プロフィール

ぬくぬく先生 

Author:ぬくぬく先生 
開設当時は、1980年代吹奏楽コンクールの花輪・秋田南・就実・仁賀保・屋代等の素晴らしい演奏を後世に少しでも伝える事が出来ればいいなと思ってこのブログを始めたのですけど、いつのまにか「プリキュア」がメインになってしまいました・・・
最近は「東方Project」も大好きです!!
吹奏楽もプリキュアも何か自分が感じた事を少しでも後世の方に受け継がれるべきものが残せればいいかな・・と思っています。
ちなみに、「大好きプリキュア四天王」は、ドリーム・メロディ・ハッピー・ラブリーです。
ドリームとメロディは自分の中では既に殿堂入り状態ですけど、
現在は・・・・ラブリー大好き!!のラブリー一辺倒です!!
リアル社会では、建築関係のクレーム&アフター責任者を専従し、毎日毎日クレーム対応に当たる日々です・・・
裏の顔は・・・プリキュアと吹奏楽とクラシック音楽一辺倒です・・・
特に特に大好きな作品は・・・プリキュア5とスイートとハピネスチャージです!!
ちなみに、奥様は・・・ミルキィローズとセーラームーン好きの管理人以上のおこちゃまです・・・
東方で大好きなキャラは・・・とにかく大好きキャラがてんこ盛りで、全員大好き!という感じなのですけど、特に特に・・・さとり様・ゆかりん(紫様)・早苗さんはお気に入りです!!
吹奏楽では・・ネリベルの「二つの交響的断章」と「アンティフォナーレ」、スパークの「ドラゴンの年」、リードの「オセロ」と第二組曲「ラティーノ・メキシカーナ」、パーシケッティーの「仮面舞踏会」、C・スミスの「ダンス・フォラトゥーラ」などが死ぬほど好きで、クラシック音楽では、ウォルトンの交響曲第1番と矢代秋雄の交響曲、プロコフィエフの交響曲第5番、アーノルドの交響曲第2番、第4番、ショスタコの交響曲第7番「レニングラード」、マーラーの交響曲第3番「夏の朝の夢」、ハンソンの交響曲第2番「ロマンティック」、ストラヴィンスキーの「火の鳥」、ベルクの「ヴァイオリン協奏曲」、ラフマニノフの「交響的舞曲」などが大好きです!!
クラシック音楽を吹奏楽にアレンジし、そのコンクールヴァージョンの演奏としては・・・
1982年の就実高校の「幻想舞曲集」と
1987年の習志野高校の「ダフニスとクロエ」第二組曲の演奏、そして、
1987年の雄新中の「エルザの大聖堂への厳かな行列」が
まさに私の「原点」です。
最後に・・・
私の吹奏楽との関わりの真の意味での「原点」は・・・
1979年の市立川口高校の神がかり名演としか言いようがない
「二つの交響的断章」に尽きると思います!!


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1975年と言うと、私はまだ小学生で、当時は吹奏楽とは全然関わりはありません。
だからこの年の課題曲を吹いた事は一度もありませんけど、
幾つかは是非一度生で聴いてみたいものもあります。

1975年の課題曲は計4曲ありますけど、
現在のように4~5曲全てが全部門共通という訳ではなく、
AとBが中学の部、CとDがそれ以外の部門という感じなのです。
当時は「中学の部が一番上手く、それ以外は年齢が上に行くほどレベルが下がる」と
いう風潮があり(現在では考えられないですよね・・・)
中学の部が一番優遇されていたのが、この課題曲の配分にも象徴されていますよね。
遠い昔ですが、確か1989年の板橋区吹奏楽団の定期演奏会で、
1975年の課題曲B/ポップスオーヴァーチュア「未来への展開」が演奏され、
まさか当時の課題曲を生で聴く機会があるとは思わなかったので、
大変嬉しく思ったことがあります。

さて、この年の課題曲C「吹奏楽のための練習曲」は、短く非常にシンプルな構成で、
メロディーラインも単調で変化があまりない曲なのですけど、
そのシンプルさが個人的には気に入っていて、好きな課題曲の一つです。
確か、この年の高校の部は、全ての出場団体が課題曲Cを選んでいたと
思います。
この年の課題曲Dは、前年の「高度な技術への指標」という不滅の名課題曲と同じ
作曲家にも関わらず、不出来な作品で、事実他の部でもこの課題曲の人気は
今一つだったようにも思えます。
吹奏楽のための練習曲は、繰り返しが多い曲でもあるので、確かに
「練習」という意味ではピッタリの曲だと思います。
技術的にそれ程難しい個所も少なく、
指揮者も演奏者も比較的やり易い曲だと思います。

この曲は、カスタムテープを聴く限り、極端に下手なチームはないようにも
思えます。それだけ技術的にも表現的にも難しくくはない事の一つの証なのかも
しれません。
その中で、秋田南・花輪・留萌の演奏は、結構印象に残っています。
特に秋田南の「カラッ」とした明るい響きは、後年の秋田南の邦人作品シリーズの音色とは
明らかに異なるもので、秋田南の別の側面も見れて興味があります。

作曲者の小林氏は、1988年にも課題曲B「交響的舞曲」がコンクール課題曲として
演奏されていますが、こちらの出来は正直「今一つ」という感想です。
バンドジャーナル1981年12月号を見てみると、「練習中おじゃまします」のコーナーで
小田原吹奏楽団が登場していますが、このチームの中にトランペット奏者として
小林氏が在籍していたのが分ります。
このチームの指揮者は、この前後に確かNECを指揮していた金井氏ですので、
このように全日本吹奏楽コンクールに参加しない一般吹奏楽団の中にも
こうした面白いチームがあったものですね。
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以前ラヴェルの「ピアノ協奏曲」の第一楽章冒頭の「ムチ」について書きましたが、
ラヴェルのこのピアノ協奏曲と左手のためのピアノ協奏曲は、ほぼ同時期に書かれていたのですね。
実は最近まで気が付きませんでした・・・お恥ずかしい・・
という事は、ラヴェルにとってもこの二つのピアノ協奏曲は、割と晩年の作品の部類に
入るのですね。

ピアノ協奏曲はいかにもラヴェルらしい作品だと思います。
茶目っ気に洒落っ気、抒情性に美しいコールアングレの長いソロ、遊び心、
どちらかというと明るい感じの作風だと思います。
それと、この曲を生で聴くと分るのですが、オケの編成はかなり小規模です。

一方「左手のためのピアノ協奏曲」は、どちらかというと「暗い感じ」というか「暗雲」みたいな
ものも感じます。
オケの編成もかなり大規模て、ピアノ協奏曲とは対照的な感じもします。
全般的に、ジャズ的なリズムの面白さも感じますし、打楽器の扱いもかなり自由なものを
感じます。
個人的な感想なのですが、
舞踏詩「ラ・ヴァルス」の世界に似ているものを感じます。
ラ・ヴァルスも一見華やかにも感じる反面、相当「根暗」的要素も感じられます。
ラストの転落するように終わる感覚は、この世の「明」を全て剥がし取って地獄に
真っ逆さまに落ちていくという感覚に近いものがあるのですが、
まさしく「左手」もそうした世界に近いものがあるようにも思えます。
出だしのドロドロした感じは、ラ・ヴァルスの出だしの感覚にも何となく似ているようにも
思えますしね・・

この曲を最初に聴いたのは、確か1986年頃の東京交響楽団だったかな・・・
東京文化会館での定期でした。指揮者は記憶にないのですが、ソリストは花房晴美さんでした。
最初はやはり驚きましたね・・・
CDで聴くと、とても腕一本で弾いているようには思えなかったのですが、
本当に左手一本で奏でていましたから・・・
花房さんも右手は終始椅子を握っているようにも見えました。
この曲を生で聴いた最初の印象は、
「うーーん、なんて暗い曲・・・最後はカタストロフィーみたい」と
思ったものでした。
この曲はソリストによっても表現方法は色々あるみたいで、
小山実稚恵さんが弾くと、割と「カラっ」としている明るい色彩なのだけど、
館野泉さんが弾くとやはりどす暗いものになってしまうのですよね・・

この曲は、第一次世界大戦で右手を失ったピアニストが委嘱して作られた作品なのですが、
委嘱者本人は、「私には一つの音符も理解できません」と演奏拒否をしているのは
自信がなかったせいなのでしょうかね?
同じような「左手のためのピアノ協奏曲」の作曲者として他にも
プロコフィエフ・ブリテン・シュトラウスがいるみたいだけど、こちらは全然知名度は
ないですよね。

実は、この左手のためのピアノ協奏曲を吹奏楽用にアレンジして全日本吹奏楽コンクールの
全国大会に出場したチーム(川越奏和)があります。
だけど、さすがにこれは少々無理があり、聴いていて少々「痛い」感じもしました。
そう言えば以前、ガーシュインの「ラプソディー・イン・ブルー」を吹奏楽にアレンジして
全国大会に出たチームもありましたが(NTT中国)
あれって、ピアノが全然目立たないし、ソロとしても使用していないから
興味半減という感じでしたね・・

「左手」は、ラスト近くでピアノだけのソロが延々と続くのですが、あれって下手な奏者が
やると音楽がだるんでしまうから、結構その表現方法は
難しいのかもしれません。
その意味では、館野さんの演奏はこの部分が極めて聴かせるものがあり、
退屈な感じはしなかったのが良いと思います。

パンチネルロ

リードの序曲「パンチネルロ」は、底抜けに明るく健康的な作品ですよね。
構成もA-B-Aと非常にシンプルですし、何よりも中間部が結構ロマンティックな響きが
感じられます。
この中間部が中々しっとりくるのがいい所ですよね。
出だしも結構インパクトのある強烈な出だしなのですが、これがコンクールの自由曲になると
Aの部分がかなりカットされる事も多く、ガッカリする事も多々あります。

この曲、自分が高校生辺りまでは、序曲「パンチネルロ」と表記されていたのですが、
何かいつの間にか序曲「パンチネロ」に変化していました・・
なぜなんでしょうかね・・・??
昔、ソニーから「リード作品集」というレコードが発売されていて、このレコードの中には、
第一組曲、アレルヤ!・ラウダムス・テ、イン・メモリアム、音楽祭のプレリュード・パンチネルロ、
ジュビラント序曲などというリードにしては比較的マイナーな曲が収録されていて
昔はよく聴いていたものでした。
このレコードの場合、パンチネルロは、
「ロマンティックな喜劇のための序曲」という副題が付けられていました。

自分が高校生辺りの時は、この曲はよく自由曲として聴く機会がありましたが、
やはりこの曲は最近ではあまり耳にする機会もなくなりましたね。
だけど、この曲は、分り易いし明るく爽やかだし、
出来ればもう少し演奏されればいいのにと思う時もあります。

この曲が最後に全国大会で演奏されたのは、
1991年の徳山大学なのかな・・・?
でもこの徳山大学って、1983年に最初に仙台で開催された全国大会に初出場を成し遂げていますが
この時は、ウィリアムズの交響的舞曲第3番「フィエスタ」を相当ひどい演奏を
展開してくれました・・・
だけど、1991年~93年の全国大会3年連続出場時は、メンバーが25~30名程度の少数人数ながら
かなり素晴らしい演奏をしてくれ、
91年の「パンチネルロ」も確か4人のクラリネット奏者が極めて優秀だったせいもありますが
銅賞にするにはかなり惜しまれるほどの名演を聴かせてくれています。
93年のパーシケッティーの「ディヴェルティメント」も91年に比べて遜色ない演奏でしたが、
少々金管が強すぎバランスが悪かったのが残念な所です。

コンクールの場合、パンチネルロの圧倒的名演といえば
やはり1978年の瑞穂青少年吹奏楽団の演奏なのかな・・・
これは、とてもアマチュアとは思えない演奏ですし、
爆発力もあるし洗練されているし、スピード感も透明感も申し分なしという素晴らしい名演
だと思います。
瑞穂も、ジュビラント序曲⇒交響的舞曲第3番「フィエスタ」⇒パンチネルロと3年連続金賞を
この1978年に成し遂げ、このまま「5年連続金賞⇒特別演奏」というパターンかと思われたのですが、
なぜか79年はコンクール不出場、そして80年はまさかの都大会銅賞
81年は都大会銀賞で、82年以降は、都大会からも遠ざかるほどの低迷期に入ってしまいます。
だから結果的に78年の演奏が、「全国大会お別れコンサート」になってしまったかのような
感じです。
瑞穂って、74年の「シンフォニアノビリッシマ」なんか今聴くと、相当程度凄まじいほどに
荒っぽい演奏をしていて、この74年とか77年もオーボエがホントひどい演奏をしているのですが、
それでも現代のコンクールでは絶対に感じられない「素朴さ・自然なドライブ・生き生きさ・
躍動感・自然な明るさ・手作り感」が感じられて
素敵です。

「ドキドキプリキュア」の食玩フィギュアがようやく発売されましたので、
本日Getしてきました。
取り急ぎ、ハート・ソード・ダイヤモンドを購入し、ロゼッタは来週以降ですね。



それにしても、2月に発売されたチェーン型ミニフィギュアの出来があまり芳しくなかっただけに
少し心配していたのですが、こちらの出来は中々のもので、
特にソードの完成度は非常に高いと感じました。

プリキュア食玩の場合、昨年の「スマイル」が典型例なのですが、黄金比率があるとの
事です。
つまり、ピンクと黄色が3割ずつ、ブルーが2割、赤と緑が1割というのが
売れ筋という事らしいです。
今年はどうでしょうかね・・・??
何となく、黄色よりは紫の方か゛今年は人気があるかも・・・

最近感じる事は、変身前一番可愛いのは六花さんだと思うのですが、
変身後は、ソードなのかなーとも思うようになりました。
どうしても紫系プリキュアは、ミルキーローズと言い、ムーンライトと言い、
強いのだけど、どこか素直じゃない偏屈プリキュアというイメージがあるのですが、
当初のソードの言動からは大体同じような傾向があったものの
最近のソードのツンデレキャラ、本当は根は可愛く素直なソードの本音を見ていると、
何だかソードが一番可愛く思えます。
というか、ドキドキは全員可愛いし魅力的だし、何よりも聡明な所が前作との違いですかね。

可愛いと言えば、アイちゃんも可愛いけど、最終回辺りまでどの程度成長していくのかな・・・
シフォンも後半は簡単な会話程度は出来るようになるほど成長しましたけど、
ドキドキの場合どうなるのかな・・??
だけど、アイちゃんの場合、どーーも、最終的にはアン王女に変容しそうな予感がして
一体どうなってしまうのでしょうかね。
「プリキュアオールスター」の映画が上演されている頃って、毎年歴代プリキュア達の
シールがガチャガチャで登場し、毎年楽しみにしていたのですが、
今年は随分と遅いなーと感じていたところ、
やっと偶然仕事中にトイレで立ち寄ったマミーマートのガチャガチャコーナーで発見し
ゲットしました。





昨年、一昨年は「ピンクチーム」・「イエローチーム」・「ブルーチーム」というように
カラー毎に三種類出ていたのですが、
今年は特にカラー別という事もなく、
手帳風・オールスターセット・教科書セット・招待状セットとほぼ全員が公平に登場しているのは
何かすごいと思いました。

色々突っ込み所はあるけど、

〇やっぱり「のぞみ」が一番大好き!!

〇れいかさん・かれんさん・いつき・マナと歴代生徒会長4人が一堂に揃っているシールが
 あるのは、今まであるようでいて無かったものなので、結構貴重かも・・・

〇ミューズとムーンライトの二人だけのシールがあるけど、見方によっては親子みたい・・・??

〇パッションとビートの二人だけシールもあるけど、これは「組織からの裏切り」シリーズ??

〇「オールスターセット」は、全員横顔なのに、唯一「マリン」だけ正面を向いているのは
 ホント、いかにもマリンらしい・・・
 この話は、最近発売された「スマイルプリキュア・コンプレートファンブック」にも
 出ていましたね。
 歴代プリキュアの集合写真を撮影する際、カメラマンから「全員横向き」と言われていたるのに
 マリンだけ思わずカメラ目線で正面を向いてしまった・・・

〇ソードとレモネードの二人だけシールは、これは「歴代アイドル」シリーズなのかな・・?

〇歴代の中では、「ハッピー」がやはり一番可愛いかも・・・

もしも、歴代プリキュア達が「武闘トーナメント」を開催したら、
最終的にベスト4に残るのは、ムーンライト・ミルキーローズ・ブラック・ピーチあたりなのかも
しれませんよね。
一方、歴代シリーズのチーム戦を開催したら、
最終的には、「プリキュア5GoGO」vs「ハートキャッチ」の対決になりそうな予感がします。
プリキュア5の抜群のチーム力+ドリームのカリスマ的統率力+ミルキーローズの個人力
ハートキャッチのムーンライトの突出した強さ+サンシャインの防御力
うーーん、どちらも強そう・・・

だけどチーム戦になると一番弱そうなのは、「スマイル」なのかな・・・??

だけど分らないな・・・
だって恐らく一年後には、ソードやハートは今よりは相当強くなっているでしょうしね・・・

ちなみに、チーム戦の場合、SSは人数の点で一番不利なので、この場合満と薫の参戦可と
します・・・
だけど、SSも地味ながら結構強そう・・・

個人戦の最弱決定戦は、
シャイニールミナスvsキュアピースあたりなのかも・・・??
埼玉県川口市に住み、勤務先がさいたま市浦和区の与野ですのでも大宮方面へは
よく行きます。
だけど仕事で通過するだけで、そんなにまじまじと街を見る機会はあまりなかったのですが、
改めてよく観察してみると、自分がわずか一年間だけではありますが
住んでいた約30年前と比べると随分と変化はあったような気がします。

前回、つい最近まで通っていた南浦和のスーパー銭湯「みなとの湯」が閉鎖され、
現在解体中で今後マンションが建設予定と記しましたが、
学生時代に大宮で映画を見るというと「ハタプラザ」というイメージがあったのですが、
いつの間にかハタプラザ自体が取り壊され、巨大な分譲マンションに生まれ変わっていたのですね。
ついでに書くと、ハタプラザのすぐ近くに塩ラーメンと餃子が美味しい中華料理屋があったのですが、
ここもいつの間にかなくなっていました。
やはり時代共に街並みも変化しますし、
当時気に入っていた施設もなくなったりするものですよね。
寂しいけどこれは仕方がない事・・・
その分、古い何かが失われると、必ず新しい何かが誕生するのは
時代の常というやつです。

映画館だって、さいたま新都心のコクーン内にも随分と立派なものが出来ましたし、
川口市の旧サッポロビール跡地にも「イトーヨーカドー」系の大型ショッピングセンターが
何年か前に完成し、ここにも随分とおしゃれな映画館も出来ました。

最近の映画館って、昔のイメージと全然違っておしゃれですし、
中もホント綺麗ですし、何よりもゆったりと座れるのが非常に良いと思います。

大宮っていうと、むかーーーしは、中央デパート近辺にピンク映画館があったりして
何か当時は、赤面する思いで中に入った事もあります・・・
(内容は全然大したことないのですけどね・・・)
そうそう、「中央デパート」って確かに建物自体は今でも存続しているのですが、
テナントは随分と入れ替わり、相当閑古鳥が鳴いていますね・・・
自分が今から約30年ほど前に、大学進学の為、ここ大宮に住んでいた頃は、
そごうもダイエーもビックカメラも何もなく、
(現在と違い西口はホント、何も無かった・・・)
家電製品がある程度取り揃えられて、価格が手頃と言うと、中央デパートくらいしかなく
その時代を振り返ると、何だか随分とさびれたもので
さすがに少々残念に思います。
地下一階は、確かピーコックというスーパーも当時はあったけど、それも今では撤退した
みたいですよね・・・

ソニックシティーとかそごう・ビックカメラが西口に出来てからは、大宮と言うと西口が
華やいでいるイメージがありますが、
東口にだって、高島屋とかロフトもあるしと思っていたら、
何かロフトも無くなってしまうという情報もあります。
(未確認ですけど・・)

あーあ、やっぱりでもそれは寂しい!!
最近は昨年に比べると景気の良し話がポンポン聞こえてきますね。
株とか高級マンションの販売好調とか金の高騰とか・・・
だけどこれはあくまで一時的な現象で同時にその恩恵を受けるのは、ほんの一部の富裕層と
大企業に勤める人達のみ・・・
しかも、こうした見せかけの好景気らしきものは、あくまで「財政出動」という名の下の
「借金」で賄われているものに過ぎません。
この借金は、いずれ膨大な累積財政赤字として、私達の生活に、そして何よりも未来の日本の
子孫たちにツケを廻しているにすぎないのです。
確かに現政権は、前政権のあまりの体たらく・日本経済の地位低下の少しでも地位奪還を
図るためには、やむを得ない政策だと思います。
だけど、問題は一時的に好景気を人工的に作り出した後の展開なのです。

それを今後どうすべきなのか、日本という国を今後どのような方向に導いていくべきなのか
そろそろこちらの議論を深めていく必要に
あると思われます。

その大前提として、今後日本には、戦後間もないころのような「高度成長期」はもう訪れない
という事を全員が認識する必要があると思います。
しかも日本は、今後人口減少⇒高齢化社会⇒現役世代の減少⇒世代間格差の拡大と
親からの資産を元々有する「富めるもの」と親からの資産が期待できない「貧しいもの」の
極端な二極分化という事は間違いなく予想され、
いつまでも数少ない富裕層と高齢世帯にだけ「購入」を期待しての景気拡大策という事は
出来ないのだと思います。
そろそろ、「豊かさ」という事よりも
「負担」をどうやって公平に担当してもらうのか
どうすれば「公平」な配分が出来るのかに
シフトした政策を国家全体で考えるべき時なのだと思います。

日本はもはや「成長国」ではない。

同時に日本は「成熟国」の領域に入っている。

それは企業も地域社会も国家も大体同じ事。

数少ない「収入」をいかに公平に配分するのか
富める者たちからいかに不公平感を少なくして、貧しいものへと分配し、
それが結果的に「働いても怠けても収入は同じ」という社会の不公平感と閉塞感を
起こさせないようにすべきなのか
そして、いかに国家の「支出」を削減し、国家の支出を最低限のものにとどめさせるのか
増税とか行政サービスの削減といった「負担」をいかに国民全員が納得して
受け入れさせるべきものなのか
こうした矛盾に満ちた政策をどう交通整理させるのか

そろそろ真剣に考えるべき時なのだと思います。

そのためにも・・・

1.年金・生活保護・失業保険などのセーフティーネットを完全に一元化させ、
  富裕層を除く国民全体に、一人一律毎月10万円を支給し、最低限の生活を
  保証させ、「最低でも食べてはいける」という安心感を持って貰う

2.富裕層からの課税強化~相続税の大幅見直し
  ⇒基本的に「お金は天下の廻りもの、お金はあの世に持っていけない」事を
   現世で徹底させる

3.消費税は当面維持(10%程度)

4.最低保証金があるが、それ以上の収入に対しては、プラスαとして考え、
 現行よりも大幅に所得税を課税

5.CP社会(チェック&パトロール)

 仕事がない人・一律支給金を貰ってもそれ以上勤労意欲がない人などには、
 地域の「見守り」と「防犯」と「声掛け社会」の観点から
 地域内定期巡回という仕事を請け負ってもらう

6.株式はあくまで「投資」であり、利益確保の為の短期保有・短期売買は厳禁

などを真剣に検討しても良いのではと思います。
CDや生の演奏会で初めて耳にする曲でも、いきなりその曲にはまってしまい大好きに
なる曲も多いと思います。
私の場合、以前書いた事もあるのですが、
「交響曲」のジャンルでは、大好きな曲ベスト3は、

〇矢代秋雄/交響曲

〇ウォルトン/交響曲第一番

〇プロコフィエフ/交響曲第五番

なのですが、これらの曲に共通するのは、1982年の全日本吹奏楽コンクール東北大会で
初めて吹奏楽アレンジ版として聴いて、興味を持ち始め
その後原曲と言うかオケの演奏を何回か聴いて、その魅力にとりつかれたという感じなのです。

だけど中には、コンサートやCDを聴いて、最初からその曲の持つ魔力と言うか魅力に
とりつかれて一発で好きになるという曲も結構あります。
その典型例が

〇ブラームス/交響曲第一番

〇ベートーヴェン/交響曲第七番

〇マーラー/交響曲第一番「巨人」

〇ドビュッシー/海

あたりだと思いますが、更にその中でも極み付けが
ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」だと思います。

この曲を最初にCDで聴いたのは、ドラティ指揮のものでしたが、
これはホント、最初に聴いた時は「ショック」というか、
「世の中にこんなに斬新な曲があるものだ・・・」と本当に感激したものでした。
このバレエ初演時には、音楽史上最大級とも言える賛否両論の怒号が飛び交う大スキャンダルが
発生したと伝えられますが、
確かに20世紀初頭のバリの人の耳には、これは「衝撃」以外何物でも無かったと
思います。
今現在聴くと、「別に・・」とか「そんなに驚くほどのものでもない」とか色々な意見は
あると思いますし、当時ほどのインパクトはないかもしれませんが、
やはりこれだけ何かを伝える事が出来る曲と言うのは素晴らしいと思います。

実際、ファゴットの最高音域の音で始まる出だしからして「新鮮」ですよね。
この曲は、やはり「リズム感」・「躍動感」・「人間の本能としての生への意識」というものが
嫌でも伝わってきます。
CDで聴いても生で聴いても、その迫力・躍動感にはただただ脱帽するしかないと思います。
生で聴いてみると分るのですが、
この曲はそれ程多種な打楽器を使用している訳ではありません。
ティンバニー・大太鼓・シンバル・ドラ・タンバリン程度です。
管楽器も確かに大規模編成ですが、特に目立つ特殊楽器は使用していません。
それでもあれほどの圧倒的サウンドを出せるのですから、
やはり「管弦楽は究極のシンセサイザー」なのかもしれませんよね。

この曲の生の演奏会で忘れられないのは、
1996年の東京芸術劇場の、テルミカーナフ指揮のレニングラードフィルだったと
思うのですが、そのティンパニー奏者です。
前半の「ダッタン人の踊り」からその凄さは感じていましたが、春の祭典で
叩きつけるのだけど、打点がビシッと決まり、音楽の一つ一つを締めていく感じに
思わず圧倒させられました。
相当のご年配の奏者でしたが、あの上手さはいまだに忘れられません。

確かこの曲、ホルンを8本程度使用していたと思いますが、
特に第一部ラスト近くは、絶対に息が続かないようなフレーズのオンパレードです。
8本も使用しているから、途中で奏者が交代交代で吹いているのかなーとも
思いましたが、N響の演奏を聴いた限りでは、皆ガチンコで吹いていましたので
そうした手抜きはないのですね・・・(笑)

17歳から18歳頃の自分は、この曲を聴くとなぜか知りませんが
「女の子」を想像してしまい、当時は男子高校でしたので、何か妙に「モヤモヤ」するものも
感じていたのも懐かしい思い出ですが、
確かにそうした一面もある曲ですから、それは仕方がなかったのかも・・・
本日久しぶりに近所のスーパー銭湯にでも行って肩こりをほぐそうかと思って出かけたのですが、
何とつぶれていました。
というか現在解体作業の真っ最中でした・・・
いつ閉鎖が決まったのでしょうね・・?
確か最後にここに来たのは昨年の夏頃だったから、秋に閉鎖となったのでしょうね。

この南浦和の「みなとの湯」は自分の家から一番近いスーパー銭湯でしたし、価格も手ごろのため
よく行ったものですから、やはり無くなってしまうと寂しいものがあります。
ここは、天然温泉ではなくてただの沸かし湯なのですけど、
電気風呂・漢方の湯・高炭素風呂・ジャングルジムのような鉄棒が上に着いたお湯だの、
立ったままジャグジーが楽しめたり、結構広いタワーサウナがあったりと
設備も整っていましたし、ご飯も比較的美味しかったので
少々残念です。

だけど考えてみると、自分が住んでいる川口~大宮周辺って最近ホント、この手のスーパー銭湯
というか、日帰り天然温泉設備が増え、結構過当競争だったのかもしれません。
自分がたまにいくだけでも、近くには

〇やまとの湯

〇むさしの健康ランド

〇川口スパ・ドゥーサ

〇彩香の湯

〇七福の湯

〇見沼ヘルシーランド

〇大宮三橋温泉

〇むさしの湯

〇清河寺温泉

など色々ありますし、やはり天然温泉でないと少し厳しいのかもしれませんよね。

本日は蕨市の「やまとの湯」に行ってきました。
ここの天然温泉の「黒湯」はやはりお湯がしっとりするし、いかにも温泉に入ってきたーという
感じがしますし、
お湯がぬめーーっとしているのがやはりいいなーと思いました。
最近肩と首の凝りが洒落にならない程ひどかつたので、
ここの黒湯でじっくりとポカポカ温まって、セルフマッサージを行ったら
最近の頭痛とか首こりは大分良くなったような気もしました。
サウナでついつい高校野球に夢中になってしまい、結構のぼせてしましました・・・

だけど久しぶりにのんびりとリフレッシュ出来ました。

川口~さいたま市周辺には、このやまとの湯以外にも色々と素敵な日帰り天然温泉が
あります。
例えば、戸田市の七福の湯とか大宮のむさしの湯は、共に茶色のお湯で「ツボ湯」が
一つの売りだと思います。
むさしの健康ランドは、あまり落ち着かないけどラドンの湯がおすすめです。
清河寺温泉は、値段が少し高いけど「竹林」が露天にあるので、いかにも「日本的情緒」が
感じられます。
ホント、最近では別に遠くの温泉に行かなくても、近隣の日帰り温泉でもこれだけ充実している
のですから助かりますよね。
昨日、本日は久しぶりに二日間の休みです。
何か寒暖の差が激しかったためか、今一つ体調が良くないというか、肩と首が凝っていて
それが何か頭痛の原因にもなっているような気がします。
午後は、久しぶりに近くのスーパー銭湯にでも行って
体を温めてきたいと思います。

昨日は何か寝てばっかりというか、一日歴代プリキュアのDVDばかり見て
ゴロゴロしていました・・・
そんな中、「フレッシュプリキュア」を何話かまとめてみましたけど
やはり面白いし、そのシリーズ毎に歴代プリキュアとの違いと言うか特徴がありますので、
そうしたシリーズ毎の違いと言うか特徴を見出すのも
何か楽しいものです。




フレッシュの場合、当然ラブが主人公なのですけど、
前作の偉大なる(?)先輩、のぞみとの違いはどこにあるのかなと思ったのですが、
「辛い時や悲しい時の感情の出し方」なのかなーとも思いました。
のぞみの場合、困難な事があっても、のぞみ自身が強い意志を持つ事で、周囲の人達を
グイグイと巻き込んでいき、「何とかなるなるー」となっていったものですが、
ラブの場合、どちらかというと、悲しい時辛い時は、わーーっと自分のそうした感情を
周囲の人達にもさらけ出してしまうという事が多かったと思います。
そして美希などに喝を入れられながら、周囲の人に支えられながら、
再び頑張っていくというタイプだったと思います。
よくラブは「メンタル面が弱い」とか「すぐ泣いちゃう弱さがある」という評価の声を
耳にしますが、それは何か違うのかなーとも思ったりもします。
のぞみもラブも意思は強く、違いは周囲の人への巻き込み方の違いなのかなとも
思います。
のぞみもラブも優しい女の子なのですが、ラブの場合、のぞみを超える「母性愛」すら
感じさせるというのも一つの特徴なのかな・・・?
もっともラブの場合、シフォンの世話という要素もあったため、「小さな子供を守る」という
母性愛の側面が強かったのかもしれませんけどね。

シリーズ全体を眺めてみると、
のぞみの後継者は、みゆきではなくて実はラブで、
つぼみの後継者は実はみゆきなのであり、
なぎさの後継者は案外響なのではないのかなーとも
思ったりもします。
そして、かれんさんの後継者はれいかさんであり、
りんちゃんの後継者は意外にも六花さんではないのかなーとも思ったりもします。
そして、ラブの後継者こそが、マナなのではないのかなーと最近ではつくづく感じています。

一度フレッシュとドキドキの共通性なんて記したことがありますが、

追加すると・・・

〇ラブとマナの母親の名前は「あゆみ」

〇ラブもマナも変身後は金髪となる

〇ヘマをしでかした時や落ち込んでいる時は、ブルー系に説教されがち

という事もあると思いました。

フレッシュはラブが主人公であることは明白です。
だけど次に来る最重要人物は「せつな」なんだなーと改めて実感もしました。
物語の前半はイースとして、プリキュアに敵対する立場としての展開。
後半は「パッション」として覚醒して以降は、元々仲の良い三人の幼馴染のメンバーとの間に
いかに友情関係・信頼関係が構築されていくのかという軸もあったと同時に
「イース時代の悪行の数々の罪悪感」と「ラビリンスを裏切った」というイースとパッションの間に
おける「罪」と「贖罪」に対する苦悩から
いかにせつなを一人の人間として「救済」していくのかというテーマが
あったと思います。

「ふたりはプリキュア」・「プリキュア5」ではなかったこうした大きなテーマを最初に
提示したシリーズが「フレッシュ」なのであり、
そこから単純な「敵を倒して妖精達を救う」というストーリーを脱却する先駆けとなったのが
フレッシュなのだと思いました。

でも改めて第23話はすごいと思います。
あれはプリキュアシリーズでもベスト3に入る名シーンだと思います。
(他の二つは、プリキュア5の第24話の手つなぎシーンと初代無印の第8話かな・・)
「罪を憎んで人を憎まず」
「せつなを取り戻すために戦う」
うーん、何度見てもじーんとくるセリフです。
随分昔にフジテレビでタモリの「トリビアの泉」という番組があり、結構これは
好きでした。
その一つのトリビアで、確か
「子供の頃の記憶は、大人になってからの記憶よりも7倍以上鮮明に残っている」
というものがあったと思います。
でも、これは何となくよく分りますね。
例えば8歳時点で印象に残った出来事は、年数に換算すると、
幼児期の記憶は5歳以降から残るものと仮定すると1/3程度の印象度なのに対して、
25歳時点で印象に残った事の記憶のインパクト度は1/20
45歳時点では1/40という計算になるかと思います。
確かに少々乱暴な理屈でもあり、大人になってからも生涯忘れられない強烈な記憶と言うものは
ありますので一概には言えないのですが、
年を重ねるほど、一つ一つの出来事の印象度は薄くなるものだと思います。
最初の段階で体験した事件の印象度は強いのだけど、疑似性の強い次の体験の印象度は
弱くなるというものなのだと思います。

1988年は、自分が初めて社会に出た年ですし、だからこそこの年の印象度は何か他の年に
比べると印象度が強いのかなーとも思います。
確かにそれはあるのかもしれません・・
自分の「記憶」という観点からだけ述べると、
1980年~1984年 1988年 最初に会社が破綻した2001年の記憶とその当時の社会情勢や事件
何かは妙に印象度が強いのです。
結婚して日々の生活に疲れ果てている2003年以降の印象度が今一つ薄いのは、
「ドキドキ」がないせいなのかな・・・??

そんな訳で
「これが気楽な学生時代最後のコンクール、これからはコンクールなんてもう聴けないかも・・」と
少々悲愴感があった1987年のコンクール
社会人一年目でその一週間前に自衛隊体験入隊研修で心身ともに疲労困憊していた1988年の
コンクール
この2年間は妙な印象度が強いのかもしれませよね。

〇那覇高校

 この年の九州大会では、中村学園・福岡工大付属がスカ金で代表落ちという
 事もあったので、このチームをけり落として代表に選ばれた学校はどんなのだろうと
 期待はあったのですが、見事に裏切られてしまいました・・・・
 嘉穂・那覇・首里全て銅賞というか、九州勢が全て銅賞という今では考えられない結果に
 終わってしまったのが1988年の一つの特徴です。
 九州大会の審査員は、意図的に「高校生らしい自然体な演奏」を好んだのかな・・・?
だけどこの3つの学校の演奏は、正直芳しくないです・・・・

 那覇の演奏を聴いて感じたことがあります。
 それは「音楽の躍動感」です。
 感銘度が高いチームというのは、アレグロとアンダンテの対比が上手いとか
 たっぷりと歌っているとか色々あると思いますが、特に音楽が生き生きとしているか否かの
 差は非常に大きいと思います。
 那覇の場合、特に中間部で、音楽が完全にだれてしまい、
 全体的に「しまりが悪い」演奏になったのは惜しまれます。
 もっともアレンジが極めて良くないという問題もあったと思いますが・・・
 自由曲の四季の導入のティンパニーのリズム感が良かった事と後半勢いが出てきたことが
 救いだったかな・・・

〇首里

 87年の中村学園も「音量のオーバーヒート」の許容範囲という問題がありましたが、
 このチームの場合、完全に許容範囲を超えた、「ひたすらやかましいローマの祭り」という
 感想以外ないという感じです。
 南国の情熱と言えば聞こえはいいのですが、明らかにコントロールの不徹底・・・
 というか、いくらなんでも「ドラ」は叩きすぎ・・・
 迫力というか疲れる演奏でした・・・
やはりプリキュアシリーズの伝統的手法なのですが、
「おせっかい焼きで他人のトラブルにもどんどん首を突っ込む」ピンク系に対して、
オレンジ又はブルー系がサポートに入るというのは最早定番ですよね。

のぞみに対するりんちゃんがその典型例なのですが、
よく振り返ってみると、暴走しがちなラブに対する適度なブレーキ役は美希でしたね。
でもつくづくベリーは損な役回りの連続でしたね・・・
ラブがへこむ度に、言いにくい事でも誰かが言わなければいけない事はいつも
祈里ではなくて、美希が毎回毎回心を鬼にして言わなければいけないし、
喝を入れなければいけない損な役回りが多かったと思います。

同じような道を六花さんも今後歩んでいくのかな・・?

だけど愚痴りたくなったらオールスターでもお世話になったりんちゃんに
愚痴りに行けばいいのかなーとも思います・・・(?)
ま、りんちゃんほど六花さんの気持ちが理解できる人も他にはあまりいないようにも
思えますので・・・

フレッシュの場合、当初は「ラブとせつな」の関係に焦点が置かれがちでしたが、
せつなとそれ以外のメンバー、というかせつなと美希の関係に焦点を当てたのが
フレッシュの中でも屈指の名作「美希とせつなのこわいもの」という回でしたが、
(同時にこの回はウエスターのアホ振りが頂点を極めた回でもあります)
ドキドキももしかしたら、真琴と六花さん・ありすに焦点を当てた回が今後もしかしたら
あるのかもしれませんよね。
今でも六花さんはジョー岡田に対しては警戒心むき出しという感じですが、
(ありすはすでにというか最初から警戒心なんか無い・・・、うーんさすが天然系しは違う・・)
同様に六花さん自身真琴自身に心をオープンにしている訳ではないような
感じもします・・・
だけどこの辺りは回が進むにつれて、自然と解消されていくのでしょうけどね。

フレッシュの場合、ラブの正妻は完全にせつなでしたし、この二人は同じ家に住むという
同棲状態でしたけど、別に美希自身は、この二人の関係については「別にー」という感覚だったと
思います。
だけど、六花さんの場合、昔からマナとは正妻状態だったと思われますし、
「まこぴー」という新たな正妻候補が追加加入した事で、
この先どういう展開が待っているのだろうと期待感は十分にありますよね。

マナとしては、「まこぴーも大好きだけど、昔も今もずっーーと六花は大好きだよー」という
ポジションなのでしょうけどね・・・





中々素直に自分の本心を伝えられない真琴を背後からニヤニヤと尻尾を振っている
ダビィも中々可愛い・・・

話は全然変わるのですが、オープニングの歌の際、今週もオールスターの宣伝用のバックと
なっていましたが、何かあれを見ていると妖精学校の妖精でしたっけ?
ゴロゴロと回転しながら、みゆきの足の間を通り抜けていきましたが、
あれって、みゆきのスカートの下が丸見えなのでは・・・??
と何か妙に心配してしまいました・・・(笑)

だけど考えてみると、歴代プリキュアの妖精たちは皆小さいし、よく主人公のすぐそばに
立っている事が多いから、あれって、メップル・フラッピ・ココ・ナッツ・シロップ・ハミィ・キャンディなど
からの位置では、歴代主人公のスカートの中が丸見え状態って
ことなんでしょうかね・・・・??

今更なんですが、そんな妙な事に改めて気が付いた次第です・・・
最近イギリスの作曲家B.ブリテンについて少し書きましたが、
ブリテンと言えば「青少年のための管弦楽入門」が一番有名かと思いますが、
この曲で登場する打楽器に「ムチ」なんて記されていて、最初は「何だこりゃ??」と
思ったものでした。
だけど別に拷問道具(?)のピシャピシャという「ムチ」では勿論なくて
何と言うか、拍子木の長いタイプと言うのか
木製の二本の細長いステック状のものを叩き合わせて
「バシッ」という音を出すものです。

ブリテンのこの曲を最初に生で聴いたのは、確か尾高忠明さん指揮の読売日本交響楽団
だったかな・・・
この演奏を生で聴いて「ムチ」の謎は解けたという感じでした。
オケによっては、ティンパニー以外の打楽器は、3人程度という所もあり、
この場合、打楽器奏者は、大太鼓・小太鼓・シンバル・ドラ・ムチ・シロフォーン・
ウッドブロック・サスペンダーシンバルなど多種多様な打楽器を掛け持ちで演奏しますので
結構大変だと思います。

だけど、この「ムチ」をもっと効果的に使用した曲があります。

それは何かと言うと、ラヴェルの「ピアノ協奏曲」です。
この第一楽章の冒頭で、この「ムチ」がバシッと叩かれていきなり曲が開始されますので
ピアノ奏者もバックのオケも大変だと思います。
最初にこの曲を生で聴いた時、
その「意外さ」にドキモを抜かれたものですし、
「何じゃこの曲・・・まるで猫だましみたいな曲だな」とも思ったものでした。
随分昔に、お相撲さんの舞の海が、立会いの時に、相手の意表を突くために
目の前で急に手のひらをバーンと叩いて音を出して、相手をびっくりさせてその隙に
上手を取るという戦法がありましたが、
まさにクラシック版猫だましという感じです。
この「ムチ」は第三楽章でも再度使用されます。

ラヴェルのピアノ協奏曲は、全般的には第一・第三楽章の才気煥発的な茶目っ気
第二楽章のファンタジーの対比が非常に面白く、
18分程度の短い曲なのですが、聴かせどころ満載の曲です。
特に第二楽章のコールアングレの長いソロは、奏者の腕の見せ所ですし、
その陶酔感たっぷりの夢心地にはホント、うっとりさせられます。

だけどその第一楽章のいきなりの冒頭にあの「ムチ」を使用して、初めて聴く人に「ドキドキ感」を
与えるあたりはラヴェルのいたずら心も感じさせられます。

一度このラヴェルのピアノ協奏曲を沼尻竜典さん指揮で、梯さんという全盲のソリストと共演した
演奏を聴いた事がありますが、あの難しい出だしをどうするのかなーと
興味津々で聴いたみたのですが、ムチが叩かれる寸前に、指揮者がピアノの上でコツコツと拳骨で
たたいて合図を送り、何の乱れもなく演奏が展開されていったのは
「さすが」という感じでした。
以前、この年の秋に、研修の一環として強制的に御殿場の自衛隊体験入隊に参加
させられた事を書きましたが、
要は、この一週間はひたすら「走る・歩行訓練・号列・規律・体力トレーニング」の日々でした。
特に一番きつかったのが、土嚢をかついで10メートルダッシュだったかな・・
あれは本当に腰が抜けるぐらいのヘロヘロ感がありました。

思うのですが、人間と言うものは体力的に限界の日々が続くと何が一番の楽しみかと言うと
やはり「食べる事」になってしまうと思うのです。
ホント、この期間中は仕方がなかったのですが、とにかく体力を消耗する日々でしたので
お腹ばかりが空いていました。
この体験入隊中は、ホント我ながら良く食べたという感想です。
とにかく「食べる事」しか楽しみがなかったし、ひたすら「空腹」でした。
でも自衛隊の食事って、全然まずくないというか、むしろ美味しかったですよ。
何よりも量が多いのはさすがという感じですよね。

この期間中は、自分を含めて周りの人達も丼三杯は当たり前という感覚でしたね。

この体験入隊が終わって普通の生活に戻った時は、むしろこの「普通の生活」を
取り戻すのに何か少々時間がかかってしまったのは何か妙なものでした。
小田急を乗り継ぎ新宿駅に着いて解散となった時、マクドナルドや吉野家の看板を見て
「あー、やっと俗世間に戻ってきた」と何か感慨深いものはありました。

確かこの体験のすぐあとが全国大会だったと思います。
二日目の中学の部が何か「眠かった」という印象があるのは、多分この時の疲労のせい
なのかもしれませんよね。


〇市立川口高校

 課題曲B「交響的舞曲」は意外と演奏効果が出しにくい曲なのだと思います。
 「苦労多くして実りが少ない曲」なのかもしれません。
 色々な課題曲Bを聴きましたが、しっくりくる演奏って
 市立川口と城陽中と東京都大会の東京正人くらいかな・・・
 川口は何が良いかと言うと、その中間部が多少人工的な作為的要素もあるのですけど
 たっぷりと歌っている事なのかな・・・
 アルトサックスのソロもヴィヴラートかけまくりでしたが全然いやらしくもなく、自然に
 聴こえてきました。
 残念だったのが、自由曲の「ハムレットへの音楽」かな・・・
 前半の「クローディアス王の宮中」のトランペットのミスは本当に痛かったと思いますし、
 相当印象度が悪くなったと思います。
 前半部分も課題曲中間部と同様にたっぷりと表情をつけての歌い込みがあっただけに
 何かもったいない感じはしました。
 それにしても市立川口は、この年あたりから急に技術が低迷してきたというか、
 緻密なアンサンブルが出来にくくなったような気がします。
 ハムレットも前半は良いのだけど、後半のアレグロの展開が少し強引と言うか
 荒っぽいというか、雑という印象もありました。
 ラスト近くの鐘二台を使用した「コーンコーン」という響きも演奏効果はあったけど
 何かヒステリーっぽくも聴こえました。
 4年後に信国先生が川口ブラスソサェティーで、自由曲に「ハムレット」を振った時、この部分は
 普通のコンサートチャイムを使用していましたけど、それはこの時の反省のせいなのかな・・・??
3/24の「ドキドキプリキュア」は本格始動という感じですね。
やっと全員が勢揃いし、真琴が「マナ」と名前で語りかけるのに象徴されるように
メンバー間の垣根が取れつつあるように思えます。
やはり、元々3人の幼馴染に、一人の異次元出身者が元々の仲間たちとどのように
仲良くなっていくのか、信頼関係が構築されていくのかというのは
「フレッシュ」の時のせつなと他の幼馴染3人との関係に似ていますよね。
もっともせつながイースからパッションとして目覚めたのも、第24話以降ですので、
早い段階から、幼馴染3人と異次元出身のソードが仲間になった「ドキドキ」は
この先どういう展開を経るのだろうと考えるとかなり興味深いものは
あります。
六花は、真琴をまだ「剣崎さん」と他人行儀のようにしていますし、
(正妻ポジションの六花さんの視点から見ると仕方がないかも・・・)
ありすも同様に「真琴さん」と呼んでいましたから、いち早く真琴との関係が築けた
マナ以外の2人が真琴といかに打ち解けた関係になれるのか、
「アイちゃん」とは何者なのか、この辺りがまずは序盤の見せ場という感じなのかも
しれません。

この「アイちゃん」というのは、「フレッシュ」でいう所の「シフォン」ポジションなの
でしょうね。
そう言えば、アイちゃんの声優さんは表記されているのに対して、
先週あれだけ見せ場があった王女の中の人の声は表示されていませんから、
もしかして、アイちゃんと王女はイコールか、アイちゃんがどんどん成長し王女の記憶を
取り戻していくのか
どちらかなのかもしれませんよね。単なる予想ですけど・・・

アイちゃんの中の人は、今井由香さんですが、この方はSSの時に「霧生薫」役で元々
出ていましたが、途中で何らかの理由で声優さんが交替していました。
(プリキュアシリーズにおいて、主要登場人物の途中での声優さんの交替は、このケースだけかも・・)
SSの薫の役を最後まで全うできなかったのは、結構悔いがあったのかもしれませんよね。
だけど今井さんは、その後もプリキュア5からドキドキまで必ず一回は声優さんとして
出ていましたので、今回のアイちゃんの役でSSの時の「悔い」を
取り戻して欲しいものです。





だけど、今回のドキドキは突っ込み所満載でしたね・・・

アイちゃんの登場シーンなんかは、まさに突っ込み所のオンパレード状態でした。

だけど、六花さん以外誰も突っ込まない・・・
やはり六花さんは、「ドキドキ」の中の唯一の「突っ込み役」任命という所なのでしょうね。
というか、六花さんのあの突っ込み振りは、ルージュやサニーにも負けない感じです。
歴代プリキュアの中では、「ボケ」は数多く存在するのですけど
「突っ込み担当」は貴重な戦力ですので、その意味でも六花さんの未来は前途洋洋ですよね。

何かオールスターにて、
突っ込み役としての悩み相談をりんちゃんにする六花という光景が
目に浮かんできそうです。

マナも何か歴代ピンク系の「アホ」要素を少しずつ発揮し出していますが、
「決めるべきところは決める」というのがさすが伝統のピンク系ですね。
本日は、さいたま市内にて「シティーマラソン」が朝早い時間帯から開催され、
もろに交通規制によるあおりを食らったような感じになりました・・
ま、走っているランナーの皆様は、精一杯だし一生懸命だし、応援したい気持ちで一杯なのですが、
産業道路とか旧中山道とか463号浦所街道なんか、通行止めだらけでしたし、普段だったら
5分もかからずに行ける所が、迂回に次ぐ迂回で20分以上かかってしまったとか、
午前中はすっかり予定が狂ってしまった感じでした・・
(私は本日も仕事です・・・)

でも本日は昨日に比べて寒い感じでしたし、長距離を走る人にとっては、
暑くもなく寒くもなく丁度良い気温だったのかなーと思います。

何か見ているだけで応援したくなります。

私は子供の時から不思議と水泳でも陸上でも、短距離は全然ダメなのですけど、
長距離レースは得意な方と言うか、自分でも好きでした。
100メートルなんか、結局15秒を切った事は一度もなく、
1988年の研修における「自衛隊体験入隊」では、17秒前後でしたので
ホント、お恥ずかしい限りです・・
だけど、長距離走は昔から何か好きでした。
高校時代、毎年秋になると10キロの校内マラソン大会が開催され、
運動部の人は、大抵「150位以内に入らないと練習禁止」とか「追放」というノルマもあったようで
ほぼ全員本気モードでした。
文化部は逆に全員テキトーでしたが、自分が所属した吹奏楽部は数少ないノルマ設定部
でしたので、本気モードにならざるを得ない感じでした。
うちの高校は、山の上にある学校でしたので、10キロともなるとアップダウンの激しい
かなりきついコースを走るのですが、特にラスト1キロで現れる
名物「心臓破りの阪」というものがあり、毎年毎年これに苦しめられていました・・・
これは本当にまじでしんどかったです・・・

だけど当時は若かったし体力はありましたので、
10キロを一年の時は50分だったものの、三年生の時には45分を切る事が出来、
順位も校内で50位以内に入る事が出来たのは、自分でも「出来すぎ」と
思っています。

その約10年後に、銀行員をしていた頃、当時支店が在籍していた山梨県昭和町にて
「ふれあいマラソン大会」が開催され、そこの10キロ部門に自分がほぼ強制的に
出場する羽目となり、久しぶりに10キロを走った事があります。
だけど当時はもう既にダメになっていました・・
走っても走っても全然足がついていかないし、息切れするし、散々でした・・・
完走できただけで御の字という感じでした。
記録は確か55分だったかな・・・

でもそこまでは良かったと思います。

現在の自分に10キロ走れと言われても多分完走すら出来ないと思います・・・
それだけ年を取った証拠なのかもしれませんよね。
今は、駅の階段を走った程度で「ぜーぜー」ですから・・・

だからこそ、本日のシティーマラソンの高齢者ランナーを見ると
「さすが」とか「素晴らしい」と思うと同時に
うらやましくもなります。
先日「スマイルプリキュアコンプリートファンブック」を購入したのですが、
資料的な側面からも色々と興味深く楽しまさせて
もらいました。




声優さんがらみで面白かったのは、
ハッピーの声優さんは、最初はピース役のオーディションを受けた事とか
サニーの声優さんは、自身が関西出身という有利な条件なのに当初はマーチ役で
オーディションに臨んだとか、
色々興味深かったです。

こうした声優さんのオーディションで色々と難しいでしょうし、選ぶ方も判断に迷う事が
色々あると思います。
だって、水樹奈々ですら、ブロッサムを射止めるまで何度かオーディションに落ちたと
聞いていますし、井上麻里奈クラスでも、マーチ役を射止めるまで何回かプリキュアの
オーディションに落ちたと聞いています。
一方、ブルーム役の声優さんのように、声優経験が全くない人でも主人公として大抜擢される事も
ありますし、ドリーム役の人のように、少女っぽい役の経験が全くなくルージュ役として
オーディションで臨んでも、ドリーム役として採用決定けってーーい!!?という
場合もありますし、中々興味深いものです。

ルージュ役のオーディションでは、合格となった竹内順子以外では、のぞみ役・ミルク役の人も
オーディションに参加しており、ルージュ役は結構人気があったのですね。
のぞみ役の声優さんは、これまでは低音ボイス・少年の役が多く、のぞみのようにいかにも少女っぽい
甲高い声は初めての経験だったらしく、初期の頃は相当悩んだとの事です。
だけどルージュ役の竹内順子から
「私達はあなたが演じるドリームについていくから」と声を掛けられ
気持ちが吹っ切れたとの事です。
何かここにも本編さながらの「のぞりん」の関係があったのですね。

そう言えばキュアピーチの声優さんもオーディションでは気合が空回りし、散々な出来だった
そうです。だけど、「ピーチの声を務める人は、こうした人の方が合っているかも・・」との理由で
決定したとの事です。その分ピーチを支えるパインとベリーはベテランさんと言うか、経験と実績豊富な
方を採用したらしいです。

この辺りも色々ドラマがあって興味深い所です。

コンプリートブックを眺めてみると、
「あー、やっぱり「スマイルプリキュア」の主人公はハッピーなんだなー」と感じました。
その位、ハッピーがこの作品で占める大きさは相当高かったと思います。
それに、ハッピーは歴代プリキュアの中では、No.1と言っても過言ではない程の「可愛らしさ」が
ありますからね。
だから、今回のオールスターでも、ハッピーとハートが並んでも、とてもハッピーが先輩とは
思えないような感覚もあります。
何となく、キュアソードの立場から言うと、マリン・ハッピー・ピースを眺めていると
「こんなのでも一応先輩・・・」というぼやきが聞こえてきそうです・・・・
1988年のパリーグ優勝争いは歴史に残る激戦だったと思いますし、
今振り返っても、あの「ロッテ対近鉄」の伝説のダブルヘッダーはいつまでも永遠に
記憶に残ると思います。
この試合、当時住んでいた寮ではなくて、実は御殿場の自衛隊駐屯地の宿泊所の布団の中で
ラジオで聞いていました。
この頃、新入行員は全員この時期約一週間に渡る「自衛隊体験入隊合宿」に強制的に
参加させられ、入隊体験といっても、連日連日朝から晩までひたすら規律と行軍訓練とランニング
と号令掛け声ばかりをさせられ、本当に体力的に相当参っていました・・・
おまけに、陸上自衛隊の場合、二日に一度は「深夜見回り訓練」といって夜中に交代交代で
見回り警護当番をさせられ、体は限界まで疲れているのに中々熟睡が出来ないという状態が続き、
結構ヘロヘロ状態だったと思います。

そんな中、合宿の中日頃には早朝二時に起きて「富士山行軍」という歩行訓練を延々10時間以上
させられ、さすがに翌日は足が棒になっていました・・・
周囲の人の中には結構脱落者がいましたが、自分自身何とかこの苦しい一週間は無事に
乗り越える事が出来ました。
そんな中、ラジオであの伝説のロッテ対近鉄の試合を周りの人間と一緒に聞き、
何か妙に盛り上がっていたのが本当に印象的です。

自衛隊体験入隊で一番面白かったのは入浴です。
だって浴槽がとても深く、座る事は出来ず全員立っての入浴でしたから・・・
印象的だったのは、自衛の売店に普通にエッチな本が結構売られていた事かな・・・?

この年の吹奏楽コンクール全国大会は、この自衛隊体験入隊の一週間後くらいだったから
この時期の記憶は、何かまとめて結構印象に残っています。

〇富山商業

 このチームは課題曲はマーチを選ぶ事が多い中、「深層の祭り」という現代モノを選曲する事自体
 極めて珍しく印象に残っています。ただ音が少し硬かったな・・・
 自由曲の「ロメオとジュリエット」は1982年に名演を残していますが、その時に比べて
 幾分カット内容を変えています。モンターギュ家とキャブレット家では、82年には無かった部分を
 追加してみたり、
 (エンディング近くのフルートソロなどのゆったりとした部分の追加)
 タイボルトの死の部分では、ティンパニ+大太鼓の打撃連打を追加したり
 82年以上の演奏効果はあったと思います。
 金管楽器も高音部分も幾分ヒステリーっぽさはあったものの、十分緊張感を出しており、
 全体的には大変レベルの高い演奏だったと思います。
 これは全体的に惜しい銀賞

〇関東一高

 バレエ音楽「ガイーヌ」の「収穫祭」というと、90年の中央大学が最初というイメージが
 あるかもしれませんが、実は全国大会で収穫祭を最初に演奏したのは関東一高です。
 このチームは東京都大会ではプログラム一番ながらも、この時は結構良い演奏を聴かせてくれて
 「あれ、今年はやるじゃん」と思ったものですが、
 (ちなみに都大会では、課題曲と自由曲の間に拍手が入るという珍しい事件も
  起きていました・・)
 全国大会では、プログラム後半のくせに、何か縮こまった演奏になってしまい、都大会ほど良い演奏は
 出来ませんでした。
 全体的に「小粒」でスケールの小さな演奏になってしまい、
 何か「盆栽」みたいな演奏になってしまったのは惜しまれます。
 「ドキドキ感」が全くなく、なんか妙に安全運転しすぎたような感じです。
本日は仕事でしたが、お客様宅をお伺いする途中、さいたま市の東浦和方面にある
見沼ヘルシーランドが存在する「大崎公園」周辺を通りましたが、
この公園は桜の名所として埼玉県内では屈指の桜の名所スポットとなっております。
この大崎公園は、本日ほぼ「満開」という感じで、非常に素晴らしい光景でした。
ただ、残念なことに、既に満開は終わりを迎え、早くも散っているのが
感じられました。

花の命は短くて・・・とは昔から言われる事ですが、
まさにその通りですよね。

やはり、「桜」は満開の時に見るのが一番とですね。

何か毎年毎年桜が散る度に
「来年もこの世に生を受けているのだろうか・・・」
「来年の今頃はどこで何をしているのだろうか・・」
「来年もこの桜を見る事が出来るのだろうか」

なとなどなんか漠然とした不安を感じるのも事実です。
今年は3月の中旬でこんなに暖かいのですから、一体本番の夏の時は
どうなっているのでしょうかね・・・?
やはり昨年同等「猛暑・酷暑」なのでしょうかね・・・
個人的には、冷え性の私にとっては、
「暑いのはいくらでも我慢できる。だけど寒いのだけは駄目・・・」
という感想です。

確か1988年は、「冷夏」だったと思います。
この年だけは、海とかプールに行った記憶がありません。
確かこの頃既に昭和天皇の病状悪化で全てが何となく「自粛」ムードでしたので
全体的に景気は良いのだけど「何かしらーーっとした空気」があったような印象が
あります。
ま、その分翌年にバブルが絶頂に膨らんでしまうのですが・・・

〇淀川工業

 課題曲Dは、リズムが全然合っていないのが一目瞭然の演奏でしたね。
 メロディーが先走っているというか、ビートがずれているというか
 (何かこんな言葉を使用していると「スイートプリキュア」の世界みたい・・・)
 正直感心した出来ではなかったように思います。
 「勢い」だけはありましたけどね・・・
 しかし、課題曲の不満を自由曲「神話」で全て晴らしてくれました。
 音の切れ・リズムの鋭さ・打楽器のノリの良さ・ソロの見事さ、本当に素晴らしい出来だったと
 思います。
 1983年の「神話」も良かったけど、それ以上の出来だったと思います。
 現在の淀工も「大阪俗謡」ばかりやらないで、たまにはどうせ大栗作品を取り上げるのならば、
 神話・巫女の詠える・・・、仮面幻想なんかもやって欲しいかなーとも思います。

〇札幌白石

 うーーん、なんか優等生の演奏過ぎて逆に印象が薄い感じがしました。

〇秋田南

 指揮者が高橋先生から佐藤先生に代わって二年目でしたが、佐藤先生の個性が開花するかと
 思ったら、逆に「秋田南」という伝統校の看板を背負った重責に負けてしまったのか、
 何の個性もなく、ただの普通の学校になってしまったかのような感がありました。
 この伝統校が以前の輝きを取り戻すのは、数年後の当時花輪高校の指揮者の小林氏が
 秋田南に赴任するのを待たなくてはいけませんでした。
 ここから先は、秋田南の低迷期⇒県大会どまりで東北大会にも駒を進めない時代・・・
 になります。
 この年の秋田南は、なぜか知らないのですけど「音程」が気になりました。
 課題曲のファゴットの出だしの不安定さから始まって、自由曲のサロメに至っても
 何か音程がぶら下がり気味で、何かそれが終始気になって仕方がうりませんでした。
 サロメも後半は、「追い上げ」というよりは、「強引なドライヴ」という感じで乱暴さのみが
 際立っていました・・
 前年の銅賞は相当気の毒でしたが、この年の銅賞は「ごく当然」という感じです。

ブリテン

前回、歌劇「ピーター=グライムズ」について少々書きましたが、
やはり改めて考えると、「現代の孤独な社会」・「自分達と異なる異分子を容赦なく排除する
一つの閉鎖的社会」・「自分達と同化しない人間を異分子扱いとする風潮」などについて
戦後間もない時期に、現代のこうした病巣を予知して、
こうした歌劇をもしかしたら作曲したとしたら
それはすごい事なのかもしれませんよね。

現在でもこの歌劇は20世紀歌劇のレパートリーとして完全に定着化していますし、
日本でもまれに演奏会形式として上演された事もあります。

この歌劇ですが、いじめ・ネット中傷・格差社会・個性を尊重しない社会という問題を
告発する作品として、何かもう少し現代風にアレンジして、映像化できれば
もっと面白い作品になる可能性もあるのではないのかなーとも
思います。

ブリテンというと、初めてこの作曲家の名前を知ったのは、実は
あのあまりにも有名な「青少年のための管弦楽入門」ではありません。
「ソワレミュージカル」という可愛く楽しい組曲でもって、このブリテンという作曲家を
自分は知ったのでした。
確か1982年の全日本吹奏楽コンクール・東北大会で、岩手県代表として演奏した
藤沢高校のこのブリテンの曲を聴いたのがそもそものきっかけだったと
思います。
確か、Ⅰ.マーチ Ⅲチロル風舞曲 Ⅴ.タランティーラという部分を演奏したと思いますが、
何となく曲のタイトルが面白かったことが、何となく気になったのだと思います。
上京後、この曲のレコードを聴いて、「へー、何か洒落た愛らしい曲だな」と思っていたら
ロッシーニの曲をブリテンなりに引用・再構築した曲と知った訳なのです。

でもブリテンと言うとやはり「青少年の管弦楽入門」が一番有名かも
しれませんよね。
この曲は、何回かナレーション付きで聴いた事があります。
ナレーションなしだと17分程度の曲ですが、ナレーションが入ると25分程度かかってしまいます。
例えば小澤征一とかバーンスタインとか指揮者自身がナレーションを務める事もありますが、
演奏会の場合だとやはり本職のアナウンサーが担当する事が多いですよね。
変わったところですと、
明石家さんま・栗原小巻・坂東玉三郎がナレーションを務めた録音もあるそうです。
さんまなんてのは、関西弁丸出しのナレーションなのかな・・?
何かその辺は興味があります。聴いた事ないけど・・

ブリテンには、「シンフォニア・ダ・レクイエム」(鎮魂交響曲)という作品があります。
実はこの曲「レクイエム」というタイトルになっていますが、別に合唱が入る訳では
ありません。
第一楽章のティンパニーの悲壮的なダ・ダーという打撃音が何か印象的です。
この曲実は、戦前の日本の紀元節2600年を祝った委嘱作品として依頼がきたものの、
これに対して、こうした「レクイエム」で回答するなんて、いかにも反戦歌・一言言わなきゃ気が済まない
ブリテンらしい話ですよね。
当然当時の日本からは、演奏拒否・楽譜返却をされています・・・
ちなみに紀元節2600年に委嘱された曲で結構有名なのが、イペールの「祝典序曲」かな・・?
だけど、ブリテン自身戦後来日した際、涼しい顔で
N響を指揮し、このレクイエムを日本初演しています。
関東ではここ数日は暖かいを通り越して、むしろ少し暑ささえ感じる
ポカポカ陽気の日々が続いています。
寒いのが大嫌いで冷え性の自分としては、ホント待ち望んだ日々の到来です。
本日は一日仕事でしたけど、車で外を廻る際は、時間帯によってはクーラーを付ける事すら
ありました。

東京では既に桜の開花宣言が出ていますが、ここ埼玉の浦和~川口市方面でも
一分咲きという感じで、来週あたりはもう満開なのかもしれませんね。

「サクラガサイタ」・・・
そんな季節です。
このタイトルは、確かむかーし、往年のアイドル西村知美が確か1988年頃に歌っていた曲ですが、
確か出だしの歌詞は・・
「とりあえず
 とりあえず、
 今日からあなたを好きになりそうで・・・
 サクラ、サクラ、サクラガサイタ
 なーんて、言語明瞭意味不明みたいな感じの曲でしたね。
でも西村知美は、その当時と現在もテレビで見る限り、基本的には変わっていない「不思議ちゃん」なので
何か妙に印象的です。

桜と言うと、思い出す場所が色々とあります。

一つは、中野駅から西武新宿線新井薬師駅の中野通りに連なる桜の街道ですよね。
あれは本当に綺麗でした。
1996~2000年に今は亡き某第二地方銀行西落合支店のボンクラ営業担当だった自分は
中野区の上高田~松が丘~沼袋方面を担当し、
4月にバイクで、この中野通りをさーっと走っていると、
文字通り、桜がひらひらと舞い降り、何か妙に幻想的な光景でした。
すぐ近くの哲学堂公演では、昼間から花見をして酔っぱらっている人達が騒ぎまくる
すぐ横には、そうした幻想的な風景がありましたので、
何か妙に神聖なものと世俗的なものの対比の面白さを感じたものでした。

花見も何回か参加した事がありますが、「夜桜」は寒くて敵わないですよね・・・
一度山梨県八田村の信玄堤近辺で花見をしたことがあるのですが、正直寒くて寒くて
とても花見どころではなくて、ビールを飲むとホント心身ともに冷え込む「トホホ」な
状況でした・・・
最近でも大宮の氷川神社近辺で花見をしたのですが、
信玄堤ほどではないにしても、やはり相当寒かったです・・・

「花見」は、そこで在籍する組織のトップ(支店長・社長)が
「アルコール」が嫌いか否かによって、花見を開催するか否かの判断が分かれてしまうので、
自分としては、職場の人達と花見なんて本音はしたくもないので
アルコールが嫌いな人が上長の方が助かります・・・

家の近辺でも結構桜はあったりします。

うちの奥様なんか、毎年毎年桜をみる度に
「今年も桜が見れて良かった。来年は見られるのかな・・?」とやけにさみしそうな表情で
言いますので、
何かそのたびに「ギクッ」とします。
出来れば、毎年毎年元気に桜を眺めていて欲しいと思っています。

リレーの回

本屋を覗いてみたら、「スマイルプリキュアコンプレートブック」という本が置いてあり、同時に
アニメージュという雑誌が「プリキュア10周年」という事で表紙を含めて特集を組み
しかも歴代プリキュアの「下敷き」というグッズ付だったのですが、
悩んだ末、「スマイルプリキュア」の方を購入してしまいました。

資料としてはかなり充実した内容ですし、
絵もストーリーまとめも面白い内容でしたので、結構楽しめました。
980円という元は十分取れたかなとも思います。
アニメージュは来週かな・・・?

スマイルの声優さん達のインタビュー記事を読んでみると、印象に残った回として
結構出ていたのが、第18話、なおのリレーの話でした。
これは、読んでいて「なるほど」と感じました。
スマイルは、歴代プリキュアの中では、比較的ギャグ的要素が多いシリーズでもあり、
ギャグ回は歴代の中でも圧倒的に多かったと思います。
それでも、感動回・泣ける回・神回など色々あったと思いますが、
この第18話のなおのリレーの話は、屈指の名シーンだと思いますし、
プリキュアシリーズの中でも屈指の名作回だと思います。






普通の流れですと、
あのままなおが5人抜きの末に一位でゴール到着というのが定番だと思いますし、
初代のなぎさだったら、ぶっちぎりの一位かもしくは、転倒してもずっこけた体制のまま
ゴール乱入という事になっていたと思います。
だけど、スマイルの場合、そうした展開にはならずに、
あえてなおの転倒⇒結果として最下位という結果になったものの
メンバー全員の絆の確認、バトンを最後までつないだというチームとしての結束を
出すことで、かえって何か感動するような回になったと
思います。
改めて第18話を見てみたら、さすがに素晴らしいと感じましたね。

スマイルの場合、次の第19話もやよいの父親との思いで話という非常に泣ける回だったのですが、
次の第20話の「透明人間回」というくっだらないギャグ回で一気にテンションを下げられてしまい、
これがまたいかにも「スマイル」らしくて
自分はこういうの結構好きです。

スマイルの場合、最終決戦は別にすると、やはり22~23話あたりが一つのクライマックスだったと
思いますが、その中で、キャンディー救出の是非と自分達の方向性について、
「自分達一人一人が自分の頭で考え、そして結論を出す」という事になったのは、
似ていると言われる「プリキュア5」との決定的な違いだと思います。
プリキュア5の場合、絶対的なチームの柱であるのぞみが決定した事にチーム全員が
迷わずついていくという図式がありましたが、スマイルの場合、絶対的なリーダーが不在の代わりに
一人一人が自分の頭で判断するという点を強調していたのは、
面白い所だと思います。

だけど、このコンプレートブックを改めて見てみると、一年間の「スマイル」の流れが
よく分りますね。
ホント、楽しませてもらったと思っています。

色々な名シーンがあったけど、

〇あかねがプリキュアに覚醒し、仲間が増えたと素直に喜ぶハッピーがサニーに抱き着く回

〇秘密基地探し ⇒れいかさんの「道」の掛け軸の回

〇れいかさんの「道程」と他のメンバーのボンクラ振が遺憾なく発揮された回

〇ゲームに吸い込まれる回

〇世界一周の回

〇文化祭の回

〇あかねちゃんとブライアンの淡い恋の話の回

〇ハッピーロボの回 ⇒ギャグ回の頂点・・??

〇ハッピーの幼い頃の不思議な体験談と笑顔を求める理由探求の回

などホント色々な名シーンがありましたよね。

勿論、スマイル以外の歴代プリキュアにも素晴らしい話は山ほどありますし、
現役の「ドキドキ」だって本当に頑張っていますからね。

出来れば「10周年が一つの区切り」なんて言わないで
もう少しシリーズとしての継続を期待したいものです。
兼田敏といえば、やはり「シンフォニックバンドのためのパッサカリア」が
最初に思いつきます。
そのくらい素晴らしい曲だと思いますし、
構成美に優れていると同時に音楽的にも非常に分り易く、且つサウンド的な迫力も十分という
邦人作品としては奇跡的な作品だと思います。

この曲は、何となく一連の保科洋作品(カタストロフィー・カブリス・交響的断章)の流れのように
ヤマハ浜松からの委嘱作品と思われがちですが、
実は浜松工業高校からの委嘱作品なのです。
従って初演は浜松工業です。

ゆっくりとした重々しい序奏から開始し、展開部のアレグロ(ホルンがかっこいいです!!)
そして中間部を経て序奏の再現というホント古典的ともいえるシンプルな構造な分だけ
わかりやすい曲だと思います。
だからこそ、いまだに全国大会でも自由曲として演奏されるのですよね。

この曲は全国大会でも支部大会でも色々なチームが演奏し、名演を残しています。

全国大会の演奏では、
78年の石田中学校

支部大会では、
93年だつたかな?の高崎商科大学付属高校と城東中学校の演奏が大変印象に
残っています。
特に石田中学校の演奏は、「爽やかさ」も感じられ、鮮やかだけど可愛らしさも感じられる
演奏です。
21世紀に入ってからは、福岡工業大学の演奏も結構良かったと思います。

だけど、この曲一度すごい事をやってのけています。
何かと言うと、1981年において、全国大会・支部大会で、オリジナル・邦人・クラシックアレンジ
全ジャンルの中で一番演奏された曲が
この兼田敏の「パッサカリア」なのです。
いや、これはすごい事だと思います。
今では考えられない事だと思います。
現在ならば、ローマの祭り・ダフニスとクロエ、サロメあたりが上位を占めるのでしょうからね・・
もっとも1981年あたりは、ローマの祭りを取り上げるチーム自体少なかったし、
「ダフニスとクロエ」第二組曲とかスペイン狂詩曲なんかは、アレンジの問題で
コンクールで演奏する事自体難しい時期ではありましたから・・・
事実、四国大会で「ダフニスとクロエ」を選曲した観音寺一高が、著作権の問題で
全国出場を辞退する羽目となり、
千葉県大会を「スペイン狂詩曲」で勝ち抜いた市川交響が、自由曲変更を吹連から指示され
関東大会では「寄港地」で臨んだという事件もあったくらいですから・・・
でも市川交響は、それでも関東大会で金賞を取るのだから、それはそれですごいとしか
言いようがない・・

兼田敏の他の作品では、

〇シンフォニックバンドのためのバラードⅡ

〇哀歌

〇交響的瞬間

という作品もあるのですが、これらは主観としてはあまりにも地味すぎて印象に残りません。

だけど「シンフォニックバンドのための交響的音頭」という非常に日本的な
泥臭い曲があるのですが、これがまた実にユニークで面白い曲です。
ラベルのボレロのように、終始打楽器が一定のリズムを叩き続け、それにさまざまな管楽器が
メロディーを乗っけていくというシンプル過ぎる曲なのですが、
ホントドロ臭くて、どんくさくて、日本情緒たっぷりの曲です。
下手なチームがやると間違いなく演奏がだれてしまいます・・・
それを証明したのが、84年の金津中学校かな・・・??
あの演奏はホントひどかったし痛い演奏なのだけど、曲自体はすごく面白かった・・・

知る人ぞ知る曲になってしまいますけど
「シンフォニックバンドのためのファイブイメージ」という曲もあります。
これは一見とっつきにくい曲というか、何かベルクの無調音楽のように
メロディーの残骸が散らばった表情のない曲なのですが、「心証」を音符として表現したかったのかなー
とも思いますが、よく分かりません。
謎みたいな曲です。
確か1988年に静岡大学が自由曲として演奏していました。
その演奏をトラヤのカスタムテープで聴いた事があるのですが、それでも「良く分らん・・・」
というのが率直な感想です。
ブリテンの歌劇「ピーター・グライムズ」というと20世紀の中で作られた歌劇の中では
かなり成功した部類の歌劇の一つだと思いますし、
上演回数も相当高いと思われます。

原作が確か「町の自治」という戯曲だったと思いますが、これは結構現代日本にも通ずる問題を
色々とはらんでいて、考えさせられるべき内容を多種多様に含んでいると思います。

主人公ピーター=グライムズは、無愛想で不器用な性格ながらも漁師として日々の生活を
彼なりに真面目に厳格に生きていこうとしています。
しかし、近所付合いが下手で他人と妥協しない性格の故、近隣から「ヘンな奴」と敬遠されがちで
欧米では「安息の日」として勤労が認められない日曜日にも、船を出し漁をした事で
ますます近隣からは「浮いた」状態となり、俗にいう「シカト」状態だったのだと思います。
そんな中、弟子として使っていた子供の船内での死亡事故をきっかけにますます孤独状態が深まり、
裁判所から「今後子供を雇う事は認められない」という判決が出たにもかかわらず
こっそりと子供を雇い、日曜日にも無理やり漁に出させていました。
そうした中で再度事件が起きます。
又もや徒弟の子供が海に転落し死亡してしまいます。

近所の人達は、
「ピーター=グライムズが子供を殺した。あいつは殺人鬼だ」
「あんな奴、自分達の街に住む事自体気にいらない。今すぐ出ていけ」
「あんな奴、いなくなればいいのだ、死ね」
「この街にあんなヘンな奴はいらない」
等々の罵詈雑言が浴びせかけられたかどうかは、物語なのでよく分りませんが、
そうした雰囲気はあったのでしょう。
結果的に、ピーター=グライムズは、海の男として責任を取る形で自分の船と共に
海の底に沈んでしまいます。
そして、町には、いつもの日常の日々が続いた・・・

そんなような感じのストーリーだったと思います。

でも戦後間もないイギリスの中にも、丁度現在日本が抱える問題と同じような事を既に
予想していた人がいるとは何か驚きです。

自分達とは少し考え方・意見・風貌が違うからといって、そうした異分子を排斥したり
シカトしたり、いじめの対象にする事は、何か古今東西変わりがない問題と言うか、
同じような病巣というものは、いつの時代にもあるものだとも思ったりもします。
ピーター=グライムズの場合、本人が真面目な分、その不器用さが、不器用に生きている様が
本当に痛々しく感じますし、
自分達と同化しない他者を排斥する社会、思いやりがない冷たい社会を既に
戦後間もないころに「予感」させられるものがあったのでしょうね。

ピーター=グライムズにし、エレンと言う未亡人をひそかに恋し、
「彼女との楽しい日々を過ごすためにも稼がないと・・・」という気持ちがありましたが、
お金を稼ぎたいためが故に、日曜日の漁などという
近隣との摩擦⇒孤独を深めるという側面もありました。

全体的に、社会的孤立・孤独・社会との絶縁・異分子を排斥する社会といった
テーマを抉り出している結構シビアな歌劇だと思います。

ブリテン自身の手で、この歌劇から「四つの海の間奏曲」という組曲も作られていますが、
これも歌劇の内容を示唆するようなメロディーのオンパレードで
結構聴いていて「痛い」とか「グサッとくる」感じもかなりします。

Ⅰ.夜明け ⇒ バルト海を彷彿とさせる荒涼とした雰囲気と雲に覆われた暗さがよく出ています。

Ⅱ.日曜日の朝 ⇒ クラリネットで「カモメ」の鳴き声がうまく表現されています。

Ⅲ.月光 ⇒ 美しい音楽です。唯一ホッとさせられる箇所です。

Ⅳ.あらし ⇒ 荒れる海とピーターグライムズの孤独さがよく出ています。

この曲、中々生で聴くことはないのですが、一度だけ
N響の定期演奏会で聴くことができました。
CDは、相当数の録音が出ていますが、個人的には
マリナー指揮/アカデミー室内の演奏が一番好きです。
3/17の「ドキドキプリキュア」はやっと初めて4人揃っての変身シーンが登場しましたよね。
全体的な印象としては、歴代プリキュアと比べると「ややおとなしめ、無難」という感じで
普通という印象でした。
というか、前作「スマイル」の変身シーンがあまりにも可愛いというよりも
ハッピーがウルトラ可愛すぎたため、何かドキドキの変身時のインパクトが少し弱いのかなーとも
思いました。
やはり、映画オールスターの方が本編に先駆けて、4人全員の変身シーンお披露目に
なってしまいましたね。
今週から後半のアイキャッチが変更になりましたが、動いている六花さんが可愛いと
思います。

第7話にして、トランプ王国崩壊の過程と敵の概要が明らかになったのですが、
王女アンジュに仕えていた頃のソードが可愛くて、最近までのあのピリピリ感が全くない
安らかな感じのソードでしたし、王女に声を掛けられて頬を赤く染める様子が
最近までのツンデレとは全く異なっていたので、
何か面白いなーとも思いました。
恐らく予想としては、既にCMやアイキャッチでお馴染みのアイちゃんという赤ん坊キャラが
一つの鍵となっていくと思います。
「フレッシュ」のシフォンと同じように、マナ達との日々の生活の中で、
言葉を覚えたり、歩くようになったり、感情を共有したり等で日々成長が図られ、
最終決戦時には、何らかの秘密兵器的要素になるか、最終的に王女としての復活をとげていくのかと
思われます。

それにしても今回の主役は完全にマナでしたよね。

とういか、マナは第一回から全然ぶれない。

「困っている人を助けるのに理由はいらない」
「幸せの王子」
「あふれ出る自信と信念」
「困難にぶつかっても折れない心の強さ」

そうしたものを全て持ち合わせているプリキュアなのでしょうね。
さすが、8代目プリキュアのリーダーの面目躍如という感じでした。
一歩間違えると「単なるアホ」にもなりかねない所なのですが、
一見無茶苦茶な事を言っているようですが、
何か、方程式で例えると、途中の計算過程は微妙にずれていても答えだけはいつも適格に
導いていけるタイプと言えるのかもしりません。
同時に生まれつきの「リーダーとしての資質」を間違いなく持っているプリキュアなのかも
しれませんよね。
その点、のぞみと似ている面はあるのだけど、
のぞみは本当に「アホ」だから、その点がマナの強みなのかな・・・?
六花さんにしても、そうしたマナに無条件に付き添っていくという感じもなくて、
フォローもしながら、マナと一緒に自分自身も共に成長していきたいと感じている娘なので、
この点が「ドキドキ」のレベルの高さなのかもしれませんよね。

歴代プリキュア達が一年かけて学習した事を既にまだ第7回辺りで自然と身についているのだから
一体現役プリキュア達は、どこまで進んでいくのだろう・・・??

先ほど「フレッシュ」の話が少し出ましたが、
ドキドキとフレッシュは全体的に少し似ている要素もあるのかなーとも
思いました。




何となくですが、相田マナは、出来の良い「桃園ラブ」という感じもしなくはありませんし、
ラブに頭の良さとスポーツ万能、周囲からの圧倒的な人望を加味したのがマナかなとも思います。
だけど、おせっかい焼き・正義感の強さ・優しさと強さは両者に共通と言うか、
歴代プリキュア達と重なる部分なのですけどね・・・

フレッシュとの共通点を見てみると・・・

〇プリキュアが4人構成で、3人が幼馴染で一人が異次元出身

〇主人公の名前

 ラブ→「愛」を意味する
 マナ→ 漢字表記だと「愛」

〇ピンク系のおじいちゃんが共に江戸っ子気質

〇妖精に「赤ん坊キャラ」が登場し、日々成長していく

〇ピンク系の父親は共に婿養子

〇変身時にハートのマークを指で表現する

〇四葉財閥対御子柴財閥みたいにとてつもない「財閥」が登場する。

〇ラブ・マナ共におせっかい焼きで、他人への共感度が群を抜いている。

全体的な印象としては、デザイン的には何か共通するものが多いのかなーとも感じます。
キャラデザイン担当は違うのですけどね・・・

話は違いますが、ドキドキの場合、妖精4人の間にも何となく先輩後輩関係らしきものが
ありそうで面白い所です。
シャルル・ラケル・ランスはまだどちらかというと子供なのに対して、
ダビィという年長者がどのように彼らを統率するのか、又は仲間としてまとまっていくのか
その辺りもじっくりと見ていきたいと思います。
うーーん、やっぱり「プリキュア」はすごい・・
「ふたりはプリキュア」が2004年に始まって既に10年、
そしてこの間、8代目計10作に渡るシリーズが脈々と受け継がれていく様子は
本当に感慨深いものがあります。




というか、やはり主人公のピンク系プリキュアは、特に見栄えがしますし「華」がありますよね。
やっぱり「ブロッサム」だけ、何か浮いている感じがするのは
気のせいかな・・・??
だけど、同じく青系プリキュア(ホワイト・イーグレット・ミント・アクア・ベリー・マリン・
ビート・マーチ・ビューティ・ダイヤモンド)の中では、
圧倒的にマリンが浮いた存在なのは、気のせいではなくて「まさしく事実」という所なのかも
しれませんよね。
「知性」という観点では、マーチも若干浮いているのかも・・・・

やはりユニークなのは黄色系なのかな・・?
黄色といっても、そこにはレッド系・パープル系も加わるから
一番バラエティーに富んでいて、不安要素が強いチームなのかもしれませんけど、
意外と強さだけで言ったら、ミルキーローズ・ムーンライト・ソードが入るから
一番強いチームなのかもしれませんよね・・・
だけど、このチーム内だと、ピースなんかは、ムーンライトに毎日毎晩特訓&説教を
されそうで何か怖いかも・・・

オールスターも毎回回数を重ねるごとにシリーズ間の垣根がなくなっていく傾向があり、
一番最初のDX1では、シリーズ毎にチームがまとまっている感じなので、プリキュア間での交流が
ほとんど感じられなかったのに対して、
毎年毎年プリキュア間の交流が深まっていっているのは、見ていて楽しいものがあります。
まさに今回のNS2も現役のドキドキを主軸にして、
大いに自分達を楽しませてほしいものです。

個人的には、
ルージュとサニーの突っ込み合戦
マーチとルージュのサッカー対決
ドリームとハッピーのアホ対決
ミルキーローズとムーンライトのガチバトル
ホワイト・アクア・ビューティ・ダイヤモンドのクイズ対決
なんて見てみたいなーと思ったりもします。

職場の部

考えてみると、自分が吹奏楽コンクールとかコンサートでも「職場」の吹奏楽団を
聴いたのは、1981年の東北大会が初めてでした。
意外かもしれませんが、1960年~1980年代に自分がかつて住んでいた宮城県内には
職場の吹奏楽団が一つも存在せず、
1981年の東北大会で初めて「職場の部」の演奏がどんなものであるかを知ったのです。
(90年代以降、JR東日本が登場したのかな・・?)

この時は、青森県信用組合の「飛鳥」というウルトラ名演があったため、
その時はそれ程感じなかった事ですが、
改めて振り返ってみると、
「職場の部って、各県の代表と言っても自分達とそれ程変わりはないか、むしろ自分達よりも
下手じゃん・・・」という素朴かつ率直な感想を持ちました。

確か、その時は、青森県信用組合以外の出場チームは

〇呉羽化学 カーター/交響的序曲

〇天童市役所音楽隊 カーター/管楽器のための序曲

〇新日鉄釜石 ミッチェル/序奏とファンタジア

だったと思いますが、
正直な所、技術的・音程的・編成的に相当程度問題があるチームばかりで、
一部「楽しんで演奏しているなー」と感じた箇所はあったものの、
総じて「聴いていて痛い」演奏のオンパレードでした・・・
翌年の1982年は、更にもっと痛くなり、
新日鉄釜石はついに出場を断念し、天童市役所は、1980年の課題曲「北海の大漁歌」を
自由曲として選曲するし、
1981年よりも更に輪をかけて痛い演奏の続出となりました・・・

しかし、思うのですが、
これはごく当然の事なのかもしれませんよね。
大体、普段ハードな仕事をこなして、夜の少しの時間とか、土日に練習しても
高校・一般の部のような素晴らしい演奏をする事自体、何か「おかしい」のかなーとも
思います。
自分自身が社会人になった頃、あまりのハードな毎日に悲鳴を上げ、
ヤマハとかNTTとかブリジストンとか阪急とかNECはあくまで例外的な存在であり、
職場の部で、まともな練習をする事自体極めてハードルが高いものだという事を
悟ったものです・・・

だからこそ、新日鉄釜石とか天童市役所とか呉羽の皆様には、
今にして思うと、本当に頭が下がる思いです・・・

でもまさか1988年に東北代表として、「天童市役所」が全国大会に出場するとは
夢にも思いませんでした・・
確かに、15名程度で指揮者もいなくて、本当にひどくて痛い演奏だったのですが、
「銅賞を承知の上で、正々堂々と自分達の演奏を披露した」天童市役所の皆様にも
その勇気・開き直りの精神・チャレンジの気持ちは
本当に高く評価したいと思います。

話は関係ありませんが、
自分がコンクールを聴いた限りでは、これまでの最少出場人数は、
山梨県のC部門に出場したある中学校(すいません、学校名は記憶にありません・・)の
9名で出場した、シューベルトの「軍隊行進曲」かな・・・?
ほとんどアンサンブルコンテストと変わりはなかったけど、演奏は並み以上で
銀賞の評価を得ていました。
山梨県の当時のC部門はユニークで、
関東大会という上部大会はなく、県大会で終了してしまう代わりに、
人数制限は一切なく、
中には、「アルルの女」第一組曲を50名で演奏したチームもありました。

現在は、大編成・小編成に統一されているから
こんな変則的なC部門なんて存在していないのかな・・・?

引っ越し時期

何だかんだでもう3月も中旬に差し掛かっています。
ついこの間新年を迎えたと思ったら、もう卒業&進学&入社などフレッシュな春到来と言う感じで
時間の経つものは年々早くなる一方です。
今年は、東京・埼玉の桜も開花宣言が出されたように、何だかついこの間までの
寒さだの雪だのが嘘みたいです・・・
(冷え性の自分としては、これは本当に嬉しい誤算です)

3/17日曜日も相も変わらず仕事で飛び回っていましたが、
たまに何か妙に道路が混んでいる箇所がありました。
「あれ、渋滞かな・・でもこの道路混むわけないし、事故かな・・?」と思っていたら、
何の事はない、引っ越し用のトラックが道を塞いでいるだけでした。

確かにこの時期は会社員にとって「異動」の時期だし、引っ越しのシーズンなんでしょうね。

自分自身も実はこれまでの生涯で実に17回も引っ越しをしています。
父親が自衛官という事もあり、小学校は四回転向を強いられ、
自分自身が社会に出てからは、人事異動とか寮の統廃合とかで何度も引っ越しを経験しました。
だから自慢ではありませんが、
荷造りだけは早いと思います。

25歳の時、いきなり山梨方面への人事異動通知を受け取り、
「ぎょへーー、山梨??」と面食らっていたら、
「君はまだ正規の営業ではないから、顧客の引継ぎは必要ないよね。だから
荷物をまとめて二日後には、向うの支店に着任してよね」と無茶振りをされ、
わずか5時間程度で荷物をまとめた経験もあります。

だけど困る事は、年々荷物と言うものは増える一方なので、
「引っ越し」というと、同時に「モノを捨てられる千載一遇のチャンス」でもあるのです。
荷造りも早く終わらせたいし、同時に捨てられるものは捨てていきたいと二律背反的な事を
しなくてはいけないのですが、色々と引っ越しをする中で、
この点だけは結構上手になったと思います。

18歳の時、仙台の親元を離れて大宮にて一人暮らしを始めた時は、荷物はわずか6箱の段ボール程度
でしたが、結婚して同時に家を建てて、住んでいたワンルームから越してきた時は、
段ボール30箱以上ありましたけどね・・・
これでもその過程の中で捨てられるものは捨ててきた結果である訳で、
やはり「荷物」というものはどんどん増える一方なのですよね・・

その点、うちの奥様なんか、典型的な「モノを捨てる事が出来ない」タイプなので、
現在では、家の中は半ば「ゴミ屋敷」の様相を呈しています・・・
自分なんかは、モノは少ないほど良い、家の中はきれいに片付いている方が心地よいという
考えなので、
よく結婚間もない頃、奥さんのガラクタをよく捨てていました。
だけどそれがばれると烈火のごとく怒るので、だんだん諦めの境地の領域に
入ってはきましたが・・・

だけど、引っ越しというのは、「環境が変わる」⇒「自分自身がチェンジするきっかけ」には
最適と言う面もあり、
自分自身なんかは、異動⇒環境の変化⇒やり直し⇒物事の好転化という
プラスの側面も確かにありましたので
それ程嫌いではありません。

もっとも会社内で人事異動の可能性がほぼ皆無で、持家だと
引っ越しという事はまずありえない選択なので、
自分自身も引っ越しが多い生涯の中で、やっと「安住の地」を見つけたという感じ
なのでしょうか・・・??

オールスター

3/16より「オールスターズNS2」が始まりました。
オールスターも考えてみると、今年で5年目に突入なのですよね。
最初にオールスターを見た時、正直感極まるものがありました。
各シリーズの枠を超えて、歴代プリキュア達が勢ぞろいした様子に最初は
ホント、嬉しくてたまらなかったものです。




厳密に言うと、「ちよー短編」という5分程度の作品があり、
これが今にして思うと、オールスターの先駆けなのでしょうね。
この時のメンバーは、ブラック・ホワイト・シャイニールミナス・ブルーム・イーグレット・
ドリーム・ルージュ・レモネード・ミント・アクア・ミルキーローズだけですから、
ホント、増えたものですよね・・・

最初のDX1の時は、出演プリキュアは14名なのですけど、この位の人数だから
ほぼ全員に色々な見せ場があったのでしょうね。
特にアクアさんの張り切りっぷりは尋常じゃなかったし、確かサファイアアローも一人で二発も
放っていましたね・・・
意外だったのは、シリーズを超えた最初のプリキュア同士の会話は、
ブラックとミントだった所でしょうかね・・・
相当違和感のある組み合わせな印象もありますから・・

個人的には、オールスターの中では、DX3が今の所一番印象に残っていますし、楽しめました。
シリーズの枠を超えるという意味では、このDX3の試みは面白かったし、
ピンクチーム・ブルーチーム・イエローチームと各々に違いが鮮明に出ていて
良かったと思います。
DX2のエンディングのシリーズ毎のチームのダンスも中々見ごたえがありました。
やはり「プリキュア5」は6人と人数が一番多いせいか、一番ノリが良い感じがしました。

ところで、今度のNS2は、今までとは何か少し違いがあるのかもしれませんよね。
というのも、3/16にテレビ埼玉にて「プリキュアオールスターズNS2の見どころ」という番組が
あったのですが、それを見ていると、
これまでは、ピンチに陥った現役の新人プリキュアを歴代の先輩達がヘルプに入るという
感じもしなくはんいのですが、
今回は、策略にはまった先輩プリキュアのピンチを何と、現役の新人プリキュア「ドキドキ」が
救出に向かうというものらしいですよね。
この映画自体まだ見ていませんので、何とも言えませんが、ツタヤでレンタルされたら
早速見てみたいものですよね。

だけど、先輩達を救出に向かう「ドキドキ」のメンバーはやはり凄すぎる・・・

でもテレビ埼玉の番組も後半は、ほとんどが「ベリーズ工房」の宣伝みたいな感じになってしまっていたので
後半は少しどうでもいい感じ・・・??
でも確かに言われてみれば、初代プリキュアの映画「雪空の友達」の主題歌を歌っていたのは
ベリーズ工房でしたね・・・
すっかり忘れていた・・・

でもベリーズ工房のコンサート会場に、歴代プリキュア32名のカブリモノが勢揃いした光景は
少しさすがに不気味かも・・・・
1980年~1983年にかけて4年連続職場の部に全国大会出場を果たした「青森県信用組合」って
今の人達に聞いても、ほとんど「?」という反応でしょうね。
このチームは、1980年に全国大会初出場を果たし、
課題曲C(北海の大漁歌/交響詩「フィンランディア」を演奏し、銅賞の評価を得ています。
この時の課題曲の演出は中々ユニークで、ステージ内に大きな「丸太」を持ち込み、
譜面上では、拍子木指定の部分をこの丸太でコーンコーン打ち鳴らし、一定の効果を得ています。
この時の写真は、バンドピープル1981年1月号に掲載されていたはずです。

だけどこのチームは、指揮者に箕輪響氏を迎え、櫛田路線の自由曲で臨んで以降
別人のチームに生まれ変わります。

自分が初めて東北大会を聴いた1981年の山形県での開催時に、初めてこの青森県信用組合の演奏を
聴いたのですが、正直度胆を抜きました・・・
だって、課題曲の「東北地方の民謡によるコラージュ」は、
(櫛田さんの課題曲は、94年雲のコラージュの時もそうですが、楽譜指定以外の楽器を自由に
 使用してもOKなのです)
ほとんどのチームがアルトサックスで吹く部分を「尺八」で演奏し、
しかもこの尺八が本格的というか、こぶしがきいていて、うまいのなんのって感じなのです。
東北の民謡と尺八は本当にベストマッチという事を見事に証明する演奏でした。
自由曲の「飛鳥」も素晴らしい演奏でした。
前年度に粟野中学校が同じ「飛鳥」を演奏していましたが、
粟野中の場合は、ドラをとにかく打ち鳴らし、積極果敢に「攻める」飛鳥という印象なのですが、
青森県信用組合の方は、しっとりと落ち着いて聴かせる「大人の」飛鳥という印象でした。

「飛鳥」というとコンクールでも比較的お馴染みの曲なのかもしれませんが、
今の所、粟野中と青森県信用組合を超える演奏は聴いた事がありません。
技術的にはそれ程難しくはないと思うのですが、
あの情緒を吹奏楽で表現するのは意外と難しいのかもしれませんし、ほとんどの演奏は
打楽器だけで情緒を出そうとするから、何か乱暴な感じだけが印象として残ってしまうので、
中々難しいものです。

櫛田さんの飛鳥以外で好きな曲は、自分としては「火の伝説」かな・・・
飛鳥がどちらかというと「勢いのある曲」なのに対して、
「火の伝説」は、日本のほのかに暗い情緒を静かに粘り強く歌い上げた感じがします。

青森県信用組合は、82年~83年も同じ櫛田さんの曲を自由曲として全国大会に出ていますが、
「飛鳥」を超える演奏は再現できませんでしたね・・・
82年の福島で開催された東北大会も聴いたのですが、この年の自由曲「飛天」は同じく
尺八を効果的に使用した曲ですが、何か「二匹目のどじょう」を狙ったのが見え見えでしたし、
尺八という特殊楽器に頼りっきりという感じの演奏でしたので、
81年ほどの感銘性はありませんでした。
83年の「斑鳩の空」も以下同文という印象です。
だけど83年の課題曲は「キューピッドのマーチ」でしたが、
この課題曲を選んだチームは、全部門を通じてこのチームと長岡吹だけでした・・・
というか、この課題曲は史上稀にみる「駄作」だと思います・・・

数年後、自分自身も金融機関に勤める身となりましたが、
感じた事は、「青森県信用組合の人達って、金融機関でありながらよく練習する時間が
あったものだ、本当に仕事しているのかな・・? そうでないとあの演奏は上手すぎる・・」という
ものでした。

このチームは1984年以降はコンクールに出場していませんが、
信用組合自体は、名称共に今でも存在しています。
これは何だか嬉しい事ですね。
今後とも頑張って頂きたいものです。
埼玉からエールを送らさせて頂きたいと思います。
前にも書いた事がありますが、クラシック音楽界で20世紀最大の「耳に残るメロディー作曲家」は
ハチャトゥーリアンの「剣の舞」(バレエ音楽「ガイーヌ」より)
だと思います。
だて、この曲恐らく100人中98人以上は「あれ、どこかで聴いた事がある」と思うに違いないと
感じます。
同じ質問の第二位は、恐らくカバレフスキーの組曲「道化師」より、Ⅱ.道化師のギャロップかなと
思います。
この曲は、よく運動会のBGMの定番中の定番ですし、テレビのBGMでも
子供が走っているシーンの音楽などとしても良く耳にします。
この曲は、恐らく誰しも一回は聴いた事があるメロディーだと思います。

だけど、この曲の作曲家は誰?とか、何という組曲の中の一つの曲なの?と聞かれても
知っている人はあまりいないと思います。

意外かもしれませんが、
組曲「道化師」の全曲を収録したCDも意外と少ないですよね。
自分自身も最近まで、サヴァリッシュ指揮のCDしか手元にありませんでしたが、
Chandosレーベルより、ピアノ協奏曲第二番と組曲「道化師」が収録されたCDを入手できて
やっとこの曲のまともな演奏を聴くことが出来ました・・・

でもこの曲は、現代音楽バリバリの20世紀前半に作曲されたとは到底思えない程
「親しみやすさ」が前面に出た曲です。
こんなに分り易いクラシック音楽は他にないとさえ思えるくらいです。
単純明快なメロディーと展開、難しい部分は皆無です。
Ⅱの「ギャロップ」ばかりが有名ですが、
Ⅰの「プロローグ」とかⅨの「スケルツォ」とかⅩの「エピローグ」も聴いていて
本当に楽しさ満点で、聴くだけでとてもハッピーな気持ちになれます。
個人的には、Ⅵの「リトルリリカルシーン」も50秒足らずの短い曲なのですが、
本当に抒情性たっぷりのうっとりとするメロディーですので、是非一聴をお勧めしたいです。
Ⅹの「エピローグ」もピアノを効果的に使用して所は、現代作曲家らしい所かな・・・??

この曲の生の演奏を聴いた事は一度しかありません。
外山雄三指揮/N響の太田区アプリコでの演奏会が今まで唯一この曲を全曲で聴いた機会です。
というか、この曲は誰が演奏しても楽しく弾けるし吹けると痛感したものです。

自分自身も吹奏楽アレンジ版ですが、この曲を抜粋と言う形で
高校二年の定期演奏会で演奏しました。
Ⅰ・Ⅱ・Ⅴ・Ⅸ・Ⅹの抜粋でしたが、吹いていて技術的に大変と言う個所は一か所もなく、
その分有り余ったエネルギーを他のプログラム曲(荘厳序曲「1812年」)にぶつけられましたので
その意味ではとても良い選曲でした・・・
Ⅴの「パントマイム」は、あまりにも単純な構成と簡単な譜面でしたので、練習をした
記憶がないくらいです・・
だけど、実際の本番にて、Ⅸの「スケルツォ」で、伴奏の後打ち部分をかなりトチッていましたので
練習不足の天罰というものが当たったのかもしれませんね。
最近、J.カーナウの曲は支部大会でも全国大会でもあまり耳にすることは
少なくなったような気がします。
この作曲家自身、特に作風に目立つ個性がある訳でもないのですが、
良く言うと「親しみやすい旋律」・「演奏効果のある曲の構成」という感じで
吹いていてとても楽しい作曲家だと思います。

カーナウの曲が全国で演奏されたのは、
81年のNECと83年の松山市民が取り上げた「交響的三章」と
86年のNECの「オーストラリア民謡変奏組曲」くらいなのかな・・・

個人的には、
「歓喜~我らが神は固き砦による幻想曲」とか
「喜びの翼」
なんかは結構いい曲だと思います。

だけど、カーナウで一番好きな曲は「交響的三章」かな・・・
高校生ぐらいの時、三善晃の「交響三章」とこのカーナウの曲をしばし混同し、
周囲の失笑をかっていたのも何か懐かしい思い出です。
(作風が全然違いますけどね・・・)

カーナウの「交響的三章」はどちらかというと、鳴る曲ですし、
比較的金管楽器が主体となってメロディーを展開する曲です。
第二楽章のしっとりとした歌や呟くようなオーボエのソロも魅力的ですが、
第三楽章の金管楽器の豪快なメロディーは、この曲にはまると結構「ドツボ」なのかも
しれませんよね。
第一楽章のファンファーレ的な展開も悪くはないかも・・・

演奏時間も8分程度で、コンサートのオープニングでやるには結構最適な曲かも
しれませんし、
第二楽章を少しカットすれば、コンクールの自由曲にもいいかもしれません。

だけど、この曲すっかり忘れられているからなー・・・
「ドキドキプリキュア」も第6回の放送を迎えています。
何か今はすっかり「ドキドキ」に慣れてしまった感じです。
でも、昨年の今頃も、「スイート」から「スマイル」に慣れてきた時期でした。
ホント、毎年毎年同じ事わ繰り返していますね・・・(笑)




だけど改めてよーーく見てみると
「ドキドキプリキュア」の設定は凄過ぎますね・・・

だって・・・

〇マナ⇒歴代プリキュアで初めて、頭の良さとスポーツ万能と人望が備わったプリキュア

〇六花さん⇒全国模擬試験でベスト10に入るほどの頭脳明晰

〇ありす⇒フレッシュの「御子柴財閥」と肩を並べる程度の財閥お嬢様・・
     本人はボケキャラ文武両道を果たしている・・・

〇真琴⇒うららを遙かにしのぐCD売り上げ枚数を誇る現役アイドル
    3分で6万枚のコンサートチケット完売するほどの人気を誇る。
    その正体は、ミルキーローズに匹敵する強さの「キュアソード」
    しかもキュアソードは、歴代プリキュア屈指の「ツンデレキャラ」・・・

うーーん、凄過ぎて言葉が出ない・・・

だけどその凄さが全然嫌味にならない程、物語とキャラ設定がしっかりしているから
純粋に楽しめる所が「さすが」という感じですよね。

何となく、マナは、「頭が良くてスポーツも得意な桃園ラブ」という感じがします。

六花さんは「自分自身の頭で目標設定を組み立てられる青木れいかさん」という感じも
しなくはないです。
現在の株価や輸出関連企業・大手小売などは結構景気の良い言葉が並び
久しくこうした状況がなかっただけに、
それはそれで嬉しく感じます。

だけど、本当にそれで良いのでしょうか?

確かに株価は相当程度高騰していますが、株価上昇の恩恵を受けられるのも
ほんの一部の投資家と富裕層です。
又、賃金上昇とか一時金アップの恩恵を受けられるのも、今の所ほんの一握りの
運の良い方ばかりです。

今はいいけど、先行きは相当不透明という事は皆様は本当に理解しているのでしょうか?
戦争・紛争・EU等での金融不安・災害など一つの事案がきっかけで、世界各国が連鎖反応で
金融不安⇒景気後退の可能性が高いという事は
最近10年程の世界情勢の変動で、ほとんどの人は学習済だと思うのですが・・・

日本だって、今この瞬間はいいかもしれませんけど、
根本的な問題は何も解決していない・・・
人口減少・高齢化社会・地域の衰退・日本経済を牽引できる成長著しい産業の少なさ
教育とモラルの荒廃・何よりも未来に赤字を垂れ流す危機的な財政問題・・
そして、日本は、2014年から消費税など諸々の分野で負担が増えるだけで
収入が増える見込みは全然立っていないのです。

ホント、どうすれば良いか皆で考えるべき時です。

未来に対して債務だけを残すことは許されませんし、そろそろ根本的な解決策を
全員で考えるべき時期です。
今年で社会人生活も26年目に突入するのに、どうして社会人として1年目の年が
これ程記憶に切り刻まれているのでしょうか?
勿論2年目~26年目の間、毎年毎年色々な出来事がありました。
だけど、なぜか新社会人としてのこの年が妙に印象に残っているのです。

新社会人1年目の頃、特に入社して間もない頃って
何か机に座っていても妙に落ち着かないし、
別に特に仕事を任されていた訳でもないし、
ただ何か妙に緊張していたという感じなのです。

それは、今となっては何かすごーーく「甘酸っぱい」感じなのですけど・・・

社会人1年目の年が1988年だつたから、余計にこの年のコンクールも記憶に残っているのかも
しれませんよね。

〇野庭高校

 一言で書くと「個性豊かなやりたい放題の演奏」です。
 大体、あの課題曲D「カーニバルのマーチ」をppからffに極端にクレッシェンドを掛けていく
 チームって野庭以外聴いた事がありません。
 自由曲「春の猟犬」も同様にホルンなど、ネリベルの「二つの交響的断章」並みに
 強烈な音の落差をつけていましたからね・・・
 結構好き嫌いと言うか、評価の分かれる演奏だったのではないかと思います。

 だけど、自分はこの演奏は結構好きです。

 この年は、課題曲AとDを選んだチームしか金賞を受賞していませんけど、
 Aの方は、ダフクロ・海・サロメといった官能的な曲を音楽的にかっちりと聴かせてくれる所が多く、
 Dを選んだチームは、「あっ」と唸らせる技術力の高さで金賞をもぎ取ったという
 印象があります。
 そんな中で、唯一といってもいい位、「音楽」を自分達のものとして自分達自身も聴衆にも
 「音楽をする楽しみ」を感じさせたのは、この野庭高校だったと思います。
 特に「春の猟犬」は、聴いていて、ワクワクするくらい、確かにクセはあるのだけど
 楽しいものはありませんでした。
 中間部の歌もたっぷりと抒情性豊かに歌い込み、後半のアレグロもラストに向けての追い込みも
 見事としか言いようがなく、
 文句のつけようがない演奏だったと思います。
 個人的には、この年の高校の部のNo.1だと思っています。
 (前年の1987年のNo.1は習志野かな・・・)

 だけど、野庭のリードを演奏しての全国大会出場はこれで最後となります。
 アルメニアンダンスパートⅠ⇒ハムレット⇒オセロ⇒春の猟犬という「黄金の流れ」と
 なっていたのですが、
 翌年から3年間は、やや伸び悩みの時期に入り、
 1992年から全国大会に復帰するのですが、それ以降はアレンジ路線になってしまい、
 以前の野庭の「自由奔放さ・躍動感」がすっかり影をひそめてしまい、指揮者の中澤先生の
 厳格なコントロール下、何か窮屈な音楽の展開になっていったのは
 何か少々残念な感じもいたします。
 (93年の「くじゃく」だけは別格・・・)

 92年以降は、
 何か、去勢されたみたいな「おとなしい」というか「飼いならされた」という感じでしたよね・・

 90年も「エル・カミーノ・レアル」というリードの作品で関東大会に臨んだのですが、
 何かしっくりこないノリが悪い演奏でした・・・
 この時、市川市の会場で、自分自身も関東大会を聴いていましたが、
 「何かイマイチ・・・」と感じていました・・
 後に「ブラバン・キッズ・ラプソディー」という本を読んでみると、この関東大会の前日に
 色々とドラマというか事件が色々あったのですね・・
 本番でもそれが多少は影響したのかな・・・?? 

結婚10周年

3/13は、自分達夫婦にとって「結婚10周年」にあたるという事に
自宅を出て、会社に向かう途中の電車の中で気が付きました・・・

イヤ、気が付いてホント良かった・・

すっかり忘れていました。
同時にこの日は、うちの奥さまの誕生日でもありますので、二重に忘れていました・・・

会社での朝礼が終わった後、車の中で慌てて
「おめでとうメール」を発信し、一応花を買っておきましたので
何とか事なきをえました・・・
(本当にそうなのかな・・・??)

結婚5周年の頃あたりまでは、何となくこの日は「緊張感」とか「ドキドキ」が
あったものですが、
いやー、これはもうダメですね・・・
自分の中に「マンネリ感」があるのかもしれませんよね。

別の表現で言うと、「安定期」という事なのかもしれませんけど、
何か自分の中に「ドキドキ・ワクワク」するものが日々薄れていっている証拠
なのかもしれませんよね。

何か少々反省の一日でした・・・

家に帰ってみると、早速うちの奥さまからは、次の休みの日に
寿司屋に連れて行ってだのどこそこのケーキ屋でこのケーキを買ってきてだの
そんなんばっかりでしたけど・・・

のぞりん

歴代プリキュアの中で、幼馴染同士がプリキュアになった例として

〇プリキュア5⇒のぞみとりん

〇フレッシュ⇒ラブと美希と祈里

〇スイート⇒響と奏

〇スマイル⇒なおとれいかさん

〇ドキドキ⇒マナと六花さんとありす

そんな中で、旦那と正妻タイプの組み合わせとしては、
のぞみとりん、マナと六花さんが
挙げられるかなと思います。
(響と奏はバカップルの領域・・・)

だけど、のぞみとりんちゃんの組み合わせはある意味最強の組み合わせですよね。
バカ旦那を「しょーがないわねー」と文句たらたらながらも笑いながらフォローする
世話焼き女房タイプという感じなのですけど、
これが実にはまっていると思います。
本編でも、のぞみのあまりのアホっ振りにりんちゃんが怒り出してしまい、しばし険悪な雰囲気に
なってしまうのですが、結局はりんちゃんが「しょーがないわねー」という事で
何となく収まってしまいます。





ドキドキのマナと六花さんを見ていると、たまーに
「あ、何かのぞみとりんちゃんと似ているな」と感じる時もあります。
何が両者の共通点かと言うと、
のぞみもマナも「頭で考えるよりも体が先に動いてしまうタイプ」で
「お人好しで困っている人を見ていると放っておけない典型的なおせっかいタイプ」とも
言えます。
対して、りんちゃんと六花さんの共通点として、
「ピンク系の暴走に対してブレーキを掛ける役割を有し、時に諭し、時に突っ込みを入れて
 相手のサポートに徹する」という事なのだと思います。
のぞみもマナもりんちゃん・六花さんの名サポートがあったからこそ、これ程の成長を図れたという
側面が大きいと思います。

もちろん、マナはのぞみ程アホではないし
(のぞみのアホは、スケールが違い過ぎる感じ・・・あんなにアホでドジでは普段生活する上で
 相当の支障が出るのでは?という領域ですしね・・・)
六花さんは、りんちゃんほど怒りっぽくはないと思われます。
(りんちゃんは、情熱系 六花さんは英知の光ですから・・・)

プリキュア5 第23~24話で、のぞみとりんちゃんにも非常にやばい時もありました。

りんちゃん自身が
「いくらサポートしても全然感謝してくれない・・・のぞみなんていなければいいのに」との
思い・迷いがあったものですが、
同様な事が六花さんにも今後あるのでしょうか・・・??

「自分は幸せの王子を支えるツバメの役割なのだが、いくら言ってもマナは、面倒な他人の
 厄介ごとに首を突っ込むだけの毎日・・
 こんなのでいいのだろうか・・」
というような事にならないといいのですが・・・

でも理性的で聡明な六花さんならば、
もう少し高い次元の所で悩むのかな・・・??
オケの演奏会を聴く楽しみの一つは、曲によっては管楽器のソロがたまらなく魅力的という事が
多々ある事です。
(他には、ティンパニー以外の各種打楽器が多彩に使用される曲ですと、打楽器奏者の動きを
 見るだけでなんだかとてもワクワクドキドキしてしまいます・・・)

管弦楽曲のソロというと、何か知らないけど
ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」の冒頭のファゴットの超高音域で開始されるソロを
思い出してしまいます。
作曲者としては、
「鳴らない音を必死で出そうとする感覚」が欲しかったとの事ですが、
奏者にとってはまさに「迷惑千万」という所ですね・・・

昔、と言っても確か1985年頃のある演奏会のプログラムですが、
「管弦楽の中のソロ楽器」と銘打たれたプログラムでして、

例えば・・・

〇オーボエ⇒イペール/交響組曲「寄港地」より、Ⅱ.チュニスからネフタへ

〇コールアングレ⇒ベルリオーズ/序曲「ローマの謝肉祭」

〇ティンパニー⇒小山清茂/管弦楽のための木挽き歌

〇ホルン⇒R・シュトラウス/交響詩「ティル・オイレンシュピゲールの愉快ないたずら」

などが組まれていました。

他にどんな管楽器があったのか、その曲目は何だったのか、そもそも指揮者と演奏団体は誰だったのか等の
情報は、全然記憶にないので、あいまいなのですが、
お客の入りも左程良くない東京文化会館の夏の演奏会だったものの
とても楽しかった印象は残っています。

でもホルンやコールアングレなんか他にもっと適当な曲があるのでは?と今では思って
しまいますけどね。

だけどオーボエの「寄港地」については素晴らしい選曲だと思います。

イペールの「寄港地」は、これがまた素晴らしい曲で、目をつぶって聴いているだけで
何だか地中海周辺を旅行したような気にさえなる「地中海旅行記」みたいな
音楽です。
正直、Ⅰ.ローマからパレルモへは、あまり印象に残らないのですが
Ⅱ.チュニスからネフタへの音楽は、まさに「アラビアンナイト」の世界で、
いかにも怪しげなヘビ遣いが、ドロドロと壺の中からへびを出そうとしている妖しい音楽です。
正直、自分はこの曲でもって初めて地中海におけるアフリカの雰囲気を理解できたと
思っています。
Ⅲ.のヴァレンシアは一転してスペインの情熱的なカラッとした晴天の音楽です。
後半のカスタネット・タンバリン・シロフォーン・ドラを交えた音楽の高まりとリズム感は
本当に「情熱」そのものです。

個人的には、管楽器のソロの王様は、誰が何と言ってもオーボエもしくはコールアングレだと
思っています。
特にコールアングレの何か「けだるい」感じはとても大好きです。
このコールアンク゜レのけだるさをソロとして遺憾なく活用した曲の代表例として
ラヴェルのスペイン狂詩曲~Ⅳ.祭りの中間部をあげたいと思います。
あの真夏の夜のけだるさと怠惰さを十分官能的に表現し、私はすごく気に入っています。

だけど、ソロを吹く方は大変ですよね。

自分もわずか三回だけですけど、吹奏楽コンクール・文化祭・定期演奏会でソロを吹く機会が
あったのですけど、
自分の出番まで、正直「心臓バクバク」状態でしたもの・・・
高校3年の時、「スペイン奇想曲」~第3~5楽章を取り上げたのですけど、
当時クラリネット奏者だった自分達は、ソロを3人の奏者で三つの楽章ごとに分担し、自分は最後の
第五楽章を担当したのですが、他の二人は第五楽章の時には、自分の分担を終えて伸び伸びと吹いて
いたのに対して、自分は、とても楽しむ所ではありませんでしたから・・・

今でも顔から火が出る思いです・・・

管理社会

「管理社会」というとあまり良いイメージが無いのは確かです。
何か日々監視されている、プライヴァシーが侵害される、情報漏洩が怖いなど
色々と問題点、解決すべき点はあると思います。

先日の閣議で「マイナンバー制度」(国民総背番号制度の導入が決定されましたが、
これは非常に良い事だと思います。
むしろ遅すぎたくらい・・・

自分が考えている「管理社会」とは実はもう少しそれを徹底させたものです。


国民一人一人に「登録番号」を生まれた時から持って貰い、
ここに「一元管理」と言う形で、

〇家族構成

〇学歴と学生時代の成績や学習態度の把握

〇全ての収入の把握と納税状況

〇これまでの懲罰関係の有無・CP活動における近隣との問題行動の有無

〇選挙・国民投票なとにきちんと行っているのか

〇資産状況~貯金・株式・土地など全ての資産を把握

などほぼすべての項目についてデーターを登録し管理するものです。

そもそもこれのメリットとは何なのでしょうか?

それは、CP社会においては、
一定の収入の保証がある代わりに、こうした最低限の生活を楽しむ権利を与える代わりに
「義務」は必ず果たして頂く、その前提としてあるのが
「管理社会」なのです。

例えば、働かなくても「一人一律毎月10万円程度」の収入を与え、それ以上の収入に対しては、
税率30~50%以上を課し、
失業者・勤労意欲はあっても中々働き口がない人・次のステップへ行くために、働きながら学習を
したい人のための「CP活動」(毎日一定エリアをチェック&パトロール巡回し、地域の防犯活動・見回り・
秩序維持・民事介入による紛争事前防止に貢献し、地域の住民が一律に例えば一ヶ月1万円以上の
CP維持費を支払い、CP要員の給与などの維持管理費に充当)を軌道に乗せるためには、
国民一人一人の正確な収入を把握し、
ある人にはどの程度の金融資産課税をし、
相続人には、どの程度の相続税を課したらよいのか、
勤労意欲はあるのに、職がない人の把握など
正確な情報収集と実態把握は必要不可欠だからです。

そもそも管理社会と言うものは、別に国民の自由を奪うのが目的であったり、
結果的に自由を奪うためのものでは全くの無意味なものになってしまいます。
そういうものではなくて、本来は、国民一人一人が最低限の生活を保証され、
安心感を持って生きる事が出来、将来の生活に不安感を持つことがないようするために
必要な制度が「管理社会」というものだと思います。

年金・失業保険・生活保護などの社会保険の一元化
        +
現役世帯にも最低限の生活を保証
        ↓
年金給付・社会保険などの歳出が減るが、それでも相当の「歳出」が伴う
        ↓
「管理社会」によって、国民一人一人の資産状況・収入を把握する事で
 収入・資産がある人に対しては、相応の負担をして頂く。
        +
CP社会(地域のチェック&パトロール活動による秩序の維持と雇用確保という二つのメリットの享受)

その代わりに、この社会の「義務」として
懲罰は徹底され、ルール違反者・税金逃れ・収入隠匿などは相当の重刑と財産没収が
課せられます。

要は「管理社会」と言っても、ルールさえ守れば別に怖くも何ともない制度であり、
国民の最低限の生活保証を維持するためにベストではないけど、次善的なものとしての制度という
側面もあると思います。
小川洋子さんの小説って、実はものすごく大好きで、
例のベストセラー小説「博士の愛した数式」が出るずっと以前から小川洋子さんの小説に
親しんでいた者にとっては、
「少し嫉妬心・・?」があるような気さえします。

小川洋子の小説って、ホント感想を書くのが難しいというか、
「それをどう感じるかはあなた次第」という作風の面もあるので、この話を読んで具体的に
どう感じたかを書く事自体何かナンセンスなような感じさえします。
作風がどちらかというと、グロテスクな反面、何かもやーーっと霧に包まれたような感覚もあり、
具体的な事件を下に具体的にグイグイとストーリーを展開していくわけではないので、
印象というか感想も、心の中で瞬間的に感じた極めて漠然としたものという
感覚になってしまいます。

それだけ感覚的な作風なのだと思います。

だけど、なんか20代後半の頃から、こうした感覚で遊ぶのが好きという事もあり、
グロテスクな描写、あまりにもぶっ飛んだ背景に時に閉口しながらも
結構昔から変わらず今も好きな作家の一人です。

小川洋子の作品で特に好きなのは、「密やかな結晶」と「六角形の部屋」かな・・・

「六角形の部屋」は、「薬指の標本」というこれまたグロテスクかつ瑞々しい作品と共に収録された
中編小説なのですけど、結構設定が面白いです。
色々な街で「語り小部屋」という小さな空間を持ち運び、この閉鎖された小さな空間で
有料で、一人の人間に中に入ってもらったうえで、自由に言いたい事、溜めている事、
口に出したいけど他人に聞かれたくない事などを語ってもらうというストーリーなのです。

あ、この話は別に悩み相談とか、その口に出したいけど他人に聞かれてもらっては困る話の内容
という具体的な話ではなく、その語り小部屋を巡る周囲の人達の話と言う
ものです。

最初にこれを読んだ時、単純に発想が面白いと感じたものですし、
登場人物の何かあまり現実感がないふわーっとした感覚に何だか自分自身も物語の中に
入り込んでしまったような錯覚を感じたものです。
※だけどこの主人公も、婚約者との婚約破棄・背中の痛みなど決して現実感が全くないという
 ものではないのですが、その現実感を生々しく感じさせない所がこの作者の
 スゴイところ・・・

ストーリーの本質とは外れてしまうかもしれませんが、
「語り小部屋」という発想には色々と考える事がありました。
確かに人は、他人にガツーンと本音をぶちまけてやりたいけど、今後の人間関係等を
考えるとそれが出来ない時、
誰かに自分の本心を打ち明けたいのだけど、それを語る相手がいない時など
この「語り小部屋」というものは有効なのだなーとも思ったのも事実です。
結局は、人間と言うものは、最終的に本音を語る事が出来る相手と言うのは自分自身だけ
そんな暗示も本作品ではしているのかもしれません。

最後には、この語り小部屋自体、次の街への移動という事である日突然消滅し、
呆然としている主人公で終わらせているのですが、
これも何か「人の最終的な孤独」を暗示しているのかもしれません。

小さな部屋に閉じこもって語るべき事とは一体何なのだろう・・・

それは「自分との対話」という事になるのでしょうけど、

そもそも「自分」ってどんな存在なの・・・??

色々と何か思いが交錯する小説ではありました。

心理学的に「カタルシス作用」っていうものがあるそうです。
人は「喋る」事によって、本音をさらけ出すことによって、気持ちが楽になるという事らしいです。
(凶悪犯が取り調べの際、自白すると死刑になってしまう可能性がある反面、白状する事で
 気持ちをスッキリ出来るというのと同じ理屈)

だけど、その本音を誰にも語る事が出来ない時、どうすれば良いのか・・・
吹奏楽のための「交響曲」というジャンルは、最近では全然珍しくなく、
色々な作曲家もこのジャンルに手を付けているのは素晴らしい事だと思います。
別に管弦楽団だけが「交響曲」を奏でる資格を有している訳ではないと思います。
要は、管弦楽団でも吹奏楽団でも、その表現方法とそれを表現する楽器の種別の違いの
問題であって、
表現する方法がたまたま管楽器+打楽器の吹奏楽であったという事でも
全然問題ないと思います。
というか、管弦楽曲を吹奏楽にアレンジして別の表現方法を楽しむという事の是非とは
次元が異なるのかなとも思います。

吹奏楽の交響曲の例として・・・

〇ジェイガー/吹奏楽のための交響曲第1番

〇バーンズ/交響曲第2番

〇フォーシェ/交響曲変ロ短調

〇オーエン=リード/交響曲「メキシコの祭り」

〇伊藤康英/交響曲

 ⇒確か二楽章構成だったと思います。異常に長いドラマチックな第一楽章と短めのアレグロの
  第二楽章で構成されています。東京佼成の東京文化会館での定期で初めて聴いて
  結構印象に残っています。

〇チャンス/管楽器と打楽器のための交響曲第二番

〇ギリングハム/管楽器と打楽器のための交響曲

〇メイ/交響曲第一番「指輪物語」

などなど色々ありますし、すっかりコンサートやコンクールのレパートリーとして定着したものも
少しはあるとは思います。

だけど個人的に一番大好きな吹奏楽の交響曲は、誰が何と言っても
パーシケッティーの交響曲第6番「吹奏楽のシンフォニー」に尽きると思います。

パーシケッティーは、管弦楽のための交響曲も色々と作曲していますし、
(確か第5番は、弦楽のためのシンフォニーだったかな・・・確かこの曲については、
 あのデュトワの指揮でCD化されていたと思いますが・・)
吹奏楽の分野でも「仮面舞踏会」・「ディヴェルティメント」・「ああ、涼しい谷間」など色々な
魅力的な作品を残しています。
この作曲家が1987年に亡くなった時は、結構ショックでした・・・

交響曲第6番は、音楽解説書風に書くと「新古典主義」的な作風です。
4楽章構成で、各楽章が短めながらも、全て引き締まって書かれていて、音楽に全く無駄がないと
感じる作品でもあります。
曲自体、全ての楽章に何か「霊感的なもの」・「インスピレーション」を感じるほど
独創的なアィディアが詰まっていて、音楽のおもちゃ箱、宝石箱みたいな楽しさもそこにはあると
思います。
第一楽章の小太鼓・トムトムで表現される何かせわしい感じの一方で大らかな空気も感じ、
第二楽章の一転してゆったりとした祈りのような歌の世界
第三楽章の「民謡」を思い出させるようなしみじみとした歌⇒何か懐かしい感じもします・・
第四楽章のメカニック的にアレグロなのですけど、突進する中にもスピード感や清涼感も
感じ取ることが出来、一気にクライマックスまで駆け上がります。

作風としては、確かに新古典主義時代のストラヴィンスキーにも何となく近いような印象も
あるのですが、
やはり全編を通じてのあの「霊感」はさすがとしか言いようがないです。

打楽器も、目立ってはいるのですが決して派手と言う訳でもなく、
ティンパニー・大太鼓・小太鼓・シンバル・タンバリン・シロフォーン・トムトム程度しか使用していないのに
管楽器を引き立たせる香辛料としての役割もさりげなく果たしている所が心憎いです。

演奏は、断然何と言っても
ハンスバーガー指揮/イーストマンが圧倒的お勧めです。
ライヴ録音とは思えない精密な作りに加えて、ライブ独特の高揚感も出ています。
他には、フェネルの東京佼成かな・・
この曲、残念ながらコンクールではほとんどお目にかかりません・・・
強いて言うと、81年の関東大会銅賞の都留文科大学と82年の東京都大会銅賞の創価大学くらいかな・・
でも都留文科の演奏はホント、ひどいですよね・・・
特に課題曲「イリュージョン」の出だしのひどさは、もはや「お笑い」の世界だとも思います・・
プリキュア5GoGoとドキドキの関連性を考えると、
共通性として、
人間界からのプリキュア+紫系の別世界のプリキュアから
構成されているという点だと思います。

ドキドキの場合、現役プリキュアですので今後人間界と別世界のプリキュア同士の
真の意味での絆が構築されていくのだと思います。

プリキュア5GoGoの場合、別世界のプリキュアとは言うまでもなくミルキーローズの事ですが、
こちらは、前作プリキュア5から既に「ミルク」という妖精の形で登場し、
のぞみやかれんさんとは一定の関係が既に構築されていましたし、
何よりも両者共に「パルミエ王国の復活」という当初の目的は完全に達成できていましたので、
2年目の5GoGoの時点では、既に自分達自身の問題は存在していなかったという事が背景に
あるのだと思います。

5GoGoの場合、それではどうやって一年間持たせたかと言うと、
のぞみ達にとっても、ココナッツミルクにとっても他人事の問題である
フローラからの「キュアローズガーデンの扉を開けて欲しい」という依頼に
関わったという事なのです。
言い換えれば、当事者にとっては全然関係のない話ですし、プリキュア5の時のような
パルミエ王国復活と言う自分達の問題ではなかったはずです。
(勿論、パルミエ王国の復活と言う話自体、のぞみ達には全然関係のない話ではありますが・・)
結局第一話で提示されたように、フローラからのぞみに対するお願いに応える形で
この5GoGoというストーリーが展開されていくのです。




でも、この時の対応がいかにものぞみらしくて、
フローラからの一見理解不能とも思えるお願いを
「この人、困っているから」との理由で簡単に「はい、わかりました」と即答してしまう辺りは
結構好きなシーンです。
同時に、そうしたのぞみを、りんちゃん・うらら・こまち・かれんさんの他のメンバーも
「えぇー」と言いながらも「仕方ないわね」と言ってさらっと受け入れてしまう事が出来るのも
やはり前作プリキュア5で、チームとしての信頼関係が完全に構築されていたという
事なのでしょう。

振り返ってみると、
プリキュア5では、かれんさんが当初妖精の蝶からプリキュアになる事を拒絶されたり、
りんちゃんとかれんさんの不和が色々な場面で散見されたり
のぞみのアホ振りにかれんさんが切れかかったり
最終的には第23~24話のときのようなプリキュア5の分裂という深刻な事態にも
なってしまいます。

だけど、これを乗り切ってきてからこその、5GoGoでの安定感があったのでしょう・・・

5GoGoでは、前作で色々あった時のようなメンバー間の相互不信・お互いの違いや個性の非尊重などは
全く見られず、安定した関係を維持していました。

逆にそれが少し物足りないのかなとも感じる時もありますが、その辺りは
ミルキーローズやシロップといった新戦力が時に色々かき乱してくれたので、
十分一年を通してのストーリー的な面白さを維持出来たのだと思います。

当初、プリキュア5GoGoに移行する際に、制作者サイドから
新鮮さを出すためにも、こまち・かれんを卒業させて、新戦力を新入生から入れたらどうか?という
案もあったらしいのですが、
「プリキュア5は、のぞみ・りん・うらら・こまち・かれんだからプリキュア5」という事で
現役続行になったらしいですが、
これは大正解だと思います。
中学生の辺りから星新一のショートショートは大好きでした。
星新一の作品って世間的には軽めに見られがちですが、今現在改めて読み返してみても
現代社会の矛盾点・問題点を1960年代~70年代にかけて既に見通しているという点が
非常に素晴らしく、とても過去の作品とは到底思えない点も多々あり、驚きです。

あの当時で既に現代社会が将来陥るであろう種々の問題点をこれ程分り易く示唆する作品は
無いだろうとも思えます。

だけど、当時家で星新一なんか読んでいると、自分の年の離れた兄が
「こんなしょーもない本なんか読んでいないで、もっと別の高尚な本でも読め」と必ず
ダメだしをするのが本当にイヤでした。
というか、自分と兄は、自分で言うのも何ですが、ホント昔からそりが合わないというか
感覚が合わないというか、
自分のやること言う事為す事全てを否定し、ダメ出しをするばかりでしたので
本当に煙ったい存在でした。
だけどそんな奴が宮城県内では、一番頭の良い高校⇒大学に進学し、学校の教師になっているの
だから、学業成績などほぼすべてにおいて兄と劣ると当時感じていた自分としては
本当に兄と一緒にいる事自体苦痛でした・・・

幸い兄は大学卒業と同時に家を出て行ったから少しは良かったものの、
兄・父親と折り合いが悪かった自分の居場所は既に無いというか、
「自分の行きたい学校は宮城県内にはない」という訳のわからない理由で合法的に
家を出る事ばかり考えていた中学~高校時代と言う側面もありました。

自分としては、誰かに「自分と言う存在」を認めて欲しかったのかな・・・? あの頃は・・

人間と言うものは、相手の目の中に確かに「自分」という存在が映っていると感じた時に
初めて心が開くものと思っています。
お互いがお互いを認め合うというのは、ホント難しいものですけどね・・・

話がそれてしまいました。

星新一に戻しますと、確かショートショートの中で「処刑」という話があったと思います。
ストーリー的には、近未来、人が死刑判決を受けた場合の処刑方法として、確か火星かどこかに
送られて、水を人工的に作ることが出来る球形の機械だけを渡されるが、その機械は
アットランダムな時期に爆発を起こし、死刑が執行されるという話だったと思います。

何かこの話は色々示唆するものがあると思います。

現在の日本の確定死刑囚は、狭い拘置所に閉じ込められ、確実に「死」が来るのを分っているから
「死」に対して一定の恐怖心を持って日々を過ごしているのかもしれません。
星新一の話でも、「小さな丸い球形」というちっぽけな存在が常にそばにあるから、
「死」を常に感じざるを得ず、「死」の恐怖と日々戦う事になってしまう・・・
だけど自分達自身はどうなのでしょう・・・?

確かに確定死刑囚のように日々「死」を意識した緊張状態にある訳でもない・・
星新一の話のように、「爆発⇒死」の根幹である球を常に意識している訳ではない・・・
人はある日突然事故に巻き込まれたり、大地震等の災害に巻き込まれたり、ガン告知を受けたりして
初めて「死」を意識するものです。
つまり、「死」という存在があまりにも巨大すぎて身近にあるものではないから、
普段は日常的には「死」を意識する事は少ない・・・
だけど最終的には「死」というものは、確定死刑囚や星新一の話のように身近な小さい距離だから
敏感に感じやすいか、あまりにも巨大すぎるから普段は意識しないだけの違いだけであって、
結局は誰にでもいずれは関わるもの・・・
それだからこそ、
いつ「死」の瞬間を意識したとしても、その時に「後悔」しないように
その時点での自分のベストは尽くしておこうという事なのかも
しれません。

だけど、自分としては、
他人に迷惑を掛けてまで生きたくはない。そうなった時は、ひっそりと自分自身の存在を
消滅させたいとはうっすらと考える時もあります・・・
管弦楽で使用されて、吹奏楽で使用されない楽器は、当然のことながら、
ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロの弦楽器です。
(なぜかコントラバスだけは吹奏楽でも使用されています)
逆に吹奏楽で使用される楽器なのに、管弦楽ではほとんど使用されない楽器は
サックスとユーフォニウムでしょうかね。

ユーフォニウムという楽器は、チューバを2/3程度の大きさにした楽器みたいなもので、
音域は中音域を担当しています。
このユーフォがオケの世界でも使用された珍しいケースとしては、

〇マーラー/交響曲第7番「夜の歌」第一楽章

 短い弦楽器の序奏の後にいきなりユーフォの高音域でのソロが始まります。
 何か不気味さとプカプカ音が溢れだす妙な世界が展開されていきます。
 だけどユーフォは、この第一楽章以外は全てお休みです・・・

〇ホルスト/組曲「惑星」より、Ⅰ・火星

 弦楽器がリズムを刻んでいる中、朗々とユーフォがソロを吹き鳴らします。
 ホルストの場合、不気味さは全くなく、「生き生きとした行進曲」みたいな感じで
 ソロが展開されていきます。

指揮者によって異なりますが、人によってはムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」のヴィドロの部分を
チューバではなくて、ユーフォに吹かせることもあります。
だけどこの部分は、チューバ奏者では大変じゃないのかな・・・?
事実、1997年の東京交響楽団の定期演奏会では、この部分をチューバ走者が完全に外し、
演奏がまじに止まると感じた位やばい瞬間がありましたから・・・

アルトサックスについては、オケの世界ではたまに出てくる「ゲスト楽器」みたいなものですが、
ユーフォよりは頻繁に使用されています。
その代表例として・・・

〇組曲「アルルの女」第一組曲

 もの哀しさをアルトサックスがふまく醸し出しています。

〇組曲「展覧会の絵」

 ムソルグスキーの原曲をラヴェルがアレンジしたものですが、古城にて使用しています、
 やはり哀愁をうまく出しています。
 ラヴェルだからできた芸当で、ムソルグスキーではこうした繊細なオーケストレーションは
 無理なのかも・・・

〇ボレロ

 アルトサックスではなくて、何とソプラノサックスとテナーサックスがソロとして
 使用されます。

上記はフランス系ですが、(サックスの発祥の地はフランス)
ロシアでも意外と使用されています。

プロコフィエフの交響組曲「キージェ中尉」・バレエ音楽「ロメオとジュリエット」でも
効果的に使用されています。
特にキージェ中尉では、その第四曲「トロイカ」でテナーサックスがコミカルにソロを演じています。
小澤征一指揮のように、このトロイカの部分にバリトンの声を使用する人がたまにいますが、
やはりこの部分はサックスでないと中々味が出てきません。

意外ですが、ラフマニノフもアルトサックスを使用した事があります。
その曲は、交響的舞曲というかなり晩年の作品ですが、
その第一楽章の中間部で延々と約1分30秒以上長々と哀愁とメラリコリーに満ちた哀しいソロを
吹きこなします。
これは最早「郷愁」の領域だと感じます。

現代では、
バーンスタインのウエストサイドストーリーの「シンフォニックダンス」がそのいい例かな・・?
こちらはスゥイング感一杯のノリノリの曲です。

やはり作曲家によって
もの哀しい部分を奏でたり、現代風なドライな感覚で奏でる事も出来るし
意外とその表現力は幅が広いとも思います。
3/10のドキドキは、やっと全員が揃いました。
まこぴーも少し心を開いたみたいなので、まずは一安心というか、
これでやっとオールスターDX2に間に合いました。
さすがに映画にまであの仏頂面はありえないですからね・・・
本日も四人揃っての変身シーンはあるのかなと思ったら、次週に持ち越しのようです。
うーん、これでは映画の方が本編に先駆けて4人での変身シーン初公開という流れなのかな・・?
キュアリズムだって、本編で登場するよりも先に映画で既にベルティエをゲット
していましたからね・・・





OPの中で、ゆりとアコが一緒にいると何だか親子みたい・・・
又えりかとアコという組み合わせもかなり意外な組み合わせでしたので、中々興味深い所です。
背が低いプリキュア同士、その点では意気投合なのかな・・?
もっともアコは小学生だけど・・

第6話は、ソードが完全に主人公なのですけど、
六花さん大好きの自分としては、六花さんの細かい動きも何か気になってしまいます。
真琴に改めてマナが自己紹介した際、同時に六花さんも自己紹介しましたけど、
何だかその目が
「私のマナにちょっかい出さないで」と訴えているような(?)気がしたのは
自分だけでしょうか・・??
うん、マナを巡る「正妻の座争い」も何だか面白そう。
ありすとの絡みを見てみると、何だか六花さんは、本シリーズにおける「突っ込み役」も
拝命さけたような気がします。
スマイルのサニーとか、プリキュア5のりんちゃんみたいな役割も今後担っていくのかな・・

来週あたりでキュアソードの細かい事とかトランプ王国の悲劇の全容が明らかになると
思いますが、
現時点においては、「マナ・六花さん・ありす」の三人幼馴染トリオと真琴の間には
「見えない壁」があるような感じがします。
マナ達3人が戦う理由・プリキュアとしての意義と
真琴が抱えるプリキュアとしての意義・目的は、完全に融合化されていませんし、
真琴自身、真の意味で3人とは絆が深まってはいません。
その為には、まずは真琴自身が「本音」で語りかける事が必要不可欠ですし、
「なぜ4人でプリキュアなのか、なぜ4人で戦うのか」という意義を明確化する必要があると
思います。
真琴には、「ジコチューと戦う」目的がありますが、マナ達3人には、まだその目的・意義が見えていません。

それをどう融合化し、整合化し、4人で戦う意義をプリキュア自身で見つけていくのか
今後の展開が楽しみという所です。

「プリキュア5GoGo」の場合、妖精出身のミルキーローズと他の5人という構成でしたが、
GoGoの場合、既にこの時点では(ミルキーローズ登場以前に)
「パルミエ王国復活」という大きな目的は達成出来ていました。
だからGoGoの物語の主軸である「キュアローズガーデンに行く」という目的は、正直他者の問題でも
あったと思うのです。
だからこそ自分達自身の問題ではなく、他者の問題をのぞみという核を中心に達成していくという感じ
だからチームとしての結束力は当初から問題はなかったと思います。
(ミルキーローズの性格の問題は置いておいて・・・)
その点で、ドキドキは、真琴は「まさしく自分達自身の問題」
マナ達は、とりあえすば「他者の問題」
この見えない壁をどう乗り越え、プリキュアとして戦う意義を見出していくのか、
一年かけて自分達に何を提示してくれるのか
まさに毎週日曜日は「ドキドキ」です。
1988年に某第二地方銀行(むかーしの相互銀行)に入行したものの、
大半の新入行員というものは、まず預金部門に配属され、そこから出納→普通預金→定期預金→
為替→当座預金→テラーという一連の業務の中で流れを実地で学ぶのが定例パターンです。
でもなせか自分の場合、いきなり融資課なんて所に配属され、正直何が何だかよく分らないまま、
頭上を訳の分からん専門用語が飛び交う中、ひたすら戸惑い続ける日々が1988年当時の
自分だったかなーと今にして思うと、そう感じます。

だけど色々と慣れるにつれて、
漠然としたものですが、世の中のお金の流れというものも現場で理解できたような気もします。
例えば、当時よくあった例として、
不動産屋(当時はまだ総量規制もなかった時代・・)の商品物件購入の案件があります。
まずは業者の資産状況分析という事で、貸借対照表を作成したり、
担保評価という事で、現地確認と周辺の売買事例を探りに行ったりもします。
だけど、あの当時は、「土地神話」が生きている時代で、
土地さえ購入すれば確実に半年後には購入価格の120~150%以上で売却できるという感覚が
金融機関内部・業者誰もが共通認識で持っていたと思います。
当時、自分もよく千葉県印旛郡とか八街とか潮来とか山武郡とか担保調査に行かされ、
「本当にこんな土地購入して大丈夫なの? 本当にここ開発されるの? 購入する人いるの?
こんな価格で購入しても本当に転売できるの? 本当に銀行として融資金回収できるの?
そもそもこの業者のオヤジのこの胡散臭さは何?」など色々疑問は感じたものの、
確かにあの頃は、融資金で商品物件を業者が購入しても、購入価格の3割増程度で
即転売できていましたしね。
万一、中々売れなくても、銀行の方で、「融資期限延長稟議」なんてびしびし本部にあげて
簡単に承認されていましたしね・・・

当時は、「世の中こんなものか」と少々甘く考えていたものですが、
このツケを2~3年後に金融機関も業者も自分自身も払う事になるのです・・・


〇愛工大名電

 5年連続金賞にリーチがかかり、この年がまさに「勝負」の年でした。
 だけど演奏は・・・・
 「うーーーーーーん、何だこりゃ」という評価に迷う演奏でした。
 課題曲「深層の祭り」が「緻密性」が売りのこのチームとしては、音量の乱暴さばかりが目立ち
 全然精密に構成されていないし、粗い金管セクションが何か引っかかりました。
 自由曲の矢代秋雄の交響曲も一言で書くと
 「全然消化されていない」
 何か妙に音が分厚いせいか、この曲の魅力である「アレグロの切れ」が全然感じられない演奏
 でした。
 やはり金管群の音が粗く固かったのが最後まで印象を悪くし、サウンドも乱暴で強引な
 ドライヴでした。
 というか、聴衆に何も伝わらない演奏でした・・・
 成績発表の際、ステージで表彰状などを受け取っていた3人の部員のがっくりと肩を落とした姿が
 何とも気の毒でした。
 だけど、このチームは2年後に同じ自由曲で再度全国に臨んでいますが、
 こちらは素晴らしい演奏です。特にファゴットはトップクラスのソリスト賞を贈呈したくなる程の
 演奏です。ピッコロとのユニゾンも絶品です。
 でも88年の演奏も90年の演奏も同じ「銀賞」というのも
 何か少し納得がいかない感じ・・・
 88年に聴いた際は、「え、まさか名電銅賞・・」と感じたほどですから。

〇東海大学第四高校

 前年の銅賞は正直聴衆の立場からすると全然納得いかないものでしたし、
 「このダフクロのどこが良くないというのか」という思いでした。
 この年は、ここ数年間の低評価の鬱憤を全て晴らそうという思いが結集したせいか(?)
 演奏に気迫と気持ちが入ったまさしく「一音入魂」の素晴らしい演奏でした。
 自由曲の「プラハ1968」は、これまでは第三楽章の後半と第四楽章をつなげる形が多かったのですが、
 東海大四は、第一楽章から開始し、第三楽章を経て、第四楽章へつなげる初めての
 パターンとなりました。
 ただその分、第四楽章の後半がバッサリカットされ、
 ラストのコラールの部分がティンパニのソロを含めて大きくカットされたのは
 少し残念だったかな・・?
だけど聴衆には確実に「何か」を伝える事が出来た演奏です。
 第一楽章でシンバルを二台同時に打ち鳴らしたのはインパクトがありました。
 金管の切れ味、木管の上手さ、申し分なかったと思います。
3/10(日)は何か妙な天気の一日でした。

午前中から昼間は、小春日和を通り越し、もはや「初夏」の薫りすらする
暖かいを通り越した「少し暑い」感じでした。
冷え性の自分としては、どんなにこの暖かい日、そして「春」を待ちわびた事やら・・・!!
だけど、PM14:00前後から急に状況が一転しました。
風が吹き出し、砂煙が舞い出し、
車に乗っていても、左右からの風であおられて、ハンドルをしっかりと握っていないと
飛ばされるような感覚するあった異常な強風と砂塵でした・・・
それが収まったと思ったら、急に冷え込み、
現在は「冬」に逆戻りです。
昼と夜は、気温差が15度程度あるとの事です。

でも確実に「春」が近づいているのはとても嬉しい事です。

管弦楽曲ですと、「春」と言うと・・

〇ヴィヴァルディー/四季より春

〇ストラヴィンスキー/春の祭典

〇シューマン/交響曲第一番「春」

〇交響組曲「春」

などが思い出されますが、

吹奏楽曲で言うと、リードの序曲「春の猟犬」が真っ先に思いつきます。

次に来るものと言うと、個人的には、ホールジンガーの
「春になって、王達が戦いに出向くに及んで・・」を想起してしまいます。

でも、この曲は色々魅力が尽きない曲ですし、視覚的にも聴覚的にも飽きがこない作品です。
多彩な打楽器、金管群の高音域の咆哮、声を効果的に使用など
色々な意味で聴きどころ満載だと思います。
ストラヴィンスキーの「春の祭典」も、冬の間の鬱屈したモヤモヤしたものを
吹き飛ばすエネルギー感に溢れた曲と思いますが、
ホールジンがーのこの曲も、「春」のドキドキ・ウキウキ・ワクワク感をホント、上手に
管楽器と打楽器とコーラスで表現していると思います。

この曲を初めて聴いたのは、確か92年の八戸北高校だったと思います。
演奏は、非常に粗野で雑なドライヴなのですけど、高校生の若さ溢れる爆発力が
随所に出ています。
でもこの高校は、翌年は三善晃の「管弦楽のための協奏曲」という難曲を冷徹に精密に仕上げてきたから
これも驚きです・・・

この曲は、色々と全国でも支部大会でも演奏されていますが、
個人的に一番好きな演奏は、関東大会スカ金ですけど、東海大学相模高校の知的さと爆発力が
うまく融合した演奏だと思います。

他には、音源がないため、今となっては記憶だけなのですけど、
東京都大会の「早稲田大学」です。
この大学が都大会に出てくること自体極めて珍しいので、余計印象に残っています。
ワセオケと呼ばれる「早稲田大学交響楽団」は比較的知的で上品なサウンドですが、
この時の早稲田の吹奏楽団は、雑で粗野で乱暴で荒っぽいとんでもない演奏です。
銅賞の評価は当然なのですけど、
すごく印象に残っている演奏です。
確か打楽器奏者が11人程度いたと思いますが、打楽器と金管群の暴発エネルギーには、
聴いていて、「うるさい、やかましい」と思う反面、
「聴いていてワクワクさせられる」というドキドキ感があったのも紛れもない事実です。
強奏時の音のうねりは、普門館の会場の空気を左右上下に彷徨っていましたけど、
その爆発的エネルギーは妙に感心させられました。
ワセオケが早稲田の知的さを示唆するものならば、
早稲田のこの年のホールジンがーは、早稲田の別の顔である「庶民性、粗野だけど大胆」という側面を
遺憾なく発揮してくれたと思います。
自分が死ぬ時って、その「自我」というか「自分自身の意識」って
一体どうなるのでしょうか・・・?
なぜか、このテーマは子供の時から浮かんでは消え、又たまーに浮かんでは消えという
感覚だったような気がします。

人間にとって「怖い事」とは何なのでしょうか?

それは「慣れる事」と「無知な事~知らない事」だと思うのです。

「死んだ後の意識」というテーマは、
誰もそれが分らないから、誰もそれについての明確な回答を知らないから怖いという事
なのだと思います。

もしも自分自身が死亡し、その意識も自分自身と一緒に完全に消滅するとするならば、
人間と言うものは、案外もっと開き直った存在になるのかもしれません。 
別に悪事をたくさん働いても死後にそれが厳しく糾弾されないとか、死後にそれに対する
永遠の後悔の意識を持たずに済むという事ならば、
意外と現世は、悪の巣窟の場になってしまっているのかもしれません。

だけど、死んだ後の世界が誰もわからないし知らないから、
死後も生前の意識や罪を背負うのか分らないから、
「宗教」がそこに発生する素描が生まれたり、生きている間に悪行を慎もうという
自己制御の意識が働くのかもしれません。

ただ、本音としては、
自分が死んだら、その後は自分自身の意識と共に全て消滅したい、
だけど生きている間は他人には迷惑を掛けずにひっそりとひそやかに生きていたい
という気持ちの方が強いような気もします。

人を規律するもの、制御するものとは一体何なのか・・・?

それは、本来的には、「人間の良心」なのでしょう。
だけどそれでは人間社会をコントロールする事が出来ないので、外面的規律として
法律・社会システムがあるのかもしれませんよね。
本年度現役プリキュアの「ドキドキ」のキュアハートの変身時の決め台詞は、
「愛を失くした悲しい〇〇さん、このキュアハートがあなたのドキドキを取り戻してあげる」
というものですよね。





この際、キュアハートは、指でハート型を示しますが、
何だかこれを見ていると、
フレッシュのキュアピーチが「ピンクのハートは愛ある印」と言って同じくハート形を指で
示していた光景を思い出してしまいます。

同時に、勝手な妄想で申し訳ないのですが、
もしもキュアピーチが、現在のキュアハートの決め台詞を語らせたらどうなるかを
考えた所、
「愛を失くした悲しいイース、このキュアピーチがあなたの幸せ取り戻してあげる」という
言葉が何となく出てきました。

確かに、「フレッシュ」の場合、全体を通じての主人公はピーチなのですけども
第二の主人公は、明らかにイース⇒キュアパッションなのだと思います。
後半は、仲間を結果的に裏切った事と過去の己の悪行の数々に対する贖罪意識の強かった
パッションに対して、ラブ達の
「過去は過去、現在はあなた自身が幸せになる事から始めてみれば?」という強いメッセージを
感じる事が出来ます。
フレッシュ全体のテーマとして、「救済とは何なのか?」という事もあったと思いますが、
要は管理国家ラビリンスからの救済という大きなテーマもあったと思いますが、
もっと身近な例として、罪の意識に苦しむパッションの過去からの救済という意味合いも濃かった
シリーズなのだと改めて感じます。

同じ事は既にSSにも見られていましたよね。
対象者は満と薫なのですが、あの二人の場合、
「愛を失くした悲しい満と薫」というよりも「凍りついたハート」という言い方の方が
よりしっくりきそうな感じでした。でも結果的に、二人の凍りついたココロも咲と舞が
半年かけて溶かしたというのがSSの主要テーマの一つだったような気もします。

のぞみの場合、元々優しく芯が強い娘なのですが、
のぞみのその優しさが廻りの人間たちを更に成長させたという事なのかもしれません。

さてさて、まずはキュアハートがいかにして
「仲間なんていらない」といったキュアソードの愛やドキドキを取り戻してくれるのか
期待をもって見守っていきたいと思います。

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