プロフィール

ぬくぬく先生 

Author:ぬくぬく先生 
開設当時は、1980年代吹奏楽コンクールの花輪・秋田南・就実・仁賀保・屋代等の素晴らしい演奏を後世に少しでも伝える事が出来ればいいなと思ってこのブログを始めたのですけど、いつのまにか「プリキュア」がメインになってしまいました・・・
最近は「東方Project」も大好きです!!
吹奏楽もプリキュアも何か自分が感じた事を少しでも後世の方に受け継がれるべきものが残せればいいかな・・と思っています。
ちなみに、「大好きプリキュア四天王」は、ドリーム・メロディ・ハッピー・ラブリーです。
ドリームとメロディは自分の中では既に殿堂入り状態ですけど、
現在は・・・・ラブリー大好き!!のラブリー一辺倒です!!
リアル社会では、建築関係のクレーム&アフター責任者を専従し、毎日毎日クレーム対応に当たる日々です・・・
裏の顔は・・・プリキュアと吹奏楽とクラシック音楽一辺倒です・・・
特に特に大好きな作品は・・・プリキュア5とスイートとハピネスチャージです!!
ちなみに、奥様は・・・ミルキィローズとセーラームーン好きの管理人以上のおこちゃまです・・・
東方で大好きなキャラは・・・とにかく大好きキャラがてんこ盛りで、全員大好き!という感じなのですけど、特に特に・・・さとり様・ゆかりん(紫様)・早苗さんはお気に入りです!!
吹奏楽では・・ネリベルの「二つの交響的断章」と「アンティフォナーレ」、スパークの「ドラゴンの年」、リードの「オセロ」と第二組曲「ラティーノ・メキシカーナ」、パーシケッティーの「仮面舞踏会」、C・スミスの「ダンス・フォラトゥーラ」などが死ぬほど好きで、クラシック音楽では、ウォルトンの交響曲第1番と矢代秋雄の交響曲、プロコフィエフの交響曲第5番、アーノルドの交響曲第2番、第4番、ショスタコの交響曲第7番「レニングラード」、マーラーの交響曲第3番「夏の朝の夢」、ハンソンの交響曲第2番「ロマンティック」、ストラヴィンスキーの「火の鳥」、ベルクの「ヴァイオリン協奏曲」、ラフマニノフの「交響的舞曲」などが大好きです!!
クラシック音楽を吹奏楽にアレンジし、そのコンクールヴァージョンの演奏としては・・・
1982年の就実高校の「幻想舞曲集」と
1987年の習志野高校の「ダフニスとクロエ」第二組曲の演奏、そして、
1987年の雄新中の「エルザの大聖堂への厳かな行列」が
まさに私の「原点」です。
最後に・・・
私の吹奏楽との関わりの真の意味での「原点」は・・・
1979年の市立川口高校の神がかり名演としか言いようがない
「二つの交響的断章」に尽きると思います!!


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いやー、最近のアニメ本編でのラブリーの「遅咲きの主人公」振りとか
映画でのラブリーの主人公の面目躍如振りを見せつけられてしまうと、
何かひめ(キュアプリンセス)は、
「自分にとっては永遠のポンコツであって欲しい・・」とも思ってしまいますね・・・(苦笑)

序盤のプリンセスのしょーもないポンコツ振りを見せつけられてしまうと
最近のプリンセスの成長著しい雄姿を見ても
「あー、ポンコツも最近頑張っているな・・・」とついつい感じてしまうのは、
ラブリー贔屓の為せる技なのかな・・・・(苦笑・・)

そんな中、驚きの「ニュース」が飛び込んできました・・・・!!

プリキュアの次回作が商標登録されました!
そのタイトルは…
Go!プリンセスプリキュア
なのです・・・・!!

うーーん、どこから突っ込めばいいのだろう・・・・

だけどまずは「プリキュアの続投確定おめでとう!!」という感じですね。
自分の中では、
70~80%の確率で、
プリキュアシリーズは「ハピネスチャージ」でもって完結と考えていましたので
これは「嬉しい誤算」ですね。

そうですね・・・・

気分としては、
「来年1月末をもって自分もついにプリキュア卒業か・・・」と思っていたら
想定外に「留年」を宣告された様な気分なのかな・・・・??

商標登録をされたという事で
ハピネスの後輩、何と10代目のプリキュアが来年2月に登場しそうですね・・・
そうですね・・・・
自分にとっては
「プリキュアからの卒業はまだまだ時期が早い・・・」という天からのお告げなのかな・・・・(苦笑・・)
多分来年の今頃も
このブログでプリキュアの事を熱く語っているのでしょうね・・・・・(苦笑・・・)

でもね・・・・

その次期プリキュアの名前を聞いて驚きましたね・・・

だって「Go!プリンセスプリキュア」ですからね・・・・





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最初にこの話を聞いた時は、
冗談抜きで、
まさか「ハピネスチャージ」のポンコツの筆頭格の「キュアプリンセス」がそのままプリキュアを続投し、
第10代目プリキュアの主人公に昇格・・・・??
なーんて考えてしまいました・・・・

ま、でもそれは多分、ありえないですね・・・・(笑)

でもね・・・・まさか、次回作のプリキュアのタイトルに現行プリキュアの名前を使うとは…

くどいようですけど、何かタイトルにわざわざ「プリンセス」と付いてしまうと
まさかメンバー全員「ポンコツなのか・・・」という響きがありますよね・・・・(苦笑・・)

でもこうやって無事に(?)
来年度の「プリキュア学校」からの卒業ではなくて「留年」が決まってしまいましたので
ま、とにかく来年度も宜しくお願いしますという感じですね。
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R.ミッチェルの吹奏楽オリジナル作品って全体的に派手さは無いけど
しっとりとくる歌というのか、メロディーラインが単純なのだけとホロッとするものがあり、
何かいい感じなのですよね・・・
何て言うのかな・・・
日本の高齢者の方たちが「日本の演歌」を好むのと同じような感覚と言うのか、
何か演歌っぽい「お涙ちょうだい・・」みたいなメロディーラインについつい瞳がうるうると
きてしまうのですよね・・・・

私、実はミッチェルの作品とはかなり深い縁がありまして、
ミッチェルの曲は、高校~大学時代に何と4曲も吹いています。
高校時代の定期演奏会で、「海の歌」と今回取り上げる「コンサート・ミニアチュア」を、
大学時代の定期演奏会とチャリティーコンサートで、「大草原の歌」と「序奏とファンタジア」を
それぞれ吹いています。
というか、ミッチェルの吹奏楽作品と言うと、上記の他には
序曲「スターフライト」・「祝典讃歌」ぐらいしか知りませんので、
何と私は、ミッチェルのメジャーな作品はほとんど過去に吹いているのですよね・・・
一人の作曲家の曲を複数曲吹いた経験があるのって他には、
リードの「アルメニアンダンスパートⅠ」・「ジュビラント序曲」・第二組曲・序曲「インペラトリクス」
ぐらいかな・・・・

だけど、ミッチェルというとどうしても「海の歌」ですよね・・・・

あの曲は本当に良かったな・・・・

吹いていて、「自然に涙が出そうな曲」って少ないと思うのですけど
前半のあのしみじみとするメロディーラインをクラリネットで吹いている時は
たまにですけど、
泣きはしないけど何か胸にこみあげてくるものは確かにありましたね・・・・
ラストの静かに回想する終わらせ方も実に秀逸でした・・・・

「海の歌」の翌年の定期演奏会、私にとっては高校最後の定期演奏会でも
再びミッチェルを取り上げたのですけど
その時の曲が「コンサート・ミニアチュア」なのです。
この曲は「海の歌」のようにしっとりと聴かせる曲ではなくて、
いかにも「胡散臭いアメリカ・・!!」みたいにとにかく能天気で明るい曲です。
傾向としては「大草原の歌」に近いかな・・・・
だけどこういう能天気な時のミッチェルも中々素敵ですね。

実はなのですけど、「コンサート・ミニアチュア」という曲は
吹奏楽コンクールではA編成(大編成)におていは、まだ一度も全国大会はおろか
支部大会でも演奏されたことはないのです・・・・
最初にこれを知った時は、
「実はそんなにマイナーな曲だったんだ・・・」と少し驚きましたね・・・

だけど「コンサート・ミニアチュア」はいい曲ですよ・・・・
ゆったりとした序奏から開始され、典型的なA-B-Aの三部形式の曲なのですけど、
Bの中間部が実に素晴らしいと思います。
あのノリは、まさに「ミュージカル」みたいな歌わせ方ですね・・・・
ラストはAの部分が短く再現され、華麗に曲を閉じていきます。
演奏時間も6分程度の短いものですので、コンサートの一曲目にはまさにうってつけですね。
実際自分の高校もこの曲が一曲目でした。

コンクールで演奏したチームが皆無ですので、
この曲の音源は、私が知る限りでは東京佼成のみです。
だってこの東京佼成の音源以外に私が知っている音源は、
今から30年前に自分達自身が演奏したポンコツ演奏の実況テープしかありませんから・・・・(苦笑・・・・)

東京佼成のこの曲を収録したCDも確か現在では廃盤扱いですので
今の若い方にとっては、
この「コンサート・ミニアチュア」は聴きたくとも聴くことが出来ない曲になってしまうのですよね・・・・

うーーん、どこかのプロの吹奏楽団とか上手いアマチュアチームが
この曲を再録音し、
改めてこの曲の魅力を後世の人達にも伝えて欲しいな・・・とも思いますね・・・
2つ前の記事でも取り上げさせて頂きました
ハピネスチャージプリキュアの映画「人形の国のバレリーナ」ですけど、
興業的には初日等初めの頃はまずまずだったようですが、
どうも全般的には苦戦中と聞いています・・・・
観客動員数が伸び悩んでいると聞いています・・・

うーーーん、非常に内容が素晴らしい映画ですし、
原画も気合入りまくりですし、
主人公ラブリーの「潜在的な問題点」についてもかなり深く切り込んでいる作品ですので
何とか後半は興業的にも盛り返して欲しいものですね・・・・

私は、今回は、うちの奥様が懸賞で当選させたペア優待券を使っての鑑賞でしたけど、
この映画ならば、来週にでももう一度
今度は自分のお金を払ってでも観に行きたいですね・・・・!!
その位の価値はある映画だと私は確信しております!!!

アニメ本編は、次週はお休みですので
ハピネスチャージを楽しみにされている方は是非映画館に足を運んで頂きたいと思います。

(あ、・・・この辺りは、このブログのリンク先の一つである桜 舞 様のコメントの受け売りですね・・・
 桜 舞 様、いつも色々とありがとうございます!!
そうそう、桜 舞 様のブログ「それが普通でしょ」もどうぞ宜しくお願いいたします・・・・)

さてさて、映画の中では、ドール王国の舞踏会シーンがありましたけど、
あのシーンは大変優雅で綺麗でしたね。


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ひめとジークも中々良かったし、
踊る相手がいない(?)ゆうゆうといおなが、人形さん達・ぐらさんと踊っていたのは
少し気の毒かな・・・・(笑)
だけどこの映画の主人公はあくまでめぐみ(ラブリー)・・・
めぐみの舞踏のお相手は当然誠司なのですけど、
二人とも中々お似合いでしたね。
やはりめぐみは、本当に何を着てもよく似合う・・・・
バスガイドでも、わんわんわんこでも、忍者でも、ナースでも、
こうした本格的なドレスアップでもとにかく何を着てもせーんぶ可愛い・・・という感じですね。

で、この「舞踏会」のシーンは結構時間を取って「優雅な見せ場むを作っていましたね。

前回も書いた通り、この舞踏会のシーンで使用されたBGMは、何とヨハン・シュトラウスⅡ世の
ワルツ「ウィーン気質」という本格的なクラシック作品でした。
いやいや、これは正直驚きましたね・・・
まさかシュトラウスの作品をこの映画で使用するとは・・・・
うーーん、さすがプリキュア!! お目が高い・・という感じですね。

最初にこのシーンを観た時、
「あれれ、どっかで聴いたことがあるクラシック作品・・・、
あれ、この曲なんだっけ・・・??」と必死で思い出したら、
そうヨハン・シュトラウスⅡ世のワルツ「ウィーン気質」でした・・・

でもこのワルツの優雅な雰囲気が映画のシーンに見事にはまっていましたね。
映画の舞踏会のシーンは幾分長めの時間を取っていましたので
この曲も感覚的には1分15秒から1分半程度流れていたような気がします。

でも本当に優雅で粋でよかったな・・・・

このワルツは、1873年に
オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の娘ギーゼラ・フォン・エスターライヒと
バイエルン公レオポルト・フォン・バイエルンとの結婚を祝して開催された祝賀舞踏会のために
作曲されたものですが、とても大好評だったようですね・・・
この頃、ウィーンでは「万国博」も開催されていて、外国人の来場者にも大変人気が
あったとの事です。
シュトラウスのワルツの中でも、とりわけ人懐っこい親しみやすいメロディーに彩られており、
それがウィーンっ子たちを喜ばせたのでしょうね・・・

ヨハン・シュトラウスⅡ世のワルツと言うと、
やはり「ウィーンの森の物語」・「美しき青きドナウ」・「春の声」・「南国のバラ」が有名かも
しれませんけど、
この曲の優雅さは、多分誰からも愛され親しまれる要素を持っていると思います。

ま、だからこそ、現代においても
「ハピネスチャージプリキュア」の映画のBGMとしても効果的に使われているのでしょうね・・・

最後に・・・
ヨハン・シュトラウス父子の「ワルツ」の傾向を・・・

大抵のワルツは、序奏、ワルツ主部、終奏から成立しています。
序奏は、ワルツの予告編のようにメインの旋律をちょい出しして気分を高めていきます。
この間に踊る相手を見つけてご挨拶という感じなのかな・・・・
ワルツ主部は二部形式や三部形式のワルツが複数つながっています。
そして終奏は、アンコールのように
ワルツ主部からピックアップされた旋律が引用され華々しく終わります。
これは「別れの挨拶」を示唆しているのかもしれませんよね。
ワルツ「ウィーン気質」もラストは華麗に大団円的に閉じられていきますけど、
出だしも曲の展開もいいけど、曲の終わらせ方が実に洒落っ気があり、大好きですね・・・・!!
〇中央大学

 A/バレエ音楽「ガイーヌ」より

 都大会では数多くのチームがこの「風紋」を課題曲に選んでいて
 色々な表情の風紋を聴くことが出来てとてもハッピーでしたけど、
 特にこのチームの演奏は別格でしたね・・・・
 優しさもあり、強さもあり、「懐かしさ」も感じさせてくれる様々な表情の風紋を聴かせて
 頂きました。
 しっとりもしいるのだけど音色が洗練されていましたし、
 一つの表情だけに囚われてしまうと全体とのバランスが壊れてしまうという中々面倒な構成の曲
 でもありましたけど、
 この辺りは「曲の中のストーリー性」が大変生き生きと雄弁に語られていましたので
 全く問題は無かったですね・・・・

 でもこのチームは林先生に指揮者が変わってからは急激に伸びましたよね・・・
 
 私が一年の頃は、先輩たちも
 「あんな学校、屁でもない・・」と言っていたような気もするのですけど(苦笑・・・)
 数年後には、雲泥の差が付いていましたね・・・・
 正直予選会でも「別格扱い」とか「王者の貫録」みたいなものはこの頃より既に
 付いていたような気もします・・・・

 林先生=中央大学の吹奏楽界に与えた影響の一つとして
 「ガイーヌ」のアレンジと表現方法の進化があると思います。
 「ガイーヌ」というと、それまでは藤田玄播アレンジの
 「アイシェの目覚めと踊り~レスギンカ舞曲」というやや泥臭い編曲しかなかったのですけど、
 (ま、厳密には東京佼成の稲垣卓三のアレンジ版もありましたけどね・・・・)
 林先生の高度に洗練され、且つレスギンカ舞曲での小太鼓2台による強烈なリズム感による叩き付け
 という大変インパクトある編曲によって
 この「ガイーヌ」は再ブレイクを果たしたような気がします。
 この年は、序奏~ヌーネの踊り~バラの少女の踊り~レスギンカ舞曲という構成でしたけど、
 やはりレスギンカのインパクトは相当ありましたね・・・

 中央大学の演奏が終わった際は、会場はかなりどよめいていましたからね・・・

 そしてこの中央大学の演奏以降は、林先生アレンジによる「ガイーヌ」は急激に人気曲となって
 いきましたから、
 「アレンジによって改めてその曲の魅力の掘り起こしが出来た」という好例の
 一つと言えるのかもしれませんよね。


〇青山学院大学

 C/トッカータとフーガ二短調

 課題曲C/コンサートマーチ87は、支部大会でも全国大会でも
 中々演奏される機会は多くは無かったのですけど、
 メロディーラインが魅力的で結構素敵な曲だったと思います。
 一見すると「ふわーーっとした甘いお菓子」みたいに聴こえる感じもしなくはないのですけど、
 このチームは元々洗練された音色を有しているため、
 過度にふわふわした印象も無く、比較的スマート&正攻法でまとめてくれたと思います。
 自由曲の「トッカータとフーガ」はある意味斬新な演奏・・・・
 出だしでチャラリーーという箇所の次でいきなりコンサートチャイムがコーンと鳴り響き、
 「なんじゃこりゃ・・・」と感じたものですけど
 (ちなみにこの時のアレンジャーは藤田玄播となっていますけど、藤田先生もこんな過激な
 アレンジをしていたのですね・・・・)
 課題曲と同様にサウンドがとにかく清潔&透明で、
 とこまでいっても「美しすぎるサウンド」が鳴り響いていましたから
 冒頭のチャイムの演出は、あまり尾を引きませんでしたね。
 表現自体は、正直「スピード感が無い」とか「鈍い」とか「少しおっとりしすぎている」など
 文句を付けようと思えばいくらでも付けられる「穴が目立つ演奏」ではあったのですけど、
 音が綺麗だから、
 結局は「何をしても許される」みたいな印象の演奏でもありましたね。

 だけど全体的には、協会のオルガンの音のように
 壮麗な音楽づくりをしていたのが大変素晴らしいと感じました。
以前からこのブログの記事にて
「ハピネスチャージの前売りペア券をうちの奥様が懸賞品で当選させてくれた・・・」と書いていましたけど
早めに行っておこうと思い
本日二人で映画鑑賞に行ってきました・・・

どの映画館が一番近いかな・・・と思って調べていたら
大宮・浦和ではなくて、地元の川口市の駅前のMOVIXで公開されていましたので
今回は地元・川口で鑑賞してきました。
ここは、10年前までは「サッポロビール」の工場だったのですけど、
現在はイトーヨーカドーの総合ショッピングモールに生まれ変わっています。
ここの三階が映画館でした。

でも映画館で鑑賞する「映画」は中々素敵なものですよね。

だってラブリー・フォーチュンたちが目の前の大型スクリーンでデカデカと動いているのだから
普段とは全然異なる感覚でしたし、
圧倒的な臨場感がありました。

さてさて「映画」の方ですけど、
今回は、ネタバレ的なストーリーや感想はあまり触れないようにしたいと思います。
それはなぜかというと、この映画がまだまだ公開中だからです。
今回私が見た感想は、あくまで「私自身の感想」なのですし、
テレビ版と違って、映画は各人がお金を払って見るものですので、
テレビのアニメ版みたいにひょうひょうと自分の感想を書いたり、ストーリーをネタバレ的に
後悔するのも何か製作者サイドの皆様に申し訳ない気もするので、
この映画に興味がある方は、
是非映画館にお出かけになられ、ご自身の目で見てきてほしいな・・・とも思います。

一言で言うと、大変「素晴らしい!!!!」です。

本当に感銘を受けて帰ってきた・・・という感じです。

泣きはしないけど、泣く寸前の「感情がこみあげてくる一歩手前で堪えた・・・」という
感じでした。
本当に感動しました・・・・
実によかったです!!!
(以前どこかで書いたと思いますけど、私自身は全く涙もろくないので、
 多分親が死んでも泣かないと思います・・・、というか最後に涙を見せたのは中学2年あたりかな・・・)
そういう自分が涙が出る寸前というのだから、
ま、察して欲しいと思います・・・・

この映画の良かった点は、色々とあるのですけど、
アニメ本編では、「本当にラブリーは主人公なのかな・・・」と時折思ってしまうくらいの
遅咲きのプリキュアなのですけど、
その鬱憤を映画で完璧に晴らしてくれましたね・・・・
まさにこの映画は、ラブリーが主人公であり、
「ラブリーのラブリーによるラブリーのための映画」といってもほぼ過言ではないと
思います。
その位ラブリーの存在感が光り輝いていました!!
(本当は、ラブリーの活躍ぶりと輝きを文章にしたいのですけどね・・・苦笑・・・
 ま、ここはあえて自粛・・・・)

ま、それとこの映画で誰しもが感じる事だと思いますけど
ゲストキャラの「つむぎちゃん」が本当に可愛くて魅力的で素晴らしいです!!
特に笑顔でバレエをしている時のつむぎは、本当に「天使」ですね・・・
そして全体的には、ラブリーとつむぎの「葛藤」が大変丁寧に描かれていて大変好感が持てます。

そして何よりも作画が素晴らしい!! 素晴らしすぎますね・・・・!!
あの完成度の高さは、あの領域までいってしまうと、もはや「芸術」ですね・・・・
音楽も良かったな・・・・
これはいずれ「クラシック音楽」カテゴリのネタで使いたいと思いますけど、
つむぎのバレエのBGMとして
チャイコフスキー/バレエ音楽「くるみ割り人形」~花のワルツが、
舞踏会のシーンのBGMとして、ヨハン・シュトラウス二世のワルツ「ウイーン気質」が
それぞれ効果的に使用されていましたし、
ラスト近くの挿入歌のラブリーの歌声に思わず
昨年のドキドキのマナではないけど、思わず「きゅんきゅん・・」になってしまいました・・・・(苦笑・・・)

ラブリー以外も色々と見せ場はあるけど、

例えば・・・・

〇序盤の「白雪姫」の人形劇シーンのゆうゆうの臨機応変な対応の素晴らしさ

〇序盤のいおなのスカートが何か妙に色っぽい・・・

〇ふなっしーはドール王国内では登場しないので、全体のストーリーにはあまり関わっていない・・・
  ま、相当うざいけど・・・・(苦笑・・)
  でもいい味は出していましたね・・・

〇ゆうゆうといおなが比較的コンピとして描かれているけど、
 映画でもお気楽モードのめぐみとひめに対して
 楽しい雰囲気の中でも「警戒心」と「なぜつむぎはめぐみがプリキュアであるかを知っているか・・」等の
 疑問点を最初から感じていて、
 さすが、ゆうゆう&いおなと思わせるものがあつた・・・

〇戦闘面では、フォーチュンが大活躍、必殺技を一番多く繰り出していましたね・・・
 ひめはこの映画では比較的「道化役」に徹している・・・
 というか戦闘面でも何で今更役たたず技の「弾丸マシンガン」を二度も出しているのだ・・・??
だけど落ちこむラブリーに喝を入れてラブリーを復活させているのは、
 アニメ本編の「アンラブリー」回と構図は同じ・・・

〇とにかくラブリーの強化変身モードの「スーパーハピネスラブリー」は
  可愛い過ぎるし、あまりにも美しい・・・・!!
あれは映画の「白いハッピー」すらも超える可愛さ&神々しさがある・・・・!!

などなど色々ありますね。
(冒頭でネタバレは書かないと言っておきながら、ちやっかり一部でネタバレさせているし・・・苦笑・・・)

とにかく素晴らしいの一言に尽きる映画だと思います。

私は個人的には、歴代プリキュアの映画では、
オールスターDX3とプリキュア5の「鏡の国のミラクル大冒険」が双璧と思っていましたけど、
この二つの作品に並ぶか超えるかどっちかだと思います・・・






「ま、せっかく映画館まで来たのだから少しくらいお土産でも・・」と思い、
クリアファイルと下敷きを買ってみました。
こちらはラブリーの通常フォームですね・・・

うーーん、やっぱりラブリーは可愛い!!
改めて本当に魅力的なプリキュアだな・・・と思いました・・・・

ちなみにうちの奥様は、ハニーのクリアファイルを買っていました・・・


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こちらはしばらくお目にかかっていないラブリーの「ロリホップヒップホップ」・・・

そうそう映画では、なぜかプリンセスの「マカダミアンフラダンス」が登場していましたね・・・

何かすこし懐かしい・・・

でもな・・・
私はそれよりもフォーチュンの「あんみつこまち」がもう一度見てみたいです・・・・


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裏面は、映画版仕様です・・・


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こちらは「下敷き」・・・・
やはり映画仕様です・・・・
下敷きの上では、つむぎちゃんは笑っているけど、実は・・・
うーーん、続きは各自映画館で見て欲しいと思います・・・・(笑)


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下敷きの裏面は、モノクロ仕様ですけど
映画のハイライトシーンですね・・・

最後に一つだけ・・・

この映画は、アニメ本編で露呈されたラブリーの「心の欠点」を更に容赦なく抉っています・・・
正直これは驚きました・・・
アニメ本編では、何となくオブラートに包みこんでいるラブリーのメンタル面での弱さとか
元々ラブリーが抱えている問題点を
中盤にかけて「これでもか・・・!!」みたいに抉っていますけど、
これはある意味画期的でした・・・

でもあの内容の「深さ」は決して「幼児用映画」ではありませんね・・・・
正直驚きましたし、同時に大変な感銘度の一つの大きな要因にもなっています。

だけどめぐみは、もう気安く今までのように
何の深い考えも無く安易に
「私が何とかするよ・・・」とか「私にせーんぶお任せ・・・」なんて言えなくなったような気もしますね・・・
まさかここまでめぐみに内在する問題を鋭く抉り出しているとは・・・・

めぐみがこの映画で得た教訓とは、
「他人の深い事情を知らないのに、安易に私があなたを助けるとか、
私があなたを必ずハッピーにしてあげる・・と言っても
世の中の全部の困りごとをめぐみ一人だけで解決できる事は絶対にできないしそれは不可能・・・
自分に一体何が出来るのか、
他人に役に立つとはどういう事なのか、その中で自分はどういう役割を担っているかという事を
普段からよーく考える必要がある・・・
その人のお役にたちたいと思って発した安易な一言で、結果的に相手が傷ついてしまう事もある・・」
という事なのかな・・・・
イギリスの作曲家、R.ヴォーン=ウイリアムズが残した曲は、
本当に素朴で美しいメロディーラインが多いですね。
そうした曲の中では、特に

〇ロマンス「あげひばり」

〇タリスの主題による幻想曲

〇交響曲第3番「田園」

〇イギリス民謡組曲

あたりが本当にメロディーラインが素朴で美しくとても分かり易いですね。
ま、交響曲第3番は、「美しい」といのか、初めから終わりまで全く盛り上がる部分が一つも無く
ひたすら静かで穏やかな曲なのですけど・・・

反面、ヴォーン=ウィリアムスは、
交響曲第4番のように何の前触れも無く唐突に、不協和音と激しい表現に溢れた
悪意満載のような曲を書いたかと思えば、
交響曲第7番(南極交響曲)のようにやや安っぽい感じの描写音楽を作曲したり、
創意工夫の塊りのような霊感溢れる交響曲第8番を書いた後で、
「この世にやり残しがある・・・・」みたいな未練たらたらの交響曲第9番を残したりと
作風は意外と幅が広いような印象もあります。

そうそう、「チューバ協奏曲」なんてかなりお茶目な曲も残していましたね・・・(笑)

た゜けどヴォーン=ウィリアムズの代表作と言えば
何と言っても「グリーンスリーヴスによる幻想曲」が一番有名でしょうし、
あの冒頭のフルートソロのメロディーを「聴いたことが無い・・・」という人の方が珍しいと思えるくらい
日本でも馴染みがある曲です。

この曲は楽譜の上では「オプション扱い」となっていますが、
冒頭のフルートソロがやはり素晴らしいですよね。
正直この曲にフルートが入っていないと、曲の魅力は半減すると思えるくらい、大事な役割を
担っています。
あのフルートソロを聴くと、
「あー、何か哀愁が漂うけど、何か心が癒されるな・・・」と思ってしまうほど
大変美しいメロディーラインが続く曲です。

この曲は、元々は、
イングランドの古い歌というか、民謡の「グリーンスリーヴス」なのですけど、
この歌自体は大変歴史が古く、実は、シェイクスピアの喜劇「ウィンザーの陽気な女房たち」にも
その名前が既に言及されているほどです。
ヴォーン・ウィリアムズはこの喜劇を基にしたオペラ「恋するサー・ジョン」を
1928年に完成させ、その第3幕の間奏曲でこの美しいメロディーを使用し、
この間奏曲を、後にヴォーン=ウィリアムス自身の立会と監修の下、
ラルフ・グリーヴズが編曲し、独立させた作品が
この曲なのです。

ま、だから厳密に言うとヴォーン=ウィリアムズ自身の純粋なオリジナル曲ではありませんけど、
とにかくあの美しいイギリスの歌をここまで世界に広めた功績は大きいと思います。

この曲は演奏会の曲目でというよりは、
オケの演奏会のアンコールとして何回か聴いたことがありますけど、
やはりフルートの響きが素晴らしいですよね・・・

話は全然変わるのですけど、
本日10/28は、三つ前の記事で書いた通り
映画「人形の国のバレリーナ」の映画をうちの奥様と見るために、車でお出かけし、
その車中のラジオで「大沢悠里のゆうゆうワイド」を聞いていました。
本日のゲストは、元モーニング娘のリーダーのなっち、こと安倍なつみさんだったのですけど、
この方は現在では、ミュージカルの他にも
クラシックの歌の方でもご活躍されているのですね・・・・

知らなかった・・・・

そうか・・・・1999年に大ブレイクした「LOVE マシーン」から既に15年経過しているのですね・・・・





クラシカル・クロスオーバーアルバム『光へ-classical & crossover-』を発表されたとのことですけど、
実は、発売初週で2000枚を売り上げ、
11月3日付オリコン週間アルバムランキングのクラシック部門で初登場首位を獲得したとの事で、
(総合部門では初登場26位)
これは凄い事ですよね・・・・

何か元アイドルとこうしたクラシック部門何てあまり接点も無いように思えるだけに
これは「大したもんだ・・・」とも思いました。

私自身、アイドル系は全く興味ないもので、
(アニメのアイカツも全然興味ないですね・・・・プリキュアはあれだけ大好きなのに・・・苦笑・・)
正直なっちの事はよく分からないのですけど
大沢悠里の質問にも的確に答え、何か「知性」とか「品の良さ」みたいなものはしっかりと伝わってくる
受け答えでした。
モー娘時代には色々な苦労もあったんだな・・・としみじみと感じさせてもくれましたけど、
番組の中で披露されたその「光へ・・・」というアルバムでのなったの歌声がとにかく素敵でしたね・・・

アイドル時代の歌い方とは全然異なっていて、
大変透明感&清潔感が溢れるゆったりとした歌い方であり、
とにかく「アイドル時代とは別人みたい・・・」と驚いたものです・・・
やっぱり人間、変わる人はちゃんと「変化&進化」を果たしているのですね・・・

正直驚きました・・・・

大沢悠里の番組の中で披露されたのは、
「グリーンスリーヴス~永遠~」という曲でしたけど、
これが前述のヴォーン=ウィリアムズの「グリーンスリーヴス」と素材は全く同じです。

なっちの歌もよかったけど、
勿論ヴォーン=ウィリアムズの曲も素晴らしいです。

ま、だから自分にとっては
クラシックも吹奏楽もJ-popも音楽である事に何ら変わりはない事を実証してくれた
一つの事例と言えるのかもしれませんよね。

最後に参考までに、
「「グリーンスリーヴス~永遠~」の歌詞を書いておきます。
これも中々魅力ある歌詞ですね・・・・


あなたが想い出になってしまった夜

ひとり見上げた月 もうすぐ満ちる時

悲しみよりも溢れる愛がある

私の心、昨日より変わらない

物語のように人生は流れていく

涙を超えていく私がきっといる

あなたがくれた確かな愛がある

幸せだった時間を抱きしめて

明日へ続く静かな夢がある

全てがきっと大切なことなの・・・・

来週の「ハピネスチャージ」は休みなのですね・・・
何か次回の予告編の
いおなの「そんなに渡米したいのならば私を倒してから行って・・・!!」みたいなノリが妙に
印象に残っているので
ここからあと二週間も放置されてしまうのは何か少々残念ですね・・・
プリキュアを二週間見れないというのは、もはや死活問題・・・・??

その代わりというか、何か10/26の第38話はえらい作画が気合が入っていて
テンダー対フォーチュンのプリキュア史上初の「姉妹対決」を華麗に盛りあげてくれ
大変迫力ある回でしたし、
特に戦闘シーンが極めて秀逸でした。
特に最後にいおながまりあを抱きしめるシーンはとても美しかったし良かったですね。
ま、まりあさんが無事に戻ってきてくれて一番安堵しているのは
プリンセスなのかな・・・・
本音では、「うーー、これでやっといおなから恨まれる原因は無くなった・・・・」と
少しはホッとしているのかも・・・・??

ま、だけど今回の話のキュアテンダー戦は、正直物語の本筋ではなくて、
あくまでもこれはミラージュからの「刺客」という話として解釈すべきなのでしょう・・・
でも改めて思ったのですけど、
まりあさん(キュアテンダー)って一体幾つなんだろう・・・・??
友人が結婚するくらいだから、少なくとも高校生ではないて゜しょうし、二十歳は超えているのかな・・・??
もしかして今回の話が終わったら、
まさか「5人目のプリキュア・・・??」とか
「史上初の成人女性のプリキュア・・・・??」とか思いましたけど
ま、さすがにそれは無いようですね・・・(苦笑・・・)
だけど、まりあさんがプリキュアになったとしたら、一番喜んでいるのは、ゆりさんなのかも・・・・??
ゆりさん的には、
「ううう・・・、これで歴代で最年長とかババアとか陰口を言われなくなる・・・」と
瞬間的に感じたのかも・・・・(笑)

でもな・・・・・

今回、まさか「新しい必殺技」を発動する際に、まさか4人全員で歌いだすとは・・・・

これはまさかの演出でしたし、意表を突かれました・・
あれってまさか毎回毎回4人で歌うのかな・・・・??
最初にあれを見た時、「何かミュージカルみたい・・・」と思ってしまいましたけど
印象としては「新鮮」とか「斬新」という感じですね・・・
ま、毎回あれをやられてしまうと少し飽きてしまうかも・・・・
4人揃っての「新たな技」という意味では、フレッシュの「プリキュアフォーメーション」も
最初にあれを見た時は、正直ぶっ飛びましたけど
今回も印象としてはそれに近かったですね。





今回の話はどうしても
キュアテンダー対プリキュアとか歌うプリキュア達にぱかり目がいきがちですけど、
実は何気にさりげなく「神様の深層」やミラージュの本心が垣間見えたのは大変興味があります。

「みんなの幸せが僕の幸せ。この地球のみんなが幸せに暮らすことが僕の願いだ」
という神様の決まり文句、ある意味綺麗事に対しての
ミラージュの「さすがは神様、ご立派だこと・・・・
だから私はそれを壊すのよ! あなたが守っている地球を滅ぼしてあなたの世界を不幸に染めるの!」
という言葉はある意味正論を述べていると思いますし、
ある意味正しい・・・
というか、振られた女の子の恨みは「時間」を超え「怨念」になっているからある意味怖い・・・・

神様が言う「神は全員に対して平等である必要がある」という言葉は
大変美しいものがありますし、
神と言う人を超えた存在の者にとっては、確かに必要な事なのでしょう・・・
だけど「全員を平等に愛する」という事は、イコール、
「薄く広く愛する」という事でもあり、
特定の個人に対して「深い愛を共有する」という事にはなりません・・・
「全員を平等に愛する」という事は、すなわち「個々に対する愛」は薄まってしまうという事であり、
ミラージュが求める「私だけを見ていて・・・」という事とは相矛盾する事になってしまいます。
すなわち「全員を平等に愛する」という「博愛主義」と「個別の愛」の両立は相当難しいというか
多分無理・・・・
そこにミラージュとブルーの悲劇があるはずなのです・・・・

この辺りは、ラブリーの
「困った事はぜーんぶ私にお任せ・・!!」と何でも安易に安請け合いしてしまい
結果的に自分一人で出来る事の限界を感じ、
「本当に自分は誰かのために役立っているのか・・・」という悩みを内在しているラブリーと被る側面は
ありそうですね・・・・

すなわち、世界の全ての人々の苦悩を救ったり、愛に応える事はとにかく不可能・・・・

ではどうすれば良いのか・・・・・

この辺りはこれまでの本編でも度々示唆されていましたが、
「自分が出来る範囲で自分が出来る事を誠実にやっていくしかない・・・」という事に
尽きると思うのです。
その辺りは「恋愛関係」も同じ・・・・
要は不特定多数の異性を同時に平等に愛する事は不可能・・・・

改めて感じるのですけど、
神様、ブルー自体も何か一つの「強迫観念」に凝り固まっているような気もします・・・・

要は「世界中の人に平等に接するために、特定の個人に深入りするのは良くない」と・・・・

ま、確かにその通りなのですけど
神と言えども所詮は「人の子」・・・・
果たしてそれだけで万事解決という事ではないと思うのです。
つまり、神という存在だって、その生がある限りにおいて一度や二度は
「この人とならば・・・」という異性はいたはず・・・・
ま、その典型例がミラージュだったのですけど、
要は、神と言えども、
「この人とならば・・・」と思えるような人と出会えていたならば、別に結ばれたっていいと思うのです。
それは別に「平等に相反する特定個人の偏重」という事ではないと思うのです。

ヘンな話なのですけど、
神様だって「好きな人と結ばれて家庭をもったっていいじゃないか・・・」という事なのです。
そして特定の女性と結ばれた後でも
「自分はミラージュを愛する心と地球上全ての人を愛する心の二つを持っている」と言ったって
何かそれは「矛盾」ではないような気もするのです・・・・

だからこそ、ブルーは最後に「自分の本心は・・・」と
(珍しく)素直な気持ちでミラージュに本音で語りかけ、
ミラージュもそれに呼応しようとしていた・・・・

だけど、いい所で・・・・・ディープミラーの妨害が・・・・

ま、そんな感じでしたね・・・・

多分最終的にはミラージュは「愛」を取り戻すのでしよう・・・・

出来ればオレスキー達も救済されて欲しいです・・・・

ネット上の反応は、ブルーに対する評判は最低のポロクソ状態ですけど、
ブルーをこうやって擁護する人って、もしかして自分くらいなのかな・・・・・(苦笑・・・)

でもね・・・・

最近どーも気になっていることが一つあります・・・・

それは「誠司」の問題・・・・

めぐみの「みんなを助けたい、みんな大好き!!」というある意味博愛主義的(ある意味、八方美人・・)
という側面が、いい方向に動けばいいのですけど、
それがひいては誠司の
「じゃ、俺はどうでもいい存在なのかよ・・・俺は、お前が大好きという何百人の中の
その中の一人に過ぎないのか・・・・」という
マイナス面に作用しなければいいのに・・・とも思ってしまいます・・・

何か見ていてそれだけ最近の誠司は何か物語全体の「不安定要素」・・・・

ミラージュがもしもブルーと寄りを戻したり回心なんてしまったら、
もしかして最終決戦の相手は、
ディープミラーに唆され闇落ちした「誠司」という事は・・・
まさかないですよね・・・・


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ラブリーが今回ミラージュに対しても色々と語りかけていましたけど、

何かあれは、現カノが元カノに対して放つ言葉でもあるので、
ミラージュにとっては
「そんなの聞きたくもない・・・」という感じなのでしょうね・・・・(苦笑・・・)


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今回の演出で一つ面白かったのは
まるで「猫の目」のようにクルクルとテンダーの目の色が変わっていった事・・・・
要は、ミラージュに洗脳されている時と
フォーチュンに「お姉ちゃん・・・」と語りかけられ動揺している時の
二つに揺れる心をかなりうまく暗示していましたね・・・

でもキュアテンダーのあの「超ミニスカート」と太ももは、明らかに「大人の色気」でしたね・・・(苦笑・・)
だけどとても美しかったです・・・

変身前の状態でまりあを抱きかかえるいおなの「姉妹」がとても美しく印象的でした。

でもまりあさんは、最終決戦時に是非プリキュアとして参戦して欲しいものですね。
〇東海大学

 B/ローマの祭り~主顕祭

 本年度の全国大会でも金賞を受賞され、これで3年連続金賞となりました。
 本当におめでとうございます!!
指揮者が福本先生になって以降の東海大学の「快進撃」は止まりそうにないですね。
 特に最近の邦人作品に対するほぼ完璧なアプローチ・表現方法の奥深さは
 まさにため息ものですね・・・・
 今年も残念ながら生演奏は聴けていませんけど、
 後日、実況録音のCDが発売されたら、是非ゆっくりと味わってみたいと思います。
 私、今の住まいの地元が川口市ですので、
 その縁で何度がアンサンブルリベルテの演奏会を聴いたことがあるのですけど、
 福本先生=川口アンサンブルリベルテの関係は、何か今が「最高のパートナー」という感じがしますね。

東海大学と言うと、個人的な話で申し訳ないのですけど、
1987年当時は、
自分の大学が都大会予選会を突破し、本選に進むためには
東海か創価あたりを超える演奏をしないと到底不可能・・・・
でも自分の「普門館での演奏」という夢の実現のためには、
何とか「東海大学」には負けられない・・・・という気持ちの方が強かったです・・・
だけど反面個人的には、当時の東海大学は
上原圭詞先生という大変マニアックな選曲を独特の世界観で演奏される大変「個性」の強いチームでして、
私自身は、自分自身のコンクールという事は抜きにして
当時の東海大学のサウンドは大好きでしたし、
上原先生の大ファンでした・・・・
何か、私、昔も今も東海大学吹奏楽部のファンなのですよね・・・・

「大好きな学校を蹴落とさないと、自分自身の夢が実現できない・・・・」

うーーーん、なんて「ハムレットの世界」みたいな感じなんだ・・・・(苦笑・・・)

というか、社会人になってから当時甲府に転勤してからも何度か、わざわざ甲府から伊勢原市まで
車を飛ばして定期演奏会を聴きに行ったものです・・・・
特に1991年の定期のリードの「メキシコの祭り」は大変素晴らしい演奏だったな・・・・

当時の上原先生=東海大学は、
どちらかというと、花輪高校の小林先生の路線と少し被るような側面があり、
何か私としては、花輪の小林先生、東海の上原先生という
「吹奏楽界の二大偉人」という独特の世界観&解釈をされるお二人の先生は今でも
深く深く敬愛していますし、大好きですね。
上原先生は今でも現役で指揮をされ続けていますし、
その後活躍ぶりには本当に頭が下がる思いです・・・・

でも東海大学時代の上原先生の選曲は素晴らしくマニアックでしたね・・・・(笑)

1979年  B/ローマの祭り

1980年  C/交響曲第四楽章(矢代秋雄)

1981年  B/バッカナール(黛敏郎)

1982年  B/交響曲第2番「鐘」第一楽章(ハチャトゥーリアン)

1983年  B/交響曲第一楽章(松村禎三)

1984年  B/交響組曲「能面」

1985年  B/第七の封印

1986年  B/神の恵みを受けて

1987年  B/ローマの祭り

1990年  A/バレエ音楽「まりも」(石井歓)

1991年  B/舞踏曲「サロメ」(伊福部昭)

どれもこれも素晴らしい選曲&演奏でしたね・・・・!!

私、これらの東海大学の過去の演奏を聴くために、
当時世田谷区にあった「トラヤ」というカスタムテープ制作会社(既に倒産・・・)に
「大人買い」というか、
「東海大学のみの演奏を収録したテープ作成」を依頼したくらいですから・・・・(苦笑・・)

1981年の「バッカナール」なんて課題曲と合せて大変レヴェルとテンションが高い名演で
この頃の東京支部は、亜細亜&駒沢という超名門チームが闊歩していましたので、
あの名演が全国でも聴けなかったのは何か勿体ない気がしますね・・・・
ハチャトゥーリアンの「鐘」は、
花輪高校の1980年のカットをそのまんま使用した感じで、
第一楽章をメインに演奏し、ラストは第四楽章の「咆哮」を使用するというパターンです。
もしかして、上原先生は小林先生に何かしらの影響は・・・・
多分あったのでしょうね・・・・・
圧巻は松村禎三の交響曲・・・・
とにかく「内面的緊張感」の持続は戦慄さえ感じます・・・・
前年に屋代高校がこの交響曲の第三楽章を全国で演奏していますけど、
この東海の第一楽章も、
前半とラストの静粛さと中間部の緊迫感の壮大な対比が極めて素晴らしいです!!
84年の「能面」は、78年の前橋商業とほぼ同じカット&男性コーラスを利用していましたけど、
前橋商業に比べて、「サウンドの透明感・洗練さ」を感じさせるため
「おどろおどろしい」印象よりは「スマート」みたいな印象があります。
90年の「まりも」が本当に素晴らしい演奏でしたね・・・・
前半の内面的緊張感、中盤の踊り、ラストのたっぷりとした歌い方・・・・
正直代表・金でも全然おかしくない演奏でしたけど、なぜか都大会では銅賞で
私は客席でぶーたれていました・・・・(苦笑・・・)

あ、話が全然それましたね・・・・

1987年の演奏は、全然悪くないと思いますよ・・・・
むしろ銅賞という評価が厳しすぎ・・・・
79年にも「ローマの祭り」を演奏していますが、
こちらは何か全国大会初出場という事もあり、今一つノリが悪いのですけど
(課題曲B/プレリュードとの静と動の対比と言う意味では大変面白いものがありました・・・・)
87年の演奏は、とにかく聴いていて面白かったです!!

というか、ここまでやりたい放題、鳴らしたい放題の演奏を聴かせてくれると
聴衆としてはむしろコンクールの成績云々よりは
「ここまで自分達が表現したい事をたっぷりと演出出来て演奏者も大満足なんだろうな・・・」という
感じもありましたけど、
とにかく「スカッ!!」とした演奏でしたね・・・
ま、確かに明らかに音量過剰なのですけど・・・・
課題曲の「風紋」はもっとしっとり感が欲しかったというか、
表現が鋭角的&直線的なため、
少しと言うかかなり雑な印象もありました・・・だけどその分「ローマの祭り」で
大爆発を起こしてくれましたので、
ま、よしとしておきましょう・・・・・
とにかく朝から普門館の聴衆の眠りを吹っ飛ばす豪快極まりない演奏でしたし、
「あれれ、上原先生、こういう演奏もやっちゃう事もあるんだ・・・」みたいな意外感があったのも
何か楽しかったですね。
ローマの祭りの前半で、
ホルンがユニゾンで大活躍をする部分があるのですけど、
東海はこの部分のホルン奏者は体を横向きにしベルアップをし、
朝顔の部分を客席に向けての高らかに鳴らしていたのがとても印象的です。
ラストもまさに「ズド――――ン」と決めてくれ
個人的には拍手喝采の演奏でしたね・・・・

現在の洗練された東海大学では考えられない演奏家もしれませんけど・・・・
私が子供の頃って、毎年秋頃になると
学校の校門前とか駅前とか商店街とかで、子供たちとか年配のおば様たちが
「赤い羽根募金にご協力お願いしまーす!」とか大声を出して一生懸命に募金を集める光景は
良く目にしたものです。
だけど最近は、気のせいかもしれませんし、自分が単に気が付いていないだけかも
しれませんけど、
そうした街頭での赤い羽根募金集めという光景は随分と少なくなったような感じもします。

以前から何度か書いている通り、
本年度は12年に一度(まるで干支みたい・・・・笑・・)必ず廻ってくる「町会役員」を仰せつかっているので、
自治会関係の様々な雑用が押し付けられてきます。
ま、本当はうちの組にはもっと世帯数があるのですけど、
高齢者の独り暮らしとか夫婦二人とも80歳以上の高齢世帯は町会役員が免除されていますので
比較的短期間で町会役員が廻ってきます・・
というか、この先町会全体もどんどん高齢化が進んでいるので
(ま、これは日本のどこの町会でも起きている共通現象かもしれませんよね・・・)
現在は12年に一度という「干支ペース」なのですけど、
その内4年に一度みたいな「オリンピックペース」みたくなったらどうしよう・・・・(苦笑・・・)
そうなったら色々と面倒なんだろうな・・・・

さてさて前述の「赤い羽根募金」なのですけど、
ここ数年間のうちの町会の集め方は、何かいかにも
「各世帯との結びつきが希薄」という現代社会を象徴しているのかもしれない話ですけど、
以前のように、町会役員が一軒一軒募金を集めに行くという方式ではなくて
(この方法だと、不在先が多い・老人ホームに入居中で年に数回しか自宅に戻らないとか、
 訪問される事を嫌がる世帯が多い等の理由で大変効率が悪いし、面倒だし
 町会役員への負担が大きい・・・)
最近は、各世帯のポストに赤い羽根と封筒を一枚置いておくから、賛同者は町会役員の自宅の
ポストに募金を入れた封筒を置いておくという方式に変更になっています。

うーーん、何か「フェイス・トゥー・フェイス」を嫌がる現代の「内向き加減」と
「近隣関係・人間関係の希薄さ」を実証するような話なのかもしれませんよね・・・・

昔だったら、駅前等で募金活動をしている近所のおぱちゃんに直接募金したり
募金集めに各家庭を一軒ずつ歩いて廻る町会役員さんに直接手渡ししたり、
ま、それなりに「近隣との交流」はあったのかもしれませんけど、
現代は、マンションに限らず戸建の家ばかりの町会内ですら、
「三軒先のあの家に住んでいる人は誰・・・・??」みたいな事が日常的風景になっていますし、
隣ら住んでいる人が誰なのか知らなくても
あまり違和感を感じないというのも、何か奇妙だし、少し不気味な話なのかもしれませんよね・・・・

それにしても今回は前回以上に募金の集まりが悪いですね・・・・

今の所、全世帯の中で1/2程度しか集まっていませんね。
前回は2/3程度はすぐに集まったのですけどね・・・・

まずいな・・・・

募金の〆切が10/29だし、あまり集まりが悪いと、これを最終的に届ける町会長に
何か一言二言嫌味を言われそう・・・・・(苦笑・・・)

仕方が無い・・・・
向こう三軒程度には直接声を掛けておくとしますか・・・・ちと面倒だけど・・・・(苦笑・・)
本日10/27は元々休みでしたけど、二つ前の記事で述べたとおり、
様々な事情により休日出勤・・・
(というか、手当も振休も何も無い完璧なサービス出勤・・・)
当初の予定では、溜まりに溜まっている懸案事項の後処理に専念して午後14時には退社する予定
でしたけど、現実はなかなかそううまくいかないものでして・・・・(苦笑・・)
何かのトラブル処理に専念していると
決まって新たな「クレーム対応」が舞い込みみたいな感じで、
結局家に戻ったのはPM17:00頃だったかな・・・

ま、だけどどーにかこーにか「やっつけ仕事」ではありましたけど、
当面の懸案事項は一通りのけりが付いたと思います。
今度の出勤は、10/29以降、しかも6日連続出勤・・・・なので
取り急ぎ明日10/28はのんびりとしたいものですね・・・

あ、そうそう・・・・

以前このブログで「ハピネスチャージの映画、人形の国のバレリーナのペア券当選!!」という記事を
書きましたけど、
この映画が公開されて既に3週間近くが経過し、ポケッとしている間に
上映が終わってしまう事も十分考えられますので
明日あたり観に行って来ようと思います。
ペア券ですので、うちの奥様と一緒に行って来ようかと思います。
そうですね・・・・
この種の映画を「お一人様」で見に行くのは、正直照れがありますよね・・・・(苦笑・・)
プリキュアシリーズの映画を映画館で見た人はすぐにわかると思いますけど、
プリキュアシリーズの映画の観客は、小さいお子さんとその両親という親子連ればかりなので、
こんな「高齢者カップル」(??・・・・苦笑・・・汗・・・)が行っても
正直何か思い切り浮いてしまうのですよね・・・
ま、一人で行くよりは二人で行った方が違和感も少ないし、
何というのかな・・・・
「いかにも両親と子供で見に来たけど、肝心の子供が急用で行けなくなり、取り急ぎその両親だけで
来ました・・・」みたいなオーラを発揮すれば、
別に映画館でも違和感はないかな・・・・??

プリキュア5以降、劇中で
「マジックライトを振って、プリキュア達を応援して―!!」と呼びかけが始まり
それに鼓動する形で小さいお子さんたちがマジックライトを振りフリし「プリキュア頑張れ―」と
声援をおくる光景はもはや定番というか微笑ましいものなのですけど、
普段はボケっとしていてぐーたらなうちの奥様もこういう時だけは
目が輝きだし、
何か知らないけど、マジックライトを持ち上げ左右に揺らし、声援をおくっているノリの良いところを
見せてくれるのですけど
横にいる私は・・・・うーーん、少しドン引きしていますね・・・・(苦笑・・・)

そうそう、彼女と東京ディズニーランドに行ったとき、
司会者のお姉さんが
「はーい、良い子の中で〇〇にチャレンジしてくれる子はいないかな・・・」と叫んで
誰も反応しない時は、
いい年こいてうちの奥様自身が「はーーーい!!」と反応し、様々なゲームに挑戦していますからね・・・・(苦笑・・・)
あーあ、恥ずかし・・・・(苦笑・・・)

あれれ・・・・何の話でしたっけ・・・・??

そうそう、先日「スイートプリキュア」のハートクロック購入時に
一体108円でしたので「クレッシェンドキュアメロディ」のキュアドールもついでに買ったみたいな記事も
最近掲載しましたけど
その際、ついでにハートキャッチのブロッサムのも買ってしまいました・・・

というか、今作「ハピネスチャージ」からキュアドールが生産中止になって以降
なぜかこうした中古おもちゃ店には歴代の「キュアドール」のこれまでの在庫品が出回り
かなりの廉価品として売られています・・・

うーーん、これも「旬を過ぎた商品の叩き売り」という感じなのかな・・・・??




でも「キュアブロッサム」は歴代でも優しいやさしいプリキュアでしたね・・・・

初期の頃は確かに史上最弱でへたれで内気で人見知りをする「弱さ」ばかりが目立っていたけど
不思議と、ハピネスのひめやめぐみのように「ポンコツ」という言葉が
あまり似合わないのも何か面白い気がします。

ま、確かにその「優しさ」が裏目に出てしまう感じも無くは無かったのですけど、
後半になればなるほど
「自分の心」と真正面から対峙し、
「自分の心」と偽る事なくオープンにガチモードで対話する事で「過去の自分」を乗り超える事が出来た
ある意味「心の成長」が著しいプリキュアだったな・・・という
印象も強いです。

ハートキャッチって何か面白いかと言うと、そのメンバーの不均一性とバラバラ感が実に
素晴らしいですね・・・・
だって、歴代最強だけど歴代で最も無愛想で他人に厳しい年上のムーンライトがいるかと思えば、
歴代プリキュアで「もっともうざい」との名声誉れ高い(?)マリンが、ムーンライトと一緒のチームにいる事自体
美墨なぎさ風に表現すると
「ぶっちゃけありえなーい」という事なんでしようけど、
この二人見事にハートキャッチ内では融合していましたからね・・・・

そんな中での優しいやさしいブロッサムでしたので、
「凛々しく男前」のサンシャインと合せて考えると、
優しい・うざい・凛々しい・気難しいという四つのバラバラの不均衡のメンバーで構成された
ハートキャッチは、中々面白いものがありましたね。

話は多少それるかもしれませんが、
最近のこのブログの記事でやたらとハピネスチャージの敵幹部・オレスキーの事を取り上げていますけど
オレスキーの
「一番じゃないと誰も見向きもしてくれないし、誰からも相手にされないし認めて貰えない」
という台詞が何か妙に印象的です。
何かこれに近いような世界観の話が「ハートキャッチ」でもありましたね・・・
そう、第17話「認めて下さい、私たちのプリキュア魂を・・」という話なのですけど、
要は、和菓子店の三代目の正広に対して
「こんなんじゃダメだ、まだまだだ」とダメ押しするばかりの二代目に対する正広の
「どうしてオレを認めてくれないんだ・・・」というようなお話でした。
ま、この話は、つぼみとえりかに対して
「私はあなた達をプリキュアとして認めない」と冷たく突き放すゆりに対する
嫌味と言うか、強烈なアンチナーゼにもなっているある意味大変興味深い回でもあるのですけど・・・・

でもその時のブロッサムのデザトリアンに対する語りかけは
いかにも優しいやさしいブロッサムらしい言葉でした・・・

「違います! 本当に大切なのは誰かに認めて貰うことじゃありません!」

「正広お兄さん、お菓子屋さんにとって一番大切なことは、
美味しい和菓子を作ってみんなに喜んで貰うことなんじゃないんですか?」

「頑張っても認めて貰えないこともあるでしょう、悲しいことです。
でも、頑張ることは無駄にはなりません!いつかきっと無限の力を生み出す素になるはずです!」

これはこれで中々味わい深い言葉・・・

これは「何で一番にこだわるの・・・」とオレスキーに語りかけるラブリーと重なる部分は
あると思うのですけど、
要は、オレスキーに必要な事は
「No.1になる事ではなくて、自分の行為が相手にとって感謝される行為であり、
それを通じてありがとうと感謝をされる事の方が大切」という事に
目覚める事なのかな・・・・??

ま、既に半分目覚めているような気もしますけど・・・・


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ついでだから・・・・

前回のスイートの「クレッシェンドキュアメロディ」と「ブロッサム」のツーショット写真を・・・・

この二人ですけど
映画「プリキュアオールスターズDX3」の序盤に
ファッションショーの舞台で初接点を持つのですけど、
あの時のつぼみと響は可愛かったな・・・・
というか三つ編みにしたつぼみが本当に子供っぽくて
響がとてつもなく「大人」っぽく見えたのは何か面白かったです。

ま、プリキュアとしては、つぼみの方が先輩なのですけどね・・・・(笑)
先日の日曜日をもって、本年度の「全日本吹奏楽コンクール」も無事に終了しました。
出場者の皆様、指揮者の先生方、ご父兄の皆様、OBOGの皆様、そして関係者の皆様
本当に長期間お疲れ様でした!!
全国大会に出場された皆様方は、おそらくは初夏の頃から、
課題曲・自由曲に真剣に取り組まれていて、
ここまでくる過程には、私のような部外者には想像もつかないような色々と大変なご苦労が
多々あったと思います。
だけどそれを全てクリアした上での「全国大会」での演奏ですから、
例え結果はどうであれ、
「全国大会の場」で演奏できたという事は、「生涯の誇り」として
例え吹奏楽奏者という一線の場を退いた後でも
「音楽」を楽しむ心だけは大切にして頂ければと思います。

そうなんですよね・・・・

最近の自分のブログでも、やたら、
10年間吹奏楽コンクールに出場し続けたけど、
県大会金賞が関の山で、結局全国大会はおろか支部大会にすら一度も出場出来なかったことを
色々と愚痴っていますし、
特に1987年の大学4年の時の東京都大会大学の部・予選会で
結局銀賞止まりで本選に出場出来ず、
結局憧れの「普門館」(よく言われる事ですが、高校野球でいう所の甲子園・・)で一度も
演奏する事が出来なかった事は、
今でも時折「あの時は残念だったな・・・」と思う事があります。

だからこそ、こうやって全国大会で演奏出来た方は、
これは「生涯で誇れる経験」なのですし、
私のように行きたくても支部大会・全国大会で演奏できなかった人間が圧倒的に多いという事を
踏まえた上で、
生涯の「素敵な思い出」として一生心の財産にして頂きたいと願っています。

ま、私の場合、
結果的に普門館で演奏する事は出来なかったけど、
「吹奏楽」を通して、
「クラシック音楽という深い森の中」に誘い込まれるきっかけを作って貰ったようなものですし、
吹奏楽がなければ、
自分の中でこれほどまでに「音楽」という人生の楽しみという香辛料を得る事が
出来なかったとさえ思っています・・・
ま、もっともここ数年は、音楽に加えて「プリキュア」という新たな楽しみが増えてしまいましたけど・・・・(苦笑・・)
そうですね・・・・
今後は、「プリキュア」もそうですけど、
他のアニメとか漫画とかも色々と見てみたいですね。
ブログ開設から2年以上経過しているのですけど、
多くの常連の皆様の素敵なコメントとか素晴らしいイラスト・記事を拝見させて頂く中で、
「このアニメ、面白い・・・」とか
「へー、こんな漫画あったんだ・・・知らなかった・・・あの常連さんに感謝・・・」とか
色々感じる事はありますね。
そういう意味でも、プリキュアも他の漫画・アニメも、勿論吹奏楽・クラシックをはじめとする音楽も
まだまだ発展途上の道半ば・・・
人生まだまだ勉強中という感じですね・・・・

話を「吹奏楽コンクール」に戻しますと、
今年のコンクールも残念ながら生では聴いていません。
(耐震上の問題から普門館で開催されなくなってから以降は、何かチケットの入手自体
 かなり難しいプラチナチケットになってしまいましたね・・・
 というか、吹奏楽コンクール=普門館という明瞭なイメージが固まっているオールドファンの私にとっては
 普門館で開催されない全国大会は、正直イメージが湧かない・・・・)
というか、1999年以降は、土日が出勤という業界に身を投じていますので
吹奏楽コンクールを生で聴ける機会と言うのは当分無いかな・・・・・??

ま、今年も後日発売される実況録音のCDで楽しむことにしましょう・・・・

一つ感じた事は、
何かまた一段とレヴェルが上がったような印象があります。
というのも、つい最近までは、
例えば高校の部では、
埼玉県代表のチームは、そのまんま西関東大会もスムーズに通過し、全国でもほぼ金賞という
イメージが濃厚だったのですけど、
今年は伊奈学園・埼玉栄・春日部共栄はすべて銀賞・・・・

うーーーん、それだけ他のエリアの学校のレヴェルが上がり
埼玉県代表だから金賞という時代は終焉を迎えそうですね・・・
それだけ「地域間格差」は確実に減少していると思いますし、
特に最近は、福岡県の精華女子高校の演奏が圧倒的に素晴らしいですね!!

このブログを開設して「良かったなー」と思う事は色々とあるのですけど、
その一つが過去において全国大会で素晴らしい演奏をしたチームのOBOGの皆様方から
時折素敵なコメントを頂いたり、
当時の貴重すぎるお話とか裏話・秘話の数々を聞けるという事ですね。
あれは本当に嬉しかったですね・・・・
特に関東一高・高岡商業・屋代高校・秋田南高校・徳山大学の関係者の皆様からの
貴重なコメントは本当に大感激でした・・・・!!
そしてその中でも特に特に嬉しかったのは、
このブログでも執拗に何度も何度も登場している1982年/幻想舞曲集 1980年/ル・シッドの
歴史的名演を残して頂いた
「就実高校」吹奏楽部の卒業生の複数の方々のコメントですね・・・・

いやいや、あれは本当に
「まさか、本当に当時の就実の関係者の方からこんな貴重な秘話が聞けるとは・・・」みたいな
驚きと感激で一杯でしたね・・・

改めて、あの時はありがとうございました!!





その就実高校ですけど、
今年はついにやってくれました!!
しばらく全国大会の舞台から消えていたのてすけど
今年、10年ぶりに全国大会に戻ってきてくれました。
勿論、当時と違って現在の就実は女子高ではなくて共学高校で男子生徒もいるのですけど、
やっぱりオールドファンとしては
「就実高校」という名前を聞くだけで何かとても嬉しいものがありますね。

ま、今回は久しぶりの出場という事もあり「銅賞」という少し残念な結果になりましたけど、
前述の通り、全国大会に出場出来たというだけでも「大切な生涯の誇り」なのです。
この「誇り」をとにかく生涯持ち続けて頂き、
生涯「音楽を楽しむ心」だけは持ち続けて欲しいと思います。
だけど、なにはともあれお疲れ様でした!!

そして来年以降もまた素晴らしい音楽を聴かせて欲しいものですし、
次回はワンランク上の賞に届くように再度頑張って頂きたいと思います。
(ま、音楽は結果が全てじゃないし・・・)
この就実の「スペイン狂詩曲~Ⅳ.祭り」は後日CDが発売されたら絶対に聴いてみたいと
思います。

就実と言えば、やはり村松先生・・・・

またまた「吹奏楽と11人の先生」という本からの受け売りですけど、
村松先生は、
「生徒にとっての吹奏楽部との存在とは?」という質問に対して
「辛い事に耐える忍耐力、自己抑制、公共性、責任感を身に付け、ハイ・いいえ・すみません・失礼します等を
 美しく話せる人間になって欲しいし、ひいては音楽を通して、
あらゆるジャンルの教養を体得し、立派な妻となり、母親になり、そして感謝の気持ちが持てる
女性になって欲しい」と
言われていますが、これも中々含蓄のあるお言葉・・・

今だったら、
「立派な家庭人となり、母親父親になり、子供にとって最良の教師になって欲しい・・・
そして感謝の気持ちがもてる社会人になって欲しい」と
言い換えても良いのかな・・・??
本日10/27は元々は休みなのですけど
(私の場合、基本的に火曜が休み、そして月間で1~2回月曜休み)
最近のあまりのクレーム対応の多さと言う
「目の前にある事」だけに最近追われるばかりでしたので、
どうしても「ルーティンワーク」な部分が全くの手つかず状態・・・・
それでやむなく本日はあえて「休日出勤」を行い、
溜まりに溜まっている仕事とか放置してある懸案事項とか
現在行われている「日本シリーズ」ではありませんけど、とにかく「短期決戦」で
ばーーーーっと片づけてきたいと思います。

そうですね・・・

自分言うのも何ですけど
こういう時の私って結構「馬力」があるといか「集中力」をキープできるのですよ・・・・

何というのかな・・・・

「この仕事とあれを片付けば、本日は業務完了…!!  あとは家に帰れてゆっくり出来る・・・」
みたいな短期的目標があると
それをこなすために怒涛の火事場の馬鹿力を発揮できるという感じですね・・・(苦笑・・・)

ま、「休日出勤」といっても
うちの会社みたいなポンコツ企業は、
別に振替休日がある訳ではないし、割増賃金がある訳ではないし・・・
何というか、
とにかく溜まりに溜まっている懸案事項を何とか早期に処理したい・・・
そんな気持ちのサービス出勤という感じです・・・・

「サービス出勤」とか言うと
何かいかにも「古い時代の日本のサラリーマン社会」みたいな感覚もありますけど、
ああいう「滅私奉公」みたいな感覚は絶対に嫌ですし、
何か「自分のプライド」みたいな感じなのかな・・・・??

ま、とにかく本日は「短期決戦」でズバズバと懸案事項を整理し、
とにかくとっとと終わらせて
後はゆっくり家でのんびりとしたいものです・・・・
先日、1987年の課題曲A/風紋の記事を書かせて頂きましたが、
思いがけず多くの皆様より拍手&反響&コメントを頂きました。
この場を借りてお礼申し上げたいと思います。ありがとうございました。
「風紋」がコンクール課題曲として演奏されてから既に27年経過しているのですけど、
やはり「名曲」はちゃんと後世に受け継がれていくものなのですね・・・
何か少し安心しました・・・・

さてさて、風紋が課題曲となった1987年とその前年の1986年は
本当に課題曲が当たり年でしたね。
特に1986年の課題曲、変容・嗚呼!・序曲・テイクオフはどれも全て名曲揃いなので
選ぶ方も大変でしょうし、こういうのを「嬉しい悲鳴」と言うのかもしれませんよね。
私の大学の吹奏楽団は、B/嗚呼!を選曲しましたけど、
私自身としては、A/吹奏楽のための変容かC/吹奏楽のための序曲を演奏したかったな・・
だけど1987年も負けず劣らずの名曲揃いの当たり年・・・
この年はA/風紋とE/マーチ「ハロー!サンシャイン」に人気が集中し、
結果として、B/渚スコープ C/コンサートマーチ87 D/ムービング・オンの演奏頻度は
かなり低かったのは何か気の毒なような気がします・・・・
渚スコープとかムービング・オンなんかもっともっと色々なチームが取り上げて
演奏して欲しかったような気もしますね・・・

吹奏楽コンクール史上不滅の名曲で今でも名作の誉れ高いといった評価を受け続けている
「風紋」のおかけで、
どうしてもこの年の課題曲B/渚スコープの印象は薄いですよね・・・
確か全国大会でもこの課題曲を選曲したのは、中学1 高校4 大学1のわずか6チームだけだったかな・・・
しかも面白い事に、高校で「渚スコープ」を選んだのは全て関東代表のチームというのも
何か興味深いですね。
だけど確かに人気はいま一歩だったかもしれませんけど
「渚スコープ」は、素晴らしい名曲だと思います。
というか、コンクールの課題曲の中で
初めから終わりまで終始ゆったりとしたテンポで演奏され、アレグロの部分も無く
激しいffの部分がほぼ皆無という「物静かな課題曲」は極めて珍しいので
その意味でもこの課題曲はある意味画期的でしたね・・・・

この曲の印象は、とにかく「フランス風」という感じですね・・・

なんだろうな・・・言葉にするのは難しいのだけど
ドビュッシーの「海」の世界に通ずるような世界観を持った曲のような気がします。
タイトルは「渚スコープ」となっているのですけど、
私がこの曲に勝手に副題を付けるとすると、
「ある夏の日の思い出・・・」みたいな感じですかね・・・(笑)
具体的な「渚」を描写したような曲でないのは間違いはないのですけど、
何というのかな・・・・
「ある夏の日に、自分が目の前で見た風景」についてそれを自分の心がどのようにそれを
感じ取ったのかを描いたような曲と言えるのかもしれませんよね。

とにかく全体的に繊細でもろくてガラス細工みたいに
何かちょっと強く抱きしめただけで脆く崩れ去りそうな曲なのですよね・・・
だから全体的にあやうさ、脆さ、「砂上の楼閣」みたいな雰囲気があるのですよね・・・・
そうしたガラス細工のような脆さと繊細さがこの曲の持つ最大の魅力なのかもしれませんよね。

この曲は出だしから大変モヤモヤした感じで開始されます。
うっかりしていると、どこがメロディーラインなのかよく分からない内に
トロンボーンソロが始まってしまう事もありそうです。
吹奏楽コンクールの課題曲でゆったりとした部分でトロンボーンソロを使う例って
あまり聞いたことがないだけに、この部分はかなり意表を突かれますけど
かなり大胆かつ新鮮な表現のようにも感じられます。
あ、そうなのか・・・・
今にして思うと出だしのクラリネットのモヤモヤワサワサ・・・・とした感じは
あれは「波打ち際」をイメージしているのですね。
全体的には物静かな印象があり、
出だしから中間部のトランペットソロあたりまでは「もの悲しさ」とか「哀愁」が全体の雰囲気をリード
しているのですけど、このトランペットのソロあたりからは多少盛り上がり
この部分は何か「ほっとするような」感じもあったりはします。
だけど最後はゆったりと静かに閉じられ、
やはりこの曲は「何かもの悲しい曲なんだな・・・」というものも感じさせてくれます。

先程この曲の副題は「ある夏の日の思い出」がぴったりとか書きましたけど
そういう「もの悲しい思い出」とは何なのかな・・・
何かひと夏の痛い経験とか、海岸を背景にした失恋物語とか
そういうものなのかな・・・・??

この曲はスコア的にはそれほど難しい技術は必要としないのですけど
表現方法は難しいと思いますね・・・
何よりもこの課題曲をされなりに仕上げるためには相当の「洗練された音色」が
必要なのですけど、
こうした音色作りの難しさと終始ゆったりとした構成が、
この曲が内容的には大変素晴らしいものを持っているのに、今一つ人気が出なかった理由
なのかもしれませんよね・・・・
この曲で使用される打楽器の中では「タンバリン」が中々印象的・・・
タンバリンの鈴を利用したサラサラという音色は、何かいかにも「砂浜」をイメージさせてくれます。

この課題曲を語る上で絶対に外すことが出来ない演奏が一つあります。

それが何かと言うと市立習志野高校の演奏なのですけど、
このチームのあまりにも高校生離れした透明感溢れる「音の清潔さ」はまさにため息ものですね・・・・
そして何よりもとにかく表現が自由自在というのか、
瞬間的に「間」をとったり、テンポルバートといって音を自在に揺らしてみたり
本当に音楽が「自由」そのものなのです。
そして音色とサウンドがどこまでも洗練され透明感に溢れているから
まさに「敵無し・・・」という感じの演奏でしたね。
この年の自由曲「ダフニスとクローエ」第二組曲~パントマイム・全員の踊りの
やはり圧倒的な音の「透明感・洗練さ」と合せて
とにかくサウンドの清潔さが印象に残る演奏でした。

他には習志野と同様に「音色の清潔感」が印象的な市立柏
個性的な演奏なのだけど、トランペットミスが惜しまれ、全体的に細部の詰めが甘い市立川口が
印象的な演奏を聴かせてくれました。
埼玉栄は金賞なのだけど、全体にモヤモヤした演奏で、
何を言いたいのかその意図は全く伝わってきませんでした。
(BPの講評では、埼玉栄の生徒さん達は、この日の演奏は√2のようなもの・・何か割り切らない演奏と
 言っていましたけど、まさにその通り・・・!!という感じでしたね・・・)

知る人ぞ知る演奏ですけど
関西大会の洛南高校も「音色の洗練度」は今一つながら、
「ある夏の日の思い出・・」みたいな音楽のストーリー性は不思議とよくイメージできる演奏であり
私は自由曲の「ダンス・フォラトゥーラ」と共に結構好きな演奏です。

「ハピネスチャージプリキュア」では、
ようやく4人揃っての白が基調の「イノセントフォーム」がお披露目されましたけど
何かハピネスに限らず
歴代プリキュアの傾向として
フレッシュ以降は、最終盤、特に最終決戦時には
プリキュア達のフォームが白の衣装にフォームチェンジするという事があるような気がします。

最初に「フレッシュプリキュア」の
純白の「エンジェルピーチ」を見た時は、本当に感動しましたね・・・
「なにこれ・・・マジで美しい・・・美しすぎる!! まさに女神さま・・・!!」という感覚しか
無かったですね・・・・
そのせいか、いまだに自分の中ではラブ(キュアピーチ)=観音菩薩様・女神さま・・・・という意識が
ありますね・・・・
いやいや、あのインパクトは強烈でした・・・・!!

フレッシュ以降、ハートキャッチ・スイートの最終決戦仕様とかスマイルのプリンセスフォートとか、
現役のハピネスのイノセントフォームとか
全て「純白」が基調になっていますけど、
それぞれが皆天使のように可愛いし、素晴らしいものがありますね。

ハピネスチャージの「イノセントフォーム」はあれが最終形態なのかな・・・
何となく歴代の中では地味に感じる部分もあるから、
最終決戦時には、もうひと手間加わったりするのかな・・・・??




でも、スイートのメロディの
最終決戦時の「クレッシェンドキュアメロディ」も抜群に可愛かったですし
フレッシュのピーチ同様に
「ああ、やっぱり女神さま・・・!!」とついつい感じてしまいましたね・・・・(笑)

メロディの通常フォームは
フリフリのピンク衣装におへそが見えそうで見えない衣装というのが大変素晴らしかったのですけど
最終決戦仕様の「クレッシェンドキュアメロディ」は、
おへそというかお腹の露出部分が無くなった代わりに
「神々しさ」が何か前面に出たような感じもしますね。

そうそう、何かこうした「神々しい感じ」はドキドキのキュアハートの最終決戦時の
「パルティノンモード」に近い感じもありましたね。
だけどキュアハートの映画版での「エンゲージモード」も
あれは既に「神の領域」に達していましたね・・・・・(笑)
「風紋」・・・・
本当に素晴らしい曲ですね。私はこの課題曲、本当に大好きです。
吹奏楽コンクールの課題曲って本当に色々と素敵な曲が色々とあるのですけど、
実際に自分が吹いた課題曲というのは限りがありますし、
吹いた事は一度も無いけど「あーあ、本当に素晴らしい曲・・・一度こういう課題曲を吹いてみたいな・・」
というのは一杯ありますね・・・・
自分が過去のコンクールで実際に吹き
「あー、この曲いいな・・」と感じるのは意外と少なかったような気がしますけど
二つあげると、
1985年の課題曲B/波の見える風景と1987年の「風紋」ですね・・・
偶然にも二曲とも大学時代に演奏した曲ですけどね。

「風紋」は何か個人的に大変思い入れがある課題曲です。

最近の「吹奏楽カテゴリ」記事にて、1987年の東京都大会の事を取り上げていますけど
この記事で書いてある通り、
1987年は自分にとっては「最後のコンクール出場」となりました。
翌年以降は社会人になる事が確定していたので、
自分自身の決意の中では
「社会人になったらもう吹奏楽とは関わらないしコンクールにも
出場しない・・・・なぜなら社会人になったからには仕事を優先すべき・・・
こうした吹奏楽コンクールに出場と言うのは、学生時代の一つの遊び・・・
だけど音楽を聴く事や音楽に関わりを持つことは一生大切にしていきたい」と
当時は頑なに思っていました。

ま、当時はそれはそれで正解だったのかもしれませんけど、
今にして思うと多少頭が固かったかも・・・
社会人として何か余裕が出来た頃は、既に楽器(クラリネット)を昔のようには
吹けなくなっていましたし、
何よりも当時は既に「奏者」の立場よりも既に「一人の聴衆」という立場に慣れていたのかも
しれませんよね・・・

だけど1987年当時としては、
とにかく意識の中では
「うーーん、今年が生涯で最後のコンクール出場・・・・
思えば1978年の課題曲A(ジュビラーテ)/自由曲・スラブ行進曲から始まり
コンクールは10年間ずっと出ていたけど、
一度も支部大会は出場していない・・・・
何とか今年こそ都大会予選を突破し普門館で開催される都大会本選に出場し
何とか遅咲きでもいいから普門館デビューを果たし
有終の美を飾りたい・・・・」というのが偽らざる本音でした・・・・

そうした中で、この年の課題曲として演奏したのが「風紋」でした・・・・

この課題曲は本当に「優しいやさしい課題曲・・・」

何か吹くだけで心が癒されるというのか心がすーーーーっと不思議と落ち着くのですよね。
この課題曲を吹く時は、何か前述のような「今年で最後・・・!!」みたいな焦りの気持ちは
すーーーーっと消えていましたね・・・
何かとても不思議な魅力があったと思います。

出だしの低音からしてすごく魅力的・・・・
そして木管によるとても何か懐かしくもあり心の傷を癒すかのような優しいメロディーが
次から次へと展開されていくのですけど、
最初から最後まで何か「魅力的なメロディーライン」が続きますよね。
この曲の凄いところは、
正直演奏技術的に極度に難易度が高い所がほぼ皆無な所だと思います。
難しい技術を使用しなくても、
人の心にすーーーっと入り込んでいける音楽は絶対に存在するという事を立証した
作品なのかもしれませんよね。
曲の後半で一旦静まりかえり、そこから展開される「木管のやや甲高い響き」が何か
「心の叫び」のようにも聴こえ、
ラストは一気にスピード感をもって閉じられます。

話は全然違うのですけど
野庭高校吹奏楽部をモデルにした小説、「ブラバン・キッズ・ラプソディー」の中で
ミッチェル作曲/海の歌について
「演奏している最中に思わず感情がこみあげてきて、涙が出そうになる不思議な曲」といった
記述がありましたけど、
これは実際に「海の歌」を演奏した事がある私にとっても
「全く同感!!」という一言に尽きると思うのですけど、
「海の歌」と同様に
「演奏中に何か感情がこみあげ、涙が出そうになる曲」というと
この「風紋」もそんな感じがあったような気がします・・・・

この「風紋」を全体練習で吹いている際は、
「演奏中は余計な事を考えないで曲に集中しよう・・・」と思っているのですが、
ついつい、

「今年で最後のコンクール、何とか都大会本選に出たい・・・」

「あと一か月後くらいには就職活動が始まる・・・果たして本当に内定がもらえるのか・・」

みたいな余計な事を考えてしまうものですけど
「風紋」を吹いていると
いつのまにか現実的なそうした不安とか懸案事項がいつのまにかすーーーーっと
消えてしまうのですよね・・・
そして何かあのメロディーラインを吹くだけで
何か心がすーーっとなっていき、
時には「抑える事ができない感情の高まり」みたいなものを感じてしまうのですよね。

その意味でも本当に不思議な曲でしたし、
思い入れがある課題曲でした・・・
だけど不思議だな・・・
決して「哀愁溢れる」とか「物悲しい」という感覚ではないのですけど
何かついつい涙もろくなるような課題曲なのですよね。

ホント、ヘンな話なのですけど
この課題曲を吹いていた時も、聴衆として聴いていた時も、
なぜかこの曲を聴くと
「私を忘れないで・・・・」みたいな「心の叫び」というのか「見えないメッセージ」が
聞こえてしまう・・・・というか、
外部から聞こえるという感覚ではなくて
自分の内側から自分自身に向けて「忘れないで・・・」みたいな声が聞こえるのですよね・・・・
「私を忘れないで・・・」と何か曲自体が自分に向けて語りかけるという
何か妙な事をしばし感じるのですよね・・・・

何かこれってすごい不思議な感覚・・・・

なんだろう・・・・これは・・・・

当時は意識の中では「今年で最後のコンクール・・」みたいなカチカチの意識があったから
その一つの反動として
「だけど音楽を楽しむ心は忘れないで・・・」みたいな事を
一人の自分がもう一人の自分に語りかけていたのかもしれませんよね。
10/25も朝から大変快晴で、気分はノリノリ・・・・
暑くも無く寒くも無く「すごし易い気候」を絵に描いたような一日でしたので、
気持ちは晴れやかという感じでした・・・

本日は珍しく一日を通して「クレーム対応要請のSOS電話」も一つも無く
「用はあっても無くても定期的に工事顧客を巡回サポートしていく」という私本来の仕事が
久しぶりに丸一日出来たという感じで
自分自身、こういう「本来のルーティンワークをフルに一日出来るなんて何て幸せ・・・」みたく
思ってしまいました。
ま、こういう日々は長くは続かないのでしょうけど・・・・(苦笑・・)

とある工事顧客を巡回した際、
ある事を思い出しました・・・
そう言えば、この方は5年前より
「自分は余命2年だから・・・」とずーーっと口癖のように言われています。
ま、確かに癌を発症し、月に1~2回程度放射線治療を受けているのは紛れもない事実なのですけど、
会う度に
「あ、俺は余命2年だから、こうやって君と話しするのもこれが最後かもしれないね・・・」と
言われています。
最初、5年前にこの方と話をした際は、
「人間の寿命が残りあと何年と宣告されたら、どう感じるのだろう・・・・
ひたすら死の恐怖に怯えるだけの日々を過ごすかもしれないし、
死の恐怖を忘れるために、アルコールとか快楽に溺れちゃう人もいるだろうし、
逆に死ぬ瞬間まで前向きに生き続けたいと思う人もいるかもしれない。
自分だったらどうなのだろう・・・・
自分と言う人間が確かに現世にいた証しみたいものを何か一つでもいいから残さないと
死んでも死にきれないかも・・・」などのような
かなりリアルな考えが頭に思い浮かんだのですけど、
そのお客様は、本日も
「あ、オレ、余命2年だから・・・」とあっけらかんと言われていました・・・

何か少なくとも5年前よりは顔色も良くなっているような気も・・・・・(苦笑・・・)

だけどこういう事って分からないですよね・・・

本当は、内心ではひたすら「死の恐怖」と戦っているのかもしれないし、
本当に何も考えないで、
とにかく「一日一日を生き続ける事」しか考えていないのかもしれないし、
「余命2年」という言葉の裏で
「あと2年・・・だけどされど2年の間に自分は何が出来るのか・・」をリアルに模索しているのかも
しれないし、
その「心の深層」はよく分かりません・・・

先日も、ほんの一か月前まで普通に話をしていたある工事顧客が
突然亡くなったという訃報に驚いたことがありますし、
本当に「人の死」というものはいつやってくるのかよく分からない面があります。
だらこそ思うのですけど、
突然やってくるかもしれないし
「余命2年」という言葉ではないけど、ある程度自分の死期が大体分かっている事もあります。
だけど「死」というものは、どんな人間にでも必ず到来するもの・・・・
避けて通れないもの・・・
だからこそ「死の瞬間」までは
「自分が出来る最善の事はやり続けたい」という気持ちの方が強いですね。
なぜなら、
この世というものは「一寸先は闇」みたいな側面があり、
何が起きるのか予測不能な面もあったりします・・・
突然車のブレーキが効かなくなったり、突然車が歩道に突っ込んでくることもあるかもしれませんし、
夢物語みたいな話かもしれませんけど、
ある日突然宇宙人にさらわれてしまい、地球から唐突に姿を消すという事も
ま、決して可能性が0%ではないと思います。
ま、要するにある日突然「人生のエンディング」を迎える事は決してありえない話ではないはずです。
だからこそ、今自分が生きている「この瞬間」を刹那的かもしれないけど、
この瞬間をとにかく精一杯生きてみよう・・・と考えるも
一つの生き方なのかもしれませんよね。

何かある工事顧客の「余命2年」の言葉から、何か話がヘンな方向性にいってしまいました・・・

ま、こういう話もたまにはアリかも・・・・??
この記事より二つ前の記事で「死神到来」という記事を書きましたけど、
この時の話以外は、
正直10/24は何か朝から「疫病神」に憑りつかれた様な一日・・・・
というか、朝から行く先々で
「おたくの会社は・・・」
「話が全然違う・・・・」
「最初にあの時、念を押したよね・・・」
「確かに営業担当の○○さんは、〇〇〇と言ったはずだ・・・」みたいな小言&クレームの
連続で、正直午前中終了時には
一日のエネルギーをこうした「負への対応」だけで使い果たしてしまい、
気持ちとしては完璧に「ブルー」に入っていましたね・・・・

さてさて、こういう時は例によって気分転換を・・・・と思い
普段よく行く中古おみちゃ店に寄ってみたところ、
またまたありました、ありました・・・・(苦笑・・・)

今回は「スイートプリキュア」のハートクロックの未開封新品同様品でした・・・






今回は「箱あり」状態・・・

未開封というのが実にいいですね・・・・

右上に値札が貼られていますけど、499円でしたので
ま、お買い得と言えばそうなのかな・・・・??


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こちらは箱の裏面・・・

メロディとリズムだけですので
まだピートがプリキュアとして覚醒する以前に商品化されたものという事ですね。

ちなみに「ハピネスチャージ」もこうした壁掛け時計が発売されていますけど、
時計のデザインは、ラブリー・プリンセス・ハニーの3人のみで、
フォーチュンは登場していません・・・
何かフォーチュンがすっかりハピネスのメンバーとして定着化している現在の視点で見ると、
「うーーん、4人全員揃ってから商品化して欲しかったな・・・」という気持ちが
ありますね・・・・


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でもメロディもリズムも実に可愛くて素敵ですね・・・・

最初にこの二人を見た時は、
一年間「ハートキャッチプリキュア」のつぼみとえりかという幼稚園児みたいな(笑・・・)デザインを
見ていてそれに慣れてしまった後でしたので
「随分と大人のプリキュア・・・」という印象でしたけど、
何か目が慣れるにつれて、
「可愛い・・」という印象も強くなったような感じもします。

ま、自分のように「大好きプリキュア四天王」の一人としてメロディをあげている者にしては
こういうメロディが全面に出ている商品は
大歓迎・・・!!という感じですね。

この時計は、早速ですけど、自宅の階段の廊下に既に飾らさせて頂いております・・・・(笑)
一つ前の「死神到来」という記事を書いたのですけど
クラシック音楽の中で「死神」を描いた曲って何かあったかな・・と思ったら
すぐ思いついたのか、サン=サーンスの交響詩「死の舞踏」でした。

サン=サーンスは生涯に四曲の交響詩を残しましたけど
この「死の舞踏」が一番有名ですし、コンサートで演奏される機会も多いですね。
この交響詩はたまーにですけど、
吹奏楽アレンジ版として吹奏楽コンクールで演奏される事もあったりします・・・

この交響詩は、
フランスの詩人アンリ・カザリス の奇怪で幻想的な詩に霊感を得て、作曲されています。
午前0時の時計の音とともに骸骨が現れて不気味に踊り始め、
次第に激しさを増してゆきますが、夜明けを告げる雄鶏の声が響きわたるや墓に逃げ帰り、
辺りが再び静寂につつまれるまでの光景を
かなりイメージ豊かに音楽にしていると思います。

そうですね・・・
何となくイメージとして
ムソルグスキーの交響詩「禿山の一夜」にも似ていますね。
「禿山の一夜」も
「聖ヨハネ祭前夜、禿山に地霊チェルノボグが現れ手下の魔物や幽霊、精霊達と大騒ぎするが、
夜明けとともに消え去っていく」とのロシアの民話をベースにした曲でしたね。

そうですね・・・参考まで゛カザリスの詩を下記に記しておくと・・・・

ジグ、ジグ、ジグ、墓石の上
踵で拍子を取りながら
真夜中に死神が奏でるは舞踏の調べ
ジグ、ジグ、ジグ、ヴァイオリンで

冬の風は吹きすさび、夜は深い
菩提樹から漏れる呻き声
青白い骸骨が闇から舞い出で
屍衣を纏いて跳ね回る

ジグ、ジグ、ジグ、体を捩らせ
踊る者どもの骨がかちゃかちゃと擦れ合う音が聞こえよう

静かに!突然踊りは止み、押しあいへしあい逃げていく
暁を告げる鶏が鳴いたのだ

何となくイメージは湧いてきそうですね・・・・

ところでこの「死の舞踏」ですけど、
一つ画期的な事があると思います。

それは何かと言うと、クラシック音楽の楽器として、初めて打楽器の「シロフォーン」(木琴)を
用いた事だと思います。
当時、シロフォーンは「子供のおもちゃ」みたいなイメージが強く
音楽の楽器として正式に用いられることはほぼ皆無でしたけど、
サン=サーンスは、この楽器にも光を当ててくれ、
ガイコツの骨がぶつかり合う音として、かなり効果的に不気味に用いています。

ちなみに1875年の初演での評判は散々で、
特に前述のガイコツをイメージしたシロフォンの部分は、
「悪趣味」とかなり評判は悪かったようですね・・・・

このシロフォーンによるガイコツの部分は、
実はその後、サン=サーンスの組曲「動物の謝肉祭」の「化石」の部分でも再現され、
「死の舞踏」がどちらかというと、不気味・悪趣味という印象を与えるのとは対照的に
「動物の謝肉祭」の方はかなり陽気に明るくあっけらかんと描かれているのが、
実に面白いですし、同じ素材を使いながら、曲にって全然イメージが異なる事の典型的事例のような
気もします。

ついでに書くとクラシック音楽で「死神」というと、
マーラーの交響曲第4番「大いなる喜びへの賛歌」の第二楽章も
そうしたイメージがありますね。
この第二楽章では、ヴァイオリンソロがあるのですけど、
このソロの部分では、通常よりもわざと全音高く調律されたヴァイオリンを使い、
何か妙に甲高くヒステリックなソロを奏でるのですけど、
確かにこの部分は、マーラーが言うように
「死神が私と一緒になって踊る・・・」みたいなイメージがありますね・・・・
ちなみにこのソロの部分のために大抵のヴァイオリンのコンサートマスターは
通常調律と全音高い調律の二台の楽器を準備しておくことが多いらしいですね。

でも何か面白いですよね・・・

日本の「死神」というと何か陰気な疫病神みたいな暗くて陰鬱なイメージがあるのですけど
西洋の場合は、何かもっとカラッとしたものがありそうな印象があります。

これは日本人と西洋人の「死生観」の違いなのかな・・・・??
本日も朝から仕事・・・

でも本日の埼玉は、昨日までの冷たい雨が嘘のようにすっきりとした晴天・・・
久しぶりに気持ちの良い一日でした・・・・

「あー、こういう気持ちの良い日は何事も無く平穏無事に終わればいいな・・」と
思っていたら、次の瞬間に携帯が鳴りました。
こういう際の携帯は、ほとんどの場合
「○○さんからクレームが入って、向こうは激怒している・・・・至急向かって・・・」という
面倒なクレーム対応という場合が多いので
携帯に会社から連絡が入る度に「憂鬱」な気持ちになったりします・・・

「やれやれ・・・・またまたクレームか・・・」と思って携帯を取ったところ
ある工事履歴があるお客様が数日前にお亡くなりになっていたことが判明したので
取り急ぎ「お悔やみ」にいってあげて・・・というものでした・・・・
私のような社内CS担当(別名、クレーム専従班隊長、またの名を火消し役・・・)は
往々にしてこうした冠婚葬祭に会社を代表して行かされる事は
日常茶飯事なので、
「あ、そうなの・・・」という感じで、車内に常備してある黒ネクタイと白ワイシャツ姿に着替え、
取り急ぎ、お線香を持参し「弔問」にお伺いしました・・・・

だけど・・・・

インターンを押して、出てきた方が

何と・・・・・

その携帯からの連絡で「亡くなった」と言われたご本人・・・・

「えーー、マジかよ・・・・真昼間から幽霊に遭遇するなんて・・・」と思ったのですが
その方はちゃんと足もあるし(苦笑・・・)
何かパクパク食べている最中でしたので、
「あれれ・・・、何かヘンだな・・・別に死んでいないしちゃんと生きているし・・・」と思って
改めて会社に確認の電話をしてみると、

「いやいや、すいません・・・・実はお亡くなりになったのは〇〇さんで、
先程連絡した△△さんは全然無関係です・・・」との言葉が・・・・

いやいや、これはとんでもないポンコツ連絡のガセネタ情報でしたね・・・・

そのお客様も、
「あれれ、あんたが来るなんて珍しい・・・何かあったの・・・??
あれ、あんたその格好なに・・・??」と
ニタニタしなか゜ら聞いてくるものですから、
ま、こちらの一方的な勘違いと失礼を丁重にお詫びした上で、事情を説明したところ

「なんだよー、そういう事かよ・・・・
全く・・・勝手に人を殺すなよ・・・
あんたは死神か・・・」とゲラゲラ笑って許して頂きましたので
何かこちらとしても
「よかった・・・・特に怒っていない・・・、こういう勘違いってうるさく言う人は煩いからな・・・」という
感じでした・・・

そのお客様も盛んに私の事と会社のポンコツ不手際を盛んに
「死神到来、死神到来・・・」とか言って笑いこけていましたので
何か本当に自分が「死神」になったような感じでした・・・

あ、でも自分が背負っているものは、「死神」ではなくて「貧乏神」なのかな・・・・??
何か自分の中では妙に一週間のリズムが出来ていたりして
それは当然ながら(?)「プリキュア」を中心に構成されているのかな・・・??
日曜のハピネスチャージ、そして木曜のスイートのテレビ埼玉での再放送・・・
日と木で丁度良い具合に一週間を二つに分けているようで
何か上手い具合にメリハリが効いているようにも思えます・・・・
私、基本的に毎週火曜が休みで、一か月の内、1~2回程度に月・火の休みがあります。
だから日曜にハピネスを見て、仕事で色々振り回されて
その中間的急速にスイートが来るような感じになっているので、
ま、それはそれでバランスが取れているのかも・・・・

あーあ、でもな・・・・
本来は今度の月・火は二日間休めるはずでしたけど
何かまずい事に色々と立て込んでいて、「クレーム対応」の出動要請が入っているのに
全然それが順調に消化できていない・・・
だから、今度の日曜から月曜に掛けて現在の「懸案事項」を一気にやっつけて
自分の本来の仕事のペースを取り戻したいと思っています。
だから予定では、今度の月曜は「休日出勤」の予定です・・・・

ま、それはとどうでもいいとして・・・・

テレビ埼玉の「スイートプリキュア」の再放送は既に32話まで到達し、
あと少しでキュアミューズが黒仮面を取り、正体をばらす回が刻々と近付きつつあります・・・・
同時にファルセットがまさかの変貌を見せ、
バスドラ・バリトンのマヌケ幹部達が「半魚人」という醜い半化物の醜態になる日が
近づいています・・・
今回と次回は、そうした重要階回の間の
「ちょっとした息抜き回」という事で
最近の「ハピネスチャージ」のラブリーとオレスキーの痺れるような場面も無く
とにかく気軽に楽しめるような回でしたね・・・・

ま、そんな中でも
メロディが小さい女の子と約束を守るために「指切りげんまん」をしたり、
ネガトーンにされてしまった「うさぎのぬいぐるみ」に
「本来のあなたを思い出して・・・」と語りかけるメロディの優しさについついうっとりとしたり
楽しい中にもプリキュアらしい「強さ」も秘めていて
「これぞプリキュア・・・・!!」みたいな回となりました。

今回の物語の舞台は「フリーマーケット」でした・・・・
(それにしても奏のママさんの美空さんは若くてお綺麗・・・・・
 あの美人ぶりは、何か星空みゆきの育代ママにも匹敵するビューティ振りですね・・・・
 美空さんと育代さんで「ふたりはママキュアしても十分人気が出るかも・・・・??)
フリーマーケットと言うと、以前にもこれが舞台になった回がありましたね・・・
そうそう、初代【MH】で、ひかりが初めて友達をゲットする舞台になった場所でもあります。
ひかりの最初の友達の一人は、加賀山 美羽という子なのですけど、
この子の声優さんは、後のキュアマリンというかえりかなのですけど、
この時の加賀山 美羽の声とえりかの声はほぼ同じですので、
DVDでこの回を見ていると、
「あれれ、なんでえりかが初代にも越境しているのかな・・・」と思ってしまうのですけど
それは、ま、声優さんが同じだから当然なんですけどね・・・・






スイートの物語も既に中盤・・・

だけど「トリオ・ザ・マイナー」のマヌケ3幹部は相変わらずポンコツというかお気楽モードで
のんきにご飯など食べています・・・
ハピネスチャージでは、前回の回で
ディープミラーがミラージュに対して
「(オレスキー・ホッシーワ・ナマケルダの)この3人はそろそろ用済みなのでは・・・?」と
何気なく凄い事をさらりと言っていましたけど
スイートでも、確かにこの3人もそろそろ立場的にやばい時期だったのかもしれませんよね・・・(苦笑・・)

この3人は、最終決戦時で判明したのですけど
元々はメイジャーランドの「三銃士」という役割だったのですね・・・・
バリトンさん以外、何かそうしたイメージは似合いませんけど・・・


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でもね・・・・・
何で「ヒーリングチェスト」を奪取するのにわざわざ「女装」する必要があるのでしょうかね・・・・(苦笑・・)
この3人の女装に関しては、
バスドラ・ファルセットは・・・・、うーーん、キモい・・・・キモすぎる・・・・(苦笑・・)
だけどバリサンだけは違いますね・・・・
この人だけは別格ですね・・・
バリトンさんは普通にスカートを穿いていても普通によく似合っているのですよね・・・・(笑)
「女装」というと、
どうしても「アンラブリー」になったファントムの印象があまりにも強烈なのてすけど、
何かバリトンさんがアンラブリーに女装しても
全く違和感が無さそうですね・・・・

歴代で女装した敵幹部というと、
「通りすがりの家庭の主婦」に変装したウェスターも中々のマヌケ振りでしたけど、
スマイルの「シンデレラ回」でなぜか意地悪な義姉に変装したウルフルンとアカオーニという
正真正銘のマヌケ幹部もいましたね・・・・


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でもね・・・・
「スイートプリキュア」は、自分にとっては、やっぱり誰が何と言っても「メロディ」なんですよね・・・
メロディってとても男前というのか、男性らしい力強さ・まっすぐさがあるのですけど
反面、女の子らしいキュートさも持っているから
何となく「中性的」な雰囲気もあるのだけど、やっぱり女の子らしい面に溢れている所が
魅力ですね。

ネガトーンにされてしまった小さい女の子のぬいぐるみのミミちゃんを取り戻す事を
指切りげんまんにて約束するメロディは、
やっぱり美しいし凛々しい・・・

いやいや、この辺りはとても素晴らしいシーンでしたね。


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小さい女の子に、自らの正体をついついポロットと喋ってしまうビートは
やっぱりポンコツ・・・・??
だけどこの回あたりにくると、
エレンもすっかりと響・奏の仲間になったという印象が強いですね。

スイートの場合、意外と仕事が丁寧と言うか、
人間関係を長時間かけてゆっくりと丁寧に描いているという印象が大変強く、
まずは序盤では、お互いの誤解がもとで不仲になっていた響と奏の「友情と信頼関係」を
取り戻す過程をじっくりと描いてくれ、
それがある程度解決すると、これにエレンを加える事で、響奏対エレンの人間関係作りに
重点を移し、それが大きな成果を出してくると
最終的に黒仮面の正体を明かしていくミューズという最終仕上げの段階に入っていきます。

そうした人間関係の変化を一気にやるのではなくて
一年間という長期スパンでじっくりと見せてくれたスイートの演出はやはり素晴らしいものか
あると思いますし、
そうした「長期的戦略」というのは、歴代プリキュアでもありそうでなかなか実現が難しい事で
あるのですけど、
それを提示してくれた「スイート」の世界はやはり素晴らしいものがあると思いますね。




「アイヌの輪舞」・・・・・

うーーん、何てマイナーだけど懐かしい課題曲・・・

個人的には大変思い出のある曲ですね。
(曲自体の印象度は非常に薄いけど・・・・苦笑・・)

この課題曲は私が高校2年の吹奏楽コンクールの課題曲でした。
以前も書いた通り、自分の高校は当時は音楽の専門家の先生が不在の為、
毎年毎年部員の中から指揮者を選出し、
自分達で解釈し、自分達で一から音楽づくりをし、全て「手作り」でコンクールに
臨んでいました。
だから必然的に課題曲も、部員全員の意見を聴いたうえで多数決で選曲していました。
個人的には、是非とも課題曲B/序奏とアレグロを演奏したかったのですけど
あまりにも無機質&変拍子&大変な難解なテクニックという事で「演奏不能」という結論に達し
自由曲が無謀にもショスタコーヴイッチを選んだという事情もあり
なるべく負担にならない課題曲を・・・という指揮者からの要望もあり
課題曲はC/アイヌの輪舞に落ち着きました・・・・

ちなみに当時の指揮者と私は、高校1~3年間、クラスも全て同じで
席も大抵隣同士・・・
自分は(名前ばかりの雇われマダムみたいな)部長を仰せつかっていましたので
その指揮者とは公私に渡って色々と経験をさせて貰いましたね・・・・(いい意味でも悪い意味でも・・??)
その指揮者は高校の教師を務め、現在でも吹奏楽部の指揮者をしていますから、
実に30年以上吹奏楽の指揮者をしているのですよね。
これは大変凄い事ですし、頭が下がる思いです・・・・

BJ(バンドジャーナル)の東北大会の講評にて
上野晃大御所大先生が、この曲を「安っぽい曲」とこき下ろしていましたけど
ま、確かに否定はできませんよね・・・・
この年、1982年の課題曲は「史上稀にみる不作のハズレ年」と言われていましたけど、
特にA/カプリチオとこのCは確かに上等な曲ではありませんね・・・

ま、それはその通りだと思います・・・・

「アイヌの輪舞」は、クラリネット奏者にとっては技術的には大変楽な曲であり、
全体的にも難易度は全然高くないと思います。
冒頭は、いきなりティンパニーのクレッシェンドから開始され、ドラがゴワーーーンと鳴り響き、
Aのゆったりとした部分が展開され、
トロンボーンの堂々とした音の伸ばしから
Bの「踊り」の部分が展開し、
ラストはAのメロディーラインが再現され、
ティンパニーのデクレッシェンドをバックに静かに曲が閉じられていきます。

ま、吹奏楽コンクールでは典型的な
序奏-A-B-Aの形式ですね。
確かに「分かり易いけど安っぽいと言えばかなり安っぽい曲」なのですけど、
何か「不思議な哀愁」みたいな香りも部分的に感じられ、
Bの「踊り」の部分が少しコミカルに描かれているのとは対照的な感じもしなくは無く、
そのあたりの対比をどうやって表現しようか・・・・?みたいな感じもありましたね。

うちの高校は東北の田舎の貧乏県立高校でしたので、
とにかく「予算」がありませんでした・・・・
すなわち、楽器を購入するお金が無い・・・・
だから毎年毎年予算を切り詰め、繰越金という剰余金の中から
数年に一度部費で楽器を購入するという感じでしたね。
楽器購入の際は、チューバ・オーボエ・ファゴット・バスクラという比較的高額な管楽器が
優先と言うのが何か「不文律」みたくなっていて、
クラリネット・サックス・フルート・トランペットあたりは極力自分で楽器を買って・・・
みたいな感じでしたね・・・
だから必然的に中々「打楽器」まで手が廻らず、
ペダル式ティンパニー・ドラ(タムタム)が全て揃ったのは、自分が卒業して以降の話でしたね・・・(苦笑・・)
ま、それでも自分が部長を務めている時に、
何とか学校側と話がついて
ペダルティンパニー一台のみ購入はしていましたけど
普通ティンパニーは4台で一組ですから、1台だけあってもね・・・・という感じなのですけどね・・・

この「アイヌの輪舞」を演奏するためには、当時の学校に無かった打楽器として
ドラ(タムタム)とツリーチャイムがありました。
ティンパニーは、銅製手締め式ティンパニーしか無く、
コンクール当日までにこれらの打楽器を調達する必要があり、
他校に色々と打診し、
期間限定でこうした打楽器をレンタルして、ようやくコンクールに臨むという
ホーント、ポンコツ学校のコンクール出場でしたね・・・

ま、それも今となっては懐かしい思い出です。

だけどタムタムとツリーチャイムは、コンクール当日の朝になって
ようやくレンタルした楽器が届くという有様でしたので、
冒頭のドラの一撃とか序盤のツリーチャイムのひそやかな響きは、
何とすべてぶっつけ本番に近い感じでした・・・・
おかげで、冒頭のタムタムは、打楽器奏者が加減と言うか感覚がよくわからないまま
地区予選に臨んだせいもあり、
明らかに「叩き過ぎ」で
冒頭からタムタムがゴワワワワワワー――――ンと地響きをあげてしまい、
多分ステージにいた奏者は全員ひびったと思います・・・・

ま、一応地区予選は無事に突破し
県大会は普通に演奏出来ていました・・・・

この課題曲の中間部の「踊り」は、
スコア上では確か、打楽器奏者不足の場合は、
大太鼓・小太鼓・シンバルを一つにまとめる意味で
ポップスで使用するような「ドラムセット」の使用可となっていましたので、
吹奏楽部員というよりは、バンドのドラマーのような奏者は喜んで
ドラムセットを使用していましたね。

この課題曲の前述の「踊り」の部分は、
私が聴いた限りでは、「とにかくテンポがやたら速い演奏」が多かったですね。
何か「踊り」というよりは「乱舞」という感じの演奏も多かったですね。
うちの学校は、とにかく「踊り」の部分は節度を保ってゆったりと演奏するという解釈を
取っていましたので、
大抵この課題曲の演奏時間は3分半程度でしたけど
うちの高校は4分近く掛っていました・・・・

「アイヌの輪舞」は全国大会では、
中学の部ではそこそこのチームが演奏していましたけど、高校以上の部門では
やはり演奏するチームは少なかったですね・・・・
その中では、淀川工業が大変落ち着いたテンポを保っての演奏でしたので
これは中々印象が良かったですね。
この課題曲のベスト演奏は、当麻中学校のような気がします。
踊りの部分が終わってAの再現部のあたりのトランペットの「ためがある表現」が
実に良かったと思います。
踊りの部分も大変節度と落ち着きがある雰囲気だったと思います。
「裏の名演」という事では、市立川口高校も大変ユニークな演奏でした・・・・
この年の市立川口は、自由曲が
あの伝説の「無言の変革~そこに人の影はなかった」ですから
課題曲に手を掛ける余裕はあまりなかったゆえの選曲かもしれませんけど、
冒頭とか序盤の響き、そして後半の「幽玄」というのか「おどろおどろしい和の響き」は
かなり斬新な表現でしたね。
改めてですけど
前回と今回の「ハピネスチャージ」でのラブリーとオレスキーのやり取りは
何かしびれるものがあったな・・・・
オレスキーの「自分がNo.1であり続けない限り、他人は自分を認めてくれないし振り向いてもくれない」
という叫びは、確かにオレスキー自身の本音ですし、
誰もが一度は感じた事があるはずの叫びだと思うのです。

だけど「No.1=絶対的なもの」というのは、あくまで一つの価値基準、
そして一つの「幸せ」に過ぎないと思うのです。
今更言うまでもないことですが、
人が生きる上で拠り所となる「価値観」とか「幸福感」というものは多種多様あるし
人によってそうした事が異なるのはむしろ当たり前の事・・・・
何が自分にとって一番無理のない自然体で具現化できる事なのかを日々悩みながらも
突き進めていくのが
もしかしたら「人生」というのか「人の道」なのかもしれません。

「ハピネスチャージ」の最終回まで残りわずか12回程度・・・・

最終的にこの物語がどういう事を自分達に提示してくれるかは、まだまだ予断を許さない所ですけど、
めぐみ達の「幸せ」とは何なのかを
いかにハピネスらしく提示してくれるのか、
とても楽しみにしています。

そうした中で4代目プリキュアの「フレッシユプリキュア」も
主人公ラブの
「皆で幸せゲットだよ!」の決め台詞ではありませんが、
ある意味ハピネスチャージと同じくらい
「人の幸せとはなーに」をとことん追求した素敵な物語だったと思います。

「フレッシュプリキュア」は、
イース時代の第一部とイースがパッションとして覚醒した第二部では、物語の本質が
明らかに異なり、
明確な二部構成の物語だったと思います。
フレッシュの主人公は言うまでも無くラブなのですけど、
物語全体の最重要人物は、せつななのだと思います。
第一部でのイース(=せつな)は
ハピネスでのオレスキーが「自分がNo.1であり続けないと・・・」みたいな一つの価値基準だけに
支配されていたように
「自分の全てをメビウス様に捧げ、メビウス様のためにだけ自分自身は生きる」という
やはり「一つの価値基準」だけを絶対的な価値観として捉えていました。
そしてプリキュアとして覚醒以降は
「自分が今までやっていたことは何て恐ろしい事なんだ・・・」という大変な罪の意識に悩まされる事に
なります・・・

だけどこのフレッシュの物語はある意味凄いですよね・・・・

だってそんなせつなに対しても

「今まで迷惑を掛けてきた人たちに謝罪しろ!」とか

「贖罪的な意味でせいぜいプリキュアとして罪滅ぼしに精を出せ!」みたいな

マネは一切させませんでした。

それではどのような道を提示したのか・・・・??

それは一言で言うと、
「イース時代のせつなもせつな、だけどキュアパッションとして覚醒したせつなもせつな」として
「贖罪の為にだけ生きる」とか
「メビウス様のしもべとして生きる」などのような
一つの価値基準のみをベースとした生き方を提示したのではなくて、

「ドーナッツを皆で食べる事も幸せ」

「全員でダンスをする事も幸せ」

「みんなでドングリ拾いをする事も幸せ」

「家族全員で食事をする事も幸せ」などのように

日常生活での大小さまざまな形での「幸せ」が実はあるんだよ・・・
「一つの価値基準ではなくて、世の中には色々な価値観や幸せの感じ方があるのだよ・・・」と
多種多様な価値観の存在を提示したような気もします。

そして「罪の意識」で悩んでいるせつなに対しては
「せつなはまだまだやり直せる」→「せつなだって幸せになったって構わない、幸せになれる権利がある」
と明確に提示し、
せつなの「再生」の物語を第二部として提示していたような印象があります。

第23話でのカオルちゃんから示唆された
「罪を憎んで人を憎まず」
      ↓
贖罪の気持ちから「精一杯頑張る・・・」みたいな気持ちで罪滅ぼしをしたとしても
せつな自身が「それで本当に自分の過去の罪は消えるのか・・・」という
自問自答の苦しみ・・・
      ↓
「罪は罪」とするけど、せつな自身の「幸せ」も全員で掴んでいこう!!

この3ステップがフレッシュ第二部のメインテーマでしたけど、
結果的に見事にせつなを含めた4人それぞれの「幸せ」を発見できていたと思いますね。

何かこうやって改めて「フレッシュ」を振り返って見ると
多種多様な価値観と幸福感を背景に、
4人の女の子がそれぞれの「ハッピー」を掴み取り、そして羽ばたいていき
同時にせつなという一人の女の子の「救済」を描いた
中々味わい深い物語でしたね。







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フレッシュプリキュアというと
やはりどうしても第23話の回の感銘度があまりにも高いせいか
第24話の印象が幾分薄いような気もなくはないのですけど、

いやいや、そんな事はありませんよね・・・・

この第24話もかなりの感動回と言うのか、
ラブのお母さんのあゆみさんが絶妙な「大人ポジション」を演じてくれたおかげで
せつなの「氷のように冷たい心」が少しずつ溶かされていく事を明確に暗示した回でもありましたし、
名実共に「キュアパッション」として覚醒した回にもなりました。

でも、ラビリンスにも帰る場所が無い・・・・
自分のこれまで唯一絶対的な拠り所の「メビウス様への忠誠」という価値観を失ってしまった・・・
だけど今更プリキュアとして覚醒しても・・・・
みたいに「孤独」と「迷い」と「贖罪」で一人原っぱで佇んでいるせつなに声を掛ける
ラブの母親のあゆみさんはホントマジで天使・・・・
同時にせつなのうろな表情も印象的でした・・・・

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イース時代の一コマ・・・・

まさに食事も「管理」なのですね・・・・

こうした管理された冷たい食事と
桃園家での楽しい食事が大変見事なコントラストを描いていたと思います。

この第24話での戦闘シーンのパッションの一言、

「私あんなに楽しい気持ちになったの初めてだった。
家族が居て、みんなでおしゃべりをして、ご飯を食べて、すごく幸せな時間だった。
それを…それを奪う権利なんて誰にもないわ!」

これは大変印象的でしたし
イース時代には絶対に考えられなかった台詞ですよね。


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でもラブは相変わらず、お茶目でしたね・・・・(笑)

比較的高そうなレストランでの食事でしたけど、
なぜかレストランでも
「おかあさーん、おかわりー!!」と叫んでしまうボケぶりは
まさにピンク系プリキュアの王道でしたね・・・・(笑)

改めて感じるのですけど
最近の大学生の方々は本当に大変で気の毒な面があると思います。
だって実質的には大学三年あたりから「就職活動」を始めないといけないようですし、
エントリーシートを送っても中々面接までたどり着けないと聞いていますし、
面接時にもかなりのハードの内容の面接と言うか、俗にいう「圧迫面接」というのか
学生さんの「人格」をぼろくそに否定するような内容も多いと聞きます。

大学4年間は、出来れば4年間を丸々と自分自身のために使って欲しいと思いますし
伸び伸びと過ごせるのは二年半程度で
後は就職活動では何か寂しい気持ちがしますし、
これでは何のための「大学生活」なのかよく分かりませんよね・・・・
だって社会人になってしまえば、 
嫌でも「企業の理屈」に振り回され、嫌でも色々と嫌な体験をするものです・・・・
学生の間だけはせめて「理想論・理屈」を大切にして欲しいな・・・とも感じるだけに
何か今の学生さんは大変だな・・・と感じてしまいます。

1987年と言うと、
丁度自分自身も就職活動をしていた時期なのですけど
あの頃は今と違って随分とのんびりとしていましたし、
一応建前の上では、「就職活動解禁日」が9/5となっていましたので、
実質的な就活が始まるのは大体7月あたりだったかな・・・
だから自分の頃は、大学4年の6月頃までは普通に「大学生活」を過ごしていたような
気もします・・・・
私なんかも、大学4年の7月前半までは
普通に吹奏楽部の練習・アルバイトと今までと変わりがない普通の生活をしていましたし、
前回の記事で書いた通り
「普門館で演奏できる都大会本選出場のラストチャンスの年・・・」という思いが大変強く
何か感覚としては、
「自分自身の就職」というよりは
「都大会予選を突破し都大会本選に出場し、憧れの普門館デビューを遅咲きながらでも飾る・・・」
という方が大事だったような気もしますね・・・・(苦笑・・・)

丁度都大会予選【大学の部】が開催されたのは8月下旬頃だったかな・・・・
あの頃は、タイミングが悪い事に、各企業の最終面接とか連日入り込んでいて、
都大会予選の自分達の出演順が午後一番くらいだったのですけど
確か午後15時にある会社の最終面接が行われ、
演奏終了と同時に感慨に浸る余裕も無く、着替えて面接会場に行きました・・・・
面接が終わって再び江戸川区文化ホールの予選会場に戻ったのですけど
既に全出場チームの演奏が終了し成績発表も終わっていて、結果が貼り出されていました。
ドキドキして見てみると
「銀賞」という結果で、
残念ながら都大会出場は逃しました・・・
(この時代、まだ携帯電話とかメールとかラインも無く、仲間との通信手段が無いのですよね・・・)

とにかく「茫然自失・・・」という感じで
「終わった、全てが終わってしまった・・・・」
「自分の累計10年間の吹奏楽人生の中で、結局一度も支部大会に行けなかった・・・」という
「喪失感」で一杯でしたね・・・
(10年間と書きましたが、厳密には小学生の時のマーチングバンドのポンコツ打楽器奏者を
 含めると12年かな・・・・・)
ついでに書くと、この時に受けた最終面接も後日「不採用」通知が届きましたので
まさに「厄日」という一日でしたね・・・

だけど、全体的には
「吹奏楽奏者からはこれで足を洗ったけど、10年間やり続けた事は大変誇りに
思うし、何よりも吹奏楽を通して、色々な音楽、特にクラシックの分野での音楽を知るきっかけが
出来たし、全く後悔はしていない」
という感じで何か吹っ切れたというか
一つの区切りと言うか「卒業」という感じもありましたね・・・・


○亜細亜大学

 E/火の鳥

 私が高校生あたりの頃は
 ロデオとかボロディンの交響曲第二番などの歴史的名演で
 駒澤と並んで都大会の雄という印象が大変強いチームでしたけど、
 この頃はなぜか低迷期に入っていましたね・・・・

 課題曲は大変美しく響いていましたけど、何となく金管と木管のバランスが
 悪かったような気が・・・
 火の鳥は、全盛期のこのチームを思わせる「迫力ある金管セクション」の分厚い響きが
 とても素晴らしく感じたものの、
 やはり「威圧感」みたいな印象が強く、
 やや影の薄い木管セクションとのバランスにかなりの難があったような気がしました・・・・

 このチームの1982年の課題曲D/サンライズマーチは
 金管セクションの優位性が、かなりプラスに働いた素晴らしい演奏なのですけど、
 この時代に入ると、その金管セクションの強さが
 何か妙に生々しく感じられたものでした・・・・

 
全体の印象としては、前回のラブリーとオレスキー将軍の会話をそのまんま今回に受け継いだような
感じもします。
前回のおさらいとしては・・・・・

ラブリーもオレスキー将軍も根幹は同じ・・・

「誰かの人助けをしても感謝すらされないし、
他人から認められないし評価もされない・・・・」
だからオレスキーはこの反動として
「誰からも認められないのなら、自分自身が自分はNo.1である事を思い込む」という事で
自分を合理化したのでしょう。
これに対してラブリーは、
「たとえ誰からも認められなくてもそれでも自分は誰かを助けたい」と強く願う事で
イノセントフォームを取得し、一種の自己変革を成し遂げる・・・

という感じだったと思います。

余談ではありますけど、
誠司の妹の真央ちゃんは、鏡に閉じ込められサイアークの源になってしまうのは今回で
何と4回目・・・・
これは歴代プリキュアでも間違いなく最多記録でしょうね・・・・
というか2回以上なった人自体、多分いないのかも・・・・??
真央ちゃんに続く歴代第三位は、もしもめぐみの誕生パーティーに出席していたら
石神りんちゃんなのかな・・・・??

オレスキーが囚われている強迫観念は
「一番じゃないと誰も見向きもしてくれないし、誰からも見向きもされない」
という事なのでしょう・・・・
だけど前回の記事でも書いた通り、これは意外とめぐみの「深層」にも近いものがあります。
めぐみは、「誰かの人助けをする事で、自分と言う存在を表現したいし、他人からも褒めて欲しい」
という気持ちはあったと思います。
オレスキーの場合は、
絶えず「自分」というものを精一杯表現する事で、常に他人から「あの人には到底敵わない・・・」と
思わせる事を信条としているのでしょう。

何だろうな・・・・
オレスキーの「内面の悲劇」の根本的原因はどこにあるのかな・・・・??
うーーん、要は「自分が一番になる事でしか他人は自分に寄りついてこない・・・」
と思い込んでいる所なのかな・・
人間が、他人を「この人、すごい・・・」とか「この人に心服した・・・」とか
「この人のいう事ならば少しは耳を傾けてみよう」と思ったりするのは、
別にオレスキーが言うように「その人がNo.1」だからだけではないと思うのです。
人柄、誠実さ、相談したくなるような雰囲気、気軽さ・・・・色々とあると思うのです。
別に人間と言うものは、「No.1にいる人」だけを認めている訳でも何でもなくて、
No.1以外の要因で認められている事だってたくさんあると思うのです。
パワー・地位・名声・権力・財産・・・・そうした事を背景・基盤に他人から認められた人というのは
そうした基盤を失ってしまうと、往々にして誰からも相手にされなくなってしまう事は実社会でも
よくある事です・・・・
自分自身、これまで何人もの顧客を見てきましたけど、
定年後に「会社の内部の地位」という「名刺・肩書き」を失っただけで
人生の目標を失ったように定年後は「魂の抜け殻」となってしまい、
「昔はこうだった・・・」と過去の自慢話だけが生きがいになってしまう人も一杯いました・・・・
そうした方ほど、
「そうならないように、自分自身が永久にNo.1の地位に居座り続ける必要がある・・・」みたいな
強迫観念が強いのですよね・・・・
オレスキーなんかもそうしたタイプの典型的な人なんだと改めて感じてしまいます。

そうやって見てみると、ホッシーワ・ナマケルダなんかも色々と過去にあったのかもしれませんけど
何かオレスキーが一番「普通の人間の感覚」に近いような気もしますし
共感できる部分もあるような気がします。
何か一番「親近感」すら感じさせてくれますね・・・・
まだ最終決戦の時期ではないのですけど
何とかオレスキーには最終決戦後も生き残って欲しいと思いますし、もう一度「やり直す機会」を
与えてあげて欲しいな・・・とも思ったりもします。

「自分は常にNo.1でいないといけない」というのは、あくまで「一つの価値基準」だと思うのです。
それはそれで一つの立派な基準だと思いますし、
「一番になる事」は、それはそれで素晴らしい生き方だと思います。
だけど世の中は、別に「絶対的な価値基準」だけで動いているのではない・・・・

それをハピネスチャージの物語以前に提示してくれたのが
「フレッシュプリキュア」だったかな・・・・
要は、イースをはじめとするラビリンスの幹部達は
「メビウス様の為に働く事が自分にとっての幸せ」という事だけが唯一絶対の価値基準でした・・・・
イースは、人間界にてラブ達と接する事で
例えば、
「ドーナッツを食べるのも幸せ」
「UFOキャッチャーで四葉のブローチをゲットするのも幸せ」
「コロッケやハンバーグを作る事も幸せ」などのように
様々な形の大小の「幸せ」を自身の内面に見出すことで、
「メビウス様」以外の価値基準を見出し、
「世界の価値基準とか幸せの定義とはたった一つの事ではない。
さまざまな形の幸せとか考え方がある」という事をシリーズを通して提示してくれました。

それと似たような事をハピネスチャージの物語でも、
オレスキーとラブリーの「ある意味似た者同士」を敵味方に配置する事で
演出しようとする意図は何か前回・今回の話で
痛いほど伝わってくるものはありましたね・・・・






「幸せ」とはいったい何なのか・・・・

それは一人一人の感じ方で異なってくるものだし、
100人いれば100通りの「幸せ」があると思いますし、
「幸せとは、その人の感じ方・捉え方だけでも随分と変わってくるもの」なのだと
思いますね。

オレスキーの「自分が常にNo.1でいないと他人は自分に見向きもしなくなる」というのも
一つの考え方だけど、
そうした考え方以外にも
もっと素晴らしい考え方とか価値基準はこの世の中には一杯ありますし、
それは決して他人から押し付けられるものではないし
他人の様々な考え方とか価値観を色々と知った上で、
「どうした考え方や生き方が自分にとって一番無理が無いのか・・・」を
長い人生の間で、よーーく考えていく必要があるのでしょうね・・・

そうした意味でも、「長い人生いろいろ・・・だけど常に何かを考え続ける」というのは
大切なのかもしれませんよね・・・・


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改めて感じるのですけど
ホーント、今作のピンク系主人公のめぐみは何を着てもよく似合う・・・

今回はハロウィン仕様ですけど
このめぐみもあまりにも可愛過ぎ・・・

歴代で「ハロウィン」回というと、
登場間もない頃のキュアミューズがメイン回だったスイートも中々印象的でしたね。
あの回は、響も可愛かったけど、奏も殺人的に可愛かったな・・・・



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今回、めぐみも良かったけど
さり気ない脇役演出でしたけど
いおなとゆうゆうがいい味を出していましたね。

「美味しい食べ物を・・」とわくわくするひめに対して
「食べられる分だけ買うようにね」と諭すいおなは、まさにひめの保護者ですね・・・・(苦笑・・)
というか、この二人初期から中盤までのあの確執は一体どこへやら・・・・という雰囲気で
序盤のいおなのあの「とげとげしい雰囲気」は
今やすっかり跡形も無く吹っ飛んだのが、今となっては懐かしくも感じます。

でもゆうゆうといおなは、ハピネスの中では「大人ポジション」扱いですね。
ハピネスの物語は、ポンコツのやや幼い印象のめぐみとひめ、大人っぽいゆうこといおなという
二つの軸が極めて対照的なのだけど
それが実にうまく融合されているという印象があったりもします。

そんな中での、

いおな:さっきから食べ続けてばかり・・・・ひめじゃないけど大丈夫なの・・?

ゆうこ:一年前からハロウィン貯金をしていたから・・・・

という会話の流れは何かとても面白いものがありましたし、
いおなとゆうゆうのコンビは「二人はプリキュア」でも十分一年間やっていけると思いますね。

特に、
めぐみ-誠司-神様に関しての

いおな:恋愛の好きというより親戚のお兄さんが好きって感じなのかも・・・

ゆうこ:好きには色々な「好き」があるから・・・

という会話には何か痺れるものがありましたね・・・・

というか、ゆうゆうは本当に中学生なのかな・・・・
このあらゆる意味の「達観」レベルは、歴代プリキュアでも史上最強クラス・・・・

ゆうゆうの「色々な好きがある」という言葉には、
こじつけかもしれませんけど、
前述のラブリーとオレスキーの「価値基準」を巡る攻防と対を為しているのかもしれませんね・・・



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オレスキーは、これまでの「浄化」の効果が出ているせいなのか
本当にマヌケだからかは分かりませんが、
ついつい、ポロッと「自分の地位を揺るがす強敵が現われた・・・・」と
さり気なく幻影帝国の「機密」(?)を喋ってしまいますけど
何かこのあたりは、
スマイルの「レインボーヒーリング登場回」で
ウルフルンがついつい調子こいてキャンディーに「青っ鼻」の事をベラベラと喋った構図と
何か被るものがありますね・・・・・(笑)


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さてさて、今回も最後にサプライズが・・・・

本当にいおなの姉のテンダーが悪堕ちしたものなのかな・・・・?

まさかと思いますが、ファントムが「アンラブリー」同様に女装した訳ではありませんよね・・・・・??

10/19の「ハピネスチャージプリキュア」は、色々と印象深いシーンがあり
特にゆうゆうの「好きにも色々とあるから・・・」発言とか
いおなの「さっきから食べてばっかり」発言とか
ラブリーとオレスキーの絡みとか
相変わらずひめの保護者ポジションのいおなとか
見所は満載でしたね。

しかも次週は「悪堕ちキュアテンダー」も登場しますけど
まさかこのお方はファントムの女装ではありませんよね・・・・・(苦笑・・・)
ファントムによる「アンテンダー」だったら一体どうしよう・・・・・??





今回の話の中で、
誠司をはじめ、めぐみ・ひめ・ゆうゆう・いおなが
ハロウィンのカボチャのケーキを分け与えている光景がありましたけど、
あれは中々印象的でしたね・・・・

やはりラブリーとオレスキーの絡みのシーンとも被るのですけど、
「俺が、オレが・・・」と力んで他人に干渉していくよりは
「一人よりもみんなで楽しもう!!」という発想の方が素晴らしいのではないかという提示を
しているような感じもあります。
プリキュア5だったかな・・・・
同じように「一つのクッキー」をみんなで仲良く分けて食べるシーンがありましたけど、
ハピネスも同様に、一つのケーキを多くの人で分け与える事で
「一人で意地を張って偉そうに尊大に振る舞うよりは、みんなで楽しい事も辛い事もハッピーな事も
共有した方がより素敵な生き方ではないのか・・・」という事を提示しているような感じがします。

そう言えばフレッシュの最終決戦でも
タルトがラビリンスの国民にも、ドーナッツを分け与えているシーンがありましたけど
あれもかなり素敵なシーンでしたね・・・


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ここから先はプリキュアとは関係がないアニメになるのですけど、
昨年9月までテレビ東京で放映されていた「絶対防衛レヴィアタン」は、本当に結構大好きな
作品でして、
昨年は、「ドキドキプリキュア」・「デート・ア・ライブ」・「物語シリーズ~セカンドシーズン」に続いて
印象深いアニメでした。
特に深い話とか謎要素とか激しい戦闘とか
圧倒的に泣かせるシーンなんかはほぼ皆無なのですけど、
何か妙に心にひっかかるアニメでして、
結構好きでしたね・・・・
このDVDはツタヤでもレンタルされている事はまず無く、
CDショップでも店頭に置かれている事はまず無いマイナー系アニメなのですけど、
アマゾン・ヤフオクで安い時を狙って購入するタイミングを窺っているのですけど
まだ1~2巻までしか揃っていません・・・・

この物語の冒頭のナレーションでは、何度か
「一つのリンゴを分け合う民は祝福され、次の果実へと導かれ
一つのリンゴを分け合えぬ民は裁かれ、やがて無に帰すであろう・・・」

というのが流されていましたけど
これは中々印象的な語りでしたね・・・・

ま、この言葉の本質は、ハピネスチャージのハロウィンケーキを分け合う事と
同じなのだと思いますけど、
「幸せは皆で共有するもの」なのだと思いますね。
何か全世界、地球上で起きている様々な問題点(特に貧富の格差の肥大)は、
理想論で語ってしまうと
上記の「リンゴの理屈」でほとんどの部分が解決できるような感じもしますよね・・・
それが出来ないのはなぜなのか・・・・

「国家」という概念に囚われすぎているせいなのか・・・・

自国のみの「利益」だけに囚われすぎているせいなのか・・・・

国内の一部のほんの一握りの「富裕層」の考えのみが国家の考えになってしまっているせいなのか・・・

それは正直よく分かりません・・・・

だけど、ハピネスのラブリーが言うように
「世界中の人たち全員が(幻影帝国を含めて)ハッピーになれればいいのに・・・」という考えの下、
資源・お金の流通・食糧などを一元管理し、
全員の人達に「ある程度の生活」が出来るような保証が出来れば
現在のような世界各国で起きている様々な紛争なんかはある程度は未然に防止できるはずだと
思うのですけどね・・・・

何というのかな・・・・

地球上に存在するいかなるモノは、特定の国家・個人のものではない・・・
全員のものみたいな価値観が
地球の民全員に共有できれば
それだけで大部変わってくるはずなんですけどね・・・・

それが出来ないのは、複雑に絡み合った「利害関係」の為せる技なのかな・・・・??
前作「ドキドキプリキュア」までUFOキャッチャー等のアミューズメント景品として
「プリキュアDXフィギュア」が置かれていて、
UFOキャッチャーの景品としてゲットした事もありますし、
ヤフオクで落札した事もあります。

だけど今作の「ハピネスチャージ」から、このDXフィギュアが出ないのですよね・・・・

DXフィギュア自体は、大変精密な作りでとても出来栄えがよく
個人的な感想としては、SHフィギュアよりも完成度が高いとさえ感じています。
というか、とてもUFOキャッチャーの景品のレベルではないと思います。

今作のラブリーとかフォーチュンなんかは、是非DXフィギュアでも見たかっただけに
少々残念な感じもします・・・・

このDXフィギュアの、スイートのメロディとかスマイルのハッピーなんかは
その中でも特に出来栄えが素晴らしく、
見るごとに感心しています・・・・

その中でも、DXフィギュアの最高傑作とさえ思っているのは
スマイルの「キュアビューティ」かな・・・・
アニメ本編でも、大変「美しい外見と中身」を披露してくれましたけど、
時にみせる「天然ボケ」がそのギャップと合せて、中々魅力的なものもありました。





このビューティさんのDXフィギュアですけど
既に箱からして完成度が高い・・・・
そして素晴らしいと思うのは、
たまーにですけど、箱の印象と中身のフィギュアの完成度が何か微妙に異なるような
感じがするものも無くは無いのですけど
この「キュアビューティ」に関しては、そうした事は無く、フィギュア自体の完成度も大変高いものが
あるように思えます。


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何かいかにも「青系プリキュア」らしい知性とクールな感じがよーく出ていると思いますし、
個人的には、歴代プリキュアの「大好きブルー系四天王」(アクア・マリン・ビューティ・ダイヤモンド)の
中でもダイヤモンドと同等に特にご贔屓プリキュアです。
ま、マリンに関して言うと、マリンは全然知性とかクールという事には全く縁が無いプリキュアなのですけど
ブルー系の異端児という事で、
マリンはマリンで、私は大好きなプリキュアです。


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オールスター映画では、
確かアクアとビューティが絡むシーンはまだ無かったかな・・・
この二人は、才色兼備・お嬢様・天然ボケ・生徒会長などとかなり共通点が多いのですけど、
二人の違いは、
アクアが比較的短気で激情的な面も無くは無いのだけど
ビューティさんの方は、何か常に冷静という感じはありましたね。

この二人がマジでバトルしたら何か面白そう・・・・

二人とも「青の水系のプリキュア」なのですけど、
アクアの水対ビューティの氷なんて、ガチで勝負したら何かすごい事になりそう・・・・・(笑)

ま、アクアの場合、「知性の青き泉」と言っておきながら
実際はかなりの「武闘系」で、
歴代プリキュアでも多分唯一と思われる「馬」に乗っての敵幹部との派手な一騎打ちを展開したり
ブンビーさんに延髄蹴りや背負い投げを食らわしたり、
ま、やっている事はルージュ以上の筋肉系だったかな・・・・??
ま、たまーにですけど参謀的な役割も果たし、
「たまにはブルー系らしい事も出来るんだ・・・」みたいな回もありましたけどね・・・
それに対して「ビューティ」の場合は、
ボンクラばかりのスマイルのメンバーの中で唯一作戦を立案できるプリキュアであり、
多分ビューティがいなかったら、スマイルのメンバー全員が全滅・・・みたいなシーンも度々描かれていて
やはりビューティさんの存在感はかなりのものがあったのが印象的でしたね。

そした意味でも、戦い方も見た目も、DXフィギュアも
「ビューティ様、マジにビューティフル!!」という感じでしたね・・・・・




以前何度か記事にしたことがありましたけど、
結構以前から「Tカード」はかなり効果的に利用している方でして、
ポイントは「塵も積もれば山となる・・」ではありませんけど、
一年間を通して考えると結構貯まっていくものです。

10年前の「Tカード」は、それこそツタヤ限定カードみたいなもので
ほとんどポイントは貯まりませんでしたけど
(レンタル一本して1ポイントみたいな感じだったから、一年を通して100ポイント貯まればいい方かな・・)
最近のTカードは、ウェルシア薬局・ファミリーマート・マルエツ・マミーマート・ENEOS等で利用できるから
かなりポイントは貯まりますね。
基本的には「200円購入すると1ポイントプレゼント」みたいなパターンが多いのですけど
特にコンビニ・スーパー系ですと、
「ある特定の商品を購入した場合、10~50ポイントプレゼント」みたいなものも結構あったりして
これをうまく利用すると更にポイントは貯まりますね。
更にさらにせこい話をすると、
スーパー系の場合、レジ袋を貰うのを辞退すると大抵エコポイントとして2~3ポイント付いてしまうので
これも何か「塵と積もれば・・・」みたいな感じになりますよね。

あ・・・・なんかこうした「節約」とか「ポイントの貯め方」なんて書いていると
「ハピネスチャージプリキュア」の
この方を思い出してしまいますね・・・・・(笑)


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そうそう、氷川いおなです・・・・

この方は既に「おかん」とか「けちんぼうキャラ」とか「しっかり者」とか
「節約上手」みたいなキャラがすっかり定着してしまいましたけど
何かハピネスの中では、ひめの保護者みたいな役割がすっかり定着してしまいましたね・・・・(笑)

やはり「プリキュア」には、こういう真面目なしっかり者がメンバーの中に一人ぐらいいないと
場合によっては、メンバー全員「ポンコツ」みたいな事にも
なりかねませんからね・・・・

ま、いおなの場合、ポイントカードを使用するというよりは
「クーポン券」を使用しまくりという感じのようですけどね・・・・

何か最近では「Tポイント」は、ヤフオクの決済にも利用できるようになったのですね・・・・
これはある意味ありがたい制度・・・・
吹奏楽CDとかプリキュア関連で
「あ、これすごい掘り出し物・・・・だけどネット銀行に残高が無い・・・」みたいな時にも
結構効果的に使えそうですね。





最近のファミリーマートの「Tポイントキャンペーン商品」で、「あ、これいいな・・」と
思ったのが
「バナナ」かな・・・・
一本98円のバナナを一本入りの袋で買っても20ポイント付きますけど
3~6本入っている袋入りバナナは、価格が198円だけど、40ポイントも貯まります。
基本的には、かなり太くて大きいバナナが3本入りというパターンが多いのですけど、
中にはミニバナナみたいなものが6本も入っている事もあったりします。

だけど「バナナ」はいいですよ・・・・

これって3本もお昼に食べたりすると
これだけで正直お腹一杯な感じもありますし、何よりもすごーく腹持ちがいいから
午後もお腹がすくという事はあまりないですね。
最近、少し便秘気味だったのですけど、整腸作用に効果があるのか、
すごーく便通はいいですね・・・・(笑)

バナナは昔から「ミラクルフルーツ」と呼ばれていて
栄養面等での効能はかなり高いようですね。

バナナは炭水化物が多く、しかも消化もいい果物。ブドウ糖、ショ糖、果糖をたくさん含んでいるので、
即効性に加え持続性もある効率の良いスタミナ源のようですね。
手軽にエネルギー補給ができる果物なのでしよう・・・・
もともと食物繊維がたっぷりあるといわれていますけど、
牛乳と一緒に食べることで、整腸作用に加え、余分な老廃物が身体の外に出やすくなるとのことです。

こんな栄養効能がいっぱいあって
Tポイントが貯まるとは
まさに「一石二鳥」なのかな・・・・??
こんな事を最初に書いてしまうと、
私自身の年齢がバレバレになってしまいますけど(苦笑・・・)
この年、1987年は自分自身にとって「最後の学生生活の年」であり、
翌年以降は社会人になってしまい、
「吹奏楽」の奏者からは完全に足を洗ってしまう事になってしまいましたので、
この年は私にとっては奏者としては「最後の吹奏楽コンクール」になってしまいました・・・・

だから何かそうした意味でも大変思い入れがある年だったと思います。

当時の気持ちとしては、
「社会人になったら5日以上の休みは取れないんだ・・」

「好きな時間に起きて好きな時間に寝て、朝5時頃まで好きな音楽聴いて好きな本や漫画を読んで
寝れるだけ寝れるような生活はもう出来ないんだ・・・」

「嫌な事も色々と我慢しなくちゃいけないんだ・・・・」

「人間関係とか煩わしいのだろうな・・・・」

「ちゃんと社会人として、企業人として、自分みたいなポンコツがつとまるのだろうか・・・」

「もう自由は無い・・・」

みたいに妙な「悲壮感」があり、
この年以降はもう地獄の日々が延々と続くみたいな感覚もありました。

ま、結果として半分当たっていますし、
「社会人になったからと言って全ての自由や楽しい事が奪われた」みたいな事は必ずしも無かったと
思いますし、
何というのかな・・・・
24時間、一か月、365日の全てを「趣味の為に自由に使っていい」と言われても
そんなに趣味の為だけに楽しむことも出来ないような気もします・・・
言葉にすると難しいのですけど、
例えば一週間の内、5~6日を仕事に費やすからこそ、残りの「1~2日」がかえって貴重に思えてくるし
その分を精一杯楽しもう・・・という気持ちになるのかもしれません。
自由を拘束される故に、拘束されないわずかな時間を「心から楽しもう・・」みたいな
メリハリ感が出てくるのかもしれませんよね。

だけどそうした事は、学生時代の最後の年はあまり考えられず
「うーーん、社会人以降の未来はお先真っ暗・・・」みたいなブルーな気持ちもありましたね。

以前書いたと思いますが、
私自身、中学・高校時代の吹奏楽コンクールは全て県大会止まりで終ってしまい、
支部大会出場は一度もありませんでした・・・
上京し都内の大学に入り、
「全国大会は無理でも、せめて何とか一度だけでも普門館で開催される東京都大会に
出てみたい・・・」という気持ちが大変強かったのですが
結果的に全て、江戸川区民ホールの予選会で散ってしまい、
一度も都大会本選に出場し、憧れの「普門館デビュー」を飾れることは
出来ませんでした・・・・

これは正直今でも悔しいですね・・・・

大学4年の時も、予選会・銀賞で終ってしまい、都大会本選出場を逃したときは
正直、「茫然自失」の状態でして、
この年の普門館で開催された東京都大会の大学の部を聴いた時は
何かとても複雑でやるせない気持ちで一杯でしたね・・・・・


○明治大学

 E/コッペリア

 朝一番の演奏というせいもあったと思いますが
 何かのらない演奏でした。
 というか、技術的にも音楽表現的にも、あまり手本になれるような箇所も無く
 私情が入って誠に申し訳ないのですけど(苦笑・・・)

 「えーーー、こんな学校に都大会予選で負けたんだ・・・・」
みたいな半分焼きもち、半分やっかみ、多少の後悔みたいな気分ばかりが先行し
何か聴いている本人が「一番こっ恥ずかしい」ような演奏でした・・・・

またまたやっかみ半分ですけど
明治大学は、「東京六大学」の一つであり、伝統と歴史がある名門大学なのですけど、
高校3年の大学受験の際、
「どうせ落ちるのは分かっているけど、記念受験として六大学も一つくらい受けてみよう・・・」と
安直な考えで受験し
当然のごとく落ちてしまい、

何か大学受験の際も、1987年の都大会予選会でも負けてしまい、
何かこの学校の名前を聞くと
何かいまだに「こん畜生・・・」みたいなひがみ根性が出てしまいますね・・・・(苦笑・・・)


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だけどそんな「焼きもち」だの「ひがみ根性」だのと思っていると
「ドキドキプリキュア」の
六花(キュアダイヤモンド)から
「あなたの頭を冷やしてあげる」
みたいに言われそうですね・・・・(苦笑・・・)
アメリカの作曲家、S・バーバーはこのブログの「クラシック音楽カテゴリ」の中でも
かなり頻繁に登場する作曲家の一人ですね。
バーバーというと、映画「ブラトーン」で一躍有名になった「弦楽のためのアダージョ」がやたらと
有名なのですけど、
私個人としては、

○ヴァイオリン協奏曲

○バレエ音楽「メディア」~瞑想とメディアの復讐の踊り

○管弦楽のためのエッセイ第一番

○交響曲第一番

なんかも是非是非聴いて頂ければと思います。
特にヴァイオリン協奏曲と「瞑想とメディアの復習の踊り」は20世紀に生み出された
最高傑作の音楽の一つと思えるくらい素晴らしい作品だと思います。
ちなみに最近までバーバーという作曲家は交響曲は生涯に一曲しか残していないと思っていたら
何と交響曲2番も作曲していたのですね・・・・知らなかった・・・
だけど結果的に作曲者によって撤回・破棄されたそうですけど、
実はパート譜が最近になって発見され、確かCD化もされていましたね。
ちなみに「夜間飛行」というバーバーの管弦楽曲は、この交響曲第2番第二楽章を改訂したものです。

だけどバーバーというと個人的には「メディアの瞑想と復讐の踊り」なんですよね・・・

実際あの曲はすごい・・・・凄すぎる・・・・
あの絶妙なオーケストレーションと内省的な感覚はとにかく悪寒が走るものがあります・・・
あの内面的緊張感は何度聴いてもゾクゾクする・・・・

今回ここで取り上げたいのは、序曲「悪口学校」です。

この曲も私結構大好きなのです。
最初は、
「え・・・、何かすごい曲タイトル」と思っていたのですけど、
この曲は、イギリスの劇作家・シェリダンの小説「悪口学校」を題材にした劇音楽の序曲なのです。

曲自体は8分程度の短い曲ですし、
冒頭の金管とトライアングルのつんざくような開始される響きがラストでもそのまんま再現され、
その中間部は、しっとりとした部分と流麗な部分が交互に展開されていく
大変分かり易い構成だと思います。

ちなみにこの劇のあらすじを簡単に記しておくと・・・

サーフェス家にはジョゼフとチャールズという兄弟がいるのだが、
ジョゼフは真面目人間、チャールズは遊び人という評判であるものの、
どっちもマライアという若い美女に惚れている・・・・
チャールズに惚れているレディ・スニアウェルはマライア狙いのジョゼフと結託し、
チャールズがサー・ピーターの派手好きな若妻レディ・ティーズルと不倫しているという噂を流して
チャールズとマライアを引き離そうとする。
一方、久しぶりにロンドンに帰ってきたサーフェス兄弟のおじサー・オリヴァーは
甥のどちらが相続人としてふさわしいか変装して2人を試すのだが、
一見バカで遊び人のチャールズのほうが偽善的なジョゼフよりはるかに親切であることがわかり、
チャールズを気に入る。
一方、ジョゼフはマライアに求婚しているにもかかわらずレディ・ティーズルを誘惑し、
不倫がバレて信用失墜・・・・・
レディ・スニアウェルと組んで失地回復を企むが結局は失敗してサー・オリヴァーに廃嫡され、
サー・ピーターは改心したレディ・ティーズルと復縁し、チャールズはマライアと結婚する。

そんな感じのストーリーです。

ま、一言で言うと
デマや悪口が横行するイギリス社交界を舞台に
複雑な恋の駆け引きやら人間関係のもつれを絡めた喜劇とも言えますね・・・

冒頭の金管のつんざくようなややヒステリックな高音は、確かに「欺瞞」とか「虚栄心」みたいなものを
何か示唆するようにも聴こえますね・・・・

だけどこの曲を書いた時のバーバーは、何と若干21際の若さ・・・
とても「若書き」とは思えない精密で豊かな情感を感じさせてくれます。
ま、それゆえなのか、バーバーは、ワルターやトスカニーニといった大指揮者から高い評価を受け
前述の「弦楽のためのアダージョ」の初演指揮を担当したのは
トスカニーニなのです・・・・

うーーん、これは凄い事ですね・・・

私自身、今の所、この序曲「悪口学校」の生演奏は一度しか聴いたことがありません。

確か1996年の東京交響楽団の東京芸術劇場シリーズの演奏会だったと思いますが
現在名門・ニューヨークフィルの音楽監督を務めているアラン・ギルバードが
まだそれほど有名で無い頃に指揮をとったものです。
「悪口学校」は一番最初に演奏していましたけど、やはりあの出だしが大変印象的でした。
他には、バルトークのヴァイオリン協奏曲とベルリオーズの幻想交響曲を演奏していましたけど
なぜか知りませんけど「悪口学校」の方が印象は強かったです。

ちなみにアラン=ギルバードの母親は日本人で、アメリカと日本のハーフの子供であり、
この時の演奏会では、確か、アラン・タケシ・ギルバードと表記されていたような記憶があります。
その後は、なぜか「タケシ」という名前の表記が出る事はなくなりましたけど、
日本人ハーフである事をあまり公開したくない事情でもその後出来たのかな・・・・??
日曜掲載の記事でけいおんの中野梓(あずにゃん)フィギュアを廉価で購入と言う事を
書きましたが、
多くの皆様に引き続き多くの拍手を頂いたことに感謝申し上げます。

改めて、いつもありがとうございます!!
(本当に拍手とかコメントには生きる力を与えてくれますし、やる気の源にもなっています。
 改めて感謝申し上げたいと思いますし、
 引き続き今後とも宜しくお願いいたします。)

実はあの時、一個108円でしたので
プリキュア関連のものも二つほどついつい買ってしまいました・・・・・(苦笑・・)





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これは「スマイルプリキュア」の色鉛筆等道具を収納するバッグですね。

ちなみにこのバッグの中に
使い掛けでしたけど色鉛筆セットが入っていましたけど
いいのかな・・・・
色鉛筆セットとこのプラスチックバックで108円とは何か随分とトクしたような気分・・・・

だけどそれにしてもスマイルのメンバーは全員可愛いですよね。
特にハッピーの可愛さはまさに反則的な可愛さ・・・・

「スマイルプリキュア」は歴代プリキュアの中では、ある意味少し変化球的な側面があり、
毎シリーズでは、
メンバー間での確執とか揉め事が発生したりとか
追加戦士の登場とか
何かしらの謎要素とかある「重たいテーマ」を抱えていたりとか
毎回毎回何かしらの劇的要因は持っていたものですけど
「スマイル」だけは、
追加戦士も無く、メンバー間における不和は一切なく、喧嘩回も一度も無し・・・・
シリーズを通しての「重たいテーマ」もほぼ皆無で
全体的にギャグ回が多いというのが最大の特徴なのでは・・・と思っています。

要は、歴代プリキュアでは珍しい一年を通して平和なシリーズと言うか
牧歌的な世界観が作品を統一しているある意味画期的な側面もあったと思います。


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これは「スマイルプリキュア」の青キュアの「キュアビューティ」です。

スマイルは、このビューティ以外は、
現役の「ハピネスチャージ」のめぐみとひめも真っ青の全員が「ポンコツな子」という側面が
大変強いのですけど
このビューティさん(れいかさん)も実は大変な「天然さん」というのも
何か大変面白かったですね・・・・
特に富士山での「道の掛け軸」の話とか
ハッピーロボ操縦の話とか
お笑いコンテストにおけるれいかのアドリブ的天然ボケ炸裂の話は
大好きでした・・・・

だけどビューティがいなかったら
全員が全滅⇒早期にスマイルの最終回・・・・みたいな回もかなり多く
(例/レインボーヒーリング取得の回、どうして勉強するのの回、ミエナクナールの回など)
やはり知的でスマイルの中では「作戦参謀」的な役割が強いビューティさんらしい
エピソードが全体的には多かったですね。

プリキュアと言うと
「大好きピンク系四天王」は、ドリーム・メロディ・ハッピー・ラブリーですけど、
「大好き青系四天王」は、アクア・マリン・ビューティ・ダイヤモンドなりですが、
個人的にはアクアとビューティの「ガチンコ水系アイテムでの戦い」なんてのも
見てみたい気もしますね・・・・
あ、厳密にはアクアの水対ビューティの氷なのかな・・・・
1979年の吹奏楽コンクール課題曲D/行進曲「青春は限りなく」なーんて
ウルトラマイナーな課題曲を知っている人なんて
どのくらいいるのかな・・・・・(苦笑・・・・)
吹奏楽に相当お詳しい方でも
「あれれ、過去にそんな課題曲あったっけ・・・・??」みたいに思われても仕方が無いほど
人気が無く演奏される頻度も圧倒的に低く、
曲も大変地味なおとなしめの曲でしたね・・・・

1979年の吹奏楽コンクールの課題曲は、A/フェリスタスが圧倒的に大人気の曲で
統計を取っていないから正確な事は分かりませんけど
支部大会・全国大会の中でこの課題曲A/フェリスタスを演奏したチームは
全体の中では60%近くを占めていたような感じもあります。
この「フェリスタス」は、曲の前半にアルトサックスの大変美しく格好いいソロがあるのですけど、
この課題曲の翌年にクラリネットからアルトサックスにコンバートされた私なんかは
アルトサックスにコンバートされるや否や真っ先にこの「フェリスタス」のソロをヴィヴラートかけまくりで
吹いた事はなぜか今でも鮮明に覚えていますね。
1979年の全国大会での課題曲の人気はこのフェリスタスとB/プレリュードに二分されてしまい、
結果的に課題曲D/青春は限りなくは
全国大会ではわずか3チームしか演奏されていませんでした・・・

だけどこの行進曲「青春は限りなく」は地味なのですけど
独特の「渋さ」が感じられ
決して「青春万歳!!」みたいな華やかさは全くないのですけど、
ある意味大変「爽やかさ」を持った曲だと思います。

余談ですけど、私の中学の1980年度の「文化祭」の統一テーマが
「青春よ、限りなく」というものでしたけど、
これを学校側に投降し採用されたのが吹奏楽部の部員でしたので
(ちなみに私ではありませんよ・・・・・苦笑・・・)
多分1979年の課題曲Dをパクッたのでしょうね・・・・・(苦笑・・・)

この課題曲について、実は一つ教えられたことがあります。
何かと言うと「メロディーライン」に対する「裏メロの存在」です。
この課題曲Dは、コンクールの課題曲としては吹きませんでしたけど
マーチングの練習用として何度か吹いた事があります。
その際に顧問の指揮者の先生から
「この曲には、メロディーライン・リズム的な側面を持つ裏メロ担当・後打ちのビートセクションから
構成され、単純な曲なのだけど、同一小節内に、第一メロディーと裏メロとも言える第二メロディーが
同時に存在し、第二は第一メロディーを侵食してはいけないけど、
同時に自らの存在感も伝えないといけない。
音楽は、各奏者に役割分担があり、各自が自分はこの曲においてどういう役割を担っているか
よーく考えながら吹け!!」と
中学生に対する指導としてはかなり「無茶振り」みたいな事を言っていました。

勿論当時は何を言っているのかさっぱり分かりませんでしたけど、
今にして思うと言いたい事はよく分かります。
クラリネットとしてこの曲を吹いた時はメロディーライン担当というか第一メロディーを主に
吹いていましたけど
アルトサックスとしてこの曲を吹いた際は、役割としては裏メロ担当というか第二メロディーラインを
吹いていたと思いますけど
今にして思うと、この曲を通して
楽器の役割分担とか曲の構成とか、裏メロの存在というものを教えられたような気も
します。

話は全然違いますが・・・・・

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「スイートプリキュア」は歴代プリキュアの中で
多分唯一「音楽」を素材にしたプリキュアでもあるのですけど、
その中で登場する「音吉さん」という方が何度か
「音楽は各自が役割分担を担っている。
ある者はメロディーを奏で、ある者はリズムを響かせ、ある者はビート担当として低音を支える。」と
言っていましたけど
ある意味、中学時代の指揮者の先生とスイートの音吉さんは
全く同じことを言っていたのかもしれませんよね・・・・

ちなみに自分の中学は、毎週月曜日の全体朝礼は真冬でも校庭と言う屋外でやっていましたけど、
全校生徒の入退場のマーチを演奏していたのは吹奏楽部・・・・
自分もよく先生の代役として、
このマーチの指揮者を務めていましたけど
この「青春は限りなく」とか1979年課題曲E/朝をたたえては
結構指揮を振りましたね。
だからそういう意味でもこの「青春は限りなく」は個人的にも
地味だけどなんか妙に思い入れがある課題曲の一つですね・・・・

そうそう更に余談になりますけど
1979年の課題曲E/「朝をたたえて」は、
大阪のフェスティバルホールで朝比奈隆/大阪フィルハーモニー交響楽団、
大阪フィルハーモニー合唱団により、吹奏楽編成ではなくてなぜか管弦楽編成として
初演が行われているそうです。
合唱部分は 「ひーろがる。ひろがる」、「かーがやく。かがやく」、「うーたおう。歌おう」の
歌詞の繰り返しを3回を経て、オーケストラによるコーダで終わるのですけど、
その関係で、初演の演奏時間は、合唱の繰り返しを含む都合上約6分30秒を要したとの
事です。
大指揮者、朝比奈大先生もこんなイベントに付き合わされて大変ですよね・・・・

昨日一昨日は、全日本吹奏楽コンクール全国大会【大学・職場一般の部】が開催されていましたけど、
残すは中学の部と最大の目玉である高校の部のみとなりましたが、
どの出場チームも、普段の練習の成果に本番ならではの何か「+α」みたいなものが発揮
出来れば最高ですよね。

こうやって今現在語っているのは1988年のコンクールなのですけど、
1988年当時の吹奏楽コンクールと現在の吹奏楽コンクールでは
どこが一番変化したのかな・・・・??
うーーん、かなり難しい問いだとは思いますが、
月並みな表現では「技術の格段の進歩、より多彩な音楽表現の充実さ」なのだと思いますけど
もっと端的に分かり易く言ってしまうと
1988年当時の全国大会では、
課題曲の演奏が始まって大体10秒後ぐらいには
「このチームは多分銅賞だろうな・・・・」みたいなものがすぐに分かりました。
その位、上手なチームと下手なチームの格差はものすごーーーくあったと思います。
例えば、職場の部の天童市役所とヤマハ浜松、大学の部の福井大学と神奈川大学、
中学の部の野辺地中と城陽中、高校の部の那覇と習志野
あたりがそれを象徴していたような気もします。
逆に金賞チームは、聴いていて1分後くらいには「多分金だろうな・・」みたいなものを予感させるものは
あったと思います。
ま、その位ある意味「審査」もやり易かったようにも思えます。

だけど最近のコンクールは、自分が現役奏者である25~35年前とは全然様相が異なっていて、
演奏が開始され、1分後には「多分銅賞だろうな・・・」と感じさせる
明らかに下手なチームはほぼ皆無・・・・
どのチームは一定の技術水準とか聴かせる表現力は持っていて
正直、課題曲・自由曲の演奏が終わっても
「評価としては判断に迷ってしまうな・・・・」みたいな実力伯仲の演奏が非常に多いような
気もします。

この話は以前したかもしれませんが、
私が初めて全国大会の生演奏を聴いたのは1984年の高校の部でしたけど、
この時は、演奏終了後の審査員の演奏講評では
間違いなく具体的に
「課題曲C(注:シンフォニエッタ)の中間部が終わった後のアレグロの際の木管セクションの
指の動きが悪い演奏が多かった・・・」みたいな
技術的に難があるような事を指摘されていましたからね・・・
最近のコンクールの演奏は、そうした技術的に未消化部分とか音程不良という演奏はまず皆無だから
何か自分達の頃とは
「時代が変わったな・・・」とも感じるのですけど
そうした時代でも現在、未来において
「永遠に受け継がれて欲しい、語り継がれて欲しい演奏」も数多く存在しますので
そうした演奏をこのブログで
語っていければいいなーとも思いますし、
それがこのブログを開設した「本来の動機」ですけどね。

ま、私にとっては
1970年代~90年代の吹奏楽コンクールの素晴らしい演奏も歴代プリキュア達の素晴らしさを語る事は
全くの「同じ次元」なのですけどね・・・・


○ブリジストンタイヤ久留米

 D/バレエ音楽「ロデオ」より、土曜の晩のワルツ・ホーダウン

 うーーーん、なんて「薄味」の演奏・・・・・
 良くも無ければ悪くも無い中途半端な感じと言うのか、
 印象が希薄な演奏でしたね・・・・
 ブリジストン久留米というと小山先生が極めて印象的なのですけど、
 この頃は既に小野照三氏に指揮者が変わっていましたけど、
 この頃はまだ「ブリジストン=小野サウンド」が確立される以前の感じなのかな・・・・
 何かどういう方向性に音楽を持っていくかという基本的な部分で迷いが生じているような
 印象が強く、言葉は悪いのですけど
 「葛飾吹奏楽団」での成功体験をそのまんまブリジストンにも持ち込んだみたいな雰囲気もあり、
 「これぞプリジストン!」みたいな演奏は、当時はまだ確立されていなかったような
 印象が強かったですね。

 演奏も、「土曜の晩のワルツ」は仕上がりが平坦で、ただ美しいだけという感じ、
 「ホーダウン」も粗雑という感じがあり、
 聖と俗が混濁したような感じもあり、それが「中途半端」という雰囲気になったような
 感じもします。


○NEC玉川

 D/戸外のための序曲

 このチームはたまにウルトラ級にマニアックな曲を演奏する事もあり、
 マニアックな吹奏楽曲が大好きな自分を狂喜乱舞させる時もあります・・・・
 この年の自由曲、コープランドの「戸外のための序曲」は、まさにそうしたマニアックな
 通好みの曲であり、
 この曲を全国大会で聴けること自体奇跡に近いものもあり、
 大変興味深く聴きました。

 しかし・・・・

 演奏は上記のブリジストン同様に「印象が薄い」という感じで
 1979年の玉川学園高等部のあの伝説の名演の再現には至りませんでした・・・・
 なんだろう・・・・
 おとなしすぎるというか、
 おっとりしているというか、
 「お公家さん」の集団みたいな音作りでもあり、
 印象は薄かったですね・・・・
 
新大宮バイパス沿いに、「与野公園」という
中規模くらいの公園があったりもします。

この公園内には、5500平方メートルの「バラ園」もあり、
約170種類、約3,000株のバラが植えられています。
1980年以来、毎年5月に『ばらまつり』が開催されていて、私自身も何度か見に来たことがありますけど
大変見事というか「うーん、美しくて絶景・・・」と見とれてしまうほど
素晴らしい光景が繰り広げられています。

ばらまつりの際は、大変な混雑ぶりなのですけど
正直それ以外は人もまぱら・・・・
新大宮バイパス沿いに駐車場もあるのですけけど、5月以外はいつ来ても何台かは
車を停められるスペースが常にあります・・・・






川越方面に仕事で用があったので、この新大宮バイパスを通っていると
与野公園が目に止まり、
「あ、何かトイレに行きたくなったし喉が渇いたから、少し休んでいこう・・・」と思い
入園したところ、
正直少し驚きました。

だって「バラ」というと前述のお祭りのイメージのせいか「5月」というイメージがあり、
10月に来たって別にそれ程咲いていないだろう・・・と思っていたら
至る所で「秋バラ」が満開で、とても綺麗でしたね・・・・

でもこういう公園のこうしたパラって一体誰が管理しているのた゜ろう・・・・
こんなに清潔さ・美しさを維持しているのだから
それを日々守っている皆様に敬意を表したいものです。


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これは「レッドクイーン」という種類で
いかにも「バラ」らしい深紅の花です。


何かいかにも「バラ」という感じですね・・・・


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これは「ゴールデンボーダー」という黄色系のバラみたいです。

というか、私、誠に申し訳ないのですけど
お花とかバラとか全然疎くて
華の名前なんてさっぱり分かりませんけど
とにかく「ああ、何か綺麗で素敵・・・」と思わず見入ってしまいますね・・・・

新大宮バイパス沿いという大変交通量が多くて
排気ガスも充満しているだろうに、
こうしたところでも
何かこうやって「ホッとできる憩いの場所」があるだけでも何か安心感がありますね。
たまにはこういう所でリフレッシュするのもいいのかも・・・・(笑)

土曜から月末までの約二週間近くの間、
社内では年に1~2回の「キャンペーン」を開催中・・・・
こういう時は、私自身も「営業チーム」の一員に近いような形で
営業部隊に参戦いたします。
(ま、私自身が営業チームに参戦するのは土曜一日だけの限定と言うのが
 勿体ない所ですけどね・・・・)

あーあ、やっぱり「営業」の方が自分には合っていますね・・・・

何か最近の連日の「クレーム対応漬けの毎日」にかなりうんざりしていた身にとっては
こういう「前向きな仕事」・「華のある仕事」を久しぶりにやったりすると
自分自身も大変生き生きとするものを感じたりもします。

ま、「ノルマが全くない営業の仕事」ほどやりがいのあるものはないのですけど、
やはり営業さんにとっては「日々のノルマ」というか月間目標が無いと
締まらないものなのでしょうね・・・・

ひたすら(過去にクレームの経緯がある顧客でも)顧客宅をお伺いし、
キャンペーンちらしを手渡し、
「どうでしょ、お得でしょ・・・、やるなら今! 今やんないでいつやるの、今でしょ・・・」みたいな
昨年の流行語大賞みたいなノリでやった方が
自分自身の過去の金融機関・住宅メーカー時代のノリみたいに
すごーく生き生きとしてしまい、
ついつい最近の憂鬱な「クレーム対応」の日々を忘れてしまうのですよね・・・・(苦笑・・)

ま、それはどうでもいいとして・・・・

何か気分よくやっていたらあっという間に午後4時頃になってしまい、
「少し気分転換しよう・・・」と思って
いつもの中古おもちゃ店に寄ってみたら・・・・

ありました、ありました・・・・掘り出し物が・・・・





以前からずっと欲しくてたまらなかった
「けいおん」の中野梓(あずにゃん)のギターを抱えた私服バージョンのフィギュアです。

今回は「訳あり」という事で、「大幅値下げ」となっていて、
その「訳あり」の理由と言うのが
以前記事でも書いたと思いますが、
「物語シリーズ」の戦場ヶ原ひたぎのフィギュアと同様に
「箱無し」です。
ゆえに中身は、ほぼ未開封状態の新品同様状態です。

これ、ヤフオクやアマゾンで購入しようと思っても
1500円~2000円程度はするものなのですけど、
今回は499円で販売されていました・・・・・


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上記の写真は、少しアップしたもの・・・・


あ、でもやっぱり「あずにゃん」はいいですね・・・・

私、「けいおん」の中では、断然あずにゃんがいいと思っていて、
今回の「訳あり」の中には、
ゆい・律ちゃん・紬・秋山澪もいましたけど、
迷わず「あずにゃん」を選んでしまいました・・・
もしも「さわちゃん先生」がいたらもしかしてさわちゃん先生を選んでいたかも・・・・・??

関係ないですけど
声優さん繋がりで言うと、
このさわちゃん先生と「デート・ア・ライプ」の私が大好きキャラの「時崎狂三」が同じ声優さんと言うのも
何か信じられない話です・・・・
やはり声優さんの演技力はすごい・・・・

あずにゃんは、
真面目な所といじられキャラな部分と
ゆるいポンコツとヘンなのばかりのメンバーの中では唯一まともなメンバーというのが
実にいいですね。
それとあの独特の黒髪ツインテールが実に魅力的です。
プリキュアの世界では、中学生メンバーよりも亜久里・アコという小学生メンバーの方が
しっかりしているという感じもあるのですけど、
けいおんも、学年が一番したのあずにゃんだけが唯一まともというのも
何か面白い所ですね。
1988年~1989年は俗にいう「バブルの絶頂期」・・・
現在は「将来が不安だから、財布のひもは締めておこう・・・」みたいな感覚が一般的ですけど、
この当時は、手許に預貯金が無くても
「今は銭が無くても少し働いて稼いでいれば何とかなるなる・・・」とか
「金が無くても銀行さんがバンバン金を貸してくれる・・・」みたいな感じも無くは無く
何か欲しいものがあると
「買っちゃえー!!」みたいな感覚の
今にして振り返ると「不思議」な時代でしたよね・・・・

だけどそうは言っても
この年の全国大会が開催された当時は、
昭和天皇逝去が秒読み段階に入りつつあった時期でもありまして、
世相は「金なんかジャブジャブ使ってしまえ・・」みたいな感じなのに
表面的には「昭和天皇病状に配慮した自粛」みたいなのがブームになっていて、
確かこの年のクリスマス商戦なんかも
今一つ盛り上がらなかったような記憶があります・・・・


○NTT中国

 D/交響組曲(C・ウィリアムズ)

 このチームは少々気の毒だったかも・・・・
 だってこのチームの一つ前の演奏がヤマハ浜松で、
 「メトセラⅡ」の伝説的ウルトラ名演により、
 会場内はブラボーコールと拍手がしばらくは止まらず、
 ヤマハ浜松が退場し、NTT中国が演奏開始のセッティングを始めても
 会場内はまだヤマハ浜松の余韻でどよめいていました。
 NTT中国の演奏が始まっても、申し訳ないのですけど
 大半の方は、半分上の空状態であまり真面目に聴いていなかったような感じすら
 ありますね・・・・・(苦笑・・・)

 ま、その位この年のヤマハ浜松の演奏が圧倒的に素晴らしかったという事なのですけどね・・・

 結論から言うと、
 このNTT中国の演奏も決して悪い演奏ではありません。
 課題曲Dも確かにゴツゴツとした粗野な響きなんですけど、音楽の楽しさは十分伝わって
 いましたし、「カーニバルのマーチ」のタイトルな相応しい華のある演奏だったと思います。
 自由曲の吹奏楽オリジナルの古典中の古典のこの名作を
 正攻法で真正面からアプローチしたこの演奏は高く評価されて然るべきだと思います。
 うーーん、だけど演奏はかなり荒っぽい・・・・
 指揮者の「何かを伝えたい!!」という情熱は痛すぎるほど伝わりますけど
 音色が生々しいというか、吹奏楽の持つ「ヒステリックな叫び」というか「金管のメタル的な響き」が
 少し前面に出過ぎている傾向にあり、
 音楽的表現は決して悪くないのに「粗野」という印象を与えがちなのは
 とても惜しまれる所です。
 Ⅲがかなり雑だったな・・・・ トロンボーンのグリッサンドが強烈過ぎる印象・・・
 Ⅳのアンティークダンスはひそやかさもあったのですけど
 Ⅴがやはり粗雑・・・・

 何か少し勿体なかったな・・・・

 余談ですけど、
 BJの一月号だったかな・・・・
 指揮者の佐藤氏がこの時の審査員の講評用紙の中で
 「全てにおいて生命感が欲しい」という審査員のあまりの抽象的なコメントに首を傾げた・・と
 指摘されていましたが、
 それは同感ですね・・・・
 というか、この演奏は「生命力があり過ぎるくらいパワーには満ちている」と私は感じます。
 審査員のこのコメントは、正直「何を言いたいのか」全くこれでは
 伝わらないような気もします。
10/12の「ハピネスチャージプリキュア」のめぐみのイノセントフォーム取得の経緯は
大変興味深いものがありましたし、
大変素晴らしいものがありました。

改めて言うのも何ですけど、
要はラブリーもオレスキー将軍も根幹は同じなのかも・・・

「誰かの人助けをしても感謝すらされないし、
他人から認められないし評価もされない・・・・」
だからオレスキーはこの反動として
「誰からも認められないのなら、自分自身が自分はNo.1である事を思い込む」という事で
自分を合理化したのでしょう。
これに対してラブリーは、
「たとえ誰からも認められなくてもそれでも自分は誰かを助けたい」と強く願う事で
ああした一種の覚醒というか自己変革を果たしたのでした・・・






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何かこうやって見てみると
アンラブリーの話、深大寺まみさんのロケットの話、そして今回の話は
何か「三点セット」というか、
連続して構成されているような感じもします。

さてさて、ここから先はまたまた自分自身の話になるのですけど
先日のブログの記事にて
「他人は見ていないようで実は意外と見ている、自分の頑張りは誰か見ている人はちゃんと見ている」
とか書きましたけど、
何かそれを実証する出来事もあったりします・・・・

最近の自分のブログ記事でも
何かやたらと日々のクレーム対応の面倒さについて愚痴っていますけど
7月~9月の会社支給の携帯電話の電話代が
何と平均45000円ととてつもない金額になりました・・・・
これって原因の100%は、
電話でのクレーム対応の結果なのですけど、
ひどい場合ですと、電話でも2時間以上延々と激怒されている方もいたりします。
しかも電話だとお互いの表情とか分からないから
言いたい事だけをバーーッと言いたい放題してしまう傾向が強いのですよね・・・

その電話代の突出した金額を見て
やはり上の方も感じてくれたようですね・・・・
「これほどまでひどかったのか・・・・、社内のクレーム対応をあなた一人で負わせるには
あまりにも酷だし、今後はそもそもの原因を作った営業担当・工事チームにもその一翼を担って貰う。
ここまでのあなたの成果は会社としてもそれは十分認識はしている」と
珍しいねぎらいの言葉は頂きました・・・・
ま、というか、
自分自身のミス・チョンボで顧客から激怒されるのならば
自分に原因があるからこそ我慢は出来るというものなのですけど
そもそも自分に起因しない他人のミス・チョンボ・失言等に対してのフォローだから
自身のストレスが溜まるのかもしれませんよね・・・
だけどこうやって誰か一人でも自分の苦労を理解してくれる人が社内にいるという「安堵感」だけでも
全然違うというものですね。

先日も、
「クレーム対応」の要請が入り
ある顧客の所にお伺いしたものの、
家に入れて貰えず、玄関先で約1時間程度ガミガミと激怒の言葉に耐え忍んでいました・・・
と思ったら、
またまたその方からお呼び出しがかかり
「またかよ・・・」と内心ストレスの塊り状態でお伺いしたところ、
「先日はろくにあなたの話も聞かないで一方的に怒り続けて申し訳なかった・・・・
死んだうちの主人が夢枕に立って、あんなに人様を怒る事は無かろうみたいに諭されたので
もう一度あなたの話を聞いてみる事にした・・・」
とか言われていました・・・・

ま、それはどこまで本当の話か分かりませんし、
内心では「さすがに怒り過ぎた・・・、でも今更謝るのもシャク・・・、それならば亡くなった旦那に
かこつけてみるか・・・」みたいな事なのかもしれません・・・

ま、それはそれでこちらとしてはありがたい話ではありますし、
こちらの対応も「何か」は伝わるものはあったのかもしれませんよね・・・・

要は・・・・
誰かに表だって褒められ認められなくても
意外と見ている人はちゃんと見ている・・・・
勿論誰からも認められず腐ってしまう事もあるかもしれないけど、
誰かはどこかで見ているという意識と
最終的には、自分が日々行っている事も巡り巡って「会社のために何かしらは貢献している」
みたいな意識を多少持てる事で
気持ち的には楽になるのかもしれませんよね・・・


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だけど、改めて振り返ると、
前出の「亡くなったご主人が夢枕に立ち・・・」なーんていう話は
やはりそのお客のこれまでの言動から見てどーも胡散臭い・・・・(苦笑・・・・)

初代プリキュアの美墨なぎさ風に言うと
「ありえなーい!」という事なのでしょうね・・・・
前回の記事で「我が家はいまだに地デジ未対応テレビを使用し、
しかも今は亡きAIWA社製のブラウン管のビデオデッキ一体型テレビを使用」
なーんて言う記事を書いたら、
色々な方より反響のお言葉を頂きました。

この場を借りてお礼申し上げたいと思います。

テレビもそうなんですけど、
うちのPCのネット回線はケーブルテレビなのですけど、
(電話・テレビ・PCまとめてパックなもので大変お得な価格設定・・・・)
一般的には「無線LAN配線」というのが一般的かもしれませんが
うちはいまだにモデムを利用しての有線配線です・・・・
だからいまだに一階と二階にケーブル配線がむき出し状態になっていて
たまにこれに足を引っ掛けてすっ転ぶなんて事もあります・・・・(苦笑・・・)

実は昨日、うちの奥様のPCがネットに不接続という事で何か大騒ぎしていて、
結局、どうやらモデムが故障したのが原因のようでした。
モデム交換をお願いしようと思い、
埼玉ケーブルの修理センターに連絡したところ、
いつの間にか、
埼玉ケーブルは、JCN傘下に入り、しかもつい最近、JCN傘下からJ-com傘下に
入っていたのですね・・・・
え・・・・・
マジで全然知らなかった・・・・
というか現在は昔と違って、請求書関係はいちいち郵送されないし、
しかも定額パックだから毎月いくら使用しても料金は同じだから請求書とか口座振替の領収書も
いちいち来ないのですよね。
そのせいかどうかは分からないけど、
埼玉ケーブルがJ-com傘下に入っていたなんて全然気が付かなかった・・・

うーーん、やっぱりアナログ人間なのかな・・・・・

あ、そうそう・・・・

1990年代中盤以降から、カセットテープに変わって一時期音楽の保存ツールとして
「MD」なんてのも一時ありましたよね。
さすがに現在は、ダウンロードをメインにしていますけど、
90年代の終わりに、
私が色々と所有していた吹奏楽コンクール関係の音源を
カセットからMDにダビングしたのですけど、
現在は、この「MD」自体が「過去の遺物」状態になっていて
当たり前の話、現在の家電店には、MDデッキすら取り扱っていない・・・・
万一うちで今現在使用しているMDデッキが壊れて修理不可能何て言われたら
どうしよう・・・・
やっぱりアナログ人間ですね・・・・

ま、だけど、最近驚いたことが一つあって
仕事である高齢者のお客さんの所をお伺いしたところ、
そのお宅のネット回線がいまだに「NTTのダイヤル回線」を利用していました・・・・
さすがにこれにはビックリ・・・・
「自分よりも更に上には上がいる・・」と思い少し安堵しました・・・・(苦笑・・)
「電話代大変でしょう・・」と聞いても
「あ、うち、電話もパソコンも全然利用しないから、いいんだ・・」とか
言われてはいましたけどね・・・・
テレビ埼玉の「スイートプリキュア」再放送も既に第31話まで話が進展しています。
前回の第30話があまりにも素晴らしい回でしたけど、
それに比べると今回は比較的お気楽な「ギャグ回」扱いなのかな・・・
10/12の「ハピネスチャージプリキュア」などのように
見所とか突っ込み所が一杯あったり
何か一言でもコメントせすせにはいられないような内容の回ですと、
ついつい力が入って
あのような異常な長文記事になったりするものですけど、
今回のようなある意味、お気楽回ですと、
特に感想等大袈裟なものも無く、記事を書く身としてはすごーくお気楽でいいですね・・・(笑)





だけど、今回もエレンの「ボケ」は「絶好調なりー」(日向咲風に・・・・)

以前ちょっとしたミニキャンプに冬山登山のフル装備が駆け付けたエレンがいましたけど、
今回は「プリキュア合宿」・・・
さすがに同じ手は二度は使えないと思ったのか、
合宿⇒青春⇒ギターという古典的な発想で「ギター」を合宿に持ち込み歌い上げる
エレンのポンコツ振りがとても可愛いです・・・・

でも面白いものですね。
リアルタイムで見ていた頃って、
黒川エレンって、例の「今まで迷惑かけていてごめんなさーい」の涙の大絶叫のシーンが
余程印象が強いせいか、
何となく「幸せの薄い子・・・・」とか「天然ボケの子猫ちゃん」というイメージが強かったのですけど
こうやって改めて見てみると、
プリキュアとして覚醒して以降は、
まさに・・・・
やりたい放題でしたね・・・・・(苦笑・・・)

最近も同系列の「敵組織からの離脱組」のフレッシュのせつなとの比較論的な意味で
少し書いたのですけど、
やはりエレンは、元々はメイジャーランドの妖精子猫ですし、
敵組織からの離脱といっても、
要は「元の鞘」に収まっただけですので、やはりせつなとは背景が違うと思いますね・・・・

だけど今回もエレンはポンコツでしたけど、
それ以上に響も奏もつられるようにポンコツ化・・・・
特に奏のエアロビ体操は・・・・うーーん、
何かビリー隊長のキャンプですね・・・・(苦笑・・)


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全体的にポンコツエピソードが多い中、三人で座禅を組んだ時の話が
中々秀逸でした・・・・
三人とも意地を張って中々途中離脱が出来ず、全員が足が痺れてどうしようもない状態・・・・
そうした際の
「それでは3人で一斉にリタイア―!!」というのが
何か「3人のハーモニー」という感じが強く感じられ、この辺りは大変好感を持てました。

山登りの頂上到達のシーンも良かったですけど
「3人で一斉にやめー」というのが何か印象的ですし
この辺りが「クレッシェンドトーン」と3人の初一体化に繋がったような感じもあります。


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この3人の笑顔がとても素敵でしたね。

ま、この3人体制も残すところあと4話程度かな・・・・
しばらくすると、メフィストの人間界降臨、そしてミューズの正体発覚⇒キュアミューズ誕生という事になり
35話あたりでやっと「4人体制」が確立されます。

でもこれは歴代プリキュアでも珍しい・・・・

追加戦士があるとしても大抵23話前後なのですけど、
スイートの場合は物語のかなりの後半でしたからね・・・・
見方によっては少し勿体なかったかな・・・
ミューズ投入はもう少し早くても良かったような気もします。
だってせっかくミューズが登場しても、印象としては既にぴーちゃん登場、そして最終決戦という
様相を呈していましたからね・・・・

話は変わりますが、
確かにエレンも(強いし可愛いけど)ポンコツだけど、
トリオ・ザ・マイナーの3人も、セイレーン亡き後は「ポンコツ化」が進展・・・・
今回の話も、
「特訓」がいつの間にか趣旨が変わってしまい、なぜか「大食い競争」になっていましたよね・・・・
しかも次回は、なぜか3人とも「女装」してしまいますけど・・・・
というか、バスドラ・ファルセットの女装はキモすぎるけど
バリトンさんだけは・・・・・・
うーーん、かなり似合っているのですよね・・・・(苦笑・・・)
バリトンさんだけ違和感が無いのですよね・・・・
さすが元々美形は違いますね・・・・

だけどこのマヌケ3幹部の悲哀も間もなく到来・・・・・
だってファルセットがああいう風になってしまい、
バスドラはともかくバリトンさんすら「醜い半漁人」みたくなってしまいますからね・・・・
最近改めて思ったのですが、
何気なくテレビを見ていると、画面の下の方から何やら字幕が出ている・・・・
よーく見てみると
「2011年7月24日の地上アナログ放送終了後、ケーブルテレビ経由でお使いのアナログテレビのままで、
地上デジタル放送をご覧いただいていたデジアナ変換サービスは2015年3月までに終了します。
お早めにデジタル受信をご準備下さい。 」
という「デジアナ変換サービス終了のお知らせ」なのです・・・・

そうなんですよね・・・・

うちは、ケーブルテレビなものでして、
2011年7月スタートの「地上デジタル放送」スタートの際も
「ケーブルテレビは当面地デジ対応しなくても、このままテレビは見続ける事が出来るから
当面は何もしなくていーいんだ・・・
見れなくなったらその時に、地デジチューナーを買うか地デジ対応液晶テレビを
買えばいーんだ・・」と
余裕をぶっこいていたら、
いつの間にかその「デジアナ変換サービス終了」の時期すら近づいているのですね・・・・(苦笑・・)

ハピネスチャージプリキュアの敵幹部「ナマケルダ」ではないのですが、
「そうした地デジ対応するのが面倒くさい・・・」と思っていたら、ズルズル三年近く経過してしまい、
しまいには「デジアナ変換」すら終了しようとしています・・・・

うーーん、さすがにそろそろ何とかしないといけませんよね・・・・

というか、我が家はいまだに「ブラウン管テレビ」なのですよね・・・・(苦笑・・)

しかも・・・・・

今は無き「AIWA」社製の「ビデオデッキ内臓テレビ」・・・・
うーーん、こんな時代遅れのテレビをいまだに見ているのは
うちだけだったりして・・・・・(苦笑・・・)
ま、一応このビデオ内蔵テレビには、DVDが接続はしていますけどね・・・
録画は当然DVDにしていますけど、
何か面倒な時はいまだに「ビデオテープ」を使っていたりもします・・・・
というか、最近は家電量販店に行っても単品のビデオテープは置いていない・・・
大抵3本一組セットしか置いていないですね。

ま、これを機に、液晶テレビを導入する事にしました・・・・

でも改めて家電量販店に行って驚いたのですが
最近の液晶薄型テレビってすごく価格が下がっているのですね。
昔の感覚では「1インチ1万円」という感覚があったのですけど、
最近のは、20インチ前後程度ならば、国産メーカーのでも2.5~3万で普通に買えるのですね。

うーーーん、これならばもう少し早い時期から
液晶にしておけばよかった・・・

でもでも、ついつい「面倒」なのですよね・・・・

やっぱ昭和生まれの所詮は「アナログ世代」なのかな・・・・??
いやーーー、それにしても10/12のハピネスチャージのめぐみの話は
良かったな・・・・としみじみ思っている次第です・・・・(苦笑・・)
何かすごい久しぶりに自分のブログ内でも
すさまじい「思いっきり長文」をあの回の感想という事で書いてしまいましたけど
「めぐみの幸せとは?」とか「めぐみが内在する不安とは何か・・」みたいな問いに
真正面から応えてくれた
プリキュアスタッフの皆様に心から敬意を表したいものですね。

本当にありがとうございました!!
(別にまだ最終回ではないけど・・・・苦笑・・・)





だけど全体に重たいテーマの提示の中で
このひめの「はいはーい、いつもめぐみをお世話していまーす」の軽いノリと
いおなのそれに対する保護者的な「ゲンコツ」は何度見ても
微笑ましいものがあります。

こういう風に重たい中でもどこかしらに「ホッ」と出来る場面を作っているのが
プリキュアの良き伝統ですね。

さてさて、次回は一体どうなってしまうのでしょうか・・・・??
まさかフォーチュンの姉のテンダーが「悪堕ち」・・・・??
いやいやそれよりも、誠司に「悪堕ち」の可能性は無いものなのか・・・・・
ミラージュの次の標的とは・・・・
ファントムに再登場は果たしてあるのか、あるとすればどのタイミングなのか・・・

いやいや本当に興味は尽きないものですが、
プリキュアの伝統と言うのか、特にスマイルプリキュア辺りからその傾向が強くなってきたのですけど、
「予告編」だけで本編を全て忘れさせてしまう「衝撃度」の強いものが
出てきて、驚いてしまうことがよくあります。

まさしく今回がそうでしたね・・・・

せっかくラブリーのイノセントフォーム覚醒とラブリーの「強い気持ち」への芽生えが出てきて
いい雰囲気で終るかと思うと、
まさかまさかのエンディングと予告編における
誠司とテンダーの悪堕ちの可能性の示唆・・・・・

うーーん、これでは気になって気になって仕方がないですね・・・・(苦笑・・・)

そう言えば、ドキドキでも
まこぴーのアイドル引退宣言みたいないい話の後の予告編で
ありすの執事のセバスチャンの「プリキュア化」みたいなとんでもない予告編が出ましたし
スマイルでも、
文化祭で皆で笑顔でウルトラハッピーの大変感動的な回の予告編で
「ハッピーロボ」という予告編が出てきて
思いっきりテンションが下がった思い出があります。

果たして「ハピネスチャージ」の次回はどうなってしまうのか・・・・・??
バレエというと、本音は
「行きたいのだけど、上演できる場所が限られちゃうし、チケット代が高い・・からちょっとな・・・」という
感じになってしまいますけど
出来れば死ぬまでに一度は見ておきたいバレエと言うと

○ストラヴィンスキー/火の鳥

○バルトーク/中国の不思議な役人 ※厳密には一幕のパントマイムですけど・・

○ラヴェル/ダフニスとクロエ

○プロコフィエフ/ロメオとジュリエット

○   同    /シンデレラ

などかありますけど、
一番見てみたいバレエというとファリャの「三角帽子」があります。

この「三角帽子」というと
日本のオーケストラの演奏会の演奏曲目としてはほぼ定着化されていますし、
CDの録音枚数も相当なものがありますし、
吹奏楽コンクールの自由曲でも「粉屋の踊り・終幕の踊り」の組合せで
現在でも頻繁に演奏される大変な人気曲だと思います。

私自身も、中学2年の吹奏楽コンクールで、
確か5月頃、顧問の指揮者の先生から
今年のコンクールの自由曲は、
ドビュッシーの「三つの夜想曲」~Ⅱ.祭りか
ファリャのバレエ音楽「三角帽子」~粉屋の踊り・終幕の踊りのいずれかだ
と言われ、両曲の吹奏楽アレンジ版楽譜を貰い、練習した事はあります。
正直ドビュッシーの曲は、当時はほとんどビンと来るものは無く
「何でこれが祭りなの・・・」という感じでしたけど
ファリャの曲は、明るく健康的な躍動感たっぷりの曲でしたから、吹いていて気持ちは良かったですね。
ま、正直技術的には「三角帽子」の方が全然難しいのですけど・・・
だけど結果的にこの年の自由曲は、ドビュッシーでもなくファリャでもなく
あまりにも陰気で憂鬱なマクベスの吹奏楽オリジナル曲「カディッシュ~ユダヤ人の死者のための葬送音楽」
という大変くらーーーーい曲でした・・・・(苦笑・・)

ファリャは「三角帽子」に着手する前、既にバレエ音楽「恋は魔術師」で評価を決定的なものに
していましたけど、
「恋は魔術師」は、どちらかというと「どす黒い怨念とか焼きもちとか情念」みたいに
スペイン色は強いけど、内省的な曲という印象もあります。
反面「三角帽子」は、要は粉屋の女房に横恋慕した悪代官を街のみんなでやっつけるという
何か日本の「時代劇」みたいな雰囲気もあったりして
大変楽しく明るくノリが良い曲です。
バレエ自体も上映時間が35分程度と短いから
バレエ音楽として全曲版として聴くのもいいし、
コンパクトに組曲版として聴くのもいいし、要はどちらを聴いてもその魅力はくまなく
伝わってくると思います。

この曲の序奏からして大変なインパクトがあるのですよね・・・・
だってティンパニーの乱打に続く金管セクションのメロディーの後に
いきなりオケの団員が「オレ! オレ! オレ!!」と手拍子をしながら掛け声を出すし
打楽器セクションは、ほぼ全員マラカスを片手にカタカタと鳴らしているし
この部分だけでも聴く価値はあると思います。
「恋は魔術師」は、ソプラノ独唱が一つの売りで、ソプラノが大変効果的に使われますけど
「三角帽子」は一応ソプラノは出てくるけど、それほど出番はないです。
だけど出てくると、すごーく「華」がありますし、やはり音楽が更に生きてきますね。
「粉屋の踊り」の冒頭に出てくるコールアングレのソロもいかにも「スペイン」らしい風情がありますし、
「粉屋の逮捕」の場面では、
なんと、なんと、ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」第一楽章の
あのジャじゃジャジャーンのパロディーがホルンによって奏でられます・・・・
というか、最初にこの部分を聴いた時、
ホーント思わず耳を疑ったし、
「何なんだ、今のは・・・」と思ったものの、何か心の中では大爆笑をしていましたね。
ラストの「終幕の踊り」の華やかさも素晴らしいものがありますし、
大変な躍動感がありますね。

この「三角帽子」なのですけど、
あらすじを簡単に書いておくと・・・・

ちなみに「三角帽子」とは代官が被っているもので、要は「権力の象徴」です。

アンダルシアのある町で、見た目が悪いが働き者の粉屋と、美人の女房が住んでいる。
ある日、好色な代官がこの女房に目をつけ、お忍びで現れる。
女房は粉屋を物陰に隠し、代官に官能的な踊り「ファンダンゴ」を踊る。
代官は言い寄るが、からかわれた末にその場に倒れてしまう。
出てきた粉屋が代官を殴り、代官は引き揚げる。

その日の夜、近所の人々が祭の踊りを踊っていて、
粉屋も一緒に踊り出す。
激しい踊りが続くが、代官のワナにより、粉屋は無実の罪で2人の警官に逮捕されてしまう・・・・
代官は女房を奪い取ろうと忍び寄ってくるが、
気が急いでいる代官は水車小屋の前の川に落ち、粉屋の女房に助けられるが結局逃げられてしまう。
代官は塗れた服を脱ぎ、粉屋のベッドに潜り込む。
そこに逃げ出してきた粉屋が戻ってくるが、代官の服を見て自分の服と代官の服を交換し、
代官の女房のところに向かう。代官は粉屋の衣服を着て外に出て、警官に見つかり、
その警官と近所の人に袋叩きに遭い、逃げていく。
近所の人たちは、平和を取り戻した粉屋の夫婦を中心に、一晩中踊って一件落着・・・・

ホーント、勧善懲悪、悪は滅びる・・・みたいな世界観ですね・・・

実際音楽もそうした「健康的な明るさ」が全面に出ています。





このバレエの初演は、世界的な名指揮者、アンセルメなのですけど、
私自身、この「三角帽子」の数あるCDの中でも一番大好きなのは
やはりこのアンセルメ指揮/スイス・ロマンド管弦楽団ですね・・・・
ま、確かに音源は古いけど、その冷静さと情熱がミックスされた名演を超える演奏はいまだに
出てこないと思っています。

ちなみにこのバレエ音楽「三角帽子」の初演は1919年ですけど、
この初演を担当したスタッフがあまりにも絢爛豪華・・・・
だって、

美術担当&舞台装置&衣装⇒ピカソ

指揮⇒アンセルメ

バレエの振り付け⇒マシーン

そもそもの依頼者とアドバイザー⇒ディアギレフ

ですからね・・・・

すごい、このメンバー凄すぎる・・・・

ちなみにこの曲は当初は「バレエ」ではなくて「パントマイム」として着想された時期もあり
パントマイムとしての初演は
私が愛してやまない「幻想舞曲集」の作曲者のトゥリーナの指揮で初演を果たしています。

そうそうこの「三角帽子」ですけど、
これをベースにしたというか、日本の江戸時代の「悪代官風」にアレンジした戯曲が
「夕鶴」でお馴染みの
木下順二の「赤い陣羽織」とのことです。
めぐみが内在する「不安」って一体何なのでしょうか・・・

「果たして本当に自分は他人のために役立っているのか・・」

「人助けは逆に他人の迷惑になっているのではないのか・・」

「母親の病気のように、自分がこうしてあげたいと思っていた事と相手が願っていることに
何かズレがあり、必ずしも自分がやっている事は全てが正しいと限らないのではないか・・・」

「そもそも、本当に自分は必要とされているのか・・・」

という事なのでしょう・・・・きっと・・・・

以前も書いたと思いますが、めぐみの「人助け」はある意味「刹那的」・・・・
つまり、
めぐみが人助けをしたい気持ちがあるから、一方的に手助けしているだけ・・・
「そこに山があるから登る」みたいに
「そこに困っている人がたまたまいるから、たまたま手助けする」みたいな
要はある意味「安易なおせっかい」だったのかもしれません・・・・
(勿論、そうしたおせっかいとか無償の人助けをやりたいという気持ちこそが尊いもので
めぐみのそうした慈愛は全く否定されるべき筋合いではありません・・・)

めぐみの心の深層にあるもの、
そしてめぐみ自身の「心が恐れている事」とは
「自分は本当は何の役にも立っていないのではないか・・・・」
という「自己否定」なのだと思います。
それが現実の場面で思いがけず表面化してしまったのが
深大寺まみさんとの一件であり、
そうしためぐみの「心の深層」があるからこそ、それを抉り取ったのが「アンラブリー」の存在
なのだと思います。
つまりアンラブリーの「めぐみは本当は誰の役にも立っていない」という囁きは
実はめぐみの「本音」だと思うのです。

「本当にダメな子・・・・誰の役にも立っていない・・・」というのは
めぐみ自身が抱える「心の叫び」なのだと思うのです。

今回の話の中で「意外な方」が重要人物として登場していました。

そう、オレスキー将軍です。

オレスキーはこれまでの経緯から、単なるマヌケ幹部、自己愛のナルシスト、筋肉バカという
イメージが大変強かったのですけど、
実は「内在する悩み」はラブリーとほぼ同じという事が判明したのでした。

オレスキーは、かつて人間社会でどのような「痛い経験」をしてどうやって心の傷を負ったか
その経緯はよく分かりませんけど、
ナマケルダやホッシーワと同様に「何か」はあったのでしょう・・・

オレスキーが内在する悩み、つまり
「誰かを助けても感謝されないのではないか」
というのは、言い換えると
「自分は本当は誰の役にも立っていないのではないか、その証拠に誰かのために何かをしても
廻りは誰も自分の事を認めてくれないではないか・・」という事なのだと
思うのです。
つまり「感謝をされる」という言葉と「誰かに認めてもらう」という言葉は
ほぼイコールだと思うのです。

今回の話でめぐみが得た事は「強い気持ち」です。

「確かに失敗する事もあるかもしれない、誰にも認められず冷淡な扱いを受ける事もあるかもしれない、
そして誰にも感謝をされない事もあるかもしれない・・・・
だけどそれでも自分は誰かの役に立ちたい!!」


そうした「強い気持ち」、言い換えると「信念」が
実は今までのめぐみにありそうでなかった言葉・・・・

今までは確かに「優しさ・慈愛」に溢れていたけど、漠然とした場当たり的なもの
だけどこれからは、そうした「強い気持ち」をもって
「誰かの役に立ちたい!!」という信念がやっとめぐみにも芽生えたという事なのでしょうね。

ホーント、遅咲きの主人公ですけど
だけどイノセントフォーム取得の経緯はいかにもめぐみらしい話であり、
大変好感が持てます。

だけど「強い気持ち」があれば、めぐみだって必ず変われるはずです。

勿論、全ての人達を救う事は出来ないし、そうする必要もない・・・
自分が出来る事を自分自身の守備範囲の中で誠実に一つ一つこなしていきましょうという事なのだと
思います。
今後めぐみ自身も様々な悩みとか困難、壁にぶつかる事も多いと思いますが、
「自分に出来る事は果たして何なのか」
「自分だからこそ出来る役割は何なのか・・・」という事を自覚した際に
更に「強い気持ち」が更に進化していくのだと思います。

見方によってはのぞみ大先輩よりも更に上の「無限の可能性」を秘めたプリキュアと言えるのかも
しれません。

ラブリーの決め台詞の一つに「キュアラブリーは無敵なんだから!」というのが
ありますけど、
あれは、要は、
「悩み苦しみながらも皆の幸せを願うラブリーの心の叫び」だと思いますし、
人としての弱さも強い意志も両方体感しているラブリーだからこそ説得力がある台詞だと
思うのです。




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今回の話の中で、
悩むめぐみに対して、誠司とブルー様がめぐみに対して語りかけた内容は
極めて対照的で面白い・・・・

誠司もブルーも
「めぐみはそのままのめぐみでよい」という結論はほぼ同じものの
そのアプローチ方法が全く正反対と言うのも大変興味深いものがあります。

誠司は、
「プリキュアなのに悩んでどうする」とか
「こんなに大勢の人達が来ているのに落ち込んだままじゃダメじゃないか」という
ある意味現実的な対応をしてしまいます。
勿論、これはこれで正解だとは思いますが、
ある意味「めぐみに内在する心の叫び」が全く分かっていない感じ・・・・

一方さすがブルー様は違いますね・・・(笑)
さすが「経験」が全然違う・・・・
めぐみに対して「悩んで当然」というアドバイスを授け、
「プリキュアだって別に悩んでもいいじゃないか・・」
「誰だって悩んだり傷ついたり立ち止まったりすることはある。それはそれで尊い事・・・」
「悩むことで更に人は成長できる」などと
適切なアドバイスを授けていますし、
要は、
「落ち込むめぐみだって、悩んでいるめぐみだって、立ち止まり傷ついているめぐみだって、
それは全てめぐみ・・・
そんなめぐみを自分はどこまでも信じていて応援している・・・」
という事だと思いますけど、

めぐみの立ち位置から言うと、
そりゃ、誠司よりもブルー様に「きゅん」となってしまいますよね・・・

うん、これは別にめぐみの「女心」という事よりも
ちゃんと「自分の話を聞いてくれたかどうか」という事だと思いますね・・・


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めぐみの「幸せ」っていったい何なのだろう・・・・

以前このブログでも取り上げた事がありましたけど、
その時も何か「曖昧な感じ」でした・・・・

正直現段階ではよく分かりません・・・・

だけど「誰かのために役に立ちたい」という強い気持ちを秘めるめぐみにとっては、
やはり「皆が幸せ」という事が一番なのでしょう・・・
そして同時に、その「幸せ」の中には
当然めぐみ自身が含まれたもの・・・・
「自己犠牲なんていらない・・・・、自分も含めて皆が幸せになって欲しい」と願う
めぐみは、まさに「慈愛に溢れた優しい天使」そのもの・・・・

以前めぐみはブルーに対して
「幻影帝国を含めた皆が幸せになれればいいのに・・・」と呟いていましたが、
果たして最終決戦時には一体どうなるのでしょうか・・・・??

果たしてオレスキーを含む三幹部はに救いの道はあるのか・・・・

クイーンミラージュとブルーはどうなるのか・・・・

次回予告で示唆されましたけど、まさかフォーチュンの姉のテンダーが悪堕ち・・・・??
それに対してフォーチュンは・・・

色々と見所は満載ですし、
やはりこれだからプリキュアは止められないのですよね・・・・・



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ここからは自分自身のエピソードになるのですけど、
オレスキーが言う
「他人に親切にしても後から裏切られる」とか
「誰かを助けても感謝されないではないか」という言葉は、
ある意味大変説得力がありますし、
ほとんどの方は、そうした経験は誰でも一度は二度はあったはずです。

勿論自分自身にだってあります・・・・

最近、自分のブログ記事を後で読み返しても
誤字脱字が多いとか
文章が支離滅裂とか論理が破綻しているとか
色々とひどい部分もありますし、
(ほとんどの記事はPCの前に座った後で何を書こうか決め、思いついた瞬間から
機関銃のごとく文章にしているだけですので・・・・苦笑・・)
何よりもここ最近の仕事上のクレーム対応の記事は自分で言うのも何ですけど
目に余る愚痴だと思っています・・・

顧客からの様々なクレーム・罵詈雑言もそうなのですけど、
自分の中に、営業担当・工事チーム・上層部に対して
「こんなに自分は頑張っているのに、これだけクレームの事前回避と発生後の対応に
留意しているのに、
誰からも感謝されないし、誰からも認められない・・・
本当にこれでいいのか・・・
果たして自分がやっている事に意義はあるのか・・・」と
ふと疑問に感じる事もあったりもします。
(そうした感じは、まさにオレスキー将軍と全く同じですね・・・・)

勿論、過去の職歴、金融機関時代とか住宅メーカー時代とか
色々ありました。
「人を恨んでやる!!」状態になったりもしますし
「こいつだけつ絶対に許せない!!」とか
「こいつ死ねばいいのに・・・」みたいな感じになったのも一度や二度ではないと思います。
「何で上の人達やお客さんは分かってくれないんだ・・・!! 自分はこんなに頑張っているのに!!」と
天を仰いだこともあると思います。

だけど思うのですけど
ただ一つ言える事は、
「他人は見ていないようで実はしっかりと見ている」という事なのです。
勿論、「見ているようで見てない」という側面も確かにあるのですけど
人の頑張りとか思いというものは、意外と伝わっていることが多いのだと思います。

たまたまタイミングが悪かっただけ・・・・

ちゃんと話しておくべきだった・・・・

みたいな感じなのかもしれません・・・・

人の頑張りとか思いというものは、それを真摯に誠実に行っていれば
どこかで他人はちゃんと見ているものだと思うのです。

自分自身も金融期間在籍時、
「あー、このお客嫌だな・・・いつ言っても煩い事しか言わないし、文句ばっかり言うし・・・」と
思いながらもその顧客の為に色々と便宜を図っていたら、
その背景や動機はいまだによく分かりませんけど
「〇〇支店の○○さんは、自分の為にこれだけ誠実に仕事をしてくれた、ありがとう!!」みたいな手紙を
本店頭取宛に出してくれたこともありましたし、
いつもいつも小言ばかり言う嫌な上司が、本当は自分の事を常に心配していてくれて
私自身の昇格の為に色々と根回しをしてくれたとか
色々とあるものです。

勿論上記とは逆の「壮絶な足の引っ張り合いとか告げ口合戦」みたいな事もあったりもします。

だけど、人は、見ていないようで実は見られている。
そして自分が気にしている程、相手は自分の事は何とも思っていない・・・・

そんな感じなのだと思います。

確か前作の「ドキドキ」でも提示されていましたけど、
誰かの人助けをしても、それが速効で鶴の恩返しのように現世利益として跳ね返る訳ではありません。
だけど「情けは人のためにならず」の言葉通り
いずれそれが自分自身に跳ね返るという事なのだと思います。

今はいくら頑張っても報われないかもしれない・・・

だけどいつの日には報われるときがあると信じて引き続き頑張っていくのが
人として「誠意」があるようにも感じられてなりません。
それに前述の通り、人は意外と誰かに見られているものですから・・・・(笑)
10/12の「ハピネスチャージプリキュア」は大変内容的に素晴らしいものがあり、
イノセントフォームから唯一置き去りにされていた(?)ラブリーもめでたくイノセントフォームを取得
出来ましたけど、それが良かったのではなくて
これまでのめぐみに対する「不安要素」がほぼ解消でき、めぐみが内在する「不安感」が
ある程度消えた事が良かったのだと思います。

主人公のピンク系プリキュアなのに、何て「遅咲きな主人公」・・・・
でも遅咲きでもやっと立派に開花したような気もします。
歴代プリキュアでも、遅咲きのプリキュアは、例えばドリームとかブロッサムとかいましたしね・・・
だけどここまで遅咲きなのは歴代でも珍しいかも・・・・??
でもそうした「遅咲き」というか
「今はダメでも頑張り続けていればいつかその内いい事がある」という事を提示出来ただけでも
ラブリーの存在意義は大変大きなものがあると思いますし、
確かに歴代プリキュアから見ると、プリンセス共々「ポンコツ」なのは否定はしませんけど、
「ポンコツでも、頑張り続けていれば必ず報われるときが来る」という
メッセージを自分達に与えてくれた事は素晴らしいし、
その辺りがラブリーの「慈愛の心」と共に私がラブリーに対して「大きな共感」を感じさせる
理由なのかもしれません。





でも今回の話は見方によっては重いですね・・・・

ハピネスの物語を序盤から見ていた方は誰しもが感じていたる事だと思いますが、
めぐみの「幸せ」とか「人助け」について考える時、
避けて通れないのが「母親の病気」という現実なのだと思います。

めぐみの本音としては、
「プリカードを集めて母親の病気を自分が完治させたい、そして母親にも幸せになって欲しい」
というものがあったのは間違いない事だと思います。
勿論、ひめのブルースカイ王国復活といおなの姉の救出という「願い」が他にもあるのは百も承知なのですけど
めぐみ個人としては「母親を助けたい」という気持ちがあるのは
終始一貫していたと思います。
だけど今回の話の中で、父親の帰国と合わせるように
「母親の病気の完治は現代医学では難しいが、
 無理さえしなければ現状維持の生活は可能だし、母親は現状のままで幸せ」という話を
聞くことになり、
「それでは今まで自分が目指してきたことは一体なんだった・・・・」
「自分の存在意義とは何なのか・・・」
「別に自分がプリキュアとして頑張り、その結果としてプリカードを得て母親の病気を治さなくても
母親はそれはそれで幸せだったんだ・・・・」
「本当に自分は他人の役に立っているのか・・・」という
めぐみ自身に内在する「不安感」が一気に表面化してしまうという事になってしまったのだと思います。



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今回はめぐみの「誕生日」と合わせる形で物語が進展していくのですけど、
このめぐみのパーティー用衣装は確か二度目の登場だったと思いますが
よく似合っていますよね。
以前から何度か書いている通り、ホーントめぐみは何を着てもよく似合う・・・

という事は、めぐみの誕生日は10月12日なのかな・・・・??
となるとめぐみは「てんびん座」という事になると思います。
てんびん座の他のプリキュアと言うと、10月10日の「体育の日」生まれの初代プリキュアの美墨なぎさ大先輩
がいますけど、
なぎさとめぐみは、あまり同じピンク系主人公格のプリキュアだけど
あまり共通項が無いような気も・・・・??

てんびん座の一般的性格と言うと・・・・

「バランス感覚にすぐれ、調和することに心の安定を見出します。
そのため誰に対しても愛想が良く、あまり敵を作りません。
公平な判断を下す才能もあって、仲裁役を買って出ることもあります。
知的好奇心が強く、相当の物知りです。さらに、会話センスもあるので、
ウイットに富んだジョークを飛ばし周囲を楽しませます。
ただ、いざ自分の意見を求められると答えに窮し、迷って決断を下せないこともあります。
また、いつも笑顔が裏目に出て、八方美人と見られることもあります。
しかし、美的センスがあり、物腰も柔らかで男女ともオシャレです。」

という事ですけど、
愛想が良く敵を作らず、八方美人で会話センスがあるというのはよく当てはまっているけど
物知りとか美的センスとかオシャレというのは大外れですね・・・・(笑)


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今回の比較的重たい話の中で、唯一とも言っていい「笑っちゃうシーン」なのですけど、
めぐみの両親に対して
ひめが「はーい、いつもお世話していまーす」と軽いノリで挨拶している所に
いおながひめにゲンコツを食らわしている所ですね・・・・(笑)

いやーー、あのシーンはとても良かったですし、大好きです!!

ひめといおなの買い物回ではないけど、
やっぱりいおなはひめの「保護者」ポジションですね・・・・(笑)


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ラスト近くでラブリーがオレスキーに語りかけるシーンが実に秀逸でした・・・・

あのラブリーはまさに「天使」そのものですね。



マクドナルドの「ハッピーセット」が
今週より「ハピネスチャージプリキュア」になりましたので、
早速行ってきました。
(全くいい年こいて何しているのでしょうかね・・・・苦笑・・)
でも10~20代の頃と違って、マクドナルドは最近は全然いかなくなりましたね。
マックに行く機会って、毎年秋と春に行われるプリキュアがおまけの際のハッピーセット販売時
のみですね・・・・

ハッピーセットは元々の価格は480円~540円前後と決して安いものではないのですけど
クーポン券を利用すれば350円程度で買う事は可能です。
土日祝日配布限定の「マクドナルド限定プリカード」もあったりしますけど、
普段ですと、土日祝日が終わって平日に行ったとしても「配布終了」というパターンが多い中、
さすがに週末の台風でそれ程集客が見込めなかったせいなのか、
本日10/14の平日でも無事にプリカードもゲット出来ました。

今回のハッピーセットは、男の子用のプラレール、女の子用のハピネスチャージプリキュアと
いうような感じになっていて、

自分:チーズバーガーのハッピーセットを一つ・・・

店員:おまけは、プラレールですか

自分:いえ、プリキュアを・・・・

店員:・・・・・・・・・・・・・

毎回こんな感じになってしまいますね・・・・(苦笑・・)
いいじゃなーい、別にいい年こいてプリキュアのおまけを貰って何が悪いっちゅーねん・・・・(苦笑・・)

今回はお持ち帰りにしたけど、
箱を開けてみると飲み物のストローは入っていないし、
口拭きのティッシュも何も入っていない・・・・

うーーん、最近のチキンナゲットの一件以来、マックはやはり色々な意味で残念な状態なのかな・・・・??

早速おまけを開封してみると・・・・





最初に何か紫っぽい入れ物が見えたから
「今回は、フォーチュンか・・・」と思っていたら
ラブリーの「リングインコンパクト」でした。

でもこれ意外と作りは凝っていて、
ヘアクリップは引っ張ると取り外しが可能だし、このクリップを取るとハートリングを取り外すことも
可能です。
そしてコンパクトをバカッと開けるとハートのミラーが付いています。



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今時の小さい女の子なんかは、
こういうキャラクターもののリングで遊ぶっていう事はあるのかな・・・・??

ま、ラブリーは可愛いから、自分にとってはそれはあまり関係ない話ですけど・・・・


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中を開けるとミラーが出てきます。

これが子供向けではなくて大人向けだったら
鏡を覗くと、そこに「クイーンミラージュ」の不気味な顔が・・・・
みたいなオチがあるのかもしれませんよね・・・・


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これが土日祝日限定のマック限定プリカードです。
ハロウィントップスとハロウィンボトムスの二種類カードがあるのですけど、
今回はボトムスの方でした。

なるほど・・・・

先にプリカードだけを配っておいて、子供さんに興味を持たせて
クリスマスの商戦時に、本体の「プリチェンミラー」をおねたりさせようとするバンダイの戦略に
マックが乗ったという感じなのかな・・・・??

ま、それについては、ハートキャッチのキュアブロッサム、及びオレスキー風に言うと、

「その手は桑名の焼き蛤・・・」
とう感じなのかな・・・・??
週末に日本本土を直撃縦断した台風でしたけど、
幸いにして、ここ埼玉はほとんど被害等も無くやり過ごしたような感じもします。
金曜あたりのニュースでは、盛んに
「月曜あたりは関東も大変な被害が想定される」とか「史上最強レベルの台風の大きさ」とか
色々煽っていましたけど
実際は、雨も大して降らなかったし
風がかなり強かった程度で、
最強クラスという表現にしては、「並以下」という感じもしますので
何か拍子抜けです・・・・

ま、もっとも、テレビのニュースで見る限りは
西日本では色々と大変だったようですし、
これまでの台風のパターン同様に、
九州・四国・中国地方で大暴れして以降は、東日本に進む頃には
台風自体の勢力が弱まってきているという感じでしたから、
何か西日本にお住いの皆様には、「申し訳ないな・・・」という感じもありますね・・・・

だけど風のビュービューという音は深夜辺りは凄かったですね。

当然ながら別に家自体に被害等は全然無いのですけど、
どこから飛んできたのかよく分かりませんけど、
玄関前には、段ボールの箱らしきものがどこからか飛んできているし、
タオルやハンカチを干した「ピンチハンガー」がどっかから飛んできて、
車のフロントガラスの所に落っこちていました・・・・
隣の人かな・・・?と思って聞いても違うというし、誰の所有物か不明・・・・

うーーん、こういうのって処理に困るのですよね・・・(苦笑・・)

近くの交番に行き(うちからは実は目と鼻の先・・・・)
相談したところ、「遺失物処理」として受理されたのですけど、
何かお巡りさんも困ったような顔をされていましたね・・・・
(余計な仕事が増えてありがた迷惑だったのかな・・・・??)

なんだかんだ言っても10月も間もなく中盤で、この一年も実は残り75日ぐらいで終ろうとしています。
さすがに二週も続けて台風が来ることはもうないでしょうから、
しばらくは「秋の風情」を味わっておきたいところですね。
間もなく私が大の苦手の「寒い冬」が到来しますからね・・・・・
映画「ハピネスチャージプリキュア!/人形の国のバレリーナ」も10/11(土)から
いよいよ公開をされましたけど、
あいにく10/11~10/13の三連休は、台風が日本本土を上陸直撃した為、
出足は良くなかったのかもしれませんよね・・・・
だけど次週以降は、お客さんが一杯入るといいですよね。

ま、そういう自分も今回は
以前記事で書いた通り、うちの奥様がこの映画の前売りペア券を当選させてくれましたので
平日の小さい子供さんがあまりいないような時間帯を見計らって
コソコソ鑑賞に出かけたいと思います・・・・(苦笑・・)


映画


3週間前からアニメ本編のOPでも若干ネタバレ要素も含みつつ
映画の概要を映像で流していますけど、
以前も書いた通り、今回の映画の原画はホント、えらい気合が入っていますし
大変美しい仕上がりのようにも感じられます。
10/12のOPでは、いおな・ゆうゆうの映像も流れていましたけど
二人ともホーント可愛かったですね。

でもやはり特にめぐみ(キュアラブリー)の可愛らしさ半端ないものがありそうですね・・・

だけど、これは本当に映画館での上映がとても楽しみになってきました。
すごーく期待しています。


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だけど歴代のプリキュア映画の中でも
特に印象に残っているのは、スマイルの映画「絵本の中はみんなチグハグ」かな・・・・
でもこの映画の中の「キュアハッピー」の可愛らしさは
殺人レベルだと思います・・・・(笑)

ま、元々が大変可愛いのですけど
映画仕様のあの「ウルトラキュアハッピー」は、あまりにも可愛過ぎて
まさにショック死寸前のものがあるくらいでしたね・・・・(笑)

アニメ本編でも確かに「プリンセスフォーム」はありましたけど、
あの映画版の純白仕様のフォームは、まさに「圧巻」でしたね・・・・
確かスマイルの映画が公開されている頃に、
アニメ本編では、プリキュアシリーズでも屈指のギャグ回というか「どうしてこうなった・・・??」みたいな
感じの「ハッピーロボ」が登場してくるのですけど、
あれと映画のまさに「天使」のようなハッピーの落差が
あまりにもすさまじかったので、
特に印象が強かったですね・・・・・(苦笑・・)

だけどあの「ハッピーロボ」は歴代プリキュアを語る上では絶対に外すことが出来ない
「伝説のギャグ回」でしたね・・・
あれはホント、思いっきり笑いこけたものでしたけど
ハッピーロボをしたり顔で操縦するビューティさんの方がもっと面白い・・・・

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歴代プリキュアの映画と言えば、
絶対に外すことが出来ないのは、
名作の誉れ高い「プリキュア5/鏡の国のミラクル大冒険」ですね。
あれはオールスター映画を含めても
自分の中でも歴代No.1とも言える作品と言えるのかもしれません。

やはり「ダークドリーム」の存在があの映画の白眉でしたし、
最後はやや悲劇的な形で消滅してしまうのも、何か好感度を思いっきり
あげてくれましたね。

声優さん繋がりになるのですけど、
ダークドリームの最後のセリフが
「私、どうすれば笑顔になれるか分からなかった・・・」という泣かせるものなのですけど、
その5年後に
ダークドリームを演じた声優さんが
今度は、スマイルプリキュアという笑顔のプリキュアの中でキュアビューティを担当されたというのも
何か因縁めいたものがあり
何か面白い縁を感じたりもします。

〇ヤマハ吹奏楽団浜松

 A/メトセラⅡ~打楽器群と吹奏楽のために

 1988年の全国大会【一般・大学・職場】は、何か結果的に神奈川大学とヤマハ浜松のための大会
 だったような印象さえあります。
 その中でも特にヤマハ浜松は群を抜いた圧倒的な演奏を聴かせてくれたと思います。

 よく「伝説の名演」とか「20年以上たっても色褪せない演奏」とか「永遠不滅の名演」なーんて言葉を
 耳にしますけど、
 実際吹奏楽コンクールにおける「伝説的名演」なんてそれ程ある訳ではないとも思う時が
 あるのですけれども、
 それでも1988年のヤマハ浜松は、数少ない「伝説の名演」の名に恥じない
 吹奏楽コンクールの歴史に永遠に刻まれる名演だと思いまする
 そしてその素晴らしい名演の場所に、リアルタイムでの生演奏として立ち会えたことは
 今でも「誇り」に思える事もあります。
 というか、このヤマハ浜松の演奏終了後の後のブラボーコールは凄まじかった・・・・
 あれは絶対にやらせではありませんし、関係者による演出ではありません。
 自然な「ブラボー」だったと思います。
 本当にあの演奏の後は拍手がしばらくは止まりませんでしたね・・・・
 ああいう光景は吹奏楽コンクールでは極めて珍しい・・・・
 大抵の場合、演奏終了後、20秒近く拍手が続いたら、機械的にパタッと拍手が止み
 次の演奏団体のセッティングに移行してしまうという何か「事務的、流れ作業的」な光景が普通なのですけど、
 あそこまで自然な拍手と
 聴衆の「何かすごいものを聴いてしまった・・」みたいなどよめきは、
 しばらく止まりませんでしたね・・・・
 次の演奏団体のNTT中国のウィリアムズ/交響組曲なんて誰も聴いていなかったような気も・・・・??

 そのくらい会場に居た人達に
 確実に「何か」を間違いなく伝えた伝説の名演だったと思います。

 「メトセラⅡ」は、初演のヤマハ浜松を含めて、現在に至るまで計9団体がこの曲を
 自由曲に選び、内6チームが金賞に輝いていますが、
 誠に申し訳ないのですが、ヤマハ浜松を超える演奏というか、肉薄する演奏は
 一つも存在しません・・・・
 強いて言うと、90年の札幌白石と91年の浜松商業くらいですけど、
 この二つのチームの演奏ですから、ヤマハ浜松の光り輝く演奏の足許にも遠く及ばない演奏だと
 思います。

 この演奏の翌日は月曜の為、当然仕事だったのですけど、
 何か前日のヤマハ浜松の演奏のインパクトがあり過ぎて、何か一日ボケーーーッとしていて
 当時は新入社員の一年目でしたので
 上の人達から「お前、何か今日は大丈夫か・・・? 朝から何かボーーッとしているぞ・・・」と何度か
 注意されていましたので、
 余程前日の感動が翌日にも尾を引いていたのでしょうね・・・・(苦笑・・・)

 「メトセラ」とは、旧約聖書の中に出てくるユダヤの族長の名前で、969歳まで生きたという言い伝えが
 あるとのことですけど、
 このメトセラと曲自体の内容にどうした関連性があるのかどうかは
 正直よく分かりません・・・
 但し一つ言える事は、このメトセラⅡには、間違いなく「躍動感」・「ひたすら生きよう!!とする強い生命感」・
 「原始主義音楽と言うかストラヴィンスキー・バルトークの路線のようなバーバリズム」みたいなものは
 自分の中で強く感じます。
 「混沌とした時代でも、強い意志と生命力を持って生き抜こう!!」みたいな強烈なパワーは
 曲の中の至る所から感じさせてくれます。

 作曲者の田中賢氏の言葉を引用すると・・・・

 「相反する2つの要素」を持つ曲をイメージした。
 それらがひとつの曲の中で対立する…
 たとえば「打楽器群」(日本の祭りに代表される和楽器の響き)VS「管楽器群」(西洋の音楽)であり、
 「前半部」(現代語法による無調音楽)VS「後半部」(グレゴリオ聖歌をもとにした調性音楽)であり、
 「理知的」VS「激情的」である。

 とのことですけど、
 確かに言われてみるとその通りのイメージの曲ですね。
 前半の「混沌」とした感じは、いかにも現代音楽というか23音主義の無調音楽にも通ずるものが
 ありますし、
 タムタムの表面をスーパーボールでこすり付け、ウワーーンという奇妙な反響音の後に続いて
 展開されるオーボエの優しいソロは、確かにグレゴリオ聖歌の引用ですからね・・・
 だけどこの曲の白眉は何と言っても
 中間部の7人の打楽器奏者のみによる華麗なる打楽器(というか太鼓の世界)の掛け合い
 でしょうね・・・・
 大宮ソニックであれを初めて聴いた時は、正直本当にぶったまげました・・・
 だって吹奏楽コンクールであんな長大な打楽器のみのアンサンブルは初めて耳にするものでしたし、
 pp~fffの太鼓連打は、すさまじいインパクトがありました・・・・
 曲の後半からラストは、グレゴリオ聖歌に乗っかった管楽器(=西洋楽器)がメロディーラインを形成する
 そのバックでは、打楽器群が、まるで日本のお祭り太鼓のような演奏を続けています。
 和」と「洋」が、あるいは「聖」と「俗」が合体したかのような印象を
 聴衆に否が応でも感じさせます。
 そして、西洋の聖歌が、いつしか日本民謡のように響き始めるのですけど、
 そこに輝いているのは、まさにすべての制約から解き放たれた「永遠の生命」=969歳のメトセラなのかなー
 という感じもあります。

 とにかく「全て」が感動と生命力に溢れた歴史的名演でした。

 この演奏から既に26年経過しているのですけど
 あの時の感動は今でも残っていますし、生涯忘れる事はないでしようね。
 とにかくこの伝説の素晴らしい演奏を後世に残してくれたヤマハ浜松の皆様に
 心から敬意を表したいと思います。

 本当に素晴らしい名演をありがとうございました!!!

ちなみにですけど、

 この曲では7人の打楽器奏者がいるのですけど、この7人で計28種類の打楽器を
 扱っています。
 ホント、打楽器奏者は大変ですよね・・・・

 その内訳は・・・・

 1st  サスペンドシンバル、ボンゴ、ティンパニ
 2nd  ザイロフォン、ボンゴ、トムトム(3)
  3rd  ヴィブラフォン、ウッドブロック、コンガ、カウベル、ゴング
 4th  マリンバ、テンプルブロック(5音)、バスドラム、シンバル
 5th  グロッケンシュピール、木鉦(浄土宗で使われる仏具)、コンガ
 6th  タイ・ゴング(東南アジアに流布する音程のあるヘソ付きドラ)、 ボンゴ、トムトム(2)、マラカス
 7th  チューブラーベルズ(チャイム)、テンプルブロック(4音)、カウベル、コンガ、バスドラム、トムトム(1)

 となっています。

 最後になぜ曲のタイトルが「メトセラⅡ」となっているかというと
 そもそもこの曲は、ヤマハ浜松の第23回定期演奏会の為に委嘱された作品であり、
 それが元々は「メトセラⅠ」とよばれるものです。
 だけどメトセラⅠは12分程度の曲であり、
 これをコンクール用にカット・再構成した曲が「メトセラⅡ」なのです。

 1991年12月にサントリーホールで「吹楽」という邦人吹奏楽作品のみを取り上げたコンサートで
 ヤマハ浜松が、この「メトセラⅠ」を演奏していましたけど、
 本当にあの演奏は「ため息」ものでしたね・・・・
 大宮ソニック以上の感動がそこにはありました。
 メトセラⅠとⅡの最大の違いは、
 中間部の打楽器セクションに掛ける時間ですね。

 私はメトセラⅠの方が作曲者の意図はより明確に伝わるようにも思えます。
田中賢の名前が一躍有名になったのは、「メトセラⅡ」の二年前の同じくヤマハ浜松で初演された
「南の空のトーテムポール」なのかもしれません。
この曲は非常に分かり易くて大好きです。
というか、題名が全てを物語っているような気さえします。
いかにも「南国の暖かい雰囲気」をそのまんま音楽にしたような感じすらあります。
とてもおおらかで楽天的で「ほんわりとぬくぬくと温かい・・・・そういったイメージが
自分の中にはありますね。

「トーテムポール」という一見得体のしれないもの・・・・
それを崇拝する人間達・・・
その光景を温かく見つめる南国の豊かな自然と森の生き物たち・・・・

そうした得体のしれない神・人・自然の調和、そして最終的には
「人間賛美」を意図したような曲にも感じられます。

この曲は大体8分程度の演奏時間なのですけど、
下記の三つの部分から構成されています。

Ⅰ.夜明けと早朝のトーテムポールの踊り

Ⅱ.儀式

Ⅲ.光の中のトーテムポール


出だしが比較的ゆったりと始まって徐々に盛り上がっていき、
途中のクラリネットセクションによる高音の響きが、いかにも神秘的なミステリアスな儀式を
巧みに演出していると思います。
打楽器アンサンブルから管楽器の掛け合い辺りで最高潮に達し
興奮の内に終了する感じなのですが、
ホント、いかにも「南国の空」という音楽的イメージがストレートに伝わってきて、
そのシンプルさが抜群に素晴らしいと思います。

「エオリア」とか「始原Ⅰ~大地の踊り」あたりは、申し訳ないのですけど、
何を言いたいのかさっぱりわからないとしか言いようがないものの、
この「南の空のトーテムポール」とか「華」なんかは、構造がシンプルな分
ストレートに面白さが伝わってくるのだと思います。

この曲がコンクールで初演されたのは1986年なのですけど、その五年後にヤマハ浜松は、
「南の空のトーテムポールⅡ~リラ」という曲を自由曲に選びます。
実は、1991年の東海大会は、常滑市で開催されたのですが、当時20台後半で体力もヒマもあったせいか
当時甲府に住んでいたにも関わらず、車で駆けつけ、このヤマハ浜松の演奏を生で聴く機会に
恵まれました。
だけど、正直驚きました・・・
だって、86年の「南の空のトーテムポール」にハープが入ったぐらいで、あとはほとんど
変化がなかったからです。
あの時は思わず
「何やねん、この曲のどこがⅡやねん・・・南の空のトーテムポールと全然変わらないやねん・・・」と
キュアサニーのように関西弁で思わず突っ込みを入れたくもなりました・・・(苦笑・・)
だけど細かい話をすると、ハープを一台加えただけで
全体が更に「天国的な色彩感」というか「優しさ」みたいな意図は何か不思議と伝わってきたものです。

だけど改めて聴いても、この曲独特ののびやかな感じ・大らかさは素敵でしたね。

東海大会の会場も、ヤマハ浜松は確か最後から二番目のプログラムでしたが、
ヤマハの演奏終了と同時に聴衆も半分以上席を立ったのには
本当に驚いたものです。
(気持ちは分ります・・・・)
一番最後の出演順のトヨタ自動車の方が何か少し気の毒にも感じたものです・・・・
だって自分達の演奏になった途端に客席からゾロゾロと聴衆が退席しだすのですから・・・・
ま、いかに聴衆のお目当てが「ヤマハ浜松」である事を
立証するようなエピソードでしたね・・・・

1989年に「メトセラⅡ」で全国大会金賞に輝いた新潟県の三条市吹奏楽団は、翌年は自由曲に
この「南の空のトーテムポールⅡ~リラ」を選曲していましたが、実は
県大会の前段階の支部予選大会でスカ金に終わり、実は県大会にすら進めなかったという事実は
あまり知られていません・・・
歴代プリキュアにおいて、
当初は敵幹部に所属し、プリキュアとして覚醒する以前はプリキュア達と激闘を繰り広げていたものの
最終的に敵幹部を離脱し、プリキュアになってしまった戦士として
フレッシュのイース⇒せつなとスイートのセイレーン→エレンがいると思います。

だけど、この両者は
共通項として、プリキュアとして覚醒直後は
「何で自分がこれまで敵と言う認識の下、激闘を繰り広げてきたプリキュアに自ら覚醒して
しまうのか・・・」とか、
「自分はこれまで散々ひどいことをしてきて、人々に悲しい思いをさせてきた極悪人・・・
そんな自分がプリキュアになれる資格なんてない・・・」
「自分の居場所はもうどこにも無い・・・・」と
散々悩み苦しんできたという事があります。

しかし、せつなの場合、過去の自分と真摯に向き合う事で
そして、エレンの場合、心の底から「ごめんなさーい」をする事で
一度自身の内面に整理を付け一区切りを付けて以降は
せつなとエレンは何かすっかり別々の道を歩むことになったような気もします・・・・





黒川エレンの場合、
「ごめんなさーい」という一度「禊」を済ませてしまうと、後は吹っ切れたかのように
セイレーン時代からすでに芽生えつつあった「アホの子」・「ポンコツ」ぶりを遺憾なく見事に発揮してくれ、
響・奏達とも比較的簡単に打ち解け、
オヤジギャグはかますわ、
ちょっとしたキャンプに行くのに冬山用登山グッズを揃えたり、
鍛錬と修業の場にギターを持ち込んだりなど
まー、色々とやりたい放題やってくれ、
すっかり「天然ボケの子猫ちゃん」という位置づけをキープしてくれましたね。

とにかくボケをかます際のエレンの弾けっぷりは見ていて本当に気持ちの良いものがあり、
この点がスイート後半でやや物語が重くなる際に「過度な深刻さ」を弱めてくれる
良い意味での中和剤みたいな役割を果たしてくれたと思います。


60889441.png


一方一筋縄でいかなかったのは、せつなの方かな・・・・

せつなの場合、イース様時代の悪行の数々は、
勿論セイレーンも色々とひどい悪行はかましてくれたし、変身能力で散々響達を困らせた経緯はあるものの、
セイレーンなんて目じゃない、ほーんとひどい事のオンパレードをやらかしていましたね・・・・
だって結果的にコンサートは中断させてしまうし、
スタジアム丸々一つ完全に破壊してしまうし、
(フレッシュの場合、シリーズでも極めて珍しいというか、戦闘終了後も破壊された設備・モノなんかは
魔法等の不思議な力で元に戻るという事は無く、破壊されたままという描き方を
しています・・・・)

そしてキュアパッションとして覚醒後もたびたび、ウエスター・サウラーによって
「裏切り者」と罵られ、
ラビリンスへの復帰を誘惑され、
特にサウラーによって「いかにパッションが裏切り者なのか」という心理的揺さ振りをさせられ、
その度にパッションは動揺し凹んでしまいます・・・

とてもとても黒川エレンのように
ノーテンキに「プリキュアを楽しむ」という事には至らず、
イース時代の方がむしろのびのびと悪行に勤しんでいたような気さえします。
そのくらいプリキュアとしては「悩み多き」方でして、
その辺りがラブ達と一緒に暮らし始めてもも終始「固さ・融通の利かなさ・ガードの固さ」が
拭い去れなかった一因なのかな・・・とも思っています。

うーーん、結局エレンとせつなの両者の違いって何なのだろう・・・・と
考えてみたのですけど、
原因というか背景は意外とシンプルでしたね・・・・

だって、「組織からの離脱」といっても
せつなの場合は、Aという組織から全く相反する組織であるBに移り、
AとBでは元々相反する価値観を持っているから
果たして「本当に自分はここにいて良いのか」というような「悩み」も終始あったのだと思います。
反面エレンの場合、元々Aという組織にいたが、Bという組織に移籍し、最終的にAという元いた組織に
戻ったいわゆる「出戻り」です。
ま、その過程で色々あったのだけど、結局は元の鞘に収まったというのか
生まれ故郷に戻ったという事なのだと思います。
それゆえ、元いた環境と言うか生まれ育った環境に戻ったという事で
せつなほどの「罪悪感」というものは希薄だったのかな・・・とも思えます。
ま、例えば、ハピネスのいおなとかドキドキの六花のように少々考え過ぎタイプの方ですと
もしも自らがエレンのような立場だったら
「自分は二重の裏切りではないか・・・」という苦悩が芽生えた可能性もあるでしようけど、
幸いにして、エレンは、ややポンコツ傾向の天然ボケさんでしたから、
一度「ごめんなさーい」をしてからは、そうした悩みは希薄になってしまいましたけどね・・・・

それとスイートの場合、トリオ・ザ・マイナーも元々はメイジャー側にいた事もありますし、
セイレーンが去ってからはバスドラがリーダーの地位を奪取した経緯もあり、
フレッシュのような「組織からの離脱者に対する心理的揺さぶり」はあまり無かったこともエレンにとっては
幸いだったのかな・・・・??

もしも「プリキュアシリーズに続編があるとすればどのシリーズを見たいか」という問いがあったとすると、
色々と迷うでしょうし、
個人的にはスイート・スマイルを見てみたいけど
続編として捉えるならば、
メビウス様亡き後の「ラビリンス」の復興という物語の形で、
イース・ウエスター・サウラーの三人の物語を見てみたい気がしますね。
つい最近、あるアンケートサイトから、
ファミリーマート「ファミマカフェS」無料クーポンが当たったと案内が来ました。

昨年あたりから、セブンイレブンでの大成功を機に
各コンビニが一斉に「コンビニカフェ化」・「コンビニスイーツ」を合言葉に
安い価格での本格的なコーヒー提供に踏み切りましたね。

私自身、実はあまりコーヒーは普段飲まない事が多いです。
飲むにはもっぱら、
キリンの「午後の紅茶」とか
伊藤園の「おーいお茶濃いシリーズ」とか
コカコーラの「綾鷹」
ばかりですね・・・・

というのも昔からそうなのですけど、
私、実はカフェインに弱いらしく、缶コーヒー1本飲んでも、目が覚めてしまうという事が多いのです。
基本的に布団に入ったら2~3分後には寝てしまっているパターンが多いのですけど
夕方以降コーヒーを飲んでしまうと、20分くらいは眠れなくなってしまうかな・・・
だから、朝とか余程眠くて死にそうな時以外は
コーヒーはあまり飲まないようにしています。

ま、もっとも受験生の頃とか高校・大学の試験前とか
社会人になって、徹夜で稟議書類等を完成させないとやばい場合なんかは
眠気覚ましにはうってつけでしたね。
普段あまり飲まないだけにたまーにコーヒーを飲んだりすると
結構持続的効果は続いたと思います。





だからそんな訳で、昨年あたりから「コンビニコーヒー」が1杯100円で販売され始めても
あまりというかほとんど関心も無く
「試しに飲んでみようか・・・」という感じにはあまりなれなかったですね。

だけど折角こうやって無料クーポン券をゲットしたから「ものは試しに・・・」と思い、
本日ファミリマートで飲んでみたところ・・・・

結構美味しいのですよね・・・・

正直意外でした・・・・

1杯100円だから、「缶コーヒーに毛が生えたようなもの・・」という思い込みで飲んだところ
意外と本格的というか、
少なくとも100円の味ではありませんでした。

感覚としては「昔飲んだ喫茶店で飲んだコーヒーの味」という感覚で、
名前を出して恐縮ですけど、「ドトールコーヒー」で出されるコーヒーと同じぐらいか
むしろそれ以上の香りと味がするのかな・・・?という
印象を持ちました。

今週からマクドナルドでプリキュアが景品の「ハッピーセット」がついに登場しましたので
近いうちにマックに行こうかと思っているのですけど
(幸い自宅のポストにマックの割引券が付いたちらしが入っていましたし・・・)
少なくともマックの「激マズコーヒー」よりは数段上のレベルの高いコーヒーだと思います。

だけど、こんなレベルの高いコーヒーが街角のコンビニで一杯100円前後で
販売される時代だと、
その辺の街の喫茶店とかドトール等の並クラスのコーヒー専門店は、今後色々な意味で
大変でしょうね・・・・
どうやって、この価格と味に対抗できる商品があるのか、
果たして今後の経営戦略は大変なのかもしれませんよね。

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