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プロフィール

ぬくぬく先生 

Author:ぬくぬく先生 
開設当時は、1980年代吹奏楽コンクールの花輪・秋田南・就実・仁賀保・屋代等の素晴らしい演奏を後世に少しでも伝える事が出来ればいいなと思ってこのブログを始めたのですけど、いつのまにか「東方Project」がメインになってしまいました・・・
最近は「艦これ」も大好きです!!
吹奏楽も東方も自分が感じた事を少しでも後世の方に受け継がれるべきものが残せればいいかな・・と思っています。
ちなみに、「大好きプリキュア四天王」は、ドリーム・メロディ・ハッピー・ラブリーです。
ドリームとメロディは自分の中では既に殿堂入り状態ですけど、
現在はラブリー大好き!!のラブリー一辺倒です!!
リアル社会では、建築関係のクレーム&アフター責任者を専従し、毎日毎日クレーム対応に当たる日々です。
裏の顔は東方と吹奏楽とクラシック音楽一辺倒です・・・
特に特に大好きな作品は・・・プリキュア5とスイートとハピネスチャージです!!
ちなみに、奥様は・・・ミルキィローズとセーラームーン好きの管理人以上のおこちゃまです・・・
東方で大好きなキャラは、とにかく大好きキャラがてんこ盛りで、全員大好き!という感じなのですけど、特に、さとり様・ゆかりん(紫様)・早苗さん・こいしちゃん・アリスはお気に入りです!!
吹奏楽では・・ネリベルの「二つの交響的断章」と「アンティフォナーレ」、スパークの「ドラゴンの年」、リードの「オセロ」と第二組曲「ラティーノ・メキシカーナ」、パーシケッティーの「仮面舞踏会」、C・スミスの「ダンス・フォラトゥーラ」などが死ぬほど好きで、クラシック音楽では、ウォルトンの交響曲第1番と矢代秋雄の交響曲、プロコフィエフの交響曲第5番、アーノルドの交響曲第2番、第4番、ショスタコの交響曲第7番「レニングラード」、マーラーの交響曲第3番「夏の朝の夢」、ハンソンの交響曲第2番「ロマンティック」、ストラヴィンスキーの「火の鳥」、ベルクの「ヴァイオリン協奏曲」、ラフマニノフの「交響的舞曲」などが大好きです!!
クラシック音楽を吹奏楽にアレンジし、そのコンクールヴァージョンの演奏としては・・・
1982年の就実高校の「幻想舞曲集」と
1987年の習志野高校の「ダフニスとクロエ」第二組曲の演奏、そして、
1987年の雄新中の「エルザの大聖堂への厳かな行列」が
まさに私の「原点」です。
最後に・・・
私の吹奏楽との関わりの真の意味での「原点」は・・・
1979年の市立川口高校の神がかり名演としか言いようがない
「二つの交響的断章」に尽きると思います!!


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昨日8/1の晩は「戸田橋花火大会」が開催され、自宅からもその花火を楽しむことが出来ました。
これは毎年「夏の風物詩」みたいな感じもするのですけど、
残念ながら、現在自宅周辺で長谷工の巨大ツインタワーマンションが建設中で
これが完成したら、おそらくその超高層の建物によって遮られてしまいそうなので、
もしかしたら今年で見納めになるのかもしれません・・・
そして・・・
川口市の場合、毎年「たたら祭り」という割と盛大に開催されるお祭りが毎年催され
今年も8/1~2の二日間開催されます。

「川口市」というと古くは「鋳物の街」として全国的にも知られ
吉永小百合の映画、「キューポラのある街」の舞台ともなったところです。
「たたら」というとそうした「鋳物」と関連がありますけど、
それでは「たたら」と言うと何かと言うと・・・

もともとは製鉄の時に風を送る「ふいご」を意味し、由来を広く遡って考えれば、古代朝鮮語の解釈で
「もっと加熱する、強く加熱する」・ダッタン語(モンゴル・トルコ系)の「猛火」とも取られるようです。

また、「たたらを踏む」とは、足でばたばた踏みつける事。「地蹈鞴(じたたら)」が「地団駄(じたんだ)」に転じたのです。
「地団駄」には「足摺」という意味もあります。「たたらを踏む」作業はかなりの労働力を必要とします。
その辛さを紛らわすために、「たたら節(歌)」を歌い始めたといわれています。

「平家物語巻三 足摺」俊寛が島に置き去りにされ足摺をする場面があります。
また、アニメ映画「もののけ姫」にも「たたらを踏む」シーンがあります。

という事らしいです・・・






ローカルネタですが、
ケーブルネット埼玉では、上記の戸田の花火大会とかたたら祭りはリアルタイムで
中継されることもあります。
確かいまから8年前の事だと思いますが、
うちの奥様とたたら祭りを見に行き、
丁度ケーブルネット埼玉主催の「賞品付のクイズ大会」出場者の募集をしていましたので
出てみる事にしました。
ま、ケーブルネット埼玉なんて見ている人はほぼ皆無・・・という非常にローカル局で
見ていた人はまずいないと思いますが、
一応リアルタイムで、このクイズ大会は中継されていたようです。
いざ自分達の出番になると、
それまでは歴史とか芸能関係といった簡単な問題ばかり出題されていたのに
自分達の出番のクイズは
「さてさて、スタッフの〇〇さんが右手に隠し持っているものは次の三つの内
どれでしょう・・・??」みたいな身内ネタが第一問で来てしまい、
あえなく第一問で敗退・・・・という「トホホ・・・」な結果になってしまいました・・・・
しかも・・・
こんなローカル番組何て誰も見ている訳ないよね・・・と思っていたら・・・・
近隣の方から後日・・・・
「あれれ・・、先日は第一問で敗退して残念だったね・・」とまさかのツッコミが入り
あの時は・・・・全く言葉が出てこなかったです・・・(苦笑・・・)

前置きが長くなってしまいましたが、
この「たたら祭り」のイベントの一つとして「Go! プリンセスプリキュアシュー」が
開催されていました。
「キュアスカーレット」が正式にメンバー入りして約一か月が経過していますが、
こうした被り物のショーでは、スカーレットの扱いはどうなるのか期待しながら見てきました・・・
果たして・・・・
出るのか出ないのか・・・・??



CIMG8511_convert_20150801204230.jpg


川口たたら祭りは昼間もかなり盛大で、数多くの屋台等が出品されます。
ちなみに会場は、元SMAPの森くんが在籍している「川口オートレース場」であり
祭りの「メイン」というか「最大の見どころ」は
このオートレース場から直接打ち上げられる迫力満点の「花火大会」であり、
オートレース場の真下から見上げる花火は
本当に迫力満点であり
毎回見るたびに「感動」してしまいます・・・・!!


CIMG8518_convert_20150801204301.jpg


さてさて・・・

「Go! プリンセスプリキュアショー」でしたけど、
無事に・・「キュアスカーレット」も登場していました。
このたたら祭りでのプリキュアショーは、私個人は、2012年のスマイルからずっと見続けていましたけど、
大抵タイミング的にたたら祭りが開催される一か月前辺りに「追加戦士」が登場する傾向にあり、
2013年の時は、キュアエースが・・・
2014年の時は、キュアフォーチュンが
そして・・・今年2015年は、キュアスカーレットが満を持して、こうしたプリキュアの被り物ショーとしても
登場してきました。
昨年、ハピネスのショーの際も、キュアフォーチュンが登場して名乗りを上げた際は
会場からは「おおーーーっ」みたいなどよめきが起きていましたけど
(さすが、皆様よくお分かりですね・・)
今年度も結構早いタイミングでキュアスカーレットが登場し、名乗りを上げていると
会場からは・・・やはり「おおーーー」みたいなどよめき&拍手が自然と沸きあがっていたのは印象的でした!!
ちなみに・・・
2012年の「スマイルプリキュア」の時は、追加戦士は誰もいませんでしたが、
この時は・・・・
敵幹部がウルフルンが登場していましたけど、
そうですね・・・・
正直、ハッピーやビューティなどのプリキュア達の登場の際よりも、ウルフルン登場の際の方が
会場の雰囲気は異常に盛り上がっていましたので
やはり・・・ウルフルンの人気は今も昔も相当高いものがありそうですね・・・・(苦笑・・・)



CIMG8525_convert_20150801204330.jpg


それにしても・・・・8/1の埼玉は異常に暑かったです!!

このGoプリショーが始まったのは午前10時だったのですけど、多分・・・この時間帯で既に気温は33℃くらいには
上がっていて
炎天下の下、見ているだけで「汗だく」状態です・・・
プリキュアを被っている中の女の子たちも・・・多分・・・・相当暑かったと思いますけど
そんな事を全く感じさせないその元気溌剌な活発で躍動感ある動きには、本当にいつも頭が下がる思いですね・・・

あれれ・・・・

確かここのプログの管理人って土日は仕事のはずですよね・・

なんでこんな時間帯にプリキュアショーを見ているのでしょう・・・・(苦笑・・)

ま、そういう余計なツッコミは置いておいて、
そうですね・・・
6~7月は会社側・営業担当から半端無いクレーム処理案件を押し付けられていましたので
たまには・・・
息を抜いてもバチは当たらんでしょう・・・(苦笑・・・)

それにしても・・・・

やっぱり「キュアスカーレット」は深紅のプリキュアというせいもありますけど
やはり見栄えがしますね!!
赤を基調としたコスチュームに白のスカート・・・・
最近の記事で書いた通り、この赤と白のコスチュームというのは
1970年代~1990年代の市立川口高校吹奏楽部のあの伝説のユニフォームとまさに・・・ピタリと符合します・・・
そうなんですよね・・・
ここの地は・・・まさしく「川口市」ですからね・・・!!
以前から書いている通り、大の市立川口高校吹奏楽部ファンであり、
はるか昔から「いつかは埼玉県川口市に住んでみたい!!」と思い続けていた私が
本当にその数十年後に川口に住んでいますからね・・・・
(ま・・・と言っても・・・実態は・・・最近の記事でも散々ネタにしている「浦和の調ちゃん」ではないけど、
 限りなくさいたま市南区に近い川口市なんですけどね・・・)

ま・・・・それはどうでもいいとして・・・・

とにかく・・・・「キュアスカーレット」は格好良かったし、いかにも「大人のお姉さん」という感じですね・・・
ま・・・スカーレット=トワは一応・・・中一という設定なのですけど・・・・苦笑・・・
くどいようですけど、赤と白のコスチュームの対称性が実に秀逸だと思います!!

今回のプリキュアショーですけど、
とにかく・・・日差しが異常に強い上に、例によってプリキュア達がステージ狭しとばかりに
ちょこまか動き回るので
中々いい写真が撮れませんでした・・・・
(ま・・・それはいつもの事なんですけどね・・・苦笑・・)
昨年のハピネスのたたら祭りのショーでは結構いい写真が撮れていたのに、今回は・・・
全然ダメでしたね・・・・(苦笑・・)
うーーん、次回のGoプリショーは多分・・・・例年だと
イトーヨーカドーとかカタクラの住宅展示場で行われる傾向があるから、そちらで頑張る事にしましょう・・・



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今回の敵幹部は・・・シャットで、ゼツボーグはカメラのゼツボーグでした・・・

あれれ・・・7月最後のアニメ本編では・・・
いまだに「私のトワイライト様が・・・」がと・・トワイライトに未練たらたらのシャットが傷心旅行(??)のj真っ最中でしたけど、
そのシャットが埼玉県川口市にご来場とは・・・
これも例の傷心旅行の延長戦なのかな・・・・??



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前回までのショーは、まだスカーレット未登場でしたので3人でしたけど
やはり4人になると迫力が違ってきますし
戦闘シーンも迫力満点ですし、ふっ飛ばされた際の臨場感がすごいですね・・・・
エンディングのダンスシーンも4人だとやはり・・・・色彩感が更に充実してきますね!!

最近までは、敵幹部は、アニメ本編ではとっくの昔に粛清&殉職していたクローズだったのですけど
そうですね・・・・
出来れば・・・クローズを登場させるのだったら・・・・
あのトワイライト様に「敵幹部」として是非是非登場して欲しかったですね・・・!!
トワイライト様にボコボコにされるプリキュア達も一度ぐらいなら見てみたい気もしますし、
その上で・・・・
トワイライトからキュアスカーレットに鮮やかに転身したその雄姿もお目にかかりたかったような気も
しますけど、
ま・・・今はとにかくもうトワイライト様は存在しないのだから、
トワ=キュアスカーレットをアニメ本編でもこうしたプリキュアショーでも応援していきたいものですね・・・

なんか・・・

今回は・・・・

プリキュアショーなのに、「キュアスカーレット」ばかり見ていたような気も・・・・

おかけで・・・・
写真もトワイライトじゃなかった・・スカーレットのものばっかり撮っていましたね・・・(苦笑・・・)


→その②に続く・・・・

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先月の当ブログの仮閉鎖から再開をした際には、本当に数多くの皆様より
本当に数多くの温かい声を頂きました。
本当に、本当に・・・改めて感謝申し上げたいと思います。
こうやって本日もこんなしょーもない管理人がこうしたブログで細々とではありますが、記事を更新できるのも
皆様からの足跡と拍手とコメントという「温かいお気持ち」なのだと
本当に・・・日々感謝の気持ちです。

先日のそうした数多くのコメントから、特に一つ・・・とても嬉しいコメントがありました。

周様という方からのコメントなのですけど、その内容は・・・

「私は花輪高校のウォルトン1番が、生涯聴いた演奏の中の最高の演奏だと、30年以上たった今でも思っています。
そんな思いを共有できる方がいたことは私にとっては奇跡的なことです。」
といったものでした。

これを読んで、私自身も正直・・・・驚きましたし、
世の中にはこうした貴重な偶然もあるものだな・・としみじみ感じたものです。
というのも・・・・
私自身、花輪高校の1982年の東北大会でのあの素晴らしい名演、ウォルトンの交響曲第1番を聴いた事が
まさしく私がその後「クラシック音楽」という深い森の中に迷い込むきっかけとなったそのものの曲であり、
1982年の福島でのあの東北大会のあの会場で・・・
そうした「思い」をされていた方が、私以外にもまさかいるとは・・・なんて正直夢にも思わなかったものですので
本当にあのコメントには・・・
私自身、やはり「忘れていたもの」・゜自分の原点」を知らしめる結果ともなりました。

本当に・・・・周様・・・素敵なコメントをありがとうございました!!
(あのコメントだけでも、私はこれからの人生もきちんと生きていける希望を持てたのかもしれません・・・)

改めてなのですけど、
このブログで再度ウィリアム=ウォルトンの交響曲第1番変ロ短調という素晴らしい曲について
ほんの少し・・・語らさせて頂きたいと思います。

一般的には、苦悩から歓喜へ 暗から明へ 敗北から勝利へというのが
古今東西の交響曲の一つのパターンだと思うのですが、
このウォルトンの交響曲第1番の場合、確かにフィナーレの第四楽章は
ティンパニー奏者2名による連打・金管楽器の高らかな雄叫びなど
歓喜みたいな要素もあるのですが、
聴き終わってみると、特に・・・勝利・歓喜という感じはしませんし、
「よーーし、これを聴いてスッキリした!! 明日からも頑張るぞ!!」みたいな応援シンフォニーでは全くありません・・・
むしろ不安感・危機感は今後も継続されていくという「警告」みたいなメッセージを
感じ取ってしまいます。
だけどこの交響曲の「緊迫感」は凄まじいものがあると思います。
作曲は第二次世界大戦の直前ですので、
当時のイギリスの状況、例えばヒットラーの台頭とかイギリスのチェンバレン首相の
対ドイツ融和政策によってチェコ分割を黙認したことでかえってヒットラーの台頭を
許してしまったとか、後任者チャーチルのドイツとの対決姿勢とか
相当な危機感・緊張感はあったと思います。
それが何となく曲にも反映されていると思いますし、
戦争は終結しても人のココロの暗闇は永遠に続くみたいな思いはあったのかもしれません。

現代を生きている自分たち自身も、、
超高齢化社会・財政問題・外国の脅威・未来の日本の姿が明確に提示されないなど
「不安」は際限なくあると思いますし、そうした不安がなくなるという事は絶対にないと思います。
それではそうした「不安」にはどう対処すればよいのか・・
結局は「不安」には「日常的な危機意識」を持って備え、対処するしかない・・・
「不安」には「不安」を持って対処するしかない・・・みたいな事を伝えているようにも感じられます。
そういったことを何となく示唆しているようにも感じ取れます。

この交響曲の原曲の演奏を初めてレコードで聴いた時、
当初予想していた「第二次世界大戦前夜における全体主義国家対民主主義国家の対決・・・そして最終的には
民主主義国家が勝利を収める事への讃歌」みたいな「歓喜の曲」ではなくて
救いようも無い「孤独」みたいなものは既に感じ取っていました・・・
ま・・・民主主義国家が戦争で勝利を収めたと言っても、
結果として全世界の住民がハッピーな結末や人生を迎える事が出来たかと言うと・・・・その質問は限りなく
「No!!」に近いと思いますし、
戦争の勝利が必ずしも国民全体の幸せに直結しないという皮肉は・・・ソ連のショスタコーヴィッチなんかも
随分とそうしたメッセージを曲の中に盛り込んでいるようにも感じられます。
何だろう・・・
この交響曲が伝えたかった事って・・・
うーーん、その答えは・・この交響曲を聴く度に何か毎回違う答えが出て来ているような感じもありますし、
色々な「答え」がありそうな気がします。
戦争が終わったとしても次から次へと世界的に難題が降りかかり
結局は・・・安息の場所はこの世にはないんだよという事をメッセージとして
伝えたかったのかもしれません。 
音楽としても・・・・
現代人が抱える不安感には、音楽としてこれに対処するには、結局は・・・
「不安感」を感じさせる曲でもって対処するしかないという
メッセージなのかもしれません。
そうした「不安感」を抱えながらも・・・結局は自分達は生きていく必要があります・・・

そうした不安感と日々のルーティンワークとしての日常の狭間で生き続けていく私達自身の「葛藤」を
もしかしたら描いたのかな・・・・と
思う時もありますね・・・・

バーンスタインにも戦後間もない頃の作品に、交響曲第2番「不安の時代」という作品が
ありますが、この曲のテキストに選ばれたのが、オーデンという詩人の「不安の時代」という
詩でした・・・
この詩自体は、現代人の抱える不安を解決策を特に提示することなく綴っていき
ラストも「孤独」を抱えたまま、各自の生活に戻っていくという内容の物だったと思いますけど、
バーンスタイン自身は、その辺りをバーンスタインなりに拡大解釈したというのか、
この交響曲第2番「不安の時代」のラストは、原作では想定されていないハッピーエンド風に仕上げています。
この辺り、不安には不安を持って対処するしかないと解釈したウォルトンとえらい違いが
あるような気がしますし、
何となく・・・お国柄の違いというのもありそうですね・・・

何となくですけど、日本人の感覚としては、バーンスタインよりはウォルトンの方が合っているような感じも
あります・・・

第一楽章の冒頭からとてつもない「焦燥感」を駆り立てられての展開です。
何か「目に見えない不安」に怯えているかのような感じが大変印象的です。
冒頭のオーボエの寂寥感が既にこの交響曲第1番の世界を象徴していると思いますし、
ティンパニーの打音やホルンの雄叫びも既にあの壮絶なフィナーレを先取りしているような雰囲気も
あったりします。
作曲者自身が「悪意を込めて」と名づけた第二楽章
ホルンの雄叫びと何となく「春の祭典」を想起させるメロディーが印象的です。
何て言うのかな・・・
「何かに取りつかれた様な」感覚というものが伝わってくる楽章ですね。
感覚としては、やはり「春の祭典」の「いけにえの乙女」の壮絶な絶叫みたいに・・
何か「逝っちゃっている・・」みたいな感覚が強い楽章ですね。
第三楽章はメランコラリックな音楽ですけど、やはりそこには「平穏」・「安住」が入り込む余地は全く無いと
思います。
全体的にフルートソロが大変印象的です。
そして・・・第三楽章のメランコリーがあるから、やはりあの壮絶極まりない第四楽章が生きてくるのだと
思います。
第四楽章が高らかに開始され、金管セクションのファンファーレみたいなコラールが始まると・・・・
私は・・・
この部分だけで既に瞳うるうる状態に陥ってしまいそうです・・
この楽章からティンパニー奏者が2名となり、中間からラストにかけてのティンパニー奏者の
活躍には目を見張るものがあります。
フィナーレの第四楽章は
ティンパニー奏者2名による打撃連打・金管楽器の高らかな叫びなど聴きどころも満載ですし、
とにかく・・・迫力満点の楽章なのですけど
前述の通り、この高らかな叫びが全然「救い」や「爽快感」になっていないのはある意味凄い事だと感じます。
ティンバニー奏者2名による打音の連続とかドラの咆哮、金管セクションの高まりが
「これでもか!!」とばかりに続くのですけど
一旦オーボエソロによって静かに回想される場面があるのですけど
このオーボエの「魂の孤独」・「寂寥感」には、いつ聴いても何か胸にこみあげてくるものがあります。
そしてこのオーボエソロの前にもトランペットのやはり寂しげなソロがあるのですけど
この部分も本当に・・・「魂の孤独」を感じてしまいます。
このトランペットソロの部分ですけど、ラトル指揮とかプレヴィン指揮の演奏は、大変堂々としているのですけど
ナクソス盤のダニエル指揮の演奏は、
この部分のトランペットは本当にたどたどしく聴こえてしまうのですけど
逆にそのたどたどしさこそがそうした「不安感」を更に浮き彫りにしてしまうような効果もなぜか
感じてしまいます・・・
ラストの軍楽小太鼓の響きも実に曲にマッチしていると思います。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、ここから先は、
なぜ私がこのウォルトンの交響曲第1番と出会ったのか・・
今にして思うと、冒頭の周様とあの日あの時同じ会場であの曲を聴いてしまったのですけど
その経緯について
過去記事を転記させて頂きたいと思います。


1982年の東北大会のレベルは恐ろしいほど高かったと思います。
もっとも当時の自分は、吹奏楽というか音楽全般の知識とか経験とか全然無かったものですから、
恐らく当時はどんな演奏を聴いても
「へえー、すごーい!!」と感心していたようなものでしたから、
現在の肥えた(?)耳から聴いてしまうと
「大したことない・・」という印象になるのかもしれませんけど、
耳がまだ肥えていない時期に聴いたレベルの高い演奏だからこそ、
後に及ぼした影響と言うのか、インパクト・感銘度は今とは全然違う感じなのかもしれませんよね。
いずれにしてもこの日聴いた素晴らしい演奏の数々ほど後の自分に多大な影響を及ぼしたものは
無いと思います。

自分が大好きな交響曲を三つあげなさいと言われれば

〇プロコフィエフ/交響曲第5番

〇矢代秋雄/交響曲

〇ウォルトン/交響曲第1番

と迷わずにあげてしまうのですけど
実はこの三曲とも、この1982年の東北大会で演奏されたものなのです。
吹奏楽編曲版という変化球なのですけど、
それを聴く事によって、その曲に興味を持ち
「それでは原曲はどんな感じの曲なのだろう・・・」
「他にどんな作品を残しているのだろう」
「同時代にどんな作曲家がいたのたろう・・・」
「この曲に影響を与えた人の作品にどんなものがあるのか・・」など
自分がクラシック音楽の深い森に迷い込むきっかけを作ってくれたのがこの東北大会と言っても
全然過言ではありません。

だから、長い人生の中では「たった一日」なんでしょうけど
後世への影響度という意味では、この東北大会を聴けた意義は自分の中では相当大きいと
今でも思っています。

勿論演奏もホント、素晴らしかったのですけどね・・・
この4年後の1986年にやはり東北大会を聴きに行ったのですけど、
この時の感想は、
「なにこれ、随分とレベルが低い・・・、東北も落ちたもんだ」と感じたものでした。
何だろう、この落差は・・・
恐らく客観的に見て、東北全体のレベルがこの年は下がったという感じなのかもしれません。
事実、1985年~1998年まで東北ブロックから、全国大会・金賞は一度も出ていませんし、
この時代は「東北ブロックの暗黒時代」とも言えます。
だから耳が肥えていない時代に、何もかもが新鮮に聞こえる時代に聴いたから
何でもかんでもうまく聴こえたという訳でも無いとは思います。

だけど、いずれにしても
くどいようですが、この日の東北大会の演奏によって自分の中の何かが変わったという事は
絶対にあると思います。

余談ですが、
この日の東北大会に臨んだ際の自分自身は、何かある意味ハイな状態でした・・・
東北大会・高校の部は10/2だったのですけど、
その前月は自分自身が県大会に臨み、それが終わるとすぐに文化祭のステージ、
そしてそれが終わるとすぐに学校の中間試験、
そして試験の翌日から5泊6日の北海道への修学旅行・・・
何か色々と行事が立て込んでいました。
そして修学旅行も、9/30の夕方に苫小牧でフェリーに乗り込み
翌日の10/1の昼過ぎに仙台港に到着したのですが、
あいにく海の天候が芳しくなく、船の上では終始ユラユラしていました。
その関係で半分以上の生徒は船酔いでゲロゲロ状態・・・
自分は船酔いは全然平気でしたけど、
寝る場所も大部屋の雑魚寝状態でしたので、ほとんど眠れないまま朝を迎え
生まれて初めて海上から昇る太陽を拝めることが出来ました・・・
フェリーから降りても、
三半規管が完全に麻痺状態となっていて、
目をつぶってじっとしても何か体が上下に揺れる感覚が残っていて
何かすごーくヘンな感覚でした。
そうした状態は翌日の東北大会の際も続いていて、
感覚としては、「体はものすごーく疲れているのに頭というか感覚だけは妙に敏感」という感じで
妙に神経だけ鋭角という状態でした・・・

ま、この辺りも多少色々と影響はあったのかもしれませよね・・・
演奏を聴いていても、やはり微妙に体が上下に揺れるという感覚も残っていましたしね・・・

更に余談なのですが、
東北大会から家に戻ってみると
母親が「自宅の電話が先ほどから鳴りっぱなし・・・」との事
(当時は携帯電話も何もない時代で連絡方法は固定電話だけでしたね・・・)
聞いてみると電話の相手は、吹奏楽部関係者、顧問の先生、応援団という事で
「まさか・・・」と思っていたら
何と野球部が、宮城県の秋季大会でまさかまさかの準決勝勝利で
翌日の10/3に東北高校との宮城県大会の決勝戦があるとの事で、吹奏楽部も応援演奏に来てほしいとの事でした・・
そして、翌日決勝戦の応援に行ったのですが、
(東北高校は野球部の名門で、ダルビッシュもかつて所属した強豪校です・・・)
一回の表にうちの高校が1アウト三塁から犠牲フライで入れた一点を何と守り抜き
まさかまさかの優勝をしてしまったのです・・・
確か、うちの高校のヒット数は1~2本程度、東北高校は10本以上打っていて、毎回毎回ピンチの
連続だったのですけど、
犠牲フライのタッチアップのタイミングを間違えて走者がアウトになったり
走者がアウトカウントを間違え、ベンチに戻ろうとしてアウトを宣告されたりなど
信じられない幸運もありましたけどね・・・

何か色々な意味で「青春していたなー」という感じの思い出ですね・・・(笑)

余談ですが、春の選抜甲子園の代表校を決める東北ブロックの秋季大会では
見事に一回戦で大惨敗を喫してしまい、
あこがれの甲子園出場は「夢」と終わってしまいました・・・
やはり宮城大会の東北高校との決勝戦は出来過ぎでしたね・・・(笑)



〇花輪高校

 B/交響曲第一番変ロ短調より第四楽章(ウォルトン)

 いや、これは自分にとっては今でも忘れることが出来ない
 自分の「生涯の生きがい」を見つけることが出来た不滅の演奏ですね。
 この演奏、録音等は一切残されていないので、この時の素晴らしい演奏を耳にすることは
 永久に無いのですけど、
 その素晴らしさは、自分の心の中に永遠に受け継がれていくと思います。

 課題曲の厚い響きとアクの強い演奏も良かったけど
 圧巻はウォルトンの交響曲ですね。
 この時点では、ウォルトンという作曲家もこの交響曲も
 この曲が作られた背景も全然何も知らなかったのですけど、
 とにかく自分に「何か」を確実に伝えた演奏でした。
 この年の花輪は、とにかく金管セクションが大変充実していて、大変分厚い響きを
 聴かせてくれたのですが、この分厚い響きが実にこのウォルトンの不安感・焦燥感・
 「不安には不安を持って臨むしかない」という危機感という曲想に実にマッチしていて
 重厚長大でスケールの大きな演奏を聴かせてくれました。
 後半のティンパニー奏者2人による叩き付けも打点が見事に決まっているので、実に効果的でしたし、
 後で振り返ってみると、
 ニールセンの交響曲第4番「不滅」のティンパニー奏者2人による轟音と非常に
 近いものがあったようにも思えます。

 学ランを着たトランペット奏者の凄まじい咆哮もよーく覚えています。
 吹奏楽コンクールの打楽器の位置って比較的ステージの左側に配置される事が多い中、
 花輪高校は打楽器セクションを舞台の一番奥の正面に配置させ、確かティンパニーは
 左側に位置していたと記憶していますけど
 あの二人の奏者の神がかった叩き振りは本当に素晴らしかったと思いますし、
 小林久仁郎先生の独特なアプローチもありましたけど、
 あそこまでウォルトンの「孤高な世界」・「不安感には不安をもって対処する」みたいな
 厳しい世界観を表現できたのは凄い事だと思います。
 ウォルトンの交響曲第一番は、原曲をオケで何度か聴いたことがありますけど、
 大友直人指揮/東京交響楽団の演奏は、まさにそうしたウォルトンの世界をほぼ完璧に
 表現されていて大変感銘を受けましたけど
 アマチュアの高校生チームが「吹奏楽」というアレンジ演奏でも、あそこまでウォルトンの世界を
 表現していたのは、
 凄い・・・・あまりに凄すぎると思います・・・・

 何かこの演奏を聴いて、
 熱いものは感じたし、同時に不安感も感じました。
 やるせないものも感じました。
 だけどそれは当たり前なのですよね、そういう不安と危機感と不安に対する挑戦みたいなものが
 この曲の背景にあるのですから・・・

 とにかく演奏終了後は、心の底から「感動した!!」という思いで一杯でした。

 だけど、残念ながらこの素晴らしい演奏は
 金賞止まりで終わり、全国大会に駒を進めることは出来ませんでした・・・
 審査結果を聞いて大変ショックでしたし、
 同時に、
 「自分が感じた結果が世間の評価と必ずしも一致する訳ではない」と悟った瞬間でも
 ありました・・・

 この年の東北大会の高校の部の全国代表は、
 自分の審査の中では、花輪・仙台第一・仁賀保というものでしたけど、
 実際は、仙台第一・仁賀保・秋田南でした・・・

 それにしても花輪のウォルトンの一番を是非全国大会の普門館で聴いてみたかったな・・・
 と今でも時折・・心をかすめる瞬間はありますね・・・

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