プロフィール

ぬくぬく先生 

Author:ぬくぬく先生 
開設当時は、1980年代吹奏楽コンクールの花輪・秋田南・就実・仁賀保・屋代等の素晴らしい演奏を後世に少しでも伝える事が出来ればいいなと思ってこのブログを始めたのですけど、いつのまにか「プリキュア」がメインになってしまいました・・・
最近は「東方Project」も大好きです!!
吹奏楽もプリキュアも何か自分が感じた事を少しでも後世の方に受け継がれるべきものが残せればいいかな・・と思っています。
ちなみに、「大好きプリキュア四天王」は、ドリーム・メロディ・ハッピー・ラブリーです。
ドリームとメロディは自分の中では既に殿堂入り状態ですけど、
現在は・・・・ラブリー大好き!!のラブリー一辺倒です!!
リアル社会では、建築関係のクレーム&アフター責任者を専従し、毎日毎日クレーム対応に当たる日々です・・・
裏の顔は・・・プリキュアと吹奏楽とクラシック音楽一辺倒です・・・
特に特に大好きな作品は・・・プリキュア5とスイートとハピネスチャージです!!
ちなみに、奥様は・・・ミルキィローズとセーラームーン好きの管理人以上のおこちゃまです・・・
東方で大好きなキャラは・・・とにかく大好きキャラがてんこ盛りで、全員大好き!という感じなのですけど、特に特に・・・さとり様・ゆかりん(紫様)・早苗さんはお気に入りです!!
吹奏楽では・・ネリベルの「二つの交響的断章」と「アンティフォナーレ」、スパークの「ドラゴンの年」、リードの「オセロ」と第二組曲「ラティーノ・メキシカーナ」、パーシケッティーの「仮面舞踏会」、C・スミスの「ダンス・フォラトゥーラ」などが死ぬほど好きで、クラシック音楽では、ウォルトンの交響曲第1番と矢代秋雄の交響曲、プロコフィエフの交響曲第5番、アーノルドの交響曲第2番、第4番、ショスタコの交響曲第7番「レニングラード」、マーラーの交響曲第3番「夏の朝の夢」、ハンソンの交響曲第2番「ロマンティック」、ストラヴィンスキーの「火の鳥」、ベルクの「ヴァイオリン協奏曲」、ラフマニノフの「交響的舞曲」などが大好きです!!
クラシック音楽を吹奏楽にアレンジし、そのコンクールヴァージョンの演奏としては・・・
1982年の就実高校の「幻想舞曲集」と
1987年の習志野高校の「ダフニスとクロエ」第二組曲の演奏、そして、
1987年の雄新中の「エルザの大聖堂への厳かな行列」が
まさに私の「原点」です。
最後に・・・
私の吹奏楽との関わりの真の意味での「原点」は・・・
1979年の市立川口高校の神がかり名演としか言いようがない
「二つの交響的断章」に尽きると思います!!


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ボンカレー

先日スーパーに行ってみると
いつもだったら一つ150円前後で販売されている「ボンカレー」が
一個108円(消費税込)で売られていましたので
「これは安い」と思って、ついついまとめ買いしてしまいました。
だけどこういうのって、とても便利なのですよね。

「少し小腹が減った・・・」

「準備するのが面倒くさい・・・だけどお腹がへった・・・」

「手軽に済ませたい・・」

こういう時にこうしたレトルトカレーがあると本当に便利なような気がします。

ふと思ったのですけど
私が親元を離れて初めて一人暮らしをはじめたのが1984年の春・・・・
この時ももちろん大塚の「ボンカレー」はあったのですけど、
あの頃の価格は確か一つ130円前後位だったような記憶が・・・・
という事は、あの頃よりほとんど価格が変わっていないのですよね。
これってすごい企業努力だと思います・・・

ボンカレーをはじめとする「レトルトカレー」って以前は「湯煎」という方法が一般的で
お湯を張った鍋でボンカレーを袋ごと入れて3分程度温めるという方式が普通だったと
思うのですけど、
いつのまにか「レンジでチン」というスタイルになっていましたね・・・
うーーん、これも時代の変化なのでしょうか・・・・??
そうそう、最近ニュースで報じられていましたけど、
この「レンジでチン」という言葉はすっかり現代日本社会に定着し、確か日本国民の内
90%程度の言葉としての認知度があるそうですね。

私なんか面倒なときは、
レトルトのご飯をレンジで温めて、皿に載せてボンカレーをかけて
さらにレンジでチンするという「究極の手抜き」なんてよーくやっています・・・
でもホント、便利になりましたね・・・
最近では更に便利なものがあり、
別にレンジでチンしなくても「冷やして食べる」というか、袋に入っているものをそのまんま
ご飯にかければよいという商品もありますけど、
一度食べた事があるのですけど、
何か食感がザラザラして舌にべたつく感じ・・・・
やはりカレーは温かいものを食べるべきなのでしょうね・・・





うん、これは最早「定番中の定番」ですね・・・・

こんな事を言うと怒られるけど、
正直、立ち食いそば屋とかファーストフードのようなカレー屋さんで出されるカレーと比べても
前々遜色ないと思います。

何か食べただけで「安心感」がある味ですね・・・

さすが「ロングセラー商品」は違う・・・・


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こんなのもありました・・・

「ボンカレー ゴールド」に比べて箱が少し大きく厚さもあるパッケージなのですけど
「ボンカレー ネオ」というものです。
これは、ブラックペッパーと粗挽き唐辛子が入っているせいか
ボンカレーゴールドに比べると
幾分「辛い!!」という感じがします。

でもこれはこれでとても美味しいと思います。
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9/28の「ハピネスチャージプリキュア」は
大変爽やかな印象で、見ていて大変心地よかったですね。
歴代プリキュア達にも数多くの「文化祭」回があり、
ほとんどの場合「誰か一人ではなくて、全員で作り上げ、そして皆で楽しむ」というテーマが
毎回提示されていましたけど、
今回もそうした「伝統」をよい意味で受け継がれていくような展開でした。

めぐみが案外手先が器用で
大工仕事も男子生徒に交じって難なくこなす器用振りを見せてくれましたけど、
のぞみ・ラブ・つぼみ・みゆきだったら
お約束の(?)トンカチで自分の手を叩き付けるというシーンを見せてくれたでしょうね・・・
めぐみって案外手先は器用だし、料理は上手だし、家事も難無くこなしているし、
その点は、「ドジで勉強が苦手なアホ娘」という共通要素が多いのぞみ大先輩との明確な相違点ですね・・・

でもそれにしても今回の主役は、
めぐみ・ゆうゆうよりも先駆けて「イノセントフォーム」をお披露目してくれたひめですね。
やはりひめというと「ポンコツ」という言葉が真っ先に出てきてしまうのですけど、
それもそろそろ「卒業」なのかな・・・・??
ひめというと、「ポンコツ」という形容詞の他に「ワガママ」という形容詞が大変よく似合っているプリキュア
でしたけど、そのあたりのひめの成長というのか
「他人への配慮」とか「自分一人で無くて、皆との協調を図る」という事が
最近では出来るようになりつつあるので、
やはり八か月以上経過すると
キュアプリンセスも確かな「成長」を見せてくれたと思います。

思えば第一話~第二話あたりのひめの「ポンコツ振り」は歴代でも群を抜いていましたね・・・
「史上最弱」・「史上最低のキャラ」とか確かに、まーー、色々とやらかしてくれましたからね・・・・(苦笑・・)
本日の敵幹部はナマケルダでしたけど、
思えば第一話から第二話に登場した敵幹部は、まさにそのナマケルダ・・・
ま、確かにナマケルダの視点からとらえると
「ま、こやつ、キュアプリンセスも随分と進化したものだ・・・、ちっ・・・、あの時面倒くさがらずに
倒しておけばよかったかな・・・」という事になるのかも
しれませんよね。

本日のひめで一番印象に残ったのは、
めぐみ・誠司たちが作った校門の飾りを、ひめが更にアィディアを出して仲間たち全員で
デコレーションしていたその「一体感」でしたね。
確かにそうした光景は、初期の頃のひめではありえない話でしたから・・・・

でもな・・・
反面ひめの最大のひめたる所以である「ポンコツ」と「わがまま」を取ってしまうと
フツーのプリキュアになってしまいそうだから、
ま、このあたりは多少は今後とも残しておいて欲しいものですね。





本日の「プリキュア10周年おめでとうメッセージ」はキュアホワイトでした。
これで初代からドキドキまで計33人全員のプリキュア達による挨拶が完了した事になります。
でもこうした演出は中々粋な計らいでしたね。
特に、ドリーム・メロディ・ハッピー・アクア・マリン・ビューティ・ダイヤモンドに再度出会えたことが
何かとても嬉しかったですね。
個人的にはハッピーの少しアホっぽい挨拶がとても印象的でしたし、
マリンは相変わらずのマリンでとても嬉しかったですね・・・
アクア・ビューティ・メロディ・ビートの作画が中でも群を抜いて素晴らしい仕上がりでしたね。

今回のホワイトは相変わらず優雅でしたね・・・
プリキュアだと何か「乱暴者」というイメージがあるブラックとは対照的であり、
「性格の違い」という意味では際立った二人でしたけど、
「絆の強さ」という意味では歴代でもトップクラスのコンビだったと思います。

ホント、10周年あいさつのラストを飾るのに相応しいプリキュアだったと思います。



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この生徒会長は、またまた誠司クラスの「出来る男子」でしたね・・・
前作「ドキドキプリキュア」の相田マナも「出来る生徒会長」でしたけど、
なんかこの二人はお似合いそうな感じもしましたね。
暴走気味のマナをこのぴかりヶ丘中の生徒会長が巧みにコントロールできそうな
気もします・・・


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めぐみ・ひめ・ゆうゆうのクラスの出し物は喫茶店でしたけど、
めぐみとひめのメイドさんっぽい衣装はとても可愛かったですね。
特にめぐみが断然かわいい・・・・
やはりこの娘は、どんな衣装を身に付けても可愛いですね・・・
(映画の作画も大変レヴェルが高そうな雰囲気でしたので、こちらのほうも楽しみですね・・・)

あ、そうか・・・・
あまりクローズアップされないからついつい気が付かないのですけど、
いおなは、めぐみ・ひめ・ゆうゆうとは別のクラスなんですよね・・・
いおなのクラスが「占い館」というのも
あのインチキ(?)占い師の「ミスフォーチュン」がいるおかげなのかな・・・・??



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ひめの主役回なのですけど、
やはりラブリーはとても可愛い!!

でも次回の「イノセントフォーム」発動はゆうゆうなのですよね・・・

ラブリーのイノセントフォーム発動は、やはり一番最後のようですけど
ま、ここは「満を持して!!」という事にしておきましょう・・・

他のプリキュア達に変身アイテムが出てくるのに、自分だけまだ出てこないで悩んだ
歴代プリキュアというと、ベリーとリズムがいましたけど、
ま、めぐみに関しては、そうした事はなさそうですね・・・(苦笑・・・)
次回、ゆうゆうがイノセントフォームを取得するのは確定なのですけど、
それでもめぐみは、間違っても「どうして私だけ・・・」なーんて思う事は、多分・・・無いですよね・・・
そのあたりのめぐみの「鈍感さ」というか「おおらかさ」はある意味大したものです。


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今回、ゆうゆうといおなにあまり出番はなかったけど、
校門の飾りの手伝いをしたいと名乗り出るいおなは中々素敵でした。
前述の通り、いおなだけクラスが違うのですけど
そうした事を飛び越えて「仲間との連帯」とか「全員で文化祭を作り上げる事の意義」を
さすがに分かっている感じでしたね。

というか、今回のいおなの作画がとてもレベルが高いようで、
前々回のいおなの初デートで提示された「いおなの女性らしい可愛い仕草」みたいなキュートな感じが
とてもよく伝わってきて大変好感を持てました。


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はいはい、今週の意外なお方・・・・

えーー、ナマケルダって昔は、文化祭でビジュアルバンドをやっていたのですね・・・

一体この人の過去って何があったんだろう・・・・

多分「恋」に色々と悩み、人間関係の大変さに嫌気が差していた人だとは思いますけど、
もしかして、幻影帝国の三幹部は、
元々は「普通の悩み多き人間」だったのかもしれませんよね・・
最近全国大会で「メキシコの祭り」を聴かないなーと思ってみたら、
考えてみると1988年の米沢吹奏楽団の名演以来、どこのチームも取り上げていないのですよね・・・
何か寂しい・・・
厳密にいうと、1994年の五年連続金賞の特別演奏時に出雲一中が演奏をしていますけどね・・・・

この曲は、三つの楽章から構成されています。

Ⅰ.前奏曲とアスティックダンス

Ⅱ.ミサ

Ⅲ.カーニヴァル

コンクールでは、Ⅰを選ぶチームが多いです。

Ⅰの前奏曲とアスティックダンスは、出だしがいきなりチャイムの乱打・ホルンの雄叫びと
ティンパニー・大太鼓・スネアドラムの強打から開始され、この部分だけでも
相当のインパクトがあります。
前半部分は、祭りが始まる前夜~夜明けをイメージしたものと思われますが、
結構夜が明けるまで長いような感じもします。
太陽が昇り、「さあ祭りが始まるぞ!」みたいな雰囲気は
舞台裏から奏でられるトランペット・トロンボーン・クラリネット・大太鼓・シンバル・小太鼓の
ミニバンダがうまく表現しています。
遠くから祭りのざわめきが聴こえてくるというイメージなのかもしれません。
後半は、エキサイトなダンスシーンです。

ティンパニーとトムトムの掛け合いが非常に面白いし、ティンパニーのソロが実に
決まっていて格好いい!!
曲は一気に駆け上がって終わるのですが、その終わり方もffで終わるのではなくて、
最後にドラがゴーーーンと響いて静かに閉じるのが
結構斬新な感じもします。
何かこの終わらせ方は、レスピーギの「教会のステンドグラス」~大天使聖ミカエルの終わらせ方に
よーく似ていると思います。

Ⅱ.ミサ

この楽章は「祈り」と記されるプログラムもありますが、ミサなのか祈りなのかは
正解は不明です。
この楽章は、第一楽章の興奮をそのまま引きずったように、冒頭からチャイムが鳴り響き、
金管楽器の大音量的コラールで始まります。
だけど盛り上がるのはこの部分だけで、あとは終始ゆったりとした音楽です。
安らかではないけど終始「祈り」に満ちた音楽です。

Ⅲ.カーニヴァル

この交響曲のラストを飾るのに相応しい楽しさ満載のノリノリな楽章です。
冒頭は、何となくストラヴィンスキーのバレエ音楽「ペトルーシュカ」第四場の冒頭に
何となく雰囲気が似ているような気も・・・
だけどこの楽章は、奏者も指揮者も大変だと思います。
このリズム感をどう正確かつエキサイトに演奏するかは非常に難しいものがあると
思います。
終始三拍子系なのですけど、ビートの躍動をどう表現するか指揮者の技量が
ストレートに出そうな気もします。
結構マリンバが終始大活躍していますけど、マリンバ奏者も相当のハイテクニックが
求められそうです。
この曲のビートって中々決めるのが大変そう・・・
リズム音痴の人にとってはやっかいな曲ですね・・・・


〇米沢吹奏楽愛好会

 D/交響曲「メキシコの祭り」~Ⅰ.前奏曲とアスティックダンス

 メキシコの祭りは、70年代にも色々なチームが取り上げていましたが、この米沢には
 遠く及ばないと思います。
 前奏曲の部分のホルンの雄叫びや鋭い瞬発力ある打楽器のパンチ力、しっとりとした木管も
 良かったと思いますが、後半の意外と曲全体の整理整頓が難しく、リズムの処理がやっかいな
 この曲をすんなりと聴かせ、且つ迫力満点に仕上げた指揮者の能力は素晴らしいものがあると
 思います。
 確か記憶では、トランペット・トロンボーン等のバンダの部分は、ステージ袖ではなく
 舞台裏から奏でていたと思いましたが、いかにも「夜明けから、遠く彼方から祭りの活気が
 聞こえてくる」みたいな感じで、とても合点がいきました。
 フィナーレ近くのティンパニーソロから一気にクライマックスまで駆け上がりも自然な盛り上がりでしたし、
 ドラのゴーーーンという余韻を残しての演奏終了でしたけど
 終始良い意味での緊張感と楽しさに溢れた素晴らしい演奏でした。

 なーんで、この演奏が銀賞なんだろう・・・?

 この年の一般の部の演奏の私自身の金賞という評価は、
 創価学会関西・豊島・米沢・札幌市民という感じでしたけど、
 実際の金賞は、創価学会関西・市川・コンツェルテエロイカ・豊島でした・・・・

 この年の一般の部は、金と銀の開きは小さかったけど
 銀と銅の開きはかなりのものがあったと思います。
 だけど、銀ではありましたけど、札幌市民交響と米沢の素晴らしい名演は、
 あの大会から既に26年以上経過していますけど、
 私自身がその「素晴らしい名演」をしっかりと受け継いでいきたいと思います。
またまた近くのスーパーにて
「ハピネスチャージプリキュア」関連の食玩を発見・・・・
何か可愛らしいので
ついつい買ってしまいました・・・・(苦笑・・・)





これは食玩なのですけど、
箱を開ける見ると、ポーチみたいな「キャラクターケース」が一つ入っていて
これがほとんど全てです・・・
そしておまけのようにガムが二つほど入っています。

自分が子供の頃、「グリコのおまけ」なんてものがまだ存在していましたけど、
これだってキャラメルが確か10個くらい入っていて、
こうしたお菓子の「おまけ」としてしょーもない小物おもちゃが入っていましたけど
現在の「食玩」は、
完璧にキャラクター系の小物とかフィギュアが主役で
申し訳なさそうにおまけみたいな形でガム頭のお菓子が入っているものが主流ですからね・・・

うーーん、食玩一つとっても
自分が子供の頃とはえらい違いですね・・・・
というか、いい年こいてこの種の「食玩」をいまだに買っている自分も自分ですけど・・・・(苦笑・・・)



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今回のキャラクターケースのデザインは全部で四種類あるのですけど
迷った挙句、②を選択しました・・・・
①と③もよかったけど、
やはりラブリーの笑顔が一番可愛らしいのが②なのかな・・・・


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あれれ、このケースって
表のデザインの他に、裏にもデザインが描かれているのですね・・・
何か少しトクした気分・・・・
表面のデザインに比べて少しぼやかしたようなデザインが何かいい味出しています。
よーく見てみると
さりげなくプリンセスのチャームもついているのですね。
私自身、武満徹氏の作品は正直苦手・・・・
感想を聞かれてても、「よく分からない・・」としか言いようがないです。
邦人現代音楽は、矢代秋雄・三善晃・松村禎三・黛敏郎・吉松隆の音楽は
自分にとっては大変共感度が高いのですけど、
「ノヴェンバーステップ」・「弦楽のためのレクイエム」など比較的メジャーな作品も
自分にとっては「??」という感じです。

だけど武満徹の音楽で唯一共感できた作品が
「系図(Family Tree)~若い人たちのための音楽詩」です。
この曲は、管弦楽団と10~15歳程度の「少女」が語る事を前提とした朗読者から
構成されています。
曲の最後で、なぜかアコーディオンが入り、その牧歌的な音色が実にいい味を出していると思います。

というか、この曲は、この曲そのものに惹かれたというよりは
朗読のテキストとなっている谷川俊太郎さんの「詩」に惹かれたという側面の方が強いのかな・・・

この曲は、ニューヨークフィルハーモニー創立150周年記念委嘱作品として作曲され、
その後日本でも、岩城宏之/N響とか小沢征爾/サイトウキネンとかデュトワ指揮/N響など
多くのオケが演奏し、現在でもたまにどこかのオケが演奏しているようです。
谷川俊太郎の「はだか」という詩集から
6編の詩をチョイスし、15歳前後の少女の視点から捉えた「家族」というものを
少女の一人称という形で管弦楽団をバックに朗読がされていく・・・
そんな曲がこの「系図」なのです・・・・
私自身は、この曲は生で聴いたことは一度もありませんけど、
確か1999年頃だったかな・・・・
当時教育テレビで放映されていた「N響アワー」を何気なく見ていると
この曲が、デュトワ指揮のもと演奏されていて、
曲自体というよりもその「歌詞」の世界に何となく興味が惹かれた事がきっかけでした。

で、その「詩」の中身なのですけど、
原文は全てひらがなで書かれていて、難しい内容ではないのですけど、
実はその中身が結構えぐい・・・・
これって実際の所、「家庭崩壊」を描いた作品なのではないかとさえ思ったものでした・・・
というか、まさに谷川さんや武満さんの意図もそんな感じらしく
「家族と言うものは、ある種の危険性を秘めていて、本来は外に向かって開かれるべき力が
内へ籠り閉ざされ、排他的になってしまい、それがひいては人種差別や国家主義に結びついて
しまう傾向がある。」
「人間社会の核となるべき家族の中から、外部世界と自由に対話する事が可能な
芯の自己というものの存在を考えてもらいたかった」
という事を演奏会のプログラムノートで述べているようです。

でも実際この「詩」の世界は実に危うい・・・・
「家族は美しい!」みたいな世界観ではなくて、
家族を構成する一人一人の「不安感」みたいなものを抉り出しているような感じも漂います。
(少なくとも自分自身はこの歌詞からそのように感じとります・・・)
不安を秘めた音楽と共に、詩が淡々と朗読されていきます・・・
お爺ちゃんの優しさや死の恐怖、不条理、家族の不和、焦燥、孤独、不安、夢などが
淡々と処女の視点から描かれています。
あの「詩」の中身では、この少女の母親は、「失踪」したという事になるのかな・・・・??

何となく作品の世界観としては、
バーンスタイン/交響曲第2番「不安の時代」の世界と通ずるものがあるのかも・・・・

系図


この曲の日本での初演と前述のデュトワ指揮の際に、詩の朗読を担当したのは
現在ではすっかり「スキャンダル女優」というか「毒母との確執」・「芸能界史上最短離婚記録」等で
お馴染みの遠野凪子(現、遠野なぎ子)です・・・・

デュトワの指揮による演奏会で遠野さんは、
どこかうつろで虚空を見つめるように語っていて、あどけないのだけど
何か言葉では語り尽くされないような「何か」を秘めているような雰囲気も感じられ、
何か妙に印象に残ったものでした。
当時の遠野さんは、NHK朝の連続ドラマ「すずらん」のヒロインを射止め
その後も色々なドラマ・映画に出演された才能ある女優さんだったのですけど、
後年明らかになった事によると
子役の時から、学校での壮絶ないじめに遭ったり、
また18歳で遠野さんを生んだ実母との折り合いが大変悪く、
母親からは、「あんたが生まれてこなければ・・・」みたいなひどい言葉の暴力を日常的に
受け続けていたようです・・・・

「Family Tree」の第5曲「おかあさん」の詩を一部抜粋すると・・・・

ひるまがっこうからかえってきたら、
かれーつくりながらびーるのんでいた・・・

そこからおかあさんはでかけた
いまどこにいるの
おかあさん
もうでんしゃにのっているの
まだどこかあかるいところにいるの
だれとはなしをしているの
わたしともはなしをしてほしい
かえってきてほしいいますぐ
ないてもいいからおこっててもいいから

当時15歳前後の遠野さんがこの朗読時に何を感じ取っていたのかは本人以外分かりませんけど、
何かこの「意味深な詩」から遠野さん自身も
何かを感じ取っていたのでしょうか・・・・??
実は、当時のデュトワ指揮/遠野さん朗読のこの曲を録画したもの、いまだに捨てないで保管してあるのですけど、
表情は、「夢見る少女」では少なくともありませんね・・・・
ホント、「心ここにあらず」ではないけど、視点が宙を彷徨っているようにも
見えてしまいます・・・・

「Family Tree」を朗読した女の子が
当時から母親との確執を抱え、それから15年後ぐらいに
母親を告発する本を出版する事になったのですけど、
何か「無常」というのか「人生の皮肉」みたいなものをエピソードとして感じてしまいますね・・・・

だけどこの「系図~Family Tree」の第六曲「とおく」は最後の最後で「救い」があります・・・・

この「とおく」を抜粋すると・・・・

しらないうちにわたしはおばあさんになるのかしら
きょうのこともわすれてしまって
おちゃをのんでいるのかしら
ここよりももっととおいところで
そのとき、たったひとりでいいからすきなひとがいるといいな
そのひとはもうしんでてもいいから
どうしてもわすれられないおもいてがあるといいな
どこからかうみのにおいがしてくる
でもわたしはきっとうみよりももっととおくへいける。

何かとても意味深ですね・・・・
「たったひとりでいいから好きな人がいるといいな・・・どうしても忘れられない思い出があるといいな・・・」とは
何か色々と解釈の余地はありそうですけど、
当時の朗読者の遠野さんにとってもそれは同じ思いのはず・・・・

生きる事は大変・・・・
家族を持つことはもっと大変・・・
そうした気持ちを抱えながら、自分自身も、皆さま自身も、そして遠野さん自身も
歩き続けなくてはいけない・・・・

それが「人生」というもの・・・・
現在テレビ埼玉で再放送されている「スイートプリキュア」も現在中盤の真っ只中で、
間もなく、キュアミューズの登場、
そしてマヌケ三幹部である「トリオ ザ マイナー」のメンバーの内、
「ファルセット」が突然何の前触れも前兆も無く豹変する事が近くなっています。
(最終的にあの豹変は、ノイズに操られての事と判明していますけど
リアルタイムで見ていた時は、いきなり何の脈絡も無くの豹変ぶりに驚いたものです・・・)

「スイートプリキュア」は、序盤の印象と異なり
後半になればなるほど
「不幸と幸福は二つで一つ」とか
「世界に悲しみが溢れているように同時に楽しい事も色々と存在する」とか
「不幸は全否定されるものではなくて、幸せと一対を為すものであり、不幸も受け入れなくてはいけない
現実である」とか
「相容れない他人も、対話・交流を深める事で、分かりあえることも可能」などという
中々難しいテーマが描かれるようになります。
そして初代からドキドキの中では、(厳密に解釈すると違うのかもしれませんけど)
シリーズを通して、敵も味方も最終的に「殉職者」がゼロという大変優しい世界を
最終決戦時に私達に提示をしてくれています。

だけどそんな中、物語の後半でいきなりファルセットは豹変します・・・・

それまでのファルセットというと

〇高音の歌声をたまに外す・・・

〇機嫌が悪い時によくセイレーンに頭上に乗られ、髪の毛をむしり取られた・・・

〇リーダーになった事が一度も無く、ネガトーンを召喚した事も一度も無い・・・

〇花見行って、上司のセイレーンの悪口を愚痴っていたのをセイレーンに聞かれ
 更に髪の毛をむしり取られる・・・

〇ハミィになぜか自分の職場(マイナーランド)の愚痴をこぼす・・・

〇女装してチャイナドレス衣装になってしまう・・・・

などみたいにどちらかというと「残念なマヌケ幹部」という感じだったのですけど、
あの突然の豹変ぶりはまさに意外でしたし、
ファルセットによって、半漁人の醜い容貌に変容させられ、あげくのはてに
ファルセットとノイズの部下にさせられてしまったパスドラとバリトンさんは
何か気の毒な感じでした・・・・(苦笑・・・)





ここで改めて「ファルセット」とは本来どういう音楽用語なのかというと・・・・
(スイートプリキュアは音楽の街を舞台にしているため、かなりの音楽用語が色々と
出てきます・・・)

「ファルセット」とはクラシック音楽上の声楽用語の一つで、
簡単に言うと、
本来の声帯から発声された声で、のどは開かれしっかりとした共鳴を伴った力強さを持ち、
小さな声から非常に大きな声まで自由にコントロールできる声の事を指し
日本で定着している「裏声」とは少し意味合いが違うみたいです・・・

だけど、「ファルセット」の元々の意味は
実は「偽りの声」というものでありますから、
「スイートプリキュア」の中盤まで、その本来の邪悪な素顔を隠し、中盤以降に本性を現した
ファルセットは
まさしく序盤から中盤までは「偽りの声」・「偽りのキャラクター」で通していたのでしょうね・・・

というか、こんな幼児アニメの世界で
敵幹部の名前から、「その後の展開」を示唆するプリキュアの世界は
やはり奥が深い・・・・

クラシック音楽の声楽を伴う作品でこのファルセットを使用した作品として
例えば、ラヴェルの「三つの歌」とかストラヴィンスキーの「きつね」などがありますけど
個人的には一番分かり易い事例として
オルフの世俗カンタータ「カルミナ・プラーナ」があるかな・・・・
(カルミナプラーナは、このブログでも何度も登場していますね・・・・)
第二部「居酒屋にて」では、
バリトンの方がファルセットを用いて歌う事もありますけど、
一番印象的なのは、第12曲の「昔、私は湖に住んでいた」での
テノールの方のファルセットですよね。
この部分は、テノールの方は、実声で歌う人は比較的少なく
大抵の方はファルセットを駆使して、少しコミカルで間が抜けた歌い方をされるパターンが
多いようにも思われます。
それをよく表した演奏例が、プレヴィン指揮のロンドン響の演奏かな・・・・
あのテノールのコミカルな謳い方はも明らかに実声ではなくてファルセットですね。
あの歌い方は本当にいたずら心に溢れて実に素晴らしいと思います。

参考までにこの第12曲の歌詞を記すと・・・・

昔は私も美しい姿で湖に住んでいた。かつて白鳥だった頃は。
なのになんと哀れなこと、今は焼かれてただ真っ黒な姿になってしまった!
料理人は鉄串を回し、薪は私を強くあぶり、食卓係が私を酒宴に運ぶ。
皿の上に横たわり、飛ぶこともできない。
ぎしぎし砕く歯が見える!
ああ情けない、高い志もすっかり崩れて今はこの有様だ。

歌詞も何か少しマヌケですね・・・

なんかいかにもスイートプリキュアでの序盤のファルセットさんみたいですね・・・・


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喧嘩・裏切り・相互不信なんていう
見方によっては大変嫌なテーマをこんなに分かり易くストレートにぶつけた直球勝負のシリーズが
この「スイートプリキュア」の世界だったと思いますけど
リアルタイムで見ていた頃は、この辺りが少し「重たい・・」とか「子供には少し難しいかな・・」とも
感じたものですけど
改めてこうやって見てみると
いやー、やっぱり「スイート」の世界もいいものですね!!
来月になるといよいよ吹奏楽コンクール全国大会が開催されますけど、
どの出場チームも「頑張って・・・」と言うよりは
「普段の練習の成果を遺憾なく発揮して欲しい・・」と言う感じで臨んで欲しいな・・とも思います。
だけど最近の吹奏楽コンクールのレヴェルは恐ろしいほど高く、
現役奏者を引退し吹奏楽コンクールにプレイヤーとして参加する事が無くなってから
既に25年以上経過していますけど
自分が現役の頃と比較するとそのあまりのレヴェルの高さに驚くばかりです。
当時は、アレンジ作品が自由曲の主流でしたけど、
最近のような「邦人オリジナル作品」がここまで主流になるとは予想もしていなかったです。
そしてあんな技術的にも表現的にも難しいああいった曲をいともたやすく吹いてしまう
現在の奏者の皆様の技術の高さには、本当に「ああ、時代は変わったものだ・・・」と痛感するばかりです・・・

1988年の全国大会でも、
正直全部門を通じて「地域格差」みたいなものはすごく感じる面はありました・・
具体的には、関東・関西・東海のレヴェルの高さに比べて
四国・中国・東北のレヴェルがあと一歩・・・
というか出場チームによっては
「え・・・・・本当に支部大会をこれで通過したの・・・??」みたいな頭を思わず抱えてしまうような
演奏も当時は、色々と散見されていましたからね・・・・
特に四国の中学・九州の高校・東北のチームにそうした事を感じたものです・・・
(それを象徴する職場の部のヤマハ浜松と天童市役所の事は改めて触れたいと思います・・・)


〇豊島区吹奏楽団

 A/ダフニスとクロエ第二組曲

 「ダフニスとクロエ」第二組曲は、1976年の出雲一中の圧倒的驚異的名演によって
 1970年代に色々なチームが取り上げていましたけど、
 著作権の問題が尾を引き、80年代に入ると全く演奏されなくなり、
 ブートゥリーのアレンジで埼玉栄が86年に再度この曲にスポットライトを当てると
 翌年以降現在に至るまでこの曲はずっとコンクールでの人気曲を維持し続けています。
 特に1988年は、確か8団体だったかな・・・? このダフクロを自由曲に選んでいました。
 中学の部では特に、足立十四と柏原の演奏が素晴らしかったですけど
 全部門を通じて一番素晴らしいダフクロを聴かせてくれたのが、この豊島でしたね。
 本当に素晴らしい演奏だったと思います。
 特に何が良かったかと言うと、音色の美しさと強奏でもバランスを崩さないそのコントロール振り・・・
 「夜明け」の冒頭のひそやかさも申し分なかったし、
 全員の踊りの「粒の揃い」もほぼ完璧で
 改めてこの演奏を聴いてみても「文句のつけようがない・・・」としか言いようがありません。
 技術的にもそうなのですけど、
 その清らかさ・抒情的な感じ・ファンタジー感を見事に細部に至るまで表現出来ていたと
 思います。
 一般の部としては、創価学会関西と並ぶグランプリクラスの圧倒的な金賞でした。

 だけど、結果論になるのですけど、
 指揮者の八田先生は、この演奏が最後の全国大会になってしまいました・・・
 何か「早すぎる死」という感じでしたね・・・
 都大会・全国大会で何度か八田先生の指揮を拝見したのですけど、
 とにかく大振りしないというか、大変コンパクトな指揮というのか、
 ポイントとツボをおさえた「的確で端正な指揮」がとても印象に残っています。
 全身から「音楽が好き!」とか「早く指揮をしたい・・」みたいなオーラが漂っていて
 奏者たちがセッティング・演奏準備をしている間も終始ソワソワと指揮台近辺をせかせかと
 動き回り、「早く演奏をしたい、少しでも音楽する雰囲気を楽しみたい」という気持ちが
 なんか客席からも伝わってくるかのような感じでした。
 八田先生のそばには、フルート奏者のなんか髪型がライオン丸(?)みたいな女性の方が
 いつも付き添っていたのが何か妙に印象に残っています。

 でもな・・・
 89年以降は、都大会では時任氏率いる乗泉寺に代表の座を持っていかれ
 ついに全国大会では八田先生の指揮を見る事が出来なくなってしまったのは
 少し惜しまれますね・・・
 90年のサロメなんか全国大会でも十分金賞を狙える演奏だったのですけどね・・・
9/28の「ハピネスチャージプリキュア」のOPは、映画仕様になっていました。
そっか・・・・間もなく映画「人形の国のバレリーナ」が公開されますからね。
何か毎年感じるのですけど、
プリキュアの映画が公開される時期になると、季節が秋に変わる頃なんですよね・・・
ですので、毎年毎年、プリキュアの映画が公開されると
「ああ季節は秋なんだ・・・・そして間もなく今年も終わってしまう・・」と思うのですよね。
何か自分にとっては、
「プリキュアオールスター映画」は、春の季語を、
「プリキュア映画」は秋の季語を
イメージしてしまいますね・・・・(笑)

9/28のOP画像を見てみると、
本当にハピネスチャージプリキュアの映画の中に「ふなっしー」が登場してくるのですね・・・
最初にこの話を聞いた時は
「大丈夫かな・・・」と心配したものですけど
何か見た感じでは、特に違和感なく収まっていましたね・・
意外とプリンセスが格好いいのが印象的!!
というか、映画の中の「王子様」なのですけど、
何かあれは本編の中の「ナマケルダ」にそっくりですね・・・
前評判では「映画の中のあれは綺麗なナマケルダ」と評されていましたけど
何かまさに「その通り!!」という雰囲気でしたね。

というか本編でナマケルダが最後に
「自分は文化祭でヴィジュアルバンドをしていた・・」とさり気なく「驚き発言」を
していましたけど、さてさて真偽のほどは・・・・??
やはりナマケルダ・ホッシーワ・オレスキーのマヌケ三幹部は、元々は「人間」だったのでしょうね・・・
そうなると今年も最後にこのマヌケ三幹部にも「救済」の道が開けるという事なのかな・・・・??





さてさて、我が家のPC環境はケーブルネットなのですけど、
このプロバイダはJCNだったのですけど、
最近になって唐突にそれが「J-com」に変更されていました。
ま、別に料金体系とかサービスは全然変わらないから問題ないのですけど
一つ良かったことは、
色々と特典とか懸賞応募が付いていることが、うちの奥様には魅力みたいですね・・・

先日帰宅後に
嬉しそうな顔して、
「一番喜びそうなものが当選したよ・・・」というから
何かな…と思って
「何が?? 車一台当たった・・・?」なーんて適当に相槌を打っていたら
「ハピネスの映画前売りペア券」と言うではありませんか・・・・!!

よっしゃーーー!!!

「よくやった、よくやった!!」と思い切り褒めてあげました・・・・(笑)

ま、確かに「一番喜びそうなもの」である事は
間違いありませんからね・・・・

それにしてもあんな倍率が高い懸賞、今回もよく当てたな・・・・と感心しています。
確か昨年の今頃は、スチームオーブンの「ビストロ」を当てていましたからね・・・


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あ、でもこれマジで嬉しいな・・・

私は土日祝日は仕事ですので
平日にたまーにはうちの奥様と一緒に映画でも見てきますか・・・

いやいや、ホントでもありがたいものですね。
これは本当にうちの奥様に感謝感謝・・・・!!

だけど「プリキュア」の映画は
小さい子供さんとその両親ばかりだから、
この種の映画を一人きり、またはカップル二人で行っても正直
何か「こっ恥ずかしい・・」ものはあるのですよね・・・・(苦笑・・・・)

ま、たまにはいいか・・・
本日9/28(日)も朝から仕事・・・
土曜から天気も良く、久しぶりに雨が降らない土日の週末だったようにも感じます。
何か朝から道路も混んでいて
何か「秋の行楽」という感じで非常に羨ましく思いました・・・

振り返ってみると、
9/22前後から、私自身は外に出る時間帯が激減し、
この辺りからなぜか急激に増えてきた「クレーム電話」の対応に四苦八苦する感じに
なっていました・・・
この種のクレーム電話は、
相手がヒートアップすると、
「何に怒って電話しているのか」という事自体を顧客が忘れて
「自分が怒っていることに対して納得いかないから怒っている」みたいな感じにもなってしまい、
要は言葉が悪いのですけど
「自分自身のストレスのはけ口」というのか普段の鬱憤晴らしのためというか、「暇つぶし」みたいな
感じで電話してくるような人もいない事はないのが
正直やっかいです・・・
こうした方に対してはもあまり突き放してしまうと
二言目には
「なんだその態度は・・・!!」
「社長を今すぐ電話に出せ!!」みたいな更にやっかいな事にもなりかねませんので
一応聞いたふりはしています・・・

電話は面倒なんですよね・・・・

相手との一対一の対話なら
相手の表情・態度で大体「ああ、この人は今こんな風に感じているのだろうな・・」みたいな事は
大抵察知できるのですけど
電話だとそれが中々判断に迷ってしまう・・・

だから電話でのクレーム対応は、実際に会って話すよりも数倍疲れるしエネルギーが要ります。

そんな感じで、先週はひたすら社内にこもって電話対応にのみ追われていたという感じさえします・・・
ちなみに先週の最長電話時間は、2時間12分でした・・・
「おいおい・・・、そんな工事価格にケチを付けるなら、こんな長電話の電話代の方が
勿体ないて゜しょ・・・」と突っ込みを入れたくもなりますね・・・・(苦笑・・・)

そうした中、
日曜の朝に出勤してみると
支店長から「ちょっといい・・・??」と感じで応接室に呼ばれましたので
大抵こういう場合はろくなケースにならないので、
「あ・・・まずい・・・、どっかの顧客がちくったのかな・・・、それとも最近のクレームの多さに対する
フォローのまずさが原因で叱責を食らうのかな・・・」と直感し
マックスの警戒心で応接室に入ってみると・・・・

「あれ、最近のあなたのクレーム対応を直接聞かせてもらっているけど、
上手いね・・・・
よくあんなに押したり引いたり駆け引きしたかと思うと、突然話を展開したり
唐突に相手の美点を過激に持ち上げたり
すさまじい変化球を駆使しているね・・・」

とかいう風に始まったので
「あ・・・これはまずい・・・いつものパターンだと最初におだてて、後でストーンとお灸をすえるのが
この人のパターンだからな・・・」と思っていたら
「こんな事をしていてストレス溜まらない・・・・?? あれ、君、趣味と言うかストレスを発散する方法って何なの?」
とか聞いてくるもので

本音というか心の叫びとしては、

「はい、歴代プリキュアシリーズを見る事です・・・」

と言いかけてしまいましたけど、それは抑えて(苦笑・・・・)

「音楽を聴くことです」みたいな建前に留まってしまいました・・・・
(ま、音楽というか吹奏楽などもストレス解消の一つなのは間違いではないのですけどね・・・)

早々している内に・・・

「いやね、最近クレーム電話が多くて、事務方からも色々言われているのだよね・・・
ま、これは原因の90%以上は、営業担当と工事担当の凡ミスと説明不足なのだけど、
君、今までは動くCS担当としてやってもらったけど、
今後は、外に出る機会をぐぐっと減らして社内にいる時間を増やして
顧客対応をしてもらえない・・・??」とか言ってくるので

これって要は、「電話のクレーム対応もやれ・・・」という事なんですよね・・・

これは正直まずい・・と感じ、
「クレームというのは、発生してからでは遅い・・・今までのようにアフターフォローという形で
言われる前に顧客の所に定期的に出向いて
不満事項を拾い上げる事に留意した方が会社のためになるのでは・・・??」みたいな事を
逆提案したら

「そりゃそうだよな・・・、だけど現状は少しまずい・・・
あなたは当面、週の内二日程度は外に出ないで、社内のクレーム電話対応に専念してね・・・
あ、そうそう、来月から社内のフロアの席替えをしようと思っている。
来月からクレーム対応強化の一つのブロックサインとして
あなたの席は、自分(支店長席)の隣に配置するからね・・・・
これでもってクレーム減少を本気で行う事を社内全員に強制的に分からせる。
だからその辺りもあなたも理解と覚悟を持って10月に臨んで欲しい」と
諭されてしまい、

「ま、それならば・・・」と思いましたし、自分自身もその辺は腹をくくらないといけないのかもしれませんよね。
ま、少し悲壮感を滲ませながら(?)
10月以降に臨みたいと思っています・・・

だけど支店長席の隣でしょう・・・

何か色々な意味で煩わしいというか
色々と更に「面倒事」や「厄介ごと」に巻き込まれそうで
何か戦々恐々という感じですね・・・・

日曜も実は朝から色々とあり、
怒りの顧客からの電話を受けてみると、
相変わらずの営業担当の「言った言わないの世界・・・」
「おまえの会社の営業担当の〇〇は、着工前に捨て場所がなくて困っている電子ピアノの
処分を引き受けるぞと言っていたぞ。工事はとっくに終わっているのに
一向に引き取りに来ない。一体どうなっているのだ・・・」という感じでした。
その〇〇さんというのは既に会社を辞めている人なもので、今更確認のしようが無いし、
「ああ・・・多分勢いで出来もしない事を調子こいて言ってしまったのだろうな・・・」と推察しましたので、
やむなく
「〇〇市の場合は、市役所に事前に電話連絡した上で、〇〇cmの範囲までなら○○円でピアノ関係は
処分していますよ。
こちらにも責任がありますので、
処分費用は○○様に負担して頂きますが、
こちらで責任を持って、本日中に室内から屋外に運びます」と案内し、一応納得はしてもらいました・・・

仕方が無いから自分自身で、その顧客宅に出向き
電子ピアノというか、アップライトに限りなく近いかなり重たい電子ピアノをジャッキーで持ち上げ
コロコロ車輪を電気ドリルで取り付け
フローリングに養生をした上で何とか屋外に持ち運ぶことが出来、
あとは市役所に連絡し、引き取りに来るのを待つだけという状態にまでは対応できました・・・

やれやれ一安心という感じですけど、
普段やらない事をやると体のあちこちが痛いです・・・(苦笑・・)

余談ですけど、
その「電子ピアノ」のメーカーは、「コロンビア」でした・・・・
へーー、コロンビアはレコードとかオーディオ以外にも
こうした楽器も作っていた時期があるのですね・・・知らなかった・・・
それはそれで一つ勉強になった感じもしました。
ドビュッシーの「小組曲」は中々素敵な小品です。
特に第一曲「小舟にて」は、ハープの伴奏にのったフルートの響きが大変印象的で
確か以前CMでも使用されていましたね・・・
何のCMだったかな・・・・うーーん、思い出せない・・・・
この小組曲は、ドビュッシーにとっては比較的初期の頃の作品なので
後年の海とか映像とか遊戯みたいないかにも「印象派・・・」みたいな感じはあまりしません。
その分大変分かり易くて聴き易い大変魅力的な小品ですね。
演奏時間も14分程度と短く、
プロの管弦楽団の「オールドビュッシープログラム」だと
第一曲目は、「牧神の午後への前奏曲」かこの「小組曲」が組まれる事が多いような気もします。

この曲は元々はピアノ曲として作曲されましたけど、
後にピュッセルという方が管弦楽曲用にアレンジし、ピアノ曲としてはほとんど注目されていなかったのに
このピュッセル編曲版が世に出てからは、
この曲の演奏頻度も急速に高くなっていったようですね。
実際ピュッセルのアレンジは大変巧妙でドビュッシーのエッセンスを心得ているので
本当にドビュッシーがオーケストレーションしたかのような感じです。
特に木管楽器の使い方がホント絶妙ですね。

この曲は以下の四つから構成されています。

Ⅰ.小舟にて

Ⅱ.行列

Ⅲ.メヌエット

Ⅳ.バレエ

Ⅰの小舟にては、冒頭から展開されるハープに乗ったフルートソロが大変魅力的です。
何か印象としては「夢見る乙女」という感じもします。
Ⅱの行列は意外と盛り上がる部分・・・
Ⅲは古風な舞曲という印象・・・
Ⅳは大変軽快で、タンバリンが小気味良いリズムを終始奏でているのが印象的です。

この曲を最初に聴いたのはいつだったかな・・・

確か1986年頃、当時読響の常任指揮者だった三石精一さんの指揮の読響の
東京厚生年金会館で開催された「名曲コンサート」だったような記憶が・・・
確かこの小組曲とラヴェルの「左手のためのピアノ協奏曲」と
ドヴォルザークの交響曲第8番だったような記憶が・・・・
うーーん、やはり段々と記憶力が落ちていますね・・・・苦笑・・・・
だけど当時読響の名曲コンサート時の会場だった新宿の「東京厚生年金会館」は
現在では確か解体されて別の建物になっていたような気がします。

この「小組曲」ですけど
なぜか吹奏楽にもアレンジされていて
全国大会でも何度か演奏されていますけど、
吹奏楽でこの曲を演奏すると、相当な「違和感」も感じるのですよね・・・・
なぜかというと、原曲の金管楽器はトロンボーン・チューバを外しているのに
吹奏楽アレンジ版には、この楽器を加えている他にユーフォニウムまで付け足していますので
すごーく「厚化粧」みたいな雰囲気になってしまうのですよね・・・・
ま、1986年の東海大学第四高校は、その点はかなり考慮された演奏になっていますけど、
さすがにこの曲を吹奏楽で演奏するのは少し無理があるような気が・・・・??

この曲の名演は色々とあるけど
少し録音は古いけど、マルティノン指揮/フランス国立管弦楽団がやはり素晴らしいですね。
9/28の「ハピネスチャージ」は、ひめのイノセントフォーム発動という事ですけど、
「え・・・なんでめぐみよりも先にこのポンコツちゃんが発動するのだ・・・」と思わない事も
ないのですけど、
確かにプリキュアになった順序は、フォーチュン→プリンセス→ハニー→ラブリーだから
いなおの次はやはりひめというのは妥当性があるのでしょうね・・・
それにやはり主人公のピンク系が、最後を締めるというのもそれはそれでありなのかも・・・

ハピネスの文化祭回では、ひめといおなが色々と絡むようですけど、
やはりこの二人が今ではすっかり打ち解けているのは
何とも言えぬホッとする安心感がありますね。
やはれそれだけ第一話のフォーチュンがプリンセスに対して放った一言のインパクトが
大きかったですからね・・・・
てもあのいおなの一言「私はあなたを許さない! 絶対によ・・!!」は
なぎさ・りんちゃん・美希の従来の「プリキュア三大失言」に加えて
歴代プリキュア四大失言といってもいいのかもしれませんよね。

ハピネスチャージの文化祭がどのような感じになるかはも今の段階ではよく分かりませんけど、
歴代プリキュアにおける「文化祭」は色々と楽しいシーンがありましたね。
だけどなぜか「プリキュア5」には文化祭は一度も出てきません。
プリキュア5は、歴代でも珍しいくらい、学校内での行事が希薄と言うのか
のぞみ達6人と絡む同級生たちの姿がほとんど描かれていないというか、それだけ6人の人間関係・絆を
大きくクローズアップしていましたので、
それはそれで仕方が無いのかもしれませんよね。

歴代では、ラブと大輔の「あまずっぺー」文化祭とか(雷を怖がる大輔が意外と人間臭い・・・)
ハートキャッチのファッション部とバンドのコラボも素晴らしかったし
(ゆりさんのモデル振りがとてもよかったです・・・ああやって見るとゆりさんもかなりの美人なのかな・・・??)
前作ドキドキの「マナがいない文化祭」も
マナの「幸福の王子」と六花の「ツバメ」が融合出来た感じも大変素晴らしかったし
初代のなぎさの「ロメオとジュリエット」と牛若丸のポンコツ演技も大変面白かったですね。

だけどプリキュア達の文化祭と言うと
歴代の中では、スマイルとSSが特に印象に残っていますね。






「スマイルプリキュア」には、初期の頃から貫かれる大きなテーマがあるのかなーと
思います。
それは、主人公みゆきの決めゼリフとも言うべき「ウルトラハッピー」なのですけど、
その「ウルトラハッピー」も、自分一人で楽しむのではなくて、皆で全員で楽しむから
ハッピーになれるという事なのでしょう。
皆がいるから、自分も頑張れるという事や、
自分、友達、家族がいるからハッピーになれるという事にも
繋がっていくのでしょう。

そうした「全員でウルトラハッピーを共有しよう!!」という意図が強く感じられたのが
スマイルの文化祭の童話をモチーフにしたファッションショーだったのだと思います。
あれは本当に良かったですね・・・
クラスメイト・裏方・バックバンド、
全員が各々の役割分担と存在意義を果たし
全員が「ハッピー」という感情を共有出来た点が素晴らしいと思います。

特に童話のコスプレというせいもありますけど、
みゆき・あかね・やよい・なお・れいか、全員が可愛かったけど
特にみゆきのあの可愛らしさは。まさに反則的可愛さですね・・・

ホント、みゆきというかキュアハッピーのあの反則的可愛さはずるいし、
歴代でも群を抜いた可愛らしさがありますね。



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SSiにおいても、クラスメイト全員が文化祭を作り上げていく過程が
丁寧に描かれていて、一人一人の役割分担や大道具小道具の製作などの裏方がいるから
文化祭全体が成り立っていく事が大変丁寧に描かれていたと思います。
やはり安藤さんがいい味出しているのですよね・・・・
その点は、スマイルの文化祭回とも重なっているなーとも感じましたし、プリキュアシリーズ
としての首尾一貫性も伝わりました。

「一人で書いていたときは自由に書けていたのに、文化祭のテーマ全体の
デザインという重責を担うと考えると中々手が進まない」と悩む舞に対して、
「自由に楽しく書けば?」とアドバイスし、「自分が舞の絵が好きなのは、
その絵を通して、舞が楽しんで書いているのが伝わってくるから」と
ストレートに励ます咲の言葉が何かとても印象的でした。

ホント、あの会話はまさに「夫婦」そのまんまと言う感じもありましたね・・・

初代に比べてスブラッシュの二人はやや幼く見えないこともないの
ですが、それでもスマイルとメンバーと比べると大人っぽく見えるような気もします。
その分、スマイルのメンバーは、本当に全員が可愛いい所が本当に
素晴らしいのですが・・・・

文化祭の準備に追われている生徒達を横目に見ながら、咲舞たちをストーカーしている
キントレスキーのマヌケっぷりが又最高に面白い!!
仮面を作っている咲を、教室の外側からじーーっと見つめているキントレスキーが
ある意味お茶目、でもこの人ストーカーをしながら、同時にバーベルを動かして
体を鍛えているのもある意味すご過ぎる・・・・

舞の「みんなでジャンプ」というモニュメントは、本当に素晴らしい出来栄えだったと
思いますし、歴代のプリキュアにも繋がっているテーマだとも思いました。

果たしてハピネスの文化祭は、どんなものを私達に提示してくれるのか・・・
とても楽しみな感じがします。
以前にも何度か書いている通り、
私自身は生まれは青森県八戸市
育ちは仙台で、小学3年から高校を卒業するまでは仙台に住んでいました。
だけど仙台と言っても、北のはずれで
当時、実家周辺は住宅街でしたけど、コンビニ・食品スーパー・中型スーパー・大型スーパーも
何もなく、本当に「ド田舎・・」という感じでした・・・・
(ま、そういう田舎が嫌だった事とか田舎の住民たちのしょーもない他人への噂話とか地縁血縁とか
家族とか、親兄弟とかそいうものがとにかく嫌で嫌で仕方がなかったので
高校卒業と同時に上京した・・という経緯はありますけどね・・
あ、そうそう、厳密に言うと都内ではなくて最初は埼玉県・大宮でしたので、「上埼」という感じなのかな・・・??)
仙台にいた頃って、
確かうちの両親なんかは週に一度、車で30~40分程度の鶴ヶ谷団地とか将藍団地の
トーコーチェーンとかエンド―チェーン(→何てローカルなスーパー・・・現在は倒産して確か名前すらなかったかな・・?)
に買い出しに出かけては
一週間分の食料・日常品を買い込んでいたような記憶があります・・・

だけど、自分自身上京して、都内(1年目は埼玉の大宮、2年目以降は都内の中野区)に
住んでみて感じたのは、
「えーー、コンビニ・スーパー・書店・レコード店・大型ショッピングセンター・薬局・食べ物屋など
ほとんど全てが自宅から駅周辺に揃っている・・・
都会とはなんて便利なんだ・・・・!!」と
かなりのカルチャーショックというか正直驚いたものです・・・・

ま、仙台もあれから30年以上時が経過し、以前とは大分変ったとは思いますけど
当時の私自身の「都内近郊はやはり凄い・・・」みたいな感情は
やはり相当なものがあったと思いますね。
というか、当時上京したばかりの自分がいかに「しょーもない田舎者」だったという事ですね・・・・苦笑・・・

そんなこんなで現在は埼玉県川口市に住んでいますけど、
確かに生活する上では大変便利で生活しやすい街ですね・・・・
買い物環境はとても整っていて、別に都内等に行く必要は全くないし、生活はしやすいし、
庶民的で暮らしやすいし、駅は近いし、外環・産業道路・国道17号もすぐ近いから交通のアクセスはいいし、
仙台にいた頃の、一週間分の生活品をまとめ買いするのに、週に一度車で30分以上掛けて
買い物に行くという環境ではない事は
本当にありがたいものですね・・・

だけど反面何か「無駄だな・・・」と感じる事もあったりします。

例えば「ドラッグストア」一つとっても
マツモトキヨシは、自宅から駅周辺の半径3キロ圏内に4軒もあるし、
ウェルシアとスギ薬局は3軒もあったりもします。
駅周辺だけでも、イトーヨーカドー・西友・マミーマート・マルエツ・ヤオコー・ダイエー・イオン系のマックスバリューという
スーパーがあったりもします・・・
何かとてつもなく集中し過ぎのような感じもしますし、
事実、本日分かったのですけど、自宅から一番近いマツモトキヨシが9月末で閉店という事に
なったようです。
でもそれでも駅周辺だけでもマツキヨはまだ三つもありますからね・・・

確かに「生活」という便利さはいいのだけど、
同じような小売りの店が同一商圏に乱立し過ぎているのも
何か「勿体ない・・・、これじゃ安売り競争に走りがちで利益が中々でにくいだろうに・・」みたいな
事もふと感じてしまいますね・・・

仙台の頃のような生活の不便さは嫌だけど
あまり過剰に溢れすぎているのも何かヘンな感じ・・・・
そのあたりの「調整」というのは、現行の「過当に競争するばかりの資本主義体制」では
やはり無理があるのかな・・・

何かマツキヨの一店舗の撤退から
ふとこうした妙な事も感じたものです・・・・
-本日のテレビ埼玉の再放送のスイートプリキュアは
エレンの聖アリア学院への転校回でした。
この回って、リアルタイムで見ていた時から大好きな回でしたね。
黒猫時代のセイレーンって、「やっかましーわ!」発言とやっかいな変身能力と極悪黒猫という
イメージが強くて、たまに確かにお茶目でアホっぽいところもなくはなかったのですけど、
「キュアビート」として覚醒後の黒川エレンは、
何だか少し「アホの子」っぽい感じが漂い、実にいい味を出していましたね。

リアルタイムで見ていた時は、ついつい気が付かなかったのですけど、
響はピンク系プリキュアのくせに
何と夏休みの宿題を全て夏休み中に終わらせていたのですね・・・・
これって何か実に意外・・・・??
だって響ってそんなに勉強が得意とかコツコツ努力するというタイプでは決してありませんからね・・・
というか、歴代プリキュアのピンク系の中では、
ブラック・ブルーム・ハッピーが結局夏休みの宿題が未完成で怒られ、
(ま、ブルームの場合、夏休み終盤で、フラッピ・チョッピの妖精がダークフォールに拉致されるという
 不運がありましたけど、それに巻き込まれる形で舞まで宿題を忘れた事で
 怒られるとは何か気の毒・・・・
 同じことはほのかにもありましたけどね・・・)
のぞみも直前まで自由研究が仕上がらず困っていましたね・・・・





考えてみると、スイートの第8話でセイレーンが響の情報を色々と集めていた際
メモを散々取っていましたけど
響と奏の「学校生活の心得」とか「転校時の挨拶」等について教えられた際も
色々とメモを取っていましたね。
これは黒猫時代もプリキュアに覚醒しても同じなんですね・・・・

だけど「奏は猫の肉球が好き」とか余計な事もいちいちメモを取っているのも
何か少しアホの子っぽい感じも・・・・??
同じく敵幹部からプリキュアに覚醒し、後に学校に転校生として登場するフレッシュのせつなという先輩が
いましたけど、せつなの場合、
「真面目・少し固い・融通が効かない」という側面が強く、
あまりアホの子という感じはしなかったのですけど、
スイートの場合、エレンは確かに格好いい面もあるのですけど、プリキュアに覚醒以降は
「アホの子」というポジションを定着化させてしまったのが面白いですね。


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でも、このシーンは何度見ても思わず笑ってしまいますね・・・・

黒板に収まりきれないほど、バカでかい字で氏名を書き、用意していた巻物を読み上げる形で
自己紹介を開始し、
しまいには歌いだすエレンは、やはり面白い子・・・・

だけど、この後、同級生から質問攻めに遭い、緊張感と寝不足でバタンと倒れ
保健室送りになった点は
何かハピネスのひめと似ていますね・・・
でもエレンは、「アホの子」っぽいところはあっても
ひめみたいに「ポンコツ」という形容詞はあまり似合わないから、その点は違いますね・・・・

歴代プリキュアで色々な転校生がいましたけど、
転校時の挨拶では、明暗が分かれますね・・・・

うまく無難に乗り切るタイプ→舞・くるみ・せつな・真琴

やっちまったタイプ・・・・  →つぼみ・エレン・みゆき

やはり印象が強いのはつぼみかな・・・・(苦笑・・・)

つぼみに余計な茶々をいれるえりかは、まさに「うざキャラ」でしたね・・・・




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この回とこの前の回あたりから、盛んに響に呼びかける謎の「声」が登場しています。

リアルタイムで見ていた頃は、呼びかけ主はアフロディテかなと思っていたら
クレッシェンドトーンでしたね。
というか次回以降は、いよいよ「キュアミューズ」誕生に向けての仕掛けが色々と始まっていきます。

でもミューズが登場するとあっと言う間に、ぴーちゃん登場→最終決戦へという流れに
なっていくのですよね・・・
うーーん、プリキュアを見ていると、ホント、一年があっという間・・・・
前回の記事にてハピネスチャージプリキュアのめぐみの「人助け」について
かなりゴチャゴチャ書いてしまいましたけど、
「プリキュアシリーズ」とは別に、一年程前から結構気になっている「物語シリーズ」の「偽物語」の中で
何かこれに近いような話があり、
確かに「少し似ている側面があるな・・」とふと思ったものです。

関係ないですけど、
阿良々木 火憐(あららぎ かれん)の声優さんとフレッシュプリキュアの美希の声優さんは
同じですので、何か火憐の声を聞くたびに
「あれれ、なんでベリーがここにいるんだ・・・」みたいな違和感を多少感じたりもします・・・・






阿良々木 火憐と阿良々木 月火(あららぎ つきひ)の「火」に関係した名前のファイヤーシスターズは、
俗にいう「おせっかい世話焼き隊」で
他人の困りごとに首を突っ込み、おせっかいをしまくっている二人です。
この二人について兄でもある暦は、
「お前たちのしている事は、正義、正しい事は間違いないのだが、
決して圧倒的な強さがある訳ではない。
正義とはある意味強さを伴うもの。
強さを伴わない正義とは、所詮は正義の味方ごっこで、それは偽物の正義だ。
お前たちは結局は、正義の為に何かをしているのではなくて、初戦は暴れたいだけなのだ・・・」
みたいな結構痛くてキツイセリフを吐いています。
それに対する火憐の反応は、
「それは間違いない。だけど、強くなるのを待っているうちに、どんどんと悪がのさばっていき、
それによって困っている人が大勢いるのに
それを黙って見過ごせというのか・・・」と反論をしています。

この辺りは、「物語シリーズ」の中の「傷物語」は比較的エピソード部分とギャグが多く、
全体の話の中では、それ程重要な要素を占めていないのもしれない中で
かなり印象に残るというかシリアスな場面ですね。
あ、でもこの「傷物語」では、貝木という重要人物が初めて登場し、
過去の戦場ヶ原ひたぎとの確執が明らかになりますので、重要ではないというのは
違いますね・・・・失礼しました・・・・



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めぐみの場合はどうなのかな・・・・

先ほどの暦の「正義とは強さを伴うもの」の理屈で言うと、
めぐみ自身は、「プリキュア」という力を持っていますので、「強さ」という事は
完全にクリアしていると思います。
ここで「強さ」とい言葉を「信念=心の芯の強さ」という言葉に置き換えてみてもいいと思います。
「正義とは、信念が伴うもの・・・」と解釈してみると、
幾分めぐみに少し足りないものが見えてくるのかな・・・・

これを象徴していたのがやはりあの名作誉れ高い「アンラブリー」の回なのかも・・・

その際、アンラブリーはめぐみに対して

「本当にダメな子・・・・」
「本当は、めぐみは誰の役にも立っていない事を分かっている・・」
「めぐみは誰も救う事が出来ない」

という心理作戦をしていますが、
アンラブリーをめぐみの「もう一つの心の叫び」とするならば、
これはもう一つのめぐみの本音なのかもしれません。
すなわち、めぐみ自身、心の深層で
「自分はもしもして誰の役にも立っていない、役立たずのプリキュアなのではないか・・・」という事を
自問自答している事なのかもしれません。

だけど、めぐみ自身も歴代プリキュアだって
(ま、相田マナという存在は別格にしても・・・)
それほど完全無欠なプリキュアがいたとは思えません。

先ほどの「誰の役にも立っていない」を言い換えると
「関わっている全部の人を救えている訳ではない」とも言えると思いますが、
ここで改めて考えてみると、
別に関わっている全ての人を救う必要はないと思うのです。
相田マナにしても、全員を平等に救済・手助けしたのではなくて、
あくまで「それでは困っている人の困りごとの本質的原因はどこにあるのか、それを解決するには
ではどうすれば良いのか」という事の道筋を提示出来ていたのがマナだと思うのです。
めぐみだって、別に全員の人を救う必要が無い・・・・というか
全員というのはさすがに一人では物理的に不可能・・・
それではどうすれば良いのかというと、
やはり前回提示したように、
「自分で出来る範囲の人助けをしましょう、そのために自分に何が出来るのかという事をきちんと
自問自答しよーく考えた上で、
今現在自分が出来る事をしましょう・・・」という事なのだと思います。

確かに「人助け」は尊いし、その気持ちは大変美しい。

めぐみのその優しさ・慈愛は本当に素晴らしい・・・

だけどめぐみが更にもう一歩ステップを図るとすると、
やはり「自分に出来る事には限度がある」という事を自覚しなさいという事なのでしょうね・・・
この年の課題曲A/深層の祭りは、本当に難解な曲でしたね。
初めてこの課題曲を聴いた時、
「うわっ・・・何か難しい曲・・・、一体この三善晃の世界をどうやって吹奏楽で
表現すればいいのだろう・・」と感じたものです。
同時に、
「こんな難解な課題曲は、少なくとも中学の部では演奏するチームはほんの一握りかな・・」と
思っていたら、1/3以上のチームはこの難解な課題曲を選んでいたのは
少し予想外でした・・・
振り返ってみると、1984年の課題曲A/変容-断章も相当難解な課題曲でしたけど、
中学の部で課題曲Aを選んだのはわずか一団体のみ・・・
勿論曲の性質も大分異なるのですけど、わずか4年足らずで、こうした難解な現代音楽系の課題曲でも
中学生でも果敢にチャレンジできる環境になったという感じでしたね・・・
この年、課題曲A 自由曲/ダフニスとクロエ第二組曲~夜明け・全員の踊りを選んだチームは
後半だけでも4チームもありましたけど、
どれもそれぞれが素晴らしい演奏を聴かせてくれたのは中々印象的でしたね。
何か後半のチームほど上手いという印象もありましたけど、
私としては、足立第十四と柏原の演奏に特に深い感銘を受けました。
この年辺りから「吹奏楽でもハープは当たり前・・」みたいな感じになっていたような気がします。


〇習志野ウインドオーケストラ

 A/セント・アンソニー・ヴァリエーション

 習志野ウインドの全国大会初出場の年の演奏なのですけど、
 印象としては、「とにかく固い・・・」という感じです。
 「真面目すぎて、あまり音楽の楽しさが伝わってこない」という感じがとても濃厚でした。
 技術的には大変高度なものを有し、目指すべき方向性も全然間違っていないと思うのですけど
 何か「ふっきれないもどかしさ」はありましたね・・・

 前年度の関東大会の「ロメオとジュリエット」も同じような傾向でしたが、
 この時は技術的な詰めが甘い・・・みたいな印象もありましたけど、
 ここから数年後の「カルミナ=プラーナ」とか「ぐるりよざ」とか「ルイ=ブルジョワの讃美歌による変奏曲」は
 まさに素晴らしい名演でしたね。
 87年の関東大会は確か銅賞だったと記憶しているのですけど、
 それにしてもわずか一年足らずでここまで「進化」するチームも珍しいというのか
 その一年での変化は、まさに驚きでした。

〇松山市民吹奏楽団

 D/セント・アンソニー・ヴァリエーション

 このチームは、「全国に出場しても銅・・・」みたいな印象もありましたけど、
 この年だけは素晴らしい演奏を聴かせてくれたと思います。
 前述の習志野ウインドと同じ自由曲を選んでいましたけど、習志野はカッチンコッチンと何か固い演奏で
 今一つ楽しめなかったのとは対照的に
 こちらは心の底から「楽しい!!」・「聴いていて何かワクワクする・・」みたいな印象でした。
 課題曲もかなりやりたい放題の演奏でしたけど、
 特にビギンのノリというのかサンバの楽しさというか、とにかく聴いているだけで
 微笑みが思わず出てくるような雰囲気でした。
 特に課題曲で印象に残っているのは、中間あたりで、打楽器セクションのみ演奏する箇所が
 あるのですけど、
 この部分で指揮者の指示かどうかはわかりませんが、
 小物打楽器が左右に歩き回りながら打楽器を叩いていたのがとても印象的でした。
 自由曲も悪くはなかったと思いますし、音楽を楽しむ雰囲気はよーく出ていましたし、
 それは間違いなく伝わっていたものの、
 少し「雑」な感じはあったかな・・・
 音量過剰の傾向も少しマイナス・・・
 だけど、全体的には「楽しさ」溢れる音楽で、
 評価が「銀賞」と発表され、何かとてもホッとしたような気持ちもありました。


〇大牟田奏友会

 A/幻想交響曲終楽章

 うーーん、何か技術的にも音楽的にも今一つ・・・
 完成度の高さを模索している間に、全国大会という本番を迎えてしまったという印象で、
 「仕上がりが中途半端・・」という印象のまま終わってしまった感じでした・・・
 とにかく課題曲も自由曲も粗い感じ・・・
 幻想交響曲のラストでは、ティンパニー奏者2名と大太鼓奏者が叩きすぎて
 何か応援団の「頑張れー」みたいな感じになってしまい、
 やはり「ゴツゴツした感じ」になってしまいましたね・・・
 
9/24はホント嫌な一日・・・・

何か朝からクレームの電話が止まらず、
ある方からの電話何か結局一人で二時間近くも対応・・・

うーーん、ホント、人間って「怒りモード」にスイッチが入ってしまうと、
ひたすら2時間近くも喋り続ける方もいるのですね・・・(苦笑・・・)

何かそんな事ばかり続き、珍しい事にこの日は外に一歩も出る事も無く
ほぼ丸一日電話でのクレーム対応に追われたという感じ・・・・

だけど、こういう事って、電話を受けた方はかなりストレスが溜まりますね・・・・(苦笑・・・)

家に戻っても、何か妙にけだるく、体は全然疲れていないのに
妙に脳が疲れ果てているというか、頭が重い・・・・

私、テレビのドラマってまずほとんど見ないのですけど
唯一見ていた「孤独のグルメ4」が最終回を迎え、とても楽しみにしていたのに
帰宅後はそのままパタンキューというか朝まで爆睡状態でしたので
結局、最終回を見逃してしまいました・・・・

うーーん、残念・・・・・

松重さんの「なんだか腹が減ってきた・・」は是非見たかったのですけどね・・・・

これって人気シリーズだから是非第5期の制作も期待したいものですね。
前回、いおなの恋話でフォーチュンが「イノセントフォーム」を取得という流れで
今回がめぐみの話・・・
通常は、いおな同様めぐみも無事にイノセントフォーム取得という流れになるのがセオリー
なのでしょうけど、
まみさんへのお手伝い失敗→余計なお世話炸裂あたりから、
「うん、今回は無いな・・・」と思っていたら、案の定ありませんでした・・・・(苦笑・・・)

ま、実にめぐみらしい話ですし、
気の早い人だと、
「フレッシュのベリーやスイートのリズムが''どうして私だけ・・・''と思い悩んだように
他の3人がすんなりとイノセントフォーム取得出来たのに、めぐみも
が''どうして私だけ・・・''と悩むのでは・・・」と思う人もいるかもしれませんが、
めぐみに関しては、何かそれは無さそうな気も・・・・??

前回、いおながイノセントフォームを取得できたのは、もしかして、
「今まで経験したことが無かった異性との交流を通して、今までにない自分を見出せた。そして
それがきっかけで何か新しい事にも一歩踏み出してみよう」という気持ちが
あったからなのかもしれません。
だけど今回のめぐみの話は、そうした「新しい自分」を見いだせる事にはまだ至らなかったし、
まだイノセントフォーム取得の「心の資格」に一歩届かなかったのかもしれませんよね。

というか、ここでよーく振り返って見ると、
確かに歴代プリキュアの中でこうした新アイテム取得はピンク系が一番早いのですけど
同時にピンク系が一番最初にプリキュアになることがほとんどです。
だけどハピネスチャージの場合、
実はプリキュアになった順序は(正式な発表は何もありませんけど感じとしては・・・)
フォーチュン→プリンセス→ハニー→ラブリーという順番なので
ま、ラブリーのイノセントフォーム取得が一番最後というのも十分妥当性はあると思いますけどね・・・

これまで何回か書いた通り、
めぐみは歴代でも群を抜いて優しく慈愛に溢れ、他人の不幸や困っている事を見て見ぬ振りする事は
出来ないタイプ・・・
これは本当にめぐみの美点ですし、
「絶えず何かを精一杯表現しよう」と前向きに頑張り続ける女の子なのだと思います。

「他人へのおせっかい」とか「他人の困りごとに見て見ぬ振りが出来ない」というと
前作の相田マナが代表例がいます。
同じ「他人へのおせっかい」でもマナとめぐみの間には、少し大きな「違い」があるようにも感じられます。
マナの場合、
めぐみのように「困っている事はぜーんぶ私にお任せ!」という手助けではなくて
自分に出来る事しかお手伝いはしなかったという感じがします。
困り事の相手が本当に望んでいるのは何なのか、
その困り事の根本的原因はどこにあるのか、その原因を除去するにはどうすれば良いのか、
そして自分達に何が出来るのかという事をわきまえていたという感じがします。
めぐみの場合は、その辺が少し違うのかな・・・・

よく登山家が
「どうして山に登るかと言うと、そこに山があるからだ」という話は聞いたことがありますけど、
めぐみの場合、
「なぜ私が人助けをするかというと、そこに困っている人がいるからだ・・・」みたいな
おせっかいの全方位展開なのだと思います。
要は、「その困っている人はどういう事を望んでいるのか」を察知して手助けするのではなくて
「私」という他人のお手伝いをしたくてくたくてうずうずしている人間がいて、
たまたま困っている人がいるから手伝うという感じも決してなくは無いのだと思います。
何て言うのかな・・・・「私は手伝いたい!!」という自分の気持ちの方が優先されてしまっているという事なのかな・・・
ま、それが結果として、今回はまみさんへのお手伝いがことごとく裏目に
出てしまうのですけどね・・・・

でも思うのですけど、
マナの場合もめぐみの場合も
根底にあるのは「人のために何かをしたい!!」という気持ち・・・・
その気持ちこそが尊いのではないかと思うのです。
めぐみの場合、そうした「気持ち」は本当に充分持っているのだけど、
要はマナのような「自分に何が出来るのか・・・」という気持ちが少し欠けているのだと思います。
登山で言うと、マナもめぐみも同じ頂上を目指しているのだけど
マナの場合、近道ルートでスイスイ登れるのに対して
めぐみの場合、寄り道コースで多少時間が掛かっている・・・

そんな違いなのだと思います。

めぐみに必要なものは何かな・・・

やはり「分をわきまえる」というのか「自分一人で出来る事は限られる・・・では自分と言う存在に
果たして何が出来るのか・・・」という事に気が付く事なのだと思います。
それが出来た時、初めていおなのようにイノセントフォームが自ずから登場すると思いますし、
「自分に何が出来るのか」
     ↓
「自分の長所はなんだろう、そして短所は・・・・??」
     ↓
「自分って一体何者なんだろう・・・」
     ↓
「自分がやりたい事は何なのだろう・・・」

みたいな感じでめぐみ自身の「成長」が図れていって欲しいなーとも思います。

ま、もっともめぐみの場合
歴代プリキュアと大きく異なる点は、「誠司」という異性の最大の理解者を既に存在しているという事
ですので、
めぐみ自身、万一「自分に出来る事って・・・」みたいな事に気が付かなくても
誠司の生涯のパートナーとして生きるという道もありますし、
それはそれで立派な選択肢なのだと思います。

めぐみの場合、
プリキュアに変身する事や学校から逃げ出したひめに対する説得や
卓真隊長とかまおちゃんへの対応のように
元々「他人とのコミュニケーション能力」は抜群のものを有していますし、
やはり、将来は、何だろう・・・
保母さんとか幼稚園の先生とかナースとか
そうした職業がめぐみの「お手伝い大好きキャラ」に適しているようにも思えますけどね・・・

     




このお菓子を焼くかわるんるんのパティシエのめぐみは本当に可愛いかったですね・・・

めぐみのかわるんるんは、基本的に何でも可愛いのだけど
特に今回のパティシエ、わんわんわんこ、バスガイドは特に可愛かったですね。

でもお菓子を美味しく焼き上げる事が出来るという事自体、ピンク系プリキュアでは
珍しい感じ・・・・
なきざ・のぞみ・響・みゆきだったら
間違い無く、お約束の(?)真っ黒焦げクッキーになっていたでしょうね・・・(苦笑・・・)


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そうですね・・・

前回、いおなはかなり美味しい(?)役を一人でかっさらい、
今回現在では唯一人イノセントフォームを発動できるから
クッキーのおすそわけにあずかれないのは、ある意味仕方がないのかな・・・・・・??


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うーーーん、やはり「キュ荒プリー」は実にいいですね!!

チョイアークのビビり具合が本当にいい味を出しています。

怒っているのだったら
久しぶりにラブリーのチョイアークの首根っこふん掴み&サイアークへの叩き付けも
見てみたかったですね・・・・(笑)


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はいはい、今週の残念な人・・・・

あれれ・・・??今回もオレスキーでしたね・・・

一体幻影帝国の幹部間には「業務引き継ぎ」とか「報告書」とか「報・連・相」は
存在しないのでしょうか・・・・??
あっそうか・・・
前回のナマケルダがなまけてオレスキーへ伝えるのをさぼっていたのでしょうね・・・・
次回の「ハピネスチャージプリキュア」の10周年おめでとうメッセージは
ついにオオトリの「キュアホワイト」です。
第一回が初代に敬意を表してブラックで開始され、
初代から第8代目のドキドキまでの総計33人のプリキュアのラストが
やはり初代に敬意を表して「ホワイト」というのも何か心憎い演出ですね。

だけど、次回以降の冒頭はどうするのかな・・・

今までは、歴代プリキュア達の「おめでとうメッセージ」で使用していた10秒程度の時間が
いきなりオープニングの歌だけになったら
何かポッカリと穴が開いたような気分・・・

それを含めて次々回以降も何か興味津々ですね。 





「キュアホワイト」と言うと、やはり「知的」というイメージが強いですね。

というか、歴代の「青系プリキュア」の知的で聡明で、少しおマヌケなピンク系をフォローするという
歴代の流れを作り上げたのは、やはりホワイトですし、
そうした意味でもホワイトの歴史的意義は大きいですよね。

以前書いたように、実は私自身は、プリキュアシリーズは初代から見始めたのではなくて
プリキュア5から見始めたのですけど
プリキュア5に興味を持つようになると、
「では前々作のふたりはプリキュアってどんな作品なんだろう・・・」となっていき
その流れで「ふたりはプリキュア」→MH→SSと見るようになっていきました。

最初に見た印象は・・・
プリキュア5の場合、5人というある意味「戦隊もの」に近い感じもあり、
複数のバラバラの個性のメンバー達の成長という側面もあるのですけど、
初代プリキュア、しかも無印の場合、第一話から最終話まで、プリキュアは、このブラックとホワイト
以外一切存在せず、特に何か外部の大きなヘルプも無く
(ま、厳密にはクイーンの力もありましたけど・・・)
なぎさとほのかの二人だけで一年間を戦い切ったというイメージがありますし、
なきざとほのかという二人の主人公の関係というか絆がここまで深く濃密に描かれたシリーズは
歴代プリキュアの中でも無かったと思います。

そのくらい徹底的に「二人の絆」に焦点を当てたシリーズだったと思います。

ま、個人的には、ほのかの
後半になると頻発に連発される
「もー、なぎさったらー」のあのフレーズが大変印象的ですね・・・・


けんか


よく歴代プリキュアの「三大失言」というのが言われますけど

それは・・・・

1.ふたりはプリキュアのなぎさ

  「あなたってプリキュアというだけで友達でも何でもないんだから!!」

2.プリキュア5のりんちゃん

 「口を開けばのぞみ、のぞみって・・・アンタ、他に友達いないの・・・」

3.フレッシュの美希

 「せつなって子は最初からいなかったのよ」

となりますけど、
ま、確かに一番ひどい事いっているのは、初代のなぎさがほのかに言ったこの発言ですよね・・・

でもやはり初代プリキュアの第8話は、名作の誉れ高いと感じます。
前にも書いたと思いますが、全てのプリキュアの道は、この初代の第8話に通じるといっても
決して過言ではないと思います。
というか歴代プリキュアの「原点」がこの回にあるようにも感じられます。
恥ずかしい話、この回だけはいまだに何度見てもたまーに目頭が熱くなる事すらあります・・・・

ほとんどのプリキュア達は、初対面同士でも1~2回目でお互いを名前で呼び合えるように
打ち解けています。
初代の場合、7話に至っても、お互いの事を姓で呼び合うなど心から打ち解けていない点が
歴代プリキュア達と大きく異なる点だと思います。

確かに第8話は名作なのだけど、そこにたどり着くまでの「布石」というか「仕掛け」の演出が
今改めて見てみると、綿密に仕掛けられているのが本当に上手いと思います。
ラクロスの試合前に、ほのかと藤Pが仲良くしている所をなぎさが目撃してしまい、
疑心暗鬼に陥ったこと、第6話で、石の番人から「プリキュア手帳」を手渡されている事、
なぎさが、ほのかとの性格・環境面等の違いに気付いていた事、
ほのかは「恋」を経験したことがなく、「微妙な乙女心」には疎いことなど
そこにたどり着くまでの演出の気配りには感心させられるものがあります。

なぎさがほのかに対して、
「あなたなんてプリキュアというだけで友達でも何でもないんだからーー」と
発した一言が原因で、二人の関係は一瞬で崩壊していった訳ですが、
そこから、ゲキドラーゴとのバトルの最中でも言い争いをしたり、戦闘が原因で
鞄の中身が散らばり、それが原因でお互いのプリキュア手帳が入替り、それを
お互いがお互いの手帳を読むことで相手の真意を理解し、和解、そして初めて
お互いの名前を呼び捨てできる関係になっていった訳なのですが、
やはり今見ても、何かこのシーンは胸が熱くなるものを感じます・・・

現役のハピネスチャージに慣れた中で改めて初代プリキュアを見ると、
なぎさもほのかも精神的成熟度は意外と高いというか、大人だったんだなーと
感じる事もあります。

というか、それだけ、めぐみとひめは、まだまだポンコツ・・・・??
逆にゆうゆうの精神的成熟度は、ほのかクラスなのかな・・・・
今回の記事をもって、おかげさまで
「吹奏楽」カテゴリで400記事に到達できました・・・・
これも温かいコメントを頂く皆様からのおかげと思っております。
この場を借りて御礼を申し上げたいと思います。

これまで色々読んで頂き、本当にありがとうございました!!

8/15にブログ開設3周年に入った事をご報告させて頂き、
その際に、「なぜこのブログを開設したか」等の理由を書かせて頂きました。
プリキュアカテゴリ500記事到達の際にも同じことを書いたと思いますけど、
改めて記しておくと・・・

このブログは、元々は
既に30年以上前の吹奏楽コンクールの「自分にとっては一生忘れる事が出来ない素晴らしい演奏」を
何か「記録」として残していきたいという思いで始めたものでした。
過去のそうした素晴らしい演奏、特に花輪と大曲のように支部大会止まりで全国大会に進めなかった
チームのあまりにも素晴らしい演奏を、「忘却の彼方」というように埋もらせたくなかった
気持ちがあったと思います。

一例をあげると、その具体的な演奏とは・・・

〇1982年・東北大会/花輪高校 ウォルトン 交響曲第一番変ロ短調終楽章

〇1982年・全国大会/仁賀保高校 矢代秋雄 交響曲第四楽章

〇1982年・全国大会/就実高校 トゥリーナ 幻想舞曲集

〇1981年・東北大会/大曲高校 三善晃 交響三章第二楽章

〇1982年・全国大会/屋代高校 松村禎三 交響曲第三楽章

○1987年・全国大会/雄新中学校 ワーグナー エルザの大聖堂への厳かな行列

○1979年・全国大会/市立川口高校 ネリベル 二つの交響的断章

○1976年・全国大会/秋田南高校 ストラヴィンスキー ペトルーシュカ

○1985年・全国大会/愛工大名電 フーサ プラハのための音楽1968

○1980年・全国大会/前橋商業  小山清茂/吹奏楽のための鄙歌第二番

○1994年・全国大会/関東一   ロースト カンタベリーコラール

○1992年・全国大会/新屋高校  ハチャ―トゥーリアン ガイーヌ

など様々です。

ま、特に1982年の東北大会の花輪高校のウォルトンの一番と同じく82年の全国大会の屋代高校の
松村禎三/交響曲の素晴らしさについて
誰か一人ぐらいは、ネット上にでも「記録」として残しておきたいという気持ちが
一番大きかったと思います。

ま、だけど結果としては
「吹奏楽」と同じくらい大好きな「プリキュア」の事を記事にする機会の方が圧倒的に多く
「プリキュア」カテゴリは先月既に500記事に到達してしまいましたから・・・・(苦笑・・・)
ま、でもどちらも両方「だーいすき」という気持ちは今後とも変わりはないと思いますね。

この「吹奏楽」カテゴリは、本当にテキトーに書いている部分が多く、
あくまで自分が「こう思った、こう感じた」という事をストレートに書いているだけですので
正直、すごく気軽に書けます。
「プリキュアカテゴリ」の記事も全く同様で
夜、このブログを書く際、
吹奏楽とプリキュアカテゴリは、全然ネタに困らないというか
PCの前で勝手に手が動くという感じです。
というか、恐らくですけど、
「プリキュア」と「吹奏楽」カテゴリに関しては、今後まだまだネタが満載と言うか
各々あと1000記事は楽に書ける自信がありますね・・・・(苦笑・・・)

当初このブログの方向性は「音楽」なのかなとも思っていましたけど
予想外の方向にもなりましたね・・・・(苦笑・・・)
意外と「クラシック音楽」カテゴリが伸びなかったな・・・
うーーん、あのカテゴリは、テキトーな事は書けないし、何か少し肩に力が入ってしまい、
プリキュア・吹奏楽のようにスラスラとノーテンキに書けないのですよね・・・

あ、別に予想外ではないか・・・
「プリキュアの事を語らせたら、一日中喋り続けられる人」というのが
うちの奥様が自分に対して一番持っている印象のようですから・・・・

最後に、この吹奏楽記事を色々と書かせて頂いていると
当時の演奏者の方とかOB関係の方から色々と嬉しいコメントを頂いたり、
当時の貴重なお話を色々と教えて頂いたり、本当にあれはすごーーく参考になりました。
本当にありがとうございました!!

特に屋代高校・関東一高・新潟明訓・高岡商業・徳山大学・就実高校などの関係者の方からの
コメントは本当に嬉しかったです。
改めて感謝の気持ちを表したいと思います。

どうぞ今後とも「プリキュアカテゴリ」共々「吹奏楽」カテゴリ記事も
宜しくお願いします。

この年1988年の課題曲はA/深層の祭りとD/カーニバルのマーチに人気が二分する結果に
なってしまいました・・・
私個人の感想ですけど、この年の課題曲は正直苦手なものが多く、
前年の1987年をもって10年間に渡る「吹奏楽コンクール出場」の歴史に幕がおろされ、
1988年から晴れて新社会人になった身としては
「社会人になったのは正直しんどいけど、88年みたいな課題曲を吹かずに済んでよかった・・・」みたいな
気持ちも少しはあったようにも思えます。
ま、A/深層の祭りは、よく分かりますし、難解だけど決して嫌いな曲ではありません。
だけどD/カーニバルのマーチのあの軽薄さとB/交響的舞曲のモヤモヤ感はどうも苦手でしたね・・・
この年の吹奏楽コンクール・全国大会は、結果的に全部門聴いてしまったのですけど
課題曲を聴くのが結構しんどかった・・・・という印象もありますね。
(86年とか90年のように全ての課題曲が名作揃いだとすごく嬉しいのですけどね・・・・)

そんな中、この年の課題曲で一番好きだったのは課題曲C/マーチ「スタウト・アンド・シンプル」でした。

だけどこの課題曲全然人気が無くて、
高校・一般の部ではなんと演奏団体ゼロです・・・
中学で2団体、大学と職場の部で各々1団体ずつで
全国大会ではわずか4チームしか演奏されない人気薄の課題曲でした・・・
(でも1978年の課題曲B/カントよりはマシか・・・・だってあの課題曲全国大会では全部門を通じて
演奏したチームはゼロでしたから・・・)

この「スタウト・アンド・シンプル」は文字通り、同じようなメロディーが延々と繰り返されるような感じの曲
なのですけど、意外と技術的に簡単ではないし、
どのように料理するかが非常に難しい曲だと思います。
だからこそ、課題曲にマーチを選ぶチームは、表現がしやすいDの方を選んだと思います。
だって「マーチの名手」と呼ばれる阪急百貨店ですら、この課題曲Cは、
何かリズムがぎくしゃくし、普段の阪急らしい「正統派感」は希薄でしたからね・・・

でも何か「噛めば噛むほど味がでるような」スルメイカみたいなこの曲、
私は大好きでしたね。
何でかな・・??
全体に繰り返しが多いから「しつこい」という感じもしなくはないのですけど、
そのしつこさがやみつきになるという感じもしますし、
曲のメロディーラインが何か「ハッピー」な感じがするのもいいと思いますし、
私がもしも指揮者だったら、この年は文句なく課題曲Cを選んでいたと思います・・・

この課題曲の原博氏は、ある意味「異端的」なクラシック音楽作曲家としても知られ、
ほとんどのクラシック音楽作曲家が難解極まる「現代音楽」路線に向けて走る中、
原博は、ハイドン・モーツアルトのような「古典主義」の音楽に回帰するという主義の下
そうした作曲家たちの作風を「模倣」ではなくて「継承する」という路線を取り、
現代においてもそうした古典的な作風の曲を色々と発表していました。
原博は、後年、吹奏楽コンクール課題曲として「吹奏楽のためのミニシンフォニー 変ホ長調」という作品を
作曲していましたが、
確かに、この作品からは作曲者のそうした意図は十分に伝わってきます。
この「スタウト・アンド・シンプル」も「吹奏楽のためのミニシンフォニー」も私はかなり大好きな課題曲の
部類に入りますね。
余談ですけど、原博は、確かフォンテックから発売されていたと思いますけど
管弦楽としての「交響曲」も残しています。
この交響曲四楽章形式で演奏時間50分と長めですけど、
とても現代の作品とは思えないほど「ハッピー」感溢れる素敵な曲ですよ。
楽章の中には、何と古典派みたいな「メヌエット」もありますけど・・・・


○市川交響吹奏楽団

 A/海より

 かなりの大人数で、印象としては「精密なマシーン」という感じもします。
 指揮者のコントロールがかなり厳格のようにも感じられ、
 全体しては「大変知性的で理性的なのだけど、少し抑えられすぎ・・・」みたいな印象もありました。
 課題曲Aのように、精密で計算され尽された曲は、このチームのカラーに最も相応しいような
 感じもあり、
 確かに豪快に鳴らしてはいるのだけど、「引くところはきちんと引いて、音量は節度をもって保たれている」
 みたいな感じもありました。
 でも何か反面「意図がみえみえ」というか何か「計算高い」みたいな印象も受けました。

 自由曲の「海」は良かったですね。

 吹奏楽コンクール全国大会で初めてドビュッシーの「海」を演奏したのは
 山王中とか豊島第十中と思われがちですけど、
 実は玉川学園高等部でした・・・
 この玉川の演奏を聴いたことがあるのですけど、印象としては
 現在と違って、あまり洗練されていなくてゴツゴツとした響きという感じです。

 その当時の「海」を思うと、この市川交響の「海」は、まさに「洗練」の極みですね・・・・

 音が綺麗だから、それだけでも上手く聴こえるのですけど
 やはり指揮者のコントロールが厳格の為か、
 音量は比較的控えめ・・・
 そして何よりも終盤ギリギリまで「感情」を抑制し、
 最後の最後で「溢れる感情を爆発・炎上させて終わらせた・・・」という印象が非常に強いです。

 でも何か「計算された感」が強いんですよね・・・・

 結果的にこのチームは3年連続の金賞となるのですけど、
 個人的な感想としては、このチームとコンチェルト・エロイカに金賞をあげるなら
 札幌交響と米沢に金賞を与えて欲しかったと思います・・・
私自身、吹奏楽で管弦楽アレンジを含めて色々な曲を吹いたと思いますけど、
自分自身の主な担当楽器のクラリネットでは、
スコア上は、まー、色々と無茶難題がありましたね・・・

「こんな高音域出る訳ないじゃん・・・」

「この速度設定で、16分音符ばっかり・・・演奏不能じゃん・・」

「なにこの異常に長い音伸ばし、これってロングトーンと同じじゃん。
一体どこでブレス(息継ぎ)すればいいの・・・??」

「ラとシのトレモノなんだけど、クラリネットのラは一番先端のキーのみのタッチで、
シは全部の指でキーを使う訳で、一体このラとシのトレモノをやれなんて、クラリネットの運指上
出来る訳ないでしょ・・・うーーん、これって何か替え指を発見しろという事なのかな・・・」

「スコア上のpppppっていったい何・・・・どんだけ弱い音で吹けっていうんだよ・・・」

ま、この辺りの愚痴はクラリネットに限らず全ての楽器に言える事だと思いますけどね・・・

作曲者にしては何気なくとかある演奏効果を意図してという事もあるかもしれませんが、
何気なく書いたスコアが原因で
一体どれだけの奏者が現場で苦労したかなんて・・・
そりゃ分からないでしょうけど、
ま、作曲者には作曲者としての意図・言い分があるでしょうから、
それは、ま、お互いに「言いっこなし」という感じなのかな・・・・

ま、あまりにも演奏不可の場合は
(大抵指揮者に無断で)
パート内で相談した事もありましたし、自己判断で
一部スコア譜を変更したなーんてこともありましたね・・・
大抵指揮者に後でバレて怒られるのですけど・・・(苦笑・・・)

音量指示があまりにも弱すぎて演奏者が大変な一つの例として、
チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」第一楽章があるかな・・・
この第一楽章は三つの部分から構成され、
始まりは慟哭のような呻くような陰気な感じで展開され、
第一楽章開始から10分が経過した頃、突然全楽器のfffが鳴り響き、唐突に強奏の音楽が
展開され、
そしてラストは再び静粛に閉じられます。
中間部の唐突な強奏展開の直前に、クラリネットがソロで第一楽章第二主題を吹くのですけど
この場面、楽譜の指定はpppなのですけど、
少し進展すると楽譜上の指定はppppとなり、
クラリネットからファゴットに主題がバトンタッチされるあたりの
楽譜上の指定は、なんと・・・・ppppppと「p」(ピアノ=弱く)が六個も付いてしまいます・・・・
これってクラリネットも大変ですけど、
弱音で音量を絞るのは「至難の業」というファゴットにとっては「悪夢」としか言いようがないですね・・・
この場面、奏者はクラリネットとファゴットのほぼ二人だけですので
ミスったら完全にばれてしまうし、指揮者に睨まれてしまうし、
まー、本当に大変そうですね・・・・

だけど、この極端な弱音の世界から次の瞬間に全楽器で「ジャン!!」という凄まじい強音が叩き付けられ
この部分は、第一楽章前半でウトウトしてしまった聴衆を叩き起こすには
十分すぎる効果があると思いますし、
この唐突な場面変化はまさに「青天の霹靂」という感じすらします・・・・

でもこうしたppppppからffffの急激な変化は、
すさまじいインパクトを与えますよね・・・
よく「ダイナミクスレンジ」の幅が広いとか狭いとかいう話を聞きますけど
これって単なる音量だけの「差異」ではないと思います。
チャイコの悲愴の第一楽章のように、唐突な場面転換の印象度の強さのように
あくまで「表現力の幅広さ」なのだとも思います。
とくにこうした「落差の大きさ」の起伏が激しい場合は、
特にそうしたダイナミックスレンジの有効活用みたいなものを感じてしまいますね・・・
最近本当に冗談抜きで会社関係の「クレーム対応・クレーム処理」が多く、
CS担当というか実質的にはクレーム処理チーム・火消し担当の自分の出動という事になるのですけど、
やはり色々な意味で面倒です・・・
まずは相手の話をとにかく「とことん聞く」事から全てが始まるのですけど、
ま、経験上、どんなに怒り狂っている人間でも、大体1時間程度が「怒りの感情で喋りつづける限界」だと
思うのです。
相手が怒りの感情で話し続けている間に、余計な言い訳とか経緯説明をしても全く意味がありません・・・
かえって火に油を注ぐだけです・・
とにかくまずは相手の言い分を聞く事から始めないと
何もスタートしませんし、
実際自分なんかも相手が怒りの感情のみで喋り続けている間はほとんど馬耳東風状態で
ほとんど何も聞いてはいないのですけど(苦笑・・・)
その間に、その人が半分演技状態で計算の上条件闘争に持ち込もうとしているのか
本当に心の底から怒っているのか
まずはその観察からですよね・・
その判断を誤ると後でエライ目に遭いますから・・・

それと電話でのクレーム対応は本当に嫌ですよね・・・

あれはお互いの顔が見えない中だから、相手もとにかく言いたい事を一方的に喋り続けるだけだし、
喋れば喋るほど怒りの感情が更に増幅されるという悪循環が
起きかねないのが電話の嫌な所です・・・
よく社内で「ほーんと、クレーム電話対応こなすの上手いよね・・・」と妙な評価を受ける事が
あるのですけど、
いや、それは全然違うのですよ・・・・

私、この種の電話対応は、どちらかというと「変化球投手」なもので
相手の怒りの感情が収まりかけた頃、
(その相手の方をある程度知っていることが多いので)
全然関係が無い話を「ところで・・・」とかいって話題を転換し
「前回自分がお伺いした際、室内で飼われていたあのワンちゃん、自分が退席するまでは
ずーーっとこちらを見ていて立ち上がろうとすると吠えだす・・・中々賢い番犬ですね・・」
みたいな話のすり替えをすると
大抵の方は、
「あ、さすがに少し怒り過ぎたかな・・・・電話に出た方にひどい事言ったかな・・・」みたいな心理作用が
働くかどうかはよく分かりませんが、
「そうなのよねー、実はあの犬は・・・」みたいな話が今度は横道にそれた展開が延々と続き、
話のネタが尽きた頃に
唐突に、
「本当のこの○○の件は申し訳ありません。社内で出来る事出来ない事もありますが、よく協議の上、
後日○○日以内に、必ずご連絡いたします」と
真顔で直球をいきなり投げると
大抵の方は、
「ああ、そうなの・・・じゃ待っているね・・」で
何とか終わります・・・・

ま、だけど面倒と言うか「とにかく疲れる・・・・」・「聞くだけでもどっと疲れる・・・」みたいな
感じになりますね・・・(苦笑・・・・)
ま、相手の言い分も分からない事はないですからね・・・

でもそう思っていたら
家庭内でもクレームが発生・・・・
朝、出かける時に、うちの奥様から
「仏壇に供えるから、おはぎ買ってきて、ついでに本日発売のセブンイレブン限定商品の○○も
買ってきて・・・」とか言われていたのをすっかり忘れていました・・・
案の定、帰宅すると
「あれ、おはぎは・・・?? えーー、忘れたの・・・!? 信じられなーい・・・・!!」と
おかんむり状態・・・・

ま、家庭内のクレームは、こうしたしょーもない事ばかりですけど
「わかった、わかった・・・・火曜は休みだから午前中買っておくからさー」とか言って
やはりクレーム処理は迅速にしないといけませんよね・・・・(苦笑・・)
前回の記事で、物語シリーズの「戦場ヶ原ひたぎ」の箱無フィギュアをかなりの廉価で購入と
書きましたけど、
実はもう一つついでに買っていたものがありました。

というか、このショップ、前回はまたまた「キャンペーン展開中」で
合計三点購入すると、一個108円の商品に限り半額になるというものでしたので、
こういう時って、ついつい余計なものを購入してしまうのですよね・・
「ま、二つ合わせて108円だからいっか・・」なーんて安易に考えると、これが積み重なると
会社員の安月給のお小遣いがどんどん目減りすることになるから
「無駄遣い」はそこそこに・・・・という感じですよね(苦笑・・・)




これってどこかで見たことがあるな・・・と思っていたら
「プリキュアオールスター映画DX3」の前売り特典のミニビニールバッグでしたね。
表面は、プリキュア5GoGo!!の6人ですね。

やはりキュアドリームがいるだけで、私はついついニコニコして余計なものを
買ってしまいます・・・(苦笑・・)
プリキュアの映画というのは、実は2~3回しか映画館で見たことが無いのです。
というか、封切間もない頃の土日祝日等に映画館に行くと・・・
小さいお子さんたちとその父兄ばかりなので、
思いっきり「場違い」な違和感を感じてしまい、正直居心地は悪いですね・・・

これって以前、GW期間中ヒマだったので
「何かサントリーホールとか東京芸術劇場で当日券が残っているコンサートって無いかな・・・」と
思って探してみると、唯一残っていたのが
「サントリーホール・こどもの日特別演奏会~曲目、ストラヴィンスキー・バレエ音楽「火の鳥」など」
という企画で
「ストラヴィンスキーをまさか小さい子供たちに聴かせる訳ないだろう・・・
これは普通の演奏会だな・・・」と勝手に思い込んで聴きに行ったら
会場は、未就学児童とその父兄ばかりで
思いっきり「場違い」な気分のまま2時間を過ごした・・・という話とほぼ同じですね・・・

「プリキュア映画」は基本的に映画館には行きにくいし、
大抵公開後1年程度経過してツタヤでレンタルすることが多いですよね。
だから、こうした前売り特典は貰ったことがないゆえに
こうした特典グッズがあるとついつい手がしまいますね・・・・
一度うちの奥様と「ハートキャッチプリキュア」の映画を見に行ったのですけど
その際はいかにも「家族連れ」みたいなオーラが少し出ていて
場違いさは少なかったですね・・・
ま、うちの奥様も半分「おこちゃま・・・」みたいなものですけど・・・


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裏面は、当時、新人プリキュアであったメロディとリズム、そしてフレッシュのメンバーですね。

このDX3映画は、今の所6本あるオールスター映画の中では
一番好きな作品です。
これ以降のNSステージになると、さすがにプリキュアの数が増えすぎて
全員にセリフあり・見せ場ありという「DX路線」みたいな話の流れは出来なくなりましたから、
このDX3映画が、全員セリフあり・見せ場ありというオールスターらしい雰囲気をキープできた映画としては
実質的に最後のものになってしまいましたね・・・

この映画の頃は、プリキュアの数は21名でしたので、
ま、確かに「全員に見せ場あり」という路線はこの人数が物理的限界なのかも
しれませんよね。
(現在のプリキュアの数は37名ですからね・・・・)

DX3映画は
ピンクチーム・ブルーチーム・黄色チームと歴代のシリーズの枠を飛び越えての編成でしたので
色々な組み合わせが見られて
それだけでも楽しかったですね。
リーダーチームともいえるピンクチーム
安心の知性チームのブルーチーム
そして寄せ集め(??)の黄色チーム

特に黄色チームがとてもバラエティーに富んでいて
通常ではありえない組合せ・・例えばムーンライトとシャイニールミナスが同じチーム内にいたりとか、
最強戦力のムーンライト・ミルキーローズが同一チームにいる中で
パインみたいな最弱(?)候補がいたり、
全体的にボケ要員が多い中で、ツッコミ担当はルージュだけだったり、
ラブがいないパッションがいたりと
見ているだけで楽しかったです。
また黄色チームだけ「ゲーム勝負」でしたので、その意味でもメンバーの様々なボケや活躍が
見られて良かったですね・・・
特に勝手にポンポンサイコロの目を振り続けるレモネードが最高に楽しかったです。



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最後に「キュアメロディ」のガチャガチャ・・・・

スイートの再放送展開中という事もありますけど、
何か自分の中では、メロディが
現在放映中の現役の「ハピネスチャージ」のメンバーを除くと
なぜか「現在お気に入り」というか「ちょっとしたマイブーム」になっています・・・
やはりあの「フィナーレ!!」の天使のようなあの笑顔と
明るく元気な感じと歴代屈指の寂しがり屋というちょっとしたギャップも魅力の
一つですよね。
9/21(日)は朝からいつも通りお仕事・・・

だけどこの日の埼玉は何か微妙に暑かった・・・

そのため、一週間振りぐらいに半袖を着て、車の窓を全開にして仕事に出ていたら
結果的に何と、蚊に合計12箇所も刺されていました・・・
(ムヒを塗ってもまだ痒いです・・・・)
首筋と右腕と顔面に集中していましたね。

ま、私、子供の時からとにかく蚊に刺されやすくそれは今でも同じですね。
よく血液型O型の人は蚊に刺されやすいという話を聞きますけど
(本当かな・・・単なる都市伝説なのかな・・・・??)
ちなみに私はO型です。

都内、特に代々木公園ではいまだに「デング熱」の蚊が大騒ぎになっていて、
何かそれが新宿中央公園にもいるとか上野公園にもいるとか
何か大変な事になっていますね・・・
ま、ここは幸い「埼玉」だから、そういう蚊はいないのかな・・
いたら困るけど・・・

もしも、このブログが一週間程度急に更新が止まったとしたら
それは、もしかして、12箇所刺されたうちのどれかが
「デング熱発症ウイルス」を体内に持っていた蚊だったのかもしれませんよね・・・・(苦笑・・)

ま、それはないか・・
そうなったら本当に嫌ですけど・・・・
ショスタコーヴイッチの「祝典序曲」は、ともすれば「深刻」・「悲愴感」・「重厚長大」・「悲劇的」・
「政治とスターリンに生涯振り回された悲劇の作曲家」・「本音と建前の二重言語を駆使」みたいに
ついつい言われてしまうショスタコの作品の中でも
例外的に明るく、どこまでも底抜けに楽しく進展し、開放感満点の素晴らしい小品です。
演奏時間は大体7分前後くらいかな・・・
指揮者によっては6分を切るスピード感満点の演奏もあるみたいですけどね。

ショスタコは、その生涯で二度ほど「やばい状況」を迎えます・・・
当時のソ連体制においては、国家権力によって睨まれたり、監視の対象になってしまうという
「やばい状況」とはこれすなわち、自身の「死」とか「シベリア流刑」とか「強制収容所送り」という事を
意味しましたので、
ま、かなり相当やばい状況だったのでしょうね・・・

本来、音楽とは作曲家の自由意思というか
「自分はこのように感じたからこうした曲を作る!!」みたいな事が尊重されるのは当然の事
なのですけど、
当時の共産党一党独裁のソ連にはそうした自由は無く、
「人民が喜びそうな外面的効果の高い音楽」を量産する事を求められ
「自身の内面」を描くといった抽象的な音楽は、国家権力によって敬遠され
ひたすら外面的に明るい音楽を作曲する事が求められていました。
だからこそ、「自由な音楽」を求めてソ連体制を嫌って祖国からの「亡命」を求めたのが
ストラヴィンスキーとかプロコフィエフだったのでししょうね。
だけどショスタコは律儀にも「祖国愛」が強いのか、面倒な事を嫌ったのか、家族の反対にあったかは
よく分かりませんけど、生涯一度も亡命する事もなく
ずーーっとソ連体制の中で生き続け、
その生涯をソ連の中で閉じた方なのです。
本当は、マーラーみたいな音楽を書きたかった欲求もあったと思いますけど
時に自分の内面に忠実な作品を書き、それが国家からの批判を招き、その反動として
外面効果が高い分かり易い曲を残すという「御用作曲家」みたいな面を持つという
本当に苦労が絶えない人だったと思います。

前述の「やばい状況」の内の一回目は
交響曲第4番やバレエ「明るい小川」を作曲していた頃・・・・
これらの音楽が「抽象的で訳がわからん・・・」という事で睨まれ
その代償として作曲されたのが、ショスタコの代表作、交響曲第5番「革命」というのも
何だか不思議な感じがします。
やばい二回目は、第二次世界大戦終了後に、
戦争勝利記念作として発表された交響曲第9番・・・
スターリンにとっては、
「この交響曲は特別な存在であるべき・・・なぜなら我々は戦勝国だからである。
だからこの祝祭的な交響曲は、合唱などを入れ大規模に国家の勝利を讃える必要がある」などと
思ったかどうかはよく分かりませんが、
そうした気持ちは幾分は持っていたのかもしれません。
だからこそこの第9交響曲が「洒落っ気に溢れたかるーい曲」であったことに
スターリンは激怒し、
「俺の顔を潰しやがって・・・」みたいな気持はどこかにあったかもしれません。
そして二回目のやばい状況が訪れるのです。
ショスタコは、この危機に対しては、オラトリオ「森の歌」で大衆迎合用の分かり易い曲を提出し
難を逃れています・・・
ちなみの「森の歌」の初版の歌詞のラストは「スターリン万歳!!」だそうです・・・
(スターリンの死後削除されています・・・)

そしてこういう状況の下、結果的にスターリンは1953年に逝去します・・・

話が前置きの段階で相当長くなりましたけど
そのスターリン死亡の翌年に
この「祝典序曲」が作曲されます。
この曲は、一応表面上は、革命37周年記念とか、ボルガ=ドン運河竣工記念という名目で
書き上げられていますけど、
これって少しおかしいようにも感じます。
だって革命37周年は中途半端な数字ですし、運河が完成したのは、「祝典序曲」作曲の
確か2年か3年前の少し古い話・・・・

うーーーん、やはりもしかしてうがった見方をすると
「スターリンの死」がショスタコにとっては「祝典」だったのかな・・・・??
だってそれまでの生涯であんなに陰気で重厚な曲ばかり書いていた人が
突然こんな軽妙で明るい曲を作曲するなんてあり得るのかな・・・??
やはり「スターリンの死」が自分にとっては「祝典」である事をほのめかしたかったようにも
感じられない事はありません・・・
交響曲第10番もそうした香りがぷんぷん漂います・・・
第一楽章から第三楽章までは「陰気」な雰囲気がぷんぷんなのですけど、
第四楽章の中盤から唐突に明るい幸福感に満ちた印象に激変します・・・
何かこれって、
「人間の死と言うのは本来悲しむべきことであるのに、
スターリンという独裁者が死なないとソ連国民全体の幸福がやってこない」という国家的な「皮肉」を
謳い上げたようにも私には聴こえてなりません・・・・

ま、それはそうとして「祝典序曲」に話を戻しますと、
この曲の構成はとてもシンプルで
冒頭の金管による健康的な明るいファンファーレが華麗に吹奏され、
ラスト近くのこの冒頭の「ファンファーレ」の再現に向けて
全楽器が燃え立つように突進するという「シンプル イズ ベスト」を絵に描いたような作品だと
思います。
冒頭のファンファーレの後すぐに出てくるクラリネットのソロが流麗で実に素晴らしいですね・・・・!!
だけどこの曲のスコアとクラリネットのパート譜を見て絶句しました・・・
「難しすぎて自分にはとても吹けない・・・・」と・・・
ラストのファンファーレの再現部分で
「バンダ」という金管別働隊も加わり、華麗に曲は閉じられます。

曲の背景は何か面倒なものがありそうだけど
曲そのものはいたったシンプルで明るく楽しい曲という
なにやらショスタコ自身の「矛盾」を立証したような作品と言えるのかもしれませんよね。

この曲、ハンスバーガーによって吹奏楽用にもアレンジされ
現在でもよーく吹奏楽コンクールの自由曲として選ばれています。
吹奏楽コンクールにおけるこの曲の名演として
1983年の白子ウィンドオーケストラ
1989年の富山商業は強く推したいですね。
また「やりたい放題のとんでもない珍演だけど、とてつもなく個性豊かな名演」は
1998年の西宮高校かな・・・
うーーん、あれはすごい・・・凄すぎる・・・
指揮者の吉永陽一先生に、自分としては敬意を表したいですね・・・・
本日の「ハピネスチャージプリキュア」は、
私が大好きなめぐみの回ですし、
めぐみのイノセントフォーム初お披露目ですので、とても楽しみにしています。
以前書いたと思いますけど、歴代でNo.1クラスのメンタルの強さを誇るのぞみ大先輩は
めぐみとほぼ同じように、勉強・スポーツがまるでダメダメで、ドジでおっちょこちょいで、
将来の夢も何も決まっていないのですけど、
(家事が出来るという点では、まだめぐみの方ができる娘・・・・??)
のぞみも「将来は学校の先生になりたい」という夢を見つけた時から
更なる大きな成長を図れる事が出来ましたから、
あそこまで大きく成長しなくても良いから
めぐみも今回の話で「自分は何をしたいのだろう・・・」という何かヒントでも見つけられると
いいですよね・・・
めぐみは現在でも十分魅力的なプリキュアだけど
「自分」を見つめなおし、自分の魅力を本人が自覚できるようになるだけで
更なる成長も伸びしろもありそうですね。
初期の頃、逃げてばかりいるひめに対して、言葉巧みに道筋を提示出来ていたように
めぐみ自身のコミュニケーション能力は歴代でもトップクラスだと思いますし、
その「口の上手さ」は、
やはり「他人を上手に誘導・リードしていく職業」にも向いているような気もしますし、
例えば保母さんとか幼稚園の先生とかに
向いているような気もしますね・・・・


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さてさて今回の「10周年おめでとうメッセージ」は
キュアミューズですね。
という事は、やはり大トリは初代に敬意を表して予想通りキュアホワイトですね。

ミューズは、ドキドキの亜久里と並んで
小学生プリキュアなのですけど、
プリキュアの世界の場合、中学生プリキュアよりも小学生プリキュアの方がしっかりしているというのも
何か面白いものがありますね。



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改めて思ったのですけど、
「キュアミューズ」はプリンセス(王女様)なのですよね・・・・

振り返って見ると、歴代プリキュアにも色々と王女は登場してきました・・・・


○SS→フィーリア王女

 初代のクイーンとは対照的に小さい小さい王女様でしたね・・・

○プリキュア5GoGo →クレープ王女

 かなり計算高い感じもありましたし、「ココ様大好き」という意味では、のぞみとくるみとの間には
 競合関係が成立しそうですね・・・

○フレッシュ →タルトは一応「王子」ですので、その許嫁の「アスギーナ」も一応は王女なのかな・・・??

○ドキドキ →アン王女

だけどどうしても「王女」→プリンセスと言うと
現役の「ハピネスチャージ」のキュアプリンセスを連想してしまいますね・・・・
ま、ひめ自体も初期の頃に比べると相当の「成長」が見られるのですけど
やはり全体としては、これほど「ポンコツ」という形容詞が似合うプリキュアは歴代でも
あまりいなかったですね・・・・(苦笑・・・)

なんかマジで、アン王女大好きでアン王女を崇拝しているキュアソードから
キュアプリンセスを見てしまうと
「あなたなんか王女として認めない!!」とツンツンして言われそうですね・・・・(苦笑・・・)

だけどプリンセスも
わんわんわんことして追いかけるめぐみと抱き合って泣いていた回とか
キュアフォーチュンの「孤独」にいち早く気が付いた事とか
「氷川さんのけちんぼう!」発言とか
アンラブリー回で落ち込むラブリーの腕をギューッとつねったシーンとか
色々と名シーンは残してくれましたし、
今後もすごーく楽しみなプリキュアです。

「スイートプリキュア」なのですけど、
前作「ハートキャッチ」のかなり早い段階から「ネタバレ画像」としてキュアサンシャインが
出回っていましたけど、
それと同様にスイートでも序盤から「キュアビート」のネタバレ画像なるものが随分とネットの世界では
駆け巡っていましたね・・・
そのネタバレ画像のビートは、まさに「和音」だったので、
自分自身、一時的に
キュアビート(青)→和音 キュアシンフォニー(黄色)→アコちゃん
(キュアシンフォニーというのは一時期出廻ったガセネタでしたね・・・・苦笑・・)
そして、謎の黒仮面プリキュアの正体はアフロディテ様
セイレーンは最終決戦まで幽閉状態・・・と
予想した事もあったのですけど
完全に大ハズレ・・・・でしたね・・・・
「物語シリーズ」の戦場ヶ原ひたぎのフィギュアは、
実は前から欲しくて欲しくて堪らないという感じだったのですけど、
いかんせん金額が高い・・・・
普通の会社員の「お小遣い」では、
何か抵抗がある金額というか、大抵1500~2500円程度はしていますので
これを買うなら「明日の昼食代に・・・」とか「車のガソリン代に・・・」という感じに
なってしまうのですけど、
本日何気なく立ち寄ったいつもの中古おもちゃ店で
「訳あり値下げ品」の中に、この「戦場ヶ原ひたぎ」がいました・・・

「あれ、何が訳ありなのかな・・・?」と思っていたら
その理由は「箱無し」でした。
この種の値下げ品の理由って、
例えば「たばこ臭あり」とか「台座無し」とか「付属品欠落」とか「太陽光線やけ」とか
「パーツの先端曲り」とか「部分的な色剥げ」という事が多いけど
「箱無し」というのも結構多いですね。
だけど見た目の状態がとてもよかったし、何よりも399円という価格がお手頃だったので
思わず購入してしまいました・・・・




この髪型と服装から判断して
化物語ファーストシーズンの頃のものですね。
他に高校の制服バージョンもあったけど、こちらの私服バージョンの方が圧倒的に可愛いから
こちらにしてしまいました。
黒で統一されたファッションが何かてかにも戦場ヶ原ひたぎらしい感じもしますけど、
髪型が普段のストレートではなくて、
ポニーテール風なのも、
歴代プリキュアの中でも、めぐみとかなおちゃんみたいなポニーテール娘が大好きな自分にとっては
ポイントが高いです・・・・(苦笑・・・)



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少しアップにしてみたらこんな感じでした・・・

戦場ヶ原ひたぎというと、
「史上最凶のツンデレ」とか「孤高」とか「おっかねー」とか「いつもビリビリしてそう・・・」みたいなイメージも
あるのですけど、
このフィギュアに関しては、何となく「デレデレ」の方の感じが漂いますね・・・・

以前から何度か記事にしている通り、
「物語シリーズ」は昨年のセカンドシーズンで完璧にツボにはまってしまい、
現在、ファーストシーズンをちょくちょくレンタルしてきては視聴していて
現在ファイヤーシスターズの「偽物語」の半分程度まで消化していますので、
間もなく、この物語シリーズを何とか全て見終わることが出来そうです。
その際には、このアニメに関しては、色々と感想とかツッコミどころとか素晴らしいところなどを
改めて記事にしたいと思っています。
あ、そうそう、「花物語」もまだ未視聴でしたね・・・
何とかこのシリーズ、サードシーズンもいつの日にか始まって欲しいですね。
出来れば、忍野扇と暦の話は、じっくりとサードステージで見てみたいものですね・・・

化物語の「つばさキャット」の中で
八九寺が暦に
「羽川翼と戦場ヶ原ひたぎの二人から好意を持たれたら、普通は羽川翼を選ぶでしょう・・・」と言われる
シーンがありましたけど、
確かにその通りでしょうね・・・・
ま、恐らく100人いたら、90人程度は羽川さんを選ぶと思いますけど、
これが自分自身だったら・・・・
うーーん、難しいけど、
やはり戦場ヶ原ひたぎを選ぶのかも・・・
かつて羽川翼が暦に
「戦場ヶ原さんは難しいよ・・・」みたいな事を言っていましたけど、
確かに難しいのですよね・・・・
あの性格を正面から受け止めてあげる事はとても大変だと思います。
おまけに、家庭環境も色々あったし、
過去に「傷」を追っているし、
正直、ひたぎの母親が「壊れた」のに対して、娘のひたぎが「壊れなかった」のは
奇跡に近いと思います。
ま、多分ひたぎと一緒に生活をするようになったら、多分確実に寿命は20際は縮まると思いますけど、
多分戦場ヶ原ひたぎを選ぶのでしょうね・・・・感覚的に・・・・

その理由は何なのだろう・・・・

それはまだ正直自分でもよく分からない面があるし、その理由はサードシーズンが終了して
初めてわかるのかも・・・・
振り返ってみると、
私は1978年~1987年の10年間、中学・高校・大学の部の「吹奏楽コンクール」に出場したのですけど
課題曲に関して一言感想を言うと・・・

とにかく自分が吹いてみたかった課題曲を吹けなかった・・・

これに尽きます・・・・

例えば・・・

1979年の課題曲はとにかく「フェリスタス」を演奏したかったけど、実際は「幼い日の思い出」
1980年の課題曲は「オーバー・ザ・ギャラクシー」を演奏したかったけど、実際は「北海の大漁歌」
1981年の課題曲は、とにかく何が何でも絶対に「東北地方の民謡によるコラージュ」を
演奏したけど、実際に吹いたのは「イリュージョン」・・・
1983年の課題曲は絶対に「インヴェンション第一番」を演奏したかったけど、実際は「カドリーユ」・・・
1986年の課題曲は、とにかく「変容」か「吹奏楽のための序曲」を吹いてみたかったけど
実際は「嗚呼!」・・・

とにかく吹きたい課題曲と実際に選曲された課題曲は「ズレ」ばかりでしたね・・・

結局「これは吹いてみたい!」と思っていた課題曲が実際にも演奏できたのは
1985年の「波の見える風景」と1987年の「風紋」だけでしたね・・・

1984年の課題曲もそんな感じでした・・・・

大学の吹奏楽団に入部し、その際の課題曲は、「土俗的舞曲」でした・・・
この年は本音としては、「是非課題曲Cのシンフォニエッタを吹きたい・・」と思っていたけど
それは相変わらずかなわぬ夢でしたね・・・

1984の課題曲C/シンフォニエッタは
本当に課題曲らしい課題曲と言うか、
典型的なコンクール音楽という批判も当時色々と耳にはしましたけど
この単純明快な「A-B-A」のシンプルな構造がホント大好きでしたね。
前半のアルトサックスのソロも素敵だったし、
前半のアルトサックスとユーフォのユニゾンも聴いていて惚れ惚れするものがありました。
中間部のオーボエの夢見るようなソロに乗っかる形で展開されるユーフォとのアンサンブルも
中々味わい深いものがありました。
ラストのホルンの雄叫びも大好きでしたね・・・

この年の課題曲は大変バランスが取れているというか
Aの「変容」はウルトラ難解の現代音楽 Dは単純明快な技術的に易しいマーチ
Bは、日本の「和の心」に触れる泥臭い音楽、
そして三部形式の格好いい課題曲Cと
どの曲にも挑戦してみたいと思わせてくれる課題曲ばかりでした。

「シンフォニエッタ」とは「小交響曲」という意味ですけど
この単純明快なこの課題曲Cは「シンフォニエッタ」というタイトルに相応しい
古典的形式と現代的格好よさをミックス出来た素晴らしい課題曲だと私は感じています。
「シンフォニエッタ」というと、
管弦楽曲ではヤナーチェクが有名ですけど
吹奏楽では、最近よく福島弘和のシンフォニエッタ第二番「祈りの鐘」が
よくコンクール等で演奏されますね。

この課題曲、中間部から再度アレグロに展開される際、
クラリネットの指の動きが結構難しく、
最初にこの曲をスコアで見た際は、
「うわ・・この部分の運指やばいな・・・」と真っ先に思ったものです。
この年の全国大会の高校の部で、演奏終了後の講評で、わざわざある審査員が
「課題曲Cでアレグロに移った際の木管セクションにやや難があったのは残念・・」とか確か
言っていたような記憶があるのですけど、
これは私の記憶違いかな・・・??
ま、逆にいうと、この時代は、まだそうした単純な技術的な事にツッコミが出来る時代だったのですね・・・
最近のコンクールは本当にすさまじくレベルが高いから
そうした単純な技術的な事にツッコミが出来る余地はまずありませんからね・・・(苦笑・・・)

この課題曲で特に素敵だったのは
淀川工業・青森山田・神戸高校・大曲吹奏楽団・葛飾吹奏楽団あたりかな・・・・
特に淀川工業の骨太の演奏は聴いていて惚れ惚れとしたものです。

三上次郎と言うと吹奏楽作品はほとんど演奏される事はないのですけど、

○吹奏楽のための「幻想の舞」

○吹奏楽のためのノスタルジア

の二曲は、実に渋くて素晴らしい曲ですよ。
都大会予選会で一度東海ウィンドオーケストラの「幻想の舞」を聴いたのですけど
とにかく中間部で徐々に盛り上がっていく感じとラストの寂寥感のコントラストが大変素晴らしく
最後の和音は意表を付いてffで終わるのも印象的でした。
「幻想の舞」は武蔵野音大のCDにも収録されたことがあるけど
現在は廃盤のようですね・・・・
現在テレビ埼玉で再放送中の「スイートプリキュア」ですけど、
第6話で初めてメロディに「ベルティエ」というアイテムが登場して以来、
このベルティエを使用しての最後の決め技の発動時の掛け声は「フィナーレ!!」というものですけど
これが実に素晴らしく可愛いですよね。
特にメロディのあの満面の笑顔は本当に魅力的でしたよね。

「フィナーレ」というとよくクラシック音楽で使用され、
交響曲とか組曲とかの終楽章の事をよく「フィナーレ」と呼んでいますけど、
なるほど・・・・
確かに「スイートプリキュア」の背景は、「音楽の街」ですからね・・・


スイート


何かつい最近もこのメロディの「フィナーレ!!」の記事を掲載しましたけど
完璧に被りですね・・・・(苦笑・・・)

ま、可愛いからいいか・・・・(笑)

でもこのメロディの「フィナーレ」はまさに天使の笑顔だったな・・・・

勿論、ハッピーとかラブリーの笑顔も素敵なのですけど
このフィナーレのメロディの笑顔はまた格別なものがありますね。


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面白いのは相方のキュアリズム・・・・

メロディに遅れる事、4回後の放映でやっとリズムにもベルティエが登場します。
リズムも
「どうして私だけ・・・ベルティエが無いの・・」と悩むシーンがありましたけど、
これってフレッシュでベリーが自分よりも後にプリキュアになったパインにすら先を越され
「どうして私だけ・・・」と悩むシーンと丸被りですね・・・・

うーーん、やはり歴史は繰り返したのかな・・・・??

メロディの場合、「フィナーレ!」の掛け声と共にあの例の満面の天使の笑顔・・・
そして同時に敵の怪物のネガトーンの大爆発が起き、
その爆発の際、瞬間的にメロディは耳を塞ぐのですけど
この動作がこれまた可愛い・・・・
(何かこの話最近したばかりですよね・・・苦笑・・・だけどしつこいけどメロディは可愛いから
 何度この話をしてもなーんとも思わないです・・・とついつい開き直り・・・)
だけどリズムの場合、「フィナーレ」と比較的クールに叫び、
まるで指揮者のように腕を広げ、
バックのネガトーンが爆発している際は、何と涼しげな顔でスタスタと退場・・・・

この何食わぬ顔でのスタスタ退場のリズムは、
またこれがいかにもリズムらしい感じでしたよね・・・・

だけど大爆発・炎上している際に、スタスタクールに退場している様は
何かとても可笑しいものがありましたね。
メロディの可愛いフィナーレとは対照的に、これはこれで楽しかったですね。

でも結果的にリズムの単独でのこのスタスタフィナーレは、シリーズを通して二回しかないのが
少し寂しいかな・・・・??


フィナーレ


第10話以降の二人での「フィナーレ!!」がこれまた可愛くてよかったですね。

この際はメロディもリズムも満面の笑顔で、バックでネガトーンが爆発している際は
リズムは一人スタスタ帰ったりはしません・・・・(笑)


スイプリ


後半以降、キュアビートが加わると三人での「フィナーレ!!」が展開されます。

例のネガトーン爆発~炎上の際は、
リズムはクールで涼しげな顔をしていて、
ビートは、ギターを抱えているのが何か面白い・・・
そしてメロディはと言うと、一人の時と同様に耳を塞いでいるのが
何か三者三様で面白い感じはありますね。



私が中学校の吹奏楽部に入部したのは1978年・・・・
この年の課題曲は圧倒的にA/ジュビラーテに集中し、自分の学校も課題曲にこのAを選んでいました。
だけど当時の自分もそうでしたけど、
おっかない顧問の指揮者の先生のタクトでは、
課題曲のジュビラーテを吹く時も、自由曲のチャイコフスキーの「スラブ行進曲」を吹く時も
何か全員、つまらなそうな顔でいやいや吹いていたような印象もあります・・・・
(というか、年中指揮者に「下手くそ!」等罵倒され続けていましたからね・・・苦笑・・)
だけど、時折息抜きを兼ねて
78年の課題曲C/ポップス変奏曲「かぞえうた」とか
当時大流行していた映画「スターウォーズ」~メインテーマとか
1977年の課題曲C/ディスコ・キッドを吹く時は
何か全員ノリノリでそれは楽しく吹いていましたね・・・・
ほーんと、あんな気持ちで課題曲も自由曲も楽しい気持ちで演奏出来れば
もっと良かったのですけどね・・・・

1977年課題曲C/ディスコ・キッドは、私が中学に入学する一年前の課題曲でしたので
この課題曲でコンクールに臨んだことはないのですけど
上記のような練習の息抜きとか文化祭等でたびたびこの課題曲を演奏する事が出来た経験は
今にして思うとなかなか貴重なものがあると思います。

ま、確かに長い吹奏楽コンクールの歴史において
「ポップス系」の課題曲は数多く出ました。

例えば・・・

○シンコペーテッドマーチ「明日に向かって」

○ポップスオーヴァーチュアー「未来への展開」

○ポップス描写曲「メインストリートで」

○ポップス変奏曲「かぞえうた」

○シンフォニックポップスへの指標

○行進曲「オーバー・ザ・ギャラクシー」

○ムービング・オン

○ポップスマーチ「すてきな日々」

などがあるかな・・・・

だけどコンクール課題曲がもろに「ポップス」そのものというと
1974年の「高度な技術への指標」と1977年の「ディスコ・キッド」の二曲しか存在しないような
気もします。
特に「ディスコ・キッド」が本当に吹奏楽コンクールの課題曲であったなんて
今でも信じられないほど、それは楽しい楽しい曲だと思います。
時代的に映画「サタデー・ナイト・フィ―バー」の時期とほぼ同じころだと思いますが
当時の「ディスコミュージック」そのまんまのノリの曲だと思います。

この課題曲は公募作品ではなくて
実は、当時日本のポップス作曲編曲の大御所の東海林修に委嘱された作品なのですけど
それにしてもよくあのお堅い吹連が演奏許可したものですね・・・・
意外と吹連の役員さんは頭が柔軟なのかも・・・・??
ちなみに東海林修氏は、NHKの「ステージ101」のアレンジャー兼音楽監修でも有名なお方です・・・

この課題曲、冒頭が難しかったですね・・・

いきなりエスクラとピッコロの絡みから開始され、
全体にドラムセットが大活躍し、ハイハットシンバルの鋭いリズムが炸裂しています。
そしてエスクラとピッコロの絡みが終わりリズムが高まってくると
全員で「ディスコ!!」と掛け声を掛けるのが非常にユニークです。
このあと楽しいメロディーラインが展開されていくのですけど
一旦静まりクラリネットのかなり大変なソロが展開されていきます。
そこから先は曲のラストまで、ダンスミュージックが炸裂していきます・・・

だけどくどうようですけど、この曲、ホントに課題曲なのかな・・・と思う時もありますね・・・
それほど楽しくノリノリな曲なのです。

この課題曲の楽譜は、実は全然記憶にないし手元にも残っていないのですけど
演奏団体によっては「ディスコ!!」の掛け声が入っているチームもありますし
掛け声がないチームもあります。
案外この掛け声はオプション扱いだったのかもしれませんよね。

この年の課題曲は少し変則で、
中学の部は、課題曲AとこのCの二曲から
中学の部以外は、課題曲BとこのCの二曲から選択するのですけど
課題曲Cを選ぶチームはそれ程多くは無かったですね・・・・
ちなみに高校の部でこの課題曲Cを選んだチームは確か全て銅賞だったような・・・・
だけどこの課題曲C/ディスコ・キッドは大学の部でだけは大人気でしたね。

吹奏楽コンクール全国大会でこの課題曲Cを演奏して素晴らしい演奏を残してくれたチームは
色々ありますけど、
やはり一番のベスト演奏は、瑞穂青少年吹奏楽団かな・・・
これはまさに「王道中の王道」の演奏で、正統派のポップスを真正面から正攻法で
演奏しています。
但し「ディスコ!」の掛け声はありません・・・
欠点をあげるとラスト近くでの弱奏部分でメロディーラインを担当するオーボエがあまりにも非力すぎ・・・
ブリジストンタイヤ久留米は瑞穂と同様に正統派の演奏ですけど、
イメージとしては大変「大人の演奏」というか「節度ある真面目な演奏」というのか
「クラシカルな演奏」を聴かせてくれます。
「ディスコ!」の掛け声も入ってはいますけど、少し照れがあるのか(?)あまりよく響いていません・・・
やんちゃな演奏例の代表は駒澤大学かな・・・
自由曲のストラヴィンスキーの「春の祭典」での鬱憤を晴らすかのように課題曲では
やりたい放題やってくれています・・・
(でも少し粗い・・・・)

コンクール演奏での一番ノリがよい演奏は亜細亜大学かも・・・・
残念ながら、この年の亜細亜は自由曲のラヴェルの「ラ・ヴァルス」をかなり執拗に表現したせいか
タイムオーバーになってしまい審査対象外という事で
当時も現在も全然話題にすらならないのですけど
この演奏は正直凄すぎる・・・・
だってノリはいいし、楽しいし、切れ味抜群だし、リズム感はいいしドラムスは完璧だし、
例の「ディスコ!!」の掛け声もこのチームを上回る声量は多分無いと思います・・・
だけどこの演奏で一つ謎があります・・・
クラリネットのソロが終わった後に、男性の声で「オーオーオー」みたいな奇声と言うか掛け声みたいな声が
しっかり収録されていますけど
あれはいったい何なのでしょうか・・・・??
アドリブ・・・・??
単なるウケ狙い・・・??
それとも本当に感極まった声・・・・??

今となっては知る由もありませんけどね・・・・

最後にこの課題曲の隠れた名演を一つ・・・

何かと言うと金津中学の演奏です。
この演奏、とても中学生らしいチャーミングな可愛い演奏ですよ。
もう一つの「ディスコ・キッド」みたいな可能性も秘めている素敵な演奏だと思います。
テレビ埼玉で現在再放送中の「スイートプリキュア」は、
今回の話が第27話で、大体折り返し地点に到達しました。
この回あたりになると、セイレーンがキュアビートして覚醒する前半の「クライマックス」を終えていますので、
印象としては、響・奏・エレンの三人の「組曲」としての構成を図っていた時期だと
思います。
同時に段々と、
「あれれ・・・実はエレンは少し天然さん・・・??」
「あれれれ・・・実は実はエレンは少しアホの子の傾向あり・・・???」みたいな感じにもなりつつあったのが
後から見てみると興味深い点です。



スイート


スイート2


それにしても「スイートプリキュア」の
メロディの「フィナーレ!!」は本当に本当に可愛いし、キュートで素敵ですね・・・
勿論、リズムの俗にいう「スタスタフィナーレ」も実にコミカルで楽しいのですけど
このメロディのあの笑顔は本当にたまらないです・・・
ま、だけどビート・ミューズが加入してくると
メロディのこの単独での「フィナーレ!」が減っていきますので
それはそれで少し寂しいです・・・・

最近、自分が尊敬してやまないある方のブログ記事を拝見していると
このメロディの単独での「フィナーレ!」の際、
爆発が起きる瞬間に、実はメロディは一瞬耳を塞いでいる話が出ていましたけど
確かにその通りでしたね・・・
メロディは瞬間的に耳を塞いでいます。
だけどこの仕草がまた実に可愛いものがありますね・・・・

これは再放送で今更ながら知った事でした・・・・
教えて頂いた方に本当に感謝します!! ありがとうございました!!!


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スイートの第27話/「30分で世界を救うニャ」は、それ程ストーリーに大きな進展がある訳でもなく
印象としては「普通・・」という感じなのですけど
一つ大変興味深かったのは、
敵方幹部の「トリオ・ザ・マイナー」の3人なのでした。
3人の内、前半から中盤までは、バスドラが基本的にはリーダーを務め
バスドラが目立つことが多いのですけど
後半以降は、まさかまさかのファルセットがこの3人のリーダーにのし上がり
ハスドラ・バリトンの二人を「化け物」に変容させてしまう事をやらかしてしまいます・・・
ファルセットなんて、初期の頃は、黒猫のセイレーンに髪の毛をむしり取られるのが主な役割だっただけに
あの「下剋上」は何か相当意外な感じはありましたよね・・・・
ですので、スイートの敵方三幹部の中では、
目立っていたのはバスドラとファルセットになってしまい、
結果的にバリトンさんは、かなりのクールなイケメンさんなのに
あまり目立ってはいなかったのが何か気の毒でしたね・・・・(苦笑・・・)
前述の通り、後半以降はファルセットによってバスドラと共に化け物みたいな容姿にさせられて
しまうし・・・
何かある意味、フレッシュのサウラーと並んで
「目立たない地味な敵幹部のツートップ」というのがバリトンさんでしたね・・・

だけど・・・・

この27話だけは違います・・・・

結果的に(ほとんどこの回限定なのですけど・・・・)この27話のバリトンさんは、
作戦を起案・実行し
ネガトーンを召喚してしまいます・・・

だけどあっけなくプリキュアに打倒され、退却を余儀なくされます・・・

しかもバリトンさんの作戦名「トロイの木馬」というのも別に意味があった訳でもなく
なんとなく名前がかっこういいから・・・というだけのものという
オチまで付きましたけどね・・・・(苦笑・・・)


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メロディとリズムという「二人の組曲」もいいけど
やはりビートが加わった「三人の組曲」というのも華があって実にいいですね・・・!!

口を大きく開いて少しびっくり気味の三人も可愛いけど
特にメロディがやはりキュートで実にいいですね!!


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変身前の姿もいいですね・・・

ミューズがスイートのメンバーになる前の話ですけど
話の流れとしてアコちゃんも三人の中に加わっています。

(戦闘で)疲れてお腹が減ったから奏の焼いたカップケーキを食べようという響も、いかにも響らしいし
「いいかも・・」とクールに言うアコちゃんもまたこれはこれで可愛い・・・・



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はいはい、今週の残念な人・・・・(苦笑・・)

たかだか近くまでハイキングに行くのに
「冬山登山」と勘違いし、
テントに寝袋に鍋に鍋に入れる食材まで詰め込んだエレンは
意外と天然さんなのかも・・・・??

次週は、エレンの転校回でして、
黒板にデカデカと「黒川エレ・・・」と書き、デカすぎて「ン」が書ききれなかった
名物シーンが待ち構えています・・・
転校生で緊張してガチガチに固まってしまったつぼみとはエライ違いですよね・・・・(笑)
改めて感じる事ですけど、
A.リードの吹奏楽オリジナル作品って本当に素敵な曲が多いですよね。
例えば・・・・
アルメニアンダンス【パートⅠ バートⅡ】、オセロ・ハムレットへの音楽、エルサレム讃歌、
パンチネルロ序曲、エル・カミーノ・レアル、第二組曲「ラティーノ・メキシカーナ」なとなど
ほーんとキリが無いですよね・・・

その中でも8分半程度の曲なのですけど
序曲「春の猟犬」も決して忘れる事が出来ない素晴らしい作品だと思います。

この曲いかにもリードらしい感じが満載で、
まず出だしの「ウキウキとした感じ」がたまらなく素敵ですし、
中間部のうっとりさせられるロマンティックで甘い曲想が本当に堪らないです・・・
曲の構成も
A-B-Aと実にシンブルなのもいいですけど、
あえて少し注文を付けると、もう少しAの部分が長くても良かったような気もします・・・

この曲が日本の吹奏楽コンクールで演奏され始めたのは1982年だと思いますけど
この時の表記は序曲「春の猟犬」となっていましたけど、
1984年の全国大会・高校の部でこの曲を演奏した札幌白石高校のプログラム表記を見てみると
スゥイバーンの詩に基づく管楽器のための序曲「春の猟犬」となっていましたけど、
実際はこちらの方が正式タイトルみたいですね。

この序曲は19世紀の詩人A.スウィンバーンが1865年に出版した詩の印象に基づいて
作曲されたらしいのですけど、

その詩とは・・・・

春の猟犬が冬の足音をたどる頃
月の女神が牧場で草原で
暗がりを、風吹く場所を
葉音、雨音で満たす
微笑み隠す唇ほど柔らかな
木々の茂みを陽気に分け入り
追い求める神々の目を逃れ
かの乙女は身を隠す

といった内容のものです。

リードは、この詩から「若さ溢れる快活さ」と「甘美さ・優雅さ」の二つをこの序曲に
託したようです。
6/8拍子を中心とした軽やかな明るいリズムは、「快活さ」を・・・・
そして中間部の4/4拍子の甘いメロディは、「恋という青春の優美さ・甘さ」を
それぞれイメージしたものなのかもしれませんよね。

実際聴いていて、
「こんなに分かり易い曲無いよな・・・」と思わず頷いてしまうくらい実にシンブルな曲です。
分かり易いメロディーに、躍動感と甘さが加わり、形式もA-B-Aと非常にシンプル・・・
ほーんと、「分かり易さ」を絵に描いたような序曲です。
リードって色々な演奏会用序曲を残していますけど
こんなに分かり易くてメロディーラインが魅力的な曲って
意外と少ないような感じも無くは無いのですけど、
個人的にはリードの「序曲」というと、
この春の猟犬と、ジュビラント序曲、そしてパンチネルロ序曲が三大名序曲という
感じもします。

私の高校も定期演奏会でよーくリードを演奏していました。
高校一年の時は、アルメニアンダンスパートⅠとパンチネルロを・・・
高校二年の時に、第二組曲とジュビラント序曲を・・・
(リードの第二組曲の事は、このブログでも確か2013年1月頃にかなりしつこく書いていたような記憶が・・・??)
そして高校3年の、自分にとって最後の定期演奏会では、
何とか部長権限で
(私は一応高校時代は何の権限も無い雇われマダムみたいな部長をしていました・・・・苦笑・・)
リードの春の猟犬とハムレットは何としてもやりたい!!と思っていましたけど
あえなく「パートリーダー選曲会議」でボツとなってしまい、
何か無性に歯がゆい思いをした記憶があります・・・・

アルメパートⅠと第二組曲という大本命を演奏出来たのだから、これ以上望むのは
確かに高望みだったかもしれないけど
せめて「春の猟犬」は演奏してみたかったですね・・・

ま、でも一応この曲は大学に入って吹くことは出来たから、ま、それはそれで仕方ないか・・・・

この曲の出だしのウキウキとした感じはまさに「春の陽気」ですね。
吹くだけで聴くだけでもとても「ハッピー」な気持ちになれます。
そして中間部のしっとりとした歌が実に素敵ですね。
徐々に盛り上がっていく感じが実にいいのですけど、その中間部の頂点での
トランペットの高音が実にいいです!!
この部分を聴くだけでも何か胸が「きゅん・・」となってしまいますね・・・・(笑)
再度アレグロの部分に展開した際のトロンボーンのアンサンブルが素敵ですし、
ラスト近くのティンパニーのソロを経てラストの全合奏のffで閉じる感じもまた実に魅力的です。

全体的に楽しいけど実にロマンチックな曲ですね。

パンチネルロの中間部も実にしっとりとした歌がありましたけど、
パンチネルロの場合、多少「哀愁」みたいなものがあったのに対して「春の猟犬」は
実に抒情的でロマンチックというのが二つの序曲の違いかな・・・・

この曲、1980年代~90年代前半までは、コンクールでもかなりの人気曲でしたけど
最近はとんと聴かなくなりましたね・・・・
支部大会でも2008年以降はどこも演奏していないのが寂しいです・・・
こういう名曲は是非、21世紀に入っても
しっかりと受け継がれて欲しいものですね・・・・
「春の猟犬」の名演は、多分誰もが指摘する通り、
1982年の福岡工大付属高校と88年の野庭高校の演奏がまさに双璧の二大名演だと
思います。
だけど野庭は、少し評価が分かれるかな・・・・
やり過ぎと感じる人は「少々鼻につく」演奏と感じるかもしれませんけど
野庭の中間部の謳い方はとても感動的です。
福岡工大付属は一言でいうと「実に正統派」の演奏・・・
全く文句のつけようがないのですけど、あえて一言いうと、
何で最後の最後であれっぽっちの部分をカットしたのでしょうかね・・・・
何か唐突に終わるような印象もあり、それが少し残念な感じもします。
1990年の百萬石と84年の札幌白石は、評価の上では銅賞なのですけど
正直この評価は少し辛いような気もします・・・・
特に札幌白石の演奏は、躍動的でロマンチックで歌い回しが上手な素敵な演奏だと
思うのですけどね・・・・

うーーん、やはりコンクールは水物・・・・

あまずっぺー

改めて前回の「ハピネスチャージプリキュア」のいおなの恋話を見てみると
いおなの心理ドキュメントとバックのモノトーンの色彩感の演出がとても斬新な事に
驚くばかりなのですけど、
物語自体を見てみると、いおなの恋に対しては意外な「ウブ振り」が大変印象的で
これまでのいおな=孤高・聡明・凛とした強さとはまた別の魅力を再発見でき
印象としては大変しっとりとした雰囲気の素敵な回だったと思います。




こういう氷川いおなと海堂を見ると
何か若い二人の「あまずっぺー」雰囲気を感じてとてもいいですね・・・

ちなみにこの「あまずっぺー」という言葉は
フレッシュプリキュアで、ラブと大輔のカップリングの「淡い恋模様」に対して
大輔の友人の御子柴とかマヌケ幹部でお馴染みのウエスターなどが
よく多用していた言葉ですね。

だけど、いおなと海堂の関係も
まだまだこうした「あまずっぺー」の関係の域を当分超えないみたいですね・・・・

だけどプリキュア達の恋愛模様は、出来れば今回のいおな-海堂みたいな「あまずっぺー」あたりで
抑えて欲しい感じはありますね・・・
何かあまり度を越えてしまうと、せっかく10年かけて歴代の先輩たちが守ってきた「プリキュアの美しき世界」に
穴が開いてしまうような感じもしますので
めぐみ-誠司の関係も出来れば、今回のいおな-海堂の関係辺りにまで
抑えて「あまずっぺー」の領域を超えないようにして欲しいな・・・とも感じる事もあります。
だけど他方では、せっかく10周年という記念作だし、次回作はないかもしれない可能性を考えると
プリキュアの「恋愛観」も今までとは違う何かを見せて欲しいという気持ちもありますし、
うーーーん、正直この辺りは自分としても
何か「微妙」なものはありますね・・・・

ま、自分としては最後にめぐみ-誠司のカップリングが成立してくれれば
それで大満足という感じですけどね・・・


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だけど、今回のいおなはとても魅力的だったな・・・

冒頭のあの微笑みと言い、デートシーンと言い
繰り返しになり誠に恐縮ですけど
第一話冒頭のあの険しい雰囲気とは大変な違いですね・・・・

ゆうゆうもある意味「大人」の女の子なのですけど、
めぐみ・ひめ・ゆうゆうはまだどちらかと言うと少し子供っぽい雰囲気もある中で
いおなは、何と言うか、大人の雰囲気というのかそのしっとりとした抒情的な雰囲気に
何か「日本の美学」みたいなものを感じてしまう事もありますね・・・・

というか「あんみつこまち」は4人の中ではいおな以外多分あまり似合わないと思います・・・


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「あまずっぺー関係」というとやはり第一人者はやはりラブと大輔ですよね。
この二人は見ているだけで
何か「青春の光と影」みたいなものを感じてしまいます・・・・(笑)

「ハピネスチャージプリキュア」は、よく歴代プリキュアの世界で初めて
「恋愛模様」を表舞台にストレートに出した作品と言われますけど、
確かにそれはありますよね・・・
だけど「恋愛模様」を「あまずっぺー関係」として置き換えた先駆例としての
「フレッシュプリキュア」の意義はかなり大きかったような感じもします。
正直、フレッシュという先駆的実験例がなかったら、ハピネスの物語もあそこまで「恋愛模様」に
深く掘り下げる事は難しかったような気もします・・・

それにしてもラブと大輔の関係はある意味面白い・・・
「男と女」の関係よりは
「男女の間に友情は成立するのか・・・・?」というテーマの方が相応しいような気もします・・・
大輔は、比較的硬派なのですけど、ラブに対して好意を寄せているものの、うまく伝えられず、
お互いの不用意なひと言やすれ違いからケンカになることもしばしば・・・・
一方ラブも大輔に対して少なくとも嫌いと言う感情は持っていない・・・・少し気になっている感じもある・・・
最終回でついに大輔はラブに告白をしますけど
ラブは「しーらない」とはぐらかして終わってしまう・・・

でもプリキュアの世界の「淡い恋模様」ってむしろこのくらいが丁度よいとも思えますし、
今回のハピネスチャージのいおな-海堂あたりがギリギリのラインのような気もします。

いみじくも「ハートキャッチ」の番君の回で
つぼみとえりかが劇中で叫んでいるように
「私達は恋なんていらない・・・・恋よりもプリキュアよ・・・」あたりが
意外と正鵠を得ているのかもしれませんよね・・・



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ラブというとなんか「兄貴」とか「おーらーみたいな雄叫び」みたいな表現が似合いそうですし
せつなが桃園家に居候してからは、「ラブせつ」という大変濃厚なカップリングの方が
むしろ印象的になってしまうのですけど、
最終決戦のあの「エンジェルピーチ」の美しさは、まさに歴代No.1クラスの美的限界を超えていたような
惚れ惚れする美しさがあったのが大変印象的です。

また日常シーンで時折みせるこうした優しい笑顔も実にしっくりくるプリキュアでしたね・・・

何か「フレッシュプリキュア」と言うと
自分の中では、あの愛すべきバカのウエスターばかりに目がいってしまいがちなのですけど
やはりこの物語の主人公は今更ながらラブですね・・・・

そして全体的にはフレッシュの物語は、「せつなの救済の物語」ですよね。

何か最近、色々とクレーム対応依頼が急激に増え
一日クレーム対応ばかりしていると
何か「少し面倒・・・」とか「何か気が滅入る・・・」みたいな感覚にもなったりします・・・

こういう時は、何か神社にお参りしたくなる時もあります。

「厄払い」というものなのかな・・・

だけどこういうのって「苦しいときの神頼み」の世界であり
普段から信仰心にはかなり欠ける面がある自分なんかは
「神頼み」をする資格すらないのかも・・・(苦笑・・・)

だけど、「苦しいときに神様仏様にすがりつかざるを得ない」という気持ちこそが
実は一つの「救い」なのであり、
これが実は「小さな自分の内なる信仰心」と言えるのかもしれませんよね・・・・





そんな気持ちで何気なく横を通りかかったのが、「与野七福神」の一つである「福禄寿 氷川神社」
でした・・・
氷川神社と名が付いてあるから、多分有名な「大宮・氷川神社」の系列なのでしょうね。

周辺が大規模マンションに囲まれているのに
そうした場所にこうした神社がひっそりと建ち、ご神木がそびえている光景は
何か「都心のオアシス」みたいな感じもして
何かホッと安心できるものがあります・・・・


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だけど、ひっそりとしている神社ですね・・・

参拝客は誰もいませんでしたし、
何よりもこの神社にお賽銭箱がないため、せっかくお参りをしても
手ぶらで来てしまったという感じで
何か申し訳なかったような気もしますね・・・・

明日以降何か少しでも「ハッピー」な事がありますように・・・
(だから、そういう現生御利益を露骨に求めたらダメだっちゅーに・・・・・!?)
先日9/13の記事でも色々と何か愚痴ってしまったのですけど
最近は仕事関係の「クレーム対応」が結構多くて、そのクレーム処理で色々と神経を使うことが多く
少しお疲れ気味です・・・
前回の「社長を呼んで来い! 今すぐ連れてこい」タイプは比較的対応は手慣れたものな面も
あるのですけど、
9/17のように「日本語の言葉の揚げ足取り」みたいな感じになってしまうと
少々やっかいな事もあります。
ま、そのあたりはCS担当というかクレーム担当チームの自分の腕の見せ所だとは思いますが
やはり面倒に感じることも多々あります・・・

今回の事例としては、
営業担当が、「三階下屋根の雨漏り補修」の工事契約締結時に
顧客から
「今回は宜しくお願いしたい。こちらは特に工事価格を値切っていないから、
サービス工事として、ついでに三階に設置されている今は使用していないテレビアンテナの撤去も
無料でやってもらえないか?
現場判断で出来ないならば、やる必要はないけど・・」というニュアンスだったらしいです。

要は、その工事契約の際に、
アンテナ撤去についてサービス工事で出来るのか出来ないのかを
明確にさえしておけば
後日の「あの時言った、言わないの世界」を事前に防止できますし
こうしたトラブルを未然に防止できる思うのです。

営業サイドの立場では、
「元々それ程利益が出ている工事ではないし、職人を追加で一名使うこんなサービス工事なんて
ますます利益が削られてしまう。
顧客も出来ないならばやる必要はないと言っているのだから
別にそんなサービス工事なんてやる必要が無いだろう」と判断し
特に工事部に対しての引き継ぎもしなかった・・・

顧客サイドとしては、
「確かに出来ないならばやる必要はないと言ったけど、
特におたくの会社の営業の○○さんから、出来ないと一度も言われていないから
自分としては、やってもらえると思っていた。
工事が始まって、現場監督に、アンテナ撤去はどうなったのと聞いても
何それみたいな顔をされた・・・
これっておかしくない・・・?? 正直納得いかない・・・」
と言うのが言い分です。

ま、確かに「出来ないならばやる必要が無い」は
よーく吟味してみると
①検討の結果無理ならばやる必要が無い
②検討の結果可能と判断すればやる必要がある」という
都合の良い二通りの解釈も成立する訳でもない・・・という何か「微妙」なものがあったりします。

よく言われることですけど
「日本語」ってそのあたりがあいまいな面があり、同じ言葉でも
人によってニュアンスと言うかとらえ方が異なる面もあるので、
特に「クレーム産業の親玉」と言われる建築・住宅産業の場合は、
顧客側から何か指摘を受けたら、それに対する対応は、
出来るのか出来ないのか白黒を事前にはっきりする必要がありますよね・・・

そうてでないとこうした言葉のちょっとした「揚げ足取り」が高じて
ほんの小さい事から、ハードクレームになってしまいがちですからね・・・

そして大抵の場合、営業担当の火消では収まらない「大火事」の状態になった段階で
こちらの「出動要請」になりますから
結構やっかいだなと思う事もあります・・・

今回のように既に工事も終わり代金回収も終わっている場合は
「今更それを言われても・・・」みたいな対応で乗り切るしかないのですけど
その過程・経過については
真摯に謝罪するしか無かったですね・・・

日本語の曖昧さは、それは一つの「美徳」みたいな部分もあるのですけど、
それに甘えちゃったり
あいまいな事を曖昧のまま放置しておくと、後で火傷を負う可能性もあるという事なのかも
しれませんよね・・・
伊藤康英の吹奏楽のための交響詩「ぐるりよざ」は大変スケールが大きく
エネルギッシュな名作だと思います。
実際この曲は過去に何度も吹奏楽コンクールの支部大会・全国大会でも演奏され
吹奏楽オリジナル邦人作品の一つの大変な成功事例としての評価は既に定着していると思います。
実際この曲の「熱さ」・「エネルギッシュさ」は大変なものがあり、
特に全曲を通して聴く場合は、中途半端な気持ちで聴くことは出来ない何か作曲者の真剣な意図が
ひしひしと伝わってきます。
また管弦楽アレンジ版として吹奏楽から管弦楽に作曲者自身によって編曲され、
管弦楽版として演奏されたこともあります。
吹奏楽曲が管弦楽曲にアレンジされた事例って実はそれほど多い訳ではなく、
この「ぐるりよざ」の他には、私が知る限りでは、
フーサの「プラハのための音楽1968」と「この地球を神と崇める」ぐらいかな・・・・

この曲は、1989年から1990年にかけて、海上自衛隊佐世保音楽隊の岩下章二の委嘱により作曲され、
鎖国時代の長崎の隠れキリシタンの文化に着想を得て、
隠れキリシタンに歌い継がれた音楽をベースにしながら独創的なこの音楽を創り上げていきます。
また委嘱者の注文を踏まえ、第2楽章に「龍笛」という極めて珍しい雅楽の楽器を使用しているのも
大きな特徴ですね。
題名の「ぐるりよざ」は、長崎生月島に伝わるキリスト教の聖歌"Gloriosa"が訛った言葉なのですけど、
先祖代々「グレゴリア聖歌」として歌い継がれていく過程の中で
グレゴリオ聖歌の一つ「グロリオーザ」→「ぐろりおざ→「ぐるりよざ」」と言葉として
変容していったのかもしれませんよね。
とにかく先祖代々受け継がれてきた「隠れキリシタン」としての苦悩・誇り・「ばれたらどうしよう・・・」みたいな
焦燥感と危機感が曲の隅々にまで感じられ、
決して楽な気持ちで聴くことは出来ない曲なのですけど
その「壮大なスケール」は是非一度耳にして欲しい大変な名作、そして力作だと思います。

曲は以下の三つの楽章より構成されています。

Ⅰ.祈り

Ⅱ.唱

Ⅲ.祭り

第一楽章の「祈り」は本当に敬虔な祈りです。
冒頭、チャイム・ヴィヴラフォーン等の鍵盤打楽器から静かに開始され、これに乗っかる形で
パストロンボーンとユーフォがグレゴリオ聖歌を奏で、
更にこの上で「男声コーラス」が聖歌を歌い上げていきます。
(作曲者の指示で、コーラスを入れる事が不可能な場合はカットしても良いとの事です)
中間部で激しいリズムの反復を経て、
かなりヒステリックな木管の高音による絶叫の後、静かに閉じられていきます・・・

あの「絶叫」は一体何を示唆しているのだろう・・・・

拷問・弾圧の恐怖なのか、それとも実際の弾圧による悲鳴なのか・・・・

重たい楽章です・・・・

第二楽章は、冒頭で「龍笛」という雅楽の楽器が使用されています。
音の不安定感がなんか一層隠れキリシタンの人達の未来を暗示しているような気もしますけど、
途中でホルンが
「あー、参ろうか、参ろうか、パライソの寺に参ろうか」という「さんじゅあん様のうた」というメロディーを
高らかに吹き上げますけど
この部分は、弾圧にもめげない民衆の土俗的パワーみたいなものを感じてしまいます。
そしてこのホロンの勇猛なメロディーは、第三楽章のラストのすさまじいエネルギーの中で
高らかに再現されていきます。
第二楽章自体のラストは、魚板による「床への叩き付け」というすさまじい一撃で
唐突に閉じられます。

第三楽章は、第一~第二楽章での抑圧された鬱憤を全て吹き飛ばすかのような
エネルギッシュで豪快な音楽です。
この楽章で有名な長崎民謡「長崎ぶらぶら節」がかなり分かり易い形でかなり執拗に引用
されているのが特徴です。
第三楽章はA-B-Aというシンプルな構成を取り
Aではこの「長崎ぶらぶら節」をメインテーマとして展開され、Bのしっとりとした感動的な歌が展開され
Aの再現部では、
この「長崎ぶらぶら節」と第二楽章で出てきた「さんじゅりあん様のうた」が見事に融合され
最後はすさまじい大音量とエネルギーのコラールで閉じられていきます。
全体的には西洋のグレゴリオ聖歌と日本の民謡が一体・融合化した大変魅力的な作品だと
思います。

作曲者の伊藤康英氏は九州の方かと思っていたしたが、
実は静岡出身だったのですね。
伊藤康英というと、吹奏楽コンクールにお詳しい方だとピンとくると思いますが
長い間筑波大学吹奏楽団の指揮者を務められていて、
その自由曲の選曲が
ネリベル/二つの交響的断章 アイヴズ/カントリーバンドマーチ シェーンベルク/主題と変奏
ミヨー/フランス組曲 ヒンデミット/吹奏楽のための交響曲などという
ウルトラ級のマニア好みの選曲をされていたのは、本当に嬉しい限りでした・・・・
伊藤氏は一度だけ全国大会に出場し、
その時の自由曲は残念ながら自作自演とはなりませんでしたが、
矢代秋雄の交響曲をかなり精密に細かく聴かせていたのが印象的でした・・・・

伊藤康英の吹奏楽作品ってかなり膨大なものがあるのですけど

特に・・・・

〇吹奏楽のための抒情的祭り

〇北海変奏曲

〇未完のオペラのための前奏曲

〇吹奏楽のための交響的典礼

〇台湾狂詩曲

〇交響的断章《時の逝く》

辺りが極めて印象的です。
あ、そうそう二楽章から構成される「交響曲」もかなり魅力的な作品です。

浜松出身のせいか、やたら「浜松」というタイトルが付く曲が多いですね・・・
マーチ「浜松」とか浜松市民のための三つのファンファーレとか浜松序曲とか
色々ありますね。

「ぐるりよざ」ですけど
プロの演奏では圧倒的に小田野宏之指揮/東京佼成が素晴らしいです!!
吹奏楽コンクールの演奏としては
1992年の習志野ウインドオーケストラが素晴らしい演奏を聴かせてくれています。
極めてローカルな話ですけど
山梨県・敷島中で数多くの名演を残した大島先生が
山梨県のB部門時代に笛川中で聴かせてくれた関東大会の「ぐるりよざ」の演奏は
結構印象的です。
第二と第三楽章から抜粋し、第三楽章ではエネルギー不足のため
かなりヘロヘロな演奏になってしまいましたけど、
第三楽章冒頭の鋭い切れ味と
第二楽章ラストで魚板をステージ床に「ガツン」と叩き付けた衝撃音のすさまじさは
かなりインパクトがありました。
;歴代プリキュアのデザイナー担当の方は本当に大変ですよね・・・
特に「プリキュア」達の容姿・衣装・雰囲気などのデザインは毎年毎年相当苦労されていたと
推察されます。
「プリキュアぴあ」で以前読んだのですけど
その反動という事ではないのでしょうけど、逆に「敵幹部」のデザインは、かなり自由なものがあり
デザイナーの方の裁量に任される部分が多いとのことで、
かなり自由な発想で色々なアィディアが出され、それが実現したとの事らしいです。
要は敵幹部に関しては、結構やりたい放題の面が多いみたいですね。

そうした事が非常にプラスの方向で動いたいい事例が
二代目のSS(スプラッシュスター)なのかな・・・・

初代プリキュア【無印・MH】の場合、敵幹部はウラガノス以外は、ほとんどがシリアスな敵幹部ばかりでしたが、
スプラッシュスターになると大分敵の描き方にも自由さが加わり、一段と面白くなっています。
正直、モエルンバ・ドロドロン・ミズシタターレだけで既にお腹一杯なのですが、
それに加えて後半では、「キントレスキー」という歴代プリキュアの世界でも
名物キャラの誉れ高い幹部が登場しますからね・・・
そうそうカレーハーンというのもいのしたね・・・・
本人はかなり真面目な感じもするのですけど、意外とお茶目で
自らを「カレッチ」と名乗ったり
咲の「あんたは・・・・カレーパン」という間違った呼び方に対して
「そう、中辛がおすすめ・・・」とボケに対して華麗なる(?)突っ込みを入れている辺りはさすがです・・・(苦笑・・)

プリキュアオールスターズでも、初代からはウラガノスだけ敵幹部が選出されている中、
スプラッシュスターからは、カレハーン・モエルンバ・ミズシタターレ・キントレスキーと
四人も選出されている事から分る通り、そのキャラの濃厚さは、歴代の中でもホント、群を
抜いていますよね。


SSの敵幹部というと、どうしても筋肉バカ系マヌケ幹部なんだけど、態度は妙に紳士という
あの名物キャラ、キントレスキーがどうしても先に出てしまいがちですけど
自分としては、勿論キントレスキーも大好きな敵幹部なのですけど、
それ以上にミズシタターレにとてつもない魅力を感じますね・・・・



シタたーれ

ミズシタターレは、SSの第24話が初登場ですけど
この第24話自体が極めて面白い・・・・
相当密度の濃厚な回だと思います。見どころ満載です。
満と薫の消滅→落ち込む咲と舞→励ます妖精達→空の泉の復活とフィーリア王女との対面→
ムープとフープ登場→ミズシタターレの登場→戦闘→シタターレのプリキュア撃破→新しい力の登場
が主な内容ですが、
ミズシタターレのインパクトは相当のものがありました。あの高笑いは、結構好きです。
いかにも年季の入った「年増女」という感じなのですが、
それがまたいいですよね。
第24話では出てきませんが、これ以降毎回毎回咲に「ハナミズターレ」など名前を
間違えられるのは、名物シーンだと思います。
一度、「ミズ・ハナターレ」と呼ばれて、激高したことがありましたね・・・・(笑)

歴代プリキュアの敵幹部の中では、
人間に変身・変装してプリキュア達に策略を謀るという場面も数多くありました。
例えば、初代無印では、ポイズニー姉さんがほのかに化けた事もありましたし、
プリキュア5ではカワリーノがココに化けてドリームコレットを奪ったこともありましたし、
最も変身能力を駆使してプリキュアを苦しめた事例として、スイートのセイレーンのケースが
ありましたね・・・
セイレーンの場合、ホントに性質が悪く、響・奏・転校生・響のママのまりあさんなど多くの人間に
化けてメロディ達を困らせていたのが実に印象的です。
最近では、ファントムからアンラブリーに変身(女装?)したハピネスチャージの名シーンがすぐに
脳裏に思い浮かびます・・・
「お笑いコンテスト」にちやっかり出場したウルフルンとアカオーニのしょーもない変装も印象的ですけど
それを全く見抜けないスマイルのメンバーたちも相当ボンクラ・・・・??
ジョー岡田に化けたベールの正体をあっさり見破ったドキドキのメンバーたちはやはり優秀ですね・・・
反面、学生に変装したイーラとマーモの正体を見抜けなかった事は
ま、たまたまなんでしょうかね・・・・(苦笑・・・)
そう言えば、フレッシュのウエスターは、この変奏でも遺憾なくマヌケっぷりを発揮してくれ、
銅像・家庭の主婦・焼きそば屋など色々としょーもない変装をしていましたね・・・・(苦笑・・・)

そんな中、ミズシタターレも結構色々と変奏はしてくれ、
例えば、氷屋の女主人・咲の学校の担任の先生・動物園の飼育員・夜店の客・電車の運転士・
宅配の配達員など
その変身ぶりは正直あまり違和感はありませんし、
シタターレの変装能力は、もしかしたら歴代でもトップクラスかもしれませんよね・・・

でも初登場時のミズシタターレはマジで強かったですよね・・・・
完膚なきまでにブルームとイーグレットを叩きのめしていましたけど
あれって、フープとムープがいなければ、あの時点でSSは最終回になっていたかも・・・・??
声優さん繋がりでは、シタターレはその8年後に「ハピネスチャージ」の妖精リボンという大役に
抜擢されますけど、
リボンが激高したりひめを叱り飛ばすときのハイテンション時において
あのミズシタターレの「オー、ホッホッホッ!!」という高笑いみたいな感じになっているのは
やはり「歴史は繰り返す・・」というものなのかも・・・・??

そう言えばミズシタターレは、SS幹部の中では最も長寿(?)でしたね・・・・
モエルンバなんて6話で消滅してしまうのに、シタターレは何と9話も一人で繋いでいましたからね・・・
初代からプリキュア5無印の頃までは、
敵幹部は大体8話前後で消滅または粛清という事で短命だった中、
これはかなりの優遇振りでしたね・・・

フレッシュ以降の敵幹部は、「敵幹部にも救済を・・・」という方針転換の下、
最終決戦後も救われるというパターンが定着化していますけど、
出来ればSSの敵幹部もそうして欲しかったですね・・・・
そのくらいSSの敵幹部は魅力的なキャラばかりでした。

「ディヴェルティメント」を邦訳すると「喜遊曲」または「嬉遊曲」という事になり、
要は楽しく軽妙に親しみやすく作られ、極力悲しい部分や深刻な部分は避けるという事が
お約束になっていると思います。
よく「ディヴェルティメント」と「セレナーデ」との違いは何という事が問題になる事もありますけど、
正直特に違いはありません。
ま、強いて言うと、室内用に作られたのがディヴェルティメント、屋外用がセレナーデという所なのかな・・・・
この「ディヴェルティメント」という音楽形式は、ハイドンやモーツァルトの頃に盛んに作曲されていたものの
19世紀以降は急速に廃れていったような気もします。
しかし20世紀に入ると、
ストラヴィンスキー・イベール・バルトーク・ルーセル等の大作曲家がこの「ディヴェルティメント」という
ジャンルに曲を残すようになり
(個人的にはイベールの「ディヴェルティメント」が実に軽妙で洒落っ気があり素晴らしいですね・・・・
 この曲、最近ではよく佐渡裕さんが取り上げています・・・)
吹奏楽のジャンルでも、この「ディヴェルティメント」というタイトルの曲もいくつかあったりします・・・

一例を出すと・・・・

〇パーシケッティー/吹奏楽のためのディヴェルティメント

〇兼田敏/吹奏楽のためのディヴェルティメント(1967年吹奏楽コンクール課題曲)

〇増田宏三/喜遊曲「踊る行列」

20世紀後半にこの「ディヴェルティメント」のジャンルにまた一つ素敵な作品が登場する事に
なるのですけど、
それがバーンスタインの管弦楽のための「ディヴェルティメント」なのです。

1980年4月、ボストン交響楽団(BSO)はその創立100周年を記念する作品をバーンスタインに委嘱し、
その時に書かれた作品が「管弦楽のためのディヴェルティメント」なのです。
当初は「ファンファーレ」と発表されていましたけど、最終的には短い8つの楽章から成る
「管弦楽のためのディヴェルティメント」となり、バーンスタインの愛弟子、小沢征爾が9月25日に
ボストンでシーズンの開幕として初演されました。
第8曲「行進曲」の副題が「BSOよ、永遠なれ」となっているのは、
そうした初演の経緯によるものと思われます。

この曲は以下の8曲より構成されています。

Ⅰ.ラッパの合図とファンファーレ

Ⅱ.ワルツ

Ⅲ.マズルカ

Ⅳ.サンバ

Ⅴ.ターキートロット

Ⅵ.スフィンクス

Ⅶ.ブルース

Ⅷ.マーチ「BSOよ、永遠なれ」

第一曲はいきなり冒頭から全金管楽器が咆哮し、燃え上がるように開始されます。
第二曲は第一曲とは対照的に弦楽器のみで演奏され、とてもチャーミングな感じがします。
第三曲は、決して陽気なマズルカではなくて、何かどこか思いつめたような感じがします。ラストの
オーボエの何か寂しくつぶやくようなソロが印象的です。
第四曲はいかにもバーンスタインらしい楽しさ溢れる曲ですけど、いかにもブルジルのサンバっぽい
情熱も伝わってきます。
第五曲は、木魚など打楽器の使い方が巧みで、実に粋で洒落っ気たっぷりの音楽です。
第六曲は全曲の中でも異色のすこし物悲しい音楽です・・・
タイトルの「スフィンクス」は正直、このタイトルとこの悲しげな音楽を結ぶものは何も無いようにも
感じられるのですけど、
バーンスタインによると「私がスフィンクスを笑っているジョーク」とのことですけど、
うーーん、実際は意図不明の音楽です・・・・
第七曲は、いかにも「ウエスト・サイド・ストーリー」の作曲者らしい音楽です。
ジャズっぽい感覚と、ドラムセットとソロトランペットのくすんだような感じが実にいい味を出しています。
第八曲は、いきなりドラが不気味に静かに鳴り、静かに開始されたと思ったら
サスペンダーシンバルの長いロールに乗っかる形で
金管楽器がどんちゃん騒ぎを開始し、祝祭的な雰囲気のまま楽しく曲は閉じられます。

演奏時間も14分程度で短く、
使用される打楽器も、木魚・ボンゴ・コンガ・ウッドブロック・シロフォーンなど多種多様なものを使用しますので
視覚的効果も十分です。

この曲は一度だけ確か1994年頃だったと思うのですけど
新星日本交響楽団のサントリーホールでの定期演奏会で聴きました。
この時はサントリーホールのP席という一番安い席というか、演奏者の後ろ側の席だったのですけど
そのおかげで自分の目の前で
打楽器奏者が木魚・ウッドブロック・シロフォーンを叩いていましたので
その生の響きがいかにも「ライヴ感満載」という感じで大変エキサイトしたのをよーく覚えています。

一つこの曲で気になっていることがあるのですけど、
この新星日本の演奏もそうでしたけど、
吹奏楽アレンジ版によるこの曲の演奏(例/1996年・駒澤大学、2002年・福岡教育大学)もそうでしたけど、
第八曲のマーチ「BSOよ、永遠なれ」の際は、金管楽器がラスト近くでスタンドプレイになってしまっているのですけど、
あれは作曲者の楽譜上の指定なのかな・・・・??
この年の全国大会の大学・職場・一般の部は大宮ソニックシティーホールで開催されました。

以前にも書いたことがありますが、私自身、親元を離れて初めて一人暮らしを始めた土地が
この大宮であった為、大宮に来ること自体何かとても懐かしい感じがありました。
私が大宮に住んでいた頃は、
東口ばかりが栄え、当時、高島屋・西武・中央デパート・長崎屋・WEなどのデパートとか市役所とか
繁華街とか大宮ハタボウルとか商業施設なんかは
ほとんど東口に集中していましたね。
当時は西口なんて駅前にダイエーがある程度で、「特段なにも無い・・・」という印象がありましたが
1988年に久しぶりに大宮に来てみると
「あれ、何か変わったな・・・」みたいなものを感じたものです。

その要因が西口の再開発が進んだ事と
(当時はバブル全盛で、不動産投資とか都市再開発なんかにジャブジャブ資金が
 燈下されていましたからね・・・)
この「大宮ソニックシティーホール」が出来た事かな・・・
大宮ソニックは、音楽ホールだけでなく、ホテル・ビル・パスポートセンター等が一体化された
巨大大型ビルという感じでしたけど、
音楽ホール自体、音響もそれ程悪くなく、
比較的音がふわっと広がり心地よい残響音が感じられるな・・・という良い印象がありました。

ま、後ほど出てくると思いますが
この年にこのホールで
後に「伝説の名演」と呼ばれるヤマハ浜松の「メトセラⅡ」のウルトラ名演が生まれる事に
なるのです。
とにかくこの伝説の名演を生で聴けて良かった・・・というのが今でも感じる事です。






〇創価学会関西

 D/ガイーヌより

 迫力が全然違いますね・・・・
 音量の豊かさとサウンドの分厚さ、華麗なサウンドを本当に堪能できたと思います。
 相当鳴っているのですけど、それが全然「うるさい」と感じさせないのは
 本当に素晴らしい事だと思いますし、この大人数でそれが出来るのはまさに「奇跡」の一言に 
 尽きると思います。
 ハチャトゥーリアンのバレエ音楽「ガイーヌ」というと
 1980年代前半までは、アイシェの目覚めと踊り・レスギンカというのが一つのパターンになっていましたけど、
 それに「新しい息吹」を吹き込んだのが
 前年1987年の中央大学のガイーヌであり、
 その際の選曲、序奏~ヌーネの踊り・バラの少女の踊り~レスギンカという林紀人アレンジ版が
 1988年以降一気に広まっていき
 そうした林紀人氏のアレンジを早速全国大会でお披露目したのがこの創価学会関西だったのです。
 中央大学との違いを一つ指摘すると、
 中央大は、レスギンカ舞曲において、スネアドラムを二台使用して、一人がメインリズム・一人が合いの手
 みたいな感じで、この二台のスネアドラムの強烈なリズム感は、今現在聴いても鮮烈な印象が
 あります。
 一方創価学会関西の方は、スネアドラム奏者は一人だけで、
 この奏者一人でレスギンカのあの華麗で血沸き肉躍るリズム感を演出していましたので
 この演奏もかなりの迫力がありましたね。

 とにかく文句のつけようがない圧倒的な金賞・・・という感じでした。

 このチームは1992年にも「ガイーヌ」を自由曲にしていますが、この際は
 序奏~アダージョ~収穫祭と
 アダージョの部分の静かな歌と収穫祭の鮮やか過ぎる対比が極めて面白かったし
 収穫祭のホルンの雄叫びは、正直このチームを超える演奏は存在しないと思います・・・・


〇盛岡シティブラス

 D/アルメニアンダンスパートⅠ

 この演奏は、上記の創価学会関西との対比・違いと言う意味で
 大変対照的なものがあると思います。
 創価学会関西は、あれだけ吹き鳴らしても全然「うるさい」と感じさせないのに、
 この盛岡シティは、かなりの音量で吹き鳴らして、それが「実にやかましい・・・不愉快みたいな音量」と
 感じさせてしまいます・・・
 うーーん、この違いは何なのだろう・・・・
 やはり「サウンドの豊かさ」なのかな・・・・
 創価学会関西の場合、サウンドが全体にふわーーっと広がる要素もあり、
 「鳴っているけどまろやか・・・」みたいな感じもあるのですけど
 このチームの場合は、ただ単にがなりたてているだけという感じが濃厚で
 全体に音色がモノトーンで変化に乏しいというせいもあるのですけど
 印象としては「単なる音量過剰」という感じで終ったような気もします・・・・
 リードの「アルメニアンダンスパートⅠ」は、様々な場面の変化、歌い廻しの変容など
 色々と工夫が出来る曲であり、その工夫と創意によって様々な解釈が出来る曲なのですけど
 とにかく単調で変化に乏しく、ひたすら「音の大きさ」だけを求めてしまったような
 残念な感じはありました・・・・


〇山口ブラスソサエティ

 D/ガイーヌより

 偶然ですが、上記の創価学会関西と全く同じ選曲で、しかもガイーヌの選曲箇所もアレンジも
 全く同じですので、
 ついつい創価学会関西と比べてしまいます・・・
 感想は・・・・
 うーーん、正直「格」が違うという感じですね・・・
 一番の違いは「音の透明感」かな・・・
 山口ブラスの場合、全体的な音の濁りが非常に気になり、終始すっきりしない感じがあり
 演奏が終わっても何かモヤモヤしたものがありました・・・・

 このチームは、1986年に「ローマの松」で全国銅賞 87年は「ローマの祭り」で全国金賞
 そして88年は全国銅賞と
 何か実力が安定しない感じがします・・・・
 87年の「ローマの祭り」は豊かなサウンドと透明感あふれる音色、そして一気呵成みたいな盛り上がりで
 大変素晴らしかったのに、86年と88年は何かサウンドが貧弱で音の濁りがついつい
 気になってしまうのですよね・・・


今回、プリキュア関連で二つほど非常に嬉しい事がありました。

私のこうしたしょーもないブログなのですけど、
いつも温かく誠実なコメントを頂く大切な訪問者のお一人でいらっしゃる風月時雨様に
以前、「出来れば私の大好きなピンク系プリキュア四天王~ドリーム・メロディ・ハッピー・ラブリーの
イラストを描いて頂けないか?」とリクエストしたところ、
早速その4人の素敵なイラストを描いて頂き、
風月時雨様のブログ内に公開して頂きました。

取り急ぎこの場を借りてお礼申し上げたいと思いますし、
私のしょーもないリクエストにも快く引き受けて頂きました風月時雨様に
改めて感謝したいと思います。

本当にありがとうございました。

ちなみに風月時雨様のブログは、自分のブログ内の「リンク先」の中で上から5番目に位置する
「五月雨日記<仮の宿>」ですので、
興味がある方は是非ご覧になって頂ければ幸いです。

風月様のイラストは、オリジナルティーに優れ、
例えば「プリキュア」という素材があったとしても、それを単なる模倣としてイラストを描くのではなくて
その素材を見て「自分がこのように感じた」という事を
独特のタッチで表現されている方でありまして、
自分自身も、イラストそのものの魅力も大きいのですけど
その素材の料理方法というか味付けというか二次創作みたいな要素に非常に「何か」伝わるものがあり、
毎回毎回感心している次第です。
特に最近のプリキュア関係のイラストでは、
アンラブリー・ハニーをお姫様抱っこするファントム・フォーチュン・
わんわんわんこのめぐみなどが極めて印象に残る作品だと思います。

それと二つ目ですけど
前回「プリキュアチョコスナック」の記事を掲載した際、おまけとしてプリキュアカードが付くけど、
出来れば「のぞみ&りんちゃん」のカードが当たらないかな・・と書いたところ
何か本当に「のぞみ&りん」のカードを引き当てる事が出来ました・・・!!

いやいや、これは正直嬉しかったですね。

プリキュア5ののぞみとりんちゃんは2007年~08年にかけて放映されていた「プリキュア5」の
メインキャラなのですけど、放送が終了して既に6年が経過しています・・・
でもそんな中でも、こうしたのぞみ&りんちゃんのグッズをお目にかける事が出来るとは
これも「プリキュア10周年」の恩恵なのかな・・・・



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プリキュアシリーズの中のカップリングとして、
例えば、初代のなぎほの フレッシュのラブせつ、スイートのひびかな ドキドキのマナりつが比較的
有名ですけど、
自分にとっては一番しっくりくるのはやはり「のぞりん」なのかな・・・・
例えると、バカ旦那とバカ旦那を支え続けるおせっかい古女房みたいなカップリングなのですけど
同時にこの二人は幼馴染でもあります。
やはりそうした昔からの絆というのがシリーズでも大いに威力を発揮していましたし
素敵なカップリングでした。

だからこうしたある意味貴重なカードは嬉しいですね・・・






またまた同じような話なのですけど、
やはり「プリキュアスナック」のレアカードというと
やはり「ハピネスチャージ」本編でのひめといおなの和解の回における
ひめの「氷川さんのけちんぼう」発言とそれを聞いたいおなの固まった表情と
二人の睨み合い(??)がたまらなく面白かったですね。

ハピネスチャージもこれまで数々の名シーンを生み出してきましたけど
このシーンも好きなシーンの一つです。
9/14の「ハピネスチャージプリキュア」は
いおなの恋物語のストーリーも勿論良かったのですけど
全体の演出が非常に個性的で面白かったです!!
正直あの演出は評価が分かれると思いますし、嫌いな人は嫌いと言うかも
しれませんけど、
私としては「いおなの心理描写」と「色彩感」の調和が実にマッチしていて
とても面白かったと思います。
歴代プリキュアでも、こうした「色彩感」を全面に出した演出というのもそれ程無かったと思いますし
その意味でも「斬新」という感じはありました。

今回の話は完全に「氷川いおな」に焦点を当てた話です。
全体的には、めぐみ・ひめ・ゆうゆうは今回はぼ蚊帳の外・・・・
(ラブリー大好きの自分としては少し寂しいけど、次回はめぐみ回だから、ま、いいか・・・・)
振り返って見ると第一話の頃のフォーチュンというかいおなは、凛々しさはあったけど
全体的にとげとげしい感じが濃厚で
特にプリンセスに対して放った言葉・・・「私はあなたを許さない、絶対によ!!」の言葉が全てを物語っていると
思います。
そこから比べると、いおなの変化と成長は目を見張るものがあると感じます。
だけど反面、頭が固いというか融通が効かないというか、そういった面も見られるのですけど
それゆえ「恋」に対しても融通が効かないというよりは
むしろ全く経験が無い「未知の領域」なのだと思います。

そうした恋と言う「未知なる領域」に一歩足を踏み入れたいおなの「不安感」を象徴したのが
ナマケルダ登場以降、特に戦闘シーンにおけるセピア色のモノトーンの背景だと
思われます。
同時にあのモノトーンの世界は、
「愛」を無くした哀しい「幻影帝国」を象徴したものであると思います。
(愛を無くした哀しい・・・なんて書くと何かキュアハートを思い出してしまいますね・・・)

動物園での会話はも海堂もいおなもお互いのコミュニケーションが取れていないゆえの
ぎこちなさもあったものの、
フリスビーを投げ合うシーンは、何か二人の関係を象徴するような雰囲気もありました。
最初にいおなが上手く投げられなかったことは、
いおな自身に「恋」という未知の領域を受け入れる心の余裕が無い事や戸惑いを示唆し
海堂のアドバイスをきちんと受け入れてフリスビーを上手に投げられたことは、
初登場時の頃と異なり、
「相手の話をきちんと聞くことができるようになった事」も提示しているし、
それが男女の間柄であっても、いおな自身がそうした恋と言う未知の領域にも着実に一歩を
踏み出せることを匂わせていますし、
ラストでいおなが海堂のフリスビーを受け止める事が出来ていたのは、
「今は結論は出せないけど、確かにあなたの気持ちは受け取った、よーく分かった」という事を
暗示していると思います。
何かハピネスチャージでは珍しいくらいの細かい「心理描写」が描かれていて
そうした意味でも何か新鮮な感じがありました。
ま、いおなだからこうした高度な心理描写が可能なのかもしれませんけどね・・・・

一方面白かったのは、ナマケルダかな・・・・

この方も実は第一話から登場し、
初期の頃のやる気のなさから見て
「歴代プリキュアで一番最初に登場した幹部は皆咬ませ犬かへたれ・・・」という伝統を
受け継ぐマヌケ幹部かと思っていましたけど
どうやら何かと色々深い事情がありそうですね・・・・

見方によっては、幻影帝国のクイーンミラージュと同じように
過去において「恋愛関係」のもつれで何か痛い目にあったとか癒すことが出来ないほどの深い心の傷を
負ったとか色々と何か事情がありそうですね・・・
この辺りも何か興味津々です。

〇ナマケルダ→「恋」に破れて傷ついた・・・

〇ホッシーワ→「他人への妬み・嫉妬」のもつれで何か痛い過去があった・・・
          (他人の不幸は蜜の味というセリフが象徴していますね・・・)

〇オレスキー→三人の中では・・・・うーーん、今回はパスとしておきましよう・・・・(苦笑・・)

こうした「幻影帝国」の幹部、そしてミラージュの心理状態と言うか内面の深層が
「セピア色」というのか、単色のモノトーンの世界であり、
そうした「愛」を失った世界というのを
何かあのセピア色の戦闘シーンで暗示したかったのかもしれませんよね・・・・

やはり人は生きていくうえで、そうした嫉妬とか恋の痛みというのは絶対に避けて通る事は
出来ないもの・・・
だけどやはり嫉妬を乗り越えた自己の達成感とか
苦しい恋を乗り越えた末の「愛の到達点」というのはやはり素晴らしい世界・・・・
何か「ドキドキ」とか「スイート」で提示した
「不幸と幸福は二つで一つ、両者は繋がっているし、片方だけを排除しても何の解決にも
ならないし、そうしたマイナス要素も受け止めよう」みたいな世界観が
この「ハピネスチャージ」の世界観でどのような更なる進化と変容を見せてくれるのか
楽しみでもあります。





それにしてもいおなのこうした「微笑み」は魅力的・・・・

ホント、初登場時のあの険しい感じが嘘みたいな「柔らかさ」ですよね。


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だけどこうしたセピア色一色のモノトーンの世界は相当斬新な演出・・・

最初に見た時は、正直放送事故かうちのテレビが壊れたかと思った・・・・(笑)

前述の通り、
「恋」という未知な領域に足を踏み入れたいおなの「不安感」並びに
幻影帝国側の「愛無き世界」の冷たさを
象徴したのがやはりこのモノトーン演出なんでしょうね。



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ついに「イノセントフォーム」の初お披露目・・・・

これって全員が一気にそうした力を受けるのかと思っていたら
実は各個人が単独でそうした力を授かるのですね・・・
通常こうした新しい力を授かる場合、
ピンク系が一番最初か一番最後というのがプリキュアの一つのお約束事でもあるのですけど、
今回は何と紫系プリキュアでしかも追加戦士の「フォーチュン」が一番最初・・・
これは少々意表を突かれました・・・・

だけどフォーチュンの場合、このイノセントフォームも素晴らしいのですけど
個人的には「あんみちこまち」ももっと出して欲しいな・・と思いますね。
あれは合宿回でまだ一回しか登場していませんし
是非また見てみたいのですよね・・・・

なおかつ驚いたのは、
フォーチュンがイノセントフォームでサイアークを封印した後、再度プリキュアの通常フォームに
戻ってしまう事でした・・・
これって、スマイルで言うと、
プリンセスフォームになったハッピー達が
合同技発動時に再度通常フォームに戻るようなものですよね・・・??

この辺りは、今後4人全員がイノセントフォームを取得して以降は
どのように変化していくのかな・・・??
先日、1980年の課題曲D/オーバー・ザ・ギャラクシーを出来ればコンクールの課題曲として
吹きたかったと書きましたけど、
同様な曲が他にもあります。
その一つが1983年の課題曲A/吹奏楽のためのインヴェンション第一番でしたね。
この課題曲が演奏された年は、自分にとっては高校生活最後のコンクールという事もあり、
「うう・・・今年で最後・・・」と思うと何か気合が入っていたとも思いますし、
反面受験生でもありましたので、
「うーーん、やばい・・・・本当は吹奏楽コンクールになんか出ている場合じゃないのに・・・」と
思う気持ちもありました。
ま、二律背反みたいなものでしたね・・・
だけど、結果的に9月まではコンクールにばかり目が行ってしまい、
受験勉強らしき事を始めたのは10月以降かな・・・
ま、田舎の県立高校生らしいのんびりとした話ですよね・・・・(苦笑・・・)
それに私、ついに高校時代は予備校すら行ったことが無かったし・・・・
余談ですが、仙台の代々木ゼミナールは私が高校3年生の時に駅前に開校されました。
でもあの立派な建物の代ゼミが仙台では閉校になってしまうのですね・・・
やはり少子高齢化の波と浪人生激減の影響はとてつもなく大きなものがありそうですね・・・・

あ、何か話がそれてしまいました・・・・

この年、結局自分達の高校は課題曲にC/カドリーユを選曲してしまいました。
私としては、課題曲は「絶対にAのインヴェンション第一番がいい!!」と主張したのですけど
結局通らずCになってしまいました・・・
というかこの課題曲C/カドリーユは演奏する方としては苦手だったな・・・・(苦笑・・)
だってこの課題曲意図的に音が薄く書かれているし
とにかく全体的に「軽量感・清涼感・透明感・爽やかさ」を表現しないと曲にならないし、
正直、慢性的なクラリネット奏者不足に泣かされる男子高校としては
非常に荷が重い曲でした・・・
だってこの課題曲、クラリネットの音が穢かったりクラリネットセクションのサウンドに濁りがあると
すぐにばれてしまうほど音が薄く書かれているので
クラリネット奏者泣かせの曲でしたね・・・
確かに技術的には全然難しくないのだけど
あの「透明感」を演出するには相当泣かされましたし、
時折出る6/8拍子をこなすのに結構苦労させられました・・・

この課題曲Cは聴く分にはすごく楽しく聴けるのですけど
奏者にとっては地獄の極みでしたね・・・

だからこそ課題曲はA/吹奏楽のためのインヴェンション第一番を演奏したかったな・・・・

この課題曲Aは、序奏-A-B-Aのシンプルな構造を取っていて
出だしの健康的なファンファーレに続いて展開されるフーガ的な部分が実にノリが良いし
メロディーラインも聴くだけでもわくわくさせられるし
中間部のBのしっとりとした歌も魅力的ですし、
ラストもいかにも吹奏楽らしい豪快な感じですっきりと終わります。
中間部のアルトサックスのしっとりとしたソロが極めて印象的です。

この課題曲の作曲者の内藤淳一先生は、
この課題曲が演奏された当時は、宮城県内の泉高校の吹奏楽部の指揮者もされていて、
当然ながら県大会では、課題曲にAを選曲し
結果的に吹奏楽コンクールでは珍しい自作自演をされていました。
この自作自演の演奏、県大会で私は聴きましたけど、
テンポがかなり速かったのが印象的でした。
当時、「なるほど、作曲者本人の解釈としては、スピード感と切れを重視しているのだな・・」と
感じたものです。
だけど泉高校はこの年は県大会・スカ金に留まり、東北大会への代表にはなりませんでした・・・
自由曲の「飛鳥」の演奏が今一つ情緒不足というのも大きかったかな・・・
内藤先生は、泉高校の前は確か白石工業だったかな・・・・
白石工業の1979年の自由曲、フォースブラッドの「エディフイス」の演奏は何か妙に印象に残っています。
内藤先生はその後、荒井富雄先生異動後の向山に赴任され、
結果的に向山を再度全国大会出場にまでは至らせることは出来なかったようです・・・
この方は指揮者というよりは「作曲家」の方に才能がお持ちだったようで、
その後、1997年課題曲Ⅱ 99年課題曲Ⅰ 2001年課題曲Ⅰの課題曲にも
選ばれています。
実は内藤先生には高校生当時色々とお世話になった事があり、
泉高校の楽譜(リードのジュビラント序曲とかカレリア組曲)をレンタルさせて頂くのに
ご協力をお願いし、快く了解して頂いたことが印象的です。

※なんで当時の宮城の吹奏楽の事を色々知っているかと言うと、
 中学から高校までは私も仙台市内の公立学校にいたからです・・・・

吹奏楽のためのインヴェンション第一番は、
出だしのインパクトが結構大事で、この部分を外すとそれを取り戻すのは正直至難の業です。
感覚としては、この課題曲は出だしで大体方向性が決まるという感じもあり、
出だしに「キラリと光る何か」を表現出来たチームは中間部もラストもスムーズに展開できていたような
感じもありました。
この課題曲Aで素晴らしい演奏を聴かせてくれたチームは色々ありますけど、
私個人の感想としては、
茨城高校の演奏がかなり気に入っています。
男子高校らしい豪快さと中間部の繊細な歌が印象的で、
このチームの83年の自由曲/エルザの大聖堂への厳かな行列の演奏共々、
「感受性豊かなチーム」というインパクトを残してくれました。
課題曲の中間部のアルトサックスの幾分ハスキーな歌い方が実に渋くて良かったです。
もう一つあげると、
中学の部の雄新中のインヴェンション第一番も素晴らしい演奏でした。
出だしもキラリと光る「何か」を感じさせてくれましたし、
中学生らしい「素直な感じ」とスピード感とサウンドの透明感が両立した素晴らしい演奏を
聴かせてくれていました。
1988年というと大学を卒業し、社会人になった年でもあり
私にとっては忘れる事が出来ない一年です。
この一年は、今までの怠惰な学生生活から初めて「社会人」としてスタートをした年ですし、
企業人としての厳しさ、会社内の人間関係の難しさ、顧客とのお付き合いなど
見る事聞く事初めての経験ばかりでしたので、
この年は毎日毎日が何か「緊張」の毎日であり、
同時に毎日毎日が学習と勉強の日々であり、
一日一日が大変「重たい」ような印象がとてもあります。
だから何か知らないけど、この一年間の事ははっきり覚えているのですよね・・・
1988年当時は、銀行員としての社会人第一歩を切ったのですけど、
銀行業務って色々と専門的な事があり、色々と独自に勉強をしないといけない事もあり、
また札勘(紙幣の数え方)やATM故障時の機会の直し方など技術面でも学ぶことが多々あり、
ほーんとあの頃は毎日毎日がとてつもない「ストレス」の日々だったと思います・・・・

ま、だからこそあれから26年程度経過しているのに
あの新社会人の頃の記憶・印象って鮮明なのかもしれませんよね・・・
(ま、これまで何度か書いている通り、この銀行は2001年に破綻解散し、
今現在は影も形もありませんけどね・・・・)
記憶と言うか鮮明な印象度と言うと、
1984年に仙台から上京し初めて一人暮らしを始めた年も何か妙に記憶が鮮明なのですよね・・・

やはり人間と言うものは「初めて経験する事」の記憶の印象度は全然違うのかも
しれませんね。
事実、1989年以降自分が銀行業務に慣れてから以降の記憶と言うか、印象度は
1988年に比べると何か「希薄」なんですよね・・・・
1990年以降営業担当として甲府市異動以降の方が仕事としてははるかに大変で熾烈を極めた
のですけど、やはり後日の記憶としては1988年の方が印象度が強いというのも
何か自分自身妙なものを感じたりもします。

そうした中でのこの年の吹奏楽コンクール全国大会なのでした・・・・

この年は、大学・職場・一般の部が大宮・ソニックシティーで開催されたこともあり、
普門館での中学・高校の部と共に
この大宮での大会も聴くことが出来ました。
この年は、一般・大学・職場の三部門が一日で審査されていましたけど、
さすがに大変だという事で、1992年以降は、大学の部が日程から分離されていましたね。
だけど古い話なのですけど、
1977年~78年のように、大学・職場・一般の部は、
中学と高校の部が終わった後に、同日付け足しのようにひっそりと開催されていた時代もある事を
考えると、随分と扱いが良くなったような気もします・・・・(笑・・)


〇札幌市民交響吹奏楽団

 D/歌劇「タンホイザー」より

 札幌には当時この札幌市民交響と札幌吹奏楽団の二つの極めて優秀な吹奏楽団が存在していて
 この二つのチームが当時の北海道の一般の部を牽引していたような印象もあります。
 特に札幌吹奏楽団は、82年の「絵のような風景」と90年の「四季」の演奏が抜群に素晴らしく
 印象的です。
 一方、札幌市民交響の方は、正直札幌吹奏楽団と比べると
 少し水準が下がるというか、
 確かに人数も多く、サウンドも重厚な感じもするのですけど、
 毎年どちらかというと「印象の薄い音楽」を展開していたような気もしますし、
 「あれだけの人数とサウンドを持っていながら何かくすぷっている印象があり、
 モヤモヤして勿体ない・・・」という感じも外部からは感じていたものです。

 だけどそんな中、この年の札幌市民交響は全然違いましたね・・・・!!

 正直言って今までの希薄な印象が嘘のように素晴らしい演奏を聴かせてくれました。

 これって何が原因なのかな・・・と思ったのですけど
 原因は一つです・・・
 よくアマチュアの世界では、
 「優秀な指揮者、優秀な奏者が一人加入しただけでサウンドが嘘みたいに変化することがある」と
 言われる事もありますけど
 札幌市民交響はその典型的事例だと思いました。
 このチームのユーフォニウム奏者は、本当にプロ級の奏者が一名いて
 この方が自由曲の「タンホイザー」の中間部にて、
 ハープの伴奏に支えられて、約1分半程度朗々とソロを聴かせてくれて
 (しかもバックの伴奏もほとんどなく、ハーブ程度・・・完全なソロの世界です・・・)
 しかもこのソロが実に上手い!!!!
ユーフォニウム奏者のソロであんなに感銘を受けたのは後にも先にもこの時ぐらいなものです・・・

 ※厳密に言うと、1993年の乗寺泉の「ディオニソスの祭り」のユーフォニウム奏者も凄かったけど・・・

 プログラム一番という事で、正直不安はありましたし、
 冒頭が少し音が固かったので「大丈夫かな・・・」とも思ったものでしたけど
 徐々に乗ってきて大変楽しい「カーニバルのマーチ」を聴かせてくれましたし、
 (打楽器のウッドブロックの固い響きとリズムの悪さはマイナス点かな・・・・)

 圧巻は「タンホイザー」でしたね。

 ゆっくりとした序奏から開始され、ホルンの雄叫びの部分が実に粒が揃っていて良かったですし
 響きも重厚感がよく出ていて素晴らしかったし、
 それに続く盛り上がり部分も実に自然な謳わせ方で聴いていてとても気持ちが良かったです。
 その後のユーフォニウムの長大なソロが抜群に良かったし
 当日の「ソリスト賞」があるとすれば確実に受賞できたと思えるほどの素晴らしさでした。
 その後の夢見るようなファンタジー感溢れる歌い方も良かったし
 ラストのタンホイザー序曲のラストとほぼ同じような終わらせ方も実に秀逸で
 これまでの札幌市民交響の「上手いけど何かモヤモヤ」している印象を完全に払拭する
 素晴らしい演奏だったと思います。

 私はこの演奏は当然金賞だと思っていましたけど、実際の審査結果は銀賞で
 「えーー、まじかよ・・・コンチェルトエロイカと市川に金賞を与えるなら
 こちらの方が技術的にも音楽の内容の面からも全然上なのに・・・と
 当時感じたものです。

 このユーフォ奏者は、1992年の「カルミナ=プラーナ」と94年の「カルメン」でも
 素晴らしいソロを聴かせてくれています。
最近の南関東は、天候の急変が多く、
午前中は晴れていたのに、午後に突然入道雲が発生し突然の大雨というのも
珍しい事ではありません。
(ま、それは全国的に同じみたいですけどね・・・)

先日もある顧客の所に行く時に
その顧客宅に車を停める場所が無く、そのあたりは繁華街に近いところでもあるので
駐車違反の巡回が定期的に行われている所なので
やむなくバイクで行ったのですけど、
その帰りがけに突然の大雨に遭遇してしまい、
「まずいな・・・カッパも持っていないし、どこかで雨宿りしよう・・・」と思っていたら
幸い目の前がヤオコーでしたので、
そこで一時間程度雨宿りする羽目になってしまいました。

二階の店舗の一つが本屋になっていて、
ブラブラしていると
現在テレビ東京でアニメとして放映されている「月刊少女野崎くん」の原作四コマ漫画が
置かれていたので、
ついつい立ち読みしてしまいました・・・・

だけどこれ、アニメも最高に面白いのですけど
原作の漫画も最高に面白いのですよね・・・・
あまりの面白さに、ついつい我慢しきれず「ムフフ・・・・」などと思わず吹き出してしまい、
それが結構大きな声だったみたいで
近くの人ほとんどの人が一瞬こちらを振り返って見ていましたね・・・(苦笑・・・)

でもそのくらい面白い作品で
アニメ版もいいけど、原作の漫画版も素晴らしいです!!
というか、原作の四コマとアニメって全然違和感が無いというか
原作の世界をそのまんまストレートにアニメ化出来たようにも思えますし、
プロデューサーの方の作戦勝ちという感じもしますね。

だけどアニメ版「月刊少女野崎くん」も次回でいよいよ最終回を迎えてしまうのですよね・・

うーーん、少し残念・・・

だけど是非二期を大いに期待したいと思います。






以前も書いたけど
主人公の野崎もいい味出しているけど
メインヒロインの「佐倉千代」が実にいいですゆね!!

以前も書いたけど、リボンがとてもよく似合うキャラですし、
全体の雰囲気はいかにも「夢見る少女」という感じ・・・・

だけど、全体的に突っ込みどころ満載の「ボケキャラ」が多いこの作品の中で
数少ない突っ込み役がこの千代であり、
時に自らボケをかましたり、
自らの「脳内妄想」の世界に迷走したり
ドジを踏んだりと
ボケも突っ込みも可愛い要素もドジっ娘要素もこなせる中々魅力的なキャラですね。


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原作でもアニメでも
よくこうやって「バカ、バカ、私のバカー」みたいな自虐ネタとか墓穴ネタとか
自業自得ネタなど
ホント、見ているだけで飽きないキャラでしたね・・・

再来週以降、千代にお目にかかれる事が出来ないとは、
うーーん、日曜深夜の楽しみが一つ減ったかも・・・・

この作品のサブキャラには色々とゆるいキャラもいましたけど
個人的には、瀬尾 結月というキャラが面白かったですね・・・・
この方の無神経振りと空気を全く読めない感は、もはや「芸術品」の領域ですね・・・・


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今回の話の前半ラストは
珍しくしっとりとした雰囲気で終わり
これが実に良かったですね・・・・

野崎の「お前と一緒に帰りたかった・・」に
ウルウルと反応する千代が、これまた可愛かったですね・・・・
世間的には本日9/15が三連休の最終日ということで
本日は天気も良く、暑くも無く寒くも無く丁度良い陽気という感じで、
恐らく全国各地の観光スポットとかショッピングセンターとか道路とかは
混雑したかもしれませんよね・・・・

そういう自分は、日曜までは普通に仕事でした・・・
本日は三連休の最後でやっと休みだったのですけど、
以前から決まっていた事とは言え、朝からずーーっと町内会の仕事の手伝いという事で
朝から夕方近くまで「無償奉仕」という感じでした・・・
ま、町会の役員なんて12年に一度廻ってくると、中々面倒なものです・・・

本日は、午前中は、連合自治会の「合同清掃デー」という事で
朝も早くから、町会内の公園・自治会館・公道を中心たした草刈りと側溝掃除に
駆り出され、
後ほど触れますけど、
(全国的に共通現象なのでしょうけど)
町会内の高齢化が進んでいるせいか、手伝いに駆り出される町会役員関係者は
ほぼ70歳以上の後期高齢者の皆様ばかり・・・
私自身はギリギリ40代なのですけど、
やはりどうみても自分が最年少ですね・・・・(苦笑・・)
そのせいか、何か重たいものを持ち上げる仕事とか
鎌では掘り起こせない根の張った雑草を引っ張り上げる時とか
側溝内の泥を一か所にまとめる等「重量級」系の仕事になると
大抵、
「はいはい、そこのお若い方・・・・、ちょっといいですかな・・・」みたいにお声が掛かり
なんだかんだ結構こき使われたという感じでした・・・

ま、確かに80歳近い方に、重いものを持たせて、
ぎっくり腰でも起こされたりしたらマズイですからね・・・・・(苦笑・・)

それが終わったら、午後からは
担当する町会内の75歳以上の方に
「敬老の日」という事で町内からの「記念品贈呈」のお届け・・・
自分の担当する組内には、16世帯中なんと12世帯にそうした75歳以上の方が
お住まいなのですよね・・・

ニューズではよく「高齢化社会の到来」・「25年後は大変な事になっている・・」とか
言われていますけど
こうしたほんの狭い町会の世帯内年齢構成が象徴している通り
「日本の高齢化社会」・「福祉の負担の問題」は
今後の日本の一大テーマだと思いますし、
集団的自衛権とか外交問題等よりも真っ先に取り組むべき課題のような
気もします。

「記念品」を一軒一軒お届けにお伺いしても、
在宅率は半分程度・・・・
午後3時頃に再度行ってもまだ4軒程不在・・・
夕方過ぎに行って、やっと全員に配り終えたという感じでした・・・
あーー、ホントに面倒くさい・・・・(苦笑・・・)
しかも行く家のほとんどで、

「あらまあ、○○ちゃん(うちの奥様の名前)のご主人さんね。
○○ちゃんは元気? あの娘は昔からポーとしていて、よくうちの娘にからかわれていたのよね・・・
あのときはごめんなさいね・・・(笑)」

「○○ちゃんは昔から生きているのか死んでいるのかわからない子だから、
 あんたがちゃんとフォローしてあげるのよ・・・」

「○○ちゃんは昔から本当にグズな子でねー・・・」

みたいにうちの奥様ネタになってしまい、
私としてはただただ黙って「はあ・・・・・」と拝聴するしかないですね・・・・(苦笑・・)

ま、うちの奥様は生まれたとこも育ったところも今の住まいも全く同じで
隣近所の人も赤ん坊の頃から知っているという感じなのだし、
そういうご年配の人から見ると
(現実は既に40代後半なのに)うちの奥様は、「子供の時の近所の愚図な〇〇ちゃん・・」という
感覚がいまだに続いているのでしょうね。
9/14の「ハピネスチャージプリキュア」はストーリーも勿論良かったのですけど
印象的だったのはその演出・・・
正直あれは賛否両論あると思いますけど
私は面白いし、大変個性的で魅力ある演出だと感じました。
いおなの心理描写をかなり克明にドラマにしていましたし、そのあたりの背景と色彩感の
コントラストが実に意図的で面白いものがありましたし、
戦闘パートでは、わざとモノトーンみたく単色にしているのは、
幻影帝国側の「心の闇」とハピネス側の「幸せは心の持ちよう」みたいな感じを
コントラストに描こうという意図も伝わり、中々意欲的なものも感じました。

ま、この辺りは改めて本編の感想という事で後日改めて書きたいと思います。

次回は、いよいよめぐみの回ですけど
「めぐみ自身の個人としてのハピネスとは何?」みたいないよいよ物語の核心に触れるような感じに
なれば実に面白い回になりそうな予感は大ですね・・・・
めぐみ自身が、「自分が本当にやりたい事」・「自分自身の将来の夢」に少しでも気が付くだけで
めぐみはプリキュアとしても個人としても
「何の前触れもなくある日突然とてつもない飛躍」が期待できる
大変伸びしろの高いキャラだと思います。
だけど、そろそろ最終決戦も視野に入れつつある時期に来ているので
めぐみ自身としての「個」としての成長も本格的に見せて欲しいような気もします。

ま、めぐみは今のままでも十分歴代でも魅力的なのですけどね。

歴代プリキュアと言うと、
ホント、プリキュアシリーズには「外れ」は一つも無いというのが私の持論でして
どのシリーズもそれぞれが輝き魅力が満載だと思います。
毎年個々のキャラが異なるシリーズを「同じ冠番組」として10年間続けること自体
まさに偉業なのですけど、
毎年それを見事に描ききっている事は本当に頭が下がる思いですね。

歴代の各シリーズをほんの一言で記してみると・・・・

初代→戦う女の子の勇猛さ

SS→優しさと癒し

プリキュア5→夢を見つける物語

フレッシュ→自己救済の物語とラブの雄叫び

ハートキャッチ→「心の花」が開花する物語

スイート→個性が異なる女の子たちの「組曲」

スマイル→ボンクラな女の子たちの物語

ドキドキ→歴代初の「聡明」」なプリキュア達の物語

ハピネスチャージ→ポンコツな女の子の物語

プリキュアシリーズは、前述の通り、全ての作品が好きなので
正直甲乙とか好きな順番は全く付けられません・・・
強いて言うと、今現在リアルタイムで放映されているシリーズが
その時点では一番好きなシリーズでして、
現在でしたら、「ハピネスチャージ」が一番好きですし、
例えば「スイート」がリアルタイムで放映されていた頃は「スイート」
「フレッシュ」がリアルタイムで放映されていた頃は「フレッシュ」という風になりますね。





だけどキャラ的には
一番好きなのは、圧倒的にキュアドリーム(夢原のぞみ)ですね。

現役の「ハピネスチャージ」もそろそろ中盤~終盤の流れになりつつありますけど
やはり歴代プリキュアの中では
今の所、のぞみを超越するプリキュアは存在しないと思いますね。

以前も書いた通り、ま、プリキュアは全員大好きなのですけど、特に列挙すると
ピンク系大好き四天王は、ドリーム・メロディ・ハッピー・ラブリー、
青系大好き四天王は、アクア・マリン・ビューティ・ダイヤモンド
赤系ならばルージュ
紫系ならば、フォーチュン
黄色系ならば、パイン・ロゼッタ・ハニー
あたりがその中でも特に大好き系なのかな・・・・??

でもキュアドリームが群を抜いているのですよね・・・・

ドジでアホで勉強もスポーツも家事もまるでダメで、将来の夢も何も決まっていなくて
特技もまるで無し・・・
だけど妙なカリスマ性と不思議なリーダーシップがあるのですよね・・・

なんでのぞみにここまで惹かれるのかな・・・・??

やはり優しさと強さを併せ持つという伝統的プリキュアの強みに加えて
芯の強さと
何事にもひたむきな「一生懸命さ」についつい応援したくなっちゃうのですよね・・・

のぞみは歴代でも唯一と言ってもよいくらい「チーム内のリーダー」という事が明言されたプリキュア
なのですけど、
リーダーとして、[この人のためならば死ぬ気で頑張れる」と自然に周囲の人達に思わせちゃうことが
出来る点がとてつもない魅力ですよね。
私が中学3年の時の吹奏楽コンクールの課題曲Dだったのが
この斎藤高順の行進曲「オーバー・ザ・ギャラクシー」(銀河を超えて)だったのですけど
この課題曲は当時から「あ、この課題曲いいな・・・、こういう曲を吹きたいな・・・」と思ったものです。
ま、実際は当時の指揮者の先生は、課題曲C/北海の大漁歌を選曲し、
結果的に半年近く、来る日も来る日も「ソーラン節」を練習する羽目になったものです・・・・(苦笑・・)

1980年の吹奏楽コンクールは、私的には「一つの頂点」というか
そのレベル、音楽的表現が一つの「最高水準」に達した年にも感じますし、
特に高校の部の異常なレベルの高さにそれがよーく表れていると思います。
その年の課題曲四曲は、今にして思うとかなりバラエティーに富んでいて面白かったですよね。
特にA~Cは、日本の祭り・民謡をモチーフに書かれていて、
Aの「花祭り」は日本の古き良き伝統を、Bの「南の島から」は沖縄の民謡を、
Cの「北海の大漁歌」は北海道の民謡をベースにしてあり、
三曲ともに「日本古来のもの」をテーマにしているのが面白いと思います。
このように課題曲の大半がこうした「日本古来の素材」をベースにしている年というのもあまり例がなく
その意味でも大変面白い試みだと今でも感じる事があります。

その中でこの年の課題曲D/「オーバー・ザ・ギャラクシー」はマーチなのですけど、
そのリズムの面白さ、魅力的なメロディーライン、ハイハットシンバルのユニークな使用方法など
大変斬新な面が感じられる一方、
聴くだけで気持ちが「ノリノリ」になってしまう大変楽しい課題曲であり
私は大好きでしたね。

前述の通り、自分の学校は当時課題曲Cを選曲したので、この曲をコンクールで吹くことは
出来ませんでしたけど、
毎週月曜日の全校朝礼の入退場のBGMとしてこの曲を吹くことはしばしばあり、
聴くだけではなくて、実際に何度かこの曲を演奏する機会があった事は、今にして思うと
幸いな事だったと思います。
私は小学校から吹奏楽に関わりを持ち、結果的に大学を卒業するまで
楽器はずっとクラリネットだったのですけど、
1980年の一年間だけは、唯一違った楽器を経験できました。
この年は、それまでのクラリネットからアルトサックスにコンバートされ、一年間だけアルトサックスを
担当したのですけど、以前このブログでも書いた通り、
実はアルトサックスほど音が出やすく簡単にヴィヴラートを掛ける事が出来る楽器はないせいか、
アルトサックスを吹くのが楽しくし楽しくて仕方が無くて
その一年間は本当に楽しかったものです・・・・
この年は課題曲C/北海の大漁歌にもわずか4小節ですけど、アルトサックスにもソロがあり、
私も当然そのソロを吹いたものです。
ま、後にも先にもコンクールでソロを吹いたというのはこの時だけです・・・・
この課題曲D/オーバー・ザ・ギャラクシーのメロディーラインはトランペットが多いのですけど、
トランペットと共にメロディーラインを担当し、場合によっては裏メロを担当しているのが
このアルトサックスであり、
この曲のメロディーラインをアルトサックスで吹いている時ほど
「ああ、マーチって楽しいものだな・・・・」と感じた事はありません。
翌年高校に入ってからは引き続きクラリネットに戻ったのですけど
クラリネットでマーチを吹いても「ああ、しんどい・・・」という感じばかりで
正直、「楽しい・・・」と感じる事の方が珍しい感じでしたね・・・・

あ、何か話が全然それてしまいましたね・・・

この課題曲の作曲者の斉藤高順は、非常にユニークな経歴を持ち、
民間人でありながら、航空自衛隊と警視庁音楽隊の隊長を務めあげています。
作曲家としては、この方は後世にまで必ず受け継がれる素晴らしい作品を一つ残していて、
それが、「ブルー・インパルス」であり、
東京オリンピックの開会式で上空に五輪の輪を描いたアクロバット飛行チームのテーマ曲でも
あります。
タイトルは聞いたことがなくても、この曲を耳にすると、
「あ、どっかで聴いたことがある・・・」と感じると思います。
それほど実は日本人の多くに馴染みがあるマーチなのです。
また、斎藤高順は、小津安二郎監督の映画の映画音楽を担当していた時期もあり、
名作である「東京物語」とか「早春」・「彼岸花」・「秋刀魚の味」などの小津監督の作品の映画音楽を
作曲しています。

「オーバー・ザ・ギャラクシー」は感覚的にはやはり「ブルー・インパルス」に近いかな・・・・
あの独特の切れ味鋭いリズム感と
トムトムとハイハットシンバルを取り入れたリズム楽器の使用方法はかなり大胆で
面白いものがあります。
例えば瑞穂青少年吹奏楽団のように
打楽器パートの中に「ドラムセット」として組んだチームもありました。
冒頭は少し唐突と言うか、序奏なしにいきなりメロディーラインから開始されるのですけど、
メロディーラインがリズム感の表現がかなり難しいものの
やはりこのメロディーラインには相当惹かれる魅力が満載ですよね。
トリオの部分もいかにも「夢見るような」うっとりとした部分があり、
これは吹いているだけで当時うっとりとしたものでした。

余談ですけど
1980年当時、アルトサックスで吹いていて演奏中に思わず我を忘れるほどうっとりとさせられた曲って
この「オーバー・ザ・ギャラクシー」のトリオの部分と
「西部警察」のあの勇壮なメロディーと
当時沢田研二が歌っていた「TOKIO」のメロディーと
当時のバンド名「シャネルズ」(後にラッツ&スターに改名)の「ランナウェイ」
などがありましたね・・・
あ、この辺りは既に「懐メロ」の世界なのかな・・・・??

この課題曲のベスト名演は、やはり阪急百貨店かな・・・・
阪急のマーチは昔から定評がありますけど、この曲も「王道的」なものを感じさせてくれますよね。
メリハリと切れの良さでは天理高校がベストかな・・・
だけどこの年の天理は課題曲に関して言うと、トランペットの音が少し硬い上に
前半のメロディーラインで、トランペットの一番の音が伝わりきれておらず二番と三番の音ばかり
伝わってくるのが少々難点かな・・・・
面白い演奏としては、広島の基町高校の演奏があげられます。
ものすごーく正統的で端正な音楽なのだけど
部分的に若さが炸裂し、特にトムトムがなぜかむき出し状態のソロみたいになっている部分があり
これはかなり斬新なものを感じさせてくれます。
アニメ本編では、
ひめといおなの実質的和解回で「プリキュアスナック」(しかも納豆餃子味・・・・)が
まさかの本編登場を果たしましたけど
「ハピネスチャージプリキュア/チョコスナック」が確か3月頃に一度出たものの
その後の2と3が中々出ないもので、少し心配していたら
やっとヤオコーで発見しました・・・・

この「プリキュア/チョコスナック」は毎年第一弾から第三弾が出るのですけど
今作の場合、第一弾が出て半年以上経過するのに
一向に第二弾以降が出てこないから
「今年はもしかして生産中止かな・・・」と思っていただけにホッと一安心という感じです。





でもこのバンダイの「プリキュア/チョコスナック」ですけど
デザインが実に綺麗と言うか完成度が抜群に高いのですよね。
何かこの「チョコスナック」だけ他の関連商品以上の気合の入り方の違いみたいなものを
毎年毎年感じさせてくれます。

勿論今年の感性度の高さも驚異的だと思います。

第一弾はラブリーとプリンセスの二人だけでしたけど
この第二弾は4人全員揃っていますから
やはり見栄えが全然違いますね。
いおなだけ少しおとなしいような気がするのは単なる気のせいなのかな・・・??

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この「チョコスナック」には一枚、おまけのカードが入っているのですけど
ハピネスの4人以外のカードもあったりして、
例えば・・・・

〇マナ&ラブ

〇美希&なぎさ

〇のぞみ&りん

みたいな組合せもあったりもします。

こういう意外な組合せのカード何てそうそうあるものではないから
今回はハピネスのメンバー以外がいいな、出来れば「のぞみ&りん」がいいなーと
思っていたら
出てきたカードは「南野奏&九条ひかり」でした。

あ、この組合せ、何か面白い・・・

正直、オールスター映画でも奏とひかりの接点何てあまりありそうにないし
意外な組合せですから
結構これはこれで貴重かもしれませんね。

奏は歴代でも珍しいくらい「怒りっぽい」プリキュアなのに
ひかりは、怒る事すらまずありえない優しい性格なので
その対称性が面白いですね・・・・


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うーーん、だけど
と゜うしても「プリキュアスナック」というと
ハピネスチャージのひめといおなの和解回で登場したものが印象的ですね・・・・(笑)

そして何よりも
いおなに「プリキュアスナック買って、買って」と駄々をこねるひめに対して
ひめが放った一言・・・・

「氷川さんの、けちんぼう!!」の一言は実に面白かったし
最高でしたね・・・・!!
ま、あの一言が、とらえかたによってはひめといおなの歴史的和解の一つのきっかけになったという
解釈も、ま、可能と言えば可能ですからね・・・・

池上敏/瞑と舞

たまーにですけど、全国大会・支部大会で池上敏の「瞑と舞」という作品が
細々とではありますけど、いまだに演奏され続けていることを嬉しく感じます。
確かに少々とっつきにくく、陰気な邦人作品という感じも否定はできないのですけど
この「和の感覚」・「鄙びた感覚」は、日本人でないと絶対に分からないような「わびさび」みたいなものも
感じたりもします。

この曲を初めて知ったのは、1981年の全国大会の中学の部の、旭川・神居中学校の
神がかりとしか言いようがない何かに「憑りつかれた様な」奇跡的なウルトラ名演なのですけど、
それから数年後に、
チャンスの「呪文と踊り」を聴いた時、
「あれ、この曲の構成、何か瞑と舞に似ている・・・」と感じたものです。
静かな序奏から、打楽器の絡みから徐々に盛り上がっていく構成が
そのような印象を持たせたのかもしれませんけど、
実は意外とその印象は当たっていました・・・
実は後で色々と池上敏の事を調べていくうちに、
「瞑と舞」はチャンスの「呪文と踊り」に色々な面で影響は受けたとの事なのです。
最初の感覚としては、
「あれ、もしかして瞑と舞」が「呪文と踊り」に何らかの影響を与えたのかな・・・」と思っていたら
実際は逆でして、
作曲年としては「呪文と踊り」の方が早く作曲され
「呪文と踊り」が「瞑と舞」に多少の影響を与えたらしいですね。

この「瞑と舞」ですけど、
サンベンダーシンバルに乗っかる形でピッコロのソロで開始され、
その後すぐにピッコロからバトンタッチされる形でフルートにメロディーラインが移っていくのですけど、
大抵の場合、ピッコロ奏者がフルートを掛け持ちする事が多いような気がします。
神居中もそうでした・・・
その後すぐに、クラリネット・オーボエにメロディーラインが受け継がれていき、
一旦静かになった後、
打楽器セクションによるアンサンブルが静かに開始され、徐々に盛り上がっていき
ここから「舞」の部分が開始されていきます。
ちなみにこの曲の打楽器は、
ティンパニ、トライアングル、ボンゴ、タンバリン、サスペンデッドシンバル、合わせシンバル、タムタム、
大太鼓、スネアドラム、テナードラム
を使用していますが、
「舞」の開始部分は上記の通り、打楽器アンサンブルから開始されるのですけど
この部分のボンゴ・テナードラムの響きはかなりの効果があるように思えます。
「舞」が開始されて以降は、金管の響きに乗っかる形で大太鼓がズドンと要所で決めていますけど
この「ズドン」というのが実に気持ち良く決まるので
これだけでも爽快な感じになったりもします。
「舞」では部分的に静と動を対比させながら進展していき、
そのクライマックスでは、やはり大太鼓がズドンと締めてくれます・・・
その過程の中で、「バストロンボーン」が不気味な音を展開したり、
ミュートを付けたトランペットが乱入したり、
同じくミュートを付けたトロンボーンの絡みがあったりと
地味に聴きどころも満載です。
そしてラストは、序盤の「瞑」と同じようにピッコロのソロで静かに閉じられていきます。

全体的には、やはり「日本的な」香りが濃厚ですね・・・

イメージとしては、巫女さんの舞とか、龍の舞とか、民衆の土俗的祭礼とか、神官の祈りとか
そういったワードがこの曲を聴くだけで脳裏をかすめたりもします・・・

さてさて、この曲の吹奏楽コンクール・全国大会での素晴らしい演奏は
三つほど挙げられると思います。

〇1977年/富田中学校

〇1981年/神居中学校

〇1986年/伊丹東中学校

あ、どれも全て中学生の演奏ですね・・・

富田の演奏は、一言で言うと非常に野暮ったい演奏で、洗練さはほぼ皆無です。
だけど民衆のエネルギーというか土俗的祭礼みたいな雰囲気は非常によく出ています。
全体的に「泥と土の香り」がします。
神居の演奏は、非常に知的でスマートな演奏です。
音色の透明感が実に素晴らしいし、
奏者と指揮者が完全に一体化し、「自分達の音楽」としてこの曲をほぼ完璧に自分達のものに
している印象が強いです。
伊丹東は、指揮者のアクの強さが漲っていて、正直好き嫌いははっきりと分かれる演奏だと
思います。
少しやり過ぎというか演出過剰という感じもしますけど
いかにも永澤先生らしい個性の強い演奏です。
関係ないけど、永澤先生は何度かその指揮ぶりを見たのですけど、この方は何か雰囲気が
泉谷しげるに何か似ているような気も・・・・??
関西では、吉永陽一大先生と合わせて、大変魅力的で個性溢れる名物指揮者の先生でしたね。

余談ですけど、結果的に神居中は、「瞑と舞」の素晴らしい名演を残していますが、
曲のラストのピッコロの弱奏で、赤ん坊が思いっきり泣いてしまい、
名演に水を差しています・・・
レコードにはっきりと収録されています・・・
同様に1986年の伊丹東の「瞑と舞」のラストの弱奏で、やはり赤ん坊が泣いてしまっています・・・
うーーん、赤ん坊には、「瞑と舞」の世界は不気味に恐怖に聴こえるのかな・・・??
この時代の普門館は、赤ん坊同席でもホールに入ることが出来たのですね・・・
今では信じられない話・・・・

ついでに書くと、1981年の逗子開成高校の自由曲「海のうた」でも同様の事件が起こり、
前半のゆったりとした部分で、赤ん坊が演奏中に泣いてしまって、
その泣き声が更に演奏を興醒めにしているのは少し気の毒です・・・
(これも当時のレコードにしっかりと収録されています・・・)
今度の「プリキュア10周年おめでとうメッセージ」はキュアソード(まこぴー)です。
この回はソードと同じく紫系のいおなのメイン回でもあるから
同じ紫同士合わせてきたのかな・・・??
だけど個人的にはいおなの恋話もかなり期待していますし、面白そうな展開になる事を期待しています。
これで残りの挨拶は、ミューズとホワイトのみ・・・


このキュアソードですけど
私は結構好きでしたね・・・・
初期の頃は、孤高で凛々しい感じのプリキュアですけど
段々と化けの皮が剥がれてきたのか(??)
エース登場以降は、急速に「ポンコツ化」が進み、
優秀なドキドキメンバーの中で唯一「おまぬけさん役」もこなせていたような印象もあります。
ま、だけど最終決戦前後からは、初期の頃のような「凛々しさ」・「力強さ」も再度感じさせてくれ
全体としては「カッコいい」という印象の方が強いですね。

でもまこぴーと言ったら何といってもあの伝説の神回ともいうべき第40話が
群を抜いて素晴らしかったですね。
歴代プリキュアには数々の名シーンとか神回が存在しますけど、
まこぴーのこの回は、自分にとっても「歴代プリキュア名シーン」のベスト10には間違いなく
入ると思います。
そのくらい印象深い回でした。





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ドキドキプリキュアのメンバーって、歴代プリキュアの中では珍しいほど
全員聡明・優秀なのですけど、
特に、マナ・六花・ありす・亜久里の聡明さは恐ろしいほど高いレベル・・・
前作「スマイル」のボンクラメンバーの多さから見てしまうと、その優秀さが際立ってしまいます・・(笑)
今作「ハピネスチャージ」のポンコツメンバーから見てもレベルの違いは一目瞭然・・・・(苦笑・・・)
過去のプリキュアシリーズでは、
一つの楽しみ方として、
初登場時のボンクラ・マヌケ・へたれからいかに最終決戦時までに「成長」しているか
その進化を共感しながら楽しむという事があると思います。
だけど「ドキドキ」の場合、
初登場時から、マナ達は優秀・聡明だから、
歴代と比較してみると、
「成長性」というキーワードは比較的弱いのですよね・・・
キュアエースの登場は、優秀なメンバーだからこそ、「外部からの刺激」というのか
「メンバーの更なる成長を求めてやや上から目線の追加戦士を入れた」という
意図も感じさせてくれます。

だけど、その中で剣崎真琴というか、キュアソードだけは、
元々「トランプ王国」という別世界の出身者であり、
人間界の常識とか知識にやや欠ける面があり、
それにプラスとして、当初の本人の
「仲間なんていらない」とか「自分がやらないと・・」という孤高さも加わり、
「ドキドキ」のメンバーでは唯一、「成長」という伸びしろがあったプリキュア何だなーと
思います。

「ドキドキ」の場合、もう一つ大事な要素があって、何かと言うと
「レジーナ」という問題・・
レジーナは、簡単に言うと、キュアソードの故郷である「トランプ王国」を滅亡させた張本人の
キングジコチューの娘という立ち位置・・・
ここで重要なのは、レジーナ自身はトランプ王国滅亡には全く関与していないという点。
レジーナが、マナ達の前に出現した際、
ソードが有無を言わさず「私はあなたを許さない!」とプリキュアの姿に変身した事が
当初のソードの心理状態を示唆していますが、
当のレジーナとしては、「そんなの知らない・・・」というのはむしろ自然な反応・・・
ここで、
マナの「敵とは友達になってはいけないのか・・?」という難しい問題が出てきて、
色々な紆余曲折があって
最終決戦までレジーナを巡る色々なドラマが展開されていたと思います。

マナの場合、すごい点は
初期の頃から
「レジーナは、ジコチュー幹部とは何か違う・・」
「レジーナにも愛する心が存在している」と看破し、
初期の頃から、レジーナに対して絶対の信頼をしている点なのだと思います。
勿論、ソードのように、自分の故郷を滅亡させられたという当事者意識の高い人間と
そうでもない人間との温度差はあったと思いますが、
それでもすごい・・・

その過程で色々あったのですけど、最終的にソード自身も
「マナがそう信じるなら自分も信じてみよう」という気持ちに変化していき、
「汝の敵を愛せよ・・・」みたいな感覚がソード自身に芽生えていったのが
ソード自身の成長ではないのかなーとも思います。

そうした中での第40話でした・・・

「自分たちは今でもレジーナが好きだし、信じている」という気持ちを何とかレジーナに伝えたい・・
だけどレジーナが出現すると、戦闘モードに嫌でもなってしまい、
中々そうした気持ちを伝えられない・・・
それならば、歌として伝えれば良いのでは・・・と考え、
人間界ではアイドル歌手でもある剣崎真琴の「新曲発表会」という形で
臨んだのがあの40話だったのです。

この回の白眉は、何といっても
歌いながら、レジーナに近づいていき、
レジーナの槍を素手で受け止め、最終的にキュアソードの姿になりながらも
一番までを全部歌いきった場面ですね・・・

ソードが槍を受け止めながら
歌っている背景で、
ダイヤモンドがイーラと、ロゼッタがマーモと、ハートとエースがジコチューと戦っているシーンが
この場面を更に引き立たせていましたし、素晴らしい演出だったと
思います。

あの「こころをこめて」という曲は、ホント泣かせる曲ですよね・・・

以前も一度書いたと思いますけど改めてこの歌詞を記載すると・・・・

ひとりきりで不安な夜
歌を口ずさむの
震えそうな暗闇でも
チカラがわくから

言葉と音符ひとつひとつが
まるで奇跡のかけら
ハミングすれば
シャララひろがる
それは未来へ響くメロディ

こころをこめて わたしは唄おう
声を届けたい はるか彼方まで
あの日のように希望灯す
フレーズを羽ばたかせて

願いをのせて 明日(あす)も唄おう
大事な人が そこにいる限り
昨日よりも もっとまぶしい
その笑顔にまた逢いたいから

忙しくて忘れていた
かけがえのないもの
みんなといて想い出した
やさしいぬくもり

不器用すぎて 素直じゃなくて
遠回りするたびに
いちばん星に
誓った想い
永遠(とわ)に変わることないストーリー

こころをこめて 一緒に唄おう
こんなに広い世界の片隅
あふれだした涙さえも
いつの日か輝かせて

小鳥さえずる 春のそよ風
潮騒はこぶ 夏の太陽も
瞳の奥映しながら
愛しさをずっと 伝えてゆこう

こころをこめて わたしは唄おう
声を届けたい はるか彼方まで
あの日のように希望灯す
フレーズを羽ばたかせて

願いをのせて 明日(あす)も唄おう
大事な人が そこにいる限り
昨日よりも もっとまぶしい
その笑顔にまた逢いたいから


この曲、本当に何かじーんとくる曲で
一人きりで車の中等でこの曲が収録されたアルバムを聴くと
何かとても胸にこみあげてくるものがあります。

本当に素晴らしい曲だったと思います。

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