プロフィール

ぬくぬく先生 

Author:ぬくぬく先生 
開設当時は、1980年代吹奏楽コンクールの花輪・秋田南・就実・仁賀保・屋代等の素晴らしい演奏を後世に少しでも伝える事が出来ればいいなと思ってこのブログを始めたのですけど、いつのまにか「プリキュア」がメインになってしまいました・・・
最近は「東方Project」も大好きです!!
吹奏楽もプリキュアも何か自分が感じた事を少しでも後世の方に受け継がれるべきものが残せればいいかな・・と思っています。
ちなみに、「大好きプリキュア四天王」は、ドリーム・メロディ・ハッピー・ラブリーです。
ドリームとメロディは自分の中では既に殿堂入り状態ですけど、
現在は・・・・ラブリー大好き!!のラブリー一辺倒です!!
リアル社会では、建築関係のクレーム&アフター責任者を専従し、毎日毎日クレーム対応に当たる日々です・・・
裏の顔は・・・プリキュアと吹奏楽とクラシック音楽一辺倒です・・・
特に特に大好きな作品は・・・プリキュア5とスイートとハピネスチャージです!!
ちなみに、奥様は・・・ミルキィローズとセーラームーン好きの管理人以上のおこちゃまです・・・
東方で大好きなキャラは・・・とにかく大好きキャラがてんこ盛りで、全員大好き!という感じなのですけど、特に特に・・・さとり様・ゆかりん(紫様)・早苗さんはお気に入りです!!
吹奏楽では・・ネリベルの「二つの交響的断章」と「アンティフォナーレ」、スパークの「ドラゴンの年」、リードの「オセロ」と第二組曲「ラティーノ・メキシカーナ」、パーシケッティーの「仮面舞踏会」、C・スミスの「ダンス・フォラトゥーラ」などが死ぬほど好きで、クラシック音楽では、ウォルトンの交響曲第1番と矢代秋雄の交響曲、プロコフィエフの交響曲第5番、アーノルドの交響曲第2番、第4番、ショスタコの交響曲第7番「レニングラード」、マーラーの交響曲第3番「夏の朝の夢」、ハンソンの交響曲第2番「ロマンティック」、ストラヴィンスキーの「火の鳥」、ベルクの「ヴァイオリン協奏曲」、ラフマニノフの「交響的舞曲」などが大好きです!!
クラシック音楽を吹奏楽にアレンジし、そのコンクールヴァージョンの演奏としては・・・
1982年の就実高校の「幻想舞曲集」と
1987年の習志野高校の「ダフニスとクロエ」第二組曲の演奏、そして、
1987年の雄新中の「エルザの大聖堂への厳かな行列」が
まさに私の「原点」です。
最後に・・・
私の吹奏楽との関わりの真の意味での「原点」は・・・
1979年の市立川口高校の神がかり名演としか言いようがない
「二つの交響的断章」に尽きると思います!!


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連日暑い日々が続きますね・・

人間の限界を超えるような暑さが続くと、何かを考える事自体「嫌」になってしまいますよね・・・







でも・・・

本当に6月~7月は色々あったよな・・・

もうこれ以上あまり多くは語りたくないけど、
気持ちとしては・・・・
キュアフォーチュンのあの言葉が一番しっくりときますね・・・
あ・・・これ、誤解のないようにお断りしておきますけど、特定の人がどうとかこうとかではなくて
昨日の記事でも書いた通り、
私(自分)はあなた(自分)を許せない・・
いつまでたっても「おこちゃま」のままで、この年でこうした子供っぽい事態を引き起こすこと自体
自分自身が許せない・・・
一か月前、クビ宣告を食らったとしても
「それなら、気が向いた時にでもコメントして・・・その間は別にこちらから何もしない・・・言いたいことはあるけど
今は何も言わない」みたいな
大人の対応をちゃんとしてれば、こんだけお互いに嫌な思いをすることもなかったのにね・・・

ま・・・そんな嫌な気持ちを引きずるのも7月で終りにします!!

一つ前の記事で書いた通り、そうしたある意味「怒りと屈辱」に満ちた思いを断ち切るためには
方法は二つ・・・
一つは忘れる事、もう一つは自分自分が更に強い気持ちを持つ事・・!!
とにかく・・・
6月下旬から7月のあの一件に関しては、今後このブログで書くことは二度とないと思います。

色々な意味で8月は「心機一転の日々」ですよね・・・!!

生きていれば必ずいい事はあるはずだし、誰かは見てくれているはず!!
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あと少しで7月も終わろうとしています。
だけど・・・
6月下旬から7月って本当に色々とありすぎて、なんか自分自身の「感覚」がいまだに付いていっていないというものも
あったりします。

そうですね・・・

仕事面では、仕事絡みの「顧客とのトラブル処理」に忙殺されていたという感じですね。
というか・・・
社内でどうにか対応するというレヴェルを超えてしまい、建築関係の「消費生活センターへの相手方の相談」にまで
話がこじれてしまい、
そうした事案が2本も一か月近くで発生してしまい、
その対応・解決を一手に押し付けられてしまったという感じです。
ま・・・、元々そうした「建築関係のアフター&クレーム対応専従」というのが私のリアル社会での仕事面での
立ち位置なものですから、
この手の話は正直・・・・珍しくも何ともないです・・・
そうした場合のために、自分のようなクレーム専従責任者がいるのですから、それはむしろ
「望むところ・・・!!」という感じです。
だけど、今回何が一番やっかいだったかというと、
先方顧客とこちら側の営業担当の信頼関係はほぼ完璧に崩壊し、
先方側が、消費生活センターを交えてのあっせん協議の際、その営業担当を話し合いの場から外し、
なんと・・・「私」一人を話し合いの場としての「交渉人」として指定してきたため、
消費生活センターの紛争協議・あっせんという場において、二つの事案とも、自分一人だけで全ての責任を担って
自分一人だけでそうした折衝を抱え込んでいたから
やはり大変でした・・・
こういう時、誰か一人でもいいから相談できる仲間とかがいればいいのですけど、
会社側としては、こうしたやっかいなトラブルは関わり合いたくない・・・
元々普段からクレーム専従を配置しているのだから、そいつに任せればそれでいいじゃないか・・・
という発想がどうしても出てきてしまいますし、
会社側からも今回の協議の場においても、
その解決の前提条件というか譲れない絶対条件として、
①何とか円満に解決し、地域で悪い評判が出ないようにする ②契約事案のキャンセルだから「違約金」は
当然発生するし、その違約金は当然ながら社内規定の利益率以上のものを頂く必要がある
という事を強く指示されていますし、
顧客の立場も分かるし、会社側の事情も分かるし、最終的には・・消費生活センターのアドバイスも取り入れ
顔を立てないといけないし・・・・
結局は「三方塞がり」になってしまうのですよね・・・

しかも・・・・

建築の世界のトラブルって・・・・ご多分に漏れずほとんどは「言った言わないの世界・・・」ですからね・・・

ホント、顧客との契約時の打ち合わせやその後の仕様決め等の打合せ時は、あんだけ
書面での「打合せシート」という議事録という「目に見える記録」を残しておいて・・・!!と普段からギャーギャー私も
言ってはいるのですけど
結局は・・・
営業チームというのは、「目の前の目標達成」しか眼中にないからね・・・

こういう場合・・・どうすればいいのか・・・

まずは話をとことん聞くしかないですよね・・・

その上で・・・

お互いのどのあたりに「落ち度・問題点」があったのかという事を顧客・会社側・消費生活センターの三者で
「共有意識」を持つ事がスタートだと思いますし、
これが出来れば・・・
何とか問題の70%は解決できると思います。
「この点に関しては・・・確かに当方に落ち度があったけど、逆にこの点は・・・そりゃ・・あなたも無茶言っていますよね・・」
そうした認識を共有できる事がスタートラインなのですよね・・・
ま・・・今回の二つの事案とも既に「キャンセル→違約金の発生」というのは避けられない事案でありましたので、
キャンセルを出来れば思いとどまらせるという余計な発想をしなくても済むので
その点は救いだったのかなと思います。
最終的には・・・
「違約金額」の一つ一つの項目について、
これについては・・・確かに当方にも落ち度があるので責任度合いで言うと、3対7でこちらが悪い・・
だけどこの項目に関しては、そちら様にも落ち度があるので、責任度合いは4対6くらいであなた様が宜しくない・・・
みたいな事を積み上げていき
何とか・・・
7月の土壇場に来て、やっとお互いの「合意文書」を調印できましたし、
何とか会社側の求める違約金の利益率もカバーできる範囲に収める事が出来ました・・・・

何か二か月近くこうしたトラブル案件に専従していると、やっぱり・・・疲労感だけが残りますね・・
営業関連の仕事ではないから、別に「達成感」など存在しない・・・・
あるのは「疲労感」のみ・・という感じです・・・

リアル社会でも、ま・・・色々とありましたけど、
ネットでも・・・色々ありましたね・・・
このブログを開始して来月で4年目に入るのですけど、PC修理に伴うお休み期間は別にすると
こうした「仮閉鎖」みたいな事態になってしまった事は初めての事でありますし、
まさに私の「不徳」の致すところ・・・・

そうですね・・・・正直・・・今でも「怖い」という感覚ですね・・・
私も今でもそんなにしょっちゅうではありませんけど、色々なブロガーの方にコメントを頂いて
その返事を書かせて頂いたり、
逆に私の方から素敵な記事に対してはコメントをさせて頂く事もあります。
だけど・・・
なんか「怖い・・」という感覚は未だに残っています。
「本当にこんなコメント書いて、この人は・・・何か不愉快に感じたりしないかな・・・」
「こんな事を書くと相手の方をヘンに傷つけたりしないのかな・・」とかついつい色々な事を考えてしまう事が
増えてきたような気もします。
本当は・・・
もっと色々な人にこうしたコメントを通しての素晴らしい交流がもっともっと出来ればいいな・・・と思っているのですけど
何か私自身が「怖い・・・」という感覚がどうしても残ってしまうのですよね・・・
何か・・・他の方にコメントを書くという行為が
「本当に大丈夫なのかな・・・」というヘンな意識に囚われてしまいがちです・・・


仮閉鎖当時は「哀しい」気持ちでしたけど、今現在はどちらかというと「屈辱と怒り」の感情というのも
何か自分自身が見苦しい・・・
ホント、これは自分の「未熟さ」・「いくつになっても大人になれない未成熟さ」を象徴することであり
自分で自分が許せない!!
一つだけ愚痴ると・・
単純に・・「応援したい!」・「お互いに楽しいやり取り」という気持ちで続いた1年以上のやり取りが
ああした一方的で屈辱的とも言える「クビ宣告」で終ってしまうとは・・・
あんなものを一方的に通告された方の気持ちと言うものは・・・そうした「人の痛み」というものは・・分からないのかな・・・


ま・・・色々ありました・・・

だけど私は・・・もっともっと色々な人とこうしたネットの場を借りて、自分が知らない事とかを教えて頂きたいですし
色々多くの人たちのお話をしたい!!
そんな気持ちは今も全く変わっていません。
一つ前の記事の小川洋子/六角形の小部屋で語った通り、
「カタリコベヤ」みたいな所で一人自分に向き合って自分と対話をする事と
プログで何かを発信する事の間に「違い」は意外と無いのかもしれません・・・
違いは・・・・
例え見ず知らずの人でも誰かには何かは伝わる可能性がある事・・・・
そして・・・
それを通して全然面識が無い人でもそうした「交流」が出来る場でもある事・・・
やはりこうした場はいつまでも・・・私は大切にしていきたい!!

嫌な記憶を乗り越えて更にステップアップを図るにはどうすればいいのか・・・

結局は・・・忘れる事と自分自身が強くなるしかない事・・・・

それしかないのかもしれません・・・

ホント・・・、7月の記事は、自分らしくない記事のオンパレードでした・・・・
そんな中でも、こんな私に・・・数多くの温かいお言葉を掛けて頂きました多くの皆様に
改めて感謝したいと思います!!
本当にありがとうございました!!

8月は・・・「心機一転」といきたいものですね!!
小川洋子さんの小説って、実はものすごく大好きで、
本屋大賞を受賞したベストセラー小説「博士の愛した数式」が出るずっと以前から小川洋子さんの小説に
親しんでいた者にとっては、
「少し嫉妬心・・?」があるような気さえします。

小川洋子の小説って、ホント感想を書くのが難しいというか、
「それをどう感じるかはあなた次第」という作風の面もあるので、この話を読んで具体的に
どう感じたかを書く事自体何かナンセンスなような感じさえします。
作風がどちらかというと、グロテスクな反面、何かもやーーっと霧に包まれたような感覚もあり、
具体的な事件を下に具体的にグイグイとストーリーを展開していくわけではないので、
印象というか感想も、心の中で瞬間的に感じた極めて漠然としたものという
感覚になってしまいます。

それだけ感覚的な作風なのだと思います。

だけど、なんか20代後半の頃から、こうした感覚で遊ぶのが好きという事もあり、
グロテスクな描写、あまりにもぶっ飛んだ背景に時に閉口しながらも
結構昔から変わらず今も好きな作家の一人です。
小川洋子さんが描かれる作品の特徴って・・・そうですね・・・
最近の作風と初期の頃では結構「違い」はありそうな気もするのですけど、
初期の頃は、
①自分が消えていく消失感・・・そのひそやかさ・・・
②何か「自分にとって大切なもの」を封印したい・・・その大切なものを記憶から封印し
 自分一人の価値観としてのみ、自分一人だけの世界に留めておきたい・・・
③グロテスクさ
あたりが際立った特徴と言えるのかもしれませんよね。

あの幻想的な感覚と静粛感は・・まさに「小説」が私達に提示している無限の可能性を本当に示唆しているような気もします。
というか・・・
あの研ぎ澄まされた感覚は多分・・・小川洋子さんにしか描く事は出来ないのかな・・・

ちなみに・・・

私が、小川洋子の作品で特に好きなのは、「密やかな結晶」と「六角形の部屋」だと思います。

「密やかな結晶」はかなりの長編小説ですけど、「六角形の小部屋」は、「薬指の標本」の中に
収録されているお話です。
「薬指の標本」は、まさに小川洋子ワールドが炸裂!!という感じで、
人によってはグロテスク・・・ある人によってはミステリーっぽく感じるかもしれませんけど
これは・・・
解釈としては前述の「記憶の封印」という特徴が遺憾なく発揮されている作品だと思います。
だけど・・・やっぱり少し悪趣味かな・・・??
この「薬指の標本」を読んだ後に、連作姉妹作みたいな形でこの「六角形の小部屋」を読むと
結構・・・
印象は変わってくるのかもしれません。






「六角形の部屋」は、「薬指の標本」以上に設定が面白いです。
薬指・・みたいに設定がグロテスクではないから、大変読みやすいです。

色々な街で「カタリコベヤ=語り小部屋」という小さな空間を持ち運び、この閉鎖された小さな空間で
有料で、一人の人間に中に入ってもらったうえで、自由に言いたい事、胸に秘めている思い、
口に出したいけど・・言葉にしたいのだけど、他人に聞かれたくない事などを一人っきりスペースで自分自身に
語ってもらうというストーリーなのです。
このカタリコベヤの管理人=ミドリさん・ユズルさん親子の設定が淡々と描かれているのが実にいい味を出していると
思います。


あ、この話は別に悩み相談とか、その口に出したいけど他人に聞かれてもらっては困る話の内容
という具体的な話ではなく、その語り小部屋を巡る周囲の人達の話と言う
ものです。

最初にこれを読んだ時、単純に発想が面白いと感じたものですし、
登場人物の何かあまり現実感がないふわーっとした感覚に何だか自分自身も物語の中に
入り込んでしまったような錯覚を感じたものです。
だけどこの主人公も、婚約者との婚約破棄・背中の痛みなど決して現実感が全くないという
ものではないのですが、その現実感を生々しく感じさせない所がこの作者のスゴイところ・・・

ストーリーの本質とは外れてしまうかもしれませんが、
「語り小部屋」という発想には色々と考える事がありました。
確かに人は、他人にガツーンと本音をぶちまけてやりたいけど、今後の人間関係等を
考えるとそれが出来ない時、
誰かに自分の本心を打ち明けたいのだけど、それを語る相手がいない時など
この「語り小部屋」というものは有効なのだなーとも思ったのも事実です。
結局は、人間と言うものは、最終的に本音を語る事が出来る相手と言うのは自分自身だけ
そんな暗示も本作品ではしているのかもしれません。

最後には、この語り小部屋自体、次の街への移動という事である日突然消滅し、
呆然としている主人公で終わらせているのですが、
これも何か「人の最終的な孤独」を暗示しているのかもしれません。
(この辺りも・・・前述の小川洋子さんの特徴の消失感を見事に描いていると思います)

小さな部屋に閉じこもって語るべき事とは一体何なのだろう・・・

それは「自分との対話」という事になるのでしょうけど、

そもそも「自分」ってどんな存在なの・・・??

色々と何か思いが交錯する小説ではありました。

心理学的に「カタルシス作用」っていうものがあるそうです。
人は「喋る」事によって、本音をさらけ出すことによって、気持ちが楽になるという事らしいです。
(凶悪犯が取り調べの際、自白すると死刑になってしまう可能性がある反面、白状する事で
 気持ちをスッキリ出来るというのと同じ理屈)

だけど、その本音を誰にも語る事が出来ない時、どうすれば良いのか・・・

そういう時にあの「カタリコベヤ」があれば・・・
だけど・・・
小説内でも示唆されていましたけど、カタリコベヤに頼り過ぎてもロクな事にはならない・・・
(だからこそ、ラストシーンはカタリコベヤの消滅というシーンで閉じられているのですけどね・・・)

主人公の「わたし」が、物語の後半で、六角形の小部屋で独白するシーンは大変長いのですけど
とっても素晴らしい部分です。
あの独り言は・・・言いたい事はよーく伝わってきました・・・
あの部分はカギカッコが無い為、主人公のつぶやきと他の文章がすーーーっと一つに溶け込んでいくような
錯覚すら覚えた程です・・・

「六角形の小部屋」の中で、ひたすら「自分との対話」を進める・・・
あのカタリコベヤの中で、誰も聞いていないのに、たたひたすら延々と自分が話したい事、自分の胸に秘めていた事を
ひたすら語り続ける。
ヘンな話ですけど、こうやってプログで「何か」を書くという事は・・・
そのカタリコベヤでの行為と大して変わりが無い様な錯覚すらあります・・・
カタリコベヤという六角形の小部屋の中で語った事は、そもそも誰も聞いちゃいないし、元々誰かに聞かれては
困るようなお話だと思います。
だけどこうした「ブログ」というものは・・・
前提としては誰に読まれてもおかしくないものですので、そこに決定的な違いはあるとは思います。
だけど・・・ブログをこうやって書いている人は、基本的に「プログを読まれている方」が誰なのか見えないものだし、
ネット特有の「匿名さ」を背景に、かなりの自分の「心の本音」をやりかたによってはうまく語る事が出来るという意味では、
やはのこの「カタリコベヤ」と被る部分は感じてしまいます。
そういう意味では「本音を語る・・」→「誰かに私の心の叫びを聞いて欲しい!!」という意味では・・・
プログも小川洋子さんの「六角形の小部屋」のお話は・・・
結構共通項はあるのかもしれませんよね。
小川さんがこの小説を執筆されていた頃は、まだ今ほどネットが広まっていないころだから、
ある意味・・・
何かこう・・・「時代の先駆け」みたいな感覚も・・・もしかしてあったのかもしれませんよね。
「ガールズ&バンツァー」のテレビ東京での再放送も第三話に突入しています。
以前も書いた通り、このガルパンは第3話から俄然面白くなってくるのですけど、
この第3話は見ていて、とにかく「痛快! 痛快!!」と「みほちゃんとか秋山殿可愛い・・!!」という魅力満載の
素晴らしい回だと思います。
正直、「ガールズ&パンツァー」はここから最終回の第12話の黒森峰女学園とのまほ-みほの姉妹対決まで
とにかく見ている人を飽きさせはしません!!
この第3話からラストまで一気にグイグイたたみかけるように物語が進展していくのですけど
そうした中にも、「可愛いかわいい女子高生」がてんこ盛りで、
こんな天使のように可愛い女子高生と男臭くて油臭くて危険極まりない「戦車」のとてつもない「ギャップ」が
やっぱり「ガールズ&パンツァー」の最大のヒット要因だと思います。

西住みほの成長と過去の痛い記憶の「トラウマ」との決別というのも大事なテーマにもなっていますけど
この辺りがクローズアップされてくるのは、対プラウダ高校戦以降の話なのかな・・・?
だから・・・今は何も書きません・・・(笑・・)
だけどみほの対プラウダでの仲間を鼓舞するための「あんこう踊り」とか
月と星だけが照らす夜闇の中でキューポラの上に凛々しく立ち上がったあの姿は・・・
まさに「軍神!!」というものでしたね!!






さてさて、第3話ですけど、第2話において、みほと秋山殿以外は戦車の操縦何てしたこともない素人女子高生を
相手に、指導教官として臨時に指導に来た蝶野教官は・・・なんと・・・
操縦方法もロクに教えないまま(笑・・)
「戦車なんてバーンと動かしてバーンと撃てばいいのよ・・・」と大雑把&テキトーな指導を行い
いきなり練習試合を始めてしまいます・・・・
ま・・・それでも・・全チーム、普通に戦車を動かして砲撃していましたから、ある意味すごい・・・
そうした蝶野教官に対して、杏は「随分ざっくりっすね・・」とツッコんでいましたけど
逆に柚子から「会長にだけは言われたくない・・・」とツッコみ返されていたのが何とも微笑ましかったです。

そして、唯一の経験者としてみほ達が乗っている戦車だけが他のチームからマークされ
砲撃を食らって逃げている際に出くわしたのは・・・
という所で第2話が終了したのですけど、
そこで授業をサボって寝ていたのは、後に「あんこうチーム」の操縦手となる冷泉麻子でした・・

私、このあんこうチーム【みほ・秋山殿・華・さおりん・麻子】は皆全員大好きなのですけど
この麻子も本当に本当に・・・終始いい味を出していましたね・・・
元々極度な低血圧体質で昼間はボケーーーッとしていていつも上の空みたいな娘なのですけど、
頭はかなりいい・・・
そして常に冷静でクールで感情はほとんど表に出さないタイプなのですけど、
白いカチューシャを常に髪に付けているのがポイントが高いと思います・・・(笑・・)
私・・・キュアラブリーみたいなポニーテールの女の子とか冷泉麻子みたいなカチューシャを髪に付けている女の子には・・・
なぜか・・・昔から弱いのですよね・・・・(苦笑・・・)

結局・・・練習試合の最中なので、女の子を一人戦場に残す訳にもいかないので
そのまんま・・・・なし崩し的に麻子もあんこうチームの戦車の中に入ってしまうのですけど
吊り橋を走行中
(あんな脆そうな吊り橋を戦車が通行するのかよ・・・みたいなツッコミは・・・置いておいて・・・苦笑・・)
他チームの砲撃を受けて操縦手の華は・・・失神・・・
誰も戦車を動かすことが出来ず、みほが「仕方がない・・・私が・・」と思っていた所、救いの手が・・・
そう・・・麻子は頭がいいので、マニュアル本を読みながら戦車を操縦する芸当を難なくこなしてしまい、
ここから反撃開始・・・!!
そして他チームを全て撃破してしまうのです!!

うーーーん、この辺りは実に爽快でしたね・・・!!


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撃破されてしまう生徒会チーム・・・・

あ・・・考えてみると柚子は・・・ポニーテールでしたね・・・
だけどこの娘は・・・ガルパンで多分・・・最大の胸が大きい娘でしたので、そっちばかり・・・ついつい
目が行ってしまいがちでしたね・・・・(苦笑・・)

そうそう・・・・会長の杏は・・・よーく見てみるとツインテールでしたね・・・



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練習試合を無事に終え、全員での入浴タイム・・・(視聴者にとってのサービスタイム・・・??)

改めて、ここで全員の戦車内での役割を決め、結果的に・・・各自の特技が活かされた配置になりました。

そして・・・改めてメンバー全員から「是非このチームの操縦種手になって欲しい」と懇願される麻子でしたけど
「既に他の選択科目を履修中で戦車道を履修するつもりはない」と
最初は断ってしまいます・・・
そこで・・・
実は麻子とは幼馴染のさおりんが悪知恵を図ります・・
「あんた・・、遅刻ばかりで単位が危なくて進級できるかどうか微妙なんでしょ・・・!!
戦車道を選択し、全国大会で優勝すれば遅刻免除&進級という特典が与えられるんだよ・・・!!」と
見事に麻子をたぶらかし・・・
ここに麻子も晴れて「あんこうチーム」入りが決定します。

入浴シーンは・・・さおりんがとにかく可愛くて良かったですね・・・!!



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他チームが戦車をピンクとかヘンにカラフルな色にチェンジしたばかりか、
自チームも戦車内にクッション・芳香剤・ぬいぐるみなど・・・ま・・その・・女の子らしいグッズを
色々と持ち込むことに
今一つ納得がいかない秋山殿がとても可愛い・・
そうした時・・・
「こういう戦車道もありなのかも・・・」とこれまでの「勝ち」にばかり固執する今まで自分が歩んできた「西住流」
以外の価値観に気が付くみほは・・・
やっぱり素晴らしい・・・!!
この娘のこうした「流派」にこだわれないで、自由自在にその場の雰囲気等に合わせて
戦い方を変化させる事というのか
「戦車道としての多様な価値観」にこの当時から既に気が付いていたみほは・・・
やっぱりこのアニメの主役に相応しいですね!!


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そして・・・杏は・・更に更に無謀にも・・・全国大会の強豪校の一つ、聖グロリアーナ女学院に対して
「練習試合」を申し込みます。
だけど・・・
その集合時間は・・・朝の六時・・・・
あれれ・・・そうなると・・・一人問題児が出てきてしまいますね・・・
そう、言うまでもなく低血圧体質で朝起きれない麻子なのですけど・・・・
案の定、麻子は・・・
「やっぱり、戦車道やめる・・!!」と言い出してしまいますけど
ここで麻子を止めるのはやっぱりさおりんなのですけど、その止め方の口説き文句が
最高に面白かったです!!
「あんた・・!! これ以上遅刻を重ねたら留年だよ!! 来年、あんたは私の後輩になるんだよ!
私の事をさおり先輩と呼んでみー!!」

この辺りはとにかく面白かったですね!!

冷泉麻子を叩き起こすために、
直接起こしに行ったり、何と戦車で自宅まで迎えに行き、空砲を打ち込み目を覚まさせるというシーンが
ありましたけど、
そのワンシーンとして、秋山殿が「起床ラッパ」を楽々と吹きこなすシーンがあり、
何かとても笑ってしまいました・・・
だって、この軍隊用起床ラッパというのは、突撃ラッパ」と同様に
吹奏楽やクラシックで使用する「トランペット」と若干仕様が異なり、普通のトランペットのような
ピストンが付いていません。
奏者は口の締め方や息の調節で音をコントロールし、メロディーを吹かないといけない非常に難しいもので、
それを秋山殿が楽々と吹きこなせてしまうというのは、
さすがに軍事おたくらしい秋山殿らしい話ですね・・・(笑)



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そして・・・第三話では・・・聖グロリアーナのダージリンも登場します・・・・

ま・・・このお方の余計な一言というのか、余計なひと言格言は・・・・
たまにうざいけど、
面白いものはありましたね・・
私が「プリキュアシリーズ」・西尾維新の「物語シリーズ」・「ガールズ&パンツァー」と
同レヴェルで大好きで大好きで仕方がないアニメと言えば
「デート・ア・ライブ」があるのですけど、
この作品は元々はライトノヴェルです。
だけどこの作品もシリーズ累計でついに・・・350万部を突破する事になってしまい、
この原作もつい最近やっと全巻読み終えた私としては・・・何かそうした人気は嬉しい限りです。
ま、この作品・・・
設定もぶったまげの連続なのですけど、
やはり・・・登場人物のキャラが全員それぞれ魅力的なのがいいのですけど、
やはり、私としては・・・このブログでもしつこいくらい執拗に何度も何度も書いている通り
「時崎狂三」という最悪にして最凶の精霊の魅力にどっぷりとはまってしまった・・・という感じが濃厚ですね・・!!





この作品が、ついに満を持して、2013年のアニメ第一期、2014年のアニメ第二期を経て
この夏、ついに・・・待望の完全オリジナルストーリーとして映画化が決定され
ついに、ついに・・・来月、8月22日より全国一斉ロードショーが開始されます。
埼玉での公開は、さいたま新都心一か所のみですけど、ここは・・・ま、私の庭みたいな所ですので
近いし大歓迎です!!
一度何の映画だったか忘れたのですけど、どうしても見たい映画の埼玉県での上映映画館が
深谷方面だったかな・・・
とにかくとてつもなく遠い所でしたので、行くのが大変面倒だった事はありましたけど、
今回はそうした事も無くホッ・・としています。


万由里


公式HP上でも結構前から
その精霊の姿がティザービジュアルとして発表されていますけど、
正直、よく分からない・・という感じで謎がつのります・・
「人類に災厄をもたらす精霊」という万由里という少女は・・・・
精霊なのか人間なのか・・・それすらも現時点では何も情報はありません・・・
この万由里というオリジナルキャラについての情報は・・・ほぼ皆無・・・・
という事は・・・・
要は、詳しい事を知りたければ劇場まで足を運べ!!という事なんでしょうね。

そして・・・万由里は・・・・

私が「デート・ア・ライブ」の登場キャラの中で特に特に大好きでたまらない「時崎狂三」と絡むのか
絡まないのか・・・・
何より時崎狂三に何かしらの「見せ場」はあるのかないのか・・・

とにかく「公開」が待ち遠しいところです。


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改めてですけど・・・ホント、この作品に登場するキャラは・・・皆濃い人ばかりですね・・・・

本来主人公であるはずの夜刀神十香ですら・・・何か幾分影が薄い感じさえありますからね・・・(苦笑・・)


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そうそう・・・

この映画の前売り券なのですけど、
一般券は特に特典らしきものは無いのですけど
デート券という「ペアチケット」はとてつもなく魅力的な特典が結構てんこ盛りです・・・


・橘公司先生 書き下ろし劇場版プロローグ ショートストーリー
・つなこ先生 万由里ラフ画
・キャラクター相関図
・TVアニメ『デート・ア・ライブ』『デート・ア・ライブⅡ』あらすじ
・天宮市解説
・おまけ:『劇場版デート・ア・ライブ』絵コンテちょい見せ

といった特典が付いている小冊子がおまけとして付いてくるとの事です。

うーーん、私は一緒に行く人がいないので、一般券で十分なのですけどね・・
というか・・・なんで一般券にもそうした特典を付けてくれないのかな・・・・??
うちの奥様は・・・この「デート・ア・ライブ」には全く興味なしという感じですし、知らないストーリーの映画は
絶対に観に行く人ではありませんからね・・・・
うーーむ・・・どうしたものか・・・・(苦笑・・)
ま、そのうち・・・・ヤフオクかなんかでこの小冊子は多分・・・出品されてきますよね・・・??




東京MXの「プリキュア5 GoGo!」もついに第40話まで進んでいます。
うーーむ、やっぱり週に二回も放映されると進展速度が速いですね。
つい最近第一話が始まったと思ったら・・・あと少しで最終決戦突入ですからね・・・
ファイブ DE チャンス前後回が終わった次の回に「ドリーム&ローズ」でもってイソーギン&ヤドカーンの幹部を
撃破し、
そしてここから5話連続で各プリキュアの「個人回」、つまり・・・2年間のシリーズの総仕上げというのか
各人のそれぞれの「夢」についての方向性の最終確認が提示されていきます。
この5話連続の個人回が全て素晴らしい話ばかりなので
この辺りは・・・プリキュア5GoGoの一つの大きな見せ場だと思いますし、
中盤の「シロップの一時的な裏切り→シロップとココの和解、そしてシロップの真の意味でのプリキュアの仲間確定」
あたりと並んでとっても印象的な回が当面続いていきますね。
私個人としては・・・第41話のりんちゃんのアクセサリー回のお話は
とってもとっても気に入っていて大好きな回です!!
あの回のおまけみたいなものですけど、ブンビーさんがケーキ店でバイトしている時に
偶然にも(?)のぞみ・りんちゃん・ムカーディアと遭遇し
「ええーーーーっ」と絶叫しているシーンは本当に・・・大好きでした!!





さてさて、今回のお話は「うらら」がメイン回です。
うららというと・・・・初代のひかりと並んで長らくの間プリキュアシリーズの数少ない中一キャラを
演じていたのですけど、
現役のGOプリでは、はるか・きららに加えてなんと・・・トワ(旧・トワイライト様)まで中一設定なので
うららの「価値」がその意味では幾分低下したのかな・・・(苦笑・・)

長年のプリキュアシリーズの一つの特徴として、各人が「夢」を抱き
その夢の実現に向けて各人がそれぞれに課題を持ちながら頑張っていく・・という事があげられ、
どちらかというと、
その「夢」の具体的な中身が決まったとか
その夢の実現に向けて現在奮闘中という所で終る傾向があり、
夢が具体的に何か体を為して具現化したというパターンは正直少ないのかもしれません。
のぞみ・かれんさんが先生・医師になりたいという夢は持ったけど、その夢の実現に向けて
第一歩を歩き始めたとか
ピアニストになって両親と共演したいという響の夢は、まさにスタート地点に立ったばかりとか
将来総理大臣になりたいというマナの夢は・・・まだまだ道半ば・・・・
などのように「夢の実現」によって目標をかえって見失うという事よりも
「夢はまだ実現できていないけど、その実験のために私は今もこれからも頑張り続ける!!」という事を
明確に子供たちに伝えたい・・・という制作者サイドからの「メッセージ」があるようにも感じられます。

そうした中・・・

うららの場合は少し例外的・・・

「亡くなった母親と同じミュージカルの舞台に立ちたい!!」といううらの夢は・・
この回のオーでティション合格をもって無事に叶えられます。
こういうパターンは歴代でも珍しいかもしれませんよね。
ま、うららの場合、無印時代から日々の努力は怠らない子でしたし、
結構オーディションにも落ちていた印象があるから、最後の最後で夢が叶えさせたと思いますけど
ま・・うららの場合、むしろここからが更なる飛躍のための第一歩に過ぎない・・・という感じもありますし、
現役のきらら共々、モデルとか女優の「道」は遠く険しいものがありますからね・・・・
うららもきららも本当の夢は「親子共演」という事なのかもしれませんけど、
既に母親は他界しているうららはそれは既に不可能な夢・・・・
だけど、シリーズを超えて、うららの7代後輩のきららがうららの夢を受け継ぎ、そうした「夢」を一足先速く
実現している事は
シリーズを超えてプリキュア達の「夢」が受け継がれていく事を示唆していて
大変好感が持てます。

さてさて・・・・今回のお話は、いよいよ「自分にはもう後が無い・・・ここで失敗するとエターナルでの自分の立場が
なくなる・・・」と追い詰められたシビレッタの策略が炸裂する回です。
(ま・・・シビレッタは、この次に登場する回で浄化=消滅してしまいますけどね・・・)
オーディションに向けて日々努力を重ねるうららの「歌声」を奪ってしまい、その歌声とローズパクトを
交換しようと持ち出す、プリキュアにしては珍しく敵側がえげつない事をしてくる内容なのですけど
これは多分・・・「人魚姫」をモチーフにしたのでしょうね。
だけど・・・
だからといってプリキュア達を人魚に・・・ココナッツシロップをタコ・フグ・亀にまでする事ないのに・・・・(苦笑・・)
ま・・・現役のGoプリにも正真正銘の「キュアマーメイド」がいますけど、
プリキュア5の場合は・・・そうですね・・・個人的にはかれんさんが一番人魚が似合っているような
感じもしました・・・
そういえば・・・・歴代でもスマイルプリキュアが人魚に一時的になってしまいましたけど、
あの時は・・・
やっぱり・・・・ポンコツのスマイルらしく、水中の中なのに、キュアピースがピースサンダーという
電撃を放ってしまったため、敵味方関係なく全員が感電してヘロヘロになってしまうというのは、
いかにも・・・「ポンコツプリキュア」らしいお話でしたよね・・・・(苦笑・・)

そうそう・・・・特にプリキュア5シリーズを見ていて思うのですけど
よくこの2年間のシリーズの中で、敵幹部がドリームコレットとかローズパクトのように
敵側にとっては「奪取して自分達のものにしなくてはいけない」至上命題のものを一旦はその手中に収めながらも
プリキュア達が横でギャーギャー言うもので煩くてついつい・・・
「えーーい、そんなにゴチャゴチャ言うのならお前たちを今倒してやる!!」と余計な事をしたばかりに
結果的にプリキュア達とのバトルに敗れただけでなく
そのローズパクト等も逆に取り返されてしまうパターンが多かったのは・・・
何かいつみても・・・「しょーがねーなー・・・」と苦笑していたものです。
プリキュア5の敵幹部の至上命題は主に二つ・・・
一つはドリームコレット・ローズパクト等のプリキュア側の重要アイテムを奪う事
二つ目はプリキュアを倒す事
なのですけど、
それだったら、一度ローズパクト等を手中に収めたのならば、別にあえてここでプリキュアと戦う余計な事は
しないでまずは一旦撤収して
親玉=上司にその奪取物を提出すればいいのに・・・と毎回毎回苦笑してしまうのですけど、
ま・・・その「ゆるさ」がプリキュアシリーズのポンコツマヌケ敵幹部の一つの持ち味にもなっていますからね・・・
「二兎を追うものは一兎をも得ず・・・」とはまさにプリキュア5の敵幹部にそのまんまあげてやりたい「格言」ですね・・
折角瞬間移動できる特殊能力があるのだから、まずはローズパクト等を入手したら
そのまんま瞬間移動すればいいのに・・・
またまた余計な闘いを挑んで・・・・と
ついつい・・・「またか・・・このマヌケ幹部は・・・」と楽しい意味で苦笑してしまいますね・・

ま・・・その点、プリキュア5【無印】のカワリーノとかスマイルのジョーカーとかスイートのメフィストは
ちゃんと分かっていて
アイテムを奪取と同時に自身もすぐにどこかに消滅していましたからね・・・


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今回のお話も・・・上記の典型のような流れだったのですけど、
うららの歌声とローズパクトの「人質交換」を提案するシビレッタ・・・・
うららは・・「皆がこれまで必死に守ってきたローズパクトを渡すのは絶対に嫌!!」という感じなのですけど、
ま・・これはどうみても本心ではありませんね・・・
それを察したのぞみは・・・
「うららの長年の夢の実現の方が大事・・・ローズパクトはまたいずれ奪えばいい・・・」とメンバーを説得し
勿論他のメンバーも心地よく同意します
そして人質交換と言う流れになったのですけど
「まずはローズパクトをお渡し!!」というシビレッタの要求をそのまんま何も文句も言わないで素直に従ってしまうのは
いかにも・・・
「人を疑う事を知らない」純粋無垢なのぞみらしいお話・・・・

そして当然ながら・・・うららの歌声は返して貰えず、
ホシイナーに「プリキュアを倒せ!!」と命じられてしまう始末・・・・

ま・・・この辺りは・・・いかにもお人よしののぞみの「限界」を露呈した話にもなってしまいます・・・

あれれ・・・・このお話どっかで聞いた様な事が・・・とも思ったのですけど
そうそう・・・スイートの最終決戦にて、アフロディテとモジューレの交換というやはり「人質交換」のテーブルについた
響の姿と重なるものがあります・・・

あれは・・・・

まさしく「交渉人・響」という感じでしたね・・・・

アフロディテを人質に取られ、絶対的に不利な状況に対して、
「アフロディテに何かをしたら、あんたが欲しがっているモジューレをこの場で破壊する」という風に
響側も「交渉をする上での材料」を咄嗟に見つけ出し
一旦はファルセットに、交渉のテーブルに着かせる事を了解させた交渉人振りはなかなかのものでしたし、
あの時の響の「男前振り」は素晴らしいものがありましたし、
とにかく格好良かったです!!
ま・・・のぞみもかつては・・・
「私をナイトメア本部に連れて行け! でないとドリームコレットをこの場で破壊する」とカワリーノを恫喝した事は
あったのですけど、
あの時の危機的な状況に比べたら、今回の方が
「なんとかなるなるーぅ・・」と判断したのかな・・・??

ま・・・結果的にココの俊敏な判断で、くるみにタコとなった自分をシビレッタに向けて投げさせ
そこで大量のスミを吐き水中煙幕を張り、そのドサクサに紛れてシロップがドリームコレットと歌声が隠された貝を
無事に奪取し、
何とかなりましたけどね・・・
だから言わんこっちゃない・・・
シビレッタもローズパクトを人質交換で入手したのだから、ちゃんと素直にうららの歌声を返してあげて
自身は速攻で撤収していれば
この2話後での「自身の消滅」も避けれたはずなのにね・・・・(苦笑・・・)


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うららは無事にオーディションも合格し、
まずは・・・「自分の当面の夢」も実現します。
ま・・・うららは「自己上昇度」が高い女の子だから、次から次へと自らに更なる「難易度の高い夢」を
提示し続けるのでしょうけどね・・・
ま、それは・・・Goプリのきららも同じですけどね・・・

この回のラストシーンが実に秀逸でした!!

このシリーズの前期EDのテンポを落としたBGMを背景に
シロップと共に空中散歩をして、うららとシロップの二人でその夢を実現した人だけが味合う事が出来る
「幸福感」をたとえ一時的であるにせよ共感できていたのは
大変・・・ジーーンとくるシーンでありました!!

あの時のうららはマジ天使・・・という感じでしたね!!
7.宝梅中学校

 D/歌劇「イーゴリ公」~ダッタン人の踊り


 この演奏・・・・この年自体の演奏自体がどうという事ではなくて、全く別の意味で大変興味深い要素が
 てんこ盛りみたいな印象があります。
 というのも・・・
 この宝梅中は、1986年から1990年にかけて全国大会で5年連続金賞の偉業を達成し、1991年に
 特別演奏という栄誉も授かっています。
 とにかく宝梅中というと、あの「洗練された気品ある透明感溢れるサウンド」が持ち味だと思いますし、
 特に1986年の「トッカータとフーガ」とか1988年の「ダフニスとクロエ」第二組曲とか
 87年課題曲B/渚スコープにその魅力が遺憾なく発揮されていると思います。
 宝梅のあのオルガンみたいなサウンドは・・・・とにかく、誰がどう聴いてもあの音が公立の中学生たちが
 奏でている音というのは中々信じて貰えないと思ってしまう程
 とにかく素晴らしい音だと思いますし、
 あのいかにも深い霧の中に朝日がさーーーっと入り込むような神秘的なあのサウンドは
 「素晴らしすぎる!!」の一言に尽きると思いますし、
 あのサウンドは、今でも常総学院と並んでスクールバンドが目指すべき一つの方向性の一つと思っています。

 それでは、そうした素晴らしいサウンドと数々の名演を残してくれた宝梅中の記念すべき全国大会初出場の
 演奏はどんな感じだったのか・・・?
実は・・・・
 うーーん、誠に申し訳ないのですけど
 とにかく悲惨極まりない演奏・・・としか言いようがないです・・・
 そうですね・・・
 生放送の最中に出演者が放送NGワードを炸裂して放送事故を起こしたみたいな
 まるで・・・普門館の一つの「事故演奏」みたいな感じさえしてしまうほどの・・・悲惨な演奏です。
 これって・・・色々な意味で信じられないのですよね・・・
 まず第一に、当時も現在も「関西大会」という支部は、中学も高校もとにかく激戦で、このブロックを勝ち抜け
 全国大会に進むことが出来る事はとにかく・・・至難の業という感じが大変濃厚なのに、
 この演奏の一体どこを評価されて関西大会を通過したのだろう・・・という印象すらあります。
 もっとも私自身は、全国大会でのこの宝梅の演奏は分かっているのですけど、
 関西大会での演奏は聴いたことがないから一概に比較は出来ないのは百も承知なのですけどね・・・
 もしかしたら・・・関西大会では素晴らしい演奏を披露していたのかも・・・?
それとも・・・もしかして・・・関西大会の審査員の中には・・・
 「今はダメでも、いずれこの学校は大化けする可能性がある・・・」みたいな事を考えていた人もいたのかな・・・?
 それと・・・
 あの5年連続金賞の頃の宝梅と初出場の時では・・・全く別人バンドみたいな雰囲気です・・・

 やはり、中学のスクールバンドにおいては、わずか3~4年程度で本当にサウンドは「大化け」するものですね・・・
 そういう意味では中学生の「無限の可能性」を感じてしまう演奏でもありました。

 82年の宝梅の演奏ですけど・・・
 そうですね・・・一言で書いてしまうと、とにかく雑で荒っぽい・・・という印象ですね。
 金管がバリバリに雑に鳴らしていて、
 しかも、特に「ダッタン人の踊り」の高音域部分を、ほとんど外しまくっているので、
 「粗削り」という印象しかないです。
 課題曲の「サンライズマーチ」も、前へ進もうという意識が強すぎるせいか、テンポが常に前のめりというのも
 極めて印象が悪いし、居心地が良くないです。
 全体的にサウンドがべったりと重たいのが、印象を悪くしている大きな一因にもなっていると思いますし、
 この年の「銅賞」という評価は、極めて当然と言うか、
 祝吉・小録と並んで・・・ワースト3の演奏に入ってしまう程でした・・・

 だけど・・・

 やっぱり渡辺先生は素晴らしいですよね!!
 この演奏から2年後に再度全国大会への切符を手にし、ま、結果として1984年の評価は銅賞という事に
 なってしまうのですけど、
 歌劇「シチリア島の夕べの祈り」をしっとりと抒情的に聴かせてくれていて
 全盛期ほどではないにせよ、あの「サウンドの透明さ・気品さ」は既に十分に発揮されていたと
 思います。
 渡辺先生は今現在も、中山五月台中を指導されていて、昨年も全国で銀賞を受賞されていましたけど
 こうやって35年近くも現役でコンクールに関わり続けているそのお姿は
 本当に尊いものがありますし、とにかく・・・・頭が下がる思いで一杯です。

 最後に・・・このボロディンの歌劇「イーゴリ公」~ダッタン人の踊りですけど、
 この曲、中間部から後半にかけて、囚われの身になったイーゴリ公を慰めようと気を利かした敵の武将による配慮、
 つまり、自分達の部族の踊りを披露する部分の音楽の迫力も素晴らしいものがありますし、
 後半にかけてのイーゴリ公の敵地脱出みたいな部分の音楽も大変申し分ないのですけど
 前半のオーボエソロの部分のメロディーがとても美しくはかなく哀愁に溢れて
 マジにジ―――ンとこみ上げてくるものがありますよね・・・
 本当にあのオーボエのあの哀愁溢れるメロディーは、本当に心が打たれます・・・
 このオーボエのソロの後のコールアングレのソロも実に素晴らしいですけど、あのオーボエの哀しげな音が
 やっぱり大好きですね・・・
 この「ダッタン人の踊り」の吹奏楽アレンジ版の演奏としては、
 私は、1983年の明石北高校の演奏が大好きです!!
ま・・・確かに少々癖のある解釈は気にはなるのですけど、オーボエ&コールアングレのソロ
 少しベタベタした金管セクション、とにかく・・・どれをとっても素晴らしいダッタン人の踊りだと思いますし、
 この名演を超える演奏は・・・
 そうですね・・・今の所、まだ出会ってはいないですね・・・
いよいよ「ガールズ&パンツァー」の再放送がテレビ東京で開始されました。
というか・・・
「え・・・なんで今頃になってガルパンを再放送するのかな・・・?昨年だったら
これが本当のアンツィオ戦です!の映画版公開のタイミングだから分かるけど、
何で今なのかな・・・?」と思っていたら・・
そう・・!!、
待望のオリジナルストーリーでの映画公開が今秋11月に予定されています。
この映画だけは、絶対に観に行きたいですね!!
今夏に私が大好きで大好きで仕方がない「デート・ア・ライブ」の劇場完全オリジナル版が公開されるのですけど
それと同じくらい、この「ガールズ&パンツァー」も公開が待ち遠しいです!!

その劇場公開に合わせる形で、アニメ本編の再放送を復習も兼ねて放映するのですね・・・

そういえば、昔「けいおん」も劇場公開に合わせる形で、再放送がされていましたね。

予告編を見る限りでは、確かに劇場オリジナル版に銘打っていますけど
アニメ本編での過去の対戦相手の他チームも出ているようですので、
そうですね・・・
是非是非、聖グロリアーナ女学院のダージリンには、余計なひと言格言を吐いて欲しいものです・・・・(笑)




さてさて、この「ガールズ&バンツァー」ですけど、
この第一話の冒頭から、既に「やられたしまった・・・」という感じでしたね・・・
ま、このアニメは、正直・・・第1話と第2話は無くてもストーリーとしては十分成立してしまう程
逆に言うと、第3話から本格的に面白くなるのですが、
第一話の冒頭の試合での戦車行軍シーンは、第三~第四話の先取りという感じでもあるのですけど、
(第一話冒頭シーンが第四話で再現されていたのは、巧みな素晴らしい演出だと思います!!)
とにかく第一話の冒頭シーンで
「え・・・こんなに可愛い女子高生たちがなんでこんな戦車に乗っているの・・・?」みたいなとてつもないギャップに
ハートキャッチされてしまったというのが・・・
多分大半の人達の感想のような気がします。
あの冒頭シーンで、偵察に出ていたみほと秋山殿が戦車へと戻るシーンが実に素晴らしかったし
(あの見えそうで見えない制服のスカートが心憎い・・・・苦笑・・・)
何よりも・・・
あの「バンツァーフォー!」の吹奏楽によるマーチのBGMが大変心地よかったです!!


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そうですね・・・・
正直第一話で「戦車」が登場するのは冒頭の第三話の先取りシーンだけで、
後は・・・学校内でのゆるゆるシーンだけで、
特段感想らしいものはないのですけど、
この第一話では、この西住みほの過去の経緯とかどういう理由で元々所属していた黒森峰女学園を去り
この大洗に転校してきたかという事はあまり触れられていません・・・
そして、どうして大洗女子の生徒会が、現時点では廃止になっていた大洗としての「戦車道」の復活を決め
なぜ西住みほに目を付けたのか・・・という点は
あまり深くは描かれていません・・・
ま、この辺りは・・・・後のお楽しみという感じなのでしょうね。

余談ですけど、この生徒会長のツインテールの杏ですけど、
声優さんはキュアハッピーの方です。
ガールズ&パンツァーがリアルタイムで放映されていた頃は、「スマイルプリキュア」も終盤に近付いていて、
今にして思うと、ハッピーの可愛い声としてではなくて、バットエンドハッピーの声としてこの杏の声を
演じられていたのがとっても面白かったです。
この杏は・・・・なんか干し芋ばっかり食べている印象が強いのですけど、
実は・・・結構な策略家ですし、この杏がいなかったら・・・
多分、大洗女子高校は廃校になっていたでしようね・・・
そして杏の凄いところは、「やる時はやる・・!!」という所ですね!!
対プラウダ戦における杏の砲撃手の腕前は・・・とにかく素晴らしかったですね!!
生徒会ですけど、ま・・・河嶋桃はどうでもいいとして・・・(苦笑・・)
小山柚子の胸の大きさは・・・まさに「素晴らしい・・」としか言いようが無いですね・・(苦笑・・)


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でも最初にDVDでこの第1話を見た際(私はリアルタイムではこのアニメは見ていませんでした・・・勿体無い・・)
とにかく驚いたのはラストシーンでしたね・・・!!
このアニメは「大洗」が舞台とは知ってはいたのですけど
この大洗女子高の場所が、大洗そのものにあるのではなくて、まさか・・・海上というか、「学園艦」という巨大な空母の中に
位置しているとは・・・・
とにかくラストシーンで、
みほ達から徐々に遠ざかっていくカメラ目線から見ていると・・・・
この巨大空母の中に、学校・コンビニ・商店街・住宅街・アパートなどが普通に建っているその
あまりにも現実離れした光景に・・・
本当にびっくり仰天したものでした・・・!!


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そうですね・・・
最近のブログでも書いた通り、このアニメの面白さを知ったのは、当ブログのリンク先の一つでもある
キモータ様の素晴らしい記事からだったのですけど、
「ガールズ&パンツァー」という名前を初めて耳にしたのは、2013年の春にサンクスで展開されていた
このガルパンのキャンペーンだったと思います。
当時のサンクスには、色々なガルパン関係の商品が置いてありましたし、
店内のpopとかタペストリーなんかには、ガルパンの登場人物が色々と登場していましたね。
というか・・・・サンクスとこの「ガールズ&パンツァー」は元々コラボしているようでして、
アニメ本編に登場するコンビニはサンクスばかりです。
対サンダース戦で、サンダースの学園艦にコンビニ店員の振りをして紛れ込んだのは秋山殿でしたけど、
秋山殿のコンビニの制服はサンクスのそれでしたよね・・・

当時・・・・このアニメの事を何にも分からない状態で
サンクス店内を見た限りでは・・・
「このアニメって・・この秋山殿が主人公なのかな・・」と思わず誤解する程、秋山殿の存在感は
大きかったような気がします。
本編第二話から本格的に秋山殿もこの物語に絡んでくるのですけど
うーーん、秋山殿のキャラ設定は・・・「人見知り・引っ込み思案・友達がいない」という事になっていますけど
あの第二話でのハイテンション状態で、みほから「バンツァーハイ」とツッコまれる辺りは・・・
とてもそうした設定があったとは思えない程のノリノリな感じでしたよね・・・!!

私、このガールズ&パンツァーは、基本的には西住みほ贔屓なのですけど、
この秋山殿とか冷泉麻子も大好きなキャラでしたね・・・!!


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全員で戦車を洗浄している際、なぜか一人だけ水着姿を披露してくれたのは・・・
そう・・・、言うまでも無く小山柚子ちゃんでした・・・
これは・・・視聴者に対するサービスショットですね・・・(笑)



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この西住みほは本当に可愛いですね・・・!!

だけど戦車道の隊長としてのリーダーシップはとにかく素晴らしいものがありました・・・!!
(ま、この辺りは・・・第1~2話ではまだ明かされてはいませんけどね・・・)


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西住みほ・秋山殿・冷泉麻子以外の「あんこうチーム」には武部沙織と五十鈴華の二人もいましたけど
この二人も素晴らしかったですね!!
武部沙織のいかにも女の子らしいキャピキャピしたキャラも良かったですし、
この子は・・・本当にシリーズを通して全体のムードメーカーという素晴らしい役割を十分すぎるほど
担ってくれていました。
そして五十鈴華も本当にいい味を出していました。
一番最初は戦車の操縦手を務めていたのですけど、後に砲手に転向・・・
そして砲手としての腕前は・・・素晴らしいものがありましたね。
だけど・・・
この華を語る上で外せないキーワードがありまして・・・・
それが何かと言うと・・・「意外な大食いキャラ」という所なのかな・・・
このお方は・・・学食とか何か皆で食べる際は・・・・一人だけ常に特盛という感じでしたし、
決勝戦前夜のみほの家でのとんかつパーティーの際も・・・やはり一人だけ超特盛でしたね・・・(笑)


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そして・・・「ガールズ&バンツァー」を語る上で絶対に外せないキャラが・・・
この冷泉麻子なのですけど、
この人の・・・凄まじい低血圧体質&朝は起きれない体質&遅刻の常習犯という設定は
面白かったです!!
だけど・・・
麻子の操縦手としての腕前は抜群のものがあり、
マニュアルを一読しただけで戦車をいとも容易く操縦してしまうあの天才ぶりは・・・
まさしく・・・
スマイルプリキュアで分厚い解説書をさーーっと斜め読みしただけでハッピーロボをいともたやすく操った
キュアビューティに迫るものがありそうですね・・・


6.柳町中学校

 B/歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲(ニコライ)


 私の記憶なのですけど、吹奏楽専門雑誌の「バンドジャーナル」(通称、BJ)の1983年1月号の
 82年の全国大会・総評の記事において、
 誰だったかな・・・
 この年の超難関課題曲B/序奏とアレグロについて、
 「この課題曲Bのシリアスな曲想をキープしつつ、アレグロの部分においてテンポを一定に保ちながら
 無機質に且つスピード感さとシャープさを内在しながら曲を進めていくという作曲者の意図を理解できた
 演奏が出来たチームは意外と少なく、
 秋田南・仁賀保・名古屋電気・瀬田中・柳町中の演奏くらいしかお目にかかれなかった」みたいな事を
 書かれた先生がいましたけど、このコメント、何か分かるような気がします。
 私の中では、この課題曲B/序奏とアレグロの全部門を通した最高の名演は仁賀保高校だと今現在でも
 確信しているのですけど、
 その他には・・・・銅だけど長野の屋代高校とか東北大会のダメ金だけど花輪高校とか
 尼崎西高校とか神奈川大学の演奏が大変素晴らしいものだったと思います。
 その中で、BJの前述の記事の中で、この柳町中の課題曲Bについてもそうした演奏の一つとのコメントが
 ありましたけど、
 私自身も、それで間違いないと思っています。
 柳町の課題曲Bは、多分・・・中学の部の中では最優秀に近いと思います。
 序奏は・・・トランペットソロを含めて少し固さが感じられ、特段強い印象は無いのですけど、
 アレグロに入ってからの「安定度」は半端無いものがあり、すごーく淡々と進展しているのですけど、
 少しも「淡泊」という印象は無く、スピード感と音の切れを終始保ったまま、
 最後までこの無機質な曲想を保ち続けているのは凄いと思いますし、こんな難しい課題曲も
 わずかなミスも無く集中度を保っていたのは賞賛に値すると思います。
 個人的な感想なのですけど、
 最後のトロンボーン等による最後の三つの音が少しだけ・・・せせこましいというか、
 指揮者の解釈としては「一気呵成にたたみかけるように終わらせたかった・・」という意図は感じたものの
 少し乱暴な終わらせ方だったのかな・・とも思いました。

 一方、自由曲ですけど、課題曲との極端な対比が実に面白いし、指揮者もそれを狙っていたと思いますけど
 課題曲の無機質なスピード感と
 自由曲ののんびり・おっとりとした感じの「極端な落差」が実に「ブラボー!!」でした。
 というか・・・・
 このチームの場合、課題曲の時点で、ほぼ金賞確定みたいな貫録はありましたけどね・・・
 この自由曲の歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」は、原曲のヴァイオリン部分を担当するクラリネットセクションは
 ずっと吹きっぱなしという印象が強く、
 「大変だっただろうな・・・」と思うのですけど
 クラリネットセクションは、そうした大変さを全く感じさせず、むしろのびのびおおらかに吹いていたのが
 とても素晴らしかったですし、
 曲全体としても流れが実に自然で申し分なかったと思います。
 ラスト近くのピッコロの高音が、いかにも「曲が終わる・・」みたいな雰囲気を醸し出してくれていて
 この序曲の素朴さ・楽しさを改めて私達に伝えてくれていたと思います。
 
 本当に、文句のつけようが無い素晴らしい演奏でした!!

 この柳町中ですけど、この学校ある意味凄いですよね・・・
 全国大会出場は1979年なのですけど、
 中学校の吹奏楽部の場合、一度指揮者が異動してしまうと、全国や支部への出場そのものが
 中々難しくなるという傾向が強い中、
 (最近、色々とネタにしたアニメ「響け! ユーフォニアムも実はそうでした・・・・北宇治高校はかつては全国大会にも
 出場した事がある関西の名門チームだったのに、指揮者が変わると没落し、滝先生が赴任する前は
 ずっと府大会銅賞が続いていた・・という設定でしたね・・・)
 この柳町中は、このB/ウィンザーで全国大会の初金賞をもたらした内田先生→小池先生→石川先生→
 青木先生→山岸先生と指揮者が何代に渡って変わり続けてもつい最近までずっと全国大会の常連チーム
 だったというのは凄い事だと思いますし、これは偉業に近いとさえ思います。
 この学校は内田先生時代、
 1979年→イベリア 80年→狂詩曲「スペイン」 81年→寄港地~ヴァレンシアとなぜかずっと「スペイン」に
 こだわった選曲をされていたのですけど、
 1982年は「スペイン」系から離れた所で・・・・念願の初金賞を受賞します。
個人的には、小池先生自体の幻想交響曲と石川先生時代の「ガイーヌ」と「エスタンシア」が大好きです!!



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



ついでですので、オットー=ニコライの歌劇「ウインザーの陽気な女房たち」について
少しだけ書きたいと思います。

シェークスピアの戯曲を音楽化した例って色々ありますよね。

オセロ・ロメオとジュリエット・マクベスなど色々ありますし、
例えば・・・・
メンデルスゾーンの劇付随音楽「真夏の夜の夢」とか
プロコフィエフのバレエ音楽「ロメオとジュリエット」とか
ヴェルディーの歌劇「オテロ」とかあったりします・・・・
(個人的には、吹奏楽オリジナル作品ですけど、リードの「オセロ」は不滅の名曲だと思います・・・)

上記以外には、小品なのですけど、、印象的な作品として
ニコライの歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」があると思います。
ちなみに、ニコライという方は、ウィーンフィルの創設指揮者です。
詳細は私もよく分かりませんが、ニコライは、作曲家というよりは指揮者としての仕事の方が
忙しかったのかもしれませんよね。
ニコライの曲で、現代でも演奏され続けている曲は
この歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲くらいなのかもしれません・・・
だけどこの序曲は8分程度で短いけれど、
底抜けに楽しくて明るくて軽くてノリがよくて、それでいて品が良い
素晴らしい名曲だと思います。
出だしは、ゆったりと始まるのですが、展開部以降はずっとアレグロで進展し、
ラストまでキビキビと曲を進めていきます。
シェークスピアの戯曲は、私も一度読んでみたことはあるのですが、
一言で言うと、浮気好きのバカ亭主どもを、策略と機智で懲らしめる
奥様方のユーモアを描いた作品なのですけど、
そうしたウイットが実に8分足らずの序曲に集約されていると思います。

この曲何度か生の演奏会でも聴いたことがありますが、
結構印象的だったのは、N響のホルストシュタイン指揮の演奏だったかな・・・
.レナルド指揮の新星日本の演奏も地味ながら印象的でした。

しかし・・・・古今東西、どんな時代においても・・・
男ども・・・特にバカ旦那たちは・・・「浮気」の虫は・・・付き物なんですね・・・・
そして・・・
奥様方によって、それがバレバレになっても、シラを切り通し、最後は・・・・
「ごめんなさーーーい、二度と浮気はしませんから、是非是非お許しを・・・」という事になるのは・・・
「お約束」なのですよね・・・(苦笑・・)
最近、「哀愁のキュアラブリー」という記事を書いていた際に、
何となくですけど・・・
「それでは、こうした哀愁のラブリーにイメージが合う過去の吹奏楽コンクールの課題曲って
どういうものがあったのかな・・?」
みたいな余計な脳内妄想が湧いてしまいました・・・(苦笑・・)

あ・・・だけど答えはすぐに出てきてしまいました。

それが何かと言うと・・・1986年の課題曲C/吹奏楽のための序曲だと思います。





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ま、ラブリーの哀愁については最近かなりしつこいほどグタグタと書いてしまったのですけど
ラブリー自体は元々明るく元気なおせっかい焼きで典型的なピンク系おバカ主人公だと思うのですけど
やはり・・・アンラブリー回とか映画のお話とか
ブルーに対する失恋などなど
ピンク系主人公とは思えないほど、「これでもか・・・!!」みたいな過酷な試練が次から次へと襲い掛かり
その度にラブリー自身が凹みまくり、
主人公としての器が試されるみたいな回が特に後半以降は多かったですよね・・・
ハピネスの物語の場合、前半はプリンセス、後半はラブリーの方に軸が置かれているせいもあるのですけど、
前半だけ見てしまうと、
ラブリーは影が少し薄いのかな・・・?とも感じる事も無くは無かったのですけど、
ま・・・ラブリーは・・・・色々な意味で「遅咲きの主人公」でしたからね・・・・

だけど・・・改めてですけど、哀愁のラブリーを語る上では、アンラブリー回という歴代プリキュアでも
屈指の神回とも言えるこの回は絶対に外すことは出来ないと思います。

アンラブリーの「めぐみに対する精神分析・心理状態読み取り」によって
めぐみの子供の時の経緯が明らかになりましたけど、
めぐみは子供の時から、病弱な母親を助けるために「お手伝い」を始めて、
「ありがとう」と感謝をされる事で、「人助け=自分の存在意義」と捉えるようになった経緯が
明らかにされています。
要は小さい頃から、家庭の事情でお手伝いをする事を余儀なくされ、結果的にお手伝いをした事で
母親から褒められ、それをとても嬉しいと感じる事で、その点に自己の価値を見出し、
そのまんま成長し、たまたまひめがテキトーに投げつけた「愛の結晶」が頭に当たり
なし崩し的にプリキュアになってしまったけど、
そうしたプリキュアとしての活動も、子供の時からの「母親の手伝いの延長」みたいな側面もあり、
自発的な強い意志というよりは、「他人の手伝いをする事で、プリキュアをする事で、
褒められたい、認められたい」という気持ちがあったのも確かだと思います。
めぐみ=キュアラブリーとしては、純粋に
「母親が喜ぶから」とか
「プリキュアとして戦う事でびかりが丘の人達が救われるから」という動機で
行ってきた「人助け」も更に一歩踏み込んで、
「〇〇という自分の夢を叶えたい。○○という事が自分のやりたい事」などのように
「自分の為」という目標設定が出来た時こそが
ラブリーが真の意味で生まれ変われる瞬間なんだな・・・・とリアルタイムで見ていた頃からずっとそのように
感じていましたし、
最終決戦前後で、本当に遅咲きながらもそうした意識を持った瞬間から、ラブリーは真の意味で
「強いプリキュア」となり、ここにきてようやく・・・「歴代ピンク系プリキュア」の先輩達の水準にまで到達する事が
出来たのだと思われます。
うーーーむ・・・ホント歴代でもかなり珍しいなんと遅咲きのプリキュア・・・
だけど、そこがまた素晴らしいし、いかにもラブリーらしいお話でもあります。

要は、ラブリーは未覚醒のままでも十分魅力的なのだけど
少し意識を変えるだけで更なる「自分自身の幸福」を掴み取ることが出来るプリキュアだと
私は思います。
それが「ハピネスチャージプリキュア」のメインテーマの一つである
「幸せも本人の思い次第で変われるもの」とか「自分の物の見方しだい、自分のありようで幸せをつかみとる」
という事にも繋がるものだと思っています。

ま・・・要は・・・そうした遅咲きさ・鈍感さがラブリーの持ち味なんだけど、それがいい意味での何か「哀愁」にも
繋がっていたような気もするのです。


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あ・・・・・前置きが完璧に長くなってしまいました・・・

ここは「吹奏楽カテゴリ」でした・・・・(苦笑・・・)

どうもプリキュア、特に「キュアラブリー」というと、最近どうしても熱く語ってしまう傾向にありまして・・・(苦笑・・)

そうしたキュアラブリーの「哀愁」に何かジャストフィットするような曲・・・というと、
ハピネスの映画/人形の国のバレリーナの挿入歌の
「勇気が生まれる場所」に尽きると思うのですけど、
それでは過去の吹奏楽コンクールの課題曲の中でこうしたラブリーの哀愁さにイメージが合う曲って
何か無いのかな・・と思っていたら、
すぐに1986年の課題曲C/吹奏楽のための序曲」という曲が思い浮かびました。

1986年の四つの課題曲は、それぞれ全て内容的にも音楽的にも優れ、課題曲としては
類稀なる「当たり年」だったと思います。
当時は私は大学3年で、
もしもこの四つの課題曲の中から好きな曲を選んでいいというのなら、文句なくこの課題曲C/吹奏楽のための序曲を
選びたいし、是非是非この曲を吹いてみたいと切にあの時は思っていましたね・・・
ま、残念ながら、うちの学校はこの年は課題曲B/嗚呼!を選んでしまいましたけどね・・・
あの時は本当にガッカリでしたね・・・
せめて・・Cの序曲が無理なら、せめてAの変容は吹きたいな・・と思っていて
正直一番吹きたくない嗚呼!を吹くとは思わなかった・・・
最近のこのブログ記事で「響け! ユーフォニアム」の感想記事において、
「吹奏楽コンクールでソロを担当するという事は、大変重たい事であり、そのプレッシャーは相当なもの・・・
それでもあなた達にソロを吹く覚悟はあるのか・・!!」みたいな事を書いていましたけど
すみません・・・・少し訂正させて下さい・・・・
この1986年度課題曲C/吹奏楽のための序曲のクラリネットまたはE♭クラリネット(エスクラ)のソロなら
是非是非・・・私も吹いてみたい・・・!!
是非あの鄙びたメロディーをゆったりとたっぷりと響かせたい!!と今でも思う時すらあります。
あの高音域をヒステリックにならずにたっぷりと歌い上げる事は正直大変難しいのですけどね・・・
(ま、厳密に言うと、ソロというのではなくてアルトサックスとのデュエット・・・という感じなのかな・・)
そのくらい、この課題曲の鄙びた感じ・枯れた感じ・哀愁と風情が漂う感じは大好きでした・・・・!!
結局、吹奏楽コンクールではこの課題曲は吹く事はありませんでしたけど、
個人的には・・・この課題曲の譜面を入手し、クラリネットとエスクラのソロを楽器を持ち替えしつつ
結構密かに・・・・吹いていましたね・・・

この課題曲は5分程度で少し長めなのですけど、
冒頭から一分あたりまでが幾分活気あるアレグロである以外、残りほとんどは
ゆったりとした鄙びた音楽がたっぷりと日本情緒たっぷりに歌い上げられていきます。
ま、この種の曲は、正直日本人以外には理解するのが少し難しいかも・・・
日本人で無いとわからない何か独特の間、というのか「郷愁」というのか、鄙びた情景が
感じられるのですよね。

前半のアレグロが終わった後、
エスクラ(E♭クラリネット)とアルトサックスによる大変魅力的な鄙びたデュエットが展開され、
これにトランペットが加わっていきます。
途中鄙びたフルートソロが加わり、再度アルトサックスセクションによる歌が再現され
ラストは打楽器の一撃で終わりますけど、
エスクラ+アルトサックスのフレーズが終わるときなどに入ってくる
この「雅楽の鈴」が何とも日本的と言うか、鄙びた雰囲気を醸し出してくれるのですよね。
この課題曲は、それほど鳴る曲ではないし、派手な演出は期待できないけど
日本人の「心のふるさと」を伝えてくれる素晴らしい曲だと思いますし、
私は大好きな課題曲の一つです。
打楽器も決して「華麗さ」は無いけど、シロフォーンの扱い方と言い、雅楽の鈴といい、
要所要所を締めてくれています。

「鈴」というと、
マーラーの交響曲第4番第一楽章の冒頭が有名ですけど
こちらは感覚的には「天国」とか「子供の無邪気さ」をイメージさせてくれますけど
間宮さんのこの序曲の「鈴」は、
そうした西洋的な感覚ではなくて
昔の日本の「村祭り」みたいな素朴で鄙びた感じを感じさせてくれます。

やはり似たような楽器を使用しても、西洋人と日本人の感覚の違いなのかも
しれませんよね。

ちなみに上記の画像は「雅楽の鈴」なのですけど、
この鈴は、1980年の課題曲A/吹奏楽のための花祭りでもかなり効果的に使用されていましたね。
そうそう・・・この雅楽の鈴ですけど、
ハピネスチャージの巫女さん=クイーンミラージュも使っていましたし、
キュアプリンセスも舞を奉納する際に用いていましたね・・・


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最後に・・・・

この「吹奏楽のための序曲」のあの鄙びた感じというか、素朴な感じ、哀しい雰囲気が
なんか妙に・・・ラブリーと重なって聴こえてしまうのですよね・・・
ま、そう感じるのは、もしかして私だけなのかもしれませんけど・・・・

上記画像は、昨年発売された等身大のラブリーのタペストリーなのですけど、これ定価は実は1万円を
超してしまうのですよね・・・・(苦笑・・)
本当は昨年どうしても欲しかったのですけど、
予算の関係とこの巨大タペストリーを置く場所が無かったことから
断念したのですけど、
アマゾンやヤフオクで見る限りは、当時よりは大分安くなってきました・・・・
うちの奥様が、今現在、こともあろうに・・・一階から二階の階段の壁にやたらベタベタと
セーラームーンのランチョンマットやタペストリーを貼りつけて、私を困惑させてくれていますけど
まだ空いているスペースがあるのですよね・・・・
そっか・・・ここにラブリーを置いても・・・・バチは当たらないのかな・・・??

というか・・・ここは一応・・・吹奏楽カテゴリですよね・・・・(苦笑・・)





それにしても梅雨明け以降の南関東は本当にうだるような暑さの連続ですね・・・
さすがにこうも真夏日~猛暑日の日々が連日続くと、体もぐったり・・という感じですね。

最近のニュースでもたまーにですけど、真夏の暑い最中に、若いお母さんなんかがパチンコ等の理由で
小さいお子さんを車の中で放置してしまい、
脱水症状の結果、死を招いてしまうなんて悲劇を耳にする事がありますけど、
確かに、真夏のあの炎天下において、エアコンを全く付けない状態の車の中なんて、まさに灼熱状態
ですよね・・・
だって、普通にエアコンを最強に設定しておいてもクソ暑くて死にそう・・・
それがエアコンを付けない状態で車の中にいるなんて・・・・ホント、亡くなった小さいお子さんなんかは
気の毒で可哀想ですよね。

さてさて、そう思っていたら、
先日の事なのですけど、人間ではなくてニャンコが車の中で脱水症状でフラフラ・・・という事件(?に)
遭遇してしまいました。
うちの会社は建築会社なのですけど、そうした会社というものは、大抵の場合、
駐車場兼建築資材置き場というものを一か所くらいはキープしているのが一般的です。
私の会社もそうした置き場をレンタルしているのですけど、
その場所は、多分昔からだと思うのですけど、ネコの溜まり場というのか、
近くのテニス場・自動車整備工場・空手道場の方がネコちゃん達にエサを与えているせいだと
思うのですが、
とにかく・・・猫が10匹程度も居ついています・・・
一般的にネコは警戒心が強いですので、人間が近づいてくるとサ――ッと逃げてしまうものですけど、
餌付けに慣れているネコちゃん達は、本来の姿よりは幾分警戒心が弱く、
人間の姿を見ても特に逃げる事も無く、場合によっては・・・なんと猫の方からスリスリ近寄ってくることも
あったりします。
ま・・・、私自身実は昔から猫が大好きなもので、
この話はこのブログでも既に何回か書いているのですけど、
本音を言うと・・・家で猫を飼いたくて飼いたくて仕方がないのですけど、
うちの奥様が・・・・家で動物を飼う事は大の苦手で、
結局・・・・私のささやかな(?)夢はまだ実現されていません・・・(苦笑・・)
彼女は、大のキティーちゃん好きでもあり、家の中にはくまモングッズやセーラームーングッズとか
訳のわからんゆるキャラとかキティーちゃんグッズ等がとにかく・・・・
山積み状態になって収拾がつかない状態にもなっているのですけど、
(その上・・・・このブログの管理人自体が大のプリキュア好きという感じですからね・・・苦笑・・)
何でキティーちゃんグッスが好きな人がどうして猫が苦手なんだ・・・と思ったりもするのですけど、
ま・・・それは仕方がないのかな・・・・??

ま・・・その鬱憤(?)をこうやって、会社の資材置き場に居ついているネコちゃん相手に
たまーに遊んであげている私自身も・・・
果たしてどんなもんなのでしょうね・・・
(ま・・・エサはほんどあげた事がありませんので、私の姿を見ても猫の方から近寄ってくることは
あんまりないです・・・
よくエサをあげている現場監督の姿を見ると・・・猫の方から近寄ってきて、ニャーニャー鳴いています・・・)

前振りが長くなってしまいました・・・・

先日、ある遠方顧客宅に行くために、工事車両を使おうとその置き場に行き、ドアを開けたら・・・・
何と・・・!!
一匹の猫が助手席でゼーゼー虫の息状態になっていました・・・!!
というか・・・
なんでここにネコがいるんだ・・・・という感じでしたけど、
見るからに熱中症という感じでしたので、
その熱中症のネコを日影に連れて行き、全身を水に浸したタオルで包んであげ、
水を飲ませてあげたら、しばらくすると回復し出して、
少しフラフラ状態でしたけど、自力で歩けるようには回復していました・・・
でもなんか見るからに脱水症状で何か見ているだけで気の毒でしたね・・・・

でも・・・

なんで車の中にネコが一匹いたのでしょうか・・・??

その工事車両を普段使っている監督に聞いてみたら、
そのワゴン車の後部ドアを全開にして、工事で使用する道具の出し入れをする事はよくある事なのですけど
前述の通り、この資材置き場の猫たちは・・・普通よりも警戒心が弱く、
たまーにですけど、後部ドアから車内に入り込み、そこで昼寝をすることがあるらしいのです・・・
前日の夕方、その監督が道具入替の為、車の後部ドアを全開にした際、ついつい一匹の猫が
入り込んでしまったのでしょう・・・
そしてその監督が猫がいる事に気が付かないまま、ドアを閉めてしまい、
翌日の午前11時頃に私がその車を使用するまで、約16時間放置&閉じ込められてしまったのでしょうね・・・
多分・・・朝7痔頃までは車内の温度は脱水症状を起こさない温度をキープしていたのでしようけど
その後の4時間程度は・・・
そのネコちゃんにとっては・・・まさに地獄だったのでしょうね・・・

ホント、そのネコちゃんにとっては・・まさに「災難」としか言いようがない感じでしたね・・


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数日後、その資材置き場に行った所、その時の熱中症でフラフラになっていた猫も元気な様子で
歩いていましたので
ま・・・・一安心という感じでしたね。

というか・・・・猫も人間と同様に・・・・炎天下の車内に放置されると
熱中症になるのですよね・・・
(考えてみると当たり前の話ですけど・・・・)

だけど・・・それにしても暑い・・・!!

社内の営業担当の人は、半袖&ノーネクタイで構わないのですけど
自分のような立ち位置の場合、クレーム処理という火消しに行く際は・・・・
やっぱり・・・ノーネクタイとかノー上着というのは・・・
やはりまずい傾向にありますね・・・
特に怒れる高齢者宅のクレーム処理に出動する場合、
ノーネクタイ&半袖で行くと・・・たまにうるさい人ですと、それだけで
「なんだその格好は・・・なめているのか・・・!!」とそれだけで更に火に油を注ぐ事もあったりします。

こんな35度近い状況で、長袖&ネクタイ、場合によっては上着着用なんて・・・
ホント・・・猛暑の中の仕事は・・・嫌ですよね・・・(苦笑・・)
こういう時は・・・さっさと家に帰って・・・冷たいビールとか冷たいコーラとか冷たい麦茶とかが
やっぱり一番ですよね・・・!!
そうですね・・・・
この「Go! プリンセスプリキュア」第24話をもって、最近Goプリに対して感じていた私の
モヤモヤとした気持ちも完璧に吹っ切れて
見ていてとっても気持ちの良い回だったと思います。
やっぱり、「プリキュア」って本当に素晴らしいものですね!!

そうなんですよね・・・
どうしても4月下旬以降に登場したあの黒きプリンセスとしての誇り高きトワイライト様の圧倒的な
存在感に私の脳はすっかりトワイライト様の猛毒に侵されてしまったのですけど
あの誇り高きトワイライト様が・・・
まさか・・・こんな一人では何にもできない小娘・・・しかもポンコツ小娘に成り下がってしまうとは・・・・
うーーん、
正直・・・第22~23話辺りに感じた「違和感」は、結構大きいものがあったと思います。

だけど・・・

ここで改めて考えてみると、

「プリキュア5」シリーズにおいては、ミルクは「このクソ生意気お世話係野郎が・・・」と思わずしかめっ面に
なりがちなのですけど、
別にミルキィローズについては、そうした印象はあんまり感じない・・・
大のミルキィローズファンのうちの奥様が言うには
「ミルクとミルキィローズは確かに同一人物なんだけど、二人は別物と切り離して考えればいいじゃん・・・」とか
言っています。
そうした解釈で言うと、トワとトワイライト様を切り離して考えた方が実はすっきりするのかもしれませんが、
やはりそれは中々難しい・・・
話はまたまたそれてしまいますけど、
最近このブログでも昭和レトロアニメとして「めぞん一刻」を取り上げたのですけど、
物語のクライマックスで、裕作が発した響子さんに対するプロポーズの言葉の中に確か、
「あなたと出会った頃には、既にあなたの心の中に亡くなったご主人が存在していた・・・・
だから自分は、ご主人が心の中にいるあなたを含めて、あなたが好きだ・・・
自分は、あなたの心の中で生き続けているご主人と共にあなたを生涯大切に守っていく・・・」みたいな
言葉があったと思いますけど、
今回のGoプリに関しては、そうしためぞん理論を当てはめた方がむしろすっきりするような気もします。
すなわち・・・・
今現在のお嬢様育ちで一人では何にもできないポンコツ娘のトワなのですけど、
トワとトワイライトを別にあえて切り離して考える必要は全く無い・・・二人で一つみたいな存在・・
だから・・・
トワの心を内在させたままのトワイライトも好きだし、
トワイライト時代の己の「罪深さ」に怯えるトワも好き・・・
4月に一番最初にあのトワイライト様の御尊顔を拝し奉っていた頃から実はそこにトワの存在はあった・・
だから・・・・
トワイライト様も大好きだし、現在のトワも大好き・・・・
そういう事になると思います。

そして改めてなのですけど、
私自身は、今回トワがキュアスカーレットになった事は別に「贖罪」としてそうなったとは考えておりません。
というか・・・
別に、トワは「贖罪意識」を強く意識する必要はないと思っています。
というのも・・・・トワイライトとしての悪行は、あれはあくまで意識をディスピアに操られ洗脳された結果としての
ものであり、別にトワ自身が
「こんなあくどい事をして人間どもを恐怖のどん底に突き落としてやりたい」とか
「かつて私をバカにした者どもに一泡吹かせてやる・・・!!」みたいな意識で
自らの強い意志で悪堕ちしたものではないという事をまずは理解する必要があると思います。
ま・・・悪行と言ってもかつてのイースのようにスタジアムを丸ごと破壊したみたいなとてつもない悪事は
トワイライト自体していませんし、
何よりもトワ=トワイライトには、かつてのイース・セイレーンのように
自ら主体的に悪行の数々を繰り返してきたものではない・・・・
「心を操られた結果、そうせざるを得なかった・・・他に道は無かった・・」という事なのだと思います。
そうですね・・・
だから全般的な印象としては、トワは「贖罪」というか、自身の過去の行いに対して「罪の意識」を感じて
怯えているというよりは・・・
やっぱり・・・・
「自己責任」の観点から・・・・「笑顔」を現在失くしているという感じが濃厚なような気もしますね。
自分が絶望の森に入らなければ・・・
ディスピアの誘惑に乗りなければ・・・・
兄のカナタが行方不明になったり、多くの国民がディスダークの手によって囚われの冷たい檻の中に
入れられる必要はなかった・・・・
自分さえあの時もう少し強い信念を持っていれば・・・・というのは、
「罪の意識」というよりは純粋に過去の自らの行動に対する「後悔と反省」という気持ちの方が強いのだと
思われます。
それだからこそ・・・・トワは・・・プリキュアとして覚醒した・・・
それは「贖罪」という罪滅ぼしではない・・・
あくまで、自分がプリキュアになり、グランプリンセスとなり、それが故国を救うという事、すなわち、
自分自身と国民の両方を救済するという事で
「グランプリンセスになりたい」というかつての自分の夢と故国を救いたいという今現在の夢の二つを
「二兎を追うもの一兎をも得ず・・・」ではなくて
両方とも叶える事でこれまでの自分の過去の過ちを清算出来る早道という事に気が付いた
という事なのでしょう・・・

目覚めたからには・・私は・・全力でトワイライト様同様にトワも応援をさせて頂きたいと思います!!





それにしても・・・

今回の第24話は素敵なお話でしたね・・!!

きららがトワをシーツでくるんでコチョコチョ・・・しているシーンは本当に素晴らしかったですね!!
あのシーン何か、見ていて・・・
「いいぞ!! きらら・・・そのまんまトワを押し倒しちゃえ・・・!!」みたいな妄想も湧き起こってしまいましたし(苦笑・・)
二人で無言で見つめ合っているシーン何かは・・
「あれれ・・・この二人、まさか・・・キスでもしちゃうのかな・・・」と思わず感じたほどでした・・・・
うーーん、これは・・・・
最近このブログでも執拗に登場してきた
「響け! ユーフォニアム」の久美子と麗奈の濃厚すぎる百合シーンを彷彿とさせるものであり、
まさに・・・美しき百合の世界=女の子の園・・・という感じでしたね・・・
ま、というか・・・ノ―ブル学園は全寮制だから、元々が「桜の園」なんですけどね・・・(苦笑・・)
今回のきららとトワの二人を見てしまうと、
うーーむ・・・Goプリは、きららとトワの二人だけで「ふたりはプリキュア」やっていても全然違和感ないな・・・とすら
感じてしまったほどでした。

だけど・・・それにしてもトワは本当に中一でしたね・・・

中一プリキュアと言うと、私の中では「九条ひかり」が断トツに存在感を発揮しているのですけど
ひかりもとっても可愛いプリキュアで特に「おでこ」が魅力的でしたけど、
ある意味ひかりの存在すらも吹っ飛ばしてしまう強烈な中一プリキュアがここに誕生しましたね・・・
うーーん、「スマイルプリキュア」のポンコツ先輩共は、全員中二なのですけど・・・・
まさに・・
トワイライト様のお言葉じゃありませんけど、まさに月とすっぽん・・・そもそもの次元と言うのか「品位と気品」が
違い過ぎますね・・・・(苦笑・・)
本当に・・・つぼみとえりか、みゆきとやよい、ひめって・・・トワよりも学年が上なのかな・・・・??
ぶっちゃけ、ありえない・・・・
(by 初代のなざき大先輩・・・・)

第2話を見ていた頃から
「あれれ、きららってもしかして相部屋ではなくて、一人しかいないのかな・・・」と思っていたのですけど
確かにきらら一人で部屋を独占していたようですね・・・
私の予想では、トワがノーブル学園入学となると
(トワの学費等諸経費は・・・多分・・・白金さんを通して海藤家に請求書が送り届けられるのかな・・??)
トワイライト時代から濃密な関係だったはるはるとトワが相部屋となり、
可哀想に・・・・ゆいちゃんがはるかの部屋追放(?)となってきららの部屋に居候・・・みたいな感じになると
思っていたのですけど、
きららのクラスにトワが転入してきて、
きららの部屋にトワが相部屋として入ってくるというのは少し予想外な感じもありました。

あ・・・だけど、これってすごーーく的を得ているのかも・・・・

だって・・・

当初の私の勝手な脳内妄想では、トワのあの大人っぽい立ち振る舞いからトワは2年生として転校してくる
はずだから、当然トワとみなみは相部屋と思っていたのですけど
まさかのトワの1年生設定・・・
そうですね・・・
トワの視点から見てしまうと、みなみは、「優しい頼りになるお姉さん」みたいな感じ・・
一方、はるはるだと例の甘えん坊&人たらし設定から
はるはるは「甘えん坊のベタベタ妹」みたいになってしまう・・・
トワ自身、慣れない生活というのもあるし、元々のお姫様体質というのもあるし、
現時点ではややヴァイタリティーが弱く一人では何もできない感じもあります。
ここは・・・やはり・・・トワ自身にも色々な意味での「自立」を促したい感じもあります。
そうなると・・・・
このきららとトワの組合せはある意味理想的ですし、
トワの自立とか独り立ちを自覚させるためには、ある意味最強の組合せとも言えますし、
みなみだとどうしても姉的感覚、はるはるだとどうしても妹的感覚になりがちな所で、
「一人の人間対人間」という「対等な立場」で物事を考えると、このきらら-トワの組合せはまさに
理想的とも言えますし、これは素晴らしい構成&演出と言えると思います。

それにしても・・・OPのトワの着替えシーンですけど・・・

おーーっ!! プリキュア史上初の「生着替えなのか・・・!!」と思わず息を飲んでしまいましたけど、
ま・・・確かに・・・
プリキュアらしい演出でしたね・・・・(笑)

あのシーン、本当に素晴らしかったですね!!

それと・・・
トワ自身がその使命と責任の重さのやドレスアップキーはまだ残り三つもある等で
表情がこわがりがちなトワなのですけど、
それに対するはるかの言葉はやっぱりはるはるらしいまっすぐな言葉・・・
「笑って、笑って・・!! トワさん、スマイル、スマイル!!」とかいって両手で二―――ッとするはるはるはマジ天使・・・
あれれ・・・この光景最近どこかで見たような気が・・・
あ、そうだ・・・
テレビ埼玉で再放送中の「スマイルプリキュア」第2話で、
部活のバレー部でアタックがうまく決まらず凹んで泣いているようにも見えたあかねちゃんをみゆきが
「元気出して!! スマイル、スマイル!!」とかいってやっぱり両手で二――――ッと笑う場面が
そうでしたね・・・!!
やっぱり「笑顔」というのは「プリキュアの素晴らしき世界」の一つの「魔法」ですよね!!

それと・・・「ドレスアップキーがまだ三つ足りない・・・」とアロマが言っていましたけど、
「大丈夫・・・!! 東京駅構内のプリティーストアに行けば、幾らでも売っているよ・・・」と何か余計な
ツッコミを入れたくもなりました・・・(苦笑・・)


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さてさて・・・きましたね・・・(笑)

追加戦士=転校生の恒例の「自己紹介」が・・・・

そうですね・・・歴代プリキュアでは、もう言うまでもないことですが、このシーンで屈指の名(迷)シーンが
出現しました。
有名な所では、エレンとひめが黒板一杯に自分の名前を書いたり
逆に、照れ屋のつぼみは、誰も読めないような字で小さく書いたり、
エレンのように、巻物の自己紹介文を延々と読み上げたり、
ま・・・色々ありましたよね・・・(苦笑・・)
中には、満と薫、くるみ、せつなのようにまともな人もいましたけどね・・・

トワだから・・・まさか、ポンコツ自己紹介はさすがにないだろう・・・と思っていたら・・・
早速やってくれましたね・・・・
「ホープキングダム」・「この世界」・「私が希望の灯となって・・・」
うーーむ・・・
きららのクラスの人達は・・・トワの事を「痛い子」とか「残念な人」とか陰ではそう言っているのかも・・・(苦笑・・)
ま、だけどこれは仕方ないですよね・・
だって、トワは・・・・ほんのつい最近まで、あの誇り高きディスピアの黒きプリンセス・トワイライト様
だったのですよ・・・
ま・・・、慣れない人間社会で、何となくは・・・一応は・・・適合しているのは、ま、さすが・・!!と
いう事にしておきましょう・・・(苦笑・・)

だけど、数学の問題を易々と解いたり、ヴァイオリンやバレエを難なくこなす辺りは
さすが、正真正銘の王女様・・・!!という感じですね!!
ま・・さすがにこのあたりは、どっかの小国の青いポンコツプリンセスとはエライ違いですね・・・・(苦笑・・)
そういば・・・
せつなもSSの満と薫も数学の問題は易々と正解を出していましたけど、
追加戦士は理系科目が得意という傾向にあるのかな・・・?



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それにしても・・・・きららは「あだ名付け名人」なのかな・・・?
はるか→はるはる みなみ→みなみんだから・・・
トワは、多分・・「トワトワ」とか「トワたん」とか命名するのかな・・・と予想していたら、
まさか・・・「トワッち」できましたね・・・・
なんかこれ・・・SSのカレハーンのあだ名が「カレッチ」というのと似ていますよね・・・(苦笑・・)

最初、予告編で見た時は、きららに対抗意識を燃やすトワ・・みたいな構図を予想し、
プリキュア5の初期の頃のような「りんちゃんVSかれんさん」みたいな対抗意識バリバリの険悪な雰囲気も
想像していただけに、
まさかこの二人の「百合シーン」が色々とお目にかかれるとは・・・・!!

本当に本当に良かったと思いますし、なんか・・ホント、晴れてこの回からトワも真の意味での
GOプリのメンバーになったような気もします。

トワ:「私だって、洗濯でも何でも自分で出来ますわ!!」

きらら:「着替えもお茶の用意も人にやってもらってたのに・・・??」

というシーンは・・・あれれ・・・もしかして早くもこの二人一触即発・・・?みたいな雰囲気も
無くは無かったけど、
実際に一緒の部屋で二人で生活してみると、きららの多忙さと日々の努力の様子は
一目瞭然ですし、
トワだって・・さすがに「何か」は感じざるを得ないでしょう・・・
考えてみると・・・・
プリキュア同士が一つの部屋で相部屋し一緒に生活するというのは初めてですね・・・
ラブとせつなは「同棲」とかよく言われますけど
部屋は別々でしたし、
エレンとアコも同じ調の館ですけど、部屋はさすがに違っていたでしょう・・・

そうそう・・・モデルの仕事の際、きららの髪型は・・・なんか・・見方によっては
トワイライト様のようなお団子ツインテールみたくにも見えますよね・・・
あれって、やっぱりきららとしては、トワイライトの髪型はファッション的には参考になるものが
あったのかな・・・??
それと・・・夜遅く、寮に帰ってきた際、きららはお疲れモードで、そのまんま布団に直行・・・・
あれれ・・きららはそれではお風呂にも入らずに寝ちゃったのかな・・・??


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あくびをしているきららは本当にマジ可愛い・・・!!

そのあくびの原因は・・・・

うーーん、仕事半分、トワ様半分という感じなのかな・・・??



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うーーん、ここでもあまり笑わないトワ・・・
というか・・・笑顔を忘れてしまったようなトワ・・・
ま、そりゃ無理も無いですよね・・・
つい最近までトワイライト様だったのですから・・・・(苦笑・・)
色々と慣れない点も多いし、自分の事はなんでも自分でやらないといけない環境だし、
ホントに・・・環境が激変してしまいましたからね・・・
それに加えて冒頭で指摘したトワ自身の自責の念とか不安みたいな心理もあるでしょうし、
また・・・学園内では、例えばシーツ洗濯一つとっても、「皆に迷惑を掛けるんじゃないか・・」みたいな
見に見えない不安は本当に多いと思います。
そういう場合、そうした「不安」に対しては、
みなみのようにお姉さん的に接する事よりも、はるはるのようにベタベタ甘える妹のように接するよりも
やっぱり・・・きららのように対等の立場で
「ダメなものはダメ!!」とはっきり指摘する方がかえって、トワ自身が内在する「不安」というものは
解消できるような感じもあります。
だからこそ、この二人のカップリングは大正解みたいな感じもありますし、大変好感が持てますし、
最近Goプリで感じていた「ギクシャク感」・「違和感」みたいなものは、ここにきて完璧に払拭できましたし
とっても素晴らしい回だったと思います。

そうした笑わないトワに対してきららは何をしたか・・・

そのいたずらっ子っぼい笑顔もよかったけど
トワを突然シーツでくるんで全身をコチョコチョしてトワを強制的に笑わしたのはとっても素晴らしい光景でしたし
笑ってしまうのですけど
とっても・・・何か・・・感動的な光景でもありました。

きららの「方法何てなんでもかまわない・・・とにかく笑ってしまえばいいんだ・・!!」みたいな豪快な笑わせ方
でしたけど、
確かにそれはそれで一理あるような気もします。
落ち込んでいる人は・・失望している人に対しては・・・
「カタルシス効果」といって、まずその人が根本的に抱えている「悩み」を打ち明けさせ
気持ちをすっきりとさせた上で
とにかく一度大声で笑わせる・・・
これは心理的効果としても大変効果が高いようにも感じますし、それを無意識のうちにやってしまうきららも
やっぱりすごいと思います。
ま・・・きらら自身も前日までは、仕事関係で少し凹んでいたので
トワをイジることできらら自身も何かスッキリとしたものはあったのでしょうね。

プリキュア5の映画/「鏡の国のミラクル大冒険」で登場したダークドリームも
「私・・・どうすれば笑顔になれるか分からなかった・・」とか言っていましたけど、
これは・・是非是非・・・きららと相部屋になる事をお勧めしたいですね・・・(笑)


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とにかく・・・・

きららとトワの素晴らしき「百合の世界」・・・・

本当に、本当に・・・・ごちそうさまでした!!
5.粟野中学校

 D/交響組曲「野人」

 うーーーん、一言でいうと・・・明らかに音量過剰・・・
 俗に言う「普門館フォルテ」の許容範囲をはるかに超越したオーバーヒートの演奏と言う感じでした。
 勿論、大変明るくサウンドに凄まじい勢いと輝きが感じられ、
 とても中学生らしい伸び伸びとした演奏であることは大変高く評価できると思うのですけど、
 やはり・・・
 音楽と言うものは、ffだけの単調な世界だけでは限りなく「モノトーンの世界」になってしまいがちなのですよね。
 その意味では・・・
 例えば・・・・
 課題曲のマーチでは、トリオの部分にもう少し木管のしっとりとした感じが欲しいとか
 自由曲の「野人」の特にⅡの祭りにおいては、
 「鄙びた感じ」とか「枯れた感じ」が欲しいとか
 何て言うのかな・・・・音楽上の「変化」がもう少し欲しかったですよね。
 これだけの技術と音量を有しているチームなのだから、
 そうした音楽上の「変化」にもう少し配慮した演奏が出来ていれば、銀賞以上の評価が得られた可能性も
 あるような感じもしました。
 その意味では、大変惜しい演奏のような感じがします。
 だけどな・・・・
 やっぱ音量過剰というのか、特にⅢの踊りは・・・・明らかに金管、特にトランペットが鳴り過ぎ・・・・
 この演奏、私は生で聴いていませんけど、
 当日普門館にいたら・・・多分・・・・トランペットの耳をつんざくような響きに多少辟易していたかも・・・・
 ま・・・粟野中は、1980年の「飛鳥」も81年の「火の伝説」も音量過剰というのは大体似たような傾向に
 あるのですけど、
 この年は、それまでの荒木先生から安立先生に指揮者がバトンタッチされ、
 この安立先生も・・・恐らくは当時は先生になりたてと思われ、奏者も指揮者も共に・・・・まさに「若さ爆発!!」みたいな
 感じになってしまいましたね・・・
 ま・・・・現在の吹奏楽コンクールの視点でこの演奏を聴いてしまうと、限りなく「ガサツ」という印象も
 あるかとは思うのですけど、
 今の中学生のある意味・・・少し大人すぎる幾分背伸びしたようにも感じられるその不自然さに比べると
 かえってこうした演奏の方が、むしろ中学生らしい演奏なのかも・・・・
 安立先生は、なぜか粟野中は一年だけで転任し、翌々年はなぜか小学校の部に出場されていましたけど
 後年・・・1992年の「ディオニソスの祭り」のあのサウンドの切れ味とスピード感は・・
 本当に素晴らしいものがありました!!
安立先生にとっても・・・「野人」みたいな泥臭い曲よりは、スキタイ組曲とかディオニソスの祭りみたいな
 「サウンドの切れ」が要求される曲の方がむしろ合っていたのかも・・・・

 そうそう・・・・

 この粟野中の演奏で特筆されるべきことは、この渡辺浦人の交響組曲「野人」という
 大変歴史的にも音楽的にも価値の高い作品でありながら、原曲の管弦楽版でも
 吹奏楽アレンジ版でも滅多に演奏されないこの曲を・・・
 第一楽章・第二楽章・第三楽章とほぼノーカットに近い状態で演奏してくれたことは・・・
 ある意味大変価値のある演奏を後世に残してくれたと思います。
 この組曲は、ⅠとⅢ、またはⅡとⅢという組合せで演奏される事が多い中、全楽章を・・・
 ま・・・ちとテンポがさくさく進み過ぎる傾向にはあるのですけど、
 全楽章演奏してくれたその功績は・・・大きいものがあると思います。
 私自身、この曲を最初に聴いたのは、1980年の宮城県大会の多賀城中のⅠとⅢの演奏、
 二度目は・・・1981年の東北大会における岩手大学のⅡとⅢの演奏なのですけど、
 この曲は・・・
 なんと・・・生で聴いたのはこの二回だけなのですよね・・・・

 歴史に埋もれてしまうには・・・少し勿体無い曲だな・・・と改めて感じたりもします。

 さてさて・・・・せっかくですので、
 この渡辺浦人の交響組曲「野人」について少し補足をさせて頂きたいと思います。

渡辺浦人の交響組曲「野人」なんて知っている人なんているのかな・・・?
最近では全く演奏されることもないし、
もう忘却の彼方の作品なのかもしれませんよね。
作曲されたのが戦前ですしね・・・
CDは昔、岩城宏之/N響で出ていましたけど、既に廃盤なのかな・・・

だけどこの組曲、忘れてしまうには何か勿体ないものがあり、
「日本人」としての心の故郷というか、何か郷愁みたいなものは感じるのですよね。
曲自体洗練されたものではないし、どちらかというと泥臭い曲でもあるし、
現代人の感覚からいうと「ださい」みたいな印象は拭えません。
だけど、何か妙に惹きつけられるのですよね・・・
なんでだろう・・・

曲は三つの楽章から構成されています。

Ⅰ.集い

Ⅱ.祭り

Ⅲ.踊り

個人的にはⅠ.集いが一番好きです。
ピッコロの掛け合いみたいな合いの手が自分のツボにはまっています。
何かもっさりとした雰囲気なのですけど、何とものどかな雰囲気で、このゆるさが
いいのかもしれません。
Ⅱの祭りは、例えば「ローマの祭り」みたいな華麗・爽快・派手な感じではありません。
これは死者を祀る「葬礼」の音楽なのです。
この楽章で特徴的なのは、使用している楽器は、弦楽器とハープ、打楽器のみで
管楽器は全てお休みです。
時折思わずはっとしてしまう美しい部分があったりもします。
Ⅲの踊りは、この組曲の圧巻なのかもしれません。
ひたすらリズミカルでエキサイトな感じなのですけど、
いかにもださい感じがぷんぷん漂っています。

この組曲は、吹奏楽にも作曲者自身の手で編曲され、
過去において全国大会で演奏された事もあります。
自分の知る範囲では、
1976年の前橋商業 1981年の岩手大学 それと・・・上記で記した1982年の粟野中学校ですけど、
前橋商業はその時銀賞で、当時のソニーのレコードは金賞以外収録されせせんので、
残念ながら聴いたことはありません。

この組曲、吹奏楽版では、東京佼成の演奏によるCDがいまだに廃盤にならずにいますので
興味がある人はぜひ一度聴いてみるのもいいかも・・・
ちなみに・・・・
この作曲者の息子さんは渡辺岳人氏といって
アニメ「巨人の星」のテーマ曲の作曲者でもあるそうです。



 
スマイルプリキュアのテレビ埼玉の再放送は、現在は・・・高校野球の埼玉大会のため、
またまた中断中・・・
うーーん、このままのペースでは、いずれもしかしてBSのスマイルの再放送に追い抜かれるかも
しれませんよね・・・
3年前のフレッシュの再放送の際は、9月以降週に2話放映して、何とかペースを戻していましたね。

さてさて、今回は中断前の第15話は、プリキュアとしては恒例の「母の日」にまつわるお話でした。
そうですね・・・
歴代プリキュアにおける「母の日」絡みのお話は・・・
多分誰がどう解釈しても、ハートキャッチのなみなみのお話が一番心にじーーんときますよね。
正直、私自身もあのハートキャッチのお話は・・・・
もう・・・涙をこらえるのがやっと・・・・と言う位、とにかくしんみりとさせられたお話でしたし、
感動しまくりのお話でしたね。
(マリンは・・・ラストシーンはずーーっと号泣していましたね・・・ああいう時、逆にブロッサムの方がメンタル的に強い
というのも何か面白いものがあります。
あっ、そうか・・・・スイートでも、一見強そうな響が意外と涙もろく、一見すぐに泣いちゃいそうな奏の方は
シリーズを通して実は・・・ほとんど泣くことが無いほど芯が強いという事とも重なるような気がします。)

そっか・・・今作のGoプリに「母の日」絡みの話が出てこないのは、そういえばノーブル学園は全寮制でしたからね。
個人的には・・・
母-娘の交流を描いた話としては、SSの咲のお母さんの「グローブ」を巡るお話も大変感銘深いものが
ありました。
母の日絡みではないけど、スイートのまりあさんと響の交流の話も本当に素晴らしい回でしたね。
あの時のまりあさんの・・・・
「頑張るのに疲れたら、弱音を吐いたっていい・・・・ママの胸はいつも響の特等席」というシーンは・・・
本当に本当に・・・素晴らしいものがありました!!
(私、このシーン、本当に大好きです!!)

さてさて・・・・それでは・・・「スマイルプリキュア」の母の日絡みのお話はどうだったかと言うと・・・・
そうですね・・・・
涙、涙・・!!の感動回・・・という事は、予想通りあるはずもなく、
スマイルらしいポンコツ話というのも、本当にいかにもスマイルらしい話であり、
本当に「スマイルプリキュア」は一年間を通して、「ポンコツと笑顔」を大切にしたシリーズなんだな・・・・と
その一貫したストーリー性と制作者サイドの意志の強さに本当に感銘を受けたりもします。
スマイルの場合、一年間を通してギャグ回をひたすら貫き通してくれましたけど、
例えば・・・やよいの亡き父親との心の交流を描いた話とかなおちゃんのリレーのお話とか、
たまーに感動的要素満開の話を持ってくるから、
その普段とのギャップに驚きながらも、ついついその「感動的要素」にコロッ・・・・と心が陥落してしまうのですよね・・・(苦笑・・)

そんな中、スマイルの母の日回では、
素晴らしい事実が判明していましたね・・・!!
そう・・・みゆきのママの星空育代さんの、あまりにも美人すぎるママ振りでしたね・・・・
(育代さんの陰に隠れがちですけど、やよいのママもかなりの美人でした・・・!
あかねとなおのママ達が・・いかにも関西のおかんと日本のおばちゃんというのは・・・
これは・・・・
ハピネスのめぐみ-ひめ対ゆうゆう-いおな以上の「プリキュア内格差」という奴なのかな・・・??)

改めてですけど・・・・星空育代さんの美人ママ振りは・・・歴代でも屈指と言う感じですね。
うーーん、これは・・・
みゆきのパパは・・・多分・・・仕事が終わったら、寄り道なんかしないで同僚や上司の誘いもキッパリ断って・・・
まっすく゜家に帰る事は・・・・間違いなさそうですね・・・・





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プリキュアシリーズでは、ママ達の出番は多いようで少ないという感じてしょうか。

全般的にプリキュアシリーズの「大人」達は、真の意味の大人で
マヌケなプリキュア達を温かく見守り、時に励まし、時に正しい方向へ導く
という感じの役割を担っている気がします。
特にそれが顕著だったのは、
初代のほのかの祖母のさなえさんとか
プリキュア5の坂本じいやさんとか
フレッシュのカオルちゃんとか
スイートの音吉さんとか
ドキドキのセバスチャンとかが印象的です。
だから・・・・ドキドキのジョー岡田とかハピネスのブルーなんかは・・・大人ポジションなんだけど
とてつもなく胡散臭く感じてしまうのは、
ま・・・その辺りは・・ご愛嬌という感じですね。
そういば・・・現役のGoプリのこうした大人ポジションというと・・・白金さんと望月理事長なのでしようね。

プリキュアにおけるママさん達の役割としては、
初代・スプラッシュスター・フレッシュ辺りは登場頻度も高かったような気もしますが、
プリキュア5・ハートキャッチ・スマイル・ドキドキはそれ程
ストーリー全体に大きな影響を与えていない感じもありましたけど、
ま、その辺りは・・・・制作者サイドの考え方や全体を通しての演出で大分変ってくる傾向にありますからね。

その中で、印象に残るママ達は、個人的にはやはりプリキュア5ののぞみとりんのママですね。
(うららのママは亡くなっているし、かれんとこまちのママは登場すらしない・・・)

のぞみのママは、まさに「あの娘にしてあの親あり」という感じそのままですね。
というか、親子揃って、りんちゃん親子に足を向けて寝られないという
感じですね。
のぞみのママとりんママの中学生時代は、本当にのぞみとりんの関係そのまんまという
可能性すらありそうですね。
のぞみママは、昔・・・・洗濯機の中に食器を入れて洗おうとしたというエピソードは・・・
うーん、まさに娘ののぞみにそっくりそのまんま受け継がれてしまいましたね・・・・(苦笑・・)
多分・・・りんちゃんママは・・・
何かと手が掛るのぞみママを
「しょーがないわね・・・」と口ではブツクサ言いながらも、きちんと色々な面でフォローを入れていたと
思いますけど、
まそか・・・そうした光景が自分達のJr世代でも繰り広げようとは・・・当時の二人は知る由も無かった事でしょうね・・・

よく歴代プリキュアのママ達美人ランキングなんて聞きますけど、
その中では、みゆき・やよい・奏・美希・つぼみ辺りがベスト5という意見があります。

個人的には、りんちゃんママが好みというか、魅力を感じます。
気が強そうな反面、優しそうで面倒見が良い点は・・・まさにりんちゃんそのまんまという感じもしますし、
頭に被っている頭巾を取ると・・・結構な美人さんであるという事を知っている人は・・・意外と少ないのかも・・・??

スイートのまりあさんも結構気に入っていますが、設定上普段は外国の演奏旅行に
行っていて中々登場してこないのが、少々歯がゆい所です。

よくのぞみとみゆきは似ている・・という話がありますけど、
確かに、例えば「母親へのお手伝い」という事一つとっても二人のアホっ振りはよく似ていますよね・・・
ま・・・どちらも・・勉強も家事全般はダメダメ・・・というのは似ているけど
まだみゆきの方がいくらかマシなのかな・・・?
のぞみは・・・お約束通り(?)皿洗い時に皿を叩き割ってしまいましたけど、
みゆきは・・・一応は・・・無事に洗っていましたよね・・・(苦笑・・・)
ま・・・のぞみ大先輩も相当ひどかったけど、
コーヒーに砂糖と塩を間違えて入れたり、洗濯をする際に洗剤の代りに入浴剤を入れたり
ま・・・どっちもどっちでしたね・・・・(苦笑・・・)

ま・・そうした際のプリキュア達のママ達の娘たちを見守る温かい視線といものは・・・やはりいいものですね!!



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今回の話はみゆきと育代さんがメインですので、
不器用で見た目の仕上がりが少々悪くてもみゆきが育代さんのために手作りしたチャームを
「一生懸命手作りしてくれたその気持ちが嬉しいの・・・」と優しく微笑む育代さんは・・・
まさに・・・
日本のお母さんの鑑という感じがしますね!!
ホント、この辺りは・・・まさにプリキュアの「母の日」回のエピソードとしてはベタすぎるのですけど
やはり・・・
いいものですね・・・!!

そうした中・・・プリキュア達とウルフルンの戦闘シーンの中で、キャンディがうっかりみゆきが手作りしたチャームを
落としてしまい、それをウルフルンに拾われ、
「下手くそ!」とか「こんなもん貰って喜ぶ奴がいるのかよ」と例によってえげつない事を言われ
「そうだよね・・・」と落ち込むハッピーに対して
「それは違うで・・・!!」と関西弁で反論し、ウルフルンに立ち向かうサニーは・・・
まさに・・・「兄貴」そのものでしたね!!
ああいう時のサニーは本当に男前で格好いいですし、ああいう時の関西弁は関東の言葉と違って
言葉自体に何か「切れ」とか「シャープさ」があるから
関東に住んでいる私にとっては、何か「爽快感」とか、「エライでサニー!! よう言ってくれた!!」みたいな
満足感みたいなものがありましたね。

また、今回のエビソードは、メンバーが全員「手作り」をしてそれを各自の母親たちに
プレゼントするという話でもありましたけど、
粘土をこねる所から開始しロクロを使って形を整え焼き上げ、こだわりの湯呑を作り上げてしまうれいかは・・・
やっぱり・・・ある意味すごい・・・
ま、やよいの母親のポートレイトを描きあげるというのも凄い事ですよね・・・
あれれ・・・
れいかって考えてみると、よくあんな短時間でこうした陶芸作品を作り上げましたね・・・
一体どうやってあんな短時間で・・・乾燥させて素焼きまでやったのでしょうか・・・??
うーーん、もしかして・・・「炎」が属性のあかね=キュアサニーに変身してもらって
サニーの炎で一気に湯呑を焼き上げたのかな・・・??

それにしても・・・この話で一つ面白いエピソードがありましたね・・・

お小遣いが無いから母の日のプレゼントを買えないと嘆くみゆきに対して他の4人は
何か特技を生かしての手作りを勧める事になったのですけど、
みゆきが・・・
「それじゃ、私の特技ってなーに?」と「例えば・・・?」とれいかに尋ねてみたのですけど・・・
「あれれ・・・このポンコツ娘のみゆきちゃんに何か特技ってあったかしら・・・?」という事に気が付き
困惑したれいかは・・・
即座に・・・隣のなおちゃんに・・・しれっとした顔で「例えば・・・?」と悪魔のようなスルーパスを出してしまうのが
とてつもなく楽しかったです・・・
そして・・・なおはやよいに・・やよいはあかねに、それぞれ「例えば・・・?」とスルーパスを出した挙句・・・
あかねがみゆき本人に・・・「例えば・・?」と振り出しに戻させてしまう辺りは、とてつもなく面白かったし
いかにも・・・ポンコツのスマイルらしい話でしたね・・・(笑)



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最後に・・・・

みゆきを温かい眼差しで見つめる4人ですけど、座り方も四者四様というのが実に面白いというか
メンバーの「個性」がはっきりしているスマイルらしい設定ですね。
いかにもお嬢様らしいれいかに、いかにも少女っぽいやよい、そしてあぐらをかいているあかねに
足を組んでいるなお・・・

一年間「スマイル」を大切にしながらもメンバーの際立った個性と
5人のそれぞれの「夢の実現」のために、一生懸命羽ばたいたスマイルの物語も、私は・・・
本当に大好きです!!
先月行われた「健康診断」の結果が郵送されてきました。

「うーーーん、何か見るのが怖いな・・・」と思っていたら、今回はほぼ杞憂でして、
昨年に比べて数値大幅改善
(ま、昨年だって、全般的には悪くは無いのですけどね・・・)
昨年は、尿酸値の値が高く、腎臓の機能にやや問題あり・・という感じでしたけど、
尿酸値も標準に戻り
腎臓の判定も昨年のCから今年はAへと戻り、全般的には「問題なし」という判定でした・・・

やれやれ・・・一安心という感じです。

社内ではまだ全員の診断結果は出ていませんけど既に3人も要再検査または要精密検査、
または検査入院の必要ありという結果が出ていただけに
まずは・・・
とにかく何事も無くよかったです・・・
「身長168㎝ 体重53キロ ウエスト73 体脂肪率12.7」は、あなたの年齢にしては驚異的な数値で
この数値は今後も維持して下さい・・・
あなたの会社の人たちは・・・
とにかく・・・メタボの人ばかりだから・・」という医師のコメントが何か・・面白かったです・・・

だけど・・・・

あれれ、確か私の身長って元々169~170㎝くらいじゃなかったのかな・・・??

何で1㎝も一年間で縮むのかな・・・??

それとも・・・毎年毎年・・・実はすこーし(?)背伸びをしてのインチキ測定(?)だったのが、
今年は身長・体重・視力なんかはオート測定に変ってしまい、
身長測定の際に・・・多少の背伸びをしても、それが真実の結果には反映されない・・・という事なのでしょうね・・・(苦笑・・)

そうですね・・・・

最近、社内で現場監督から何か気になる一言を言われ、少しギクッ・・・としたものでしたから・・・

その一言が何かと言うと、

「あれれ、先生、最近、体が縮んでいない・・・?
何か最近やたら小さく見えるよ・・・・」
というものでしたので・・・(苦笑・・・)

ま、そりゃそうでしょう・・・・

最近・・・ま、元々そういう傾向は強かったのですけど、特に最近、
施行中とか施工後のアフターで施主をお伺いした際など
施主の近隣住民から、
「おたくの会社の工事車両が道路をふさぎ、本当にジャマ!」とか
「外壁の高圧洗浄をするから、この日は洗濯物を外に干さないで」と営業担当から言われていたのに
一向に足場も立たず工事さえ始まらない・・いったいどういう事だ・・!!」
(→今年は・・・梅雨の影響が長引き、どの現場も予定の工程から一週間から10日は遅れがち・・・)
と怒られたり、
施主からは、
「おたくの営業の××は、雨樋の受皿は新しいものに交換してあげるよ、サービスですよ」とか何とか
うまい事言っていたのに、
何にも手つかずのままじゃないか」とか
「破風の色と軒天の色を統一させるとか言っていたのに、全然違うじゃん・・・」と
怒られたり、
はたまた・・・最近では・・・・消費生活センターにタレこみ相談・ペナルティーという事案もあったりして
そうですね・・・
なんか最近は・・・
本当は嫌なのですけど
「この度はご迷惑をお掛けして誠に申し訳ありませんでした・・・」と頭を下げる場面が本当に・・・多かったですね・・・

そりゃ・・・・

こんだけ他人に頭を下げていれば・・・・

身長も少しは・・・・縮んだり・・・しませんよね・・・・??(苦笑・・)
以前も書いたと思うのですけど、
人間の「記憶」というものは、子供の頃のそれはかなり鮮明に覚えている傾向にあるのですけど、
年を重ねれば重ねるほど、そうした人間の記憶力は、一つ一つの感銘度が薄くなるために
弱くなるそうです。
だから・・・小学生~中学生辺りの記憶ってかなり鮮明に覚えていて、まるで昨日の出来事みたいに
大変印象度が強いという傾向にある一方、
高校辺りから社会人になってしまうと、
今までの「記憶」がどんどん積り重なっていくので、一つ一つの出来事のインパクトは子供の頃に比べると
弱くなる傾向にあるのかもしれません。
最近、このブログにおいて、アニメ「響け! ユーフォニアム」の事をやたらと記事にした事がありましたけど、
あの感想記事を改めて自分自身が読み返してみると、
確かに・・・・
中学の頃の吹奏楽部在籍時代の時の方が、それ以降の記憶よりも非常に濃厚という印象もあります。
(ま、確かに・・・中学の時の先生=指揮者に対する恨みつらみと反発が大変強い・・というのもあるかとは思いますけどね・・)

あ・・・・前置きが大変長くなってしまいました。

何を言いたいかと言うと、20台後半から30歳代に入ってしまうと、人間の「記憶」というものは、
現在と「過去」の記憶が色々と混在してしまい、
たまーにですけど・・・・
その話を聞いたのは一体いつの頃だったっけ・・・??みたいな感じにもなってしまいがちなのかもしれません。

これは、私が金融機関在籍時代で山梨県の支店に異動(島流し・・・??)されている頃の話だから、
多分・・・
1990~1995年辺りの頃だと思うのですけど
それが具体的に何年頃なのか・・・というと全然記憶に残っていないという、何やらヘンな話にも
なるかもしれません・・・・
確か、当時、甲府の湯村温泉のとある日帰り温泉施設にてお風呂に入り、休憩ルームに置いてあった
確か・・・・朝日新聞だったと思うのですけど
(それが朝日新聞かどうかは自信がありません・・・)
こんな記事が掲載されていました。

それは、1983年の話・・・

静岡県の清水第八中学校吹奏楽部が、全国大会をめざし日々練習に励んでいる際、
(前年の1982年は、C/インヴィクタ序曲で東海大会・銀賞
ちなみに・・・指揮者の田辺先生は由比中時代に何度か全国にも出場)
静岡県大会を無事に通過して、次はいよいよ東海大会・・というその時に、ティンパニ奏者の女の子が
突然の交通事故に遭ってしまい、大変気の毒な事にそのまま帰らぬ人になってしまったという
大変痛ましく哀しい事故があったとの事です。
この時の自由曲は、シャブリエの狂詩曲「スペイン」という曲で、大変明るく楽しい曲なのですけど、
リズムの取り方が大変難しく、リズムの「要」であるティンパニ奏者が求められるものは、大変高度なものがある
結構難しい曲です。
指揮者の田辺先生は、当時・・・
「ティンパニ奏者のこの娘が帰らぬ人となり、彼女の代りはいない・・・・
今から他の打楽器奏者をティンパニにコンバートしても、とてもとても時間的に無理・・・・
今回は東海大会の出場を辞退しよう・・・」と考えていた所、
思いがけず・・・・
とある打楽器奏者が
「実は・・・」と申し出て
「その亡くなった先輩は、もしも、私に何かあった場合はあなたが私の代りにティンパニを叩いて・・・
だから・・・
あなたにこの狂詩曲「スペイン」の叩き方を全て教えてあげる・・・」と
事前にというか・・・その当時としては「万一に備える」という意味でこの曲の手ほどきを受けていて、
田辺先生は、一応、その申し出た生徒にティンパニを演奏させてみると、
その亡くなった女子生徒レヴェルの演奏は既にマスターしていたとの事です。
そして・・・
田辺先生は、東海大会に出場する事を決意し、その年・・・、東海大会も突破し全国大会にまで駒を進めました。
普門館での全国大会は銅賞と言う結果に終わったのですけど、
この清水第八の当時のレコードを聴いてみると、
ま・・・申し訳ないのですけど、確かに銅賞レヴェルの演奏なのですけど、音楽自体は大変人間らしいというのか
ふんわりととても「温かい」ものが伝わってきます。

この話・・・ネタは新聞記事なのですけど、
今にして思うと、それが本当に「事実」なのか・・・本当にそんな不思議なエピソードがあったのか・・・・
はたまた・・・当時の自分は本当にその新聞記事を読んでいたのか・・・
平成何年頃の記事なのか・・・・
正直・・・・全く「私の脳」には記憶として残っていません・・・

だけど・・・・何か不思議な話として、何か今でも・・・時折、この話がふと思い浮かんだりもします。

人の記憶はあいまいなもの・・・という事でもありますし、
同時に・・・
「吹奏楽コンクール」は別に・・・結果だけが全てではないんだな・・・みたいなオチになるかとは思うのですけど、
何かこの話、ずっと以前から記事にしてみよう、してみよう・・とも思っていたのですけど
いつもついつい失念していましたけど、
やっと・・・こうやって「言葉」にして後世に伝える事が出来たと思うと、少しは感慨深いものがあったりもします・・・

それにしても・・・

上記の話が本当ならば・・・・その道半ばにして亡くなったティンパニ奏者の女の子のご冥福を
本当に・・・・
心の底からご祈念申し上げたいと思います。
3.弘前第三中学校

 A/交響詩「ローマの祭り」


 この年の課題曲A/吹奏楽のためのカプリチオは・・・これって昔からよく言われる事ですけど、
 吹奏楽コンクールの課題曲史上「最低の出来栄えの曲」という酷評がなされます。
 ま・・・というか・・・この1982年の課題曲って、以前も書いたのですけど、恐らくは・・・・長い吹奏楽コンクールの歴史の中でも
 「課題曲不毛の年」というか、要は・・・課題曲B/序奏とアレグロ以外は・・・・ほぼ全て「駄作」と切り捨てられても
 ま・・・仕方が無いかな・・・という出来栄えの曲ばかりですね・・・
 だけど・・・こんなしょーもない課題曲でも、各学校・職場・一般の吹奏楽団においては、半年程度も
 こうした課題曲に取り組まないといけないから、
 本当に課題曲の出来栄えが悪いと・・・指揮者も奏者も・・・まさに拷問ですね・・・・
 でも改めてですけど・・・この年の課題曲Aは本当に「くだらない・・」としか言いようが無い曲で
 本当にマジで・・・・中身が全然ない薄っぺらい曲です。
 音楽評論家の故・上野晃大先生は・・・かつてこの年の東北大会の審査員を務めていた時にBJ評にて
 この課題曲の事を
 「どうして公募作品にも関わらずこんな内容が無いうすべったい曲が採用されたのか全く理解できない」と
 かなり酷評されていましたけど、
 それは・・・「まさに・・その通り!!」としか言いようがないですね・・・・(苦笑・・)

 課題曲A/吹奏楽のためのカプリチオは、私自身、何度か吹いた事はありますけど、
 (私の高校の課題曲はC/アイヌの輪舞を選択していました・・)
 クラリネットパートから代表して意見を言わせて頂くと・・・
 こんな吹きにくい曲は無い・・・というか、クラリネットの主要メロディーが・・・
 シドーシドラレードシドラシソラソラーラソラシラーという感じのものですけど、これって中々クラリネット奏者以外には
 伝わりにくいのですけど、
 クラリネットの中音域の「ラ」は左手の人差し指のキー一本のみ・・・中音域の「シ」は両手の指を全て使う指使い・・
 こんな・・ラとシを交互に音符に書かれても正直・・・困っちゃう・・・という感じでしたね・・
 正直・・これは・・・「替え指」を色々と発掘しないで譜面通りにまともに吹いちゃうと・・・
 多分相当もたつく演奏になるパタンーが多いと思います。
 事実・・・・県大会や東北大会あたりでも、このクラリネットの指使いのやっかいさがそのまんま「音の不安定感」に
 繋がっている演奏もかなり散見されましたよね・・・・
 そしてこの課題曲でやっかいなのは・・・・ホルンの高音域なのかな・・・
 あれは・・・
 確かプロの奏者の方も・・・「これは少しやっかい・・」と確か言われていたような・・・?
何て言うのかな・・・・内容も無いし、正直・・・技術的にはそんなに難しい曲ではない・・・だけど・・・
 一部のパートにとっては・・・・大変やっかいな技術的やっかいさがあるという・・・
 コンクールとしては確かに「面倒な曲」というか、労あって実りが極めて少ない曲と言えるのかもしれません・・
 この課題曲って何で「カプリチオ」=気まぐれというタイトルが付いているかと言うと・・・・
 オーボエのゆったりとしたソロで開始され、ゆったりとした序奏から突如、ティンパニーの一撃から
 アレグロに展開していくといのが理由なのですけど・・・
 ハイドンが交響曲第94番「驚愕」第二楽章において、深い眠りにおちそうな聴衆を叩き起こすみたいな意図が
 あったかどうかは定かではありませんけど、
 第二楽章の静かな繰り返しの部分で、ティンパニーの一撃と全楽器のffで聴衆を「夢の世界」から叩き起こした・・・
 そんな感じの意図が・・実は・・あの課題曲にもあったのかな・・・??
 (多分・・ないない・・・苦笑・・)

 それにしても・・・・この課題曲Aは人気が無かったですね・・・
 全国大会でもこの課題曲を選択したのは9チームに留まり、そのうち5チームが結果的に銅賞と言うのも
 なんか・・・あの課題曲の不毛振りを象徴している感じがします。
 その中で・・・・この課題曲Aを選択して、全国大会で唯一金賞を受賞したのが・・この弘前第三中なのです。
 こんな内容が幾分うすい課題曲でしたけど、逆に言うと・・・
 そんな曲自体の内容の薄さがあまり伝わってこないほど、大変高い技術でまとめあげ、
 前述のクラリネットやホルンの問題も難無くこなしていたという感じがあります。
 ま・・・悪く言うと無難過ぎるという感じもします・・
 この課題曲Aの場合・・・・「隠れた名演」というのが実は一つだけありまして、それはどこかというと・・・
 間々田中学校なのだと思います。
 ま・・・確かに・・・・ものすごーーくダーダー吹きというかすさまじいレガート奏法なのですけど、
 とてつもなく美しいサウンドにあのベタベタ奏法が意外と合っていて、私は結構この間々田の課題曲Aは好きです・・・

 結果論になるのですけど、このチームは、この年から1988年まで8年間同じ指揮者のもとで全国大会出場を
 果たしているのですけど、
 吹奏楽オリジナル曲で臨んだのは1981年のアルメニアンダンスバートにのみ・・・・
 あとは全てアレンジものでコンクールに臨んでいるのですけど
 あの素晴らしいアルメニアンダンスハートⅡを聴いてしまうと、
 「出来れば他の吹奏楽オリジナル作品も聴いてみたいな・・・」という気持ちにさせてくれますね・・・
 このチームは、吹奏楽コンクールにおいて、一つ特筆すべき痕跡を残しています。
 何かと言うと、「ローマの祭り」を吹奏楽コンクール自由曲の定番中の定番にまで飛躍させたのは
 私は、この弘前第三中の功績だと思っています。
 ま、一応「ローマの祭り」は、駒澤大学とか兵庫高校が過去の全国大会で演奏していますけど
 その演奏がきっかけとなって後年になって、「ローマの祭り」が吹奏楽コンクールでスタンダードになったかと言うと、
 必ずしもそうとは言い切れない面があります。
 だけど、1982年にこの弘前第三が「ローマの祭り」~チルチェンセス・主顕祭を演奏して以降、
 爆発的にこの曲が吹奏楽コンクールの人気自由曲になっていったような気がしてならないのですよね・・・・
 そして、確かに1982年の弘前南のローマの祭りは、誰がどう聴いても中学生の仕上がりとは思えない
 素晴らしい爆演だと思うのです!!
 チルチェンセスのトランペットの高音も確かにすさまじく鳴ってはいるのですけど、それが全然音が割れていないし
 かなり美しく響いています。
 主顕祭も・・・確かに現在の視点で聴いてしまうと・・・少しサクサク進展し過ぎ・・・という印象はあるのですけど、
 それでも曲の盛り上がりは実に自然だと思います。

 この弘前南の素晴らしい演奏を翌年の高岡商業が更に素晴らしい名演で受け継がれていき、
 現在の流れにまでなっているような感じすらあります。

 だから・・・その意味においてもこの年の弘前南の演奏は、大変歴史的意義が大きいのだな・・と改めて
 感じてしまいますね。

井上靖/黒い蝶

井上靖先生の小説というと、
敦煌・風林火山・天平の甍・蒼き狼・額田女王などのような歴史ロマン小説
しろばんば・あすなろ物語などのような自伝的小説
射程・氷壁などのような社会小説など
かなり多岐に渡っていますし、私としては・・・「あすなろ物語」・「敦煌」あたりが大好きな小説なのですけど、
実は・・・
井上靖の作品の中で一番好きな小説は「黒い蝶」というお話です。

この「黒い蝶」については、井上靖にとって最初のそして唯一の書下ろし長編小説という所以外
特に評価される要素も無く
正直、文壇からの評価もそれ程高い作品ではなくて、
今現在ではそうですね・・・正直「忘れられた作品」なのかもしれません。
この小説に関する評価を検索してみても・・・・うーーん、残念ながら、この小説自体ネットで取り上げられている事は
極めて稀ですし、
たまーに書かれていても、あまりいい事は書かれていないですね・・・

この記事の一つ前の記事がショスタコーヴィッチの交響曲第10番でしたけど、
この交響曲の背景の一つとなったのが1953年の当時のソ連の絶対的指導者・スターリンの死というものが
あるのですけど、
井上靖のこの「黒い蝶」もまさにその頃の時代背景をベースとしていて、
この小説にもしばしば、当時のソ連の政治状況とか当時の日本との関連性が興味深く描かれていて
一つ前のショスタコの10番の記事を書きながら、井上靖先生の「黒い蝶」の事を思い出してしまい、
この小説の事を書いている人もほとんどいないから、自分がほんの少しだけ書いてみよう・・・と思いつき
今回少し書かせて頂きたいと思います。
そうですね・・・
井上靖の他の格調高い作品を読んでしまうと、この小説は少し安っぽく感じてしまうかもしれませんし、
ま・・・要は・・・・ある一人の「ペテン師」みたいなお話ですからね・・・
文壇とか読者からの評価は確かに高いものではないのかもしれませんけど、
こうした「小説」というものは、
別に評論家とか世間の評価等は全く関係が無い・・・
要は・・・
読んだ本人が「これ、面白い・・」などのように「何か」を感じ取ってくれればそれでいいと思うのです。


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この「黒い蝶」ですけど、とにかく無条件で面白いと思います。

小説の中で、バッハ・ベートーヴェン・協奏曲・演奏会・ストラディバリウス・ヴァイオリン等の
たくさんの「クラシック音楽」に関連するワードがてんこ盛り・・・というのも
私にとっては、この小説に共感を覚えた一つの要因にもなっていたと思えます。

この小説の概略を大雑把に書くと・・・・

主人公・三田村は、計量機器販売店を経営していたが、あえなく倒産・・・
軽い失意の中、ホテルで夕食を取っていると、唐突に三田村に
「あなたは正確に人の声を聞き分けることが出来るか・・・?」と訳の分からん質問をしてくる紳士が
登場・・・
その紳士は元々は江藤財閥の御曹司で、今は楽隠居の身、
その江藤には一人娘がいて病弱で、明日にでも亡くなってしまいそうな状態・・・そのひとり娘が
うわごとで「何か」を呟いているのだが、何を言っているのか自分にはよく分からない・・・
よかったら、そのうわごとを聞いて貰えないか・・・というかなり奇妙な申し出を受けます。
早速、江藤邸でその娘のうわごとを聞いてみると・・・「ムラビヨフ」と言っているようにも聞こえる・・・
その後・・・色々な経緯はあったものの、その「ムラビヨフ」というのは、
当時のソ連の著名なヴァイオリン奏者である事が判明し、江藤のその病弱な娘も、かつては
ヴァイオリン奏者であり、純粋にヴァイオリンを弾く事を愛してやまない少女なのですけど
亡くなる寸前までそのムラビヨフと会う事、ムラビヨフの演奏を自分の耳でしかと聴きたいという夢を
抱いていました・・・
しかし・・・江藤の娘も夢半ばにして亡くなってしまう・・・
江藤としては、本当に娘を想う純粋な気持ちから
「無理は承知だが、何とか是非ムラビヨフに日本に来て貰って娘の墓前で演奏をして欲しい・・・」と
考えるようになったものの、
当時の日本の状況は・・・
まだまだ「戦後の混乱」から必ずしも抜け切れておらず、アメリカの庇護のもとにおかれ、
当時・・・「冷戦」とか「鉄のカーテン」とも言われ、アメリカと敵対関係にあったソ連とは、国交すらも回復できていない状態・・・
だから・・・
こうしたムラビヨフ来日招聘という事自体・・・当時としては・・・・
かなりハードルが高かったという事実は、この小説を読む上での「基本条項」になると思います。

だけどこのお話は、そうした他人の亡き娘の「果たせなかった夢」を叶えてあげたい・・という
「純粋」な物語ではありません・・・

上記のような事を背景にし、三田村は・・・一体何をたくらんだのか・・??

当時・・・三田村の耳には、
「とある石鹸会社が債務を抱えて倒産寸前、だけど機械も技術も従業員もちゃんといる・・・
その会社経営者は、債務も丸ごと会社を全て誰かに売却して、自分はさっさと手を引きたい・・・
だれかこの石鹸会社を引き受け経営を軌道に乗せてくれる人はいないか・・・」という話ばかりが焼き付き
何とか・・・この話を受けたい・・・
そして自分も確かに最近計量機販売店を潰してしまったが、経営者としてもう一花咲かせたいし儲けたい・・と
思っているものの・・・
残念ながら・・・「買収費用」が全く算段が付かない・・・・
さてさて・・・どうしたものか・・・と思っている時に・・・・ひらめいたのが・・・
そう・・・江藤をペテンにかける事でした・・・・
そして・・・・
江藤邸を訪れた三田村は・・・・
「自分なりに色々と調べたが、国交のないソ連であっても民間人としての音楽家を日本に呼ぶことは
可能と判断した・・・・
あなたの亡き娘のために、私は是非一肌脱ぎたい・・・
だけど・・・その運動費用とか外交ルートの活用とか裏ルートの活用とか、何かとお金は掛る・・・
自分も頑張るから何とか費用の方は・・・少しは協力できないだろうか・・・?}」と心にもない事を申し出ます・・・
この時点では、三田村には本気でムラビヨフを呼ぶという意志は・・・全くありませんでした・・・
そして、三田村はかなりの資金を江藤から引っ張る事に成功し、そのお金を当然ながら
石鹸会社買収の費用に充当し、江藤から巻き上げたお金は全て使い果たしてしまいます。

ここでもう一人・・・この小説を語る上で絶対に外せないヒロインが登場してきます。

それが誰かと言うと、江藤の妹で、今は・・・バツイチの出戻りとして江藤と共に暮らしているみゆきという女性
なのです。
でも、このみゆきさんですけど、とっても魅力的な方というか・・・
単純にお人よしで堅物の江藤とは全く異なり、天真爛漫・自由人・型にはまらない・色っぽいなど
ヒロインらしい要素を見事なまでに内在しています。
みゆき自身は・・・・
実は、初めから三田村を全く信じていなかった・・・胡散臭いとさえ感じていた・・・
初めから・・・「こいつ・・・私の兄をだます気満々なんだな・・・」と見抜いていたと思います。
だけど・・・・みゆき自身がいつのまにか・・・・こうしたペテン師としての三田村にどんどん魅かれていったのは
事実なのかもしれません・・・
(ま、その辺りの描写は少しぼやかし気味に書かれていますけどね・・・)
でも・・・三田村のやや強引なみゆきへのキスシーンとかダンスシーンとか、結構あの微妙な場面は
好きでしたね・・・
そして物語の中盤頃・・・・
三田村はみゆきから「今日のあなたは嫌い・・・・あなたは私に三つの嘘をついた・・・」と告げられ・・・
その三つ目の嘘というのは・・・
そう・・・言うまでも無く、三田村自身は、最初からムラビヨフを日本に呼ぶつもりは全く無く
最初から江藤は単なる金づるとしか利用価値を見出していなかったという事なのですけど、
だけど・・・
この小説が面白いのは、ここを起点に物語が大きく動きだし、
みゆきから「三田村の本音」を見抜かれた三田村自身が逆に意地になり、
「よーし、この女は俺の事をペテン師としか思っていないようだが、本気で自分がムラビヨフ招聘に
動き出したらどうなるか・・・目にモノを見せてやる!!」とばかりに・・・
愛する女性への「意地」から
ムラビヨフ招聘に向けて真剣に取り組み始める三田村の心理変化が実に巧みに描かれていると思いますし、
このあたりは・・・
さすがに百戦錬磨の小説家らしい素晴らしい腕の見せ所だったと思います。

そして・・・ここから先は・・・ムラビヨフ招聘のために色々と奮戦する三田村がかなりリアルに描かれ、
またここから先の展開は・・・新聞社とかスポンサーとか政治家とかソ連との交渉とか色々困難な場面が続くのですけど
そのあたりの話の進め方と言うのか「仕事の段取り」というか
いかに国際的著名人を招くとはどういう事なのか、どんな準備が必要かとか
国交の無い国との交渉はどのように進めるべきなのか・・・というかなりリアルティーある話にもつながり
後半は・・・むしろかなりキビキビと心地よく物語が進行していきます。

だけどこの小説面白いですね・・・

主人公の三田村は、ある意味とんでもない「詐欺師」とも言えるのですけど
小説家がついつい力んで「悪とは・・・」・「善悪の狭間とは・・」とか「現実と理想の落差とは・・・」みたいな
青臭い事に力点を置かず、
「一度は確かに江藤を騙してしまったけど、その贖罪として・・・」みたいな事は全く考えないで
とにかくひたすら「自己」のためだけを考えて・・・
そして一度は「愛した女性」のために意地でも一度自分が決めた事をやり抜いてしまう
三田村の「リアルティー」に本当に心の底から、共感を感じてしまいますし、
三田村のヴァイタリティーには、思わず「頑張れ・・!!」とエールを送りたくもなってしまいます。

そうですね・・・・井上靖の小説に「射程」という長編小説があるのですけど、
この「黒い蝶」と少しだけ類似点があります。
何かと言うと・・・・一度は愛した女性のためについつい意地を張り、
「射程」の方は・・・・無理に無理を重ねた結果事業を破綻させ、最後は己自身の命を自ら絶ってしまうという
カタストロフィーで終ってしまうのですけど、
対照的に・・・「黒い蝶」は、愛する女性のために意地を張り、その結果として・・・・
本人すら全く予想だにしなかった「ムラビヨフの日本への招聘成功」という意外な成功をもたらした事で
小説が閉じられます。
ま・・・確かに・・・「人としての倫理観はどうなのか・・・」とか
「詐欺師がこういう成功体験を勝ち取り、やがては・・・更に実業家としてのステップを重ねていく事の妥当性」は
いかがなものかという問題があるのは分かりますけど
この小説は、そんなつまらん倫理観が問題なのではない・・・
あくまで・・・三田村のヴァイタリティーと
「愛する女性」への意地が意外な成功すらも生み出すという、「人生の意外さ・皮肉さ」をきちんと描き切れている事の方が
私は素晴らしいと思います。

余談ですけど、みゆきも意外と人が悪い面があったりして・・・
結構な序盤から「三田村=ペテン師」という事はとうに御見通しなのに、ある意味わざと三田村を泳がし、
兄が三田村に出資したお金を
みゆき自身が「お小遣い」的に使ってしまったり、
みゆき自身が・・・三田村に
「兄からお金をせしめようと思うのなら、少額ずつチビチビといのはダメ・・・大金を巻き上げるのならば
一気に一度に巻き上げないとダメ」とかアドバイス(?)をしてしまうのも・・・・
うーーん、みゆき自身・・・「悪女」としての素描があるのかな・・・?
あと・・・そうですね・・・三田村自身が招聘のスポンサーとして大手新聞社に声を掛ける場面があるのですけど、
どの新聞社も・・・
当時はまだアメリカの占領下に置かれた日本という感覚が強いせいか、ソ連からの音楽家招聘は
二の足を踏んでしまう中、
右系と目された新聞社だけがそれに応じてしまうというのは・・・
何か面白い話ではありました。
冒頭でも書いた通り、この小説は、ショスタコーヴィッチが「スターリン逝去」に際して交響曲第10番を作曲した頃と
時代背景は重なると書いたのですけど
「黒い蝶」の中でも、スターリンの後継者のマレンコフ首相の辞任とか鳩山首相の就任とか
当時のソ連と日本の政治状況も色々と出てきます。
その辺りは・・・現代の視線で読むと中々理解が難しいのかもしれませんけど、
とにかく・・・・こうした当時の歴史を踏まえた上で、この小説を読むのも決して悪いものではないと
思います。

あ・・・なんか私がこうした「小説」をネタにするのも珍しかったですね・・・・(苦笑・・・)
中沢けいの「楽隊のうさぎ」と小川洋子の「密やかな結晶」以来かな・・・
ま、たまには・・こうした話も悪くは無いのかも・・・??
最近の安保法制とか過日の自民党若手代議士の勉強会によるマスコミ懲罰発言とかを巡る
テレビのニュース番組においては、
このニュースになるとBGMとして何度か掛っていた曲がありました。

それが・・・ショスタコーヴィッチの交響曲第10番第二楽章でした。

この交響曲の第二楽章は、20世紀を代表する独裁者としても有名な当時のソ連邦のスターリンを揶揄する
「肖像画」みたいなものである・・というのは、既にショスタコ自身の評伝とかその「証言録」を
見てみると、定説化しているし、
ま・・・それは間違いではないのでしょう。
要は、この楽章は・・・
人民・国民の意向を無視して権力者が突っ走ってしまう事を象徴しているのかもしれませんよね。

ま・・・この第二楽章は大変荒っぽいというのか、いかにも「粗野」という言葉がしっくりきそうな曲でもあります。

正直、今の私には、この安倍政権の安保法制に関する議論の進め方が的を得ているのかどうかとか
その中身については、
今この場で論評するのは避けたいとは思うのですが、
とにかく・・・
「いつか来た道・・・」に戻らない事を心より祈るだけです・・
だけど、確かにその強引な進め方は・・・・
ニュース番組の制作者が、BGMとしてこのショスタコーヴィイッチの交響曲第10番第二楽章をついつい使用して
しまいたくなる気持ちも何となく分かるような気もしますね・・・


ショスタコーヴィッチの交響曲第10番は、正直長いし陰気だし、
決して「楽しく人をハッピーにさせる曲」では間違っても無いと思います。
とにかく・・・重苦しくて閉塞感が漂う曲です。

だけど、私はこの交響曲、昔から大好きなんですよね・・・

ショスタコーヴィッチは、第二次世界大戦終結後に作曲された交響曲第9番が、世間や
当時のソ連の指導者スターリンが求めた「戦争に勝利した歓喜の交響曲を作るべき」という期待を見事に
裏切り、比較的軽いノリのシンフォニーを作った為、スターリンやソ連の音楽官僚達の逆鱗に触れてしまいます。
(私自身は、この交響曲第9番は、大好きな曲です。全体を通して、おもちゃ箱をひっくり返した
 ような聴き所満載の曲です。特にファゴットの悲壮なソロから一転して、「なーーんちゃって」
 とアッカンベーするような第五楽章への転換部分は、本当にたまらんです・・・)

その結果なのかどうかは分かりませんが、ショスタコーヴィッチ自身は、1953年にスターリンが死亡するまで
約8年間、交響曲作曲の筆を一時断絶し、スターリンが死亡したと同時に、この謎めいた交響曲第10番を
発表するのです。
(ちなみに・・・スターリンが亡くなった日に同時に・・あのプロコフィエフも逝去しています・・これは結構すごい偶然かも・・)

でもこの交響曲明らかにバランスが悪い・・・

というか、重苦しくて陰鬱な第一楽章が長過ぎるからそう感じるのかもしれません。
第一楽章だけを聴いてしまうと・・とにかく何の「救い」も見えてこないし、生きている事自体が本当に嫌になってしまいそうな
重苦しい楽章です・・・
そして、冒頭で既にふれていますが、第一楽章とは対照的に明らかに短すぎる第二楽章・・
(第一楽章が25分くらいなのに、第二楽章は3分半程度・・・そして第二楽章は凄まじいスピード感で
駆け抜けていきますので、すぐ終わってしまう・・・という印象が大変強いです。)
前述の通り、作曲者自身の言葉では、この楽章は「スターリンの肖像」と記されていますが、
暴力的で粗暴な曲の雰囲気は、確かにそうなのかもしれません。
そして、第三楽章は、一番謎めいています。
何となく、脱力めいた部分もあります。
曲が盛り上がってくると、ホルンのファンファーレみたいなメロディーの断片が
それを遮るという感じがします。
専門的な話になってしまうのでここではあまり深く掘り下げませんが、
そのメロディーラインの遮りこそが、実は「DSCH音型」という大変やっかいなものなのです。
ショスタコーヴィッチ自身のドイツ式の綴りのイニシャルから取った「DSCH音型」という四つの音型パターンが
この交響曲の至る所で登場し、
この「DSCH音型」が登場しない第二楽章は、スターリンの独断場を示唆し、
その音型が頻繁に登場してくる第三・第四楽章で
「スターリンが死んでやっと自分は解放された・・・これからは・・・スターリンの目を気にする事なく
自分が作りたい曲を作曲しまくるぞ!! もう誰にも文句は言わせない・・・
自分がやりたいようにやる!!」みたいなメッセージを提示しているようにも・・私には思えてなりません・・・

自分が作曲した曲の中で、一番の自分の敵=スターリンと、自分自身を登場させるなんて・・・
やっぱり・・・ショスタコーヴィッチの「自己顕示欲」は意外と強かったのかもしれませんし、
同時に・・・時の権力者=スターリンが生きている間は、粛清・誠司収容所送りが怖いから何も言えず
ただ時の経過をひたすら待ち・・・
そしてスターリンが死んでしまったら・・・
これまでの鬱憤を晴らすように、
交響曲の中に、スターリンは登場させるわ、自分自身も登場させるわ・・・とにかく・・・
権力者の死によって、やっと「一つの自由」を得たのでしょうね・・・

第四楽章がこれまた面白い。

冒頭はとにかく哀しいです・・・
オーボエの哀しさ溢れるソロから開始され、
その哀しい雰囲気は、クラリネット・フルート・ファゴットに受け継がれていき、
とにかく・・不安・寂寥感・孤独・哀愁みたいな雰囲気が前半は全開です。
だけど・・・・
クラリネットのソロ以降のアレグロの展開部では、幸福感すらも感じさせる曲の雰囲気になってしまいます。
それにしてもこの楽章のラスト10小節前辺りのティンパニーのソロは格好いいですね。
あのソロをかっちりと決める事が出来れば・・・・
その時、私は命を落としても構わないと思った・・・
(by 「響け! ユーフォニアム」第八話の久美子のセリフ・・)

でも全体を眺めてみると、第一楽章の重苦しさが曲全体のイメージを支配している傾向が強く、
第四楽章後半のアレグロだけでは、何の解決にもならないという
印象は残ってしまいます・・・
(これは、生で聴いてもほぼ同じような印象でした)

結局、この曲でショスタコは何を言いたかったのでしょう?

本来「人間の死」というものは、悲しいもののはず・・・
だけど、この国(旧、ソ連)では、時の指導者スターリンが死なない限り
国民全体の開放感や幸福は訪れない・・・
そうした矛盾を皮肉を込めて作曲したのかもしれません。
だけど・・・ショスタコーヴイッチ自身も、交響曲のジャンル一つとっても、様々な矛盾を内在しています。
例えば・・・交響曲第11番「1905年」とか交響曲第12番「1917年」なんかは・・
明らかに時の音楽官僚等に対するごますり・ご機嫌取りみたいな御用作曲家みたいな側面を
見せながらも、自作以降の
交響曲第13番「バービィ=ヤール」などのように反体制家と評されても仕方がない曲も残しているし・・・
うーーん、やっぱり人は色々と生きる上では・・
内在した矛盾を抱え込んでいるのかもしれませんよね・・・

だけど、人間自体が、その感情が一定しないというか、その時の心情によって自身の考えも色々と変容し、
ある時は「スターリンや国を発揚させる曲を書いてみよう。自分も国家の一員として
貢献したい」という気持ちもあったかもしれませんし、逆に「スターリンのタコ!!少しは
自分にも自由に作曲できる場を与えて欲しい。てめーなんか死んでしまえ」と思う場面も
あったのかもしれません。

この交響曲第10番は、「雪解け」という小説にも登場するそうです。
この曲をラジオで聴いた小説の主人公が、
「数字だ・・・無限の数字だ」とつぶやくシーンがあるそうですが、
この曲のどこに数字を感じる所があるのでしょうかね・・・

やはり人によって感じ方は様々なのですね。

今にして思うと、信じられないのですけど、
私がショスタコーヴイッチの曲を聴いたのは、実はあのあまりにも有名な交響曲第5番「革命」ではなくて
交響曲第10番だ・・というのも何か・・・自分らしい感じもします。
しかも、それは管弦楽としてではなくて、吹奏楽アレンジ版という変化球で聴いています。

それが何かと言うと、1981年の山形県で開催された全日本吹奏楽コンクール・東北大会の
高校B部門の秋田西高校の素晴らしい演奏だったのです。
考えてみると、この演奏をきっかけに、
「あれ、ショスタコってどういう作曲家で他にどんな作品を残したのだろう・・・
「何か交響曲第五番がやたら有名みたいだけど、どんな曲なのかな・・」
「丁度スターリン体制化のソ連時代と生涯が被っているけど、どんな背景がこの曲にあったのかな・・」などと
ショスタコについていろいろ興味を持つようになり、
私がショスタコにはまる大きなきっかけを作ってくれたようにも思えてなりません。

その意味では、この秋田西高校の演奏と指揮者の佐藤滋先生には、「感謝」の言葉しか
ありません・・・
本当にありがとうございました・・・!!

最後に・・・改めてこのショスタコーヴィッチの交響曲第10番ですけど、
「恨みつらみ」も含めて、副題に「スターリンと私」 みたいな感じが似合いそうな曲だと思います。
でもな・・・やっぱりこの曲は何度聴いても圧倒的にバランスが悪い・・・ 、悪すぎる・・
悲劇的な感じの第一・第三楽章、に対して第四楽章は、前半がそれまでの悲劇的雰囲気を継承し、
幾分幸福感が見えてくるのは、中盤以降のアレグロ展開のみ・・・
うーーん、暗い感じが圧倒的に長くて「救い」的な部分があまりにも短か過ぎるのですよね・・・
第四楽章の後半のアレグロが何となく・・・・「祝典序曲」のあの健康的な明るさすらも感じてしまうのですけど
そこに至る経緯がとてつもなく唐突・・・という印象がある事が
やはりこの交響曲自体を何か「とっつきにくいもの」にさせているのかもしれませんよね。
 
ま・・・この「哀愁のアダージョ」をこの吹奏楽カテゴリに入れるのも、どうかな・・とも思うのですけど
文字通り「哀愁」溢れるこのメロディーを最初に聴いたというのか、
演奏したのが「吹奏楽ヴァージョン」だったため、一応このカテゴリに入れておきます。

でもこの「哀愁のアダージョ」ですけど、一度聴いたら何か忘れられそうもない哀しくてせつないメロディーですよね・・
曲自体3分にも満たない曲ですし、終始ゆったりとした感じで、曲の中で盛り上がる部分とかクライマックスみたいな
頂点は特に無い曲だとも思うのですけど、
とにかく・・・あのメロディーラインは一度聴くと、何かずっと耳に残ってしまうような感じで
私は好きな曲です。

この「哀愁のアダージョ」は、スペインの作曲家、ミカエル・ヴァケスが作曲したクラシック曲をポピュラー化し、
1969年にレーモン・ルフェーヴルが演奏したバージョンがヒットし、
世に広まる事になりました。
レーモン・ルフェーヴルというと・・・
そうですね・・・
自分のイメージとしては、ポール・モーリアほど必ずしもポピュラーではないかもしれないけど
やはり「イージーリスニング」の大御所という感じもしますし、
ポール・モーリアの「これぞ一曲」というのか、「オリーブの首飾り」・「エーゲ海の真珠」とすると、
レーモン・ルフェーヴと言うと、やっぱりこの「哀愁のアダージョ」という事になるのかな・・・?

この曲は・・・北欧の晩秋を思わせるマイナーのメロディーがとっても印象的です。
ルフェーブルは、原曲のクラシカルのメロディー・ラインをヴァイオリンとチェロのアンサンブルで奏で
スロー・ロックのビートを強調して現代風な味つけをしていますけど、
何か・・・とてつもなくはかない「哀しさ」がとにかく・・・全編に満ちています。

私自身、実はこの「哀愁のアダージョ」は高校2年の定期演奏会のポピュラーステージで吹いたことがあります。
だけど、当時は・・・
何と、レーモン・ルフェーヴの事も全く知らない状態で演奏したものですけど、
やはり吹いているだけで
何か知らないけど、やたら「泣けてきそうなメロディーライン」が大変印象的でしたし、
何か妙に感情移入されてしまいそうな本当に不思議な曲でした。
レーモン・ルフェーヴのイージーリスニング版では、終始ゆったりとした雰囲気が保たれ、
静かに始まり静かに閉じられるという印象がありますが、
自分の高校の定期演奏会の吹奏楽アレンジヴァージョンですけど、
確か・・自分の記憶では、普通の市販の楽譜(ミュージックエイトだったかな・・・?)を使用していたと思いますが、
やはり・・・普通の演奏では終わらせない所が、自分達の凄いところ・・・(??)
前半は、レーモン・ルフェーヴの曲の通り、しっとりとした雰囲気で哀しみの感情をキープしたのですけど、
後半は・・・
なぜか・・・突然ヒートアップ・・・!!
テンポを急速展開し、ノリノリなまるでロックみたいな雰囲気で鳴らしまくり、
そしてラストは・・・・
なぜか・・・
2分近い「ドラムソロ」を加え、
このドラムソロが開始されると同時に会場の照明を全て消し去り、真っ暗な状態にし、
ドラムセットの前のストロボによるフラッシュによってそのドラムス奏者が一人浮き彫りになる演出を
加えていました・・・

ちなみに、この年の定期演奏会のポピュラーステージのラストの曲がこの「哀愁のアダージョ」だったのですけど、
多分・・・会場内の聴衆もド肝を抜かれていたと思います。
前半の静けさ、後半のヒートアップ、そして・・・何か知らないけど突然ドラムソロが開始され、
それが延々と2分近くも続く・・・・
実は・・・
これは結果論になってしまうのですけど、その2分近いソロを担当された3年生の打楽器奏者は、その後
都内の音大に進学し打楽器専攻をされ、
現在では・・・
とある某高校の吹奏楽部の指揮者にもなっている方なのですけど、
当時から、ティンパニー・スネアドラムは勿論の事、本当にパーカッションの生き字引とも揶揄されるほど
打楽器のテクニックが群を抜いていて、
当人から・・・・
「この哀愁のアダージョのラストで、自分がソロ部分を作り上げ自分で叩くから、是非是非1分半ほど
オレに時間をくれ・・・!!」と懇願され、
指揮者もその熱意についつい折れてしまった・・・と後で知る事になりました・・・

モーツアルトの「ピアノ協奏曲」等でよく「カデンツァ」といって、
協奏曲が演奏されている途中で、管弦楽を何も入れないでピアノ独奏者が自分がその場で考え付いたメロディーを
アドリブ的に奏でる事がありましたけど、
自分達の高校の「哀愁のアダージョ」のあのドラムスソロは・・・・
まさにドラムスによる吹奏楽版カデンツァという感じでした・・・・

だけど、あの時・・・・真っ暗なステージの中で・・・
私は・・とにかくそのドラムスの先輩の神がかり的なソロというか、まるで「鬼神」みたいな
必死の形相&魂が揺さぶられるドラムスのその叩きっぷりに・・・
本当に感動しまくりでした・・・
というか・・・
多分あの時の全奏者も大半の聴衆は・・・
「なんだこりゃ・・・」と感じながらも、その鬼気迫る雰囲気に飲まれていたと思います・・・
とにかく凄まじいライヴの雰囲気でした・・・
確か・・リハーサルでは、このドラムスソロは1分半程度だったと思いますけど、後で録音を聴いてみると、
この部分だけで2分半程度も一人で・・・
ドラムスを叩ききっていました・・・・

そして再度ステージ上にライトが付いて、再度全体による合奏が始まった瞬間に、
感極まった一部の聴衆から怒涛の拍手が始まってしまい、
この「哀愁のアダージョ」が終わるまでずーーっと拍手が続き、演奏終了後も・・・・
とにかく・・・拍手と口笛は鳴り止まなかったですね・・・・

私も10年間の吹奏楽時代で色々な曲を吹き、吹奏楽コンクールやコンサート・チャリティーコンサート・
他校との合同演奏会、色々な場で演奏する機会はありましたけど、
演奏終了後の盛り上がり&歓声&異常な雰囲気という意味では、
やっぱり・・・この「哀愁のアダージョ」が一番でしたね・・・・

最近の記事、特に「響け! ユーフォニアム」ではコンクールにばかりこだわった記事を書くことが多かったのですけど
やはり・・・・
音楽の原点というのは、むしろこういう事ではないのかな・・・とふと思ったりもしたものです。
世間では・・・・7/18~7/20は「三連休」となっていますが、
毎回毎回書いている事ですけど、世間が土日を挟んで三連休の間は、私は毎回毎回仕事で出勤・・・
7/18も普段はあまり混んでいない道路も行楽関係の車が多いせいでどこも渋滞ばかり・・・
とあるクレーム対応のため、指定された時間に間に合うかどうかギリギリのタイミング・・・
だけど遅れずに間に合ったとしても、クレームでギャーギャー怒られるだけ・・・・
うーーん、遅刻しても地獄、間にあっても地獄・・・
ま、世の中そんなものですね・・・(苦笑・・)


そうですね・・・・
この埼玉銘菓「十万石まんじゅう」の「うまい、うますぎる・・・」のネタは・・・
本当にこの「浦和の調ちゃん」ネタとしてこのブログでも
しつこいほど多用していましたね・・・・(苦笑・・)

ま・・・それだけ、埼玉県には、「これぞ埼玉!!」という全国的知名度がある名産品が少ないという事で・・・
ま・・・、その大目に見て頂けるとありがたいです・・・

例えば・・・

秋田県ならば、はたはた・きりたんぽ鍋

宮城県ならば、萩の月・牛タン・ずんだ餅・ほや貝

静岡県ならば、お茶・みかん・うなぎパイ

愛知県ならば、ういろう・ひつまぶし・味噌カツ

広島県ならば、広島風お好み焼き・もみじ饅頭・牡蠣

などのように、この県ならばこの特産品・名物というようなものが一つぐらいは思い浮かぶのだと
思うのですけど、
埼玉は・・・うーーん、何も無い・・・(苦笑・・・)
ま、せいぜい・・・狭山茶と草加煎餅くらいなのかな・・・
だけど、お茶は静岡には足元にも及ばないし、煎餅は・・・うーーん、正直どこにいってもあるし・・・
やっぱり埼玉県は・・・
日本の首都・東京の隣の県=東京都のベッドタウンとしての魅力が一番大きいのかな・・

そんな中・・・数少ない「これぞ埼玉!!」というのが「十万石まんじゅう」なのかな・・・・??

だって・・・この「浦和の調ちゃん」でも真っ先に埼玉ローカルネタとして登場したのが、これでしたけど、
正直・・・・
他には・・・・
なーーんにも無い・・・というのが埼玉県ですからね・・・・

ま、その「なーーんにも無い」とか「無国籍・無県民性」というのが埼玉県の一つのステイタスなのかも・・・・






この「うまい、うますぎる・・」ネタは第三話で使用されていましたけど、

実は・・・

このブログでも既に書いている通り「浦和の調ちゃん」は、既に再放送もスタートしています。
先日、その再放送の第一話を何気なく見ていたのですけど、
本編とEDの歌が終わって、CMに入ったのですけど、
そのCMが・・・・
例の・・・
尺八がホワーーーーッと入ってきて「風が語りかけます・・」と例の十万石まんじゅうのナレーションが入ってきたので
「あれれ、第一話の再放送から既に十万石まんじゅうがCMとして流れてくるのか・・・」と苦笑していたら
なんとこれが・・・・
十万石まんじゅうのCMではなくて、
「早い、早すぎる・・・・テレビ埼玉の高校野球速報・・・」というナレーションが流れてきて、
何か・・・・
思いっきり全身から力が抜けてしまいました・・・・(苦笑・・・・)

うーーん、テレビ埼玉(テレ玉)もなかなかやるものですね・・・・(苦笑・・・)

まさか・・まさか・・・、埼玉県民ならば多分・・・・30%程度の認知度はあると
思われるあの十万石まんじゅうのパロディーをやってくれるとは・・・
いやいや、テレ玉も中々お茶目な所もあるんだな・・・と何か妙に改めて感心したものです・・・・


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ま・・・・この「浦和の調ちゃん」第一話は、
調ちゃん(うさぎちゃん)の調神社(つきのみや神社=通称・うさぎ神社)への参拝シーンと
登校シーンだけで終わるというもので、
内容は・・・・まさに何も無い・・・
だけどこの「何も無い」・「何も起きない」という「ゆるさ」こそがこのショートアニメの良いところでもありましたし、
本当に、ほのぼのとした感じとか
「日常の小さな幸せを大切にしましょう」みたいな制作者サイドのメッセージも伝わってきて
改めて・・・・
「ああ、素敵な作品だな・・・」と思ったりもしましたけどね・・・・

うーーん、改めて第一話を見てしまうと、常盤・南・緑もいいけど、高砂調は、本当に可愛くて
素敵な魅力に溢れていましたね!!

そんな調ちゃんも何も無い埼玉も・・・私は大好きなんでしょうね・・・・(笑)
先日の記事で、ハピネスのグッズというか、在庫整理の叩き売り商品の紹介はこれでおしまい・・・
みたいに書いてしまいましたけど、
実は・・・いまだに、とあるディスカウント店では、まだほんの少しだけ叩き売り商品が残っていましたので、
ま・・これも何かのご縁という事で・・・
現役の「Go! プリンセスプリキュア」が大変盛り上がりを見せている中、
本当に・・・「何を今更・・」みたいな空気&反応があるのは百も承知の上、
大の「ラブリー好き」な私が・・・正真正銘最後の「ハピネスチャージ」の関連グッズの記事を
書きたいと思います。

あ・・・・本当にこれで最期ですからね・・・(苦笑・・・)

ま・・、だけどこの手のガムとかキャンデーというのは、お菓子そのものよりも・・・
どちらかと言うと、おまけのカードとかシールの方がお目当てなんでしょうね・・・・
まったく・・・いい年こいて、プリキュアのカード収集に今更目覚めるなんて・・・・(苦笑・・・)
そういえば・・・・
私・・・子供の頃は・・・カルビーの「プロ野球選手カード付ポテトチップ」のロッテ(当時は・・・マリーンズではなくてオリオンズ・・・)の
選手のカードを集めていた時期があったな・・・
当時の・・有藤・庄司・リー兄弟・アルトマンのカードなんか・・・
今一体どこにあるのだろう・・・・とっくに捨てられているのかな・・・・??





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以前、「ハピネスチャージプリキュア」キャンデーの記事を書いた際、キャンディを包む袋のデザインは
二種類しかなかった・・と書いたのですけど
改めて別の売れ残り商品を買ってみると・・・・
ちゃんと三種類ありました。
そうですね・・・味が、りんご・れもん・グレープの三種類なのだから、小分け袋も三種類無いと
おかしいですよね・・・

でも・・・こういうキャンデーですけど、
夏場は意外と重宝しています・・・
夏場に現場とか顧客廻りをしていると、やっぱりどうしても汗ぐっしょりになりがちですけど
こうした飴の糖分と塩分は、ミネラル等の補給には結構効果があるみたいですね。
ま・・だけど・・・
社有車のドリンクホルダーに、ラブリーがデザインされたキャンディーの小袋がてんこ盛りになっているのも・・
ま・・・どうだが・・とついつい思ってしまうのですけどね・・・・(苦笑・・・)



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おまけのシールは果たして誰が入っているのかな・・・??


おおーーーっ!! ラブリーとハニーでした・・・!!

これは嬉しいですね!! ハピネスで一番好きな組合せがピンク×黄色でしたので、
これは・・・
最後の最後で、神様からの「プレゼント」なのかな・・・??

もっとも・・・・その神とは・・・「ブルー」では断じてありませんけど・・・・(苦笑・・・)



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えーーい、こうなったら、ついでだ・・・!!

先日の記事でおまけのカードは「ブルー」だったという事を書きましたけど、あれは「エンスカイ」の最後の在庫・・

今回は・・・ついに・・・トップ製菓のカードガムも・・・一個19円まで値が下がったせいもありましたけど、
やっとこれにてこのお店では間もなく在庫がゼロになりそうです・・・
「引導を渡す・・・」(??)意味で、そのトップ製菓の残り少ないカードガムを一つ最後に・・・買ってみましたけど、
果たして・・・
誰のカードが入っているのかな・・・??
もしも・・・またまたブルーだったら・・・こっちのテンションもだだ下がりで、文字通り、気持ちはブルーになりそうです・・・(苦笑)

結果は・・・・

1.ハニー×プリンセス

2.ハピネスのOP映像にも登場していた4人での制服モード

でした・・・

考えてみると・・・ハピネスでは、蒼×黄色のカードはあんまりなかったから、これはこれで大満足です!!
改めて見てると・・・
ハピネスのこのポンコツちゃんも中々魅力的な子でした・・・(色々な意味で・・・苦笑・・)

でも・・・私は・・・やっぱり・・・「ハピネスチャージプリキュア」と言えば、やっぱりラブリーなんですよね!!

こうやって・・・商品としてのハピネスは終わるのかもしれませんけど、
(ま・・・今後・・・S.Hフィギュアでのラブリーも見られると・・・・私、信じている・・・)
ラブリーは・・・・
永遠に不滅です!!
先日なのですけど・・・・






さいたま市見沼区のスーパー・マルエツでお昼ご飯を買っていたら、掲示板に
「ストップ! 寝たばこ!!」というたばこ火災防止キャンペーンの消防庁のポスターが貼られていたのですけど
これってよく見てみると・・・・
登場キャラは・・・「めぞん一刻」のヒロイン、音無響子さんではありませんか・・・!!

わーーー、なんかなつかしい・・・!!

「めぞん一刻」なんて言っても多分・・・・最近の若い世代の皆様にはピンとこないのかもしれませんけど、
1980年代にサンデーとかスピリッツを読んでいた人にとっては・・・・
「うる星やつら」と共に大変強い「郷愁」を感じる漫画作品の一つなのかもしれませんよね・・・・

このポスターで登場している場面は・・・・

確か原作漫画の中盤回あたりだったかな・・・・
帰省する五代裕作が慌ててアパートを出る際に、うっかり室内のトースターの電源を落とすのを忘れてしまい、
慌てて公衆電話から管理人の響子さん電話を掛けて
トースターを切るように依頼したものの、トースターを切るためには裕作の部屋に入る必要があり、
その際の室内の散らかった様子が・・・・
あのポスターなのです・・・

うーーん、何か時代を反映していますね・・・

だって・・・・今時・・・スイッチを下に下げるタイプのトースター何か使う人っているのかな・・・・
ま・・・今は・・・オーブンレンジとか電子レンジがトースターの役割を担っていますからね・・・
それと・・・・
この時代(1980年代・・)は・・・現在のように、携帯もメールもラインも何も無い時代なのですよね・・・
あのポスターの場面では、裕作は公衆電話から連絡を取っていますが、
現在ならば・・・・
LINEを使う・・っていう感じなのかな・・・
ま・・・確かに・・・あの時代は・・・
まさか数年後に、各人が携帯電話を持ち、別に自宅にいなくても通話が出来る時代が来るなんて・・・・
予想もしていなかったですよね・・・(苦笑・・)

そうなんですよね・・・・

あの時代、というか・・・1990年代中盤の頃までは・・・・
女の子に連絡する事自体・・・結構面倒だったですね・・・・
ま・・・その女の子がアパート等で一人暮らしをしていれば全然問題ないのですけど、
実家に同居となると・・・・
吹奏楽団の連絡とかなら、ま・・・いいのだけど・・・
「あ・・・この娘・・・チャーミングで性格もいいし、素敵だな・・今度・・・思い切って声を掛けようかな・・・」と思っても・・・
その娘の自宅の電話番号を知る事がまず難しい・・・
ま・・・百歩譲ってなんとか電話番号を知ったとしても・・・・
その自宅に℡しても・・・その娘が確実に電話に出るという保証は一切無い・・・・
万一・・・・親父が出た場合は・・・・一体どう話せばいいのだろう・・・という感じで、
とにかく・・「一山も二山もある・・・」という感じでしたね・・・・
ま・・・今の感覚ならば・・・・その娘に直接電話とかメールすれば簡単なんですけどね・・・(苦笑・・・・)

ま・・・その位・・・・昭和の頃というか・・・・1990年代中盤までの男女のやり取りは・・・・
面倒極まりないものですぞ・・・!!
(by ハピネスチャージプリキュアのナマケルダ・・・・)




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この「めぞん一刻」なのですけど・・・・

この漫画を一言・・・ほんの一言で表現すると・・・

「奥ゆかしい微妙な世界・・・」という事になるのかな・・・・

うーーん、こうした微妙な世界と言うのは・・・・最近の10代辺りの若い世代には分からないかもしれませんよね・・・

コミュニケーションツールが現代のように、メール・直接通話の携帯・LINEではなくて、
固定電話か直接の対話しか無い時代背景と言うのが・・・・
何か・・・ミソになっている感じはありますよね・・・

つまり・・・

この物語は・・・・ある意味・・・現代のようなコミュニケーションツールが無い時代の男女の誤解とすれ違い・・・
そして・・・そこから生ずる「妄想」の世界なんですよね・・・
この物語の舞台となっているぼろアパート「一刻館」においては・・・
貧乏学生の裕作の部屋には固定電話すらない・・・
アパートの共有廊下にピンク色の公衆電話が設置されてはいるのですけど・・・
(少し解説しておくと・・・公衆電話そのものにも電話番号があり、外部の人がその公衆電話に直接電話を
掛ける事は・・・実は・・全然可能なのです・・・
だけど・・・公衆電話ゆえに誰が電話を取るかは・・・分からない・・・)
裕作と、そのガールフレンドのこずえと響子の三角関係において、
こずえから裕作あてにかかってくる電話を・・・トラブルを楽しむ悪癖を持つ四谷さんや一ノ瀬さんなどの住人が
取り継ぐなど、携帯電話が広く普及した現在ではまず考えられないシチュエーションから生ずる数々のすれ違いと誤解
というのが・・・この物語を語る上では外すことが出来ないファクターとなっています・・・

ま・・・とにかく・・・今現在では・・・「ありえない光景」のオンパレードなのですけどね・・・

それと・・・もう一つ特筆すべきことは・・・
この時代は・・・まだ・・・一応は・・・・こうした共同住宅でも、「他人のプライバシー」何かしったこっちゃない
住民同士の「交流」がまだ許された時代でもあったのですよね・・・・
ま・・・現在だったら・・・
マジで・・・隣の住民の職業はおろか、名前すら・・果てには性別すら分からないで住んでいる…という事も
決して・・・
珍しくは無いと思いますけどね。

この作品は・・・断然、原作の漫画の方が素晴らしい!!
一応・・・アニメ化されましたけど・・・・あれは・・・私としては・・・完璧な失敗作と思っています・・・
ま・・理由は色々とあるのですけど、最大のミスは・・・・
同じ原作者という事で当時アニメ化では大成功を果たした「うる星やつら」の世界観を
そのまんま「めぞん・・」の奥ゆかしい微妙な世界に同化&持ち込みわしてしまった事にあるのかな・・・・??

考えてみると・・・・

響子さんの亡くなったご主人さんは・・・響子さんの通う女子高の教師であり、
あれは・・・元々「禁断の愛」だったのですね・・・
響子さんと裕作は・・・年は幾つぐらい離れていたっけ・・?? 響子さんの方が四つくらい上だったかな・・・
でも・・・・この漫画・・・・
最後は「ハッピーエンディング」で終って、ホント・・・よかったですね・・・・
めぞんの原作の最終回を迎えた頃、私は大学4年の春で、
「やばい・・・そろそろ就職活動の時期だ・・・だけど・・・同時に最後の吹奏楽コンクールの年だ・・」という大変微妙な頃でも
あったのですけど、
そうした頃のあのハッピーな最終回でしたので、余計・・・なんか印象的でしたね・・・
最終回で誕生した響子さんと裕作の子供の名前は・・・
そうそう・・・「春香」でしたね・・・・
(何かこの名前は・・Go! プリンセスプリキュアの主人公の名前を思い浮かべてしまいますね・・)
この春香も・・・そのまんま成長していたら・・・多分今年・・・29歳くらいかな・・・・
響子さんに至っては・・・・多分・・・60歳を越しているはず・・・・
うーーん・・・「時の流れ」は・・・何だか早いものですね・・・・(苦笑・・・・)
久しぶりに、クラシック音楽カテゴリの記事を書いてみたいと思います。
といっても、最近のこのブログの「クラシック音楽カテゴリ」は、
ハチャトゥーリアンの交響曲第2番「鐘」だのアーノルドの交響曲だのハンソンの交響曲第2番「ロマンティック」だの
マーラー/交響曲第7番「夜の歌」だのと・・・
とにかく・・・マイナーな曲ばかり書いているような気もするので・・・(苦笑・・・)
たまには・・・
ウルトラメジャーな曲の事も少しばかり・・・・書いてみたいと思います。

ラフマニノフの曲を聴くと・・・・これって色々な人が言っている通りだと思うのですけど、
どうしても・・・・「郷愁」とか「メランコラリック」という言葉が思い浮かんでしまいますね・・・・

でも、ラフマニノフは1900年代の中盤まで生きていた方なのに、その作風は恐ろしいまでに
「革新性」は全く無く、とても同年代にストラヴィンスキーとかプロコフィエフとかラヴェルとか
ウェーベルンがいたとは本当に信じられないです。
きっと「伝統」とか「自分のスタイル」をきっちりと生涯守り続け、頑なまでに自分のカラーというか
信念を曲げずに生きていた方なのでしょう。
この方は・・・・活動時期が20世紀中盤という事を考慮すると・・・・やはり、とにかく「超・超・超保守派」という印象が
大変強いですね。
ラフマニノフのモスクワ音楽院時代の一つ先輩に、スクリャービンという大変革新性に溢れた作曲家が
いたことを考えると、まさに・・・「同年代なか゜らもあまにりも方向性の対照性」というものを
極端すぎるほどほど感じてしまいますね。
余談ですけど、スクリャービンは「ピアノ協奏曲」という古典的なジャンルに対しても様々な実験的な切り込みを
図ろうとしたこともあり、
例えば・・ま・・、結局実現はしませんでしたけど、
音楽に「色彩」を持ち込もうとする意図から、ピアノの特定の鍵盤を押すと、舞台照明が特定の色を出したり
またまた・・・特定の鍵盤を押すとある特定の「香り」が漂ってきたりと・・・・
ま・・その「発想」は極めて大胆なのですけど、同時にとてつもない「自由さ」も感じてしまいます。
それと対比するとラフマニノフは・・・・
後で述べますけど自作の「ピアノ協奏曲第2番」のあの世界観を、「自分自身の生涯のスタイル」として確立し、
死ぬまで頑なに守り通した・・・・というのはある意味凄い・・と思います。
本当に・・・この人は・・・・生涯全くぶれなかった・・・・
そして・・・「ソ連亡命→アメリカでの慣れない生活」という道を選択しながらも、音楽の上では、
亡命以降も全くそのスタイルを変えなかったのは、とにかく・・・
悪く言うと・・・頑固・・・良く言うと・・・ぶれないお人・・・という印象が大変強いですね。
「亡命」という言葉は、ラフマニノフを語る上で一つのキーワードになるのかな・・・
プロコフィエフは一時的にソ連を離れて自由なヨーロッパの空気を吸った事で、当初のスキタイ組曲の
ような過激な路線から「適度な洗練」とも言える路線変更と言う「お土産」を貰ったような感じもしなくはないのですが、
ラフマニノフは、亡命以前も以降も作風的にはほとんど進化はしませんでした。
出世作のピアノ協奏曲第2番で、「自分の進むべき路線はこれしかない」と決意し、
それをアメリカに亡命以降も頑なに貫いた事は・・・むしろ・・・賞賛に値するのかも・・・??

このピアノ協奏曲第2番ですけど、
甘くてせつない第二楽章も素晴らしいし
(特に・・・フルートソロが素晴らしいし、ラスト近くのピアノソロの後のチェロのあのアンサンブルは・・・
まさに・・・この世のものとは思えない美的限界がありますね・・・・いやいやもあの幽玄の世界は・・・すごい・・・)
大太鼓とシンバルが加わり派手な響きが出てくるのだけど、やっばり甘くて切ない第三楽章も
格段にいいのですけど・・・
やはりこの協奏曲は・・・あの出だしが最高だと思います!!

ピアノの和音がどこか遠いところから響きはじめ、それが段々と近づいてきて、やがてアルペッジョになって、
管弦楽が大変息の長いメロディーラインを重厚に謳い上げていく・・・・
あれは・・・まさに・・幽玄で重厚でうす暗く、ほのかな情熱も感じるのだけど、同時に「過去への後悔」みたいな
感情も感じられ、
まさにあの世界は・・・・チャイコフスキーの「ロシア的哀愁」の世界に他なりませんよね・・・
あの第一楽章のあの出だしだけで・・・・
私は、この協奏曲は聴く価値があるのではないか・・・とすら思ってしまいますね・・・・

この曲は、初演当初から、「後ろ向き」・「20世紀の作品なのに内容はチャイコフスキーの時代の19世紀みたいなもの・・」
「前向きな所が無く過度にロマンティック過ぎ」・「前衛さの微塵も無い・・」とか
「甘すぎるし感傷的」とか「多分すぐに忘れ去られてしまう」とか
色々言われはしましたけど、
21世紀に入ってもこれだけ愛され続け、演奏会でも重要なレパートリーになっている事を考えると、
「別に後ろ向きだっていいじゃん!! 要はどれだけ人の心にまっすく゜に何か思いが伝わるかという事だ・・」とも
思ってしまいますね。
別に音楽は「人に何かを伝える」というメッセージ性だけではないと思います。
何か「美しい」とか「甘い」とか「優しい」といった漠然とした形容詞みたいなものを音楽を通して
感覚で伝えてるのも、それはそれで素晴らしい事だと思います。
ま・・・最近、それと全く同じ事をハンソンの交響曲第2番「ロマンティック」でも言いましたけどね・・・・
あれれ・・・こうして考えてみると、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番とハンソンの交響曲第2番の方向性は・・・
ほぼ同じなのかもしれませんよね・・・

ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を語る際、必ず出てくる話が、交響曲第1番なのかな・・・・

ちなみに・・・・全体的に超保守派でその音楽にはほとんど猟奇的趣味が無いラフマニノフですけど
唯一の例外がこの交響曲第1番なのかも・・・
この曲、確かに・・・結構悪趣味・・・
何か聴き方によっては・・・
「蛇が・・・うごめいている・・」みたいな「音のうねり」は結構炸裂していると感じます・・

それにしてもラフマニノフの交響曲第一番は、よく言われる事ですけど
「初演が完膚なきまでに大失敗した曲」としても大変名高いものがありますよね・・・・
ま、この初演の大失敗の主要因は、
初演の指揮を振ったグラズノフというロシアの中堅作曲家の曲に対する無理解と
オケのやる気の無さなのだと思います・・・
(あまりにもやる気がなくて、初演の際は、アルコールが入り過ぎ酔っていた・・・という説すらあります・・)
この初演の大コケと評論家たちの酷評は、
繊細なラフマニノフのメンタルを大いに傷つけてしまい、
結果的に、初演の失敗から数年近く半分ノイローゼ状態に追い込まれてしまい、
ほとんど作曲が出来ない状態が続いたと言われています。
結果的にこのノイローゼ状態を救ったのはダーリ博士による暗示療法と言われていますけど、
実際はどうだったのかな・・・??
本当に暗示だけで「心の闇」が本当に救えるものなのかな・・・??
やはりラフマニノフ自身の「何とかしないと・・・」という強い気持ちの方が勝っていたせいなのかな・・・??
だけどダーリ博士の
「君は素晴らしいピアノ協奏曲を書ける」という暗示の下、世に生み出されたのが
前述の20世紀の不滅の名曲の一つである「ピアノ協奏曲第二番」なのですから、
ま、勿論歴史に「もしも・・・」があってはいけないのですけれど、
もしも交響曲第一番の初演が成功していたらとか
もしもダール博士の暗示療法を受けていなかったら、
もしかしてあの「ピアノ協奏曲第二番」はこの世に生み出されていなかった可能性も
あるかもしれませんよね・・・・

ラフマニノフは・・・・多分ですけど・・・生涯、自身の苦い交響曲第1番の思い出とそれを救ってくれた
ピアノ協奏曲第2番の世界を忘れる事はなかった・・・
いや・・それどころか、それを生涯ずっと貫いた・・・という人なのかもしれませんよね・・・

私は・・・・個人的には、ラフマニノフと言うと、「交響的舞曲」が一番好きなのですけど
やっばり・・・こういうピアノ協奏曲第2番みたいに、かぎりなく・・・甘く切ない曲も・・・時にはいいもんた゜な・・と
感じてしまいますね。

歴代プリキュアにおいては、毎年恒例ともなっているのですけど、
大体20~23話前後辺りに前半の「クライマックス回」を持ってくるのがお約束にもなっているのですけど、
前作/ハピネスチャージの場合は、ひめといおなの和解とキュアフォーチュンの再生というのがそれに該当
していましたが、
今年のGoプリは・・・・やはりというか、予想通りトワイライト様の四番目のプリキュア化という事に
落ち着きましたね・・・
それにしても・・・・あの「誇り高きトワイライト様」が比較的あっさりと・・・闇落ちならぬ光堕ちしてしまい、
本来の姿のトワになってしまうとは・・・・
この辺りの過程はもう少しじっくり展開してくるのかな・・と思っていただけにあっさりとトワイライト様が
ただの「小娘」・・・(泣・・)になってしまい・・・
4月下旬から、何かと言うと「トワイライト様、トワイライト様・・・」とすっかりトワイライト様の猛毒に侵された私の脳は・・・
一体どうすればよろしいのでしょうか・・・??(苦笑・・・)
ま・・もっとも、この回の次の回には、予想通り、トワはキュアスカーレットになってしまい、
つい最近まで、「黒き悪のプリンセス」として君臨してきたあの誇り高きトワイライト様とトワ=スカーレットの
あまりのギャップに・・・・そうですね・・・
正直、私自身があまりついていっていない感じがします・・・・
ま・・・・そのあたりが、世間的な評判とは全然異なる印象になってしまうのですけど、
今作のプリキュアの中盤のクライマックスが何か・・・・今一つしっくりこない・・・・という私自身の感想になっているような
感じもします・・・
そうですね・・・・前作/ハピネスチャージの計5話に渡る、プリンセスとフォーチュンの和解の流れがあまりにも
神的なクオリティーと展開でしたので、
どうしても・・・正直に書くと、私の中では今作/Go! プリンセスの方が全然見劣りがしてなりません・・・・
(ま・・・そのように感じる人は・・・・多分・・限りなく少数派だと思いますけどね・・・・)

ま・・・・それはどうでもいいとして・・・

21話と22話を見た感想を改めて簡単に書いてみると・・・・

第一話冒頭シーンとの鮮やかな対比が印象的です。
第一話においては、はるかが「私・・・プリンセスになれるのかな・・・」と思い悩んでいる時に
「なれるよ・・・」と声を掛けたのはカナタ自身・・・・
そしてカナタの言葉は・・・まさに「希望」の象徴でした。
一方・・・まだ幼くヴァイオリンすらまだ上手く弾けていなかったトワがやはり「私、(グラン)プリンセスになれるのかな・・」と
思い悩んでいる時に声を掛けたのが・・・まさに・・・ディスピアで、
そのディスピアの言葉は・・まさに・・・「絶望」の象徴・・・
そのように、全く「同じ言葉」でも、結果として全く対蹠的な「運命の違い」がその後の二人に襲い掛かる訳なのですけど、
その事は・・・
これは第22話の内容になってしまうのですけど、
カナタが奏でるあの明るいヴァイオリンのメロディーラインと
トワイライトが奏でるあの陰鬱で哀しい響きのヴァイオリンのメロディーラインのあまりの違いなんだけど・・・・
実は・・・
この二つの対照的なメロディーラインは、二つで一つの曲であった・・・
みたいな事を示唆しているような印象もありました。
ま・・・これは・・・・スイートプリキュアの「幸せも不幸も表裏一体の世界であり、二つで一つ・・・」の世界観を
シリーズを超えて、プリキュアとして受け継がれたものなのかもしれませんけどね。

過去のプリキュア作品からの継承という観点から述べると、
第21話と第22話は、過去のシリーズの話とかなりリンクする点はあるのですけど、
それは別に「パクリ」とかそんなものではなくて、むしろ、「継承→発展→新しい発見」みたいな雰囲気があり、
そこにGoプリとしての独自性も色々と感じられ、
大変興味深いものもありました。
そうですね・・・・
これは随分以前から書いていた事なのですけど、
トワイライトがプリキュアになる必然性・動機をよほどうまく描かないと、この物語が崩壊してしまう危険も
孕んでいると危惧していたものですけど、
この辺りについては、
過去のシリーズの「伝統」を継承しながらもGoプリらしい解釈も盛り込み大変面白かったです。
その動機とは何かと言うと・・・・
これは既に第20話でも提示されていた事なのですけど
幼きトワ自身が望んでいた夢・・・・すなわち・・・「グランプリンセス」になる事・・・・
だけどこの「グランプリンセス」というものは、まずは・・・その第一関門として本人がプリキュアとして覚醒しないと
なりたくてもなれるものではない・・・・
だから、そうした意味においては、トワイライトとしての呪縛が解放されたトワがプリキュアとして覚醒してしまうのは
まさに自明・・・・というかストレートな必然性があるのですけど、
それに加えて・・・・
トワの「グランプリンセスになる事」を「贖罪意識」以上にプリキュアとしての覚醒要因にもってきたのは
大変個人的には・・・・興味が魅かれました。

ま・・・・この贖罪=罪滅ぼしというワードは別に特に目新しい事ではありません・・・

歴代プリキュアでこれが最も顕著に表現された事例は・・・そう、言うまでも無くキュアパッションなのですけど、
キュアビートもそうでしょうし、
広い意味で言うと、ハピネスにおける地球の平和を取り戻した後にブルー-レッド兄弟と共に惑星レッドの
復興のために地球を去ったクィーンミラージュもそうなのでしょうし、
キュアプリンセスのフォーチュンに対する謝罪も
そうなのでしょう・・・
ま、何と言っても感銘度という点ではパッションの一連の流れが大変印象的ですし、
「私は笑っていけないし幸せになってもいけない」と思い悩むパッションの姿は、まさに・・・
第23話で「私は笑顔を見せてはいけない」と自らに釘を差すトワと思いっきり被るものがあります。
フレッシュの場合、物語の「軸」は、私の解釈としては、プリキュア達の活躍というよりも
むしろ「せつなの救済の物語」という方が強いと思っているのですけど、
せつなの場合、
まさにトワが自身のトワイライト時代の様々な悪行とか
自身の「(ディスピアにそそのかされたという側面はあるにせよ)のこのことディスピアについていき
結果としてホープキングダムの国民を冷たい檻の中に閉じ込めてしまい、
ホープキングダムの滅亡とカナタの行方不明を招いた事で自分自身を限りなく責め続けている事と
強烈に被ってしまうものがあります。
そんな時・・・ラブ達はどのようにせつなに接したか・・・・
いやいや、あれは本当にプリキュアらしいストレートなものでした・・・
「罪は罪・・・だけど罪を憎んで人は憎まず・・・・
罪を犯したイース=せつなは確かに良くないのだけど、せつな自身も幸せにならなくちゃいけない・・・・
罪を犯した人に対して自分達はどう接すればいいのか・・・
そんなの簡単じゃん、
せつなを含めて皆が幸せになればいいんだよ!!」と断言できちゃうラブは・・・・やっばり凄いし
まさに女神様そのものでしたね・・・!!
イースは、ミユキさん達のコンサートをぶち壊しただけでなく、何と・・・コンサート会場のスタジアムを
ほぼ全壊させるほどの悪行をしていましたけど、
それを・・・
赦してしまう事が出来るピーチは・・・やっぱり歴代プリキュアでも屈指の「菩薩様・・・」という感じもありました。

だけど・・・・

ここで注意を喚起したのは、
パッションもビートもプリンセスも、そして・・・クィーンミラージュも
広い意味で解釈するとプリキュア5【無印版】のデスパライアも・・・・
更に更に広い意味で言うと、ハピネスの映画のつむぎちゃんも・・・・
その「贖罪」=罪滅ぼしへの目覚めは、プリキュア達のそれまでの言動を通して、まさに「心が揺り動かされたもの」、
つまり、プリキュア達が起点になっていると思います。
しかし、トワイライト=トワの場合、
その点が少し違っているような気もします。
パッションやビートのような「プリキュアに対する心情の変化」というようなものがまさに自身がプリキュアとして覚醒する
きっかけにもなり、それが結果的に「贖罪」という方向性にもなっていったと思われるのですけど
トワイライト=トワの場合、少しこの辺り違うような気も・・・
それは、第23話におけるトワ自身の
「わたくしが奇跡的にキュアスカーレットになれたのは、天が償うチャンスをくれたからです。
あなた方とは違うのです!」という発言にも象徴されている通り、
トワ自身は・・・どちらかと言うと、「自身の悪事」に対する贖罪というよりは
自身のディスピアにノコノコついて言った事で始まる一連のホープキングダムの悲劇に対する自責の念の方が
強い様な印象すらあります。
そうですね・・・・今風に表現すると、トワは・・・「自己責任」をどう取るのか・・・
そちらの方の意識が幾分強いような感じもあります。
勿論、それはそれで全然OKなのだと思いますけど、何かそれもプリキュアらしくはない・・という印象も
実はあったりもします。
そうですね・・・過去シリーズを見れば分かる通り、プリキュアにそんなに過剰に「贖罪意識」を
押し付ける必要もないし、それを過剰にしてしまうと
かなり窮屈な感じにもなりかねません・・・
フレッシュの場合は、それについては
「そんなの皆が幸せになればいいじゃん」というストレートな解釈で解決し
ビートの場合は、「ごめんなさーい」と一度大泣きし自身が素の自分(ポンコツ化?)する事で
決着を図れたと思いますし、
プリンセスの場合は、いおなに「プリチュンカードを全てあげる→自分よりもいおなの夢を優先させる事」で
贖罪はある意味果たせたとも思えます。
それではトワの場合はどうすればいいのか・・・?
それに対しての一つの回答が、
「そんなのあなただってプリキュアになって私達と一緒にグランプリンセスを目指せばいいじゃん・・
それが結果としてあなたのお兄さんを救ったり
ホープキングダムの国民を救う唯一の道なのよ・・・」という道筋は・・・・
まさに「プリキュアの王道」という感じなのでしょうね・・・

あ・・・この辺りは・・・この第21話ではなくて、22~23話の感想の領域になってしまいますね・・・・(苦笑・・・)






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最近のGoプリを見て感じるのは・・・・

マーメイドとトゥインクルがその戦い方において、ほぼ完璧にフローラの援護・フォローに徹しているという
印象が大変強いです。
トゥインクルの場合、どちらかというと・・・
「あたしが主役!!」みたいな雰囲気もあったりするのですけど、
きちんとフローラのサポートに徹している辺りは・・・トゥインクル自身の一つの「成長の証し」なのかも
しれませんよね。
マーメイドVSシャット トゥインクルVSロックの対決という見せ場もありましたけど、
ま・・・今の所は・・・
シャットもロックも・・・
プリキュア達・・・そしてトワ=スカーレットの咬ませ犬というのか引き立て役という感じがしますけどね・・・
(ロックがいきなり大人になってしまう展開は・・・ある意味驚きでしたけどね・・・)



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冒頭で「過去シリーズからの継承」と書いた事ですけど、
例えば・・・・
カナタとトワイライト様の兄妹対決というのは、前作/ハピネスのキュアテンダーVSフォーチュンの姉妹対決を
彷彿とさせますし、
トワイライト様の「仮面」が砕ける場面は・・・
プリキュア5【無印版】第24話の絶望の仮面の粉砕をついつい・・思い出してしまいます。

やっぱり・・・プリキュアシリーズというものは、
過去シリーズを色々と受け継ぎながらも、自分達の代でそこに「新しい解釈」を色々と生み出している点は
実に・・・・
素晴らしいものがありますよね!!


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めでたく(?)トワイライトの仮面が砕かれ、昔のトワに戻り・・・・
めでたく兄妹再会は果たせましたけど・・・・
うーーん、これでトワイライト様が見納めかと思うと・・・・
その辺りは・・・非常に微妙なものがありますね・・・・

これは・・・シャットの・・・「あのトワイライト様が・・・ただの小娘になってしまった・・・」というロックの言葉に
すっかり落胆するのも・・・
なんかよーく分かるような気もしますね・・・・

ま・・・それは・・・シャットに限らず自分自身もそうなのですから・・・・(苦笑・・・)

あの「誇り高きトワイライト様」がキュアスカーレットになるのはこの一話先の話、
そして・・・トワがポンコツ化するのは・・・更にもう一話先・・・

うーーん、この辺りを全て受け入れて、自分自身が納得できる解釈が出来るかどうかは・・・
まだまだ現時点では微妙なのかな・・・??


※追記

うーーーん、自分で言うのもなんですけど、この記事かなりひどいですね・・・
正直、何か全然自分らしく書けていなくて、なんかよそ行きの感じです・・・
読んで頂いている皆様、本当に申し訳ありません・・・
何でかな・・
そうですね・・・
本来「プリキュア関連記事」は、私が一番ノリノリで書けてしまうカテゴリなんですけど、
今回の仮閉鎖の流れの元々の発端となったのが実はGoプリという事情もあるのかも
しれませんが、
このブログの再開以降、何度かGoプリの記事を書こうとしていたのですけど、
書いていて全然楽しくないし、
楽しくないから、何か・・あまり自分らしくないよそ行きの感じの記事になってしまう・・・
スマイルとかハピネスの記事は相変わらずノリノリで書いてしまうのですけどね・・・
当然ながら、Goプリには何の罪もないだけに、私自身が本当に自己嫌悪に陥ってしまいそうです。

こんなところにも・・・先日の一件は影を落としているのか・・・と自分自身少し凹んでいます・・・
やはり・・・自分の未熟さが結果として自分の「本来の楽しみ」を損ねているというのは
歯がゆい思いはあります。
ホント、まだまだ色々な意味で「発展途上・道半ば」という感じですね・・・
2.城陽中学校

 D/交響組曲「寄港地」より、Ⅱチュニスからネフタへ Ⅲ.ヴァレンシア

 
 課題曲・自由曲共に、「少し固いな・・・だけど確実な合奏術・・」という風な印象が強く、
 とにかく技術的には大変高いものを有している大変レヴェルの高い演奏だと思います。
 欠点は・・・少し真面目すぎる感じがあるところなのかな・・・?

課題曲D/サンライズマーチですけど、テンポが少し前のめりの傾向があり、少し転んでいるような感じも
 ありました。
 というか・・・この「サンライズマーチ」ですけど、この曲、私も何度か演奏したことがありますし、自分自身この曲を
 指揮したことがあるからよく分かるのですけど、
 曲が大変シンプルで親しみやすいせいもあると思うのですけど、自然と・・何かテンポが速くなってしまう傾向に
 なってしまい、奏者としては特段「急いで吹こう・・」という意識は全く無いのに、なぜかせかせかと吹いてしまう
 のですよね・・・・
 あの感覚、ホント不思議ですよね・・・
 自分自身が指揮者の立場からこの曲を演奏してみると・・・別にテンポをいじっている訳でもないし、特に
 テンポアップを図っている意識は全然ないのに、なぜか奏者が「前へ・・前へ・・」という意識がなぜか
 強く働くようにも感じられます。
 だから・・・・城陽中の幾分せかせか進行しテンポが少し前のめり・・・というのは・・・むしろ・・・自然な事なのかも
 しれませんよね。
 
 自由曲のイベール/寄港地ですけど、確かに・・・・合奏としては手堅いですね・・・・
 とにかく・・・無難にまとめあけたという感じがします。
 反面・・・やはり・・・イベールというと「粋な感じ」とか「音楽の遊び心」とか「ノリの良さ」みたいな感じがするのですけど、
 城陽中の場合、そうした遊び心よりは、むしろ・・・「確実なアンサンブル」の方を優先させてしまったような
 感じもあります。
 この「寄港地」の最大の聴かせどころのⅡ・チュニスからネフタへの妖しいあやしい響きのオーボエのソロも
 確かに賞賛に値する程技術的には大変しっかりとしたものなのですけど
 申し訳ないですけど、聴いていて「何か」は特段伝わってこない・・・
 どちらかというと堅実さ・正確さの方を優先させてしまった感じはありますね・・・
 過去の吹奏楽コンクールでも多くのチームがこの「寄港地」に挑み、このチュニスからネフタのオーボエソロを
 聴いたのですけど・・・・
 「これは素晴らしい・・・!!」と感じさせたのは・・・せいぜい・・・81年の習志野高校と91年の広島・基町高校の
 オーボエ奏者くらいかな・・・・
 1988年の土佐女子も悪くは無かったかな・・・
 Ⅲのヴァレンシアも・・・うーーん、やっぱり「遊び感覚」が少し足りない・・・・
 くどいようですけど、本当に技術的に高いものは有していて確実なアンサンブルは聴かせてくれているのですけど
 何か「伝わるもの」があんまり無い・・・
 その点は・・・少し勿体無いなとも思うのですけど、中学生にそうした「粋な感じ」・「軽さ」を過度に
 求めるのも少し気の毒なのかな・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ここから先は余談ですけど、イベールの「寄港地」の話が出ましたので、この曲の原曲について
少しだけ書きたいと思います。

交響組曲「寄港地」なのですけど、
(最近では佐渡裕さんが好んでこの曲とか同じくイベールのディヴェルティメントを取り上げられて
 いますよね・・・さすが!! お目が高いという感じです!!)
イベールの第一次世界大戦中の海軍士官として地中海を航海した経験とかローマ留学中の
イタリア~スペイン~チュニジアの旅行時の経験が
見事に曲に活かされていると思います。
イベールが地中海各地で受けた印象をそのまんま組曲にまとめた「華麗なる音の絵巻」という感じが
非常に濃厚な一曲ですね。
だけど黙って目を瞑って聴いていると
蛇遣いの妖しい雰囲気とか情熱的な感じとかアラビアの砂漠とか
色々とイマジネーションが勝手に起きてくるのは、さすが・・・!!という感じですね。
20世紀の作品なのに、こんなに分かり易くて粋で楽しい作品はあまり無いような気もします。

この交響組曲は、下記の三曲から構成されています。

Ⅰ.ローマからパレルモへ

Ⅱ.チュニスからネフタへ

Ⅲ.ヴァレンシア

正直、Ⅰ.ローマからパレルモへは、あまり印象に残らないのですが
Ⅱ.チュニスからネフタへの音楽は、まさに「アラビアンナイト」の世界で、
いかにも怪しげなヘビ遣いが、ドロドロと壺の中からへびを出そうとしている妖しい音楽です。
また、聴き方によっては、アラビアの妖しいお姉さん達が
何かだるそうに男を誘惑しているようにも聴くことも可能と言えば可能かな・・・・
Ⅲ.のヴァレンシアは一転してスペインの情熱的なカラッとした晴天の音楽です。
後半のカスタネット・タンバリン・シロフォーン・ドラを交えた音楽の高まりとリズム感は
本当に「情熱」そのものです。

だけど、全体的に・・・、というかⅡとⅢのオーボエ奏者は大変プレッシャーがかかる曲ですね。

一つの楽章においてほぼ丸々と一つの楽器がソロとして使用されている曲は極めて珍しいと
思いますし、
オーボエ奏者の腕の見せ所ですよね。
またⅢにおいてもオーボエはソロとしても使用されていますし、
オーボエの第一奏者と第二奏者のアンサンブルもありますし
組曲の間中は、オーボエ奏者は一瞬も気が休まる事は無さそうですね・・・・・

Ⅲのヴァレンシアの「情熱の発散」も実に素晴らしいと思います。

そうそう、イベールは日本ともほんの少し関わりがありましたね・・・

1940年の「紀元節2600年」の際に日本政府から委嘱を受けて、記念作品として作曲されたのが
「祝典序曲」です。
面白い事に、特に「日本的なもの」を意識されて書かれた部分は全く皆無で
純粋に喜びに溢れた音楽が14分近くも展開されます。

ま、だけど、
同じく紀元節の記念作品として日本から委嘱を受けた
イギリスのブリテンは
「シンフォニア・ダ・レクイエム」という「鎮魂歌」を日本政府に送り付け
当然のごとく当時の日本政府から演奏拒否&抗議の洗礼を受けていますが、
いやいや、実にブリテンらしい話ですね・・・
そして・・・・戦後に平然とした顔でN響を指揮し、この曲の日本初演を本人自身の指揮で果たしたとの事です。


 
先日仕事からの帰宅時に、駅構内で・・・
なんと・・・
「ガールズ&パンツァー」のポスター・・・、しかも・・なんと水着版!!のポスターが掲載されていて
思わず・・・
なんか嬉しくなってしまいました!!

あ・・・勿論このポスターは「ガールズ&パンツァー」の宣伝ではなくて
あくまでこのアニメの舞台となっている「茨城県大洗」の海水浴の宣伝なのですけどね・・・

だけど・・・
こうやって西住殿とか秋山殿とかさおりんのお姿を拝見できて、とっても嬉しかったです!!
冷泉麻子が相変わらずの幼児体型なのは・・・ご愛嬌ですね・・・(笑)



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このアニメですけど、
大洗と言う関東ではかなり有名な海水浴場があったり、舞台となっているまるで空母のような「学園艦」という
巨大すぎる船の中でのお話なのに、
「水着シーン」はほとんど出てきませんでしたね・・
数少ない例外は、第二話での生徒会チームの小山柚子が戦車整備と洗車の際に白ビキニ姿を
お披露目したぐらいだったかな・・・??
だけどあの小山柚子の胸の大きさは・・・
とにかく素晴らしかったですね・・・・(苦笑・・)
そうした中で、この5人のメインキャラの水着ポスターは、何か嬉しいものがありますね!!


ガルパン


実は・・・・

この「ガールズ&パンツァー」なのですけど、7/12よりテレビ東京のAM25:35~という深夜アニメ枠なのですけど
再放送が開始され、
このガルパンが大好きな私としては・・・
とにかく「嬉しい!!」・「待ってました!!」という感じですね。
7/12に第一話を見た時は・・・
何かとってもハッピーな気持ちになったものです。

「ガールズ&パンツァー」なのですけど、実はこのアニメはリアルタイムでは見ていませんでした。
確か2013年がリアルタイムでの放送だったと思いますが、
その頃は、このガルパンの存在さえ全く知らず完全にスルーしていました。
ま、これは後で書きますけど、
このFC2ブログで、私が「アニメ感想記事の師匠!!」として尊敬してやまないキモータ様という大変素晴らしい
ブロガー様の記事を読んで
初めてこのアニメの存在を知ったのです。
でもな・・・・
この「ガールズ&パンツァー」ですけど、とにかく何度ツタヤでレンタルしたか分かりゃしない程
とにかく何度も何度も繰り返し見たアニメの一つですね。
とにかく、リアルタイムで見なかった事が悔やまれるほど面白くて大好きなアニメでした!!
「可愛い女の子」と「戦車」という意外すぎる組合せが、私のツボに相当はまりまくった・・・という感じでしたね。
このアニメはDVDでも発売されているのですけど、
アマゾンでもヤフオクでもとにかく入手困難と言うのか、とにかく高くて手が出せない・・・という感じです。
だから・・・
このアニメを見たい時はツタヤ等でレンタルするしかなかったのですけど、
こうやって再放送をしてくれて本当に嬉しい以外の言葉しかありません!!

「ガールズ&パンツァー」自体は、結構このブログでも過去に何度も記事で書いているのですけど
第一話から最終回までまとまった感想と言うのは
書いたことがないので、
出来れば・・・
このブログでもこの「ガールズ&パンツァー」について感想記事なんかを今後書いてみたいと思います。

先程、キモータ様というブロガーさんの名前を出してしまいましたけど
この方のアニメに関する記事は本当に素晴らしいものがあります!!
私自身も過去においては、プリキュア記事を書く際は、随分とこのキモータ様の記事を参考に
させて頂きましたし、
この方の「プリキュア愛」は・・・まさしく「本物」だと思います。
それに比べて私の「プリキュア愛」なんて・・・・まだまだ全然甘いと思っています。
このキモータ様は、2013年~2014年にかけて、何回かコメント記事を相互にやり取りさせて頂いていましたが、
そのコメント記事も本当に「まさに的を得ている・・・」という感じで、
私自身も
「ブログというものは、本来こうした方向性であるべきだ」とかその形式とか
その公正中立的な見方とか
随分と教えられた思いで一杯ですし、本当に今でも感謝しても感謝しきれないものがあります。

だけど・・・

残念な事に昨年末をもって、
ブログ疲れ(ま・・・毎月毎月あんな精密な記事を100記事お書きになっていれば・・・疲れますよね・・・)とか
ブログ記事を書く事に意識が追われてしまい、自分本来の趣味が楽しめないし、趣味を楽しむ時間すら
プログ記事執筆によって無くなってしまう等の理由により
「休止」という状態になってしまい、
あの時は・・・
なんか「私のプリキュア愛の心の師匠」を失ってしまったみたいな感じになって
とても寂しく感じたものです。
ま、でもこればかりは・・・それは「個人の事情」なので仕方が無いとも感じました。

この「ガールズ&パンツァー」も実は、このキモータ様の記事に興味を持った事から始まり
第一巻から見始めたら、まー、とにかくこれが最高に面白い!!
キモータ様のこのガルパンの記事もプリキュア以上の素晴らしいものがありましたね・・・

でも・・・・

そう思っていたら・・・何と・・・・7月初旬でしたけど、
このキモータ様のブログが・・・今の所一つの記事だけですけど、再開されていました!!
(プリパラのねんどろいど記事でした・・・)
ま、この時は・・・・私自身のブログが仮閉鎖中でしたので、
「ま・・・世の中とは皮肉なものだ・・・」と苦笑する事になってしまいましたけど・・・・

キモータ様・・・・

気持ちとしては・・・「おかえりなさい!!、そして待っていました・・・!!」という感じです。

とにかく今は・・・無理をしないで是非是非マイペースで記事をたまーにで全然構わないので
更新してほしいものです。

このキモータ様の素晴らしいブログ、「キモオタのオタク系感想ブログ」は、当ブログのリンク先でもありますので
興味を持った方は是非是非ご覧になって頂けると・・・
私としては大変嬉しいものがあります!!

1.玄洋中学校

  B/三つの夜想曲~Ⅱ.祭

  1979年~81年の中学の部の三年間は、銅賞無し・評価は銀と銅のみというやや甘い感じもあったのですけど、
  この年以降は、吹奏楽連盟の「相対評価」という考えが徹底され、金・銀・銅が比較的厳密に配分されていたような
  感じもあります・・・・
  というか・・・
  前年もそうですし、前々年の1980年もそうなのですけど、明らかにどう聴いても、本来は銅賞と評価されて
  然るべき演奏が、なぜか・・・銅賞の配分無しという「大甘評価」により銀賞になってしまった・・・という事例は
  結構多かったようにも思えます。
  だからそういう意味では、金・銀・銅の配分がある程度厳格化されているという方が
  かえって公平性を保てるという印象もありました。

  この年の中学の部のプログラム一番は玄洋中でした。
  よく「プログラム一番」というか朝一番の演奏は絶対的に不利という話は耳にしますし、
  私自身、長い間こうやって支部大会・全国大会を聴いていますと、確かに朝一番の演奏は気の毒だな・・・と
  確実に感じます。
  だけど・・・
  高校の部は・・・意外かもしれませんが、1978年~80年の3年間と1984年のプログラム一番は金賞なのです・・・
  特に・・・・以前も何度も書いている通り、
1979年の市立川口の「二つの交響的断章」の歴史的壮絶的なウルトラ超名演とか
  1980年の就実の「ル・シッド」のあまりにも鮮やか過ぎて言葉すら出ない超・超・・・名演は・・・・
  本当に今現在の視点・感覚で聴いても決して色褪せているとは・・・全く思えませんね・・・
  だけど・・・中学の部では・・・朝一番のプログラム一番の金賞は中々出ない・・・というのが実情ですね・・・
  確か私の記憶では・・・
  1971年の明見中の金賞から次にプログラム一番での金賞が出たのは・・・実にその23年後の1994年の袋原中
  ですからね・・・・
  本当に・・・プログラム一番の演奏は難しいものがありそうですね・・・

  さてさて・・・・玄洋中の演奏ですけど、
  こういうプログラム一番での演奏を・・・しかもあの無調風でシリアスな曲想の課題曲B/序奏とアレグロで
  開始するというのも・・・何か気の毒な感じもありました。
  だけど・・・初出場時の「幻想交響曲」のあの気品と洗練さに溢れシンフォニックな感じの演奏に
  全然ひけを取らない素晴らしい演奏を課題曲・自由曲で聴かせてくれたと思いますし、
  とても例年みたいなブログラム一番の演奏では無かったと思います。
  課題曲B/序奏とアレグロですけど、出だしのトランペットのソロが大きなミスも無く、大変見事なソロを
  聴かせてくれていたと思いますし、
  アレグロに入って以降の無機質的なスピード感とサウンドの切れ味は大変申し分なかったと
  思います。
  あの課題曲の無調的な曲想なんだけど、スピード感とリズムの切れでもって全体をサクサクと進行させる
  アレグロの部分の「快速さ」をきちんと表現出来たチームって・・・中学の部では・・・
  本当に少なかったですね・・・
  せいぜい、「あ・・中々いい演奏」と感じさせたくれたのは、この玄洋と柳町と瀬田くらいじゃないのかも・・・・
  当時、名門と呼ばれた山王と出雲第二ですら・・・課題曲に関しては・・・散々な出来ですからね・・・

  自由曲のドビュッシーの「三つの夜想曲」~祭りも、音楽的にもかなり聴かせる内容のものでした。
  木管の細かい動きとかリズミカルな部分も決して無機質・無表情にはなつていなかったし、
  中間部の・・・あのミュートを付けたトランペットが「遠くから祭りのざわめきが聞こえてくる・・・」みたいな感覚を
  かなりリアルに表現していたと思いますし、
  中間部の盛り上がりも実に自然で良かったと思います。
  全体的に・・・「静」と「動」の対比・・・、そして・・・「近く」と「遠く」の対比と落差の表現が光っていたと
  思います。
  結果的に銀賞の評価ですけど、これは・・・大変惜しい銀賞だと思います。

  余談ですけど・・・・

  冒頭のきらびやかな部分が終わり、ティンパニーのトレモロが鳴った後、原曲はハープが華麗なグリッサンドを
  奏でるのですけど、
  この当時は・・・吹奏楽にハープを入れる習慣が今ほど確立されておらず、
  この演奏のアレンジにおいては・・・ハープの代りにマリンバで代用されていましたけど・・・
  やっぱ・・・現在の感覚で聴いてしまうと・・・
  うーーん、かなりの違和感は感じてしまいますね・・・・
テレビ埼玉のスマイルプリキュアの再放送も第16話まで進ん゛います。
だけど、今回は第13話について少々書きたいと思います。
あれれ・・第13話なんて少し縁起が悪いな・・と思っていたら・・
そうそう・・、この回は・・・・あの伝説のみゆき大凶&ローアングルからの魚眼変顔マックス値の
すさまじい回でしたね・・・
この回、リアルタイムで見ていた時も、最初から最後まで爆笑の連続で
ま・・・確かに・・・「スマイル」というタイトルが付くプリキュアにある意味相応しすぎる回でしたね。
冒頭からの・・・・
引率の佐々木先生の・・・・
「星空さん、車内で騒がない・・・!!」
「はい・・・・」
のシーンからとにかく面白かったですね・・・!!
でもこの回の佐々木先生は・・・・担任の生徒が池に落ちるは、清水の舞台から転落しそうになるは、
自らもみゆきにポットの水をぶっかけられるは・・・
とにかく散々な引率振りでしたね・・・・(苦笑・・・)

でもな・・・・京都から大阪の関西方面修学旅行なんてうらやましいな・・・
私が中学の頃の修学旅行は・・・
宮城県内の学校なのに、なぜか行先は・・・秋田&青森・・・
最近の中学の修学旅行は、東京ディズニーランドは定番・・・場合によっては海外もあり・・・・というから
何か・・・羨ましいというか時代も変わった・・という感じですね・・・(苦笑・・)
私、以前も書いたと思うのですけど、実は・・・いまだに名古屋から西に行ったことが無いものでして・・・・(苦笑・・・)
そうですね・・・・
今だったら・・・・もしもたっぷりと時間とお金があるのでしたら・・・・
伊勢でゆっくりお詣りをし、京都奈良の古都巡り、そして大阪でたこ焼きでも食べて通天閣でも見て
神戸の美しい夜景にうっとりし、
最後に・・・・広島の厳島でも見学して広島風お好み焼きでも食べて・・・・
みたいにいまだに行った事すらない西方面の旅行でもゆっくりしてみたいものですね・・・・

この回、みゆき達が宿泊したホテルは「ほへと旅館」でしたけど
これって・・・京都に実在する「いろは旅館」をモデルにしたみたいですね・・
この「いろは旅館」も中々粋で、HP上では・・・
「熱烈歓迎!! スマイルプリキュア御一行様!!」とか当時掲載していたようですね・・・
やっぱり、こういうシャレが分かるところは素晴らしいですね!!





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今回のみゆきの悲惨な修学旅行の発端は・・・・
そう・・・京都で試しに引いたおみくじが「大凶」だった・・・という事になるのでしょうけど、
実際にこうした観光地でのおみくじで「大凶」なんてあるのかな・・・・??
ちなみに・・・私は・・「凶」は引いたことはあるけど、さすがに・・「大凶」はないですね・・・
それを引いちゃうみゆきは・・・ある意味やっぱり「ハッピー」な子なのかな・・・?

歴代プリキュアで、ついつい・・・「大凶」を引きそうな子って誰がいるのかな・・・?
そうですね・・・・
思いつくところでは・・・・なぎさ・のぞみ・りん・エレン・真琴・めぐみ・ひめ辺りかな・・・・・
ゆりさんも・・・何となく辛気臭いから大凶引きそう・・・・(苦笑・・)
でも・・・ゆりさんの事だから、大凶引いても顔色一つ変えずにそのまんま枝にくくりつけ何事も無かったように
クールにその場を去るのでしょうけど、
「あれぇ・・・今、なにしてたんですかぁ・・・・」とひめとかきららあたりにツッコまれ、
少しカチンときたゆりさんは・・・・きららは放っておいて、ひめに対しては・・・・
「気品も才能も何も無いお前のような存在がプリキュアの名前を穢す・・・」とか言ってひめの腕をギューーッと
抓りまくっていたりして・・・・(苦笑・・・)
あれれ・・・その「才能も・・・」という辺りは・・・何だかトワイライト様のお言葉の受け売りみたいなのですけど・・・(苦笑・・)

それにしても・・・

池に落ちるみゆきは・・・ある意味・・・・「ポンコツピンク系プリキュア」のまさに王道ですね・・・!!

そして何よりも・・・・歴代プリキュアでも「最大の変顔」と誉れ高いこのローアングルによる魚眼・・・・
うーーん、あの変顔の破壊度は凄まじかったですね・・・
本当に、あの可愛いかわいいみゆきは・・一体どこに消えてしまったのでしょうか・・・・(苦笑・・・)


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それにしても・・・・この回のみゆきの「不幸」はすさまじいものがありましたね・・・(苦笑・・・)
ハピネスチャージプリキュアには、あの名作というか「神回」の誉れ高い「アンラブリー回」がありましたけど、
まさにこの回は・・・
「アンハッピー」そのものでしたね・・・(苦笑・・)
池に落ちてジャージ姿で集合写真を撮ったり、ジャージ姿で京都観光をしたり、
側溝にはまったり、犬に追いかけられたり、抹茶ソフトが顔面を直撃したり、
お土産屋さんで巨大こけしが頭を直撃したり、
トドメは・・・・恒例の(?)まくら投げの最中に・・・佐々木先生の顔面にポットの水をぶっかけて怒られたりと・・・
とにかく・・・・凄まじい大凶振りを見せつけてくれていましたね・・・

そうそう・・・・プリキュアに変身してからも、大凶の流れは止められず、
なんと・・・スマイルパクトを川におっこどしたりもしていましたね・・・・(苦笑・・・)

そうそう・・・この回においては・・・・
れいかの湯上りシーンとか、れいかのまくら投げシーンとか
なおがポニーテールではなくて髪をストレートにおろしたりと・・・・ある意味貴重なシーンがてんこ盛りな回でも
ありました・・・・

ま・・・・それでも・・・こうした凄まじい「アンハッピー」状態でも
決してくさらず凹まず、気持ちは常に前向き・・・というのがいかにもみゆきらしい話であり、
ある意味・・・みゆき=キュアハッピーの魅力を全開に出した回でもありました・・・・
そうそう・・・・みゆきみたいな可愛いプリキュアは・・・・多少の不幸でも、かえってそれがプラスに左右されるから
面白いものです・・・・
これが・・こうしたみゆきみたいな不幸がゆりさんに降りかかったら・・・・
「ま・・・あの辛気臭いゆりさんにはこのぐらいの不幸が合っているのかも・・」みたいな反応に
なってしまうのかな・・・・(苦笑・・・)


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今回のマヌケ幹部は・・・アカオーニが出撃・・・
「そうだ・・・京都に行こうオニ・・・」なんて・・・それって
「JR西日本のパクリそのまんまやねん・・・・」という感じですね・・・・(by スマイルのあかねちゃん・・・・)

でも相変わらずポンコツのアカオーニ・・・

七色ヶ丘中の生徒から
「あ・・・赤鬼だ・・・京都らしいな・・・記念写真撮ってください」のお願いにも、笑顔で応えてしまい、
写真撮影までやってしまうアカオーニは・・・
やっぱりいつものポンコツ・・・・
このシーンをよく見ると・・・・
バックの会社員らしい人も・・・ピースサインなんかをしていますね・・・
(なんか・・・「お前はキュアピースなのか・・」というツッコミを入れたい感じですね・・・苦笑・・・)

アカオーニが出す大凶アカンベエとの戦いでも・・・・妙な巻き添えを食らってやられまくるハッピーが・・・
不憫なんだけど、とてつもなく可愛い・・・・



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ラストシーンで、ようやく探し求めていた京都の舞妓さんと偶然遭遇し、
念願の記念写真・・・・
みゆきにもやっと「京都でのハッピー」がやってきた・・・という感じですね・・・

聞いた話では・・・京都で実際に舞妓さんに遭遇できることは・・・意外と滅多にないそうですね・・・・



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最後に・・・・

みゆきがお土産屋でこけしを物色している時、れいかは・・・・

なんと・・・

みゆきの横で・・・「刀」を物色していましたね・・・・

何か「刀」は・・・・れいかが持ってしまうと・・・・なんかとてつもなく怖い様な気も・・・・??
(ま・・・キュアビューティは、確かに・・・・剣を武器とする事もあったプリキュアでしたけどね・・・)


今回は・・・・なぜか「ハピネスチャージプリキュア」の関連商品のお話を少しばかり・・・・







「何を今更・・・」みたいな雰囲気もあるでしようけど、
最近ハピネスの食品関連グッズが賞味期限という問題もあるのか、ここにきて随分と「在庫の完全一掃叩き売り」
みたいな感じになっている商品も多々あり、
キャンディーやガムとかふりかけなどが定価の80~90%近く値を下げて叩き売りされていると
最近の記事でも書いたものですけど、さすがにそれも終了・・・・という感じになりつつあるようですね・・・

ハピネス関連のガム・キャンディー・ふりかけ・カレーはさすがに・・・もう置いてある店舗は
見かけなくなりましたね・・・
ガムも数日前はディスカウント店ではちらほら置いてあったのですけど
先日の休みの際に買い物に行った時には・・・
エンスカイのハピネスチャージの「コレクションカードガム」は・・・・なんと・・・これが「最後の一個」となっていました・・・
しかも価格は・・・一つ19円・・

ま・・・・こうして最後の一個と巡り合えたのも何かの縁と思い・・・ついついその最後の一個を買ってしまいました・・・・(苦笑・・)

しかもこれ・・・・よく見てみると・・・フォーチュンがいないから、フォーチュン加入前の昨年6月頃に製造販売されたもの
なのかもしれませんよね。

でも・・・・やっぱり・・・・ラブリーは可愛くて実にいいですね!!

さてさて・・・このコレクションカードガムは、カードが二枚入っているのですけど・・
最後だから・・・
いいカードに当たらないかな・・・・
ラブリーとハニーだと嬉しいな・・・・


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そう思っていたら・・・・・

何と・・・・

2枚のうち1枚は・・・・

あの「クズ神」の誉れ高い(?)プルーのカードが入っていました・・・・(苦笑・・・)


えぇーーーーー!! これって実は・・マジにかなりショックな話・・・・

カードは全24種あるのですけど、その1/24の確率で、一番当たりなくもないし見たくも無いカードを
引き当ててしまうとは・・・・(苦笑・・)
これは・・・・最近の記事で、スマイルプリキュアのテレビ埼玉の再放送回・第13話にて
おみくじの「大凶」を引き当てた事よりも・・・もっと質が悪いのかも・・・・(苦笑・・)

というか・・・私は・・・・前作/ハピネスチャージの終盤の回で、
めぐみを振ってめぐみを大泣きさせたブルーをいまだに許していない・・・・
いまだに・・・・
「ブルーは爆発炎上しちまえ!!」
「半永久的にそのまんま惑星レッドに島流しになってしまえ!!」みたいに思っているのですよね・・・

いやいや・・・、歴代プリキュアで登場キャラにこうした感情を抱く事自体極めて珍しいと思うのですけど、
そのくらい・・・・
多分私だけに限らず、昨年ハピネスの物語を見ていた方のほぼ全員は・・・
私と同じ感情を抱いているんじゃないのかな・・・・??

それゆえ・・・・

現役のカナタ王子は・・・本当にまさに素晴らしきお方!!

何て言うか・・・カナタの存在自体、ブルーに対する「強烈なアンチナーゼ」なのではないかとすら・・・・
思っています・・・(苦笑・・・)

それゆえ・・・・不愉快ゆえ・・・(苦笑・・)ブルーのカードの画像は省略・・・・

そうそう・・・・正真正銘最後のカードは・・・・キュアハニーでした!!

あ・・・よかった・・・・最後は大好きなゆうゆう、というか・・・キュアハニーを引けて・・・

多分・・・・キュアハニーは・・・ま・・「財力」という点はありすお嬢様に完敗なのですけど、
酸いも甘いも全てを知り尽くした大人の振る舞い・・・
ボケもツッコみも優しい癒しも、強さも・・・・プリキュアとして大切な「全て」を網羅したまさに完璧な「黄色系」と
言えるような気もしますね・・・・!!

とにかく・・・・

ハピネスの関連商品のラストをラブリーではないけど、ハニーで締めくくる事が出来たのは・・・
まさしく・・・ウルトラハッピーな感じなのかな・・・??
本編の前に・・・・

今回の「ブログ再開」について、本当に本当にこんなにも多くの皆様より温かい励ましのコメントを
頂けた事に改めて感謝申し上げます!!
本当にありがとうございました!!
大変ご返事が遅くなり心苦しいのですけど
コメントを頂けた皆様へのご返事は、先程、全員の皆様にさせて頂きました。
文量は短いものばかりですけど、自分なりに気持ちは込めさせて頂きました。

そして・・・

こうやって再開後もご訪問してくれる皆様、拍手をして頂ける皆様・・・

本当に・・・本当に・・・ありがとうございます!!

こうした皆様からの「温かい気持ちやお言葉」があるからこそ、こうやって何とかプログを再開する事が出来ましたし、、
なんとか・・・
マイペースではありますけど、記事にする事が出来るのだと思います。

でも、本当に皆さまお一人お一人のコメントは温かいものばかりでしたし、
再開について厳しいお声とかお叱りの声も絶対にあるはずと覚悟の上の再開だったのですけど
そうした事も一切なく・・・・
本当に・・・本当に・・・
皆様からの「温かい気持ち」には頭が下がる思いです!!

本当に・・・この閉鎖中に色々とご心配をお掛けしたことを改めてお詫び申し上げたいと思います。

これはまた・・・余計な一言であり、
皆様へのコメントの中にも「相手への思いやり」という言葉を何度も記している事と反するような感じも
あるのですけど、
こうしたプログ内での「コメント」というものは・・・
本来は温かいものなんだな・・・と改めて痛感したものです。
本来こうしたコメントというものは・・・・
相手の記事が「素晴らしい・・・!!」と感じた事に対する言葉であり、
その「素晴らしい・・」と感じたものを「言葉」として表したものであり、
それは・・・決して強制されて書いたり、義務感で書くべきものではないんだな・・・と
改めて感じたものです。
だからこそ・・・・何かしらの条件を提示して、
「それを満たさないと今後こうしたコメントのやり取りは難しい」と唐突に宣告されるのは・・・
やはり哀しいものなんだな・・・と思った次第です・・・

最後があんな哀しい終わり方になってしまったのは、本当に悔やんでも悔やみきれないものがありますし
今でも・・
「どうしてこんな事になってしまったのだろう・・」という哀しい思いで一杯ですけどね・・

だけど・・・

終わってしまった事は仕方がない・・・・

悔いは残るけど、それでも、こうやって「ブログ再開」を判断に迷い苦しみながらも決断した限りは
私は・・・・
とにかく・・・・
前を向いて歩き続けないといけない・・・
勿論・・・仮閉鎖前と再開後も、別に書く内容に違いは無いのですけどね・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「響け! ユーフォニアム」もついについに・・・感動のフィナーレ!を迎えてしまいました。
多分この作品は・・・間違いなく第二期もありそうな予感がプンプンと漂う最終回だったような雰囲気すら
あったと思います。
とにかくこの作品は・・・・吹奏楽経験者の方がご覧になれば、多分一つや二つ、
「これって、あるある・・!!」みたいに思い当ることが必ずあると思います。
そうですね・・・やはり、中学から大学まで10年近く「吹奏楽コンクール」に関わってきた私が見てしまうと・・・
ついつい、必要以上に感情移入するものがありましたね・・・・
私の場合・・・・やっぱり同じ「部長」経験者という事で小笠原晴香に共感する点がかなり多かったと思いますし、
このブログの記事でも晴香部長に関する事を結構執拗に書いていたような気もします・・・・
何か・・・このアニメ、特に頼りない部長の晴香を見てしまうと・・・
ついつい当時の自分と重なる事が多く、
吹奏楽部在籍時代、特に特に・・・中学時代の私の「過去のトラウマ」が色々と思いがけず蘇ってしまい、
「あれれ・・・こんな嫌な記憶、遠い昔に封印したのに・・・」という事が結構あり、
何かそんな事もこのブログで色々と愚痴った事も多々ありましたね・・・・(苦笑・・・)
それと・・・・オーディションに関しては・・・私の大学時代の記憶が思いがけず目覚める事になってしまい、
こうやってこの三ヵ月間の放映中は・・・・
過去の色々な吹奏楽部時代の嫌な経験とか楽しい思い出が、本当に一杯いっぱい・・・思い浮かんで来て・・・・
何か・・・
思いがけず・・・
自分自身が何か妙にヒートアップしていました・・・・

本当にこの三ヵ月間は色々な意味で楽しまさせて頂きましたし、
自分の10年間の吹奏楽部時代は・・・・必ずしも嫌な記憶ばかりではなく、
「誇り高き10年間」だったし、私にとっては「かけがえのない財産」だったのかもしれないという事を
実感させて頂きました。
その意味においては、とにかくこの「響け! ユーフォニアム」については・・・
「ありがとう!!」という感謝の気持ちしかありません!!

今回の最終回については・・・・
そうですね・・・・
これは第1~12話の「エピソード」という感じがありますし、とにかくこの最終回は・・・・
見ていて「すがすがしい」としか言いようがありませんし、
改めてこの場でゴチャゴチャと言葉で感想等を記すつもりは毛頭ありません!!
チャイコフスキーが交響曲第4番を書き上げた際にパトロンのメック夫人宛に記した手紙の結びの言葉では
ありませんけど、まさしく・・・・
言葉の終わるところから音楽が始まる・・・・という感じですね。
とにかく、最後ぐらいは、今までのようなゴチャゴチャした感想だけは書きたくはないですね・・・(苦笑・・)

とにかく・・・・素晴らしい最終回でした!!

だけど・・・・とにかく第二期がある事を大いに期待しています。
第二期も必ずあると・・・・私・・・信じている・・・(by フレッシュプリキュアの山吹祈里・・・・)
原作を読む限りでは、京都府大会突破以降の方がむしろ・・・更に色々な修羅場&問題が山積みですからね・・・
特に・・・・
私としては・・・・
第二期において、第一期ではあまり抉られる事がなかった田中あすか先輩の「心の闇」にメスを入れて
欲しいと・・・・切に切に希望しています。
あすかの「心の闇」は、最終回においてもある場面がそれを象徴していましたね・・・・
晴香部長の「北宇治、ファイト―!!」の掛け声に唯一応じなかったのは・・・・あすか自身・・・・





第一話以来、久しぶりにポニーテールを披露してくれた久美子・・・・

うーーん、やはり、この子は・・・ポニーテールの方が絶対に似合うと思います。
だけど・・・・
ポニーテールは、同じユーフォパートに夏紀先輩というキャラがいますので、
久美子のポニーテールは、コンクール限定なのかな・・・・?
今回・・・・ついでに麗奈もなぜかポニーテールになっていましたけど、
麗奈の場合・・・・申し訳ないけどストレートヘアの方がよく似合っていると思います。
だけど、久美子に対して・・・・「髪をしばって・・・きつくね・・・」と言って久美子に自分のうなじを見せる麗奈は・・・
やっぱりこの二人は・・・「響け・・」におけるベスト百合カップルだな・・・と改めて実感したものです・・・



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コンクール出場メンバー全員の「御守り」を作り上げる事に尽力した夏紀先輩・・・・

うーーん、この方の初期の頃の印象は単なる「怠け者」という感じでしたけど、
オーディション以降のこの方の株は・・・まさにうなぎ上りという感じでしたね。
バカリボン(吉川優子)のバカでかいリボンを揶揄するようなバカでかい御守り・・・・
うーーん、これは、夏紀先輩の「嫌がらせを兼ねた愛」が炸裂・・・・という感じでしたね・・・
バカリボン-芋マドンナ(優子-香織)というカップリングもいいけど、
吉川優子-中川夏紀というカップリングも結構いい味を出しそうな気もしますね・・・(笑)


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晴香部長の
「今日の本番を迎えるまで、いろんなことがありました・・」
「でも今日できることは、今までの頑張りを…思いを、全て演奏にぶつけることだけです・・」というのは
少し安っぽいけど、いかにも誠実な晴香らしい言葉でした。
それに・・・・
御守りを作ってくれた部員に対する労いの言葉も決して忘れないのは・・・やはり晴香部長らしいですね。

これは完全な余談になってしまうのですけど、
私自身、中学と高校で吹奏楽部の部長をしていて、ホント・・・いい事はあんまりなかったけど
数少ない嬉しかった事は・・・・
吹奏楽コンクールの閉会式の審査結果発表&表彰式の際に、部を代表してステージ壇上に他校の部長たちと共に立ち
表彰状を手渡された事かな・・・
あれって・・・・何か照れるものはあるものの
何か「部を代表している・・・」みたいな「誇り」はすごーーく感じたものですね・・・
ま、高校の時はダメ金でも金賞だったから、とにかく舞台上でも嬉しくて感動しまくりでしたけど、
中学の時は・・・・金も取れずに銀だったので、
銀賞の表彰状を貰った際は・・・・全然嬉しくも何ともなかったし、
「これで部長職と大嫌いな吹奏楽から解放される・・・」という嬉しさ半分、
中学最後のコンクールもやはりダメだった・・・という「後悔」の気持ちが半分ととにかく・・・・
「微妙な寂寥感」という感じだったかな・・・・
でもああいう大観衆を前に、部を代表して表彰状を受け取るという感覚は・・・・何か・・・今でも忘れられないものが
ありますね・・・
感覚としては・・・・それから十数年後に、新宿厚生年金会館で開催された
当時在籍していた金融機関での一年間の成績上位者に対する「表彰式」の場面で・・・・
たまたまのまく゜れでしたけど、その成績上位者に運良く入れて1000人近い営業行員が見守る中で
その栄誉が受けられたという事に近いものがありましたね。
あ・・・これは単なる自慢話か・・・・(苦笑・・・)

これは余談ですけど・・・・

私が高校の頃辺りまでは、吹奏楽コンクールの閉会式は・・・とにかく長かったです・・・・
それは・・・審査員の先生の「講評」が時に長いというのも一因なのですけど、
その主要因は・・・・
あの頃は・・・・
成績発表の際、まず各出場チームの金・銀・銅の成績を発表し、
そしてそれが終わった後で各チームに対する表彰状授与を行い、
それが終わった後で・・・・
いよいよ・・・東北大会とか全国大会への代表チームを発表する流れでしたから・・・・
そりゃ・・時間も掛りますよね・・・
そうですね・・・・
私が大学の頃辺りからそうした表彰式の段取りが変化し、
金・銀・銅の成績発表と同時に表彰状が授与されるという短縮方式になっていきまたしね・・・・
高校の頃・・・・
部長として閉会式のステージに部を代表して立った際、
まず初めに・・・「△△高校・・・金賞」と発表されて、とにかく・・・・
「大役が果たせた・・・・歴代部長たちに合わせる顔が出来た・・・」と嬉しかったけど
東北大会への代表チーム発表の際、
代表に選ばれなかった際は・・・・嬉しいと同時に・・・とてつもない「悔しさ」もあり、
確かにステージに立ってはいるのだけど・・・
嬉しい反面、「早いところこの場から去りたい・・・」という屈辱感みたいなものもありましたね・・・



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でも・・・・「吹奏楽コンクール」の本番は・・・・とにかく独特な雰囲気があります・・・
あの雰囲気は・・・・
これは申し訳ないですけど、吹奏楽コンクールを経験した方で無いと中々分かって貰えないかも・・・・
前日は・・・大抵あまりよく眠れずにもんもんと過ごすことが多かったのですけど、
コンクール当日の朝になっていると・・・・
意外と頭は・・・シャキッ!!としている・・・・というか何か・・・凛としたものが・・・・自分の中に内在しているような
感覚すらありました・・・・
中学・高校の時の県大会の会場はほとんどが宮城県民会館でしたけど、
演奏開始の3時間前辺りでは・・・・県民会館近くの勾当台公園という比較的大きな公園で
音出し&ウォーミングアップをするというのが恒例でしたね・・・・
だけど・・・・他の学校も普通に勾当台公園で音出しをあの頃はしていましたけど、
当時の公園来場者は・・・・県大会開催時は、煩くてうるさくてとてものんびり出来る雰囲気では
無かったでしょうね・・・・(苦笑・・)
多分・・・・1980年代のようにのんびりとした時代だったからそんな公園内での音出しも大目に見て貰えたのでしょうね・・・
今の時代は・・・・多分そうした事は無理だと思います。
そして・・・・本番の演奏開始一時間前に会場入りし、30分前にチューニング室に入り、最終的な音程合せを行います。
前回、私の中学の時の話(テナーサックスの先輩がどうしても音程が合せられず、指揮者から
お前は空吹きしろ・・と命じられたのは、このチューニング室の出来事・・・・)
そして・・・・15分前に舞台袖に通され、ここで自分達の一つ前の出演チームの演奏を聴く事になります・・・
この際・・・他校の演奏が自分達と全く同じ課題曲でしたら・・・
結構嫌なものはあったりもしますね・・・・
(コンクールの場合、他校の演奏はとにかくなんでも上手に聴こえてしまいがちなもの・・・)

今回の「響け・・・」の場合、北宇治の一つ前の出場チームの自由曲は、
リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザート」終楽章でしたね・・・・
余談ですけど・・・
アニメでのシェエラザートの演奏は普通にハープを使用していましたけど
私が現役奏者の頃は・・・・「ダフニスとクロエ」第二組曲ですら、ハープを使用する事の方が
まだまだ珍しかった時代です・・・・
ちなみに・・・・1986年の埼玉栄の怒涛の不滅の名演「ダフニスとクロエ」第二組曲ですら・・・
ハープは使用せず、あのハープの細かい動きは、フルート・エスクラで担当していましたからね・・・

そして・・・・自分達の一つ前の演奏が終わると・・・・

ついに・・・・

自分達の出番となるのです・・・・!!

高校・大学の頃って・・・・大抵の場合・・・・自分達の一つ前のチームが演奏している間は・・・・
何か各パート、そして全体で・・・・
その部伝統の「儀式」みたいな事をやっていましたね・・・・
高校の頃は・・・・
部員全員が掌に「一音入魂!!」の文字をマジックで書きこみ、全員で掌を握りしめて前に突出し
小声で・・・「気合!」・「気合い!!」と気持ちを入れていましたし、
大学の頃は・・・・
演奏開始直前に、全員が一つの輪になって、楽器を高々と持ち上げ、やはりほんの小声で・・・
「〇○大、ファイト、オーーッ!!」なんて気持ちを入れていましたね・・・

北宇治の場合、本番の演奏開始直前までリラックス状態で会話しているあすかと久美子は・・・・
私から言わせると・・・すごい・・・・
だって・・・
コンクール本番で、うす暗いライトの中で打楽器等のセッティングを行い、
そして・・・・ライトが明るくなった瞬間に
「プログラム第××番、仙台地区代表 △△高等学校吹奏楽部
課題曲Cに続きまして自由曲は・・・」と
放送でアナウンスされると・・・・もう次の瞬間には演奏が開始されている・・・・
うーーん、正直・・・あの舞台上では・・・・自分達の演奏を楽しもうとかそうした余裕は・・・・
全く無かったですね・・・・

これは余談ですけど・・・
私のように1970年代後半~1980年代後半に「吹奏楽コンクール」に関わったいわゆる「オールド吹奏楽ファン」
にとっては・・・
演奏開始前のアナウンスですけど、
「課題曲Bに続きまして・・・」というようなアルファベットで表記される課題曲の方が・・・今でもなぜか・・・
しっくりくるのですよね・・・
今回の「響け・・・」でも、当然現代風に「課題曲Ⅳに続きまして・・・」とのアナウンスが流れていましたけど
正直・・・・いまだにこの番号式の呼び方は・・・少し抵抗があるのかも・・・・(苦笑・・・)
ちなみに・・・「課題曲B」という呼び方から「課題曲Ⅱ」という呼び方に変わったのは1993年以降の話です。


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タキシード姿で指揮する滝先生は・・・とにかく「的確な指揮」という一言に尽きますね・・・!!

とにかく無駄の無い理性的な指揮だと思います。

というか・・・・アニメの世界でこれほどまで正確に指揮を描写したアニメを見た事がない・・・・
私が大嫌いなアニメ「のだめカンタービレ」でも千秋先輩の指揮ですら・・・あんなに正確な描写は
していなかったと思います。
やはり・・・京都アニメのレヴェルは驚異的ですね・・・!!
ついでに書くと・・・チューニング室での全体チューニングの際に、ペットボトルの水が微妙に揺れていましたけど
ああした繊細な表現が出来るアニメというのは、中々無いと思います。

それにしても・・・・滝先生のチューニング室での最後の言葉は・・・本当に素晴らしいものがありました。

「春、あなた質は全国大会を目指すと決めました。向上心を持ち、努力し、奏でてきたのは全て皆さんです」

「誇ってください。私たちは、北宇治高等学校吹奏楽部です」

「そろそろ本番です。皆さん、会場をあっと言わせる準備はできましたか?」

これは・・・本当に奏者の気持ちをよく分かった上での言葉ですし、緊張している奏者の気持ちを一つにするには・・・
本当に十分すぎる言葉だと思います。
あーあ、ホント、こういう先生に一度でいいからコンクールの指導を受けてみたかったな・・・・
しつこいようですけど、コンクール本番の直前のリハーサル室で、奏者に空吹きを厳命する
どっかのアホ教師とはエライ違い・・・・




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コンサートチャイム奏者に大太鼓(パスドラム)奏者にもファゴット奏者にもこうやって光が当たるアニメを
お目にかかれるなんて・・・・
ううぅぅぅ・・・、それだけで私は・・・感涙ものです・・・

私の高校なんて田舎の貧乏県立高校でしたから、こんな「コンサートチャイム」も「ドラ」も・・・
そしてペダルティンパニーすら無かった・・・・(苦笑・・)
だから・・・コンクールや定期演奏会の度に、他校にこうした打楽器のレンタルをお願いしに行ったというのも
懐かしい思い出ですね・・・
大太鼓奏者は、普通は撥は一本しか使用せず、大抵は、リズムをズドンと叩きこむという役割が多いのですけど
あの場面でなぜ二本使用しているかと言うと、それは・・・・「ロール」と言って
ティンパニーのように連続した音のうねりを出すことで、
迫力・地響きみたいな演奏効果を狙っているのだと思われます。



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久美子自身も色々とありましたけど、とにかく最終回は・・・・久美子に限らず
まさに「全員が主人公」という感じでしたね。

やはり・・・吹奏楽部は・・・運動部並のチーム競技なのだと思います。

でも・・・最終回における久美子のあの気合入りまくりの表情は・・・・とても素晴らしかったですね!!



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改めて感じた事は・・・・

やっぱり「音楽」というものはいいものですね!!

それは・・・・オーケストラでも吹奏楽団でも本質は・・・同じものだと思います。
25.粟野中学校

 D/火の伝説

 この粟野中学校ですけど・・・・
 この年の前年の1980年の「飛鳥」の演奏のインパクトがあまりにも強すぎるのか
 曲自体の魅力が「飛鳥」に比べると少し弱いせいなのか、理由は今一つ釈然としないものがありますが、
 この年に関して言うと・・・・
 少し印象が希薄なのかな・・・という感じもします。
 あ、勿論レヴェルは高いと思いますし、金賞と言う評価には十分妥当性はあると思います。
 でも・・・
 1980年のあの伝説の名演、「飛鳥」の演奏とついつい比べてしまうのですよね・・・
 「飛鳥」なんですけど、この曲、正直そんなに「派手」とか「ため息が出そうなほど鮮やかさ」がある曲では
 無いと思うのです・・
 ま、他チームの演奏とか東京佼成の演奏を聴く限りでは、どちらかというと「地味」な曲とすら感じてしまいます。
 だけど、そうした本来地味な曲のはずの「飛鳥」を
 ああやって・・・
 とにかく打楽器の強弱のコントラストをあそこまで極端に付ける事で、そして・・・
 テンポ設定を時に大胆に遅くしたり、テンポルバートを掛ける事で
 曲の雰囲気というか印象は・・・随分と変わってしまうものなのですね・・・ 
 その意味においては、1980年の粟野中の「飛鳥」はどちらかというと・・・・曲の内容そのものよりも
 演奏解釈と言うか、過度とも思える強弱と明暗のコントラストを鮮やかにつけたその表現方法が
 高く評価されたという事なのかもしれませんよね。
 だけど・・・
 1980年当時、中学3年生だった自分が、後日学校が購入した「日本の吹奏楽」というこの粟野中の演奏が
 収録されたLPレコードを聴いた際は・・・
 「本当に彼らは・・・・自分達と同じ中学生なのか・・・あまりにも自分達とは格が違い過ぎる・・・」と
 本当に自己嫌悪に陥ったものですし、
 とにかく・・・粟野中の生徒達はすごい・・・
 こんなにも・・・邦人作品という音楽一つだけで、こんなにも聴く者に「何か」を伝える事が出来るんだ・・・と
 感じ取ったのは紛れも無い事実です。

 そんな中、多分・・・この粟野中の演奏は注目度が高かったと思います。

 だって・・・
 
 前年の「飛鳥」と同じく櫛田さんの邦人作品ですし、指揮者は同じでしたから・・・

 だけど・・・この年の演奏と前年の「飛鳥」は決定的に違う事が一つあったようにも思えます。
 これはあくまで個人的見解ですので、
 「そんな事ないよ・・・」という人がいるかも・・という事は百も承知の上で書かせて頂くと、
 「飛鳥」はどちらかというと、奇抜な表現スタイルの斬新さが評価されたもの・・・
 「火の伝説」は、曲と演奏の内容そのものが評価されたもの・・・・
 「飛鳥」は表面的な演奏なのに対して、「火の伝説」は、内省的な演奏を追求したもの・・・・と言えるのかも
 しれません・・・
 ま・・・もっとも・・・「飛鳥」も正直・・・今現在の視点・感覚で言うと明らかに音量過剰でやり過ぎ・・・
 「火の伝説」も「飛鳥」の後遺症のせいなのか・・・(?)
 比較的音量は過剰と言うか、少し鳴り過ぎという感じもあります。
 だけど「火の伝説」はどちらかというと・・・・日本人の「心のふるさと」というか「わび・さび」みたいな風格も
 漂う曲ですし、曲自体、「飛鳥」みたいな「豪快さ」・「鳴りっぷり」は求めていない・・
 どちらかというとかなり「地味」で内面性を重視する曲ですけど、そうした「日本人でないと分かりにくい感覚」
 というものを結構的確に描いた演奏のような感じもあります。
 ま・・だけど・・・
 奏者としては・・・何かそのあたりが欲求不満だったみたいなものはあるのかな・・・
 何となく粟野の「火の伝説」を聴くと・・・・奏者が何か「迷いがある・・」みたいな感じもあるのですよね・・・
 本当は鳴らしたくて鳴らしたくて仕方が無いのだけど
 曲自体地味でおとなしめの曲だから、あんまり過剰に鳴らせない・・・
 ま・・・そのあたりの欲求不満を課題曲Dのマーチでぶつけてしまったみたいな感じもあったかな・・・・??
あの「青空の下で」は・・・・明らかに・・・音量過剰・・・

 それにしても・・・・「火の伝説」は中々、「これぞ火の伝説の本質!!」みたいに完全に納得できる演奏に
 お目にかかれませんね・・・
 この曲は、1982年に錦城学園が、1997年に伊丹北が全国大会の自由曲に選んではいますけど
 どちらも今一つというか今二つ・・・・
 だけど錦城のあの独特の「音の粘り」というか「日本人らしいわび・さび」の世界はかなり本質に迫っていたと
 思います・・・・
 現在放映中の「響け! ユーフォニアム」の舞台は京都府なのですけど、
 京都の学校がああいう「日本人の心の原点」みたいな曲を現代のシャープな感覚で吹いたら・・・
 意外と面白いのかも・・・??

 最後に・・・・余談ですけどこの「火の伝説」で一つ忘れられない演奏があります・・・

 何かと言うと・・・1993年の関東大会中学B部門で、山梨県代表として「火の伝説」を吹いた笛川中学校の演奏は
 そうした意味で大変内面的に充実した演奏で良かったのですけど
 曲の終わらせ方のアィディアが実に秀逸・・
 打楽器奏者が鉄のタライを持ち上げ、タライをゴーーーンと響かせ、タライの余韻の中、静かに閉じられたのですけど
 あれはいかにも・・・「京都での日没」をイメージさせるものがあり
 視覚的にも大変斬新だったと思います。
 ま・・・考えてみると、当時笛川中を指揮されていた大島先生は、後日敷島中に異動され、
 その敷島中を全国大会の金賞常連校にまで育て上げた方ですので、当時も・・・・色々と小編成の枠内で
 色々と試行錯誤をされていたのですね・・・
「響け! ユーフォニアム」もあっという間に最終回を迎えてしまいましたね。
「浦和の調ちゃん」同様に、なんかあっという間の三ヶ月でしたけど、調ちゃん同様、是非是非第二期は
やってほしい!!と切に希望しております。
今回の第一期は、京都府大会突破というある意味ハッピーエンドで終わっているのですけど
原作を読む限りでは・・・・
北宇治高校の「真の意味での修羅場」は、むしろここからが始まりという感じがありますからね。
今回のアニメは、原作でいう所の一巻から第二巻の少しで終った感じもありますので、是非是非続編としての
第二期を大いに期待したいと思います。





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改めて第12話を見てみると・・・・

感想は・・・一言で言うと、最終回直前にてやっと影の薄い主人公の久美子がやっと主人公らしくなってきた・・・という
感じなのかな・・・
ま・・・久美子は・・・・麗奈の百合要員という大事な(?)役割を担っているのですけど、
ここにきて、
「私は・・・とにかく・・・上手くなりたい!!」という久美子の強い思いが実にうまく描かれていたな・・と感じずには
いられませんでした。
久美子というと、緑輝(さふぁいあ)が言う通り、どちらかというと醒めている印象があり、
「なぜ、自分は吹奏楽部に所属しているのか」とか
「なぜ、自分は吹奏楽コンクールで上位入賞を果たし、県代表として支部大会で吹きたいのか」という「問い」に対して
必ずしも明確に自分自身でも分かっていないという印象が大変強く、
何となく・・・「姉が吹いていたから」とか「他にユーフォを吹く人がいなかったから」とか
皆がコンクールに向けて頑張っているから、つられて自分も何となく頑張っている振りをしているというような側面が
あったのも必ずしも否定できないと思います。
久美子の変化の兆しは・・・やはり第11話の麗奈のオーディションに触発されたという事なのかな・・・


物語もなんだかんだ言って京都府大会の10日前あたりまで進んでいます・・・
コンクール10日前というのは、私自身も何度も経験がありますけど、
「えーー、コンクールまでまだ10日もある・・・・あと10日もこんなきつい練習をしないといけないのか・・・」という
マイナスの気持ちと
「まずい・・・コンクールまでもう10日しかない・・・
ちっ・・・まずいな・・・・一応譜面上の音符は全て吹けるけど、まだまだ全然完璧じゃないし、
指揮者が求めている音・表現にはあまりにも程遠いものがある・・・・これはあと10日あまりで何とかしないと・・・」という
プラスの気持ちが交錯するものです。
そして、指揮者にとっても、
「どうすれば、奏者の力を100%、いやそれ以上の+αのものを引きだす事は出来ないか・・・・」と色々思い悩む時期でも
あったりもします。
滝先生にとっては、自由曲の158小節目あたりの全体を支える役割の低音セクションの重厚感が足りないと
判断したのかな・・・?
おそらくは、その部分は元々はユーフォニアムパートは休みなのかもしれませんけど、
その部分について、コントラバスのパートをユーフォニアムもユニゾンとして重ねて吹く事を指示します。
ま・・・これですけど、
厳密に言うと・・・・著作権法違反なのかな・・・??
個人・団体がスコアを購入時に、演奏会・コンクールでその曲を吹く「使用料」みたいなものもそのスコア代の中に
入っている事が多いと思うのですけど、
その代わりに、一般的には、作曲者がスコア上で指示していない事、
例えば・・・・
スコア上では、トランペットが吹く事を指定されているのに勝手にその部分をホルンに変更したりとか
あるパートがそのメロディーラインを吹く事が指定されているのに、勝手に他のパートの音をユニゾンとして
追加させたりする事は・・・・
多分・・・厳密に言うと著作権法違反なのかも・・・・
ま・・・これはあくまでアニメという架空のお話ですので、そんな細かい事はどうでもいいのですけど、
だけど、実際、吹奏楽の現場ではこれに近い事は日常的に行われているような気もします。

私の場合ですけど、通常、クラリネットパートというものは、ソロ・ファースト・セカンド・サードとパート内で更に
細かく分かれるのですけど、
例えば・・・ファーストが担当する箇所が、指使いが苦手とかうまい替え指が無いとか
この高音を出すのが苦手とか、ま、理由は色々とあると思うのですけど、
どうしてもうまく吹けない場合は、パート内同士で話をつけて、
145小節から152小節のファーストの××が本来担当する箇所については、その部分だけセカンドの△△が
代りに吹くとか
本来は高音域の伸ばしのユニゾンなのだけど、全員がその高音域を吹いてしまうと、
何か首を絞められた絶叫のように聴こえてしまうから・・・という理由で、半分程度のメンバーは、
一オクターブ下げた音域で吹くとか
ファーストクラが吹くと「悲鳴」のようにしか聴こえない高音域の箇所を代わりにE♭クラ(エスクラ)が吹くとか
ま・・・、色々と現場では、歴代の先輩達の悪知恵(?)を色々と駆使したものです・・・・(苦笑・・)
どうやってスコアに書かれている事を吹くか・・・もしくはどうしても出来ない場合、どうやって審査員・聴衆に
ばれないように巧みに誤魔化すか・・・・
とにかく・・・・指揮者も大変だけど、奏者も大変なのです・・・・

そうそう・・・今回の「響け・・」の自由曲の例の158小節目あたりのユーフォニアムがコントラバスと重ねて吹くように
指示された個所なのですけど、
ああいう速いパッセージをユーフォが吹くのは相当難しいと思います。
ユーフォニアムは、基本的にはピストンの上下とブレスの強弱によって音を奏でるのですけど
ああした速いテンポでの演奏は、素早いピストン上下の操作とか息遣いの強弱とかかなり難易度は高いのかなと
思います。
最近ですけど、久しぶりに楽器店のスコア売場を覗いてみたのですけど、その中に
F.シュミットの「ディオニソスの祭り」とかクロード・スミスの「ダンス・フォラトゥーラ」とかスパークの「宇宙の音楽」の
譜面があったのですけど、
やはり難しいですよね・・・・
特に・・・・「宇宙の音楽」をクラリネットで吹けと言われても・・・・現役時代の自分でも・・・多分吹けそうにない・・(苦笑・・)
そして・・・「ディオニソスの祭り」とか「ダンス・フォラトゥーラ」のユーフォニアムのパート譜をちらっと見て
驚愕したのですけど、
これって・・・・
ピストン上下式の金管楽器なのに・・・・まるでクラリネットみたいな運指の連続・・・・!!
え・・・・これ・・・・クラリネットで吹いても相当厄介なのに、こんな速いテンポであの難解な16分音符の連続は・・・
ユーフォ奏者にとっては、まさに「災難」以外の何者でも無いですね・・・・

今回の久美子は、例の自由曲の158小節目あたりの弦バスとのユニゾンを相当苦戦していましたけど
あれ、苦戦する気持ちはよく分かりますね。
ああいう速いパッセージを練習する場合、第12話で久美子が野外の個人練習でやっていたように、
指定テンポよりかなりゆったりとした遅めのテンポでまずは指使いとか息遣いを慣らしていき、
そして徐々にテンポを上げていくというのがアマチュア吹奏楽の基本的な練習方法なのでしようね。
そういう私自身も・・・・
スペイン奇想曲とか幻想交響曲とか絵のような風景なんかも、
出来ない部分は、まずゆったりとしたテンポで指使いを叩きこみ、段々とテンポを上げていくといった
地道な反復練習は・・・・
もう・・・嫌になる程やりましたね・・・
ま・・・その場合、メトロノームは必需品ですけどね・・・
またまた話が脱線しますけど、
私が高校1年の時のコンクール課題曲がA/イリュージョンだったのですけど、この課題曲本当に冒頭が大変薄く書かれ
奏者泣かせで、
ユーフォニアムの二度の和音とチューバの単音で開始されるのですけど、
思えば、あの時・・・・ユーフォ奏者は、練習時に5回の一回の割合でこの冒頭の薄い部分を外し、
指揮者から毎回毎回お小言を頂戴していて、
そのユーフォ奏者も朝とか練習終了後、よーく一人音楽室に居残り、あの部分を何度も何度も繰り返し
一人孤独に個人練習していたのが、なんか・・・・久美子とついつい・・・被って見えてしまいます・・・・
ま・・・当時の私はそのあたりのデリカシーが全く無く
(デリカシーが無いのは今も同じか・・・だから・・・プログを15日も閉鎖してしまうのですよね・・苦笑・・・)
そのユーフォ奏者に向かって、よーく
「よ!! 下手くそユーフォ!! 今日の全体練習も冒頭から外しまくりか・・・!!」とからかって、時にそいつから
怒りのスコアを挟んだ厚めのスクラップ帳の頭部直撃叩き付けを食らって脳がフラフラ状態になっていましたけど、
ま・・・それは自業自得でしたね・・・・(苦笑・・)

ちなみに・・・・久美子が個人練習時になんで膝元にハンカチを敷いているかと言うと
ユーフォニアムは、楽器底部のツバ抜きから定期的に溜まったツバを抜かないと音がこもるから、
そうしたツバをハンカチで吸収するという意味合いがあったりします。
クラリネットの場合、楽器の一番下部のベルの部分から、勝手にツバがしたたり落ちるのですけど、
指揮者なんかは・・・
床に落ちたツバの量から、本当に個人練習をちゃんとしていたのかを見抜く・・・・なーんていう人もいましたね・・・

とにかく・・・

今回の話の久美子の必死の形相で炎天下、鼻血を出したことにも気が付かない集中度で練習に取り組んでいたのは、
久美子自身の「成長」の証しなのでしょうね。


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でも・・・・吹奏楽部は・・・・ある意味運動部と同じくらいの「集団競技」みたいな側面があり、
本人の日々の努力が結果的に実を結ばない場合もありますし、
時にコンクールと言うものは・・・・本人にとって残酷な結果を突き付ける場面もあったりします。
(その一つの例が、前回・前々回のオーディションなのですけどね・・・)
滝先生が、トロンボーンの秀一に
「練習で出来ない事は本番でも出来ない」とか「出たしがずれるという事は本番でも同じくずれてしまい
結果的に全員に迷惑を掛ける」みたいな結構キツイ事を言っていましたけど、
それって・・・・
現役奏者の頃なら「なーに、言ってんだ!!」みたいに反発するかシュン・・・となってしまいがちになるのですけど
今現在の視点で考えてみると、
滝先生は、当たり前の事を言っているようにも思えてなりません。
私自身も不思議な事に、中学・高校・大学の指揮者からほぼ共通して
「あなた達は、コンクールの課題曲・自由曲、別に少しぐらい間違えても大勢に影響がないと甘い事を
考えているのかもしれないけど、
もしも、コンクールメンバー50人の中で、全員が一つずつ間違って吹いたとしても、それは結果的に
12分間の演奏の中で何と、50箇所のミスを発生させているという事だ。
12分間の演奏の間に、50箇所ミスを発生させたら、それはどうな演奏になるのか君達は本当に分かっているのか!!
なんで、わずか12分間の課題曲・自由曲の演奏に全神経と気合を集中できないのか・・・!!
とにかく・・・この12分間に集中しろ!!」と
同じような言葉を言われたものです。

でも・・・それって、確かにその通りなんですよね・・・
上京後、そして就職してからも全国大会とか支部大会・県大会と色々と吹奏楽コンクールは聴いてきましたけど
確かに・・・・
ミスが多い演奏は・・・・集中度に欠くような雰囲気もあるものです。

勿論、人間なのだから、時にコンクールと言えども「ミス」は大いにあり得る事で、別にミスは誰にも責める資格は
無いと思います。
だけど・・・・
コンクールで良い演奏をしたいのなら・・・・上位入賞&支部や全国への代表を勝ち取りたいのなら、
ミスは・・・・当然ない方がいいに決まっています。

今回の話は、知らない人が見てしまうと、
「滝先生は・・・なんていう冷たい先生」とか「コンクールのためには当人の努力も無視して冷徹に対処する非情な人」
みたいな印象を持たれがちなのかもしれませんけど、
それは・・・ちと・・・筋が違う・・・・
滝先生は、
「そこ、難しいですか? 本番までに出来るようになりますか?」
「本番で出来ないということは、全員に迷惑をかけるということになりますよ・・」と諭した上で
久美子の「出来ます!」という言葉を引き出し、
結果的に一度はチャンス=猶予を与えている・・・・
だけど・・・結果的に久美子は滝先生が求めるレヴェルには至らなかった・・・・
それゆえ・・・・
「そこは・・・・田中さん一人で吹いて下さい・・・」というある意味残酷な結果を久美子にもたらしている・・・

ま・・・・この辺りは・・・・
京都府大会で関西大会代表を掴むには少しの妥協やヘンな音は許されないという滝先生の気持ちも
よーーく分かりますし
久美子のこれまでの頑張りを見てしまうと、久美子の気持ちも痛いほど分かります・・・・

本当に・・・・この場面は・・・・見ているだけで本当に痛々しかったですし、
どちらの気持ちも分かるだけに、私としては・・・・とにかくいたたまれない気持ちでした・・・
ホント、見るだけでストレス倍増のこのアニメの中でも屈指の痛い場面でしたけど
同時に大変「せつないもの・・」も何か感じてしまいました・・・・

以前書いたと思うのですけど、練習中の指揮者からの「はい、それでは一人ずつ・・」という言葉、
これは私の周囲ではよく「晒し」と呼んでいましたけど
あれは・・・・本当にプレッシャーがかかるものですよね・・・・
だけど・・・・
それ以上に・・・
「この部分は・・・・あなたは(ヘタで全体に迷惑が掛るから)吹かなくていい」と皆が見ている前で宣告されてしまうのは・・
久美子にとっては・・・・
屈辱なんだけど
同時に・・・・その悔しさの矛先は・・・・「自分自身」しか結局のところ存在しない・・・・というのが大変つらい面が
ありますよね・・・
だけど、その「あなたはそこは吹かなくてもいい」というある意味戦力外通告は・・・・
これを食らう方の気持ちを考えると・・・・本当に胸が痛みますし、大変せつないものを感じずにはいられません。
久美子が・・・・
人ごみの中を・・・・
「上手くなりたい、上手くなりたい、上手くなりたい!!」と絶叫しながら・・・号泣しながら駆け抜けていくシーンは・・・・
この「響け・・・」の中でも屈指の印象深いシーンだと思います。
今までは・・・・ただ漫然とのほほーんとユーフォを吹いていた久美子が、
麗奈のオーディションを契機に真剣にユーフォと向き合い、そして・・・この「屈辱」の中で・・・・
更に・・・・「もっと上手くなりたい!!」という気持ちに向かっていくその心理描写が実に巧みに描かれていて
本当に・・・京都アニメーションのクオリティーの高さには本当に脱帽した思いです。

私自身も現役奏者の頃は・・・・とにかく久美子と同じだったかも・・・・

とにかく・・・

「上手くなりたい!! 少しでも他人より上手く吹きたい!! そして・・・・自分自身を認めて欲しい!!!」

そんな気持ちだったのかも・・・・

だからこそ・・・・久美子の気持ちは痛いほどわかる・・・・
(滝先生の立ち位置もよく分かるけど・・・)

低音の支えの補強という重要パートを振られる久美子だったけど、
努力を重ねてきたが(現時点では)応えられなかった・・・・
この流れの中で自然と久美子の口から飛び出した言葉が・・・
「悔しくて死にそう」
そう・・・・これはまさしく第一話での麗奈の言葉と被ります・・・
これは努力しきった人間だから出せる言葉ですし、過去の麗奈の気持ちとここではっきりと重なり合うのです。
そうした二人の関係性と心情をここまで鮮やかに自然に出せるアニメは、実に稀有な存在だと
思います。
とにかく「素晴らしい!!」の一言に尽きると思います。

「私はユーフォが好き!!」、この気持ちだけで突っ走れる久美子が素敵でしたし、
まさに・・・・
この第12話は、久美子の久美子による久美子のための第12話と言っても過言ではないと思います。


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今回の話を見ていて、何か私自身の中学の頃の吹奏楽コンクールでの嫌な記憶が蘇ってしまいました。

中一の時の地区予選で、本番直前のチューニング室での出来事だったのですけど、
テナーサックスの先輩の音がかなり高め・・・・
マウスピースとコルクの位置を調整しても中々音が下がらないし、チューニングが合わない・・・
イライラした指揮者の先生は・・・その時・・・
「もう、お前は吹かなくていいから空吹きしていろ!! 代りに県大会でこの屈辱を埋めろ!!」と指示し
そのテナーサックスの先輩は、地区予選は空吹き・・・
あ、「空吹き」とは、吹いているマネだけで、本番中は一音も出さない事を指します。
でも、これって・・・久美子が感じた以上の「屈辱」ですよね・・・・奏者にとっては・・・・
ま、だけど・・・この地区予選は・・・・これまでの記事で書いている通り、
結果は・・・・タイムオーバー失格・・・・
だから・・・、その空吹きを命じられた先輩の傷も「地区予選落ち」というそれ以上の屈辱に消される形で
何とか広がらずに済んだのですけど・・・・
翌年の県大会で・・・・
何と・・・前年同様に、チューニング室で音が合わず、またまたそのテナーサックスの先輩だけ
指揮者の先生から「空吹き」を命じられていました・・・・
これは・・・・さすがに・・・いくらなんでも2年連続はまずい・・・
さすがに・・・・教育的配慮に欠けていたのかも・・・・
そのテナーの先輩は中三でしたので、これが最後のコンクール・・・・
当時の部長が指揮者の先生に色々と取り成しをしていたのですけど、先生は全く聞く耳を持たず・・・・
雰囲気が最悪に近い形で本番のステージを迎えてしまい、
この話は以前の記事でも書いたのですけど、
練習時では、2拍振ってから課題曲を始める所をなぜか・・・本番で1拍で始めてしまい、
課題曲C/幼い日の思い出の冒頭から既にメロメロの崩壊状態・・・・
そして・・・・結果的に2年連続コンクールの本番で空吹きを命じられたテナーサックスの先輩は・・・・
ずっと号泣していました・・・・

ま・・・・そうした事が・・・・この数か月後に発生する私の代の「大量の退部者」を生み出す事件の一つの背景に
なっていたのかも・・・・

指揮者の立場は本当に辛いもの・・・・

それはよく分かります。

だけど私の中学の頃のあの先生は・・・・そうしたデリカシーには明らかに欠けていた・・・

その点、「響け・・・」の滝先生が「あ、いいな・・」と思う事は、

滝先生のさりげない優しさと配慮・・・

滝先生のラストの場面の久美子に対する

「吹けなかった所、練習しておいて下さい」
「あなたの出来ますという言葉を、私は忘れていませんよ」の言葉は・・・・
本当に・・・あれは・・・じーーんとくるものがありました・・・・
うーーん、自分の中学の頃とは何と言う違い・・・・
こういう先生に一度でいいから指導を受けてみたかったな・・・・

最後の(恒例の)久美子の麗奈の百合シーンもよかったけど・・・・
やっぱり今回の話は、久美子に尽きましたね!!
最近の吹奏楽コンクールでは・・・メリッロの「アメリカの騎士~選ばれし者」を自由曲として選ぶチームは
随分と少なくなってきた印象がありますね・・・
2001年~2003年に掛けてこの曲は吹奏楽コンクールでは大ブレイクを果たし
支部大会では結構多くのチームがこの曲を自由曲にしていましたよね。
多分あれは・・・・2001年の市立柏高校の素晴らしい名演が色々と影響を与えたのかもしれませんよね・・・・

実は・・・・

私、この曲自身の事は・・・あまりよく知らないのです・・・

というか・・・多分・・・多くの吹奏楽ファンの皆様は・・・私と同じ感想を持たれているのかも・・・??

それにしても・・・この「選ばれし者」とは・・・随分と・・・何かいかにも「傲慢な大国・アメリカ・・・・」を象徴するような
タイトルだな・・と感じていたら・・・
もしかしたら・・・誤訳ではないのかという人も一部にはいるようですけど、
そのあたりの真偽も今一つ定かではないのですよね・・・
この「選ばれし者」は、組曲「アメリカの騎士」という組曲の中の一つの曲・・・という話は耳にした事はあるものの、
いずれ組曲全曲が発表されると思われたのですけど、その全貌はベールに包まれたまま年月が過ぎたという
感じでした・・・・
そして・・・選ばれし者」だけが先行出版されてきた・・・というのが定説だったような気もします・・・
(ま・・・この辺りは・・・情報不足なもので・・・書いている方も正直あんまりよく分かりません・・・苦笑・・)

そうした中・・・2007年頃だったかな・・・?
「A WISH TO THE WORLD」(世界への願望)という曲が、発売され、この曲が・・実は組曲「アメリカの騎士」の
ほぼ全曲版ではないのか・・という事が判明したのは・・・
この組曲は全19曲から成り、2007年に発売されたCDには15曲が収録されているようですけど、
日本であんなに大ブレイクした「選ばれし者」は未収録なんですよね・・・
当初は「アメリカの騎士」として作曲された一連の作品群なのですけど、
2001年の「9・11同時多発テロ」を機に、「世界への願望」というタイトルに変更されたみたいですね・・・

だけど・・・私自身、選ばれし者のプロの演奏とか「世界への願望」という曲も聴いたことがないもので、
正直・・・・書いている方が言うのもなんですけど、
このあたりは・・・あまりよく分かりません・・・・
但し、一つ言える事は・・・・「選ばれし者」の曲自体は、大変イメージがしやすいし分かり易いし
聴いていて「スカッ!!」とする爽快さはありますね・・・・
この曲冒頭がとにかく格好いいですし、序盤の展開部のスピード感が実に爽快ですよね。
あの切れ味は・・・何かジャズの世界みたいな感じもありますし、やはりサックスセクションのノリの良さと
ベースギターのリズムギンギンのあのノリは・・・すごいものがありますね!!
中間部の高揚感も、ま・・・確かに「意図が見え見え・・」みたいな人工的な安っぽい感じが確かにあるのも
否定はしませんけど、
あのいかにも・・・・
「努力すれば全ての夢がかなう事が決して夢物語ではない」みたいなアメリカンドリームを彷彿とさせるあのノリは・・・・
素晴らしいものがありますよね!!


「選ばれし者」の過去の吹奏楽コンクールの名演としては・・・・
多分誰しもが2001年の市立柏高校を挙げると思いますが、
私はここはあえて・・・2001年の洛南高校を推したいと思います。
確かに市立柏は・・・ベースをギンギンに聴かせて都会的で洗練された格好いい音楽なのですけど、
逆に少しええかっこしすぎ・・みたいな感覚もあったりもします。
その点・・・洛南は・・・実に音楽が正攻法・・・・
特に・・・ラスト近くのティンパニーの硬質な響きが個人的には特に特に・・・・気に入っています。

だけど・・・なんで唐突にこのメリッロの「選ばれし者」はコンクールの人気自由曲から消え去ったのだろう・・・・??

ま・・勿論・・・コンクールの自由曲の人気の浮き沈みは激しいですからね・・・

「選ばれし者」の場合、多分・・・・吹奏楽連盟の「コンクールにおけるベースギター禁止」の通達の
影響が大きいのかも・・・・

確か最近のコンクールは、吹奏楽連盟の通達によりベースは使用不可になったのでしたね。
確かに・・・このメリッロの「選ばれし者」からベースギターを除いて代用楽器としてコントラバスを当てたとしても
多分・・・曲自体の持ち味は半減するかもしれないですよね・・・
そのくらい・・・ベースギターが大きな影響力があった曲だったのだと思います。

ベース使用の曲と言うと、最近の吹奏楽オリジナル作品の中では・・・

〇アメリカの騎士~選ばれし者

〇コンサートバンドとジャズバンドのためのラプソディー

あたりが有名ですよね。

ベースを全国で一番最初に使用したチームはどこなんでしょうか?
自分の聴いた限りでは、1986年の東海大学第一高校なのかなと思っています。
自由曲は、ラム/イーゴリファンタジーという曲でしたが、
導入部で最初にベースがなった時は、すごいインパクトを感じたものでした。
だけど、この演奏録音で聴くと、すごく面白いものがあります。
生で実際に聴いた時は、正直「全然盛り上がらないし、この曲のどこが面白いのか
よく分らない」という感じでした。
指揮棒もノリノリなのですけど、今一つ盛り上げに欠ける曲と感じたのも事実です。
曲が終始ジャズ風に鳴っているのだけど、曲自体の緩急の差とか強弱の差が弱く、
何となく騒がしい曲だなーという印象だけで終わってしまったような気もしました。
だけど後日改めて聴いてみると、
別タイトル名が「ストラヴィンスキーの主題による幻想曲」となっている通り、
幻想曲「花火」とか「春の祭典」のモチーフを部分的に取り入れたり、
クラシック風とジャズ風な要素をミックスさせたりと色々面白い試みはあったと思います。
終わり方も「春の祭典」のパロディーみたいで、それもまた面白いと思います。
何か、この曲はライヴで聴かせるよりは、CD等の録音でじっくり聴いた方が楽しめる曲の
部類に入る曲のようにも思えました。
だけど途中でベースの相当大胆なソロもあるし、やはり面白い曲だと思います。

意外な事かもしれませんが、
ミッチェルの「海の歌」にもベースが使用されています。
高校二年の時、定期演奏会でこの曲を演奏したのですが、確かパーカッションパートが
「あれ、この曲にベースが入っている」とか言っていたので総譜を見てみると確かに
ベースが打楽器として入っていました。
あんな抒情的な曲にベースの指定があるとはかなり意外な感じもしたものです。
演奏会では、ベースは使用しませんでしたが・・・

吹奏楽コンクールは、確か1981年にピアノを用いる事が解禁となり、
それから弦楽器・ハープもOKとなり、その流れで確かベースも可となっていったような気がします。
ハープを最初に使用したチームは、恐らくは
1981年の市立川口高校の「無言の変革~問い」だと思います。
ヴァイオリンを実際にソロ楽器として使用した初めての例は、1982年の仙台第一高校の
組曲「グランドキャニオン」だと思います。
チェロを使用した例は、96年の伊奈学園の「英雄の生涯」だったかな・・?

だけど確かにチェロとヴァイオリンの使用は何か反則的な感じもするので、現在の使用不可と言う規定は
まあ仕方がないとは思います。
まず本編の前に・・・・

改めてですけど、この15日間に渡るブログの仮閉鎖状態で多くの皆様にご心配をお掛けたした事を
改めてお詫び申し上げます。
そして同時に、先日の「ブログ再開」記事で、あんなにも数多くの方よりコメントを頂けた事に
深く深く感謝を申し上げたいと思います。
本当に・・・

「ありがとうございました!!」

まさか・・・・あんなにも多くの方からこうした温かいお言葉を頂けるとは全くの想像外でしたし驚きでした。
本当に・・・本当に嬉しかったですし、
再開してよかったな・・と実感したものです。
相手への配慮の気持ちも忘れずに同時に「自分が伝えたい事」も的確に記すという
難しいテーマを発見したような気もしますけど、
とにかく・・・
こんなしょーもない管理人&ブログですけど、
改めて今後とも宜しくお願いします!!

頂戴したコメントは・・・・順次ご返事をさせて頂いておりますが、
まだ半分程度しかお礼のご返事が出来ておらず誠に心苦しく思っています。
私は土日が出勤で、今週は月火が休みのシフトになっていますので、
必ず早めにご返事をいたしますので、何卒・・・しばしお待ち頂けると幸いであります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


あーあ・・・、4月から毎週楽しみに見ていた埼玉県ローカルショートアニメ「浦和の調ちゃん」も
6/25の放送で最終回・・・
元々5分間の深夜ショートアニメという事もありましたけど、何か12回で終らせるには
何か勿体無い感じもありますね。
せっかく・・・・47都道府県の中で、もっとも「県民愛・帰属意識」が希薄とされる「埼玉県」のご当地アニメが
誕生したのですから、
せめて一年・・・いや半年ぐらいは続けて欲しかったですね・・・
出来れば・・・・今後続編を大いに期待しています。
第二期もいつの日にか制作してくれると・・・私・・・信じている・・・
(by フレッシュプリキュアの祈里・・・・)

ま・・・ですけど、この三か月間とっても楽しく拝見させて頂きましたし、
ま・・・私自身は、さいたま市浦和区民ではなくて川口市民なのですけど、
職場がさいたま市浦和区ですし、自宅だって・・・・限りなく・・・・さいたま市南区に近いですから
やっぱりなんだかんだ言ってこの「浦和の調ちゃん」はとっても愛着と親しみやすさがありましたね・・・・

今回の8人の主要キャラの内、職場に一番近い地名に由来する「上木崎常盤」の関連ネタについて
ごく簡単に書かせて頂きたいと思います。


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上記交差点の地名表記が「上木崎」となっています。
ま、ここは、旧中山道沿いで与野駅とさいたま新都心駅の丁度中間地点のローソン前あたりに位置しています。
考えてみると、「上木崎」って結構広いのですよね・・・
1丁目から8丁目までありますし、
浦和西高校近辺も上木崎ですし、与野駅の西口のラフレさいたま辺りも実は・・・上木崎なのですよね。
全くのローカル話になってしまいますけど、上木崎8丁目を過ぎると、唐突に見沼区上山口新田に
入ってしまう印象があるのですけど、上木崎と見沼区がかなり接近しているというのも、何か意外な感じが
あります。





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浦和区上木崎には、「足立神社」という住宅街のまさにど真ん中に建立されている足立神社という神社が
建立されています。
ここの神社は、産業道路からも結構近く、
「あれれ・・・、なんでこんな所に神社があるのかな・・・?」と思わず思ってしまう程
住宅街の中に突然神社とかその参道が唐突に出現するという印象すらあります。
だけど、そうした住宅街の中に比較的長めの参道とか樹木を見ると、何か気持ち的には癒されるものが
ありますし、
やはりこうした神社の独特の「荘厳な雰囲気」には、心を洗われるものがあったりもします。
「浦和の調ちゃん」では、主人公の高砂調は、毎日浦和区岸町にある「調神社」へのお詣りを欠かさない感心な
女子高生ですけど、
上木崎常盤は・・・・たまには足立神社等に参拝とかには来ないのかな・・・??
ま・・・・常盤の実家の北浦和とここの足立神社がある上木崎では、結構な距離があるから、多分・・・
それはないのでしょう・・・

ここの神社の境内社は五社あり、小さいですけど、それぞれ向拝には竜、木鼻に獅子
前柱にも昇り竜と下がり竜が設えられ、ユーモラスな表情が中々可愛いと思います。
参道脇は子供の遊園地となり、荘厳な中にも明るさが感じられたりもします。
境内社に風天社というのがあり、仏教の「風天」に由来していると思われますけど、
仏教と神社が融合しているという意味では中々ユニークなものがありそうですね。

ここの神社は、普通の狛犬でした。
以前このプログでも取り上げた南浦和の大谷場氷川神社の「狛雉」とか
岸町の調神社の「狛うさぎ」というのは・・・・
さすがに・・・・珍しい方なのかもしれませんよね。



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以前このブログで「調神社」のすぐ目の前のミニストップで、「浦和の調ちゃん」とのコラボについて
書かせて頂きましたけど、
ああしたコラボとかグッズ販売は是非当分は続けて頂きたいですね!!
7月初旬にこのミニストップに立ち寄った際は、既に・・・・アクリルキーホルダーは、
沼影彩湖・三室美園・田島桜以外の5人は・・・・完売状態でした・・・・

本当は・・・・上木崎常盤とか大谷場南のキーホルダーが欲しかったけど、代わりに・・・
調と常盤の「ステッカーシール」を一枚購入させて頂きました。
やっぱり・・・・この二人は「浦和の調ちゃん」の「華」みたいな位置づけですね。



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このミニストップのレジ前は・・・・
なんと・・・!!
「上木崎常盤」のタペストリーが展示されていました。
常盤にああやって「ソフトクリームもお楽しみください」とあの笑顔で語りかけられてしまうと・・・
なんかついつい・・・・
ソフトクリームの一つや二つ買ってしまいそうですね・・・・
常盤のああいう笑顔を見てしまうと、大谷場南に対して発動するあの凶暴キャラとしての常盤とのギャップが
やはりとっても楽しかったですね。

ちなみに・・・・

「浦和の調ちゃん」は終了してしまいましたけど、
テレビ埼玉で、7/13から毎週月曜のPM20:55~に再放送が早くも決定しております。


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最後に・・・・

このブログの常連様の五航戦のタカ様・・・・

今回の当ブログの閉鎖中に、五航戦のタカ様の記事内で

この「十万石まんじゅう」→「うまい・・・うますぎる・・!!」に触れて頂き、本当にありがとうございました!!

この場を借りて御礼申し上げたいと思います。

その浦和の叔母様のお土産、楽しみですよね!!
そして・・・
是非是非あの決め台詞を口ずさんで頂ければ、埼玉県民としては大変嬉しい事であります!!(笑)
自分のブログが、ま、その・・・15日に渡る更新停止状態の時の間も、当然ながら
世の中は動いている訳でありまして、
この間に「響け! ユーフォニアム」が最終回を迎えたり、
「Go! プリンセスプリキュア」においては、毎年恒例の中盤の一つのクライマックス回(今回はキュアスカーレットの誕生)
を迎えていたりとか
はたまた・・・3月からずーーっと結構何度もネタにさせて頂いた「浦和の調ちゃん」が最終回を迎えていたりと
アニメの方でもそれなりに動きはありました。
そうですね・・・
今後このブログは、月間30~35程度の記事を書く事を当面の「再スタート」の第一歩とさせて頂きたいので、
「響け・・・」とか「Go! プリンセスプリキュア」に関しては、後日改めてこの更新停止中の回の感想等も
記してみたいと思います。

そんな訳で、今回は、まずは「浦和の調ちゃん」の第12話/最終回について
少々書いてみたいと思います。





あれれ・・・・最終回なのですけど、沼影彩湖・別所子鹿・三室美園の3人は登場しませんでしたね。
あの3人は、第11話で登場したのが最終的に最後の登場となってしまいましたね。
出来れば一度でいいから、8人全員勢揃いというシーンも見てみたかったですね。
特に・・・・上木崎常盤と沼影彩湖の因縁の対決とかバトルシーンなんかも・・・もう少し見たかったような気も・・・

でも・・・本当にこの埼玉県ローカルショートアニメの「浦和の調ちゃん」ですけど、
全12話の全てが、特に何もドラマとか事件とかはほぼ起こらなかったですし、そのほのぼのとした「ゆるさ」が
実に素晴らしかったですね!!
深夜の5分間というショートアニメなのですけど、この「ゆるさ」が、土日出勤の私にとっては、丁度週の真ん中で
色々何かとお疲れモードの中では、本当に癒される瞬間でしたね。
本当に・・・・三ヵ月間というわずかな期間でしたけど、この「浦和の調ちゃん」に対しては、
「ありがとう!!」と感謝の気持ちを素直に表したい思いで一杯ですね。
そうした「ゆるさ」の中でも、例えば・・・・
「うまい、うますぎる・・・」の十万石まんじゅうとか彩果の宝石とか大宮の盆栽とか
埼玉かるたとか片岡食品のねぎ味噌煎餅とか
さりげなく・・・・数少ない「埼玉名物」を取り上げて頂いたのは、地元民としては・・・何か微妙に嬉しいものが
あったりもします。

全般的には・・・・

大谷場南のアホキャラが大変いい味を出していたと思いますし、
鉄道部の部長・道祖土緑の胸の大きさとあのおっとりキャラも素晴らしかったですし、
別所子鹿の強がりなんだけど、「彩湖大好き」の百合っぽい感じが
大変印象的です。
道祖土緑の最終回における
「ナンバーワンよりオンリーワンね」とか「あらあら・・」というセリフは実によかったですね!!
(なんかこの「あらあら・・・」というのは、ハピネスチャージのゆうゆうとかARIAのアリシアさんを
 彷彿とさせるものがありました・・・・)


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でもこのアニメの主人公は・・・・やっぱり誰が何と言っても高砂調でしたね・・・・

この娘のゆるさと可愛らしさは・・・とにかく申し分が無かったです!!

でも最後の最後まで調のアホキャラは相変わらずというのが実に良かったのですけど、
テストの点数が58点で、赤点も補習もスレスレセーフと言うのも・・・何かいかにも調ちゃんらしい話ですね・・・
ま・・・・高校時代、大の理系科目嫌いで、毎回毎回数学・物理・化学なんかで
35点~50点台を叩き出していた私なんかよりは・・・はるかに素晴らしい成績だとは思いますけど・・・・(苦笑・・)

最終回においては、夏休みの話で盛り上がっていましたけど、
調の「プールにお祭り、かき氷、そしてそして肝試し♪」というセリフに対する
南の「どこの小学生かよ・・・」というツッコミはなかなか・・
そして・・・
常盤「宿題もやりなさいよ」
調「大丈夫。最終日もう空けてあるから」
南「だから小学生かよ」
という会話の流れは実に楽しかったですね!!

そして輪を掛けて・・・・

桜「読書感想文はどうするんですか」
調「あらすじだけ読んで書く」
緑「あらあら」
南「もう小学生からやり直してこいよ」
という一連の流れが実に絶妙でした!!

うーーん、やっぱりこの「浦和の調ちゃん」は、こうした日常のさりげない「ありふれた光景」が
実に素晴らしいですね!!
日常の中の小さな幸せ・・・・
何かそうした事と「浦和」の宣伝が「浦和の調ちゃん」のメインテーマだったのかも・・・・

それならば・・・・この「浦和の調ちゃん」は大成功だったと思います。


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このアニメの第一話は、調の調神社への参拝シーンから開始されましたけど
最終回も・・・調神社で終るところが実に良かったと思います。
ま・・・・このアニメがきっかけで浦和区岸町の「調神社」(つきのみや神社、通称・うさぎ神社)に興味を持って頂ける方とか
参拝客が少しでも増えるといいですね・・・

調ちゃんが一人ベンチで佇んでいましたけど、あのベンチは・・・・確かに調神社を参拝した時に
見た事がありました・・・・
ちなみに・・・この調神社の隣は、結構広い公園があったりもします。

「テスト、お疲れ様・・・」と調にジュースを差し入れする時の上木崎常盤の笑顔が実に可愛かったですね!!
あの常盤を見てしまうと、
南と彩湖に対して発動する常盤の「凶暴キャラ」とのすさまじいギャップがあり、
それが実にいい味を出していたと思います。

調「常盤、熱でもあるの?」
常盤「いらないなら私が飲むわよ」
調「いるいる!ありがとうございます!!」
という二人の会話も実に女子高生らしいふんわりとしたものがあり、とっても好感か持てたものでした。


ラストの耳元の髪をたくしあげる調ちゃんが実に可愛くてキュートでした!!


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第一話が「今日もいい日でありますように」だったのが、
最終回は「明日もいい日でありますように・・・」
何かこうしたタイトルも「日常の小さな幸せを大事にしましょう・・・」みたいな制作者サイドの意図も伝わってくるような
感じがしてとても誠実に感じられたものでした。

今回でとりあえず最終回を迎えてしまいましたけど、
全国47都道府県でもっとも「県民意識・郷土愛」が薄いとされる埼玉県において、
こうした「郷土愛」を呼び起こさせるアニメは大変貴重ですし、大変意義と価値がある作品だと
私は確信しています・・・!!
とにかくこの作品に「感謝、感謝!!」・゜ありがとう!!」という気持ちで一杯ですね。

出来れは・・・是非是非第二期を検討して頂きたいと思います。

ちなみに・・・
このアニメは、7/13よりテレビ埼玉で再放送が既に決定しております。

ブログ再開

15日間に渡るプライヴェートモード(仮閉鎖状態)という事でしたが、本日より、15日振りに
このブログを再開させて頂きたいと思います。
改めて後で述べさせて頂きますが、こうしたブログのロック中であったにも関わらず、様々な方法で
皆様からのご心配メッセージを頂けたことに本当に感謝申し上げます。

特に・・・・

真っ先にご心配メッセージを頂きました桜 舞 様・・・

本当にこの度はご心配をお掛けして申し訳ありませんでした。でも、本当にありがたかったです。
以前のような「プリキュア記事」を今後書けるかどうかは、正直自分でもよく分かりませんが、
とにかく・・お気持ちは確かに受けとらさせて頂きました。

今回の件に関しては・・・・
正直あまり語りたくありません・・・・
一つ言える事は・・・自分自身がとにかく・・・・嫌になった・・・・はかりしれないダメージを受けたという事です。
何か・・・こう・・・・癒す事の出来ない傷を負い、心の奥底にポッカリと大きな穴が空いてしまい
正直・・・・今現在も決して立ち直ってはいません・・・
(それはあくまでネットの上の話で、リアル社会上では・・・普段通りのいつも通りの日々だったと思います・・・違うかな・・・?)
私、このFC2ブログ以外のSNS、例えば、twitterとかFBとかは全くやってないのですけど、
どうしてこうしたプログを継続してやっているかというと、

1.自分の想いなと゜を長文で発信したかった、誰か一人でもいいからそれを読んで、自分が後世に残したい事に 
  興味を持って欲しかった。

2.リアル社会では出会えない全然知らない方と、コメントなどを通して「交流」をしたかった。

そうした二つの理由に尽きると思います。
勿論、主目的は1なのですけど、それに付随する形で2も何か楽しめればいいなと感じておりました。
そうした中で、とある管理人様のブログと「コメント」を通して交流の場を頂くご縁がありました。
本当にその管理人様との一年以上に渡る交流は楽しくて素敵な日々だったと思いますし、
その方とのかなりの文量に及ぶコメントの数々のその一つ一つは・・・本当に・・・今でも「大切な誇り」だと
感じています。
それゆえに・・・・あまりにも唐突で辛辣な言葉は・・・・正直、私にはきついものがありました。
勿論、こうしたネットの世界に関わっていると、
年に何回かは、「死○」とか「キモい、ひっこんでいろ!」とか「早く退場しろ!」とか「社会のゴミ」など、ま・・・色々な
罵詈雑言のひどいお言葉のコメントは頂く事はあるものですし、
リアル社会において、建築会社のアフター担当とは名ばかりの「クレーム処理担当責任者」みたいな仕事を
していると・・・ま・・・その・・・本当に「これが本当に人間が発しても良い言葉なのか・・・」と絶句するくらいの
強烈な言葉の暴力の数々を頂く事は・・・・正直全然珍しくないし、むしろそれが「日常業務」なのですけど、
今回は・・・・確かに・・・リアル社会のそうした言葉の暴力的クレームやネットの悪口に比べると
全然マイルドなのですけど、
なぜか・・・私には・・・きつく感じられた・・・
それはなぜか・・・
とにかく・・・無性に「哀しかった」からなのかもしれない・・・
言葉は大変悪いのですけど、
ある日突然、ポロ雑巾のように「あんたはもう不要・・・」とバッサリ切り捨てられた
みたいな感覚が・・・・
とにかく・・・すごい惨めだったし、哀しい・・・・としか言いようが無かった・・・・という感じでした。

だけどその一方においては・・・
人間と言うものは・・・・「自分が楽しい! ハッピー!!」と感じる事は、ほとんどの人間は、そうした楽しさ・ハッピーが
継続できるように図るもの・・・
という事は・・・・その管理人様にとっては、こうした1年以上に渡るコメントというものは・・・・
決して楽しい事ではなかったのかもしれませんよね。
その管理人様にそうした思いをさせたのは、一体誰なのか・・・?
やっぱりそれはどう考えても他ならぬ自分自身そのもの・・・・
その管理人様が心の底では・・・何か重荷に感じていたのではないか・・・
本当は私自身に伝えたい事・本音があったのに、それをうっすらと伝えていたのに・・・・愚鈍な自分自身が
そうしたサインを見逃していたのではないのか・・・
自分で自分を責めるような感覚も一方では確かにありました・・・・
(一旦閉鎖状態にしたのは、責任を取るというか贖罪的な意味合い・・・)

だけど・・・・一つ確実に言える事は・・・・

私が書かせて頂いたコメントは・・・・常に誠実なものであり、悪意というものは・・・一つも存在しなかった・・・

とにかく・・・これ以上ここに記すつもりはありません。
その管理人様に対しては・・・・正直、そのラストコメントに関しては、百も二百も・・いや・・・一千近く
言いたい事はあるのですけど、
それをここで言葉にするつもりはありません。
それを言葉にしてしまうと、「哀しい負の連鎖」になっていまうもの・・・
そうですね・・・・自分自身の「最期の瞬間」の3時間前にでも・・・・もしも・・その頃・・まだこうしたプログが残っていたら・・・
もしも・・・その管理人様がそのブログを続けられているとしたら・・・・
「心の本音メッセージ」を送りつける事が出来れば・・・・いいかもしれませんね・・・・
ま・・・一つだけ指摘させて頂くと・・・・
私は・・・本当に・・・イラストを描かれる方のプログが大好きで、そうした方のプログを色々と閲覧する事が
大好きなのですけど、
それは・・・・私自身が全く「絵心」が無く、そうした可愛くて素敵なイラストを描かれる方に対する大変
強い憧れと尊敬の念がある事の表れなのかもしれません・・・・
だからこそ・・・・
その管理人様の、「今後のコメントのやり取り再開」として提示された三条件の内の一つが・・・
絵心の全く無い私に・・・・その管理人様レヴェルのイラストを描けというのは・・・・
絵心の全く無い私にとっては・・・・「傷心」の言葉以外の何者でも無かったですけどね・・・・
それと・・・・ついでに書くと・・・・
その三条件の一つが・・・その管理人様が指定される他のブロガーさんとの直接的交流をしろという事なのですけど、
これは少し筋が違うような・・・・
他のブロガーさんとの交流とか直接コメントのやり取りというものは・・・
それは本人自身が決めるべき問題であって、他人の指示・意向でするものではないと・・・私は今でも確信しています・・・
自分がどのブロガーさんにコメントを発するのか・・・それを決めるのは・・・・
それは・・・少なくとも私自身の「自由」なのだと思います。
というか・・・・なぜその管理人様がここまで、「この人と直接的な交流をして欲しい」と固執するのか・・・・
私には・・・・最後まで理解できなかった・・・・
そうですね・・・
唐突な「戦力外通告」を受けてしまったその「落差の大きさ」が
気持ちとしては、
「物事は・・・・諸行無常の世界・・・・人の気持ちと言うものは常に変化する・・」みたいな「せつなさ」を
感じてしまったのかな・・・・
ま・・・・そうした事に舞い上がっていた自分自身が絶対に許せないという気持ちもあったかも・・・・






決して茶化すつもりはないのですけど、
そうですね・・・・
あの時の心境としては・・・・このハピネスチャージのひめの「私・・・・クビですかぁーーー」の言葉と
まさにリンクするものがありますね・・・・
三条件を一つでもクリアする意思は今の所無いから、自動的に退場処分ですからね・・・


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物語シリーズ【セカンドシーズン】~恋物語の貝木泥舟の皮肉っぽいセリフではありませんけど、
「今回の教訓は・・・・(面識が無い同士は・・・深入りしてはいけない・・)
人生色々ある・・・・今後も長い人生、頑張っていこう・・・」みたいな安っぽいセリフが何か・・・
今は意外としっくりくるかも・・・

とにかく・・・・私は・・・
今回の一件で・・・・こうした目に見えない相手、面識の無い人達との「交流」と言うものが
とてつもなく怖くなったのは事実です・・・・
一年以上に渡って、平穏で楽しいコメントのやり取りが・・・こうした結末(カタストロフィー)を迎えるとは
正直・・・・一年前は・・・夢にも思わなかった・・・・
やはり・・・こうしたリアル社会のコミュニケーションではない「仮想現実」における交流の「怖さ」を
骨の髄まで認識する結果となってしまいました・・・・
正直・・・・私は・・・リアル社会、普段の日常業務の「クレーマーとの壮絶バトル」の方が
全然人間臭いし、そこには・・・・確実に「生きている人がその人の言葉で喋っている・・」というものが
リアルタイムで分かるから、
こちらの方が全然耐久性はありますね・・・
先日も・・・仕事関係で結構な修羅場に巻き込まれてしまい、
契約締結後のトラブルにより、消費生活センターから楽しい楽しい(?)お呼び出しが掛ってしまい、
消費生活センターの上役・顧客・当社の営業担当、そして私の四者面談があったのですけど、
これは・・・本来ならば、結構痛い場面なのですけど、
その場で相手の表情・態度・雰囲気がわかるので、ある意味作戦が立て易い・・・・
ま・・・・最終的には、(決して自慢する訳ではないけど)終始穏やかな雰囲気を保ったまま、口八丁身手八丁で
何とかどうにかこうにか・・・・ギリギリの妥協点にまで持ち込めることが出来たのも
やはり・・・「経験」とか「その場の相手の雰囲気を見ての咄嗟の判断力」が大きかったのかもしれません。

だけど・・・・仮想現実のネットの世界はこうした事が中々見えにくい・・・・
面識が無い人間同士のコメントを通した「交流」ゆえの「危険性」に私は・・・・すっかりはまってしまった・・・という
事なのでしょう・・・
とにかく・・・・
私は・・・・あの一件から5日程度はPCさえ開けるのが怖かった・・・苦痛だった・・・・
あの時点としては、「ブログ閉鎖」の示唆をして一週間程度したら、本当にブログを閉鎖するつもりでしたし、
それは・・・・他社のブログへの移籍という事ではなくて、本当に完全閉鎖を想定していました。
そのくらい、もう嫌でした・・・
「二度とこんな嫌な思いはしたくない・・・・」
「人間と言うものは・・・・信用できない・・・・、特にこうしたフェイストゥーフェイスで無い仮想現実のある意味虚構の社会では
人と言うものは・・・当てにできない・・・」
「少なくても二か月前あたりまでは・・・・良好で平穏無事な交流が出来ると思っていたのが、唐突に
エンディングを突き付けられるネットのやり取りは・・・・もう絶対にしたくない・・・」
そんな気持ちで一杯でしたし、
正直、今でも「怖い・・・」という感覚はあります・・・・

以前このブログで「人間にとって怖い事は二つある。一つは・・・慣れる事・・二つ目は知らない事」と書いたことが
ありましたけど、今回はまさにその通りという結末でした。
「慣れる・・」というのは、お互いに面識が無くても「ま・・・・このくらいは・・・大目に見て貰えるはず」という
「驕り」が多分・・・私の中にあったのでしょう。
「知らない事」というのは・・・まさに文字通りで、リアル社会のクレーム対応と異なり、
お互いに面識が無い状態で、
もしかして・・・・自分を含めて管理人同士がお互いに相手を「この人はこんな感じの人・・・」みたいな勝手なイメージを
植えつけてしまった・・・
だけど・・・・ネットで表現する自分自身とリアル社会での自分自身の「落差」に自ら・・・・驚愕してしまう・・・
なんか・・・そんなものなのかもしれません。

とにかく・・・私は・・・このブログを完全閉鎖する予定でおりました。

それではなせ゛今更「再開」という道を選択したかと言うと・・・・
二つ理由があります。
一つは・・・・今回のプライベートモードの期間中は、私は、他人から何かメッセージが来るという事は
絶対にありえない・・・あり得るはずが無いと思っていました。
しかし・・・・
私は知らなかったのですけど、
このFC2ブログにおいては、こうしたプライベートモード設定にして鍵を掛けた状態でも、
例えば・・・・
プロとも申請を利用してのメッセージとか、FC2内の「メッセージ」という機能の送受信を使えば
こうやって相手にメッセージを送る事が出来るのですね・・・
本当に・・・これは全然知らなかった・・・
そして・・・・これを利用されての皆様からの数々の励まし&心配&再開期待のお声を頂けたことが大きかったです。
本当に・・・・・これは・・・・涙が出るほど嬉しかったです!!
こんなにも・・・あんなしょーもないブログでも心配してくれる方がこんなにいるのだ・・・と思うだけで・・・・
何か・・・とてつもなく大きな感慨深いものがありました。
そして・・・二つ目なのですけど、
その頂いた声の中で、「私の原点」を指摘された事です。
そうなんですよね・・・・確かに、このブログは、
1980年代の秋田南・花輪・就実・仁賀保・屋代などの素晴らしい吹奏楽コンクールの演奏とか
プリキュアなんかを・・・
誰か一人でもいい・・・・後世の人に・・・一人でもいいから
かつてこうした素晴らしい演奏、素敵なアニメがあったんだよ・・・・みたいな事を伝えたい・・というのが
元々の原点でした・・・・
確かに・・・・このブログを閉鎖してしまったら・・・
ま、確かにプリキュアなんかはウルトラメジャーですけど、例えば、
花輪・仁賀保・屋代等の「歴史に埋もれそうな演奏」をたとえ、こんな小さな辺境地のブログであっても
そこから「発信」する事すらできなくなってしまう・・・・
誰かがしなければいけないそうした「過去の素晴らしき遺産の世界の継承」を・・・・
自分が出来る事は確かに小さいし限られるかもしれないけど、このまんま閉鎖して「無」に帰するよりは
はるかにマシ・・・とやはり痛感いたしました・・・・

そんな訳で・・・・

このブログを再開させて頂きたいと思います。
勿論・・・以前みたいな月間70~80近い記事なんてのは・・・もう無理・・・・
せいぜい・・・月間30~45記事が当面出来る事なのだと思いますし、
別に・・・書く内容だって、今までと全然変わりが無いと思います。
そして・・・もう今までのような特定の方との「ガッツリ深いコメント」は・・・・絶対無理だと思います・・・
だけど・・・
私は・・・・もっともっと色々な人と交流したい!!という気持ちは全く変わりはありません!!
もっともっと色々な人と・・・例え・・・浅く広い感じても構わないので繋がっていたい・・・という気持ちは・・・・
今までよりももっと強くなったような感じすらします・・・

とにかく・・・・

改めてですけど、こんなどうしようもない管理人ですし、しょーもない記事しか書けませんけど
どうぞ宜しくお願いいたします!!

最後に・・・・

とある管理人様へ・・・

「今回は・・・・最後はなんか色々ヘンな風になったけど、とにかく1年近くの素敵な交流の日々を
ありがとうございました!!
その素敵なコメントの数々は・・・・生涯の私の誇りでした。
これからも素敵なイラストを描き続けて下さい。
私は、そのキャラのイラストだから・・・というよりは、その管理人様が描かれるあのイラストが
本当に大好きでした。
コメント・閲覧をする事はもう無理でしょうけど、
影ながら・・・心の底から応援させて頂きます・・!!」


追記

この記事は「自戒」という意味で二日ほど晒させて頂きますが、本来、こうしたじめじめした記事は
自分自身あまり好きではない・・・
7/12より通常営業をさせて頂きたいと思います。

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