めぐみが内在する「不安」って一体何なのでしょうか・・・
「果たして本当に自分は他人のために役立っているのか・・」
「人助けは逆に他人の迷惑になっているのではないのか・・」
「母親の病気のように、自分がこうしてあげたいと思っていた事と相手が願っていることに
何かズレがあり、必ずしも自分がやっている事は全てが正しいと限らないのではないか・・・」
「そもそも、本当に自分は必要とされているのか・・・」
という事なのでしょう・・・・きっと・・・・
以前も書いたと思いますが、めぐみの「人助け」はある意味「刹那的」・・・・
つまり、
めぐみが人助けをしたい気持ちがあるから、一方的に手助けしているだけ・・・
「そこに山があるから登る」みたいに
「そこに困っている人がたまたまいるから、たまたま手助けする」みたいな
要はある意味「安易なおせっかい」だったのかもしれません・・・・
(勿論、そうしたおせっかいとか無償の人助けをやりたいという気持ちこそが尊いもので
めぐみのそうした慈愛は全く否定されるべき筋合いではありません・・・)
めぐみの心の深層にあるもの、
そしてめぐみ自身の「心が恐れている事」とは
「自分は本当は何の役にも立っていないのではないか・・・・」という「自己否定」なのだと思います。
それが現実の場面で思いがけず表面化してしまったのが
深大寺まみさんとの一件であり、
そうしためぐみの「心の深層」があるからこそ、それを抉り取ったのが「アンラブリー」の存在
なのだと思います。
つまりアンラブリーの「めぐみは本当は誰の役にも立っていない」という囁きは
実はめぐみの「本音」だと思うのです。
「本当にダメな子・・・・誰の役にも立っていない・・・」というのは
めぐみ自身が抱える「心の叫び」なのだと思うのです。
今回の話の中で「意外な方」が重要人物として登場していました。
そう、オレスキー将軍です。
オレスキーはこれまでの経緯から、単なるマヌケ幹部、自己愛のナルシスト、筋肉バカという
イメージが大変強かったのですけど、
実は「内在する悩み」はラブリーとほぼ同じという事が判明したのでした。
オレスキーは、かつて人間社会でどのような「痛い経験」をしてどうやって心の傷を負ったか
その経緯はよく分かりませんけど、
ナマケルダやホッシーワと同様に「何か」はあったのでしょう・・・
オレスキーが内在する悩み、つまり
「誰かを助けても感謝されないのではないか」というのは、言い換えると
「自分は本当は誰の役にも立っていないのではないか、その証拠に誰かのために何かをしても
廻りは誰も自分の事を認めてくれないではないか・・」という事なのだと
思うのです。
つまり「感謝をされる」という言葉と「誰かに認めてもらう」という言葉は
ほぼイコールだと思うのです。
今回の話でめぐみが得た事は「強い気持ち」です。
「確かに失敗する事もあるかもしれない、誰にも認められず冷淡な扱いを受ける事もあるかもしれない、
そして誰にも感謝をされない事もあるかもしれない・・・・
だけどそれでも自分は誰かの役に立ちたい!!」そうした「強い気持ち」、言い換えると「信念」が
実は今までのめぐみにありそうでなかった言葉・・・・
今までは確かに「優しさ・慈愛」に溢れていたけど、漠然とした場当たり的なもの
だけどこれからは、そうした「強い気持ち」をもって
「誰かの役に立ちたい!!」という信念がやっとめぐみにも芽生えたという事なのでしょうね。
ホーント、遅咲きの主人公ですけど
だけどイノセントフォーム取得の経緯はいかにもめぐみらしい話であり、
大変好感が持てます。
だけど「強い気持ち」があれば、めぐみだって必ず変われるはずです。
勿論、全ての人達を救う事は出来ないし、そうする必要もない・・・
自分が出来る事を自分自身の守備範囲の中で誠実に一つ一つこなしていきましょうという事なのだと
思います。
今後めぐみ自身も様々な悩みとか困難、壁にぶつかる事も多いと思いますが、
「自分に出来る事は果たして何なのか」
「自分だからこそ出来る役割は何なのか・・・」という事を自覚した際に
更に「強い気持ち」が更に進化していくのだと思います。
見方によってはのぞみ大先輩よりも更に上の「無限の可能性」を秘めたプリキュアと言えるのかも
しれません。
ラブリーの決め台詞の一つに「キュアラブリーは無敵なんだから!」というのが
ありますけど、
あれは、要は、
「悩み苦しみながらも皆の幸せを願うラブリーの心の叫び」だと思いますし、
人としての弱さも強い意志も両方体感しているラブリーだからこそ説得力がある台詞だと
思うのです。


今回の話の中で、
悩むめぐみに対して、誠司とブルー様がめぐみに対して語りかけた内容は
極めて対照的で面白い・・・・
誠司もブルーも
「めぐみはそのままのめぐみでよい」という結論はほぼ同じものの
そのアプローチ方法が全く正反対と言うのも大変興味深いものがあります。
誠司は、
「プリキュアなのに悩んでどうする」とか
「こんなに大勢の人達が来ているのに落ち込んだままじゃダメじゃないか」という
ある意味現実的な対応をしてしまいます。
勿論、これはこれで正解だとは思いますが、
ある意味「めぐみに内在する心の叫び」が全く分かっていない感じ・・・・
一方さすがブルー様は違いますね・・・(笑)
さすが「経験」が全然違う・・・・
めぐみに対して「悩んで当然」というアドバイスを授け、
「プリキュアだって別に悩んでもいいじゃないか・・」
「誰だって悩んだり傷ついたり立ち止まったりすることはある。それはそれで尊い事・・・」
「悩むことで更に人は成長できる」などと
適切なアドバイスを授けていますし、
要は、
「落ち込むめぐみだって、悩んでいるめぐみだって、立ち止まり傷ついているめぐみだって、
それは全てめぐみ・・・
そんなめぐみを自分はどこまでも信じていて応援している・・・」
という事だと思いますけど、
めぐみの立ち位置から言うと、
そりゃ、誠司よりもブルー様に「きゅん」となってしまいますよね・・・
うん、これは別にめぐみの「女心」という事よりも
ちゃんと「自分の話を聞いてくれたかどうか」という事だと思いますね・・・

めぐみの「幸せ」っていったい何なのだろう・・・・
以前このブログでも取り上げた事がありましたけど、
その時も何か「曖昧な感じ」でした・・・・
正直現段階ではよく分かりません・・・・
だけど「誰かのために役に立ちたい」という強い気持ちを秘めるめぐみにとっては、
やはり「皆が幸せ」という事が一番なのでしょう・・・
そして同時に、その「幸せ」の中には
当然めぐみ自身が含まれたもの・・・・
「自己犠牲なんていらない・・・・、自分も含めて皆が幸せになって欲しい」と願う
めぐみは、まさに「慈愛に溢れた優しい天使」そのもの・・・・
以前めぐみはブルーに対して
「幻影帝国を含めた皆が幸せになれればいいのに・・・」と呟いていましたが、
果たして最終決戦時には一体どうなるのでしょうか・・・・??
果たしてオレスキーを含む三幹部はに救いの道はあるのか・・・・
クイーンミラージュとブルーはどうなるのか・・・・
次回予告で示唆されましたけど、まさかフォーチュンの姉のテンダーが悪堕ち・・・・??
それに対してフォーチュンは・・・
色々と見所は満載ですし、
やはりこれだからプリキュアは止められないのですよね・・・・・

ここからは自分自身のエピソードになるのですけど、
オレスキーが言う
「他人に親切にしても後から裏切られる」とか
「誰かを助けても感謝されないではないか」という言葉は、
ある意味大変説得力がありますし、
ほとんどの方は、そうした経験は誰でも一度は二度はあったはずです。
勿論自分自身にだってあります・・・・
最近、自分のブログ記事を後で読み返しても
誤字脱字が多いとか
文章が支離滅裂とか論理が破綻しているとか
色々とひどい部分もありますし、
(ほとんどの記事はPCの前に座った後で何を書こうか決め、思いついた瞬間から
機関銃のごとく文章にしているだけですので・・・・苦笑・・)
何よりもここ最近の仕事上のクレーム対応の記事は自分で言うのも何ですけど
目に余る愚痴だと思っています・・・
顧客からの様々なクレーム・罵詈雑言もそうなのですけど、
自分の中に、営業担当・工事チーム・上層部に対して
「こんなに自分は頑張っているのに、これだけクレームの事前回避と発生後の対応に
留意しているのに、
誰からも感謝されないし、誰からも認められない・・・
本当にこれでいいのか・・・
果たして自分がやっている事に意義はあるのか・・・」と
ふと疑問に感じる事もあったりもします。
(そうした感じは、まさにオレスキー将軍と全く同じですね・・・・)
勿論、過去の職歴、金融機関時代とか住宅メーカー時代とか
色々ありました。
「人を恨んでやる!!」状態になったりもしますし
「こいつだけつ絶対に許せない!!」とか
「こいつ死ねばいいのに・・・」みたいな感じになったのも一度や二度ではないと思います。
「何で上の人達やお客さんは分かってくれないんだ・・・!! 自分はこんなに頑張っているのに!!」と
天を仰いだこともあると思います。
だけど思うのですけど
ただ一つ言える事は、
「他人は見ていないようで実はしっかりと見ている」という事なのです。
勿論、「見ているようで見てない」という側面も確かにあるのですけど
人の頑張りとか思いというものは、意外と伝わっていることが多いのだと思います。
たまたまタイミングが悪かっただけ・・・・
ちゃんと話しておくべきだった・・・・
みたいな感じなのかもしれません・・・・
人の頑張りとか思いというものは、それを真摯に誠実に行っていれば
どこかで他人はちゃんと見ているものだと思うのです。
自分自身も金融期間在籍時、
「あー、このお客嫌だな・・・いつ言っても煩い事しか言わないし、文句ばっかり言うし・・・」と
思いながらもその顧客の為に色々と便宜を図っていたら、
その背景や動機はいまだによく分かりませんけど
「〇〇支店の○○さんは、自分の為にこれだけ誠実に仕事をしてくれた、ありがとう!!」みたいな手紙を
本店頭取宛に出してくれたこともありましたし、
いつもいつも小言ばかり言う嫌な上司が、本当は自分の事を常に心配していてくれて
私自身の昇格の為に色々と根回しをしてくれたとか
色々とあるものです。
勿論上記とは逆の「壮絶な足の引っ張り合いとか告げ口合戦」みたいな事もあったりもします。
だけど、人は、見ていないようで実は見られている。
そして自分が気にしている程、相手は自分の事は何とも思っていない・・・・
そんな感じなのだと思います。
確か前作の「ドキドキ」でも提示されていましたけど、
誰かの人助けをしても、それが速効で鶴の恩返しのように現世利益として跳ね返る訳ではありません。
だけど「情けは人のためにならず」の言葉通り
いずれそれが自分自身に跳ね返るという事なのだと思います。
今はいくら頑張っても報われないかもしれない・・・
だけどいつの日には報われるときがあると信じて引き続き頑張っていくのが
人として「誠意」があるようにも感じられてなりません。
それに前述の通り、人は意外と誰かに見られているものですから・・・・(笑)