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プロフィール

ぬくぬく先生 

Author:ぬくぬく先生 
開設当時は、1980年代吹奏楽コンクールの花輪・秋田南・就実・仁賀保・屋代等の素晴らしい演奏を後世に少しでも伝える事が出来ればいいなと思ってこのブログを始めたのですけど、いつのまにか「東方Project」がメインになってしまいました・・・
最近は「艦これ」も大好きです!!
吹奏楽も東方も自分が感じた事を少しでも後世の方に受け継がれるべきものが残せればいいかな・・と思っています。
ちなみに、「大好きプリキュア四天王」は、ドリーム・メロディ・ハッピー・ラブリーです。
ドリームとメロディは自分の中では既に殿堂入り状態ですけど、
現在はラブリー大好き!!のラブリー一辺倒です!!
リアル社会では、建築関係のクレーム&アフター責任者を専従し、毎日毎日クレーム対応に当たる日々です。
裏の顔は東方と吹奏楽とクラシック音楽一辺倒です・・・
特に特に大好きな作品は・・・プリキュア5とスイートとハピネスチャージです!!
ちなみに、奥様は・・・ミルキィローズとセーラームーン好きの管理人以上のおこちゃまです・・・
東方で大好きなキャラは、とにかく大好きキャラがてんこ盛りで、全員大好き!という感じなのですけど、特に、さとり様・ゆかりん(紫様)・早苗さん・こいしちゃん・アリスはお気に入りです!!
吹奏楽では・・ネリベルの「二つの交響的断章」と「アンティフォナーレ」、スパークの「ドラゴンの年」、リードの「オセロ」と第二組曲「ラティーノ・メキシカーナ」、パーシケッティーの「仮面舞踏会」、C・スミスの「ダンス・フォラトゥーラ」などが死ぬほど好きで、クラシック音楽では、ウォルトンの交響曲第1番と矢代秋雄の交響曲、プロコフィエフの交響曲第5番、アーノルドの交響曲第2番、第4番、ショスタコの交響曲第7番「レニングラード」、マーラーの交響曲第3番「夏の朝の夢」、ハンソンの交響曲第2番「ロマンティック」、ストラヴィンスキーの「火の鳥」、ベルクの「ヴァイオリン協奏曲」、ラフマニノフの「交響的舞曲」などが大好きです!!
クラシック音楽を吹奏楽にアレンジし、そのコンクールヴァージョンの演奏としては・・・
1982年の就実高校の「幻想舞曲集」と
1987年の習志野高校の「ダフニスとクロエ」第二組曲の演奏、そして、
1987年の雄新中の「エルザの大聖堂への厳かな行列」が
まさに私の「原点」です。
最後に・・・
私の吹奏楽との関わりの真の意味での「原点」は・・・
1979年の市立川口高校の神がかり名演としか言いようがない
「二つの交響的断章」に尽きると思います!!


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A.コープランドと言うアメリカの作曲家は、日本では知名度は今一つなのかもしれないです。
1900年に生まれて1990年にご逝去されましたので20世紀を目一杯駆け抜けた作曲家と言えるのかもしれないです。

実はコープランドは、日本とも結構深い関係にあり、
武満徹の音楽をアメリカ本土で紹介したり、武満徹の「地平線のドーリア」という曲の世界初演の指揮を振ったり
来日した際には、日本の管弦楽団にてシューベルトの未完成の指揮を振ったりとかなりの貢献をされている御方だと思います。
日本の吹奏楽コンクールにおいては「エル・サロン・メヒコ」とバレエ音楽「ロデオ」が今現在でもよく自由曲として
演奏されています。

コープランドの音楽は、カウボーイがインディアンを追いかけまわすみたいな西部劇のBGMになりそうな
軽い感じの音楽が多いようにも感じますし、軽薄すぎて胡散臭く感じることもあったりもします。
時にアメリカ商業主義に毒された胡散臭い作曲家のような側面も感じなくはないのですけど、
反面、晩年は無調音楽にも手を付けたり、難渋な作品を晩年近くに書いたりもしていますし、
バレエ音楽「アパラチアの春」のように神への祈りに通ずる清純な音楽を作曲されていたりもします。
アメリカというと、移民の国であらゆる価値観・文化・思想を拒絶することなく取り入れ
自分たちの文化として融合していった歴史がありますけど、コープランドの音楽にもそうした多様性が十分に感じられます。
そうした多様性の複合国家アメリカの象徴的存在の作曲家と言えるのかもしれないですし、そのあたりが
インチキ商業国家・アメリカの傲慢さ・胡散臭さをどこか代弁しているような作曲家にも感じられるのかもしれないですね。
コープランドが亡くなった年にバーンスタインも亡くなっていますけど、
コープランドの曲をよくレコード化していたバーンスタインにとっても盟友の友という感じだったのかもしれません。

コープランドの作品は、圧倒的に三大バレエ音楽が有名です。

〇ロデオ

〇ビリー・ザ・キッド

〇アパラチアの春

この中では、「ビリー・ザ・キッド」の銃撃戦とビリー逮捕の祝賀会という場面は目をつぶって聴いていると、
小太鼓と金管楽器で「ダダダダダダダ」と表現されている破裂音が、かなり実音に近い
ガンバトルを再現していて非常に面白いです。
「アパラチアの春」は逆に曲の中でほとんどffがない静かな内省的な曲なのですけど、
この曲の唯一の盛り上がりの部分「クエーカー教徒の讃美歌の主題による変奏曲」の部分の美しさと透明感は、
生で聴いても思わずハッと息を飲むほどの美しさがあります。

吹奏楽経験者にとっては、コープランドと言うとロデオやエル・サロン・メヒコ以外の作品では「戸外のための序曲」という作品を
思い浮かばれる方も多いのかもしれないです。
ちなみにこの曲は「野外序曲」と表記されることもありますし、元々は管弦楽曲として作曲されていましたけど、
コープランド自身によって後年吹奏楽アレンジ版として編曲された経緯があります。
日本においては、この曲は吹奏楽曲としてのイメージが強いのかもしれないですね。
戸外のための序曲は、序盤でトランペットの相当長いソロがありますけど、あの朗々と歌い上げられる長大なメロディーには
いつ聴いてもうっとりとさせられるものがあると思います。

私がこの曲を初めて聴いたのは、 1982年の全日本吹奏楽コンクール・東北大会、高校B部門の
岩手県代表・盛岡一高の演奏でした!
演奏が大変素晴らしく、底抜けに明るいこの曲を溌剌と演奏していましたし、
序盤のトランペットのソロもほぼノーミスで吹きこなしたトランペット奏者に大変感銘を受けたものです。
この曲は、1988年の全国大会・職場の部にてNEC玉川も自由曲として演奏していましたけど、残念ながらこの演奏の
感銘度は私にとってはかなり低いものでした・・

「戸外のための序曲」は8分程度で短いのですが、ファンファーレみたいな強奏で開始され、
トランペットの長いソロが延々と続きます。
展開部を経て一旦静まり、中間部でトランペットのソロの部分を全体で再現しラストで再び盛り上がり華麗に曲が閉じられます。

最近の吹奏楽作品の派手な色彩に比べると確かに地味に感じるかもしれません。
だけど、人の心にストレートに「楽しさ」・「躍動感」を素直に感じさせる曲と言うのは最近は少ないのかもしれませんし、
こういう「シンプル イズ ベスト」を立証した作品が最近ではあまり演奏されない事は少し寂しい感じはします。

この曲の吹奏楽コンクールでのベスト演奏をあげると1979年の玉川学園に尽きると思います!
玉川学園は、この年の前年までは、ドビュッシー・ラヴェル・古典主義時代のストラヴィンスキーなど
どちらかというと繊細な曲を得意としていましたが、 この年から、いきなり路線変更を展開し、
これまでのおとなしい感じの演奏から一転してワイルドな感じに変容しています。
そしてこのワイルド路線は、翌年のリードのアルメニアンダンスパートⅡで
更に進化を遂げ、歴史的名演(爆演?)を残すことになります。

1979年の玉川学園で一つ面白かったのは、大太鼓は普通のバスドラムを使用せずに
マーチングバンドみたいな、比較的小さく皮が透明な感じのものを使用し、
重厚感を回避させていたような意図が感じられる点が挙げられると思います。
演奏自体もコープランドの野性味と玉川学園の都会的で垢抜けたサウンドが絶妙にマッチしていて、大変素晴らしい名演を
後世の私たちに残してくれていたと思います。

玉川学園高等部というと、この翌年に5年連続金賞を達成した当時の名門チームです。
このチームは一般的には、フランス音楽みたいな印象派の音楽を得意とし
特に1976年のドビュッシーの「三つの夜想曲」が特に名演として高い評価を受けていますが、
私自身の感想・印象としては、印象派・新古典主義の抽象的な音楽よりも、1979年のコープランドや
翌年のアルメニアンダンスパートⅡのように、都会の明るく洗練された響き・元気溢れる演奏の方が本領を発揮したと思います!
1979年の前年の「かるた遊び」は、あまりにも抽象的で何を言いたいのかよく分からないうちに
終わってしまった演奏よりは、むしろ1974年の組曲「惑星」~木星のようにサウンドに威勢がある方が
魅力的に聴こえるような印象があります。
1979年の「戸外の序曲」は、一言で述べると、実にカラッとした演奏で、
雲一つない青空の下で、天真爛漫に気持ちよく吹いたという印象があり、実に伸び伸びとしています。
前年までのどこか「去勢されたような演奏」・「指揮者に言われた通り吹く優等生みたいな演奏」とは
明らかにサウンドが異なっているように感じられます。

翌年の1980年の玉川学園は、「アルメニアンダンスパートⅡ~ロリの歌」をなんとノーカットで一気に駆け抜け、
圧倒的勢いでもって「5年連続全国大会金賞」を達成しますけど、あの輝かしいサウンドとスピード感は、
この曲の演奏としては最高クラスの歴史的名演だと思います!

話を「戸外の序曲」に戻しますと、プロの演奏では、フェネル指揮/東京佼成も素晴らしいと思うのですけど、
ハンスバーガー指揮/イーストマンのライブ演奏の圧倒的ドライブ感を聴いてしまうと他の演奏が皆物足りなく感じてしまいます。
バーンスタインが1986年のタングルウッド音楽祭における野外ライブ演奏も素晴らしかったですね~♪
これは当時FMで聴いたものでしたが、演奏がライブ演奏という事で、
録音されたものではなく、CD化もされていないようですので、今となっては幻の演奏になっています。
ただ漠然と私の記憶の中で生きているのですけど、 いかにもバーンスタインのライブ演奏らしい躍動感あふれる名演でした。
残念ながら未CD化ですけど、あの演奏がCD化されたらとてつもなくテンションが上がりそうです。

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「響け! ユーフォニアム」第一期と第二期のトランペットパートから、香織先輩・優子・麗奈

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高坂麗奈

コープランドの「戸外のための序曲」というとやはり序盤のトランペットのソロが大変印象的ですけど、
トランペットというと真っ先!に思い浮かぶキャラというと「響け! ユーフォニアム」の
一年生トランペット奏者の高坂麗奈に尽きると思います!

当ブログでもアニメ「響け! ユーフォニアム」の第一期が放映された2015年と第二期が放映されていた2016年においても
この麗奈は頻繁に登場していました。
「響け! ユーフォニアム」の主人公はユーフォニアムパートの久美子なのだとは思うのですけど、
特に第一期においては最終回とその一つ前の回以外では「主人公なのに影がうすいキャラ・・」と当ブログでも散々揶揄されて
いた久美子に対して、第一期の真の主役は誰がなんといっても高坂麗奈だと思いますし、
私自身「響け! ユーフォニアム」の中で圧倒的に大好きなキャラは麗奈です。

高坂麗奈というと原作者の設定によると、
艶のある長い黒髪とこぼれ落ちんばかりの大きな瞳が目を引く自信にあふれた美しい容姿の少女とされていて、
アニメ版としても、容姿端麗・頭脳明晰な黒髪の美少女で、そのクールな印象とは裏腹に胸の内ではトランペットに対して
熱い想いを抱いていて一見して他を寄せ付けぬような雰囲気を放つというのが基本設定になっています。
原作のライトノベルを読んで頂けると分かる通り、麗奈の基本パーソナリティとして、
周囲と同じであることを良しとせず、「特別な存在になりたい」と願うストイックな性格の持ち主で、
当初は他人との間に距離を取り、特定の誰かと一緒にいることを嫌う「孤高の存在」でもあるのが大きな特徴なのだと
思います。
麗奈の不屈の精神やトランペットに対するプライドは半端ではない強さであり、
いかなる周囲の状況も我関せずといった具合で周囲から孤立しようがお構いなしで、孤高の存在と言えそうです。

第一期においては自由曲の「三日月の舞」で登場するトランペットのソロを巡って、3年生の香織先輩と
部員全員を巻き込むあのギスギスのオーディションをやってでも
「私が一番だし、私は絶対に他の人には負けたくないし、私は特別な存在である」という事を立証するために
そのオーディションを勝ち抜き、結果的に関西大会と全国大会でも立派にソロを務めあげていました!
それにしてもあのオーディションに際しても、言いがかりを付ける2年生の優子に対しても
「だったら何だっていうの? 滝先生を侮辱するのはやめてください。なぜ私が選ばれたか、そんなのわかってるでしょ? 
香織先輩より、私の方が上手いからです!」と毅然として言ってのけ
優子が「アンタねえ! 香織先輩がどれだけ気を遣ったと思ってるのよ!?」と詰め寄っても麗奈は
「ケチつけるなら、私より上手くなってからにしてください」と 優子をはじめ周りの部員に対して決然と言い放っていた光景は
確かにとんでもないギスギス場面なのだけど、「響け! ユーフォニアム」屈指の名場面の一つだったと思います!
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本日は6月8日ですけど、
明日・・6月9日は鍵のロックの日でもありますし、音楽のロックの日でもありますし、東方的には
むきゅーの日という事でパチュリーさんの日でもあったりします。

ロックの日というと「邪神ちゃんドロップキック」の第一期アニメと原作漫画でも登場していたゆりねの「ロックだわ!・・」の
お言葉とゆりねにしては珍しいドキドキした表情がとてもすてきです~♪
そしてロックというと昨年・・2022年の秋アニメでもあった「ぼっち・ざ・ろっく」もとても面白かったですし、ああいう
コミュ障のギタリストをテーマにした作品もジャンルとしては珍しいだけにとても興味深く見させて頂いていました。

「邪神ちゃんドロップキック」を全然知らない方が、もしもゆりねの邪神ちゃんに対する壮絶な?お仕置きシーンだけを見てしまうと
「なんとグロテスクで残虐なブラック作品・・」と誤解されるのかもしれないですけど、その概要は
魔界出身の悪魔・邪神ちゃんと彼女を召喚した女子大生・花園ゆりねの同居生活を描いたコメディ漫画であったりします。
女子大生・花園ゆりねは魔界から悪魔・邪神ちゃんを召喚することに成功するも、邪神ちゃんを帰す方法がわからず、
そのまま邪神ちゃんを自宅に住まわせることにしたというのが物語の始まりです。
召喚者が死ねば魔界に帰れることを知っていた邪神ちゃんは、ことあるごとにドロップキックでゆりねを殺そうとしたり
はたまたよからぬ悪知恵でゆりねを亡き者にしようと画策しますけど、毎回毎回あっさりとその悪だくみがバレてしまったり、
邪神ちゃん自体は大変弱いというのか、魔界最弱レヴェルの弱さとも言われたりもしていますので、
その必殺技のドロップキックがゆりねに直撃しても、ゆりねにほとんどダメージを与えられないばかりか、
それによって毎回毎回ゆりねから例えばチェンソーで切り刻まれるなど壮絶な返り討ちを食らっていたりもします・・
ブラックで少しばかり猟奇的な要素もあると言えばあるのですけど、全体的にはギャグ要素も兼ね揃えたコメディであり。
少しばかり泣けそうなお話や百合要素も備えている作品で、
時に見られるハートフルな要素もググッ・・とくるものがありそうです。

ゆりねは小柄でそんなに強そうにも見えないのですけど、
人間ならば死んでいるレベルのお仕置きを邪神ちゃんに平然と繰り返すなどサディスティックで型破りな性格の持ち主とも
言えそうですが、ゆりねのお仕置きというのはある意味仕返しのようなものでもありますし、
ゆりねが邪神ちゃんにお仕置きをする時は、邪神ちゃんがゆりねを殺そうと悪だくみを働いた時とか
はたまた邪神ちゃんがメデューサとぺこら等に意地悪やクズでゲスな発言を繰り返した際に限られていますので、
ゆりねのあのおぞましい??お仕置きは邪神ちゃんにほぼ100%原因があるものぱかりですし、
この漫画・アニメをご覧になった方のほとんどは、「邪神ちゃんがすさまじいお仕置き食らうのも邪神ちゃんの自業自得
みたいなものだから仕方ないよね~」と感じられるのかもしれないです。

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ゆりねの「ロックだわ!・・」という発言は邪神ちゃんの魔界でのお友達で幼馴染の怪力女のミノスがゆりねへの
お土産として魔界から持参したお腹を押すと断末魔の叫び声を発するマンドラゴラの人形をゆりねにプレゼントした際に
発した言葉です。
確かにあの不気味な人形は大のホラー好きでサディスティックな面を持っているゆりねが喜びそうなグッズなのだと
思いますし、ゆりねが興奮して目を輝かせていたのも当然なのだと思います。
だけどこの後の展開では、ミノスと邪神ちゃんが喧嘩状態になってしまい、ヘビ神なのに実はとんでもなく弱い邪神ちゃんは
ミノスによってはねつけられてしまいその拍子にせっかくミノスがゆりねのために持参したお土産のマンドラゴラの人形を
思いっきり踏んづけてしまい、結果的にあの不気味な人形は破損してしまいました・・
そして言うまでもなく邪神ちゃんはその後ゆりねによって石抱きという壮絶な?拷問を食らってしまい、
「さーて、あの人形の代りにどんな断末魔の声を出してくれるのかな・・?」とほくそ笑むゆりねはまさに悪魔そのものでした~!
だけど普段の邪神ちゃんのあのクズな言動に慣れてしまった状態であのシーンを見ても
「それは邪神ちゃんの自業自得だよね~」と誰しもが感じてしまう邪神ちゃんのクズな性格と言動こそがこの作品の
最大の見どころといえるのかもしれないです。

冒頭から話がそれました・・

「ロックだわ!・・」の「ロック」というワードが出てくる全日本吹奏楽コンクールの課題曲も実は過去にあったりもします。

それが1991年の課題曲Cの藤掛廣幸作曲の「ロックン・マーチ」であったりもします。

曲タイトルから創造するとゆりねの「ロックだわ・・!」の強烈な一言みたいなバリバリのハードロックな曲想やポップス系の曲想を
イメージしそうですけど、実際はメタル系の派手な曲想という訳では全然無いですし、かといって例えば
1989年のポップスマーチ「すてきな日々」のようなポップスバリバリの楽しさ溢れた曲想と言う訳でも実は全然無くて、
どちらかというとクラシカルでスタンダードな曲想であり、私自身この課題曲を初めて聴いた時には
「これのどこが一体ロックなの~!?」と素朴な疑問を感じたものでした。
ちなみに私自身が初めてロックン・マーチを耳にしたのは吹奏楽コンクールではなくて、コンクールに先立つ事四ヶ月前の
フェネル指揮の東京佼成WOの定期演奏会で聴いた時のものでした。

1991年の課題曲ですけど、実はこの年の課題曲は外れ年なのかもしれないというのが私自身の率直な感想です。

前年の1990年の課題曲4曲がどれも素晴らしすぎたのだと思いますし、翌年の1992年のまたまたとてつもない高水準の
課題曲4曲の存在感も光る中では、91年の課題曲はちょっと狙いすぎ・・みたいな雰囲気もあったのかもしれないです。
90年度の課題曲の完成度の高さに比べると91年は、力作揃いだけど、ちょっとね・・・という感じの曲が多かったという印象です。

課題曲Aの「斜影の遺跡」は、今現在の感覚で聴いてみてもやっぱり全然わからないです・・・
あの曲、結局何を言いたいのでしょう・・??
そうした中でも埼玉栄高校と土気中学校の演奏は断然光るものがあったと思います。
意外な所では福岡県の中間東中の演奏が相当ユニークだったのが今でもよく覚えています。
坊主頭のトランペットセクションが盛り上がる部分で何度か全員ベルアップをして演奏効果をあげていたのも面白かったです。
課題曲Bの「コーラルブルー」はとにかく「鳴る曲」という印象が強かったです。
あの課題曲の打楽器の複数楽器持ち替えは見ているだけでもとにかくせわしそうでした。
大抵のチームはあの課題曲を吹くと音量過剰になってしまう傾向が強く、 私としてはもう少しゆったりとした南国情緒が
聴きたかったです。
コーラルプルーと85年の課題曲Bの「波の見える風景」の作曲者は同じという事もあり、この二つの課題曲は
どちらも大変よく鳴るという共通項はあるものの、コーラルブルーはあまりにも意図がみえみえすぎて、波の見える風景ほどの
内省的なしっとりとした抒情感には今一つ欠けていたような印象もあったりします。
課題曲Cのロックン・マーチは、前述の通り、一体あれのとこがロックなのかな・・という印象は当時も今も変わりがないです。
課題曲Dの「そよ風のマーチ」は、演奏するチームによっては音量過剰になってしまい、
そよ風ではなくて台風襲来みたいな感じの演奏が結構多かったような感じもありました。

この年の全国大会では、この課題曲を聴くのが例年に比べて結構苦痛だった印象があります。
Bを選んだチームのオーバーヒートの演奏には、結構耳が痛かったですし、
Aの技術的な完成度の低さに頭を抱え込む演奏も結構多かったような気もします。
課題曲Dが流れるとなんとなくホッ・・としたものです。
課題曲Cのロックン・マーチは実はあまり人気がなくて、全部門を通してこの課題曲を選んでいたのはわずか7チームに
留まっていて、高校の部でこの課題曲Cを選んでいたのは習志野高校のみでもありました。

ロックン・マーチは、作曲者の藤掛さんがシンセサイザープレイヤーという事もあって、リズムの刻み方が機械的な事や、
普段はマンドリン音楽も手掛けているので譜面上にはマンドリン音楽特有のピッチカート的な要素を数多く取り入れたフレーズが散見されていたのも大変興味深いものがありました、
曲の中間部では、ユーフォニアムパートに中低音の支えとメロディーラインの構成という役割を与えていたのも面白い試みで
あったようにも感じられます。
ロックン・マーチの作曲者の藤掛廣幸さんは1976年の吹奏楽のための協奏的序曲の公募入選以降
1983年の課題曲B/白鳳狂詩曲、1991年の課題曲C/ロックン・マーチとこれまでに計3作品が課題曲として
演奏されていますけど、1976年の課題曲B/吹奏楽のための協奏的序曲が一番難易度が高いようにも感じられます。
協奏的序曲も白鳳狂詩曲もピッコロのソロからそれにクラリネットが加わり、やがて全体での主題提示という曲想に
なっていくのですけど、言われてみるとそうした協奏的な雰囲気もあったように思えます。
そして両曲の共通点はそうした掛け合いのリズムが意外とギクシャクしてしまう事も多く、リズムをきっちり揃えて統一して
吹く事の難しさを感じた楽曲でもありましたけど、そうしたリズムがついついギクシャクしてしまう事は、このロックン・マーチにも
共通するものはあったと今更ながら感じたりもします。
そうそう、白鳳狂詩曲とロックン・マーチの共通性としてトライアングルをまるでリストのピアノ協奏曲第一番第三楽章の
トライアングルのようにソロ的にかなり見せ場を作っているようにも感じ取れる点もあるのかもしれないです。
(トライアングル奏者にはかなりテクニックを要するようにも感じられます)

でもやっぱりロックン・マーチのぎくしゃくしたような雰囲気の一体どこが「ロック」なのかな・・??とついつい感じてしまいます。
全国大会で演奏された7チームの中では習志野高校と中央大学が頭一つ見二つ抜けていた素晴らしい演奏でしたけど、
習志野高校の演奏は、音自体がいつもながら大変洗練され美しいものでしたし、音楽が大変整理されていますので、
他校の演奏だとなんか妙にギクシャク・カチコチ感じられがちなリズムも習志野が演奏すると
大変スムーズに聴こえていたのは素晴らしかったと思います。
ラストの小太鼓による「強烈な叩きつけの一音での閉じ方」も大変お見事でした!

琴似中学校のロックン・マーチは無難なものでしたけど、ウッドブロックを叩いていたツィンテールのパーカッションの女の子が
とてもかわいかったことはなぜかよく覚えていたりもします・・
今年の1月に記事にしたリードの「アルメニアンダンスパートⅠ」記事でも書かさせて頂きましたが、
最近の吹奏楽コンクールにおける高度で難解で華麗なオリジナル作品にチャレンジされて全身全霊をかけられる事も
とっても尊いものがありますが、
ホルストの第一・第二組曲、今回取り上げるイギリス民謡組曲とかリードのアルメニアンダンスパートⅠなどのような
古典的な吹奏楽オリジナルの名曲にもたまーーには取り上げて頂きたいな・・・と思ったりもします。
「古きを訪ねて新しきを知る」という言葉が示す通り、古典的な吹奏楽オリジナル曲をコンクールで演奏する事で
案外なにか「今まで気が付かなかったもの」が見えてくるのかもしれないでね。
ちなみにですけど、私自身の高校一年の時の自由曲がホルストの第一組曲だったのですけど、
中学の頃は、とにかく上から目線のおっかない音楽教師から、コンクールとか文化祭とか発表会の
演奏曲目は、重厚なチャイコフスキーとかワーグナー等のいわゆる「アレンジもの作品」ばかり吹かされ続け、
当時としては「なんか音楽とは難解なもの」みたいな発想しかなかった私自身だったのですけど、
そういう状態の中、こうしたホルストの第一組曲という古典中の古典の吹奏楽オリジナル作品はまさに「目からウロコ!」みたいな
感じであり、「え―ー!?、音楽ってこんなに自由で発想が豊かなものなんだ!!」という感じでもありました。

そうした「古きを訪ねて新しきを知る」を代表するような古典的吹奏楽オリジナルの名曲と言うと
忘れてはいけない曲の一つがR.ヴォーン・ウィリアムズの「イギリス民謡組曲」だと思います。

この曲は1923年に吹奏楽作品として作曲され、翌年の1924年にジェイコブによって管弦楽曲化されています。

管弦楽の作品を吹奏楽としてアレンジされる事は全然珍しくないのですけど
その逆のパターンというか、吹奏楽オリジナル曲を管弦楽曲にアレンジしてしまうという事も
たまにですけどあったりします。
その代表的な例が伊藤康英の吹奏楽のための交響詩「ぐるりよざ」を作曲者本人の手で
管弦楽ヴァージョンにアレンジしたケースなのかな・・・?
他にもフーサの「プラハのための音楽1968」とか「この地球を神と崇める」という素晴らしい古典的名曲を
管弦楽作品としてアレンジした事例もありました。

ヴォーン・ウィリアムズは19~20世紀のイギリスの作曲家ですけど、実はイギリスという国はパーセルという天才以降は
偉大な作曲家にはあまり恵まれず、音楽や演奏会を楽しむといった需要は多いものの、その音楽を創造する作曲家の
人材不足が200年程度続いていて、当時の音楽先進国でもあったドイツにかなりの後れを取っていた歴史もありました。
19世紀後半にイギリスの作曲家のスタンフォードがドイツの大作曲家のブラームスを表敬訪問した際に
ブラームスから「イギリス人はどうせ葉巻を吸わないだろうし作曲もしないだろうから・・」と葉巻箱をピシャリと閉められた際に
スタンフォードは葉巻箱をこじあけ葉巻を吸ったうえで
「イギリス人は葉巻も吸いますし作曲もいたします」というエピソードも残されていたそうです。

イギリスにおいて大作曲が出現するのには更に数十年後・・エルガーの出現を待たないといけないのですけど、
それ以降はエルガーの他にもホルスト、ヴォーン・ウィリアムズ、ブリテンといった大作曲家が登場しています。
(20世紀中盤以降はうちのブログでも何度も登場しているウィリアム・ウォルトンやマルコム・アーノルドの
存在感は素晴らしいと感じます)

話がそれました・・「イギリス民謡組曲」ですけど、本当に素晴らしい名曲だと思います。
曲の至る所にどこかで聴いたことがあるような親しみやすいメロディーがちりばめられていて
聴いているだけで 別に私はイギリス人ではないのですけど「懐かしいな」みたいな感覚になるからとても不思議な気がします。

このイギリス民謡組曲は、下記の三曲から構成されています。

Ⅰ.行進曲「今度の日曜日で私は17才」

Ⅱ.間奏曲「私のすてきな人」

Ⅲ.行進曲「サマーセットからの歌」

実はこの組曲は元々は四曲から構成されていて、四曲の中の第二曲である行進曲「海の歌」はその後
この組曲から分離され独立した曲になったのですけど 逆にその方がよかったかもしれないです。
というのも、三楽章構成で急-緩-急という現行の構成の方が音楽としてのまとまりがあるような気がします。
それに行進曲「海の歌」は元気があるマーチですから
現行の「イギリス民謡組曲」のあのしっとりとした感じの中に組み込んでしまうと違和感があるような感じもします。
この組曲ですけど、大編成をイメージしたような曲ではなくて元々30人前後の編成を前提にして作曲されています。
打楽器もティンパニ・大太鼓・シンバル・小太鼓・トライアングルのみですので、
確かに最近の吹奏楽オリジナル作品のあの華麗なる響きに耳が慣れてしまうと地味に聴こえてしまうのかもしれませんけど
あのほのぼのとした地味な感じが実にたまらないと思います。

全体的に生き生きとした可愛らしい小品なのですが、民謡をベースにしてあるせいか
何だかとても懐かしいという香りもします。
特に第二曲の後半からのしみじみとしたメロディーは少し泣けてくる感じもします。
第三曲のマーチも本当に気品さと愛くるしい感じがマッチしていて素晴らしいと思います。

組曲「惑星」で有名なホルストとヴォーン・ウィリアムズは友人関係だったという事ですが、そのせいなのかわかりませんけども、
イギリス民謡組曲の第三曲「サマーセットからの歌」のメロディーがホルストの「サマーセット狂詩曲」にも使用されています。
これは民謡をベースにしているのだから、どちらかがどちらかの作風に影響を与えたとか、主題を拝借したという訳では
ないのですが両者の親交振りが垣間見えるような気もします。

ところで、ヴォーン・ウィリアムズは若い頃は、ラヴェルにも師事したことがあるそうですね。
これは正直意外でした。
というのもラヴェルとヴォーン・ウィリアムズでは作風が全く異なる人同士ですからね・・
事実ラヴェル自身、ヴォーン・ウィリアムズに関して
「自分の弟子の中で唯一自分の作風の影響を受けなかった人」と評していますけど
これはとても面白いエピソードだと思います。
確かに、ラヴェルとヴォーン・ウイリアムズの作風って全然共通点と言うか接点がありそうも無いですからね・・
ヴォーン=ウィリアムス自身は、「ラヴェルのように書きたくとも、そんなセンスも才能も自分には全く無かった」というコメントを
後日残しています。

結果的にヴォーン・ウィリアムズは、自分の生きる道として「民謡」をテーマに
していますが、これは正解だったと思いますし、その選択こそが
ヴォーン・ウィリアムスを後世に残る作曲家とさせたのはほぼ間違いないと思います。

ヴォーン・ウイリアムズが残した曲は、本当に素朴で美しいメロディーラインが多いです。
そうした曲の中では、上記の「イギリス民謡組曲」を除くと、

〇ロマンス「あげひばり」

〇タリスの主題による幻想曲

〇交響曲第3番「田園」

などが本当にメロディーラインが素朴で美しくとても分かり易いです。
交響曲第3番は初めから終わりまで全く盛り上がる部分が一つも無くひたすら静かで穏やかな曲ではあったりもします。

反面、ヴォーン・ウィリアムスは、
交響曲第4番のように何の前触れも無く唐突に、不協和音と激しい表現に溢れた悪意満載のような曲を書いたかと思えば、
交響曲第7番(南極交響曲)のようにやや安っぽい感じの描写音楽を作曲したり、
創意工夫の塊りのような霊感溢れる交響曲第8番を書いた後で、
「この世にやり残しがある・・」みたいな未練たらたらの交響曲第9番を残したりと作風は意外と幅が広いような印象もあります。

他にも「チューバ協奏曲」なんてかなりお茶目な曲も残していました。

ヴォーン・ウィリアムズで一番有名な曲は何かと言うと、
何と言っても「グリーンスリーヴスによる幻想曲」が一番有名でしょうし、
あの冒頭のフルートソロのメロディーを「聴いたことが無い・・・」という人の方が珍しいと思えるくらい
日本でも馴染みがある曲だと思います。

この曲は楽譜の上では「オプション扱い」となっていますが、冒頭のフルートソロがやはり素晴らしいです。
正直この曲にフルートが入っていないと、曲の魅力は半減すると思えるくらい、大事な役割を担っています。
あのフルートソロを聴くと、「あー、何か哀愁が漂うけど、何か心が癒されるな・・・」と思ってしまうほど
大変美しいメロディーラインが続く曲です。
この曲は、元々は、イングランドの古い歌というか、民謡の「グリーンスリーヴス」なのですけど、
この歌自体は大変歴史が古く、実は、シェイクスピアの喜劇「ウィンザーの陽気な女房たち」にも
その名前が既に言及されているほどです。
ヴォーン・ウィリアムズはこの喜劇を基にしたオペラ「恋するサー・ジョン」を1928年に完成させ、その第3幕の間奏曲で
この美しいメロディーを使用し、この間奏曲を後にヴォーン。ウィリアムス自身の立会と監修の下、
ラルフ・グリーヴズが編曲し、独立させた作品がこの曲なのです。

厳密に言うとヴォーン・ウィリアムズ自身の純粋なオリジナル曲ではありませんけど、
とにかくあの美しいイギリスの歌をここまで世界に広めた功績は大きいと思います。

後半は少し話が広がり過ぎたのですけどもとにかく私としては、吹奏楽オリジナル作品としての
「イギリス民謡組曲」を一つのきっかけとして、もっといろんな皆様方に
このR.ヴォーン・ウィリアムズの素晴らしく美しい世界も知って頂ければとっても嬉しいものがあります。

「イギリス民謡組曲」は上記で書いた通り、吹奏楽版と管弦楽版と二つの演奏スタイルが存在していますけど、
どちらかと言うと吹奏楽原典版の方が親しみがあるような気もするのですが、
管弦楽ヴァージョンの方も中々素晴らしいものがあると思います。
全体的な印象は、単純に比較してみても大きく際立った差は無いと思いますが
例えば第Ⅱ曲において吹奏楽版ではトランペットにソロの役割を与えているのに
管弦楽版ではクラリネットが担当という風に幾分のニュアンスの差はあるのですけど、どちらも素朴な感じは漂っています。
私は吹奏楽版も管弦楽版も両方とも大好きです。
管弦楽版としては、マリナー指揮/アカデミー室内管弦楽団の演奏が大変素朴な味わいがあり
同時に録音も優れているので お勧めしたいです。
ちなみに吹奏楽コンクールの全国大会においてはイギリス民謡組曲は1983年の一般の部において
中村学園OB吹奏楽団が自由曲として演奏し、Ⅱのカットがかなり強引であった点を除くと、
結構しっりと聴かせてくれてはいますけど、あの演奏が銀賞であるとは意外というか、当時は
あの演奏技術でもなんとか銀賞にすべりこめるほど今現在のような驚異的な演奏技術によるハイレヴェルな大会では
なかったともいえそうです。

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R.ヴォーン.ウィリアムズ / イギリス民謡組曲は本当に不滅の素晴らしい吹奏楽オリジナル作品だと思いますし、
この曲だけは忘れることなく後世にまで残していってほしい曲の一つだと思いますし、
今現在の感覚でもってこの曲の新しい魅力が発見される名演の出現に期待したいものです。

吹奏楽コンクールの全国大会や大編成部門ではさすがにこうした曲を自由曲にはなかなか選びにくいものですけど、
中編成・小編成やはたまた定期演奏会などでは
もっともっと演奏されていてもいい素晴らしい名曲であると改めて感じたりもします。
クロード・スミスの名前が吹奏楽コンクールの全国大会で初登場したのは1983年のヤマハ浜松が仙台で演奏した
「フェスティヴァルヴァリエーション」だと思うのですけど、あの時の衝撃は凄まじかったです!
あの演奏でもってクロード・スミスの名前が一気にブレイクし、全国の吹奏楽ファンの皆様のハートを鷲掴みにしたようにも
感じられます。
私自身、あの時は高校3年の受験生ということで大学・職場・一般の部が宮城県民会館開催だったにもかかわらず
当日の模試という事で聴きに行く事はできなかったのですけど、吹奏楽部のメンバーの何人かが模試をサボって
あの日の全国大会を聴きに行き「近大の大阪俗謡とヤマハ浜松のフェスティヴァルヴァリエーションが圧倒的に
素晴らしかった」と興奮して翌日に話していたので、私自身も後日この時の演奏を収録した「日本の吹奏楽83」のレコードを
聴いた時は、ヤマハ浜松のフェスティヴァルヴァリエーションのかっこよすぎる名演にしびれたものでした~♪
(ただ個人的には是非生演奏を聴いてみたかったのは東海大学の松村禎三の交響曲~第一楽章でした・・)

うちの高校は私達が2年生の時にこのクロード・スミスのジュニア向けの平易な「祝典のための序曲」を演奏した事が
あったため、当時は何となくですけどスミスやコーディルとかスウェアリンジェンみたいに演奏しやすい曲という誤解が
あっただけにフェスティヴァル・ヴァリエーションを初めて聞いた際には、
「へーー、スミスにはこんなに素敵な曲があったんだ!」

「なにこのウルトラ超難曲!! まさに金管奏者泣かせ! そして同時に・・・ホルン殺しの曲!!」

「出だしからホルン奏者は確実に死んでしまう・・・」

「とにかくかっこいい素晴らしい曲!! 聴くだけでテンションが思いっきり上がりそう!」

そうした声が私の周りでも数多く聞かれたものです。

クロード・スミスというととにかく(金管奏者にとっては)難曲中の難曲とか超絶技巧を求められるという印象が強いですし、
特にその中でもフェスティヴァルヴァリエーションとルイ・ブルジョワの讃美歌による変奏曲はホルン殺しの名曲、
そして「ダンス・フォラトゥーラ」(華麗なる舞曲)はスミスの残した作品の中でも特に難しくて全奏者に超絶技巧が
求められる大変な難曲としても知られていますし、特に特にトランペットパートのあの超絶&悶絶のハイトーンは
想像を絶するものがあります。

現在ではクロード・スミスの「ダンス・フォラトゥーラ」というと精華女子高校とか洛南高校の名演が即座に思い出されて
しまいますけど、その中でも特に2014年の精華女子のあの素晴らしい演奏を聴いてしまうと
「すごいな・・・こんな難曲中の難曲を聴いている者に少しも疲労感を与えないでこんなに楽に聴かせてしまうなんて!!」と
毎回感心させられしまいそうです。
それにしてもあの「ダンス・フォラトゥーラ」の超絶技巧の炸裂振り・金管殺し・トランペット奏者殺しは
一度聴いてしまうと、完璧にはまってしまいますね~♪
吹奏楽を知らない方でも是非この「ダンス・フォラトゥーラ」だけは精華女子高校の演奏を聴いて欲しいです。
この曲、そしてあの素晴らしき名演を知らないまま一生を終えるなんて勿体無いかもしれないです~♪
クロード・スミスの曲全般に言えることですが、金管(特にホルン・トランペット)にはハイトーンを、
木管には高速パッセージを求める傾向にあり、ダンス・フォラトゥーラももちろん例外ではなく、その傾向が最も顕著に
表れる曲ともいえます。
(私自身、私が高校卒業した年に母校の後輩たちが無謀にもフェスティヴァル・ヴァリエーションを定期演奏会の
曲に選び、見事に本番でも玉砕&破綻した演奏を聴かせてくれていましたけど、その際にクラリネットパートのパート譜を
見たことがあるのですけど、瞬間に感じたことは「自分にはどう逆立ちしても吹けそうにもない・・」という事でしたし、
数年後に楽器店のヤマハの中で「ダンス・フォラトゥーラ」のクラリネットのパート譜と全体の総譜を見た際にも
「こんなの完璧に吹ける人達は絶対に人間ではない・・」と感じたものでしたので、改めて精華女子高校の奏者の皆様の
とてつもない優秀さには脱帽しかないです・・)

改めてですけど「ダンス・フォラトゥーラ」(華麗なる舞曲)について曲の概要を簡単に触れておきますと、冒頭から
全奏者のパワー全開で開始され、特にクラリネットは曲の出だしから指をフルに回すことの炸裂となっています。
あの冒頭の全奏者による「タンタカタカタカ・タンタカタカタカ」というタンギングはどの奏者にとってもかなりしんどいものが
ありそうです。
その後曲の主題が様々な楽器によって繰り返されていきますが、その中でもユーフォニアムの指回しは既に人間離れの
離れ業状態と化しています・・
中間部は、B♭クラリネットのゆったりとしたソロで開始され、その後木管のソロ楽器による曲のテーマのリレーが、
オーボエ→B♭クラリネット→アルトサックス→フルートと続きます。
一度とあるチームの定期演奏会でこの場面でのクラリネット奏者によるギーーーッというつんざくようなリードミスを耳にした際は
一気に興ざめとなってしまいましたけど、それだけ各ソロ奏者にとってもプレッシャーがかかるといえそうです。
(後述しますけど、ダンス・フォラトゥーラの最大のソロ楽器の見せ場は後半のピッコロトランペットによる超絶ハイトーンだと
思います)
そして曲は全楽器によるとてつもない大音量&全エネルギーの放出とも思える壮大なトゥッティへと展開されますけど、
あの部分の曲自体のエネルギー量はこの曲の大きな聴かせどころだと思いますし、白眉ともいえそうです。
そのトゥッティ から、ファッゴットソロにつなぎ、ピアノとマリンバをバックにした特徴的でノリのあるリズムを背景に
この曲最大の聴きどころであり見どころの一つでもある、ピッコロトランペットのハイトーンソロへ突入していきます。
(あのソロを何事もなかったかのようにこなす奏者は既に人間ではないのかもしれないですし、その意味においては精華女子の
奏者は神様なのかもしれないです)
このハイトーンが決まると、指揮者も奏者も「これで大きな山を越した・・」と安堵しそうですけど、クロード・スミスは
そんなに甘くは無いですし、ここで許してはくれないです・・
その後、エンディングに向かって一気呵成に突撃していくかと思わせておいて、ここから先、実はまだまだ数々の難所が
待ち受けています。
まずはクラリネットから始まる木管連符のフーガが展開し、その後トロンボーン、ホルン、トランペットが順々に加わり
ますけどこのあたりのスミスの作曲の巧みさには脱帽せざるを得ないですし、奏者はまだまだ緊張が続きます。
最後に冒頭のフレーズに戻ってついにエンディングに向かって全軍突撃!の世界に入り、
ホルンパートのハイトーンやトロンボーンの強烈なグリッサンドを経て、最後の一音に向けてなだれこんでいきます。

私自身はこの曲はCDやコンクール・コンサートで聴いただけなのですけど、それでも観客席にいても終わった際の
興奮は半端無いですし、もしもこの曲を吹いたとしたら終わった際の充実感と陶酔感は相当なものが
ありそうな気がします。

最近の奏者の皆様の感覚ですと「ダンス・フォラトゥーラというと精華女子のあのとてつもない怒涛のウルトラ名演で
決まりじゃん! 他にどんな名演があるの・・?」と言われるのかもしれないです。
確かにその通りだと思います。
私もクロード・スミスの「ダンス・フォラトゥーラ」の歴史的名演というと二度に渡る精華女子のあの名演を超越する演奏は
今後出てこないんじゃないのかな・・?とも思っています。

精華女子の名演は2000年代以降の話なのですけど、実は1990年代にもとてつもないダンス・フォラトゥーラの名演が
存在していたのです!
それが1992年の全国大会において宮本先生が指揮されていた洛南高校だと思います。

あの演奏は、まさに宮本先生のアクの強さが漲り渡り、「宮本先生=洛南高校」というとてつもなく強烈なサウンドが
確立された瞬間じゃないのかな・・・とも感じさせてくれました。
ああいう演奏が出来る演奏チームは、今現在の吹奏楽コンクールの高校の部では皆無と言えるのかも しれないです。
あの「宮本先生=洛南高校」という組合せは、「吉永陽一先生=兵庫高校」に匹敵するとてつもなく個性的なものだったと
今でも思っております。
まさに個性がギラギラ漲っているみたいな言い方がこれほどしっくりくるチームは少ないとすら思えます。

92年の洛南の「ダンス・フォラトゥーラ」のスピード感と切れ味と男子校らしい豪快さの素晴らしさは、あの演奏から既に
30年以上経過した今現在でも決して色褪せているものではありませんし、
あの演奏を普門館の生演奏で聴いていた私も、あの爽快さは今でもはっきりと耳に残っている気がします。
確かに2009年の精華女子の完璧な技術と洗練さに比べると「少し粗い・・」という印象はあるかとは思うのですけど、
92年の金賞受賞チームの中では、グランプリ候補というと常総学院・高岡商業・東海大学第四が挙げられると
思いますが、洛南高校も十分グランプリ候補になると思います。
精華女子とか最近この曲を演奏したチームに比べると少しカットが大胆というのか、演奏時間が短めという感じも
するのですけど、それだけ集中度が高い演奏ではないのかなとも思ったりもしています。
金管・打楽器セクションが充実しているのは今更言うまでもない話なのですけど、木管セクションもべらぼうに
巧いですし、他校に比べて木管楽器の数は少ないと思うのですけど、そうした弱みを全く感じさせない演奏と言えると
思います。
また、トランペット・サックス・クラリネット・フルート等のソロもほぼノーミスで見事に決まっていたと思います。
金管も、トランペットもそうですけど、ホルンのハイトーンも惚れ惚れするくらい決まっていたと思いますし、
トロンボーンもめちゃくちゃ上手かったですね~♪
トロンボーンのあの凄まじいグリッサンドも実にお見事でした!

洛南高校は、実は1987年にも「ダンス・フォラトゥーラ」で関西大会に臨みダメ金に終わっていますので、
気持ちとしてはリベンジという感覚だったかもしれません。
1987年の演奏は、課題曲が「渚スコープ」という大変静粛な曲でしたので、自由曲でもって課題曲の鬱憤を晴らした
エネルギーの大爆発があったのですけど、カスタムテープで聴く限りは、ちょっと粗削りでもう少し細かい部分で
整理が足りない部分があるのかな・・?と感じたものです。
92年の演奏は2回目という事もありましたので、「手慣れている」みたいな感じもありましたし、全体的に
「細かいところまでとにかく几帳面に整理されているけど、全体のエネルギーの爆発は87年の関西大会以上」という
印象も感じたものです。
1992年の前年度の1991年の自由曲の「ローマの祭り」が何か気持ちが乗らない感じで
正直私としては「ちょっと洛南らしくないなぁ・・」という今一つの演奏でもありましたので、
「今年はみんなの力でなんとかしようではないか!!」」という気持ちが全曲に漲っていたと思います。

でもやっぱり「ダンス・フォラトゥーラ」の不滅の名演というと2009年と2014年の精華女子のあの歴史的名演に
尽きると思いますし、あそこまで完璧に仕上げてきたうえに音があそこまで洗練されていて、なおかつエネルギーと
パワフルに満ちたまるで奇跡のような名演だと改めて感じたりもします。

最後に余談ですけど、
「ダンス・フォラトゥーラ」の全国大会初演は、実は高校の部とか一般の部ではないのです!
実はなのですけど、1989年の中学の部で出場した宮崎県の生目南中学校が全国大会初演なのでした~♪
しかも、この学校は全国大会初出場です!
この演奏、私も普門館の生演奏で聴きましたけど、とてつもなく印象度が強い演奏だったと思います。
私の印象としては、この難曲中の難曲を音にするだけで精一杯だけど、「音楽をみんなで奏でよう!」という
熱いハートは客席にもとてつもなく熱く熱く伝わっていたと思います。
全体的な印象は「細かい事は気にするなっ!!」という感じで、
細かいところよりも全体の雰囲気を大事にしているという感じで、とにかくあの荒っぽいおおらかさは、
現在のコンクールでは絶対に聴く事が出来ない熱さは絶対にあると思います。
例の中間部のピッコロトランペットのとてつもないハイトーンのソロの箇所はさすがに中学生では無理という事で、
生目南中学校は、あの部分のピッコロトランペットソロは一オクターブ下げて普通のトランペットが2本で演奏するという
荒業も披露してくれていたのもご愛嬌でした~♪
前半から中間部まではギリギリ音楽として成立していましたけど、後半以降各パートも集中力が切れたのかミス連発
というのも中学生の体力から考えると仕方が無かったのかもしれないです。
ちなみに・・翌年の1990年には、「出場すればほぼ100%の確率で銅賞」とも揶揄されていた四国の大学の部代表の
愛媛大学が比較的少人数ながらもこの「ダンス・フォラトゥーラ」で見事に全国大会・銀賞を掴んでいたのも
称賛に値する話とも言えそうです。
少人数のダンス・フォラトゥーラというと1988年の関東大会で銀賞を受賞した千葉県代表の松戸矢切高校の知的で
エネルギッシュな演奏も素晴らしかったです。
(たしかファゴットすらも無くて課題曲の「深層の祭」の冒頭はテナーサックスで代用していたような記憶があります)

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「響け! ユーフォニアム」第一期と第二期のトランペットパートから、香織先輩・優子・麗奈

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高坂麗奈

クロード・スミスの「ダンス・フォラトゥーラ」というとピッコロトランペットのハイトーンソロが大変印象的ですけど、
トランペットというと真っ先!に思い浮かぶキャラというと「響け! ユーフォニアム」の
一年生トランペット奏者の高坂麗奈に尽きると思います!

当ブログでもアニメ「響け! ユーフォニアム」の第一期が放映された2015年と第二期が放映されていた2016年においても
この麗奈は頻繁に登場していました。
「響け! ユーフォニアム」の主人公はユーフォニアムパートの久美子なのだとは思うのですけど、
特に第一期においては最終回とその一つ前の回以外では「主人公なのに影がうすいキャラ・・」と当ブログでも散々揶揄されて
いた久美子に対して、第一期の真の主役は誰がなんといっても高坂麗奈だと思いますし、
私自身「響け! ユーフォニアム」の中で圧倒的に大好きなキャラは麗奈です。

高坂麗奈というと原作者の設定によると、
艶のある長い黒髪とこぼれ落ちんばかりの大きな瞳が目を引く自信にあふれた美しい容姿の少女とされていて、
アニメ版としても、容姿端麗・頭脳明晰な黒髪の美少女で、そのクールな印象とは裏腹に胸の内ではトランペットに対して
熱い想いを抱いていて一見して他を寄せ付けぬような雰囲気を放つというのが基本設定になっています。
原作のライトノベルを読んで頂けると分かる通り、麗奈の基本パーソナリティとして、
周囲と同じであることを良しとせず、「特別な存在になりたい」と願うストイックな性格の持ち主で、
当初は他人との間に距離を取り、特定の誰かと一緒にいることを嫌う「孤高の存在」でもあるのが大きな特徴なのだと
思います。
麗奈の不屈の精神やトランペットに対するプライドは半端ではない強さであり、
いかなる周囲の状況も我関せずといった具合で周囲から孤立しようがお構いなしで、孤高の存在と言えそうです。

第一期においては自由曲の「三日月の舞」で登場するトランペットのソロを巡って、3年生の香織先輩と
部員全員を巻き込むあのギスギスのオーディションをやってでも
「私が一番だし、私は絶対に他の人には負けたくないし、私は特別な存在である」という事を立証するために
そのオーディションを勝ち抜き、結果的に関西大会と全国大会でも立派にソロを務めあげていました!
それにしてもあのオーディションに際しても、言いがかりを付ける2年生の優子に対しても
「だったら何だっていうの? 滝先生を侮辱するのはやめてください。なぜ私が選ばれたか、そんなのわかってるでしょ? 
香織先輩より、私の方が上手いからです!」と毅然として言ってのけ
優子が「アンタねえ! 香織先輩がどれだけ気を遣ったと思ってるのよ!?」と詰め寄っても麗奈は
「ケチつけるなら、私より上手くなってからにしてください」と 優子をはじめ周りの部員に対して決然と言い放っていた光景は
確かにとんでもないギスギス場面なのだけど、「響け! ユーフォニアム」屈指の名場面の一つだったと思います!

もしも麗奈が「ダンス・フォラトゥーラ」のあの超絶ソロを担当したとしてもビシッと決めていたと思いますし、北宇治高校の
麗奈・香織先輩・優子といった優秀なトランペット奏者たちが奏でていたらとてつもない名演が生まれそうな
予感もありそうです~♪
後世に伝えたい吹奏楽オリジナル作品を挙げなさいと言われたとしたら、たとえばですけど、
ホルストの第一組曲、リードのオセロ・ハムレットへの音楽・エルサレム讃歌、ジェイガーのシンフォニアノビリシマや第三組曲、
ネリベルの二つの交響的断章・アンティフオナーレ、フサのプラハのための音楽1968・この地球を神と崇める、
チャンスの呪文と踊りや朝鮮民謡の主題による変奏曲、マクベスのマスク、スミスのフェスティヴァルヴァリエーションに
ダンスフォラトゥーラ、保科洋の風紋や復興、兼田敏のパッサカリア、パーシケッティーの交響曲第6番に仮面舞踏会、
バーンズのアルヴァマー序曲に呪文とトッカータに交響曲第3番、エリクソンの序曲「祝典」、スウェアリンジェンのインヴィクタ、
スパークのドラゴンの年や宇宙の音楽などなどとにかくたくさんの素晴らしい吹奏楽オリジナル作品が存在していると
思うのですけど、そうした膨大な吹奏楽オリジナル作品の中でも不朽の名作にして同時に吹奏楽オリジナル作品としては
既にバイブル的名曲という評価が既に定着している大人気吹奏楽オリジナル作品の一つがリードのアルメニアンダンスパートⅠ
だと思います。
そしてこの素晴らしい名曲の吹奏楽オリジナル作品のアルメニアンダンスパートⅠを吹奏楽コンクールではないですけど
高校の時の定期演奏会の演奏曲目としてノーカットで吹くことができたのは本当にありがたい事でもありました。
ちなみに高校一年の時の吹奏楽コンクールの自由曲がホルストの第一組曲だったのですけど、こうした
吹奏楽オリジナル作品としては古典中の古典の大変な名曲を演奏できたというのも今にして思うとたいへんありがたく
貴重な事でもありました。

私が高校生あたりの頃には既にリードの「アルメニアンダンスパートⅠとパートⅡは定着化された作品であり、
吹奏楽コンクールの自由曲としても演奏頻度の極めて高い曲であり大変人気の高い作品でした。
既にあの当時よりリードのアルメニアンダンスは「吹奏楽オリジナル作品の中でも特筆すべき名曲」として認知されていたと
思いますし、私も既にその当時から「リードのアルメニアンダンスは別格的存在」という認識は有していたと思います。
当時よく吹奏楽仲間内の噂では、
「リードは、実は、アルメニアンダンスパートⅢの構想を練っていて現在作曲中・であり、1980年代中盤に満を持して
発表されるのではないか?」という話がよく出回っていましたけど、結局、パートⅢとして発表される事はありませんでした。
結果として「アルメニアンダンス」と同様にアルメニア地方の讃美歌をモチーフにした作品が
「エルサレム讃歌!」というこれまたリードを代表する超大作となって歴史に残されることになりましたので、
あながちあの噂は単なるガセネタではなかったと言えるのかもしれないです。

アルフレッド・リードは生粋なアメリカ人ですし、特にアルメニアやエルサレムとの接点は無いはずなのに、
どうしてアルメニアンダンスとかエルサレム讃歌みたいなアルメニアに色濃厚な曲を残したのだろう?と
思ったことがあるのですけど、
アルメニアの音楽学者であるゴミタス・ヴァルタベッドという方が集めたアルメニアの民謡・聖歌を
「このまま歴史に埋没してしまうのは勿体無い・・」と感じた
イリノイ大学でゴミタスの研究をしているハリー・ビージャンという学者・バンド指導者が、
ゴミタスの集めた聖歌や民謡を使った作品をリードに委嘱したことがこれらの名曲が生まれたきっかけになっています。
そしてリードは、民謡を「アルメニアンダンス」で巧みに用い
7世紀頃のアルメニアのローマ教皇管区教会典礼聖歌集からキリストの復活を称えた讃美歌を
「エルサレム讃歌」で大変効果的に用いています。

リードのアルメニアンダンスはパートⅠとパートⅡと二つに分けて出版されています。
私自身リードの「アルメニアンダンス」を初めて知ったのは、高校入学後のその年の定期演奏会で
アルメニアンダンスパートⅠを演奏した時なのですけど、実はその時点ではパートⅠとパートⅡの間には特に関連性が
無いものなのかなと勘違いをしていたものですけど、
実はパートⅠとパートⅡは姉妹作と言うよりも組曲または一つの交響曲の中の楽章同士という位置づけでもありそうです。
5つのアルメニア民謡が続けて演奏される単一楽章のアルメニアンダンスパートⅠと、
同じくアルメニア民謡に基づく3つの楽章からなるアルメニアンダンスパートⅡの二つを合わせて一つの組曲または交響曲を
構成すると考えた方が宜しいのだと思います。
この場合第一楽章がアルメニアンダンスパートⅠに相当し、第二~第四楽章がアルメニアンダンスパートⅡに相応するとも
いえそうです。
大変奇妙な事に、その理由と背景はよく分からないのですけど、パートⅠとパートⅡの出版社は全然別の会社であり、
そうした事がパートⅠとパートⅡは全然関連性がない曲であるとかつての私が誤解をしたように勘違いをされている方も
決して多くは無いという理由になっているのかもしれないです。
ちなみにですけど、パートⅠとパートⅡで使用される楽器編成も微妙に異なっていて、パートⅡの方が打楽器は、
パートⅠでは使用されなかったドラ・コンサートチャイム・トライアングルが追加されたり、ハープも加わるなど
そうした違いを味わってみるのもこの曲の楽しみ方の一つなのかもしれないです。

後述しますけど、
アルメニアンダンスパートⅠの誰もが認める歴史的名演は、1986年の淀川工業と1987年の創価学会関西を
推される方は大変多いとは思うのですけど、私自身最も大好きな演奏は、そう・・! 言うまでもなく
1983年の野庭高校のあの個性的で歌心たっぷりの演奏に尽きると思います!
(隠れた名演という事では、とにかく音質がクリアで清楚なサウンドで響きがとてつもなく美しい1980年の間々田中も
推したいと思います)

リードのアルメニアンダンスパートⅠは下記の五つの部分から構成されています。

Ⅰ.あんずの木

冒頭は大変華やかな全草者による強奏から開始され、特に冒頭のシンバルの一撃で既にノックアウトされそうです・・
しかし曲調自体は憂愁を帯びたシリアスなものであったりもします。

Ⅱ.やまうずらの歌
Ⅰとは一転して一転して慈愛とやさしさにに溢れ、どこかユーモラスで癒される愛らしい歌が続きます。
特にオーボエのしみじみとした歌が大変印象的です。

Ⅲ.ホイ、私のナザン

この部分は実際に吹いたことがある者の感想としては変拍子の扱いが大変難しくて最も難しい箇所だと思います。
変拍子で同時にエキゾティックなリズムが強く印象付けられ、最後の「行け、行け」と共に聴かせどころの一つだと
思います。

Ⅳ.アラギャズ

Ⅱと同様に抒情的な歌が朗々と響きわたります。

Ⅴ.行け、行け!

活力に満ちた終曲であり、強力なダイナミクスとエキサイティングなリズムで締めくくられます。
ラスト近くのホルンの壮絶な雄叫びも聴かせどころの一つだと思いますけど、クラリネット奏者にとっては細かい音符の
連続であり、リズム処理と合わせてⅢの部分と同様に大変な技術力が求められると思います。

やはりⅢとⅤが全体の中心であり、間に挟まれるⅡとⅣのしみじみとした抒情的な歌がさらにこの曲の深みと味わいが
高まるともいえそうです。
この曲は私の母校の中学校が私が卒業した年のコンクール自由曲でもあったのですけど、なんと、こともあろうに
全体の一つの中心でもあり聴かせどころのⅢを全てカットし、快活に動く部分は最後のⅤだけ・・というありえないカットを
したこともあり、サウンドもこの曲に求められる清潔な音色ではなくてべったりと重たいサウンドでもあり、結果的に
創部以来初めての県大会銅賞という屈辱的な結果になっていましたけど、
前年度の部長でもあった私の感想は「自業自得だね・・」という感じのものでした。
この曲はⅢとⅤが盛り上がりを形成している側面もあるので、Ⅲをカットしてしまうことはありえないと感じたものでしたし、
大変古い表現でいうと「クリープのいれないコーヒーなんて・・」という感覚に近いものがありそうです。
もっとも私自身が高校一年の時定期演奏会で演奏したアルメニアンダンスパートⅠも、決して褒められる演奏では
ありませんでしたし、全体的には消化不良で終わってしまいましたし、奏者としては不満の残る演奏でもありました・・

リードのアルメニアンダンスパートⅠは2022年時点でこれまで全国大会で22回も演奏されている大人気自由曲ですけど、
全国大会では2002年の雄新中を最後に演奏されていないのはさびしい限りです。
22回も演奏されていますけど、意外とこの曲の名演は少ないです・・というか野庭・創価学会関西・淀川工業の
三大名演があまりにも突出しすぎた歴史的名演であり、この3チームを超越する名演は多分ですけど今後も出ないような
気すらします。

1983年の野庭高校の演奏はクセが大変強くて好みの分かれる演奏なのかもしれないですけど、私は大好きです!
Ⅴの「行け、行け」の部分をpから徐々にあんなに盛り上げていく演奏はかつてなかったと思いますし、
とにかく一つ一つの音が生命感と躍動感に溢れていて、とにかく音楽が新鮮でした。
課題曲C/カドリーユもダーダー吹きに近い、音をわざと押した様な感じのする少し変わった表現です。
あのレガート奏法を極端にしたような感じの解釈は、明石北高校の解釈にも近いような感じもあったと思います。
課題曲も自由曲も、共に演奏が非常に新鮮で、全く違った方向からアプローチをかけてきた若々しい楽しさが
随所に散らばっています。
88年の春の猟犬もそうでしたけど、野庭のアルメニアンダンスパートⅠの特にⅤ・Go! Go!においては、前述のとおり
急激なpからffへの唐突感すらも感じられる急激なクレッシェンドとか、
ppからffへと一気に駆け上っていく爽快感は、やはりとてつもなく新鮮なものがあると思います。
普通はあれだけ個性的な表現を取ってしまうと演出過剰とかやりすぎ・・みたいに感じてもしまいがちなのですが、
それが少しも不自然に感じられない自然なさわやかさがあるのも事実だと思います。

1986年の淀川工業(現・淀川工科)も正攻法の素晴らしい演奏です。
過去に何度も名演を生み出したアルメニアンダンスパートⅠという不滅のオリジナル名曲を新しい感覚で新しい視点から
表現してみようという意欲とフレッシュさが至る所から伝わり、聴いていてこの曲の何か新しい面を新たに発見できたような
感じでした。
音楽に勢いがあり、サックスセクションの上手さも光り、全体としても「とにかく楽しい!」という感じで一杯の素敵な演奏でした。
淀川工科は現在の自由曲は大阪俗謡による幻想曲とダフニスとクロエの二択しかないようですけど、
どうせ過去に繰り返しやっている曲をやるのだったら、リードのアルメニアンダンスの新しい解釈という事も踏まえて
演奏した方が宜しいのかもしれないです。

1987年の創価学会関西のアルメニアンダンスパートⅠの演奏はコンクールにおけるこの曲の決定打に相応しい
素晴らしい演奏だと思います。
表現が全てにおいてしなやかで大人の演奏であるけど、Ⅴのホルンの爆演的雄叫びなど随所に面白さもあり、
文句のつけようがない名演だと思います。

ただこのビッグ3以外の演奏というと意外と名演が少なくて、90年の玉川学園や89年の駒澤高校、79年の遠軽や
88年の盛岡シティブラス・89年の吉富中などのように個性の乏しい凡演が多かったような印象もあります。
その中でも面白かったのは1986年の関東第一だと思います。この年の関東第一は課題曲の変容も自由曲も冒頭が
かなり表現が自由自在であとの展開に期待もあったのですけど、課題曲も自由曲も中盤以降は音楽の精密さが
持続できずもったいない印象もありましたし、特にアルメニアンダンスはカットがかなり強引な印象もあり、印象としては
かなり悪かったような記憶もあります。
カットというと1991年の八戸第三中学校の新鮮な演奏は大変交換を持てて金賞に輝いてはいましたけど、やはり
アルメニアンダンスのⅤの最後の最後で強引すぎるカットがみられ興ざめしてしまったのはとても残念でした。
音色が大変美しく全体的に清潔感が漂う演奏だったのは1980年の間々田中学校だったと思いますし、あの演奏は
現在では誰も語る人はいないですけど、私はとてもいい演奏でありサウンドであったと思います。
サウンドや個性という意味では地味ですけど、1987年の下松高校もいかにも公立高校の普通の先生と生徒たちによる
手作りみたいなあたたかいサウンドはとても印象的でもありました。

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リードのアルメニアンダンスパートⅠは本当に不滅の素晴らしい吹奏楽オリジナル作品だと思いますし、
この曲だけは忘れることなく後世にまで残していってほしい曲の一つだと思いますし、
今現在の感覚でもってこの曲の新しい魅力が発見される名演の出現に期待したいものです。
本日は冬至です。

2020年の冬至は12月21日でしたけど、2021年と今年・・2022年の冬至は12月22日です。

冬至は毎年同じ日という訳ではなくて、12月21日と12月22日の2パターンがあるようです。
(稀に1920年のように12月23日が冬至ということもあったようです)

冬至が過ぎてしまうと、クリスマス~お正月の準備~大晦日とあっという間に一年が駆け足で 過ぎていきそうな気がして
ならないです。

冬至とは一年で昼が最も短い日で、北半球において太陽の位置が1年で最も低くなる日で、日照時間が最も短くなります。
太陽の位置が1年で最も高くなる夏至と日照時間を比べると、
北海道の根室で約6時間半、東京で約4時間40分もの差があるとの事です。
そして冬至とは具体的にもっとわかりやすく言うと、一年の中でもっとも日照時間が短い日の事を指します。
感覚的には、一年で最も寒い時期が2月だから一年で最も日照時間が短そうな時期って1~2月というイメージも
ありそうなのですけど、実際は12月というのも子供の頃には意外に感じていたものです。

さてさて、冬至とか夜明けというワードを耳にすると、思い出してしまう吹奏楽オリジナル作品が一つあったりします。
それがP.ホヘアー作曲交響曲第1番「ストーンヘンジ」です。
この曲以前は「ストーンヘンジ交響曲」と表記されていましたけど、
ストーンヘンジの作曲以降、交響曲第2~4番が作曲されて、
交響曲第1番「ストーンヘンジ」というタイトルに変更されたという経緯があったりもします。

ストーンヘンジ交響曲は、 イギリスの平原の中にあるサークル上の巨石遺跡をテーマにした交響曲なのですけど、
どちらかというと、具体的なイメージに基づく音楽的風景と言うものではなくて、
イメージとか雰囲気に基づいた曲と言えます。
ストーンヘンジ遺跡は、夏至の日の太陽がまっすぐに祭壇石を照らすと言われていますけど、
そうした太古の昔の人達の儀式とかを抽象的に描いた作品とも言えます。

過大評価すれば、吹奏楽版「春の祭典」と言ってもいいのかもしれませんね。
私の感覚としては、ストーンヘンジ交響曲の第三曲の「いけにえ」とストラヴィンスキーの「春の祭典」第Ⅱ部~いけにえは
もちろん作風も表現スタイルも全然異なるのですけど、伝えたい事はどちらの曲も「なんか似ているよね・・」と
感じてしまいます。

このホヘアーの交響曲第1番「ストーンヘンジ」は、以下の三つの楽章から構成されます。

Ⅰ.冬至の日の夜明け

 コンクールのプログラムや文献では、「冬至」と書かれていたり、「夜明け」と表記されていたり、
 「冬至の日の夜明け」と記されていたり、不統一な感じもします。
 私の感覚的には「冬至の日の夜明け」という表題の方が厳格さ・冷たさ・自然と神への畏敬という雰囲気が
 よりイメージされやすいようにも感じます。
 導入部分は、ウインド・マシーンが荒涼とした平原を吹きわたる風を表現し、
 断片的 に加わる管楽器や打楽器が神秘的なムードを醸し出しています。
 途中、ややテンポを上 げたところで音楽は大きく盛り上がり、ホルン、そして木管楽器による叫びが聞こえ ます。
 その後、神秘的なムードが再現され、曲は静かに閉じられます。

Ⅱ.招魂

 第一楽章からのアタッカで始まり、打楽器が刻む行進曲風のリズムにホルンの ファンファーレ風のフレーズに
 呼応するようにトロンボーンとユーフォニアムの ユニゾンがテーマを歌いだしていきます。
 その後、少しテンポを上げ、トムトムの刻む リズムに乗って鼓動は高まりますけど、
 やがて速度を落とすと、オーボエがそれまでの雰囲気とは対照的に女神のような慈愛みたいな雰囲気の音楽が
 奏でられていきます。
 全体的には、古代の神や魂を呼び起こす情景を描いた音楽と言えると思います。

Ⅲ.いけにえ

 曲全体を一言で言うと、とにかく打楽器の数が多いだけではなくて打楽器が最初から最後まで大活躍をします。
 躍動感溢れるリズムの歯切れ良さと金管楽器の爆発は、大変迫力があります。
 ミステリアスな部分と金管楽器が咆哮する大変スケールの大きな部分の落差と言うか
 そのダイナミックスレンジの幅がかなり広いのが大変印象的です。
 全体的に躍動感が素晴らしい曲だと思います。
 私の個人的な感覚では、「非常にメカニックな曲」と感じています。
 抒情的な雰囲気はそれほど感じないのですけど、
 迫力と明暗の対比を音楽に求めるならば、これほどうってつけの交響曲はないと思います。
 機械的な精緻な雰囲気が極限にまで拡大しているという印象も感じられたりもします。
 第一楽章と第三楽章のラストでウインドマシーンが登場し、
 曲全体のラストもウインドマシーンによる風の音で静かに閉じられますけど
 この寂寥感が何とも言えないいい味を出していると思います。
 
本日のような冬至の日は、第一楽章前半とか第三楽章のラストの静粛さと荘厳さが雰囲気に相応しい感じもありそうです。

この曲は全国大会では一度しか演奏されていませんけど、この唯一の演奏がとてつもない名演だと思います。
それが1980年の天理高校なのですけど、
この時の天理は、珍しくも完全にあっちの世界にいっちゃっているような感じもあったりもします。
新子先生の天理高校というと大変知的で理性的という印象が強いのですけど、この年に限っては
「狂気」という側面がかなり濃厚に出されていると感じられます。
この年の天理の課題曲D/オーバー・ザ・ギャラクシーが大変理性的に精緻に表現しているのとは対照的に
自由曲のこの「ストーンヘンジ交響曲」は、感情や本能が命ずるままに自由に吹いているという印象が大変強いと思います。
ややヒステリックでクリスタルみたいな音質のトランペットセクションが気になりますが、
全体的には迫力満点の素晴らしい演奏です。
強いて難を言うと、ウィンドマシーンの効果は今一つのように感じるのですけど、後から聞いた話では、
天理はラストの場面ではあえてウインドマシーンを使用せず、楽器の口ではなくて楽器そのものに息を吹きかけて
「風」の音を表現したとの事ですけど、理性的と熱狂がうまくミックスしたと素晴らしい演奏だと思います。
そしてラストの音は確かツリーチャイム(ウインドチャイム)の静粛なシャラン・・という響きで閉じられていたと記憶しています。

全体的には、天理の「圧倒的な演奏技術の高さ」が一つの極限にまで達したようにすら感じられます。
全体を通して、情緒というものよりも、何となく機械的表現重視という感じもするのですが、冷静に知的に処理していたと思います。
技術的には一つの完成と言っても過言ではないと思います。
この曲は、前述の通り、吹奏楽版「春の祭典」といってもいい曲なのかもしれませんけど、
いかにも「いけにえの踊り」という感覚をよく表現していたと思います。
課題曲同様、金管の音が少々硬いものの、全体的に精密な設計図を寸分違わず施工しているという感じがします。
クライマックスのすさまじいfffもお見事!!
ラストの静粛も息を秘める緊張感が漲っていたと思います。

この交響曲、木村吉宏指揮/大阪音楽団の演奏で「吹奏楽・交響曲シリーズ」として発売された時は、
本当に私は狂喜乱舞したものです。
こうした知る人ぞ知る埋もれたマイナー名曲シンフォニーをああやって「陽の目」を当ててくれた功績は
かなり大きいと言えると思います。
天理の選曲はどちらかというと、スタンダードで正統派の曲を真正面から正攻法で捉えるパターンが多いと思うのですけど、
そうした天理の歴史の中でも、こういうマイナーなんだけど「埋もれた名作」を取り上げてくれることは
今にして思うと大変貴重だったのではないかと思います。

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ツリーチャイム(ウインドチャイム)

天理が最後の場面で静かな熱演のように厳粛に閉じられていた場面で効果的に知的に決めていた楽器が
ツリーチャイム(ウインドチャイム)でしたけど、
この打楽器は直径数ミリ、長さ数センチから十数センチの金属棒を、数十本、次第に長さが変化するように横に並べて
糸で吊り下げたもので、ビーターや手などを用いて金属棒を揺らすと、金属棒同士がぶつかり合って高い噪音を出すことが
出来ますし、その音色はとても繊細で神秘的です、

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参考までに、上記画像は「ウインドマシーン」という人工風製造機みたいな特殊打楽器です。

円形のドラムを回転させ布を接触させ、その摩擦音を風の効果音として人工的に作り上げています。
ドラムの回転速度によって音に強弱がつけられたりもします。

このウインドマシーンが効果的に使用された事例としては、ストーンヘンジ交響曲以外では、管弦楽作品においては、
R.シュトラウスのアルプス交響曲とグローフェの組曲「グランドキャニオン」、ヴォーン・ウィリアムズの南極交響曲が
挙げられ、吹奏楽ではスパークの「宇宙の音楽」において効果的に使用されています。

こうした冬至の日には、天理高校か大阪音楽団の交響曲第1番「ストーンヘンジ」でも聴いて、祖先の魂とか自然への畏敬を
感じてみたいものですね~♪

冬至というと日本人の感覚で言うとかぼちゃを食べるとかゆず湯というイメージもあるのかと思います。

かぼちゃがお菓子としては大好きだけど野菜としてはそれほど好きでもない私にとっては冬至と言うと
銭湯や日帰り温泉等でやっている冬至の日のゆず湯の方が印象度は強いです。
最近は銭湯やスーパー銭湯や日替わり温泉施設で冬至の日にゆず湯を提供している所もめっきり少なくなったようにも
感じられますけど、私が学生時代にアパートにお風呂がないために週に何度か銭湯を利用していた頃には、
冬至というと結構多くの銭湯でゆず湯をやっていましたし、あのゆずの香りを感じながらのお風呂も普段とは違う
リフレッシュ感はありましたし、ゆず湯に入っていると「間もなく一年も終わるよね~」としみじみ感じたものです。

本日の冬至においては、間もなく終わりを迎える2022年に思いを馳せながら、あと少しで到来する新しい年について
希望的観測を持ってゆず湯などを楽しんで頂ければ幸いです~♪
ロバート・ジェイガーの吹奏楽オリジナル曲でもある「タブロウ」は、今現在の吹奏楽コンクールや演奏会等でも
全く演奏されていませんし、1985年の全国大会・高校の部で2チームが演奏した経歴以外はほとんど目立つことも無い中、
1985年の演奏から既に34年近くの歳月の経過とともに、既に忘却の彼方の吹奏楽オリジナル曲であるという評価は
ほぼ間違いではないと思います。

実は私自身もジェイガーの「タブロウ」という曲はあまり好きではないです・・

ジェイガーの曲にしては珍しく荒っぽい響きですし、メロディーラインが混沌とし過ぎていて、結局何を言いたいのか
私には全く理解できない曲であったりもします。
タイトルの「タブロウ」は多分ですけど絵画用語に由来する完成された絵・キャンバス画なのだと思うのですけど、
例えばマスネの組曲「絵のような風景」とかネリベルの「トリティコ」(三枚の宗教的絵画)とか
チェザリーニの「ビザンティンのモザイク画」などのようにその音楽を聴いてなんとなくだけどその背景や雰囲気が
伝わってくるという感じはほぼ皆無だと言えそうです。

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冒頭からつんざくような金管セクションの荒っぽい響きから開始され、そこにはドラマ性とかストーリー性といった要素は
あまり感じられず、むしろ音の響き・構成をメカニカルに追及しているようにも感じられます。
この曲で最も負担がかかりそうなパートはホルンとトランペットと感じさせるくらい、金管セクションの爆音ぶりは、
どちらかというとやさしい曲想が多くてメロディーラインがわかりやすくて明確というジェイガーの作品の中では極めて
異色に位置しているようにも感じられます。
人に耳にすんなりと入る旋律や音楽構成があまり感じられない中、曲自体はかなり強引な展開を見せ、
途中でフルートをメインとする牧歌的な響きの箇所もありますけど、すぐに金管セクションに打ち消されているような印象も
あったりします。
そしてこの曲が面白いと感じさせる点は終結部なのかもしれないです。
乱暴な響きの中、突如としてそこに一筋の光が差し込むような感じを私自身は感じてしまうのですけど、
唐突にホルンパートによるコラール的な音の伸ばしが展開され、そこに他の金管セクションが巻き込まれていき、
ラストはティンパニの和音の叩きつけと共に全体が高らかで荘厳な響きの中、感動的に閉じられていきます。
なんとなく感覚としては、冒頭からラスト1分前までゴチャゴチャとした混沌さ・荒ぶる響きが展開されるのだけど、
ラストだけは感動的に高らかにかっこよく決まって爽快さをもって曲が閉じられるという
典型的な「終わりよければすべてよし」みたいな曲のようにも感じられそうです。
そう言えばジェイガーの終わりよければすべてよしというパターンの曲として、これも知る人ぞ知るという曲になって
しまいそうですけど「シヴァリー」という曲もそんな感じの曲と言えるのかもしれないです。

ジェイガーのタブロウは1985年の全国大会・高校の部で意外にも2チームが自由曲として取り上げ、
一つは東海大学第一高校(現・東海大学翔洋高校)で、この年に初めての全国大会・金賞を重受賞しています。
タブロウのよくわからないけどなんだか聴く人を威圧するような雰囲気は当時の東海大学第一の路線にぴったりだったとも
感じるのですけど、私的にはあのメカニックで乾燥した響きにあまり共感は感じず
「どうしてあの演奏が金賞で、花輪高校のような重厚感と繊細さを持ち合わせたあの名演が銅賞なんだ!!」と
当時は普門館客席でブーたれていたものです・・
そしてもう一つのチームが高松第一高校なのですけど、高松第一はこうした乱暴で金管優位の吹奏楽オリジナル曲を
自由曲にする事自体が極めて異例なチームでありましたし、1985年以前の演奏もどちらかというと木管優位の
少しもやもや&もごもごとしたぼやけたサウンドのチームという印象があったせいか、
「あの高松第一がタブロウみたいな金管優位の曲を選ぶなんて・・」と驚きの方が大きかったような記憶もあります。
東海大学第一と高松第一の演奏は、比較するとどちらも演奏はかなり危なっかしくて粗っぽい響きなのですけど、
東海大学第一は金管主体、高松第一は木管主体という違いがあったようにも感じられます。
そして前者の表現は変幻自在でトリッキーという感じもあったのに対して、後者の音楽的表現は固くて融通があまり効かない
真面目な演奏という違いもあったように感じます。
ただ私の中の好みでは、どちらかというと高松第一のタブロウの方が聴きやすくてコンクール的にはこちらの方が
勝っているのかなと感じたのですけど(当時の私のメモの採点ではどちらも銀賞という評価でした・・)
東海大学第一は金で高松第一は銀賞という評価になっていました。
高松第一の課題曲B / 波の見える風景は、フルートソロをはじめとする木管セクションの優秀さが光っていましたので、
タブロウではなくて、例えばドビュッシーの「小組曲」みたいな木管優位の曲を選曲していた方がよかったようにも
感じたものでした。

ジェイガーは、シンフォニア・ノビリッシマ、ヒロイック・サガ、第二組曲、第三組曲、コラールとトッカータなどのように
メロディーラインが大変分かりやすくて人の心にすーーっと入り込んでいく曲想が多く、
(1978年の課題曲A / ジュビラーテもそうした曲の一つだと思います)
他にもダイヤモンドヴァリエーション・吹奏楽のための交響曲(第1番)・シューマンの主題による変奏曲、シンフォニエッタ
などのように音楽的構成・構成美がしっかりと練に練られている作品も多いのですけど、
時に例えば、本記事のメインでもあった「タブロウ」や近畿大学や小禄中学校が自由曲として演奏した「黙示録」みたいな
悪趣味的でよくわからない・・という感じの曲もあったりするのは人間の多様性に由来しているのかもしれないです。

最後に・・悪趣味と言うとジェイガーには交響曲第2番「三法印」という謎めいたシンフォニーもあったりします。
ジェイガーの吹奏楽のための交響曲(第1番) は大変な人気作品であったのに対して、2番の三法印に不人気ぶりは
ある意味際立っていたとも思えます。
私もこの三法印は東京佼成のレコードで何度か聴いてみましたけど、
この曲のどこに魅力があるのかいまだにさっぱり分かりません・・
1980年に京華学園が自由曲とした以外は、どのチームも吹奏楽コンクールでは演奏されていない事実こそが
その不人気ぶりを見事に象徴しているとも言えます。
同じ仏教をモチーフにしたA.リードの「法華経からの三つの啓示」のコンクールでのある程度の人気から比較すると
対照的な感じは拭えないですね・・


改めてですけど、先月、8月15日における当ブログ開設10周年を無事に迎えることができたことに感謝いたしますし、
皆様からのお祝いメッセージには心から「ありがとうございます」というお言葉をお伝えさせていただきたいと思います。
また当日はdream fantasy2
アミグリさんに記念絵としてすてきな霊夢を描いていただいたことにも深く感謝の気持ちをお伝えさせて
頂きたいと思います。

改めてこれからの当ブログも多分この先は更新頻度も内容もググっと落ちてくるのは目に見えていますけど何卒宜しく
お願いいたします。

それと一つ最後に改めて感謝の気持ちをお伝えさせていただきたいことがあるのですけど、ここ最近、吹奏楽カテゴリに
おいて、「〇〇というワードで検索してみたらこのブログにたどり着きました」という嬉しいコメントをいただくことが多々あったりして、
東方カテゴリ・埼玉カテゴリ・プリキュアカテゴリなどと並んで当ブログの大切な根幹カテゴリでもある吹奏楽カテゴリに
おいて、こうしたお言葉や反響はとてもありがたいと感じますし、今後の更新の上での大変な励みになりますので
改めてこうしたありがたい反響コメントを頂いた皆様には感謝の気持ちをお伝えさせていただきたいと思います。

具体的に一例をあげると、スミスの祝典のための序曲、瑞穂中学校、(1979年全日本吹奏楽コンクール課題曲B)のプレリュード、
松村禎三の交響曲(屋代高校)などが、その検索ワードでもあったとのことですけど、
こうした管理人すらも忘れてしまっている過去記事からの検索による反響は本当にうれしいものがあったものでした。

改めて当ブログの吹奏楽カテゴリも何卒よろしくお願いいたします。
現在はお盆期間中というかお彼岸真っ只中です。

お盆期間中はご先祖の皆様たちの供養というよりも、どちらかというと「ご先祖様・・特に生前に親交やお付き合いのあった
故人のことを思い出してあげて偲んであげて故人との思い出を懐かしむ」という事の方が
ご先祖様や故人の皆様にとってはうれしいことなのかもしれないです。

西洋のクラシック音楽ではそうした死者のための音楽というとたとえばヴェルディやモーツアルトなどの作品でもお馴染みの
レクイエムなのかもしれないですけど、
(日本の大作曲家でもあり既に彼岸の彼方に旅立たれた三善晃の「レクイエム」という戦争を告発する作品も決して忘れては
いけない邦人作品の一つだと思います)
お彼岸と吹奏楽オリジナル作品というとなかなかそれに合致する曲もないとは思うのですけど、その中でそれらしい曲
ということで、本日は稲垣卓三の管楽器のための組曲という知る人ぞ知る陰鬱な超マイナー作品を簡単に
レビューさせて頂きたいと思います。

私自身、生まれて初めて購入したクラシック音楽のレコードは、ショスタコ―ヴィッチの交響曲第5番「革命」でした。
そして2番目に購入したレコードがオーマンディ指揮・フィラデルフィア管弦楽団の「ロシア名曲シリーズ」で、
ダッタン人の踊り・スペイン奇想曲などが収録されていました。
3番目に購入したレコードがシベリウスの交響曲第1番だったと思います。

それでは吹奏楽関連において私が一番最初に購入したレコードにはどんな曲目が収録されていたのでしょうか・・?

そのレコードは「東京佼成ウインドオーケストラ 第1集と第2集」でして、

・演奏団体:東京佼成ウインドオーケストラ
・指揮者:秋山和慶
・発売元:(株)佼成出版社
・出版年:1979年3月

という内容だったと記憶しています。このレコードはフェネルが東京佼成の常任指揮者に就任する前の収録されたものであり、
フェネルの華やかさとは別にいかにも秋山さんらしい真面目で端正な仕上がりの曲ばかりだったと思います。
2集の方に収録されていたのがいわゆるロシアものの吹奏楽アレンジ作品でして、確か収録されていた曲が
1.歌劇「コラ・ブルニヨン」序曲 2.組曲「道化師」 3.バレエ音楽「ガイーヌ」~剣の舞・子守歌・レスギンカ舞曲
4.バレエ音楽「スバルタカス」~スリーダンスエピソード
という大変充実していまして、特に組曲「道化師」は、私自身が1982年の時の高校の定期演奏会で演奏した曲で、
かなりの部分参考にした記憶があります。
ガイーヌは、この当時はまだあの名アレンジの誉れ高い林紀人先生の版ではなくて、藤田玄播または稲垣卓三による
アレンジが主流だったのは今現在との大きな違いかもですね。

そしてこのシリーズの第一集に収録されていた曲目は、大変メジャーな曲目と超マイナーな曲目の吹奏楽オリジナル作品の
組合せという事で、当時からかなり注目度は高いレコードだったような記憶があります。
この第一集の収録曲目は、

【Side A】

1.交響曲第2番「三法印」/ロバート・ジェイガー
 1楽章 諸行無常 
 2楽章 諸法無我 
 3楽章 涅槃寂静 

2.天使ミカエルの嘆き/藤田玄播 

【Side B】

1.シンフォニア・ノビリッシマ/ロバート・ジェイガー 

2.管楽器のための組曲/稲垣卓三
 1楽章 プロローグ 
 2楽章 仏前にて 
 3楽章 影 
 4楽章 夢 
 5楽章 行進曲 

という内容でしたけど、ジェイガーのシンフォニアノビリッシマと藤田さんの天使ミカエルの曲は今現在でも
時折ですけど吹奏楽コンクール等でも演奏され続けている息の長い作品ですけど、
ジェイガーの三法印と稲垣卓三の組曲は知る人ぞ知る曲という扱いになっているのは否定できないと思います・・
ジェイガーの吹奏楽のための交響曲(第1番) は大変な人気作品であったのに対して、2番の三法印に不人気ぶりは
ある意味際立っていたとも思えます。
私もこの三法印は何度も聴いてみましたけど、この曲のどこに魅力があるのかいまだにさっぱり分かりません・・
1980年に京華学園が自由曲とした以外は、どのチームも吹奏楽コンクールでは演奏されていない事実こそが
その不人気ぶりを見事に象徴しているとも言えます。
同じく稲垣卓三の「管楽器のための組曲」も三法印以上に人気がない曲でありまして、
この曲は吹奏楽コンクールにおいては支部大会以上ではなんと一度も演奏された事すらありません。

稲垣卓三というとどちらかというと東京佼成のコントラバス奏者または吹奏楽作品のアレンジャーというイメージの方が
強いと思います。
上記でもちらっと書いていますけど、ガイーヌ・歌劇「運命の力」序曲、歌劇「ウィリアム・テル」序曲の稲垣さんのアレンジは
かなり優れていると思いますし、ガイーヌも林紀人アレンジ版が出るまではかなり演奏されていたような気がします。
稲垣さんは指揮者としても東京佼成の地方公演を何度かされていて、そこで管楽器のための組曲・三つの日本民謡といった
自作自演もされていたような記憶もあります。

そしてこれは後日の話なのですけど、1980年代後半以降急速にレコードからCD化が普及した際に、
秋山さんが指揮された東京佼成ウインドオーケストラ のレコードがCD化されて再販売されていた頃、
稲垣卓三の「管楽器のための組曲」は割愛されてしまい、CDとしては未収録のまま今現在に至っていますので、
この東京佼成ウインドオーケストラ 第1集のレコードはかなり貴重なものがあるといえそうです。

以前当ブログで兼田敏の「ウインドオーケストラのためのファイブイメージス」という曲は、まるで新ウィーン楽派みたいな
抽象的で難解な作品と記したことがありますけど、
稲垣卓三の「管楽器のための組曲」もその抽象的な内容と曲の難解さは、兼田敏のファイブイメージスに決して
見劣りしないと思います。
私もこの組曲は何度か耳にしましたけど、やはり三法印・ファイブイメージス以上にさっぱりわからないです・・
ファイブイメージスの方はまだどこなくカラっ・・としたあっけらかんさみたいなものもなくはないと思うのですけど、
稲垣卓三の組曲は、和の陰々滅々みたいな雰囲気が濃厚で、全体的に「死と夢」をテーマにしたようにも感じられなくも
ないように感じられたりもします。
特に第Ⅴ曲の「行進曲」は、「この陰鬱な雰囲気のどこがマーチなの~!?」という感じなのだと思いますけど、
あの陰気な世界は、新ウィーン楽派のベルクの初期作品でもある「三つの管弦楽曲~Ⅲ.行進曲」の雰囲気と
かなりの点で被るようにも聴こえたりもします。
その中で唯一イメージしやすい楽章がありまして、それが第二曲の「仏前にて」だと思います。
(というか曲のタイトルに仏前というワードが入っている事自体すごい話なのかも・・?)
この「仏前にて」は黙って目を閉じて聴いていると、いかにもご逝去した方をしのんでその御仏壇に、
チーンチーンと鐘を鳴らしたり焼香をしたり、お線香をつけたりといった「死者への弔い」が日本的なお線香・手を合わせるという
動作として表現されているようにも聴こえたりして、
全体的には大変抽象的でわかりにくい音楽なのですけど、仏壇の前にて手を合わせるという具体的なイメージが
なぜか必然的に湧いてくるという意味では大変面白いものを感じたりもします。

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我が家はお彼岸とは別に毎年毎年11月になるとお墓参りに行く事が多いです。
というのも、なぜか11月にご逝去された身内の方が非常に多いというのもなんだか不思議なものも感じたりもします。
うちの奥様のご両親さんもお二人とも11月にご逝去されていましたし、お墓に刻印されている命日を眺めていると
11月に亡くなられた故人の皆様が多いというのもなんだか偶然ではないような気もしますし、うちの奥様自身も
そのせいかしりませんけど「私が死亡するとしたらそれは11月なのかも・・?」と縁起でもない事をたまに
口にしているようです。
年に何度かお墓参りに行ったり我が家の御仏壇にお線香を付けたり手を合わせるといった動作をしていると、
不思議とこの奇妙な感覚としか言いようがない稲垣卓三の「管楽器のための組曲」~仏前にてを思い出してしまいます。

2018年の冬アニメの「色づく世界の明日から」のヒロインの月白瞳美も未来に帰った際に、(過去において一時期学校生活を
共にしたクラスメイトまたは身内の)お墓参りに行かれていましたけど、
現在も未来もこうした先祖や亡くなった方を偲ぶ気持ちというのは時が流れても変わりがないのかもしれないです。

先日もとある顧客がご逝去され、葬式後と言う事でご自宅にお悔やみ訪問とお線香をあげにお伺いさせて頂きましたが、
遺影を前にお線香をつけて手を合わせた瞬間に、改めてですけど
「人が亡くなるという事とはこうした雰囲気なのだ・・」という事を感じたものですし、
同時に正座をしてお線香をつけて仏壇に手を合わせるという日本的な作法みたいな事をわかりにくい音楽で抽象的に
表現したのがこの「仏前にて」という曲なのかな・・?とふと感じたものでした。

日本のお葬式とか仏壇を表現した曲って多分ですけどそんなにはないと思いますので、そうした意味では大変貴重なものが
ありそうなのかもしれないです。

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ここから先はdream fantasy2
アミグリさんが過去に描かれた絵の転載&ご紹介コーナーです。

今回ご紹介させて頂く絵はさきほど記事内でちらっと話が出ていた「色づく世界の明日から」のヒロインの月白瞳美です。

アミグリさんの描かれる月白瞳美は、とても繊細で神秘的な印象を与える美少女のように感じられます。

まるで東方のさとり様のようにどことなく心、ここにあらずのようなもの寂しげな様子が伝わってきますし、
瞳美が今にも感極まって泣き出しそうな感じさえする「儚くてせつなくて、まるで砂糖菓子のように
ちょっと触れただけで壊れそう・・」といったとてつもなく繊細なものがとてもよく伝わっていると思います。

髪の繊細な描かれ方も素晴らしいですし、
左耳のアズライトの耳飾りも神秘的な雰囲気を高めているようにも感じられます。
ちなみにアミグリさんが描かれた瞳美の制服は、2018年時点での南ヶ丘高校の制服ではなくて、
2078年時点の南ヶ丘高校の制服でもあったりします。
同じブレザー制服も祖母の琥珀が着るとやんちゃな雰囲気もあるけど、一応は孫の瞳美が着ると
繊細なJKさんという印象を受けたりもします。
(60年後のおばあちゃんになっていた琥珀はいかにも落ち着いた雰囲気の女性になっています・・)
この寂しそうな視線を見るとなんだか見ている私までもがせつなくて甘酸っぱい気持ちにもなったりしますし、
こうやってたった一枚の絵なのですけど、見ている人に色々な感情をきちんと伝えることができている作品を拝見させて
頂くと本当に心の底から内省的な充実感を感じたりもします。

「色づく世界の明日から」のお話は長崎を舞台にしていて、アニメでも長崎の風景が随所に登場していたのは
大変印象的です。
長崎の大浦天主堂や女神大橋の再現度も素晴らしいと思いますし、何よりも作品全体の美しさが大変際立っていたと思います。
あの背景や風景描写の美しさは大変見映えがしましたし、あの映像としての美しさを味合うだけでもこの作品は存分に
役割を発揮していると感じたものでした。
長崎は日本三大夜景(神戸、函館、長崎)、世界新三大夜景(香港、モナコ、長崎)に数えられるほど
有名な夜景の名所でもあるのですけど、そ景としての長崎の美しさも丁寧に描写されていたのが大変印象的でもありました。
長崎という異国情緒あふれる街並みや坂の多い地形という「長崎らしさ」をこんなにも美しく描かれていた事に
驚きを感じさせてくれますし、一つだけあえて強調させて頂きますと、アニメシーンの中にほんの数秒程度でしたけど
雨に濡れた石畳が描きだされていましたけど、あのシーンの美しさはアニメとしての美的限界に迫るものは
間違いなくあったと思います。

「色づく世界の明日から」の物語ですけど、実はこのお話の元々の始まりは現在ではありません。

実はそのはじまりは2078年という近未来であり、その2078年から60年前にタイムスリップしてきた女の子がメインヒロインでも
あります。
そしてこの作品の世界観として、2018年においても2078年においても「魔法」というものは人々の日常生活に溶け込んでいる
というものが大きな特徴でもあったりします。
主人公の月白瞳美は、2078年時点では17歳のJKさんです。幼い頃に色覚を失い感情の乏しい女の子になってしまった事を
とても心配し、 瞳美の将来を憂えた祖母・月白琥珀は自身の魔法でもって
「60年前の高校生の頃の私に会ってきなさい」とある意味無茶振りをし、瞳美ちゃんは問答無用で唐突に
60年前にタイムスリップをさせられてしまいます。
(瞳美ちゃんは60年前の自宅に立ち寄った際に、結果的に瞳美の曾祖母に該当する月白瑠璃や瞳美の高祖母でもある柚葉
たちから未来に戻る方法が確定するまではホームスティし高校に編入する事を勧められ、琥珀と共に高校生活を
過去でも送る事になります)
ストーリーも「色が見えない」という事でモノログの世界の中にいる瞳美ちゃんがなぜか葵唯翔の描く絵だけは
カラーに見えるというのもすてきなファンタジーがあると思います。
ファンタジー要素を生かしつつ、思春期男女の繊細な心の揺れ動きや成長を絶妙に描かれている作品だと思いますし、
写真美術部のメンバーとの関わりを通して瞳美ちゃんの心の変化を存分に繊細に優しく楽しむ事ができる作品であると
言えます。
ネタバレになりますのであまり細かい事は書けないのですけど、最終的に瞳美ちゃんは自身の色の感覚を取り戻し、
60年後の未来に戻る事になるのですけど、瞳美と葵唯翔は瞳美のマジカルスティの間に互いに恋愛感情を抱くようになり
最終回で想いを伝え合っていたりもします。
瞳美ちゃんのクラスメイトで同じ写真美術部の部員でもある風野あさぎの淡い恋心もとても絶妙に描かれていたと思います。
最終回で無事に未来に戻った瞳美ですけど、未来の一場面にて瞳美ちゃんはお墓参りをされています。
そのお墓で眠る人は一体誰なのか・・?というのは描かれていませんけど、オーソドックスに考えると月白瑠璃または柚葉なの
でしょうけど、葵唯翔であるという可能性も決して否定は出来ないと思いますし、物語的には「多分葵唯翔なのかな・・?」と
感じさせるような雰囲気はあったようにも感じられます。

上記のアミグリさんが描かれた月白瞳美は、その権利は全てこの瞳美の絵師様であるアミグリさんに帰するものであり、
当ブログにおける転載とご紹介は事前に全てアミグリさんからご了解を頂いたものであり、
アミグリさんからのご厚意で転載をさせて頂いておりますので、
無断お持ち帰りや無断コピーは絶対NGですので くれぐれも宜しくお願い申し上げます。

アミグリさん、本当にいつもすてきな絵の転載を快諾して頂きありがとうございます!!

皆様の中で「こんなにもせつなそうな瞳美を描く人のブログってどんなもんなのだろ・・? 」などと興味がある方は、
是非是非アミグリさんのブログdream fantasy2  を ご覧になって頂きたいと思いますし、 宜しければ、当ブログだけではなくて、
是非アミグリさんの本家本元のブログdream fantasy2 に一度お越しして頂けると
アミグリさんのブログをご紹介させて頂いている私もとってもとっても嬉しいです!

アミグリさんが定期的に作品を投稿され続けている →アミグリさんのpixiv にも是非一度足を運んで頂ければ幸いです!

アミグリさんのpixiv

それでは皆様方も各自のお墓参りの際に少しでも故人を思い出してあげて偲んで頂きたいと感じたりもします。
ディヴェルティメントというとクラシック音楽好きの皆様の感覚ですとモーツアルトという事になるのかもしれないです。

ディヴェルティメントを邦訳すると喜遊曲または嬉遊曲という事になり、
要は楽しく軽妙に親しみやすく作られ、極力悲しい部分や深刻な部分は避けるという事がお約束になっていると思います。
よく「ディヴェルティメント」と「セレナーデ」との違いは何という事が問題になる事もありますけど、
正直特に違いはありません。
強いて言うと、室内用に作られたのがディヴェルティメント、屋外用がセレナーデという所なのかもしれないです。
このディヴェルティメントという音楽形式は、ハイドンやモーツァルトの頃に盛んに作曲されていたものの
19世紀以降は急速に廃れていったような気もします。
(20世紀の作品としてはイベールやバーンスタインの作品が今現在でも演奏されていると思います)

吹奏楽作品でディヴェルティメントというと思い浮かぶのはパーシケッティーだと私的には思うのですけど、
(皇帝への頌歌でおなじみのモリセイにも同名の作品があったりもします)
知る人ぞ知る作品で、全国大会はおろか支部大会でも1980年の福岡工大付属高校以外は演奏実績がない曲ではありますが、
増田宏三の喜遊曲「踊る行列」は、どちらかというと「ディヴェルティメント」というと洋というイメージがある中、
和の鄙びたイメージを吹奏楽オリジナル作品として盛り込んだ楽曲が既に1980年代以前に作曲されていた事は
驚きでもあるように感じられます。
増田宏三という御方は、作曲家という側面も勿論あるのですけど、どちらかというと作曲理論とか国立音大の作曲理論の
先生というイメージが強く、踊る行列以外の作品や管弦楽作品を調べようと思っても全然検索に引っかからないというのが
実態でして、正直この喜遊曲「踊る行列」についての情報はほぼ皆無としか言いようが無いように感じられます。
増田宏三の吹奏楽作品というと、1976年の浜松工業の自由曲の「朝の歌」の作曲者でもあるのですけど、この朝の歌も
支部大会以上では浜松工業以外演奏実績もありませんので、増田宏三について語るにはあまりにも情報が無さすぎるという
事なのだと思われます。
強いて言うと、バンドジャーナル1984年の特別号の「今注目の邦人作品特集」の中にこの喜遊曲「踊る行列」も紹介されては
いますけど、内容的に特段新しい情報も書かれていませんし、この曲の作曲の経緯とか背景とか作曲の意図等については
何も書かれていませんので、私自身もこの曲に関しては、福岡工大付属高校の1980年の演奏のイメージでしか
書きようがないのが少し歯がゆい感じでもあります。
バンドジャーナル1984年の特別号のわずかな情報として、南国の熱狂的な数日間にわたる祭りをイメージして作曲
されたと記されていますけど、そういう意味では、例えば福岡の博多どんたくとか徳島の阿波踊りとか
はたまた沖縄の琉球舞踏をイメージして作られた音楽と言えるのかもしれないです。

喜遊曲「踊る行列」は上記で触れたとおり、2019年末時点では全国大会・支部大会での演奏実績は今のところは
1980年の福岡工大付属高校(現・福岡工大付属城東高校)のみに留まっています。
(県大会クラスではいくつか演奏実績はあるようです)
だけどその1980年の福岡工大付属の演奏が大変素晴らしくて、正直に書いてしまうと
「この演奏を超える演奏は多分だけど絶対に出てこないだろう・・」と感じさせるものは間違いなくあると思われます。
1980年の吹奏楽コンクールの全国大会の高校の部はとにかく驚異的なハイレヴェルの演奏が続出していて、
これは嘘偽りなく今現在の視点・感覚で聴いても全く遜色ないものがあると感じられます。
勿論使用されている楽器や演奏技術は今現在の方が圧倒的に高いのは紛れもない事実ではあるのですけど、
音楽的感性というのか表現力の多様さや音楽的掘り下げの深さにおいては今現在の吹奏楽コンクールのレヴェルすらも
凌駕しているような感じすらあると私には感じられたりもします。
就実・東海大学第四・花輪・秋田南・市立川口・銚子商業・前橋商業・玉川学園・兵庫・天理・淀川工業・高岡商業といった
金賞チームの演奏は一つの音楽的限界の壁すらも超えた名演と言えると思いますし、
東海大学第一・名古屋電気・福岡工大付属等の銀賞チームも金賞チームに決してひけを取らない名演だったと思います。
そしてその中でも、秋田南の三善晃の交響三章、福岡工大付属の踊る行列、淀川工業の大阪俗謡による幻想曲の
3チーム続いた邦人作品による自由曲の演奏には、今現在改めて聴いても、その新鮮な音楽的な切り口に
ゾクゾクとさせられるものは確実にあると言えると思います。
1980年と言うと邦人作品が自由曲として選ばれる事自体が少し珍しいという時代でしたので、
3チーム連続邦人作品の演奏というのは当時としては奇蹟と言えるのかもしれないです。
邦人作品が大人気で全国大会の自由曲の半数近くが邦人作品という昨今のコンクール事情という視点で見ると
「そんなのは別に珍しくもなんともないよね~」という事になってしまうのは時代の変化と言えるのかもしれないです。

上記で書いた通りその邦人作品を選んだ3チームがそれぞれ全て素晴らしい演奏を後世に残してくれていて
この演奏は今現在の視点・感覚で聴いても全く色褪せてはいないと思います。
私の個人的な見解ですけど、三善晃の「交響三章~第三楽章」に関しては、
あれだけ多くのチームがその後この曲を自由曲に選びながらも1980年の秋田南を超える演奏はいまだに存在していないと
思いますし、あの秋田南の音楽的小宇宙空間ともいえる濃厚な世界は、あそこまで完璧に内面的に完全燃焼し尽くした演奏と
いうのは今後も不世出のような感じすらあるように思えますし、後日あの名演を作曲者の三善晃が絶賛されたという
エピソードも当然だと思われます。
(1978年の秋田南の三善晃の「管弦楽のための協奏曲」も高校生のレヴェルをとっくに超越していると思えます!)
大栗裕の「大阪俗謡による幻想曲」は、その後丸谷先生が「いい加減マンネリ!!」と言われ続けながらも
2年に一回はこの曲を自由曲に選んでいるにも関わらず
丸谷先生自身が1980年度の自身のこの演奏の壁をいまだに超えられていないような感じすらあります。
というかそろそろ淀川工科の丸谷先生もダフニスとクロエと大阪俗謡による幻想曲以外の自由曲で吹奏楽コンクールに
臨んでほしいと感じたりもしますし、丸谷先生のコンクールでの有終の美はこの2曲以外の曲でもって新鮮な感覚で
臨んで頂きたいと願ったりもしますけど、それは期待するほうがもう無理なのかもしれないですし、コンクールにそうした
あまりにも保守的で頑迷な考えで臨むというならばそもそも論として吹奏楽コンクールに出場しなければいいのに・・という
考えも部外者としては感じたりもします。

秋田南と淀川工業に挟まれる形になっているのですけど、福岡工大付属の演奏も大変素晴らしいものがあると思います。
審査結果としては、秋田南と淀川工業は金賞に輝いているのですけど、福岡工大付属は残念ながら銀賞に留まっています。
個人的な見解ですけど、福岡工大付属の銀賞は少し厳しすぎるようにも感じられます。

上記で書いた通り増田宏三の喜遊曲「踊る行列」はいかにもという感じの和風な喜遊曲だと思います。
感覚としては兼田敏の「シンフォニックバンドのための交響的音頭」の世界に近いものがあるようにも感じられます。
兼田敏のような泥臭さはあまり感じず、鄙びた情感は伝わるもののどちらかというと洗練されている感覚もあったりします。
兼田敏の世界は「辺境の地の田舎鄙びた盆踊り」という感じなのかもしれないです。
そうそう「踊る行列」というタイトルだけを見てしまうと、 團伊玖磨の「ブラスオーケストラのための行列幻想」の
Ⅰ.男の行列 Ⅱ.女の行列 Ⅲ.そして男と女の行列に近いものがありそうですけど、
團伊玖磨の曲は鄙びた感じとか和の雰囲気はあまり感じさせず、どちらかというとモダンとか都会的な洗練された雰囲気を
感じ取ってしまいそうです。

増田宏三の喜遊曲「踊る行列」は、打楽器の遣い方も大変効果的で、チャンチキとか和太鼓等の和楽器を
曲の最初から最後までかなり巧みに使用されていて、曲としての面白さは十分アピール出来ていたと思いますし、
ユーフォニアム・クラリネット・オーボエ等の少しおどけたようなソロも大変ユニークなものがあったと思います。
ホルンの少しとぼけた雰囲気は合いの手という感じもありそうです。
そして曲のラスト近くに登場するチャンチキ・和太鼓・シンバル・ティンパニのみによる打楽器だけのアンサンブルは、
この曲の「熱狂さ」とか南国的雰囲気を遺憾なく伝えているようにも感じられます。
曲全体としては最初から最後まで和の打楽器という特殊楽器の音の響きに頼り過ぎているような感じもあり、
確かに全体的には熱狂と言う雰囲気も伝えつつも、テンポ設定の変化や曲全体の壮大なクライマックスが少なくて
福岡工大付属の演奏も確かに上手いし、聴かせどころも心得ているし、ソロも上手いし、
全体の響きも申し分ないしという印象はあるのだけど
ワンパターンとか変化に乏しいという印象も感じさせてしまうのは、演奏の良し悪しというよりは曲自体の構造的な課題点
だったのかもしれないです。

そのあたりが福岡工大付属が1980年は銀賞に留まってしまった理由と言えるのかもしれませんし、
そうではないのかもしれないし、正直何とも言えません。
私個人としては、聴いていて大変面白いと思いますし、ラスト近くの打楽器のみの掛け合いの部分から曲のエンディングまでの
熱狂はこれがこの曲の壮大なクライマックスと言えるのかもしれないですし、
この曲は終結部と曲のクライマックスと最大の盛り上がりがイコールの曲と言えるのだとも今更ながら感じたりもします。

確かに評価は分かれる演奏かもしれないですけど私は大好きな演奏の一つですし、たまにはどこかのチームが
自由曲として演奏して欲しい気持ちは間違いなくあると思います。



増田宏三の喜遊曲「踊る行列」は最初から最後までチャンチキや和太鼓が大活躍し、曲全体のリズムをリードしていますけど、
ららマジの器楽部の打楽器パートの中で和太鼓を担当しているのは、実はJKさんではなくて、JCさんの中学3年の
神田茜という元気はつらつとした下町娘というのもとてもすてきですね~♪

神田茜は粋でいなせな下町少女で、とにかく祭りが大好きで落ち着きがない性格というのも
なんだかやたらと喧嘩早そうな粋な江戸っ子みたいなものなのかもしれないです。
だけどそうした元気溌剌で落ち着きがなく常に何かを絶えず精一杯表現しようとするその姿勢に相応しい楽器こそが
日本の伝統的和楽器の一つの「和太鼓」と言えるのかもしれないです!
お祭りや神社の奉納の舞の際の櫓の上には、いつも神田茜が元気一杯和太鼓を叩き鳴らしているのだと思いますね~♪
中学生と言う事でまだ小柄な体格ですけど、小さ目な体をダイナミックに躍動させるそのエネルギーに見ている人たちを
感動させるのかもしれないですし、神田茜はポニーテール娘と言う事で、叩くたびに髪の束が揺れるのもとてもかわいくて
粋なのだと思います。

ららマジ器楽部による喜遊曲「踊る行列」の演奏も聴いてみたいですし、神田茜による和太鼓の演奏にも興味津々で
あったりもしますね~♪

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神田茜は私服もとってもかわいいですね~♪

神社でお参りしている様子もいかにも和風少女という雰囲気があると思います。

埼玉の大宮駅の次の駅のさいたま新都心は、さいたまスーパーアリーナという全国的に著名な最大37,000席を使用できる
国内最大級の多目的アリーナがあるのですけど、
このさいたまスーパーアリーナ内には、「すわんど」という国内最大級の和太鼓スクールもあったりします。
そしてこのすわんどは、テレビ埼玉のローカルテレビCMとしては埼玉県内ではお馴染みなのかもしれないです。
すわんどでは通常の宮太鼓や締太鼓はもちろん、希少性の高い大太鼓も複数台完備し、どんなレッスンにも対応可能
という事で、様々な世代の皆様がレッスンに通われている和太鼓の専門スクールでもありますので、
ここにはもしかしたら・・? ららマジのすてきな和太鼓奏者の神田茜がレッスン生または講師として東大和市から
来ていただくという脳内妄想もアリなのかもしれないですね~♪
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能面の一例

「能面」とは幽玄の世界でなんだか「恥の文化」の日本文化の一つの象徴なのかもしれないです。

そうした能面のおどろおどろしく幽玄な美の世界を管弦楽または吹奏楽として表現されたのが小山清茂作曲の
交響組曲「能面」です。

仮面(お面)というと東方ファンの皆様ですと私も含めて秦こころを思い起こす人も多いとは思いますが、
一般的にお面・仮面というと、
本来内省的に自分が有しているはずだけどそれを表にすんなりと出せない自分自身の隠れた側面を
仮面をあえて身に付ける事で表面的な自分を一旦表面上隠蔽した上で本来の自分を演じる事が出来ると言う事に
どことなく不思議な魅力を感じたりもします。
仮面と言うものは換言すると変身願望の一種なのかもしれないです。
自分が元々有している個性を隠蔽し、仮面を被り別の個性を演じる事で
「今までの自分とは違ったもの」を見出してみたいという意図が多少はあるのかもしれないですし、
この点が仮面自体にどことなく妖しさ・ミステリアスさを感じさせてくれているのかもしれないです。

そうした仮面・お面をモチーフにした古今東西の音楽というと、
ヴェルディの歌劇「仮面舞踏会」、ハチャトゥーリアンのバレエ組曲「仮面舞踏会」や
吹奏楽関連では大栗裕の「仮面幻想」、パーシケッティーの吹奏楽のための仮面舞踏会を思い起こしますけど、
日本の和の鄙びた感覚とか奥ゆかしさ・恥じらい等に繋がる音楽として名高いのは小山清茂作曲の交響組曲「能面」と
言えるのかもしれないです。

小山清茂が現代日本のクラシック音楽界と吹奏楽界において最も大きな貢献を残された作品と言うと
管弦楽のための(吹奏楽のための)木挽歌なのではないかと私的には感じていますし、この木挽歌という作品は
外山雄三の「管弦楽のためのラプソディー」と並んで日本人の心のふるさとともいえる作品ではないのかな?と思ったりもします。
この2曲は大変分かりやすい音楽から構成されていて、日本人であるならば間違いなくどこかで聴いたことがあるメロディーが
次から次へと登場してきますし、この曲を聴いてしまうと普段は自分が日本人である事を意識しないような人でも
多少は日本」意識させてくれる郷愁に溢れた作品と言えるのだと思います。
実際、小山清茂の管弦楽のための木挽歌は、外山雄三の管弦楽のためのラプソディーと並んで、
和をモチーフにした邦人作品としてはメかなりジャーな作品だと思いますし、現在でも演奏会で取り上げられる
頻度は比較的高い方だと思います。

小山清茂は管弦楽の分野でもそうですけど、吹奏楽の発展のために尽力し、吹奏楽のための木挽歌のように
そのいくつかの吹奏楽作品は今でもコンサートや吹奏楽コンクール等でも演奏され続けています。
1914年に長野県で生まれた小山清茂は幼い頃から民俗芸能の響きに囲まれて育ち、
日本の伝統的な響きを最も濃厚に受け止めた作曲家のひとりです
西洋楽器のための作品だけでなく、和楽器のためにも数多くの作品を残している事でも知られています。
主要作品に、管弦楽のための木挽歌、管弦楽のための鄙歌第1~4番、管弦楽のための信濃囃子、交響組曲「能面」、
管弦楽のための「もぐら追い」なとが挙げられると思いますし、
吹奏楽作品としては、1980年の全日本吹奏楽コンクール課題曲Aの吹奏楽のための「花祭り」、
吹奏楽のための「おてもやん」、 吹奏楽のための「琴瑟」、吹奏楽のための大神楽などが知られていると思います。

そして小山清茂の作品の中で木挽歌と同様に絶対に忘れてはいけない作品の一つとして交響組曲「能面」が
挙げられると思います。
大栗裕の「吹奏楽のための神話~天の岩屋戸の物語による」などのような凄まじい大音響とか劇的なドラマ性や
動と静の凄まじいダイナミックスレンジの落差による表現という感じではなくて、どちらかというと日本人の心の奥底に潜む
和の鄙びた雰囲気という感じの曲と言う事で、最近の若い奏者の皆様にとっては今一つ演奏効果があがりにくい曲と
捉えられても仕方がないのかもしれないですけど、木挽歌以上にこの曲は後世の日本人に絶対に受け継がれていって欲しい
曲の一つだと思います。

小山清茂の交響組曲「能面」は、1959年に作曲されています。
渡辺暁雄指揮日本フィルハーモニー交響楽団により1959年11月5日に放送初演されています。
;この曲の音源として、渡辺暁雄指揮日本フィルハーモニー交響楽団によるビクターのレコードがあるのですけど、
多分この音源はCD化されていないと思いますので、あの素晴らしい名演を是非CDでも聴いてみたいです。
この曲の原曲の管弦楽版の生演奏は一度だけ聴いたことがありまして、1998年の都響の邦人作品シリーズとして
日本の作曲家シリーズ23<小山清茂作品集> というプログラムでこの能面のプロの管弦楽団によるライヴ演奏を聴く事が
出来たのは大変貴重な経験だったと思いますし、多分ですけど能面の管弦楽の生演奏としてはあの演奏が私にとっては
最初で最後のものになる可能性が高いくらい大変意義のある演奏会だったと思います。
あの時の指揮者は矢崎彦太郎で、曲目はオール小山清茂プログラムで、当日演奏していた曲目は、
管弦楽のための信濃囃子・管弦楽のための鄙歌第1番・管弦楽のための鄙歌第2番・交響組曲「能面」・管弦楽のための木挽歌
と言うものでした。
私自身日本フィルで鄙歌と木挽歌は聴いたことがありますけど、能面を聴く事ができるなんて生涯二度とないかもしれないと
思い、あの時はかつてやはり都響の「オール松村禎三プログラム」の時と同じように
「(存在しない)叔母が危篤」のため早退というガセネタで上野の東京文化会館まで聴きに行った事は今となっては
なつかしい思い出ですね~

小山清茂の交響組曲「能面」は下記の三楽章から構成されています。

Ⅰ.頼政 (よりまさ) 
 
Ⅱ.増女 (ぞうおんな)
 
Ⅲ.大癋見 (おおべしみ)

ちなみに吹奏楽コンクールにおいては、Ⅲをベースに構成されている事が多いです。 

この交響組曲「能面」を作曲していた頃の小山清茂は、能の面だけを眺めていてもなんだかイメージが掴めないと言う事で
実際に頼政の舞台を観て能の雰囲気を知った上で、
謡曲本を購入されそれを歌詞として歌曲の要領で作曲するなど試行錯誤しながら作曲の筆を進めたようです。
交響組曲「能面」は鄙歌・木挽歌・花祭りなどに見られたように曲自体に民謡や神楽囃子など日本の伝統音楽の
メロディとして使用している場面はほとんどないです。
能楽はよく「無駄を一切そぎ落とした究極のシンプルな音楽」と言われたりもするのですけど、
交響組曲「能面」はそうした能楽自体をかなり強くイメージさせる音楽であり、和の響きを大切にしながらも
仮面の下に隠された人間の感情の起伏の激しさを西洋の楽器を使いつつダイナミックスレンジの幅を音楽上の強弱というよりも
感情の起伏の激しさという意味で表現されている事は特筆に値しているのかもしれないです。
オーボエのグリッサンドは能管や謡いのイントネーションを意図し、
木管とヴィオラのグリッサンドを伴うピチカートは鼓の音をイメージし、
低弦楽器が靴べらで弦を弾く事によって生ずる音は薩摩琵琶の響きを彷彿とさせている点は、
曲自体は西洋楽器そのものを使用しながらも随所に日本的な和の響きを大切にしている事を強く意識していると
言えそうです。
Ⅰの頼政において、冒頭にオーボエ独奏により無伴奏で出る幽玄な第1主題は謡曲本をベースに作曲されたもので、
続いて弦楽器で出る第2主題は和歌の朗詠のイントネーションを思わせるものであり、
最後には2つの主題が同時に演奏されます。
Ⅱの増女は、気高く神聖なイメージの女性を表現した楽曲です。
2つの主題のうち、1つはⅠの頼政の主題に似せ、2つ目はⅢの大癋見の主題に似せることにより
両端楽章をつなぐ役割を果たしています。
Ⅲの大癋見は、天狗の怒った表情を表す面で、瞬間表情の面であるため、主題も荒々しいもの1つのみとなっています。
最後には、低弦のピチカートとティンパニによる特徴的なリズムに乗っかる形でクライマックスが形成されていきます。
ラスト近くのティンパニの幽玄な連打が大変印象的です。

この交響組曲「能面」は吹奏楽コンクールの全国大会では2022年時点で今の所2回ほど全国大会で演奏されています。

そのうちの一つが1978年の前橋商業なのですけど、大木隆明先生時代の前橋商業というと小山清茂の自由曲が
大変印象的ですし、特に1978年の能面、79年の木挽歌、80年の鄙歌第2番の三年間は鄙びた和の世界を吹奏楽として
見事に表現された名演だと思います。
特に1980年の課題曲A / 吹奏楽のための花祭りは小山清茂作曲の作品でもありますので、この年は課題曲も自由曲も
小山清茂の和の鄙びた世界を完璧に表現された演奏として私もあの「枯れた感覚」の演奏はとっても大好きですし、
かなり強い共感を感じます。

CDが普及する以前の吹奏楽コンクールの音源はレコードでしたけど、
ソニーの「日本の吹奏楽」というLP盤において、このレコードジャケットの裏ページの1978年~81年前後は
出場チームの部長等のコメントが記されていました。
そのコメントの中で大変印象的なコメントが1979年の前橋商業でして、その中に
「私達も年に何度かアメリカのオリジナル作品を演奏する事もあります。だけど、吹いていると
何かこれは自分達が目指している音楽ではないみたいな雰囲気になり、練習するのを止めてしまいます。
こうやって毎年毎年泥臭い邦人作品を演奏し続けるチームが全国に一つくらいあってもいいのではないでしょうか」
といった事が記されていましたけど
この言葉にこそ前橋商業高校吹奏楽部が象徴されているのだと思います。
1978年の前橋商業の自由曲が能面で、課題曲がAのジュビラーテでしたけど、
この年の課題曲Aは上記のコメントではないですけど、アメリカのオリジナル作品を絵に描いたようなジェイガーの作品
でしたので、当時の前橋商業とアメリカ作品の相性の悪さは言うまでもないという感じの演奏だったと思います。
私自身は78年の前橋商業の課題曲と自由曲はカスタムテープとして聴いたのですけど、
奏者達はジュビラーテという課題曲はあまり好きではないと言う事が手に取るように伝わってきています。
勿論、技術的にはとっても上手くて技術的な問題は全くありません。
巧いけど伝わってくる音楽からは「私達はこの課題曲が好き!」という気持ちは全く伝わってこないです。
というか、かなり無機質にさくさく進行しています。
中間部の表情も確かにユーフォニアムの裏メロとかたっぷりと歌っているし、トランペットとフルートの掛け合いも
ほぼ完璧に決まってはいるのですけど、演奏自体にすきま風が吹いていて音楽に違和感を感じてしまいます。
だけど自由曲の小山清茂の能面に入るとこの雰囲気が劇的に変ります。
サウンドが粘っこい音に変り、情感たっぷりの音楽に変容します。
一言で言うととってもおぞましい音楽という形容なのかもしれないですし、
見てはいけないものを見てしまったみたいな感じの音楽を怨念たっぷりに歌い上げた雰囲気に満ち溢れています。
そこから感じ取れるのは、人間の嫉妬・焼きもち・ねたみ・隠してしまいたい心の本音・恨みつらみ・怨念等のマイナスの感情を
能面という一つの仮面に隠すことで、自分の心の奥底の心の闇を隠して建前で生きることでどうにかこうにか現世を
生きていくという人間の裏の感情・心の奥の怨念といったものをとにかく粘っこい音色で歌い上げています。
私自身、この前歯商業の能面を一番最初に私が聴いた時の感想は、おどろおどろしいとかおぞましいという感情しか
無かったのですけど、今現在の視点で聴き直してみると禁断の愛とか秘密といった言葉がしっくりきそうな感じがあります。
幽玄な雰囲気を情感たっぷりに表現しているけど、あのおどろおどろしい雰囲気をここまで吹奏楽として表現出来ている事は
当時としては特筆に値するものがありそうです。
出だしのフルートソロから既にこの曲の幽玄さというのか心の奥底の怨念が炸裂しています。
序盤はとにかく不思議な静けさにも溢れているのですけど、展開部に入って更に驚くことになります。
何かと言うと、原曲にも存在していない男声コーラスで「おーおー」という不思議なハミングの響きが更に
幽玄さを醸し出していきます。
あの部分を聴くと、何となくですけど人の心に潜む妬みみたいな暗黒なものをついつい妄想してしまいます。
そして後半部分はティンパニが大活躍をします。
前橋商業の生演奏を見た訳ではないので、実際何人で叩いたかはわからないのですけど、
1984年に東海大学吹奏楽研究会が都大会と全国大会でこの小山清茂の「能面」を演奏していて、
私自身は都大会の演奏を生で聴いたのですが、この際は5台のティンパニを4人の奏者で演奏していたと記憶しています。
多分ですけど前橋商業も3~4人でティンパニを叩いていたと思うのですけど、
あのティンパニの響きがとっても印象的ですし、とてつもなく幽玄な香りがしますし、
おぞましい香りに溢れていたと思います。
あの迫力はとにかく凄まじいものがありますし負のエネルギー」に満ち溢れていたと思います。
一つ残念だったのは演奏終了後の間髪を入れないブラボーでしたね・・あれは少し興醒めでもありました・・

そしてもう一つの「能面」の演奏は1984年の東海大学吹奏楽研究会です。

東海大学というと今現在では2011年以降にアンサンブルリベルテの福本信太郎先生を招聘されて以降は
全国大会金賞の常連というイメージが既に現在の現役奏者の皆様の間では定着していると思うのですけど、
東海大学と言うと、個人的な話で申し訳ないのですけど、私的には上原圭詞先生というイメージが大変強いです!

1984~1987年当時は自分の大学が都大会予選会を突破し、普門館で開催される都大会本選に進むためには
東海大学・創価大学・東洋大学・明治大学などの都大会本選銀賞~銅賞チームを超える演奏をしないと到底不可能という事で
私も当時はかなり東海大学の存在は意識したものですし、私自身の「普門館での演奏」という夢の実現のためには、
東海大学などには負けられないという気持ちの方が強かったです。
反面個人的には、当時の東海大学は上原圭詞先生という大変マニアックな選曲を独特の世界観で演奏される
大変個性の強いチームでもありまして、私自身は、自分自身のコンクールという事は抜きにして
上原先生在籍当時の東海大学のサウンドは大好きでしたし、上原先生の大ファンでもありました。

当時の上原先生=東海大学は、
どちらかというと、花輪高校の小林久仁郎先生の路線と少し被るような側面もあり、
当時の私としては、花輪の小林先生、東海の上原先生という吹奏楽界の二大偉人という独特の世界観&解釈をされる
お二人の先生を深く深く尊敬していたという事は間違いないと思います。
上原先生は今でも現役で指揮をされ続けていますし、その後活躍ぶりには本当に頭が下がる思いです。
(2017年のコンクールは出場されていましたけど2018年は欠場という事で実は少しばかり心配もしていたりもします・・)

東海大学時代の上原先生の選曲は素晴らしくマニアックだったと思います。

1979年  B/ローマの祭り

1980年  C/交響曲第四楽章(矢代秋雄)

1981年  B/バッカナール(黛敏郎)

1982年  B/交響曲第2番「鐘」第一楽章(ハチャトゥーリアン)

1983年  B/交響曲第一楽章(松村禎三)

1984年  B/交響組曲「能面」

1985年  B/第七の封印

1986年  B/神の恵みを受けて

1987年  B/ローマの祭り

1990年  A/バレエ音楽「まりも」(石井歓)

1991年  B/舞踏曲「サロメ」(伊福部昭)

どれもこれも素晴らしい選曲&演奏だったと思います。

私、これらの東海大学の過去の演奏を聴くために、
当時世田谷区にあったトラヤというカスタムテープ制作会社(既に倒産)に大人買いというか、
「東海大学のみの演奏を収録したカスタムオリジナルテープ作成」を依頼したくらいでもあります。

1981年のバッカナールは課題曲のコラージユと合せて大変高いレヴェルとテンションが高い名演でありまして、
当時の東京支部は、亜細亜&駒沢という超名門チームが闊歩していましたので、
あの名演が全国でも聴けなかったのはとても勿体ない気がします。
黛敏郎の「バッカナール」というと吹奏楽に詳しい方ですと「初演は秋田南高校」と言われるのかもしれないですけど、
実際は秋田南の全国大会での演奏よりも既に4年前に東海大学が演奏をしていたりもするのです。
ハチャトゥーリアンの「鐘」は花輪高校の1980年のカットをそのまま使用した感じで、
第一楽章をメインに演奏し、ラストは第四楽章の「咆哮」を使用するというパターンです。
上原先生はもしかしたら花輪の小林先生からの何かしらの影響は多少はあったのかもしれないです。
圧巻は松村禎三の交響曲でして、とにかく内面的緊張感の持続は戦慄さえ感じます・・・・
前年に屋代高校がこの交響曲の第三楽章を全国で演奏していますけど、
東海大学の第一楽章も前半とラストの静粛さと中間部の緊迫感の壮大な対比が極めて素晴らしいです!
84年の「能面」は、78年の前橋商業とほぼ同じカット&男性コーラスを用いていましたけど
前橋商業に比べて、サウンドの透明感・洗練さを感じさせるため
おどろおどろしい印象よりは都会的なスマートさという印象があります。
1987年の都大会の「ローマの祭り」は気持ちよいほど豪快に鳴らしてくれていて、あの爆演は聴いている方も大変心地よい
ものがありましたけど、実際は指揮者と奏者は快感の極致といえるのかもしれないですね~♪
90年のまりもも本当に素晴らしい演奏だったと思います。
前半の内面的緊張感、中盤の踊り、ラストのたっぷりとした歌い方は、全国大会代表・金でも全然おかしくない演奏でしたけど、
なぜか都大会の評価としては銅賞で私は客席でぶーたれていたものでした。

小林先生が指導されていた花輪高校と上原先生が指揮されていた東海大学は、そのあまりにも強い個性と
アクの強い演奏のためなのか、吹奏楽コンクールという審査の場では多分ですけど、審査員の好みもはっきりと分かれていた
ような気もしますし、それが結果的に「少しばかり不当に低く評価されている」ような印象に繋がっているのかもしれないです。

最後に話を小山清茂の能面に戻しますと、1984年の東海大学の演奏は、課題曲B / 土俗的舞曲のエネルギッシュな明るさと
自由曲の能面という緊張感・人の心に奥深く潜んだ恥じらい・奥ゆかしさに満ち溢れた曲を
内在的エネルギーを内に秘めながらも、比較的カラッとした都会的洗練さを感じさせる表現に仕上げられていて、
78年の前橋商業とは少しばかり全体的な構成や指揮者が意図している点は被る点はあるのかもしれないですけど、
その目指している方向性はむしろ真逆というのも大変面白いものがあると思いますし、同じ素材を用いながらも
全く違った解釈・方向性を楽しむ事ができる吹奏楽コンクールというものは、やはりとてつもなく興味深い場であるのは
間違いないと言えるのだと思います。
4月の当ブログにおいてV.パーシケッティーの交響曲第6番と仮面舞踏会に続くパーシケッティーシリーズ第三弾の
記事であったりもします、

既に夏休みという生徒さんも多いと思いますし、大学生は既に夏休みに入っているのかな・・?

そうした夏休みというというまでもなく真夏の暑さ・酷暑との戦いでもありますけど、以前の記事でも書いた通り
私自身は夏生まれという事もあり暑いのはいくらでも我慢ができるというかむしろ夏のあの暑さは快感でもあったりするの
ですけど、それでも時折「この暑さはなんとかならないの~?」とぼやきたくなる時もあったりします。

今現在は7月下旬なのですけど、この異常な暑さが一体いつまで続くのか・・? 9月の残暑まで続くのかとか
もしかしたら暑い状態が秋まで続き、秋が感じられないまま冬に突入していくという可能性を考えると、
日本のこれまでの「美しい四季の国」という概念は近未来においては存在しないのかもしれないという事なのかも
しれないですね。

こうした暑い時は「涼しい音楽でも聴いて気持ちだけでも少しは涼みたい」と思ったりはするものの、
「真夏の暑さを吹っ飛ば涼しさ溢れる音楽なんてあったっけ・・??」という感じも実はあったりもします。

それでも気持ち的に多「涼しさを感じさせる曲を少しばかり列挙させて頂きますと・・

〇ヘンデル/水上の音楽

〇メンデルスゾーン/序曲「フィンガルの洞窟」

〇   同     / 序曲「静かな海と楽しい航海」

あたりかな・・??
だけど今一つどれも決定打に欠けるような感じもしますね。

吹奏楽オリジナル作品においてはそうした涼しさを感じさせる曲って何かないのかな・・?

吹奏楽オリジナル曲は、基本的にはほとんどの作品が「管楽器の華やかな響き」を全面に出した曲ばかりなので
ヒートアップする曲ばかりというイメージですし、あまり涼しいイメージの曲はないのかな・・?と思っていたら
一つだけ思い当る曲がありました。
それが何かと言うと、V.パーシケッティーの「ああ、涼しい谷間」です。

パーシケッティーというと日本ではほとんど忘れられた存在かもしれませんが、私は大好きな作曲家の一人で
「あなたの大好きな吹奏楽オリジナル作品を挙げなさい」という質問をされたとしたら、
「吹奏楽のための仮面舞踏会」と交響曲第6番「吹奏楽のシンフォニー」は確実にランクインするくらい
大好きな作曲家の一人です。

パーシケッティーというと、この交響曲第6番と仮面舞踏会の他には、

〇吹奏楽のためのディヴェルティメント

〇ページェント

〇吹奏楽のための聖歌

〇コラール前奏曲「汝、振り向くなかれ・・・」

〇吹奏楽のためのパラブル

あたりがいいですね。

「ああ、涼しい谷間」なのですけど、実はこの作品は非常に地味な曲です。
金管楽器・打楽器はほとんど活躍しませんし、曲全体が大変静粛に包まれ終始ゆったりとしたスピードで展開されます。
冒頭のクラリネットによって演奏される涼しげでひそやかなメロディーが色々な楽器によって変奏・展開されていき、
途中一か所だけ高らかに盛り上がる部分がほんのわずかにある以外は終始静かでおとなしい内省的な曲と言えます。
速度もアレグロの部分は一つも無く、終始ゆったりとしたテンポを維持しています。
この曲で使用される打楽器は、ティンパニ・小太鼓・サスペンダーシンバルだけですけど、
打楽器はほとんど見せ場はありません。

木管主体の一つのコラール楽曲ともいえる「ああ、涼しい谷間」は聴いていて心が癒されますしホッとするものがあります。
とにかく「美しい」以外の言葉しか出てきませんし、夏の暑い時に気分的にイライラしたり、ストレスが溜まっていたり
する時に対するすてきな癒し効果のある曲と言えるのは間違いないと思います。

真夏の暑い日に聴いても、おそらく「カリカリ・イライラ」することは間違いなくないと思います。

「イライラした気持ちをすーーーっと静かに穏やかにさせてくれる不思議な曲」としかいいようがない曲ですし、
日本ではほとんど知られてもいませんし演奏されることもほぼ皆無で「知る人ぞ知る名曲」という感じですけど。
私は大好きな曲です。

黙って目を閉じて聴いていると、そこから聴こえてくるのは涼しい風の声と言えそうな曲なのだと思います。

「ああ、涼しい谷間」は、ジョイスという作家・詩人が出版した詩集「室内楽」を霊感を受けてパーシケッティーが
作曲をしています。

その詩の内容を一部列挙すると・・・・

「いま、あの谷間が涼しいから

恋人よ、出かけてみよう

大勢のコーラスが唱っていから、いつかエロスの神々も行った所だ。

ツグミの呼ぶ声が聞こえるか・・・

僕たちをよんでいるのか・・・

あの谷は涼しく楽しい。

さあ、恋人よ、ここで遊ぼう・・・」

確かにこの詩の雰囲気とパーシケッティーの音楽はどこか通ずるものがあるのかも・・?という事なのかもしれないです。

パーシケッティーの作品は、フェネル/東京佼成をはじめ、アメリカ国内にも意外と多くの録音が残されていて
私はとても嬉しいです。
特に、アモス指揮/ロンドン交響楽団管楽器セクションによるCD集はかなり貴重な録音だと思います。
この「ああ、涼しい谷間」なのですけど、
日本においては、汐澤安彦指揮・東京アカデミーの演奏が大変印象に残っています。
この曲の他に、シンフォニア・ノビリッシマ、兼田敏/パッサカリア・ネリベル/フェスティーヴォ
モーツアルト/フィガロの結婚序曲などが収録されたいたと思います。
「ああ、涼しい谷間」が収録されている汐澤安彦指揮のレコードは、現在は既に廃番でCD化もされておらず、
幻の音源となっているのですけど、あのレコード、出来ればCDとして復刻してほしいと思います。

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パーシケッティーの「ああ、涼しい谷間」なのですけど、
プロの吹奏楽団の生演奏とか吹奏楽コンクールでの上手いチームの演奏は聴いたことがありません。
というか、コンクールで演奏するには、盛り上げるに欠けるし曲自体音が大変薄くかかれていますので、
吹奏楽コンクールで演奏される事はまず無いと思います。

この「ああ、涼しい谷間」は、実は一度だけ吹奏楽コンクールで生演奏で聴いたことがあります。

私が中学3年の時の中学最後のコンクールの県大会で、私達の学校の前の学校の出場チームがこの曲を演奏していました。

吹奏楽コンクールというのは、自分たちの一つ前の出場チームの演奏は舞台裏で聴く事がほとんどです。
そして一般的に言えることは、自分達の一つ前の演奏チームの演奏はとても気になるものですし、
どんな演奏をしていてもかなり上手く聴こえてしまう傾向にあったりします。
ましてや、課題曲や自由曲が被ってしまった場合はそうした傾向が強いのだと思います。
私の中学最後のコンクールでの前の団体の課題曲は、D/オーバー・ザ・ギャラクシーで、
私たちの学校はCの北海の大漁歌でしたので、被りはしませんでしたけど、
自由曲の「ああ、涼しい谷間」のあの清らかなコラールはとても印象に残っていますし、本番直前なのにああ、涼しい谷間の
演奏に聴きほれてしまっていて、次が自分たちの演奏という事すらも忘れてしまい、結果的に緊張感やプレッシャーを
和らげてくれていたような感じもあったりします。

改めてですけど、吹奏楽コンクールの本番って、本当に緊張しますね・・

一番緊張する瞬間と言うのは、やはりうす暗いライトの中で、打楽器等のセッティングを行い
ライトがパッ・・・と明るくなり
「プログラム××番 京都府代表 県立北宇治高校吹奏楽部、 課題曲Ⅳ マーチ「プロヴァンスの風」に続きまして
自由曲は、三日月の舞」などとアナウンスが流れる瞬間なのかもしれないですね。

ただ「三日月の舞」は打楽器パートは大活躍する派手な曲でもあったりしますけど、「ああ、涼しい谷間」の打楽器パートは
使用される打楽器はティンパニ・小太鼓・サスペンダーシンバルのみで目立つ箇所は皆無ですので、
打楽器奏者はヒマ死にしそうです・・
リードの「ジュビラント序曲」は支部大会は仕方ないにしてもさすがに県大会・地区予選ですらもほとんど演奏されることのない
「忘れられた吹奏楽オリジナル曲」になりつつあるのかもしれないですね。
この5分程度の短い曲ですけど、ある意味私にとっては「メモリアルな曲」でもありますので、出来れば忘れられることなく
永遠にどこかのチームに演奏され続けてほしい曲の一つだと思っています。

この曲は、まさに初期のリードらしい簡潔なA-B-Aの三部構成として書かれていて、
パンチネルロ・インペラトリクス・春の猟犬・エル・カミーノ・レアルなどと共通の世界観があるのかなぁ・・と感じさせてくれます。

ジュビラント序曲は、1969年の春に作曲され、サム・レイバーン高校吹奏楽部に捧げられた曲で、
期待や可能性、若者たちの自然な熱狂をまさに絵に描いたような曲でもあり、
季節感としては「春」というイメージが大変強いと思います。
この曲はタイトルの「ジュビラント」(歓喜)が示すように、基本は2/4拍子で、曲の両端のアレグロは
まさに「ハッピー」を思いっきり音にしたような「音楽の喜び」・「楽しさ」が表現されていると思います。
冒頭から既に東方のフランちゃんではないですけど(笑・・)
「キュッとしてドッカーン!」みたいに爆発的推進力で溢れかえっていると思います。
そしてこの曲は後述しますけど、前半は「ソロ・クラリネット」が全体をリードし、このクラリネットのメロディーに乗っかる形で
他の木管・金管が絡んでいきます。
そして中間部は4/4拍子に変り、これが実に美しいですし、まさに「希望」と「ロマンチック」を絵にしたような
メロディーが奏でられていきます。
そして前半の再現部を経て、フルートのソロを経て、一旦曲が弱まったのを見透かしたように
突然のとてつもないfffが待ち構えていて、そしてそこから先は一気呵成に華やかにラストまで追い込んでいきます。
5分半程度の大変短い曲ではありますが、とにかく聴きどころが満載で
聴いていてとってもとっても楽しい曲だと思います。
その一方でクラリネット奏者、特にソロクラリネットとファーストクラの奏者は(かつての私のように)大変だと思います・・!

この「ジュビラント序曲」は、私にとっては私自身がチェンジする一つのきっかけになった曲でもありました。
その意味では私にとってはメモリアルな一曲と言えるのかもしれません。

高校の吹奏楽部に入部して間もなくの頃、
「あれれ・・? 自分のクラリネットの音色は全然クリアじゃないし、むしろ濁っている」と
自分の下手さにすぐ気が付き「これはまずい・・・」と思い、
とにかく先輩達に改めて一から教わりながら、アンブシュア・正しい呼吸法・ロングトーン・リードの調整法などを
とにかくひたむきに吸収していったと思います。
多分ですけどあの頃が私が10年間の奏者の中で一番真面目にひたむきに余計な事を考えないで
「クラリネット」に向き合っていた時期だと思います。
そしてあの頃は、教室とか廊下で、メトロノームを相棒にして、とにかくロングトーンをしまくっていたというか
「まずは自分が一番美しく出せる音はどの音だろう・・・」と考え初め
「中音域のCの音か・・・」
「それではCの音が美しく出せるようになったら次はDの音・・・」というように
当時の先輩たちの「美しい響き」を見よう見まねで吹いていき、
とにかく「美しい音」を一つの音でもいいから出せるようにしていこう・・!!としていったものです。
12月~2月頃なんかは、田舎の貧乏県立高校ですから授業と同時にだるまストーブは消されてしまうし、
廊下とか教室はとにかく寒かったですけど、セーターの上にジャンパーとかどてらを羽織ってとにかく厚着しまくりで
練習というかロングトーンしていたのはなつかしい思い出でした!
当時の私の感覚としては、「音楽の優しさも甘美さも厳しさも楽しさもまずは音色から」という意識が大変強く、
音楽の表現以前にまずは「自分のクラリネットとしての音をどうすれば美しく響かすことが出来るのか」という事ばかり
考えていたと思います。
そのために、まずは「たった一音でもいいから、これが自分のクラリネットの音だ!!」というものをつくりあげていこう!という
想いが大変強く、その一音をうまく出せれば、次の音、その次の音という感じでどんどん「自分の音」を
作っていけるんじゃないの・・?みたいな意識はあったのだと思います。
そうですね・・この感覚は、まさに「響け! ユーフォニアム」【第一期】第12話の
久美子の「うまくなりたい! うまくなりたい!」と泣きながら京都の夜の街を駆け抜けていったあの心境と
少しは重なるものがあるんじゃないの・・?みたいに思う事もあります。

さてさて・・・そうした日々の中、高校2年の定期演奏会の曲目が決定し、
ファーストステージの「吹奏楽オリジナル作品ステージ」の一曲目がまさにこのリードの「ジュビラント序曲」だったのです!
私の高校は男子校で慢性的なクラリネット奏者不足に悩まされ続けていましたけど、
当時、一人とてつもなくクラリネットが上手い先輩がいて、
この先輩が吹くクラリネットの音色が、当時の私にはまさに「憧れ」みたいなものでしたし、
まさに身近の偉大なるお手本みたいな存在でした。
そしてこの「ジュビラント序曲」に関しては、私とその先輩が「ファーストパート」というタッグを組む事となり、
私がファースト、その先輩がファースト兼ソロ担当という事になりまして、
当時の私としては、同じ曲で同じファーストを担当する事で、その先輩の間近にいるという事を最大限利用させて頂き、
その先輩の吹き方、マウスピースのくわえかた、ブレスのとりかた、
とにかく・・その先輩が吹く「ジュビラント序曲」を私自身が思いっきりマネさせて頂いたという形になったと思います。
「どうすれば美しい音を出せるのか・・・」と試行錯誤の末、その先輩のパクリに近い感じはありましたけど、
レガート奏法みたいなダーダー吹きみたいな感じの方が
何か美しく響くかな・・・自分には合っているのかな・・と思えるようになり、
結果として私のクラリネットの音色は「リズムが甘いベタベタ吹き」みたくなってしまいました(汗・・)
大学の吹奏楽団に入団して「確かに音自体は大変美しく鳴らせてはいるけど・・」と前振りがあった上で
「ヘンな奏法を身に付けちゃって・・・・」とよく指摘されてはいましたけど、
やはり高校時代のあの先輩の奏法とかクラリネットの音色に私自身は相当影響されていたと思いますし、
身近に上手い先輩がいた事で「どうすればクラリネットを美しく響かせることができるのか・・」という意識を
常に持つようになり、まさに私自身が「チェンジ」する一つのきっかけとなったのが
間違いなくこのジュビラント序曲なのだと思います。

最後に・・・

この「ジュビラント序曲」の歴史的名演は、1976年の瑞穂青少年吹奏楽団に尽きると思います!

この演奏はなんと・・! 5分10秒で完奏しちゃっていて一気に畳み掛けるスピード感溢れる素晴らしい名演だと思いますし、
とにかくソロクラリネットが本当にめちゃくちゃ上手いと思います。
この曲は作曲者のリードが東京佼成を指揮して自作自演の演奏もCDとして残していますが、
テンポが意外とゆっくりで演奏時間は6分半程度です。
瑞穂みたいな「若々しい」感じではなくて「大人としての演奏」を聴かせてくれています。
またとてつもなくマイナーな話ですけど、関東大会B部門で結果として銅賞なのですけど
新潟県代表の六日町高校も荒々しさと瑞々しさが混在した大変面白い演奏を聴かせてくれていたと思いますし、
ソロクラリネットの女の子が半分立ち上がったような雰囲気で腰を浮かしながらの
必死の演奏スタイルが当時極めて印象的に映りました!

とにかくリードの「ジュビラント序曲」は決して忘れてはいけない不滅の吹奏楽オリジナル曲ですので、この曲が後世にまで
ずっと誰かに演奏され続けてほしい!と心から願っております!
カレル・フーサというと私の中で最も印象深くてインパクトのある曲というと「この地球を神と崇める」だと思いますし、
それ以外では「プラハのための音楽1968」という政治的メッセージ色が大変強い吹奏楽オリジナル曲も、
吹奏楽がお好きな方にとっては馴染みの深い曲だと思いますし、
この2曲は、21世紀も22世紀に入ったとしても「素晴らしい吹奏楽オリジナル名曲」として永久に後世の皆様たちに
受け継がれていって欲しい曲の一つだと思います。
確かにこの2曲は、人によって好みとか評価が分かれる曲だというのは当然だと思いますし、
聴く人によっては「こんな陰鬱な曲は嫌だ! 聴きたくない!」という方も相当多いと思いますが、それは当然だと思います。
音楽は別に絶対的なものではないし、
「この曲は〇〇という感じ方をしないとダメだ!!」みたいな事は絶対にありえませんし、
その音楽を聴いて、嫌いになるも好きになるのも何かを感じるのも、聴いた人一人一人の自由なのだと思います。

フーサは好みがはっきりと分かれる作曲家だと思います。
1983年に愛工大名電が演奏した「プラハのための音楽1968」は、当時高校生だった私の脳に衝撃的な破壊力を頂きましたし、
翌々年の1985年の普門館で同じく愛工大名電の「プラハ」の生演奏を初めて聴いて、
演奏自体の衝撃度もそうでしたけど、心の底から「何か」を伝えられ、大変な感銘を受けた事は今でもよく覚えています。

フーサというと、他の吹奏楽曲では、「アル・フレスコ」みたいな大作もありますけど、実は今一つ共感できないというか
よくわからない曲であったりもします。
そうしたフーサなのですけど、上記の曲以外でもかなり魅力的な曲は幾つかあったりもします。
そうした曲の一つが、演奏時間4分程度の大変短い曲ですけど、「スメタナ・ファンファーレ」という曲は大変印象的です。

この曲は、1984年にサンディエゴ州立大学の委嘱で作曲され、
スメタナの交響詩「ヴァレンシュタインの陣営」の旋律が引用され、
9部に分かれるBbクラリネットや8部に分かれるトランペットなど、大きな編成で書かれた迫力あるファンファーレです。
出だしは、ワーグナーの歌劇「リエンチ」序曲冒頭のトランペットのように
管弦楽団のチューニング音の「伸ばし」みたいな感じの曲想から開始されていくのですけど、 この部分がどんどん拡大・分裂し、
最初は小さい音の塊が数分のうちにとてつもなく巨大化していく爽快感があります。
この曲は、元々がスメタナを記念する音楽祭のイベントの一環として委嘱された経緯があるせいもありますが、
スメタナの「ヴァレンシュタインの陣営」のテーマが部分的に引用され、
決して効果的な使用ではありませんけど「わかる人には分かる」みたいな構造になっています。

こうした引用と言うと、同じフーサの曲の「プラハのための音楽1968」においても、
やはり同じくスメタナの交響詩「わが祖国」の第5曲・ターボルと第6曲・ブラニークのメロディーがかなりはっきりと分かるように
引用をされています。
特に第Ⅳ曲の「トッカータとコラール」の終結部分におけるスメタナの曲を引用した部分の効果的使用は、
「自分たちは決して(ソ連には)屈しない!」みたいな高らかな気持ちを謳い上げていて、とてつもなく印象に残るメロディーです。
ちなみにそのフーサの曲が引用したスメタナの「わが祖国」の第5曲と第6曲で出てきたメロディーの元ネタというのは、
世界史の授業でお馴染みなのかもしれないですけど、
15世紀のチェコ(ボヘミア)で勃発した腐敗しきったカトリック勢力VS腐敗したカトリックに異を唱えたフス教徒の
全面戦争とも言える「フス戦争」における
フス教徒の讃美歌「汝ら神の戦士」でもあるのです!!
そしてこの讃美歌のメロディーは「希望に満ちた未来を暗示している」みたいな雰囲気も確かに感じられ、
フス戦争もそうでしたし、1968年のいわゆる「チェコ動乱」もそうでしたけど、
「今は一時的に強い勢力に屈するのかもしれないけど、そうした時代は長くは続かない!
必ず自分たちの自由が謳歌できる時代が間違いなくやってくる!」みたいな「希望」を示唆していると言えるのかも
しれないですよね。

話を「スメタナ・ファンファーレ」に戻しますと、この曲は大変豪快に鳴る曲ですし、
フーサの他の作品みたいな深刻さ・晦渋さはあまり無く、その意味では大変分かり易い曲だと思います。
そしてこの曲はトランペット奏者は大変だと思います!
あんなハイトーンを冒頭からぶっ続けて吹いたら、とても息が続きそうにもないですね・・
全体的にこの曲はシロフォーンが大活躍をします。
終始ヒステリックに叩きまくっていますので、かなり効果的にも感じられます。

でもこの曲、全く演奏されないのですよね・・
実をいうと、吹奏楽コンクールにおいては、過去も現在も全国はおろか支部大会でも演奏された事は一度もありません。
演奏時間約4分という事が大きいのでしょうけど、1994年のように課題曲がどれも6~7分程度と異常に長い年は、
「もしかしたら一団体くらい選んでくれないかな? 名電が選曲してくれたら最高なんだけど・・」と淡い期待を持っていましたけど
やはり誰も取り上げてくれませんでした・・

この曲は一度だけ生の演奏会で聴いたことがあります。
1989年の国立音楽大学ブラスオルケスターの定期演奏会の第一曲目として演奏されていました。
この曲は、イリノイ州立大学ウィンド・シンフォニーのCDもありますけど
1988年の近畿大学の定期演奏会を収録したCDにもこの曲が収録されていて大変気合の入った演奏を聴かせてくれています。
(音源があまり良くないのが少し残念です)


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フーサの「スメタナファンファーレ」は、タイトルに「ファンファーレ」という言葉が付いているのですけど、
ウィリアムズの「リバティーファンファーレ」のように「本日快晴・気分爽快!!」みたいな明るく健康的な曲では決してないですが、
優秀な金管セクション、特にトランペットセクションが秀でているチームでこの曲本来の響きを聴く事が出来たら
最高と言えそうです。

トランペットセクションが秀でているというとららマジのトランペットの亜里砂・エロイーズ・ボー=ボガードと
コルネットの浅野葉月という大変優秀な二人の奏者も大変印象的ですけど、
「響け! ユーフォニアム」にて久美子たちが1年生の時のトランペットパートの優秀さはオールスタークラスなのだと
思います。
一年生に高坂麗奈がいて、二年生に優子、そして最上級性の3年生に香織先輩がいたのですから、
この時にトランペットパートは北宇治高校吹奏楽部最強パートといえるのかもしれないですね~♪

香織先輩のように楽器技術も最高レヴェルで、かわいくて下級生からは慕われていて、上からも下からも同期からも
くまなく愛される先輩というのは大変貴重なものがありますし、優子が慕っているのもわかる気はしますね~
現在の吹奏楽コンクールにおけるB部門・小編成部門においては、県大会や地区予選においても時折ですけど、
今でもコーディルの「吹奏楽のための民話」が演奏される事が多々あり懐かしくも感じますし
「こういう平易なんだけど吹奏楽名オリジナル曲は忘れることなくずっと演奏され続けていてほしい」と常日頃から
感じている私にとっては大変嬉しいことであったりもします。

私が高校生の頃までは、作曲者の表記は、カウディルと表記されることが多かったのですけど
いつの間にかコーディルという風に表記が変更になっていました。
(「シンフォニア・ノビリシマ」でお馴染みのジェイガーも1970年代初めの頃までは、ジャガーとかイェイガーと呼ばれることも
ありましたので、それに近いことなのかもしれないですね・・)

この「吹奏楽のための民話」は実に平易に易しくに書かれていて、演奏する上で難しい箇所は多分一か所もないと思いますし、
「初見演奏でこの曲を吹きなさい」と言われてもほとんどの方は普通に吹けてしほうほど技術的には大変簡単ですし、
吹奏楽初心者とかそれほど合奏経験がない方とか中学生の小編成部門にはこれほどうってつけの曲は無いとすら
思っていたりもします。
シンプルで分かり易く、技術的には難しい部分はほとんど無いのになぜか演奏効果が大変高く、
序盤のクラリネットの透明感溢れるあのユニゾンのメロディーは一度聴いたら忘れられないものがあると思います。
メロディーラインが、非常に素朴でシンプルでとても懐かしい香りがする曲だと思います。

タイトルには「民話」とありますが、特定の民話のメロディを使ったわけではなく、
コーディル自身が創作したものであると思われます。
民謡風の表情豊かなメロディが美しく、特に冒頭のクラリネットが印象的です。
「クラリネットが低音域でメロディを吹く曲」と言えば、まずこの曲が挙がるのかもしれないですね。
アメリカの古い民謡とか俗謡とか黒人の霊歌とか子守歌とかそうしたアメリカ国内で馴染みのあるメロディーを特に
引用したわけではないのですけど、なぜかこの曲を聴いてしまうとしんみりとしてしまい、
まるでラフマニノフのピアノ協奏曲第2番とか交響的舞曲とかドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」~第二楽章を
聴いているかのような「郷愁」とかどこかメランコリーみたいなものを感じさせてしまう
本当に不思議な曲であるとも思えます。
日本でこの曲が演奏され始めたのは1960年代なのですけど、それから50年以上に渡って
このコーディルの「吹奏楽のための民話」が忘れることなく演奏され続けていたのは、この「なつかしさ」にも
あるのかもしれないです。

私が中学生・高校生辺りの時代ですと、よその学校がこの曲を吹奏楽コンクールの自由曲として選ぶと
「このは学校よほど腕に自信が無く、仕方なくあの曲を選んだのかな・・?」といらぬ邪推をし、半分バカにしたものですが、
現在改めて聴くと、曲自体の構成が大変しっかりしているし三部構成で非常に理解しやすく、
冒頭の堂々とした雰囲気とか序盤のクラリネットによる透明感あふれる溌剌としたリズムが面白いと感じますし、
決してバカにすることは出来ない素晴らしい名曲だと感じます。

初見演奏も全然可能な曲だからこそ、特にジュニアバンドには一度は演奏して欲しい曲です。
同じことは、オリバードーティーの序曲「バラの謝肉祭」・「美しき剣士」とか
カーターの交響的序曲・「ラブソディックエピソード」・クイーンシティ組曲などにも言えるのかもしれないです。

コーディルというと・・当時の私たちは

〇吹奏楽のための民話

〇ランドマーク序曲

〇オデッセイ序曲

以上の三曲を「簡単すぎる三部作」とか陰口を叩いていましたが、今改めてこの三曲を聴いても
構成はしっかりしているし、メロディーラインがはっきりと浮き出ていて分かり易いという意味では
現役奏者の皆様にも「一曲ぐらいはコーディルを吹いてほしいよね・・」と感じてほしいですし、この素晴らしき
吹奏楽オリジナル名曲は絶対に後世に受け継がれてほしい曲の一つです!

コーディルの上記以外の曲と言うとへりテージ序曲や序曲「フォーク・レジェンド」も大変印象的です。
序曲「フォーク・レジェンド」は吹奏楽のための民話と英語表記が大変よく似ているため、混合される事もかつては
あったようですけど両曲は全く別の作品です。
ちなみにヘリテージ序曲は、私の高校の定期演奏会で私の代の8代前の先輩たちが演奏されていて、
当時の先輩たちの回顧録をながめてみると「決して簡単な曲ではない」とか「バカにして掛ると大変な目に遭う」とか
記されていたのが大変印象的でもありました。

「吹奏楽のための民話」は何と全国大会では5回も演奏されています。
と言っても内4回は、昭和45年以前の金銀銅のグループ表彰制度以前の順位表彰の時代ですけどね・・・
1970年代でも福井銀行がこの曲を自由曲として演奏し、確か銀賞を受賞していました。
福井銀行の場合、当時の頭取が「これからの銀行マンは軟弱ではいかん! 行員たちも吹奏楽を経験し、
タフな気持ちで仕事も吹奏楽も臨んでほしい」という鶴の一声で吹奏楽団が結成されたみたいなエピソードが
当時のBJで紹介されていたのが印象的です。

さてさて、コーディルの民話以外の曲で印象に残っている曲と言うとオデッセイ序曲が挙げられると思います。

この曲は今現在ではすっかり忘却の彼方のようですけど、1970~80年代の中学・小編成部門の貴重なレパートリー曲の
一つだったと思います。
オデッセイ序曲は記録の上では支部大会以上の演奏はわずか7チームしか演奏されていませんけど、
1970~80年代の中学校のC編成またはB編成部門においては、地区予選や県大会レヴェルでは、この曲を聴かない日は
あまりないのかも・・?と感じさせるくらい一時期盛んに演奏されていたと思います。

コーディルのオデッセイ序曲は、ギリシア神話の英雄でホメーロスの叙事詩「オデュッセイア」の主人公でもある
オデュッセウスをモチーフにした作品で、演奏時間は6分程度で、吹奏楽のための民話同様に技術的には難しい個所は
ほぼ皆無であり、中学校の初心者向きの曲としては大変演奏効果が高い上に音楽の構成がしっかりと図られているので
ジュニア向けの素材としては大変優れた楽曲の一つだと思います。
オデュッセウスというと一般的にはトロイア戦争への貢献とかトロイの木馬の考案者というイメージもありますけど、
この曲で主にモチーフにされているのは、トロイア戦争に勝利したオデュッセウスの、
故国イタケーを目指して航海を開始したもののトロイア戦争よりも長く辛い苦難の帰還に向けての旅路であったりもします。

オデッセイ序曲で大変印象的な箇所は冒頭なのかもしれないです。

この曲は上記で書いた通り難しい個所はあまりないのですけど、唯一の難所は冒頭なのだと思います。

どうして冒頭が難所なのかというと、冒頭がファーストトランペットソロによる「タッタッター」という勇壮な部分から開始され、
このトランペットのタッタッターの部分は全然高音域でもなんでもないのですけど、吹奏楽コンクールで私が聴いてきた
この曲の演奏では大抵の場合、冒頭のトランペットを思いっきり外してスカスカ状態で開始される事が多かったのは
今でも大変印象的であったりもします。
曲自体も勇壮な部分とリズミカルな部分と美しい部分の対比がとても抒情的に表現されていて、聴いているだでも
主人公の苦難の海路の旅が伝わってきていると思います。
ラスト近くの冒頭のトランペットソロの部分を再現したメロディーが全楽器で再現され、あのリズミカルな悲壮感と勇猛な感じは
聴いているだけで「冒険者」の気分にさせられてしまいそうですし、ラスト数小節前のティンパニソロも大変かっこいいものも
あったりします。

それにしてもオデッセイ序曲を自由曲に選んだチームは、なぜかしりませんけど冒頭のトランペットソロを思いっきり
外すことが多かったですね・・
音域が高くもないし、臨時記号もないし、簡単なフレーズなのにあそこまで盛大に外してしまうという事は、
技術的問題というよりは吹奏楽コンクールの独特なあの緊張感がそうさせるのかもしれないですし、そうした緊張感というのは
オデッセイ序曲のモチーフとなっているオデュッセウスの悲壮さがもたらしたものなのかもしれないです。
ちなみにあの冒頭のトランペットソロ箇所は、うちの高校の口の悪い先輩に言わせると
「黄桜のCMのカッパっパーに大変よく似ている」そうですけど、確かにそれも一理あるのかもしれないです。
大学のクラリネットのお姉さま先輩は「オデッセイ序曲の冒頭はヴォーン・ウィリアムズのイギリス民謡組曲の第一曲の冒頭に
なんだか似ている」と言われていましたけど、確かにそれもなるほど~という感じもありそうです。


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オデッセイ序曲の元になったオデュッセイアをベースにした吹奏楽オリジナル作品と言うと、
R.W.スミスの交響曲第2番「オデッセイ」も挙げられると思うのですけど、一時期交響曲第1番「ダンテ」や伝説のアイルランド・
海の男たちのうた等で一時期大ブレイクしたスミスも最近ではあまり演奏されなくなっているようにも感じられます。
やはり吹奏楽オリジナル作品の流行り廃りは年々加速するばかりだと思いますし、だからこそ、コーディル等の作品を通して
「古きを訪ねて新しきを知る」が分かって頂ければありがたいです。

最後に・・オデュッセイアをベースにしたアニメ作品と言うと、「宇宙伝説ユリシーズ31」という
1981年制作の日仏合作テレビアニメがありましたけど、あれ・・私も何度かちらっと見たことがありましたけど、
登場している女の子が全然かわいくなかったので見なくなってしまった・・という事もあったものでした。
5月というと、手紙等の序文においては例えば「燃えるような新緑」とか「風薫る五月」というものが一つの定番なのかも
しれないですけど、吹奏楽コンクールの課題曲マーチの中にもそうした「風薫る」とか「爽やかな5月」というフレーズが
よくお似合いそうな曲もいくつかありましたし、その代表的楽曲がマーチ「エイプリル・メイ」やスプリングマーチと
いえそうですし、真島俊夫作曲の1997年度課題曲Ⅲの「五月の風」も風薫る五月に実に相応しいマーチと
いえそうです。

「五月の風」はタイトル通り、爽やかな5月の風や風景を思わせる6/8拍子のコンサートマーチです。

日本人は全般的な傾向として6/8拍子が苦手とも言われますが、局の冒頭がこの6/8拍子で開始されるこのマーチを
うまく演奏できるかどうかの大きなポイントは、この6/8拍子の冒頭において個々と全体がうまくこの変拍子のリズムに乗れ、
全体の流れを掴めるかどうかとも言えそうです。
実際この課題曲は、全国大会・都大会・埼玉県大会・西関東大会でもかなり多くの演奏を生演奏で聴く事ができましたけど、
変拍子のリズムにうまく乗れずに最後まで流れが悪かった演奏は結構耳にしたものです。
それだけこの課題曲は決して簡単ではないし、リズムと流れに乗る事が大きなポイントである事を示した課題曲であるとも
言えそうです。
クラリネットとアルトサックスが奏でるトリオの躍動感もとても楽しいですし、
フルートとピッコロが奏でる装飾的な旋律が小鳥の囀りを想起させてとてもすてきなのですけど、
この部分はラストでも再現され、この時はフルート・ピッコロの他に木管高音楽器も加わり高らかに曲を終了させます。
全体的にはとても洗練されているし気品があるし、行進するマーチとしてもコンサートマーチとしても両方に適している
素晴らしい課題曲だと思います。
5月というと一年で一番気分がウキウキするというか、厳しい冬が終わって何かとバタバタする4月が終わって、
「さあー、これから何か楽しい事が待っているぞー♪」といった期待感や楽しい予感に溢れた季節というイメージがありますが、、
そうした季節感を音楽で表現した爽やかなマーチだと思います。

当ブログの過去記事の中で何度か中沢けいの小説「楽隊のうさぎ」に関する記事を掲載させて頂いた事がありましたけど、
この小説の中で主人公たちが中学2年の時の吹奏楽コンクールで演奏した課題曲は行進曲「ラ・マルシェ」が出てきますが
あれは実は1997年の課題曲Ⅳなのです。
その年の課題曲Ⅲが、「五月の風」なのですけど、実はこの「五月の風」は歴代吹奏楽コンクール課題曲の中でも
大人気の曲であり、一つの課題曲にだけとてつもなく人気が集中した典型的な事例の年の課題曲でもありました。
実際1997年に全国大会に出場した全96チームの内、実に半分以上の52チームが課題曲Ⅲ/五月の風を選曲しています。
また大学の部では、出場12チームのうち、何と11チームがこの課題曲Ⅲを選んでいます。
(全体的にはⅡとⅢに人気が集まり過ぎて、ⅠとⅣの演奏頻度が極端に低いという人気の明暗がはっきり分かれた
年にもなってしまいました)

上記で「五月の風」は冒頭の6/8拍子の難しさとフルートとピッコロが奏でる装飾的な旋律が小鳥の囀りを想起させて
とても印象的と記しましたけど、冒頭のリズムがほぼドンピシャで決まり
フルートとピッコロをかなり強調した演奏が高校の部の常総学院だったと思います。
常総学院は93年と95年のマーチが課題曲の年に二度にわたって支部大会でダメ金で全国に進めず
一部で「常総学院はマーチが苦手な学校なのかも・・」という憶測を生じさせたものでしたけど、五月の風のあの快演は、
そうした根拠のない憶測を吹っ飛ばすのには十分すぎるものがあったと思います。

常総学院以外で印象に残っている五月の風というと洛南高校の演奏も大変素晴らしいものがありました。
全体的には男子校特有の骨太の演奏なのですけど、木管セクションが実にたくましく歌い上げているのが印象的ですし、
クラリネットセクションが大健闘をしています。
序盤で大太鼓がズドンと一発唐突に叩き込んでいるのはかなりインパクトがありました。

先ほどの「楽隊のうさぎ」なのですが、小説の上では主人公の学校は課題曲Ⅳを選んでいるのですけど
実際は1997年の中学の部はやはり課題曲Ⅲが大人気で、課題曲Ⅰを演奏したチームは実は一つもありませんし、
課題曲Ⅳはわずか一団体のみでした。

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ここから先はdream fantasy2
アミグリさんが描かれたかわいい絵の転載&ご紹介コーナーです。

本記事において「五月は風薫る五月とか五月雨や集めて早し」といったフレーズではないですけど、五月は爽やかで
希望に溢れる季節の始まりでもありますし、
そうした爽やかなマーチの一つが「五月の風」とも記しましたけど、五月というワードや爽やかさ・可憐さという言葉が
艦これの世界でよくお似合いそうなのが白露型の6番艦の五月雨ちゃんなのかもしれないです。

そうした訳で、本日転載&ご紹介させて頂く作品は、アミグリさんが2016年7月に描かれた
白露型6番艦の五月雨ちゃんをお披露目させて頂きたいと思います。

五月雨ちゃんは新規ゲーム開始時に秘書艦として最初に選べる艦娘の一人でもあります。
艦これの世界を開始し艦これの世界にはまっていった提督たちの中にはかなりの皆様が
「いやいや、最初からこんな自分に手を貸してくれて五月雨ちゃんを忘れる事なんかできない・・!」という事で
五月雨ちゃんファンの提督たちはかなりの数にのぼっているという話は今現在でもよく耳にしますし、
ひと癖もふた癖もある個性派揃いの艦娘たちの中にあって、
明るく優しく健気で前向きでいつも一生懸命、時々ドジっ子で泣き虫などと王道ヒロイン属性てんこ盛りの五月雨ちゃんの人気が
いまだに高いというのもそれは当たり前の話なのかもしれないですね~♪

春雨ちゃんも幼い雰囲気がとっても可愛かったのですけど、五月雨ちゃんも春雨ちゃんの妹艦という事で、
春雨ちゃん同様、否! それ以上に幼くあどけなく健気で可愛いという印象が大変強い艦娘であったりもします。

アミグリさんが描かれる五月雨ちゃんはそうした公式のイメージをそのままストレートにかわいらしさを
直球勝負で描かれていると思います。
このイラストで五月雨ちゃんが手にしている飲み物は、アミグリさんのお話としてはオレンジジュースとの事です。

アミグリさんが描かれた五月雨ちゃんは、春雨ちゃん同様にとってもとってもかわいらしく、
「妹にしちゃいたい!」というみんなの共通の思いをそのまま絵としてすてきに表現されているのが
素晴らしいと思います。
ドジっ子という設定のせいなのかもしれないですけど、「守ってあげたい!」みたいな雰囲気はとても爽やかに伝わって
きていると思います。
この清涼感・透明感・瑞々しさ・初々しさは、同じ白露型で特に大人気艦娘の時雨・夕立には備わっていないのかも
しれないですし、そうした清涼感をオレンジジュース共々とっても新鮮に描かれていると思います。

おでこがとってもかわいいですね~!
五月雨のそんなおでこにちょっとイタズラしてみたくなって、五月雨ちゃんを「デコピンしてみた~い!」と思っているのは
私だけではないと思います・・
こういうかわいい女の子を見てしまうと、ついつい余計なちょっかいを出したくなってしまうのは男の子の本性
なのかもしれないですね~♪

上記のアミグリさんが描かれた五月雨ちゃんの権利は、
全て上記作品の絵師様であられるアミグリさんに帰するものであり、当ブログにおける転載とご紹介は事前に全て
アミグリさんからご了解を頂いたものであり、アミグリさんからのご厚意で転載をさせて頂いておりますので、
無断お持ち帰りや無断コピーは絶対NGですので くれぐれも宜しくお願い申し上げます。

アミグリさん、本当にいつもすてきなイラストの転載を快諾して頂きありがとうございます!!

皆様の中で「こんなにかわいい五月雨ちゃんを描かれる方のブログってどんなもんなのだろう? 」などと興味がある方は、
是非是非アミグリさんのブログdream fantasy2を ご覧になって頂きたいと思いますし、 宜しければ、当ブログだけではなくて、
是非アミグリさんの本家本元のブログdream fantasy2に一度お越しして頂けると アミグリさんのブログをご紹介させて頂いている私もとってもとっても嬉しいです!

アミグリさんが定期的に作品を投稿され続けている →アミグリさんのpixiv にも是非一度足を運んで頂ければ幸いです!

アミグリさんのpixiv

5月も課題曲のマーチとしての「五月の風」と同様に爽やかに可憐に駆け抜けていきたいものですね~♪
一週間前の記事にて浦田健次郎のプレリュードについて少しばかり触れさせて頂きましたけど、
浦田健次郎というと、吹奏楽コンクール課題曲や「Ode」の作曲家として認知されている方も多いと思われますし、
それ程演奏される頻度は高くない曲ですし、最近ではほとんど演奏されない曲ではあるのですが、
「バラード・フォー・バンド」(吹奏楽のためのバラード)という曲も大好きな曲です。
この曲はかなり地味な曲ではあるのですけど
日本人の感覚で無いと絶対に分からないような抒情性というのか素朴なノスタルジーみたいな雰囲気が漂い
こういう曲こそたまには吹奏楽コンクール・小編成の部で演奏されて欲しいものです。

浦田健次郎は合唱曲も幾つか作曲されているようです。
その中でも「星空はいつも」と「風の中の青春」は結構有名な作品だと思います。

先日の記事でも書いた通り、この御方が作曲された吹奏楽コンクールの課題曲は、1979年の課題曲B/プレリュードが
圧倒的に有名だと思うのですけど
1984年の課題曲D/マーチ・オーパス・ワンも爽やかな素晴らしい作品だと思います。

「マーチ・オーパス・ワン」の際立った特徴として一つ指摘したいのは、
この曲以前のコンクール課題曲のマーチは、ほぼ例外なく出だしから最後まで終始テンポが一定に保たれている
パターンが多かったと思いますが、この課題曲の場合、
冒頭のトランペットによる「ゆったりとしたテンポから開始されるファンファーレ的部分」とその後に展開されるマーチの
部分を明白に分離されている事は大変興味深いものはあります。
そうしたファンファーレとマーチを区分している曲として
このオーバス・ワン以降、例えば・・・1985年の「シンフォニックファンファーレとマーチ」とか2001年の「栄光を讃えて」などが
あると思いますけど、今にして思うとそうした曲の先駆者的な役割も担っていたような気もします。
冒頭のゆったりとしたファンファーレに続いて軽快なマーチの部分に展開されていくのですけど
このマーチのメロディーが本当に可愛らしいくてキュートでしたし、同時に大変流麗みたいな勢いもありましたし、
スコアを見る限りではそれほど難しい個所も無く、
指揮者にとっても奏者にとっても吹き易くて演奏するのが大変楽しい本当に素敵な作品だったと思います。
演奏時間は3分程度の短い曲なのですけど、内容的にはかなり充実していますし、
スコア上の平易さが少しも手抜きとは感じさせず、むしろ、「シンプル イズ ベスト」を立証しているようにも感じられます。

だけど、浦田健次郎というとやっぱり・・・
1979年のあのウルトラ超難解現代作品の「プレリュード」(1979年 課題曲B)というイメージも強いですけど、
忘れてはいけない吹奏楽オリジナル作品が シンフォニックバンドのための「Ode」だと思います。
浦田健次郎はヤマハ吹奏楽団浜松から委嘱を受けて、
シンフォニックバンドのための「Ode」というこれまた素晴らしい作品を私達に提示してくれるのですけど、
この作品もプレリュードと同様に劇的な雰囲気、凄まじい静と動の落差に満ち溢れていて
聴く者に間違いなく「何か」を伝えてはいると思います。
Ode(オード)というのは歌とか頌歌という意味なのですけど
少なくとも楽しくてウキウキするような歌ではない事は確かです。
どちらかというと歌は歌でも悲歌に近いような感覚もあるのですけど、それは少し違うかな・・・?
私としては、むしろ祝祭的な歌にも聴こえたりもします。
この曲をよく知っている方からの意見としては、「え・・・祝祭だって・・・!? それは絶対違う!! あの陰気な曲は祝典ではない」
みたいに多分言われそうですが、
私の感覚としては、混沌の中の光とか怒号が飛び交う中での一筋の光が差し込むみたいなイメージがあったりもします。
改めて聴くと、この曲は前半と後半の落差の対比は凄まじいものがあります。
前半はソロ楽器ほメインにした静粛な部分なのですけど、この部分のクラリネットが果たす役割の大きさは
半端無いものがあると思いますし、あの長大なソロは奏者冥利に尽きると思います。
そしてやっぱのあの静粛な感じは、「やっぱりこの曲はプレリュードの作曲者なんだな・・・」と思ってしまいます。
この「Ode」ですけど、面白い事に曲全体のテンポは終始ゆったりとしたテンポ設定がキープされています。
後半はかなり激しい音楽となり、「カタストロフィー」(悲劇的結末)を暗示させるようでもあるのですけど、
そうした激しい部分の音楽もテンポ上では、ゆったりとしたテンポを維持していますから、その辺りは大変面白いと思います。
ああやってゆったりとしたテンポ設定の中でも激しさとか打楽器の乱打&強打とか劇的緊張感とか凄まじい音量を
表現した邦人作品って当時としては珍しかったのかもしれないです。
後半は、終始マリンバが低音のリズムを刻んでいるのですけど、あの不気味な低音のリズムがとにかく効果的でした。
後半は打楽器が大活躍なのですけど、特にトムトムの効果的な使用とかチャイムの響かせ方は
当時としてはかなり斬新なものがありました。
曲のエンディングの数小節前は打楽器のみの掛け合いになるのですけど、ああいうパーカッションだけの強奏も
当時としては珍しかったようにも感じられます。
金管セクションのとにかく息の長いフレーズは、奏者泣かせだったと思いますけど
そうした金管に乗っかる形での打楽器の響きはとにかく圧巻でしたし、ああいう感じが
個人的には「この曲は祝祭的・・」と感じてしまった一因なのかもしれないです。

この「Ode」は、ヤマハ浜松からの委嘱と言う事もあり、
1985年の全国大会でヤマハ浜松がこの曲を自由曲として選び、当時の聴衆の度肝を抜いています。
尚、この時代は、まだブラボーコールが喧しくない時代でしたので、
こんな素晴らしい演奏が終わっても、聴衆の皆様は紳士淑女で、大きな拍手だけで済んでいました。
この曲は1992年に都立永山が自由曲に選んでいますけど、確かに若さ爆発!という感じなのですけど、
後半は熱すぎて、どこがメロディーラインでどこが副旋律なのかよく分からん・・みたいな感じになってしまい
メロディーラインが埋もれてしまっていたみたいな演奏になっていました。
だけど演奏自体は大変な気迫が伝わってきます。

都立永山の演奏以降、全国大会においてはどのチームもこのOdeを自由曲として演奏していませんけど、
どこかのチームがこの埋もれた名曲を演奏してくれると嬉しいものがあります。

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先週も似たような事書いていますけど、
吹奏楽コンクールの難い曲の歴史の中で、ティンパニが主役といえる曲は浦田健次郎のプレリュードと
1985年の課題曲AのOverture FIVE RINGS゛と思います。
とにかくあのティンパニの連打というのか乱れ打ちは聴衆の視線を釘付けにすると思います。
パーカッションセクションのパート譜をよく眺めてみると、実はあのティンパニも一見連打とか乱れ打ちとか
高度な技術のように聴こえたりもするのですけど、
ティンパニは、基本的には実は2小節単位の同じ旋律を繰り返しているだけ・・というのも凄いものがあると思います。
ああいう単純な繰り返しをとてつもなく難解なように感じさせるのも立派な作曲上のテクニックのような気もしますね・・
ティンパニ奏者のテクニックは相当難しいものが溢れていると思いますし、
両手の交差が入るなど、二刀流で暴れ放題に暴れているという印象もありますし、あの豪快な暴れっぷりは
今現在で言うとエンゼルスの大谷選手が二刀流でもって大暴れしているのに少しと雰囲気が似ている様なものも
あるのかもしれないです。

Odeは打楽器はかなり目立っていますけど、ティンパニはどちらかというと伴奏的な役割を担っているようにも
感じたものですけど、ティンパニの低音のリズムに乗っかる形で他の打楽器や管楽器を響かせているようにも
感じたものでした。
吹奏楽コンクールの課題曲を振り返る時、一つの節目というか転換点になった曲があるようにも思えます。
私より一つから二つ上の世代の皆様ですと、1964年の課題曲/序曲「廣野を行く」あたりを推される方も多いのかも
しれないです。
(ちなみに私自身は「廣野を行く」が吹奏楽コンクールの課題曲であった年はまだこの世に生まれてもいないです・・)
1064年以前の課題曲はマーチがほとんどであったのに対して、1964年はマーチ以外の曲想の課題曲が
登場した初めての年と言えるのかもしれません。
当時、序曲「廣野を行くは難しい・・・」と敬遠気味だったという話は耳にした事がありますけど、
現在の視点から聴くと、この曲の一体どこが難しいのかな・・・?とも感じてしまうのですけど、それは吹奏楽コンクールの進化
という事なのかもしれないです。
私自身の吹奏楽コンクールの出場歴は1978~1987年の10,年間ですけど、この10年間で実際にコンクールで演奏した
課題曲の中で最も難解と感じた曲は1985年の課題曲B/波の見える風景だと思いますけど、
波の見える風景は技術的に難しいというよりは表現が難しい曲ともいえますが、同時に演奏していて時折感極まって
心が張り裂けそうになる要素も含まれていたと思います。
だけど「波の見える風景」で難解と感じるのでしたら、ここから数年先の88年の深層の祭や94年の饗応夫人などを
実際に吹いた方の視点では「何を甘い事を・・」と言われるのかもしれないです。

長い吹奏楽コンクールの課題曲の歴史における転換点と言うと、1974年の課題曲B/高度な技術への指標は
今現在の視点から聴いても革新的というか極めて斬新だと思いますし、
こんなバリバリのポップスの曲をよく吹奏楽連盟が課題曲として認めたものだ・・とある意味感心してしまいますし、
当時の吹連の役員さんの太っ腹には敬意を表したいものです。

そして、本当の転換点になった一曲とは1979年の課題曲B「プレリュード」ではないかと思います。
なぜ転換点かというと、吹奏楽コンクール課題曲の歴史の中で初めて、無調音楽のような現代音楽の感覚と形式を
初めてコンクール課題曲として成立させたのが「プレリュード」だと思うのです。
この曲の譜面を初めて見たのが、1979年の中学2年の時でしたけど、
楽譜は冒頭38小節近くは全ての管楽器奏者は全員休止状態です。
(この部分はティンパニ奏者のの完全一人ソロです。しかもこの箇所のティンパニは作曲者の指示ではマレットではなくて
手で直接叩くようにと記されていますし、譜面上ではティンパニ奏者は演奏途中でマレットの持ち替えも指示されています)
ティンパニ完全ソロによる導入部分以降の展開部も変拍子に次ぐ変拍子で、
楽譜の上では7/8拍子しか3/12拍子とか6/8拍子とか今まで見た事も無い拍子の連続であり、
しかも聴いていて実楽譜を行く路分析してみてもどこに主題があるのかメロディーラインが全然分からない曲でも
ありましたし、当時は「ヘンな曲・・・」というのが私の率直な感想でもありました。
当時はもちろんベルクやシェーンベルク・ウェ―ベルンと言った新ウィーン学派の作曲家何て知る由もありませんでしたし、
無調音楽という言葉すら知りませんでしたし、
吹奏楽作品にプレリュードのようなメロディーが全く無い曲が存在している事すら知らなかった私にとっては
とにかく未知の領域であったのは間違いないと思います。

1979年全日本吹奏楽コンクール課題曲Bの「プレリュード」は前述の通り、曲の冒頭をいきなりティンパニ奏者が
素手でティンパニを叩きその長い独奏がかなり斬新でしたし曲想は明らかに現代曲そのものだと思います、
作曲者の浦田健次郎は東京芸術大学でトロンボーンを専攻し、その後作曲科に入り直し、石桁眞禮生に師事したたという
経歴を持っています。
作風は作曲者本人が語るとおり「音楽は作者のカタルシスである」というものが形になったもので、他の作品を見ても
例えば1985年のヤマハ浜松や1992年の都立永山が演奏したシンフォニックバンドのためのOdeなどのように
音列的で難解なものも多いのも特徴だと思います。
それゆえ浦田健次郎が1984年の課題曲Dとして作曲したマーチ「オーパス・ワン」はあまりにも平易で明るく楽しいマーチで
あることが分かった時は驚いたものでした。
それにしても1970年代最後の年に吹奏楽コンクール課題曲にこうした難解で無調的な現代音楽が登場してきた事は
驚きであり斬新であり、今にして思うと吹奏楽コンクールの課題曲史を語る上では大きな転換点になった事は
間違いないと思いますし、この「プレリュード」がその後の序奏とアレグロ・変容-断章・深層の祭り・斜影の遺跡・饗応夫人に
つながる上で露払いのような役割を果たしたのだと今更ながらに感じたりもします。

この課題曲B/プレリュードを現在の視点から聴いてみると・・

とてつもなく面白いし、やはりとても斬新です。

技術的にはそれほど難しくは無いように思えたりもしますけど表現するのは極めて難しいと感じられます。
(曲全体が終始ゆったりとした曲なので、アレグロのようなテンポが速い部分はほぼ皆無です)
楽譜に書いてある事だけをそのまま音にしても、多分この曲は全くの無味乾燥になってしまうと思います。
この課題曲は、後年レコードやカスタムテープ等で様々なチームの演奏を聴いたのですけど、
演奏するチームによって、ここまで音楽の表現方法は変わるものなのかと愕然とするくらい色々な表現スタイルがあったと
思います。
この課題曲は全国の中学部門でも出雲二中・柳町中などが取り上げていましたけど、率直に書くと聴いていても全然
面白くなくて、いかにも譜面に書いてある音符をよくわからないまま指揮者の指示する通りに吹いた印象しかないです。
他の部門でも比較的無味乾燥な感じとか、なんだかよくわからないおぞましい雰囲気みたいな印象の演奏が多かったですが、
そうした中、天理・秋田南・花輪・高岡商業などは大変よく考え吹かれた解釈と演奏をしていたのが大変印象的ですけど、
この課題曲の断トツの名演は市立川口高校の演奏だと思います。
市立川口のプレリュードは自由曲のネリベルの「二つの交響的断章」と合せて神がかりな演奏以外の何者でも無いとさえ
思います。
出だしのティンパニソロは緊張感漲る演奏が本当に素晴らしかったし、後半のヴィヴラフォーン以降の木管セクションの
ひさやかさ、打楽器セクションの鼓動などなどとにかく文句のつけようがない演奏でした。
しかもこの演奏、全国大会初出場でしかもプログラム一番というのが信じられないです。
そんなハンディーを全く感じさせない演奏でした。
そして圧巻は自由曲のネリベルの「二つの交響的断章」です。
出だしが、チャイム・シロフォーン・グロッケン・マリンバの鍵盤打楽器から開始され
執拗に同じメロディーを反復していくのですが、この緊張感が絶品です。
アルトサックスのソロも素晴らしいし、それに合いの手を入れる打楽器セクションの瞬発力もお見事に一言に尽きます。
後半のティンパニソロからの金管セクションの透明かつ勢いのある展開も大変迫力がありますし、
トムトムをはじめとする打楽器セクションのやはり瞬発力と自発性は高く評価されて然るべきだと思います。
自由曲における、ドラの鳴り方が非常に効果的なのも印象的でした。

再度「プレリュード」に話を戻しますと、繰り返しになるかもしれないですけど、特徴は大きく分けて二つあります。
一つは、小節ごとに拍子がコロコロと変わりまくるすさまじい変拍子の連続で、
そして二つ目はこれは最大の特徴とも言えるのですけど、曲の冒頭はティンパニーの完全ソロから開始されます。
本当にティンパニだけのソロで、この間は他の楽器は一つの音も入りません。
冒頭から約1分近く、ティンパニのソロ(しかも他の楽器なしの完全ソロ・)というおそらく課題曲としては
私が知る限りにおいて、唯一の快挙を成し遂げています。
このティンパニのソロですけど、
38秒までが奏者自身の「手」で、それから52秒までが普通のマレット(バチ)、それ以降は木琴などのバチの柄の部分、
という3種類の演奏法により、音色の変化も出すようにスコア上で指示が出されています。
曲の最後にも手で演奏するティンパニのソロが入ります。
これってティンパニ奏者泣かせの曲なのですけど同時にティンパニ奏者にとっては一度は挑戦してみたい曲というのか
ティンパニー奏者冥利に尽きるのではないかとさえ・・・思っています。

課題曲/プレリュードが一つの露払いみたいな役割を担い、深層の祭などその後の現代音楽系課題曲流れが
出来たという感じもしますから、
この「プレリュード」の歴史的存在意義はかなり大きいといえそうです。

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吹奏楽コンクールの難い曲の歴史の中で、ティンパニが主役といえる曲はこのプレリュードと
1985年の課題曲AのOverture FIVE RINGS゛と思います。
とにかくあのティンパニの連打というのか乱れ打ちは聴衆の視線を釘付けにすると思います。
パーカッションセクションのパート譜をよく眺めてみると、実はあのティンパニも一見連打とか乱れ打ちとか
高度な技術のように聴こえたりもするのですけど、
ティンパニは、基本的には実は2小節単位の同じ旋律を繰り返しているだけ・・というのも凄いものがあると思います。
ああいう単純な繰り返しをとてつもなく難解なように感じさせるのも立派な作曲上のテクニックのような気もしますね・・
ティンパニ奏者のテクニックは相当難しいものが溢れていると思いますし、
両手の交差が入るなど、二刀流で暴れ放題に暴れているという印象もありますし、あの豪快な暴れっぷりは
今現在で言うとエンゼルスの大谷選手が二刀流でもって大暴れしているのに少しと雰囲気が似ている様なものも
あるのかもしれないです。
一週間前の記事がV.パーシケッティーの交響曲第6番「吹奏楽のシンフォニー」作品69でしたので、本記事にて
同じくパーシケッティーの吹奏楽オリジナル作品の吹奏楽のための「仮面舞踏会」について触れさせて
頂きたいと思います。
尚、当ブログにおいてはこのパーシケッティーの「仮面舞踏会」は過去記事でも何度か既に取り上げてはいるのですけど、
ブログの過去記事はどんどん埋もれていきますし、なによりも日本においてこのパーシケッティーの
吹奏楽のための仮面舞踏会について取り上げる方はほぼ皆無だと思いますし、私としてはこの既に忘却のかなたにある
この素晴らしい吹奏楽オリジナル作品については定期的に掲載をさせて頂く事で
この曲を後世に残す事に少しでも貢献する事ができればとても嬉しく感じてもおります。

「仮面舞踏会」というと、日本人にはあまり馴染みがない分野なのかもしれませんけど、
クラシック音楽の上ではヴェルディーの歌劇「仮面舞踏会」が多少は知られているのかもしれませんし、過去においては
浅田選手が女子フィギュアスケートのBGMに選ばれたという事でハチャトゥーリアンの組曲「仮面舞踏会」~Ⅰ.ワルツの
知名度もそこそこあるのかもしれないです。

「仮面」といいますと、私にとってはとてつもなく魅力に感じる部分が多々あったりもしまして、
普段なかなか表現できない本来内省的に自分が有しているはずだけどそれを表にすんなりと出せないキャラクターを
仮面というものをあえて身に付ける事で表面的な自分を一旦表面上隠蔽した上で演じられるという事に
何か不思議な魅力を感じたりもします。
仮面と言うものは換言すると変身願望の一種なのかもしれないです。
私自身の勝手な感覚なのですけど、仮面というと、 本来自分が有しているキャラを隠して本来自分が有していないキャラを
意図的に演じる事が出来るアイテムという感覚があったりもします。
(2022年冬アニメでもあった「その着せ替え人形は恋をする」のモチーフは「コスプレ」でもあるのですけど、コスプレも
見方によっては一つの仮面を被るというのか、 本来自分が有しているキャラを隠して本来自分が有していないキャラを
意図的に演じる事ができる要素も相当あるように感じたりもします)
自分が元々有しているキャラを隠蔽し、別のキャラを演じる事で
何か「今までの自分とは違ったもの」を見出してみたいという意図が多少はあるのかもしれないですし、
これがどことなく妖しさ・ミステリアスさを感じさせてくれているのかもしれないです。
そして「仮面舞踏会」というと、どことなく妖しげな男女の出会いの場という雰囲気も感じたりもします。
私自身は今まで生涯でお見合いという経験をした事が一度もないのですけど、
男女の最初の出会いの場が「仮面舞踏会」みたいに、お互いの顔・身分・素性を全て
隠した上で、演じたキャラの上でお互いの最初の出会いの場に臨むというのも面白い感じはあったりもします。

パーシケッティーというと日本ではほとんど忘れられた作曲家かもしれませんが、私はとにかく大好きな作曲家の一人で
「吹奏楽オリジナル曲で好きな曲を10曲挙げなさい」という質問をされたら、
「吹奏楽のための仮面舞踏会」と交響曲第6番「吹奏楽のシンフォニー」は確実にランクインするくらい
大好きな作曲家の一人です。
(そのため一週間前の記事がパーシケッティーの交響曲第6番でもありました)

パーシケッティーの吹奏楽のための「仮面舞踏会」は、正直とても難解な曲だと思います。
どこがメロディーラインで、何を言いたい曲なのか、それを明確に伝える事は大変難しいようにも思えます。
例えばこの曲をご存知ない方100人にこの曲をいきなり聴いてもらったら 、恐らく98~99人の方は
「よく分からない」・「訳がわからない」という印象を持たれそうな気がします。
私はこの曲は昔も今もとっても大好きです! 最初にこの曲を聴いたのが1986年頃でしたので、もう30年以上も
「大好き!」という感情を有しているのだと思います。
この曲の魅力って何なのかな・・?と考えた時、素性を隠すとか妖しげな雰囲気と言えるのかもしれないです。
拍子は変拍子ばかりだし、不協和音が多いし、メロディーラインがよく分からないし
一見聴くと確かに「訳がわからん曲」なのかもしれません。
くどいようですけど、その妖しげな感覚が私にとってはたまらない魅力なのです!
妖しいは妖しいでもつかみどころがなく正体不明の不気味な感じで、聴くだけでそうした謎めいたミステリアスさの虜に
なってしまうという感じてもありますし、東方Projectの登場キャラに例えると私が愛してやまないミステリアスで胡散臭い
ゆかりん=八雲紫様の雰囲気に限りなく近いようなものも感じ取ってしまいます。
この曲の変奏形式の次から次へとメロディーラインが変化していく様子は、東方に例えると、確かにゆかりんでもあるのですが、
本人が仮面の付喪神でもあり、多種多様な感情を操りながらも本人自体の表情は常にポーカーフェイスという
秦こころにもよく合っているようにも感じられます。

この曲は、6小節程度の短い「主題」の提示とそれに続く10の変奏、そしてラストの劇的なコーダによって構成されていますので
見方によっては一つの変奏曲と言えるのかもしれません。
出だしの劇的で不協和音に満ちた短い序奏にはじまり、
不安げなトランペットと低音セクションが何やら不気味な感じを演出する第一変奏、
細かく動く打楽器をベースに不気味に激しく展開されていく第二・第三変奏を経て
妖しげなオーボエのソロから開始される第四変奏へと展開し、一旦激しく盛り上がる第五変奏へと
続いていきます。
そしてユーフォニウムのやはり不安げなソロとかミュートを付けたトランペットの哀愁溢れるソロへと
つながる第六変奏になるのですけど、この部分のアルトサックスの何やら本当に妖しいリズムの支えと
清涼感とヒンヤリ感溢れる木管セクションの美しい響きは背筋がぞっとするほどの「美的限界」があるのだと思います。
そして第七~第十変奏は、打楽器・金管楽器が大活躍し、特にシロフォン・トムトムの響きが極めて印象的です。
そしてこの激しく盛り上がる変奏を経てラストのコーダまで一気に曲が展開していき 華麗に曲が閉じられていきます。

全体的には、難解・訳が分からないという印象が強いのですけど、
言葉にできないほどなにやら妖しい雰囲気とソロ楽器の扱い方の巧みさは本当に上手いと思います。

確かに分かりにくい曲なのですけど 、分かる人にはたまらない!という感じの曲なのだと思います。

最近ではコンクールの自由曲でも演奏会でもこの曲は全く取り上げられていないですね・・
プロの演奏会やプロチームのCDには結構取り上げられているのはこの曲の持つ通好みというのはありそうな気もします。
以前広島ウインドオーケストラの定期演奏会でこの曲が演奏されていました。
また、東京佼成や武蔵野音大や ロンドン・シンフォニック・ウィンド・オーケストラなど結構CD化もされているので
「わかる人にはわかる音楽」という事なのかもしれないです。

吹奏楽のための仮面舞踏会は、吹奏楽コンクールではこれまでに3回全国大会で演奏されています。
一番最初が1973年の神奈川大学、二度目が1980年の名古屋電気高校、三度目が同年のヤマハ東京、
神奈川大学は小澤先生着任前の時代の演奏ですけど、悪くはありませんし曲は無難に消化できています。
ただ音楽的な感銘度と言う意味ではかなり低いと私的には感じられます。
名古屋電気は非常にサウンドが美しいし、トランペットのソロが素晴らしいと思いますし、
難曲をよく音にしているという印象はありますけど、
カットが強引なせいもあるけど、「何を言いたいのか」はあまりよく伝わらない勿体ない感じは否定できないと思います。
この三つの中ではヤマハ東京が一番よい仕上がりだと思います。
当時の職場の部は、金賞以外はレコード化されない為ため、
仕方が無いので、私はわざわざトラヤ(1990年に倒産・・・)にカスタムテープを発注し
カセットテープにてこのチームの課題曲・自由曲を聴くことが出来ました。
名古屋電気に比べてカットの頻度が短いせいもあり、この曲本来の魅力がかなりよく発揮されていると思います。
特にアルトサックスの響きが実に秀逸だと思いますし、トランペットのソロも巧いと思いますし、
なによりもこの曲が有する妖しさ・変奏形式の面白さが至る所に発揮されていると思います。

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吹奏楽のための仮面舞踏会は、フェネル指揮/東京佼成の素晴らしい録音も大変素晴らしいと思うのですけど、
私にとってのこの曲の決定盤は、ハンスバーガー指揮/イーストマンウインドに尽きると思います。
1987年にパーシケッティーが逝去された際、
日曜の朝のFMで放送された「ブラスのひびき」にて「追悼 パーシケッティー」の特集があり
ここでハンスバーガー指揮・イーストマンによる
「仮面舞踏会」が放送されていましたが、その際にカセットテープにて録音出来た事は今にして思うと大変ありがたい事でした。
この演奏はテープが擦り切れるまで何度も聴いたものですけど、
その演奏レベルの高さ・何かを確実に伝える感銘度の高さ・音楽的表現の高さは本当に素晴らしいものがありました。
以前はこのハンスバーガー指揮イーストマンによるCDは未発売の状態が続いていて、
何とかこの演奏、作品全集という形でもいいから、ハンスバーガー指揮版をCD化・発売をして頂きたいと心の底から
感じていましたし、
あの演奏がこのまま埋もれてしまうには、私にとっては世界遺産の喪失といっても過言では無いような気すると思って
いましたけど、最近になってようやくこの曲が復刻演奏版という事でCD化されたのはとても嬉しいものがありました。
しかも仮面舞踏会以外の収録曲がハートレィのシンフォニア第4番とダールのシンフォニエッタというまたまたとてつもなく
マニアックな曲でもありましたので、大変ありがたいものがありました。
そして以前はこうした吹奏楽作品の輸入盤は入手困難な時代もありましたけど、最近はアマゾンで発注すると
三日以内に商品が届きますので、こういう点に関しては「便利な世の中になったものだ・・」と
感心したりもします。
ヴィンセント・パーシケッティーは知る人ぞ知るアメリカの作曲家で日本での知名度は限りなく低いといえそうですけど、
私は大好きな作曲家の一人ですし、当ブログにおける「知る人ぞ知る歴史に埋もれた作曲家」シリーズの中では
ウィリアム・ウォルトンやアーノルド、ウィリアム・シューマンなどとあわせて結構頻繁に登場してくる作曲家でもあります。
パーシケッティーが逝去されたのは1987年でしたけど、そのニュースを知ったのは当時秋山紀夫さんの司会でお馴染みの
ラジオ番組の「ブラスの響き」のなかで「追悼・パーシケッティー特集」として取り上げられていた事なのですが、
パーシケッティーの死を知った時は3年後の同じくアメリカの偉大なる作曲家&指揮者のレナード・バーンスタイン以上の
衝撃があったものでした。
同様な事は1990年のコープランドのご逝去と1992年のウィリアム・シューマンの死の時もそうでした。
(不遜な話ですが、パーシケッティーとシューマンの死は自分自身の親の死よりも衝撃度は大きかったです・・)

パーシケッティーという名前を初めて知ったのは、過去記事でも書いた事がありますが、中学最後の吹奏楽コンクールの
県大会の時に自分達の中学の一つ前のチームが自由曲として演奏していたのがパーシケッティーの
「ああ、涼しい谷間」であったのですけど、コンクールの自由曲としてはほとんど盛り上がらず終始ゆったりとした音楽
なのですが、あのなんともいえない独特の洗練された響きと霊感に溢れた静けさに聞き惚れてしまい
思わず「あれれ・・次の出演はうちの学校だったけ・・??」と感じてしまったほどでもありました。
高校に入学して部員の中にマイナー吹奏楽作品にやたらと詳しい部員がいたので、彼に
「パーシケッティーって何者・・?」と質問したら、ハンスバーガー指揮のイーストマンウィンドアンサンブルによる
交響曲第6番・ディヴェルティメント・仮面舞踏会のレコードを貸してくれ、一度聴いてみたら目からウロコ・・という感じで
パーシケッティーの魅力にはまりこんでしまったものでした。
当時はどちらかというと当ブログの吹奏楽カテゴリは何度も取り上げた「吹奏楽のための仮面舞踏会」の難解な変奏曲の
響きに魅力を感じ(1980年の名古屋電気高校による全国大会での名演も素晴らしいものがありました)たものでしたが、
高校一年の時のコンクール自由曲がホルストの吹奏楽のための第一組曲ということで、
実はその時初めて音楽の「構成された形式美」の素晴らしさに気が付き、そうした音楽の構成美に対して更に大きな気づきを
もたらしてくれたのがパーシケッティーの交響曲第6番「吹奏楽のシンフォニー」作品69なのだと思います。
丁度その頃、秋山和慶指揮の東京佼成のレコードでもこのパーシケッティーの交響曲が収録されていて、
ますますこの曲の魅力に取りつかれてしまったという事になるのだと思います。
V.パーシケッティー / 交響曲第6番「吹奏楽のシンフォニー」作品69は一言で述べると短いながらも一つの宇宙が
曲の中に凝縮されていて、大変シンプルでわかりやすい構成をしているのに、曲想はとても斬新で
曲の隅々にまで霊感と才気煥発と創造力に溢れていて、聴く度に毎回毎回新しい発見をしてしまうといった曲と言えそうです。
パーシケッティーがこの交響曲を作曲したのが1960年代ということで、当時の音楽界は既に無調音楽的なわけのわからん
現代音楽に毒されていた時代だったと思いますが、まるで1920~30年代のストラヴィンスキーの新古典主義を
お手本にしたようにすら感じられる古典的形式を構成美を重視しつつも、やはり20世紀の作曲家らしいモダン作風に
打楽器重視のスタンスも感じられ、第一楽章の冒頭を三人の打楽器奏者によるドラムスの重なりに他の管楽器が
誘導されていくスタイルからもそうした形式美とモダンさの融合が感じられそうです。

吹奏楽のためのオリジナル作品としての「交響曲」というジャンルは最近では全然珍しくなく、
色々な作曲家もこのジャンルに手を付けているのは素晴らしい事だと思います。
別に管弦楽団だけが交響曲を奏でる資格を有している訳ではないと思います。
要は、管弦楽団でも吹奏楽団でも、その表現方法とそれを表現する楽器の種別の違いの問題であって、
表現する方法がたまたま管楽器+打楽器の吹奏楽であったという事で全然問題ないと思います。
管弦楽曲を吹奏楽にアレンジして別の表現方法を楽しむという事の是非とは次元が異なるのかなとも思います。
(さすがにディティユーの交響曲やシベリウスの交響曲などを吹奏楽にアレンジして演奏するのは無理がありそうです・・)

吹奏楽の交響曲の例として・・・

〇ジェイガー/吹奏楽のための交響曲第1番

〇バーンズ/交響曲第2番 同/第3番

〇フォーシェ/交響曲変ロ短調

〇オーエン=リード/交響曲「メキシコの祭り」

〇伊藤康英/交響曲

 ⇒確か二楽章構成だったと思います。異常に長いドラマチックな第一楽章と短めのアレグロの
  第二楽章で構成されています。東京佼成の東京文化会館での定期で初めて聴いて
  結構印象に残っています。

〇チャンス/管楽器と打楽器のための交響曲第2番

〇ギリングハム/管楽器と打楽器のための交響曲

〇メイ/交響曲第1番「指輪物語」 同/交響曲第2番「ビッグアップル」

〇ホエアー/ ストーンヘンジ交響曲

〇P.ヒンデミット/ コンサートバンドのための交響曲

などなど色々ありますし、すっかりコンサートやコンクールのレパートリーとして定着したものもあるとは思います。

個人的に一番大好きな吹奏楽の交響曲は、誰が何と言っても
パーシケッティーの交響曲第6番「吹奏楽のシンフォニー」に尽きると思います。

作曲は1956年ですけど、当時の吹奏楽はまだどちらかというとスーザでお馴染みのマーチとか
大学のフットボール等の応援等どちらかというと娯楽的作品が多かったようにも思えますが、ウインドアンサンブルの形式で
描かれた純粋に管楽器と打楽器のみの表現形態でも管弦楽の形式による一般的な交響曲に遜色ないばかりか
大変芸術性が高く管弦楽作品と比べても全く遜色のない完成度の高さの吹奏楽作品の交響曲と言う観点では
先駆的作品の一つとも言えそうです。

パーシケッティーは、管弦楽のための交響曲も色々と作曲していますし、
(交響曲第5番は、弦楽のためのシンフォニーというタイトルですけど、デュトワの指揮でCD化されていたと思います)
吹奏楽の分野でも「仮面舞踏会」・「ディヴェルティメント」・「ああ、涼しい谷間・「ページェント」・「パラブル」」など魅力的な作品を
残しています。

交響曲第6番は、前述の通り音楽解説書風に書くと「新古典主義」的な作風です。
4楽章構成で、演奏時間は約16分で各楽章が短めながらも、全て引き締まって書かれていて、音楽に全く無駄がないと
感じる作品でもあります。
曲自体、全ての楽章に何か「霊感的なもの」・「インスピレーション」を感じるほど
独創的なアィディアが詰まっていて、音楽のおもちゃ箱、宝石箱みたいな楽しさもそこにはあると思います。
全体を通して打楽器に動機の提示や展開を含む重要な役割が与えられているのが大きな特徴だと思います。
それを第一楽章の冒頭から三人の打楽器奏者による小太鼓・トムトムによって動機が提示され、それがホルンに
受け継がれていく当たりの手法は名人芸的なものすら感じてしまいます。
第一楽章の小太鼓・トムトムで表現される何かせわしい感じの一方で大らかな空気も感じ、
第二楽章の一転してゆったりとした祈りのような歌の世界にはこの世のものではない雰囲気感じますし、
中間部のユーフォニアムによる朗々としたたっぷりと歌い込んだソロはユーフォ奏者の腕の見せ所といえそうです。
第二楽章のあの朗々とした歌はパーシケッティ自身が作曲した聖歌・Round Me Falls the Night に基づいているそうです。
第三楽章の民謡を思い出させるようなしみじみとした歌とどこか懐かしい感じもします・・
第四楽章のメカニック的なアレグロなのですけど、突進する中にもスピード感や清涼感も感じ取ることが出来、
一気にクライマックスまで駆け上がります。

作風としては、確かに新古典主義時代のストラヴィンスキーにも何となく近いような印象もあるのですが、
やはり全編を通じてのあの「霊感」はさすがとしか言いようがないです。
打楽器も、目立ってはいるのですが決して派手と言う訳でもなく、
ティンパニ・大太鼓・小太鼓・シンバル・タンバリン・シロフォーン・トムトム程度しか使用していないのに
管楽器を引き立たせる香辛料としての役割もさりげなく果たしている所が心憎いです。

演奏は、断然何と言ってもハンスバーガー指揮/イーストマンが圧倒的お勧めです。
ライヴ録音とは思えない精密な作りに加えて、ライブ独特の高揚感も出ています。
他には、フェネルの東京佼成も素晴らしいし、秋山和慶さんの東京佼成の知的な響きも申し分ないです。
この曲、残念ながらコンクールではほとんどお目にかかりません・・・
強いて言うと、81年の関東大会銅賞の都留文科大学と82年の東京都大会銅賞の創価大学くらいかな・・
(都留文科の課題曲のイリュージョンの冒頭の外し具合は壮絶です・・ちなみにこのチームのパーシケッティーは
第三・第四楽章を演奏していました)

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最後に・・

この曲の打楽器奏者は作曲者の指定では3人となっていて、ティンパニ奏者も部分的にトムトムなど他の打楽器を
掛け持ちして演奏するという少し珍しい点もあったりもします。

ティンパニ奏者は管弦楽も吹奏楽も一般的にはティンパニのみを担当する事がほとんどなのでこうした掛け持ちし指定は
どちらかというと珍しいと言えそうです。
ロシアの作曲家の作風はプロコフィエフ・ショスタコーヴィッチ・チャイコフスキー等に代表されるように
「極端から極端へ」と作品の幅の広さは底なし沼のように深い気もします。
当ブログでもよく書いている事ですけど、例えばプロコフィエフも若い頃は例えば、交響曲第2~3番、スキタイ組曲、道化師等
かなりグロテスクで悪趣味極まりない曲を作曲したのかと思えば、ロシア復帰以降は、シンデレラ・ロメオとジュリエット・
ピーターと狼、交響曲第5番・ピアノソナタ7~9番(戦争ソナタ)などのように分かりやすくて親しみやすい曲を作曲していますし、
その最晩年は交響曲第7番「青春」というまるで幼少期を回顧するかのような甘いメロドラマのような曲を残し、
特に交響曲第2番と5番と7番が同じ作曲者であるとは到底思えないようなほどの違いというのか、
その作風の落差の大きさには唖然とさせられるものがあったりもします。
それはショスタコーヴィッチも似たような側面があり、「20世紀最大の名作交響曲」と誉れ高い交響曲第5番「革命」も
その一つ前のシンフォニーの交響曲第4番のまるでマーラーとシェーンベルクを足して二で割ったとした言いようがない
とてつもなく難解で抽象的な作品であった事を考えると、やはりその振り子の幅の大きさには呆然とするしかない・・という
感じなのだと思います。

そうしたロシア人作曲の作風のとてつもない変化という観点ではストラヴィンスキーの右に出る者はいないのかもしれないです。

ストラヴィンスキーは、火の鳥・ペトルーシュカ・春の祭典という三大バレエ作品でもって音楽史に名を残すことになり、
特にペトルーシュカの複調と春の祭典の野蛮極まりない原始主義(バーバリズム)は音楽史の上でも
光り輝くものが間違いなくあると思われます。

バレエ音楽「春の祭典」の初演時には、音楽史上最大級とも言える賛否両論の怒号が飛び交う大スキャンダルが
発生したと伝えられますが、確かに20世紀初頭のパリの聴衆の皆様にとっては、この精緻なリズムと音色ととてつもなく野蛮な
大音響が交錯する記念碑的な作品と初めて接した時には、確かに困惑と衝撃以外の何物でもなかったのかもしれないです。
21世紀の感覚で聴くと、インパクトという意味では今現在聴くと、「それほど驚くべきほどの音楽では無い」等色々な意見は
あると思いますし、当時ほどの新鮮さはないかもしれませんが、
後世に何かメモリアル的なものを残したという意味ではその意義は大きなものがあると言えるのだと思います。

ファゴットの最高音域の音で始まる出だしからして新鮮と異端さが混在したものもないのかもしれないです。
この曲は、「リズム感・躍動感・人間の本能としての生への意識というものが曲の隅から隅まで伝わってきていると思います。
CDで聴いても生で聴いても、その迫力・躍動感にはただただ脱帽するしかないと思います。
生で聴いてみると分るのですが、春の祭典はそれ程多種多様な打楽器を使用している訳ではありません。
ティンバニ・大太鼓・シンバル・ドラ・タンバリン・ギロ程度です。
管楽器も確かに大規模編成ですが、特に目立つ特殊楽器は使用していません。
それでもあれほどの圧倒的サウンドを出せるのですから、オーケストラは究極のシンセサイザーと言えるのかもしれないです。

この「春の祭典」は、もしかしたら、ハチャトゥーリアンの交響曲第3番「シンフォニーポエム」と同じように、人生に対して
暗さ・厭世観・絶望しか感じ取れない人たちには是非一度は聴いて欲しい曲なのかもしれないです。
春の祭典は、人間の本能から「とにかくどんなことがあっても生きろ!」というメッセージが伝わってきそうですし、
シンフォニーポエムは「明るい! そうだ! 全てが明るい!!」というウルトラ超前向きなメッセージとか伝わってきませんし、
とにかくあの大音響をボリュームいっぱい聴きまくれば、
「そのうちなにかいい事が起きるのかも・・それまでは出来る限りしっかりと生き抜こう!」という意欲が自然と湧き起こるのかも
しれないです。

そうした大音響と複雑で精緻極まりない「春の祭典」なのですけど、ストラヴィンスキー自体は、もしかしたらなのですけど
「こうした春の祭典みたいな路線は聴衆からもすぐに飽きられてしまうと予想されるし、二番煎じの曲もたくさん
出てくるだろう・・
その前に自分自身も春の祭典とは異なる路線をスタートさせないと、すぐにクラシック音楽界からは飽きられてしまう」という
想いもあったのかもしれないですし、
「春の祭典はあれはあれで一つの頂点なのだけど、ああいう路線を生涯貫き通すのは無理かもしれないし、
そろそろ何か新しい作風で新しい作曲家人生をスタートさせてみたい」という気持ちもあつたのかもしれないです。

そして春の祭典からわずか7年後の1920年に作曲されたバレエ音楽「プルチネルラ」でもってストラヴィンスキーは、
春の祭典に代表される原始主義路線から一転して新古典主義音楽へと転換を果たします。
ちなみに新古典主義とは、簡潔に言うと、18世紀の音楽の旋律と形式をそのまま使いながら、
新しい管弦楽法で音楽に新しい命を吹き込んだ音楽的路線を指すものであり、
従来のドイツの正統派の形式を重視した重厚な音楽でもないし、過度なロマンでもないし、
ドビュッシーやラヴェル等の印象派とも少し違うし、ストラヴィンスキーの原始主義とはかなりかけ離れたものでもありました。
ストラヴィンスキーの新古典主義は第二次世界大戦後の1950年代まで長期間続いていくのですけど、
晩年にはそうした新古典主義すらも超越したストラヴィンスキー独自の十二音技法に辿りついたりと、
その生涯においての作風の変化は凄まじいものがあり、ストラヴィンスキーがよく100の顔を持つ作曲家とかカメレオンと揶揄
されるのも作風の変化の唐突さと激しさがあるのかもしれないです。

ストラヴィンスキーが春の祭典という原始主義を乗り越えて新古典主義という新しい作風に突入していったのは
上記で書いた通り1920年頃のバレエ音楽「プルチネルラ」なのですけど、
原始主義と新古典主義の橋渡しという点で注目したい曲がストラヴィンスキーが1920年に作曲した
管楽器のためのシンフォニーズです。
ストラヴィンスキーの交響曲と言うと詩編交響曲と3楽章の交響曲が双璧ともいえる名作なのかもしれないですし、
管楽器のためのシンフォニーズは曲が短いせいもありますし、後述しますけど楽器編成が極めて特殊であるため、
この曲の認知度も評価も決して高いものではないのかもしれないです。

管楽器のためのシンフォニーズはタイトルでも示されている通り、楽器編成にヴァイオリン等の弦楽器は含まれて
おりません。
打楽器も使用されていませんし、木管楽器と金管楽器からのみで構成されている9分程度の単一楽章の曲です。
使用楽器は、フルート:3 ピッコロ:1(3番フルート持ち替え)、アルトフルート:1、オーボエ:2、コールアングレ:1
クラリネット:2、アルトクラリネット:1、ファゴット:3 コントラファゴット:1(3番ファゴット持ち替え)
ホルン:4、トランペット:3、トロンボーン:3、テューバ:1 となっていて
スコアの上では管楽器奏者は26名です。
この編成にはサックスセクションやユーフォニアムといった吹奏楽固有の楽器は入っていませんけど、
理屈の上ではこの編成でもって吹奏楽コンクールの小編成部門(昔ながらの表現ではB編成)に出場する事も
可能と言えば可能なのかもしれないですね。
(もちろん、この曲を自由曲にしての吹奏楽コンクール参加の事例は私がしる限りにおいてはゼロです)
こうした管楽器のみの編成は一般的には、色彩感・華やかさ・明るさ・派手な雰囲気に溢れるとは思いますけど、
この「管楽器のためのシンフォニーズ」にはそうした要素はほぼ皆無です。
全体的に難解な響きで渋くて「結局、何をいいたいのだろう・・?」という謎要素の多い曲のようにも感じられたりもします。
一度この曲は確か東京佼成の定期演奏会で耳にした事がありましたけど、そうした印象は生演奏で聴いても
同じだったと思います。
余談ですけどストラヴィンスキーのピアノ協奏曲の編成もやはり吹奏楽的で、編成に弦楽器奏者はいなくて、
ソロピアノと管楽器とティンパニとコントラバスのみで構成されています。

この曲は元々はC.ドビュッシーへの追悼音楽として作曲された経緯があります。

上記にて原始主義と新古典主義の橋渡し的な役割も担っていると書きましたけど、
春の祭典でも見られたロシアの民族音楽を連想させる不規則なリズム構造と
厳粛で規則正しい雰囲気という相矛盾する要素が一つの短いシンフォニーの中に盛り込まれ、この二つの要素は
それほど融合はしていなくてむしろ衝突しあっているようにも感じられ、
そうした事が原始主義路線から新古典主義路線へま橋渡しと感じさせる要因なのかもしれないです。
ファンファーレと厳粛なコラールの交替で曲は進行していきますけど、冒頭のつんざくような木管楽器の響きと
後半の渋いコラールが音楽の共鳴・響きという点では大変面白いと感じます。
冒頭の木管のつんざくようなファンファーレ的なもの、小コラール、民謡風のもの等小さなシンフォニアの構成なのですけど、
構成がしっかりしている点は古典的であり、時に見られる激しい和音のぶつかりあいは原始主義に近い感じもあり、
やはりこの曲は橋渡し的な曲と言えるのだと思います。
そしてどちらかというと「音の響き」そのものを楽しむというのか、管楽器同士の繊細な響きを感じ取ってほしいという
ストラヴィンスキーの意図も多少はあるのかもしれないです。

ただやっぱりこの手の曲は聴衆のウケはよくないようですね~

この曲の初演の前に演奏された曲がリムスキー・コルサコフの歌劇「金鶏」~行進曲という派でな曲であったのも
よくなかったのかもしれないですし、
前述の通り、この曲には弦楽器奏者はいませんので、金鶏の演奏が終わったと同時に弦楽器奏者は舞台裏に退出し、
通常は弦楽器の後方に配置されている管楽器奏者たちが指揮者の位置からはそのまま遠い位置に配置されたままの状態で
初演時の指揮者のクーセヴィッキーがむきになって指揮者から遠く離れた管楽器奏者たちに指示を出し続けてしまい、
結果的に指揮者と演奏者が少し乖離したような演奏になってしまい、
元々曲自体盛大に盛り上がる箇所もないせいもあり、演奏終了後の聴衆の反応は冷淡極まりないものがあったそうで、
ストラヴィンスキーは相当ガッカリしたそうです・・

この曲をCDで聴く場合、お勧めしたいのは、ストラヴィンスキーの火の鳥(全曲版)とバルトークの舞踏組曲がカップリングされた
フランツ・ ウェルザー=メスト指揮、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽が素晴らしいと思います。



ストラヴィンスキーの「管楽器のためのシンフォニーズ」は木管楽器・金管楽器の名人芸的で繊細な響きを楽しむという
曲でもあるのですけど、この曲に関しては個人的にはフルートとファゴットの使用方法が実に巧みなような印象もあります。

ららマジ器楽部のファゴット担当は橘レイナです。

アルトサックス担当の橘アンナは、レイナの双子の姉の方です。

橘レイナは、橘姉妹のミステリアスな可愛いお姉さんの方でしてアンナの双子の妹の方です。
バトル時の武器はファゴット型の狙撃銃で、複数の銃を同時に発射することもできるそうです。

お顔は双子という事でアンナとかなり似ている雰囲気もありますけど、アンナがボーイッシュな雰囲気なのに対して、
レイナの方はいかにも女の子という感じで、かわいらしい!というオーラに溢れていると思います。

管楽器のためのシンフォニーズではファゴットは3本、コントラファゴットは1本使用されていますけど、ららマジ器楽部の
ファゴット奏者は橘レイナ1名だけですので、この曲本来の響きの再現は難しいのかもしれないですけど、
それでもなんとかしてしまうららマジ器楽部なら別の表現が可能なのかもしれないです。

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ららマジ器楽部のフルート奏者の結城菜々美は「ど根性で乗り切るぞ!期待の新人!」というのが売りの
ふわふわ熱血少女です~♪

明るく素直で、誰とでも仲良くなれるタイプで、根性さえあれば何でもできると考えている熱血系根性論者でもあり、
ときに無鉄砲な行動に出ることも多々あります。
音楽家の両親の影響で物心つく前からフルートに触れており、幼少期から数々のコンサートで最優秀賞を総なめ状態で
周囲から神童と呼ばれていましたけど、とある出来事により挫折してしまう過去の傷もあったりします。

根性論者、肉好き、運動神経抜群という側面と見た目のふわふわ~っとしたかわいらしさのギャップが
結城菜々美の際だの魅力なのかもしれないです。
灰色のニーハイを常に着用していて、ららマジの中ではすてきな絶対領域の持ち主であるのも大変素晴らしいですね~♪

管楽器のためのシンフォニーズではフルートは3本、ピッコロは1本使用されていますけど、ららマジ器楽部の
フルート奏者は結城菜々美1名だけですので、この曲本来の響きの再現は難しいのかもしれないですけど、
亜美ちゃんというピッコロ奏者も実はいたりもしますので、
それでもなんとかしてしまうららマジ器楽部なら別の表現が可能なのかもしれないです。
R.シェルダンというと現在の吹奏楽コンクールの位置づけで言うとスクールバンドの小編成部門においては
自由曲のレパートリーとして欠かす事の出来ない存在と言えるのだと思います。
シェルドンは私が現役の高校生あたりの1980年代前半において、
その作品がぼちぼちと自由曲として取り上げられていましたけど、最初にシェルダンの名前を世に知らせしめた曲が
1982年のソニーの「自由曲集82」のレコードにも収録されていたフォールリバー序曲ではないのかなと思ったりもします。

シェルドンと言うと私の中では、

〇南西部の伝説

〇マナティー・リリック序曲

〇フォールリヴァー序曲

〇飛行の幻想

〇ダンス・セレスティアーレ

〇入り江の風景

〇ウエストハイランドの想い出

といったオリジナル作品を思い浮かべます。

私が高校3年の時の高校最後の吹奏楽コンクールの時には、前年と前々年が県大会・金賞を飾っていて
「高校生活最後の年も出来れば金賞で締めたいし県代表として東北大会に出場出来ればもっと嬉しい~!」と思っていましたけど
結果はダメ金どころか銀賞で終わってしまい、その際に私の高校を抑えて金賞・東北大会代表に輝いていた学校の自由曲が
ストラヴゥイスキーのバレエ組曲「火の鳥」であり、もう一つのダメ金がシェルドンのフォールリバー序曲でもありましたので、
シェルドンの名前を聞くと当時の悔しかった記憶が何か今でも鮮やかに思い出してしまいます・・

R.シェルドンは生まれは1954年で現在でも現役の作曲家です。
シェルドンは吹奏楽コンクールやコンサートでは今現在も演奏され続けている作曲家であり、確かに大編成・A部門や
支部大会・全国大会では演奏される頻度はそれほど多くは無いと言えるのかもしれないですけど、
前述の通り、今現在においてもスクールバンドの小編成部門においては欠かす事の出来ない作曲家の一人だと思います。

ここ最近の吹奏楽コンクールの小編成部門・B部門で演奏されたシェルドンの曲としては、

〇 メトロプレックス〜マンハッタンからの3枚の絵葉書〜

〇 アート・イン・ザ・パーク

〇 ヒル・カントリーの休日

〇 パイアサの飛翔

あたりが大変印象的ですし、あくまで私個人としては「メトロプレックス〜マンハッタンからの3枚の絵葉書〜 」は
素晴らしい作品だと思いますし、この曲は中学校A部門として全国大会で演奏されても
かなりの演奏効果はあるように感じられます。

シェルドンと言うと、私にとってはなんといっても「ダンス・セレスティアーレ」です~♪
この曲とっても大好きです!
技術的にもそれほど難しくないですし、曲の構成はリードやスウェアリンジェンの序曲のように
A-B-Aの三部構成と大変シンブルな構造と大変分かりやすく、
メロディーが実にかっこよくて親しみがあってすんなりと頭に入ってきます。
冒頭の金管セクションの高らかな感じがとても素晴らしいですし、中間部のうっとりするようなロマンチックさも素晴らしいです!
ラストも華麗に楽しく閉じられますし、演奏時間は7分半程度なのですけど、全く飽きる事はなく
あっという間に終わるような感じもします。
全体的には高揚感と上品で洗練されたダンスを感じさせてくれていると思います。

この「ダンス・セレスティアーレ」が特筆されるべき点は、シェルドンの曲の中で2019年時点で唯一全国大会で
演奏された曲であったりもします。
それは1990年の一般の部の春日市民吹奏楽団でしたけど、単純で技術的に平易なこの曲で
全国大会にまで駒を進めてきたことは当時正直驚きましたし、私の吹奏楽仲間でも結構話題になっていました。
演奏自体は意外と単調で淡々と曲が進行しているようにも感じられ、中間部も少しだれてしまったのですけど、
全体的には音色が洗練されていて音楽自体は生き生きと躍動していたと思います。
春日市民吹奏楽団は、1986年と89年にタルの「アコラーデ」・「儀式のための音楽」という
正直あまりよく分からないし大して面白くも無い曲を演奏した際は無味乾燥な印象を与えるのですけど、
90年のダンス・セレスティアーレとか87年のジェイガーのヒロイック・サガみたいに
メロディーラインがしっかりとした曲の際は大変生き生きと躍動的な演奏を聴かせてくれていたと思います。
ちなみに90年の春日市民吹奏楽団のダンス・セレスティアーレは私的には銀と銅のボーダーかなと思っていたら、
なんとかスレスレで銀賞にすべりこんでくれましたのでホッ・・としたものでした。

ダンス・セレスティアーレは、1990年の都大会で品川女子学院が演奏していましたけど、
当日の土砂降り天候の大雨のように惨憺たる事故みたいな演奏でした・・
ただ品川女学院というと都内ではひときわ目立っている正統派のセーラー服の制服でもありましたので、
普門館のステージにああいう純白のセーラー服のJKさんが演奏している光景は見ているだけで大変気持ちがいいですし、
心情的には「コールド金賞!」とコールしたい気持ちで一杯だったりします・・
ダンス・セレスティアーレで一つ忘れられない演奏がありまして、それが何かと言うと
1994年の関東大会・大学の部の中央学院大学でした。
この年は課題曲がどれも長いものばかりで
中央学院大学もダンス・セレスティアーレをかなり強引にカットして演奏し少し興ざめみたいな感じも確かにあるのですけど、
サックスセクションの輝かしい音色とか、少々とちりながらも勢いと輝きのある音色で魅了させてくれたトランペットの活躍もあり、
私は結構好きな演奏でした。
94年の各代表校は自由曲を4~5分程度にまとめないといけないから大変なものはあったと思いますけど、
この中では筑波大学のアイヴズの「カントリーバンドマーチ」や文教大学のミシシッピ組曲~Ⅳ.マナディ・グラの選曲は
大変センスが優れていたと思います。

ダンス・セレスティアーレは、CDでは「吹奏楽ベストセレクション90」にも収録されています。

出来ればこの曲、もう一度生で聴いてみたいものです。
コンサートのオープニング曲にはもってこいの曲だとは思いますけどね~♪



上記で全国大会がちらっとでてきましたけど、
2020年の吹奏楽コンクールは地区・県・支部・全国と全て中止なってしまいましたけど、奏者の皆様の失意を考えると
本当にいたたまれないものがありますけど、同時に聴き手にとってもコンクールでの「12分間のステージにすべてをかけてきた」
奏者の熱い演奏を聴く事ができなかったのは大変残念なものです。

そうした意味において、昨年度はは無事に吹奏楽コンクールが制約付であっても開催できた事は本当に何よりでした!
本日はクリスマスイブです!

クラシック音楽・吹奏楽の分野で「クリスマス」を眺めてみると、宗教音楽とか教会音楽を別にすると
意外と思い浮かぶ曲がないです。
一番メジャーな曲はチャイコフスキーのバレエ音楽「くるみ割り人形」なのかもしれないですし、特にその中でも
「花のワルツ」はクリスマス音楽の定番の曲なのかもしれないです。
その他には、G.F.ヘンデル作曲のオラトリオ「メサイア」よりハレルヤコーラスとか
ルロイ・アンダーソンの「そりすべり」とかシューベルトのアヴェ・マリア とか
コレルリの合奏協奏曲第8番ト短調「クリスマス協奏曲」あたりが思い浮かびます。

そして吹奏楽オリジナル作品の世界では、真っ先に思い浮かぶのは、リードの「ロシアのクリスマス音楽」だと思います。

リードの初期作品というと、サスカッチアンの山・音楽祭のプレリュード・インペラトリクス・ジュビラント序曲といった曲を
思い出しますが、これらの曲は実は全て第二次世界大戦後に作曲されたものばかりです。
私自身「ロシアのクリスマス音楽」というとあの重厚長大な荘厳で厳粛な大曲というイメージがあり
「アルメニアンダンス以降の中期以降の作品なのかな・・?」と思っていたのですけど、実はこの曲は、
第二次世界大戦前に作曲されたリードとしては初期も初期・・最初期といっても過言ではないある意味若書きの曲だと
言えると思います。

第二次世界大戦中の1944年に、コロラド州デンバーでの市の主催によって「アメリカとロシアの音楽の夕べ」が開催され、
このコンサートのためにリードがロシアの主題を用いた曲を作曲する事を委嘱され、ロシア系教会からコラール集を借り、
その中から幾つかの主題を用いて作曲されたのが「ロシアのクリスマス音楽」です。
そしてコロラド州の空軍バンド・陸軍バンドの選抜チームによって構成されたチームによって初演が果たされています。
とてつもない大曲なのにわずか11日間で作曲されたというエピソードも残されているのですけど、
曲自体は後年の「エルサレム讃歌」に匹敵する名曲の大作だと思います。
(私自身、リードの四大名曲は、アルメニアンダンスパートⅠ・オセロ・第二組曲・エルサレム讃歌だと思っています・・)
「ロシアの教会音楽」は続けて演奏される4つの部分から構成されていて、
ロシア正教のクリスマスのコラール「Carol of the Little Russian Children」と、
東方正教の奉神礼音楽にヒントを得たと思われるようなリード自身のオリジナルのメロディーから主に着想されています。
子供のキャロル・交誦歌・村の歌・教会の合唱といったロシアの伝統的なメロディーが取り入れられ、ここにリード自身の
若き頃の鋭い感性が加わり、特に終盤においては劇的な感動をもたらしてくれています。

この曲、冒頭がチャイムの静粛な音から開始されゆったりとしたうねりの雰囲気から曲が始まっていくのですけど、
そのうねりの部分はいかにも「ロシアの寒くて厳しい冬の空」みたいな空気感が漂っていると思いますし、
このもっさりとした部分はいかにも「ロシアの憂鬱」という雰囲気なのだと思います。
(印象としてはチャイコフスキーの交響曲第1番「冬の日の幻想」に近いものがあるのかもしれないです・・)
そしてそこから曲がかなり盛り上がっていき一旦壮大なクライマックスが構築されていきます。
そして曲が一旦静粛な雰囲気に戻り、最後は壮大な盛り上がりを見せていき、クライマックスのあの壮大な頂点の響きは
感動の極みだと思います!
しっとりとした静粛な部分のコールアングレのソロは素晴らしいですね!
私的にはあのクライマックスが展開される直前にチャイムが連打され厳粛に鳴り響いている中のトロンボーンセクションによる
音のはもりと重なりの部分は大好きです!
あのトロンボーンのはもりを聴くたびに続々とさせられるものがあります。
美しさと静けさ、おおらかさと激しさが見事に調和した大作と言えると思います。

全体的には「少ししつこいのかも・・?」と感じられなくもないです。
要はクライマックスが曲の中に2回登場するのですけど、2回とも主旋律がほぼ同じですので聴き方によっては
「同じことの繰り返し」みたいに聴こえるのかもしれないですけど、
ロシアというとそうした野暮ったさも一つのイメージだとも思えますので、そうしたくどさは聴いている分には大して影響は
ないと思います。
吹奏楽コンクール的には「反復部分をカットできるから尺的にはちょうどいい」という感じになるのかもしれないです。
むしろ指揮者の解釈でそうしたくどさは逆に面白い表現もできるのではないのかなとも思ったりもします。

この曲の全国大会初演は確か郡山吹奏楽団だったと思います。
初期の頃、この曲はなぜか「ロシアの教会音楽」と表記されていたと思います。
(ソニーのレコードの中に入っている出場チームの課題曲自由曲と評価を記した資料には「ロシアの教会音楽」と
表記されていたと思います)
この曲は、札幌交響吹奏楽団が全国大会で三回も取り上げていますが、失格1 銀1 銅1とあまり良い成績を出していません。
個人的には、1991年の広島での演奏は渋くて良い出来だと感じています。
札幌交響吹奏楽団には、1988年~94年前後に素晴らしいユーフォにアム奏者が在籍されていて
88年のタンホイザーとか、92年のカルミナ・プラーナで素晴らしいソロを披露してくれていますけど、91年はリードのオリジナル曲
ということで大してユーフォが目立つ場面もなく「もったいないなぁ・・」と感じたものでした。
全般的にこのチームは、サウンドがぼやけているというか切れ味が鋭くないというか
よく言うと「おっとり」しているのが特徴なのかな・・?と感じます。

札幌交響以外では88年の神戸中も比較的良い演奏だったと思います。
知る人はあまりいないと思いますが、1985年の東海大会での光が丘女子もスケールの大きな素晴らしい演奏でした。

この曲は、全国大会で金賞を受賞したチームはゼロです。
81年の札幌交響と初演の郡山以外は全て銅賞という評価だったと思います。

それだけ奥が深いというべきなのか、表現が意外と難しいというのか、
作曲者のリードが東京佼成を指揮した自作自演の演奏のような感動的なクライマックスがなかなかコンクール本番で
発揮しにくいというのか思ったほどは演奏効果が上がりにくい曲といえるのかもしれないですね。
リードが1981年に東京佼成を自作自演した録音は、当時としてはこの曲のプロの吹奏楽団によるノーカット全曲録音が
なかっただけに極めて貴重だっと思います。
当時同時に収録されていた曲がリードの第二組曲でしたので、当時としては満を持して登場したレコードと言えそうです。

リードの宗教関連を題材にした音楽というと「法華経からの三つの啓示」という曲がメジャーだとも思われるのですけど、
あれはなんとなくですけど、リード自身が東京佼成WOにお世話になっている・・」みたいなちょとスケベ心も
あるんじゃないの・・?何てことを言われる方もいたりもしますけど(汗・・)
私自身はリードの宗教関連に題材を求めたオリジナル作品というと、派手な外面的効果という意味では「エルサレム讃歌」を、
そして内省的な効果を求めたい方にはこの「ロシアのクリスマス音楽」をお勧めさせて頂きたいと思います。

こうしたクリスマスイヴの日にこうしたちょっと渋い音楽を聴いて身も心も浄化させるのも悪くはないと思います。

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「ロシアのクリスマス音楽」の聴きどころは私的には二つほどありまして、一つが中間部のしっとりとしたコールアングレのソロ、
そして二つ目は終盤の壮大なクライマックスへと導くグロッケンシュピールとコンサートチャイムによる教会の鐘の音を
イメージさせた清楚で美しい可憐な響きだと思います。
特に終盤のグロッケンシュピールとコンサートチャイムの二人の奏者は部分的にソロにも近いような響きを奏でていますので、
腕の見せ所といえそうです。

ららマジで、グロッケンシュピール(鉄琴)を担当している高校3年生の女の子は、神代結菜お姉さまです~♪
神代結菜は器楽部創立メンバーの一人でもあります。

余裕たっぷりの柔らかな物腰、豊満なスタイルと、まさしくお姉さまといったタイプのすてきなJKさんですけど、
その醸し出される大人の魅力は、主人公のプレイヤーすらも惑わせてしまう魅力なのだと思います。
だけど昔から優雅ですてきなお姉さまだったという訳ではなくて、実は昔は孤独にさい悩まされ、心も荒んで荒れていた時期も
あったとの事で、その意味では酸いも甘いもわかるすてきなお姉さまという事なのだと思います。

誰にでも分け隔てなく優しく接しますけど、以前の孤独の反動からなのか好意を抱いた相手には
少々暴走気味な愛情表現を見せることもあるそうでして、
マイペースすぎるあまり、時に理由なく学校をサボるという悪癖もあるそうです。

意外にも実は器楽部の部内でトップクラスの怪力の持ち主であったりもしまして、林檎を片手で握り潰せる七瀬沙希を
圧倒するほどの怪力でもあるそうです。

そうした神代結菜お姉さまが奏でるグロッケンとチャイムの清楚な響きを聴いて、クリスマス気分を清らかな気持ちで
楽しむ事ができたら最高ですね~♪
昨年・・、2020年の冬至は12月21日でしたけど、今年・・2021年の冬至は明日の12月22日です。

冬至は毎年同じ日という訳ではなくて、12月21日と12月22日の2パターンがあるようです。
(稀に1920年のように12月23日が冬至ということもあったようです)

冬至が過ぎてしまうと、クリスマス~お正月の準備~大晦日とあっという間に一年が駆け足で 過ぎていきそうな気がして
ならないです。

冬至とは一年で昼が最も短い日で、北半球において太陽の位置が1年で最も低くなる日で、日照時間が最も短くなります。
太陽の位置が1年で最も高くなる夏至と日照時間を比べると、
北海道の根室で約6時間半、東京で約4時間40分もの差があるとの事です。
そして冬至とは具体的にもっとわかりやすく言うと、一年の中でもっとも日照時間が短い日の事を指します。
感覚的には、一年で最も寒い時期が2月だから一年で最も日照時間が短そうな時期って1~2月というイメージも
ありそうなのですけど、実際は12月というのも子供の頃には意外に感じていたものです。

さてさて、冬至とか夜明けというワードを耳にすると、思い出してしまう吹奏楽オリジナル作品が一つあったりします。
それがホヘアー作曲交響曲第1番「ストーンヘンジ」です。
この曲以前は「ストーンヘンジ交響曲」と表記されていましたけど、
ストーンヘンジの作曲以降、交響曲第2~4番が作曲されて、
交響曲第1番「ストーンヘンジ」というタイトルに変更されたという経緯があったりもします。

ホエアーという作曲家は、もう日本の吹奏楽界では忘れられた作曲家になってしまうのかもしれないです。
この作曲家の曲が吹奏楽コンクールでは、もうほとんど聴かれなくなったのは少し寂しい気持ちもあったりします。
私が中学~高校の頃は、ホヘアーというと、このストーンヘンジ交響曲以外においては、

〇ペレロフォン序曲

〇セレブレーション21
 →1981年の都大会で瑞穂青少年吹奏楽団の超名演があったりもします。
  ちなみにあの年の演奏が結果的に瑞穂青少年吹奏楽団最後の普門館での支部大会・全国大会の演奏になりました。 
  余談ですけど、1989年の都大会一般の部予選会は霊友会小谷ホールで開催され、あの時の瑞穂はワーグナーの
  歌劇「タンホイザー」序曲で出場し銀賞を獲得しましたが、もしかしたらあの演奏が2020年現在で瑞穂の最後のコンクール
  演奏になっているのかもしれないです。

〇エルシノア城序曲

といった曲が大変記憶に残っています。1970年代の頃ですとエルシノア城序曲は支部大会でもかなり演奏されていたと
思います。

ストーンヘンジ交響曲は、 イギリスの平原の中にあるサークル上の巨石遺跡をテーマにした交響曲なのですけど、
どちらかというと、具体的なイメージに基づく音楽的風景と言うものではなくて、
イメージとか雰囲気に基づいた曲と言えます。
ストーンヘンジ遺跡は、夏至の日の太陽がまっすぐに祭壇石を照らすと言われていますけど、
そうした太古の昔の人達の儀式とかを抽象的に描いた作品とも言えます。

過大評価すれば、吹奏楽版「春の祭典」と言ってもいいのかもしれませんね。
私の感覚としては、ストーンヘンジ交響曲の第三曲の「いけにえ」とストラヴィンスキーの「春の祭典」第Ⅱ部~いけにえは
もちろん作風も表現スタイルも全然異なるのですけど、伝えたい事はどちらの曲も「なんか似ているよね・・」と
感じてしまいます。

このホヘアーの交響曲第1番「ストーンヘンジ」は、以下の三つの楽章から構成されます。

Ⅰ.冬至の日の夜明け

 コンクールのプログラムや文献では、「冬至」と書かれていたり、「夜明け」と表記されていたり、
 「冬至の日の夜明け」と記されていたり、不統一な感じもします。
 私の感覚的には「冬至の日の夜明け」という表題の方が厳格さ・冷たさ・自然と神への畏敬という雰囲気が
 よりイメージされやすいようにも感じます。
 導入部分は、ウインド・マシーンが荒涼とした平原を吹きわたる風を表現し、
 断片的 に加わる管楽器や打楽器が神秘的なムードを醸し出しています。
 途中、ややテンポを上 げたところで音楽は大きく盛り上がり、ホルン、そして木管楽器による叫びが聞こえ ます。
 その後、神秘的なムードが再現され、曲は静かに閉じられます。

Ⅱ.招魂

 第一楽章からのアタッカで始まり、打楽器が刻む行進曲風のリズムにホルンの ファンファーレ風のフレーズに
 呼応するようにトロンボーンとユーフォニアムの ユニゾンがテーマを歌いだしていきます。
 その後、少しテンポを上げ、トムトムの刻む リズムに乗って鼓動は高まりますけど、
 やがて速度を落とすと、オーボエがそれまでの雰囲気とは対照的に女神のような慈愛みたいな雰囲気の音楽が
 奏でられていきます。
 全体的には、古代の神や魂を呼び起こす情景を描いた音楽と言えると思います。

Ⅲ.いけにえ

 曲全体を一言で言うと、とにかく打楽器の数が多いだけではなくて打楽器が最初から最後まで大活躍をします。
 躍動感溢れるリズムの歯切れ良さと金管楽器の爆発は、大変迫力があります。
 ミステリアスな部分と金管楽器が咆哮する大変スケールの大きな部分の落差と言うか
 そのダイナミックスレンジの幅がかなり広いのが大変印象的です。
 全体的に躍動感が素晴らしい曲だと思います。
 私の個人的な感覚では、「非常にメカニックな曲」と感じています。
 抒情的な雰囲気はそれほど感じないのですけど、
 迫力と明暗の対比を音楽に求めるならば、これほどうってつけの交響曲はないと思います。
 機械的な精緻な雰囲気が極限にまで拡大しているという印象も感じられたりもします。
 第一楽章と第三楽章のラストでウインドマシーンが登場し、
 曲全体のラストもウインドマシーンによる風の音で静かに閉じられますけど
 この「寂寥感」が何とも言えないと思います。
 
本日のような冬至の日は、第一楽章前半とか第三楽章のラストの静粛さと荘厳さが雰囲気に相応しい感じもありそうです。

この曲は全国大会では一度しか演奏されていませんけど、この唯一の演奏がとてつもない名演だと思います。
それが1980年の天理高校なのですけど、
この時の天理は、珍しくも完全にあっちの世界にいっちゃっているような感じもあったりもします。
新子先生の天理高校というと大変知的で理性的という印象が強いのですけど、この年に限っては
「狂気」という側面がかなり濃厚に出されていると感じられます。
この年の天理の課題曲D/オーバー・ザ・ギャラクシーが大変理性的に精緻に表現しているのとは対照的に
自由曲のこの「ストーンヘンジ交響曲」は、感情や本能が命ずるままに自由に吹いているという印象が大変強いと思います。
ややヒステリックでクリスタルみたいな音質のトランペットセクションが気になりますが、
全体的には迫力満点の素晴らしい演奏です。
強いて難を言うと、ウィンドマシーンの効果は今一つのように感じるのですけど、後から聞いた話では、
天理はラストの場面ではあえてウインドマシーンを使用せず、楽器の口ではなくて楽器そのものに息を吹きかけて
「風」の音を表現したとの事ですけど、理性的と熱狂がうまくミックスしたと素晴らしい演奏だと思います。

全体的には、天理の「圧倒的な演奏技術の高さ」が一つの極限にまで達したようにすら感じられます。
全体を通して、「情緒」というものよりも、何となく「機械的表現」重視という感じもするのですが、
極めて冷静に知的に処理していたと思います。
技術的には一つの完成と言っても過言ではないと思います。
この曲は、前述の通り、吹奏楽版「春の祭典」といってもいい曲なのかもしれませんけど、
いかにも「いけにえの踊り」という感覚をよく表現していたと思います。
課題曲同様、金管の音が少々硬いものの、全体的に精密な設計図を寸分違わず施工しているという感じがします。
クライマックスのすさまじいfffもお見事!!
ラストの静粛も息を秘める緊張感が漲っていたと思います。

この交響曲、木村吉宏指揮/大阪音楽団の演奏で「吹奏楽・交響曲シリーズ」として発売された時は、
本当に私は狂喜乱舞したものです。
こうした知る人ぞ知る埋もれたマイナー名曲シンフォニーをああやって「陽の目」を当ててくれた功績は
かなり大きいと言えると思います。
天理の選曲はどちらかというと、スタンダードで正統派の曲を真正面から正攻法で捉えるパターンが多いと思うのですけど、
そうした天理の歴史の中でも、こういうマイナーなんだけど「埋もれた名作」を取り上げてくれることは
今にして思うと大変貴重だったのではないかと思います。


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参考までに、上記画像は「ウインドマシーン」という人口風製造機みたいな特殊打楽器です。

円形のドラムを回転させ布を接触させ、その摩擦音を風の効果音として人工的に作り上げています。
ドラムの回転速度によって音に強弱がつけられたりもします。

このウインドマシーンが効果的に使用された事例としては、ストーンヘンジ交響曲以外では、管弦楽作品においては、
R.シュトラウスのアルプス交響曲とグローフェの組曲「グランドキャニオン」、ヴォーン・ウィリアムズの南極交響曲が
挙げられ、吹奏楽ではスパークの「宇宙の音楽」において効果的に使用されています。

こうした冬至の日には、天理高校か大阪音楽団の交響曲第1番「ストーンヘンジ」でも聴いて、祖先の魂とか自然への畏敬を
感じてみたいものですね~♪
「海」をモチーフにした管弦楽曲と言うと誰がなんといってもC.ドビュッシーの管弦楽のための三つの交響的素描「海」に
尽きると思いますし、ドビュッシーの「海」は全人類の宝物であり後世に絶対に受け継がれてほしい音楽だと思います。
吹奏楽オリジナル作品で「海」というと、私よりも一回り上の世代の皆様ですとラ・ガッシーの「海の肖像」を推される方も
多いとは思いますし、逆に私よりも一回り下の世代の皆様ですとR.スミスの「海の男たちの歌」を推される方は
多いのかもしれないです。
そして私の世代で海をモチーフにした吹奏楽オリジナル作品というとR.ミッチェルの「海のうた」を推される方は多いと
思いますし、事実私自身も高校2年の定期演奏会の吹奏楽オリジナル作品ステージの2曲目で演奏したのがこのミッチェルの
「海のうた」でもありました。
(ちなもにこの時のオリジナル作品ステージで演奏した曲はリードの「ジュビラント序曲」と同じくリードの第二組曲でした!)
余談ですけど、これまで支部大会でわずか2チームだけですけど、トーマス・ノックスという方の「海の歌」という曲を
聴いた事があるのですけど、
(具体的には1986年の関西大会の奈良コンサートファミリーの演奏のカスタムテープと1989年の都大会での創価大学の演奏)
ノックスの海の歌は構成が大変しっかりしていて聴き応えもありましたけど、誰もこの曲の事を取り上げないし
私もこの曲に関しては何一つ情報がないです。
ノックスの「海の歌」について誰が詳しく知っている人がいらっしゃれば教えて頂ければ幸いです。

R.ミッチェルの吹奏楽オリジナル作品というのは全体的に派手さは無いけどしっとりとした歌心を感じ、
メロディーラインが単純なのだけと「どこかで聴いたことがある音楽」といったようななんとなく懐かしい部分があり、
そのしっとりとした歌にしんみりとさせられるものが多々あると思います。
日本の高齢者の方たちが「日本の演歌」を好むのと同じような感覚と言うのか、
ミッチェルのあのメロディーにはどこか演歌っぽい「お涙ちょうだい・・」みたいなメロディーラインがあるように思え、
あの演歌っぽいノリの音楽にはどこか共感を覚えます。
そして似たような傾向の曲として推したいのがジェイガーの「シンフォニアノビリシマ」だと思います。

私、実はミッチェルの作品とはかなり深い縁がありまして、
ミッチェルの曲は、高校~大学時代に何と4曲も吹いています。
高校時代の定期演奏会で、2年の時に「海のうた」を吹き、そして翌年の3年の時には「コンサート・ミニアチュア」を演奏し、
大学時代の定期演奏会とチャリティーコンサートで、「大草原の歌」と「序奏とファンタジア」を演奏した事があります。
ミッチェルの吹奏楽作品と言うと、上記の他には
序曲「スターフライト」・「祝典讃歌」ぐらいしか私は知りませんので、私は、ミッチェルのメジャーな作品はほとんど過去に
吹いていると言えるのかもしれないです!
一人の作曲家の曲を複数曲吹いた経験があるというのは他の作曲家としては
リードの「アルメニアンダンスパートⅠ」・「ジュビラント序曲」・第二組曲・序曲「インペラトリクス」 ぐらいだと思います。
(リードというとオセロとエルサレム讃歌は一度ぐらいは吹いてみたかったです!)

ミッチェルというと最も有名で演奏頻度が高い吹奏楽オリジナル作品というと「海のうた」だと思います。

吹奏楽コンクール的にはこの曲は2019年時点でこれまで4回全国大会で演奏されていて、1981年の逗子開成高校の
演奏で一気に注目が集まったという感じですけど、残念ながらこれまでの4回の全国大会での演奏はあまり印象に残る
名演も無く、の曲自体支部大会でも2006年を最後に一チームも自由曲に選んでいないという事で「忘却のオリジナル曲」に
なりつつありますけど、どこかうまいチームがこの曲の新しい魅力を発掘して欲しいです!
ちなみにですけど、中澤忠雄先生が野庭高校時代に一番最初に関東大会出場を果たした時の自由曲はこの海のうたです。
演奏自体は中間部が異様に速くて違和感を感じますけど、前半部分は後年の中澤節を感じさせるロマンティックな歌い廻しが
聴かれます。

「海のうた」は、吹奏楽オリジナル作品って吹いていて自然に涙が出そうな曲は少ないと感じられる中で、
前半のあのしみじみとするメロディーラインをクラリネットで吹いている時は何回か
唐突に何か胸にこみ上げてくる不思議な感情が自然に湧いてきて、決して涙が出るとかそういう訳ではないのですけど、
自分の感情の中に「言葉にならない感情の高ぶり」みたいなものを自然に感じる曲だったと思います。
ラストの静かに回想する終わらせ方も実に秀逸だと思います。
この曲構成的にも少し珍しいものがあり、一般的に平易な吹奏楽オリジナル曲の傾向としてリードやスウェアリンジェン等に
代表される通りA-B-Aという速い-遅い-速いの三部構成が一般的だと思うのですけど
コンサートでチャイムで開始される序奏→ゆったりとした抒情性が伝わってくる前半の展開部→激しく動く中間部→
しっとりと静かに回想しながら終わらせる終結部という吹奏楽作品としては珍しく、
前半とラストで「静のドラマ」を盛り込んだ曲と言えるのかもしれないです。
そして私が感じた事はどうやら私以外の方もそのように感じていたようでして、先程も触れましたけど、
野庭高校吹奏楽部をテーマにした「ブラバン・キッズ・ラプソディー」とい本の中でも、中澤先生が初めて野庭高校を指導して
吹奏楽コンクールに臨んだ年の自由曲がこのミッチェルの「海のうた」だったのですけど、
あの本の中でもクラリネット奏者の皆様たちが
「吹いている内に自然と涙が流れそうな不思議な感覚の曲」と評されていましたけど、この言葉は私自身も同感ですね~!
私的には、前半のヴィヴラフォーンのソロ・中間部の盛り上がりの一つの頂点のティンパニソロや、
ラスト近くのホルンのソロにも大変共感を感じます。
後半のゆったりとした歌は、海の描写というものではなくて、「個人の心の動き」を示唆しているようにも感じたりもします。
何か重大な出来事が起きて、それから10数年後にその事件をゆっくりと振り返るみたいな回顧的な感情を
私的には感じ取ってしまいます。
意外な事かもしれませんが、ミッチェルの「海の歌」にはベースギターが使用されています。
上記で書いた通り高校2年の時の定期演奏会でこの曲を演奏したのですが、パーカッションパートが
「あれ~この曲にベースが入っている」とか言っていたので総譜を見てみると確かにベースが打楽器として入っていました。
こうしたしっとりとした抒情的な曲にベースの指定があるとはかなり意外な感じもしたものです。

ミッチェルの「海のうた」をクラリネット奏者の視点で述べると、吹奏楽において最もメロディーラインを担当する事が多いパートが
クラリネットパートであるのですけど、「海のうた」は冒頭から最後まで意外とメロディーラインを吹く事が少なかったのは
ある意味印象的でした。
前半のしっとりとした部分のクラリネットはもごもごとゆったりとした上下の音階を繰り返している伴奏が大変多かったですし、
ソロ箇所の裏メロなどどちらかというと裏方という印象が強かったです。
それでもそうした上下の音階部分でも前述の通り「吹いていて自然と涙が落ちてきそう・・」といった不思議な感情の高ぶりを
感じるから面白いものです。
中間部の盛り上がり部分もクラリネットはリズムを刻んでいたり裏メロを担当したり、速いパッセージをリズム的に支えていたりと
ここでもあまりメロディーラインを担当させてもらえなかった事は吹奏楽オリジナル曲としては珍しい部類に入るのかも
しれないです。
そしてこの曲は随所にすてきなソロが用意されていて、冒頭はコンサートチャイムの清楚な響きで開始され、
前半の展開部に移る前にはヴィヴラフォーンの完全ソロもあったりします。前半のアルトサックスの美しいソロもすてきです!
そして盛り上がる中間部に入る直前にはオーボエの美しいひそやかなソロがありますし、
中間部の頂点の直前にはティンパニのかっこよすぎるソロもあり、ラスト近くにはホルンのソロも聴く事ができます。

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先程、海のうたの中間部の頂点の直前にはティンパニのかっこよすぎるソロがあると記しましたけど、
2小節程度の短いソロですけど、あの部分は打点が決まるとさらに締まると思います。

当ブログで何度か語った通り、私自身、中学に入学する前には小学校の管楽器クラブというスクールバンドで担当していた
楽器はティンパニを中心とする打楽器でしたけど、今更ながら
「どうして中学に入る時に吹奏楽部の楽器振り分けとしてそのまま打楽器を選択しなかったのかな・・?」と感じることもあります。
ただ当時は「メロディーラインを自分の息を吹き込む事で感じ取りたい」という意識の方が強かったからなのかもしれないです。

でも今更ながら、例えば吹奏楽オリジナル曲だったらネリベルの「二つの交響的断章」とか
チャンスの管楽器と打楽器のための交響曲第2番~第三楽章とかはたまたこのミッチェルの「海のうた」のティンパニソロも
叩いてみたかった気もしますね~♪
田嶋勉というと、私のようなオールド吹奏楽ファンですと「WISH for wind orchestra」と答えるのかとは思うのですが、
最近の吹奏楽経験者の皆様にとっては、汐風のマーチ・ピッコロマーチ・エアーズの方が馴染みがあるのかもしれないです。
この田嶋勉ですけど、吹奏楽コンクール的にはある快挙を成し遂げられています。
それは何かと言うと全国大会における「課題曲での自作自演」です!
全国大会での自由曲における自作自演で思い起こすのは、言うまでもなく1981~82年の2年間に渡って
演奏されていた埼玉県の市立川口高校吹奏楽部による「無言の変革シリーズ」だと思うのですけど、
課題曲における自作自演と言うのは大変珍しいと言えると思います。
田嶋勉は、千葉県内の公立中学校・高等学校の音楽科教諭を務めており、
柏市立柏中学校吹奏楽部顧問在任時には2004年度において全日本吹奏楽コンクール全国大会へ出場し、
自ら作曲した課題曲「エアーズ」を演奏し銀賞という評価を得ています。

全国大会での課題曲の自作自演というと、可能性があったのは1995年まで筑波大学を指揮・指導されていた伊藤康英でして、
伊藤氏は1996年の課題曲Ⅰ/ 管楽器のためのソナタの作曲者でもありましたので、96年も筑波大学を指揮されていたら
全国大会での自作自演の可能性もあっただけに惜しまれます・・
伊藤康英は、吹奏楽のための交響詩「ぐるりよざ」とか「北海変奏曲」などといった素晴らしい吹奏楽オリジナル作品も
数多く作曲されていますけど、長年にわたって筑波大学吹奏楽団を指導・指揮されていた実績もあり、
作曲活動に留まらずこうやって実際のアマチュア吹奏楽団の指揮・指導という現場もきちんと認識されている点は
大変素晴らしいと思います。
ちなみに伊藤康英は、筑波大学時代には、ネリベルの二つの交響的断章とかアンティフォナーレ、
シェーンベルクの主題と変奏、ヒンデミットのコンサートバンドのための交響曲、ランニングのシンフォニア・フェスティーヴァ、
ミヨーのフランス組曲、アイヴズのカントリーバンドマーチなど
吹奏楽マニアの皆様にとっては「わかっているねぇ~! さすがっ!」という素晴らしい選曲ばかりされていて、
私は伊藤康英のこういう所も大好きです~♪

課題曲の自作自演と言うと、小長谷宗一の1989年の課題曲A / 風と炎の踊りも自作自演になっていた可能性も
あったと思うのですけど、残念ながらこの当時の小長谷氏は既に吹奏楽コンクールの指揮者からは足を洗い
コンクールに出場していませんでしたのでそれは実現出来ませんでした。
インヴェンション第一番とか栄光をたたえてとかグリーン・フォレストでも馴染み深い内藤淳一先生も
泉高校・向山高校で吹奏楽コンクールの課題曲の自作自演を県大会と支部大会でお披露目されていましたけど、
残念ながら全国大会への出場は一度も果たされていないようです・・

こうやって見てみると、音楽大学等で専門的な音楽教育を受けてこられて、素晴らしい作曲・編曲能力をお持ちの
スクールバンドでの指導者も相当増えてきましたので、こうした吹奏楽コンクール・全国大会における
課題曲や自由曲の自作自演という事も決して珍しくも何ともなくなってしまうという未来も案外近いのではないのかな・・?と
ふと思ったりもします。

1989年の課題曲B/WISH for wind orchestraは、時代が昭和から平成に代った最初の吹奏楽コンクールの年の課題曲の一つ
でしたし、この頃は私が社会人になって2年目で吹奏楽コンクールとか現役奏者から足を洗って2年目でもありましたので、
当時はまだまだ「自分だってまだまだ現役奏者みたいなもの」という自負も多少はあってのコンクール視聴だったと思います。
1989年の吹奏楽コンクールの課題曲は、私にとってはAとCがハズレでどちらかというと嫌いな曲であり、
Dのポップスマーチ「すてきな日々」が嫌いという方はほとんどいないと思われる文字通りすてきな曲だと思います。
BのWISH for wind orchestraは、この年の課題曲の中では私的には一番大好きな曲であり、
長年積み重ねられてきた全日本吹奏楽コンクールの課題曲の歴史の中でも大好きな部類に位置するとても素晴らしい曲だと
思います。
「WISH」は文字通り希望という事なのですが、曲の隅々の至るところに希望とかハッピーとか充実みたいな前向きな気持ちが
感じ取られ、私も今でもこの課題曲は自分自身ちょっと気が滅入っている際の気分転換の曲として
今でも愛聴させて頂いております。
出だしのひそやかな雰囲気で既にこの曲の魅力に取りつかれてしまう印象すらあります。
ゆったりとしたおおらかな雰囲気から開始され、展開部に入っていくのですけど、この場面でのホルンの雄叫びは
何度聴いても大変心地よいものがあります。
あの部分のホルンの音域はかなり高くホルン奏者にとっては希望でもなんでもないのかとは思うのですけど、
あの雄叫びの部分と合わせる形での和音の美しさは絶品だと思います。
この部分をサウンド的に整理整頓するのは指揮者にとっては大変やっかいな事でもあるのですけど、同時に
指揮者の腕の見せ所だとも思われます。
そして少しガシャガシャとしたアレグロの展開部分を経て一旦曲が静かになりひそやかな曲想が戻り、ラスト近くで
前述のホルンの雄叫びが再現され、正々堂々と華やかに曲が閉じられていきます。
全体的にはチャーミングさと壮美さが見事に調和した素晴らしい課題曲だと思いますし、こうした名曲は
私も現役奏者の時に演奏したかったなぁ・・と当時は感じていたものでした。
(現役奏者最後の年にあの名曲課題曲の「風紋」を演奏できたことは私にとってはとてもハッピーな事でした!)

この年の課題曲はAとDに人気が集中してしまい、B自体が演奏される事は決して多くは無かったと思うのですけど、
WISH for wind orchestraには実はかなりの名演があると思います。
私個人としては、この課題曲の最高名演は、土気中学校だと思います。
土気中の演奏は実際に普門館で生演奏を聴きましたけど、ホルンの雄叫びの素晴らしさとその後に展開される和音の
ハモリの美しさ、そして演奏全体に漲る躍動感とハッピー感は全部門を通して最高の課題曲Bだったと思います。
チャーミングという点で印象的なのは、中学の部では東京代表の志村第一中学校と高校の部では下関商業だと
思いますし、メカニック的とサウンドの絶対的な美しさという点では常総学院に尽きると思います。
そして個性的な演奏という意味では他の追従を許さない演奏がありまして、それこそが秋田県の花輪高校だと思います。
あんなにも土俗的で泥臭いWISH は他に聴いた事がないと思わさせるほど大地にしっかりと根を下ろした
大変個性的な演奏だったと思います。

とにかく聴くだけで希望とかハッピーを感じさせる曲と言うのはすてきな事なのだと思います。

WISH for wind orchestraなのですけど、これはあくまで私の印象なのですけど、この課題曲は、
大学・職場・一般の部で演奏されると比較的サラサラ~っと淡泊に流される傾向があるのですけど
(ヤマハ浜松がその典型的な演奏だと思います・・)
そうした演奏は聴いていて正直面白みがないですし、曲にハッピー感が伝わってこないのはこの課題曲を選んだ意味が
あまりないような気もします。
だけど不思議な事に中学・高校の部といった年齢層が若く感受性が豊かな世代の皆様がこの課題曲を演奏すると
とたんに生き生きと希望に溢れた演奏が多かったような気もするのも、希望に対する感覚というのか受け止め方の
違いなのかもしれないです。
大人になってしまうと「ま・・こんなものなのか・・」と未来に対してはどちらかというと懐疑的で
現状維持路線をどうしても選択しがちなのかもしれないですけど、若い世代の皆様ですと
「未来はこれから自分達が創造していくもの・・」という感覚があり、こうした希望とか未来に対する感覚・受け止め方の違いが
微妙にWISH for wind orchestraの演奏・解釈にも影響を与えたと言えるのかもしれないです。

上記の記事が「WISH」という希望という事でしたので、このWISH=希望という言葉にイメージがしっくりきそうな
オリジナル絵を描かれた絵師様というと、当ブログ的にはいうまでもなく
dream fantasy2のアミグリさんの
描かれた希望溢れる作品といえると思います。


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「結婚は人生の墓場」みたいな事を言われる方も多々いるようですけど、まぁ・・それは多少そうした事もなくはないのかも
しれないですけど、全体的にはとてもハッピーであり希望の象徴なのかもしれないです。
特に結婚前の若き男女にとっては希望そのものといえるのかもしれないです。

そうした訳でまずはアミグリさんが2013年5月に描かれた「ウェディングの女の子」をご紹介させて頂きたいと思います。

アミグリさんは、東方作品においてもとても可愛くて美しいウェディング作品を描かれていて、
特にウェディングチルノとウェディングうどんげちゃんはすてきな幻想郷の花嫁さんなのだと思います。
(初期作品でしたけどウェディング早苗さんも私は大好きですね~♪)

そして東方と負けず劣らずこのオリジナルのウェディングの女の子もとってもすてきだと思います。

この女の子の「ハッピーな気持ち」がとにかくまっすぐに伝わってくる見ていてとても爽やかで
その幸せ感についついもらい泣きしてしまいそうな素晴らしい一枚だと思います。

女の子とウェディングドレスとの相性は最高の組合せの一つと思えますし、なんだかんだ言ってもやはりウェディングドレス
というものは女の子にとっては「永遠の憧れの象徴」といえるのだと思いますし、そこには「希望」という言葉が
一番しっくりのかもしれないです。


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続きましてアミグリさんが2011年7月に「オリジナル」とタイトルが付けられた幻想的で大変美しい絵です。
pixiv上では「七夕」というタイトルにもなっていましたが、
私のイメージとしては「七夕の日に神聖な祈りを捧げる女の子」という印象です。

夜空を背景とした幻想的な作品なのですけど、この純白の衣装の少女の雰囲気は祈りそのものと言えるのかもしれないです。

月の光に照らされる真夜中に少女が一人「物想い」に耽っているみたいなシーンを想像しますし、
紫のトーンが幻想的光景をナチュラルに演出しているとも感じられます。
少女の両目を閉じているのもそうしたイメージに合致していて とても美しいと思います。

この少女は、どのような想いを巡らしているのでしょうか・・?

そして祈りと同時に心の底では「これからもなにかすてきな事がありますように・・」といった希望を心に秘めて天に向かって
願いを届けているというようにも感じられそうです。


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そしてアミグリさんが描かれた希望の象徴としてのオリジナル絵というと忘れてはいけない作品が2011年2月に描かれた
「flower」だと思います。

このオリジナル絵からは絶えず希望の灯を忘れずにがんばりましょう!といった前向きメッセージを感じずにはいられないです。

「flower」は私たちにとって「希望」の象徴と言えるのだとと思います。

そしてこの「flower」は黄色と赤の暖色系をベースにされているせいもありますが、
とにかく「明るい! そう全てが明るい!!」みたいな眩しいくらいの健康的な雰囲気がよく伝わってきて、
見ているだけで元気を貰えそうな生命感溢れる素晴らしいオリジナル絵だと思います。

昨年から今年は新型コロナウイルスに日本のみならず世界中が振り回され、何かと深刻で暗いニュースばかりが
先行していましたけど、dream fantasy2のアミグリさんが描かれた「flower」のように「いつも心に花束を・・」という気持ちが持てるように
明るく前向きな気持ちで過ごしていきたいものです。

アミグリさんのオリジナル作品はこうやって見ている私達に「希望という心の灯り」を灯してくださっているようにも
感じられると思いますし、
こうやって見ている人達をすてきな前向きな気持ちにさせてくれるというのは本当に素晴らしいことだと思います。

今回のテーマは「希望」でしたけど、皆様におかれましても皆さま一人一人に「希望」があるのだと思うのですけど、
そうした希望という灯りを消す事なく、
生きている限りはこうしたすてきな希望の灯りを灯しつづけていく事がいくことが出来れば素晴らしい事だと思います。
私が中学3年の時の吹奏楽コンクールの課題曲Dだったのが
斎藤高順の行進曲「オーバー・ザ・ギャラクシー」(銀河を超えて)だったのですけど
この課題曲は当時から「この課題曲いいな・・・、こういう曲を吹奏楽コンクールでも吹きたいな・・・」と思ったものです。
実際は当時の指揮者の先生は、課題曲C/北海の大漁歌を選曲し、
結果的に半年近く、来る日も来る日も「ソーラン節」を練習する羽目になったものです・・・
(ちなみにこの年の自由曲はエリクソンの序曲「祝典」というのも時代を感じさせる話と言えそうです・・)

1980年の吹奏楽コンクールは、私的には一つの頂点というかそのレベル、音楽的表現が一つの最高水準に達した年にも
感じますし、特に高校の部の異常なレベルの高さにそれがよく表れていると思います。
(その中でも、特に秋田南の交響三章、花輪の交響曲第2番「鐘」、市立川口の神の恵みを受けて、淀川工業の俗謡、
天理のストーンヘンジ交響曲、玉川学園のアルメニアンダンスパートⅡ、高岡商業のパシフィックセレヴレーション、
前橋商業の鄙歌第二番、銚子商業のデイォニソスの祭り、就実のル・シッド東海第一の二つの交響的断章、
名電の仮面舞踏会、福岡工大付属の踊る行列は素晴らしかったです~♪)

この年の課題曲四曲は、今にして思うとかなりバラエティーに富んでいて面白かったです。
特にA~Cは、日本の祭り・民謡をモチーフに書かれていて、
Aの「花祭り」は日本の古き良き伝統を、Bの「南の島から」は沖縄の民謡を、
Cの「北海の大漁歌」は北海道の民謡をベースにしてあり、
三曲ともに「日本古来のもの」をテーマにしているのが面白いと思います。
このように課題曲の大半がこうした「日本古来の素材」をベースにしている年というのもあまり例がなく
その意味でも大変面白い試みだと今でも感じる事があります。

その中でこの年の課題曲D/「オーバー・ザ・ギャラクシー」はマーチなのですけど、
リズムの面白さ、魅力的なメロディーライン、ハイハットシンバルのユニークな使用方法など大変斬新な面が感じられる一方、
聴くだけで気持ちが「ノリノリ」になってしまう大変楽しい課題曲であり私は大好きでした~♪
そして編成にドラムセットも含まれていて、ポップス風の香りも漂わせるテンポ速めの行進曲でしたし、実際に全体合奏
してみると意外とリズムがぎくしゃくしやすくて決して簡単な曲ではないとかかなり奥深いマーチであったと思います。
ハイハットシンバルと木管楽器による細かい音符、トランペット3声部による和音などが随所で効果的に用いられていたのも
大変印象的でした。

そしてこの課題曲はマーチなのですけど、ポップス系課題曲の流れを汲んでいたような気もします。
ポップス系課題曲は1970年代の頃はかなり頻繁に登場していたのですけど、結果的に1980年のこのオーバー・ザ・ギャラクシー
を最後に1987年のムービング・オンと89年のすてきな日々が登場するまではポップス系課題曲が少し冷遇されていた
時期があったというのも今にして思うと少しもったいなかったのかもしれないです。

長い吹奏楽コンクールの課題曲の歴史の中でポップス系の課題曲らしきものが登場したのは、
1974年の「高度な技術への指標」ではなくて、実は岩井直溥が1972年の課題曲として作曲された
シンコペーテッド・マーチ「明日に向かって」だと思うのですけど、ここから、
高度な技術への指標→ポップスオーヴァーチュア「未来への展開」→ポップス描写曲「メイン・ストリートで」→ディスコ・キッド
→ポップス変奏曲「かぞえうた」→行進曲「オーバー・ザ・ギャラクシー」→ムービング・オン等の
一連のポップス系課題曲に繋がっていきますし、そしてこの流れの一つの最高頂点が、1989年の岩井直溥の
「すてきな日々」なのだと思います!
岩井直溥のポップス系課題曲と言うと、河辺公一の「高度な技術への指標」と東海林修の「ディスコ・キッド」と合わせて
ポップス系の吹奏楽コンクール課題曲を語る上で100%その存在を抜きにして語る事は出来ないほど
吹奏楽コンクール課題曲の上ではとてつもない貢献度とあまりにも素晴らしい名作課題曲の数々を残されたと
言えるのだと思います。
上記でも触れた通り、大変残念なことに吹奏楽連盟は、89年の「すてきな日々」を最後に
2013年に至るまでポップス系課題曲を復活する事が無かったのは大きな損失と言えるのかもしれないです。
確かにオリジナル書下ろし作品もマーチも大切なのですけど、
吹奏楽をもっと心の底から楽しんで演奏するという観点からポップス系課題曲を取り上げていれば、
もう少し今現在のような技術一辺倒の吹奏楽コンクールから多少の変化はあったのかもしれないです。
2013年に一度ポップス系課題曲が復活したけど、それは1972年~78年のような長期的なウェーブに至っていないのは、
日本における「ポップス系がどちらかというと軽視されている」という潮流の表れなのかもしれないです。

前述の通り、私の中学校は当時課題曲Cを選曲したので、オーバー・ザ・ギャラクシーを吹奏楽コンクールで吹くことは
出来ませんでしたけど、毎週月曜日の全校朝礼の入退場のBGMとしてこの曲を吹くことはしばしばあり、
聴くだけではなくて、実際に何度かこの曲を演奏する機会があった事は、今にして思うと幸いな事だったと思います。
私は小学校から吹奏楽に関わりを持ち、結果的に大学を卒業するまで楽器はずっとクラリネットだったのですけど、
1980年の一年間だけは、唯一違った楽器を経験できました。
この年は、それまでのクラリネットからアルトサックスにコンバートされ、一年間だけアルトサックスを
担当したのですけど、以前このブログでも書いた通り、
実はアルトサックスほど音が出やすく簡単にヴィヴラートを掛ける事が出来る楽器はないせいか、
アルトサックスを吹くのが楽しくし楽しくて仕方が無くてその一年間は本当に楽しかったものです。
この年は課題曲C/北海の大漁歌にもわずか4小節ですけど、アルトサックスにもソロがあり、
私も当然そのソロを吹いたものです。
後にも先にもコンクールでソロを吹いたというのはこの時だけです・・・
(吹奏楽コンクールでソロを吹く事のプレッシャーと緊張感はとにかくこの時嫌と言う程味わったものでもありました)
オーバー・ザ・ギャラクシーのメロディーラインは基本的にはトランペットが多いのですけど、
トランペットと共にメロディーラインを担当し、場合によっては裏メロを担当しているのがアルトサックスであり、
この曲のメロディーラインをアルトサックスで吹いている時ほど「マーチって楽しいものだな・・」と感じた事はありません。
翌年高校に入ってからは引き続きクラリネットに戻ったのですけど
クラリネットでマーチを吹いても「ああ、しんどい・・」という感じばかりで、正直、「楽しい」と感じる事の方が珍しい感じでした。

「オーバー・ザ・ギャラクシー」の斉藤高順は、非常にユニークな経歴を持ち、
民間人でありながら、航空自衛隊と警視庁音楽隊の隊長を務めあげています。
作曲家としては、この方は後世にまで必ず受け継がれる素晴らしい作品を一つ残していて、それが「ブルー・インパルス」であり、
1964年の東京オリンピックの開会式で上空に五輪の輪を描いたアクロバット飛行チームのテーマ曲でもあります。
タイトルは聞いたことがなくても、この曲を耳にすると、多く方は「あ、どっかで聴いたことがある」と感じると思います。
それほど実は日本人の多くに馴染みがあるマーチなのです。
また、斎藤高順は、小津安二郎監督の映画の映画音楽を担当していた時期もあり、
名作である「東京物語」とか「早春」・「彼岸花」・「秋刀魚の味」などの小津監督の作品の映画音楽を作曲しています。

「オーバー・ザ・ギャラクシー」は感覚的にはやはり「ブルー・インパルス」に近いのかもしれないです。
あの独特の切れ味鋭いリズム感とトムトムとハイハットシンバルを取り入れたリズム楽器の使用方法はかなり大胆で
面白いものがあります。
例えば瑞穂青少年吹奏楽団のように打楽器パートの中にドラムセットとして組んだチームもありました。
冒頭は少し唐突と言うか、序奏なしにいきなりメロディーラインから開始されるのですけど、
メロディーラインがリズム感の表現がかなり難しいもののこのメロディーラインには相当惹かれる魅力が満載だと感じます。
トリオの部分もいかにも夢見るようなうっとりとした部分があり、吹いているだけで当時うっとりとしたものでした。

余談ですけど
1980年当時、アルトサックスで吹いていて演奏中に思わず我を忘れるほどうっとりとさせられた曲って
この「オーバー・ザ・ギャラクシー」のトリオの部分と「西部警察」のあの勇壮なメロディーと
当時沢田研二が歌っていた「TOKIO」のメロディーと「シャネルズ」(後にラッツ&スターに改名)の「ランナウェイ」
などがありました。
この辺りは既に懐メロの世界なのかもしれないですし、
今現在の若い皆様ですと田代まさしというと覚醒剤で何度も収監されたダメな芸人というイメージもありそうですけど、
実は田代まさしはシャネルズであの鈴木さんと共にボーカルを担当されていたという事をご存知の方は
既に立派な昭和レトロ世代といえそうです・・

行進曲「オーバー・ザ・ギャラクシー」のベスト名演は、やはり阪急百貨店かな??
阪急のマーチは昔から定評がありますけど、この曲も王道的なものを感じさせてくれていると思います。
メリハリと切れの良さでは天理高校の演奏も大変知的で素晴らしかったです!
この年の天理は課題曲に関して言うと、トランペットの音が少し硬い上に
前半のメロディーラインで、トランペットの一番の音が伝わりきれておらず二番と三番の音ばかり
伝わってくるのが少々難点なのかもしれないです、
面白い演奏としては、広島の基町高校の演奏があげられます。
正統的で端正な音楽なのだけど部分的に若さが炸裂し、特にトムトムがなぜかむき出し状態のソロみたいになっている部分
があり、これはこれでかなり斬新なものを感じさせてくれます。

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行進曲「オーバー・ザ・ギャラクシー」においては編成の中にドラムセットもありますけど、
ララマジの中でドラムセットを担当しているのは、洲崎麻衣というボーイシュなJKさんです~♪

身体を動かすことが大好きなボーイッシュ娘で、趣味はスポーツとスニーカー集めであったりもします。

戦闘時においては、ドラムスティック型の2本のナイフを使用していたりもします。

コンクールの課題曲でドラムセットが必要な曲というとどんな曲があったのでしょうか・・?
思いつくところで言うと・・

〇1974年/高度な技術への指標

〇1975年/ ポップス・オーバーチュア「未来への展開」

〇1976年/ 吹奏楽のための「シンフォニック・ポップスへの指標」

〇1976年/ポップス描写曲「メインストリートで」

〇1977年/ディスコ・キッド

〇1978年/ポップス変奏曲「かぞえうた」

〇1980年/行進曲「オーバー・ザ・ギャラクシー」

〇1982年/アイヌの輪舞

〇1987年/ムービング・オン

結構あるものですよね。 そして今後の吹奏楽コンクールの課題曲の中にもドラムセットが編成として組まれている
ポップス系課題曲が登場してほしいものです~♪

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最後に・・

行進曲「オーバー・ザ・ギャラクシー」は副題が「銀河を超えて」ということで、宇宙人がロケットに乗って宇宙を飛び交う
みたいなイメージがありますけど、プリキュアの長い歴史の中で、そうしたイメージがよく似合う御方って
いうまでもなく2019年放映の「スター☆トゥインクルプリキュア」の宇宙人キュアのララとユニの二人だと思いますね~♪

ララもユニもそれぞれロケットを所持していて(ユニはアイワーンによってロケットを奪取されてしまいました・・)
ララのロケットに乗ってひかるやまどかさんたちが宇宙を探索する場面も多々ありましたけど、ああいう場面のBGMとして
行進曲「オーバー・ザ・ギャラクシー」ほどふさわしい曲は無いのかもしれないですルン~♪

プリキュアの歴史の中では、追加キュアとか異世界出身のプリキュアは、基本的にはピンク系キュアの家に居候というのが
通常パターンでしたけど、ユニもララも一度もひかるの家に居候せず、ララは自分のロケット内で自活されていて、
ユニは当初は地球内で路上生活??をされていて、後にララのロケット内で暮らすようになったというのも
二人の宇宙人としての矜持だったのかもしれないですルン・・
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シロフォン



マリンバ

吹奏楽コンクール・吹奏楽や管弦楽の演奏会、はたまたジャズやポップスやソロリサイタル用の打楽器としてお馴染みの
シロフォン・マリンバですけど、この両者は見た目がよく似ていることもあり「この二つの楽器は一体どこが違うの・・?
それに根本的な疑問だけど、木琴とどこが違うの~?」とお感じになっている方もいらっしゃるのかもしれないです。

まず簡単に申し上げると「木琴」とは木製の音板を鍵盤状に並べてマレットで叩いて鳴らす楽器の総称であり、
木琴の仲間として、シロフォンや小学校等の音楽教材楽器やおもちゃとして用いられる教育用木琴やマリンバがあります。
つまり、シロフォンもマリンバも木琴の一つの種類といえそうです。

それではシロフォンとマリンバの違いについて少し専門的に書いておきますと・・

〇音域が違う

 シロフォンは3~3.5オクターブぐらいですけど、マリンバは5オクターブの音域が出せます。

〇音質が全然違う

 シロフォンの音は硬質で甲高く響き、動きの速いリズミカルな曲に威力を発揮し、元気よく躍動的という印象もあります。
 それに対してマリンバの音は優雅で柔らかく音自体は優しく控えめであり、管弦楽の音に優しく溶け込むような雰囲気が
 あります。
 マリンバはトレモロ奏法により低音も高音も幅広く表現できることも可能です。

〇音板・共鳴管の太さ・長さが全然違う

 音板といった鍵盤の太さは、マリンバの方が断然太く、マリンバには、下に伸びている共鳴管がシロフォンよりもかなり長く
 全ての音板に付いています。
 シロフォンは全ての鍵盤に共鳴管が付いているわけではありません。
 シロフォンの調律は奇数倍音であり、そのため3倍音が基本であり、低音域では7倍音も調律されています。
 それに対して、マリンバの調律は偶数倍音であり、そのため4倍音が基本で、低音域では10倍音も調律されていています。
 マリンバはシロフォンに比べて調律による豊かな低音が特徴ともいえます。

シロフォンもマリンバも管弦楽や吹奏楽などで鍵盤打楽器の一種としてスパイス的に効果的に使用されることも多いのですが、
マリンバに関しては豊かな響きと大きな音量があることから、管弦楽団内の一打楽器という扱いよりは、マリンバソロ奏者が
マリンバ用にアレンジされた楽曲またはオリジナル作品としてソロリサイタルを開催している印象の方が強いようにも
思ったりもします。
マリンバが豊かな表現がシロフォンよりも可能という事に関しては、マレットの数の違いもあるように思います。
(マレットとは棒の先に丸い玉を付けたバチのことです)
マリンバは通常両手で2本~4本で多いときでは6本のマレットで演奏するのに対して、シロフォンは基本的には両手で2本、
つまり片手で1本ずつマレットを持ちます。
またシロフォンで使用するマレット・バチは硬質素材が多いのに対して、マリンバのマレットは優雅にトレモロ奏法ができるように
柔らかい材質を使用することが多いです。

ちなみに私的にはシロフォンのやや甲高く躍動感あふれる駆け抜けるような元気さが大好きです。
管弦楽団のの演奏会に行っても、オーケストラにおいてマリンバが使用されることはどちらかというとかなり稀ですけど、
シロフォンは20世紀以降の作品では、完全に市民権を獲得しているような感じもします。

シロフォンが使用されている管弦楽曲の中で、シロフォンが効果的に使用され目立つ楽曲を少しばかり列挙してみますと・・

〇カバレフスキー/組曲「道化師」~Ⅱ.道化師のギャロップ

〇ハチャトゥーリアン/バレエ音楽「ガイーヌ」~剣の舞

〇ストラヴィンスキー/バレエ音楽「ペトルーシュカ」~第一場・ロシアの踊り

〇  同上  /バレエ音楽「火の鳥」~魔王カスチェイの凶悪な踊り

〇ショスタコーヴイッチ/交響曲第5番・交響曲第7番「レニングラード」

〇オルフ/世俗カンタータ「カルミナ・プラーナ」

〇ブリテン / 組曲「ソワレ・ミュージカル」~Ⅰ.マーチ

〇ガーシュイン/ボーギーとべス

〇矢代秋雄/交響曲~第二楽章

といった楽曲を推したいです。

特に矢代秋雄の「交響曲」より第二楽章は、シロフォンがソロ的にかなり長丁場で活躍する場面が
二度あるのですけど、一度はシロフォン+ピアノとの掛け合い、二回目はシロフォン+トランペットの掛け合いが
とても見事であり、この二度に渡る長丁場のシロフォンの聴かせどころを完璧に決める事が出来れば、シロフォン奏者は
シロフォン奏者冥利に尽きると思います。
吹奏楽オリジナル作品におけるシロフォンというと誰が何と言ってもネリベルの「二つの交響的断章」に尽きると思います!
あれはシロフォンに限らず「魅せるパーカッション」を絵にしたような曲ですけど、
冒頭からしてシロフォン+グロッケン+コンサートチャイムに後から加わるマリンバによる執拗な反復はとにかく何度聴いても
ゾクゾクとさせられます。
個人的にはシロフォンと言うと、リードの第三組曲~Ⅳ.全員の踊り、アルメニアンダンスパートⅡ~ロリからの歌の
硬質な響きも大好きであったりします。

吹奏楽オリジナル作品におけるマリンバというと、個人的には絶対欠かせない作品はオーエン・リードの
交響曲「メキシコの祭り」~Ⅲ.カーニヴァルを強く推したいです!
あの楽章のマリンバ奏者の駆け抜けていくイメージはまさに「祭り」そのものだと思います。
その他にもジェイガーの第二組曲やリードの第二組曲(特にⅢとⅣ)も外すことができないと思います。

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最後に・・余談ですけど、シロフォンとマリンバの違いはなんとなくですけど、グロッケンシュピール(鉄琴)とヴィヴラフォンの
違いと少し似ているようにも感じたりもします。

ヴィヴラフォンはマリンバ同様に音板の下に共鳴管が並んでいて、(グロッケン=鉄琴には共鳴管は無いです)
共鳴管の上端に丸いはねを設置し、このはねを電気モーターによって回転させるとはねが管の上端を閉じたり開いたりして、
振動の共鳴管への伝わり方が増減し、それによって共鳴管の共鳴量が変化し、音量が増減を繰り返し、
音のふるえ(ヴィヴラート)を発生させる事が出来ます。
この音のふるえ=ヴィヴラートこそがこの楽器の名前の由来ともなっています。
またグロッケンとヴィヴラフォンは共に鉄という素材は同じでも、音域・音質・奏法・手にするマレットの本数も
異なっていたりもします。
はねの回転の速度は変化させることができ、停止して演奏することもある。音の余韻をコントロールするダンパーペダルによって
ロングトーンを演奏する事が可能で、このあたりはマリンバやシロフォンと大きく異なる機能であったりもします。
ダンパーペダルを踏むと装置が離れ、離すと装置が音板に触れ残響を止める事が出来ます。

鍵盤打楽器としてのグロッケンは、1980年代以降はどのチームも台というかスタンド付のグロッケンを使用していましたけど、
中学~高校時代の私の記憶では、貧乏公立校の多くはグロッケンを使用する際にはスタンド付という高い楽器ではなくて
教室で使うような机とか安っぽい折り畳みのスチール製パイプ椅子を2台設置して、その上に鍵盤鉄琴を置いて、
撥で叩くというスタイルが多かったような印象もあります。

鉄琴(グロッケンシュピール)が大変効果的に使用されるクラシック音楽の楽曲としてはデュカスの交響詩「魔法使いの弟子」が
大変名高いですけど、それ以外ではシベリウスの交響曲第4番~第四楽章を挙げたいです。
シベリウスの交響曲第4番は大変わかりにくい渋すぎる難渋な曲で、第一~第三楽章のあの難解な雰囲気は
私も実はいまだにさっぱり理解できません・・
だけど第四楽章に入ると、突然グロッケンシュピールが登場してきて、天国的な美しい音色を奏でていて、
それまでの音楽があまりにも難解すぎたため、第四楽章に入ると唐突に「地獄から天国にやってきた」みたいな感覚を
感じたりもします。

クラシック音楽においてヴィヴラフォンはベルクの歌劇「ルル」での効果的な使用で一気に市民権を獲得したようにも
思われますが、邦人作品としては矢代秋雄の交響曲や三善晃の交響三章でも大変効果的に使用されています。
吹奏楽オリジナル作品におけるヴィヴラフォンの完全ソロとしてはミッチェルの「海のうた」が大変印象的であったりもします。

ららマジで、グロッケンシュピール(鉄琴)を担当している高校3年生の女の子は、神代結菜お姉さまです~♪
神代結菜は器楽部創立メンバーの一人でもあります。

余裕たっぷりの柔らかな物腰、豊満なスタイルと、まさしくお姉さまといったタイプのすてきなJKさんですけど、
その醸し出される大人の魅力は、主人公のプレイヤーすらも惑わせてしまう魅力なのだと思います。
だけど昔から優雅ですてきなお姉さまだったという訳ではなくて、実は昔は孤独にさい悩まされ、心も荒んで荒れていた時期も
あったとの事で、その意味では酸いも甘いもわかるすてきなお姉さまという事なのだと思います。

誰にでも分け隔てなく優しく接しますけど、以前の孤独の反動からなのか好意を抱いた相手には
少々暴走気味な愛情表現を見せることもあるそうでして、
マイペースすぎるあまり、時に理由なく学校をサボるという悪癖もあるそうです。

意外にも実は器楽部の部内でトップクラスの怪力の持ち主であったりもしまして、林檎を片手で握り潰せる七瀬沙希を
圧倒するほどの怪力でもあるそうです。

神代結菜お姉さまが奏でるグロッケンの清楚な響きを聴いて清らかな気持ちで音楽を楽しむ事ができたら最高ですね~♪
ジョン・ウィリアムズのアメリカ映画音楽上の貢献度は素晴らしいものがあると思います。
アカデミー賞を5回受賞と言うのも凄いと思いますけど、ノミネート止まり42回と言うのも ある意味一つの記録だと思います。

ジョン・ウィリアムズがが映画音楽として作曲した曲は思いつくだけでも

〇ジョーズ

〇スターウォーズ

〇未知との遭遇

〇スーパーマン

〇インディージョーンズ

〇ホームアローン

〇シンドラーのリスト

〇ジュラシックパーク

〇ハリー・ポッター

など多数の作品が出てきますね~♪
個人的には、吹奏楽アレンジ版で私自身演奏経験もありますけ「スターウォーズ」がとても 印象深いです。
やはりあの音楽の「メインテーマ」を聴くだけで、映画の名シーンが色々と思い出してしまいますね。
それと知名度はいま一つですけど「11人のカウボーイ」のホルンの雄叫びも極めて印象深いものがあります。
(吹奏楽アレンジ版の演奏としては1987年の福岡工大付属高校の圧倒的名演が大変印象的です)

ジョン・ウィリアムズは、ボストン・ポップスの指揮者として自作自演の他に、
例えば、スッペの喜歌劇「ボッカチオ」序曲とかカバレフスキーの歌劇「コラブルニヨン」序曲など
親しみやすい小品の演奏もすてきな演奏がとても多くて指揮者としても傑出した才能をお持ちなのだと思います。

ジョン・ウィリアムズの作品で、映画音楽以外なのですけど、忘れられない作品として
「リバティー・ファンファーレ」という大変スケールの大きな小品があります。
式典関係のファンファーレと言うと、 この曲以外でも、
1984年の「ロサンジェルスオリンピック」のテーマ曲であるファンファーレも大変素晴らしい曲も残されています。

この「リバティー・ファンファーレ」は、1986年にニューヨークのリバティ島にある自由の女神の修復完成記念のセレモニーの
ために作曲された作品です。
自由の女神の前での発表は、7月4日にマンハッタンの南西端のバッテリー公園で夕方から夜にかけて盛大に行われました。
当日はウイリアムズの指揮によるオール・アメリカン・マーチング・バンドと合唱団が
自由の女神をバックに、野外ステージで演奏されました。

金管楽器の壮麗なファンファーレに続き、打楽器や鐘(カリヨン)が打ち鳴らされ、
ホルン等が厳かな第1主題を提示し、トランペットの華やかな旋律が高鳴り興奮が増し、
最後にもう一度第1主題も現れ、効果的に曲を閉じます。
冒頭の金管セクションによるファンファーレは、本当に豪快で気持ち良く鳴り響き、その後続く「鐘」は、チャイムというよりは
本格的な教会の鐘というかカリヨンがゴーンと荘厳に鳴り響くのが極めて印象的です。

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カリヨンとは要は教会の鐘みたいなものでして、厳密にいうと、
複数の鐘を組み合わせて旋律を演奏できるようにし鐘楼建築物に設置されたかなり大がかりな建造楽器ともいえそうな
ものですけど、ここで言うカリヨンとはカーンコーンと鳴り響く教会の鐘の事です。
大抵の場合2台で1つのセットをなしていることが多いです。

カリヨンが実際に使用された曲を演奏会等で聴いた事は、マーラーの交響曲第2番「復活」~第五楽章や
ベルリオーズの「幻想交響曲」~第五楽章ぐらいしか記憶にありませんけど、コアな昭和の吹奏楽ファンの皆様にとって
カリヨンというとすぐに思い出すのは、誰がなんといっても埼玉県の市立川口高校吹奏楽部による
1981年~82年の「無言の変革」シリーズなのだと思います。
ちなみに82年の「そこに人の影は無かった」の方では、そのラストはカリヨンの音で静粛に閉じられます。
市立川口はその後、アトモスフェアやリードのオセロ・ハムレットでもカリヨンを使用し、特に1988年の「ハムレットへの音楽」の
終結部において2台のカリヨンによる壮麗な響きで普門館の聴衆をあっ・・と言わせていました。
(CDのあの演奏を聴くと、カリヨンがあまりにも強すぎでむしろ金管楽器の音すら消している大音響だと思います!)

この曲は残念ながら生で聴いたことは一度もないのですけど、演奏会のオープニングとしては実に相応しい曲だと思います。
夏の野外コンサートにも最適の曲かもしれないです。

この曲は、吹奏楽にも編曲され、
1994年の関西大会で、洛南高校がこの曲を自由曲に選び素晴らしい演奏を聴かせてくれました。
惜しまれることに、この年の洛南は関西大会ダメ金という事で全国大会に進めず、関西大会で散ってしまったのですけど
あの華麗な演奏は是非普門館でも聴きたかったです!
あの年の関西代表は淀川工業・兵庫・天理でしたけど、淀川工業はこの学校にしては珍しいくらい不調で銀賞に留まり、
天理はあまりにも抑制され過ぎた演奏は理性的という意味では申し分ないのかもしれないけど少し欲求不満気味で、
兵庫は松井節全開の名演でしたけど、自由曲のカットがかなり強引かな・・?とも感じていただけに、あの年の関西代表には
洛南の「リバティーファンファーレ」は絶対不可欠だったと今更ながらに感じたりもします。
あの年の洛南の演奏はとてつもなく生き生きとしていて、演奏終了後の会場全体がざわつくあのとてつもないブラボーコールの
大声援は、洛南の演奏の素晴らしさを物語っているように感じられます。
洛南の冒頭の金管ファンファーレの激しさと高揚感は圧巻でしたし、それに続くカリヨンの響きがとても壮麗でしたし、
ラストの自然な盛り上がりも圧巻の仕上がりだと思います。
この曲は、吹奏楽版では「交響的三章」・「よろこびの翼」・「オーストラリア民謡変奏組曲」でお馴染みのカーナウが
アレンジしていますけど、 吹奏楽オリジナル作品を主に活動対象にされている方がこうやって
管弦楽作品をアレンジしているのも何か興味深いものがあります。
ちなみにカーナウは、ホルストの組曲「惑星」~天王星も吹奏楽に編曲されていました。

リバティー・ファンファーレの吹奏楽版としてはこの洛南高校を超越する演奏は今後も多分不世出だと思うのですけど、
それ以外としては中澤忠雄先生指揮の野庭高校の定期演奏を収録したCDにこの曲も含まれていましたけど、
確かに見事な演奏ではあるものの、少し洗練され過ぎて自発性と高揚感に欠ける演奏であったのはかなり勿体無いな・・と
感じたものでした。

あの年の洛南高校のリバティーファンファーレの演奏は、ハリソンの夢・アメリカの騎士・ダンスフォラトゥーラと
同じくらい宮本先生のアクの強さが漲り渡り、「宮本先生=洛南高校」というとてつもなく強烈なサウンドが
確立された瞬間じゃないのかな・・・とも感じさせてくれました!
ああいう演奏が出来てしまう演奏団体は、今現在の吹奏楽コンクールの高校の部では皆無と言えるのかも
しれないですね・・
あの「宮本先生=洛南高校」という組合せは、「吉永陽一先生=兵庫高校」に匹敵するとてつもなく個性的なものだったと
感じていますし、個性がギラギラ漲っているみたいな言い方がこれほどしっくりくるチームは少ないとすら思えます。

宮本先生も既に彼岸の彼方に旅立たれていますけど、宮本先生の個性とアクが漲るあの名演の数々は間違いなく
私たちの胸の中に受け継がれていくものと思います!
J.モリセイという作曲家は、既に現在の日本のスクールバンドの中では死語の世界なのかもしれないです。

私が中学~高校の頃、あまり上手で無い小編成のチームの吹奏楽コンクールの自由曲は傾向として
コーディル・オリバドーティー・スウェアリンジェンがBig3とも言われていたのかもしれませんけど、
モリセイの曲も、そこそここうしたチームでは人気があったと思います。
勿論、そんなモリセイの曲を小馬鹿にしている訳ではありませんよ~
モリセイの曲はコーディルやオリバドーティー同様とにかく「シンプル イズ ベスト」を立証した作品ばかりで
一度聴いたら、とにかくあの親しみやすいメロディーラインがずっと頭の中に焼き付いてくるような
そんな感じの素敵な曲が多かったと思います。

モリセイと言うと・・・・

〇吹奏楽のためのディヴェルティメント

〇中世のフレスコ画

〇皇帝への頌歌

あたりが特に有名で1960年~1970年代の吹奏楽コンクールでよく自由曲として取り上げられていたと思います。
私も、「皇帝への頌歌」と「中世のフレスコ画」はコンクールで結構何度も聴いた記憶があります。
大変古い話で恐縮なのですけど、1967年(昭和42年)のバンドジャーナルによると、
この年の吹奏楽コンクールの自由曲において、いわゆる「吹奏楽オリジナル作品」として最も演奏された作曲家が
確かこのモリセイだったような記憶があります。
そのくらい、この時代のスクールバンドの自由曲として、C.ウィリアムズやワルターズなどらと共に愛され人気があった
作曲家の一人がモリセイだと言えるのだと思います。

モリセイの曲って一つ特徴がありまして、曲の雰囲気としてよく中世の宮廷みたいな祝祭的なメロディーを
醸し出している点が挙げられると思います。
「中世の宮廷音楽」と言うと、式典ファンファーレみたいな華やかな音楽も特徴なのかもしれませんけど、
そう言えば、皇帝への頌歌にも中世のフレスコ画にもそうしたファンファーレがしばしば出ていたと思います。

そうは言ってもこうした曲も現在ではすっかり忘却の彼方だと思います。

現在のスクールバンドの現役奏者の皆様に「モリセイという作曲家とかその作品について聞いた事がある?」と尋ねたとしても
ほとんどの方は「知らないし聞いた事がない」と答えるのは目に見えていると思います。
最近の現役奏者の皆様の中にはA.リードすら演奏した事が無いという人もいらっしゃるというお話を最近耳にし
「時代は変わったなぁ・・」とオールド吹奏楽ファンの私は肩身が狭くなる一方です・・・
モリセイの曲を収録したCD自体、極めて少ないし、その意味では、東芝の名曲選とかコロンビアの吹奏楽名曲選
の各シリーズは本当に貴重で有難い事だと思います。

さてさて・・・

モリセイと言うと、忘れてはいれない作品が一つあります。

それが何かと言うと、組曲「百年祭」なのです。
百年祭に関連した吹奏楽作品というと、バーンズの百年祭祝典序曲とか福島弘和の曲という方が最近の奏者の
皆様にとっては馴染みがあるとも思うのですけど、実はモリセイという作曲家にも組曲「百年祭」という
すてきな曲が実はあったりもします。

この曲は、1971年に創立100周年を迎えたアイオラ市民バンドからの委嘱作品なのですけど、
モリセイらしく曲の冒頭はファンファーレから華やかに開始されます。

この組曲は下記の四曲から構成されています。

Ⅰ.序奏

Ⅱ.歌

Ⅲ.祝典の音楽

Ⅳ.祝典のパレード

この組曲は楽章ごとの違いが極めて明瞭で、例えば、Ⅰは全体のファンファーレ、Ⅱは木管とトランペットが中心で、
Ⅲは金管と打楽器のみで木管は一切出番無しです。
Ⅳは、再度全合奏での華やかなマーチとなっていて、楽章ごとの違いを楽しみながら聴くという事も出来ると思います。

演奏する方も楽しいし、聴く方も楽しいという双方がハッピーな気持ちになれそうな曲だと思います。

いかにも古き良き時代のアメリカ」を描いた曲というのか、
「努力すればそのうち多分きっと何かすてきな事が待っているし道が開ける!」みたいな前途洋々の楽天的な気分が
感じられるとても「ハッピーな曲」だと思います。



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最近の吹奏楽名門校は、入部者が100人を超える所も結構あったりするそうで
そういう所は、全員が全員、全国大会に直結するA編成に出られるとは限りません。
場合によっては、小編成・B編成に廻る事もあるのかもしれません。
そうした小編成のチームで、コンクールで良い成績を収めるという事に特にこだわりが無ければ
たまには、こういう古き良き時代の楽しい曲を吹いてみるのもいいのかもしれないですし、
こうした温故知新のオリジナル作品を取り上げることによって音楽の原点というものが垣間見えてくるのかもしれないです。

「響け! ユーフォニアム」はどちらかというと吹奏楽コンクールの話がメインになっていましたけど、もちろんコンクールも
大変意義があるのですけど、時にはコンクール以外の駅前コンサートやポップスコンサートなどで肩の力を抜いた
状態でのびのびと吹くことも大切なのだと感じたりもします。


暑い、暑い・・と思っていたら、季節はいつのまにか9月中旬という事で残暑の時期にも入りましたけど、
季節が夏から秋に向かっているのかもしれない・・と感じた瞬間は、
水田の稲の色が今までの青っぽい感じから幾分黄色というのか、黄金色みたいに色が変化しているのを
見た瞬間なのかなとも思ったりもします。

暑い、暑いと言っていても、水田一つとっても着実に季節は秋に向かっています。

日本の素晴らしい所の一つとして四季の美しさを日本人全体が心の中に美意識として有している事と
四季の美しさを楽しむ粋な心という事もあるかとは思いますし、
日本と言う国はつい最近までどちらかというと四季がはっきりとした美しい季節感を持つ国という雰囲気も
あったのかとは思うのですけど、ここ数年は「ここは熱帯亜熱帯気候のエリアなの~!?」と思わず愚痴りたくなる程の
異様な夏の酷暑が続いたり、はたまたまるで熱帯雨林のスコールみたいなゲリラ豪雨の突発的被害が多発するような
災害多発地帯になりつつあるようにも感じたりもします。
近未来の日本はどんどん四季が無い国になっていきそうな予感すら漂っています。
極端に暑くて長い夏と極端に寒くて長い冬という二つの季節が一年の大半を占め、その狭間に申し訳なさそうに
極端に短い春と秋がちょこっとあるだけの季節感をあまり感じさせない国になりそうな気もしますし、
日本の伝統文化の俳句というのも、もしかしたら季節感が無いと言う事で廃れていく可能性すらあるのかもしれないです。
可能性的に21世紀の中盤以降では、「四季」という概念が崩壊し、
極端に暑い夏と極端に寒い冬の狭間にほんの少しだけ春・秋っぽい雰囲気が垣間見えるだけという事になるのかも
しれないです・・

私たちも日本の美しい四季というものは、今のうちにじっくりと噛み締めておく必要があるのかもしれないですし、特に秋の
しっとりとした雰囲気は今のうちにしっかりと記憶に留めておいた方がいいのかもしれないです。

今現在は、まだ四季らしきものは残っておりますし、残っている限りは四季の変化というものを楽しまさせて頂きたいものです。

日本人にとってもっともしっとりとした風情・情緒を感じる季節と言うのは「秋」なのかもしれないです。
春の桜ももちろんとても素晴らしいのですけど、特に山の紅葉とか田んぼが黄金色に染まる光景とか十五夜のお月様とか
秋のしっとり感というのはまた格別なものがありそうです。

古今東西のクラシック音楽の中で「秋」をモチーフにした作品で印象的なのは昨年の丁度今頃の時期に当ブログでも
取り上げさせて頂きましたA.グラズノフのバレエ音楽「四季」~第四場・秋なのかもしれないですけど、
吹奏楽オリジナル作品ですと、ハーンズの「秋のひとり言」とか
1998年全日本吹奏楽コンクール課題曲Ⅱの「稲穂の波」などが大変印象的です。

そして本日取り上げさせて頂く秋をモチーフにした吹奏楽オリジナル作品は、保科洋の「愁映」です。

保科洋というと最近では「復興」が吹奏楽コンクールの自由曲として大変根強い人気を有していて、2010年以降この曲は
ほぼ毎年のように全国大会でどこかのチームが自由曲として演奏されるほど大人気なのですけど、
1970年代後半~80年代後半の頃に現役奏者だった私の感覚では、保科洋というと、誰がなんといっても
1987年の全日本吹奏楽コンクール課題曲Aでもあった「風紋」や
カプリス・カタストロフィー・交響的断章といった陰気な楽曲や、はたまた古祀・バストラーレ・祝典舞曲といった鄙びた情緒を
漂わせている楽曲の作曲家という印象もあったりします。

そして保科洋と言うと「愁映」という現在では「知る人ぞ知る吹奏楽オリジナル曲」という作品もありまして、
この曲は関西学院大学吹奏楽部からの委嘱(第30回定期演奏会にて記念作品として初演されています)であり、
吹奏楽コンクールとしては1984年の全国大会にて関西学院大学吹奏楽部によって初演され、この年の大学の部で
金賞を受賞しています。
冒頭は重々しいリズムで憂いに満ちた旋律がトランペットのミュートで奏されることから開始され、曲自体終始ゆったりとした
音楽が展開されていきます。
またffの部分や極度に盛り上がる個所も無く見方によっては淡々と粛々と曲は進展していきます。
打楽器の数も少なく、特殊楽器としてはチャイムがあるく゜らいですし、金管や打楽器による派手な色彩感とか咆哮が
みられる曲ではないので、現在の邦人オリジナル作品のような派手で豪華絢爛な響きを期待される方には正直あまり
お勧めは出来ないです。
というか・・前述の通り大胆に盛り上がる個所はほぼ皆無で、終始内省的なしっとりとした響きでもって「秋」の気配を
濃厚に感じさせつつゆったりとした響きが曲の開始から最後まで続いていきます。
それでも愁映の持つ孤独さ・寂しさ・憂いの響きはどちらかというと「和の鄙びた世界」に通ずるのかもしれないです。
あの独特の寂しさ・ゆったりとした内面的な高まりは本当に素晴らしいと感じますし、中間部のチャイムが静かにコーンコーンと
響く感じも大好きです。

愁映の私の勝手なイメージとしては、晩秋の少し風が冷たい時期に京都の神社仏閣詣りとか伊勢神社に参拝した帰りに
紅葉がひらひらと舞い降り、 道を紅葉が真っ赤に染め、その真っ赤な道を静かにしゃりしゃりと紅葉を踏みながら
ゆっくりと散策を楽しむといったイメージがあったりします。

日本人の忘れた何か」を呼び覚ましてくれる哀愁と寂寥感溢れる不思議な曲だと思います。

冒頭で触れた通り、可能性的に日本の四季が崩壊し、22世紀頃にはもしかしたら春や秋という概念が失われた際には、
こうした「愁映」みたいな秋をイメージさせる楽曲自体がピンとこなくなってしまう可能性すらあったりしますので、
四季の感覚がまだ残っている現在だからこそこうした楽曲の意義は強く感じたいものです。

愁映は吹奏楽コンクールではほとんど演奏されないですね・・

1984年に関西学院大学が全国大会で一度演奏した以外はどこのチームも全国大会では演奏されていません。
だけどこの年の関西学院大学は、本当に素晴らしい演奏を残してくれました。
このチームは、例えば1979年の「ローマの松」とか82年のショスタコーヴィッチの交響曲5番とか88年の「ロデオ」のように
金管打楽器がガンガン咆哮乱打するような演奏を好む傾向にあるのに、
例えば、1977年のフォーシェ/交響曲とかこの年の「愁映」のようにたまにですけど内面的な曲を控えめに
演奏する時もあったりして、そのギャップが結構吹奏楽マニアには堪らない面もあったりします。
(88年のロデオは大宮ソニックシティホールでの全国大会の演奏も聴きましたけど、課題曲の深層の祭を含めて、
とにかくあの豪快な鳴らしっぷりは凄いものがありましたし、あのfffの強奏はある意味音の暴力なのかもしれなかったです・・)

愁映は1984年の関西学院大学の演奏時はラストはffで少し鳴らして閉じられるのですけど、
1999年に改訂版も発表されラストが静かに終わるように修正されていました。
というか、静かに終わるパターンと元々のようにffで終わるパターンの二つから自由に選択できるようになっています。
このパターンは、プロコフィエフの交響曲第7番「青春」と全く同じパターンです。
プロコフィエフの場合も、静かに回想的に静かに閉じられる版と華麗に鳴り響いて終わるパターンの二つを用意し
指揮者の判断でどちらかを選ぶようにされています。

ただし・・私の好みでは、保科洋の「風紋」も真島俊夫の「波の見える風景」も「愁映」も元の原典版の方が私は好きです。
改訂版の少し無駄な所を省いたら元の原典版になってしまったような感じもありますし、
原典版の無駄の無い緊密なストーリーが無駄な肉付けによって阻害されてしまったような感すらあったりします。


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ここから先はdream fantasy2
アミグリさんが描かれた美しい絵の転載&ご紹介コーナーです。

上記で四季とか秋という話しが出ましたけど、東方での東方四季娘というと、春がリリーホワイト、夏が風見幽香、
冬がレティさんで、そして秋はいうまでもなく秋姉妹のお二人だと思います。

幻想郷における東方四季娘として「秋」を司られるのは人間・妖怪・妖精ではなくて神様姉妹です。

それが秋穣子と秋静葉の姉妹の秋を司られる神様です。
(神様と言っても強い神様ではないもので、東方風神録の異変では霊夢によっていともかんたんに退治されてしまいます・・)

本記事においてはアミグリさんの描かれた秋姉妹のお二人をご紹介させて頂きたいと思います。

上記の秋姉妹は妹の方の秋穣子です!

この秋穣子はアミグリさんが2011年9月という秋の時期に描かれた作品で、アミグリさんの作品としてはかなりの初期作品
という位置づけになると思います。
そしてこの秋穣子は当ブログでは実は初転載の作品でもあったりします。

アミグリさんの描かれた妹の穣子もとってもかわいいです!

ぶどうが乗っかったZUN帽もすてきですけど、穣子のかわいい笑顔にとっても癒されます~♪

東方って案外姉妹キャラが多いですね。
スカーレット姉妹・古明地姉妹・綿月姉妹・九十九姉妹にそして秋姉妹に依神姉妹・・
なんとなくですけど妹の方がより強く可愛らしさ・無邪気さ・自由さが感じられ、
東方の姉妹キャラは全体的には「妹の方がより人気度が高い」といえるのかもしれないです。


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上記にて秋姉妹のうち、妹の秋穣子を取り上げさせて頂きましたので、ここではお姉さまの秋静葉を
お披露目させて頂きたいと思います。
上記の作品は、アミグリさんが2014年10月に描かれた秋静葉です。

それにしてもアミグリさんが描かれた公式立ち絵をベースにされたショートカットの秋静葉はとても美しいです!

アミグリさんが描かれる静葉は、スカート全体がフリルっぽくなっているのは素晴らしいアレンジだと思います。
全体の雰囲気的には秋の香りが一枚の絵から素敵に漂っていると思いますし、
そこには「愁映」みたいな雰囲気というのか、紅葉した落ち葉がひらひらと舞ってきて、その落ち葉の上を人が
しゃりしゃりと音を立てながら歩いていくといった風景を連想させる素晴らしい秋静葉だと思います。

アミグリさんが描かれた秋静葉の透明感というのかこの「ひそやかさ」が私はとっても大好きです!!
そして何よりも、まるで鍵山雛みたいな「フリル地獄」に陥りかねないこの秋静葉を、「フリルを描く大変さ」を
見ている人達に気付かせないように自然に楽に仕上げられたアミグリさんの絵師様としての腕に
改めて惚れ惚れとさせられるものがあると思います~♪
それにしても雛以上に恐ろしく手が込んだフリルですよね~! 本当に素晴らしいですし会心の一枚だと思います~♪

皆様の中で「こんなにも美しい秋姉妹を描かれる方のブログってどんなもんなのだろう? 」などと興味がある方は、
是非是非アミグリさんのブログdream fantasy2を ご覧になって頂きたいと思いますし、 宜しければ、当ブログだけではなくて、
是非アミグリさんの本家本元のブログdream fantasy2に一度お越しして頂けると アミグリさんのブログをご紹介させて頂いている私もとってもとっても嬉しいです!

アミグリさんが定期的に作品を投稿され続けている →アミグリさんのpixiv にも是非一度足を運んで頂ければ幸いです!

アミグリさんのpixiv

すてきな秋の季節は、世界的気候変動の中でも残り続けて欲しいものです。

そして保科洋の「愁映」のしっとりとした秋の風情を「失われたモノ」としてではなくて、四季の一つとして楽しむ事が出来る
世界がこれからもずっと続いていって欲しいと改めて感じたりもします。
「さよなら私のクラマー」は月刊少年マガジンに連載されていた人気漫画で、原作は「四月は君の嘘」で知られる新川直司さん
です。
そして今年・・、2021年の春アニメとしても放映されていて、今年の夏には劇場公開版も上映されていました。
(キャラ絵が四月は君の嘘とよく似ていますし、特に変顔やデフォルメされた時の絵柄はよく似ていますね~♪
四月は君の嘘はストーリーがあまりにも重たくてせつない作品ですけど、さよなら私のクラマーはそうした哀しさがないので
作品としても大変見やすくて分かりやすいです)
この作品は女子サッカーをテーマにした漫画で、のんちゃん達主人公たちが通う高校の名前が蕨青南高校で、
その女子作家チームのチーム名がワラビーズとなっていて、蕨市がメイン舞台となっています。
原作漫画やアニメでも背景などに繊細なタッチで描かれた川口蕨陸橋やJR蕨駅の看板など何でもない蕨市の風景が
随所に出ていたりもしまして、蕨駅を最寄駅の一つとして頻繁に利用する私にとっても「ご当地アニメ」といえそうです。

蕨市の広報担当の方も「蕨はほぼ住宅地でアニメの舞台になった記憶はない」と話されていましたけど、
埼玉県はクレヨンしんちゃん、大きく振りかぶって、球詠、弱キャラ友崎くんなどといったたくさんの作品の聖地と言うか
モデル地となっている中で、蕨市が人気作品の聖地となっているのはとても素晴らしい事だと思います、
埼玉県立蕨青南高校は実在しない架空の高校ですが、物語の舞台が蕨市ということもあり、
登場人物の出身中学校が川口伊刈中だったり戸田北中だったり、ライバル校が浦和邦成高校だったりと架空の学校ながら
聞きなれた地名が多々登場しているのも埼玉県民にとってはちょっと嬉しいものもあったりします。

蕨市は、全国の市の中で最も面積が狭く、区町村を含めても8番目に狭いという大きな特徴があったりもします。
実際、蕨市は本当にちびっこい市であり、市を構成する町も、錦町・南町・北町・中央・塚越と
わずか五つしかないというのもある意味驚異的であったりもします。
人口は7万程度と少ないのですけど、昔から中国・インドの方の人口比重が高い上に、最近特に特筆すべき事は
中東の民族問題や戦争から逃れたイラン人やクルド人の皆様が多いことだと思います。
実際、蕨の公園近辺では、クルド人らしき方をよくお見かけしますけど、総じて私の印象としては、
特段地元民とのいさかいもなく地元に溶け込んでいるみたいな印象もあり、
なんとなくですけど「平和な人たちなんだなぁ・・」みたいな印象も感じたりはします。
クルド人の皆様は第二の故郷として、蕨市をワラビスタンと呼ぶ事も多いようで、これは以前何度かニュースでも
取り上げられていたと記憶しています。
そうそう、蕨市は他に何が名高いのかと言うと、実はなのですけど成人式の発祥の地でもあるとの事です!
日本における今日の形態の成人式は、終戦間もない1946年11月22日、埼玉県北足立郡蕨町(現:蕨市)において
実施された「青年祭」がルーツとなっているそうです!

ここまではサッカーと蕨市に関するものでしたけど、当ブログの管理人が居住しているのは蕨市とも隣接している川口市
なのですけど、川口市はスポーツも武道も盛んな街ではありますけど、昔も今も吹奏楽の聖地もの一つともなっていて、
現在でしたら全国的に大変知名度が高いのは川口アンサンブルリベルテだと思うのですけど、私のようなオールド吹奏楽
ファンの視点では「川口と吹奏楽」というと、学校統廃合で校名自体は既に消滅しましたけど市立川口高校だと
思いますし、市立川口が残してくれた名演の中でも特に際立った個性を具現化した演奏の一つが
1981~82年にかけて当時の市立川口の指揮者の信国康博先生の自作自演による「無言の変革」シリーズなのだと
思います。

市立川口高校は市の予算の関係とか少子高齢化の波を受けて、2018年度より川口市内の市立高校3校による統廃合により
その校名はすでに消滅していて、2018年の4月をもって3校が統合した「川口市立高校」が新たに新設されています。
市立川口高校というと全国的にはそれほど知名度が高くはないのかもしれないですけど。
巨人軍の元エースの斉藤雅樹投手の母校であり、斉藤投手が市立川口高校に在籍していた当時は残念ながら
悲願の甲子園出場は実現しなかったものの、埼玉県の高校野球においてはほぼ無名校であった市立川口を
埼玉県大会準優勝まで牽引したその功績は素晴らしいものがあると思いますし、
斉藤投手はまさに川口市の顔という役割も担われていると思います。

平成生まれの若い世代の皆様に市立川口高校とか無言の変革シリーズと言っても「なにそれ・?聞いたことがない」といった
反応になってしまうとは思いますが、私のように1980年代に中学~大学で吹奏楽に携わっていた世代にとっては
ノスタルジックなチームだとも思いますし、当時の市立川口のあの圧倒的な存在感のある演奏を知る者にとっては、
市立川口高校吹奏楽部はとにかく神みたいな存在だったと思います。
市立川口高校は、1970年代中盤頃の自由曲の選曲は、
例えば、ジェイガー/第二組曲、ロッシーニ/どろぼうかささぎ序曲、ベルリオーズ/序曲「ローマの謝肉祭」
などのようににかなりオーソドックスな路線を歩んでいたと思いますが、
1979年の全国大会初出場でいきなり金賞を受賞したネリベルの「二つの交響的断章」の
歴史的ウルトラ名演によって一気にブレイクしたと思いますし、
1981年~82年の2年間は、更にとてつもな偉業」を成し遂げてくれました。
それが何かと言うと、上記でちらっと触れているように当時の指揮者の信国康博先生による「無言の変革」という自作自演の
自由曲を二年間に渡って全国大会でお披露目し、そのあまりにもぶっ飛んだ内容で当時の吹奏楽関係者に強烈なインパクトを
残しています。

あの2年間に渡る市立川口高校の「無言の変革」シリーズの際は、私は高校1年~2年の時だったのですけど、
吹奏楽もクラシック音楽のイロハのイの字も何も分かっていない当時の私にとっては、市立川口の演奏のあの猛毒は
かなり強烈なものがあったと思います。
私自身の音楽観としては、これまでの当ブログで何度も語っている通り、この市立川口高校の演奏と
秋田南高校の交響三章、花輪高校のウォルトンの交響曲第1番変ロ短調~第四楽章や
就実高校の幻想舞曲集が私自身に与えた影響度は計り知れないほど大きなものがあったと思いますし、
これらの曲の演奏と曲自体のインパクトが結果的に私自身をクラシック音楽の森の中に迷い込ませる一つの大きな
要因になったのは間違いないと思います。
そして市立川口高校の演奏は私自身のリアルでの生活環境にも多大な影響を残すことになってしまい、
「こんな凄い事を平然とやってのける高校の演奏を是非生で聴いてみたい!」とか
「まずは高校を卒業し上京し、出来ればこんな凄い学校がある埼玉県川口市に住んでみたい」と考えるようになり、
本当に後年川口市内に家を建てて、川口市に永住するという事が「現実のもの」になってしまいました。
嘘から出た誠みたいなものなのかもしれないですけど、本当に後年埼玉県川口市に永住するなんて18歳で上京した時には、
全く想像もしなかったですし、当時は生まれも育ちも埼玉県川口という生粋の川口人であったうちの奥様と何かの縁で出会い、
こうして結婚というご縁で結ばれてしまうとは全く夢にも思っていなかったです。
それだけ市立川口高校の演奏は、結果として、とある東北の田舎の県立高校の吹奏楽部在籍の男の子の運命すらも
左右する事になっていましたし、それだけ印象度の極めて高い演奏を私に残してくれたのだと思います。
もっとも・・うちの奥様は吹奏楽もクラシック音楽も興味のきの字もなくて市立川口高校吹奏楽部とか無言の変革シリーズや
全国初出場の「二つの交響的断章」の話を私がいくら熱く語っても「なにそれ・・?」という反応ですけど、
彼女からは私自身のもう一つの顔でもある「アニメ大好き」という側面にあまりにも多大な影響を残してくれていますので、
私にとっては、うちの奥様・市立川口高校・花輪高校と秋田南高校と仁賀保高校の秋田県の吹奏楽はかなり重要なファクトリーと
言えるのは間違いないと思います。

市立川口高校吹奏楽部の偉大なる軌跡はこのブログでも何度も取り上げさせて頂きましたけど、
吹奏楽部は1979年~1990年に輝かしい実績を残し、全日本吹奏楽コンクールに過去11回出場し、
金賞6回(1979年・1980年・1981年・1984年・1985年・1987年)、銀賞5回(1982年・1986年・1988年・1989年・1990年)を
受賞しております。
1983年には「ウィーン世界青少年音楽祭」に日本代表として出場しグランプリ、
高校部門最優秀賞、オーストリア国営放送賞の3賞を日本で初めて独占という快挙も成し遂げています。
そして何よりも1979年の全国大会初出場の「二つの交響的断章」の歴史的名演と
1981~82年の当時の指揮者の信国先生による「無言の変革」シリーズという自作自演は、
吹奏楽コンクールの一つの金字塔とも思えます。

1979年当時吹奏楽コンクールの全国大会の出場チームのステージ衣装はほぼ例外なく学校の制服というか、
男子は学ラン、女子はセーラー服かブレザーという中、
市立川口高校吹奏楽部は、赤ブレザーに白のズボン・スカートという当時としては斬新なステージ衣装というのは
当時はとても眩しく斬新でしたし、広い普門館のステージが狭く感じるほど、
打楽器を数多くセッティングし、ハープとか法螺貝とか、コンサートチャイムとは別に本物の鐘(カリヨン)を 持ち込んだり、
視覚的にも大変インパクトはありましたし、何よりも演奏が素晴らしかったと思います!
1979年の市立川口高校の課題曲は「プレリュード」という コンクール史上初の無調的色彩の強い現代音楽系の曲
だったのですが、 冒頭のティンパニソロをはじめ、緊張感漲る演奏が本当に素晴らしかったし、
後半のヴィヴラフォーン以降の木管セクションのひさやかさ、打楽器セクションの鼓動 など
文句のつけようがない課題曲Bの演奏だったと思います。
しかもこの演奏、全国大会初出場でしかもプログラム一番なのですよ~!
そんなハンディーを全く感じさせない演奏だったと思います。
自由曲のネリベルの「二つの交響的断章」はまさに圧巻の一言!!!
冒頭が、チャイム・シロフォーン・グロッケン・マリンバの鍵盤打楽器から開始され
執拗に同じメロディーを反復していくのですが、この緊張感が絶品です。
アルトサックスのソロも素晴らしいし、それに合いの手を入れる打楽器セクションの瞬発力も お見事に一言に尽きます。
ファゴットのデュエットも少しばかりズレはあるのですけど、やはりあの勢いは止められない感じです。
後半のティンパニソロからの金管セクションの透明かつ勢いのある展開も大変迫力がありますし、
トムトムをはじめとする打楽器セクションのやはり瞬発力と自発性は高く評価されて然るべきだと 思います。
自由曲における、ドラの鳴り方が非常に効果的なのも印象的です。特に第一楽章の鳴りっぷりは凄まじかったです~♪
この曲の原曲は17分程度の長いものなのですけど、市立川口は5分30秒程度にコンパクトに収めてしまいましたので、
「もう少し長く演奏しても良かったのでは・・・? せめてこの翌年の東海大学第一高校くらいの長さは
欲しかった」とも言えなくはないのですけど、
指揮者の信国先生は、 音楽的緊張感を優先に考え、このカット方法にしたのかもしれないです。
(課題曲Bのプレリュードを静粛に音楽的緊張感をキープしたまま、ネリベルの冒頭のあのひそやかな鍵盤打楽器へと
入った事もあり、課題曲との連続性みたいなものも信国先生としては意識されていたのかもしれないです)

翌年の1980年のマクベスの「神の恵みを受けても素晴らしかったですけど、圧巻なのは誰が何と言っても1981~82年の
信国先生の自作自演による「無言の変革」シリーズだと思います。

1981年の「無言の変革」~問いは普門館のステージにとにかく打楽器をずらーーーっと並べ、
2組のティンパニ、大小のチャイム・カリヨン(鐘)・大小のドラ、様々なトムトム、各種鍵盤打楽器を曲の冒頭から叩きまくり、
普門館の聴衆の度肝を抜き、曲の中間部で突然ホルン奏者等が立ち上がり体をくねらせながら法螺貝を吹きまくったり、
グランドハープを恐らく吹奏楽コンクール史上初めて普門館に持ち込んだりと見た目の演奏効果は抜群でした。
曲自体とても斬新でしたし、アルトサックスのソロをはじめとする個々の技術の完成度の高さも高校生のレヴェルをはるかに
超越していたと感じられます。
とにかく最初から最後まで普門館の聴衆に「これからなにやらとてつもないことが起こりそう・・」といった予感を感じさせていたと
思いますし、ラスト近くの異様な曲の高揚感も劇的緊張と感動が適度に融合されていて、これが曲をすっきりと閉じさせる
大きな要因にもなっていたと感じられます。
1981年当時としては、例えばワーグナーやヴェルディーといったやや硬直化しマンネリ気味だった自由曲の選曲について
「こうした表現はいかがなものか?」という斬新な「問いかけ」という意味合いももしかしたら、信国先生は問い」という
タイトルにも滲ませていたのかもしれないです。
とにかく凄まじいインパクトは残してくれたと思いますし、確実に普門館の聴衆に「何か」は伝えていたと思います。

そうした中で、翌年の1982年も信国先生の自作自演が普門館で再現されました。

タイトルは1981年と同様に「無言の変革」ですけど、1982年は、「そこに人の影は無かった」という部分が選曲されていました。

この「無言の変革」という信国先生の自作自演の曲ですけど、実今現在もその詳細は私自身は把握していません。
曲自体が組曲なのか単作なのか連作なのか、「問い」と「そこに人の影は無かった」以外の楽章は存在するのかしないのか?
続編はその後作られたのか否かなど概要は正直謎で知る由もないです。

大学時代の吹奏楽団のメンバーの中に、一人この市立川口の「無言の変革」を県大会・関東大会・全国大会で聴いた
という人間がいて、彼の話は実に興味深かったです。
それによると、埼玉県大会の段階と全国大会では、演奏も大分変化があったようで、コンクール過程の中で信国先生が
色々と書き加えたり修正をされたとの事でした。
ちなみに市立川口高校は1983年は吹奏楽コンクールには出場していません。
代わりに世界音楽祭に参加し、その際に「無言の変革」~そこに人の影はなかったを演奏しているようですけど
この時の演奏は、1982年の全国大会の演奏に色々と修正をしているようです。
一例をあげると・・・
82年の全国大会では、曲のラストは「カリヨン」(鐘)がコーンコーンと響いて終わるのに
83年の世界音楽祭では、カリヨンの音が響いた後に再度全体での弱奏が続いたらしいです。
そして82年の全国大会では使用されなかった「法螺貝」は、83年の世界音楽祭では用いているそうです。

83年の世界音楽祭の演奏は、公式には確かCD化されていなかったと思いますけど、
後年、市立川口高校吹奏楽部による 「響華Ⅱ 全日本吹奏楽コンクール創奏の軌跡 川口市立川口高等学校吹奏楽部」という
記念盤みたいな形でCDが定期演奏会の際に二枚組CDとして発売されていましたけど、
この記念CDには83年の世界音楽祭の演奏も収録されているらしいです。
この時、私、この記念CDをなぜか購入しませんでしたけど、これは今でも「あの時購入すればよかった」と大変後悔しています。
今となってはとてつもない貴重な資料だと思います。
以前このCDがヤフオクで出ていて入札したのですけど、その後とてつもない高値が付き落札を断念した経緯がありました。

さてさて市立川口高校の2年目の「無言の変革」シリーズのタイトルは「そこに人の影は無かった」というまたまた意味深な
ものでした。
少し厳しく言うと、2年目の「そこに人の影は無かった」は、1年目の「問い」ほどのインパクトは無かったようにも思えます。
「問い」はラスト近くのコラールのメロディーがとても訴えるものがあり感動性が強かったのですけど、
「そこに人の影は無かった」は、どちらかというと少しばかり機械的で冷たい感覚の世界が続いていたような感覚があります。
「問い」に比べて、管楽器のソロの扱い・比重が大きくなり、
「無言の変革は打楽器だけではないぞ」みたいなアピールもあったのかもしれませんけど、打楽器の扱いもやや平板な感じが
します。
全体的に金管楽器の響きが甲高過ぎというかヒステリックにも聴こえ、問いほどの感銘性が弱かった印象はあります。

悪く言うと単に演奏効果だけを狙ったような曲という印象もあり、
「問い」のような感動性とか「これから何かとてつもない事が始まる・・・」みたいなドキドキ感が希薄だった印象もあります。

打楽器セクションの多さ・ハープやカリヨンといった特殊楽器の響きだけに頼りすぎて、聴衆を「音そのもの」だけで
びっくりさせようとする意図があまりにも見え見えすぎて
聴く方としては「二匹目のドジョウはいなかった・・・」という事になったのかもしれないです。

1982年の市立川口の演奏はへらぼうに上手かったですし、技術的にはこの年の高校の部のトップクラスだと思います。
だけどその「音楽の表現」に疑問符を付けた審査員が多かったのかもしれないですし、
市立川口の審査評価はかなり割れていたように記憶しています。
結果的に銀賞という評価に留まっていますけど、このあたりはコンクール審査の難しさはあるようにも感じられます。
技術的にはほぼ満点だけど審査員の好き嫌いで評価は割れ、銀賞という結果に留まったと思います。

当時の高校生の私は「どうして市立川口の演奏は問い以上に斬新な演奏をしたのに銀賞なの~!?」と大変ぶーたれて
いたものですけど、今現在の視点で改めてこの「そこに人の影はなかった」を聴いてみると、
音楽の中身や表現の深さというよりも単に打楽器等の特殊楽器効果でもって聴衆の度胆を抜こうといった意図の方を
より強く感じてしまいます。

だけど、1980年代前半の高校部門において、こうした斬新な音楽と表現で聴く者に「何か」は確実に伝えた市立川口の偉大さは
全く永遠に不滅だと思いますし、私にとっては絶対に忘れる事は出来ない演奏の一つです。

それだけは間違いなく言える事だと思います。

市立川口の素晴らしい点はたくさんあるのですけど、その一つが個々のソロの巧さと個人的技術の高さと
音楽のダイナミックスレンジの幅が大変広くて、ソロや音の薄いところといった弱奏部分とfffの強奏部分の対比が実に
鮮やかという事が挙げられると思います。
その代表的な事例が二つの交響的断章と神の恵みを受けての前半と後半の鮮やかな対比だと思いますし、
無言の変革シリーズと名取吾郎作品におけるソロ楽器の巧さだと思いますし、特にトランペットパートの巧さは
断然光っていたと思います。
後年ですけど、1986年の課題曲の「嗚呼!」・87年の課題曲の「渚スコープ」、88年の「ハムレットへの音楽」の
トランペットのソロのミスはあまりにも目立っていましたし痛かったと思われます。
1980年代後半以降の市立川口が全国大会で金賞から遠ざかってしまった要因の一つがそうしたトランペットに代表される
ように個々のソロミスがあったのかもしれないです。
88年の全国は銀賞でしたけど、課題曲の「交響的舞曲」の中間部と自由曲の「ハムレットへの音楽」の
プロローグとエルシノア城のゆったりとした部分の市立川口の表現力の深さには感服させられたものでした!

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上記でトランペットの話が出てきましたので、ここはdream fantasy2 のアミグリさんが描かれた北宇治高校吹奏楽部のトランペット奏者の高坂麗奈を
改めて皆様に見て貰いたいと思います。

上記の作品はアミグリさんが2018年6月に描かれた「響け! ユーフォニアム」の1年生トランペット奏者の高坂麗奈です。

この高坂麗奈は、2018年7月に当ブログが迎えた「吹奏楽カテゴリ通算1000記事到達」を記念して
アミグリさんに事前にリクエストをして描いて頂いた記念碑的な作品でもあります!

アミグリさんの描かれた麗奈は、アニメ版の特に第一期で見せていたちょっと孤高で気高いオーラとプライドの高い麗奈という
要素を少し弱めて、第二期で見せていた麗奈本来のかわいらしさを感じさせているのだと思います。

北宇治高校の冬服の茶系統のセーラー服のかわいらしさに黒髪ロングの素晴らしさにつぶらでどこか訴えかけるような
瞳の吸い込まれ具合に微笑みの上品さなど
完成度の高さにはただただ脱帽するしかないと思いますし、
「この麗奈を描くのに一体どれだけご苦労をされたのだろう・・」と改めてアミグリさんには感謝の言葉しか出てこないです。
麗奈のこの流れるような黒髪ロングの美しさやキラキラ感も本当に充実していると思います。
笑顔もすてきですし、背景の音符やトランペットも「麗奈はミューズ=音楽の女神様みたい・・」といった雰囲気を
伝えているように思えてならないですね~♪

高坂麗奈というと孤高のトランペット奏者という印象もありますけど、フリューゲルホルンやコルネットやポストホルンといった
トランペットの類似楽器を吹いてもとても絵になると思いますし、麗奈がタイムスリップして1980年代初めの
市立川口の「無言の変革シリーズ」の演奏に加わったしたら鬼に金棒といえそうです~♪
現在はお盆期間中というかお彼岸真っ只中です。

お彼岸と吹奏楽オリジナル作品というとなかなかそれに合致する曲もないとは思うのですけど、その中でそれらしい曲
ということで、本日は稲垣卓三の管楽器のための組曲という知る人ぞ知る陰鬱な超マイナー作品を簡単に
レビューさせて頂きたいと思います。

私自身、生まれて初めて購入したクラシック音楽のレコードは、ショスタコ―ヴィッチの交響曲第5番「革命」でした。
そして2番目に購入したレコードがオーマンディ指揮・フィラデルフィア管弦楽団の「ロシア名曲シリーズ」で、
ダッタン人の踊り・スペイン奇想曲などが収録されていました。
3番目に購入したレコードがシベリウスの交響曲第1番だったと思います。

それでは吹奏楽関連において私が一番最初に購入したレコードにはどんな曲目が収録されていたのでしょうか・・?

そのレコードは「東京佼成ウインドオーケストラ 第1集と第2集」でして、

・演奏団体:東京佼成ウインドオーケストラ
・指揮者:秋山和慶
・発売元:(株)佼成出版社
・出版年:1979年3月

という内容だったと記憶しています。このレコードはフェネルが東京佼成の常任指揮者に就任する前の収録されたものであり、
フェネルの華やかさとは別にいかにも秋山さんらしい真面目で端正な仕上がりの曲ばかりだったと思います。
2集の方に収録されていたのがいわゆるロシアものの吹奏楽アレンジ作品でして、確か収録されていた曲が
1.歌劇「コラ・ブルニヨン」序曲 2.組曲「道化師」 3.バレエ音楽「ガイーヌ」~剣の舞・子守歌・レスギンカ舞曲
4.バレエ音楽「スバルタカス」~スリーダンスエピソード
という大変充実していまして、特に組曲「道化師」は、私自身が1982年の時の高校の定期演奏会で演奏した曲で、
かなりの部分参考にした記憶があります。
ガイーヌは、この当時はまだあの名アレンジの誉れ高い林紀人先生の版ではなくて、藤田玄播または稲垣卓三による
アレンジが主流だったのは今現在との大きな違いかもですね。

そしてこのシリーズの第一集に収録されていた曲目は、大変メジャーな曲目と超マイナーな曲目の吹奏楽オリジナル作品の
組合せという事で、当時からかなり注目度は高いレコードだったような記憶があります。
この第一集の収録曲目は、

【Side A】

1.交響曲第2番「三法印」/ロバート・ジェイガー
 1楽章 諸行無常 
 2楽章 諸法無我 
 3楽章 涅槃寂静 

2.天使ミカエルの嘆き/藤田玄播 

【Side B】

1.シンフォニア・ノビリッシマ/ロバート・ジェイガー 

2.管楽器のための組曲/稲垣卓三
 1楽章 プロローグ 
 2楽章 仏前にて 
 3楽章 影 
 4楽章 夢 
 5楽章 行進曲 

という内容でしたけど、ジェイガーのシンフォニアノビリッシマと藤田さんの天使ミカエルの曲は今現在でも
時折ですけど吹奏楽コンクール等でも演奏され続けている息の長い作品ですけど、
ジェイガーの三法印と稲垣卓三の組曲は知る人ぞ知る曲という扱いになっているのは否定できないと思います・・
ジェイガーの吹奏楽のための交響曲(第1番) は大変な人気作品であったのに対して、2番の三法印に不人気ぶりは
ある意味際立っていたとも思えます。
私もこの三法印は何度も聴いてみましたけど、この曲のどこに魅力があるのかいまだにさっぱり分かりません・・
1980年に京華学園が自由曲とした以外は、どのチームも吹奏楽コンクールでは演奏されていない事実こそが
その不人気ぶりを見事に象徴しているとも言えます。
同じく稲垣卓三の「管楽器のための組曲」も三法印以上に人気がない曲でありまして、
この曲は吹奏楽コンクールにおいては支部大会以上ではなんと一度も演奏された事すらありません。

稲垣卓三というとどちらかというと東京佼成のコントラバス奏者または吹奏楽作品のアレンジャーというイメージの方が
強いと思います。
上記でもちらっと書いていますけど、ガイーヌ・歌劇「運命の力」序曲、歌劇「ウィリアム・テル」序曲の稲垣さんのアレンジは
かなり優れていると思いますし、ガイーヌも林紀人アレンジ版が出るまではかなり演奏されていたような気がします。
稲垣さんは指揮者としても東京佼成の地方公演を何度かされていて、そこで管楽器のための組曲・三つの日本民謡といった
自作自演もされていたような記憶もあります。

そしてこれは後日の話なのですけど、1980年代後半以降急速にレコードからCD化が普及した際に、
秋山さんが指揮された東京佼成ウインドオーケストラ のレコードがCD化されて再販売されていた頃、
稲垣卓三の「管楽器のための組曲」は割愛されてしまい、CDとしては未収録のまま今現在に至っていますので、
この東京佼成ウインドオーケストラ 第1集のレコードはかなり貴重なものがあるといえそうです。

以前当ブログで兼田敏の「ウインドオーケストラのためのファイブイメージス」という曲は、まるで新ウィーン楽派みたいな
抽象的で難解な作品と記したことがありますけど、
稲垣卓三の「管楽器のための組曲」もその抽象的な内容と曲の難解さは、兼田敏のファイブイメージスに決して
見劣りしないと思います。
私もこの組曲は何度か耳にしましたけど、やはり三法印・ファイブイメージス以上にさっぱりわからないです・・
ファイブイメージスの方はまだどこなくカラっ・・としたあっけらかんさみたいなものもなくはないと思うのですけど、
稲垣卓三の組曲は、和の陰々滅々みたいな雰囲気が濃厚で、全体的に「死と夢」をテーマにしたようにも感じられなくも
ないように感じられたりもします。
特に第Ⅴ曲の「行進曲」は、「この陰鬱な雰囲気のどこがマーチなの~!?」という感じなのだと思いますけど、
あの陰気な世界は、新ウィーン楽派のベルクの初期作品でもある「三つの管弦楽曲~Ⅲ.行進曲」の雰囲気と
かなりの点で被るようにも聴こえたりもします。
その中で唯一イメージしやすい楽章がありまして、それが第二曲の「仏前にて」だと思います。
(というか曲のタイトルに仏前というワードが入っている事自体すごい話なのかも・・?)
この「仏前にて」は黙って目を閉じて聴いていると、いかにもご逝去した方をしのんでその御仏壇に、
チーンチーンと鐘を鳴らしたり焼香をしたり、お線香をつけたりといった「死者への弔い」が日本的なお線香・手を合わせるという
動作として表現されているようにも聴こえたりして、
全体的には大変抽象的でわかりにくい音楽なのですけど、仏壇の前にて手を合わせるという具体的なイメージが
なぜか必然的に湧いてくるという意味では大変面白いものを感じたりもします。

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我が家はお彼岸とは別に毎年毎年11月になるとお墓参りに行く事が多いです。
というのも、なぜか11月にご逝去された身内の方が非常に多いというのもなんだか不思議なものも感じたりもします。
うちの奥様のご両親さんもお二人とも11月にご逝去されていましたし、お墓に刻印されている命日を眺めていると
11月に亡くなられた故人の皆様が多いというのもなんだか偶然ではないような気もしますし、うちの奥様自身も
そのせいかしりませんけど「私が死亡するとしたらそれは11月なのかも・・?」と縁起でもない事をたまに
口にしているようです。
年に何度かお墓参りに行ったり我が家の御仏壇にお線香を付けたり手を合わせるといった動作をしていると、
不思議とこの奇妙な感覚としか言いようがない稲垣卓三の「管楽器のための組曲」~仏前にてを思い出してしまいます。
2018年の冬アニメの「色づく世界の明日から」のヒロインの月白瞳美も未来に帰った際に、(過去において一時期学校生活を
共にしたクラスメイトまたは身内の)お墓参りに行かれていましたけど、
現在も未来もこうした先祖や亡くなった方を偲ぶ気持ちというのは時が流れても変わりがないのかもしれないです。

先日もとある顧客がご逝去され、葬式後と言う事でご自宅にお悔やみ訪問とお線香をあげにお伺いさせて頂きましたが、
遺影を前にお線香をつけて手を合わせた瞬間に、改めてですけど
「人が亡くなるという事とはこうした雰囲気なのだ・・」という事を感じたものですし、
同時に正座をしてお線香をつけて仏壇に手を合わせるという日本的な作法みたいな事をわかりにくい音楽で抽象的に
表現したのがこの「仏前にて」という曲なのかな・・?とふと感じたものでした。

日本のお葬式とか仏壇を表現した曲って多分ですけどそんなにはないと思いますので、そうした意味では大変貴重なものが
ありそうなのかもしれないです。
当ブログにおいて「小山清茂」という偉大なる作曲家のお名前は、
1980年の全日本吹奏楽コンクール課題曲A / 吹奏楽のための花祭りと大木隆明先生時代の前橋商業高校吹奏楽部にて
かなり頻繁に登場すると思います。
小山清茂が現代日本のクラシック音楽界と吹奏楽界において最も大きな貢献を残された作品と言うと
管弦楽のための(吹奏楽のための)木挽歌なのではないかと私的には感じていますし、この木挽歌という作品は
外山雄三の「管弦楽のためのラプソディー」と並んで日本人の「心のふるさと」ともいえる作品ではないのかな・・?と
思ったりもします。
この二曲は大変分かりやすい音楽で構成されていて、日本人であるならば間違いなく「どこかで聴いたことがあるメロディー」が
次から次へと登場してきますし、この曲を聴いてしまうと普段は自分が日本人である事を意識しないような人でも
多少は「日本」を意識させてくれる郷愁に溢れた作品と言えるのだと思います。
実際、小山清茂の「管弦楽のための木挽歌」は、外山雄三の「管弦楽のためのラプソディー」と並んで、
「和」をモチーフにした邦人作品としてはメかなりジャーな作品だと思いますし、現在でも演奏会で取り上げられる
頻度は比較的高い方だと思います。

小山清茂は管弦楽の分野でもそうですけど、吹奏楽の発展のために尽力し、吹奏楽のための木挽歌のように
いくつかの吹奏楽作品は今でも演奏され続けています。
1914年に長野県で生まれた小山清茂は幼い頃から民俗芸能の響きに囲まれて育ち、
日本の伝統的な響きを最も濃厚に受け止めた作曲家のひとりです
西洋楽器のための作品だけでなく、和楽器のためにも数多くの作品を残している事でも知られています。
主要作品に、管弦楽のための木挽歌、管弦楽のための鄙歌第1~4番、管弦楽のための信濃囃子、交響組曲「能面」、
管弦楽のための「もぐら追い」なとが挙げられると思いますし、
吹奏楽作品としては、1980年の全日本吹奏楽コンクール課題曲Aの吹奏楽のための「花祭り」、吹奏楽のための「おてもやん」、
吹奏楽のための「琴瑟」などが知られていると思います。
尚、吹奏楽コンクールにおける小山清茂の作品というと木挽歌と能面が知られていますけど、この両曲は
前橋商業高校吹奏楽部の大木隆明先生から吹奏楽版へのアレンジを依頼され、管弦楽版とは別に吹奏楽版も
存在したりもしています。

そして小山清茂の吹奏楽作品で木挽歌・花祭り以上に忘れてはいけない作品の一つとして「吹奏楽のための大神楽」が
挙げられると思います。
この曲の演奏時間は5分程度と大変短く、例えば大栗裕の「吹奏楽のための神話~天の岩屋戸の物語による」などに
見られるような凄まじい大音響とか劇的なドラマ性や動と静の凄まじいダイナミックスレンジの落差というものは
ほぼ皆無で終始どちらかというとゆったりとした鄙びた音楽が展開されていきます。

吹奏楽のための太神楽は1971年に東京音楽大学の委嘱作品として作曲されています。
小山清茂の故郷である長野県更級郡に伝わる神楽囃子を素材とした作品であり、
笛、太鼓、鉦などに合わせて獅子舞が登場したり、
おかめやひょっとこがおどけた仕草で笑わせるといったような田舎風の楽しく鄙びた雰囲気を伝える曲と言えると思います。

上記で書いた通り最近の邦人オリジナル作品のような派手さ・ドラマチックな展開・咆哮する金管セクションと打楽器といった
要素はほぼ皆無であり、和楽器としての打楽器セクションと木管のソロを中心に構成されている曲と言えます。
冒頭はデリケートな響きの厳かな雰囲気で開始されピッコロのソロで曲が開始されます。
祭りのお囃子のような雰囲気のソロに、和の打楽器が加わってお祭りがスタートします。
上記で書いた「お祭り」というのは獅子舞の一行がお祭り見学に来ている子供たちや村人たちに近づいてくるという
イメージなのかもしれないです。
というか、最近の都会の子供たちは獅子舞とか御神輿といったいわゆる地域のお祭りというものも知らないし見た事がないと
人も相当多いと思いますので、こうした獅子舞の踊りを音楽としてイメージするというのは難しいのかもしれないですね。
私も小さい頃に神社のお祭りの一環としてこうした獅子舞の奉納踊りを見た事がありますけど、
単に人間が獅子の飾りをかぶって踊るという訳ではなくて、獅子舞は立ち止まって頭を振ったり時に子供の頭にかじりつく
振りをしたりなどそこにあるのは「獅子舞のおどけた動作」なのだと思います。
この吹奏楽のための大神楽にはそうした獅子舞の動きを見事に音楽としてイメージさせているものがあると思います。
そしてそうした獅子舞の動きが音楽として展開されている辺りで、オーボエ・クラリネット・フルートのソロも絡み、
この部分は5/8と2/4が組み合わさった変拍子で構成されていたりもします。
例えば大栗裕の神話や仮面幻想等は聴いているだけで「変拍子が大変そう・・」という感じもあるのですけど、
小山清茂の大神楽にはそうした変拍子の厄介さというものを聴衆に感じさせることはほぼ無いと思います。
そこで聴衆が感じ取るのは「鄙びた雰囲気」の方なのだと思います。
そして獅子舞の踊りが終わった頃にリズムとしては6/8に拍子が変わり、ここから先は獅子舞に代って
おかめとひょっとこがひょっこりと登場し、更にのどかな雰囲気を醸し出してきます。
クラリネットのソロを軸にちょいと泥臭くてどんくさい音楽が展開されていき、なんとなく「ひょうきん」というちょっと古臭い言葉が
似合いそうな音楽が展開されていきます。
そしてここから冒頭のピッコロのソロが再現され、鈴の音がシャンシャン・・と静かに鳴らされていき最後は鈴の音が
静かに消え去っていき曲が静粛のうちに閉じられていきます。

吹奏楽のための大神楽ですけど、何が一番大変なのかと言うと演奏テクニック以前に楽譜に指定されている
和の打楽器を揃える事なのかもしれないです。
ティンパニ以外にはあたり金・締太鼓・桶胴・やぐら太鼓・小鈴といった特殊和打楽器も用意する必要があります。
こうした特殊楽器がどうしても準備できない場合は、
あたり金→カウベル 締太鼓→小太鼓 桶胴→トムトム やぐら太鼓→大太鼓で代用するのも一つの案だと思います。

この曲は吹奏楽コンクールの全国大会で演奏された事は残念ながら一度もないのですけど、支部大会では何度か
演奏されています。
私自身が気になる演奏というのは1974年に村松先生時代の就実高校です!
(この演奏は音源が皆無ですので私は聴いた事は一度もありません・・)
就実の村松先生と言うと、幻想舞曲集・スペイン組曲・イベリア・ル・シッドのバレエ音楽などに象徴される通り
スペイン音楽を十八番にされていたと思うのですけど、そうした村松先生がこうした邦人作品を吹奏楽コンクールの自由曲に
されている事自体極めて珍しいと思いますし、しかも74年の課題曲があのポップス色全開の「高度な技術のための指標」
と言う事もあり、もしも音源が残っていたとするならば是非是非聴いてみたい演奏ですね~!

私自身が吹奏楽のための大神楽を聴いた演奏の中で特に印象に残っている演奏は、
私の山梨県左遷(?)時代とも重なるのですけど、1992年の山梨県大会と関東大会B部門で聴いた山梨県のB部門の演奏の
勝沼中学校の演奏です!
山梨県の中学校の吹奏楽は、1970年代~80年代の平野先生が指揮された明見中と大月東中で一つの大きな頂点を
築き、21世紀以降の大島先生指揮での敷島中学校が出現するまでの間はちょっと低迷していた時期もあったのかとは
思うのですけど、
そうした低迷期に活躍されていたチームの一つがB部門における笛川中学校(大島先生の敷島中赴任までの前々任校)や
塩山中・勝沼中だと思うのですけど、その中でも塩山中と勝沼中を指導・指揮されていた網野先生の濃厚すぎる
個性豊かな演奏は私にとっても大変印象的な先生であり、演奏だったと思います。
網野先生のコンクールでのステージ衣装は、ラメ色のタキシードみたいな感じのド派手さがあり、
山梨県大会や関東大会で網野先生のあのラメ色ステージ衣装を見るたびに「この先生、すごいよなぁ・・」と
感じていたものでした!
演奏自体も例えば1990年の塩山中を指揮された時の吹奏楽のための木挽歌の素晴らしい名演もありましたし、
93年は結果的に関東大会銅賞という結果ではありましたけど、小山清茂の吹奏楽のための鄙歌第2番も
確かに奏者の技術不足に音量不足という明確な問題点はあったものの、音楽に聴くものを惹きつける個性は
間違いなく伝えていたと思います。

そうした中で1992年に自由曲として演奏し、結果的に山梨県代表の一校として関東大会B部門に出場されていた時の曲が
吹奏楽のための大神楽だったのでした!
あの演奏は素晴らしかったと私は今でも思っています。
木管セクションのソロも最後まで雰囲気をキープしていたと思いますし、演奏も素朴さや日本の和の心が見事に
表現されていたと思いますし、途中で手拍子を入れる等の工夫もあり、
鈴の音も場面によってはほぼ全奏者が鈴を手にして、しかも鈴を上に持ち上げたりステージすれすれの位置まで下げて
鳴らしてみたり、最後は奏者全員でまるで息が絶えるように鈴を静粛にごくごく微音ギリギリまで
静かに美しく鳴らして曲を閉じたりと色々と工夫がみられていて、会場の聴衆のハートは間違いなく掴んでいたと
思います。

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吹奏楽のための太神楽のフルスコアは見たことが無いもので作曲者指定の鈴がどういう鈴を使用すればいいのかは
私は分からないのですけど、神楽というイメージに忠実に従うとなると上記画像の神楽鈴または雅楽の鈴を
使用するのが理想的と言えそうです。

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もちろん本格的な神楽用の鈴を上記の勝沼中のようにほぼ全奏者がラストで静かに鳴らすような演出をすると、
膨大な鈴購入またはレンタルのための経費が発生しそうなので
現実的には学校音楽教材用の鈴を使用した方が宜しいのかもしれないです。

勝沼中の大神楽を聴いて感じた事は、「この曲はA部門の大人数だとかえって曲の雰囲気を損ねてしまう危険もあるので、
35人程度の小編成の方が曲のイメージを素直に伝えることが出来るのかもしれない」というものでしたし、
その感想は今でも変わりは無いと思います。
そうした意味では現在の吹奏楽コンクールの小編成部門でこの曲を自由曲にされるのも悪いことではないし、
私としてはかなり意義があるのかも・・と感じています。
W.H.ヒル と言うと吹奏楽的には「セント・アンソニー・ヴァリエーション」があまりにも有名ですし、この
あまりにも素晴らしき吹奏楽オリジナル作品は天理高校の1985年の奇蹟的超ウルトラ名演によって
世に知られて既に36年以上も経過しているのですけど、
忘れ去られる事なく支部大会・全国大会・プロアマ問わず定期演奏会等で演奏され続けている事は
この曲自体の素晴らしき普遍性を示唆しているのだと思います。
(今更言うまでもない話ですけど、ブラームスの「ハイドンの主題による変奏曲」もヒルのこの曲も元歌のメロディーは
「聖アンソニーのコラール」という同一主題に由来し、こうした変奏形式の曲を聴いてみると、
管弦楽版も吹奏楽版も素材の調理法によって、聴く人に与える印象は随分と違うものである事は痛感させられたものです)

上記で素晴らしき吹奏楽オリジナル作品と記したのですけど、厳密にいうとヒルのあまりにも感動的な終結部のコラールの
再現がある「セント・アンソニー・ヴァリエーション」は元々の原曲としてのセント・アンソニー・ヴァリエーションではなくて、
1979年のアメリカでの初演後に二人の日本人の手を経て改訂された、冒頭の主題の再現がコラールとして終結部に
高らかに再現されるセント・アンソニー・ヴァリエーションの方であるという事実を知った時は驚いたものでした。
というか・・1985年の天理高校のあの感動的な「セント・アンソニー・ヴァリエーション」の改訂版の演奏に耳が慣れてしまうと、
ヒルの元々の原典版を聴いてみると、特に終結部での違いに愕然としてしまいそうです。

原典版のセント・アンソニー・ヴァリエーションは1979年にアメリカのダウニー高校吹奏楽団からの委嘱により作曲され、
翌年にカリフォルニア州立大学ロサンジェルス校ウインドアンサンブルが来日公演した際に、ヒル自身の指揮で
日本初演が果たされています。
原典版のセント・アンソニー・ヴァリエーションは曲の作りが精密で手の込んだ変奏曲ではあるのですけど、
冒頭の聖アンソニーのコラールのテーマが華やかに鳴り響いた後は、このテーマが原型で登場する事は一度もなく
最後まであの主題が戻ってくることも無く、改訂版のような感動的で華麗なテーマの再現もなく、
更にいうと原典版においては聖アンソニーのコラールのテーマは変奏を重ねる中で変容・解体されていき、
打楽器が活躍する第四変奏の中でどちらかというと知的で暗い雰囲気のまま曲が閉じられ、全体としては
むしろ地味さすら感じてしまうという事で、日本初演後もこの曲が話題になる事は皆無でした。
終り方が改訂版のような華やかさ・感動がほとんどなく、どちらかというと尻切れトンボみたいなヘンな終わらせ方を
していた事も「印象が薄い作品」と感じさせていたのかもしれないですし、あの終わらせ方は、あくまで私の主観ですけど
同じくヒルの吹奏楽オリジナル曲の「神聖な舞曲と世俗的な舞曲」におけるシロフォーンが呟くように静かに閉じていく
終わらせ方とどことなく似ているように感じたりもします。

ヒルのセント・アンソニー・ヴァリエーションの吹奏楽コンクール全国大会初演は、多くの皆様は1985年の天理高校と
思われている方も多いのかもしれないですけど、実はその4年前の1981年に文教大学によってなされています。
1981年の文教大学は1980年に引き続いて小澤先生率いるあの名門・神奈川大学を関東大会で撃破しての代表なので
値千金なのかもしれないです。
セント・アンソニー・ヴァリエーションの原典版の演奏時間は11~12分なのでどこかでカットする必要性が生ずるので、
当時の文教大のアレンジャーでもあった柳田孝義先生が知恵を絞り、うまい具合にカット改訂を施し、さらに
原典版のままだと感動性がうすいということで、1985年の天理に近いようなラスト近くでの冒頭の聖アンソニーコラールの主題を
再現する改訂を編集され、ここに記念すべきセント・アンソニー・ヴァリエーションの全国大会初演が果たされる事に
なります。(いうまでもなくヒルの了解は得た上での編集です)
しかし、1981年の文教大学は全国大会・銀賞に留まり、そのカット版改訂編集もほとんど注目される事なく、
この曲はその後もほとんど注目される事はありませんでした。
(1982年に遠山先生率いる浜松工業高校がこの曲を自由曲にして臨んだ東海大会はダメ金で終ってしまいます)

しかし、1985年に転機が訪れます。

それがいうまでもなく1985年の超・歴史的名演と今現在でも誉れ高き名演と囁かれ続けている天理高校による
セント・アンソニー・ヴァリエーションの演奏がなされたことです。
私自身もあの天理高校の超名演は普門館で生演奏で実際にこの耳で聴きましたけど、とにかく素晴らしい!としかいいようが
ない感動がそこにはあったと思います。
天理高校の演奏が終わると普門館がざわついていました・・
「セント・アンソニー・ヴァリエーションってこんなに素晴らしい曲だったけ・・??」
「この曲、4年前にも文教大学が演奏していたけど、どうしてあの時はこんなに注目されなかったのだろう・・」
「これってもしかしたらヒルの新作オリジナル作品・・??」などあの日からセント・アンソニー・ヴァリエーションは
ある日突然とてつもない名曲となってしまったのです。
天理高校でアレンジなども務められていたピアニストの中屋幸男先生が、1981年の文教大学の柳田先生による
改訂版を参考にしつつ、文教大とは異なるカットとラストのコラールの再現編集を施し、結果的に1981年の文教大学を
上回る曲としての緊密性とラストの感動性を高めることに大成功し、それが天理高校の超名演と合わさり、一気に
セント・アンソニー・ヴァリエーションが大ブレイクを果たす大きなきっかけが作られたものでした。
ちなみに天理高校によるカット編集版もヒル自身が了解しただけではなくて、1991年のアメリカ吹奏楽指導協会の総会にて
カリフォルニア工科大学吹奏楽団が、ヒルの指揮によって原典版ではなくて
1985年の天理高校によるカット編集版の演奏をしていて、結果的に作曲者自身が公認した改訂アレンジ版という形で
母国・アメリカにこのセント・アンソニー・ヴァリエーションが里帰りを果たしたという大変珍しい現象を引き起こしています。
後日中屋先生によるカット改訂版は日本でも正式にヒル公認編曲版として正式に出版され、現在に至るまでこの版が
吹奏楽コンクールにおいても使用され続けています。
これは見事な換骨奪胎といえそうですし、原典版がいいと思うかこのカット改訂版がいいと思うかは聴き手に委ねられていると
いえそうですけど、私個人は圧倒的に天理高校による改訂版の方が大好きです。

ヒルのセント・アンソニー・ヴァリエーションの名演と言うとやはり1985年の天理高校を超える名演はいまだに出ていませんし、
おそらく今後も出ないと思います。
1988年の全国大会ではこの曲を自由曲に選ぶチームは6チームもありましたけど、天理を超えるどころかその領域に
近づくチームすらなかったようにも感じられます。
(強いて言うと高岡商業の金管セクションの豪快だけど洗練された響きはとても素晴らしかったです)
1985年の天理高校ですけど、自由曲のセント・アンソニー・ヴァリエーションも冒頭の鳴らし方、それに続く打楽器の瞬発力、
静かな部分でのオーボエの美しいテーマの響かせ方、木管セクションのひそやかさ、金管と木管の完璧なバランスなどなど
どれをとっても文句のつけようがない演奏でした。
曲全体を貫く聖アンソニーコラールのテーマとそれに対する変奏の位置関係が大変素晴らしく、
曲の構成が明確に見えてくる演奏だったとも感じられます。
終結部のコラール直前の打楽器だけの部分もティンパニをはじめとするリズムがドンピシャに決まっていて大変心地よかった
ですね~♪
とにかく「素晴らしい」以外の言葉が思い浮かばず、演奏終了後もただただ呆然と見とれるだけで、 
感動以外の何物でもありませんでした。


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1985年の高校の部は、天理高校のセント・アンソニー・ヴァリエーション、愛工大名電の「プラハのための音楽1968」、
習志野高校のローマの祭りがこの年の三大名演だと思いますが、
個人的にはプログラム1番の花輪高校の課題曲Aと自由曲のガジペコフの2番も素晴らしかったと思います。
というか・・花輪高校の演奏がどうして銅賞という評価に終わり、あの素晴らしい名演を何度後日聴きなおしても
どこにマイナスポイントがあるのか私には全く理解できないです・・

1985年の天理高校は金管セクションも素晴らしかったですけど、ティンパニをはじめとする打楽器パートも
大変素晴らしくてあの瞬発力に溢れるキレの良さはため息しか出てこないです・・

1985年の天理の課題曲はBの「波の見える風景」でしたけど、習志野高校の繊細で洗練された演奏とはひと味違う
大変ダイナミックスな迫力ある演奏でした。
あの年・・天理高校は普門館に2台のドラ(タムタム)を持ち込んでいましたけど、40インチの巨大なドラは
課題曲の波の見える風景で曲の終結部においてゴワワワワーー―――ンと地響きを上げるが如くの大変な威力を
発揮していましたけど、なぜか自由曲のセント・アンソニー・ヴァリエーションでは未使用だったのは
少し勿体無い気もしたものでした。
あの巨大ドラをセント・アンソニー・ヴァリエーションでももしも使用していたとしたら、曲の雰囲気はさらにもう少し変化が
出ていたのかもしれないです。
クラリネットの派生楽器の一つである「バスクラ」(バスクラリネットの略)は、普通のB♭クラリネットの約2倍の長さがあり、
管弦楽においては重要な低音旋律において、チェロやコントラバス等の演奏に重なることで明快さを与えたり、
時には自らソロを担当することもあります。
吹奏楽では金管低音楽器を補うための存在として地味ながらも縁の下の力持ち存在として、チューバやコントラバスと共に
全体のリズムを支える目立たない中でも大切な役割を担っている楽器でもあります。
バスクラよりも更に低音が出せるクラリネットの派生楽器として「コントラバスクラ」という楽器もありますけど、
このコントラバスクラは価格的にはとてつもなく高額な楽器であり、私が現役奏者の頃には、普通の公立校の吹奏楽部に
コントラバスクラやコントラファゴットが常備されていることなんてまずお目にかかったことはなかったです。
私自身、都内の大学の吹奏楽団に入団した際に初めてこれらの楽器の実物を目の当たりにした際には、結構感動した
ものでした・・
最近の吹奏楽コンクールにおいては、最近の少子高齢化の影響もあるせいなのか、学校数・生徒数が少ないという事も
あるせいなのか吹奏楽部の予算が私の頃に比べると格段に増えているのかどうかは定かではありませんけど、
こうした高額なコントラバスクラ・コントラファゴット・コールアングレがごく普通に配置されていることは珍しくもなんともなくて
このあたりからも「時代は既に変わったよね・・」としみじみ実感させられるものもあったりします。

支部大会以上の吹奏楽コンクールや東京佼成Wとかシエナのようなプロの吹奏楽団の場合は、
パスクラリネットとクラリネットの持ち替えという事はあまりないように感じられます。たいていバスクラ奏者は持ち返せずに
単独で配置されています。
プロの管弦楽団の場合、日常的ではありませんがクラリネット奏者がバスクラを掛け持ちして吹く事もあるようです。
(日曜PM21:00から二時間枠でEテレで放映されているN響の定期公演の映像を見ると、クラリネット奏者がバスクラを
掛け持ちしたり、またまたクラリネット奏者がエスクラというかE♭クラリネットを掛け持ちしている様子も散見されます。
またオーボエ奏者がコールアングレに掛け持ちしている様子やはたまたファゴット奏者が曲の途中でコントラファゴットに
持ち替えしている様子を見ると「プロ奏者は大変・・」と改めて感じたりもします)

改めてですけど、バスクラとは、クラリネットより1オクターブ低い音が出るクラリネットの派生楽器の一つで、
普通のクラリネットの長さで言うと大体倍ぐらい大きさがあります。
指使いはクラリネットと同じですので、クラリネットと持ち替えをしても違和感はほとんどありません。
マウスピースがクラリネットよりもかなり大きめですので、クラリネットと比べてはるかに簡単に音が出ますし、大変吹きやすい
楽器であると思います。
特徴はなんといってもあの重厚な低音だと思いますし、
管弦楽でもそうした深みのある表現とか内省的な雰囲気を出したいときに作曲家がたまにですけど使う場合も
あったりします。
(その代表的使用例がチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」第一楽章だと思います)
吹奏楽作品でこのバスクラが使用されている代表的事例としては、
何といっても小山清茂の「吹奏楽のための木挽歌」~Ⅳ.フィナーレのラストのバスクラの鬱々としたソロで閉じられる
あの雰囲気が大変印象的ですし、
(木挽歌のバスクラのソロはバスクラ以外に音は入らない完全ソロですので、他の奏者は曲の終結までバスクラ奏者の
完全ソロを「どうか外さないで無事に閉じられますように・・」と願っているのかもしれないです)
クロード・スミスの「フェスティヴァル・ヴァリエーション」にて中間部が盛大に盛り上がって終結部に入る所のつなぎとして
バスクラのソロが用いられているのは大変印象的です。
1997年の全国大会では、愛工大名電があまりにも盛大に感動的に中間部を吹きあげたため、ここで曲が終わったと
勘違いした多くの聴衆が拍手をしてしまい、バスクラのあのソロが拍手でかき消されてしまったという
エピソードはいまだに語り継がれています。
今でこそ「フェスティヴァル・ヴァリエーション」は精華女子等の名演によって超メジャー人気曲になっていますけど、当時は
どちらかというと「忘れられたオリジナル曲」という感じでしたので、普門館の聴衆もスミスのフェスティヴァル・ヴァリエーションを
ご存じない人は意外と多かったのかもしれないです。
ちなみにですけど、私自身がバスクラのソロを初めて耳にしたのは、1978年の吹奏楽コンクールの課題曲Aの
ジュビラーテにおいて、中間部が閉じられてトランペットのソロが開始される直前のバスクラの伸ばしによるソロでした。
翌年の1979年の吹奏楽コンクールの課題曲はCの「幼い日の思い出」でしたけど、この課題曲も冒頭の全体でのffの一音の
後にはバスクラの朗々とした音の伸ばしへと受け継がれていきますので、バスクラは意外と使い勝手があるのかも
しれないです。
そして吹奏楽コンクールにてバスクラの威力を初めて実感させられた演奏が1982年の仙台第一高校によるグローフェの
組曲「グランド・キャニオン」の「山道を行く」の楽章の終結部近くのバスクラの軽快で躍動感あふれる弾力的なソロを
聴いた時といえそうです。

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バスクラってクラリネットとの違いとして他にどういう事が挙げられるのでしょうか・・?

リードがクラリネットに比べて1.5倍程度大きいせいもありますけど、「リードミス」が少ないというのは奏者にとっては
ありがたいものがあります。
それでも吹奏楽コンクールでも時折事故はあったりしまして、1977年の駒澤大学の「春の祭典」~第二部の際に
終結部近くにてバスクラの完全ソロ時にバスクラがまさかのリードミスを起こしてしまい、普門館の会場内に
とてつもないバスクラの絶叫音が響き渡りましたけど、その後奏者は何事もなかったかの如く、残りのソロを見事に
吹き上げていましたし、駒澤大学は無事に金賞も受賞しましたので、あのバスクラ奏者の精神力の強さには
最大限の称賛を改めておくらさせて頂きたいと思います。
バスクラはかなり重たい為、首にストラップを付け、ストラップと楽器を結ぶことが多いです。
(ストラップを使用するサックス・バスクラ・ファゴット奏者は首こりと肩こりが多いと言われるのは、多分このストラップの
おかげだと思います)
また管体に取り付けられたエンドピンで楽器を支える事もあります。
バスクラは音量的にはどちらかと言うと弱いと思うのですけど、そのせいか同じ木管低音セクションの中でも
バリサク(バリサンサックス)に音がかき消されてしまうというのは吹奏楽あるある話の一つなのかもしれないです。

私自身、バスクラは何度か吹いたことがあります。
私の高校の場合、毎年秋になると「アンサンブルコンテスト」(略称、アンコン)に出場するパートもあったりして、
毎年クラリネットパートはこのアンコンに欠かさず出ていました。
私自身はクラリネットとバスクラを掛け持ちし、
低音が必要な場合、さっとクラリネットからバスクラに持ち替えし、低音パートとして支える事がありましたけど、
前述のようにバスクラはリードミスがあまりない安定した楽器なので掛け持ちはし易かったと言いたいところですが、
逆にバスクラからクラリネットに戻る際の違和感が相当残り、こちらの方が苦戦した記憶があります。
またなんどかエスクラ(スモールクラリネット)もクラリネットと持ち替えしたこともありますけど、
クラリネット→エスクラへの持ち替えは難しさ・唇の抵抗感を感じたものの、エスクラ→クラリネットへ再度持ち替えする際は
そうした難しさはほとんど感じなかったものです。
一時期クラリネットからアルトサックスにコンバートされた際に、アルトサックスは大変吹きやすかった事と合わせて考慮すると、
マウスピースが大きい楽器からマウスピースが小さい楽器への持ち替えは難しく扱いが厄介で慎重さが求められるのに対して、
逆にマウスピースが小さい楽器からマウスピースが大きい楽器への持ち替えはそれほど難しくもなく抵抗感もないと
私的には感じたものです。
金管楽器の中でマウスピースが小さいホルンとトランペットは音が出にくく、マウスピースが大きいトロンボーンやチューバは
比較的音が出しやすいという事にも通ずるものがもしかしたらあるのかもしれないです。

管弦楽の世界でバスクラが使用されるようになったのは18世紀末期の頃で、楽器としてはむしろ新参者なのかもしれないです。

ソロとしてのこの楽器に光を当てたのは19世紀以降の作品であるのも楽器の成立時期と関係しているのだと思われます。

このバスクラが効果的に使用されている管弦楽曲を挙げてみると・・・

〇チャイコフスキー/バレエ音楽「くるみ割り人形」~こんぺい糖の踊り

〇  同       /交響曲第6番「悲愴」第一楽章

〇ワーグナー / 楽劇「神々の黄昏」~夜明けとジークフリートのラインへの旅

〇ストラヴィンスキー/バレエ音楽「春の祭典」第二部

〇グローフェ/組曲「グランドキャニオン」~山道を行く

〇ウィリアム=シューマン/交響曲第3番第二楽章第二部

〇ショスタコーヴイッチ/交響曲第7番「レニングラード」第二楽章

〇ラヴェル / スペイン狂詩曲~Ⅱ.マラゲーニャ

ショスタコーヴィッチの7番のバスクラのソロの扱いは見事だと思います。
あの呟くような陰鬱なソロがあるから次のオーボエの悲痛なつんざくような高音のソロが生きてきますし、
次の全体でのffの音響が対比として効果的だと思います。


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ららマジにおけるクラリネット奏者は綾瀬凛という後輩からは怖がられているきょっと気難しくて、自分にも他人にも厳しい
雰囲気があるJKさんです。
キリッ・・!としていて後輩に対して厳しく接する雰囲気の綾瀬凜お姉さまの上記のようなちょっと怒ったような表情も
とてもかわいらしいものがありますけど、
同じパートに自分に厳しすぎる子がいたりするとちょっとつらいものがありそうですけど、ららマジの綾瀬凜みたいな
JKさんだったら、私は喜んで同じパート内で頑張らさせて頂きたいものです~♪

優雅で真面目で完全主義者の綾瀬凛も、その優雅な姿とは異なり、 陰ではクラリネット特有のリード調整の難しさとか
リードミスによる絶叫音に意外と苦労しているのかも しれないです。

ららマジ器楽部の合奏の中で指揮者が「木管の重低音が欲しい・・」と感じた場合は、綾瀬凛もクラリネットからバスクラに
持ち替えされるのかもしれないですし、性格的には多少不器用そうでも楽器の持ち替えは器用そうに造作なく
こなされるのかもしれないです~♪
アース・ウィンド・アンド・ファイアーというと日本人にとっては最もお馴染みの楽曲と言うと「宇宙のファンタジー」と
言えそうです。
意外なことにこの曲は、全米チャートの最高位は32位どまりであり必ずしも爆発的流行と言う訳では全くなかったようでして、
こういう所にも日本人とアメリカ人の音楽の趣味嗜好の微妙な違いも感じたりもします。
曲としては気持ちよくて心地よく響くファルセット・ボイスが無限に広がる宇宙の壮大さを感じさせていると思いますし、
メロディーとハーモニーのコンビネーションの素晴らしさも光っていると思います。
当時、日本のディスコでも大ヒットしましたが、単なるダンス・ナンバーの楽曲の枠にとらわれずに、日本人にとっても
どことなくすんなりと頭に入ってくるあのメロディーラインとビートの融合は今更ながら
「音楽とは素晴らしいものだ~♪」と感じてしまいそうです。
「宇宙のファンタジー」は昭和の頃のジャニーズの往年の男性アイドルのフォーリーブスがカヴァーした事もあるそうですけど、
私自身はフォーリーブスがこの曲を歌っていた事があるなんて実はつい最近まで全然知りませんでした。
平成以降ですと、The DEYが2008年にカヴァーしてヒットさせた「ギヴ・ユー・ザ・ワールド~宇宙のファンタジー2008」によって
この楽曲は再び注目を集めていたと思います。

「宇宙のファンタジー」は、1979年の「ニューサウンズインブラス」(7集)にも収録されていて、1980年代前半の
吹奏楽部の演奏会や文化祭等での演目では大人気の曲の一つでして、
特に冒頭のシンセサイザーのソロは、まさに未来サウンドとファンタジーだったと思います。
曲の中間部でもラストでもシンセサイザーは効果的に使用されていて、メロディーラインがとても
かっこいいですし、オーボエのうっとりとさせられるソロもすてきでしたし、吹いていてとても楽しい曲でもありました~♪
当時の吹奏楽アレンジ版の「宇宙のファンタジー」の冒頭のシンセサイザーやその頃ブレイクしていたYMOの音楽は
当時は未来感覚の音楽であり、当時の私の感覚は「ラブライブ! サンシャイン!!」におけるずら丸ちゃんの
ウォッシュレットやタブレット等を見ての「未来ずら・・」という反応に極めて近いものがありそうです。

ちなみにですけど、私の高校の母校は、いち早くこのシンセサイザーを定期演奏会で使用し、
喜多郎の不滅の名曲の「シルクロード」を県内で初演し、打楽器奏者のトムトムやドラの派手な叩かせ方と合せて
聴衆の度肝を抜かせていました!
私の代の頃はシンセサイザーを今度は上記で触れさせて頂きました「宇宙のファンタジー」を
1982年の私の母校の定期演奏会のポップスステージにおいてオープニングに演奏し、
会場をファンタジー感と陶酔感に溢れさせていたと思います。
ちなみにですけど、1983年の高校生最後の定期演奏会のポップスステージにおいて映画音楽「E.T」~メインテーマの
演奏をした時にもシンセサイザーを使用しましたけど、この頃になると他校も普通にシンセサイザーを定期演奏会等でも
使用していましたので、既に物珍しさは無くなっていたと思います。

今年に入って昨年の今頃とは異なりスクールバンドの中学・高校においても新しい生活様式を遵守する形で
このコロナ禍においても日常の練習やコンサートの開催も徐々に元に戻りつつありとても安堵していますけど、
先日、とある中学校の前を通り過ぎた時に音楽室から聴こえてきていたのは吹奏楽部によるこの「宇宙のファンタジー」の
演奏でした~♪
たまにですけど中学高校の前を通り過ぎると吹奏楽部の練習や全体合奏の際の曲が聴こえてくるのですけど、
その際に(めったにないですけど)宇宙のファンタジーやサタデーナイトフィーバー、バーンズのアルヴァマー序曲や
スゥエアリンジェンのチェスフォード・ポートレイトといったはるか昔に自分自身が吹いた曲が流れてくると
とてつもなく「懐かしいね~♪」と嬉しくなったりもしますし、「この吹奏楽部の指揮者の先生は自分と同年代の御方かな・・?」と
感じたりもします。
余談ですけどYouTubeにて最近の中学生の皆様による1974年の吹奏楽コンクール課題曲Bの「高度な技術への指標」の
演奏を発見した際はなんだかとてつもなく嬉しくなったものです。


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ここから先はdream fantasy2
アミグリさんが描かれた謎の不思議生物の絵の転載&ご紹介コーナーです。
上記にて「宇宙のファンタジー」を取り上げましたので、今回は関連する形で
アミグリさんが2014年7月に描かれた「☆宇宙遊泳☆ 」とタイトルがつけられた不思議生物をお披露目させて頂きたいと
思います。

最初に見た際の第一印象としては「雪の結晶・・?」とも感じたのですけど、
このまんまるの不思議生物ちゃんたちは「宇宙空間の未知の生き物」でもあったのかも・・?という事なのですね~♪

宇宙空間から青い地球を見下ろしたこのまんまるの不思議生物ちゃんたちは何を感じているのかな・・?

「宇宙全体から見れば地球なんてちっこい惑星に過ぎないのに、こんな狭い空間でも一つにまとまることができないで
争いや諍いばかり起こしている地球の人間たちって本当に愚かだよね・・」と
もしかしたら感じているのかもしれないですし、これもすてきな一つの「宇宙のファンタジー」なのだと思います!


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アミグリさんの描かれた謎のまんまるの不思議生物をもう一枚ご紹介させて頂きたいと思います。

上記の「不思議生物」の絵は「❀お花見②♪❀」とタイトルが付けられていて2015年4月に描かれた作品です。
すぐ上の「宇宙遊泳」同様、この不思議な感覚が別の意味でファンタジーを私たちに伝えていると思います。
謎めいた空間でもあり、同時に謎めいた癒しを感じさせる不思議な絵だと思います。

アミグリさんのこうした肩の力をふっ・・と抜いたようなこの脱力感がとても魅力的ですね~♪

この「❀お花見②♪❀」はまさに「可愛いお団子ちゃん!」という雰囲気ですし、不思議な脱力感になんか癒されるし、
このゆるさがたまらないです~♪
まんまるの黄色い物体は、黄色いだけによりナチュラルにお団子っぽい雰囲気を伝えてくれていると思います。

こんなにお団子っぽいと白玉楼のゆゆ様にぜ~んぶ食べられてしまいそうです。

背景の桜もとても美しいと思います。

上記のアミグリさんが描かれた謎生物の絵の権利は上記作品の絵師様であるアミグリさんに
帰するものであり、当ブログにおける転載とご紹介は事前に全てアミグリさんからご了解を頂いたものであり、
アミグリさんからのご厚意で転載をさせて頂いておりますので、
無断お持ち帰りや無断コピーは絶対NGですので くれぐれも宜しくお願い申し上げます。

アミグリさん、いつもすてきな絵の転載を快諾して頂きありがとうございます!!

皆様の中で「こんなにかわいくて癒される不思議生物を描く人のブログってどんなもんなのだろう・・? 」などと興味がある方は、
是非是非アミグリさんのブログdream fantasy2  を ご覧になって頂きたいと思いますし、宜しければ、当ブログだけではなくて、
是非アミグリさんの本家本元のブログ dream fantasy2  に一度お越しして頂けると アミグリさんのブログをご紹介させて頂いている私も
とってもとっても嬉しいです!

アミグリさんが定期的に作品を投稿され続けている →アミグリさんのpixiv にも是非一度足を運んで頂ければ幸いです!

アミグリさんのpixiv

宇宙のファンタジーの壮大なファンタジーも素晴らしいですし、アミグリさんの描かれた宇宙遊泳のような
少し不思議な癒されるかわいいファンタジーもどちらも本当に素晴らしいですね~♪
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ホルンパートは吹奏楽コンクールの高校A編成ですと、最低でも5人、出来るならば7人程度は欲しいなぁ・・と感じるパートです。

ホルンの素晴らしい点は、強奏になった時のあのとてつもない大迫力の音量と壮大なスケールの大きさと
雄叫びの爽快感だと思います。
反面この楽器は想像を絶する技術的な難しさがあり、音を大きく外しやすいし、音を外した場合とてつもなく目立ってしまう
という事が挙げられると思います。
吹奏楽部の全体練習でいっちば~ん!指揮者から怒られるのは金管ではトランペット、木管では圧倒的にクラリネットで
その次に指揮者から目の敵にされるのはやはりホルンだと思います。
ホルンがミスった時は目立つからやはり指揮者の目に留まりやすいのかもしれないですね。
そしてホルンと言うとマーチにおいては、ンパンパンパ・・となぜか後打ちばかりで、気の毒なくらい単調な役割に
なってしまうのは不思議なものがあったりもします。

ホルンという金管楽器は歴史的にはかなり早い段階から登場していて、モーツアルトの頃には既にホルン協奏曲が
作曲されていましたし、トランペット・トロンボーンと共にオーケストラの中では早い段階から定着が果たされていた楽器です。
ホルンはカタツムリのような形状に巻かれた円錐状の管と、3つから5つのロータリー式のバルブを持つのが基本構造で、
他の金管楽器よりも多くの倍音を出すことができる特徴もあり、
金管楽器であるものの、その音色のやわらかさから金管楽器のみならず木管楽器ともよく調和する楽器としても
馴染みがあり、木管五重奏曲なのにホルンが入っている室内楽曲もあったりします。
プロの管弦楽団の演奏会や吹奏楽コンクール等でのホルン奏者の手の動きを見ると一目瞭然なのですが、
手をベルの内部に突っ込むという独特の演奏法を用いることで、ベル内に反響する共鳴の度合いを微調整することが可能
でもあったりします。そしてベル内の手の動きの微調整で豊かな音の変化を生むことができたりもします。

但し、上記でも述べた通りホルンと言う楽器の難しさは生半可なものではないと思います。

例えば吹奏楽部における新入部員の楽器振り分けの際に、例えばトロンボーンやユーフォニアムやサックスに
配属された初心者の皆様は多分ですけど初日でも音ぐらいはある程度容易に出せると思うのですけど、音自体が中々
出せなくて最初から大苦戦を強いられる楽器の代表格は、金管だとホルン、そして木管だとクラリネットと実感したりもします。

2007年のギネスブックで世界で一番難しい金管楽器であるとして認定されたほど、ホルンは金管楽器の中では
大変デリケートで扱いが大変難しく、特に高音域で音を外すというのかプルンとひっくりかえる事が大変多くて、
吹奏楽の中でも、クラリネット・トランペットと共に指揮者から怒られてばかりで目の敵にされやすい傾向があったりもします。
勇壮な曲調から甘美でロマンティックなメロディーもこなせ、その表現力の幅広さはかなり広いのですけど、
とにかく音が決まりにくい楽器と言えます。
プロの管弦楽団でも、指揮者はホルンのソロに差し掛かると、そのきっかけの瞬間だけチラリと目配りして後は目を
そらす傾向にあるそうです。指揮者が睨んだり視線があったりすると、余計に音を外すことが多々あるそうです。

ホルンは強奏の際に決めるべき時はちゃんと決まる楽器でもあるから、あれはとてもうらやましいと思いますし、
あの雄叫びの凄まじさは他パートから見ても惚れ惚れとするものが間違いなくあると思います!
特にホルンがベルアップ気味に構えでまるで法螺貝を鳴らすかの如く奏でるあの雄叫びの爽快さと迫力は、
ホルン奏者にとっては快感そのものといえますし、あの雄叫びを外すことなく全員が決めることができればホルン奏者冥利に
尽きるのかもしれないです。
(そういう芸当ができないクラリネットパートはやっぱり吹奏楽部では不遇パートなのかもしれないです・・)

ホルンの雄叫びというと吹奏楽オリジナル作品や吹奏楽コンクール用にアレンジされた管弦楽曲作品に具体的に
どのような曲が挙げられるのかというと、思い浮かぶ範囲でざっと挙げてみますと・・

A,ハチャトゥーリアン バレエ音楽「ガイーヌ」~収穫祭

O,レスピーギ バレエ音楽「シバの女王ベルキス」~狂宴の踊り

   同      交響詩「ローマの噴水」~第二曲

矢代秋雄 交響曲~第四楽章

三善晃 管弦楽のための協奏曲

G,ホルスト 組曲「惑星」~Ⅰ,火星

伊藤康英 交響詩「ぐるりよざ」~Ⅲ.祭り

A,リード アルメニアンダンスパートⅡ~Ⅲ.ロリからの歌

C,ドビュッシー 管弦楽のための映像、第二曲~Ⅰ,街の道と田舎の道

櫛田胅之扶 吹奏楽のための序曲「飛鳥」

O,リード 交響曲「メキシコの祭り」~Ⅰ,前奏曲とアスティックダンス

藤掛廣幸  吹奏楽のための協奏的序曲(1976年度全日本吹奏楽コンクール課題曲B)

田嶋勉 WISH for wind orchestra(1989年度全日本吹奏楽コンクール課題曲B)

ホールジンガー 春になって王たちが戦いに出向くに及んで・・

ワーグナー / カイリエ編曲 歌劇「ローエングリン」~エルザの大聖堂への厳かな行列

こうやって例に挙げただけでも該当する場面のホルンの雄叫びの猛々しさとかっこうよさと絶大な演奏効果は目を見張るものが
あると思います。
吹奏楽コンクールの中では、私自身が実際に生演奏を聴いた中では、創価学会関西のガイーヌの収穫祭と
ベルキスの終結部のホルンの雄叫びはあまりの絶大な演奏効果とかっこうよさに惚れ惚れとさせられるものは間違いなく
あったと思いますし、あの時は「ホルンってこんなにも音量が出せる楽器なんだ!」と感動したものでした。
それと1980年の玉川学園高等部のアルメニアンダンスパートⅡのラスト近くのホルンのとてつもない迫力満点の雄叫びと
それに続くトロンボーンパートの強奏なのに音が全く割れないはもりの美しさも素晴らしかったです!

そしてホルンの雄叫びというと忘れてはいけないのは矢代秋雄の交響曲~第四楽章だと思います。

第四楽章は全曲の白眉だと思いますし、前半の静けさ、後半のアレグロ、その静と動の対比が実に鮮やかだと思います。
第四楽章の前半のホルンの雄叫びとアレグロに入る前のコンサートチャイムの寂寥感溢れるチャイムの清涼な響きが
特に大好きな箇所です。

矢代秋雄の交響曲は、私が所有してるCDは、
①渡部暁雄指揮の日本フィル
②佐藤功太郎指揮の都響
③湯浅卓雄指揮のナクソス盤

という3枚ですけど、いずれの盤もそれぞれいい所があってどれも素晴らしいのですけど
やはり渡辺暁雄の日本フィルの演奏が圧倒的に素晴らしいと思います。
しかもこの録音、ライヴ演奏なんですよね!ライヴであそこまで精密な作りが出来てしまうとは信じられないほど驚異的ですし
凄まじいほど完成度と集中度が高い名演だと思います。

ちなみに、広上淳一指揮の日本フィルで、この交響曲を聴いたことがありますけど、緊張感溢れる素晴らしい演奏でした。

矢代秋雄の交響曲~第四楽章なのですけど、吹奏楽コンクールにおいては
とにかくやたらと前半部分のホルンの雄叫びが強調される傾向にあると思うのですが、上記で挙げたプロの管弦楽団のCDでも
実際の生の演奏会でも吹奏楽コンクールのアレンジ版で演奏されるような過度なホルンの雄叫びは実は実例は
ないようにも感じられます。
あれって、私も何度かプロの管弦楽団による原曲の演奏を聴いたことがありますけど
あのホルンの部分はそんなに吹奏楽コンクールほど叫ばないみたいな印象があります。
この交響曲を吹奏楽コンクールで全国大会で初演したのは1979年の秋田南高校なのですけど、
秋田南にしたって前半のあのホルンは、そけほどシャウトしていないと思います。
1982年の仁賀保高校も勿論秋田南よりははるかに強調してはいるのですけど、
感覚としては「秋田南の解釈に近い」と言えると思います。
矢代秋雄の交響曲~第四楽章の前半部分の原曲におけるホルンに近いのは、意外かもしれませんが
1981年の田柄中学校なのではないのかなとも思ったりもします。
(ちなみに田柄中の演奏のアレンジャーは東海大学の上原先生です
1980年の上原先生指揮による東海大学の演奏も、あのホルンの個所に関してはむしろ原曲の響きにかなり近いです)

あのホルンを吹奏楽コンクールで初めてあんなにも強調したというのか「雄叫び」に近い感覚でシャウトしたのが
1983年の習志野高校だと思います。
最初にあの演奏を聴いた時はまさに「目から点・・・」だったと思います。
まさに「地響き」みたいな感じで、うぉぉぉーーーーーーんと叫ぶかのような雰囲気だったと思います。
多分ですけど83年の習志野のあのホルンの雄叫びは、その後のあの交響曲の演奏にあたっては
他校に与えた影響は大きいと思いますし、
83年以降、ああしたホルンの雄叫びを強調した演奏が増えてきたかのようにも感じられます。

一つの演奏事例がその後の他チームの演奏や解釈に大きな影響を与えたという点では典型的な演奏といえそうですね~♪
私が初めてスウェアリンジェンの名前を耳にしたのは意外と古く、確か1979年の県大会で
とある中学校が自由曲として「エグザルテーション」を演奏していました。
当時のコンクールのプログラムの表記では、スウェアリンジェンではなくて「スエーリンゲル」となっていましたので、
この二つの表記の方が同一人物と気が付くのは数年後の事でした(汗・・)

スウェアリンジェンの曲って本当に分かりやすくて単純明快で明るく楽しく実にいですよね!
構成もA-B-Aという実にシンプルなものだし、「シンプル イズ ベスト」をまさに実証していると思います。
私自身、スゥエアリンジェンの曲は、インヴィクタ序曲しか吹いたことが無いのですけど、
この曲は高校3年の時の定期演奏会の一曲でしたが、
他の曲がスペイン奇想曲とか組曲「絵のような風景」とか芥川也寸志/交響管弦楽の音楽などとにかく難曲ばかりでしたので、
この曲を吹くときだけは実にのびのびと楽しく吹くことができていたと思います。
インヴィクタは、クラリネットのパート譜も難しい箇所はほぼ皆無で、極端な高音もないし指使いは平易だし、
曲は実にのびやかで楽しいし、吹いていて大変気持ち良かったです。
やはりプレイヤーをこうした気持ちにさせる事とか技術的な易しさとか親しみやすいメロディーが
スウェアリンジェンを長期間日本の吹奏楽界で(特に中学校の小編成部門で)「不動の地位」を保てた
一つの理由と言えるのかもしれないですね。
冒頭が多くの場合打楽器セクションを伴う強奏から開始され、コンサートチャイムがやたらとカンコン華麗に鳴り響き、
中間部のあまりにも美しいのびのびとしたロマンチックなメロディーが展開され、
ラストは前半部分が再現され楽しく曲が閉じられるというのがスウェアリンジェンの一般的なパターンだと思うのですけど、
時に「どの曲もノヴェナやチェスフォード・ポートレイトに似ている・・」と言われがちでもありますが、
スウェアリンジェンの曲が実に40年近くも日本の吹奏楽コンクールで根強い支持を得られ続けているのも
よくわかる気がします。

私も大学でも一応吹奏楽部に所属し、毎年全日本吹奏楽コンクール・都大会大学部門に出場していましたけど、
大学時代も高校時代と同様に学生指揮でしたが、
自由曲に、ドビュッシーの「三つの夜想曲」~Ⅱ.祭りを選曲した際も全体とし中々うまくまとまらず
あの繊細なイメージがつかみきれなくて全体合奏をしていてもモヤモヤがかなり奏者の間でも指揮者にも募っていたと
思います、
大学の部の都予選まであと一週間を切った際、指揮者がついポロッと
「うーーん、やはりドビュッシーは君たちの技術では無理なのかもね・・・今から自由曲を
 スゥエアリンジェンのチェスフォードポートレイトに変えてみる?
大丈夫、この曲簡単だから、君達でも三日でマスターできるよ・・・」
なんていう屈辱的な事を言われてしまったのは何か懐かしい思い出ですね。
だけど実際問題、ある程度の技術を持っているチームでしたら、極端な事を言うとコンクール本番前日に自由曲を
スウェアリンジェンに変更したとしてもコンクールの本番では案外なんとかなりそうな雰囲気を有しているというのは
間違いないのかもしれないです。
内容がスカスカでくだらない曲だからなんとかなるという訳ではなくて、
「シンプル イズ ベスト」のような内容の深さも秘めながらも技術的にはやさしいというのがスウェアリンジェンの最大の
魅力といえるのかもしれないです。

コンクール直前の自由曲の変更というと、例えば東北大会と県大会の自由曲はチャイコフスキーの
幻想序曲「ロミオとジュリエット」だったものの、地区予選の段階ではレスピーギの交響詩「ローマの松」~アッピア街道の松で、
びっくりさせられた事もありましたけど、他にも驚いた事としては、
ラヴェルの「スペイン狂詩曲」を自由曲に選び千葉県大会を突破した市川交響吹奏楽団が吹奏楽連盟から
「スペイン狂詩曲は吹奏楽に編曲不可であり演奏不可である」との指摘を受け、関東大会への辞退はせずに、
自由曲そのものをスペイン狂詩曲からイベールの交響組曲「寄港地」へと変更し、
県大会から関東大会まで一か月も無いのに、この変更した自由曲でもって関東大会に臨み、ダメ金ではありましたけど、
金賞受賞という驚きの離れ業までお披露目していたのは大変印象的でもありました。

スウェアリンジェンがブレイクするきっかけとなったのは1981年の狂詩曲「ノヴェナ」ではないかと思います。
支部大会でこの簡単な曲をやるチームは少なかったですけど、この年の県大会では、このノヴェナが大流行したような
記憶があります。
出だしのピッコロと木管ののんびりとした素朴な感じで始まり、コンサートチャイムがカンコン鳴り響いたり
いかにもスゥエアリンジェンらしい曲だったと思います。
スゥエアリンジェンの曲って大抵の場合、威勢のいい打楽器のリズムとか金管の咆哮から開始される事が
多かったような気もするのですけど、こういうしっとりとした出だしと言うのは案外珍しい部類だったのかもしれないですね。

スウェアリンジェンの曲と言うと・・・

〇狂詩曲「ノヴェナ」

〇インヴィクタ序曲

〇チェスフォードポートレイト

〇コヴィントン広場

〇アヴェンチューラ

〇マジェスティア

〇栄光の全てに

〇センチュリア

〇誇りと祝典

〇シーゲート序曲

あたりが私は好きですね。 だっていかにもスゥエアリンジェンらしい響きの曲ばかりですからね~

スウェアリンジェンと言うと、中には少し不思議な曲もあり、
例えば「ロマネスク」とか「リフレクションズ」みたいに少し哀愁溢れる曲もあったりして
特に「リフレクションズ」の少し物悲しい感じは、スウェアリンジェンの別の表情みたいな感じもあり、
これはこれで悪くはないし私は大好きです!
大栗裕の「吹奏楽のための神話~天の岩屋戸の物語による」は「大阪俗謡による幻想曲」・「仮面幻想」と並んで大栗裕の
代表的作品として既に定着していると思いますし、特に吹奏楽のための神話~天の岩屋戸の物語によるについては、
1975年の富田中学校による全国大会初演以降、2019年のコンクールに至るまで既に全国大会では39回も自由曲として
演奏されていて、邦人オリジナル作品としては早い時期から吹奏楽コンクール自由曲としては定番曲の一つとして
認知されていたのだと思います。
大阪俗謡による幻想曲も全国大会では既に25回演奏されていますけど、そのうちの10回は淀川工業(淀川工科)による
演奏であり、神話のように多くのチームによる演奏という訳ではないことに違いがありそうです。
というか、一つのチームが同一指揮者で同じ自由曲で10回も全国で演奏しているというその是非について誰も何も
言わないというのは、その指揮者が全日本吹奏楽連盟のトップも務めているということで、忖度が働いているのかも
しれないですけど、私個人としてはその指揮者がここ15年ほどは自由曲はダフニスとクロエ第二組曲と大阪俗謡による幻想曲
しか演奏していない事実に関しては結構疑問を感じていたりもします。

大栗裕の「神話」は二つの版の神話が存在しています。

一つは1973年作曲の吹奏楽版であり、もう一つは1977年に吹奏楽版を管弦楽曲化した管弦楽版であり、
前者のタイトルは「吹奏楽のための神話」であり、後者のタイトルは「管弦楽のための神話」であり、
共に「天の岩屋戸の物語による」という副題を有しています。
管弦楽曲を吹奏楽にアレンジした事例はそれこそ山のように存在していますけど、純粋な吹奏楽オリジナル作品を後日
作曲者の手によって管弦楽曲化された事例は意外と少なく、代表的作品として伊藤康英の「ぐるりよざ」と
フーサの「プラハのための音楽1968」ぐらいがある程度です。
それだけ大栗裕の「神話」は魅力が尽きない曲の証といえそうです。
大栗裕というと「大阪俗謡による幻想曲」も大変名高い名曲ですけど、この曲にも実は吹奏楽版と管弦楽版があります。
俗謡の場合は管弦楽作品のほうが早くて、1955年に作曲・初演が行われていて、翌年に朝比奈隆大先生が
ベルリンフィルに招聘された際に演奏された曲の一つがこの大阪俗謡による幻想曲であったりもします。
ちなみにですけど大阪フィルの創立50周年を記念したレコードの中に朝比奈さんがチューリッヒでのライヴ演奏の俗謡も
あるらしいのですけど、このレコードを色々と神田界隈の古レコード店で探し回ったこともありましたけど、結局発見することは
できませんでした。
神話や俗謡を外国の方が聴いたとしたらどういう感想を抱かれるのかは興味津々です。
不思議な感覚とか打楽器の扱いがユニークとかおぞましいとか土俗的とか「コテコテの大阪喜劇やねん・・」などなど
色々な感想がでるのかもしれないですけど、
そうした地域に根差した土着的な作風が大栗裕が一部で「東洋のバルトーク」とか「難波のバルトーク」とも呼ばれる
所以なのかもしれないです。

私自身、大栗裕=吹奏楽というイメージも強いですし、バーレスクや小狂詩曲といった名課題曲の作曲者という印象も
ありますけど、実際は管弦楽の作品も多数残されています。
(大栗裕はプロのホルン奏者でもあり、N響・東京フィル・大阪フィルにも在籍されていました)
2000年初頭に、ナクソスレーベルより管弦楽の分野の大栗裕作品集が発売され、大栗裕を知る上では
貴重な音源となっています。
(いうまでもなく管弦楽版の俗謡や神話も収録されています)

話が冒頭からそれてしまいました・・大栗裕の作品で、吹奏楽のための神話~天の岩屋度の物語によるという
素晴らしい作品があるのですが、この曲は本当に古事記の世界をイマジネーション豊かに忠実に表現している
素晴らしい名曲ですし、後世にもずっと受け継がれていって欲しい名曲ですし、吹奏楽コンクールでもこの先もずっと
自由曲として演奏され続けて欲しい曲の一つでもあります。
ただこの曲は大変な難曲としても知られ、特に神々の熱狂的な踊りの場面のとてつもなく不規則な変拍子の炸裂は
奏者も指揮者もそのリズムの扱いは大変だと思いますし、少しでも油断して全体の流れに乗り損ねて奏者が脱落してしまうと、
再度その流れに乗る事は至難の業のように感じたりもします。
この神話のフルスコアは大学の吹奏楽団に所蔵されていたので見たことはありますけど、クラリネットの高音域のあの
不協和音と変拍子の連続は見た瞬間に「とてもじゃないけど自分のポンコツな腕では吹く事はできそうもない・・」と
感じたものでした。
実際私が高校を卒業した年の母校の後輩たちが定期演奏会で演奏した曲の一つが神話と同じ作曲家の大栗裕の
「大阪俗謡による幻想曲」でしたけど、最初から最後までリズムのノリが悪い上に全体の流れも滞り、ここに打楽器パートの
致命的なミスも重なり崩壊した演奏を本番でも聴く事になってしまいましたけど、神話も俗謡もとにかく変拍子のリズムの
取り方の難しさには定評があったようにも感じたものでした。

吹奏楽のための神話は古事記・日本書紀にも登場する古代神話のアマテラスの天の岩戸隠れ伝説を音楽として
かなり忠実に再現した作品ともいえ、アーノルドの序曲ピータールーのように黙って目を閉じて音楽を聴いていると
「この部分はあの場面を想定したモノ」というのが感覚として頭にすんなりとはいってくる作品とも言えます。

吹奏楽のための神話の元ネタのアマテラスの天の岩戸隠れ伝説の概要をざっくりと大雑把に書くと、
太陽を司る女神・アマテラスは、弟でもあるスサノオの乱暴狼藉に困り果て、ある日あまりの無礼な振る舞いについに
ブチ切れてしまい岩戸の中に隠れて戸を閉めて引き籠られてしまいました。
だけどアマテラスが姿を隠す事は同時に太陽が翳り全世界にはいつまで経っても朝が到来せず世界は暗黒の闇に
包まれてしまいます。
困った神々たちは一計を案じ、音楽芸能の神であり踊りの達人でもあられる女神・アマノウズメを招聘し、
岩戸の前で大宴会並びにアマノウズメによる華麗なるダンス大会を開催させ、この時に少しばかり調子に乗った?
アマノウズメは身につけていた衣装を一枚ずつ脱いでいき終いには全裸に近いような姿で熱狂的な踊りを披露され、
それを見ていた多くの神々は大興奮の上熱狂的に騒ぎ出します。
そうした熱狂的な声援を岩戸の中で聴いていたアマテラスは「何事だろう・・」と密かに耳を傾けはじめ、
やがてアマテラスが岩戸の戸に手を掛け隙間から外を覗き始めた瞬間を逃さず、ここぞとばかりに
怪力の神様・アメノタジカラオがアマテラスを掴みとり強引に力技でアマノテラスを外の世界に連れ戻す事に成功し、
ここに世界に朝日と光が戻り、闇に包まれた世界はようやく終わりを迎えたというものです。

そしてこの「吹奏楽のための神話」はそうした古代伝承の物語を見事に音楽として忠実に再現しています。

アマテラスが岩戸の中にこもっている所を再度地上に出てきてもらうために、
アマノウズメが踊り狂って乱痴気騒ぎを起こしている踊りのシーンのリズムの複雑さと高揚感は
目を見張るインスプレーションがありますし、あの踊りの場面の開始を付けるニワトリの甲高い鳴き声はミュートをつけた
トランペットによって巧みに表現されていますし、アマノウズメによるエキサイトで少しエロっぽいダンスシーンと
それを熱狂的に見惚れて宴会を行っている神々の狂乱状態のシーンは二人の奏者によるボンゴとコンガによる打楽器で
エキサイトに描写されていますし、岩戸からそうした熱狂的な声を耳にして
「何が起きているのだろう・・」と岩戸の隙間から顔を出した場面はクラリネットとフルートのソロで見事に再現されていますし、
岩戸の隙間から顔を出した事で光がサ――ッと立ち込めるシーンはクラリネットの不気味だけで幻想的なデュエットで
見事に表現されています。
そして圧巻なのはアマテラスが岩戸の隙間から顔をのぞかした瞬間に
怪力の神様・アメノタジカラオがアマテラスを掴みとり強引に力技でアマノテラスを外の世界に連れ戻す事に成功した場面は
ドラのすさまじいロールとゴワワーーン!!というシーンで再現され、ここから曲はとてつもない不協和音と興奮のるつぼと
化していき一気呵成に曲が閉じられていきます。
全体としては原曲は12分程度の曲ですけど、曲のタイトルに交響詩とか交響的物語としてもいいほど、音楽だけで
天の岩戸伝説のストーリーが容易に頭の中に再現されているそのわかりやすさと
わかりやすさのなかにもとてつもなく甲高い不協和音や複雑極まりない変拍子の炸裂など
音楽という領域すらも軽く超越してしまう大栗裕のその豊かな感性には脱帽せざるを得ないですし、1975年の
富田中による全国大会初演から今日に至るまで吹奏楽コンクール自由曲の定番中の定番の一曲になっているのも
当然なのだと思います。
全体的には、ドロドロした非常におぞましい雰囲気なのですが、日本人でないと分らない表現も多々あり
日本人のココロといった作品なのかもしれません。
原曲は吹奏楽版も管弦楽版も12分程度の曲ですけど、原曲を聴いてみると普段コンクールのカット版に耳が慣れている
せいもあり正直「少し冗長すぎてくどいかな・・」と感じなくもないのですし、
一般的にアレンジモノを吹奏楽コンクールverとしてカットしての演奏は正直あまりいい印象は無いのですけど、
神話に関してはコンクール用カットverのほうがむしろ物語をググッと凝縮して濃密さが増したような感じもありますので、
吹奏楽のための神話は私的には原曲版よりもコンクール用カットverのほうがしっくりくるという感じの曲であったりもしますし、
むしろ音楽的緊張も高いような印象もあります。

原曲のあのおどろおどろしさは、あの長さでないと十分表現されないかもしれないし、
どちらが良いかは正直困ってしまいますね・・・

吹奏楽のための神話~天の岩屋戸物語によるの全国大会初演は中学生であったというのも驚きですけど、
その1975年の富田中の演奏は新鮮で斬新で中学生の領域をはるか彼方超越した素晴らしい名演だと思いますし、
あの不協和音のはもりの美しさと変拍子のリズム感は素晴らしいです。
富田中はその後76年に名取吾郎の吹奏楽のための交響的詩曲「地底」を、そして77年には池上敏の「瞑と舞」という
3年連続しておどろおどろしい邦人作品を自由曲に選ぶという当時としてのあの大胆な選曲とその積極的な表現は
称賛に値すると思います。
(富田中は1978年にはミヤスコフスキーの吹奏楽作品でもある交響曲第19番第一楽章を、79年には渡辺浦人の
交響組曲「野人」を自由曲に選んでいたものの四国大会ダメ金で全国に進めなかったのは少し勿体無かったです・・
あ・・、でも1978年の四国代表は鈴木清先生指揮による菊間中の「展覧会の絵」という知る人ぞ知る隠れた名演も
ありますのでそれは何とも言えない話であったりもします)

吹奏楽のための神話~天の岩屋戸物語によるの全国大会の名演は富田中以外にもいろいろ出ていますけど、
私的には1985年の尼崎吹奏楽団、1988年の淀川工業、1989年の東海大学第四高校の演奏が群を抜いていると
思いますし、特に淀川工業と尼崎吹奏楽団の超絶的技術とソロの巧さと全体のストーリーの構成の巧さは
申し分ないです。
東海大学第四の演奏も特にクラリネットのソロが光っていると思います。
これ以外では1987年の市立川口の演奏も大変個性的で魅力的で、特に踊りの部分の後の静粛な場面での
ドラとサスペンダーシンバルによる静かな熱演の部分は一聴に値するものがあると思います。

21世紀以降はこの曲の全国大会での名演はあまり出ていないので、できれば今現在の奏者の新鮮な解釈での
斬新な名演が今後出てくることを大いに期待したいと思います。





ここから先はdream fantasy2
アミグリさんが描かれた美しい絵の転載&ご紹介コーナーです。

上記の吹奏楽のための神話~天の岩屋戸物語による は、いうならばアマテラスが岩戸に隠れてしまったため
いつまでたっても朝がやってこないで地上は暗い闇に覆われてしまったというバックボーンがありますけど、
東方の世界でもそれに近い異変が起きた事もあります。
それが幻想郷に朝がいつまでたってもやってこず長時間夜が明けないばかりか月の進行が止まった状態が続き、
その時の月の進行が満月という事もあり、満月の月光がずっと幻想郷を照らし続け、
満月の月の光は幻想郷内の妖怪の波長に悪い影響を及ぼす危険性があるということで、霊夢たちに緊張が走り
夜が明けないという異変を解決するために事態を重く見たゆかりんや霊夢たちが
「幻想の結界チーム(霊夢・紫)」「禁呪の詠唱チーム(魔理沙・アリス)」、
「夢幻の紅魔チーム(咲夜・レミリア)」、「冥界の住人チーム(妖夢・幽々子)の4チームを結成し、
それぞれが各々の方法で時を止め、夜明けまでには解決しようと意気込もうとしたのが「東方永夜抄」の異変でもありました。
最終的に永夜返しの大技によって夜明けがやってこない異変は収束するのですけど、
もしもこの時この異変の根幹的原因でもある永遠亭の月の民たちが永遠亭の中に立てこもってしまっていたとしたら、
霊夢やゆかりんたちは果たしてどんな解決策を考えたのかについては脳内妄想のし甲斐があるといえそうです。

この東方永夜抄の異変の黒幕は永琳・輝夜といった月の民たちが暮らす永遠亭のメンバーたちでもありますけど、
もしもこの永遠亭メンバーたちがあたかもアマテラスが岩戸にお隠れになっていたように永遠亭の中に
籠っていたとしたら果たして霊夢やゆかりん達はどのように対処したのでしょうか・・?
ゆかりんと永琳は犬猿の仲というのは既に定説ですし、ゆかりんとしても「この機会に一気に永遠亭メンバーたちを
叩きのめす千載一遇のチャンス」と考えたのかもしれないですけど、このまま放置し続け幻想郷の妖怪たちが
満月の月光を浴び続け狂気さがマシマシになっていくのも宜しくないと考え、もしかしたら・・?
上記の「吹奏楽のための神話」の世界観のように、永遠亭の中に立てこもった永琳と輝夜を引きずり出すために
幻想郷内の妖怪どもを集めて永遠亭前で飲めや食えや歌えや踊れの大宴会を開催し、永琳たちが興味をもって少しでも
永遠亭から顔をだした瞬間に外にひきずり出し異変を解決するという手段ももしかしたらありなのかもしれないです。
この場合、踊りや歌の伴奏として登場するキャラはプリズムリバー三姉妹・ミスティア・ローレライ、幽谷響子・堀川雷鼓・
九十九姉妹なのだと思います。
そして古事記や吹奏楽のための神話でお馴染みの音楽芸能の神であり踊りの達人でもあられる女神・アマノウズメに
東方において相当しそうなキャラというともちろん、神と人を繋ぐ神聖な巫女でもある霊夢もそうなのかもしれないですけど、
巫女の奉納の舞はどちらかというとスローで神聖という印象もありますので、
エロティックでエキサイトなダンスというとやっぱり東方屈指の美形エロメイドともいわれる咲夜さんの方が似つかわしいのかも
しれないです。
咲夜さんのあのメイド衣装に白エプロン・ミニスカで激しいダンスなんかされてしまうと、幻想郷の妖怪や人里の男たち
視線は咲夜さんに釘付けになりそうですし、永琳・輝夜・うどんげちゃんがあの妖艶な踊りを一目見ただけで
ついついふらふらっと外に出てきそうな気もしますね~♪

というか・・私もアマノウズメを彷彿とさせる咲夜さんのエロダンスはぜひぜひ見てみたいものです~♪

そんな訳でdream fantasy2
アミグリさんが描かれた咲夜さんです。
上記の咲夜さんはアミグリさんが2016年6月に描かれた作品です。

この咲夜さんは初夏の雰囲気をすてきにイメージされた作品だと思いますし、背景の水滴も夏らしさをすてきに
演出していると思います。

掲載当時のアミグリさんのコメントとしては
「今年の2月に描いた咲夜さん(注.ゲスト寄稿の咲夜さんの事です・・)と雰囲気を変えてみました。
最初いつもの目で描いてたんですが、少し釣り目にしたらしっくりきました。」との事なのですけど、
なるほど・・!
確かに少し釣り目にしただけで咲夜さんの印象もかなり異なって感じるものですね!
この咲夜さんは、ちょびっとだけやんちゃっぽく見えてとっても可愛いです。
ゲスト寄稿のあの素晴らしき咲夜さんは「魔法少女」らしい雰囲気でナイフ投げが凛々しく大変かっこうよく感じたものでしたが、
この咲夜さんは、普通の人間っぽい感じもありますし、
わがままお嬢様のレミリア様の言動に振り回されながらも健気に頑張っているという雰囲気も伝わっているような感じが
ありますし、そうした感じが「爽やかさ・健気さ・頑張っている感じ」を醸し出しているように感じられそうです。

咲夜さんがピースしているのもとってもかわいいです~♪

こうした咲夜さんを拝見させて頂くと「咲夜さんもその辺を歩いている外界の普通のJKさんとほとんど変わりがないのかも
しれないです。
咲夜さんの正体は案外普通の人間だったりして・・!?と感じさせる王道的・かわいらしさが
溢れていると思いますけど、同時に上記の私の脳内妄想のように神々の前でエロティックな濃厚なダンスを
このメイド衣装で踊られている御姿をぜひ見てみたいものです~♪

吹奏楽のための神話のアマノウズメの踊りも素晴らしいですけど、それ以上にメイド姿で華麗で激しいダンスをされている
咲夜さんも最高のものがあると思います!
今日4月29日は祝日「昭和の日」ですが、昭和前半は「天長節」(1927〜1947年)、その後は「天皇誕生日」(1948〜1988年)、
昭和天皇崩御後は自然の恩恵に感謝する「みどりの日」(1989〜2006年)になり、
さらに「昭和の日」(2007年〜)と変わり、結果的に4月29日は変遷を繰り返しました。

吹奏楽コンクール的には昭和というとまだ関東大会が現在のように西関東大会と東関東大会に分離されず、
例えば高校の部でしたら全国大会代表4チームを8県で争うというもので、今にして思うと大変熾烈を極めていたようにも
感じられます。
1990年代初頭の高校の部ですと、全国大会への代表4枠を巡って、埼玉栄・市立柏・習志野・常総学院・市立川口・野庭が
毎年毎年熾烈な代表権争いを展開していて、例えば1988年に埼玉栄が、91年に野庭と市立川口が関東大会でダメ金となり
全国大会に出場できなかった光景を目の当たりにすると
「(当時は)まだレヴェルが低かった中国ブロックや四国ブロックの代表枠を関東支部に廻してくれればいいのに・・」と本気で
やっかんでいたものです。
そして全国大会で低調な演奏を毎年性懲りもなく聴かせてくれていた四国代表2チームに関しては
「四国の枠を削って関東や関西支部の代表を増やせば全国大会のレヴェルはまだまだ上がるのだけどなー」と当時は
感じていたものです。

吹奏楽コンクールにおける関東の驚異的なレヴェルの高さや全国大会への出場枠の少なさが当時の吹連で問題になって
いたのかどうかはよく分かりませんけど、1995年以降の関東大会は
東関東支部(神奈川・千葉・茨城・栃木)と西関東支部(埼玉・群馬・山梨・新潟)に分離し、全国大会への代表枠は
それぞれ3つずつ与えられる事となり、結果的に旧関東支部の高校の部の全国への代表枠は4→6に増えることとなりました。
東関東支部の方は東西に分離されて一見代表枠が増えたように感じられても、元々千葉・茨木・神奈川のには強豪チームが
たくさんひしめいていて、例えば1995年の第一回の東関東大会の全国への代表3チームは、市立柏・野庭・習志野ということで
常総学院がまさかのダメ金という結果になってしまったことは当時は驚いたものでした。
一方西関東大会は、埼玉・群馬・新潟・山梨という振り分けを見た瞬間に
「これってどうみても埼玉県の選出チームが全国大会への切符を独占してしまうよね・・」と感じたものですし、
実際、第一回の1995年から2019年までは中学の部を除くと、高校・大学・一般の部の西関東大会は全国大会代表チームは
ほぼ全て埼玉代表のチームが独占してしまっていて、こうした現状を見てしまうと
「なんだか東関東で熾烈な代表権争いをしている茨城・千葉・神奈川のチームに悪いことしたかも・・」とついつい感じてしまい
そうです。
というか、実際私自身も何度か西関東大会の演奏は聴きに行ったものですけど、どう贔屓目に見てもどう客観的に判断しても
埼玉県代表チームとそれ以外の県の代表チームの「壁」はかなり大きいものがあると感じたものですし、
実際埼玉県の吹奏楽のレヴェルは昔も今も驚異的に高いと言えそうですし、
うちのブログでは「埼玉は何もないない、何もない県」と自虐的に述べていたりもしますけど、吹奏楽のレヴェルの高さと
アニメ聖地の多さだけは遜色ないと思いますし、「十万石まんじゅう」と並んで「埼玉の誇り・宝」と
言えるのかもしれないです。
関東大会の東西分離でよかった点は、西関東大会の高校の部の全国への代表は3枠ですので、分離前ですと
埼玉からの代表チームは埼玉栄・市立川口ばかりでしたけど、市立川口の没落という事情もありましたけど、
この2チーム以外で例えば県立与野・伊奈学園総合・春日部共栄・狭山ヶ丘・松伏・秋草学園など以前からかなりレヴェルの高い
演奏を聴かせてくれていたものの、代表枠の関係でなかなか全国に進めなかったチームが全国大会に進み、
全国で数々の名演を聴かせてくれたことにより、全国の聴衆の皆様に「埼玉の吹奏楽、ここにあり!」というものをお披露目する
事が出来たことはとてもよかったと思います。

1994年大会は、95年以降は関東が西と東に分離してしまうので、関東代表という名称が使用された最後の大会になります。

小学校から中学の社会とか地理の時間では、 関東というと、東京・埼玉・千葉・神奈川・茨城・栃木・群馬と教わったような
記憶があり、 そのせいか、1994年までの全日本吹奏楽コンクール関東大会の構成県は
(人口と学校数がけた違いに東京都は別とするのは当然でしょうね・・)
埼玉・千葉・神奈川・茨城・栃木・群馬・新潟・山梨の8県というのは何か少しヘンな感じもしたものでした。
当時も現在も何となくですけど
「どうして山梨と新潟が関東ブロックなの・・!?」と不思議に感じることもあります。

そう言えば東海大会に長野県が入っているのも何か少し不思議な気もします。
(東海大会に三重県が入っているのも少しばかり??と感じたりもします)

例えば北陸三県に、山梨・長野・新潟の甲信越を加えて 「北陸甲信越ブロック」を構成したほうが宜しいのかもしれないです・・

それはどうでもいい事なのですけど、 どうして「山梨は関東に非ず」という事にこだわるかと言うと、
実際に1990年~95年の6年近く、山梨県に在住し、山梨で仕事をしていた経験がある身としては、
山梨の後進性・閉鎖的人間関係・田舎っぽさに抵抗があったのも大きいと言えますし、
特にあのガラの悪い甲州弁を毎日のように聞かされていると
「ここは本当に東京都の隣接県なの・・?? 県境を越えただけでこんなにも言葉も慣習も気候風土も変わるものなの!?」と
感じたものですし、山梨に異動後に最初に驚いたことは山梨は東京都の隣接県だけどテレビに関しては
基本的にはフジテレビ・日本テレビ・TBSを視聴することができないという事でもありました・・
山梨県は東京都の隣接とは思えないほど 田舎というか、遅れているというか、閉ざされているというのか、
よそ者には住みにくい街という イメージは今でも強いですね・・・
ま勿論良い所は一杯あり、私自身、 山梨の気持ちの良い多くの人達には感謝している面は多々あるのですけど、
全体的な印象は、正直マイナス面の方が大きいですね・・・
21世紀の現在でも、山梨には「無尽」とか「頼母子講」みたいな前近代的な金融システムは存在 しているのかな・・?
(少なくても1990年代後半までは存在していました・・)
1990年に山梨に異動で来た時、 いまだに江戸時代の名残のこうした「無尽」システムが存在している事に
最初は面食らったものです・・・
今では金銭面の助け合い・融通仕合というよりは、飲み食い仲間という意味合いの方が大きいのですけど、
それにしても、あの無尽という組織は、当時ある地方銀行の営業担当で、他県からきたよそ者の私には
正直やっかいでしたし、当時は「吹奏楽コンクール的には山梨は関東支部に属するけど、心情的には山梨は関東に非ず」
という意識は相当強かったと思います。


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このブログでは結構山梨の事を比較的よくないように書いていて、あの甲州弁の言葉の響きのガラの悪さと
甲州人の粗野で粗っぽくてやはりガラが悪く身内だけで物事を決めてしまいよそ者は基本的に排除したり、公衆マナーが
全然なっていなかったり確かに山梨で暮らす事の難しさは多々感じることもありましたし、基本的には今でも
「観光で行くには申し分ないけど住むのにはかなり抵抗があるエリア」という想いは変りはありません。
ただそれでも山梨で暮らしている一人ひとりは確かに多少ガラは悪くても基本的には温かい人たちが多かったですし、
心を開いてくれるまでは相当時間がかかるけど、一度心を開いてくれたらとても温かく親身になって厚い慈愛の気持ちで
接してくれるというのは間違いないと思います。 

そうした山梨の皆様・・梨っ子の皆様を描いたすてきな漫画・アニメが「ゆるキャン△」です~♪

「ゆるキャン△」は山梨県内のJKさんたちがキャンプをしたり、日常生活を送ったりする様子を緩やかに描いている
おっとりとしたゆるい日常系作品です。
テレビアニメ第1期が2018年1~3月に放送され、2020年1~3月にショートアニメ「へやキャン△」が放映され、
福原遥さん主演の実写ドラマが放送されたことも話題になっていましたし、今年・・2021年の1~3月にはその二期も
放映されていました。

「ゆるキャン△」の私の一押しはいうまでもなくなでしこで、その次の推しは「うそやでー」のあおいちゃんです~♪

ゆるキャン△を見てしまうと、少しずつではありますけど私自身の山梨に対するイメージも変わりつつあるように
感じるのはご当地アニメのすてきなメリットといえそうですね~♪
私自身、中学校の吹奏楽部に入部し初めて吹奏楽コンクールに臨んだ年というのは1978年なのですけど、
1978年の課題曲は76年に続いて二回目のマーチと書下ろし作品が混在した4曲の中から選曲するというスタイルなのですが、
改めて振り返ってみると、私自身が吹奏楽部への門を叩いた頃って課題曲のスタイルすらもまだ確立されていない時代でも
あったのですね~
吹奏楽コンクールの課題曲の変遷の歴史を簡単に見ていくと、
1970年代後半から1992年までは書下ろしオリジナル作品とマーチの混合、
1993年から2000年代初期の頃は、奇数年がマーチの年で偶数年が幾分長めの書下ろしオリジナル作品の年と
マーチとオリジナル書下ろしの曲を分離させ、
そして最近は、中学の部限定とか小編成用とか色々と興味深い工夫もある中、
基本的には1970年代後半~90年代初めの頃ののような書下ろし作品とマーチの混合というパターンに
戻ったような感じなのだと思います。

本記事は岩井先生の素晴らしきポップス系課題曲「メイン・ストリートで」の記事なのですけど、
岩井直溥先生のポップス系課題曲と言うと、河辺公一の「高度な技術への指標」と東海林修の「ディスコ・キッド」と合わせて
ポップス系の吹奏楽コンクール課題曲を語る上で100%その存在を抜きにして語る事は出来ないほど
吹奏楽コンクール課題曲の上ではとてつもない貢献度とあまりにも素晴らしい名作課題曲の数々を残されたと
言えるのだと思います。
1976年のポップス描写曲「メイン・ストリートで」は、
1972年「シンコペーテッド・マーチ「明日に向かって」、1975年「ポップスオーバーチュア「未来への展開」に続く
岩井先生作曲によるポップス系課題曲なのですけど、ここから後に
1978年のポップス変奏曲「かぞえうた」、1989年「ポップス・マーチ「すてきな日々」と続いていく事を考えると、
「メインストリートで」は、岩井先生のポップス系課題曲の原点にして一つの大きな頂点と言えるのだと思います。
大変残念なことに吹奏楽連盟は、89年の「すてきな日々」を最後に
2013年に至るまでポップス系課題曲を復活する事が無かったのは私としては「大きな損失」と言えるのかもしれないです。
確かにオリジナル書下ろし作品もマーチも大切なのですけど、
吹奏楽をもっと心の底から楽しんで演奏するという観点からポップス系課題曲を取り上げていれば、
もう少し今現在のような技術一辺倒の吹奏楽コンクールから多少の変化はあったのかもしれないです。
2013年に一度ポップス系課題曲が復活したけど、それは1972年~78年のような長期的なウェーブに至っていないのは、
日本における「ポップス系がどちらかというと軽視されている」という潮流の表れなのかもしれないです。

冒頭からいきなり話がそれました・・

1976年の課題曲は下記の四曲です。

A / 即興曲

B / 吹奏楽のための協奏的序曲

C / カンティレーナ

D / ポップス描写曲「メイン・ストリートで」

こうやって振り返ってみると76年の課題曲は名曲揃いですね!
そして演奏技術的にはどの課題曲も決して易しくは無く、特にBの協奏的序曲の難しさは、最近のコンクール課題曲の
難しさに匹敵するようなものさえあると思います。
(特にラスト近くのホルンのあの勇壮な高音の雄叫びはかなりの難易度があると思います)
課題曲Aの「即興曲」の作曲者の後藤洋さんは作曲当時は秋田県の高校生という事で、当時はかなり話題になって
いたと思いますし、高校生がこんな渋くて表現するのが大変難しい曲を書けてしまう事自体
凄い事なのだと思います。
後藤洋さんの課題曲というと私自身が高校3年の時に実際に演奏した「カドリーユ」の方が私的には大変馴染みが
あるのですけど、即興曲の表現の難しさは正直今現在の視点でも「よくわからない・・」という感覚はあるように思えます。
後藤洋さんというと最近の若い世代の皆様ですと、激辛評論家というイメージもあるのかもしれないですけど、
私にとってはカドリーユという大変かわいらしくてエレガントで粋な曲の作曲家で、
例えば組曲「動物の謝肉祭」・歌劇「トゥーランドット」等のすてきなアレンジャーという印象の方が強いですね。
課題曲C/カンティレーナの作曲者の保科洋先生は、1976年当時既にカプリス・カタストロフィー・交響的断章等で
大御所作曲家というイメージすらあったのに、あれから40年以上近くの歳月が流れているのに、
いまだに現役で作曲・指揮・教職活動をされている事には本当に頭が下がる思いで一杯ですし、保科先生の盟友の
兼田敏がとうの昔にご逝去されている事を思うと、保科先生にはまだまだ現役で頑張って頂きたいです!
そして保科先生の最近のあの素晴らしき名作「復興」もこの先もずっとずっと演奏され続けて欲しい気持ちで一杯です!
カンティレーナは、当時の保科先生と言うと陰気で暗い雰囲気な曲が多いというイメージの中、
この課題曲はまるで「カドリーユ」みたいにかわいく粋でチャーミングな曲であり、
私自身このカンティレーナとカタストロフィーが同じ作曲家の曲とは今でも信じられないです・・
そしてカンティレーナは全国大会でかなりのチームが演奏していましたけど、そのほとんどがちょっと力んでしまって
本来は軽い雰囲気の曲なのにまるで大歌劇のグランドマーチでも聴いているかのような雰囲気の演奏が多かったのは
ちょっともったいなかったです。

さてさてそうした名曲揃いの1976年の全日本吹奏楽コンクールの課題曲の中でも、
課題曲Dのポップス描写曲「メイン・ストリートで」はポップス系課題曲という歴史的意義においても、曲の楽しさ・親しみやすさ
という意味においてもこの課題曲が世に登場してから既に42年の歳月が経過していますけど、その普遍的価値は
色褪せる事も無く光り続けていると思います。

このポップス描写曲「メイン・ストリートで」は、とある街のメインストリートの一日の様子を表した曲であるそうでして、
夜明け〜朝〜昼〜夜という場面展開が4分程度の曲の中に潜んでいたりもします。
一般的にポップス系課題曲というのは、高度な技術への指標やすてきな日々に代表される通り、
冒頭からどっか~ん!とエネルギー炸裂という印象があるのですけど、この「メイン・ストリートで」の冒頭は
そうしたどっか~ん!という感じではなくて、むしろ落ち着いた雰囲気で爽快な気分のままゆったりと展開されている
印象があるのは、この曲に元々朝・昼・晩という場面展開があるからであり、冒頭が朝の街の風景をイメージ
しているからなのだと思います。
ちなみにこの曲の原曲の編成にはエレキベースやドラムセットが入っていたりもします。
最近の吹奏楽連盟の規定では、エレキベースは使用禁止となっていますので、ポップス系の曲にはドラムセットとベースは
不可欠と考えていた直井先生にとって、もしも先生がご存命だったとしたら吹連に文句と抗議を
されていたのかもしれないですね~!
「メイン・ストリート」は上記で書いた通り冒頭はゆっくりとした、落ち着いたテンポでメロディーが歌われ、
その次にドラムセットなどが加わったゆっくりとしたポップスになり、
そしてここからテンポが加速し速いポップスとして展開されていきます。
クラクションの音をトランペットで表現するなどメイン・ストリートの様子を音で表した表現もあったりします。
陽が落ちると静かになり人気がいなくなった大通りを色っぽく表してクライマックスを迎え、
最後はヴィヴラートを利かせながらしっとりと曲が閉じられていきます。

そうそうこの課題曲のタイトルの「メインストリート」とは、
岩井先生が作曲当時住んでいた中野駅近くにあるブロードウェイ商店街との事ですけど、
岩井先生のインタビュー記事を読んでみると、実際はブロードウェイ商店街というよりはその手前に位置している
中野駅北口の「サンモール商店街」をイメージしているらしいです。
ちなみにですけど、サンモール商店街は、昔は「中野美観商店街」(「北口美観商店街」とも)という名称だったそうです。

実はなのですけど、私自身1985~87年の3年間は中野周辺に住んでいて、当然ながらサンモール商店街や
中野ブロードウェイは当時は頻繁に通行・利用していたものです。
ブロードウェイは、今でこそ「おたくの聖地」とか「まんだらけ」でかなり有名になっていますが、
私が当時中野に住んでいた頃は、まんだらけは、明屋(はるや)という大きな書店とゲーム店に挟まれた小さな店舗という
印象でした。
当時は、ゲーム店や雑貨店とか古銭とかの店などがある階の一つの店に過ぎないという
印象しかありませんでしたが、まさかあそこまで大きく発展するとは夢にも思いませんでした。
まんだらけは現在はマザーズ上場企業ですからね!
本店が入っている中野ブロードウェイ内のまんだらけは、
ビル内の大半がまんだらけ関連のお店というのも凄いですし、あれはいつ見ても壮観ですね!
1987年当時には少なくてもブロードウェイ内には1店舗しかなかった頃のまんだらけを知っている私にとっては、
「時代も変化したね・・」と感じずにはいられないですし、
私以上に驚いているのは岩井先生なのかもしれないです!
jまんだらけは中野ブロードウェイを日本屈指のおたくビルへと変貌させるきっかけを作ったと言っても
過言ではないのかもしれないですね!

ポップス描写曲「メイン・ストリートで」は1976年の全国大会においては計21チームが演奏をしています。
結果的に中学・高校・大学においては金賞チームはゼロで、正直言ってスクール部門においては
「これは素晴らしい演奏!」と感じる演奏は少なかったように思えますし、この当時も今現在も
スクールバンドの指導者も奏者たちも「ポップスを演奏するにあたっての基本的な注意事項」等知らない人が
ほとんどであったという事なのかもしれないです。
特に高校の部においてはそうした傾向がありましたけど、あたかもクラシック音楽のアレンジ版を演奏するかのように
ちょっと硬質な響きで堅苦しい演奏をしているような雰囲気もあったと思います。
中学の部においては「あ、この演奏いいかも~」と唯一感じさせてくれたのは四国代表の富田中ぐらいだったと思います。
(富田中の自由曲の交響的詩曲「地底」もあのおどろおどろしさは素晴らしかったです!)
ポップス描写曲「メイン・ストリートで」は一般と職場の部で3チームが金賞していますけど、こうしたポップス系の課題曲を
正しく理解して正しいポップスとしての奏法で楽しくのびのびと演奏できるのは、やはり一般・職場といった
大人の部門でないと中々適切に表現できないという事なのかもしれないです。
金賞チームの中で、よく吹奏楽評論家の皆様から高い評価を得ているのはブリジストン久留米だと思うのですけど、
私的にはあの演奏はちょっと堅苦しくて、確かに技術的には最高峰なのかもしれないですけど、
もう少し吹っ切れた感じで思い切った表現をしてほしかったようにも思えますし、もう少し弾ける感じは欲しかったようにも
感じられます。
そうした意味においては、やはりこの課題曲の全部門を通して最大の名演は誰が何と言っても牟田先生率いる
瑞穂青少年吹奏楽団なのだと思います。
あの演奏は今現在の視点で聴いてもプロ顔負けの演奏だと思いますし、とにかく奏者一人一人が実にのびのびと楽しんで
吹いている雰囲気が隅々に感じられ、まるでミュージカルを聴いている様な気分にすらなれると思います。
そしてこの年の瑞穂は自由曲のリードの「ジュビラント序曲」も本当に素晴らしい演奏を聴かせてくれていたと思います!

瑞穂のジュビラント序曲は 5分10秒で完奏し一気に畳み掛けるスピード感溢れる素晴らしい名演だと思いますし、
とにかくソロクラリネットが本当にめちゃくちゃ上手いと思います。
この曲は作曲者のリードが東京佼成を指揮して自作自演の演奏もCDとして残していますが、
テンポが意外とゆっくりで演奏時間は6分半程度です。
瑞穂みたいな「若々しい」感じではなくて「大人としての演奏」を聴かせてくれています。

あの年の瑞穂は課題曲で大人の演奏をのびのびと伝えてくれていて、自由曲でやんちゃな少年みたいな演奏を
おおらかに聴かせてくれていて、最近の吹奏楽コンクールでは多分味わえないような自然な高揚感を聴かせてくれているのは
本当に素晴らしいと思いますし、ああいうチームが今後出現する事はもうないのかな・・?と
感じてしまう事もあったりもしますね。

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ポップス描写曲「メイン・ストリートで」の本来の原曲においては、本格的なドラムセットの他に、楽譜の上では
指定楽器の一つとして「エレキベース」もちゃんとあったりもします。
上記で触れたとおり、現在の吹奏楽連盟のコンクール既定ではエレキベース・エレキギターの使用は禁止となっている
のですけど、例えばメリッロのアメリカの騎士とかラムのイーゴル・ファンタジーにおいてエレキベースはかなり効果的に
使用されていますので、エレキベースが使用できないこれらの曲を吹奏楽コンクールにおいては、
本来の響きを味わえないのは少し勿体ない感じもありそうです。

「ららマジ」においてこのエレキベースを担当している女の子は楓智美という高校1年生の女の子です!

楓智美は義理人情に厚いやんちゃな性格で、後輩の面倒見も良い情熱的なJKさんでもあります。

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楓智美は器楽部員で構成されたバンド「フロウライン」ではベースを担当していて、器楽部・吹奏楽部としての
大規模編成での合奏ももちろんすてきですけど、けいおん!やバンドリ!を彷彿とさせるガールズバンドでベースを担当
しているというのもとても素晴らしいです~♪

バンドリを見ていると、ドラムやギター・キーボードといった楽器はむさくるしい男どもが演奏するよりは、ららマジ等の
美少女の皆様やJKさんの方が断然見映えがしていると思いますね~
ハワード・ハンソンという作曲家も作品も日本では残念ながらあまり馴染みがない作曲家なのかもしれないです。
このアメリカの作曲家はバーバーと並んでアメリカ保守系クラシック音楽作曲家の大御所の一人で
「イーストマン音楽学校」の校長を長い間勤めていた事でも知られています。
作曲家としては、どちらかと言うと「交響曲の作曲家」としてアメリカでは高い評価を受けているようでもあります。
ハンソンの交響曲第2番「ロマンティック」は実は「20世紀の隠れた名曲」と私自身はかなり以前から高く評価しています!
この素晴らしい交響曲は、「私自身のためだけに聴きたい。他人にはその存在を教えたくない」とも思うのですけど、
「この素晴らしい交響曲は是非一人でも多くの皆様に聴いて欲しい」という気持ちもあったりもしますので、
本記事の後半で触れさせて頂きたいと思います。

ハンソンは、吹奏楽オリジナル曲も決して数多くありませんけど幾つかの作品を残しています。
私が生演奏で聴いたことがある範囲では、

〇ラウデ

〇ディエス・ナタリス

程度に留まっています。

ディエス・ナタリスは元々は管弦楽曲で、吹奏楽版は以前東芝EMIからCDが出ていましたけど
さすがに現在では廃盤なのかな・・?
そうなるとこの曲は、国内盤で聴く事は出来ないというのももったいない気はします。
この曲は、1980年に文教大学が全国大会で演奏し銀賞を受賞しています。
現在大学の吹奏楽を牽引する文教大学も実はこの年が初めての全国出場でもありました。

私にとって、ハワード・ハンソンの吹奏楽オリジナル作品というと、「コラールとアレルヤ」が大好きです!
5分半程度の短い曲なのですけど、前半の祈りのような荘厳さと後半のたたみかけるような重厚な響きなど
聴きどころは満載だと思います。
冒頭は金管楽器のアンサンブルで開始され教会での祈りみたいな雰囲気です。
後半は打楽器が活躍し、特にティンパニの圧倒的なロールは迫力満点です。
最後は、高らかな讃美歌で終わり、非常にすっきりとしたシンプルな終わり方で閉じられます。

吹奏楽オリジナル曲としては大変短い作品なのですけど、保守系シンフォニストらしいエッセンスが凝縮された作品であり、
無駄な部分が一つもなく、実にすっきりと音楽的に充実した作品だと思います。
祈りと讃歌と迫力の三要素が曲の中に溢れていて、短い中にもその音楽的充実感と構成美には目を見張るものが
あると感じずにはいられないです。

「コラールとアレルヤ」し日本の吹奏楽コンクールではほとんど演奏されないのが大変勿体ないと感じます。
1979年の高岡商業が全国大会でこの曲を自由曲にし、銀賞を得ているのが
この名作の唯一の演奏事例と言うのも少し寂しい気がします。
高岡商業のこの年の演奏は素晴らしく、課題曲B/プレリュードも静と動の対比が素晴らしかったですし 、
課題曲で抑制された感情を自由曲の「コラールとアレルヤ」の後半で爆発させたのも
いかにも若き高校生らしい快演だと思います。
翌年に高岡商業は、ニクソンの「パシフィックセレブレーション組曲」の歴史的名演を残すことになります。

高岡商業の「コラールとアレルヤ」は現在は音源が何も無い状態で、ソニーの「日本の吹奏楽79」という廃盤レコードにしか
音源がありませんので、ブレーン社あたりから復刻版として出てくれるとうれしいですね。
私はレコードという形でこの演奏の音源は持っていますけど、最近レコード自体ほとんど聴く機会はないですね・・

ハンソンの「コラールとアレルヤ」は、実は支部大会レベルでは演奏の歴史は非常に古く
昭和36年に三井造船が既に自由曲として演奏されてはいるみたいです。
支部大会でこの曲が最後に演奏されたのは、1984年の福岡工業大学が最後というのも寂しいものは感じます。

「コラールとアレルヤ」は技術的にはそれほど難易度は高くはないと思いますので、中学校・高校の小編成部門で
チャレンジする事は全然悪くないと思いますし、音楽的教育の観点からも演奏効果という点からも
大変申し分のない吹奏楽オリジナル作品と一つと言えると思います。

さてさて、ここから下はこのハンソンが作曲した20世紀の隠れた名曲であると私自身は確信している
交響曲第2番「ロマンティック」について少しばかり触れさせて頂きたいと思います。

ハンソンは元々がスウェーデン系移民の子孫で、交響曲第1番には「北欧風」のタイトルが付けられています。

ハンソンの交響曲と言えば、交響曲第2番「ロマンティック」が圧倒的に素晴らしいと思います。
この交響曲第2番は、私的には20世紀の影の隠れた名曲とか埋もれた名曲だと考えていますし、
本当にこんなに抒情的で美しく、同時に「希望」にも溢れ、優しくせつなくて
聴いているだけで「自分も頑張ってみよう・・!!」と思わせる曲は20世紀の交響曲の中では珍しいものがあるような気さえします。
極論ですけど、このハンソンの交響曲第2番「ロマンティック」を一度も聴かないで、その生涯を閉じられるのは
とっても勿体無いような気さえします。

ハンソンの交響曲第2番「ロマンティック」は、交響曲第1番に興味と可能性を感じた当時の大指揮者クーセヴィッキーより
ボストン交響楽団創立50周年記念作品の委嘱を受けて作曲されたものです。
この時、他に委嘱を受けた作曲家は、ストラヴィンスキーやルーセルなど当時の大御所達なのですけど、
作曲当時は特に実績もない新人作曲家にこうした委嘱する方も勇気が必要だったと思われますが、
ハンソンはその期待に応えて素晴らしい曲を後世に残すことになります。

この交響曲が作曲された当時は、ストラヴィンスキーの原始主義と新古典主義やドビュッシーやラヴェルの印象派的音楽や
シェーンベルクの無調音楽が闊歩する時代でしたけど、そうした当時最先端の音楽に全く影響を受けずに
「分かり易くて美しくて抒情的な」音楽を残したハンセンは素晴らしいと思いますし、
ほぼ同時代を生き、時代に流されずにロシアの香りが漂うセンチメンタルな音楽を作り続けた
ラフマニノフとも重なるものはありそうな気はします。

交響曲第2番「ロマンティック」は、三楽章構成で演奏時間も25分程度で非常に分かり易い音楽です。
第一楽章は静かに開始されますが、すぐに快活なメロディーが展開されていきます。
この第一楽章のメロディーが第三楽章でも再現される事となります。
第二楽章は、「美しい!」としか言いようがない甘い旋律が続きます。冒頭のフルートが実にすてきですね~!
第二楽章中間部の木管楽器の使い方が実に巧みだと思いますし、抒情的に流れていた音楽に
瞬間的な緊張感をもたらす効果もあると思います。
抒情的というよりは、
「昔の出来事を静かに振り返りながら余韻を楽しむ」みたいな感覚の音楽です。
第三楽章は、上記の要素に加えて
「未来への楽観的希望」みたいに明るい要素が加わっていきます。
冒頭のあのメロディーは、ハンソン自身がこの曲を「精神においては若い」と評していましたけど
その「若さ」が見事に溌剌とした曲想として表現されているのだと思います。
第三楽章のラスト前で一旦静かになる部分があるのですが、「昔をしみじみと懐かしむ感じ」が漂いうっとりさせられ、
最後は肯定的希望を持って明るく閉じられるようにも感じられます。

2013年9月に逝去された作曲家&音楽評論家の諸井誠氏の著書に 「現代音楽は怖くない」というものがあり、この著作の中で
この中で諸井氏はハンソンの交響曲第2番にも触れていますが、
「クーセヴィッキーが委嘱した数々の作品の中で一番新鮮味が無く最も後ろ向きな作品」とかなり酷評しています。
私はそれは全然違うと思っています。
第一にこの音楽は全く後ろ向きではないと私は感じております。
一体この音楽をどうひねくれて聴けば「後ろ向き」に聴こえてしまうのか逆に教えて頂きたいほどです。
特に第三楽章の冒頭の第一楽章再現の部分とか第三楽章のホルンの展開部とかラスト近くの高揚感は、
「ひたすらに前向きに一生懸命生きていれば、そのうちきっと何かいい事が待っているはず!!」みたいな
「希望のメッセージ」を私はこの曲から感じてしまいます。
間違ってもこの曲は「後ろ向き」というものではないと思っています。
100歩譲って、仮に諸井氏が言うとおり「後ろ向き」であったとしても、私の考えとしては、
「別に全ての音楽が前向きでないといけないとか何かメッセージ性とか革新性を有しなくてもいいじゃん・・・」という事なのです。
音楽とは常に前向きでないといけないとか、高尚な内容のものでないといけないとか、
常に新しい感覚を持ち、新しい技術と表現力を提示しないといけないというのではないと思います。

別に後ろ向きだっていいと思います。
作風が「懐古的」だったり「新鮮味に欠けていても」いいじゃないかと思います。
その音楽によって、聴く人の心に「何か」を伝えることが出来ればそれでいいのではないのかな・・?と思っています。
音楽全ての作品が進歩的なものを目指す必要性なんか全然ないと思いますし、
音楽の中には、後世とか自分の過去を見つめ直したり、「美しいもの」を自分なりに探究したり
そうした方向性の音楽が現代にもあって然るべきものだと思います。
前述のボストン交響楽団創立50周年記念の委嘱作品ですけど、このハンソンの交響曲第2番以外には、
例えば、プロコフィエフの交響曲第4番とかルーセルの交響曲第3番などがありましたけど、
そうした革新的で実験的な曲と同系列でこの曲論じる事自体がナンセンスのようにも感じられます。
そもそも目指している方向性が全く違っていますし、
別にハンソン自身は、そんな音楽に「革新性」を求めるタイプではありませんからね。
それに何よりも私自身はこの曲から「生きる希望」を感じ取っています!!

ハンソンの交響曲第2番「ロマンティック」は甘くせつないし、あまりに美しすぎるのだけど、何か妙に「芯」がガッチリとある作品
のようにも感じられたりもします。
この曲の生演奏は一度も聴いたことがないのはとても残念です!
一度だけ吹奏楽アレンジ版としい聴いたことがありますし、それも悪くは無いのですけど、出来るならば、
この交響曲を管弦楽版として是個是非一度生演奏で聴いてみたいのですよね・・・

ちなみにこの曲、アメリカ映画「エイリアン」のラストシーンで使用されています。

この曲をCDで聴く場合、
スラットキン指揮/セントルイス交響楽団が素晴らしい演奏を残しています。
カップリングは、バーバーのヴァイオリン協奏曲ですかので、アメリカの音楽を聴くにはうってつけの一枚だと思います。

余談ですけど、この交響曲の第三楽章をかつて関東第一高校を指揮されていた塩谷晋平先生が
青森山田高校を指揮されて東北大会に出場されていた事もありましたけど、あの演奏は出来れば
当時の普門館でも聴いてみたかったです!





上記でちらっとバーバーのヴァイオリン協奏曲が出てきましたけど、オーケストラが伴奏に回るヴァイオリン協奏曲という
ジャンルは、オーケストラの大きな要素でもあるヴァイオリンパートとソロ担当の独奏ヴァイオリンの時に夢見るような
時に激しくバトルを展開するようなその同一楽器のとしての関連性も大変聴きごたえがあり興味深いのですけど、
大人気スマホアプリゲーム&アニメのBanG Dream!においてもヴァイオリンが登場していたのはとても驚きでしたし、
その意外性がとても新鮮でもありました~♪

Morfonicaは、名門のお嬢様学校・月ノ森女子学園の一年生で結成されたガールズバンドグループなのですけど、このメンバー
5人の中では私的に大注目なのは、八潮瑠唯という BanG Dream!史上初のヴァイオリンパートを担当する
クールビューティの女の子です!
ドライな才媛JKさんですけど、ガールズバンドの中でのヴァイオリンという位置づけもサウンド的には実はとても興味津々でして、
これからの展開に注目させて頂きたいと思います。

ちなみにMorfonicaのメンバーの苗字(倉田・八潮・桐ヶ谷・広町・二葉)は東京都品川区の地名に由来していたりもします。


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ちなみにですけど、八潮瑠唯の声を務めるAyasaは、ガチのロックバイオリニストであったりもします。

八潮瑠唯は、アニメ上での設定は、月ノ森女子学園の1年生で、学年トップの成績をキープする才媛で、
大変ドライな性格で常にトップに立つことを目標にされていて、音楽を「無意味なもの」と一度は捨ててしまった経緯も
あったりします。

もしもバンドリのアニメ第四期が実現した場合は、Morfonicaや八潮瑠唯や八潮瑠唯が一度捨てた音楽をどうやって再び
向き合うようになったのかその経緯も明らかにされると嬉しいです。

どちらにしても、ガールズバンドの世界にヴァイオリンパートを新たに登場させた意義はかなり大きいように
感じたりもしますね~♪
名取吾朗がご逝去されて彼岸の彼方に旅立たれたのが1992年でしたので、もう30年近い歳月が流れているのですね・・
最近の吹奏楽コンクールでは、名取吾朗の作品はアトモスフェアぐらいしか演奏されない気もしますけど、
時々ですけど、あの独特のおどろおどろしい陰鬱な情感の作風がなつかしく感じたりもします。
名取吾朗の作品は陰気で劇的要素が強く、ネリベルのように、強弱と明暗のコントラストが激しい作曲家という印象があります。
生前何回か吹奏楽コンクールの審査員をされていたのが記憶に残っていますが、どこかの県大会で
審査員代表として講評を述べていたのを耳にしたことがありますが、
作品の印象とは全然異なる柔和な人柄の先生という雰囲気がありました。
BJでもよく吹奏楽コンクールの講評を書かれていましたけど、的確でわかりやすいコメントは読んでいる人たちにもかなり参考に
なっていたと思います。
名取吾朗というと1990年にも「風の黙示録」が吹奏楽コンクール課題曲として選ばれていただけに、そのわずか2年後に突然の
訃報を耳にした時はとても驚いたものでした。
名取吾朗の陰鬱な音楽の背景には、自身の辛い戦争体験、特にフィリピン南島での兵士としての辛い体験が
ベースにあったとの事です。
(そのあたりは水木しげると境遇的には似ているのかもしれないです)

名取吾朗の作品は出版されていたりCD化されている作品自体はそれほど多くは無いのですけど、

〇アラベスク(1973年課題曲B)

〇風の黙示録(1990年課題曲B)

〇吹奏楽のための交響的幻想曲「ルソン」

〇交響的幻想曲「ポンドック街道の黄昏」

〇吹奏楽のための詩曲「永訣の詩」

〇吹奏楽のための詩曲「アトモスフェア」

といった作品が思い浮かびます。

何となくですけど、名取吾朗の作風と市立川口高校と愛工大名電の演奏は非常に相性が良かったようにも思えますし、
アトモスフェアは市立川口と名電は全国大会でそれぞれ2回ずつ自由曲として演奏し、いずれも劇的で緊張感あふれる
演奏を残しています。
課題曲としてアラベスクは瑞穂青少年吹奏楽団、風の黙示録は市立柏の演奏がとても印象的です。
ポンドック街道の黄昏は、関東大会銅賞ですけど真岡高校の演奏が大変印象的ですし、ソプラノサックスの長大なソロは
静かな熱演だったと記憶しています。
永訣の詩は、1984年の市立川口の素晴らしい説得力も素晴らしかったですし、1987年の花輪高校の怨念と暗い情感に
溢れたおどろおどろしい死の香りに溢れた演奏も大変よかったです。

でも私にとって名取吾朗の吹奏楽オリジナル作品というと吹奏楽のための交響的詩曲「地底」です!

名取吾朗の吹奏楽のための交響的詩曲「地底」は情報量が圧倒的に少なく、正直・・私自身もこの曲の事は
あまりよく分かりません。
音楽之友社から以前出版されていた本の中の「吹奏楽作品(邦人)総目録」を見てもこの「地底」に関しては、
「アンサンブル・アカデミーからの委嘱作品、未知の世界「地底」を想像して作曲された、グレード・中級」という記載しか
されていません。

この曲の音源は無いに等しいものがありますけど、どうしても聴いてみたいという場合は1984年の習志野高校の演奏を
収録した「日本の吹奏楽84」を探すか、ブレーンのレジェンダリーシリーズにおいて当時全集を購入された方限定特典の
ボーナスCDの中に確かこの習志野の地底も収録されていたと思いますけど、どちらにしてもこれらの音源は極めて入手困難と
思われます。
私は、ワールドレコード社のオリジナルカスタムテープで、1976年の富田中の演奏と1984年の市立習志野の演奏を所有
していますので、今となっては知る人ぞ知る隠れた名曲を一人こっそりと?堪能させて頂いております。

地底は一言で言うと、冷たいひんやりとした音楽です。
前半のひそやかさとは対称的に、後半の不気味な迫力と劇的雰囲気にはかなり圧倒されるものはあります。
打楽器もティンパニ・大太鼓・シンバル・ドラ・シロフォーン程度でそれほど多彩ではないし特殊楽器も使用されていません。
そうした普通の編成で、ここまで特殊な雰囲気が作れるとは驚異的だと感じています。
ラスト近くのいかにも地底から吹き上がるような音の絵巻はまさに圧巻です。
かなり陰気で怨念溢れるというかドロドロとした暗い情念に溢れた音楽なのですけど、冷徹さという感じではなくて、
聴き方によっては涼しい谷間での冷たい水の感覚といった感覚のようにも聴こえたりもします。

私自身が一番不思議に思っていることはこの曲の呼び方です。
1976年の富田中の演奏を収録したカスターテープにおいては、自由曲のアナウンスではなぜか「ぢぞこ」と呼んでいましたけど、
私自身も生演奏をこの耳で聴いた1984年の習志野高校のアナウンスでは間違いなく「ちてい」と呼んでいました。
多分「ちてい」という呼び方が正解だとは思うのですけど、富田中のあのアナウンスは単なる読み間違いという可能性が濃厚
なのかもしれないです。
富田中はやや荒っぽいつくりで習志野は対照的に洗練された感じです。

最近の吹奏楽コンクールでは地底自体が既に忘却の彼方の楽曲ですし、支部大会でも1987年の関東大会で演奏されて以降は
30年以上どのチームも演奏されていません。
この曲のプロの演奏も是非是非聴いてみたいです!

習志野高校は1984年の地底の演奏以降の自由曲は、ローマの祭り・海・ダフニスとクロエ・サロメ・交響三章・
ローマの噴水・スペイン狂詩曲など洗練されたフランス系アレンジ路線をメインに吹奏楽コンクールに臨んでいましたけど、
1984年だけ、どうしてこんな知る人ぞ知る邦人オリジナル作品を自由曲として選曲したのは少し謎ですね~
1982年も習志野は「呪文とトッカータ」というバリバリのオリジナル曲を自由曲にしていたことはありますけど、
習志野の地底と呪文とトッカータは伝統的な習志野の自由曲の傾向としては極めて異例ともいえますし、それだけに希少価値が
高そうな演奏と言えそうです。

1976年の富田中の地底の演奏は、おぞましい・不気味・おどろおどろしい・こわい・曲がドロドロしているという印象が
大変強いのですけど、1984年の習志野の演奏を聴くと、そうした印象は全く感じられません・・
むしろ、都会的・近未来の風景みたいな富田とはまるで180度異なる感想を抱いてしまうので、
音楽は指揮者の解釈によって全然異なるものだと改めて感じてしまいます。
この年から既に習志野高校は洗練・繊細・気品といった習志野サウンドは完成の域に達していたと思います。
音楽が大変洗練されていて、どの部分を演奏してもサウンドが大変美しくかつデリケートに優しく響いてきます。
強奏の部分も、サウンドが荒れる事も全く無く自然に響いてきます。
この年の演奏で特に印象的だったのは木管のしなりです。
特にクラリネットセクションの美しさとか音のひそやかさは本当に素晴らしかったですし、
この曲が本来有しているおどろおどろしさをいかにも和風のあでやかさとはかなさに変容させていたのは素晴らしかったです。
この曲は、ラスト近くでトランペットがかなり咆哮し打楽器の激しさと合せて
まるで「吹奏楽のための神話」の中間部の踊りみたいな雰囲気で終るのですけど、
そうした部分もうるさいという感じは全く無く、むしろあでやかという雰囲気がよく出ていたと思います。

当時の私としては「これはもう金賞以外絶対にありえないじゃん・・」と予想していたのですけど、結果は銀賞に留まり
邦人オリジナル作品を音楽的に深く掘り下げていたにも関わらず銀になった東海大四という事例もありましたので、
「やっぱり邦人作品は審査員に嫌われるのかな・・」と感じたものでした。

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ここから下記は余談です。

上記において名取吾朗の「地底」を取り上げさせて頂きましたけど、小説における地底人に関する主な作品というと、
地底世界には原始人や恐竜が生息していることがモチーフになっているジュール・ヴェルヌの「地底旅行」や
80万年後の未来世界では人類の子孫として地下に住む白い類人猿「モーロック」が存在しているというH・G・ウェルズの
「タイム・マシン」などが印象的です。

特撮のウルトラシリーズとしては、ウルトラマンにて、地殻変動により地底に追われた種族として地底人が登場し、
地底怪獣テレスドンを操り地上を破壊した回や
帰ってきたウルトラマンにて、地底原始人キング・ボックルが登場した回もありました。

アニメ作品としては「六畳間の侵略者!?」が印象的でした~♪

父の転勤によって高校入学と同時に一人暮らしをすることになった里見孝太郎は、月5000円・敷金礼金無しの格安物件である
築25年のアパート・ころな荘の106号室へ引っ越すことになるというのがおおまかなストーリーですけど、
過去の106号室入居者は幽霊が出没するとの理由からことごとく短期間で引っ越してしまっていて、
入学式の晩、孝太郎の前にその幽霊である東本願早苗が現れ、早苗は孝太郎に対して106号室の先住権を主張し、
幸太郎を追い出そうと画策し、翌日には106号室の窓を突き破って自称・魔法少女の虹野ゆりかが、
翌々日には古代文明の地底人の末裔を自称するキリハが、
翌々々日には宇宙人の神聖フォルトーゼ銀河皇国第7皇女・ティアミリスが、
それぞれ理由を付けて106号室を占拠すべく乱入していたハチャメチャな内容でしたけどとても楽しかったです~♪

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「地底人」というといしいひさいちの漫画、及びその登場キャラクターもとても面白かったです!

毎回地上への侵略計画を立てるがいつも失敗し、地底人の地底国のさらに下には「最低人」が生息していていたのも
楽しかったです~♪
最底人から地底人への攻撃というのも「おまえ、アホやろ~」みたいな感じだったのもとても面白かったです。
保科洋は最近の吹奏楽コンクールでは「復興」が大ブレイクし、大人気自由曲の一つになっていますけど、
実は既に1970年代からその作品は課題曲や自由曲として取り上げられていましたので、実に息の長い作曲家の先生と
言えると思います。
保科洋の盟友の兼田敏が既に彼岸の彼方に旅立っている事を考えると、50年近くも現役として吹奏楽に関わられている
保科洋には本当に頭が下がる想いで一杯でありますし、最近でも岡山大学交響楽団や神奈川大学吹奏楽団を指揮されて
おられますし、83歳を超えられてもその現役の第一線でご活躍されている様子には感銘を受けています。
兼田敏を代表する名曲の「シンフォニックバンドのためのパッサカリア」を2017年に管弦楽曲としてアレンジされ、
管弦楽アレンジ版を秋山和慶が指揮され初演を果たしていたのも大変印象的でした。

1970年代の保科洋の作品というと、例えばカタストロフィー・カプリス・交響的断章などのように
大変陰気な曲想が多く、そのあまりの暗さに厭世観すら感じさせるものがありましたけど、
1980年代に入ると、「古祀」や87年の課題曲にもなった「風紋」のように「和」のイメージを曲に取り入れ始め
特に「古祀」は、日本の古代の儀式みたいなイメージを曲に大胆に取り入れ
その「鄙びた感じ」と「躍動する静のリズム感」がまた独特の世界を生み出し、一時かなりの人気曲でもありました。
この時代に「バストラーレ」(牧歌)や「愁映」のように、曲想が優しく終始穏やかな響きにまとめ、
70年代の頃に感じた陰気で厭世的な曲を書かれる人というイメージは相当後退したようにも感じたものでした。
1976年の保科洋作曲の全日本吹奏楽コンクール課題曲C / カンティレーナのような軽快な雰囲気の軽いマーチといった
作品は後年の作風の変化を示唆させるものがあるのかもしれないです。

保科洋の「古祀」ですけど、作品自体は実は元は管弦楽曲であり、
岡山大学管弦楽団のために書かれた「祀(まつり)」という管弦楽曲を吹奏楽曲に編曲したものが「古祀」と言えます。
管弦楽曲の「祀」を、ヤマハ吹奏楽団浜松からの委嘱により吹奏楽編成に作り直した作品であり、
原始的な祭祀の様々な情景をイメージした5つの部分から構成されています。
全体的には 民衆の神への畏敬と祈りと、神に奉納する踊りの曲といえるのですけど、私が現役奏者時代には
導入部→女性の踊り→全員の踊り→祈りから構成された曲みたいな事が秋山和慶指揮 / 東京佼成のCDの解説として
書かれていたような記憶もあるのですけど、実際はこの曲は五つの部分から構成されていたのですね。

「古祀」の構成なのですけど、保科洋のHPでの解説をそっくりそのまま転載いたしますと・・

第I部 「祈り I」
まだ薄暗い祭壇の前、民衆は祭壇への行列をしずしずと繰り返しながら、神への敬虔な祈りを捧げる。

第II部 「民衆の踊り I 」
祈り終わった民衆は野生的な踊りを始める。踊りの輪は徐々に膨らみ、熱狂的な全員舞踊に発展する。

第III部 「巫女の踊り」
民衆の踊りが一段落すると艶やかな巫女がしずしずと現れ、幻想的な踊りを舞い始める。民衆は車座になって巫女の踊る様を目で追っている。

第IV部 「民衆の踊り II 」
巫女が祭壇から姿を消すと、再び民衆は踊り始める。踊りは前にも増して陶酔状態となり興奮の極致に至る。

第V部 「祈りII 」
踊り疲れた民衆は再度祭壇の前に集まり、祈りを捧げながら三々五々散っていく。朝日が漸く昇り始める。

と記されています。

冒頭は大変静粛さと神聖な雰囲気な曲想から開始され、マリンバと木管セクションの細かいリズムによって導かれる
大変盛り上がる箇所が上記で言うところの民衆の踊りに相当する部分と思われますし、
この民衆の踊りは2回展開されるのですけど、一回目と二回目の間に挟まれた大変しっとりとした美しい音楽で、なおかつ
幻想的な舞のようにも感じられる箇所が「巫女の踊り」という事になるのだと思います。
この巫女の踊りの部分は、大勢の民衆が見つめる中、一人孤独に神聖で幻想的な舞を神様のために奉納しているような
雰囲気も伝わってきていると思います。
「古祀」が激しく盛り上がる部分は「民衆の踊り」といういわば全員の踊り的な箇所なのですけど、計2回繰り返されるこの部分の
間に巫女さんの幻想的で神聖な踊りの箇所が入っていますので、静と動の対比という意味でも大変際立っているようにも
感じられますし、音楽としての巫女さんの幻想的で美しい雰囲気が内省的に伝わっているようにも感じられます。

「古祀」は上記で記した通りヤマハ吹奏楽団浜松創立20周年委嘱作品なのですけど、吹奏楽コンクールとしての初演は、
競うコンクールの場という訳ではなくて、原田元吉指揮・ヤマハ吹奏楽団浜松が
第28回全日本吹奏楽コンクールにおける特別演奏(5年連続金賞達成による招待演奏)として演奏されたものです。
そしてその翌年には浜松工業高校が自由曲として演奏し金賞を受賞しています。

古祀の演奏時間は11~12分前後なのですけど、吹奏楽コンクールで演奏する場合はかなりの部分をカットしなければならず、
一般的には民衆の踊りの部分を一回だけにして祈りの終結部分を短めにするというカット方法が通例かも
しれないですけど、1984年にヤマハ浜松がこの曲を自由曲として演奏した時は、民衆の踊りの部分を二回繰り返して
演奏し、この曲本来のストーリーを音楽的にきちんと表現されていたのは大変印象的でもありました。

余談ですけど、「巫女さん」がモチーフにされている楽曲として、古祀と同じく保科洋作曲の曲として
吹奏楽作品ではないのですけど、「巫女の舞~独奏ホルンとオーケストラのための」という
ソロ・ホルンと管弦楽による自由な形式の協奏曲もあったりもします。
この曲にはピアノリダクション版があり、ピアノリダクション版は、
第21回イタリア・ポルチア国際ホルンコンクールの本選課題曲として使用された事もあるそうです。


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巫女の舞(巫女神楽)の原点は、神様を巫女さんの体内に憑依させるという神がかりの儀式にあったといわれています。
両手に榊(サカキ)と神楽鈴(雅楽の鈴)を手にした巫女がまず身を清めるための舞を舞い、
続いて右回り左回りと順逆双方に交互に回りながら舞を重ねていき、やがてその旋回運動は激しくなり、
しだいに巫女は一種のトランス状態に突入して神がかり(憑依)を開始し、跳躍するに至って、お告げという神託を下すことに
なるのが巫女の舞とも言えます。

東方で巫女さんというともちろん早苗さんも捨てがたいですけど、やはり巫女としての霊夢のインパクトは絶大だと
思います。
霊夢は巫女さんでもありますし「神様の花嫁」という立ち位置でもありますので、もしかしたら幻想郷においては
巫女に対して古めかしい純潔を強く求められるものがあるのかもしれないです。
巫女さんの本来の役割とは、天地の神や超自然的なものごとに通じ、祈祷を行い、物事や未来を占い、
または自らの身体に神を憑依させて信託を伝える役割、そして神前で奉納する舞というものなどがありますので、
幻想郷における奉納の舞を舞われるのはやはり霊夢が最もしっくりきそうなのかもしれないですね~♪

霊夢はゲーム作品や公式書籍では実はそうした巫女さんらしい奉納の舞はほとんどしていないと思われますので、
霊夢の舞は東方MMDとしての霊夢のダンスで楽しむしかないかもしれないですね~
本日は3月16日ですけど、おそらくはあと数日の間に桜の開花宣言や各地で桜が満開というニュースが
溢れるかとは思いますが、それにしても20世紀の頃の南関東での桜の開花宣言というと3月下旬ころだったと思いますが、
最近では3月の中旬というのがごく当たり前になりつつあり、地球の温暖化を考慮すると桜の開花もどんどん前倒しに
なっていくのかもしれないですね・・

昨日の当ブログ記事は「春」のイメージに相応しい吹奏楽コンクール課題曲マーチを取り上げさせて頂きましたので、
本日もそれに関連して「桜」に関連した吹奏楽オリジナル作品について少しばかり触れさせて頂きたいと思います。

「桜」に関連がありそうなクラシック音楽というと、ハワード・ハンソンの交響曲第5番「シンフォニア・サクラ」というタイトルを
初めて耳にした時、「日本の桜となにか関連があるのかな・・?」と思ったのですけど、実は全然関係が無くて、
この交響曲は宗教的な色彩が濃厚な曲であったりもします。
桜にまつわる吹奏楽作品というと色々とあったりもします。
少しばかり挙げさせて頂きますと・・

1.福島弘和 / 桜華幻想

福島弘和というと、ラッキードラゴン 〜第五福竜丸の記憶 や吹奏楽コンクール課題曲の稲穂の波や道祖神の詩でも
既に馴染み深い方だと思います。
そしてこの桜華幻想は、2005年3月に群馬県立前橋東高校の委嘱を受けて作曲されました。
「和風な曲」という委嘱に当たってのリクエストがあったそうで、この和風から「桜」をイメージしてこの曲を作られたとの事です。
作曲当初は桜そのものを表現するつもりだったそうですが、桜を眺める人の心を描いてみようという意図も加わったとの
事です。

「花開く桜の姿が生きる力を呼び起こす」と作曲者は述べられていますけど、この「生きる力」というのは、
桜がひらひら散っているイメージの序奏から力強いテーマが続いていくことからも窺えると思います。

この曲は前橋東高校も吹奏楽コンクールの自由曲として演奏し西関東大会にも出場していますし、既にたくさんのチームが
この曲を自由曲として演奏しています。
2018年末時点で桜華幻想を自由曲にしての全国大会出場チームはありませんので、今後が楽しみでもあります。

2.A.リード / 交響曲第5番「さくら」

洗足学園大学創立70周年記念委嘱作品で、1995年に浜松で開催された第7回世界吹奏楽大会で初演されています。

3楽章からなる交響曲で、第2楽章では日本の童謡とも言える「さくら、さくら」の旋律がゆったりと情緒たっぷりに
展開されていきます。
(これまた話はそれますけど、1982年の秋田南高校の自由曲の「パロディー的四楽章~Ⅳ.ルーセル」は
バルトークの舞踏組曲のフレーズを主にネタにされていますけど、曲の中盤や終盤においてさかんに引用されているのが
実は「さくら、さくら」のフレーズであったりもします。)

この交響曲はリード自身が洗足学園大学を指揮した自作自演CDにも収録されていて、他の収録曲としては
アルメニアンダンスパートⅠとミュージックメーカーズが見事な演奏を聴かせてくれています。

リードの組曲は、第二組曲「ラティーノ・メキシカーナ」・第三組曲「バレエの情景・第四組曲「シティ・オブ・ミュージック」・
第五組曲「インターナショナル・ダンス」などは演奏頻度も高く、馴染み深い感じはあるのですけど、
リードの交響曲は、計5曲作曲されているもののいずれも組曲ほどの認知度と人気は無いような印象もあります。
リードの交響曲の最大の特徴はどのシンフォニーも基本的には三楽章構成で、例えば交響曲第2番のように12音技法を
曲に取り入れている事もあったりして、組曲や序曲のような誰が聴いてもわかりやすいという感じではなくて、
むしろかなりシリアスさを感じさせてくれていると思います。
私的にはこの5曲の交響曲の中で特に技術的に巧みと感じられるのは交響曲第3番だと思います。
緊張感に溢れる第一楽章と楽しさ満開で映画音楽っぽくもある第三楽章に挟まれた第二楽章は、
ワーグナーの「ポラッツィの主題」に基づいた変奏曲と題されてもいますけど終始ゆったりとした響きになっています。
1989年の東北大会でダメ金になった秋田南高校の自由曲はリードの「パルシファルヴァリエーション」とプログラムでは
表記されているようですけど、このパルシファルヴァリエーションというのは交響曲第3番第二楽章の事なのでしょうか・・?
秋田南の1989年の演奏は私も一度も聴いたことが無いもので、その点は未確認です。
誰かそのあたりをご存知の方がいらっしゃれば教えて頂ければ幸いです。

3.さくらのうた(2012年全日本吹奏楽コンクール課題曲Ⅰ)

2012年の全国大会の高校の部において「さくらのうた」を課題曲に選んだチームは習志野高校だけであり、
全部門としてもこの「さくらのうた」を課題曲に選んだチームはわずか7チームに留まっています。
課題曲としては珍しい終始ゆったりとしたテンポの上に、わかりやすいハーモニーが展開されるという事で
ポロが出やすいし、この年は他に課題曲として演奏効果が出しやすい曲が多かったという事が
不人気だったような理由になっている気感じがあります。

作曲者の福田洋介は2004年の課題曲Ⅰ吹奏楽のための「風之舞」でも有名ですけど、この年はちょっと不遇でした。

この「さくらのうた」から感じ取れるのは桜の華やかさだけでなく、桜の散り際の儚さもかなり伝わってきていると思います。

他に吹奏楽作品で「桜」がモチーフとなっている作品として、

中橋愛生/閾下の桜樹~吹奏楽のための

高昌帥/桜花の光跡

天野正道/花の香 桜~桂花~薔薇が挙げられますけど、上記の三曲は私的にはあまりピンと心にくる曲ではないので、
今回は割愛させて頂きたいと思います。

余談ですけど、リードの交響曲第5番「さくら」~第二楽章では「さくら、さくら」のメロディーが朗々と響き渡りますけど、
この「さくら、さくら」の旋律を課題曲として執拗に引用した曲も実はあったりもします。
上記で2012年の課題曲Ⅰ/ さくらのうたは不人気課題曲と記しましたけど、7チームも全国で選曲してくれるチームがあったのは
幸いなのだと思います。
吹奏楽コンクールの歴史において、全国大会において全部門を通して1チームも演奏されることが無かった曲も実は
あったりもします。
しかもその課題曲は「さくら、さくら」がかなり執拗に引用され、曲の中に手拍子も入っていたりもします。

そうした「桜」をテーマにして日本の「さくら、さくら」を執拗に楽曲の中に組み込んでいるのに支部大会でも全国大会でも
ほとんど課題曲として選曲されていなかったのが1978年の課題曲Bで、マスク・カディッシュ等でお馴染みのマクベスが
作曲した「カント」です。
この課題曲こそは長い吹奏楽コンクールの歴史の中で「これぞ最大かつ究極の不人気課題曲」といえそうです。
1978年の課題曲は、極端に課題曲Aにばかり人気が集中する結果になってしまいました。
吹奏楽連盟は、当時の吹奏楽オリジナル曲としてはかなりの人気を誇っていたジェイガーとマクベスという
二人の巨匠に吹奏楽コンクール課題曲を委嘱したものの、その結果は、
なんと、マクベスの課題曲B/カントは、全国大会で演奏したチームは全部門を通して0チームという結果になってしまい、
「歴史に残る人気の無い課題曲」となってしまいました!
支部予選でもカントはほとんど演奏されませんでしたし、
聴いていても「さくら、さくら」がやたら引用される何を言いたのかさっぱり分からん曲・・・という感じでしたから
人気が無いのは仕方が無かったですね・・・・
当時の吹奏楽連盟としては、
「マクベスという大先生に恥をかかせてしまった!」みたいな「やっちまった感」はかなりあったのかもしれないです・・

この年の高校の部は、22団体中、実に18チームがこの「ジュビラーテ」を選んでいました!

あまりにもAのジュビラーテに人気が集中し過ぎるせいで
A以外の課題曲Cとか課題曲D/行進曲「砂丘の曙」を選ぶチームも少なくとても気の毒な感じもしました。
課題曲C/ポップス変奏曲「かぞえうた」は、もしも他の年ならばもう少し取り上げるチームも増えただろう事を考えると
勿体無い気はいまだに感じたりもします。

ちなみにですけど、1978年の全国大会にはジェイガーとマクベスも招待されていたと聞いたことがありますが、
ジェイガーは「してやった顔!」という感じで、
マクベスは「ジェイガーにこんなにも差を付けられてしまった・・」みたいな不本意感はあったのかもしれないですね・・


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最後に・・吹奏楽とは関係のない話ですけど桜というと私的には桜ミクフィギュアが大変印象的です~♪
桜ミクフィギュアは最近は毎年毎年プライズ系でもメーカー正規品でも新作が登場していて、その素晴らしい完成度の高さには
目を見張るものがあります。

桜ミクとは髪や衣装がピンク系で、桜の化身のような装いの初音ミクであり、
雪ミクが冬、雪をモチーフとしていることを受けて、春のモチーフである桜が全体にあしらわれています。
雪ミクと同様にすでにたくさんの立体化商品が世に出ています。

ちなみに上記の桜ミクは2019年の桜ミクのプライズ系フィギュアです。

プライズ系でも完成度はかなり高いですし、桜ミクらしい華やかさに溢れていると思います~♪

見上げるようなポーズやさくらんぼのアクセントがとっても可愛いフィギュアになっていますし、
雪ミクの純白さとは対照的に全体が桜の季節に相応しいピントーンに包まれた桜ミクだと思います。

これから桜の季節になりますけど、桜の木の下で並べて飾っておきたいぐらいの素晴らしい出来映えだと思いますね~♪
3月も中旬に入り南関東も随分と暖かくなってきて、これまでの寒さがウソみたいな雰囲気にも
なっていますけど、こうも暖かくなってくると桜の満開宣言も案外近いのかもしれないです。
東方式に表現すると春告精のかわいいリリーホワイトが満面の笑顔で「春ですよー」と春の到来を告知に 
やってくる日も間もなくという感じになりそうですね~♪

管弦楽曲で「春」のタイトルが付く曲というと、ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」が一番有名なのかもしれませんが、
あの音楽は「春」というよりは「真夏の狂乱」みたいなイメージもあったりします・・
他にも、シューマンの交響曲第1番「春」とか コープランドのバレエ音楽「アパラチアの春」とか ドビュッシーの交響組曲「春」とか
色々とあるのですけど、どこか決め手に欠くような印象もあったりします。
上記の曲を聴いても決して楽しいとか東方のリリーホワイトの「春ですよー」みたいな気持ちにはちょっとなれないですね・・ 

そういう時はやっぱり元気が溢れる「吹奏楽」なのかな・・?

例えば・・・・

ホールジンガーの「春になって、王達が戦いに出向くに及んで・・・」とか
リードの序曲「春の猟犬」といった吹奏楽オリジナル作品は聴いていてウキウキとした気持ちになれますし、
いかにも「春が来た!!」という感じにもなれそうですね~♪
そう言えば、吹奏楽コンクールの過去の課題曲の中にも 「春」をイメージさせるすてきな曲もいくつかあったと思います。

その一つが1995年の課題曲Ⅱ/スプリングマーチだと思います。
この年の課題曲は、Ⅰ/ラメセスⅡ世に人気が一点集中してしまい 課題曲Ⅱ~Ⅳは高校の部では
あまり演奏されていなかったのは少しもったいない感じがありました。
Ⅰは確かにコンクール向きで演奏効果が大変得やすい反面、
クラリネットの技術は高度なものが要求されるし、ホルンの高音域はすさまじいものがありましたし、
冒頭のつんざくような高音の入り方はかなり難易度が高かったと思います。
その点、この年の課題曲Ⅱ~Ⅳは、技術的にそれほど難しくなく
皆、なぜか愛くるしくてチャーミングな可愛い曲ばかりだったのが大変印象的です!
(Ⅳの「アップルマーチ」もとっても可憐な曲の雰囲気が素晴らしかったと思います)

課題曲Ⅱ/スプリングマーチは、「春」を予感させる 聴いていて妙にウキウキとしてしまいそうな曲でした。
この曲、メロディーラインが滑らかで聴き易く出だしからすぐに曲の楽しさにメロメロになってしまいそうな曲だったと思います。
中間部も木管の響きが大変美しかったし、 その木管に交じる形で加わるミュートを付けたトランペットの音色が
とてもチャーミングでお茶目でしたし、ラストも少しテンポアップし 一気にたたみかけるように終わり
大変スッキリとした終わり方を展開していましたので 印象としてもとても爽やかな感じがしたものです。

このスプリングマーチですけど、色々と素晴らしい演奏は多かった中で
特に印象に残っているのは、与野高校・福岡工大付属高校・近畿大学だと思います。
特に近畿大学は、一点の濁りも無い「透明感とスッキリ感」がとても魅力的でしたし
与野高校の若々しい躍動感も素晴らしかったですけど、この年の与野高校は全国大会初出場とは思えない
堂々とした演奏が大変印象的でしたし、自由曲の交響詩「ティル・オイレンシュピゲールの愉快ないたずら」もホルンの
見事にソロを含めて堂々の圧巻の初出場初金賞だったと思います。
与野高校は埼玉県内でも公立高校としては大変な進学校としても知られていますし、最近はちょっとご無沙汰していますけど、
いずれ近い将来に名門が復活してくれる事を期待したいです!
福岡工大付属も課題曲は愛くるしく、自由曲の「トッカータとフーガニ短調」は荘厳にと対照的な色彩がとても印象的でした。

スプリングマーチ以外で春をイメージさせるすてきな吹奏楽コンクール課題曲マーチというと他には
マーチ・エイプリル・メイもすてきでしたね~♪
この楽しい行進曲は、1993年度全日本吹奏楽コンクールの課題曲Ⅳでした。
最初は全然気が付かなかったのですけど、この曲のタイトルは、「行進曲」としてのマーチと
「3月」としてのマーチの二つを掛けているというか、何か洒落っ気のあるネーミングだったのですね・・
タイトル通り、3月~5月の何か春らしいウキウキした感じがよく出ていて、 3分半程度の曲なのですけど、
非常に洗練されていて、楽しく明るく、生き生きとして躍動感がある行進曲なので大好きなコンクール課題曲の一つです。
この課題曲が吹奏楽コンクールとして演奏されてた時は、既に現役奏者を引退済ではありましたけど、
こんな楽しい課題曲は是非演奏してみたかったです!
(こうした「すてきな春」をイメージさせる吹奏楽コンクール課題曲は他には1997年の「五月の風」も大変印象的です!)

1992年度までの課題曲はパターンとしては、書下ろしの作品が2曲にマーチが2曲という感じだったのですけど、
1993年以降、全日本吹奏楽連盟は、課題曲に関してはかなり大胆な改革を行い、
西暦の偶数年は、マーチ以外の書下ろしの曲、西暦の奇数年は全てマーチという事に改められました。
1993年は、この改革がスタートした最初の年で課題曲は全て行進曲でした。
やはりマーチは聴きやすいから、聴衆としては奇数年の方がありがたいですね。
個人的には、行進曲だけの年とかマーチ以外の年というように一つの方向性だけを押し付けるのではなくて、
92年以前のように行進曲・難解な曲・日本的情緒の曲・ポップス系など色々なタイプの曲をミックスしたほうが
バラエティーに富んでいて面白いと思いますし、
課題曲として何を選択するかという事でそのチームの個性も見えてくるようにも感じられます。
ちなみにですけど今現在の吹奏楽コンクール課題曲は、こうしたマーチだけとか書下ろし作品だけというのは廃止になり、
以前のようなミックス型に戻ったのはむしろ大正解のような気もします。

1993年の吹奏楽コンクール全国大会・高校の部は、ⅡとⅣに課題曲の人気が集中し、
ⅠとⅢを演奏するチームは極めて少なかったです。
確かⅠは基町のみ、Ⅲは埼玉栄と東海大学第四のみでした。
Ⅰが人気薄と言うのは何となくわかるのですけど 、Ⅲ/潮煙が意外と人気が無かったのは少し意外な感じもしたものでした。

この年の課題曲Ⅳ/マーチ「エイプリル・メイ」が実に楽しい曲で 、技術的に平易ながらも演奏効果が非常に高いという
コンクール課題曲としては大変お手頃な曲でしたし、
課題曲Ⅱ/スターパズルマーチも、「きらきら星」という誰もが知っている曲を引用していますので
ⅡとⅣの人気が高いのは「全く同感」という感じでしたね。

課題曲Ⅲ/潮煙は、技術的には相当難易度が高く、 トランペット(コルネット)のソロがかなり難しいという感じもありましたし、
粋な感じと楽しさを「楽に聴かせる」というのが意外と難しく あたりが高校の部で少し敬遠された理由なのかな・・・??
確かに職場の部のNTT中国も中学の部の袋原中はも
この課題曲Ⅲを選び、トランペットが外しまくって、両チームとも銅賞に留まっていました。

マーチ・エイプリル・メイは全国大会でも多くのチームが取り上げ、素晴らしい演奏を聴かせてくれていましたけど、
野庭・習志野・札幌白石の演奏が、その中でも特に素晴らしかったと思います。
特に習志野の木管の高音の透き通った響き、
強奏でも決して音が割れないし荒れない金管セクションの安定感は群を抜いていたと思いますし、
聴いていて、大変すっきり感の強い感じでした。
中間部の木管セクションの透明感・清涼感は、本当に素敵なものがありましたね。
札幌白石高校の「溌剌さ」も素晴らしいものがあったと思います!

やはり、こうしたすてきなコンクール課題曲マーチを改めて聴くと 「あー、春到来!!」という感覚になってしまいますね~♪


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あと少しで2021年冬アニメ作品も最終回を迎えるとは思いますけど、冬アニメが終わるとまたまた息つく暇もなく春アニメが
開始されますのでこちらも楽しみです。
昨年の春アニメは新型コロナ感染リスクの高まりによるアニメ制作現場の大混乱ということで多くの作品が放映中止または
延期に追い込まれたものですけど、今年はなんとかそうした事態が避けられるとうれしいです。

こうやって春アニメが近づく春の季節になると、過去に放映されていた作品の中で「春が近づくとついつい気分的に
見てしまいたくなるような作品」というと私的にはなぜか「カードキャプターさくら」を思い浮かべてしまいます~♪

その他には、CLANNAD・氷菓・花咲くいろは・D.C. 〜ダ・カーポ〜・冴えない彼女の育てかた・のんのんびより・スロウスタート・
四月は君の噓・放課後ていぼう日誌・恋する小惑星あたりかな・・?
V.ネリベルの魅力というものは、
静と動の対比というのか、強奏と弱奏の極端すぎるダイナミックスレンジの凄まじい幅広さだと思いますし、同時に
不協和音でも響かせ方によってはパイプオルガンのような透明で神秘的な響きにもなり得ると言う事を実証した事なのだと
思います。

V.ネリベルには色々と素晴らしい名曲が数多くあり、
私自身がネリベルで一番大好きな曲と言うと、言うまでもなく「二つの交響的断章」なのですけど、
不協和音の壮絶さという観点から言うと、「交響的断章」と「アンティフォナーレ」はまさに双璧だと思います。
私自身がこのネリベルの曲を初めて聴き初めてネリベルの世界に足を踏み込んだのは高校生の頃でしたけど、
「不協和音も響かせ方によっては、こんなに美しい響きにもなるしルガンみたいな重厚感溢れるサウンドになるものだ」
という事に生まれて初めて気が付いたものでした。
不協和音というと、全体合奏の時にも、そうした響きの箇所は当然出てくるのですけど、
吹いている立場で言うと不協和音は耳に不快な響きみたいな印象も持っていたものでした。
耳に不快というよりは、何か人間を不愉快な感情にさせる音楽が不協和音の響きではないのかな・・?と
感じていた時期もあったものでした。
そういう意味では、「不協和音=不快」という当時のイメージを完全に吹き飛ばしてくれたのが
ネリベルの交響的断章であり、それを決定づけたのがアンティフォナーレなのだと思います。
交響的断章は、そのテンションの落差の大きさには、毎回ゾクゾクするものはありますし、
中間部のシロフォーンのソロリズムには感動してしまいます。
こういう不協和音の塊のような曲でも、響かせ方によっては、パイプオルガンを彷彿とさせる「美しい響き」に
なるものだ・・と感じたものでした。
アンティフォナーレの、木管楽器の前半のすさまじい不協和音の響きは、叫び以外の何物でもないと感じます。
ムンクの「叫び」ではありませんが、何か正体がわからないものに対する不安やおののき、それに立ち向かっていく絶望感を
醸し出した曲のようにも感じます。
アンティフォナーレは、木管のあの壮絶な不協和音の響きは歯ぎしりのようにも確かに聴こえるのですけど、
間違いなく美しいとしか言いようがないというのが本当に不思議だと思います。

ネリベルと言うと冒頭で書いた通り、不協和音・オルガンのように壮麗で美しく重厚な響き・
鍵盤打楽器を中心とする打楽器の効果的な使用・鋭角な響き・バンダ(別働隊)の効果的な使用というイメージもありますけど、
それ以外に個人的に大変印象的な特徴と言うとティンパニにかなり重要な役割のソロを与えていて、それが大変効果的に
決まっているという事も挙げられそうです。
二つの交響的断章の第二楽章冒頭のティンパニソロや交響的断章の終結部近くの煽るような畳み掛けるようなソロも
大変印象的ですけど、アンティフォナーレ冒頭のティンパニの完全ソロの強烈なインパクトや
トリティコ第二楽章冒頭の怒涛のソロもかなり効果的だと思います。

「アンティフォナーレ」とはラテン語で、ローマ・カトリック教会の聖務日課のための聖歌集という意味です。
そして同時に、二つの楽器以上の楽器群がそれぞれ別の場所から交互に「音を交し合う」という意味もあるとの事ですけど、
私自身のイメージとしては、
何かヨーロッパの中世の荘厳なお城における建築美みたいなイメージもあったりもします。
この曲の特徴の一つでもある「バンダ」(金管別働隊)なのですけど、これは、
トランペットとトロンボーン各3本の金管6重奏と吹奏楽本体の響きの掛け合いが大変効果的で、
同時に、管楽器と打楽器の応酬も随所に見ることができます。
(バンダは、確かスコアの上では客席から吹く事が求められていたと記憶していますが、
実際の吹奏楽コンクールでは、バンダ自体を配置しないか、バンダを配置する場合もステージ袖に
配置されている事が多いです。
バンダが配置されていると、確かに音が二方向から聴こえますし、視覚的にもかなりのインパクトは残していると思います)

「アンティフォナーレ」は、空間を縦に割るかのようなティンパニの4音から開始されます。
あのダ・ダ・ダ・ダン!という無機質な4音は、それだけで何か「荘厳さ」を感じさせてくれます!
その後は波を打ったような静けさの中神秘的な語法で曲は進みますが
前述の通り、前半部分の木管セクションの鋭いあの不協和音の響きは、まさに美の限界だと思いますし、
あの響きは、何度聴いても私には「叫び」にしか聞こえないです!
中間部の静粛さは、まさに神秘的な響きです。
特にフルートのソロは、寂寥感みたいな響きだと思います。
前半部分があまりにも木管もそうでしたけど、金管の凄まじく荒れ狂った不協和音のオンパレードでしたから、
この中間部の静けさが逆にひそやかさを感じさせてくれます!
あの雰囲気は、たとえて言うと、魑魅魍魎・百鬼夜行の行列の中に、天使が紛れ込んでいた
みたいなイメージが私の中にもあったりします。
鍵盤打楽器やチャイムを伴った金管楽器により静寂は再び破られ、
再度金管セクションによる壮絶な不協和音の展開が再現され、そこにバンダの効果が加わり、
まさに曲自体が収拾のつかない状態になりそうな雰囲気の中、
再びトランペット、トロンボーンそして吹奏楽団全体との掛け合いが長短に達し、
ドライブをかけてコラールのような神聖な歌を伴いつつ感動的なクライマックスへ一気呵成に曲は閉じられていきます。

アンティフォナーレは大変な難曲ですし、必ずしもコンクール向きの曲ではありませんので、
吹奏楽コンクール全国大会では、2018年末時点で6チームぐらいしか演奏されていません。
だけど、この曲の演奏には、一つとてつもない歴史的名演があります!
もちろん、小牧中・大曲吹奏楽団・北教大旭川分校・福岡工業大学などの演奏もそれぞれ一長一短があり、
部分的には素晴らしいところも確かにあるのですけど、
1982年の近畿大学のあのアンティフォナーレのウルトラ歴史的名演を超える演奏にはいまだにお目にかかっていません。
否! あの1982年の近大の名演を超越する演奏は、多分ですけど未来永劫現れないとすら私は思っています。

「トリティコ」は確か、「三つの宗教的絵画」という副題があったような気がします。
確か私の記憶では、三枚の絵画にインスピレーションを得たネリベルが三楽章の曲を書いたというのがこの曲らしいです。
楽章ごとに特にタイトルはありません。
比較的初期の作品のせいか、 後年の作品のような、恐ろしいまでのダイナミックスの落差とか静と動の極端な対比や
不協和音の壮絶な響きなのにまるでオルガンのように美しい壮麗な響きはそれほどは感じられないのですけど、
それでも随所(特に第二楽章)にダイナミックスレンジの落差や美しい不協和音の響きが感じられます。
曲の構成としては第一楽章と第三楽章のスピード感に対して中に挟まっている第二楽章のゆったりとした雰囲気という感じで
曲としては急-緩-急と構成上のバランスが実に巧みに計算されているようにも感じられます。
第一・第三楽章のスピード感や駆け抜けるような雰囲気は私も大好きですし、特に第三楽章の疾走感も
素晴らしいと思います!
第三楽章の不協和音の和音の美しいはもりも、演奏チームが上手い場合は十分に感じ取れるはずだと思います。
第二楽章の冒頭は意表を付いてティンパニ2セットによる轟音が大変印象的です。
あの部分は二人のティンパニ奏者が大活躍するのですけど、あの凄まじいロールの響きは、
どことなくですけど小山清茂の交響組曲「能面」を彷彿とさせるようなものがあるとも感じます。
第二楽章は2セットのティンパニ以外では、アルトサックス・テナーサックスのソロが大活躍振りも大変印象的です。
94年の東海大学第一は、第二・第三楽章の抜粋なのですけど、第二楽章のティンパニの轟音的ソロから
金管セクションの咆哮で曲を終結し、そのまま第三楽章になだれこんでいますので、サックス系のソロが
無残にもカットされ少々残念です。
サウンドも粗いしかなり強引なドライヴですし、曲が終わると同時にやらせのブラボーコールは明らかにやり過ぎだと
思いますしちょっと興醒めな印象は拭えないと思います。
後年、生徒へのセクハラ&パワハラで逮捕&結果的に吹奏楽界からの永久追放のような形になってしまった榊原先生の
ガニマタ指揮も印象が極めて悪いですね・・


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アンティフォナーレの吹奏楽コンクールの超名演というと1982年の近畿大学に尽きると思います!
近畿大学の演奏はも曲の持っている「叫び」というか、形式美を重視している一方で、
何かとてつもなく大きなものに無我夢中で挑んでいくみたいな印象があります。
全般的に早いテンポで進んでいきますが、不協和音が雑音には全く聴こえず、むしろ美しく聴こえるのが素晴らしいです!
前半の壮絶な木管セクションの不協和音による「叫び」はまさに素晴らしいです!
ラストの小太鼓のリズム感・追い込みも圧巻です!
中間部のフルートソロも大変美しいし、そこには「もののあはれ」みたいな寂寥感すら感じさせてくれています。

やや硬い金属的な音のサウンド近畿大学の音質がこの曲に非常にマッチしていたと思います。

「アンティフォナーレ」は21世紀に入っても全然色褪せる事のない名曲だと思うのですけど、
2008年を最後にこの曲は全国大会では演奏されていないのですが、
どこかのチームが、今現在の感覚でシャープに美しく素晴らしい演奏を聴かせてくれることを今後大いに期待したいと思います。
「トリティコ」は1983年の大曲吹奏楽団と94年の東海大学第一以降演奏自体ほとんどされていませんし、この曲は
いまだに決定的名演が出ていませんので、どこかのチームが新しい感覚でこの曲に息吹を吹き込んでくれたら
とても嬉しいです。

改めてアンティフォナーレとトリティコのティンパニソロは痺れるものがあります!

こういうティンパニ奏者冥利に尽きるティンパニソロは、美少女JKさんに是非叩いて頂きたいものです~♪
「浜松」と言うと、私的には「音楽の街」というイメージがあります。

私的には静岡県というと大変温厚な土地柄で温和な人たちが多いという印象がありますし、
浜松にはヤマハがあるという事で「音楽の町」というイメージもあったりします。


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静岡というと楽器以外ではお茶・みかん・うなぎといった素晴らしい特産品がめじろ押しですし、
一部の方においては「静岡県はアニメ放映不毛地帯」という方もいるようですけど、静岡の沼津は
「ラブライブ! サンシャイン!!」の聖地でもありますので、埼玉県民の目では「人気作品のモデル地とはうらやましい!」という
感じでもあります。
埼玉も昨年春アニメの「球詠」の聖地でもありますし、2020年夏アニメの「エグセロス」の聖地でもありましたし、
実は埼玉が聖地のアニメ作品は山ほどある事を考えると「埼玉はいいところだよね~♪」と思わざるを得ないです~♪

そして静岡と言うと、日本のモノづくりをサブカルチャー的にとことん追求したのが日本が世界に誇るべき
日本のアニメとガンプラ等に代表される日本の素晴らしき模型・フィギュアの制作の聖地でもあります!
日本の模型作りの聖地というと東京とか秋葉原といったイメージもありそうですけど、実は静岡県こそが
ホビーの町というか模型の町の聖地と言えるのだと思います。
静岡市を中心とする地域はプラモデルやラジコンを代表に玩具産業が盛んで、タミヤ・バンダイ・アオシマ・ハセガワなど
大手玩具・模型メーカーが本社や工場を静岡県内においていますし、
特にプラモデルに関しては全国売上シェア約90%が実は静岡県が占めていたりもします。
1979年に放送が始まった大人気アニメ「機動戦士ガンダム」のプラモデルは静岡市葵区のバンダイホビーセンターが、
その一大生産拠点であり、「模型の町・静岡」を象徴していると言えそうです。
そして吹奏楽・管弦楽経験者にとっては静岡というと楽器製造の街という印象が強いですし、それを象徴しているのが
ヤマハだと思いますし、吹奏楽コンクールにとってはヤマハ浜松のインパクトは絶大なものがあると感じられます。
元来、浜松市はオートバイや木工・繊維関連など、「モノづくりの街」として名を知られていますけど、
やっぱり最たるものは楽器制作です!
河合楽器製作所・ローランドなど、名だたるメーカーが浜松市に集結していますし、国内でのピアノ生産量は静岡が1位です。

やはり浜松は「世界最大規模の楽器の街」という印象が強いですね~♪

ついでに書くと、私の勝手なイメージがあるのかもしれませんけど、静岡県はとても住みやすい街というイメージが強いです。
気候が温暖で、住んでいる人達も温厚な人柄の方が多く、食べ物も美味しいし
同時に「おっとり」というすごくいいイメージがあります。
あくまで個人的な話なのですけど、知人とか職場で知っている人で静岡出身の人は皆さん温厚で温和で
人間的に魅力がある人が多いみたいなイメージがあったりもします。
どうしてそうした印象を持っているかと言うと、
以前もこのブログで書いている通り、私自身は1990年~96年の間はとある金融機関の山梨県の支店に在籍していたもので、
その際の甲州人の「強引さ・よそ者排除意識・身内意識の強さ・甲州弁のガラの悪さ」等に
いささかうんさ゜りしていた面もかなりあり(勿論、甲州には甲州の良さは一杯ありますよ・・・)
当時、仕事上、隣接県という事で静岡の方と色々と接点を持つ機会も多く、その人柄の良さ・おっとり感に正直驚いてしまい、
「どうして隣同士の県なのに、こうまでも違うんだ! やっぱり今でも県民性の違いってあるもんだ!!」としみじみと感じたものです。

話が冒頭からそれまくりですけど、ヤマハ吹奏楽団浜松は、さすが楽器メーカーだけの事はあって
古くから日本の吹奏楽界をリードし続けた素晴らしい吹奏楽団の一つだと思います。
特に何が素晴らしいかと言うと圧倒的に高い技術力もそうなのですけど、
日本の有能な作曲家に曲の提供、つまり委嘱作品をお願いする事によってその委嘱された曲をコンクールの自由曲として
演奏する事で、邦人オリジナル吹奏楽曲を数多く世に送り出してきたという事が
実は最大の貢献なのではないかと思ったりもします。

一例をあげると・・・

〇保科洋/交響的断章・カプリス・カタストロフィー・古祀

〇夏田鐘甲/ファンタジー

〇田村文生/アルプスの少女

〇田中賢/メトセラⅡ・紅炎の鳥・南の空のトーテムポール・始原Ⅰ~大地の踊りなど

〇藤田玄播/天使ミカエルの嘆き

この中では、今では演奏されなくなった曲もありますし、現在に至るまで積極的に演奏され続けている曲もあります。
こうやって、後世に受け継がれていく曲を委嘱と言う形で世に送り出し続けた
ヤマハの貢献度は、本当に素晴らしいものがあると思います。

ヤマハ浜松は、最初にコンクール自由曲用の委嘱作品は実は邦人作品ではなくて、
「アンティフォナーレ」や「二つの交響的断章」でお馴染みのネリベルだという事は案外知られていないのかもしれないです。
当時のヤマハ浜松の指揮者の原田元吉氏がわざわざ訪米し、ネリベルに直々に
「是非我が吹奏楽団のために曲を書いて欲しい」と依頼し、そこで出来上がった曲が「ヤマハ・コンチェルト」なのです。
そしてヤマハ浜松は1970年の全日本吹奏楽コンクールにこの「ヤマハ・コンチェルト」を自由曲として出場し、
見事にグループ表彰制度開始のこの年に金賞を受賞しています。

この曲を知っている人、現在いるのかな・・? というかほとんど忘却の彼方の曲でもありますし
ヤマハ浜松以外はほとんど演奏された事もない曲ですので、「誰も知らない・・」という曲といえるのかもしれないです。
以前当ブログでこの曲について書いたところ、なおりパパ様より「この曲、知っている!」とコメントを頂いたこともあり、
「この曲をご存知の方がいて安心した・・」と妙に(?)感激したものでした!

「ヤマハ・コンチェルト」は、曲自体は意外と短く5分程度の曲です。
しかもネリベルとは思えないほど何か微妙に可愛らしい要素もあり、
「交響的断章」・「アンティフォナーレ」みたいな恐ろしいほどの不協和音とか畏敬を感じるほどのダイナミックスレンジの
落差の激しさという要素はほぼ皆無です。
曲のラストも、優しく可愛らしくチャーミングに終わり、思わず拍子抜けするほどです。
どちらかというと古典的な佇まいで誰しもから愛される資格がある雰囲気すらあると感じられます。
この前年度、1969年には、ヤマハ浜松は同じ作曲家の「フェスティーヴォ」を自由曲として取り上げていますが、
フェスティーヴォはいかにもと言う感じのネリベルらしい作風であり、ヤマハ・コンチェルトとの対照性を感じたりもします。

予想外の可愛らしさというか、管楽器の音の組合せの楽しさを発揮したのが
「ヤマハ・コンチェルト」の最大の魅力なのかもしれないですね。
ネリベルの残した吹奏楽オリジナル作品の中でヤマハ・コンチェルトに近いかも・・と感じられそうな曲が
「プレリュードとフーガ」なのですけど、プレリュードとフーガも終わり方がヤマハ・コンチェルトとどことなく似たような雰囲気も
あったりします。

ヤマハ浜松と言うと、知る人ぞ知る話かもしれませんが、1974年の全国大会には出場していません。
実は意外だったのですけど、東海大会の段階で、新日鉄に代表の座を奪われてしまいました。
ヤマハ浜松というと当時は既に王者の貫録という感じでしたけどまさか新日鉄に敗れるとは意外だったでしょうね・・・
ちなみに新日鉄のその時の自由曲は、リードの「ジュビラント序曲」でした。
1974年のヤマハ浜松の自由曲は、保科洋の「吹奏楽のためのカプリス」という大変地味で陰気な印象のうすい曲であった
というのがもしかして敗因かどうかは定かではないですけど、
1975年のヤマハ浜松の自由曲は再度二年連続してこの、保科洋の「吹奏楽のためのカプリス」でしたので、
原田元吉氏としても余程悔しいものがあり、雪辱を果たしたかったのかもしれないです。

ヤマハ浜松は、2015年度より、吹奏楽コンクールへの参加と大都市圏でのコンサート開催を1年おきに実施し、
活動を2年周期で展開していく方針であることが発表していますけど、吹奏楽コンクールの出場は毎年ではなくて
2年に一度という事にしているようです。
ヤマハ浜松としてはコンクールで毎年のように金賞を受賞するというある意味マンネリを重ねる事よりは、
少しでも多くの人たちに吹奏楽オリジナル作品を聴いてもらうために演奏会を数多く開催する事の方を大切にしたいという
意図があるのかもしれないですけど、これは大変尊い事だと思いますし、どっかの関西代表チームのように
コンクールで金賞を取る事に特化し自由曲を特定の二曲しか演奏しないという学校の指導者にヤマハ浜松の姿勢を
見習ってほしいものであるということを感じずにはいられないです。
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日本の拍子木

最近では自治会とか町内会に加入している世帯も減少傾向ですし、以前ほど町会における個人同士の交流が
見られない中において、町内会や自治会が主催する夜回りというのもあまり実施されていないような気もしますし、
聞いた話では、夜回りでの「火の用心!」と言った掛け声すらも騒音という事でクレームが上がる事も決して珍しくはない
という事でなんだか本当に世知辛い世の中になったものだ・・と感じてしまいます。
特に最近では新型コロナの自粛モードによるイライラやストレスがそうした世知辛いクレームにも繋がっているのかも
しれないです。

さてさて、そうした町会・自治会での夜回りの小道具として欠かせないのが「火の用心!」という掛け声とともに
カチカチ!と小気味よいリズムを響かせてくれる拍子木なのだと思います。

拍子木とは、拍子を取るための木の音具です。
両手に持って打ち合わせると、カンカンとかカチカチいったと高い澄んだ音が出るのがリズム的には大変心地よいです。

この拍子木は日本においては古来様々な用途に用いられてきた経緯があります。

それでは具体的にどのような時にこの拍子木が使用されていたのかを簡単に列記してみたいと思います。

1.楽器として​使用

雅楽、祭りのお囃子などのリズム楽器として使用されていたのが本来的な使われ方ですけど、現代音楽でも
稀に使用される事もあったりします。
後述しますけど吹奏楽コンクールの課題曲において打楽器の一つとして使用されていた事もあります。

クラシック音楽で拍子木が最も効果的に使用される楽曲として大変名高いのが外山雄三の「管弦楽のためのラプソディー」だと
思いますし、この曲において拍子木は冒頭からいきなりソロ的に使用されていたりもします。
吹奏楽コンクールとしては、1980年の課題曲A/ 吹奏楽のための花祭りと同じく80年の課題曲C/ 北海の大漁歌などで
使用されていたりもします。

2.相撲の呼び出し

呼出しが拍子木を打って、士の名を呼ぶ際に使用されます。

大相撲の呼出しが使う拍子木は、桜の木が使われているそうです。

3.歌舞伎等の舞台で​の使用

歌舞伎の世界においては芝居の開始時の合図として使用される時もありますし、
役者の足取りに合わせて打たれたる等動作や物音を強調する為にも用いられる事もあります。

4.紙芝居での使用​

昭和初期から30年代にかけて下町で人気のあった紙芝居屋は、自転車で町々を回って拍子木を打ち鳴らし、
子供を集めて飴を売り紙芝居を見せた時代もあったりしました。

5.夜回り、夜警​での使用

上記で記したとおり、自治会・消防団などが夜回りを実施する際に「戸締り用心、火の用心」と声をあげながら、
拍子木をカチカチッと打ち鳴らして歩く姿は昭和の頃はお馴染みの光景でもありました。

6.格闘技で​の使用

プロボクシングでは、ラウンド終了10秒前を知らせるためにタイムキーパーが拍子木を打ちますけど、
これは日本のみならず世界共通のルールなそうですけど、
実際に拍子木を使うのは日本だけで、アメリカ等では機械で打っているそうです。

7.宗教行事​での使用

祭礼 山車の運行に拍子木の音によって、止まれ、ススメ、回れ、などの合図をする事もあります。

仏教など 宗派によっては、読経の折などに拍子木で拍子をとる宗派もあるそうです。

また拍子木は、天理教のおつとめに使う鳴物のひとつでもあり、お歌の拍子をとるために使われています。

そう言えば、1975年の天理高校の吹奏楽コンクールの自由曲が天理教の始祖の中山みきを題材にした
交響詩「おやさま」~第二楽章でしたけど、この曲の展開部において拍子木がカチカチと他の楽器を先導していったのは、
天理教のおつとめの様子を示唆したものなのかもしれないです。


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西洋の打楽器のクラベス

拍子木は日本の和の鳴り物ですけど、西洋における似たような楽器というと「クラベス」といえそうです。

クラベスは2本の棒状の木片を打ち合わせることで明るいカチカチとした音を出しますけど、
日本の楽器の「拍子木」と極めて近いものがあると思います。

そしてこのクラベスが効果的に使用された吹奏楽オリジナル作品として極めて名高いのは、J.B.チャンスの「呪文と踊り」
なのだと思います。

「呪文と踊り」は実に単純明快な二部構成でフルートソロから開始される神秘的な「呪文」の部分と
打楽器のエキゾチックな響きが実に印象的な「踊り」の部分から構成されていますけど、
この二つの部分の明確な相違性によるドラマ性とか打楽器の効果的使用といった巧みな楽器構成とか
実によく考えられた作品だと思います。
こうしたシンプルさと分かりやすさというのが、この曲を作曲から40年近く経過しても演奏され続けている大きな要因にも
なっていると思いますし、この曲を吹奏楽オリジナル曲の名作としていまだに名を馳せている理由にも
なっているような気がします。
曲が単純明快なだけに、飽きが来やすいとも思うのですが、長期間多くのチームによって演奏され続けているという事は
演奏するごとに新しい発」があるような曲と言えるのかもしれません。

この曲の「踊り」の部分では打楽器が大活躍します。
冒頭の「呪文」の部分は、かなり長いフロートソロから開始され、序盤はゆったりとした展開がかなり長く続き
かなり不気味な雰囲気を演出しています。
この不気味さはおどろおどろしい感じでもあり、いかにも「呪文」という雰囲気に満ち溢れ、聴き方によっては
呪文は呪文でも人を呪い殺すような呪文のようにも感じたりもします。
そして前半の呪文の部分が閉じられると、いよいよ「踊り」の部分が開始されます。
この踊りの部分なのですけど、マラカスから始まって、打楽器が一つずつ加わっていく感じで曲が展開されていきます。
その打楽器の順番は、マラカス→クラベス→ギロ→タンバリン→テンプル・ブロック→ティンバレスの順に加わっていきます。
この部分はパーカッション奏者にとっては大変プレッシャーが掛る大変な部分ですけど同時に大変な腕の見せ所だと思います。
全体的にこの曲はかなりの数の打楽器を使用しますし、
奏者は、フルスコアを見れば一目瞭然なのですけど、ティンパニが1名・残りの打楽器に6名、合計7人は絶対に必要です!
というのも、7人が同時に音を出す箇所もあるので、打楽器奏者の数を減らす事は、何らかの楽器の音を
削除することになってしまい、この曲の魅力が明らかに薄れてしまうのであまりやっては欲しくないですね。


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打楽器パートは一般的には、ティンパニ奏者を頂点に、大太鼓・小太鼓(スネアドラム)・トムトム・ドラムセット等の太鼓系、
シンバル・サスペンダーシンバル・ドラなどの鳴り物系、
グロッケンシュピール・シロフォーン・ヴィヴラフォン・マリンバ・コンサートチャイム等の鍵盤打楽器系、
そしてタンバリン・トライアングル・カスタネット・マラカス・拍子木などの小物打楽器系、
そして場合によっては和太鼓といった特殊楽器やはたまたピアノなど、
打楽器奏者はマスターすべき楽器が大変多いというのが大きな特徴なのだと思います。

基本的にティンパニ奏者が他の打楽器と掛け持ちする事はほとんどないのですけど、吹奏楽コンクールにおいては、
打楽器奏者が少ない割にはかなりたくさんの打楽器を使用する楽曲において、たまにティンパニ奏者もそうした小物打楽器と
掛け持ちする事もあったりします。
そのいい例が1987年の武蔵村山第四中学校の自由曲のレスピーギの交響詩「ローマの祭り」なのだと思います。
ローマの祭りはプロの管弦楽団の演奏会でも打楽器奏者を11人近く使用するほど複数の打楽器が大活躍する曲ですし、
吹奏楽コンクールでは1987年当時の規定では50名以内の人数に抑えないといけないため、ローマの祭りを自由曲にすると
打楽器奏者にそれでも7~8人程度は当てる必要はあるのですけど、武蔵村山第四中の当時の打楽器パートの人数は
私の記憶では確か6人という事もあり、主顕祭においては部分的にティンパニ奏者がタンバリンを掛け持ちしていたりも
していたものでした。

異なる打楽器の掛け持ちは基本的には打楽器パート内でやりくりするものですけど、
私の出身中学校のような田舎のポンコツ吹奏楽部ですと、打楽器のやりくりの調整が付かない場合は、場合によっては
チューバ・コントラバス・ファゴットなどがたまに部分的に打楽器を兼任する事もありました。
私が中学3年の時の課題曲がCの「北海の大漁歌」でしたけど、この時には前半のソーラン節のフレーズの際の合いの手を
入れる打楽器として拍子木を小気味よくコーンコーンと鳴らしていましたけど、あの場面においては
うちの中学校の打楽器パートの人数が少なくてソーラン節の場面において拍子木を叩く人がいないという事で、
ファゴット奏者がファゴットの位置から拍子木を掛け持ちしてコーンコーンと打ち鳴らしていたのが大変印象的でした。
当時のファゴット奏者の女の子は、練習中はその拍子木を譜面台に置いていたのですけど、ある時の練習で
譜面をめくる時にうっかり拍子木の一片を床に落としてしまい、咄嗟の判断で残りの一片の拍子木を自らの楽器の
ファゴットに打ち付けてコーンコーンと鳴らしていて、問答無用で指揮者の先生から
「拍子木を落すな!」とか「ファゴットみたいな高価な楽器を打楽器として使用するな!」などうるさく叱られていましたけど、
ファゴット奏者の隣の席にいて当時はアルトサックス奏者だった私は「なるほどね~!咄嗟の判断でそうした事ができるのは
むしろ尊い事なのかもしれない・・」とむしろ感動したものでした~♪
あのファゴットの女の子もアルトサックスやテナーサックスの後輩の女の子たちも当時は私同様かなりの頻度で
指揮者の先生から連日連日「へたくそ」などと怒鳴られ怒られてばかりでしたけど、こういう時って意外と
精神的に強さを発揮して「怒られてもしゃーないじゃん!」と凹まず次の瞬間には立ち直ってしまうのがむしろ女の子の方で、
男性奏者はむしろそういう時ほど案外ポッキリと心の支えが折れてしまいがちで、危機に強いのはむしろ男よりも
女の子の方なのかもしれない・・という事を当時は感じていたものでした。

そしてそれに近い話が同年・・、1980年の吹奏楽コンクール・全国大会にて当時は「5年連続金賞」という偉業に王手を
掛けていた秋田南高校の課題曲でも起きていました。

このブログでは何度も何度も1980年の秋田南高校の精神的に研ぎ澄まされた小宇宙を形成している様な
ピーンと張りつめた劇的緊張感と重度の精神的緊張感をほぼ完璧に吹奏楽として表現した秋田南高校吹奏楽部の事を
語り尽くしていますので詳細はここでは省力しますけど、その自由曲の三善晃/ 交響三章~第三楽章の前に
演奏されていたのが課題曲Aの吹奏楽のための「花祭り」でした。
課題曲A/花祭りも、素朴な味わいが伝わってきて、見事だと思いますし、ソロも含めて各楽器の透明感は
群を抜いていると思います。
その課題曲の終結部近くでちょっとした事件が起きていたものでした。
その事は後日のBP(バンドピープル)の記事の中に書かれていましたけど、課題曲の終結部近くでオーボエが朗々と
ソロを吹く手前で、 拍子木が二回ほどカチッカチッとソロとして音を立てる場面があるのですけど、
この拍子木を担当する打楽器奏者が、ソロの直前で片方の拍子木を落としてしまうというハプニングに直面したとの事です。
拍子木を拾う時間がないため、咄嗟のその打楽器奏者の判断で片方の拍子木を急遽確か譜面台だったと思いましたが。
打ち付けたけどスカッとした音で不発に終わったものの、
二発目をまたまた咄嗟の判断で二回目は課題曲で使用していた和太鼓の側面部分に叩き付けた所、二回目は見事に成功し、
結果的に音が何も入らない空」を回避できたという経緯もあったとの事です。

普門館のドラマは色々と興味深いものがありそうですね・・・

そうしたちょっとした動揺を誘う事件があったにも関わらず、自由曲でのあの研ぎ澄まされた歴史的名演は驚愕以外の
何者でもないです!

拍子木を落してしまったものの、うちの中学校はファゴットに打ち付け、秋田南高校は和太鼓の側面に打ち付けるとは
咄嗟の対応の違いも興味津々でもあります。

最後に・・・1980年の課題曲C/ 北海の大漁歌は上記で触れた通り、前半のソーラン節の合いの手として拍子木を効果的に
使用していましたけど、面白い演出は青森県信用組合だと思います。
青森県信用組合はステージ内に大きな「丸太」を持ち込み、
譜面上では、拍子木指定の部分をこの丸太でコーンコーンと打ち鳴らし、一定の効果を得ていたのは大変ユニークでした!
(1980年のBPのコンクール写真の中に確か青森県信用組合の「北海の大漁歌」で使用した丸太が掲載されていたと
記憶しています・・)

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