をしている」とまで言わせしめていますから、ま・・その可愛らしさは
まさに本物!!という感じなのかもしれないですよね!!
だけど、そう言う阿求ちゃんだって、公式漫画の「東方鈴奈庵」に小鈴と共に登場する阿求ちゃんは
まさに「はかない美少女・・」みたいなオーラが出ていましたよね・・!!
うーーむ、あの阿求ちゃんは、とてもとても・・・あの毒舌満開のお人とは思えない素敵なお人形さんみたいな雰囲気に
満ち溢れていたと思います。
というか・・・あの巻の阿求ちゃんが小鈴に「あと十年生きられるかどうか・・」みたいな寿命の話をして
「憂い」に満ちていた阿求ちゃんは、まさに「美人薄命」を思わせる雰囲気でした・・・

その①で既に書いたとは思いますが、このアリスの能力なのですけど
それは「人形を自由自在に操る」という事です。
人形をアリス自身が手作りして、そうした人形を一度になんと・・・!!10体~15体前後を同時に動かす事が出来て、
しかも・・・・
その複数の人形が一つの動作しか出来ないというのではなくて、
15体がそれぞれバラバラに動く事が容易に出来るというから、こりゃまさに凄い・・としか言いようがないですよね。
しかも・・・
人形が人形に命令して動かす事も出来ますので、まさにとてつもない人形使いなのだと思います。
またまた「三月精」ネタになってしまうのですけど、あの中においてアリスは光の三妖精の目の前で
10体程度の人形がそれぞれバラバラに屋根の上での雪かきをやっていて、それと同時に
室内で残り5体前後が炊事とか窓掃除とかはたまたお茶淹れのお手伝いなんかをしていましたけど、
そうした15体前後の人形を同時に操っていたのがこの他ならぬアリス自身だったのです。
ちなみにですけど、アリスは一体どうやってこんな複数もの人形を同時に操っているのかと言うと、
人形自体に「魂」を吹き込むとかそういう方法ではなくて、アリス自体が「見えない糸」を駆使して
一生懸命背後から操作をしているとの事ですけど、これって結局は全てがアリス自身が操っているという事ですので、
アリスとしては「せわしくてしょーがない・・」みたいな感じなのかもしれないですよね・・・
同じ「魔法使い」という同業者の魔理沙に言わせると、
「全部自分で操っているとアリスは言うけど、もの凄く嘘くさいぜ!!」との事ですけど
なんかこれは分かる気がしますね・・・
だけどアリス自身は「「自分で考える人形より、自分で操った方が便利なような気がしてきた・・」みたいな事も
言っていますから、やっぱり自分で操作をしているという事なのでしょうね。

アリスその①の関連記事としてストラヴィンスキーのバレエ音楽「ペトルーシュカ」というやはり「人形」をテーマにした作品
について語らさせて頂いたのですけど、
あの「ペトルーシュカ」は、「心を持った人形の苦悩」をテーマにしていて、
「それでは心を持った人形と言うのは、人間とどこに違いがあるのか・・・それじゃ、ペトルーシュカとはそもそも一体何なのか」
みたいな「哲学」みたいなテーマすらも有しているようにも思えます。
それを煮詰めていくと・・・
「こんな嫌で辛い思いをするのだったら最初から人の心を持つという魔法を掛けられない方がよかった!!」みたいな
ペトルーシュカのある意味「悲痛な心の叫び」みたいなものすら感じてしまう事になるのです。
つまり・・・
人の心を有した「人形」にあまりいい未来は待っていない・・・みたいな事を示唆しているのかな・・とも感じてしまいます。
あ・・この「人形」という言葉は、今現在においては「ロボット」という言葉に置き換えても差し支えは
ないのかな・・・とも感じてしまいます。
ペトルーシュカの場合、元々自らに魔法を掛けた魔術師に対して「反抗心」とか「反発」とかを覚え、
更には・・・仲間の人形に嫉妬し、更に・・・仲間のバレリーナという人形に横恋慕をしてしまい、結果として振られてしまう・・・・
結果としてそうしたある意味人間らしい感情と心を持ってしまった事が悲劇的な結末を迎えてしまいますので、
そうした意味においては、なんていうのかな・・
「人形」には人形としての本分があるのではないのかな・・・とも思ってしまいます。
人形としての本分を逸脱してしまったゆえの悲劇という事なのかもしれないですよね。

それに対して・・・
アリスの人形というものは、アリスに対して反発の心を有したり、アリスの意図に沿わない事をしでかしたり、
使い手であるアリスそのものに人形が攻撃を仕掛けていくという事は100%ありません。
ペトルーシュカの場合は、魔術師が人形に「魂」を吹き込んだ結果として生まれたもの。
それに対してアリスの人形は、人形自体に「心」はあんまりなくて、アリスの「見えざる糸」によって意のままに
操られる存在・・
そうした違いの有無がペトルーシュカの悲劇を生んだとも言えるのかもしれないですけど、
もしかしてアリスの人形というものには、「心」というのか「魂」がそれ程は存在しないから、ある意味、
人形にとっては楽と言えるのかもしれないですし、
扱っているアリス自体も楽なのかもしれません。
なぜなら・・・「人形」というものは、やはり元々が「人によって操られるべき存在」と言えるのかも
しれないですからね。
むしろその方が人形にとっては「幸せ」と言えるのかもしれません。
そうした意味においては、アリスとアリスの人形と言うのは、まさに「表裏一体」・「心身の一体」と言えるのかも
しれないですよね。

先ほどアリスの人形には魂や心が入っていないみたいな事を書きましたけど、
少しばかりは「感情」は有しているのかもしれないですよね。
それを示唆していたのが、またまた「東方三月精」ネタになってしまうのですけど、
あの中で、アリスが複数の人形たちに対して「今日は雪かきをやって貰うよ!」と声を掛けた際、
アリスの人形たちに明らかに動揺と「うわーー、まじかよ・・」みたいなざわざわっ・・とした困惑の感情の描写が
為されていましたよね。
また、光の三妖精が、というか・・・サニーミルクがペラペラとアリスに対して大嘘をこいている祭に
その嘘がバレて、アリスから「あなたたちは私の敵よっ!!」と指を指されれていた際には、アリスの人形たちは
明らかにポンコツ妖精ちゃんたちに敵意に満ちた表情を示していました。
やっぱりこういった場面何かを見ていると、
アリスの人形たちには少しばかりの感情は有していて、使い手のアリスに対しては「アリス様、大好き!!」みたいな
うっすらとした感情みたいなものは持っているんだなぁ・・・とも感じてしまいますね。
ま・・・繰り返しになりますけど、そうした関係性の方が「人形」にとっては「幸せ」とも言えると思いますし、
やはり人形とは本来はそうしたものなんだ・・・否! 元々が人によって「操られるべき存在」なんだなぁ・・・と
改めて感じてしまいます。
そうそう・・三月精のそのシーンにおいてなのですけど、
鷽という今までについた嘘の数だけその嘘つきを噛むという鳥が登場するのですが、
あの場面において光の三妖精とかまた別の場所でしたけど魔理沙なんかは、結構・・・鷽に噛まれまくっている中、
アリスと霊夢は全く鷽に噛まれる事はありませんでしたので、アリスと霊夢は「正直者」とも言えるのかもしれないですよね。
ま・・・確かサニーミルクが一番咬まれていましたので、サニーミルクの日頃の行いが窺われますよね・・・(苦笑・・)

アリスってなんか二次創作においては、引きこもりとか人間嫌いとか人前に出る事は好きではないみたいに言われることも
あるようですけど、それはちよっと違うのかな・・・とも思います。
ま・・幻想郷内のお祭りとかイベントの際には、
大道芸人みたいに、道端で幻想郷内の人々に「人形劇」を披露したりもしていますから
決して人間嫌いという事は無いのかな・・・とも思いますね。
というか・・・
あんな可愛くて、人形よりもお人形さんらしい容姿のアリスが人形劇みたいな事をやってくれたとしたら、
も―――、もしも私が幻想郷の人里に住んでいたとしたら、
まさに「魔法つかいプリキュア」のみらいじゃないけど「これってわくわくもんだぁーー!!」みたいに
喜び勇んでこの人形劇の鑑賞に行くでしょうね。
アリスって本当に東方でも屈指の美少女・・というか・・まさにお人形さんみたいな美形ですからね・・・!!








さてさて・・・

上記のとっても素敵で可愛いアリスのイラストは、
当ブログのとっても大切なブロとも様のお一人で、本当にいつも大変お世話になっている
「dream fantasy」の管理人様のアミグリさんが2013年1月に描かれたものです。
実は先週の日曜日の早苗さんの記事の中で、既に一度リンクを貼らさせて頂いてはいたのですけど、
あまりにもそのアリスが素晴らしいものでして、改めてというか、再度是非是非皆様にも見て頂きたいと思い、
その素敵なアリスをこちらのブログでも転載をさせて頂きました。

冬用ヴァージョンという事で髪もロングになっていて、特に特に・・・・
あのチェックのスカートと帽子の描き方の繊細さは特筆に値すると思います。
本当にとてつもなく可愛くて魅力的なアリスだと思います。

アミグリさん、本当にいつもありがとうございます!!

前述の記事の中で、「アリスはまさに素敵なお人形さんみたいな雰囲気」と書きましたけど、
まさにそれを「絵に描いたような」イラストだと思います!!
アミグリさんは、本当に素晴らしい絵師様だと思います!!
先月あたりに、なんかものすごーーくフライングしてしまったみたいな感じもあるのですけど、
あの時確か・・・
「6月あたりにブログ開始以来ようやく3000記事に到達、そして同時にプリキュアカテゴリ1000記事到達を達成!!」
みたいな事を先走って書いてしまいましたけど、
すいません・・あれはまだもう少し先の話であり、
多分ですけど・・・
7月上旬前後になるのかな・・・と思っています。

このブログを以前からご覧になっている方ですと、「あれれ・・最近プリキュア関連記事随分と減ったんじゃないの・・?」と
思われる方もいるのかもしれないですけど、
それには少し理由がありまして、
以前、前述みたいな事をフライングして書いたため、なんか自分の頭の中では、「累計3000記事到達と
プリキュアカテゴリ記事1000到達が同時でないとあかん!!」
みたいな「確固たる決意」(?)が出来てしまい、
今現在のプリキュアカテゴリ記事は972と言う事で残りが「28」となっているのですけど、
累計3000には、残り約110ですので、どうしても「プリキュアカテゴリ記事」は少し制限しないといけない・・・・みたいな
感じになっているのが実は「正解」なのでした・・・・(苦笑・・)
ま・・それと・・・最近では、とにかくもーーー、「東方記事」を書いているのが
楽しくて楽しくて仕方が無い・・みたいな事情も多少はあるのかもしれないですよね・・・(笑)
東方カテゴリは、実は今年になって創設したのですけど、うーーむ、このペースでいくと、
年末には200記事前後に達してしまうのかも・・・・??

そして最近気が付いたのですけど、今まで通り「一日2記事」というペースを守っていくと・・・
なんと・・・・!!
これは偶然なのですけど、
「私自身のお誕生日」と「累計3000記事到達」と「プリキュアカテゴリ記事1000到達」が全く同じ日に
達成してしまうという「トリプル」が実現してしまう事になります!!
ま・・・今まで自分自身の誕生日なんかはずっとひた隠し(?)にしていましたけど、
「ま・・このぐらいは公開してもいいのかな・・」と思っています。
まさにトリプル達成という「Xデー」は事に限っては自分の誕生日と言う事になるのかな・・・??

我ながら・・・・もしもこうした「トリプル同時達成」という「ミラクル」が達成できたら、
本当に何か感慨深いものがありそうですね・・・
あ・・・なんか「ミラクル」というと、キュアミラクルをついつい想像してしまうのですけど、
みらいじゃないけど、まさに「わくわくもんだぁーー!!」という感じなのかも・・・・??
ま・・・なんにせよ、ブログ開設から考えると
自分で言うのもなんですけど、まさに「軌跡は奇跡・・・」みたいな流れだったのかも・・・・?
とにかくそうした事が出来るのも、こうやって日々こんな拙いブログでも日々ご閲覧して頂ける皆様の
おかげでもありますので、
ま・・ちょっとまだ早いですけど、改めて感謝の意を申し上げたいと思います。

本当にいつもありがとうございます!!






だけど・・・・

累計3000記事とかプリキュアカテゴリ1000記事到達と言っても
またまだ「通過点」に過ぎないのかもしれないですよね・・・

このブログは以前から何度も書いている通り、元々始めたきっかけ・動機というのは
あくまでも・・・・
「過去の吹奏楽コンクールの素晴らしい名演なんだけど、歴史に埋もれがちなそうした素晴らしい演奏を
後世に何か形として残したい・・」という事でしたし、
「吹奏楽カテゴリ」に関しては、「残したい何か」については、とてもまだまだ全てを語りきっては
いませんし、語りたい事はまだまだ一杯ありますし、
最近では・・・・「東方」というとてつもなく魅力的なカテゴリもありますし、
そうですね・・・・
上記のキュアメロディではありませんけど、
「これからも、まだまだいくよっ!! エヘッ・・」という感じなのかも・・・



happinesscharge.jpg


forever_lovery.jpg



さてさて・・・その「Xデー」にご登場して頂く御方は・・・・

そりゃ・・・あの人しかいないですよね・・・(笑・・・)

まさに私にとってあの御方は・・・「フォーエバー」なのかも・・・・

実はなのですけど、最近、うちの会社のとある顧客の隣接宅が深夜に火災が発生し、
結果的にその隣接宅は全焼になってしまいました。
その隣接宅がGW中の旅行中という事で不在で、結果的に死傷者が誰も出なかったことだけは不幸中の幸いだった
思います。
その火災現場に後日行ってみたのですけど、
築100年前後のとてつもなく古い平屋の木造住宅だったのですが、
敷地が広かったという事と当日の夜はほとんど無風状態というのが幸いし、全焼と言う事でも
近隣の家に延焼が無かったのは本当によかったと思います・・・
ま・・・北側の家の「太陽光パネル」が火災の熱波により損壊してしまった事と西側の家の外壁と雨樋に
部分的に焦げを生じさせていたけど、
ま・・あの程度でしたら十分に火災保険の適用がおりると思いますし、
全焼した家も、実は・・「二世帯住宅への建替えを実は検討中・・」という事でもあったらしいので、今回の全焼で
かえって計画が一気に進んで、
近所の人たちは・・・「あんな今時珍しいボロ家に住むよりはかえってこうなった方がよかったのかも・・・
火災保険もおりるからね・・・」と
逆にホッとしたような感じだったのがなんか面白いものがありました。

その話を一応「情報」として帰社後に社内情報として回覧した所、翌日早速ポンコツ営業さんが
太陽光パネルとか外壁の損傷とか、建替えでなんかいい話にならないのかな・・・みたいな「スケベ根性丸出し」の
顔で営業活動をやらかしてしまい、
「人の不幸をそんなニコニコ笑顔で来られてもね・・・」と逆に逆鱗に触れてしまったのは・・・
「も―――、本当にこいつらアホなんだから・・・・、そういう時はまずは労いの言葉と手土産でしょ・・・」と
言いたくもなってしまいますね・・・・(苦笑・・・)

さてさて・・・今回の敷地内の全焼においては、一つ不思議な話がありまして、これは実は・・・地元でも
一部で話題となっています。
何かと言うと・・・・
あんな全焼現場でも、なぜか・・・・敷地内の分社と鳥居だけは延焼を免れ、ま・・・ちょっと焦げ目は付いているのですけど、
ちゃんと建物として残っていたのは、さすが「神様!!」という感じでした!!

うーーむ、やっぱり「神社」とか「分社」とか「鳥居」とかにはそうした「奇跡を起こさせる何か」が備わって言えるのかも
しれないですよね・・・



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さてさて・・・東方Projectの「神社」と言うと、
霊夢の博麗神社と早苗さんの守矢神社の二社が現在幻想郷内に建立されていますけど、
前述みたいな「火災」があったとしても、
守矢神社の場合、早苗さんの「奇跡を起こす程度の能力」でさっと消火しちゃうのかも・・・?
博麗神社の場合・・・
霊夢なんかは火災が起きた事すら気が付かず、グースカピースカ爆睡しちゃっているのかもしれないですけど、
霊夢の保護者達立場にいて、且つ・・・確か一度うどんげちゃんに対して「博麗神社は私のもの・・・」とも言い切っている
あの紫様が、藍・橙の式神を率いて必死の消火活動を行い、魔理沙なんかもホウキに乗って
「霊夢がやばい・・」と駆けつけてくるのかもしれないですよね。

これは2013年の話ですけど、
ホビージャパン×メガハウスのタッグにて、東方Projectの立体展開という事で
「幻想百景 博麗霊夢」というとてつもなく可愛いフィギュアが商品化されていました。
これ・・・霊夢がとてつもなく反則的に可愛いのですけど、同時に、鳥居・しめ縄・柵・博麗神社の看板など
博麗神社の世界も再現されていて、魅力的な世界観の“幻想郷”を絶妙なバランスで再現していると思います。
特徴的な巫女服は造り込みも細かく、大きく風をはらんだスカートやリボンがとっても魅力的だと思います。

ちなみにこの商品の概要を記すと・・・

●受注期間/2013年7月25日~2013年9月10日まで

●価格/5,800円(税込)

●仕様/彩色済みPVCモデル ノンスケール 全高約14cm

●製造/メガハウス

●発売元/ホビージャパン

これは今現在は製造も販売も行われていません。ちなみにですけど・・・・
最近見た感じでは、アマゾンで8500円、ヤフオクで15000円の値が付いていました・・・

やっぱり人気と付加価値が付くのも頷けますよね・・・・

だって、完成度は高いし何よりも「霊夢」がとてつもなく可愛いですからね!!



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何となくですけど・・・

参拝客がほとんどいない博麗神社に珍しく裕福そうな参拝客が訪れ、1万円のお賽銭をポンと景気よく
お賽銭箱に入れたものの、
たまたま遊びにきていたというかネタ探しに訪れていた射命丸文がついついイタズラ心を起こしてしまい、
あややの持っていた天狗の団扇で風をおこし、
お札がそのまんま風に乗ってヒラヒラと待ってしまい、
霊夢が・・・・
「待って―――!! 私の大切なお賽銭!!」とか何とか言ってお札を追っかけていくようなシーンを思わず彷彿とさせるような
仕上がりだと思います。

本当にとっても素敵な仕上がりだと思います!!

やっぱり霊夢は可愛いし、まさに東方の絶対的エースに相応しい巫女さんですよね!!
(おいおい、先日はあんなにも早苗さんをベタ褒めしていたというのに・・・・苦笑・・・)



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上記の霊夢のフィギュアについては、実は元ネタのイラストがあります。

立体化の元となるオリジナルイラストは、新進気鋭の人気作家・千葉サドル氏が担当されていて、
元気いっぱいの霊夢と桜舞う博麗神社がとっても素晴らしいと思います。

いや――、このイラストの霊夢がちびっこい感じはするけど、とってもとってもキュートで可愛いですよね!!

妖怪が日常的に周辺を蔓延っているため参拝客があんまりいなくて、お賽銭収入に事欠き
「お金が無い、お金がない・・・」と愚痴る霊夢が
「誰でもいいからこの神社に参拝してお賽銭を置いていって――!!」みたいになんか元気よく呼び込みを
していそうな雰囲気のとっても素敵で可愛いイラストだと思いますし、
この可愛いイラストを元に、ここまで素敵な霊夢+博麗神社のフィギュアを製作出来てしまうホビージャパンの
制作者スタッフには本当に頭が下がる思いですね・・・

あ・・・・そうそう・・お賽銭と言うと・・・・

「東方三月精」の中でも、光の三妖精が博麗神社に引っ越しをした回において、
ゆかりんが霊夢と魔理沙がいる博麗神社に例によって例のごとく透間妖怪に相応しくいきなり出現した際には、
なぜかゆかりんは・・・「2000円札」をお賽銭として放り込んでいましたけど、
今現在全然流通も造貨もされていない「2000円札」というのがなんかいかにもゆかりんらしいお賽銭といえるのかも
しれないですよね・・・・(笑)
「迷惑メール」というのは本当によく届くものですよね・・・
ブログにおいては、昨年は本当に「迷惑コメント」に不快な思いをし、
迷惑コメントのブラックリスト→コメント拒否設定をしたおかげでもあるのかもしれないですけど、
そうした迷惑コメントが最近ではほとんど来なくなり、正直ホッとする面はあります。
だけど、PCとか携帯にどこから届くのかよく分からないのですけど、
出会い系とか儲け話とかそうした訳のわからん迷惑メールは結構届くものですよね・・・・

「遺産があるけど使い切れない・・・あなたに全額贈与したい」
「この初期投資をすれば、こんだけあなたに必ず利益が出る」
「今すぐあなたに会いたい・・・」
「儲け話のカラクリをあなただけにそっと教えます」

あのね・・・・「世の中にはうまい話は一つもない・・・うまい話には必ずウラと落とし穴が待っている」というのは
古今東西の「常識」なんですけどね・・・(苦笑・・)

この種の迷惑メールというのは本当に厄介なものでして、
一度「迷惑メール設定→設定アドレスからメールが届いた場合は速攻で削除または拒否設定」としたとしても
次の日には、違うアドレスから同じようなメールが届くから、
まさに「イタチごっこ」の繰り返し・・・
まさに・・・これは「迷惑メール」以外の何物でもないですね・・・・

さてさて・・・・最近では、添付ファイル付の「全文英語による迷惑メール」が一日に5本、ひどい時は10本ぐらい
送りつけられてきて、正直迷惑しています・・・
というか・・・
全て英語で書かれているし、短文ではないから、何が書かれているのかはサッパリわからないし、
「違約金」とか「支払い」とか「負担」とか「請求」みたいな単語が散見されて、正直不気味です・・・
ま・・何かの「架空請求」みたいな感じなんでしょうけど、添付ファイルがわざわざ付いているから、
とにかくこれは絶対に開けてはならない代物ですので、やっぱりなんか面倒ですよね・・・

この種の迷惑メールの対処の鉄則として「絶対に添付ファイルを開けてはダメ!」とか「とにかくひたすら無視!!」というものが
ありますので、
とにかく問答無用で迷惑メール設定&拒否設定&削除をしていくしかないですね・・・

ホント、こういう迷惑メールを取り締まる事は出来ないものでしょうか・・・??

私自身は、一番最初にPCを購入しネットデビューを果たしたのは
1999年7月(ノストラダムスの大予言では「恐怖の大王降臨!」となっていましたけど、結局何も起こりませんでしたね・・・
あれも一種の迷惑予言というものなのかな・・??)だったのですけど、
購入して間もない頃、そうした事が何もわかっていない頃、
一度なんかよく分からないところからメールが届き、ついついうっかりと添付ファイルを開けてしまったら
それがなんと・・「花火」の動画になっていました。
「あ・・なんか綺麗だな・・」と思って普通に見ていただけだったのですけど、
実はその「花火」こそが・・・
危険な代物だったのですよね・・・・(苦笑・・)
まったくあの時は・・・・後日えらい目に遭いました・・・
そうですね・・・あの経験こそが私の今のところ最初で最後の「ウィルス被害」なのかもしれません。
だけどあの時のウィルスの「破壊力」は結構すさまじかったです・・・
だって・・・・色々なものが勝手にインストロールされてくるのですから・・・・
ま・・・幸いなことに駆除用のソフトをインストロールして被害は最小限に留まりましたけど、
あの時の経験で「絶対に訳のわからん添付ファイルは開くものではない・・」という事が心底わかったものです・・・







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ま・・・「花火」というと、歴代プリキュアにおいては「夏の風物詩」みたいな感じもあって
お祭りとかの背景として各代で花を添えていましたよね。

スマイルでは、打ち上げ花火としては、キャンディがジョーカーによって拉致された回で背景として使われていましたし、
みゆきのおばあちゃんの家での家庭用花火でプリキュア達が楽しそうに遊んでいるシーンは
とっても印象的でした。
前作の姫プリでも、はるはるの実家にみんなで遊びに行った際の「夜が怖い・・」というトワ様が実に
いとおしかったのですけど、
「夜が怖いとかそうした怖いという感情は皆が一様にもっているもの」と諭すみなみんがとっても大人でしたし、
みなみんのトランクの丸々一つが「花火」というのもなんか微笑ましいものがありました。

今年の「魔法つかい」では花火は登場してくるのかな・・・?
ま・・・登場したとしてもまたまたリコちゃんの格好の「ポンコツネタ」になってしまうのかも・・・・(苦笑・・)



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毎年こうした「プリキュア花火」も登場しますね!!

あ・・・いけない…我が家には3年前の「ドキドキ」の花火がまだ未使用で残っていましたね・・・(苦笑・・)

だけど、さすがに「火薬」は3年経過すると湿気ってしまってもう使えないのかも・・・

このデザインは、ハート・ダイヤモンド・ロゼッタ・ソードの4人デザイン仕様ですので、
まだ「キュアエース」が登場していない頃に発売されていたものですね・・・
やっぱり六花=ダイヤモンドはめちゃくちゃ可愛いですね!!
今年の3月に惜しまれつつも最終回を迎えてしまった「だがしかし」なのですけど、
あの最終回以降、原作漫画なんかは色々と立ち読みしまくり、なんかすっかり「お気に入り漫画」に
なってしまいました・・・・(笑)
このアニメは今後DVD化も予定されていますので、レンタルが開始されたら、絶対に第一巻から
観てみたいと思います。
「だがしかし」は、先月初めに一度記事にさせて頂きましたが、そこでも書いた通り、私自身は実は
この漫画やアニメの事はつい最近まで全然知らなかったのですけど、
当ブログの大切なブロとも様のお一人で「dream fantasy」というとっても素敵なおお絵描きブログを管理運営されている
アミグリ様の「だがしかし」の記事とほたるちゃんのあまりにも素晴らしすぎるイラストを拝見させて頂いた事がきっかけとなり、
この作品に興味を持ち、途中からの視聴だったのですけど、この「だがしかし」の深夜アニメを
見るようになったのでした。
アミグリさん、あの時は本当に色々とありがとうございました!!

さてさて・・・この「だがしかし」の世界なのですけど、

文字通り、まさに「駄菓子」を全面的に主役に持ってきた「ボーイ×ガール×駄菓子コメディ―」の一言に尽きます!!

田舎の駄菓子屋を継がせたい父と、継ぎたくない実は漫画家志望の息子のココノツ・・・・
そんな店に、都会からやってきた駄菓子屋マニアの女の子・枝垂ほたるが唐突に現れます。
ちなみにこのほたるという女の子は・・「枝垂カンパニー」という大手製菓メーカーの社長令嬢という
バックボーンがあったりもします・・・
ほたるとしては・・・駄菓子業界では・・・実は・・凄腕の有名人?て゜もある父親の鹿田ヨウを
大手菓子会社「枝垂カンパニー」に引き抜こう、そして枝垂カンパニーにて剛腕を発揮してもらって
「枝垂カンパニーを世界一のお菓子メーカーにしたい!!」という自分の夢の実現に向けて協力を要請します。
しかし・・・・
「息子のココノツが立派に跡を継ぐまでは店を離れたくない・・」という父親のヨウの意志を聞いたほたるは・・・
あの手この手を駆使してなんとか、ココノツが駄菓子屋を継がせようとします。
そうしてほたるの「ココノツの駄菓子屋継承」のための奮闘の日々が続き、ドタバタの夏の日が続いていく・・・
ストーリーとしてはそんな感じです。
別に・・・秘密事項とか「実は主人公にはこんな裏の顔があった」とか謎要素と言う側面は・・・皆無です・・・(笑)

ほたるは・・・とにかく・・「マニアック」という言葉を軽く超越するほどの駄菓子マニアで
駄菓子の前では自制心を失うほどの駄菓子好きで、駄菓子そのものを愛しているという感じです。
そうなんですよね・・・
アニメ本編でもおいしそうに駄菓子を食べまくり、とってもおいしそうにラムネを飲み干しているシーンは
すっごい印象的でした!!
一例を挙げると・・第11話でも「都こんぶ」とかラムネのうんちく話なんかも・・・
ほたるちゃんの薀蓄を聞くと全てが「なるほどね・・・」と感心するばかりでした・・・(笑)

簡単にこの漫画・アニメを表現すると
要は・・・・
実家の駄菓子屋を継ぎたくない主人公に対し、駄菓子マニアの社長令嬢が
駄菓子の魅力や豆知識をハイテンション気味に解説しつつ、
主人公に駄菓子屋を継がせようと画策する姿が何とも言えず面白いという事なのだと思います。

この作品においては、漫画でもアニメでも色々な駄菓子が登場していましたよね!!

一例を挙げると・・・ブタメン・うまい棒・ココアシガレット・都こんぶ・ラムネ・キャベツ太郎・
ふがし・ベビースターラーメン・サクマ式ドロップ・きなこ棒などとにかく色々な駄菓子が登場していて
とても懐かしかったです!!

さてさて・・そうした中、この「だがしかし」の第三話においては、懐かしいと同時に今現在も現役で
スーパー等で普通に店頭に並んでいるおやつカンパニーの「ブタメン」が登場していましたけど、
あの回の中で、暑い真夏の駄菓子店にてあえてエアコンを止めて、美味しそうに汗だくで
このブタメンを食べているほたるちゃんは、とてもなく可愛かったですし、ある意味「天使」でしたっ!!



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この回の中で、「暑いからエアコンつけよう!」というココノツに対して
ほたるちゃんの「ダメに決まってるでしょ!! 夏は夏の暑さを噛みしめながらブタメンを食べるのよ!!」という
気迫は凄まじかったですね!! (笑)

「ブタメンにも味に種類があるわ。とんこつ、しょうゆ、タン塩、カレーに焼そば」
「でも私はやっぱりとんこつ味」
「ブタメンは他の駄菓子と比べて少し高価で、お金を握りしめ駄菓子屋へ行った子ども達は
 何個も買えないブタメンの未知の味を試してみるなんてリスク、とれる訳がない」

うーーん、ほたるちゃんのうんちくにはやっぱり「なるほど・・!」という感じですよね!!

だけど、あの真夏の炎天下の中、美味しそうにブタメンをすするほたるちゃんはとっても可愛かったし
同時に少しエロかったです・・・(笑・・)
ま・・確かに薄着であの汗じゃね・・・・(笑・・)







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「だがしかし」の放映中から放映後に、「だがしかし」と「おやつカンパニー」のコラボ企画商品も
二つほど展開されていました!!

このコラボ商品は二つあり、
一つが、明太マヨ味のブタメンで
もう一つがココナッツカレー味のベビースターラーメンです。
ちなみに・・・ベビースターラーメンは4月の記事で簡単にではありましたが、既にこのブログでも紹介済です。
だけど・・・・
「ブタメン」はなぜか全然見つかりませんでした・・・

だけど、先日なのですけど、イオンにてようやく
枝垂カンパニー×おやつカンパニーによる「だがしかし」のコラボ商品の「ブタメン明太マヨ味」を発見する事が出来ました!!

ココナッツカレー味のベビースターラーメンですけど、いかにも「駄菓子」というなんかとっても懐かしい味で、
一度食べたらなんか病み付きになってしまいそう・・・
なんかそんな味でした!!
「ブタメン」は、とても勿体無くて・・・そうですね・・・例によって賞味期限ギリギリまで保管しておきたいと思います。

ベビースターラーメンとかこのブタメンというのは、なぜか知らないですけど、
そうですね・・・吉野家の牛丼とか日清食品のカップヌードルのように時々やたら無性に・・「食べたい! 今すぐ食べたい!!」と
思う事があるのですよね・・・・(笑)
あれなんでなんだろう・・・??



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最後に・・・

上記のほたるちゃんのイラストは、アミグリさんが描かれたものです!!

今年の4月に当ブログでアミグリさんのご了解の下、一度このほたるちゃんのイラストを掲載させて頂いているのですけど、
是非是非もう一度再掲載をさせて頂きたいと思います。

上記のアニメとかコラボ商品をご覧になっていた頂ければすぐにお分かりだと思うのですけど、
アミグリさんが描かれたこのほたるちゃんは、
原作の雰囲気をそのまんま丁寧に且つ美しく再現されていますけど、
同時に・・・・
アミグリさんらしい「オリジナルティー」も十分に伝わってくるとっても素晴らしい一枚だと私は思います!!

原作における確かに美少女なんだけど少し変わっているとか・・あの独特なハイテンションな感じとか
幾分焦点が定まらない感じの目つきを尊重された上で、
あのアミグリさんらしいいかにも「ビューティフルでファンタジーな感じ」がとてもよく出ていると思います。

自分で言うのも何ですけど、私自身がアミグリさんの描いたこのほたるちゃんを見て
「だがしかし」の世界に興味を持った・・・というのも何だかわかるような気がします・・・
そのくらいとっても素敵なイラストでした!!

この漫画・アニメを全然知らなくても「え・・・なんかこの雰囲気面白いな・・・とっても可愛いし・・」と
多分・・・多くの人はお感じになられるのじゃないのかな・・・とふと思ったりもしますね!!

アミグリさんというと・・・東方・艦これなどの作品をメインに描かれていますけど、
時にオリジナル作品とか
時にこうした版権作品を描かれる事もあるのですけど、以前描かれたニセコイとか凪のあすからなどのイラストも
とっても素敵でした!!

ちなみにですけど・・・アミグリさんが2015年6月に描かれた「ごちうさ」のイラストもとっても可愛くて
素敵です!!

あのごちうさをご覧になりたい方は・・・→ アミグリさん・ごちうさ

アミグリさん、本当にいつもありがとうございます!!
18.東海大学第四高校


  C/楽劇「神々のたそがれ」~ジークフリートの葬送行進曲(R.ワーグナー)


  この年は実は東海大学第四高校吹奏楽部の全国大会初出場の年です。
  この記念すべき初出場の年の指揮者は、
  なんと・・・!!
  今現在も現役で東海大学第四高校で指揮・指導をされている井田先生です。
  つまり・・・
  井田先生は、この全国大会初出場の年、1978年から38年近くもずーーーっと一つの学校を指揮され続けておられ、
  初出場から今日に至るまでずっと絶え間なく素晴らしい演奏&高い評価を維持され続けられています。
  これは本当に大変価値ある事であり、
  淀川工科の丸谷先生や神奈川大学の小澤先生と並んで、
  本当に頭が下がる思いで一杯です!!
  是非是非上記の先生方は・・・その体力と気力が許される限りは、今後も全国大会のステージに
  生涯現役として立ち続けて頂きたいと心の底から願っています。

  さてさて・・・初出場のこの年ですけど、
  後年の内省的な仕上がりの邦人作品とかオペラものとか
  ローマの祭り・ベルキスみたいな豪快さとか
  鋭い仕上がりのオリジナル作品とか
  どちらかと言うと印象としては「濃い仕上がり」を毎年仕上げてくる印象が強いこの学校にあっては、
  比較的「淡白」な印象があります。
  ま・・初出場ですし、緊張感もあったと思いますし、これはこれで仕方が無いと思いますね。

  今大会の課題曲がほとんどがAのジュビラーテに一曲集中した中で、東海大学第四高校は
  数少ない課題曲Cを選曲していたのですけど、
  印象としては、富山商業と同様に「少し固いな・・」とか「もう少し洒落っ気が欲しいな・・」という感じです。
  このチームの場合、更に加えて全体のサウンドがこの時は少しモサッとしているというのか、
  サウンドがくすんでいるというのか、
  全体的には薄味です。
  技術的には特に不安要素はないのですけど、なんか奏者も指揮者も含めて
  音楽があんまりドライブしてこないというのか今一つノリが悪い感じです。
  この演奏から11年後の1989年には、井田先生=東海大学第四の組合せにて
  課題曲D/ポップスマーチ「すてきな日々」というポップス系の課題曲としては、まさに歴史的名演ともいえる
  スイングとノリの良さを見せつけてくれたのですけど
  この年は・・・まだそこまでの余裕が無かったという雰囲気が漂っているようにも聴こえます。
  
  自由曲の「ジークフリートの葬送行進曲」ですけど、課題曲と大体傾向は同じだと思います。
  全体のサウンドがくすみ気味で、後年のあの「ローマの祭り」とかアーノルドの交響曲第2番みたいな
  明るさと華やかさがドッカーーン!!みたいな演奏に耳が慣れてしまうと
  「え・・これ、本当に同じ演奏団体・・?」みたいな感じも無くは無いのですけど
  ま・・・こういうスクールバンドというのは、井田先生のように実力のある先生が長期間同じバンドを
  指導し続けていくと、着実な進化というのは確実に見られますからね。
  そうですね・・・
  このチームの全国大会初出場の演奏を今更ながら聴くと、
  「昔はこういう冴えない演奏をしていた時代もあったんだ・・」みたいな逆に新しい発見もあったりして
  興味深いものもあったりもします。
  音が今現在のように洗練されていないし、ppの表現が「静寂の中の熱演」があんまりできていない感じもあり、
  全体的には可も無いけど不可もないみたいな演奏という印象です。
  静かな部分の音の粘りとかうねりがもう少し欲しかったような感じもあります。
  そうそう・・・
  この自由曲は井田先生のアレンジなのですけど、
  原曲は、消え去るように静粛に厳格に閉じられるのですが、なぜか井田先生のアレンジでは
  木管のトリルでもって強音で閉じられ、
  正直・・なんか違和感を感じてしまいます。
  あれは・・当たり前の話ですけど原曲通り静かに閉じてほしかったです・・・

  だけど・・・井田先生=東海大学第四高校の「伝説」はこの演奏から始まるのです!!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ここから先は、ワーグナーの「ジークフリートの葬送行進曲」と
過去の吹奏楽コンクールで、この曲で素晴らしい名演を残した1987年の大塚中学校の事を
少しだけ触れさせて頂きたいと思います。

「ジークフリートの葬送行進曲」は、楽劇「神々のたそがれ」の中のワンシーンなのですけど、
大変中身が充実した素晴らしい曲ですので、
管弦楽団の演奏会でも単独で演奏される事もよくありますし、
「夜明けとジークフリートのラインへの旅」の部分とともにセットで演奏される事も
しばしばあります。

楽劇「神々のたそがれ」自体も
「ニーベルングの指環」四部作という大変長大な楽劇の一つでして、
この「神々のたそがれ」のみでも既に演奏時間が4時間20分を超えてしまいます・・・・
「ニーベルングの指環」四部作は、序夜とそれ以外に3日を要する舞台上演であり、
この四部作全てを上演するのに何と四日間もかかってしまう大変な長作でもあります。
「神々のたそがれ」はその最終夜に該当し、
四部作の最後を締めくくる作品でもあります。

「指環」四部作はそれぞれ独立した性格を持ち、単独上演が可能です。

「演奏時間が最も長い歌劇・楽劇はなーに?」というクイズがもしもあったとしたら、
連作という意味ではこの「ニーベルングの指環」が正解なのでしょうけど、
単独上演という意味では
多分一番長い歌劇・楽劇は
同じくワーグナーの「ニュールンベルクのマイスタージンガー」ではないのかなと思います。

ちなみに、「ニーベルングの指環」四部作は
序夜   ラインの黄金
第一夜  ワルキューレ
第二夜  ジークフリート
第三夜  神々のたそがれ 
から構成されています。

「ジークフリートの葬送行進曲」なのですけど、
ハーゲンによって、唯一の弱点である背中を刺され息絶えたジークフリートの遺骸を
月光が照らしライン河から立ち込める霧に包まれれている中、運んでいる最中の音楽であり
大変悲痛な感じにつつみこまれた荘厳な音楽なのです。
演奏時間は7分程度なのですけど、
ティンパニーの弱奏から開始され、終始ゆったりとしたテンポで展開されていきます。
特に弦楽器のうねりと
途中ですさまじく音楽が高揚する部分があるのですけど、その時の陶酔感が実に素晴らしいと
思います。
ラストは消え去るように静かに静かに閉じられていきます。

ちなみにワーグナーが亡くなった際の葬式でも
この「ジークフリートの葬送行進曲」が演奏されたとのエピソードが残されています。

尚、「ジークフリートの葬送行進曲」が終わるとこの楽劇は「ブリュンヒルデの自己犠牲」という
この四部作のラストを飾るのに相応しい壮絶な部分が展開されていきます・・・

ラインの乙女たちからすべてを聞かされたブリュンヒルデは、
ギービヒ家の家臣たちに河畔に薪を積み上げるよう命じる。
ジークフリートを称え、その亡骸を薪の山の上に運ばせる。
ブリュンヒルデは指環を手に取り、ラインの乙女たちに返す決意を語る。
積まれた薪の山に松明が投じられ、火が燃え上がると、ブリュンヒルデは愛馬グラーネにまたがり、
炎の中に飛び込む。

そういった音楽が楽劇の中では
プリュンヒルデの化物じみた大絶唱と共に延々と展開されていきます・・・・
これ一度だけN響の「神々のたそがれ」演奏会形式ハイライトシーンで聴いたことがありますけど、
まさに「壮絶」以外の言葉がありませんね・・・・

話は全然変わるのですけど
吹奏楽コンクールでもこの「ジークフリートの葬送行進曲」はたまに演奏される事があります。
あ、でも全国大会では1987年に大塚中学校が銀賞とはいえ
歴史に残る大変素晴らしい演奏を聴かせてくれて以降は一度も全国大会では
演奏されていません・・・
大塚中のあの「弱い弱奏の部分の音楽的説得力」は大変なものがあったと思います。
あの素晴らしい演奏が、同じくワーグナーの「エルザの大聖堂への厳かな行列」を
これまた素晴らしい演奏を聴かせてくれた雄新中と共に
2チームとも「銀賞」で終るなんて、何かすごく意外だったと同時に
「審査員は何を評価のポイントにしているのだろう・・・この演奏の良さが分からんなんて
絶対耳か頭がどうかしている・・・」
なーんても当時は思いましたね。
大塚中学校のあの「弱音」はまさに・・・pppの熱演でした・・・
あの音のうねりもお見事でした!!

最後に・・・

1960年代から70年代の吹奏楽コンクールを牽引した
関西の名物指揮者、今津中学校の名物指揮者・得津武志先生が1982年にご逝去された際、
お葬式には、先生の教え子が大挙して押し寄せ号泣しながら
得津先生の遺言でもあった「俺の葬式の際は軍艦マーチを盛大に吹き鳴らせ!」を遵守され、
「軍艦マーチ」を盛大に鳴らされていたというエピソードが残されていますけど・・・
そして翌年に今津中学が吹奏楽コンクール・関西大会で自由曲に選んだ曲は
「ジークフリートの葬送行進曲」だったのでした・・・
 
  
さてさて・・今回の魔法つかい第15話はなんと・・・!!
プリキュア放映600回目という大変節目の回との事でした!!
初代【無印】の第一話から数える事・・・今回が通算第600話・・・
とにかくこの「600回」というのはとてつもなく重たいですし、初代から今作の魔法つかいに至るまで
11代、計13シリーズのこんだけ長期間に渡って、
私達を少しも飽きさせることも無く、どのシリーズもそれぞれ素晴らしい「感動」を私達に与え続けてくれている
プリキュア制作者・関係者の皆様に心の底から感謝の気持ちと敬意を表させたいと思います。

本当にいつもありがとうこざいます!!

そして願わくば・・・・この素敵な「プリキュアシリーズ」がまだまだ今後とも続いていく事を
私は強く、強く願わずにはいられません!!
本当に私は・・・・「プリキュアが大好きです!!」と心から叫びたい気持ちで一杯です!!

そう言えば・・・500回目の節目のお話はハピネスチャージのめぐみのとっても可愛いバスガイドさんの回でした!!
あの通算500回目の放映時では、
ラブリーが「この美しきプリキュアの魂が・・」と初代へのオマージュを感じさせ、
オレスキーが「その手は桑名の焼き蛤だっ!」とブロッサムへのオマージュを感じさせ、
「10周年おめでとうメッセージも」当時はまだ仲間入り前だったにも関わらずフォーチュンも登場させて
いち早く4人としてのハピネスで挨拶をさせていたなどとっても粋な演出を感じたものですけど、
今回の600回目は特にそうした演出は無かったですね・・・・

さてさて・・・この回ですけど、一言で言うと・・・とにかくはーちゃんがめちゃくちゃ可愛い!!
も―――、この一言に尽きると思います。
そうなんですよね・・・今のはーちゃんがあまりにも可愛過ぎるから、別に私としては・・・・
はーちゃんはこのまんまこの姿のままでいいんだけどなぁ・・・別にあえてキュアフェリーチェにならなくても
いいんじゃない・・・とすら思っています。
だけどその一方で・・・OPの映像の際の、はーちゃんが更に成長した時のシルエットなんかも出ていますけど、
なんかあれを見てみると、
大きくなったはーちゃんも見てみたいし、
みらいとリコに育てられたみたいなはーちゃんがプリキュアとしてミラクル・マジカルとどのように絡み戦っていくのか
それもまた見てみたい・・・なんて気持ちもありますし、
その辺りは・・正直・・・「ま・・どっちでもかなぁ・・・」なーんて思ってもいます。
あ・・・だけどやっぱり「キュアフェリーチェ」は見てみたいですね・・・(笑)
丁度一年前もほぼ同じような事を考えていて、
「トワイライト様は別に無理してプリキュアになる必要ないじゃん・・あのまんま敵幹部でいいじゃない・・」とも
思っていたのですけど、ま・・今にして思うと、やっぱりトワイライト様はああやってトワ様=キュアスカーレットになられて
よかったなぁ・・・なーんて今更思っていたりもしているので、
やっぱり・・・はーちゃんは、いずれプリキュアとしてみらいやリコと共に戦う戦士、いや・・・魔法使いになって欲しいと
思いますね。

それにしてもはーちゃんはとっても可愛いですね!!
モフルンもとっても可愛いので、今作のプリキュアは妖精もプリキュアもみーーんな可愛い!という感じですし、
みらいの同級生の勝木さんとかまゆみとか、みらいのママさんとかとにかく出てくる人たち皆がとっても
可愛いので本当にこのシリーズは「好感度大」だと改めて思います。
はーちゃんのあの羽は・・・天使というよりは「妖精」という雰囲気ですね・・・
そうそう・・なんか最近「妖精」と言うと、「東方Project」の事ばっかり最近記事にしているせいか、
どーも・・・ポンコツなあの「光の三妖精」とかおバカさんの「チルノ」の事ばっかり連想してしまい、
はーちゃんもあのポンコツちゃん同様にポンコツなのか・・・?ともふと思ってしまうのですけど、
いやいや・・・はーちゃんはきっとやってくれると・・・私・・・信じているっ!!



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今回の騒動の発端は・・・・

ま・・・三人のはーちゃんの母親(あれれ・・・モフルンって女の子でしたっけ・・・??)が育児放棄(?)をしてしまい、
三人が三人とも、はーちゃんの朝ごはんを準備してあげなかったり、
はーちゃんのお相手をしてあげられず、その結果・・・はーちゃんがむくれてしまったというのが
そもそもの原因でした・・・
ま・・リコちゃんの予習復習のお勉強タイムはいいとして、みらいとモフルンの朝寝坊は、そりゃ、今回の大騒動の
ま・・A級戦犯なのかも・・・
あれれ・・みらいが髪の毛をなにもいじらないまっさらの状態と言うのは今回が初めてなのかも・・・
みらいのストレートヘアもとっても可愛いですね!
前作のピンク系のはるかの寝起きの髪型は毎回毎回爆発していましたけど、みらいは爆発はしなかったですね・・・(笑)
それにしてもピンク系の目覚まし時計を誰かが止めてしまうというのは、プリキュアの一つの定番になっていますよね。
古い話では、SSの咲が、飼い猫のコロネによって目覚まし時計を止められてしまい、
遅刻ではありませんけど、ソフトボール部の朝練に大遅刻をしてしまい、罰として校庭を走る羽目になっていましたし、
(当初、咲は、時計を止めた犯人はフラッピと疑っていましたよね・・・笑・・)
またまたスイートの響は、フェアリートーンによって「10点満点の着地」の起こされ方をされていましたよね・・・

そんな訳で誰からもお世話をされて貰えず、結果的になんと・・・! はーちゃんは自ら「キュアップラパパ!」と魔法を掛け、
自分で大大量のご飯を出してしまっていました・・・
というか・・はーちゃん・・・いつの間にやら自分で魔法も掛けられるようになっていたのですね!!
しかも・・・
はーちゃんって結構な大食いなのかも・・・(苦笑・・)
あの小さい体であそこまでの量を一人で食べきってしまうとは・・・!!
うーーむ、これは・・はーちゃんはもしかして未来のなおちゃん・りんちゃん・響クラスの大食いになってしまうのかも・・??

ぶくぅーーとふくれるはーちゃんが可愛かったですし、みらいとリコにアッカンベェして空に飛び立ってしまう
はーちゃんはもっと可愛かったです・・!!

なんとなくですけど・・今回の話はドキドキで「反抗期」になってしまい「イヤイヤ」をするようになった頃のアイちゃんを
何やら彷彿とさせてくれましたね。




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今回のお話は、要は一杯食べ過ぎてしまい、エネルギーが有り余ってしまった結果としての
はーちゃんの七変化という暴走になってしまったのですけど、
はーちゃんの七変化というか・・・厳密に数えてみるとたぶん・・・「九変化」なのかも・・・(笑)
その位、まーー、今回は色々なものに変化していましたけど、
中でも・・・
なぜかUFOを操作しての宇宙人とか(というか・・あれはバイキンマンなのかな・・・??)
鶏小屋前での獣なんかは楽しかったですね!
あのはーちゃんの獣は、そうですね・・・東方風に言うと、ナズーリン・神子・椛みたいな「犬耳」みたいな感じですね。

というか・・・鶏にすら負けてしまうクマがいた・・という感じなのかも・・・(苦笑・・)

ま・・・最後に恒例の(?)全員での反省会・・・

3人の自称ママさんとはーちゃんによる反省会でした・・・・

はーちゃんの
「はーちゃん、ごはん食べてお散歩したかったの。
でも皆構ってくれなかったから、1人でお出かけしたの…ごめんなさい!」というセリフはなかなか泣かせるものが
あったりもします・・・



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あ・・今回は「トパーズスタイル」でした!!

やっぱり黄色のコスチュームは「あざとい!!」という感じですけど、二人の場合、そうした歴代の黄色系の先輩みたいな
「計算したような感じ」ではなくてあくまでナチュラルな感じの天然ボケなのが実に素晴らしいと思います。
ま・・・トパーズということで、やはりお遊びの感覚もあったようでして、
「バナナ」につるっと足が滑ってしまうミラクルはとってもお茶目で可愛かったです。

そういえば、スマイルでもキャンディがバナナを出してアカンベエを滑らせて転倒させてその隙にプリキュアたちが
撃破という回もありましたね。

そうそう・・・

今回のスパルダは一度「大事な役割を持っていそうな」妖精のはーちゃんを捕まえたというのに
何も疑わずにポイ捨てしまったのは・・・・
やっぱりポンコツという感じなのかな・・・
敗戦の言い訳をしに帰ったスパルダでしたけど、もしかして・・・・ヤモーは既に「何か」に気が付いたのかも・・・?
スパルダの早期の粛清というか退場はあり得るのかな・・・?
うーーん、なんか近作の敵幹部はドクロスキーがいまだに一言も喋らないだけになんとも言えない不気味さも
あったりもします・・・・
どうなんた゜ろう・・・・これはもしかしてSSのパターンなのかな・・??
SSにおいて、アクダイカーンは単なる飾りで、真の黒幕はゴーヤーンだったというオチがありましたけど、
今作ももしかして・・・ドクロスキーは単なる傀儡政権で、真の黒幕はヤモーということになる
可能性はあるのかな・・・??

プリキュアは毎年6~7月頃の第23話前後でひとつの大きな節目というのか「変化」があったりするパターンが
多いです。
果たして今年の魔法つかいには6~7月頃にどんなドラマが待っているのか、その辺りも興味津々ですね!!




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それにしてもリコちゃん達がナシマホウ界にやってきて以降は、ほぼ毎回毎回勝木さんは、
空飛ぶ魔法使いだの妖精だの、色々とヘンなものばっかり目撃していますよね・・・
ま・・今回は勝木さんだけでなく、みらいの学校の結構な数の生徒たちは・・・ま・・・見てはいけないものを
見てしまった・・・という感じなのかな・・・(苦笑・・)
だけど、今回の話の中では、はーちゃんが校内で色々とドタバタ大騒ぎをしてくれていましたけど、
(ドキドキでやはりイタズラしまくるアイちゃんとそれをなだめる妖精たち・・という構図でしたね・・・笑・・)
みらいの学校の生徒達は・・・
スマイルプリキュア風に言うと、皆「お気楽な人たち」ばかりで、結果的に大した騒ぎにはならなかったようですね・・・

「私、コンクールで次に描く絵が決まったの!さっき見たお魚の妖精のダンスを描くわ
 私はお花の妖精を描くわ!」とか
「なぁ聞いたか!?学校に幸せを運ぶ妖精がいるんだって!」
みたいな反応でしたけど、ま・・・何はともあれ・・・結果オーライと言う事にしておきましょう・・・・(笑)
みらいのポケットの中で、「てへへ・・」みたいに舌をペロッと出しているはーちゃんがとっても可愛いです!!

それにしても、勝木さんは毎回毎回・・・もしかして最終決戦前夜まで
「ねー聞いて・・!! 私・・・へんな魔法使いや妖精が空をとんでいるのを見ちゃったのよ・・・!!」みたいな役割を
担わせられるのかな・・・?
たぶん・・・勝木さんは前作のゆいちゃんみたいな役割にはならないのかも・・・・?
ま・・・その方が楽しそうですけどね・・・(笑)
17.玉川学園高等部

  
A/バレエ音楽「カルタ遊び」~第三ラウンド(I.ストラヴィンスキー)


私自身の話ですけど、ストラヴンンスキーを一番最初に聴いたのは「火の鳥」でした。
ま、最初は・・・・例によって吹奏楽コンクールの吹奏楽アレンジでの演奏でしたけど
それをきっかけに、原曲版のレコードを購入し
(火の鳥で一番最初に購入したレコードは小澤征爾指揮/パリ管弦楽団だったかな・・・)
そこで一気にストラヴィンスキーの「三大バレエ」にはまっていったという感じですね・・・・
特に「春の祭典」を最初に聴いた時は・・・、ホント、まじでぶったまげたものです・・・・

ま・・・、正直に言うと・・・・

ストラヴィンスキーの一連の三大バレエを聴いてしまうと、他の作品が何か物足りなく聴こえてしまうのですよね・・・

ま、ストラヴィンスキー自体、「カメレオン」とか「1001の顔を持つ男」と揶揄される通り
時代と自分自身の心境の変化に応じて
作風を色々と変遷させていった作曲家なのですけど、
特にあの「春の祭典」みたいな過激な原始主義を乗り越えた先は・・・・
「新古典主義」という比較的軽妙で洒落っ気溢れる作風に変化したものでした・・・・

このバレエ音楽「カルタ遊び」は、こうした新古典主義時代を代表する作品の一つなのですけど、
最初にこの曲を聴いた時は・・・・
何て言うのかな・・・・
あの「春の祭典」の過激さと激しさが見る影も無く後退し、
あまりにもシンプルさに驚いたものです・・・・
というか、人ってこうまで変わる事が出来るんだ・・・と改めて実感した瞬間でもありました。

最初に「カルタ遊び」というタイトルを耳にした時、
「カルタ」というと、どうしても日本人の習性として
お正月に遊ぶあのカード遊び・・・・「犬も歩けば棒に当たる・・・」なんていうことわざカード遊びみたいなものを
思わず連想してしまうのですけど
ストラヴィンスキーが意図した「カルタ遊び」というのは、
要は「ポーカーゲーム」、つまり「トランプ」の事なのです・・・・

うーーん、これって「邦訳ミス」なのかも・・・・

こんな「カルタ遊び」なんてタイトルを付けてしまうと、私のように
「犬も歩けば・・・」を連想してしまう人続出なような気もしますけどね・・・・・(苦笑・・・)

この曲を初めてCDで聴いたのは・・・・
確かサロネン指揮/フィルハーモニア管弦楽団だったかな・・・・
「火の鳥」のカップリング曲として収録されていました。

だけど・・・・

この「カルタ遊び」という曲を初めて耳にしたのは、実は管弦楽版ではなくて
何と・・・・
吹奏楽アレンジ版としてでした。
1978年の玉川学園高等部が全国大会の自由曲として演奏したものでしたけど、
まさかこんな地味な曲を吹奏楽で演奏するなんて今では考えられないですね・・・・
この曲を吹奏楽コンクールで演奏したのは、2016年の時点では、今のところ玉川学園が多分最初で最後だと思います。

ま、だけど玉川学園の演奏がきっかけとなってこの曲を知ったのだから
「結果オーライ」という感じなのかもしれないですよね。

このバレエ音楽「カルタ遊び」ですけど、
中々ユニークなバレエみたいですね・・・・(見た事ないけど・・・・)

このバレエの副題が「三回勝負のバレエ」となっているように
第一ラウンドから第三ラウンドまでの計三回に渡る「ポーカーゲーム」をバレエとして
表現したものです。
バレエの踊り手は・・・・
ご丁寧な事に、それぞれがトランプの模様の衣装を身に付けて踊り、
トランプの札として描かれている事に最大の特徴があると思います。
そして最後は・・・・・
ポーカーゲームの「胴元」というか、ディーラーの巨大な手によって全てのコイン・カードが運び去られて
終わり・・・・というのも何かいかにも「賭け」らしいお話であり
何かユニークなものを感じさせてくれますね。

この曲は下記の三楽章(三ラウンド)から構成されています。

第1ラウンド

1.序奏
2.パ・ダクシオン
3.ジョーカーの踊り - ストリンジェンド
4.ワルツ

第2ラウンド

1.序奏
2.ハートとスペードの行進曲
3.クィーンの5つのヴァリアシオンとコーダ
4.行進曲
5.一同の踊り

第3ラウンド

1.序奏
2.ワルツ
3.スペードとハートの戦い
4.結尾/ハートの勝利

このバレエ音楽は三ラウンド共に、「序奏」で開始されるのですけど
これは三ラウンド共に、基本的には同じメロディーによる序奏です。

そうですね・・・・

何か例えて言うと、ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」の「ブロムナード」に少し構成が似ていますよね。

展覧会の絵も、曲と曲の間には「プロムナード」の主題が繰り返し使われていましたけど
「カルタ遊び」も序奏の部分は繰り返し同じメロディーが流れますからね。

この曲の一番の聴きどころは・・・

やはり第三ラウンドかな・・・・

この部分では、ドリーブの「コッペリア」とかロッシーニの「セビリアの理髪師」がかなり分かり易い形で
引用されていて
何かとっても楽しいし、ストラヴィンスキーの「いたずら心」が冴えわたっている・・・・
みたいな印象がありますね・・・・

前振りが随分と長くなりましたけど、玉川学園のこの「カルタ遊び」は、今現在の感覚で聴くと
大変興味深いものがあります。
だって・・曲の内容があまりにも地味すぎますからね・・・(笑)
レコードでこの演奏を聴くと分かるのですけど、曲自体あんまり盛り上がりませんし、
別にドラマも葛藤も強奏も派手にどっかーーんと盛り上がる部分はほぼ皆無です。
どちらかと言うと「洒落っ気」を小粋に楽しむという感じの演奏ですね。
この第3ラウンドですけど、原曲で使用される打楽器はティンバニと大太鼓のみです。
玉川学園も打楽器はそれ程使用していませんし、金管も比較的大変巧みにコントロールされています。
木管はべらぼうに上手いですね!!
こうした聴かせどころが大変難しい曲をこれだけ音楽的に仕上げられるというのは、実は大変難しい事だと
思うのですけど、
そうした「難しさ」を全然難しいとも感じさせずに、どちらかというと・・「あっさりめ」にと感じさせるくらい
楽に聴かせるのが上手いな・・とも感じたものです。

玉川学園高等部は、前年度と前々年度はドビュッシーの「三つの夜想曲」とラヴェルの「ダフニスとクロエ」第二組曲といった
王道的なフランス音楽を自由曲に選び、
この年の翌年と翌々年はコープランドの「戸外の序曲」とリードのアルメニアンダンスパートⅡといった
吹奏楽オリジナル作品を絢爛豪華に響かせていました。
考えてみると、1976年~80年の「5年連続金賞演奏」の中で、
最初の二年間は上品さと気品さをテーマにし、最後の二年間は若さとエネルギー爆発をテーマにしていたようにも
聴こえるのですけど、
その中間にあたる1978年の演奏がこうした地味で粋な曲というのも
全体の中では「シンメトリー」みたいな印象もあり、
なんか興味深く感じたものでした。
まず初めに・・・

昨晩、5/16のPM21:00過ぎの北関東の地震はかなり大きかったですね!
この日は仕事が休みで一日ポケッとしていて、地震の際もプリキュアを見ていたのですけど、
最初にドーーンと縦揺れが起きて、その際に・・・
キュアメロディの「箱入りドーナッツ」の空き箱とキュアスカーレット様の食玩フィギュアが棚から落ちてきて
顔面を直撃してしまいました・・・(苦笑・・)

ま・・埼玉は震度4という事でしたけど、熊本の皆様の現在のご苦労に比べたら
こんなもの大したことないと思いますが、
とにかく「日本は地震国で、これは今後も避けては通れないものだ・・・油断大敵・・・天災は忘れた頃にやってくる」を
改めて実感した次第です・・・


確かにドールの世界も素晴らしいのですけど、それに勝るとも劣らないほど、東方の「フィギュア」の世界、
我ながら「またか・・・」という感じもしますし、先日の記事でも取り上げさせて頂いたのですけど、
グリフォンが企画・製作していたあの東方フィギュアの世界も
本当に素晴らしい完成度があったと思います。

何となくなのですけど、東方×ドールの世界は「洗練された美しさの世界」という感じがあり
擬人化された人形みたいな感じもするのですけど、
東方×フィギュアの世界は、どちらかというと本来のキャラに近いというか、
力強さ・迫力・実写的みたいな雰囲気もあると思います。
ま・・、確かにどちらの世界もとにかく「素晴らしい!!」としか言いようがないですけどね。
だけど・・・・
お財布のひも的にはやっぱり・・・「フィギュア」の方がまだ少しは近いのかな・・・・とも思ったりもします。
(それでも一体7000~9000円という価格帯ですけどね・・・)
現在は、発売は終了しているのですけど、是非是非新しいシリーズの企画とかそれが無理ならば
昔の商品の再発売も実現して欲しいものですね!!
ちなみにですけど、下記で取り上げさせて頂きました東方×グリフォンのフィギュアの中では、
勿論「全部素敵! 全部欲しい!!」という感じなのですけど、
特に特に・・・早苗さんとバチュリーさんとお空はいいなぁーーー!!としみじみ感じたものでした。
(だけど今一番欲しいのは、さとり様と紫様のフィギュアなのかな・・・
それと・・・カテゴリ違いですけど、キュアラブリーのS.Hフィギュアは一日も早く商品化して頂きたいですっ!!!)

あ・・・・ちなみにですけど、下記で取り上げさせて頂く東方フィギュアは、ほとんどが2012年に発売または予約受付開始を
したものでして、
当然ながら、現在では販売とか予約はしておりませんので、あしからず・・・・
(アマゾンとかヤフオクでは、ドールと違って今でも頻繁に見かけますね)




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さてさて・・今回のトップバッターは魔理沙です!!

スケールは1/8  サイズ約17㎝ 価格は当時で8500円でした。

やっばりいかにも・・・!!という感じの「魔法使い」ですよね!!
まさに典型的な魔法使いとしての姿ですし、東方で登場してくる魔法使いとしては
一番魔法使いらしい感じが漂っていると思います。
魔理沙のトレードマークとも言えるあのホウキとか帽子がとってもよく似合っていると思いますし、
黒と白でまとめながらも全体的にはこのふわっ・・とした仕上がりが極めて秀逸だと思います。

うーーむ、この魔理沙は、是非是非相方の霊夢とセットとして揃えたい!!という感じですね!!



早苗



この早苗さんがも――――、とにかく素晴らしいっ!!と思います!!

マジでこの早苗さんの仕上がりは、まさに「神の領域」だと思います。

スケールは1/8  サイズ約22.5㎝ 価格は当時で7600円でした。
あれれ・・なんで魔理沙よりも4.5㎝も身長が高いのに、魔理沙よりも価格が安いのかな・・・?
この早苗さんの販売のキャッチコピーは「祀られる風の人間」という事ですけど、ま、確かに早苗さんは
神ではないけどある意味人でもないし、「現人神」という事ですので、「祀られる」という書き方は
間違いじゃないのかも・・・

赤の「霊夢」に対しての青の「早苗さん」なのですけど、
この早苗さんの完成度は極めて高いと思います。
早苗さんの洗練さ・スマートさ・垢抜けた感じがよく表現されていると思いますし、
いかにも「風祝」という巫女さんらしい清楚な感じとか上品さが滲み出ているような完成度があると思います。
手に持つお祓い棒(幣)も、よくいわれるように「はんぺん」みたいな感じがよく出ていますよね!
早苗さんの髪飾りはカエルと蛇なんですけど、よくイラストなんかではあの蛇は「白蛇」みたく白に描かれている事が多い中、
この早苗さんのフィギュアは、青い蛇となっていて、これもなんだかとっても印象的です。
ま・・これは5/15の「早苗さん その②」で既に書いてはいるのですけど、
霊夢に「レッドスネーク、カモーーン!!」と昔のテレビのギャグをお披露目して霊夢にお祓い棒でピシャッと叩かれていた際の
早苗さんはとっても可愛かったですし、
東方鈴奈庵での霊夢に対しての「そんなせこいマネする訳ないじゃーん!」と笑いながらタメ口を叩く様子は
とっても可愛くてお茶目でした!!




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こちらは紅魔館のレミリア様です!! こちらのフィギュアは香霖堂verの方です。

スケールは1/8  サイズ約18㎝ 価格は当時で7400円でした。

やっぱり早苗さんに比べると少しちびっこみたいな雰囲気もありますね・・・(笑)

ま・・・・「怖い」という感じはあんまりしないけどもやっぱりとっても可愛い!!という感じがしますよね!!
雰囲気的には「幼い子供」とか「可愛い!」みたいなものもあったりしますけど、レミリアお嬢様は、
列記とした吸血鬼ですし、御年も・・・・500歳前後ですので・・・・(笑)

あ・・・・そう言えば、このブログにおいては、意外と「紅魔館」の関係者の皆様の事はまだそんなに記事にしていなかったですね。
いずれ、このレミリア様とか咲夜の事はどんどん記事にしていきたいと思っています。




パチェ


美鈴



さてさて、こちらはレミリア様と同じく「紅魔館」メンバーのバチュリーさんと美鈴です。

バチュリーさんは、スケールは1/8  サイズ約17.5㎝ 価格は当時で7600円でした。
美鈴は、スケールは1/8  サイズ約21㎝ 価格は当時で6800円でした。

あれれ・・・何となくですけどすらっとしたイメージもあったバチュリーさんのサイズがレミリア様よりも少し低いというのも
少し意外な感じがありました。
美鈴のサイズが高目というのは極めて妥当だと思います。
美鈴のあのチャイナ服のめくれ具合とか太ももチラ見せというのは、なんか自然で健全な「お色気」も
伝わってきますね・・・(笑)
美鈴のこのフィギュアでのキャッチコピーは「そこまでよ! そこから先は一歩も進ませない!」というものでしたけど、
あれれ・・確か美鈴は、公式でも二次創作でも門番中に居眠りをしてサボって、
魔理沙等色々な人の紅紅館侵入をやすやすと果たさせてしまうというのが一つの定番みたくなっていましたよね・・・(笑)
何となくですけど、美鈴と小野塚小町は「仕事中のサボり」という意味では色々と息が合いそうですよね・・・(笑)
対照的にバチュリーさんは「繊細な少女」とか「はかない感じ」みたいな雰囲気ですね。
魔理沙がいかにも・・・という感じの魔法使いの姿なのに、バチュリーさんの場合は、あんまり魔法使いという感じではなくて、
病室でゴホンゴホンと咳き込んでいるような「体の弱そうな入院中の魔法使いさん」みたいな
雰囲気もあったりして・・・・?
だけどとっても可愛い魔法使いさんであるのは間違いないですね!!




あやや



こちらは・・・昨日の「三月精」の記事でも登場した射命丸文、通称あややです!!

スケールは1/8  サイズ約18㎝ 価格は当時で7600円でした。

うーーん、あややは自分の中のイメージでは結構高めの身長という感じでしたから、
レミリア様と同じサイズはないでしょ・・・という感じもするのですけど、
このあややのフィギュアはとっても可愛いから、そんな細かい事どうでもいいじゃん・・みたくなってしまいますね・・(笑)

あややの種族は「天狗」ですので、頭には赤い山伏風の帽子(頭襟)を被っていたり、
天狗の団扇(葉団扇)が特徴にもなっているのですけど、このフィギュアは、そうしたあややの天狗っぽい雰囲気が
とっても上手く表現されていると思います。
ま・・・・一応、本人はブンやさん(新聞記者)でもありますので、手にカメラを持っていて欲しかったかも・・・??

あややは、取材時によく手帳を使っていましたけど、
阿求ちゃんによると、そこで書かれている文字は、「小さくてとっても可愛い」との事です・・・




お空



さてさて・・・・今回の締めは、この方・・・「お空」で!!

スケールは1/8  サイズ約23.5㎝ 価格は当時で7600円でした。

うーーん、さすがに高身長ですね!!

お空は、小野塚小町と並んで東方でも屈指の高身長キャラですし、
神奈子と諏訪子の二人のはた迷惑な(?)神々によって色々と妙な力を与えられてしまい、
た東方でも屈指の「独特なデザイン」を有するキャラになってしまいましたし、同時に
「核融合」なんて危険極まりない能力まで与えられてしまったのでした・・・・
ま・・・・本人が元々が「鳥頭」という事で記憶力がほぼ皆無・・・・というとんでもないおバカさんキャラというのも
なんかある意味すさまじい話ではありますよね・・・・(苦笑・・)

ま・・・それといいとして、この「お空」はとてつもなく格好いいです!!

なんか見方によってはお空のあのいでたちは「艦これ娘の改二」みたいなものですね!!

長い黒髪に緑の大きなリボンをつけているのですけど、リボンの色の違いを除くと
なんとなくですけど霊夢の髪型にも似ているような気もします。
緑のスカートがとっても可愛いと思います。

お空ってデザインが大変難しく、よく「絵師泣かせ」とか「絵師殺し」とか言われたりもするようですけど、
このフィギュアの場合、
比較的シンプルにバランスよくまとめたという感じがあり、
全体的にはとっても素晴らしい仕上がりになっていると思いますし、可愛らしさと個性が大変巧みに
MIXされているようにも感じます。

だけど・・・改めてですけど、ドールの世界も奥深いけど、東方フィギュアの世界も同じくらいの
「奥深さ」は感じますよね!!
スーパー等の売り場で、ニッスイの「キャラクターもののフィッシュソーセージ」が今年もまた売られています。
前作のこの手の商品は買っていなかったものでして、ハピネスチャージ以来2年ぶりに
このニッスイの「魔法つかいプリキュアフィッシュソーセージ」を買ってみました。
ハピネスの頃って、プリキュア以外では「アイカツ」のものも売られていて、当時はなんとなくですけど。
「アイカツの方が売れているのかも・・?」と感じていたものでして、
「うーーむ、時代的には子供のウケがいいのはこうしたアイカツとかプリパラみたいなアイドル路線なのかな・・・
プリキュアも頑張らないと・・」と感じていたものですけど、
2016年時点では、このニッスイのフィッシュソーセージのいわゆる「キャラもの」は、
「魔法使いプリキュア」と「妖怪ウオッチ」だけなのかな・・・?
今のところ、スーパーではプリキュアと妖怪ウオッチ以外は見た事ないです・・・

2014年の頃と異なり、食品関係の賞味期限制度の見直しが行われていて、確か今現在は月ごとの表示に
なっているのかな?
以前ですと、何月何日という表示が何年何月までで構わないみたいな食品も以前よりは大分増えてきていると
耳にしています。
だけど、これは案外と良い事なのかなとも思います。
だってあまりにも日本社会は、食品ロスが多いというか
まだ全然食べられるのに、賞味期限間近という理由だけで廃棄されるものがあまりにも多いので
こうしたロスを防ぐ観点からはいいことだと思います。
以前はカップヌードルの賞味期間は5ヶ月だったけど、確か今現在は6ヶ月までOKだったと思います。

ま、だけど・・・・「プリキュアソーセージ」はあくまで生ものですので、
賞味期限がかなり短く、三か月程度で賞味期限が過ぎてしまうから、買っても長持ちしないのがちょっともったいない感じは
ありますね・・・







さてさて・・今作の「魔法つかいプリキュア」はどんなデザインの箱になっているのかな・・・?

ミラクルとマジカルの二人の「ダイヤスタイル」という極めてスタンダードなデザインでした!!

そうそう・・・このプリキュアソーセージですけど、
開封方法が箱前部にあるペリペリを剥がす仕様のゆえ、
うーーむ、これではせっかくのプリキュア達をぶった切ってしまうのですよね・・・・(泣・・)
だから、箱の上部をこじあけ、プリキュア達を痛めないように 配慮(?)をしています・・・



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さてさて・・・

この手の商品のお楽しみは「おまけ」なのですけど、
2年前のハピネスの頃は、たしか「シール」だったと思います。
だけど久しぶりに買ってみたら、いつの間にかおまけはシールではなくて、データカードに変更に
なっていました!
だけど、カードの方が何だか見栄えがしますので、私はカードの方が好きです。

今回は誰のカードが当たったのかな・・・??

この商品は、おまけは10枚しか種類がないとの事ですので、ま・・何当たってもいいのですけどね・・・

そう思っていたら、今回は、キュアマジカル=リコちゃんが当たりました!!

アニメ本編では、なんかやたらと「ポンコツ」みたいな印象もありますけど、やっぱりなんだかんだ言って
リコちゃんは美少女でとっても可愛いですよね!!

だけど・・・実は・・・・私、ソーセージとかウインナーは大好きなのですけど、
なんか・・・こうした「魚肉ソーセージ」は生臭い感じがして、正直あんまり好きではないのですよね・・・(苦笑・・)
生で食べると、「ちょこっとなんか生臭刺身っぽいな・・」という感じがあります。
ま・・・別に普通に食べる事は出来るのですけどね。

そんな訳で、生でこのまんま食べるのは少し味気ないし生臭いという理由により、ほんの少しだけ手を加えて
調理をしたいと思います。

ホウレンソウのバター炒めをベースに、これにこのプリキュアフィッシュソーセージと
ヤングコーン・カリフラワー・にんじん・玉ねぎを入れて炒めて
最後にごま油とブラックペッパーを入れてみましたけど、結構これは美味しかったと思います。

その他に・・・

これはまだ実際に調理していないけど、このフィッシュソーセージを油でかるーく炒めて、
ふわふわ卵焼きとチーズとレタスと一緒にロールパンにはさんで
「ホットドック」みたいに食べるというのも悪くは無いのかも・・・・??
いや―――、やっぱり、ゆかりん=八雲紫様は本当に素晴らしいですよね!!

あの飄々とした感じとか胡散臭い感じも実にいい味を出しているのですけど、
とにかく・・・この東方の世界でこれほどまで「幻想郷」を愛し守ろうとしている人と言うか妖怪はいないと思いますし、
あのミステリアスな雰囲気が本当に最高です!!
まさに・・・「紫様、愛しているよっ!!」の世界ですよねっ!!

ゆかりんってゲーム・書籍・漫画、色々な公式に登場し、それぞれにおいてその魅力を遺憾なく発揮していると
思うのですけど、公式漫画版でも独特の存在感を遺憾なく発揮していると思います。
その中の一つ、「東方儚月抄」はかなり独特な世界観を提示していたと思いますし、あのゆかりんは、
まさに・・・「美しき策士」という感じでした!!
ゆかりん自体の登場シーンはそれ程多くは無いのですけど、特に最終局面における
豊姫との息詰まる緊迫したやり取りは本当に素晴らしかったです!!
ま・・・最初にあの底巻を読んだ時の印象は、
「おいおい、豊姫さん・・・そんな失礼な言葉を紫さまに口走ったらダメでしょ・・・
え・・・紫と藍にそんな失礼で屈辱的な束縛していいの・・・」みたいなものでした・・・

そうですね・・・「東方儚月抄」については、正直、漫画版だけを読んでもあんまりよく分からない面も
あるのかな・・・と思います。
あれは・・・小説版とセットにして読み込まないと、
紫様の真意とか物語自体の「全体の話」が見渡せないような気もします。
あの小説のおかけで、漫画版の出来事の補完が見事に図られているとも感じます。
ま・・・漫画版だけだと、正直、ゆかりんの「本音」がよく分からんし、
あの中ではレミリアおぜうさまは・・・完全に「咬ませ犬」みたいな感じになっていましたよね・・・
そんな中、あの漫画版におけるゆゆ様の存在感は素晴らしかったと思います!
ゆゆ様もなんかゆかりん同様に「つかみどころがない御方・・」みたいな印象が強いけど、妖夢を煙に巻く場面なんかは
見応えがあると思います。
なんかあの漫画版においては、藍と妖夢は、最後の最後まで御主人の真意を教えて貰わなかった・・・という感じもあり、
すこーし気の毒に感じてしまう場面もあったものでした。

さてさて・・・「東方三月精」という可愛くてポンコツちゃんな光の三妖精が大活躍するゆるくてのほほーんとした
作品においても、このゆかりんは何度か登場し、東方儚月抄とはまた全然別の意味で
とてつもない存在感を見せつけてくれていたと思います。

光の三妖精というのは、元々は魔法の森の中の一本の大木の中に棲んでいたのですけど、
(改めて思ったのですけど、魔理沙・アリスとご近所さんと言えるのかもしれなかったですね・・・)
ある日、博麗神社内の一本の大木に雷が落ちてしまい、結果としてこの木は枯死をしてしまうのですが、
結界の緩み・霊夢のせっかく祀ったご神木と神様の放置・外界と幻想郷内の異世界同士の交錯などといった事情が絡み、
一旦は枯死した大木から新たに芽が生えだし、数か月後にはとてつもない「巨木」になってしまいます。
そうした巨木に目を付け、「魔法の森の棲家は雪が積もると外に出るのも困難になってしまうし、
博麗神社の巨木の方が住みやすそうだし、何よりも霊夢や魔理沙がすぐ近くにいて、色々とイタズラを
仕掛ける機会も増えそう・・・」みたいな結構安直な理由で
博麗神社内の巨木に移住を果たそうと試みます。

だけど・・・・

その時、「待った」をかけたのは・・・・・

そう!! あのゆかりん=八雲紫様だったのですっ!!

ゆかりんのあの「少しお話いいかしら・・・」は、とにかくとてつもない存在感と威圧感が伝わってきて、
確かに舞台は「三月精」というポンコツ話なんですけど、
やっぱりここにゆかりんが登場してくると、とてつもなく物語がピリッ!!と締まるような気さえします!!







あ・・・この巻のセンターは「スターサファイア」ですね!!

三月精の中では、よーくこのスターが光の三妖精の朝食とか夕食の調理をしているシーンがよく見られましたけど、
なんかスターはこの三人の中では一番家庭的で段取りがいいみたいなイメージがありますね。
ルナチャイルドも料理をしているシーンは何度か見受けられましたけど、
サニーミルクが料理をしているシーンってあったっけ・・・・?
ま・・・あの三人の中では一番ガサツな感じがしますし、なんかいかにも料理とか掃除なんかは
苦手っぽい雰囲気はありそうですね・・・・

スターサファイアですけど、先日、五月雨日記〈仮の宿〉を管理運営されている風月時雨様が
スターサファイアのコスプレをしたスマイルプリキュアのれいかさんのとっても可愛いイラストを掲載されていましたけど、
なんかあれ以来・・・
このスターを見てしまうと、
「あ・・・れいかさんかいる・・!!」とか「なんでれいかさんがこんなポンコツ妖精ちゃんと遊んでいるの・・??」
みたいに感じてしまうのもなんか面白い話ですよね・・・(笑)



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これまで何度か書いた通りこの東方公式漫画の「三月精」においては、光の三妖精・霊夢・魔理沙をベースにしながらも
結構多彩なゲストキャラが登場します。
アリス・小野塚小町・ミスティア=ローレライ・チルノ・永琳様・うどんげちゃん・てゐ・妖夢・ゆゆ様・十六夜咲夜・
レミリア様・美鈴・萃香などなど・・色々と出てきます。
だけどこうしたゲストキャラは、例えば鬼の萃香や吸血鬼のレミリア様とか亡霊のゆゆ様とか
地獄の三途の川の舟渡しの小野塚小町でも、とにかく・・めちゃくちゃ可愛いデザインのキャラとして登場し、
なんか印象としては・・・「みーーんないい人たちばかり!!」みたいな感じにもなってしまいます。
そうそう・・・最近では、あの狂気の妖精・クラウンピースも三月精の中に登場していましたけど、
あのクラピーはとにかくこれまた反則的に可愛い!!という感じでしたね!!

だけど・・・

やはり・・・

八雲紫(やくもゆかり、東方ファンの間では「ゆかりん」と呼ばれています・・・)は違いました!!

あ・・・もちろん、この三月精においてもゆかりんはとっても可愛く描かれていますよ!!

だけど・・・ま・・確かにポンコツ妖精ちゃんなんですけど、あの光の三妖精にグーの音も言わせない
有無を言わせないあの圧倒的な「存在感」は
とにかく素晴らしいものがありました!!

ゆかりんのあの「少しお話いいかしら・・・」はとにかく素晴らしい威圧感があったと思います!!

本来ならばスターサファイアという「相手の居場所を探知できる能力」を持った妖精がいるのだから、
誰かが近づいて来ればすぐにわかってしまうのでしょうけど、
近くにいる・・という事すら気が付かせないでいきなり光の三妖精の前にぬぅーーーっと出現してしまうゆかりんは、
さすがに「スキマ妖怪」に相応しいお人でした!!

ま・・・確かにポンコツ妖精たちの視点から見てしまうと、何の脈絡もなく唐突にいきなり目の前に
圧倒的な強さと威圧感のオーラを発揮させている「最強の妖怪」が出現すれば
ビビりきってしまうのは当たり前の話ですよね・・・(笑)

簡単に物語の背景を説明すると、
博麗神社における境内内の外界との境界近くにある大木に雷が落ちて、その大木は真っ二つに割れてしまい
枯死してしまいます。
それを見た霊夢は「桑原桑原・・」という避雷用の神木として神社に祀ってしまい、それを集客の目玉にすればいいじゃん・・・
みたいにまたまた「現世利益」というかお賽銭の事ばかり考えていたのですけど、
ま・・飽きっぽい霊夢ですので、しばらくすると神木として祀っていた事自体すっかり忘れてしまい放置状態・・・・
一旦は神様が宿った大木から神も消えてしまい、神社内の木が消失したという事で、結界に緩みと穴が生じてしまい、
外界の木が割り込んでくる事になってしまいます。
そうやって外界から割り込んできた大木を見て、光の三妖精たちは、
「こっちの方が魔法の森より棲みやすいじゃん・・・ましてやこの神社には霊夢がいるから
今後色々とイタズラも仕掛ける事ができる」と思い立ち、
魔法の森から博麗神社内への移住を思い立ったところに登場したのが、あのゆかりんだったのです!!

ま・・・光の三妖精たちの視点から見てしまうと・・

「これはヤバイ・・・こんな強い妖怪が自分たちの前に出現したという事は、
ここはお前たちのみたいな妖精の棲家には相応しくないところ・・・
神社と言う神聖な場所なんだから、お前たちなんかお呼びじゃない、帰れ、帰れ!!
諦めないというのなら色々とお仕置きをしてやるぞ!!」みたいな事を紫様から感じ取っていたのかもしれないですよね。

だけど、それは違っていました・・・・

ゆかりんの意図としては、
「木といった自然界に生息するものは、妖精という存在に棲みついて貰わないと自然界で定着できない・・
なぜなら妖精の存在自体が自然現象そのものなのだから、
木と妖精はある意味表裏一体となすもの・・
だけど・・
ここは博麗神社という幻想郷においては大変意義と役割が大きいものがある場所だけに
ここにヘンな妖精とか妙に力がある妖怪何かが棲みつかれて、神社内で力を持ってしまい
それを悪用されるのはもっと困る・・
ま・・こんなポンコツ妖精ちゃんだから、心配はないだろうけど、念には念を入れて
この子たちが本当に人畜無害なのか試してみよう・・・
ま・・それに、私、今ちょっとヒマしているから・・・・(笑) ちよっとした退屈しのぎにはいいのかしら・・・」
みたいな事を思っていたのかもしれないですよね・・・



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ま・・・・当たり前の話ですけど、紫様の前には全く歯が立たないポンコツ妖精・・・(苦笑・・・)

ホント・・ゆかりんもお茶目というか人が悪いんだらぁ・・・という感じですね・・・

ま・・あのポンコツ光の三妖精が三匹束になったとしても、多分・・・100万回ゆかりんに戦いを挑んでも
100万回負けると思うのですけどね・・・(苦笑・・・)

為す術もなくポコポコに叩きのめされる三妖精ですけど、
一人サニーミルクだけは、一回だけですけど、ゆかりんの光弾を避けていたのは「さすが日の妖精」という
感じでした・・

そして・・ここで初めてゆかりんは光の三妖精に真意を話します。

ま・・・結果として(当たり前の話ですけど)この三妖精は、ゆかりん風に言わせると「超弱い」という事が
改めてはっきりしましたので、
ゆかりんは「博麗神社の大木に棲みつく事」を許可するのですけど、
あの時のゆかりんの「何をぼさっとしているの・・? さっさと引っ越しをしないと日が暮れますよ・・・」と
ニコッと満面の笑顔を見せられていたのはとっても可愛かったです!!

まさにあのゆかりんは・・・・

「ゆかりん様――――!! 愛しているよぉ――――!!」と私は叫びたいですっ!!
(おいおい・・先日まではさとり様大好きとか散々言っていたくせに・・・苦笑・・)



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霊夢の保護者というか親代わりと言うかアドバイザーみたいな立ち位置の御方は・・・
そりゃ言うまでもなくゆかりん、紫様だと思うのですけど
「妖怪退治」を生業にしている巫女の保護者が「妖怪」というのもなんか
「幻想郷においては常識に囚われてはいけない」という幻想郷らしい話ですよね・・・(笑)

この巻における紫様の霊夢に対する
「あなたがせっかく祀った神様を放置しちゃうという悪さをしたものだから・・・」とか
「霊夢、あなたにはお仕置きと勉強が必要ね・・」というセリフは、
光の三妖精に対する「少しお話いいかしら・・」同様に
とっても素晴らしい存在感と威圧感を発揮していたと思います。

なんかあのセリフを聞いてしまうと
「ゆかりんは実は・・・本当は霊夢の母親ではないのか・・・!?」と思わず瞬間的に妄想をさせてしまうほどの
ある意味「母性愛」みたいなものを感じさせるものでした!!



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あ・・、この巻ではあやや=射命丸文も登場していましたよね!!

光の三妖精は、サニーミルクが、光を屈折させるという事で自分達の姿を消してしまったり
スターサファイアが「誰かがやってくる」みたいに生き物が潜んでいる場所を探知するといった能力を持っては
いるのですけど、
例えば・・・前述のゆかりんとか、
このあややとかうどんげちゃんとか小野塚小町などのように格が違う「妖怪」などに対しては、
こうした能力は全く通用しない所が、やっぱりポンコツ妖精ちゃんたる所以なのかもしれないですよね・・・(笑)

射命丸文(あやや)は、天狗なのですけど、
黒いフリルの付いたミニスカートと白いフォーマルな半袖シャツという見た目がとっても可愛いです!
だけど・・・東方風神録のなかで霊夢と魔理沙に対して威圧的に
「手加減してあげるから本気でかかってきなさい!!」という時の存在感は素晴らしかったです!!

だけどやっぱりこの「三月精」においては、あややもとっても可愛く描かれていましたよね!!

この巻では結果として三妖精とタッグを組んで霊夢に対してイタズラをしまくって霊夢を本気でビビらせてしまい、
霊夢が結果的にあややの発行する「文々。新聞」に全て目を通さざるを得なくさせてしまったのは、
とっても面白かったです!!
あの時のあややの「ネタがない時は自分で作ればいいんですっ!!」は素敵でした!!

そうそう・・いずれこのあややもこのブログで語ってみたいですね!!
出ました、出ました・・!! 今年もプリキュアの「チョコスナック」が・・・・!!

この「チョコスナック」のデザインなのですけど、とにかく毎年とっても作画が美しくて丁寧に作られていて
「完成度が高いデザインだなぁ・・」とこれが出る度に感心させられています。
こう言っては何ですけど、アニメ本編よりもむしろこちらの方が「原画の完成度が高い!!」とすら感じてしまいます。
とっても可愛いのだけど、「美人さん」としての要素もかなり強くて、
とにかく「お見事なデザイン! 素晴らしい!!」としか言いようがない出来栄えになっていると思います。

この「チョコスナック」なのですけど、確かドキドキの頃辺りまでは一年間で3回デザイン変更が行われていて
「プリキュアチョコスナック3」まで毎年商品化されていたような記憶があります。
1が変身前、2が変身後 3が追加戦士を含めた全員集合ヴァージョン、そんな感じだったと思います。
スマイルの頃は、みゆき・れいかを含めて全員とっても可愛かったですし、
ドキドキの時は、「六花」のとてつもない「美人さん」振りがとっても印象に残っています。
ちなみにですけど・・・
私・・そのとてつもなく可愛くて美人の六花のデザインが施されているチョコスナックは、
あまりにも勿体なさすぎてとっくに賞味期限は過ぎているのですけど、いまだに「未開封」です・・・(苦笑・・・)
そして・・・・
このブログを日頃から隅々まで読まれている方ならすぐにぴーんとくるかもしれませんけど、
そりゃ言うまでもなく、ハピネスのめぐみとラブリーのデザインが施されているハピネスのチョコスナックの1と2は
やっぱり、あまりにも勿体なさすぎて、ドキドキと同様にとっくに賞味期限は過ぎているのですけど
いまだに未開封状態です・・・(苦笑・・・)
ハピネスの場合、めぐみも抜群に可愛いのですけど、
それ以上に反則的に・・否! 殺人的に可愛いのは、ゆうゆうだと思います!!

だけどな・・・この「チョコスナック」はハピネスの頃から、2までしか発売されず、3は結局発売されていなかったのが
とてつもなく勿体なく残念でした!!






さてさて・・・・今作の「魔法つかいプリキュア」のチョコスナックのみらいとリコの二人のデザインもとっても
可愛くて素敵ですよね!!
みらいのウインクもとってもキュートですし、
リコちゃんもアニメ本編でのあのポンコツ振りはどこへやら、このチョコスナックにおいては
何となくですけど「優秀な美少女」みたいなオーラが遺憾なくにじみ出ているような気さえします。
(ま・・本人の実態はあくまでポンコツ美少女なんでしょうけどね・・・)



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この種の食玩のお楽しみは、袋とか箱のデザインもそうなのですけど、
やっぱり「おまけ」のカードとかシールですよねっ!! (笑・・・)

「誰が当たるのかな・・・?」という、あの封を切る瞬間の何とも言えない「わくわく感」が
やっぱり大きいですよね。
だからこそ・・・この手のおまけで、例えばハピネスにおいて、妖精リボンとか神様・ブルーを引き当ててしまった時の
「やってしまった感・・」とか「喪失感」とか「アンハッピー感」は
相当なものがありましたよね・・・(苦笑・・)
ちなみにですけど、前作においてのあの「トワイライト様」なのですけど、結局、トワイライト様のカードとかシールは
何にも引き当てる事が出来なかったのは・・・まさに「一生の不覚!!」と言えるのかもしれないですよね。
今年の「魔法つかい」に関しては、二人のプリキュアもそうですけど、
モフルンとかはーちゃんとか校長先生とかもたまには当てたいものですね!!

さてさて・・・今年初めて購入した「チョコスナック」は果たして誰を引き当てるのかな・・・??

そう思っていたら、今回はリコちゃんでしたっ!!

リコちゃんはもしかしたら・・・何も喋らず何もしないで、ただ黙ってそこに佇んでいるだけなら、
とてつもない「正統派の美少女」なのかな・・・?
何かを仕出かすと・・・・とてつもない「ポンコツ」になるのかな・・・??



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そうそう・・・

この手の「プリキュア チョコスナック」なのですけど、実際にアニメ本編で
登場し、大いに商品を宣伝していた事もありましたね!!

ハピネスの第23話は、ひめといおなの「正式な和解回」という事で実はとてつもなく素晴らしい回なのですけど、
そうした隙間に、こんなちゃっかりと「商品宣伝」をしているとは・・・!!
うーーむ、やっぱりハピネスは恐るべし!!

やっぱりあの回はこの「プリキュアスナック」というかこのお菓子のカードを欲しがって駄々をこねまくっていたひめと
「節約こそ美徳!!」といういおなの対比がとっても興味深く、そして素敵に描かれていて
未だにこの回は結構インパクトは大きかったですね!
そしてなによりも・・・
ひめから「氷川さんのけちんぼぉーー!!」とか言われて思いっきり固まってしまったいおながとってもお茶目で
素晴らしかったです。
ま・・これは過去記事で既に何度か書いていますけど、あのいおなの変顔こそが
名実ともにいおなのひめに対する謝罪と禊と言えるのかもしれないですよね。

そっか・・・ハピネスの「プリキュアスナック」においては、カードは「全108種+α」なのですね!!
この「種類の多さ」は、まさに驚異的ですよね!!
+αというのは、例の・・・「レアカード」という事なのですね・・・(笑)
ハピネスの場合、「ポンバーガールズプリキュア」と言うのは、まさしく「超レアカード」だったのですね・・・(笑)

今作の「魔法つかい」は、是非是非「3」まで商品化して欲しいですね!!
その①で記事にさせて頂いた通り、早苗さんは東方に初登場の際は「よそもの」というのか
外界からやってきた巫女さんです。
うーーん、やってきたというよりは、神奈子と諏訪子によって連れてこられた・・・みたいな感覚の方が
当初は強かったのかな・・・?
今、「巫女さん」とか言いましたけど、厳密にいうと、博麗神社の霊夢は「巫女さん」ですが、
守矢神社の早苗さんの場合は、「風祝」(かぜはふり)という一種の「神職」なのですけど、
そうですね・・・この風祝は大雑把に言うとやっぱり巫女さんみたいなものですので、
霊夢と早苗さんはまさしく「同業者」と言えるのかもしれないですよね。

その①でやたらと「早苗さん、早苗さん」と呼んでしまいましたけど、
正式の名前は「東風谷早苗」という事ですが、ファンの間では「早苗さん」という呼び方がほぼ定着していると思いますし、
私自身も「早苗さん」と呼んだ方がしっくりきますので、
このブログでもこの呼び方で統一したいと思います。
早苗さんの能力は「奇跡を起こす程度の能力」という設定になっていますが、
本来は八坂神奈子と洩矢諏訪子の力を借りて発動する能力であり、天・地・海すべてを操ることができるという事に
なっています。
だけど、そうした奇跡を目の当たりにしてしまう民衆にとっては
そうした「奇跡」を起こすのは、表面的には、民衆の前に立っている巫女さん=風祝の早苗さんに他なりませんので、
民衆にとっては、早苗さんは「ええ・・・なにこの人、凄い!! こんな事出来ちゃうんだ!!」みたいな印象に
なってしまいますよね!!
これこそがまさに「生きながらにしての神格化」、すなわち・・・「現人神」(あらひとがみ)という事になってしまうのです。
同じ幻想郷内での巫女さんという立ち位置ながらでも、
霊夢は、人間そのものなのですけど、
早苗さんの場合は、基本的には「人間」そのものであり、つい最近までは・・・多分その辺に存在している女子高生
みたいなものでしたけど、
その本質は・・人とも言えるし神とも言えるし、まさに「生きている現在の神様」という「現人神」に近いと
言えるのかもしれないですよね。
そうですね・・例えは大変悪いのかもしれないけど、戦後間もなく「人間宣言」をされた昭和天皇が
戦前においては軍部によって過剰に「神格化」されてしまっていた光景に少しだけ被るのかもしれないですよね。
ま・・早苗さんにそうした「私こそが生きている神様!! だから、私を皆、称えて崇拝しなさいっ!!」
みたいな上から目線みたいな感覚は、ほぼ皆無というのはある意味さすが・・・とも思えてしまいます。
それに・・・
早苗さんの場合は、早苗さんのある意味保護者というのか守護神とも言うべき神奈子と諏訪子の二人の神々からみれば、
「まだまだね・・!」という感じなのかもしけないですよね。
何となくですけど、早苗さん自身もまだまだこの二人には頭が上がらない・・・みたいな雰囲気もまだありそうな
感じもしますよね。

そうそう・・・霊夢との比較論になるのかもしれないですけど、
霊夢と早苗さんは「巫女さん」という言わば同業者になるとは思うのですが、
両者は似ているようで実はキャラは全然違うな・・とも感じてしまいます。
ま・・・勿論それは早苗さんの外部出身とかその現代っ子感覚とか色々言われてはいるのですけど、
もっと別の意味で「あ・・・なんか二人は違うな・・」とも感じる事もあったりもします。
一般的な物語ですと、同業者とかなんとなく似た雰囲気というと、お互いに「嫉妬の対象」になってしまうとか
「焼きもち妬きの結果としてお互いの足の引っ張り合い」みたいな感じの展開になりがちなのかもしれないですけど、
東方の世界の場合、そうした世俗的な展開にはならない点が実に素敵ですね!!
「東方風神録」において結果的に神奈子と早苗さんたちは霊夢の博麗神社組に退治されてしまい、
やっつけられてしまうのですけど、この一件以降も別に早苗さんは霊夢に対して「恨み」を抱くことは一切していませんし、
この異変以降は早苗さんは高圧的な雰囲気から随分と変化し、人間が丸くなったような感じさえあります。
霊夢も霊夢で、早苗さんという新しい神社勢力が登場しても
「私という古くからの巫女がいるのに・・・あいつが登場したおかけで・・・あいつだけは絶対に許さない!!」みたいな
ギスギスとした感じにならなくて、
単に「新しい神社が出来てしまうと只でさえ少ない博麗神社のお賽銭収入がまた少なくなってしまう・・」みたいな
「商売敵」みたいな感じでしか早苗さんを見ていないのは、なんかいかにも中性的な霊夢らしい話だと
思います。

小鈴がメインキャラを務める「東方鈴奈庵」においても、確か第4巻だったかな・・・この早苗さんも登場していましたね!
蛇と無銭飲食による被害の話の中でしたけど、
「蛇も祀っている守矢神社が犯人じゃないの・・・?」と不審がる霊夢に対して
「レッドスネーク、カモーン!!」とかなんとかお茶目な事を言って霊夢からお祓い棒でピシャッ・・とはたかれた早苗さんが
とっても可愛かったです!
あ・・・・今の若い方には「レッドスネーク、カモーン」とか言っても何の事やらわからないですよね・・・
確かこれは、ショパン猪狩と言う芸人さんの持ちネタの一つだったと思います。
そっか・・・早苗さんは、最近まで外界にいたから、こんなテレビのギャグなんかも言えちゃうのかもしれないですよね・・・
その後のシーンの早苗さんは、幻想郷内の民衆に対して一生懸命布教活動とか啓蒙活動をしていて
なんかいかにも「頑張る巫女さん」とか「普段からの地道な営業活動=布教活動を真面目にやっている」みたいな
印象が大変強いですね。
霊夢は面倒くさがり屋で、「そうした地道な布教活動なんてやってらんない・・・私は妖怪退治で稼げばそれでいいじゃん・・」
みたいな感じなのですけど、
早苗さんの場合は、ま・・・多分ですけど神奈子と諏訪子から「そのようにしなさい・・」と指示されている可能性も
あるのかもしれないですけど、
そうした日頃からの地道な民衆に対する普及活動を行って
「神社とはどういうものなのか・・・」とか「神の使徒でもある蛇はどのように対処すればいいのか・・」などを
民衆に対して親身になって懇切丁寧に説明している姿はとっても「早苗さんとしての誠実さ」を
感じたものでした。
その辺りが霊夢と早苗さんの違いなのかな・・・
だけどそうした違いはどちらかと言うと「個性」みたいなものであって、
それだから霊夢はダメ・・とかだから早苗さんは・・・みたいな展開にならないのが素敵な所です。
ま・・霊夢には霊夢の美点が一杯あり、早苗さんは早苗さんとしての良さがたくさんあるというのが
現在の幻想郷内の二つの神社の巫女さんの描き方と言えるのかもしれないですね。
「東方鈴奈庵」における早苗さんはとっても可愛く描かれていましたよね!!
霊夢はなんとなくですけど・・・都会も田舎もどちらも似合いそうみたいな雰囲気もあるように思えますし、
何となくですけど「土着の巫女さん」というか土の香りっぽい感じも無くは無いのかな・・とも思うのですけど、
この中での早苗さんは、いかにも「垢抜けた・・・」みたいな感じで、
「あ、やっぱり最近まで外界の女子高生だった子はなんか違うな・・・」とも感じさせるものでしたし、
早苗さんというと、丁寧語とか敬語で話すみたいな印象もあった中、こちらの作品の早苗さんは、霊夢に対して
ため口をポンポンと叩いていたのがとっても印象的で
あの喋り方はなんかいかにも現代っ子みたいな感じでとっても微笑ましく感じたものでした。
蛇という「神の使い」に対しての敬い方・扱い方を民衆に説いてるシーンの早苗さんですけど
(守矢神社というのぼりを立てて、みかん箱らしきものの上に乗って民衆に啓蒙活動をしている早苗さんが
とても可愛かったのが印象的です!!)
早苗さんは、「蛇は過剰に恐れるべき存在ではないが敬う必要はある。決して乱暴に扱ったり殺すことはよくない」と説き、
民衆から「じゃあ、どうすればいいんだぁ・・」と問われ
「分社を建てましょう! そしてそこにお供え物をすれば、蛇はそれを食べて人を襲わなくなるし、祟りもしなくなる。
要は蛇を神の使いとしてきちんと崇めておけば、決して襲われることは無いはず」と説くのですけど
いやーー、こういう「丁寧さ」なんかは霊夢には望みたくても望みようがない美点でもありますし、
いかにも早苗さんらしい「説話」みたいな感じでした。
だけど・・・霊夢はやっぱり少し面白くない・・・・
ま・・霊夢の場合、「よそからやってきた新参者のくせに、古くからいる私を差し置いて、こんなにも民衆の支持を
得るなんてなんて憎ったらしい!!」みたいな焼きもちという感情では全く無くて
「上手い事を言って、どうせお供え物をくすねるだけでしょ・・」みたいな現世利益の事ばっかり真っ先に思いつくのは
いかにもこの人らしいお話でしたよね・・・・(笑)
そしてそうした霊夢に対して「そんな乞食みたいなみみっちい事を目的にする訳ないじゃん!」と霊夢にタメ口を叩く
早苗さんはとってもキュートでした!!

そっか・・・・早苗さんの「守矢神社」は、「妖怪の山」の頂きに建立されているものですから、
妖怪や妖獣等がうじゃうじゃいる山頂にまでお詣りする人間はほぼ皆無ですので
(守矢神社は、妖怪から信仰の対象として崇められているという設定になっています・・・)
早苗さんとしては、幻想郷内の人里の人間に対してもこうした「布教活動」を行うためには、
まずは上記のような「こうすれば蛇の被害が減りますよ・・・皆さんも安心でしょ・・」みたいな些細な日常への対処方法から
スタートして、まずは「民衆からの支持・民衆からの信用」を得られるように地道な啓蒙活動を
始めているのでしょうね。
それがひいては・・・・
守矢神社という新参者の神社のPR活動とか
守矢神社の「分社」を霊夢の博麗神社内に建立したのと同じように皆様の家の庭にも
私の守矢神社の分社を建てませんか・・・?
みたいな早苗さん風に言わせると「地道な営業活動」に繋がっていく・・・という事になるのでしょうね。
そうした「地道な営業活動」というのは、果たして早苗さん自身の思いつきなのか
はたまた、神奈子・諏訪子からの「指示」によるものなのかはよく分からないのですけど、
当初の頃はなんとなく・・・・神奈子たちによる「遠隔操作」みたいな感じで行動している感じもなくはなかった早苗さんですけど、
自機抜擢とか神奈子から妖怪退治を指示されて妖怪退治の真似事をしている内に
例えば神奈子あたりから
「これが出来るようになると、これからは一人で妖怪退治に行ってもいい」とか言われるようになるなど
何となくですけど・・・・
早苗さんの「二柱からの真の意味での自立の日」も近いと言えるのかもしれないですよね・・・

そうですね・・・・

霊夢と早苗さんの二人の東方での巫女さんなのですけど、
霊夢の保護者というか親代わりと言うかアドバイザーみたいな立ち位置の御方は・・・
そりゃ言うまでもなくゆかりん、紫様だと思うのですけど
「妖怪退治」を生業にしている巫女の保護者が「妖怪」というのもなんか
「幻想郷においては常識に囚われてはいけない」という幻想郷らしい話ですよね・・・(笑)
霊夢の母親って誰なんだろう・・・?
ま・・さすがにゆかりんではないですよね・・・・(苦笑・・)
霊夢の家族とか母親というのは公式でも全く登場しないのですけど
(魔理沙は一度、「霊夢は捨て子」とか言っていたような気も・・・? あれは冗談なのかな・・・?)
博麗神社の先代巫女と霊夢は多分ですけど、血縁関係は無いのかも・・・?
「男ができた・・」とか「結婚を前提に考えている人がいる」みたいな事を紫様に相談した時点で
もしかして・・・・
ゆかりんは・・・
「じゃ、そろそろ、次期博麗神社の後継巫女さん・・しかも巫女としての素質がある子供を見つけてこないと・・」
みたいな感じで外界で悪さをしてきて、
素質がありそうな赤子を外界からさらってきているのかもしれないですよね・・・
(これはあくまで私の勝手な脳内妄想です・・)
そして・・・次期巫女がある程度大きくなるまでの間は、紫と先代巫女が協力しながら
育てているのかもしれないですよね・・・・

それに対して、早苗さんの保護者というかアドバイザーは言うまでもなく、神奈子と諏訪子という二人の
列記とした神様というのが
霊夢との違いを考えた時に面白いものがありそうですね。

あ・・・なんか今回のその②は思いっきり話がそれまくりで、なぜか・・・東方鈴奈庵の事ばっかり
語ってしまいました・・・・
そうそう・・・鈴奈庵におけるマミゾウの存在感は極めて大きいですね!!
第四巻の早苗さん登場の回でも
「ちゃんと教育してやるぞ! 幻想郷内での妖怪らしい人間との付き合い方を・・」とか
「動物は妖怪や人間を食らうとそいつも妖怪になるもんじゃ」とか
言ってるマミゾウさんは素敵でした!!
ま・・・あのシーンの食い逃げ騒動は結局は、霊夢でも早苗さんでもなくてマミゾウが一人で解決
していたのは・・・すごかったです!!
ちなみにですけど・・・
幻想郷内で一番の「罪」というのは、
「人間が妖怪になる事」との事で、霊夢の大切な役割の一つは、人間がそのようにならないように
監視をする事でもあるらしいです。







さてさて・・・

上記のとっても素敵で可愛い早苗さんのイラストは、
当ブログのとっても大切なブロとも様のお一人で、本当にいつも大変お世話になっている
「dream fantasy」の管理人様のアミグリさんが2012年12月に描かれたものです。

この早苗さんは、いかにも長い髪が風でひらひら舞っているみたいな雰囲気がありとっても清楚な感じがします。
本当にとっても可愛いと思います!
そうですね・・・この早苗さんは今現在の幻想郷内の風祝としての早苗さんではなくて
まだ外界にいた頃の女子高生時代の私服の早苗さんみたいなイメージが私の中ではあったりもします。
早苗さんのトレードマークの一つでもあるカエルと蛇の髪飾りもとっても可愛いですね!
この髪飾りは言うまでも無く、守矢神社の主柱の神奈子と諏訪子を象徴していますけど、
普通の女の子が付けそうにも無いカエルや蛇というのが
「幻想郷内では常識に囚われてはいけないのですね・・・」という早苗さんをむしろ象徴している感じも
あったりもします。

やっぱり、こういうさらさらストレートの長髪の女の子はとっても可愛いものですね!!
最近アミグリさんが五月雨日記の管理人の風月時雨様のお誕生日イラストで描かれていた
スマイルプリキュアの「れいかさん」も今回の早苗さん同様に
こうしたストレートさらさら長髪が清楚でとっても可愛かったのが印象的です!!

この「れいかさん」をご覧になりたい方はこちらから・・・・  → れいかさん

アミグリさんの過去の作品なのですけど、比較的ショートヘアのキャラをロングヘアにして描かれていた事も
ありまして、その中ではルーミアとか妖夢などがとっても印象的でした。
そしてその中では特に印象的なのは、2013年1月に描かれていた冬仕様のアリス・マーガトロイドも
とっても可愛くて素晴らしいです!!
これは・・・是非是非皆様にも一度ご覧になって頂きたいです!!
冬用ヴァージョンという事で髪もロングになっていて、特に特に・・・・
あのチェックのスカートと帽子の描き方の繊細さは特筆に値すると思います!!
本当に可愛いアリスですよ―――!!

このアリスをご覧になりたい方は・・・・こちらから!! → 冬仕様のアリス・マーガトロイド

アミグリさん、いつも本当にありがとうございます!!

そうそう・・・昨日の記事は「5月14日はこいしちゃんの日」だったのですけど、
アミグリさんは、最新記事にてこの「こいしちゃん」のとっても素晴らしいイラストを描かれています。
ちなみにですけど、このこいしちゃんは私が以前アミグリさんにリクエストをさせて頂いたものでした。
アミグリさん、本当にとっても素敵なこいしちゃんをありがとうございました!!
こいしちゃんのトレードマークでもあるあの帽子を被っていない構図がとっても斬新でした!!
そしてあの素敵なメッセージもありがとうございました!!

尚、繰り返しになりますが、上記の素敵なイラストはアミグリさんからのご厚意で転載をさせて頂いておりますので、
無断お持ち帰り等はご遠慮くださいね・・・・

さてさて・・・次回の東方語りは・・・

なぜかまたまた・・三月精の光の三妖精とゆかりん、 アリス その② 早苗さん その③などを
予定しております。
16.弘前南高校

 A/組曲「道化師」~Ⅰ.プロローグ Ⅱ.ギャロップ Ⅴ.パントマイム Ⅸ.スケルツォ Ⅹ.エピローグ
   (D.カバレフスキー)


とにかく・・・・「溌剌」とした生き生きとした演奏を聴かせてくれています!!
吹奏楽コンクールの「全国大会」なんて言うと、どうしても緊張とかプレッシャーとか委縮みたいな言葉が
よく似合いそうなほど、中々普段の実力とか練習の成果というものは発揮しにくい事は
多々あるものなのですけど、
このチームは、そうしたプレッシャーなんか微塵も感じさせない普段通りというか・・・練習通りの
のびのびとした演奏を屈託なく聴かせてくれていて
そうですね・・・
こういう演奏は聴いている方もなんか自然に「微笑み」が出てきそうな感じですよね。
とにかく「のびのび演奏している・・」とか「元気一杯!!」とか「チャーミング」とか「自然体な雰囲気」みたいな
感想の言葉がポンポンと出てきそうなくらい、
躍動感溢れる演奏を聴かせてくれています。

ま・・・確かに・・・今現在のコンクールの感覚で聴いてしまうと
「雑すぎる・・」とか
「粗いし細かい仕上がりが不十分」とか
「時々バランスが崩れ、部分的に音程が不安定」とか
「音色が生々しすぎる」などのようなマイナスの評価もあるのかとは思います。
それは私も認めます。
だけど・・・
そうしたマイナスポイントを埋めてしまうのに十分すぎるほどの「素直さ」・「溌剌さ」・「のびのびとした感じ」が
この演奏からは自然に伝わってきます。
上記のような細かいマイナスポイントも確かにあるのでしょうけど、
それをはるかに超越してしまうプラスの材料がこれだけ多く発見できるというのもかなり貴重だと思います。
そうですね・・・・今現在の審査基準で言うと、とてもとても全国大会なんか出場出来ないし、
支部大会も難しいというか・・・県大会レベルでも「金賞」は取れるのかな・・みたいなものはあるとは
思うのですけど、
半面・・・今現在のコンクールでは絶対に望めないようなあの自然体での溌剌さというのは
とにかく大いに価値があると思います。
このチームの偉大な所は、もちろん・・結果的に「5年連続全国大会金賞」を達成したという事もそうなのですけど、
それ以上に・・・偉大な所は・・・・
毎年毎年・・・確実に「進化」を成し遂げている点にあると思います。
ま・・・そこには途中での指揮者の交代という背景も多々あったかとは思うのですけど、
77年の「エル・サロン・メヒコ」と78年の「道化師」のこのやんちゃな仕上がりから一転しての
80年の「ドリー」とか81年の「イタリアの印象」、そしてそして・・・何よりも特別演奏のあの「ぺリアスとメリザント」・・
あの内省的な感情の高まりみたいな大変高度な感覚のチームへと「進化」を遂げた様子は
まさにスクールバンドの鑑だと私は思っています。
何て言うのかな・・・・
イタリアの印象とかぺリアスとメリザントのあの「内省的な高ぶり」を表現するための一つの「過程」として
エル・サロン・メヒコとか道化師の「やんちゃな溌剌ぶり」は避けては通れない道であった・・・
一度・・・若さという「毒」を全て吐き出した後だからこそ、ああいう清らかな内省的な演奏が出来るようになった・・・
なーんて書いてしまうと、
それはさすがに・・「考え過ぎ!!」とか言われてしまうのかな・・・?

さてさて・・・・78年の演奏ですけど、
課題曲A/ジュビラーテは、この課題曲を選んだ18チームの中では、かなりの上位にランクされる演奏だと
私は思います。
聴いていて、とにかく「気持ちがいい!!」という感じですし、前半のあの躍動感とか中間部の自然な盛り上がりとか
まさしく申し分のない課題曲Aの一つだったと思います。
自由曲の「道化師」ですけど、
そうですね・・・
ま・・曲がああいう内容なだけに「洗練さ」を求める方に無理があるのかもしれないですけど、
課題曲で聴かせてくれたような「まとまり」とか「統一感」みたいなものはもう少し欲しかったような気もします。
全体的に音色がかなり粗いのが気にもなったりします・・・
そして・・・部分的に音程が少し怪しいのですよね・・・・
特にⅠ.プロローグのシロフォンの最後の一音のあの音程の悪さというかピッチの低さは・・
あれは・・・楽器の不調にしては少し目に余るのかも・・・??
Ⅴのパントマイムも・・・少しどんくさい感じというのか全体的に「音色が重たい」のがかなり気になります・・・
だけど・・・
Ⅴを除くと、ⅠとⅡとⅨとⅩはとにかく音色がどこまでも明るくて楽しくて・・・
聴いているだけでとてつもなく「ハッピー」な気持ちにさせてくれちゃいます!!
ああいう音楽を聴くと・・・
「なんか・・生きているだけでその内いい事があるのかも・・」みたいな気持にもさせてくれちゃいそうですよね!!

この組曲は一つの「児童用の音楽」なのですけど、
そういう子供らしい「まっすくで純粋な気持ち」を曲の隅々にまで表現出来て、聴く人に確実に「楽しさ」とか「溌剌さ」を
感じさせてくれたこのチームの演奏に、
38年後の私から、「敬意」を表させて頂きたいと思います。

ちなみにですけど・・・

私自身も・・・高校2年の定期演奏会で演奏した曲の一つがこの「道化師」であり、
選んだ組合せも、Ⅰ.Ⅱ.Ⅴ.Ⅸ.Ⅹと全く同じでしたので、
とにかく・・
あの頃は・・・弘前南の1978年のレコードを何度も何度も・・聴きまくっていたものです!!
本日、5月14日は「こいしちゃんの日」です!!

ま、これは「3月10日はさとり様の日」とか「3月7日は早苗さんの日」などのように
別に当該キャラのお誕生日とかそういう訳では無くて
要は、単なる語呂合わせみたいなもんです・・・(笑)

ま・・・・中にはチルノみたいに「⑨月⑨日はチルノの日」のように、何となく意味がありそうなものもあったりする
場合もあります。
面白いのは「8月5日頃は永琳様の日」というのもあったりします。
永琳様は「八意永琳=やごころえいりん」ですので、読み方から「8月5日ころ」という設定になったのでしょうね(笑・・)

こいしちゃは「6月14日」も「無意識」になぞらえて、この日も「無意識の日=こいしちゃんの日」みたいに
言われることも多々ありますけど、
やはり5月14日のほうがしっくりくるような感じもあります。

こいしちゃんは本当に可愛くて魅力的なキャラですよね!!
正直・・・「東方地霊殿」にて初登場の頃は、EXポスという立ち位置でありながら、
人気投票は35位前後と正直微妙なものがあったのですけど、やはりその「可愛らしさ」とか
先日の記事でも散々書いたように「東方心綺楼」あたりから、その弾けっぷりとか開き直ったような感じとかが
ぐぐっと・・・多くの東方ファンのこころをつかみ、
2015年の「東方人気投票」においては、なんとあの霊夢と魔理沙すらを抑えて堂々の第一位になったのは
なんかわかる気はしますね!!
最初の微妙な位置からここまで順位を急激に上げてきたキャラも珍しいと言えるのかもしれないですけど、
こいしちゃんの場合は「確かにね・・なるほど!!」と頷けるものが間違いなくありますよね。

地霊殿にいた頃のこいしちゃんは、一見するととても可愛いのだけど、
この心というか・・「本心」は誰にも・・さとり様にすら分からないキャラであり、
「誰にもそま存在を気付かせない能力」をいいことに、あっちへフラフラ、こっちへフラフラと「放浪」を繰り返す妖怪さん
みたいな感じだったのですけど、
そうした状況を一変させたのが、最近でも記事にさせて頂いた通り「東方心綺楼」とも言えるのだと思います。
いや――、とにかくこれが世に出たおかげで、こいしちゃんの評価と人気はまさに「うなぎのぼり」になってしまいましたので、
こいしちゃんとしてもまさに東方心綺楼様様!!という感じなのかもしれないですよね!!
「東方心綺楼」の世界と言うのは、秦こころが何か「変化」するきっかけになったとも
思えますし、それ以上に・・・・
こいしちゃんが「大きく変化する」という意味では、まさに重大なきっかけとなったと言えると思います。
こころの「希望の面」を有する事によって、
こいしちゃんのいわば「絶対的な無の心」に「希望」という灯が点灯するようになり、
その結果として、こいしちゃんは、道教勢力・仏教勢力・魔理沙・霊夢等々とのバトルの中で勝ち進む事で、
「他人から注目される事の快感」とか「他人から自分と言う存在を認識される事への喜び」という
思いがけない「副産物」も得ることになっていったのです!
そう・・・・
従来までですと、正直・・・そんなこいしちゃんを色々と心配して気を遣ってくれる人と言うと、
お姉さんでもあるさとり様以外は存在しなかったのですけど、
この「東方心綺楼」で持って、こいしちゃんに何か大きな「変化」があったのは間違いではないと思われます。
こころは希望の面を返してもらうために、何度となくこいしに接触を心掛け、
こころはこいしに対し「見つけたぞ! 私の宿敵よ!」とか何とか言うのですけど、
これって逆に表現すると・・・
「こいしを覚えていてくれて、探してくれる存在が・・・実はさとり様以外にも存在していた」という事にも
なるのですよね!!
今までは誰からも気づかれる事なく、誰からも・・・・ほぼ無視状態だったこいしちゃんの本当は「無」そのものだった心に
大きな変化がもたらされるというのは、
ま・・・そりゃ・・・自明という事になりますよね!!

そう・・・・!! まさにこの辺りからこいしゃんの「変化の日々」が始まって言ったような感じもありましたね。

こころとこいしちゃんは、今現在は白蓮さんの命蓮寺の「在家信者」という事になってはいるのですけど、
二人は今の所は、命蓮寺に常駐している様子は無いですね・・・
こころの場合は、無表情だった自分自身に感情を身につけ能力を安定させるべく各地を回るこ旅に出たり、
精神安定のために博麗神社で能楽の奉納をお披露目したりとしています。
(ま・・霊夢にとってはこの能楽の奉納のおかけで少しは参拝客が増えたみたいだから、よかったのかも・・・)
そしてこいしちゃんの場合は、
どうなんだろ・・・地霊殿と地上を相変わらずフラフラとしなか゜らも、白蓮さんの教えについての本でも
読んでいる・・・という感じなのかも・・・

いずれにしても、是非何かの機会で、このこころとこいしちゃんの「後日談」というかエビソードを
伝えていって欲しいものですよね。



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さてさて・・・ここからのとっても素敵で可愛いこいしちゃんの数々のイラストの連続は、、
当ブログのとっても大切なブロとも様のお一人で、本当にいつも大変お世話になっている
「dream fantasy」の管理人様のアミグリさんが全てお一人で描かれたものです!!
上記のこいしちゃんは、2014年7月に描かれたものです。

アミグリさんは、過去にこのこいしちゃんのイラストを一杯いっぱい描かれているのですけど、
どのイラストも本当にキラキラ輝く素敵なものばかりです。

この2014年7月のこいしちゃんのイラストですけど、
こいしちゃんの「とにかくめちゃくちゃ可愛い!!」とか「バスガイドさんみたい・・・とっても可愛い!!」みたいな
魅力がまさにこの一枚に凝縮されていると思います。




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上記のこいしちゃんですけど、これは「2Pカラー」のこいしちゃんという事で、
フランちゃんの色彩をこいしちゃんに施したイラストなのです。

それにしても、この「こいしちゃん」はとっても可愛いです!!
フランちゃんの基本的な特徴とも言える「真紅を基調とした衣装」をこいしちゃんが無意識に(?)纏ったという感じなのですけど、
全然違和感がないですね!!
ここに描かれているのは「こいしちゃん」そのものなのですけど、
やはりどことなくフランちゃんみたいな香りも漂ってきそうな感じですよね!
フランちゃんにこいしちゃんは東方の世界においては、かなり人気が高いキャラなのですけど、
この二人の大人気キャラをとっても巧みにMIXしたという感じがありますね!!




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このこいしちゃんはアミグリさんが2012年12月に描かれたものです。

今回この記事でご紹介をさせて頂きました「こいしちゃん」の中では一番描かれた時期が古いのですけど、
アミグリさんのイラストって、
昔のイラストも現在のイラストもそれぞれ魅力と味わいがあってどの時代に描かれたものであっても
みーーんなそれぞれが素敵ですよね!!

こいしちゃんもまさにそんな感じだと思います。

昔の作品にも今の作品にもアミグリさんの「こいしちゃん愛」というか「こいしちゃん、大好き!!」という気持ちが
本当にストレートに伝わってきて、見ていて実に「爽快!!」という感じですね!!



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この「春こいし」のこいしちゃんですけど、この下の「冬こいし」と対になっているのか
「素敵な姉妹作」と言えるのかもしれないですよね。

タイトル通り「間もなく暖かい春がやってくる!!」みたいな予感も感じられる
とってもポカポカと温かみのある素敵なイラストだと思います。

この「春こいし」のイラストは、とっても「ファンタジー感」に溢れていると思います。
いかにも、ふわっふわっ・・・みたいな雰囲気に満ち溢れていると思います!!



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上記のなんかとてつもなく気合入りまくりなんだけど、こいしちゃんの魅力がフルに・・・否! 150%・・・いや、200%近く
遺憾なく発揮されたとっても可愛いかわいい「冬こいしちゃん」が素晴らしいです!!

マフラーで半分くらいそのお顔を隠しているのですけど、その隠した感じが実に「可愛い!!」と感じさせてしまうのだから
アミグリさんの腕がまさに遺憾なく発揮されたような感じです!!


最後に・・・・

アミグリさん!! 本当に素敵なこいしちゃんのイラストでした!!
まさにアミグリさんの「こいしちゃん愛」が伝わってくるとっても素敵なイラストばかりでした!!

本当にいつもありがとうございます!!

どうか、これからもこうした可愛いかわいいこいしちゃんをどんどん描いてほしいなーと心より思います!!
(ま・・・私としては、さとり様もたまーには描いて頂けるととっても嬉しいです・・・笑・・)

今回は「こいしちゃんの日」でしたので、アミグリさんが描かれたこいしちゃんのみのイラストでしたけど、
アミグリさんは、今年の3月10日の「さとり様の日」にも、
とっても素晴らしいさとり様のイラストを描かれています。

さとり様の日のイラストをご覧になりたい方は・・・・ → アミグリさん/「3月10日はさとり様の日」


そして・・・・

こいしちゃん!! 本日は別にこいしちゃんのお誕生日でもなんでもないけど、
とにかく・・・・
「おめでとう!!」という感じですね!!
15.富山商業高校


C/バレエ組曲「火の鳥」~魔王カスチェイの凶悪な踊り・終曲(I.ストラヴィンスキー)


富山商業というと高岡商業と並んで「北陸の雄」という時代が長く続いていましたけど、
最近は両校とも色々と新興勢力に押され気味・・というのも何だか時代の変化を感じさせてくれますよね。
富山商業と言うと誰がなんといっても「坪島先生」の名前が真っ先に出てしまうのですけど、
その坪島先生が1989年にショスタコーヴィッチの「祝典序曲」で全国大会金賞を受賞して以来、
富山商業は一度も全国で金賞を取っておりませんので、
そろそろ・・・秋田南と共に「真の意味でのあの名門校復活」を期待したい学校の一つでもありますっ!!

ま・・・もしもですけど・・・秋田南高校が1982年の「パロディー的四楽章」以来の全国大会金賞を実現してくれたとしたら・・
そうですね・・・
なんか私の母校が県代表として東北大会に進む事と同じかそれ以上に嬉しいものが
ありそうですね!!
同じ事は「花輪高校」にも言えるとは思います。

さてさて・・富山商業なのですけど、
どうしても最初にイメージしてしまう事は何と言っても・・・ま・・これは伝統的な持ち味なのかもしれないのですけど、
その圧倒的とも言える「金管セクションの力強さと迫力と輝き」にあると思います。
確かに・・・部分的に「少し鳴り過ぎなのかな・・・?」と感じる点も無くは無いのですけど
やはりあの金管セクションの輝ける音色は本当に魅力的でしたね!!
特に特に・・・・1982年と88年のプロコフィエフの「ロメオとジュリエット」は宿命の重さと圧倒的な金管のパワーの前に
全ての聴衆をねじ伏せたみたいな感じがあり、
あの超高校生クラスのパワーと迫力にはまさに「脱帽」という感じがありました。
大変古し話ですけど、1970年の「ローマの松」~アッピア街道の松とか71年のチャイコフスキーの序曲「1812年」は
ま・・・確かに明らかに音量ヒートアップし過ぎなのですけど、
あの有無を言わさない迫力と豪快さは、まさに・・・「北陸の雄」に相応しい演奏だったとすら思えます。
このチームが、ネリベルの「トリティーコ」とかジェイガーの「シンフォニア・ノビリッシマ」みたいな
バリバリの吹奏楽オリジナル作品を自由曲にしていた時期があるなんて、今にして思うと信じられない話なのかも
しれないですよね。
だけど・・・83年の「海」とか87年の課題曲A「風紋」なと゜のように
大変内面性と抒情性に溢れた気品溢れる演奏をする事もあり、
やはり一筋縄ではいかない色々な「個性」を秘めていたチームなのかな・・とも今にして思うと
感じる事もあります。

さてさて・・・1978年の富山商業なのですけど、
特に自由曲の「火の鳥」を聴いて感じた事は、
「演奏チーム・・・というか指揮者のスタイル・個性というものは、時代が経過してもそんなに変わらないものなのかな・・?」
という事でした。
「火の鳥」は、富山商業は7年後の1985年の自由曲でも演奏しているのですけど、
そうですね・・・
78年の演奏をレコードで、85年の演奏は普門館で直接耳にした者の感想として書かせて頂くと
「78年も85年の演奏も基本的には全く同じ・・・演奏スタイルも解釈も大体同じ・・・」というもので
まさに・・「三つ子の魂百まで・・」みたいな演奏だな・・と感じたものでした。
ではどこが似ているのかと言うと・・・・
一つが木管・・特にクラリネットの細かい動きに大きく難点が感じられる事と
二つ目が・・・反面金管セクションの輝かしい音とかあのとてつもない圧倒的な音量の迫力がとにかく凄まじい・・!!
この二点に集約できると思います。
78年の演奏ですけど、木管・・・特にクラリネットセクションに関してはこの年の方が技術的には勝っているような
感じがあります。
ま・・・確かに指の動きが少しもたついている感じもなくはないのですけど、
85年の生の演奏で感じたような「明らかな不安定感」はそんなには伝わってきませんでした。
金管は・・特にトランペットセクションは78年も85年もとにかく「輝き」が他の出場チームに比べると
明らかに違うというのか、あの明るさ・圧倒的なパワーは、
71年の1812年序曲を彷彿とさせるような凄まじいエネルギーの塊りだったと思います。

最後に・・・・

この年の富山商業の課題曲はCというポップスな曲を選択していましたけど、
こういう洒落っ気たっぷりの曲は、
こういうブラス系が強い傾向のチームには今一つ不向きだったような気がします・・・
確かに上手いのですけど、力でねじ伏せる感じが強く、「軽さ」とか「洒落っ気」みたいな雰囲気を出すには
今一つ・・・みたいな感じもありましたね。
高校の部の課題曲C/ポップス変奏曲「かぞえうた」は富山商業を含めて計3チーム演奏していましたけど
総じてどの演奏も固くてぎこちなくて、「大人の楽しさ」みたいな雰囲気はあんまり伝わってきませんでした。
この課題曲の名演は、プリジストン久留米と瑞穂青少年吹奏楽団なのかな・・・とも思ってますので、
こういう「大人のお遊び」みたいな粋な課題曲というのは・・・・
高校生にはちょっとまだ早い・・・という感じもあるのかもしれないですよね・・・・(笑)
アリス・マーガトロイドは実は結構前から語りたいキャラの一人でした!
というか・・・
これは以前も書いたことがあるのですけど、東方の世界においては「好きじゃないキャラ」ってほぼ皆無・・・
登場キャラは一度は語ってみたいキャラばかりですので、
別にアリスだけがそうした特別のキャラではないのですけどね・・・(笑)

最近このブログにおいてはやたらと東方×ドールのあの素晴らしい世界のことを色々と語ってはいたのですけど、
あの商品化が実現された5体のキャラ(霊夢・魔理沙・チルノ・十六夜咲夜・妖夢)も勿論、本当に
素晴らしい出来栄えなのですけど、
実は・・・・「ああしたフランス人形を彷彿とさせるあのすばらしいドールの世界では、東方キャラとして
もっとも相応しいキャラ」とは誰かを考えたとき、
一番しっくりくるのは、やはりこのアリスだと言っても過言ではないと思います!!
そのくらい・・・・まさに「お人形さん!!」に相応しい雰囲気を有していると思います。
本人自身は、そうした「人形」を自由自在に操る魔法使いみたいな人形使いなのですけど、
その本人が東方では一番「お人形さん」らしい雰囲気というのもなんか面白い感じはあります。

やや長身の設定、金髪、ブルーの瞳、頭のヘアバンドみたいな赤いリボン、
青のワンピースのようなノースリーブに、ロングスカートの着用、
うーーん、まさに東方の「素敵なお人形さん」みたいな雰囲気ですよね!!
マジで冗談抜きでアリスのドール化は是非ぜひ実現してほしいと思っています!!







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東方の世界においては「魔法使い」というと・・・

あ・・・朝比奈みらいとか十六夜リコじゃないですよね・・・(苦笑・・・)

言うまでも無く、魔理沙とかバチュリーさんというのが筆頭格だと思うのですけど、
東方における「魔法使い」の分類として、

1.初めから元々存在自体が魔法使い

2.元は「人間」なのだけど、修行の結果として魔法使いになった・・いわば・・・「元・人間」みたいな立ち位置

3.現役の人間

みたいになると思うのですけど、魔理沙は言うまでもなく3のパターンで、霊夢同様、生粋の「人間」です。
聖白蓮は、2のパターンに該当し、元々は人間で、かつては「老婆」だったのですけど、自らに魔法を掛けることで
若返り&肉体の強化を図ったという感じです。
バチュリーさんは・・・多分ですけど・・・1のパターンだと思います。だけど、どうしてこの人が
吸血鬼のスカーレット姉妹が住んでいる紅魔館の居候として棲みついているのかは・・・
うーーん、正直・・・謎ですよね・・・・
居候を許可したのは、レミリア様のいつもの「気まぐれ」という事かもしれないですけど、
お互いに「パチェ」・「レミィ」とファーストネームみたいな感じで呼び合う仲ですからね・・・・
うーーむ、その辺りはいまだに謎ですね。
漫画版なのですけど、「東方儚月抄」において一応は・・・月まで行くロケット開発に成功したバチュリーさんは、
中々の知恵袋という感じでした!!

さてさて、それではアリスはどのような魔法使いに分類されるのかと言うと、
うーーん、なんか公式でも見解が分かれている・・みたいな感じもありますよね。
阿求ちゃんの東方求聞史紀においては、
「元々は人間で、修行を積んで魔法使いになった」と記されてはいるのですけど、
正直、これどうなのかな・・?という感じもなくはないです。
アリスは、東方の旧作からの復活組という事情もありまして、この旧作においては、アリスは「魔界」に住んでいて、
現在のアリスが旧作から基本的には継承されている事情とかを考慮すると
アリスは魔界生まれの純粋な魔法使いの一人であると考えるのが妥当じゃないのかなとも考えます。
また、萃香からも「魔族」呼ばわりされていますしね・・・
ま・・・元人間であっても、元々が魔法使いであったとしても、今現在のアリスは、
「人形使い」という魔法使いみたいなものである事は変わりがないですし、ま、ここは・・・バチュリーさん同様に
「幻想郷においては、常識と言うものは通用しないのですね・・」という早苗さんの発言を適用して、
「そんな細かい事はどうでもいいじゃん・・」みたいな事にしておきましょうね・・・(笑)

さてさて・・・このアリスの能力なのですけど
魔術や呪文とか箒に乗るとかそういういわゆるいかにも「魔法使い」みたいな人ではありません。
どちらかというと「人形使い」という感じです。
この記事の一つ前が「ペトルーシュカ」というやはり同じく「人形」を題材にしたクラシック音楽の事なのですけど、
この「ペトルーシュカ」で登場する人形は、ほぼ完全に自分の意志を持ち、自分の意志で悩み行動するという
まるで「人間みたいな人形」ですけど、これを操る魔術師というのは、意のままに人形を操れるという訳ではなくて
且つ一人の魔術が扱える人形は1~3体辺りが限界なのかもしれません。
だけど、アリスの場合は、その点はまさに格が違うという感じです。
人形をアリス自身が手作りして、そうした人形を一度になんと・・・!!10体~15体前後を同時に動かす事が出来て、
しかも・・・・
その複数の人形が一つの動作しか出来ないというのではなくて、
15体がそれぞれバラバラに動く事が容易に出来るというから、こりゃまさに凄い・・としか言いようがないですよね。
しかも・・・
人形が人形に命令して動かす事も出来るというから、とにかくこれは素敵な魔法使いと言えるのかもしれないですよね。
要は・・・・
複数の人形にそれぞれ別の動きをさせて、時には連携を取らせたり完全に非同期で動かしたり出来る訳でして、、
周りからすればとても操作しているとは見えないとしか言いようがないですし、
事実、魔理沙なんかは・・・
「あれは嘘だね・・・そんな事が出来る訳無い、胡散臭い・・」とか言っていましたよね・・・・(笑)
だけど、それが実際にかるーーくやってのけてしまうのがアリスなんですよね!!
「東方三月精」においても、14体の人形のうち、10体近くに雪かきをさせて、残りの人形たちに炊事とかお茶出しとかを
させていましたからね。

自分の意志を持ち自分の意志で動く、完全な自立人形を作るのが当面のアリスの目標との事なのですけど、
現在はアリスが人形に命令すれば自立しているかのように動かせるものの定期的に命令し直さなければならなくて、
それ以上に達するにはまだ修行不足という事らしいですね。
「非想天則」においては、人形の完全自律化に疑問視するようなセリフも確かあったような気が・・・?
確か「自分で考える人形より、自分で操った方が便利なような気がしてきた・・」みたいな事を言っていたと思いますけど、
ま・・これはこの後の「ペトルーシュカ」記事をご覧になって欲しいのですけど、
「心を持ち、自分の意志で考え行動する人形」の作成に成功したとしても、
人形自体が「自らの存在意義」について悩んだり、主の意志に背く行動を取ってしまったり、
あげくのはてには・・・・
「「こんなつらい気持ちになるなら・・・心なんかいらなかった・・・」なーんて事を言われたとしたら
一番悲しくなってしまうのは、そりゃ・・・他ならぬアリス自身ですからね・・・

東方において、こうした「人形」については、東方五大老と言われる皆様からも色々と興味深い指摘が
ありましたね・・・・
永琳様は「人形が自由に操れるのは魂が宿った状態だから」と言っていましたし、
ゆかりんは、「人の形をした物には心が宿る。それは妖怪と何が違うのかしら?」とかなり本質に迫るような事を
言っていましたよね。

アリス自身は、魔理沙ほどではないにせよ、「魔法使い」としてはまだまだ経験と修業が足りないのかも
しれないですよね。
その点は、とにかく今後の展開とアリスの成長が楽しみという感じでもありますね。

→その②に続く・・・
実はすごい久しぶりの「クラシック音楽カテゴリ」です・・・

この一つ後の記事が東方Projectの「アリス・マーガトロイド」なのですけど、
アリスと言うと「魔法使い」というよりはどちらかと言うと私にとっては「人形使い」みたいな方のイメージが
強いです。

さてさて・・・・この「人形使い」というと、すぐ頭の中に入ってきた音楽がありまして、
それがI.ストラヴィンスキーのバレエ音楽「ペトルーシュカ」なのです。

私がこのストラヴィンスキーのバレエ音楽「ペトルーシュカ」を知るきっかけとなったのが、
1976年の全日本吹奏楽コンクールでの秋田南高校の超名演なのですけど、
この吹奏楽での「ペトルーシュカ」の演奏は、今現在聴いても凄いと思いますし、全く色褪せてはいないと
感じます。
当時の編成は、45人以内の編成という制約があり、
当時は楽器編成の中に、ハープ・ピアノを入れることは禁じられていましたし、
この学校のティンパニーはペダル式ではなく、ボロボロの手締め式・・・
条件は正直良くはなかったのですが、
よく管楽器の響きだけで、この「ペトルーシュカ」の世界を再現出来たものと
今聴いてみても「感動」ものです・・・
ま、確かに音は荒いし、トランペットの音は硬いし
ラストのトランペットソロは外しまくっているし、
確かに現在の価値基準では「うーーん」という部分もあるとは思います。
だけど、この演奏の躍動感と生命感は大変充実していますし、
ホント、全体的に大変生き生きとしていますし、
リズムセクションのビートが大変有効のせいか、全体的に飛んで跳ねるような感覚が
非常にシャープです。
一言で言うと、何か「屈折した明るさ」が滲み出ている素晴らしい演奏だと思います。

この演奏、「秋田南、レジェンダリー」にも収録されていませんし、
今のところCD化されていませんので、
この演奏知らない人が多すぎるのですよね・・・
是非おすすめしたい演奏です。

この曲を知るきっかけが上記の通り、吹奏楽のアレンジ版なのですけど、
原曲を初めて聴いたのは、確か1990年代に入ってからでしたね・・・意外と遅い・・・
デュトワ指揮のN響でしたけど、
このオケの演奏を聴いて非常に驚いたことがあります。
何かと言うと、
「意外と音楽が洗練されている・・・何かフランス音楽みたい・・・」というものでした。
ま、もっともデュトワ指揮というせいもあったと思いますが、
ストラヴィンスキーというと、どうしてもあの過激な「春の祭典」のイメージが濃厚でしたので、
改めて「ペトルーシュカ」を生で落ち着いて聴いてみると
意外と芸が細かい曲なんだなーという事がよーく分かりました。

ストラヴィンスキーバレエ三部作というと、
火の鳥・ペトルーシュカ・春の祭典なのですけど、
火の鳥の最後のページを仕上げている時に
「異教徒の祭典が開かれ、いけにえの少女が死ぬまで踊り続ける」という夢を見たストラヴィンスキーが
これをヒントに作曲したのが「春の祭典」であり、
「春の祭典」の作曲を始めた頃、気分転換にピアノ協奏曲を書いている途中で
「糸をほどかれた操り人形が、恋をし、ライバルの人形に喧嘩を挑み、散々やっつけられ
オーケストラとトランペットがどんちゃん騒ぎを始める」という夢を見たストラヴィンスキーが
この夢をベースに書き上げたのが「ペトルーシュカ」なのですけど、
「春の祭典」も「ペトルーシュカ」も作曲者の瞬間的な「夢」がベースとなっているのは
大変興味がある話ですね。

ペトルーシュカのバレエは四場から構成されていて、

第一場 復活祭の市場

第二場 ペトルーシュカの部屋

第三場 ムーア人の部屋

第四場 復活祭の市場(夕方)

という風に復活祭の日の一日を背景とし、魔術師によって
ペトルーシュカ・ムーア人・バレリーナの女の子の三体の人形に生命が吹き込まれ、
ペトルーシュカはバレリーナの女の子に惹かれ、色々とちよっかいを出すが見向きもされない・・・
ムーア人の方は、豪華な部屋でバレリーナの女の子と楽しく遊んでいて、
それに嫉妬したペトルーシュカがムーア人に喧嘩を仕掛けるが、
逆に散々にやっつけられ、最後はムーア人の剣で切り裂かれてしまう・・・
最後に、ペトルーシュカ人形の残骸を見つけた魔術師は、
「しょーがねーな」と言う感じで人形を引きずって帰るものの
その途中でペトルーシュカの亡霊が現れ、
魔術師は逃げ帰ってしまう・・・

こんな感じのストーリーだったと思いますが、
何となく、「ピノキオ」の世界に通じるというのか、
人形が悩むという存在的矛盾が最後まで残り、
「ペトルーシュカの存在意義とは何・・??」というテーマの論争まで起こったらしいです。

音楽自体は、それ程「難しい」とか「複雑」という印象は無く
かなり聴きやすい分かり易い音楽なのですけど、
音楽史的には「複調」を初めて音楽に導入した意義の大きさを評価する事もかなりいるみたいです。
でもなんで聴きやすいかと言うと、
実はこのバレエ音楽、相当部分、「ロシア民謡」の引用というか、パクリがあるみたいですね。
ストラヴィンスキーとしては、
「別に民謡をそのまんま使っている訳じゃないからいいじゃーん」みたいな事を言っているみたいですけど
他人の曲も自分の曲も
「俺のものは俺のモノ」みたいな大らかな荒っぽいロシア人そのものみたいな人ですよね・・・(笑)

諸井誠氏の著書に「現代音楽は怖くない」という名著があるのですけど、
この中で、諸井氏は面白い事を指摘しています。
チャイコフスキー・ストラヴィンスキー・バルトークのバレエ音楽(歌劇)には、
時代と場所を超えて「対応関係」があると言われていますが、
確かに「なるほど」と感じる部分もあります。
諸井氏が言われるには、

白鳥の湖⇒火の鳥⇒青髭公の城

くるみ割り人形⇒ペトルーシュカ⇒かかし王子

眠りの森の美女⇒春の祭典⇒中国の不思議な役人

にそれぞれ対応性・関連性があり、それが時代と国を超えて三人の作曲家に音楽的インスピレーションを
与えることで受け継がれているという事になのですけど、
確かに、眠りの森と春の祭典と中国の不思議な役人には、
「美少女」という共通のキーワードがありますし、
くるみ割りとペトルーシュカとかかし王子は「人形」という共通のキーワードがありますし、
白鳥の湖と火の鳥は「鳥」がキーワードになっていて、青髭公も含めて三つとも
「おとぎ話」をベースにしている背景がありますからね。

確かに面白い指摘だと思います。

ところで、「ペトルーシュカ」には色々と版があるみたいで、
生演奏を聴くと、指揮者によって違いが色々あったりして面白い面もあります。
個人的には、ラストがトランペットのソロで終わる版の方がしっくりくる感じは
あるのですが、
版によっては、どんちゃん騒ぎで終わらせるものもありますし、
指揮者の解釈によって、随分と印象も変わるような感じもしますね。

前作「火の鳥」が何となくですけど、ドビュッシーの作品に近いような感覚があり、
どちらかというとファンタジー感漂う曲で
次作「春の祭典」がバーバリズム炸裂で、人間の野生の本性が大爆発するする感じ濃厚である事を
考えると、やはり「ペトルーシュカ」はファンタジーと野生の中間的な感じもし、
自分としては、割と聴きやすいイメージを持っています。
「火の鳥」は途中眠くなってしまうようなだるい箇所もありますし、
「春の祭典」は終始音の暴力なので、
やはりこの「ペトルーシュカ」は一番バランスが取れているようにも感じられます。

ただこの「ペトルーシュカ」はリズムの扱いとか調の扱いは、かなり凝りに凝っていて
音楽史的にはかなり画期的な作品と言われています。

だけど、私としては「ペトルーシュカ」の一つの魅力は、打楽器の扱いがとても面白いという事を
あげたいと思います。

その例として・・・

1.第1場の「ロシアの踊り」

 ピアノの扱いもかなり斬新なのですけど、面白いのはシロフォーンの扱い方・・・
 曲の開始から30秒を過ぎたあたりのシロフォーンのメロディーは、何か一見複調にも聴こえるのですけど
 実際は、「ラソソソ・ラソソソ」という単調な音を叩いているだなそうです。
 この聴かせ方は何か面白い・・・

2.第4場のペトルーシュカの死の瞬間の演出

 人形のペトルーシュカが倒れて死ぬ瞬間のイメージを演出しているのは、実はタンバリンの音です。
 実際の生の演奏会やCDを聴くと、この場面のタンバリンの叩き方は色々な解釈や演出があるみたい
 ですけど、
 ストラヴィンスキーの指示は、
 「タンバリンを両手で持って、床面に平行になるようにタンバリンを落としなさい・・」という
 事なそうです。
 勿論、ステージの床の材質とかコンサートホールの残響によって、高さの調整とか色々検討すべきことは
 多いかもしれませんが、
 これは正直CDを聴いただけでは分かりませんよね・・・
 
他にも場が変わるごとにロングドラムでロールされる演出もかなり面白いと思います。


さてさて・・・この「ペトルーシュカ」なのですけど、
魔術師というのか魔法使いによって「人形」に「魂」が吹き込まれたというのが面白いと思います。
東方Projectの人形使いというか魔法使いのアリスは、同様に人形に魂を入れて、人形を自由自在に操っているのですけど、
この人形自体に「主体性」というのか「意思」はあんまり感じられません。
アリスから何かを命令されて初めて動くという感じで、
アリスから指示されないことは人形自体はやりませんし、余計なことは一切しない・・・・
文字通りの「操り人形」という感じが強いです。
一方、「ペトルーシュカ」の場合は、その辺りが違っていて、人形自体が「自分はこうしたい!!」みたいな明確な意思を
有していて、
だからこそ結果的に・・・
バレリーナの人形に横恋慕したり、
「おまえはただの人形なのだから、身分相応におとなしくしていろ」という魔術師を、ペトルーシュカは睨みつけたりするのです!

なんていうのかな・・・・

操り人形の糸から解放され、バレリーナを愛した瞬間に
ペトルーシュカという「人形」は、ま・・・あくまで擬人的なものなんでしょうけど
「人間」になったといえるのかもしれません。

第四場のラスト近くにて、ペトルーシュカは、「何」に対して「怒り」を感じ、あそこまで暴れたのかというと
色々と解釈は分かれるのかもしれないですけど、

魔術師が、ペトルーシュカにムーア人と喧嘩させてもポロ負けさせるような力しか元々与えていなかったから・・・

バレリーナに振られたことに対する自分自身への嫌悪感・・・

ムーア人にポコポコにされた屈辱感・・・

ま、確かに色々とあるとは思います。

だけど・・・最終的には・・・・

魔術師の「これは人形だ、これは人形劇だ」という警官に対する釈明のこの言葉に
最終的には「怒り」を感じてしまったと言えるのかもしれません。

自分の存在は結局は・・・魔術師によって作られた存在に過ぎず、
「自分はひとりの人間であること」を完全否定されたという「抗議」みたいな意味があったのかもしれません。

「こんなつらい気持ちになるなら・・・心なんかいらなかった」
そうした事を本当は・・・・
「メッセージ」として伝えたかったのかな・・・とも思ってしまいますね。

そして・・・・このペトルーシュカが示唆するものは、別に「操り人形」だけではない・・・・

現代社会において、「学歴が・・」とか「世間体が・・」とか「ちゃんと働かないと・・」みたいな
目に見えない糸で操られている私たち一人ひとりが実は・・・
ペトルーシュカと対して変わりがないのでは・・・・??
「自分たちの存在意義とは・・??」みたいな事を模索している人形ではないのかな・・・とも感じたりもしますね。
私、よくこのブログにおいては、スマイルプリキュアのれいか以外のメンバーとかハピネスのめぐみとか
最近では魔法つかいのリコちゃんとか
はたまた東方の「光の三妖精」のことを「ポンコツ」とか何とか言っているのですけど、
そうした「ポンコツ」という言葉はむしろ私自身のほうがピッタリなのかもしれないですね・・・(苦笑・・・)

これは先日の話なのですけど、
とあるディスカウント店にて、ペットボトルのお茶とかボディソープとか洗剤とかいろいろまとめ買いをし、
レジの直前に・・・
「あれれ・・・ここの店の5個入り箱ティッシュボックスが188円だって、安い!!」と思って、これも二つ買っておいたのですけど、
ペットボトル・お茶なんかは大き目のレジ袋に入れて、そのレジ袋だけで三つぐらいになっていたのかな・・・・
店を出るとき、そのレジ袋三つだけを持って出てしまい、車の後部座席に乗せて家路につきました・・・

そう・・・

皆様お気づきのとおり、なんと、私は・・・・

一緒に買っておいた箱ティッシュ二つを店内に置き忘れていたのでした・・・・(苦笑・・)

家に帰ってからその事に気がつき、後で慌てて回収に戻りましたけど、
店員さんたちも・・・・半分呆れていたでしょうね・・・(苦笑・・)

まったく・・・・

「自分で買ったものを忘れ物してるんじゃねーよ!!」と自分自身にツッコミを入れたいというか・・・・
張本勲氏に・・・あの強烈な「喝!!」を入れてほしいものであります・・・(苦笑・・)

そうですね・・・・

やっぱり私の頭も日々こうやって老化・・・・否! ポンコツ化していっているのでしょうね・・・・
さすがにまだ「老化」という言葉は
自分自身には使いたくないなぁ・・・・(苦笑・・)









でもな・・・・

あの時、家に着いて、「あれれ・・・買っておいたはずの箱ティッシュが無い・・」と気がつき
「うーんと・・・どこに置き忘れたのかな・・」と記憶をたどったさいに
「あーーーー、買った店じゃん!!」と気がついたときの私はまさに・・・

「あーー、た、大変・・・」と
屋上に布団を干しておいたつもりが、その布団自体が落下・・・という光景を目の当たりにしたスマイルのみゆきの
ポンコツさと大して変わりがないかも・・・という感じですね・・・(苦笑・・)
これは先月末のお話なのですけど、
4月が当社の決算月と言う事もあり、4月末の際、ま・・・毎年の恒例になっているのですけど
社内で「一年間お疲れ様でした!!」の慰労会を兼ねた「打ち上げ」というものを
社内のフロア内にて実施しています。

そんな訳で今年もまたそうした「期末打ち上げ」を実施したのですけど、
飲み物は、ほぼ全て昨年末の取引先のお歳暮のビールなどですのでほぼ経費はゼロ・・・というのが
何とも言えずセコイです・・・(苦笑・・・)

おつまみは・・・というと・・・

近所の顧客でもある中華料理店に今回も出前を発注し、
届いたのが・・・・
春巻15人前、餃子50皿、マーボー豆腐10皿、チャーハン10皿、から揚げ20皿
え・・・、ちょっと待った・・・・
毎回そうなんですけど、量が多すぎるって・・・・(苦笑・・)
毎回毎回食べきれずに余らせてしまって、結局は、
終盤に若手社員がまるでどっかの若手芸人の「大食い大会」みたいな感じみたいな無理食い競争になったり、
はたまた・・・・
ケースに詰めてお持ち帰り・・・
みたいな事になってしまうのですよね・・・・

そして・・・・

今回更に「トドメ!!」になってしまったのが、ピザかな・・・

このビザも最近、うちの会社でリフォーム工事をした顧客が経営しているお店と言う事もあり、
何を血迷ったのか、ピザを20枚も発注・・・
うーーん・・・・、前述の中華で既にお腹一杯状態なのに、更にピザなんて・・・・!!
そうですね・・・・
気持ちの上では既に「飲み会」とか「打ち上げ」というのではなくて、単なる大食い競争の場に
なっていたような気も・・・・・??



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そうなんですよね・・・・

昔、というか・・・20~30代前半の頃って、こうした「ただ飯」というのは結構幾らでもお腹の中に入っていたような
気もするのですけど、
最近はダメっすね・・・(苦笑・・)
餃子を三皿食べて、鶏のから揚げと春巻を一皿ずつ食べて、ピザを1枚食べてしまうと
もうそれだけでお腹一杯状態で、「あとは何にも食べられませーん!!」みたいな感じになってしまいますよね。
昔だったら、まだまだ食べられたんだと思うのですけど、
それはやっぱり・・・高齢化の表れなのかも・・・・??

そうですね・・・・

歴代プリキュアですと、緑川なおという希代の大食いキャラもいましたし、
なぎさとか響とかゆうゆうみたいな大食いキャラもいたと思うのですけど、
ま・・・「大食い」というと・・・・
やっぱり、この人達・・・プリキュア5のメンバーには勝てそうもないですね・・・・
この人たちは、正直「ナッツハウス」でチビチビとナッツやココたちの生活費を稼ぐよりは、
このメンバーで「大食い競争コンクール」に出場して、賞金をゲットした方がかえって効率がいいようにも
思えますね・・・・(苦笑・・)
ちなみにですけど、あの中での一番の大食いは、意外ですけど多分うららだと思います。
というか・・・のぞみ・りんちゃんはまさに「大食いキャラ」そのまんまでしたし、
りんちゃんに対抗して大量に食するかれんさんも・・・・ま・・・凄まじい意地っ張り振りがありましたよね・・・(笑)

話を戻すと・・・・

私、結構「餃子」が大好きなものでして、みなさんピザばっかり手を伸ばしているから
「餃子」があんまり減らない・・・・
そこでついつい調子こいて、結局餃子だけで5~6皿くらい食べたかな・・・・
マジで家に帰る際に歩くのがしんどいほどお腹一杯・お腹パンパン状態でした。

だけど・・・・

この時の私は大事な事をすっかり忘れていました・・・

そう、この日は土曜でしたけど、私は日曜は出勤なんですよね・・・・

翌朝の日曜の朝・・・・嫌な予感は当たっていました・・・

そう!! 言うまでも無く、餃子の「匂い」がやっぱ・・・・残っているのが自分でもわかってしまうほど
なんですよね・・・(苦笑・・・)
やっぱ、「ニンニク」の匂いって一晩じゃ取れないものですね・・・・

結局、日曜は、ほぼ一日、モンダミンでグジュグシュと口の中をゆすぐか、またはブレスケアを噛みまくって
いましたね・・・
何かの本でウーロン茶とリンゴジュースも効果があると書いてありましたけど
これはあんまり効果は無かったような気も・・・?

ま・・・・とにかく・・要はもう若くは無いのだから「食べ過ぎはあかん!!」という事ですね・・・・
前回の予告を見た感じでは「魔法つかいは、リコちゃんだけではなくて、ついにみらいのポンコツさも
容赦なく暴露されてしまうのか・・!! 
これはもしかして、このシリーズは歴代の中ではスマイルと同じくらい、いやいや、もしかしてそれ以上の
ポンコツシリーズになるのかな・・?」とも思ったのですけど
みらいは意外と優秀であった・・!!という事が思いがけず(?)判明する回になってしまいましたね。

あれれ・・・正直これは少し意外な展開だったのかも・・・??

みらいは明るく元気でとってもいい子なんだけど、歴代のなぎさ・のぞみ・みゆき・めぐみのように
「典型的なお勉強が苦手なポンコツピンク系」で、
ま・・・みゆき先輩の全教科ほぼ赤点とか、めぐみ大先輩の学年最下位とまではいかなくても
お勉強はダメダメなのかな・・?と思っていただけに、
英語・理科・歴史・体育など要は「数学」以外はかなり出来る生徒でもあり、
先生からの評価もかなり高いという展開は、正直・・・全くの想定外でした・・・(苦笑・・)
みらいという子は、意外と「好き嫌い」が極端というか、自分が好きとか興味を持った分野は、
他人から特段指示をされなくてもどんどん自分の方から学んで吸収していくタイプで、
逆に、今回の「数学」のように自分が興味を持てない事は、飽きてしまい、やる気すらなくなってしまう・・・
そういうタイプなのかもしれませんよね・・・
うーーん、みらいのこういう傾向というのは・・・実は・・「蟹座」の傾向でもあるのですよね!

蟹座の基本パーソナリティとして・・・

とにかく感受性が強くて妄想壁が強くて、他人に対する好き嫌いが激しく、
自分が興味を持った分野に対してはとことん学んで吸収していき、逆に嫌いな分野というか
興味を持てない分野に対しては・・・全く見向きもしない・・
そんな感じとの事です。
味方と感じた人にはすさまじい忠誠を誓うけど、敵と感じたら平気で攻撃を仕掛けてくる・・・
防衛本能がすさまじく、自分や身内に対しては異常なほどのガード体制を敷く・・・・
蟹の殻の硬さが象徴している通り、他人へはほとんど心をオープンにしない・・・・
一度打ち解けたらあとはすごいフレンドリー・・・・
空想癖が強いのに「現実」に対する接し方は意外なほど現実的で実務的・・・
喜怒哀楽の落差が激しく、激怒した次の瞬間にニコニコと笑っている・・・
プライドがすごっい高くて、プライドを一度崩されると・・・その「龍の逆鱗」に触れてしまうと・・・
今まで仲が良かった人でも平気で攻撃を仕掛けてくる・・

うーーん、みらいはもしかしたら、本当に「蟹座」なのかもしれないですよね・・・・

ちなみにですけど・・・私自身は「蟹座」です!!

そうそう・・・・実は私自身も中学~高校の頃って、ま・・・自分で言うのもなんですけど、
国語・社会系の科目は・・・かなり優秀だったと思います(→おいおい・・・自分で言うなっちゅーに・・・苦笑・・)
逆に・・・数学・物理・化学は・・本当に成績は超・低空飛行でした・・・
私の高校は、当時・・・東北6県で唯一「特別理数科」という科が設立されるほど、どちらかというと理系科目には
力を入れている学校だったのですけど、
この学校の「一つの伝統」として、第二学年の時のみ、毎月の月初めには「数学の月例テスト」というものが実施され、
このテスト結果が、なんと・・!!
1位から最下位までぜーーんぶ廊下に張り出されるという「公開処刑」(苦笑・・・)がたまーに抜き打ち的に
実施される事もありました・・
ま・・・想像通り、毎回この月例テストは散々なもので、
ひどいときは・・・・みらいは今回は26点でしたけど、私は・・・なんと・・・17点という凄まじい点数を
叩き出していました・・・・(苦笑・・)
あ・・・!! 17点というと・・・プリキュア5のあののぞみ大先輩は18点でしたから、
私は・・・・のぞみ大先輩よりもポンコツ・・・という事になりそうですね・・・・(苦笑・・) 
そして・・・そういう点数の時に限って・・・あの順位の廊下張り出しという公開処刑が実施され、
あれって・・・・
吹奏楽部の後輩ちゃんたちにも結果がぜーーんぶわかってしまうから
「なーーんだ! あの部長は実はポンコツだったんだ!!」という事が見事に露見する結果になってしまいましたね・・・(苦笑・・)
あの時は、320人の全生徒の中で確か・・・314位くらいだったかな・・・
そして案の定、クラリネットの後輩から
「先輩!! もともう少し点数が悪ければ、順位は約分すると1になりますよねっ!!」などと言われていたものでした・・・(苦笑・・)

うーーむ、今回の話は、私は・・・・同じ数学の点数が悪い同志、思いっきり「共感」するものが
ありましたねっ!!

今回の第14話ですけど、最初に考えた事は
プリキュア恒例の「どうして私達は勉強しないといけないの・・・?」という大変古典的なテーマを
また今回も魔法つかいらしい観点から描いていくのかな・・・?とも思ったのですけど、
今作の魔法つかいプリキュアは、最近の記事でも書いた事なのですが、ここ数年のプリキュアの幼児番組にしては
少し扱うテーマが重たすぎるのかな・・・・?とも感じられ事も多々あるという一つの反省の上に立ち、
重たいテーマを極力回避し、「こんなに楽しい事もあるんだよ・・」みたいな比較的軽い感じに仕上げている感じの方が
どちらかというと強い感じもあり、その結果として
今作の「魔法つかい」においては、そうした古典的テーマに関しても
例えばスマイルやプリキュア5で提示したような「テーマ→一つの答え」という導き方ではなくて、
「リコがこんなにも頑張って努力しているから私も頑張らないといけないね・・」というシンプルな導き方にしたのは
むしろ正解だったような感じもあります。
というか・・・
この辺りが前作は正直、私には重たすぎた・・・・
「一つの大きな目標の達成のためにはこんなにも努力を重ねないといけない」というのは大変尊いものが
あるのですけど、「プリキュア」としてはそれが少し強調され過ぎ、
なんか正直「違和感」みたいなものは特に後半以降感じていたものです。
別に私が・・・プリキュアに対して求めている事は「目標の達成」ではなくて、
それに向けて今はたとえダメダメでも、頑張っているというプロセスの方じゃないのかな・・・とも
思う事もありますね。

そうですね・・・そもそも論になってしまうのですけど、こうした「どうして人は勉強をする必要があるのか」という
「問い」に対しては、自分自身も含めて結論を出せる人は
そうそういないと思います。
別に難しい方程式を解いたとか、歴史の重要事件の起きた年を丸暗記したからといって
そけが社会でそのまんま役立つことは皆無に近いと思います。
要は、社会人となって、何か壁にぶち当たっときに、何か「ヒント」となるべき事柄が
勉強と言う「過程」の中から一つでも見当たればこれに越したことはないと思える程度で
十分なのではないかと思います。
生きる方向性を見出す中での「何か一つの方向性」を勉強を通じて何か一つでも得る事が
出来れば、それで十分だと思うのです。
「人はなぜ勉強するのか」
これに対する一つの答えは、
「生きていく上で色々迷いが生じた時に、答えを見出すためには、引き出しの中身が多いほど
 判断材料のヒントが多くなる。引き出しの中身を作り出す一つの過程が勉強」という
事なのではないのかな・・・ともふと思ったりもしますね。









今回のお話のはーちゃんがとっても可愛かったですね!

はーちゃんが描いていたあの「はなまる」がとっても可愛かったし、
同様にはーちゃんが描いたあの「バツ」も楽しかったですね。
モフルンとはーちゃん二人による
「バツはすぐ書けるモフ!
 バツ!バツ!」という追い打ちがとっても面白かったです。
うーーむ、ああやって妖精たちに凹まされるプリキュアというのも初代のメップルとプリキュア5のミルク以来
久しぶりなのかも・・・・?
そうそう、はーちゃんは次回に大活躍するみたいですし、はーちゃん自身も最近はセリフの数も増えてきて
段々と物語に大きく絡んできそうな予感もあります。
はーちゃんは本当に巷で言われる「キュアフエリーチェ」に果たしてなるのかな・・・?
これは思いっきり余談になるのですけど、
私の会社で4年ほどまえに仙台で先行販売していた「木造企画型住宅」の商品名がなんと・・・・
「フェリーチェ」という名称でした・・・・
だけど・・・
フェリーチェはさっぱり売れず、今現在でも商品として残ってはいるのだけど、だれもその名前を語りがたらない・・・
みたいな存在になっています・・・(苦笑・・)
最近では・・・・
「熊本の地震で示唆されるとおり、これからは木造ではない、RCの時代だ!!」なーんて事を言う人が社内では
大勢を占めていますので、
そうですね・・・
私としては、はーちゃん=キュアフェリーチェは、商品化としてはこうならないように祈るばかりです・・・(苦笑・・)




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さてさて・・・意外と優秀であることが判明したみらいなのですけど、
なんか・・・
「えーー、こんな勉強もスポーツもそれなりにできちゃう子なんだから、一つぐらい苦手な科目があってもいいじゃん・・」
みたいな感じでしたね・・・(笑)
うーーむ、これですとオールスター映画での共演では、のぞみ・みゆき・めぐみの大先輩たちから
「みらいちゃんは全然ポンコツじゃないよ・・・・私たちが現役プリキュアの頃なんて・・・」みたいな「泣き」が
入りそうですね・・・・(苦笑・・)
それに・・・・
今回はリコちゃんが数学でなんと・・・!! 100点満点を叩き出していましたけど
実際のリコちゃんは・・・・今はまだみらいよりも数段ポンコツ・・みたいな感じでもありますので、
ま・・・要は・・・「人としての尺度」というのは「勉強」だけじゃないよ・・・
人としてもっと大切なものがあるんじゃないの・・?みたいなプリキュアらしい示唆をしているのかもしれないですよね。



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前回の話あたりから、リコちゃんの成長という要素もあり、これから徐々にリコの「ポンコツエピソード」も
少なくなっていくのかもしれないですよね。
ま・・・今回も
数学の勉強をサボってテレビを見ようとするみらいに対して、リコちゃんとしては
「テレビの電源を消そう」と思ってテレビそのものを消してしまっていたのは、ま・・・まだまだポンコツは続くよ・・・
ということなのかもしれないですね・・・(笑)
なんか・・・みらいの父親から「「会社から支給されたテレビが無くなってるんだけど・・・」みたいなボヤキが
入りそうですね・・・



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どうしてもこうした「お勉強回」というと、
かつてプリキュア5で勉強に興味が持てないのぞみに対して無理やり嫌な事をやらせようとしたかれんさんに
示唆されるように少しギスギスとした感じになりがちなのですけど、
そうした意味においても今作の「魔法つかい」は実に優しい世界観を見せてくれていると思います。

魔法界からナシマホウ界という全くの異世界にやってきて、「漢字」を一生懸命覚えようとしているリコちゃんの
「ひたむきな頑張り」に心を打たれたみらいが
「リコがこんなにも頑張っているのだから、私も私にできることをちゃんとやらないと・・・」と自主的に思い立ち
勉強に励んでいくというのが実にプリキュアらしい提示なのだと思います。
そうですね・・・・
やっぱり人というものは、強制されたり誰かに押し付けられたものは、中々自分のもとして消化していくことは
難しいのですよね。
やはり・・・「自分はこのようにしたい!!」みたいな「強い意志」が無いと結局は長続きはしないのですよね・・・
今回の話でみらいは、人に見えないところで努力を重ねているリコの後姿に「何か」を感じ取り、
それが「自分もしっかりしないと・・・」と自主的に考えた・・・ということなんでしょうけど、
このあたりはとっても「プリキュア」らしい感じがしてとっても素晴らしいです!!

再試験当日に、ほうきに乗って煙幕で「みらい、頑張って」と空に文字を描くリコちゃんも同じくらい素敵でした!!

「いろいろな経験が魔法を成長させると思うの。
漢字や化学式、魔法界にはない科目もいっぱいあるけど、全部頑張りたい」
このリコちゃんの言葉こそがリコの成長の一つの表れでしたね。

当初は
「私も…リコみたいに勉強も運動も、何でも簡単に出来ると良いんだけどな~…」という感じのみらいでしたけど、
「リコのおかげだよ!
どんな事でも頑張る姿をリコが見せてくれたから!!」
というみらいのセリフが今回の話のすべてを物語っているようにも思えます。

「人はなぜ勉強する必要があるのか・・・・」
そうした難しい古典的なテーマで永遠の課題でもあるのですけど、
「頑張る友達が間近にいたら・・・そりゃ・・私も頑張らないと!!」という魔法つかいらしい優しい答えが
提示されていたような感じもありますね。

スマイルで
「プリキュアの戦い方をまとめたレポートがあるからそれを読め」とジョーカーに言われたアカオー二は
「勉強は嫌い、そうだ、プリキュアに勝てば勉強しなくていいじゃん」みたいなことを言っていましたけど
今回のガメッツは最後に・・・・
「予習復習はやっぱり大切だ・・」みたいなことを言っていましたので、
ま・・・敵幹部に関しても今作はスマイルよりも全然優秀といえるのかもしれないですね・・・・(苦笑・・)

最後に余談ですけど、みらいたちがリンクルストーンを探して校内を探索している際のシーンで音楽室がありましたけど、
あの中の肖像画のクラシック音楽の大作曲家の先生たちがみんな不機嫌そうでなんか怖かったです・・(苦笑・・)
あれは感じからして、バッハ・ベートーヴェン、そしてもう一人は・・・・
たぶん・・・ロッシーニじゃないのかな・・・・
先月なのですけど作曲家の真島俊夫氏がまだ67歳という若さでご逝去をされました。
まだまだこれから・・・・という素晴らしい作曲家のお一人でしたので、とてつもなく残念です。
ここに真島俊夫氏のご冥福をお祈り申し上げたいと思います。

真島氏というと・・・・

最近の若い世代の皆様にとっては「三つのジャポニズム」の作曲家というイメージが強いのかも・・・
この「三つのジャポニズム」はとてつもなく難曲なのですけど、吹奏楽コンクールの自由曲としては
既に定番のひとつになっていましたよね!
あ、そうそう・・・この曲は2011年に管弦楽にアレンジもされていて、東京フィルが確か初演をしていたと
思います。
他には・・・・

巴里の幻影

ミラージュⅠ

前奏曲「アプローズ」

三日月に架かるヤコブのはしご

百済伝説による交響組曲「神門物語」

あたりの曲がとっても馴染み深いです。

そうそう・・・

1991年の課題曲B「コーラルブルー」とか1997年の課題曲Ⅲ「五月の風」もとっても素敵な曲でした!!
特に「五月の風」のラスト近くのピッコロの掛け合いなんかはとっても素敵でした!
(この五月の風の自分にとってのベスト演奏のひとつは・・・・洛南高校の演奏なのかも・・・)

だけど・・・・

私にとっての真島俊夫氏というと・・・・

やっぱり・・・・

1985年の課題曲B「波の見える風景」なんですよね!!

私・・・本当にこの課題曲は大好きでした!!
冒頭のゆっとりとした二拍子の感じとか、「海」というよりは「心象」に近いような揺れ動く雰囲気か
後半の大変な迫力とか
ストーリー性からも感じさせるあの音楽的表現の幅広さとか
喜怒哀楽がぜーんぶ詰まったようなあの感じとか
時折、ほろっ・・とさせるあの優しい感じとか
とっても素晴らしい課題曲だったと思います。

ちなみにですけど、この「波の見える風景」は、私が大学2年の時の課題曲でした。
この素晴らしい課題曲を実際に自分自身が吹けた事は、今にして思うととってもラッキーな事だったと思います。
私・・・・正直・・・この年までは「吹いていて何かが伝わる課題曲」ってあんまり吹いたことがないのですよね・・・
たとえば・・・・
幼い日の思い出・イリュージョン・アイヌの輪舞なんかは・・・・
そうですね・・・吹いていて「楽しい」とはあんまり思わなかったし、
コンクールが終わってしまうと「正直、あんまり聴きたくない曲」になっていたのかもしれないです・・・(苦笑・・)
例外が・・・1983年の課題曲C「カドリーユ」かな・・・
あの曲は曲自体大変薄く書かれていて、クラリネット奏者にとってはあの「軽快感」を出すのは大変難しい曲でしたけど、
やりがいはある曲でした!
そんな中、この真島氏の「波の見える風景」は、コンクールが終わった後でも
「ずっと聴き続けていたい・・」と思わせる本当に素晴らしい課題曲のひとつだと思います。
こういう課題曲は・・・・
自分自身が実際に吹いた曲としては、他には1987年の課題曲A「風紋」も大変印象的で、
いまだにこの「風紋」は大好きな課題曲の一つです!!

前述の風紋以外では
私としては、好きな課題曲として、ディスコ・キッド、ポップス変奏曲「かぞえうた」、
東北地方の民謡によるコラージュ、序奏とアレグロ・インヴェンション第一番、テイクオフ、
吹奏楽のための序曲(00年ではなくて、1986年の方)、ハロー!サンシャイン、フューチュリズム、
ベリーを摘んだらダンスにしよう、稲穂の波あたりがいいなーと思います。

だけど・・・やっぱり私の中ではこの「波の見える風景」は、
一歩抜きん出ている存在ともいえる課題曲の一つなのかもしれません。
「波の見える風景は」1988年に改定版も出ているのですが、
大変申し訳ないのですけど、私はこの改訂版はあんまり好きではありません・・・
なんか印象としては、改訂版の余計な箇所を削ったら、元の課題曲Bに戻ってしまう・・みたいな印象すら
あります。
(ちなみにですけど・・・改訂版「風紋」は原曲同様素晴らしいと思います!)

「波の見える風景」は少し不思議な感じもする曲で、
ま・・・これは私個人の感覚なのかもしれないですけど、
吹いていると、なんか無性に感情がこみ上げてくる・・・・そんな感じの曲でした。
別に涙は出ないけど、吹いているだけでなんか「泣きたい気持ち」にさせられてしまう・・・・
なんかそんな雰囲気すら持っていた曲だと思います。
そうですね・・・・この感覚は、ミッチェルの「海のうた」をかつて吹いていた時の同じようなものが
あるのかもしれないですよね。

1985年のコンクールは、なんといっても!!
天理高校の「セント・アンソニー・ヴァリエーション」と
愛工大名電の「プラハのための音楽1968」の二つの歴史的名演を生で聴けたという事に
尽きると思います。
天理の「セント・アンソニー・ヴァリエーション」は本当に素晴らしい歴史的名演でしたけど、
天理の「波の見える風景」はかなり豪快に鳴らしている印象があります。
曲のエンディング近くでは、ドラが相当の音量でゴーーーーンと鳴り響いていたのは
相当のインパクトがありました。

「波の見える風景」の高校の部での最優秀演奏は、私は習志野高校だと思います。
とにかく音色がデリケートだし、それ程豪快に鳴らしている訳ではないのに
力強さも感じました。
何よりも、目を閉じて聴いていると、何か自分だけの海のストーリーが出来てしまうような
感受性豊かな演奏でもありました。

フルート・オーボエ・クラリネットのソロが全体に華を添える曲でもありますが、
後半のたたみかけるような展開も大好きな曲でした。
そしてあの洗練されたサウンドは、バファリンでは無いけど、まさに・・・「優しさからできている」みたいな
感じの演奏だったと思います。

とにかく・・・

私が初めて真島氏の名前を耳にした際は
「これからの活躍が期待される若手作曲家」というフレーズが結構多かったものですので
余計に「まだお若いのに・・」という思いは強いですね。

繰り返しですが、真島氏のご冥福を心より御祈念申し上げさせて頂きたいと思います。
先月から今月の初めにかけて「Dollfie Dream×東方ProjectのDD化企画」という
本当に洗練されて美しくて抒情性の香り高いあたかも「フランス人形」みたいな東方×ドールの世界を
5回に分けて記事にさせて頂きましたけど、
あの企画で登場したチルノ・十六夜咲夜・霊夢・妖夢・魔理沙は本当にどれも甲乙付け難いほどの
完成度の高さがあったと思います。
まさにあれは「美しきドールの世界」でした!!
本当にあれは素晴らしかったと思います。

だけど・・・・

確かにドールの世界も素晴らしいのですけど、それに勝るとも劣らないほど、東方の「フィギュア」の世界、
特に特に・・ドルフィンが企画・製作していたあのフィギュアの世界も
素晴らしい完成度があったと思います。

何となくなのですけど、東方×ドールの世界は「洗練された美しさの世界」という感じがあり
擬人化された人形みたいな感じもするのですけど、
東方×フィギュアの世界は、どちらかというと本来のキャラに近いというか、
力強さ・迫力・実写的みたいな雰囲気もあると思います。
ま・・、確かにどちらの世界もとにかく「素晴らしい!!」としか言いようがないですけどね。
だけど・・・・
お財布のひも的にはやっぱり・・・「フィギュア」の方がまだ少しは近いのかな・・・・とも思ったりもします。
(それでも一体7000~9000円という価格帯ですけどね・・・)

話はカテゴリ違いなのかもしれないのですけど、こうした東方のあまりにもレヴェルが高いドールとかフィギュアを
見てしまうと・・・
「うーーーん、ハピネスチャージプリキュアのキュアラブリーも早い所・・・フィギュアの商品化を
実現して欲しいなぁ・・・」と
しみじみ感じてしまいますよね・・・・・(苦笑・・)

あ・・・・ちなみにですけど、下記で取り上げさせて頂く東方フィギュアは、ほとんどが2012年に発売または予約受付開始を
したものでして、
当然ながら、現在では販売とか予約はしておりませんので、あしからず・・・・
(アマゾンとかヤフオクでは、ドールと違って今でも頻繁に見かけますね)




髴雁、「_convert_20160506183929



やっぱりトップバッターは、東方の「絶対的エース」でもある霊夢に登場して頂きたいものです!!

これは、博麗 霊夢~香霖堂verでして、スケール 1/8 サイズは約18㎝ 価格は当時で8500円でした。

この霊夢は可愛いというよりは「凛々しい!!」という言葉が似合いそうですね!!




螯門、「_convert_20160506183855



こちらは、半人半霊の庭師 魂魄 妖夢です!
キャッチコピーの「斬れぬものなどあんまりない」というのが中々素晴らしいです!
スケールは1/8  サイズ約18㎝ 価格は当時で7200円でした。

霊夢同様、こちらの妖夢もなんか「凛々しい」という言葉がよく似合いそうだと思います。
背中に差している二刀流の長短の刀がやっぱりいいですね!!




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こちらは、このブログにおいては今の所、まだそんなに記事にしていないアリスですけど、
私、実は結構アリスも大好きなんです!
アリスの事もいずれ「東方語り」として語らさせて頂ければいいなぁ・・・と思っています。

こちらのアリスのフィギュアは、スケールは1/7 サイズは約21㎝、価格は9500円となっていて、
今回取り上げさせていただいた東方フィギュアの中では、サイズ的には大きい方ですね。
セットとしてアリスが操作するお人形さんが一体付いているのが価格高めの理由なのかな・・?

何となくですけど、全体的な印象としては、
アリスとかパチュリーさんのフィギュアはとっても美しくて繊細な感じがしますね。
このお二人はドールとして商品が企画化されても全然違和感がない感じがしますね。




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四季映姫様と小野塚小町は、ま・・上司と部下という関連性のせいか
同時期に発売になっていたようですね。
スケールは共に1/8ですけど、
サイズは、小町が24㎝、四季映姫様が18㎝でしたから、
やはりこの二人の身長差は見た目にもはっきりと分かりそうですね。
小町のあの「鎌」がやっぱり地獄の使者みたいな感じで見た目にも大変鮮やかですね!

だけど個人的には・・・四季映姫様のフィギュアがとっても欲しいですね。

これ・・今ではアマゾンなんかでも在庫無しとなっている事が多くて、価格も発売当時のものよりも
今の方が高いというのがなんか「プレミア感」があったりもします。
四季映姫様が履かれている靴下がなんか昔の女子高生っぽい感じでとっても面白いです!



ムラサ



ムラサですけど、スケールは1/8 サイズは20.5㎝、価格は7600円となんか手ごろな感じがありました。

なんか私としては、女子高生みたいな「セーラー服」になんか
とっても目がそそられそうですね・・・・(笑)


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こちらは、メディスン=メランコリーですけど、
メディスンはこのブログでは今までほとんど語ったことが無いのですけど、実は結構好きなキャラでもありますので、
近いうちに語ってみたいな・・とは思っています。

スケールは1/8 サイズが約16.5㎝という事で
今回の中では一番「ちびっこ」という感じがしますけど、
実はメディスン自体も生まれたばかりの妖怪という設定になっています。
ちなみに価格は7980円となっています。

なんとなくですけど・・・生まれたばかりということで「あどけない感じ」がフィギュアにもよーーく滲み出ている
雰囲気はありそうですね!!



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さてさて・・・・最後の締めはやっぱりこの御方で・・・・

そう!! 八雲紫様ですっ!!

あーーもやっぱりゆかりんは最高ですね!!

スケールは1/8 サイズは20.5㎝ 価格は8800円となっています。

東方の中では「お姉さん」という感じなのですけど、
そうですね・・・
こういうお姉さまだったら、まさに「お姉さま、大好き!!!」という感じになりそうですね・・・・!!

あーー、やっぱりゆかりんはあの「妖しい雰囲気」が素晴らしいのですけど、
フィギュアの世界でも十分にその妖しさも再現されていたと思います!!

14.尼崎西高校

  
  A/トッカータとフーガ ニ短調(J.S.バッハ)

  
  このブログでも何度か記したことがあるのですけど、関西ブロック・・・特に「兵庫県」の高校の部って
  1980年代~90年代にかけてのレヴェルは異常なほど高かったと思います。
  21世紀に入って以降は・・・ちょっと寂しい結果になっているのは、勿体無い感じはありますけど
  いずれは・・・かつてのあの「輝きの時代」を取り戻してくると、私・・・信じているっ!!
  だって・・・
  一つの県において、あんなにも数多くの公立校があのウルトラ激戦の関西大会を突破し全国大会に出場した県って
  多分・・・そんなにないと思います。
  兵庫・神戸・御影・尼崎東・西宮・明石北・明石南・・・・・とにかくこれらの学校は一回だけという単発ではなくて
  複数回も関西地区代表として全国大会に出場し、数々の個性的で素晴らしい熱い名演を幾つも
  残しているというこの事実は、本当にこれは「誇りうるべき事」だと思いますし、
  私のように吹奏楽後進県のポンコツ高校のポンコツ吹奏楽部員の目から見ると、
  まさに・・・「眩しい!!」という「憧れ」の感情しかないですね・・・!!
 個人的には・・・・兵庫と西宮を指導された吉永陽一先生と明石北と兵庫を指導された松井先生と
  御影と西宮吹奏楽団を指揮されていた楊先生が特に印象的です。
  ま・・・その中でも特に・・・・吉永先生のあの卓越した「個性」は本当に大好きでした!!
  確かに・・・好き嫌いははっきりと分かれる演奏&解釈なのかもしれませんけど、
  言葉は大変悪いのですけど・・・「下品でどこが悪いねん!!」みたいなあの「魂の躍動感」は、
  も――――、私は大好きでしたぁーーーー!!
  ああいう個性的な先生は・・・・21世紀以降はもう現れないのかもしれないですよね・・・・
  本当に不世出の素晴らしい先生だったと思います。

  さてさて・・・

  上記以外の学校でも、例えば・・・尼崎西高校も素晴らしい演奏を聴かせてくれていたと思います。

  この尼崎西は、1978年以前はそんなに目立つ実績も無かった学校だったと思いますが、
  指揮者に、かつて関西学院大学をキャンディード序曲にて全国・1位に導いた
  中村弘之氏(OBだったかな・・そのあたりは不明)を招き、確か1年目でいきなり全国大会に導いていたと思いますので、
  やはりその手腕は相当なものがありそうですね。
  これはあくまでうろ覚えの記憶なのですけど、確か中村氏は1983年辺りにBJで
  この尼崎西での日々をエッセイとして記していたと思いますが、
  当時は結構「やんちゃな学校」の部員を色々と叱咤激励し、結構なご苦労も色々とあったとの事ですけど、
  結果として、78年・79年・82年の3回も全国大会に導いていたのは、「さすが・・!!」という
  一言しかないですね。
  79年の「アルメニアンダンスパートⅡ」のとにかく「猪突猛進」を絵に描いたようなイケイケの豪快極まりない
  演奏もとてつもない迫力がありましたし、
  (あの演奏は、とにかくテンポが速く強奏もこれ以上やると演奏崩壊というギリギリの線で踏み止まっていたと思います
  浜松工業と全く同じ自由曲でしたけど、浜工の洗練された豪快さとは一味も二味も違った個性的な
  演奏でした!!)
  82年のクラリネットのソロのミスは痛かったけど、それ以外はとにかく音楽にノリと勢いが感じられ
  個人的にはとっても大好きなスペイン奇想曲です。

  1978年の演奏は、79年と82年で聴かせてくれた少しやんちゃな感じとは少し一線を画していて
  一言で言うと・・・
  課題曲は正統派の気品溢れる演奏、自由曲は荘厳な響きという印象です。
  課題曲はテンポ設定か極めて妥当で、聴いていて「心地よい」という感じですし、ソロ楽器もそれぞれが
  きちんと役割を果たしているという感じです。
  自由曲も、全体的には端正で荘厳な響きを演出しているのですけど、
  時に・・・・79年や82年で見せてくれた「荒っぽい響き」も顔を出し、
  部分的に「やんちゃなバッハ」という香りも感じさせてくれました。
  全体的には、音色が少し粗いのだけどサウンドが「光り輝いている」という印象が強いですね。
  関西代表に相応しい個性的なチームの一つだと思います。
今年のGWは、私にとってはお休みは三日間だけでしたので
なんか「あっという間に終わってしまった・・・」みたいな感じでした。
だけどそんな中でも、幸いなことに結構近くで二度も「プリキュアショー」のイベントを見ることが出来て
それだけでなんか「わくわくもんだぁー」という感じでした!

5/3が「キュアラブリー」の単独イベント
5/5が「魔法つかいプリキュアショー」だったのですけど、
ラブリーの方は既に散々記事にしていますので、今回は省略・・・・

もしも宜しければ・・・・ラブリーの単独イベントの記事をご覧になりたい方は
こちらから・・・!! → キュアラブリー単独イベント

さてさて・・・・

5/5は、本当に自宅から歩いてでもいけそうなとある住宅展示場にて「魔法つかいプリキュアショー」が開催
されていましたので、地元という事もありますので(?)当然駆けつけさせて頂きました・・・(苦笑・・)
まったく・・・このポンコツ管理人は、世間がGWとか何とか言っているときでも「プリキュア」以外興味が
ないのでしょうか・・・・(苦笑・・)
「魔法つかいプリキュアショー」自体は実は・・・今回で既に3回目です・・・
そうですね・・・・
今までですと、「写真撮影」の方にばかり夢中になっていて
意外とショー自体はじっくりと見ていなかったのかも・・・・という反省(?)を踏まえて、
今回は、あんまり写真自体は撮っていません。
代わりにショー自体を楽しむというかミラクルとマジカルたちをじっくりとこの目に焼きつけさせて
頂きました!

それにしてもこの日はとてつもなく暑かったです!!

見ているだけなんですけど、屋外でのイベントということもあり、結構額からの汗はすごかったのかも・・・?

あ・・・・そうそう

このブログにおいては、こうしたプリキュアショーもグッズ関連もアニメ本編も
どちらかというとリコちゃん=キュアマジカルの方ばかり着目していた傾向があるのですけど、
今回は・・・・・
たまーには、「キュアミラクル」の方に重点をおきたいと思っています(笑・・)



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先日のラブリー記事の中でも書いたのですけど
こうした被り物のプリキュアショーの中で、「あ・・・なんかとっても完成度が高いな・・・!」と感じさせてしまうプリキュア
なのですけど、
それはやっぱりピンク系の方が大きいなとも感じてしまいます。
私としては、やっぱり、ハッピー・ラブリー、そしてミラクルの完成度は「やっぱり素晴らしいな・・」と
思ってしまいますね。

その中でも上記のミラクルは、この日の私の「ベストショット」なのかも・・・・!?

このミラクルはとにかくめちゃくちゃ可愛いと思います!!



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さてさて・・・・またまた敵の悪巧みによって、
ミラクルとマジカルは、「動物」のモノマネを無理やりさせられてしまうのですけど、
象とウサギを無茶振りされる二人がとっても可愛かったです!
またまた画家志望の女の子からポーズを求められている際の上記画像のミラクルの弾け具合は
とってもとっても可愛かったです!!

あれれ・・・象とウサギというと・・・・

5/3のラブリー単独イベントの際のジェスチャーとまったく同じでしたね!! (笑)
あの時のラブリーの「ごちうさ」を彷彿とさせるポーズがとっても可愛かったですけど
負けないくらいミラクルとマジカルの「ぴょんぴょん」な感じがとっても可愛かったです!

ちなみにですけど・・・・

「うさぎ」というと・・・またまたこのネタで申し訳ないのですけど
埼玉県ローカルショートアニメ「浦和の調ちゃん」(浦和のうさぎちゃん)というイメージがあったりもするのですけど、
ちなみに今回のショーの会場は、この「浦和の調ちゃん」の舞台となっている「調神社」(つきのみや神社)から
歩いてでも行ける距離です・・・(笑)



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ミラクルがポーズを取っている際に、陰に隠れて様子を見ていたマジカルとモフルンもとっても
可愛かったです!
なんか見方によっては・・・・
ポンコツちゃんが「ポンコツちゃん頑張って!!」とエールを送っているような気も・・・・??



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こうやってモフルンを抱きかかえる二人はとっても可愛いですね!!

ちなみにですけど・・・

今回のショーの戦闘シーンでは、以前の記事でも既に書いたとおり、
ダイヤ→ルビー→ダイヤと「フォームチェンジ」がなされるのですけど、
今回はなんか・・・ルビーでの戦闘が結構迫力があって、なんかそれに見とれていたら、
このポンコツ管理人は、そのルビーでの写真を実は一枚も取っていないことに後で気がついたものでした・・・(苦笑・・)




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最後に・・・・

やっぱりこのGW中の「プリキュアショー」関連記事の締めは・・・

やっぱりこのお方で!!

ま・・・ラブリーもとっても可愛いけど、同じくらいミラクルもマジカルも可愛いですよね!!
13.花輪高校


  A/交響曲第1番第四楽章(S.ラフマニノフ)

  
  この年、1978年の花輪高校吹奏楽部においては、ついに・・!!
  「新たなる伝説の日々」が始まることになるのです!!
  そう・・!!
  この年にあの・・数々の花輪伝説を作り上げられたまさに・・・伝説の先生、小林久仁郎先生が
  赴任されてきます。
  もちろん、小林先生の赴任以前の佐藤先生時代にも花輪高校は、数々の名演&伝説を残してくれているのですけど、
  佐藤先生には大変恐縮なのですけど、
  やはり花輪高校吹奏楽部の「真の栄光と伝説は小林先生から始まった・・」と言えるのではないのかな・・とも
  思います。
  そうですね・・・
  佐藤先生がしっかりと種蒔きをされたその土壌に大輪の花を咲かせられたのが、やはりあの小林先生という事に
  なるのかもしれませんよね。
  よく花輪高校というと、「よくこんなマイナーシンフォニーを発掘してきたもんだ・・」といまだに言われることが
  多いと思うのですけど
  (その典型的事例が1985年のガジべコフの交響曲第2番なのだと思います)
  いやいや、佐藤先生時代も決して負けていないですね。
  その典型的事例が1975年のチャイコフスキーの交響曲第1番「冬の日の幻想」なのかな・・・
  あの交響曲は只でさえプロのオーケストラでもあんまり演奏されない曲で、ましてや吹奏楽コンクールで
  演奏される事は・・・まずないです・・・
  そうですね・・・百歩譲って、金管に打楽器がかなり派手に加わる第四楽章を自由曲に選ぶというのなら
  少しはわかる・・・みたいな感じもあるのですけど、
  花輪が選んだのは・・・あまりにも地味でいかにも「荒涼たる冬の光景」の第一楽章なのです!!
  うーーん、渋いよ、渋すぎる!!
  あの第一楽章が収録された「レジェンダリーシリーズ」のCDを改めて聴いても・・・・
  「よくこんな盛り上がりも派手さもほぼ皆無のあまりにも地味すぎるこの楽章を自由曲にしたもんだ・・」と
  全く逆の意味で驚嘆せざるをえません・・・
  ま・・・今だった100%自由曲として選ばれることはないと思うのですけど・・・
  あ、そりゃ分らないか・・・
  昨年・・2015年の全国大会で、まさかまさかの・・・ブルックナーのシンフォニーを自由曲にしたチームが
  高校の部で登場していましたよね!!
ま、花輪は、74年も「展覧会の絵」という大変メジャーな曲を自由曲にしたものの、 
  一般的に演奏されるパターンの「ババ・ヤーガの小屋+キエフの大門」という組み合わせではなくて
  プロムナードと古城をメインにした前半部分の抜粋という驚くべき組合せでしたし、
 73年もこれまた大変メジャーな「シェエラザート」を自由曲にしながらも、演奏した楽章は
  第二楽章の「カレンダー王子の物語」という大変地味な楽章ですからね。
  そして輪を掛けたのが、1977年の選曲でしたね。この年だけは、佐藤先生指揮でも小林先生指揮でもない
  廣田先生という方の指揮でしたけど、選んだ曲がシベリウスの交響曲第2番でした。
  そうですね・・この曲はオーケストラで演奏すると大変威力を発揮するのですけど、吹奏楽で演奏しても
  大抵トホホ・・・・みたいな結果で終わることが多い曲です。
  (それを象徴した演奏が、尼崎東高校の演奏かな・・・)
  だけど・・百歩譲って、尼崎東のように派手に盛り上がる第四楽章というのなら、何となく・・・わからなくもないのですけど
  花輪が選んだ楽章は、やはり霧がかかったような第一楽章・・
  うーーむ、この選曲はチャイコフスキーの1番よりも渋い・・あまりにも渋すぎる選曲でした・・

  さてさて・・  そうした中で小林先生が花輪高校に赴任されてくるのですけど、
  小林先生の大変優れた指導の下、花輪高校は更に素晴らしい発展を遂げ、後世の私達に
  とにかく素晴らしい名演の連続を残してくれたのでした。
  1978年は、小林先生=花輪高校サウンドのスタートの年だったのですけど、そこから聴こえてくるサウンドと
  音楽的解釈は、もう既に小林先生の「個性」が色濃く出ていたと思います。
  振り返ってみると、小林先生にしても、プロの演奏家からこうした地方の音楽教師&吹奏楽部顧問への転身と言う事で
  吹奏楽の指導実績も吹奏楽コンクールへの出場も何もかも初めてと言う中で
  あそこまで優れた演奏を1年目から残されていたというのは、まさに驚愕に値するものがあると思います。
  それでいて、1年目からああした「小林先生にしか創れない音楽」という「小林久仁郎ワールド」を赴任一年目から
  遺憾なく発揮されていた事は、本当に素晴らしい事だと思います。
  本当、改めてですけど・・・「小林先生は偉大だよな・・・まさに東北ブロックの宝!!」とすら感じてしまいます。
  同じく「東北ブロックの宝」の秋田南の高橋紘一先生は1986年のコンクールをもって勇退されたのに、
  小林先生は、その後花輪から秋田南へと異動され、当時は少し停滞気味だった秋田南を立派に立ち直らせて
  1997年のコンクールまで現役指導者として辣腕を振るわれ、
  花輪でも秋田南でもあまりにも偉大過ぎる実績と後世に絶対に受け継いでほしい「素晴らしすぎる名演」を
  残されましたので、
  本当に・・・・まさに頭が下がる思いで一杯です。

  課題曲Aですけど、やっぱり上手いですよね――!
  この年の東北支部代表3チームのジュビラーテですけど、三者三様というのが大変面白いものがあります。
  とにかく才気煥発・溌剌という少しやんちゃな弘前南、正統派でまさにクラシック音楽そのまんまの端正な響きの秋田南、
  そして、時にテンポに遊び心を加味したり揺らしたりしていて音楽に「自由」な雰囲気を漂わせている花輪と
  代表3校の違いは明確に感じたりもしたものでした。
  というか、この時代・・1978~83年前後の東北ブロックのレヴェルの高さはとにかく半端ないものが
  あったなと感じます。
  これはこの時代がまさに私自身の中学~高校のスクールバンドとしての奏者時代とほぼ被っていて
  東北支部でクラリネット奏者だった私自身が肌でそのように感じていましたので、多分間違いではないと思います。

  自由曲のラフマニノフの交響曲第1番は、多分ですけど吹奏楽コンクール初演だと思います。
  小林先生の後年のあの過激で個性的な「ロシアマイナーシンフォニーシリーズ」という超ウルトラ名演&爆演から
  見てしまうと・・
  「あれれ・・小林先生にしては随分とおとなしい路線」と感じるのかもしれませんけど、
  ま・・・前述の通り、小林先生にとってはこれが花輪での初陣ですので、それは仕方がない事なのかもしれません。
  ただ1978年当時は「ラフマニノフ」という作曲家を吹奏楽コンクールで選曲するという事はほぼ皆無に近かったという事
  だけは強調しておきたいと思います。
  ラフマニノフが吹奏楽コンクールで自由曲レパートリーとして定着したきっかけというのは、
  1983年の山王中学校の交響的舞曲~第三楽章なのかもしれないですよね。
  ラフマニノフというと、とにかく甘くてせつなくてメランコリー溢れる大変感傷的でロマンティックな曲の作曲家という
  イメージが大変強いと思うのですけど、
  実は・・・若い頃に「交響曲第1番」というラフマニノフにしては少し「悪趣味」に走っている曲があたりもします。
  ま・・そうした悪趣味の香りぷんぷんのせいで、これは後述しますけど、
  この交響曲の初演は歴史的なすさまじい大失敗に終わり、ラフマニノフ自身はその後何年間も作曲が出来ないほどの
  ノイローゼ状態に陥ったしまったという大変「いわく付」の曲でもあるのですけど、
  花輪高校の演奏は・・・これは是非一度皆様にも聴いて欲しいと切に思っているのですけど、
  とにかくそうした「悪趣味」の香りがすさまじいほどにぷんぷんと漂ってきます。
  一度この花輪の演奏をクラシックおたくの知人に聴かせた事があるのですけど、彼曰く・・
  「うん、これは悪趣味の香りではなくて、悪臭そのものだね・・」とバッサリ切り捨てていました・・・(苦笑・・)
  だけど、花輪の演奏はそのくらいこの曲本来の「悪趣味」を遺憾なく表現しているのだと思います。
  でもこの演奏、本当に上手いですよね!!
  木管の分厚いうねりの表現とか、弱音器(ミュート)をつけたホルンとトランペットの巧さとか
  打楽器の鳴りのバランスの良さとか
  随所で「キラリ!」と光る箇所を既に見せつけてくれています。
  「ロマンチック」という雰囲気はあまり伝わってこなかったですけど、
  1981年のプロコフィエフの交響曲第3番で聴かせてくれたいかにも「ロシア平原」を駆け抜けるような
  自然の広大さと偉観さなんかも十分伝わってくる音楽的内容だと思います。
  時折なのですけど、チャーミングな表情も見せてくれるのが、なんか時にホッ・・とするものがありますね。

  とにかく小林先生着任1年目とは到底思えない、早くも小林先生の「個性」が遺憾なく発揮された素晴らしい演奏だと
  私は思います。

  一つ惜しまれるのは・・・・ま・・これはよく言われることですけど、
  一番最後の和音が、クラリネットの凄まじい「リードミス」でキッ――――という音で閉じられたのは
  勿体ないけど、
  あれは・・ご愛嬌なのかもしれないけど、
  とてつもなく良い言い方をすると、あの「キ――ッ!!」というリードミスは、まさに悪魔の歯ぎしりのような雰囲気と
  言ってもいいのかな・・・とも思いますね。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さてさて、ここから先は、ラフマニノフの交響曲第1番について、過去記事を一部転記させて頂き、
この歴史に埋もれがちな素晴らしい交響曲について
補足をさせて頂きたいと思います。


ラフマニノフというロシアの作曲家の代表作と言えば、
誰が何と言っても「ピアノ協奏曲第二番」なのでしょう・・・・
初演当初から、「後ろ向き」・「20世紀の作品なのに内容はチャイコフスキーの時代の19世紀みたいなもの・・」
「前向きな所が無く過度にロマンティック過ぎ」・「前衛さの微塵も無い・・」とか
「甘すぎるし感傷的」とか「多分すぐに忘れ去られてしまう」とか
色々言われはしましたけど、
21世紀に入ってもこれだけ愛され続け、演奏会でも重要なレパートリーになっている事を考えると、
「別に後ろ向きだっていいじゃん!! 要はどれだけ人の心にまっすく゜に何か思いが伝わるかという事だ・・」とも
思ってしまいますね。
別に音楽は「人に何かを伝える」というメッセージ性だけではないと思います。
何か「美しい」とか「甘い」とか「優しい」といった漠然とした形容詞みたいなものを音楽を通して
感覚で伝えてるのも、それはそれで素晴らしい事だと思います。

ラフマニノフというとどうしても「ピアノ協奏曲」のイメージがとても大きいのですけど
実は交響曲の分野でもかなりの大作を後世に残しています。
ラフマニノフの交響曲は三曲あるのですけど、
私の意見なのですけど、「交響的舞曲」という最晩年の名作も実質的には
交響曲第4番みたいなものじゃないの・・・・??とも思ったりもします。
だって「交響的舞曲」第三楽章のあの中間部の優しいセンチメンタルさは、
どうみても「ラフマニノフの生涯の集大成」のようにも聴こえてしまうのですよね・・・・
ついでに言うと、ラフマニノフのピアノ協奏曲集は全部で四曲あるのですけど、
「パガニーニの主題による狂詩曲」も実質的にはピアノ協奏曲第5番ではないのかな・・・?とも
思ったりもしますけどね。

さてさて、ラフマニノフの交響曲は三曲あるのですけど、
やはり一番有名なのは交響曲第二番なのかな・・・・
あの交響曲の第三楽章は、正直「泣ける要素」がてんこ盛りですよね・・・・
何か聴くだけで瞳がウルウルしそうな甘く切ない曲で、
むかーしの話ですけど、和久井映見酒宴のドラマ「妹よ」のテーマ曲にも
この楽章の甘いメロディーが多用されていたようですね・・・・
この交響曲第二番は、結構最近まで「あまりにも長すぎる!」というかなり身勝手な理由で
カットされて演奏されたり、
カット版の録音が発売されたり、色々と不遇な時代もあったようですけど、
アンドレ=プレヴィンという指揮者の努力もあり、
今ではカットされて演奏される事はまず無くなりましたね。

さてさて、ラフマニノフの交響曲第一番なのですが、
私自身はラフマニノフの交響曲は全部好きなのですけど
個人的には第一番が一番好きです。
(アメリカ亡命後に作曲され、かなり洗練された印象のある第三番も捨てがたい魅力はありますね・・)

それにしてもラフマニノフの交響曲第一番は、よく言われる事ですけど
「初演が完膚なきまでに大失敗した曲」としても大変名高いものがありますよね・・・・
ま、この初演の大失敗の主要因は、
初演の指揮を振ったグラズノフというロシアの中堅作曲家の曲に対する無理解と
オケのやる気の無さなのだと思いますけど、
この初演の大コケと評論家たちの酷評は、
繊細なラフマニノフのメンタルを大いに傷つけてしまい、
結果的に、初演の失敗から数年近く半分ノイローゼ状態に追い込まれてしまい、
ほとんど作曲が出来ない状態が続いたと言われています。
結果的にこのノイローゼ状態を救ったのはダーリ博士による暗示療法と言われていますけど、
実際はどうだったのかな・・・??
本当に暗示だけで「心の闇」が本当に救えるものなのかな・・・??
やはりラフマニノフ自身の「何とかしないと・・・」という強い気持ちの方が勝っていたせいなのかな・・・??
だけどダーリ博士の
「君は素晴らしいピアノ協奏曲を書ける」という暗示の下、世に生み出されたのが
前述の20世紀の不滅の名曲の一つである「ピアノ協奏曲第二番」なのですから、
ま、勿論歴史に「もしも・・・」があってはいけないのですけれど、
もしも交響曲第一番の初演が成功していたらとか
もしもダール博士の暗示療法を受けていなかったら、
もしかしてあの「ピアノ協奏曲第二番」はこの世に生み出されていなかった可能性も
あるかもしれませんよね・・・・

交響曲第一番なのですけど、
何となく初演の失敗も分かるような気もします・・・・
何て言うのかな・・・・
この交響曲は、全てのラフマニノフ作品の中では明らかに「異質」だと思います。
甘いせつないイメージがあるラフマニノフの曲としては、
例外的に「少し前衛臭い・・・」とか「不協和音の扱いが中々巧み」とか「表現がとけどけしい」という
印象があります。
特に第四楽章の、かなり悪趣味的な響き、ドラがゴワーンと轟音を立てる中での執拗なメロディーの反復、
何か「悪魔的色彩」が感じられるようなラストの和音は
やはりラフマニノフの作品の中では「例外中の例外」みたいな違和感も確かにあったりもします。
この曲の初演後に、ロシア五人組のキュイーは、
「もしも地獄に音楽院があったとしたら、こんな交響曲を書いた生徒が一等賞になり、
地獄の住民共を喜ばしたのに違いない・・」とかなりの酷評をしていますけど、
その評価も何となく分かるような気もします・・・・

でも、この曲全体を通して聴くと、
大きなスケールのうなりとかメロディーラインの魅力さ、甘美さとせつなさ、
悪趣味と優しさのアンバランス振りが
大変魅力的であり、
私は特に第四楽章がとても大好きなのです!!

ラフマニノフは、祖国ロシアで「ロシア革命」が勃発すると
社会主義政権を嫌ってアメリカに亡命してしまいますけど、
その亡命のドサクサ時に、この「交響曲第一番」の自作譜を自宅に置き忘れてしまい、
いつか若かりし日のこの不遇な作品に改訂を施し、改めて世に問いたいと思っていた「願い」は
ついに叶えられずに
世を去っています・・・
ま、だけど「交響的舞曲」第一楽章のコーダ部分に交響曲第一番のメインテーマを引用し、
一応別の形で世に問うてはいます・・・・
この曲が再び注目されることになったのは、作曲者没後の1945年に
音楽批評家のアレクサンドル・オッソフスキーによってレニングラードの国立図書館で
初演の際のパート譜一式が発見された事がきっかけでした。
それをもとにスコアが復元され、同年10月17日、モスクワ音楽院大ホールにおいて、
アレクサンドル・ガウク指揮ソヴィエト国立交響楽団により復活初演され、
初演は大成功に終わり、その後世界各地で演奏される一つの契機となっていきました。
まず初めにお断りを・・・
今回の「早苗さん その①」の記事ですけど、どちらかというと、早苗さんとしての記事というのではなくて、
幻想郷と外界の関連性の事を取り上げさせて頂き、
今回に関しては「総論」みたいな形で簡単に取り上げさせて頂きたいと思います。


早苗さんと言うと、初登場の際はそうですね・・・・
何となくですけど微妙な感じもあったものでした。
なぜそのように感じていたかというと、「東方Project」の世界においては、「神社の巫女さん」と言うまでも無く
「霊夢」という絶対的なエースが既に君臨していましたので
「え・・・なんで既に存在しているキャラの二番煎じみたいなキャラを登場させるのかな・・・?
しかも幻想郷には既に博麗神社という神社が存在してるのだし、
白蓮さんの命蓮寺のように他宗教と言うのなら分かるのだけど、
なんでここであえて同じ神社の巫女さんを登場させちゃうのかな・・・? うーーん、正直よく分からない・・・」
みたいに感じていたものでした。

だけど・・・早苗さん登場の意図というのか「意義」はかなり大きいものはあったのかな・・とも思っています。
ま・・・、別に同じ巫女さんという同業者の登場で、霊夢が発奮して、勉強&修行に勤しむという展開にならないのが、
いかにも東方らしいというのか霊夢らしい話ですよね。
いや―ー、私、霊夢のこういう所は本当に大好きですっ!!
この事は既に「聖白蓮」関連記事で散々書いてはいるのですけど、
元々・・・東方の世界においては、宗教関連というのは霊夢の博麗神社しか存在はしていませんでした。
そして・・・この博麗神社というのは、霊夢がとにかく・・・「妖怪」を次から次へと引き寄せてしまい、
この神社は「妖怪」の溜り場みたいになっているから、参拝客が極端に少なく、
幻想郷内の人々の間では、「信仰心」が徐々に薄れていっているのかな・・・という感じもあったものでした。
そうした中での、霊夢と同じ同業者の「守矢神社」というもう一つの神社が登場し、
その頃に、白蓮さんの命蓮寺という仏教陣営の勢力拡大とか神子・布都子等の道教勢力の登場とかも
ありましたけど、
これが意味する事って・・・
やはり東方の世界における「さまざまな宗教勢力の寛容性とか多様性の容認」なのかな・・・とも思っています。

改めてですけど・・・・

東方の世界観においては、
妖怪と人間が共存共栄する「幻想郷」と特段・・・・夜も妖怪も恐れることが無くなり科学技術の進化によって
人々の間からは信仰心も妖怪を恐れる心を既に喪失している「外界」の境界には
「博麗結界」というものが張られていて、
幻想郷と外界は完全に遮断されていて、両世界の間には「交流」というものは基本的には図られていません。
ま・・・たまーにですけど「神隠し」という事で外界の人間が幻想郷に紛れ込んでしまう事もあるようですけど、
そうした人間を保護するに適した博麗神社にたどり着くまでの間にほとんどの外界の人間たちは
「妖怪」たちによって食われてしまうのがほとんどのようですね・・・
稀な存在として運よく博麗神社にたどり着くことが出来て、元の世界に帰ることが出来た人間もいましたし、
そのまんま幻想郷内の人里に居ついてしまった人もいるようです。
そして基本的には・・・幻想郷内の妖怪たちは、外界に出向くことはまずありません・・・
なぜから、妖怪たちがもはや「畏敬」の対象となっていない外界においては、外界にいるだけで妖怪の力が
確実に弱まってしまうからに他なりません。
ま・・・多分ですけど・・・
そうした外界の世界に定期的に入り込み、現況の外界の「情報」を収集したり、
時に・・・外界においても「悪さ」をしでかしたり、
もしかして・・・?? 次期博麗神社の「巫女さん候補」を外界からさらってきたりしているのは・・・
そりゃ言うまでもなく・・・あのゆかりん=八雲紫様ですよね!!
そしてご存知の通り、妖怪たちの存在意義を確かなものにするために、幻想郷と外界を完全に分離し、
博麗結界を張った張本人こそがこのゆかりんなのです!
ま・・・ゆかりんとしては・・・
「このまま人間が妖怪たちを見ても何の恐れも畏敬も感じない状態が続いてしまうと、
自分達の存在価値自体がなくなり、自分達の存在自体が消滅してしまう・・・」という危機感が
相当あったといえるのかもしれないですよね。
あれは紫さまの「大英断」だったのですけど、結果的に大正解と言えるのだと思われます。

「東方三月精」において、例のポンコツ光の三妖精たちが、今まで暮らしていた魔法の森を離れて
霊夢の博麗神社内の大木に移住をした時の話のエピソードとして、
あのゆかりんの独白(モノログ)がありましたけど、あのお言葉は・・・大変印象的なものがありました。 

「こうした大切な神社すら誰にもお詣りをされず寂れてしまう・・・・

外界は既に夜も妖怪も誰も恐れはしない・・・

観光地という事でもない限り、誰も神社になど目もくれない・・・という事なのだろうか・・・」

うーーーん、この言葉はかなり重たいものがありそうですね・・・
外界から完全分離をしなければ「妖怪」の存在すら許されなくなった状況・・・
「妖怪たちへの畏敬」、ま、これってすなわち・・・人間達が「妖怪の存在」を認めて敬っているという事の証でも
ありますからね・・・

さてさて・・・・そうした「妖怪」を巡る状況と言うのは、実は、「神様」というのか・・・「信仰心」に関しても
同じような事が言えるのではないのかな…という事が
早苗さんと言うか・・・・神奈子・諏訪子と言った「守矢神社」組が幻想郷内に唐突に外界から入ってきて
いきなり霊夢の「博麗神社」の乗っ取りを企てたという「東方風神録」において
提示をされていると思います。

前述においてのゆかりんの危惧がまるで予言されたかのように、
幻想郷の外の世界・・・つまり外界においては、
神々への畏敬とか神を信ずる心とかいわゆる「信仰心」が薄くなってしまい、
「人々から崇められ敬われ、信じられる」という事でその存在意義があった「神様」そのものの存在意義とか
必然性が徐々に失われつつあり、
本来はそうした「信仰心」によってその存在を維持していた神奈子や諏訪子といった古来の神々の
存在価値が喪失されていき、「消滅」という可能性すら否定できないという
かなり危機感は元々あったのだと思われます。
そこで・・・・神奈子たち「守矢神社」の神々たちは「一つの賭け」に打って出て、
自分たちの存在意義を確かなものにしようと画策いたします。
それがどういう事かと言うと・・・
神奈子たちは、外界で信仰を得る事を諦めて、
信仰心を得ようと神社ごと幻想郷の妖怪の山に引っ越し、
それと共に早苗や諏訪子も幻想郷に移り住んできたという事なのです。

つまり・・・・

早苗さんというのは、幻想郷に元々いた巫女さんではないのです!!

東方では極めて珍しい「外界」出身という大変珍しい立ち位置なのです!! いわば・・「よそ者」なのですよね・・・
必ずしも公式では明らかにはされていないのですけど、守矢神社というのは、
多分・・・・長野県・・というか、諏訪湖周辺で存在していた神社なんでしょうけど、
「このままでは誰からも信仰されず、最終的には神々の消滅という危険性すらあった・・・・
だから・・
幻想郷に巫女・神様と神社の一式ごと移転しておう!!
この幻想郷内での人間・妖怪から信仰を得られれば、再度信仰心が集められ、神社としての存在意義が
確立される」
そうした理由で、外界からやってきたよそ者勢力という事になるのだと思います。

そうした事情もあるのですけど、早苗さんというのは、
外界にいた頃は・・・・・・
普通の「女子高生」であったみたいな設定というか妄想は相当大きいようですね・・・・(笑)
ま・・・私の脳内妄想としては、
早苗さんは、元々は理系の普通のブレザー制服の女子高生であったのだけど、
ある時、ひょんな事から守矢神社の神奈子・諏訪子から
「あなたが今迷っている事はなーーに・・??」みたいな話から始まって
「信仰」とか「神の存在意義」という事に目覚めていき
(早苗さん自体は・・・実は・・・諏訪子の遠い子孫みたいな説が濃厚なようですね・・・)
早苗さんとしての重大な「一つの決心」をし、
外界の両親に永遠の別れを告げ、相当の覚悟と決意を持って、神奈子・諏訪子と一緒に
幻想郷内に守矢神社ごとそっくり一式移転をしてきたという感じですね・・・

そうですね・・・

そうした経緯もあったのかもしれませんけど、早苗さんの初登場時はなんか・・高圧的というか上から目線というか
少しばかり「気負い」が強すぎるような感じもありましたね・・・

早苗 「ここの山は私と私の神様が頂くわ。
    そして貴方の神社を頂けば――幻想郷の信仰心は、全て私達の物……」
霊夢 「そんな事したら、幻想郷におわす八百万の神が黙ってはいないわよ」
早苗 「これは幻想郷の為でもあるのですよ。
    今の信仰心が失われた状態が続けば、幻想郷は力を失います。奇跡を起こす力を失うのです」
霊夢 「冗談じゃない。信仰心くらい、私の力で何とか戻すわよ!」

ま・・・神奈子や早苗さんの意図としては、
まずは幻想郷内において自分たちの「神社」を「唯一の神社」として人間・妖怪たちに認識してもらうためには、
霊夢の博麗神社を乗っ取って廃する必要があると考えたのでしょね。
「博麗神社を手に入れれば幻想郷を支配できる』」いう、幻想郷の本質を突いているようでそうでもないような
危うい考えを当社は持っていたのだと思われます。

しかし・・・その戦いは霊夢の前に敗北・・・・

結局、幻想郷内においては、霊夢の博麗神社と早苗さんの守矢神社という「二つの神社」が並立すると
いう事になります。
ま、確かに・・・・
ゆかりんとしては、その後この守矢神社が色々と仕出かしてくれるもので、苦労は余計に増えてしまったという
感じなのかもしれないのですけど、
結果的に・・・・
二つの神社がある事、そして結果的に守矢神社がよそから入ってきてくれたおかけで
白蓮の命蓮寺とか神子の道教勢力も新たに出てきて、
「今までは寂れた博麗神社しか信仰の対象がなかったけど、
神社が二つ、お寺が一つ、道教が一つみたいに信仰の対象も増えてくれたし、
結果的に神々が敬まわれない事がなくなり神々の存在意義が高まったし、
神々が再度私たちの信仰の対象としてクローズアップされてきた・・・・これはこれで実に素晴らしい事・・・」と
ゆかりんは感じているのかもしれないですよね。

そしてこれは・・・その②で語りたいと思いますけど、
霊夢に一度敗れてから以降の早苗さんは、元々の素直なキャラに戻っていき、
風神録で、神奈子・諏訪子に「まずは霊夢の所に赴き、乗っ取りの直談判をしてきなさい・・・」みたいに指示されたとおり、
どちらかと言うと・・・・・
二人の守矢神社の二人の神に指示されるがまま・・言うがまま・・みたいな感じもなくはなかったのですけど、
徐々に・・・・
幻想郷内での生活に馴染むにつれて、この二人の主神からの「独立」というのか「一人立ち」の日も
近いのではないのかな・・・?
みたいな感じになっているのが大変興味深いですね!!







さてさて・・・

上記のとっても素敵で可愛い早苗さんのイラストは、
当ブログのとっても大切なブロとも様のお一人で、本当にいつも大変お世話になっている
「dream fantasy」の管理人様のアミグリさんが今年の1月に描かれたものです。

アミグリさんは、過去にこの早苗さんのイラストを一杯いっぱい描かれているのですけど、
どのイラストも様々な魅力の早苗さんが満載です!
中には・・・「水着早苗さん」というまさしく・・・「目の保養!!」みたいなものもあったりして、これがとっても
可愛いです!!
2012年に描かれていた早苗さんもとっても可愛かったです!!

アミグリさん、いつも本当にありがとうございます!!

今回の早苗さんですけど、とっても可愛いですね!!

霊夢がよく「赤巫女」とか言われ、早苗さんが「青巫女」とも言われたりもするのですけど
まさにそんな雰囲気です。
霊夢と早苗さんは多分ですけど、お年はそんなに変わりが無いはず・・・
そして・・・
もしもこの二人が外界で巡り合っていたとしたら、多分・・・・二人とも女子高生として出会っていたのかな・・とも
思うのですけど、
特に早苗さんは、つい最近まで多分ですけど「現役の女子高生さんだった・・」とも思えるので
このアミグリさんのとっても素敵なイラストは、巫女さんなんだけど少しだけ女子高生っぽい雰囲気も漂わせてくれていて
とっても素敵だと思います!!

そうそう・・・最近の議事の中で「早苗さんは霊夢の2Pカラー・・??」みたく書いた事もあったのですけど、
ま・・それもありなのかもしれないけど、
やっばり・・・・
霊夢は霊夢であり、早苗さんは早苗さんなんだと思います。
だけど・・・
アミグリさんが昨年6月に描かれていた「青霊夢」を見てしまうと、
霊夢が早苗さんっぽい雰囲気の巫女さんの衣装を身に纏っていても全然違和感ないかも・・・とも
感じたものです。

ちなみに・・・・アミグリさんの「青霊夢」をご覧になりたい方は是非是非こちらから・・・ → 青霊夢

アミグリさん、いつも本当にありがとうございます!!
先ほどは魔理沙ドールにコメント頂きありがとうございました!!
あ・・・いつの間にか「東方記事」は50を超えていたのですね・・・これは全然気が付かなかったです!!
東方の方もこれからもどんどんと語っていければいいな・・・と思っています。

さてさて・・・

次回の東方語りは、5月14日はこいしちゃんの日 早苗さん その②などを予定しております。
身内に群馬の館林で農家をされている方がいるのですけど、
その御方から残念なお知らせが・・・
「もう二人とも年なのでこれ以上の農作業は無理だし、田んぼの維持はもう限界・・・
後継者もいないし、今年を最後に農家をやめる」という事でした。
うーーん・・・なんか残念でもったいないお話でした!!
でも確かに、お子さんたちは農家を継がないと早くから言われていたようですし、
機械化が相当進んでいると言っても、基本的には重労働ですし、部外者の私達には分からないような
色々なご苦労がありますし、
悩まれた末での結論ですので、その御意志は尊重させて頂きたいものです。

毎年、暮れになるとその年の精米したばかりの新米とかお餅とかブロッコリーやネギや白菜等の野菜を
一杯送って頂けていたので、
あの美味しいお米とか野菜が二度と食べられなくなるのは、
「ちょっと残念だな・・」とやはり感じてしまいますね・・・

ま、それは仕方がない事なのですけどね・・・

毎回あの新米が届くたびに感じていたのですけど、
「どうして精米したての新米の炊き立てはこんなに美味しく感じるのだろう!!」といつも思ってしまいますね!
ご飯一粒ひとつぶが本当に美味しくて、シャキッ!!としているのがとっても魅力です!!

冗談抜きで、「ご飯」そのものだけで箸が進む感じですね。

あれれ・・・なんかこんな「ごはんだけでも美味しい」みたいな事を書いていると、
思い出す御方は・・・

そう・・・! 言うまでもくあの人です・・・

そうですよね! ハピネスチャージプリキュアのゆうゆうこと、キュアハニーですよね!! (笑・・)







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それにしても・・・キュアハニーはシリーズを通してみると、
前作のドキドキの「キュアロゼッタ」と同じく、黄色系プリキュアなんだけど、実はとっても優秀なお人でした!!
そうですね・・・
優秀と言うよりは、ま・・・何かと色々な意味で・・・(?)「問題児」が揃ったハピネスのメンバーの中では
一番というか・・唯一メンタル面が安定しているというのか、
メンタル面とか対人関係においては全く何の問題もない素晴らしいプリキュアでした!!
アンラブリー回は、すさまじく「めぐみ=キュアラブリー」の内面の弱さを抉り出した回なのてすけど、
もしもですけど続編として「アンプリンセス」とか「アンフォーチュン」みたいな存在がいたとしたら、
もしかしてですけど、プリンセスもフォーチュンのその精神攻撃の前に凹みまくっていたのかもしれません・・・
だけど・・・
万一「アンハニー」というのがいたとしても、多分ですけど・・・キュアハニー=ゆうゆうは全く動揺する事は無く
そうしたアンハニーに対しても
「一緒にご飯を食べない?」みたいな事を言ってしまうのかもしれないですよね・・・(笑・・)
というか・・・・
アンハニーがゆうゆうの「心の深層」を覗いたとしても、「ご飯は美味しいなー」という心しかないのかも・・・?
話は全然違うのですけど、東方projectの中の地霊殿の探索にこのハピネスの4人のメンバーが訪れ、
万一、「相手の心を読み取る能力」をお持ちのさとり様に遭遇した場合、
ゆうゆう以外の3人はさとり様の「心の読解と精神攻撃」の餌食になってしまい、相当凹みまくると思うのですけど、
あのさとり様の能力を持ってしても、ゆうゆうの心の本音は
やっぱり「ごはんはおいしいな・・」という事になるのかもしれないですよね・・・(笑)

さてさて・・・ゆうゆう=キュアハニーと言うと印象深いのは、やっぱりあの洗脳ソング(?)の「ごはんのうた」
なのかもしれないですよね。
だってハニーの最初の登場があの「ごはんのうた」でしたから・・・(笑)

この「しあわせごはん、愛のうた」(通称、ごはんのうた)の歌詞は
これもまたゆるーい感じのもので

いただきますとごちそうさま 
笑顔がふくらむ合言葉
幸せごはんで 今日もハピネス
たまごかけたごはん食べたい 
ごちそう手料理それも格別
おかずなしでも そのままでOKです
笑う門にホカホカのごはんがいつもある
夢が大盛りてんこもり
みんないっしょにたらふく食べれば元気いっぱい
ごはんは愛のエネルギー
あ~ごはんは おいしいな 
あ~ごはんは おいしいな

なんかひたすら「ごはん」が美味しい事をたっぷりと歌い上げていますよね・・・(笑)

前述の話じゃないけど、
やっぱり精米したての新米の炊き立てご飯は、まさに・・・「おかずなしでも そのままでOKです!」という感じなのですけど、
そうですね・・・・
やっぱり「おかず」は一品程度は欲しいのかも・・・?
ゆうゆうは「卵かけご飯」とか歌っていましたけど、私は・・・・
明太子とさんまの塩焼きさえあれば・・あとはなーーんにも要らない・・!!という感じなのかも・・・?
「東方心綺楼」は、秦こころが希望の面を失うことにより起きた異変とも言えるのですけど
この中で、「人の心」という意味で決定的に何かが欠けていたこいしちゃんと秦こころの二人に
焦点が当てられたということでとっても興味深いものがあると思います。

秦こころというのは、本来は物静かな妖怪というのか一種の付喪神とも言えるのだと思います。
ま・・・付喪神と言っても、多々良小傘みたいな単なるいたずら妖怪とは明らかに異なるというか
小傘とは強さの次元が全然違うみたいな感じもありますよね。
こころは、元々は66種類の「仮面」を自由自在に操り、喜怒哀楽を含めた多種多様な感情を描いた仮面を
自分の周囲に浮かべ、実際にこころが被った仮面によって
性格が多様に変化するといった付喪神なのですけど、
ま・・・そうですね・・・今風に言うと要は・・「多重人格」という事なのでしょうね。
だけどこころ自身は、色々なお面を被ったとしても、その被ったお面に支配されているという感じではなくて、
「表情豊かなポーカーフェイス」といった何やら矛盾するような二つ名が示唆する通り、
色々なお面を被って表情は変化するのだけど、「感情」自体は一定の冷静さ・静けさをキープしているみたいな
印象が強いようにも感じます。
ま・・こころ自体は、戦いで勝利しても無表情でガッツポーズをしているというある意味シュールなんだけど
別の意味ではそれがとっても可愛い・・・みたいな感じもあったりもしますね。

さてさて・・・この「東方心綺楼」なのですけど、

普段はただの静かな付喪神だった秦こころが
面の1つである「希望の面」がなくしてしまい能力が暴走し、その結果幻想郷の人々から希望の感情が失われ、
「ええじゃないか、ええじゃないか!」などと刹那的な快楽を求めるようになったことで、異変と言うのか
騒動が発生したというのが真相なのですけど、
実は・・・
こころがなくした「希望の面」を見つけて回収してしまったのが、この古明地こいしちゃんだったのです!!

その結果として、その①~②で語らさせて頂いた通り、元々こいしちゃんというのは
誰にも気づかれる事も無く、そして何の感情も有する事の無い放浪妖怪だったのが、一変してしまいまして、
そうしたこころの「希望の面」を有する事によって、
こいしちゃんのいわば「絶対的な無の心」に「希望」という灯が点灯するようになり、
その結果として、こいしちゃんは、道教勢力・仏教勢力・魔理沙・霊夢等々とのバトルの中で
勝ち進む事で、
「他人から注目される事の快感」とか「他人から自分と言う存在を認識される事への喜び」という
思いがけない「副産物」も得ることになっていったのです!
そう・・・・
従来までですと、正直・・・そんなこいしちゃんを色々と心配して気を遣ってくれる人と言うと、
お姉さんでもあるさとり様以外は存在しなかったのですけど、
この「東方心綺楼」で持って、こいしちゃんに何か大きな「変化」があったのは間違いではないと思われます。
こころは希望の面を返してもらうために、何度となくこいしに接触を心掛け、
こころはこいしに対し「見つけたぞ! 私の宿敵よ!」とか何とか言うのですけど、
これって逆に表現すると・・・
「こいしを覚えていてくれて、探してくれる存在が・・・実はさとり様以外にも存在していた」という事にも
なるのですよね!!
今までは誰からも気づかれる事なく、誰からも・・・・ほぼ無視状態だったこいしちゃんの本当は「無」そのものだった心に
大きな変化がもたらされるというのは、
ま・・・そりゃ・・・自明という事になりますよね!!

だから・・・

「「東方心綺楼」の世界と言うのは、ま・・・後で触れますけど、こころが何か「変化」するきっかけになったとも
思えますし、それ以上に・・・・
こいしちゃんが「大きく変化する」という意味では、まさに・・・重大なきっかけとなったものなのですよね!!
それに・・・「東方地霊殿」あたりのこいしちゃんの人気は・・・・正直微妙なものがありましたけど、
この「東方心綺楼」以降のこいしちゃんの人気急騰ぶりは・・・・ま・・・そりゃ至極当然!!みたいな感じはありますよね!!

その②でも語った通り、こうしちゃんはその異変の中で、東方の主要キャラ・・・特に特に宗教勢力との
戦いを繰り広げていくのですけど、
その中で着実に勝利を収めていき、こいしちゃんの「わーい、また勝ったー」の言葉に象徴されるように
他者から注目される事に段々と自分の存在着意義とか価値を見出していく事になります。

マミゾウとの会話もそうした流れの一つです・・・

こいし 「よーし、巫女の次は貴方ね!」
 マミゾウ 「お、おう」
 こいし 「今度も勝っちゃうよ!」
 マミゾウ 「何という化かし甲斐の無い奴じゃ。
       こいつの目には何が映っとるんじゃろな」
 こいし 「どうしたの? 怖じ気づいたの?」
 マミゾウ 「まさかまさか。
       さあ、本番じゃて。
       さっきの巫女のようには行かんぞ?」

 マミゾウ 「勝負あった!
       明日もあるんでこの位にしてくれ」
 こいし 「わーい、また勝ったー。
      次の対戦相手は誰かなー」
 マミゾウ 「タフじゃのう。
       お前さんには疲れというもんは無いのかい」
 こいし 「疲れ? 意識したことないなー」
 マミゾウ 「不思議な奴じゃ。
       お前からは表面的な物以外の感情が感じられぬ」
 こいし 「えへへー、でも楽しいもん」
 マミゾウ 「それも本気かどうか。
       しかし、里にいる人間のように無感情な物とも異なる。
       不思議と希望には満ちあふれているようじゃが……」








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あ・・そっか・・・・一輪はお空の間欠泉騒動のドサクサまぎれで
ムラサと共に地底から脱出(こいしちゃん風に言うと・・・出所・・・??)出来たのですけど
地霊殿にてさとり様と一緒に過ごしていたこいしゃんは、ムラサとか一輪の面識は既にあったという事なんですね・・・

さてさて・・・

ここでクライマックスがついに訪れます!

そう! こいしちゃんVSこころのバトルがいよいよ始まるのです!!

その際の二人の対話をピックアップしてみると・・・・・


こいし 「次の対戦相手は居ないかなー。
      あれ? 静かねー。
      もしかして丑三つ時ってやつー?」

 こころ 「私の希望の面……希望の面はどこだぁ!」
 こいし 「わーい、次の対戦相手だー」
 こころ 「早く希望の面を取り戻さないと……」
 こいし 「希望の面?
      あー、貴方のお面のようなやつ見た事あるわー」
 こころ 「何だって?」
 こいし 「真っ白い面が地割れで落ちてきてねー。
      不気味だったからよく覚えているわー」
 こころ 「何だと! そのお面はどんな表情だ?」
 こいし 「真っ白い子供の顔だった。
      何処かしらお地蔵さんを彷彿とさせるような……」
 こころ 「それは……まさしく希望の面!
      今は一体何処にある?」
 こいし 「内緒。もう私の宝物だもん。
      ってあれ?
      何でも忘れる私が、何でその事だけ覚えているのかな?」
 こころ 「貴様、希望の面を返さないと言うのか」
 こいし 「うん、返すつもりは無いよ」
 こころ 「偏ったお面の持ち主は必ず感情を破綻させる。
      そのままではお前の感情も暴走するぞ!」
 こいし 「構わないもん。
      感情なんてもとより持ち合わせていないもん」
 こころ 「哀れな奴め!
      私のようになりたくなければ、今すぐ希望の面を手放すことだ!」


さてさて・・・一連の二人のこうした会話を眺めていると、
二人には共通性もありますし、互換性もありますし、
ある意味一蓮托生というのかな・・・片方が完成してしまうともう片方はその存在意義を喪失してしまうみたいな
関係性もあるように思えます。

この二人には「感情の不安定性」みたいな共通点があるようにも思えるのですけど
さてさて・・・その「不安定性」ってそもそも何なの・・・?と自問自答してみると、なんか答えに窮してしまいます。
だって、そりゃそうですよね・・・
こころは元々は穏やかで物静かな傾向がある付喪神なのですけど、「希望の面」一つ失くした事で
あんなにも普段の「ポーカーフェイス」もどこへやら・・・あれほどまで暴走をしてしまうキャラでもあるし、
対してこいしちゃの方は、「サードアイ」を自ら閉じることで元々が「感情」なんてものを有していないキャラ・・・
そうした二人の不安定性の共通点を論ずる事自体矛盾があるような気さえします。
こいしちゃんは元々笑顔が可愛いし、見た目もとってもキュートでとっても可愛いのですけど、
本人は何も感じてはいない・・・感じる事さえできない「無の存在」なのです。
一方こころは・・・
感情を司る感情豊かな付喪神なのですけど、お面に表情を頼っており、表情を作ることができない欠点があります。
こころは希望の面を失って、一部の感情が欠けてしまい、
こいしちゃんは希望の面を拾って、少しだけ感情を感じることができるようになってしまいました。
お互いに何かが欠けている状態になっていると言えるのかもしれないです。

そうですね・・・・
こころとこいしちゃんの関係性は、そうしたお互いの不安定さを見据えた「微妙な関係」と言う事と
言えるのかもしれません。
最終的には、こころは神子から新しい「希望の面」を授かる事でこの異変は収拾という事になるのですけど、
こころがこの新しい希望の面を巧みに使いこなし、こいしちゃんが今現在持っている拾ってきた古い方の希望の面の効力が
無効になってしまうと、
こいしちゃんにせっかく芽生え始めた「感情」が完全に喪失され、
こしいちゃんは以前と同様に感情も存在感もなくした妖怪に戻ってしまうし、
逆にこころが新しい希望の面を使いこなせないままだと、こころは付喪神としての本分が果たせない中途半端な存在に
なってしまう・・・
なんかそうした厄介でもあり、微妙な問題をこの二人は現在も・・・そしてしばらくは抱えていく・・・
なんかそんな展開になりつつあるような感じがします。

それを見越しているのかどうかは分かりませんけど、
今現在、この二人は・・・
在家信者扱いという事にはなっていますけど、白蓮さんの命蓮寺のメンバーともなっていて
その辺りの絡みが今後あるのかどうかは正直よく分かりませんけど、
なんか興味は尽きない・・・という感じにもなっています。

どちらかというと・・・
こころのほうがそうした状況をむしろ楽しんでいるのかも・・・・?
こころの「「返せったらぁ。……しかしまあ、もう新しいお面も貰ったから本当は要らないんだけどね。」と言うセリフが
何となくですけど、こころの心境を示唆しているようにも感じたりもします。
そしてそれを決定付けていたシーンが一つありまして・・・
漫画版なのですけど、東方鈴奈庵においては、
こころが能楽を踊っているシーンで、こいしちゃんが紙吹雪を舞わせるあたりは、
なんかこの二人の「今はとりあえずこのまんまがいい・・・しばらくはこうした関係を続けたい・・」みたいな事を
暗示しているような気もしますね・・・
12.東邦高校


  A/カディッシュ~ユダヤ人の死者のための葬送音楽(F.マクベス)


  そうですね・・・日大二高と大体同じような感想になってしまうのですけど、
  これだけ高い技術と合奏力を持っていながらも、非常に印象が希薄で大変うすくちの演奏なのではないのかな・・・とも
  思います。
  特に自由曲の「カディッシュ」はあれだけ劇的な表現と緊張感を有している曲なだけに
  少しというか・・・かなり「こじんまり・・・」と無難にまとめすぎていたのは
  「勿体無いな・・・」という感じですね。
  同じような事を最近の1981年の逗子開成高校感想記事でも書いたのですけど、
  指揮者の先生が「ここはこのように吹きなさい」と言われたからその通りに吹くという感じが、
  なんか妙に伝わってくるかのような演奏ですね。
  正直・・・奏者の自発性とか積極性はあんまり伝わってこない・・・
  そのあたりが「こじんまりとしている・・」とか「なんか盆栽みたいな演奏・・」みたいに感じてしまう
  理由なのかもしれないですよね。
  東邦高校は確か1985年以降から女子生徒も加わるようになりましたけど、
  この年あたりは、男子のみの演奏という事情もあったとは思いますが、
  やはりクラリネットセクションは戦が極めて細いという印象です。
  ホルンとかトロンボーンは、結構たくましく鳴っているという印象があるのに、
  やはり木管セクションは全体的に貧弱ですね。
  それと・・・・これは個人的な好みなのかもしれないですけど、打楽器はもう少し鳴らしてもよかったような
  気がします。

  自由曲のマクベスの「カディッシュ」ですけど、これはまさにマクベスらしい陰鬱で凄惨な曲ですよね。
  正直、聴いているだけで胃がギリギリと痛くなってしまうような曲です。
  出だしの陰鬱な雰囲気もまさに・・・「陰気」を絵に描いたような曲ですね。
  中間部でドラがゴワワワワーー――――ンと凄まじい地響きをたてる箇所があるのですけど、
  東邦高校は、あの部分のドラが弱すぎ・・・!!
  あの部分の理想的な演奏は、私が知る限りにおいては、ハンスバーガー指揮/イーストマンW.Oの演奏が
  最高だと思います。
  序盤とか後半の追い込みは、低音セクションとティンパニによる人間の心臓の鼓動を彷彿させるような
  あの「ドン・ドン・ドン・ドン・・」という響かせ方がとっても印象的な曲なのですけど、
  やはり東邦はあの心臓の鼓動も極めて淡泊・・・・
  そうですね・・・いかにも「音がきれい・・・」という印象だけで終わってしまったような演奏です。
  サウンドが美しいだけにもったいない演奏ではありましたね・・
  後半の追い込みなんて、金管と打楽器が「これでもかぁーー!!」みたいな精神的追込みとか劇的緊張感を
  もっと出してもよかったと思います。
  全体的には「優等生」みたいな演奏で終ってしまったような感じがありました。
  ま・・・前年の1977年の歌劇「タンホイザー」序曲もそういう傾向の音楽でしたね・・・

  東邦って面白いのは、毎年そうなのですけど、演奏が終了すると同時に、小太鼓が「タンッ」と一叩きして
  奏者全員が間髪入れずに立ち上がるというスタイルがありましたけど、
  あれは「伝統」だったのかな・・・?
  指揮者の稲垣先生が勇退された最後の全国大会の1987年のヴェルディ/レクイエムの時も
  ああいう感じでしたね。

  さてさて・・・

  実はなのですけど、私自身の1979年の中二の時のコンクール自由曲が、
  まさにこのマクベスの「カディッシュ」でした。
  あの時は、当初の自由曲の予定は、ドビュッシー/「三つの夜想曲」~Ⅱ.祭りだったのですけど、
  当時の自分達は、あの抽象的な曲を全く理解する事もまともに吹く事も出来ず、
  指揮者の先生を激怒させてしまい、
  地区予選一か月前に突如、このマクベスのこの曲に自由曲が変更されてしまいました。
  そうですね・・・
  正直・・・ドビュッシーに比べると技術的には全然楽です!!
  クラリネットは、16分音符はほぼ皆無で、テンポもアレグロはほぼ皆無で、終始ゆったりとした音楽でしたので
  技術的には楽でした。
  しかし・・・
  これは最近の「砂時計」記事でも書いたのですけど、
  クラリネットは後半の高音域のトリルの連続と高音の引き伸ばしの連続で、ブレスを取れる箇所が全く無く、
  息継ぎには苦労させられました。
  そして何よりも・・・
  とにかく曲自体が陰気で重苦しくて、
  この曲を吹くだけで「生きるのがもおぅーーーーー嫌!!」と壮絶な厭世観を持ってしまうような曲でしたね・・・・
  吹いているだけで、なんか妙に「悲しくなってしまう・・・」とか「負の感情」に心身ともに飲み込まれてしまう・・・
  そんな曲でしたね・・・
  コンクール前の夏休みなんか、ずーーーっとこの曲の練習ばかりしていましたけど、
  「太陽がこんなにサンサンと輝いていて、空はどこまでも青く広がっていて、空気は澄みきっているのに
   なんでこんな陰鬱な曲ょ吹かないといけないのだろう・・・」と
  ずーーーっとブツクサ言っていた記憶はありますね・・・・(苦笑・・・)


  

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