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プロフィール

ぬくぬく先生 

Author:ぬくぬく先生 
開設当時は、1980年代吹奏楽コンクールの花輪・秋田南・就実・仁賀保・屋代等の素晴らしい演奏を後世に少しでも伝える事が出来ればいいなと思ってこのブログを始めたのですけど、いつのまにか「東方Project」がメインになってしまいました・・・
最近は「艦これ」も大好きです!!
吹奏楽も東方も自分が感じた事を少しでも後世の方に受け継がれるべきものが残せればいいかな・・と思っています。
ちなみに、「大好きプリキュア四天王」は、ドリーム・メロディ・ハッピー・ラブリーです。
ドリームとメロディは自分の中では既に殿堂入り状態ですけど、
現在はラブリー大好き!!のラブリー一辺倒です!!
リアル社会では、建築関係のクレーム&アフター責任者を専従し、毎日毎日クレーム対応に当たる日々です。
裏の顔は東方と吹奏楽とクラシック音楽一辺倒です・・・
特に特に大好きな作品は・・・プリキュア5とスイートとハピネスチャージです!!
ちなみに、奥様は・・・ミルキィローズとセーラームーン好きの管理人以上のおこちゃまです・・・
東方で大好きなキャラは、とにかく大好きキャラがてんこ盛りで、全員大好き!という感じなのですけど、特に、さとり様・ゆかりん(紫様)・早苗さん・こいしちゃん・アリスはお気に入りです!!
吹奏楽では・・ネリベルの「二つの交響的断章」と「アンティフォナーレ」、スパークの「ドラゴンの年」、リードの「オセロ」と第二組曲「ラティーノ・メキシカーナ」、パーシケッティーの「仮面舞踏会」、C・スミスの「ダンス・フォラトゥーラ」などが死ぬほど好きで、クラシック音楽では、ウォルトンの交響曲第1番と矢代秋雄の交響曲、プロコフィエフの交響曲第5番、アーノルドの交響曲第2番、第4番、ショスタコの交響曲第7番「レニングラード」、マーラーの交響曲第3番「夏の朝の夢」、ハンソンの交響曲第2番「ロマンティック」、ストラヴィンスキーの「火の鳥」、ベルクの「ヴァイオリン協奏曲」、ラフマニノフの「交響的舞曲」などが大好きです!!
クラシック音楽を吹奏楽にアレンジし、そのコンクールヴァージョンの演奏としては・・・
1982年の就実高校の「幻想舞曲集」と
1987年の習志野高校の「ダフニスとクロエ」第二組曲の演奏、そして、
1987年の雄新中の「エルザの大聖堂への厳かな行列」が
まさに私の「原点」です。
最後に・・・
私の吹奏楽との関わりの真の意味での「原点」は・・・
1979年の市立川口高校の神がかり名演としか言いようがない
「二つの交響的断章」に尽きると思います!!


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「コールアングレ」という楽器は、別名、コーラングレとかイングリッシュホルンとか呼ばれていますけど、
私はコールアングレという呼び方が一番馴染みがあるので、当ブログにおいてはこの表記とさせて頂きたいと思います。

管弦楽や吹奏楽の木管楽器とは、フルート・クラリネット・オーボエ・ファゴットが主に該当するのですけど、
(サックスは外見はメタル系楽器ですけど、先端のマウスピースに竹製のリードを装着し振動させて音を鳴らしますので、
サックスは木管楽器に分類されます。但しサックスは管弦楽ではあまり使用されることはないです。吹奏楽ではとてつもなく
重要なポジションを与えられています)
フルートはリードを使用しないメタル系楽器でありますけど分類上は木管楽器として扱われ、それに対して
クラリネット・サックス・オーボエ・ファゴットはリードを使用する木管楽器でもあります。
そのうち、クラリネット・バスクラ・コントラバスクラ・サックス系はマウスピースに一枚のリードを装着させて吹く
シングルリード楽器でもあるのに対して、オーボエ・コールアングレ・ファゴット・コントラファゴットは、上下の2枚のリードの
振動によって音を鳴らすダブルリード楽器であったりもします。

コールアングレ(コーラングレ)は外見的にはオーボエと大変よく似た楽器です。
楽器の先端部が洋梨と形容されるように丸く膨らんでいるのが外観的な特徴で、オーボエよりはサイズは一回り大きいです。
指使いはオーボエとコールアングレは全く同じであり、コールアングレはオーボエより完全5度低い音が出ます。
オーボエは高音域が特に魅力的な音を発するのですけど、コールアングレはオーボエに比べて低い音域を奏でていて、
あの牧歌的だけどどこか内省的な低音域の音はとにかく渋くて魅力的です~♪
オーケストラではオーボエ奏者が持ち替えて演奏することが多いですし、吹奏楽コンクールでもオーボエ奏者が場面場面で
持ち替えることが比較的多いです。
例えばボロディンの歌劇「イーゴリ公」~ダッタン人の踊りやベルリオーズの「幻想交響曲」~Ⅲ.野の風景などのように
オーボエのソロの後に休みなくコールアングレのソロが出てくる楽曲ですと、最初からオーボエとコールアングレの奏者を
持ち替えせずに単独で配置する事が一般的です。
余談ですけど、今現在はそうした事は全く無いのですけど、1980年代あたりまでてすと、吹奏楽コンクールにおいては、
部内にコールアングレを所有していないのに、ベルリオーズの序曲「ローマの謝肉祭」やボロディンのダッタン人の踊りを
選曲した際には、コールアングレの代用楽器としてソプラノサックスを充てる事例も多々あったりして、あの代用された音色を
聴くたびにガックリさせられたものです・・(汗)
(ららマジにはオーボエ奏者はいませんので、コールアングレ担当の白石陽菜が掛け持ちでオーボエも担当しているのかも
しれないです)
基本的にはセカンドのオーボエ奏者がコールアングレに持ち替えることが多いですけど、
管弦楽において3管以上の編成では最初からコールアングレを単独のパートとしてスコアに記載されている事が多いです。

私自身の経験楽器は吹奏楽でのクラリネットを9年間とアルトサックスの1年間ですけど、
今現在の視点で申し上げると、「好きな楽器を一から教えてあげるから吹いていいよ」と言われたりしたら、私自身は
多分ですけど迷うことなくコールアングレを選ぶと思います。
その理由はというと、音色と音域が心地よいし聴く人をうっとりさせられるし、あの内省的でやさしい牧歌的な響きは、
吹いていても自分自身で陶酔してしまうほどうっとりとさせられるものがあると思います。
独特の牧歌的でエキゾチックな響きゆえに、管弦楽や吹奏楽においてはおいしいソロ的な扱い方をされる場面も
多々ありますし、吹奏楽の視点で言うと、クラリネットはどうしても役割的に管弦楽のヴァイオリンパートの細かい動きを
そっくりそのままアレンジされてしまう事が多くて、その指の動きが大変なのに対して、オーボエやコールアングレは、
指揮者的にはそうした細かい動きよりも、目立つ所やソロにおいてのそうした独特な色彩と音色でもって、音楽に彩りと
スパイスを添えてあげて欲しい・・という要請の方が強いから、細かい指の動きを正確に吹くというクラリネットパートの役割
よりはむしろ「とにかく美しい音色をたっぷりと聴かせる」という役割を求められていたと思いますし、
オーボエやコールアングレは細かい指の動きに多少難があっても指揮者からは目をつぶってもらえていたというある意味
特権も多少はあったのかもしれないです。

管弦楽においてコールアングレをソロ的に用いた曲は、有名な所では、
ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界」第二楽章のように、大変美味しい場面で使われることが多いです。
確かに新世界のあの鄙びた美しくて牧歌的なコールアングレのソロは、いつ聴いても胸がジーンとしますよね~
コールアングレの楽器そのものの音色が非常に心地よいですし、オーボエに比べると音色は低音のハスキーなのですけど、
俳優に例えると中尾彬みたいな声に近いと思います。
音色だけで大変得をしている楽器というイメージがあると記すと、逆にダブルリード楽器奏者からは
「それはクラリネット奏者のひがみじゃん・・自分達だって日々のリード調整や美しい音色のキープは大変なんだから~!」と
お叱りを受けてしまいそうです・・

独特の牧歌的でエキゾチックな響きから、オーケストラにおいてはソロ的な扱い方をされる場面も少なくないですけど、
それでは具体的にコールアングレのソロを伴う楽曲にどんなものがあるのか新世界以外で挙げてみたいと思います。
歌謡曲では、古い話ですけどガロの「学生街の喫茶店」が有名なのかもしれないです。
管弦楽の分野では、最初にこの楽器を効果的に使用した例は、ハイドンの交響曲第22番「哲学者」だと思ったりもします。

〇H.ベルリオーズ / 幻想交響曲 ~Ⅲ.野の風景

第三楽章のオーボエとコールアングレの掛け合いの部分はかなり魅力的です。
遠くから聞こえる雷を表現するため、ティンパニ奏者4人による雷の描写も大変効果的ですし視覚効果も申し分ないと思います。
指揮者の解釈によっては、オーボエの高い響きをあえて舞台袖から吹かせてコールアングレの低音の響きをステージから
鳴らせて、その遠近感を会場が一体となって演出しているような事例もあったりします。

〇A.ボロディン / 歌劇「イーゴリ公」~ダッタン人の踊り

 囚われの身となったイーゴリ公の郷愁をイメージさせるオーボエのソロですけど、それに続くコールアングレのソロも大変
 美しくてとてもじゃないけどこの世の響きとは思えない美しさがあります。

〇フランク / 交響曲~第二楽章

〇ロドリーゴ / アランフェス協奏曲~第二楽章

〇ラヴェル / ピアノ協奏曲~第二楽章  同 / スペイン狂詩曲~Ⅳ.祭り

〇ドビュッシー / 管弦楽のための三つの交響的素描「海」~Ⅰ.海上の夜明けから真昼まで

〇ロッシーニ / 歌劇「ウィリアム・テル」序曲

 有名なスイス軍隊の行進の前の牧歌の部分のコールアングレの温和でのんびりとした雰囲気はとても美しいです。

〇J.シベリウス / トゥオネラの白鳥

〇レスピーギ / 交響詩「ローマの松」~Ⅳ.アッピア街道の松

 管弦楽曲史上最大の音響のるつぼと化す曲ですけど、冒頭はコールアングレの美しいソロから開始されます
 (合いの手を打つバスクラも大変いい仕事をしています)

〇M.ファリア / バレエ音楽「三角帽子」~粉屋の踊り

 ホルンの合いの手に導かれてコールアングレだけの音によるソロが朗々と奏されます。

吹奏楽では、小山清茂(前橋商業の大木隆明先生のアレンジ版)の吹奏楽のための木挽歌~Ⅰ.テーマの
コールアングレの長大なソロは鄙びて枯れた感覚が素晴らしいです。
他には、リードのロシアのクリスマス音楽、エル・カミーノ・レアル、スパークのドラゴンの年、
ローストのスパルタカスとカンタベリーコラールなどが大変印象的です。

全般的にはドヴォルザークの新世界のように抒情楽章で特に威力を発揮する楽器と言えそうです。

そしてコールアングレが大活躍する管弦楽曲と言うと私の一押しではベルリオーズの序曲「ローマの謝肉祭」を推したいです!

ベルリオーズの序曲「ローマの謝肉祭」はこの曲ほどクラシック音楽初心者に向いている曲は無いかもと感じたりもします。
例えば、ハチャトゥーリアン/バレエ音楽「ガイーヌ」~剣の舞とか
ムソルグスキーの交響詩「はげ山の一夜」とかボロディンの歌劇「イーゴリ公」~ダッタン人の踊りとか
ホルストの組曲「惑星」~Ⅳ.木星とかラヴェルのボレロとかレスピーギの交響詩「ローマの松」~Ⅳ.アッピア街道の松とか
グローフェの組曲「グランドキャニオン」~山道を行く・豪雨などの曲と並んで
クラシック音楽の「夏休み親と子供のファミリーコンサート」の一曲として是非加えて欲しい曲の一つだとも思います。

曲自体7分半程度と時間的にも飽きが来ない適度な長さですし、冒頭の喧騒に続く前半のコールアングレの長大なソロで
聴衆をうっとりとさせ、中盤から後半にかけての楽しさ・激しさで盛り上げて、ラストも一気呵成に閉じるという感じで、
いかにもイタリアの血気盛んな舞曲という感じの曲といっても差し支えは無いと思います。
そしてこの曲の最大の聴かせどころは序盤のコールアングレの長大なソロだと思います。奏者にとっては大変
プレッシャーがかかりますけど遣り甲斐は相当あると思います。
どこかのんびりとしてるのだけど、ソロ以降に展開される舞曲の激しさを予感させるような静かな熱さも有していると思います。

序曲というと一般的には歌劇の前振りというのか、お笑いの世界で例えると、メインの出演者が登場するまでの前座担当だと
思いますが、この曲のタイトルが序曲「ローマの謝肉祭」となっていますので、
正式には歌劇「ローマの謝肉祭」序曲と言うのかな?と勘違いをされる方もいらっしゃるのかもしれないですので
少し補足をいたします。
ベルリオーズには、作曲に大変な情熱と心血を注いだ歌劇「ベンヴェヌート・チェッリーニ」という歌劇が
あるのですけど、これが興行的には大失敗してしまいます。
莫大な借金を背負い込み、せっかく作曲した曲も演奏される当てもなく、作曲者的には顔面蒼白という感じでもありました。
ベルリオーズは歌劇「ベンヴェヌート・チェッリーニ」自体には大変愛着があり、
「この歌劇をこのまま忘れられた曲として埋もれさせるにはなんか勿体無いものがある」として
この歌劇の主要な旋律を引用して単独の管弦楽曲へと編集するアイディアを思いつき、
その成果が序曲「ローマの謝肉祭」なのです。
それゆえに、この作品は単独の演奏会用序曲であり、「ローマの謝肉祭」という歌劇は存在しませんし、
歌劇「ローマの謝肉祭」序曲という曲は存在しません。

オーケストラの演奏会レパートリーとしては日本においても完全に定着した曲でもあり、
この序曲は恐らくですけど、かなりの頻度で演奏会に取り上げられています。
プログラムの一曲目としてはまさに「うってつけ」と言える一曲と言えるのだと思います。
やはりこの曲の最大の聴きどころは前述の通り前半のかなり長大なコールアングレのソロですけど、それ以外には
2台のタンバリンとトライアングルの融合も挙げたいと思います。
コールアングレのソロが終結し曲が騒々しくなってくると、
2台のタンバリンと一つのトライアングルがトリオとなって華やかな響きを演出しています。
この2台のタンバリンとトライアングルのシャカシャカ・・・というリズム感は、三つの打楽器が見事に融合しているようにも
聴こえたりもします。
あの部分は、いかにもこれから「祭りがはじまるぞー」みたいな雰囲気もあり、私は結構好きですね~♪


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ららマジの器楽部においては前述の通り、オーボエ奏者はいなくてコールアングレ奏者の白石陽菜のみです。

多分ですけど、オーボエの音色が必要な場合は白石陽菜が楽器を掛け持ちしているのかもしれないです。

白石陽菜は高校2年生のJKさんで血液型はO型です~
気品と度胸あふれるおてんばなお嬢様という設定です~♪


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一見いいところのお嬢様という雰囲気も有しながら、かなりやんちゃで活発なお転婆娘というのも楽しいですし、
お転婆ゆえに実は特技と趣味は木登りというのもとても楽しいです。

活発な女の子だけど、担当している楽器の音色はかなり内省的というギャップもすてきですね~♪

そして前髪をあげているためおでこがかなり目立っているのもとてもかわいいです~!
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カスタネットというとなんとなくですけど「どんなアホでも叩けば音は出る簡単な楽器」という誤ったイメージがありそうな
打楽器なのかもしれないですけど、実際に管弦楽や吹奏楽で使用されるカスタネットの奏法は大変難しく、
私自身、高校3年の時の定期演奏会で演奏した曲目の一つがリムスキー・コルサコフの「スペイン奇想曲」だったのですけど、
あの時もパーカッションパートで特に第5曲でカスタネットを担当していた奏者は、あの独特な切れ味鋭いカスタネットの
リズム感を出すために相当裏では苦労していたと思いますし、朝練習や全体練習が終わった後でも一人黙々と
カタカタとカスタネットを刻んでいた光景が大変印象的でもありますし、ああした光景を見ると言えることはカスタネットは
決して簡単な楽器ではないし、少なくともどんなアホでもすぐに全体練習に参加できるような簡単な楽器ではないと思いますし、
同様な事はトライアングルにも言えると思います。
(トライアンクルについては、来年・・1月12日の当ブログ記事で改めてじっくり語らさせて頂きたいと思っています。)

カスタネットは木製の打楽器で、体鳴楽器に分類される打楽器の一つです。
スペインで特に発達した楽器であり、スペインの民族音楽に欠かすことはできない楽器であり、
スペインの舞踊フラメンコにおいては、今現在も踊り手にとっては必要不可欠な楽器でもあります。
カスタネットの情熱的なリズムの刻みは心地よいですし、あの躍動感は素晴らしいです~♪ あのカタカタと小気味よいリズムを
耳にしただけで既に気分は南欧気分になりそうです。
カスタネットは、手のひらに納まるくらいの丸い貝型の木片を2枚合わせ、これを打ち合わせることによって音を出す楽器
なのですけど、端にひもを通してつなげ、このひもに親指を通して楽器を保持したり2枚の開き具合を調整しますし、
基本的には音程がわずかに異なる二つのカスタネットを右手と左手の両方に持ち、一般的には音程が高い方のカスタネットを
右手に持つことがスタンタードです。

ららマジでカスタネットを担当しているのは奥村映という中性的な雰囲気の高校2年生のJKさんでけど、
カスタネットを使ったフラメンコが特技で、カスタネットの手入れも欠かさず行うとの事です。
ららマジの打楽器パートのトライアングル奏者はかなりの不思議ちゃんの女の子なのですけど、奥村映も少しそうした
不思議ちゃんみたいな雰囲気も無くはなく、どちらかというと男性的でもないし女の子そのものという感じでもないし、
少し不思議な中性的な女の子という印象もあったりします。
少しだけ鈍感な性格というのも、不思議ちゃん系としての浮世離れした性格の為せる業なのかもしれないです。

食べることも大好きで意外と大食い・・?という設定も大変面白いですけど、後述しますが、大食いキャラで少しミステリアスで
中性的な雰囲気を有するJKさんというと思い出すのは「ラーメン大好き小泉さん」の小泉さんなのですけど、
確かにあの二人はどことなくですけど雰囲気が似ているようにも感じられそうですね~♪

おばあちゃんっ子で、年齢にそぐわない独特のセンスを持つという点は、今年の夏アニメの「女子高生の無駄づかい」で
登場していたおばあちゃんっ子のロリを彷彿とさせるものがありそうです。
バトル時においては、自身の周囲に浮かぶカスタネットを放って攻撃したりもします。


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上記でもチラっと触れたのですけど、どういう訳か日本においては「カスタネット=簡単」とか
「どんなアホでもすぐに合奏に参加できる」という間違ったイメージが浸透しているのは、多分ですけど、
上記画像の「教育用カスタネット」の存在があるのかもしれないです。

教育用カスタネットは、小学校の教育用楽器または幼児のおもちゃとしてよく見られているのですけど、
本来のカスタネットと違って口を開いたままの楽器ですし打ち合わせるだけで簡単に演奏できるため、今でも幼児または
小学校低学年の音楽の教育に使用されていたりもします。
今現在では100均のおもちゃコーナーでも売られている事もあったりします。
この教育用カスタネットは赤と青の二つの部分から構成されることが多いですけど、赤い方に突起があり
これを下とすることが多いように思われます。

確かにこの教育用カスタネットは簡単に音は出ますけど、実際に管弦楽団や吹奏楽コンクールで使用されるカスタネットは
この教育用の安物楽器ではありませんし、フラメンコのダンサーが使用されているのは、冒頭画像の奥村映が
両手に持っている本来のカスタネットです。


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より演奏を簡便にし、速いリズムが演奏できるようにしたカスタネットとして柄付きカスタネット、コンサートカスタネットが
あります。
管弦楽団の演奏会や吹奏楽コンクールで使用されるカスタネットは上記の柄付カスタネットの方が多いと思います。

柄付きカスタネットは、柄を持って膝の上で叩き、ロール奏法の場合は人差指をカスタネットの上まで伸ばし、
カスタネットが膝と人差指に交互に当たるように、手首と腕を上手く使ってカスタネットを上下に動かし、左右の手は
交互に均等に動かします。

クラシック音楽でカスタネットが使用された楽曲はたくさんあるのですけど、やはりスペインの作曲家とか
フランスやロシア等のスペイン以外の作曲家がスペインに憧れと敬意の気持ちを有してスペインを感覚的にイメージして
作られた曲が多いです。

具体的にいくつかカスタネット使用の楽曲を挙げてみると・・

C.サン・サーンス / 歌劇「サムソンとデリラ」

R.シュトラウス / 楽劇「サロメ」~七つのヴェールの踊り

リムスキー・コルサコフ / スペイン奇想曲

C.ドビュッシー / 管弦楽のための映像第Ⅱ集・第二曲・イベリア
(特に街の道と田舎の道のカスタネットの切れ味鋭い躍動感は素晴らしいです!)

J.イベール / 交響組曲「寄港地」~Ⅲ.ヴァレンシア

M.ラヴェル / 道化師の朝の歌 ・ スペイン狂詩曲~Ⅳ.祭り

S.プロコフィエフ / ピアノ協奏曲第3番

アルベニス / スペイン組曲
(アルベニスはスペインの作曲家ですので、本場のノリはとにかく圧巻です!)

M.ファリア / バレエ音楽「三角帽子」

J.マスネ / 歌劇「ル・シッド」~バレエ音楽

チャイコフスキー / バレエ音楽「白鳥の湖」~スペインの踊り

B.ブリテン / ソワレミュージカル~Ⅳ.ボレロ

C.オルフ / 世俗カンタータ「カルミナ・プラーナ」~第三部・第8曲・今こそ愉悦の季節

吹奏楽オリジナル作品ですと、A.リードの「エル・カミーノ・レアル」と第二組曲「ラティーナ・メキシカーナ」が
大変印象的です!

こうやって列挙しただけでもスペインの澄み切った青空と情熱が目に浮かびそうですね~♪


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話を再度「ららマジ」にもどしますと、カスタネット担当の奥村映はららマジ屈指の大食いキャラともいえそうですし、
食べるのが大好き~♪というすてきなJKさんであったりもします。

普段もそうですし、カスタネット叩いている時もどちらかというと無表情で中性的な雰囲気を醸し出していますけど、
食べている時は普通の女の子という印象でもありそうです。


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大盛ラーメンを食べている奥村映もとてもかわいいですね~♪

少しミステリアスで長髪の美少女がおいしそうに大盛ラーメン食べている姿は、やっぱり「ラーメン大好き小泉さん」と
被りそうですね~♪

ラーメン大好きで大食いの女の子は、小泉さんも奥村映も含めて意外と中性的な女の子が多いのかもしれないです。


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上記はららマジのお話でしたけど、奥村映が食べているラーメンはなんだか秋葉原の野郎ラーメンの
メガ豚野郎みたいなボリュームがありそうですね~

2018年の冬アニメの「ラーメン大好き 小泉さん」の第9話においてもこの秋葉原の野郎ラーメンが登場し、
そこで登場していたラーメンは「メガ豚野郎」でした~!
メガ豚野郎のチャーシューは、噛み応えのあるしっかりした肉ですし、適度な柔らかさもあって旨味が一気に口内を駆け巡る
感じは圧巻だと思います!
チャーシューの厚みとボリュームも素晴らしいですけど、肉と野菜の壁が崩れかけたところでようやく麺に到達しますけど、
あのボリュームは特筆すべきものがあると思います。

とてつもないボリュームのメガ豚野郎であっても、小泉さんは普通に来店している所は「さすがラーメン女王!」と
感じてしまいますし、圧倒的な勢いであっという間に完食してしまう小泉さんは
やっぱり只者ではないですね~

そして奥村映も秋葉原の野郎ラーメンで、美味しそうにメガ豚野郎を完食されて、小泉さん同様にふはーとされているのかも
しれないですね~♪
トロンボーンは、スライドの伸び縮みで音程を調節する中音域の金管楽器の一つです。

トロンボーンは小編成でも大編成でもたいていの場合3人一組で構成される事が多く、
その構成は、ファースト・セカンド・バストロという感じなのですけど、バストロンボーンは楽器自体が
ファーストとセカンドと管の構造自体が違っているという感じです。

トロンボーンの爆発的なあの推進力とか大音量の迫力は見ていても大変気持ちがいいものです!

例えばレスピーギの交響詩「ローマの松」とかショスタコーヴィッチの交響曲第5番終楽章とか
マーラーの交響曲第1番「巨人」終楽章などのような管弦楽曲の中で「ここぞクライマックス!」という場面でのトロンボーンの
豪快な響きはトランペットと共に最大限発揮されていると感じられます。
トロンボーンは2本のU字管を互いに挿し込んだような形状をしていて、片方のU字管がスライドできるようになっており、
管の長さを変えることによって音の高さを調整するのが大きな特徴です。
このスライド機能というのはトロンボーンが最初に登場した時からの特徴でもあり、他の楽器にはない最大の特徴でも
あります。
最近ではそうした光景はまず見られないですけど、1970年代の吹奏楽コンクールの地区予選等では、下手くそな
トロンボーン奏者が演奏中にうっかりと勢い余ってスライドをポロリと床に落してしまった・・みたいな都市伝説もあったりも
します。
トランペットよりも1オクターブ低い中音域の金管楽器であり、複数本で奏でるハーモニーの美しさには定評があります。
トロンボーンのメロディーのはもりや美しさの代表的事例としてワーグナーの歌劇「タンホイザー」序曲、
ブラームスの交響曲第1番終楽章、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」~第二楽章、
マーラーの交響曲第2番「復活」第五楽章、マーラーの交響曲第3番「夏の朝の夢」~第一楽章などを挙げたいと思いますし、
吹奏楽オリジナル曲としては、リードのアルメニアンダンスパートⅡ~Ⅲ.ロリからの歌やチェザリーニのアルプスの詩、
バーンズの交響曲第2番~Ⅱ.中断された変奏曲などを挙げたいと思います。

唇の締め具合とスライド管の七つのポジショニングの併用で自由に半音階を奏でることが出来ますけど、
真のレガート奏法が大変難しい楽器でもあったりします。
強奏時の鋭く輝かしい迫力ある音色も素晴らしいですけど、弱奏時の暗くしめった音も大変幽玄で美しいです。

先日の当ブログのバルトークの「中国の不思議な役人」記事の際に、トロンボーン奏者二人によるソロ的部分はとてつもなく
しびれてかっこいい!と記させて頂きましたけど、それ以外に管弦楽曲でトロンボーンがソロ的に大活躍したり、とてつもなく
目立つ曲でどんな作品があるのか考えてみると・・・

M.ラヴェル / ボレロ

トロンボーンにとって大変難しい高音域でのソロが与えられています。
都市伝説化している話として、とある管弦楽団のトロンボーン奏者が指揮者より
「今度の演奏会で演奏するボレロのトロンボーンパートのソロを完璧に決めたら、君は明日から当団の正式メンバーとする」と
言われて本番に臨んだものの、結果は見事に外してしまい、その日のうちにトロンボーン奏者は失踪または自殺を
してしまったというネタが古くからあったりします。

リムスキー・コルサコフ / 序曲「ロシアの復活祭」

一般的にソロが指定されるのはファースト奏者ですけど、この曲においてはなぜかセカンド奏者が指定され、
中間部の朗々としたソロを神秘的に奏でられます。
セカンドトロンボーンはリムスキー・コルサコフに足を向けて寝られそうにないですね~

A.コープランド / バレエ組曲「ロデオ」~Ⅰ.カウボーイの休日

中間部に粋で洒落っ気たっぷりのユーモラスなソロが用意されています!

小山清茂 / 管弦楽のための(吹奏楽のための)木挽歌~Ⅱ.盆踊り
(小山さんの作品としては鄙歌第2番にもトロンボーンのソロと強奏はもりがあったりもします)

C.アイヴズ / 交響曲第2番終楽章

ソロではないですけど、ラスト近くの豪快なメロディーラインをトロンボーンがほぼ独占状態で、あのメロディーを奏でる
トロンボーンパートは気分爽快だと思います!

トロンボーンの特徴は上記でも触れた通り、そのスライド操作にあるのですけど、スライド管をすべらせるように吹いたり、
グリッサンド気味に吹くとある時は不気味に、ある時はユーモラスな雰囲気を醸し出せると思います。
不気味な例がバルトークの「中国の不思議な役人」ですけど、ユーモラスな事例としてゾルダン・コダーイの
組曲「ハーリ・ヤーノシュ」を挙げたいと思います。

ゾルダン・コダーイというハンガリーの作曲家には、最近の吹奏楽コンクールでは、ハーリ・ヤーノシュよりはむしろ
ハンガリー民謡「くじゃく」による変奏曲とかガランダ舞曲の方が演奏頻度が高いのかもしれないですけど、
クラシック音楽に精通した皆様の感覚で言うと、コダーイは合唱の作曲の分野にも多大な貢献があり、
ハンガリーの民謡を世界に広めようとした貢献度と
学校の音楽教育に熱心であった御方という印象も実はあったりもします。
ちなみにですけど、ハンガリーは東欧圏なのですけど日本と少しだけ似ている点もあったりして、その一つが温泉文化が
定着している事や学校の数学の授業としてそろばんが採用されている点もありますし、
氏名表記が共通しているというのも面白い点だとも思います。
例えば日本において、鈴木一郎というと姓は鈴木で名前は一郎なのですけど、欧米の場合ですと、例えば
マイク・スミスの場合、マイクは名前でスミスが姓です。
要は日本と欧米は氏名の表記が全く真逆なのです。
その中でハンガリーの氏名表記は日本と同じであり、例えば上記のハーリ・ヤーノシュの場合、
ハーリが姓でヤーノシュが名前という事になります。
コダーイの組曲「ハーリ・ヤーノシュ」はハンガリーで親しまれているお伽噺の主人公であり、
若い頃の武勇伝を大ぼらを交えつつ語りかけるというのがお話の概要でもあったりします。
合戦でナポレオン皇帝を打ち負かしたり、ナポレオンの奥様のジョセフィーヌ皇后より
「今すぐ私と結婚して私とどこから駆け落ちして!」と誘惑された・・等の大嘘話がかなり出てくる楽しいお話でもあったりします・・

この組曲で最も有名なのがⅡの「ウィーンの音楽時計」だと思います。
冒頭いきなりコンサートチャイムとドラによって時計の音が描写されます。
時計と言うよりは、むしろ「ゼンマイ仕掛けのおもちゃ」みたいな感じもするのかもしれないです。
聴いていて実にハッピーな気持ちになれるとても楽しい曲です。
ちなみにこの曲、アニメ「のだめカンタービレ」でも何回か使用されています。

コダーイの組曲「ハーリ・ヤーノシュ」は下記の6曲から構成されています。

Ⅰ.序曲、お伽話は始まる

Ⅱ.ウィーンの音楽時計

Ⅲ.歌

Ⅳ.合戦とナポレオンの敗北

Ⅴ.間奏曲

Ⅵ.皇帝と廷臣たちの入場

Ⅰの冒頭においては、管弦楽団による壮大なくしゃみの音の模倣から開始されます。
これは「聞いている者がくしゃみをすれば、その話は本当のことである」というハンガリーの伝説をベースにしているそうです。
ⅢとⅤにハンガリーの民族楽器であるツィンバロンが使用されていることが際立っています。
そしてこの組曲において、管弦楽曲としては大変異例な事ですが、ⅡとⅣにおいては弦楽器は一切使用されていません。
吹奏楽コンクールにおいて、Ⅱ・Ⅳ・Ⅵの組合せによる自由曲の定番曲である事もある意味妥当といえそうです。

そしてこの組曲において全体的にトロンボーンは大活躍を見せています!

特にⅣの合戦とナポレオンの敗北におけるトロンボーン奏者による強烈なグリッサンド奏法は迫力満点ですけど、
これがまたとてつもなくユーモラスで楽しい表現となっています。
途中出てくるトロンボーンとチューバによって奏される主題は、フランス国歌「ラ・マルセイエーズ」のパロディです。
そして最後に出てくるアルトサックスのうらぶれたメロディーを伴奏として支えているトロンボーンの弱奏によるグリッサンドも
たいへんいい味を出していると思います~♪

このハーリ・ヤーノシュはトロンボーン冥利に尽きる曲であり、確かにトロンボーン奏者は大変ですけど、吹いていても
聴いていてもとてつもない爽快感があります。


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美少女とトロンボーンというと印象的なのは「響け!ユーフォニアム」以外では、アニメ作品ではないのですけど、
2017年1月にリリースされた音と魔法の学園RPG「ららマジ」が大変印象的です~♪

ららマジのストーリーは、とある呪いにより廃部寸前となってしまった東奏学園器楽部を舞台に、
プレイヤーは器楽部員として登場する30人のヒロイン達を呪いから救い出し、彼女たちが再び演奏できるようにすることを
目指すように頑張るという内容です。

そして30人のJKさんのメンバーの中で、トロンボーン奏者兼コンサートマスターの地位にいるのが3年生のお姉さまの
星崎梨花です。
担当楽器はトロンボーンで、器楽部のコンミスを務める完璧超人で、器楽部創立メンバーの一人であったりもします。
武器のトロンボーン型の槍は突いたり切りつけたりするだけでなく小規模な爆風を放つこともできるそうです。





上記画像の星崎梨花はいかにも聡明でお勉強ができそう・・という雰囲気に溢れていると思います。

星崎梨花のゲーム上での声優さんは赤崎千夏さんと言う事で、赤崎さんは本年度の夏アニメの一つである
「女子高生の無駄づかい」にてバカ役(田中望役)を怪演された御方であり、あのバカの
「なー、今からすげー事言ってもいい?」の
フレーズを聞くだけで田中の尋常でないバカ振りが見事に伝わってきたものですけど、
「ららマジ」ではそんな雰囲気を微塵も感じさせないばかりか、星崎梨花の声の雰囲気はいかにも聡明で頼りになる
上級生のお姉さまという雰囲気に溢れていますので、改めて声優さんの声の演技の素晴らしさには目を見張るものが
あると思います。

それにしても美少女がトロンボーンを奏でているシーンはとても素晴らしいと思いますし、星崎梨花のトロンボーンによる
「中国の不思議な役人」や組曲「ハーリ・ヤーノシュ」の爆演も聴いてみたいですね~♪



「ららマジ」の舞台の器楽部におけるハープ奏者は3年生の南さくらです。

南さくらは器楽部を支える副部長で、振り回されることの多い苦労人でもあったりします。
器楽部創立メンバーの一人で、部長であり指揮者でもある草薙百花がメチャクチャな楽器編成を無理やりどうにかこうにか
まとめてしまう剛腕でもあったりしますので、そうした剛腕ぶりに不満がありそうな下級生たちを時に脅しつけ、
時に笑顔と愛嬌で押し通してしまうのがこの副部長兼ハープ奏者の南さくらといえそうです。
そしてららマジでは珍しい部類の眼鏡っ娘でもあったりします~♪

バトル時においては、グランドハープの形をした長弓を武器とし、光の矢を放って攻撃します。


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ハープという楽器はヴァイオリンと同様に大変優雅で美しい楽器だと思います。

そうした美しい楽器というイメージが定着しているのは、その形状や音色の美しさも大きいですけど、ハープ奏者のほとんどが
女性奏者であるという事もあるのかもしれないです。

ハープは共鳴胴の両端に2本の棹を立て、2本の先を結び、棹のうちの曲線状になった方と共鳴胴との間に
平行に弦を並べて弦を張っています。そしてこの弦を指で弾いて演奏します。
現代の西洋音楽において、独奏やオーケストラ、室内楽などで広く用いられているコンサートハープは、
ダブル・アクション・ペダル・ハープの事であり、ららマジの南さくらが奏でているハーブも
恐らくはこのダブル・アクション・ペダル・ハープのだと思われます。
ダブル・アクション・ペダル・ハープは主に47本の弦を変ハ長調全音階で張られていて、ピアノに例えると、
黒鍵無しの状態で白鍵だけの音階で並んでいるようなものです。
そしてドレミファ・・の各音対して一つずつ合計7つのペダルが付いていて、それぞれ二段階に踏み分けて
一つの音を半音高めたり全音高めたりします。
それゆえハープ奏者は優雅なイメージとは裏腹に人目に付かない所で大変な苦労が付き物で、左足で三つ、右足で四つと
計7つのペダルを絶えず忙しく操作をしないといけない大変さがあったりします。
おまけにハープ奏者は固い弦を指で弾き、時にグリッサンドしないといけないものですから、指先は常にマメ状態と化している
のが実はその日常でもあったりするそうです。

そうした意味ではららマジのハープ奏者の南さくらも色々とご苦労が尽きない・・という感じなのかもしれないです。

ダブル・アクション・ペダル・ハープは、ペダル操作が大変という事で、それに代わる楽器として
半音ごとに弦が張られたペダル無しの半音階ハープが制作され(音楽史的にはクロマティック・ハープと言われています)
ハープ奏者は実に78本も張られた弦に眼が廻ってしまい、とてもじゃないけど演奏不可・・という事で
結局は廃れてしまい現在においては忘れられた楽器と化しています。
(これは両手全ての指を使用し、現在では幻の楽器と化している宮城道雄制作の八十弦箏と似ているのかもしれないです・・)

さてさて歴史に埋もれたペダル無しの半音階ハープ(クロマティック・ハープ) は、プレイエル社が開発・制作した楽器でして、
それは当時既に一定の地位を築いていたエラール社のダブル・アクション・ペダル・ハープに対抗した経緯があったりもします。
プレイエル社はこの楽器の普及のため、1904年に音楽院でのコンクールのための楽曲をドビュッシーに委嘱します。
それを受けてドビュッシーは、1904年に「神聖な舞曲と世俗的な舞曲」というハープ独奏と弦楽合奏のための作品を作曲します。
ドビュッシー自身は特段半音階ハープを気に入ったわけでなく、楽器性能としてはむしろペダル・ハープの方が優れていると
考えていたようでありまして、初演自体は半音階ハープ(クロマティック・ハープ)が使用されたものの、
今日ではこの作品を演奏する場合はほとんどペダル・ハープで演奏されています。
ちなみにですけど・・、エラール社はドビュッシー作曲の「神聖な舞曲と世俗的な舞曲」に対抗してラヴェルに
ペダル・ハープの優位を示すための作品を委嘱し、その結果生まれたのが「序奏とアレグロ」という
ハープとフルート、クラリネットおよび弦楽四重奏のための七重奏曲というこれまた名作であったりもします。

C.ドビュッシー / 神聖な舞曲と世俗的な舞曲は大変優雅な作品で、前半の神聖な舞曲における穏やかな美しさと
後半の世俗的な舞曲における生き生きとした躍動感の対比が素晴らしく鮮やかです。

ここから下記は少しばかり余談ですけど、吹奏楽オリジナル作品の中に、「セント・アンソニー・ヴァリエーション」で
お馴染みのヒルが作曲した作品に、上記のドビュッシーのハーブと弦楽のために作曲した名曲と全く同じタイトルの作品が
あったりもします。

ヒルのその曲を2019年時点で全国大会で唯一演奏したのが1981年の高岡商業であったりもします。

この年の高岡商業は、ヒルの「神聖な舞曲と世俗的な舞曲」という大変珍しくて今でもほとんど演奏されない
吹奏楽オリジナル作品を自由曲に選んでいます。
この当時は吹奏楽オリジナル作品や邦人作品での全国出場が少し珍しく感じられた時代でもありましたので、
こうしたマイナーなオリジナル曲での全国大会出場は大変立派な事だと今更ながら感じたりもします。

この年の高岡商業は運悪くプログラム一番でした。

1979年の市立川口とか80年の就実のようにプログラム1番という不利な条件を全く不利に感じさせない素晴らしい名演が
重なったという事もあると思いますが、1981年の高岡商業の演奏を聴く限りにおいては
「ブログラム一番は大変で不利なのかも。。」とつくづく感じてしまいます。
音が普門館の会場にストレートに響いてこない印象がありますし、普門館の広い空間を彷徨っているという印象があります。
全体的に音が硬いというせいもあり、サウンドも表現もぎこちない感じがしたものでした。
プログラム一番というコンディションの問題もあったと思いますし、朝一番というプレッシャーもあったと思います。
音が硬質で音がストレートに伝わってこない感じは痛いほどあります。
自由曲のヒルの神聖な舞曲と世俗的な舞曲」という楽曲自体が、「「セント・アンソニー・ヴァリエーション」と比べると
音楽の構成が大変抽象的で、あまり面白いと思わないし、何を意図しているのかよく分からないという曲でもありましたし、
曲自体で損をしているような雰囲気すらあったのは惜しまれますし、
これだけ実力あるチームがこうした不本意な演奏で終ってしまったのは勿体無いと感じたものですし、
選曲ミスの範疇と言えるのかもしれないです。
全般的に、ティンパニのゴツゴツした叩き方が何か印象を悪くしているようにも感じられましたし、
課題曲B「コラージュ」も和太鼓が叩き過ぎという印象もありました。

ただ印象に残っている点は、自由曲のラストが意外な終わり方というか、
曲が一旦盛り上がったところで静かになり、ラストはシロフォーンの弱々しいソロで終わるという
所は、何か意表をつかれるものもあり、その点は印象に残っています。

全く想定外の閉じられ方で、なんかヘンだけど面白い閉じ方と感じていたものでした。


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南さくらは、ららマジでは珍しい部類の眼鏡っ娘ですけど、南さくらは眼鏡を掛けても眼鏡を掛けていなくても
すてきなお姉さまだと思います~♪

アニメや漫画では「まるで牛乳瓶の底のような分厚い眼鏡を掛けた冴えない女の子が眼鏡を外すととてつもない
すてきな美少女になる」というのは一つの鉄板ネタのようにも感じられるのですけど、
私自身がそうした女の子のすてきな変化を最初に感じた作品というのは映画「ロッキー」の中に登場している
エイドリアンなのかもしれないです。
エイドリアンは映画の中ではとても内気でおどおどした女の子であまり主体性というものは感じさせなかったのですけど、
とあるシーンにてロッキーから「眼鏡を外してみて・・美しい・・」とかなんとか言われた事が一つのきっかけとなり、
その後徐々にすてきな変化を見せてくれていたと思います。
地味で内気なエイドリアンは「メガネを取ると美人」という定番ネタの一つの伝説として君臨しているのかもしれないです。
ロッキーと付き合うようになって自信をつけたエイドリアンは眼鏡を外すようになり服装も以前より華やかになるのですけど、
これは女の子のすてきな変化とも言うべき一つのシンデレラストーリーの伝説と言えるのかもしれないです。

さてさて、それでは日本のアニメにおいて、そうした「眼鏡をかけた冴えない女の子が眼鏡を外すと実はすてきな美少女」という
典型的なキャラとしてどんなすてきな女の子がいたものでしょうか・・?
思い浮かぶ範囲で下記に少しばかり挙げさせて頂きますと・・

アララ・ココア(NG騎士ラムネ&40)

レディ・アン(新機動戦記ガンダムW )

ティラ・ミス(爆れつハンター)

東城 綾(いちご100%)

ニーナ・アインシュタイン(コードギアス 反逆のルルーシュ)

委員長(瀬戸の花嫁)

藤崎 綾(To LOVEる -とらぶる-)

メイリン(黒執事)

槇島 沙織(俺の妹がこんなに可愛いわけがない)

天王寺 渚(Aチャンネル)

クーリエ(モーレツ宇宙海賊)

鈴原 泉水子(RDG レッドデータガール)

星 七海(アイドルメモリーズ)

この中では私的にいっちば~ん!と感じさせるのはいちご100%の東城 綾だと思います!

東城 綾は、性格はおしとやかな恥ずかしがり屋でかなりのドジっ娘で、「普通の人間の三倍は転んでいる」と
廻りからも言われているのですけど、それでいて眼鏡を外すと普段の地味な印象が劇的に変化し、
とてつもない美少女になってしまうあの素晴らしき変化は、まさしく
「眼鏡をかけたさえない女の子が眼鏡を外すと実はすてきな美少女」というネタの典型事例なのだと思ったりもしますね~♪
クラシック音楽や吹奏楽で使用される打楽器の一つであるシンバルは、
楽曲のクライマックスや激しく盛り上がる部分でバシャーン!と派手に壮麗に鳴り響く事が多いのですけど
あれってかなりの演奏効果があると思います。
例えばですけど、管弦楽曲史上もしかしたら最も音量が大きくて派手に鳴り響く曲の一つがレスピーギの
交響詩「ローマの松」~Ⅳ.アッピア街道の松だと思うのですけど、金管セクションやバンダの派手で華麗なる響きと
ドラやトライアングルが派手に鳴り響き、バスドラムが狂ったように連打する音響のるつぼと化した中でもあのシンバルによる
激しい打合せによるバシャーン!!という響きは胸をすく想いがあります。
このアッピア街道の松とオルフの世俗カンタータ「カルミナ・プラーナ」は、とにかくストレスが溜まりに溜まっていて、
何かスカ‐‐ッ!!と爽快な発散気分を味わいたい時に強くお勧めしたい曲ですね~♪
このシンバルは楽器としての歴史も古くて旧約聖書の中にも
「ヘブライの民は歓声を上げ、シンバル・角笛・ラッパを鳴らした」との記述がみられますし、新約聖書の中でも
「たとえ人や神の言葉を私が使ったとしても、そこに愛がなければ、喧しいドラやシンバルと同じである」という記述も
あったりします。

シンバルと言うと、イメージ的には
打楽器奏者が両手に約40㎝程度の黄銅色の円板を激しく打ち合わせるという感じがしますが、
これは一般的には「クラッシュ・シンバル」(または合わせシンバル)と呼ばれています。
(錫と銅の合金から構成されていて、その配分比率は音色にも微妙に影響するそうです)


シンバル


上記はクラッシュ・シンバルという合せシンバルですけど、
基本的には、片方を上から下へ、もう片方を動かし、こすらせるようにして打ち合わせます。
非常に小さな音から一打ちでオーケストラ全体をも制するほどの大きな音まで出すことができる表現力があります。

非常に小さい音の代表的例としては、

〇ドヴォルザーク/交響曲第9番「新世界より」第四楽章

〇ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第2番第三楽章

があると思います。


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上記は「サスペンダーシンバル」と呼ばれるものですけど、
1枚のシンバルを吊すかホルダにゆるく固定して小太鼓や木琴、鉄琴のバチで叩くのが一般的です。
例えば、マーラー/交響曲第1番「巨人」第四楽章冒頭のように撥で激しく叩きつける事もありますし、
ドビュッシーが多用しているように、マレットによるトレモロ奏法で徐々にクレッシェンドしていく方法もあります。

こうやって見るとシンバルも色々と無限の可能性を秘めている楽器なのかもしれませんね。

ちなみに「ハイハットシンバル」と呼ばれるものは、
2枚のシンバルを水平にホルダに固定して、1枚を上下に動くようにしてペダル装置で操作するものであり、
ドラムセットの中で用いられていますし、ジャズ・ポップス・ロックと幅広く使用されています。
最近ではバンドリ等におけるガールズバンドにおいて、ドラマーが小気味よくペダル操作をしているシーンは
とてもかわいいものがありますね~♪

クラッシュシンバルというと私的には、芥川也寸志の「交響管弦楽のための音楽」~第二楽章の冒頭を思い出してしまいます。
静粛で無機質なリズムの反復の多い第一楽章が終わって第二楽章が開始される際にさの冒頭で、
シンバルが単独で「ジャーン」と打ち合わせられる所から開始され、金管楽器の大変印象的なファンファーレ風なメロディーへと
連なっていくのですけどあのシンバルは目立ちますしとてつもなくかっこういいです!
吹奏楽アレンジ版ですが私自身が高校三年の定期演奏会で吹いた経験もあり、そうした印象が強いのかもしれないです。

吹奏楽オリジナル作品でシンバルが使用されない曲を探す方が難しいと感じるくらい、吹奏楽の打楽器パートでは
必要不可欠な楽器の一つですけど、その中でも特に挙げておきたい曲として・・

〇天野正道/交響組曲第2番「GR」

 浜松交響吹奏楽団の演奏に馴染みがあるせいか、
 この曲のラスト近くでシンバルがソロ的に「ジャーン」という打ち鳴らしが大変印象的です。

〇リード/オセロ

 1987年の札幌白石高校の演奏が大変印象的でした、
 クラッシュ・シンバルの場合、奏者によっては余韻とか視覚的効果を意図して
 打ち鳴らしと同時に腕を上にあげて、シンバルを頭上で左右に開くという事も結構多いと
 思います。
 札幌白石のシンバル奏者は、シンバルを打ち鳴らした次の瞬間に、両手のシンバルを頭上にはあげずに、
 シンバルの裏面を左右の手に持ったまま、手の向きを逆にし、
 シンバルの表面にさっと替えるというハイテクニックを披露してくれ、
 裏面から表面にさっと替える際に、楽器がキラリと金色に光り輝いていたのが会場の客席からもはっきりと分かり、
 大変な見映えがありました!

〇サンライズマーチ(1982年全日本吹奏楽コンクール課題曲D)

この課題曲の冒頭はシンバルソロによるバシャーン!という打撃音から開始されますので、シンバル奏者にとっては
 大変なプレッシャーが掛る曲であり、あの重圧と緊張感は相当なものがあると思います。
 地区予選等で下手くそなチームがこの課題曲の冒頭で、シンバル奏者がスカッと空振りし、次のトランペットによる
 ファンファーレがメロメロになってしまった光景は当時何度か目撃したものでした!

クラシック音楽で、クラッシュシンバルが活躍する曲で印象的な曲と言うと冒頭で取り上げたローマの松~アッピア街道の松
以外においては・・・

〇チャイコフスキー/交響曲第4番第四楽章

〇   同      /交響曲第6番「悲愴」第三楽章

〇   同      /幻想序曲「ロメオとジュリエット」

〇ビゼー / カルメン組曲より、トレアドール(第一幕への前奏曲)

〇ショスタコーヴイッチ/交響曲第5番~第一楽章・第四楽章

チャイコフスキーの交響曲第4番は、第一~第三楽章までに使用される打楽器はティンパニのみですけど、
第四楽章で、シンバル・大太鼓・トライアングルの打楽器が入りますが、
特にラスト近くにおけるシンバルの怒涛の連打は、聴いていて視覚的にも迫力満点です。
シンバルで16分音符炸裂の怒涛のあの連打はクラシック音楽のジャンルでは大変珍しいと思います。
(あのシンバル連打は、同じくチャイコフスキーの幻想序曲「ロメオとジュリエット」の中間部における
怒涛のシンバル連打を彷彿とさせてくれます)

サスペンダーシンバルとしては、ハチャトゥーリアンのバレエ音楽「ガイーヌ」~剣の舞の叩きつけが大変印象的です!

ドビュッシーの三つの交響的素描「海」~Ⅰ.海上の夜明けから真昼まで と Ⅲ.風と海との対話における
サスペンダーシンバルのあの繊細な微音のうねりは一聴の価値があると思いますし、奏者にはなによりもデリケートな
神経が求められそうで、あれを聴くと「どんなアホでもシンバルは叩けば音は出る簡単な楽器」であるという俗説が
いかに理に適っていないかよく分かると思います。





「ららマジ」でシンバルを担当するのは強心臓中学生の伊藤萌です~♪
伊藤萌はシンバルを担当しているクールで小さな中学3年生の女の子で、中学生ですけど東奏学園の器楽部でJKのお姉さまと
一緒に音楽を楽しんでいます。

クールな性格の後輩で、「・・・くるしゅうない、です。」など変わった口調でしゃべるのが個性でもあります。また落語を聞くのが
趣味というJCさんにしては大変珍しく渋い趣味を持っていたりもします。

先輩の小田桐アミを師と仰ぎアミのことを「師匠」と呼び慕っているのですけど、実を言うと小田桐アミは元々は
器楽部のシンバル奏者だったのですけど、シンバル奏者は時に「ここで怒涛の一撃を決める!」みたいなプレッシャーを
時に伴いますので、その重圧に耐えきれず、シンバル奏者の地位を後輩の伊藤萌に譲ったという経緯もあったりします。
そして小田桐アミはその後シンバルからピッコロ奏者にパート変更をしています。

アミがいなくなったシンバルは伊藤萌に継承されていますけど、伊藤萌は見た目の少し控えめな雰囲気とは全く異なり、
大変な強心臓の持ち主でプレッシャーに大変強く、「ここでシンバルの強烈な一撃が必要」という時にはしっかりと確実に
決めてくれる頼もしいJCさんであったりもします。

活発だけど小心者なアミと大人しいけど強心臓な萌の対比もとても面白いですね~♪


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吹奏楽コンクールの規定においては、付属高校の場合、高校で部員が不足している場合は、付属中学校の生徒も
メンバーに加えてよいという規定があり、
それによって昭和の頃ですけど、明大明治・日大豊山・土佐女子高校などが高校の部だけど何人かの中学生が加わり
全国大会のステージに立ったという話もあったりします。

東奏学園器楽部ももしかしたらそんな感じだったのかもしれないですね。

ちなみに、伊藤萌以外には、ウクレレの卯月幸、エレキギターの卯月真中華、和太鼓の神田茜、鍵盤ハーモニカの瀬沢かなえ
といった中学生が東奏学園器楽部に在籍しています。

本記事の一つ前の記事においては、伊藤萌の師匠の小田桐アミについて取り上げておりますので、こちらの方も
ご覧頂けると大変ありがたいです。
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P・デュカス作曲の交響詩「魔法使いの弟子」の正式タイトルは、ゲーテによる交響的スケルツォ「魔法使いの弟子」という事で
スケルツォのタイトルに相応しくとても自由で生き生きとした楽曲であり標題を巧みに音楽を通じて表現していると思います。
この楽曲はファゴットがソロ楽器として大活躍を果たしていますけど、ファゴットと同じくらい鍵盤打楽器の一つである
グロッケンシュピールも大活躍をしていて、音楽の色彩的効果を更に豊かにしていると感じられます。
冒頭画像の「ららマジ」の神代結菜は、担当楽器としてグロッケンシュピールを奏でていますけど、
プロの管弦楽団の定期演奏会や吹奏楽コンクールの演奏においても、デュカスの魔法使いの弟子はよく演奏されていますが、
その時もファゴット同様にグロッケンシュピール奏者の機敏な動きを見るたびに感動をしてしまいます。

グロッケンシュピールは一般的なイメージでは鉄琴だと思いますし、一種の鍵盤打楽器なのですけど、
音楽史的にはチェレスタのように形の鉄琴を箱に収めたような鍵盤型グロッケンシュピールというタイプも存在したりもします。
吹奏楽コンクールにおける魔法使いの弟子は、ほとんどの場合鉄琴でもってあの部分は演奏されていますけど、
稀にチェレスタが使用されることもあるようです。

交響詩「魔法使いの弟子」の作曲家のポール・デュカスは、かなりの寡作家です。
本来は相当数の作品を作曲していると推察されるのですけど、デュカス本人がかなりの完璧主義者であり、
最終的に納得いかない作品は生前全て破棄したという経緯もあり、現在デュカス本人の作品として残っているのは
わずか13作品程度と言われているそうです。
魔法使いの弟子以外に残されている作品として、交響曲ハ長調と
バレエ音楽「ラ・ペリ」(ペリのファンファーレとしても親しまれています)ぐらいしかないのかもしれないですけど、
魔法使いの弟子一曲だけで後世に名前を残した作曲家とも言えると思います。
デュカスはむしろ作曲家というよりはパリ音楽院の教授という側面が強く、作曲家の先生として業績を残したと言えるのかも
しれないです。
マーラーが亡くなる寸前にパリで開催された演奏会の際にマーラーの交響曲第2番「復活」が演奏された際、
デュカスは、ドビュッシー・ピエルネといった当時のフランスの有名な作曲家と共に第一楽章終了と同時に憤然と席を立って
帰ってしまったというエピソードを残しています。
伝統的なフランス音楽の大御所としては、「マーラーごときの音楽で音楽の都・パリを汚されてたまるものか!」という
なにかアピールをされたかったのかもしれないです。

「魔法使いの弟子」は、その音楽を聴くだけでストーリーが頭に中に自然と浮かびますから、デュカスの描写力と想像力には
感服するものがあります。
スケルツォという正式タイトルからは少しくだけた感じの曲想と思われがちですし、全体を通して大変分かりやすくて
親しみやすいメロディーラインの連続なのですけど、曲想そのものは古典的形式美の楽曲構成がなされていて、
どちらかとうと堅固な楽曲構成という印象があります。
ドビュッシーに影響された全音音階の多用など伝統的な要素とモダンな要素が見事に融合していて、
古典的な形式美と19世紀末~20世紀初頭のドビュッシー・ラヴェルに代表される印象主義という新しい音楽が
大変バランスよく調和されていると感じられます。
魔法使いの弟子はそうした意味ではラヴェルの作品の先駆的作品みたいなものという評価も成立するのかもしれないです。

「魔法使いの弟子」の簡単なストーリーなのですけど、ある所に魔法使いの先生とポンコツなお弟子さんがいたのですけど、
魔法使いの先生が外出した際に弟子が留守番をすることになるのですが、
未熟な弟子は魔法を使ってほうきに水汲みをさせて、「自分ってやればできるじゃん!すごーい!」と調子こいたものの、
弟子は実は魔法の解き方を知らなかったため、水瓶がいっぱいになってもほうきの水汲みを止めさせる事ができず、
部屋が水浸しになってしまいます。
「これはやばい・・溺れて死ぬのかも・・」と感じた時に魔法使いの先生が戻ってきて
呪文を解いてもらってようやくほうきが元に戻るという内容でもあります。

このストーリーが意外と世に知られている背景としてディズニー映画「ファンタジア」の存在があるのかもしれないです。
「ファンタジア」は、オーケストラによるクラシック音楽をバックとしたアニメーションによる8編の物語集なのですけど、
ディズニー長編アニメーション第3作であり、史上初のステレオ音声作品であったりもします。
上映時間は当時の公開版で120分を超える当時としては異例の超大作と言えますし、
11人の監督、120人以上のアニメーター、103人編成のオーケストラなど、投入されたスタッフはのべ1000人、
描き上げられた原画100万枚、録音テープの長さ42万フィート、制作期間3年と前例のないスケールでの製作となっています。
一部を除いて、台詞は一切用いられていないのも特徴です。
このファンタジアで取り上げられたクラシック音楽は、春の祭典・ベートーヴェンの田園・くるみ割り人形・時の踊り・はげ山の一夜
など計8作品ですが、その中でもっとも有名なのがデュカスの「魔法使いの弟子」とも言えると思います。
というのも ミッキーマウスが「魔法使いの弟子」役を演技したことにより、ファンタジアの知名度と評価は決定的なものになったと
いえるのかもしれないです。
ちなみに「ファンタジア」全ての音楽演奏は、レオポルド・ストコフスキー指揮・フィラデルフィア管弦楽団が担当しています。
ファンタジアの中の魔法使いの弟子の部分においては、原曲のイメージ通り話が進み。
ミッキーマウスが魔法をかけてバケツに水をくませたまではよかったものの魔法の止め方が分からず、
部屋に水が溢れおぼれそうになったところを師匠が駆けつけ命拾いをしたというストーリーが巧みに表現されています。

魔法使いの弟子は、冒頭で触れたとおり、ある二つの楽器を非常に効果的に使っています。
一つはファゴットなのですけど、ファゴットは曲によっては重厚で悲惨な雰囲気をもたらす効果があるかと思えば
(例としてチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」第一楽章冒頭が挙げられます)、その一方で曲によっては茶目っ気と
ユーモアと皮肉たっぷりに表現出来ますし(例としてショスタコーヴィッチの交響曲第9番~第五楽章が挙げられます)
はたまたチャイコフスキーのバレエ音楽「くるみ割り人形」のように異国情緒をもたらす効果もあります。
「魔法使いの弟子」の場合は、明らかに茶目っ気たっぷりという感じして、弟子が調子こいている様子が生き生きと
ファゴットの少しとぼけた雰囲気によって表現されていると思います。
そしてもう一つの楽器は、グロッケンです。
グロッケンとは要は鉄琴なのですけど、この曲はかなりの部分で鉄琴を効果的に用い、
普段はあまり目立たないグロッケン奏者に活躍の場を与えます。
同時に、この曲はグロッケン奏者泣かせというか、かなりのテクニックを非常に要し、かなり難しいテクニックを要求しています。

交響詩「魔法使いの弟子」は全体的には、楽しさと魔法と言うミステリアスさを両方醸し出している曲といえると思います。
同時に指揮者の構成美・演出力も求められますので、軽い通俗曲と考えてなめてかかると大変痛い目に遭う曲と言えるのだと
思われます。

吹奏楽コンクールにおいては、1970年代から最近に至るまでコンスタントに全国大会で自由曲として選ばれています。

吹奏楽コンクールでの魔法使いの弟子の決定的名演と言うと二つほど挙げたいと思います。
ひとつは1986年の足立第十四中学校の演奏で、もう一つは残念ながら関東大会でダメ金になってしまい全国大会に
進めなかったものの1993年の常総学院の演奏は名演というレヴェルを軽く超越したものであり、あの演奏は
私も当時在住していた山梨から川崎の産業会館まで駆けつけ聴かさせて頂きましたけど、いまだに
「どうして常総学院はダメ金なの~? 市立柏のあのスカスカ演奏を代表にするのならば余程常総の方が代表に
相応しいじゃん!」と当時は審査結果を聞いてぶーたれたものです・・
1986年の足立十四中の演奏は、伸び伸びと吹いているせいか、音楽が実に自然にすんなりと耳に入ってくる感じでした。
伸び伸びしているのだけど決してふわっとした演奏ではなくて、音楽の切れやシャープな感じや躍動感が見事に決まっていて、
物語としての音楽的速度はかなり速かったようにも記憶しています。

常総学院も足立第十四中もファゴットもグロッケンも大変見事な演奏を聴かせてくれていたと思います。

違いとして、足立十四中のグロッケンは鍵盤打楽器としてのグロッケンで、その形状は冒頭画像のららマジの神代結菜が
使用しているスタンド付のグロッケンです。
私の記憶では、常総学院のグロッケンシュピールは鍵盤打楽器としてではなくて、チェレスタに近い形状の
鍵盤型グロッケンシュピールを用いていたと思います。
(前年のアルプス交響曲でも使用していた楽器と同じなのかもしれないです)

鍵盤打楽器としてのグロッケンは、1980年代以降はどのチームも台というかスタンド付のグロッケンを使用していましたけど、
中学~高校時代の私の記憶では、貧乏公立校の多くはグロッケンを使用する際にはスタンド付という高い楽器ではなくて
教室で使うような机とか安っぽい折り畳みのスチール製パイプ椅子を2台設置して、その上に鍵盤鉄琴を置いて、
撥で叩くというスタイルが多かったような印象もあります。

余談ですけど鉄琴(グロッケンシュピール)が大変効果的に使用されるクラシック音楽の楽曲として、魔法使いの弟子以外では
シベリウスの交響曲第4番~第四楽章を挙げたいです。
シベリウスの交響曲第4番は大変わかりにくい渋すぎる難渋な曲で、第一~第三楽章のあの難解な雰囲気は
私も実はいまだにさっぱり理解できません・・
だけど第四楽章に入ると、突然グロッケンシュピールが登場してきて、天国的な美しい音色を奏でていて、
それまでの音楽があまりにも難解すぎたため、第四楽章に入ると唐突に「地獄から天国にやってきた」みたいな感覚を
感じたりもしますね。


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ららマジで、グロッケンシュピール(鉄琴)を担当している高校3年生の女の子は、神代結菜お姉さまです~♪
神代結菜は器楽部創立メンバーの一人でもあります。

余裕たっぷりの柔らかな物腰、豊満なスタイルと、まさしくお姉さまといったタイプのすてきなJKさんですけど、
その醸し出される大人の魅力は、主人公のプレイヤーすらも惑わせてしまう魅力なのだと思います。
だけど昔から優雅ですてきなお姉さまだったという訳ではなくて、実は昔は孤独にさい悩まされ、心も荒んで荒れていた時期も
あったとの事で、その意味では酸いも甘いもわかるすてきなお姉さまという事なのだと思います。

誰にでも分け隔てなく優しく接しますけど、以前の孤独の反動からなのか好意を抱いた相手には
少々暴走気味な愛情表現を見せることもあるそうでして、
マイペースすぎるあまり、時に理由なく学校をサボるという悪癖もあるそうです。

以外にも実は器楽部の部内でトップクラスの怪力の持ち主であったりもしまして、林檎を片手で握り潰せる七瀬沙希を
圧倒するほどの怪力でもあるそうです。
コントラファゴット担当の七瀬沙希については、昨日の記事で取り上げさせて頂いております・・


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「魔法使いの弟子」のグロッケンシュピール奏者は大変なテクニックと離れ業を求められるのですけど、
神代結菜お姉さまが奏でられるとまさに神業の如くの壮絶テクニックをお披露目されるのかもしれないです。

私個人としては、是非ぜひ神代結菜お姉さまにネリベルの「二つの交響的断章」の冒頭における
チャイム・シロフォーン・グロッケンの3人による執拗な反復の美技を拝見させて頂きたいものです!

そして神代結菜お姉さまは、演奏中の姿もすてきですけど私服もまたまたとても魅力的な御方だと思いますね~♪
モーリス・ラヴェルの協奏曲というと言うまでもなくピアノ協奏曲と左手のためのピアノ協奏曲が双璧なのかもしれないです。
そしてこの両協奏曲はほぼ同時期に作曲され、比較的晩年の作品の部類に入るという共通項もあったりします。

ピアノ協奏曲はいかにもラヴェルらしい作品だと思います。
茶目っ気・洒落っ気、抒情性に美しいコールアングレの長いソロ、遊び心など、どちらかというと明るい感じの作風だと思います。
この曲を生演奏で聴くと分るのですが、オーケストラの編成はかなり小規模です。
管楽器については、E♭クラリネット・クラリネット・フルート・オーボエ・コールアングレ・トランペット・トロンボーンは
各1本だけでチューバはありません。ファゴットとホルンのみ2本です。
第三楽章のファゴットのあの驚異的に早いパッセージは人間の限界を超えている超絶テクニックといえそうです。
打楽器は、大太鼓、小太鼓、シンバル、タムタム、トライアングル、ウッドブロック、ムチの各種楽器を基本的には
2人の奏者が掛け持ちで担当しています。

ラヴェルのピアノ協奏曲は、全般的には第一・第三楽章の才気煥発的な茶目っ気と第二楽章のファンタジーの対比が
非常に面白く、18分程度の短い曲なのですが聴かせどころ満載の曲です。
特に第二楽章のコールアングレの長いソロは奏者の腕の見せ所ですし、陶酔感たっぷりの夢心地にはうっとりさせられます。
第一楽章の冒頭は、まるで猫だましの如く、ムチ(合わせ板)のバチン!という打撃音から開始されるのですけど、
あの部分はドキッ・・!とさせられますし、意表を突かれるところが大変ユニークだと思います。
ちなみに第三楽章のメロディーラインは、映画「ゴジラ」のあのゴジラのテーマ音楽とかなり酷似しているようにも聴こえますが、
その辺りは「言われてみると確かにそのように聴こえる」という空耳アワーの世界なのかもしれないです。

ピアノ協奏曲は、茶目っ気に溢れた才気煥発な作品といえそうですけど、対照的に左手のためのピアノ協奏曲は
オーケストラの編成はフル編成のかなり大規模な編成となっていますけど、そこから醸し出される音楽は、
聴きかたによってはかなり陰気くさい雰囲気でもあり、ラヴェルの性格の悪さを暗示しているのかもしれないです。
この左手のための協奏曲や舞踏詩「ラ・ヴァルス」の世紀末的な暗さ・厭世観は、むしろマーラーの後期交響曲の世界に
近いと言えるのかもしれないです。
ラヴェルと言うと一般的には、洗練の極み・フランス音楽のエスプリを集大成したものとか優雅とかエレガントというイメージを
持たれがちなのかもしれないですけど、悪意を持って解釈して左手のためのピアノ協奏曲やラ・ヴァルスを演奏すると
意外と根暗で重たい曲にもなってしまうのが大変面白い感じはあったりもします。
(インパル指揮の演奏を聴くとあまりにも重すぎて、ラヴェルの暗さはマーラーやショスタコーヴィッチに繋がるものがある
のかもしれない・・という事を感じさせてくれたりもします)

「左手のためのピアノ協奏曲」は、前述の通り陰鬱な雰囲気もあるのですけど、ジャズ的なリズムの面白さも感じますし、
打楽器の扱いもかなり自由なものを感じたりもします。
「ボレロ」はラヴェルの代表作の一つなのですけど、ボレロもよく聴いてみると、延々と同じリズムが楽器を変えつつ
繰り返され反復されていくのですけど、最後の最後で調性を変化させ、それまで続いてきた同一のメロディーラインを
変化させ、それまで保っていた形式美を自ら手によって崩壊させているような悪趣味を感じたりもします。
あくまて個人的な感想なのですが、舞踏詩「ラ・ヴァルス」の世界でも左手のためのピアノ協奏曲においても
最後の最後でそれまでキープしてきた形式美を自らの手でぶち壊し、奏者全員と聴衆を一人残らず奈落の底に突き落とす
ようなイメージすらあるように感じられます。
ラ・ヴァルスは一見華やかにも感じる反面、相当程度の根暗的要素も感じられます。
ボレロ同様に最後の最後で転落するように終わる感覚は、この世の「明」を全て剥がし取って地獄に
真っ逆さまに落ちていくという感覚に近いものがあるのですが、
実は左手のためのピアノ協奏曲もそれに近いような感覚があるように感じたりもします。
冒頭のドロドロした感じは、ラ・ヴァルスの出だしの感覚にも何となく似ているようにも感じるのですけど、
あのドロドロとした箇所はコントラファゴットのソロによって奏でられています。
コントラファゴットはかなりの重低音楽器で野太い音が特徴でもあるのですけど、曲によってはのんびりと惚けたような感じにも
なるのですけど、ラヴェルの左手のための協奏曲は、コントラファゴットを使用する事で、陰気さ・奇妙さ・違和感みたいなものを
大変巧みに演出しているようにも感じられます。
ちなみにこの協奏曲はこのジャンルとしては大変珍しい事に単一楽章構成です。
冒頭の重たい感じ→ジャズ風の軽い感じ→ピアノの自由自在なカデンツァ→ゆったりとした雰囲気→ピアノカデンツァ
→ラストの形式美の崩壊によるエンディングという感じで展開していきます。

この曲を最初に聴いたのは、上野の東京文化会館での東京交響楽団の定期演奏会だったと思います。
指揮者は記憶にないのですが、ソリストは花房晴美さんでした。
CDで聴くと、とても左腕一本で弾いているようには思えなかったのですが、本当に左手一本で奏でていましたので、
驚いたものです。花房さんの右手は終始椅子を握っているようにも見えました。
この曲はソリストによっても表現方法は色々あるみたいで、小山実稚恵さんが弾くと、割とカラっとしている明るい色彩に
聴こえますけど、館野泉さんが弾くとどす暗いものになってしまうように聴こえたりもします。

左手のためのピアノ協奏曲は第一次世界大戦で右手を失ったピアニストがラヴェルに委嘱して作られた作品なのですが、
委嘱者本人は、「私には一つの音符も理解できません」と演奏拒否をしているのは、ラヴェルに対して大変失礼な話であり、
曲の内容があまりにも難しすぎて自信がなかったせいなのかもしれないです。
同じような「左手のためのピアノ協奏曲」の作曲者として他にもプロコフィエフ・ブリテン・シュトラウスがいますけど、
こちらは全然知名度はないです・・

実は、この左手のためのピアノ協奏曲を吹奏楽用にアレンジして全日本吹奏楽コンクールの
全国大会に出場したチーム(川越奏和)もあったりします。
さすがにこれは少々無理があり、聴いていて少々「痛い」感じもしました。
そう言えば以前、ガーシュインの「ラプソディー・イン・ブルー」を吹奏楽にアレンジしたNTT中国は、
ピアノが全然目立たないし、ピアノを特段ソロとしても使用していないので違和感は感じたものです。

2005年の全国大会・高校の部において、埼玉栄高校が「ショパン・エチュード」を自由曲に選び、
伊奈学園総合高校がラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」を自由曲に選び、当時埼玉県代表チームによる
ピアノ対決と一部で話題になっていましたけど、両校ともにピアノという楽器をソロ的にも打楽器的にもスパイス的にも
使用していない感じがあり、私的には「なんのためにピアノをメインとしている曲を自由曲にしたのかな・・?」と
感じたものでした。
ピアノ協奏曲みたいなジャンルは、当たり前の話ですけど、吹奏楽アレンジ版という変化球で楽しむよりは、
オーケストラによる原曲をそのまま楽しむ事の方が断然宜しいのかもしれないです。
ただラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」の最大の聴かせどころである第18変奏曲の部分は、吹奏楽の
tuttiの響きで聴いてもジーーン・・となってしまいのですよね~


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さてさて、話はまたまた「ららマジ」になるのですけど、ららマジの30人の器楽部においては、
コントラファゴット担当のJKさんもいたりもします。
吹奏楽コンクールにおいては、コントラファゴットを使用するチームは珍しい方だと思いますし、コントラファゴットの価格は
一台最低でも100万程度はするとてつもなく高価な楽器であったりもします。
どちらかというとファゴット奏者が掛け持ちで吹く事が多いと思われますけど、ららマジの世界では七瀬沙希が単独で
担当しています。
そしてららマジの器楽部では七瀬沙希以外にもファゴットを専任で吹く奏者も存在しています。

七瀬沙希はアイドル級のスタイルとルックス、男子顔負けの怪力を併せ持つJKさんなのですけど、
バトル時においてはコントラファゴット型の大剣を豪快に振り回して戦うスタイルを取っています。

木管楽器において、コントラファゴットはコントラバスクラ以上に重たい楽器で、コンサート会場の客席からコントラファゴットを
見ると、なんだかとてつもなくデカそうなものを抱えているという印象があります。
七瀬沙希が怪力設定であるというのも、コントラファゴットの属性ゆえなのかもしれないです。


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上記で語らさせて頂きましたラヴェルの左手のためのピアノ協奏曲のドロドロっとした音色は実は、コントラファゴットによって
奏でられた響きなのですけど、コントラファゴットという楽器はファゴット同様、
上下に組み合わされた2枚のリードによって音を出すダブルリードの管楽器です。

コントラファゴットは、ファゴットの倍の管長を持ち、1オクターブ低い音を出し、
一般的にオーケストラ、吹奏楽で使用される木管楽器の中で最も低い音が出すことができ、
最低音を補強させる木管楽器でもあったりします。
ファゴットの中にコントラファゴットを補強しますと、木管低音の音が更に充実して豊かな響きになると感じられます。
それにしてもコントラファゴットの重低音は最初の印象は「なんだかモゴモゴいっている・・」みたいな感じもあり、
不気味さ・ミステリアスさも感じられ、そうした音色はラヴェルの左手のためのピアノ協奏曲の冒頭の少し悪趣味的な響きには
うってつけなのかもしれないです。

コントラファゴットの管長は6メートル近くに及ぶため4回管を折り曲げて製作されています。
楽器本体の重さは6㎏程度あり大変重いため、ストラップではなくエンドピンで楽器を支えることが多く、
吹奏楽コンクールでこの楽器が使用される場合は、奏者は特注のイスを使用する事も多々あるようです。

リードはファゴットのリードより一回り大きなものを使用し、形状はファゴットのリードとほぼ同じなものの振動面が広い特質が
あります。

クラシック音楽作品でコントラファゴットが使用される事例として、上記でレビューいたしましたラヴェルの
左手のためのピアノ協奏曲の冒頭のソロを担当し、その導入部においてはあの少し不気味だけどどことなくとぼけた雰囲気は
とてもいい味を出していると思います。
ラヴェルと言うと、組曲「マ・メール・ロワ」の中の「美女と野獣の対話」 においては、
クラリネットで表現する美女に対して、野獣を表現する楽器が実はコントラファゴットであったりもします。
今度当ブログでデュカスの魔法使いの弟子を取り上げさせて頂き、この中でファゴットとグロッケンシュピールの効果的使用
について触れますけど、、コントラファゴットもファゴットを補強する楽器として使用され、こちらもいい味を出しています。
吹奏楽コンクールにおいて定番中の定番の大人気自由曲のR.シュトラウスの楽劇「サロメ」~七つのヴェールの踊りにおいて
コントラファゴット奏者に対してはとてつもない超絶技巧を要する曲としても一部では有名です。

それ以外でクラシック音楽作品でコントラファゴットが効果的に使用されている曲の事例として、
ホルスト 組曲「惑星」より天王星においては、ファゴットと掛け合いのソロがありますし、
ストラヴィンスキー バレエ音楽「春の祭典」 においては、コントラファゴットが2本使用され、重低音の構成に大変大きな役割を
担っています。
ショスタコーヴィッチの交響曲第7番「レニングラード」の第2楽章においては、バスクラリネットとの二重奏があったりもしますし、
矢代秋雄の交響曲~第四楽章冒頭は、実はコントラファゴットによって奏でられています。
吹奏楽オリジナル作品としてはバーンズの交響曲第3番において、大変効果的に用いられています。


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七瀬沙希はアイドル級のスタイルとルックスが持ち味なのですけど、ららマジの器楽部にはアイドル級のかわいいJKさんが
ごろごろしているので、差別化を図る意味で怪力設定があるのかもしれないですね。

上記で触れたとおり、コントラファゴット自体が大変重いので、それを支えるためにはある程度の怪力も
必要なのかもしれないですね~♪
怪力の名に違わずコントラファゴットを武器としても振り回すようでもありますが、七瀬沙希の1つ上の先輩に
バリサクを凄まじいスピードで振り回す橘 アンナというお姉さまもいますので、
どっちもどっち・・という感じなのかもしれないです。

スポーツが大好きで運動神経に優れている特性もありますので、運動会等では重宝されそうですね~
街中を行進しながら演奏するマーチングバンドにおいて、スーザフォンとは低音を支える重要楽器であり、
ひときわ目立つ大きな朝顔を前方に向け力強い低音を響かせています。

スーザフォンとは、マーチングバンドにおいてチューバの代用品として、低音を支える大変重要な楽器です。
どうしてマーチングでチューバを使用しないかと言うと、理由は明白でして、
単純にチューバはあまりにも重たくて、それを抱えたまま吹きながら行進出来ないからです。


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マーチングでは行進時に演奏しやすい楽器は不可欠です。
そのような要請から工夫されて出来たのがヘリコーンという楽器です。
チューバのように腕で持たずに、肩で担ぎ、管が身体の周りに巻きついているようなタイプの楽器でした。
要「歩きながら吹ける楽器が必要だったという事です。
19世紀の軍楽隊においてはヘリコーンは既に使用されていましたけど、朝顔部分は普通のチューバのように設計されていて、
先端はそれほど広くも無く、朝顔部分は奏者のななめ左上を向いていました。

そうしたヘリコーンを元に作られた楽器が、アメリカのマーチ王と呼ばれた.スーザの名にちなんで「スーザフォン」と
呼ばれた楽器の始まりです。
スーザは自身の指揮するアメリカ海兵隊の軍楽隊で当初へリコーンを使用したものの、上記で触れた通り
ベルというか朝顔の先端部分が奏者の斜め左上方のため音が響いてこないという欠点を克服するため
「スーザフォン」をつくりあげ、朝顔の部分を従来よりもぐっと広げ、しかもその向きを自由に調節できるようにし、
しかも音が常に奏者の頭上から真正面に響くように改良し、マーチングバンドにおけるスーザフォンの価値を
決定的にしたのです。

スーザフォンは担いで歩きながら吹くものですけど、開発当時は真鍮で形成され、重さは大体12㎏前後と言われています。
現在のスーザフォンは、朝顔部分はプラスチックで形成されることが多く、それにより軽量化され
現在の重量は8~9㎏程度に抑制され、これによって奏者の負担も大分軽減されました。

マーチングやマーチングコンテストにおいてはスーザフォンは絶対に欠かす事の出来ない重要楽器の一つですけど、
吹奏楽コンクールにおいてはスーザフォンが使用される事はまずないです。
私の出身高校の貧乏県立高校でもロータリーチューバではなくて昔ながらのピストン式チューバが2台しか学校備品に
ありませんでしたけど、そのうちの1台が故障し修理に出した時の代用楽器として稀にチューバ奏者が使用していましたけど、
吹奏楽コンクールや演奏会で使用される事はなかったです。
ただマーチングのパレードの際とか高校野球の応援の際には大活躍をしていたと思います。
一度だけ吹奏楽コンクールの地区予選で、前年までは25名以内のCクラスに出場していた学校が無理してAクラスに出場して
いた際に、よほど楽器がなかったのか、チューバ3人のうち1名がスーザフォンを使用していたのが記憶に残っている程度です。


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上記で触れた通り、アメリカのマーチ王のスーザが開発・考案した金管低音楽器がスーザフォンなのですけど、
それと同様に作曲家が開発・考案した金管低音楽器が「ワーグナーチューバ」という楽器です。
ワーグナーは自作の楽劇だけを専用に演奏する劇場をバイロイトに建設し、そのこけら落しの作品として
自作の「ニーベルングの指環」四部作の作曲を急いでもいました。
その際にニーベルングの指環という北欧神話に基づく総合芸術としての楽劇が従来の歌劇とは違う事を聴衆に
印象付けるために「今までとは異なる重厚な低音の音色が欲しい」という動機で開発されたのが
ワーグナーチューバという楽器です。

バイロイト祝祭劇場の構造が管弦楽をすっぽりと舞台下に収められるスタイルになっていましたので、
そこから湧き上がるような荘厳と壮大な響きとしては「一種の混合楽器がいいのではないか」と考え、その結果考案されたのが
ホルンと同系のマウスピースを持ち、ホルンとチューバの中間とも言える形状をし、縦に長い楕円形の形状で
3つまたは5つのロータリー式バルブを備えた金管楽器ともいえるワーグナーチューバだったのでした。
見た目はチューバまたはユーフォニアムとよく似ていますけど、演奏自体はホルン奏者が掛け持ちする事が多いです。
音色はまるくて柔らかい響きのホルンと鋭く力強く響くトロンボーンの中間という感じもあり、両楽器の音色の特色を
一つの楽器で発揮しているという感じもあります。
音程が少し不安定という欠点もあり、ホルンの場合音程や音色の微調整はベル部分に入れた手や指先でなんとか
なったりもするのですけど、ワーグナーチューバはそうした事ができないので、楽器としては少し扱いにくい楽器という
感じでもありそうです。
またホルン奏者が掛け持ちして吹く事が多いため、ホルン奏者がワーグナーチューバを吹く時には
「ホルンを吹いている時とどこか感触が違う・・」と違和感を感じがちというのも考えてみれば当たり前の話といえそうです。
私自身、まれにクラリネットとバスクラを一つの曲で掛け持ちで吹いた事もありましたけど、クラリネットからバスクラに
持ち替えた時は「あれ・・なんかいつもと全然感覚が違う・・」とやはり違和感は常に感じていたものです。

ワーグナーチューバの威力と効果は楽劇「ニーベルングの指環」四部作で堪能することが出来ますが、
残念ながらこの楽器そのものはオーケストラの楽器として定着する事はありませんでした。
但し、ワーグナーを崇拝していたブルックナーは交響曲第7~9番でこのワーグナーチューバを使用していますし、
後世でも、R.シュトラウス・ストラヴィンスキー・バルトークなどが使用しています。
先日当ブログでもレビューいたしましたバルトークの「中国の不思議な役人」でも使用されていますし、
ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」~長老の行列の部分でもすさまじい威力を発揮しています。

作曲者自身の名前が「楽器」として使用される例は、スーザフォンとワーグナーチューバが代表的なものですけど、
いずれもチューバの変形と言うか、低音金管楽器と言うのが面白いところですね。


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先日のバルトークの「中国の不思議な役人」においてはトロンボーンが大活躍をするという事で
音と魔法の学園RPGの「ららマジ」の星崎梨花をレビューさせて頂きましたけど、30人の美少女たちが大活躍する
器楽部において、なぜか「ワーグナーチューバ」という知る人ぞ知るマイナー楽器を奏でる美少女も登場しています~♪

それが向井春香という高校2年のJKさんでして、のんびりした性格の先輩で「なのです。」という
まるで艦これに出てくる暁型四番艦の電という駆逐艦娘みたいな語尾で話すのがなんともとてもかわいいです~♪
かわいくて童顔でホワホワした雰囲気に反してスタイルは良く、かなり胸が大きいというギャップもすてきですね~


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この召喚カードにおける 向井春香が手にしている楽器はワーグナーチューバではなくて普通のホルンですけど、
上記で触れた通り、一般的にプロの管弦楽団の演奏会において、ワーグナーチューバが出てくるときはホルン奏者が
掛け持ちする事が多いので、向井春香がホルンを吹いているのもある意味妥当なのだと思います。

ららマジは特殊楽器が多いのですけど、まさかワーグナーチューバという超マイナー楽器が登場してくるとは
その意外性もまたすてきですね~♪
本記事の一つ後の記事がバルトークの「中国の不思議な役人」についてのものでしたので、統一する観点から
本記事においてバルトーク作曲の「二つの肖像」という管弦楽曲について少しばかり取り上げてみたいと思います。
私自身が初めて購入したドホナーニ指揮のバルトークの「中国の不思議な役人」のレコードのカップリング曲が
「二つの肖像」でもありました。
「中国の不思議な役人」の荒々しいバイタリティーさと過激さに比べると、二つの肖像は比較的おとなしい曲のようにも当初は
感じたものですけど、実はこの曲の背後にも色々なドラマはあったりしたものでした。

この曲を作曲当時バルトークは、ガイエルというヴァイオリン奏者に恋心を抱き、
その思いが一つの結晶となって表れたのがヴァイオリン協奏曲第一番なのです。
だけど結局ガイエルとの恋は残念ながら悲恋に終わり、
ヴァイオリン協奏曲第一番も献呈されたガイエルの手許にずっと保管されたまま忘れ去られ、
この協奏曲が初演されたのは、バルトークもガイエルも既に世を去った1958年です。

一方バルトークはこのヴァイオリン協奏曲第一番とは別に「二つの肖像」という管弦楽曲を世に発表し、
実は「二つの肖像」の第一曲「理想的なもの」は、ヴァイオリン協奏曲第一番第一楽章と全く同じです。
換言すると、ヴァイオリン協奏曲第一番が初演された時点では、既に第一楽章だけは
「二つの肖像」という別の形で既に発表されていた事になります。
「二つの肖像」の第一曲「理想的なもの」は、独奏ヴァイオリンが主体で
終始ソロヴァイオリンが哀しいメロディーを切実に歌い上げていきます。

「二つの肖像」の第二曲は、「醜いもの」というタイトルで、第一曲の理想的なものが10分程度の比較的長い音楽であるのとは
極めて対照的に、荒々しい疾風するようなトゲトゲしい音楽が3分程度駆け抜けていきます。
「醜いもの」は、クラリネット・フルート・オーボエの豚の絶叫みたいなブヒヒーンという雄叫びが極めて印象的です。

この第二曲「醜いもの」にも実はガイエルの影が潜んでいます。
この曲の元ネタは、実はバルトーク自身の「14のバガテル」という曲でして、
この「14のバガテル」という曲の中の第13曲「彼女は死んだ」と第14曲「彼女は踊る」という何やら意味ありげのタイトルの曲の
メロディーラインを二つの肖像のモチーフにに転用していますし、「二つの肖像」第二曲・醜いものは、
この「14のバガテル」の第14曲「彼女は踊る」をそっくりそのままオーケストレーションしたものなのです。

タイトル自体既に意味深なのですけど、「二つの肖像」という曲自体、
バルトークのガイエルに対する相反する二つの気持ちをそのまま曲にしたものなのかもしれません。
ガイエルに対する「あなたこそ私の理想の女性」という想いもある一方で、交際の過程で生じたさまざまな軋轢・心理的離反・
埋められない価値観の相違など理想と現実のギャップにバルトーク自身が大変悩み、
そうしたガイエルに対する複雑な想いが、理想的なもの・醜いものという相反するタイトルに繋がっていったのかも
しれないです。

心情的には男と女のミステリー音楽劇場みたいなものなのかもしれないです。

バルトークにはヴァイオリン協奏曲というジャンルは二曲残していますけど、内容が二曲ともやや難解というか渋すぎて
個人的にはそれほど好きではありません。
だけどピアノ協奏曲は3曲ありますけどいずれも名作揃いだと思います。
特にピアノ協奏曲第三番は、アメリカに亡命後白血病に侵され、貧困と病で瀕死の状態にあったバルトークの最晩年の曲
なのですけど、その終楽章の生きる希望と情熱に溢れた力強い感覚はとても死が間近に迫っている人の作品とは
思えないほど信じられないほど生命感に満ち溢れています。

果たしてバルトークは、死の床でガイエルの事をどのように感じていたのでしょうか・・

さてさてここから下記は、バルトークの記事という事で、舞踏組曲についても少しばかり記させて頂きたいと思います。

吹奏楽コンクールにおいて、この曲が初めて全国大会で演奏されたのは、1978年の駒澤大学、
そして次に演奏したのが80年の富山商業なのですけど
(両校ともに上埜孝先生のアレンジを使用しているため、唐突に第二曲のトロンボーングリッサンドから
開始しているのが大変面白いです)
それ以降は、この曲は20年近くもほとんど演奏される事は無かったのですけど、1990年代後半から2000年代初めにかけて
この曲はなぜか人気曲となり、多くのチームが支部大会・全国大会で演奏するようになりました。
この曲の何とも言えない泥臭さ、民族的な香りが日本人の感覚にも何かマッチするものがあったのかもしれないです。

タイトルに「舞踏」とついていますけど、特段バレエとは関係はありません。
あくまでコンサートで聴くための楽曲です。
バルトークの独特の民族的なフレーズで彩られた個性的な現代風の作品なのですけど、
親しみやすく聴いてて「難しい」という感覚は全く無いと思います。
この曲の作曲経緯は、ハンガリーの首都・ブタペストの市制50周年記念として委嘱されたもので、
この時の他の作曲家への委嘱作品としてコダーイの「ハンガリー詩編」があったりもします。

それにしてもこの曲は泥臭いと思いますし、大地の香りがプンプンと漂ってきます。

この曲は、5つの舞曲と終曲から構成され、6曲にタイトルは一切付けられていません。
組曲という表記になっていますけど、各曲は全て続けて演奏されるようになっていますので
一つの曲が終わるごとに少し間が入るという事はありませんけど、その分音楽的な密度が高いというか
一つの曲が終わって何か緊張感が途切れるという事は、この組曲に限っては皆無だと思います。

冒頭はいきなりピアノの低音のグリッサンドと少し硬い表情のファゴットソロで開始されます。
第2曲は、いきなりトロンボーンのグリッサンドで開始され聴くものを少し驚かせます。
私自身は、この曲は吹奏楽コンクールでは何度も耳にしましたけど、プロの管弦楽団の演奏会で聴いたのは一度だけです。
(確か日本フィルの定期だったような記憶があります)
その際も、この第2曲のトロンボーンのグリッサンドは大変印象に残りましたけど、
視覚的にトロンボーン奏者がああやって一生懸命スライドを上下させている光景は
あまり実例がないだけにとても印象に残っています。
(トロンボーンの派手なグリッサンドの例としては、他に、コダーイの
 組曲「ハーリ・ヤーノシュ」~Ⅳ.合戦とナポレオンの敗北がとても印象深いです)
この第2曲は、何かロシアの「コザックダンス」にちかいようなものがあるのかもしれないです。
第3曲は、とても軽快で実にいいですし、特にクラリネットのソロがとてもノリノリで楽しいですし、
全六曲の中では一番ダンスっぼい感じもします。
この第三曲の終わらせ方は、いかにも「曲が終わった」みたいな感じがしますので
うっかり聴くと、この第3曲の終わりと同時に拍手をしそうな人も出そうな雰囲気です。
第4曲は一転して静粛な感じになるのですけど、部分的におどろおどろしい雰囲気も漂わせ、不気味な感じも演出しています。
第5曲は、第四曲の不気味さに引きずられた様な感じと終曲に向けての下準備という
感じもあり、何か両曲を繋ぐ「架け橋」みたいな役割もあると思います。
そして終曲は、華麗に盛り上がり、これまでの舞曲が走馬灯のように回想されながら賑やかな祝典的な音楽を展開し、
ラストはズドンと曲が閉じられます。

バルトークの「舞踏組曲」のメロディーをモチーフにパロディー作品として作曲された曲も実はあったりします。

それが深井史郎作曲の「パロディー的四楽章」から第四楽章・ルーセルです。
(この曲は、1982年の秋田南高校の自由曲でも大変馴染み深いものがあります)

第四楽章において、タイトルは「ルーセル」となっていますが、実際にパロディーとしてのモチーフとして使用したのは、
バルトークの「舞踏組曲」です。
舞踏組曲のどの部分をパロディーにしたかは、実をいうと私にとってはいまだに分からないです・・(汗・・)
それにしても、バルトークの曲をパロったのに、タイトルがどうして「ルーセル」に転化したのでしょうか・・?
うーーん、思いっきり謎です・・
それもこの曲の一つの持ち味というか、茶目っ気なのかもしれないですね。
この第四楽章は、ルーセルの曲を何一つモチーフにしてもいないのに、タイトル名だけルーセルの名を使用し、
バルトークの「舞踏組曲」をモチーフにしたと作曲者は言っているのですが、
実はこの楽章において、真の主題は、実は日本の「さくら、さくら」という、日本人ならばほとんどの人が知っている
あのメロディーでもあったりします。
中間部の前において盛り上がる部分とか、ラスト近くでは、この「さくら、さくら」のメロディーは
かなり執拗に引用されていて、思いっきり日本のメロディーをパロディ化しています。
この曲の真意は、もしかして・・
「外国の作品の勉強をして、影響を受けても構わないけど、
最終的には、あなた達自身の故郷の日本の事も忘れては駄目ですよ・・」みたいなメッセージを
後世に作曲家の人達に伝えたかったんじゃないのかな・・?とふと思ったりもします。


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最後に思いっきり余談になりますけど、一つ後の記事のバルトーク/中国の不思議な役人のトロンボーン絡みから
2017年1月にリリースされた音と魔法の学園RPG「ららマジ」のトロンボーン奏者の星崎梨華について触れさせて頂きましたので
本記事においては、やはり「ららマジ」に登場する一年生のフルート奏者の結城菜々美をごく簡単にレビューさせて
頂きたいと思います。

バルトークの中国の不思議な役人と舞踏組曲においては、ららマジの星崎梨華の担当楽器であるトロンボーンが
大活躍をするのですけど、両曲において静かな場面とか上記で取り上げた「二つの肖像」においても
全体にスパイスを与えている楽器がフルートでもあるように感じられます。
特に中国の不思議な役人における二人のトロンボーン奏者によるソロ的掛け合いの場面の直前のだるくて誘惑的な部分での
フルートの官能的な表現や、二つの肖像のⅡ.醜いものにおける刻みの鋭さとまるで馬の雄叫びみたいな響きにおいても
フルートは大変効果的に使用されていると思います。

吹奏楽部に入部希望をしてくる皆様たちの中での人気楽器は、トランペット・トロンボーン・アルトサックスだと思いますけど、
女の子にとって一番人気のパートはフルートと言えるのかもしれないですね。

フルートの楽器の素材はサックスと同じように金属系なのですけど扱いは木管楽器です。

フルートのイメージは優雅で華麗であり、全体合奏の中では目立たない方なのかもしれないですけど、随所においしいソロが
用意されている事も多々あり、音程が安定している事もありますし、万一ミストーンをしても元々の音量が弱いという事もあり、
あまり目立つことも無く、指揮者からはどちらかというと優等生扱いされる事が多いのかもしれないです。

フルートパートは現在の高校A部門の55名編成という制約においては、3人一組でパートを構成される事が多いと思いますが、
そのうち一人はピッコロという超音域楽器との持ち替えというパターンが多いと思います。


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フルート奏者の結城菜々美は「ど根性で乗り切るぞ!期待の新人!」というのが売りのふわふわ熱血少女です~♪

明るく素直で、誰とでも仲良くなれるタイプで、根性さえあれば何でもできると考えている熱血系根性論者でもあり、
ときに無鉄砲な行動に出ることも多々あります。
音楽家の両親の影響で物心つく前からフルートに触れており、幼少期から数々のコンサートで最優秀賞を総なめ状態で
周囲から神童と呼ばれていましたけど、とある出来事により挫折してしまう過去の傷もあったりします。

根性論者、肉好き、運動神経抜群という側面と見た目のふわふわ~っとしたかわいらしさのギャップが
結城菜々美の際だの魅力なのかもしれないです。
灰色のニーハイを常に着用していて、ららマジの中ではすてきな絶対領域の持ち主であるのも大変素晴らしいですね~♪
私自身、独身の頃にまだ自由に使えるお金があった頃は(汗・・)
吹奏楽コンクール・プロの交響楽団の生の演奏会やバレエやオペレッタの上演は結構行ったものですし、
バレエもオーチャードホールや神奈川県民会館など一時期よく観に行ったことがあります。
(私が学生時代は、バレエの上演というと五反田の郵貯の簡易保険ホールでの公演が多かった印象はありますね・・)
だけどバレエ自体は結構チケットが高くて、
「行きたいのだけど、上演できる場所が限られちゃうし、チケット代が高いからちょっとね・・・」という感じになってしまいますけど
出来れば死ぬまでに一度は見ておきたいバレエと言うと

○ストラヴィンスキー/火の鳥

○バルトーク/無言劇「中国の不思議な役人」

○ラヴェル/ダフニスとクロエ

○プロコフィエフ/ロメオとジュリエット

○   同    /シンデレラ

などかありますけど、
死ぬまでに一度ぐらいは一番見てみたいバレエというとファリャの「三角帽子」を挙げたいと思います。

この「三角帽子」というと日本のプロの管弦楽団の演奏会の演奏曲目としてはほぼ定着化されていますし、
CDの録音枚数も相当なものがありますし、
吹奏楽コンクールの自由曲でも「粉屋の踊り・終幕の踊り」の組合せで
現在でも頻繁に演奏される大変な人気曲だと思います。
(大変古い話ですけど、1975年の山王中学校と1977年の島田第二中学校の三角帽子は大変躍動感のある素敵な名演でした!
最近では2016年の習志野高校と伊奈学園総合高校の演奏も素晴らしかったですね~!)

私自身も、中学2年の吹奏楽コンクールで、5月頃に顧問の指揮者の先生から
今年のコンクールの自由曲は、ドビュッシーの「三つの夜想曲」~Ⅱ.祭りか
ファリャのバレエ音楽「三角帽子」~粉屋の踊り・終幕の踊りのいずれかだと言われ、両曲の吹奏楽アレンジ版楽譜で
練習した事はあります。
正直ドビュッシーの曲は、当時はほとんどビンと来るものは無く「これのどこが祭りなの・・??」という感じでしたけど、
ファリャの曲は、明るく健康的な躍動感たっぷりの曲でしたから、吹いていて気持ちは良かったです。
技術的には三角帽子の方が全然難しいのですし、あの独特な躍動感と高揚感があるリズムの構築は極めて難しかったと
記憶していますし、あのバレエのリズムはラテンのノリが濃厚という事で、日本人にはちょっと難しいものが
あるのかもしれないです。
結果的にこの年の自由曲は、ドビュッシーでもなくファリャでもなく
あまりにも陰気で憂鬱なマクベスの吹奏楽オリジナル曲「カディッシュ~ユダヤ人の死者のための葬送音楽」
という曲で、この曲を聴くと今でも「生きているのが嫌!」と感じるぐらいとてつもなく厭世的で陰鬱な哀しい曲であり、
ファリアの「三角帽子」のあのあまりにも明るく健康的な眩しい世界観とはまるで対照的なものだったと思います。

ファリャは「三角帽子」に着手する前、既にバレエ音楽「恋は魔術師」でその名声と評価を決定的なものにしていましたけど、
「恋は魔術師」は、どちらかというと「どす黒い怨念とか焼きもちとか情念」みたいに
スペイン色は強いけど、内省的な曲という印象もあります。
反面「三角帽子」は、要は粉屋の女房に横恋慕した悪代官を街のみんなでやっつけるという日本の時代劇みたいな雰囲気も
あったりして大変楽しく明るくノリが良い曲です。
バレエ自体も上映時間が35分程度と短いですので、バレエ音楽として全曲版として聴くのもいいですし、
コンパクトに組曲版として聴くのもいいし、要はどちらを聴いてもその魅力はくまなく伝わってくると思います。

三角帽子の序奏からして大変なインパクトがあると思います。
冒頭はティンパニの乱打に続く金管セクションのメロディーの後に続いて管弦楽の団員が
「オレ! オレ! オレ!!」とまるでフラメンコのように手拍子をしながら掛け声を出しますし、
打楽器セクションは、ほぼ全員マラカスを片手にカタカタと鳴らしているし、この部分を聴いただけで「三角帽子」の世界の
魅力に引き寄せられるのは間違いないと思います。
恋は魔術師は、ソプラノ独唱が一つの売りで、ソプラノが大変効果的に使われますけど、
三角帽子は一応ソプラノは出てくるけど、それほど出番はないです。
たまにソプラノが登場してくると「華」がありますし音楽が更に生き生きとしてくると思います。
粉屋の踊りの冒頭に出てくるコールアングレのソロもいかにもスペインらしい風情がありますし、
粉屋の逮捕の場面では、なんと! ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」第一楽章の
あのジャジャジャジャーンのパロディーがホルンによって奏でられます。
最初にこの部分を聴いた時思わず耳を疑いましたし、
「何なんだ、今のは・・・」と思ったものの、心の中ではくすっ・・となる想いはありました。
ラストの終幕の踊りの華やかさも素晴らしいものがありますし大変な躍動感があると思います。
(この終幕の踊りの序盤に大太鼓によるズドン!というとてつもなくデカい音のソロというか叩き込みがあり、あれも何度聴いても
ゾクゾクさせられるものがあります)

この「三角帽子」なのですけど、あらすじを簡単に書いておきますと・・
(ちなみに「三角帽子」とは代官が被っているもので、要は権力の象徴です)

アンダルシアのある町で、見た目が悪いが働き者の粉屋と旦那と美人の女房が住んでいました。
ある日、スケベな悪代官がこの女房に目をつけお忍びで粉屋の店舗を訪れ、
女房は粉屋の旦那を物陰に隠し、代官に官能的な踊り「ファンダンゴ」の踊りを披露します。
代官は女房に言い寄りますけど、からかわれた末に失神させられます。
その後出てきた粉屋の旦那が代官を殴り、代官は一旦はスゴスゴと引き揚げます。

その日の夜、近所の人々が祭の踊りを踊っていて、粉屋の旦那も一緒に踊り出します。
激しい踊りが続く中、悪代官の陰謀により、粉屋の旦那は無実の罪で2人の警官に逮捕されてしまいます。
代官は女房を奪い取ろうと夜這いを掛けて忍び込みますけど、
気が急いでいる代官は水車小屋の前の川に落ち、粉屋の女房に助けられるものの、結局逃げられてしまいます。
悪代官は濡れた服を脱ぎ粉屋の旦那のベッドに潜り込みます。
そこに警察から逃げ出してきた粉屋の旦那が戻ってきますけど、悪代官の服を見て自分の服と代官の服を交換し、
悪代官の女房のところに向かい、悪代官のこれまでの悪事の数々を暴露してしまいます。
悪代官は粉屋の旦那の衣服を着て外に出たものの、その恰好ですと指名手配中という事で警官にすぐに見つかり、
その警官と近所の人に袋叩きに遭い逃げていき、悪代官の家に戻ると悪代官の女房よりお仕置きが待っていて
悪代官は結局総スカンを食らってしまいます。
近所の人たちは、平和を取り戻した粉屋の夫婦を中心に、一晩中踊って一件落着というハッピーエンディングとなっています。

一言でいうと、勧善懲悪、悪は滅びるみたいな世界観といえそうです。

プリキュア的には悪代官というと、2代目プリキュアのSSで登場してきたアクダイカーンを思い出してしまいますね・・

ファリアのバレエ音楽からもそうした健康的な明るさが全面に溢れ出ていると感じられます。





バレエ「三角帽子」の初演は世界的な名指揮者、アンセルメなのですけど、
私自身、この「三角帽子」の数あるCDの中でも一番大好きなのはやはりこのアンセルメ指揮/スイス・ロマンド管弦楽団です。
確かに音源は古いけど、その冷静さと情熱がミックスされた名演を超える演奏はいまだに出てこないと思っています。

このバレエ音楽「三角帽子」の初演は1919年ですけど、
この初演を担当したスタッフがあまりにも絢爛豪華とすごいと思います!

美術担当&舞台装置&衣装⇒ピカソ

指揮⇒アンセルメ

バレエの振り付け⇒マシーン

そもそもの依頼者とアドバイザー⇒ディアギレフ

すごい、このメンバー凄すぎる・・!! 当時の音楽・美術のオールスター夢の競演という感じすらしますね!

ちなみにこの曲は当初は「バレエ」ではなくて「パントマイム」として着想された時期もあり
パントマイムとしての初演は「幻想舞曲集」の作曲者のトゥリーナの指揮によって初演が果たされています。

この「三角帽子」ですけど、これをベースにしたというか、日本の江戸時代の「悪代官風」にアレンジした戯曲が
「夕鶴」でお馴染みの木下順二の「赤い陣羽織」とのことです。

上記でちらっと触れていますけど、ファリアのバレエ音楽「三角帽子」は吹奏楽コンクールの自由曲としても
1970年代から現在に至るまで定番の曲の一つでもありまして、
令和元年の全国大会でもブリジストン久留米が自由曲として演奏されています。
最近の演奏の中では、伊奈学園総合高校と習志野高校の明るく洗練されたサウンドが大変印象的です。
この曲は以前は、粉屋の踊りと終幕の踊りの組合せまたは終幕の踊りのみという感じでしたけど、
1993年の辰口中学校が後藤洋さんの斬新なアレンジで、序奏の例のあの掛け声や手拍子を取りいれた演奏も当時
大きな話題になっていましたし、この辰口中学校の名演以降は、序奏~午後~終幕の踊りという組合せも増えてきている
印象もあります。

吹奏楽コンクールでの演出と言うと冒頭の掛け声と手拍子の他には、終幕の踊りのラストの和音の前に、
打楽器のみのロールを強調する演奏も幾つかありましたし、
(1985年の玉川学園は打楽器奏者が全員小太鼓でロールしていましたし、86年の葛飾吹奏楽団は打楽器奏者が全員
カスタネットを鳴らしていました!)
これはとある定期演奏会でみた演出でしたけど、終幕の踊りの冒頭近くの大太鼓のソロの箇所で、もう一台大太鼓を用意し、
その大太鼓の皮は実は紙製で、二台のうち一台でドスンと響かせ、もう一台はそのまま紙の皮が破れるという
大変派手でユニークな演出をした演奏も大変印象的です。

吹奏楽コンクールにおいて「どうしてこのチームが三角帽子を演奏するの・・!?」と驚いたのは1990年の花輪高校だと
思います。
花輪高校というとロシアマイナーシンフォニーとかドロドロした邦人作品という印象が強い中、花輪がまさかファリアの
三角帽子というメジャーな曲を自由曲で選ぶ事自体が当時は驚きでした。
花輪高校はこの年は東北大会ダメ金で全国に進めませんでしたけど、後日この演奏を聴いた時は、
課題曲のカタロニアの栄光のテンポとリズムをいじりまくった解釈と三角帽子のドロドロとしたちょっと重たくて怨念が
籠ったような演奏を聴くと「さすがにこれだと全国大会代表は厳しいかも・・」と感じたものではありました。

そして三角帽子の吹奏楽コンクールというと忘れてはいけないのは、1977年の島田第二中学校もそうですけど、
山王中学校だと思います。
山王中は1970年代の木内博先生時代にこの三角帽子をとてつもなく煌めきある躍動感溢れる演奏をされて、
金賞の評価を受けていますけど
(木内博先生の指揮と言うと、幻想交響曲・スペイン奇想曲・スペイン狂詩曲の演奏も素晴らしいです!)
実は平成の時代に入って、木内先生の御子息の木内恒先生の指揮で、三角帽子やスペイン狂詩曲等、お父様の博先生と
同じ自由曲でもって全国大会に出場され、三角帽子で親子二代に渡る同一自由曲での金賞受賞という大変な快挙を
成し遂げられていたのは大変印象的でした!

山王中というと羽川誠先生時代や細谷直先生時代の演奏も大変素晴らしいものがありますけど、こうやって親子二代に
渡って偉大なる伝統が受け継がれていく姿は大変尊いものがあると思います!
昨日のセカンド記事がショスタコーヴィッチの交響曲第7番「レニングラード」で、8/8の当ブログでは、
同じくショスタコーヴィッチの交響曲第9番にも触れさせて頂きましたので、ここは10番にも触れない訳には
いかないのかもしれないです。

ショスタコーヴィッチの交響曲第10番は、正直長いし陰気だし重たいし、決して人をハッピーにさせる曲では間違っても
無いと思いますし、とにかく閉塞感が漂う曲です。

私はこのD.ショスタコーヴィッチ/交響曲第10番は昔から意外と大好きであったりもします。
ショスタコーヴィッチの交響曲はあのあまりにも有名な第5番すらも録音も演奏もしていないカラヤンは、なぜかこの10番のみ
ショスタコーヴィッチの交響曲としては唯一音源を残していますけど、カラヤン指揮の演奏よりは、
私としてはスヴェトラーノフ指揮の演奏が大好きで、この音源はいまだにレコード盤として所有していたりもします。

ショスタコーヴィッチは、第二次世界大戦終結後に作曲された交響曲第9番が、世間の空気や
当時のソ連の指導者スターリンが求めた「第二次世界大変に勝利した歓喜の交響曲を作るべき」という期待を見事に
裏切り、比較的軽いノリのシンフォニーを作ったために、スターリンやソ連の音楽官僚達の逆鱗に触れてしまい、
結果的にジダーノフ批判という大バッシングを受けてしまいます。
私自身は、この交響曲第9番は、大好きな曲です。全体を通して、おもちゃ箱をひっくり返した
ような聴き所満載の曲です。特にファゴットの悲壮なソロから一転して、「なーーんちゃって」
とアッカンベーするような第五楽章への転換部分は本当に面白くてたまらないです。
その結果なのかどうかは分かりませんが、ショスタコーヴィッチ自身は、1953年にスターリンが死亡するまで
約8年間、交響曲作曲の筆を一時断筆し、スターリンが死亡したと同時に、この謎めいた交響曲第10番を
発表するのです。
スターリン逝去の発表前にはインタビューで「次の私の仕事は歌曲である」と明言していたにも関わらず、
スターリン逝去の方と同時に短期間で一気にこの長ったらしい交響曲を完成させたことに対しては、当時から色々と
憶測は飛んでいたものですし、ショスタコーヴィッチの長年のスターリンに対する恨みつらみが、一気に爆発したと
言えるのかもしれないです。
(ちなみに、スターリンが亡くなった日と全く同日にプロコフィエフも逝去しています。これは結構すごい偶然かもしれないです)

D.ショスタコーヴィッチ/交響曲第10番は明らかにバランスが悪いです。

重苦しくて陰鬱な第一楽章が長過ぎるからそう感じるのかもしれません。
各楽章の時間的構成として、第一楽章約23分 第二楽章5分 第三楽章18分 第四楽章10分となっていて、
第一楽章と第二楽章の時間的配分のアンバランスさは初演当時から何かと批判はされていたようです。
第一楽章だけを聴いてしまうと、とにかく何の救いも見えてこないし、生きている事自体が本当に嫌になってしまいそうな
重苦しい楽章です。
そして、第一楽章とは対照的に明らかに短すぎる第二楽章が極めて印象的です。
作曲者自身の言葉では、この第二楽章は「スターリンの肖像」と記されていますが、
暴力的で粗暴な曲の雰囲気は、確かにそうなのかもしれません。
そして、第三楽章は、一番謎めいていますし、何となく脱力めいた部分もあります。
曲が盛り上がってくると、ホルンのファンファーレみたいなメロディーの断片がそれを遮るという感じがします。
専門的な話になってしまうのでここではあまり深く掘り下げませんが、
そのメロディーラインの遮りこそが、実は「DSCH音型」という大変やっかいなものなのです。
ショスタコーヴィッチ自身のドイツ式の綴りのイニシャルから取った「DSCH音型」という四つの音型パターンが
この交響曲の至る所で登場し「DSCH音型」が登場しない第二楽章は、スターリンの独断場を示唆し、
その音型が頻繁に登場してくる第三・第四楽章においては、
「スターリンが死んでやっと自分は解放された・・これからは・・・スターリンの目を気にする事なく
自分が作りたい曲を作曲したいし、もう誰にも文句は言わせない。
自分が作曲したい音楽を誰からも指示されずに自由に作曲したい」といったメッセージを提示しているようにも感じられます。
第三楽章の中で、かなり乱暴で粗野な強奏の部分が登場し、「とてつもなく盛り上がってきた」と聴衆に思わせておいて
次の瞬間に前述のDSCH音型がその流れを断ち切り、それが何度か繰り返されると
聴いている方としても「またかよ・・」みたいな妙な脱力感を感じてしまいますし、
唐突に背後の人間から膝かっくんを食らった様な感覚にすらなってしまいます。

ショスタコーヴィッチが作曲した曲の中で、最大の自分の敵=スターリンとショスタコーヴィッチ本人が自作作品の中に
登場するとは、ショスタコーヴィッチの自己顕示欲は意外と強かったのかもしれませんし、
同時に、時の権力者=スターリンが生きている間は、粛清・政治犯の収容所送りが怖いから何も言えず
ただ時の経過をひたすら待ち、そしてスターリンが死んでしまったら、これまでの鬱憤を晴らすように、
交響曲の中に、スターリンは登場させて自分自身も登場させる等とやりたい放題が出来るようになり、
当時の権力者の死によって、ようやく一つの自由を得たと言えるのかもしれないです。
自作作品に作曲者本人が登場する曲の一つとしてR.シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」がありますけど、
シュトラウスの場合は英雄という抽象的概念にたまたま自作を重ね合わせたという印象があるに対して、
ショスタコーヴィッチのDSCH音型の自作作品への乱入というのは、過剰な自意識というよりは、
「自分は決して御用作曲家ではないし、自分の内面と信念に従った作品を残したいし、時の権力者すらにも時に抵抗した
自分と言う存在は決して忘れないでほしい」というメッセージのようにも聴こえたりもします。

交響曲第10番は第四楽章が私としては一番興味深いです。

冒頭はとにかく哀しい雰囲気から開始され、オーボエの哀しさ溢れるソロの雰囲気は、クラリネット・フルート・ファゴットに
受け継がれていき、 不安・寂寥感・孤独・哀愁みたいな雰囲気が序盤は濃厚です。
クラリネットのソロ以降のアレグロの展開部では、幸福感すらも感じさせる曲の雰囲気になってしまいます。
それにしてもこの楽章のラスト10小節前辺りのティンパニのソロは格好いいと思いますし、あのソロをかっちりと決める事が
出来れば、ティンパニ奏者冥利に尽きると思います。
確かに第四楽章全体の雰囲気は明るいのですけど、交響曲第10番全体をトータルで捉えてみても
第四楽章の中盤~後半以降の明るさだけでは交響曲第10番全体の陰鬱さ・暗さを解決するものではないようにも感じます。
やはり第一楽章の重苦しさが曲全体のイメージを支配している傾向が大変強く、 そこに第三楽章の陰気さと脱力感も加わり、
第四楽章後半のアレグロだけでは、何の解決にもならないという印象は残ってしまいます。

結局、この交響曲第10番でショスタコーヴィッチは何を伝えたかったのでしょうか・・?

本来「人間の死」というものは、哀しく荘厳なものであるものなのかもしれないです。
ショスタコーヴィッチの祖国(旧、ソ連)では、時の指導者スターリンが死亡しない限り国民全体の開放感や幸福は訪れないと
いった矛盾を皮肉を込めて作曲したのかもしれません。

ショスタコーヴイッチ自身も、交響曲のジャンル一つとっても、様々な矛盾を内在しています。
例えば、交響曲第11番「1905年」とか交響曲第12番「1917年」は、
明らかに時の音楽官僚等に対するごますり・ご機嫌取りみたいな御用作曲家みたいな側面を見せながらも、12番以降以降の
交響曲第13番「バービィ・ヤール」などのように反体制家と評されても仕方がない曲も残している事を考えると、
人間と言うものは時に内在した矛盾を抱え込ん生きざるを得ないという事を示唆しているのかもしれないです。
ショスタコーヴィッチ自身もその時の心情によって自身の考えも色々と変容し、
ある時は「スターリンを満足させたり、国家を発揚させる曲を書いてみよう。自分も国家の一員として国に貢献したい」という
気持ちもあったかもしれませんし、逆に「スターリンのタコ!! パーカ!!! 少しは自分にも自由に作曲できる場を与えて欲しい。
おまえなんかくたばっちまえ!」という気持ちも大いにあったのかもしれないです。
ショスタコーヴィッチの一場面での発言のみを殊更大げさに強調し、
「だからショスタコーヴィッチは所詮はソ連の御用作曲家に過ぎない」とか
「ショスタコーヴィッチは時の権力者に迎合しながらも内面においては反骨精神や反発心を隠してはいなかった」と
決めつけるのは決して宜しくは無いと思いますし、時に権力者の手先として、時に権力者に抵抗勢力として
振り子のように右に左に不安定に動いていた・・否、顔色を見ながら動かざるを得なかったという事なのかもしれないです。
そしてショスタコーヴィッチの生涯の足かせ・重しとなっていた当時の指導者・スターリンの死によって、ショスタコーヴィッチ自身
の心の足枷が一気に取れてしまい、これまでの抑圧の反動として
「スターリンに対する私自身の心情の推移」というものを交響曲としてまとめあげたのが交響曲第10番と言えるのかも
しれないです。

この交響曲第10番は、「雪解け」という小説にも登場するそうです。
この曲をラジオで聴いた小説の主人公が、「数字だ、無限の数字だ」とつぶやくシーンがあるそうですが、
それはさすがにちょっと違うのかも・・と感じてしまいます。
日本でのこの交響曲の初演は上田仁指揮の東京交響楽団なのですけど、実は元々初演予定はN響だったそうです。
ところが本番直前になってN響の客演指揮者が交響曲第10番の演奏を拒絶し、代わりにプロコフィエフの交響曲第5番を
演奏したのですが、その演奏が理由や意図は不明ですけどカットだらけの演奏で、これは当時の聴衆・評論家からも
大ブーイングだったそうです。

この話は最近も書いているのですけど(汗)
私がショスタコーヴイッチの曲を聴いたのは、実はあのあまりにも有名な交響曲第5番「革命」ではなくて
交響曲第10番というのも、いかにも私らしい話なのかもしれないです。
しかも、それは管弦楽としてではなくて吹奏楽アレンジ版という変化球として聴いています。

それが何かと言うと、1981年の山形県で開催された全日本吹奏楽コンクール・東北大会の
高校B部門の秋田西高校の素晴らしい演奏だったのです。
わずか35人の編成とは思えない重厚感漂う演奏であり、特に後半のアレグロのスピード感溢れる展開は
小編成の限界を超越した演奏だとも思えます。
BJの演奏評では「孤独・不安・寂しさの雰囲気はうまく出せていたけど、ソロがプレッシャーのため緊張感を持続
出来なかったのは惜しい。アレグロも素晴らしかったが、もう少し重厚感が欲しい、どちらかというと祝典序曲みたいな
キャラクターの演奏になってしまった」と記されていましたけど、
うーーん、ちょっと違うのかも・・・?
私の印象では、ソロの雰囲気も寂寥感と不安を見事にキープしていたと思いますし、アレグロ以降の展開も
悲壮感と明るさが混在した洒落っ気と重さを両立した素晴らしい演奏だったと感じたものでした。
当時、秋田西高校を指導されていた佐藤滋先生は、後年に母校のあの吹奏楽の超名門・秋田南に赴任されましたけど、
高橋紘一先生という存在は大きかったみたいで、結果的に秋田西高の時のような名演を残せないまま
秋田南を静かに去られていたのは少し気の毒みたいな感じもありました。

考えてみると、この秋田西高校の演奏をきっかけに、
「ショスタコーヴィッチという作曲家はどんな背景があり、他にどんな曲を作曲したのだろう・・?」
「何か交響曲第5番がやたら有名みたいだけど、どんな曲なのかな・・」
「丁度スターリン体制化のソ連時代と生涯が被っているけど、どんな背景がこの曲にあったのかな・・」などと
ショスタコ―ヴィッチについていろいろ興味を持つようになり、
私がショスタコ―ヴィッチを聴くようになった大きなきっかけを作ってくれたようにも思えてなりません。

その意味では、この秋田西高校の演奏と指揮者の佐藤滋先生には、「感謝」の言葉しかないです
本当にありがとうございました。
佐藤滋先生が普門館で指揮された1987年の秋田南高校の風紋と交響詩「ローマの噴水」は、それまでの秋田南の
硬さ・陰鬱さを打破したそれまでにないカラーを追及した演奏のようにも感じますし、
私個人はあの演奏を生で聴いていてもあのカラッとした演奏はすてきだと思いましたし、結果的にこの年の銅賞は
かなりの激辛評価といえそうです。

ちなみにですけど、全日本吹奏楽コンクールの全国大会では2018年時点でまだ一度も自由曲として、
ショスタコーヴィッチの交響曲第10番が演奏された事はないのですけど、勿来工業・磐城高校・湯本高校等を指揮して何度も
全国大会で素晴らしい名演を残されている藤林二三夫先生は、平商業を指導されていた2016年に
D.ショスタコーヴィッチ/交響曲第10番~第四楽章を自由曲として選びながらも、残念ながら東北大会ダメ金で終わって
全国大会でこの曲をお披露目できなかったことは大変惜しい・・と感じたものでした。

最後に、改めてこのショスタコーヴィッチの交響曲第10番ですけど、恨みつらみも含めて、
副題に「スターリンと私」 みたいな感じが似合いそうな曲だと思います。
この曲は前述の通り、何度聴いても圧倒的にバランスが悪いと感じざるを得ないですね。
悲劇的な感じの第一・第三楽章、に対して第四楽章は、前半がそれまでの悲劇的雰囲気を継承し、
幾分幸福感が見えてくるのは、中盤以降のアレグロ展開のみですし、
暗い感じが圧倒的に長くて「救い」的な部分があまりにも短か過ぎますし、
第四楽章の後半のアレグロがショスタコーヴィッチの「祝典序曲」のあの健康的な明るさすらも感じてしまうのですけど
そこに至る経緯がとてつもなく唐突という印象がある事が
やはりこの交響曲自体を何か「とっつきにくいもの」にさせているのかもしれないです。
例えば、交響曲第8番・交響曲第10番・チェロ協奏曲第2番・ヴァイオリン協奏曲第1番などのような
ショスタコーヴィッチの曲の中でも重苦しい曲を聴いた後で
「祝典序曲」・ジャズ組曲とかバレエ音楽「ボルト」や、編曲作品ですけど「二人でお茶を」みたいな
軽妙な曲を聴いてしまうと、「本当に交響曲第10番を書いた方と祝典序曲を書いた人は同一人物なのか!?」と
心の底から感じてしまうものです。
人間の心の多様性や人は決して一つの感情だけで動くものではないという事を示唆していると感じられます。

ショスタコーヴィイッチのこうした明るく軽い曲と深刻で悲劇的な曲を書けてしまう「二面性」は
高校の頃には、既に何となく気が付いていました。
この事を吹奏楽部の同期で同じくクラリネットを吹いているメンバーに聞いてみると、
「それは中島みゆきも同じだよね~
あんなジメジメと陰々滅々とした曲を書いてしまう人か、オールナイトニッポンのDJではあんなに弾け飛んでしまうからね」と
いかにも中島みゆきファンらしいコメントを発していたのが、何か今でもとても印象に残っていますし、
意外とショスタコーヴィイッチの本質を突いているのかもしれないですね・・・
ショスタコーヴイッチの交響曲は、何と言っても圧倒的に交響曲第5番が有名ですし、
この交響曲第5番の人気&演奏頻度&録音頻度は突出していると思います。
ショスタコーヴィッチの交響曲で五番(革命)の次に有名で演奏頻度やCD録音が多いのは交響曲第7番「レニングラード」
なのかもしれないです。
交響曲第5番はどちらかというとオーソドックな内容で、解釈によっては苦悩→歓喜という内面的側面を描いた曲とも
言えそうですけど、
交響曲第7番の方は、どちらかというと外面的効果の方が強いような印象もあったりしますし、
分かり易さとか演出効果という観点では、7番の方が際立っているような感じもあったりします。
ちなみにですけど、私自身がショスタコーヴィッチの交響曲で5・7番以外で大好きな交響曲と言うと、
演奏時間が25分と短いのですけど、まるでおもちゃ箱をひっくり返したかのような可愛らしさと楽しさと毒に
溢れている9番とか、ショスタコーヴィッチの当時のソ連を牛耳っていたスターリンに対する恨みつらみを
辛辣に表現したとも言えますし、同時に「人間の死は本来悲しいものなのに、スターリンという人物が死なない限り
ソ連の人民に幸せはやってこない・・」という矛盾を見事に表現した交響曲第10番も素晴らしいものがあると
思っています。
それとショスタコーヴィッチがわずか19歳の時に作曲した交響曲第1番の純音楽として純粋に音楽と音の響きを
作曲者自身が自由に追求した作品も素晴らしいと感じます。

ショスタコーヴィッチが残した15の交響曲の中から一つだけ選びなさいと言われれば、
私が迷うことなく選ぶのは交響曲第7番「レニングラード」なのだと思います。

交響曲第7番「レニングラード」を少し歴史的に見てみると・・・

この交響曲は第二次世界大戦という戦時中の大変緊迫した局面で生み出された曲なのです。

第二次世界大戦中、序盤の段階で優勢に戦局を進めていたヒットラー率いるナチス軍は
ソ連への侵攻をも決定し、序盤はかなりの成果を収め、あとわずかでレニングラード陥落という所まで
ソ連軍を追い詰め、レニングラードというソ連の第二の首都と言うべき街を完全包囲してしまいます。
「レニングラード」は、ドイツにとってもソ連にとっても防衛上・経済上の大事な拠点であり、
ナチス・ドイツにとっては、「このレニングラードを占領できれば、ソ連崩壊は時間の問題」という認識であったと思われますし、
ソ連にとっても「レニングラード攻防戦は、ソ連の生命線」という事で、
両軍の歴史に残る熾烈な激戦が繰り広げられていったのでした。
そして戦闘開始早々にナチスドイツ軍は、レニングラードを包囲し、ソ連軍を追い詰めていったのでした。

ナポレオンのロシア侵攻と同様に、ナチス・ドイツ軍はロシアの冬将軍と言うべき寒気とも戦わなくてはいけなかったのです。
そして、ドイツ本国からの援軍も乏しい中で、結局はナチスドイツ軍の降伏という結果になったのでした。
そしてこのドイツ軍のレニングラード包囲失敗と降伏は、第二次世界大戦全体の転記ともなり、この後はドイツ軍は
坂道を転げ落ちるように敗北を繰り返し、無条件降伏という完全敗北という結果で第二次世界大戦はようやく終焉を
迎える事になります。

当時、ショスタコーヴイッチは、このレニングラードにて音楽院の教授をしており、
激戦のレニングラードにて、そしてナチスドイツ軍によるレニングラード完全包囲の中で、
交響曲第7番「レニングラード」を作曲していたという事になるのです。
ちなみに、それは本当に歴史的事実でして、ショスタコーヴイッチ自身、戦火の際に消防士の格好をして
この第二の首都を防衛している写真も残されています。

交響曲第7番「レニングラード」のある意味異様とも思える高揚感というのは、
作曲者本人が直接、戦争に関わっていたからという事に他ならないと思います。
こういう緊張感の漂う異常な迫力のある音楽というのは、恐らくは戦火の最中で無いと書けないような気もします。
同じようなケースとして、
ハチャトゥーリアン/交響曲第2番「鐘」とかプロコフィエフの交響曲第5番にも言えるのかもしれないです。
こうした曲は「戦争」という一種の極限状態でないと書けないような雰囲気は間違いなくあると思います。

それにしてもこの交響曲第7番「レニングラード」の演奏時間はとてつもなく長いです。

全四楽章構成ですけど、演奏時間は軽く75分を超えます。
第一楽章だけで27分程度を要します。
この交響曲を私自身が生の演奏会で聴いたのは平成に入って以降でして確か1990年の
東京文化会館で開催された都響の定期演奏会だったと思います。
(指揮は井上道義でした)

この交響曲を生で聴いてみると、CDでは分からないような事も色々と分かり大変面白かったです。
実は第二楽章以外の全ての楽章で、バンダ(別働隊)が加わるという事も生の演奏会を聴いて初めてわかりました。
このバンダは、特に第四楽章で効果的に使用されていたと思います。
また、CDで聴く限りでは、この交響曲で使用される「小太鼓」(スネアドラム)は一台だと思っていたら、
なんと3台も使用していたのですね!
原曲のスコア上の指定は小太鼓は2台ですけど、その後何回かこの交響曲の生演奏会を
訊いた感じでは、2人の場合もありましたし、3人の場合もありました。

交響曲第7番「レニングラード」の最大の特徴というか聴きどころは何と言っても第一楽章だと思います。

冒頭は、幾分快活に始まっていくのですけどすぐに悲痛な感じが随所に表れてきます。
何となくイメージとしては、「祖国のために戦ってこよう!」と勇ましく戦場に出かけた兵士が、戦争という実際に
流血と死が向かい合わせの場所と直面し、
「本当にこれでよかったのか・・・、自分の選択は間違っていなかったのか?」などと思い悩むようにも感じられます。
それはベトナム戦争を背景にした映画「プラトーン」の主人公と同じような感覚なのかもしれないです。
曲が開始され、6分が経過した辺りから、突如、小太鼓が一定のリズムを延々と叩き始め、その小太鼓のリズムに乗っかる形で
様々な楽器がメロディーを担当し第一楽章を展開していきます。

第一楽章は、ある意味において、ラヴェルの「ボレロ」を参考にしているようにも感じられます。
小太鼓が終始一定のリズムを叩く中で、オーボエ・ファゴット・フルート・クラリネット等の管楽器のソロを
交えながら徐々に高潮していくスタイルを取っていて、
ボレロをパクったというよりはボレロのコロンブスの卵的なアィディアを新しい感覚で応用したとも言えるのだと思います。
オーボエとファゴットの掛け合いの部分が私的には大変気に入っています。
ボレロの場合、優雅に静かにゆったりと徐々に徐々に盛り上がっていくのですけど、
レニングラードの場合、かなり早い段階から金管セクションが咆哮し、小太鼓もいつの間にか2台目、3台目と加わっていき、
テンポもどんどんヒートアップしていき、最後は破綻するかのように全音で爆発していき、ボレロの部分は終焉を迎えます。
ラストは、小太鼓のボレロのような繰り返しのリズムが弱奏で刻まれる中、
ミュートを付けたトランペットの幾分寂しそうな感じというのか、
「まだまだ戦争は続いている」といった暗示のような感じで静かに閉じられるというのが
ショスタコーヴィッチとしてのリアルティー表現と言えるのかもしれないですね。
ラヴェルのボレロは、最後の最後で、それまで保っていた形式美を崩壊させるといったラヴェルの悪趣味を感じさせてくれます。
ショスタコーヴィッチの場合はそうした悪趣味というよりは、戦時中でないと書けないみたいなリアルティーの方が強いと
感じられます。

小太鼓がある一定のリズムを刻み、これに管楽器・弦楽器が絡んでいき盛り上がっていくというボレロの手法を用いた曲として、
交響曲第7番「レニングラード」~第一楽章以外の楽曲にも吹奏楽オリジナル作品や管弦楽曲でも珠に見られる事もあります。
少しばかり一例を挙げてみると・・

〇橋本國彦/交響曲第1番第二楽章

〇アーノルド/組曲「第六の幸福をもたらす宿」~Ⅲ.ハッピーエンディング

〇兼田敏/ シンフォニックバンドのための交響的音頭

〇ヨハン・デ・メイ / 交響曲第1番「指輪物語」~Ⅴ.ホビットたち

などか挙げられるのかもしれないです。

この交響曲は第一楽章だけで既にお腹一杯・・という感じもあったりします。

第二楽章と第三楽章は、比較的静かな感じの音楽です。
第二楽章のもの哀しいオーボエのソロが印象的なのですけど、
唐突に小太鼓やら金管セクションが乱入し、突如曲は激しく高揚します。
瞬間的に「平和」が来たけどまだまだ戦火は続いているといった現実の空気の重さを反映しているようにも聴こえます。
第三楽章は、とにかく清らかで美しいと思います。
「この美しい国土を穢す事は許されない」といった悲壮感も漲っていると思います。
そして第三楽章から休みを挟むことなく第四楽章に繋がっていき、
最後は、高らかに讃歌が歌い上げられていき感動的に曲は閉じられていきます。

だけど、この交響曲は、決して勝利を祝う曲ではないなと感じます。

勿論、ドイツ軍によるレニングラード包囲網を撃破したという事実はあるにせよ、
戦争はまだまだ続いているという感じが漂いますし、第一楽章もそうなのですけど、第四楽章を聴いてしまうと、
何となくですけど、「助けて! 、この閉塞的な状況から自分達を開放して!!」といったようなSOSのサインというのか
内面の叫びのようなものを感じ取ってしまいます。

「ショスタコーヴイッチの証言」と言う口述形式の自伝を読んでみると、
「このレニングラード交響曲とは、スターリンが破壊し、ヒットラーがとどめの一撃を加えたレニングラードの悲劇」と
言っていますけど、それとはまた違うような感じがあったりもします。
(あの「証言」という本自体、偽作・創作という評価しいまだに拭い去られていません)

どうして人間と言うものは、いつまでたってもこんな愚かな行為を繰り返しているのだ・・
少しは過去の歴史から学習しなさいといった教訓的メッセージも感じとりますし、
確かにこの戦争には勝利を収めたものの、それがいったいどうしたというのだ・・この戦争で失ったものはあまりにも大きい・・
そうした心の空虚感をどうすればよいのだ・・という内面の叫びというのか、
当時のソ連の国民の心の本音を交響曲に託したと言えるのかもしれないです。
スターリン時代のソ連には「戦争に勝つには勝ったけど、その代償はあまりにも大きいし心に埋める事が出来ない喪失感を
もたらしてしまった・・」という国民の本音は口する事が出来なかったし、それをうっかりポロッ・・といった事が
密告によってばれてしまうと強制収容所送りになってしまう危険性もあったとは思うのですけど、
そうしたソ連全体に流れていた閉塞感を、交響曲第7番「レニングラード」はまだ戦時中の作品なのですけど、
もしかしたらそうした戦後の閉塞感を既に予感してショスタコーヴィッチは作曲の筆を勧めていたのかもしれないです。
第一楽章のボレロの部分の迫力と第四楽章の圧倒的讃歌による大音響とか外面的効果を追求した作品という評価が
言われがちでもあるのですけど、実際はむしろ内省的な交響曲と言った方が宜しいのかもしれないです。

この交響曲第7番「レニングラード」を通してショスタコーヴィッチが後世に伝えたかったこととしては、
「侵略してきたヒットラーも悪いのだけど、スターリンだって、レニングラード攻防戦等全体の指導力とカリスマ的采配は
一定の評価をすべきなのかもしけないけど、この戦争開始以前にスターリンがソ連国内で行ってきた粛清の
悲惨さはあまりにも凄惨過ぎて言葉すらも出てこない。
戦争が起こった事で、スターリンの怒りの矛先がヒットラー=ドイツ軍に向けられ、国内の粛清は
収縮の傾向があり、その意味においては皮肉の話だが、戦争がソ連国内においてはある意味救いみたいな
側面もあったのかもしれない。
その意味において、ヒットラーも犯罪者だがスターリンだって決して英雄ではないし、むしろヒットラーと大して変わりが
ない犯罪者なのだ!」という事を言いたかったのかもしれないです。

音楽之友社から出版されている「名曲解説全集」において、このレニングラードの解説を担当されていた戸田邦雄氏は、
「外面的音楽効果に頼り切っていて大音響の表面的効果にばかり依存している」みたいな事を
書かれていたと思うのですけど、
私としては「それは違うでしょ・・」と感じざるを得ないです。
この交響曲は、決して大音響・ボレロ形式の借用・バンダといった表面的効果だけを意図した曲ではないと思います。
上記でグタグタと書いた通り、
内省的な側面とか作曲者の意図・裏読みが窺えしれる曲であり、決して単純明快でわかりやすい祝典的な
戦勝気分の曲では無いという事なのだと思います。

この曲をCDで聴く場合、
前述のSOSサインみたいな感覚を求めたいのならば、ゲルギエフ指揮が合っていると思いますし、
勧善懲悪の如く「ヒットラー軍を撃破した!」みたいな感覚を求めたいのならば
バーンスタイン指揮やネーメ・ヤルヴィ指揮をお勧めしたいと思います。
日本組曲と題する作品は、伊福部昭の楽曲や貴志康一の組曲、はたまた近衛秀麿の組曲があったりしますけど
(私自身、1997年に小松一彦指揮、サンクトペテルブルク交響楽団の日本公演で貴志康一の日本組曲を初めて聴き、
戦前作品とは到底思えない斬新さにびっくり仰天したものでしたし、最後の楽章が「戦死」というのもいかにも当時の世相を
反映したものだと感じたものでした・・)
実は組曲「惑星」でお馴染みのイギリスの作曲家で、吹奏楽経験者の皆様にとっては「吹奏楽のための第一組曲」という
まさに吹奏楽のバイブル的作品で馴染み深いG.ホルストにも「日本組曲」という作品があったりもします。

ホルストが日本組曲という曲を作曲しているという事を御存じの日本人はかなり少ないと思いますし、そうした話を展開すると
「それではホルストは実は大の日本びいきとか日本に造詣が深い作曲家なのか・・?」と誤解をされる方も多いと思われますが、
ホルスト自身は日本や日本の楽曲の事は全く知らなくて、
20世紀初めの頃に欧米で活躍した日本人舞踏家の草分け、伊藤道郎の依頼によりバレエ音楽として作曲された経緯が
あるとの事です。
但し伊藤さん自体はホルストの日本組曲をベースにしたバレエを上演した事は実は一度も無いとの事です。
もう少し詳しく書きますと、当時ロンドンコリージアム劇場で活躍していた日本人舞踏家の伊藤道郎から、
日本の旋律を使った作品を書いてほしいと頼まれて、どちらかというと渋々作曲の依頼に応じたとの事です。
ホルストが「自分は日本の事も日本の民謡等もなんにも知らないし今まで聴いた事も無い」と言っていたので。
伊藤道郎自身が日本の旋律のいくつかを口笛で吹き、それをホルストが楽譜として採譜し、そのレクチャーを元に
作曲が進められていった経緯があるそうです。

そしてこの日本組曲を語る上での意外な事実というと、ホルストの残した作品の中で最も人気と知名度が高く、
現在でもCDのリリースと演奏会での演奏実績が大変多く、20世紀最大のヒットクラシック音楽としても名声の高い
組曲「惑星」とほぼ同じ時期に作曲が進められています。
組曲「惑星」の作品番号は作品32ですけど、日本組曲は作品33です。
組曲「惑星」作品32は、1914年に火星の作曲が始まり、この年に金星と木星が完成し、翌年の1915年に
土星、天王星、海王星が作曲され、最後に水星が作曲されこの組曲は完成します。
そして日本組曲は1915年に突然作曲を始め、日本組曲を作曲している頃に一旦組曲「惑星」の作曲の筆は事実上中断され、
日本組曲が完成した後に再度惑星の作曲へと戻っているそうです。
日本組曲の第三曲の「操り人形の踊り」は、「惑星」の第3曲・水星作曲の直前に作曲された経緯があるため、
惑星の水星と日本組曲の操り人形の踊りは雰囲気と曲の性格がよく似ていると言われるのは、こうして考えてみると
「作曲時期がほぼ同じだから似ているのも当然なのかもしれないね~」と言われるのはごく当然なのかもしれないです。
そして更に細かい事を言うと、
日本組曲の操り人形の踊りは、ホルストが日本の「文楽」をモチーフに描いた曲であるとも言われているそうでして。
「惑星」の水星、の中でも使われていると言うクロスリズム法という作曲テクニックが両曲においてかなりの共通性が
見られるというのも大変興味深いものもあったりします。

ちなみに日本組曲は1916年にホルスト自身の指揮でロンドンで初演を果たしています。

この日本組曲は、6つのパートに別れている舞踏曲でもあり、組曲「惑星」の様にはっきりと曲が別れている楽章形式ではなくて
6つの部分は休む間もなく続けて演奏されるように指示されていて、演奏時間は10分程度です。

日本組曲は4つの短い舞踏と前奏曲・間奏曲の付いた6曲から構成されています。


1.前奏曲 - 漁師の歌
2.儀式の踊り
3.操り人形の踊り
4.間奏曲 - 漁師の歌
5.桜の木の下での踊り
6.終曲 - 狼たちの踊り

日本組曲は、日本の民謡・童謡等を特に変調・変奏することもなく「ぼうやー、よいこーだーねんねーしーなー」などと
そっくりそのまんま引用している箇所がかなり多く、「そのまんまやねん・・!」と思わず関西弁でツッコみを入れたくもなって
しまいそうです。
「お江戸日本橋」とか「ぼうや、良い子だ、ねんねしな」というあの親しみやすいメロディーが
特に変奏とかされる訳でもなく、そのまんま使用されることは驚きでもあったりします。
全体としては決して明るい曲ではなくて、少し陰鬱な雰囲気も感じたりもします。
この日本組曲は異国情緒漂う曲と言うのは決して間違いではないと思うのですけど、例えば同じ異国情緒というテーマを
扱いながらも例えばラヴェルの「スペイン狂詩曲」などは、自分のスペインに対する想いをフランス人の感覚から
自己流に昇華したともいえそうなのに対して、ホルストの日本組曲は、そうした異国情緒を特に自分の気持ちに
照らし合わせるという事もなくて、レクチャーされた日本旋律をそっくりそのまんま使用している点がラヴェルとの大きな違いと
言えるのかもしれないです。
第5曲「桜の木の下での踊り」は、「五木の子守歌」の旋律がフルートによって示されそれがファゴットに引き継がれ、
こうした日本的抒情的な旋律が更にコールアングレに引き継がれ、さらには弦楽器に、
最後はフルートとコールアングレが奏し第6曲に継承される展開を経るのですけど、
この第5曲が最も日本らしい情緒がストレートに伝わっていると思います。

この知る人ぞ知る珍曲でもある「日本組曲」は昔はボールド指揮ぐらいしか音源がなかったのですけど、最近では
ポニーキャニオンからユウン指揮の演奏やナクソス盤もありますので、興味ある方は是非ぜひ一度聞いて頂ければ
幸いです。

最後に・・久しぶりにホルストの話題がでましたので、組曲「惑星」についてほんの少しだけ触れたいと思います、

組曲「惑星」は明るく開放的でイメージが非常にしやすい曲で私も大好きな曲です。
特に第Ⅰ曲「火星」のホルンの雄叫びをはじめとする金管楽器群の咆哮はいつ聴いてもスカッとさせられるものがあります。
何か落ち込んでいる時とか気分を奮い立たせたい時には、この「火星」はぴったりだと思います。
特にレヴァイン指揮/シカゴ響の演奏の「火星」を聴いてしまうと、
他の演奏が全て物足りなく聴こえてしまうほどの大音響&大迫力があって、この演奏は是非是非
お勧めしたいと思います。









「火星」の中で、ユーフォニウムと言う管弦楽の世界では馴染みがない楽器が使用され高音域のソロを朗々と響かせます。
このユーフォニアムという楽器はアニメ「響け! ユーフォニアム」ですっかりおなじみになった楽器でもありますし、
以前よりは知名度も上がったようにも感じられます。
組曲「惑星」のラストの「海王星」は一転して神秘の曲です。
というか、メロディーがほとんどなく、空間を彷徨い続けるような感じで、無調音楽のように聴こえない事もないです。
ラスト近くで女声コーラスが入りますが、言葉は一切なくハミングするだけです。
この女声コーラスも「フェイドアウト」というクラシックでは非常に珍しい終わらせ方をするので
その点でも印象的です。
実際の生の演奏会でも、女声コーラスは舞台に顔を出すことはなく、
恐らく舞台袖からハミングし、どんどん舞台袖→舞台裏→階段→外という風に声を消していっているように感じられます。

昔の音楽の解説書では、ホルストが惑星を作曲した頃は冥王星は発見されておらず海王星が終曲となったと
記されている事が多いのですが、
現実はつい最近、冥王星自体が惑星の定義から外されることとなり、名実ともに「海王星」が組曲「惑星」の終曲となった事は
何だか面白いものがあります。

そう言えば、1990年代後半に、「冥王星が惑星の一つと定義付けられていた時に
マシューズという作曲家が組曲「惑星」の続編という形で「冥王星」を作曲していた事もありました。
この曲は、海王星で使用した女声コーラスを再度用いている事と作風が海王星的な無調的空間を彷徨うな曲である事が
特徴で、ホルストの特徴もうまい具合に微妙によく出ているような気もして、悪くはないと思います。
1999年4月の大友直人指揮/東京交響楽団の定期演奏会で
組曲「惑星」の演奏が終了と同時にこのマシューズの「冥王星」も演奏され、
それほど違和感がなかった事はよく覚えています。
マシューズの「冥王星」のラストが女声コーラスの「オー」という音の引き延ばしで終わるのは大変印象的でもありました。



「ウルトラセブン」は、円谷プロダクション制作による空想特撮シリーズ第3弾にしてウルトラシリーズ第4作目なのですけど、
そのドラマ性・キャラクターの魅力・ストーリーとしての素晴らしさなど総合的に考えるとウルトラマンシリーズとしては
最高傑作であるという評価も十分成り立つようにも感じられます。
前作の「ウルトラマン」がどちらかというと自然現象としての怪獣が敵であるというパターンが多かった中、
ウルトラセブンの敵とは言うまでもなく明確な侵略の意図を持った宇宙人という事になるのですけど、
その宇宙人が地球を侵略するにもなにかしらの理由があめのではないかとか、ウルトラセブンが守るべきものとは
地球や地球人であるのですけど、果たして自分勝手な理屈ばかり並べる地球人そのものが本当に「守るべき対象」で
あるのかどうかも含めて結構シリアスな側面も含まれており、単純な勧善懲悪的側面だけの特撮ものではない事は、
ウルトラセブンの放映時期が1967~68年という時代を考慮するととにかく画期的な記念碑的な作品と言える事は
間違いないと思います。

ウルトラセブンで登場していた話と宇宙人として私的に印象的な回は何なのかというと、一例を挙げると
「狙われた街」のメトロン星人・「ウルトラ警備隊、西へ」(前・後)のキングジョー・「人間牧場」のブラコ星人・
「北へ還れ!」のカナン星人・ 「ノンマルトの使者」 の蛸怪獣ガイロスと海底人ノンマルト 、
「セブン暗殺計画(前・後)」の ガッツ星人 、 「第四惑星の悪夢」の ロボット長官、ロボット所長、第四惑星人などが
挙げられると思うのですけど、そうした中でも特に光り輝いているというのか感動的な回が
最終回の前後編における「史上最大の侵略者」なのだと思います。

最後の戦いに挑むモロボシ・ダンがアンヌ隊員に自らがウルトラセブンであることを告げる印象的なシーンのBGM
として効果的に使用されている楽曲がシューマンのピアノ協奏曲~第一楽章冒頭です。
ダンがアンヌ隊員にぼくは・・・、実はウルトラセブンだったんだ」と衝撃的に告白するシーンが終わると同時に
シューマンのピアノ協奏曲冒頭の「ジャン!! ダダン・ダダン!!」が鳴り響きますのでこれはかなりインパクトがあると思います。
ちなみにウルトラセブン最終回のシューマンのピアノ協奏曲で登場していたピアノのソリストは
ディヌ・リパッティという33歳で夭逝したそのあまりにも早すぎる死が惜しまれる若きピアニストでもありました。
リパッティは1917年ルーマニアに生まれ、1950年に、わずか33歳の若さで白血病(厳密には悪性リンパ腫のホジキンリンパ腫)
のためにこの世を去った天才型のピアニストなのですけど、亡くなる直前までほぼ気力だけで演奏会のステージに立ち続け、
特に得意としてきたショパンのレパートリーにおいて、生来のバランス感覚に基づいた清潔な叙情と繊細なデリカシーを
遺憾なく発揮されていて聴く者の胸を打つものは間違いなくあると思います。
第二次世界大戦の勃発により国を転々とします
リパッティはその短い生涯はほぼ全て戦争に振り回され、第二次世界大戦が終結しやっと落ち着いて
ピアノに専念できる時間が出来た時に、悪性リンパ腫のホジキンリンパ腫を患ってしまい、
激痛と高熱に戦いながら演奏活動とレコーディングをされていたとのことです。
リパッティのピアノの特筆すべき点として特に強調しておきたい点は、瑞々しい感性と
ペダルを極端に踏まないという奏法を重視し、音を伸ばすところはしっかり伸ばし切るところはしっかりと切るという
ピアノの本来の基本技術を素直に演奏に取り入れた点も挙げられると思います。

ウルトラセブンの最終回が放映されていたのは1968年で、そのBGMとして使用されていたリパッティソリストによる
シューマンのピアノ協奏曲がフィルハーモニア管弦楽団・カラヤン指揮で演奏・録音されたのは1948年ということで、
正直録音もアナログ録音に近いものがあり、決して良好な録音状態ではないですけど、当時のウルトラセブンのスタッフの
皆様のシューマンピアノ協奏曲を選曲し、そのソリストにリパッティの演奏を選択した感性の素晴らしさと見識の高さには
強く敬意を表させて頂きたいと思います。
ちなみに冒頭の画像は、2018年のウルトラセブン最終回放映から50年が経つという記念すべき節目に合わせて、
最終回のBGMとして流されていたリパッティソロによるシューマンのピアノ協奏曲とグリーグのピアノ協奏曲が
新規DSDリマスターでの復刻販売が実現され、そのCDジャケットでもあります。
このCDは限定販売で特別仕様としてのウルトラセブンとリパッティが描かれたジャケットと別冊40Pブックレットの特典も
当時は付属されていたとのことです。

シューマンの「ピアノ協奏曲」は私自身は結構昔から大好きな協奏曲でもあります。

聴いているだけで凛としたものというか張りつめた瑞々しさみたいなものを感じてしまいますし
第一楽章冒頭のあの何とも言えない哀愁と凛とした決意みたいなものは聴くだけでやはり「何か」を感じてしまいます。
出だしはいきなりピアノの「ジャン!! タタン・タタン」で唐突に開始されるのですけどそれに続くオーボエのソロがあまりにも
美しすぎてこの冒頭の部分だけでも私は一撃でKOされてしまいそうです。
冒頭で記したとおり、ウルトラセブンの最終回でこの曲が選曲されたというのも十分妥当なのだと思います。

面白い事にこの協奏曲は、グリーグの「ピアノ協奏曲」とカップリングでCD化される事が多いと思います。
(前述のとおり、リパッティの復刻版もグリーグとシューマンのピアノ協奏曲が収録されています)
雰囲気が似ている訳でもないし、音楽の方向性は全然バラバラだし、あまり共通性はないと思うのですが、
似ていると感じるのは強いて言うと冒頭の出だしなのかもしれないです、
グリーグは、ティンバニのトレモロのクレッシェンドが終わると同時にピアノがすぐに入らないといけないし、
シューマンは、管弦楽団のジャンという第一音の次の瞬間には演奏がスタートしなくてはいけないし、
二つの協奏曲ともにその出だしはかなり神経を使うのは間違いないと思います。

グリーグのピアノ協奏曲は、一言で言うと抒情性の高い誇り高き協奏曲という感じなのですけど、
シューマンの方は、どちらかと言うと協奏曲というよりは、シンフォニーのようにも
聴こえるくらい、管弦楽との融合性が高く感じられる曲です。
シューマンの場合、協奏曲というよりは、ピアノと管弦楽のためのファンタジーとも言えるような構成に近いと思います。
グリーグの場合、ピアノが完全に主役で、管弦楽団はピアノの引き立て役という感じが濃厚です。
シューマンの場合、ピアノとオーケストラが完全に一体化しているような感覚もありますし、
特に第三楽章の、ピアノとオーケストラのかけあいの場面は、完全に一つの楽器として融合しているような感じさえします。
だけど、シューマンのあの第三楽章のソリストは大変だと思いますね。
あんな難しいパッセージを変調に次ぐ変調を重ねながら休み無しに一気に駆け抜けていく様子は、
スピード感とか爽快感というよりは、むしろ「気高い美しさ」みたいなものを感じてしまいます。
チャイコフスキーの「ピアノ協奏曲」は、見方によっては管弦楽団とソリストのバトルというのか
「やられたらやり返す」みたいな雰囲気すら漂う音楽の格闘技みたいな雰囲気すらありますけど、
シューマンの場合、本当に優雅と言うか、
確かに第三楽章のソリストと管弦楽団の掛け合いはバトルに近いものもあるのですけど
間違いなくこの第三楽章は、オーケストラとピアノはほぼ完璧に一つに溶け合っていると思いますし
その幻想的融合性は、お見事の一言に尽きると思います。

それにしても改めてシューマンのピアノ協奏曲のソリストは大変ですよね。

第三楽章の変調の変調につぐ指使いの難しさもそうですし、一般的にピアノ協奏曲の第一楽章の冒頭は
1~2分程度の管弦楽による前奏や主題提示があり、ピアノソリストはその間の心の準備ができそうなのですが、
第一楽章の冒頭からすぐに登場しないといけない難しさやタイミングの難しさはソリスト泣かせのものがありそうです。

確か1998年秋だったと記憶していますが、パスカル=ヴェロ指揮での新星日響の定期演奏会での
二曲目のシューマン/ピアノ協奏曲にて、ソリストが椅子を調性しあとは指揮者がタクトをおろすのを待つのみという
その演奏開始直前に突如、ソリストが、「ノンノンノン!」みたいな言葉を発し、唐突に舞台裏に消えて行ってしまった事も
ありました。
そして3分くらい経過して、何事もなかったかのように再度ピアノに座り演奏が開始され、演奏も無難に終わらせていました。
結局あの時何が起きていたのかは今現在でも謎ではあるのですけど、ソリストもシューマンのあの出だしのプレッシャーに
瞬間的に負けてしまったのかもしれないですけど、とにかく珍しい体験でもありました。

音楽というか、ライヴ演奏においては、 ありえないミスとか想定外の事故というものはプロといえどもありうると思いますし、
人間が行うものですので予想外の出来事というのはあるのだと思います。

私が、過去において見かけた吹奏楽コンクールの演奏中での事故はいろいろとありましたけど、
一番笑ってしまったのが、トロンボーン奏者が、ついついうっかりスライドがポロっと抜けてしまい、
前方のサックス奏者の後頭部を直撃した事なのかもしれないです・・(汗・・)
他にも、ヴィヴラフォーンの電源コードに打楽器奏者の足が絡んでしまい打楽器奏者が思いっきり壇上で転倒したりとか
指揮者の指揮棒がすっぽ抜けてコントラバスを直撃したりとか色々ありますよね~
こういう事って全国大会でもたまーにあったりするものでして、 一つの事例として、
1980年の全国大会・中学の部で、山王中学校が、自由曲のバレエ音楽「四季」の演奏中に
打楽器奏者が間違えて、サスペンダーシンバルのスタンドを倒してしまい
本番中なのに、ガッシャーンと結構すごい音を立てていた事もありました。
(この音は「日本の吹奏楽80」というレコードの中にもしっかりと収録されています)

最後に再度話をウルトラセブンに戻しますと、私自身ウルトラセブンを始めてみたのは当然リアルタイムではなくて、
たぶん再放送か再々放送だったと思います。
私自身、子供のころは実はこうした特撮もの、仮面ライダーや戦隊ものはあまり興味がなく、クラス内でも
男子児童が夢中になって当時の仮面ライダーやウルトラマンタロウや戦隊ものの話題をしている中で、
私は女の子たちと一緒に当時放映されていた魔法少女系の話ばかりしていたのですけど(汗・・)
それでも「ウルトラセブン」は別格だと思います。

ダンもよかったしキリヤマ隊長もかっこよかったですし、やっぱりアンヌ隊員はすてきなお姉さまだと思います~♪

そしてウルトラセブンで登場するウルトラ警備隊の一人にフルハシ隊員がいるのですけど、
それが実は毒蝮三太夫というのもすごい話なのかもしれないですね~
毒蝮三太夫は初代ウルトラマンでもアラシ隊員として出演をされていましたので、2シリーズ連続で隊員として出演を
されていたという事になるのだと思います。
今現在は、TBSラジオの「大沢悠里のゆうゆうワイド」内ではなくて毎週金曜日の「たまむすび」のみの
毒蝮三太夫の「ミュージックプレゼント」というコーナーにとどまっていますが、
そこで登場する毒蝮三太夫は、「このくそババア!」とか「このくたばりぞこない!」とか等の名毒舌ですっかりお馴染みで、
今現在はお年寄りのアイドルと誉れ高いお方なのですけど、ウルトラセブンやウルトラマンでの隊員としての出演を
知る者にとっては「えらい変わりようだけどそれはそれでとても面白い」と感じさせるのは毒蝮三太夫のすてきなお人柄と
年寄り愛なのだと思います。
そしてなによりも毒蝮三太夫は、ウルトラセブンの頃から基本的に風貌・喋り方・声のトーンがあまり変わっていないのは
驚きでもあります。

私が中学・高校で吹奏楽部にいた頃は、嵐という名前の部員がいました。
中学では顧問の先生から、高校では先輩からほぼ例外なく毒蝮というあだ名を付けられていましたけど
それは時代としてはむしろ普通の感覚だったといえるのかもしれないですね。
本記事のひとつ後の記事が「ウルトラセブン」最終回のBGMとして効果的に使用されたリパッティ独奏による
シューマンのピアノ協奏曲でしたけど、リパッティというワードが登場しましたので、
ここではリパッティに関するちょっとしたエピソードをご紹介させて頂きたいと思います。

ひとつ後の記事で書いたとおり、リパッティは33歳の若さでこの世を去ったピアニストなのですけど、
亡くなる寸前までほぼ気力だけで演奏会のステージに立ち続けた事もあり、この当時はまだ録音技術も未熟で
録音された音源もモノラルに近いような音質ばかりなのですが、リパッティが残した録音や演奏会でのライヴ録音は
いまだに高い評価を受けています。

そうした中、EMIレーベルはリパッティがピアノソロを務めたとされるショパンのピアノ協奏曲第1番を収録したレコードを
発売したことがあり、発売当時は当時の著名な音楽評論家の皆様がこぞって
「さすがリパッティ! これは魂の込められた気迫溢れる演奏だ」
「この上品で洗練された繊細なタッチはリパッティならではのものだ」
「なんという天国的な色彩」
「この精緻な演奏はリパッティ以外の何者ではない」
などと大絶賛をされていたものでした。

しかし当初の発売から30年後にそのEMIから「実はリパッティソロとされていたあの録音は、リパッティの演奏ではなくて
ステファンスカという女流ピアニストによる演奏でした・・」と発表したものでしたので、
当時のクラシック音楽業界は一部において大混乱と醜態をさらす形となり、
結果的に本当はステファンスカのソロなのに「さすがリパッティ」とやたらと持ち上げていた当時の評論家の先生たちは
大恥をかく事になっていたものでした。
たぶん当時の高名な音楽評論家の先生たちは「リパッティ」という名前だけでろくにその音源を聴かないまま
「リパッティソロだから間違いはないだろう・・」みたいな勝手な思い込みと妄想だけでそうしたヨイショ評論をしてしまったと
いえるのだと思いますし、
改めて日本人というものは、権威とか名声に弱いということを白日の下にさらけ出したという事なのだと思いますし、
私たち聴く立場の人間としても、音楽評論家がそういっているのだから間違いはないのた゜ろう・・という感覚ではなくて
大切なのは自分自身の感覚という事なのだと思います。

この話はなんとなくですけど、中学等の国語の教科書ではお馴染みの作品の菊池寛の小説「形」に近いような話と
いえるのかもしれないです。

そして改めてですけど、同じ演奏でもそれを聴く人の感性・感覚によってとらえかた・評価は異なるもので、
高名な評論家がそういうのだから間違いないということではないですし、その音楽評論家ですら、聴く人によって
まったく同じ演奏でも真逆の感想になってしまうということはよくある話なのだと思いますし、むしろそれが人間らしいと
いえるのかもしれないです。

そうした音楽評論家でも同一演奏でも評価は真逆という事は吹奏楽コンクールでも全然珍しい話ではないと思います。

一例を挙げると大変古い話になるのですけど、1979年の弘前南高校の「小組曲」もそうなのだと思います。

1979年の弘前南高校の演奏は、斎藤久子先生最後の指揮の演奏となりましたが、
課題曲のはつらつとした気持ち、自由曲の上品さ、その対比が素晴らしかったし
小組曲のフルートソロが抜群に美しかったですね。
木管セクションの透明感も金管の抑制とかコントロールも申し分なかったと思います。

だけど面白い事に、後日のBJの講評では、辛口で有名な上野晃氏は、
「音色のバランス・コントロールまで手が回らず、指揮者の不相応な高望みが招いた破綻」と酷評をしていますが、
吉田友紀氏の評は「原曲の雰囲気を壊さず素晴らしい演奏」と高い評価を受けています。
やはり人によって感じ方は違いますし、
コンクールの審査員の評価が絶対的なものではない事の象徴かもしれないです。

余談ですけど、過去のBJの審査員とか批評家のコメントを今更眺めていると興味深い事例もいろいろとあったりします。

その一つの事例が、1976年に奈良県の吹奏楽の超名門高校の「天理高校」が、支部大会と全国大会で
同じ課題曲と自由曲を演奏した際、全く同じ批評家から
全く真逆の事をコメントされている記事を見つけた際は、結構驚いたものです。

1976年の天理高校は、課題曲B/吹奏楽のための協奏的序曲・自由曲/皇太子のための祝典音楽(陶野重雄)でしたけど、

関西大会でのBJの演奏評は辻井市太郎という当時の大御所先生が担当され、
「自由曲は初めて耳にする曲であり、アメリカで出版されたものとの事だが、
天理であるからこそ立派に演奏できたとの印象を受けた。
その上、天理の有する独特のサウンドが聴く者を更に納得させた」という大変ベタ褒めコメントをされていました。

しかし、全国大会でのBJの演奏評は同じく辻井市太郎氏が担当していますが、
(この年、審査が異常に厳しく、天理ですら銅賞という大変厳しい評価を受け、決して万全な演奏では無かったのですが)
この時は「自由曲はコンクールに適応していないものである。世界の名曲に混じって、
いかに高度な技術を有する天理であっても曲そのものの格調を変える事は無理だったのだろう。
まずは選曲失敗の範疇に入るものである」

と全く正反対の事を言われていました。

この話は高校時代の吹奏楽部内でも色々とネタになっていて
関西大会の記事を読んだ口の悪い部員が
「おいこら、おっさん、全国大会では何と書いていたんだよ~」などとツッコミを入れていたものでした(汗・・)

今となっては天理の当時の関西大会と全国大会の音源がありませんので検証のしようがないのですけど、
一般的に吹奏楽の世界は、支部と全国では、朝一番という悪条件を別とすると
それほど極端な出来不出来の差は無い事が多いですので、
この辺りも審査員の先生の一つの気まぐれとしての評価なのかもしれないですし、
同じ演奏でも審査員のそのときの気分によって印象が変わる一つの事例なのかもしれないです。

とにかく、大切なことは他人がどういったという事ではなくて、自分自身の感性という事なのだと思います。
私自身、吹奏楽で管弦楽アレンジを含めて色々な曲を吹いたと思いますけど、私自身の主な担当楽器のクラリネットでは、
スコア上では結構な無茶難題がありましたし、無茶振りが相当あったと思います。

こんな高音域出る訳ないじゃん・・・」

この速度設定で、16分音符ばっかりで演奏不能じゃん・・」

なにこの異常に長い音伸ばし・・これってロングトーンとほぼ同じでしょ・・
一体どこでブレス(息継ぎ)すればいいの・・・?

ラとシのトレモノなんだけど、クラリネットのラは一番先端のキーのみのタッチで、
シは全部の指でキーを使う訳で、一体このラとシのトレモノをやれなんて、クラリネットの運指上
出来る訳ないでしょ・・・うーーん、これって何か替え指を発見しろという事なのかな・・・」

スコア上のppppっていったい何?? どれだけ弱い音で吹けばいいのかよく分からない・・

この辺りの愚痴はクラリネットに限らず全ての楽器に言える事だと思います。

作曲者にしては何気なくとかある演奏効果を意図してという事もあるかもしれませんが、 何気なく書いたスコアが原因で
一体どれだけの奏者が現場で苦労したかなんてそりゃ分からないのかもしれないですけど。
作曲者には作曲者としての意図・言い分があるでしょうから、 それはお互いに「言いっこなし」という感じなのかもしれないです。

あまりにも演奏不可の場合は (大抵指揮者に無断で) パート内で「どうやってばれないようにごまかそうか」とか
替え指の情報交換とか、果てには「パート譜をばれない範囲で書き変えてしまおう」と言う事で
一部スコア譜を変更したなーんてこともありましたけど、大抵指揮者に後でバレて怒られしまうのが、
スクールバンドあるある話としては定番ネタなのかもしれないです。
もちろんですけど、勝手にパート譜を変更というのは重大な著作権法違反ですので、健全な奏者の皆様は
そんなことしたらダメですよ~(汗)
現場では著作権法に振れない程度のパート間での調整は結構あると思いますし、例えばストラヴィンスキーの
バレエ音楽「春の祭典」におけるホルンパート、特にソロホルンとファースト担当のホルン担当の超・超高音域は
とてもじゃないですけど全てを吹く事は人間技ではほぼ不可能と思われますので、場合によっては
エキストラがそれほど重要な場面ではない箇所においてソロホルンのパートを吹き、ソロホルン奏者は「ここぞ!」という時を
メインに指定通りのパート譜を吹くと言う事は実はよくある話であると
プロ奏者の方から直に耳にした事はあったりもします。

音量指示があまりにも弱すぎて演奏者が大変な一つの例として、
チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」第一楽章が挙げられると思います。
ちなみにですけどチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は初演時において、元々予定されていたソリストから
「これは演奏不能である」と演奏を拒否され、初演は別の奏者によって行われたという事もあったそうです。
チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」は四楽章構成ですけど、第一楽章から誉れ高い名曲の香りに溢れていると思います。
第一楽章は三つの部分から構成され、 始まりは慟哭のような呻くような陰気な感じで展開され、
第一楽章開始から10分が経過した頃、突然全楽器のfffが鳴り響き、唐突に強奏の音楽が展開され、
そしてラストは再び静粛に閉じられます。


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中間部の唐突な強奏展開の直前に、クラリネットがソロで第一楽章第二主題を吹きますが、
この場面、楽譜の指定はpppなのですけど、
少し進展すると楽譜上の指定はppppとなり、
クラリネットからファゴットに主題がバトンタッチされるあたりの
楽譜上の指定は、なんと!ppppppと「p」(ピアノ=弱く)が六個も付いてしまいます!
これってクラリネットも大変ですけど、
弱音で音量を絞るのは至難の業というファゴットにとっては悪夢としか言いようがないですね。
この場面、奏者はクラリネットとファゴットのほぼ二人だけですので
ミスったら完全にばれてしまうし、指揮者に睨まれてしまうし本当に大変そうですね。

だけど、この極端な弱音の世界から次の瞬間に全楽器で「ジャン!!」という凄まじい強音が叩き付けられ
この部分は、第一楽章前半でウトウトしてしまった聴衆を叩き起こすには十分すぎる効果があると思いますし、
この唐突な場面変化はまさに青天の霹靂という感じすらあります。

こうしたppppppからffffの急激な変化は、すさまじいインパクトを与えますね!
よく「ダイナミクスレンジ」の幅が広いとか狭いとかいう話を聞きますけど
これって単なる音量だけの差異ではないと思います。
チャイコフスキーの悲愴の第一楽章のように、唐突な場面転換の印象度の強さのように
あくまで表現力の幅広さ」のだとも思います。
とくにこうした落差の大きさの起伏が激しい場合は、
特にそうしたダイナミックスレンジの有効活用みたいなものを感じてしまいます。
ま、奏者にとっては大変な厄介ごとを背負い込んだようなものですけど・・(汗)
A.ハチャトゥーリアンというと管弦楽の演奏会でも吹奏楽コンクールの自由曲でも定番なのは
誰がなんといってもバレエ音楽「ガイーヌ」なのだと思います。
以前も書いたと思うのですけど、20世紀に作曲されたクラシック音楽の中で最も知名度というか
「あ・・少なくとも一度は耳にした事があるメロディーだ!」と思われる曲の一つこそが
このハチャトゥーリアンのバレエ音楽「ガイーヌ」~剣の舞なのだと思います。
そして私自身がハチャトゥーリアンというと、艦これの白露お姉ちゃんではないけど「この曲がいっちば~ん!」と思えてならない
曲こそが交響曲第2番「鐘」だと思います!
ただ残念なことにこの交響曲第2番「鐘」は知る人ぞ知る曲の範疇にはいりそうでもあるのですけど(汗・・)
私自身はとにかく私が生きている間に一度でいいからこの交響曲を是非是非聴いてみたい気持ちで一杯です。
マイナーシンフォニーとして音楽史の中に埋もれてしまい、
人々の記憶から忘れ去られてしまうにはあまりにも勿体無い曲の一つと私は確信しています。

これはあくまで私自身の好みではあるのですけど、
アーノルドの交響曲第2番・第4番、ハンソンの交響曲第2番「ロマンティック」、
ウィリアム=シューマンのヴァイオリン協奏曲、
ウォルトンの交響曲第1番、松村禎三の交響曲(第一番)、
コープランドの交響曲第3番、エルガーの交響曲第2番、バーンスタインの交響曲第3番「カディッシュ」、
トゥービンの交響曲第4番、ニールセンのバレエ組曲「アラジン」などは
世間一般的には確かにマイナーなのだけどもっともっと多くの人に聴いて欲しいクラシック音楽だと思いますし、
こうした曲はまだまだ一杯いっぱいあると思いますし、
逆に私自身がまだ知らない音楽も数多くありますので、
「生涯、死ぬまで勉強、勉強」のつもりで、私自身がまだ知らない音楽の事も死ぬ瞬間まで色々吸収し続ければいいなとも
思っています。

ハチャトゥーリアンの交響曲第2番「鐘」もそうした曲の一つだと思います。

確かに位置づけとしてはマイナーシンフォニーというのは分かってはいるのですけど
この曲の素晴らしさが一人でも多くの方に分かって頂ければ、この曲を一度でいいから聴いて頂ける方が表れるとしたら
当ブログの管理人としては、こんなに嬉しい事は無いと思います。

ハチャトゥーリアンの交響曲第2番「鐘」ですけど、タイトルの「鐘」は正式なものではありません。
曲全体を通して鐘が効果的に使われているからという理由での俗称に過ぎないのですけど
「そんなに鐘=チャイムが派手に使われていたっけ・・・?」みたいな感じもあるのですけど、
鐘という響きが何か個人的に大変気に入っているので私は「鐘」というタイトルについては大歓迎という感じです。

この曲が作曲されたのは1943年で、まさに第二次世界大戦というか対ドイツ戦の真っ只中の影響が濃厚で、
この交響曲にはガイーヌ」で提示された様な民族主義的な香りはあまり感じられません。
聴こえてくるのは戦時中という大変な緊迫感だと思います。
とにかく第一楽章から第四楽章に至るまで終始大変な緊張感に包まれています。
その意味では、ガイーヌとか仮面舞踏会とかヴァイオリン協奏曲みたいに気軽に聴けるような類の曲では
無いと思いますし、
比較的親しみやすい作風のハチャトゥーリアンにしては・・・戦時リアリズムの悲劇とか劇的緊張感をかなり意識し
決して気軽には聴くことは出来ない大変重厚感が漂う曲だと思います。
戦争中という異常事態でないと多分書けそうにない本当に真に迫った音楽なのだと思います。
この交響曲第2番「鐘」は戦後間もない頃に作曲された交響曲第3番「シンフォニーポエム」のような能天気な曲ではありません!
交響曲第3番「シンフォニーポエム」のような「明るい、すべてが明るい!!」みたいな前向きな明るさの塊のような曲
ではありませんし、
第一楽章冒頭からして、あの重厚感と悲壮感はとにかく聴いているだけで周囲を壁で囲まれた様な圧迫感すら
感じさせてくれていると思いますし、
第三楽章の悲劇的アダージョの金管セクションとドラの哀しみに満ち溢れた咆哮は胸がギューーーッと引き締まる気持ちで
一杯になってしまいます。
第四楽章も決して救済の音楽ではありません。
フィナーレの出だしは明るいファンファーレで開始され、途中生きる希望を示唆する部分もあったりするのですけど、
最後は劇的だけど陰惨な雰囲気と劇的な高ぶりの感情で曲が閉じられ、
「戦争はまだまだ続いているんだ・・・」みたいな事を見事に暗示していると思います。

結果的にソ連は第二次世界大戦の戦勝国となり、
1945年前後には色々な作曲家が祝典的な交響曲を発表するのですけど
当時のソ連を代表する3人の作曲家のそうした交響曲へのアプローチが三者三様なのは大変興味深いものがあります。

一例を挙げると・・

プロコフィエフ/交響曲第5番

→曲の全てが霊感と瑞々しさに満ち溢れ、戦争終結とは関係なく、とにかく20世紀の名交響曲の一つ

ハチャトゥーリアン/交響曲第3番「シンフォニーポエム」

→オルガンに金管奏者15人のバンダを含む、とにかく明るく華やか過ぎる能天気な祝祭音楽です!

ショスタコーヴィッチ/交響曲第9番

→そんな「国家のめでたい事は私には興味はありません」とばかりに
 スターリンからの「派手で祝典的な曲を書いてくれればありがたい」との意向忖度せず見事にすっぽかし、
 軽い「おもちゃ箱」みたいな曲を作り、スターリンの激怒を招いてしまう・・

そのあたりは各人の個性の違いというのも相当あるのかもしれませんよね。

ハチャトゥーリアン交響曲第2番「鐘」に話を戻しますと、 この交響曲は四つの楽章から構成され、
演奏時間も50分を越すかなりの大作です。

ハチャトゥーリアン自身が「戦いの主題」と呼ぶ緊迫した主題をベースにしながら、暗く劇的な緊張感に満ちた第一楽章・・・
ガイーヌのような民族舞曲の要素もあるのだけど、硬質な響きのピアノが派手に乱入したり、
打楽器が大活躍を見せたり、戦争真っ只中のハードなスケルツォ楽章をイメージさせる第二楽章・・・
深刻で重厚で重々しいアダージョの楽章なのだけどアダージョ楽章としては異例とも思える凄まじい大音量の金管と
ドラの咆哮が乱入し聴く者の心を鷲掴みにしてしまう第三楽章も大変印象的ですし、
第三楽章の途中ではアルメニア民謡に基づくテーマがグレゴリオ聖歌の「怒りの日」のあのメロディーと組合わさり融合し、
怒りの行進曲のような感じとして展開されるのが大変印象的です。
ラストの第四楽章は部分的に明るいし、確かに凱旋行進曲のように聴こえなくもない個所もあるのだけど
最後は悲劇的雰囲気のまま終わり、
「まだまだ戦争は継続していく」みたいな得体のしれない緊張感と不安感で終るところが20世紀の交響曲らしいと思います。
ラストの壮絶な不協和音がそれを見事に象徴していると思います。
聴き方によっては「たとえ戦争が終結したとしても自分たちの苦難はまだまだ続くし、この戦争で失ったものは
あまりにも大きい・・結果として私たちの心の中には埋める事が決してできないポッカリとした穴が開いてしまった・・」
という事も示唆しているような印象も感じたりもします。

埋もれた名作なのですけど、一人でも多くの皆様に聴いて欲しい交響曲だと思います。

この曲を聴く場合、CDとしては、断然、ネーメ・ヤルヴィ指揮のスコットランド国立管弦楽団が素晴らしいと思います。
(ハチャトゥーリアンがウィーンフィルを自作自演した演奏も素晴らしいです!)

さてさて、ここから先は、エピソードというか余談として聞いて欲しいのですけど、
ハチャトゥーリアンの交響曲第2番「鐘」を吹奏楽コンクール用にアレンジし全国大会で見事に金賞に輝いたチームがあります。
それが1980年の秋田県立花輪高校なのです!

プログラム上では、ハチャトゥーリアンの交響曲第2番「鐘」第一楽章と表記されていますが、
実態は、第一楽章の緊迫感漂う部分をメインに構成し、第四楽章の劇的な集結部分を結合させた
おいしい部分の総集編とも言えそうな感じもあります。
私自身が原曲の管弦楽版を全く知らないで、花輪高校の編曲+カット版を聴いた時には、
「第一楽章でこんなに劇的に終わらせてこの後の展開はどうなってしまうのだろう・・」と
感じたものですが、上京して上野の東京文化会館五階の音楽資料室で原曲を聴いた時、ぶったまげたものです。
「花輪高校の演奏は小林先生の創作アレンジと言っても過言ではないのかも・・」と感じたものでした!
だけど小林先生の編曲の素晴らしさ・構成の素晴らしさには、ある意味感服いたします。
花輪高校の演奏は本当に迫力十分です。
小太鼓の素晴らしい撥さばき、金管セクションの重厚な咆哮、花輪の一つの頂点だと思います。
花輪高校というと洗練された音色、どこまでいっても割れない豊かな美しい響きとデリケートさが魅力でもあるのですけど、
ベースの音色・サウンドが大変洗練されているから、あれほどまでの「凄まじい大音量」でも
少しも煩い!!・喧しい!!と感じさせないのは とにかくお見事!!という言葉しか出てこないです。
冒頭のあの「ジャジャジャー――――ン!!」・「タアーン タァー!!」という原曲の戦いの主題が炸裂し
冒頭で既にノックアウト状態と言う感じです。
あの金管セクションの鳴りっぷりはとにかく半端無いものがあるのですけど、
あんな凄まじい音量でも音が全く割れずクリアに響いているのは、驚き以外の何者ではないです!!
冒頭部分が終わると一旦静かになり、この時の木管セクションのひそやかな感じも金管の不気味な感じも素晴らしいですし、
動と静のあまりにも極端すぎるとも言える落差がとてつもなくダイナミックスに感じます。
この年の花輪の持ち味は、音色の透明さ+洗練さ・豊かな音量、そして何よりもダイナミックスレンジの巾広さ!!
これに尽きると思います!!

花輪高校は、こうしたロシアのマイナーシンフォニーがよく合っていると思います。
後年、「バッカスとアリアーヌ」とか「チェックメイト」・「三角帽子」を演奏していましたが、
花輪高校にこうしたフランス音楽やメジャーな音楽はあまり似合わないような気もします・・(汗・・)
花輪高校のこの鐘の演奏のラストの高まりは、「この後自分達はどうなってしまうのだろう、どこへ向かっていくのだろう、
誰にも分らない、不安だ、まずい」という悲壮感・切迫感が本当によく表現されていたと思います・

結果的に、ハチャトゥーリアン自身も第四楽章ですらその答えは明確に提示せず、
交響曲第3番「シンフォニーポエム」のあまりにも明るすぎる世界観でもって
「自分にはこうした明るい路線が合っているのかもしれない」と確信されたのかもしれないですね。

これは私の勝手な創造なのですけど、小林久仁郎先生にとっては、
1980年の「鐘」の演奏と82年のウォルトンの1番と84年のシンフォニーポエムは
「人と戦争」をテーマにした三部作の演奏だったのかなと感じる事もあったりします。
80年の「鐘」で不安感・焦燥感を抉り出し 82年のウォルトンで「不安には不安を持って対処する」みたいに提示を出し、
84年の「シンフォニーポエム」で「不安からの開放」を謳い上げたのかもしれません。

花輪高校は翌年も大体似たような事をやってくれています。

1981年の自由曲は、プロコフィエフの交響曲第3番第一楽章なのですけど、
花輪高校の演奏は、第一楽章から主に構成し、ラストの終結部の悪魔的な響きは第四楽章から構成されています。
つまり1980年の演奏と同様に、第一楽章と第四楽章から構成されたものなのでした。
1981年の花輪高校のプロコフィエフの交響曲第3番は、終わらせ方が妙に劇的というか悪魔の歯ぎしりみたいな
終わらせ方をしているのですけど、
原曲の第一楽章は静かに回顧的に終わらせています。

要は小林先生は2年連続して、マイナーシンフォニーの第一楽章を自由曲として選び、終結部に第四楽章の
劇的な場面を繋ぎ合わせるという荒業を見せてくれているのですけど、 
小林先生のアレンジの上手さと言うか、曲の構成の素晴らしさが光っているとも言えると思いますし、
ああしたすてきな芸当ができるのは後にも先にも小林久仁郎先生以外存在しないのかもしれないですね~!!
セルゲイ・プロコフィエフの交響曲というと、交響曲第1番「古典」や20世紀の屈指の名交響曲の一つの交響曲第5番が
大変有名で名高く演奏頻度も群を抜いて多いと思われます。
しかし、それ以外の交響曲は正直知名度も演奏頻度もガクッと下がると思いますし、交響曲第7番「青春」は一時期は
かなりの人気曲だったものの、最近は晩年の懐古趣味みたいな評価が定着して以降はその人気も相当翳りが
見えていそうな感じでもあります。
交響曲第1番「古典」や交響曲第5番を聴いた後に交響曲第2番や交響曲第3番を聴くと、同じ作曲家の作品とは到底思えない
ほどの明確な違いもありますし、2番~3番のあまりにもグロテスクで悪趣味で奇怪な響きに満ち溢れ、
曲自体もとてつもない不協和音に溢れたメロディラインを耳にするたびに
「ロシア(ソ連)という国は極端から極端へ動きやすいというのが国民性なのかも~」という印象が大変強くなると思います。

交響曲2番は特に第一楽章が不協和音と強奏ばかりが錯綜するかなりの問題作だと思いますし、第一楽章においては、
ほぼ全ての箇所がffの連続で弱奏部分はほぼ皆無という感じです。
交響曲4番は改訂版も原典版も、何がいいたいのかさっぱり分からないし、40分近い改訂版の無駄な部分を削除したら
元の26分前後の原典版になったという感じすらありますけど、
正直、原典版も改訂版も内容があまりにも難しすぎて聴いていても作曲者が何を言いたいのかは私には全くわからないです・・
交響曲6番は、20世紀の屈指の名交響曲の一つの交響曲第5番の次の交響曲と考えて聴くと、両曲の違いにも愕然と
しそうでもあります。
交響曲6番は、確かに祖国は第二次世界大戦で勝利したけど、痛みも多かったし失ったものも多かった・・
勝ったけど、誰の心にも癒すことが出来ない傷を負ったといったイメージのような曲だとも感じます。
陰気でよく分からない第一楽章から、突然場違いみたいなどんちゃん騒ぎを引き起こす第三楽章・フィナーレは
結局何を意図するのかは何度聴いてもよく分からないです。

結局プロコフィエフの持ち味が最大限発揮されたジャンルはバレエ音楽とピアノソナタであり、交響曲全体は、
1番と5番を別に考えると、人気の面でも音楽的水準の面でも見劣りがすると評価されても仕方がないような感じもありそうです。
そうした中で交響曲第3番は少しばかり異なっておりまして、
3番は、アバド・シャイー・ムーティ等の大指揮者が比較的若い頃から何度か録音していますし、
演奏会での演奏実績もあるようです。
1970年代あたりから、「プロコフィエフの交響曲第3番は実は隠れた名曲なのかもしれない」という評価はあったのかも
しれないです。
私自身も一度だけ、この交響曲3番は生の演奏会で聴く稀有な体験が出来ました。
2000年のサントリーホールでのデュトワ指揮のN響定期【Bプログラム】でしたけど、生演奏で聴いてみると
「やはりこの交響曲は異常だし感覚が病んでいるとしか思えないけど、聴く人にとてつもないインパクトを与える」と
感じたものでした。

この交響曲第3番は、元々純粋に最初から交響曲として意図された訳ではありません。
プロコフィエフが亡命中に、歌劇「炎の天使」というオカルト的宗教裁判のような歌劇を作ったものの
上演機会に全く恵まれなかったというのか、歌劇の内容が悪魔祓い・異端審問・魔女狩りといった内容でもあり
そのあまりの過激な内容から上演禁止にされてしまった事もあり、この歌劇「炎の天使」はプロコフィエフが生前中は
一度も上演はされませんでした。
(クーセヴィッキーによる演奏会形式での上演はあったようです)
この歌劇は、スクリャービンの神秘主義、ドビュッシーを思わせる色彩感、ツェムリンスキー的な世紀末の気分も漂わせていて、
第一次世界大戦後のヨーロッパのモダンスタイル・アバンギャルド的な雰囲気を継承しているような感じもあったりしますけど、
全体的にはその響きはかなり鋭角で、内容も内容なら音楽も音楽という感じなのかもしれないです。
プロコフィエフは「この歌劇はもしかしたら自分が生きている内は陽の目を見ないのかも」と考えたのかもしれないですが、
「どうせ歌劇ととして上演されないならば、この歌劇を題材に何か曲を作ろう」と思い立ったのが
実はこの交響曲第3番だったのです。
歌劇やバレエから組曲を編成することはよくありますけど、交響曲と言うとかなり珍しいパターンだと思います。
もっともプロコフィエフは、バレエ音楽「道楽息子」という作品をベースに交響曲第4番を作っていますので、
自作の流用という事に関しては全く無頓着だったのかもしれませんね。

交響曲第3番は、元ネタがオカルト歌劇というせいもあり、かなり劇的要素が強いというか悪趣味と言うか、響きが鋭角的というか
怪奇的というのか音楽的緊張感が高すぎるというのか、決して気楽に聞けるタイプの交響曲ではありません。
第一楽章冒頭の凄まじい金管の不協和音からして凄いと思いますし、第一楽章全体が実におどろおどろしいです。
このおどろおどろしい雰囲気は、換言すると広いロシアの国土みたいにおおらかでスケール豊かなようにも聴こえ。
ロシアの風土と怪奇現象が奇妙にミックスされたようにも感じられます。
第二楽章は一転して静かなゆったりとした楽章で、
第三楽章は、弦楽器の細かい動きが何とも不気味です。
第四楽章は、チャイム・ドラの響きが印象的ですけど、第一楽章同様かなりの悪趣味的要素が目立ちます。

全体的に怪奇さと焦燥感みたいな人間の何か追い詰められたような感情がうまくブレンドしたような印象があります。
決して通俗的な名曲ではありませんので、 聴く際には相応の覚悟が必要なのかもしれません。

ここから下記は吹奏楽ネタなのですけど、私自身がプロコフィエフの交響曲第3番を知るきっかけとなったが、
1981年の全日本吹奏楽コンクール・東北大会にて 秋田県花輪高校の自由曲がこの交響曲の第一楽章だったからです。
(ちなみにプログラムの表記では交響曲第4番第三楽章と表記されていて、結果的に花輪高校が演奏した曲目は、
交響曲第4番であると半年程度ずっと勘違いをしていたものでした・・)
ロシアマイナーシンフォニーレパートリーが得意な花輪高校も、さすがにプロコフィエフの交響曲第4番ほどの
怒涛のウルトラマイナーシンフォニーは取り上げる事はしないですよね・・

交響曲第3番もかなりのマイナーシンフォニーなのかもしれないです。

プロコフィエフの吹奏楽コンクールにおける演奏曲目は、
「ロメオとジュリエット」とか「シンデレラ」等のバレエ音楽が多く、交響曲は吹奏楽コンクールでは滅多に聴くことはありません。
(花輪以外では、1985年に三重大学が交響曲第7番「青春」を演奏したくらいかな・・?)
そうした中、花輪高校というか小林久仁郎先生がこの交響曲を自由曲として発掘されたのはむしろ小林先生らしいと
思いますし、この曲が吹奏楽コンクールの支部大会以上で演奏されたのは2018年時点で1981年の花輪高校の演奏が
唯一の演奏事例となっております。

私自身、1981年の花輪高校の演奏は東北大会で聴かせて頂き、全国大会の方は後日レコードで聴いたのですが、
演奏は東北大会の時の方が出来栄えとしてはよかったようにも思えます。
全国大会では、金管セクション、特にトランペットが時に高音がグシャッと音が潰れてしまったり
破裂音になってしまっているのが目につき、少し惜しまれる感じはあります。
課題曲B/東北地方の民謡によるコラージュは、柔和な響きと洗練された美しい音色が大変魅力的でした。
課題曲Bは、東北大会でも全国大会でも数多くのチームがこの課題曲を選曲していましたけど、
出だしの静かな音が、ここまで幽玄美を感じさせる演奏は花輪以外少なかったようにも感じたものでした。
(習志野高校のコラージュもそれに近いものがあったと思います)
美しくて幽玄で妖しい世界という雰囲気でしたけど、中間部以降は民衆のヴァイタリティーみたいな要素は希薄になってしまい
少し抑制し過ぎなのかなという感じもしました。
自由曲のプロコフィエフの交響曲3番は課題曲とは対照的に荒々しいとか荒ぶる魂の叫びみたいな雰囲気を感じ取りました。
聴いているだけで、「胸が苦しい・・・」みたいな感情が湧きあがってくるようにも感じたりもします。
出だしの荒々しさが実に秀逸ですね!!
出だしの激しさから一転して展開部分は静寂な雰囲気になるのですけど
こうした幽玄的な妖しい部分を花輪が表現すると、実にツボに入った表現をしてしまうのが花輪らしいとも思ったりもします。
全体的に妖しい・オカルト・悪趣味・奇怪みたいな表現が目立つのですけど、時々ロシアの平原の風みたいな香りも
確かに感じられ、スケールの大きさはかんじたものでした。
全体的には花輪にしては珍しく少し緻密性に欠け大味みたいな感じもしなくはないし、
前述の通り、金管セクション、特にトランペットの高音のつぶれたような感じの音色は、花輪らしくないかもとも
感じたりはするのですけど、
当時の日本においては、こうしたプロコフィエフのマイナーシンフォニーに積極果敢に挑戦するチームは
プロの管弦楽団を含めてほぼ皆無であり、
こうした影の名作を吹奏楽コンクールを通して世に問うてきた小林先生らしい大胆な発想&選曲&解釈に
心から敬意を表したいものです!
中盤以降のティンパニソロのトロンボーンのソロの表現が私的にはかなり共感するもの大です。
ラスト近くで一旦静まりかえり、平穏の形で曲を閉じるのかな・・?と思わしておいて、
最後にすさまじい不協和音と劇的緊張感でもってエンディングさせたのはすさまじい静と動の落差でした。
「最後は平穏な祈り」と思わせておいて、再度悪夢を蘇らせて終わるみたいなあの悪趣味さは小林先生ワールド炸裂
だと思います。

花輪高校のプロコフィエフの交響曲第3番第一楽章なのですけど、これが判明したのは私が大学生になって以降でしたが、
花輪の演奏は、第一楽章から主に構成しラストの悪魔的な響きは第四楽章から構成されています。
つまり花輪高校の演奏は、泰一楽章と第四楽章から構成されたものなのでした。
花輪の終わらせ方が妙に劇的というか悪魔の歯ぎしりみたいな終わらせ方をしているのですけど、
原曲自体の第一楽章は静かに回顧的に終わらせています。

花輪高校は、前年度1980年の時も同じことをやっていて、
この時は、ハチャトゥーリアンの交響曲第2番「鐘」第一楽章だったのですけど、
本来第一楽章は静かに閉じられているのに、小林先生の吹奏楽アレンジ版においては華々しく豪快に鳴り響いて
終わらせています。
これも後で知ったのですけど、1980年の花輪高校の交響曲第2番第一楽章は
第一楽章前半~中間から主に構成し、ラストは第四楽章のエンディングを強引に転調させて、第一楽章にくっつけている
形を取っています。

今にして思うとかなり強引ですけど、当時の全盛期の小林先生らしいアレンジ&演奏だと思いますし、
決して的外れのアィディアではないと思います。
一番最初に三善晃の「管弦楽のための協奏曲」というタイトルを耳にした際は微妙な違和感を感じたものです。
というのも普通の感覚として「協奏曲」と言うと、個の楽器と全体の管弦楽団の音楽の対話というイメージがあるのですけど、
「管弦楽のための協奏曲」というと、全体対全体の対話つまりみたいなものをついつい連想してしまいます。
この「管弦楽のための協奏曲」というタイトルは、20世紀に入って以降色々な作曲家がこのタイトルで作品を残していますけど
私が知る限りでは最初にこのタイトルの作品を作曲した方ってヒンデミットなのかな・・・・?
このタイトルで圧倒的に有名なのは、言うまでも無くバルトークの作品なのですけど、
他にはどんな作曲家がこのタイトルで作品を残しているかと言うとコダーイ・シチェドリン・セッションズあたりだと思います。
バルトークの「管弦楽のための協奏曲」の第二楽章:対の遊びを聴くと
このタイトルの意味が何となく分かるような気がします。
ファゴット・クラリネット・フルート・オーボエ・トランペットの各楽器が2本ずつ対となって繊細なメロディーラインを
吹き、それが全体と鮮やかな「対比」を示しているような感じがありますし、
音の薄い部分又はソロ対トゥッティ(全奏)の対比を何か意図しているようにも思ったりもします。

「管弦楽のための協奏曲」というと私にとってはどうしても外せない曲が一つありまして
それが三善晃が1964年に作曲した「管弦楽のための協奏曲」です。
私自身大変残念ながらこの曲が生の演奏会で実際に演奏されたのは聴いたことがありませんし、
管弦楽団によるCDの音源としては岩城宏之指揮/N響の演奏しか私はこの曲のCDを持ってはいません。
かなりマイナーな曲ではありますし、演奏時間も8~9分程度の比較的短い曲なのですけど
例えは悪いのかもしれないですけど、三善晃の後年の吹奏楽コンクールの課題曲「吹奏楽のための深層の祭」の世界と
極めて近いと言うのか、音楽的緊張感を短い音楽の展開の中で凝縮した邦人作品といえると思います。
曲自体は大変難解で捉え所が無く、この曲を初めて耳にされる方は多分「何を言いたいのかさっぱりわからない」と
言われるのは目に見えているのですけど、音楽的密度というのかとにかく緊張感が半端なく強い曲ですので、
聴いているだけで胃がギリギリ痛くなってくる感じもするのですが、
なぜかメロディーラインがすんなりと脳に入ってくる不思議さは伝わってきます。
換言すると、
「慣用句とか古典的言い回しが多く言葉遣いは難しいのだけど言っている内容はすごく分かり易い趣旨の事を
伝えている音楽」みたいな感覚があったりします。
音楽的緊張感は極めて強いという三善晃の似たような音楽というと交響三章~Ⅲの世界が近そうにも思えますが、
交響三章の世界はどことなく「亡びの美学」というのか日本のもののあはれみたいな情感を感じさせるのに対して、
管弦楽のための協奏曲は、耳にすんなりと入ってくるメカニックな曲と言えそうですし、この曲の最大の魅力は
まるで「音楽によって表現された建物の精密な設計図」という感じなのかもしれないです。

三善晃の「管弦楽のための協奏曲」は三つの部分から構成されていますけど、休むことなく続けて演奏されます。

Ⅰ.確保と二つの展開

Ⅱ.複合三部

Ⅲ.変奏と復帰

Ⅰは、とにかくめまく゜るしい変化が最大の魅力です。特に出だしの音楽的緊張感はすさまじいものがあります。
全体的に音量のコントラストに圧倒される感じがあります。
Ⅱは一転して抒情的な感じも漂い不気味な曲想が展開されていきます。
あの雰囲気は四谷怪談の世界なのかもしれないです。
(混声六部合唱、尺八、打楽器、十七絃のための「変化嘆詠」 ~一休諸国物語図絵より と言う作品も三善晃にはありますが、
この曲の雰囲気は管弦楽のための協奏曲のⅡの世界に通ずるものがあるのかもしれないです)
Ⅱのラスト近くの大太鼓三連発の不気味な響きが印象的ですけど
あの部分は矢代秋雄/ピアノ協奏曲の第二楽章の幽霊とか夜明けの悪夢を彷彿とさせるものがありそうです。
Ⅲは一転して再度激しい音楽に回帰されますけど、ラスト近くのホルンの雄叫びがとにかく凄まじいと思います。
このホルンの雄叫びをバックに曲は一気呵成に閉じられますけど
聴くだけで圧倒されまくりの曲としか言いようが無いほどとにかく緊張感の強い作品だと思います。
前述の通り一言で表現すると「精密な設計図」を音楽にしたようなものと言えそうですけど、矛盾するような事をいって
申し訳ないのですけど、なぜか耳にはすんなり入ってくる音楽だと思います。
ちなみにですけど、耳にすんなり入ってくるというイメージと言うと、実は三善晃は1979年のアニメ「赤毛のアン」の主題歌や
挿入歌・EDを担当されていたりもしました!
赤毛のアンのあのOPのファンタジー感やアルトサックスのソロの扱いの巧みさは三善晃っぽい感じもありそうです!

三善晃の「管弦楽のための協奏曲」はプロの管弦楽団の演奏は滅多に聴く事ができないと思われますが、
この曲は吹奏楽コンクールでたまにですけど自由曲として演奏されることもあり、実際2018年時点において、これまでこの曲は
通算6回全国大会で演奏されています。
そしてこの曲の過去最大の圧倒的名演は誰がなんといっても1978年の秋田南高校吹奏楽部の演奏に尽きると思います。
秋田南による1978年の演奏は、言うまでも無く秋田南高校が全国大会初演なのですけど、
通算6回の全国大会演奏のうち、今の所唯一の金賞受賞が1978年の秋田南による演奏です。
確かに、磐城高校・湯本高校の演奏も素晴らしいのですけど、秋田南高校を超越するまでには全然至っていないようにも
感じられますし、そのくらいあの演奏は素晴らしいです。
「吹奏楽アレンジ演奏なんてしょせんは管弦楽のモノマネに過ぎない」などと言われる方には是非是非一度
聴いて欲しい演奏ではあります。
あの演奏を聴くと吹奏楽の無限の可能性を心の底から感じてしまうのですけど、難曲中の難曲を普通の高校生がさらっと
いとも簡単に吹いてしまうなんてとにかく凄いものがありますし、
当時の秋田南高校吹奏楽部の高橋紘一先生をはじめとする当時のメンバーの演奏の表現力・音楽的緊張感には
心の底から共感しますし、三善晃が後日秋田南の演奏をレコードで聴いた際にその演奏を絶賛され高く評価されたというのは
当然の話だと思います。

あくまでも私自身の個人的主観なのですけど、 1978年の高校の部の評価において、
もしも1970年以前の順位制度による表彰だったとすると、この年の高校の部の文句なしの圧倒的な一位は秋田南高校
だと思います。
2019年時点での現在の感覚・視点で聴いてもそうした感想・評価は揺るぎがないものがあるとすら感じてしまいますし、
むしろ今現在のコンクールにおいても 十分通用する素晴らしくハイレヴェルな演奏だと思います。
この演奏は残念ながらレコードとレジェンダリーシリーズのCDと課題曲も収録されたカスタムテープでしか
聴いたことが無いのですけど、
もしもタイムマシーンがあったとして過去に遡って昔の名演を生演奏で聴けるという事が出来るとしたら
この年の秋田南とか1977年の秋田南の「春の祭典」、同じく秋田南の1980年の三善晃/交響三章は
絶対に聴いてみたい演奏の一つです。
そして出来れば1979年の市立川口の「二つの交響的断章」や1980年の花輪高校のハチャトゥーリアンの交響曲第2番「鐘」も
是非聴いてみたいものです。

1978年の秋田南なのですけど、前年と前々年においては、 ペトルーシュカと春の祭典というストラヴィンスキーの
バレエ音楽路線を圧倒的名演でもって後世に間違いなく語り継がれるべき演奏を聴かせてくれていましたけど。
この年、1978年からは路線変更を行い、この年から1982年までは邦人路線においては、
ストラヴィンスキー以上の素晴らしい感覚で研ぎ澄まされた演奏を後世の私たちに残してくれていて、
いわばこの年は、秋田南の偉大な邦人作品シリーズの始まりの年という記念すべき年でもありました。

1978年の秋田南の演奏なのですけど、パターンとしては前年の1977年の構成と似ている感じがあります。
端正で正統派の雰囲気が漂う課題曲に対してあまりにも大胆不敵な自由曲という課題曲と自由曲の構成において
共通性があるようにも感じられます。
自由曲の管弦楽のための協奏曲は課題曲で見せつけた端正な仕上がり・正攻法みたいな感じではなくて
むしろ積極的に冒険している感じが漂います。
ホルンの高音域とかクラリネットの細かい動きとかトランペットの鋭い切れ味とか 技術的にはとにてつもなく高い水準を
求められる曲なのに、 そうした難しさは微塵も感じさせないで、確実に指揮者の高橋紘一先生から求められている音と表現を
立派に音にされていると思います。
三善晃の「交響三章」の世界を更にぐぐっと凝縮させたこの研ぎ澄まされた世界を見事に表現していると思います。
プロでも手に余る難解なこの曲をアマチュアの高校生が、しかも吹奏楽というアレンジ版という変化球を駆使して
ここまで立派な音楽的表現が出来ている事自体が奇跡だと私は今でも確信しています!!

上記で書いた通り三つの部分から構成されているのですけど、Ⅰのめまぐるしい変化に各管楽器が立派に対応できている事や
Ⅱの木管の艶っぽい響きが素晴らしいですし、Ⅲのホルンの荒ぶる調べが大変印象的です。
演奏終了後に、ブラボーという声援がこの時代しては珍しく入っていますけど(多分OBなのかもしれないです・・)
あれはやらせとかそういうのではなくて むしろ感極まった自然体としての唸り声みたいにも聞こえてしまうほど
とにかく見事な演奏でした。

最後に・・三善晃の「管弦楽のための協奏曲」の全国大会演奏の中で、秋田南以外として大変印象に残る演奏が
あるのですけど、それが1993年に八戸北高校が演奏したものでした。

前年度の1992年のホールジンガーの「春になって、王達が戦いに出かけるに及んで」の
とてつもない雑で粗野で荒削りのとんでもない演奏なのですけど、奏者と指揮者の熱い気持ちがひしひしと伝わってくる
あの演奏と93年の「管弦楽のための協奏曲」のクールで精密な演奏のあのとてつもない落差にはいつ聴いても
驚かされるものがあります。
この時の指揮者の佐々木先生の事は当ブログの吹奏楽カテゴリの中の「1981年~82年の東北大会」で色々と書いた記憶が
ありますけど、あの時のシベリウスの1番とかマーラーの1番のように佐々木先生は内向的な演奏を好む傾向が
あるのかねもしれないですけど、
92年の「春になって・・」のエネルギー大爆発の演奏は極めて意外でそのギャップがとても痛快に感じたものでしたけど、
改めて93年の「管弦楽のための協奏曲」の演奏を聴くと、
「佐々木先生にはこうした緻密な演奏がよく似合うのかも・・と感じたものでした。

指揮者の先生が、学校のチームカラーや「これまでの伝統にばかりにこだわって
毎年毎年生徒たちに同じような型をはめこんでしまうよりは、佐々木先生のように
その年の生徒さん達の個性や音質等に合わせて演奏スタイルとかを変えていった方が、
むしろ高校生にとっては自然体なのかもしれないです。

八戸北高校の92年と93年のあまりにも極端な演奏スタイルの違いから、ふとそのようにも感じたものでした。
ラフマニノフの曲を聴くとなぜかいつも「郷愁」とか「メランコラリック」という言葉が自然に思い浮かびます。
なんていうのかな・・、「帰りたいけどすでにそこに自分の帰るべき居場所はなかった・・」みたいな癒すことのできない
ポッカリと心に空いた隙間」みたいな雰囲気をそこに感じたりもします。
ラフマニノフは世間一般的には、甘いメロディーとか退廃的な美しさみたいに評されることも多いような気もするのですけど、
私にとってはロマンティックという言葉よりはむしろ「郷愁」という言葉のほうが似合いそうな感じもあったりもします。

ラフマニノフ自身は第二次世界大戦終戦間際まで生きられた20世紀の作曲家なのですけど、
その作風は恐ろしいまでに革新性は全く無く、とても同年代にストラヴィンスキーとかプロコフィエフとかラヴェルとか
ウェーベルンがいたとは本当に信じられない程です。
あの作風はロシア革命前とかロシア5人組の頃のようなまさに19世紀のロシア音楽の黄金時代の作風を
そのまま20世紀に持ってきたという雰囲気が濃厚で、伝統とか自分のスタイルをきっちりと生涯守り続け、
頑なまでに自分のカラーというか信念を曲げずに生きていた方と言えるのだと思います。

ラフマニノフ自身も、ストラヴィンスキーやプロコフィエフと同じように革命とか共産党政権というものに嫌悪感を覚え、
「亡命」という祖国を離れる道を選ばざるを得なかったのかもしれません。
プロコフィエフは一時的にソ連を離れて自由な欧米の空気を吸った事で、当初のスキタイ組曲とか交響曲第2番などの
ような過激な路線から、適度な洗練とも言える路線変更と言うお土産を貰ったような感じもしなくはないのですが、
ラフマニノフは、ロシア時代の作品もアメリカへの亡命以降も作風的にはほとんど進化はしませんでした。
出世作のロシア時代に作曲されたピアノ協奏曲第2番で、「自分の進むべき路線はこれしかない」と決意し、
それをアメリカに亡命以降も頑なに貫いたと言えるのかもしれないです。
そしてそのラフマニノフの「進むべき路線」とはまさに甘くてせつない狂おしいばかりのロマンティックという事なのだと
思います。
ロシア革命による共産党政権を嫌って欧米諸国に亡命したロシアの作曲家と言うと、前述の通り
プロコフィエフ・ストラヴィンスキー・ラフマニノフなどが挙げられるのですけど、この中でプロコフィエフとストラヴィンスキーは
その作風を亡命以降かなり極端な形で変化させてきているのですけど、ラフマニノフは亡命前も亡命以降も
生涯無くなるまでずっと頑ななまでに自分のスタイルを貫き通した作曲家と言えるのだと思います。
ラフマニノフの最も過激な作品というとよく挙げられるのが交響曲第1番なのですけど、あの程度で過激なんて言ってしまうと
プロコフィエフなんて極端すぎるほど過激すぎるとすら言えそうであるのですけど、あの交響曲第1番が極端に不評だった
ゆえにラフマニノフは一時作曲すら全くできなくなるほどのノイローゼに追い込まれるのですけど、
そのノイローゼを心理療法でもって脱却した時の「自分にはピアノ協奏曲第2番のスタイルしかない」という決意を最後まで
貫かれた作曲家というのがラフマニノフの本質だったと言えるのかもしれないです。

アメリカに亡命以降の主要作品は、交響曲第3番・ピアノ協奏曲第3番・交響的舞曲ぐらい
なのですけど、これは生前は作曲家としての認知度よりも実はピアニストという演奏家としてのラフマニノフの認知度が
高い事情もあり、アメリカ亡命時代は基本的には演奏家としての生活が大変忙しく、作曲活動をしている時間が
あまりなかったというのも大きかったと思いますし、亡命という環境の変化によって、そしてアメリカという新しい環境に
実は馴染めていなくて、心の底では「確かに生活する上ではこの亡命は必要不可欠だったのだけど、
新しい環境下においては、なかなか以前のような路線の曲を書きにくい・・」という事もあったのではないのかなとも
感じたりもします。
やはりあのような甘くて切ない音楽というのは生まれ育ったロシアの風土でないとなかなか書けないものなのかも
しれないですよね。
その点、どんな環境下でも作曲の筆は止まることもなく、適度に作風をコロコロと変えていくことができたプロコフィエフは、
適応力に優れたお方であり、ある意味器用な人だったといえるのかもしれないです。
あんなに「自由な空気が吸いたい」と懇願していたのに、いざ欧米での生活が始まると、自分の作風がなかなか受け入れて
貰えないという事情もあったかとは思いますけど、今度は手のひらを返したかのように
「やっぱり自分の母国のロシアがいっちば~ん!」と言い出して出戻りを結果的に果たしたり、
ロシアに戻った途端にそれまでの過激路線を抑えて、わかりやすい音楽の路線シフトしたりと、
ロシア革命以降もスターリン体制下でもずっとその抑圧生活を耐え忍んでいたショスタコーヴィッチなどから見てしまうと
「なんだこいつのこのちゃらんぼさは・・!」みたいな感じになるのかもしれないですし、
「こいつにはラフマニノフやストラヴィンスキーのように筋を通すという事はできないのか・・!?」ともしもしたら感じていたのかも
しれないですね・・(汗・・)

ラフマニノフの性格は、他人に決して自分の本音は伝えないし、どちらかというと自分の殻に閉じこもるような人
だったのかもしれないです。
そして一度自分で決意したことは、たとえその後においてどんな情勢の変化があったにせよ、生涯それを貫き通すという
頑迷さがあったといえるのかもしれないです。
そしてこの頑迷さというのがラフマニノフそのものであり、若いころにピアノ協奏曲第2番で掴ん「自分の路線というものを
生涯ずっと守り通したとも言えるのだと思います。
アメリカで暮らすラフマニノフの耳にも当然ながらプロコフィエフが出戻りで戻ってきた」か
出戻りで帰ってきたのに、スターリンから特に迫害を受けることもなく順調にソ連でも作曲活動を続けているとか
ソ連復帰後のロメオとジュリエットが大好評などという話は伝わっていたと思います。
ラフマニノフももしかしたら「それだったら自分もロシアに戻ってもいいのではないか・・」と心をかすめることは
一度くらいはあったのかもしれないです。
だけどラフマニノフはやはりソ連復帰はしませんでしたし、亡くなるまでアメリカで亡命生活を送っていました。
そうしたラフマニノフの心のどこかには「一度ぐらいはもう一度故国の土を踏んでみたい」という望郷の念はあったと
考えるのがむしろ自然なのかもしれないです。

ラフマニノフの実質的に最後の大作ともいえる「交響的舞曲 作品45」は、やはりどう聴いても
ラフマニノフのそうした望郷の念・郷愁・一度ぐらいは故国の土を踏みたかったという未練の思いや
メランコラリーな気持ちを感じざるを得ないと思いますし、そこにあるのは
「私にはすでに帰るべき居場所がない・・」というせつなさではないのかな・・?と感じてしまいます。
交響的舞曲作品45は、実質的に交響曲第4番と銘打っても良い位の大作で、最晩年の大変な名作です。
この曲を初めて生演奏で聴いたのは確か1994年のNHK交響楽団、指揮は確かプロムシュテットでした!
(前半は、このラフマニノフの交響的舞曲で、後半はベート―ヴェンの交響曲第7番でした)

交響的舞曲のミニスコアを一度見た事があるのですけど、
第一楽章が一番分かりやすく4/4拍子
第二楽章が結構演奏しにくいというか6/8拍子ですけど、基本的にはワルツ系の3拍子のノリで対応できると思います。
第三楽章はかなり難解で、拍子も変拍子の連続で9/8拍子と言うかなり不規則なビートが楽章を支配していました。

第一楽章中間部の哀愁溢れるソロはアルトサックスを使用しています。
このアルトサックス使用というのはかなり面白い試みだと思います。
当時、アルトサックスは、ジャズとかで使用されるのがメインでクラシック音楽の分野で使用されること自体極めて珍いと
言えると思います。
(その数少ない例外が、「アルルの女」とか「展覧会の絵」とか「ボレロ」なのだと思います)
どちらかというと、アルトサックスはアメリカのジャズとかビックバンドとかポピュラー音楽で
使用される事が多いいかにもアメリカ的な楽器なのかもしれませんけど、
ラフマニノフなりにアメリカとの融合を言いたかったのかもしれないです。
第一楽章のピアノも低音の支えが大変素晴らしいよい仕事をしていると思います。
アルトサックスのソロを伴奏で支えているのもこのピアノなのですけど、
何てあのメロディー、あんなに泣けてくるのでしょうね・・
あのメロディーは、ラフマニノフのように故郷がありながら何らかの事情で帰ることが出来ない人間にとっては
お涙ちょうだいの音楽であり、 とにかく聴いていて確実「泣けるもの・哀愁は伝わってくると思います。

第二楽章は寄せては漂う波みたいな感じの不安定で陰鬱なワルツです。
楽章全体が「悪魔が私と一緒になって踊る」みたいなニュアンスが大変良くイメージされ
サン・サーンスの「死の舞踏」みたいな陰鬱なワルツが小気味よく展開されているようにも聴き取れます。

第三楽章は中間部が素晴らしいです!
「人生とははかない夢・・・愛は幻・・」とか浜辺を漂う波みたいな香りが漂います。
かなり泣けてくるメロディーがこれでもか!!とかなり執拗に繰り返されますが
あの切々としたメロディーがとっても印象に残りますし、第一楽章同様泣けてくる音楽ですし、郷愁が痛いほど伝わって
きていると思います。
第三楽章冒頭のチャイムの響きもすてきですし、シロフォーンも実に鋭角的な響きを聴かせてくれてとても大好きです。
曲のラストはスコアの上では、ドラ(タムタム)がゴワーーーーンと鳴り響いて余韻を残して終わるように書かれていますけど、
指揮者によってこの辺りは解釈が割れているようにも思えます。
ネーメ・ヤルヴィのようにドラをゴワーーーンと余韻を残す方もいますし、
マゼールのようにドラの余韻をまったく残さないでバサッと終わらせる方もいますし
このあたりは指揮者の好みなのかもしれないです。

それにしてもこの「交響的舞曲」は素晴らしい名作だと思います。

交響的舞曲を実質的にラフマニノフの最後の交響曲として聴くと、
この曲はラフマニノフにとって生涯を通じて一番哀愁溢れるすてきな作品なのかもしれないと感じてしまいます。

ちなみにラフマニノフ本人は、この交響的舞曲第三楽章の最後のページを書き上げる際にスコアの余白に
「私は神に感謝する」という言葉を残しているそうです。
ラフマニノフにとってもこの曲が「もしかしたら自分にとって白鳥の歌になるのかもしれない」といった覚悟がもしかしたら
どこかにあったのかもしれないですね。

この曲の名盤として、私的には、マゼール指揮/ベルリンフィルを推したいと思います。

余談ですけど、上記にて第一楽章の中間部で「アルトサックス」が長大な甘いソロをせつぜつと吹き上げていると
書きましたが、アルトサックスという楽器は、ジャズ・ポップス・吹奏楽がその主な活躍の舞台なのですけど、
時折こうしたクラシック音楽の分野でもこの楽器が使用されることがあったりもしします。

その代表例として・・・

〇組曲「アルルの女」第一組曲(ビゼー)

 →もの哀しさをアルトサックスがうまく醸し出していると思います。

〇組曲「展覧会の絵」~古城

 →ムソルグスキーの原曲をラヴェルがアレンジしたものですが、古城にて使用しています、
  やはり哀愁をうまく出しています。
  ラヴェルだからできた芸当で、武骨な作風のムソルグスキーではこうした繊細なオーケストレーションは
  無理なのかもしれないですね。

〇ボレロ(M.ラヴェル)

 →アルトサックスではなくて、何とソプラノサックスとテナーサックスがソロとして
  使用されます。テナーサックスのハスキーさが素晴らしいのですけど、このテナーサックスという楽器は
  もしかして人間の声に一番近いのかな・・?とも感じさせてくれる曲でもあるのかなとふと感じたものでした。

上記はの曲はフランス系のものばかりですが、(ちなみにサックスの発祥の地はフランスです!)
ロシアでも意外と使用されています。
プロコフィエフの交響組曲「キージェ中尉」・バレエ音楽「ロメオとジュリエット」でも
効果的に使用されています。
特にキージェ中尉では、その第四曲・トロイカでテナーサックスがコミカルにソロを演じています。
小澤征一指揮のように、このトロイカの部分にバリトンの声を使用する人がたまにいますが、
やはりこの部分はサックスでないと中々味が出てこないのかな・・?とも思います。

でもやっぱりロシアものというとラフマニノフの交響的舞曲~第一楽章のアルトサックスの効果的使用が
やはり断トツなのかもしれないですね。

ラフマニノフの交響曲第2番の第三楽章も本当に泣ける素敵な音楽です。

交響曲第3番はほとんど実演では聴かれませんけど、何となくお茶目な所も感じられなくもありません。
交響曲第1番は正直判断に迷います。
この曲の初演の失敗が原因で作曲者本人がノイローゼに追い込まれたことも分かるような気もします。
何となくムソルグスキーの禿山の一夜【原点版】を想起させるような香りもします。

最後に余談ですけど、ラフマニノフの交響的舞曲~第三楽章の吹奏楽アレンジ版は、2018年時点でこれまで全国大会で
11回自由曲として演奏されていますけど、私的にはどれもこれもすべて決め手に欠く演奏でして(汗・・)
やはりその敗因として、

1.第三楽章の原曲は14分程度なのに、これを7分程度に短縮すると中間部のあの美しいメランコリーな繰り返しが
 バッサリとカットされ興醒めになってしまう

2.管楽器だけであの繊細な曲を演奏すると、曲自体の美しさが意外と表現しにくい

3.この曲を吹奏楽版で演奏してしまうと、なぜかどの演奏も「もっさりとどんくさく」聴こえてしまう・・

4.管楽器だけではこの曲のうねりの表現は不可能に近い

といったものが挙げられると思いますし、この曲はそうした意味では吹奏楽コンクールの自由曲としては不向きと
結論を出さざるを得ないのかもしれないです・・
この曲は過去に、川越奏和・三重大学に金賞をもたらしていますけど、私的には全くピンとこない演奏であったりもしますし、
伊丹市吹奏楽団・大曲吹奏楽団・山王中・伊奈学園総合高校・嘉穂高校・青山学院大学なども
私的にはあまり芳しくない出来映えと感じてしまいますし
(この中で唯一何かを感じ取れる演奏は伊奈学園ぐらいなのかも・・)
それだけ吹奏楽で表現するには難しい曲といえるのだと思います。

今後どこかのチームが現代的シャープな感性でこの曲に新しいアプローチで臨まれ、素晴らしい名演が登場してくることを
期待させて頂きたいと思います。
一つ後の記事が夢や悪夢の管理者である東方のドレミー・スイートの記事ですので、本記事は夢や悪夢に関連した記事
という事で矢代秋雄のピアノ協奏曲について少しばかり触れさせて頂きたいと思います。

矢代秋雄の「ピアノ協奏曲」は、邦人作品の中でもひときわ輝く作品だと思いますし、
邦人作品のピアノ協奏曲としては、一番演奏頻度が高い曲なのではないかと思っています。
事実、今の所、私自身が過去の演奏会で聴いた邦人ピアノ協奏曲としては一番数多く聴いた曲だと思います。
邦人作品のピアノ協奏曲自体があんまり演奏される機会は無いようにも感じますし。
私自身、邦人のピアノ協奏曲のジャンルの中では、矢代秋雄・松村禎三・三善晃・吉松隆・間宮芳生ぐらいしか
生では聴いたことがないかもしれないです。

そうした中、矢代秋雄のピアノ協奏曲は本当に素晴らしい曲だと思いますし、
日本が世界に誇りうるべきピアノ協奏曲の一つなのかもしれないです。
矢代秋雄自体、大変な寡作家の上、47歳の若さで急逝されたお方ですので、作品自体実はそれほど多い訳ではないです。
矢代秋雄の作品は、交響曲とピアノ協奏曲と交響的作品しか聴いたことがないのですが、それは仕方がない事なのです。
というのも、矢代秋雄は恐ろしいほどの寡作家で、生涯の作品リストも極めて少ないとのことで、
その生涯で完成させた管弦楽曲はせいぜい10曲程度とのことです。
だけど、矢代秋雄はこの交響曲一曲だけでも、十分すぎるものさえあると思いますし、
交響曲とピアノ協奏曲の二曲でもって後世に永遠に受け継がれていくべき素晴らしい名曲を残されたと思います。

矢代秋雄の「交響曲」は、邦人シンフォニーの中でもトップクラスの名曲だと思います。

そして私自身が日本人が作曲したクラシック音楽に分類される交響曲の中で、私自身がとても大好きな曲であり、
同時に私自身の音楽観を構成する上で、松村禎三の交響曲と共に私自身に最大限影響力を与えてくれた邦人交響曲
というのは間違いないと思います。
当ブログでは何度も語っている通り、私自身が吹奏楽とクラシック音楽に強い関心を持つようになった最大のきっかけは
1982年に聴いた全日本吹奏楽コンクール・東北大会・高校の部【A部門】に出場したチームの中で、
秋田県立花輪高校吹奏楽部が演奏したウィリアム・ウォルトンの交響曲第一番変ロ短調~終楽章と、同じく同大会の
秋田県立仁賀保高校吹奏楽部が演奏した矢代秋雄の交響曲~第四楽章に強い衝撃と感銘を受けた事が
全てでもあるのですけど、当時まだ音楽の事を何も知らない真っ白の状態の一人の高校生に与えた影響は
計り知れないものがあったと思いますし、矢代秋雄の交響曲を知った事で、私自身が多少は日本の作曲家が残したきた
素晴らしいクラシック音楽を少しは聴くようになったいっちば~ん!のきっかけと言えるのだと思います。

そして、矢代秋雄のピアノ協奏曲も交響曲に勝るとも劣らない不滅の協奏曲だと思います。

このピアノ強奏曲は偉いご高名な音楽評論家の先生達からは、
「安っぽい」
「映画音楽みたい」
「交響曲みたいな洗練された香りに乏しい」みたいな批判的な意見を聞くことが多いのですけど、
それは少し違うような感じもあります。
「別に分かり易くたっていいじゃん」
「20世紀~21世紀の音楽は別に全てが12音主義・前衛である必要はない」
「日本の様々な邦人現代音楽が一般聴衆からは受け入れられずそのまま表舞台から姿を消してしまう曲ばかりなのに、
作曲から50年近く経過した現在でも邦人作品の数少ないレパートリーとして生き残り続けているのは、
それはやはりこの曲にとてつもない魅力があるからではないのか・・・?」と
私は思っています。

矢代秋雄のピアノ協奏曲は演奏時間が大体27分前後でオーソドックスな三楽章形式で構成されています。

第1楽章 アレグロ・アニマート
 
第2楽章 アダージョ・ミステリオーソ

第3楽章 アレグロ - アンダンテ -ヴィヴァーチェ・モルト・カプリッチョーソ

第一楽章は静かに開始されますけど、この静かな雰囲気が実にミステリアスだと思いますし、
このミステリアスな世界観が全ての楽章に統一して貫かれていると思います。
この静かな開始部分から一転してピアノのffが響くのですけど、この部分を聴くと、
「ピアノを打楽器的に扱っているのかもしれない」とも感じてしまいます。
第二楽章は、私に限らず、多くの方はこの第二楽章が一番美しく印象的と感じるのではないのかと感じます。
この楽章は、作曲者によると「夜明けの悪夢」と表現されています。
子供の頃の矢代秋雄は、よく原因不明の高熱にうなされ、その際によく「不思議な一つの音が繰り返し耳に
こだました」と回想していますが
そうした回想シーンが実に巧みに音楽として表現されていると思います。
第二楽章の冒頭は無機質みたいに一見感じるピアノの単音がボーン・ボーンと不気味に響く中から開始されるのですけど
その不気味な単音が、ティンパニ・フルート等の楽器に引き継がれ
そして最後はコンサートチャイムの鐘の音が静かに響き渡ります。
その単音の表現は、かなり執拗に繰り返され、確かスコアの上では総計43回も繰り返し反復され、
その響きは和風でおどろおどろしいのですけど、美しくてまるでこの世のものとは思えないような幽玄的な美しさすら
感じてしまいます。

私自身、10代や20代の多感な頃には、目に見えない不安感・呪縛」・重苦しさといった感覚に真夜中に襲われる事も多々あり、
体は疲れているのだけど頭が冴えて全然眠れないという事もあったものでした。
その感覚というのは、矢代秋雄のピアノ協奏曲第二楽章または、
吹奏楽オリジナル作品ですけど、ネリベルの「フェスティーヴォ」の中間部あたりにそうした不安感のエコーを感じたものでした。

第三楽章は第一と第二楽章を回想しながら、駆け抜けていきます。

矢代秋雄のピアノ協奏曲の初演は中村紘子が務めていて、矢代秋雄自身も
「中村紘子がこの曲を弾く事を前提に作曲の筆を進めた」と聞いたような記憶があります。
時にまだ10代の少女の中村紘子に「この部分はピアニストにとっては指の負担はどうなの・・?」とアドバイスを求めたり、
時にそうしたアドバイスを元に部分的に曲の修正を施したというエピソードもあるとの事です。
この曲は生演奏でもCDでも、最近では、湯浅卓雄指揮/岡田博美ピアノのナクソス盤のCDも聴きましたけど
中村紘子のピアノが一番しっくりくるような印象があります。
中村紘子というとショパンみたいなイメージもあるのですけど
この曲を弾いている時の中村紘子は、そうしたショパン弾きのイメージはあまり感じられません。
ワイルドでもありますし、中村紘子が弾くこの曲からは「とてつもないエネルギー」みたいなものを感じてしまいますし、
「矢代秋雄先生はどうしてこんなに早く逝ってしまったの!?」みたいな悲痛な叫びみたいなものも感じたりもします。
余談ですけど、N響の世界一周演奏旅行にソリストとして付き添ったのは10代の中村紘子です。
(中村紘子さんもまだお若いのに最近お亡くなりになられていたのは大変悲しい知らせでした・・)
更にものすごくマニアックな話ですけど、この時のN響のチューバ奏者は
後に野庭高校吹奏楽部の指揮者としてその名を残す中澤忠雄先生とのことです。

この協奏曲で、どうしても忘れられない演奏会がありました。

1999年6月のサントリーホールでの東京交響楽団の定期演奏会でしたけど
前半がこの矢代秋雄のピアノ協奏曲で、後半がメシアンのトゥーランガリア交響曲でした。
プログラム全体の副題として「師弟の絆」とありましたけど、
確かに、メシアンと矢代秋雄はフランス留学時代の師弟関係がありましたし、
ピアノ協奏曲第三楽章の後半の展開に悩んだ矢代秋雄が中村紘子に
「何かいい方法があったらぜひ教えて」と懇願したエピソードから考えると
確かにぴったりのタイトルかもしれませんよね。
この日の演奏は、中村紘子も東京交響楽団も指揮者の秋山和慶も大変素晴らしい名演を聴かせてくれ
とにかく素晴らしい前半の協奏曲だったのですけど、後半のメシアンはあまりにも曲が難解すぎたせいか
曲の途中なのに席を立つ人が続出というのは何か気の毒でした。

あまりにも前半の矢代秋雄のピアノ協奏曲が素晴らしすぎたというのもありますし、
メシアンを同時に聴いてしまうと
矢代秋雄ですら優しく平易に聴こえてしまうのは、何か面白い感覚ではありました。
ロシアの作曲家の作風は、プロコフィエフ・ショスタコーヴィッチ・チャイコフスキー等に代表されるように
「極端から極端へ」と作品の幅の広さは底なし沼のように深い気もします。
当ブログでもよく書いている事ですけど、例えばプロコフィエフも若い頃は例えば、交響曲第2~3番、スキタイ組曲、道化師等
かなりグロテスクで悪趣味極まりない曲を作曲したのかと思えば、ロシア復帰以降は、シンデレラ・ロメオとジュリエット・
ピーターと狼、交響曲第7番・戦争ソナタなどのように大変分かりやすくて親しみやすい曲を作曲していますし、
その最晩年は交響曲第7番「青春」というまるで幼少期を回顧するかのような甘いメロドラマのような曲を残し、
特に交響曲第2番と5番と7番が同じ作曲者であるとは到底思えないようなほどの違いというのか、
その作風の落差の大きさには唖然とさせられるものがあったりもします。
それはショスタコーヴィッチも似たような側面があり、「20世紀最大の名作交響曲」と誉れ高い交響曲第5番「革命」も
その一つ前のシンフォニーの交響曲第4番のまるでマーラーとシェーンベルクを足して二で割ったとした言いようがない
とてつもなく難解で抽象的な作品であった事を考えると、やはりその振り子の幅の大きさには呆然とするしかない・・という
感じなのだと思います。

そうしたロシア人作曲の作風のとてつもない変化という観点ではストラヴィンスキーの右に出る者はいないのかもしれないです。

ストラヴィンスキーは、火の鳥・ペトルーシュカ・春の祭典という三大バレエ作品でもって音楽史に名を残すことになり、
特にペトルーシュカの複調と春の祭典の野蛮極まりない原始主義(バーバリズム)は音楽史の上でも
光り輝くものが間違いなくあると思われます。

バレエ音楽「春の祭典」の初演時には、音楽史上最大級とも言える賛否両論の怒号が飛び交う大スキャンダルが
発生したと伝えられますが、確かに20世紀初頭のパリの聴衆の皆様にとっては、この精緻なリズムと音色ととてつもなく野蛮な
大音響が交錯する記念碑的な作品と初めて接した時には、確かに困惑と衝撃以外の何物でもなかったのかもしれないです。
21世紀の感覚で聴くと、インパクトという意味では今現在聴くと、「それほど驚くべきほどの音楽では無い」等色々な意見は
あると思いますし、当時ほどの新鮮さはないかもしれませんが、
後世に何かメモリアル的なものを残したという意味ではその意義は大きなものがあると言えるのだと思います。
ファゴットの最高音域の音で始まる出だしからして新鮮と異端さが混在したものもないのかもしれないです。
この曲は、「リズム感・躍動感・人間の本能としての生への意識というものが曲の隅から隅まで伝わってきていると思います。
CDで聴いても生で聴いても、その迫力・躍動感にはただただ脱帽するしかないと思います。
生で聴いてみると分るのですが、春の祭典はそれ程多種多様な打楽器を使用している訳ではありません。
ティンバニ・大太鼓・シンバル・ドラ・タンバリン・ギロ程度です。
管楽器も確かに大規模編成ですが、特に目立つ特殊楽器は使用していません。
それでもあれほどの圧倒的サウンドを出せるのですから、オーケストラは究極のシンセサイザーと言えるのかもしれないです。

この「春の祭典」は、もしかしたら、ハチャトゥーリアンの交響曲第3番「シンフォニーポエム」と同じように、人生に対して
暗さ・厭世観・絶望しか感じ取れない人たちには是非一度は聴いて欲しい曲なのかもしれないです。
春の祭典は、人間の本能から「とにかくどんなことがあっても生きろ!」というメッセージが伝わってきそうですし、
シンフォニーポエムは「明るい! そうだ! 全てが明るい!!」というウルトラ超前向きなメッセージとか伝わってきませんし、
とにかくあの大音響をボリュームいっぱい聴きまくれば、
「そのうちなにかいい事が起きるのかも・・それまでは出来る限りしっかりと生き抜こう!」という意欲が自然と湧き起こるのかも
しれないです。

そうした大音響と複雑で精緻極まりない「春の祭典」なのですけど、ストラヴィンスキー自体は、もしかしたらなのですけど
「こうした春の祭典みたいな路線は聴衆からもすぐに飽きられてしまうと予想されるし、二番煎じの曲もたくさん
出てくるだろう・・
その前に自分自身も春の祭典とは異なる路線をスタートさせないと、すぐにクラシック音楽界からは飽きられてしまう」という
想いもあったのかもしれないですし、
「春の祭典はあれはあれで一つの頂点なのだけど、ああいう路線を生涯貫き通すのは無理かもしれないし、
そろそろ何か新しい作風で新しい作曲家人生をスタートさせてみたい」という気持ちもあったのかもしれないです。

そして春の祭典からわずか7年後の1920年に作曲されたバレエ音楽「プルチネルラ」でもってストラヴィンスキーは、
春の祭典に代表される原始主義路線から一転して新古典主義音楽へと転換を果たします。
ちなみに新古典主義とは、簡潔に言うと、18世紀の音楽の旋律と形式をそのまま使いながら、
新しい管弦楽法で音楽に新しい命を吹き込んだ音楽的路線を指すものであり、
従来のドイツの正統派の形式を重視した重厚な音楽でもないし、過度なロマンでもないし、
ドビュッシーやラヴェル等の印象派とも少し違うし、ストラヴィンスキーの原始主義とはかなりかけ離れたものでもありました。
ストラヴィンスキーの新古典主義は第二次世界大戦後の1950年代まで長期間続いていくのですけど、
晩年にはそうした新古典主義すらも超越したストラヴィンスキー独自の十二音技法に辿りついたりと、
その生涯においての作風の変化は凄まじいものがあり、ストラヴィンスキーがよく100の顔を持つ作曲家とかカメレオンと揶揄
されるのも作風の変化の唐突さと激しさがあるのかもしれないです。

ストラヴィンスキーが春の祭典という原始主義を乗り越えて新古典主義という新しい作風に突入していったのは
1920年頃のバレエ音楽「プルチネルラ」なのですけど、 バレエ音楽「カルタ遊び」はストラヴィンスキーの新古典主義が
絶頂期の頃の作品と言えるのかもしれないです。

私自身、このバレエ音楽「カルタ遊び」を初めて聴いた時には既に春の祭典・火の鳥・ペトルーシュカの一連のあの
三大バレエ音楽を聴いていた後でしたので、「春の祭典」の過激さが見る影も無く後退し、
そのシンプルさに驚いたものです。
作曲家の作風ってここまで劇的に変化するものなのだと初めて実感した瞬間でもありました。
(後述しますけど、私自身が初めて「カルタ遊び」を聴いた演奏と言うのは、例によって吹奏楽コンクールでして、
1978年の玉川学園高等部の自由曲の演奏がそうでした)

最初に「カルタ遊び」というタイトルを耳にした時、「カルタ」というと、どうしても日本人の習性として
お正月に遊ぶあのカード遊び、すなわち「犬も歩けば棒に当たる」なんていうことわざカード遊びみたいなものを
思わず連想してしまうのですけど
ストラヴィンスキーが意図した「カルタ遊び」というのは、ポーカーゲーム、つまりトランプの事なのです。

これって邦訳ミスなのかもしれないですね。

カルタ遊びなんてタイトルを付けてしまうと、私のように「犬も歩けば」を連想してしまう人続出なような気もしますけどね(汗)

この曲の管弦楽の原曲を初めてCDで聴いたのは、サロネン指揮/フィルハーモニア管弦楽団でした。
火の鳥のカップリング曲として収録されていましたし、後年のネーメ・ヤルヴィもこの曲をchandosで録音していました。

前述の通り「カルタ遊び」という曲を初めて耳にしたのは、実は管弦楽版ではなくて吹奏楽アレンジ版としてでした。
1978年の玉川学園高等部が全国大会の自由曲として演奏したものでしたけど、
まさかこんな地味な曲を吹奏楽で演奏するなんて今では考えられない話なのかもしれないです。
この曲を吹奏楽コンクールで演奏したのは玉川学園が多分最初で最後だと思います。

1978年の玉川学園のカルタ遊」は、今現在の感覚で聴くと大変興味深いものがあります。
曲の内容があまりにも地味すぎるという事もあり、この曲のチャームポイントはどこにあるのかな・・?と考えながら聴くと
それはそれで面白い聴き方もできると思います。
レコードでこの演奏を聴くと分かるのですけど、曲自体あんまり盛り上がりませんし、
別にドラマも葛藤も強奏も派手にどっかーーんと盛り上がる部分はほぼ皆無です。
どちらかと言うと「洒落っ気」を小粋に楽しむという感じの演奏だと思います。
玉川学園が演奏したのは第3ラウンドですけど、原曲で使用される打楽器はティンパニと大太鼓のみです。
玉川学園も打楽器はそれ程使用していませんし、金管も比較的大変巧みにコントロールされています。
木管はべらぼうに上手いですね!!
こうした聴かせどころが大変難しい曲をこれだけ音楽的に仕上げられるというのは、実は大変難しい事だと思うのですけど、
そうした難しさを全然難しいとも感じさせずに、どちらかというとあっさりめにと感じさせるくらい
楽に聴かせるのが上手いとも感じたものですし、
何よりも地味な曲をここまで音楽の内容として立派に表現されていたのは今現在の感覚で聴いても驚きしかないです。

玉川学園高等部は、前年度と前々年度はドビュッシーの「三つの夜想曲」とラヴェルの「ダフニスとクロエ」第二組曲といった
王道的なフランス音楽を自由曲に選び、
この年の翌年と翌々年はコープランドの「戸外の序曲」とリードのアルメニアンダンスパートⅡといった
吹奏楽オリジナル作品を絢爛豪華に響かせていました。
考えてみると、1976年~80年の5年連続金賞演奏の中で、
最初の二年間は上品さと気品さをテーマにし、最後の二年間は若さとエネルギー爆発をテーマにしていたようにも
聴こえるのですけど、
その中間にあたる1978年の演奏がこうした地味で粋な曲というのも全体の中では「シンメトリー」みたいな印象もあり、
興味深く感じたものでした。

余談ですけど1980年の玉川学園のリードのアルメニアンダンスパートⅡ~Ⅲ.ロリからの歌のあの凄まじいテンポの速さは
本当に圧巻の仕上がりでした!
この曲の演奏はカットされて演奏される事が多いのですけど、一切カットをしないで、一気に駆け抜けていったあの快速感は
今現在聴いても惚れ惚れするものがあります。
冒頭が大変重厚で重苦しい雰囲気なのですけど、農民の嘆きみたいな雰囲気を 十分に伝えていてとても素晴らしかったです。
アレグロに入ると、とにかく速い、速い、速い・・・!! だけど速いのだけど音楽自体は崩壊していないし、
適度な緊張感もキープしていますし、
1979年の尼崎西のような「煽りまくった猪が突進するような演奏」ではない所がすごいと思います。
この年の玉川学園のサウンドの透明さ・音の洗練さはまさに「一つの極限」に達していて
あんなにテンポを速めに設定し飛ばしに飛ばしていても少しも「煩い!!」と感じる事はなく
サウンドがとても美しく響いているものですから、逆に「洗練された印象」すら与えてしまいます。
そうそう、自由曲全体を通してシロフォーンの硬質な響きが実にいい味を出していると思いますし、
シロフォーンの硬質な甲高い響きが曲全体の中で大変見事なアクセント効果を出していたと思います。
そして中間部のしっとりとした歌いかたが大変素晴らしく感涙ものです!
あのしっとりとした「お涙ちょうだい・・」というしっとりとした抒情的な演奏は、前半の壮絶なスピード感との対比という意味で
大変斬新で鮮やかなものがあったと思います。
中間部のクラリネットの美しい音色は、とてもこの世のものとは思えないはかなさもありましたし、同時に
色気も感じられ本当に「美的限界」を超えた演奏だと思います。
中間部の最後を締めくくるホルンの二重奏も大変素晴らしかったです。
玉川学園高等部がすごいのが、ここから先があまりにも超絶的演奏のオンパレードという点でありまして、
「演奏者たちは本当に人間なのか・・!?」というとてつもない世界を普門館の聴衆たちに聴かせていました。
ラストに向けての追い込みがとにかくお見事だったと思います!
こういうエネルギッシュな演奏は往々にして後半息切れというパターンが多い中、パワー不足とか息切れという現象は全く無く、
中間部でしっかりと金管セクションが休んでエネルギーを充当し、再度後半の追い込みで
エネルギーを大爆発させてくれていたのだと思います。
後半のホルンの雄叫びもほぼ完璧に決まっていましたのは圧巻です!
トロンボーンのあの強奏状態での 「はもりの美しさ」は、本当に「伝説の名演」に相応しいと思います。
最後まで一直線で何の迷いもためらいもなくひたむきに駆け抜けてくれた素晴らしい自由曲だったと思いますし、
5年連続ゴールド金賞のラストを飾るのに相応しい演奏を聴かせてくれたと思います。

話をバレエ音楽「カルタ遊び」に戻させて頂きますと、バレエ自体は大変ユニークなものがあると思います。

このバレエの副題が「三回勝負のバレエ」となっているように
第一ラウンドから第三ラウンドまでの計三回に渡るポーカーゲームをバレエとして表現したものです。
バレエの踊り手は、ご丁寧な事に、それぞれがトランプの模様の衣装を身に付けて踊り、
トランプの札として描かれている事に最大の特徴があると思います。
最後は、ポーカーゲームの胴元というか、ディーラーの巨大な手によって全てのコイン・カードが運び去られて
終わりというのもいかにも賭けらしいお話でありユニークなものを感じさせてくれますね。

この曲は下記の三楽章(三ラウンド)から構成されています。

第1ラウンド

1.序奏
2.パ・ダクシオン
3.ジョーカーの踊り - ストリンジェンド
4.ワルツ

第2ラウンド

1.序奏
2.ハートとスペードの行進曲
3.クィーンの5つのヴァリアシオンとコーダ
4.行進曲
5.一同の踊り

第3ラウンド

1.序奏
2.ワルツ
3.スペードとハートの戦い
4.結尾/ハートの勝利

このバレエ音楽は三ラウンド共に、「序奏」で開始されるのですけど
これは三ラウンド共に、基本的には同じメロディーによる序奏です。

例えて言うと、ムソルグスキーの組曲「展覧会の絵」の「ブロムナード」に少し構成が似ています。

展覧会の絵も、曲と曲の間には「プロムナード」の主題が繰り返し使われていましたけど
カルタ遊びも序奏の部分は繰り返し同じメロディーが流れます。

この曲の一番の聴きどころは第三ラウンドだと思います。

この部分では、ドリーブの「コッペリア」とかロッシーニの「セビリアの理髪師」がかなり分かり易い形で引用されていて
とっても楽しいし、ストラヴィンスキーのいたずら心が冴えわたっているといった印象があります。

昭和の頃には、ゲーセンとかでよくポーカーのゲーム機が置かれていましたけど、
最近はゲーセンすら段々と廃れつつある時代になっていると思いますし、こうしたゲーム自体。ゲーセンではなくて
自宅や電車内でスマホまたはPCで楽しむ時代というのも時代の変化なのかもしれないですね。
マルコム・アーノルドと言うと、最近はさすがに一時のブームによる人気のピークは過ぎたと思いますけど、
日本の吹奏楽コンクールと言う非常に狭い世界ではかなりの有名人だと思います。
先日の当ブログの記事においてもアーノルドの組曲「第六の幸福をもたらす宿」の事を取り上げさせて頂きましたが、
この組曲と今回取り上げさせて頂く序曲「ピータールー」と交響曲第2番でもって日本の吹奏楽界における
アーノルドの知名度は一気に高まったと言えるのはほぼ間違いないと感じております。
一方管弦楽の世界では母国イギリスは別としても日本においては
いまだに残念ながら「知る人ぞ知る」という領域なのかもしれないのは歯がゆいものがあったりもします。

アーノルドと言うと一番有名なのが、映画「戦場にかける橋」の映画音楽を作曲した人という
事なのでしょうけども、その中で特に「ボギー大佐」のアレンジが一番ポピュラーといえるのかもしれないです。
(「ボギー大佐」はアルフォードが1914年に作曲した行進曲です)
この戦場にかける橋は後日、管弦楽組曲としてもまとめられていますけど、その中の第二曲がそのボギー大佐です!
ちなみにこの映画音楽のメインテーマになっていて、組曲版の終曲にもなっている「クワイ河マーチ」は
アーノルド自身が作曲したものです。

日本の吹奏楽において、アーノルドの知名度がここまで飛躍的に高まったのは序曲「ピータールー」の存在が大きいと言えると
思います。
この曲の支部大会以上での初演は多分ですけど埼玉県の川口アンサンブルリベルテの1989年の関東大会の演奏だと
思います。
(アンサンブルリベルテというと1990年のバレエ音楽「せむしの仔馬」の超名演が大変印象的ですけど、その1年前の自由曲が
このピータールーでもありました!)
全国大会初演は1993年のJSB吹奏楽団ですけど、この曲の過去における最大の名演は私的には、
1995年の浜松交響吹奏楽団だと思っています。
導入部のゆったりとした響きに対して小太鼓乱入以降の荒ぶる響きの迫力にラスト近くのコラールの感動性は
もう涙無しには聴けないのかもしれないです!
それ以外では1999年の飯能西中学校もある意味大変ユニークな演奏を聴かせてくれています。
冒頭から音程はずれているしホルン等の音外しやミスは目立つし、ラストはトランペットのパワー不足によって、
あの輝かしい響きの部分はなぜかソプラノサックスが異常に目立ってしまうなど技術的には惨憺たるものが目立ちましたが、
なぜか表現に惹きつけられてしまう「何か」は持っていたような気もします。

序曲「ピータールー」は10分前後の曲ですけど、黙って目を瞑って聴いていると、

「この部分は、抗議する群衆に発砲する騎兵隊の横暴さを描いている」
「騎兵隊によって一旦は鎮圧され、武力に屈した屈辱感と寂しさを表現したのはオーボエのもの哀しいソロの部分だ」
「権力者たちにはいつかこの日の報いを受ける時が来る!!
必ずや自分達が求めた参政権・選挙権を得る日がやってくる!
自分達の正義はいつの日にか歴史が証明してくれるはずみたいな正義感・高揚感を示唆したのは
ラストの高らかなトランペットのファンファーレとチャイムの響きである!」
「小太鼓三台を用いた軍隊の横暴さと進撃を暗示したもの」
「安らかで穏やかに開始された序奏に、唐突に乱入してくる小太鼓のロールの響きと荒々しい金管の響きは、
権力者たちの地位を守る為なら、多少の民間人の犠牲は仕方がないという権力者たちの傲慢を示唆している」

そういったイメージが、いとも簡単に脳裏に思い浮かんでくるのですけど、
脳内のイメージを「音楽」という物語で私達の脳にすーーーっと染み込ませてくれるアーノルドの作曲家としての腕の確かさに
敬意を表したくなりますしあの研ぎ澄まされた表現力の素晴らしさには脱帽するしかないです。
口の悪い人ですと「こんな曲、単なる描写音楽に過ぎないじゃん!」と言われるとは思うのですけど、
聴く人に「音楽によって具体的イメージを伝えること」をきちんとやっているアーノルドは本当に素晴らしい作曲家だと
思います!
第二次世界大戦後の作曲家の先生たちはどちらかというと「技巧」・「音符の並べ方」にどちらかというと神経を注ぎ、
肝心要の「誰かの心にすーーーっと何かを伝える事が出来る力=音楽」という事を忘れた理屈っぽい人が多いようにも思える中、
アーノルドの「分かり易さ」は特筆に値するものと思います。
コンピューター音楽・無調音楽等のあまりよくわからない現代音楽が闊歩していた20世紀において、
こんなにも描写がはっきりしていてメロディーラインが分り易くて、
メッセージ性が強い何を言いたいのかがはっきり伝わってくる音楽が20世紀にも存在していた事に驚かされるものが
あります。

この曲の背景なのですけど、

1819年8月16日にイングランド・マンチェスターのセント・ピーターズ・フィールドで発生した虐殺事件をベースにしていて
歴史的事実に基づいた曲でもあります。
この広場で選挙法改正と参政権拡大を求めて集会を開いていた群衆に政府軍の騎兵隊が突入して鎮圧を図り、
多数の死傷者が出る大惨事・大虐殺を招いたという大変な事件でもありますが、このピータールー事件が起きていた頃に
日本においては「大塩平八郎の乱」が起きていたりもします。
両事件とも時の権力者に対する「民衆の怒りの声の代弁」という意味では、かなり共通した要素がありそうな感じもあります。

出だしのゆったりとした平和的なテーマに突然、小太鼓三台による乱入が始まり(厳密に言うと一台は途中から加わります)
政府の武力的鎮圧を象徴するような激しい音楽が展開されていきます。
その激しい部分はドラのゴワワーーンという大音量と共に閉じられ、一旦静まるのですけど、
その後に続くオーボエのもの哀しいソロが大変印象的です。これは犠牲者に対するレクイエムなのかもしれないです。
そしてその後に金管セクションによる「自分達はこんな暴力に絶対にに屈しない!!」というテーマが高らかに鳴り響き、
壮麗なチャイムの響きに合わせて感動的に曲は閉じられていきます。

曲は本当にシンプルなもので、難しい表現とか過激な不協和音はほぼ皆無です。
前述の通り、 ここはデモ隊と政府軍の激突シーン、
デモ隊の撤収とか手に取るようにその場のシーンを容易に想像できることがすごいと思います。
「音の絵巻」と言っても差し支えはないと思います。

小太鼓三台のロールというのは視覚的にも聴覚的にも相当のインパクトはありますが、
要所要所でピアノがピシっとリズムを決めている箇所があり、相当全体を引き締めている役割があると思います。
特に後半のあまりにももの哀しいオーボエのソロが開始される前のピアノの
無表情な打撃音は痛々しいのだけど、ある意味大変無機質で効果的なのかもしれないです。
ラスト近くのチャイムの響きも、「自分たちは絶対に屈しない!!」というメッセージを予感させるようなものであり大変効果的です。

序曲「ピータールー」の吹奏楽版は吹奏楽コンクールでも演奏会でも何度も聴いておりますけど、
管弦楽の原曲演奏は、2006年のオペラシティの東京交響楽団でしか聴いた事がありません。
是非是非、アーノルドの交響曲と共にこの素晴らしい序曲も生の演奏会で演奏して欲しいと切に感じています。

この曲をCDで聴く場合・・・・

ヴァーノン・ハンドレイ/BBCコンサート管弦楽団が断然素晴らしいと思います。
バーミンガム市響によるアーノルド本人による自作自演の演奏も実に明確な意図が伝わり「さすが!」と思います。
ハンドレイ指揮の演奏の後半のテンポの遅さはすごいものがありますし、いかにもたっぷりと歌い上げている
感じは濃厚ですね。




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ここから先は完璧に余談ですけど、上記の「ピータールー」の話は欧米における血みどろの激闘の果てに
専制君主から立憲主義・共和制・民主主義をもぎ取っていった産みの苦しみを示唆した事でもあると思うのですけど、
19~20世紀における世界各地で多発した絶対的な君主制から共和制・民主主義へと移行するその過程においては、
とてつもない民衆の血が流され、その多大な犠牲の末にようやく実現したのが今日の議会制民主主義と言えるのかも
しれないです。
だけど結果的に今日の議会制民主主義は多くの矛盾と問題点を内在し、機能不全に陥っている傾向も無きにしに非ずと
思わざるを得ないのですけど、そうした民主主義を実現する過程において流された無数の流血・犠牲者を考えると
「民主主義って一体何なのだろう・・?」とふと頭を過る事もあったりもします。
そしてそうした民主主義の問題点を示唆した話が歴代プリキュアでも屈指のギャグシリーズともいえそうなスマイルプリキュア
において展開していたのは大変興味深いものがあったと思います。
スマイルプリキュアの第37話「れいかの悩み!清き心と清き一票!!」が意味している事は、
政治の使命と言うものは、国民にとって耳触りのいい事ばかり言い続けることはむしろその国家自体の将来的な破綻に
繋がる事もありそうですし、単なる人気取り政策ではダメだという事を言いたいのかもしれないです。
そしてそこから見え隠れしているのは民主主義体制の一つの限界なのかもしれないですし、
民主主義というものは場合によっては現在のイギリス議会が袋小路に陥っている「結局何も決められず時間だけが過ぎていく」
という落とし穴の危険性も秘めているという事なのかもしれないです。

一見するととてつもなくしょうもない話に見えてしまうスマイルの第37話なのですけど、意外と深い話でもありまして、
ポピュリズムというか衆愚政治の是非についても問いかけをしている作品のようにも感じたりもします。
このスマイルの第37話が放映されていた頃は、当時の総理大臣・野田氏と現総理の安倍氏が国会討論の場において
「定数是正と国会議員の削減を真剣に検討すると約束するならば、国会解散&総選挙に応じましょう」と言う事で
一気に「選挙モード」に突入していった時期でもあるのですけど、
制作者サイドの「政治ってこんなものでいいの・・?」みたいな問いかけも少しは含んでいたのかもしれないです。

スマイルの37話はみゆきたちの通う中学校の生徒会長選挙を巡る話でもありまして、
れいかは一般生徒に対しては
「清掃をきちんとしましょう、校内のルールはちゃんと守りましょう」と至極当たり前の事を言っているのですけど
一般生徒にとっては、「なにを頭の固い建前論ばかりいっているんだ」といった感じ方をするのかもしれないです。
れいかが主張している内容は妥当性は十分にあるのですけど、
必ずしもれいか自身の言葉で語っている訳ではなくて、表面的な建前を言っているに過ぎないという雰囲気も
そこにはあったのかもしれないです。
それだからこそれいかに対する生徒からの受けや反応はあまり芳しくありませんでしたし、
れいか自身が迷ってしまう素描があったりもします。
(弓道シーンでれいかが珍しく的を外すシーンはれいかの心の迷いなのかもしれないです・・)
それに対して、ウルフルン達は、
宿題廃止とか校内でゲーム容認とか校内にお菓子持込みOKといった耳触りの良い
生徒にとっては受けが良い主張を展開する事で、
一般生徒からの高い支持を受けることになってしまいます。
これって別に漫画やアニメの世界のお話というのではなくて、現実社会というか2009年頃の日本でも実際に起きていたのは
ある意味怖ろしい話でもありますし、ここから感じ取れるのは、
国民にとって耳触りの良い話をマスコミを通して盛んに煽り、選挙と言う合法的な手段で政権を奪取し、
政権を一度取ってしまい自分たちにとって都合のいいように法律さえ変えてしまえば、国民にとっては後の祭り状態に
なってしまう事も決してありえない話ではないと言う事なのだと思われます。

「国民の皆様に子ども手当を支給します、子供一人当たり一律26000円を至急させて頂きます」
「消費税は据え置きします」
「ガソリン税を廃止します」
「財源・・?? そんなの官僚を締め上げてムダを削ればいくらでも出てくる!! 隠れ財源も山のようにあるはず」
「最低でも県外に基地は移転させます」

そういった出来る訳も無い「甘い事」を散々並べて結局は勢いと耳触りのよい都合の良いことだけを述べる事だけで
国民の支持を取り付けて選挙に圧勝して政権を取ったものの、結局は、
「すみません、やっぱり日本にはそうした財源はありませんし、アメリカとの絡みがあるからそんな事は出来ません」となり、
結果的に国民の失笑と失望を招いた今はとっくに消滅してしまったどこかの政党と大した違いがあるとは思えないです。

民主主義は言葉が独り歩きして「絶対的に正しいもの!!」みたいに思われてしまう傾向にあるのですけど、
これって大変難しい問題も含んでおりまして、
決して絶対的に正しいシステムとは到底思えないという側面もあるのではないか・・?とも思ったりもします。
選挙においてのみ、国民にウケる甘い事を散々言っておいて「政権」を一度奪取してしまえば
その後に待ち構えているのはとんでもない事態ということだって十分あり得ると思いますし、
事実、あのナチス政権だって、当初は合法的な選挙で選ばれた政権であったりもします。

難しいのですよね・・・・

国民にとって耳の痛い政策や痛みを伴う政策を唱えると選挙での当選が難しくなってしまうし、
「未来の国や国民」の事を本気で心配すると、今現在において痛みを伴う政策を施行しないと
その未来に地獄しかない場合だってありますし、
そのためにはちゃんと「耳に痛い事」をきちんと提示しなければいけないことだってあると思うのです。
選挙というものは「単なる人気取り」ではないと思うのです。
きちんと国民にとっては不都合な事実も提示した上で
「そうした事態を回避するためには、取り急ぎ今は、こうした事をやらないといけない!!」ときちんと説明するのが
政治家の第一の役割だと思うのですけど、 実態はほとんどが自己保身と先送りばかりする政治家ばかりというのも
そこに民主主義の弱点があるように感じてしまいます。

政治家の役割の一つは「国民に未来図をきちんと提示・説明をする事」
国民が果たすべき責務は、「未来に対してきちんとビジョンを描けている人に選び信託する事」 だと思うのですけど
それが出来ないから 今後必ず日本の未来に暗い影を与える「財政破綻」の問題とか
歴代政権が行っているばらまき政策が日常茶飯事になっていると言っても過言ではないと思ったりもします。

私自身、民主主義はベストな政治形態とは全く思っていませんし、「他に代るべき政治形態がないから仕方なく次善的に
行っている政治形態」と考えています。
冒頭で記したピータールーの話は、18世紀頃までの絶対的な君主制から民衆が政治決定のプロセスに参加するための
血みどろの歴史でもあったのですけど、そうやって血まみれの苦闘の果てに実現した民主主義が
結局は衆愚政治の愚かさとか本当に大切な事を何も決められない事の不幸とか
官僚たちが時の政権の顔色ばかり見てしまう忖度が本当に事実として起きてしまうという結果にしかならない事を考えると
当時の犠牲者の皆様に申し訳ない・・という気持ちにもなったりもします。

確かに、第二次世界大戦の悲惨さ・戦後の荒廃から考えると、民主主義が一定の効果を果たしたのは間違いない事実です。
だけど古い民主主義をいつまでも維持するのはいかがなものなのでしょうか?
そろそろ国民全体で、「民主主義とは何?、自分達一人一人はいかにして自分達の意思を代表者に
託すべきなのか? 代表者とはどうやって選ばれるべきものなのか?
その代表者にどのような権限を与えるべきなのか、又そのチェック&抑制機能はどうすれば良いのか?」
などを真剣に考える必要が来ているのかもしれないです。
今年の冬は暖冬で大変ありがたいです!

そしていくら暖かいとはいえ冬は冬でもありますので、朝晩の冷え込みはやはり冬らしさは同じなのかもしれないです。
だけどそうした冬も間もなく終焉を迎えつつあり、季節は間もなく春到来という事なのだと思います。
こうやって春が到来すると、気持ちの上でも爽やかとか気持ちがウキウキとしてきたみたいな感じもしますね。
そうした春到来というとクラシック音楽のにも色々とそうした春の気分に相応しいすてきな曲も色々とあるとは思うのですけど、
(そうした曲の中で素晴らしい曲を一つお伝えすると、J.シュトラウスのワルツ「春の声」と言えるのかもしれないですね!)
私にとっては、そうした「春の気分」に相応しい曲をあげると
イギリスの作曲家、ヴォーン=ウィリアムスが作曲したロマンス「あげひばり」も素晴らしい曲だと思います。

よくこの曲は「揚げひばり」なんて表記をされることも多々ありますけど、
この表記には抵抗があるというか、あれは多分ですけど「誤訳」の一つだとも思ったりもします・・
だって、「揚げひばり」じゃいかにもなんか「鳥のから揚げ」を思わず連想してしちゃいますよね・・(汗・・!)
そしてまたまた「鳥のから揚げ」なんて書いたりすると、東方Projectの聡明な鴉天狗の文ちゃん=射命丸文が
嫌そうな顔をされるのかもしれないです。

「あげひばり」というのは、
イメージでとらえると、鳥が上空に向かって華麗に舞いあがっていくという感じなのかな・・?と思ったりもしますね。

ロマンス「あげひばり」ですけど、曲自体それ程長くもありませんし、
楽器編成も独奏ヴァイオリンと小さな管弦楽というスタイルで、これに打楽器がトライアングルのみ加わります。
この曲、冒頭がとてつもなく魅力的でうっとりとさせられるものがあります。
管楽器の扱いも極めて巧みですし、優雅でロマンティックな雰囲気がよく出ていますし、
何か冬らしい哀愁みたいなものと春へと向かう希望みたいなものもほのかに伝わってきている曲だとも思います。
協奏曲という感じではないけど、独奏ヴァイオリンが主役とも言えそうでして、
このソロヴァイオリンが、メロディー的においしい所を全て一人で持って言ってしまっているという印象が極めて濃厚です。

このすてきな小品が作曲されていた頃、ヴォーン=ウィリアムスはほぼ同時期に交響曲第三番「田園」を作曲しています。
交響曲第三番とあけひばりを聴き比べてみると、作曲者としての意図はほぼ同じみたいな感じもあると思います。
勿論、メロディーラインとか構成が似ているという意味ではなくて、曲全体が終始ゆったりとした部分のみで作られている所が
「両曲は似ているのかな・・?」みたいに感じさせる点なのだとも思います。
この交響曲第三番「田園」も少しヘンな曲でして、
曲全体を通して盛り上がる箇所が一つもありませんし、強奏部分もほぼ皆無です。
終始ゆったりとした退屈な冗長的な音楽が終始だらだら展開されていきます。
ま、その点「あげひばり」は短いし、 構成がしっかりしているし、メロディーラインが引き締まっているから
退屈さを感じさせないのが違いと言えるのかも しれないですね。

改めてですけど、イギリスの作曲家、R.ヴォーン・ウイリアムズが残した曲は素朴で美しいメロディーラインが多いと思います。
そうした曲の中では、あけひばりと交響曲第3番以外では、
タリスの主題による幻想曲とかイギリス民謡組曲などがメロディーラインが素朴で美しくとても分かり易いと思います。

反面、ヴォーン・ウィリアムスは、
交響曲第4番のように何の前触れも無く唐突に、不協和音と激しい表現に溢れた悪意満載のような曲を書いたかと思えば、
交響曲第7番(南極交響曲)のようにやや安っぽい感じの描写音楽を作曲したり、
創意工夫の塊りのような霊感溢れる交響曲第8番を書いた後で、 「この世にやり残しがある」みたいな未練たらたらの
交響曲第9番を残したりと作風は意外と幅が広いような印象もあります。

そうそう、「チューバ協奏曲」なんてかなりお茶目な曲も残していたりもします。

ヴォーン・ウィリアムズの代表作と言えば何と言っても「グリーンスリーヴスによる幻想曲」が一番有名でしょうし、
あの冒頭のフルートソロのメロディーを「聴いたことが無い」という人の方が珍しいと思えるくらい日本でも馴染みがある曲です。
この曲は楽譜の上では「オプション扱い」となっていますが、 冒頭のフルートソロがやはり素晴らしいですよね。
正直この曲にフルートが入っていないと、曲の魅力は半減すると思えるくらい、大事な役割を担っています。
あのフルートソロを聴くと、 「あー、何か哀愁が漂うけど、何か心が癒されるな」と思ってしまうほど
大変美しいメロディーラインが続く曲です。
この曲は、元々は、イングランドの古い歌というか、民謡の「グリーンスリーヴス」なのですけど、
この歌自体は大変歴史が古く、実は、シェイクスピアの喜劇「ウィンザーの陽気な女房たち」にも
その名前が既に言及されているほどです。
ヴォーン・ウィリアムズはこの喜劇を基にしたオペラ「恋するサー・ジョン」を1928年に完成させ、
その第3幕の間奏曲でこの美しいメロディーを使用し、 この間奏曲を、後にヴォーン=ウィリアムス自身の立会と監修の下、
ラルフ・グリーヴズが編曲し独立させた作品がこの曲なのです。

ま、だから厳密に言うとヴォーン=ウィリアムズ自身の純粋なオリジナル曲ではありませんけど、
とにかくあの美しいイギリスの歌をここまで世界に広めた功績は大きいと思います。

話がそれました・・

ロマンス「あけひばり」は、私はこれまでのところ、一度しか生演奏を聴いたことがありません。
その唯一聴いた演奏会というのは、東京交響楽団の定期演奏会でした。
確か当時の東京交響楽団のメインスポンサーは「すかいらーく」でした!
ところで「スカイラーク」を邦訳すると、これが「あけひばり」という意味なんですよね!
あの演奏会では、この「あげひばり」は一番最初の曲として演奏をされていましたけど、これも一つの
「スポンサーへの配慮」という事なのかもしれないですね・・(笑)

話は全然違うのですけど
「すかいらーく」という店名自体確か既に「死語」の世界だと思います。
「すかいらーくグループ」は、ファミレス系統は全て「ガスト」に切り替え済だし、
ファミレスの名前としての「すかいらーく」は2009年をもって消滅をしています・・
今や「すかいらーく」グループに、バーミヤン・藍屋・夢庵・ステーキガスト・ジョナサン等が加わり、
今や日本を代表する外食チェーングループになっていますけど、
子供心にもファミレスというとすかいらーくとかデニーズというイメージが強かっただけに、名称自体が消える事は
ちょっとさびしいものはあったりもしますね・・
今現在はそんな事ないのですけど、初期の頃のガストは確かに単価は安いのですけど、
いかにも・・という感じの均一化された味とか客席放置とか色々と問題はあったと思います。
すかいらーくからガストへ転換されて間もない頃って「この先、この会社大丈夫なのかな・・?」みたいな不安感も確かに
あったとは思うのですけど、それをほぼ完全に払拭し、
今現在の立派に確立化された「ガストブランド」にまで進化発展させているのですから、
日本の「企業努力」には本当に頭が下がるものがあるのだと思います。

最後に・・

上記の「あけひばり」の関連ではありませんが、すかいらーくの元々の創業としての業態は
レストランではなくて、実はことぶき食品という「食品スーパー」であったという事をご存知の方は
あんまりいないのかもしれないですね。
ちなみにその食品スーパーとしての第一号店が、西東京市の「ひばりが丘団地」というのは偶然なのかな・・?
ひばりが丘団地→すかいらーく=あけひばりという流れから考えると、
元々は「ことぶき食品」という名称がレストラン化への業態転用に当たって「すかいらーく」になったのも
そうした団地名が多少は影響があったと言えるのかもしれないですね。
マルコム・アーノルドというと、日本の管弦楽団では滅多に演奏されませんけど
(たまに四つのスコットランド舞曲が演奏される程度なのかもしれないです・・)
吹奏楽コンクールにおいては1990年代において、序曲「ピータールー」と組曲「第六の幸福をもたらす宿」で一気にブレイクし、
その後交響曲第2番等のシンフォニーや他の作品も続々と吹奏楽にアレンジされ、今日に至っている感じがあります。
(ここ最近の全国大会でピータールーが演奏されないのはちょっと残念です・・泣)
M.アーノルドに関して言うと、吹奏楽で大ブレイクする以前から管弦楽作品としてピータールーや交響曲第4番等が大好きで
当時は「日本ではほぼ無名の作曲家だからこそ、自分だけのアーノルドとしてこっそり楽しみたい・・」と思っていた私にとっては
当時の大ブレイクは痛し痒しでもありましたけど、吹奏楽をきっかけとしてアーノルドの素晴らしい作品の日本での認知度が
もっともっと高まって欲しいと切に願っております。
例えば、序曲「ピータールー」のあのあまりにも分かり易い音楽的展開は、この曲を全然知らない人が聴いたとしても
事前にこの曲の歴史的背景を1分程度レクチャーされただけで、
「この部分はあのシーンを音楽的に表現している」という事はすぐに頭に思い浮かびそうなほど、とても20世紀中盤に
作曲されたとは思えないわかりやすさと爽快さがあるのは間違いないと思います。

アーノルドは序曲「ピータールー」で一気にブレイクし、吹奏楽コンクールの人気曲として定番になりましたけど、
組曲「第六の幸福をもたらす宿」の方も、1996年に文教大学が自由曲として取り上げて以降は
一気に人気曲となり、今現在に至るまで支部大会・全国大会等で演奏され続けているのは大変ありがたいものがあると
思います。

私自身、この曲の事を何も知らないで最初に「第六の幸福をもたらす宿」というタイトルだけを聞いた時は、
ある貧乏人が幸せを求めて旅に出て、お金・貴金属・名誉・地位・不動産といった幸せはそれなりに手に入れたけど、
自分にとっての「幸せとは何なのか?」という自分探しの旅のお話なのかな・・・と勝手に妄想してしまいましたけど、
実際は全然違っていました・・(汗)
実はこの組曲は映画音楽から後日抜粋・再構成をされた曲でもありまして、その映画の主な内容というものは、
第二次世界大戦下、日本軍に侵攻されつつある中国の小さな村・カンチェンを舞台に、
宣教師として赴任したイギリス女性グラディス・エイルワードを主人公に
多くの困難を乗り越え、最後に彼女としての「幸せ」を掴んでいくというお話です。
ちなみに映画のイギリス人宣教師というヒロインは、あの名女優、イングリット=バークマンが演じています。
中国の一つの考え方として、「人間には長命、富貴、健康、徳行、天寿」という五つの幸運があるけど、
これらとは別にもう一つ、その人自身が見つける、その人だけの「第6の幸運」があるとの事です。
それをテーマにしたのがこの映画なのだそうです。

私自身、この映画は見た事が無いものでストーリーについて深く触れる事は出来ませんけど、
大雑把なあらすじやアーノルドの映画音楽を聴くと映画のワンシーンは容易に頭に思い浮かんできそうな感じもあります。

この映画億楽を管弦楽用組曲としてアレンジしたのが、バルマーという方です。
この方のアレンジとか「映画の中の長い音楽を上手に美味しいところ取り」をしたその構成力には脱帽するものがありますし、
本当に巧いと感じます。
この組曲版を聴くと、巧みに劇的要素とか緊張感とか美しい部分と激しい部分の対比をまとめあげていますけど、
他にもウォルトンの映画音楽(ウォータイムスケッチブック・ヘンリー五世・メジャーバーバラなど)の
映画音楽から組曲版へのアレンジも担当されていたとの事で、
アーノルドのみならず、イギリスクラシック音楽界の大御所、サーウィリアム=ウォルトンからの信頼も
相当厚かったと言えるのかもしれないです。

管弦楽組曲「第六の幸福をもたらす宿」は三つの楽章から構成されています。

Ⅰ.ロンドン・プレリュード

Ⅱ.ロマンチックな間奏曲

Ⅲ.ハッピーエンディング

Ⅰの豪快な開始と迫力、Ⅱのフルートソロをはじめとする抒情的な美しさにも魅かれるが大きいですけど、
この組曲は何と言っても、Ⅲ.ハッピーエンディングが素晴らしいと感じます。

ハッピーエンディング冒頭は「幸福感溢れる感じから開始されるものの、トロンボーンの強烈なグリッサンドとか
金管セクションのかなり悪趣味的なpp→fffの反復などかなり緊張感に溢れています。
この部分のラストのハープの華麗なるグリッサンドはとても印象的ですけど、そこに被せるような威圧的な金管セクションの響きもまた格別です。
そしてこの部分が終わると意外な展開が待ち受けています。
何かと言うと、マザーグースの数え歌みたいな一つの民謡とも言うべき「This Old Man」の旋律が出てきます。
最初は小太鼓の軽快なリズムに乗ってピッコロが軽快に謳い上げていくのですけど、この「This Old Man」の旋律は、
徐々に伴奏が増え、旋律はさまざまな楽器に移って計13回繰返され、
実に55小節に亘る息の長いクレシェンドで奏でられていきます。
個人的にはトロンボーンのソロみたいな歌い廻しがとても大好きです。
このトロンボーンを支えるティンパニの変則的な叩き方も極めて面白いです。
最後に14回目の繰り返しで一旦頂点を迎え、少しずつ静まり返るのですけど
この後は、この組曲の「テーマ音楽」みたいな主要メロディ―を感情的にたっぷりと歌い上げていき
ラストは情感たっぷりにかつ雄大に鳴り響き、華麗に閉じられます。
特に中間部のあの執拗なメロディーラインの繰り返しは一度聴いたら絶対に忘れない程耳に焼きつきそうですし、
あの繰り返し・反復はラヴェルのボレロやショスタコーヴィッチの交響曲第7番「レニングラード」~第一楽章の
執拗な反復の世界に極めて近いものがあるのかもしれないです。

アーノルドの交響曲第2番第四楽章も、ストレス発散にはうってこいの曲ですけど、ハッピーな感覚を味わいたいと思った時の
BGMとしてこのハッピーエンディングもそうした気分にはうってつけの一曲だと思います。

この曲をCDで聴く場合、ヒコックス指揮/ロンドン交響楽団の演奏が一番素晴らしいと思うのですけど
吹奏楽アレンジ版で聴く場合、1999年の狭山ヶ丘高校の演奏が申し分ないと思います。
1996年の文教大学の演奏は、例の「This Old Man」の旋律の繰り返しが終わって以降の
高らかな歌い上げの部分は、異常とも明らかにやり過ぎとか演出過剰とも感じてしまう程の遅いテンポ設定になり、
とてつもなく遅いテンポで、牛の歩みのようにゆったりと歌いあげていき、あの解釈は好き嫌い&評価は分かれると思いますが、
(事実、この年の文教大学の評価は珍しく銀賞に留まっています・・)
私自身は決して嫌いな解釈ではないです。

組曲「第六の幸福をもたらす宿」は、吹奏楽に関わった人ならば結構知名度は高いと思われますが、
純粋に管弦楽の作品としては、知名度はゼロに等しいのかもしれないです。
元々が映画音楽として作られた音楽を組曲版としてオーケストレーションされた訳なのですが、
演奏効果も高いし、非常に分り易いし明るいし、何よりもメロディーが親しみやすいから
オーケストラの演奏会曲目になっても決して遜色はない曲だと思います。


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ここから先はほんの少しだけ余談をさせて頂きます。

2014年に放映されていた「パネスチャージプリキュア」も、この物語は「第六の幸福をもたらす宿」同様に
主人公であるめぐみ(キュアラブリー)が
「自分にとっての幸せとはなんなのだろう・・?」といった事を見つけていく物語だったのかもしれないです。

その人自身が見つける、その人だけの「第6の幸運」というのも素晴らしいですし、
めぐみのように、他人の幸せは簡単に見つける事が出来ても
自分自身の幸せの在り方とか「自分って一体なんなのだろう・・?」といった事を中々見つける事が出来ないという
ある意味中々やっかいな物語でもありましたけど、
最終的にハピネスの物語の意義とは、幸せは自分が見つけ出していくものであり、それは案外身近に潜んでいるものという
事なのかもしれないですし、
人と人との出会いや男女の出会いや自分が本当にやりたいものを見つけるという事は、「たまたま・・」というちょっとした偶然
から広がっていくものとも言えるのかもしれないですし、
アーノルドの組曲「第六の幸福をもたらす宿」~Ⅲ.ハッピーエンディングの中間部の最初は、ほんの弱音から開始されて
いくけどそれが多くの楽器を巻き込んで最終的には壮大なクライマックスを築き上げていくのと
感覚的に近いものがあるのかもしれないですね。
E.ラロという作曲家は「スペイン交響曲」という大変な名作以外はあまり馴染みがないのかもしれません。
私としては、歌劇「イスの王様」序曲という知る人ぞ知る名曲も是非一度聴いて頂きたいと思います。

この序曲を最初に耳にしたのは、やはり私らしくて管弦楽の演奏ではなくて吹奏楽コンクールの吹奏楽アレンジ版による
演奏でした。
1982年に東海代表として全国大会で演奏した白子高校吹奏楽部の自由曲がこのラロの「イスの王様」だったのでした。
(ちなみにですけど、この序曲を吹奏楽コンクールで一番最初に演奏したのは、明石北高校と兵庫高校での大変な名演が
大変印象的な1969年の松井先生指揮の明石高校でした。)
当時高校生だった私は、当然ラロなんて作曲家は聞いたことがありませんでしたし、当時はスペイン交響曲というあの
大変な名曲ですら何にも知りませんでした・・(汗)
「イスの王様」というタイトルから勝手に想像して、「イスというと椅子の事なのかな・・?」とか
「座ってなまけてばかりいる王様をテーマにしたコメディーみたいな作品なのかな?」と今から思うととんちんかんな事ばかり
連想していたものでした・・(汗)
ちなみにこの歌劇は、コメディーではなくてどちらかというとかなりシリアスで叙情的な内容でもあります。
一言で言うと、イスというのはフランスに伝わる伝説上の都市の名前で大洪水で一夜にして水没した街との事です。
その伝説に基づくのがこの「イスの王様」という歌劇で、白子高校が自由曲として演奏していたのはその序曲です。

歌劇「イスの王様」序曲はCDも結構ちらほらと出ていますけど、プロの管弦楽団でもたまにですけど、
オープニング曲として演奏されることもあります。
私自身もこの序曲のプロの管弦楽団による生演奏は、フルネ指揮の都響とフォスター指揮のN響で二回ほど
聴いたことがありますけど、感想は一言で言うと「とてつもなく地味、だけど内省的で美しくもあり時に荒々しい曲」と
いう印象があったりもします。
どちらかというと通好みの渋い曲に入るのかもしれませんけど、内容的には大変奥深い曲だと思います。
曲は長いやや暗めの序奏から開始され、アレグロ→アダージョ→アレグロの序奏付三部構成という形式で、
緩→急→緩→急という事で音楽の場面場面の切り替えが大変はっきりしていて、曲の構成はなんとなくですけど
ロッシーニの歌劇「ウィリアム・テル」序曲と似ている面があるように思えます。
そして序曲の雰囲気も歌劇の雰囲気もなんとなくですけど、ワーグナーの楽劇の世界を彷彿させるものも多々あったりして
ラロという作曲家自体がワーグナーの影響をかなり受けているのかな・・?と感じさせる点も多々あるようにも
感じられます。

歌劇「イスの王様」の大まかな物語ですけど、架空の国であるイスの国がモデルになっています。
(くどいようですけど、決して家具の国の話でもありませんし、大塚家具の父娘の確執・お家騒動をテーマにした
物語でもないです・・汗・・)
歌劇全体を簡単に要約すると、
イスの王様の王女である姉妹は偶然にも同じ男性(ミリオ)を好きになってしまいます。
だけど振られたのはお姉さま(マルガレード)の方でして、お姉さまは失意のあまりやけくそになって
腹いせに敵国の王子と組んで水門を開いてしまい、イスの街が大洪水で水没しそうになるのですけど、
自責の念に駆られたお姉さまは最後にはお姉さま自ら人身御供の生贄となって海にその身を投じ
神の怒りを鎮めて水がひき最終的には街がが救われるという感じのお話でもあります。

曲自体は渋いというか、地味な印象を拭えない内省的な曲なのですけど、
出だしの長い静かな序奏が実に素晴らしいし魅力的ですし、序奏や中間部におけるしっとりとしたチェロによるメロディーも
大変美しいものがあります。
盛り上がる部分の小太鼓のロールが実にいい働きをしていますし、金管セクションの重厚な響きは大変迫力があります。
強奏部分の怒涛の三連符のリズムの激しさはリストの交響詩「レ・プレリュード」を彷彿させるものが
あるのかもしれないです。

ラロという作曲家は、ソロ楽器(主にヴァイオリン)と管弦楽のための協奏曲的な作品をいくつか残しているのですけど、
なぜかタイトルに「ヴァイオリン協奏曲」と表記せず、 超有名な「スペイン交響曲」以外でも
「ロシア協奏曲」とか「ノルウェー幻想曲」というタイトル表記を採用しています。

ラロはどういう訳か「協奏曲」というタイトルが嫌いだったのかもしれないですね。

交響詩と交響曲の境界線は大変曖昧だとよく言われますし、例えばR.シュトラウスのアルプス交響曲は
人によっては「あれは交響曲でもなんでもなくて長大な交響詩である」という見解の方もいるようですし、
はたまた人によっては同じくR.シュトラウスの交響詩「英雄の生涯」は
「あれは全体を貫く主題が統一的にあるし、循環主題ともいえるから交響曲なのではないのか?」と言われる方もいますし、
結局はその境界は良く分らないというか曖昧と言うか、
作曲家が「これは交響詩」と言えば、どう見ても交響曲の体裁であってもそれは交響詩になってしまうのかもしれないですね。

ラロの「スペイン交響曲」も前述のように誰がどう聴いても形式的には「ヴァイオリン協奏曲」以外の何物でも無いと
思うのですけど、作曲者本人が頑なに交響曲と言っている以上、音楽史的には「交響曲」という位置づけになってしまうのも
大変興味深いものがありますね。

この序曲の吹奏楽アレンジ版では、上記で書いた通り1982年の白子高校の内省的だけどしっかりとその壮大な雰囲気を
表現していたのは大変印象的でした。
この年の白子高校の課題曲が、あまり演奏されなかった課題曲A/吹奏楽のためのカプリチオというのも
通好みなのかもしれないです・・
1982年の白子高校以外では、1991年に青山学院大学が全国大会でこの曲を自由曲として選んでいますけど
白子高校以上に地味の演奏なのですけど、大人っぽい大変内省的な演奏をしていて、音楽的に大変感動するものが
あります。
管弦楽でも吹奏楽アレンジ版でも、この魅力的な序曲がもっと演奏されるといいなぁ・・とも思ったりもしますね。
プロコフィエフの交響曲第5番は、みずみずしさと透明感と霊感に満ち溢れている
20世紀が残してくれた数少ない名交響曲の一つだと思います。
20世紀のロシア名交響曲というと、ショスタコーヴイッチの交響曲第5番とプロコフィエフの交響曲第5番は
絶対に外すことが出来ない名作中の名作だと思います。
プロコフィエフの交響曲は、第1番の「古典交響曲」は大変シンプルで明快でわかり易いのに、
次の交響曲第2番は、とにかく「悪趣味に満ち溢れ、終始不協和音と強奏で響き渡る」という感じになり、
更に交響曲第3番となると、オカルト色が強いというのか、悪趣味で極めて退廃的で、あの悪趣味的でグロテスクな表現の
連続は思いっきり評価が分かれると思います。
(私は1981年に花輪高校が全国大会で演奏したこのプロコフィエフの交響曲第3番~第一楽章でプロコフィエフの世界に
踏み入ったと言えると思います)
プロコフィエフの3番は悪趣味だけど同時にロシアの広大な自然さも感じるという大変稀有な雰囲気を聴かせてくれています。
ちなみに交響曲第2番第一楽章は冒頭からほぼ全てがffまみれで、弱音が出てくる箇所はわずか4小節程度に
留まっていて、そのくらい怪奇な響きが錯綜しまくっています。
だけど悪趣味でグロテスクな交響曲第2~4番を一気に聴いてしまった後で、交響曲第5番を聴くと、間違いなくですけど
「え・・これって2~4番を作った人と本当に同じ作曲家なの・・?」とか
「あまりにも違いがあり過ぎて、交響曲第2番と5番の共通性なんてほとんどない・・この人、
本当は多重人格なんじゃないの・・?」といった印象を持たれるのかもしれないです。
実際に私もそうでした! 上記でちらっと書いた通り
私の場合、吹奏楽から管弦楽という世界に入り込んだ事情があり、
一番最初に「プロコフィエフの交響曲」を知ったのは、1981年の花輪高校の第3番という特殊事情もあったのですけど、
最初に5番を聴いた時は、まさに「青天の霹靂」みたいな気分でした。
だってあまりにも違いがあり過ぎましたし、3番と5番が同じ作曲家とは到底思えないほどの明瞭すぎるほどの違いが
あると感じられます。
だけどすぐにあの霊感溢れる瑞々しい抒情性に取りつかれ、一気にこの曲の魅力に取りつかれたものでした。
ちなみにですけど、私がこの5番を聴くきっかけとなったのは、やはり吹奏楽でして、
1982年の全日本吹奏楽コンクールの東北大会にて秋田高校が演奏した第一楽章がそのきっかけを作ってくれたものでした!

言えることは、プロコフィエフの交響曲は、第2~4番、そして第6番の印象が極めて悪趣味・難解というせいもあるのですけど、
「どうもプロコフィエフの交響曲は悪趣味で好きになれない」という方も相当多いとは思うのですけど、
この交響曲第5番だけは万人から愛される資格があるのではないでしょうか・・・?

音楽解説書でもよく言われている事ですけど、何と言っても第三楽章の抒情性・美しさが本当に素晴らしいですね!!
第一楽章冒頭の霊感溢れる出たしも素晴らしいと思いますし、私はあのフルート等で奏でられる第一楽章の
テーマが流れるだけで相当気持ち的に引き締まるものがあったりもします。
第二楽章の快活さもお見事の一言に尽きると思います。

そして圧巻は第四楽章だと思います。

出たしが静かに開始されるのですけど、ホルンのポポポポポポポポという細かい刻みから開始される展開部以降は
一気にフィナーレにまで導いてくれる爽快さがあると思います。
終盤に打楽器のウッドブロックが出てきて、小太鼓とかなり面白い掛け合いを聴かせてくれます。
1990年代の後半に日本フィルの定期演奏会にて、プロコフィエフの交響曲第5番を目当てにサントリーホールまで
聴きに行ったのですけど、あいにく当日券はP席のみでした。
私の座席の位置はちょうど先程の小太鼓とウッドブロックの目の前と言う事で、
終楽章にてこの二つの楽器の掛け合いが始まった際はかなりエキサイトするものがありました!
すぐ目の前でこの楽器が音を出していてとてつもない生々しい感じはありましたけど、あの臨場感・ライブ感は
素晴らしいものがあったと思います。

この交響曲の終楽章は、聴き方によってはかなり面白いものがあると思います。

ラスト30秒くらい前だと思いますが、金管・打楽器が凄まじい叩き付けを見せ、次の瞬間から
ff→f→mp→ppと音をボリュームを落としていき、
そして、
ヴァイオリン2台・ヴィオラ2台・チェロ2台・コントラバス・ピアノ・ハープ・タンバリン・小太鼓以外の楽器は
唐突に沈黙し、上記の楽器のみによって、約10秒程度同じ音型を単調に繰り返し
そしてラストのラストで最後に全楽器が再登場し、一気呵成に曲を閉じていきます。

これは通常のシンフォニーの「クライマックス」とは明らかに異質な「アンチ・クライマックス」の世界だと思いますが、
やっぱり何か一つぐらい「仕掛け」をしないと気が済まないプロコフィエフらしい曲でもあるなと感じたものでした。

プロコフィエフの生涯最後の交響曲は、交響曲第7番「青春」というとっても可愛らしい曲です。
この曲においては難しい要素・不協和音・悪趣味な響きはほぼ皆無ですし、懐古趣味的な曲と言えるのかもしれません。
プロコフィエフは、若い頃はあんなに前衛音楽を好んで曲を作っていたのにその最後の交響曲が
ああした可憐でとてつもなく可愛い曲というのは極めて意外にも感じますし、
もしかしたら「子供の頃の記憶への幼児退行化」ともいえるものかもしれないです。

こういう前衛・悪趣味・奇怪から可愛い音楽への突然の変貌というのは、
晩年の「子供に戻る」という現象の表れと言えるのかもしれませんし、
「極端から極端へ動いてしまう」というロシア人の基本属性がそうさせるのかもしれないですね。
本記事の一つ後の記事が東方の「天子ちゃん、マジ天使」でお馴染みの天子に関する記事ですので、
やはりここは統一する意味で(?)、天使とタイトルが付けられたクラシック音楽の中から、少し難しい音楽ですけど、
A.ベルクの「ヴァイオリン協奏曲~ある天使の思い出に」を取り上げさせて頂きたいと思います。

クラシック音楽の交響曲・協奏曲のジャンルの場合、 混沌・厳しさ・痛々しさが感じられるの二つの楽章の間に挟まれた楽章が
とてつもなく美しく響いてくる音楽も多々あると思いますし、
ハッとするほどその美しく儚い響きに心の底から憑りつかれる場合もあったりもします。
その代表例は言うまでも無くマーラーの交響曲第5番~Ⅳ.アダージェットなのだと思うのですけど、この他にも、
アイヴズの交響曲第4番第三楽章と
同じくマーラーの交響曲第6番「悲劇的」の第三楽章の回顧的な響きとか
ショスタコーヴィッチの交響曲第5番第三楽章など色々とあると思います。
極端な例ですけど、このブログでも時々登場する松村禎三の交響曲(第1番)の
アジア的エネルギーに溢れた凄まじい破壊度の第一・第三楽章に挟まれた短い第二楽章の寂寥とした響きも
実に渋くて儚いと思ってしまいます。

上記の二つの楽章に挟まれたというのではないのですけど
曲の中で比較的厳粛でギリギリと胃が痛いような感じの曲想が長時間続いた後で、唐突にふっと優しいメロディーが登場すると
思わず「ハッ・・・」とさせられる瞬間もあったりもします。
そうした事例で真っ先に思い浮かぶのは、ベルクのヴァイオリン協奏曲なのだと思います。

ベルクと言うと、歌劇「ルル」(ラストで、なんと「切り裂きジャックも登場します!)とか歌劇「ヴォツェック」が
あまりにも有名だと思うのですけど
私にとっては「三つの管弦楽曲」~Ⅲ.行進曲という印象が大変強いです。
このバリバリの無調音楽と初めて接したそのきっかけはいかにも私らしくて「吹奏楽コンクール」でありました。
1983年に秋田県の花輪高校が、このバリバリの現代音楽をひっさげて普門館に登場してきたものですけど、
最初この自由曲を聴いた時、当時は無調音楽とかベルクとか知る由もなかったので、
「花輪高校も前年の東北大会のダメ金に懲りて、今年は行進曲みたいな爽やか路線で行くのかな・・?」と
思っていたら、いかにも小林先生らしい積極的なチャレンジ精神でこの難曲に挑んでいました。
この曲は本当に陰鬱な曲で聴いていて生きているのが嫌になってしまいそうな曲でもありますし、
曲の途中でハンマーの叩きつけというすごいインパクトのある部分が出てきますが、
それはもしかして師匠でもあるマーラーの交響曲第六番「悲劇的」の第四楽章と同じ効果を意図したかも
しれないです。
曲のラスト近くで一旦静粛な世界になったと思ったら、突然ドラと金管が咆哮して絶叫していくような
終わらせ方は、マーラーの交響曲第六番の終わらせ方と似ているとも思ってしまいます。
ベルクの「三つの管弦楽曲~Ⅲ.行進曲を花輪高校の演奏を最初に聴いた時当時は、私にとっては驚愕以外の
何者でも無かったです。
歩きながら吹くマーチとは似ても似つかぬものでしたし、メロディーは全くないし、喜怒哀楽のような表情が全くないし、
何音符を機械的に割振っただけのような感じもありましたけど、何か妙に心に引っ掛かるものは当時から感じていました。
私自身の勝手なイメージなのですけど、全員うつむきながら
処刑される刑場まで無言でうなだれて重い足を引きずって歩いていくような漠然とした光景みたいなものは、
この曲から感じ取っていたものでした。
何かこの曲を聴くと、いつも思い浮かぶ場面があります。
1984年に大学受験で、とある大学にて入試が終わった後で、朝霞台駅からキャンパスまでの長い田圃道を歩いている時、
ハッと後ろを振り帰ると、全員暗い表情でトボトボと歩いているその異様な陰鬱な雰囲気は、
ベルクの「行進曲」の世界そのものだったようにも感じられます。

話が思いっきり脇にそれてしまいました・・・

話をベルクの「ヴァイオリン協奏曲」に戻します。

音楽史的に一言述べると、
ベルク・シェーンベルク・ウェーベルンは、「新ウィーン楽派三羽ガラス」とも言われ、
20世紀前半のマーラー亡き後の「前衛音楽」を切り開き、
無調音楽・十二音技法を確立させ、後の時代のブーレーズ・シュトックハウゼン等に多大な影響を残したと言えます。
正直、作風は極めて難解です。
いかにも「現代音楽・無調音楽」らしいというのか、曲そのものにメロディーとかストーリーとか人間らしい感情の波は
ほとんど伝わってこないと言えるのかも しれませんし、 感覚としては限りなくモノトーンの世界に近いと思います。
ウェーベルンの音楽は特に機械的」も言え、特に10分近くの2楽章構成の交響曲は、
音符に一つも無駄な音が無いというのか、音楽そのものは「微分・積分」みたいな香りすらあります。
一方、ベルクとシェーンベルクはウェーベルンとは明らかに違うように感じられます。
確かに二人とバリバリの無調音楽なのですけど、この二人が創る音楽にはメロディーらしきものはまだ残存していると
思いますし、そのメロディーラインが時にエロチック・抒情的・退廃的・耽美的という何か「美的限界の域」を
超越しているような感じすらあると思います。
そのいい例が、シェーンベルクで言うと、無調に突入する前の作品ですけど交響詩「ぺリアスとメリザント」が挙げられ、
ベルクは歌劇「ヴォツェック」が挙げられると思います。
あの歌劇の内容は「隣接住人が誰なのか興味もないし知りたくも無い」という現代の病理を
既に予知しているような暗示があるのだと思います。
音楽自体も時にギスギスし、時に美しいという大変耽美的なものも感じられます。

ベルクと言うと絶対に忘れてはいけない作品が一つあります。

それがヴァイオリン協奏曲なのです!

この協奏曲は、とてつもなくすごい作品だと思います。
音楽そのものは決して気楽に聴ける曲ではありませんし、何かをしながら鼻歌交じりに聴ける曲では間違ってもありません。
この曲はよく言われるように「二重の意味でのレクイエム」なのです。
一つ目のレクイエムとは何かと言うと、
マーラーの未亡人アルマと再婚相手に生まれた女の子のマノンは、気の毒な事に19歳の若さで他界して
しまいます。
生前マノンを可愛がっていたベルクは大変ショックを受け、
マノンのための「レクイエム」の創作を思い立ち、それが結果としてこの協奏曲の作曲につながります。
このヴァイオリン協奏曲の副題は「ある天使の思い出に」とありますけど、その天使とは言うまでも無くマノンの事です。
そして二つ目のレクイエムの意味とは、
この協奏曲を完成させて四か月後にベルクは早過ぎる死を迎えてしまいます。

これは勿論偶然なのでしょうけど、
音楽」とは恐ろしい魔物だと感じさせるエピソードではあると思います。
ベルク自身ももしかしたら、作曲の途中で「自分自身の死」を感じ取っていたのかもしれないですけど、その辺りは
真偽不明です。

ベルクのヴァイオリン協奏曲ですけど、演奏会に行くと分かりますけど、
楽器編成として、アルトサックスが一台使用されています。
スコアの指定では、クラリネット奏者が3人いて、その内の一人がアルトサックスとの持ち替えという事になっていますけど、
実際は、クラリネットとアルトサックスはマウスピースの大きさも奏法も全然違いますので
そもそも持ち替えが無理な話だと思います。
だからこの曲はほとんどの場合、クラリネット奏者3人とは別にアルトサックス奏者が1名いる事になります。

それにしてもこの曲の第一楽章の厳しい響きは、聴いているだけで胸が締め付けられそうです。
目を閉じて聴いていると、「人が生きる事の難しさ・苦しさ」がひしひしと伝わってきます。
部分的にR.シュトラウスの「死と変容」みたいなエコーも感じたりもします。
だけど、この曲、本当に美しいというか、無調音楽のくせにメロディーラインがはっきりと明確に伝わり
それが大変「人間らしい感性」に溢れていて
本来無調音楽たる「非人間さ・メカニック的」とはまるで正反対の事をさらりとやってのけている点が素晴らしいと感じます。
確かに全体的には無調音楽そのものずばりなんですけど、
部分的には人間らしい響き、人間らしいハーモニーが響いてくるというある意味「奇跡」のような作品なのだと思います。

そしてこの曲の真価というか後世まで残る名曲たるゆえんは第二楽章の中盤以降に出現します。

第二楽章の最後の方で、クラリネットによるバッハのカンタータ第60番の引用があるのですけど、
この部分が実に素晴らしいと思います!
冒頭のアイヴズの交響曲第4番ではありませんけど、難解で錯綜した二つの楽章に突然美しい響きの
楽章があるとその楽章の美しさが一際映えると記しましたが、ベルクのヴァイオリン協奏曲もそうした感じです。
生きる苦しさに支配された音楽の中に突然クラリネットによって奏でられるあのバッハの美しい清らかなコラールは
聴くものを「ハッ・・・」とさせるものがありますし、
聴き方によっては最期の瞬間を迎えようとしてる美少女に神様が耳元で
「君はこんなにも苦しんできた・・もう大丈夫だよ、もう君はこれ以上苦しむ事は無いんだ・・」と囁いているようにも感じられます。

本当にこの箇所は何度聴いても泣けてくるものがあると思います。

ベルクやシェーンベルクの音楽は、無調音楽バリバリの厳しい響きなのに、時に「美しさ」が伝わってきます。
それに対して新ウィーン楽派以降のいわゆる「現代音楽」は、
楽譜そのものを機械的に扱い人間らしい感覚・感性・メロディーライン・美しさは伝わってきません。
ベルク以降の無調現代音楽は、作品数は山のように存在しても聴衆の「共感」は全く得られず、
ゴミの残骸と化しているのかもしれないです。

現代のクラシック音楽の実情は、ベルクたちの視点から眺めてみると「既に死んでいる状態なのかもしれません。
解釈によっては、ベルクたち先人から私たちに対して「三番目のレクイエム」を投げかけられていると
言えるのかもしれないです。
童謡「かごめかごめ」は聞き方によってはかなり謎めいた歌詞もありますし、あの歌詞をよくよく読んでみると
矛盾する言葉もあったりすると思います。
子供の遊びの「かごめかごめ」は、それをやった経験は無くてもどんな遊びなのかは大半の方は
ご存知ではないかと思われるほど、ある程度の知名度はあるのかなと思われます。
鬼は目を隠して中央に座り、その周りを他の子が輪になって歌を歌いながら回り、
歌が終わった時に鬼は自分の真後ろに誰がいるのかを当てるという遊びなのですけど、平成以降ではこの子ども遊びを
実際にされた方は少ないのかもしれないですね。

このかごめかごめをモチーフにしたアニメ作品として私的にいっちば~ん!に思い浮かぶ作品は、「うる星やつら」の
第101話「みじめ!愛とさすらいの母!?」です。
この話は全体としてはドタバタラブコメディーが多いうる星やつらの中では、かなりの異色の話で、
話自体がとてつもなく荒唐無稽なんだけど訳のわからん哀愁とファンタジーは感じ取られた方も多いのではないかと
思います。
話の中に幼い女の子も出てくるのですが、この子はあたるの母親の子供時代の様にも思われる設定となっています。

この話は、諸星あたるの母親が見ている夢の世界がパラレルワールド的に展開されるストーリーで、
この回が放映されたのは1983年7月という事で、押井守監督があのファンタジー感溢れる
映画「うる星やつら・2~ビューティフルドリーマー」を制作している真っ只中という事もあり、この第101話が押井監督脚本という
せいもあり、映画と同様に訳の不思議な感覚を楽しむ事ができると思います。
そしてこの話の中で執拗に引用されていたのが「かごめかごめ」のフレーズなのでした。

かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる
夜明けの晩に 鶴と亀が滑った 後ろの正面だあれ

上記は今現在知られている「かごめかごめ」の歌詞でして、、昭和初期に山中直治によって記録された千葉県野田市地方の歌が全国へと伝わり現在に至っているそうです。
野田市が発祥地といわれる事から、東武野田線の清水公園駅の前に「かごめの唄の碑」が現在でも建立されているそうです。

ちなみにですけど、江戸時代の童謡の文献においては、このかごめかごめの歌詞は
かァごめかごめ。かーごのなかの鳥は。いついつでやる。
夜あけのばんに。つるつるつっぺぇつた。なべのなべのそこぬけ。そこぬいてーたーァもれ。

となっていて、今現在の歌詞とはかなりの違いがみられます。後述しますけど、三善晃が作曲した「響紋」においては、
今現在の歌詞ではなくて、江戸時代の童謡の歌詞の方を採用しています。
「後ろの正面」という表現は明治以前の文献では確認されていませんし、「鶴と亀が滑った」についても
明治以前の文献では確認されていないそうです。

改めてですけどこの「かごめかごめ」の歌詞って不思議だと感じます。

童謡の世界はたいていの場合は昼がメインになっている事が多いと思うのですけど、かごめかごめは「夜明けの晩」という事で
少なくとも明るい昼間ではないと思います。
それに夜明けと晩という矛盾する歌詞が出てくるのも謎です。
更にいうと「後ろの正面」というのも明らかに妙な言い回しで確かに言葉の遊びなのかもしれないですけど、ここにも
歌詞自体の矛盾を感じます。
細かいツッコミですけど、本来は縁起がいい動物の鶴と亀が「滑る」と言う所にも不気味さは感じます。

「かごめかごめ」はその謎めいた歌詞から様々な憶測も呼んでいるようです。

姑によって後ろから突き飛ばされ流産する妊婦とか、次から次へと知らない男の相手をさせられる遊郭の遊女の悲劇とか
徳川埋蔵金の所在をテーマにしているとか
はたまた牢獄につながれている死刑囚が助けがくるのをひたすら待っている間に処刑がなされてしまったとか
さまざまな都市伝説を生み出している童謡とも言えるのかもしれないですね。
姑によって神社の石段の上から突き落とされてしまい、嫁の妊婦は命は取り留めたものの大事な子供は流産してしまい、
二度と子供が産めない体になってしまい、嫁にとっては「私を突き落としたのは一体誰なの・・? もしかして普段から
私にとてもいじわるなあの姑なの・・?」と感じている所を「後ろの正面だーれ」と解釈している方もいますし、
死刑囚に関しては、斬首された首が転がって体は正面を向いているけれど首が後ろを向いて
「私を殺したのは誰?」と問うている事を示唆しているのではないかという解釈する人もいるようです。

私としては歌詞自体に特に大きな意味は無くて一つの言葉遊びなのかもしれないし、霊夢が降神・降霊の儀式をやるように、
神や霊を呼ぶ儀式を子供が見よう見まねで遊びに取り入れたのが、地域と時間の経過によって
言葉自体の違いを招いてしまったとも言えるのかな・・と思ったりもします。

どちらにしても少しばかりミステリアスな童謡である事は間違いないと思います。

さてさて、このミステリアスな童謡「かごめかごめ」をモチーフにした邦人作曲のクラシック音楽も実はあったりもします。

それが先週の当ブログの「交響三章」の記事でも取り上げさせて頂きました三善晃が1984年に作曲された
オーケストラと童声合唱のための「響紋」です。
財団法人民主音楽協会の委嘱により1984年、尾高忠明指揮、東京フィルハーモニー交響楽団、東京放送児童合唱団により
初演され、その後ニューヨークでも演奏され高い評価を得ており、その年の尾高賞も受賞された作品でもあります。
ちなみに私自身は初演から三年後の1987年に尾高忠明指揮の指揮でこの曲を初めて知りました。
初めて聴いた時からこの曲の不思議さとメルヘンっぽさと難解さが妙に混在した中でも、曲自体の妙な生命感らしきものに
魅せられたのも事実です。

オーケストラと童声合唱のための「響紋」は、「レクイエム」「詩篇」と続く連作的な生と合唱の三部作の最終作品に
該当するとの事です。
「レクイエム」は死者から生者への声、「詩篇」は生者から死者への声であると三善晃は言われていますけど、
その意味では「響紋」は、生者から生者への声という事なのかもしれないです。
(三善晃の解説ノートには、「響紋」が生者から正者への声とは一言も書いていないものですから、これは私の邪推
なのかもしれないです・・)

生者から死者へ呼びかけても、逆に死者から生者に呼びかけても返ってくる答えは無いと思います。
但し、大人のような邪心とかよこしまな心を持たない子供の中には、霊の声や死者の声を聞くというよりは
感覚として心のどこかに捉えることが出来も子も中にはいるのかもしれません。
三善晃の「響紋」の意図としては、人は必ず死者の仲間入りをするものですけど、
人は子供時代にそうした死者や霊たちの声を聞く事が出来たと同じように、
大人になってからでも子供時代に感じていたように純真な心も決して失って欲しくないし、子供の頃に感じた「感性」を
大人になってからも少しでも残しておいてほしい・・
そして大きくなってからも死者や霊たちの声、場合によっては警告に対してもしっかりと耳を傾けて欲しいという事を
願っていたのかもしれないです。
そうした意図をあの「かごめかごめ」の不思議なエコーから当時は感じ取っていたものです。

この曲の最も重要な部分である童声合唱が歌っているのは、童謡の「かごめかごめ」です。

そして大変興味深いことに三善晃がこの曲のテキストとして選んだ「かごめかごめ」は現代で歌われている歌詞ではなくて
江戸時代の歌詞であったりもします。
そこにある意図は、昔ながらの降霊を意識しているというか、上記で書いた通り、子供は純粋なゆえに死者や霊たちの
声や警告にも素直に耳を傾けられるという事なのかな・・?と思ったりもします。
児童合唱がいくつかのグループに分かれて、調をずらして、次々に「かーごめかごめ…」と歌っていくのですが、
何かが迫ってくるような有無を言わせぬ迫力があります。
子供たちからの問いかけというよりは死者からの問いかけのようにも聞こえたりもします。
そしてあまりいい例えではないのですけど、この場合の死者と言うのは「水子」ではないのかな・・?とも感じたりもします。

三善先生は、幼いころに戦争を体験し目の前で友人が機関掃射に打たれて亡くなるという悲惨な経験もされているそうです。
だからこそ、この生と合唱の三部作の第一作「レクイエム」においては、三善晃は、学徒出陣で亡くなった学生さんの手記などを
テキストにして戦争に対する嫌悪感と反戦について、かなり厳しい口調と音楽でもって提示をされています。
そうした流れで考えてみると、「響紋」のなかに出てくる児童合唱は、戦争で亡くなった子供たちの声という解釈も成立する
ようにも思えます。

余談ですけど、この「響紋」を1台ピアノと2台ピアノ用に編曲した楽譜が出版されています。
編曲されたのは2014年に例のあの佐村河内守名義のゴーストライター問題で世間を賑わせた新垣隆さんです。

最後にこの「響紋」という曲自体の解説を少しばかり・・・

先週書いた「交響三章」とか同じ作曲家の「管弦楽のための協奏曲」やピアノ協奏曲だと
曲に対する感じ方等をスラスラと文章に出来るのですけど、「響紋」に関しては全然言葉が出てこないです。
複雑すぎて私のような専門的音楽的教育を受けていない者にとっては解説のしようがないという感じでもあったりします。
ただ言えることはとにかく「かごめかごめ」が不思議な感覚で響いてくるという事なのだと思います。
曲の冒頭から「かごめかごめ」がゆったりと歌われ始めるのですけど、既にこの段階でこの世のものとは思えない雰囲気が
醸し出されています。
すると突如管弦楽が不況和音を奏で合唱をかき消すように強奏します。
合唱は出たりひっこんだり、オクターブ上がったりしながら、メロディーとして「かごめ」を歌い続けます。
対立とも融和とも取れない不思議なバランスの管弦楽と合唱の対話が延々と続いて、最後はしっとりと呟くように
閉じられるというのが大まかな曲の流れでもあります。

全体から感じ取れることは、この曲は「生きている者たちへのメッセージ」なのかな・・?という事ですね。

確かに死者から生者への警告やメッセージ風にも受け止める事も出来るのかもしれないですけど、
生きる事のある意味象徴でもあり「生きる事」が一番に輝いている児童たちの合唱をあえて使用する事で、
縁があってこの世に生を受けた限りは、精一杯生きてみよう・・というメッセージを伝えたかったのかもしれないですし、
子供という存在自体が生きることへの象徴と考えていたのかもしれないですね。
三善晃の交響三章は日本フィルハーモニー交響楽団の邦人作品に対する委嘱シリーズ第4作として作曲した管弦楽曲でして、
同じく日本フィルから委嘱されて作曲された矢代秋雄の交響曲と共に
渡辺暁雄指揮・日本フィルの演奏を収録したCDに収録されていますけど、
三善晃の交響三章と矢代秋雄の交響曲の最高の名演が一枚のCDで聴けてしまうという素晴らしいものがあり、
私自身もあの誇り高き名演が収録されたレコードとCDは、私の生涯の最高の宝物の一つとも言えるのかもしれないです。
それほどあの渡辺暁雄指揮の演奏は神がかりの奇跡の名演と言えるのだと思います。

「交響三章」はタイトル通り三つの楽章から構成をされていて、
第一楽章は緩、第二楽章は急、第三楽章は緩-急-緩から成り立っていて、テンポのバランスが精緻に計算され尽くされて
いるという印象もあったりします。
そしてこの曲は全体的には大変難解で、少なくともイージーリスニング的に軽い気持ちで聴くことなど到底できないという
大変精神的な緊張感を求められる作品であり、その音楽的密度の高さは現代邦人音楽の中でも最高頂点に立つ作品の一つで
ある事は間違いないと断言できると思います。
全体的には三つの楽章を貫く大がかりな変奏形式とも言えると思いますし、
三善晃が事前に提示した「7つの動機」というものが、楽章をまたいで様々な形で変形されることにより、
作品の旋律的・和声的な側面を構成していると感じられます。

三善晃の曲で過去に生で聴いた曲は、

〇交響三章

〇ピアノ協奏曲

〇ヴァイオリン協奏曲

〇夏の錯乱

〇響紋

ぐらいなのですけど、
一度は、管弦楽のための協奏曲・レクイエム・変容抒情短詩を生演奏で聴いてみたいものです。
特に「レクイエム」は三善晃にしては、珍しい部類というか、「反戦」という強いメッセージ性を強く出したものであり、
CDで聴いても相当インパクトや訴えるものがある作品だけに是非生の演奏会で聴いてみたい思いはあります。
一度都響の邦人シリーズの演奏会で「オール三善晃プログラム」が組まれていて、この時に演奏された曲は、
交響三章・ピアノ協奏曲・響紋でしたけど、あの音楽的密度の充実度は本当に見事なものがあったと思いますし、
演奏と曲自体に圧倒されたものでした。
新星日響の東京芸術劇場シリーズのプログラムの中に、沼尻竜典指揮による三善晃の「夏の錯乱」の初演が
組まれていたこともありましたけど、あの演奏を生で聴けたことは今にして思うととても価値があったと思いますし、
演奏終了後に三善晃が舞台上で沼尻さんと固く握手を交わされていた場面はとても印象に残っています。

吹奏楽作品でも、三善晃はコンクールの課題曲という形ではありましたけど
「深層の祭り」・「クロス・バイ・マーチ」という歴史に残る素晴らしい作品を私達に残してくれました。

だけど、私にとって三善晃というと誰が何と言っても「交響三章」の研ぎ澄まされた世界に尽きると思います!
交響三章の管弦楽版全曲を初めて聴いたのは19歳頃でしたけど、あの時はすさまじい衝撃度が私の中にありました。
交響三章は大変な難曲ですし、メロディーラインがどこにあるのかよく分かりませんし、
聴いていて楽しい曲でないのは間違いないと思います。
単純に比較するのもどうかと思うのですけど、少なくとも矢代秋雄の交響曲よりはわかりにくい音楽だといえると思います。
終始緊張感と研ぎ澄まされたピーンと張りつめた空気はこの曲の全てと言っても過言ではないと思います。
この曲を初めて知ったのは1981年の全日本吹奏楽コンクール・東北大会の大曲高校の第二楽章の演奏でした。
大曲高校は残念ながらダメ金で全国大会に進めなかったのですけど、あの異常な緊張感溢れる音楽を是非ぜひ
普門館の皆様にも聴いて欲しかった思いは今でもありますし、
同様に花輪高校が1982年に東北大会ダメ金で終わってしまったウォルトンの交響曲第一番~終楽章も是非是非
普門館の聴衆の皆様に聴いて欲しかった!という想いは今でもあったりします!

三善晃の「交響三章」という曲自体、大変難易度が高い曲でプロの管弦楽団でも滅多に演奏される事は 無い曲なのですけど、
作曲者の三善晃は、交響三章については「特に作曲上の意図はありません」みたいな事を言われていたと記憶していますが、
交響三章という曲について私自身が感じた事を言うと、三善晃が後年作曲した「夏の錯乱」という管弦楽曲に
どこかで通ずるようなものがありそうな感じがあったりもします。
それは何かと言うと、それは「亡びに向かう美学」みたいなものなのかもしれないです。
この世のもの全ては未来永劫、「不滅・不変」というものはありえないし、形あるものはいつか崩壊する・・・
形あるものが「亡び=滅び」に向かっていく散り際の美学みたいなものがこの曲には潜んでいるのかなと感じたりもします。
全体を通して特に三楽章の音楽的完成度の高さと緊張感は相当なものがあると思います。
ヴィヴラフォーンとフルートソロで開始される出だしの緊張感は大変凄まじく、
ここで提示されたテーマが暗示的に徐々に盛り上がっていく感じというかその音楽的展開が非常に巧みで、
聴く人をとてつもない内面的緊張に陥らせていると思われます。
最後の盛り上がりが終わって、ドラ2台とシロフォーンによる余韻の効果も計算し尽くされているようにも感じますし、
ラストのフルートソロで静かな終わらせ方も圧巻だと思います。

吹奏楽コンクールの吹奏楽アレンジ版の演奏なのですけど、
1980年に秋田南高校が自由曲として演奏した「交響三章~第三楽章」は、
私にとってはそうした「亡びの美学」・「もののあはれ」 みたいな諸行無常みたいなものを何か感じさせてくれています。
クライマックスに向けての金管のざわめきとかラスト近くのフルートソロとか冒頭の何かの暗示的な音は
「亡びの美学」そのものだと思いますし、
そうした美学を吹奏楽という制約を課された管楽器編成だけで
あそこまで完璧に内面的に完全燃焼し尽くした演奏というのは今後も不世出のような感じすらあると思います。
ちなみにですけど、1980年の秋田南高校の交響三章の演奏は、三善晃も後日絶賛をされていたそうですけど、
その気持ちは本当によくわかります!
1980年の秋田南高校に肉薄する演奏は、神奈川大学を別格扱いとすると、
高校の部ではそれほどないとすら感じてしまいます。
肉薄する例で言うと、1989年の習志野と1996年の常総学院を推したいと個人的には思っています。
両校とも低音セクションの扱いとか打楽器セクション(特に後半のトムトムの扱い)は秋田南を超えているのかなと
部分的に感じたりもするのですけど、
全体的な音楽的感銘度という意味では秋田南には足元にも及んでいないということなのかもしれないです。

そのぐらい1980年の秋田南の「神がかり度」は凄まじかったという事なのだと思います。

1980年の秋田南高校ですけど、とにかくとてつもない「研ぎ澄まされた圧倒的な名演」を後世の私達に残してくれています。
自由曲の内容がとてつもなく難解ですので、気楽に聴く事は出来ないジャンルだと思うのですけど
一瞬一瞬に「漲る緊張感と劇的な内省的な高ぶり」をあそこまで緻密に完璧に演奏した事例は
長い吹奏楽コンクールの長い歴史の中でもそれほど多くは無いと思いますし、ここに秋田南の交響三章の意義と価値が
あるようにも感じられます。
そうした漲る緊張感と劇的な内省的な高ぶりをきちんと音楽的に表現したチームは、
1991年の埼玉栄高校のシュワントナーのそして、どこにも山の姿はない・・・ぐらいしか思い浮かばないですね。

秋田南高校にとって1980年は「5年連続金賞」という偉業が掛った大変プレッシャーのある年だったと思いますし、
それまでの過去4年間のあまりにも素晴らしすぎる奇跡的な名演の数々を
「少しでも超えないいけないし、それが無理ならば少しでも近づける様な演奏を!」みたいな思いは相当あったと思いますけど
結果論から言うと、秋田南の「栄光の5年間の軌跡」の中では異論があるのは百も承知なのですけど、
1980年の交響三章の演奏が一番最高の名演といえると私は考えています。
もちろん、76年のペトルーシュカ、77年の春の祭典、78年の三善晃/管弦楽のための協奏曲
79年の矢代秋雄/交響曲は、どれも「とにかく素晴らしい!!」以外の言葉しか出てきませんし
特に特に76年のペトルーシュカのあの屈折した明るさと躍動感、78年の「精密な設計図」みたいな
冷静さと熱さが巧みに融合した名演など
全てが「長い吹奏楽コンクールの中でも永遠不滅の5年間」としか言いようがない演奏を私達に残してくれているのですけど
私自身は1980年の三善晃/交響三章~第三楽章の演奏がとっても大好きですし
この演奏を聴く度に
「これこそ歴史的名演!! 聴く者に絶対に何かを伝えているし、一つの宇宙空間すらも形成している素晴らしい演奏」と
感じてしまいます。

現在の吹奏楽コンクールの驚異的水準の視点から聴いてしまうと、80年の秋田南の演奏は色々と難点はあると思います。
当時は「ピアノ」が解禁される前の演奏ですので、「交響三章」はピアノが暗示的展開という意味では結構重要な
位置づけをされていると思うのですけど、秋田南はピアノが無いから「マリンバ」で代用しているので
少しネリベルっぽく聴こえてしまいますし、
曲のクライマックスの所でトランペットがかなり大きく音を外してしまい、この部分はCDでもはっきりと収録されていて
少し勿体無いなとも思ったりもしますし、
1989年の習志野と比べると低音セクションの鳴りが不足しているようにも感じられます。

だけど、そうした事は「どうでもいい」とすら感じさせてしまうのがこの年の秋田南だと思います。
暗示的な冒頭部分から最後の弱音で閉じられるところまで「研ぎ澄まされた内面的空間」が伝わってきます!!
三善晃の交響三章~第三楽章の音楽は、とてもとても気楽に聴けるような類の曲ではないのですけど、
その「内面の劇的緊張感」は当時の普門館の聴衆の皆様や「レジェンダリーシリーズ」に収録されているCDとして聴いても
間違いなく伝わってくると思います。

演奏しているのが普通の県立高校の高校生と言うのが絶対に信じられない素晴らしい演奏だと思います。

たまたま使用した楽器が「管楽器+打楽器」だったとしか言いようが無いです。

そしてここにあるのが「一つの宇宙」だと思いますし、研ぎ澄まされた空間なのだと思います。

最近の吹奏楽コンクールの驚異的レヴェルは、既にアマチュアの世界をとっくに超越していると思うのですけど、
それでも1980年の秋田南高校のあの内面的充実には到達していないのかもしれないです。
過去においても何度も多くのチームがこの三善晃の交響三章に挑んでいますけど、
1980年の秋田南高校の神がかりの演奏を超越した演奏はいまだに出現していないのかもしれないです。

そのくらい、あの当時の秋田南高校は偉大だったのだと思います!
「ボレロ」でお馴染みのモーリス・ラヴェルの「道化師の朝の歌」は8分程度の短い作品ですけど、
いかにもラヴェルらしい要素が凝縮されていて、大好きな曲の一つです。
ちなみにですけどこの曲は吹奏楽にもアレンジされていて、吹奏楽コンクールの自由曲としてたまに演奏されることもあります。
過去にも1979年に名古屋電気高校がドイツ的な重厚感あるサウンドでフランス的繊細さは皆無ですけど、
かなり個性的な演奏を聴かせてくれていたのは大変印象的でした。
79年の名電のファゴット奏者はこの「道化師の朝の歌」において大変素晴らしいソロを聴かせてくれていた事は
大変印象的でした。
余談ですけど、名古屋電気高校=愛工大名電の1990年の矢代秋雄 / 交響曲~第四楽章の吹奏楽アレンジ版の演奏は、
序奏から展開部に入るまでのピッコロとファゴットのデュエットアンサンブルは「お見事!」としか言いようがない
素晴らしい二重奏を聴かせてくれていたのが大変印象的でした!
90年の名電のあのピッコロとファゴット奏者のお二人には当日の「アンサンブル大賞」を贈呈したい気分で
一杯でもありましたし、あの年の名電が銀賞とはあまりにも意外であり、
私としてはあの演奏は課題曲A / ランドスケイブの演奏を含めてグランプリクラスの金賞と予想していた事もあり、
あの評価は今でも納得いかないものがありますね・・

[道化師の朝の歌」の原曲は「鏡」というピアノ曲です。
このピアノ曲を後にラヴェル自体がオーケストレーションをしています。
「鏡」は以下の5曲から構成されています。

Ⅰ.蛾

Ⅱ.悲しい鳥

Ⅲ.海原の小舟

Ⅳ.道化師の朝の歌

Ⅴ.鏡の谷

この5曲の中で、海原の小舟と道化師の歌がラヴェル自身によって
管弦楽作品としてアレンジされています。

ラヴェルと言うと、一般的には「オーケストラの魔術師」と称賛され、
管楽器の使用方法やオーケストレーションの巧みさからリムスキーコルサコフやレスピーギと並んで
作曲テクニックに秀でた天才というイメージがあります。
ラヴェルの作品リストを眺めると分かるのですが、これほどまで「オーケストラの魔術師」と言われた人でさえ、
実は最初から純粋に演奏会用管弦楽曲として作曲された作品は、「スペイン狂詩曲」ぐらいであり、
それ以外の作品は大別すると、バレエ音楽または原曲がピアノ曲を後日管弦楽用にアレンジしたものなのです。
ちなみに、ダフニスとクロエ、ボレロ、マ・メール・ロア、ラ・ヴァルスは元々はバレエ音楽
クープランの墓、亡き王女のためのパヴァーヌ、高雅にして感傷的なワルツは元々はピアノ曲です。

「道化師の朝の歌」は、何となくですけど
ピアノ曲として聴く方が印象としては非常にすっきりと聴こえます。
リズムの鋭さ・けだるさ・すがすがしさ、一見矛盾する要素を内在させながらも
非常に生き生きと描いているところにこのピアノ曲の素晴らしさがあります。
ピアノ曲として「道化師の朝の歌」を聴く場合、
私的には小山実稚恵さんのラヴェルピアノ作品集のCDの演奏が非常にしっくりきますし大好きな演奏です。
この曲を管弦楽曲として聴く場合、ピアノ曲とは全然別の曲のようにも聴こえます。
管弦楽版の場合、中間部のかなりけだるい部分のソロは主にファゴットが担当していますけど、このファゴットが実に素敵です!
ピアノ曲として聴くと、ついつい聞き流してしまう箇所なのですけど、
管弦楽曲として聴く場合、あのファゴットソロの部分は、だるさとおとぼけ的要素が
微妙にミックスした感じが非常に素晴らしいと思います。
打楽器も、タンバリン・カスタネット・シロフォーン・トライアングル・小太鼓など多種多様な
楽器を駆使し、色彩感を出すのに良いスパイスの役割を果たしています。

よくラヴェルの作品って音楽評論家的に言うと
水・スペイン・子供・魔法の要素が欠かすことが出来ないエッセンスと書かれることが多いですけど、
確かにラヴェルの作品には、「スペイン」という要素はかなり重要なウェイトを占めていますよね。
「道化師の朝の歌」もあのリズム感は、スペインの響き以外の何物でもありませんし、
さすがバスク地方の血を受け継ぐ作曲家という感じが濃厚です。

そうそう、ラヴェルの要素って、個人的にいうと、前述の要素に加えて
「悪趣味」・「最後に奈落の底に突き落とす」っていう要素も加味したいですね。
それが象徴される作品が
「ラ・ヴァルス」・「ボレロ」・「左手のためのピアノ協奏曲」だと思います。
いずれも精密な作品ながらも、曲の最後の方でこれまで保っていた精密さ・美学・バランス感覚を
全て崩壊させるという手法は、悪趣味以外の何物でもないと思う時もあります。
それがラヴェルらしい個性であり、持ち味なのかな・・??

「道化師の朝の歌」は、スペインの要素を濃厚に出しながらも、
ラヴェルの悪趣味的要素と美的感覚がギリギリのところで折り合った
不思議な作品なのかな・・?と感じる時もあります。

この曲は実はあんまり生演奏で耳にしたことは無いです。
どちらかというと吹奏楽コンクールのアレンジ版として聴いた事の方が多いのもしれません。
そうした中で、この曲の生演奏で最も印象に残ったのは、
1996年のデュトワ指揮/NHK交響楽団の特別演奏会における ピアノ/アルゲリッチの奇跡的な顔合わせの演奏かな・・ ?
ご存知の人も多いと思いますが、デュトワとアルゲリッチは元夫婦で、
1970年代に二人がN響との共演で来日した際、成田空港で壮絶な夫婦喧嘩の末破局したとの
事ですが、この時の演奏は、その時のドタキャン公演以来の「幻の演奏会」の再現と
クラシック好きな人の間では当時結構話題になったものです。
この時のN響の特別演奏会は、「リスナーが選ぶベスト曲目投票」で選出された曲目で、

〇道化師の朝の歌

〇ショパン/ピアノ協奏曲第一番

〇幻想交響曲

という曲目で構成され、アルゲリッチは、ショパンのピアノ協奏曲第一番のソリストとして出演していました。

道化師の朝の歌も大変みずみずしくて素晴らしかったですし、幻想交響曲もあまり「狂気」みたいなイメージを出さずに、
むしろ知的で洗練された雰囲気を強調していたのが大変印象的でした。
だけどこの日の圧巻はアルゲリッチソロのショパンのピアノ協奏曲だったと思います!
あの演奏はとっても素晴らしかったです!
若い頃のタッチとほとんど変わらなかったものの、当時の外見は魔女みたいに老けられていても(汗・・!)
音楽的感性はあまり変わっていないかのような演奏で、私は結構エキサイトして聴いていました。
演奏終了後、意外と深々とペコペコ頭を下げているアルゲリッチの姿に何か多少の意外感があったのが
面白かったです。

ショパンのピアノ協奏曲第一番は、第一番という表記がされていますが、
実際は第二番の方が先に作曲されています。
第二番は、第一番と大体似たような構成・感じなのですが、一番のメロディーの豊かさには
足元にも及ばないと思います。
ただ、第三楽章後半でホルンのファンファーレみたいなものも出てきて、
オーケストレーションが下手で有名なショパンにしては、幾分凝った感じにもなっています。

よく第一番は、オーケストレーションが貧弱とかオケとの掛け合いの魅力が皆無とか
伴奏付きピアノ曲の領域とか悪口を書かれることも多いこの曲ですが、
ショパンらしい線の細さや優しさを出すには、この位のバックでないとその「瑞々しさ」を醸し出すのは
難しいと思うので、自分としては、特にこのオーケストレーションで十分だと思います。
※近衛文麿呂氏自身による編曲もあるとの事ですが、聴いた事がないのでそれは興味があります。
ただ、第一番は基本的に二管編成なのですが、ホルンが4に対して、トロンボーンが1という
やや変則的な編成でもあります。

何かこの曲のソリストは男やご年配の御方にはあまりやって欲しくはない曲だなぁ・・と思う時もあります(汗・・!)
10代~20代前半の可愛い女の子のソリストが演奏すると、多少演奏は拙くてもミスタッチはあったとしても、
許せちゃう感じがあったりもする曲だと思いますね・・(笑)
マーラー/交響曲第3番「夏の朝の夢」の第三楽章における異例とも思えるポストホルン(またはミュートを付けたトランペット)の
長大なソロは合計二か所登場し、CDで聴く場合
(もちろん指揮者の解釈で大分時間にズレは生ずるとは思うのですが)
第三楽章の演奏時間15分の中で、演奏開始から7分目あたりに一度登場し、ここでは二回ほどメロディーラインが反復され、
そして12分目あたりで再度登場します。
この曲の生の演奏会の場合、第三楽章の長大なソロを担当するトランペット奏者は、基本的には
第一~第二楽章においては、舞台上の演奏には参加せず、第一楽章と第二楽章の要する演奏時間、大体一時間程度は
聴衆の目には触れない部隊の後ろとか横において、ずっと待機し、ひたすら自分の出番が来るのを待つことに
なるのですけど、とにかくこの奏者の緊張感とかプレッシャーは大変なものがあると思います。
事実、2013年の新日本フィルの演奏会では、この部分の奏者は完璧に外していました・・・・
(あれは極めて印象&後味が悪いと思わざるを得ないです・・)
まさに「孤独との闘い」なのだと思います。
今現在は退任されていますが、N響の津堅さんは、あの部分を一時間以上の待機&プレッシャーにも打ち勝ち
大変見事な演奏をされていたのは、大変印象的でした!
後日テレビインタビューの中で、高潮した表情で嬉しそうに語られていたのも大変印象的でした!

あの箇所は原曲の指示通りに「ポストホルン」を使用する場合もありますし、
ミュートを付けたトランペットで代用される場合もあります。


ミュート



ミュートとは「弱音器」の事で、これを金管楽器のベルの先端に付けることで
音量を抑制しくすんだ音を生み出すという効果があります。

このミュートを表現的にも視覚的にも巧みに使用した交響曲の事例として、同じくマーラーの交響曲第1番「巨人」も
あるんじゃないのかな?とも思ったりもします。
特に第四楽章において、トランペットの「ミュート」が結構効果的に使用されているようにも思えます。
マーラーの「巨人」の第四楽章は、生の演奏会を聴くとよく分かるのですが、
4人のトランペット奏者たちが、何か慌ただしげにバタバタしている様子が窺えます。
実はこれは「ミュート」を付けては吹き、外しては吹き、そしてまたまた付けては吹きを
次から次へと繰り広げているのです。
見た感じは実に「せわしない」という印象があったりもしますけど、見た目には大変目立ちますので、
そのあたりの視聴的効果ももしかして作者として意図したのかもしれないですね。
以前、都響の演奏会だったと記憶していますが、
ここのトランペット奏者たちは、膝にはさんだミュートを右手で掴み取り、素早くベルの先端に取り付け
ミュートがいらない場面では、さっとミュートを外し、再度膝に挟む・・・
そんな事を第四楽章の前半辺りで何度も繰り返していた光景を目撃したこともあります。

やはり演奏者たちは、目に見えないところで色々な苦労があるものですよね・・・

吹奏楽のトランペット奏者によると、このミュートを付けると、付けない場合に比べて高音が全然出しやすいという事で
まずは最初にミュートを装着し、ハイトーンの感覚を身に付け、それからミュートを外して吹いた方が
より本番で高音を外さないという話を聞いたことがあります。
ガーシュインの「ラプソディー・イン・ブルー」のように
ミュートの先端の穴に手をかざし、音をわざと「ワォンワォン」と揺らす奏法も稀にあったりもします。

「ミュート」というと音量を意図的に抑制する場合に使用されることが多いと思うのですが、
別にppの場面だけではなくて、意図的にミュートを付けたままffの演奏をし、
その「くすんだようなヘンな強奏」の音を作曲者が求める場合もあったりします。
そのいい例がムソルグスキー/ラヴェルの組曲「展覧会の絵」のサミュエルの場面だと思います。
あれは実に効果的で、トランペットのくすんだ金切音みたいな悲鳴が実に曲にマッチしていると思います。

そうそう、こういう「弱音器」は別にトランペットの専売特許ではなくて、
他の金管楽器、例えばホルン・トロンボーンにもあったりもしますし、弦楽器にもあったりもします。
弦楽器の場合は、木・ゴム・金属といった素材を駒に装着し振動を抑える事で効果を発揮します。
弦楽器の弱音器仕様のいい例として、モーツアルトの交響曲第41番「ジュピター」第二楽章が挙げられると思います。

そうそう、「ミュート」は実はチューバにもあったりもします。
チューバのミュートはあまり使用例はないと思うのですけど、
マーラー/交響曲第9番第一楽章で、トロンボーンと対になって「不気味」という効果はかなり発揮されていると感じられます。
チューバのミュートは、実際にマーラーの9番で見た事がありますけどかなり巨大です!

トランペットのミュートなのですけど、私が初めて「トランペットのミュートっていいよねっ!」と実感したのは、
1979年の課題曲A/フェリスタスだと思います!
フェリスタスはどうしてもあのアルトサックスの惚れ惚れしちゃいそうなソロが大変印象的ではあるのですけど、
アルトサックスソロのメロディーが様々な形で変奏され曲が進行していく過程の中で、
曲が一旦静まりかえった後で、ミュートを付けたトランペットの短いスタカット風な刻みとそれに呼応するシロフォンが
とっても格好良かったと思います!

最後に・・・

クラシック音楽でトランペットのミュートの「効果的使用」を見せつけられたのは
ドビュッシーの「三つの夜想曲」~Ⅱ.祭りだと思います。

ドビュッシーの「夜想曲」~祭りは、
トランペットのミュートを付けた部分は、「遠くから祭りのお囃子が聴こえてくる・・・」
トランペットのミュートを外し小太鼓が加わると、「近くでお祭りの屋台のざわめきが聞こえる・・」みたいな
感覚も、私の中ではあったりもします。
あのあたりのドビュッシーの感覚はとてもお見事だと思いますね!!
長い吹奏楽コンクールの歴史においてはどうしても忘れられてしまう演奏とか
「そんな曲が吹奏楽にアレンジされて吹奏楽コンクールで演奏されていた事もあるんだ・・知らなかった・・」などのように
知る人ぞ知る幻みたいな演奏が出てきてしまうのは仕方がない事だとも思っています。
そうした「忘れられた演奏」の一つなのですけど、どうしても忘れられない演奏であり、私自身が
その演奏に多大な影響を受けたという事もあり、
絶対に「歴史に埋もれてはいけない演奏」というのも幾つかあるとは思うのですが、
その中の一つが、1982年に東海地区代表として全国大会に出場し、松村禎三の交響曲より第三楽章を演奏した
長野県の屋代高校だと私自身感じております。

過去の当ブログにおいて、この屋代高校とか松村禎三の交響曲については何度か語らさせて頂いた事は
あるのですけど、ブログというのもやはり「歴史に埋もれてしまう」という事は実はあったりしまして、
古い記事と言うのはどうしても中々現在の当ブログをご覧になっている方にはなかなか見て頂けないという事もありますので、
改めてなのですけど、屋代高校吹奏楽部と松村禎三の交響曲(第一番)について、ほんの少しばかり
再度語らさせて頂きたいと思います。

1982年の仁賀保高校の矢代秋雄/交響曲とか、屋代高校の松村禎三/交響曲の
演奏によって、私自身が邦人現代音楽に興味を持つようになった経緯もあるため、
この屋代高校の演奏は、仁賀保高校の演奏と共に私にとっては大変思い入れのある曲の一つです。
(厳密に言うと私自身が邦人作品に関心を抱く大きなきっかけは、1981年の東北大会の大曲高校による
三善晃の交響三章~第二楽章の劇的な緊張感なのだと思います)

以前何かの本で読んだのですけど
(立ち読みだったため、本のタイトルは忘れましたけど確か邦人作曲家に関する著作だったような記憶があります)
松村禎三氏自身、1982年の全日本吹奏楽コンクールの高校の部を聴きに 普門館の会場に自ら足を運び、
屋代高校の演奏を聴き、大変満足されたとの記述が確かあったように記憶しています。
これって結構すごい事かもしれないですね・・・
もしも演奏する立場だったら・・・、もしも事前に作曲者自ら普門館まで足を運ぶという事を
知っていたとしたら、とてつもなくプレッシャーが掛るかもしれませんよね・・・・(汗・・)

松村禎三の交響曲自体、吹奏楽コンクールで演奏される事は・・・・うーーん、ほとんどありません・・・・
過去の吹奏楽コンクールにおいて松村禎三の交響曲が演奏されたことは2回に留まっています。

しかし、その2回とも支部大会を通過し全国大会で演奏されています。
一つが屋代高校で、もう一つは1983年の東海大学です。
ちなみに東海大学は第一楽章の方を演奏しています。
私は個人的には、屋代高校の演奏も東海大学の演奏も両方大好きですし、両チームとも
松村禎三の「すさまじい破壊的エネルギーのパワー」の世界を見事に表現していると思います。

1982年当時の東海地区の高校の部は、名電・浜松工業・東海第一の三大巨人がしのぎを削っていましたが、
浜工と東海第一を蹴落としての全国出場はお見事だと思います。
というか、長野県の普通の県立高校で、特に音楽的教育を日常的に受けていない生徒の皆さん方が
ああやって松村禎三の交響曲の世界を見事に表現されただけではなく、
結果的に吹奏楽コンクールの名門校を撃破しての全国大会出場は大変立派な事だと思います。
この事実は、同じく田舎の県立高校の楽器も予算も実績も何もない吹奏楽部員に対して
どれだけ「希望」を与えてくれたものか!!
そういう意味でも、この屋代高校や仁賀保高校の演奏は私は大好きですね。

さてさて、1982年のその屋代高校の演奏なのですけど、改めてはっきりと申し上げますと、
正直言って技術的には決して超高校級の怒涛の名演ではありません。
1982年の高校の部の圧倒的な第一位と感じている仁賀保高校の超絶的技術と音楽的解釈の
素晴らしさ・透明感に高校生離れした卓抜したスピード感と切れの良さみたいな技術の高さはほぼ皆無だと思います。
結果的に屋代高校はこの年の高校の部において銅賞を受賞し、私個人の客観的評価としては、出来としては、
そうですね・・下から2~3番目ぐらいの演奏なのかなぁ・・というのが本当に正直な意見です。
というか、よくこの技術であんな激戦の東海大会を突破できたのか不思議なくらいです。

屋代高校の演奏は確かに難もあります。
木管楽器、特にクラリネットセクションがあまりにも貧弱というか、音が薄過ぎというのが最初から最後まで
かなり引っかかってしまいます。
(課題曲の序奏とアレグロも音楽的解釈とあの無機質的なスピード感はこの課題曲の本質を理解している数少ない
演奏の一つだと私は思っているのですけど、そうした素晴らしい解釈を木管・・特にクラリネットセクションが少々もたつくことに
よって台無しにしているような箇所が幾つもあるのは大変勿体ないと感じております)
特に冒頭部分なんか、あまりにも貧弱すぎて
「サウンドがうすべったく貧相で平板・・」みたいな印象を与えてしまいます。

だけどffでのパワーは原曲に迫るものもあります。
アレンジは素晴らしいですね! 原曲を再現しながらも、独自の吹奏楽としての色彩感も出しています。
いい例がコンサートチャイムの使い方だと思います。
中間部での強奏において、原曲では、ピアノがそのリズムを支える役割がありますが、
屋代高校では、ピアノの代わりにコンサートチャイムを何と二台も使用し、斬新な響きを展開させていきます。
チューバなどの低音楽器も比較的大胆に使用し、重圧感も醸し出していたと思います。
「ヒヒーン」とも聞こえる馬の悲鳴みたいなトランペットの音の響かせ方とか
ラスト近くの小太鼓の凄まじいロールとかラストのコンサートチャイムの2台の荘厳な響きとか
打楽器セクションの圧倒的存在感とか(特にトムトムの響きが圧巻ですね!)
一旦静粛になった部分でのオーボエのつぶやくようなメロディーの歌わせ方とか
大胆不敵とも感じられるチューバセクションの低音の響かせ方などなど随所に燦然と光り輝くものがあると思います。
そして何よりもあの松村禎三らしい「すさまじいエネルギーのかたまり」をダイナミックスレンジを幅広く駆使しながら
流れるように表現できていたのは素晴らしいものがあると思いますし、
この点は、吹奏楽コンクールにおける「表現」という評価ポイントにおいては、満点に近い評価があっても当然ではないのかな
とも感じたものでした。
たった一つの音の塊が時の経過とともに「巨大な音のうねり」と変容化していく様子が「音の絵巻」として
的確に表現されているようにも私には感じられたりもします。

この屋代高校の演奏が特に秀でている点は、奏者全員がこの難解な曲をよく理解したうえで
「自分たちはこのように吹きたい!」という意思と主張が明確に伝わっている点と
弱奏と強奏のダイナミックスレンジの幅が驚異的に高いという事なのだと思います。
それゆえに冒頭とか弱奏部分の木管セクションの「サウンドの貧弱さ」が大変勿体ないですし惜しまれます!!
その点をもう少しきちんと整理されて演奏されていたならば、もう少し高い評価は出ていたような気さえします。
中間部とか終結部のffの表現・雰囲気が実に素晴らしかっただけに
音の薄い部分に対して、もうひと工夫はほしかったですし、この点は大変惜しまれます。

だけど、松村禎三の「和の圧倒的エネルギーの世界」をあそこまで的確に表現し、
確実に聴衆に対して「何か」を伝え、あの演奏から既に35年以上経過した現在においても
「私」という存在に今でも「感銘」を残しているのは、あの屋代高校の演奏なのです。
私自身は、「松村禎三の世界」は屋代高校のあの素晴らしい演奏を通して初めて知ることになったのですから、
やはりその意味でも大変意義の大きい演奏だといえると思います。
そうした意味では、昨年・・2017年にご逝去された花輪高校の小林久仁郎先生が指揮された
ウォルトンの交響曲第一番の演奏を東北大会で聴くことで一気にクラシック音楽の深い森の中に迷い込んでしまった
構図と似ているものがあると思います。

とにかく屋代高校は、普通の先生と生徒たちが夏の間に手作りで自分達の音楽を作り上げ
自分達なりに表現できたと言う意味で本当に素晴らしいと思いますし、
1982年の全国大会で見事に松村禎三の世界を表現された屋代高校の指揮者と生徒の皆様に
あの演奏から36年経過後の私から心の底から敬意を表したいと思います。

本当にありがとうございました!!

結果として、評価としては銅賞なのですけど、
そんなのこの演奏の前では全く無意味に感じます。
だって、コンクールの評価とは、絶対的なものではなくて、あくまで複数の審査員の点数を集計した数値を
相対的に評価しただけのものに過ぎません!
少なくとも、「私」には、銅賞以上の何か大切なものを間違いなく伝えてくれました。

私自身、松村禎三の交響曲(第一番)を管弦楽の原曲版を全楽章ノーカットで一度だけなのですけど
プロの演奏を聴くことができたのは本当に幸いなことでした!

松村禎三の交響曲は、個人的に大好きな曲の一つです。
残念ながら生で聴く機会は極めて少ないのですが、これまでの私の生涯の中でたった一度だけ
この曲を聴く機会に恵まれました。
確か1992年の冬だったと思いますが、
都響のサントリーホールにおける定期演奏会にて、「オール松村禎三プログラム」が組まれていました。

曲目は・・・・

〇管弦楽のための前奏曲

〇ピアノ協奏曲第二番

〇交響曲

という構成で、確か指揮者は岩城宏之だったと記憶しています。

松村禎三は、後に交響曲第2番を発表していますけど、
この都響の演奏会の頃とか1982年の屋代高校の演奏時においては、2番はまだ未発表でしたので、
この時点では「交響曲」という表示になってしまいます。

私、この松村禎三の作品展を聴きに行くため、1992年は山梨県在住でしたけど、
「都内の叔母が危篤状態・・・」と大嘘をつき、有給を取得し、わざわざこの演奏会を聴くためだけに
上京したのは今となっては大変懐かしい思い出です・・(汗・・)

松村禎三の「交響曲」は生で聴くとすごいエネルギー感を感じますね。
熱気というか、内面的な充実感をものすごく感じる曲です。
第一楽章と第三楽章の「和のすさまじい破壊力・パワー」もいいけど、
両楽章の間に挟まれた静粛感の漂う第二楽章も短いのですが大変印象的です。
でも圧巻は第三楽章ですね!
第二楽章から休む間もなく続けて演奏されるのですけど、クラリネットのつぶやくようなソロから始まり、
段々と盛り上がっていき、戦場での馬の悲鳴・雄叫びのような展開を経て
少し静かになって突然和音を叩きつけて終わるという感じなのですが、このエネルギーにはただただ脱帽するしかないです!
打楽器的に使用されるピアノや二台も使用されるコンサートチャイムとや
トムトムと小太鼓のロックみたいな響きは、確実に聴衆に「何か」を伝えているのだと思います。

この交響曲の魅力は、上記の屋代高校の演奏ではないのですけど、あの「圧倒的なエネルギー」なのだと思います。

この曲の音楽専門書における書き方としてよく「アジア的エネルギー」と表記されていることが多いのですけど、
私的には「少し違うんじゃないの・・?」という感覚があったりもします。
この交響曲は、あの圧倒的エネルギーによって「すべて」を飲み込んでしまう曲なのだと思います。

聖も俗も、善も悪も、昼も夜も、現実と幻想も、とにかくこの世のありとあらゆるものを飲み込んで
すべてをごった煮させる事で、混沌から「一筋の光」を見出していこう・・みたいな問答無用的なパワーとエネルギーが
ある曲なのだと思ってしまいます。

最後に・・・

繰り返しになりますが、そうしたすべてを飲み込んでしまうこんなとてつもない大変難解な管弦楽曲を吹奏楽版にアレンジし、
それを立派に消化したうえで、自分たちの「ここはこのように表現したい!」という個性をきちんと踏まえながらも
原曲のこうした圧倒的エルネギーを見事に普門館の聴衆に提示することができた
1982年の屋代高校吹奏楽部の皆様に敬意と感謝の気持ちを改めて表させて頂きたいと思います。
なんとなくですけど世間一般では「ロミオとジュリエット」と表記される事が多いシェークスピアの戯曲ですけど、
文学の世界では「ロミオとジュリエット」と表記される事が多いような気もしますし、
音楽の分野では「ロメオとジュリエット」と表記される事がほとんどだと思います。
音楽の解説書とかクラシック音楽のコンサートのプログラムの表記や吹奏楽コンクールのプログラム表記では
ほぼ全て「ロメオとジュリエット」となっているように思えます。
(歴代プリキュアシリーズの中でも、秋の文化祭の出し物としてこの「ロメオとジュリエット」が上演されることも
多々あったと思うのですけど、この際の表記はやはりほぼ全て「ロミオとジュリエット」でした・・)

この表記の違いはどこに由来するのかな・・??

クラシック音楽の世界では「ロメオとジュリエット」を題材にした曲と言うと
チャイコフスキーの幻想序曲「ロメオとジュリエット」とか
ベルリオーズの劇的交響曲「ロメオとジュリエット」が有名かもしれませんが、
何と言ってもプロコフィエフのバレエ音楽がいっちば~ん!有名なのだと思われます。
20世紀の名作バレエという評価は既に定着済だと思いますし、
世界各国のバレエ団が日本上演をする際でも「ロメオとジュリエット」は定番レパートリーの一つだと思います。

シェークスピア原作の戯曲は、ご存じの通り、悲劇的結末で終ってしまうのですけど、
20世紀のソ連の作曲家のセルゲイ・プロコフィエフの場合は、
初期の構想の段階では、これを「ハッピーエンド」で終らせる案を練っていたとの事です。

その構想案としては、終幕でロメオが1分早く駆けつけジュリエットが生きていることに気付きハッピーエンドを迎える
というものだったそうですけど、
それではなぜプロコフィエフはあえてハッピーエンディングにしたのかその理由についてなのですけど、
「生きているから踊れるのであって死んだら踊れない」という理由との事です。
これは何となく分かるような気もします。
ちなみにプロコフィエフはこのバレエ音楽を作曲中に知人に書いた手紙の中で
「今、ジュリエットは第二幕の中を歩いています」という素敵な一文を記したというエピソードが残されているそうです。

だけど最終的には、さすがにこの有名な原作を曲解したハッピーエンディングはまずいじゃん・・と言う事で
「悲劇的結末であってもバレエと言う踊りの表現形態においても十分表現・演出出来る・・」と演出家たちが
プロコフィエフを説得し何とか原作通りの結末になったそうです。

このバレエ音楽の上演時間は実は大変長くて、優に二時間半は超えると思います。
クラシックの演奏会で演奏される場合、組曲番や指揮者の好みで編集されたダイジェスト版で演奏される事が多いのですけど、
私は第一組曲は大好きです!

ちなみにですけど、プロコフィエフのバレエ組曲「ロメオとジュリエット」は、部分的には耳にしたことがある人は
多いと思いますよ。
なぜかと言うと、ソフトバンクのテレビCMというと、あの白の「お父さん犬」がとても知名度と人気がありますけど、
初期の頃は、「お父さん犬」が登場すると決まってBGMとして
このプロコフィエフのバレエ音楽「ロメオとジュリエット」が流れていました。
ちなみにそのBGMの曲で流れていたのは、
第二組曲の第1曲「モンターギュ家とキャブレット家」です。

その関連でプロコフィエフ作曲の「モンターギュ家とキャブレット家」を流すと
「ああ、あのソフトバンクのCMね」となつかしがる皆様は意外と多いかもしれませんね。

ちなみに第一組曲は以下の七曲で構成されています。

1.民衆の踊り
2.情景
3.マドリガル
4.メヌエット
5.仮面
6.ロメオとジュリエット
7.タイボルトの死

第一曲の「民衆の踊り」が私は大好きでして、冒頭の「タッ、タッ、タッ」という短い打撃音から開始される
あの部分が始まると、「ああ、これからロメオとジュリエットの世界が始まる」と何かワクワクしますね・・・
この第一曲ののぴやかな雰囲気はとにかく素晴らしいです!!

でも圧巻は「タイボルトの死」ですね~!

この部分の弦楽器のめまぐるしい展開は壮絶なものがあります!
ティンパニによる打撃音のソロ以降の金管楽器による勇壮な感じは相当な悲壮感が漂っています。
これは家としての宿敵、タイボルトを成り行きとはいえ殺めてしまった・・どうしよう・・みたいなロメオの
「後悔」の気持ちも含めて、大変迫力ある音楽が展開されていきます。

どちらかというと、音楽の内容的には
「モンターギュ家とキャブレット家」・「少女ジュリエット」・「別れを惜しむロメオとジュリエット」
「ジュリエットの墓の前で号泣するロメオ」が入った第二組曲の方が聴き応えはあると思うのですけど
なぜか私は第一組曲の方が昔から好きです。

それはなぜかと言うと、やはのこのバレエ音楽を最初に知るきっかけとなったのは吹奏楽コンクールでして、
それが1982年の富山商業の自由曲が、このプロコフィエフの
バレエ組曲「ロメオとジュリエット」~モンターギュ家とキャブレット家・タイボルトの死だった訳でして、
特に「タイボルトの死」の鮮やかさが脳裏に焼き付かれてしまった事が大きいのかもしれないです。

参考までに第二組曲の方も記しておきますと、

1.モンターギュー家とキャピュレット家
2.少女ジュリエット
3.僧ローレンス
4.踊り
5.別れの前のロメオとジュリエット
6.アンティル諸島から来た娘たちの踊り
7.ジュリエットの墓の前で号泣するロメオ

第二曲の「少女ジュリエット」は短いけどとても溌剌とした感じが漂います。
第七曲の「ジュリエットの墓の前で号泣するロメオ」は本当に胸が張り裂けそうな音楽です。

第一組曲も第二組曲もとにかくこの瑞々しさ・リリカルな感じが大変素晴らしく
それがプロコフィエフ本来の「メカニックな感じ」と大変うまく融合し、
このバレエ音楽を大変誇り高きものにしているような感じがあります。

ちなみにこのバレエ音楽は、クラシック音楽業界では「ロメジュリ」と短縮して言われる事が多いです。
そしてラヴェルの「ダフニスとクロエ」は「ダフクロ」と呼ばれる事が多いです。
反面、「トリスタンとイゾルデ」は誰も「トリイゾ」と言いませんし、「ぺリアスとメリザント」は誰も「ペリメリ」とは言いませんね(汗・・)

それはやっぱり「語感」の関係なのかな・・??
ハチャトゥーリアンのバレエ音楽「ガイーヌ」は、「剣の舞」だけは異常に知名度があると思います。
もしかして「剣の舞」は、20世紀クラシック音楽界の最大のヒットメロディーなのかもしれないです。
あの剣の舞の冒頭部分だけをBGMとして流したら、クラシック音楽を普段全然聴かれない方であったとしても
90~95%近くの人は「あー、これ、どっかで聴いたことある!!」と思われるのは間違いないと思われます。
だけど「剣の舞」以外は、せいぜい「バラの少女の踊り」くらいしか一般的には知られていないのが
少々残念な感じはします。
私は、カヒッゼ指揮のこのバレエ音楽のCD二枚組の全曲盤を持っていますけど、
聴けば聴くほど「宝箱」というかメロディーのおもちゃ箱みたいに
民族的でダイナミックで躍動感溢れるというか血が騒ぐ音楽が続々と登場し
聴く度にドキドキします!

昔、作曲者ハチャトゥーリアン本人が読売日本交響楽団を自作自演するために来日し、この「ガイーヌ」の中から
何曲か振った事があるとの事ですが、もしもタイムマシーンがあるのならば是非聴いてみたいですね~!
ついでに書くと、ハチャトゥーリアンには
交響曲第2番「鐘」というマイナーシンフォニーがあるのですが、
これは私的には影の大変な名作と確信しています。
これは戦時中だから、戦時中にしか書けそうもないリアルティー溢れる音楽が、展開される大変素晴らしい曲も残しています。
現在では、ヤルヴィとか色々な人の演奏を聴けますが、
1980年代の頃は自作自演盤しかない時代もあったものですが、その自作自演で共演したオーケストラが
ソ連の管弦楽団ではなくて、なぜか泣く子も黙るあの名門管弦楽団のウィーンフィルというのが
意外でもありますし信じられない話でもあります。
私、そのウィーンフィルの演奏をレコードで聴いたことがあるのですが、いつもの洗練されたウィーンフィルではなくて
荒ぶる魂の調べという感じが漲っていて、とてもエキサィティングでした!
(あの荒ぶる魂は、生涯で唯一ベルリンフィルと共演した際のバーンスタインが残したライヴ録音のマーラー/交響曲第9番に
繋がるものがあると思います!)

話を「ガイーヌ」に戻します。

高校時代の図書館に、音楽之友社から出ている「名曲解説全集」という全25巻から構成される
音楽解説書があったのですが、その中で「ガイーヌ」は、
ソ連のコルホーズという集団農場での生活を背景にし、
ヒロイン・ガイーヌが自分の夫であるギコの自分たちの属するコルホーズ、ひいては国家への
裏切り=スパイ行為に立ち向かっていくという
正義感溢れるストーリーを展開していたように思えます。
(何かいかにも当時のソ連=スターリンに媚を売った作品のようにも思えますね・・)

上京して何気なく大学内の図書館で、この本を取ってみると「最新・名曲解説全集」となっていて
そこで初めて、実は「ガイーヌ」には二つの版が存在するという事に気が付いたのです。
1957年にハチャトゥーリアンは、ボリショイ劇場版とも言われる大改訂を行い、元々の「原典版」に比較すると、
ストーリーも登場人物も全然異なるけど音楽は共通するものが多数あるという「大幅改訂」を実施する事になります
結果として元の原典版とこのボリショイ劇場版の数少ない共通点は
一部の登場人物の名前だけというという
大改訂が施されたわけなのです。
何でこんなことになってしまったかというと、詳細はよく分かりませんが、
作曲者自身、「いくらなんでも原典版は、時の権力者であるスターリンに媚びを売り過ぎた・・ちょっと恥ずかしい・・」と
感じたのかもしれませんね・・(笑)
幸いこの当時は既にスターリンも世を去っていましたから、別に改訂をしたってそれを咎める方はいなかったのかも
しれないですし、その頃は既にハチャトゥーリアン自体はソ連作曲界の大御所的存在になっていましたからね。

原典版というのは、
国家と自分達家族を裏切った自分の夫であるギコを告発して本当に良いのか悩むガイーヌに
焦点が当てられていましたが、ボリショイ劇場版の方は、そうした要素は消去され、
とある田舎の村での男女の恋物語・それを巡る葛藤が健康的に生き生きと描かれています。
ボリショイ劇場版をごく簡単にストーリーを書きますと、
ガイーヌとアルメンは恋人同士 アルメンとゲオルギーは友人同士
だけどそんな中、ゲオルギーは
「自分はアイシェという女の子が好きなのだけど、もしかしてアルメンもアイシェが好きではないのか・・」と
嫉妬を起こし、ある日、狩の帰り道で嵐に遭遇し、アルメンが崖から転落してもゲオルギーは
「ふん、ざまーみろ」という風にアルメンを助けることなく放置し、結果的に
アルメンは失明してしまい、ガイーヌも失望してしまう・・・
だけどその後ゲオルギーは良心の呵責に悩まされ続けてしまう・・・
だけど収穫祭のある日、アルメンは視力が回復しているのに気が付き
ゲオルギーは最後に村人たちに自らの悪行を告白し、最後は全員から許してもらい
大団円を迎える・・
そうした感じのストーリーだったと思います。

実際、原典版とボリショイ劇場版の音楽を比べてみると
ボリショイ版の方がはるかに演奏時間が長く、原典版にはなかった曲が15曲ほど加えられています。
一方、火焔・ゴパークなどのように原典版にはあったけど
ボリショイ版ではカットされている曲もあります。
登場人物も、原典版に登場していたガイーヌの夫のギコという名前は、ボリショイ版からは削除され
ボリショイ版では、原典版になかった、アルメン・ゲオルギーという名前が
新たに出てきます。
原典版・ボリショイ版どちらにも共通して登場してくる人物は
ガイーヌ・アイシェ・ヌーネ・カレンぐらいなのかな・・・?

要は同じ「ガイーヌ」というバレエ音楽でも実はストーリーも登場人物も異なる二つの版が
存在すると理解した方がいいのかもしれないです。
原典版の背景である「コルホーズ」という言葉自体、既に「今は亡き歴史用語」でもありますし、やはり時代を
感じさせられますね。
ちなみに私が中学生の頃の「社会」の教科書は、当時のソ連はまだブレジネフ体制時代でしたので、
集団農場体制とか国営化企業とかソフォーズとかコルホーズという用語が掲載されていましたけど、
こんな事を書いてしまうと、またまた私の実年齢がバレバレになってしまいそうですね・・(汗・・!)

「ガイーヌ」は吹奏楽コンクールでは大変な人気曲ですが、
プロの管弦楽団の演奏会ではそれほど耳にする機会はありません。
たまにアンコールでレスギンカ舞曲が演奏されたり、ファミリーコンサートで「剣の舞」が
演奏される程度かな・・・

一度1990年2月のN響の定期演奏会で
前半⇒ハチャトゥーリアンの組曲「仮面舞踏会」・「ガイーヌ」抜粋
後半⇒シェエラザート
というオールロシアプログラムで聴いたのが今のところ唯一の機会だったと思います。
その時のガイーヌの演奏組曲は、
剣の舞・子守歌・バラの少女の踊り・レスギンカ・アイシェの目覚めと踊り・ゴパーク
というものだったから、
これは指揮者が原典版の方からピックアップしたものだったのかな・・・??

吹奏楽コンクールでは、1987年に林紀人アレンジ版が登場するまでは、
藤田玄播アレンジ版が一般的で、吹奏楽コンクールでは、藤田玄播アレンジによるアィシェの目覚めと踊り・レスギンカ舞曲は
定番中の定番だったと思います。
林紀人アレンジでは、レスギンカ舞曲でドラムを2台も駆使したあの豪快な叩きっぷりが素晴らしかったですし、
「収穫祭」という存在を世に知らしめた意義は大変大きいものがあると思います!
ちなみにですけど「収穫祭」を全国大会で初めてお披露目させたのは、1990年の林紀人先生率いる中央大学ではなくて、
1988年の塩谷晋平先生が指揮された関東第一高校である事は意外に知られていないのは
ちょっと残念だったりもしますね・・
深井史郎の「パロディー的四楽章」は正直知る人ぞ知る曲です。
数年前に、ナクソスレーベルから「深井史郎作品集」のCDがリリースされ、
この曲が少しだけ陽の目を見ることになったのは大変嬉しいものがあります。
(以前は山岡重信指揮/読売日本しか音源がなかっただけにとっても資料しても価値があると思います!)

改めてこの「パロディー的四楽章」を聴いてみると、「すごい!」としか言いようがないです!
とてもとても、1930年代の帝国主義・軍国主義が蔓延し、委縮気味で自由の空気が薄い世相の中で、
こうした才気煥発で音楽が自由自在で、知的好奇心に溢れ、モダンな曲が作られていたことに驚きを感じずにはいられません!
この曲を現在の感覚で聴いても全く違和感がないほど、モダン感覚溢れる「斬新さ」を感じ取ります。
全体的にピアノを非常に効果的に使用しているのが極めて印象的です。

この曲は、作曲者の深井氏の言葉を借りると、
「外国の作品の影響が及ぶことを恐れて、外国の優れた作品を学ぼうとしない者達への風刺と警告を兼ねた作品」
との事ですが、この言葉通り、曲の至る所に、当時の諸外国の大御所の作品の断片が引用されたり、
曲のモチーフから発展させたりしています。
深井氏としては「最初は別に優れた外国作品の模倣から始めもいいじゃん!」という感覚だったのかもしれないですし、
模倣から始めて、徐々に自分たちの個性を出していってもそれはそれでいいのかもというお考えだったと思いますし、
私はそれは大変すてきな考え方だと思います。

この曲は四楽章から構成され、

第一楽章 ファリア

第二楽章 ストラヴィンスキー

第三楽章 ラヴェル

第四楽章 ルーセル

と名付けられ、各楽章でタイトルの作曲者の作品が引用されたり、モチーフとして使用されています。
元々この曲は当初は五楽章構成として構成され、二楽章と三楽章の間に、マリピエロという楽章があったのとことですが、
結局削除されました。

この曲は第二楽章と第四楽章が圧倒的に面白いです。
(正直、第三楽章は少々だるい・・・)
第二楽章・ストラヴィンスキーは、最初に聴いた時は、春の祭典と幻想曲「花火」をパロディーにしたのかなと思っていたら、
春の祭典は正解だったものの他には第二組曲が使用されているとの事でした。

第四楽章は、さらに面白くなり、
タイトルは「ルーセル」となっていますが、実際にパロディーとしてのモチーフとして使用したのは、
バルトークの「舞踏組曲」です。
だけど、舞踏組曲のどの部分をパロディーにしたかは、実をいうと私にとってはいまだに分からないです・・(汗・・)
それにしても、バルトークの曲をパロったのに、タイトルがどうして「ルーセル」に転化したのでしようか??
うーーん、思いっきり謎です・・
それもこの曲の一つの持ち味というか、茶目っ気なのかもしれないですね。

この第四楽章は、ルーセルの曲を何一つモチーフにしてもいないのに、タイトル名だけルーセルの名を使用し、
バルトークの「舞踏組曲」をモチーフにしたと作曲者は言っているのですが、
実はこの楽章において、真の主題は、実は日本の「さくら、さくら」という、日本人ならばほとんどの人が知っている
あのメロディーでもあったりします。
中間部の前において盛り上がる部分とか、ラスト近くでは、この「さくら、さくら」のメロディーは
かなり執拗に引用されていて、思いっきり日本のメロディーをパロディ化しています。
そうですね・・この曲の真意は、もしかして・・
「外国の作品の勉強をして、影響を受けても構わないけど、
最終的には、あなた達自身の故郷の日本の事も忘れては駄目ですよ・・」みたいなメッセージを
後世に作曲家の人達に伝えたかったんじゃないのかな・・?とふと思ったりもします。

それにしても本当に面白い曲です。

私がこの曲を知るきっかけとなったのが、
1982年の全日本吹奏楽コンクール・東北大会において、秋田南高校がこの第四楽章を演奏した事でした。
勿論吹奏楽アレンジバージョンですし、原曲で大活躍するピアノの代わりに
シロフォーン・ヴィヴラフォーン・マリンバといった鍵盤打楽器を大胆に使用し、
途中で、チャイニース風の音楽を展開するような才気煥発里自由さも見せてくれました。
そうですね! こうした天野正道のアレンジこそが深井史郎が求めていた「風刺と警告」をきちんと受け止めた一つの結果と
言えるのかもしれないですね。
この演奏は、ブレーン社から出ている
「レジェンダリーシリーズ・秋田南高校編」の中に収録されています。

秋田南の「パロディ的四楽章」の演奏は、金管楽器、特にトランペットセクションの硬質な音の響きが
個人的には引っかかるものがありますが、 それを埋めて帳消しにするほどの「知的さ」というのか
「練りに練られた音楽の巧みな構成感」は感じられます。
演奏が「知的好奇心の塊り」というのか「才気煥発」みたいな雰囲気濃厚の演奏だったと思います。
全体的には、秋田南の演奏は端正なつくりで堅実なのですけど、
何か妙に明るい感じもあったりします。
「明るい」というよりは「屈折した明るさ」なのかな・・・
何か素直になれない明るさというのか、開き直った明るさというのか
そんなものも何か感じ取ってしまいます。
このヘンな明るさは、やはり原曲のすこーし(?)ヘンなところに由来するものなのかも
しれませんよね。

私自身、このブログでは何度も語っている通り、1982年の全日本吹奏楽コンクール・東北大会高校の部A部門の
全国大会代表3チームは、ウォルトンの交響曲第一番~終楽章を高らかに演奏した花輪高校と
矢代秋雄の交響曲~第四楽章を透明感溢れるスピード感満載の奇跡的名演の仁賀保高校と
グローフェの「グランド・キャニオン」を演奏した仙台第一が代表校だろうと、当時あの大会を生で一日聴いていた私が
感じた率直な感想であり、「パロディ的四楽章」~Ⅳ.ルーセルを演奏した秋田南高校は、
端正で屈折した明るさは魅力的だけど、東北大会ではどちらかというと窮屈で音楽的にも音質的にも硬いという印象が
濃厚で、当時の私の感じた印象としては「秋田南はダメ金で仕方ないかも・・」と感じていたものですけど、
全国大会では、大化けしてくれて深井史郎らしい才気煥発さとあの屈折した明るさを見事に普門館の聴衆に
聴かせてくれていたと思います!
矢代秋雄の「交響曲」は、邦人シンフォニーの中でもトップクラスの名曲だと思います。

そして私自身が日本人が作曲したクラシック音楽に分類される交響曲の中で、私自身がとても大好きな曲であり、
同時に私自身の音楽観を構成する上で、松村禎三の交響曲と共に私自身にいっちば~ん!に影響力を与えてくれた交響曲
というのは間違いないと思います。
当ブログでは何度も語っている通り、私自身が吹奏楽とクラシック音楽に強い関心を持つようになった最大のきっかけは
1982年に聴いた全日本吹奏楽コンクール・東北大会・高校の部【A部門】に出場したチームの中で、
秋田県立花輪高校吹奏楽部が演奏したウィリアム・ウォルトンの交響曲第一番変ロ短調~終楽章と、同じく同大会の
秋田県立仁賀保高校吹奏楽部が演奏した矢代秋雄の交響曲~第四楽章に強い衝撃と感銘を受けた事が
全てでもあるのですけど、当時まだ音楽の事を何も知らない真っ白の状態の一人の高校生に与えた影響は
計り知れないものがあったと思いますし、矢代秋雄の交響曲を知った事で、私自身が多少は日本の作曲家が残したきた
素晴らしいクラシック音楽を少しは聴くようになったいっちば~ん!のきっかけと言えるのだと思います。

本日は上の記事でも書いている通り、当ブログの「ブログ開設6周年」という節目記事でもありますので、それに合わせる形で
私自身の音楽観を構成する上で絶対に避けては通れない曲の一つである矢代秋雄の交響曲について
ほんの少しばかり語らさせて頂ければ幸いです。

毎年のように新進気鋭の若手作曲家とかベテランの作曲家の方が新作交響曲を発表されているのですけど
大半は初演で演奏されてその後誰にも演奏されないでいつの間にか忘れ去られるというパターンが大変多い中、
初演から何十年が経過した後でも引き続きこうやって定期的に演奏され続けている矢代秋雄の交響曲は
大変貴重なものがあると思います。
矢代秋雄の交響曲は、吹奏楽にもアレンジされて、今現在も本当に数多くのアマチュアのスクールバンド等が
この曲に挑み、そしてたくさんの素晴らしい名演を残し続けている事は本当に嬉しいものがあります。

素晴らしい名曲というのは、こうやって後世に受け継がれていくものなのですね!

上記で既に触れたとおり、私自身が「クラシック音楽」という大変深い森の中に迷い込むきっかけとなったのが
1982年の全日本吹奏楽コンクールの東北大会の高校の部でありまして、その中でも特に特に
花輪高校が演奏したウィリアム・ウォルトンの交響曲第1番と
仁賀保高校が演奏した矢代秋雄の交響曲と
秋田高校が演奏したプロコフィエフの交響曲第5番が、私がそうした「深い森の中」に迷い込む直接のきっかけを
作ってくれた曲でもありました。
 
話を矢代秋雄の交響曲に戻します。

この交響曲は、変拍子・不協和音の炸裂など難しい側面がある一方、第一楽章のテーマが循環主題のように、
第三楽章で再現され、第四楽章の終曲部のコラールでも高らかにもう一度再現されるなど分かりやすい面も多々あります。
特に第四楽章のあの金管楽器による清らかなコラールは本当に胸にしみるものがあります。
あのコラールとか循環主題を聴いてしまうと、やはり矢代秋雄はフランス留学時代はメシアンに師事した事も
あるのですけど、作風はフランクに何か近いものがあったりするのかも・・?と感じてしまいますね。
私的には、第二楽章のティンパニの「テンヤ・テンヤ・テテンヤ・テンヤ」という特徴ある
リズムが大好きですし、二楽章のこの特徴あるリズムを前面に出したティンパニとシロフォンとピアノの
掛け合いは特に大好きです!
あの第二楽章のシロフォン奏者は技術的に大変ですけど、とてつもない見せ場&叩き甲斐はあると思います。
「テンヤ、テンヤ、テンテンヤ、テンヤ」(6/8+(2/8+6/8)というリズム形は、作曲当時に朝日新聞で
連載されていた獅子文六の小説「自由学校」の神楽のシーンからヒントを得たとの事です。
第三楽章の冒頭のコールアングレの寂寥・・とした響きが実に味わい深いですし、
途中で執拗に繰り返される打楽器の掛け合い(ティンパニ→シンバル→トムトム→大太鼓→→ウッドブロック)が
大変効果的だと思いますし、この楽章はなんとなくですけど「和風の夜想曲」という感じもあるように感じられます。
第四楽章は全曲の白眉だと思いますし、前半の静けさ、後半のアレグロ、その静と動の対比が実に鮮やかだと思います。
第四楽章の前半のホルンの雄叫びとアレグロに入る前のコンサートチャイムの寂寥感溢れるチャイムの清涼な響きが
特に大好きな箇所です。

矢代秋雄の交響曲は、私が所有してるCDは、
①渡部暁雄指揮の日本フィル
②佐藤功太郎指揮の都響
③湯浅卓雄指揮のナクソス盤

という3枚ですけど、いずれの盤もそれぞれいい所があってどれも素晴らしいのですけど
やはり渡辺暁雄の日本フィルの演奏が圧倒的に素晴らしいと思います。
しかもこの録音、ライヴ演奏なんですよね!ライヴであそこまで精密な作りが出来てしまうとは信じられないほど驚異的ですし
凄まじいほど完成度と集中度が高い名演だと思います。

ちなみに、広上淳一指揮の日本フィルで、この交響曲を聴いたことがありますけど、緊張感溢れる素晴らしい演奏でした。

矢代秋雄自身は、かなり若い時期にお亡くなりになっていたりもします。
矢代秋雄の作品は、交響曲とピアノ協奏曲と交響的作品しか聴いたことがないのですが、それは仕方がない事なのです。
というのも、矢代秋雄は恐ろしいほどの寡作家で、生涯の作品リストも極めて少ないとのことで、
管弦楽曲はせいぜい10曲程度とのことです。
だけど、矢代秋雄はこの「交響曲」一曲だけでも、十分すぎるものさえあると思います。
この交響曲とピアノ協奏曲の二曲でもって後世に永遠に受け継がれていくべき素晴らしい名曲を残されたと思います。

改めてですけど、第二楽章のあの「「テンヤ・テンヤ・テテンヤ・テンヤ」という特徴あるリズムは本当に面白いですよね!
特にシロフォンが絡む場面はとっても聴き応えはあるのですけど、あの場面は二回ほど同じような場面が出てくるのですけど
一回目は、シロフォン+ティンパニ+ピアノの構成であるのに対して
二回目になるとトランペットがこれに更に絡んで来て、更に面白い雰囲気を醸し出していると感じられます。
 
第四楽章も圧巻ですし、終結部の清純な金管コラールがとっても印象的ですけど、
第三楽章の静粛さも実はとても大好きだったりもします。
私が10代~20代の頃ってこの第三楽章は「ちょっと退屈なのかも・・?」と感じなくも無かったのですけど、
今現在はこの静粛な第三楽章もとっても大好きです。
冒頭のコールアングレの長大なソロも素晴らしいですし、ラストの消え去るようなフルートソロも素晴らしいのですけど 
中間部の打楽器の執拗な掛け合いが何度も繰り返されて、この掛け合いに乗っかる形での
弦楽器とホルンのクライマックスでの響きと雄叫びは何度聴いても胸に響くものがあると思います。
あの打楽器の掛け合いなのですけど、レコードを聴いただけでは当時よく分からなかったのですけど、
1986年にこの交響曲を東京文化会館にて初めて全曲演奏を生で聴いて
あの打楽器の掛け合いは、ティンパニ→シンバル→トムトム→大太鼓→ウッドブロックを担当する5人の奏者が
あの執拗な繰り返しを演出しているという事が判明したものでした。
やっぱりこういう事はライヴ感覚で無いと分からないかもしれないですね。

あの打楽器の執拗な繰り返しの掛け合いは、最初は弱く弱く開始され、段々と音量が大きくなり
クライマックスで最高潮の音量に達していきます。
そして再度ゆっくりと音量が弱められていき、最後は消えるようにその掛け合いが終結します。
第三楽章の最後の方で、第一楽章の「主題」が再登場し、その主題と共に奏でられるチャイムの弱音の響きが
とても印象的です。
それにしてもあの打楽器の掛け合いの部分は、音の強弱のコントロールとん雰囲気のキープとか
奏者にとってはとてつもなく高いモチベーションとテンションが求められそうですね。

最後に、そのティンパニ→シンバル→トムトム→大太鼓→ウッドブロックの掛け合いの打楽器を
ご紹介させて頂き、本記事の締めとさせて頂きたいと思います。





こちらはティンパニです。

昔は手締め式でしたけど、最近は足元のペダルで音程を調整するペダル式が圧倒的な主流です。
普通は4台で一組です。

通常の曲は、一人の奏者が一組のティンパニを担当しますけど
例えば、世俗カンタータ「カルミナ・プラーナ」のように曲の途中で別の奏者がその一組のティンパニの演奏に参加し
二人の奏者が一組のティンパニを担当する場合もありますし、
ウォルトンの1番とかホルストの組曲「惑星」とかマーラーの交響曲第1・3・6・9番などのように二人の奏者が
二組のティンパニを叩く場合もあります。



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こちらはシンバルです。

通常は「合わせシンバル」が主流ですけど、中には「サスペンダーシンバル」と言って
吊し上げて、ロール奏法でクレッシェンドしていく種類もあります。


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こちらはトムトムです。

現在ではダンス音楽やジャズでも使用されており、ヘッドが両面または片面のみに張られている2種類があります。
サイズは大小さまざまで、音程を変えて複数個を使用する事が多いです。


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こちらは大太鼓です。

ズドン!!という打点を叩きこむ感じがとても重量感がありますね!



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これはウッドブロックです。

木魚が楽器として変化したものが始まりとも言われていますので、
チャンスの「呪文と踊り」で取り上げた「テンプル・ブロック」に極めて近い楽器なのだと思います。


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それにしても日本の吹奏楽コンクールのレヴェルって驚異的に高いと思いますし、確かにコンクールは賛否両論あるのは
分かってはいるのですけど、
日本の管弦楽団において管楽器や打楽器セクションの奏者の皆様の中にも、昔と違って最近では随分と
吹奏楽経験者も増えてきているそうですので、
吹奏楽コンクールが日本の管弦楽団や指揮者の皆様にもたらした影響というのは、もしかしたら相当強いと言えるのかも
しれないですね。

そして私自身は吹奏楽コンクールでのJKの皆様が叩かれ奏でられる打楽器がとっても大好きです! (笑)
クラシック音楽を主要な音源カテゴリとしている「ナクソスレーベル」は、設立当時は「安かろう悪かろう」という
イメージも決して無くもなかったのですけど、その背景にあるのは
無名でも実力のある演奏家や管弦楽団を起用することで価格を低く抑えることを志したという大変良心的なものが
あったと思います。
グラモフォン・EMI・シャンドスなとの大手レーベルが運命・未完成・新世界などといった一部の超有名曲の知名度に
頼りきっていた状況にあったのに対し、
ナクソスは知名度は低くマイナーな曲であっても良質な曲であれば積極的に取り上げ、
マイナーな作曲家の曲を取り上げたという意義は大変大きなものがあったと思います。
そして録音コストを抑えるために、例えばベルリンフィル・ウィーンフィル・ニューヨークフィル等の世界の超一流管弦楽団や
大変知名度と実績が大きい超有名指揮者に録音を依頼せず、
「こんな管弦楽団があったんだ・・!」みたいな感じで、マイナーで知名度がほとんどないけど演奏に関しては評判の良い
指揮者と管弦楽団を抜擢し、多くの演奏を録音し、録音コストを抑える事で、
初期の頃はCD一枚680円という従来のクラシック音楽の常識を打破し、
(基本的には輸入盤クラシック音楽のCDは一枚2000円程度、国内盤は2500~3000円程度する事が多いです)
良心的な価格でしかも演奏はかなりレヴェルが高いという事で、クラシック音楽界に新しい風を吹き込んでいたものでした。
初期の頃は演奏や録音に関して一部にかなりの質のばらつきが見られ、
「安かろう悪かろう」というイメージがあったものの、
レーベル創設から十数年が経過した現在では、そういった懸念もほぼ払拭されているといっても過言ではないと思います。
私自身もこのナクソスレーベルのCDはかなりの枚数を持っていますし、特に「邦人作品集」には
「よくぞこんな知る人ぞ知る邦人作品を録音してくれた!」と感謝の気持ちで一杯だったりもします。

さすがに最近では一枚680円という初期の価格を維持する事は難しいようで、現状は一枚1000~1200円程度です。

だけどあの良心的な内容でこの価格は本当に素晴らしいものがあると思いますし、大手も見習ってほしいものです!

そして近年では、お堅いクラシック音楽というイメージを打破してみよう・・みたいな面白い企画も色々としていて、
その中の一つがアニメ作品とコラボした「魔法革命プロコフィエフ」・「幻想魔神ハチャトゥリアン」・
「交響戦艦ショスタコーヴィッチ」という交響戦艦シリーズでした!



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「魔法革命プロコフィエフ」は、アニメ作品の美少女ヒロインとクラシック音楽を融合させたすてきなCDです!

このCDのコンセプトは、クラシックのミラクルパワーで「魔法少女」に大変身!?
交響戦艦シリーズ待望の”ヒロイン編”ついに登場!!という事でクラシック音楽とアニメのコラボ企画商品と
言えるのだと思います。

CDの紹介文として、
「いっけな~い!ちこくちこく~!」ドジで平凡なヒロインが、クラシック音楽のミラクルパワーで
「魔法少女」に大変身!?
学園、敵、変身、必殺技 、涙、友情など、少女アニメの「お約束シーン」を
イメージさせるキラキラでファンタジックな名曲をお届け。
Twitterで大反響を巻き起こしたヒットアルバム「交響戦艦ショスタコーヴィチ」
「幻想魔神ハチャトゥリアン」に次ぐ待望の第3弾!
とありますけど、まさにその通り!!という感じですね・・・

このCDに果たしてどんな曲が収録されているかと言うと
アニソンとかプリキュアの過去のOPとかEDが収録されている訳ではなくて
クラシック音楽の曲、特にロシア系の曲をメインに構成されている普通のクラシック音楽のCDです。
確かに収録されている曲は、ファンタジー系の感じな曲が多いですね。

収録されている曲目は

1.バレエ音楽「ロミオとジュリエット」 Op.64 – 導入曲<プロコフィエフ>

2.バレエ音楽「魔法の鍋」 P129 – コサックの踊り<レスピーギ>

3.「子供の魔法の杖」組曲第1番 – 序曲<エルガー>

4.鐘の歌<アンダーソン>

5.バレエ音楽「シンデレラ」組曲第1番 Op.107 – 真夜中<プロコフィエフ>

6.バレエ音楽「火の鳥」 – 火の鳥の出現~カスチェイ王の魔の踊り<ストラヴィンスキー>

7.バレエ音楽「くるみ割り人形」 Op.71 – こんぺいとうの踊り<チャイコフスキー>

8.レクイエム – サンクトゥス<ラター>

9.交響詩「人魚姫」 – 第2楽章( 抜粋)<ツェムリンスキー>

10.フルート協奏曲 ト短調 「夜」 Op.10 No.2 RV439 – 第6楽章<ヴィヴァルディ>

11.バレ エ音楽「シンデレラ」組曲第1番 Op.107 – シンデレラのワルツ<プロコフィエフ>

12.交響詩「魔法使いの弟子」<デュカス>

13.ヴァイオリ ン・ソナタ第3番 ハ短調 Op.45 – 第2楽章<グリーグ>

14.ピアノ協奏曲第3番 ハ長調 Op.26 – 第1楽章<プロコフィエフ>

15.バレエ音楽「四季」 Op.67 – XV. 秋(アレグロ)<グラズノフ>

16.バレエ音楽「くるみ割り人形」 Op.71 – 花のワルツ<チャイコフスキー>

17.バレエ音楽「ロミオとジュリエット」 Op.64 – 終曲<プロコフィエフ>

私自身は、2・4・8・13の曲は知りませんし聴いた事がないです。
「シンデレラ」・「火の鳥」・「くるみ割り人形」の音楽は、魔法とか魔法少女をイメージしたCDとしてはもってこいの曲だと思います。
それにしても、ツィムリンスキーの交響詩「マーメイド」はとっても渋い選曲だと思います。

全体的には魔法少女とか夢見る少女という雰囲気は的確に伝えていると感じられます。
(特にプロコフィエフのシンデレラとロメオとジュリエットにそうした傾向が強いと思います)

「幻想魔神ハチャトゥリアン」も上記の「魔法革命プロコフィエフ」と同様に
ナクソスレーベルより発売された「交響戦艦シリーズ」の企画モノです。
(ちなみに本記事においては、「ヒーロー」をモチーフにした「交響戦艦ショスタコーヴィッチ」は、当ブログの管理人は
アニメ作品・漫画はすてきな美少女が登場しないとほとんど見ないという事もあり、ここでは登場いたしません・・汗)
「魔法革命プロコフィエフ」の方は、「魔法少女」をイメージしたものですけど
こちらの「幻想魔神ハチャトゥーリアン」の方は、ヒーロー・ヒロインではなくて
「ダークヒーロー・ダークヒロイン」をテーマにした企画商品である所が大変面白いと思います。

このCDの紹介文として
「前作では、悪と闘うシーンから勝利を喜ぶ凱旋のシーンまで、
ヒーローアニメのさまざまな場面を彷彿とさせるクラシックを、サウンドトラック風に編成して収録いたしました。
続く本作のテーマは「ダークヒーロー」。「かっこいい悪役」をイメージさせる
ハードな曲調のクラシックを厳選して収録しています」と表記されていますけど
これは何となく分かったような分からんような・・・・??

全体的には、豪快さ・・金管楽器がバリバリと轟音を立ててオーケストラをかき鳴らしている曲が満載という感じが
大変強い収録曲だと思います。



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このCDに収録されている曲ですけど

1.カバレフスキー: 組曲「道化師」 Op. 26 – パントマイム

2.プロコフィエフ: バレエ音楽「ロミオとジュリエット」 Op.64 – モンタギュー家とキャピュレット家

3.ハチャトゥリアン: バレエ音楽「ガイーヌ」 – 山岳人の踊り

4.ショスタコーヴィチ: 交響曲第10番 ホ短調 Op.93 – 第2楽章

5.ハチャトゥリアン: バレエ音楽「スパルタクス」 – ギリシャ奴隷の踊り

6.ウォルトン: 管弦楽のためのパルティータ – I. トッカータ

7.ボエルマン: ゴシック組曲(抜粋)

8.ハチャトゥリアン: 仮面舞踏会 – ワルツ

9.伝承曲: 速いチャルダーシュ

10.ハチャトゥリアン: 舞踏組曲 – レズギンカ

11.モーツァルト: 歌劇「ドン・ジョヴァンニ」 K.527 – 地獄落ちの場面

12.ムソルグスキー: 交響詩「禿山の一夜」(原典版)

13.ブラームス: 弦楽六重奏曲第1番 変ロ長調 Op.18 – 第2楽章(抜粋)

14.レスピーギ: 交響詩「ローマの祭り」 – チルチェンチェス

15.リスト: 死の舞踏 S126/R457(抜粋)

16.ベルリオーズ: 幻想交響曲 Op.14 – V. ワルプルギス(サバト)の夜の夢(抜粋)

17.ショスタコーヴィチ: 組曲「馬あぶ」 Op.97a – 序曲

18.フィンジ: 前奏曲

7と9と18は、今まで聴いた事がありません・・
16の「幻想交響曲」~ワルプルギスの夜の夢と15の死の舞踏は
どちらかというと「魔法少女」の方がイメージ゜が近いのかもしれないですね・・
この「ダークヒーロー」というタイトルに最も相応しい曲と言うと
私としては、4のショスタコーヴィッチの交響曲第10番第二楽章だと思います。
この楽章は、元々、ショスタコーヴィッチが生前大嫌いで大嫌いで仕方なくゴキブリのように忌み嫌っていた
当時のソ連の独裁的指導者・スターリンをイメージにした曲であり
まさしく「ダーク―ヒーロー」そのまんま・・という感じなのかもしれないですね。
ダークヒーローの「格好よさ」を歌い上げた曲としては、ウォルトンのパルティ―タとレスピーギのローマの祭りが
イメージに合っていると思います。
ヒーロー戦隊としては・・ハチャトゥリアンの「レスギンカ舞曲」がいかにも戦う戦車軍団みたいな香りもあり
すてきな選曲だと思います。

だけど私としてはヒーローかダークヒーローというのは別にどうでもいいです・・(汗)

やっぱり、ヒロインの方が好きです!!

今回は「ダークヒーロー」をテーマにした曲ですけど、「ダークヒロイン」と言うとどんなキャラがイメージに合うでしょうか?
プリキュアで言うダークヒロインと言うと、これまでたくさんのキャラが登場していましたけど、印象的なのは
ハートキャッチプリキュアの「ダークプリキュア」だと思います。
それとプリキュア5の映画で登場した「ダークドリーム」も捨て難いものがあります。

この「ダークプリキュア」に何となく相応しい曲と言うと、このCDでは12番目の曲として収録されている
ムソルグスキー/交響詩「はげ山の一夜」(原典版)だと思います。

中学生の時、音楽の授業ではよく「音楽鑑賞」とかいって
名曲と呼ばれるクラシック音楽を全員でレコード鑑賞するという事もしばしば行われていた記憶があります。
ベートーヴェンの交響曲第6番「田園」とか、シューベルトの「ます」とか
ヴィヴァルディの「四季~春」とかドヴォルザークの「新世界」とか色々聞かされていました。
私自身の出身中学はど田舎のアホ中学校出身で、生徒も私を含めてポンコツさんばかりでしたので
音楽の時間に、こんなウルトラメジャーなクラシックの名曲を聴かされてもほとんどの生徒達は「爆睡」状態でした・・

そんな中、生徒全員が目を輝かせてというか、それ程爆睡しないで
真剣に聴いていた曲が二つほどありました。
一つがシューベルトの「魔王」で、もう一つがムソルグスキーの交響詩「はげ山の一夜」でした。
「魔王」は、当時の中学生として「魔王」というタイトルが斬新だった事とドイツ語の発音が
新鮮だったためと考えられますが
「はげ山の一夜」は少し意外な感じもします。今にして思うとイメージのしやすさがその要因なのかもしれないです。
精霊・妖怪・化物達が一晩だけ踊り狂うという曲が一般の生徒達にも受け入れやすかったし
各テーマがはっきりとその場面を明確に表現しているので、音楽として「非常に伝わりやすかった」のだと思います。
そして最後のフルートソロの美しい音楽もそれを支えるハープの伴奏も夜明けを確実に提示していましたので、
それもまた大変分り易かったのだと思います。

だけど私自身、数年後とんでもない事実を知ることになります。

交響詩「はげ山の一夜」しムソルグスキー作曲となっていますが、
今現在知られている形としての真の作曲家は、リムスキー=コルサコフだと思います。
ムソルグスキーはこの曲のオリジナルを色々な変遷はありましたけど
一応オーケストレーションまで完了していたもののあまりにも奇怪で悪趣味な響きの連続のため
誰も演奏してくれず長い間お蔵入り状態になっていました。
そして後日、リムスキー=コルサコフがこの未熟で奇怪な曲に色々と修正を加えて、今日演奏される形として
この世に出してくれたのです。
この曲の原曲を初めて聴いた時は、正直驚きました。
だって、確かに主要メロディの残骸は曲として残っているものの
世間一般に知られている「はげ山の一夜」とは全く異なるものでした!
おまけに、夜明け部分のフルートソロ部分も原曲には存在せず、あの部分は完全にリムスキー=コルサコフの
創作でもありました。
原曲は、「おどろおどろしさ」満載の曲で、どちらかというとストラヴィンスキーの「春の祭典」に近いような感覚を覚えます。
結局世間一般にムソルグスキー作曲と知られる「はげ山の一夜」はコルサコフの「編曲」という
名の下の「創作」と言えるのかもしれないです。

原典版のドロドロさは本当に半端無いです!!

あの感覚はハートキャッチプリキュアの「ダークプリキュア」に相応しいものがあると思います。



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ハートキャッチの「ダークプリキュア」の存在感の強さは本当にすさまじいものがありましたね!!

個人的には第10話での圧倒的な力の差を見せつけ
ブロッサムとマリンを「未熟なプリキュア」とバッサリ切り捨てたあのシーンが印象的ですし
序盤の第10話の段階で
ふたりのプリキュアに敗北と屈辱を味あわせたダークプリキュアの存在感は本当に素晴らしかったです!!


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だけど私的に歴代プリキュアでいっちば~ん!のダークヒロインというとハピネスチャージのアンラブリーに尽きると思います!
(厳密には男の娘ですけど・・汗・・)

第30話におけるアンラブリー=ファントムのラブリーに対する精神攻撃は実にえぐかったですね・・・(泣・・)
第30話をリアルタイムで見ていた小さい子供さんたちはあれを見て
「プリキュアってこわい・・」とか感じなかったのかな・・??

「ドジで勉強も出来なくて、将来の夢も決まっていない」

「人助けをしても逆に迷惑ばかり掛けてしまう。今だって、こんなに悪い私を倒す事すら出来ないでいる」

「めぐみは本当は弱い子・・」

この辺りは、見ていても痛々しかったですし、ダークヒロインに相応しかったです!

そしてなによりもアンラブリーのあの絶対領域は素晴らしかったです!!
本記事の一つ後の記事は東方カテゴリなのですけど、東方の純狐の何かに憑りつかれたような復讐劇のバックボーンが
ギリシア悲劇「王女メディア」にどことなく共通するものがあるのかもと記させて頂きましたが、
その王女メディアのストーリーを素材にして20世紀のアメリカの作曲家、サミニュエル・バーバーが作り上げた音楽が
バレエ音楽「メディア」であり、このバレエ音楽を更に単一楽章的にギュギュ~っと濃縮した音楽が
バーバー作曲、「メディアの瞑想と復讐の踊り」でもあります。

一般的には、バーバーと言うと何と言っても「弦楽のためのアダージョ」で超有名な方ですよね。
サミュニエル・バーバーという作曲家の名前は御存じなくても、おそらく一度ぐらいは「弦楽のためのアダージョ」の
あの厳格な音楽を耳にされているような気もします。
「弦楽のためのアダージョ」は20世紀内で生まれた不滅の名曲の一つと思いますし、
終始瞑想的な内省的なゆったりとした弦楽曲です。
この曲が有名になったのは、1988年公開のアメリカ映画「プラトーン」でしょうね。
この映画は私も見ましたけど、ベトナム戦争を背景に、主人公が苦悩するシーンで必ずこの曲がバックに流れていましたね。
上官同士のいざこざの果てに、一人の上官がもう一人を罠にかけ、敵部隊に集中砲火というか銃の乱射を浴びるシーンにても
この時のBGMはやはり「弦楽のためのアダージヨ」でした。
このシーンは、この映画の宣伝のテレビCМでも使用されていましたので、ご記憶ある方もいるのではないでしょうか?

「弦楽のためのアダージョ」も素晴らしい名曲なのですけど、私にとってバーバーと言うとこの後の記事でも触れいる通り
「メディアの瞑想と復讐の踊り」を断然推したいです。
バレエ音楽「メディア」として作曲された作品を作曲者自身によって組曲版として再構成したものを更に組曲版とは別の形で
バレエのエッセンスを交響詩みたいな形で再編成したのが「メディアの瞑想と復讐の踊り」だと言えると思います。
この曲は、一言で言うと、内面的心理ドラマの世界です。
本来は優しい女性であったはずのメディアがなぜここまでやらなければいけなかったのかその心の葛藤を描いた
心理的交響詩みたいなものだと思います。
そしてこの曲を聴くと東方の純狐の内面もなんとなくわかるような気もするように感じられます。
前半は、静かな内面の葛藤の世界で後半は、何かが弾けて「狂」の世界に突進していくメディアの狂気の世界を
見事に表現していると思います。
全体的に14分間程度に渡って最初から最後まで緊張の糸がピーンと張りつめられていると思いますし、この曲を聴くと
「弦楽のためのアダージョを作曲している人らしい緊張感と内面的葛藤に溢れた曲」と感じずにはいられないです。

冒頭からして既に緊張感たっぷりで、大変静かな開始なのですが、シロフォーンの不気味な表現が既に「狂気」を
醸し出しています。
中盤から後半は狂気の音楽が全開で、復讐に燃えたメディアの狂気が炸裂し迫力満点のスピード感あふれる音楽が
展開されていきます。
演奏時間は14分前後ですが、非常に音楽的中身が濃い曲なので、「長い」と感じ事は絶対にないと思います。

バーバーは、どららかというと内省的的な曲とか美しい抒情的な曲を得意にしたようにも思えますが、抒情的というと
その代表的な曲はヴァイオリン協奏曲なのだと思います。
この協奏曲はとても20世紀に作曲されたとは全く思えないロマンチックと美しさに溢れていて、
悪く言うと完全に時代遅れなのですけど、20世紀と言う
現代音楽という訳のわからん無調音楽が幅をきかせていた時代だからこそ、こうした純粋に美しい曲は、
かえって20世紀には光り輝くのかもしれません。
そうした事と同様な事は、協奏曲で言うと

〇ラフマニノフ/ピアノ協奏曲第2番

〇コルンゴルド/ヴァイオリン協奏曲

にも言えるのかもしれないです。

バーバーの「ヴァイオリン協奏曲」は、第一楽章の出だしを聴くだけでも価値があると思います。
冒頭から、ため息ものの美しい音楽が静かに流れていきます。
第一と第二楽章は非常に静かで内省的な音楽なのですけど、この曲が更にユニークなのは第三楽章にありまして、
第三楽章は3分程度であっという間に終わってしまうのですけど、
第一・第二楽章とは全く対照的に、終始せわしく落ち着きなくあっという間に駆け抜けていきます。
何となくリムスキー・コルサコフの「熊蜂の飛行」みたいにハチがブンブン飛び交うような雰囲気の音楽です。
第一~第二楽章と第三楽章が全く正反対ですし、そのギャップがこの協奏曲を聴く一つの醍醐味なのかもしれませんよね。

そしてヴァイオリン協奏曲に近い性格の音楽として「ノックスヴィル~1915年の夏」も挙げられると思います。
この曲は、派手な部分はほぼ皆無の美しい歌曲集です。
終始ゆったりとした音楽が展開され、ソプラノがゆっくりと管弦楽をバックに抒情的に淡々と歌い上げる音楽です。
全体でも20分程度の作品です。
元々は、ジェイムズ=エイシーという方の「ある家族の死」という長い散文詩にバーバーが曲を付けたというものですけど、
一言で言うと「ノスタルジー」ですよね。
遠い昔に家族で過ごした時間を、大人になって「ああ、あの時の自分は実は幸せだったのだな・・・」と振り返るような
感覚の音楽だと思います。
聴けば分かるのですが、この曲に葛藤もドラマも派手に盛り上がる部分も演出も派手な効果も何もありません。
過剰な期待をして聴くと、あまりにも何もない淡々とした展開に落胆すると思いますが、
この「淡々とした何も無い感覚」が実にいいと思います。

バーバーのヴァイオリン協奏曲とノックスヴィル~1915年の夏はとにかくとろけるような音楽で
この曲をBGMとして布団の中に入ってしまうと、多分ですけど数分後には夢の世界へといざなってくれそうな気もしますし、
「夜、眠れなくて困っている・・」という皆様には、こけほど睡眠導入としての音楽として向いている曲は無いようにも
感じられますね。
「メディアの瞑想と復讐の踊り」があまりにも緊張感をもたらしてくれているのとはとてつもないギャップがあると
言えるのだと思いますね。
南関東はそろそろ本格的な梅雨モードに入ろうとしています。
というか今年は既にGWが明けて以降は結構雨が続いていて、蒸し暑い日とちょっと寒い日が交差していて
「昨年同等今年も何だか変な天候が続いているね~」と思わずにはいられないです。
こうしたじめじめと鬱陶しい季節に、フィンランドのシベリウスの「氷の冷たい世界の音楽」の記事は季節はずれなのかも
しれないと思うのですけど、 時に無性にシベリウスの冷たく厳しい世界を聴きたくなる時もあったりしますし、
むしろこうした鬱陶しい季節だからこそ、シベリウスの清涼・荒涼とした雰囲気の音楽を聴いて気分転換するのも
悪くは無いのかもしれないですね。

シベリウスはフィンランドが誇る大作曲家ですけど、その音楽は誇り高き北欧の香りが漂っていると思いますし、
そこにあるのは氷のような音楽なのですけど、曲の中に、誇り高き情感・凛とした雰囲気・ほのかなうす暗い情熱が
至る所に漂っていると感じられます。
交響曲第1番・4番・6番・7番がどちらかと言うと「冷たい氷みたいな音楽」のようにも聴こえますし、
交響曲第2番・5番のように、短い夏を楽しむかのような壮大なスケールで開放的な音楽もあったりします。

私の好みでは、シベリウスの交響曲で一番大好きな曲は交響曲第5番であり、その次に来るのが1番と2番なのではないかと
思っています。
一般的にシベリウスの交響曲と言うと、2番が圧倒的に人気があり、
演奏会で取り上げられる回数もリリースされるCDも群を抜いて多いのですけど、
(シベリウスの交響曲第2番は、通の方の間では、シベツーとか言われるそうです。何だか胃腸薬のキャベツーみたいですね)
クラシックマニアの方ですと、4番と単一楽章の7番の評価が高いような気もするのですけど、私にとってはこの二曲は
実はいまだに「何を言いたいのかさっぱりわからない交響曲」でもあったりもします。
特に4番はあまりにも難解と言うのか、第一~第三楽章で提示した厳しい現実の世界が第四楽章で
鉄琴(グロッケンシュピール)が入る事で唐突に天国的な色彩に変容するあの「変化球」がいまだによく分からないという
感じでもあったりもします。

シベリウスという作曲家は実は大変な長寿でして、チャイコフスキーと活動時期が重なる時期もあり、
1950年代後半にご逝去されるまで90歳近くの天寿を全うされています。
チャイコフスキーとシベリウスは、実は生れた年は25年しか違いがないそうです。
最初にこれを知った時は、「かなり意外なのかも・・」と感じたものです。
チャイコフスキーと言うと、ロシア革命のはるか前の作曲家というイメージがあり、
シベリウスは20世紀の作曲家というイメージがあったからなのかもしれません。
シベリウスが生きていた頃は、マーラーや無調音楽のシェーンベルクとや印象音楽のラヴェル・ドビュッシーが
大活躍していた時期とほぼリンクするものの、彼らの音楽にはほとんど影響を受けずに
シベリウス本人がどうしても伝えたかった北欧の音楽をテーマに据えて生涯作曲を続けられたという孤高の面もあります。
反面、その活躍時期は意外と短く1930年代以降は作曲の筆を絶ち、
最後の交響曲である第7番を残して以降、約35年以上何も作品を残さなかった方でもあったりします。
話によると、交響曲第8番はある程度まで完成はしていたらしいのですが、
最終的には世間には発表する事もなく楽譜も全て廃棄してしまったようなので、
今となっては永遠にその8番を耳にすることはありません。

私自身、クラシック音楽のレコードを生まれて初めて購入したのは、高校一年生の冬の頃辺りだったと記憶しています。
曲目は、ショスタコ―ヴィッチの交響曲第5番「革命」でした!
そして2番目に購入したレコードがオーマンディ指揮・フィラデルフィア管弦楽団の「ロシア名曲シリーズ」で、
ダッタン人の踊り・スペイン奇想曲などが収録されていました。
そして3番目に購入したレコードがシベリウスの交響曲第1番だったのでした!
どうしてその当時、シベリウスの1番に興味を持ったのかと言うと後述しますけど、そこにはやはり私らしい話でもあるのですが、
1981年の山形県で開催された全日本吹奏楽コンクール・東北大会にて青森県代表の八戸高校のシベリウスの1番演奏を
聴いた事に感化されたというのもありますし、八戸高校が自由曲として演奏していたのは、シベリウスの1番の第一楽章で、
第一楽章と言うと・・、そう! 冒頭がティンパニの弱奏トレモロに乗っかる形でクラリネットが、かなり長大なソロを朗々と
吹いていてあのクラリネットの雰囲気が「ほのかなうす暗い情熱」を見事に当時の私のハートに突き刺さってしまったというのが
大きいです。
当時の私は一応はポンコツクラリネット奏者でもありましたので、ああした交響曲の冒頭がクラリネットのひそやかで長大な
ソロから開始されるというのも大変斬新なものがあったと記憶しています。

シベリウスの交響曲第1番は、初期の頃の作品と言うせいもありますが、
シベリウスという作曲家の個性が開花する前の作品ですし、あまりにも有名な2番みたいな
壮大な開放的スケールのエネルギーが炸裂する曲ではありませんし、
どちらかというと北ヨーロッパの長い冬を想起させるようなうす暗い情念に溢れた曲で、曲全体にひそやかでほのかな情熱に
溢れた交響曲たど思います。
あ・・ちなみに、シベリウスが一番最初に作曲した交響曲はこの1番ではなくて「クレルヴォ交響曲」であったりもします。

上記で記したとおり、3番目に購入したレコードがシベリウスの1番だったのですけど、
その購入したレコードは、ベルクルンド指揮・ボーンマス交響楽団でした。
演奏自体は後年聴いたカラヤン指揮の洗練された雰囲気とはちょっと異なっていて、響きがゴツゴツとしていて
洗練さというよりは粗削りみたいな印象すら感じたものですけど、
曲全体の陰鬱な雰囲気・民族的な誇り高き香り・北欧の冬の厳しさを感じた反面、
曲全体を漂う「ほのかな情熱」みたいなものは明確に伝わってきていて、この時点でシベリウスはいいよね~!と
感じたものでした!
曲全体の印象としては、ティンパニの打音が非常に効果的で、バルト海や北海において、
岩に波が叩きつけられるような轟音を何か思い起こしてしまいそうな感じもします。
(特に第一楽章と第三楽章にそうしたイメージが伝わってきますね・・)
「自分はあの娘が好きなのだけど恥ずかしくて告白できない」みたいな
その人の心の奥に潜む「思い」や「情熱」を言葉にできず、そっと自分だけの心にしまっておくみたいな想いが
この交響曲から感じ取る事もあったりもします。

シベリウスの交響曲第一番は、改めて聴くとチャイコフスキーの交響曲の影響はかなり明瞭ではないのかなと感じたりもします。

クラリネットの長いソロで開始されるというのも異色ですし、大変面白い試みだと思います。
うっとりするような第二楽章、ゴツゴツした民族舞曲みたいな第三楽章を経て、
第四楽章に突入していきますが、第四楽章冒頭のメロディーは、第一楽章のクラリネットのソロとほぼ同じメロディーですので、
「循環主題のチャイコフスキーの影響を受けているのかな・・?」と思わず感じてしまいます。
第四楽章は、一番盛り上がる楽章で朗々と歌い上げる中間部は第二番を先取りしているかのような印象すらあります。
最後は、静かにピッチカートで閉じられ、 「陰鬱さ」というものからは開放されない交響曲であったりもします。
シベリウスの交響曲は1番と4番以外は使用される打楽器はティンパニのみなのですけど、1番の第四楽章においては、
かなり盛り上がる部分でシンバル・大太鼓・トライアングルがかなり効果的に使用されているのも大変印象的です。

さてさて、ここから先は少しばかり余談なのですけど、またまた吹奏楽コンクールネタになります。

私自身の育ちは、高校までは主に宮城、そして高校卒業以降は主に関東です。
だけど、実は生まれ自体は「青森県八戸市」だったりもします。
最近はなかなかそうした機会が減っていますけど、全日本吹奏楽コンクールの全国大会のステージに
湊中学校とか八戸北高校等の青森県八戸市内の学校が登場してくると
聴くたびに心の底で「頑張って! なんとか練習の成果を発揮して・・」みたいに祈りたくもなりますし応援したくもなっちゃいます。

やはりこれも一つの「郷土愛」というのかノスタルジーみたいなものなのかもしれないですね。
(今現在は埼玉県在住なのですけど、全国大会のステージに、例えば埼玉栄とか春日部共栄みたいな私立が出てきても
正直、「別にぃ~」みたいな感覚なのですけど、例えば以前、与野高校とか市立川口とか松伏といった公立高校が
登場すると、やっぱり「地元愛」が湧いてきて? 思わず応援したくもなっちゃいます・・笑・・)

1992年の全国大会の高校の部のプログラム第3番に全国大会初出場の八戸北高校が登場すると、
上記みたいな事情もあり、私としてはノスタルジーみたいなものも感じどことなくテンション上がり気味でしたし、
指揮者が佐々木孝男先生と知ると、「あ―――、あの時の・・」という懐かしい記憶も蘇ってきました。
佐々木先生の指揮を初めて見たのが、1981年に山形県で開催された東北大会の高校の部・A部門で、
当時佐々木先生は八戸高校をご指導されていて、この年はシベリウスの交響曲第1番第一楽章と言う
吹奏楽コンクールの自由曲として演奏するにはあまりにも地味すぎる曲ではありましたし、上記で既に述べたとおり、
あの自由曲の冒頭のクラリネットの長大なソロがとにかく大変印象的でしたし、曲自体は大変地味で内省的な曲なのですけど、
とにかくサウンドが荘厳でひそやかで曲全体として「ほのかな情熱」を感じさせてくれる
「静かな熱演」は当時吹奏楽もクラシック音楽もあんまりよく分かっていなかった私の胸にはどこかじーんと響く
演奏であったのは大変印象的でした。

翌年の1982年に福島で開催された時の八戸高校の自由曲はマーラーの交響曲第1番「巨人」第四楽章でしたけど、
あの演奏も優しさと力強さ、甘美さと躍動感といった人としての感情を大変豊かに表現されていて、
マーラーのあの劇的な世界を吹奏楽でも遺憾なく発揮されていたのがとにかく素晴らしかったと思います。

ちなみにですけど、私自身はこのブログで何度も書いている通り、吹奏楽コンクールの自由曲で演奏された
クラシック音楽を聴く事によって
「この原曲はどんな感じなのだろう・・」と興味を持っていったのがクラシック音楽という深い森の中に私自身が迷い込む
きっかけになった訳でして、
(その最大の事例が1982年の東北大会における花輪高校吹奏楽部が演奏したウォルトンの交響曲第1番第四楽章でも
ありました!!)
プロコフィエフ・ハチャトゥーリアン・ラフマニノフ・ベルク・シチェドリン・ブリスといった作曲家を聴くきっかけを作って頂いたのが
言うまでも無く花輪高校の小林先生なのであり、
シベリウス・マーラーの交響曲を聴くきっかけを作った下さったのが八戸高校の佐々木先生だったのです!

うーーむ、やはり私自身は吹奏楽とクラシック音楽は切っても切れない縁としか言いようがないですね・・・(笑)

そうそう、ウィリアム=ウォルトンの交響曲第1番が支部大会以上の吹奏楽コンクールの自由曲として演奏された事例は、
2017年の時点では、1982年の花輪高校と1984年の佐々木先生が指揮された八戸高校という
二つの事例だけです!

あ・・シベリウスの1番の「ほのかな情熱」の話がまたまた脱線してしまい失礼いたしました・・(汗)
ドヴォルザークの交響曲第8番ト長調作品88は1890年プラハで初演されています。

ボヘミア的で明るくのどかな田園的な印象が特徴で知名度の点では第9番「新世界より」には及ばないものの、
交響曲第7番などと同様に人気のある交響曲だと思います。
ちなみにですけど、私自身がドヴォルザークの交響曲でいっちば~ん!大好きな曲というと実は「新世界より」ではなくて、
交響曲第7番です!
ドヴォルザークの7番は知名度は低いのかもしれないですけど、その内容の充実は素晴らしいものがあり、
雰囲気としては「大変厳しい状況や困難さを克服し、なんとか自立で頑張ってみよう!」みたいな決然としたものを
感じさせてくれていると思います。
ドヴォルザークの7番は演奏会では「新世界より」に比べると格段に演奏頻度が下がるのはちょいともったいない感じは
するのですけど、そうした意味において、交響曲第8番は、7番に比べると演奏機会も発売されているCDも断トツに上ですので、
8番は恵まれている交響曲だなぁ・・と思ったりもします。

ドヴォルザークの交響曲第8番は、よくクラシック音楽ファンの皆様からは、愛称を込めて省略されて「どぼはち」と
呼ばれることもあったりします。
だけどドヴォルザークの交響曲6番は「どぼろく→どぶろく」と言う人は一人もいないと思います・・(汗)
クラシック音楽ファンの皆様の省略と言うと、有名な事例ではバルトークの「管弦楽のための協奏曲」はオケコンと
呼ばれますし、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲はメンコンと呼ばれることが多いですし、
プロコフィエフはプロコと略されることが多いですし、バレエ音楽「ダフニスとクロエ」はダフクロと呼ばれることが多いですね~!
指揮者のロジェストヴェンスキーは、略してロジェヴェンと言われますけど、なぜかロジェヴェンさんとさん付けされることも
多いですね~(笑)
日本の指揮者で略される人は珍しいのかもしれないですけど、その例外が小林研一郎がコバケンさんと略された愛称が
一番目立っているのかもしれないです。

私が高校生の頃、ドヴォルザークの交響曲第8番は「イギリス」と表記される事が多かったのですが、
別にドヴォルザーク自身が「イギリス」とかイギリス国内の自然等を意識したものでもなんでもなくて、
単に出版社がイギリスだったからという理由だけらしいです。
日本フィルのサンデーコンサートでこの交響曲が演奏されることは一時期大変多かったのですけど、
その場合はなぜか「自然交響曲」というタイトルが付けられていて「なんじゃそれ・・!?」と感じたものでした。

ドヴォルザークの交響曲第8番は大変分かりやすくて親しみやすいシンフォニーだと思います。

第一楽章のゆるやかな出だしとトロンボーン3本のユニゾンで俄然盛り上がる中間部もすてきですけど、第一楽章は
フルートの美しいソロが大変印象的です。
第二楽章のゆったりとした歌、第3楽章のどこかで聴いたことがあるような懐メロっぽい雰囲気も捨てがたいですけど、
第四楽章の行進曲のような雰囲気もフィナーレらしくてとても素晴らしいと思います。
第四楽章のトランペットのファンファーレで開始される部分は、特に印象深いですね~!
中間部でいったん静かとなり朗々と歌われる中、ラストは一気に駆け上がって終わる感じもチャーミングなものを
感じさせてくれていると思います。
第四楽章はボヘミア独立の英雄を描いており、チェロで奏される第1主題は英雄の勇気と慈悲を表すテーマで、
第2主題はトルコ軍楽(メフテル)を表しているという指摘もあるそうです。

ドヴォルザークの交響曲第8番第四楽章においては、「黄金虫は金持ちだ~」でお馴染みの日本の「黄金虫」という童謡に
似たフレーズが何か所か登場してきておりまして、そのものズバリのメロディーでは必ずしもないのですけど、
「いわれてみれば確かにそのように聴こえるのかも・・」というタモリの「空耳アワー」の世界に近いものが
あるのかもしれないですね。
この「黄金虫は金持ちだぁ~」の個所では、前述のトルコ軍楽(メフテル)の形式が表現されているのですけど、
このメロディが、聴く人によっては日本の童謡「黄金虫」に聴こえてしまうというのも何だかとても面白いものが
あると思います。
指揮者(特にジュリー二)によっては、この「黄金虫」の場面をかなり強調して解釈される事もあるのですけど、これって
なんだか「ずんどこ節」のように聴こえたりもします・・(汗・・)

ちなみにですけど、「黄金虫」は、野口雨情作詞、中山晋平作曲による日本の童謡です。

黄金虫は金持ちだ
金蔵建てた蔵建てた
飴屋で水飴買つて来た

黄金虫は金持ちだ
金蔵建てた蔵建てた
子供に水飴 なめさせた

これは完全な余談なのですけど、
この唄の作詞家である野口雨情の故郷、茨城県のある北関東ではゴキブリのことを
「コガネムシ」または「カネムシ」と呼ぶ方言もあるとの事です。
メスのゴキブリは産卵前に、お腹の下に卵鞘と呼ばれる卵の入った袋を持ち歩くようになり、
これがガマ口財布に似ていることから「黄金虫はお金を持っている」という雰囲気もあるのかもしれないですね・・(汗・・)

更に話がそれますけど、この「黄金虫」に似たフレーズが登場してくるクラシック音楽というと、
ドヴォルザークの交響曲第8番終楽章以外としては、

1.ブラームス「4つの厳粛な歌」 第1曲:人の子らに臨むところは

その冒頭で、「こがねむしーはー金持ちだー♪」が登場します!

2.アルベニス「スペイン組曲」~カタルーニャ

情熱的な「こがねむしーはー金持ちだー♪」が聴こえてくるような気もします・・

タモリ倶楽部の「空耳アワー」ではありませんが、 よーく聴いてみると何となくそれっぽく聴こえる曲の例としては、
R・シュトラウスの「アルプス交響曲」がウルトラセブンのメロディーと似ているようにも感じられたり、
NHK料理番組の「今日の料理のマリンバで奏でられるテーマ曲がアルヴェーンのスウェーデン狂詩曲「夏の徹夜祭」に
似ていたり、伊福 昭の「ゴジラ」がラヴェルのピアノ協奏曲~第三楽章によく似ているというのが
挙げられると思いますけど、この手の話は探せば相当出てくるような気もしますね~(笑)
クラシック音楽の領域における「タムタム」とは「銅鑼」(ドラ)の事であり、更には広義の意味では「ゴング」と言っても
宜しいのではないかと思います。
つまりはクラシック音楽の用語的には、ドラとタムタムはゴングと同一楽器であり、
三つ楽器の名前があるけど実は全て同一楽器という事と言えると思います。

本記事の一つ後の記事が、dream fantasy の管理人様のアミグリさんが描かれたプリパラ特集でもあるのですけど、
この中で、じゅのん・ぴのん・かのんのアイドル三人組は実は真中のんというキャラが演じている同一人物であると言う事を
テーマにもさせて頂いているのですけど、
クラシック音楽の楽器の中にも「実は同一・・」みたいな事もあったりするものなのですね・・(笑)

本記事においては、「ドラ」という名称で統一して話を進めさせて頂きたいと思いますけど、銅鑼(ドラ)とは、
直径80㎝~110㎝前後の円く平たい大型の金属製打楽器であり、
マレットで叩くと「ゴーン」とすさまじい大音響を放ち、管弦楽曲で激しく盛り上がる部分で
使用されると大変な演奏効果をもたらすことが多いです。











ドラは弓の的のように、中央部と周辺が真っ黒に塗られていることが多いです。

ドラは普通の打楽器の瞬間的な打撃音とは異なり、ゴーーーンという余韻が持続することに特徴があります。
普通は少し大きめの撥やマレットで叩きますが、
金属棒とか弦楽器の弓とかブラシでタムタムの表面をこすると、何やら神秘的な音になる場合もあり
現代音楽の作曲家達がよくこうした奏法を指定しています。

ドラは、例えばレスピーギの交響詩「ローマの松」~アッピア街道の松など大音量を発する曲に特に威力を発揮します。
反面例えば、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴~」終楽章のように
最弱音で使用されることもあり、この場合は「不気味さ」・「死」を暗示するものとして、
とても弱い音なのですけど大変な演奏効果をもたらす場合もあったりします。

だけどやっぱりドラは、一般的には大音量時にその威力を遺憾なく発揮すると思います。
叩き方としては、例えば「ローマの祭り」~Ⅰ.チルチェンセスのように単音で強打する場合もありますし、
ハチャトゥーリアン/交響曲第3番「シンフォニーポエム」やマーラー/交響曲第2番「復活」~終楽章とか
ウェーベルン/六つの管弦楽曲などのように
「ロール奏法」としてppからfffに時間を掛けて盛り上げていく場合もあります。

中には面白い例としてレスピーギ/教会のステンドグラス~大天使聖ミカエルのように
ラストでドラのソロ的一撃がゴーーーンと強打され、ドラの余韻と共に曲が閉じられるというものもあったりします。

ドラが大活躍する曲ってどういう曲があるのかな・・?と考えると、下記のような曲が思い浮かびます。

〇ストラヴィンスキー/バレエ音楽「春の祭典」

〇オルフ/世俗カンタータ「カルミナ・プラーナ」

〇ホルスト/組曲「惑星」~火星

〇ムソルグスキー=ラヴェル/組曲「展覧会の絵」~キエフの大門

〇レスピーギ/交響詩「ローマの松」・「ローマのの祭り」

〇ショスタコーヴイッチ/交響曲第5番終楽章 同/ 交響曲第7番「レニングラード」

〇マーラー/交響曲第1番「巨人」~終楽章

〇メシアン / 「トゥーランガリア交響曲」 同 / 我、死者達の復活を待ち望む

〇コープランド/ 市民のためのファンファーレ、およびこのファンファーレを冒頭でほぼ引用した交響曲第3番~終楽章

など色々ありますけど、ほとんど20世紀以降の作品ばかりですね。

吹奏楽の分野では、管弦楽以上に効果的に使用されていますけど、私的には誰が何と言っても
ネリベルの「二つの交響的断章」の使われ方が大変インパクトが大きいです。
リードの「オセロ」では、第一曲・前奏曲においては、曲の閉じられ方はドラのすさまじいロールで閉じられるのですけど
例えば1981年の天理のように、楽章の終了と同時にタムタムの音を遮断させた場合もありますし、
87年の札幌白石のように、ロールのすさまじい盛り上がりから10秒程度余韻を残した場合もあり、
そのあたりは指揮者の好みによって色々と解釈の余地はありそうですね。
吹奏楽邦人作品では大栗裕の「神話」が大変印象的です! そしてクラリネットのソロが静粛に響いてるバックで、
1987年の市立川口高校のドラ奏者は、トライアングルの撥のような金属的な棒でドラをチーンと鳴らしたり、
ロール奏法で凄まじい大音量を持続させたりと、「さすが信国先生の解釈は細かいね~、ドラの扱いもこんなに
細かい所にまで配慮されている・・」と当時感心したものでもありました。

改めてドラが効果的に使用されたクラシック音楽について考えると、最も効果的に使用された曲でいっちば~ん!に
思い浮かぶ曲はレスピーギの交響詩「ローマの松」~Ⅳ.アッピア街道の松だと思いますし、
同時にこの「アッピア街道の松」はクラシック音楽上、「最も大音響の威力が発揮された曲」の一つであるのは
間違いないと思います。

生の演奏会を聴くと一目瞭然ですけど、「アッピア街道の松」の部分には「バンダ」とという金管楽器の
別動隊(トランペットとトロンボーンから構成)が ステージ外からスタンドプレイで演奏されることが多いです。
日本フィルのサンデーコンサートの場合、東京芸術劇場の二階客席からバンダが突如現れ、私のほぼ目の前で
バンダ部隊が演奏していて驚いたことがあります。
サントリーホールの場合、パイプオルガンの奏者の椅子近辺からバンダが吹いていることが多かったようにも思えます。
バンダというのは、視覚的にも聴覚的にも大変な演奏効果があり、
ステージからの音とバンダの別動隊の音は、ほんの瞬間的なものなのですけど、音のタイミングに
ずれが生じ、それが聴いていて、「あ、何か遠くから鳴っている」とか 「ステージとは別の次元から音が響いてくる」など
感覚的な面白さは感じます。

そうしたバンダの効果もあり、「アッピア街道」の後半は「華麗なる音の絵巻」とか「なんてったって大音響!」とか
「豪快」など色々な形容詞を付けることが出来るくらい、 聴くだけでスカッとするものが多々あると思います。

上記にて「大音響」と記しましたけど、 要は「大音響」というのは、単にfffの数値目標ではないと思うのです。
弱奏部分と強奏部分のダイナミックスレンジの幅の広さだと思いますし、強弱の落差の幅だと思うのです。

「アッピア街道の松」も前半は、バスクラリネットやコールアングレのソロの部分もかなりウェイトを占めていて、
こうした弱奏部分が後半のfffを引き立たさせているとも感じられます。
交響詩全体的にも、ⅠとⅣはかなり鳴る曲なのですけど、
特にⅢの「ジャニコロの松」の涼しくて清らかな静かな楽章があるからこそ、
Ⅳの「アッピア街道の松」が映えると思うのです。

そうした意味では大音響の魅力とは、ダイナミックスレンジの幅の広さの魅力と換言出来るのかもしれないですね~!
中学校の頃の音楽の授業だったと思うのですけど、
B.ブリテンの「青少年のための管弦楽入門」(「パーセルの主題による変奏曲とフーガ」が正式タイトルです)という
管弦楽曲を音楽鑑賞の時間に聴いた時、
音楽の教科書の中にこの曲で使用する楽器の事が結構細かく書かれていて
吹奏楽部員であった私にとってはごく当たり前の風景だったのですけど
弦楽器・管楽器・打楽器が写真と共に色々と紹介されていて結構興味深かった印象があります。

この曲の中で使用される打楽器(パーカッション)として紹介されていたのは、

ティンパニ
大太鼓とシンバル
タンブリンとトライアングル
小太鼓とウッドブロック(木魚)
シロフォン(木琴)
カスタネットとタムタム(ドラ)
ムチ

だったのですけど、教科書に「ムチ」と記されていましたので、当時の妄想真っ盛りの男子中学生の中には

「ムチって、まさか女王様が使用されるあのピシっピシッ!というものなの・・?」
「まさか女王様がボンテージ衣装で黒レオタードを穿かれた上で、この豚野郎がぁ~っ!と罵りながら
ムチをMっぽい奏者に叩きつけるものなのかっ・・!?」と当時何やらヘンな妄想ネタとして盛り上がっていたものでした・・(汗)

確かに「ムチ」というと革で床を叩きつける際のあの「ピシャッ!!」みたいな音をイメージする人も多いのかもしれませんけど、
実際にブリテンの「青少年のための管弦楽入門」という曲を耳をダンボのようにして細かく聴いたとしても
そうした「ピシャッ!!」みたいな音は聴こえてこないと思います。

ま、そりゃそうですよねぇ・・

クラシック音楽上での「ムチ」という楽器は、別にあのSMアイテムという訳ではなくて(汗)
拍子木を大きくしたものと言うのか、細長い2枚の木の板を合せてバン!!という音を鳴らすという
これはこれで立派な打楽器なのです。




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上記がクラシック音楽・吹奏楽で使用される打楽器としての「ムチ」です!

2枚の細長い木板の一端を蝶番で留め、2枚の木板を合わせることによってパンッ!という鋭い音を発します。




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こちらはいわゆる女王様が商売道具または調教用としてお使いになられるものです・・(汗・・!)





私がブリテンの「青少年のための管弦楽入門」を最初に生で聴いたのは、尾高忠明指揮の読売日本交響楽団でした。

私が上京したての頃だから1984年頃の話だと思いますが、生で聴いて「ムチ」の謎は解けたという感じでもありました。
この曲は一般的にはティンパニ以外の打楽器は3人のみ使用という事が一般的であり、
打楽器奏者は、大太鼓・小太鼓・シンバル・ドラ・ムチ・シロフォーン・ ウッドブロック・サスペンダーシンバルなど
多種多様な打楽器を掛け持ちで演奏しますので結構大変だと思います。
「ムチ」の場合は、細長い2枚の板を視聴効果たっぷりに派手に叩き付けますし、見た目にもかなり目立っていると
思いますので、奏者としては叩きがいがあると思います。

この「ムチ」をもっと効果的に使用した曲があります。

それは何かと言うと、ラヴェルの「ピアノ協奏曲」です。
この第一楽章の冒頭で、この「ムチ」がバシッ!!と叩かれていきなり曲が開始されますので
ピアノ奏者もバックの管弦楽団も冒頭からかなりのプレッシャーが掛かると思います。
最初にこの曲を生で聴いた時、 その「意外さ」に度胆を抜かれたものですし、
「まるで猫だましみたいな曲みたい・・」とも感じたものでした。
随分昔に、舞の海が、立会いの時に相手の意表を突くために
目の前で急に手のひらをバーンと叩いて音を出して相手をびっくりさせてその隙に上手を取るという戦法がありましたが、
ラヴェルの「ピアノ協奏曲」は、クラシック版猫だましという感じです。
そしてこの「ムチ」は第三楽章でも再度使用されます。

ラヴェルのピアノ協奏曲は、全般的には第一・第三楽章の才気煥発的な茶目っ気
第二楽章のファンタジーの対比が非常に面白く、
18分程度の短い曲なのですが、聴かせどころ満載の曲です。
特に第二楽章のコールアングレの長いソロは、奏者の腕の見せ所ですし、
その陶酔感たっぷりの夢心地にはうっとりさせられるものが多々あると思います。
ちなみにですけど、第三楽章の主題は、映画「ゴジラ」のテーマ音楽に大変よく似ています。

このラヴェルのピアノ協奏曲を沼尻竜典指揮/新星日本交響楽団で、梯剛之さんという全盲のソリストと共演した
演奏を聴いた事がありますが、
「あの難しい出だしをどうするのかな? ソリストは目が見えない方だし、ムチ奏者との兼ね合いもあるし・・」と
思っていた所、ムチが叩かれる寸前に、指揮者がピアノの蓋にコツコツと拳骨で
たたいて合図を送り、ムチもピアノもバックのオーケストラも何の乱れもなく演奏が展開されていったのは
「さすがプロは違う!」と感じたものでした!

ブリテン・ラヴェル以外でこのムチが使用されたクラシック音楽としては、マーラーの交響曲第5~6番や
ショスタコーヴィッチの交響曲第13~15番という事例もあります。

吹奏楽オリジナル作品ですと、この「ムチ」をかなり効果的に使用した曲として
チャンスの「呪文と踊り」やバーンズの「呪文とトッカータ」(祈りとトッカータ)などが挙げられると思います。

吹奏楽コンクール等において打楽器のかわいいJC・JKの皆様たちが「ムチ」なんて楽器を使用してしまう光景を目撃すると
なんだかドキッ・・とした気持ちになってしまうのかも・・??
(ただのヘンタイさんですね・・汗・・!)

この一つ後の記事が東方Projectのアリス・マーガトロイドなのですけど、
アリスと言うと「魔法使い」というよりは「人形使い」みたいな方のイメージの方が強いです。

「人形使い」というと、すぐ思い浮かぶ音楽が、I.ストラヴィンスキーのバレエ音楽「ペトルーシュカ」です!

私がこのストラヴィンスキーのバレエ音楽「ペトルーシュカ」を知るきっかけとなったのが、
1976年の全日本吹奏楽コンクールでの秋田南高校の吹奏楽アレンジ版による第四場の超名演なのですけど、
秋田南高校の「ペトルーシュカ」の演奏は、今現在聴いても凄いと思いますし全く色褪せてはいないと感じます。
当時の高校の部の編成は45人以内の編成という制約があり、
当時の規定では楽器編成の中に、ハープ・ピアノを入れることは禁じられていましたし、
秋田南高校の当時のティンパニはペダル式ではなくボロボロの手締め式と言う事で何かとシビアな条件下での演奏でしたが、
管楽器の響きだけで、この「ペトルーシュカ」の世界をよくここまで再現出来たものと今聴いてみても「感動」ものです!
確かに部分的に音は荒いし、トランペットの音は硬いし、ラストのトランペットソロは外しまくっているし、
今現在の価値基準では判断に迷う個所もあるのではないかと思っています。
しかしそうしたマイナス点を差し引いても秋田南高校吹奏楽部のあの演奏の躍動感と生命感は大変充実していますし、
リズムセクションのビートが大変有効のせいか、全体的に飛んで跳ねるような感覚が非常にシャープです。
一言で言うと、屈折した明るさ」が滲み出ている素晴らしい演奏だと思います。

この演奏、「秋田南、レジェンダリー」にも収録されていませんし、今のところCD化されていませんので、
今現在の若い世代の奏者の皆様があの演奏を「聴いた事も無い・・」と言われるのはちょっともったいない感じ゛があります。
あの演奏は今現在の視点で聴いても間違いなく、新鮮さ・感銘さはあると思いますし、
現役奏者の皆様があの演奏をどのようにお感じになるのかは実は私も興味津々であったりもします。
秋田南高校のペトルーシュカのアレンジャーは不明なのですけど、春の祭典・火の鳥・交響三章・バッカナールなどと同様に
天野正道氏なのかな・・?と思われますけど、あの演奏のアレンジャーが天野氏ならば
若さと情熱がむき出しの編曲と言えるのかもしれないですね~!

バレエ音楽「ペトルーシュカ」を知るきっかけが上記の通り、秋田南高校吹奏楽部という吹奏楽アレンジ版なのですけど、
管弦楽原曲を初めて生演奏で聴いたのは実は意外と遅くて1990年以降だったと記憶しています。
その演奏はデュトワ指揮のN響でしたけど、この演奏を聴いて非常に驚いたことがあります。
何かと言うと、「意外と音楽が洗練されているし全体的な印象はフランス音楽みたい」というものでした。
もっともデュトワ指揮というせいもあったと思いますが、
ストラヴィンスキーというと、どうしてもあの過激な原始主義の「春の祭典」というイメージが濃厚でしたので、
改めて「ペトルーシュカ」を生で落ち着いて聴いてみると、かなり繊細な曲であるというのがよく分かりました。

ストラヴィンスキーのバレエ三部作というと、火の鳥・ペトルーシュカ・春の祭典なのですけど、
火の鳥を作曲している最中に最後のページを仕上げている時に
「異教徒の祭典が開かれ、いけにえの少女が死ぬまで踊り続ける」という夢を見たストラヴィンスキーが
これをヒントに作曲したのが「春の祭典」であり、
「春の祭典」の作曲を開始した頃に気分転換にピアノ協奏曲を書いている途中で
「糸をほどかれた操り人形が、恋をし、ライバルの人形に喧嘩を挑み、散々やっつけられ
オーケストラとトランペットがどんちゃん騒ぎを始める」という夢を見たストラヴィンスキーが
この夢をベースに書き上げたのが「ペトルーシュカ」でもあったりします。
「春の祭典」も「ペトルーシュカ」も作曲者の「夢」がベースとなっているのは大変興味がある話だと思います。

ペトルーシュカのバレエは四場から構成されています。

第一場 復活祭の市場

第二場 ペトルーシュカの部屋

第三場 ムーア人の部屋

第四場 復活祭の市場(夕方)

このバレエの粗筋ですけど、復活祭の日の一日を背景とし、魔術師によって
ペトルーシュカ・ムーア人・バレリーナの女の子の三体の人形に生命が吹き込まれ、
ペトルーシュカはバレリーナの女の子に魅了され恋い焦がれ、色々とちょっかいをかけたり
「僕と付き合ってくれませんか・・」みたいな感じで交際を申し込むものの、中々色よい返事はもらえません。
ムーア人の方は、豪華な部屋でバレリーナの女の子と楽しく遊んでいて、
それに嫉妬したペトルーシュカがムーア人に喧嘩を仕掛けたものの、逆に散々にやっつけられ、
最後はムーア人の剣で切り裂かれてしまい、ペトルーシュカ人形の残骸を見つけた魔術師は人形を引きずって帰るものの
その途中でペトルーシュカの亡霊が現れ、魔術師は逃げ帰ってしまう・・・という感じのストーリーだったと思いますが、
「ピノキオ」の世界に通じるものがありそうというのか、人形が悩むという存在的矛盾が最後まで残り、
「ペトルーシュカの存在意義とは何なのか・・?」というテーマの論争まで起こったらしいです。

音楽自体は、それ程「難しい」とか「複雑」という印象は無く、かなり聴きやすい分かり易い音楽なのですけど、
音楽史的には「複調」を初めて音楽に導入した意義の大きさを評価する事もかなりいるみたいです。
その聴きやすさの要因なのですけど、実はこのバレエ音楽は相当部分「ロシア民謡」の引用というか、
パクリがあるみたいですね。
ストラヴィンスキーとしては、「別に民謡をそのまんま使っている訳じゃないからいいじゃん」みたいな事を
言っているようですし、他人の曲も自分の曲も「俺のものは俺のモノ」といった大らかなで荒っぽいロシア人を
象徴するような御方だったのかもしれないですね。

諸井誠氏の著書に「現代音楽は怖くない」という名著があるのですけど、この中で諸井氏は面白い事を指摘しています。
チャイコフスキー・ストラヴィンスキー・バルトークのバレエ音楽(歌劇)には、
時代と場所を超えて「対応関係」があると指摘されていて、「なるほど」と感じる部分もあります。

諸井氏が言われるには・・

白鳥の湖⇒火の鳥⇒青髭公の城 【鳥とおとぎ話繋がり】

くるみ割り人形⇒ペトルーシュカ⇒かかし王子 【人形繋がり】

眠りの森の美女⇒春の祭典⇒中国の不思議な役人 【バーバリズム繋がり】

それぞれ対応性・関連性があり、それが時代と国を超えて三人の作曲家に音楽的インスピレーションを
与えることで受け継がれているという事になのですけど、
確かに、眠りの森と春の祭典と中国の不思議な役人には、
「美少女」という共通のキーワードがありますし、
くるみ割りとペトルーシュカとかかし王子は「人形」という共通のキーワードがありますし、
白鳥の湖と火の鳥は「鳥」がキーワードになっていて、青髭公も含めて三つとも
「おとぎ話」をベースにしている背景がありますので確かに面白い指摘だと思います。

バレエ音楽「ペトルーシュカ」には色々と版があり、指揮者によって違いが色々あったりして面白い面もあります。
個人的には、ラストがトランペットのソロで終わる版の方がしっくりくる感じはあるのですが、
版によっては、どんちゃん騒ぎで終わらせるものもありますし、指揮者の解釈によって印象も変わるような感じもしまね。

前作「火の鳥」が何となくですけど、ドビュッシーの作品に近いような感覚があり、
どちらかというとファンタジー感漂う曲で
次作「春の祭典」がバーバリズム炸裂で、人間の野生の本性が大爆発するする感じ濃厚である事を考慮すると
「ペトルーシュカ」はファンタジーと野生の中間的な感じもあり、私としては聴きやすいイメージを持っています。
「火の鳥」は途中眠くなってしまうようなだるい箇所もありますし、「春の祭典」は終始音の暴力でもありますので、
この「ペトルーシュカ」は一番バランスが取れているようにも感じられます。

この「ペトルーシュカ」はリズムの扱いとか調の扱いは、かなり凝りに凝っていて
音楽史的にはかなり画期的な作品と言われています。
私としては「ペトルーシュカ」の一つの魅力は、打楽器の扱いがとても面白いという事は強調したいと思います。

その例として・・・

1.第1場の「ロシアの踊り」

 ピアノの扱いもかなり斬新なのですけど、面白いのはシロフォーンの扱い方・・・
 曲の開始から30秒を過ぎたあたりのシロフォーンのメロディーは、何か一見複調にも聴こえるのですけど
 実際は、「ラソソソ・ラソソソ」という単調な音を叩いているだなそうです。

2.第4場のペトルーシュカの死の瞬間の演出

 人形のペトルーシュカが倒れて死ぬ瞬間のイメージを演出しているのは、実はタンバリンの音です。
 実際の生の演奏会やCDを聴くと、この場面のタンバリンの叩き方は色々な解釈や演出があるみたいですけど、
 ストラヴィンスキーの指示は、
 「タンバリンを両手で持って、床面に平行になるようにタンバリンを落としなさい・・」という事なそうです。
 勿論、ステージの床の材質とかコンサートホールの残響によって、高さの調整とか色々検討すべきことは
 多いかもしれませんが、これは正直CDを聴いただけでは分からないと思います。
 
他にも場が変わるごとにロングドラムでロールされる演出もかなり面白いと思います。


この「ペトルーシュカ」なのですけど、
魔術師によって「人形」に「魂」が吹き込まれたというのが面白いと思います。
東方Projectのすてきな人形遣いのアリスは、ペトルーシュカの魔術師同様に人形に魂を入れて、
人形を自由自在に操っているのですけど、人形自体に「主体性」というのか「意思」はそれほど強くは感じさせません。
(もっとも「東方地霊殿」ではアリスの上海人形が魔理沙に対して「パカジャネーノ・・」と呟くシーンは、
もしかしたらアリスの心の代弁をしたという解釈もあるのかもしれないですね・・笑)
アリスの人形たちはアリスから何かを命令されて初めて動くという感じで、
アリスから指示されないことは人形自体はやりませんし、余計なことはほとんどしませんし、
文字通りの「操り人形」という感じが強いです。
一方、「ペトルーシュカ」の場合は、その辺りが違っていて、人形自体が「自分はこうしたい!!」みたいな明確な意思を
有していて、だからこそ結果的に、バレリーナの人形に横恋慕したり、
「おまえはただの人形なのだから、身分相応におとなしくしていろ」という魔術師を、ペトルーシュカは睨みつけたりするのです!

操り人形の糸から解放され、バレリーナを愛した瞬間に
ペトルーシュカという「人形」は、あくまで擬人的なものなんでしょうけど「人間」になったといえるのかもしれません。

第四場のラスト近くにて、ペトルーシュカは、「何」に対して「怒り」を感じ、あそこまで暴れたのかというと
色々と解釈は分かれるのかもしれないですけど、

魔術師が、ペトルーシュカにムーア人と喧嘩させてもポロ負けさせるような力しか元々与えていなかったから・・・

バレリーナに振られたことに対する自分自身への嫌悪感・・・

ムーア人にポコポコにされた屈辱感・・・

など色々な解釈や妄想は可能だと思います。

ラストの場面において魔術師の「これは人形だ、これは人形劇だ」という警官に対する釈明のこの言葉に
最終的にはペトルーシュカという人形は「怒り」を感じてしまったと言えるのかもしれません。

自分の存在は結局は魔術師によって作られた存在に過ぎず、
「自分はひとりの人間であること」を完全否定されたという「抗議」みたいな意味があったのかもしれません。

「こんなつらい気持ちになるなら、心なんかいらなかった」
そうした事を本当は「メッセージ」として伝えたかったのかなとも思ってしまいますね。

そして、このペトルーシュカが示唆するものは、別に「操り人形」だけではないと感じたりもします。

現代社会において、「学歴が」とか「世間体が」とか「ちゃんと働かないといけないじゃん」みたいな
目に見えない糸で操られている私たち一人ひとりが実は・・・
ペトルーシュカと対して変わりがないのかもしれないです。
「自分たちの存在意義とは・・??」みたいな事を模索している人形ではないのかなとも感じたりもしますね。

うーーん、こうして考えてみると「人形」としての幸せは果たして何なのでしょうか・・?

人形が心を持つことは人形としての「解放」に繋がるのかもしれないけど、それは結果として必ずしも人形にとっての
ハッピーな結果をもたらさないかもしれないし、そうした意味においては、東方のアリスが自ら作り出した上海人形たちを
ある程度の信頼関係を保ちながら、「別に人形そのものが主体性を持たなくてもアリスという人形遣いが
ちゃんといつも人形たちに気を使って指示を出しているならばそれはそれで人形たちにとっては幸福な事」という事を
提示していると言えるのかもしれないですね。

ペトルーシュカも東方Projectのアリスも「人形の存在意義」をテーマにした作品であるというのは間違いは
なさそうですね。
管弦楽団の演奏会を聴く楽しみの一つは、曲によっては管楽器のソロがたまらなく魅力的という事が
多々ある事です。
吹奏楽だと使用している楽器はほぼオール管楽器という事で、その響きは確かに華麗で色彩感に溢れてはいるのですけど
弦楽器+管楽器+打楽器の構成体である管弦楽の響きに到底敵わないというのはある意味当然の事だと
思います。
管弦楽の場合、あくまでメロディーラインのメインは「弦楽器」であり、管楽器が果たす役割は、そのメインの管楽器に対する
スパイス的な役割という事でもありますので、管弦楽曲で管楽器がソロとして使用されると演奏効果が
吹奏楽の響きよりもかなり効果的に聴こえるのはその辺りに理由があるのかもしれないです。
それと私は一応は(笑・・)クラリネット奏者の経験の他に短期間ですけど打楽器奏者としての経験もあったりするせいか、
管弦楽団の演奏会でティンパニ以外の各種打楽器が多彩に使用される曲ですと、打楽器奏者の動きを
見るだけでなんだかとてもワクワクドキドキするものがあったりもします。

管弦楽曲のソロというと、これはあくまで私個人の好みですけど
ストラヴィンスキーのバレエ音楽「春の祭典」の冒頭のファゴットの超高音域で開始されるソロを思い出してしまいます。
作曲者としては、「鳴らない音を必死で出そうとする感覚」が欲しかったとの事ですが、
奏者にとっては迷惑千万という感覚もあるのかもしれないですけど、作曲当時の事情はどうか分かりませんけど、
今現在のファゴット奏者はあのような超高音域でも楽々と音を出してしまいますから、ストラヴィンスキーが求めた
「悲壮感」はあまり感じられない感じもあったりします。
だけどあの春の祭典の冒頭ファゴットソロの感覚はいつ聴いてもミステリアスさは伝わっていますね~!

確か1985年頃のある演奏会のプログラムですが、「管弦楽の中のソロ楽器」と銘打たれたプログラムがありまして、
要は管弦楽曲・交響曲で使用される「管楽器・打楽器のソロ」に焦点を当ててみようという企画だったと思います。
その演奏会で構成された曲目は、当然ながら管楽器奏者たちのソロがたくさん含まれる曲がかなり勢揃い
していましたので、あの時ソロを担当した管楽器奏者たちのプレッシャーはもしかしたら相当なものが
あったのかもしれないですね・・(汗・・)

どんな曲がプログラムとして構成されていたのかは、30年以上前の話で私もほとんど記憶に残っていないのですが(汗・・)

〇オーボエ⇒イペール/交響組曲「寄港地」より、Ⅱ.チュニスからネフタへ

〇コールアングレ⇒ベルリオーズ/序曲「ローマの謝肉祭」

〇ティンパニ⇒小山清茂/管弦楽のための木挽き歌

〇ホルン⇒R・シュトラウス/交響詩「ティル・オイレンシュピゲールの愉快ないたずら」

〇クラリネット⇒ガーシュイン/ラプソディー・イン・ブルー

などが組まれていました。

他にどんな管楽器のソロがあったのか、その曲目は何だったのか、そもそも指揮者と演奏団体は誰だったのか等の
情報は全然記憶にないのであいまいなのですが、
お客の入りもあんまり良くないガラガラの客席での東京文化会館の夏の演奏会だったですけど、
とても楽しかった記憶は残っています。
当時はまだ都内にサントリーホール・東京芸術劇場・すみだトリフォニーホール・オーチャードホール等が
完成する前の時代でしたので、都内のプロの管弦楽団はN響を例外とするとほぼ例外なくほとんどの管弦楽団は
上野の東京文化会館を使用せざるを得ない時代であったというのも今では到底信じられない話ですね~(笑)

だけどオーボエの「寄港地」については素晴らしい選曲だと思います。
オーボエのソロが有名な曲というと他にも例えばチャイコフスキーのバレエ音楽「白鳥の湖」とか
ボロディンの歌劇「イーゴリ公」~ダッタン人の踊りなども大変名高いものがあると思うのですけど、「寄港地」の第二曲の場合、
演奏時間3分半程度の中で、ほぼ丸ごとすべてオーボエのソロが朗々と響き渡っていますので
あんなにも長時間の単独ソロというのも極めて珍しいとも感じられますので、私にとっては
「管弦楽曲における管楽器のソロ」というと誰が何と言っても真っ先にイベールの交響組曲「寄港地」~Ⅱ.チュニス~ネフタを
思い出してしまいます!
余談ですけど、私自身はクラリネットは通算して9年間吹いていた事になりますけど、クラリネットが大活躍する管弦楽の作品
というと、私自身が実際に演奏経験があり尚且つソロを担当した曲と言うとリムスキー・コルサコフの「スペイン奇想曲」
という印象が大変強いです。
そして実際に吹いた事はないですけど、聴いていて「素晴らしいなぁ・・」とうっとりさせられるクラリネットソロがある曲と言うと
シベリウス作曲の交響曲第1番第一楽章の冒頭のクラリネットのとてつもなく長いソロが大変印象的でもあります!
あの部分のクラリネットには、シベリウスらしい「北欧のほのかなうすくらい情熱」が溢れ出ているようにも感じられ、
この曲のミニスコアを後日入手した私は、あの第一楽章冒頭のクラリネットソロを自分で吹いてみたりもしたものですけど、
なかなかあの「ほのかな情熱」みたいな音を引きだす事はできなかったですね・・(汗・・)

話がそれました・・・(汗)、イベール作曲、交響組曲「寄港地」なのですけど、
イベールの第一次世界大戦中の海軍士官として地中海を航海した経験とかローマ留学中の
イタリア~スペイン~チュニジアの旅行時の経験が見事に曲に活かされていると思います。
イベールが地中海各地で受けた印象をそのまんま組曲にまとめた「華麗なる音の絵巻」という感じが
非常に濃厚な一曲だと思います。
目を瞑って聴いていると蛇遣いの妖しい雰囲気とか情熱的な感じとかアラビアの砂漠とか
色々とイマジネーションが勝手に起きてくるのは、さすが・・・!!という感じです!
20世紀の作品なのに、こんなに分かり易くて粋で楽しい作品はあまり無いような気さえします。

この交響組曲は、下記の三曲から構成されています。

Ⅰ.ローマからパレルモへ

Ⅱ.チュニスからネフタへ

Ⅲ.ヴァレンシア

Ⅰ.ローマからパレルモへは、あまり印象に残らないのですが
Ⅱ.チュニスからネフタへの音楽は、まさに「アラビアンナイト」の世界で、
いかにも妖しげなヘビ遣いが、ドロドロと壺の中からへびを出そうとしている妖しい音楽です。
また、聴き方によっては、アラビアの妖しいお姉さん達が
何かだるそうに男を誘惑しているようにも聴くことも可能と言えば可能なのかもしれないですね・・(笑)
Ⅲ.のヴァレンシアは一転してスペインの情熱的なカラッとした晴天の音楽です。
後半のカスタネット・タンバリン・シロフォーン・ドラを交えた音楽の高まりとリズム感は「情熱」そのものです。

それにしてもⅡとⅢのオーボエ奏者は大変プレッシャーがかかる曲ですね。

一つの楽章においてほぼ丸々と一つの楽器がソロとして使用されている曲は極めて珍しいと
思いますし、
オーボエ奏者の腕の見せ所ですよね。
またⅢにおいてもオーボエはソロとしても使用されていますし、
オーボエの第一奏者と第二奏者のアンサンブルもありますし
組曲の間中は、オーボエ奏者は一瞬も気が休まる事は無いとすら感じてしまいます。

Ⅲのヴァレンシアの「情熱の発散」も実に素晴らしいと思います。

Ⅱ.チュニス~ネフタのオーボエのバックのリズムは、ラミッミミ、ラミラミ、ミッミ~という独特な4拍子+3拍子の変則リズム
なのですけど、あのちょつとギクシャクしたリズムを伴奏に奏でられるオーボエソロは本当に妖しく美しい響きなのだと
思います!

そうそう、イベールは日本ともほんの少し関わりがありましたね。

1940年の「紀元節2600年」の際に日本政府から委嘱を受けて、記念作品として作曲されたのが「祝典序曲」です。
面白い事に、特に「日本的なもの」を意識されて書かれた部分は全く皆無で
純粋に喜びに溢れた音楽が14分近くも展開されます。

同じく紀元節の記念作品として委嘱を受けたイギリスのブリテンは
「シンフォニア・ダ・レクイエム」という「鎮魂歌」を日本政府に送り付け
当然のごとく当時の日本政府から演奏拒否&抗議の洗礼を受けていますが、それもまたブリテンらしい話だと思いますし、
ブリテンは第二次世界大戦後に来日した際に何事もなかったかのようにこの「シンフォニア・ダ・レクイエム」を
N響を使って演奏していますからね・・(笑)
ちなみにブリテンとは「青少年のための管弦楽入門」と歌劇「ピーター・グライムズ」で大変名高い御方です!

最後に、交響組曲「寄港地」というと吹奏楽コンクールでも1970年代以降定番の自由曲として今現在でも演奏され続け、
数多くのⅡ.チュニス~ネフタのオーボエソロがお披露目されています。
その中では、これはあくまで私個人の感想ですけど、1981年の習志野高校のオーボエソロを超える演奏は
いまだに出てこない感じがあります!
そのくらいあの習志野高校のオーボエ奏者は素晴らしかったです!
(1995年にも寄港地を習志野高校は自由曲として取り上げていますけど、あれはすいません・・凡演でした・・汗・・)


長年に渡って「吹奏楽コンクール」を聴き続けていると
たまにですけど、クラシックアレンジものにおいて、
「この作曲家って誰・・?? 聞いた事すらない」みたいな作曲家の曲を自由曲に選ぶチームもあったりして
その辺りは大変興味深いものがあります。
そのいい例がカヒッゼの「イタリア狂詩曲」だったかな・・?
最初にあの曲を聴いた時は、正直思いっきりぶったまげたものでした。
だって、まさにイタリア民謡「フニクリ・フニクラ」をもろにそのまんま執拗に「これでもかっ!!」というくらい
引用しまくっていましたからね・・・
吹奏楽コンクールでの演奏がきっかけとなってその曲とかその作曲家の曲を知る事になったのは色々とあるのですけど
(前述のイタリア狂詩曲を聴いた次の日にはこの曲が収録されたCDを探しに渋谷・池袋・秋葉原を
転々としたものです! 結局秋葉原の石丸電気で無事に発見しました!)
作曲家の名前すら聞いた事が無いというのはどちらかと言うと少ないケースだと思います。
なぜなら吹奏楽コンクールの支部大会・全国大会と言うと、ほとんどの場合は、アレンジ系の曲を自由曲に
選ぶ場合は、ある程度は知名度がある作曲家を選ぶ傾向が大変強いですからね。

「この作曲家って誰・・・?? 聞いた事すらないのかも~?」の筆頭格は、私にとっては、
1985年に秋田県の花輪高校吹奏楽部が自由曲に選んだガジべコフという作曲家の交響曲第2番でした!!
花輪高校は、過去にも例えばプロコフィエフの交響曲第3番、ハチャトゥーリアンの交響曲第2番と第3番などといった
ロシアマイナーシンフォニーを自由曲に選ぶことは何度もあったのですけど、
プロコフィエフにしてもラフマニノフにしてもハチャトゥーリアンにしても作曲者の知名度は大変高いけど、
マイナーで知名度が低い作品をあえて当時の指揮者の小林先生が自信満々に選んだパターンが多かったのですけど、
作曲者の名前すら全然聴いたことが無いというのは初めての事例だったのかもしれないですね~!
(余談ですけど、私個人としては1982年の花輪高校の自由曲のウォルトン作曲の交響曲第1番~終楽章が全国大会に
進めず東北大会ダメ金で終わってしまったのは本当に残念な話でした・・
あのウォルトンは是非普門館の聴衆の皆様に聴いて欲しかったです!!)

多分ですけど、当時の普門館の会場にいた人の中で「ガジべコフ」という作曲家の事をご存知の方ってもしかしたら
多分一人もいなかったのかもしれないですね。

勿論、そういう私自身も全然知らないし、その名前すら聞いた事すらないという感じでした。
後日、大学の吹奏楽団の人達に「ガジべコフという作曲家の事を誰か知っている人はいませんか~?」と尋ねまくっても
全員が「誰それ?? 名前すら聞いた事が無い・・」という反応でした。

この年の花輪高校の演奏は本当に素晴らしいもので、まさしく「名演」に相応しい演奏だったと思います。
しかも、あの演奏はプログラム一番なのですよ!!
朝一番という大変シビアな条件にも関わらずあの生き生きとした演奏、金管セクションの重厚感溢れる演奏、
木管のしなり、スピード感溢れる展開に大変な演奏上の迫力・・!
聴いていて全く文句がつけようがない演奏で、とにかく素晴らしい演奏だったと思います。
私個人の感想としては「文句のつけようがないぶっちぎりの金賞!」という評価しかありえないという感じだったと思います。
1985年の高校の部は、金賞チームと銀~銅のチームの差は比較的はっきりしていて評価は大変つけやすかったように
感じられますし、金賞チームの中では、私的には天理のセント・アンソニー・ヴァリエーション、習志野の波の見える風景、
名電のプラハのための音楽1968、そして花輪の4チームがグランプリクラスの金賞ではないのか・・?と
感じておりました。
だけど、花輪高校のあの素晴らしい演奏の評価はなぜか「銅賞」なんですよね・・・(泣・・)
確かにコンクール審査は水物でありますし、審査は審査員の好みが出てしまう事もよくあるというのは理屈では分かっていますし
私自身の感じた評価と実際の審査結果の乖離は全然珍しいことではないのですけど、
1985年の花輪高校の銅賞ほど私の中では「こんな審査結果は絶対納得できない!」と怒りを感じたコンクールは
なかったですね・・
艦これの白露お姉ちゃん風に言うと私がこれまでたくさん聴いてきた吹奏楽コンクール審査の中で「いっちば~ん!」納得が
いかない審査結果と評価なのだと思います。
というか、花輪高校のあの演奏のどこをどう聴けばあの演奏が「銅賞」という評価になってししまうのか、あの演奏から
既に33年経過しているのですけど、私はいまだに納得いっていないですね!!
「あの演奏のどこが銅賞なんだ!! どこをどう捻くれて聴けば銅賞という評価を出せるんじゃ――!!」と
当時とにかく思いっきりブーたれていましたけど、今現在もそのブーたれは継続中と言えるのかもしれないです・・(汗・・)

それにしても花輪高校の当時の指揮者の小林久仁郎先生ですけど
ハチャトゥーリアンの交響曲第3番「シンフォニーポエム」と言いこのガジべコフといい、
一体どうすればこうした「埋もれたマイナーシンフォニー」の名曲を探し当てるのでしようかね・・・
小林先生の功績はたくさんあり過ぎてとてもじやないけど一つの記事にまとめることは不可能なのですけど、
「シンフォニーポエム」を吹奏楽コンクールの定番自由曲の一つとなるきっかけを作ったという事があると思います。

話がそれました・・(汗・・)

1985年に花輪高校が演奏した交響曲第2番の作曲者のガジべコフなのですけど、
その後私も色々と調べたのですけど、結局なんにも分かりませんでした。
かろうじて判明した事は、

1.1974年に既に55歳の若さで逝去

2.正式には、スルタン・ガジべコフという名前

3.アゼルバィジャン共和国の作曲家兼音楽院教授

このくらいでした・・・

他にどんな曲があるのか、代表作はなんなのか、誰に師事したのか等は今現在もさっぱりわかりません。

花輪高校が演奏した交響曲第2番なのですけど、この曲の管弦楽版の原曲は聴いた事がありません。
というか、そもそもレコード等の音源ってこの曲にあるのかな・・??
それすら不明なのです・・
そして実はそれ以前に花輪高校が演奏した箇所は第何楽章なのかとか、例えば小林先生が
プロコフィエフと交響曲第3番とハチャトゥーリアンの交響曲第2番「鐘」でアレンジしていたように、
第一楽章をメインに構成し終結部に第四楽章のラストを劇的にくっつけ、ある意味総集編みたいな曲にまとめていた事例も
過去にはありましたから、
もしかして、複数の楽章を小林先生がまたまた巧みにミックスさせたのかな・・?みたいな私の勝手な想像についても
実は今現在も全くの謎の状態です。

大学時代貧乏学生の典型だった私は、クラシック音楽とか吹奏楽作品を聴きたくともお金がないもので、
アルバイトと吹奏楽団生活と学生生活を掛け持ちしながらお金を少しは稼いでいましたけど、
結局は生活費の足しとか楽器のリード等の備品購入に廻ってしまい、中々レコードにまでお金が廻らず、
吹奏楽作品とかクラシック音楽のレコードを買う事が出来ないものでした。
当時はCDがやっと世に普及したばかりで、国内盤は一枚3000~3500円と言う今では信じられない値がついていました。
そういう時、大変便利な施設がありまして、
それが何かと言うと都内の上野にある「東京文化会館」の5階にある「音楽資料室」でした!!
ここは本当に貧乏学生にとってはありがたい場所でして、
クラシック音楽・吹奏楽に関しては多分ですけど「無いレコード・CDは無い」と言えるかもしれないほど資料が豊富でしたし、
尚よかった点は、これらを無料で聴くことができたのです!
聴き方は、資料室内に鑑賞ルームがあってヘッドホンを使用して借りたレコードを聴くことが出来ました。
勿論、室外への貸し出しは不可なのですけど、タダでこういう山ほどあるレコードを聴くことが出来るのですから
貧乏学生にはありがたかったですね!!

レコードをレンタルする際、膨大なインデックスの中から「聴きたい曲」を探すのは結構面倒でしたけど、
逆に言うとそれだけ膨大な資料があるという事でもあります。
一応、一回3枚まで、土日等混雑している時は一回2枚までという規約はあるのですけど、
混雑している日というのはあんまりなかったような記憶があります。
レコードを借りる際に希望すれば、その曲の楽譜・総譜も貸してくれましたので、色々いい勉強はさせて貰ったと思います。

だけど、この上野の音楽資料室をもってしても
「ガジペコフ」という作曲家の交響曲第2番、またはこの作曲家の他の作品はないものかと色々と調べたのですけど
回答は「該当なし」というものでした。

ガジべコフの交響曲第2番は、吹奏楽アレンジ版ですけど
ブレーン社から出ている「レジェンダリーシリーズ・花輪高校編」に収録されています。

だけど、結局・・・ガジべコフって一体誰・・?という疑問はまったく解明できていないです・・(泣)

最後に余談ですけど、
私が上野の音楽資料室を訪れる際ってほとんどは、大学の吹奏楽団の両国での練習場からの帰り道という
パターンが多くて、大抵の場合、クラリネットが入った楽器ケースと譜面を手にしている事が多いせいか
音楽資料室のおばさま達に、
入室の際の学生証提示の時に
「○○大学・・じゃー、音楽学科の学生さん?」と聞かれる事がよくありましたけど
「いえ、法学部」と答えると・・・
「え・・マジで・・・??」という表情になっていたのが大変印象的ではありました・・

自分で言うのもなんですけど随分とお久しぶりの「クラシック音楽カテゴリ」記事ですね・・(汗・・)

確か当ブログの元々の始まりは「音楽ブログ」であったような気もするのですけど(汗)、そんな遠い昔の話は
管理人の私も忘れてしまいました・・(滝汗・・)
ま・・だけどたまにはこうしたクラシック音楽のことも書いてみたいと思います。

フランスの作曲家、C.サン=サーンスと言うと交響曲第3番「オルガン付」とか歌劇「サムソンとデリラ」・交響詩「死の舞踏」などが
代表作で有名なのでしょうけど、誰もが一度ぐらいは聴いた事があるメロディーと言うと、
組曲「動物の謝肉祭」の中の白鳥・ガイコツが群を抜いているのではないかと思います。
特にあの「白鳥」の美しいメロディーは人の心を打つものがあると思いますし、この「白鳥」がこんな楽しくて才気煥発な
茶目っ気にあふれたこの組曲の中の一曲というのもとても意外な感じも実はあったりもします。
というか、この組曲を聴いて頂けるとわかるのですけど、第12曲・ガイコツの弾けたPOPな雰囲気と終曲でもある第14曲の
あの華麗な響きの間に挟まっているから、余計に「白鳥」の美しくて清楚な響きが浮き上がっているようにも
感じられたりもします。
ちなみにこの「白鳥」ですけど、私が大学の吹奏楽団にいた頃に、音楽コーチによる個人練習の際に時折、この「白鳥」が
使用され、コーチがピアノで伴奏をされていて、この「白鳥」のメロディーをクラリネット一本で
「人が声で歌うようにたっぷりと感情をこめて吹きなさい」と言われて、思い入れたっぷりに白鳥のメロディーを吹いていた
記憶があったりもします・・
そして実際に吹いてみてもあの「白鳥」のメロディーはどこかこみあげてくるような感情の高ぶりも間違いなくあったと思います。

それにしてもサン・サーンスという作曲家は、クラシック音楽の作曲家のイメージとは異なり
随分と長生きしたみたいですね。
サン・サーンスは若い頃の作品と晩年の作品にそれ程目立つ変化は感じられず
終始「フランス的な粋な感じ」・「優雅さ」をモットーにしたような感じもします。
サン・サーンスは、19世紀と20世紀の両世紀で活躍した方ですが、
晩年の頃は、ドビュッシーやラヴェルが活躍した時代も終焉を迎え、ミヨー・プーランク・オネゲルといった
新・6人組がフランス音楽界を席巻しようとした時代であり、ストラヴィンスキーも活躍の拠点を欧米に移し
それまでの原始主義を乗り越え新古典主義に移ろうとしていた、そんな環境下でも
頑なに「古き良き伝統」を固く死守したサン=サーンスの頑固一徹さには敬意を表したくなります。

そうしたサン=サーンスも中には可愛らしい作品もあったりします。
それが組曲「動物の謝肉祭」であり、かなりおふざけ要素もあったりもします。
そうした事情があるせいなのか、この曲だけは生前唯一作曲者自自身が出版を許可しなかったとのことです。

この「動物の謝肉祭」は下記の14曲から構成をされています。

1 .序奏と堂々たるライオンの行進
2 .雌鳥と雄鶏
3 .らば
4 .亀
5 .象
6 .カンガルー
7. 水族館
8 .耳の長い登場人物
9 .森の奥のかっこう
10 .大きな鳥籠
11 .ピアニスト
12 .ガイコツ
13 .白鳥
14. 終曲

編成は、ピアノ二台と小規模の管弦楽の編成で、打楽器はガイコツで出てくるシロフォーンに留まっていて、
管楽器もフルート・クラリネットだけだったと思います。
楽章の中でライオン・カッコー・ロバ・雌鶏・水族館の魚・象などの身近な動物がユーモラスに描かれています。
グラスハーモニカの入った幻想的なメロディーに、分散和音のピアノ伴奏が添えられている水族館も大変美しいですね~!
森の奥のかっこう はクラリネットがかっこうの鳴き声を模写しているのですけど、あれもとても涼しい雰囲気が伝わっていると
思います。
大きな鳥かごで用いられるフルードの響きも爽やかだと思います。
この組曲の中で特に際立っているのが、サン・サーンスの嫌味と言うか毒も加わっていると思うのですが、
カメとピアニストだと思います。

「カメ」は、オッフェンバックの「天国と地獄」のカンカン踊りの部分をわざとスローテンポにした
音楽で表現され、「自分から見ればオッフェンバックなんて作曲家はどん臭いカメみたいな存在だ」という事を
暗に仄めかしているようにも思われます。
この組曲で唯一「ヒト」が登場しますが、それが「ピアニスト」というのもなんだか面白いものはありそうですね・・
「ピアニスト」は練習曲らしい単調な旋律をつまらなそうに演奏するというのが演奏上の解釈と思われますけど、
解釈としては二通りあるようで、
一つは、つまらなそうに機械的に単調に弾く感じと、二つ目は
いかにも素人っぽく、わざと間違えたり、二人のピアノ奏者のタイミングを微妙にずらしたりするなど
「下手さ」をアピールする解釈なのだと思います。
私が持っているシャンドス盤のCDは(モントリオールミュージックみたいな演奏団体だったかな・・?)
明らかに後者のタイプで、これはその間違え方やずれ方が半端じゃない位面白く極めて印象に残っています。
ただ、生で聴く演奏会では前者の解釈が多いような気がします。

「白鳥」は冒頭で書いた通り一転して清楚な音楽です。この曲のメロディーは誰しも一度は聴いた事があるに違いないほど
かなり有名なメロディーです。
「ガイコツ」はシロフォーンが終始大活躍しますが、よく聴くとこの曲の主題は
サン・サーンスの作品でもある交響詩「死の舞踏」の転用ですね。
終曲は、全員大集合みたいなオールスターのような雰囲気で、盛大に盛り上がって曲は閉じられます。

「動物の謝肉祭」の生の演奏で印象的だったのは、
サントリーホールでのこどもの日用のプログラムでした。
この中のメインプログラムはこの「動物の謝肉祭」でしたが、
子供に音楽の楽しさを感じてもらうには、うってつけの曲だと思いました。
演奏者も、例えば「カッコー」のクラリネット奏者は、立ち上がって頭上にカッコーの絵が描かれた
帽子を被るなど色々と細かい演出があったのは印象的です。
この日のラストは、なぜかストラヴィンスキーのバレエ組曲「火の鳥」で、
前半はファンタジー溢れる曲調のせいか、大半の小さい子供たちは爆睡状態でしたけど
「魔王カスチェイの凶悪な踊り」の金管と大太鼓の「ズドン」というとてつもない破壊音が鳴り響くと
一斉に子供たちがピクンと跳ね起きた光景は、結構印象的でした。
指揮者の沼尻さんは、それを意図していたのかもしれないですね。

最後にこの「動物の謝肉祭」は後藤洋(カンティレーナやカドリーユの課題曲作曲者でもあります!)によって吹奏楽に
アレンジもされていますけど、あれは確かに賛否両論ありそうなアレンジだと思うのですけども
私は見事な編曲だと思いますし、吹奏楽の「新しい可能性」を示唆したようなアレンジのようにも感じられます。
原曲には金管楽器は一切登場しませんし、オーボエ・ファゴットも原曲にはありませんから、相当苦労したのかも
しれないですけど、特に終曲においてチャイムから開始されるあの明るい響きは
原曲にはない世界も伝わってきていて、私は結構大好きです!
ワルトトィフェルの「スケーターズワルツ」は優雅な作品であり、
目を閉じて聴いていると「スケートをする人々」をイメージさせる曲のようにも思えますし、
自らがスケートリンクで氷の上を滑っているかのような感覚になったりもしますね。
ちなみにワルトトィフェルの他の曲と言うと、ワルツ「女学生」が有名ですが、
これは別にJKとか女子高生を意味したものではなくて、
本来の意味は、「学生の楽隊」という意味なので、「女学生」はほぼ間違いなく誤訳だと思います・・(汗)
ただ私個人としては「女子高生」とか「JK」という言い方は大好きですので(汗・・)、このまま今後も女学生という表記で
構わないと思います。

スケーターズワルツは元々は管弦楽のために作曲された作品なのですけど、ピアノ曲としても大変人気が高く、
よくジュニア用の発表会でも演奏されることは多いようにも感じられます。
19世紀のワルツというと言うまでもなくヨハン・シュトラウス一家が大変有名ですけど、シュトラウスの絢爛豪華な
作品に比べると、ワルトトィフェルのワルツ・ポルカは、このスケーターズワルツも含めて曲の構成はシンプルそのもので、
スコア上も2分音符が中心ですけど、その作風は大変大らかで優美で親しみやすい美しいメロディが特徴だと
言えると思います。

19世紀後半のパリ上流階級で、ワルツに劣らず流行していたのがスケートであったらしいのですけど、
この「スケーターズワルツ」からは当時の流行のスケートとスケートに興ずる人たちが簡単に想像できる点が
凄いと思いますし、この曲は「シンプル イズ ベスト」を立証した作品とも言えると思います。

クラシック音楽の上では「永遠に冬の定番音楽」と言えるのかもしれないですね・・(笑)

曲の構成としては、

ホルンによるのどかな序奏→穏やかで優美な第1ワルツ→力強さが加わったのが第2ワルツ
→歌謡的な第3ワルツ→情感豊かで美しい第4ワルツ→短いカデンツを挟んだコーダによる第1ワルツの再現
という形で大変分かり易いです。

私自身、スキーよりはスケートの方が馴染みがあるように感じられます。
小学校1~3年の時のわずか3年程度でしたけど、長野県松本に住んでいた事があり、冬場の体育の授業は、
校庭が積雪で使用できない事情もあったと思うのですけど、
近隣の田んぼを地主さんのご厚意で冬場にスケートリンクとして使用させて頂く事も授業の一環としてあり、
その体験が、私自身、スキーはやった事ないし全然興味が無いけど、スケートは少しは滑れるからスキーよりは
興味があるという事に繋がっているのかもしれないです。
だけど田んぼのスケートリンクというのは、氷面が粗いし表面がゴツゴツしているので、普通のスケートリンクよりも
はるかに転ぶ確率は高いようにも感じられたものでした。

私自身が30人以上の人たちと音楽の授業以外で、何か曲を演奏したというのは、
もしかしたら小学校の特に入っていた管楽器クラブでの「スケーターズワルツ」なのかもしれないです。
そしてこの曲は、毎年秋に開催される学芸会では定番の一曲だったと思います。
恐らくこの「スケーターズワルツ」だと思います。
管楽器クラブ時代の私が担当した楽器はティンパニ等の打楽器でしたけど、スケーターズワルツで私が担当したのは
ヴィヴラフォーンでした。
ちなみにヴィヴラフォーンとは鉄琴の親玉みたいなもので、電気を通すことで音が共鳴する事で、うわわーーんと
音の揺れを表現できる鍵盤楽器です。
スケーターズワルツにおいてのヴィヴラフォーンの出番は、8小節程度でほとんど目立っていませんでしたけど
そうした鍵盤楽器を叩くことは無性に嬉しかったような記憶がありますね・・(笑)

当時私が在校していた小学校と、中学校は隣同士で、
中学校においては、毎週月曜日の朝八時半から校庭で全体朝礼をやっていて、
吹奏楽部が演奏する行進曲に乗っかる形で在校生が入退場をしていましたので、
その吹奏楽部が演奏するマーチが当時とても眩しく感じられましたし、
時に吹奏楽部が校庭で練習しているマーチングの練習風景とかマーチングの衣装がとてもかわいらしく感じていましたし、
小学校時代の管楽器クラブでのスケーターズワルツ当の合奏で「全員で音を奏でる楽しさ」みたいなものに漠然と興味を
感じた当時の私にとって、隣接の中学の吹奏楽部のマーチの音はたまらなく魅力的に感じたものでした!

だから中学校に進学した私は迷うことなく吹奏楽部に入部したものでした・・

だけど現実は残酷なものですよね・・・

希望に燃えて中学の吹奏楽部に入部し、そこで待っていたものとは、

〇無理解な顧問=指揮者による体育会みたいな強制的な練習

〇「指導」という名の下の上級生による下級生に対する「いじめ」

〇足の引っ張り合いと告げ口し放題の部員達

〇全然楽しくない練習に、コンクールに向けての練習三昧の日々

一気に音楽に対する興味を失い、音楽を聴くのも楽譜を見るのも嫌になってしまったというのが
中学時代の私だったのかもしれないですね。

そうした「私の音楽嫌い」が真に変わっていったというか、「メンバー全員で音楽を創り上げる楽しさ」に
気が付いたのは、いつぐらいなのかな・・?
私の高校は音楽の先生がいなかったので、当時は毎年生徒たちの中から指揮者を選出し、自分たち自身で練習方法を考え、
自分たち自身が練習という過程を経て「音楽」を創りあげていきましたので、確かにその責任とか難しさは
先生指導によるものに比べたら雲泥の差はあったと思うのですけど、
結果的にそうした時代から私自身の「音楽」に対する向き合い方も変化していったように感じられますね。

例えば「ロングトーン」一つとっても、
中学の時は、指揮者の先生から
「一つの音又は音階を一音10秒程度吹き続けろ」と言われるだけで
朝練習は大抵このロングトーンの繰り返しでしたけど、 「なぜロングトーンの練習をしなくてはいけないのか?」とか
「どういう意味合い、効果がロングトーンにはあるのか」という理論上の教えは皆無で
「それがうちの伝統だ!」とか「お前たちはオレの教えたとおり吹いていればそれでいい」という上から目線的な練習ばかりで、
ひたすら強制的に吹かされただけという感じだったと思います。
高校に入ってからは、 パートによって出す音を毎回変えたり、弱奏と強奏を交互にしたりとか色々工夫はしていました。
同時に、毎回毎回聴こえる音が異なっているので、
自然と耳に「和音の構成」というか、音の構成によってサウンドも明るくなったり暗くなったり
色々変化するという事が自然と理解できましたし、 ロングトーンの本当の意味合いは、
運動部で言う所の「ストレッチ」みたいなものである事も初めて理解できたものです。

要は、中学や高校に入ったばかりの生徒なんて「迷える羊」というか何が分からないのかもよく分からないという感じであり、
そうした奏者たちをいかに「分かり易く丁寧に」理由づけをはっきりさせた上で導いていくのが指導者の役割だと思うのです。
かつての中学時代の私のように、強制的に一方的に押し付けられても
決して「真の意味で自分のモノ」にはならないと思うのです。

その辺りの「自発性」というのを自然に引き出させ、音楽を奏でる楽しさに気が付かせるという事が
スクールバンドの指導者に最大に求められる事なのかもしれないですね。
そしてそれが出来ないで強圧的に音楽づくりをやらせてしまうと、かつての私のように音楽嫌いの人間を増殖させる
結果にもなりかねないですので、やはりスクールバンドの指導者に求められる事は
大変重いものがあるといえるのかもしれないですね。

あれれ・・・随分と「スケーターズワルツ」から話が逸脱してしまいましたね・・・(汗・・)

本記事の一つ後の記事がトゥリーナの「幻想舞曲集」で、そのトゥリーナの盟友の一人で同じスペイン音楽という繋がりで
この記事はスペインが誇る大作曲家の代表作であるバレエ音楽「三角帽子」について少しばかり
触れさせて戴きたいと思います。

私自身、バレエというと、本音は
「行きたいのだけど、上演できる場所が限られちゃうし、チケット代が高いからちょっとね・・・」という感じになってしまいますけど
出来れば死ぬまでに一度は見ておきたいバレエと言うと

○ストラヴィンスキー/火の鳥

○バルトーク/中国の不思議な役人 ※厳密には一幕のパントマイムですけど・・

○ラヴェル/ダフニスとクロエ

○プロコフィエフ/ロメオとジュリエット

○   同    /シンデレラ

などかありますけど、
一番見てみたいバレエというとファリャの「三角帽子」を挙げたいと思います。

この「三角帽子」というと日本のプロの管弦楽団の演奏会の演奏曲目としてはほぼ定着化されていますし、
CDの録音枚数も相当なものがありますし、
吹奏楽コンクールの自由曲でも「粉屋の踊り・終幕の踊り」の組合せで
現在でも頻繁に演奏される大変な人気曲だと思います。
(大変古い話ですけど、1975年の山王中学校と1977年の島田第二中学校の三角帽子は大変躍動感のある素敵な名演でした!
最近では2016年の習志野高校と伊奈学園総合高校の演奏も素晴らしかったですね~!)

私自身も、中学2年の吹奏楽コンクールで、5月頃に顧問の指揮者の先生から
今年のコンクールの自由曲は、ドビュッシーの「三つの夜想曲」~Ⅱ.祭りか
ファリャのバレエ音楽「三角帽子」~粉屋の踊り・終幕の踊りのいずれかだと言われ、両曲の吹奏楽アレンジ版楽譜で
練習した事はあります。
正直ドビュッシーの曲は、当時はほとんどビンと来るものは無く
「何でこれが祭りなの・・・」という感じでしたけど、
ファリャの曲は、明るく健康的な躍動感たっぷりの曲でしたから、吹いていて気持ちは良かったですね。
正直技術的には「三角帽子」の方が全然難しいのですけど・・・
だけど結果的にこの年の自由曲は、ドビュッシーでもなくファリャでもなく
あまりにも陰気で憂鬱なマクベスの吹奏楽オリジナル曲「カディッシュ~ユダヤ人の死者のための葬送音楽」
という曲で、この曲を聴くと今でも「生きているのが嫌!」と感じるぐらいとてつもなく厭世的で陰鬱な哀しい曲であり、
ファリアの「三角帽子」のあのあまりにも明るく健康的な眩しい世界観とはまるで対照的なものだったと思います。

ファリャは「三角帽子」に着手する前、既にバレエ音楽「恋は魔術師」で評価を決定的なものに
していましたけど、
「恋は魔術師」は、どちらかというと「どす黒い怨念とか焼きもちとか情念」みたいに
スペイン色は強いけど、内省的な曲という印象もあります。
反面「三角帽子」は、要は粉屋の女房に横恋慕した悪代官を街のみんなでやっつけるという
何か日本の「時代劇」みたいな雰囲気もあったりして
大変楽しく明るくノリが良い曲です。
バレエ自体も上映時間が35分程度と短いですので、バレエ音楽として全曲版として聴くのもいいし、
コンパクトに組曲版として聴くのもいいし、要はどちらを聴いてもその魅力はくまなく伝わってくると思います。

この曲の序奏からして大変なインパクトがあると思います。
冒頭はティンパニの乱打に続く金管セクションのメロディーの後に続いて管弦楽の団員が
「オレ! オレ! オレ!!」とまるでフラメンコのように手拍子をしながら掛け声を出しますし、
打楽器セクションは、ほぼ全員マラカスを片手にカタカタと鳴らしているし、この部分を聴いただけで「三角帽子」の世界の
魅力に引き寄せられるのは間違いないと思います。
「恋は魔術師」は、ソプラノ独唱が一つの売りで、ソプラノが大変効果的に使われますけど、
「三角帽子」は一応ソプラノは出てくるけど、それほど出番はないです。
たまにソプラノが登場してくると「華」がありますし音楽が更に生き生きとしてくると思います。
「粉屋の踊り」の冒頭に出てくるコールアングレのソロもいかにも「スペイン」らしい風情がありますし、
「粉屋の逮捕」の場面では、
なんと、なんと!! ベートーヴェンの交響曲第5番「運命」第一楽章の
あのジャじゃジャジャーンのパロディーがホルンによって奏でられます!!
最初にこの部分を聴いた時思わず耳を疑いましたし、
「何なんだ、今のは・・・」と思ったものの、何か心の中では大爆笑をしていましたね。
ラストの「終幕の踊り」の華やかさも素晴らしいものがありますし大変な躍動感があると思います。
(この終幕の踊りの序盤に大太鼓によるズドン!というとてつもなくデカい音のソロというか叩き込みがあり、あれも何度聴いても
ゾクゾクさせられるものがあります)

この「三角帽子」なのですけど、あらすじを簡単に書いておきますと・・
(ちなみに「三角帽子」とは代官が被っているもので、要は「権力の象徴」です)

アンダルシアのある町で、見た目が悪いが働き者の粉屋と、美人の女房が住んでいる。
ある日、スケベな代官がこの女房に目をつけお忍びで現れる。
女房は粉屋を物陰に隠し、代官に官能的な踊り「ファンダンゴ」を踊る。
代官は言い寄るが、からかわれた末にその場に倒れてしまう。
出てきた粉屋が代官を殴り、代官は引き揚げる。

その日の夜、近所の人々が祭の踊りを踊っていて、
粉屋も一緒に踊り出す。
激しい踊りが続くが、代官のワナにより、粉屋は無実の罪で2人の警官に逮捕されてしまう・・・・
代官は女房を奪い取ろうと忍び寄ってくるが、
気が急いでいる代官は水車小屋の前の川に落ち、粉屋の女房に助けられるが結局逃げられてしまう。
代官は塗れた服を脱ぎ、粉屋のベッドに潜り込む。
そこに逃げ出してきた粉屋が戻ってくるが、代官の服を見て自分の服と代官の服を交換し、
代官の女房のところに向かう。代官は粉屋の衣服を着て外に出て、警官に見つかり、
その警官と近所の人に袋叩きに遭い、逃げていく。
近所の人たちは、平和を取り戻した粉屋の夫婦を中心に、一晩中踊って一件落着・・・・

一言でいうと、勧善懲悪、悪は滅びる・・・みたいな世界観ですね・・・(笑)

実際音楽もそうした「健康的な明るさ」が全面に出ています。













このバレエの初演は、世界的な名指揮者、アンセルメなのですけど、
私自身、この「三角帽子」の数あるCDの中でも一番大好きなのはやはりこのアンセルメ指揮/スイス・ロマンド管弦楽団ですね!
確かに音源は古いけど、その冷静さと情熱がミックスされた名演を超える演奏はいまだに
出てこないと思っています。

ちなみにこのバレエ音楽「三角帽子」の初演は1919年ですけど、
この初演を担当したスタッフがあまりにも絢爛豪華とすごいと思います!
だって、

美術担当&舞台装置&衣装⇒ピカソ

指揮⇒アンセルメ

バレエの振り付け⇒マシーン

そもそもの依頼者とアドバイザー⇒ディアギレフ

ですからね!

すごい、このメンバー凄すぎる・・!! 当時の音楽・美術のオールスター夢の競演という感じすらしますね!

ちなみにこの曲は当初は「バレエ」ではなくて「パントマイム」として着想された時期もあり
パントマイムとしての初演は
本記事の一つ後に登場する「幻想舞曲集」の作曲者のトゥリーナの指揮によって初演が果たされています。

そうそうこの「三角帽子」ですけど、
これをベースにしたというか、日本の江戸時代の「悪代官風」にアレンジした戯曲が
「夕鶴」でお馴染みの
木下順二の「赤い陣羽織」とのことです。
なんだか最近の当ブログは、行進曲「SLが行く」とか軍艦マーチとか星条旗よ永遠なれ!とか君が代行進曲とか
ガールズ&パンツァーの戦車道行進曲とかマーチ「カタロニアの栄光」など
なぜかマーチづいているのですけど(汗・・)
今回は管弦楽のマーチとしてはたぶんですけど世界で最も知られていて馴染みがある曲という事で
J.シュトラウスの「ラデツキー行進曲」を取り上げてみたいと思います。
管弦楽版のマーチというと、この曲以外でも例えばエルガーの行進曲「威風堂々第一番」とか
ウォルトンのグランドマーチ「クラウン・インペリアル」とかシベリウスの組曲「カレリア」~Ⅲ.行進曲風にとか
グリーグの組曲「十字軍の兵士シグール」~Ⅲ.勝利を讃える行進曲とかヴェルディのアイーダの大行進曲とか
色々優れたマーチはたくさんあるのですけど、やはり優雅さと親しみやすさと世界的知名度というと
この「ラデツキー行進曲」には敵わないのかも・・?とすら感じてしまいますね!
ラデツキー行進曲はオーストリア共和国においては国家を象徴する曲でありますし、
国家的な行事や式典でたびたび演奏されていますし、
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団によるニューイヤーコンサートでは、
1958年以降は2005年を除いて、毎年プログラムのアンコールの最後の曲として必ず演奏される曲として
オーストリア国民の皆様に大変愛されている曲なのだと思います。
そうした意味においては、アメリカ人が「星条旗よ永遠なれ!」をアメリカ第二の国歌として愛しているのと
同じような感覚の曲なのだと思います。

元旦のクラシック音楽業界の定番と言うと「ウィーンフィルのニューイヤーコンサート」なのだと思います!
世界最高レヴェルの一つと誉れ高いあのウィーンフィルの一年の始まりの演奏会を指揮できる指揮者というのは
その栄誉は大変誉れ高いものがあると思いますし指揮者冥利に尽きると思います。
数年前に小澤征爾がウィーンフィルのニューイヤーコンサートを指揮していた姿を見ていた時はとても感慨深いものが
ありましたし、同じ日本人として「誇り」に感じていたものです。
小澤征爾というと最近では大病後の体調不調とか色々あり、十分な指揮活動が出来ていないのが大変残念な
ものでもあるのですけど、出来ればもう一花咲かせて頂きたいものですし、復活を期待したい指揮者の一人でも
あったりします。

数年前でしたけど2015年のニューイヤーコンサートはズービン・メータの指揮でした。
ズービン・メータと言うと、私が高校生あたりの頃は「40代の若き名指揮者」とか「未来の巨匠」とかなり高い評価を
受けていましたけどそういうメータも間もなく80歳代に入ろうとしている御年のはずです。
うーーん、こうした意味でも時間の経過は早いものですね・・・(汗)
ズービン・メータと言うと、私的には、1978年にロサンゼルスフィルと録音したマーラー/交響曲第3番「夏の朝の夢」の演奏が
際立って印象的です!!
あの演奏は本当に際立って優れた名演で、
瑞々しい感覚に溢れ、とても清らかで、それでいて、リズムが実にシャープで切れ味鋭く
全体的に「決然としていて凛としている!!」みたいな雰囲気に溢れています。
マーラーの交響曲第3番と言うと、バーンスタイン指揮/ニューヨークフィルも素晴らしいけど、
このメータ指揮の演奏も同じくらい素晴らしい演奏だと思います。
このマーラーの交響曲第3番「夏の朝の夢」は何と演奏時間が100分を超える超大作で
中々生演奏会で耳にする機会が限られるのが難点ではあったりもします。
メータの演奏は、バーンスタインに比べると、かなりテンポ設定は早めなのですけど
その分動きに無駄が無いというか、とにかく切れ味鋭く「決然と凛とした雰囲気」を終始保ったまま
演奏されているのがとても見事だと思います。

これは1996年10月の話なのですけど、
NHK交響楽団が、ズービン・メータを招聘し「特別演奏会」をサントリーホールで開催する事を予告し、
曲目をマーラーの交響曲第3番と発表したものですから、当時の私は喜び勇んでカ高い前売り券を買ったものでした。
ですけどその特別演奏会の三日ほど前になって
急遽、曲目をマーラーの3番からマーラーの1番/巨人に変更しますと新聞広告と教育テレビでの予告が流され、
「あんなに楽しみにしていたのに・・・」とガッカリした記憶があります。
幸い「払い戻しは応ずる」との事でしたのでチケット代は戻ってきましたけど、今でもメータ指揮によるあの「夏の朝の歌」の
生演奏を聴きたかったな・・という想いはあったりもします、
クラシック音楽の演奏会では、病気とか体調不調等指揮者・ソリストのドタキャン・出演中止と言うのは
決して珍しい話しではありません。
大変古い話ですけど、指揮者のシャルル・デュトワと奥様でピアニストのアルゲリッチが1974年の日本公演の際、
成田空港で大喧嘩し、そのまま日本公演はドタキャン、そして二人はそのまんま離婚という事件も
実は過去にはあったりしたものでした。
メータのように指揮者が健在のまま、曲目をそっくりそのまんま変更してしまうのは珍しいケースだったのかもしれないです。

あ・・・、今回の記事は「ラデツキー行進曲」で、またまた冒頭から話がそれまくりでしたね・・(汗)

ラデツキー行進曲は前述の通り、「ニューイヤーコンサート」におけるアンコール曲としてもう既にお馴染みの曲ですよね。
この曲が演奏されると、聴衆は手拍子をはじめるといったそんな「お約束」が確立されている曲だと思います。
クラシック音楽の演奏会で聴衆が自由に手拍子を送れる曲と言うのも極めて珍しいと思いますし、
指揮者の方もむしろ聴衆に対して「もっと手拍子頂戴よっ!」みたいに時に煽るような事が出来てしまうある意味大変貴重な
クラシック音楽なのだと思います。

ちなみにですけどこの行進曲の名前は「ラデツキ―」であって、よく日本で間違って発音・印刷されているように
「ラデッキー」ではありません・・・
「ツ」は小文字ではなくてあくまで大文字です。
この曲の出だしは「ダダダン・ダダダン・ダッ・ダッ・ダーン」と景気良く開始されていき、
その後も大変軽快だけど力強いメロディーが展開されていきます。
中間部はいかにも「優雅なワルツ」という感じで何やら「気品」のような香りさえします
行進曲なのですけどその雰囲気は「優雅なワルツ」みたいにも聴こえますし、ウインナワルツというのか
舞踏会や晩餐会のBGMにも十分効果が発揮できそうな曲だとも思います。
そしてこの優雅な感覚はウイーン気質をそのまんま象徴しているようにも感じられますし、オーストリアの皆様が
この曲を愛してやまないというのも当然なのだと思います。

このラデツキー行進曲は、吹奏楽にもアレンジされていて、
イベントとか卒業式・入学式、記念行事の「入退場曲」としては定番の一つにもなっているような気がします。
この「ラデツキ―行進曲」とかスーザの「星条旗よ永遠なれ!」を吹いた事がある吹奏楽経験者は相当多いと思います。

そういう私自身も、この行進曲は、吹奏楽アレンジ版で何度も何度も演奏しました。

感覚としては星条旗よ永遠なれ!はいかにもヤンキーみたいな庶民的なエネルギーに溢れているのに対して
ラデツキー行進曲は優雅で上品なエレガントさというものがあったと思いますし、この二つの曲は
国民から愛されていて第二の国歌に近いものがあるけど、曲自体の雰囲気は全然違うと言えるのかもしれないですね。

ラデツキー行進曲は、管弦楽の原曲の打楽器はティンパニ・小太鼓・大太鼓のみですけど、
吹奏楽アレンジ版では、シンバル・グロッケン・タンバリンも追加されていたような記憶があります。
冒頭の「ダダダン・ダダダン・ダッ・ダッ・ダーン・ダダダダダッタッダ」のすぐ後は、
原曲の管弦楽版では特に打楽器は入らないのですけど
吹奏楽版では、この後に、ティンパニ・大太鼓・シンバルが「ドスン」とかなりバカでかい音を叩きこんでいました。
後にラデツキー行進曲を管弦楽版として聴いた時に
「えーー、何で冒頭のあの場面で、打楽器がドスンと叩かないの?」と思ったものですけど、
それは吹奏楽アレンジ版しか知らない人のある意味「誤解」でしたよね・・・・(汗・・・)

管弦楽の原曲を「吹奏楽アレンジ版」として演奏された方は、勘違い防止のために、
「吹奏楽版以外にも原曲もちゃんと聴いておきましょうね・・」という感じなのかもしれないですね。
ちなみにですけど、私自身は例えばドヴォルザークの交響曲第8番第四楽章は、石田中学校の吹奏楽アレンジ版の演奏で
ずっと親しんでいて、数年後にこの交響曲を初めて管弦楽の原曲として聴いた時に
「あれれ・・どうして第四楽章に大太鼓・小太鼓・シンバルが入らないの・・?」と勘違いをしていたものでした・・(滝汗・・)

勘違いと言うと、ラデツキー行進曲の作曲者はヨハン・シュトラウスⅠ世なのですけど、
喜歌劇「こうもり」序曲とか春の声・美しき青きドナウ・南国のパラ等「十大ワルツ」の作曲家は
シュトラウスⅠ世の長男のヨハン・シュトラウスⅡ世であり、クラシック音楽等が何もわからなかった時代は、
このⅠ世とⅡ世は同一人物なんだと勝手に勘違いをしていた事もありました・・あ~恥ずかしい・・(汗・・)

ちなみにですけど、ヨハン・シュトラウスⅡ世を代表する曲というのが、
「ウィーンの森の物語」と「皇帝円舞曲」とともにシュトラウス2世の「三大ワルツ」に数えられ、
その中でも最高傑作とされ、作曲者およびウィンナ・ワルツの代名詞ともいわれる作品というのが
「美しき青きドナウ」です。
ちなみにこの曲も前述のウィーンフィルのニューイヤーコンサートでは定番中の定番の曲で間違いなく
絶対に演奏される曲の一つです。
この「美しき青きドナウ」はドイツのあの大作曲家のブラームスも大好きな曲でして、ある時扇子にサインを求められた際に
ブラームスは、この美しき青きドナウのメロディーの楽譜を書き、そこに
「残念ながらブラームスの作にあらず・・」という一文を書き添えたというとってもすてきなエピソードを残しています。

最後に・・

ブラームスにとっては扇子に美しき青きドナウのメロディーを書いたという事は
絵師様にとっては他の絵師さんが描かれた作品を「よその子さん」という位置づけで自分なりにアレンジされて
描かれている事に少しだけ近いものがあるのかな・・?ともふと感じたものでした。

当ブログでは既にお馴染みの dream fantasy の管理人さんのアミグリさんが11月に描かれた「こよりちゃん」という「よその子さん」も
他の絵師様の元絵をこれまた実にアミグリさんらしいすてきなアレンジを加えられ、
元絵のイメージを損なう事なく、さらにそこに「アミグリワールド」を加味されたイラストを描かれていたのは
大変印象的でした!

ブラームスはシュトラウスⅡ世の曲をそのまんま扇子に写譜しただけでしたけど、
dream fantasy のアミグリさんは
そうした「よその子さん」をアミグリさん流にアレンジされていたのは
改めて素晴らしいなぁ・・!と感じたものでした!!

あの「こよりちゃん」はとてつもなくかわいいですし、私も大好きな作品の一つです!!

このアミグリさんが描かれたよその子・こよりちゃんをご覧になりたい方は、是非 よその子・こよりちゃん をご覧頂ければ
とても嬉しいです!

→ よその子・こよりちゃん

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