プロフィール

ぬくぬく先生 

Author:ぬくぬく先生 
開設当時は、1980年代吹奏楽コンクールの花輪・秋田南・就実・仁賀保・屋代等の素晴らしい演奏を後世に少しでも伝える事が出来ればいいなと思ってこのブログを始めたのですけど、いつのまにか「プリキュア」がメインになってしまいました・・・
最近は「東方Project」も大好きです!!
吹奏楽もプリキュアも何か自分が感じた事を少しでも後世の方に受け継がれるべきものが残せればいいかな・・と思っています。
ちなみに、「大好きプリキュア四天王」は、ドリーム・メロディ・ハッピー・ラブリーです。
ドリームとメロディは自分の中では既に殿堂入り状態ですけど、
現在は・・・・ラブリー大好き!!のラブリー一辺倒です!!
リアル社会では、建築関係のクレーム&アフター責任者を専従し、毎日毎日クレーム対応に当たる日々です・・・
裏の顔は・・・プリキュアと吹奏楽とクラシック音楽一辺倒です・・・
特に特に大好きな作品は・・・プリキュア5とスイートとハピネスチャージです!!
ちなみに、奥様は・・・ミルキィローズとセーラームーン好きの管理人以上のおこちゃまです・・・
東方で大好きなキャラは・・・とにかく大好きキャラがてんこ盛りで、全員大好き!という感じなのですけど、特に特に・・・さとり様・ゆかりん(紫様)・早苗さんはお気に入りです!!
吹奏楽では・・ネリベルの「二つの交響的断章」と「アンティフォナーレ」、スパークの「ドラゴンの年」、リードの「オセロ」と第二組曲「ラティーノ・メキシカーナ」、パーシケッティーの「仮面舞踏会」、C・スミスの「ダンス・フォラトゥーラ」などが死ぬほど好きで、クラシック音楽では、ウォルトンの交響曲第1番と矢代秋雄の交響曲、プロコフィエフの交響曲第5番、アーノルドの交響曲第2番、第4番、ショスタコの交響曲第7番「レニングラード」、マーラーの交響曲第3番「夏の朝の夢」、ハンソンの交響曲第2番「ロマンティック」、ストラヴィンスキーの「火の鳥」、ベルクの「ヴァイオリン協奏曲」、ラフマニノフの「交響的舞曲」などが大好きです!!
クラシック音楽を吹奏楽にアレンジし、そのコンクールヴァージョンの演奏としては・・・
1982年の就実高校の「幻想舞曲集」と
1987年の習志野高校の「ダフニスとクロエ」第二組曲の演奏、そして、
1987年の雄新中の「エルザの大聖堂への厳かな行列」が
まさに私の「原点」です。
最後に・・・
私の吹奏楽との関わりの真の意味での「原点」は・・・
1979年の市立川口高校の神がかり名演としか言いようがない
「二つの交響的断章」に尽きると思います!!


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あーあ、何か9/29は朝からバタバタ仕事で駆けずり回っていました。
コンビニで買った軽い昼ごはんにありついたのも午後3時くらいたらったかな・・・
だけど、コンビニの近くの小学校でフリーマーケットが開催されていて、何気なく見ていたら
キュアルージュの小物入れ(缶の中は、未開封のメモ帳付・・・)が10円で売られていましたので
思わず買ってしまいました・・・

ルージュは、プリキュア5の中では、一番人気がないとか色々言われていますが、
私は大好きなキャラです。
勿論「プリキュア5」は圧倒的にのぞみの大ファンなのですけど、
のぞみとりんちゃんは、「のぞりん」という百合カップル言葉に象徴されるように
二人で一つのコンビという感じもしますし、
りんちゃんがいるから、のぞみも突っ走る事が出来ると思われます。

個人的には、なんで人気が出ないのかなと思えるくらい
歴代シリーズの中でも好きなキャラです。
やはりボーイッシュ系のショートカットで、毒舌系は
人気が弱いのかな・・・





りんちゃん、可愛いのですけどね・・・
ちなみにリンちゃんママもかなりの正統派美人・・・
うららに対しての例の問題発言/
「口を開けば、のぞみ・のぞみって・・・アンタ、他に友達いないの?」が
今でも尾を引いているのかな・・??


CIMG6040_convert_20130929231311.jpg

缶を開けてみると
未開封のメモ帳が入っていました。
何かラッキー!!
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つい最近、バーバーのヴァイオリン協奏曲について少し書きましたけど、
バーバーを書くと、ついついコルンゴルドのヴァイオリン協奏曲についても
少し書きたくなってしまいます。

コルンゴルドは、正直あまり知名度はないかもしれませんが、
実は結構最近再評価が進んでいる作曲家です。
元々オーストリア出身で、9歳で作曲した「カンタータ」をマーラーが聴き
「この子は神童だ!」と賛美を送った話もあるほどです。
1920年代~30年代の初期に大活躍をし、オーストリア楽壇の第一人者としての名声を誇った
時期もあります。
しかし、コルンゴルドは、元々ユダヤ系のため、ナチスのオーストリア併合に伴って
迫害を懸念し、追われるようにアメリカへ亡命してしまいます。
しかし、アメリカ亡命後は、当時極めて保守的なアメリカクラシック音楽業界の
冷たい壁に才能を封鎖され、
(バルトークも大体似た事情ですね・・・アメリカ亡命後は大変困窮した生活を
 余儀なくされました・・・)
やむなく「生活の糧」として、アメリカにおいては、
ハリウッドの映画音楽に手を染めはじめ、
「海賊ブラッド」とか「ロビンフッドの冒険」の映画のBGMを担当し、
その方面では、ハリウッドでは高い評価を受けるようになりました。
そうですね、今で言うと、ジョン=ウィリアムズの先駆者的存在みたいなものです。

第二次世界大戦後に、再びヨーロッパに戻って、クラシック音楽業界への出戻りを希望したものの、
当時の楽壇は、
「アメリカの手先」とか
「ハリウッドにクラシックの魂を売った人間」などという不当な評価を受け続け、
晩年は、冷遇された生活だったみたいです。

だけど、死後、交響曲とかヴァイオリン協奏曲とか歌劇「死の都」が再評価され始め
現在では、マーラーとシェーンベルクの間の世代の代表的な作曲家の一人という評価が
定まりつつあるような感じもします。

私が、なぜこのコルンゴルドを知る事になったかというと、
1995年12月のNHK交響楽団Cプロにて、シャルル=デュトワの指揮で、
コダーイ/組曲「ハーリ=ヤーノシュ」とプロコフィエフ/交響曲第5番と共に演奏されたのが
この協奏曲で、
当時は、「こんな作曲家聞いたこともない・・・」という感じだったのですけど、
この曲が終わる頃には、この協奏曲の虜になってしまい、
あまりにも抒情的で美しすぎる音楽の展開に心身ともメロメロになってしまい、
演奏会終了後に、すぐに渋谷のタワーレコードに駆け込み、
この曲のCDを買ってしまったほどでした。

バーバーのヴァイオリン協奏曲は、そのサウンドの美しさが売りだと思うのですが、
コルンゴルドの場合、メロディーラインがホント、マジで美しい・・・
悪く言うと、映画音楽の効果的なBGMにも聴こえてしまうほど、実に耳に心地よい音楽なのです。
第二楽章が実に素晴らしく、
「最早美的限界を通り越した」としか表現できないような、美しいメロディーが
展開されていきます。
第三楽章が、これまた圧巻で、
やはり「宇宙戦艦ヤマト」みたいな堂々としたアレグロで進んでいき、
ハリウッド映画の大団円のBGMみたいに格好いい終わり方をします。
バーバーのヴァイオリン協奏曲が3分程度でセカセカ進んでいくのとは対照的に、
コルンゴルドの第三楽章は、たっぷりと歌い上げなおかつスケール満点で格好いいと
ホント、言うことなしの素晴らしい音楽を展開していきます。
だけど、お堅い音楽評論家さん的には
「これは安っぽい映画音楽」という評価になってしまいがちなのですけど、
個人的には別に安っぽくたって
メロディーラインが美しく、人に何かを伝えられるのならそれでいいじやんという
感じです。

日本フィルで一度、井上道義指揮/渡辺玲子の独奏で聴いたことがありますけど、
こちらはデュトワと違って
いかにも「やんちゃ坊主」みたいな感じの演奏で
これも悪くはなかったです。

しかし、シェーンベルク等の無調現代音楽が幅を利かせている1930年代に
こんな抒情的な音楽が作られていたなんて、
音楽史的には一つの奇跡なのかも・・??

CDで聴く場合、
シャハム独奏/プレヴィン指揮・ロンドン響が圧倒的に名演だと思います。

自分にとって、歴代プリキュアの二大ヒロインと言えば、
やはり、ドリームとハッピーなのかも・・・
両方とも、アホだけど可愛くて優しくて強いという
共通項があります。
アニメ版もそうだけど、被り物になっても
二人は可愛いです・・・

DSC115_0216_convert_20130726234542.jpg

ドリームは歴代で一番アホかもしれないけど、
その妙なカリスマ性とリーダーシップはたまらなく魅力的





ハッピーももドリームほどではないけど、相当のお間抜けさん・・・
だけど可愛いからぜーんぶ簡単に許せちゃう・・・

ま、というか、歴代プリキュアは基本的には全員いい娘ばかりですけどね。
何だか今日はすごく眠い・・・
間違えて睡眠剤でも飲んでしまったみたいな人工的な睡魔が
襲いかかっているみたいです・・・
今週は、休みは週一だし、その休みまでまだ三日もあるから
体が何か拒絶反応でも起こしているのかな・・・?
何か妙に朝からアクビばかりしているような感じでした・・・

こういう眠たい時には、眠くなるような音楽を・・・と思っていたら
真っ先に思いついたのは、
アメリカの作曲家、サミュエル=バーバーのヴァイオリン協奏曲です。
この曲、あまりにも美しすぎて、そして「歩くロマンチック」みたいな曲だから
一見19世紀の音楽のようにも聞こえますが、
実はバーバーは列記とした20世紀の作曲家なのです。

バーバーというと、非常に有名な曲が一つあります。
何かと言うと、
「弦楽のためのアダージョ」です。
この7分程度の弦楽のための美しい音楽は、
1988年に公開された、ベトナム戦争をテーマにした映画「ブラトーン」で
全編で非常に効果的に使用され、
この映画でもって非常に日本でも有名になったといっても過言ではないと
思います。
個人的には、バーバーというと、

〇交響曲第一番

〇管弦楽のためのエッセイ第一番

〇バレエ音楽「メディア」より、メディアの瞑想と復讐の踊り

〇序曲「悪口学校」

〇ノックスヴィル~1915年の夏

という作品が結構好きです。
特に「1915年の夏」は、全編ソプラノソロを伴った抒情的な曲なのですけど、
このノスタルジックな感じは、
大変魅力的です。
一度だけ東京交響楽団の定期で聴きましたけど、
大半の聴衆は爆睡していましたね・・・
だって、この曲黙って聴いていると
「子守唄」にしか聴こえませんから・・・

序曲「悪口学校」は短い曲ながら、バーバーの霊感といたずら心と楽器の使い方の巧みさに
感心させられる曲です。

「メディアの瞑想と復讐の踊り」は、バーバーの曲の中では
一番好きな曲です。
前半のひそやかさ、内省的な音楽も素晴らしいですし、
後半の息が詰まるような迫力ある展開も魅力的です。
前半と後半、これだけ劇的に変化する曲も20世紀においてはかえって珍しく
その鮮やかな変身ぶりに背筋がゾクゾクします。

バーバーは、比較的内面的な曲とか、美しい抒情的な曲を得意にしたようにも
思えますが、
その代表例がやはり「ヴァイオリン協奏曲」かな・・・

この曲、ホントまじでとても20世紀の作風とは思えません。
悪く言うと完全に時代遅れなのですけど、
現代音楽という訳のわからん無調音楽が幅をきかせていた時代だからこそ、こうした純粋に
美しい曲は、かえって20世紀には光り輝くのかもしれません。
同様な事は、

〇ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第二番

〇コルンゴルド/ヴァイオリン協奏曲

にも言えるのかもしれません・・・

バーバーの「ヴァイオリン協奏曲」は、第一楽章の出だしを聴くだけでも価値があると
思います。
冒頭から、ため息ものの美しい音楽が静かに流れていきます。
マジに今日みたいにやたら眠い日は、曲開始から3分以内に恐らく爆睡するような気さえ
します・・・
昔この曲はよーく、竹沢恭子さんのソロで東京交響楽団で
聴きました。
指揮者の秋山和慶さんは、この曲が大好きなせいか、よーくこの曲は
取り上げていましたね。

第一と第二楽章は非常に静かで内省的な音楽なのですけど、
この曲が更にユニークなのは、第三楽章は、3分程度であっという間に
終わってしまうのですけど、
第一・第二楽章とは全く対照的に、終始せわしく落ち着きなくあっという間に
駆け抜けていきます。
何となく、リムスキーの「熊蜂の飛行」みたいにハチがブンブン飛び交うような雰囲気の
音楽です。
第一~第二楽章と第三楽章が全く正反対ですし、
そのギャップがこの協奏曲を聴く一つの醍醐味なのかもしれませんよね。

あーーあ、それにしても眠い・・・

土曜も仕事だから、この曲をBGMにして早く寝ちゃおう・・・

本日の埼玉は、涼しいを通り越してさすがに「寒い」とすら感じる一日でした。
こんな時は、コンビニで食べる温かいお茶と肉まんに限ります・・
本日は、南浦和の顧客宅をお伺いし、その後浦和区常盤の顧客宅をお伺いするアポでしたけど、
予想以上に南浦和があっけなく終了し、
少し時間があったので、南浦和と常盤の丁度中間地点ともいえる
浦和区岸町の「調神社」にお参りに行ってきました。

ここの神社は初詣以来でしたので久しぶりでしたけど、
相変わらず何か荘厳な雰囲気と落ち着いた情緒が漂う神社で、
何か来るだけでホッとするものはあります。
この神社は、埼玉県の県庁所在地の最寄駅である浦和駅から徒歩12分程度で、周辺は
商業施設とか高層マンションが乱立するエリアに位置するのですが、
ここの神社付近は、森が生い茂り、緑に囲まれ、隣接地も公園のせいか
何か妙に心が落ち着くスポットなのです。
でもどうして神社にお参りに来ると、不思議と心が落ち着くとか、
ふと我に返るとか、何かホッとする感覚が働くのも
何か「日本人の原点」がこうした場所に存在しているからなのでしょうかね・・・
何か少し不思議な感覚です。






「調神社」は、つきじんじゃと呼びます。
間違っても「しらべじんじゃ」とは発音しません・・
だけど地元の人間は、「つきのみやじんじゃ」と呼ぶことが多いです。
なぜか知りませんけど、七五三の時期は、大変親子連れで混雑する神社です。

ここの神社の最大の特徴は二つありまして、
一つはこの神社には、鳥居や門が存在しないのです。
これは全国的にも大変珍しい事なのかもしれません。
二つ目は、神社と言うと、狛犬とかきつねが定番ですけど、
この調神社には、「うさぎ」が祀られています。
だから人によっては、この神社はうさぎ神社と呼ばれることもあるそうです。

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手洗い場にもうさぎが祀られていますし、
境内入り口にも祀られています。
神社にうさぎとは少し意外な組み合わせ化もしれませんが、
何ともユニークなものも感じます。
ま、もっとも「古事記」には「因幡の白兎」の伝説もありますので、
意外と神様とうさぎは何か近い関係があるのかもしれませんよね。

それまでは何か今にも降り出しそうな天候でしたけど、
お参りを済ませた後、気のせいか少し晴れてきたのは
気のせいなのかな・・・??

でもこうして地元の神社に
(ま、厳密にいうと私は川口市民で、地域的には蕨神社の氏子なんでしようけど・・)
お参りするというのも
何か気持ちの良いものですね。
先日、ヤフオクにて、「キュアアクア」のバンダイ S・Hフィギュアを落札できました。
キュアドリームとの2対セットでしたけど、相場よりも随分とというか、かなり安く落札
出来ました。
この種のモノは、他の入札者がいない場合は、意外と安く落札できるものなのですね。
あまりに安すぎて、出品者の方には逆に気の毒となるような
落札額でした・・・




このS・Hフィギュアは
基本的には出来栄えはいいと思うのですが、
ドリームもそうなのですけど、何か首が長すぎるような気も・・・??
悪く言うと「ろくろ首」にも見えなくはないです。
あ、こんなことを言っていると、
かれんさんから、アクアストリームかサフィアアローでシバかれそうな気がして
少し怖いかも・・??

歴代プリキュアの中では、
自分自身でもよくわからないけど、
不思議と呼び捨てではなくて、名前にさん付で読んでしまう方が3人ほどいます。

かれんさん・れいかさん・六花さんの3人なのですけど、
なぜか偶然にも全て青系プリキュアになってしまいました。
しかも全員、成績優秀+生徒会関係者というのは単なる偶然なのかな・・・??
やはりこうした優秀な青キュアには、さん付けで呼ばないとしばかれてしまいそうな
怖さがあるのかな・・・??
だけど不思議なもので、六花さん以外は、天然ボケ系というのも
何だか面白い・・

また、同じ「水」系を扱うかれんさんとれいかさんでも
とちらも天然ボケの傾向がある中でも、
キュアビューティの方は、終始沈着冷静なスタイルを維持し続け、
参謀役の役割を十分果たしていたと思いますが、
かれんさんの方は、こまちのいじられ役であると同時に
「スイート」の奏と同じくらい、怒りっぽいというか、青系プリキュアのくせに
特に初期の頃においては、意外と感情がストレートに出るところが
またたまらない魅力なのかなとも感じます。
登場時の口上は「知性の青き泉」となっていますが、実際は、れいかさんほど参謀役みたいな
役割というよりは、ブンビーさんを何度か背負い投げを食らわすように
どちらかというと武闘系みたいな感じがするのも面白いものです。

「プリキュア5」ってホント、歴代の中でもトップクラス級にメンバーの個性が強いのですけど、
その中でも、かれんさんは、
ホント、光り輝いていましたよね。
自分は、何といっても断然ドリーム大好き派なのですけど、
かれんさんは、また別の意味で大変魅力的なキャラですからね。
毎年東芝から発売されている吹奏楽のポップス作品を収録した
「ニュー・サウンズ・イン・ブラス」シリーズは
毎年毎年楽しい演奏を聴かせてくれるので結構好きです。
中でも少し古いのですが、1989年のシリーズは、個人的には過去最高傑作シリーズと
思っています。

収録曲目が

〇ディズニーメドレーパートⅡ

〇イバネマの娘

〇ニューヨーク・ニューヨーク!

〇ユーミン・ポートレート

〇アメリカングラフティー(メドレー)

〇ひき潮

〇ラプソディー・イン・ブルー

などと素晴らしい作品がてんこ盛りです。

ディズニーメドレーⅡは、チムチムチェリー~ビビディ・バビディ・ブー~不思議な国のアリス~
君も飛べるよなどのメドレーで、
チムチムチェリーの粋な編曲がとても印象的です。
「イバネマの娘」なんて懐かしすぎます・・・
「アメリカングラフティー」も、
悲しき片思い・オンリーユー・ミスターベースマン・ヴァケィションなど古き良き時代の
アメリカが音楽で再現されていて大変魅力的です。

だけど圧巻は「ユーミンポートレート」かな・・・
荒井由美時代から松任谷由美時代の名曲の数々が繋がれていき、
ユーミンの偉大さを改めて痛感させられます。
だけどその選曲がまさにグッジョブ!!という感じです。

メドレー曲は・・

〇翳りゆく部屋

〇あの日に帰りたい

〇リフレインが叫んでいる

〇朝陽の中で微笑んで

〇卒業写真

〇中央フリーウェイ

〇雨のスティション

から構成されていますが、個人的にはリフレインが叫んでいると中央フリーウェイが
大変印象的です。
中央フリーウェイから雨のスティションには、アルトサックスとテナーサックスの素敵なソロが
華を添えています。
卒業写真では、ホルンがソロメロディーを担当しているのが何とも大胆・・・

吹奏楽作品でも、たまにはこうしたポップス曲を聴くのも
楽しいものです。
「絶対防衛レヴィアタン」の
ヴィジュアルファンブック「絶対読んでほしいもん!」が
11月下旬に発売になる事が分かりました。



へぇーーー・・・
すごく嬉しいけど少々以外な感じもします。
このアニメ、それ程多くの視聴者・視聴率・ファンがいるとは思わなかったので
こうしたファンブックが出ること自体予想外でした。
だけど嬉しい誤算と言うか、予想外のサプライズという事にしておきましょう(笑)

発売は11月下旬で、まだまだ先ですし、
価格が2100円と少々高めなのが珠にキズ・・・
だけど設定資料集とか未公開画像とか色々見所がありそうだから
今からすごい楽しみです。

ついでに書くと「デート・ア・ライブ」の公式ビジュアルブックも既に発売済なのですね。
知らなかった・・・
早速今度の休みの日でも買いに行こうかな・・・
だけどこの種の本って、埼玉だと大宮のロフトに行かないと見つけられない傾向があるのですけど、
大宮のロフトは確か、最近閉館したような気が・・・
うーん、そうなると秋葉原か神田神保町に行かないと
いけないのかも・・・

「絶対防衛レヴィアタン」ですけど、DVDは既に第二巻まで出ていますけど、
この表紙デザインガ破壊力満載・・・
本編ですと、レヴィアタン以外は憂いの表情を見せることはまずないのですけど、
バハムートとヨルグンガンドのああいう憂いの表情は
ここでしか見られないかも・・・
前回テレビ東京で再放送中の「絶対防衛レヴィアタン」が第13話の最終回を待たずに
第12話で放映終了かも・・・?
とか書きましたけど、
あれは単にテレビ週間表の掲載ミスだつたみたいで、
9/29に予定通り最終回が放映されますので
まずは良かったです。

だけど、10月からレヴィアタンが見られないと思うと少し寂しいかも・・・
最近私のツボにはまっていた「私がモテないのはどう考えてもお前たちが悪い」も
ついに9/23に最終回を迎えてしまいましたからね・・・






今回の放映は再放送なのですけど、
4月~6月の放映では無かった次回予告篇とミニ焚き火劇場が
再放送で追加サービスされたのは中々心憎い演出ですよね。
番外編という感じなのですけど、本編では絶対に喋らないような感じのセリフが炸裂で
特にレヴィアタンの軽い妄想めいた発言が中々楽しかったです。
でもあれを見てしまうと、妖精シロップって一体何歳なのだろう?ともふと感じてしまいます。
確かにレヴィアタンが言うように何十万歳という感じすら漂います・・・

最終回直前にて
バハムートの出生の秘密が明らかになり、実は父親との血の繋がりはなかったという
衝撃の事実が発覚する重たい回ではあるのですけど、
普段はわがまま一杯のお嬢様系のバハムートが気弱になり、
「父親の本当の子供ではなく、これではお嬢様としてわがまま一杯振る舞ってきた自分の
 本当の意義って何だろう」と
逆に成長のきっかけとなるところが今回のミソ・・・

それがあの感動的な最終回での一つの伏線にもなるのですけどね・・・

それにしても、
このアニメ、非常にバランスが取れている。
知的でおとなしいレヴィアタンに、わがままで後ろ向き発想のバハムート
そして多少頭は悪いけど、心優しき力持ちのヨルグンガンド・・・
初期の頃と比べると3人の成長には心踊るものがありましたよね。
やはり三か月程度の放映だから、成長の速度も早くせざるを得ないのかも・・・
その辺りが一年かけてメンバーの成長が図れるプリキュアシリーズとの違いなのかも
しれませんよね。

それにしてもレヴィアタンの「憂い」がホント魅力的・・・
歴代プリキュアにおける変身シーンって
各シリーズそれぞれに特徴や見所があってどれも楽しいのですが、
個人的には
ハートキャッチとスイートの変身シーンが本当に素晴らしいと思います。
ただ残念ながら、ハートキャッチの場合、サンシャインの加入以降
スイートの場合、ビートの加入以降は、それ以前の
ブロッサムとマリン、メロディとリズムの二人時代の変身シーンと比べると
大分カットされ、新メンバーの方に重点が置かれた変身シーンになってしまうのが
少々残念な感じ・・・

ハートキャッチでは、キュアマリンの単独変身シーンも数える程度ですけど
何回かありました。
マリンの場合、単独変身回でないと見られない
頭グリグリシーンがあり、あの場面はホント可愛いと思いますし、
変身時のマリンのいたずらっ娘みたいな天真爛漫とした笑顔が最高に可愛く、
あのシーンだけ見ると
「歴代で最高に可愛い!」なーんて思ったりもしますけど、
実際のマリンは、シリーズでも稀有なうざかわキャラですけどね・・・
やはりプリキュアシリーズで一番最高に可愛いのは、「キュアハッピー」かな・・・??
くどいようですけど、シリーズで一番好きなキャラは「キュアドリーム」ですけどね・・・

そんな中、現役のドキドキは、変身シーンこそ歴代と比べると
結構地味という印象がありますが、
何が大好きかというと、
変身終了後のキュアハートの口上、「愛を無くした悲しい〇〇さん、このキュアハートがあなたの
ドキドキ取り戻して見せる」といって
指でハート形を作るところなのです。
このシーン、フレッシュのピーチの「ピンクのハートは愛ある印」という口上時の
指でハート形を作るシーンとうり二つなのですけど、
キュアハートの凛々しさには敵わないかなーとも思っています。




前回9/22のありすの回で
第4話以来ホント久しぶりでロゼッタの口上を言っていましたけど
少し長すぎるかも・・・
やはり口上というのは、キュアハートのように
短くかつインパクトがある方が勝ちです。

この「愛を無くした悲しい〇〇さん」ですけど、
自分自身が先日、
顧客への配慮を忘れ、自分勝手な売り込みに走った部下みたいなものに
思わず
「愛を無くした悲しい〇〇さんは、本当に残念な子だねー」と毒舌を吐いてしまいましたが、
やはり普段見ているものは、
日常的な会話の中にも、時折ボロッと出てくるものなのですね・・・

たまに日常と非日常の境界が崩壊する時があるけど、
これはその一つの典型例なのかな・・・

だけどプリキュアは大好きですけどね。
コープランドと言うアメリカの作曲家は、日本では知名度は今一つなのかな・・・
1900年に生まれて1990年に亡くなったので、丁度20世紀を駆け抜けた作曲家なのです。

実はコープランドは、日本とも結構深い関係にあり、
武満徹の音楽をアメリカ本土で紹介したり、武満徹の「地平線のドーリア」という曲の
世界初演の指揮を振ったり
来日した際には、日本のオケでシューベルトの「未完成」の指揮を振ったりと
色々と貢献をして頂いております。

コープランドの音楽は、
カウボーイがインディアンを追いかけまわすみたいな映画音楽のBGMになりそうな
軽い感じの音楽が多いようにも感じますし、
実に軽薄すぎて胡散臭く感じることもあったりもします。
反面、晩年は無調音楽にも手を付けたり、難渋な作品を晩年近くに書いたりもしていますし、
バレエ音楽「アパラチアの春」のように神への祈りに通ずる清純な音楽を
書いたりもしています。
アメリカというと、移民の国で、あらゆる価値観・文化・思想を拒絶することなく取り入れ
自分たちの文化として融合していった歴史がありますけど、
コープランドの音楽にもそうした「多様性」が感じられます。
要は、いかにも多様性の複合国家アメリカの象徴的存在の作曲家なのかもしれませんよね。
コープランドが亡くなった年に
バーンスタインも亡くなっていますけど、
コープランドの曲をよくレコード化していたバーンスタインにとっても
盟友の友という感じだったのかもしれません。

コープランドの作品は、圧倒的に三大バレエ音楽が有名です。

〇ロデオ

〇ビリー・ザ・キッド

〇アパラチアの春

この中では、「ビリー・ザ・キッド」の銃撃戦とビリー逮捕の祝賀会という場面は
本当に目をつぶって聴いていると、
小太鼓と金管楽器で「ダダダダダダダ」と表現されている破裂音が、かなり実音に近い
ガンバトルを再現していて、非常に面白いです。
「アパラチアの春」は逆に曲の中でほとんどffがない静かな内省的な曲なのですけど、
この曲の唯一の盛り上がりの部分「クエーカー教徒の讃美歌の主題による変奏曲」の
部分の美しさと透明感は、
生で聴いても思わずハッと息を飲むほどの美しさがあります。

吹奏楽経験者にとっては、
コープランドと言うと「戸外のための序曲」が有名なのかも・・
この曲、序盤でトランペットの相当長いソロがありますけど、
この部分をたっぷりと歌い上げることはかなり神経を使いそうですよね。
この曲、元々は管弦楽曲なのですけど、
バーンスタインが1986年の野外音楽祭でこの曲を取り上げましたけど、
この演奏が実に素晴らしい!!
残念ながら未CD化ですので、是非このライヴ演奏を再度聴いてみたいものです。

さて、コープランドの出世作というと、「エル・サロン・メヒコ」です。
日本語に直すと、「酒場メキシコ」ですので、メキシコのバーの雰囲気を音楽に
したものなのでしょう。
この曲の醍醐味というか聴きどころは、序盤のトランペットの長ーいソロだと
思います。
この部分は技術的にもかなり大変で、
プロでも奏者はかなり緊張すると思います。
事実、1999年5月にサントリーホールで聴いた新星日響の定期でも
結構奏者はボロボロで、会場の雰囲気も一気に白けてしまいましたけどね・・・
古い話ですけど、全日本吹奏楽コンクールでこの曲を自由曲に選ぶチームも結構ありまして、
1985年の出雲高校のように、ソロが壊滅状態というケースもありますし、
1995年の愛工大名電のように完璧に決まる場合もあります。

ま、だけど音楽は「生き物」だし、演奏中の事故は付き物ですしね・・・

「エル・サロン・メヒコ」はどうしてもトランペットのソロばかりに目が行きがちですが、
よーく聴いてみると、
トランペット以外にも、クラリネット・ファゴット・オーボエにも重要なソロがありますし、
ティンパニー奏者にも大太鼓奏者にもソロ的見せ場があり、
奏者にとっては10分程度の曲ながら
結構緊張する作品だと思います。

オケの演奏会では大抵、一番最初に景気づけを兼ねて演奏されるパターンが多いけど
中には、フォスター指揮/N響のように
演奏会のトリというか最後の曲として
この曲を演奏した珍しいケースも過去にはありました。

「エル・サロン・メヒコ」は一度譜面を見た事がありますけど
変拍子だらけで、指揮者泣かせみたいな感じもありましたね。
本日午後は、うちの奥様と一緒にお墓参り&大宮でのお買い物でした。
お墓参りは久しぶりでしたけど、たまに行って掃除をしたりお線香をあげたりすると
中々気持ちの良いものですね。
お菓子・おはぎ等のお供え物は普段はそのまま置いて帰るのですが、
ふと隣のお墓を見てみると、
二話のカラスが、美味しそうに隣のお墓のお供え物のおはぎをパクついていましたので、
(上手にビニールから取り出しているのはさすが知能指数が高い・・)
何かカラスに食べられるのもシャクなので、その場で食べてしまいました・・・

大宮に行くと、いつもうちの奥様はビックカメラで家電コーナーをぶらついたり
駅前の「アニメイト」というおたく専門館(?)で色々とネタを漁っています・・・

帰り道、何気なくファミリーマートに寄ってみると
いつもはお茶系ペットボトルを一本買うと、キャンペーン対象商品によっては
20ポイント付き、これが結構年間ではTカードで15000ポイント程度付く結構大きな要因に
なるのですが、
何とこれが今週から
一本につき10ポイントと半額されていました・・・!!

えーーーっ、これでは中々ポイントが貯まらない・・・

Tカードは、最近では、マルエツ・ウェルシア・エネッソなど色々と提携先も増え
ますますポイントが貯まるかなーと思っていただけに
少々残念です・・・

しかも、以前
ツタヤでは、旧作が従来の100円から150円に値上がりされていた事を書きましたけど、
北浦和店のツタヤを覗いてみると
ひちらの店舗では、旧作が何と七泊八日で200円と価格改定されていました。
ツタヤは、最近店内に置いていないDVD作品もお取り寄せが出来るようになり
「こりゃ、いいな」と思っていたら
いつの間にか値上げかよ・・

うーーーん、困ったものです・・・
本日は一週間ぶりの休みです。
と思っていたら、午後はお墓参りと大宮での買い物が勝手に決められていますので
あまりのんびりできそうにもありません・・・


ところで、うちの奥様は昔から大のアニメ・漫画好きで
おたくといっても過言ではありません。
ま、もっとも彼女がいたからこそ「プリキュア」の世界に入り込めた訳なのですけど・・・
そんな彼女のもう一つのお気に入りが、最近では「ゆるキャラ」なのです。
2005年の「愛 地球博」の時は、もー大変でして
当時の「キッコロとモリゾー」に完璧にはまってしまい、
何度この被り物を目当てに名古屋まで行かされた事か・・・




モリゾーは生で見ると、何かもっさりして少し怖いのだけど
確かにキッコロは可愛いですよね。
モリコロは、愛・地球博が終了したら森に帰ってしまったという設定らしいのですが、
今でもよーく東海地方を中心とした地道な営業活動を続けている所が
すごいというか、商魂たくましい・・・

ところで、うちの奥様が今一番お気に入りなのが
くまもんとバリィさんなのです。
埼玉のゆるキャラの「コバトン」も好きみたいですけど、
くまもん達には敵わないようです。
そのくまもんとバリィさんが
何と埼玉に来るとの事で、
11/23の羽生のイオンモールとの事なのですが、
当日何とか会社を休んでくまもん達に会いに行きたいと今から大騒ぎしています。

ま、確かに今年の夏はどこにも遊びに行かなかったし、
有休は溜まっているばかりだし、
しばらく半年程度は月に5日以上は仙台の現場廻りとクレーム処理をしなくてはいけないので
それはOKとすることにしました。
うちの奥様は大喜びですけど
ま、このくらいでご機嫌が取れるのなら万々歳という感じなのかな・・・??
自分が吹奏楽現役だった頃、スミスと言うと
「フェスティヴァルヴァリエーション」で有名なクロード=スミスを意味していましたけど、
1990年代後半に吹奏楽に携わった人にとっては、
「海の男達の歌」とか「伝説のアイルランド」などでお馴染みのロバート=スミスをあげる人も
多いかと思います。

だけど最近は、ロバート=スミスの人気は下降気味なのかな・・・
以前ほど演奏されないような気もします。
反面クロード=スミスの方は、最近色々なチームが全国で取り上げていて
人気は衰える気配はないようですね。

クロード=スミスというと、

〇フェスティヴァルヴァリエーション

〇ルイ=ブルジョワの讃美歌による変奏曲

〇ダンス・フォラトゥーラ

〇ファンファーレ、バラード&ジュビリー

が有名で技術的にも大変高度なものを要求されます。
特にダンス・フォラトゥーラの技術的難易度の高さは半端ないものがあります。

だけど、クロード=スミスの作品の中には
「これって本当にあのスミスの作品なの・・・?」と疑ってしまうような
平易な曲もあったりします。
その代表例が「祝典のための序曲」なのかなーと思います。
この曲、自分が高校二年の定期演奏会で吹いた曲なのですけど
確かに技術的には何の難しい部分もなく、
たまーに4分の2+2+3みたいな変拍子が出てくる以外は
吹いていても本当に楽しい曲でした。
確かに「ダンス・フォラトゥーラ」みたいな高度な曲がスミスの代表作というか本質なのでしょうけど
「祝典のための序曲」みたいな万人受けするような曲も意外と本質だったのかもしれません。
この2曲単純に比較しても、
とても同じ作曲家が書いたとは思えないほどの違いはありますけど、
目指していた方向性は、「皆に楽しんで貰う」という事だったのかもしれません。

埼玉県の一般の部代表の一つの川越奏和吹奏楽団は、今年も全国大会への切符を手に入れました。
だけどこの川越奏和が初めて県代表として関東大会に臨んだ際の自由曲は
実はこの「祝典のための序曲」だったのです。
当時の編成も確か30名近くの小編成で、
現在の大人びた雰囲気とはえらい違いの「素朴な」雰囲気を漂わせていたチームでした。
吹奏楽の名門チームの原点と言える曲なのかもしれませんよね。

こういう曲は、むしろ現在の中学生にも是非演奏して欲しいなとも思います。
技術的に平易で、親しみやすいメロディーがてんこ盛りで
ラストの自然な盛り上がり方なんかも、音楽の楽しさを教えるには
もってこいの素材のような気もします。

いやー、9/22の「ドキドキプリキュア」はありすお嬢様のための回でしたね。
うーん、セバスチャンが陰で大喜びしていそう・・・
序盤のお泊りに伴う「告白ターイム」では、もしも六花さんに順番が廻っていたら
どうなっていたのかな・・・?
マジで好きな人は「マナ・・・」とか本気で言っちゃいそうで怖い・・・
それにしても今シリーズのプリキュアは、
全員聡明な娘ばかりなのに、マナが一人モテモテですよね。
よく「マナハーレム状態」とか言う人が一杯いますけど、確かにそんな感じ濃厚ですよね。

でも何か最近キュアソードが影が薄い感じ・・
現役アイドルなのだからもう少しまこぴーも頑張ってほしいところ・・・
終盤の最終決戦時は、ソードが当事者としての本領を発揮するのでしょうけど
レジーナとマナにとって食われないようにして欲しい感じ・・・

でも今回のありすは、マジ可愛いしかっこよかったです。
幼い時のマナ・六花さんも可愛いけど、ありすが一番可愛い感じがしますね。
だけどありすが幼児期は病弱なんてのも何か意外な設定・・・
確か子供の頃って武道をたしなんでいたんじゃなかったっけ・・・??
ま、マナ・六花さん・ありすの現在の結束の高さは既に子供の頃に確立していたのですよね。
お屋敷内の罠とか抜け道なんてのも何か面白い・・・




でも今回のロゼッタは強かったですね。
普段の1/2の確率で簡単に破られてしまうバリアーも鉄壁な防御でしたし、
新しい技もお見事!!
普段はハートのサポートに徹するロゼッタも今回だけは別格でしたね。

何かこういうロゼッタを見てしまうと、
歴代の黄色系プリキュアの中では
フレッシュのパインと並んで、好きな黄色プリキュアになってしまいますね。
ホント、昨年の毎回じゃんけんをする黄色プリキュアとはエライ違いですよね・・・(笑)

歴代プリキュアでは、初代とかSSでは比較的父親も結構絡むシーンも多く、
特になぎさと親父ギャグばかり飛ばす父親、咲とパンとケーキの職人の父親との触れ合いなんか
印象に残るシーンも多かったのですが、
プリキュア5以降は、父親が登場するシーンは少なくなったような気もします。
妖精系プリキュアは別として、こまち・かれんさん・美希たん(もっとも離婚していますが・・)
いつき・れいか・亜久里は父親の登場シーンすらありませんからね・・・
だから今回初めてありすの父親が登場しましたけど、一話丸ごと父親がメインと言う回も
結構珍しかったような気もします。
最近ではスイートの響と団さんのエピソードくらいだったかな・・

だけどありすの母親がオペラ歌手というのも何か意外!!
というか、歴代プリキュアの母親が音楽家率の何て高いこと!!
だって他にも、かれんさん、響という例がありますからね。
かれんさんなんて、二年間で結局一度も両親は登場すらしませんでしたけどね。
だけどその代わり、坂本のじいやさんが両親不在の穴を簡単に埋めても有り余るほどの
縦横無尽の大活躍をしていましたけど・・・
渡辺浦人の交響組曲「野人」なんて知っている人なんているのかな・・・?
最近では全く演奏されることもないし、
もう忘却の彼方の作品なのかもしれませんよね。
作曲されたのが戦前ですしね・・・
CDは昔、岩城宏之/N響で出ていましたけど、既に廃盤なのかな・・・

だけどこの組曲、忘れてしまうには何か勿体ないものがあり、
「日本人」としての心の故郷というか、何か郷愁みたいなものは感じるのですよね。
曲自体洗練されたものではないし、どちらかというと泥臭い曲でもあるし、
現代人の感覚からいうと「ださい」みたいな印象は拭えません。
だけど、何か妙に惹きつけられるのですよね・・・
なんでだろう・・・

曲は三つの楽章から構成されています。

Ⅰ.集い

Ⅱ.祭り

Ⅲ.踊り

個人的にはⅠ.集いが一番好きです。
ピッコロの掛け合いみたいな合いの手が自分のツボにはまっています。
何かもっさりとした雰囲気なのですけど、何とものどかな雰囲気で、このゆるさが
いいのかもしれません。
Ⅱの祭りは、例えば「ローマの祭り」みたいな華麗・爽快・派手な感じではありません。
これは死者を祀る「葬礼」の音楽なのです。
この楽章で特徴的なのは、使用している楽器は、弦楽器とハープ、打楽器のみで
管楽器は全てお休みです。
時折思わずはっとしてしまう美しい部分があったりもします。
Ⅲの踊りは、この組曲の圧巻なのかもしれません。
ひたすらリズミカルでエキサイトな感じなのですけど、
いかにもださい感じがぷんぷん漂っています。

この組曲は、吹奏楽にも作曲者自身の手で編曲され、
過去において何団体かがこの組曲を演奏していました。
自分の知る範囲では、
1976年の前橋商業 1981年の岩手大学 1982年の粟野中学校ですけど、
前橋商業はその時銀賞で、当時のソニーのレコードは金賞以外収録されないのでも聴いたことは
ありません。
岩手大学は、この年山形で開催された東北大会で生で聴きましたけど、確か第二・第三楽章を
選曲していました。第二楽章が非常に美しい仕上がりでした。
粟野中が一番印象に残る演奏をし、全楽章演奏していますが、第三楽章の金管楽器は
明らかに音量過剰でオーバーヒート気味・・・

この組曲、吹奏楽版では、東京佼成の演奏によるCDがいまだに廃盤にならずにいますので
興味がある人はぜひ一度聴いてみるのもいいかも・・・

この作曲者の息子さんは渡辺岳人氏といって
確かアニメ「巨人の星」のテーマ曲の作曲者です。

渡辺浦人には交響曲「日本の祭り」という曲があるらしいのですが、
原曲を聴いたことは一度もありませんし、CD・レコードもありません。
だけど一度聴いてみたいなーと思っています。
なぜかと言うと、またまたま吹奏楽コンクール関連なのですけど、
1981年の全日本吹奏楽コンクール東北大会・中学の部にて
平第一中学校が、「日本の祭り」~禊・神楽を演奏し、それが何か妙に印象に残っているからです。
トロンボーンが結構活躍していたような印象がありますが、どんな曲だったかは
既に忘却の彼方です。
だけど何か妙に引っかかる曲だったので、いまでも何か印象的です。
ちなみに、当時平第一中を指揮した先生は、確か1980年~82年の三年連続で
コンクールの自由曲にこの「日本の祭り」を選んでいますし、
1988年に植田中に転任されても、ここでもこの曲を選んでいますから
余程この曲が好きだったのかもしれませんよね。
歴代プリキュアシリーズを振り返ってみると
「クラスメイトとの交流」一つとっても、
各シリーズの違いが鮮明なのは何か面白い感じがしますよね。

〇比較的クラスメイトとの交流・接点が濃厚なシリーズ
⇒初代・SS・ハートキャッチ・スマイル

〇比較的交流が少ないシリーズ
⇒フレッシュ・スイート・ドキドキ

〇ほとんど接点がないシリーズ
⇒プリキュア5

ま、もっとも「プリキュア5」の場合、
メンバー5人(GoGOでくるみが加わると6人)のキャラが濃厚過ぎて、
この6人の交流で既にお腹一杯状態だから、
特段クラスメイトを新たに登場させる必要はなかったのかな・・・






「プリキュア5」の場合、ユニークなのは、
クラスの教室が、まるで大学の授業のように、大講堂で受ける感じなのが面白い所・・
一般的な中学・高校のように席が決められているというのではなくて、
授業のたびに好きな席についてもいいという感じで、
その自由さも興味深い所です。
ま、もっとものぞみとりんは授業のシーンの際は
ほとんど隣席でしたけどね・・・

2年前に出版された「プリキュアびあ」という本を見てみると、
プリキュア5のキャラデザイン設定時の苦労話が出ていて興味深いものがあるのですが、
のぞみのデザインが中々決定せず苦労していた時に、
「のぞみの周りにいる娘たちはどんな感じなのだろう・・・」という事で
最初に、りん・うらら・こまち・かれんが生み出されていき、
のぞみのキャラデザインが決定したというのも何か面白いものがあります。
その構想時のデザイン画が幾つか掲載されていて、
のぞみがりんちゃんに対して「お願い・・・」と瞳をうるうるとさせ
りんちゃんが「またか・・・」とあきれ顔で「しょーがねーなー」という風に対応しているようなものが
ありましたけど、
何かプリキュア5の「のぞりん」を象徴というか示唆しているみたいで
すごく興味深いです。

ま、もっとものぞみの場合、
プリキュアに変身してしまうと、とてつもなく頼りになる妙なリーダー性を発揮し、
そのギャップが一つの魅力なのかなーとも
思ってしまいますけどね。

現役の「ドキドキ」の場合、デザインはどのように構想されていったのか
何か興味はありますね。
やはり、核となるべきハートから最初に練られていったのかな・・・?
自分の勤務する会社はさいたま市にありますが、
実は仙台市にも一つ関連子会社があります。
自分は高校まで仙台でしたので、いつかもしかして・・・という予感はありましたけど、
見事に的中してしまいました・・

私は仕事的には、全部門の「CS担当」という事で、
要はクレーム処理・完了後のアフター全般を一手に担当しています。
ちなみに会社は建築関係ですけどね・・
おかげさまでさいたま市関係は、何とか大きな事故・会社の危機に発展するクレーム関係は
現在の所ありません。
というか、大ごとになる前に火消し処理はしてきたつもりです。
勿論小さなクレーム・中規模程度の事故は日常茶飯事ですけど・・・
ま、建築関係というのは、業界に関係する事ならば分って頂けると思いますが、
別名「クレーム産業」というか、クレームの宝庫みたいなものですからね・・

そんな中、
朝から「社長室に来い」との事なので、
「多分そうかな・・」と思っていたら、案の定
「最近、仙台の会社のクレームが日常業務に差し障りが出るほどひどくなっているし、
非常にやばい状況。
現在の企業というものは、一つの事故から企業の終焉になりかねない事もしばしば・・・
だから今のうちに何とかしたいから
さいたま市のこれまでの業務と掛け持ちで
今後半年間は、月に5回程度仙台に行って、何とか事態収拾に尽力して欲しい」との事でした。

向こうは、会社のすぐ近くに寮があるから、そこに住んでとの事でした。

うーーーん、ま、別にいいのですけど、
ましで、片道切符にならないといいのですけどね・・
要は、引き続き埼玉での仕事をしたいのなら、向こうの任務を何とか無事に完了せい!!という
事なのでしょうけどね・・・
ま、それならば当面は
「二兎を追うもの、両兎とも無事に捕まえる」を
目指して頑張るしかないですね・・・

仙台は一応高校まで過ごしたところだけど、
高校出てからすでに30年経過しているし、
30年前、「自分はこんな田舎嫌だ・・・」と飛び出し上京した経緯がありますし、
自分の親とは、自分の結婚を反対されて以来、
ずっと音信不通みたいなものですからね・・・

なんか悩み多きところ・・・

だけど自力で正面突破するしかないですね・・・
リードの吹奏楽のための組曲「ハムレットへの音楽」は
ホント、大好きな曲の一つです。
自分の高校は、基本的に生徒が指揮を振り、生徒達自身がコンクールやコンサートの曲目を
選びます。
その曲の選定方法なのですが、
メンバーが好き勝手に候補曲をリストアップし、
選定委員がふるいにかけ絞り込み、最終候補曲の中から全員の投票で決めていくというスタイルでした。
だけど一つ例外があって、
指揮者と部長は、各一曲ずつ
いきなり最終候補曲にノミネートできる権限があり、
当時部長だった自分は、迷うことなく
このリードの「ハムレットへの音楽」を推薦しました。
だけど結果的にハムレットは選ばれず、
個人的には大変ぶーたれた記憶があります。
もっともその3年後に自分たちの後輩が演奏してくれましたけど・・・

ハムレットへの音楽は、言うまでもなく
シェークスピアの戯曲にインスピレーションを受けたリードが四つの楽章にまとめ
1970年代前半に発表しています。

Ⅰ.プロローグ:エルシノア城とクローディアス王の宮中

Ⅱ.ハムレットとオフィーリア

Ⅲ.役者たちの入場

Ⅳ.終曲:ハムレットの死

全体的にはⅠの完成度が非常に高く、劇的要素が一番感じられます。
Ⅱは非常に美しい音楽、Ⅳは内面的な音楽という感じです。
だけど意外な感じもしますけど、いまだかつて全曲盤に「これぞ!」という決定的名盤が
この曲にはないのです・・
リードの自作自演CDもありますけど、これ、正直あまり良い出来ではありません。
音楽が非常に間延びし、緊張感に欠ける感じがします。

この組曲は、圧倒的に天理高校が1974年に全国大会で初演した際のカットヴァージョンが
有名です。
要は、Ⅰのゆったりとした前半から開始し、Ⅲを中に入れ、
再度Ⅰの後半部分を組み合わせるという結構強引なカットなのですけど、
これが実に的を得たカットというか、
音楽的緊張感を巧みに維持した構成となっています。
正直全曲版は、特にⅡとⅣがだれてしまうのですが、
このコンクールカット版は、7分程度なのですけど
この曲の本質をとらえた素晴らしい構成だと個人的には考えています。
勿論、カットといういかにも日本のコンクール方式に対しては当然賛否両論あるのは
十分理解はしていますが・・・

この曲は、全国大会において素晴らしい名演が色々と生まれています。

私的には以下の5チームが印象に残っています。

〇1979年/天理高校

 正統派の素晴らしい演奏
 金管楽器の引き締まった音はまさに絶品

〇1984年/野庭高校

 音楽的感動の高い演奏
 実にスケールが大きく、ロマンチックで奏者の自発性がうまく出ている感じ

〇1982年/乗泉寺吹奏楽団

 時任氏ではなくて円田氏の時代の演奏
 演奏時代は可もなく不可もない凡演に近いが、
 Ⅱのハムレットとオフィーリアを最初に始め、ⅢをはさまないでⅠをノーカットで演奏
 「タイムオーバー」が心配されたけど、ギリギリセーフ
 カットが珍しい構成なので妙に印象的

〇1988年/市立川口

 導入部のトランペットのミスがホント、痛い演奏・・・
 Ⅰの前半もゆったりとたっぷりと抒情的に歌い上げ、アルトサックスの歌いまわしも絶品
 ラストもコンサートチャイムではなくて、「無言の変革」で使用した鐘を二台も駆使し
 派手にカンコーン鳴らしていたのが印象的

〇1993年/大曲吹奏楽団

 異常にテンポが遅い演奏・・・
 音楽は完全にゆるんでいるが、音楽的緊張感は維持し、
 緊張とゆるみがミックスしたユニークな演奏
 指揮者の小塚節が炸裂・・・

今後も新しい名演が生まれるといいですね。
そして生まれて欲しい名曲です。
新聞で週間テレビ番組表が掲載されていましたが、少し「えっ・・」となりました。
最近、ホントテレビってあまり見なくなり、
日々のニュース以外で見ている番組って、

〇孤独のグルメ

〇モヤモヤさまーず

〇ドキドキプリキュア

〇私がモテないのはどう考えてもお前たちが悪い

〇Eテレのクラシック音楽番組

〇テレビ埼玉の「ハートキャッチプリキュア」と「物語シリーズ」

そして「絶対防衛レヴィアタン」くらいなのかな・・・

だけど「レヴィアタン」って後二回で最終回と思っていたら
テレビ番組表では、次週9/22で最終回となっていました・・・
えー、じゃー、バハムートの父親の秘密のシーンで終わってしまうの・・・
再放送とは言え、出来れば最終回を残して終了と言うのではなくて
全部放送して欲しいですね・・・
再放送バージョンでしか扱っていない「焚き火劇場」コーナーもありますから・・・






「絶対防衛レヴィアタン」のどこに惹かれるかと言うと、
あのゆるさ・可愛さ・ほのぼさもそうなのですけど、
魔法少女系に付き物の過剰な戦闘シーンとか、インフレ状態になっていく主人公たちのパワーアップと
いうものはほぼ皆無だし、
敵との戦闘シーンとか「やっつける」という概念よりは、
物語の根底にある
「何か自分たちにとって大切なものを守りたい」という
「守り」の姿勢に焦点を当てて、
敵を撃破するという発想ではなくて、本当に大切なものをいかに守っていくかという事を
クローズアップしている事が、
最近のアニメではなかったことであり、
非常に面白いと思います。

話は変わるのですが、
私自身、バブル期の社会人デビュー、そしてバブル崩壊と長期間の不景気、
そして三度の勤務していた会社の破綻と倒産、解散
(うち2社は上場企業ですけどね・・・)を経験しましたし、
中小企業、ベンチャー企業と色々と渡り歩く羽目になりましたけど、
その中で強く感じることがあります。
「どうして経営者というものは、己の会社を大きくする事ばかり考え、
 ひたすら売り上げ増という量の拡大ばかりを目指すのか・・・
 なぜ会社を守るというか維持する事を考えないのか・・・
 なぜひたすら毎年毎年、前年比いくら売り上げが伸びたのかという事しか考えないのか・・」
という事です。
これから世界全体の不安定化・高齢化・隣国との関係の不安定化、人口減少、
若者の購買意欲低下という事が原因である「パイの縮小化」が簡単に予想できるのに、
なぜ相変わらず量の拡大ばかり追い続けるのか、
「会社・社員、ひいては国民を守る」という発想がなせ゛起きないのか・・

そんなら日本と言う狭い国土に囚われずに
海外へ打ってでればいいじゃんという発想も確かに一理あります。
だけど、海外へ出る=様々な余計な苦労をしょい込むという事を想定すると
それでいいのかなとも思ったりもします。

狭い国土を有効に活用しつつ、何か国民全体の幸せを守るという事が何か出来ないものですかね・・・

「絶対防衛レヴィアタン」の「守る」という発想を見ながら
ふと考えた事でした・・・
テレビ埼玉では、夏の甲子園県大会期間中の長期のお休みがありましたけど、
再開以降は休むことなく毎週木曜日に放映されています。
本日の回は、ゆりに焦点を当てた回で、
ゆりのパートナー妖精だったコロンの事にも触れられています。
キュアムーンライトって、初期のキュアアクア以上に頑なというか、
「ハートキャッチ」というタイトルの割には
心を閉ざしているかのような雰囲気と言うか、「孤高」という表現がぴったりのような
気がします。
ま、なぜそのようになってしまったかは、本日の回で提示されたコロンの一件がかなり
影響を及ぼしていると思いますが、
後半から終盤以降やっとキュアムーンライトして再覚醒出来た以降は、比較的温和にもなってきました。
というか、エンディングのダンスはノリノリだし、
映画「プリキュアオールスターズDX3」では、ホントまじでノリノリで黄色チームとして
ゲームに参加していたのが印象的です。
また、ラスト近くで中学生に混じって遊んでいるゆりも
何か楽しいものもあります。




でも「ハートキャッチプリキュア」の最大の魅力は、何といってもマリンでしょうね。

歴代プリキュアって、メンバーの個性はバラバラでもチームとしてのまとまりは十分
感じられましたけど、
それにしても「ハートキャッチ」のメンバーの個性は強烈すぎる・・・
現役の「ドキドキ」の聡明さ・優秀さに比較すると
その弾け振りは中々のものだと思います。

だって・・・

〇ブロッサム⇒初期の頃は、へたれで史上最弱と揶揄された事も・・・
       しかも内気で人見知り・・・

〇マリン ⇒うざかわいいを確立した貴重な存在
      歴代プリキュアの中でもその異色振りは抜きんでている・・・

〇サンシャイン⇒初の男装の麗人且つぼくっ娘プリキュア、そして初の武闘系プリキュア

〇ムーンライト ⇒恐らく歴代プリキュアで最強 そして最年長 初の女子高生プリキュア

でもその中でも、やはりマリンは相当異色かな・・・

思いつくだけでも、例えば・・・

1.「宿題反対! 学校反対!」を唱えたデザトリアンに思わず共感・・・

2.ぐーたらで夏休み中はだらけまくり、漫画・DVD鑑賞に明け暮れ
 主食はアイスクリーム・・・ 夜更かししまくり・・

3.自分の部屋があまりに汚く、整理整頓されていないので、マリンタクトで部屋を
 浄化しようとした・・・

まー、色々ありましたよね。

でも、その異色さとうざかわいさがマリン最大の魅力なのかも・・・

だって「オールスターNS2」にて、歴代プリキュア全員集合の記念写真の撮影時に
「全員横向きで真剣な顔をして」とのリクエストに対して
「はい、チーズ」の瞬間に
思わずにこっとして正面を向いてしまったのが
マリンですから・・・
歴代プリキュアにも色々なのがいましたけど、さすがにこういう事が出来て、それが許されるのは
マリンだけかも・・・
歌劇「リエンチ」は、ワーグナー初期の作品であり、
まだ「楽劇」という総合芸術の域に達していない、比較的若い頃の作品です。
どちらかというと、ウェーバーとかの影響がまだ残存していた頃の作品なのかも・・・

自分が中学で吹奏楽部に所属していた頃、
顧問の指揮者の先生が、大のワーグナーとチャイコフスキーとドビュッシーのファンであり、
必然的にクラシック作品のアレンジものを演奏する場合、
この3人の作品ばかりという感じでした。
もっともワーグナーの場合、その先生の趣味かどうかは今となっては知る由もありませんが、
吹いた曲は、

〇「パルジファル」より聖金曜日の音楽

〇ジークフリートの葬送行進曲

〇森のささやき

みたいに中学生にとっては比較的理解が難しい曲ばかりでしたし、
特に「聖金曜日の音楽」なんてのは、自分にとってはあまりに内容が難解すぎたし
曲自体も面白くもなんともないし、
正直、ワーグナーは苦手という間違った概念が当時の自分の脳みそに
すりこまれてしまいました・・・
この間違った誤解がようやく解けたのは、大学あたりで改めてワーグナーの音楽を
特にクレンペラー指揮の演奏で聴くようになってからでした・・・
せめて例えば、

〇歌劇「ローエングリン」より第三幕への前奏曲

〇楽劇「ニュールンベルクのマイスタージンガー」前奏曲

〇歌劇「タンホイザー」序曲

〇楽劇「トリスタンとイゾルデ」より愛の死

みたいな曲を最初から聴いていれば、もう少し早い段階からワーグナーに
慣れ親しんだかもしれないですよね・・・

でも、そんな中、歌劇「リエンチ」序曲だけは、何か別格でした。

曲自体、何のひねりもなくシンプルで分かり易いというせいもあったと思いますが、
その豪快さと重厚さに
当時から何かすごく惹かれるものはありました。

よくオーケストラの演奏会に行くと、
指揮者が登場する前に、オーボエが「b」の音を吹き、管楽器・弦楽器が続いてbの音を鳴らし
音合わせというかチューニングをする風景に出くわします。
自分自身も現役時代は、
「チューナー」という音合わせマシーンで音の高低を調整しましたけど、
夏の暑い日なんかおのずからピッチは上がってしまいますし、
基準音=440に合わせるのは結構大変でしたね・・・

リエンチ序曲は、トランペットの一音伸ばしという特殊な形でのソロから開始されますが、
その音が「b」であり、まさにチューニングの音であり、
自分たちは、この序曲の事を影では「チューニング序曲」と呼んでいました・・・

前半は非常にゆったりとした重厚な音楽が展開されていき、
大体4分が経過した頃で、急に小太鼓のロール音がこだまします。
そこから急に曲が俄然盛り上がっていき、
快活なアレグロへと進展していきます。
またこの序曲は、当時としては打楽器が珍しく多彩に使用され、
ティンバニーの他に、小太鼓・大太鼓・シンバル・トライアングルと結構華があったりもします。

曲自体、何の小細工もなく
「一直線」みたいな感じで堂々と終わります。

一時期、自分自身もワーグナーに凝った時期があり、
「指環」四部作はとても見に行けないとしても、その中の「神々の黄昏」の演奏会形式を
聴きに行ったりとか、
歌劇「ローエングリン」の四枚組CDを購入したりとか
していました。
結果論になりますが、そのきっかけを作ってくれたのは
やはり歌劇「リエンチ」序曲なのかもしれません。

蛇足ですが、ギネスにも認定されている通り、
世界最長オペラは、言うまでもなく「指環」四部作ですが、
一晩で演奏可能な単発もの最長オペラは、
実は楽劇「ニュールンベルクのマイスタージンガー」です。
この前奏曲、一度でいいから吹いてみたかったな・・・
そしてあの陶酔感に浸りたかったな・・・・
9/15の「ドキドキプリキュア」は、文化祭を背景にしながらも
第一話から既にテーマとなっていたマナの「幸せの王子」問題に真正面から切り込み
ある程度の回答を提示できたという点では、すごい回だと思いますし、
「ドキドキ」は問題についても、素通りすることなく必ず別の回で提示された問題について
真摯に前向きに取り組んでいる姿勢は大変高く評価されて然るべきだと
思います。
正直、日曜朝八時半からの幼児向けアニメとは思えないほどの高度な内容を含んでいるのは、
歴代プリキュアの良き伝統かなーと思います。





「幸せの王子」とは西洋の童話の一つで、
銅像として街の中心部に建立されていた王子は、街の貧しい人たちを救うために
自らの目・剣・衣服・金箔など全てのモノを分け与え、
最後は鉛の心臓だけになってしまい息絶えるという話で、
この話をベースに第一回から正妻たる六花さんはマナに対しては
「愛を振りまきすぎ」とか「何も自分一人が駆けずり回る必要はないじゃない・・・
病人は保健委員へ、忘れ物は会計委員に任せて、自らはでーんと構えていなさい」と色々と
苦言を呈しています。

今回の「ドキドキ」でも病気で倒れたマナの代りが務まるかと動揺する生徒会役員に対して
「マナに頼り過ぎ」と苦言を呈する亜久里も含めて
マナの周辺の人達の意見も、それはそれで正しいと思います。
だけど、困っている人への人助けをするのが生きがいのマナにとっては、
そんな理屈よりも体が自然と動いてしまう・・・
それはそれで正しいと思います。

要は「幸せの王子」問題については、正解なんて何も無い。
全員正しい事を言っていると思います。
勿論、この世の中全ての人達に救いの手を差し伸べる事なんて不可能だと思いますし
それはむしろ政治の役割だと思います。
だけど目の前で困っている人を見て、何も行動しなくては良いのか・・・という問題も
ありますけど、
それに対してマナは、
「自分の周囲で困っている人たちに対しては、無視しないでちゃんと手助けを
してあげよう。
まずは自分で出来る範囲から始めてみよう」という発想なのだと思います。
そういう行為に対しても、それが六花さんの言うとおり「幸せの王子」かというと
そうではないと思うのです。
目の前で困っている人がいれば、まずはそこから手を付けてみよう。
そして、そうした行為を繰り返していけば、
それが段々と自分の周辺の人達にも影響を及ぼすもの・・・
そうすれば、困っている人たちに手を差し伸べるのは自分だけではなく周辺の人にも
広まっていく・・・
そしてひいては、一人の特定の個人におんぶにだっこではなくて、
「全員で、皆の力で何とかしよう」という方向に自然と導かれていく・・・

「幸せの王子」の童話とマナの間で、どこに決定的な違いがあるかと言うと、
童話の場合、あくまで人助けをするのは王子一人だけ・・・
(ドキドキでは、最後に、「王子の行為を街の人達も本当は心の底では分かっていた、感謝していたと
 童話の世界にもフォローしているのはさすが・・・)
だけどマナの場合、今回の文化祭で、倒れたマナ以外の一般生徒・六花さん・生徒会役員が
結果的にマナを助けています。
そして全員一丸となって協力し合う事で、
文化祭を乗り切っているのです。

要は、一人なのか、みんなの力を求めあっていくのか・・・
その違いなのだと思います。
当初は、一人で始めた事であっても、それが真に良い事であるならば
必ず周辺に理解者は現れ、
全体に波及していく・・・

そうした「新しい幸せの王子」伝説をドキドキはつくりあげていったのかもしれません。

前回は、トランプ王国崩壊の最大の被害者ソードとそれ以外のメンバーの間の隙間を埋め、
本当の意味で「共通の目的」を見出した回
今回は、第一回から問題となっていたマナの「幸せの王子」問題に対する提示

いやー、今回のプリキュアは難しい面倒な問題に対しても
正面突破をしてくれるから
すごいものがありますよね。
メンバー全員が聡明というのも、こうした難しい問題に対して真正面から取り組んでいるから
やはりあまりアホな子では務まりにくいといったら
前作の先輩たち「スマイル」に申し訳ないのかな・・・(笑)

蛇足ですが、「イラりつ」問題も再現されていましたね・・・
イーラの記憶喪失回のように
最終的にはダイヤモンドの愛でイーラを救ってほしい所ですけどね。
本日の埼玉は、台風一過のすがすがしい一日でした。
雲一つない快晴で、少し暑い感じもしました。
でも夕方になると窓を開けると少し寒い感じもし、秋の気配は確かにあります。
本日は、そんな中、久しぶりの休みでしたけど、
こんな日に限って、ほぼ半日はうちの奥様の買い物にお付き合いする羽目となり、
色々なショップ・コンビニ等への運転手役になってしまいました・・・・

でも「ジェーソン」というディスカウント店で、
面白いものを発見してしまいました。
何かと言うと、昨年のプリキュアの「スマイルプリキュア」の入浴剤付キュアデコルです。
何かキュアハッピーが懐かしく可愛かったもので、
思わず購入してしまいました。
確か一年前の価格は250円くらいだと思っていたら、
ここでは、一個90円で投げ売りされていました・・・





この種のものって、大抵はキャンディーとかガムが一個入ってる関係上
どうしても賞味期限は設定せざるは得ないと思うのですが、
入浴剤ですから、販売できる期間は長めでも問題はありません。
だけど「スマイル」は明らかに旬の時期は過ぎているので、
こうやって在庫品を叩き売っているのでしょうね・・・
この店でも、残り50箱以上は残っていたので、これをさばいて完売させるのは
結構大変かも・・・

そう思って、ハッピーの他に何か、キュアビューティさんでも買おうかと思っていたら
横でうちの奥様の冷たい視線が待っていたので、
ハッピー一個しか買えませんでした・・・・
最近はこのリードの「エル・カミーノ・レアル」の演奏を聴くことも
なくなりつつありますね・・・
何か少し寂しい感じはします。
というか、最近は全国はおろか支部大会クラスでも段々リードを取り上げるチームが
減ってきているのは少し気がかりです。
時代は変わっても、ジェイガーとかリードとかマクベスとかカーターとかコーディルとか
カーナウとかいつまでも後世に受け継がれて欲しいものです。

「エル・カミーノ・レアル」は感覚的には
吹奏楽のための第二組曲「ラティーノ・メキシカーナ」の姉妹作みたいな
ラテン系ノリノリの血が騒ぐような音楽です。
特に冒頭のガツンというインパクトある出だしは、それだけでノックアウトされそうです。
カスタネット・タンバリンといったリズム系打楽器がいい働きをする前半の躍動感も
素晴らしいけど、
しっとりと歌い上げ「真夏の夜の南米のロマンス」をイメージしたような中間部にも
うっとりさせられます。
そしてラストはクライマックスに向けて一気に追い込みをかけ
華麗に曲は閉じられます。

演奏時間も7分30秒~8分程度だからコンクールにも演奏会の一曲目にも
ぴったりだと思いますけどね。

この曲が日本中で演奏されたのは1986年~1990年あたりだったと思いますが、
1986年の全国大会でもNTT中国とか富山ウインドが自由曲として演奏していました。
1990年の関東大会で野庭高校が自由曲として演奏し、
私もこの演奏は聴いていました。
(会場が千葉県市川市で、当時山梨在住だった私は、前日近くのカプセルホテルで過ごし
 当日券を求めて朝4時から並んでいました。
 だけど朝四時でも既に100人近く並んでいましたので、こりゃ無理かなと思っていたら
 難とか購入できました。
 現在では、こうした当日券での入場、特に西関東・東関東は無理かな・・・
 それ以前に当日券自体販売しているのかな・・?)
だけど、春の猟犬・アルメパートⅠ・ハムレット・オセロの時のような躍動感は全然なく
おとなしめ系の何か去勢されたような演奏で、
結構ガッカリした記憶があります。
結果もスカ金でした・・・
だけど数年後に「ブラバン・キッズ・ラプソディー」という野庭高校吹奏楽部と中澤先生に
焦点を当てた本を読んでみると、
この関東大会の前日に色々と事件・ドラマはあったのですね・・・
やはり高校生くらいだと、あれくらいの事件でも心理的に影響はあったのかな・・・
ちなみに事件といっても、
トランペット奏者が自由曲で使用する掛け持ち用のコルネットを学校に置き忘れ、
部長もその奏者も中澤先生に中々報告できずにいて、
ついに練習中にそれが発覚し、中澤先生が大激怒したというものですが、
当時は既に中澤先生は大御所だったから、生徒も中々悪い報告はしにくいという
雰囲気はあったのかもしれませんなよね。
あ、でもそういう事って会社の中でも結構あったりしますよね・・・

「エル・カミーノ・レアル」の生演奏で一番印象に残っているのは、
1989年の川口市民会館で開催された市立川口高校の演奏かな・・・
あ、当時はまだ「リリア」なんて立派なホールはなく、
市立川口みたいな名門チームでも、市役所わきの薄汚れたあんなホールで
演奏していたのですね・・・
出たしも強烈でしたし、演奏もノリノリで、
この年全国で聴いた「仮面幻想」の何かおっかなびっくりの演奏とは全然異なり
地元のホームグランドで実にのびのびとした演奏をしていたのが
極めて印象的です。
テレビ東京で再放送中の「絶対防衛レヴィアタン」があと二回で感動の最終回を
迎えてしまいます・・・
半年で二回もこのアニメを見られたことは、何か良かったなーと思います。
「プリキュア」とは別の観点から、色々と楽しませて貰ったアニメでした。





今回は再放送なのですけど、
4月~6月までの初回放映時と異なる点があって、
エンディングテーマの後で「焚き火劇場」という萌え系の絵柄で三人+シロップが語り合うコーナーが
追加されましたが、
これが全体的にゆるくて面白い・・・
前々回みたいに「メイド喫茶」みたいな話になったり、
今回みたいにそれぞれの子供時代の話が出てきたり、
ゆるかったり、比較的まともだったり、毎回趣向が異なっていて中々楽しめますし、
粋な演出ですね。

このアニメを見て、はっと気が付いたことがあります。
声優さん達が、
「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」の主要キャラとほぼ丸かぶりという事に・・・

〇レヴィアタン⇒新垣あやせ

〇ヨルムンガンド⇒桐乃

〇シロップ⇒黒猫

だけどやはり声優さんたちはうまいですよね。
当たり前なのですけど、キャラによって、声質を変えたり演じ分けているのは
すごいと思います。
ちなみにバハムートの声は、「フレッシュプリキュア」でベリーを演じた方なのですけど
喜多村さんは、こういうお嬢様系とかボクっ娘系をやらせると
ホント、ツボにはまりますよね。
この方は、むかーし、「トラどら!」の川嶋亜美ちゃんが印象に残っていますけど
ああいうプライドがあり少し上から目線系の演技はホント、上手いですよね。
ちなみに全然マイナーですけど、
2008年に放映されていた「かなめも」の中でも確かボクっ娘キャラを演じていましたね・・・

今回の話は、ついにレヴィアタンが進化を遂げ
髪の色も、これまでの青から金髪に変化しちゃいましたね。
これまでの内気・おとなしめ・人見知りというキャラから、髪の色が変化するだけで
多少積極性が追加されたように感じられるのも
やはり「視覚効果」のせいなのかもしれませんよね。
戦いの早い段階で魔法が解けたバハムートとか
岩の下敷きになって目をくるくる回しているヨルグンガンドも何か可愛い・・・

このアニメは、普通の魔法もの少女系のように
強い目的意識とか派手な戦闘シーンとか
アイテムとか魔法がインフレ式に上昇していく感じではありませんし、
比較的そのゆるさとほのぼの系が特徴だと思うのですが、
全般的に「何かを守りたい」というテーマが最初から最後まで維持されている点は
派手さはなくても何か印象的ですし、好感が持てます。

やはりレヴィアタンが異常に可愛いというのも魅力なのですけどね・・・

さてさて、次週はムーちゃんが、
「実は今まで父親だと信じていた人は本当の血の繋がった父親ではなかった・・・」という結構
シビアな回なのですけど、それを伏線にして
感動的な最終回へ繋がっていくのです。
子供の頃、家に「ジュニア名作集」とかいって、小学生高学年から中学生を対象年齢にした
世界名作作品集みたいなシリーズ本が100冊近く置いていました。
原作を概ねそのまま紹介しているのですが、
長編は適度にカットしながらダィジェスト版として
色々な世界各国の古今東西の名作を取り上げていました。

例えば・・・

〇アラビアンナイト

〇三国志

〇水滸伝

〇シャーロックホームズシリーズ

〇罪と罰

〇復活

〇ジェイン=エア

〇デカメロン

〇ベニスの商人

など色々と収録されていました。自分の場合、こうしたダィジェスト版からまずは門戸を叩き
「カットされていない原作はどんな感じなのだろう・・」
「他の作品にどんなものがあるのか・・」
「同時代に他にどんな作品があったのかな」などと
色々興味を持ち、そこからある程度本を読むという習慣が中学~大学の頃に
出来たかなと思います。
クラシック音楽の場合、以前書いた通り自分は吹奏楽部出身なので
吹奏楽にアレンジされた曲を聴くか自分で吹いて
「この原曲はどんな感じなのかな・・?」と興味を持ち始めたのが
クラシック音楽という深い森の中に迷い込むきっかけとなったのです。

1984年頃、東京文化会館で開催されたハインツ=レークナー指揮/読売日本交響楽団の
定期演奏会で演奏された曲目の中に
スラヴ狂詩曲「タラス=ブーリバ」という曲があり、
当日のコンサートパンフを読んでみて、
「あれ、このタラス=ブーリバって、昔読んだジュニア名作集の中の
 隊長ブーリバのことじゃん・・・」と気が付きました。

「隊長ブーリバ」とはゴーゴリの小説なのですけど、
それに霊感を得てヤナーチェクが作曲したのが、
この狂詩曲「タラス=ブーリバ」だったのです。

この曲は、ゴーゴリ原作の小説を忠実に再現しているというか、
三つの印象的な部分をそれぞれ楽章として音楽の形に残しています。

Ⅰ.アンドレイの死

Ⅱ.オスタップの死

Ⅲ.予言、そしてタラス=ブーリバの死

タイトル通り、主要登場人物は全員死んでしまう壮絶な話でもありまして、
アンドレイ・オスタップ共にブーリバの息子です。
ちなみにタラス=ブーリバは、ロシアのコサックで
当時対立していた隣国ポーランドと連日戦争と略奪に明け暮れています・・・
アンドレイは、敵国ポーランドの領主の娘とできちゃってしまい、
味方を裏切ってしまいます。
だけど後にブーリバ軍に捕えられ、
タラス=ブーリバは悩んだ末、「息子を許すことは出来ない」との結論に達し
自らの手で息子を銃殺します・・・
この陰惨な話を音楽も忠実に再現し、
出だしのコールアングレのひそやかで悩み多いような雰囲気が、全てを象徴しています。
最後のチャイムの響きは、弔いの鐘を意味しているのでしょう。

オスタップは、アンドレイと異なり終始父親に忠実なのですが、
戦いの最中にポーランド軍に捕まり、公開処刑されてしまいます。
その処刑の最中、苦しさのあまり
「おとうさーん、どこにいるのですか!!」と絶叫し絶命するのですが、
群衆の中に「ここにいるぞ」というブーリバの声がこだまします。
曲の中で「マズルカ」らしき部分が聴こえますが、これはポーランドを象徴しているのでしょう。
ラストは、クラリネットの悲鳴のような高音の響きが耳をつんざきます。
これはオスタップの絶命を意味しているのでしょう・・・

第三曲は「予言、そしてタラス=ブーリバの死」ですが、
最終的にブーリバ自身もポーランドによって捕まり公開処刑されてしまいます。
その処刑方法は火あぶりなのですが、
その炎の中でも
「炎も拷問もロシア人民を負かすことは出来ない」という言葉を最期に
残して絶命します。
この第三曲は、全体の中でも中心的な部分なのですが、
全体的に「荒ぶる魂」とか「男泣き」という表現がぴったりの音楽です。
音楽としては、かなり武骨に荒っぽいタッチなのですけど、
それが実にこの物語に合っていると思います。
第三曲は、前半の戦いの場面のアレグロの爽快さ、戦場にこだまする馬のわななきも
印象的なのですけど、
後半は、チャイムに導かれたコラール的な部分が、
実に素晴らしいし胸にジーンときます。
男泣きという感じもするし、
「今は負けたけど、お前たちに未来はない」みたいな宣言・誓いみたいなコラール的な部分も
訴えかけるものがあります。

ホント、この曲は、ゴーゴリの作品を音楽として再現し、
魂の叫びみたいなものを音楽を通して訴えかける素晴らしい作品だと思います。
ただ音楽自体は極めて武骨で荒っぽいので
初めて聴く人は
「何て洗練も品もないガサツな曲・・」という印象をもたれてしまうと
思いますが・・・

CDで聴く場合、

〇ノイマン/チェコフィル

〇マッケラス/ウィーンフィルが素晴らしいと思うのですが、

最近「荒っぽさ・武骨さ」だけではない
新鮮な演奏を耳にしました。
ガーディナー指揮の演奏です。
確かにやや迫力に欠ける部分もあるのですが、
特に第三曲の何か爽やかな感じ、明るく澄み通ったような感覚
青空の下で戦っているかのような雰囲気は、
他の演奏では感じなかった点です。
「タラス=ブーリバ」以外の収録曲の
ラフマニノフの交響的舞曲も実にメランコリーでいいと思います。

あ、忘れていましたけど、この曲
オルガンがいい働きをしています。
重厚感というか、地の底から響いてくる感じが実に曲にマッチしています。
本日9/16の関東地方は台風直撃の一日でした。
この三連休はずっと仕事だったのですけど、9/15の雨は大したことがなかったものの
9/16は特に午前中の風はひどかったですよね。
ま、午後2時過ぎには雨も上がり風もやみましたけど
何だか本日は会社自体開店休業状態みたいなのもので、
(一応上からは、顧客宅への訪問活動自粛の指示がありましたけど・・・)
珍しく定時で帰宅は出来ました。
こういう意味での台風はありがたいですけど、何か京都では大変だったみたいですね・・・



帰ってきてから、何か妙に眠くなってしまい、
(明け方の強風の音で目が覚めてしまった・・・)
少しうとうとしていたら、何か枕もとで何かが「コチコチコチコチ」鳴っている・・・
「あれ、何だろう・・・?」と思っていたら
以前中古おもちゃ店でゲットした「yes! プリキュア5」の置時計でした・・・
最近、こうした針がコチコチ音を立てる時計と言うのも
少なくなってきたような感じもしますけど、
何かこういう時計はレトロな感じがして好きです。
このヴァージョンは、左側がドリーム、右側が6人全員なのですけど
左側にドリーム・ルージュ・レモネード、左側に全員集合というものもあるらしいです。
探しているけど、中々見つからないな・・・

そうそう、昨日の「ドキドキプリキュア」を見ていると、
「プリキュア5」のDVDボックス発売のCMが流れていました。
スイートの時は、初代のDVDボックスが、スマイルの時は、SSのものでしたので、
ま、順当と言えば順当です。
だけどそれを紹介しているのぞみの声、三瓶さんの声が5年前と比べて変化しているなーと
何となく感じました。
三瓶さんは最近結婚したばかりの新婚ホヤホヤだし、元々の声質はハスキーだから
5年前の現役の頃の感覚を取り戻すのは、こうした単発のCM依頼では
厳しいのかもしれませんよね。
昨日の「絶対防衛レヴィアタン」で謎の少年役として、三瓶さんが出演していますけど
確かに元々は、低音ボイスが元々の適役ですから、
プリキュア5時代は結構大変だったのかも・・・・
三瓶さんは、オーディション時には、元々低音ハスキーの「キュアルージユ」役として
オーディションに臨んでいますからね・・・
「絵のような風景」・「アルザスの風景」とくると
次に来るのは、「劇的風景」(管弦楽組曲第三番)なのかな・・・?

だけどこの辺りに来るとさすがに「マイナー」・「知る人ぞ知る曲」という
感じになってしまいそうですね・・・(笑)
勿論自分自身も残念ながら、劇的風景は生で聴いたことはありません。
編曲ものですけど、全日本吹奏楽コンクール・1982年東北大会にて
青森山田高校の素晴らしい演奏を聴いたのが、この曲の唯一の生演奏体験です。
ちなみに青森山田は、前年度は「アルザスの風景」を取り上げています。

「劇的風景」は、実在する場所の風景を描いた作品ではありません。
シェークスピアの戯曲の中の作品をマスネーの心の中でイメージして作曲されたのが
この組曲なのです。
だからどちらかというと、「絵のような風景」のようにバレエ音楽みたいな美しさとか
「アルザスの風景」みたいな日常的光景を描いた作品と少し異なり、
心理的要素が強いせいか、
上記の二曲の組曲と異なり、心理的葛藤・ドラマのような要素が
強い感じがします。

曲は以下の三つの楽章から構成されています。

Ⅰ.前奏曲とディヴェルティスマン

Ⅱ.メロドラマ

Ⅲフィナーレの情景

Ⅰは、「あらし」から着想を得られているとの事ですが、「あらし」は読んだことがないもので
今一つピンときません。
クライマックスに向けて徐々に盛り上がっていきます。
Ⅱは、シェークスピア四代悲劇の一つ「オセロ」からのシーンです。
副題は、「デスデモーナの眠り」ですが、
副官イアーゴの告げ口を信じ、嫉妬心に狂ったオセロが愛する妻、デスデモーナを殺した後の
後悔を描いたかのような心理的葛藤の感じられる音楽です。
Ⅲは同じく四代悲劇の一つ「マクベス」から着想を得ていますが、
「マクベス」は、妻の余計なアドバイスもありましたけど
魔女からの妙な予言で「自分こそが支配者」と勘違いをしてしまった悲劇なのですけど
その魔女からひらめきを感じたのでしょうね。
甘美な音楽の作曲者、マスネーとは思えないほど
部分的にグロテスクなシーンが聴かれます。
前半のドラがゴーンと派手に鳴る部分も印象的です。

どこかのオケで、こうしたマスネーの管弦楽組曲を演奏してくれないかな・・・・
前回マスネーの組曲「絵のような風景」について少し書きましたけど、「絵のような風景」とくれば
次に来るのは、組曲「アルザスの風景」(管弦楽組曲第7番)でしょうね。

マスネーの管弦楽組曲は、なぜか不思議と
「・・・・の風景」みたいなタイトルが多いのです。
上記の他にも

〇劇的風景

〇ハンガリーの風景

〇ナポリの風景

〇おとぎ話のような風景

といった曲が残されています。
個人的にはやはり「絵のような風景」~Ⅲ.アンジェラスの鐘が一番好きですけどね。
「劇的風景」という曲は、マスネーにしては珍しく
ややグロテスク気味の印象はあります。
確かその部分は、シェークスピアの「マクベス」に登場する魔女の描写の部分だったかな・・・?

組曲「アルザスの風景」は、
アルザス地方ののんびりとしたとある村の日曜日の一日の風景を音でスケッチしたような
のどかで平和な曲です。

Ⅰ.日曜日の朝

Ⅱ.酒場にて

Ⅲ.菩提樹の下で

Ⅳ.日曜日の夕べ

の四曲から構成されていますが、あたかもある村の日曜日の朝から夕方をつづったような
音楽です。
Ⅰのクラリネットのソロが印象的な朝の爽やかな感じ
Ⅱの昼間からワインでもたらふく飲んで酔っ払っているような賑やかな音楽
Ⅲのやや瞑想的な音楽
ⅣのA-B-Aの三部構成の形式で、Bのチェロのゆったりとしたソロ
最後のAの、コンサートチャイムが遠くから鳴り響き、トランペットの行軍ファンファーレが
背後から響くような感じは極めて印象的です。

マスネーがこの曲を作曲した頃は、時代背景的に普仏戦争の頃と重なっています。
結果的にフランスはこの戦争に敗北し、ドイツにアルザス・ロレーヌ地方を割譲している
訳なのですけど、
この曲は、そうした戦争とは切り離された
あくまで平和でのどかなアルザス地方の村の一日をのどかに奏でています。

各楽章もほぼ全て5~6分程度と短いので
飽きることはないと思いますし、
酒場の陽気なバカ騒ぎに、瞑想あり、夕方のフランス軍隊の行進ファンファーレありと
中々魅力的な曲です。

この組曲は、ちょうどうまい具合に組曲「絵のような風景」とカップリングされた
ガーディナー指揮/モンテカルロ歌劇場管弦楽団のCDが
比較的手に入り易いかなーと思います。

マスネーというと、「タイスの瞑想曲」とか歌劇「ウェルテル」に象徴されるように
甘美的で抒情的なメロディーが印象的ですけど、
中には、スペインの情熱とけだるさがうまくミックスされた素晴らしい曲も
残しています。
何かと言うと、
歌劇「ル・シッド」のバレエ音楽です。
全体で7曲から構成される舞踊音楽なのですけど、
けだるい雰囲気の曲あり、「太陽サンサンの情熱的な」部分の舞踊があったり
カスタネットがリズミカルに鳴り響くいかにもスペイン的な部分があったりと
大変魅力的な曲です。
個人的には、特に冒頭のコールアングレとフルートのソロが印象的なマドリーナの踊りと
カスタネットの響きが印象的なナ・ヴァーラの踊りが
大好きです。
だけど、この魅力的なバレエ音楽、日本では全然知られていないし、
組曲「アルザスの風景」と同様、演奏会ではほとんど演奏されない
「幻の名曲」と言えるのかもしれませんけどね・・・

自分は、マスネーの「絵のような風景」・「アルザスの風景」・「ル・シッド」は
いずれも吹奏楽コンクールにおいて、オケ原曲/吹奏楽アレンジ版として
知りました。
「アルザスの風景」は、1981年の東北大会の青森山田高校の素晴らしい演奏で、
「ル・シッド」は1980年の就実高校の全国大会での歴史的名演で
この曲と出会いました。
「ル・シッド」については、現在廃盤になっている可能性もありますが、
東芝EMIから出ていたルイ=フレモー指揮のバーミンガム市響の演奏が一番
気に入っています。
9/15~9/16にかけて関東地方は台風直撃による雨の予報みたいですね・・・
せっかく連休中の皆様には気の毒な感じもします。
ま、私自身は三連休中は全て仕事で出勤なので、雨が降ろうと晴れようと関係は
ないのですけどね・・・
9/16は、ある住宅展示場で「ドキドキプリキュアショー」が開催される予定で、
すこーしだけ仕事を抜け出し馳せ参じようと思っていたけど、
台風到来ではさすがに中止かな・・・?

それにしても季節はいつの間にか秋に向かおうとしています。
ほんの3日前まで朝駅に行く特には、ミンミンとセミが鳴いたいたけど
今日はもうミンミンゼミの鳴き声はついに途絶えてしまいました。
同時に夜帰宅途中に、秋の虫たちの声が聞こえてきます。

暑かった夏がようやく終わりをつげ
秋に向かおうとしているのかもしれません。

秋と言うと、何となく紅葉とか落ち葉を連想してしまうのですが、
そういう落ち葉を感じさせてしまう曲が自分の中にあります。
何かと言うと、マスネー作曲
組曲「絵のような風景」(管弦楽組曲第四番)です。

この組曲は、

Ⅰ.行進曲

Ⅱ.バレエの調べ

Ⅲ.アンジェラスの鐘

Ⅳ.ジプシーの祭り

の四曲から構成されています。Ⅰのマーチは、抱きしめたくなるほど可愛らしい感じの曲で、
Ⅱは、正直ピンときません・・・
だけどこの組曲の白眉は、Ⅲの「アンジェラスの鐘」にあると思います。
この曲は、目を閉じて聴いていると、
遠くで教会の鐘の音を聞きながら、ひらひらと落ちてくる紅葉を楽しみつつ、
落下した木の葉をしゃりしゃりと踏みながらゆっくりと歩いていくというイメージが
湧いてきます。
全体としてホルンが大活躍する曲なのですけど、
ホルンの「ボーン、ボーン」という雄叫びみたいな響きが教会の鐘を模倣していると
思いますが、これが実に素晴らしい!!
後半にかけて、ややテンポを落としたところの弦楽アンサンブルもうっとりするほど美しい!!
まさに「絵画的風景」に相応しい曲だと思います。
何か「アンジェラスの鐘」は、美的限界を超えたような曲にも感じるくらい
秋を感じさせるし、ハッとするほど美しい部分があります。
対称的に第四曲の「ジプシーの祭り」は四本のトランペットの華麗なるファンファーレに始まる
躍動的な部分で、Ⅲの美しさがあるから余計にこの第四曲の快活さが浮き立ちます。
「ジプシーの祭り」はA-B-Aの三部構成で、Bのアンダンテの部分は、
やはり秋を感じさせるロマンティックな部分です。
そして最後のAで冒頭部分が再現され、華麗に曲は閉じられます。
ホント、美しさとダイナミックが見事に同居した素晴らしい組曲だと思います。

この組曲、色々とCDも出ているのに、
なぜか生の演奏会で聴いたことは一度もありません。
吹奏楽コンクールの自由曲として、ⅢとⅣの組合せは、結構昔から取り上げられています。
個人的には、1982年の札幌吹奏楽団のアンジェラスの鐘は、ホントに美しかったです。

実は、この組曲、高校三年の時の最後の定期演奏会の演奏曲目の一つでしたけど、
当時からⅢ.アンジェラスの鐘は大好きで、
よーく指揮者に
「頼むから、後半にかけてもう少しテンポを落として、じっくりとしっくり聴かせて!!」と
色々お願いしましたし、
「ジプシーの祭りは、逆にもう少しテンポを上げて」と注文を出しましたけど、
指揮者からは
「結局お前の解釈・要望は、遅い部分はより遅く、速い部分はより速くという事で
結局はバーンスタインの解釈みたいじゃないか・・・ボツ、却下」と
駄目だしを食らってしまいました・・・
月曜26:05からテレビ東京で放映中の
「私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い」も最終回まで残りわずかとなりつつあり
佳境に入ろうとしています。
前回9/9は新学期突入編でしたけど、
相変わらず「痛い青春・・」という感じですよね。
だけど改めてこのアニメを見てみると、
原作のあまりに過激な黒木智子の独り言とか少しやばいような感じのつぶやきは
カットされることも多いみたいです。
そして、原作の漫画に比べて、幾分ですけど少し可愛く書かれているので
原作の漫画ほど「苦い青春・・・」とか「悲惨さ」は弱められているような
感じもします。
アニメはそれでもかなり忠実に原作の漫画を再現していますけど、
時系列をかなり調整していますね。
例えば、原作では第四巻の秋ごろに収録されている「日常部創設」の話は、文化祭直前の
エピソードとなっていますし、
ゆうちゃんのケーキ屋のバイトに触発されてのもこっちのバイト話は、夏休み中のエピソードとして
取り上げられています。

恐らくアニメ版は、第四巻の高校一年までの話で終わらせるようですね。

黒木智子のある意味悲劇は、
本人はある意味真剣に男友達、話し相手を求めて各種の無駄な努力をし続け、それがことごとく
空振りに終わるそうしたギャップの楽しさにあると思いますが、
もこっちの場合、必ずしも「コミュニケーション」自体は放棄していない。
むしろそれを求めてさまざまな無駄な試みをしています。

この漫画を見ていて、はっと思い当たった作品があります。

何かと言うと、「咲~Saki」の鶴賀学園の東横桃子というか、ステルスモモです。




東横桃子は、黒木智子と同様に学校内では空気のような存在、いやむしろ空気そのもの・・・
彼女自身は、もこっちと異なり、他人とのコミュニケーションは全て放棄し、
自らを「無」とすることで、他人との一切の関わりを自ら放棄した娘です。
だけど結果的に、麻雀の腕として意外に東横桃子の人柄等全てにほれ込んだゆみちん先輩によって
見いだされ、
ゆみちん先輩との交流を通して、
失われていった「コミュニケーション」を回復させていくという側面もあると思います。

もこっちの場合、自ら「他とのコミュニケーション」を求めてもそれが全く敵わない・・・
モモの場合は、当初は「コミュニケーション」を完全に放棄したにも関わらず、一人の先輩に
モモという存在を認めてもらえるようになる・・・

結局、この違いは何なのかな・・・

ま、それはいいとして、
「咲」といのは麻雀漫画です。
私自身はギャンブルは嫌いだし、麻雀なんて全く分かりません。
だけどこの漫画麻雀のルールが分からなくても、
対局相手のこれまでたどった人生の経過とか、なせ勝たなくてはいけないのかその必然性
人間関係の面白さという側面が圧倒的に面白く、
麻雀は分からなくても
漫画自体は非常に興味深くその「人間ドラマ」を堪能できる作品です。
個人的には、清澄の竹井久 ゆみちん先輩とモモ、キャプテンと池田、ぼくっ娘の国広一が
好きです。
「咲~阿知賀編」も「咲」よりも可愛い女の子が続出していますので
むしろこちらの方が好きかな・・・
昨年4~6月に三か月だけ阿知賀編が放映され、中途半端な所で第一期が完了してしまいましたので
切に第二期のスタートを願っています。

個人的には、「デート・ア・ライブ」の第二期が楽しみですし、(こちらは正式に確定)
出来れば「絶対防衛レヴィアタン」も第二期もやって欲しいですけどね・・・

なんだかずいぶんとわたモテから話がそれてしまいましたね・・・
以前から書いている通り、1992年当時は山梨県在住でした。
山梨県は基本的には何もないところで、車を持っていないと生活がしにくい所でも
あります。
学生の頃免許は取ったものの、正直5年以上ペーパードライバーでした。
しかし仕事でどうしても車を使用しなければいけないので、
最初はおっかなびっくりだったものの、段々車の運転は慣れていき、結構運転そのものも
楽しめるようにはなっていました。
ま、当時は金融機関の遠隔顧客担当のため、一日100~120キロ程度走っていましたけどね・・・

だけど休みの日なんか、
ホント山梨は娯楽も何もないし、
私はアルコールはほとんど飲まないし、休みの日まで会社関係の人達と遊んだり
酒を飲むことは絶対に嫌だったので、
ヒマな時なんかは、たまにですけど
ドライブそのもの、目的地を全く定めないで漠然と車を走らせて
一週間のモヤモヤを吹き飛ばしリフレッシユさせた事もありました。
普段国道52号を使って身延方面はよく行っていたけど、
身延より更に南の南部町~富沢町、そしてさらに南の静岡県富士宮市、さらには清水港には
滅多に行く機会も無かったので、
一度行ったことがあります。
だけど身延から富士宮に入るまでは、現在はどうか分かりませんけど、
ひたすら「道路」ばかりと言う印象で
行き交う車も少なく、
結構飛ばす事は出来ました。
あれは結構気分爽快だったと思います。
でも沿線は、コンビニもほとんどなく、ひたすら何もない道路を驀進していたという
印象があります。
ま、それはそれで気持ちはいいものですけどね・・・
また高速道路を使わないで、国道20号、俗にいう甲州街道を甲府から新宿にかけて
走ったこともありましたけど、
こちらは渋滞ばかりであまり爽快ではありませんでした・・・
だけど面白いのは、新宿から戻る際、八王子付近までは東京都内の香りが感じられるものの
山梨県上野原に入ると、
「田舎」の香りがプンプンと感じられたことです。


〇雄新中学校

 A/幻想交響曲

 課題曲・自由曲共に標準程度の演奏で特にコメントする内容はないのですけど、
 一点だけすごく頭に焼き付いていることがあります。
 幻想交響曲~終楽章は、通常はコンサートチャイム又は鐘を使用するのですけど
 このチームは、チャイムは使用せず、
 金属の板のようなものを吊るし、それをコーンと響かせていました。
 その音が普段「幻想」で聴くような明るい感じの響きではなく、
 地底から響くような濁った低音でしたので、
 それが何か第五楽章の「魔女の夜宴ー魔女のロンド」の曲想に意外とマッチしていて、
 「あ、なるほど。こんな使い方もあるんだ・・」と何か妙に感心したものでした。

〇宝梅中学校

 A/木挽歌

 この頃小山清茂の「吹奏楽のための木挽歌」は、大木隆明氏の編曲ではない、
 第一曲のソロにテナーサックスを使用する版が普及していました。
 だけどこのチームは、1979年の前橋商業とか 1982年の当麻中のように
 第一曲のソロに「コールアングレ」をあてる版を使用していましたので、
 実に鄙びた感じが出ていて、良かったと思います。
 バックの「ザーーーッ・サッ」という鋸の音は、サウンドペーパーで表現していました。
 結果的にこのチームは金賞を受賞しましたけど、個人的には何か物足りない印象があります。
 確かに課題曲と自由曲の第一曲「主題」までは申し分ないけど、
 第二曲「盆踊り」と第四曲「フィナーレ」が
 あまりにも優等生過ぎる演奏と言うか、
 真面目すぎるというか、
 コンパクトにまとめ過ぎたというか、
 音楽全体に「楽しさ」がほとんど伝わらず、悪く言うと、コンクール向けに
 無難に仕上げたという印象で
 全体としては、薄味すぎるような印象です。
前回バルトーク/バレエ音楽「中国の不思議な役人」について少し触れましたけど、
この曲最初に買ったレコードは、ドホナーニ指揮でしたけど、そのカップリング曲が
「二つの肖像」でした。
「中国の不思議な役人」の荒々しい毒に比べると、毒の要素は比較的少ないようにも当初は
感じましたけど、
この曲の背後にも色々なドラマはあったのですね。

この曲を作曲当時バルトークは、ガイエルというヴァイオリン奏者に恋心を抱き、
その思いが一つの結晶となって表れたのが
ヴァイオリン協奏曲第一番なのです。
だけど結局ガイエルとの恋は残念ながら悲恋に終わり、
ヴァイオリン協奏曲第一番も献呈されたガイエルの手許にずっと保管されたまま忘れ去られ、
この協奏曲が初演されたのは、
バルトークもガイエルもとうにこの世を去った1958年です。

しかし、このヴァイオリン協奏曲第一番とは別に
「二つの肖像」という管弦楽曲を世に発表し、
実は「二つの肖像」の第一曲「理想的なもの」は、
ヴァイオリン協奏曲第一番第一楽章と全く同じです。
だから、ヴァイオリン協奏曲第一番が初演された時点では、既に第一楽章だけは
「二つの肖像」という別の形で既に発表されていた事になります。
「二つの肖像」の第一曲「理想的なもの」は、独奏ヴァイオリンが主体で
終始ソロヴァイオリンが哀しいメロディーを切実に歌い上げていきます。

「二つの肖像」の第二曲は、「醜いもの」というタイトルで
第一曲が10分程度の比較的長いものであるものとは対照的に、
荒々しい疾風するようなトゲトゲしい音楽が3分程度駆け抜けていきます。
「醜いもの」は、クラリネット・フルート・オーボエの豚の絶叫みたいな
「ブヒヒーン」という雄叫びが極めて印象的です。
だけど、この第二曲「醜いもの」にもガイエルの影が潜んでいます。
この曲の元ネタは、実はバルトーク自身の「14のバガテル」という曲で、
この「14のバガテル」という曲の第13曲「彼女は死んだ」・第14曲「彼女は踊る」という
何やら意味ありげのタイトルに、先ほどのヴァイオリン協奏曲第一番の主題を使用しているばかりか、
「二つの肖像」第二曲・醜いものは、
この「14のバガテル」の第14曲「彼女は踊る」をそのまんまオーケストレーションしたものなのです。

タイトル自体既に意味深なのですけど、
「二つの肖像」という曲自体、
バルトークのガイエルに対する相反する二つの気持ちをそのまんま曲にしたものなのかも
しれません。
何か男と女のミステリー音楽劇場みたいなものですよね。

バルトークにはヴァイオリン協奏曲というジャンルは二曲残していますけど、
個人的には内容が二曲ともやや難解というか渋すぎて
あまり好きではありません。
だけどピアノ協奏曲は三曲ありますけどいずれも名作揃いです。
特にピアノ協奏曲第三番は、アメリカに亡命後白血病に侵され、
貧困と病で瀕死の状態にあったバルトークの最晩年の曲なのですけど、
特にその終楽章の
「生きる希望と情熱に溢れた力強い感覚」は、とても
死が間近に迫っている人のモノとは思えないほど
信じられないほど生命感に満ち溢れています。

果たしてバルトークは、死の床でガイエルの事をどのように感じていたのでしょうね・・・
先日購入した「yes!プリキュア5」のDSが結構面白くて何かはまってしまいました・・・
このDSで興味深いと感じたのは、2007年放映の「yes!プリキュア5」のアニメを
比較的忠実に再現している点で、
ゲームもアニメ版の各話に基づいて展開されていきます。
だからゲームの第一話は、当然のぞみ一人の戦いで、
第二話からりんちゃん、第三話からうららという風に順次メンバーが増えていきます。
面白いのは、第五話に相当される部分がカットされている点・・・
だって第五話は、かれんさんが当初妖精の蝶からプリキュアに覚醒する事を
拒否され、プリキュアになれなかった回ですので、
さすがにこの部分を使うのはまずかったのかな・・・?

だけど、このDSでも、のぞみ、キュアドリームが主役ですよね。
だって最後の決め技は、全てドリームの
「ドリームアタック」ですから・・・





最初このDSを始めた時、説明書にはほとんど細かい事は書いていないし、
連携とか「拾う」とか「コンボ」の意味すら分からず
やたらドリームばかりちょこちょこ動かしていましたけど、
最近はやっとコツを掴めてきました。
要は、このゲームは「戦闘・アクション」系なのですけど、
限りなく配列・パズルに近い要素があると思うのです。
つまり、5人のプリキュア達の位置の配列をある程度揃えて、その配列の途中にある
邪魔な障害物さえ取り除けば、
ある程度の必殺技のコンボ(技の繋がり)をキープできるのです。

この事に気が付いた時から、ある程度スイスイと各話を消化でき、
昨日時点でやっと第11話クリアまで達成出来ました・・・
アニメでは、ナイトメアとの戦いを消化しながら、
パルミエ王国復活の大事なカギとなる町中を彷徨っているピンキーをゲットしていくという要素も
ありましたけど、
DS上では、ガチャガチャでこのピンキーを集めていくというのが
何か妙にゆるくて面白い・・・

ところでこの第11話というのが、かなりの名作回でして、
何かあの名場面が色々と蘇ってきました。
要は、勉強が大の苦手で、
子供の時から九九・漢字を覚えるのに人の倍も三倍も苦労したのぞみ・・・
だからのぞみは何かを学ぼうという意欲を失いかけています。
そうしたのぞみに、
「何か興味をもったものから始めてみれば?」とココは的確なアドバイスをおくったりもします。
「興味を持ったことをきっかけにして、色々な事を学んでいけばいい。
 最終的には、その学んだ引出しの中から、自分にとって何が一番大切なものなのかを
 気づければそれでいい」
この辺りは、
「どうして勉強をしなくてはいけないのか?」という子供たちの永遠の問いに対する
プリキュアらしい一つの回答を提示しています。
そして、この問いは、2年かがりで受け継がれていき、
翌年の「プリキュア5GoGo」では、
勉強に興味が持てないりんちゃんの弟と妹に対する
のぞみ自身の経験に基づく、のぞみらしい回答が提示されていきます。

何かこの2年がかりで一つの問いに対する回答を提示というのも
かっこいいですよね。

だけどこのDS、第何話まて゛あるのだろう・・・
最終クリアは一体いつになるのかな・・・
バレエというかバレエ音楽は大学生の頃に結構凝っていた時期があり、
バイトして貯めたお金で、たまに五反田簡易保険ホールとか神奈川県民会館とかまで出かけて
見た印象があります。
ベタな演目ですが、

〇プロコフィエフ/ロメオとジュリエット

〇チャイコフスキー/眠りの森の美女 くるみ割り人形

〇ドリーブ/コッペリア

なんかは結構好きでしたね。勿論舞台下での管弦楽団による生のバレエ音楽が
大半の目的でしたけど・・・

だけど一度は是非聴きたいと思っているのに
まだ一度も見た事が無いバレエがいくつかあります。

例えば・・・

〇プロコフィエフ/シンデレラ

〇ストラヴィンスキー/春の祭典 火の鳥

〇ドリーブ/シルヴィア

〇ハチャトゥーリアン/スパルタカス

〇コープランド/ビリー・ザ・キッド

だけどこれだけは死ぬまでにはぜひ一度見聞しておきたい作品が一つあります。
それがバルトークの「中国の不思議な役人」なのです。
だけどこの作品は普通の一般的なバレエではありません。
一幕もののパントマイムんのです。
しかもその内容は極めて過激です。
あまりに過激過ぎて、初演が中々出来ず、初演後も多くの劇場から
上演禁止処分を食らい、
中々陽の目を見ることが出来なかったいわくつきの作品でもあります。

ストーリーは、簡単に述べると・・・

ある荒廃した都市のスラム街で、ならず者達に売春を強要されていた少女が
ある日も客を取っていた・・・
最初の客は、金のない若者 そしてとぼけた老人
そして最後に来たのは謎の官吏
その官吏は少女に
ひらたく言うと「やらせろ、やらせろ」と迫り
そのあまりの必死さに少女は恐怖を感じ、ならず者たちはその官吏をしばり首にして
殺そうとした・・・
だけど「その少女とやるまでは死んでも死にきれない」とその官吏は
首を宙吊りにされても体が光り輝き、死なない・・・
少女はさすがに不憫に感じ、
宙からおろし優しく抱きしめてやらせてあげると
その官吏は満足したのか、やっとあの世に旅立った・・・

そんな感じのストーリーです。
これはどーみても一般的な「バレエ」ではありませんよね・・・(笑)
だけどそこにあるのは
スラム街という社会でしぶとく生き続ける底辺の人達の生きるたくましさと
スラム街の怪しさ
その辺りのおどろおどろしさと民衆の生きる力が
このバレエ音楽には全体を通して貫かれています。

最初にこの音楽を聴いたのは1987年の東京文化会館の日本フィルの定期演奏会でしたけど
ホントまじでぶったまげました・・・
その「すさまじいバイタリティーと逞しさ、野蛮さ」に
一発で魅了されてしまいました。
このバレエ音楽、出たしからすさまじい荒々しさがあり、
いかにも都会の片隅の底辺で生きる人たちを暗示させています。
コールアングレで演奏されるとぼけた老人の表現も魅力的です。
少女に「やらせろ」と追いかけ迫るシーンは、
トロンボーンのソロとそれに続く激しい行き詰る管楽器の響きで
荒々しく表現されています。

この曲、全体的にソロとしての管楽器の使い方が非常に巧みで、
クラリネットの高音の絶叫
とぼけた感じのコールアングレ
けだるいオーボエ
荒々しいトロンボーンなどと
かなり効果的に使用しています。

バレエ音楽としては、30分程度の非常に短いもので、
更にトロンボーンのソロ以降の激しい部分で終わらせる組曲版もあります。
演奏会ではこの組曲版で派手に終わらせることが多いのですが、
出来ればラスト近くに合唱(といってもウーウーとハミングするだけですが・・)が入る
全曲盤が断然いいです。

この曲をCDで聴く場合、色々と名演が多く選ぶのに困るのですが、
アバドやドホナーニの指揮とか
1971年のブーレーズの指揮の演奏もいいのですけど
個人的には、ショルティー/シカゴ響が圧倒的に素晴らしい演奏を残しています。

この一幕のパントマイムを何とか現代社会に置き換えて
リバイバル上演できないかな・・・??
例えば、格差社会が極端に広がり、社会は上流階級と底辺階級にはっきりと分かれ、
舞台は底辺社会の売春ビル・・・
そうした中にふらりと上流階級の世間知らずの若者がふらりとやってきて
売春の女の子と出来てしまう・・・
それを心配した若者の親が二人の仲を切り裂いてしまうが
若者はどうしてもその女の子があきらめられない・・・
だけど実はその女の子も元々は上流階級出身だったのだが、そのうわべだけ取り繕う生活に
嫌気がさし、真の自分を求めてあえて身を落とした・・・

なーーんてね・・・(笑)
スイートプリキュアの「キュアメロディ」のDXフィギュアをゲットしました。




「キュアメロディ」は、以前より
DXフィギュア~キュアビート登場編の方は持っていたのですけど
一番最初の登場編の方は持っていなかったので
手に入ってよかったです・・・

だけど、値札を見てみると
最初は1800円
次に1200円に値下げ
そして798円となり、それでも売れずに店の奥で498円の値札で売られていましたので
あまり人気とか需要はないのかな・・・??

えーー、何か可哀想

キュアメロディというか北条響は、
プリキュアのピンク系伝統の
「明るく活発・頭が悪い・運動は得意・リーダーシップがある」を見事に受け継ぎ、
初代のキュアブラックを何となく彷彿させるキャラではあります。
だけど反面シリーズでも屈指の寂しがり屋という意外な側面も持っていて、
その寂しがり屋という側面を隠すために、初期の頃は奏と派手に喧嘩を繰り広げていたという
面も持っているキャラです。
そのせいか、フィギュアの場合
「キュアメロディ」は何となくですけど、
「もの哀しい雰囲気」を醸し出しているような気もします。

だけどその「寂しがり屋という哀しさ」と「明るく活発」という二つの相反するものを
持っているという意味ではプリキュアシリーズでも珍しい位置づけにあり、
その辺りがメロディの魅力なのかなとも思っています。
プリキュアシリーズとは世界観が違うのかもしれませんけど、
「絶対防衛レヴィアタン」も結構好きです。
魔法少女系に付き物の
熱い友情・派手な戦闘シーン・新たなる力という要素は少ないですけど
そのゆるさ・可愛さが
このアニメの「絶対的な魅力」だと思います。
一度4~6月に土曜23:30から放映されていましたけど
7月から日曜深夜25:35~再放送をしています。
一度見ているけど二回目を見ると何か再発見もあったりして新鮮味はそれほど失われていないような
気もします。



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このアニメ、元々はグリーのゲームなのですけど、
主人公レヴィアタンは、
笑顔を忘れた・無口・滅多に笑わないけど心の中で爆笑している事もあるというのが
グリーのケゲーム上の設定らしいです。
またゲームのデザイン画としては、レヴィアタンも含めて他の2人も比較的大人っぽいタッチで
描かれていて、確かにこれだけを見てしまうと
「レヴィアタンは笑顔を忘れた女の子なんだなー」と思ってしまいます。
だけどアニメでは、
レヴィアタンも含めて全員子供っぽい雰囲気を強調していて、
アニメ版の方がより魅力的です。
またアニメ版のレヴィアタンは、バハムート・ヨルムンガンドよりは喜怒哀楽を出さないけど
微笑むシーンがよくあり、
その笑顔がたまらなく可愛いと思いますし、
あの笑顔は、本当に素敵です!!

3人構成なのですけど(妖精シロップはいますけど・・)
知的で物静かなレヴィアタン
じゃじゃ馬系のわがままお嬢様、バハムート
天然の心優しい怪力娘のヨルムンガンドという構成もバランスが取れていて
面白いです。
だけど最終盤には、バハムートには結構重たい秘密があったりもしますけど・・・
スマイルプリキュアで例えると、ビューティ・ピース・マーチみたいな構成なのかな・・・??

「絶対防衛レヴィアタン」の特徴は、
タイトルが示唆する通り
「何かを守りたい・・・」
「あなたにとって大切なものとは何・・・??」
「大切なものを守るためにはどうすればよいのか」という
テーマが一貫して守られている点なのかな・・
だからこそ派手な戦闘シーンもそれほど必要ないのかなとも思いますし、
「守ること」に主眼を置いた今どきとしては珍しいアニメでもあるので、
それがほのぼのさ・多少のゆるさ・レヴィアタンの可愛さとも結びついて
何かたまらない魅力を発揮しているのだと思います。

あーあ、だけどこの再放送版もあと三回で最終回なんですよね・・・

戦う目的

9/8の「ドキドキプリキュア」は、9/1同様に文字通りドキドキさせられる感じでした。
こうした新しいアイテムとかストーリーの展開があったりすると
「あー、今年のプリキュアも何か中盤モードに入ってきたな」と感じてしまいます。

余談ですが、
今年の「ドキドキ」は一番ラストシーンとか次回予告で
「えー、マジかよー」という展開が多々あり、毎回ドキドキさせられるものがあるのですけど
今回もその典型例ですよね・・・
突っ込みどころとしては、ダビィは人間体でいる時は車の運転も出来るのですよね。
これはもしかして、歴代プリキュアの中でも
「一番使える妖精」なのかもしれません・・・
プリキュアシリーズの妖精達は、大半が「役立たず妖精」が多い中、この有能さは
ホント貴重だと思います。
前半で、セリフはなかったものの早乙女純君とか京田さんが登場したのは、何かなつかしかったです。





以前から「ドキドキ」に関して一つ気になっていた事がありました。
それは何かと言うと、「戦う目的」です。
初代からプリキュア5まではどちらかと言うと勧善懲悪的要素が強く、
フレッシュからスマイルまでは、
戦う動機として「皆の笑顔を守る」という事がメインテーマになっていました。
勿論、現役のドキドキにもこうした「皆の普通の生活を守りたい」という意識があるのは
言うまでもありませんが、
元々は、キュアソードの故郷である「トランプ王国」を復活させたいという強い思いが
ドキドキの原点なのです。
だけど改めて考えてみると、
真琴は、その当事者
反面、マナ・六花さん・ありすは別にトランプ王国とは何の利害関係を持たない全くの
善意の第三者
亜久里は、4人とは元々接点がなく、マナ達登場以前より一人でジコチューと戦い続け、
「地球を守る」という抽象的な動機から戦っていた側面があります。
この辺りの5人の意識のズレを完全に払拭させたのが
今回のテーマであり、
今後の「ドキドキ」を占う面でも、その方向性を示唆した重要な回であるような
気がします。
マナ達が三種の神器の一つである鏡を破壊され、街の人達全員がジコチューとして支配されそうに
なったその瞬間に
真琴の気持ち、
1.自分の故郷が滅ばされて故郷を失うという事がどういう事を意味するのか
2.愛する家族や友人を全て失うというのはどんな感覚なのか
という事を当事者として意識させられたというのが
今回のミソなのだと思います。

ま、だけど何よりもマナが一度大泣きした次の瞬間に
「あー、泣いた泣いた。これでスッキリした。ここから次の戦いが始まるよ」という
強い気持ち、決して折れない強い心は、
まさに歴代プリキュアの中でものぞみクラスの「強いハート」の持ち主という事を
立証してくれましたけどね。

だけどもう一つ解消されない問題があります。
それは、「キュアエース」の問題。
勿論、「5分間しかキュアエースの存在を維持できない」という表面的な問題ではなくて、
むしろ亜久里の「内面」の問題・・・
亜久里は小学生なのだけど
「強くなりたい」という強い思いから、自己をあんな大人の「キュアエース」として覚醒させて
いるのですが、
果たしてそれが「自然体」と言えるのか?
何か己に無理をさせているのではないのか?
という問題もあるのかと思うのです。

この問題を解決させる方向性は、
1.マナ達4人のプリキュアを鍛え上げた亜久里自身が更なる成長を遂げる
2.そんなに無理しないで、小学生としての自然体として何か出来ることはないのかという模索
という点があるのかなと思っています。
2の場合は、大人のプリキュアではなくて、小学生のプリキュアとして幼い容姿で戦いに
望むという事になると思いますが、この場合5分間問題は簡単にクリアできるメリットは
あります。

果たして「ドキドキ」はどういう方向性でいくのかな・・・

そして、

イラりつというイーラと六花さんの最終対決(?)を経て
最終的に「爆弾要素」となっているレジーナの問題に進んでいくのかな・・・??

どちらにしても目が離せない展開になりそうです。

初代プリキュア【無印】最終決戦時において、
ベルゼイ・ジュナ・レギーネといった3幹部は最終的に自己保身からジャアクキングに刃向い戦いを
挑んだという実績はあるのですが、
ドキドキのベールには、そうした野望$度胸はあるのか・・・
もしかして、ベールによってキングジコチューに危機が迫り、
それが何か「レジーナ」にも変化をもたらすのか・・・

やはり「ドキドキ」というかプリキュアシリーズはたまらないです・・・・・!!!
以前にも書いたことがあるのですが、蕨駅前に「くいっく」という
1000円で食べ放題&飲み放題というバイキング居酒屋があります。
ちなみにこの店、何年か前にテレビ東京の「アド街天国」でも蕨市の回の時に
取り上げられた店との事らしいです。
この「くいっく」の姉妹店として、2年前に「New くいっく」という
バイキング専門の店がオープンしましたけど、
昼のランチは、680円で食べ放題&ソフトドリンク飲み放題なので
たまに行く時があります。
肉じゃがとか野菜炒めとか酢豚とか手作り感一杯のモノもあれば、
餃子みたいにいかにも冷凍食品みたいな感じのものもありますが、
全体的にこの価格でこの内容は、合格点だと思います。

本日は昼ご飯兼夕食はここで済ませましたけど、
今日は「豚肉と玉ねぎの炒め物」が結構美味しかったです。
肉じゃがはじゃがいもが少し固すぎ・・・

だけど、この店のどこが気に入っているかと言うと、
「手作りカレー」目当てなのです。
一言で言うと、「すごーく懐かしい味」がするのです。
特に何かこだわりとか特殊なスパイス・具材を使用している訳ではなく、
全体にドローッとした普通のカレーなのですけど、
何かなつかしいのです。

最近「はっ」と気が付いたのですけど、
この味は、高校時代に食べた学食のカレーと何か似ているのです。
それが「なつかしさ」の要因なのかもしれません。

私、高校は仙台の県立の男子高校だったのですけど、
周りに女の子がいない事もありましたし、育ち盛りが多いせいか、
自分も含めて皆お腹が減っているのか、
大半の生徒たちは、3時間目、早い人は2時間目で早弁をしていました。
昼の休憩時間は、
弁当を既に食べに終わった生徒たちは、学食へなだれ込み
カレーとかそばとか食べていました。
思い起こしてみると、自分が一番学食に行った時期って高校一年の頃なんですよね。
当たり前の話ですが、中学にはこんな学食なんかなかったし、第一早弁なんて出来る雰囲気
じゃなかった・・・
(もっとも中学は給食ですけど・・・)
だから高校に入学して、こうした早弁とか学食なんて、
すごーく新鮮な感覚で
「すごーーい、自分って高校生している!!」なんて気持ちもあったのかもしれませんよね。

もっとも学食なんて、正直決して美味しくはなかったと思います。
そばはのびているし、
定食のおかずは、質より量という感じですし・・・
でもそんな中、「カレー」だけはやたら美味しく感じたものでした。
具もそれほど入っていなくて、全体的に濃い味付けのドローーッとしたカレーだったのですけど、
それが「New くいっく」のカレーに何か似ているのですよね。

何か食べていてとてもなつかしく感じたものです。

高校時代の学食には、パンとか牛乳も売っていました。
当時「グロリアパン」といって、一個60円と安いのだけど、表面に砂糖をまぶしているだけ、
だけでとてつもなくBigサイズなんてのもありましたけど、
さすがに今は売ってないですよね・・・
というか、あのパンは地元ブランドだったのかな・・・

私の高校は、運動部が結構強くて、当時、テニス・弓道・フェンシングなどはインターハイの常連校で、
ラグビー部も一度だけ花園に出場したことがあります。
そんなんだから、野球部とか色々な運動部の連中が学食でよく食べていましたけど、
運動部は、先輩後輩の礼儀作法がうるさく、
学食で、下級生が上級生に会うと、必ず立ち上がって「ちゃす!」と挨拶していましたので、
学食の席の至る所で、年がら年中「ちゃす」、「ちゃす」、「ちゃす」の大声ばかり響いていたのは
何かなつかしい「音の風景」です。

今日は、カレーを食べながら、そんな昔の「音の風景」を感じ取っていました。

ま、もっとも私が所属していた吹奏楽部も礼儀作法はけっこうやかましく、
2~3年になると、学食で一回ご飯を食べるごとに、大抵3~4回は後輩たちと遭遇し
「ちゃす」なんて挨拶されていましたけどね・・・
本日は6日ぶりに仕事が休みで
一日中のんびりとボケっとしていました。
昨晩は、テレビ東京にて26:05から放映されている「私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!」を
見たり、二週間ほど前に購入し、
現在第8話のバトルに突入した任天堂のDS「プリキュア5」なんてのをやっていたら
あっという間に午前3時を回っていたので
さのまんま昼近くまでぐーすかぴーすか爆睡していました・・・
でも相当寝られましたので、体力は無事に回復と言う感じです。

昼ごろ何気なく自宅の北側を見てみたら、
何とドクダミとかの雑草が生い茂り、
北側の外壁には、雨樋に蔦がびしーーーっと絡んでいて、
何と雨樋止め具の金具にまで蔦が絡み、あと少しで金具を取り外しそうな勢いでした。
いつの間にか、我が家は「雑草屋敷」になっていたのですね・・・
ま、もっともうちは狭いもので、庭もフェンスも何もないオープン外構で、
インターホン・ポスト・表札が一体化されたポールがあるだけですし、
家の全面は駐車スペースで土間コンを打設しているので
草が生い茂る事はないのですが、
側面と北側は、ほとんどノーマークでしたね・・・
一応、玉砂利をひいているので、例年それほど草が生い茂るという事はないのですけど、
今年の異常な猛暑と玉砂利が年々地面に沈んでいった事もあり、
気が付かないうちに草が生い茂っていたのですね・・・

本日の埼玉県は、それほど暑くなかったので
蔦を何とか除去し、草刈りをした上で除草剤を散布しておきました。
それにしても、草とか蔦なんてのは、
頼まれなくても生えてくるものですね。
でも北側や両隣の家には、ドクダミが生い茂っているから
多分来年あたりも、一面ドクダミと蔦に覆われてしまうのでしょうけどね・・・
1992年の課題曲もなかなか当り年だったと思います。
当時「メトセラⅡ」などで絶大の人気を誇っていた田中賢の課題曲Aと
大御所、三善晃氏の課題曲Cと
今聴いても「いい曲だなー」と感じさせる曲が揃っています。
課題曲Dもその短さが、長い自由曲を演奏したいチームにニーズに合ったせいなのか(?)
意外と取り上げるチームも多かったですね。
ヤマハ浜松が、課題曲Aではなくて、この課題曲Dを選んだのは当時すごく意外に
感じたものです。
ちなみに課題曲がA~Dなんていう呼び方はこの年が最後です。
翌年からなぜかⅠ~Ⅴという表記に変更になっています。
前年度までは、一日で大学・職場・一般の部の演奏・審査がなされていましたが、
さすがに大変という事で、
この年から、大学部門は、前日に開催されるようになりました。

この年、課題曲B/吹奏楽のためのフューチユリズムは取り上げるチームは少なかったですよね。
中学で2チーム、高校と大学は1チームずつ 職場で1チームという感じだったかな・・
だけど私はこの課題曲大好きです!!
前半と後半のリズムの切れと躍動感
中間部の壮大な盛り上がりとロマンチック・・・
非常に分かり易くて、いかにもコンクールの課題曲という感じなのですけど
このベタな感じがとても大好きです。
個人的には、新屋高校の演奏が大好きです。
この曲出だしが神経を使うから、敬遠されたというのも多少はあるのかもしれません・・・
始まりが、タンバリンとティンパニーだけのリズムの掛け合いから、テナーサックスの刻みという
非常にうすく書かれているので、
奏者・指揮者としてはやり難いのかもしれませんよね。
非常に古い話で恐縮なのですが、
1981年の課題曲A/イリュージョンも
出だしが、ユーフォとチューバだけという非常にうすく書かれていて、
この課題曲の冒頭がカッチリ決まった事例は、自分自身もそれほど記憶にありません。
県大会あたりでは、外す事例が続出でした・・・
まともに決まった演奏は、淀川工業くらいかな・・・


〇関城中学校

 A/ダフニスとクロエ第二組曲

 茨城県代表のチームで全国初出場なのですが、
 とても初出場とは思えない「完璧な」演奏を聴かせてくれました。
 サウンド的に、同じ茨城県内の常総学院をお手本にしたというか意識したような
 音の作りを展開しています。
 このチームは決して骨太のサウドではなく、
 どちらかというと気品・洗練。ふわーっとした感じが特徴だと思いますし、
 「音色を最優先に考えるチームは、どんな曲を選んでも大抵はうまくいく」を見事に
 立証したかのような演奏です。
 特に何が素晴らしかったかと言うと、
 ダフクロのⅠ.夜明けの頂点の部分が本当に「美的限界」を超越したかのような感覚で
 とにかくうっとりするほど美しいの一言に尽きると思います。
 まじ、客席でこの演奏を生で聴いていた時、
 背中がゾクゾクとしたものです。
 全員の踊りの追い込みも見事!!
初出場ながら貫禄と余裕を感じさせ、当然の金賞を受賞しました。
 個人的には、このチームと習志野第四中は、この年のグランプリ候補

〇上京中学校

 B/セント・アンソニー・ヴァリエーション

 数少ない課題曲Bでしたけど、私を満足させてくれる演奏でした。
 出だしのティンパニーが「少し強すぎるかな・・」と感じた以外は
 大きな崩れもなく、
 大変スケールの大きな演奏を聴かせてくれました。
 ただ一つ問題点を指摘すると、自由曲もそうした傾向があったのですが
 音が固い何か気になりました。
 硬質な音質がなんか曲の自由さとか伸び伸びさを少し抹消させてしまったような印象が
 あったのは少し惜しいところ・・・
コンビニというのは、毎日毎日、日々進化しているような気がします。
弁当・サンドイッチ・惣菜・からあげなどその美味しさは、
下手なデパチカグルメを凌駕しているようにさえ
感じる時があります。
特にコンビニスイーツのレベルの高さは目を見張るものがあります。
たまに見るテレビでテレビ朝日の「お願いランキング」という番組で
コンビニスイーツを特集していることがあり、
「テレビだからどうせ多少はよいしょをしているのだろう・・・」とタカをくくっていると
痛い目に合いそうな気がします。
特にローソンの「プレミアムロールケーキ」はホント、マジに美味しくて
結構気に入っています。
これ、最初うちの奥様がえらい気に入っていて、
彼女が美味しそうに食べているのを横で見て、
「どんなもんなんだろう・・・」と試しに買って食べてみたら
これが抜群に美味しくてびっくりしました。
というか、ローソンのプレミアムロールケーキに限った話ではないのですけど、
最近のコンビニスイーツのレベルの高さは、
その辺の街角のケーキ屋の「何の個性も特徴もないケーキ」と
比べるまでもないという域にまで達していると思います。

話は全然違うのですが、
男と女は結婚すると、どちらが影響を受けることが多いのでしょうかね・・・?
私の場合、完全に
「男が女の影響をまともに受けてしまった」タイプだと思います。
自分の場合、結婚するまでは
正直甘いものとか漫画・アニメというものは全く興味がなかった・・・
というか、スイーツはほとんど食べないし、アニメなんてほとんど見た事もなかった・・・
そういう感じでした。
だけどいざ結婚して一緒に暮らしてみると、
自分の方が、もろに影響を食らったというか直撃してしまいましたね・・・(笑)
自分が「プリキュアシリーズ」にはまってしまつたきっかけを作ったのは言うまでもなく
うちの奥様です・・・
もっとも彼女から言わせると
「あなたが勝手にはまっただけでしょう・・」となってしまいます。
甘いものも、全く然りです。
何というか、他人がおいしそうに食べているものを間近で見てしまうと、
「え、何食べているのだろう・・・」
「そんなに美味しいのかな・・」と何か嫌でも興味を持ってしまいます。
その辺りが甘党になってしまったきっかけだったのかな・・・

それにしても私が上京して一人暮らしを始めた頃、
セブンイレブンは、本当に文字通り、朝七時から夜11時までしか営業していない店舗が
多かったし、
くそまずいハンバーグ弁当くらいしか店頭に置いてなく、
スイーツなんて、せいぜい串団子と大福くらいしかなかったものです。
だからこそ最近のコンビニの進化は
驚嘆ですよね。
前回、「プリキュア5」の2007年無印版のキュアドールの「キュアドリーム」をゲットと
書きましたけど、
下の画像は、それとは別に元々持っていたものなのですけど
画像では中々分かりにくいと思いますが
お腹の辺りに確かにおへそがちらっと見えています。
別に「おへそフェチ」とかそんなのではないのだけど
特に、のぞみの場合、何かおへそがちらっと見えている方が何か可愛いものを感じます。




2008年の「GoGo!」版で、5人ほぼ同じようなコスチュームにモデルチェンジをして以降
残念ながらへそだしドリームは見られなくなってしまいましたが、
ここにこうしたフィギュアみたいな形で
残っているだけでも何かうれしいものです。

他のへそだしプリキュアって、
ブラック・サンシャイン・メロディのように「スポーツ系」が多いのは
単なる偶然なのかな・・・?
もっとも美希たんこと、キュアベリーに関しては
単に「私って完璧! ほら、コスチュームも他の娘とは一線を画している」みたいな
心の声(?)が聞こえてしまいそうで怖い・・・(笑)
兼田敏というと、どうしても「シンフォニックバンドのためのパッサカリア」が
圧倒的に有名ですし、いまだに全国大会でも演奏される人気曲ですけど、
個人的には、知る人ぞ知る曲という感じなのですけど
「シンフォニックバンドのための交響的音頭」という曲にも惹かれます。

交響的音頭は、人によっては「和製ボレロ」と言われることもあります。
それは何か分かる気がします。
「ボレロ」はラヴェル作曲の大変メジャーな曲で、
曲の開始から小太鼓が一定のリズムを最後まで叩き、
メロディーは終始変わらないものの、ソロ楽器を変えることで曲に変化を付けて
延々15分程度繰り返していくという曲です。
(ラスト3分前あたりから小太鼓がもう一台追加され、二台で叩き、
 ラスト1分前辺りでティンパニーが変調した所から、メロディーラインに初めて変化を
 つけるという構成も面白いです)

「交響的音頭」はボレロと同じように終始打楽器が一定のリズムを叩き、
(ボレロのように小太鼓だけというのではなくて、ティンパニー・小太鼓・大太鼓・シンバルの
 打楽器セクションという事がボレロとの大きな相違点かな・・・)
そのリズムに乗っかる形で
様々な管楽器の組合せが、大体同じような素朴なメロディーを延々と8分近くつないでいくという
感じです。
だけど、この曲誰もが感じると思うのですけど
一言で言うと、「非常に泥臭い曲!!」です。
悪く言うと、「何の突っ込みもボケもなく、淡々と鄙びた旋律を打楽器の一定のリズムに乗っけた
何のオチもない曲」とも言えます。
だけど、この鄙びた感覚、素朴な村祭りの行列みたいな感覚は、
正直西洋の方の感覚では理解しにくいものがあるかもしれません。
何か日本人だから「何となく理解できる・・・」みたいな感覚の曲なのかも
しれません。

ラヴェルの「ボレロ」にヒントを得た曲として
ショスタコーヴイッチの交響曲第7番「レニングラード」第一楽章があけられますけど、
確かにこの曲は、小太鼓の一定のリズムの上に乗っかって
フルート・クラリネット・オーボエ・ファゴット・弦楽などの楽器がソロとして曲想を
展開していきます。
だけどショスタコの場合、確かにリズムは一定なのだけど、リズムセクション・メロディーラインは
手を変え品を変えという風に色々と変化を付けていて、それが非常に目まぐるしい印象を
与えます。
一方「交響的音頭」の場合、そうした「変化」の要素はほぼ皆無・・・
ひたすら素朴に執拗に同じようなメロディーを延々と語り継いでいきます。
この曲のリズムの要であるチューバの「ボン・ボン」という素朴な後打ちも
そうした印象を一層引き立てます。

全体的にすごーーーい単調な曲でモノトーンな感覚なのだけど
一度耳に入るとストーンと脳みそにしみこむという感じの曲でも
あります。

いや、こんな素朴過ぎる曲は今では奏者にも嫌がれるかもしれませんよね。

吹奏楽コンクールでは、全国大会で演奏されたのは
1984年の金津中学校の一団体のみ・・・
だけど、この演奏、
「単調な曲を何の工夫もなく吹いてしまうと、ホントにつまらなくなってしまう」を見事に
証明した「残念な演奏」になっています・・・
金津中は、他の兼田敏の作品(パッサカリア・序曲)とかチャンスの「朝鮮民謡の主題による変奏曲」は
いい感じの演奏なのに、
やはり単調過ぎたのが敗因かな・・・??
テレビ東京の「孤独のグルメ」で主人公の五郎さんが仕事中に
和菓子屋とか煎餅屋さんなどに立ち寄るシーンがよくありますけど、
自分自身も仕事中に、ふらーっと街中でついつい見かけたおもちゃ屋・リサイクルショップに
立ち寄る事もあります。
本日も何かそんな感じでした。
午前中に結構いい具合に仕事がうまくいき、
移動中に、東浦和で見かけた「トレジャーファクトリー」というリサイクル店に
何気なく入ってみると、
プリキュア5の「キュアドリーム」を発見!!
しかも300円!!
今回発見したのは、「yes! プリキュア5」の無印版の方のデザインのコスチュームでして、
大抵プリキュア5のフィギュアって無印版の次の「GoGo!」版の方のデザインが多いだけに
この無印版のキュアドールは結構貴重だと思います。
自分自身も、このキュアドールは持っていませんでした。
それだけに何か得をした気分になってしまいました・・・
(ホント、いい年こいて何しているのでしようね・・・)



無印版のキュアドリームの特徴は、へそだしである事です。
確かに単純に比較すると、GoGo版みたいな燕尾服を何となく連想させるコスチュームの方が
断然見栄えがしますし、格好いいと思うのですが、
のぞみ=キュアドリームに関していうと、
へそだしデザインの方が何かのぞみらしい感じがするのです。

へそだしのコスチュームのプリキュアって他にも

〇キュアブラック【無印】

〇キュアベリー

〇キュアサンシャイン

〇ミルキーローズ

〇キュアメロディ

といったメンバーがいるのですけど、
数としてはドリームを含めると6/33ですから、少数派という感じですよね。
現役の「ドキドキ」に至っては、へそだしキャラは一人もいませんしね。
だけど「ドキドキ」のメンバーは全員聡明だし、知的キャラの娘が多いから
こうしたへそだしが似合いそうなのは、強いて言うとマナくらいなのかな・・・??

うーーーん、でも改めてこのキュアドリームを見てみると
やはり可愛い・・・
自分の中では、ドリームはハッピーと並んで
プリキュア界の二大ヒロインという感じかな・・・
ここ数年、吹奏楽コンクールの全国大会は普門館で開催されていませんが、
かつて「普門館=野球部で言う所の甲子園」みたいなイメージがある自分としては
少し寂しい感じがします。
確か耐震設計上の問題でしたよね・・・
だけど5000人も収容できるホールって結構少ないし、何とか普門館の復活を期待したいところです。
でも改めて振り返ると、普門館は広いホールですし、
早朝のプログラム一番の演奏は、まだ空気が温まっていない感じがするのですよね。
プログラム一番の演奏は、特に中学の部において銅賞を受賞する傾向が昔から強いのは、
勿論奏者の緊張もあるでしょうし、頭が完全に覚醒していないということもあるでしようが、
一番の要因は、
広いホールの空気が温まっていない状態で演奏を開始になっても
響いてくる音が
「あれ、何か全然会場に響かない・・・」
「あれ、いつもと感じが全然違う」
という不安の連鎖反応ではないのかなーと感じることがあります。

例えば良い例が
1991年~1992年に中国代表で演奏した宇品中学校をあげても良いと
思います。
このチームは、1991年以前も何回か全国に出場し素晴らしい演奏を披露していますが、
1991年は不幸な事にプログラム一番・・・
この時演奏した曲は、組曲「サルタン皇帝の物語」でしたが
1986年に「三つの夜想曲」で歴史的名演を残したチームとは思えないほど
サウンドがぼやけきった、技術的に不安定な演奏を展開しています。
だけど翌年の92年は、出演順が後半になったせいか、
普段通りの実力を発揮し、素晴らしい「シェエラザード」を聴かせてくれました。

プログラム一番の不利さの問題はずっと以前から議論されていますけど、
これはプログラム一番の特例として、
プログラム一番のチームだけは、緞帳がおりて演奏開始の三分間は
舞台上でのチューニングと音だしOKみたいな事を
認めた方が何か公平なような気もします・・・


〇柳町中学校

 C/バレエ音楽「ガイーヌ」より

 積極果敢な攻める演奏です。
 攻める姿勢が強すぎる故に音が割れ気味というか、荒いのが同時に欠点でも
 あるのかな・・・
 このチームは、1982年~1992年の10年間で三人指揮者の先生が変わり、
 一般的には、ジュニアバンドの場合、指揮者が異動すると翌年以降は
 成績不振になるというパターンがあるにも関わらず、
 内田氏~小池氏~石川氏と三代に渡って、この学校を全国に引き連れた事は本当に大変な
 事だと思いますし、敬意を表したいと思います。
 このチームのガイーヌは、林紀人氏の1990年版を使用していますが、
 剣の舞から収穫祭あたりの音楽のクライマックスの作り方、盛り上げ方が本当に
 見事です。
 奏者もたまに音を割ったり外していますが、
 剣の舞の激しさから何かのんびりした雰囲気の収穫祭の場面の変化が実に巧みに
 表現されています。
 静かな部分がほぼ皆無でしたけど、そのあたりはもう少し工夫の余地があったかも・・・
 奏者と指揮者が全員同じ方向性をもって音楽づくりに取り組んでいるという雰囲気が
 極めて濃厚でした。
 実に惜しい銀賞・・・

〇高塔中学校

 B/神話

 今大会では珍しい課題曲B
 私、この課題曲大好きなだけに、この曲が本大会で人気がなかったのは
 少々残念な感じです。
 このチームの課題曲B「フューチユリズム」は、一言で言うと
 伸び伸びとした演奏で、自然と耳に入ってくる感じです。
 後の出演順で課題曲Bを取り上げた上京中が、練に練った感じなのとは極めて
 対照的な演奏です。
 自由曲は、特に可もなく不可もない普通の演奏でした・・・
 だけどいつ聴いてもこの曲の神々の乱痴気ぶりを表現した変拍子の踊りの部分は
 扱いがやっかいですよね・・・
 中々変拍子を変拍子として感じさせない肩の力が抜けた演奏は難しいものです。
 何かそんな事を改めて感じさせる演奏でした。
最近の吹奏楽コンクールでは、ローマの祭りとかダフニスとクロエとかサロメとかスペイン狂詩曲とか
オケでやっても表現が難しい曲を
普通にさり気なく中高校生が演奏しているのを聴くと
「時代も変わったし、進歩したもんだな・・・」と痛感する事があります。
ホント、今の生徒さん達の音楽的センスや技術力の向上には脱帽するばかりです・・・
自分なんかが高校生くらいの時は、
リードの「春の猟犬」やバーンズのアルヴァマー序曲みたいな曲ですら
「うーーん、難しい・・・」と頭を抱えていましたから、
今の現役の奏者から見てみると
「ふふん」と鼻で笑われそうですね・・・

日本で吹奏楽コンクールが戦後復活したのは昭和31年の話ですが、
その時に、中学の部第一位の蒲郡の自由曲が
ケテルビーの「ペルシャの市場にて」ですからね・・・

そうですね、1960年代から1980年代初め頃までは
オケのアレンジ曲でも
どういう曲が吹奏楽にアレンジしてもうまくいくか
こんな曲はうまいアレンジがあったとしてもうまくいかないという
さじ加減というか実例集というか、経験値が乏しかったためか
コンクールの自由曲でも
今では考えられないような曲が出てくることもあります。

例えば・・・

〇ベートーヴェン/交響曲第五番「運命」

〇ベートーヴェン/エグモント序曲

〇ウェーバー/歌劇「オペロン」序曲

〇ヘンデル/オルガン協奏曲

〇ハイドン/交響曲第100番「軍隊」

などのようなクラシックの通俗名曲を「何とかなるだろう」みたいな発想で
吹奏楽にアレンジして墓穴を掘るケースが続出していたようにも
思えます。
でも21世紀に入っても
例えば岡山学芸館高校がブラームスの交響曲第一番を自由曲としてコンクールに臨み
玉砕した愉快な(?)ケースもあったりしますからね・・・

そんな中、面白いのは秋田県・花輪高校です。

このチーム、1960年代から全国に出ている東北の名門チームですが、

1973年には、一般的には第四楽章が好んで演奏される
リムスキー=コルサコフの「シェエラザード」の中から、第二楽章「カレンダー王子の物語」を
選んだり、
翌年には、一般的にはババ・ヤーガの小屋・キエフの大門が好んで演奏される
「展覧会の絵」から、プロムナード~古城をメインに前半部分のみだけを演奏した事例で
分かる通り、相当こだわりの「通的要素」を持った選曲をしています。

例えば、1975年は、
オケでも滅多に演奏されないチャイコフスキーの交響曲第一番「冬の日の幻想」という
実にマイナーで渋い曲を、しかも派手さが皆無の渋すぎる第一楽章を自由曲として演奏していますし、
(せめて、金管楽器・大太鼓・シンバルが登場し結構盛り上がる第四楽章をあえて選曲しない
 というのがいかにも花輪らしい・・・)

※ちなみにチャイコの交響曲第一番第四楽章は、コンクールでは
 せいぜい東北大会で1983年に石巻中が演奏したくらいしか知らないなー・・・

1977年は、シベリウスの大変な名作交響曲の第二番を第一楽章を取り上げています。
シベリウスの二番は第四楽章が大変名高く知名度もあり、壮大なメロディーを奏でますが
花輪は、やはり地味な第一楽章を取り上げています・・・
うーーん、実に渋い、何だこの渋すぎる選曲は・・・!!!
ちなみにシベリウスの二番の第四楽章は、尼崎東高校などたまーに何団体か取り上げたことが
ありますが、現在ではまず演奏されません・・・

花輪高校吹奏楽部の歴史を紐解いでいくと
何かすごく奥深いものを感じます。
しかも上記で紹介した事例は、小林久仁郎先生赴任前の話ですからね・・・
今日の埼玉は涼しかったですねー。
最近集中豪雨はあるわ、雷はすごく響くし、天候は不順だし、その割に蒸し暑いし
天気に振り回されていましたが、
やっと本日は曇りながらも一日雨が降らずに
涼しい中、集中して仕事に取り組めたかなと自画自賛している感じです・・・

それはいいとして、
朝、はっと気が付いたのですけど、
ミンミンゼミの声が途切れている・・・
自宅から駅に行くまで、URの高層集合団地を通り抜けた方がはるかに近道のため
URを突っ切る事が多いのですけど、
そこの公開空地に高い樹木がずらーと並んでいて、夏場はここにミンミンゼミが押し寄せ
朝から晩までミンミン鳴いているのですけど、
今日はこの鳴き声が止まっていました・・
同時に帰宅時には、ツクツクホーシが鳴いていましたし、
仕事中、車の中から赤とんぼが飛んでいるのを何回か目撃しました。

「暑い、暑い」言っているうちに
季節はいつの間にか既に秋に入っているのかもしれませんよね。
記憶では、昨年は9月の20日前後までは残暑が結構厳しかったけど
9/25あたりから急に冷え込み始め
そして10月に入ると間もなく寒くなっていき、
結果的に長い夏が終わり、同時に冬が到来し、秋がほとんどありませんでした。

今年はどうなるのでしょうかね・・・

パターンとしては昨年と似ている感じがしますけどね。
以前少し触れたことがありますけど
現在テレビ東京にて日曜25:35から再放送されている「絶対防衛レヴィアタン」が
結構好きです。
再放送ですので、既にストーリーや感動的な最終回は既に分かってはいるものの
何かしても素朴なもの、分かり易さ・明快さがあるので
再放送も毎回とても楽しみにしています。





こうした魔法少女系は、個人的にはあまり毒的要素は持って欲しくないようにも感じます。
だからこそ、「レヴィアタン」は、複雑なストーリー・複雑な人間関係の交錯・
「実は主人公にはこんな秘密があったのだ・・」みたいな大どんでん返しはありませんし
魔法少女系のバトルにありがちな派手な戦闘シーンはほぼ皆無です。
実に素朴な構成ですので
かえってしっくりくるのかもしれません。
絵柄がほのぼの系で実に可愛いのです。
設定上、主人公の水使い・レヴィアタンは、「笑顔を忘れた」・「滅多に笑わないけど
心の中で爆笑している事もある」という事らしいのですけど
アニメの中では、頻繁に仲間と笑っていますし、その笑顔が実に魅力的でいいと思います。
バハムートの「ぼくっ娘」要素も、ヨルムンガンドの牛丼好き怪力も
何か楽しくていいですね。

こうした魔法少女系に付き物なのは
パートナーの妖精ですけど、
「レヴィアタン」のシロップにせよ、
例えば「プリキュア5」のココにしても
純粋に「自分たちの国を守ろう、復活させたい」という気持ちから
魔法少女として言わば「スカウト」(?)したみたいな要素もあるのですけど
例えば「まどか・マギカ」の場合、
プリキュア5で「ココ」に相当するのが「きゅうべえ」なのですが、
きゅうべえの場合、純粋な要素は皆無で
相当邪悪な要素を秘めていて、なぜまぎか・さやか達を魔法少女として仕立て上げようとしたかと言うと
そこには恐るべき計画があった・・・という感じでした・・・
正直、「まどか マギカ」を初めて見た時、その表面的な絵柄の可愛さ・ほのぼのさとは対照的に
その残酷な悲劇さに
何か言葉を失ってしまい、
世間の評価とは別に、何かこの作品は苦手な部類です・・・

その点、プリキュアシリーズは、そうした残酷性がないから
安心して見ていられます。
私、個人的には「安心して見られるもの」の方が好きなのかもしれません。
映画「プリキュアオールスター NS1」は、
「何か守りたいものがあるならば、女の子は誰でもプリキュアになれる」という事をテーマに
したものですが、
現実世界では、この「プリキュア」を「強い意志・新年を持ち、それが揺るがない子」という言葉に
置き換えてもいいのかもしれませんよね。

だけど、そうなると、プリキュア5で、
当初、妖精の蝶からプリキュアとして覚醒する事を拒否されたかれんさんの
立場はどうなってしまうのかな・・・??

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