プロフィール

ぬくぬく先生 

Author:ぬくぬく先生 
開設当時は、1980年代吹奏楽コンクールの花輪・秋田南・就実・仁賀保・屋代等の素晴らしい演奏を後世に少しでも伝える事が出来ればいいなと思ってこのブログを始めたのですけど、いつのまにか「プリキュア」がメインになってしまいました・・・
最近は「東方Project」も大好きです!!
吹奏楽もプリキュアも何か自分が感じた事を少しでも後世の方に受け継がれるべきものが残せればいいかな・・と思っています。
ちなみに、「大好きプリキュア四天王」は、ドリーム・メロディ・ハッピー・ラブリーです。
ドリームとメロディは自分の中では既に殿堂入り状態ですけど、
現在は・・・・ラブリー大好き!!のラブリー一辺倒です!!
リアル社会では、建築関係のクレーム&アフター責任者を専従し、毎日毎日クレーム対応に当たる日々です・・・
裏の顔は・・・プリキュアと吹奏楽とクラシック音楽一辺倒です・・・
特に特に大好きな作品は・・・プリキュア5とスイートとハピネスチャージです!!
ちなみに、奥様は・・・ミルキィローズとセーラームーン好きの管理人以上のおこちゃまです・・・
東方で大好きなキャラは・・・とにかく大好きキャラがてんこ盛りで、全員大好き!という感じなのですけど、特に特に・・・さとり様・ゆかりん(紫様)・早苗さんはお気に入りです!!
吹奏楽では・・ネリベルの「二つの交響的断章」と「アンティフォナーレ」、スパークの「ドラゴンの年」、リードの「オセロ」と第二組曲「ラティーノ・メキシカーナ」、パーシケッティーの「仮面舞踏会」、C・スミスの「ダンス・フォラトゥーラ」などが死ぬほど好きで、クラシック音楽では、ウォルトンの交響曲第1番と矢代秋雄の交響曲、プロコフィエフの交響曲第5番、アーノルドの交響曲第2番、第4番、ショスタコの交響曲第7番「レニングラード」、マーラーの交響曲第3番「夏の朝の夢」、ハンソンの交響曲第2番「ロマンティック」、ストラヴィンスキーの「火の鳥」、ベルクの「ヴァイオリン協奏曲」、ラフマニノフの「交響的舞曲」などが大好きです!!
クラシック音楽を吹奏楽にアレンジし、そのコンクールヴァージョンの演奏としては・・・
1982年の就実高校の「幻想舞曲集」と
1987年の習志野高校の「ダフニスとクロエ」第二組曲の演奏、そして、
1987年の雄新中の「エルザの大聖堂への厳かな行列」が
まさに私の「原点」です。
最後に・・・
私の吹奏楽との関わりの真の意味での「原点」は・・・
1979年の市立川口高校の神がかり名演としか言いようがない
「二つの交響的断章」に尽きると思います!!


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テレビ埼玉では、毎週六時半から「フレッシュプリキュア」が再放送されています。
生で見ることは不可能ですので、録画をする事が多いのですが、
間もなく、イースがキュアパッションとして生まれ変わる週が近づいていて
とても楽しみです。

プリキュアシリーズは、本当に名場面の回が非常に多いのですが、
特に大好きな名シーンを三つあげると、

1.初代プリキュア(無印)第8話
 なぎさとほのかの感情的ズレから熱い友情が始まる回
 この回も勿論良いのですが、その伏せんとなる場面が6~7話で盛込まれ
 かなり綿密に計算されている印象があります。
 それにしても、この回は本当に名シーン
 個人的には、全てのプリキュアの原点は、初代プリキュア第8話につながると
 思っています。

2.yes!プリキュア5 第24話
 メンバー間の喧嘩と各人が有する「心の弱み」からの告発によって
 5人が分裂してしまう話。
 それを敵組織につけこまれてしまうものの
 のぞみの強い意志によって再度メンバーの結束を取戻し
 より強い絆が生まれる回。
 メンバー全員の手つなぎシーンは、シリーズ全体の頂点に立つものと
 思えるくらい泣ける場面です。

3.フレッシュプリキュア 第23話
 イースがキュアパッションとして蘇るシーン
 ラブとイースの決闘には熱いものが感じられます。
 泣きながら戦うラブが印象的

プリキュアシリーズの中で、イースからパッションに生まれ変わったように
敵方幹部からプリキュアに生まれ変わったものとして、他にもスイートの
キュアビートの例があると思います。
だけど、あまり目立ってはいませんけど
イースよりはるか前に敵方幹部からプリキュア(に近いもの)に転身した例も
あります。

それが二代目プリキュア(スプラッシュスター)の満と薫です。

スプラッシュスターは、当初2年続く事を前提に構想されたと思われますが、
二年目に突入した際に、元々は、満がキュアブライトに 薫がキュアウィンディーに
なったと予想されます。
だけど諸々の事情から1年でシリーズとしては終わることなり
苦労の末、ブルーム→ブライト イーグレット→ウィンディーへの変身という苦肉の策を
思いついたと思われます。

自分としては、満は結構好きなキャラクターでしたので、是非キュアブライトとしての
活躍は見たかったのですけどね・・・

満と薫はその意味では不遇のキャラクターなのかもしれません。

でも自分としては、スプラッシュスターは大好きなシリーズです。

前作がかなり過激という事もありましたけど、それに比べて大分戦闘シーンはマイルドになり
自然描写が優しくなり、登場人物も普通の中学生らしい素直で伸び伸びとした感じが
よく表現されていました。

スプラッシュスターと言えば、忘れてはいけないのが敵方マヌケ幹部です。

初代の敵幹部は、ウラガノスを別とすると比較的マヌケ要素が少なく、ガチで勝負を
仕掛けてくるパターンが多かったのですが、
二代目になると、敵方幹部もまぬけ要素が増えてきて、天然系の幹部が多く
とても楽しいです。(特にミズシタターレ)
オールスター第二作で、スプラッシュスターから敵幹部が4人も選出されたのは
本当にうなずけます。

でもプリキュアシリーズで、最大のマヌケ幹部は、「ウェスター」でしょうね。

彼のアホっ振りには本当に乾杯!!と言いたいところですね。
 
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市立川口高校

私は実は埼玉県の川口市に在住しています。

生まれと育ちは東北でしたが、大学進学以降はずっと関東に住んでいます。

田舎が嫌いで、早くから親元を離れたくて仕方が無く、
「東北では自分の行きたい学校がない」ともっともらしい理由をつけて
親から一日でも早く独立したいという気持ちが強かったものでした。

ただ昔から住むなら「川口市」がいいなーと漠然と思っていた大きな理由は
「市立川口高校吹奏楽部」の存在が大きかったと思います。

この学校の全日本吹奏楽コンクールの全国大会出場は1979年で、
初出場・プログラム第一番というハンデを乗越えて、堂々金賞を
受賞します。
この年の課題曲B/プレリュード
自由曲/二つの交響的断章は、正直今聴いてもゾクゾクする程のインパクトが
ありますよね。
特に二つの交響的断章の、パーカッションのセンスの良さと切れ味
ドラの威圧的な響き
サックスのデュエット
圧倒的なフォルテの迫力とそれでも音が割れない透明な響き
本当に今聴いてもため息ものです・・・

二つの交響的断章に関しては、30年以上経過した今でも、この演奏を超える演奏は存在していないと
思います。

1981年~82年にかけては
指揮者自身による自作自演シリーズが始まります。
曲のタイトルがまた泣かせますよね・・・→「無言の変革」

聴いた当時は、10人以上の打楽器奏者・法螺貝の響き・グランドハープ・本物の鐘
などに圧倒されたものですが、
今改めて聴くと、別に曲自体に目新しいものは何も無く
音楽をどっきり仕掛けで驚かせるだけという感じもします。

市立川口を始めて生で聴いたのは1984年の全国大会でした。

正直べら棒にうまいとか、独特の表現をしているとかの感じはしませんでしたが、
予想以上にppの静かな部分の表現力を重視しているような感覚がありました。

1986年以降は、オセロ・神話・ハムレット・仮面幻想など
どちらかというと普通の選曲をするようになり、
常総学院・埼玉栄などの新興勢力の前に押され気味になり、
1992年以降静かに表舞台から去っていきました。

この学校の定期演奏会を聴いたのは1989年だったと思いますが、
ダッタン人の踊りなんかは「えー、本当にこれがあの市立川口?」と頭を抱え込む程度の
演奏でしたが、エル・カミーノ・レアルの躍動感溢れる高校生らしい演奏は
普段のメンバーを垣間見れて、何かホッとしたものでした。
でもこの当時でさえ、演奏会場は、ボロボロの川口市民会館だったのが
何か笑えて気の毒でした・・・

1979年が全国初出場と記しましたが、その前年までこの学校の自由曲は
ローマの謝肉祭・どろぼうかささぎ・ジェイガー/第二組曲と、正統派的な選曲だったのに
この年で何がメンバーを生まれ変わらせたのでしょうね。
どういうきっかけがあったのでしょうか?

今となっては知る由もないのかな・・・
大学を卒業して以来ずっと(不本意ながら・・?)会社員勤めをしていましたが、
今勤めている会社を別とすると、これまで在籍した会社は全て
破綻・解散・閉鎖などつぶれてしまったものばかりです。

こうして書いてみると、
「何て悲惨な運命」とか「何て運がない」と思うかもしれませんが、
本人には全くそうした意識はありません。

負け惜しみでもなんでもなくて、
「色々な会社・人間・風土・社風・考え方を生で体感できて面白かった」と
胸を張って言えると思います。

勿論生涯賃金とか退職金とか金銭面から考えると膨大なマイナスでしょう。

だけどお金はあの世に持っていけないし、子供には恵まれなかったので
妻と二人で細々とでも生きていければ、それでいいかなと思っています。
大好きなプリキュアを視聴し、音楽を聴いて、たまに日帰り温泉施設でボーーッとし、
ささやかな幸せをたまに実感していければ
それでいいかなと思っています。

一番最初に勤めた会社は「銀行」でした。

自分が大学4年生の時は、バブルに向かう絶頂の時代で、
特に就職活動も苦労せず、
今の学生さんには本当に申し訳ないのですが、
実質就職活動2週間程度で3社から内定を貰えた時代だったのです。

当時の銀行は、本当にイケイケでして、仕事のノルマは預金集めではなくて
お客様にひたすらお金を貸すこと、融資量をひたすら追う時代でした。
本来融資の基本姿勢は、「顧客のヒト(人間性)・モノ(担保価値)・カネ(資産状況)の三つを
バランスよく見て判断すること」のはずですが、
当時は担保価値さえあれば、いくらでもカネは貸せるという誤った価値観に全行員が
支配され、バブル崩壊以降は、ご存知の通り不良資産の山だけが残り、
破綻という最悪の悲劇にたどりついた訳なのです。

でも、銀行員は本当に表の顔と裏の顔は全然違いますよ。

本音と建前の使い道は本当に上手く、上司への告げ口とちくりは日常茶飯事でしたので
これは本当にすさまじいの一言に尽きると思います。

銀行が破綻して以降は、基本的には住宅関係の仕事に従事していますが、
なんかやっと世間の常識にあった仕事をしているというのが本音です。
初めて全日本吹奏楽コンクールの全国大会を聞いたのは、1984年【第32回大会】の
高校の部でした。

自分にとって「全国大会」とはレコード(当時はCDすらも普及していない時代でした・・)
の録音された演奏しか知らず、生で聴けるとは感謝感激という事で
非常にわくわくした気持ちで行った事は今でも鮮明に覚えています。

ちなみに当時は、現在と違って「当日券」も特に並ばずに当日に簡単に買えましたし、
前半・後半入替えとか、指定席とかそういう面倒なことも無く、朝から夕方過ぎまで
同じ席でゆっくりと鑑賞できました。
(自分の記憶では1986年あたりから、当日券の購入自体難しくなっていた感じはします。)

でも正直意外な感想でした。

思っていたよりもどの高校も全然下手くそで、正直
「えっ?こんなものなの・・・!?」と驚きました。

プログラム1番の天理高校も自由曲冒頭のフェスティヴァル・ヴァリエーションの冒頭は
思いっきり外すし
(だけどサックスセクションの後打ちのリズムの音色は光り輝いていたのが印象的)
嘉穂高校の「ダッタン人の踊り」は技術的に全然消化できていないし、
(その3年前のガイーヌのレスギンカの名演はどこにいったんだ・・・)
土佐女子・出雲・金山学園・東邦などの目を覆うばかりの悲惨な演奏は続出するし、
浜松商業の、自分が聴いた限りでは最低レベルの本当にド下手くそとしか表現の仕様が
ない演奏もありました。
(浜松商の自由曲は確か、カタストロフィーでしたが、本当に演奏自体破綻してしまった・・・)

習志野も当時4回目の出場でしたが、自由曲が「地底」という今では考えられない選曲でしたし、
柏も確か初出場でしたが、自由曲がリードのアルメニアンダンスパートⅡという今では
考えられない選曲・・

札幌白石は躍動感はありましたが、音楽として未消化の面が悔やまれましたし、
中村学園は、自由曲の演奏中に拍手が入ってしまう事件までありました。
秋田南は、これまでの輝かしい実績と邦人演奏に期待したものの、演奏が硬く
ガッカリでした。
(大太鼓のお兄さんの妙な威圧感が印象的・・・)

でも中にはキラリと光る演奏もありました。

花輪高校

前年のベルク/三つの管弦楽曲と無調音楽の呪縛から開放されたせいか(?)
ハチャトゥーリアンの交響曲第3番「シンフォニーポエム」を吹奏楽初演として
高らかに歌い上げていました。
マリンバ2台の手さばきが極めて印象的です。

神戸高校

サロメはこの後色々な演奏を聴きましたが、この学校のサロメの色っぽさは
今でも印象に残っています。
特にタンバリン奏者の舐め尽くすようなスタイルが今でも鮮明に頭に残っています。

東海大学第四高校

自由曲が今では想像つかないけど、「天使ミカエルの嘆き」
静かな場面での聴かせる演奏、ラストの絶望感は素晴らしかった。
何でこの演奏が銀賞だったんだろう?

野庭高校

この日一番感銘を与えてくれた演奏でした。
前年のアルメニアンダンスパートⅠも素晴らしかったけど、
この日の演奏は聴いていて、多少やり過ぎ感はあるけど
演奏に自発性と素直さが伝わってきて、
「ああ、演奏している人は本当に音楽が、この曲が好きなんだなー」と
手にとるように分かりました。

今でもいう人がいますけど、淀川工業と富山商業は何で
銀賞だったのでしょうかね・・・?

1984年の実際の評価と自分の採点はほとんど噛合わず
自分が金賞をつけた学校の半数近くが銀賞、逆に銀をつけた学校の半数が
金賞でした。
銅賞はほぼ一致していましたが・・・

実際の評価と自分の採点のここまでの乖離は、正直この年だけで、
あとはほぼ一致することが多かったのですけどね。

初めて聴いたせいなのかな・・・?

でもくどいようですけど、この年のレベルは本当に低かった!!
そんな中、野庭と花輪は素晴らしかった!!!

スマイルプリキュアの緑川なおは、スマイルプリキュアのメンバーなのですが、
プリキュア5のメンバーには恐らくなれなかったかも・・・
プリキュア5は、蝶が「誰かを助けたい」という強い意志を持った人間の手に止まって
初めてプリキュアの資格を持つ訳ですが、
虫が大嫌いな「なおちゃん」では、プリキュアに到底なれませんよね・・・。

それにしても、同じ緑のプリキュアでも、こまち(キュアミント)となおは
えらい対照的ですよね。

自分の言いたい事や本音はついつい自分の胸に秘めてしまうこまちと
言いたい事は誰にでもズバーッと言ってしまうなおは、その対比が非常に面白いと
思います。

マーチについては、もしもプリキュアオールスターが継続化されていくのならば、
いつの日にか、ルージュとの炎のサッカー対決(ファイヤーストライクとマーチシュート)を
見てみたいと思います。
ついでに言うと、サニー対ルージュの炎のプリキュアの突っ込み対決も
見てみたいです。

でも実は、キュアミントは、28人のプリキュアの中で案外最強なのかなーと
思う瞬間もあります。
(メンバーがへこんだり、混乱している時に喝をいれるこまちさんも素敵ですけど・・・)
プリキュア5の第43話のミント砲の迫力は、ドラゴンボールのカメカメ波やDr.スランプのあられちゃんの
んちゃ砲を彷彿させるものがあります。
もっともミント砲はそれ以来一度も発動されていませんし、ただ一度きりの発動でしたが、
それはすごく印象的です。
もっともその第43話自体は、どちらかというと、こまちのナッツに対する思いを軸にしたかなり
切ない話でもありますし、ドリームの「だって自分で決めたんだもん、自分の夢だもん、だから
自分のためなんだもん」の名セリフを生み出した回なのですけどね。
歴代28人のプリキュアで一番大好きなプリキュアは、キュアドリームです。

恐らくドリームを超えるプリキュアは出現しないかもしれません。
(ドリームの後継者はピーチかもしれませんけどね)

個人的には、歴代プリキュアで美人プリキュアを5人挙げなさいと言われると・・・

①キュアピーチ
②キュアイーグレット
③キュアメロディー
④キュアビューティ
⑤キュアアクア

を推したいと思います。

可愛いとなると、

シャイニールミナス・ドリーム・レモネード・ブロッサム・ハッピー辺りだと思いますが、
一番可愛いプリキュアは、現役ですが「ハッピー」だと思います。

ハッピーは本当に可愛いですよね。

一見ドジであわてんぼうで、勉強が苦手で、気持ちは常に前向きな所は、ドリームを想起
させますが、ドリームは自分の意思をしっかりと持ち、周りをグイグイ引っ張っていく
妙なカリスマとリーダーシップを持っているのに対し、
ハッピーはそうした所はあまり強く有していません。
(もっとも「スマイルプリキュア」自体、一人のリーダーが前面に出るという感じ
 ではなくて、皆で力を合わせれば何とかなるという協調性が相当面発揮されている
 ようにも感じます)

どちらかというと、転校生で、転校初日の自己紹介で外したり、転校時の最初の友達が
二番目のプリキュアになる辺りは、ブロッサムに近い面があると思います。
ブロッサムの初変身時もひどかったけど、ハッピーもそれに近い面もありますよね。
もっともハッピーは、初回変身時には何とか一人でアカンべエを浄化できていますけど・・・
でも2回目と3回目の際には、渾身の必殺技の軌道を外すという前代未聞の技を披露している所が
ハッピーらしいというかご愛嬌ですね。

現在の「スマイル」は5人全員に明確な特徴があり、個人としてもチーム全体としても
光るものを持っているところが大好きです。

それにしても今年の食玩は、プリキュアに関しては多種多彩ですね。例年こんなに色々
出ていましたっけ?
食玩フィギュアのハッピーの可愛さは危険水域に近づいていると思います。
特にプリンセスフォームのハッピーは本当に可愛い。

でもプリンセスフォームで一番得をしたのは、あかねちゃんですかね。
サニーはスポーツ少女設定で、当初は人気が出るのか少し不安だったのですが、サニーの
可愛らしさと関西弁にはメロメロの一人です。
プリンセスフォームで、お団子型の髪型から長髪になって
「あれっ、サニーってこんなに美人だったかな」と思わず唸ってしまったほどです。

ビューティさんのプリンセスフォームは「ライオン丸」かな・・・?

マーラーの交響曲は、どちらかというと5番以前の作品が好きで、一番好きな作品は
1番「巨人」だと思います。
この曲はいいですよねー。第一音楽の構成が恐ろしく分かり易い。
第一楽章冒頭の夜明けのカッコー
第二楽章の気負い
第三楽章の「あーあ、嫌になっちゃうよー」
第四楽章の「今はダメダメだけど、今に見ていろよ、きっと自分だって・・・」

曲もそれ程長くないし
(というか第3番「夏の朝の夢」の100分が長過ぎ・・・)

そんな中、第6番「悲劇的」は正直あまり好きな曲ではありませんでした。
CDを聴いても、作曲者が何を言いたいのか、その意図が正直あまり見えないもどかしさは
ありました。


この曲を初めて聴いたのは、確か1997年の沼尻竜典指揮の新星日本交響楽団だったと
思います。
自分自身、音楽は極力生で聴くのが一番理想的と思っていますし、ライヴの高揚感はその瞬間に
会場にいたものでしか味合わない何かが潜んでいると思います。
第一・第二楽章は、現実が自分の意思とは関係なく突き進んでいかざるを得ない悲壮感が
漂っているのが何となく分かりました。

問題は第三楽章でした。

重苦しい第一・第二楽章の後だから、現実をしばし忘れさせてくれる「ファンタジー」が
充分感じ取ることが出来ました。
この楽章の頂点で牛の鈴(カウベル)がガラーンゴローンと鳴り響きますが、あれは恐らく
マーラー自身が、現実を一瞬忘れさせてくれる子供の頃の楽しかった思い出がフラッシュバック
したものなのかもしれません。

この辺りは正直生演奏でないと分からないかもしれません。

CDだけを聴くと、抒情楽章の中に用いられる特殊楽器としか思わなくても、
実際に打楽器奏者がカウベルを鳴らしている光景を見ると、「現実から一瞬でも逃避させてくれる
子供の頃の記憶」を表現しているのだなーと直感で分かってしまいます。

これは一つの視覚的効果なのかもしれませんね。

フィナーレに入ると、カウベルが再登場しますが、今回は子供の頃の楽しい記憶というよりも
過去を引きずっているという重い感じの方が濃厚です。
有名なシーンですが、ラスト近くで、ハンマーが板を叩きつけるシーンが出てきますが、
音というよりも、力一杯下に叩きつける視覚的効果の方がより強く感じられました。

「お前は既に死んでいる・・・」と死神から死刑宣告を受けたようなインパクトはありました。

でもこの曲の一番嫌なところは、
曲が静かになってやっと終焉を迎えるのかなーと思っていたところに
突然一瞬曲が盛り上がってジャンと鳴る所ですかね。

あれは柴田南男が著書の中で「背後から突然刺される感覚」と書いていましたけど、まさに
その通りですね。
本当に最後の最後で止めを刺されたという感触以外の何者でもありません・・・

音楽は音だけではないのですね。たまにこうした視覚的効果が効果を大いに発揮する曲も
あるものです。
プリキュアシリーズでは、各シリーズこどに「カップリング」が登場していますが、
有名なところでは、なぎほの・のぞりん・ラブせつあたりでしょうか。

ほとんどの場合、主人公クラスのピンクプリキュアが主にブルー系プリキュアと組んでの事が
多いと思いますが、アホでドジなピンクに対して、知的・冷静なブルーの対照的なカップリングが
面白いと思います。

歴代シリーズのカップリングを例えるとどうでしょうね、

なぎほの【ブラックとホワイト】→戦友
咲舞【ブルームとイーグレット】→夫婦
のぞりん【ドリームとルージュ】→馬鹿旦那と世話焼き女房
ラブせつ【ピーチとパッション】→同棲カップル
つぼえり【ブロッサムとマリン】→親友
ひびかな【メロディーとリズム】→バカップル
みゆあか【ハッピーとサニー】 →漫才コンビ

という感じでしょうか?

他にも、こまかれ【ミントとアクア】→お姉さまコンビ
    あかなお【サニーとマーチ】→体育会系
などが印象的です。

シリーズを超えてしまうと、オールスターでの場面しかないと思いますが、個人的には
「のぞラブ」→スーパーボジティプコンビ・「りんあか」→最強の突っ込みコンビ
「りんなお」→サッカー少女コンビ・「うらやよ」→天然系コンビ
「かれれい」→お金持ちお嬢様なども
見てみたいなーと思います。

特に、りんあかの突っ込み対決は興味津々です。
2011年でしたが、映画「プリキュアオールスターズ・デラックス3」が公開されましたが、
その映画の中で、当時21名だったプリキュア達は、ピンクチーム・ブルーチーム・イエローチームの
三つに分断されてしまいます。

元々「ハートキャッチプリキュア」のプリキュア(特にブロッサムとマリン)はシリーズ全体を
通じても、デザイン・絵柄・世界観が他の歴代プリキュアとは少し異なっているようにも
感じます。
初代・二代目・プリキュア5は、全体を通じて勧善懲悪的な要素・強さと優しさが同居した主人公の成長が
主軸になっているのに対して、ハートキャッチのつぼみとえりかは、元々コンプレックスと心の弱さを
抱え込んでいることから物語が始まっていく事にも相当前作との違いは感じられます。

映画に話を戻すと、ピンクチームに組まれたブロッサムは、特に違和感も無くドリームやピーチ達と
溶け込んでいるようにも思われますが、
知性・冷静さが売りのブルーチームに組まれたマリンは、一人だけ違和感をぶんぶん発揮させながら
浮きまくっています。
ホワイト・イーグレット・アクア・ミント・ベリー・リズムという比較的統一された感じのする
キャラクターデザインの中で、全く異質というか、浮きまくっている事にむしろマリンらしい「痛快さ」を
感じてしまいます。
そういえば、シリーズの中でもマリンの売りは、「変顔」と「うざ可愛らしさ」でしたものね。

アクアとミントの作戦に引っかかったマヌケ敵キャラに対して、「どんなもんだい」と大見得を切るマリンに
対して「おいおい」と突っ込むベリーが本当に不憫に思います。

歴代のアホ系を担当してきたピンクチームの中に配属されたブロッサムは、一人だけ優等生の役割を
持つことになってしまいますが、ブロッサム自身もシリーズを通じて著しい心の成長があったので、
ドリーム達と全く遜色のない活躍を示しているのは、シリーズ初期の史上最弱のプリキュアと散々揶揄された
ブロッサムを影ながら応援したものにとっては嬉しい限りです。

全体写真を見ても、マリンは、中学生の中に一人だけ小学生が紛れ込んだという印象が強いです。

スイートで後に本当に小学生プリキュア(ミューズ)が登場しますが、ミューズの方が余程大人びて
みえるのはご愛嬌というやつでしょう・・・

でも、スマイルでは、マリンよりももっと背が低くて、ある意味史上最弱ともいえるじゃんけんのプリキュアも
登場しますけどね・・・
なぜか「プリキュア」シリーズが大好きです。

現在放映中の「スマイルプリキュア」も大好きなのですが、2004年から開始されたプリキュアシリーズが
大好きなのです。
初代も、スプラッシュスターもフレッシュもハートキャッチもスイートも皆それぞれ好きなのですけど、
特に「プリキュア5」→特にのぞりん(ドリームとルージュ)が大のご贔屓です。あ、勿論アクア様も大好き
ですけど・・・

だけど、放映開始後、当時の勤務先が日曜出勤だった為、全く見ておらず、最初に見たのは既に
フレッシュプリキュアの時でした。
だけど、それもイースがパッションとして覚醒した後で、番組としてのクライマックスも超えた頃でしたので、
当時としてはそれ程深入りはしなかったです。
(私の奥様は、パッション及びミルキーローズのファンみたいです・・・)

ハートキャッチの頃は日曜は普通に休みでしたので、このシリーズから第一話から見ています。

ハートキャッチの「マリン」に文字通りハートをキャッチされ、プリキュアシリーズにはまり、
これがきっかけとなって、初代・スプラッシュ・プリキュア5をレンタルしまくりました。

でも、自分としては、全部のプリキュアは大好きだけど、キュアドリームを超えるプリキュアは存在しないと
確信しています。
アホなのぞみのどこが素晴らしいかは、後でゆっくりと語っていきますが、
ドリームほど素敵なプリキュアはいないと思います。

自分としては、特に好きなプリキュアを10人あげなさいと言われると、現段階では迷わず
ドリーム・ルージュ・アクア・ミント・マリン・ハッピー・サニー・ピース・マーチ・ビューティとなりますね。
何だかプリキュア5とスマイルだけになってしまいましたけど・・・・
中学校からずっと吹奏楽部に所属し、楽器はクラリネットを吹いていました。
(一時期、アルトサックスを吹いていた時もありました。)

でも、正直中学の時はつまらなかったですね。

吹奏楽コンクールとか普段の練習の時も、比較的「アレンジ曲」を吹く事が多かったのですが、
当時の自分に、ドビュッシー/三つの夜想曲 ワーグナー/パルジファルより、聖金曜日の音楽などを
「吹け!」と言われたって、曲の背景とか作曲経緯とか何にも知らないで、楽譜だけ渡され、
顧問の指揮者から連日「下手くそ」だの「ピッチが合わないから死ね」とか言われたって、
そりゃ面白くないですよね。

高校に進学して、当初はもう音楽はコリゴリと思っていた所、高校の吹奏楽部には
音楽の先生とか、指揮・指導が出来る先生が一人もいなくて、伝統的に生徒が指揮者を務める
珍しい形態でしたし、部自体に独自性・自発性がありましたので、もう一度音楽と関ろうと思って
再度吹奏楽部に入る事としました。

高校時代の話は別の機会に譲るとして、

この時期に、ある素晴らしいものとの出会い、「クラシック音楽」との出会いがありました。

自分の高校は男子高校でしたし、慢性的な部員不足に悩まされ続け、決してコンクールで毎年
優秀な成績を得る学校ではありませんでしたが、コンクールには毎年出場し続け、毎年県大会で
終わっていました。
高校2年の時に、県より上のレヴェルの演奏は果たしてどんなものなのだろうと興味が湧き、
昭和57年だったと思いますが、全日本吹奏楽コンクール「東北大会」を聴きに行くことにしました。

この時代は今と違って、高校の部には、A部門(50人以内)・B部門(35人以内)があり、一日でこの両部門
の他に、大学・職場の部を開催し、果てには招待演奏まで同時に行うという過密スケジュールでしたが、
聴いていてとてもわくわくし、楽しかったのを今でも覚えています。勿論レヴェルも(その当時の自分としては)
高く感じられました。

この中で、曲自体に魅了され、曲自体の内容の深さに感銘したものが特に三曲ありました。

偶然でしたが三曲とも「交響曲」でした。

列記すると・・・・

○矢代秋雄/交響曲より第四楽章 ・・・仁賀保高校

○プロコフィエフ/交響曲第5番より第一楽章・・・秋田高校

○ウィリアム=ウォルトン/交響曲第一番より、第四楽章・・・花輪高校

この三つのシンフォニーは今でも大好きな曲の一つです。


このコンクールの後、今回のコンクールは吹奏楽に編曲され、部分的にカットされたものだったので、
原曲はどんな感じなのだろう?
他にどういう解釈があるのだろう?
この曲が作曲された時代背景とか、当時にはどんな作曲家が存在したのか

などなど色々興味が湧いていったのが、私がクラシック音楽の深い森に迷い込む
きっかけとなっていたのでした。

まあ、吹奏楽が実はその原点だった訳なのです。
現代日本に住む私達は、なぜもう少し「巨額債務体質」の問題について考えないのでしょうか?

単なる先送り・・・?

実態がつかめなくて、真実が見えにくいから・・・?

今が良ければそれでいい。後はどうとでもなっちまえ・・・

色々と理由はあると思いますが、もう少しこの問題についてそろそろ真剣に取組む必要がある時期に
来ていると感じます。

今は「欧州財務危機」に世界の目が注がれているから、日本の問題は見過ごされていますけど、いずれ欧州危機が
落ち着き、欧米が平常を取戻した頃に、間違いなく21世紀の化け物「金融ファンド」が日本に対して仕掛けてくると思います。
そうならない内に、今から対応策を真剣に考える必要があると痛切に感じます。

大体、本来の国家収入(税金)などを2倍近く上回る歳出予算を毎年組まざるを得ない国家に
「明るい未来」などある訳もないのに、結局は全て「先送り」・「未来人に全てツケを回す」を許す
私達国民もそろそろ考える時期に来ていると思います。

結局はシンプルに考えて、

①収入を増やす
②歳出を抑える
③国民全体が、冨を有しているものはそれ相応分に、冨を持たざるものもそれなりに
 痛みと負担を分け合う。

これしかないと思います。

①については、簡単に蓄電できる太陽光発電・砂漠でも栽培可能なバイオ・他国の侵入を全てはじく
防衛システムなどなど現時点での科学技術では、開発できなかった技術を開発して、他国に広める形で
利益を得る位しか劇的な方法は思いつかないですね。

②については、政治家も悪いけど、政治に過剰な期待を求めすぎる国民にも問題はあると感じます。

③については、現況の「個」重視からの転換が必要になってくると思います。

今回はかなり乱暴に結論だけを省略して書い感じですが、特に②と③について、もう少し掘り下げて
考えていきたいと思います。
ショスタコ先生の名曲中の名曲の交響曲です。

自分自身、この曲がクラシック音楽という深い「森の中」に誘い込まれるきっかけとなった
記念すべき交響曲です。

音楽評論家の解説、指揮者の解釈によって様々な見解が分かれる曲ですし、事実様々なアプローチが可能な
曲だと思います。
作曲当時ショスタコ自身当局からの多くの圧力に晒され、命の危機も感じていたと思います。それゆえに
自分自身の生命と名誉を守る為の起死回生の一曲という解釈もあり得ると思います。
同時に、「ショスタコーヴイッチの証言」という本(創作物という意見もあるようですが・・)の一節に
ある通り「終楽章は歓喜ではなくて、強制された歓喜という悲劇」という解釈も一理あるのかもしれません。

でも実際はどうなんでしょうね・・・・?

この曲は生演奏で聴く機会が比較的多かったもので、何回か聴いた事はありますが、悲劇的な感じとか強制された
という感じはありませんでした。

むしろ、何か「当時の権力者・社会・自分を快く思わない人達」とショスタコ自身が戦った結果としての
「讃歌」のようなものを感じてしまいます。
終楽章は、「当時の権力者に迎合して彼らが気に入るような曲を書くのも一つの自由、それに反抗して
結果的に自分の命を縮めてしまうのも自由、それを選択するのは権力者自身ではなくて、自分自身なのだ!」
というようにも聴こえてしまいます。

もっとも、作曲者自身が「あの終楽章は強制された歓喜」というメッセージをこめたいのならば、
100人中45人程度は「確かにあの曲にはそうした意図があったんだ」という事を分からせるような曲の構成を
取らないと伝わりませんけどね。
構成的にも、自問自答→過去の振り返り→瞑想→讃歌という四楽章構成で、実にクラシカルな
名曲中の名曲だと思います。
正直、これまで他人のブログを拝見したり、自分の意見や思っている事を表明する事は
あまり好きではありませんでした。

ただ、何となく漠然とした気持ちなのですが、

「このままでいいのだろうか・・・」
「自分が生きてきた証しを何か残せないだろうか・・・」
「自分が日々感じていること、過去思っていたことを後世に少しでも伝えられないか・・」
「結果的に、自分が日々思っていた事などを伝える事で、他人・世の中の人達に少しでも
 何かを伝えることが出来れば、それだけで嬉しい」

などという思いから、この度プログを開設してみることといたしました。

とにかくまずは色々と気ままに書き綴る事を継続していきたいと思います。

今後ですが、ジャンルを6つ程度設定し、そのジャンルの中で色々と書き綴ってみたいと
思います。

1.自分の事

2.未来の日本の展開について~新しい社会システムの構築についての一考察

3.クラシック音楽

4.吹奏楽

5.プリキュアシリーズ

6.有料版「手紙」のやりとり~レトロな文通のすすめ



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